宝は其所にある

 

序、現在の鉱脈

 

21世紀後半。資源が使い果たされた時代には考えられない事だが。

古くには、まだ使えるものをどんどん捨てていた時代があった。

新型が出たから。

見た目が気に入らないから。

場合によっては、機械では無く命。ペットと呼ばれる愛玩動物でさえ、大量消費していた。

そんな時代を経た人類は。

大戦を経て、否応なく自分達がやらかしてきた行動の結果を見せつけられることとなったのだった。

資源がない。

あったとしても汚染されている。

どうしてあんなに湯水のように、まだ使えるものを捨てていったのか。再利用をこれっぽっちも考えようとしなかったのか。

愚かしい行動の結末に。

大量のレアメタルや貴重な資源が失われていった。

今、大会の動画内で、ロボット達の前に大量に落とされたのは。

そんな時代の残滓。

通称夢の島と呼ばれるゴミ廃棄に使われた島から、大量に回収された物資。

以前、二年の時に行われた大会の映像である。

あのゴミの中から、使える物資を全て回収せよ。

もしも使える機械があるのならそれも回収せよ(実は使えるものは回収されてしまっている事が殆どでほぼありえないが)。

それらのいずれでもない場合は分解せよ。

分解後、処理を行う。

場合によっては焼却。

別の場合によっては科学的処置によって、資源に還元する。

無意味かつ大量に捨てられていた物資は。

今、人類の寿命を少しだけ延ばすために。

その存在をフル活用されていた。

「あれ、先輩達が作った……」

「ああ、水蜘蛛暁の先代機」

「……」

梶原の言葉に応える。

そう、水蜘蛛暁の先代機は、そもそも土方と武田が苦労してくみ上げ。

大会で、始めて弾かれず。

試合に参加したロボットだったのだ。

それを長年掛けて改良していき。

ようやく前回の試合で、色々な改造の結果。全国最強の一角、国際工業高校ロボコン部との激戦で競り合うまでに育った。

残念ながら、前回の戦いで水蜘蛛暁は、そのロボットとしての寿命を終えてしまったが。

このデビュー戦のことは、今でも覚えている。

ちなみに一回戦は勝利で飾る事が出来たが。

マシンパワーの低さが災いし。

モニタを運んでいる最中に破損。

残念ながら、二回戦敗退となった。

去年の話である。

先輩達は惜しい惜しいと褒めてくれた。先輩達はロボコンに関しては能力が低かったが、後輩を育てることには長けていた。

だから今土方と武田は強豪校とやり合えているし。

後輩にそのノウハウも伝えている。

咳払い。

この映像を見せたのは。

次に参加する大会も、概ね同じだからである。

「次の大会も、同じような内容のロボコンとなります」

「うわー、ゴミ処理か……」

「ゴミと言っても、不法投棄されていたり、或いは粗大ゴミとして雑に扱われて埋められていたゴミは、宝の山です。 とはいっても色々と直に触るのは危ないので、ロボットで処理することになります」

露骨に嫌そうに言う卜部に、土方は釘を刺す。

無言で。

かつ無音で。

すっと、梶原が手を上げた。

「他にこのタイプのロボコン、参加記録は……」

「この前に二回。 いずれも試合できず」

「……」

試合が出来なかった。

つまり、ロボットが動かなかった、という事である。

ただでさえ粗大ゴミを分解して、有用な部品を取りだすという結構難しい仕事になるのである。

古い時代の技術で作られていても。

使われているパーツなどには有用なものがいくらでもある。

だから、粗雑には扱えない。

文明レベルで粗雑に扱っていたこと自体がおかしいのだ。

「だから悔しくて、しっかりプログラムも機体も組んだんだよ」

「……ああ、そういう」

「だけれども、もうそれは仕方が無い。 それで次の試合だけれども」

土方は、指示を出す。

まず円筒暁を用いる。

これにロボットアーム暁を接続する。

この二つの組み合わせで。

分解と、粗大ゴミからの資源回収を行う。

プログラムについては問題ない。武田が時間を掛けて準備してくれていたからである。梶原がこれを組み直して、結合試験をして行けば良い。

時間はある。

更に言えば、今回はパーツも幾つか新調している。

ロボットアームに関しては、以前実績を積んでいるが、これを更にパーツで強化する。より微細な作業が出来るように。

より力強い作業が出来るように。

それらをクリアすれば。

今度こそ、優勝が出来る。

前回のロボコンでは、大接戦の末に全国最強クラスの強豪国際相手に僅差で敗れた。

次の大会では、多分国際、東山、京都西辺りの強豪はあらかた出てくると見て良いだろう。

それも参加校は相当増える。

今年もかなり後半に入ってきて、円熟したロボコン部が増えてきているからである。

ロボットアームはかなり微細な作業を出来るが。

今回は応用編。

以前のロボコンのような、精度だけを試すものではない。

ねじ回しを使ったり。

場合によっては潰れたネジを外したりと。

かなり力が必要な作業もこなすことが必要になってくる。

強豪校ほど、こういった基礎技術で優れたものを持っており。

年度後半にさしかかってくると、ロボコンで弱小高を突き放していくようになって行くのである。

とはいっても、うちと同じように。

弱小であってもこつこつノウハウを蓄え。

少しずつ力を増していった学校もある。

今なら。

どういうわけか、徳川のようなスペシャルに認められ。

そして実際に予算も増やして貰っている状況なら。

流れが来ている。

武田というプログラムでは強豪校の部員と渡り合える人材。それに、ノウハウを引き継げている後輩達。

土方の手札は思ったより多い。

だから、今度こそ。

優勝まで持っていくのだ。

一週間を掛けて、ロボット二つの合体を実施。元々ノウハウがあるので、比較的スムーズに行った。

今回は現地には行かず、ロボットがある工場にはリモートでアクセス。ロボットも遠隔で動かす。

工場の裏手に移動。

此処には、ゴミ山から回収したこれから分解するものが積まれている。

人力で分解する場合もあるが。

今回は、ロボコンで使うロボットを用いて分解をする。

手始めに古いモニタを使って、ロボットアームでの分解作業を行う。

分解作業と行っても、ただガワをばらすだけではない。

全ての部品を分解し、分別する。

基盤などに使われているレアメタルを回収すると、案外馬鹿にならなかったのは昔からだったらしいのだが。

今は更にそういった物資が重要になっている。

ゴミの山を宝の山に変えるためにも。

衛生的に問題があるゴミの山を。

丁寧に分解し。

人間の代わりに手傷を負いながらも作業するロボットアームは、とても重要なのである。

分解のノウハウを、武田がインプットする。

次はもう動かなくなった古いPC。

これも分解を、ロボットアームで全自動で行う。

PCの筐体は非常にバリエーションが豊富で。

開くには、様々な方法を用いなければならないのだが。それらについては、データが存在してくれている。幸いにも、と言うべきか。

そのデータを利用し。

筐体を開け。

パーツごとに分別する。

中に虫や苔なんかが入り込んでいる事は珍しくもない。

ちょっとやそっとで動揺するようでは、どうしようもないし。

ある程度はオートで作業できるようにもする。

実際上杉も、遠隔作業でPCの細かい分解など出来ないだろう。

この辺りは、プログラムによる補助の出番だ。

複数の補助があって。

ロボットは動く。

そして、それらの補助を卒業したとき。

商用として、全自動で人間の役に立つロボットへと生まれ変わる。

現時点では、幸い人間に反旗を翻すAIは出現していない。

今後もそういったロボットは出てこないことを祈りながら。

黙々と、作業を続けていく。

PCの分解終わり。

広げてみると、コードも部品も相当な数がある。なお廃棄されていたPCだけあって、経年劣化でもう動かない状態になっていた。

HDDも調べて見ると、中が壊れてしまっている。

どんなデータが入っていたかは分からない。

この様子からして、恐らく個人用のPC。企業用のレンタリース品ではないだろう。

その気になればデータの復元は不可能では無いだろうが。

それでもやる意味がない。

HDDは破壊されていなかった。

ユーザにその辺りの知識がなかったのか。

或いは、何かしらの理由でユーザがなくなり。

そして家族が考え無しに捨てたのか。

その辺りは分からない。

いずれにしても、これはゴミ山から、生徒が勉強するために下げ渡されたものである。

部品類は、それぞれ専門の箱に分別して入れていく。

この分別作業も、ロボットアームで出来るだけ素早く行っていく。

さくさくと作業を済ませ。

その後は、次の品の分解に入る。

「ちょっと待って」

武田がストップを掛ける。

ロボットアームが引っ張り出したのは。

何だかよく分からない品だ。

半壊してしまっているが。多分家電だったのだろう事は分かる。家電ではあるが、それ以上は分からない。

しばし悩んだ後。

武田がデータを特定してくれた。

ビデオデッキである。

何だソレという顔をしている皆に、武田が説明する。昔存在していた、画像中心に記録媒体を再生する装置。

このビデオ、正確にはVHSというのだが。

VHSでしかデータが残っていないテレビ番組などもかなり多く存在しており。

特に古い番組では、殆どVHSが生命線になっているケースさえある。

昔はこのビデオデッキとVHSを使い、テレビ番組を予約録画していたらしいのだが。

古い時代。

テレビ局などでは、番組の優先順位が決まっており。

特にアニメなどは如何にドル箱番組であろうと「ジャリ番」等と言って馬鹿にされ。

容赦なく放送スケジュールを変更されたり放送中止されることが珍しくもなかったそうである。

まあそんな事をしていたから、テレビは衰退していき。

今では、もはや大手テレビ局などと言うものは存在していない。

そういう豆知識を武田が披露し。

後輩達がうんうんと頷いていたが。

ともかく、そんなビデオデッキである。

残念な事に壊れてしまっている、というか半ば潰れてしまっているので。

もう使用する事は不可能だろう。

端子も見た事がない代物だ。

ともかく分解に取りかかる。

内部を見ると、経年劣化だけではない。かなり破損が酷い。捨てられたとき、余程酷い条件で捨てられたのだろう。

何処かの山奥か何かで、ずっと野ざらしになっていたのかも知れない。

貴重な機器だったろうに。

まだ使えるものを、ホイホイ捨てるようなことを続けていたから。

今、子孫の土方達が苦労している。

色々先祖に言いたいことはあるが。

ともかく、もういない相手に文句を言っていても仕方が無い。

潰れてしまった機器の分解も、ロボットアームにノウハウとして叩き込まなければならない。

中から虫の死骸がたくさん出てくる。

丁度良い住処だったのだろう。

画面越しだからか、上杉もあまりきゃんきゃん悲鳴を上げない。

とりあえず、作業は粛々と行われ。

見た事も無い部品がたくさん並んだ。筐体は完全に駄目だ。一度鋳つぶして、再利用だろう。

次。

今度は比較的コンパクトな部品だ。

古いドライヤーだという。

こんなに大きいの、と卜部が驚いた声を上げる。

まあ色気づいた卜部には、ドライヤーは色々大事だろう。もっとも、現在のドライヤーはほぼ全自動。

家庭用ロボットによって制御され。

風呂上がりの所を、全自動で髪を乾かしてくれる。

昔はこれで色々トラブルが起きたのだが。

多数の錬磨の結果、今ではほぼ問題も起きなくなっているし、時間も短時間で済むようになっている。

ただ、それでもドライヤーにこだわりたがるタイプはいて。

卜部はそういう一人だった、というわけだ。

ドライヤーの分解を開始。

負荷を見て、武田が梶原に注意を促す。

思ったより重い、ということだ。

円筒暁とロボットアームを連結させている。ロボットアームは円筒暁の側面から伸ばしていて、補助用に小さな二輪もつけている。

このため、円筒暁がバランスを崩して転倒というのは滅多にないのだが。

それでも、負荷が出ていると言う事は。

バランスを崩して転ぶ前兆だ。

梶原が無言でプログラムを調整。

円筒暁の姿勢を制御する。

「これ、分解が難しいですね……」

「コードが壊れて剥き出しになっているから気を付けて」

「はい」

電気が通っていないから大丈夫ではあるが。

それでも電線が野ねずみにでも囓られたのか、かなり酷い事になってしまっている。

こういうコードも、専門の業者が分解して、資源化する。

少しでも、資源に出来るのなら。

その作業の手間と加味し、資源化に意味があるのなら。

やる価値はある。

黙々とドライヤーを分解していく。

内部に結構新しい部品があったのだが、それ以外は汚損が酷い。ロボットアームは毎回作業ごとに消毒はしているのだけれども。

それでも、上杉は毎回目を嫌そうに閉じていた。

次だ。

色々な機器を、休日一杯を使って分解して、ノウハウを蓄積して行く。

同じ機器の場合は、プログラムの補助で、倍速以上で解体できるようにしていく。

これが、文明の利器というものだ。

前回、河川の汚染除去をロボットで行ったが。

今回も、彼方此方のゴミを多少なりとも減らす作業を、ロボコンで行う。

この再資源化のロボコンも、かなり人気があるジャンルで。各地の自治体で行ったりもしている。

賞金などは出ないが。

未来の再資源化用ロボットの開発のために。

資金援助は出る。

また、自治体などで困っているゴミの処理のためにも。こういったロボコンは人気が相応にあり。

特にロボコン部が円熟してきた年度後半には増える。

だから今回も激戦になる筈だ。

一旦休憩を入れた後。

午後から更にペースを上げる。

よく分からない機器がたくさん捨てられていて。それらを順番に分解し、徹底的に解体していく。

時にはバーナーなども用いる。

酷い場合には、車のエンジンなども捨てられていて。

非常に危険なケースもあるらしいが。

流石にこの工場に、生徒用に運ばれて来ているゴミからは、そういう危険なブツは弾かれているはずだ。

昼食後も淡々と作業を続け。午後三時には終える。

ロボコンは午後二時終わりが普通だから。家に帰る分を加味して、今日はちょっと長めに部活をやった。

此処からは、各自の作業である。

ハード屋とソフト屋で、それぞれ作業を割り振る。

土方は武田と相談しながら作業を分担し。

やがてフローに当てはめることが出来た。

とはいっても、もう大体は終わっているので、今日の作業のノウハウ還元が主な内容になる。大会まで時間があるし、妥協無く徹底的にやりたい所だ。

割り振りが終わった所で解散。後は指定の時間まで、自分との戦いだ。

今回は勝つ。

気合いを入れ直すと、土方は自分に割り振られた、設計の見直しを中心に、作業を進めていった。

 

1、ゴミから宝へ

 

現在の社会では、ゴミ捨て場は存在するが。古くに存在したような、ゴミの不法投棄は存在しない。

ゴミはそのまま金に化ける。

旧式の機械類は大体そのまま分解し、或いは原材料にまで戻して、そして最新機器に作り直す。

ごくごく一部だけは、そのまま残し。

博物館などに保存し。

何かあった時のために、資料として残すが。

いずれにしても、使い終わった機器類は、新しく生まれ変わらせる仕組みが完成している。

これは別にリサイクル精神がどうのこうの、ではなく。

戦時中の時点で既に物資が足りなくなりはじめ。

それを補うために各国が技術を開発し。

そして戦後くらいに、リサイクルの技術が完成し。各国で共有することになったからである。

それくらい、物資の不足。

資源の枯渇が深刻だった、という事である。

問題は、既に捨てられていたゴミ。

そして、現在進行形で、手を出す事が出来ないゴミだ。

世界の中でも、かなりの広い地域が、汚染が酷すぎて人間が踏み込めない状態になってしまっているが。

そういった場所に捨てられているゴミなどは、まずは汚染をどうにかしなければならないし。

汚染をどうにかした後にも、再資源化はかなり難しいのが現状である。

故に現在は、今までゴミを大量に廃棄していた地区などからゴミを回収してきて、再利用することが進められている。

20世紀くらいの機器類からはレアメタルも豊富に取りだすことが出来るため。

これらを専門にやっている業者もあるし。

流石にこの分野では高校のものは無理だが。

大学のロボコンとなると、出来が良いものがそのまま企業に買い取られて、商用化するケースもある。

近年はゴミ山が丸ごと崩されて、全部資源化されたというようなケースが出てきているが。

これは美談でも何でも無い。

資源が。

切実に足りないのである。

作業を進める。

皆に声を掛けながら、今回のロボット。円筒暁+ロボットアームの調整を行っていく。

土方と武田にとっては悲願。

それを後輩達に押しつけるわけにはいかないけれども。

それでも、これを落とすわけには行かないのである。

だから、徹底的に検証がいる。

休日を使って、またあるだけのゴミを徹底的に分解していく。色々な機器のデータを、ロボットに教え込ませていく。

その過程で、上杉にも知識を持って貰う。

工場にはまだまだゴミがたくさんある。ロボットを使う以外でも、古い機器を使っての授業はある。

これは何かしらの理由で、最新機器が使えなくなった場合。

古い機械から、サバイバルのための道具を作り出す、といった実用的な授業が存在しているからである。

ロボットアームの動きも洗練されてきていて。

潰されているねじ山を、摘んで廻し、ネジを外し。

壊れてしまっている筐体を、これ以上壊さないように取り外し。

内部の機器類をチェックして、分別したり洗浄したり。

丁寧に作業を行えている。

見ていて充分に満足できる内容だ。

武田と土方で、ずっとノウハウを蓄積してきた。先輩達は、自分達の実力が足りない事を早々に理解して、武田と土方が成長できる下地造りに協力してくれた。それは勿論、自己犠牲の精神などではなく、就職に対して有利になる、内申造りの意味もあったが。しかしながら、ロボコンでは役に立てなくても。

先輩達は、そういう意味では武田と土方のために、精一杯頑張ってくれたのだ。

その下地があるから。頑張ることが出来る。

午前中の作業終わり。

工場側に土方から申請を入れて、ゴミを補充して貰う。このロボットの他にも、工場では幾つかのゴミ解体用のロボットが動いている。殆どは商用で、それらの方が当たり前だが性能が良い。

高校生が自分で組んだロボットより、商用で動いているロボットの方が性能が高いのは当然で。

これが覆るようになるのは、大学くらいからだ。

ただ、このタイプのロボットは、汚染除去用のロボットと同じくとにかく数が足りていない。

ロボコンが終わると、特に大学のロボコンの場合は、成績が良いロボットをそのまま企業が買い取るケースがあるのも当然だろう。

在庫の中から、ゴミを増やして貰い。

午後は、それを一気に処理していく。

工場の収入にもなるので。

ロボコン部への評価も上がる。

徳川が後ろ盾になってくれている、というだけではない。

工場のためにも。

学校のためにも貢献し。

更にロボコンで実績を上げて。

ようやく胸を張って、我々はしっかりやっていると誇れる。

とはいっても、それでもまだまだ実力が足りないと感じる事はある。強豪と同列になっているのは何かの間違いだとも時々感じる。

だから、更に力をつけなければならない。

夕方に作業終わり。

出して貰ったゴミは、綺麗に分別完了。

専用のトレイがしまわれていく。後はあのトレイも、自動で洗浄されるだけ。此方が手を出す事では無い。

分解されたゴミは全て金に換わる。

ロボコンの事前演習が。

きっちりお金になっているのは、良い事である。

「よし、概ね良いかな。 後はスピードを二割くらい上げたいね」

「もっと早くですか!?」

「今の時点で、ロボットアームへの負荷はそれほど大きくない。 今回は部品を早めに組み込んだから、結合試験でも苦労はしてないしね」

素っ頓狂な声を上げる上杉に、武田が淡々と言う。

しゅんとする上杉。

ロボコンでの、実戦が大変だなと思っているのだろう。

まあ苦労してもらうしかない。

それが、次期部長である上杉の責務である。

更に。土方は、もう一つの課題を挙げる。

「問題はもう一つある。 次の大会、多分二日間になると思う。 例の変なソフトキャンディ、初日には使えないよ」

「……」

上杉が露骨に苦虫を噛み潰す。

気持ちは分かるが。

そもそもドーピングに頼るのが、良い事では無いのである。

致し方がないと言えるだろう。

それに、二日に渡る大規模大会にも、そろそろ参加してほしいと思っていた所である。一日目に強豪に当たるトーナメントでなければ。

例のソフトキャンディは、二日目まで温存するのが吉だろう。

上杉は疲労困憊になるかも知れないが。

それはそれである。

他にも細かい注意事項を幾つか告げた後。

今日の部活は切りあげ。

テレビ会議を切った後。

武田が、個別チャットをつないできた。

「上杉がまーた悪夢を見てるとか言ってて」

「何、今度は与野に凌遅刑にでも掛けられたの?」

「そんな事誰がするかっ!」

「冗談冗談。 それで?」

ため息をついた後、武田は言う。

上杉が武田に殺されたり酷い目に会わされる悪夢を見るというのは前からである。更に戦時中の経験がそれにつながっているのも分かっている。武田もその辺の理由を知ってからは、上杉に対して口を△にして対応する事も無くなった。

だけれども、それはそれで。

まだ悪夢を見られるのも困る、というのである。

精神科に上杉は通っている様子だし、専門家に任せるしかないことも分かるのだが。

此方で出来る事はないのだろうかと、武田は言う。

勿論これは、武田なりに上杉を心配しているから、ではない。

武田なりに、部活の事を考えてのことである。

武田は他人に結構冷淡で、土方以外に友人も殆どいない。

先輩に対する愚痴を、以前は良く聞かされたものである。

根気強く話して、今では先輩達に相応の感謝はしているようだけれども。

人間関係で苦労するタイプである事は確かだ。

それて精密機器がそうであるように。

人間も、気むずかしい人間の方が性能が高い場合がままあり。

武田はモロにそれに該当する。

故に、馬鹿馬鹿しいと思う事無く。

土方は武田に対応していかなければならないのである。

「専門家にどうにも出来ないのなら、いっそのこと上杉さんと梶原さんで連携を取って貰う?」

「ああ、大会で一緒に行くのは今やあの二人だもんね」

「そゆこと」

「……そうだね、じゃあフローなんかでも連携が増えるように調整してみるか」

それでいい。

武田に後は幾つか注意点を告げた後。

個別チャットを終える。

武田は決して無能では無いのだが。どうもこういう人間関係は極端に苦手なようである。まあ親がろくでなしだったようだし、色々と仕方が無いのかも知れないが。

続いて、上杉と梶原、卜部にも個別チャットを開いて、それぞれ話す。

何か悩みがあるかどうか聞いておく。

上杉は、以外にも悪夢云々の話はしなかった。

或いは武田にだけしているのか。

だとすると、むしろ上杉は武田を信頼し始めているのかも知れず。だとするともったいない話ではあった。

梶原は相も変わらずのマイペースで。

飄々としているため、色々と振り回される。

話を聞いていると、やはり感性が独特なので、色々と難しいが。変わった感性の相手を尊重するのは今時当たり前である。

補助用のソフトも使って、相手の意図を読みつつ、話を進めて行き。

とりあえず今は不満が無い、という事で落ち着いた。

最後に卜部だが。

やはりゴミ処理は直接やりたくないという。

だが、来年には。

卜部にも、前線に出て貰う事になる。

それも、恐らくは上杉と同じポジションでだ。そして大きめのロボコンには、どうしてもゴミ処理がある。

そう考えると、卜部には早々になれて貰わなければならない。

「でも、臭くて汚いでしょどうせ」

「そういう文句は先人にいいなさい」

「はーい」

「はあ。 ともかく、今後は卜部さんも色々な大会に……早ければ年末には出て貰うから、それは覚悟しておいて」

露骨に嫌そうな返事が返ってくるが。

その程度でいちいち怒っていても仕方が無い。

とりあえず、現状は此処までで良い。

個別チャットを切ると、メールを確認。

徳川から連絡が来ていた。

博士課程を終えたらしい。

それはまた。

天を駆けるような勢いである。

早速国から研究室を用意して貰ったらしく。今まで開発し権利を持っているロボットなどを用いて、彼方此方で事業を行っているそうだ。

この間見た、ダム型のロボットとかもその一つなのだろう。

そして、徳川はメールで、結構熱心に勧誘してきていた。

「卒業後、具体的な待遇は……」

この間よりも更に給金が上がっている。

この国最強のロボコン部を持つ国際とギリギリまで競り合ったことが、+に響いているらしい。

徳川でもあの試合を見ていて。

それで評価してくれた、と言う事か。

それならそれで嬉しいのだが。

グエンについて聞いてみる。

そうすると、意外な答えが即座に返ってきた。

もう粉を掛けたらしいのだが。グエンは今、フランスの高名なロボット学者から相当な好待遇で研究室に来て欲しいとラブコールを受けているらしく。

今徳川が駆け引きをしているそうだが。

やはり国籍の問題もあり。

かなり厳しいようだ。

「いずれにしても、今は人類に戦争をしている余裕が無い。 グエンがフランスに戻っても、別に脅威になる事はないから大丈夫」

そんな事を徳川は言うが。

別に土方はそんな事心配はしていない。

ただ、出来れば一緒に仕事をしたかったが。

あれほどの逸材。

流石にフランスでも見過ごせない、というわけか。

ましてや、大戦でフランスは日本とは比較にならない被害を受けて、かろうじて生き残った国だ。

国内の汚染も深刻で。

技術の喪失も著しい。

優秀な技術者は一人でも必要だろう。ましてやロボットに関する技術者となればなおさらである。

ただ、国際協力が現在は必須で。

国際統一政府の設立も視野に入ってきている現在。

国で技術者を奪い合うというのも、何だか妙な話である。

いずれにしてもグエンが研究室に入るとしたら再来年か。

その時は、何かしらの形で、お仕事を連携できると良いのだが。まあ、あまり期待は出来ないか。

徳川クラスの規格外ならともかく。

土方は徳川に声を掛けられたのが不思議な程度のボンクラなのである。少なくとも土方は自分をそう評価している。

メールでのやりとりを終えると。

夕食にする。

ロボットが栄養を考えて、色々料理を作ってくれるが。

今後、人類は料理が出来なくなるかも知れないなと、ぼんやり思った。

ただ、料理なんて、それこそ余裕がある時代にやれば良い。

土方にしても武田にしてもそうだが。

現在人類社会に足りていない、人材予備軍としての扱いだ。

そう考えると、働き始めるのもそう遠くない未来である。

土方はまだ高校生。

21世紀前半の、一番良い時代だったら、大学に行くことを考えている年だが。

今大学に行くのはスペシャリストだけ。

高校まででがっちり教育を叩き込み。それも、昔とは比較にならないレベルの密度で叩き込んで。

高度人材に仕上げていくのが今の時代だ。

そうしないと人類が滅ぶからである。

机に突っ伏して、ぼんやりとする。

社会人になってからも、人材の使い潰しは現在は行われていない。人材を使い潰したら、社会が動かなくなるからだ。

これだけは、人類が21世紀前半に学んだ有益なこと。

だからリモートワークが主体になっているし。

無意味な過剰労働もなくなっている。

その一方で、人間が過剰労働しなくなった分は、ロボットがするようになっている。

土方の責任は。

社会に出たら、一気に重くなる。

ハード屋として、そのロボットの面倒を見なければならないのだから。

食事を終えた後は、両親と軽く話す。

どっちも大変な仕事をしている。特に父は、今汚染地域の探索で、相当に気を揉んでいる様子だ。

酷いものもたくさん見ているだろう。

気の毒な話だった。

 

ロボコン開始の三日前。

最後のミーティングを行う。

現時点で判明している大会の規模は、やはり今まで参加したものの中で最大級だった。

既に申し込みの締め切りが終わっているので、これ以上増える事はないと思うのだが。

参加校数133。

その中には、国際、京都西、東山等の強豪校がいる。

なお西園寺はいないが、これは得意分野と違うからだろう。

半数が落ちるとしても。

70校弱くらいは相手にしなければならない、という事である。

そして、何処の高校も、当たり前だが腕を上げてきている。前と同じ感覚で行ったら痛い目を見る。

予算を増やされている。

上杉も、梶原も卜部も技術が上がってきている。

だが、技術だけなら他の学校のロボコン部だって同じである。

ただ、ロボコンの大会予算が気になる。

ゴミを全部換金できるようにして、それを予算に変えるというような事はしているかも知れないが。

それだけでまかなえるのかどうか。

大会が二日にわたると、それだけ掛かる人件費も倍になる。

勿論人件費をけちるわけにはいかないので。

その分の予算を掛けなければならない。

だとすると、ひょっとして。

何か奇策を用いて、一気に一日で終わらせることを、大会側で考えるかも知れない。

普通、この規模の大会になると、トーナメントをするのが当たり前なのだが。

130校を越える規模のロボコンへの参加は、実は土方も初である。

大規模なロボコンは経験があるのだが。

流石に此処までの規模となると、大会は三日にわたるかも知れず。対策を何かしてくるかも知れない。

そこで、要注意を皆に呼びかけておいた。

要注意と言われてもと、テレビ会議の向こうで皆が俯いているが。

武田だけは、少し考え込んでいた。

「ね、コレ見て」

武田が画像を出してくる。

海外のロボコンである。見た所、企業大会だろう。

200を越えるチームが参加しているとみたが。

なんと、巨大なゴミ山を、崩して掛かっている。

中央には巨大なクレーンが鎮座しており。

クレーンが時々ゴミを豪快に崩しているのが見えた。そして、多数の企業のロボットが、ゴミを回収しては分解している。

「この方式で行くかも知れない」

「うわー、豪快……」

「まるで玉入れ」

ぼそりと梶原がいう。

また独特のセンスである。

別にそれはそれでかまわない。玉入れというのも、また発想としては悪くないし、面白い考えである。

いずれにしても、これならば一日で。時間いっぱいまでやって、それぞれの作業ごとに優劣をつけるのも簡単。

ロボットの耐久性も。

一日フルに仕事をさせることで、試すことが出来る。

何よりも、競わせることによって、更に効率よくゴミ山の資源化が出来る。

勿論全てを資源には出来ないだろうが。

見た所、廃棄機器。要するに粗大ゴミの山だ。

いずれもが、内部にレアメタルとかの部品を有しているケースが想定され。換金すれば、相当な額に化ける。

「いずれにしても、この方式の可能性がある。 上杉さん、この場合に備えて対策は考えておいて」

「はい……」

「勿論トーナメントになるかも知れない。 その場合も」

恐縮したような上杉。

これでは責めているかのようでは無いかと、武田が辟易しているのが分かったが。

別にそれで困ると言うことは無い。武田にも、ある程度我慢してもらう他ないだろう。

準備をそれぞれでしてもらい。

大会当日に備える。

嫌な予感がする。

ひょっとして、武田ですら想定していない妙な方式のロボコンになったらどうしようと考えたのである。

ロボコンの大会運営だって、資金が無限にある訳じゃない。国から支援はされているが、それはそれ。

がっちり大会の予算管理は監視もされている。

だとすると、予算圧縮のために、とんでもない奇策に出てくるかも知れない。

色々と、確認して見る。

土方の方では、武田の見つけてきた方式以上の面倒くさいやり口は、見つけることができなかった。

さて、当日はどうなるのか。

嫌な予感が止まらない。

何か、波乱があるように、思えてならなかった。

 

2、メイルシュトローム

 

大会の会場は、屋外だった。

実は、大会の会場についてのアナウンスが行われたのが、なんと大会開始二日前の深夜。

まあ今の時代、宅配などの業者には知らされているのだろうが。

それについては、情報の管理が完璧だったと言う事なのだろう。

いずれにしても、屋外の会場への運賃などを手配して。

上杉と梶原に出向いて貰う。

そして、其所にあったのは。

巨大な回転する円盤と。

それに乗せられたゴミの山だった。

いずれもが、粗大ゴミである。しかも、多分何処かの山奥か何かに捨てられていたものなのだろう。

いずれもが、手酷く汚れきっていた。

放射能汚染もあるかも知れない。

いずれにしても、直に触るのは絶対に厳禁な代物である。

どうやら予想が当たったらしい。

武田が探してきた動画でも、此処まで豪快な代物では無かった。

ロボコンの大会運営には潤沢な予算が出されている。未来の人材を育成する場だから、である。

だといっても、それが無尽蔵というわけではない。

実際問題、土方がいる暁工業高校のロボコン部だって、国の肝いりである徳川の後ろ盾によって予算が倍になったけれど。

それでも、金を湯水のように使えるわけでもない。

もっと実績を上げろ。

そうせっつかれてさえいる。

恐らくそれは、ロボコンの大会運営もそうなのだろう。

ロボコン部を経験した生徒達は、社会に出てからロボット関連事業の即戦力として活躍する人材ばかりであり。

今後どんどん重要性を増すロボット産業の中核となる存在だ。

故に、予算を惜しみなく使いながらも。

無駄もまた許されない。

だから奇策が時々飛び出すのだが。

今回は、その見本のような例、と言っても良いだろう。

とりあえず、会場で呆然としている生徒達に、恒例の読み上げが行われる。

脱落校の発表だ。

今回は64校が脱落。

この段階になっても、やっぱり脱落率は五割前後。

高校ロボコンの鉄則という数字は守られる。まあ、ハードルが上がって来ている、というのも大きいのだろう。

脱落した高校の中には、この大会のために何ヶ月も準備してきた所もあるのかも知れない。

そう考えると、悲しくもある。

実際、土方と武田は。去年には、嫌と言うほどその哀しみを味わって来ている。

だから、次は頑張ってほしい。

そうとしか、思えなかった。

いずれにしても、69校が残るが。

それぞれに配置が発表されていく。

ぐるぐる回る円盤状の台には、どんどんクレーンから粗大ゴミが追加されていくようで。更に現時点で、うずたかく積もっている。

指定された座標が、既にレーザーで可視化されている。位置からはみ出したらその時点で失格。

つまりバウムクーヘンの一辺のような作業スペースから出てはいけないと言う事だ。

なおレーザーには仕掛けがしてあり。

ロボットのアームでも何でも、少しでも触れたら即座に失格となるようになっているという。

他のチームの邪魔は一切出来ない、と言う事だ。

壁を張るよりもこっちのが安上がり、という判断だろう。

レーザーの出力は弱い。

だから目に悪いようなレーザーは出力されてはいないが。

それにしてもまた、念入りな仕組みだ。

これが良く余所に漏れなかったなと、感心してしまう。いや、或いは国際や東山、京都西には情報が流れていたのかも知れないが。

幸運なことに。今回、うちのロボットには問題が無い。

これなら、存分にやれるだろう。

更にルールの説明が行われる。

咳払いすると、ひげ面の役員が説明する。動画によっての説明なので、本人はその場にはいないのがまた現代的とも言える。

「今回の大会では、大会開始の九時から、終了の十四時まで、時間を好きなように使って良いものとする。 何時に昼食を取るのも自由であるが、いずれにしても昼食は事前に時間を申請して、その時間に必ず取るものとする。 時間は最短三十分、最長で一時間までとする。 とっていい軽食の類はHPを参照されたし」

すぐに土方も確認。

ソフトキャンディはある。

「そして丁寧なゴミの分解をそのまま得点とし評価する。 上位の成績を上げた学校から順位を設定し、今日一日で大会を終えるものとする」

上杉はそうなると。

一日で終わる大会だから、ソフトキャンディを口に入れても大丈夫、という事になる。

これほどの大規模大会を一日で終わらせるのだから、まあ大したものである。

面白いやり方を考えたものだなと、感心してしまう。

「なお、用意した全ての粗大ゴミを分解しきった場合、各校全てにボーナスが入る事になる。 いうまでもなく部員全員への内申点だ。 各校、競うよりも協力を意識して、ゴミを処理していただきたい」

以上、説明終わり。

時間は8時50分。

ざわついているが。すぐにそれも戦闘態勢に入った生徒達の緊張感で、ひりついた空気に変わっていった。

やがて、九時が来る。

戦いが開始された。

ロボットが、同時に稼働を開始する。

何カ所かを飛んでいるドローンが、画像を送ってきているが。その動画を同時に開きつつ。うちの持ち込んでいるカメラによる、上杉と梶原の作業についても確認を同時に行っていく。

見た感じ、それぞれ円周上の定距離を保ち。

うちと国際、東山、京都西が配置されている。それぞれ90度ずつ離れているので、露骨過ぎるほどの調整である。真正面にそのうち見えてくるかも知れないのが東山であるが。今の時点ではゴミ山がうずたかく、全く見える事はない。更にお代わりが来るのが確実である。

見ると、回っている円盤の上にあるクレーンには、ゴミを掻き出すためのアームも装着されているようである。これはゴミが減ってきたときに、一気に作業を進めるための工夫なのだろう。

どのロボコン部も一気に作業を開始。

それぞれロボットアームを用いて、ゴミを回収。分解を開始する。ロボットアームを複数つけている贅沢なロボットもある。殆どの学校はロボットアーム一つ。贅沢な所でも、作業用のロボットアームと、クレーンをつけているくらいである。

また、作業をしているそれぞれのロボコン部の背後にはベルトコンベアと監視カメラが設置されていて。

分解が終わった部品は、そのベルトコンベアに乗せる仕組みになっている。

その後の分別は、大会側が用意してくれた商用のロボットがやってくれると言うことなのだろう。

至れり尽くせりだなと、土方は思うが。

今回、かなりロボットに近い所で皆作業するので、結構ひやひやである。ロボットが故障したときには、修理する時にかなり手間が掛かるかも知れない。

今のところうちのロボットは大丈夫だが。

欲を掻くと碌な事にならないだろうなと、見ていて思った。

おおと、声が上がっている。

動画の方だ。

京都西が持ち込んでいる大型のロボットが、小型のトラックを分解し終え、ベルトコンベアにパーツを乗せたのだ。

トラックをそのままゴミ捨て場に捨てるのもまた凄い。

どんな違法業者がやらかしたのだろうか。

それもまた凄いのだが、二十分ほどでトラックを完全に分解して、パーツごとにベルトコンベアに乗せた京都西もまた大したものだ。

うちも今、テレビを二台、冷蔵庫を一台分解し終えた所だが。

流石に京都西の小型トラック分解には及ばない。

動画の方では、多数のコメントが流れている。

「京都西、また気合いが入ってるな……」

「前に何回か成績が振るわなかっただろ。 あれで生徒達が奮起したって聞いたぜ」

「ああ、分かる気がする。 強豪言われてるのに、審査落ちまでしたもんな」

「でも、強豪として完全に復活しているな。 トラックをあの時間で分解は、商用ロボット並みだぜ。 大学のロボコンのレベルだ」

その通りだな。

だが、敢えて土方は上杉達にはそれを知らせない。

見た感じ、京都西は最初からフルスロットルで作業をしている。あの様子だと、後半ばててくるはずだ。

今回は五時間。休憩時間を除くと四時間半だが、長丁場の作業である。もしもあまり苛烈な作業をロボットに続けさせると、オーバーヒートすることになる。

そしてフロの湯が簡単には冷めないように。

大型のロボットは、放熱にも時間が掛かるのだ。

京都西の大型ロボットは、見た所うちの円筒暁+ロボットアームに比べて、体積が十倍はあると見てよい。

あの様子だと、一度オーバーヒートすると。

一時間くらい、身動きが取れなくなるかも知れない。

上杉に指示。

あまりペースを上げないようにと。

マイペースで、円筒暁+ロボットアームと相談しながらやるように、とも。

返事をして来たのは梶原だ。

「温度などから見て、現状では多少余裕があります……」

「それなら、ペースを維持」

「分かりました……」

焦ってもどうにもならない。

他の学校は、多分動画を見ている後方支援勢から情報を得て、焦っているチームもいるのだろう。

大きな粗大ゴミに手を出そうとして、ロボットアームを破損しそうになる学校も見受けられた。

あれは連携が上手く行っていないから起きる事故だ。

頭を振って、ああなってはいけないなと自分を戒めつつ。作業の支援を続けていく。

開始から一時間。

国際が、淡々と分解作業を続けていたが。グエンが胡座をかいたまま、殆ど流れ作業同然に、多数のゴミを処理していく。手際は鮮やかで、ゴミを見慣れているかのようだった。いや、或いはそうなのかも知れない。

グエンとはこの間軽く話したが。

その時に聞いた過酷な幼少期の話を聞く限り。

捨てられていたゴミなどを手動で分解して、売っていたかも知れない。

それならば知識もあるだろうし。

手際が良くて当然だ。

京都西は早くも放熱体勢に入っている。

大型のロボットの何カ所かを開いて、凄まじい音と共に放熱しているが。ものすごい迫力である。

ただ、一時間程度の作業で放熱しているのを見る限り、やはりかなり無理をしているとみていい。

或いは動画などから情報が他校に伝わるのを見越し。

諜報戦を兼ねて、敢えて最初に無理をしたのかも知れない。

東山をチェック。

見ると、小物ばかり選んで、高速で分解を続けている。多分分解したゴミの数だけなら、随一とみていいだろう。

うちも負けてはいられないな。

だが急かすのは悪手だ。

他の学校のロボコン部も頑張っている。

円盤に乗せられたゴミはどんどん数を減らしていく。ベルトコンベアで運ばれて行くゴミも、ずっと途切れる事がない。

其方も確認するが。

途中で商用のロボットがパーツごとに取り分けて。

更に専門業者が、ゴミ収集車で運び出しているようだった。

勿論高校のロボコンだ。

商用のロボットがやるほど、丁寧な分解は出来ていない場合もある。

その辺り、採点に響くのだろう。

商用のロボットは、きちんと分解が出来ていないパーツに関しても。その場で分解をしている様だった。

作業が更に進展する。

十時半になると、円盤に乗せられたゴミが目立って減ってきたからか、クレーンが動いてゴミを追加し始める。中にはかなり大きなゴミがあった。

今のペースでの稼働なら、もっと増やしても良いだろう。

そういう判断をしたのかも知れない。

丁度、休憩時間を考えると、三分の一が経過した事にもなる。そろそろ追加のタイミングだとも思ったのだろう。

ロボットアームが次々に、目立ったゴミを回収していく。

ゆっくり回転していく円盤だが。

その上を、クレーンがせわしなく動いていて。

ゴミを円盤の外側に動かし。

更に残された泥土などを、大きな掃除機を使って処理したりもしているようだった。

多分汚染されているし、あの土は直接触るのでは無く、掃除機で吸ってから、また処理をするのだろう。

二度手間三度手間。

色々大変な事だ。

上杉が一本釣りしたのは、旧型の大きな電子レンジである。多分レストランなどで使う高出力の商用品だろう。相当に古い型式で、見た感じ二十年か三十年は現場で働いたのだろう事が分かる。

色々な要因で外食産業は修羅の世界だったらしい。

今の時代は、外食産業はかなり安定しているのだが。

昔は違ったと聞いている。

そんな中、商用の電子レンジで、二十年も使われ続けたのだとしたら。

頑張っただろうに。

随分と無惨な末路だなと、少し同情してしまった。

分解を開始する上杉。

さくさくと分解して、パーツごとにベルトコンベアに乗せていくが。ここでまた、おおと声が上がった。

京都西だ。

今度は大型のロボットアームを使って、小型乗用車を一本釣りしたのである。

かなり破損が酷い状態だが。

それでも小型自動車である。

トラックに続いて自動車。

今日の京都西は、大物食い専門で行くつもりのようだなと、土方は判断した。ただ、京都西の操縦手は、相当に焦っている様子である。これでは機械より先に、操縦手がばてるかも知れない。

いずれにしても自滅してくれるなら願ったりである。

大型レンジが終わった所で、上杉と梶原に昼食を取るように指示。丁度指定の時間に掛かった。

上杉は頷くと、冷蔵庫を一個一本釣りして。

それから分解を後回しにし、昼食に入る。

梶原も一緒に昼食にしているが。

今時殆どお弁当は家庭用ロボットが作るものだ。

二人とも、似たようなものを食べていた。

土方は少し前から、家庭用ロボットが持って来た昼食を食べながら、作業をしている。キーボードに液体を零すと大変なので、それにだけは気を遣ったが。ロボットの方でも、注意して見てくれている。

この辺りは、両親がリモートワークが忙しいときにも、似たような補助をしているので。ロボットには普通についている機能である。

何処の家でも同じ、と言う事だ。

食事を詰め込むと。

軽く武田と話をする。

武田のテレビ会議からは、凄まじい打鍵音がずっとしている。小柄な武田だが。それは打鍵速度と関係しない。

凄まじい速度で打鍵して、データの収集を行っているのだろう。

その場で見なくても分かる。

「どう、状況は」

「強豪校だけ分析すると、大物食いしているせいか、京都西は基本的に一番処理数が少ないね。 ただ一つ一つの仕事は丁寧。 国際は満遍なく上手に処理してる。 東山は小物狙い。 総合で言うと、一歩京都西が抜けてるかな」

「私が見た所だと、京都西かなり無理してない?」

「気付いた? アレは多分、その内致命的なオーバーヒートするよ」

くつくつと、武田が意地悪く笑う。

卜部もいう。

「そういえば、ちょっと気になる動きをしている学校がありますー」

「どれどれ」

動画を確認。

青森にある工業高校なのだが、かなり大急ぎで処理をしている様に見える。

見た感じ、相当にぼろいロボットなのだが。

稼働速度が尋常では無い。

これは操縦手の腕か。

ちょっと注目した方が良いだろう。

見た感じ、この大会から参加するようになった操縦手、二年生とみていい。低確率だが、一年生の可能性もある。

そうなると、去年の土方や武田のような感じだろうか。

まあ、これだけ母集団が苛烈な争いをしているのだ。

人材はどんどん出てくるし。

出てこないと困るのである。

「とりあえず、あのペースには引きずられないように。 上杉さんと梶原さんは?」

「食事を丁度終えたところですねー」

「そう」

少し休んでから、二人が操縦に復帰。

冷蔵庫の分解に取りかかる。

一応、ゴミの中に動物の死骸とかが入っていないかだけは確認しているらしく。冷蔵庫の中にも、死体がぎっしりとか、虫が一杯とか、そういう事は無かった。

淡々と冷蔵庫を分解する。

上杉の作業は手際が良い。予行練習を色々やって、経験値を増やしているからだが。

それにしても、或いはもうソフトキャンディを入れたか。

焦ることなく。

淡々と、丁寧な作業をしてくれている。

充分に良くやっている。

卜部も、作業を再開してからは、上杉のフォローに入ってくれているし。作業についてはほぼ問題ない。

武田は、梶原のフォローをしながら、軽く此方に話しかけてくる余裕まであった。打鍵音と一緒に。

「それで、どうする? このままだと多分京都西に押し切られるよ」

「いや、まだ焦る時間じゃないよ」

「残り三時間だけど」

「大丈夫、見ていて」

数値化した、現在の予測点数。

京都西が頭一つ抜けていて、その次が国際。東山とうちは同着くらい。その他の学校が、後はずらっと続いている。

また、ゴミが大量に追加された。

小さなゴミでも、皆せっせと回収していくのは。

全て片付いた場合、内申にボーナスが入ると言う説明がされたからである。

古い時代の伝説だが。

豊臣秀吉が城壁を修復する際に、似たようなやり方で、作業効率を上げて短時間で終わらせたというものがある。

あくまで伝説ではあるが。

それでも、実際に効果があるのは見ての通りである。

小さなゴミは或いは放置されるかも知れない状況で。どの学校も、積極的に回収に行っている。

要するに、それだけみんな内申がほしいという本音があるし。

実際就職してからモロに響くことを考えれば。

意地を張っている余裕は無いのである。

ただ、やり過ぎると互いの邪魔を始めてしまう。

それを防ぐために、互いのスペースに入り込んだら即時失格としたのは、大会運営の妙技ともいうべきか。

大きめのゴミが流れてきたので、回収。

何だろう、あれは。

武田が分析してくれた。

どうやらオーブンらしい。業務用の奴だ。

確かに小型の豚とかなら、丸ごと焼けそうなサイズである。今日はとことん調理器具に縁があるなあと、苦笑いしてしまう。

分解開始。

オーブンと言っても業務用。

分解には相当な手間が掛かる。

バイク数台分くらいの大きさがある、強力なオーブンだ。

或いは動いているときには。

大型のホテルの厨房とかにあったのかも知れないが。

それはもはや分からない。

黙々淡々と作業を進め。十分ほどで分解完了。経年劣化している部品をこそぎ落としたりと、色々大変だった。

だが、もう流石に捨てられて時間が経過しているからか。

中にゴキブリが巣くっているようなことは無かったが。

次。

上杉が冷や汗を拭っているのが見える。敢えて土方と武田が戦場の全体情報を流していないのが原因か。

京都西が少し勝っている、というような事を言っても上杉に負担を掛けるだけだが。

上杉もあれで馬鹿では無い。

うちが負けている、という事を悟っているのかも知れない。

だが、まだ時間は半分残っている。

そして、京都西は、無理がたたり始めている。

勝負を掛けるなら。

此処からだ。

 

昼を回った直後。

無理を続けていた京都西の大型ロボットが、ついにオーバーヒートを起こした。

前から、作業の度に放熱をしていたのだが。それでも見た目に分かる程陽炎が立ち上っていた状況だった。

バイクを分解した直後である。

完全にオーバーヒートを起こした京都西の大型ロボットが、全放熱口を開いて、強烈な音と共に熱放射を始める。

操縦手が横になると、額をぬれタオルで冷やし始めた。

操縦手も一緒にオーバーヒートしてる。

動画では笑いの声が漏れていたが。

一緒になる気にはなれなかった。

プレッシャーも凄まじかっただろうし。

何よりも、京都西のブランドを守れと、部活顧問に叱咤もされていたのだろう。重圧を考えると、同情しか出来ない。

黙々とその間に追い上げていく国際。

グエンは多分あの様子だと、虎視眈々と京都西が自滅するのを待っていたのだろう。文字通り、目つきが変わった。

獲物を狙う鷹そのままだ。

一気にペースを上げる国際。東山も、それに気付いたか、ペースを上げる。

武田が促してくるが、土方は口を引き結んだまま、作業を見守る。

無理をすれば、多分それだけ不利になる。

此処で引きずられて焦るよりも。

マイペースに確実な戦果を上げていく方が良いはずだ。

武田は何か言いたそうにしたが。

此方の意図を悟ったらしく、以降は何も言わなくなった。

別にそれでかまわない。

上杉は淡々と作業を続けていくが。逆にそれが周囲へのプレッシャーになる。何か隠し玉があるのではないのか。そう悟らせる事が出来る。

土方には、そういう計算もあった。

そのまま作業続行。

黙々とやっているうちに、京都西が修理を開始するが。一度完全に致命的なオーバーヒートを起こすと、そう簡単には戻らない。

今のロボットは、内部にサーバを持っているようなもので。

サーバの熱暴走が如何に致命的かは、少しでもコンピュータ関連の知識があれば分かる事である。

作業を続行していくうちに。

大きい獲物が来た。

早速回収。同時に、恐らく最後と思われるお代わりがどっとターンテーブルの上に載せられる。

クレーンが大量に落としたゴミの中には、かなりの大物も幾つかあるようだった。

勿論放置。

こっちは出来る事を、出来るようにやるだけである。

十二時半を少し回ると。

残り時間三分の一という事もあり。

何処の学校も、俄然焦り始める。焦っていないのは、グエンが操縦手をしている国際と、東山、うちくらいである。

「大丈夫ですかあ?」

「大丈夫」

卜部が不安そうに言うが。

一蹴しておく。

此処で此方も焦ってしまえば思うつぼだ。実際、武田がざっと集計してくれた成績では、うちは今三位。東山に僅差で少し負けている。なお、オーバーヒートからまだ立ち直っていない京都西は、既に四位転落。

武田の独自集計だから完全に宛てになるかは分からないが。

それでも大体は信用して良いだろう。

ならば、焦る必要はない。

京都西は恐らく後三十分はオーバーヒートからの復旧に手間取る。ならば、もう優勝争いには噛んでこないと見て良い。

ならば、強敵は国際と東山。

東山の操縦手は、ぐるぐる眼鏡の女子だ。背も武田と同じくらい。幾つかある東山のロボコン部の生徒なのだろうが、初めて見る。二年か三年かも分からない。ただ腕は悪くないし、小物を丁寧に処理していく手腕は流石だ。

上杉が回収した大きな獲物、正体は食洗機だったが。

分解を終えて、次に取りかかる。

やはりクレーンからの追加はなく、ゴミが露骨に減ってきている。

多分、もう少し此方の能力を低く見積もっていたのだろう

残り一時間。

この様子だと、ゴミの全処理が完了するとみていい。

大物を引っ張り上げる上杉。

武田がよし、と呟くのが聞こえた。

引っ張り上げたのは。

何だこれ。

ちょっと分からないが、車だか電車だか、何かのように見えるが。ちょっと正体が分からない。

いずれにしても、分解を開始する。

此処で、アクシデントが発生した。

グエンがあっと声を上げる。動画内で、それに多数の声が反応する。

グエンに関しては、野性的健康優良児ということで、この手の動画で妙な人気を博しているらしく。

何かファン団体までいるらしい。

其奴らが反応したのだろう。

見ると、国際のロボットのロボットアームに不具合が発生している。すぐに修理に取りかかるが、残り時間短い中、この不具合は致命的だ。すぐにハード屋であるグエンが飛び出して修理を開始するが、直接汚染土にも触れているロボットアームを修理できないのは痛い。マジックアームなどで修理をしているが、慌てている様子が一目で分かる。

更に東山が、分解中の小物を取り落とす。

ずっと気を張って作業をしていたのだ。

こう言うミスをするタイミングが絶対に生じる。

計算通りだった。

上杉には何も言わない。そのまま作業を続行させる。他の学校も、やっと復帰した京都西同様に、追い上げを開始する。

京都西は、見た感じオーバーヒートが収まった後、ロボットを遠隔で再起動までした様子だが。

どうにか動いてくれているようだ。

京都西はうちを目の敵にしている様だが。

ロボットに罪は無い。

動いてくれて良かったと土方は安心し。マイペースでやってきたが故、ミスをしていない上杉に意識を戻す。

武田の独自集計では、このトラブルの中、ついにうちが一位に躍り出るが。

不意に、一気に成績を伸ばしてきた学校がある。

さっき、問題になっていた青森の学校だ。

ここぞとばかりに、攻勢を掛けてきている。

気持ちは分かるが、抜かせはしない。

卜部に声を掛けて、上杉を補助させる。

武田も完全に沈黙。

打鍵音が凄まじい。こっちにまで、ひっきりなしの打鍵音が響いている。武田は指を痛めないのだろうかと、ちょっと心配になるが。

昔に比べると、いわゆるキーパンチャー病の人間は減っているらしく。

武田もそういう病気になっているとは聞いていない。

まあ普段から指を大事にしているから、なのだろう。

或いは過酷な状況で鍛えているから、だろうか。

そういうものだと思って、納得する他無い。

残り三十分。

グエンが国際のロボットを修復完了。

動揺していた東山も、作業に戻った。

京都西が追い上げてきていて、一気に青森のロボコン部を抜いて四位復帰。だがオーバーヒートしていた事が響いて、まだまだ東山と国際の壁が厚い。

うちは今のところ暫定一位だが。

その優位も薄皮だ。

ゴミがもう目立って減ってきていて。

クレーンが動いて、外側に押し出すと。わっと群がるようにして、ロボットアームがゴミを回収していく。

あ、これは最後は運になるな。

そう思った直後。

最後に上杉が拾ったのは、小さめのPCだった。

他の所は、何を拾ったか分からない。それを最後に、ターンテーブルの上からは、ゴミが消え去った。

つまり、これによる得点が最後の追加得点だ。

二十分ほど時間が余った状況で。

大会の終了が告げられる。

呆然としている生徒も多い。

まだゴミが残っていれば、勝ちだったのに。

そう考えているのだろうか。

だが、正直な話。

これは運も絡んでいたと思う。

珍しく、この手の大会では、その場で順位が発表される。

「ええ、普通は後日順位を通達するのですが、今回は此方の予想以上にみなさんが頑張ったこともありまして、用意したゴミの処理が全て完了しました。 故に集計も既に終わっております。 ゴミに対する雑な扱い、分解なども考慮し、以上の成績が出ました」

商用のロボットが引き上げ始めており。

ゴミ収集車も同じく。

詰まるところ、本当に今日分の作業ノルマが終わった、と言う事だ。

かなりの量のゴミが、学生のロボコンで一瞬にして片付いた。

結構ロボコンの大会運営は、予算を圧縮できただろう。

それもあってか。

ひげ面の役員は、機嫌が良さそうだった。

「ええと、おほん。 僅差になりましたが、今回の優勝は東山工業高校になります」

溜息が漏れる。

最後に拾えたPC。

あれが大きかった。

もう少し大きなものが拾えていれば、多分うちの勝ちだったのに。

普段幸運が味方についてくれることが多いからか。こう言うときは、運に見放されてしまう。

それもまた、運命なのかも知れない。

そもそも運命を実力でねじ伏せられないのだから。そういうものだと考えて、諦めるしかないのだろうか。

そうなのかも知れない。

「続いて順位を発表していきます。 二位、暁工業高校。 三位、国際工業高校、四位、京都西工業高校……」

追い上げてきていた青森の学校は五位だった。

これだけの強豪が出ている中五位だったのだから大健闘だろう。それをいうなら、うちもだが。

十位まで読み上げたところで、以降の細かい内容については公式HPを見るようにと言うことをつげ。

更に、今回出たロボコン部の全員に予告通り内申を追加する事を明言すると。

大会はシメとなった。

ロボットの回収、梱包。更にターンテーブルやクレーンなどの回収などは、全て業者が行う。

ロボコン部の生徒達は帰るだけだ。

流石にがっくりしている上杉。

今回は指示ミスでも、上杉の技量不足でもない。

運がなかった。

それだけである。

配点を確認する。

うちは失点0。要するに加点だけ。上杉はミスをせず、それだけ丁寧に仕事をしてくれた、ということである。

一方で京都西は途中でのオーバーヒートが大幅に得点に響いている。オーバーヒートでロボットが完全に動けなくなるような作業をさせたことがまずかったのだろう。幾つかのゴミでの得点が、大幅に抑えられている。

これはまあ、仕方が無い。

国際もロボットアームの破損で、動けなかった時間。

東山は途中の作業ミスで、動揺して立ち直るまでの時間がそれぞれ響いた様子だ。それらがなければ、国際が勝っていたかも知れない。或いは、東山が圧倒的大差で優勝していたかも知れない。

それにしても、今回ほど。

勝敗は時の運という言葉を、身に染みて感じたことはなかった。

溜息が漏れる。

上杉は大丈夫かなと思って、電車に乗った上杉に声を掛けると。

流石に凹んでいるようだった。

「もっと腕を上げないと……」

「いや、今回は運が悪かった。 次に勝とう」

「……はい」

「正直もうちょっと大会側が気を利かせてほしかったかなあ」

余計な事を卜部が言うが。

しかしながら、処理出来ないゴミを持ち込んでも。それはそれで、色々と面倒が後に残っただけだ。

今回は、処理出来る量のゴミを最初から持ち込んだのだろう。

しかしながら、予想以上にどこの学校のロボコン部も頑張った。

故に、こんな結果になった。

ただ、内申に+が入る事もあるし。

何よりも、大会運営の想定を越える能力を、各校のロボコン部が示した、という事もある。

これは決して小さくない成果だ。

それを強調すると。

少し疲れたように、上杉は寂しそうにはいと言った。

何だかこれから出荷される仔牛のような悲しげぶりだ。

梶原が、不意に言う。

「五位の青森の子……」

「ん? 知り合い?」

「ああ、いいえ。 知り合いと言うほどでは無くて、こっちが一方的に偶然知っているだけですけれど」

「偶然」

これはまた、面白い偶然もあったものだ。

話を聞く所によると、以前中学のロボコンの動画で、一度だけ姿を見たことがあると言う。

というと、中学の頃からのロボコン部か。

別に今時は珍しく無いが。

中三の大会で、優勝をかっさらった経験持ちだという。

だとすると、手強かったのも納得出来る。

聞いた事がない青森の高校だったが、やっとエースが前線に来た、と言う事か。

ちなみに名字は斯波というそうである。

斯波か。

覚えておこう。

ともかく、上杉には帰ってゆっくり休むように指示。その後は、土方も横になる。

まだ夕方前だが。

凄く疲れた。

今回の大会、最後の最後で運に見放されたのは痛かった。だが、考えてみれば、最近はずっと運に恵まれすぎたのだ。

運というのは、味方についていると思った時には、既に離れているという話を聞いたことがある。

もうその状態だ、と言う事だろう。

実力で今後は勝ち抜いていくことを考えなければならない。

そう思うと、少し憂鬱ではあったが。

徳川からスカウトを受けているのである。あのデザイナーズチルドレンから。ならば、今後は実力を更に磨かなければならないのも、必然ではあるか。

今回も僅差で二位。

悔しいが、事実は受け入れなければならない。

天井を仰ぐと。

今日は早めに休もうと、土方は思った。

 

3、受け入れがたき話

 

ボランティアというものが昔は存在していたらしい。

善意での奉仕活動。

それは、上手く行っている間は上手く行っていた。

ところがである。

この善意を、悪用する連中が出始めてから、全ては狂ってしまうようになっていった。

人間は福祉とか善意という言葉に騙されやすく。

ボランティアもその例外では無かった。

かくしてボランティアを募っては、奴隷労働が行われるようになり。

そもそも善意で自主的に行うボランティアだったのに。

強制して行われるケースも増えるようになって行った。

その結果、ボランティアそのものが、極めてタチが悪い連中によって、好きかって利用されるようになり。

21世紀の前半。

大戦が始まる前くらいには、既に忌むべきものとして認識されるようになって行った。

大戦の最中には、ボランティアで軍に参加しようと呼びかけた輩がいたが。

流石にそんな話には誰も耳を傾けず。

発案者はぎゃんぎゃん喚いていたが。

誰もがその発言を無視し。

人の命をタダで使い倒そうとする外道ぶりに、嫌悪を覚えるだけだった。

そして、これが決定的になった。

人の命さえ、タダで使い潰す。

ボランティアを主導している連中が、どういう輩か。大戦の資料が残ったことで、はっきりしてしまったからである。

大戦中の混乱の中。

それでも警察の手がついに入った。

聖域だった所が暴かれ。

其所が反社会勢力と、過激派思想団体の巣窟だったことが白日の元に晒された。

逮捕者が大勢出て。

その中には、社会の上層にいる者も珍しく無かった。

同じ勢力にいる国が一斉摘発を行い。

闇が同時に暴かれたことで。

ボランティアの美名の下にやりたい放題していた邪悪な害虫共は告発され。そして社会から居場所を失った。

結果として、ボランティアという言葉は死語となり。

現在では、いかなるものでも行われる事はない。

法的に禁止さえされた国もある。

それくらいの強烈な衝撃を、大戦中にもたらした事件だったのである。

まだ土方は幼かったから知らなかったが。

一応歴史の教科書に載っていたし。歴史の授業でも習った。

当然。今回、招集されたこの件も、ボランティアでは無い。

この間のゴミ処理大会で高い成績を残した学校。上位十校に、声が掛かったのである。

ゴミ処理について、どの学校も高い実績を残してくれた。

だから、またやってほしいと。

勿論給金は出す。

大会役員を通しての話である。

また、給金として部費が支給されるが。その額も魅力的だった。

上位十校に声が掛かったが、結局参加したのは六校。

東山や、例の青森の学校は出なかった。

斯波と言ったか。

梶原が見た事があるという話だったが。流石に東北から遠征してまでほしい部費ではなかったのだろう。

前の大会ほどでは無いが、相応の量のゴミがある。

京都西の大型ロボットが、豪快に巨大な粗大ゴミを処理していく横で、うちは相応のサイズのゴミを処理する作業を続けていく。

今日は競う必要もない。

参加校全てに部費が出て。

内申もプラスされる。

恐らくだが、前回の大会を駆け足でやった反省、と言う事もあったのだろう。

大きな社会貢献をした事もあるのだから。

内申だけではなく、実際に実になるものも渡したい。

そういう意図を、大会役員が持ったのか。

或いは、ゴミ処理用ロボットの、ロボコンでの進歩にゴミ処理業者が感心したのか。

その辺りの裏事情は分からないが。

いずれにしても、大会の直後だから、ロボットはそのままある。

メンテナンスをしていないから、フルパワーでは動かせないが。

まあ、今日出されている分くらいのゴミを処理するには、それほどの時間も掛からないだろうし。

手間も掛からないだろう。

指示を上杉に出しながら、ぼんやり様子を見つめる。

国際のグエンが、大きな業務用の掃除機を引っ張り出して。手際よく分解を開始する。

まだそこそこ新しそうなものもあるが。実はこの手の粗大ゴミ、使えるものは省かれている。

どれもこれも、壊れていることが確認された上で、こう言う場に出されていて。

それだけ今は、資源が不足している、という事である。

リサイクルの技術も急速に進歩していて。

昔と違って、ほぼ完全にリサイクルをする事が可能になってきている。

ただしそれには色々なお膳立てが必要で。

こういった作業の手は、商用のロボットを動員しても足りないのである。

昼過ぎ。

昼食が、現地に出ている上杉と梶原に支給される。

結構豪華な昼食だ。

一切合切任せて大丈夫と判断したのだろう。

今回は、ゴミ処理の業者は若い人が一人だけ。

来ている車も、前回の大会とは比べものにならないほど少ない。

まあ当然か。

処理するゴミの量も、全然違うのだから。

土方も食事をしながら、状況を確認するが。

こんな時でも大会役員は、厳しくロボットの性能チェックをしている様子だ。

なるほど、そういう事か。

本当の狙いは、上位に食い込んできている学校の技術力。

それの再審査。

前回は、一日しか大会がなかった。

だから偶然もあるかも知れない。

高い技術力を持っているのか、正確に精鋭に絞って確認したい。そういう意図が、透けて見えた。

まあ、金を貰っているのだから、此方としては文句はない。

資金はここのところ、部費が倍になった事で潤沢だが。

資金はどれだけあっても困らないのである。

食事を終えると、午後の作業に入る。

今回も、予定二時までに、ゴミの片付けを終わらせる。

現状のペースであれば、特に問題は無いだろう。また、ペース自体もゆっくりで、競争でもないからか、上杉は例のソフトキャンディを口に入れてはいなかった。

ほどなく、ゴミの片付けが終わる。

相応の量だったが、それでも精鋭六校の敵ではない。

十校が来ていれば、もっとゴミは出たのだろうが。

それはそれである。

作業が一段落して、ゴミ収集車が引き揚げて行く。機材類も回収されていく。

ゴミ収集業者の人と、ロボコン大会運営が話をしているのを横目に、引き上げに掛かるのだが。

不意に、土方の所にメールが届いた。

大会運営からだった。

「暁工業高校に依頼がある」

「何でしょうか」

「実は、今回追加試験で使用したロボットだが、プログラムの一部を有料で譲渡していただきたい」

「!」

それはまた。

ロボットの買い取りを、強豪校が行われる事があるケースは知っていた。

一部の学校は、ハイクオリティなロボットを開発して、商用採用させ。権利で部費を潤してさえいる。

だが、うちにそんな話が来たのは初めてだ。

「正直に話をするが、今回声を掛けた十校全てに同じ話を打診している。 勿論そのまま商用で即座に使えるとまでは考えていないが、今はゴミ処理用のロボットの技術を少しでも進歩させる必要がある」

まあそうだろうな。

そう口中で呟いた。

現在、外洋に出る「髭鯨船」と渾名で呼ばれている船が存在している。

全ての種類が絶滅しかけている髭鯨が大きな口を開けてプランクトンを食べるように。

この髭鯨船は、巨大な前面部を開いて、海上に浮かんでいる大量のゴミを回収して回っているのである。

また、幾つかの国の原子力空母は、改造され。

現在では巨大なクレーンと巻き網を用いて。海底のゴミを片っ端から回収するようにしている。

昔は大型の沈没船などは、魚礁として利用していたらしいのだが。

海洋汚染が酷い現在では、こうでもしないと、汚染が酷い海域では、魚が住めなくなっているのである。

それも改善が劇的に出来ているわけでは無く。

現在でも、色々な髭鯨船や、海底掃除の案が出ている。

一番厄介なのは、深海に沈んでしまうゴミで。

深海でまだ生きてくれている生物を殺さぬようにゴミだけを回収する技術を、色々と開発していると聞く。

どの国も相当熱心にやっているという話だが。

それだけ人類に残り時間がないのだ。

宇宙開発も必死だが。

宇宙に出ただけで、すぐに人類が滅亡を免れるわけではない。

最後の切り札としての宇宙開発であって。資源を増やすための宇宙開発でもある。

そして、現在の地球では、その資源を台無しにしているものを排除するために。

各国が必死になっている、というわけだ。

一線級のプログラムはどれだけでもほしい。

そういう事なのだろう。

契約書も見せられる。

買い取りを行い、調査。もし商用に転用するようなら、ロボコンの大会運営によって特許申請もする。

買い取りの金額はこれこれ。

また、電子印も確認。

現在は電子印が主流だが、これは複数の暗号が組み合わされていて。基本的に解析することは不可能である。

出来るには出来るだろうが、国家が所有するような強力なスパコンを占有して、年単位での解析が必要になる。

現在、そんな事が出来る犯罪者は存在していない。

問題は無いので、学校に投げる。

後は学校の方が弁護士などと相談して、部費に還元してくれるだろう。

皆に後で報告。

武田は不機嫌だった。

「やっとか」

「武田先輩、不機嫌そうですね」

「……うん」

武田は徳川が粉を掛けたことで、今までこつこつ積んで来た内申が全て一度白紙になった。

勿論粉を掛けてきていた企業達とは、比べものにならない好待遇での就職を徳川が提案してくれているので。問題は無いのだが。

それでも、今までの苦労は何だったんだと、色々思うところはあるのだろう。

更に武田は、既に企業で通じる実力を持っていると自負している。

これは別にうぬぼれでも何でも無く。

客観的な事実である。

実際、武田は確かプログラミングコンテストで、優秀賞を取ったこともある。ロボコン部が気に入らないのならうちの所に来ないかと、プログラミング部に声を掛けられた事もあるそうである。

そんな武田だ。

相応の自尊心だって備えているし。

逆に言えば、そんな自尊心が今まで、形になって報われることもなかったのだ。

それは気分だって良くないだろう。

まあ、それもやっと認められたことになる。

ただ武田単独で組んだプログラムでは無く、梶原の手も入っているので。

共同開発という形になるし。

何よりも、その結果として「部」に金が還元される。

あまり良い気分はしないのかも知れない。

後で機嫌を取っておかないといけないかなと思いながら、契約書も公開。

ロボコンの大会役員の電子印が本物である事は、武田が解析してくれた。

コレなら大丈夫だろうと、太鼓判も押してくれる。

だが不機嫌だ。

帰宅途中の上杉と梶原を手間取らせるわけにも行かない。

話は早めに切り上げる。

武田には別個で話をする。

個別チャットを開くと、先以上に武田は機嫌が悪かった。

「ハー。 機嫌が悪い理由は分かってるだろうから、何も言わないけど。 なんで今更、なのかなあ」

「うーん。 或いはここのところ幸運に味方されていたでしょ? だから、かも知れないね」

「ハハ、私の幸運、ロボコンに吸い取られてたってか」

「その代わり、今回はこう言う話が来た」

今回の大会で。

最後に運が味方をしてくれなかった。

運が味方をしてくれて、上位入賞したことが今まで何度もあった。

まあ、そういう事だ。

ギャンブルでもそうだが。

プロのギャンブラーという絶滅寸前の人達も。運は基本的に長続きしないし。運が良いと思っているときには運はもう離れているという話をしているそうである。

うちもそうだということだ。

そして、プログラムの評価という点で運がなかった武田も。

ロボコンの外では徳川のような規格外に。

今回は、十把一絡げとはいえ、ロボコンの外で評価されて、換金にまでつながった。

だが武田は、指摘しても、なおも機嫌が悪い。

こんなにプライドが高かったっけ。

そう思いながら、もう少し話を聞く。

やがて、何となくだが。

武田が本気で機嫌を損ねている理由が分かってきた。

上手く行かない。

武田のプログラムは、いつも完成度が高い。土方が指揮をして組むロボットだって、ガワは良く出来ている。

だが、どうしても。

いつも細かいところで噛み合わない。

これはロボコンの外でも同じ。

だからいつもロボコンの外では、エキシビジョンマッチで大物食いをしたり。

今回のように、商用レベルと認められて、金が払われたりする。

でも、武田はロボコンに現時点では全力投球している。

全力投球している分野では報われず。

それなのに、それ以外の分野では高評価。

なんでそうなるのかと、ぼやきたくもなるのだろう。

大きなため息をつく武田。

しばらく躊躇った後、声を掛ける。

「与野さ、一日二日、休んだら。 何も考えずにずっと寝る。 一日二日は大丈夫なくらい、授業だって前倒ししてるんでしょ?」

「それはそうだけれど……」

「今回の件、疲れが出てるんだと思うよ」

「……そうかもね」

通話を切る。

正直、武田がいなくても、次の大会はだいぶ先だし。一日や二日くらいなら、特に問題もない。

更に言えば。

武田は放っておくと、倒れるまで働くタイプだ。

たまにはこうやって声を掛けて。

休ませてやらないといけないだろう。

土方も伸びをすると、少し考え込んでしまう。

確かに武田が不運を嘆くのも分かる。

実際問題、どうして打ち込んでいるロボコンは上手く行かないのに、その外でばかり上手く行くのか。

だが、武田も土方も。

暁工業高校のロボコン部も。

評価されている事自体は全くの事実だ。それも、高い評価を受けている。

それならば、これ以上欲を掻くべきでは無いだろう。

そうだとも、土方は思うのである。

今の時代は、人材の能力に応じて、厳しく仕事に振り分けられる。

世界が世界だから、職業選択の自由など殆ど無い。

皆が必死に動かなければ。

世界の破滅は回避できないのである。

ただ、武田の言う事も分かる。自分が力を入れていることが、全く何の役にも立たないと感じているのであれば。

それは、大きなストレスになるだろう。

風呂に入って疲れを流すと。

今日はもう休む事にする。

いずれにしても、将来については、一応就職という点だけなら安泰だ。

だが、その先。

就職しても、人類の状態が良くなるわけじゃない。

二十一世紀中盤にまき散らした負債はあまりにも大きすぎたのだ。此処から、土方や武田の世代に掛かる負担は激甚になって行くだろう。

人類の文明が破綻したら、それは人類が動物に戻る事を意味し。

動物に戻った場合、弱体化しきった人類に未来など無い。

資源が尽きてしまっている今。

新しく文明が勃興する可能性もない。

そういう瀬戸際にいる。

だが、全ての個を。

心を。

殺すべきなのだろうか。

そういう悩みも。土方の中で渦巻いている。事実武田は、土方以上に大きな不満を持っているようだ。その不満も、分かるのである。

夕食も終わっているし、寝ることにする。

もしも、人類に未来があるのなら。

最発展の時代は、最低でもアステロイドベルトに到達してからだろう、という試算も出ているそうだ。

アステロイドベルトまで版図を広げれば。

資源の不足はどうにか解消できる。

その頃まで生き延びれば。

地球の汚染も解消し。

資源を失った地球ではあっても。

生物がまた、多様な生態系を構築することは可能になるという。

あくまで楽観論である。

ベッドに潜り込むと。

ぼんやりと、そういう夢のある楽観論に満ちた記事を見る。

だが、実際に河川での汚染除去や、ゴミ処理を地道にしていると。

そんな楽観論は、本当に何の意味があるのかと、ぼやきたくなってくる。人類は、今丁度絶滅に直面しているのだ。

電気を消して、寝ることにする。

リラクゼーション用の音楽を流して貰って、眠る。

若い頃に無理をすると、後で倍になって体に帰ってくる。

これは良く言われることで。

実際に、実例を幾つも見せられている。

土方は目を閉じると。

そうなりたくはないなと思うのだった。

 

徳川涼子が正式に博士課程を卒業し、官公庁の研究室を立ち上げたのは少し前。そして今日、ついに研究室への機材などの移行が完了した。

徳川は国肝いりのデザイナーズチルドレンである。その中でも、出世頭、最高傑作となるのは確実とも言われている。

博士課程までに実用化した強力なロボットも多数。

いずれも汚染や環境除去との最前線で戦っている。

現在、予定よりも五割増しの速度で汚染の除去は国内にて進められており。徳川ブランドのロボットは、既に幾つかが輸出され、海外に派遣もされている。

徳川が見回した先には。

博士課程で使っていた機器類。

必ずしも最新式のものばかりではないが。

これが。

使い慣れているこれがいいのだ。

後は人員。

来年になれば、唾をつけておいた土方や武田が来る。現時点では十五人精鋭を抱えているが。これを来年には倍に増やす。

目をつけていた国際工業高校のグエンを取りこぼしたのは痛いが。

その代わり、他が注目していなかったのを何人か確保している。

特に、青森のロボコン部にいるエース。斯波享を早めに見つけ出し、唾をつけられたのは大きかった。

高校の間は経験を積んで貰うとして。

三年後には研究室に入れたい。

博士課程でやっていた作業を引き継ぎながら、新たに国から持って来られる仕事に目を通す。

いわゆる髭鯨船の改良について。

旧式原子力空母の改造計画について。

どちらも国際的プロジェクトだ。

すぐに取りかかると返事をした後、研究室の状態を確認。満足して、外に出る。

年齢性別外見国籍、バラバラの人材達が並んで待っていた。

敬礼をすると、相手はびしっと返してくる。

流石大人だ。

良い意味では無い。

なお、此処にいる全員が、徳川が満足できる人員ではない。だから、来年からが本番で。それまでは徳川一人でほとんど作業をこなし。此処にいる人材達には、補助を頼む気でいる。

勿論そうだとは口にはしないが。

皆に仕事を分担すると、自室に戻る。

当面は。

いや、恐らくは死ぬまで。

自室で、マイペースに破滅に抗う事になるだろう。

徳川は人付き合いが苦手だし嫌いだ。

胡麻擂りされるのは特に嫌いだし。

相手の機嫌を伺うのはもっと嫌いである。

だから相手も自分を嫌っているのが何となく分かるし。

それについて文句を言うつもりもない。

殆ど残像ができる程の速度で打鍵をしながら、黙々と作業を進めていく。

徳川に出来るのは、今唾をつけている人材に対する色々な形での支援。

それに、給金を交渉して国から引っ張り出すこと。

未来のために動いているのは徳川も同じ。

その点だけは。

周囲の気にくわない人間達と同じかも知れない。

早速だが、堤防型のロボット十五機を派遣してほしいという国からの指示が来た。すぐに指示通り、堤防型汚染除去ロボットを派遣する。場所は近畿地方。ICBMを打ち込まれた関係で、二年前まで無人地帯に指定され、立ち入りも禁止されていた一帯である。当然河川もほったらかしだったのだ。其所で、幾つかのチームが合同して、一気に浄化作戦を行う。

まあ、片手間にいけるだろう。

徳川は黙々と。

マルチタスクで、四つ以上の作業を、同時にこなし続けた。

 

(続)