未来に向け出来る事
序、地獄
火災現場を再現したロボコン。参考映像を見つけてきたので共有するが、正に其所は地獄だった。
まず最初に、いわゆるバックドラフト対策が必要になる。
これは火災現場に空気が流れ込むことで、炎上が爆発的に発生する現象の事で。火災現場の窓などを割ったときに起こりやすい。
かといって、もたついていれば救助対象が助からない。
火災現場では、文字通り一秒を争うのである。
其所で、ロボットには幾つもの機能が求められる。
まず生存者の探索。
炎上状態の確認。
これらをセンサで調べる。
当然の話である。センサによる調査で、今後の戦略が決まってくるのだから。
生存者がいない場合は、延焼を抑える方向に。火災というのは非常に危険で、延焼が進むと文字通り辺り一帯を手当たり次第に焼き尽くす「災害」となる。
そうなってくると、大都市で歴史上何度も起きた大火のように、地獄となる。
数百年前この国の事実上の首都であった江戸は、この大火災で何度も被害を受けており。そのため、専門の対策を幾つもしていた。
他の国でも、大火災によって大きな被害を受けた事例は何度もある。
火災というのは、下手をすると都市を壊滅させる規模の災害となりうる代物なのである。恐るべき話だが。
延焼を防ぐには、ではどうすればいいのか。
まずは消火剤を用い。
更に建物を崩す。
後は水を掛けながら、火を押さえ込み。そして最終的に、炎による被害を最小限に食い止める。
ただしこれらの判断は、ロボットが行うのではない。
ロボットがするのは、外からの測量での状況把握。
更には、延焼を防ぐための処置の最適手段の提示である。
これらを現場で判断するのは。
結局の所人間である。
ただ、人間の判断を仰ぐために、出来るだけ適切な情報を集めるのはロボットの仕事ではある。
そして、だ。
更に大変なのが、生存者がいる場合。
この場合は、バックドラフトを防ぎつつ突入して、生存者を確保。回収して、戻ってこなければならない。
その後は延焼を防ぐ措置をする。
まあ当たり前の話である。
この、生存者の救出作業が、尋常では無く難しい。
まずバックドラフトをどう防ぐか。
建物の構造を、全把握していないと出来ない事だ。
更に生存者を救出。
人間を抱えるだけのパワー。
何よりも、動けない人間に対する柔軟な対応である。
人間は埋もれていたりするケースもある。
瓦礫を除去したりするパワーも必要になってくる。
いずれにしても。
高校で出来るロボコンとしては、ほぼ限界点。
それが火災対策ロボットだ。
地震などによる、複合災害の対策作業となると、更に強力なロボットが必要になってくるのだが。
それはまだ高校までは降りてこない。
昔は大学レベルのロボコンで扱っていたようなロボットが、近年はどんどん高校に降りてきている事もある。
今後は扱うようになるかも知れないが。
まだ数年は掛かるだろう。
とりあえず、画像を確認して、ノウハウをチェック。
そして、幾つかの打ち合わせをする事になった。
まず武田が提案する。
「汎用性の高い円筒暁を使うにして、それでロボットアームもつけるんだよね?」
「そうなります」
「うん、後は担架になる部分が必要だね」
それも考えてある。
大急ぎで作った円筒暁の図を見せる。
まず第一に、ロボットアーム。
これは当然、瓦礫の除去などのために必要だ。問題は移動。救助対象が二階などにいる場合、円筒暁は不利になる。
移動のために車輪を使っているからである。
だが今回は屋内である。
ロボットアームを用いて、本体をも持ち上げ、迅速に階段を上る。
降りるのも同様。
これについては、既にプログラムを見つけてある。武田にプログラムは渡してある。
だから、武田の発言は、確認の要素も強い。
続けて担架だが。
これは円筒暁が畳んで背負う。
救助者を発見した場合、まずロボットアームで瓦礫などを撤去。
救助者を担架に移し。後は可能な限り迅速に外に運ぶ。揺らさないように、なおかつ迅速に。ぶつけるなど論外。
この辺りの制御は、ロボットならでは。
人間には出来ない事だ。
勿論人間の消防士が必要ない、等と言うことはない。
此処で重要なのは、役割分担である。
「これらのギミックの結合試験、かなり大変だと思いますが……」
「大変だろうね」
上杉に、武田が厳しい答えを返す。
これからロボコンまでが、多分今までロボコン部に入ってから一番厳しい時期になるだろうとも断言。
上杉は青ざめる。
武田は更に容赦なく言う。
「部長、スケジュール出来てる?」
「はい、此方です」
土方がスケジュール、要するにフローチャートを見せて。それぞれが行うテストについて共有。
息を呑む声が上がる。まあそれはそうだろう。今までの比では無い難易度だからだ。
今回は本当にバックドラフト寸前のプレハブを用意してロボコンを行う。操作はかなり離れた所から行うし、怪我人は人形を用いる。人形といっても医療で用いる出来るだけ人体に近づけたものだ。
もたついていればバイタルが低下しきって死ぬ。その辺りは、人形に仕組みが組み込まれている。
かといって慌てればバックドラフトが起きてプレハブが吹っ飛ぶ。
非常に難しい判断を、操縦手、ロボットのAI、ともにしなければならない。
また今回参加するロボコンは、参加校が10校に絞られている。
この10校は、今までロボコンで好成績を挙げてきた精鋭。
うちが選ばれたのは光栄なことだが。
実の所、この一度きりしか使えないプレハブを用意するのが、大変だった、という理由もありそうだ。
廃材などを利用して作ったプレハブだとしても。
ロボコンのために燃やしてしまうのは、現在はとてももったいないことなのだ。
内部にある構造物も、殆どがガワだけで中身は空っぽ。
これについては、仕方がない事ではあるだろう。
そしてこの十校で、タイムアタック形式で作業を行う。
つまりプレハブ十棟くらいで、全ての学校のロボットが一気に勝負をする、という事になる。
これもまた、プレハブを用意できないから。
それだけ物資が足りていないのである。
実際には脱落校もあるだろうが。
それでも最低でも6棟くらいはプレハブが必要で。
更にはプレハブをボンと燃やすことになる。
資源が枯渇している現在。
あまり多くの学校を招待できるロボコンでは無い。
実際に、招待されている面子を見ると、京都西、東山、国際、西園寺と、今年好成績を挙げた錚々たる学校である。
うちが混じっているのは光栄だが。やはり場違いに思えてならない。
そして今回は、本当の意味で高校で参加するロボコンのオーラス。
以降、土方と武田は、徳川の研究室に入って、国のロボット開発の最前線に立つ事になるし。
上杉と卜部にはそれぞれ新しい二つのロボコン部の部長にそれぞれなってもらう事になる。
梶原は上杉の部の副部長に。
梶原自身、自分が他人を指揮するのに向いていない事は分かっているようなので。別にそれに関して文句を言う様子は無い。
一度個別チャットで軽く話してみたのだが。
やはり、そもそも他人と接するのは得意ではないという答えが返ってきている。
今はコミュニケーションの補助ツールが存在しているとは言え。
二年で部長をするのは、結構負担だろう。
やはり三年で補助をしてくれる人間がいるようになってから部長をするのが、梶原には良いのだろう。
テレビ会議に映っている皆を、咳払いしてから見回す。
これが、今年最後。
多分だが、土方と武田にとっては、人生最後に参加するロボコンだ。
今後人類は、更に厳しい局面に立たされる。
幾つかの説があるが、人類の文明は、このまま足踏みしていると。後四十年もたないと言われている。
現在結婚制度は崩壊し。
子供は遺伝子を無作為に組み合わせた上で、実績のある家庭にて、しかも育児用ロボットの助けを受けながら育児しているが。
人口をコントロールしやすいその状況であっても、なおも厳しいのが現実である。
だから、宇宙進出と地球の汚染浄化をフルスピードで進め。世界の寿命を延ばさなければならない。
そして、汚染してしまった、宇宙でも珍しい生物がいる星を。
可能な限り浄化しなければならないのである。
贖罪として。
貴重な宇宙の宝石を泥に投げ込んだにも等しい行為を人類は行ったのである。その責任くらいは取るのが当たり前だろう。
もしも人類が滅びるとしても。
後継の生物が、地域が限定されても繁栄できるように。
最悪でも、それくらいはしなければならないのだ。
それを説明すると。
皆、黙って聞く。
勿論、こんな状況下でも、好きかってしたいという人間はいる。だが、土方率いる暁工業高校ロボコン部にはいない。
だから、皆同意してくれた。
「ロボットは、人間の盾。 人間が出来ない事をしてくれる、人間の労力を緩和してくれる、人間が労力を省略するために作り上げてきた道具類の究極完成型。 だからこそ、我々はロボットに敬意を払わなければならない。 ロボットは残念ながら、昔の創作で言われていたような、人間の友達じゃない。 どちらかという道具、それも奴隷に近いのだろうと思う。 でも、敬意を払わなければならないのは当然の事だよ。 我々が出来ない事をしてくれるんだから」
咳払い。
土方は、更に続ける。
「高校レベルのロボコンでも、最近は技術が降りてきて成果が上がるようになって来ている。 だから、我々がやっている事は無駄なんかじゃない。 我々が作ったロボット達が、今後は未来のための礎になってくれる。 そして今は3%とか言われている人類が生き残れる可能性を挙げるのには、ロボットの技術が絶対に必要不可欠。 ロボットは、我々の未来のための盾なんだよ」
これは、心からの本音だ。
ロボットがなければ。
正確には、軍から民間に降りてきたロボットを、火が出るような勢いで競争させ、技術を研磨しなければ。
人類に未来なんかないのだ。
だからこそ、ロボコン部はロボットに敬意を払う。
そして、ロボットとともに勝つ。
もう一度、皆に今回のロボコンにおける仕事の配分を任せる。
今回、非常に厳しい事がある。
バックドラフトを引き起こす建物に突入する際の、リハーサルが出来ないという事である。
現在、バックドラフト封じは技術としては存在はしている。
ロボコンでも、大学レベルでは普通にあるし。
商用、更には官用のロボットでは、消防にて普通に活躍している。
現在の消防は、人の消防士と、消防用ロボットが連携して動くのが当たり前になっているが。
それを更に安全、確実、迅速に行うために。
技術の研磨が必要なのである。
だが、そもそもバックドラフト状態の建物を用意する金がない。暁工業高校には工場があるが、工場にも何でもある訳では無いのだ。
故に、今回はシミュレーションと、実績のあるツールに頼るしかない。
その上で作業量はいつもの倍。
結合試験まではやれるだろう。
ただ実地での試験が出来ない。
これが、非常に厳しい。
厳しい事が分かりきっているのが、また口惜しい事ではあった。
皆に仕事を配分。勿論土方も、今までにない量の仕事を引き受ける。
部活は早めに終わり。
すぐに作業に取りかかるからだ。
実は、武田と一緒に今までちまちまと作業はしていた。年度最後のこのロボコン。そもそも、学校の成績に応じて振り分けがされる。だから、この最高難易度の火災対策ロボットが来る可能性も考慮して、作業を進める、くらいしか出来なかった。
今回、正式にこのロボコンに参加が確定した事により。
本格的にこれから作業が出来るのだが。
逆に言うと、今までの準備の幾らかは、無駄になってしまった。
だが、データは残してある。
それが、いつか何かの役に立つと信じたい。
無言で、作業開始。
武田が今、無言で複雑なプログラムを組んでいるはずだ。今後ずっとコンビを組むだろう相手が。
土方も負けてはいられない。
ハード部分の構築に関して、工場にアクセスして作業を進める。
これだけでも、数日はかかるだろう。
幸い、もう年度末。
受験をする人間。
最後の部活に出るための人間。
これらの三年は、もう授業を終えているケースが殆どだ。土方と武田も、それは例外ではない。
黙々と、最後の大会に集中する事が出来るが。
それは他の学校の三年も同じ。
強豪に至っては、OBに声を掛けて、手伝って貰うケースまであると聞いている。
国際くらいになると、バックドラフトの実験設備くらいもっているかも知れない。
やはり最大の試練だなと、土方は複数のデータを同時並行で見ながら苦笑する。
だが、苦笑している暇があったら。
手を動かす方が先だ。
ロボットが警告してくる時間まで頑張る。
夕食とフロをさっさと済ませて。
そして寝る。
明日は、朝から作業続行だ。
もう授業は終わっている。どの授業も、必要なものばかりだった。土方はそこそこの成績を上げていて、教師から補講も命じられていない。
とはいっても、部活の時間には国が定めた基準がある。
体に悪影響を与える時間の部活は禁じられている。
許可されている時間でしか部活が出来ない。
この辺り、昔の人間は無理をして。部活で人生の一番大事な時期を無茶苦茶にするとか、そういう本末転倒なことをしてしまったのだろうなと、何となく理解出来る。
だが、理解出来ると。
自分でも実施するは、全く別の問題だ。
丁寧に呼吸を整えると。
部活をして良い時間になってから、作業を再開。
武田と緊密に連絡を取りながら、作業を進めていく。
二年生と一年生は、まだ授業がある。もう殆ど今年度の授業は終わっているとは言っても、あるにはある。
だから授業は受けて貰い。
可能な限りの時間、手伝って貰う事になる。
今回は、作業量が作業量なので、或いは無理な分が出てくるかも知れない。
そうなったら、土方と武田の出番だ。
ふと、メールが来る。
クラスメイトからだった。忙しいから後にしてほしいのだが。どうやら、就職の条件が良くないらしい。
色々愚痴っている。
そして、土方を羨ましいと言っていた。
ぐっと、言葉を飲み込む。
土方は運が良かった。
今年の最初に、徳川とぶつからなければ。そして目をつけられなければ。もっとずっと悪い条件で、企業に就職することになっていただろう。
過大評価されていると、今でも土方は思っている。
武田なら兎も角。土方は天才でも何でも無いからだ。
だから、そのクラスメイトの気持ちは大いに分かる。
少しだけ手を休めると、メールを返しておく。
当たり障りのない内容で。なおかつ、頑張ろうとだけ。
それ以上の余計な事は言えない。
苦しんでいる相手を、更に苦しめることになりかねないからだ。
能力に合わせた仕事を。
能力を最大限引き出す授業を。
それらを経て。今の時代、教育を受けた人間は、基本的にスペシャリストになって社会に出て行く。
全員をスペシャリストに育て。脱落者も出さない。そうしないと、人類の未来を作れないほどに、世界が追い詰められているからだ。
そんな、歴史上もっともしっかりした社会でも。
やはり幸運不運はあるのだろう。
ため息をつくと、土方は作業に戻る。
来月には、新入生が入ってきて。上杉と卜部が新しい部長になり。そして或いは素人だったり、中学レベルだったりする新人達と一緒に、ロボコンに挑む事になる。
その負担を少しでも減らすためにも。
今、土方と武田が。
頑張らなければならないのだった。
1、最後の大会
疲労がひどい。
疲れると眠れるなんて昔は言われていたらしいが、それは大嘘だとよく分かる。疲弊が酷すぎると、眠るための仕組みが壊れてしまう。
頭がぐらんぐらんする中、それでも起きだす。
ロボットが用意してきた朝食。
栄養がたっぷりであろう、見た目にも悪くない朝食を。よろよろと動いて手を出す。
少しずつ口に運び。
何とか完食した。
戻しそうだが、我慢。
土方に必要な栄養が入った食糧だ。何より今の時代、食糧を残すのは最大の罪悪とされている。
苦手な食べ物に関しても研究が進められ。その食べ物を意識しないようにして、食べられるように調理が為されるようになっている。
そういう時代である。
土方だって、未来がない時代で。
お残しなんて、するつもりは無い。
呼吸を整えて、デスクにつく。
昨日の続きを。そう考えながら、PCを起動。やはりというか、無理がたたっていて、疲弊が抜けない。
最後の仕上げに取りかかっている状態だから。
終わるまで休む事も出来ない。
まず、フローチャートを起動する。
結合試験はだいたい終わっている。
円筒暁は、想定通りに動く事が出来る。ロボットアームも連携して動けるようになっており。階段などの狭いスペースで、アクロバティックな動きが可能だ。ギミックについても、全て動く事を確認済みである。
また、やれる事は全てやる。
例えば、バックドラフトが起きるプレハブは用意できなくても。
壁を突破する。
担架に人形を乗せ、揺らさないように移動する。
人形をぶつけないように、階段を下りる。
これらの作業は、全て出来るようにしてある。
またフックロープも仕込んであり。
二階にいきなり侵入、其所から下りる事も出来る。
後は幾つか残っている細かい結合試験を終えれば完了なのだが。武田が、まだ許可を出していないものが幾つかある。
プログラム上の問題が起きているのだろう。
二年生と一年生に振った作業も、残りわずか。
本来なら、ベストを尽くしたと言える状態なのだが。
問題は、ロボコン四日前で。
明日には梱包し、輸送しなければならない、という事である。
つまり今日が最後。
残った幾つかの問題を、今日中に片付けなければならない、と言う事だ。
まず武田とテレビ会議を行う。
向こうも起きていた。
話も分かっているのだろう。
この辺りは、ずっと連携して動いてきていない。あまり技量が高くない先輩達と、どうにかロボコンに出ようと四苦八苦していた去年、一昨年から。ずっと武田とは、時々意見を違えたりしながらも。
それでも、連携して一緒に頑張って来たのである。
まずは、情報共有。
かなり難しい。
今日中に片付くのだろうかとぼやくと、武田は返してくる。
「割り振りで、妥協しなければならないかも知れない」
「どういうこと?」
「一番難しい所、梶原に任せてたんだよ。 だけれどこれでは無理だね。 私がやるしかないと思う」
「……そっか」
厳しい判断だが。
しかしながら、現実的な判断だとも言える。
梶原はプログラマーとしてぐっと成長してきた。来年には、暁工業高校ロボコン部にて、不動のプログラマーとして活躍出来るだろう。
だが、それでも。
今問題になっている結合試験はクリア出来ていないというのだ。
梶原に対しては、土方から話をする。
そう話すと、武田はしばらく躊躇った後、頷いた。
「ごめん、色々負担掛ける」
「良いんだよ。 それよりも、他は」
「後は予想がついているバグばかりだから、二年と一年に任せる。 一番難しいのは……何があっても私が片付ける」
「そう。 お願い」
武田は正直な所、既に企業で活躍出来るレベルのプログラマーである。
それでもこうも苦戦するのだ。
まだノウハウが足りない。
それが全てである。
オープンソースのプログラムが充実している現在でも、それでもかなり厳しいモノは確かにある。
武田が今やっている結合試験がその一つなのだろう。
ため息をつくと。梶原に個別チャットで作業の変更を伝える。
しばらく黙っていた梶原だが。
分かりました、と応えてきた。
テレビ会議にしなかったのは。梶原だって悔しいだろうからである。
確かに梶原は他の人間と感性がずれているかも知れない。
だが、そもそも感性がずれている人間に対しては、何をしても良いとか言う思想が間違っている。
この狂った思想はずっと市民権を得ていて。
古くはコレを理由に虐めが正当化され。
社会でも人格の否定や無理な矯正が強要され。
多くの人間が社会的に殺され。或いは自殺に追い込まれてきたという現実がある。
梶原はずれているかも知れない。見た目が怖いかも知れない。
だけれども、プログラマーとしての腕はこれから。更に伸びる。
今後は、企業で働いているレベルのプログラマーまで成長できる。
だから此処で芽を摘んではいけないのだ。
悔しいだろうから、敢えて余計な事は言わない。
無言で、作業を割り振り。それを梶原も受けてくれた。
それから、最後の一日の作業を行う。
黙々と、残った作業を片付け。
土方の分は、午前中に完了。
午後に入ってから、他の部員と連絡を取りながら、終わっていない作業を土方の方で引き受け。片付けていく。
今日は一年二年も昼まで授業なので、この時間帯には既に部活に参加できるが。
部活の作業時間は決まっている。
黙々、淡々と、作業を片付けていく。
リアルタイムで、フローチャートを表示しておき。
解決した問題が一目で分かるようにしてあるが。
しかし、バグというのは取り除いた後、また沸いてきたりするものだ。
実際には眠っていたものが目を覚ます、とでも言うべきだろうか。
油断など、一切出来ない。
武田が取りかかっていた、最後の大規模バグが解消したのが夕方少し手前。
流石だ。
他のバグも、あらかた片付く。
実機での検証をしている時間があまりにも少なすぎた。故に、現状の円筒暁の全プログラムを吸いだし、シミュレーションに掛けるしか無い。
本当は実機でやる一択なのだが。
今回ばかりは仕方が無い。
動かないかも知れない。
去年は実際にあったのだ。
シミュレーションではちゃんと動いてくれたのに。現地に持ち込んだロボットが動いてくれず、弾かれるというケースが。
そして今回も、その最悪のケースに該当する可能性がある。
だが、それでも。
妥協するしかなかった。
文字通り断腸の思いと言う奴だが。
それでもやる他ない。
皆が固唾を飲んで見守る中。
シミュレーション上では、円筒暁はきちんと動いてくれた。
とはいっても、所詮シミュレーション。
勿論今まで、単体試験、結合試験の過程で、出来る範囲内で円筒暁は動かしてきてはいるのだが。
それにも限界がある。
時間切れだ。
業者には、既に輸送の業務を発注してある。
業者に待ってくれ、という事は出来ない。
明日朝には、容赦なく円筒暁は運ばれて行くことになる。全ての問題が解決したフローチャートを見て。
それでも、土方は不安でならなかった。
大会の当日が来る。
今回は、最後の大会だ。だから、全員で大会会場に出向く。
向こうで手を振っているのはグエンだ。
国際は、やっぱりグエンのいるエースチームをぶつけてきたか。
かなり広い会場で、仕切りが存在していて。
更に支援チームは、外界の情報が遮断された個室に通される。操縦チームも、別室である。
電波が入らないようにされたこの部屋は。
自分のチームが担当するプレハブとロボットしか見えないようにされている。
端末なども取りあげられた。
不正がないようにするためである。
何しろ、外部の動画などを見ると、他のロボコン部がどういうプレハブに当たっているか。進捗がどうなのか。一発で分かってしまう。
それを防ぐための処置である。
卜部と梶原が操縦のための部屋に。
土方が、武田と上杉と一緒に支援のための部屋に移動。
それぞれが、支援用の機器の前に座る。
ふうと息をして、緊張を解きほぐす。
外部との連絡、情報の取得は禁止されているが。軽食などは持ち込んで良い事になっている。トイレも併設されている。
勿論トイレも完全防電波仕様である。
この辺りは、不正を何が何でも絶対にさせないという、ロボコンの大会運営の意地と言うか気迫が感じ取れる。
それはまあそうだろう。
不正によってロクに動かないロボットが優勝でもしたら。
それこそ技術研磨のためにロボコンをやっている意味が、根底から崩れ去ってしまうからである。
最初に、放送が来る。
個室だから、ガンガン響く。
まずはスピーチから。
これは恒例で、とても短い。他の部活に行っているクラスメイトに聞いたのだが、ロボコンの最初のスピーチは、基本的にとても短いものなのだとか。というと、多分ロボコンの運営が、スピーチ嫌いで固まっているのだろう。
その後は、次の恒例。
脱落校の読み上げだ。
だが、意外な事が起きる。
「今回は非常に珍しく素晴らしい事ですが、脱落校はありません。 流石に今まで好成績を残してきた精鋭ですね。 試合でも今まで以上の好成績を期待します」
思わず、おっと声を上げそうになる。
高校のロボコンでは、そもそも動かないロボットが五割出る。
これは基本だ。
強豪校でさえ、時に動かないロボットを出してきてしまう事がある。
悲しい現実だが、ロボットというのは、それだけ厳しいテクノロジーなのである。
それなのに。
精鋭を集めたとは言え、脱落校なし。
これは珍事ではあるまいか。
動画は見られないが。
今回の大会は、それこそ今年のロボコンで最高ランクの成績をたたき出してきた学校の集大成を見るもの。
相当に盛り上がっていることだろう。
いずれにしても、皆に目配せ。勝負は此処から。卜部と梶原の一年生コンビを、フルにサポートする。
そして暁工業高校のエースでもある、円筒暁、今年最後の晴れ舞台だ。
絶対に、今度こそ。
最後こそ。
一位を取ってやる。
試合内容について説明。
今回の試合では、同じ状況の火災が起きているプレハブを十棟用意したという。寸分違わず同じだそうだ。
これによって、各校の対応能力を確認。
そして、採点することによって、順位を決めるという。
全校が成功した場合は、内申にボーナスが入るという。
一方、以下のケースが起きた場合は、その学校は失格とすると言う。1、要救助者の死亡(人形の大きな破損)。2、要救助者を巻き込んでの、バックドラフトなどによる建物の大規模破損。3、ロボットの作業中での完全停止。
まあ、妥当なところだ。
時計を見る。
今、八時四十分。部活法の規定により、部活の大会は九時から十四時までと決められている。
それ以降は、運送業者などが片付けをする時間である。
片付けをする時間も考慮し、この時間になっているのだ。
それぞれの業種が、「ブラック労働」にならず。人材を消耗しないように。大戦前、大戦中の教訓を経て。様々な法が決められている。そして労働基準法が無視されていたという大戦前の状況の教訓を経て。これらは絶対に守られるようになっている。
だからこそ。
その限られた時間内で成果を出さなければならない。
人材が宝であるように、時間も宝で。そして、テクノロジーも。その結晶であるロボットも宝だ。
九時。
試合開始が、告げられた。
一斉に各校のロボットが動き出したんだろうなと思うが。残念ながら、円筒暁しか見えない。現時点では、武田が高速で打鍵してプログラムの動きなどを見ているが、特に問題は起きていない。此方も使って良いとされている端末に触って、状況を逐一確認していく。
最初に配置されていた場所から、曲がり角を通ると。円筒暁のカメラに、プレハブが写り込む。
此処から通報があり。
火災が判明したという体裁で作業をしている。
さて、状況は。
煙が上がっているが、まずは状況確認だ。各種センサをフルに起動して、内部の状態を確認する。
三階建て。
そして、三階に人間という設定の人形を確認。バイタルあり。
三階か。
ロボットアームを駆使しても、二階までしか上がる事が出来ない。そして、バックドラフトを防ぐには、まずは天井の換気口を開ける必要がある。
内部のシステムにアクセス。
死んでいる。
まあそうだろうなとぼやく。
卜部と梶浦は、黙々と作業を進めていく。事前に火災について徹底的に勉強して、対策についても頭に叩き込んでいるのだ。
これくらいは出来ないと困る。
まずは放水口にアクセス。家の外にある放水口は、当然だが独立したシステムである。
アクセス成功。家全域に水をぶっかける。
これは、化学物質を扱っていないことを確認した上の措置。
また内部では火災が一段落した結果、バックドラフトが起きる状況が整ってしまっている。
状況次第では、プレハブの窓を割って強行突入だったのだが。その前に、まずは天井に上がらなければならない。
建物の形状を確認。
ロボットアームを使い、強引に建物の上に上がる。
その時に、ロボットアームに掛かる負荷から。
建物の状況も同時に確認する。
最悪の場合、建物が崩落しかねない。
火災の時は、内部構造に火が入ってしまい、著しく建物が脆くなっていることがあるのだ。
勿論、外側から各種センサでスキャンした時点で、それは恐らく無いだろうと言う事も分かってはいたのだが。
こうして実際に圧力を掛ける事で。
その情報を更に確実にするのである。
屋上に移動。
ロボットアームに付属している丸鋸を使い、天井の一部を斬り抜いて外す。更にロボットアームを伸ばし、内部を確認。換気口を発見。開ける。
此処まで、およそ十分。
換気の開始を確認。だが、中に横たわっている人のバイタルが弱り始めている。
かといって、強行突入したら、それはそれで一気にバックドラフトを引き起こしかねない。
丸鋸を使って、円筒暁が入れる空間を作っていく。
換気口を広げていく。
慎重に。
急ぎすぎると、バックドラフトでドカンである。
生唾を飲み込む瞬間。また、丸鋸の回転数を上げても、火花が散って、ドカンと行きかねない。
センサが危険情報を捕らえる。
下階に満ちていた二酸化炭素が、上がって来ている。
建物の換気が進んだ関係だろうか。
それとも、燻っていた炎が、確実に建物を蝕んでいるからだろうか。
いずれにしても、時間がない。
放水口から噴出される水によって、建物は冷やされているが。それではとても足りない。内部にある人形のうち、バイタルが確認できるのは一つだけ。
最初から、一つだけ。
だが、それでも。
内部には、人型が複数個存在していて。
近づいて見れば、まだ瀕死(という設定だが)で、生存しているかも知れない。
穴が開く。
ロボットアームを駆使して、円筒暁をプレハブの中に突入させる。
床につくと、センサが警告してくる。二酸化炭素濃度上昇。倒れている人影を確認。三つ。
一つずつ確認。
一つはまだバイタルがある。一つは完全に駄目。もう一つは。
バイタルが、わずかだがある。
まずロボットアームを駆使して、一人を担架に乗せる。担架を展開して、それに乗せるのである。
勿論、弱っている方からだ。
更に、円筒暁を固定。
ロボットアームを伸ばして、倒れている人を、天井の穴から外に出す。一旦、天井に配置。
同じように、残りの二人も処置。
迅速に作業を行う。一秒が、今は惜しい。
冷や汗が流れる中、卜部にアドバイス。
卜部も冷静にアドバイスを聞いて、天井の穴から要救助者を出す。
三人を確保。
下の階を念のためもう一度確認。倒れている人などは存在していない。これで一階にも誰か倒れていたら、多分二酸化炭素中毒でアウトだっただろう。
空気の分析を実施。
これなら、窓を開けてももう大丈夫だ。
窓を開けて、其所からロボットアームを伸ばし、足場を確認。
此処でアクシデント。
足場に使用としていた場所が、人間と、円筒暁の重量を支えきれないと出た。こうなると、屋上に上がり。
其所から、降りる道筋を探さなければならない。
二階はまだ、窓を開ければバックドラフトが起きる状態だと分析が出ている。一旦二階に下りて窓を開け、時間を稼ぐ手もあったのだが。それは使えない。何しろ、要救助者は一刻を争う(設定)状態なのだ。
天井の換気口から抜け、屋上に。
慎重に担架を展開して、要救助者と、死んでいると思われる人を引き上げる。
そして、降りられる場所を検索。かなりアクロバティックだが、何とかいけそうな場所を見つけた。
やるしかない。
ここからが、本番だ。
下からは確実に炎がプレハブを蝕んでいて、いつ建物が崩壊してもおかしくない。更に時間もない。
救急車が来た。
勿論役員が運転しているものだ。なお、実際に役員に被害が出ないように、ロボットがシールドを展開している。軍から降りてきた技術で、家の爆発くらいは防げる。
一階横の物置の上を拠点に設定。
救急車から降りてきた役員に、それを伝達。分かったと叫ぶと、役員がすぐに担架を出してくる。
この辺りはロボコンでも、本気と言う事だ。
二階の屋根。
何とか円筒暁と、人が同時に乗っても支えられる。
其所に移動し、円筒暁を固定。
ロボットアームを駆使して、担架に乗せた人を、まずはかろうじて息があると思われる人から。
次に生きていると思われる人を。
最後に、もはや息がないと思われる人を、順番に降ろす。降ろした横から、救急隊員に扮した役員が、担架に乗せ、はしごを下りて運んでいく。
三人目を降ろしきった、次の瞬間だった。
恐らくは、炎がプレハブの構造を崩したのだろう。
二階屋根が、崩落する。
あっと、いう間もなかった。卜部は最善を尽くし、三階の屋根をロボットアームで掴もうとしたが。
そもそも、屋根際に三人を並べていたのだ。重量が、其所も限界に来ていた。
崩落。そして、次の瞬間、バックドラフトが起きる。
他の場所でも、多分崩壊が発生したのだろう。何しろ、同じ構造、条件でやってもらうと言う話だったのだから。
シールドに守られた役員が、必死に死んでいると思われる人形に蘇生措置をしているのが分かる。
AEDを使って心臓マッサージをしているが。助かるとはとても思えない。
円筒暁はモロに崩落、更に爆発に巻き込まれ。吹っ飛ばされて、燃えさかり崩れ落ちるプレハブの横に転がっている。
画面はエラーだらけ。完全にロボットとしては死んだ。
だが、カメラだけは生きている。そのカメラが捕らえる。
死んでいるとしか思えなかった人形にバイタルが戻る。仮死状態で生きていた、という設定なのだろう。
希にある事だとは聞くが。
恐らくは、あの人形こそ、今回のロボコンのトラップ要素だったのだと思う。
こう言う場所では、トリアージで、ああいう状態の人は見捨てる場合が多い。それをうちはせず、可能性に賭けた。結果、三人を救う事が出来た。バックドラフトにも巻き込まなかったから失格にもならない。
円筒暁は、もう動けない。ロボットアームも砕けへし折れ、燃える家を背に横たわっていた。
ロボコン開始から一時間も経っていない。
今回はスピード勝負だった。
だが、だからとはいっても。
あまりにも、一ヶ月の苦労の結実は。円筒暁にとって、残酷な結果をもたらしたのだった。
2、最終ロボットコンテストの結末
火災対策は、言う間でも無く時間との勝負だ。
円筒暁が使命を終え、機能停止してから、それほど時間が掛からず、十校の結果が揃ったようだった。
というのも、通知が来たからである。
以上にて、大会は終了、と。
結果は後日通達。
生徒達は帰宅するように、とも。
やっと、完全に情報遮断された部屋から出られた。武田がすぐに動画をチェック。ロボコンの大会運営がドローンで撮影している動画は、既にもうリアルタイムコメントをしている者がいなくなっていたが。
それでも、盛況の跡はあった。
最初から、確認していき、要所だけを見て行く。
操縦手をしていた卜部と梶原と合流。
近くの喫茶店で、額をつきあわせて、結果を確認していった。
まず第一に凄かったのが、国際のロボットである。
豪快極まりない大型ロボットで、シャベルカーと見まごうロボットアームを用いて、要救助者を救助していた。
天井に穴をブチ開けると、其所から鷲づかみのようにして要救助者を救出。
プレハブが崩落する前に、全員を救助し終えていた。
グエンは終始冷静。
それはそうだろう。
日本に来る前は、ずっと修羅場を経験していたのだろうから。まあ当然と言えば当然である。
やはりそういう設定だったのだろう。
死んだと思われた三人目を救助し終えた時点で、三人目がAEDを受け蘇生していた。
ただ、豪快すぎた救助法もあって、多少天井材の剥落を要救助者が受けている。これを危険行為と判断されるかも知れない。
京都西はムカデ型を投入。
すすっと隙間からプレハブに入ると、内部に少しずつ空気を入れて二酸化炭素の浸透を防ぎつつ。抱えるようにして一人ずつ要救助者を運び出していった。
此処は他とは順番が違い、死んだと思われた要救助者を最初に運び出している。
これは恐らくなのだが。
状態が一番危険な患者から、救助をと言う事だったのだろう。
ムカデ型の動きは流石強豪。
極めて滑らかだったのだが。それでも、やはり壁を降りるときなどは、一度担架を立てなければならず。
それが時間のロスにつながっていた。
東山は火事を潰すところから入っていた。
まず壁に小さな穴を開けると、其所に給水口から凄まじい水を投入。一階を全て鎮火する勢いで、猛烈な水流を叩き込んでいた。
延焼が収まった時点で壁を抜き。空気を入れ換え。
悠々と要救助者を救出。
更には、AEDを患者に地力で試し。蘇生させるのにも成功していた。
この辺りは流石というか古豪の力を感じる。
ただ、そこまでする必要があったのかはわからないとも思った。勿論上手く行ったからいいものの。
専門家に任せるべきだったのでは無いかと、一瞬土方は思った。
だが、AEDによる蘇生率は、時間とともに右肩下がりで落ちるという話も聞いている。判断としては、正しいのかも知れない。
或いは今回のロボコンに際して、医療関係者にアドバイスを受けた可能性もある。
そして西園寺である。
やはりドローンを用いたが、ヘリのような大型ドローンである。
恐らくだが、大型の畑などに農薬などを散布するための大型なのだろう。
全自動で屋上に穴を開け。
三人を瞬く間に救出した。
手際は一番西園寺が素晴らしかったかも知れない。
ただ、ドローンと言う事は、火災の上昇気流に翻弄された可能性もある。
最善手だったかどうかは分からない。
大規模火災の際には、炎が竜巻のようになる危険な現象も起きると聞いている。ドローンが最適解だったかは、正直疑問が残るところだ。
他の学校は、三校が三人目を見捨てていた。
ただ、既に生きている可能性が極めて低いというかバイタルも停止していたこと、時間も押し迫っていたこともある。
判断を責める事は出来ないだろう。
ただ、現場の人間には、これでは駄目だと言われる事も覚悟しなければなるまい。
ロボコンでは、研磨した技術を、いずれ実用化することが求められる。
トリアージで失敗しているわけで。
人間よりも精密な作業が出来るロボットで、トリアージ失敗は色々な意味で致命的なのである。
ただ、失格判定の学校は出ていなかったので。
それもまた、判断の一つとして考えられたのだろう。
採点は時間が掛かっている様子で、動画を一通り見た時にも、まだ通知は来ていなかった。
上杉がかなり凹んでいるようなので、促して帰ることにする。
一位は無理だろう。
そう判断したのなら。
土方もだ。
最後の最後の大会。
結局優勝をもぎ取ることは出来なかった。
悔しいかと聞かれたら。
悔しいに決まっている。
勿論、まだ一位では無いと明言されたわけでは無い。だが、西園寺も国際も、うちより作業は遙かに早かった。
どっちも問題は幾つか起こしていたが。
それでもロボットを壊すことはなかった。
そもそも、何処の学校でも、失敗してバックドラフトを引き起こすことはなかったし。今回は実力伯仲とみていいだろう。
そんな中、うちは作業があまり早いとは言えなかった。更には、機体の破損まで起こしている。
一位は、多分無理だろうという判断は。誰でもするのが当然とも言えるだろう。
大きな溜息が出る。
だけれども、此処で結果を見届けなければならない。
最寄りの駅に着くと、グエンが待っていた。
よっと、明るい声を掛けられる。
他の国際の生徒はと聞いてみるが、もう帰ったそうである。
なんというか、チームワークが微妙だなと思う。
まあ複数チームあるのだから、仕方が無いのかも知れない。それに蓄積したノウハウがあるのだ。
チームの総合力に関しては。
どうしても高くはなるだろう。
「見たぞ。 ロボットアームだけで、よくも彼処まで出来るな。 うちなんかマシンパワーによるごり押しだったのに」
「基礎はしっかり押さえていたし、救助も早かったじゃない」
「いんや、実は結構色々駄目だったんだよ」
グエンがてへへとちょっと可愛く笑う。
グエンによると、「此処だけの話」だそうだが。最初は違う形式のロボットを入れたがる部長と顧問で、相当に揉めたのだそうだ。
結局、大型のロボットと、最大サイズのロボットアームを出してきて。
それらで強引に救助活動を行うロボットに切り替えた。
そういう事情があるのだとか。
それはちょっと、確かにあまり良くない話だ。
結果だけ上手く行った。
確かにグエンが不満を抱くのも納得はできる。
「そっちは一目で分かった。 本当にギリギリまで、丁寧にくみ上げていたんだな」
「結果が伴わなければ……」
「良いんだよ、今回は本番じゃないんだから」
上杉に、グエンがさらっという。
からりとした物言いだが。間違ってはいない。
実際問題、今回負傷者なんて一人だって出てはいないのである。助けられなかった人が出たチームもあったが。
それはあくまでロールプレイに過ぎないのである。
更に言えば、こういった火災現場で活躍するロボットは。人命が直接関わり、しかも最高速度で動かなければならないため、技術については相当に洗練されていると聞いている。
現在は多脚型が主流らしく、天井壁を自由自在に動き、要救助者を救助する仕組みが出来上がっている。
とは言っても、現在は色々な改革の結果、都市型の火災は起きなくなってきているので。其所まで出番が多いわけでは無い。
また軍では、山火事などに対する鎮圧用のロボットも開発していて。
災害時には投入される。
汚染物質を撒きながら発生する大火災などの場合は、秒でも早い鎮圧が必要になるため、相当な予算が掛かっている様子だ。
いずれにしてもグエンが言ったとおり。
今回のロボコンは、まだまだ実用にはほど遠い。
ただ、動画を見る限り。
専門業者は複数、見に来てはいた様子だが。
「他のチームはどうだった?」
「どこもどっこいかな。 西園寺はあの大型ドローン、コストがそもそも掛かりすぎていると思う。 東山はやり方が強引すぎて、プレハブを崩しかねなかった。 京都西はちょっとやり口が好みじゃない」
グエンは辛辣だが。
この様子からして、恐らく京都西を一番認めているとみた。
確かに京都西のムカデ型は実に洗練されていた。
実際に火災現場で使われている多脚型を意識したのかも知れない。
防火対策も当然しているだろう。
そう考えてみると、金持ち校は強いなとしか言えない。
電車に乗って、ハブ駅が近付いていた。
今は電車は基本的にリニアだ。
時速500キロは普通に出る。今まで走っていた電車とは速度がまるで違うし。到着も早い。グエンがそれを見ながら、一人ずつと握手をしていく。
気持ちが良い奴である。
「土方と武田は、多分今後は国際合同プロジェクトで会うかもな。 再来年以降に、世界のために一緒に戦おう。 上杉と梶原と卜部は、来年もよろしく。 多分来年は私が部長だから、手は一切抜かないし、遠慮もしないぞ。 お前達の実力は、よーく知ってるからな」
「……」
握手の際の熱が手に残る。
めいめい、駅で解散していく。
土方も電車を降りて、家に。家に戻っても、まだ結果は出ていなかった。何か、大会でトラブルが起きたのかも知れない。
何しろグエンが言うように、色々と問題が多い試合だったのだ。何処の学校も、問題を抱えていた。
うちは四位、或いは五位かも知れない。
一位は厳しいだろう。
その結論に代わりは無いけれど。
いずれにしても、気分はとても重かった。
一晩眠る。
もう部活は無い。後は、卒業の手続きとかを色々して。それに徳川の研究室に正式に移籍するための手続きもしなければならない。
武田と連絡を取って、一緒に作業を行い。
更に、作業のノウハウは、ロボコン部で使っていたサーバの共有フォルダに残しておく。
一応先輩達が残してくれたファイルもあって参考にはしたのだが。
今年はまた手続きが幾つか違っているので。
書き換えが必要になっていた。
見ると、古いバージョンのファイルが、フォルダの深層に幾つも残っている。
苦笑しながら、自分達でも古いファイルをフォルダの深層に残し。いつの年のものか記載して、後続が楽になるように手は打った。
手続きが終わった後、上杉に連絡を入れて。
色々なノウハウをまとめておいたことを告げる。
徳川が興味を持つかは分からないが。
ひょっとしたら、上杉も徳川の研究室に勧誘されるかも知れない。
身内人事は避けるべきだが。
徳川は、周囲に信頼出来る人間を配置したいと思っているだろう。
そう考えると、徳川の気持ちも分からないでもない。
作業を一段落。
ロボコンのHPを見る。
やっと、結果が出ていた。
思わず、固まる。
そうか、そういう事か。
今頃、ネットでは伝説が出来たと、笑いものになっている事だろう。最後の最後まで、結果は同じだった。
暁工業高校ロボコン部。
結果、二位。
評価点は、最も要救助者に負担を与えなかったこと。ロボットアームを巧みに使い。救急隊員と連携しての動きは極めて見事だった。
その一方で、時間が掛かっている事が問題視された。
AEDを打っても良かった、という一文が痛い。
実際、AEDで蘇生に成功している学校もある。
ただ、それが致命傷ではなかっただろう。
何しろ、一位を取った国際は、二位であるうちに対して、大差をつけていたのだから。
大きな溜息が漏れた。
結局、一位にはなれなかった。
勿論、総合的な年度での成績は堂々たるものだ。
名だたる強豪を相手に、好成績をずっととり続けている。エキシビジョンマッチに限れば殆ど勝っている。
それらを加味して、土方も武田も、とても大きな内申点の追加を貰っているのである。
これ以上もない結果だ。
だが、それでも。
一位は、取れなかった。
溜息が漏れる。
チームワークよりも蓄積したノウハウ。
それは分かっている。
マンパワーには限界がある。
いつの時代も、新しい技術を的確に使いこなした方が勝つのは、歴史の摂理なのである。
勿論マンパワーも重要だ。
技術的に其所まで差が無いのなら、マンパワーがものをいうだろう。
だが、技術と。
それを使いこなすノウハウが合わさったときに。
どれだけマンパワーを重ねても、どうしても勝てない事態がやってくる。
それは、前世紀の戦争を見ても明らかだ。
口を押さえる。
体が震えているのが分かる。
ああ、久々だな。
泣いている。
自分が泣いているのだと、何だか他人事のように思っていた。
ちょっと精神的に不安定になっているので、あまりネットでの嘲笑記事とかは見たくはない。
だが、どうしてもそれは目に入ってくる。
ロボコン界隈の記事を集めているサイトで、うちのことが特集されていた。
ルイージという渾名まで。
そして最後まで、二位を貫くという伝説を残したと。
余計なお世話だと、PCを蹴り倒したい気分になったが。
PCには何の責任もない。
大きくため息をつくと。
今日はもう寝ることにした。寝る時間では無いが、やるべき作業は全て終わっているのだ。
ふて寝くらいは許されるだろう。
家庭用のロボットに、ふて寝することを告げる。
不遜にも反論してくる。
「衛生面の問題がありますので、お風呂に入った方が良いかと想います。 それとお食事はなさってください」
「……」
「気力が沸かないのであれば、お手をお貸しします」
「ああもう分かった!」
ロボットに介護を受けながら風呂に入るのは、まだ先にしたい。
さっさと風呂に入る。
両親がなんでこんな時間にと、小首をかしげていたが。まあ気にしない。育児用ロボットが、妹をあやしているのが分かるが、関わり合いとは思わない。
今はそんな気分になれない。
勿論それではいけない事だって分かっているが。
今くらいは、心の中に燃える炎を、鎮火する時間がほしいのだ。
水風呂を浴びて。
更に水シャワーを浴びて頭を冷やす。
多めに作ってくれた料理を、腹に放り込むと。
後は布団に潜り込んで、じっと目を閉じ。無理矢理に眠った。
その日はもう起きず。
翌日、朝一番に目を覚ましたが。それでも、怒りは腹の内で燻ったままだった。
多少は機嫌も治ったので、布団から這い出す。
確認をして行くと。メールが来ていた。
まずは優秀賞だそうだ。ロボコンの運営から来ている。
総合的に見て、全国のロボコン部の中でも優秀な成績を収め続けた。よって、優秀賞を贈るとか。
優秀賞とは何だと思って調べて見るが。
その年で、台風の目になったロボコン部二校に送られるものらしい。
今年は、うちと西園寺がこの優秀賞を貰っていた。
最優秀賞は国際。
奨励賞は、京都西と東山。
いずれもが、関係する部員に多大な内申の+が入る事になる。就職に大変に有利になるそうだ。
口の端がひきつる。
確かに結果は出した。今年の最初、うちがこんな好成績を挙げるなんて、想像している奴はいなかっただろう。
だが、万年二位のルイージと呼ばれる所まで成績を高め。
最後の方の大会では、強豪校相手に一歩も引かない戦いを繰り広げ。更には、最強豪校達に混じって、最も難しいロボコンに参加までしたのだ。
もう一つ、メールが来ている。
配送業者からだった。
破損した円筒暁が、工場に来ている。
既に梱包解除も終わっているそうだ。
無言で、状態を見る。
酷い有様だ。
特に内部の精密機器類は完全にやられてしまっている。
架空とはいえ、人間を守っての結果。
ロボットは人間の盾。
だから、役割を全うしたのだ。
円筒暁が喋る事が出来たのなら。
褒めてほしいと、土方に言っただろう。勿論ロボットには、そのような事を言うことは出来ないが。
だが、其所は褒めてやりたい。
例え相手が、何とも思わないとしても。
無言のまま、破損した部分をリストアップ。ガワは案外無事。ロボットアームも殆ど大丈夫だ。
一旦ロボットアームは外し。
内部の壊れてしまった部品も外して、リサイクルに出す。リサイクルに出せば、完全に分解して、新しいロボットのパーツにしてくれる。記憶媒体だけは危険なので、一旦記録消去処理をしてから、専門の業者に引き渡す。この業者、情報が漏れたら社長から社員まで厳罰という非常に厳しい環境で仕事をしている。その代わりに給金はとてもいい。
故に、信頼はできる。
もっとも漏れたところで困る情報なんて入っていないし。今時の記憶媒体のセキュリティは生半可な代物では無いが。
作業を遠隔でやっていると、武田が個別チャットを入れてくる。
お互いもう、事実上の休みに入っている身だ。
武田がどんな風に、最後の結果を受け止めたのかは分からない。
だが、ずっと二位だったことを、良かったと想っているとは思えない。
上杉と梶原がどこまでやれるかは分からないが。
いずれにしても、これからやらなければならない事は多いし。それはしっかりこなして行かなければならない。
卒業まで事実上の休みが続くにしても。
「おはよー。 おっと、憂さ晴らし?」
「ん、最後にやっておこうと思ってね」
「……そうだね。 どうせ円筒暁はすぐにまた大会に出るだろうし。 手伝うよ」
「よろしく」
武田が予備のパーツを見繕って、壊れた場所の修繕の手伝いを開始。
そういえば、前はずっとこうだった。
土方がメイン。
武田が補助。
それでずっとやってこれていた。
幾つか、足りない部品がある。マシンパワーの重要性は理解出来ている。そして今回の大会で残った予算がある。
発注はしておく。
少なくとも、動くまでは直しておこう。
そう思った。
発注した部品は数日もかからず来る。
まだ休みが続いている間に、直してしまう。プログラムを流し込み、そして単体試験、結合試験も済ませてしまう。
今の円筒暁は、バニラ(特に目的とする機能がない状態)だが。
動くようになった。
ロボットアームも大丈夫。今年の開始時点よりも遙かに強靭で、なおかつ精密に動けるようになった。
それで充分過ぎる程だ。
上杉と卜部、梶原に連絡を入れておく。
今回壊れてしまった円筒暁と、ロボットアームは直しておいたと。
三人とも少し驚いたようだけれども。
それでも感謝はしてくれた。
次は三人だ。
来年から大変になる。
一気に一年が増えるから、教える事も多い。ロボコンは総合力だと、今年嫌と言うほど思い知らされた。
強豪とは、いきなりやり合えないかも知れない。
だが、恐がりで、いつも武田に殺される夢ばかり見ていた上杉も。最後の最後まで頑張り抜いたし。
梶原はマイペースながら、確実にプログラムの腕を上げた。
卜部は飄々としていて掴みづらいが、それでもハード屋としての技量はきっちり上がっている。
来年度こそ。
来年度こそ、一位を取ってほしい。
後は、一度皆で集まり、軽く卒業記念パーティでもして締めだ。
これで、土方の。
高校生土方果歩の、ロボコン部生活は終わった。
3、未来のために
口を押さえていた土方は、上司になった徳川に連絡を入れる。どうも、組んでいるロボットに疑問点が残る。
動かして見たら、事故を起こすかも知れない。
メールを入れると、爆速で戻ってくる。
相手がAIか何かでは無いのかと思うほどである。
「その部品については、こう言う理由でつけている」
「こうやって動かす時に、邪魔になりませんか」
「……私の計算では大丈夫な筈だが、動かして見て欲しい」
「分かりました」
まあ、試験の最中に確認すれば良い。まだ部品を組んでいる途中だ。
現在、土方は卒業後、二機目のロボットの構築に取り組んでいる。チームリーダーでは無く、あくまでチームの一員だが。徳川の研究室はかなりやり方が独特で、チームワークは重視しない。
個別に責任を持たせ。
個別に作業をさせる。
トップは徳川だけ。
以降は全部ボトムダウンで作業が来る。
徳川はデザイナーズチルドレンで、常人を遙かに超える頭脳の持ち主だ。故に自信もあるのだろう。
一方で、疑問があった場合は、こうやって即座に対応もしてくれる。
つまり仕事内容を全て頭に入れていると言うことだ。
PCの基礎を築いたノイマンは、IQ300に達する頭脳を持ち。脳内に広大なホワイトボードを擬似的に作っていたという話があるが。
徳川もそれに近いことが出来ているのだろう。
いずれにしても超人である事は事実。
そしてその超人が、全力で仕事をするための職場が此処で。
超人でも間違うから、スペシャリストが分散してその手助けをしている、という事である。
シミュレーションを動かす。
確かに徳川が言う通りに動いてはくれるのだが。
どうも引っ掛かる。
これでもハード屋として、四苦八苦を続けて来たのだ。それも昔の時代のハード屋では無い。
実践を重視するロボコン部でずっと苦労し続けたハード屋としての勘、嗅覚が告げてくるのである。
何かおかしいと。
とりあえず、実機を想定通りに動かして見る。
案の定であった。
引っ掛かる。
非常に微細な引っかかりだが、この微細さが、現物を動かす時に問題になる。徳川の作るロボットは、高性能を絶賛されており。既に十を超えるロボットが世界各地で活躍しているのだが。
これは明確に設計の修正が必要だ。
部品の一つ一つにはミスも出る。
そして徳川は。
己の頭脳に自信を持っていても、ミスは素直に認める。更に、徳川が不運もあったが、土方に負けたという事実もある。
超人でも、凡人に常に勝つというわけでは無い。
土方はそれを良く知っているし。徳川も知っているからこそ、土方を欲しがったのだろう。
すぐに連絡を入れると、徳川がシミュレーションの結果を見る。
珍しく、徳川の返事が遅れる。
その間、自宅でポテチを口に入れながら待つ。
徳川ほどのハイスペック超人でも、それでも即座に対応出来ないことくらいはある。人間なんてどれだけ背伸びしてもそんなものだ。
それが現実である。
程なく、修正案が来た。極めて微細な修正だが、まだプロトタイプの段階だ。幾らでも修正は効く。
設計図に沿って、すぐに削り直してくれるので。
それを元に、動かして見る。
やはりというか、するりと通る。この綺麗に動く時の感覚が、なんというか凄く分かりやすいし楽しい。
ありがとうございます、ちゃんと動きましたとメールし、結果の動画も送る。
年下の相手だが。
頭の中身は子供じゃない。
だから、敬意を払うべきだ。
徳川も、此方に対して、徳川なりに敬意を払っている。
そうでなければ言う事を素直に聞かないし。ましてや研究室に迎える何てことは絶対にしないだろう。
向こうからも、かなり乱暴な言葉遣いだが、礼のメールが来た。
同時に、幾つかの要求も混じっている。
頭の回転が速いから、色々と違うなあ。
そう思いながら、黙々と作業。
高校時代、部活の稼働時間は決められていたが。
国の研究所に入ってからも、それは同じである。どうしても夜勤などが必要な作業についても、厳格に禁止事項などが定められている。
定められていない方が、おかしかったのだから。
概ね土方の担当分の試験が終わったのが一週間後。
完成したのは、六脚型の大型ロボットである。一軒家ほどもサイズがあるこれは、汚染地区で自動的に活動するためのロボットだ。
目的は水源探し。
ICBMが今世紀半ばの大戦で飛び交った結果、水源などのデータは滅茶苦茶になっている。衛星写真で確認できる場合は良いのだが。そうで無い場合は、重度の汚染地帯に入って、地道に調査しなければならない。勿論そんな汚染を受けた水源からは、それこそ触ると死ぬような劇毒が垂れ流されている事になる。
そんな水源を探し出してくるのがこのロボットである。
上空から投下したバッテリーを交換することによって、活動は幾らでも出来る。廃棄したバッテリーは上空に自動的に打ち上げ、航空機などで回収出来る。このバッテリー自体が、一つにつき1500時間ほどの連続稼働を可能とする。
この機体は六脚の踏破能力を生かし。更にはフロートなども装備していて、川どころか崖だろうが平然と入り込んでいく。各所にブースターとスラスター、更に展開する事で機体をわずかな時間滑空させるウィングまでもがついており。それこそ世界の生物の頂点に立っている一種である昆虫のように、水陸空を自在に移動出来るのだ。
調査能力についても、現状の最新鋭のものを、更に徳川が改良して搭載しており。
これからまず国内で実験。更に国外での実験を済ませた後、世界中に投入されることになっている。
現在徳川が開発したダム型ロボットが、対処療法に近い形で川の汚染を取り除き。海へ汚染が流れ込むことを防いでいるが。これはあくまで対処療法に過ぎない。
水源の汚染を除去するのが最も効率が良いし。
現在、各国のチームが必死に様々な方策を編みだそうとしているのだが。
恐らく徳川が一番早いだろう。
ただ、徳川自身については、デザイナーズチルドレンは非人道的だという言葉が周囲から批判として飛んできているらしい。
本人はどう思っているのかは分からない。
だが、結婚制度が崩壊し。実績のある家庭に、育児用ロボットと一緒に子供が預けられるようになった今。
いずれ、子供はみんな育児用ロボットによって育成され。
もっと高度で洗練された教育を受けた結果、十代前半で社会に出るようになるのでは無いかと言う説もある。
今はまだ実現できていないが。
徳川が活躍する事は、その嚆矢になりうるのではないのか。
そう土方は考えていた。
今日の仕事終わり。
ニュースを確認する。
マスコミは死んだ。故に今は、SNSから色々な情報が流れてくるのを、各自自己責任でみる時代になっている。
今日確認したニュースでは、徳川の堤防型ロボットのおかげで、下流の水質が劇的に改善した幾つかの川の流域で、徳川という名前と漢字がブランド化している、というものがあった。
複層構造のダムをそのまんまプリントしたシャツや、或いはよく分からないグッズまで作って売っている怪しい業者がいるとかで、写真が載せられている。こういうのは、21世紀前半にもあったらしいのだが。
今もあるのだなと、苦笑するばかりである。
まあ、生活必需品とかで、恩人の名前を入れるくらいは無駄にはならないだろう。
SNSには、ダムを造ってくれた人に対して感謝の言葉を述べる老人の動画もあったが。本当にそう言っているのか。それとも単に再生数を稼ごうとしているかは分からなかった。
メールが来る。
上杉からだった。
最初の大会で、上杉のチーム。卜部のチーム。どちらも二位を取ったという。
初っぱなからか。
明日は多分、ロボコン関連の情報で、ルイージ再びとかニュースが出てくるのだろう。非常に不愉快だから見ないようにする。
だが、主力が抜けた暁工業高校が、初っぱなから二位を取っている。
それはそれで立派でもあるのか。
喜んで良いのやら悲しんで良いのやら。
複雑な気分である。
そのまま、数日を経て、ロールアウトする六脚型ロボット。
見ればみるほどごつい。
何だかパニック映画に出てきて、人間を捕食するような巨大昆虫に見えてしまう。だけれども、昆虫は繁栄しているのに相応しい形状を持っている。ただそれだけの話なのである。
まずは試験から。
以降は別のチームが行う事になる。
勿論徳川は試験にも関わるが、土方は関わる事はない。
なお、徳川のワンマンチームである事を強調するように。武田も現在土方に、何をしているか言ってはいけないとされている。
土方も、家族にさえ何の仕事をしているかは言えない。
徳川が事故にでもあったら大変な事になるなと思いながら、次の仕事を確認。
どうやら徳川の頭の中には、地球再生のための青図があるようで。
既にそれは完成された形になっていた。
全体で見るとイカに似ているそれは、本物のダイオウイカなどより遙かに大きい。
実際の所、ダイオウイカは足が長いのであって、本体は其所まで巨大ではない生物なのである。同じように、ダイオウホウズキイカもそうだ。そして体が大きいがそれほど強力な生物では無く、研究者から「水風船」等と揶揄される事もある。
マッコウクジラが主食にしている事からも分かるように、ダイオウイカは決して深海の王者でも、生態系の頂点でもない。
今回のイカ型ロボットは、船ほどもある。
複数の触手を使って泳ぎつつ、深海を移動。
水を吸い込み、更には触手を使って目立つゴミを除去。特に、汚染が酷い地区には、既に開発されている汚染除去用のナノマシンを散布する。
これらを全自動で行う事を目的としているロボットだ。
残念ながら、既に深海でも汚染は深刻で。
海上でも、汚染を除去するための「鯨船」と呼ばれる船が活動を続けてはいるが。とても追いつかない状況である。
このロボットは、一機で数百q四方を、時間を掛けて浄化していくことを目的とし。
またゴミはある程度まとまった所でコンテナ詰めして、海上にビーコンつきで射出する。後は人間側で回収し、分別して処理すれば良い。
また、生き残っている生物に危害を加えないようにもする必要があるため。
極めて精密なセンサを搭載。
深海の圧力にも耐える能力を有している。
これは複雑だ。
部品の数も大変だが、多数の関節部分を緻密に動かし。なおかつ深海にも耐え抜く強度を実現しなければならない。
文字通り生きた深海の神。
イカに似てはいるが。イカと言うよりは潜水艦である。
徳川はまた凄いものを考えるなと思うが。
まず命じられたのはシミュレーション。
ちゃんと、想定通りに動けるかどうかを確認する。
それが大事だ。
徳川の場合、リテイクは殆ど出ないと聞いているが。
この間の六脚型のように。
リテイクが出ている作業もあるにはある。
土方は、むしろリテイクすべき場所を発見するべく雇われているのだとも言える。
頭を掻くと、シミュレーションを動かす。
あらゆる環境で、完成品(恐るべき事に、徳川が一人で組んだようだ)のシミュレーションを行い。
実際にどれくらいの効率で、汚染を除去できるのかを確認していく。
良く出来ている。その言葉しか出てこない。
だが、感歎するだけでは駄目だ。
実際、既に徳川は他の部署に、部下を何名か異動させているようなのだが。
出来の良さに感歎するばかりで、具体的なミスを発見できない人間をそうしていたらしいのである。
徳川に勝った経験がある。
だから、デザイナーズチルドレンの徳川だって、完璧では無い。
そう知っている土方だからこそ。
この仕事を任されているのかも知れない。
丁寧にチェックしていく。
本当に一人で全部設計しているというのなら、どういう頭をしているのか、色々理解しかねるが。
ともかく、殆ど文句のつけようがない。
それでも、念入りに動かし。ハード屋としての勘まで働かせながら、不具合が出ないように見ていく。
しばしして。特に大した問題では無いが、疑問点を見つけた。
一応仕様も確認するが、乗ってはいない。
一通りリストアップしてから、それをメールで徳川に送る。
すぐに返事が来る。
細かい所の仕様まで全把握しているのは凄まじいとしかいえない。いずれにしても、今回は大きな問題にはならない様子だ。答えはどれも明確そのもので。ただ、徳川も仕様に追記してくれると明言してくれた。
肩を揉みながら、作業を続ける。
ロボットが警告してくるまで。
集中して、作業をずっと続けていた。
起きて、背伸びする。
徳川の研究室に入って三ヶ月が経過した。凄まじい勢いで徳川が新型を開発していくので、追いつくのに精一杯だ。
基本動作を済ませたら、すぐにプロトタイプを軽度の汚染地区に出向かせ。それぞれの仕事をさせ。充分な性能があると判断出来たり。不具合があったらすぐにプロトタイプを戻して改良をしたり。
作業を並行でやっていく。
たったの三ヶ月だが、これほど人生が濃密だと感じた時期は今までにない。
徳川はとても気むずかしいのが肌で分かるのだが。
その一方で、自分に直言してくる相手や。ミスをしっかり指摘してくる相手には、特に文句を言うこともない。
自分を完全な存在だとか、そんな風には思っていないのだろう。
自分すら、客観的に判断していると言う事だ。
それが凄い事なのは分かるが。
良い事なのかどうかは、土方には分からない。
また一つ、今日はプロトタイプが仕上がった。同時に数日間の休憩が命じられる。どうやら、徳川の方に国から指示が飛んだらしい。徳川があまりにもハイペースで働いているので、少し稼働を遅らせろ、というのである。
徳川の頭の中には、最終的な浄化システムのドクトリンがあり。それにそってロボットを作っているようなのだが。
それにしても、現場の人間が追いつけない、というのである。
また、新しいロボットの性能は極めて優れているが。量産をするにも、各国に展開するにも、国際的な連携が必要になってくる。
もう戦争がなくなった時代だが。
それでも国際的な連携が、どうしても必要になる。
資源が少ないからだ。
宇宙開発の方では、別のデザイナーズチルドレンが頑張っているらしいが。資源が足りなくて、結局軌道エレベーターは作れそうにもないらしい。
現状は如何に効率の良い燃料を作り出し、宇宙と行き来するか。宇宙で物資を自己調達し、スペースコロニーを稼働させるか。
それに全力を集中している様子で。
父と母から断片的な情報しか入ってこない。
漠然としか、自分で関わっていることなのに、現場の事は分からない。
数日休暇を貰ったので。
まずは甘いものを思う存分食べてから、寝ることにする。
たまには外出も良いだろう。
武田を誘って近場の料理屋に出向く。
昔はチェーン店のファミレスが多かった。今もそれなりの数はあるが、昔ほどの数は存在していない。
そこそこ評判の良い店で武田とかち合う。
勿論外で、職場の話はセキュリティの問題もあるから厳禁である。
パフェを注文すると、軽く話を聞く。
武田が、頭を掻きながら応えてくるが。
相変わらず子供っぽい。
まるで中学生だ。
これで20前だというのだから、色々と世も末である。
「そっか、そっちも大変なんだね」
「梶原のプログラムが王道に見えてくるほど訳が分からない代物だよ。 他にも何人かいるプログラマーもみんな音を上げてる」
「天才の所業?」
「いや、あれは天災だね」
勿論徳川の事だ。
プログラムも自分で当然組んでいて。武田達は主に末端のプログラムの作成と、デバッグを中心にやっている。
殆どの場合、徳川が書くプログラムはあまりにもオープンソースだったり既存のものだったりするものと違いすぎる互換性が低い代物なので。慣れている者ほど躓くそうである。武田は暁工業高校のエースだった。強豪校と渡り合えたのも、武田が蓄積したノウハウと、プログラムの開発能力があったのが大きい。
それでも無理か。
世の中は広いなと、感心してしまう。
「そういえば聞いた? 上杉と卜部、どっちも一位取ったって」
「……そっか。 余裕が無くて、気を配れていなかった」
「二回目の大会で上杉が、三回目で卜部が、それぞれ別の大会で一位を取ったって話だよ」
「それは……いいな」
羨ましいと、武田がぼやく。
それはそうだろう。
多分、土方と同じくらい、万年二位を悔しがっていたはずだ。そして、引き継いだノウハウが。
ついに実を結んだ。
とうとう暁工業高校は、押しも押されぬ強豪校になったのである。
支援側にエースであるグエンが廻ったこともあって、国際はここしばらく元気がないらしい。
今もっとも注目されている高校のロボコン部だそうだ。
とはいっても、注目している連中が連中なので。
素直には喜べない。
此方をルイージ呼ばわりしてキャッキャ笑っていた連中を、どうしても良くは思えないからだ。
パフェが来た。
有り難くいただくことにする。
資源が減ってきていることもある。砂糖などはかなり控えめだ。現在、汚染地区の汚染除去を必死に進めて、作付け面積を増やしてはいるが。それでも、現状増えも減りもしない人類を飢えさせない量の作物を作るのがやっと。
人類の未来は、まだ暗いのである。
「昔は信じられないくらい甘かったらしいけれど。 果物もあまり昔の図鑑に出てくる奴ほど入っていないね」
「いや、正直それ見てるだけで胸焼けしそう」
武田が頼んだパンケーキは、バターとクリームが載っているだけのシンプルなものである。
武田の方が、脳細胞に糖分が必要そうに思えるのだが。
これで土方より甘味を好まないのだから面白い。
武田の方も、同じだけ休みだというのだから、まあしばらくは良いだろう。それに徳川は、多分サメと同じで、頭の中に完成図が出来ている分、放っておけば死ぬまで働いてしまう。
貴重なデザイナーズチルドレンを失う訳にはいかない。
国としても、必死なのだろう。
軽く歩きながら、二人揃って、暁工業高校に向かっていた。
どちらから言い出したわけでも無いのに。
上杉、梶浦、卜部がいるわけでもない。
みんなリモートだから、会いたいなら家に行くしか無いのに。
電車を幾つか乗り継いで、到着。
本校は、学生時代から殆ど出向いた事がない。
校舎は寂れていて。
一応、立体映像が出るモニタには。ロボコン部の戦績が著しく優れている事が表示されていたが。
行き交う人々は見てもいない。
考えてみれば、去年の後半くらいから、ずっとロボコン部は二位だった。大会ごとに二位だったのだから。今更、なのだろう。
更に生徒が来る訳でも無い。
だから、別に驚く事もなかったのだと思う。
ぼんやりと見ていると、清掃業者が、一瞥だけして学校に入っていく。ロボットと連携して、掃除を開始する。
教師すらいない学校。
一応、学校関係の資料は此処に補完されていて。
サーバなどもあるのだが。
そういう意味では、暁工業高というシステムを支えるデータセンターに近いかも知れない。
此処が母校なのかと思うと、色々と不思議な気持ちになる。
帰ろうと武田に言われたので。
頷いて、そのまま帰る事にする。
ただ、写真だけ撮る。
途中で、上杉と梶原と卜部に送る。
自撮りを見て、三人はそこって何処かと聞いて来たので。暁工業高校だと応える。現役の暁工業高校の生徒ですら分からない。
それが今の高校というものだ。
妙な話。
くつくつと笑う。
実の所、こういう「実体」がない学校すらも現在は存在しているらしい。
全てデータ上と、工場などの別設備だけで成立している学校だ。
教師もリモートで授業を行うのが当たり前の現在。
電子データの学校があっても不思議ではない。
そういう意味では、暁工業高校は、むしろ古い形態の学校なのかも知れない。実体が存在しているのだから。
問題は、それが、何なのか。
所属している学生すら知らない事だが。
夕方だ。
武田と軽く話すと、別れる。
来年には、ひょっとすると上杉がまた後輩になり。そしてフランスの役人、国家の研究室の研究者として、グエンと連携して仕事をする事になるかも知れない。
卜部と梶原も、その次の年には。
ふと顔を上げる。
駅前にある電光掲示板。
各国の資源の消費量、想定される枯渇時期が表示されている。
かなり、枯渇時期が遠のいている。
ニュースが流れた。
昔のマスコミによるものではなく、淡々と事実だけを流すものだ。記者など存在せず、そのまま汚染除去の最前線にある機械類が集めて来たデータ。更には汚染除去が終わり、使えるようになった資源について採掘や栽培をしている機械類が送ってきたデータを、総合して表示しているだけのものだ。
「ユーラシアにて、長江の水源部に調査隊が到着。 現在汚染除去が急ピッチに進められています。 同時に長江に多数のダム型汚染除去ロボットが投入されており、世界最大の河川の一つに対して、大規模な汚染除去作戦が開始されました。 もしこの作戦が上手く行った場合、長江領域の広大な地域が汚染から開放されることになります」
以上。
ふつりと、ただ事実だけを述べて、ニュースは終わった。
汚染から解放されたところで、ユーラシア大陸に住んでいる人間は著しく少なくなっている。
人口も増えなくなっている今、恐らくは資源採掘だけが主体になるだろう。恐らくは水産資源の復活が目論まれる筈で。豊富な水を使っての農工も行われるかも知れない。
見ると、人類の生存確率が、8%まで上がっている。
徳川の研究室に入った直後は5%だった。
それが短い期間で3%も上昇したことになる。
勿論徳川だけの功績じゃない。
現場で、危険な汚染と戦っている国際合同チームの面々。
更には、日本だけでは無い。
各国から派遣されて、汚染除去を行っているロボット達。
皆の功績だ。
一度、聞いた。
徳川は、今年中にこの人類の生存確率を15%まで挙げると息巻いているらしい。
たった三ヶ月で8%まで挙げたのだ。15%まで挙げるのは、決して不可能ではないと思う。
もしも15%までいけたのなら。
可能性は、あるかも知れない。
もはや絶望の淵に沈んでいた人類だが。
未来が見えてきている、と言う事だ。
それはとても素晴らしい事なのではないだろうか。
休日なのがもどかしい。
だが、どれだけ凄くとも、徳川も人間だ。デザイナーズチルドレンを人間扱いしない者もいるそうだが。バケモノじみていても、ミスはするし、負ける事もある。それを土方は良く知っている。
そして今。
徳川の下で働いていて。その優秀さを身に染みて理解し。更には、人類の未来を開きうる存在だとも思え始めている。
さあ、休みの間に、余力を蓄えて。
その後の仕事に備えよう。
メールが来ていた。
グエンからだった。
「後輩の育成に回ったのが悔しい。 暁工業高校のロボコン、更に進歩してるぞ。 操縦手として戦いたい」
分かりやすいなと苦笑。
グエンは本当に、ずっとこの無邪気な性格でいて欲しい。
来年、フランスのチームと合同で何かするかは分からないが。もしそうなったら、色々話に花が咲きそうだ。フランスのチームでも、これだけの逸材、すぐにエース扱いだろうから。
家に戻る事にする。
家では、今日のパフェで摂取した栄養も考えて、料理を出してくるだろう。
それを考えると、若干憂鬱だが。
まあそれくらいはかまわない。
8%。
それが未来の確率。
そして、土方は、その確率を上げられる部署にいる。
土方自身には、直接確率を上げる力はない。
だが、それが出来る徳川の手伝いをすることだったら出来る。
奇しくもその状況は。
万年二位だった、ロボコン部時代を思わせる。
たった三ヶ月前だというのに。
おかしな話である。
家に着いたときは、もう陽が落ちていた。
両親共に仕事を切り上げていたが。母は多少嬉しそうだ。デブリの駆除が上手く行っているのだろう。
父は一方大変そうだ。
例の長江浄化作戦が大変なのだろう。
アマゾンでも似たような事をする計画があるらしいという噂も聞いているが。当面父の負担は減りそうにもない。
そして今のアマゾンは、地球屈指の最悪汚染地区の一つ。
熱帯雨林が滅ぼされた上に、汚染された雨が降り注いでいるからだ。汚染の除去には、さぞや骨が折れるだろう。
まだはいはいが精々の妹と四人で、夕食の食卓を囲む。
案の定、妹は育児用ロボットを親と思い込んでいるようで。育児用ロボットにばかり目を向けている。
これは、いずれ問題になるな。愛くるしい妹の様子を見ながらも、土方はそう冷静に判断していた。
明るい未来だけが見えている訳では無い。
だけれども。
希望は、確かに作り出され始めている。それは疑う事のない、事実なのだった。
エピローグ、ロボコンから
徳川の研究室に入ってから四年。
徳川と直接顔を合わせることは、年に何度もない。
土方はアラームに気付いて、顔を上げると。あくびを何回かして、昼寝の時間が終わった事を確認。
テレビ会議に入る。
徳川と、何人かの研究室に入っている研究者がいる。武田も隅っこの方にいた。
「それでは、八カ国合同での事業計画について説明する」
徳川も成長期だ。
だいぶ背が伸びたが、美人では無い。元々頭脳だけを重視してデザインされたからなのだろう。
だが、徳川の価値には、何一つ変わることがない。
一方武田は、結局二十歳を過ぎても殆ど見かけも背丈も変わらなかった。
そのせいか、徳川と同じような天才児と勘違いする同僚がいるらしく。
その度に機嫌が悪くなるそうである。
まあ、土方にメールを送ってきて愚痴るだけなので、良いのだけれども。
徳川が淡々と説明を続ける。
四年で、三つの大河。二十三の中規模の川を、水源からして汚染の除去に成功。深海、海上でも大きな成功を挙げ。海産資源、農作物、更には汚染地区の鉱山などの再開など。徳川研究室の功績は計り知れない。
その殆どが、最初から徳川が完成図を書いていたらしいロボット達によるもので。
そのロボット達の連携は極めて美しい。
徳川ドクトリンなどと呼ばれているらしいが。まあ完成形が最初から出来ていたのなら、それも頷ける。
「続いての汚染除去計画は、いよいよアマゾンだ」
おおと、声が上がる。
アマゾンにも、21世紀半ばの世界大戦で、多数のICBMが着弾。世界最大の熱帯雨林は、何も残らず消滅。汚染された水を海に垂れ流し、洪水を引き起こす地獄のような場所だけが残った。
どうしてアマゾンにICBMを多数打ち込んだのか。
これは単純な話で、多数のICBMが見境無く飛び交った大戦時。迎撃する密度が薄かったのがアマゾンだ、というだけである。
要するに、どこもかしこもICBMに狙われたわけで。
それを打ち落とせなかった結果、そうなったのだ。
更に言うと、アマゾンは土壌が脆弱で。
熱帯雨林という、巨大な木と豊かな生態系というイメージと裏腹に、栄養のある土壌は一旦木という傘がなくなると、あっと言う間に押し流されてしまう。
現在はその手遅れ状態。
咳払いすると、徳川は説明をして行く。
まず先遣隊が、汚染除去ロボットとして既に派遣されている。水源についても、発見は済んでいるそうだ。
この先遣隊の活躍によって、何とか人間が幾つかある水源にたどり着けるレベルまで、汚染の除去を軽減してくれている。
此処に人間を含む八カ国の連合チームが突入。
水源を確保。ダム型ロボットを支流全てに配置し。汚染の除去計画を始める。これが第一段階。
続いて、汚染の除去が終わったと、土壌の回復作戦を開始する。
これはわずかに残ったアマゾンの土を分析後増やしたものを、雨から守りながら配置していく計画で。
同時に植林も行っていく。
現在、世界の平均気温は極めて危険な所まで来ており。
熱帯雨林の復活は必須とされている。
勿論熱帯雨林だけではどうにもならず、どうにか温室効果ガスを減らす工夫が必要なのだが。
いずれにしても、上流から状況をコントロールし。
事実上人類の現状の総力を挙げ、二十年計画でアマゾンの熱帯雨林を復活させる。
同時に、今まで確保した資源などからロボットを増産し。
他の場所でも活動できる人材の育成を行う。
大規模な計画だ。
思わず、息を呑んでいた。
現在、宇宙進出の方は、比較的上手く行っている。二つ目のスペースコロニーが作られ、現在月にもコロニーの建設が始まっている。
合計五百人ほどが試験的な宇宙での生活を始めていて。
色々なデータを取りながら、来たるべき本格的な宇宙への進出に備えている状況である。
現在駅前などで見られる人類の生存確率は41%。
40%までは一気に上がったのだが、そこからが足踏みしている。
それでも、半分まであと少しだ。
現在、徳川研究室は世界中から注目されていて。
土方の責任は、更に重くなる一方である。
徳川の作るロボットの不具合を一番見つけたのが土方であるらしく。何度も、期待していると声を掛けられている。
冷や汗が流れるばかりである。
徳川が咳払い。
まだ、話す事があるようだ。
「今回の熱帯雨林再生計画が上手く行った後は、地球の温度調整に対する試みを本格的に開始する事になる。 4年前は、あと40年持たないだろうと言われていた人類は、寿命を三十年延ばした。 だがこの過酷な気象条件では、それもいつまでも持たない。 気温を20世紀の水準にまで落とす。 出来れば、それを三十年以内に行う」
「熱帯雨林再生計画が二十年だとして、十年で!?」
「そうだ」
30年後か。
その時には、土方は50過ぎだな。
後続に今の座を譲ることになるだろう。
そして徳川にしても、デザイナーズチルドレンの第二世代計画を自分で立てているらしいから。
或いは自分の計画を引き継いで、二線級の仕事に移るのかも知れない。
テレビ会議が終わった後、声を掛けられる。
徳川と二人だけで話すのは久しぶりだ。
個別チャットに移行。
以降は、そっちで話を続けた。
「頼みがある」
「はい、何でしょう」
「私のクローンを実戦投入する計画が持ち上がっている」
「!」
そうか。確かに徳川のクローンの方が都合が良いか。他のデザイナーズチルドレンもいるらしいが。やはり図抜けた成果を上げているのは徳川だ。人類が作り出した「人材」の最高傑作だとも言える。
「私から言い含めるから、教育係を頼めるだろうか」
「いや、流石に教育は……」
「言い換えよう。 守り役をしてくれ」
「……分かりました」
それなら、何とかなるか。徳川が言い換えたように。今もそれをやっているようなものである。
ただ、そうなると。
土方の代わりはいないか。
責任重大だ。
まずは勝つことから始めないといけない。徳川は、認めた相手の言う事は良く聞く傾向がある。クローンも同じだろう。
「クローンはどんな様子ですか。 今何歳くらい?」
「来年には四人が十二になる」
「それなら、ロボコンのエキシビジョンマッチを組んでみましょう。 昔のメンバーが、時間を作れるようにして貰えますか?」
「分かった、対応する」
チャットを切る。
ため息をつくと、自分からも武田達にメールを送る。もう皆一人前になって、最前線で活躍しているロボコン部のメンバー。
再結成は四年ぶり。
そして相手は、文字通り今までで最強の相手だ。
失敗も許されない。
そして成功した後も、苦労が絶えないだろう。
だが。41%で足踏みしている人類の可能性を伸ばすためには負けられない。徳川の能力の高さは肌で分かっている。四人増えたら、未来の可能性は更に増える事は間違いないのだから。
さあ、四年ぶりのロボコンだ。
此方も技術としては最前線にいたのだ。
そして、最大のお膳立てもある。
必ず、勝つ。
エキシビジョンマッチでの敗戦はほとんど経験していないのが土方の密かな誇りだ。
誇りに賭けて。相手がなんであろうと、勝つ。
人類の、足踏みしている未来を打開するために。土方が出来る最大限の事が、それなのだから。
(ロボットコンテスト小説、ロボコン部GO! 終)
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