橋の先へ行くために
序、架橋作戦
土方が動画を皆に見せる。軍の架橋車両が、川に橋を造る画像だ。橋と言っても鉄橋であるが。
前大戦の映像では無い。
汚染を除去し、何とか人間が耐放射線スーツを着れば入れるようになった地域での作戦行動の画像である。
この手の架橋車両は、前世紀から存在していて。
戦場では、如何に短い時間で戦車も通れる鉄橋を作れるかが重要だったという歴史があるのだが。
今行われている架橋は。
汚染地域に物資、主にロボットやその燃料を運び。
そして現地にて、作業をより効率的に行うための下準備である。
動画が具体的に何処で撮影されたのかは公開されていない。
何しろ公開できる材料がない。
焼け野原の中、さらさらと流れる川。
どぶ川ではないが。
そもそも汚染を垂れ流す工場とか住宅地とかが、沿岸に「もう」存在しないだけ。川の水も高濃度の放射性物質で汚染されていて。飲んだりしたら、死が確定である。
コンテナが運ばれて行く。
周囲にいるのは戦車だが、これは護衛用と言うよりも、擱座したときの牽引用である。
大戦時に作られた戦車は、現在は主にこういった汚染地区で活動していて。
擱座した車両を牽引して引っ張り上げたり。
或いは邪魔な岩を砲撃して爆破したりと。
そういった活動で、部隊に一両は配備されているらしい。
大戦末期には燃費の悪さもかなり改善された戦車が増えてきていて。
今見えているのも、そういった戦車の一つ。
米国のM100リンカーン戦車である。
高名なM1エイブラムスの後継車両で、流石にエイブラムスほど生産はされなかったし、大戦末期ではそもそも大会戦もあまり存在しなかったのだが。それでもかなりの活躍をし。戦争の恐れが無くなった今は、場合によっては砲を撤去し、こうやって汚染地区での働きをしている。
橋をコンテナが渡りきると、殿軍としてリンカーンも渡り。
そして更に奥地へと進む。
ベースキャンプが作られていて。
その中では、人間は耐放射線スーツを着なくても活動が可能だ。
ベースキャンプにコンテナが運び込まれた後。
映像が途切れた。
皆、無言である。
ユーラシアでは、こういった作業すら出来ない地域が彼方此方にたくさん広がっている。
人口が四分の一になる大戦争で、一番被害を受けたのがユーラシアだ。
それも当然の話だろう。
そして、次のロボコンが。
この架橋だ。
勿論、架橋作業は流石に高校のロボコンには手に余る。
今回必要とされるのは。
架橋される橋について、即座に割り出すためのロボットである。
衛星写真などで、地形を把握できる場所ならまだ良い。
だが、地盤。
川の状態。
それらをその場で総合的に判断し。どれくらいの場所に基礎を作り、鉄橋を渡すべきか。そういった判断をするには、衛星写真では正直厳しいという現実がある。
其所でロボットの出番だ。
勿論此処で言うロボットは、軽度……先の映像にあったように、人間でも耐放射線スーツを着れば何とか耐えられる場所での作業を行うものである。
ああいったコンテナの車両。昔はコンボイとかいったらしいが。コンボイが通るための鉄橋を作るために。
最適な地点を調査する。
それも出来るだけ短時間で。
それが今回、要求されるロボットの性能である。
勿論非常に厳しい事は事実だが。
幾つかの技術は民間にフィードバックされていて、それらを適切に使いこなせれば出来る。
なお実際にこのロボコンが高校にまで降りてきたのは去年から。かなり新しいロボコンとなる。
そして。土方にとって、このロボコンは極めて重要である。
何しろ、来年。
徳川の研究室に入ったとき。ハード屋として構築に関わらなければならないロボットのほぼ全てが、汚染の除去か、汚染地区での行動を目的としているロボットだからである。これなどは、正にピンポイントでのロボットとは言え。合致するものだともいえる。
来年から前線で仕事をしていくために。
このロボコンは必要なのだ。
勿論、武田にとってもそれは同じ。
上杉や梶原、卜部にとっても。
このロボコンに出ることは、大きな意味がある。
何しろ、どれだけ最高効率で行ったとしても。高汚染地区を全て浄化するには、最低でも二百年という試算が出ているのである。
勿論人類はんなことをやっていれば絶滅する。
汚染地区の浄化を進めつつ、其所でどうにかして資源を確保し、同時に宇宙進出を進めていく。
並行作業を行って、ようやく活路が見えてくる。
とはいっても、現状で人類が滅亡を回避できる可能性は3%とか言われている。
非常に分が悪い勝負であるが。
だが、だからこそに。
やってみる意味はあると言える。
武田が咳払いしたので、頷いて画像を出す。
水蜘蛛暁を今回は使う。
まず今回最低でも必要なのが、河川の踏破能力だ。
そういう意味ではドローン暁でも良いのだけれども。ドローンでは積載できる機器に限界がある。
地上も移動出来る水蜘蛛暁が、今回は好ましい。
そして、小型のパイルバンカーを搭載する。
これは地面に杭を打ち込むことで、反動から地盤の状態を調査するものである。
勿論戦前に取られたデータは何の役にも立たない。
彼方此方に落ちた核のせいで、地盤が無茶苦茶になってしまっているからである。
現地で直接の調査が必要なのだ。
次に必要なのが、河岸を上り下りする能力。
流石に崖のように切り立っているかどうかは分からないが。
いずれにしても、多少の急勾配くらい、苦にしない程度の踏破能力は必要になってくるだろう。
これらに加えて、カメラ二台。
これは前回のロボコン同様、周囲の情報を立体的に得るため、である。
次のロボコンが、どのような場所で行われるか。
どんな形式で行われるかは分からない。
だが、また大規模なロボコンになる事は確定で。
そして重要なのだが。
上杉にとっては、操縦手として参加する二年度最後のロボコンとなる。
経験を積ませるために、今年最後のロボコンは卜部に操縦手を任せようと考えているためである。
最後のロボコンなのだ。
一位は取らせてやりたい。
だけれども、もう年度末が近く。
最後の追い上げとばかりに、何処のロボコン部も総力を挙げてくるはず。強豪は当然の事、他の学校も内申を少しでも得るために、必死の勢いで来る筈だ。
此方も、手なんか抜いたら一瞬で終わりである。
河川工事の様子。
それにロボコンに出す水蜘蛛暁の画像を出してから。
咳払いする。
土方の咳払いに、皆注目しているのが分かった。
「以上のように、次のロボコンでは総合的な能力が求められます。 今までの総決算と呼んでも良いでしょう」
「もっと色々機能をつけるのは……」
「いえ、これでも詰め込みすぎているぐらいです」
上杉の質問をばっさり。
本当ならドローンでやりたいくらいなのだが。
それだと、詰め込める機能に限界がある。
特に土地の調査能力は、ドローンでは致命的に相性が悪い。
地面に足がついたタイプにしないとまずい。
かといって、地面に足がついたタイプに、飛行能力を持たせると。それだけで非常に複雑で脆くなってしまう。
どうしても、水蜘蛛暁を選ばなければならない。
地面に足がついたタイプ。
更に水を渡れるタイプとなると。
やはりこれしかない。
センチピート暁を使いたいくらいなのだが。
それだと水を渡るという点で、どうしても不得手になってしまうのである。
故に此処では。水を渡ることが出来る水蜘蛛暁を用いる。
以上だ。
そう説明すると、上杉も黙る。
やむを得ないなと考えたのだろう。
もしも異論があるのなら。
来年、試してほしい。
今までのロボコンを通して、上杉にはノウハウを継承してきたつもりだ。きっと出来る筈である。
むしろ心配なのは卜部で。
要領が良さそうな卜部だが。
それでも、流石に限界はあるだろう。
きちんともう一つのロボコン部を回していけるだろうか。
色々不安だが。
ともかく、今回のロボコンこそ。
永遠の二番手を脱却するためにも、勝ちに行きたい。
無様にそもそも参戦できないよりも。
毎回二位という方が、ある意味悪目立ちしてしまっている。
毎回二位という成績は勿論立派だ。実際強豪校と比べても、今年の戦績は全く見劣りがしていない。
だが、悪目立ちすると、当然対策もしてくる。
実際に悪目立ちした結果、まだわずかに残っているSNSのろくでもない連中が、いわゆる「ウォッチ」を開始している様子で。
次はどんな風に負けるのだろうと、笑いながら見ているようだ。
この娯楽が壊滅しているご時世である。
他人の不幸ほど面白いものはないのだろう。
それを馬鹿にするつもりは無い。
とはいっても、ずっと二位に甘んじるつもりもないが。
幾つか質問を集める。
やはり、音も無く。すっと手を上げる梶原。
相変わらず幽霊のような存在感である。
「パイルバンカーについては……」
「今回分の予算の六割をつぎ込みました」
キットで、小型ながらパワフルなパイルバンカーを購入。取り付けてある。
これを使う場合。
地面に機体を固定して、全力で叩き込む事になる。
パワーとしては、勿論大型の車両に搭載されたものほど強力ではないが。
それでも今までの大会での実績などを見る限り、充分に地盤を調査する事が可能である。
主に地面に杭を叩き込んだ衝撃を受けて、その反動を計測。地盤の状態を確認するというもので。
他のロボコン部がどういう手段で地盤調査をしてくるかは分からないが。
いずれにしても、実績のあるキットを此方は活用する事になる。
組み立ては終わっている。
後、実戦まではおよそ三週間。
これまでに、単体試験と結合試験をやらなければならない。
皆に仕事の割り振りを実施。
何度か、実際に川と崖の踏破能力を実地で試したいが。
かなり時間的に厳しいだろう。
割り振りを終える。
今回は、上杉と卜部に、かなりの仕事量を割り振っているが。それは、来年度の事を考えてのことである。
また書類仕事を、今回は上杉に任せる。
卜部にも、提出こそしないものの、作業はしてもらう。
勿論提出前に土方がチェックするが。
最後の大会は、同じ事を卜部に任せるつもりだ。
次期部長である。
これくらいは、できなければ話にならないのだから。
「他に質問は」
返答無し。
頷くと、会議を解散した。
嘆息する。
どっと疲れたので、机に突っ伏す。
少し前に、うちに前から話があった子供が来た。まだ新生児で、育児用のロボットが殆ど面倒を見ているが。母が時々手慣れた様子で世話をしている。お姉ちゃんと呼ばれるには年が離れすぎている。
母親と認識されないか不安ではある。
実際、社会情勢の悪化から、今は国際標準で、十五で結婚が認められているご時世だ。
高校に行かず、とっくに結婚して子供を作っている者もいる。
羨ましいとは思わない。
そもそも結婚自体が珍しいものになっているし。
在宅ワークが主体になっている上、育児用の補助ロボットが普及している今、結婚したところで育休は出ない。
ブラック労働はなくなったが。
遺伝子データを掛け合わせた子供が、実績のある家庭に回されて、育児を委託されるほどに。
現状では、結婚というシステムが破綻してしまっているし。
何より結婚があこがれではなくなってきている。
子供は可愛いが。
犬猫ではないのだ。
だから、時々面倒を見ることはあるけれども。
自分で産みみたいとも思わなかった。
あくびをすると、さっと今日分の作業を片付ける。
部活の後には、武田と個別チャットで反省会をすることが多いのだが。
今日は武田も疲れたのか、チャットを飛ばしては来なかった。
ぼんやりしているうちに、時間が経過していく。
授業を受けながら、組み立てを行っていたのだ。勿論工場で、遠隔で。この作業が結構きつくて、かなり消耗が激しい。
冷蔵庫にフラフラ向かって、中を漁る。
飲み物は一応あったので、冷やしてあったミルクを適当に飲む。
ぼんやりしていると、手にしている端末が震えた。
メールが来ている。
相手は、誰だ。
知らない相手である。
スパムかなと思ったが、今の時代スパム業者はとっくに滅びている。たまに、昔発信されたスパムが、亡霊のように飛び交っている事があるが。
土方の所に来た事はない。
急ぎでもないだろう。
ミルクを飲み終えて、コップを洗い場に入れる。後はロボットが勝手に処置してくれるので、任せる。
PCに戻って確認すると。
知らない相手からのメールだった。ただし相手は、此方の名前を知っている。
「やあ始めまして土方果歩さん。 此方は日本技術研究所の者だ」
「!?」
日本技術研究所。国が設立した研究施設の一つである。
確か徳川の研究室も、ここと連動しているはず。
色々手広くやっている筈だが。
なんでそんなメジャーな研究所が、メールなんか送ってくるのか。
内容などを確認。
問題なし。
本物である。
「君の事は、徳川涼子くんとの勝負の頃から着目していた。 現在は徳川涼子くんの研究室への内定を決めてくれたようで感謝している。 人材育成は我々にとっても望むところだからだ。 ロボコンでも、幾つも素晴らしい成果を上げてくれているようだな」
そうかそうか。
こんな所が目をつけていたのか。
徳川もひょっとして、此処を動かしていたのだろうか。
だとすれば、内定という話が出てくるのも頷ける。
頭を掻き回す。
多分武田にも、同じようなメールが行っているのではあるまいか。
「本当なら大学に行って貰いたいところなのだが、即戦力として徳川涼子くんが求めているようなので、それに任せる事にする。 それで、一つ頼みがある」
そら来た。
何を言い出す。
不安になったが、内容自体は、悪いものではなかった。
「徳川涼子くんはあまりにも出来すぎる。 出来すぎるから、孤立している。 戦ったことがある君なら、多少は理解してやれるかも知れない。 武田与野くんは、どちらかというと社交的でもまとめ役になれるタイプでもない。 理解者として、孤独な天才を支えてやってほしい」
メールは以上だった。
ふうと、ため息をつく。まあ、それくらいなら別にかまわない。
徳川は時々メールをして来ているが、あれだってそもそも、周囲に信頼出来る人間がいるのなら、必要なかった事だろう。内定関連の話が終わったら、メールなんてしてくる理由がない。
やはり手足になってくれる人材がほしいのだろうとは思っていたが。
恐らく、デザイナーズチルドレンである徳川涼子の誕生に関わった日本技術研究所がこういうことをメールしてくるくらいだ。
昔から、才能と実績だけを求められていた徳川涼子を。
心配していた人はいるのだろう。
しばし考え込んでから、武田に個別チャットを送る。
短く、今のやりとりを伝えると。
武田は分かってくれた。
「おっけ。 こっちでも、そういう事があるってのは頭に入れておくよ」
「よろしく」
「じゃ。 次は……勝とう」
頷くと、チャットを切る。
そろそろ良い時間だ。
風呂に入り、夕食も済ませると、さっさと寝ることにする。
別に、徳川の研究室に入ったところで、人生が変わる事はないだろう。今はリモートでの作業が主体だ。
家からリモートでハード構築関連の作業に参加する。それだけである。
すぐに眠くなる。
体を酷使しすぎていない証拠だ。
不安はある。勿論ある。人類の寿命がもう見えている今。不安を感じていない者などいないだろう。
だが、それでも。
土方は、やれるところまではやろうと、決めていたのだった。
1、走れ水蜘蛛
大幅に組み直した水蜘蛛暁を、稼働検査する。
今回の水蜘蛛暁は、パイルバンカーのキャリア、という要素が強い。パイルバンカーとカメラ、それらから得られるデータの解析。
それを行うシステムを、此方の指定通りに輸送する。
それがコンセプトだ。
単体試験を任せながら、土方自身は水蜘蛛暁を動かして、改善点をどんどん上げていく。それを武田がまとめて、バグなどの場合は皆に対応を割り振り。そしてハードの問題の場合は、土方と上杉で、処置を行う。
作業をしているのは工場だ。
ハードの微調整なら、すぐにその場で行う事が出来る。
そういえば、徳川の研究室に入った後はどうなるのだろう。
もっと凄い工場を自由に使わせて貰えるのだろうか。
いや、流石にそんなに甘い話はない。
徳川の指示で、ハードを組むのだろう。
だが、言われたままハードを組むだけなら誰にだって出来る。
場合によっては、此処はまずいとか、此処は間違っているとか、堂々と言える人材を徳川は求めているはずだ。
そもそもあの相対性理論を編み出したアインシュタインでさえ、単純な計算ミスをしていた。
完璧な人間など存在しないし。
ミスをしない人間だって存在しない。
徳川だって、エキシビジョンマッチでは、不運もあったが土方に負けたのだ。
それを考えると、土方が求められていることはとても重い、と言える。
授業が終わる。
マルチタスクでずっと作業をしていたから、とにかく疲れた。
今は授業がとても分かりやすい。分かりやすい授業を厳選し共有して流してくれているので、まあ当たり前だとは言えるのだけれども。
それでもなお疲れた。
少し炭酸を口に含むと、机に突っ伏して休む。
部活の時間だが。
突っ伏したまま、テレビ会議を起動。
疲れている事は分かっているようで、他の部員は、何も言わなかった。
よろよろと顔を上げてから、皆に部活を始める旨を告げる。
今回は気合いを全力で入れて取りかかっている。
今までで、一番土方の負担が大きいかも知れない。
それを考えると、武田をはじめとして、土方にどうこう言えるものはいない、ということである。
「現状の進捗を説明します」
そういって、画像を見せる。
現在擬似的に構築した壁を上り下りする作業をさせているが。これが結構大変である。
パイルバンカーを中心としたシステム。カメラと映像解析を行うシステム。モーター関連。燃料貯蔵庫。
これら全てを含めると、結構な重量になる。
この重量を抱えたまま、不安定な足場を上り下りするのである。
勿論専門のキットを組み込んでいるが、まだ不安が残る。
地盤調査用の映像解析のためにカメラを組み込んでいるが。
上り下りの時には、このカメラで地形を立体把握。
更に、先に打ち込んだパイルバンカーによる地形の状態をも加味して。
崩れない箇所を、決して軽くない重量をどうにかコントロールしながら。
滑落しない箇所を、降りる。
口で説明すると簡単だが。
実際にやらせてみると尋常ではない難しさだ。
勿論使えそうなプログラムはネット上に転がっていて、武田が色々とアレンジしてくれてはいるが。
それでもなお厳しいのが現実。
何とか今の時点では、そこまで厳しくない壁なら上り下りが出来ている。
それについては、映像で見せた。
だが、まだ若干ぎこちない。
この辺りは、改善点だ。
「見ての通り進捗はまだまだです。 プログラムの改善と、機器の修正によって、更に円滑に動けるようにして行きます」
「はい土方先輩」
「何ですか卜部さん」
「この子、水蜘蛛暁。 もうちょっと可愛くなりません?」
このタイミングで。そんな事を言ってくるか。
思わず口の端が引きつる。
カラーリングとかを変えたいというのだが。そんなのは後で勝手にやってくれと言いたい。
だが、意外なところから、卜部に援護射撃が出る。
「いいんじゃない?」
「!?」
援護射撃をしたのは武田である。
どういうつもりだろう。上杉まで、度肝を抜かれた様子で見ている。梶原は相変わらず、心霊写真のように画像先で幽霊のように黙り込んでいる。
「カラーリングとかくらいなら別にかまわないよ。 も・ち・ろ・ん、全部作業が満足するレベルまで仕上がった後ならね」
「どういうつもりですか?」
「デコる余裕があるって、他の学校に見せられれば、それだけ技術力があると思わせる事が出来るからね。 威圧感を与えられれば、それだけ有利になる」
悪い笑みを武田が浮かべる。
なるほど、そういう心理戦か。
此処まで複雑なロボットになってくると、操縦手の作業はかなり大変になってくるのだが。
そういう状況だと。
確かに相手に気後れすると、それだけで致命傷になりやすいのは事実だろう。
武田の言葉には一利ある。
卜部を見る。今の発言を、素で口にしたのか。それとも計算の末に、口にしたのか。それは分からない。
だが、以外にも卜部はくせ者として、来年度は活躍してくれるかも知れない。
ある意味武田の後継者になってくれるかも知れない。
そうなってくれれば、有り難い話だ。
「では、作業の進捗と割り振りについて」
さっさと話を進める。
皆に作業を割り振った後、部活を解散。だいぶ早いが、此方としてはデータを収拾したいのである。
まだ川に繰り出すのは早いだろう。
武田から個別チャットが来る。
ながらで作業を進める。
話し始めたのは。武田からだった。
「さっきの卜部の発言、どう思う?」
「どうもこうも、天然なのか計算しているのか、ちょっと判断がつかないね」
「……私はね、あれ計算していると思う」
「うん。 可能性は否定出来ない」
梶原はなんというか、見かけが怖いだけで、本人自体は別に悪党でも何でもない。ごく粛々と自分のやるべき事をやっていくタイプだ。言葉は足りないが、作業自体は出来る方である。
対して卜部は、操縦手としてもハード屋としても、そこまで傑出した所がない。経験を積んで出来るようになっては来ているが。
それでもこの間、グエンに上杉より二枚下と言われたように、まだまだ技量は足りていない。
或いは卜部も、自分の武器を磨いているのかも知れない。
無駄な色気は、相手の見かけを惑わせる。
それでいながら、心理戦を仕掛けていけば。
確かに相手を幻惑しながら、力を削ぐような戦い方が可能だ。
まるで夢魔か何かだなと思ったけれど。
敢えてそれは口にしない。
「それで、来週には実際に河川に繰り出そうと思うんだけれど、どう思う?」
「ちょっと急ぎでプログラムの修正をしているから、そっちでもちょっと予算を見直してくれる?」
「おっと、キットを変える?」
「いや……予備部品を確保したいんだ」
予備はあるにはあるんだが。
武田がそれを把握していない、と言う事は無いだろう。
そうなると、武田は。
次のロボコンが、それこそ現場で換装が必要なレベルの、相当な厳しいものになると予想している、と言う事か。
少し考え込んだ後、幾つか候補の川を上げる。
メインのインフラは、基本的に日本国内であれば復旧している。
問題はローカル線や主要では無い道路。
絶対に必要ではない、と判断された道路などに関しては、まだ日本ですら復旧されていない箇所がある。
それだけ戦争の爪痕が深いと言うことである。
橋も同様。
恐らくだが、今回のロボコンも。
此処数回のロボコン同様、政府の調査ロボットを投入するには予算も人手も足りないから、ロボコンでやってしまおうというものなのだろう。
前から、こういうロボコンは大学レベル以上だとよくあったらしいのだが。
今はもう高校まで降りてきている。
と言う事は、だ。
それだけ手が足りていない、と言う事。
本気で環境の回復を始めていて、学徒動員に近い状況だと言う事。
更に言えば、そうしないと、資源の確保が冗談抜きに出来ない、技術者の育成も厳しい、と言う事なのだろう。
ロボコンだけでもこれだ。
他の分野でも、今は同じように学徒動員も同然のことをしているのだろう。
母が携わっている分野、スペースデブリの処理などに関しても。恐らくは、今後高校生レベルにまで、色々と話が降りてくるかも知れない。
現在、来年までに百人規模が恒久的に暮らせるスペースコロニーを段階的に打ち上げ、宇宙で組み立てるという話が出てきていると政府広報が知らせてきているが。
これを実現するには、現状のスペースデブリは危険すぎる。
月にコロニーを作る計画は更に後。
それらを考慮すると。
確かに、もっと時間を稼がないと駄目なのである。
学徒動員に近い状況も無理はない。
だとすると、武田の懸念ももっともだと言えた。
「分かった、ちょっとキットを多めに確保しておくよ」
「ごめんね。 確保したキットにプログラムを入れるのは、こっちでやっておくから」
「おっけ」
通話を切る。
さて、作業を続行。
今日はフロとメシ以外の時間は、全て残りを部活につぎ込むつもりだ。
炭酸飲料を飲んで、糖分を頭に入れてから、どんどん作業を進める。やはり機動力に問題がある。
今回の水蜘蛛暁はあくまでシステムのキャリア。
ミサイルのキャリアであった一時期の戦闘機と同じようなものである。
だが、キャリアであるが。ただ運ぶという行為に対して、求められるものがかなり多いのである。
故に、徹底的な精査が必要なのだ。
考え込んで、作業を続行。
作業を一段落して、考え込む。
そうこうしているうちにロボットが促しに来て、風呂に入る。
新しく出来た妹と一緒に。
妹はまだロクに母も認識出来ていないから、ちょっと心配ではあるのだが。補助用に育児ロボットも風呂に入ってくれているので、まあ危険な事態にはならないだろう。わあわあ泣くので困るが。不意にぴたっと泣き止んだりもするので、色々と不安になる。
夕食も済ませ。時間が来るまでずっと作業を続ける。
そして、見つけた問題点は。
どんどん、共有するべく、データをアップロードし続けた。
数日の苛烈な調整によって、ようやく満足できる踏破能力が整う。とはいっても、その過程で少なからぬ体力を消耗したが。
土方はまず水蜘蛛暁を近場の川に運ぶ。
休日はもう残り少ない。
今日は、部員全員集合である。
部員が直接全員集合する機会は、多分もう残り何回もないだろう。
とはいっても、密閉空間に人間を集めると、ろくなことをしない。虐めもするし、スクールカーストも作る。
だから、たまにこうやって集まるくらいで良い。
立ち会いの下、工場近場にある川を渡らせる。幅三百メートルほどのこの川だが、ようやく汚染が生物が繁殖できるレベルにまで回復。現在いけすを彼方此方に作って、実験的に何種類かの生物を飼育している。
そのいけすには見張りのロボットがついているし。
川の周囲にも監視システムが厳重に完備されている。
これは昔、天然記念物に指定されている貴重な生物を繁殖させているときに。それらの生物のいけすなどに農薬を入れる輩が実在していたらしいからである。
その凶行に手を染めていた輩が、一人だったのか複数だったのかは分からない。
だが、同じような事をする輩が出ると、今はかなり致命的なのである。
故に厳重に見張りがついているし。
今回のテストでも、作業をするときに、事前に市役所に書類を送らなければならなかった。
いけすの監視ロボットが、此方を見ている。
操作をPCからしながら、土方が他の皆にもチェックを促す。
そういえば、或いはだが。
高校で、ロボットを直に操作するのは、これでラストかも知れない。
そう思うと、ちょっと悲しくも面白くもある。
どうせ、徳川の研究室に入ったら、飽きるほど徳川が作った意味が分からんロボットを触る事になる。
コンセプトを理解するところから始めなければならないような、高度ロボットだろうし。最初からすべて任されるとも思えない。
だが、高校でこれがラスト。
まあ、ある程度の所できりをつけるには、良いのかも知れない。
崖を降りる。
問題なし。
川を渡る。
文字通り、アメンボのように川を渡っていく水蜘蛛暁。電波は問題なく届いている。幸い、今回作業を行う川は。前回センチピート暁を投入したような、超危険地帯ではない筈だ。普通に電波も届くだろう。
大会役員も、流石にいきなり重度の汚染地区にて、架橋作業のための調査なんてさせないだろう。
だいたい国内の川には、汚染地区はあっても、重度汚染地区はもう無くなっていると聞いている。
ならば、流石に国外までロボットを持っていくことはないだろうし。
大丈夫だと判断して良い筈だ。
「少し流されています」
「おっけ、調整する」
上杉が指摘、武田が応じる。
土方は黙々と操縦を続け、やがて対岸に渡河成功。
比較的幅が広い川だ。水流も相応にあるのだが、充分に渡河することができる。そのまま、対岸を上る。
登り切った後は、戻ってこさせる。一連の流れは全て同じである。
パイルバンカーの試験については、ここではやらない。
別の場所を来週借りているので、其所で行う。
ただ、パイルバンカーを使った後、機体がダメージを受ける可能性がある。残りの時間を考えると、出来れば結合試験を行いたいのだが。
流石にそれは難しいだろう。
勿論、此処でパイルバンカーの試験は行えない。
養殖をしている生物に、どんな影響が出るか分からないからだ。
機体の徹底的なチェックを行う。
もしも燃料漏れとか起きていたら、それこそ始末書提出レベルの失態である。そんな事は起こさせないが、万が一もある。
勿論そんな事故は起きていなかった。だが、冷や汗は出た。
嘆息すると、軽く話し合う。まだ午前中。今日はまだやれることがある。
「どうする、パイルバンカーの試験も行っておく?」
「……そうだね。 機体にどれくらいのダメージが行くのか、確認したい」
「でも、借りてるの来週なんだよね……」
「今から借りられる場所がないか探してみよう。 テストは何回やっても損はしないんだから」
それもそうか。
予算はまだある。
軽く調査をした結果、近場にやってくれそうな場所がある事が判明。すぐに運送業者を呼んで、速達で運んで貰う。
この速達の費用も、予算から出す。
試験が予想より早く終わったので、もう一つ試験を行った。
そう学校には説明するが。
学校側も、「万年二位」「ルイージ」の悪名については知っているらしく、多分文句は言われるだろう。
だが、土方がそれは受ければ良い。
部長としての仕事だ。
移動の途中に、軽く食事をする。
ファミレスで食事をするが、最近はぐっと味が上がっている。一時期は酷かったのだが、だいぶ材料の加工などの向上できる場所を改善したのだろう。
料理部などは、こういった外食関連の味の修正をどんどんやってくれているのだが。
その成果だ。
人材が育っている、と言う事だろう。
昔、外食と言えば地獄のブラック企業で有名だったらしいが。
今ではすっかりその辺りも修正されている。
今後は、ロボコン部で料理部との連携をやってみるのもありかも知れない。
実の所ロボコンはあるにはあるのだが。
うちはノウハウがなく。結局最後まで挑戦は出来なかった。
ある程度美味しくなっている食事を済ませると。
現場に向かう。
古い採石場らしく。
パイルバンカーの試験をするのは良いが、斜面近くではやらないようにと事前に連絡を受けた。
格安で試験を行わせてくれるので、それは聞くしか無い。
少し時間が押している。
運送業者にはもう来て貰って、すぐに試験をする。
パイルバンカーを、堅い地盤に打ち込む。
ぐんと杭を持ち上げてから。
杭の重さと。電磁誘導。いわゆるレールガンと同じ加速方式で、一気に杭を地面に叩き付ける。
これによって、古い時代に巨大だったパイルバンカーを。
人間より小さいくらいの水蜘蛛暁に搭載する事が可能になったのだ。
打ち込む前に地面に機体を固定する過程。
打ち込んだ後のダメージ。
全てを記録。
軽く機体を動かした後、残り時間を見ながらパイルバンカーをまた打ち込む。
打ち込む度に地面がドン、ドン、と揺れて。
なかなかの大迫力だなと思う。
PCをチェック。
パイルバンカーを打ち込む度に、強烈に電力消耗する。燃料も猛烈に持って行かれる。これは、両岸で二回ずつが限界か。
覚えておこう。
パイルバンカーによる衝撃を確認し、地盤の状態をチェックするシステムは働いているか。
これが水蜘蛛暁の今回のメインシステムだ。
動いていないことは許されない。
確認をした所、大丈夫だ。かなり精密にデータを拾ってくれている。
これは実績のあるキットを利用しただけのことはある。
だけれども、まだデータがほしい。柔らかい場所でのパイルバンカーを試したいのだけれども。
良さそうな場所を発見。
すぐに水蜘蛛暁を移動させる。
固定し、パイルバンカーを叩き込む。
ふと、真顔になる。
何だこのデータ。
他の皆も気付いたようで、真っ青になっている。パイルバンカーの一撃で、周囲の地面に罅が入っている事なんてどうでも良い。
すぐに水蜘蛛暁を引き上げさせる。
大きな修正が必要かも知れない。
取得されたデータは。
全く、最初の二回とは似ても似つかない代物だったのだ。
柔らかい土では、恐らく同じようにパイルバンカーを打ち込んでも駄目だ。つまり、此処から大きめの修正を掛けなければならない。
早めに試験をしておいて良かった。
そう考えるべきなのか。
或いは、実績のあるキットなのに役立たずと罵るべきなのか。
ちょっと混乱していて、気持ちが追いつかない。
だが、それでもだ。
此処からどうにかしなければならない。流石にこれから、パイルバンカーを変えるわけにもいかない。
クーリングオフを利用するにしても。新しくプログラムを組み、単体、結合試験をしている暇が無い。
呼吸を整えると。
皆に、帰宅を指示。
梱包業者に、水蜘蛛暁を包んで貰った。やっとかと、事態を理解していないらしい梱包業者は、不満タラタラの様子で動き始める。
こっちは冷や汗が背中をダラダラ流れている状態だが。
向こうはまあ、そんな事知らないだろうし。それを責める事だって出来ない。
作業が一段落したので、さっさと引き上げる。
溜息がまた漏れていた。
2、不安だらけの戦
大会運営がHPを更新。
土方は、その内容を見て、口を押さえていた。
一つずつ、順番に内容をチェックしていく。
まず第一に、場所。
これは関東圏内の川に決まった。行われる場所の川幅はおよそ400メートル。また、河岸はコンクリで整備されている。踏破は難しく無い。この川は運河利用され、21世紀の中盤に拡張工事が行われた結果、こう言う状態になっている。元々はかなり酷い汚れで有名な川だったらしいのだが、一応現在、流れ込む水の汚染はさほど酷くはない。
それは有り難いのだが、大戦末期に放棄されてからそのまんま。
地面と、度重なる便衣兵の攻撃でバキバキになったコンクリ。
それが混在している状態だ。
こういった目立った場所は、やはり便衣兵による格好のテロの的になり。一時期は運河として作ったのに、警戒が強すぎて民間人は近付くことさえ許されなかったらしい。
橋は前はあったらしいのだが、便衣兵がドローンでテロを行い、結果として落ちた。
ドローン対策は戦争中もいたちごっこが続いていたのだが、こう言う場所にEMPや電波障害を仕掛けるわけにもいかず。
結局テロは行われてしまった。
落ちた橋は何とか撤去したが。
結果として、今は橋無しの状態。
少し上流に行けば橋がある。
戦時中はそれで良かったのだが、今度此処に道路を再建する計画が持ち上がっているのである。
というわけで、ロボコンを利用しての調査というわけだ。
参加校は60。
地質調査を行うロボットを、どのようにして移動させるかが肝になる大会だ。余程運搬能力に自信があるのか、西園寺が来ている。ドローンを使うつもりなのだろう。
一方で今回は国際と東山が出ていない。その代わり京都西が来ている。
京都西は恐らくうちを目の敵にしてくる筈。一斉調査の場合、気を付けなければならないだろう。
とはいっても、グレーゾーンスレスレの戦いは、むしろうちが得意としている所であって。
もしもグレーゾーンスレスレのやり口で負けたら、それは自業自得と言える。
このレベルの難しいロボコンが各地で行われているが。実は、この時期にも場違いなほど簡単なロボコンもある。
新興のロボコン部などは、ノウハウがある学校についていけず、ずっとそも参加すら出来ないという事態が発生しやすいので。
こう言うタイミングで、簡単なロボコンを敢えて行い。救済措置とする。
そういった事は、前から行われている。
恥ずかしい話だが。うちも前は、そういった年度後半の低難易度大会に出ていた口である。
先輩達が配慮した結果なのだろう。
ともかく、それで大会参加だけはどうにか出来て。
最低限のノウハウを蓄積することは出来た。
そして、それが今につながっているのだから。
やはり救済措置というのは重要である。
弱者は死ねという思想は、こういう所からも間違っている事がよく分かる。
事実此処で斬り捨てていたら。
来年度、台頭してくる事が出来ないロボコン部もあるだろう。
ハイレベルな競争を実現するには。
役に立たないと決めつけて斬り捨てることは、悪手なのだ。
HPの更新を見た後、部活を招集して、軽く話を聞く。
現時点では、結合試験はあらかた終わっている。
何回か実験した結果、やっぱりパイルバンカーを使った後、どうしても機体にダメージが出る。
また、柔らかい土地では、その土地に応じて調整が必要になってくるため。
土地の柔らかさを計るために、最初に打ち込むパイルバンカーは、どうしても様子見になる。
一箇所で三回、打ち込む必要がある。
そういう結論も出ていた。
機体がもつかどうかについては、多分もつ。
サスペンションを強化し、負担を減らすようにした。
その辺りもあって、結合試験はかなり手間取ったのだが。
それでも現在は、きちんと動けるようになっている。数百メートル程度の川なら、川岸を這って降りることも含めて、問題なく突破することが可能である。
元が運河だから、流れが少し不安なのだけれども。
それでも、渦が出来るような急流では無いだろう。
実物は既に確認してあるが。
一応、そういった苛烈な流れでは無い事は確定である。
それら前提条件を話してから。
皆をテレビ会議ごしに見回す。
「作戦会議をします」
皆、真剣だ。
飄々としている卜部でさえ、今日は静かである。梶原は相変わらず画面から這いだしてきそうだが。まあ、それはいつものことだし。マイペースながらも、真剣でいてくれていると思おう。
何しろ、事前告知している通り、今回は今年の、上杉の最終戦。
来年の状況次第では、最後のロボコン参加になる可能性もある。勿論入ってくるのは一年ばかりだし、そうなる可能性は低いだろうが。
「まず現在の水蜘蛛暁の能力ですが、指定された川を踏破することは難しくありません」
これは全くの事実。
問題は、トラブルが起きるような時だ。
一応、現時点で大会運営が嫌がらせを行ってくるようなことは記載していないし。
そもそもこれは公共事業をロボコンで済ませようという大会だ。
流石にそんな大会でまで、わざわざ嫌がらせをしてくる事はないだろう。
とはいっても、前回通称嵐の魔女と呼ばれる厳しい役員が、大会を荒らしに荒らしたように。
そういう面倒な役員が出てこないとも限らない。
それに備えて、対策くらいはしておいた方が良いだろう。
挙手したのは武田である。
「今回参加は丁度60。 いつものように30校が生き残るとして、問題は縄張り制にするのか、それとも早い者勝ちにするのか……」
「恐らく縄張り制でしょう」
「……その固定観念が危ない」
武田が指摘してくるが。
今回は、流石に固定観念も何も無いと、土方は思う。
橋を渡すための地質調査である。
何より重要なのは正確な情報。
急ぐ必要もない。
戦争が終わった上、今後戦争なんかやる余力が無い以上。橋が落ちた後に、地盤に与えた影響が不安なのだろう。
今までは調査する余裕すら無かった訳で。
今回は、ロボコンに乗じて調査をしてしまおうとしているのも。とにかく手が足りないからである。
それならば、それぞれ邪魔しないように、より正確かつ客観的データを持って来たロボコン部を優勝とするのは間違いなく。
それには、他の学校に対する妨害工作をする行為は、むしろ有害となる。
邪魔にならないように、それぞれのテリトリを決め。
それぞれのペースで、時間内に作業をさせるのが、一番現実的である。
そう説明するが。
武田は珍しく、まだ食い下がってくる。
「実の所、政府はもうデータを持ってる可能性があるんじゃないかって疑ってる」
「!?」
「あの辺り、便衣兵の掃討戦が何度か目撃されてるんだよね。 橋を落とされて相当な被害が出たから、というのもあるだろうけれど。 だとすると、政府側が既に橋を渡すための調査をしていて、今の部長のような誤認をすることを前提に、今回の大会を組んだのかも知れない」
まあ、あるかも知れない。
だけれども、そんな事をやってる余裕はない。
と言うのが土方の結論だ。
だが、頭の片隅には止めておいた方が良いだろう。
上杉が今度は挙手。
「今回の川は、その。 近付いても大丈夫なくらいの汚染……なんですよね」
「そうなります」
「はい。 それなら……」
流石に作業時は、下流で軍なり国なり商業なりのロボットが待機。
ロボットが流れてくるようなことがあれば、回収はしてくれるだろう。
上杉が心配しているのは、前回の大会のような状況。
汚染が酷すぎて、途中でロボットがまともに動かなくなってしまうような状況だろうが。幸い今回は、それは心配しなくても良いと思う。
実際現地のデータは取り寄せたが。
見る限り、ロボットが動けなくなるようなヤバさでは無い。
水泳にも向いていないが。
この辺りは、沿岸に色々な施設や住宅地がある事もあって、復興はむしろ早めに行われている。
それでいながら、まだ落ちた橋が放置されている。それだけで、色々と察することが出来る、と言う訳だ。
「……よろしいですか」
「どうぞ」
梶原がまるで地獄から這い出た怨霊のように言う。
この子は最近プログラム関連が、目立って上手くなってきている。
武田が指導して、色々なプログラムを組む作業に関わってきたから、だと思う。
ただやはり相当な我流のようで。
武田がいつもどうしてこれがこうなるんだと、困惑しながらプログラムを見ているのだが。
まあ今は、それはどうでもいい。
「上流に一つ……ダムがあります。 放流のタイミングに巻き込まれないと……良いのですが」
「!」
すぐにチェック。
確かに上流にダムがある。
これは盲点だったが、流石に大会の最中に放流なんかしないだろう。いや、待て。
ロボコンのタイミングで、大雨大嵐が来て。
水量が限界に到達した場合は。
むしろ、悪条件でのロボコンは、大会運営も喜ぶ筈。
それについては、考えていなかった。
すぐに天気予報を調べる。
昔とは比較にならない性能のスパコンが今は軍から民間に降りてきていて、天気予報の精度も上がってきてはいるが。
それによると、当日は雨。
一瞬ひやりとしたが。
降水量は最大でも、嵐という程にはならない。
ならば、大丈夫だろう。
それを説明すると。
梶原は納得したように引き下がったが。
代わりに卜部が聞いてくる。
「降るには降るんですねー」
「そうなると思います」
「……雨の中での操作、大変そうですね」
まあ大変だろう。
実は二年の時に、雨の中屋外でロボコンをやった事がある。雨については、雲の流れなどで、場合によっては警報が出る。
汚染地帯を通ってきた雲の場合、洒落にならない有害物質が出てくる可能性があるから、である。
勿論そんな雲の場合は、事前にドローンが飛んで成分を採取、もしも危険なようなら周囲に警戒警報が出るのだが。
もしもそんな状況下なら。
多分操縦手は、少なくとも屋内から作業をする事になるだろう。
其所は流石に心配しなくても良い。
そう説明すると。卜部も納得してくれた。
質問が終わったので。
皆に、軽く作戦を説明する。
まず水蜘蛛暁は、今回は正攻法でいく。パイルバンカーと、それによる地質調査。それがメインのシステム。
水蜘蛛暁の移動機能は、パイルバンカーを移動させるためのキャリアである。
キャリアとして川を渡り。
その間。システムに異常を生じさせない。
それに気を付ける。
操縦手が注意するのは、恐らく指定されるだろう縄張りを超えないように移動していくこと。
川は昔とは比較にならないほど綺麗になっているとは言え。
流れてくるゴミには要注意、と言う事。
何しろ橋が落ちたし。
軍事基地が近場にあったりしたのである。
どんなゴミでも、近付かない方が良いだろう。
それを上杉に念押し。
更に、川の具体的な地図を出す。
何処の地点からどう渡るかの、予想図を立てるが。
まあ三十校が参加するとなると。
想定される縄張りは十メートル弱と、かなり狭い事も分かる。
ちょっと川を流されると、即座に失格になる可能性が高い。
そうなると、操縦手の責任は重い。
上杉にプレッシャーを掛けるつもりは無いが。
それでも、しっかりやって貰わないと。大会の最中で、負けを宣告されてしまうだろう。
今年最後の戦いがそれでは、とても強い悔いが残るだろう。
そんな戦いで、今年を終わらせたくないのは、何も操縦手の上杉だけでは無い。土方も、武田も同じだ。
丁寧に、其所を念押し。
武田が咳払いした。
「川の流れはそれほど速くないはずだけれど、当日は雨になる可能性がある。 とにかく流されないように、プログラムを徹底的に見直しておくよ」
「お願いします」
では、解散。
後は大会に臨むだけだ。
武田と軽く話そうと思ったが、今の「軽く見直し」で、今全力でプログラムと向き合っているだろう。
邪魔はしたくない。
フロにさっさと入り、夕食を口にする。
そうこうしているうちに、徳川からメールが届いていた。
内容を確認すると、思わずうえっと口にしそうになった。
まず機密である。
情報を漏らさないようにと、幾つもセキュリティが掛かっていた。これらのセキュリティは、部屋を密閉し。更に部屋の中枢管理システムにも上位権限からアクセスする。盗聴などを防ぐためである。
まあ、今の時代、流石にそれはないとは思う。
人間が協力しなければ、生き残りは無理。それがはっきりしてしまった時代なのだ。誰かがエゴを振りかざせば、其所から人類は滅びる。それがはっきりしている状況で、企業スパイや国家に雇われたスパイなんかが、情報を盗むことはないと信じたい。
いずれにしてもガチガチにセキュリティが上書きされた状態で。特殊なVLANを使って情報を取得。
内容を先に確認した。
徳川の現在開発している、高度汚染地区の調査用ロボット群。
単独では無く、複数種類のロボットが連携して、高度汚染地区を調査。どんどん浄化もしていくという、移動浄化設備だ。
今まで軍で利用していた車両などのうち、すでに型落ちになっている品などを改良し。それらも用いて作る一種のコンボイ。
主にユーラシアに派遣する部隊であり。
これを用いて、一日四㎞四方を、人間が入れるように環境浄化していくという。
ナノマシンを配布して放射性物質を崩壊させ。
そして生物兵器、化学兵器についても、独自のデータベースから対処を行い、処理をして行く。
そういう移動する設備群だ。
これの建造に、土方は関わる事になるらしい。
なるほど。
一旦接続を切ると、PCからも今の閲覧の履歴などが全て消される。それ以外のデータに干渉はしないが。まあこの辺りのセキュリティは、20世紀末くらいのスパイ天国と言われた時代から、いままでに培われてきたノウハウがある。
頭を掻く。
結構ヘビィな仕事になりそうだ。
今父がやっている仕事にも、ある意味関わる事になるかも知れない。
それも、立場的には上司として。
特に徳川は、雲の上の立場から、父に指示を出すかも知れないと思うと、土方は色々複雑な気分になったが。
まあそれは良いか。
徳川のメールにはこうある。
「多数のロボコンで収拾されたデータが、この浄化ロボット群の構築には役立てられている。 是非ロボコンで技術を研磨した人間として、そのノウハウを生かしてほしい」
「……言いたいことは分かるんだけれどなあ」
高く買ってくれて嬉しいのだが。
正直な話、この規模の設備となると、土方が構築に関わって良い物かどうか。
幸い、新しく物資を大量生産したりするような事は無い様子だけれども。
それでもかなりの難易度になる。
ため息をつく。
何だか、場違いな仕事をさせられるような気がしてならない。
別に土方は、そんなに出来る方では無いのだが。
徳川は何か勘違いしていないだろうか。
だが、仕事があるのなら。
それを喜ぶのが良いだろう。
実際、技術者と言ってもピンキリである。
スタート地点が良い時点で、あまり文句を言うことは褒められない行為だと思う。
かといって、責任が重すぎる。
徳川は当たり前のようにこの重圧に耐えているかも知れないが。
土方は部長だけで結構きついのだ。
色々と気が重い。
顔を上げる。
他にメールとかは来ていない。
いずれにしても、地球の寿命を延ばすためには、大規模な環境浄化作戦が必須である。徳川は話によると、海上で行う浄化作戦にも関わっているらしいので。この国における浄化作戦の最前線にいる事になる。
それに協力すると言う事は。
責任の重さは激甚だ。
もう一度溜息が出た。
案の定、その日はよく眠れなかった。
ロボコンが近いのに。
色々と、不安要素が、あまりにも多かった。
その日の降水量は、予想の最悪を極めていたが。逆に気象庁の出してきた予想の最悪を超えておらず。
事前に武田が予想した以上の、川の荒れも起きていなかった。
川の流れの速度は、既に計算済み。
あれならば、逆らいながら進む事も出来る。
水蜘蛛暁は出来る子なのである。
丁度60校が体育館に集まる。
いつものように、軽く大会開始の挨拶がなされ。読み上げがなされる。
脱落校の中に、京都西も西園寺も。何よりうちもいない。
京都西は、ケチがつき始めてから色々苦労したようだが。
今回のような最終版で、またけちがつくことはなかったようだ。
此方が安心してしまう。
強力なライバルがいなければ力は伸びないからだ。
とはいっても、そろそろ勝ちたい、というのも事実。西園寺のドローンが、どれくらい地質調査をやれるのかは分からないが。
いずれにしても、西園寺よりも今回は京都西を警戒すべきだと、土方は判断していた。
「以上二十七校を脱落とします」
今回は三十三校での勝負か。
さて、大会の内容が内容だし、多分トーナメントや総当たりはないとは思うのだが。
どうなるか。
じっと見ていると、順番に読み上げが行われていく。
今回は、川の踏破能力を求められているので。そもそも川の両岸で調査をするはず。この読み上げは何だろう。
うちはちなみに7。西園寺が11。京都西は33だった。
そして、川の図が出る。
一斉に皆が、緊張を視線に走らせる。
「指定の地点の調査を行って貰います」
「これは……!?」
おののきの声が上がる。
当然だろう。
指定された調査地点に代わりは無い。
問題はその次だ。
川を跨いで、両岸まで。それについては想定通り。
問題は、その「縄張り」が、ぐねんぐねんにうねりまくっていることである。
データを送ってきたので、武田とすぐに個別チャットで話す。
「何あれ、どういうこと!?」
「多分だけれど、大陸での調査を想定しているんじゃないのかな」
「!」
そういうことか。
大陸の方では、戦略兵器が大量に着弾した結果、無茶苦茶に地形が変わってしまった場所が珍しく無いと聞いている。
川なども同じ。
現在衛星写真などで地図の再構築が行われているが。
無人地帯では、元々いい加減な施工だった河岸工事などもあって、凄まじい規模の洪水なども起きていると言う。
そしてこの無人地帯は、汚染が尋常では無く凄まじいため。
要するに、汚染物質やらが、大量に広範囲に、ミックスされて撒き散らかされている事も意味している。
それも現在進行形で、である。
何でも国際的な合同チームによる浄化計画では、基本的にまず川の流域では無い地点から汚染の除去を始めつつ上流を目指し。上流の浄化を行ってから、下流に向けて浄化作戦を実施。
出来るようなら、その過程でインフラの再整備も行うのだという。
それならば、こういう無茶な河川踏破や。
更には、妙ちきりんな調査計画も、頷けるというものである。
更に言えば、である。
地図を見る限り、調査しろと指定されている地点は、かなり広範囲に散らばっている。そして強豪校は、要所の調査にそれぞれ散らされている。
これは恐らくだけれども。
強豪校のデータが取れれば最悪よし。
弱小校のデータでも。裏付けが行えるのであれば、それで更によし、という考えなのだろう。
色々と現実的というか。
まあなんというか。
「作業時間は9時から14時まで。 なお、川には幾つも危険な残骸が沈んでいます」
絶句する者もいるが。
そもそも此処では橋が落とされたのである。
大量の爆薬を積んだドローンによる飽和攻撃で。この地区に便衣兵が物資を集結させて行った、一大テロだったと聞いている。
落とされた橋の撤去はしたそうだが、それはあくまで主要部分だけだろう。全部では無いはずだ。
確かに、危険な残骸が沈んでいても仕方が無い。
キャリアとしてのロボットのうち。水中を行くロボットは、色々不利になるかも知れない。
今、八時四十分だが。
ともかく、二十分で準備。
同時に他の学校のロボットの調査だ。
京都西は、うちと似たようなタイプだ。フロート付きの多脚型で、調査に使うのはパイルバンカーでは無い。
杭を使うのは同じだが。
これに振動を与え。
その振動から、地盤の状態調査を行うようである。
西園寺は分かってはいたが、やはりドローンだ。
ドローンだと、運搬能力に難が生じてくるのだが。
見ると、小型の箱形装置を抱えているドローンだ。輸送能力に全特化したタイプらしく、機動力は捨てているようで、非常にごつい外見である。
どちらかというと機敏に動くドローンを出してくる西園寺としては珍しいなと思うが。問題は抱えている箱だ。
何だろうアレ。
キットを検索してみると、類似のものは見つからない。
農業用ロボットも調べて見るが駄目だ。
一体何だと思って小首をかしげているが。そもそもロボコンの最初で振り落とされなかったと言う事は、要件を満たしていると言うことだ。
やがて、卜部が答えを出してくる。
「見つけましたあ」
「えっ、どれ!?」
「これですー!」
卜部が出してきたのを見て、ああと声が漏れる。
盲点だった。
それは、地面に設置し。超音波を流すことで地盤の調査を行う装置である。一種のソナーである。
要するにソナーを使って地面の状態を確認するというわけだ。
ただ、これかなり高価なはずだが。
調べて見ると、うっと思わず声が漏れる。
今、農業はとても儲かる。
当たり前の話で、汚染されていない土地は珍しいし。国によって産業がバリバリに保護されている。
水産業もそうだが、こういった人類を支えるための産業は。人類の寿命を延ばすための作業と並行して必死の研究が続けられており。当然のように、新規の技術がどんどん開発されている。
限られた土地、限られた水、栄養。これらを全て最大限に生かしながら、農作物を作る。
その要求は、単純なようで非常に厳しいのである。
で、金があるのだろう。
この装置、極めて高価なものだった。
撃ちおとしてやりたいと思ったが、そんな装備は水蜘蛛暁にはないし。西園寺には堂々と勝ちたい。
そもそも最新鋭機器よりも、陳腐化して安定した機器の方が成果を上げることは鷹揚にしてよくあることだ。
今回は、それに賭ける他無いだろう。
何しろ踏破能力は、他の学校のロボットと比較にならないはずだ。
ドローンである。
他の学校のロボットを見ると、いずれも個性的なものばかりだ。中には蛇型もある。川の踏破に苦労しそうだなとちょっと同情した。確かに生物としての蛇は巧みに泳ぐが、地盤の調査システムのキャリアとして蛇型を選ぶのは、果たして善手なのだろうか。ちょっとよく分からない。
ともかく、各ロボット配置につく。
外は土砂降り。
川の荒れは想定内だが、これは流されて失格になるロボットが出るかも知れない。この時期の、高難易度ロボコンに挑んできているロボット達だ。
いずれも猛者だとは思うが。
それでもどうしようも無い場合はある。
試合開始。
指示が出ると。
雨音で周囲が五月蠅いくらいの中。
ロボコンが開始された。
上杉にとっては、今年操縦手として最後に出るロボコンの。開幕である。
3、緩みと濁流
まず最初に、キャリアとしてのロボットが、豪雨の中動き出す。
そもそも川の踏破能力を求められているロボットだ。水でどうこうなるほどヤワでは無い。
何処の学校も、それぞれ指定調査地点にそれほど時間を掛けず辿りつく。うちは西園寺より早かったが、それは西園寺がドローンを離着陸させたからで。別にうちの水蜘蛛暁が機敏だったから、ではない。
地面に足を固定。
ばつんと大きな音がする。
そして、杭が降り下ろされる。
最初の衝撃波から、地面の柔らかさを測定。
武田が眉をひそめた。
「これ、予想以上にまずいかも知れない」
「どういうこと?」
「橋ってのはインフラの中でも最上級に重要な存在なんだよ。 金を掛けないと、とんでもないことになるの。 ひょっとしてだけれどこのロボコン……」
少し悩んだ後。
武田は言う。
「此処に橋が作れないってデータを集めるためのものかも知れない」
「ええ……」
「ありうるよ。 だって便衣兵による大規模テロで落とされたとき、この橋確か鉄橋だったって聞いてるもん。 だとすると、地盤をやられてる可能性は低くないと思うんだよね」
そうか、そういうものなのか。
いずれにしても、最初の調査で地盤の軟らかさを測定したので。
そのまま本番に以降。
二回。
上空から叩き落とすようにして、杭を叩き込んでいた。
衝撃を測定して、地盤を確認。
パイルバンカーを打ち込んだ時、やはり手応えがかなり弱い。コレはやはり、武田の仮説が当たっているのか。
いずれにしても、データは取得。
すぐに運営に転送する。
同時に、パイルバンカーを冷やしつつ杭を引き抜く。レールガンの方式で打ち込んでいるから、パイルバンカーの速度はかなりのものだが。いずれにしても、砲身部分が冷えるまで少し掛かる。
雨くらいではとてもとても。
川に飛び込んでも、放熱にはあまり関与はしないだろう。
そのまま少し待つ。
周囲も測定に四苦八苦しているようだから、これはお互い様だと思ったのだが。案の定、西園寺が先に飛び立つ。
ブルジョワ様め。
思わず良くない言葉を考えてしまうが。
高価な機材を使って、ごり押しに来る姿勢は間違ってはいない。確かにやり方としては正しい。
そのまま、状況を確認。
後数分。水蜘蛛暁が動くのに掛かる。
現在アラートが出ていて、それは高熱によるものだ。放出される熱で、周囲の雨が揺らいで見える程である。
放熱機構には、いつも苦労させられるな。
そう思ってしまうが。
まあ、これは仕方が無い。
機械は使えば熱を発するもので。ましてやパイルバンカーなんて過激な機械では、それも当然だろう。
「よし、いけます」
「GO」
上杉に指示を出すと。
上杉は水蜘蛛暁を、川へと向かわせる。
さあ、ここからが難関だ。
ぐねぐねの指定コース。更にかなりの雨量で荒れている川。それを、縄張りをはみ出さないように渡らなければならない。
見ると、川の上ではかなり強い風が吹いているようで、西園寺のドローンは速度を落としている。
流石に風程度でどうにかなるほど、軟弱なドローンを使っていないか。
それにしても妙だなと思う。
今、まだ十時である。
片方の調査は終わっている。
この様子だと、西園寺やうち。それに、今調査を終えて川に向かってきた京都西辺りは、午前中に調査を終えてしまう。
今日はさっき、一日一杯時間を取るといっていた。
これから、何か追加オプションが来る可能性が高い。
他の学校も、恐らくそれを警戒しているのだろう。最初の調査は、出来るだけ早めに切り上げているようだ。
とはいっても、いい加減な調査のまま切り上げる訳にもいかない。
丁寧にやっている学校もある。
さて、それが吉と出るか凶と出るか。
まだ何とも分からない。
川を何とか進む。
非常に厳しい状況だが、それでもどうにか水蜘蛛暁は川を渡っていく。
途中、何度もアラートが来る。
どうも川の中に変なものがたくさん沈んでいるようで。
水流が予想よりも、ずっと変な風に乱れているようだ。
勿論水流が無茶苦茶になるのは、川あるある。
別に気にするほどの事でも無い。
元々水蜘蛛暁を作った時に、その辺りは調査済み。モーターのパワーだって充分である。
フロートだって、ちょっとやそっとの波で横転するほどヤワでは無い。
川を渡りきる。
距離の割りには、本当に厳しい踏破だった。
だが、それでも何とか渡りきることが出来た。
今のところ、失格校は出ていない。
何だか妙だ。
あのぐねぐねである。
川を渡る最中に、絶対にしくじる学校が出る筈。
兎も角、次の調査地点に急ぐ。
西園寺のドローンも、かなり僅差で迫っている。
多分時間制限ではないだろうが。
何か引っ掛かる。
何かが採点条件に掛かっている気がする。
それ次第では、一位どころか、失格になりかねない。
冷や汗を掻きながら、上杉に指示を出す。まずは、調査を終えろと。移動を続ける水蜘蛛暁。
泥を蹴散らしながら行く。
この辺りは、バキバキに割れた廃コンクリで地面が酷い有様で。
ロボットによっては、擱座するかも知れない。
鉄橋が落ちたのである。
落とした便衣兵は大喜びでもしたのだろうか。
戦争だったから。
そういう狂気だけで、誤魔化せる話では無いだろう。
目的地に到着。
一目で駄目だと分かる。
それでも、調査を実施する。
機体を固定。
パイルバンカーを始動。
一回目の撃ち込みで、やはり返ってくる衝撃があまりにもおかしい。地面が柔らかい云々の問題では無い。
「地面の下滅茶苦茶だコレ。 便衣兵がドローンから小型のバンカーバスターでも打ち込んだのか、それとも地下を爆風が貫通するタイプの爆弾でも仕掛けられたのかな」
「……」
武田が解説するが。
それに反応する気にはなれなかった。
淡々と、作業を終わらせる。
京都西と西園寺も、程なく作業を終える。
データを大会運営本部に送ると、予想通りというかなんというか。案の定、追加オプションが来た。
「あーあー。 一回目の調査を完了したロボコン部に告げます。 新しいデータを送るので、その地点の調査をお願いします」
「やっぱり……」
「なお、一回目の調査が終わっている時点で、失格にはなりません。 調査回数が増え、なおかつ正確であれば。 当然の事ながら、どんどん内申への評価が上がっていくことになります」
はあ、なるほど。
分かりやすいと言えば分かりやすいやり方だ。
欲を刺激する。
最も簡単に、調査結果を出させる方法の一つだ。
すぐにうちに対しても、新しいデータが送られてくる。そして後続にいた学校は、慌て始める。
多少の縄張り侵犯があっても大会運営が気にする様子は無い。
これはひょっとして。
今回は、データ集めが最優先で。
ロボコンは後回し扱いか。
だが、それは大義名分を失う事になる。猫の手も借りている状態で、土方達高校のロボコン部は所詮猫だ。
確かに手は足りないかも知れないが、手段を選ばなさすぎではないのだろうか。
ちょっと不安になる。
こういった過剰競争が、21世紀前半からの破滅への下り坂を作ったと聞いている。
それに近くないだろうか。
勿論競争は必要だが。
どうも過剰に思えてならないのである。
ともかく、調査続行だが。
武田が釘を刺してくる。
「本体へのダメージが通るから、次の調査が終わったら棄権して」
「えっ……」
「忘れたの? そもそも結合試験の時に、本体へのダメージが出て、それで大慌てしたでしょ」
上杉は珍しく悔しそうにするが。
水蜘蛛暁が壊れてしまっては元も子も無いのである。
ロボコン部にとって、未来の貴重な財産になる機体なのだ。
だから、此処は。引き際をわきまえなければならない。
上杉は多少不満なようだが。
以上の事を説明されると、仕方が無いと肩を落とす。いずれにしても、もう一セットの調査ならいける。
問題は西園寺や京都西がどこまでやるつもりだが。
京都西はごっついロボットを作っている。かなり遅れているが、それでもちょっとやそっとの調査だったら、壊れるような脆いロボットでは無いだろう。
西園寺は。
ドローンと言う事もあって、燃料補給をしなければ厳しいか。
飛ぶ事自体は大丈夫だろうが、調査の際に多分燃料を膨大に消費するはずで。そう何度も調査を出来ないと思う。
ただ、それは楽観論だ。
西園寺は、ガンガンドローンという利点を生かして、攻めてくるかも知れない。
そうなったらお手上げである。
ともかく、第二調査地点に出向く。
最初は陸上を移動して、調査地点に到着。
補助の梶原が声を掛ける。
「放熱が必要です……」
「はい」
上杉は、焦っているようだが。
こんな大規模な機構での調査システムである。放熱が必要で、それが致命的なのも仕方が無い。
呼吸を整えると、様子を見守る。
一応、調査地点に陣取ると。
其所で、放熱を待つ。
西園寺は既にドローンを飛ばして、第二調査地点の片側に貼り付いており。調査を進めているようである。
京都西はというと、ゆうゆうと巨体を動かし。
他のロボットが避けている様子さえある。
「我が物顔ー」
卜部がぼやく。
京都西は強豪校から落ちつつある。勿論良い成績を上げているが、ライバル視していた国際や東山からは、かなり成績に差をつけられつつあるからだ。
それで焦りもあるのだろう。
どうも最近のロボコンでは、マシンパワーにものを言わせて、強引に勝ちに行く様子が目立つ。
それは別に悪い事では無いと思うが。
どうにも、あまり見ていて良い気分がしないのも事実である。
放熱完了。
雨は激しくなる一方だが。
これは想定の範囲内。
そしてちょっとやそっとの雨では、放熱が早まることは無い。
機体の固定は終わっているので、そのままパイルバンカーを叩き込む。手応えがやはり微妙だ。
鉄橋が架かっていた辺りは。
どう考えても、地盤が完全にやられてしまっていると判断して良さそうだ。
もしも此処に鉄橋を立てるつもりだったら、余程の深くまで土台を食い込ませるか。
或いは何かしらの手を打たなければならないだろう。
それを調べるために、このロボコンを利用しているというのなら、それはそれで合理的ではあるが。
一方で、何か腑に落ちないものも感じる。
調査結果を運営本部に送る。
そして、対岸へと移動を開始。放熱は最小限で。川を渡る最中に、放熱を進めてしまいたいが。
川の状態が良くないので、武田が待ったを掛けた。
他の学校にも、京都西や西園寺以外でも、第一調査地点の調査が終わった所が出始めて来ている。
焦る上杉の様子が分かる。
上杉にとっては、操縦手として今年最後の試合だ。
結果は残したいだろう。
だけれども、だからこそ。
土方は、可能な限り高い成績を出せるように。誘導してやらなければならないのである。心を鬼にするというようなものではない。
此処は、皆のためにでもあるし。
上杉のためにでもある。
勿論土方のためでもあるのだ。
ようやく機体の熱が落ち着いてきた。
川は大雨で荒れている。予想の最悪を極めた降水量で、川の流れもかなり早くなっているのが分かった。
武田が止めたのは正解だっただろう。
此処に無理矢理突っ込んでいたら、放熱を冷ますどころか。オーバーヒートした状態で厳しい流れに逆らって泳いだ結果、結局流されてしまったかも知れない。
そのまま、川を渡って対岸に。指定地点に移動完了。
まだ温度が適切に下がっていないという梶原の指示に。
上杉が珍しく。唇を噛むほど焦っているのが分かった。
気が弱いからこそ。
焦りが一度出始めると、どうしようもなくなる。
まだ高校二年生だ。
そこまで精神の制御だって出来ない。そういう意味では、土方だって同じ。武田に至っては、ある意味もっと精神の制御が下手かも知れない。
指定地点に陣取ると、パイルバンカーを打ち込む準備に取りかかる。
西園寺が、第二地点の調査を終え、ドローンで飛んで行くのが見えた。京都西はまだ追いついてこない。
川で手こずっている様である。何しろごついロボットだ。
苛烈な水流に逆らうのも一苦労なのだろう。
タフではあるだろうが。
こういう所では、巨大すぎるシステムが足を引っ張ったりするものである。でかければいいと言う訳では無いのだ。
放熱終わり。
まだ十三時少しだが、確かに機体を見るとエラーが出ている。
放熱を終えて、まだ時間もあって。
悔しいが、此処までだ。
パイルバンカーを打ち込む。
打ち込んだ地面は。
やはり、異様なまでに、脆くなっていた。
機体のダメージを理由に、此処までで作業終了を告げる。大会運営はデータを受け取ると、それを受理。
失格にはされなかった。
それでふと思う。
妙だな、と。
普通だったら、これでかなりの-がつけられる。
ロボコンでは、トーナメントや総当たりを採用する事が多いが。それはロボットの耐久性を試すためである。
ロボットは頑強である事が重要だからだ。
だが今回はそれがない。
何故だ。
確かにパイルバンカーなんて、機体に負担が大きい機構を盛り込んでいた水蜘蛛暁にも問題はあるが。
だがそもそも、大会の内容に、調査についての要項があって。
其所はそこそこに詳しく書かれていた。
だとすると、今回はひょっとしてだが。
何かトラップがあるのだろうか。
14時が来る。
結局、京都西は三箇所目の片方をやった所で時間切れ。西園寺は、三箇所目を両方終わらせておしまい。
他に四校が三箇所目の片方まではやれている。
さて、今回は成績がかなり落ちるのか。
よく分からないが、戻るように指示。
上杉はどんよりと沈んでいる。
泣き出すところまではいかないが。まあ、納得がいかないというのはよくよく分かる。だから、余計な声も掛けなかった。
自分で、気持ちを整理する時間が必要だろうから、である。
駅に向かう上杉を見て、ふと思う。
妙な点がまだ見つかるのだ。
まず今回、負けを宣告されたチームが一つもないのである。
普通ロボコンでは、負けを宣告されるチームが一つや二つ、下手すると半分くらいは出たりする。
それが当たり前の光景である。
ところが今回は、川をうねうねの縄張りで区切ったりしていたのに。それを多少侵犯したくらいでは、負けの宣告が出ていなかった。ざっとカメラで確認しただけでも、五校は侵犯が確認できた。
これはひょっとすると。
競争を煽った挙げ句に、何かしらの大きなトラップが仕込まれているのではあるまいか。可能性は、決して低くは無いだろう。
大会運営を確認する。
これといって有名ないじわる運営はいない。
前回の大会で出てきた嵐の魔女のようなのはいない、ごくいつものラインナップである。だとすると、なんだ。
ひょっとして、上からでも何か指示が飛んでいるのだろうか。
動画を確認する。
今回のロボコンは忙しくて、同時中継での動画を殆ど見れていなかった。ざっと流し見するが。
妙なコメントが幾つも見られた。
「大学のロボコンみたいな内容だな。 内容がこれ多分だけれどトラップだらけだぞ」
「可能性はありそうだ。 ルールの穴を突くって奴か」
「暁がとっととリタイア宣言したのに、何も運営が言わなかったのもおかしい。 これ調子扱いて三つ目の調査終わらせた西園寺、優勝じゃ無いかも知れないな」
「……とりあえず結果を待とうぜ」
やはりか。
大学のロボコンだと、こういうトラップまみれの話があるのか。
思わず腕組みして考え込んでしまう。
上杉の方を見る。
電車に乗って、ずーんと沈み込んでいる。
梶原は何も言わない。
だが、上杉に対して、責めるような視線も向けていなかった。
こんな大会なのに、指示通りに動いた。
それだけで、上杉は立派だ。とてもとても立派だ。
梶原はその辺りを汲んでいるのだろうか。
だとしたら梶原も立派だ。
ため息をついて、頭を掻き回す。過去に類似のロボコンがないか、調べようと思った矢先だった。
結果が発表される。
すぐに公式HPに飛びつく。
更新チェック機能をオンにしているので、結果発表は即座にあれば分かるのである。
内容を見ていくと。
思わず口を押さえるような内容だった。
上杉に連絡。
ハブ駅で梶原と別れた直後だ。
電車を乗り間違えることもないだろう。
ロボコン運営曰く。
以下のような内容である。
「今回のロボコンでは、正確性を最大重視した。 これは架橋という作業が、非常に難しく繊細であり、精密なデータを必要とするからである」
これは事実だ。
昔も、いい加減な業者に受注した結果。
橋が落ちる、というような事がしょっちゅうあったと聞いている。
勿論そんな事になれば大惨事である。
運営は、更に続けている。
「故に、今回の加点材料は以下とする。 1、正確かつ的確な測量調査。 2、指示通りのルートを通っての調査実施。 3、不正確なデータを取得していないこと。 以上である」
なるほど。そういう事か。
武田はひょっとして、この展開を読んでいたか。
なるほど、うちの軍師。
色々読んでくれていたわけだ。
脱帽である。
さて、その結果の点数を見て行く。
まず調子良く、縄張りを侵犯していた学校は軒並み下位。また調査を急いで、いい加減なデータを取っていた学校も軒並み下位である。
三位までは、うちと京都西、西園寺で独占。
まず三位が西園寺。
やはりドローンで運べる程度の装置では、データが今一正確では無い、というのが理由のようだ。
そして二位がうち。
データは正確だが、やはり途中でギブアップが響いている。
ロボットに必要なのは頑強さ。
それは、このロボコンでも違わない。
パイルバンカーという強力なシステムで取得したデータは正確極まりなかったが。しかし、二セット程度の調査で不具合をきたすようでは問題がある。
それが、二位に留まった原因だった。
そして、一位が京都西。
今頃京都西は狂喜しているだろう。
まあ気持ちは分かるが、ちょっと癪に障る。
過剰にごっついロボットで。傲岸不遜に進んでいく有様ははっきりいってあまり良い気分はしなかったが。
しかしながら、ごついということは、機能が充実していることでもある。
要するに、京都西はあまり動きこそ速くなかったが、充分にロボコン運営が満足できるデータを取得した。
そういう事だったのである。
溜息が漏れてしまった。
確かにまあ、納得出来る理由ではある。
そしてまたしても。
またしてもだ。
二位と一位の得点差は僅差だった。
データとしての正確性はうちの方が上だったのだが。
ロボットとしての頑強さが決定的に違った。其所が明暗を分けてしまったのである。
悔しいが、認めなければならないだろう。
総合力が、足りていない。
強豪校に勝つには。
正確には、強豪校も出る大会で一位を取るには。
まだうちには、総合力が足りないのだ。
大きな溜息が漏れる。
二位を確保した。
来年は、確実に強豪校扱いされるし。現時点でも、うちは強豪校として既に認識されている。
これだけの成績を上げていればまあそうなる。
だけれども、である。
いつも二位なのも事実。
悪目立ちはするし。
またやっぱりルイージだったかとか、動画で早速コメントが流れている。揶揄するようなブログ記事まで出ているようだった。
口惜しいが。
しかしながら、事実は事実として認めなければならない。
そして上杉は、来年には後進の育成に回る。状況次第だが、最長でも半年くらいが経過したら、多分前線に立てなくなる。
もう、一位を取れる機会はないかも知れない。
土方他三人にとっては、最後の前の試合。
上杉にとっては、操縦手として最後の試合。
それは、またしても。
二位として。
一位を取れずに、幕を閉じた。
4、最後の試合に向けて
ロボコンの翌日。
部活で、皆と軽く話をする。前回の大会での敗因についてである。実際問題として、問題だったのは総合力。
パイルバンカーは悪くなかった。
事実データの正確性はうちが一番だったのだ。
水蜘蛛暁だって悪くなかった。
事実、荒れた川を丁寧に踏破することが出来たのだ。
恐らくだが、大陸にある汚染地帯の川には機雷とかがたくさん浮かんでいて。下手に触りでもしたら、その場でドカンなのだろう。
だからあんなうねうねコースが指定され。
それをきちんと通れるように、ロボコンで試された。
高校レベルまでこんな難しい注文が降りてきているのは、ロボコンのレベルが上がってきているから、なのだろうけれども。
それでも、すこしばかりきつかった。
上杉はまだ落ち込んでいるが。
今回も、やはり総合力の問題だった。
しかも、皆が良い仕事をしている。
だとすると、問題なのは。
やはりノウハウの蓄積だろう。
強豪校は相応のノウハウを継承し続けている。そして顧問もいる。それは、強くもなるわけである。
うちは学生だけで頑張っているも同然の状態で。
ここまでやれている。
むしろ、それを誇るべきではあるだろう。
二位は二位。
その結果は、事実として受け止めなければならない。
そしてこのままだと。
最後のロボコンも、一位を取れるかどうかは、かなり怪しいのが実情だ。
去年、一昨年も経験したが。
年度末は、救済措置の簡単なロボコンを除くと。だいたいの場合は、大学レベル、相当に高度なロボコンが開催される。
今年もそれは同じ。
勿論、救済措置のロボコンでは、内申の加点は低い。
当然うちも、難しい方を狙いに行く。
プライドを捨てて救済措置ロボコンに出て一位だけを取るならば、今なら簡単かも知れない。
だが、それでは意味がない。
可能性は極めて低いだろうが。
それでも、強豪が根こそぎ出てくるだろう今年度最後の大会で、結果を出したい。
それを告げると。
皆、頷いてくれた。
「上杉さん、一位を取らせてあげられなくてごめん。 梶原さん、結局いつも地味な事ばかりさせてごめん。 卜部さんは、もっと早くに来年度に部活が規模拡大すること分かっていたら、前線に立たせてあげられたのに、ごめん」
後輩達に謝る。
そして、その上で。告げた。
「だから、最後は一位でも二位でも、悔いがない終わりにしよう。 多分国際、東山、西園寺、京都西、強いところは全部出てくると思う。 次の大会は……」
参加大会を見せる。
ロボコンとしては最上位になる、最難関ミッション。
火災対策である。
火災の鎮火から、救助作業まで、全てを包括的に行う。
鎮火に特化するか。
救助作業に特化するか。
それは各校に任せられる。
しかしながら問題として、全部出来るようにすれば重くなりすぎる。特化型にすれば、後半仕事がなくなる。
何より、他の学校と連携が取れない。
学校によっては、複数チームを出して、セルフ連携を組んでくる所さえある。うちはどうするか。
決まっている。
一位を狙うのであれば、全機能を搭載するしかない。
商用で採用されるレベルの、火災対策ロボット。
それを投入し、最後で一位を貰う。
それが、昨晩考え抜いた結果。出した結論だ。
実の所、少し前までは、特化型にしようと思っていた。だが、前回の大会の結果を見て、考えを変えた。
もはやこうなったら。
総合力を上げきるしかない。
予算を全て可能な限り詰め込み。
そして全員で徹底的に検査を行って。今度こそ勝てるためのロボットを作る。
円筒暁をベースにし、ハイエンドのロボットに仕上げる。
それを説明すると。
皆、静かに決意を共有してくれた。
最後だ。
これで、もう土方と武田は、暁工業高校を卒業する。二人とも徳川の研究室に入って、以降は国の仕事をする。OBとして、後輩の面倒を見ている余裕は無い。後輩の面倒を見るのは、上杉と梶原と卜部の仕事となる。
卜部はひょうひょうとしているから良いだろう。四人の一年生の面倒を見るのは難しく無いと思う。
だが上杉と梶原は大変だろう。
その負担を少しでも減らすためにも。
ノウハウを蓄積しておかなければならないのだ。
強豪が強豪である所以は、ノウハウがあるから。
それで総合力が上がるから。
来年度は、今年の悔しさで積み上げたノウハウが武器になる。上杉達三人が、きっとそれを継承してくれる。
継承されたノウハウは。
きっと強豪とやりあうための、盾にもなるし矛にもなる筈だ。
最後に、土方は皆を見回して、言った。
「精神論は不要。 根性論も不要。 理屈できちんと勝ちに行こう。 今は21世紀の末、終焉の時代。 終焉の時代の、残り少ない人類の時間を少しでも延ばすために、私達に出来る事をしていこう」
それは、この時代に生きる一人としての言葉。
そして、その言葉は。
確かに部員皆に伝わってくれた。
(続)
|