異臭の家

 

序、覚えなき異臭

 

依頼が来て、喚び出された先は、休日の小学校。面倒くさいと思いながら出向く。小学校は最近休日には警備員が張り付いているケースも多いらしいけれど。流石に小学生が入り込むには問題も無い。

校庭の端の方には木が植えられていて。

鴉にでも襲われたのか。

食い千切られた雀の足が落ちていた。

ぼんやりそれを眺めてから、少し歩く。

今回の依頼主は、六年生の飯島啓介。学校でも知られている不良生徒だ。とはいっても、都会の不良生徒と違って、親がそもそも狂っている訳ではなく。学校で単に腕力自慢をしている、いわゆる二昔前の不良である。

なお、私に叩きのめされて。

以降大人しくなった。

以前、あまりにも五月蠅かったのでシメたのだ。

そうしたら、逆に泣いて謝られた。

四年生の女子に負けたなんて言われたら、もう学校に居場所が無くなる。

何でも言うことを聞くから許して欲しい。

呆れた話だが。

此奴は、自分がどれだけ危うい立場にいるのか、知っていたことになる。

それでいながら、怖くて暴力を振るい続けていた。

要するに。

滑稽で哀れな独裁者だったのだ。

それ以降、此奴は。

私を見るとそそくさと姿を消すようになり。

学校でも非常に大人しくなった。

喧嘩も一切しなくなった。

静かで良い事である。

で、まさか此奴が。

私に依頼をしてくるとは。

或いは兄貴分達を複数連れて、私に復讐、というのも考えられたが。多分違うだろう。此奴の情報は仕入れているが、兄貴分に当たる不良が存在するという話はない。典型的な一匹狼だ。

校庭の隅。

隠れるようにして、飯島は蹲っていた。

誰にも見つからないように。

「逆に目立つぞ」

「分かってるけれど、お前に依頼している所なんて見られたら、俺の威厳とかプライドとかは壊滅するんだよ」

「あっそう」

すこぶるどうでもいい。

だからしらけて聞き流す。

なお、今でも此奴にだったら100パーセント勝てる。

此奴は本格的に武術をやっているわけではない、素人だ。

素である程度喧嘩が強い奴はいる。

実際問題、チンピラでも強い奴は強い。

だけれども、本気で格闘技にうち込んでいる奴には、よほどの体格差でもない限り勝てっこない。

才能で何でも出来たら。

この世では苦労なんてしないのだ。

逆に、体格差はそれだけでかなりのアドバンテージになる事も意味している。

私も昔色々あって、武術の真似事を教わったけれど。

それでも中学生以上の武術をやっている男子にはまず勝てない。

それは分かっているから。

自分の限界についても理解している。

天性の才能だけで勝てるほどこの世は甘くない。逆に努力をしなくても何でも出来るほど甘くもない。

世界の一線級に立っているのは。

天性の才能に加えて、血がにじむ努力をしてきた奴らだ。そういう連中が次元違いなのも当然で。

才能がある上に努力をして磨き抜く。

それくらいしないと、一線級には立てないのだ。

「で、私に依頼って事は、余程困ってるんでしょう? さっさと用件を話してくれるかな?」

「……変な臭いがするんだよ。 ここ最近」

「はあ」

詳しく聞く。

此奴は元々地元では私の家と同じくらいの金持ち。

つまり、幾らでもいるレベル。

山を一つ持っているとかは普通なので。

此奴も其処までブチ抜けて金を持っているわけではない。

だが、親の躾けは厳しく。

それが反動になって、小学校で暴れる事になった。

まあそれはいい。

金持ちという事は。

家も広いという事だ。

「何だか分からないけれど、俺の部屋から妙な臭いがして。 それで、どうにも相談しづらくて」

「親に相談は」

「出来ないんだよ」

「どうして」

しばらく黙り込んだ後。

飯島は言う。

「今俺、兄貴と二人で暮らしてるんだ」

「はあ?」

「俺の両親、今東京に行ってるんだよ。 事業がどうだので。 兄貴はもう社会人やってるから、俺は任されてるんだけれど。 家には誰もいなくて……」

「ああ、そういうことか」

社会人だったら家にいる。

そんなんは幻想だ。

「兄貴の奴、家にいつになっても帰ってこねえ。 仕方が無いから俺は冷蔵庫に突っ込まれてるコンビニ弁当が毎日の主食で、冷凍食品をテキトウに弁当箱に突っ込んで持ってきてるんだよ。 兄貴の奴、たまの休みもずっと寝ていて、喋り掛けるとキレるし、訳がわからねーよ」

「会社が忙しすぎるんだよ。 今の時代残業が月に40時間50時間は当たり前だからな」

「知るかよそんなの!」

「大声を出すと目立つぞ」

口をつぐむ飯島。

分かり易い奴だ。

まあそれは良いとして。

大体事情は分かった。

ただ此奴の家に上がり込むのは嫌だ。此奴と友達と思われるのは、正直ごめん被る。それならば、である。

「依頼は受けてやる。 ただ、姫島と後男子数人をお前に家に誘え」

「は、な、なんでだよ」

「遠隔で調査する」

スマホを使えば。

簡単に遠隔で情報をやりとりすることができる。

カメラ機能を使えば。

リアルタイムで画像も送ってくることが出来る。

スマホを持ち出せるようになった今。

これくらいは簡単だ。

後。念のため、黒田が持ってきた小型のハンディカムビデオカメラも姫島に渡す。それで調査すれば良い。

「ちなみに異臭ってのはどういうのだ」

「何か甘い感じなんだけれど、嫌な感じで……」

「虫が妙に増えていないか」

「虫? いや、よく分からない……」

多分それは腐敗臭だ。

床下か何かに入り込んだ猫が死んだのか。

それだったらいいのだけれども。

最悪の場合。

人間が死んでいる可能性もある。

「今回は最悪警察沙汰になるから覚悟は決めておけよ」

「な、何だよ警察沙汰って!?」

「臭いからして、それは恐らく何かが腐ってる。 食い物かなにかなら良いが、死んだ生き物の可能性があるって事だ。 家が大きいから、野良猫とかが入り込んで死んだのかも知れないが、人間の可能性もある。 その場合は即座に警察を呼ぶ事になるだろうな」

真っ青になる飯島。

分かっていなかったのか此奴。

自分が今。

どれだけヤバイ状況にいる事に。

ただ。異臭に気付いて。周囲を探してみて、何も見つからなかった、という事は良く分かった。

それについては同情の余地もある。

所詮は小学生だ。

様々な状況に対して、対応できないのは仕方が無い。

小学生でも、生きるためになんでもしなければならなかった私のような人間とは、状況からして違う。

親に守って貰えている。

此奴の場合は、家にいないとは言え、メシをおいていってくれる兄貴もいる。

それならば、最低限の生活は出来る。

そういうものだ。

「解決後の報酬については分かっているな」

「あ、ああ。 姫島に聞いた」

「なんで白いものなんて要求すると思う」

「しらねーよ」

私は黄色いパーカーを被ったまま。

目を近づける。

ひっと、小さく学校の暴君が悲鳴を漏らす。

私の目を見たのはひょっとして初めてか。

此奴をぶっ潰したときも。

人体急所をぶち抜いた後、サブミッションで仕留めたから。私と目を合わせる余裕なんて無かっただろう。

だから。知らなくて済んだのだ。

私が、目に地獄そのものを宿していることを。

「私はいずれこの街を支配する。 文字通りの意味でな。 報酬で金を取らないのは、恩を作っておくためだ。 白いものを寄越せというのは、私の渾名にちなんでいるだけでな、実際に要求するのは恩なんだよ。 分かったか」

「……」

小便を漏らしそうな顔で何度も頷く飯島。

此奴、今まで気付いていなかったのか。

人食い熊同然の相手を。

目の前にしていることに。

頷くと、顔を離す。

どちらにしても、私の目を見せていれば。

心が弱い奴なら発狂する。

此奴は自分が砂上の楼閣に住んでいる事を悟っている、ただの小人物だ。喧嘩は同年代の男子より強いかもしれないが、そんなものは文字通り井の中の蛙に過ぎない。

学校を出る。

どうでもいい時間を食った。

さっさと依頼内容を話して、それで終わりにしたかったが。

もう一度アホの躾をしなければならなかったのだから。

まあ、相手が会話が成立するだけ良いか。

アレのように、「自分は常識がある」と考え。

「常識がない」「おかしな思考回路を持つ」相手には何をしても良いと本気で考えている輩とは。

そもそも会話が成立しない。

アレは近いうちに発狂死に追い込んでやるが。

それはそれとして。

会話が成立する相手なら、躾も出来るし。

ねじ伏せる事だって出来る。

割とどうでも良い相手だが。

それでも将来、コネは一つでも作っておいた方が良いだろう。

家に戻る。

父はいない。

例の敵対的買収を仕掛けられている件で、今日も出社だ。そして深夜まで帰ってくる事は無いだろう。

二階に上がってPCを立ち上げ。

同時に姫島に連絡を入れる。

面白いもの。

特にただれた人間関係が大好きな姫島は、大喜びで話を受けた。

「分かった。 要するに、シロの言う通り動けばいいんだね!」

「そうなる。 そう手間が掛かるとは思えないが、念のため先に黒田に機械の動かし方の説明を受けておいてくれるか」

「いーよー」

此奴は。

面白いものが大好きだ。

神話のトリックスターさながらに。

とにかく最優先事項は、面白い事。

他人が苦しんでいようが悲しんでいようがどうでもいい。

面白ければそれでいい。

そういう奴だ。

本来ならそれは、邪悪と判断するべきものなのかも知れないし。

恐らく大人になる頃には。

姫島は相当なワルとして周囲に認識されるか。

もしくは本性を隠して周囲に溶け込み。

廻りを馬鹿にして、観察しながら過ごすかも知れない。

私にとってはどうでもいい。

姫島にとって、私という存在が面白ければ、裏切る事は無い。

それを理解しているから、である。

それが分かっている以上。

姫島は私の敵ではないし。

戦う相手でも。

競合相手でもない。

この街を支配するつもりなのを、姫島は知っている。恐らく、それが出来る事も既に理解している。

私はどんな手段でも用いるつもりだが。

それを理解した上で。

姫島は状況をたのしんでいる。

彼奴は。

そういう奴だ。

連絡を終えると。

ネットで行方不明者などを軽く調べておく。

日本全土で、今は年間数万人が行方不明になるが。

これは居場所が分からない、事を意味する。

実際に犯罪に巻き込まれているのはそのごくごく一部に過ぎないのだが。

ともあれ、この近くで。

最近行方不明になった人間がいないか、調べておく。これは勿論、最悪の事態が発生した場合に対する備えだ。

もっとも、行方不明になっている人間というのは、実際には調査がいい加減だったりして、単に国が居場所を把握していない、というだけのケースも多い。

このため、此処で調べるのは。

捜索願が出ている人間だけだ。

しばらく黙々淡々と調べると。

ヒットする例は無し。

この街にはホームレスもいないし。

老人などに関しては、独自のネットワークが出来ている。

続いてやるのは、その老人達にメールを飛ばすことだ。

最近見かけなくなった人はいないか、というものだが。

しばらく待って返事を確認するが。

特にいなくなった、というものは無かった。

そうなると、人間が死んでいる、という最悪のケースは無しと判断して良いか。

可能性としては。一番高いのは。

飯島の両親だが。

東京に行っているという話で。

実際には殺されていた、というケースだ。

その場合は、飯島の兄が殺人犯となるだろうが。

流石にその可能性はごくごく低いと考えて良いだろう。

念のため、情報を洗ってみるが。

幸い飯島の両親は健在。

東京の方の会社にて、やりとりをしている様子が確認できたので、最悪の事態は免れた事になる。

いずれにしても。

そうなると、異臭の原因を探っていくことになるが。

まあ姫島がノリノリで色々やってくれるだろう。

今回は安楽椅子探偵のノリで、指示を出すだけで大丈夫。

もっとも、飯島の兄が本当に殺人犯だった場合の事を考えて。

行動には慎重を期して貰わなければならないが。

父が帰ってきたのは。

今日も十時過ぎ。

既に顔色が完全に死人になっている父は。

何も言わず。

私が出したうどんを平らげた。

 

1、異臭の屋敷

 

田舎と言う事もあり、この辺りの金持ちは巨大な屋敷を構えている事も多い。こういった金持ちは権力者となると同時にヤクザ化するケースもある。

ただ。この田舎街は。

指定広域暴力団の三次組織が粉を掛けているくらいで。

地元の有力者がヤクザになってはいない。

それだけは、良いことなのかも知れない。

姫島が、ハンディカムビデオと。

弱みを握って手下にしている男子数人とともに、飯島の家を訪れる。姫島は私の次くらいにやり口がえげつない。

男子を掌の上で転がすくらい。

朝飯前にやってのける。

とはいっても、だ。

そういう女子が増えすぎた弊害なのだろう。

現在は男女間の関係性の敷居が上がりすぎた。

先進国はどこもそうらしいが。

いずれにしても、今後は人口が減らないとまずい。

或いは。人類が自主的に。

人口を減らすためにこういう処置を無意識下でやっているのかも知れないが。

しかしながら、人間の歴史を考えると、あまりそういう行動は考えられない。アブラムシでさえ、増えすぎると天敵を呼んで仲間を間引くのだが。人間にはそういう行動を取ることさえ考えにくい、という事だ。

いずれにしても、姫島が手下数人とともに。

屋敷としか呼べない飯島の家に入る。

とはいっても、今日は休日。

家には飯島一人しかいない。

そう、休日なのに、である。

うちの親と同じだ。

「遊びに来たよー」

「ああ、入ってくれ」

「お邪魔します……」

死んだ目の飯島と、怯えきっている姫島の手下達。

ハンディカムビデオはとっくにつけている。

だからその様子は、きっちり録画されていた。

姫島の手下どもが怯えきっているのは。学校の表向きのボスとして君臨している暴君の家に、自分たちの弱みを握っている魔王に連れられて来たからだ。

なお私の事はそれ以上の邪悪で理解出来ない何者かとして認識しているようなので。

もし私が直接飯島の家に行ったら。

此奴ら、多分全員その場で泣き出すか。

漏らして全力逃走していただろう。

割とどうでも良いことだが。

ハンディカムビデオを廻しながら、周囲を確認。軒下の存在を確認した。

今の家庭では滅多にないが、この家では軒下がある。経済的にも余裕があるため、たまにプロの掃除業者を呼んで、家全体を掃除して貰っているそうだ。

というのを、今飯島が話したので。

私が丁度スマホを使って、メールを送り。

業者が掃除した最後がいつか聞くように確認。

その結果、一年前という事が分かった。

実のところ、異臭というのは結構長時間消えないことが多い。

その事もあって、最悪でも一年前に何かしらの異臭の元が無い事はこれにて確認できた事になる。

東京などでは、孤独死する人間が出るケースが多く。

業者は職業柄、どうしてもそういった場合の異臭は分かるそうである。

それに、床下などに死体があった場合。

業者が発見するだろう。

仮に飯島の兄が殺人犯だったとして。

隠すなら。床下は無さそうだ。

さて、部屋に入るが。

綺麗に整理されている部屋だ。

ポスターもない。

まあ部屋の中を探るのは止めてやるのが情けだろう。恩を売るのは大事だが。恨みを買うのは得策では無い。

思春期男子の部屋を漁って、エロ本でも異性に見つけられでもしたら。

それは笑い話にはならない。

一生もののトラウマになる。

これについては、実際にまだやりとりをしている、以前事件を解決した相手に話を聞いたことがある。

昔事件を解決した相手は、もう大学生や院生になっているケースがあるのだが。

そういう相手と話していると。

色々な年代の考え方や。

立場やどういうことがいや、といった事がよく分かる。

いずれにしても、色々な世代の人間の考え方を理解しておくのは、街を支配するためには必要な事。

そして恩を売るのと、恨みを買うのはまるで別物で。

ちょっとしたことで一生ものの恨みを買うことも。

私は理解している。

だから、姫島には事前に釘は刺してある。

かるくゲームで遊び始める男子勢。

姫島に促して。

飯島に、異臭について聞かせる。

少し躊躇った後、飯島は言う。

この部屋ではなくて、どうも隣の部屋で感じると。

飯島はそのまま残し。

隣の部屋に移動する姫島。

ふんふんと鼻を鳴らしていたが。

その後、スマホにメールで連絡を入れてくる。

「確かに変な臭いする」

部屋全体を映して貰うが。

倉庫に使っているらしく、人気がない。

「飯島の部屋ではどうだった?」

「そういえばちょっと臭ったかも知れない」

「その隣は?」

「外」

カメラを向ける姫島。

確かに屋外だ。

要するに渡り廊下のような構造になっているのである。いわゆる母屋という奴だ。

ざっと様子を確認するが。

そっちでは臭いはないと言う。

ふむ、と腕組みして考えた後。

さっきの部屋に戻って貰い、彼方此方調べて貰う。とはいっても使っていない倉庫である。ほぼ何も無い。

つまり臭いの出所も。

よく分からない、という事だ。

「天井は?」

「脚立借りて来るわ」

「脚立はしっかり固定しろよ。 落ちたら死ぬぞ」

「ふえ?」

知らないようなので、姫島に教えておく。

脚立から落ちると、ちょうど振り子の原理のように頭から地面に叩き付けられる。この場合、二メートルくらいから落ちても致命傷になる。

それだけ脚立というのは危険なのだ。

しっかり固定し、出来れば一人に支えさせるのが一番なのだが。

現場ではそういってもいられず。

今までに、たびたび死亡事故が起きている。

建築の現場では。

脚立を使うときには要注意、という触れがあるほどで。

それだけ注意をしなければならない、ということである。

これはちなみに一種の受け売りだが。

実際に脚立から人形を落とす動画や、検証実験の動画を見たことがある。

いずれも凄惨な有様になっていて。

とてもではないが。

笑い飛ばせる代物では無かった。

説明をすると。

怖い物知らずの姫島も流石に青ざめて。子分を一人呼びに行く。

そして脚立をささえさせ。

天井板に手を掛けた。

板はあっさり外れ。

ハンディカムビデオの灯りが。天井裏を、奥まで照らす。こういう天井裏は、火事の際に一気に延焼するのを防ぐため、間仕切りが入れられているものなのだが。

これにもきちんと間仕切りはあった。

「埃っぽいだけだよ」

「臭いは」

「……うーん、ないなあ」

「となるとこっちは外れか」

板を戻して、ゆっくり降りるように指示。

姫島はへいへいと言いながら降りて。てきぱきと脚立をしまう。この辺の手際は、なかなかに良い。

「この部屋の方が臭いは強いんだな」

「うん。 明確に」

「そうなるとやっぱり部屋の中か、或いは床下だな」

「でも床下は一年前くらいに調べてるんでしょ?」

つまりその後に。

何かしらの腐敗臭を放つものが其処に置かれた、という事だ。

手下に脚立を片付けさせ。

そして姫島自身は、縁側に出る。

更に、まだ小柄な体を生かして、床下を覗き込んだ。カメラのライトが周囲を照らすけれど。

勿論幽霊がにっこりこんにちわとか。

ブリッジ走行でゾンビが駆け寄ってくるとか。

そういう事は無い。

ちなみに私は見える人では無い。

人間の科学力なんて多寡が知れていることも知っているので。

幽霊の存在は否定はしない。

いたら面白い、くらいに考えている。

それだけだ。

「別に何にもいないなあ」

「隣の部屋から、この部屋の下辺りを重点的に見てくれるか」

「入り込むのが難しいけれど、やってみる」

四苦八苦しながらも。姫島は潜り込んで、這うようにして床下を探し廻る。手下は何しているんだろうと、姫島を見ているだけで。

怖いのか、床下には入ってこない。

「真っ暗ー」

「ライトがあるだろう」

「それでも真っ暗ー」

「で?」

巫山戯ている姫島。

それだけ余裕があると言う事だ。

何か死んでいるかも知れない。

それを軽く考えている。

もしも、大型の動物とかが死んでいる場合。

疫病などが媒介される可能性もある。

実際に使われた戦術として。

籠城中の敵に、腐乱死体を投石機で投げ込む、というものがあった。

これによって、相手に病気を媒介するのである。

信じられないかも知れないが。

人間はこれくらい平然とやる。

そして、今此処に。

同様に危険な代物がないとは、言い切れないのである。

「臭いはどうだ」

「うーん、部屋の中とあんまり変わらないかなあ。 それに……」

「それに、何だ」

「凄く冷えてる。 これだと腐らないんじゃない?」

「そういうものか」

とは言っても、体感だ。

冷蔵庫並みに冷えているなら、確かに速度は落ちるだろうが。それでもゆっくり腐敗はしていく。

冷凍庫並なら、確かに腐らなくはなるが。

たかが床下だ。

其処までは期待出来ないだろう。

「目立つものはないか」

「うーん、ないねえ。 猫とかが入り込んで、糞とかしてるとか、そういうのもないみたいだし。 鼠とかも見当たらない。 ちょっと蜘蛛が巣を張ってるくらいかなあ」

「そんなものはどうでもいい」

「デスヨネー」

飯島の部屋の下も調べて貰うが。

そっちも空振り。

同様に、天井も調べて貰うが。

同じように駄目だった。

一旦服の埃を落として貰って、縁側に出る。

ハンディカムビデオを切った後。私が映像を検証する。送られてきていた動画を確認するが。

目立つものは映っていなかった。

いわゆる安楽椅子探偵というのは、案外大変だな。

私はぼやく。

あれは実際にやってみると、相当な頭のキレと、人間心理の理解が必要になってくるだろう。

少なくとも私には。

真似を出来る自信はあまりない。

だが、やる必要がある。

此処でしっかり依頼を達成すれば。

今後は更にコネという点で有利になる。

ジジババの間でも、妖怪娘という渾名で、私は呼ばれ始めているらしい。元々孫達から話を聞いた者。

ゲートボール大会などで顔を合わせているもの。

実際に話した者。

そういった者達が、噂として流しているのだろう。

良い傾向だが。

それが名前倒れにならないよう。

人間離れした活躍ぶりを見せてやる必要がある。

頭を掻きながら、動画を検証。

多分倉庫は違う。

しかしながら、少し気になる事がある。

細かく指示を出していくのもあれだ。一気に疑問点を見てしまう方が良いだろう。どうせ姫島も、ゲームを持ち込んでいるのだし。

私の長考に退屈する事は無いはずだ。

それにしても異臭如きにこうも苦戦するとは。

個人的にも、予想外だった。

 

動画を一通りチェック。

七カ所ほど、気になる部分を見つけた。

姫島に連絡。

捜索を再開して貰う。

姫島も、手下どもとのゲームには飽きてきていたらしく。

すぐに乗ってくる。

「ドスランポース殺すの飽きた。 さっさと指示よろ」

「またそれやってるのか」

「だって此奴ら下手なんだもん。 しかもどっかのバカが作ったチートコードですぐ楽しようとするし。 基本から叩き込んでるの」

「まあそのゲーム難しいからな。 子供がクリア出来なくて音を上げるのも仕方が無い、とは言えるが」

そんなのは甘えだと。

珍しく姫島が厳しい事を言う。

ただ、正直な話。

今姫島が話題にしているゲームは、確かに難しいので。私としては、安易に迎合できないのも事実だった。

もっとも、チートなんか使う事はただのアホのすることだという点に関しては全面的に同意だ。

ただし、ゲーム製作サイドが難易度を下げるか。それともカジュアルな難易度のモードを搭載するとかの工夫も必要だろうとは感じる。

ともあれ、捜索再開だ。

飯島は苦虫を噛み潰した様子で。

屋敷の内部を撮影されている様子を見ているが。

自分一人ではどうにもならなかったのだ。

私に任せるしかない。

それに、飯島なりに。

何かヤバイ事態が起きているのでは無いか、という事に気付いてはいたのだろう。だから、私まで頼った。

それで正解だと思わせ。

更に悪名を轟かせる。

それでいい。

「押し入れ確認開始」

「臭いは」

「うーん、ぴんと来ない」

「もしも何かが隠れているなら奥の方の筈だ。 箱とかは開けなくてもいいからな」

姫島がアイアイと言い。

どこでそんなん覚えたんだと呆れながら。

ハンディカムカメラの画像をチェック。

さて、どうなる。

確認を続けていくが。

どうも妙だ。

臭いは隣の部屋でより強い。

床下も天井裏も違った。

外も変な様子は無い。

そうなると、屋内の筈なのだが。

姫島は言う。

どうも押し入れも違うようだ、と。

そうなってくると。

考えられるのは水回りなのだが。

それも、この部屋の周辺は通っていないだろう。水回りがあるのは。少し離れた場所で。其方には異臭は無い事を確認済みである。

風向きを確認させる。

隣の部屋に、何かしらの風が入り込んでいないか、調べさせるのだけれども。それも無い様子だ。

順番に。

可能性がある場所を探させていく。

姫島は煤だらけになりつつも、場合によっては軍手を填めて、バンバン調べていくのだが。

それでも何も見つからず。

ついに飽き始めた。

「シロー。 何も無いデース」

「臭いはどうだ」

「部屋そのものに籠もってる感じ。 外からも内からもなんというか、特に強くは感じないなあ」

「……まさかとは思うが、芳香剤の類か?」

しかし、業者が掃除したという話だし。

芳香剤なんかの臭いが、今更問題になるとは考えにくい。

そうなると、壁。

壁紙を剥がしてみると、其処に潜り込んだ動物の死体がこんにちわ、というケースも想定できるが。

それだと、ホラー系のミステリ短編みたいだ。

だが、壁紙はなんだかんだで隙間があって。

もしもそういう場合は。

やはり虫が湧くだろう。

しかも良い感じで腐敗しているとなると。

どうしても蠅やら何やらが肥え太って、周囲でぶんぶん飛び回っていてもおかしくは無いはずだ。

「飽きたー」

「……一旦外に出て、倉庫部屋にあるエアコンの室外機を調べてくれ」

「室外機?」

「どういうものかは私が指示する。 部屋の裏側に回ってくれるか」

ぶちぶち言いながら、姫島が外に出る。

あくびをしながら、退屈そうに。母屋の渡り廊下を迂回して、ぐるっと外側に。あじさいの木があるが、今は季節では無いので咲いていない。もしもこれが咲いていたら、死体のあるなしが分かるのだが。

まあ古典的なトリックだ。

家の裏側は。それなりに整理されているが。

それでも草は結構多い。

野良猫とかが入り込んでいる可能性はある。

このくらいの田舎だと。

タヌキとかもいるかも知れない。

「お、見つけた。 この四角い奴?」

「そうだ。 ……なるほど、大型の室外機を使って、複数の部屋に冷房機能を提供しているのか。 これだけ大きな屋敷だから、業務用を使うのもあり、というわけだな」

部屋の外壁に。

それなりに大きな室外機を確認。

飯島の部屋からはかなり離れているが。其処からかなりの数の送風ダクトが伸びている。ダクトはそれぞれ断熱材で守られていて。冷房なり暖房なりを、それぞれの部屋に送り込む仕組みになっているのだ。

さて、確認する。

「臭いは?」

「草の臭いはするけれど、それだけかなあ。 あの甘いのはあんまりしない」

「……」

考えて見れば。

室外機付近で何かが腐っていたら。

全部の部屋に異臭が行っている筈だ。

それが違うとなると。

映像を見て、ふと身を乗り出す。

倉庫部屋に向かっているダクト。

どうも様子が変だ。

「脚立。 右から四番目のダクトの近くに組み立ててくれ」

「お、なんか分かった?」

「一応な」

脚立を組むが。

今度は下が地面だ。

子分を連れて来た姫島が、しっかり支えさせる。ただ下が地面と言う事は、さっきと違って、落ちても死ぬ事は無いだろう。頭に障害は残るかも知れないが。いずれにしても、気を付けるに越したことは無い。

私が気になったのは。

断熱材が一部破れていることだ。

こういうのは、屋外で動物がおいたをする事も考慮して、かなりしっかり作るケースが多い。

ましてや田舎だ。

何が悪戯するか知れたものではない。

「破れている辺り、ちょっと調べて見て」

「うわ、なんか臭うよ」

「ビンゴだな」

当たりを引いたか。

姫島が、脚立から首を伸ばして、色々調べているが。ハンディカムビデオには、映り込んでいない。

首からぶら下げて。

両手で色々と調べているようだ。

脚立を動かしている。

それだけしか分からない。

ハンディカムの欠点だ。

手に持って直接映像を撮らなければ。

意図したような映像がこっちには伝わってこない。

一旦映像を切れと指示しようかと思ったが。姫島も、臭いが何かあることに気付いたからだろう。

それに飽きも来ていたからか。

熱心に探っていた。

ほどなく。

姫島があっと声を上げる。

「これだっ!」

「見せろ」

すぐにとはいかないが。

脚立に乗っている姫島が、ハンディカムビデオを操作して、映像を映してくる。なるほど、これは確かに当たりだ。

エアコンをつけていれば。

更に臭いは激しくなっていただろう。

見ると、飯島の部屋のエアコンへの送風ダクトも、かなり近い。それ故に、臭いが漏れていたのだろう。

断熱材の奥。

其処には、冬眠しようとして、失敗でもしたのか。或いは何か他の理由によるものなのか。

何かの動物の死体が挟まっていて。そして今、絶賛蛆が飽食の宴を繰り広げていた。

「これ、取り出すの?」

流石の怖い物知らずの姫島も、凄く嫌そうな声で言ったが。

私は冷静に指摘する。

「持ってきているだろう。 例の奴を」

「うえー」

文句を言いながらも。

ゴム手をつけ。

ビニール袋を三重にし。

マスクで武装した後。

死体を取り出す。

蛆ごと死体を取り出した後。其処に強烈な殺虫剤を掛ける。蛆は業者が専門の殺虫剤を使うくらい耐性が強く、洗剤程度ではびくともしない。徹底的に動かなくなるまで殺虫剤を掛けて。

動かなくなるのを確認するまで、容赦なく殺戮する。

「ぼとぼと落ちてるよー」

「まだしばらく続けろ」

「なんで?」

「腐汁が、断熱材にまでしみこんでいて、それにも蛆が食いついているだろう。 それらも皆殺しにする」

閉口した姫島が。

結局楽しくてやると言い出したのは自分だと言う事を思い出したのだろう。

此奴はなんだかんだで義理堅い。

享楽的だが。

それでも、やることはきっちりやる。

死体があるかも知れない事は、分かっていたはずだ。

人間のものだったら、通報だったが。

これは明らかに小型の動物。

崩れすぎていて何だか分からないが。

とにかく、現時点では、警察に通報するような案件では無い。

ならば覚悟は決まっていた筈だ。

一次処理は此方でやる。

もっとも、情報次第では、これから警察に連絡しなければならないが。

「ふいー、蛆は全部取り除いたよー」

「続いて消毒」

「OK」

消毒液で、徹底的に消毒する。

本当だったら断熱材を取り除かなければならないのだけれど。今回は、其処まではできないのだから、仕方が無い。

それは、後で飯島家にてやる事だ。

此処で使う消毒液は。

市販で扱っているもののなかでも、特に強力な奴。ちなみに、元から姫島の家にあったものだ。

田舎で暮らしていると。

どうしても、度を超した腐敗物に遭遇するケースがあり。

各家庭で扱う場合がある。

姫島の家では、此方に後から越してきたが。

なんだかんだでアドバイスなどを受けて、購入していたらしく。

今回姫島は、それをこっそり「拝借してきた」らしい。

まあそれはともあれ。

消毒をばっちりやる。

その後は消臭。

周囲にまで染みついている臭いを。

徹底的に落とす。

これで、一段落だ。

「シロー、終わったよー」

「まだ全部じゃないがな」

「ええー」

姫島に。

これからやるべき事を。

順番に告げていく。

流石に不満そうだったが。自分で言い出した事なのだ。しっかりやり遂げるのが流儀な事を。

私は知っていて。

それを利用する。

それだけだった。

 

2、亀裂の死骸

 

断熱材の亀裂に、ビニールをかぶせ。上からダクトテープで固定する。これで、一旦断熱効果は復活したはずだ。

飯島を呼んでこさせる。

飯島は、死体を見て、うえっと分かり易いほどの声を上げた。

「何だよこれっ!」

「ペットか何かで心当たりは」

「しらねーよ!」

完全に動揺している飯島は。

一秒でもこの場を離れたいと、顔に書いていた。

だが、そうはさせない。

しっかり状況を見極めるまでは。

此処を離れさせるわけには行かない。

「これはサイズからして、鼠かそれに類するものだ」

「鼠って、これどう見ても猫くらいあるぞ!」

「ドブネズミの中には、猫より大きくなる奴もいる。 食性も雑食で、赤ん坊の顔が食い千切られたり、手足が食い千切られたりという事件も現実に起きている」

「ひいっ!」

本気で怯えた声を上げる飯島。

まさか。

本当に知らなかったのか。

ちなみに今教えたことは事実だ。

ドブネズミはサイズもかなり巨大に成長し、子猫くらいだったら襲いかかって返り討ちにするケースさえある。

性質も獰猛な上。

病気も媒介し。

更にどんな汚染でもびくともしない。

人間の生活圏に入り込んで、平然と生きているだけのことはある。というか、人間の生活圏はジャングルより過酷とさえ言われているのだ。

其処で堂々と生き延びているドブネズミは。

凄まじい適応力と、生命力を持った品種なのだ。

ちなみに、家などに入り込んでくる鼠は。

主にはドブネズミでは無い。

殆どの場合。

クマネズミになる。

此奴らは此奴らで厄介なのだが。

それはともかくとして。

まずはこの死体を調べておく必要があるだろう。

怯えきっている飯島は家に戻す。

ビニールはしっかり閉じさせているけれど。

これは腐敗ガスが酷くなると、その内爆発しかねない。蛆も殺しはしたが、腐るのを止めることは出来ない。

何より、である。

そもそもどうして断熱材に亀裂が出来ていて。

其処に動物が入り込んで死んでいた。

本当にそうなのか。

誰かが断熱材を切り裂き。

動物の死体を詰め込んだのでは無いのか。

そういう可能性も、想定しなければならないだろう。

専門家の所に持ち込みたいところだが。

死体はそもそも崩れてしまっている。

ゴム手も、二度と触りたくないと、姫島は顔に書いていた。流石に怖い物知らずの此奴でも。

腐った動物を掴んだゴム手なんて。

二度と触りたくないのは当然だし。

それについてどうこう言うつもりは無い。

「それで、シロ。 これどーするの?」

「調べた後焼却処分するが。 それよりも、だ」

「何」

「可能性としては、これだけでは終わらないかも知れない」

詳しく、と言われたので。

咳払い。

順番に話していく。

まず、周囲に消臭剤を撒いて貰う。

この辺りはまだかなり臭うので、その臭いを消すのだ。ちなみに芳香剤の類は使用せず、あくまで消臭剤を使う。

これは、ある可能性を想定して、の事だ。

「消臭剤はいいけど、なんで?」

「作業をとっととやれ。 まだ臭うだろ」

「もー。 確かに面白そうだから首を突っ込んだけど、こんな酷い目に会うなんて思わなかったよ」

「田舎で暮らしている以上諦めろ」

口を3の字にして文句を言う姫島だが。

こればっかりは仕方が無いと判断したのだろう。

せっせと作業に取りかかる。

そして、しばらくしてから。

私が次の作業について告げる。

「どうして消臭剤を撒いたか分かるか。 芳香剤じゃ無くて」

「なんで?」

「作業中に考えていたみたいだから、此方も敢えて言わなかったんだがな。 この状況、不自然だと思わないか?」

小首をかしげている姫島。

まあこれについては。

正直分かる。

不自然かと言われても。

困るというのが、姫島にとっては本音になるだろう。

実際問題。

この状況で、頭が働くかと言われたら。

水準の知能しかない姫島には、厳しいとしか言いようが無いのも事実なのである。

「何かを隠している可能性がある」

「へえっ!?」

「考えても見ろ。 そもそもあんな位置の断熱材が切り割かれて。 わざわざ動物が入り込んでいるんだぞ。 妙だと思わないか」

「そういえば……」

同じ切り裂くにしても、もっと下の方を選んでもおかしくないはずだ。脚立を使わないと到達できない位置だった。

勿論、何かしらの理由で、亀裂が出来て。

其処に入り込んだ、というのならまだわかるのだが。

今回の場合。

それもどうにも想定できないのである。

というのもだ。

亀裂は、ダクトを守る断熱材。

それを保護するテーピングを。

縦に切り裂くようにして走っていたのだ。

つまり、恐らく。

この亀裂は、人為的なものだ。

気になるのはもう一つ。

あの飯島の反応。

嫌がるのでは無くて。

恐怖していた。

恐怖については別に良い。田舎の子供にしては、線が細すぎると思う。暴君なんてのは、得てして自分の立場が危ういことを理解していて。実際にはとても憶病だと言う事も、彼奴を見ていればよく分かる。

私はそんな三流の暴君になるつもりはないが。

いずれにしても、だ。

彼奴には。

何か心当たりがあるのではないか。

死体も観察する。

流石に此処まで崩れていると、何かのほ乳類らしい、という事しか分からないが。ドブネズミにしては妙だ。

ドブネズミは体長とほとんど同じくらいもある長大な尻尾が特徴で。

それが見受けられない。

腐って脱落した可能性もあるが。

それにしてはおかしいのである。

実際、死体を取り出す際に、姫島に色々と作業をして貰ったが。

尻尾があったら、それはそれで見つかったはず。

そして今も。

地面を探って貰っているが。

それらしいものが見つからない。

腕組みして小首を捻る。

姫島は。

むーと唸った。

「シロー」

「考え中だ」

「分かってるけれどさあ」

「兎に角、手袋は処理してしまおう。 殺菌消臭した後、燃える塵に突っ込んでしまってくれ」

それでやっと安心したのか。

姫島は嘆息。

私は、まだ。

可能性について、考えなければならなかった。

 

そのまま、黒ゴミ袋を飯島に用意させ。

さっきの死体の袋を包む。

そして、私は外で合流。

姫島から、死体を受け取った。

「ああもう、シロー!」

「大変だったな」

「自分で言い出したけど。 こんなになるとは思わなかったよ」

げんなりした様子の姫島。

だが、なんだかんだで楽しそうだ。

ちなみに子分どもは。

死んだ魚みたいな目をしていた。

色々手伝わされたのだろう。

腐りきった死体を見て。

楽しいとは思えなかったはずだ。

というか、腐乱死体を見て面白がるのは、流石に嗜好が珍しい。私としても。そういうのを見たら、ちょっと変わった奴だなと思う。私も大概だが。

「で、どうするの」

「まずこれを保健所に届ける」

「そっか」

「その後、様子見だ」

まだ、飯島には全て終わったとは言っていない。

というか、まだ終わっていない可能性があるとメールを入れているほどだ。

これはどういうことかというと。

あの死体が、もっと大きな何かを隠すためのフェイクかも知れない、と考えたからである。

考えすぎの可能性もある。

何しろ、むしろ近くに何かありますよーと示すようなものだからで。

実際あの死体をトリガーにして周囲が調査され。

何かとんでも無い代物が出てきてしまうケースもある。

今まで私は殺人事件に遭遇したことは無いが。

人間の死体だったら見た事がある。

依頼を受けて調査して。

その結果発見したものだ。

その時は警察沙汰になって。

たまたま臭いに気付いて、という説明をしたが。

とにかく聴取で面倒くさい事この上なかった。

いずれにしても、ともかく死体は見つけたのだし。

此処で一段落、という事は事実である。

この後どう進展するかは。

まだ臭いが残るか。

そして、死体があったと飯島が兄に告げて。

どう反応するか、に掛かっている。

もしも飯島兄が何かしているとしたら。

ろくでもない結果が待っている、と判断して良いだろう。

その時に備えて。

逃げる準備もするように、と飯島には伝えてある。

なお、死体の処理は、飯島がしたと言うようにも。

飯島は青ざめていて。

姫島が帰る際も、ずっと真っ青になっていた。

すぐ近くに。

あんなおぞましい死体があるとは思ってもいなかったのだろう。

田舎暮らしをしていると、部屋に百足が出たり。

スズメバチが入ってきたり。

そんなのは日常茶飯事だ。

仕方が無い事なので、誰もがある程度耐性はある。

だが、それでも。

腐乱死体が近くにあって。

蠅がたくさん集っていた、なんてのを知ったら。

精神があまり強くない奴なら。

吐くこともある。

鍛えられているといっても、所詮は間近に動物がいるというだけの事に過ぎないのであって。

それで腐乱死体を見て平気、というわけでもないのだ。

保健所に到着。

死体を引き渡す。

保健所の人は、死体を受け取ると、凄い顔をした。

「これは、ひどいね。 何処にあったの」

「「友達」の家の冷房のダクトの、断熱材の隙間に入り込んでいました。 蛆も湧いていたので、専門の駆除剤で処理しました」

「助かるよ」

「で。 これなんですか? ドブネズミには見えませんけれど」

「ちょっと分からないね。 サイズからして、モモンガやヤマネみたいな稀少動物ではないとは思うけれど。 様子からしてほ乳類だろうけれど、クマネズミにしては大きいし、ドブネズミにしては小さい」

保健所では。

こういう死体を日常的に扱う。

いずれにしても、死体を引き取って貰う。

こっちとしては、ハンディカムカメラで映像はばっちり残してあるので、それは問題ない。

これからネットで調べて見て。

該当する死体が見つかりそうになかったら。

いっそSNSにでも放流するつもりだ。

そうすれば、案外。

特定出来るかも知れない。

「可能性がありそうな動物は何ですか?」

「此処まで酷いとちょっとすぐには特定出来ないけれど、そうだね……子猫ではないとすると、大きく理想的な環境で育ったクマネズミか、或いは外来種の何か動物かも知れないね」

「焼却処分ですか?」

「一応調査に回してからね」

何でも、こういう保健所では。

外来生物の調査も兼ねて。

回収した死体については、一応軽く調べて。

その後焼却処分するそうである。

ただ、その結果については教えてくれないそうだ。

むっとした顔を姫島がするけれど。

保健所のおじさんは困った様子で、眉をひそめた。

そんな顔をされても。教えられないものは教えられない、というのだ。

いずれにしても、姫島を促して帰る。

帰り道。

姫島はぶーぶー文句を垂れていた。

「アレがお役所仕事でしょ。 なんだよもう」

「あの人にそれを言っても仕方が無い。 それよりも、数日様子を見るのが先だ。 場合によっては、事件が更に進むかも知れないし。 あれで解決するかもしれない」

「……分かった」

私の考えている最悪の想定は恐らくないだろうが。

また新しい可能性が出てきた。

外来種だとすると。

明らかに人為的な損傷を受けた断熱材の隙間に入り込んで、どうして死んでいたのかが分からない。

いや、可能性があるとすると。

いずれにしても、ちょっとまだこの事件では。

一波乱ある、と判断した方が良さそうだ。

駅で姫島と別れ。

家に向かう。

姫島も臭いがついたとブツブツ文句を言っていたが。

私に対して不満を口にはしなかった。

それはまあそうだろう。

彼奴のポリシーで。

首を突っ込んだ以上自己責任だし。

なんだかんだで楽しんでいたようだった。

世の中では。筋を通すことをやらない奴が、常識人を自称しているケースが非常に多いし。

信念を持つことを「幼稚」だと嘲笑する風潮がある。

これは非常に情けない事だと小学生の私でさえ思うのだが。

思うに世の中には、邪悪が蔓延りすぎて。

常識が狂ったとき。

まともな倫理観念も死んだからだろう。

そんな腐った世界の中で。

姫島は自分のポリシーをきっちり貫いている。

それは立派なことで。

私としても。

友人として彼奴を持ったことは、良い事だと考えていた。

勿論トリックスターそのものの性質はあるし。

何よりも快楽主義者でもあるが。

それと同時に。

自分で決めたことは曲げない。

そういう、普通の人間が絶対に持ち得ない強さも、姫島は持っている。それがどうしてなのかは、分からないが。

いずれにしても、今回はそれが役だった。

家に到着。

シャワーを浴びて、汚れを落とすと。

夕食の準備をする。

さて、飯島の方の結果待ちだ。

それまでは。こちらとしても。

あらゆる状況を想定しておくしかない。

 

3、急転「落下」

 

翌日。

飯島が、顔を腫らして登校してきた。

泣いていた、という雰囲気では無い。

明らかに殴られた痕だ。

教師も流石にこれを見て問題だ、と思ったのだろう。職員室に呼び出して話を聞いていたが。

飯島はずっとだんまりを貫いていたようだった。

放課後メールを入れる。

メールでやりとりするのも面倒なので、校舎裏に喚び出す。

そうすると、姿を見せた飯島は半ギレしていた。

「兄貴に殴られたんだよ!」

「ほう?」

「ほうじゃねーよ! なんでだよ! 死体があったから片付けたって言ったら、血相変えて騒ぎ出して、顔面にだぞ! 信じられるかよ!」

飯島の兄貴はガタイが良い。

殴られたら、さぞや痛かったことだろう。

だが此奴は。

学校で暴君として君臨していたし。

弱い者いじめの一環で。

散々他の奴を殴ってきた。

自業自得だろと思ったが。

それは敢えて黙っておく。

これは、恐らくだが。

何かやばいことが起きていると見て良いだろう。

「ちょっとばかりまずいぞ」

「ああ?」

「ああじゃねーよ」

私の声色が変わった事に気付いて。

飯島が黙り込む。

調子に乗るのもいい加減にしろ。

私が少し威圧を込めると。

完全に黙り込んだ。

サブミッションを掛けられて、大泣きしたときの事を思い出したのだろう。その気になれば、私は。

あの時、此奴を徹底的に壊して、一生ものの障害を負わせることだって出来たし。

そもそも。

あの時じゃ無くても。

そう、今でも。

同じ事がいつでも出来る。

飯島は一度私に対するトラウマを植え付けられた。

それだけでいざ戦闘になれば逃げ腰になる。

私も此奴を侮るつもりは無いが。

しかし、現状の戦力差では、私の方が上だ。

そして此奴の頭では。

私の裏を掻く事は出来ない。

余程念入りな準備をしていればともかく。

今回は、そういう事が出来ないように、ランダムに抽出した場所から待ち合わせ場所を指定したのだ。

なお、ランダムに場所を選ぶのは。

黒田が作ったマクロを、スマホからネット越しにPCにアクセス。

起動して、選ばせた。

「まずお前の兄貴な、100パーセント何か隠してる」

「何かって、何だよ」

「その反応を聞いて、おかしいと思わなかったのか。 変な臭いがしたから調べて、原因を取り除いたよ。 お前だったらどうする」

「それは……聞き流すか、ふーんとしかいわない」

その通りだ。

つまり飯島兄は。

臭いの原因が見つかり。取り除かれたことに激高したのだ。

腐臭マニアという極小の可能性を除けば。

死体が彼処にあった、という事が。

飯島兄にとっては。激高するほど大事だった、という事だ。

というのも。

飯島は、どうやって死体を見つけて。

どうやって処理した、という具体的な話は。

一切しないようにと、私に釘を刺されていた。

此奴がバカなのは知っているが。

だからこそに念には念を入れ。

バカでもドジを踏まないように。

しっかり指導をしていたのである。

それなのに、飯島兄は殴った。

つまり、飯島兄にとって死体がある事は周知で。仮に危ない事をした(脚立を使って、腐敗した死体を処置したこと)を怒ったにしても。

それは要するに。

脚立を使って処理しなければならない場所に死体がある事を。

飯島兄が知っていたことを、そのまま本人がばらしたことに他ならない。

「兄貴は知ってたのかよ! あの死体が、あの場所にある事を!」

「そうだ。 更に言うと、恐らくはあの死体、殺されて詰め込まれたと見て良いだろうな」

「な、何のためだよ!」

「それなんだが、あの死体、調べて見た。 その結果、ちょっと面白い事が分かってきてな」

そう。

死体について、ネットで調べて見た。

案の定分からなかったのだが。

SNSに放流したところ。

30分ほどで興味深い情報が流れてきた。

同じような情報が複数筋から得られたので。

自分でも調べた。

その結果、どうやら間違いなさそうだ、という結果に落ち着いたのである。

「あれ、外来種だ。 しかも、日本では定着が確認されていない。 アフリカの方で生息している鼠で、あまり数も多くない」

「なんだそれ」

「つまり密輸されたものだ。 要するに違法ペットだよ」

「!?」

愕然とする飯島。

私は。

冷然と事実を突きつけた。

「お前の兄貴は、ペット趣味をこじらせたあげく、違法輸入業者から、本来はペットとして買えない動物を買った。 そして死なせて、処分に困った。 焼くのも不自然だし、何より時間がない。 隠しておくのも難しい。 ゴミに出してもし見つかったら、その場で逮捕される。 其処で右往左往したあげく。 腐った死体を、自分で彼処に詰め込んだんだよ」

「!!」

真っ青になる飯島。

此奴。

心当たりがあるな。

「保健所には既に連絡を入れた。 アフリカに生息している中型のネズミの可能性が高く、違法輸入された可能性が高いとな。 すぐに調査して、警察が動くはずだ。 保健所も周囲を調べるだろう」

「あ、兄貴は、その」

「部屋で何を飼ってた」

「わ、分からない。 部屋には入れてくれなかったから。 でも、時々通販で、気味が悪いもの買ってた。 あれ、思うに、エサだったのかも知れない」

ぶるぶる震えている飯島は。

泣き始めていた。

兄貴に殺される。

そう呟く。

はあと私は嘆息。

情けない奴だ。

ちなみに今のやりとりは、全てボイスレコーダーに入れている。いざという時、面倒な事態が起きても、解決するためだ。

「どうすればいいんだよ」

「今日、お前の兄貴は」

「夜遅くに帰ってくると思う」

「部屋に閉じこもれ。 警察が来たら、すぐに家に入れて、全部話せ。 恐らく警察の方でも、暴力沙汰になっている事が分かれば、それで対応してくれるはずだ」

後、私の方でも、写真を撮っておく。

こうやって証拠を残しておくと。

警察の方でも動く。

更に言うと。

学校では、私と此奴は犬猿の仲、という事になっている。

その私が撮った写真だ。

これ以上ない第三者資料になるだろう。

顔を恐怖に引きつらせている飯島。

情けない奴だ。

こんなのが学園の暴君として、周囲に暴力を振るいまくって悦に入っていた。人間社会が如何にくだらないかよく分かる。

私は幾つかアドバイスすると。

飯島を帰らせる。

舌打ちすると。

声を若干荒げた。

「出てこい」

「何だ、ばれてたか」

「ばれないと思うか」

てへぺろ、と出てきたのは姫島だ。

此奴、さては飯島の動きを見張っていたな。学校でも様子がおかしかったし、まあ無理も無いか。

「で、何か案の定やばいことになってる?」

「ほぼ間違いなく」

「それにしても、違法のペットなんて購入して何が面白いんだろ」

「こじらせたマニアの中にはいるんだよ」

実際金持ちなどにはいるのだ。

絶滅危惧種などを、違法業者などに頼んで捕まえさせて、ペットにする輩が。

ゴリラなんかは有名で。

特に子供は可愛いので、そういった違法業者にさらわれるケースが多い。ちなみに一度人間にさらわれたゴリラの子供は、元の群れに戻る事は出来ないそうだ。つまりそれだけで、殺される事になる。

勿論その手の金持ちが。

ペットを違法に買うことはあっても。

コレクションやアクセサリ以上の扱いなんてするわけがない。

飽きたら処分。

それが運命だ。

そうやって、「珍しい」動物は、エゴのためにどんどん殺される。それも傲慢な金持ちのエゴによってだ。

腐りきった考え方を持っている金持ちが、犬や猫を「流行り」にあわせてばんばん買い換えるような話が問題になったが。

あれは別に特別なことでは無い。

「ペットを飼っている」人間が。

普遍的にやっている事だ。

つまり人間とはそういう生物、ということである。

それでいながら「みんなやっている」だとか、「弱い生物は滅びるのが運命」だとか、「既に買ったものは仕方が無い」だとかで自己正当化するのだから、それこそ笑ってしまう。

自己正当化などしないで。

自分はどうしようもないクズでカスなので、それらしく振る舞っていますとでもどや顔で言えばまだかわいげがあるものの。

みんなやっているから自分もやって良いと言う理屈を通すクズの醜悪さと来たら。それこそ、蛆虫まみれになった腐乱死体より酷いだろう。

いずれ人間も、外宇宙から侵略してきた生物に、同じ目にあわされるのかも知れないが。その時人間には抗議する資格などないだろう。

散々同じ事をしてきたのだから。

それが私の素直な見解だ。

「それで、飯島の家どうなるの?」

「知るか。 どっちにしても藪をつついて大蛇を出したのは彼奴だ。 そして私は最後までしっかり結末を見届けるし、面倒も見てやるつもりだがな」

「面倒って」

「兄を信頼したから、飯島の親は預けた。 それが信頼出来ないとなれば、どうなるかは分かっているだろう。 飯島は転校することになるかも知れないな」

まあ割とどうでもいい。

いずれにしても、だ。

保健所に連絡すると。

どうやら特定出来たようだった。

「君が言ったとおりだ。 アフリカ原産の、ワシントン条約で保護されている希少種だし、ペット持ち込みも禁止されている。 しかもこれは恐らく、研究用として持ち込まれたものでもない。 すぐに警察が動く」

「お願いします」

「分かっている。 通報感謝するよ」

通報感謝、か。

まあ正直な話、どうでもいい。

いずれにしても飯島の兄はこれで終わりだ。

そこそこの会社でブラック労働をしていたようだが。

それで色々と病んでもいたのだろう。

それにそんな状況では。

ペットの面倒なんて見られるはずも無い。

死なせるのも道理か。

そもそも、今では皆が忙しすぎて、金も無くて、結婚も出来ない者が増えている時代なのである。

ペットの世話なんて。

それこそ無理がありすぎる。

或いは、虐待していたのかも知れない。

自分が買っている珍しいペット。

誰も知らないそれを虐待する。

それは恐らく。

病みに病むだろうブラック企業での労働をしている人間にとって。

甘美極まりない時間なのだろうから。

 

翌朝。

警察が飯島の家に入ったという話が学校で噂されていた。

案の定飯島の兄は逮捕。

部屋からは、ワシントン条約で取引が禁止されている動物が、まだ何種類か見つかったらしい。

当然没収で。

近くの動物園に引き渡されるそうだった。

飯島兄は発狂。

弟を出せ。

縊り殺してやるとわめき散らしていたらしいが。

警察に引きずられて。

家から消えた。

しかもその発言は、複数の警官が聞いている。

つまり、殺人予告になる。

更に、である。

周囲の家の人間が見ていたらしいが。

形相がもうまともではなかったそうだ。

目の下には隈ができ。

口からは泡を吹き。

病的に太り。

異臭までしていたそうである。

まともに家に帰れないような仕事をしていて。

風呂に入る暇さえなかった、ということだ。

弟に弁当を買っていただけ、これはまだマシだったのかも知れない。

それさえストレスになっていて。

それを解消するために。

違法ペットに手を出し。

それを虐待して。

どうにかストレスを治めていたのではあるまいか。

だとすると。

買われた動物たちには、想像を絶するおぞましい運命だけが待っていたことになる。救いも何もあったものではない。

飯島は学校に来ていたが。

口を一言も聞かなかった。

姫島に聞いたが。

六年生によると。

授業中うつらうつらしていたらしい。

多分警察に聴取されて。

真夜中まで眠ることが出来なかったのだろう。

それは正直な話。

かなり厳しいはずだ。小学生にとって、夜更かしを強制的にさせられるのは、地獄に等しい。

飯島家は、この近辺でも一応金持ちとしては知られていたが。

家を任されていた兄がこの有様だ。

父母のどちらかが戻ってくるしかないだろう。

そしてその時には。

より飯島の立場は悪くなるに違いない。

元々、いじめっ子として知られていて。

私にぶちのめされてからは大人しくなったが。

それも何かあったら周囲に即座に知られる。

今は学校の暴君として私が君臨しているけれど。

それもあくまで裏の顔。

私は普段は。

寡黙で怖くて近寄れない、くらいの存在に過ぎないのだから。

さて、これで仕事も大詰め。

問題は取り除かれた。

後は飯島が、生活をきちんと出来るように裏で手を回して。

それで終わりだ。

学校が終わると同時に、すぐに何人かにメールを入れる。飯島の兄が逮捕されたことは、既に周知だった。

「彼処のは何というか、会社にすし詰めにされていて、相当に精神を病んでいたようだし、何かあってもおかしくないと思ってはいたよ」

「最近は弟も大人しくなったとは聞いていたけれど、随分荒れていたらしいねえ」

「とにかく、なんかあったらしいが、解決したそうで何よりじゃ無いか」

「良かった良かった」

勝手な事をいうコネを持っている連中。

呆れる。

知っていたのなら。

どうして最初から、何かしようとしなかった。

今回はそもそも稀少で、これ以上人間がエゴで踏みにじってはいけない動物が好きかってされるという事態にまで発展し。

下手をすると殺人事件が起きていたかも知れない。

飯島も、兄がこれ以上精神の均衡を崩したら。

殺された可能性が。

決して低くないのだ。

そういう意味で。

恐らく、飯島は。

何か恐怖を感じていたのだろう。

だから本来だったら、絶対に頼りたくない私さえ頼った。

それが今回の事件の本質。

大人は誰も手をさしのべなかった。

だから私が解決したのだが。

その中の何人かにメールを送る。

「元からクズだったケースもありますが、荒れる子供は大体十中八九親が原因です。 恐らく近いうちに、両親のどちらかがあの家に戻るでしょう。 その後も問題が解決しないようなら、私が解決します。 メールを入れてください」

「分かっているよ」

「シロちゃんだったら、すぐに解決してくれるだろうからねえ」

だったら。

さきに連絡を入れろ。

面罵したくなるが。

そこは堪える。

そして、次だ。

飯島の所に行く。

授業がとっくに終わって。

それぞれが勝手に帰り始めている中。

机に飯島はなついていた。

「何だよ。 誰だよ」

「私だ」

「!」

恐怖に顔を引きつらせて飛び起きる飯島。

此奴は今更ながら思い知ったに違いない。

噂が本当だったことに。

私に依頼すれば。

問題を解決してくれる。

大人でもどうにもならないような問題でも。

手段を選ばずに、本当に解決してくれるのだと。その代わり、大人でも怖れるような手段も平気で用いると。

震えているのが分かる。

目の前にいるのが。

自分とは根本的に違う存在で。

生物として同一かどうかも怪しいと、思い始めているのだろう。まあスペックで言えばその通りだが。

ぶっちゃけ私からすれば。

此奴など、ただのゴミカスに過ぎないし。

どうでもいい。

「ま、まだ報酬は……」

「その様子だと用意できていないようだな。 明後日までに作れ」

「分かった! 分かったから、殴らないでくれ! 頼むよ」

恐怖に顔を歪める飯島。

この様子だと、警察に余程こっぴどく絞られたのだろう。

まあ無理も無い。

此奴、元々イジメを行っていることで、周囲に知られていたのだ。

警察もそれくらいは掴んでいたはず。

よくしたもので、此奴の兄も学校では有名な不良生徒だったらしく。学校だけでは無く、会社でも後輩にパワハラをしていたという。

それもあって、警察で散々絞られて、それで許して貰えなかったのだろう。顔には軽くトラウマがこびりついているのが分かった。

どうでもいい。

こんな奴が死のうが生きようが。

それこそ知った事か。

だが、この街を支配するには。

こんな輩でも、支配下に治めておく必要はある。

恩は売っておく。

そして、コネクションを作っておくことで。

いざという時に有効活用する。

便利な道具として、である。

人間関係など所詮そんなものだ。

私は人間という生き物をとことん自分も含めてみくだしているので。

それに戸惑いなんて覚えない。

「両親のどちらが戻ってくる」

「! な、なんでそんな事まで」

「バカかお前。 その程度私で無くても分かるわ。 あんな屋敷に小学生を残しておけるか? かといって、あの家を処分するほどの金もお前の家にはないだろ。 その上、お前の家、従姉妹とかもいないしな。 だったらどっちかが戻ってくるしかない」

青ざめている飯島。

私を見る目は。

至近距離で、ドラゴンと目があってしまった、子ネズミのものだった。

それでいい。

今後徹底的に私を恐怖しろ。

それでコントロールしやすくなる。

「で、どっちだ」

「は、母親……」

「そうか。 実は周囲の家にも連絡はしてある。 お前の所で騒ぎがあるようなら、私に知らせろ、とな」

「!」

言葉を失う飯島。

私は、更に続ける。

「私のコネはこの街中に広がりつつある。 誰が何処で誰の悪口を言っていたとか、誰が何をしていたとか、大体は私の耳に入るんだよ。 ついでに言うと、この街を事実上支配しているジジババにも私は顔が利く。 意味は分かるな」

「……」

「分かるなって聞いてるんだよ」

机をがつんと蹴ってやる。

恐怖を煽るための演出だ。

正確には蹴倒すように、ではなく。

机の脚を踏むように、しかし大きな音が出るように踏んだのだが。

それでも効果は抜群だった。

飯島は泣き始める。

「分かった! 分かったから、殺さないでくれ!」

「では報酬な。 言ったとおり、私は現金なんか要求しない。 何かしら、白いものを作ってこい。 出来は稚拙でも構わないが、心がこもっていなかったら許さないからな」

「分かってる! だからこれ以上怖い事しないでくれ!」

「お前次第だ……」

完全に泣いている飯島の髪を掴むと。

私は目をあわせる。

ドブより濁り。

地獄の業火が宿っている目を。

飯島は、小便を漏らしたようだが。

それには気付かないフリをしてやる。

六年生の、私と飯島しかいない教室を出る。

夕陽が差し込む教室で。

学校の暴君を昔気取っていたただのクズは。憶病な本性をさらけ出し、声を殺して泣き続けていた。

 

4、影の道

 

秘密基地でぼんやりしていると。

姫島が来る。

満面の笑みだった。

「聞いたよー。 飯島泣かせたって?」

「一度目じゃないがな」

「わお」

知っているくせに。

ベットに腰掛けると、姫島がゲーム機を開く。私も同じゲーム機を開くと、協力して狩りゲーを始めた。

ゲームバランスが著しく悪い狩りゲーで。

そのためチートが横行しているが。

私も姫島もそんな事はしていない。

というか、チートなんか使う奴は。

要するに自分はチートが無ければクリア出来ないクズ野郎ですと自白しているようなものだ。

最近だと創作でも、「チート」と言う言葉を使うのが流行っているようだが。

それは要するに。

チートがインチキで。

インチキを使わないとそのキャラは活躍どころか、人並みにさえ動けない、という事を証明しているようなものだと考えている。

くやしかったら。

自分で考えて。

それで行動してみろ。

そう思うので。

私はチートというものには興味も無いし。

使おうとも思わない。

もっとも、私は自分のスペックが、周囲よりだいぶ高い事は自覚している。

とはいっても。

世の中には、上には上がいる。

米国では、私と同じ年で大学を出ている奴もいるし。

そういう奴になってくると、二十歳になった頃には国の重要な科学的研究に関わったりもしている。

もっとも。

早熟すぎるハイスペック人間は。

逆に二十歳過ぎるといわゆるただの人になってしまうケースもあり。

十代前半で大学を出た人間が。

結局何も成果を残せず。

小さな学校の教師として。

細々と暮らしている。

そういう実例もある。

まあそういうあまりに図抜けた天才は、結局努力を知らずに育ってしまい。努力をしてきた天才には勝てなくなってしまう。

世界の最前線にいるのは。

努力を続けた天才だ。

そういう意味では。

ただの天才では、更に及ばない境地にいる者達が世界の最前線で技術を作り出している訳で。

私から言わせると、チートなんて口にしている時点で。

そういう現実が分かっていない。

私は故に。

今から既に努力を欠かさない。

まずはこの街を支配下に置き。

いずれはこの国も。

そしてやがては世界を支配する。

もっとも、まずは最初にするべきはこの街の支配だ。それを確立するために、今は努力をしている段階である。

ゲームの方だが。

とりあえず姫島と私の連携が上手く行き。

大型の敵の尻尾を切りおとすことに成功。

飛んで逃げようとする敵に閃光弾をぶつけて叩き落とし。

黙々とダメージを与える。

この時、わいわいと騒ぐようなことはしない。

淡々と。

短く決めた言葉でやりとりをする。

「左から行く」

「おけ。 支援」

「よろ」

一時期、オンラインゲームを題材にした作品が流行ったが。

実際にVRMMOが流行したら。

多分戦闘ではこういうやりとりや、ハンドサインを利用した、黙々淡々としたものが主流になるだろう。

当たり前の話で。

実際の特殊部隊が、キャーキャー騒いだり、「熱い台詞」を吐いたりして戦ったりしていると思うか。

実際にやっているのは。

最小限のやりとりと、ハンドサイン。

それによる最大効率の敵殲滅だ。

それが一番時間を短縮できるし、犠牲も減らせる。

「巣に?」

「此処で仕留める」

「おけ」

巣に逃げようとしている大型を更に叩き落とし、落ちてきたところに集中攻撃を仕掛ける。

復帰しようとしたところに罠を仕掛け。

袋だたきにして。

充分に弱らせてから捕獲。

それでクエストクリアだ。

いわゆるエンドコンテンツに入るクエストだったが。

まあ上手く連携が決まればこんなものである。

なお、私は別にガチ勢と言われるほど上手では無い。

というか、このゲームに其処まで心血を注ぎ込む気にはなれないのだが。

姫島は私の八倍前後時間をつぎ込んでいるそうだが。

それでやっと腕前が互角になると、ぶーぶー文句を言っていた。

逆に言うと、八倍前後時間をつぎ込めば。

私と互角にまで行ける。

才覚の差は。

其処まで絶対では無い、ということを証明している、とも言えるだろう。

「報酬がしょっぱいな」

「そう? こっちはイイの出たよ」

「そうか」

「そうそう、報酬で思い出した」

姫島が取り出したのは。

白い何か良く分からないもの。

不器用なりに一生懸命作った事は伝わる。

それはそうだ。

あれだけ脅かしたのだから、当然だろう。

私が必要としているのは物品では無い。

コネだ。

「飯島から。 で、これなんだろ」

「聞いていないのか」

「ええと、なんだったっけ。 ろなるじーじょ?」

「ああ、そういうことか」

何となく分かった。

その名前、確か有名なサッカー選手だ。

よく見ると、それっぽく見えなくもない。

多分紙粘土かなんかで、必死に作ったのだろう。

それっぽい顔の像に仕上がっている。

まあ不器用そうな彼奴が一生懸命作ったのだ。それで良しとしてやるとする。

「いいのそれで?」

「かまわん。 一生懸命作った事は伝わった。 飯島は今頃泣きそうになっているだろうから、私が満足していたと教えてやれ」

「おっけ。 で、もう一戦やる? まだそれの装備作れないでしょ」

「そうだな……じゃあやるか」

また、黙々淡々と戦いを開始。

さっきよりも少し早い時間で討伐完了。

それにしても捕獲と言っても。

尻尾を切断し。

瀕死になるまで全身殴り倒し。

その結果の捕獲。

生きているのだろうか。

しかも報酬には重要器官らしきものも結構見受けられる。

それを考えると、とてもではないが、捕獲した後生きているとは思えない。何というか、殺してやる方がまだマシに思えてくる。

「シロ、それでさ」

「何だ」

「この街を支配した後は、どうするの?」

「さあな。 その時はその時だ。 出来るようならこの国の支配に乗り出しても良いだろうし、更に行けそうなら世界征服もいいかもな。 クズ共を恐怖と絶望によって支配するのも悪くない」

「へえー」

三戦目開始。

さっきより更にタイムが縮まる。

「もう少し強い奴行ってみるか」

「相変わらず覚えるの早いねー」

「だが、私は長時間の戦いには向かないからな。 お前は長時間続けて、これだけの腕になっている。 結果は同じだ」

「そうかなあ」

淡々とゲームをやる。

今の時点で、私の目的は上手く進展している。

それでいい。

やがて、この街は私の手に落ちる。

その時、私は。

次の計画に着手すれば良い。

それだけだ。

 

(続)