静かな嵐を抜けて
序、其所は嵐の土地
ずっと土方が地道にバージョンアップを繰り返していたセンチピート暁は、追加装甲をたくさんつけても、何ら前と遜色なく動けるようになっていた。
センチピート暁。ムカデ型のロボット。
基本的に非常に安定性が高く、災害救助などで活躍するムカデ型は、ロボコンでも重要な存在だ。
見た目がどうしても怖いとか気持ち悪いとか言う人間も多く。
その結果、蛇型や昆虫型同様、人間の生活圏外で活躍するロボットにこの形状が多い。なお、人型の二足歩行ロボットと比べると、性能は文字通り雲泥で高い。更に言えば、コスパも段違い。
未だに人型が普及せず、円筒形が普及しているのも。
このコスパの問題が故である。
センチピート暁に、様々な場所を移動させた後。
事前に用意されている、危険地帯に踏み込ませる。
レントゲン室と同じ仕組みで、高濃度の放射線を浴びせる鉛に包まれた部屋。
そう。
放射線に対応出来るかの実験である。
此処からは、AIで動かす事になる。
事前に命令は入力してあるが。
緊張の一瞬だ。
文字通り、死の部屋に入り込むセンチピート暁。生唾を飲み込んでしまうが。それも仕方が無い。
昔のロボットは、放射線を喰らうとひとたまりもなかった。
原発の事故などで投入されたロボットは、高濃度の放射線に対応する内に、壊れてしまうものだった。
今は違う。
高校のロボコン……殆どの場合年度末などに行われるものだが。
高レベルのロボコンにさえ、耐放射線の能力を見るロボコンが行われるくらいである。
そしてそういったロボコンでは。
殆どの場合、ムカデ型か昆虫型、蛇型が用いられる。
性能が最優先の場では。
人型なんて非合理的な形を使う必要がないからである。
死の部屋の中で、事前に指定した動きをするセンチピート暁。
良い感じである。
放射線を停止。
部屋から、センチピート暁を出す。
放射性物質を飛ばしていたわけではないから、別にそのものが危険になっている訳では無いが。
念のため検査を行い。
それから倉庫に入れる。
検査は、土方と武田でやる。
二年と一年は先に上がらせて。
後は、格納までを、土方は武田とともに行った。
「与野、どう? 満足できる出来に仕上がった?」
「んー……100点では無いけど80点以下でもないかな」
「お、高評価」
「本当なら100点を作りたいけれど……一番条件が良い官公庁の研究室でも、それは厳しいだろうね」
その通りだ。
倉庫にセンチピート暁を格納。
次のロボコンでは頑張って貰う事になる。
次は、商用と同じ。
父がやっているのと同じ仕事を、ロボコンで実施する事になる。
つまり、高汚染地域の調査である。
現状、日本にはあまり多くは無いが。
ユーラシアには、この高汚染地域。人間が入りでもしたら、数分と生きていられない地獄がたくさんある。
前の戦争の爪痕だ。
殆どが高放射能によるものだが。
勿論生物兵器、化学兵器による汚染も多い。
このセンチピート暁の追加装甲は、放射線、生物兵器、化学兵器、その全てからセンチピート暁を守るためにつけている。
関節もカバーするようにしている事。
危険地帯に入った後は、表層を削って再塗装が必要になる事。
色々と問題はあるが。
追加装甲そのものを捨てなければいけないわけではない。
ただ、やはり重量が強烈にあること。
外に出してから、再度利用するために、ある程度面倒な作業が必要になる事もあって。もうこの辺りになってくると、年度最初に行われるロボコンとは、根本的にレベルが違うと言える。
そのまま、チャットで話す。
今までの作業は、全て遠隔でやっていたのだが。
流石に原発の内部並みの高放射線を浴びせた後だ。
きちんと倉庫の中に入れるかどうか、自分の目で見て確認する必要もあった。
それを確認できた以上。
もう今日の部活は良い。
雑談でもしたいところだが。
そうもいかないか。
もう時間も少ない。軽く情報交換だけして、今日の部活はシメとする。
「徳川さんの所から、何か話来た?」
「ええとね……。 官公庁でこういうプログラム組んでもらうって話が来てて。 それの勉強をしておいてって」
「与野の所にはもうそんな具体的な話が」
「多分果歩は、現場でハードを組む作業を任されるんだと思うよ。 後は現場の指揮とかかな……」
「えー。 周り大人だらけでしょ」
年齢は下、地位は上。
そんな事になったら、苦労は計り知れない。
だが、徳川は多分だけれども。恐らくは、手足になる人間を欲しているはず。
待遇は良いけれど。
色々大変そうだ。
相手との意思疎通を楽にするツールは今たくさん開発されている。多分研究室でも使うだろう。
だけれども、それでも気苦労は絶えないはずだ。
何だか、今から重圧である。
時間もない。
話を切り上げると、眠る事にする。
三年は長いようで短かった。もう残るロボコンは三つ。卒業までに、一度は優勝したいものだが。
それもどうにもならないかも知れない。
強豪とは呼ばれるようになった。
だが同時に、万年二番手の暁工業高校とも言われるようにもなってしまった。
エキシビジョンマッチでの戦績も知られているが。
大会向きでは無いのでは、という意見すらも散見されている。
主にロボコン関連の動画で、だが。
見ている人間は目が肥えているので、あながち間違ってもいない。
何しろ、娯楽で見ている人間だけではない。
場合によっては軍幹部。
企業幹部。
バリバリに現役で働いているロボット関係の技術者も、レベルが上がってきている高校のロボコンはしっかり見ている。
そういうものなのである。
万年二番手、か。
去年は、弱小高で、名前さえ認識されていなかった。
それを考えると、万年二番手でも大出世と言って良いほどである。
そして、もしも一位を一度で良いから取れれば。
来年二つに増える暁工業高校のロボコン部に、最初から大きな誇りを与える事が出来るだろう。
それだけでどれだけ上杉と卜部がやりやすくなるか。
勿論負担も増えるが。
その代わり、強豪として一年戦い抜き、優勝経験もあるというものは、極めて大きな+になる。
ましてや次のロボコンは。
卜部を操縦手として起用する予定なのである。
一度で良い。
優勝させてやりたかった。
ため息をつくと。寝ることにする。本当は、自分でも分かっているのかも知れない。かなり厳しいと言うことは。
他の強豪は、うちを滅茶苦茶警戒するようになって来ている。
マシンパワーで勝っても、奇策でひっくり返しに来ると言う事で、対策も練ってきている。
武田の悪巧みも通用しなくなってきているし。
何よりも、最初の頃味方してくれていた運も、最近はすっかり此方を見放してしまうようになった。
多分それらも偶然では無い筈。
やはり世の中、やった事は良い意味でも悪い意味でも自分に返ってくる。
人類が、あっと言う間に此処まで衰退したように。
21世紀前半、金があれば何をしても良いと言う醜悪な理論が世間を覆い尽くした時期があった。
その結果がこれだ。
エゴを制御出来なくなった人類は。
自分の住処と言うだけでは無く。
宇宙でも貴重な、生物が存在する星を焼け野原にしてしまったのである。
それを考えると。
やっぱり、色々グレーゾーンスレスレの手を採ったのは、まずかったなあと今更ながらに思うのだ。
ため息をつくと、布団に潜り込む。
しばらくぼんやりしていると、眠気が来てくれたので、有り難く眠る。
21世紀前半ではブラック企業の労働により。心を壊した人間も体を壊した人間もたくさんいた。
人材がゴミのように浪費され。
社会が著しく圧迫された。
世界大戦を引き起こす切っ掛けとなった人心の荒廃とも、それは大きく連動している。
人類は少しばかり。
血まみれの夢から目を覚ますのが、遅すぎたのかも知れない。
だが、それを今、考えても仕方が無い。
やがて、土方も。いつの間にか、眠りに落ちていた。
夢を見る。
21世紀半ばに大戦が起こらず。人類がやり方を改めて、宇宙進出を成功させた世界である。
統一政府が既に土方の時代には出来ており。宇宙へどんどん夢を求めて人々が進出していた。
既に月には大都市が四つ。
大型宇宙ステーションも一つ建設が開始され。
火星には、二十を超える都市の建設が予定されている。
これが、同じ21世紀後半なのか。
ぼんやりと、周囲を見回す。
ロボコンに出ているのは同じ。
ロボコンの技術も、起きている時と大差ない。
夢だと分かっていても。
こんな世界だったら良かったのになあと、呟いてしまう。
操作しているのは、ムカデ型ロボットを用いて、如何に災害救助をするか。そういえば、今年最初のロボコンと同じ内容だ。
土方自身が操作するセンチピート暁は、機敏な動きを見せ。
障害物を越えて瓦礫の間に潜り込み。
的確に被害者を捜し当てている。
わっと喚声が上がるが。
此処だけは違う。
現実世界のロボコンは、もの凄く閑かな空間で、淡々黙々と行っていくものだ。こういう喚声が邪魔にしかならないことを、幾つもの実例が証明しているからである。
やがて、勝利が宣言され。
次の勝負に駒を進める。
次の相手は国際。
操縦手はグエンだ。
雰囲気は殆ど変わらない。夢とは便利な物だなと思う。グエンは境遇からいっても、本来だったら会う事は無かっただろう。ましてやこんな社会情勢だったら、一生接点なんて無かったに違いない。
苛烈を極めるグエンとの決戦。
夢だから内容はいい加減。
いつの間にか、決勝戦と言う事になっていた。
まあどうでもいい。
そういえば、グエンとは上杉が主に渡り合っていたっけ。土方が渡り合う事はあまりなかったような気がする。
だが、ロボコンは総合力がものを言う。
だから、グエンとは、常に皆と一緒に勝負をしていた。
勝負。
そう、気持ちが良い奴だから。
勝負もしていて楽しかった。
こっちがグレーゾーンスレスレの手を使っても。グエンは笑って許してくれるような寛大な奴だから、負けてもすっきり出来た。
勿論悔しかったけれど。それでも理不尽な気はしなかった。
勝利が間もなく告げられる。
夢って、本当にいい加減だな。
そう呟きながら、土方は目を覚ます。夢の内容は見る間に曖昧になって行く。グエンと戦ったことだけを覚えていた。
あくびをしながら、携帯端末を起動。
メールなどが来ていないかを確認。
来ているので、チェック。
丁度、グエンから来ていた。
「次の大会、多分ぶつかる事になると思う。 そっちの調整は万全か?」
「万全では無いけれど、頑張ってはみるよ」
「万全に仕上げてほしい」
苦笑すると、努力すると返しておく。
グエンは本当にこういうのが好きなんだなと思う。或いは、戦闘民族として知られた民の末裔だからかも知れない。
朝食を取る。
両親はもうとっくに朝食を終えて、それぞれがPCに向かってリモート業務をしていた。父はかなり大規模な、進入禁止地帯へのロボットを使っての侵入を試みている様子で、朝から激しい打鍵音が響いている。
また、テレビ会議には複数の人物が写って、苛烈な命令が飛び交っているのが聞こえた。
イヤホンを父がする。
多分土方が起きて来たのに気付いたのだろう。
頷くと、部屋を後に。
着替えを済ませる。
シャワーを朝浴びる人もいるらしいが。
土方は寝る前派だ。
とりあえず目も覚めたので、すぐに授業に掛かる。授業もそろそろ佳境。近年の工業高校は普通の高校と全く遜色ない授業を受けられる。土方も、淡々と授業を受けていく。
この生活も。
もう間もなく終わる事になるか。
今後はリモートを中心に、徳川の研究室での作業を手伝うことになる。現場に出ることもあるだろうが、其所までは多く無いはずだ。
現時点で提示されている給金は、父よりかなり多め。
父はそれを見て誇りだと言ってくれた。
母も喜んでくれた。
とても嬉しい。
子が自分を超えることを誇りだと思ってくれる親は珍しいと聞いている。土方はこんな状況で、社会がグダグダであっても。
自分が恵まれていることは、理解していた。
もうしばらくすると、下の子も来る。
育児の実績がある両親だから、国が子供を任せてきたのだ。
土方が、国肝いりの研究室に入る事が決まったこともあるのだろう。
両親は、相当に評価されているはずだ。
今の仕事場でも、或いは出世の話があるかも知れない。
だとしたら、良いなあとも思う。
人類は、確実に破滅に向かっている。
必死に砂時計の砂を稼ぐ土方のような人間と。
必死に宇宙への進出を図るもの。
母は後者だが。
決してどちらも上手く行っているとはいかない。
ある学者の推定を聞いたのだけれども、人類がこの難局を乗り切れる可能性は、3%ほどだという。
各国家がこれだけの連携をし。
貧富の格差を解消し。
技術の連携と研磨を推し進めている現状で3%だ。
悲観的だとは思わない。
外に出れば、嫌でも前大戦の悲惨な爪痕をたくさん目にする事になる。
世界は、高確率で終わるのだ。
授業がいつの間にか終わる。
部活の時間だ。
頭を切り換える。
今度こそ、勝つ。
次のロボコンに国際が、更に言えばグエンが出てくる事はほぼ確実。この国最強のロボコン部を有する学校のエース級にライバル扱いされているのは、本来ならとても喜ぶべき事なのだろうけれど。
今は、最大最強の壁として考え。
どうにか突破することを、考えなければならなかった。
1、もはや可能性さえなき土地に
荒野とすら呼べない。
其所はもはや、ドス黒く濁った、もう地球とは思えない場所だった。
次の大会の開催地である。
次の大会は、操縦手さえ遠隔地から操縦を行う事になる。
特殊な装甲で武装した軍の無人車両にて現地にロボットを運ぶ。このため、いつもより早めにロボットを提出しなければならない。
国内でももっとも汚染された場所の一つ。
以前探索し、大きな成果を上げた場所は、まだ生物がいる可能性はあったが。
これから調査する場所は、致命的汚染を除去し安全を確保するためだけの場所。
生物の存在は。
端からゼロである。
それは、見ているだけでも分かる。
生唾さえ飲み込みそうになる、最悪の地獄。
大会のHPで公開されているその場所の映像を、部員達と一緒に見た後、作戦会議を軽く行う。
センチピート暁は、既に準備が整っている。
後は、如何に大会で勝ち抜くか、である。
なお今回の大会だが。
擱座した場合は、即座に失格となる。
軍から貸与されているロボットが救出に向かってくれるが。
それは一機しかいない。
また汚染を除去する作業もあるため。
ロボットが擱座した場合。戻ってくるのは、一月以上先になる。
説明を進める。
現在この大会に参加を表明している学校は45。
殆どは多脚型ロボットで出場をしてくるようだが。ごく少数、無限軌道ロボットを出してくる学校もあるようだ。
無限軌道というのは、あのキャタピラの事だが。キャタピラというのは実はキャタピラ社によって商標登録されているものなので。実際には、無限軌道というのが正しいのである。
この辺りは、機械関係の仕事に就いている者の豆知識であり。
将来機械関係に進む者が、知っておくべき事でもある。
いずれにしても、ムカデ型が半数ほど、残りの過半が多脚型、無限軌道はごく少数である。
結局の所性能と踏破性で考えると、やはり多脚型。
それもこういう、極めて危険な場所で作業をする事を考えると、安定度が抜群に高いムカデ型が一番というのは現実としてある。
なお、作業についてだが。
今回の大会でも、トーナメントや総当たりは採用しないらしい。
そもそもこういう高レベル汚染地帯でのロボコンは、大学以上が殆どであり。
高校に降りてきたのはごく最近である。
故に、大学式のやり方を採用しているというのもあるのだろうし。
人件費や、時間の節約をするのもあるのだろう。
HPを見ながら、大会の要件について説明を進める。
今回は大会の内容が内容だ。
運営も、最初から内容を出し惜しみはしていない。
日本国内にある、最悪の汚染がまだ解消されていない地区。
今回は、その一つにて、調査を行う事になる。
とはいっても、調査そのものを実施するのは、後から来る国の調査部隊である。ロボコンを兼ねて実施するのは、調査までの露払いだ。
具体的には、立ち入り禁止区画を、くまなく踏破し撮影すること。
それが目的となる。
はっきりいって機器類なんて殆ど役に立たない。
衛星写真などで映像を撮ることは出来るが、それでもやはり、現地に降り立ってみないと分からない事は色々ある。
それに、必死に国内では汚染の除去作業が進められてきており。
成果が上がっている地区も多い。
そんな中、残っている地区の中で、もっとも優先度が低い高汚染地区である。理由としては、近くに人間が住んでいないし、農耕地とも離れている事がある。
「それぞれのロボットはカメラを搭載し、指定された道を踏破しつつ、途中にあるもの全てを撮影、立体的に土地の地図を作る事が目的となります」
「そうなると、脱落校が出る分はどうするんですかあ?」
「その場で決めるようですね」
卜部が聞いてくるが、公式HPには、先回りしてその記述がある。
まあ、今の時期になると、ロボコン部に所属している学生達は、みんな熟練度が上がってきている。
ましてや今回のようなハイレベルな大会となってくると。
それは、当然事前に調査くらいしておくだろう。
今回は、ガチガチに耐汚染用の装甲で固めたセンチピート暁に、周辺を撮影するためのカメラを搭載し、およそ6qを踏破することを想定する。
何故6qかというと、最悪の場合それくらいは移動しなければならないからである。もう一つ理由があって、公式HPで、六qは蛇行しつつ移動出来るようにしておけという記述があった。
どうせ大会の時間は9時から14時。
6qを踏破するには、充分な速度を出す事が出来る。
ムカデ型の弱点として、速力が出しづらいというものがあるのだが。
流石に時速1.2qくらいなら余裕で出る。
問題は燃料だが。
センチピート暁は改良を進めていて、10qや15qくらいなら、余裕で踏破が可能である。
咳払いして、解説を続行。
まだまだ話しておく必要があることが、幾つかあるのだ。
国内で必死に汚染の除去をしている部隊が、どうして大会の会場を後回しにしたのか。それには他にも理由がある。
他の場所は、都市が近かったり、水源が近かったりと、致命的な理由があった。
だから、毒物がまだ残っていて、人が近づけないにしても。放置しておくだけで、激甚な被害を周囲に及ぼす可能性があった。その可能性だけは排除しなければならなかったのである。
また、当然の事ながら、汚染の除去を行うロボットが入りやすい平地から、優先的に汚染の除去が行われていった。
今回は、そのどちらでもない。
山の中である。
大戦中飛び交ったICBMが直撃した地点の一つだが。
山深い上に、地形も極めて立体的。それに何より、元々はげ山だったし、水源でもなかった。
貴重な動植物も周囲に存在していない。資源だって埋蔵されている可能性は少ない。
後回しにされるのも、当然だとは言えた。
ただ、それもあくまで「順番」での話。
高汚染地帯だったら、何とかして汚染を除去しなければならない。
国内にはまだこれと同規模の汚染地区が十以上残っていて。
いずれも、国がスケジュールを発表して、順番に汚染の除去を行っている。
汚染の除去にも段階があり。
人が住めるようになるレベルの汚染の除去は、まだ殆どの場所で出来ていない。
現状出来ているのは、周囲に汚染をまき散らさないようにすること、までである。
「要するに、今回の大会では、地獄と言うのも生やさしい荒野を、立体的に移動しながら踏破することが要求されます。 投下されたICBMによる破壊の結果、多少立体は解消されていますが、あまり意味はありません」
「うわー、面倒くさー」
「卜部さん……」
「分かってますってばー」
たしなめた上杉に、卜部が応える。
咳払いすると、解説を続行。
「参加校は今回45校。 中には国際がいます」
「……京都西とか東山は?」
「全チームが他の大会に出ていますね」
梶原が聞いて来たので、既に調べてある話をする。
実際問題、複数チームを有している強豪でも、全部のロボコンに出る分けにはいかないし、何より得意分野もある。
国際は、グエンが操縦手をしているエースチームをうちに必ずぶつけるようにしてきている様子だが。
それはグエンが極めて有望で。
再来年には国に帰って、研究室に行くとはいっても。
それでも世界に対する貢献を考えると、育成は非常に重要だと考えているからなのだろう。
うちはそれだけ高評価されていると言う事だが。
それはそれで、まあ嬉しいけれど。
困る話でもある。
「悪目の予想として、25校が脱落するとして。 20校が参加する場合、どれくらいの範囲の調査をする事になりますか?」
「こんな感じですね」
質問をしてくれた武田に、さっと図を出して応える。
円形に拡がっている高汚染地区を、二十分割。縦に切った図である。
丁度じゃがいもを分割したような図になるが。
長細いとは言え、最悪の場所は長さ六q、横三百メートルを五時間で、立体的に撮影することになる。
かなりしんどい作業になるのは確実だ。
昼食時の三十分、AIに作業を任せるとしても。
今回は高汚染地区での作業。
いつ操縦を受けつけなくなってもおかしくない。
擱座と見なされたら即座に負け確定。
非常に厳しい戦いになる。
そして、早めに発表しておく。
「来年度、二つのロボコン部をうちの学校が抱えることになります。 部長はそれぞれ上杉さんと卜部さんを指名します」
「……」
梶原は黙っている。
まあ、実際部長向きで無いことは分かっているのだろう。
それに上杉が卒業した後は部長だ。
だから別に不満もあるまい。
「それで、前回のエキシビジョンマッチもありましたが、今回も卜部さんに操縦手をやってもらいます」
「ええー」
「これも経験です。 後、上杉さんと卜部さんには、一回ずつ大会で操縦手をそれぞれやって貰う事になります」
エキシビジョンマッチもまだまだ組みたいが。
以降のエキシビジョンマッチは、卜部に操縦手をやって貰うつもりである。
部長としての経験を積んで貰うためだ。
そもそも、大会にさえ出られなかった土方と武田の無念を晴らして貰うというよりも。
大会に可能な限り出して、来年は常勝校になってほしい。
そういう願いの方が大きい。
後輩の育成は。
今の時代、最も重要なことの一つなのである。
「何か質問は」
最後に確認を取るが。
他に質問は出てこなかった。
とりあえず解散とする。
部活が終わった後。
武田と個別チャットで軽く話す。武田は例のプログラムの勉強をしているようなのだけれども。
難しくて辟易していると言う事だった。
「与野が難しいっていうレベルか……」
「てか気が重いよ。 どうせ大卒や院卒ばかりだよ周り」
「ロボコンで大学や企業相手にもエキシビジョンマッチで勝ってる実績があるし、結果さえ出せば良いでしょ」
「簡単に言わないでよ……」
武田がぐったりしている様子なので。
少し同情してしまう。
まあ武田は、多分能力の限界まで部下を酷使するタイプだ。ただし、現在人材を壊す事はタブーとなっている。
それでも負担は大きいだろう。
「それで、本当に卜部にやらせるの? 今回ばっかりは、経験を積んで来ている上杉に任せた方が良くない?」
「……だからこそだよ。 今回ので好成績を残せれば、暁は一年にも人材がいるって示せるだろうし」
「はー。 知らないよ」
「補助はできる限りするよ」
精神力に問題がある上杉だって、最近はがっつりやれるようになってきているのである。例の怪しげなソフトキャンディーも、口に入れる時間がかなり遅くなってきているのも確認している。
卜部は心臓に毛が生えているタイプだし。
今回は扱うのが苦手なドローンでもない。
問題なくやれるだろう。
それにエキシビジョンマッチでの様子を見る限り、卜部の実力は充分なところまで来ている。
いわゆる見稽古で、腕を上げた結果だろう。
良い事だと思う。
そして、上杉や卜部から。
来年入ってくる新入生に、技術が継承されることによって。
更に人類の破滅への時間を、伸ばせるかも知れない。
武田がもう一つため息をついた。
「後さ、幅三百メートル、長さ六キロとなると、かなり大変だよ。 爆発の際には真っ平らになったかも知れないけれど、今は雨とか降ってどんな風になってるか分からないし」
「衛星写真見る限りだと、そこまでまずくは無さそうだけれど」
「衛星写真だと表面しかみられないじゃん」
「……まあ、そうだね」
一番怖いのは、地下水などが流れていたりして。
踏み抜いたセンチピート暁が滑落することだが。
とりあえず、足を動かすための仕組みは、以前の大会でぼろぼろになった経験を生かして、徹底的に強化してある。
高汚染の中でも、装甲のおかげで阻害はされないはず。
大丈夫だと信じたい。
しかしながら、今は運に見放されている。
確かに、武田の懸念も最もだった。
「ええと、郵送は四日後だったね」
「こっちでも最終チェックはやっておくから、もう二三回は稼働テストしておいて」
「分かった」
チャットを切る。
四日しかないのに、二三回も稼働テストか。
まあ、今回ばかりは仕方が無い。
工場のデータベースにアクセスして、予定を入れておく。センチピート暁も、寝る前に少し軽く動かしておく。
想定されている動きは、此処からでも遠隔でしっかりやってくれる。
取り付けたカメラも良好。
三角測量をするように、二つ取り付けたカメラを連動して動かす事で、立体的に周囲の地形を撮影することが出来る。
これにより、予定の作業は素早く進める事が出来るし。
何よりも、クレバスなどがあった場合。
事前に避ける事がより容易になる。
明日は障害物回避を想定した試験とかもしてみるか。
そう思いながら、センチピート暁を格納し。そして眠る事にした。
また、夢を見る。
今度は宇宙ステーションから、地球を見下ろしている夢だ。
土方は多分中年くらいになっていて。
結婚はしていなかったが、三人ほど子供を任されていた。
夢だからよく分からないが。
ひょっとして、例の3%の壁を越えられた世界の未来の夢だろうか。だとしたら、嬉しいかも知れない。
この子供達も、いずれも遺伝子データを無作為に組み合わせて作られたものだろう。
結婚という風習はいずれ廃れ消えるという指摘はあったが。
この老いた自分の様子からして。
まあそれは事実なのだろう。
地球は青さを取り戻しているが。
まだまだ彼方此方が荒れ果てている。
通信を受ける。
武田からだった。
仕事、と聞いてくる子供達。夢だからいい加減で、声は時々ネットで見る昔のアニメのものだった。
仕事、と返事をして、汚染除去用のロボットを動かす。
まだ残っている汚染地帯を綺麗にする。
そして、地球の寿命を延ばすのと同時に。
人類の罪業を、少しでも償うのだ。
先祖の罪業を償うのもおかしな話ではあるが。
宇宙でも貴重な、豊かな動植物が存在する奇蹟の星を台無しにした罪はとてつもなく重い。
どうにかして贖罪をするのは。
まあ当然の思考だろう。
黙々と作業を進めていくうちに、視界が怪しくなっていき。
目が覚める。
寝ている間も仕事か。
すぐに薄れていく夢の記憶。
起きだすと、すぐに着替えて食事にする。
何だか、疲れが溜まってきている気がする。
部活などの書類作成とかが、前の比では無く多くなってきている。予算が増えた分、監視も厳しくなっているのだ。
これは来年度は、しっかりした顧問に来て貰う必要があるかも知れない。
国際も東山も、名将と呼ばれる顧問がいる。
最近台頭してきた西園寺もだ。
それを考えると、うちだって顧問がほしい。
上杉や卜部にも少しずつ書類仕事は引き継いでいるのだが。それでも、こういう作業を今からやるのは不毛な気がしてならない。
もう一度あくびをすると、授業が始まるまで、軽く昔のアニメ番組でも見る。
希望のある未来が描かれた作品だ。
今は殆ど社会に余裕が無く。新しいアニメが放送されることはなく。
ネットで昔の名作を、皆が見ている感じになる。
膨大な名作がネットには保存されているので。今更新しいものをわざわざ労力を使って作る程でもない。
そういう考えなのだろうが。
確かに一生掛けても見られないほど、名作と呼ばれる作品がある。
ゲームにしても同じ。
時代によってかなり特色が違うが。
それでも、一人の一生ではとても処理しきれないほどの量がある。
ぼんやりしている間に、時間が来た。
父は相変わらず、ユーラシアでの作業にリモートで参加している。母も、大きめのスペースデブリの処理で、かなり忙しそうだ。
授業を受ける。
この授業だって、何一つ無駄になる事はない。
そう自分に言い聞かせ。
土方は、丁寧に授業を一つ一つ受けていった。
2、黒の土地での競争
大会当日。
今回は卜部が操縦手、補助に梶原。それぞれのサポートに上杉と武田が当たる。土方は指揮である。
他の学校も、二年が目立つ。
一年の卜部は悪目立ちしているが。まあ卜部はルックスからして派手なので、その辺はまあ仕方が無いだろう。
会場は、現地から三十キロ離れた街の隅の公民館。
参加校は前回の大会の半分以下だが。
これは仕方が無い。
難易度が極めて高いことが分かりきっているからである。
まず最初に、脱落校が読み上げられる。
脱落校は21校。
予想より少ないが。それは、このロボコンが最初から厳しい事が分かりきっていたから、だろう。
参加するつもりの学校は、どこも相応に覚悟を決め。
気合いを入れて準備をしてきた、と言う事だ。
それでも要件を満たさないと判断されて、21校が落とされた。
厳しいなこれはと、画面を見ながら思う。
既に支援の体制は万全だが。
それでも、今回の大会が、波乱だらけになるのは、この時点でほぼ確定だった。
なおうちも国際も生き残ったが、中堅所で知られる学校が幾つも落とされている。その一方で、弱小校が残ったりもしている。
まあこの辺りは。
やはり時の運もあるのだろう。
そして、サプライズな追加ルールが発表される。
はた迷惑極まりない話だ。
いかにも堅物そうな老齢の女性役員が言う。
「今回のロボコンでは、擱座した時点で失格することは事前に通達しているかと思いますが。 擱座したロボットが調査する予定だった場所は、無事だったロボットが引き継いで調査する事になります」
「!?」
「たった六キロです。 しかも幅は三百メートル弱。 この程度クリア出来ないようでは、話になりませんよ」
うわ。まずい。
今回の役員、相当に厳しい。
確かに、そもそも手が足りない状況で、猫の手を国が借りている状況ではある。しかしながら、今回の大会、擱座するロボットが出るのはほぼ確定だろうに。こんないじわるなルールを追加で突っ込んでくるか。
やられた。
想定よりも、遙かに多くの地区を調査する必要が出る可能性が高い。
なお、今回も予想はしていたが。
トーナメントや総当たりでは勝負を決めない。
持ち帰ったデータの精度を見て、それで得点を決めるという。
そしてそして。更に追加ルールである。
「なお、精度が一定まで達していないロボットがあった場合、その調査地点は他ロボットで分担して調査して貰います」
「うげ……」
武田が白目を剥きそうな声を上げる。
分かっている。
土方だって同じ気分だ。
ドSという言葉が昔あったらしい。サディスティックな行動を好む人物をそう呼んだらしいのだが。
それに習うのであれば。
あの役員。
間違いなくドSである。
邪悪な儀式をしながら舌なめずりしている魔女か何かを想像してしまう。
グエンは平然としている。
梶原も何を考えているのか分からないので、変化は見られない。
卜部は口を尖らせて、不満をモロに顔に出している状態で。
周囲は青ざめている生徒が多かった。
下手すると想定の倍とか調査をしなければならなくなるのか。これは、流石に予想外だった。
そもそも高汚染地区の調査を高校生の作ったロボットに任せるだけでも厳しいのに。
大学のロボコンでもやらないようなこんな仕様を突っ込んでくるとは。
しかも時間制限が厳しい。
はてさて、どうなるか。
とどめの追加ルールである。
「調査を達成出来たら、擱座したロボットの高校も含め、全てに内申を追加します。 ただし調査を達成出来なかったら、全ての参加校に内申を追加しません」
台パンする武田。
気持ちは大いに分かる。
本物の魔女だ。
少し調べて見たが、案の定である。
大会役員の中でも有名人だ。あまり大会には出てこないが、出てきた場合大会を荒らしに荒らす恐怖の役員。
通称嵐の魔女。
役員の間でも面倒くさすぎると怖れられているらしく、まとめの動画まで作られていた。
更に、今大会の動画でもその話が出始めている。
「おいおい、相変わらずのドSぶりだな嵐の魔女。 どーしよーもねークソ婆ぶりだぜ」
「何か酷い目にでもあわされたん?」
「俺もあいつの仕切る大会に出たことあるんだけどさ、採点が厳しくて、女子生徒泣き出したりしてよ……」
「その泣いた女子生徒ってお前?」
コメントが止む。苦笑するが。正直引きつり気味の笑いである。今の時代もそうだが、SNSで性別を偽って書き込むことは珍しくもない。素性を偽るためだったり、トラブルを避けるためだったり。
確かに嵐の魔女の悪名は高く。
彼方此方の大会で、異様なハードルを設定して多くの問題を起こしているが。
しかしながら年度後半にならないと出てこないという話もあり。
あるいは運営側も、あまり良く想ってはいないながらも。
年度後半の高難易度ロボコンにはこれくらいの厳しい役員が出る大会があってもいいと考えているのかも知れない。
いずれにしても卜部には最初から厳しい戦いだが。
頑張って貰うしか無さそうだ。
「それでは準備時間の後、9時より大会を開始します。 既にロボットは所定の位置に配置を開始しています。 それぞれ、ロボットの状況を遠隔で確認しておいてください」
嵐の魔女がアナウンスを終えると。
それで皆が、一応気持ちを入れ替え。
それぞれ配置につく。
この辺りは、流石に厳しいロボコンを経験してきている歴戦の猛者だ。実際に会場で操縦手になる経験を初めてする卜部も平然としていて。梶原が補助をする必要は無さそうだった。
「とりあえずセンチピート暁に現状問題はなしか。 それで皆、うちの探査範囲の確認は済ませた? 地図上で表示すると、国際の右隣だね」
国際がど真ん中。
うちがその隣だ。
更に、国際の逆隣は、またそこそこの実績がある中堅校が当てられている。
この三校はいうまでもなく爆心地を通ることになる。
うちの隣もそこそこの中堅校が当てられていることから、恐らく今回、実績があるロボコン部に対しては、爆心地付近の探索が当てられている、と判断して良さそうだ。
間もなく九時。
武田が此方でも問題なしを確認と言ってくる。
システムオールグリーンという奴である。
まあそれならば現状は問題は無い。
既にスタート位置に置かれているセンチピート暁。
敢えて探索場所に向けられていないのは嫌がらせなのだろうか。まあその辺はよく分からないが、良しとしよう。中にはひっくり返されておかれているロボットもあるようで、この辺りは悪路でひっくり返った場合の復旧能力などを試されているのかも知れない。
ロボットは、人間が入れない場所に入り。
人間にできない仕事をするのが仕事だ。
だから不死身の体を持つ。
人間の友達として誕生してきたのでは無い。
人間の盾として生まれてきたのがロボットだ。
だからこそに、人間はロボットに敬意を払わなければならない。それがたとえ機械であっても。
開始までの時間。ロボットを動かすのは禁止されている。
それぞれのチームは実績に応じて探索面積が多少違うが、それでも立ち入り禁止地区を若干丸みを帯びて切り分けているため、其所まで極端な不公正はない。
九時。
試合開始だ。
一斉に、ロボットが動き始める。
卜部は冷静に操作をしており、しっかり探索地区にセンチピート暁をむき直させると、躊躇無く突撃を開始。
内部はこの間のドローンで探索した地区の比では無い。
生物が存在する可能性は絶対にあり得ない、高濃度放射性物質の地獄だ。
一歩ぬきんでたのは国際のムカデ型ロボット。現在六対になっているうちのセンチピート暁に対して、足は五対だが。その分非常に頑強な造りで、どんな場所でも耐え抜くとその見た目で示しているかのようだ。
ひっくり返っていたロボットが、復帰するのを確認。
悪路を踏破することが大前提のロボットだ。
横転ぐらいからは復帰出来なければ話にもならない。
勿論うちのセンチピート暁にも、ひっくり返ってからの復帰機能はついている。当たり前である。
早速だが。
探索地区に入ると、凄まじいノイズがログに出てくる。
当然だろう。
此処は本物の地獄だ。
人里から離れていた。
他に対処する場所がいくらでもあった。
だから放置されていただけの場所。
いずれ必ず対応しなければならない場所。
現在の状況も、衛星写真でしか取れていない超危険地帯。他の国には、もっとたくさん、こういう場所がある。
動きが鈍くなっている他校のロボットを横目に見る。
撮影用のドローンが遠くに見えるが、かなり高精度のカメラを使っている。要するに映像だけで判断していると言う事だ。
救護用の軍のロボットも待機しているが。
数は極めて少ない。
予算も手も足りないから。こういう大会が行われることを考えると。まあ妥当なところだろう。
「現状は脱落校はいないね……」
「皆とても頑強に作っていますから」
上杉が言うので、土方が部長としての丁寧な受け答えをする。
武田はぼそりとそれに付け加えた。
「ただ、動きが鈍いのがいる。 やっぱり強烈な放射線の中にいると全校生還は厳しいと思うね」
「カメラは動いています?」
「……現状でエラーは出ていないよ。 だけれども、此方にログを飛ばしてくる余裕も無い」
同じく部長モードで土方が聞くと。
まあ予想通りの答えが返ってくる。
いずれにしても、此処からはある程度おおざっぱな操作命令だけを出して。センチピート暁には事前に組んだAI通りに動いてもらうしかない。座標の入力は全員でチェックして間違いない事も確認している。
高レベルの放射線で誤動作さえ起こさなければ。
きちんと動いてくれるはずだ。
黙々と、作業が進められる。
そんな中、異変が当然起きる。
グエンの操作する国際のムカデ型が、ぴたりと止まったのである。
此方のことのように、土方はひやりとしたが。
しかし、すぐに動き出す。
どうやら滑落した岩を前に、どう動くか判断したらしい。
国際のムカデ型も、二台のカメラを搭載しており。
それを利用して、立体的に画像を撮るようにしているが。
しかしながら、流石に岩に遮られるとどうにもならない。
見た感じ、思ったほど滑落している岩は多く無いが。
それでもそこそこ動き回らないとどうにもならないだろう。
うちのセンチピート暁の探査範囲にも、滑落した岩が幾つか見えてくる。卜部は冷静に指示を出しているが。
さて、センチピート暁が、それに応えてくれるか。
案の定、動きも鈍くなってくる。
電波が届きづらいのだ。
昔のロボットだったら、それこそ有線でなければ、とても操作などできなかっただろう。有線でも危なかったかも知れない。
無線だと、こんな極限環境では、どうしても無理がある。
現在は、軍がこういった地区の浄化作業で蓄積したノウハウが、民間に降りてきていて利用できるのだが。
それがなければとてもセンチピート暁は動けなどしなかっただろう。
黙々と進めて行く中。
ついに出る者が出る。
擱座したロボコン部が出たのだ。見ると、かなり外側の探索をしているロボコン部である。
これは追加探索確定である。
軍のロボットが即座に探査地区に入り込み、完全に擱座して動かなくなったロボットを回収していく。
まあコレばかりは、嵐の魔女のせいではない。
黙々と此方は進めていくのみ。
最終的に、脱落校の分も作業を進めればいいだけである。
十時を過ぎ。
十時半になったころ、丁度中間地点に到達。
食事は三十分、好きなタイミングで取るようにといわれている。ただし、十二時に近い範囲で。
注意されて減点される前に、適当なタイミングで取るのが吉だろう。
軽くロボコンの動画を見る。
コメントは、いつもと違って、かなり緊張感に満ちていた。
「凄い放射能汚染だな。 日本にもこんな酷い場所が残ってるんだな……」
「ユーラシアなんか、日本全域くらいの広さでこんな状況の所がゴロゴロしてるらしいぜ」
「軍のロボットでも消耗が激しいらしいな。 ましてや高校のロボコンだろ? 一体何機残れるやら……」
「技術自体はフィードバックされてるからな。 現時点で脱落一校だけはそこそこに優秀だろう」
いつもならおちゃらけたり馬鹿にしたりする台詞が飛んでくるものだが。
今回ばかりはそうもいかない。
日本でも、大戦で被害を受けた人は幾らでもいるし。
汚染地区はどこの県でも身近な範囲にある。
どんなに汚染地区から離れた場所にいても。
車を一時間も走らせれば、汚染地区の警告看板が見えてくるのが現在の状況なのである。
そしてこういった汚染地区が彼方此方にあるせいで。
人類は資源の消耗に拍車を掛けている。
大戦時、どこの国も、鉱山やら何やらの、資源がある地区を優先的にICBMで狙った。その大半は。
まだ、復旧がなされていない。
放射能汚染の除去技術は、世界的に共有されているが。
それでもなお、である。
ただでさえ少ない資源は、それによって更に目減りし。
人類の残り時間を減らしている。
そういう現状は、誰もが知っている。
故に茶化す気になど、とてもなれないのだろう。
卜部に休憩を取るように指示。
センチピート暁は、今のところ問題を起こしていない。ならば今のうちに食事をするのがいいだろう。
卜部もそれに素直に従う。
それを見て、他校も食事を始めた。
うちは意外に注目されているらしい。
永遠の二番手なんて馬鹿にされていても。こういう所では警戒しているのだから、変な話である。
卜部が食事をしている間、上杉に声を掛けて、状況は確認を続ける。
土方自身も、ロボットに指示して、食事を作ってきてもらった。
今日は軽めという話をしたら。
一応サラダも含む、そこそこ立派なものが出てくる。
軽めで良いと言ったのに。
栄養とかを管理しているロボットだから、何か問題があるとでも判断したのだろう。仕方が無いので、さっさと口に入れる。
現状、国際が一歩ぬきんでた所まで進んでいるが。
時々足を止めている。
クレバスと水たまりがあるので、その周囲を調査しているらしい。
完全にクレバスが道を横断している場所は無い様子だが。
彼方此方地面がひび割れているようなので。
そういう場合は、迂回などの措置を執らなければなるまい。
クレバスに頭から突っ込むロボットは流石にいないとはおもう。うちのセンチピート暁も大丈夫だと信じたい。
だが、何が起こるか分からないのがロボコンだ。
冷や冷やする。
食事を早めに済ませると。
休憩。
デスクチェアに背中を預けて、しばしぼんやりする。
あくびを一つ。
三十分しか休憩がないが。
十分だけでも脳を休ませると、それだけでも随分違うものなのである。
休憩が終わると、すぐに作業に戻る。
だいぶすっきりした。
今まで出した指示のログと、遠隔で確認できるセンチピート暁の動きをそれぞれ分析する。
武田と上杉と連携してこの作業を行う。
現場の判断は卜部と梶原に任せる。
二人とも、今日は極端に口数が少ない。
まあそれはそうだろう。
あの野性味溢れるグエンでさえ、身を乗り出して、かなり真剣に操作しているのである。特にグエンの場合、こういう汚染地区が日本の比では無く身近に多いだろうし、更に真剣さは増すだろう。
気持ちは良く分かる。
ログを確認完了。
やはりかなり爆心地付近は、動きが鈍くなっている。これはセンチピート暁そのものにも、ダメージが行っているかも知れない。
放射性物質そのものは、別にいい。
そのための装甲だ。装甲を削ればいいし、最悪装甲をパージする。使い捨てには出来ないから、何かしらの方法で再利用することになるだろうが。
問題は、放射線によって装甲を貫通して受けるダメージである。
古くはこれによって、商用や国が作るロボットも、多くが沈黙していった。
現在でも装甲はかなり消耗が激しいと聞いている。
技術は民間に降りてきているとは言え。
どうしても世界の寿命を延ばすためには、消耗するロボットも出てきてしまう。
ため息をつく。
爆心地の撮影はこれで終わったはず。外側に抜けるセンチピート暁。動きはかなり危なくなってきているが。電波が通りやすくなったからか、多少は動きも良くなって来た。
やはり放射線による機械へのダメージが影響を与えているのか。
そう思うと、色々複雑な気分にもなる。
そして、二校目の脱落者が出た。
うちの二つ外側の隣。爆心地付近で、完全に擱座している。
軍のロボットが回収に行くが、結構爆心地に近いところで擱座されると。要するに、もう一度行かなければならなくなる。
当然、うちをはじめとするそこそこの実績を上げているロボコン部がその指示を受けるわけで。
色々冗談では無いが。
それでも、実績がない高校の性能が落ちるロボットを投入し、ミイラ取りがミイラになるよりはマシだろう。
十三時。
国際が探査を一旦終えて、データの引き渡しを実施。
データの解析はAIが一瞬で済ませる。
合格が出て、グエンが無言で頷いている。
青ざめているのは、気のせいではないだろう。
グエンは故郷で、色々と悲しい思いをしているはずだ。
こういう高汚染地区は、身近にあっただろう。日本とは比較にならない頻度で。
健康に悪影響を喰らっている人もいたかも知れない。
だから、グエンをアイドル扱いして面白がっている動画視聴者も。
今は黙り込んでいた。
流石に茶化す状況では無いと判断したのだろう。
この辺り、ネットは昔よりは民度が上がっているらしい。
21世紀の前半は、こう言うときでも茶化す輩がいたらしいのだ。
信じられない話ではあるが。
すぐに、嵐の魔女が発表する。
脱落した二校の探索地区の、再分割と、それぞれのロボコン部の探査地区の追加についてである。
これは事前にアナウンスされていたこととは言え。
もうすぐ現状の探査地区の探査が終わる所での発言。
色々と神経に来る。
武田は口をつぐんだまま、梶原と連携して、うちが割り当てられた場所……案の定爆心地付近のデータを入力する。
さて、センチピート暁が、探索が終わった後、誤動作無く其所へたどり着けるか。
心配ではあるが。
今は、見守るしか無い。
センチピート暁が、国際のロボットに十分遅れて、探索を終えて端にたどり着く。
データを引き渡し、許可は出た。
すぐに、今までの縄張りを無視して移動開始。探査地区へと向かう。
さて、問題は此処からだ。
出来れば爆心地は避けたいし、更に言うと他のロボットの邪魔をするわけにもいかない。
まだ大半のロボットは、担当地区の探索を終えられていないのだ。
去年、性能が落ちるロボットで必死のロボコンに出ていた土方には、彼ら彼女らの苦悩が嫌と言うほど分かる。
だから、とても茶化すつもりにはなれなかった。
3、地を這い
探索地区がこれ以上増えないことを祈りつつ、センチピート暁を、新しく追加された探索地区へと向かわせる。
どんなに遅れているロボコン部でも、八割以上の道を踏破している状況だ。
探索を終えるロボコン部も増えてきているが。
問題は、探索を終えたところで。
引き渡したデータが駄目だったら、負けだと言う事。
そして、探索を此方に追加される、という事である。
今日は卜部も珍しく無言だ。
梶原は時々ぼそぼそと喋って支援を行っているが。
それもちゃんと聞いているかはよく分からない。
案外、心臓に毛が生えていそうな卜部も。
緊張しているのかも知れない。
十校ほどが目的の探索をクリア。今のところ、探索の成果で駄目出しを喰らっているロボコン部はいない。
センチピート暁も、追加探索地区に到着。
探索を開始。
データを集めている所に、嫌な予感が的中した。
何処かのロボコン部が、カメラの不具合により、負けを宣告されたのである。
また、探索地区が増える。
げんなりしながら、様子を確認。
当然だが、そのロボコン部が探索する予定だった追加探索地区も、別のロボコン部でどうにかすることになる。
うちも追加探索地区が増えたが、また爆心地付近である。
嫌がらせかとぼやきたくなるが。
しかし、実績のある学校にやらせるのも妥当だと言えば妥当。
今回は、色々な意味で猫の手を借りる状況で。此方は猫だ。
少しでもマシな猫を選びたくなるのも、心情としてはわからないでもない。
グエンは既に、最初の追加探索地区の探索を終えている。流石というかなんというか。現時点では、間違いなくトップ独走だろう。
邪魔をする事は出来ないし。
正直な所、今回に関してはまず完走することを目的としたい。
データを引き渡しに行くグエン。
また、既に指定の探索を終えたロボコン部は、どんどん今までの探索地区を無視して動き始めている。
ドローンの遠隔カメラから見る光景は、今までの一定の秩序が失われ。
なんというか。色々な意味でカオスだ。
センチピート暁の動きが、かなり鈍くなってきている。
大丈夫だろうか。
不安が募る中、卜部が不意にぼそりと言った。
「ちょっとまずいなー」
「どうしたの?」
「土方部長、センチピートちゃん、機嫌が悪いですね」
「……」
それだと分からない。
困っていると、卜部は追加で言う。
命令の伝達が、無視出来ない程遅くなってきているという。
それは此方でも確認はしているが。
卜部の言い方からして、それだけではあるまい。
「何だか、カメラも動きが鈍い気がします」
「……」
今の時間を確認。
そろそろ十二時五十分。後一時間と少しで探索時間は終わりだ。
追加探索地区一を探索完了。
データを届けるべく、外周にセンチピート暁を向かわせる。
口をつぐんでいる卜部。
これは、ちょっとまずいかも知れないなと、土方も思ったが。兎も角、センチピート暁は、ずっと改良を行い。実験をして来たのだ。
信じるしかない。
データの引き渡しを実施。
問題なく完了。
他の学校も、四苦八苦している。
中には、追加探索地区を取り消される学校もあった。
ロボットが限界と判断され、そこまでとされたという事である。擱座扱いにされないのは有情だが。
それでも、順位ではかなり下にされるだろう。
また、そういったロボコン部が出ることで。
追加探査地区が微妙に変更される。
うちも、最後に向かう探査地区のデータを入れ替えなければならず。思わず閉口する。
武田はそれでも、凄まじい打鍵音を響かせ作業をしてくれており。
現地の卜部も梶原も音を上げていない。
想像を絶するカオスの中。
腕組みして現場を見下ろしている嵐の魔女は、堂々としていて。最初からこうなることを、理解していたようだった。
探索地区に到着。
確かに、目に見えて分かる程センチピート暁の動きがまずくなっている。
国際はどうか。
あっちもかなりきつそうだ。
というか、爆心地近くを探索していたロボコン部のロボットは、どれもダメージが激甚に見える。
軍のロボットでも消耗が激しいと聞くのである。
高校のロボコン部のロボットでは。
それはこうなるのも当たり前か。
ため息をつきながら、作業を続行して貰う。
このままだと、センチピート暁は致命傷を受けるかも知れない。そうなると、多分放射線でやられた機械部分は総取り替えだ。
取り替えた部品は鋳つぶしたり何なりで再利用される。
AIや今までに蓄積したデータはバックアップを取ってあるとはいえ。
あまり良い気分はしない。
十三時二十分。
此処までを言い渡される学校が更にもう一校。探索範囲がまた拡がる。
口を尖らせる武田。
テレビ会議でも、目に見えて分かる程不機嫌になっている。
上杉は涙目。
だがそれでも、必死に卜部を支援してくれている。
残り時間がわずかな状況で。
黙々と、生き延びたロボコン部達は探索を続け。データを持ち帰っていく。やがて、国際が最後のデータを持ち帰って、緩慢に移動開始。
うちも、である。
十三時四十分。データの引き渡しが完了。
残っていたロボコン部も。
十三時五十五分までには、データの引き渡しを終え。
それらに、負けを言い渡されるものはなかった。
とにかく、疲れるロボコンだった。
最初から厳しすぎる難易度。文字通り嵐の魔女と呼ばれるだけの厳しさはある大会運営に引きずり回された観はあるが。
或いは、何処まで出来る人材が育っているか。
更には、現状の手札でどうやって探索を完了するか。
それらから総合的に考えると。
或いは、嵐の魔女のやり方が、最善手だったのかも知れない。
グエンが黙り込んでいる。
卜部が話しに行ったので、ちょっと驚いた。
「グエンさん、ちょっといいー?」
「ん? 暁工業高校の、上杉の後輩だな」
「はい。 卜部でーす」
「雰囲気が随分違うな」
疲れ果てている様子のグエンは、若干しらけた様子で卜部を見上げるが。逆に、卜部には他人に話しかける余裕があるという事である。
大会が終わり、皆が帰り始めている。
一緒に途中まで行こうと卜部がグエンに声を掛け。
少し悩んだ末、グエンは頷いていた。
国際のもう一人は、元々グエンが気にくわないのだろうか。さっさと先に帰ってしまっている。
まあ、こういうので一緒に帰らなければならないという規則など無い。
別に責めるほどの事でも無いだろう。
歩きながら、卜部は色々話をグエンに振っている。
フランスに興味があるらしい。
その背後霊のように梶原が歩いているが。
グエンはむしろ、いつも見かける梶原の方に興味があるようだった。
「じゃあ、エッフェル塔の再建って、まだ目処が立たないんだ」
「パリには特大のICBMが落ちたからな。 今何カ国かの合同チームで放射能汚染の除去をやってくれているが、それでも人が戻れるのはまだ一年は先だそうだ。 私は丁度そのちょっと後くらいで帰るから、ひょっとしたらエッフェル塔の再建作業に参加するかも知れない」
「素敵だね」
「ただ、ただのモニュメントなんて作ってる余裕は今は無いから、何かの実用的な施設になるとは思う」
まあ、それはそうだろう。
資源が足りないのに、モニュメントなんか作っている余裕は無い。
梶原に、グエンは話しかけていた。
「そっちのロボット大丈夫か? うちのはかなり内側がやられていて、回収した後調べたらエラーで真っ赤っかだった」
「……うちも」
「そうか。 何処も内部のシステムは総入れ替えかも知れないな」
「でも、仕方が無い。 ……それに、今回のロボコンで得られたデータは、災害復旧時の貴重な資料になる」
頷くグエン。
ロボコンが行われたと言う事は、近々あの地区の汚染除去が開始されると言う事だ。
その時には、今回命がけで撮影してきたデータが役に立つことになる。
多くのロボットが致命傷を受けたが。
ロボットとは人間の盾として存在しているものなのだ。
だから、それには大きな意味がある。
人間は彼処には入れなかった。
遠隔からの撮影でも限界がある。
だからこそ、至近で撮影し。
色々なデータを集めてきたロボット達は。文字通り、この世界のために、命を散らしたのである。
ため息をつくグエン。
駅に到着。
ハブ駅まで一緒に行って、其所で別れることにする。話がいつの間にかまとまっていた。ぐいぐい行くなあと、卜部を見ていて思う。
上杉は家に帰り着けるか不安だったが。
その辺り、卜部は大丈夫だろう。
「それでお前、来年は部長になるんだろう?」
「何かうちの学校、七人もロボコン部に入りたいって新人がいるらしくてねー」
「そっか。 上杉の方が二枚くらい上だから、もうちょっと腕を磨かないと、ロボコン部で差が出るぞ」
「はは、手厳しいね」
グエンの見立ては厳しいが。
実は土方も現状はそのくらいの認識だ。
ただ、ともかく卜部にはメンタルの強さという武器がある。
来年分割されるロボコン部。
どちらに梶原を入れるかはまだ考えている途中なのだが。これは、卜部の方のロボコン部に、梶原を入れる現状案を撤回しても良いかも知れない。
ハブ駅で、グエンが土方によろしくと言って、帰って行く。
そういえば国際の生徒は寮暮らしか。
時々土方の所にメールを送ってくるが、或いは寮では孤独なのかも知れない。
昔と違って、留学生と称して招き入れた奴隷をこき使っているようなことはないだろうけれども。
それでも、孤独が苦手な人間にはつらいだろう。
孤独がむしろ好きという者もいるのだが。
さて、卜部は大丈夫だろう。
家にまっすぐ帰るように告げる。卜部ははあいと言っていたが、はてさて。
まあ見かけと裏腹に、別に男遊びに精を出すタイプでもない。大丈夫だろう。
後は、結果だが。
ほどなく、順位が出た。
総合評価の結果。
一位は国際。
正直な所、今回は完走できただけで上出来である。帰ってきたセンチピート暁をチェックするのが、今から悲しくてならない。
準備はしていたのに。
多分、中身は総入れ替えだ。
そして、二位はうち。
またしても二番手。
だが、卜部は初陣で二位だったとも言える。そう考えれば、まあ充分な戦果だと言えるだろう。
卜部にはメールを入れておく。
何だか色々デコレーションがついたメールが帰ってきた。
一応嬉しいらしいので、良しとしておこう。
だが。
また一位を逃したのも事実だった。
すぐ公式HPに採点の基準と、結果がアップロードされる。
この辺りは殆どが自動で行われている。
昔はHPの管理はとにかく大変だったらしいと聞いた事があるが。
今はそうでもない。
採点の結果は無茶苦茶細かい。
画像の質。隅々まできっちり撮影できているか。プラスアルファの情報を取れているか。他色々。
更にはロボットの頑強性。
探索時の動き。
それらも全て採点対象になっていた。
得点を見ると、基本的に加点法で採点されていたのだが。最低点がそこそこ高い。これは、探索をクリア出来たから、なのだろう。
最初に言っていた、探索をクリア出来れば全校に内申を+という件。
それだけではなく、こうやって得点も+していた、と言う事か。
ちなみにうちは。
国際と、2点差。
1200点だった国際に対して、1198点である。
負け判定を貰わなかった校で、最低点が499点。また、三位が918点だった事を考えると。
もう、笑いがこみ上げてくるような僅差である。
頭を抱えれば良いのか。
それとも突っ伏してハンカチでも引き裂けばいいのか。
勿論ハンカチがもったいないので後者は駄目だ。
大きな溜息が何度も漏れた。
この結果は。
本当に、この結果はないだろう。
運に見放されているのは分かっている。今回の大会は、何処の学校も大苦戦だった事も分かっている。
得点配分を見る。
殆ど国際と互角だが、唯一決定的に負けていたものが、速度だった。
実の所、調査内容そのものは、うちと国際が同点。
しかしながら、速度でかなり点差をつけられている。
むしろ動きなどはうちのセンチピート暁の方が評価されているくらいなのだけれども。だが、今回の大会で重要なのは、調査内容である。
だからこそ。
これは、僅差ではあるが。
負けは負けとして受け入れなければならないだろう。
武田から個別チャットが来る。
気は重いが、受ける。
「結果見たよ。 気を落とさないで」
「いや厳しい」
「分かるけど。 まだ二回残ってる」
「……」
またしても。またしても二番手。
案の定だが、SNSなどでは永遠の二番手伝説とか言うのが作られて。うちが揶揄されている。
流石に試合内容が試合内容だったので、其所を揶揄する者はいなかったが。
今回で、またしても一歩及ばなかったことから、暁工業高校を「ルイージ」などという渾名で呼ぶ者まで出ているようだった。
いうまでもなくゲーム史に残る二番手キャラだが。
流石に引きつった笑いが浮かぶ。
「もう一度言うけれど、まだ二回残ってる。 だから、最後までやろう」
「分かってるよ。 だけれども、心折れそう。 確かに今年の上旬、運で勝たせて貰っていたのは分かっていたけれど、此処まで露骨な揺り戻しが来なくても良いと思うんだけれどな……」
「いや、今回は運関係無い」
「……」
その通りだ。
武田の言う事は事実である。正論だ。だからこそに受け入れなければならないし、だからこそに悔しい。
「卜部はよく頑張ったし、今回は全員がベストを尽くせたよ。 後は、センチピート暁が戻って来たら、葬式してやらなければならないかも知れないね」
「葬式か……」
「ひょっとしたら、部品は全滅しないかもしれないけれど。 多分駄目になってる部品、かなり多いと思う」
また溜息。
だが、どうしようもない。
ロボットは人の盾。
その役割を全うしたのなら。
せめて、敬意を払って送ってやる。
それが、作った者の責務というものだ。
帰ってきたセンチピート暁は文字通り満身創痍だった。
まずはアーマーを研磨して、放射性物質を落とす。やはりかなり付着していたので、かなり削らなければならなかった。
削ったアーマーは、とかした後、放射性物質の汚染除去に回す。
そうすることで、放射性物質を除去し。アーマーの素材も再利用できるのだ。
そして内部の調査。
つなげてみると、エラーで真っ赤っか。
分かりきっていたが、部品の幾つかが完全にやられ。また幾つかが、機能を半分停止している。
一方で、中枢部分は無事だ。
体はやられたが、脳は無事。
つまり、センチピート暁は生還したのである。
ハード屋として、土方は時間を掛けてこのロボットを改良してきた。何があっても動き続けるように。
その成果は出たのだ。
あまり喜べないが。
確かに成果として、センチピート暁は、生きて帰ってきたのである。
すぐに再度データのバックアップを取得。
同時に、取り替えなければならない部品を確認。
内部に放射性物質が入り込んでいないかもチェック。
放射性物質に関しては念入りにアーマーを作り込んだからか、大丈夫だった。
だが、部品については、相当数が必要だ。
予算を圧迫するが。
それはもう仕方が無いと割切る。どうせムカデ型は需要がある。来年度以降も、ロボコンでは使う事になる。
それならば先行投資だ。
部品についてはグレードを上げる事にする。
部品を自作するレベルの技術が残念ながら暁工業高校にはないので、専門のキットを買うしか無いのだが。
こういうキットは工場で作られているわけで。
レベルが高い工業大学だったり。
或いは企業で実際に作成されたもののうち、ロボコンで使って良いものが指定されている形である。
或いは自作する手もある。
徳川なんかはそうしてロボットを作っているようだが。それは先ほども述べたように技術力もないし、そもそも部品を全てロボコンの大会運営に報告しなければならない。
駄目になった部品は全て遠隔作業で外し。
そして空っぽになったセンチピート暁は、一度電源を落とした。
ありがとう。
生き残ってくれて。
必ず蘇らせてあげるから、今は眠ってね。
部員皆で、そう感謝の言葉を述べる。
ロボットは人間の盾。
人間が危険すぎて入れない場所に出向いて。其所で人間がやると危険すぎる仕事を行うもの。
だから道具であると同時に、感謝を忘れてはならないのである。
それは土方の考えだが。
昔の軍人や武人が、武器に同じように感謝していただろう。
銃だったり剣だったり色々だろうが。
その辺りは、きっと同じ考えが、根底にあるのだろうと、土方は思うのである。
センチピート暁をしまったあと。
軽く今後の部活について話をする。
後参加予定のロボコンは二回。
次のロボコンで上杉、その次のロボコンで卜部を操縦手として出す。本当は最後に上杉を出しても良いかなと最初は土方も思った。何しろ、最後の大会である。
だけれども、連続で大会に出ないと勘も鈍るだろう。
それに、卜部には可能な限り経験を積ませてやりたい。
来年は部長である。
なお梶原には話を聞いてはいるのだが。やはり部長に向いていないことは自覚しているらしく。
部長になるつもりは無い、と言う事だった。
更に、もう一つ話もしておく。
「現状、どうにかうちのロボコン部は、全国の強豪とやりあえる力はつきつつあるのだけれども。 それでも、やっぱり惜しい所で競り負けるように、力が足りません。 だから、部活が二つに割れても、連携して作業をしていくように。 情報や技術は共有し、出るロボコン部を変えるだけ、くらいの気持ちでいてください」
部長としてそう話し。
上杉と卜部を見る。
どっちもテレビ会議の向こうで針妙に頷いたので。
まあ良しとする。
この二人、性格が正反対という事もあり、色々と懸念もあったのだが。対立は幸いしていない。
性格が反対なので、却ってそれが良いのかも知れない。
次回のロボコンについても話をしておく。
次もまたかなり厳しいロボコンになる。これから入念な準備が必要になる。
受験がない土方と武田も勿論がっつり協力するが。
コレまでよりずっと、ハード屋としては上杉と卜部、ソフト屋としては梶原に、頑張って貰う事になる。
それらを告げてから、一度部活を切り上げる。
それから、まずは上杉を個別にテレビ会議で呼び出す。
部品をリストアップしてあるので、これを発注し、部の予算で買うまでの流れをやってもらう。
作業はリモートで確認することが出来る。
後は、書類のチェック方法なども確認した後、受け取り。
チェックをした後、提出した。
卜部にも同じ事をして貰う。
今のうちに、部長としての業務になれて貰う事になる。当然だが、今後はもっと作業が増える。
卜部はまだ一年だが、来年は二年だ。
二年で先輩無しで、他四人が一年という状況はちょっと心細いかも知れないが。
それでも、技量があればどうにかなるし。
部を二つに分けると言っても。
技術や交流を分けるわけでは無い。
実際問題、幾つもロボコン部を抱えている強豪でも、試合結果などは共有していると聞く。
グエンからその辺りの話も確報を取っているので、少なくともこの国最強の国際工業高校でも、部の対立はないと言う事だ。
部活としての作業が終わったのが、夕方少し前。
あくびは出ない。
色々と心労が重なっている。
結局一位は取れなかった。まただ。後二回しか好機は無い。強豪と見なされてはいるけれども。
しかし永遠の二番手とも言われている。
決定打に欠く。
予算が増えているのだから、実績を出して欲しい。
そういう風に、校長に何度もせっつかれているし。
土方自身でも、予算が増えたのに実績を出せない自分を不甲斐なく思ってもいる。予算が増える前は運が味方についていただけ。今が普通の状態。そう言い聞かせることで、自身を戒めてはいるが。
それでも悔しいものは悔しい。
あくびはでないが、それ以上に溜息ばかりが出る。
メールが飛んでくる。
徳川からだった。
「高精度の調査結果、此方でも拝見した。 他の部も頑張っているし、これなら二次調査は必要なさそうだ。 軍で浄化作業の部隊を出してくれることになった。 これで国内からまた一つ、高汚染地区が消える」
戦略的に価値が無い、人里から離れているから危険度が低いと言っても。
放置しておいて良いわけがない。
何よりも、放射性物質除去のノウハウを蓄積するためにも、必要な作業である。決して無駄にはならないし。人類の寿命を延ばす作業でもある。
「武田には既に研究室に入った後の作業内容を伝えたが、土方にも伝えておこうと思う」
ずっと年下の相手だが。
なんというか、上の立場に立つのになれている感触だ。
徳川は淡々とそういう発言をメールで送ってきている。
なんというか、短期間いた高校のロボコン部で、孤立していたのもよく分かる。実際に徳川は国肝いりのデザイナーズチルドレンであり、この国を動かすために作り出された最高傑作の一人。
非人道的な事はさておき。
その能力については、国の要求点を全てクリアしてきている未来の星だ。
だが、少しは年上の相手を立てる方が良いのではないか。
そう思ってしまう。
勿論能力主義は結構なのだけれども。
それでも、このままだと恨みを買って後ろから刺されそうで心配だ。
徳川からの指示内容を確認。
幾つか組み立てが予定されている、徳川が設計したロボットの、実際の組み立てと試験作業が課せられている。
かなりの短期間でやらなければならないから、相当な集中が必要になるだろうが。現在は同時に進歩したスパコンでの高精度シミュレーションが出来るので、多少は試験回数は減らせるだろう。
それでも、国が使うロボットだ。
ざっと内容を見たが、どれも特化型。
独創的なデザインではあるが、人型は一つも無い。
何しろ最前線で。
人の盾となって働くロボット達だ。
中には、もはや巨大完結型システムとでも言うべきものもある。
水質汚染浄化の時に見たダム型のロボットに至っては、データをフィードバックしながら増産を続けているらしい。
彼方此方の国に輸出して、大きな成果を上げているそうだ。
人類に残された時間を稼ぐためだ。
そう考えると、土方も頑張らなければならないか。
なら、メールで少し本音を話しておくか。
軽く伝えておく。
相手が能力で劣る年長者の場合、ある程度言動を丁寧にした方が反感を買わないかも知れない事。
特に相手が大人の場合、その方が作業が円滑になるかも知れないこと。
それらを告げると、しばし徳川は黙った。
考え込むのは珍しいなと思った。スペックでは、土方なんて比べものにならないだろうに。
やがて、メールの返事が来る。
「分かった、努力してみる。 舐められないように威厳を出そうと思ってしていた事だったのだが」
「正直能力を見せているだけで舐められないと思います」
「……工夫してみる」
相手がそれでやりとりを打ち切った。
ふうと溜息をまたつくと、自分の肩を揉む。
やる事をまとめておく。
センチピート暁の部品は、数日以内に届く筈。
並行で次のロボコンの準備をする。
センチピート暁を蘇らせた後は、しっかり次の戦いに備えて、頭も切り換えなければならない。
何しろ、ムカデ型ロボットの出番は、もう今年は無いのだから。
それと、来年度初頭のロボコンに関するスケジュールは、既に発表されている。
上杉と卜部には、それぞれ出場するロボコンを三回分まで決めて貰う。
それぞれ使うロボットが被らないように、である。
残念ながら、ロボコン部が二つに増えても、部費が倍になるなんて都合が良い話はない。当分は、現状保有しているロボット達を改良しながら、ロボコンに臨んでいくことになるだろう。
メールだけ上杉と卜部に送ると。
そろそろ丁度良い時間だった。
風呂に入って、食事を取って。後は寝るだけだ。
だが、中々寝付けない。
枕とか環境とか、そういうものが原因では無い。未来への不安が原因だ。
人類の未来がかなり厳しい事は、今はそれほど気にならない。そもそも土方が生まれたのは戦争中だったし。その頃から、資源がやばい事も、人類の未来が暗い事も当たり前だった。
むしろ、来年以降のロボコン部が心配で眠れない。
何度か寝返りをうっているうちに、それでも眠くなってくる。
多分これは、体が若くて健康だからだろう。
うとうととし始めるのに気付くと、もうそれに体を任せてしまい、惰眠に落ちる。
惰眠でかまわない。
それで回復するのだったら。
4、足りない人材を補おう
徳川涼子は腕組みしながら現場の様子を見る。
設計したロボットが、想定通りに動き、放射性物質に対して、崩壊を促すナノマシンを散布している。
形状は平べったい円盤型で。
そして、足の数は十二対。
これは放射性物質を無力化するためには、面積を広げるのが一番だからで。故に面積が一番大きくなる円を選んでいる。
縦横無尽に動き回りながら、ナノマシンを散布しているロボット。
あのロボットは、一日辺り500メートル四方の面積から、致死量の放射線を発する放射性物質を取り除く事が出来る。
ナノマシンは放射性物質を崩壊させた後は、二週間ほどで自身も崩壊するようにくみ上げており。
ロボットは、この間土方達がロボコンで取得したデータを元に動き回りながら。
汚染を周囲から取り除いていた。
「徳川研究室長」
「何か」
今いるのは、研究室である。
研究室と言っても、徳川が一人で作業をする「自室」と、周囲にある指揮所や研究を行う実験棟などに別れ、大きさでも小さなビル一つを丸々締めているのだが。
今いるのは、研究室の中でも指揮所に当たる。
故に周囲には、研究室に入って貰った人員が何人かオペレーションを行っており。複数の「円盤型」ロボットの動向を確認してくれていた。
「此方の書類が届いています。 決済をお願いします」
「……」
書類か。
非合理的だと思うけれど、まだまだ紙の書類は健在だ。
ただし書類として使い終わった後は、大体分解して、また紙の書類に作り替える。その過程で出る汚染物質なども浄化して、肥料などに変える。
涙ぐましい努力である。
これらのリサイクルで出る無駄や汚染が多いものは、どんどん使われなくなってきている。
紙の書類は、無駄や汚染が出にくい、という事である。
書類の内容は、公式の決定。
研究室に申請していた土方、武田らの加入を認めるという内容である。
まあ、当然か。
徳川にボイコットされると、この国のロボット研究は大きく交代する事になるのだから。
それに、此処でしばらくの間使ってみて、適性がないと判断した人間は本人も希望も聞いた上で、進退を決めて貰っている。
ずっと此処で拘束するつもりは無い。
使えないから斬り捨てる、等という昔のやり方をするつもりはない。
会わないなら別の職場は紹介する。
当たり前の事だ。
ささっと決済すると、一旦スキャナに通して、問題が無いかをチェックして貰う。
問題が無いとAIが判断したので、そのまま書類を引き渡す。
「決済完了。 よろしく、いやよろしくお願いします」
「? ああ、分かりました」
土方に言われた通り、多少は態度を柔らかくしてみる。
まあそれで誤解が解かれるかというと、かなり怪しいとも思うが。
やらないよりはなんぼかマシだろう。
さて、円盤型の作業に戻る。
現在四機の円盤型が動いていて、数日内には汚染の除去が完了する。AIで連動するようにしているから、此方から特に操作する必要はないのだが。オペレーターは一人はついていなければならないし。放射性物質の量と発せられている放射線については、常時監視が必要となる。
円盤型は他にも活躍している。
生物兵器や化学兵器が積まれたICBMが炸裂した高汚染地区で、同型が国内で試験運用中だ。
これらは国内に残った高汚染地区の除去を完了した後。
国外にそのまま輸出する予定である。
現在、米国も似たようなロボットを開発しているので。技術を共有した後、更にバージョンアップしていくことになるが。
どちらにしても、汚染の除去をどんどん進めていかないと、人類の残り時間は増える事はない。
アラームが鳴る。
顔を上げて、内容を確認。
思わぬサイズの大岩の周囲にて、ナノマシンの散布が上手く行っていない。勿論円盤型には、ピンポイントでナノマシンを散布するためのロボットアームがついているのだけれども。
大岩が少しばかり大きすぎるのだ。
「如何なさいますか、徳川研究室長」
「……ドローンから80式爆弾を投下。 円盤型は離れさせろ」
「はい」
即座に作業が実施され、岩が爆砕された。
すぐに作業は再開されるが。
放射性物質まみれの岩が爆砕されたので、その周辺は作業のやり直しである。まあ、一手間増えたくらいだが。
手持ちの端末が振動する。
連絡が来たという事だ。
通話を受けると、相手は環境復興庁のお偉いさんだった。徳川を研究室長にした一人である。
別に感謝なんかしていない。
ただ必要な仕事を任せられて。その通りにやるだけである。
「徳川君、君が作った幾つかのロボットが、国内で実に大きな成果を上げていて……」
「ありとうございます。 要件は」
無駄話をするつもりは無い。
今、指揮所にあるモニタに映っているロボット達は、非常に多数。同時展開で、複数の作業を行っている。
その作業状況の全てを徳川は把握しているし。
何処が上手く行っていないか。
改善の余地があるか。
それらについても監視している。
オペレータから上がってくるデータは全て目を通している。
それには、脳のリソースが相当に必要で。無駄話なんぞしている余裕は、生じないのである。
相手が鼻白むのが分かるが、ご機嫌伺いをしている余裕は無い。
これは娯楽では無く、人類の寿命を延ばすための、必死の抵抗。要するに先代、先々代くらいの人間がやらかした事に対する贖罪であり、尻ぬぐいでもあるのだから。
「……君の作ったロボットや、各国でつかわれているものを集中し、幾つかの穀倉地帯と鉱山を復旧する計画が持ち上がっている。 増産については此方で行うが、計画に対する会議に参加してほしい」
「分かりました。 会議の日時は」
「君の端末に送っておこう」
「確認しておきます」
通話を切り上げる。
周囲が冷や冷やしているのが分かった。遙か上にいる上司に対して、仕事を邪魔するなと言わんばかりの態度に出ているからだろう。
土方の言葉を思い出す。
もう少し、相手を立てた方が良いかも知れない。
とは言っても、徳川自身がそもそもこういった作業をするために、「作り出された」存在なのである。
その存在意義を潰してまで。
相手の顔を立てる意味があるのだろうか。
ダム型を展開して、汚染の除去をしていた河川の一つが、充分な状況に到達。水源の汚染は既に除去済みだから、後は少し時間を掛けて河川の状態が回復するのを待ち。その後、試験的に魚などを放して、生態系の再構築を試みる。
一度生物が完全消滅した川だが。
時間を掛けて、人工的に環境を復活させれば。
時間さえ掛ければ、その内にまた、資源を採取することが出来るようになる。
すぐにダム型の輸送を指示。
国内で、幾つも同時に作業を行っている。様々なサイズのダム型も同時生産していて、輸出もしている。
その輸出先での実績も、毎日確認。
もしも想う様に実績が上げられていないなら。
即座に状況を確認し、改良のパーツを送るなり、運用を指示して。上手く動くようにしなければならない。
実際問題、汚染のレベルが違う場所に投入したら。
今まで動いていたものが、全く動かなくなった例は枚挙に暇が無い。
徳川が作ったロボットでは今の時点ではほとんどそういう例はないが。
今後は生じてくるかも知れない。
幾つかの指示を出した後、自室に戻る。とりあえず。問題があったら呼ばれるだろう。その時はその時対応するだけだ。
自室だと落ち着く。
やはり一人でいるのが一番だ。
会議のスケジュールを見たが、参加するのが大変に憂鬱である。
今の時代、昔のような政治的パワーゲームでのし上がってきた政治屋が政治をしている事はない。
さっきの官僚だって、実際の環境復興の手腕によって、庁の長にまでのし上がった人物である。
それでもなお。
面倒くさい事は事実なのだ。
大きくため息をつくと、ぼんやりとして、頭を休める。
軽く糖分を頭に入れようと思って、有名な炭酸飲料を口にする。これも昔は、飲み過ぎると歯が溶けるだの何だの、色々と言われていたものだっけ。
実際の所、カフェインと糖分により、仕事時に飲むにはかなり良い事が分かってきているのだが。
それでも、若いのにそんなのを飲んでと。
徳川に対して、白い目を向けるものは少なくなかった。
データを閲覧しながら、同時に考える。
来年、目をつけていた人材を増員して。同時に何人かを余所の研究室に移す。
此処ではあわなかった。
それだけだ。
その頃には、もっと徳川が開発していたロボットが完成して。
それらを前線に投入できる。
来年までには、ダム型のアップデートも更に二段階くらいは進めておきたい。今の時点でも、考えている改良点が幾つかある。
それらを全て反映できれば。
ダム型の性能は更に上がる事になる。
あれをロボットと呼んで良いのかは分からないが。
それでも、世界の。
人類の寿命を延ばす切り札になりうるロボットだ。
いつの間にか、眠ってしまっていた。
目を擦って起きだすと、顔を洗ってすっきりする。自室の周囲には生活スペースもあり。徳川は実質此処で暮らしている。
そして、此処は快適だ。
むしろ、自室から出て、他の人間と一緒に仕事をしている時は鬱陶しいが。
一人で淡々と作業を進めているときは、気分が良いくらいである。
幾つかのデータを確認。
汚染除去は何処でも特に大きなトラブル無く進んでいる。
だが、データを見る限り。
また幾つも、改善点が思い当たってくる。
それらを軽くメモしながら、職場に出る。
会議は明日。
それまでに、幾つかの作業を少し急いで、実績を作っておかなければならない。
専用に与えられているコンソールに、残像を作りながら打鍵しつつ。
幾つかの作業を並行で進めていく。
人類が生き残れる可能性は現時点で3%と言われている。
それを、今年中に5%までは引き上げたい。来年が終わる頃には、15%と言わせてやりたい。
そう、徳川は考えていた。
(続)
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