未来の欠片
序、空からの守り手
ドローン暁が離陸する。今回は試験運用を既に終えている。次の大会のための調整を行っているのである。
夕方の空を、機械の鳥が舞う。
既に世界中で、いわゆる渡り鳥は絶滅。
いるにしても動物園でわずかに保護されている個体だけである。
鳥そのものもかなり減っている。
特に大型の鳥は大きな影響を受けており。
猛禽類に至っては、絶滅寸前。
全ての個体にタグがつけられ。
遠隔で監視をされている有様だ。
それくらいの破壊が、地球を襲ったのである。
以前、ドローン暁をロボコンに出したとき。
上空からの強襲を想定したが。
あれは実際には、猛禽に襲われる場合、ドローンを停止するか回避しなければならないからであり。
もし猛禽を傷つけでもしたら、とんでもない罰金を支払うことになる。
現在の世界は。
それくらいに過酷なのだ。
黙々とドローン暁から送られてくる映像を確認。
土方は口を押さえながら様子を見る。
性能は悪くない。
ちまちまと強化を続けてきたのだ。
特に次の大会では、このドローン暁を用いる。これに更に強化を加えるのだ。今日、飛べなければ意味がない。
しばらく試験飛行を行い。
スペックを確認し、データとして残しておく。
そしてデータを回収した後。
工場に戻した。
一旦格納し。
それから、テレビ会議で、皆と話す。
操縦をした上杉は、全く問題が無い。これについては、最近は本当に淡々とやれるようになってきたなあと思う。
このまま行けば。
押しも押されぬ部長となれるだろう。
後は、人をどう扱うかだが。
それについては。昔ほど大変では無い。
補助ツールがいくらでもあるし。
リモートで授業をしたり部活をしたりするのが当たり前の現在。
スクールカーストという邪悪な風習は、この世から消えたのだから。
上杉は能力だけを淡々と見せ。
相手との折衝はAIにでも任せれば良い。
一人の人間が何でも出来るというのは、あまり褒められた行為では無い。
その人間がいなくなれば。
機能不全になる事を意味するのだから。
さて、次だ。
武田だが、最近は機嫌が悪くなっているものの。今日は補助作業をきちんとこなしてくれた。
これから追加する部品についても把握し。
プログラムを組み始めている。
梶原は、問題ない。
メインの補助として、上杉を良く支えてくれている。
最近はロボコンの動画で背後霊とか言われるようになっているが。本人は知っていて、まるで気にしていないらしい。
興味も無いのだろう。
卜部はハード屋として経験を積んでいるし、上杉の操縦手としてのサポートをきっちりこなしてくれている。
これ以上望むものはない。
以上。
今日の部活については終わり。
此処からは、明日以降の部活について、である。
「次の大会について、詳細を発表します」
実の所。
普段はもっと早くに発表するのだが。今回は大会側が、HPでの情報公開を遅らせたのだ。
多分意図的なものだろう。
突発的な対応力を試すためだろう事は、容易に想像がつく。
実際今までも、そういうロボコンは多かった。
今は人材育成のため。
直前まで情報を知らせないロボコンは増えてきている。
そういう難易度が高いロボコンでは。
今まで通じたルールが通じないケースもあるし。
強豪校が、あっさり落ちたりする。
逆にマイナー校にはチャンスにもなりうる。
今は、どうしてか強豪扱いされ始めているうちも。
気を付けなければならないタイミングである。
「次の大会は、ドローンによる生物、植生の分布確認です」
「……」
難しい事は分かっている。
現在人間が入れない場所は幾つか存在しているが。
その中の一つ。
汚染が比較的薄い場所で。
どうも生物が存在している可能性が出てきたらしいのである。
残念ながら、そんな可能性の低い場所に国の高性能ドローンを出すわけにも行かず。
ロボコン側で対応する、と言う事になったらしい。
なお大会の内容が内容なので。
次のロボコンでは、今までにないほどの堅牢性がドローンに要求されるが。
そのために、徹底的にテストなどをこなさなければならないのである。
卜部を見る。
ドローンは嫌いだと公言していて。相応の理由もある彼女だ。
今は大丈夫だろうか。
今のところ、平然としているが。
いつも得体が知れないのが卜部である。
本音は分からない。
ドローンそのものは、多分大丈夫だろう。現時点では、充分に満足できる性能をたたき出している。
ただ、テストの結果ではどんなバグが出るか分からないし。
ここからが正念場とも言える。
問題は、要求能力である。
既にドローンに撮影能力が求められることは分かっている。
大会の内容は具体的には分からないのだが、多分次もトーナメント式とか総当たり式とかでは無く、かなり変則的なものになる可能性が高い。
ロボコンだと総当たり式やトーナメント式が一般的なのだが。
ここのところ、大会を幾つか調べて見たのだが。どうもその原則を、大会運営側が崩しに来ているようにも見える。
或いは、だが。
年度後半に入ってきているから。
そういった方式を意図的に増やす。
そういう事なのかも知れない。
年度前半は、まずロボットの耐久性を試すために、敢えて多くの試合を行って、其所で激しいつばぜり合いをさせた。
今までは年度後半もそうしていたのだが。
今後は、丸一日をフルに使い。
連続可動性と、耐久性を同時に試しつつ。
ロボットの性能を見る形式に変えていく、というつもりなのかも知れない。
いずれにしても、次の大会では、ドローンを用いる。
流石に9時から14時までずっと補給無しに飛ばす事は難しい。出来るには出来るが、大学以降のロボコンにおける要求性能になる。
それを考えると、補給はあると判断して良いだろうが。
いずれにしても、性能は上げておくべきだ。
挙手したのは梶原。
いつも、すっと無言でかつ無音で手を上げる。
「それで、生物の存在をどう確認するか、ですが……」
「大会側から公開されていません」
「ああ……」
上杉が頭を抱える。
当日までプレッシャーを抱えなければならないと悟ったのかも知れない。まあ、上杉のメンタルが脆いのは昔からだ。
別にそれを突く事もない。
現状メンタルが問題で大会で負けたりはしていない。
体力が問題で負けたことはあったが。
それは補助してやれば良いだけの事である。
「そこで、カメラ類の他には、レーダーもつけたいと思います」
「今から!?」
「厳しいですか?」
「……」
実は、レーダーそのものは。在庫がある。
ちまちまと今まで稼働用のプログラムを組んでもいる。
で、問題は。
それがきちんと動くか、である。
結合試験で動かなければ、ドローンがただ重くなるだけ。そしてドローンにとって、重さは非常に重要なのである。
以前の大会でもそうだったが。
ドローンの重さは、ドローンの耐久性に匹敵する課題で。
これがちょっと変わるだけでも、全然挙動が違ってくるのだ。
幸いレーダーはそれほど重いキットでは無いが。
これを欲張って取り付けると。
悪影響が出る可能性は確かにある。
梶原はいつものようにじっと黙り込んでいるが。武田の方が、無言で俯いてしまった。武田としても、あまり賛成はしたくないのかも知れない。
しかしながら、今回も大会運営側が、詳細と称してふわっとした内容しか提示してきていない。
この辺りは、人材育成に力を入れているが故だろう。
創意工夫で、要求に応じて見せろ、というわけだ。
更にである。
汚染地帯を調査するのだ。
正直な話、いるかどうか分からない生物を、発見できなくても別にかまわない……というのが大会運営側の本音なのだろうと、土方は見ている。
武田が咳払い。
最近目立って機嫌が悪くなっている武田に、上杉がひっと小さな悲鳴を盛らす。
どうやらこの苦手関係。
多分最後まで解消できそうにない。
「それで、レーダーを積んで、結合試験をして。 間に合ったとして」
「間に合ったとして?」
「……他の学校に勝てるかどうかは分からないけれど?」
「他の学校も、多分うちと同じ事を考えていると思います」
はあと武田はため息をつく。
分かってはいるのだろう。
強豪校は、ある程度情報も受け取っていて。或いはもっと色々な機能。場合によっては、地上スレスレをホバリングしながら、虫などをキャプチャする機能を搭載しているかも知れない。
うちにはその手の情報は流れてきていないが。
少なくとも、ドローンで上空から撮影、というだけでは駄目だ。
多分勝てない。
だったら、プラスアルファを出来る範囲でやる。
それしかないだろう。
「分かった、時間はぎりぎりだけれど、今まで組んでいたプログラムも引っ張り出してやってみる。 今のドローン、ほぼ完成形なんだけれどなあ」
武田の懸念はもっともだ。
文字通りの蛇足になるというのだろう。
だけれども、それくらいの危険を冒さなければ。
強豪校には勝てない。
いっつもいっつも二位かそれ以下。
結局、優勝は一度も出来ていない。
上杉を一瞥する。
土方と武田が二年の時は、一度も優勝を経験できなかった。三年になってからもだが。ともかく、一番現役で動いていた二年の時に、どうにも出来なかった。
だったら、せめて後輩の上杉には。
その意図には、武田も気付いてくれているはず。
悔しい思いをしたのは同じなのだから。
そして、来年からは、同じ徳川の研究室で、商用、或いは国家用のロボットを研究、開発、実験していく可能性が高い。
以降、上杉達の面倒を見る余裕は無くなる。
だったら、今のうちに。
出来る事は全てして。
渡せる物は全て渡しておかなければならないのだ。
テレビ会議を終える。
武田に個別チャットを入れるが。反応が鈍い。
多分、今総力でプログラムを組んでいるのだろう。
他の機能は全て完成している。
最悪の場合、レーダーを取り付けて、その情報をドローンの制御プログラムと組み合わせるだけでもいい。
今後の大会でも、レーダーがついたドローンのノウハウがあれば。
接触の回避などで、役に立ってくれる筈である。
「与野、機嫌が悪いね」
「うーん、それはごめん。 ちょっと今は色々と神経質になっていてね」
「分かるけれど、流石に会議の時は……」
「分かってる」
凄まじい打鍵音がずっと響いている。
と思うと、ぴたりと止まったりもする。
プログラミングは、楽しい作業では無い。大半はミスのチェックや稼働試験になる。
今は様々なツールでの補助が極めて充実しているのだが。
それでも、おかしな動きをするときはする。
「間に合う?」
「一応の結合試験まではやってみるけれど、その間に飛行テストはしておいてよ」
「うん、それはやってみる」
「なら、こっちも梶原と一緒に全力を尽くすよ」
チャットを切る。
ため息をつくと、工場にあるドローンに遠隔でアクセス。
今、丁度レーダーと接続する作業をしているところなので、それを補助する。
組み込み自体はキット化されているので簡単なのだが。
問題は組み合わせた後動くかだ。
先に計算などを済ませておく。
ハード屋としての仕事を、しっかりやっておくべきだと判断したからだ。
今回も時間がないのに、不意に大会側が要件を出してくる物だから、色々と困ってしまう。
だが、それも実力を試されているのだと思って、我慢するしかないし。
今後は人類の滅亡が間近まで迫っているのを背後に感じながら。
国の研究室で、徳川と一緒に頑張ることになる。
研究室に入ったら、二段階レベルが上のセキュリティが敷かれて。リモートで作業をするか。
もういっそ、研究室で直に作業を詰め込みでやっていく事になるだろう。
話によると、徳川なんかは、家族とも上手く行っていないらしく。
現在は研究室に泊まり込みだそうである。
まあ、それもそうなのかも知れない。
徳川はデザイナーズチルドレンである。
国から教育用の人材がつけられてはいただろうけれど。
何しろIQにしても200とかそれ以上とかだろうし。親と普通の会話が成立するとも思えない。
そして、である。
徳川は孤独の筈だ。
前にあった時もそうだが、今もメールを送ってくることを考えると、そうだとしか思えないし。
何より国が用意した人材がマッチしているとも思えない。
武田なら兎も角、土方のようなボンクラに声を掛けて来たという事は。
多少は周囲に信頼出来る(最悪裏切らないだけでもいい)人間がほしいのだろう。
土方に、右腕たる能力を求めているとも思えないからだ。
一通り試験を済ませる。
飛行試験を積み重ねておきたいところだが、これからロボコンまでの期間の殆どはレーダーの結合試験に費やされるだろう。
一応理論的には、レーダーを搭載したくらいで飛ばなくなることはない、と結論出来ている。
それならば一旦それで満足し。
次に行くしかないだろう。
黙々と、土方に出来る事をやっていく。
不意に、学校側からメールが入った。
来年度の生徒の中に、ロボコン部に入りたいという生徒が七人いる、と言うことだそうである。
となると。
うちはロボコン部を分割する必要が生じて来る訳か。
少し考え込む。
基本的に部活は五人まで。
今の時代の鉄則だ。
そして今年、うちは幸運に味方されたこともあるが、強豪校とかなり良い線まで渡り合っている。
多分、大会運営側は強豪として認識しているはずだ。
だとすると、来年度のロボコン部を二つに分けるのは、合理的な判断だとも言える。
調べて見た所、国際は四つ、東山は三つ、同じく京都西は三つ。西園寺は二つ、ロボコン部を有していると言う。
強豪校はそういう風に、多数のロボコン部を持っているのが当たり前で。
それぞれに別の大会に出させ、より効率よく人材育成をしていると言う話である。
ならば、別に不思議な事は無いだろう。
分かりました、と校長にメールを返信。
いずれにしても、来年は、上杉と卜部が、それぞれ部長をやる事になるだろう。その内卜部の負担が大きい。
先にメールを入れておく。
卜部は分かりましたあといつも通りのマイペースな返答。
まあ、分かっているならそれでいい。
肩を自分で揉むと、夕食にして。風呂に入ってから、寝ることにする。
今の時点で自律神経はやられていない。
今後も、自律神経を壊さないように注意しながら生活していかなければならないが。上手く行くかどうか。
両親には、既に徳川の研究室に入ることは告げてある。どこの企業よりも待遇が良いし、国の肝いりとなれば企業側は諦めるしかない。両親はあまりいい顔をしなかった。出来すぎる人間の下につくと大変だと、知っているのかも知れなかった。
何度か寝返りをする。
色々不安はあるが。ともかくなんとかしていかなければならない。
特に明日が山になるだろう。小さくあくびをすると、土方は目を閉じて。戦いに備えるのだった。
1、既に戦いは始まっている
ロボコンの大会HPをチェック。新しい情報は出ていないが、いずれにしても情報が追加されている。
今回は、参加校が丁度100校。
前回に比べると少し少なめだが、問題はその面子。
当然のように、西園寺が参加してきている。しかも、二つのロボコン部が同時に、である。
こういう参加形式もたまにあるが。
基本的に今、ロボコンは毎月何度も色々な種類で行われているため。同じ高校のロボコン部どうしでかち合うような大会参加はしないのが暗黙の了解だ。
だが、それを破ってきた。
ドローンに関して、絶対的な優勢を確保したいのかも知れない。
ドローンは西園寺。
そういう評判を、確保したいのかも知れなかった。
西園寺の戦績を見ているが、並み居る大会で上位成績を総なめしている。流石に農業高とタイアップして、技術協力しているだけはある。
残り少ない耕地で、効率よく農作物を収穫管理するには、ドローンが必須。
農業高側にもメリットが大きいし。
工業高側にもメリットが同じく大きい。
そしてブランドとして名前がつくようになれば。
それだけ仕事も来るようになる。
会社からも好待遇で就職の声が掛かるし。
会社側としても、ドローンのスペシャリストを確保出来ることになる。全方面に対して大きいわけだ。
この他、東山が今回は出ているが、国際は出ていない。
どうやら他の大会に出ている様子で、そっちにグエンも参加している様子だった。
流石にいつもうちとぶつかるわけにもいかないのだろう。
一方京都西も出ていない。
此方はうちを目の敵にしているのだが。
今回はたまたま、ぶつけてくるドローンが間に合わなかった、と言う事だろうか。
まあいい。
ドローンを扱う以上、かなり激しいロボコンになる事が想定される。
此方を目の敵にしているような相手とは、出来るだけかち合いたくないというのが本音である。
というわけで、まずは要注意の相手が東山と西園寺になる。
このうち西園寺は、ドローンのロボコンだから出てくるだろう事は想定していたし。何よりも西園寺は複数のロボコン部を出してきている。相手の戦力を単純に二倍とはカウント出来ないが。
手強い相手だというのは事実だろう。
さて、何処までやれるか。
授業が終わった後、部活で軽くミーティングをし。
それから、結合試験を黙々とやる。
昔と違ってシミュレーションは相当に進歩しているし。
何よりも、プログラム関係のデバッグが長足の進歩を遂げている。
だがそれでも、結合試験は厳しい。
淡々とエラー項目が上がってくるので。
それを皆に振り分ける。
全員で共同して、エラーの解決策について、ウェブでのサポートシステムなどを活用して解決していく。
ギリギリになるが。
西園寺と東山以外は、みんな同じ条件で戦っている。
そう思えば、多少気も楽だ。
作業を進めていく。
残り日数が容赦なく削られていく中。
どうにか結合試験を完了させる。
後は実際に飛行させてみて、どうなるかである。
日数がギリギリになるので、土方が武田と工場に出向く。授業の後だから時間はあまりないが、それでも実際に上手く行っているかの検証はしておかなければならない。
ドローン暁は、前に大会に出したときより、一回り大きくなっている。
全体的に頑強になり。
特に四つあるローターは、どれも極めて強固になっていた。
勿論事故を防止するため、人体に対する接触事故対策はばっちりほどこしてあるが。
それも含めて、実験を可能な限りやる。
黙々と武田と実験をこなしつつ。
時々チャットで上杉と梶原、卜部とも話し。
気がついたことがあれば話して貰う。
これは重要な事だ。
相手が上級生でも、ミスや気付いていないことがあったら指摘してほしいし。更に言えば、上級生の言うことだからと言って鵜呑みにせず、客観的に見る能力がほしい。
昔はご機嫌を如何に伺うかが社会の全てで。
それが出来る奴が、実務能力関係無しに社会の上層に行っていた。
その結果、社会が滅茶苦茶になったが。
結局、戦争が起きるまで。どうしてそれがまずいのか、人類は気付けなかった。
今ではこうやって、誰でもものを言える体勢が構築されているし。
後輩にはそう指導するよう徹底されているが。
それでも前に上杉に色々していたクソ教師が実在するように。
社会全土が全てそうなっているわけでもない。
ドローン暁はどうにか飛んでくれる。
操縦手をやるのは結構久しぶりだが。
腕は鈍っていない。
以前よりスピードも段違いに上がっているし、精密動作も全く問題が無い。ならば、大丈夫だろう。
一旦工場にドローン暁を戻し。
後は帰宅である。
帰り道、軽く話をする。
電車のハブ駅で別れるまで、そう時間は掛からないので、後輩達には声を掛けない。
「何とか上手く行きそうだけれど、何か不安点はある?」
「あるに決まってる」
「だよねえ」
「そもそも西園寺が二チーム出してくる時点で嫌な予感しかしない」
西園寺は当然の事ながら、農業関係のドローンを使っている関係で、センサやレーダーにも強いはずだ。
現在汚染が大問題になっているが。
それでも、耕地に害虫を入れる訳にはいかないし。
雑菌などが繁殖するのを許すわけにもいかない。
それを考えると、西園寺は少なくとも、付け焼き刃の此方より遙かに性能で先を行っているとみていいし。
真っ向勝負を挑むと勝ち目がない可能性が高い。
此方は試合の度に色々なロボットを出してきて、総合力で勝負しているのだ。
西園寺はそれに対して、あくまでドローンに絞ってきている。
総合力と突出した能力。
ぶつけなくても、まあ勝負は歴然だろう。
ハブ駅で武田と別れる。
さて、此処からどうするか。電車に揺られながら考える。
操縦手の腕に関しても、西園寺は此方に比べてまだまだ上だろう。
そして競争などのラフプレイが許される大会ならともかく、今回のは違う。国が手を回す余裕が無いから、高校まで仕事が降りてきた。
そういう大会である。
多分だが、フルタイムで徹底調査をしながら大会側の役員が色々な角度から採点をするという形式になる。
そういう大会である以上。
安定して飛ぶ事。
恐らくは、縄張りが設定されて、其所の範囲を徹底調査すること。
それらが要求される。
どうやって西園寺の牙城を崩す。
考えているうちに、最寄り駅に到着。
後は家に帰るだけだ。
歩きながら、やはり思考を進める。
西園寺が出てくる事は想定していたが。どうしても、攻略法が思いつかない。ラフプレイも今回は出来ないだろうし。
そうなってくると。
相手が想定していない手を打つしか無い。
現状のドローン暁には、何とか大会に参加できるスペックしかない。勿論強豪校とやり合えることはやり合えるだろう。その自信は、最近やっとついてきた。だが、勝てるかというと、厳しい。
今回は勝てる条件がない。
家に着く。
もう時間がないが、何とか手を考えなければならない。
ドローンのロボコンの動画を幾つか見るが、それでタイムアップ。何か参考になりそうなものはないか。
西園寺は農業高からドローンの基礎技術を供与されたが。
現在では多数のロボコンに参加して、実直に実績を積んでいる。
今回の大会では、奇襲なんて通じないだろう。
幾つかのテクニックを見たが、どれも知っているものばかり。
西園寺に通じるとは思えない。
土方が操縦手なら。
まあ、正直それでいいならば、勝ち目は見えてくるけれど。
此処は上杉にやらせなければならない。
それが、人材育成というものだ。
高校の部活は、あくまで将来へのための布石であって。
最前線での戦いでは無い。
最前線での技術研磨は、それは土方のような一番手が前に出なければならないだろうけれど。
部活などでの未来に向けての準備段階では、如何に後輩を指導するかが大事なのである。それは去年の土方や武田もそうだったし。それによって、現状のロボコン部がある事を考えると。
土方も、同じようにやっていかなければならないだろう。
解決策が出ないまま寝る。
翌日も、対西園寺のために情報を集める。
西園寺のロボコン部は、どちらも人員を入れ替えながら、大会に出ているため。変幻自在の戦術を見せていて、とても対応しづらいらしい。
ドローン以外ではそれほどの実力はないという事で意見も一致しているが。
それでも大会には出てくるだけのロボットを作って来る。
この時点で真ん中より上、と言う事だ。
リモートでの授業を受けながら、マルチタスクで情報収集もする。授業はかなり難しいが、幸い昔と違って受験はしなくても良い。
既に徳川の研究室に内定しているからで。
かといって、授業を疎かにして良い訳では無いが。
黙々と授業を受け。
そして放課後になる。
もう、ロボコンは間近だ。
皆と話していると。
卜部が、不意に面白い情報を出してきた。
正直手詰まりだったのだ。
どんな情報でも良い。
「これ、知り合いから仕入れた情報なんですけれどー」
相変わらずの謎人脈。
話を聞いていると、かなり面白い情報である。
「西園寺のロボコン部、周囲から反感浴びてるらしいですよお」
「……どういうこと?」
「まずそもそも農業部から来てるくせに、大きな顔をしてるってのが問題みたいですね」
ああなるほど。
元々西園寺は工業高校。
農業高校とは派閥抗争……まではないにしても。感情的な対立があると言う訳か。
更に言えば、いきなり農業高校から技術提供をして貰った分際で、大会で良い成績をバンバン上げているとかなれば。
それはいい印象を持たれないか。
ただ、今は学校に生徒を詰め込んで授業をしている時代では無い。
リモートワークが基本の時代であるし。
直接の虐めなどにはつながらないだろう。
そもそも農業部門と連携しているとなると。
その調整役がいる筈で。
調整役が仕事をしているのであれば。ロボコン部が過度のストレスに晒されることは多分無いだろう。
話を聞いていると、幾つか後ろ暗い内容ではあるけれど。
そういえば。
以前西園寺と連絡を取ってエキシビジョンマッチをした時に、不慣れそうなのが出てきていたっけ。
あの辺りも、その齟齬から来ているのかも知れない。
「これ、勝ち目が出てきたかも知れない」
「ん?」
武田が悪い笑顔を浮かべる。
うん。武田はそういう奴だ。
勝ちに行くためには、どんな手段でも採る。
流石に明確に法に反するやり方はしないが。
「恐らくだけれど、西園寺のロボコン部は、一年とよくても二年ばかりで構成されていると思う。 二つチームが出てくるだろうけれど、それは同じだと思う」
武田は其所を突く、と言う。
具体的には、ストレスが相当に溜まっている筈だから、挑発してやるという。
恐らくだが、次のロボコンではかなりの広範囲をドローンで探索する筈である。
其所で、敢えて西園寺の探索範囲ギリギリを集中的に攻める。
感度が高いセンサーを積んでいる西園寺だ。
それに対して、いちいち対応しなければならないはず。
ストレスがたまっているのであれば。
操縦手が音を上げる。
勿論、ちょっとやそっとで音を上げるとは思えない。
其所で、ヒットアンドアウェイを行うと言う。
「此方は敢えて広域を満遍なく調査しながら、意図的に西園寺の境界ギリギリを何度か攻める。 それも出来るだけ、不自然ではないように。 やれる?」
「やってみます」
「良い応え。 部長、それでいい?」
「……ちょっと卑怯な気がするけれど」
苦笑いするが。
西園寺も、その辺りは対策してきているはず。その対策を越えるハラスメント攻撃で、空の支配者の玉座を崩す。
まあ、面白いのではないのだろうか。
他にも、幾つか対策は考える。
東山は正直な所、運次第で勝負がつくと思うので。
問題は西園寺対策である。
もしも、東山も連携して西園寺潰しに出てきたら、それはそれで試合が面白い事になりそうだ。
後は細かい大会の仕様についてだが。
この時点で変更が出てきていないと言う事は、現地でルールを説明するタイプと判断する他無いだろう。
ならば、もう出来ることは無い。
部活を解散し。
後は梱包と発送を業者に頼む。
幾つかの書類を仕上げ。終わっていない書類がないかを確認。今の時代は、書類を郵送では無くて、電子書類で出せるので。よっぽどのことがない限りは書類不備で落選することはない。
それでも念のためにチェックツールを使い。
落としがないことを確認してから、書類を処理。
受理も確認する。
この、受理も確認できるシステムが有り難い。
全ての作業が完了し、後はロボコン当日である。
今年九回目のロボコン。
強豪だと、もっと多く参加しているのかも知れないが。うちはこれが限界だ。来年からはどうなるのだろう。いきなり一年生が七人入るとして、経験者が足りないから、出場回数を減らすしかあるまい。
そうなってくると、20回出られるだろうか。
厳しいかも知れない。
そして、徳川の研究室に入ってしまえば、此方からの支援はもう出来まい。
梶原は決定的に部長に向かない。
卜部はあの飄々としたところが、部長として意外な手腕を発揮できる可能性が高い。上杉がむしろ不安だが。
今、ロボコンで経験を積んでいる。
今後、支援に回るなら。
むしろ力を発揮できるかも知れない。
作業が終わったので、今日も休む事にする。
遅くなると家庭用ロボットに警告されるが、それも無かった。
さて、大会当日までもう少し。
もう、出来る事はない。
あれだけ試験したのだ。
ロボットがロボコンの審査で落とされる事はないだろう。ただ、どこまでやりきれるかどうか。
武田が提案した策に沿って何処までやりきれるか。
不安は山積みだが。
それでも、やりきるしかなかった。
2、死の荒野
これは酷い。
思わず、口を突いてその言葉が出ていた。
ロボコンの会場は、ある都市のビルの上。此処から強力な無線増幅装置を使って、現地にいるドローンへ電波を届ける。
それはいい。
それはいいのだが。
噂に聞いていた以上の惨状だった。
昔、ある50万規模都市があった場所が、綺麗さっぱり荒野になっている。今回のロボコンは、あの場所の調査。
場所は分かっていたのだが。
撮影禁止の立ち入り禁止地区。
情報が出てこず。
映像も今まで見つけられなかった。
コレは確かに、政府もわざわざ官製のドローンを使ったりはしないだろう。
生物が仮に存在するとしても。
可能性が低すぎるからだ。
多分、戦術核がモロに直撃したのだろう。
大戦中、どれだけの核が世界の何処に落ちたのかは、いちいち歴史の授業で解説しない。理由は簡単で、数え切れない程落ちたからだ。
ICBMを撃墜するための兵器は多数存在し。
大戦初期は特に活躍したが。
大戦末期になると、どうしてもそれらすらかいくぐったICBMが世界各地を焼き払い。そして大量殺戮をしていった。
結局うちの国はこの世界大戦の「勝者側」になったが。
厳密にこのくだらない大戦での勝利者などいない。
それは、みて良く分かった。
何しろこの有様では。
人間がそもそも、この星に愛想を尽かされて当然だろうと、言わざるを得ないからである。
戦術核の直撃により消滅した都市。
放射能の除去技術によって、どうにか周辺都市への被害は抑えられているが。これほど人間の業を露骨に示した画もあるまい。
この世の地獄。
そのものだ。
上杉が一番飲まれているようなので、軽くアドバイス。
青ざめた上杉が頷く。
土方から、卜部くらいの世代までは、戦争末期を経験している。卜部に至っては義手であるように。
今でも、戦争の爪痕は。
各地にこうして残っているのだ。
まず、大会の役員が話を始める。
露骨に両手が義手だ。
退役軍人だろう。
「えー。 酷い光景だなと思ったでしょう。 あれは私の故郷です」
退役軍人らしい役員は、いきなり言葉のナイフを突き込んでくる。そして、息を呑む皆に、追撃を畳みかけてくる。
「世界の殆どが、今こうなっています。 特にユーラシアは酷い。 我が国はこれでもマシな方だと考えてください。 だから、今回行うようなロボコンには大いに意味があるのです」
説明がされる。
まず、あの荒野の放射能除去は終わっているという。
これは開発中のナノマシンを用いたテクノロジーで、放射性物質の崩壊速度を加速し、なおかつ同時に放射能そのものを吸収するというものである。
複数の国が連携して開発したこの技術で、どうにか核による汚染は除去が進められているが。
ICBMに搭載されていたのは。
ABC兵器全てだ。
核、生物、化学。
それら全ての汚染が、ああいう荒野を蝕んでいる。
だから、核の汚染だけを処理しても、縮みに縮んだ世界の寿命を延ばすには至らないのである。
技術は幾らでもいるし。
技術者も幾らでもいるのだ。
「それでは、まずは残念ながら、落選したロボコン部から発表します」
恒例の発表が開始される。
今回の参加校は丁度百。
今まで参加した大会でもかなりの大規模大会だ。そして高校のロボコンでは五割が此処で落ちる。
今回も、多少マシとは言え、比率は変わらなかった。
「以上43校は残念ながら脱落です。 残り57校には、以下の作業をこなして貰います」
さて来た。
皆が背を伸ばす中。
発表が為される。
それぞれ、高度、地区が指定され。
その地点を徹底的に調査。
生物の痕跡、もしくは生物そのものの発見を目的とする。生物は昆虫から大型の動物まで、全て。
細菌でもかまわないそうだ。
生物に対する処置そのものは、官製のドローンが出て対応する。
見るからに重武装のドローンが数機だけ控えている。
まあアレを使って、調査も同時に行うのは無理だ。ロボコンに乗じて、人海戦術でいるかもわからない生物を探す。その過程で生じる人件費やロボットの稼働、燃料の消耗を抑える。
それが今回の大会の目的である。
なお、生き残りの中に西園寺は二チームともいる。東山も。
地区を確認するが。
武田の作戦通りというか。西園寺の縄張りとは、二チームとも接触していた。というか、中枢部にどちらかというと有名な学校のロボコン部が集中している。
精度が高い調査を、一番厳しい地点に集める。
そういう意図があるのだろう。
好都合だ。
此処で一気に決めることを想定できる。
さて、ドローンが順番に出てくる。
予想通り、西園寺のドローンは今回ぶつかり合いを想定した型じゃない。勿論相手の縄張りに入る事はその時点で失格、ということで。空間の座標をインプットする時間を与えられたが。
梶原がデータを入力し、武田がダブルチェックをしながら。
くつくつと悪い笑みを浮かべているのが分かった。
此処までは想定通り。
後は、如何にハラスメント攻撃を行えるか、である。
作業開始、の声が掛かると。
一斉にドローンがスクランブルして行く。
複数のローターを持つものが多いが。
その形状は、そもそも人が乗る必要がない事もあって、ヘリとはかなり離れているケースが多い。
うちのもどちらかというとボックス状で。
今回は、他のドローン達と並べて飛びながら、早速現地に向かっていた。
まだ、悪巧みはしない。
作業開始後、指定時間以内に「縄張り」に到着しないと失格。
そういう厳しいお達しもあったので(勿論他のドローンの邪魔も厳禁)、今の時点では大人しく縄張りに向かう。
地上にかなり近い地点。
空域に到着。
なお今回は、地面についても失格にはならない。
ロボコンの性質上、当然だろう。
指定時間経過。
調査を開始せよ、と声が掛かった。
すぐに、滞空していたドローンがめいめい好き勝手に飛び始める。西園寺の二チームをチェック。
どちらもが、かなりゆっくり地面スレスレを飛びながら、撮影とサンプルの採取を行っている様子だ。
想定通りの動きである。
それに対して、まず此方は、縄張りのギリギリを飛びながら。
かなりの速度で、周囲のドローンを威圧するように、ぐんと大きく弧を描く。飛行の鋭さは、ずっとドローン暁を強化してきたから出来ること。前よりも頑強さにおいても飛行速度においても比べものにならない。
何をやっているのだろうと役員が怪訝そうに見ているが。
別に聞いてこないのならかまわない。
そもそも、ぐんと速度を上げて、まずは縄張り全土を写真に収めることで。
其所から、順番にデータを割り出していくという意味もある。
ちまちま調べるよりも、生物が生存していそうな場所に当たりをつけて。
そして丁寧に調べる。
それもまた、戦略である。
ざっと情報を精査した後。
まずは、その惨状に口をつぐむ。
戦術核が炸裂しただけあって、文字通りの荒野と化している。
建物は殆ど原形を残していない。
21世紀中盤に飛び交った戦術核は、二次大戦で使われた核兵器とは比較にならない火力を有しており。
またICBMの弾速もあって。
凄まじい脅威となって、世界中を震え上がらせた。
そして炸裂地点では、主に爆破を上では無く横に広げる工夫が為され。その結果、効率よく建物を破壊し、人間を殺傷する事に全力を挙げた。
放射性物質も、容赦なくばらまいた。
核兵器と一口に言っても。
21世紀中盤の大戦の発生がほぼ確定になると、列強と呼ばれる国々はそれぞれが強化改造を実施。
こうやって、兎に角殺傷力を上げるように、競争を過熱させたのだ。
その結果がこれだ。
放射能の測定を実施。
現在は、放射能については殆ど大丈夫。
あまりにも放射能が酷いと、ドローンが操作を受けつけなくなったりするのだが、その辺りは問題ない。
人間が調査に赴けるレベルではある。
ただ、長時間留まるのは、あまりお勧めはされないだろうが。
全体を見たところで。
様々なものを確認。
水たまりなど、生物がいそうな場所の幾つかに当たりをつける。
此処からである。
作戦開始。
ぐんと、西園寺の第一チームの縄張りによると、其所の周辺を丁寧に調べ始める。西園寺のドローンはやはり感度が鋭い。露骨に反応してきた。調査が乱れているのが分かる。かといって、此方はルール違反を犯していない。
チェックを続けていく。
実際、当たりをつけた場所の一つである。それを多角的に調査しているのは事実なのである。
役員は何も言わない。
ルール違反はしていないからだ。
ただ、苦虫を噛み潰して、肩身が狭そうにしている上杉を一瞥した。
まあ、何となくだが。
上杉が自主的にやっているのでは無く。
後ろにいる土方と武田がやっている事なのだと、気付いたのだろう。
調査を続けつつ、鋭い動きで縄張りを何度も掠める。
ドローンとしては必要とされる機動性だが。
西園寺は恐らく、今回のロボコンについては、早い段階から知っていたのだろう。強豪校に情報が流される例の奴だ。
故に、機動性を重視したドローンになっていない。
まるで猛禽のようにドローン暁が縄張りを掠める度に、あからさまに動きが動揺している。
デリケートすぎるAIも考え物だな。
そう土方は思い、メモを取っておく。
今後徳川の研究室に入ったときに、こういう情報は役に立つかも知れないからである。
さて、存分に西園寺の第一チームのペースは乱してやった。事実、地面スレスレでフラフラしている。
調査を腰を据えてやろうとしていたところに。
無理な機動で、此方に反応を何回かしたからだ。
ローターがいかれる、までは行っていないが。機体には、小さくない負担が掛かっているようだった。
それでいい。
次。
西園寺の第二チームを狙いに行く。
鋭い動きで旋回。
勿論、その過程で調査はばっちりしていく。
今の時点では、水たまりなどを調べても、生物の痕跡は存在していない。一度壊滅的な打撃を受けたからだろうか。
それとも、元々都市にあった有害物質が原因だろうか。
水は嫌な色に濁っていて。
地面にも何かいる形跡は無い。
そもそも水が駄目なら、生物は暮らしていけない。
雨などが降れば或いは可能性はあるのだが。
それでも、雨だのみでは、動物は厳しいだろう。
そもそもこの都市を通っていた川は、核による壊滅の後、流域を無理にずらされており。そういう意味でも、生物にとっては厳しい環境だ。
何より川だった場所は、核によって消し飛ばされてしまったのだ。
洪水などを防ぐためにも、仕方が無い処置ではあったのだが。
BC兵器の痕跡についても調べておく。
積んでいたのが核だったのなら、生物兵器、化学兵器を同時にぶっ放したとは思えないし。
そもそもICBMというのは、何百発も撃って一発通れば御の字だったという話を聞いている。
何発も此処に通ったとは思えない。
悪い意味での生物兵器の痕跡も見当たらない。
ならば、次へ行くか。
東山を見る。
どうやら、西園寺の第二チームに対して、うちと同じように圧力を掛けている様子だ。東山のドローンはとにかくごつくて、機銃くらいの攻撃になら耐えそうな勢いである。あれなら、第二チームはすぐにへろへろになるだろう。
さっき此方のドローンが圧力を掛けたときも、すぐに調査のリズムを乱していたのである。
すぐに調査を続行。
動画を見ると、早速色々なコメントが沸いていた。
「西園寺狙い撃ちにされてるな。 二チーム出してきたのに、どっちもガタガタじゃねーか」
「暁がえげつなさ過ぎるんだよ。 あそこの戦術、ダーティなのも多いしな。 だからいつも永遠の二番手なんだろうけど」
「まあそれはともかく、西園寺のドローンはちょっとお行儀が良すぎるな。 あのままだと落ちるんじゃないのか」
「可能性はありそうだ。 ドローンの大会で好成績を総なめにして来たから、今になって袋だたきって訳か」
嘲弄のコメントも多いが。
その一方で、正義感に満ちたものもある。
「このロボコン、生物の痕跡を調査するものだぞ。 邪魔し合ってどうするんだよ」
「確かにそれもそうだが、そもそも国境とかメタメタになってる地域だと、ああいう状況はありうるんじゃないのか?」
「そういえばユーラシアの東アジア方面だと、色々あるって聞くな」
「戦争する余力は無くても、嫌がらせをする国はあるからな。 だから、あれくらいの妨害はなんとでもなるようにしないと……」
ふむ。
意外にも、うちは想定される範囲内の行動をしていたらしい。
だが、いずれにしてもやり過ぎると、判定で落とされるかも知れない。
ぐっと一気に加速して、更に生物がいそうな場所を絞り込みに掛かる。
だが、どうにも無理そうだな、と言う言葉しか出てこない。
瓦礫などの撤去は済んでいる。コレは恐らく、放射能汚染を除去したときに行ったのだろう。
だが汚染物質が熱で溶けて地面にしみこんだ時点で。
その地面は、生物が生存するには極めて厳しい状況になってしまっているのである。
それを考えると。
とてもではないが、この調査に意味があるとは思えない。
だが、軍が動くには手が足りないと判断したのである。
可能性が小さいことは分かっていた。
故に。
我々がもしも生物を発見できれば、大きな意味があるのでは無いのだろうか。
ぐっと旋回して、当たりをつけた地点にまで戻る。
上杉の操縦はどんどん上手くなっていて、これなら来年、新入生達に指導をすることも容易だろう。
そろそろ、卜部を操縦手として出すべきかも知れないなと思いつつ。
幾つかある、生物がいそうなポイントを調べさせる。
影が地面に焼き付いている。
大きな建物があったのだろうか。
核が建物を焼き切った後、出来たのだろう。
赤茶けた地面に残った影。
強烈な有様である。
こんな兵器を世界中でぶっ放していたのだから、本当に人類皆が狂っていたのだろう。21世紀前半には、各国でのモラル崩壊が問題になっていたらしいが。それも事実だったのだろうとしか言えない。
影の辺りを調査。
放射能汚染のダメージが小さかった可能性がある。
だが、レーダーも駆使して色々調べて見るが。
昆虫どころか、細菌すら見当たらない。
「これは、駄目だな……」
武田が口を押さえてぼやくのが見えた。
西園寺はガタガタ。東山は、調査に入っているが。そもそも東山のドローンは、激しいぶつかり合いを想定したものだったらしく、調査が遅れている。
うちが有利になっているのに。
やはり武田も。
土方同様。此処の惨状に思わず閉口している様子で。それ以上は、何も言わなかった。
休憩時間は、それぞれ三十分だけ取って良い事になっているが。
その間はオートでドローンを操作するように、とも指示が出ている。
これは要するに、ドローンの自動操作能力と。勝手に縄張りなどをはみ出さないかを見る為の試験でもある。
放射能によって計器類が狂うことはないだろうが。
根本的なAIの性能を見る、というわけだ。
それぞれが休憩に入る。
上杉と梶原が休憩に入ると、西園寺の二チームが、恨みの籠もった視線を向けていた。実の所やらせたのは土方と武田なので。恨むならこっちにしてほしいが。まあ、もしも手とか上げたら、その時点で失格になるし。食事を取るポイントはそれぞれの学校ごとに用意されている。
手出しは出来ない。
食事をしている上杉と梶原を交えて。
軽く話をする。
土方の方でも、ロボットが用意してきた昼食を食べながらであるが。
ちなみにうどんである。
「手応えはどんな感じ?」
「ええと……このままいけば特に問題は無く調査はできそうですけれど、西園寺の人達が可哀想です」
「……国境がメタメタになっている地域だと、戦争が起こらなくても、ああいう嫌がらせは実際にあるんだよ。 だから対応出来るようにAIは組んでおかなければならないの」
「はい……」
武田が諭す。
それでも、やっぱり上杉はつらそうだった。
この子はなんというか、気が弱いんだなと思った。だからクソ教師にも、つけいる隙を与えてしまった。
ため息をつくと、午後の作業について、幾つか指示。
いきなりハプニングが起きる。
知らない学校のロボコン部だが、休憩中にフラフラ他校の縄張りに侵入。その瞬間負けとなった。
AIが未完成だったのだろう。
或いは、入力した座標が間違いだったのか。
思わず口をつぐむ上杉。
なお、うちのドローンは、当たりをつけた何地点かを、重点的に調べながら自動で飛んでいる。
問題は無い。
「そ、その、早めに戻った方が……」
「駄目。 食事後はちゃんと休憩して。 午後の部あるんだから」
「はい……」
悲しそうな上杉。
何だかこっちが悪い事をしているようでちょっと色々と気分が悪いが。まあこれは仕方が無いとも言える。
ともかくだ。
休憩が終わるまで、データの分析を行う。
やはり。動くものは何一つ存在していない。
迷い込んだ虫くらいいるのではないかという淡い希望もあったのだが。それすら存在しない。
生物も分かるのかも知れない。
こんな所には入ってはいけない、という事を。
そういえば。
恐竜絶滅の原因の一つとなった、6500万年前の隕石。
着弾地点には、一万年近く生物が存在しなかった、という話があるらしいが。
それと似たような感触だろうか。
休憩を終えた上杉が、操縦手の作業に戻る。
その間。厳しい目で採点を続けていた大会役員。
此方に対しても、あまりいい目を向けていない。
ルールのグレーゾーンスレスレを攻めてきたから、というのはあるだろう。更に言うと、東山が此方のやり口を見て、西園寺の二チーム目に圧力を掛けた可能性を想定しているのかも知れない。
午後の作業開始。
そういえば、一つだけ聞いていない事があった。
採点基準である。
役員が厳しそうな人なので、聞く余裕がある生徒がいなかったというのもあるのだろうけれども。
今回、どうやって採点し。どうやって順位を決めるのか。
それが分からない。
一斉に作業をさせている関係上、恐らくトーナメントなどではない一括管理式だろうけれども。
この方式、最近増えてきている気がする。
さっと調べて見るが、最近では六つの大会で採用されたようだ。
大会役員の負担を減らし。
更に、ロボットの耐久性をより重視して確認するためだろうか。
確かに近年ロボコンのレベルが上がってきているというのはあるらしいが。
なるほど、大会役員の負担や人件費を減らし。何より貴重な時間を確保するためには、仕方が無いのかも知れない。
午後に入ってからも、作業に進展はない。
探査範囲内では、まだ生物の発見報告は上がっていない様子だ。
西園寺もそれは同じ。
東山も、である。
あっと、声が上がる。
外側の方を調べていた学校が、鳥を見つけたのだ。
ただし、探査範囲外。
山の方から、探査範囲内を見ているが。やがて、離れて飛んで行った。
まあ、エサもいないだろうし。
得体が知れない何か飛んでるのもいるし。
鳥としても、近付きたくは無いだろう。
何よりも、異常な光景を見て。
生物としての本能が、危険を告げたのかも知れない。
確かにこんな場所に近付くのは、色々な意味での自殺行為である。あの鳥の判断は、正しかったと言える。
「これはロボコンで調査させて正解だったんだろうな。 鳥も近付かないんじゃあなあ」
「事前に軽く調査して、生物なんていそうにないって分かってたんだろ。 それでも調べるなら、公費を最小限に抑えたいって判断だったんだろうな」
「正しい判断ではあるが、なんというかなあ」
「いや、学生にはチャンスになる。 もしこんな状況で生物を見つけられたら、内申がすごいぞ多分」
誰かが一言言うと。
それがさざ波のように拡がる。
確かにチャンスにはなるだろう。
学生がこんな時期になってもロボコンに出てくるのは、いうまでもなく良い就職先を探すためである。
大学に行く生徒でも、受験では無く内申によって大学合格が決まるケースもある。
いずれにしても、欲を刺激するだけではない。
実際に大きな意味がある。
黙々と調べていた生徒達の目の色が変わる。
どの学校のロボコン部も、実況動画くらいは並行でサポートメンバーが見ているのである。
俄然、どの学校もドローンの動きを活発化させる。
まあこれは、当然だろう。
誰だって、少しでも有利な条件で就職したいのだから。
土方だってそれは同じ。
徳川の研究室に内定は決まっているが。
今後内申で実績を上げれば、更に良い条件を引き出せる可能性がある。それを考えると。
この大会も、当然疎かには出来ない。
不意に、変な動きをする学校が出る。
くるくるっとドローンが回ると、地面に落ちて動かなくなったのだ。
何があったのか。
すぐに大慌てで操縦手が調べているが。まあ調べなくてもどうしてかはほぼ分かる。
オーバーヒートだ。
目の色を変えて操縦を続けていたから。
一気に負担が来たのだろう。
それはまあ、落ちる。
復旧は出来そうに無いと判断。大会役員が、負けを言い渡す。がっくりと肩を落とす生徒。
他人事では無い。
データを見る限り、ドローン暁は安定しているが。
それでももう少し抑えた方が良いかも知れない。
そして、13時丁度。
西園寺の二チーム目が、声を上げた。
「見つけました!」
何と、全員の視線が集まる中、すぐに大会役員が大股で歩み寄ると、データを確認。軍用のドローンがスクランブルを掛ける。
即座に調査地点に行くドローン。
動画も俄然わき上がった。
「流石に農業高から支援を受けているだけのことはあるな。 問題は結果がどうか、だが……」
「いたとしても細菌だろう」
「いや、あれは……」
見ると、小型の昆虫だ。
多分だが、蟻か何かの仲間だろう。汚染が一番小さい地点に卵を産み、孵化したばかりの様子だ。
エサなんか何処にあるのか。
いずれにしても、軍用ドローンからの映像が、周囲を沸かせる。
手を叩く大会役員。
「以上、此処まで。 このロボコン、此処までとする」
あ。
これは、負けたな。
結果を聞くまでも無く、それを悟る。
またか。
また、及ばなかったか。
思わず台パンする。
それに気付いたのは武田だけだろうか。
大会役員が、何処かに連絡している。恐らく国お抱えの科学者がこれから来るだろう。最小限の予算で、最大限の結果を上げられた。
小さな虫を見つけたのが、大成果というわけではない。
どんな生物も近寄らず、細菌すら殆どいない地。学者ですら、生物の存在を絶望ししていた場所に。生物が見つかった。
その事に、意味があるのだ。
大きなため息をついてしまう。
悔しいのと、良かったと想うのと、二つの感情が混ざり合った結果だ。
またしてやられた。
途中までは、勝ちを確信できる程だったのに。
最後の最後で逆転された。
あと一時間だった。
不正なんぞする余地はなかったし、西園寺の大発見である事は確実である。
だったら、文句を言うまでも無い。
それに何より。
ここで大会が終了と言う事は、勝者が決まった、という事である。
だが、それと同時に。
あんな死の土地に、生物がいる事が分かって嬉しい自分もいる。今の時代、環境の汚染が破滅的であり。それを憂慮していない者なんて誰もいない。
多分西園寺の偉業はすぐにSNS等で拡散されるだろう。
それもまた好ましい。
溜息がもう一つ漏れる。
もしも最初に邪魔を仕掛けなければ、もっと早い発見が行われていたのだろうか。
いや、それは分からない。
そもそも、西園寺が13時になって見つけたくらいである。
農業高からノウハウの供給を受けている西園寺がだ。
そうなってくると、余程発見しづらい場所にいた可能性が高い。
どの道、結果は同じ。
偶然だったとみるべきだろう。
つまり今回も。
また運に見放された、という事である。
溜息がもう一つでそうになるが、何とか抑える。
武田はずっと無言。
ほどなくして、大会役員が、皆に話し始めた。
「それでは今回の大会は終了とする。 以降は軍の調査チームが引き継ぐ。 各自解散せよ。 具体的順位は、後日伝える。 以上」
「解散」
皆、西園寺が一位だと言う事は分かっているのだろう。
嘆息して、わらわら解散していく。
ドローンはそれぞれ戻って来て。梱包業者によって回収されていく。また、途中で動けなくなった学校のドローンは、軍用のドローンが回収していた。
予定よりかなり早く終わったが。
当然上杉の顔は暗い。
梶原が、ぼそりと言った。
「何だか……運に見放されていますね」
「今年の最初、運良かったからねー」
卜部がスパンと真実を貫く。
まあ確かにその通り。
運が良かった今年前半の反動が、一気に最近になって来ている気がする。恐らくだけれども。今後も同じような事が続くだろう。
後日と言っていたが。
メールが大会運営から飛んでくる。
うちの順位は、二位だった。
「また二位か……」
思わず声が漏れる。
怒りと哀しみが混ざっていたからか、上杉があからさまに怯える。故に、咳払いをして、上杉に責任がないことを告げる。
得点の内訳を確認。
一位の西園寺二チーム目は、生物発見で文句なし100点。
二位のうちは、他のチームの妨害を行いつつ、的確に観察地点を絞り込み。徹底的に調査をしていた姿勢が評価された。
だが、他のチームを妨害したことは褒められないともメールには書かれていて。
それが無ければ、もっと僅差になっていただろうともあった。
以降の順位もある。
三位は東山。西園寺一チーム目は、ぐっと下がって七位である。
四位は聞いた事もない学校だが、見ていない場所で、的確に動いていたのだろう。多分。此方としては、もう言う事も無い。
上杉と梶原には、もう仕方が無いから、無事に帰宅するように告げて。
そして、武田と軽く話す。
「これは確定だね」
「うん。 運に見放されてる。 卜部が言ってたけど、確かにその通りだよ。 今年の最初の分、運が一気に此方を見放してる」
「どうする? 次の大会を見送って、次の次に全力投球する?」
「……判断は任せるよ、部長」
そう言われるとちょっと厳しいが。
内心では分かっている。
それは出来ない。
そもそも、そろそろ卜部に経験を積ませなければならない。来年、ロボコン部が二つになる事が決まった以上。
上杉と卜部がそれぞれ部長になるのだ。
二つの大会に出ることすら考えなければならない状況で。
大会に出る回数を減らす事は、考えられない。
かといって、運に見放されていることがはっきりした現状。
大会に出る回数を増やしたところで。
勝てるとはとても思えないのだ。
力は確かについてきている。
エキシビジョンマッチなら、企業チームに勝った事さえあるほどなのだ。
事実、うちは強豪校として大会側からは認識され始めている。今回も二位をもぎ取ったのである。
だが、二位だ。
西園寺があの虫を見つけたのは、まず間違いなく偶然。
うちと東山が邪魔をしなければ、見つけられなかった可能性も低くない。
勿論、武田のグレーゾーンすれすれの作戦を責める事は出来ない。採用したのは土方だからである。
二位。
充分な戦果な筈なのに。
どうしてか、とても口惜しかった。
「次の大会は出る」
「そういうと思ってた」
「予定通りに行くけれど、更にちょっとプラスアルファを入れよう。 こうなったら、運を実力でねじ伏せに行くしか無い」
「これ以上無理すると、結合試験とか大変だよ?」
分かっている。
だが、もうこれ以上は黙っていられない、というのが事実である。
幸運の神とやらが存在するとして。
其奴が此方を見放していることは確実だ。
存在しないとしても。
運があるとしたら、見放されているのは事実だ。
だったら実力で、現実をねじ伏せるしかない。それには、今まで以上のプラスアルファが必要になってくる。
マシンパワーを上げる。
上杉や、ましてや今後は卜部を操縦手として出す事を考えると。
それ以外に対策はない。
今のうちに、策を練ることを告げると。武田は了解と応えてチャットを切った。
やはり何だか、少しずつ武田との間に亀裂が生じている気がする。
だけれども、もう引くことは出来ない。
そんな選択肢は、存在し得ないのだ。
3、天運をねじ伏せよ
ため息をつくと、黙々と次のロボコンの準備を進める。
前回のロボコンについては、仕方が無かった。
あの後軍の調査が入り。すぐに発表が行われた。
発見された昆虫は、小型の蟻の在来種の一種。放射能汚染によって、あらゆる生物に見放された土地に真っ先に降り立ったのは。
やはり地上最強を噂される生物、昆虫だったと言う事だ。
定着しているのも確認され、既に巣も作られているという。
問題はエサだが。
地下にわずかに残っていた、核で焼き切られなかった多少の蛋白質を見つけ出し、それをエサにしていたという。
ハエでさえ寄りつかなかった土地なのに。
速攻で姿を見せた蟻。
蟻は昆虫の中でももっとも強靭な種類の一つだが。
小型種で。
しかも、あんな地獄のような土地に、真っ先に根付くなんて。
とりあえず、早速軍による保護が行われると同時に。科学者のチームが編成され。汚染地域の復旧作業のサンプルとして、調査を開始するという。
当然西園寺の事も発表され。
SNSを中心に、情報が拡散された。
現在、21世紀前半の色々な悪行が祟り、マスコミはほぼ社会に見捨てられていることもあり。
軍なども情報拡散にはSNSを利用している。
ロボコンの様子は動画として流された。
流石にうちを批判してくる人間はあまり多くは無かった。
むしろ、うちのグレーゾーンギリギリの戦術を評価する声もあった。
それ以上に、大きかったのは。
どうしても、妨害を振り切って成果を上げた西園寺に対する称賛だったが。
それを見てため息をついている間に。
校長が個別チャットをつないできた。
出ないわけにはいかないだろう。
冷や汗を拭っている校長に、この間のロボコンについて聞かれる。やはり、既にうちが僅差で負けた挙げ句。
最悪の形で西園寺のかませになった事は、知っているようだった。
「具体的に何があったのか、説明してくれるかね土方くん」
「分かりました」
校長に、細かい話をしていく。
試合の流れから、どうして負けたのかまで。
動画も含めて説明をするので、三十分ほど掛かった。貴重な部活の時間を潰しての作業なので、非常にもったいない。
今の時代。
部活も仕事もそうだが。
体を壊すような作業時間は許されていないのである。
だから、限られた時間内でやるしかない。
人材を生かすための、当然の処置なのだが。故に、こういう時間の浪費は、とにかく惜しいと思う。
「なるほど、運がなかったと……」
「あの蟻の巣が見つかったのは、本当に偶然も偶然です。 事実、あれさえなければ、うちが一位だったでしょう。 それに……」
「それに、なんだね」
「今年の初頭は、逆にうちが幸運で高順位を何度も引き当てていました。 運はずっと続くものではありません」
だから実力でねじ伏せに行ったのだけれども。
一歩及ばなかった。
手段を選ばないような勝ち筋を選んだけれども。
それでも駄目だった。
だとしたら、やはり運という言葉が出てきてしまう。
「それで、今後はどうするのかね」
「来年から、ロボコン部が二つになると言う事で、部長として上杉、それに卜部を選出しようと考えています」
「それはかまわないが……」
「要するに一年の卜部を大会に出す必要があるという事です。 経験は積ませなければなりませんので」
そして、である。
上杉より技量が落ちる卜部では。
更に勝利は遠のく。
今年、一位を取るのは諦めるしかないかも知れない。
それは、先に校長に伝えておく。
そうか、と校長が肩を落とすのが分かった。
「君が部長になってから、弱小だった暁工業高校のロボコン部は、一気に全国の強豪と渡り合えるようになった。 或いは、と思ったのだが……」
「去年までの先輩達が、色々と積み上げていてくれたおかげですよ。 確かに大会で成績は残せなかったかも知れませんが、先輩達には感謝しています」
「……そうかね」
「はい。 ですから、来年を期待してください」
肩を落とした様子の校長。
気の弱い上杉と、色気過剰の卜部。
不安になるのは分かるけれども。
来年は、二つに増えたロボコン部が健闘してくれるのは間違いない。
だが、それには。
下地を作る事が絶対条件だ。
作業を進める。
次のロボコンも、かなり厳しい内容だ。そろそろ年度末。部員達の練度も上がってきているし、この時期のロボコンはかなり難しいものばかりになる。しかも、どうも大会運営側も方針を変えたようだし、今後は更に耐久力が求められる物になっていく事だろう。
遅れた作業を取り戻すべく集中し、一気に進める。
多少前倒しに作業を終わらせたところで、連絡が着ている事に気付いた。
徳川のメールだった。
「エキシビジョンマッチを組みたいという話があるのだけれど、受けてほしい」
「どこからで、内容はなんでしょう。 そもそもどうして其方からその話が?」
徳川はどうも話を急ぐ所がある。
まあ、頭が回りすぎるから、というのもあるのだろうが。
一つずつ順番に聞いていく。
徳川はすぐに全部に応えてくれた。
まずエキシビジョンマッチの相手は、中堅所の大学ロボコン部。大学で中堅所というと、普通に商用レベルのロボットを出してくる相手である。
エキシビジョンマッチの内容は、ドローンコンテスト。
ドローンに要求される性能は。
前回のロボコンとほぼ同じ。
狭い範囲での生物探査だ。
「これを、どうしてうちで?」
「ロボコンと同じ理由」
「……」
そういう事か。
既に徳川は国の研究室に入って、ロボットの本格的な研究をしている所である。そしてこういう研究機関には、大学も協力していることが多いのだ。さっと確認するが、指定された大学のロボコン部は、確かに徳川の研究室に協力している。
ただし。
つい最近からである。
徳川は更に事情を説明してくれる。
まずこの大学の技術力がよく分かっていないという。
今回色々な実績から参入してきたと言う事なのだが、その割りにはロボコンでの成績は中堅所。
国側でどうして此処を指定してきたのか分からない。
入札などで不正が働かれたのかも知れない。
其所で、実力を見極めたい、と言う事だった。
確かにうちはエキシビジョンマッチで無類の強さを今まで誇っている。企業のロボコン部にすら勝った事がある。まあ相手は弱小企業だったが。
それにしても、大学が相手か。
少し悩んだが。
話は受ける。
条件としては、操縦手を卜部にする事。それくらいである。もちろんだが、徳川も話を受けてくれた。
エキシビジョンマッチを行うのは問題ない。
輸送梱包後片付けなどの費用は国が出してくれる。
次の大会に向けて力を入れたいところだが、準備をこつこつしてきたので、別にエキシビジョンマッチで一日潰すくらいは大した痛手にはならない。
更に言えば、経験を積ませたいとも思っていたのである。
卜部をいきなり操縦手に抜擢するのは勇気が必要だった。
シミュレーションでの練習はさせているし。
其所ではなかなかの成績を上げているが。
あくまでシミュレーションはシミュレーション。
昔のシミュレーションとは比較にならない性能とは言え。
それでもやはり、大会にいきなり出すのは勇気がいる。
今回は稼働実績があるドローン暁を操縦させ。
相応の練度を持つ相手と戦って貰う。
そういう理想的なエキシビジョンマッチで、経験を積んで貰うには充分なタイミングである。
此方としては、正直断る理由がない。
「分かりました。 此方としては異存ありませんが、やはりこれは予算圧縮のためですか?」
「……実を言うとそう。 この間の発見で、この間の大会が行われた地区と同じレベルに指定されている立ち入り禁止区画七箇所の調査が命じられた。 だけれども、如何に予算が潤沢だからと行って、軍の部隊をいきなり出すのも問題が多い。 其所で、その内の五箇所はロボコンで調査を行う事にして、残り二箇所は面積が狭い事もあって、強豪校のエキシビジョンマッチで対応する事にした」
素直で正直で有り難い。
まあ、今後研究室に徳川が入るからなのだろう。
それに、こんな所で嘘をついても別に利は無い。
だから教えてくれた、という所か。
話によると、西園寺の第一チームと東山が、別の狭い地区を担当して、エキシビジョンマッチをするらしい。
確かに東山としても雪辱戦をしたいだろうし。
話には喜んで飛びつくはずだ。
勿論此方としても勝負は受けたい。
何よりも、汚染地区の定義が変わるかも知れない事業に、少しでも噛めるというのであれば。
それはとても有り難い事だ。
汚染地区をどうしていくのかは、国にとっても毎年子細が発表され、皆が一喜一憂する重要なものだ。
軽度の汚染地帯には、既に汚染が取り払われ。
植林などが再開され、資源化が復活している土地もあるにはある。それ以上に地球の消耗が激しすぎるだけである。
しかしながら現状ではそもそも宇宙進出よりも地球が力尽きる方がどう考えても早いという事情もあり。
こうやって、地球の寿命を延ばすべく、努力をしていかなければならない。
それに協力できるというのなら。
まあ歓迎である。
なお、徳川は律儀に色々と便宜も図ってくれた。
「対戦相手の大学ロボコン部と暁工業高校のロボコン部には、国で指定している実験に協力したと言う事で、勿論内申をつける事になっている。 また、ドローンが破損した場合、修理代は此方で負担する」
「ありがとうございます」
「ん」
相手は年下だけれども。
立場はずっと上だ。
敬語で接しなければならないのは色々と心苦しい部分もあるが。
まあいい。
相手が信頼してくれている。
それだけで充分である。
此方を舐め腐っている年下の上司とか、地獄でしかないが。徳川は此方の力を買って今から色々と便宜を図ってくれている。
それならば、此方もそれに答えるだけ。
個人として気に入る気に入らないの話では無い。
少なくとも上司として、徳川は公正に動いてくれると言う安心感がある。
すぐに皆にメールを飛ばす。
武田はかなり不安そうにしていたが。
卜部が食いついた。
「実の所、経験を早めに積んでおきたかったんですよぉ」
飄々としている卜部だが。
まあいきなり大会で、操縦手に抜擢されるかも知れないと言うのは、分かっていたのだろう。
来年度は暁工業高校のロボコン部が二つに増え。
その内片方の部長は、卜部である事は既に説明してある。
部長がロボコンに出ていないなど、話にもならない。
だからいずれ、厳しい条件でのデビュー戦をしなければならないと思っていたのだろうから。
如何に飄々とした卜部でも。
その辺りのプレッシャーは感じていた、と言う事だ。
いずれにしてもエキシビジョンマッチは次の休み。
連絡を終えると、休む事にする。
小さくあくび。
前回のロボコンで、ドローン暁は殆ど消耗していない。これといった欠点も露呈していない。
取り回しさえ間違わなければ。
流石に商用ドローンにはかなわないにしても。
大学の中堅くらいの相手だったら。
戦い方次第で、充分勝ち目はあるはずだった。
当日が来る。
現地は、前回ロボコンを行った立ち入り禁止地区よりかなり狭い荒野である。相手の大学ロボコン部は既に来ていたが、此方を舐めきっているのが視線だけで分かった。しかも、一年の卜部が操縦手だと聞くと、審判役に派遣されたらしい下っ端の役人に食って掛かる始末である。
「今伸びている高校だと聞いていましたが、此方を舐めているような相手とは試合できません」
「舐めてるのはそっちだろ……」
ずばり武田が呟くが。
勿論チャット上での話。
今日、現地には卜部と梶浦、それに補助要員として上杉に行って貰っている。
もう土方と武田は完全に後方支援組だ。
上杉は青ざめていたが。
役人が此方を見ると、咳払いした。
「卜部さんは充分な実力があります。 それほど退屈はさせないと思います」
「言ったな。 だったらその実力を見せてもらうからな!」
ぷりぷり怒りながら、定位置に戻っていく大学のロボコン部。近場の工業大学のロボコン部だが。
ざっと見た感じ、確かにハイレベルな大学とは実力に差がある。
どうして徳川の研究室に研究の参加を許したのか。
或いは役人同士での足の引っ張り合いだろうか。
いや、今は確か、役人が利権の甘い汁を吸えない仕組みがバリバリに作られている筈。そんな事やっている余裕が無いからである。
だとすると、理由は何だ。
よほど有望な人材でもいるのか。
それとも、成果を上げられない大学の、実力の底上げでもするつもりなのだろうか。
まあ、とりあえず勝負をして見てからだ。
審判としてきている役人に、説明を受ける。
この人も、公共事業でドローンに関わっているらしく。
説明は、一応プロがするしっかりしたものだった。
前回の大会同様、縄張りを分けての調査となる。時間は九時から十四時まで。休憩時間は、三十分を指定して構わないと言う。
どちらかが生物の痕跡を発見できれば、先に発見した方の勝ち。
どちらも発見できなければ、ドローンの動きなどをAIで判断し、より高レベルかつ的確に動いていた方を勝ちとする。
勝った方にはより多く内申で点をつける。
そういう話をすると、相手のチーム三人は、全員不満そうに口をつぐんでいた。
その内一人の男は、ニヤニヤと卜部の胸の辺りをじっと見ていた。
まあ色気過剰の卜部だ。
そういう私線も受けるだろう。
「では、何か質問は」
「探査範囲は此方の方が広い方が妥当では。 どうせ其方のドローンと操縦手の技量など知れていますし」
「減点10」
「……っ」
流石に頭に来たのか。
役人が試合前から減点を言い渡す。
非紳士的な言動や、不正が発覚したときに希にあると聞いているが。実際に見るのは初めてである。
所定の位置につくようにと指示する役人。
いずれにしても、最初からこれで向こうにはハンデが着いた。
まあ此方も卜部は初陣。
ハンデとしては同等くらいとみていいだろう。
要するに、これでかなり勝負がしやすくなった、という事である。
そして、縄張りへの侵入は即負けという事も決まっている。
徳川がエキシビジョンマッチを推進したと言う事は、反則負けなんかやらかしたら。内申は約束通りつくかも知れないが。以降、ずっと国の中核人材として研究室を回す徳川の顔に、泥を塗るのと同じである。
九時まで、準備をする皆。
先に卜部に声を掛けておく。
「卜部さん、ドローンは大丈夫?」
「平気ですー」
「……無理はしていない?」
「というか、近付くわけではないので」
ああ、そういう。
まあ大丈夫なら良い。
今でもドローンは嫌いなのだろう。まあそれについては仕方が無い。便衣兵の凶行で、腕を失っているのである。
幼い頃に絶望的な痛みを受けたトラウマが、簡単に消えるわけも無い。
生き急いでいるかのような言動も、その経験からすれば当然だし。
この場に来てくれているだけでも、充分だとも言える。
梶原は黙々と、幽霊のようにその場についており。
上杉が、操縦のサポートに入る。
相手側の邪魔が入った場合、盾になるべく覚悟は決めているようだ。
少し安心した。
或いは上杉は、何かを守らなければならないとなったとき、力を発揮できるタイプなのかも知れない。
だとすれば、来年度は安泰だろう。
普段は力を発揮できない頼りない雰囲気でも。
いざとなったら、しっかりやれるのであれば。
それは此方としては、特に気にする事はない。
九時になる。
試合開始、の声が掛かった。
指定時間までに、縄張りに到達。その邪魔をすることはあってはならない。
事前に説明されているルールだが。
相手は威圧的に高い音を立ててドローンを飛ばせながら、蛇行しつつ自分の縄張りへと飛んで行く。
雀蜂のように見せているようにも思えるが。
高校生相手に何を余裕が無い行動をと、ちょっと哀れに思ってしまった。
ひょっとするとだが。
徳川すらも、此奴らは舐めて掛かっているのかも知れない。
だとすれば、一度誰かに伸された方が良い。
そう考えて、徳川はこのエキシビジョンマッチを組んだのか。
可能性は、ある。
精々中堅程度の実力で舞い上がっているのだとしたら。
確かに格下と見下しているような相手に、一度コテンパンにされた方が本人達の身のためでもあるだろう。
すぐに調査を始める。
卜部は思った以上に冷静で、丁寧に縄張りを回り終わると。
順番に、目をつけた場所をチェックし始める。
今回の汚染地区は、大戦時にICBMが着弾した後、対応が遅れ。汚染された水が流れ込んで死の土地となってしまった場所である。
今では放射能の除去は終わっているのだが。
昔此処にあった小さな川は既に面影も無く。
干涸らびた小さな沼の痕跡が、周囲に広がっているだけである。
ともかく、順番に確認をして行く。
いるとしたら虫くらいだろう。
鳥とかは、流石にこう言う場所には近寄らない。
死体を見つけられれば嬉しいかも知れないが。
そもそも死体さえもない。
鳥は大戦で数を著しく減らしたし。
何より危険地帯は本能的に察知するのだろう。こう言う場所には、絶対に近付いてこないとも聞いている。
生物も察知しているのである。
この世界が、昔と違って生命に溢れておらず。
軽率に行動すると死ぬと言うことを。
一番煽りを食った大型の猛獣は既に世界の殆どで絶滅しており、遺伝子だけが保存されている状態である。
とりだって、この世界が如何にやばい事くらいは、理解しているという事である。
黙々と調査を続ける。
武田が失笑した。
相手が此方の縄張りスレスレを飛んで、挑発してきている。
此方が前に、西園寺に対してやった手だ。
まさかとは思ったが。
たかが高校のロボコン部と思って、相手を調べてもこなかったのか。ちょっと前までは、自分達だって高校生だったくせに。
これは、勝てる可能性が上がったな。
そう思いながら、丁寧に指示を出す。
順番に、生物がいる可能性がある地点を調査。
水が溜まっている場所もある。
元々此処は沼だったのだ。
水はけが悪いのだから、水たまりくらい出来ていてもおかしくない。
念入りに調査するが。
残念ながら、汚染によってジェノサイドされた結果は。
残酷なくらい、調査結果に表れている。
細菌すら観測できない。
卜部は笑顔を作ったまま、淡々と調査を進めていく。
速報が入ったので、動画を見る。
どうやら、同時に進められている調査の内、一箇所で生物が発見されたらしい。小型のダニの一種で、ゴミが一種のデトリタスになっていて、其所をエサ場に繁殖を開始していたようだ。
ダニとはいえ、大発見である。
多分、SNSを通じてすぐに偉大な発見だと、調査結果が報告されるだろう。
事実なのだから、此方も拍手で送るだけだ。
淡々と作業をしていく此方に比べて。
大学側は、五人来ているのに。
チームワークがなっていないのが、端から見ても丸わかりだった。
怒号さえ聞こえてくる。
大会だったら、そろそろ役員から注意が飛んでいるかも知れないなと、土方は苦笑する。
見た所、操縦手の腕前は悪くないが。
部長をしている人間がやたら高圧的だ。
他の部員が辟易している様子も、遠くから見ていて明らかすぎるくらいに分かる。まさかとは思うが。
あの部長を反省させるために。
今回のエキシビジョンマッチが組まれたのか。
まさかなあ。苦笑しながら、土方に指示を飛ばし、一旦休憩を取る。向こうは、休憩も取らず、ぶっ通しで作業を続けていた。
4、天運はまた
十三時過ぎ。
相手が漸く休憩を始める。此方は中間地点で休憩を取っているので、余裕綽々である。それに対して大学側は、役人に言われてやっとしぶしぶと休憩を取り始めた始末だった。
休憩を取る時間も戦略の内。
これは長時間行うロボコンでの鉄則の筈なのだが。
彼らは大学になってから、ロボコンを始めたのだろうか。
だとするとどうして国が徳川の研究室との連携を指示したのかが謎だし。
いずれにしても、此方の様子を見ながら、露骨に焦っている。
こっちとしては。はっきり言って、もう生物が見つからなくても見つかっても、どっちでもいい。
どの道この間、生物が住まなくなっているだろうという定説になっている場所で、蟻が発見された。
国は動く。
汚染地区の定義が見直され。
復興作業の手が入る可能性が大きい。
そうなれば、またある程度の資源が採集でき。人類の残り時間が増えるからである。同じ程度の汚染が起きている地区で、大規模な作業が開始される可能性もあり。その結果、一気にある程度の残り時間が稼げるかも知れない。
さて、そろそろ勝負に出るべきか。
卜部に指示。幾つか、最後に残しておいた。難しそうな調査地点を丁寧に調べさせる。卜部もはあいと相変わらず無駄に色気過剰に応えながら、ドローンを動かす。
丁寧に調査していくと。
ひび割れた泥で。
不意に、動くものを捕らえた。
即座にデータを分析。
データも、役人の方に送る。
すぐに調査が開始される。分析が進められていく様子を見て、慌てた大学側が動こうとするが。
座っていろと、見かねたらしい役人に一喝され。
顔を真っ赤にして座り込んでいた。
情けない。
中堅所の実績を上げているロボコン部なのだろう。実際ドローンの性能は、こっちのより上とみた。
だが、精神論を口にするつもりはないとしても。
此処までまとまりがなく、焦っていたら。勝てる試合にも勝てなくなる。
更にだ。
今回のエキシビジョンマッチで、卜部の強みが土方にもわかり始めてきたかも知れない。
これだけのプレッシャーの中でも、飄々と動けるメンタル。
相手側のロボコン部と、対照的だ。
普通、ロボコンはどうしてもロボットの性能で決まる。
だが今回は、ロボコン以前の問題である。相手が自爆に自爆を重ねてくれている。
これは大変有り難い話で。
ずっと失ったと思っていた運が戻って来たとも言える。
そして運が戻って来たという事は。
またいずれ去ってしまう事も意味している。
調査の結果、動いたものは、蚊の一種の幼虫だと言う事がわかった。
いわゆるボウフラである。
泥の中にある小さな水たまりにて、ふよふよと動いている。
勿論有害な昆虫だが。
今は、それは関係無い。即座に撮影して、データを色々と取り、報告を行う。
そして、動けもしない大学のロボコン部に対して。
容赦の無い宣告が為された。
「此処まで。 暁工業高校の勝利とする」
「まったあ!」
絶叫する相手側の部長。
大学でもロボコン部は五名が定員と決まっているが。
多分最年長の四年生なのだろう。相当に頭に血が上っているようで、顔が真っ赤になっていた。
「何かインチキを使ったに決まってる!」
「ロボットは事前に此方で調査しています。 それは此方の調査の正当性を疑うと言う事ですか?」
「……っ、そういう言い方は卑怯だ! ロジハラだろう!」
「論外。 今の発言は、上に報告します」
まだ真っ赤になって吠えていた部長だが、ロボコン部の他の生徒が取り押さえる。
まあそうだろう。これ以上役人に食ってかかって、内申の+まで取り消されたら、たまったものではないからだ。
現在大学に行く人数はかなり減っているが、教育内容は昔に比べて著しく向上している。
そんな大学生の中にも、こんなのがいるんだな。
少し覚めた目で、土方は狂態を繰り広げる相手側の部長を見ていた。
ボウフラの発見は、既に速報で流されている。
この様子だと、多分数日内に国会で立ち入り禁止地区に対する調査研究の根本変更などの議題が上がる筈。
出だしこそ西園寺に持って行かれたし。
今の試合だって、偶然に見つけたに過ぎなかったけれども。
それでもこれは運が向いてきたとみていいだろう。
ちなみに、西園寺と東山のエキシビジョンマッチ。気になったので確認して見たが、東山が勝っていた。
西園寺は大金星を上げたが。
その後はやはり、運に見放されたと見える。
まあ良い。
ともかく、これで、次からまた動きやすくなった。
皆に帰ってくるように指示すると、土方は大きくため息をつく。
最後の最後で、勝利をロボコン部に持ち帰れるかも知れない。
そしてその時には。
来年度は、最初からうちは強豪として認識されるはずだ。
目を閉じて、ゆっくり心を鎮める。
まだ、油断はしてはいけない。
(続)
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