剣の行方

 

序、たからもの

 

誰にとってどんなものが価値があるか。

それは不可侵領域だ。

私の友人の一人である桐川が、その話を持ち込んできたのは。いつものように、私が秘密基地であくびをしているタイミング。

姫島が持ち込んでくるケースが圧倒的に多いのだけれど。

希に、他の奴が仕事の話を持って来ることもある。

特に桐川が持ち込んでくるのは珍しい。

「シロ、いる?」

「いる。 遊びに来た?」

「いいや、仕事の話」

姫島は顔が広く、それ故に私への仕事を頼みやすい中継点として機能しているのだけれども。

他の友人が仕事を持ち込んでくる場合もある。

その場合、今は仕事中という話を、他の友人にもメールで回すようにしている。ダブルブッキングは避けないといけないし。

タスクがこなしきれないからだ。

「で、どんな仕事? 相手は誰?」

「中学三年生の吉田って女の人」

「年上か」

前に、高校生から依頼を受けたことがある。

勿論仕事はしっかり完遂して。相手にも感謝されたが。

私の噂は、そういう意味では中学や高校にも広まっている。

良い傾向だ。

今後あのクソ親から独立したとき。

この街を乗っ取るためには、少しでもコネは作っておいた方がいい。それには恩を売るのが一番だ。

恩の売り方にしても。

こういう仕事をきっちりこなすことにより作る恩は。

他とは桁が違う。

かといっても、その恩を使い倒すような真似をしては駄目だ。

恩を切っ掛けに、良いコネクションを維持していかなければならない。

今の無能経営者みたいに。

無条件で会社員に忠誠を要求するようなやり方は、下の下、更に下なのだ。

相手を利用する事は利用するが。

それは相手を下に見るのでは無くて。

相手と一緒にやっていくことを前提にするのである。

「仕事の内容は」

「機神剣バーミリオンって作品知ってる?」

「いんや」

桐川の話によると。

二十五年ほど前に流行ったロボットアニメだという。

つまり私や桐川が生まれる前の作品だ。

桐川もマニアの類に漏れず、作品の説明を始めると止まらなくなる。だからアニメの内容についての説明より先に、まずは仕事について聞く。

「吉田って人、その作品の熱心なファンでね」

「ふむ」

「だけれども、家族に理解が無くて、こっそりグッズとかを集めたり、プラモを作ったりしていたらしいんだけれどね。 この間、大事にしていた一番好きな品がなくなったんだって。 それを探して欲しいらしいよ」

「ほう……」

これはまた面倒な。

まずは情報を貰う。

吉田という女子のデータだが。

桐川のスマホで写真を見ると、ぐるぐる眼鏡を掛けた、穏やかそうな女子だ。この街の中学校は古式ゆかしい(というのも変かも知れないが)セーラー服をまだ使っているが。

セーラー服を着て本とか読んでいると似合うかも知れない。

ところがこの吉田、下の名前は響か。

吉田響は、筋金入りのモデラーで。

理解が全く無い親に隠れて、こっそりプラモデルを組んでいたらしく。

何かのコンテストで賞まで取ったことがあるそうだ。

その吉田響の秘蔵品。

主人公機ではなく。

量産機を格好良くカスタマイズして作ったプラモが。

紛失したのだという。

それも、どう考えても紛失するとは思えない状況で、だ。

しかも親が親である。

通報も出来ない。

そもそも取り出して遊ぶような品では無い上に、紛失することが考えられない状況での紛失らしく。

それで進退窮まり。

ついに私の所に話が来たと言う。

「シロ、中学校でも有名だからね」

「何回か事件を解決したからな」

「ええ。 それで話が回ってきたわけで」

「とりあえず、本人に会ってみるか」

まずは詳しい状況だ。

秘密基地から出て、山を下りる途中。

桐川に概要を聞く。

ロボットアニメというのは、主にリアルロボット系とスーパーロボット系に大別されるそうだが。それについてもロボットアニメマニアの間では議論があるらしい。まあそれはともかくとして。

今回のプラモのアニメは。

どちらかといえば泥臭い、リアルロボット系の作品だという。

濃厚な人間関係。

血みどろの戦況。

そういったものに重点が置かれ。

エイリアンとか都合が良い人類の敵が攻めてくるわけでも無く。

地球人同士で殺し合い。

最後も救いようが無い展開で終わりを迎えるという。

「主人公が死ぬとか?」

「まさか、そんな優しい終わり方しないよ。 ヒロインは爆弾テロでバラバラ、主人公は発狂した後、昔殺した敵の部下に撃ち殺されて、主人公機も爆破されて。 敵の軍には勝つけれど、街も何もかも焼け野原。 地球そのものが核の冬を迎えておしまい」

「それはまた筋金入りだね」

苦笑いである。

私はロボットアニメにはあんまり詳しくない。

「リアルロボット系の作品は救いがないものが結構あるんだけれど、この作品は徹底しているの。 もっとも宇宙が滅んで終わるような作品もあるし、これが一番酷いわけじゃないけれど」

「そう」

まあ、それがリアルロボットの味なら、それでいいのだろう。私は他人の趣味に口を挟む気は無い。

何を魅力的に感じるか何て、人次第だ。

だから私は他の人間が感じ取る魅力にけちをつける気は無い。ただし、他人に趣味を強要されるのも許さないが。

軽く概要を聞いて、山を下りて。虫やら何やらの被害が無いかをチェック。

しばらく歩いて、小さな公園に。

以前の件で、スピーカーからの音は止まっている。

待ち合わせには、丁度良かった。

隅っこの方のベンチには。

不安そうに座り込んでいる、地味な女子が一人。

ぐるぐる眼鏡をした、だいぶ私より背が高い相手。

今回の依頼主、吉田響に間違いなかった。

「貴方がシロさん?」

「ああ。 貴方が吉田響か?」

「そう……だよ」

「そうか。 では話を聞かせて欲しい。 その前に、問題を解決した場合、報酬は白い何かで。 市販品は駄目だ」

それについては聞いているらしく。

吉田も頷いた。

青ざめている吉田は。

かなり追い詰められているらしかった。

誰にとって、何が大事か何て。

それこそ分かるものではない。

プラモデルが大事と言って、鼻で笑うような輩は。

ものによっては100万近い値段がつくことを知っているのだろうか。

車が買える価格である。

プラモデルは、趣味としては成熟していて。

若いビルダーの中にも、かなり優れた腕の者がいるし。

奥深く。

一つの文化として根付いている。

歩く途中で、桐川に聞かされた話だ。

受け売りだが、理屈はよく分かる。

私も、他人の無理解がどれだけ非道かはよく分かっているつもりだ。

吉田はそんな文化の未来を担って背負う一人。

大事にしなければならない人材だろう。

ただし、無理解な人間にとっては、プラモデルは「ただのオモチャ」。子供は「卒業」しなければならないものだし。

どんなに一生懸命作ったところで。

壊そうが潰そうが。

何ら関係無い。

よくある話で、大事なプラモデルを子供が破損した場合。

その子供の親が、せせら笑う。そして言う。

たかがオモチャでしょ。

これについては、他の趣味にも言えることだ。

たかが「〇〇」だから、蹂躙しても良い。

価値が理解出来ない人間にとっては、文化はゴミにすぎない。そしてゴミなら、捨てようが何をしようが自由というわけだ。

吉田に聞かされる。

「プラモなんて趣味を女の子がやるのは間違っているって、何度説教されたか分からないし、コンテストに出した品だって、燃えるゴミの日に捨てられ掛けて、それで大げんかになった事もある。 両親揃って理解がないから、もう二人にはプラモやってる事はナイショにしてる。 テストの成績はそれなりに取ってるんだし、どうしてプラモをやることが許されないのか理解出来ない」

「人間は平均的な傾向として、自分に理解出来ないものの価値を認めないし、積極的に排除する傾向がある。 つまり平均的な人間という生物は、邪悪で野蛮な文化の破壊者というわけだ。 だが、そんな野獣に屈する事は無い」

「そう……だよね」

若干引き気味の吉田。

私は別に嘘を言っているつもりは無いし。

阿諛追従をしているつもりもない。

ただ、相手が話しやすくするように。

場は整えているが。

順番に状況を聞いていく。

吉田はこの街の人間らしく、それなりに大きめの家に住んでいて。物置の一つを使って、コレクションを収納していると言う。

物置の中には段ボールを積んでいて。

その中の段ボールには、金庫を入れ。

大事なプラモは金庫に入れるという徹底ぶりだとか。

なお金庫については。

小遣いでポータブルのものを買ったとか。

プラモにつぎ込む資金は。

バイトで賄っているという。

「プラモって、他の趣味もそうだけれど、お金を掛け始めるときりが無いの。 とても小遣いだけでは足りなくて」

「で、紛失に気がついたのはいつだ」

「ええと、それは」

およそ一週間前。

基本的に几帳面にコレクションについては確認しているらしいのだが。

そのプラモだけが。

忽然と消えていたらしい。

ちなみに時価総額を聞いてみたが。

およそ15万円という値段が帰ってきた。

「15万!?」

「うん。 コンテストで優勝した品だし、マニアにとってはそれくらいの価値があるものだから。 それに、作るのに一月以上掛かってるから、安い値段じゃないよ」

「ふむ……」

そういえば、以前聞いた100万近い値段がついたプラモも。確か半年だかそれ以上だか掛けて作った品だという話を聞いている。

それほどのものではないにしても。

趣味で作る品としては。

それこそ最上位に食い込んでくる代物になるだろう。

つまり、だ。

最高ランクのお宝という事になる。

「金庫の番号は安直なものにしていないだろうな」

「ポータブルの品だけれど、それでも右左と順番に回さないと開かないようになっているから、番号を知らないと絶対に無理なはずだよ」

「番号は誰か知っているか」

「多分誰も知らないはず」

ふむ。

まずは其処からか。

とりあえず、他にも幾つか聞いておく。

まずプラモの写真。

見ると、重厚な品だ。

ある国民的な宇宙を舞台にした作品では。

とにかく「汚れ」が素晴らしいと、絶賛された経緯がある。

それぞれの小道具などが、生活感に満ちて汚れていて。それがリアリティを作り出しているというのである。

このプラモもそうだ。

完全にぴかぴかというわけではなく。

何処か汚れていて。

戦場帰りを演出し。

一部には弾痕らしきものまであった。

人型のロボットだが。

手にしている巨大な斧は、獲物の血を吸ったかのように凝った錆が出来ていて。

プラスチックの塊だとは思えないレベルである。

「お願い。 この品は、命の次に大事なの。 出来ればすぐにでも取り返したい」

「分かった。 調査に入る」

「よろしくね」

頷くと、吉田はその場を離れる。

桐川は、凄く嬉しそうに、見せてもらった写真を見つめていた。

「価値が分かるのか」

「少なくとも15万は妥当ね」

「凄いものだな」

「私にはまだちょっと此処までのは作れないかな。 コンテストに出てくる品になると、万単位の値段がつくものが珍しくないけれど、これくらいの品になってくると、マニアだったら飛びついて買うよ」

頷くと、私はまずは秘密基地に戻り。

オークションサイトにアクセスした。

情報を確認しながら、履歴などを見ていく。

あれだけ特徴的な品だ。

まず考えられるのは、ネットオークションに掛ける事だろう。

警察に相談できないのは。

親との確執があるから。

金庫を開け、こっそり盗むほどの犯人だ。

その辺りの事情は知っている可能性が高い。

金目当てなら。

価値が分からないような質屋なんかよりも。

ネットオークションに掛ける可能性が高い。

幾つかのオークションサイトを調べてみるが。

どうやらこの方向は外れか。

それとも、ほとぼりが冷めるのを待つつもりだろうか。

もしもネットオークションに掛けているようだったら、それは盗品だと指摘して、炎上させてあぶり出してやるつもりだったが。

なお、売買履歴にもない。

つまり、同じ品が売られた事はない、というわけで。

もしも無事な場合は。

まだ何処かにある。

それも近くに、という事だろう。

桐川に聞く。

「この辺りにマニアは他にいるか」

「プラモのマニアって事?」

「そうだ」

「いるにはいるけれど、この作品のファンは聞いた事がないよ」

それでもだと言うと。

少し考え込んだ後に。

桐川は応える。

「近くの高校に、この作品じゃ無いけれど、プラモで最もメジャーなロボットアニメの熱心なモデラーがいるよ。 既に成人しているはずだけれど」

「どんな奴だ」

「資産家の息子で、働く必要がないから、プラモにずっと熱中しているみたい」

「実力の方は」

少し考え込んだ後。

桐川は、吉田より少し劣るかなと言った。

ほう。

それはそれは。

まあいい。

いずれにしても、幾つか思いついた事がある。

順番に試していくとしよう。

まず吉田にメールを送る。

現場を明日見せて欲しい、というメールだ。

すぐにOKの返事が来た。

その後は、今話を聞いた資産家の息子について、知ってそうな奴にメールを送る。最近変わった事がそいつに起きていなかったか。何だか凄く上機嫌ではなかったかと。

此方の返事は来ない。

桐川は少し不安そうだった。

「あんな良いプラモ、滅多に無いの。 出来れば無事に持ち主の所に返してあげたい」

「人形には命が宿るって話がある」

「そうなの」

「そうだ。 プラモは正直よく分からないが、この写真を見る限り、凄まじい気迫がこもった作り込みだ。 これは命というか、魂が宿った品だと考えて良いだろう。 ちょっと何というか、金庫に閉じ込めておくのは気の毒だな」

恐らく硝子ケースか何かに入れて。

陳列するのが、一番良い方法だろう。

もし私がこのプラモなら。

そうされるのが一番嬉しい。

いずれにしても、まずは順番にやっていくしかない。

私は、一つずつ。

順番に手を打っていった。

 

1、無理解の趣味

 

家に戻ると。

母親の汚物でも見るような視線を完全に無視して、自室に上がる。父親は、声も掛けてこなかった。

状況を自分で整理しながら。

同時にプラモの題材になった作品についても、調査しておく。

桐川が言っていた通り。

凄惨な作品だ。

もうどうして戦争が始まったのか分からない状況の中。二つの勢力が血みどろの殺し合いを続けている世界。

双方に正義を主張し合い。

核ミサイルを平然と撃ち合っているような状況で。

主人公とヒロインは出会い。

溺れるような恋に落ちる。

ふーんと呟く。

状況から考えて、恋どころではないような気もするのだが。

まあともかく。エースパイロットの主人公は、戦場では大活躍するが。所詮一人のヒト。エースパイロットでも、一つの戦場で出来る事は限られている。

戦況はどんどん泥沼化し。

やがて主人公の子供を宿していたヒロインは、桐川が言っていたように。主人公を恨んでいる(それも十代前半)少年兵の自爆テロによって木っ端みじん。それによって発狂した主人公は、手当たり次第に暴れ回ったあげく、自殺同然の突撃を敵陣に敢行。無数の敵を道連れにするも、無茶苦茶に袋だたきにされ、主人公機ごと原形をとどめないほど悲惨な死に方をした。

そして加速する戦争の中。

世界に存在する、全ての核ミサイルが飛び交い。

世界は核の冬に突入。

一応主人公の所属していた陣営が勝ったが。

世界は戦争どころでは無くなり。

呆然と、登場人物の一人である子供が。吹雪き始めている荒野の中、一人ボロボロで立ち尽くして。

そして、力尽きて倒れ、雪に埋もれていくという所で話が終わる。

これより更に救いがない作品があるというのが中々驚きだが。

まあそういうものなのだろう。

確かに鬼気迫る描写の数々や。

無数のロボットに感じられる設計の愛。

それらは、ファンのハートを鷲づかみにするだろう、パワーに溢れているのは良く感じ取れる。

それを否定するつもりは無い。

問題は、である。

これのプラモ。

それも恐らくこの作品のプラモとしては、もっとも高値がつくだろう品を。ピンポイントで誰が盗んだのか、という点だ。

そもそも私が生まれるどころか、私の親の世代が知っているかどうか、というレベルの作品である。

決してメジャーとは言い難い。

ロボットアニメは無数に存在していて。

その全てを網羅している人間は、マニアの中でさえ珍しいだろう。

それが桐川の発言で。

確かに私もそれは思う。

実際軽く調べて見ただけでも。

ロボットアニメと分類して良いものか分からないものまで含めると、それこそ数え切れないほど存在している。

だから最初に私は、オークションサイトを探ってみたわけで。

可能性としては、何らかの方法で吉田の事を突き止めた奴が。

一番価値のあるプラモを盗み出し。

それを売り飛ばして小金に買えた、という事を想定したのだ。

だが外れた。

そうなると、色々と可能性が浮上してくる。

まず第一に。

親の犯行の可能性。

だが、吉田は、親に対して最大限の警戒をしている。

この間助けた雪野は、親を憎めない年頃だったから、犯人についてどうしても親だとは思いつけなかった。

だが吉田は違うだろう。

親を嫌える年頃どころか。

恐らくは、もう嫌い抜いているはずだ。

当たり前の話で。

自分の理解が及ばない趣味を「卒業しろ」と強要してくるような相手だ。何が卒業だか知らないが。

そんな事を言う奴を好くわけがない。

ましてや丹精込めて作っただろう品を捨てられたりしたら。

それは決定的な不信感だって抱く。

よくある、話し合えば解決するなどと言う寝言は。

こういう現実の前には無力だ。

吉田の親にしても、自分が「正しい」と思っているわけで。

「高尚な趣味」を娘がするべきだと考えている。

もちろん「正義」に基づいて、だ。

そして正義という色眼鏡を掛けると、人間はどんな愚かしい事でも、平然とするようになる。

それには大量虐殺だって含まれる。

ましてや、子供の人格否定くらいは、当然だろう。

趣味を「卒業しろ」なんていう言葉は。

その最たるもの。

相手を間違っていると決めつけ。

自分が正しいと思い込まないと。

絶対に吐けない言葉だ。

つまり話をするだけ無駄。

吉田もそれを理解している筈で。故に最高の宝は、絶対に分からない場所に隠していたのだろう。

今回の件については。

吉田の親が、吉田の上を行っているとは考えにくい。

もしゴミに捨てたのなら。

恐らく吉田にそう告げるだろう。

お前のくだらないロボット、捨てておいたからな、と。正義の名の下に、自分を絶対正当化しながら、である。

そして吉田は、さっき軽く話したとき。

話してくれた。

実はゴミをチェックしているという。

前に捨てられそうになった事があったため、今ではゴミを親が捨てた後、こっそり調べに行って。

プラモが捨てられていないか、しっかりチェックしているというのだ。

ここまで来ると、家の中が内戦状態だ。

そしてこれほどの警戒をしている上。

そもそもプラモなんてどれも見分けがつかない以上。

吉田の親に、ピンポイントで一番価値があるプラモを見つけることは不可能だろう。

普通のプラモでさえ、鍵付きの棚にいれているらしいし。

ましてや完全に信用していない相手に。

吉田が金庫の番号を漏らすような不覚を取るだろうか。

そうなると、別の可能性を考える必要がある。

ベッドで寝返りを打ちながら、思考を進める。

まず、盗んだにしても、ほとぼりが冷めた頃にオークションに掛けるケース。

だがこれについては。

もし吉田が警察に親に内緒で届け出ていた場合。

即座にお縄になる。

そうでなくても、即座に大炎上して、売るどころでは無くなるだろう。

ましてやコンテストで賞を取っているような品だ。

マニアなら一目で分かるはず。

転売するのとは訳が違う。

リスクも桁外れの筈で。即座に売り切るのに失敗した場合。どうやったって、逃げ切るのは無理だろう。

だとすると、何だ。

部屋のドアが蹴りつけられた。

階段を下りていく音。

夕飯か。

鼻を鳴らすと、下に降りる。

父親は終始無言。

冷たい夕食を進めながら、私は思考を進めているが。

母親はそれがとことん気に入らないらしく、完全に無視していた。メシも「作ってやっている」、というのが見え見え。

露骨に手抜きである。

父親も当然巻き添えを食っている。

なお、母親だけは、自分用に丁寧に作ったものを食べているが。

もう此奴は病気だとしか思うほかないだろう。

適当に食べ終えると、食器を洗って、食洗機に掛ける。

実は今、料理の勉強をしている。

此奴の料理を食いたくないからだが。

その内、完全にものにできる筈だ。

そうなったら、此奴の作る飯なんてもう口には入れないつもりだ。

下手をすると毒を盛られかねないからである。

後は収入だが。

別に子供でも、収入を得る手段は幾つもある。

ただ、非合法だと、ちょっと今後が色々と面倒だ。

子供でも稼げる方法を、今のうちに考えておかなければならないだろう。

温めていないレトルト以下の夕食を終えると、さっさと自室に引っ込み、思考を再開。

吉田の目を欺き。

ピンポイントで15万もするプラモを盗んだ奴は。

一体誰だ。

 

桐川が言っていたマニアについての周辺情報を確認。

基本的に半引きこもりらしいのだが。実は近場のおもちゃ屋には良く顔を出すそうで。其処で話をする友人もいるそうだ。

その友人の弟とコンタクトが取れた。

そいつは、以前私が依頼を受けた相手の友達で。

ちょっと伝言ゲームみたいな形になったが。

いずれにしても、メールアドレスはゲットしたので。

それを通じて軽く話を聞く。

なお、そいつも。

「シロ」の噂話は聞いているようだった。

だから、スムーズに話はしてくれた。

なお、相手はシロの噂話は聞いていても、その実力については話半分程度に思っていない様子で。

故に口調はフランクだった。

まあそうだろう。

普通、小学生相手に、丁寧に喋る高校生はいない。

私もそれは分かっているから、別に何とも思わない。

「ああ、火口名人だろ」

「名人?」

「都会の方でも有名らしくて、通称名人。 ただ昔、高校生くらいの頃は凄かったらしいんだけれど、最近はちょっと実力を鼻に掛けて、ネットでたまに余計な事を言って何度か炎上騒ぎを起こしているらしいぜ」

「ほう。 それはそれは……」

SNSには加入していないが。

ちょっと確認してみる。

なるほど。確かに。

自宅のPCから確認してみると、どうやら良い意味でも悪い意味でも有名人らしい。

作ったプラモについても、最近は確実に質が落ちてきているというコメントがある。写真も幾つか掲載されていた。

なるほど、初期の頃のは、それこそあらゆる情熱を叩き込んだような、素晴らしい品だ。プラモについて知識がない私でも分かる。

今にも動き出しそうな。

圧倒的なディテールと。

文字通り魂が籠もった、作ってくれて有難うとプラモが感謝の言葉を述べそうな品である。

技術的には荒削りかもしれないが。

単純に格好いい。

荒魂が宿りそうな雰囲気さえある。

プラモ自身が動き出して、名乗りを上げて戦いはじめそうな雰囲気といえばいいのだろうか。

そんな感触だ。

しかし、最近の作品は。

技術面では優れているようなのだけれど。

単にそれだけ。

何というか、プラモが小手先の技だけで作られているようで。

見ていてぐっとくるものが全く無い。

ポージングなども取っているが。

それも単にアニメの場面から切り出したような感じで。

立体ならではの躍動感とか。

迫力とかが。

決定的に欠落していた。

「今確認したが、なるほど確かにこれは良くない傾向だな」

「分かるのかよ」

「昔は技術は荒削りな反面、明らかに深い愛情を注いでいる。 だが今のは、技術が昔より優れている一方で、それを鼻に掛けている感触だ。 単純に見ていてぐっと来るものがない。 芸術は魂が籠もらなければただの紙屑や文字列、この場合は単純にプラスチックの塊だ。 これは早い話、そのプラスチックの塊だな」

「……噂通りなんだな。 お前すげえよ」

何が凄いのかよく分からないが。

私は印象を素直に述べただけだ。

とにかく、一通りチェックは完了。

他にも妙な噂が無いか聞いてみると。

少し悩んだ末、前の依頼主の友達の弟は言う。

「火口名人、前はコンテストの常連だったらしんだけれど、最近はどうも振るわないらしくてな」

「それはそうだろう」

「え、ああ。 そうだよな。 お前の話を聞く限り、そうだと思う。 それで、どうやら相当にイライラしているらしくて。 取り巻きも何だか困っているとか」

「取り巻きがいるのか」

地元の店で集まっている連中で。

昔火口「名人」がまともだった頃、色々教えて貰ったり。

或いは一緒に遊んだりした連中だという。

ところが、その取り巻き達さえ、今は火口を避けているとか。

そうか。

色々と面倒だが、どうやら調べて見る価値はありそうだ。

少なくとも、状況には関与している可能性あり、と見て良さそうだ。

「なるほど。 大体分かった」

「何か困ったことがあったら、依頼しても良いか」

「私は高校生の依頼も何回か解決している。 ただし親に相談できない問題が私の専門だ」

「分かってるよ。 後、何か白いものが必要なんだろ。 本当に解決してくれるって聞いているから、いざという時は頼むぜ。 それにちょっと話してみて分かったが、生半可な大人なんかより、お前の方がよっぽど頼りになりそうだ。 本当に小学生なのか疑っちまったよ、ハハハ」

メールでのやりとりを終える。

ふむ。

ひょっとすると、だが。

この火口とやらに、接触する必要があるかも知れない。

 

問題のおもちゃ屋に出向く。

実はこの店、私も結構出入りはしているのだが。

確かに言われて見れば、前からプラモのコーナーに、大人が群れているケースが少なからずあった。

火口という男も見た事があるかも知れない。

だが、単純に接点が無かった。

見た事があるのと。

話した事があるのは。

まるで別の話。

そういうものだ。

ましてや、知らない大人が群れていても。近づこうと思わないし、興味を持たなければ顔だって覚えない。

黄色のパーカーの私が近づいていくと。

火口の取り巻きらしい連中の一人。

一番若そうなのが。

此方に気付いた。

ざわりと、空気が変わる。

今の時代、子供と接触するのは非常にリスクが高い。夜遅くは危ないから帰りなさいと子供に声を掛けたら、通報された、何てケースもあるのだ。

社会的なシステムが弱体化しているから。

そういう頓珍漢な事が起きるのだが。

今はそれを利用する。

私は口の端をつり上げた。

相手は此方を警戒している。

つまりそれは、此方に対して注意を向けたという事だ。

話が早くて助かる。

相手が此方を歯牙にも掛けないと。そもそも情報を引き出す云々以前の話になるから、である。

「火口って人に会いたいんだけれど」

「何だよ餓鬼」

「待て、そいつ噂のシロだ」

「此奴が……」

四人ほどのおっさん達が、それぞれ一歩下がる。

小さなこの街だ。

私の噂が勝手に拡がっていてもおかしくないし。

意図的に広めてもいる。

ましてや、子供に何かしらの事をするのは、今非常に面倒な事態を引き起こす。向こうも無体なことは出来ない。

当然私もブザーは完備している。

実際に使ったことは無いが。

「火口名人は最近来ないよ。 さっさと帰りな」

「腕が荒れてるって話は本当らしいね」

「……っ」

「私はこの街の事は大体何でも知ってるんだよ。 あんた斎藤さんちの次男だろ。 この間東京の会社に入ったら案の場のブラックで、会社辞めた今でも精神科に通院して睡眠導入剤貰ってるんだって? 大変だったね」

ぞっとしたのだろう。

斎藤さんちの次男は、露骨に目を泳がせた。

他の奴の素性についても当てて見せる。

なお、これらの情報については、事前情報あっての事だ。

実際には、誰が斎藤さんちの次男かは分かっていない。私のパーカーは視線を遮るので、それで勝手に斎藤さんちの次男が反応しただけだ。それに対して、私は相手の反応を確認して、覚えた。

それだけである。

流石に店の中で飴はまずいか。飴を取り出し掛けて、それはやめた。

舌打ちすると。

大人達に対して、私は濁りきった目を向ける。

飴を口に入れられなくて、ちょっと機嫌が悪い。

声も当然低くなる。

「で、会う方法は」

「あの人気分屋だから、他人なんてまず家に入れないぞ。 ましてや他人の子供を家に入れる訳がないだろ」

「呼び出せない?」

「無理言うなよ! あの人、結構怖いんだよ!」

悲鳴に近い声を上げる斎藤さんちの次男。

側を通りがかった中学生らしい男子が、びっくりして距離を取り、慌てて去って行った。店員も、こっちを見ているようだ。

どう見ても、私が此奴らを問い詰めているのでは無い。

下手をすると通報沙汰になるだろう。

だから、相手は焦っている。

その心理を突く。

「分かった。 だったら、一番最近会った時の事を聞かせて欲しい。 いつ」

「に、二週間前……」

「何か変わったことはなかった?」

「巫山戯た奴がいるって怒ってた。 マイナーなロボアニメのプラモで、ニッチをついて有名になろうとしてるとか」

ほう。

それはそれは。

まさか大当たりがいきなり来るとは思わなかった。

勿論火口が犯人だとは、私も短絡的には思っていない。

だが、この小さな街だ。

プラモに関係する人間が多いわけも無いし。

金庫からピンポイントで価値のある品だけ盗んでいくのは、事情を知っている人間以外には不可能だ。

「他には」

「俺が本物を見せてやるって息巻いてたけど……」

「……本物ね」

正直な話。

あの作品を見て奮起したのならいいのだけれど。

一度落ちると、人間は中々復帰出来ないものだ。

ましてや見た感じ、今の火口の作品に、吉田の作品に勝る要素があるとは思えない。

しかも最近のSNSの発言などを見る限り。

どう考えても、反省して更に凄い作品を作ろう、等と考えているようには思えなかった。

とにかく、連絡が取れない事。

取り巻き達さえ困っていることは分かった。

「で、その巫山戯た奴ってのが誰かは知ってる?」

「しらねーよ」

「嘘だな。 ……機神剣バーミリオン」

「!」

全員揃って露骨な動揺。

分かり易い連中だ。

「やっぱり知っているじゃ無いか。 良いか、覚えておけ。 私はこの街の薄ら暗い話は何でも知っている。 小学生だと侮ってくれるなよ」

「……」

完全に気圧されている大人ども。

情けない連中だ。

嘆息すると、とりあえずもう良いと、その場を離れる。

店員達はずっと此方を見ていたし。

これ以上虐めても仕方が無いだろう。

それにしても情けない。

昔は凄いプラモを造っていたかも知れないが。

今は技術だけで、魂も愛情も籠もっていない作品を作っているような奴の取り巻きを、どうして続けているのか。

田舎の人間関係は陰湿だ。

相手は資産家の息子。

逆らえない部分もあるのだろう。

だが、それにしてもだ。

下克上を狙うとか。

色々あるだろうに。

いずれにしても、此奴らが関与しているのは、ほぼ間違いないと見て良いだろう。問題はどういう形で関与しているか、だが。

それについては。もう少し。

情報が必要になってくると見て良い。

 

火口の家は既に調べてある。

こんなもの、今時検索すればすぐに分かる。とりあえず、張り込み開始。火口とやらはかなり荒れている様子で、外にも怒鳴り声が聞こえてきていた。

実家暮らしでは無く、一応アパートに住んでいるようだけれど。

それも資産のアパートだろう。

家賃なんか払う必要もないし。

何より、プラモ部屋にでもしているのだろう。

「巫山戯んな! なんでだよ、なんでだよ!」

荒れてるなあ。

私は苦笑い。

この様子だと、相当に苛立っている。

何に苛立っているのかは、あの取り巻き達の様子から見て、明らかだ。私はコッペパンをぱくつきながら、木に背中を預けて。アパートから聞こえる声を録音し続ける。

「マイナーな作品で賞取りやがって! 魂胆が見え透いてるんだよ! どうして競争相手が多い起動兵器ガガールシリーズで勝負しないんだ! どうせマイナー作品なんて、腐女子だから好きだからとか、そんな理由で好きなんだろうによ!」

腐女子ねえ。

私もその意味は知っているが。

吉田の作品を見る限り。

愛情の根元はともかくとして。

あのプラモに注いでいる愛情は本物だと見て良いだろう。

ガン、と大きな音がした。

机を殴りつけたのだろうか。

いずれにしても、これでは話を聞くどころでは無さそうだ。レコーダーはずっとオンにしているが。

あの部屋に例のプラモがあるとしても。

潜入は難しいだろう。

それに、だ。

火口という男。

職歴もない。

プロのモデラー(売り物になるプラモデルを作る人間)として活躍していた時期もあったらしいが。

今では売り物も作っていないそうだ。

そうなってくると。

完全に趣味に切り替えた、ということだろう。

それ自体は悪い事じゃない。

商業に乗せることだけが全てでは無いし。

実際問題、創作が簡単にできるようになった今。

商業作品よりクオリティが高い創作は、ネット上に幾らでも溢れている。

ただこの名人とまで呼ばれた男が。

今は嫉妬に狂っていて。

自分の作品を作れず。

そしてそれに内心では気付いている。

だから狂乱していることは。

私には見え見えだった。

ただ、此奴が例のプラモを盗んだか、というとそれは小首をかしげざるを得ない。

というのも、調べているのだが。

吉田の周辺に不審者の影は無い。

多分、女子と話したこともろくにないだろうこの火口という男が。女子の家に侵入して、物置を漁り。ピンポイントで目的のものを、金庫まで開けて盗めるか、となると。それはかなり疑わしい。

金庫についても。

実はさっと隙を見て指紋を回収しているのだが。

此奴の指紋と一致するだろうかは微妙だと判断していた。

狂乱の声が聞こえてくるので、うんざりしてその場を離れようとして、足を止める。

どうやら奴の母親らしいのが来て。

ドアをノックしていたが。

うるせえと、凄まじい罵倒があった。

「俺は自活してるんだ! いちいち見に来るんじゃねえ!」

「でも、オモチャなんかとっとと卒業して」

「俺はこれで賞も取ってるんだよ! 名人とまで言われてるんだ! 素人はすっこんでろ!」

そうだな。

それについては同意だ。

趣味を卒業しろなんて言う言葉には同意できない。市場が形成され、数十万の値がつくものもあるジャンルを、「たかがオモチャ」「卒業しなければならない」という言葉にも同意できない。

だが今の貴様は。

名人と呼ぶに値する存在か。それについては、大いに私には疑問だが。

「帰れクソババア!」

善意を押しつけに来た火口の母が、「悲劇のヒロイン」のように肩を落として帰って行く。

火口は火口でどうしようもないが。

この腐れババアもどうしようもないな。

私は木に隠れて様子を見ながら、パンをぱくついて。レコーダーにやりとりを記録し。

充分だと判断して。

その場を離れた。

 

2、暗転

 

元々名人と呼ばれるレベルだったかも知れないが。

今はただ嫉妬に狂い。

昔の情熱も失い。

小手先の技術だけを鼻に掛け。

孤独で、それに内心気付いてさえいる。

哀れな男になった火口。

恐らく、外に出るのも希になってしまったのだろう。今の時代、その気になれば、金さえあれば通販だけで生活できる。

田舎でも、である。

私は三十分もつ飴を咥えると、思考を進める。

彼奴は多分犯人じゃない。

というのも、奴の部屋のドアノブからこっそり指紋を採取したのだが。

金庫に付着していた指紋と一致したものが出なかったのだ。

そうなると、火口の取り巻きの誰かが犯人か。

それもどうにもしっくりこない。

やはり、ちょっと一度視点を引いて。

もう少し状況を俯瞰するべきだろうか。

家に戻る。

今回は、この間の猫探しと違い。

生物が相手では無い。

つまり餓死したりする恐れは無い。

勿論雑に扱えば、それで傷んだりはするかも知れない。

十万以上の価値がある品だ。

修復にも、相応の金が掛かるだろう。

それは大変な事だ。

だからこそ、出来るだけ急がなければならないのは事実ではあるのだが。

ネットオークションを確認。

やはり出ている様子は無い。

売られた形跡も無い。

大手からアングラに近いところまで、串を刺してから調べているのだけれども。

それでも結果は同じだ。

ふむと唸る。

つまり犯人は。

盗んだ品を、売りさばくのが目的では無い、という事だ。

もしも売りさばくなら。

速攻で売り抜いて。

後は逃げるだろう。

それが定石になる。

吉田にもう一度話を聞きに行くには、まだ情報が足りない。

火口の取り巻きについても、調べて見た。

全員の素性を伝手をたどって調べて見たが。

いずれも二流以下のモデラーで。

たまたまこの街で暮らしていたから火口と接点があり。

技術と情熱はあったが、同時に乱暴な火口と学生時代から縁があった結果、怖くて未だに逆らえない。

そういう集団である様子だ。

どいつもこいつも特に特徴がなく。

二回り以上も年下の吉田に比べると、実力は雲泥の差。

火口とも同じ。

それもあって、逆らう事は出来ないのだろう。

もっとも、ガタイが良くて強そうな火口は、元々暴力でも、この取り巻き達よりも強そうだが。

後は吉田の両親か。

此奴らも、典型的な、「たかがオモチャ」「卒業しなければいけない」と、プラモについて考えている様子で。

娘が作った品に、十万以上の値段がつくなんて、知りもしない様子だが。

此方も、吉田が逆に警戒しているし。

金庫の番号なんて絶対に教えないだろう。

そうなると。

誰が犯人だ。

吉田自身の場合は。

つまり自作自演という訳だ。

しかしその場合、メリットが見つからない。

私の評判を落とすにしても。

私は小学生である。

中学生が、こんな手の込んだ真似までして。

其処までするだろうか。

しかも吉田と私は接点がない。

メモしてまとめてある今までの事件を全て確認するけれど。

それでも吉田と関連がある事件は、一件もなかった。

さて。

どうしたものか。

ベットで足をぶらぶらさせながら。秘密基地で考え込む。

PCをつけると、ちょっと吉田が作ったプラモのアニメについてもう一度調べて見る。内容は前に調査して調べてあるし。吉田が作った量産機が、作中で殆どやられメカとしか活躍していない事も知っている。

ファンコミュニティや、二次創作についても調べて見るが。

やはりコアなファンや。

マニア中のマニアしか、知る事さえない作品のようだ。

そのマニアでさえ。

賛否はかなり分かれていて。

マニアなら大好き、というわけでもないらしい。

リアルロボットアニメの、悪い所を詰め込んだ作品、なんて評価さえ見受けられた。

一方で、腐女子と呼ばれる層のファンには、ある程度の支持を得ている様子だが。それも、濃厚な人間関係が描写されているからで。

腐女子層が、それで熱心にプラモを作るかというと。

それはノーだろう。

見えてこない。

一体誰があのプラモを盗んだのか。

情報が足りないな。

もう少し周囲を調べるか。

ベットから起きだすと。

姫島が来る。

「おや、シロ。 お出かけ?」

「どうも仕事が煮詰まってな」

「例のプラモの奴?」

「そうだ」

面白そうだと言う理由で、姫島がついてくる。

此奴の顔の広さは異常で。

なんと高校生にまで顔が利く。私と違って、意図的に作ったコネでは無く、自然に出来た交友関係で、だ。

人なつっこい性格もあるのだけれど。

それ以上に、他人と意思疎通をする能力に、天性のものがあるのだろう。私にはない能力だ。

「吉田響について、何か知らないか」

「知ってはいるけれど」

「何でも良いから、一通り話してくれるか」

「ぐるぐる眼鏡の大人しい人でしょ。 プラモマニアだってのは私もメールが回ってきて初めて知った」

口をつぐむ。

まて。

交友関係が広い此奴でさえ、知らなかったのか。

そうなると。この街においてプラモマニアというのは、かなり数が少ないのか。想像以上に。

顎をしゃくって、話を続けさせるが。

それ以上は何も知らないと言う。

逆に妙だ。

賞まで取っているレベルのモデラーだ。

親に白眼視されながらも、黙々と努力を続けて来たのだろう。師匠がいると言うような話も聞いていない。

そうなると、今までに見てきた連中の中に犯人が確実にいるとみて良いが。

それでも尻尾が掴めない。

この事件。

ひょっとして、予想以上に。

根が深いのではあるまいか。

吉田響に連絡を取る。

少しばかり。

聞きたいことがある。

 

呼び出しに応じて来た響は。

丁度プラモを組んでいる最中で、集中力が切れたと、悲しそうにしていた。出来れば喚び出されたくなかったとごねる。

咳払い。

盗まれたものが戻ってこなくてもいいのかと言いたいが。

今は、そういう指摘をしても仕方が無い。

まず、調査状況について話をしておく。

「まずは「元」名人の火口だけれども、確認する限りこの事件には恐らく関わっていないよ」

「すごい。 調べたの」

「その取り巻きも含めてね」

今の火口は。

昔の栄光を鼻に掛け。

自分の力の衰えを自覚しながら。

それを認めることも出来ない。

寂しい老害だ。

実際にその様子は、アパートまで見に行って。それであのヒステリックなやりとりで確認した。

取り巻きの反応からしても。

火口がもう人望もなく。

恐らくコンテストに出しても、賞を取れるプラモを作る実力もないだろうことは、明かだろう。

ましてや、プライドが邪魔して。

危険を冒して、吉田の家にこっそり入り。

ピンポイントで宝がある金庫を探し当て。

しかも暗証番号を吉田以外が知らない金庫を開け。

そして怪盗よろしくプラモを盗む、なんて事は。

できる筈も無かった。

「というわけで、気にくわない奴だが、火口は白だと見て良い」

「そう、なんだ」

「それで気になるんだが。 身内にそのプラモの存在を知っている奴は」

「身内?」

吉田が眉をひそめるので、説明する。

恐らく今回の件。

内部犯だと。

それも、恐らく親じゃあ無いと。

「親には絶対に金庫を開けられない。 それについては自信があるんだろう」

「それはまあ」

「コンテストで賞を取ったことを知っている友人は」

「ええと……」

指折りで数える吉田。

自慢していたのか。

吉田によると、何人か、話を出来る友人はいるにはいるという。

コンテストで賞を取って、凄い値段がついたことも話したという。

その友人について詳しく聞く。

「まさか、疑ってるの」

「どうも妙なんだこの事件」

「妙?」

「一番怪しい奴が、まったくと言うほど手応えがない。 ましてや貴方が自作自演で私を貶めるのが目的、にしても、その意味が分からない」

真っ青になる吉田。

自分まで疑われていたとは、気付いていなかったのだろう。

「ネットオークションなんかでも売り飛ばされた形跡は無い。 アングラ系のサイトまで調べてみたのにな。 何も心当たりが無いから私の所に来たのだろうし、そうなってくると、もっと情報がいるというわけ」

「……」

「追加でもう少し調べて見る。 それで駄目なら、ちょっと強硬手段に出る」

「強硬手段?」

無茶な行動だが。

ある手を思いついている。

出来るだけ使いたくはないのだが。

それをやる前には、決着を付けたい。

吉田から離れる。

恐らく彼奴の自作自演という線は消えたと見て良い。そんなに上手に演技ができるようには見えなかったからだ。

多分あれは。

本当に困り果てている。

金庫の開け方についても軽くヒントを聞いたが。

そのヒントについて、思いつく方法があるとしたら。

吉田という人間を知っている奴だけだろう。

歩きながら、姫島に聞く。

吉田が名前を上げた奴らについてだ。

「良い評判は聞かないね、みんな」

「ほう」

「昔っから悪さばかりしてることで有名な奴ばっかりだよ。 小学校時代は虐めばっかりしていたみたいだし。 中学になってからも、あまり良い噂は聞かない」

「……そいつらが屯している場所は分かるか」

まさかとは思うが。

話を聞くと、近くの地下バー。

要するに売れないバンドとかがコンサート(※極小規模)とかをやるような店に、頻繁に出入りしているという。

もしそうなると。

ちょっとばかり、面倒かも知れない。

以前コネを作った高校生に連絡を入れる。

メールを流すと。すぐに返事が来た。

「あの店はヤバイって。 薬売ってるって話もある!」

「薬。 コカインとか?」

「いずれにしても、シンナーとかの比じゃないヤバイ薬を扱ってて、スジ者も出入りしているって聞く!」

そうか。

そんなヤバイ連中が出入りしている店に、平然と出入りしているのか。

によによしている姫島。

姫島に、顎をしゃくる。

「見えてきたぞ」

「流石シロ」

「とりあえず、裏付けを取る」

もう一度、吉田の家に出向く。

そして、手渡す。

それはレコーダーだ。

レコーダーは今時かなり安く手に入る。これは黒田が手を入れたレコーダーで。十八時間ほどは録音をする事が出来る。

それを五つ渡す。

「これを自分の机に仕掛けて、それで回収して私に渡して。 一つを常に仕掛けている状態にして。 一週間ほど、繰り返してくれればそれでいい」

「要するに、毎日交互に仕掛けて、終わったのから渡せばいいのね」

「そうなる」

勿論これは盗聴だが。

本人同意での盗聴だ。

更に、である。

これを絶対に使うつもりは無い。

あくまで決定打としての。

確認を取るための、保険としての作業だ。

もしも踏み込む場合は。

他の手段を採る。

さて、いずれにしても。

霧が掛かっていた状況に。

少し光が見えてきた。

 

一週間が経過して。

情報を集めて貰ったが。

その間、私も。

何もしていなかった訳では無い。

例の危ない店とやら。

その近くの、安全な店の屋上を断って借りると。

人間の出入りを観察したのである。

様子を見ると。

確かにその辺でも札付きの不良生徒が出入りしている。

吉田の「友人」も、それに混じっているようだった。確かに明らかにスジ者らしい連中もいる。

警察はどうして放置しているのか。

それはまあ、決定的な証拠が出ないからだろう。

だが、警察関係者らしいのが、周囲を伺っているのも確認。

これは恐らくだが。

検挙のタイミングを、見計らっているのかも知れない。

「シロー」

姫島が来る。

退屈そうにしている私に。

状況の進展を聞く。

「どう?」

「予想はだいたいついた」

「流石。 で?」

「今、チャンスを窺ってるところ」

ボイスレコーダーは既に確認したのだが。四日目。

吉田が席を離れた後。

決定的な声が入っていたのである。

「彼奴、思ったより応えてなくね?」

「あんなクソオタク、ちょっと心折ってやればすぐに泣き入れると思ったのに、何かおかしいな」

「リクジョ−さんにノルマノルマ五月蠅く言われてるし、何か手打った方がいいんじゃないの」

「だよなあ。 そろそろ成果上げないとヤバイし。 もう少しプラモパクって見る? それとか、あのプラモ壊して戻してやるとか」

ゲスそのものの笑い声。

小声だが。ばっちり拾えている。

周囲に人間がいない。

聞こえていないと思うと。

人間はゲスになる。

更に女子のグループの陰湿なやりとりは、恐らく男子には想像できないほどのレベルだ。アニメに出てくるお上品なお嬢様学校みたいな清潔な世界では無い。

例えばグループにいる相手でも。

通学路などで、その相手がいなくなった瞬間。

悪口大会を始めたりする。

普通とはそういうものだ。

此奴らも根っからのどクズだが。そういう意味では、普通の人間、と言うわけだ。

「でもさ、あれ売ると10万以上になるらしいよ」

「マジで? あんなオモチャが? カネ出す奴バッカじゃね?」

「バカが相手だから売れるんでしょ。 壊すのはもったいないし、後で小遣い稼ぎのネタにしようよ。 ノルマ達成以外にも小遣い稼ぎしたいし」

「確かに最近エンコーしても稼ぎ悪くなってきたしね。 十万だと大きいし、壊すのもったいないか。 ちょっと良いバッグ欲しくなってたし」

以上である。

勿論此奴らが、吉田が小型のボイスレコーダーを仕掛けているという事実に気付いている筈は無い。

もしも吉田が裏切っていた場合も。

ボイスレコーダーに此処まで巧妙に嘘データを仕込むのは不可能だ。

そしてこのやりとりを確認した後。

吉田に聞いてみたが。

此奴らにこんな話をされていたとは、と。

真っ青になっていた。

つまり、相手に悪意がマシマシで。

友達面で近づいて来ていることに。

吉田は気付いていなかったのだ。

ちょっとその辺は同情したくもなるが。

昔ほど酷くは無いにしても、オタクに対する差別が健在なのは私だってよくよく知っている事だ。

吉田も相当に友達に飢えていたのだろう。

其処をつけ込まれてしまった、ということか。

何というか。

同情するほかない。

問題はリクジョーとやらだが。

それについては。

今、私が双眼鏡で確認している。

素性は調べ済み。

この辺りで、もっとも危険と言われている、ワル中のワル。

都会に出てしまえばチンピラ同然だが。

この街では、不良の誰もが知っていて。

震えあがる相手。

ヤクザの鉄砲玉である。

それも、本当にヤクザに所属しているホンモノだ。

昔から番長的なポジションのワルは何処の街にもいるものだが。今の時代は、そういうのが都会ではほぼいなくなり。半グレやらなにやら、犯罪組織の下部集団に組み込まれているという。

この街ではそういう事も無く。

何より旨みが全く無い街だから。

ヤクザは本格的には関与していない。

部下を少数おいているだけ。

ただ、睨みを利かせるためにおいているその部下の一人が、極めてヤバイ。

それがリクジョーだ。

どうやらこの街で薬を売ったりもしているらしく。

シンナーで満足できなくなった不良が。

此奴に接触しているらしい。

これについては、既に調べがついている。

だから警察も、リクジョーが出入りしているこの店をマークしているのだろう。

そして、そのリクジョーに。

吉田の「友人」がアクセスしていて。

ノルマ、という言葉を口にしている。

これは想像以上に危険な状況だ。

ただ、警察もバカじゃあない。

更に、である。

この間コネを作った雪野の祖父に。この件について、話を流してある。そっと、であるが。

アレは、この街最大の金持ちであり。

しかも自分にも他人にも厳しい人間だ。

更に、何人かコネを作ってある老人にも、似たような話を流す。

中には、孫が中学校にいる者もいる。

他人事では無い。

すぐに彼らは動いた。

田舎の金持ちの権力はでかい。

警察が大規模な突入体勢を前提に、この店の周辺で動いているという事は。

多分ケツを叩かれたから、だと見て良いだろう。

そして、リクジョーが店に入ったのを、今確認。

姫島が、身を隠すように言う私に、小首をかしげた。

「どういうこと?」

「わからないでか」

「うん」

「要するに吉田の「友人」どもは、この街で一番危険な奴の手下になって、薬の売人やってたってことだよ」

流石の怖い物知らずの姫島も。

真っ青になる。

薬といっても、シンナーが精々のこの田舎だ。

此処でヤクザが扱っている薬と言えば。

当然のことながら、コカインとかヘロインとか、もしくは覚醒剤とか。そういう洒落にならない代物だろう。

それくらいは。

頭がゆるめの姫島でも、即座に理解出来る、という事だ。

パトカーが来た。

どうやら、警察も。

重い腰を上げるつもりになったらしかった。

どっと警官が入り込む。

見ると、県警から人間が来ているらしい。

県警本部から人間がこれだけ来ているとなると、老人ども、よほど本気で警察に圧力を掛けたらしい。

まあ自分の孫が危機に陥っているとなると、当然か。

老人は孫には甘くなりがちだし。

こういう所で、コネを使わない意味もないからだ。

見る間に、周囲は阿鼻叫喚になった。

リクジョーとやらもこうなるとひとたまりもない。

喚きながら暴れていたが、すぐに両手を抱えられて、引きずられていく。中にいたらしい高校生や中学生も、根こそぎ補導されていったようだった。

あの店の周囲は、しばらくは警官だらけだろう。

あの店には入らない。

そしてここからが大事なのだが。

あの店にあった品は。

全てが警察に押収される。

予想だが。

警察に押収される品の中に。

例のプラモがある筈だ。

今は、それを見守る。

取り返すのは。

警察が、プラモを押収した後だ。

 

3、薄暗いドブの中

 

吉田と姫島を連れて、県警本部に出向く。県警本部は電車で三十分ほど掛かるが、まあ子供料金だし、通学するわけでもないので、許容範囲内だ。

そして盗難届を出した。

吉田は青ざめているが。

私が、事前の手続きとかを、全て把握している。なお、姫島の親に、保護者としてついてきてもらった。これは子供だけだと、門前払いされる可能性があるからで。以前借りを作った姫島の親は、文句も言わずについてきてくれた。

警察の側でも最初は馬鹿にしていたが。

十万以上の値段がついていると説明。

更にそれについて、具体的なデータを出し。

更にこの間、警察の捜査が入った店の名前を出し。其処に隠されていたはずと言う具体的な話をすると。

顔色を変えた。

笑い事では無いと察知したのだろう。

もしもこれでも相手にしないようなら、雪野の祖父に声を掛けるつもりだったのだが。一応手持ちのカードで大丈夫だった事になる。

まあ雪野の祖父に声を掛ける場合は、此方も貸しを作る事になるので。

正直最終手段なのだが。

「どうしてそんな事を知っているの」

「私の友達が、その店に出入りしていたみたいなんです。 犯人も、その友達以外に考えられなくて。 十万円以上の値段がつくことも知っていました。 だから……」

「……少し待っていなさい」

受付に出てくれた婦警さんが、しばらく奥に行って。

そして戻ってくる。

かなり乱暴に扱われていたが。

あの写真通りのプラモデルが。

確かに握られていた。

ビニールに入れられていたが。指紋とかがつくとアレだから、証拠品として色々厳重に保管されている、ということだ。

「これかしらね」

「これです!」

吉田が飛びつく。

だが、ひょいと取りあげられた。

まだ捜査に必要だから返せないと言われて、吉田が顔をくしゃくしゃにする。そして、涙を流しながら、訴える。

「コンテストのために、一ヶ月を掛けて、心血注いで作った品なんです! お値段だって十万以上はつきますけど、それでも売る気はありません! モデラーとして私が命を賭けて作った品です! 返してください!」

「まず、そのコンテストに間違いが無いか確認をするのと。 証拠品として調査をするのが先。 返すには返すから、心配しないで」

「……本当ですか」

「盗品としてはカウントしておくから、大丈夫。 捨てたりはしないわ」

さて、これでプラモについては確保できた。

更に、である。

吉田は、例のテープレコーダーを出す。

録画時間も分かるようにしてあるものだ。

テープレコーダーを見て、婦警は流石に呆れた。

素人にしては、出来すぎていると思ったのだろう。

生憎、テープレコーダーを仕掛けるように吉田に促したのは私なのだが、それは黙っておく。

「こんなものを仕掛けていたの?」

「私、この品を金庫に入れてしまっていたんです。 この品の存在を知っていて、金庫のパスのヒントを知っているのも、考えてみればその友人だけで……それで……」

四苦八苦して説明しながら。

吉田が問題の部分も再生。

見る間に婦警が顔色を変えた。

すぐに少年課に連絡を入れる。

リクジョーという名前がダイレクトに出ていること。

更にノルマという言葉。

恐らくは、警察側ももう掴んでいるのだろう。

リクジョーとか言うヤクザの鉄砲玉が。

薬を中学生高校生に売りさばいていて。

手先にしていたことは。

シンナーでは満足できないようなジャンキーには、もっとヤバイ薬が必要になるし。

そしてそういったヤバイ薬は、一度入れると取り返しがつかない事になる。

更に言えば。

中学生や高校生でも、薬漬けになっている人間は珍しくない。都会では、特に多いそうだ。

ノルマというからには。

此奴らは、徹底的に吉田の心をへし折って。

薬を適当なタイミングで勧め。

ジャンキーに仕立てて。

その売り上げで、ノルマを達成するつもりだった、というわけだ。

人命の尊重?

人権の尊重?

人間の尊厳?

そんな概念。

ゲスに理解出来る訳がない。

不良を格好良く書く漫画があるが。

実態はこんなものだ。

更正した不良が良いことをするのを見て絶賛する奴がいるが。

そいつが更正するまでには、こういった悪事をやりたい放題していて。どれだけの人間が泣かされているか。

ましてや、ヤクザを格好良く書く作品なんて。

それこそ反吐が出る。

任侠なんてとっくに絶滅した存在だ。任侠を書くなら兎も角、リアルなヤクザを格好良く書いているような奴は。それこそそいつらに泣かされている普通の人々を、踏みつけにしているのも同じだろう。

考える知能がないから。

そんな腐った代物を喜べる。

それだけのことだ。

金庫についても渡すように吉田は言われていて。警察に対して同意していた。警察の方でも、これから調べるのだろう。

吉田の「友人」合計三人は、全員が補導だ。

恐らく少年院直行。

そのまま戻ってこないだろう。

完全に自業自得なので、それこそどうでもいい。というかいっそのたれ死ね。

戻ってきたとしても。

こんな田舎街で。

これだけのことをやっていたのだ。

恐らく、もはや居場所どころか。

帰る家も無くなる。

項垂れている吉田。

私と姫島も、色々と聴取されるが。

私はたまたま話を聞いたというだけにして、適当に聴取をやりすごす。無邪気な子供のフリをするのは苦手じゃない。

姫島はそもそも、事件の概要をあまり理解していない様子だし。

つきそいにおもしろがって来ただけ。

結局聴取は夕方まで掛かったが。

それで終わり。

家に帰された。

なお、パトカーは流石に使わなかったが。

帰りは、万が一を考えて、警察がついてきてくれた。

そんなに仕事をするなら。

最初からきっちりやってくれればいいものを。

いずれにしても、私は警察に出入りする時に、いつものパーカーを着込んでいなかった。この辺りは、身を守るためだ。私も、目立つべき場所と、そうではない場所は、分けるようにしている。

まだまだ私は発展途上。

最悪の事態に備えて、分別と、区別は、つけなければならない。

それは本能的に知っていたし。

自分で分かる範囲では気を付けるようにしていた。

さて、此処からだ。

此処から。

最後の処理に掛からなければならない。

 

県警本部から帰って数日。

地元はやっぱり騒然となっていた。

例の店は完全に潰れ。

テナントは空。

というか、店の解体が始まっていて。空き地になるのは間違いなさそうだった。

跡地は良くて駐車場だろうか。

いや、しばらく草ぼうぼうのまま放置だろう。

その店に出入りすることで粋がっていた連中は、逆に青ざめていた。いつ逮捕されても不思議では無いからだ。

更に、である。

補導された吉田の友人達は。

県外の別の学校も含め、合計七人の中学生に覚醒剤を売りさばいていたことが判明。危ない薬は、結局の所覚醒剤だったらしい。

覚醒剤は噂によると国内でも簡単に作れると聞いている。調べて見ると、そもそも発生が日本らしい。

そうなると、ヤバイ海外の犯罪組織とかを介在しなくても作って売れるわけで。

なるほど、クズ野郎のシノギには丁度良い、というわけだ。

いずれにしても、許される罪では無い。薬の売人なんて、情状酌量の余地もない。しかも小遣い稼ぎにやっていたのだ。

問答無用で少年院直行が決まったそうだ。

本人達も薬をやっていた様子で。

家からカネまで持ち出していたらしい。

そして、吉田に、テープレコーダーをもって面会に行かせる。

吉田に対して、最初は無実だ何だと喚いていた友人達だが。

テープレコーダーの声を聞かせると。

途端に態度を変えたという。

後で聞かせて貰ったが。

酷いものだった。

「バカじゃねーの。 いい年扱いてプラモなんかやってるオタク相手に、どーしてアタシ達が相手なんかしてやらなきゃいけねーんだよ! 最初から薬売るためのカモにするために、弱み握るために近づいただけに決まってるだろーが! お前みたいなオタクに人権なんか無いんだよ! 偉い人も言ってるだろ! オタクは人間じゃないから差別していいんだよ! 世界の敵なんだよ! パブリックエネミーなんだよ豚! 豚だから、何してもいいんだよ!」

「そんな風に想っていたんだね」

「あのくっだらねーロボも、ほとぼりが冷めたら売り飛ばすつもりだったんだけどな、それだけが残念だよ! 十万だっけ? あんなオモチャにそんなカネ出すとか、本当にバカ丸出しだな! だからお前らは豚で、人権なんかねーんだよ! ギャハハハハハハ!」

吉田がため息をつく。

そして、もう何も言わず。

席を立ったようだった。

それにしても、だ。

児童の人権を守る団体が、実際には児童売春や児童の人権侵害に荷担していたり。国際的な福祉組織が、実は根幹から腐りきっていたり。

人権屋が腐りきっていることは今時私のような子供でも知っているが。

これは実例としてはあまりにも分かり易すぎる。

オタクにも理解を示している人間のフリをして近づき。

弱みを握って相手の大事なものを奪い。

そしてその弱った心につけ込んで薬を売りつけ。

骨の髄まで搾取する。

自分から見て「気持ち悪い」から、相手の人権を認めない。

自分と「価値観が違う」から、相手の尊厳を全て否定して良い。

独裁国家で、大量虐殺をした連中と同じではないか。

どっちがパブリックエネミーだか。

豚以下なのはどっちなのか。

言うまでも無いことだろう。

小学生にでも分かる。

これでも現実が分からないなら。そいつは豚に謝るべきだ。豚以下なのに、人間を自称しているのだから。

私は嘆息すると。

さて、どう後を処理するか。

考え始めていた。

数日後。

吉田の元を訪れる。

大事なプラモが戻るのは数ヶ月後らしい。

中学校では箝口令が敷かれ。

高校でもそうだが。

何人かが学校から消えたそうだ。

この街だけではなく。

近くの街からも、十人以上が消えたらしく。

今回の事件の余波はかなり大きいらしい。

基本的に薬を売っていた連中は全員が退学、そのまま少年院に直行。

薬を買わされていた人間も。

全員停学処分だそうだ。

なお、例のリクジョーとやらの家族は、極めて悪質な事件を起こしたと言うことで。地元でも完全に村八分状態。

こっそり家族揃って引っ越していったそうである。

まあそれはそうだろう。

あんな事件の主犯だ。

もうこの辺りには顔だって出せるわけがない。

元々家族揃ってろくでなし揃いだったそうだ。

それが今回の事が決定打になった。

田舎の陰湿な人間関係で、やっていけるはずがない。何か小さな店もやっていた様子だが。

それも畳んで出て行ったそうである。

吉田は涙を拭う。

「私、もう誰も信じられない……」

「分からんでもない」

「私、この事件、こんな酷い事になるなんて想わなかった」

「それにしても、どうして暗号がばれた。 それだけは分からなかった」

目を擦りながら。吉田は言う。

吉田が好きなキャラクター。

その生年月日について、あの三馬鹿に話したことがあったという。誕生日をお祝いしたのだと。

昔から、架空のキャラの誕生日をお祝いしたり。命日にお葬式を出すような事は良くあったらしく。

国民的な人気を誇ったボクシングの漫画のキャラクターのお葬式には。多くのファンが詰めかけたらしい。

暗号はずばりその生年月日。

左右にそれぞれ、好きなキャラクターの順番に回す。

それで金庫が開くそうだ。

今はもう、金庫の番号も変えたそうだが。

ちなみに、金庫を開けた実行犯はリクジョーで。

その指紋も金庫から確認されたという。

リクジョーとやら。流石にすぐにネットオークションに出さない程度の知恵はあったらしく。

それが故に。

今回は此処まで事件が拡大したのだろう。

学校には報道陣も来ていたので。

話を聞くために、吉田は秘密基地まで呼びだしたが。

其処でもずっと吉田は泣いていた。

情けないとは、言えない。

何しろ、最悪の裏切りを受けて。

何もかも信じられなくなっても、当然の状態なのだから。

「今の時代ほどじゃないけれど、昔はオタクに対する迫害はもっと酷かったって聞いている。 今は昔よりましらしいけれど、それでもこんな事は起きる。 ただし、今回は元凶はしっかり取り除いた。 それで満足は出来ないか」

「……シロちゃん、貴方何者?」

「ただの小賢しい小学生だよ」

「とてもそうとは思えない」

涙を拭う吉田。

ため息をつくと。

私は言う。

「プラモは戻ってくる。 犯人も捕まった。 最大の悪党であるリクジョーとやらは、この様子では雇い主のヤクザにも見捨てられてる。 刑務所から出てきても、もう生きる場所もないだろう。 今の法律だと、ヤクザの下っ端が犯罪を犯すと組長を逮捕できるからな。 この街に帰ってくることは無いし、多分どっかに埋められるか沈められるかの運命だ。 それでも納得できないのは、友達だと想っていた相手がゲスで、裏切られたことが信じられないから? それとも許せないから?」

「そうじゃない……」

「だろうね」

顔を上げる吉田。

私は、飴を咥えたままだ。

吉田が一番許せない事。

それは。

「自分が好きな作品に理解を持ってくれていると思っていた相手が、理解なんてしていなかったこと、かな」

「……そうだよ」

「やはりか」

まあそうだろう。

ただ、これは昔からよくある手口だ。

心が弱っている相手に。

同情してみせる。

一緒に泣いたりしてみせる。

そうすることで、相手の心にすっと入り込む事が出来る。

タチが悪いカルトだとか。

水商売系の人間だとか。

ヒモ野郎とかが。

金づるを作る時に。

やる手段だ。

そしてあのゲスどもも、同じ手段で吉田を籠絡して。そして金づるにしようとした。後ろでは、吉田にとって一番大事なものを嘲笑いながら。

人間とは。そういう生き物だ。ずっと昔から、今に至るまで。

「ならば私は、貴方のプラモを嗤わない」

顔を上げる吉田。

涙を拭う吉田に言う。

「一月も掛けて心血と魂を注いで作り上げた品を誰が嗤おうか。 それを嗤う資格がある者などいはしない。 何よりも立派な芸術で商品だ。 私はそれを作り上げたことを尊敬する。 オモチャだと嘲笑う奴はいるだろうが、それは嘲笑う奴の方がおかしい。 常識がそいつらの味方をするなら、常識の方がおかしい」

「……」

吉田は、無言のまま、また俯く。

そして随分長い時間を掛けた後。

有難う、と言った。

涙が伝っているのが見えた。

認められる。

それがあれだけの暴言を浴びせられ。

尊厳を頭ごなしに否定された後。

どれだけ心を救うかは。

言う間でも無いことだった。

ましてや私は。

嘘をついてはいない。実際に吉田の作ったプラモは凄いと思っている。知識が無くても分かるくらいに、である。

これのすごさが分からない奴は。

「オモチャだから」と色眼鏡を掛けて見ているから。

そんな色眼鏡を掛けて見ているような奴こそ、恥じ入るべきだ。

「これからも、私は貴方の作るプラモのファンだ」

もう一言だけ。

私は付け加えた。

 

4、立ち上がれ錆の機神

 

一月ほどして。

プラモのコンクールがあるとかで、桐川に誘われて。その動画を見た。流石に私の小遣いでは、東京まで見に行く余裕は無かったのだ。

なお、以前話題になったロボットアニメについては。

桐川にDVDを借りて目を通した。

昔らしく、4クールに渡る大作で。

見るのにかなり時間も掛かったが。

見る価値はある良い作品だった。

確かにエログロだし。

救いようが無いバッドエンドだし。

子供には見せられないとしか思えないシーンもたくさんあった。これが夕方に放送されていたというのが驚きだ。

だが全編手書きのセル画であるがゆえの迫力や。

ディテールまで凝った描写。

監督が心血を注いで作っていることが分かる内容。

そして何より、徹底的に追求されている残酷なリアリティが。

確かに心を打つものはあった。

ロボットアニメというジャンルに関係無く。アニメとしても、というか映像作品として。

そもそも傑作と呼んで良いだろう。

監督はもう亡くなられているそうだが、今でもその筋のマニアには有名な人で。墓には多くのマニアが訪れるという。

ロボットの良さとかはよく分からなかったが。

まあそれは分かる人に分かればいいのだろう。

とりあえず予備知識を得た上で。

吉田の作品が、準優勝するのをみた。

そう。残念ながらトップは取れなかった。

トップに関しては、格が違った。この手のロボットアニメで最大手の作品にて、田舎で名人と呼ばれているのではなく、全国で文句なしの名人と呼ばれているプロモデラーが作り出してきた作品だったので。

これは相手が悪かった。

むしろ準優勝でも大健闘。

そればかりか。

今回の作品も、十万以上の値段がつくという。

嬉しそうに、ちょっとださい服を着て、準優勝のトロフィーを抱えている芋っぽい吉田を見ると。

あの事件から立ち直っているのが分かって、好ましかった。

なお、どこのニュース番組でもこの件については取りあげていなかったが。

とことんどうでもいい。

もはや、この世界から。

マスコミは不要の存在になりつつある。

なお、例の自称名人、火口に関しては。当然のことながら、入賞さえ出来なかった様子だ。

今はさぞや悔しがっているだろう。

桐川が、私と一緒に動画を見ながら、残念そうにしていた。

「惜しかったね」

「流石に相手が悪い」

顎でしゃくって見せるが。

相手のプロモデラーが作ったプラモは、文字通り桁が違う代物だ。

プラモで大手企業のサラリーマン並に稼いで喰っている人物らしく、今回のコンクールの品は、100万オーバーの値段がつくという。

ちなみにその優勝作品も主人公機ではない、むしろやられ役枠の雑魚キャラらしいのだが。

それでも緻密な設定があるそうで。

主人公機と同じくらい人気があるそうだ。

まあその辺りは。

よく分からないが、ロボットアニメ特有の現象なのかも知れない。

メールが来る。

吉田からだ。

あの後、私が認めると言ったこと。

私が本気で件のロボットアニメを全話見てきて、しっかり話について来たことで。

吉田はあの友人を装っていたクソゲスどもの事を吹っ切ることが出来たらしい。

人数が減って少し寂しくなった中学校だが。

膿を出したと思えば仕方が無い事だし。

何より、あのままリクジョーとその手下どもが跳梁跋扈していたら、この街はどうなっていたことか。

吉田だけの問題では無かったのだ。

「準優勝だったけれど、十分に健闘できたよ。 名人にも褒めて貰えた」

「それは良かった」

「見所があるし、今後も勝負していきたい、だって。 私がんばれそう」

「何よりだ」

メールのやりとりを終えると。

私は飴を咥える。

そして秘密基地にある。

小さなロボットのプラモを見た。

白い塗装をした、小さなロボット。

良く知らない作品のだけれど。

4クールのアニメ作品のロボットらしく。

サイズとしても小型で。

10メートル以上のものが普通なロボットアニメで。

五メートル前後と、非常に小型。

しかもロボットアニメなのにとにかく弱い事で有名な作品で。

底辺だとか、棺桶だとか、言われているロボットだそうである。ロボット以外の敵に撃破される事も珍しくないそうだ。

だけれどもその泥臭い内容が人気だとかで。

今でもファンが多いらしい。

とにかく、白い塗装をしているのはその中でも珍しいそうだが。

私としては結構好きなので。

大事にするつもりである。

ちなみに売り物にした場合。

2万から3万は確実に値がつくという。

そういう意味でも。

将来的に、大事にしていかなければならない品だ。

これは家宝にしても良い作品だなと、私は思った。

姫島が来る。

「おー、珍しく揃ってるね」

「どうした」

「シロに仕事」

「またか」

腰を上げる。

白いロボットを丁寧に金庫にしまうと。

ぱんぱんと膝を払う。

「で、今度はどんな内容だ」

「それはね」

話を聞きながら、私はほくそ笑む。

また一歩。

私の目的に。

近づくことが出来たと。

 

(続)