投棄の末

 

序、普通の観点

 

恐れよ。

我を恐れよ。

ひたすらに恐れろ。

畏怖し、そしておののけ。

恐怖の象徴としていずれこの街に君臨し。そしてこの街の全てを手にした後。何もかもを自由にする。

信仰は必要ない。

必要なのはただ畏怖だけだ。

目が覚める。

ぼんやりとしている頭を振って、夢の内容を思い出す。私が既に成人していて。この街を乗っ取り。

市長どころか。あらゆる権力者を掌中にしていた。

まだ遠い。

其処に辿り着くには、まだまだ時間が掛かる。

私はまだ小学生に過ぎず。

出来る事には限りがある。

メールが来ている。

定時連絡や、色々な愚痴などのものもある。

老人には孤独な者も多く。

そういった者に限って、権力の座に近かったりもするのだ。故に、私は愚痴を聞く。それは別に苦にもならない。

今後役に立つ。

それを考えれば。

非常に有意義でさえある。

テキトウに(勿論いい加減に、という意味では無い)応じながら、メールをやりとりしていくが。

不意に仕事の依頼が入った。

姫島からのメールである。

「五年生の猪原さんって知ってる?」

「ああ、知ってる」

どことなく儚げな雰囲気のある、三つ編みをしている女子だ。三つ編みが好きらしく、いつも髪をそうしている。

儚げな雰囲気なのに。

どうしてかちょっと背は高め。

それでいながら儚げで、其処にいながらカゲロウのような雰囲気さえある。そこら辺は、どうしてかよく分からない。

「仕事か」

「うん。 シロに捜し物してほしいんだって」

「ほう?」

詳しく話を聞く。

私に普通に捜し物をしてほしいとなると。

親に言えないないようだ、ということだ。

実際問題、私は充分に怖れられている。小学校では、表向きの暴君は飯島だが。彼奴は私がシメてから大人しくなり。

一方私は。

恐怖と畏怖によって周囲から見られている。

スペックはほどほどにしか見せない。

ただ。仕事については知っているようで。

私が一度も失敗したことが無い事も、また知られている。

そして、飯島が私に負けて、それから大人しくなったらしいことも、裏ではじわじわ拡がっているらしい。

まあそれはどうでもいい。

「具体的なモノはわかるか」

「うん、それがねえ」

ゲームソフトだそうである。

別に学業に影響が出るほどゲームをしていたわけでもない。それなのに、五年生になったとたん、親にいきなり捨てられたというのである。

ゴミに出されたのでは無く。

何処かに投棄されたらしい。

「子供がゲームなんて幼稚なものをするものじゃないとか、その後散々怒鳴られたらしいよ」

「へー」

しらけてしまう。

今の子供の親は、それこそゲームと共に育って来た世代だ。そんな事くらいは誰でも知っている。

ゲームは携帯機からスマホのソシャゲに移行しつつあるが。そういったソシャゲを遊んでいる親世代も多い。

余程狂った人生を送ってきていない限り、ゲームに対して偏見を持っている方がおかしいはずだ。

丁度今の親世代のもう一つ親の世代は、ビートルズに対する偏見や迫害に晒されてきた世代で。

それによって、自分たちが好きなものを否定されるどころか。好きだと言えば人格すら否定される哀しみを知っている筈。

それなのに、子供にそういう仕打ちをするという事は。

要するにアホだと言う事である。

「で、その捨てられたゲームを探して欲しいと」

「うん」

「ゴミに出されたんだったらもう燃やされてるだろうけど」

「それがね、何だか裏山に捨てられたらしいんだよ」

それはまた妙な話だ。

そういえば、猪原の家は、この辺によくある山持ちの地主で。うちの裏山と同じくらいの広さの山を持っている。

だが、どうして。

ゲームをそんなところに捨てたのか。

具体的なゲームソフト名をメモ。

それでメールのやりとりを終える。

あくびしてから起きだし、本人と会うべく、ベットから起きだした。

今日は日曜日。

休みだが。

既に父は出勤している。

会社の方は、どうにか買収されるのを免れたらしいが。しかし酷い有様のようで、立て直しに四苦八苦しているらしい。

ましてや今の父は、アレに関する裁判などの問題も抱えている。

私も状況は知っているが。

アレは完全に発狂しているも同じ状況で。

刑事裁判に持ち込めるかかなり怪しいと、警察側が打診してきているらしい。

どっちにしても、もう外には出さないが。

まず、準備をする。

出かける前に身繕いをして。

黄色のパーカーを被りながら。

猪原家について調べる。

評判はすぐに出てきた。

「ああ、彼処の家」

「何か知っているんですか」

「兎に角意地汚い」

「詳しくお願いします」

つきあいのある老人が知っていた。

丁度娘が、猪原の父親を知っているのだそうだ。息子が同級生だったのだとか言う話である。

それによると。

学校では、陰湿極まりない性格で。

「マムシ野郎」と呼ばれていたとか。

実際にはマムシは陰湿というのでは無くて、ただそういう習性を持っているだけなのだが。

此処でそれを指摘しても仕方が無い。

とりあえず話を順番に聞く。

「どうしてそんな噂話が」

「あれは性格がひねくれていてな。 大人を騙すのが大好きで、それでいながら自分は一切傷つかない場所から、相手を馬鹿にするのも大好きだった。 彼奴がへらへら笑っているときは、基本的に誰かが傷ついたり苦しんだりしているのを見ている時だったなあ」

「それは性格が悪いですね」

「そうだろう」

実のところ。

内心ではそうは思っていない。

人間は基本的にそういう生物だからだ。つまり猪原の父親は、人間の本性を上手く隠せなかった奴、という事になる。

周囲に見られる位なのだから。

それにしても、である。

人間が一番楽しそうに笑うのは。

抵抗できない弱者を嬲るとき。

それは私の経験からも明らかだが。

猪原の父親は、いずれにしてもクズだと見て良いだろう。

そんなのと結婚した猪原の母親も、碌な人間では無い可能性が高い。まあ平均的な、何処にでもいる人間。

つまりカス。

そういう事だろう。

「何か問題が起きたのかい」

「いいえ。 大丈夫ですよ」

「そうか。 何かあったら、遠慮無く言いなさい」

「有難うございます」

やりとりを終える。

そして、反吐が出る思いをした。

この件。

私の予想通りなら。

恐らく捨てていない。

それどころか。

もっとタチが悪い事をしていると見て良いだろう。

パーカーを着込み終えて。

外に出る。

そして、待ち合わせの場所にしている公園に出向くと。背は高いけれど、どこか儚げな依頼主が待っていた。

ブランコに座っていると。

何というか、とても哀愁を感じてしまう。

なんでこんなに雰囲気があるのか。

正直よく分からない。

「シロさん?」

「そうだ。 依頼を聞いて来た」

「……本当に、どうにかしてくれるの」

「まずは調べて見る。 今までは依頼を失敗したことは一度もないがな」

詳しく話を聞く。

それによると。

猪原の親が、急にゲームについて怒り出したのは、二ヶ月ほど前からだという。

猪原は学業成績も悪くなく、ゲームだってそんなに騒がしくプレイする方では無いという。

まあそれは猪原の主観だろうが。

学業成績に関しては、既に調べてある。

それによると、成績は上の下という所。

理科がちょっと苦手なようだけれど。

国語の成績はかなりいい。

いずれにしても、親が「勉強をしていない」と罵るほど酷い成績では無い。

少し前に、子供に理想を押しつけるあまり虐待をし、あげく猫までそれに巻き込んだケースがあったが。

それとはまた別のケースと見て良いだろう。

「携帯機のゲームだが、携帯機は」

「それも一緒に捨てられたの」

「で、どれくらい勉強をしたら返してくれるとか、そういう話は?」

「……幼稚なものは卒業するべきだって言ってたから、返してはくれないと思う」

まつげを伏せる猪原。

そうかそうか。

それにしても、何というか。

この子は雰囲気がある。

将来本人にその気が無くても。

魔性で周囲を引きつけそうだ。

いわゆる天然のたらしである。

この時点ではっきりしたが、この件は不可解すぎる。

色々と、おかしな事が多すぎるのだ。

小学生からゲーム機を取りあげて捨てたりするか。普通だったら、まずあり得ない。

「他に取りあげられたソフトは」

「基本的にみんな。 でも、最近遊んでいたソフトだけでも帰ってくると嬉しい」

「そうか」

「もう壊れちゃってるかも知れないけれど、百時間以上掛けて育てた大事なキャラクターが入っているの。 何とかならないかな」

恐らくだが。

私の予想が正しければ。

もはやどうにもならないだろう。

いや、ひょっとすると。

どうにかなるかもしれないが。

いずれにしても、幾つかの段階をおいて、調べていかなければならない。結構面倒くさい調査になるだろう。

「報酬については聞いているな」

「うん。 それは、用意する……」

「分かった。 それならば調査に入る」

すっと離れる。

妖怪娘とか大人に言われている事は、私だって知っている。

それは恐らくだが。

猪原の親も耳にしているはずだ。

確信をしっかり取る事が出来てから、最後の詰めとして、相手の根拠地に乗り込むとして。

その前に、まずは順番通り。

セオリーに従って探していくべきか。

まずは、猪原の所有する裏山からだ。

「裏山に入るが、構わないか」

「うん。 でもヤブしかないし、あの中から探すのは無理だと思うけれど」

「私の予想では、裏山にはない」

「え……」

どうにも鈍い奴だ。

勉強はそこそこ出来るようだが、頭の回転は決して速くないタイプだとみた。さっきから話していると、どうもぼんやりしているような、独特の間が目立つ。

これがひょっとして。

親が毛嫌いしている理由では無いのか。

もっと利発な子が欲しかった。

そんな理由で、子供に対して過酷なノルマを課しているのではないのだろうか。

まあ人間は、見かけで相手を9割方判断する生物だ。

それに関しては、様々なデータが裏付けている。

親が子供を可愛がるなんてのは都市伝説に過ぎない。

子供が主観で醜かったら。

親は決して可愛がったりしない。

そういうものだ。

まれに、障害を持った子供を可愛がる親の美談が明かされたりするが。それもあくまで例外。

本当にそういう美しい心を持つ人間もたまにはいるかも知れないが。

あくまで例外だ。

殆どは売名行為である。

一時期DQNネームを子供につけるのが流行った時期があったが。

それなどは、見本のようなケースだろう。

子供なんて、アクセサリ程度にしか考えていない親の方が、現実にも多いのだ。

そして驚くべき事に。

DQNネームの歴史は、1800年近く前、三国志の時代にさえ遡る。

あの有名な孫権。その息子である孫休は。

自分の子供のために、新しく勝手に漢字を作ってしまった。

文字通りDQNネームの始祖と言える。

そんな時代から。

親は子供を自分の道具として考え。

アクセサリ程度にしか思っていなかった良い証拠であり。

親の愛情なんてものが。

ただの都市伝説に過ぎないことを、よく示しているとも言えるだろう。

ごくごく最近では。

ある会社の重役が。

子供を三人作っておけば、危機管理対策になる等という発言をして、大炎上したケースがあったが。

あれはまさに人間としての本性を剥き出しにした発言であって。

実際には、本人は「社会的常識のある発言をした」か「現実的な発言をした」としか考えていなかっただろう。

人間なんて。

その程度の生物だ。

反吐が出るが。

その程度でキレていたら。

人間なんぞに接することは出来ない。

山をざっと見て回る。

獣道と、後一応細い道はあるにはあるが。

それ以外は整備も雑だ。

こういう所には、業者を定期的に入れて、スズメバチとかを駆除しないと危ないのだけれども。

それもやっているかどうか。

下手をすると、危険な外来種が住み着くかも知れない。

猪原家は。

そんな事もさぼっているのか。

いずれにしても、此処は無いな。

見ただけで、すぐにはっきりした。

そうなると。情報収集が第一だ。

山を下りる。

「何か分かりそう?」

「大体」

ぱっと顔が明るくなる猪原。

何だか正直な所。

複雑な気分だ。

いずれにしても、今回も、解決までは話を進めるつもりである。もっともそれで、猪原が幸せになれるとは。

私にはとても思えなかったが。

 

1、エゴの怪物

 

自宅に戻ると。

父が死んでいた。

文字通りの意味ではない。

ソファに横になって、吐きそうな顔でタオルを被っていた。過重労働にストレスで、限界が近いのだ。

「シロ、帰ってきたのか」

「今日は早かったね」

「体が動かないから、早退した……」

案の場だが。

職場は地獄絵図だという。

この有様では。

職場でまともに稼働できている人間は、殆どいないと判断して良さそうだが。

父の会社は潰れるのでは無いか。

敵対的買収をどうにか乗り切ったはいいものの。

それで体力を使い果たしてしまった観がある。

なお、調べて見たが。

父の会社の社長および経営層は、見本のような無能集団だ。

こいつらさえしっかりしていれば。

父が此処までボロボロにされる事も無かっただろう。

まず牛乳を出す。

父はのろのろと動いてそれを飲み干す。

まるでゾンビそのものだ。

更に甘いものをと思って、冷蔵庫からアイスを出し。

父に食べさせた。

嘆息すると。

父はアイスを黙々と食べる。

「歯を磨いたらもう眠って。 夕飯は……いらないね、その様子だと」

「すまん……」

「冷蔵庫にはまだある程度あるから、別に問題ないよ。 買い出しをするくらいの金も財布にあるし」

「……」

父が洗面所に向かうのを見送ると。

此方も溜息が出た。

どうしようもない。

父だけが不幸なのでは無くて。

今は日本中がこんな状態だ。

それを今更。

どうにか出来ると言うような事も無い。

そもそも今は、会社の経営層が腐敗の極地に達している。それを国がどうしようともしない。

文字通り亡国の徒である連中を。

金をくれるからという理由で。

マスコミも一切糾弾しない。

こんな時代だ。

まともに頑張っている人間ほど馬鹿を見る。それでは、人材なんて育つわけもないし。代わりは幾らでもいると考えて行動するクズ共のせいで、どんどん人材も廃棄されていってしまう。

最後に待っているのは。

焼け野原だ。

この世界全体がそんな有様で。

もうどうしようも無い事は分かっている。

私がこの街を支配する頃には。

第三次大戦が始まるかも知れない。

どっちにしても、である。

もうこの世界に。

未来は無いかも知れなかった。

父が眠った後、コネを伝っていって、電車を猪原の親が使っている時間帯に使っている人間と連絡を取る。

両親が微妙にずれた時間に出勤しているので。

両方とも、だ。

最寄り駅はそれほど広くないし。

通っている電車も八両編成。

更に言うと。

最寄り駅で乗り込む人間はあまり多く無い。

メールを何度かやりとりして。

都合が良い人間を確認。

連絡を取ることに成功した。

猪原の親が電車内で何をしているか確認するだけでよし、とする。

なお父親も母親もチェックする。

私は父親の方が怪しいと思っているが。

私の勘は外れる事も結構あるので。

当然両方ともチェックする。

ただ、今回の件において。

あの裏山に捨てた、というのはほぼ間違いなく嘘だ。捨てるのなら、ゴミとして出せばいいのだから。

或いは中古屋に売るという手もあるが。

昔と違って、今は中古でのゲーム買い取りは商売にならない。

それもあって、中古で売り飛ばすというのは、あまり現実的では無い。

ただ、開いている時間を使って。

中古で問題のゲームが取引された履歴を調べていく。

少なくとも、恐らく問題の。

猪原のゲームが売り買いされた様子は無さそうだ。

ネットオークションにしてもオンラインショッピングにしても同様。

そのような形跡は発見できなかった。

さて、此処からだ。

情報を少しずつ。

集めていかなければならない。

色々とやっているうちに、夕方が来た。明日の朝の献立について少し考えておく。父には栄養が必要だ。そうなると卵料理か。

私自身も栄養が必要だが。

夕食はクリームシチューが残っていたので、それを食べてしまう。

テキトウに食べ終えると。

後は片付けを済ませて。

眠ることにする。

ぼんやりとしていると。思い出す。

暴力を受けていた頃の事を。

今は、自分で何でも出来るようになった。

だが、子供はどれだけスペックが高くても、所詮子供。

出来る事には限界がある。

本能もある。

親には逆らえない。

親を嫌う事もできない。

私は無力で。

ひたすらに殴られるばかりだった。

そして殴られても親を嫌う事が出来ず。ゴミでも見るような目で私を見ていたアレに対して。

逆らう事も出来ず。

泣くばかりだった。

あらゆる虐待を繰り返しながら。

自分は正しいと連呼していたアレは。

人間という生物の醜悪さを煮詰めたような存在だが。それでも、あくまで「普通」の域を超えていないだろう。

何しろ、少し前。

いわゆるオタク差別が再燃したことがあったが。

ここで、差別主義者共は。

「オタク」は「キモイ」から人間では無い。豚だと、平気で言ってのけたのである。

要するにそういう事だ。

平均的な人間は、「キモイ」相手なら何でもしていいと考える。口にしないにしても、である。

そしてアレにとって、私は「キモイ」存在だった。

理解出来ないからだ。

理解出来ない相手には、何をしても良い。

そういう人間の思考回路は。

ホモサピエンスだとか、万物の霊長だとか。

そのようなご大層な寝言とは、真逆だと言えるし。

笑止としか言いようが無かった。

私はこんな連中は、支配するべきだと思っているし。

支配されても、此奴らに逆らう資格は無いとも思っている。

まあ、後十年だ。

せいぜい泡沫の夢を貪っていろ。

アレの同類は。

皆同じ思いを味あわせてやる。

気付く。

目が覚めていた。

目を擦りながら起きる。どうやら、夢の中で復讐に熱中していたらしい。様々な方法で、アレを殺戮していたようだ。

気分が良かったが。

狂死寸前とは言え、アレはまだ警察に拘留されている。

いっそ、私が面会にでも行ってやれば、興奮しすぎて脳の血管を切りそうだが。そんな楽に死なせては意味がない。

苦しめて苦しめて。

徹底的に苦しめて。

生まれてきたことを後悔させるくらいでないと。

まったく意味がないのだから。

 

朝ご飯を作る。

父は青い顔をしていたが。私が作った卵かゆをそれなりの量平らげる。腹だけは、一応正常に減っていた、ということだろう。

それだけだ。

正直な話、どんな状態でも腹は減る。

しかしながら、ストレスで心身が壊れてしまうと。

その食欲もおかしくなる。

というか、あらゆる欲求がおかしくなっていく。

そういうものだ。

様々な事例を見ているが。

まずは睡眠が完全におかしくなっていくケースが多いようだ。

しかもこの睡眠障害に関しては。非常に偏見がまかり通っていて。

未だにちょっとした運動で治るとか。

好き勝手なことをほざく人間が後を絶たないらしい。

嘆かわしいと言うよりも。

人間は自分にとって都合が良い理屈を述べ立てる相手を好むし。

自分にとって都合が良い理屈は。

それがオカルトでも。

平然と受け入れる。

理屈なんて、それっぽければどうでもいいのである。

科学なんて。

大半の人間にとっては、それこそどうでもいい代物で。今だって、あっという間に過酷なカルトが支配する世界に落ちる危険性を秘めている。

実際問題、宗教関係の原理主義者が大暴れしている時代である。

その背景には、拡大しすぎた貧富の格差があるとしても。

いずれにしても、この世界は。

人間が思っているほど理性的では無いし。

現在は過去の人間が思ったような。

輝かしい未来などでは無い。

そういう事だ。

さて、電車に乗った奴が、メールを寄越してくる。

そうしたら、ビンゴだ。

猪原の両親はどちらとも。

携帯ゲーム機を手に、通勤時間を過ごしている。

ゲームの特定は難しそうだなと思ったが。それはあくまで、現時点での話である。勿論電車内ではミュートにしているだろうから。音で拾うのは無理だろうが。

それでも、別に手はある。

「隣の席に座れそう?」

「無理」

「明日は狙ってくれる?」

「分かった。 やってみる」

今動いている二人は、どちらも前に恩を売った相手の知り合いだ。

私の事は知っている。

どちらも大学生で。

時間は比較的余っている。

顎で使われることに色々と思うところもあるようだが。妖怪娘の名は既にかなり広まっていて。

実際に解決までやってくれるという事で。

評判そのものもいい。

今後は、社会人から仕事が来るかも知れないが。

その場合も、親に相談できないのなら、という条件で受けるつもりだ。

本来だったら、大人に相談できない子供の問題を解決するのが私のやり方なのだけれども。

事業を拡大するとなると。

そうとばかりも言っていられなくなるだろう。

いずれにしても、である。

ほぼ今回は、私の予想が的中したと見て良いだろう。

要するに猪原の両親は。

娘からゲームを取りあげたのである。

自分が遊ぶために。

それだったら、買えば良いようなものの。

恐らくは、取りあげることそのものが面白かったのだろう。

それと金を払うのが惜しかった、というのもあるのかも知れない。

いずれにしてもゲスそのものだが。

この世にはこの程度の事をする親は幾らでも実在している。

子供のものを取りあげる親は多いのだ。

「幼稚だから」と言って取りあげるケースの大半は、「自分に理解出来ないから」である。

呆れた話だが。

自分に理解出来ないものを好いている相手を。

「男らしくない」だとか「女らしくない」だとかいう論法で否定して、それで「自分は全面的に正しい」と考えている大人は珍しくも無いし、その醜態をさらして平然としているものだ。

今回もそれと同様のケース。

やっている事は、子供のゲームを取りあげて、それで遊んでいるという醜悪極まりないものなのに。

それを「子供がやるのは幼稚だから」という理論武装で正当化している。

この手の輩は、子供が遊ぶのは幼稚なものは大人が遊ぶのは幼稚では無いのかとか、そういう事を言っても喚くだけだ。

コミュニケーションなんてものは。

成立しない。

何しろ、此奴らは。

確信犯でやっているのだから。

此処からどうするかは、段階に分けてやっていく必要がある。

まず、取りあげたゲームを取り返す。

これが第一段階。

実のところ。

これはそれほど難しくない。

問題は次だ。

ゲームを取り返した後。

どうやってこの盗賊に等しい両親から隠すか。

これが重要になる。

猪原は、今後もこの性根が腐りきった「普通の人間」だと自分を思い込んでいる両親と、うまくやっていかなければならない。

経済的にはまだまだ依存しなければならない立場だ。

それに、この国の児相はまだまだまともに機能していない。

実際問題、虐待死に到るケースも。

途中で児相が介入しているケースが多い。

それなのに、結局虐待死という結末が待っている事が多いのだ。

波風を立てないように解決するためには。

工夫がいる。

「隣の席開いた。 座る」

「気付かれないようにゲーム画面の写真を一枚。 それだけで解析してみる」

「OK」

話をしているうちに、学校に出る時間が来た。

最近はランドセルを使わない学校も多いが。

うちの学校はランドセルだ。

なお私は。

意図的にランドセルを重くしている。

これは怠け者の上に、持久力がない私を鍛えるために意図的に自分でやっている事で。実際ランドセルの重量は十キロを超えている。

それも、きちんと毎日中身をチェックしているので。

プリントなどが紛失することは無い。

自分が怠け者なのは分かっているので。

対策はしているのだ。

私にはそれができるスペックがある。

親が優秀で無ければ子供は優秀では無いとか言う変な偏見があるが。

それは大嘘だ。

私の父は平凡だし、アレに至ってはただのクズ。

それなのに、私はこうなった。

そういうものである。

ほどなく、写真が来た。

外れだ。

ちなみに、猪原父のプレイしているゲームだが。どうやら盗まれたリストの中には入っていない様子である。

これはひょっとして。

何か、他にも理由があるのかも知れない。

 

2、醜悪なる収奪

 

昼休み。

ゲームに詳しい人間を集めて、軽く話をする。

親に奪われたゲームについてだが。

その名前を挙げると、姫島がもしかして、と言い出す。

「そういえば、依頼受けるときに名前聞いたけれど、それってひょっとしてブルーバージョンじゃないよね」

「ブルーバージョン?」

「何それ」

「聞いたこと無い」

姫島以外はこの反応。

私も聞いたことが無い。

姫島は優越感に浸った表情で周囲を見回すと、大げさに咳払いまでして教えてくれる。

「このゲーム、初回生産分のごく一部に、ブルーバージョンってのがあったんだよ。 要するにバグが紛れてるんだけれど、このバグのおかげで、あるレアアイテムがすごく取りやすくなってるんだよ」

「何故ブルーバージョンなんだ」

「そのレアアイテムがブルーソードって名前で、バランスブレイカー級の破壊力なんだこれが。 でも、宝くじを当てる方が確率が高いって言う話もあるくらいで、とにかくまったく出ないんだよ」

姫島が話をしてくれる。

何でもその武器を手に入れるには、まず「宝の地図」なるアイテムを手に入れなければならないらしい。

だがその「宝の地図」がそもそもレアアイテムの上、レアリティが1〜7まで設定されており。7の宝の地図を出すには、それこそ天文学的な回数、強敵と言える敵と戦わなければならないそうだ。

しかもレアリティ7の宝の地図の内、ブルソードが出るものは、わずか出現率1%。しかも宝の地図を入手した時点で出現率が決まるため、これまた面倒臭い手順を使って、宝を探し出しても、がっかりの可能性が高いのだとか。

呆れたが。

更に呆れることを聞かされる。

「そもそも宝の地図が出現する確率が1%きってて、レアリティ7のに至っては0.001%」

「ゲームデザイナーはバカか」

「私もそう思う。 で、このブルーバージョンは、多分デバッグルームの残骸が残されていたんだと思うけれど。 ある場所で戦闘すると、確実にそのブルーソードがいきなり手に入るようになってるの。 出荷数はあまり多く無かったらしくて、中古でももしブルーバージョンだと発覚すると、10万円以上の値段がつくこともあるらしいよ」

「頭がおかしいな」

あきれ果てる。

確かにレアゲームの中には、とんでもない値段がつくものもある。だがこの場合、あまりにもずさんなバランス調整と、いい加減な設定が組み合わさって、結果として苦行になってしまったケースだ。

もし姫島の言葉が正しいとすると。

猪原の両親は、ブルーバージョンだと知ってから取りあげた可能性が高い。

そうなると、実際にプレイしておらず。

何処かに隠している可能性も、決して低くは無かった。

何にしてもだ。

確認する必要がある。

「見分け方は」

「ソフトの裏側のシリアルナンバーで判別できる筈だよ」

「……なるほど」

ちょっとそれは厳しいか。

シリアルナンバーについては聞いておくが。

猪原に連絡を入れてみると。

案の定の応えが帰ってきた。

「そんなの分からないよ……」

「それはそうだ。 失礼した」

まあ当然か。

ゲームの裏に書いてあるシリアルナンバーをいちいち記憶なんてしている奴がいたら、それは変態の域に達している。

私だってそこまではやっていない。

精々作中に出る敵を全種類把握するとか。

そのステータスを把握するとか。

そのくらいである。

何か写真とかが残っていればいいのだが。そんなもん撮っている訳も無いか。そうなるとやはり現物を抑えるしかない。

なお、猪原母の方は、追跡失敗。

電車内で遊んでいるゲームは確認できなかった。

いずれにしても、これは長期戦になる。

それに、だ。

ブルーバージョンであるかどうかを確認するのは。

現物を直に抑えるしかないし。

その場合工夫が必要になる。

他の大人を動員する必要があるだろう。

それも、ゲームに理解がある大人を、だ。

さて、猪原家の周辺で、そういう人間はいたか。ちょっと人間関係を精査していかなければならない。

いずれにしても、今回の問題は。

・「そもそもブルーバージョンかどうかを確認する」

・「現場を押さえる」

・「抑えた後、おしおきをする」

の段階に分けて行動をしなければならない。

まず最初の第一段階が難しい。

そもそも今日はたまたま出勤時にゲームプレイをしていなかっただけの可能性もある。

いずれにしても、調査には時間が必要だし。

もたついていたら勘付かれる。

さて、どうしたものか。

とりあえず、一つ試してみたいことがある。

猪原に連絡。

親の帰宅時間について確認した。

どうやら父親の方は営業で働いているらしく、相当遅くまで家には戻ってこない様子である。

母親の方はというと。

スーパーでパートをしているらしく。

朝早く、その代わり帰りも早いそうだ。

スーパーのパートは、手軽なイメージと裏腹にかなり過酷な仕事なのだけれども。

つまり、どちらも。

帰宅時には疲れ切っている、という事だ。

問題は母親が早く起きる、という事だが。

確信がとれるまでは。

少し控えた方が良いか。

素人の猪原は、であるが。

「泊まりに行って良い?」

「いいけれど、どうして」

「多分だけれど、ゲームソフトは捨てられてない」

いずれにしても、調査がもう少し進展し。

両親のどちらが子供から取りあげたゲームを遊んでいるか特定してから(両方の可能性が高いが)、直接的な手を下す事になる。

もう一つ、確認しておくことがある。

「何か自分のゲームだって証明できるものはある?」

「私の携帯機にデータは保存してあるから、それで分かるかも知れない」

「……なるほどね」

最近のゲームソフトには。

認証機能がついているものがある。

中古販売対策だが。

しかしゲーム機は捨てられなかったのか。

それを確認した時。

とられた、と猪原は言っていた。

なるほど、読めてきた。

それも想定済みだった、ということか。

「両親は最初から、二人とも同じ携帯機を持っていた?」

「ううん、お父さんだけ。 いつの間にかお母さんも持つようになったけれど」

「分かり易すぎるな。 それ、何か抗議したか」

「ううん、そんな事したら、何されるか分からない……」

クズ親は散々見てきたが。

今回も酷いな。

「正しい理屈」で娘のゲーム機を取りあげたあげく。

レアなバージョンのソフトが手に入ったと、嬉々として電車の中で遊んでいるのだろう。

或いは、とっくに飽きて。

コレクションにしている可能性もある。

「両親がソフトを保管している場所は分かるか」

「うん。 それはなんとか……」

「母親が新しく購入した携帯機の色は? 捨てられたものと同じか?」

「……うん。 ちょっとデコってあるけど」

大体これで確定か。

いずれにしても、明日の朝。

調査を確認してから。

方針を決めておきたい。

多分、両親からして、交代でゲーム機を使っているか。

それとももうコレクションしたから飽きたか。

どちらかと見て良いだろう。

いずれにしてもゲスの所行だ。

子供のゲーム機とソフトを、「幼稚だから」という理由で取りあげて。

自分たちでレアリティが高いソフトを楽しむ。

許されることかこれが。

とにかく、情報を確認するのが最優先。

そして確定できたら。

その時は。

叩き潰す。

 

翌朝。

電車の中で情報収集をしてくれている知人が、写真を送ってきた。すぐに分析をするが。どうやら間違いない様子だ。

まだコレクション化はしていない。

要するに、現役で遊んでいる、という事だ。

よし。とりあえずお泊まりの際に、確認するとして。

問題はそれが娘から取りあげたものかどうか、確認する方法について、だ。設定などで分かるケースがあるのだが。

それについては、初期化している場合もある。

ただ、一つ手がある。

購入したときの履歴だ。

箱などが残っていれば、其処からシリアルナンバーなどが割り出せるのだけれど。

どうせ箱などは残っていないだろう。

そうなってくると、どうするか。

猪原にも、捨てられていない説明書などがないかどうか、確認して貰っているのだけれども。

今の時点では見つかっていない。

親としても、念入りに証拠隠滅をした、という事か。

それにしても、である。

子供から取りあげたゲームで遊ぶというのは。

盗んだバイクで走り出す、と同レベルではないのだろうか。

腐った性根の親は珍しくないが。

これは反吐が出るレベルだ。

さて、腕組みする。

幾つかの手を考えるが。

これといった決定打がない。

相手に吐かせるという手もあるけれど。

それも話術だけで上手く行くかどうか。

開き直られたら終わりだし。

取りあげた時点で、昔のセーブデータなんて消してしまっているだろう。

それを考えると。

とてもではないが、状況証拠以外は期待出来ないと判断して良い。

携帯機に傷とかがついていればいいのだが。

それも上手く行くかどうか。

さて。

並行で進めていく作業がある。

猪原の同級生や。

その親に。

知人がいるか調査。

同級生がいる場合。

どういう奴だったかを、聞いて確認しておく。もう少し具体的な人物像を知りたいのだ。

何人かを調べた結果。

情報が入ってきた。

猪原の父は母より四歳年上で。

少し世代が離れているが。

いずれにしてもクズである事に代わりは無い様子だ。

「猪原さんなあ。 クラスのいじめっ子に荷担して、満面の笑みで泣いている子をはやし立てたり、自分も殴ったりしていて、見ていて心が痛んだよ」

そう証言するのは。

猪原父の同級生。

こういった虐めには。

下手に声を上げると。

偽善者呼ばわりされたあげく。

今度は自分がターゲットになる。

その恐怖を知っているからだろう。過去にそういう事があった、と証言することはあっても。

助けようと思ったとか。

そういう事は口にしない。

自分でも分かっているのだ。

自分が、虐められていた子供を見捨てたも同然だと言う事を。

或いは、無意識に虐めに荷担していたかも知れないと。

その辺りを理解しているから。

敢えて虐めを実施していたり。

それに積極的に荷担していた奴のことを、悪逆非道の悪鬼のように記憶改ざんする。結局の所、人間が一番嬉しそうに笑うのは、抵抗できない弱者をなぶり殺しにする時。それは私が身をもって知っている。

証言については。複数集めておきたい。

調べて見ると。

どうやら猪原父には盗癖があったらしい事も分かってきた。

「具体的な証拠は出なかったけど、彼奴がいると、時々小物がなくなったんだよ。 鉛筆とかだから誰も気にしなかったけれど、噂はしていた。 彼奴が盗んでいるんじゃないかって」

「教師に相談は」

「まさか。 聞いてくれるわけ無いだろう」

それもそうか。

虐めに真面目に取り組む教師なんて、昔っからいない。

いたとしても、偽善者扱いされたり。

高校生くらいになってくると。

色々な方法で、排除にさえ掛かってくる。

人間とはそういう生物なので。

そもそも期待するのが間違いである。

その辺りは、高校生くらいになってくれば、もう誰もが分かってくる。場合によっては教師が虐めに荷担したり。

生徒をなぶり者にしたり。

クラス中で笑いものにして、それを自分でも笑って見ていたり、という事が平然と起きる。

恐らくは。

虐めがあった猪原父のクラスでも。

同じだったのだろう。

猪原父がイジメを行っている側の人間だという事もあり。

誰も手出しが出来なかったことは。

想像に難くない。

いずれにしても、カスという事は良く分かった。

猪原母についての情報も集めるが。

此方も陰湿な話が幾つも出てきた。

ちなみに、猪原父が婿養子である。

「あの子は昔っから性格がねじくれててね。 兎に角陰口と悪口が大好きで、ずっと陰湿な悪口ばっかり言ってたよ」

そういう証言が出てきたが。

そんなもん。

昔から女子はそういうものだ。

女子のグループで定番の話題は何か。

アイドルか。

イケメンの男子か。

ファッションか。

それとも性か。

いずれもあるが。もっとも大きな比重を占めるのは、他者を貶める悪口だ。

これは昔っから。それも文化圏を問わずに同じで。

井戸端会議では、他の家庭の悪口大会が行われ。

それ以外の場所でも。

如何に他人を貶めるか。

それだけに魂を注力しているような連中が、幾らでもいた。そしてそれは、現在に至っても変わっていない。

人間はオツムの中身が石器時代から変わっていない。

そしてそういう観点で言うと。

恐らく石器時代でも。

女子が集まれば。

他人の悪口大会を開き。

如何に陰湿な発言をするかを競っていたかは、想像に難くない。

それが「普通の」人間であり。「常識がある」人間である。

私はそう考えている。

つまり、この点「だけ」で言うと。

猪原母は、クズだが。其処までの突き抜けたクズでは無い、という事になる。

他に何か情報は無いかと調べて見ると。

幾つか分かってきたことがある。

どうやら猪原母は。

動物を殺すのが大好きだったようなのだ。

「虫とか石で潰してるのよく見たね。 ゴキブリとかが出ると、もの凄い笑顔で追いかけて、スリッパで潰してた。 あれは多分、勇敢なんじゃ無くて、ゴキブリを潰して殺す事が好きだったんだろうね」

「昆虫で満足していたんですか?」

「昆虫だけでは無くて、彼奴が世話しているウサギが死んだことがあったけれど、どうみてもおかしな死に方でね。 多分猫いらず……ああ、分からないか。 か何か飲ませたんじゃないかって噂でねえ」

「いえ、知っています」

猫いらず。

昔あった殺鼠剤である。

名前の通り、猫がいなくても。

ネズミを排除することが出来る。

そういう触れ込みの品だ。

ただ、あくまで大きな定義での名前なので。「猫いらず」という商品が、一つしか無かったわけではない。

いずれにしても強力な毒物で。

ウサギなどでは、口に入れてしまったらひとたまりも無かっただろう。

腐敗した餌をドブで食っているネズミが死ぬような代物だ。

学校で大事に飼育されているようなウサギなんて。

喰ってしまったらひとたまりもない。

「他には」

「うーん、表向きは大人しくはしていたよ。 ただ女子のグループ内では、陰湿な性格で、他のグループに酷い事を平気で仕掛けていたようだね。 そうそう、旦那さんを手に入れる時に、交際している女性を色々やって追い詰めたらしいけれど。 噂でしか聞かないから、詳しくは分からないね」

「ふむ、分かりました。 有難うございます」

他の人間にも当たる。

こういう情報は。

一人だけから得た場合、主観が入るので、必ずしも精度が高くは無い。

そうすると、もっとえぐい話が出てきた。

「猪原さんの奥さん。 ああ、昔嫌なものを見てねえ」

「何ですか?」

「多分捨てられていた子猫だったと思うんだけれど、拾っていったと思うと、首を捻って躊躇無く殺したんだよ。 ぎゅって音がして、それっきり。 それで鴉に放り投げて、肉をちぎって食っているのを、薄笑いを浮かべてみていてさ」

さっきの話と一致する。

なるほど。

要するに、猪原母は。

普通の人間に紛れ込んだサイコパスだった、ということか。

私もどちらかといえば普通からは外れているが。

こういうタイプは、普通に紛れ込むのが上手いので、非常にタチが悪い。

これは、予想よりもちょっとまずいかも知れない。

猪原は色々な情報を見る限り、普通の域を超えていない奴だが。

何かしらの切っ掛けで、両親から受け継がれたクズやサイコ野郎の価値観が目覚めるかも知れない。

それにだ。

娘のオモチャを取りあげて、自分たちのものにするような行為を平然とやってのけるのにも。

これで色々と納得がいった。

猪原の両親は。

常識があるとか、平均的だとかいってどや顔をしているマジョリティの中に上手く紛れ込んだ怪物だ。

そんな連中なら。

子供が苦しむ様子を見て楽しんだり。

或いは、子供に対してどのような虐待をしても平然と笑っていたり。

それくらいは当たり前か。

恐らくは確信犯だったのだろう。

そして、である。

ゲームがある程度好きなのは好きだったとしても。

ブルーバージョンだったことを確認して取りあげたのはあくまで方便。

今時理不尽な言葉を言っていることを、自分でも分かっていながら。

娘を苦しめて、両親揃って遊んでいた。

そう判断して良いだろう。

反吐が出る。

だが、これも人間だ。

悪魔という言葉があるが。

悪魔が実在したとしても、人間を見て鼻をつまむだろう。それが人間という生物だと、私は実の母を見て知っている。

大きな溜息が出た。

今回は、藪をつついたらアナコンダが出てきてしまった。

猪原についても、ちょっと今後は気を付けなければならない。

あの儚げな雰囲気は。

造りに過ぎず。

ひょっとして、両親と連携して。

私を狙って填めようとしている可能性もあるのだから。

お泊まりの予定の前の日。

猪原を呼び出す。

ちょっと確認しておこうと思ったからだ。

校舎裏に呼びだした猪原。

青ざめているのは、私が活発に動いている事を勘付いているからか。

それとも、何か別の理由か。

いずれにしても、はっきりしているのは。

此奴の両親がクズだと言う事だ。

不意に見せるのは。

動物が惨殺された画像。

猪原は、一瞬おいて。

悲鳴を上げた。

だが、その悲鳴は。

一瞬遅れた。

「お前、何だそのわざとらしい悲鳴」

「ど、どういうこと」

「お前の母親について調べた。 どうやら動物を殺して楽しんでいる節があるようなのでな」

「!」

分かり易く動揺する猪原。

さては此奴。

やはり知っていたな。

「お前もこういうグロ画像が大好きなんじゃ無いのか」

「そ、それは」

「別にグロ画像が好きな事まではどうでもいい。 人間の嗜好は、他者に危害を加えない限りは尊重されるべきものだからな。 だが、お前が動物を殺すのが実際に好きだとすると、話は別だ」

また、別の画像を見せる。

今度は、動画だ。

屠殺場で。

動物が解体されていく様子。

猪原は、青ざめて。

それでも、目を画面から離さない。

「既にやったことがあるんじゃないのか、こういうこと」

「ち、違うっ! やってない! やってないもん!」

「でも好きだと」

「……」

泣き始める猪原。

私は顔を近づける。

そして、目を合わせた。

ひ、と声を押し殺す猪原。

私のドブのように濁った目の奥には。

地獄がある。

それをまともに見てしまって、正気でいられる「普通の」人間はそう多くない。完全に相手のペースを握るには。

これが一番だ。

「さっきも言っただろう。 嗜好については自由なんだよ。 大量虐殺の映像が大好きだろうが、人間をなぶり殺しにする映像が楽しかろうが、どうでもいい。 実行にさえ移さなければな」

「……」

「で、やったのか、やってないのか。 小さな動物を切り刻んだりしているんじゃないのか」

「していない……」

何度も涙を拭いながら、猪原は言う。

私の目から、視線を外せない。

それはそうだ。

その辺のサイコパスなんて。

私の心の奥に潜んでいる闇にそのまま当てられたら。

それこそ、ネズミがライオンになぶり殺しにされるようなものだ。

大人だって、視線で黙らせたことがある。

それだけの実力をもう私は持っている。

ステゴロに関しては、まだ年相応の域を超えないが。

それでも、こういったことは出来るし。

出来るなら使って行くのが。

私の流儀だ。

「ま、前にお母さんが、まだ生きている貝をそのまま煮て、苦しんでいる様子を見て、凄く嬉しそうに笑っているのを見たことがあるの。 お父さんは、お父さんで。 会社の後輩らしい人に電話で高圧的に接して、相手が苦しんでいるのを見て、凄く嬉しそうにしていて。 それを見て、私は震えていたんだけれど……」

「だけれど?」

「どこかで、ぞくぞくとくるものがあって……自分が怖くて、ずっとその日は泣いて……」

何度も目を拭う猪原。

ふんと鼻を鳴らす。

私が此処で嘘をつかせるような圧を掛けてはいない。

場数を踏んだクズだったら、此処で私の圧に屈しない場合もあるのだけれど。

猪原は完全に心が折れている。

ドカンと一撃。

地面に蹴りを叩き込んだのだ。

私が出来る程度の蹴りだから、それほど破壊力は無いけれど。

それでも、強烈な音が周囲に響き。

完全に猪原の心がへし折られるのが分かった。

「今のは本当だな。 嘘をついていると判断したら、首を蹴り折る。 今のを見て分かっただろう。 お前の首くらいは簡単にぼきりだ」

「……っ! っ!!」

もう恐怖で口もきけなくなった猪原が、何度も頷く。普段だったらともかく、今の精神状態で、私の発言を否定出来るほど脳は活動できない。

それでいい。

私は頷くと。

どうやら、猪原自身は。

親よりもマシだという判断をした。

「少しばかり手荒い手に出る」

「ど、どういうこと」

「結論から言うと、お前の親は子供であるお前からゲームを取りあげて、悲しんでいる様子を見て楽しんでいる。 捨てたと言うのも、悲しむのを見る為の行動だ」

「!!」

私の結論を聞いて。

猪原は愕然としたようだった。

ひょっとして。

覚えがあったのか。

「今までも、理不尽な目に遭った事はなかったか」

「そ、それは……」

「良いから言え」

「……お父さん、お酒を飲んで帰ってくると、お母さんと話を時々していて。 その翌日は、大体私に、酷い事言う……。 お前、顔が気持ち悪いな。 そういえば、川で捨てられてたのを拾って来たんだっけ、とか」

はあ。

呆れた。

マジでか。

母親も、にやにや笑いながら言うという。

「お母さんも、それにあわせて、あんたなんか産んだ覚えないけど。 そういえば何処で拾って来たっけとかいうの」

「他には」

「私が昔好きだった、アニメのDVDとか、全部売られちゃった。 もうこんな子供が見るものは卒業しろって。 米国の、大人にも人気がある会社の作品なのに」

その会社の作品には私も色々思うところがあるが。

問題はその後だ。

「私、その話大好きで、何度も見ていたの。 それで後で泣いていたら、お母さん、私をじっと見てた。 振り返った一瞬だけ見えたの。 凄い顔で笑ってた……嬉しそうで、本当に楽しそうで……おぞましいくらい怖かった」

「そうか。 で、同じになりたいと思うか?」

「いや……絶対いや!」

それならば。

猪原はやはり両親よりマシだ。

それにしても、周囲の人間だけでは無く、自分の子供まで虐めて楽しむとは。どうしようもないカスだ。

今回の一件も。

いつもやっている虐めの一端だった、という事か。

呆れた話だが。

もうこれならば、躊躇は必要ないだろう。

何カ所かに連絡を入れる。

作戦を変更する。

「ゲームは取り返してやる。 ただし、プレイデータは残っていない可能性が高いから、それは覚悟して欲しい」

「……」

さて、此処からは。

害虫駆除の時間だ。

 

3、悪魔でも目を背ける

 

お泊まりに私が出向くと聞いて。

そのうわさを知っているだろう猪原の両親が、備えているかは分からない。いずれにしても、侮ってくれていればそれでいい。

ただ、私が夕方出向いたとき。

黄色いパーカーを被った私が。

何人か、この辺りにいる顔役を連れているのを見て、猪原の両親は流石に青ざめたようだった。

田舎では、こういった力関係がものをいう。

人間関係が陰湿になりがちなのも。

この手の力関係が故だ。

おかしな話で、都会でどれだけ出世しようと、この力関係が田舎では揺るがない。だから田舎には誰も戻ってこない。

勿論土地によっては違うだろう。

だが、給金も都会に比べると安い。

どれだけ出世しても、子供時代の権力や階級がついて廻る。

そんな場所に誰が戻ろうと言うだろうか。

勿論私も、そんな人間関係を好ましいと思わないが。

此処では、有効活用する。

活用できるからだ。

こういうときのために。

広範囲にコネを張り巡らせているのである。

実質街を牛耳っているジジババに広くコネを作っておけば。こういう離れ業も可能になるのである。

「よう、猪原の。 いや、肝付というべきか」

「こ、これは原さん……」

猪原父が卑屈な笑みを作る。

原というのは、以前貸しを作った相手の父親。随分と私の仕事に感謝して。困ったときにはいつでも声を掛けて欲しいと言ってくるほど親密な仲になっている。また、肝付というのは、猪原父の旧姓だ。

そしてもう一人。

原の親くらいの年代の女性。

この辺り一帯でも、三番目に大きな土地と莫大な金を持ち。

大きな会社を経営している紅谷。

この紅谷の孫の依頼を解決したとき、コネを造り。

色々と孫が世話になったと感謝もされた。

今ではメール友達である。

猪原母も、完全に青ざめている。

まさか、子供のお泊まり会と思ったら。

いきなり上司が乗り込んできたようなものだからだ。

猪原が小首をかしげる。

「シロさん?」

「上がるぞ」

今日は両親がいることを確認している。

だからこそ、である。

原田が二人を抑えている間に。

両親の鞄を確認。

ゲーム機発見。

色が違うが。

猪原が、あっと声を上げた。

「これ、私のだ……」

「どうして判断が出来る」

「此処に傷があるでしょ、此処の傷、前にうっかりしててぶつけちゃって出来た傷だから、その」

無言でロムを取りだし。

写真を撮る。

チェック。

シリアルナンバーを確認すると、ビンゴだ。

ブルーバージョン。

超超レアなアイテムを、手軽に手に入れられるバグが残っているロム。

どうやら、姫島の予想は。

大当たりだったらしい。

更に、である。

ゲーム機を起動して、ユーザー画面を確認。

ユーザー名。

間違いないと、猪原が言う。

自分のゲーム機だと。

事情は既に原にも紅谷にも話してある。紅谷は、次々に出てくる証拠を見て、烈火のごとく噴き上がった。

会社社長と言えば、サイコパスというのが相場だが。

この老婆は今時珍しい、正義感の強い人物として知られていて。

私が事情をメールすると。

すぐに加勢すると申し出てくれたのだ。

会社が忙しいだろうに。

それでも、である。

「これは決定的だな。 猪原、これはお前のものだ。 セーブデータは残っていないだろうがな」

「このどうしようもない腐れ外道があっ!」

紅谷が絶叫。

玄関で睨みを利かせていた原の所に向かう。

サイコパス夫妻は、悲鳴を上げて蹲った。

その間に私は警察に連絡。

すぐに来て貰う。

私だけでは駄目だろう。

紅谷が、すぐに携帯を受け取ると、連絡を入れる。

「児童虐待の証拠を押さえたんでね。 すぐに来るように「紅谷」が言っていたって、其方の署長につたえな」

警官はそれだけで縮み上がったらしい。

警官がすっ飛んできたのは十分後。

虐待の証言の数々。

更に、子供の持ち物を勝手に強奪して、捨てたと言い。精神的な苦痛を与えたことを素直に告げる。

それだけではない。

今までにも同様のことが何度となくあり。

子供を苦しめ、その様子を笑っていた事を、猪原から告げさせる。

警官の顔が、見る間に険しくなる。

というのも。

子供だけだったらどうにもならかっただろうけれど。

此処には顔役の紅谷が来ている。

紅谷を怒らせるという事は。

キャリアの下に、つまり自分の首に、直接手が届くことを意味している。

「任意同行を願います」

「ま、待って!」

「窃盗の証拠がありますので、此方を」

「分かりました」

警官が、無慈悲にサイコパス夫婦を引っ張っていく。

その途中。

両方とも本性を現した。

「クソッ! 俺たちが作ったんだぞそれは! 俺たちが好きなようにして何が悪いってんだよ!」

「飼ってやったのに恩を仇で返しやがって! そもそもゲームだって、金を出して買ってやったものだろうが!」

「所有権を渡した時点で、そのゲームは子供のものだ! それを嘘をついて略奪しておいて、何を抜かすかこの鬼畜外道が!」

一喝。

紅谷も。

原も。

警官達も。

唖然として私を見ていた。

ドス低い声で、一瞬でサイコパス二人を黙らせた私に。誰もが、その場で視線を注いでいた。

黄色いパーカー。

警官も、聞いた事があるのかも知れない。

不可解な事件の現場に姿を見せる、黄色いパーカーの子供がいると。

私は近づいていく。

「肝付、盗癖はまだ治ってないらしいな。 会社でも時々小物が紛失するという報告があるらしいじゃないか。 お前の仕業だろう」

「なっ……」

ボイスレコーダーをかざす。

それには。

証言を取ることが出来た、猪原父の後輩からの声が入っていた。

「会社で小物、特に備品関係がかなりなくなるんです。 持ち出し禁止の品も結構減っていて……総務の女の子が上司にドヤされているのをいつも見ます。 言いたくないですけれど、猪原さんのいる日に品がなくなる事が多くて、犯人じゃ無いかって」

間髪入れず。

見せるのは、戦利品らしい大型ファイル。

調べれば、すぐに会社の備品だと言う事がわかるはずだ。

警官が色めきだつ。

「猪原ぁ。 お前まだ動物殺す趣味が治ってないだろ。 庭から臭うんだよ。 近所で捕まえてきた犬とか猫とか、殺して埋めてるんじゃないのか」

「……っ!?」

ボイスレコーダーを警官に渡す。

そして証拠品らしい大型ファイルも。ついさっき漁ったら、すぐに出てきたのだ。

勿論手袋を填めてから持っている。

咳払いすると。

警官は、どうやらちょっとお説教で終わりでは無いなと、表情を切り替えていた。

猪原の両親は、どちらも真っ青になっている。

私に全てを暴露されたこと。

そして、人生が事実上終了したことを。

悟ったからだろう。

呆然と立ち尽くしている猪原は。

警察に連れて行かれる両親を見て、唖然として立ち尽くしていた。

すぐに増援の警官が来て。

庭を掘り始める。

そうすると出るわ出るわ。

まだ腐敗している死体から。

白骨化しているものまで。

犬や猫、鳥に至るまで。

そういえば、この近所で、ペットの失踪事件が相次いでいるという話もあったそうだ。今更である。

紅谷と原に礼を言う。

だが、二人とも、今までとは完全に違う目で私を見ていた。目の前にいるのが子供だとは、少なくとも思っていない。

それでいい。

「助かりました。 ただ警察を呼んでも話を聞くわけも無いのは分かりきっていましたし、足止めが必要だったので」

「……ああ、別にかまわねえよ」

「それより、噂通りだねえ」

「いえいえ」

口の端を軽くつり上げる。

使えるから使った。

ただそれだけだ。

二人にも帰ってもらった後、猪原はゲーム機を起動して、呆然としていた。

やはり、データは。

消されていた。

「百五十時間も遊んだのに……」

目を擦る猪原。

プレイ時間がそのまま価値がある、とは言わない。

だが猪原は、このロムがブルーバージョンだと知らずにプレイしていた。普通に楽しんでいたのだ。

そして、大事にしていた。

データであっても。

大事にすれば、価値が生まれてくるのは自明の理。

それを消去されたのだ。

悲しくない筈がない。

ましてや猪原は。

真面目に勉強もしていたし。

それで何か周囲に迷惑を掛けただろうか。

そもそも、実の娘の苦悩する様子を見て、舌なめずりしている時点で。

あの夫婦の方がおかしい。

それが例え。

「ゲームは幼稚」「子供が遊ぶもの」「卒業しなければならない」とかいう、世間では「平均的な人間が考える事」であったとしてもだ。

結局の所、理論武装して。

児童虐待を正当化していたに過ぎない。

チャイムが鳴る。

警察から派遣されてきた児相の人間らしい。

後は話をしてもらい。

状況によっては、猪原は引っ越すか。

それとも、この家に親類が来る事になるだろう。

状況次第ではまた私が介入しなければならなくなる。

私はあくまでも。

謎を解くだけではなく。

解決するまでやるのが流儀だからだ。

それにしても、である。

この家の夫婦の醜悪さはどうだ。

ひょっとしてだが。

私が介入するのが遅れていたら。

更にエスカレートしてたのではあるまいか。

イジメを行う奴は。

弱者を痛めつける事をこの上なく好む。

盗癖のある父親。

動物を殺して楽しむ母親。

それらが、子供を痛めつけるのを面白いと認識した時。

その先に待っているのは、殺されて埋められるか。精神崩壊するまで痛めつけられるか。そのどちらかしかない。

私は引き上げることにする。

児相の人間は、それなりに責任感がありそうな人物だったが。

はてさて。

児相が介入しても、虐待死がストップしなかった事はいくらでもある。いずれにしても、あの夫婦が猪原にこれ以上何かできないように手は打っておかなければならないか。

まあ、紅谷が今回の事件では、起点になっている。

そういう意味では。

警察も、なあなあで済ませはしないだろう。

「私は帰る。 何かあったらメールをくれ。 というか、一通り話がついたら何でも良いから連絡をくれ」

「うん……」

猪原は、知ったのだろう。

この世にはホンモノの悪意が満ちていて。

自分はそれを向けられていた事に。

しかも、実の親がその悪意の主だったのだ。

ショックを受けるのは、当然かも知れない。

だが、この世界は悪意に満ちている。

母性信仰なんてまやかしだ。言葉通りのただの宗教に過ぎない。

私はそれを知っている。

勿論世の中には、良い母親もいるだろう。

だが、私のは違った。

猪原のも。

そして、田舎の陰湿な人間関係は。簡単にこのような地獄を出現させる。都会では都会で、そちらはまた別の意味で陰湿な人間関係が人間を壊すという話だが。

まあ、正直な話。

人間という生物が駄目なのだろう。

帰り道。

私は呟いていた。

「反吐が出る」

その言葉は誰の耳にも届かない。

そして、私は。

空を見上げた。

月が。

満月が、嫌と言うほど存在感を示している。

狂気の象徴とされる満月は。

人間に分け隔てなく。

その光を注ぎ続けていた。

 

4、死への道

 

姫島が秘密基地に来る。

ぼんやりとしていると、何回か話しかけてきた。

「結局どうなったの?」

「あー。 ちょっと疲れたからな。 休ませてくれ」

「まーた。 体力無いなあ」

「ほっとけ」

私は瞬発型だ。

普段はあまり身動きできない。

半身を起こすと、伸びをする。姫島が来たと言うことは、報酬が届いたという事だろうからだ。

ちなみに報酬は。

これは結構凄い。

白いぬいぐるみだ。

いわゆる編みぐるみじゃない。

結構立派なものである。

猫か何かだろうか。

中に綿を詰めて。

外側をちゃんと縫って。

形もそれなりにしっかりしている。

こんな芸があったのか。

猪原は結構大した奴だなと、私は感心していた。さわり心地も、案外悪くない。

蛙の子は蛙とか。

親と子を結びつけることわざは多い。

実際問題、遺伝という事もあるのだろう。

だが、遺伝とは全く関係なく。親と子供が別になる場合もある。

猪原の場合は。

少なくとも、両親のゲスい遺伝子は。

あまり多くは受け継がなかったのだろう。

「これはいいな」

「一生懸命作ったらしいよ。 自分でも、あんな親だとは思ってもいなかったらしくて、ねえ」

「ゲーム機を「捨てられた」時点で気づけよ」

「そういわないでって。 シロみたいに誰もが振る舞えるわけじゃないんだから」

それもそうか。

苦笑すると、金庫にぬいぐるみを入れて。

私はもう一つあくびをした。

姫島は根気よく待っている。

今回の結末を。

聞いておきたいのだろう。

「猪原は祖母が家に来て、以降は面倒を見る事になったらしい。 母方の祖母だそうだけれど、今の時点で問題は起きていないそうだ」

「そっか。 優しいお婆ちゃんだといいね」

「……そうだな」

サイコパスだった母方の祖母。

ちなみに、私のメール仲間の一人だ。

娘があんな腐れ外道だったと知って、ショックを受けていたようだが。サイコパスというのは、基本的に「普通の人間」の中にするりと滑り込み。

「普通の人間」を装いながら。

多くの殺戮と血を周囲に撒いていく。

そういうものだ。

だから、あれが特別に狂っていたわけでもないだろうし。

何よりも、潜伏していることを、「普通の人間」が見抜けなかったのも、仕方が無い事なのかも知れない。

私は生憎普通では無く。

それで迫害された経験もあるので。

ああだこうだと思う事はない。

そういうものだとしか思わないが。

「メールごしだが、私には随分謝られた。 下手をすると、孫が殺されていたかも知れない、と警察に知らされていたんだろうな」

「そんなに殺してたの猪原さんちの母親」

「庭を掘ってみると、出るわ出るわ。 近所で行方不明になったペットの死骸の山だったらしいよ。 どれもこれも他殺なのが一目で分かったってさ」

しかも、である。

猪原母は、ペットがいなくなって困り果て。

或いは泣いている人間を見て。

舌なめずりしていたという。

第三者の証言が幾つか上がっているそうである。

猪原父は、会社の備品を盗みまくっていたことだけではない。

わざわざ数駅離れた少し大きめの街に出かけては。

其処で窃盗を繰り返していたらしい。

家にはその窃盗品が大量に隠されていて。

警察としても、これは流石に子供を返すわけには行かないと判断したのだろう。

民事から刑事に切り替え。

執行猶予も無し、実刑判決で進める予定だそうだ。

この話は、紅谷から来た。

まあそうだろうなと私は思ったが。

裁判官次第では、くだらない「母性信仰」とやらで判決を甘くしたりしかねないので、今後も気を付けなければならないだろう。

とはいっても、これだけ色々やったら、数年は警察から出てこられない。

その間に、猪原には。

自衛の手段を身につけて貰わなければならないだろう。

ひょっとすると、猪原は引っ越すかも知れないそうだ。

この田舎街である。

狂った夫婦の娘。

それだけで、居づらくなるのは確実だろう。

だが、猪原自身は。

私に感謝していた。

真相を知る事が出来て嬉しかった、と。

そのままだと。

猪原は、それこそまち針を刺される人形のように。

じわじわといたぶられ。

その内、庭に埋められていたかもしれないのだから。

「それにしてもシロ、もの凄く闇が深い事件に首を突っ込みまくってるね」

「それは違うな」

「うん?」

「人間とはこういう生き物だ。 ただそれだけの話だ」

結局の所。

基本的人権なんて、きちんと守られている国なんて、この世界の何処にあるというのか。地球上に存在しているのかと聞かれたら、ノーとしか言いようが無い。

法は公平か。

社会は平等か。

いずれもノーだ。

弱肉強食を否定する事で、人間は他の動物から一歩ぬきんでた。

それなのに、法でガチガチにしばらなければ、あっという間に他の畜生と同レベルの行動を起こす。

その法さえも。

自分に都合良く、好き勝手に作り替える始末だ。

他人のものを奪うために平然と行動し。

あらゆる悪徳を楽しむ。

それが人間という生き物で。

どうしようもないとしか言いようが無い。

勿論私も人間だ。

私の数少ない友人達もそうだ。

だが、こればかりは事実だ。

私の中にも。

この忌まわしい、どす黒い邪悪が流れている。

いや、むしろ。

私の中の邪悪は。

他の人間よりも、より深く。

更に煮詰められているかも知れない。

それでも構わない。私は、私のためだけに、この街を支配下に置くし。そのうち、出来るようならもっと支配権を拡大する。

バケモノと呼ばれようが知った事か。

姫島が鞄から、ゲーム機を取り出す。

「シロさ」

「何だ?」

「ちょっとゲームやろっか。 また新しい敵が配信されてさ。 ちょっと私一人だと手強くてね」

「いいだろう。 だけれどまたバランス崩壊エンドコンテンツだろ。 一回で勝てるかは分からんぞ」

問題なし。

姫島は、によによしながら言う。

私は苦笑すると。

ゲーム機を起動し。

まずはフリーDLCを、ダウンロードすることから始めた。

今度は強敵として知られるモンスターの色違いだが。

どう考えてもおかしい設定をされていて。

火力が異常だ。

頭が痛くなると思いながら。

ちくちくと戦う。

一回目は私が一回、姫島が二回ダウンしてクエスト失敗。

二回目はコツを覚えた私と姫島が、物資を使い果たす勢いで戦闘をして、どうにか激戦の末に仕留める事ができた。

ただし、このゲームは。

繰り返して何度も戦う事が前提になっている。

そうしないと。必要な装備品などが作れないのだ。

一度の戦闘で装備を作れるようにしてくれれば良いのだが。

こればっかりは。

シリーズがなんぼ進んでも。

改善は一向にされない。

二回目の戦闘では、一回目よりだいぶタイムを縮められた。

基本的にどれだけ強い防具でも。

あんまり意味がないのがこのゲーム。

敵の攻撃を避けることが大前提になる。

しばらく黙々と戦い続けて。

七回ほど撃破した後。

姫島がぼそりと呟いた。

「相変わらず進歩が早いなあ」

「お前につきあわされて、散々このゲームをやったからな。 それらの基礎を生かして、応用しているだけだ」

「それにしても早いよ。 此奴、初見で私一人だと、どうにもならなかったのに」

「ゲームバランスに問題があるんだから仕方が無い。 だがそれでもチートを使わず自分の腕で挑んでいるお前は立派だと思うぞ」

そう言うと。

姫島は、後は何も言わなかった。

 

警察に出向く。

母に面会したいと言うと。

色々な手続きの果てに、五分だけ認めてくれた。

なお、父は同伴できているが。

警察の方はあまりいい顔をしなかった。

「今も非常に精神が不安定です。 挑発するようなことは絶対に言わないでください」

「分かっていますよ」

ちなみに。

今日は黄色いパーカーを着ている。

父は死人のような顔色。

まだまだ残務が山積みで。

中々休めない状態なのだ。

私が出向くと。

母は、拘束衣をつけられ。

更に舌を噛まないようにか、猿ぐつわの一種見たいのを噛まされていた。

髪を振り乱し。

凄まじい形相だ。

硝子越し。

向こうは警察が、何があっても大丈夫なように、二人控えている。

最初母は俯いていたが。

私を見ると。

跳び上がらんばかりにいきなり動いて、警官二人が慌てて取り押さえた。

訳が分からないわめき声を上げる母。

私は何も言わない。

ただ見つめるだけ。

その視線を受けて。

母は、金切り声を上げようとして。

出来なかったのだろう。

少なくとも、猿ぐつわみたいな奴が。

口の自由な動きを、阻害しているようだった。

拘束衣を引きちぎりかねない勢いで暴れていたが。

それでも、母は取り押さえられていた。

それにしても、だ。

リミッターが完全に外れると。

人間は彼処まで凶暴になるのか。

多分戦場では。

あんな感じで、誰もが暴れ狂っているのだろう。

特に、剣だ槍だで戦っていた昔は。

皆がそうだったはずだ。

有名な山中鹿之助ですら。アドバイスを求められたとき。最初の内は、自分でも何だか分からないまま戦っていたと、素直に告白したという逸話がある。

いずれにしても、会話は無理と警察側が判断。

母を引きずっていった。

これでいい。

父は、憮然と口をつぐんでいたが。

やがて私に言う。

「ごめんな」

「何が」

「俺がバカだった。 どうしてあんなのと結婚したんだろう」

「……いいんだよ。 そうしなければ、私は生まれなかったんだから」

勿論これは表向きの言葉だ。

父がそう言ってくれることを願っている。

それを察知したから。

そう答えただけ。

今日、会いに来たのは。

アレの病状を悪化させるため。

状態が改善したという話が来たので、それはまずいと判断。悪化させるためにわざわざ貴重な時間を割いて足を運んだのだ。

アレは狂死にまた一歩近づいた。

良い事だ。

何の救いも無く。

隔離病棟で狂い死ね。

それ以外の言葉は、私にはない。

アレに対する感謝なんか一つだってない。

最近分かってきたことだが。

アレは私が乳児の頃から、虐待を続けていた。乳児の頃は、祖母がまだ面倒をある程度見てくれていたのだが。

それも亡くなってからは。

虐待がエスカレートした。

結局の所。

私は、運が良いから生き残ったに過ぎない。

生き残るために。

己の能力を磨き上げたのも。

恐らくは、生存本能から。

警察を出る。

父はずっと無言だった。

私も無言だが。

内心は上機嫌だ。

もうすぐ、アレを死に追いやることが出来る。

それも、合法的に。

今後も、同じように色々と試していこう。

手札は。

出来るだけ多く確保する方が良いのだから。

 

(続)