残されたものを守れ
序、それこそロボットの使命
今、世界に汚染されていない河川は珍しい。理由はわざわざ説明するまでもないだろう。
古い時代。
人間は積極的に世界を汚染した。
いわゆる公害である。
この公害が自浄作用を越えたとき、人間にも当然害が降りかかるようになった。
いわゆる公害病だ。
そして、公害病によって多くの人が苦しんだ。
人はやり方を変えて、汚染を減らし。
そして公害病がなくなった頃。
公害の恐ろしさは忘れ去られた。
ほんの一世代前の事だったというのに。
これが現実である。
人間は賢い生物などでは無いという良い証拠だと言える。
更に21世紀半ば。
破滅的な状況で起きた大戦争により、地球の環境は致命傷を受けた。資源も完全に枯渇した。
その結末が、今である。
日本は被害が小さかった方だが。
それでも、指定されている場所。
ある川で今回はロボコンを行うのだが。
その中流から下流にかけては、人が近づけない状態が続いている。様々なもので汚染された結果である。
今回のロボコンは。
その汚染除去。
もっと汚染が酷い場所の除去作業は、企業が作った商用、或いは軍用ロボットが汚染除去を行うのだが。
こういった汚染度が低い(※あくまで比較)川でのロボコンは。
高校レベルでのロボコンでも行われる。
今回用意してきているロボットは。
川の汚染を測定し。
更に連動して下流に建造した浄水場に状況を報告しつつ。
危険な汚染物質があった場合キャプチャし、そしてブロック化して廃棄する箇所まで輸送する。
そんな能力を要求される。
このため、嫌われる多脚型である。
センチピート暁を使うのも良いのだが。
今回は輸送能力を重視して、もっと大型。
殆どはキットを使っているが。6脚型で、彼方此方に向けて自在に歩くことが出来。更についているフロートで川を移動、同時にマジックアームで川の中を探ることが出来る。
名付けて水蜘蛛暁を投入する。
この汚染除去ロボットは、基本的にどの年のロボコンでも行う。それも、毎月やっているといっても良い。
開発は急務であり。
なんと、ロボコンで使用された出来が良いロボットに関しては、途上国などに売却されることさえある。
どこの国も今は汚染が凄まじい。
その汚染は、何も化学物質、細菌だけではない。
大戦時に見境無くぶっ放された、核兵器を搭載したICBMによるものも少なくないのである。
現在、放射性物質の除去技術が徐々に開発され、進歩しているが。
それでも放射性物質そのものが脅威である事には代わりは無いし。
世界中にばらまかれたことも事実である。
故に。
このロボコンは、需要があるのだ。
今回の大会は、勝ちに行きたい。だから、前からこつこつ準備してきた。勿論今までの大会も勝ちたかった。更に言うと、実は少し前までは、此処までは勝ちたいとは思っていなかった。
だが、少し前。
企業相手のエキシビジョンマッチを行った直後。
学校側から、支援の話が合ったのだ。
なんでも、企業側からの推薦があったとかで。
ロボコン部の予算が倍になった。
恐らくだが。
実際には企業側からの推薦ではないと見た。
タイミング良く、以前少しだけ関わったデザイナーズチルドレンである徳川からメールが来て、スカウトの話があった。
それに関係していると見ていい。
そういう話を徳川がしていたが。
有言実行に移してきた、と言う事だ。
今まで、ロボコンでは予算の不足がいつも課題になっていた。
だが倍になれば、今まで使えなかったようなパーツも購入できる。修理が出来なかったものも修理できる。
より高級なキットも買える。
と言う事で、勝ちを狙いにいける。
そういう状況が整ったのだった。
何度か、近場の川で試運転を行う。今まで準備をしていたのだ。水蜘蛛暁は、すいすい泳ぐ。
ほぼ問題は無い。
水流が激しい場所でも、6本の足を動かして、自在に泳ぎ回り。
沈んでもフロートを使って、ちゃんと浮かんでくる。
立派である。
また、防水仕様のボディは、多少の衝撃なら充分に耐え抜いて見せる。
充分な仕上がりだ。
川から上げる。
この辺りの川は、あまり良い匂いはしないが、汚染はそれほど酷くない。あまりにも酷い地域だと、川には酸が流れているという噂もある。また、21世紀前半にも、インダス川など常軌を逸した汚染に晒されている川は幾つかあったという。
今の時代の技術なら、汚染に対抗できるのだろうか。
分からない。
ただ、やってみるしかない、と言うのが素直な言葉である。
ともかく試運転は上々。
流石にこれだけ汚染が酷くなると、川にゴミを捨てる人間はいなくなっていったようだけれども。
それでもキャプチャしたゴミが幾らかあったので、近場に捨てに行く。ゴミの処理施設は現在最優先の警護施設であり。
処理の方法も相当に気を遣っているようだったし。
入り口には軍がいて、守りを固めていた。
前大戦で多くの土地が無人になった事もある。
今ではゴミ処理施設の土地の確保には誰も苦労はしないようだが。
その代わり、適当なゴミ処理施設は存在せず。
内部では徹底的な管理の下、分別から細かい処理までやっているようだった。
入り口で川で回収したゴミを引き渡すと。
それをロボットが分別して、回収していく。
円筒形のを使っている様子からして。
恐らくは相当な性能がこの時点から要求されているのだろう。
一方、家庭用のゴミ出しについては、それほど五月蠅くない。
回収してから分別する。
その方式で、処理をしているようだから。
そもそも、近年では家庭用ロボットがゴミを捨てると分別、更にはゴミ出しまでやってしまう。更には貴重品の場合はストックしておいて、主人に本当に捨てるか確認まで取るようになっている。
このため、ゴミの回収そのものは、それほど五月蠅くはないというのが実情なのだろう。
施設の人にゴミを引き渡した後。
一旦現地に出ていた上杉と梶原と合流。
梶原はノートPCを叩いていたが。
相変わらず幽霊のように此方を見る。
上杉はいそいそと水蜘蛛暁を拭いていて。
既に回収の業者を手配しているようだった。
手を叩いて、今日はここまで、と言い。
そして解散とする。
業者が来たので、引き渡して梱包などは任せる。
解散と言っても、近場の駅、更にはハブ駅までは一緒に行くことになるので。
それまでは歩く。
護岸工事をしている川は多いが。
川の近くにベルトウェイを設置している川は殆ど無いのが現実である。
黙々と歩いているうちに。
上杉が言う。
「この川でも、汚れはあるんですね」
「上流に廃村があるから仕方が無い」
「ああ、それで……」
今の時代、各家庭に浄水設備がついているのが当たり前だが。
それでも川には汚れは出る。
個人が勝手にゴミを捨てたり。
或いは何かしらの理由で、既に投棄されていたものが流れてきたり。
上流に廃村があれば。
崩れた家などから流れ出たゴミが、川に落ちて、此処まで流れてくることだってある。
どうもさっきキャプチャしたゴミ類は、その手のものだったらしい。
「次の試験は、少し先でしたっけ」
「その時はマスクして」
「……はい」
上杉が青ざめながら頷く。
次の試験の時は、こんな綺麗な川じゃない。
ロボコンが行われる川と、同水質……。
汚染が酷く。
とてもではないが近寄ることが出来ない川に、試験に出向くのだから。
マスク。
それもガスマスクは必須である。
前大戦で、近くに兵器類が着弾したり。
或いは便衣兵が毒を流したり。
色々と理由はある。
いずれにしても、凄まじい汚染に晒されている川は日本国内にも存在していて。現在でも復旧作業にいそしんでいる状況だ。
最悪レベルの汚染を受けている川でも、暮らしている生物さえ。
そういった川には存在し得ない。
それほど酷い状態である。
人間がそのまま入ったら、それこそ肌がただれ、汚染の臭いがしばらく取れることは無いだろう。
それほどに酷い状態なのである。
それが現実。
まだマシな方の、この国の現状なのだ。
駅から電車に乗る。
すっと電車が発進。
この電車のネットワークも大戦時にズタズタにされたが、復旧は早かった。むしろごちゃごちゃすぎて使っている人間さえ理解出来ない代物だったのを、復旧に乗じて整理さえした。
おかげで今では、スムーズに目的地まで行ける。
ハブ駅で別れてから、自宅に。
自宅近くの川はそこそこ綺麗で。
なおゴミを放り込みでもしたら、そのまま逮捕される。
警備用のロボットが巡回していて。
児童福祉法が既に存在しなくなった今。
子供が悪戯でゴミを放り込んでもその場で確実に捕まる。
今は子供であっても虐めをしたら犯罪相当で裁判に掛けられるし。
犯罪を行えば相応の罰を受ける事になる。
そういう時代だ。
どこかで子供がぎゃんぎゃん泣いているが。
不意に静かになった。
子供が泣き止んだのでは無く。
騒音と判断して、家庭用ロボットが、家の遮音システムを作動させたのだろう。
嘆息して、家に。
家まで辿りつくと、両親は珍しく外出していた。
どうやら今日は揃って仕事がないらしく。
外食しに行ったらしい。
家庭用ロボットが話しかけてくる。スタンダードな円筒形のものだ。
「夕食を作りますか?」
「お願い」
「分かりました。 デバイスと接続して、昼食を検索。 ここしばらくの食事と照らし合わせ、最適な食事を作成します」
後は任せておくだけで良い。
円筒形のロボットは調理器具を使って、黙々淡々と食事を作り。そう時間を掛けずにプロの料理人顔負けのものが出てくる。
食事を終えた後。
自室に戻って、PCを起動。
チャットツールを使って、武田と話す。
あの場にいなかった武田だけれども。
当然プログラムやカメラを介して状況は見ていた。
意見を確認しておく必要がある。
卜部は良いだろう。
明日の部活の時にでも、話を聞けば良い。
武田は言う。
「知っての通り、現状汚染除去用のロボットは、あらゆるジャンルで引っ張りだこで、ロボコンで好成績を残したものは、そのまま売ってほしいって自治体とかで言ってくるケースもあるからね」
「うちはそこまでのレベルに到達しているかな」
「……こつこつ作ってきたけれど。 もしそう言われた場合、手放せる?」
「うーん……」
愛着があるし。
それに何より、今後のロボコンでまだ使いたい機体である。
ノウハウなどを生かして、今後更に後継機をつくるにしても。
水蜘蛛暁は、更に改良を重ねて。
完璧にしたい。
大学レベルのロボコンに出てくる汚染除去用のロボットは、更に本格的なものが多いらしく。
そのままロボコン部の資金源にもなると聞いている。
それだけ、汚染が世界中で凄まじく。
どうしようもないレベルで、手つかずでいる、ということだ。
酸が流れているような川になると。
半端な汚染除去用ロボットでは、入れるだけで溶けてしまう事もあるかも知れない。それほど、今は状況が切羽詰まっている。
いずれにしても水蜘蛛暁は。
そんなヤバイ川に入れられる性能では無い。
「ちょっとまだ手放せないかな」
「……実はさ、徳川が連絡を入れてきたんだよ」
「与野だけに?」
「うん。 コレ見てくれる」
言われるまでも無い。
資料を見ると、かなり大型の汚染除去用ロボットが。子機を動かして大量の汚染物質を水揚げしている。
本体はそのものがダムになって、汚染された水をくみ上げ、その場で浄化している様子である。
三段重ねのダムになっているその汚染除去用ロボットは。
下流には、驚くほど清浄な水を流している。
ただ、今までとんでも無い汚染水を流し続けていた川だ。
川が綺麗になるまでには時間が掛かるだろう。
また、川の沿岸にも、汚染除去用の子機が、多数展開し。
可能な限りの汚染物質を回収しているようだった。
「これは政府が使ってる汚染除去用ロボット?」
「うん。 国内で一番汚染されている川の浄化プロジェクトに、今徳川が関わっているらしいよ」
「国内でもこんな汚染されている川があるんだ……」
「例の奴だよ」
口をつぐむ。
そういえば、確か。
上流にABC兵器が叩き込まれた川があったっけ。
大戦時は、それこそありとあらゆる非人道的行為が競って行われた。
水源を汚染するのは基本中の基本。
その川は水源として利用されていたこともあり。
真っ先にターゲットになった。
今でも爆心地は、相当に強力なロボットでないと、入ってもすぐに動けなくなってしまうということで。
その凄まじさは、言語を絶するという。
徳川に誘われた国の研究室でも。
そういった超危険地帯の汚染除去を行うのかも知れない。
現状の人類の寿命を。
ほんの少しでも伸ばすために。
「それで、これが何か……」
「次のロボコンでは、この川の下流レベルの汚染除去が求められるって」
「!」
「情報の横流しになるから本当は良くないらしいんだけれど、どうせ一日二日の差だからってさ」
何でも、既に強豪校には流れている情報らしい。
そうか、とため息をつく。
強豪校はこういう所でも、アドバンテージを得ていたのか。
それは強い訳だ。
予算、人員、それに情報。
中堅所のうちが、今まで何とか渡り合えていたのは、色々な意味で奇蹟だったのかも知れない。
「分かった、それも考慮して強化しよう。 それで、何か強化点はある?」
「現時点で装甲は問題ないけれど、浄水能力をもう少し高めたいかな」
「浄水か……」
「本当は水流を見極めて、効果的に汚染物質をキャプチャ出来るようにしたいところなんだけれども。 それは流石に時間が足りない。 多分大学レベルのロボコンに出すロボットになると思う」
その通りだ。
後は幾つかの打ち合わせをしてから、チャットを閉じる。
食事もしたし、後は寝るだけだ。
遅くになって、両親が帰ってきたが、その時はもうフロも済ませていて。寝ようという所だった。
あくびをしてから、そのまま眠る。
今日は彼方此方見て回って、そして思い知った。
人類は大きく寿命を大戦で縮めたのだと。
分かってはいたが。
もはやどうしようもない状態にまで汚染されている川は。今日見てきた川の比では無い事を考えると。
世界中で行われている努力は。
無駄なのかも知れないと言う虚無感さえ、感じ始めていた。
1、必死の抵抗
予算が倍になるというのは良い事だ。
幾つかの高価なパーツを買い足しておき。そして、今後使うロボットに組み付ける。
流石に、即座に次のロボコンで使う水蜘蛛暁に、たくさん新規のパーツを組み込むほどの勇気は無いが。
武田が言っていた通り。
浄水機能は、強化した方が良いだろう。
ただしその分プログラムは強化しなければいけないし。単体テスト、結合テストも必要になる。
フローを改良し。
指示を出し終えると。
土方も、皆と一緒に、作業を開始する。
ずっとちまちま組んできた水蜘蛛暁だ。ある意味試運転も上手く行ったのだが。此処から新しい部品を組み込むのは少し勇気がいる。
だが、せっかくの情報。
せっかくのパーツだ。
なお少しだけ情報は早かったが。
ロボコンのHPには、やはり徳川から流れてきた情報が裏付けられる試験内容が、追加されていた。
強豪校もそれを知っているとなると。
ある程度、情報に漏れがあるのかも知れない。
人間が回している以上、仕方が無い話ではあるが。
徳川としても此方の経歴に更に花を添えて。
研究室に、機体の新鋭として迎えたいのかも知れなかった。
有り難い話ではある。
給金は良いだろうし。
やりがいのある仕事にもなるからだ。
だがその一方で、今しばらくは厳しいだろう。新しいパーツを組み込むと言う事は。ロボットはそれだけ色々と文句を言うという事でもあるから、である。
案の定、接続直後から色々とエラーを吐き出し始める水蜘蛛暁。
卜部が文句を言う。
「前ので良いんじゃないですかあ? 水グモちゃん、文句言ってますよ」
「それだと勝てない」
「えー……」
「まだ時間はある。 今の此処のメンバーなら、何とか出来るはずだよ」
そう言って励まし。
作業を進めていく。
水質浄化用の装備そのものは、別に珍しいものではない。グレードが多少高い程度である。
ただしプログラムの親和性というものが、どうしてもハードには存在しているものであって。
別社のパーツを組むときは、どうしても其所で齟齬が出る。
自作のPCなどを組むときは、この辺りで絶対に色々と問題が生じるもので。
現在年齢三桁になるような。
前世紀から生き残っているような趣味人になると。
その辺りの苦労を知っているケースもある。
土方も、そんな生きた伝説は殆ど見た事がないが。
一度中学の時に授業を受けた事があり。
何社と何社は相性が悪かったとか。
色々と身を以て失敗を経験しただろう体験談を、聞かされたものだった。
そして自作PCの時代から。
このことだけは変わっていない。
現在のロボットは、当時の自作PC程では無いにしても、精密機器の塊で。それぞれが制御によって微細な動きを可能としている。
それらを操作するには。
統合が必要で。
その統合をするためには、緻密な連携をプログラムにさせるしかない。
武田が大まかなエラーを洗い出した後。
梶原にデバッグを任せ。
他三人で、エラーの処理に掛かる。
他の部分にエラーが出ていないかは、主に上杉が担当する。
現在工場にいる水蜘蛛暁を遠隔で動かしながら、浄水部分以外で、変な動きをしていないか、確認をするためである。
これについても、データを丁寧に取って貰う。
当たり前の話で、プログラムに修正を入れれば、全体の挙動がおかしくなる事があるのだ。
古くからのお約束のようなものである。
昔に比べてデバッグは簡単になって来ているが。
それでも職人芸になりがちなプログラミング。
どうしても。どうしても、結合試験は鬼門になる。
土方がエラーを処理している間に、またどんと武田がエラーを回してきた。しばらくは、エラーの処理にかかりっきりか。
残りの日数を考えると。
ギリギリだな。
自嘲しながら、卜部の言う事も一利あると、ぼやきながら作業を続ける。
二日が過ぎた頃には、武田が徹底的にチェックを入れてくれたからだろう。
浄水器周りのエラーは、どうにかなったが。
今度は地獄の結合試験である。
そして、それが終わったら。
今度は、適当な水質の川に出向いて。
水蜘蛛暁がやれるかどうか。
見届けなければならない。
授業も勿論受ける。
そして、しっかり勉強も進めながら、黙々淡々と水蜘蛛暁の調整を行っていく。
古い時代には、一月掛かっただろうデバッグなどの作業が、二時間で出来る現在だとは言え。
それでも、一瞬で出来る訳ではない。
だからみんな苦労する。
何処のロボコン部でも、この苦労は同じ筈で。
ノウハウがあるかないかくらいしか、違いは無いだろう。
どうにか結合試験でもエラーが全て発見でき。
上杉も工場での稼働では問題は発見できなかったと報告してきたので。
川に出向く。
もうロボコンまでかなりギリギリだが。
こればかりは仕方が無い。
今回、土方は引率だけ。
上杉と梶原に、主な作業を行わせる。
今回の川は、周囲にフェンスが張られていて。
入るときには、許可が必要な場所だ。
汚染が凄まじく。
定期的に業者が来て汚染を除去しているのだが。それでも現状、追いついていない状況だという。
勿論事前に許可は取ってある。
此処は国に許可が下りないと入る事が出来ない、危険地帯。
それも、今回入る許可が下りたのは。
河川の浄化用ロボットの試験のため、という理由があってのこと。
興味本位で入ったりとかでは、許可は下りない。
現在の川の状況を調べる。
そんな程度の理由では、とてもではないが入る事は許されない危険地帯なのである。
マスクをつけ。
そして、監視員と一緒に、護岸工事されたコンクリの階段を降りる。
現時点では、それほどヤバイ臭いとかはしないが。ただ、川は恐ろしいほど静かである。
それはそうだ。
この川の水は、酸というほど酷くはないが。
汚染物質まみれなのである。
状況を確認した後、上にいる上杉と梶原に手を振る。
業者に運んで貰った水蜘蛛暁を操作。
上杉が操縦主となって、階段を水蜘蛛暁が下りてくる。腹部に浄水装置を抱え込んでいるので、より姿は蜘蛛っぽい。
実際は6本足なのだが。
その姿を見て、不快感を示す者もいるのだろう。
だがこう言う場所では性能が全て。
実際徳川が作ったロボットは、三重のダム型。もはや人型とかそういうものではなかった。
更に言えば、子機の類も全部多脚型だった。
性能にものを言わせて汚染を除去。
それが、ああいう極限まで汚染され、生物の影が消えた川には必要な処置なのである。其所に人間の目から見て綺麗汚いは介在しないし、介在させてはいけない。
そもそも今やっているのが、21世紀半ばに行われた行為に対する尻ぬぐいのようなものであって。
そこに綺麗だの汚いだのを持ち込んでいる余力は無いのだ。
水蜘蛛暁が川に入り、作業を開始する。
上杉が、早速ひいっと悲鳴を上げた。
「水質が異常です。 汚染物質、多数検知! 大きいゴミも流れてきています」
「回収急いで」
「はいっ!」
作業を開始させる。
以前直接入らせた川とは比較にならない、凄まじい汚染の川に入った水蜘蛛暁。フロートを使って移動しながら、水面近くの汚染を除去していく。
水を吸い上げて、その水の汚染物質を周囲に放出。
一機で出来る事は少ないが。
この手の汚染物質は、ほんの少量が溶けているだけで、凄まじい害を周囲にまき散らすものなのである。
現在海が酷い汚染に晒されているのもそれが故で。
深海にいる生物に至っては、大戦開始前の十分の一とも二十分の一とも言われ、今後汚染の除去をしなければ絶滅不可避とまで言われている。
大きいゴミもキャプチャして、二十分ほどの作業を行い、上がってくる。
梶原が幾つかのエラーを報告。
今ので機体にダメージが入ったのでは無く。
実際にゴミ取り、水質汚染解除をして、出た結果らしかった。
近くにある消火用ホースと自分で接続し、自分を洗浄する水蜘蛛暁。これくらいの機能はついている。
監視をしている国の人は、かなり年のいったおじさんだが。
右手は義手のようだ。
多分軍を辞めて、此処の監視任務に回されたのだろう。
実際監視任務は必要な訳で。
此処にも一人はいることを考えれば。
まあ妥当な人選だろうか。
非常に寡黙な人で。
作業の最中、一言も喋らなかった。
分別は自動で行って、それぞれ使い捨てのパックに入れてくれたので。そのまま、キャリーに乗せて近くのゴミ処理場に運んでいく。
その間、武田をリーダーに、今回の試験で問題になった箇所と。
それをどう解決するか、話しておくようにと指示。
自身は黙々とゴミを運んでいく。
ゴミ処理場に到着。
まあ、処理場が近い場所を実験場に選んだのだから当然だ。引き渡しを済ませて、後は任せる。
これで多少は。
ほんの多少は、川の汚れを除去することが出来たけれど。
あくまでほんの多少、である。
実際にあの川を綺麗にするには、水蜘蛛暁と同等の性能を持つ汚染除去ロボットが、十台以上。常時働き続けなければならないだろう。
それも、川の十箇所以上で、である。
下流に入ってしまうと、川幅が拡がるので、更に数が必要になる。
そして、この川に汚染除去ロボットが入っていないと言う事は。
一線級はみんな、もっと酷い川に行っている、と言う事だ。
溜息が漏れた。
皆の所に戻ると、既に梱包作業を終えて、帰る準備をしてくれていた。キャリーも業者に任せる。これも暁工業高校の備品を引っ張り出してきたものなのである。使い捨てでは無い。
皆には先に帰ってもらって。
今回監督をしてくれた、監視役の人に話を聞く。
鋭い視線を向けられたが。
今後はこう言う気むずかしい人に、色々と話を聞かないといけなくなってくるのである。怖じ気づいてもいられない。
「……まだオモチャだが、ちゃんとしたものをいずれつくって、この川も元に戻してくれ」
「分かりました。 必ず」
「出来もしない約束をするなと言いたいところだが、頼むぞ」
まだオモチャ、か。
まああの程度の汚染除去ではどうにもならないことは、素人目からも明らかだ。
それに、あの厳しそうな人から、甘い言葉が出るとも思えない。
妥当な発言だっただろう。
一人、黙々と家に帰る。
家に着くと、今日は家族がいた。
夕食を一緒に囲む。
先に風呂に入るべきだろうかと思ったが。
実際にはマスクなどもしていたし。
臭いなども体にはついていないだろう。
家族も、ああだこうだと口にすることは無かった。
食事を終えてから、シャワーを浴びて、やっとさっぱりする。
武田とチャットでそれから話すが。
武田は難しい、と言っていた。
「まずエラーが幾らか出ているけれど、多分修正はギリギリになるかもしれない」
「結構難しいエラーだったの?」
「というか、水に混じってる汚染物質が結構尋常じゃ無い種類だって事」
「ああ、そういう……」
此方が想定していた、水の浄化装置のキャパを越えていたと言う事だ。
余程ヤバイ汚染物質が混じっていたのだろう。
綺麗なように見えて、生物なんて全く見かけないわけである。
それは何も住めなくなるはずだ。
例えば、汚水といっても、糞尿とか死体とかが流れ込むのであれば。確かにそれは非常に不衛生で危険ではあるけれども。
その代わり、そんな状況でも住む事が出来る生物はいる。
だが、あの川は。
人間が作り出した、全てを皆殺しにする毒、が満ちている。
水を飲めば死ぬ。
川に落ちて死んだ鳥には蛆も湧かない。
文字通り業が形を為した場所そのものだ。
海がまずいから、川もまずい。
海から蒸発した水分が、雲に乗って運ばれ。雨という形で陸地に帰ってくる。それが山から流れ出し、川になる。
である以上、海の汚染をどうにかしなければ。
川をどうにかすることも、根本的な点では難しいのかも知れない。
そして海に対しても、今は色々な環境浄化用のロボットが投入されているが。
あまりにも汚染が酷すぎる事もあって。
とてもではないが、対応仕切れていないのが現状だ。
ロボコンをやっていて。
無力さを思い知らされるのは、色々と悲しい所である。
だけれども。
それでも、なんとかしなければならない。
何とかしなければ人類は滅ぶ。
それが悲しい現実だ。
宇宙への進出を果たすには、少しばかり時間が足りないらしいと言う時間も聞いている。
それならば、汚染を除去して。
使える資源を少しでも増やし。
そして、人類の残り時間を、多少でも増やさなければならない。
それができなければ、人類に未来は無い。
これはロボコンだが。
それ以上に、重要な作業でもあるのだ。
仕事の振り分けを、武田から貰う。
既に土方用に、振り分ける仕事も決めていたらしい。
喜んで受け取ると。
バグ取りを、時間ぎりぎりまでやる。
下手をすると、バグ取り、最終結合試験が終わるのは、ロボコンを行う日の二日前、という結論が出ている。
やはりギリギリになって新規のシステムを組み込むものでは無いなと思ったが。
そのままでは勝てなかったのだ。
今更、それを言っても仕方が無いだろう。
ため息をつくと、作業を終えて、今日は寝ることにする。
酷い川だった。
最初に試験をした川は、まだ少ないながらも魚や虫が存在していたのだ。
だがあの川は。
文字通り、死の川だった。
あんな川が世界中にある。
海だって、大半はああなっている。
全て人間のせいだ。
生物が発生する星は、決して多くは無い。
そんな奇蹟の星を、人間が現在進行形で踏みにじっているのを間近で見る事になる。
こういう作業をしていると。
憂鬱だ。
今日はなかなか眠れないかも知れないと、土方は思った。
2、川のロボコン
河川の汚染除去用ロボットを対象としたロボコンが、開始される。
普段は体育館などがメインだが。今回は、関東地方のある川で実地にて行われる。
なお、これ以上の水質汚染を防ぐため。
下流には、もしも壊れて流れてくるロボットがあるようなら、回収するべく。軍のロボットが控えている。
今回の参加校は60。
前回もそうだったが。年も後半になると、ロボコンもどんどん色々な学校が本気を出してくるようになる。
そして参加校の中には、複数のロボットを同時に出してくる場所もある。
徳川がやっていたように。
親機で多数の子機を操作して、一機に汚染を除去するための仕組みである。
とはいっても、これは難易度が爆上がりするため。
力量が高い学校にだけ、許される作業だとも言える。
なお、川の上流から下流に架けて、一気に一回戦、二回戦、敗者復活戦と並行でやっていくため。
一回の試合ごとにかかる時間は、かなり長くなる予定だそうだ。
野外で行われている開会式。
定点カメラから、土方の所でも、状況が把握できる。
軽く挨拶をしてから。
いつものように脱落校が読み上げられる。
今回は26校が脱落。
そうなってくると、34校によるトーナメント形式になる。シード校枠も含めて、かなりややこしいトーナメントになるのだが。
その辺りは、強豪校さえ分散してしまえば、後はプログラムが勝手に決める。
なお今回、以前ダークホースとして猛威を振るった西園寺が来ている。
元々農業関連の学校と連携してロボコン部を立ち上げたという話だ。
水質の向上は、恐らく死活問題なのだろう。
当然汚染除去ロボットは最大限まで活用しているはずで。
ロボコン部でも、扱っているのが自然と言う事か。
なお、以前鮮烈なダークホースぶりを見せただけでは無く、以降もドローン関連のロボコンでは軒並み好成績を上げていて。
今ではすっかり強豪扱いのようだ。
他には、今回は国際の姿もある。
グエンが手を振っているのが見えたので、苦笑いしてしまう。
多分土方に向けて手を振っているのだろう。
健康的な笑顔に八重歯。
昔はああいう子も、日本にはいたのかも知れないなと思ってしまった。
さて、トーナメント表が発表される。
Aブロックに西園寺。
Bブロックの端っこどうしに、うちと国際がいる。
うちも一応強豪扱いか。
ちょっとまだ気が早いと思うのだが。
徳川の推薦があったのか。
それとも、ここしばらくの大会で、必ず上位につけているのが評価されたのか。
エキシビジョンマッチでの大物食いが評価されているのか。
それは分からない。
いずれにしても、強豪扱いされているという事である。
しかしながら、今回はそもそも耐久力を滅茶苦茶試される形式の試合になる。
ロボットはどうしても耐久性が重要だが。
今回は優勝まで6試合を突破しなければならない状況。
結構厄介な状況と見て良いだろう。
横並びで、第一試合開始。
かなり川幅が広い。
色々なロボコンチームが、一斉に川にロボットを進ませる。親機が多数の子機を操作するチームも生き延びていた。
淡々と作業が行われていく中。
うちの水蜘蛛暁が、最初に許容量一杯のゴミと、汚染物質を回収して戻ってくる。
そして、ゴミを回収するロボットの所に引き渡し、すぐに全体を洗浄。ゴミ用の使い捨てタッパを付け替えて、そのまま川に戻る。
同じようにして、多数のロボットが作業を続行。
これは総当たりで良いような気もするのだが。
そうも行かない。
ロボコンでは、ロボットの耐久性を試すものなのである。
更には、上流からは際限なく汚染物質が流れ込んでも来る。
その全てを除去は出来ないにしても、
これだけのチームが処理をするのだから。
相応の成果は上げたい。
そういう本音もあるのだろう。
更に更に。
そもそも川の汚染物質で駄目になるようなロボットでは、このロボコンでは失格という事情もある。
幸いと言うべきか。
今回参加しているチームは、殆ど汚染に対する対策を施して来ているからだろうか。
川に入って動けなくなるようなロボットはなかった。
第一試合が終わっても、すぐに敗者復活戦が行われるので、参加するチームはいきなり目減りする訳でも無い。
どんどん減っては行くが。
最終的には、相当数の優秀なロボットが、川の汚染をめい一杯綺麗にする。
しかもこの川、優先度がかなり下。
要するに、もっと汚染されている川が、たくさんあるという事だ。
だから、この川を綺麗にするという事は。自治体にとって意義があることである。
今、こういった直接の汚染除去は、物理的にも出来ない。
危険すぎるからである。
かといって、私費を投じてロボットを出すわけにも行かない。
もっとヤバイ川で、水際作戦を実施しているロボットがいるからである。勿論海でも、である。
故に、こういったロボコンは歓迎される。
少しでもマシになるのなら。
そのマシが、本当に少しであっても。
やらないよりは良いのだ。
作業を進めていき。
水蜘蛛暁が、四回目の汚染物質の回収が終わったくらいで、一試合終了。
一旦ロボット達が上がってくる。
川は綺麗になったかというと。
答えはノーだ。
かなりの数のロボットが汚染の除去を行ったが。
それでも、いきなり川が綺麗になる筈が無い。
こう言う作業は、継続的に行い。
上流から下流まで、丁寧に作業を続けて、始めて効果が出るものなのである。
目立ったゴミは確かになくなった。
水質は多少はマシになったように見える。
だがそれは、あくまで多少は。
水質のデータが土方の所まで届くが。
飲むなんてとてもとても。
泳ぐ事だって、勧めることは絶対に出来ない数値になっていた。
かなりのゴミがそれでも引き上げられ。分別されて、複数のゴミ処理業者によって運ばれて行く。
やらないよりは遙かにマシ。
ノウハウを蓄積するという意味では大いに価値がある。
そう考えて、やっていくしかない。
現在の状況に対して、劇的に改善が見られないから無意味。
そんな風に考えるアホは幸い現在にはいない。昔はその手の事を口にする阿呆が、嘆かわしいことに国会議員にまでいたらしいが。
今は幸い、そういうのは駆除されてこの世からは消えている。
黙々と第二試合の準備に入る。
勝者校が読み上げられ。
うちはそれに入っていた。
西園寺や国際も脱落していない。
グエンは凄く嬉しそうにしているが。
大会の最中、他のチームの選手に接触することは禁止されている。
故に、此方に話しかけてくることはなかった。
あの様子だと、グエンはもうすっかりエースとして国際で頑張っているようだ。色々経験を積んだ結果だろう。
国際の部活顧問はグエンをエキシビジョンマッチでうちにぶつけてきたが。
あれはきっと、何か意味があってのことだった。
そして、その意味がしっかり価値を持ち。
花開いた。
そういう事なのだろう。
第二試合までのメンテナンス時間が設けられる。第一試合で落ちた学校も、敗者復活戦がある。
専用のメンテナンス器具を貸し出す場合もあるが。
それも用意するのが普通で。
メンテナンス器具を貸し出した場合は、減点につながる。
ロボットのメンテナンスは、自分でやるべし。
それは、ロボコンでの基本だ。
梱包や輸送などは業者に任せてもかまわないのだが。
ロボットそのものは、あくまでロボコン部のもの。
掃除も出来ないようでは。
それはロボットを作れているとはいえない。
そういう考えなのである。
間もなく、メンテナンスの時間が終わる。
第二試合開始である。
参加校は減っていない。
シードで出るロボコン部もあるし。
早速敗者復活戦も行われているからである。
川を綺麗に出来ているかというと、それは其所まで劇的な改善は見られない、としか言いようが無いが。
だが、それでも下流の水の汚染は、多少は緩和されている。
それについてはデータがリアルタイムで出ているので。
確認も出来るのが嬉しい。
土方の方では、幾つか細かい指示を出してはいるけれど。
現場で、現状では上手にやれている。
それにしても。
川に生物が全く見られない。
微生物ですらわずかだ。
色々な意味で世紀末的な光景だが。
それでも、作業をやっていかなければならない。
本来、環境を回復させるための作業というのは何段階かあるのだが。此処まで環境が完全破壊されてしまうと。
もはや戻る生物もいない。
以前棲息していた生物が戻るためには。
水質の完全回復が必須で。
それにはまず、上流をどうにかしなければならないだろうし。
上流をどうにかしたとしても。
中流、下流での、それぞれの汚染の監視も必要になる。
まず人類が生き残るための水の確保のためには。
これからもっと気合いを入れて水質浄化をして行かなければならないし。
そもそも飲める水を確保するのが極めて大変な現状。
此処で今競っている多数の二線級のロボット達ですら。
必要なら、貸与しなければならないのである。
武田から連絡。
エラーが出た、ということだった。
「エラー。 内容は」
「今解析しているけれど、どうやらゴミが詰まったみたいだね。 現状では多少動きづらくなるくらいで、つぎのメンテナンスで除去できると思う」
「あんなにカバーしたのに」
「それでも入り込んでくるのがゴミだよ」
頷くと。
上杉と梶浦に、ゴミが入り込んだこと。
取り外すためのマニュアルをしっかり見ておくことを告げる。
上杉は操縦手を続行。
梶原が、作業に入り。
また、卜部が上杉の作業のサポートを開始する。
充分。
第二試合が終わったが。
水揚げされたゴミの量は、はっきり言ってそれほど変わらない。まあ、際限なくゴミが流れてきている、という事である。
中にはかなり大物のゴミもあって。
大型のロボットが、川底から試合まるまる掛けて、引っ張り出してきていた。
かなりパワーのあるロボットだ。
確かに、こう言う汚染された川には、大きなゴミが沈んでいる事も多い。
それを想定して、大きなゴミに対応出来る大型ロボットを投入した、というのは分かるのだけれども。
一点豪華すぎるかなと、そのあまりにごつい姿を見て、土方は思っていた。
ゴミが分別されて、また処理場に運ばれて行く。
試合については、少し分析が手間取った。
実績を上げているチームが、川のどの辺りで作業をしていたかとか。
どれくらいの汚染を実際に回収出来ているかとか。
不正がないかとか。
様々な観点から、調査を丁寧にしているらしい。
とはいっても、それもすぐに終わる。
全部人間の手作業で行っている訳ではないのだから。
やがて、勝者のチームが読み上げられる。
うちは、また勝者に入っていた。
しかし、番狂わせが起きる。
西園寺が負けたのだった。
西園寺は以前ドローン関係で鮮烈なデビューをロボコン界隈にて果たし、それから台風の目として暴れ回ってきたが。
流石にドローン以外に手を出すのは少し早かったか。
残念そうにしている部員達を見て。
心が痛む。
二回戦敗退か。
今回、強豪扱いで来たけれども。
しばらく、ドローン以外では他の高校と同じ扱いになるだろうなと、内心で土方は呟く。
相手がダークホース校だったのなら兎も角。
土方も知っている高校で。
そして、試合内容を見る限り。
それほど性能が良いわけでもないし。
逆に、西園寺のロボットに不運があったわけでもなかった。
上杉がぎゃっとか悲鳴を上げている。
ラバーでカバーしていた関節部に入り込んでいたゴミが、とにかく想像を絶するきちゃないものであったらしい。
この辺りは泥臭い汚染除去用ロボットだから仕方が無い。
覚悟をして出てきている筈だ。
ともかく、手で直に触らないように注意。
それから、時間内にメンテナンスを終わらせるようにも。
ジェットスプレーを使って、汚れを吹き飛ばし。
ゴミを業者に引き渡して。
手を心底嫌そうな顔で洗っている上杉に、次に備えるように指示。
梶原は淡々と作業を進め。
バグが解消された事を確認していた。
だが、武田はかなり厳しい発言をする。
「あれだけ動くと、ラバーでカバーしていても、やはりゴミが入り込むね。 もうちょっと工夫がいるかな……」
「次があったら、設計を見直す?」
「うん」
「そうだね。 次があったら」
この水蜘蛛暁にしても。
長期間を掛けて、じっくり作り上げてきたロボットだったのに。
実戦に投入してみるとこの有様か。
そしてロボットは結果が全て。
人間の盾になって動くのがロボットなのだから。
人間の盾になれなければ意味がない。
水蜘蛛暁は、次の大会までにはバージョンアップするとして。
今の大会は、どうにかこのままやっていくしかないし。
更に、今回のミスは、次までに生かさなければならない。
そうでなければ、問題を持って生まれてきた水蜘蛛暁が。次代にその命脈をつなげられないのである。
人間とは違う形であっても。
技術は継承し発展するもので。その点では、生物と近いかも知れない。
駄目だったところをどんどんデータ化し集積し。
次につなげる。
それでこそ、ロボットは未来への道を切り開けるのだから。
額の汗を拭いながら、様子を見守る。
時々指示を出して、土方はサポートを続行。
皆の様子を見る限り、メンテナンスの終了時間までに間に合うとは思うが。
それでも、ひやひやはさせられる。
ほどなく、メンテナンスは終わり。
それから二分ほどで、メンテナンスの時間は終わった。
次の試合の時間だ。
もうちょっとで、国際にぶつかる。
メンテナンスの時間の間に、西園寺が敗れたAブロックのめぼしいロボットを確認していたが。
突出した性能のものはいない。
ということは、事実上の優勝決定戦は、国際との準決勝になるか。
もしも国際を下せれば。
今度こそ。
しかも、こんなに大きめの大会で。
優勝をもぎ取ることが出来るか藻しれない。
もしそうなったら、今までとは別次元の快挙だ。
予算が増やされたのである。
それくらいの成果は上げたい。
上杉が、例のやばそうなソフトキャンディを口に入れているのが見えた。
それはあんなきちゃないゴミを処理した後だ。
そうしたいのも分かる。
他のチームのロボットも、目に見えて汚れ始めてきている。
今回の大会だが。
試合の後、梱包の前に専門の業者がロボットを洗浄して、それから梱包するという二段階の処置を執る。
大会の内容が内容だから仕方が無いとも言える。
それに、好成績を上げたロボットは、企業がそのまま買い取り。
場合によっては海外にそのまま輸出されるのだ。
事実、何処かの会社のスカウトらしいのが、試合の様子を見て色々と話をしている。
主に国際が使っているロボット。
アメンボ型のものを指して色々言っているようだが。
少数、うちの水蜘蛛暁に興味を持っている会社もいるようだった。
次の試合が開始される。
水質の汚染は、簡単には改善されない。
だが、それでも。
少しでも汚染をどうにかするために。
ロボット達は、汚染されきった川に、挑み続けるのである。
西園寺が負けた後も、試合内容については変わらない。敗者復活戦も淡々と行われていて。
負けた西園寺も、心機一転、五位を狙って頑張っているようだった。
水蜘蛛暁にエラーは今のところ出ていないようだが。
動きも目立って良い訳では無い。
大きめのゴミが流れてきたので回収。水はどんどん浄水システムに取り込んで、汚れを除去している。
焼け石に水。
そういう言葉もあるかも知れないが。
やらないよりはマシだ。
黙々と作業を続け。
程なくして、アラートが出る。
エラーでは無い。アラートである。
「あれ、何だろこれ……」
「ちょっとまってね、解析する」
「上杉さん、そのまま作業続けて」
「はい!」
武田が解析を開始。
程なくして、結果が出た。
どうやら、水質の汚染が一気に上がったらしい。
何があった。
顔を上げると、他のチームも四苦八苦している様子である。まさか何処かのロボットが破損して、燃料とかが流出したか。
もしそうなったら一発アウトで、敗者復活戦にも参加できないが。
流石にその様子は無い。
となると、上流にあった大きめの汚染が、何かしらの理由で剥離して流れてきたと言う事だろうか。
阿鼻叫喚の中、冷静に動く。
「一旦川から上がって、汚れを回収。 水蜘蛛暁がこのままだとオーバーヒートを起こすよ」
「分かりました!」
「他のチームも……状況は良くないみたいだね」
この程度の汚染で悲鳴を上げるようでは。
酷い川では使い物にならない。
水蜘蛛暁は、一旦回収したゴミなどをまとめて引き渡すと。
また川に戻っていく。
汚染の濃度が、一気に二段階上がった印象である。
上流で何かあったのだろうか。
今はとにかく、汚染を海に定着させないために。川で下手な事をしてはならないと、法で制定までされているはずなのだが。
ともかく、水蜘蛛暁の稼働率を上げる。
かなり無理をさせて、汚れの除去をさせ。
一気に汚染を排除する。
とはいっても、一機で出来る事には限界がある。
他のロボコン部は。
それぞれ四苦八苦しているようだが。
汚染除去でオーバーヒートを起こすよりも。
着実に成績を上げようと考えている学校と。
一気に点数を稼ごうと。
無理矢理にマシンパワーをフルに引きだしている学校に別れているようだった。
うちは、うちのやり方でやる。
国際のグエンは。
見ていると、悪くない感触だ。
かなりのテクニックで、川の水の流れを読みながら、汚れを的確に除去して行っている。手強いな。そう見ていて、素直に感じる。
かなり早い段階で、警告のメッセージが飛んでくる。
回収したゴミも。
浄水装置も。
限界近いというのだ。
水から上がって、ゴミを分別して引き渡す。
流れが変わったことに気付いたのだろうか。回収業者も、かなり忙しそうに動いているし。
ロボットも投入され始めていた。
ゴミの分別がしっかりされているか確認し。
そして処理車に運んでいる。
こっちが作った手作りではなく。
量産型。
つまり商用のロボットだ。
性能が根本的に違う。
相手の作業は、まず信頼して良いだろう。これだけのロボットがしのぎを削っている次代の商用ロボットである。
生半可なカスタマイズでは、勝負にならない。
ほどなく、試合終了の指示が出る。
水蜘蛛暁にはかなり無理をさせた。
すぐにメンテナンスをさせる。オーバーヒートで相当に熱を持ってしまっているようである。
放熱が必要だ。
川に浸かっていてもこれだけの熱を出していたとなると。
まだまだ、この機体には改善の余地がある。
口を押さえて考え込む。
さて、どうしたものか。
試合の結果についても、かなり判断が紛糾している様子だ。いつもより早く大会が終わるかと思ったが。
この様子では。
いつもよりも、大会が長引くかも知れない。
だが、それでもやり抜くだけだ。
いずれにしても、今日中に試合は終わるだろう。其所まで長引かせるほどの余裕は今、何処にもない。
やがて、役員の一人が来て、スピーカーで話し始める。
「少し早いですが、これから昼食にしてください。 選手はプレハブを用意してありますので、其所で体を洗って、食事にしてください」
「何だよ、まだやれるのに」
グエンがぼやいているのが聞こえた。
既に無くなったベトナムという国とフランスの混血だと聞いているが。日本語でぼやいている辺り、性格が元々フェアなのだろう。
上杉達も、すぐに食事にさせる。
まだ十時台だが。
この様子だと、何かあったと見て良いだろう。
ヘリが来る。
そして、投下したのは。
恐らくは、あの徳川が作った三連ダム型ロボットだ。
試合会場の下流に、ゆっくりとはまり込むようにして鎮座する。そして多数の子機を展開して、一気に浄化作業を開始した。
この様子だと、上流、更に下流でも、同じように作業をしているのかも知れない。武田が、連絡を入れてくる。
「分かったよ、さっきの汚染の原因」
「どうしたの?」
「不安定になっていた地盤の一部が崩れたらしくて、土砂が川に流れ込んだみたいだね」
「……」
そうか。
要するに、前大戦で打ち込まれたICBMに入っていた汚染物質が、土砂に留まっていたのを。
それが崩落したことによって川に流れ込み。
川が一気に汚染された、と言う事か。
それを見て、政府側も放置は出来ないと判断したのだろう。
徳川が開発した新型の性能を試すべきだと判断し、すぐに投入した、と言う事か。
判断が速い。
それは大変に有り難いのだが。
そういう危険がある川なんだったら、ロボコン何てやるなよとぼやきたくなった。
だが、それから、更に想像を超える事態になる。
食事を終えて戻って来た上杉達に。
大会の役員達が、無慈悲に告げた。
「ええと、此処までの勝ち抜いた学校をまず読み上げます」
そういえば。
まだ、さっきの勝負については、結果が出ていなかったか。
読み上げられた中には。
幸いうちもいた。
国際もいる。
国際は実力からして明らかか。
「そして、此処からは残りの時間を14時まで使って、フルで得点制の試合に切り替えます」
「はあっ!?」
「今までに優秀な成績を残したチームで河川の浄化を行って貰い、もっとも浄化を行えたチームを優勝とします。 また、他の既に敗退したチームでは、現在あの政府から提供された「グレートウォール」の下流に陣取って貰い、同じように作業をして貰います。 結果、今回は汚染の除去量に応じて順位を決めます」
何だそれ。
ぽかんとしてしまう。
そんな形式の試合、初めて聞いた。
抗議の声を上げようとする生徒もいるが。ひげ面の大会役員は、咳払いをして、それを遮った。
「先ほど上流で事故が起きて、汚染が川を蝕んでいる事は、既に皆知っているかなとも思います。 今公的機関でも利用している強力な汚染除去ロボットが活動してくれていますが、それでは間に合わないかも知れません。 少しでも、マシな状況を作るために、今回は皆さんの力を貸してください。 順位は出ますが、その代わり最下位であっても、ボーナスポイントをつけます」
そういえば。
いつの間にかだが。
ゴミ回収の車が、多数来ている。
そして、例の徳川が作った堤防型のロボットがガンガン回収している汚染を、どんどん運んで行っているようだった。
なるほど、いずれにしても、受けない手はないか。
ボーナスがつく。
勿論内申に、である。
それを聞くと、何処の学校も俄然やる気を出したようだった。それでいい。
うちも、やる気が出たかといえば、あまり出てはいないが。
役に立てるという意味では、強い高揚感を感じた。
上杉と梶原に指示。
「うちはうち、余所は余所だよ。 だけれども、分かってほしい。 今回、我々が任される仕事は、大きな意味を持っているって」
「はい!」
「……大丈夫なんでしょうか」
咳払いして、大丈夫だと告げる。
そして、指定された位置につく。
先と同じく、明らかに汚染のレベルが上がっている。上流にも既にあの堤防型はついている筈だが。
そんなに簡単に、即座に成果は出せないのだろう。
作業開始。
ホイッスルが鳴る。
一斉に、汚染除去ロボットが、川に飛び込んだ。
既に敗退が決まっているロボットも、今回は例外。つまり西園寺のロボットも、投入されている。
手が足りないのである。
当然の処置だろう。
作業が進められている間に。
武田が資料を送ってくる。
「政府側で、今見ているものの他に四ヶ所。 上流に一箇所。 下流に三箇所、例の堤防型を投入したみたいだね。 つまり五機」
「そんなに」
「上流の土砂崩れ、相当にヤバイみたい。 無人地帯だから今までは気にはしていなかったみたいだけれども、水源を狙ったICBMだし、相当にヤバイもの積んでいたんでしょ」
流石に、病原菌だとかの類は既に除去済みなのだろうが。
それ以外にも、ろくでもないものを色々積んでいた、と言う事だろう。
大戦末期には、飛び交うICBMには、如何に非人道性を競うかというような、凶悪なものばかりが詰め込まれ。
敵国の国民には何をしても良いと言う思想の元、あらゆる悪逆が投入された。
多くの国が滅びた。
人類の未来も減った。
今、それがまた、噴き出している。
少しでも改善をするために。
二線級のロボットでも、ギリギリまで動かさなければならない。
以降は試合も何も無い。
如何に汚染を除去するかだ。
上杉も真剣な様子で、水蜘蛛暁を使って汚染を処理している。また、大量のゴミ処理用の車が、行き交っている。
立ち入り禁止のバリケードも張られ始めた。
この様子だと、今日の騒ぎはニュースになるだろう。
それもそうだ。
そして、この騒ぎが終わったら。
多少は、此処はマシになるのだろうか。
分からない。
だが、やるしかなかった。
3、減り行く砂
下流で、凄まじい勢いで堤防型ロボットが、汚染を除去しているのが分かる。
水を凄まじい勢いで吸い上げ、超効率的に汚染を除去して、下流に放流。あらゆるゴミも回収し。
子機と連携して、圧倒的な性能で処理を続けている。
それでもどうにもならない。
だから、五機も投入し。
上流下流で、海に汚染が流れ込まないように、一気に作業をしている、と言う事だ。
下流の方は、それこそロボットが焼き付く勢いで作業をしているだろう。今頃巡視艇とか護衛艦とかが出て、水質の調査をしているかも知れない。
或いは、更にあのダム型を追加投入だろうか。
此処はもう、完全に事故現場。
政府側が、ロボコンに乗じて、少しでも手伝いを依頼してきたのも分かる。
現在、一時を少し過ぎた。
完全にオーバーヒートしたロボットが、既に戦線を離脱し始めている。想定していた水質とはまるで別物の、とんでもない汚染に直面したのだ。無理もない話である。
水蜘蛛暁も頑張っているが。
水の中に潜らせて多少は緩和しているものの、やはり水冷では限界がある。オーバーヒートまではいかないが。それでも機体へのダメージは、どんどん蓄積している。
エラーが既に幾つか出ていて。
もはや、その場での応急手当では対応不能と、武田も匙を投げていた。
それでも、動かせる間は動かす。
他のチームは。
マイペースに作業をするチームと。
功を焦ってロボットを潰してしまうチームに両極端に分かれている。
既にAブロックにいたチームのロボットは全滅。
もし事故がなかったら。
その時には、やはり国際とうちの一騎打ちになった可能性が高かっただろう。そして準決勝が、事実上の決勝になっていたと言う訳だ。
「国際は……」
ぼやきながら。
グエンの様子を確認する。
国際のロボットは、アメンボのように水上を徘徊しながら、水を吸い上げて浄化し。ゴミをマジックアームで拾い上げては背中の籠に入れている。
ある意味原始的な造りだが。
しかしながら合理的でもある。
実際高い戦果を上げているのだ。
何も下手に高度な技術を詰め込めば、素晴らしいロボットになる訳でもない。
あの国際のロボットは合理的で。
そして実に素晴らしい戦果を上げている。
それだけで充分である。
うちは。
また水から上がり、ゴミを引き渡す。
一旦オーバーヒート気味なので、排熱をする。凄まじい排熱音。汚れも水を掛けて洗い流すが。
その洗い流した水も、業者が回収していく。
川に戻してしまっては元の木阿弥だからだ。
幾つかある排熱装置がフルパワーで活動しているが。
聞いていて心配になるほどの音である。
更に、問題がある。
ゴミを詰め込むためのタッパが不足し始めている。
後一時間ほどで今日のロボコンは終わりだが。
それまでもつかどうか。
他のチームの戦績は。武田が見てくれている。
それによると、現状ではうちと国際がツートップで。マイペースに戦果を上げている国際に比べて。うちは波が大きいらしい。
要するに、もたついていると負けるという事だ。
オーバーヒートの放熱はまだか。
冷や冷やする中、OKのランプがつく。
すぐにタッパを入れ替えて、そして水蜘蛛暁を川に向かわせる。少し動きが鈍くなってきているが。
これは内部の部品が、幾つかエラーを起こしているから。
こんなオーバーヒートを起こしていたら。
それも当然である。
川に戻った水蜘蛛暁。
最初に比べると、上流の堤防型汚染除去ロボットが頑張っているからか、汚染の度合いが減ってきているが。
しかしながら、大きめのゴミそのものは流れてきている。
何でも大戦の前。
タチの悪い業者が見境無しにゴミを捨てるようなケースが存在していたらしく。
そういった捨てられたゴミが、今になって露出。流れ出すようなケースが珍しくないのだとか。
或いはそういうゴミかも知れない。
いずれにしても、バンバン回収する。
大きめのゴミだったら、それだけを抱えて、即座に上がる事もある。
自転車の部品だろうか。
まるごと捨てていくなんて、全くもったいないというかなんというか。無茶苦茶である。
更に、他にも色々なゴミが流れてくる。
ヤバイ汚染物質による汚染そのものは濃度が減ってきているが。
ゴミそのものは、増えてきているような気がした。
或いは、土砂の中の大きめのゴミが、今になって流れてきているのかも知れない。
どれもこれも凄まじい色に変色していて。
とてもではないが、直に触ったらどうなるか、保証できる代物では無かった。
「あれ、ちょっと……」
武田が珍しく困惑した声を上げる。
国際のアメンボ型が、フルパワーで何かを引っ張っている。
どうやら何かのエンジンらしい。
小型の自動車だろうか。
あんなものまで流れてきたというのか。
いや、どうも様子がおかしい。
上杉と梶原に指示。
今は試合よりも、汚染の除去が優先だ。
「どうなっているのか聞いて来て」
「……はい」
梶原が立ち上がると、様子を見に行く。
その間、武田がメインの補助に入る。
梶原が国際の方に話を聞きに行くと。
どうやら、最初から目をつけていたゴミらしかった。
「川の底にさいしょから沈んでいて、丁度良いタイミングで引っ張り上げようと思っていたんだけれども、どうもパワー不足で」
「土方部長……どうします?」
「勿論協力で」
「……分かりました」
すぐに大会の役員に状況を報告。
向こうは一瞬だけ難色を示したが。
しかし状況が状況だ。
小型車のエンジンとなると、時間を掛けてずっと上流から流れてきたのだろう。どんな汚染があるか分からないし、下手すると爆発するかも知れない。
即座に対応の許可が出た。
すぐに水蜘蛛暁も動き。
水中に潜ると、フルパワーでエンジンを引っ張り上げる。
二機分のパワーで、エンジンを引きずり上げると、半ば沈んでいる国際のアメンボ型と連動して、岸まで引っ張り。
岸では待機していた小型のクレーンが、特殊なゴミを引き受けるゴミ収集車に、エンジンを受け取り移していた。
案の定、正体を考えたくない液体が漏れている。
ガソリンだったら最悪だ。
ともかく、大急ぎでゴミ収集車が引き揚げて行く。密閉していたし、そもそも装甲車並みの装甲。
ガソリンが爆発しても大丈夫だとは思うが。
それでも、油断だけは出来ない。
水蜘蛛暁の状態を確認。
かなりダメージが酷い。
国際の方も、ダメージが大きい様子だが。
まだ動けると、グエンは親指を立てた。相変わらずで安心する。
すぐに上杉に指示して、作業に戻らせる。
縄張りの汚れを徹底的に排除するが。
無理に無理がたたって、水蜘蛛暁のダメージが相当に酷い事になっている。今のエンジンの引き上げが、恐らく致命傷になった。
14時。
作業終了の知らせが入る。
後は、堤防型を移動させながら、川の浄化を行うそうである。また、上流の土砂崩れに関しても、現在軍が動いて処置に当たってくれているそうだ。
ため息をつく。
水蜘蛛暁は、今後も使う予定だったのに。
これでは、最低でも根本的にメンテナンスをしなければならないだろう。
武田から報告が入る。
致命的なエラーが五つ。小さなエラーが五十を超えていると言う。
「根本的にオーバーホールするか、新しいのを作るか、決断しないといけないね」
「……」
予算が倍になっても。
現実は厳しい。
予算が増えたのだから、ロボットの一つや二つどうでもいいではないかという意見は、正直論外だ。
資源が減っている今。
少しでも、色々と活用して行かなければならないのである。
ましてやこういう汚染除去ロボットは、ロボコンで好成績を出せばそのまま前線に、というケースさえある程不足している。
オーバーホールの手間を考えると、色々悲しかった。
すぐに結果は出ないと言うことで、そのまま上杉と梶原を帰らせる。
そして、武田と話をした。
やはり武田の見立てでは、丸一日オーバーホールに時間が掛かると言う。
取り替えが利く部品は全部取り替え。
それくらいの覚悟が必要だそうだ。
消耗品部分は全部入れ替えか。
今までも、ロボコンでロボットが激しいダメージを受けることはあった。
だが、此処まで酷いのは始めてかも知れない。
「最後の力仕事が特にまずかったと思う。 あれで、かなりの部品が駄目になった」
「……」
「でも、正直な話、それが分かっただけでも収穫だったと思う。 水蜘蛛暁にはパワーが足りなかったんだよ」
武田が、此方を慰めるように言うが。
納得出来る話でもない。
ずっと時間を掛けて作ってきたものなのである。
愛着はあるし。
実績が出なかったからといって、いらないというような事はありえない。
「次の休日、オーバーホールだね」
「丁度良い。 皆で集まって、工場で徹底的にオーバーホールしよう。 後、中身については私が調べておくから……」
「OK。 ガワについては、エラーのログを見て此方で調べておくよ」
話し合いを終えると。
どっと疲れた。
メールが幾つか来ている。
一つは国際の監督からだった。
グエンからではない。
最後の作業、他の学校が一切手伝う気も無いのに、積極的に手を貸してくれて助かった。
ああいう大きなゴミは、大きな汚染を長期間引き起こす。
今回のロボコンは、環境の回復に重要な役割を果たしているもので。
競技の枠組みを超えているものだ。
だから、助かった。
今後の試合で好成績が出る事を祈る。
そういう内容だった。
実直だな。
そう思う。
一時期軽薄な人間の方がもてはやされる風潮があったらしい。堅実な人間を馬鹿にする風潮も。
そんなだったから、世界がメタメタになったのだろうと。このメールを見て、よく分かった。
もう一つ。
グエンからもメールが来ていた。
上杉と一緒に試合が出来た事を楽しかったと書いている。
まあ、実質上の頂上決戦だった訳で。
競り合うようにして、ロボットの仕事をさせられたのだから。グエンのようなタイプには楽しかっただろう。
上杉がベストに近い状態だった、というのも嬉しかったようだ。
メールには、それぞれ丁寧な返事を書いておく。
そして、まずは上杉と梶原に、状況を確認。
帰り道問題は無いか。
しっかり聞いておく。
問題は無いようなので、一安心。
なんだかんだで、上流で汚染物質が一気に放出されたのだ。実際に水蜘蛛暁に直に触る事はなかったとは言え。
それでも体調を崩している可能性はある。
現在、各家庭には自己健康診断システムが配備されているから。
体調を崩せばすぐに病院に連絡が行く。
だが、電車で移動中は、流石にそうもいかない。
卜部にも連絡。
上杉のサポート、助かったという話をしておくと。
卜部は、出来れば現場には出たくないと、本音のような、冗談のような。どちらとも取りがたい言葉を。
無意味にいつものように色っぽく言うのだった。
勿論、二年と一年には、次の休日に水蜘蛛暁を全面オーバーホールすることを連絡しておく。
今年中に、多分もう一回水蜘蛛暁を使う試合がある。
その試合で、動けないようでは意味がないからである。
連絡が終わった後。
エラーのログを確認。
確かにハードがやられているエラーが幾つも出ている。足の関節などにもダメージが行っているし。
モーターも、出力オーバーで一部破損してしまっている。
最後まで動いてくれたのは、モーターを複数搭載していたからだが。
それでも本当に、良く動いてくれた、としか言えない。
ロボットに感情移入しすぎるのは危険だが。
本当に良くやってくれた。
溜息が漏れた。
水蜘蛛暁は。
人間が出来ない、汚染物質の中に入って汚染を除去するという大役を果たしてくれたのである。
軍なら敬礼をしている所だった。
更に、水蜘蛛暁はロボットである。
直せる。
ならば直し。
更なる戦いで、活躍してくれることを、期待するだけだった。
工場などに予約を入れ。
部品の発注を済ませる。
一応、予備のパーツも確保はしてあったのだが。
案の定足りていなかったので、この機会に買い足しておいた。
ロボットは貴重な手足だ。
そして高校で積極的にロボコンをすることで。
社会人の作るロボットは、更に性能が上がる事になる。技術がもっともっと研磨されていくからである。
授業の間に。
それらの作業を並行で実施し。
そして試合の結果を受け取った。
僅差で国際の勝利だった。
本当に僅差だった。
今回は非常に細かく得点が記載されていたが。その中で、うちの敗因となったのは耐久性。
しっかり見られていたのだ。
大量のエラーを吐き出し、瀕死になりながら水蜘蛛暁が動いていたことは。
この辺りは、大会役員もプロだ。
伊達に戦争の頃から、ロボットに関わっていない、という事である。
だが、全国最強の一角に対して、此処まで肉薄したロボコン部はない。と言う事で、文句なしの二位。
なお、西園寺は意地を見せ。
五位を勝ち取っていた。
今回西園寺は、得意のドローンから技術を転用していたようなのだけれども。その転用が完全ではなかったのだろう。
元々農業関係の学校から技術供与を受けていたので。
汚染の除去のノウハウそのものはあった。
事実、汚染の除去に関しては、相当に高レベル。なんと、国際と殆ど同レベルの汚染除去をやっていたそうである。
しかしながら、ロボットの耐久力が足りなかった。
其所で、早い段階で敗退してしまったのだ。
色々な波乱のある大会だったが。
いずれにしても、うちは二位。
それも僅差での二位と言う事で、かなり今回の試合については、評価が高いようである。苦労した甲斐はあったし。必死に頑張った水蜘蛛暁は報われたと言う事だ。努力が報われる社会になって来ているとはいえ。努力が報われたのはとても良い事なのだろうと、土方は思った。
メールをロボコン部の皆に展開。
多分、皆もこれで多少は報われるだろう。
授業が終わった後。
校長から連絡が来る。
前の担任がいなくなった件に、ロボコン部が関与しているからか。
或いは、徳川が粉を掛けてきて、予算が倍になったからか。
校長が、ここのところよく連絡を入れてくるようになっていた。
「今回は一位では無かったが、かなりの好成績をあげられたようだな。 学校側としても、既に強豪校として見られているようだと認識している」
「ありがとうございます。 それで何か問題でも起きましたか」
「いや、今回の事件について、報告書が来ている」
ああ、上流での崩落事故についてか。
それを見せてくれる、というのだろう。
授業は終わっている。
他の部員もテレビ会議に呼んで、皆で事件のレポートを見ることにする。
校長は久しぶりに授業をする気分にでもなかったのか。
大きく何度か咳払いをした。
「うぉほん。 ええとだな。 此処を操作して……」
暗愚ではないと思いたいが。
それでも、流石に随分と前線から離れていたという事もあるのだろう。
しばらく四苦八苦してから。
ようやく画像を流してくれた。
どうやら上流の一角。
今まで、応急処置的に崩落を食い止めていた箇所があったらしい。
其所に、少し前にあった雨で地盤が緩み。
一気に土砂が崩れたそうだ。
崩れた土砂は、大半は廃道を埋め尽くす程度で済んだらしく。
更には住民もいなかったため、特に問題にはならなかったのだが。
しかしながら、川の一角に入り込んでしまった。
それが、汚染が激増した要因である。
この辺りの山は、戦争時に汚染物質を満載したICBMが直撃したことで、元々無人地帯になっていたが。
時間を掛けて、汚染の除去を進めていた所だった。
それでも、簡単に行く話でもなく。
今回、それらの作業の一部が無駄になってしまった、と言う事だった。
軍が特殊車両と大型軍用ドローンを使って、土砂を処理している映像が映っている。
かなり遠くからの撮影だが。
これは機密もあるのだから仕方が無いだろう。
更に投入される、徳川が開発設計したらしい堤防型。
流石はデザイナーズチルドレン。
性能は圧倒的で。
五機投入された堤防型は、上流下流で汚染を一気に除去し。今日も稼働を続けていて。下流の方では、なんと生物が住める段階にまで、汚染が回復しているという。
とはいっても、この川は、「近付いても死なない」程度の軽汚染で済んでいる川である。
要するに、もっと酷い川に対して、堤防型の汚染除去ロボットは投入されるべき存在であって。
あの川に、いつまでもいるわけにはいかない。
土砂の処理は今日明日で終わるらしく。
それが終わったら、一旦堤防型は引き上げるそうだ。
その話も、映像と合わせて流されていた。
「これ、機密じゃないんですか?」
「いや、将来ロボット関連で大きな役割を果たしてもらう君達だからこそ、公開したのだそうだ。 国際や西園寺などの、好成績校にも映像の公表がされているとか」
「……はあ」
思わずぴんと来なかったので、間抜けな声を上げてしまったが。
その直後、ぞくりと来た。
これ、徳川が意図的にやったのでは無いか。
徳川はデザイナーズチルドレンであり。
親もいなければ家族もいないが。
その代わり、国の重責を担うことを求められ。
そして国から最大限の支援を受けている。
これこそ、その支援の一つ。
要するに土方や武田を確保するための手。
逃がしはしない。
そういう事なのだろう。
人材を確保するために、手段を選ばない。
そういう意味で考えると。
ちょっとぞくりとさせられる。
確かに人材は幾らでも必要だろう。
それは土方だって同意できる。
だが、徳川はまだあんなに小さいのに。そういったグレースレスレどころか、殆ど真っ黒な手を、躊躇無く使ってくる。
なかなか恐ろしい子だな、と思う。
司法などでも、こういうデザイナーズチルドレンが今とても重宝していると聞いている。裁判にはAIがどんどん投入され。更にそれを利害関係がないデザイナーズチルドレンが統括しているらしいが。
多分、司法でも。
徳川のような容赦の無い子が、徹底的なやり方で、法を厳守させる方向で、動いているのだろう。
ちょっと怖いなと土方は思う。
徳川の研究室に入れば、多分後の生活は安泰になるだろう。
世界を救うための手伝いも、更に積極的に出来る筈。
あの徳川のことだから、グエンにも声を掛けているかも知れない。
グエンと一緒に仕事が出来れば。
それはそれで、とても楽しい事だと思う。怖い事も、同時にあるが。
校長が咳払い。
偉そうにカイゼル髭なんか蓄えている禿頭が。
それで威厳が出ると思っているのだろうか。
「と、とりあえず以上だ。 資料については一度だけ見せるようにも言われている。 データも残らないように処置してある。 だから、今見た事を、それぞれ参考にするようにな」
「はい。 ありがとうございました」
「うむ……」
校長が通信を切る。
多分今頃冷や汗だらだらだろう。
次代のロボット産業について、大きな影響力を持つだろう徳川が、国のお偉いさんと連携して動いたのは間違いない。
そんなのは土方にだってすぐに分かる。
そして、である以上。
下手な事をロボコン部にしたら。
首が飛ぶのは校長の方なのだ。
丁度ビデオ会議で集まったので、今後の事を話しておく。
次の休日に、工場で修理をすること。
それについては、既に学校側に許可も取っていること。
最終的には、水蜘蛛暁の性能を今よりぐっと上げること。それが、目的だ。
性能を上げる。
そういうと、上杉がぴんと背筋を伸ばしたのが分かった。
かなり冷や汗を掻いている様子だ。
前のでも、まだ足りないのか。
そう顔にも書いている。
だから、先んじて言う。
「この間の試合は、既に結果を流したけれど、僅差での負けだった。 もうちょっと時間が取れていれば。 予算が倍になるのが早ければ、ひょっとしたら国際に勝てていたかも知れない。 でも此処で大事なのは其所じゃない」
最後の、エンジンを川底から引っ張り出し。
そしてそれで致命的に壊れたこと。
ロボットに一番大事なことは。
耐久力。
それを忘れてしまってはいないか。
土方は、皆にゆっくり、丁寧に。それでいて、出来るだけ威圧も持たせながら言い聞かせる。
「ロボットは、人間の盾となって戦うものなんだよ。 友達じゃない。 盾なの。 盾が脆かったら、意味がないでしょう?」
「……はい」
「ロボットを友達と考えるのは夢がある事だけれども、どんな家電でもそうで、人間の手間を減らすために存在しているの。 そしてロボットがやる作業は、人間が失敗したら命が幾つもなくなるような仕事を肩替わりすることも含まれる。 だから、どれだけ頑丈でもいいんだよ。 むしろ頑丈でなければならない」
ハード屋である土方が。
部品について示す。
購入した部品は、いずれもが頑強性において、以前と比較にならないものばかりである。
そして、すぐに次のロボコンがある訳では無いのだから。
じっくりと、丁寧に単体試験も結合試験も出来る。
皆が頷く。
意思は伝わったはずだ。
特に上杉には、今のうちにばっちり土方と武田のノウハウを学んでおいて貰わなければならない。
今、徳川が欲しがっている人材の中に。
上杉が混じっているかは分からない。
既に徳川は、博士課程扱いの段階まで行っていて。
国が実用段階で投入するロボットの設計開発までやっている。来年には、国のお偉いさん確定である。
大きく息を吐いて、気分を落ち着かせる。
世界の残り時間が減っている中。
誰もが優秀にならなければならない。
徳川だけが優秀では、世界の残り時間は全く増えない。土方も武田も、もっと上を目指さなければならない。後続を育てなければならない。
今回は負けた。
だが、次は、今回の失敗を生かす。
そう、強く強く、土方は誓っていた。
4、ロボットは盾である
工場で、水蜘蛛暁のオーバーホールを開始する。まずは完全に分解して、更には徹底的に洗浄する。
それから、新しく届いている部品を組み合わせ。
徹底的に丁寧に、全てのパーツを再構成していく。
簡単な動作確認もする。
水に浮かべてもみる。
フロートそのものも変えてはいるが。
ちょっとやそっと重量が増えたくらいで、浮かんでこなかったら、意味がないからである。
案の定プログラムは殆ど作り直し。
武田が口をへの字にしていて。梶原が幽鬼のような表情でキーボードを打鍵している。上杉と卜部に指示をしながら、土方も作業を進める。
そして、である。
今日はゲストが来ている。
グエンだった。
ここのところ、好成績を上げているうちを偵察してこいと、顧問に言われたらしい。うちには顧問らしい顧問もいないので。それも興味深いようだった。
グエンには手伝えとはいえない。
ただグエンは、機械類をチェックして、メモを熱心に取っている。
うちの学校、実の所工場の水準は低くない。
勿論国際に比べれば機械類の水準はレベルが落ちるだろうが。
それでも其所まで差は無いはずだ。
組み立ての作業で声を掛けて、一段落まで進める。動かして見ると、少し関節部が堅いかも知れない。
グリスを入れて、再度動かして見るが、多分原因が違う。
グエンが見せてと言ってくる。
まあ、見せても損は無いか。
「ああ、これはね……」
一目で特定すると。
グエンは具体的に説明してくれる。
土方も驚いた。
ハード屋だろう事は想像していたのだが。これほど出来る子だったのか。土方よりも出来るかもしれない。
関節部が滑らかに動くようになる。
「どうして分かったの?」
「偶然だよ。 この型式の部品、うちで別のロボットに使ったから」
「それでも凄いね」
「へへ、あたし記憶力には自信があるから」
白い歯と八重歯を見せて笑うグエン。
もうこの国にはいない野性的な、それでいてとても健康的な雰囲気の子だ。
まあ、数カ国語を喋れる時点で、相当に頭が良いことは想定はしていたが。
それでも此処まで出来るとは思っていなかった。
「他にも手伝おうか? てか触らせて」
「……これ、完成形じゃないけれどいい?」
「うん!」
笑顔が屈託無い。
多分グエンにとっては、ロボットが友達なのだろう。
土方とは考えが違う。
土方にとってはロボットは人間の盾。
人間が出来ない仕事を代行する存在。
だが、多分グエンにとっては。
ロボットは、人間に出来ない仕事を、代わりにやってくれる存在なのだろう。
色々見て、喚声を挙げるグエン。無邪気な笑みで、見ていて気持ちが良いくらいだ。
心が汚れているな。
自嘲してしまう。
一緒に昼食を取りながら、軽く話を聞く。
グエンも、やはりろくな人生を送っていなかった。
「ライバルだって認めた土方や上杉がいるからいうけどね。 あたしの住んでた辺り、対人地雷だらけでね」
確か東南アジアのもう無くなった国と、フランスとの混血だった。どっちも前の大戦では激戦区になったはずだ。地雷がばらまかれていてもおかしくない。
そんな地雷を駆除したのが。
うちの国の、地雷排除ロボットだったという。
地雷はとにかく技術がどんどん進歩していった。地雷を発見するために動物が投入されるようにもなったが。そういう訓練された動物にも反応し、殺傷するように地雷は進歩していった。
そこで大戦末期に発達されたのが、地雷殺し。
日本が開発した、球体型のロボットである。
地雷の爆発では傷一つつかず。どれほど巧妙に隠されていても見つけ出し爆破する。しかも価格が安い。その上、対戦車ライフルの狙撃やトイドローンの爆撃程度なら軽々耐え抜く。
この地雷殺し、80式地雷駆除球状特殊車両のおかげで、地雷の価格は80%以上低下して、戦場での戦術的価値も著しく下がった。
「あの80式、故郷では天使って言われてるんだ。 それで、天使を作った国を見に来て、それで今は最高に充実してる」
「……」
「というわけで、また戦ってくれ。 今回は、はっきりいって、互角で引き分けだったと思ってる。 次は勝つ」
手を伸ばされたので、握手する。
力強い手だった。
こっちも負けない。
土方は、言われるまでも無く。
そう思っていた。
(続)
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