神器を束ねて

 

序、統括

 

腕組みして、システムの設計図を見る。

今回のロボコンは相応の学校が出てくる。それも当然である。現在もっとも有用なロボットを扱うからである。

家庭用補助ロボット。

古い時代は、いわゆるメイドロボットが流行するのでは無いか、という予想もあったようだが。

現実は違う。

現在は介護用ロボットと同様、円筒形のロボットが家庭用の補助ロボットとして活動しており。

多くの家庭で、中古の軽自動車程度の価格で買えるため、用いられている。

そして更に、家事を任せてしまえるという利点が大きく。

料理も必要なく。

掃除洗濯もやってくれるため。

多くの家庭では、重宝しているのが実情だ。

今回は、以前も使った円筒暁を用いる。

実は少し前にこれを改良してエキシビジョンマッチを行ったのだが。それには、この大会に出るためのカスタマイズのノウハウを積む事も目的としてあった。

土方からしてみれば、何回目かの家庭用補助ロボットのロボコンだが。

上杉は直接参加が今回初。

一年生二人はそもそも参加が初になる。

武田は土方と同様だ。

昔から武田は、プログラムで先輩達と一緒に頑張っていた。これからは後輩を支えるべく頑張る立場だ。

そして今回要求されているのは。

システムを要求通り稼働させること。

大会では、家の中に統括管理システムが用意される。

この管理システムが、それぞれの家庭用器具類と接続されていて。この統括管理システムを、主人の要求通り動かすロボットが今回求められる。

要するに、「洗っておいて」とか、「帰る頃に部屋の温度を何度にしておいて」とか、そういったアバウトな要求に応え。

家の中にあるインフラを操作する。

そういうロボットが要求されるのだ。

実は、大学になると、更に要求が高度になってくる。

実際に動かないといけない場面。

例えば、掃除だけではなく整頓とか。

炊事に関しても、主人のカロリーや栄養をコントロールしたりだとか。

そういった、上級の要求は、まだ高校のロボコンではされない。

高校のロボコンでは。あくまで統括管理システムの、的確な運用。それだけが求められるのである。

ただし、それでもロボット自体はある程度動く必要がある。

今回問題になるのはそれだ。

実の所、こういった用途であれば、多脚型の方がずっと性能が良い。色々な企業でも多脚型のロボットを、家庭用に提供している。

勿論デザインは最大限に凝って、である。

だが、人間は多脚を嫌がる傾向がどうしてもある。

だから、現在は円筒形がどうしても普及している。

その内人型が普及するのでは無いか、という話もあるのだが。

人型のロボットに、こういった機能を詰め込むと、非常に値段がかさばってくるのが現実である。

現在円筒形の家庭用ロボットが、そこそこの品で中古の軽自動車くらいの価格だが。

人型になってくると、この五十倍ほどの価格になる。

勿論レンタリースの類はきかないし。

そもそも人型の時点で、「贅沢仕様」と見なされ、補助金は出ない。

実際贅沢仕様なのだ。

なお多脚型だと、円筒形と同額で、五割増しの性能を見込めるのだが。

やはりどれだけデザインを工夫しても、嫌がる家庭は多いようだ。

だから、円筒形を今回もロボコンでは出す。

気合いが入った高校だと、人型を出す例があると聞いた事もあるのだが。

まだ土方は遭遇した事はない。

やれるとしたら国際とかの全国トップクラスだろうから、まあ当然の話なのだけれども。

さて、悩んだ末に武田と連絡。

メールで軽くやりとりをする。

現在悩んでいるのは、家庭内でのシステム把握について。

今回、大会では以下のような要件を求めてきている。

三人ないし四人の家庭で、全員の要求を満たす。

以上である。

勿論、この全員を大会の役員が務める。

大会の役員というのは、そういう仕事だ。

子供役なども必要になるのだが。

それはどうするかは分からない。

立体映像とか、或いは高性能ロボットとかを使うのかも知れないが。いずれにしても三人もしくは四人である。

その要求を同時に聞き。

そして対応しなければならない。

統括管理システムとの連携は当然必要だが。

それ以上に、命令の処理優先度や。

命令が実行されているか確認するシステムが必要になる。

無線での連携が重要だが。

この無線が、使用できる帯域に制限がある。

つまるところ、この無線をどう処理するかが、ロボットの課題になってくる。

これはむずかしい。

武田の方でも、プログラムを以前組んでくれたのだが。それを梶原に渡して、更にブラッシュアップを試みてくれている。

とにかく試運転したいと、何度も武田は言ってきている。

まあ実際問題、最近は成績を上げてきているロボコン部だ。

獅子身中の虫も排除した。

ここで勢いは落としたくない。

どれだけ難しいロボコンだとしても、である。

試運転のためのシステムはあるにはあるが、借りるのにお金が掛かる。多分、プログラムの徹底的なブラッシュアップが必須になる。

だから、武田には徹底的なテストとシミュレーションを、と頼んでいるのだが。

此処で、すれ違いが生じているのである。

武田としては、どうしても早めにテストをしたいらしいのだ。

理由は簡単。梶原のプログラムに、癖がありすぎるから。

勿論梶原の腕は悪くは無い。

それは認めているのだが。

武田の組むプログラムとはかなり違っている。

昔はずれている人間に人権が事実上存在しなかった時代もあったらしいのだが。

今はそんな事もない。

ただ、すりあわせは大変だ。

武田は其所もあって、早めにテストをふんだんにやりたいと言っているのだが。

それは此方としても、予算の関係で出来ない、としか応えられない。

実際問題、資源はもう尽き掛けている。

技術の錬磨に幾ら力を注ぐとしても。

それにも限界がある。

気候も年々厳しくなる一方だ。

ロシアの一部では、冬季には住民が退去するようになって来ているし。

赤道付近でも似たような事が起こっている。

東京近辺では、夏場にとうとう50℃を記録。

どこの国でも、いまだ経験したことがない異常気象に苦しめられている現実も存在している。

一部の人間だけ宇宙に上げて、其所でどうにか人類の再起を図るという案も提出された事があるらしいが。

まあそれも無理がないのかなと土方は思ってしまう。

とはいっても、前大戦で見せた「一部の富裕層」や「一部のエリート」の醜態を見る限り。

現実的では無い、というのが答えになってしまっているが。

やはりメールで、武田は現状では多分1回戦落ちだと告げてきている。

だが、どうにか説得するしかない。

困り果てた後に、金がない、という説明をする。

個別チャットで話そうかと思ったが。

それをするには、もう時間も遅すぎた。

あまり遅くまで部活関連の作業をしていると、これがまた内申点の−につながってくるのである。

だから、この辺りで切り上げるしかない。

横になる。明日も武田とギリギリのやりとりをしなければならないだろう。

梶原はまだ独り立ちさせるには頼りなさすぎる。

勿論梶原もそれは理解している筈で。

どうにかしなければならなかった。

悶々としている中。

企業でも、こんな風にすりあわせで苦労しているのかな、と考える。

昔は兎に角単純だったと聞く。

体育会系という基準が存在していて。

それに沿って、「相手の機嫌を如何に損ねないか」が重要であり。

正解だろうが失敗だろうが。

とにかく機嫌を損ねないことだけが、世間で最重要項目だったそうだ。

事実その結果、とんでもない事故やスキャンダルが起きることも珍しく無く。

世間では「お気持ち重視」なんて揶揄されつつも、その病んだ仕組みが維持されていたそうだから。

色々と末期的だ。

それどころか、正論で相手を諭しても、ロジハラなんて単語で否定される事すらあったという。

今は基準が変わって、そういう事は無くなったが。

それでも、昔は「機嫌」が全てであり。

偉い人のご機嫌を伺うことが出世の大原則であり。

それが出来ない人間には人権がなかった。

今は違う分、様々な価値観のすりあわせという更なる大変な仕事があるが。

これは会社でそれぞれ専用のネゴシエーターを雇ったり。

或いはAIにやりとりを担当させたりと。

工夫をするようになっている。

多様性を確保するには、それくらいが必要で。

うちの部活でも同じ。

たった五人しかいないのに。

多様性を確保出来なくて、やっていけるか。

ため息をつく。

昔は、部活の規模が大きかったから。

暴力同然に「機嫌」を押しつけ。

いわゆるブラック部活をつくって、回していたのだろう。

だが今は時代が違う。

梶原の独特なプログラムも。武田の芸術的なプログラムも。どっちも尊重していかなければならない。

とりあえず眠るが。

やはり気になるからか。

中々眠る事は出来ず。

翌朝は、相当に辛い寝起きになった。

 

幽霊のようだ。

梶原由美は、そう言われながら育った。

周囲は最初から大嫌いだった。

容姿を基準に馬鹿にしてくる相手を好きになれる筈が無い。愛想笑いでも浮かべて、馬鹿にされてもヘラヘラしていろとでもいうのか。

幼いうちに心に壁が出来た。

両親でさえ梶原を否定した。とはいっても、その両親は戦災で今は二日に一回も顔を合わせることはないが。

お前は不幸を呼んできた。

父親にそう呼ばれたこともある。

今の部活の先輩達が、可能な限り尊重してくれることも分かっているが。

それでもやはり、容姿を不気味がっている事も知っていた。

残念ながら、世の中には。

どうしようもないものはある。

整形という顔を変える技術が古くには流行ったらしいが。

今の時代、その悪影響が色々と分かってきていて、誰も顔を変えることは無い。

また、リモートで授業を行う事が普通で。

業務も同じである以上。

顔はそれほど重要では無くなった。

それでも、なお。

梶原由美は、幽霊のようだと怖れられ。

家族にさえ疎まれている。

結局人間はツラと金だ。

それを幼いうちに学習できたのは収穫だったのかも知れないが。かといって陰鬱な事に代わりは無い。

いつの間にか笑顔を浮かべる事はなくなった。

それはそうだ。

実の親にさえ笑顔が気持ち悪い言われて。

それで笑顔など浮かべる事になると思うか。

怒りが燻る中。

今日も梶原はプログラムを組む。

プログラムは独特だと言われるが、それでも成績は悪くない。

武田先輩と衝突する事がしょっちゅうあるが。

言われた事はプログラムを組んで見せている。

今の時点では、その結果で、武田先輩とやりあっている。

結果を認めてくれるだけマシだろう。

昔は、体育会系という理屈に沿わなければ、

結果をどれだけ出しても、何の努力もしていないとか罵倒されることがザラだったらしいのだから。

今は少なくとも努力を認められている。

それだけで、良しとするべきなのかも知れない。

「梶原さん、ちょっといいかな」

「はい……」

部活後。

土方部長から声が掛かる。

あの人は苦手だ。

なんというか、苦労人オーラを全身から放っているのが分かる。昔は、先輩が頼りにならなくて、ロボコン部はずっと弱小から抜け出せなかったらしい。

今は何とか中堅と呼べるレベルまでロボコン部を強くしたものの。

上杉先輩を筆頭とする次の世代にバトンを渡すために、自分を犠牲にしている。

勿論梶原が苦労しているのも理解してくれてはいるし。

努力も認めてくれているが。

その一方で、容姿を怖れているのも分かるのだ。

「案を出して欲しいんだけれど」

「案ですか……」

「そう。 武田さんがね、テストを早い段階でやりたいらしいんだよ。 今回のロボコン、難易度高いでしょ。 で、武田さんと梶原さんのプログラムを、それぞれ結合試験しなければならないわけで……。 しかも今回梶原さんのプログラムが、今まで以上に比率が大きくなるでしょ」

まあ、その通りだ。

だからといって、なんで聞いてくる。

だが、土方部長は更に言う。

「武田さんは実機でやりたいと言っていてね。 でも実機でやるほどのお金が用意できないんだよ。 うちの部活はそこそこの実績を上げているけれど、実機を使わせて貰うとなると、部の臨時予算を組んでもらうにはちょっと高すぎる。 出来て一回なんだよね」

「それで、なんで私に聞くんですか」

「そりゃ決まってる。 次のプログラム担当は梶原さんだからね。 武田さんは企業からのオファーも多いし、後何ヶ月かすると、部活では完全に裏方に回ることになる。 これからは梶原さんが、メインで引っ張っていかなければならないんだよ」

そうか。

そういうものか。

一応認めてくれているのは分かった。

だから、此方からも言っておく。

「テストをやるのは賛成ですが……やっぱり自分も実機でやりたいと思いますね」

「……」

「部活内に仮想環境を作れませんか……」

「無理」

土方部長は即答。

あまり良い気分はしない。

というか、この様子だと既に検討したのだろう。

それで無理というなら。

梶原も引き下がざるを得ない。

まあいい。

「分かりました。 此方でも色々調べて見ます。 ……ただ、武田先輩ほどのスペシャリストが無理だって言ってるなら、私にそれ以上の案が出せるとは思えませんが」

「武田さんは武田さん。 梶原さんは視点も違うし、色々やってみて」

「……」

通話を切る。

まあ視点が違う事を評価してくれたのはいい。

だが、結果が出せるかは話が別だ。

ため息をつくと。

色々とネットでアクセスを掛ける。

仮想環境をネット上に構築しているテスト用のサーバはいくらでもある。この時代である。

昔も各家庭のPCからCPUの余剰処理能力を借りて、色々作業をする、何てことをしていたらしいが。

現在では、それは国家規模の作業として行われている。

だが、この手のものは、有料なら高性能。

無料なら性能が劣ると相場が決まっている。

どれだけ良心的なWEBサービスでもそれは同じ。

特に今回は、仮想環境がかなり複雑になる事もあり。

実機でやりたいと口にする武田先輩の言葉も、梶原には分かるのだ。

だから、土方部長に、調子が良いことは言えなかった。

そういえば、昔は。

こう言うときも調子が良い事を言って。

身も心も削りながら、無理矢理命を前借りして、仕事をするのが美徳とされていたんだっけ。

馬鹿馬鹿しい話だな。

幽霊のようだ。

そう言われる顔で、梶原は笑った。人前では笑わなくても、一人でいるときはこうして嗤うこともある。

不気味だと言われようがどうだろうが、どうしようもない。

これが梶原の顔だ。

 

1、家の中のもう一人の管理者

 

気温調整の声が掛かると。

部屋の温度が調整される。

土方は頭を掻きながら、もうそんな時期かとぼやく。

昔は此処まで暑くは無かったらしいが。

21前半くらいには、日本は亜熱帯になってしまい。

そして今では、世界で最も暑い地域の一つ、と言われるようになってしまっている。

かといって、他の地帯は戦争で汚染されていて、住むことなどとても出来る状態ではない。

此処で生きていくしかないのである。

世界中が似たような状況だ。

もう人間は。

エアコンなどの助けがないと、この地球では生きていけない。

多くの生物が、以前とは比べものにならないペースで絶滅して行っているが。それは全部人間のせいである。

ともかく。

それでも生き延びなければならないから。

努力はしなければならない。

このままでは、地球を滅ぼしただけで人類は終わる。

地球の環境再生計画など出来る状態には無い。

技術も資源も足りないからだ。

授業を受けながら、ぼんやりと考える。

現在の記憶を持ったまま、20世紀の後半くらいに戻れたら。

歴史を変えられるのだろうか。

はっと、鼻で笑ってしまう。

歴史に残る英雄英傑レベルの力がなければ、そんな事はとても無理だ。

それでさえ出来るかどうか。

ともかく、やるしかない。

授業を黙々と受け終えた後。

部活に入る。

テレビ会議で進捗の確認をするが、武田が開口一番に言う。

結合試験が不安だと。

後14日で次のロボコンだ。

一応、一回だけ結合試験の時間は取った。

ロボコンの大会関係者で使わせてくれる仮想環境があるのだけれども。しかしながら、これは予約が殺到していて、うちは一回しか使えない。

せめてもう一回。

それが武田の主張である。

此方も同じ主張を返すしかない。

それをやるには予算が足りない。

以上である。

「ロボコンは今回で終わりじゃない。 今回のロボコンのために、これ以上の予算を使うわけにはいかないよ」

「結合試験、ほぼ確実に失敗するよ」

「……」

誰もが黙り込む。

武田の判断は正しいと言える。

この中で一番プログラムが出来るのは武田だ。

というか、企業からのスカウト合戦が更に苛烈になってきているという。

それだけ出来る、という事である。

卜部が口を挟んでくる。

相変わらず、無駄に色っぽい。

「いっそ、誰かの家を仮想環境にしたら?」

「家庭用の統括管理システムを上書きなんかしたら、一発で警備会社が飛んでくるよ卜部さん」

「その辺り、スーパーハカーの武田先輩がどうにかできないんですかあ?」

「出来るかっ!」

武田が激高して台パン。

まあ武田はハッキングの類はしないと公言しているし。

実際問題、ハッキングと簡単に言うが、現実はクラッキングと大差がない。ハッキングはれっきとした犯罪であり。

今後就職を考えている武田は、経歴に傷をつけたくないだろう。

勿論グレーゾーンスレスレの仕事をすることもある武田だが。

だからこそ、一線はわきまえているのである。

梶原が挙手。

「何処かの空き屋を、事情を説明して借りられませんか?」

「……発想は面白いけれど、流石に無理かな。 そもそもロボコン部の結合試験のため、なんて言って、不動産屋が納得すると思う? それにやっぱり統括管理システムに手を入れる事になるし……」

「その辺りは土方部長が説得して」

「金があれば出来るけれど、なければできません。 ネゴというものは、基本的にそれぞれ対価が必要なの」

ぴしゃりと言う。

かといって、土方としても、結合試験に不安があると言うのは分かる。

上杉はおろおろしているばかりだし。

此処はまだ、土方がリーダーシップを取らなければならないか。

「代案は誰かない?」

「……これなんですけれど」

梶原が、相変わらず地獄の底から響くような声でデータを送ってくる。

WEB上で使える仮想システム。それも無料の奴だが。

これを16個同時に借りて、それらを結合。

更に、現在使っていない小型のPCを用いて、此処に仮想環境の統括管理システムの受け口を作る。

要するに仮想環境内に家を作り。

そしてその家の入り口を、使っていないPCを用いて作り。

結合試験に利用する、というわけだ。

「物量作戦です」

「……悪くは無いかな」

武田が面白がっている。

ならば、やらせてやっても良いか。

余っているPCを見繕う。土方の家にはない。部活の備品の場合、工場に取りに行くか、梱包して送って貰う必要が出てくる。

誰かの家に余っていないか。

そう聞くと、上杉が挙手した。

「うちに古いのがあります。 それで良ければ……」

「今回はマシンスペックはWEB上のサーバにほぼ依存するから、古くても動きさえすれば大丈夫だよ」

武田がそう言うと。

上杉は相変わらず苦手そうに、武田を見ながら頷いた。

まーた武田に惨殺される悪夢でも見ているのだろうか。

トラウマが根底にあるとは言え。

難儀な体質である。

後は、上杉と武田、それに梶原で相談して貰えば良い。

兎も角助かった。

部活が終わった後、個別チャットを梶原に送る。

今回の提案、とても良かったと褒めると。

そうですか、と帰ってくる。

多少愛想がないが。

別に体育会系に、ありがとうございますっとか言えなくても別にかまわない。そんなものは必要ない。

事実有用な提案をしてくれた。

それだけで充分である。

「それで、こんなのどうやって思いついたの?」

「ネットの友達に案を募集しました……」

「へえ」

「殆どは役にも立たない案でしたが、その中の一つをアレンジしました。 結構良く出来たと思います……」

まあ、それなら充分だろう。

もう一度褒めた後、通信を切る。

梶原は良く分からない奴だが、今回はとにかく頑張ってくれた。今後が期待出来る所である。

さて、武田にも連絡を入れる。

さっきの案が現実的か、聞いてみるためだ。

武田によると、充分に現実的らしい。

ただし、一つ条件があるとも。

「そのPCに突っ込むプログラムをどうするか、だね。 オープンソースだと転がってないから、組むしかない」

「与野、そういうの持ってない?」

「持ってないよ流石に……」

「じゃあ皆で分担する?」

しばし考え込んだ後。

武田は、梶原にやらせると言った。

だが、それだと負担が大きくなりすぎないだろうか。少しばかり不安である。

しかしながら、武田は言う。

「今回は梶原のプログラムの比重を大きくするし、何よりも発案者だから、責任は取って貰わないと」

「ああ、そういう……」

「勿論チェックはするけれど、結合試験が出来る回数が増える分、プログラムを組む時間が減る。 最悪の場合は想定しておいてね」

通話を切る。

彼方を立てれば此方が立たずか。

予算は圧縮できたので、良しとするべきだが。

さて、何処まで上手く行くか。

土方の方でも手を打つべきだろう。

まず、他の学校の状況を片手間に確認。

ロボコンのHPを見ると、応募は既に締め切っている。応募は出来ているので問題ない。此処で確認するのは、参加校だ。

今回は東山が出てくる。京都西もいる。

参加校は80校。

これは二日がかりの大会になるかな、と思ったが。大会の実行予定を見ると、一日で終わらせるつもりらしい。

となると、恐らく余程大規模な体育館を借り切って。

そこで行うのだろう。

四試合を同時に行う、位のことをやっていく感じだろうか。

それならば、敗者復活戦を含めても、一日で終わるだろう。

仕様をもう一度確認。

抜き打ちで難しい試験にしてくる様子は、現時点ではない。

多分その辺りは大丈夫だと判断しても良いだろう。

問題は別の所にある。

「……家電が多い」

思わずぼやく。

操作しなければならない家電が多いのだ。

掃除機、照明、空調は当然として。

給排水、食洗機、フロ、更には栄養管理と食事の在庫管理を行う機能がついた冷蔵庫までもを要求されるのである。これは面倒くさい。

普通栄養管理などは要求されない。つまるところ、普通の大会より難易度が高い。

勿論分かってはいる。

今後結合試験の段階になったら、土方も参加するのだ。

分かってはいたが、ちょと家電が多くて。一つでもまともに動かせなかったら失格だという事を考えると、色々と気が重かった。

更に三人から四人の家族から、それぞれ指示が飛んでくるのである。

それを考えると、とてもではないが楽観などできない。

今回は東山と京都西は、ほぼ確実に残ってくるだろうし。

勝ち抜けたとしても、決勝近くで当たる。

最悪、決勝より早く当たる訳で。

その場合は、五位決定戦にすら残れない事を、覚悟しなければならない。

上杉があの正気度が下がりそうなソフトキャンディで何とか試合のラストまで操縦手をやれるとしても。

それ以外に課題は山積みだ。

更に、次回からは梶原に現地に行って貰う予定である。

上杉と梶原で上手くやっていけるか。

その辺りも、調整をしなければならない。

通話して、情報のやりとりをしておく。

武田はもういい。

今頃、プログラムの構築とチェックで全力だろう。

梶原も同じく。

後は上杉と卜部か。

卜部は今回地味に重要である。上杉が長時間の試合でへばるだろうから、サポートで動いて貰う。

このサポートも、土方から卜部に比重を移すので。

今回土方がやるのは、総合の指揮になる。

現地で戦うのは上杉だから、当然タイムラグが生じるわけで。

色々あって義手のラグをどうにか打ち消せそうな卜部は、今回とても重要な役回りである。

少し考え込んでから、まず上杉と個別チャットで話しておく。

この辺りの話をすると。

上杉は分かっている、と言った。

卜部は苦手では無いとも、上杉はいう。

相性最悪に見えるのだが。

まあ大丈夫と言うなら、任せてみよう。

問題は梶原だ。

梶原について恐怖心とか感じないかと聞いてみるが。

別にそんな事はないそうである。

それは良かった。

梶原がどんな奴なのか、実の所土方は良く知らない。

だから、上杉が上手くやっていけるのかも、正直な所よく分からない。

上杉は気が弱いが。

根拠もなく、出来ない事を出来るとは言わない。

だから、信頼しても大丈夫だろう。

他にも注意事項を幾つか話しておく。

大会の会場に、今回は武田は行かない。

武田は弁当の手配とかをしてくれていたので、今回からは上杉がそれをやらなければならない。

注文の仕方から、受け取り方まで、全てチェック。

いっそ今やって貰う。

上杉には書類を出して貰い。

土方の方でチェック。

問題は幾つかあるので、それを修正し。合格が出てから、メールで大会本部へ送って貰った。

これで当日の食事は大丈夫だ。

後は結合試験だが。

今回は、期日が厳しくなることもある。

上杉にも参加して貰う。

気が重いようだが、土方だって結合試験なんて大嫌いだ。大嫌いだけれども、やらなければならない。

単体試験では動いてくれるプログラムが。

結合試験では動かない。

別のハードならばっちり動いてくれたのに。

ハードを変えると駄目。

そんな事は日常茶飯事なのである。

だからこそに、結合試験は徹底的にやっておかなければならない。それがプログラムというものだし。システムというものでもある。

システムを構築する際には、この手の苦労から、天才でさえ逃れられない。

ボンクラである土方達ならなおさらだ。

その辺りも丁寧に説明し、心構えを持って貰う。

後は卜部か。

時計を見ながら、個別チャットで話をする。

男でも連れ込んでいるのでは無いかと不安になったが、そんな事はないようだ。無駄に色気があるのと、男と遊んでいるのは話が別らしい。少なくとも卜部には、だが。

一通り話が終わった後に休む。

部長は大変だ。

昔はもっと大変だったのだろうが。

今は今で、こういう苦労がある。

ただ今は、この苦労が全て内申につながって、就職での加点材料になる。それだけは有り難いし。

企業に入れば、あくまで技術研磨のためのロボコンではなく。

世界を救うための、本当の意味での技術開発を目的としたロボコンに出る事が出来る。

勿論食べていくための就職、という面もあるけれど。

それ以上にやはり、きちんとやった事が報われる、というのは良い事なのだと土方は思う。

肩を揉みながら、作業の最終チェックを行い。

家庭用ロボットに警告を受けて、寝る事にする。

疲れが溜まっている、と言う事だった。

分かっているし、眠る。

さて、残り二週間。

結合試験を三回出来れば良い方だが。それで何とか上手く動くようになってくれるか。

そもそもきちんと現地で動いてくれるか。

不安はたくさんあるが。

それでも、何とかしなければならないのが、部長の責務だった。

 

1回目の結合試験はさんさんたる有様だったが。

昔はこうだったなあと苦笑してしまう。

去年の最初頃。

武田と一緒に結合試験で地獄を見て。

そしてそもそも、ロボコンではロボットが動いてくれなかった。

次がある。

そう先輩は励ましてくれたが。

結局の所、二年生の終盤になるまで、土方と武田が、まともに大会に出られることは無かったし。

いつも墜落寸前の成績だった。

とはいっても、土方にきっちり部長業務は受け継いでくれたし。

先輩達も、相応の企業に就職できたようなので。

それで良しとするべきなのだろう。

大量に出た問題点を振り分ける。やはり梶原の独特のプログラムは、相当な軋轢を生む。武田は文句も言わずに修正に掛かる。梶原も、黙々と取りかかる。

多少圧があったが。

それくらいでへこたれていたら駄目だ。

上杉は相当に青ざめていたが。

卜部ともども仕事は振っておく。

ハードそのものはもう組み上がっている。

円筒暁は、年内一杯使うつもりだ。

今回は内部のマイナーチェンジなので、ハード部分の修正は微々たるものなのである。だから、大した手間もない。

手間が掛かるのはソフト部分。

ハード屋と言っても、ロボコン部にいる以上、プログラムはある程度出来るし。

当然結合試験で出た問題には対応して貰う。

当たり前の話である。

土方も勿論幾らか引き受ける。

その日は、特にチャットで話すつもりはなく。

結合試験で噴出した問題点を、黙々とこなして行く。

今の時代、こういったエラーの解決は、WEBサービスも用いて行っていく。

昔はそれこそ社内での無秩序に積み重ねられたデータとか。

下手をするとWEB検索したりとか。

色々苦労が絶えなかったのだが。

今はAIの発達により。

WEBサービスとの連携で、バグの解決率が800%ほど昔に比べて増している、という。

昔は一つのバグをどうしても取り切れず。

バグを取っても新しいバグが、何て例が多発したらしいのだけれど。

幸い現在はそんな事もない。

ただ時間は相応に掛かる。

昔のように、一晩かかるなんて事は無いにしても。

それでも時間が掛かるのは事実なのだ。

作業を一通り並列で流して、後は色々とチェックをする。

その間に、上杉から連絡が来た。

上杉から連絡が来るのは珍しい事なので、即座に内容をチェック。予想よりも、問題が大きそう、と言う事だ。

すぐに武田に相談するように指示。

そして、チェックを入れておく。

まあ、こうやって人数で分担してバグをチェックしていけば、相応に対応も早くできる。それは利点である。

それに上杉がすぐに相談してくれたので。

対応もやりやすい。

後は、明日にでも結果を聞けば良いだろう。

バグの対応について、処理があらかた終わっているのを確認。勿論、今日処理する予定分だけだが。

結果は皆に共有。

見ると、上杉が見つけたヤバイ奴以外は、順調に処理出来ている様子だ。

さて、後は残りの結合試験を入れながら、何とか対応を済ませられると良いのだけれども。

今回のロボコンは厳しい。

頬杖をつきながら。今から消耗する訳にはいかないなと、土方は何処か他人事のように思った。

 

2、つなげたインフラ

 

現地に上杉と梶原が到着したのを確認。さて、今回は厳しい大会になるぞと、モニタを見ながら土方は気合いを入れる。

今回からついに武田が現地に入らない。

上杉が操縦手。

サポートを梶原がこなす。

武田は梶原の補助。

まだまだ、梶原単独では任せられないし。

補助要員に、リモートで補助が入るのは何処でも同じだ。

さて、まずは恒例の行事から。

脱落高校が読み上げられる。

今回はかなり多く、45校が脱落した。

そうなると、トーナメントとしてはかなりいびつな形になるが、まあそれは対応はしてくれるのだろう。

35校でのトーナメントが発表される。

やはり京都西と東山がそれぞれトーナメントの端に。

うちは意外な事に、東山のいるブロックの、東山と逆の端っこに配置された。

と言う事は、東山に当たるまで、強豪とぶつかる事はないか。

以前大暴れした西園寺のようなダークホースがいるなら兎も角。

今回、そういった高校は見当たらない。

とはいっても、前回の大会でも、それほど規模が大きくもない高校に負けた。そういう事実もある。

油断だけは、絶対にしてはいけないだろう。

やはりかなり大きな体育館である。

中に六セットも二つ組みのプレハブが作られている。六試合同時、と言う事か。

そうなると、いつものようにトーナメントの左から消化していくと、うちは2回目で試合となる。敗者復活戦も、かなり早い段階で始まると見て良いだろう。

現地にいる梶原に話を聞く。

どんな感じか、と。

「……私にはちょっと光が強いですね」

「……そう」

まあなんというか、よく分からない答えだ。

ともかく、動く事は分かっている。

最初の試合は京都西が出る。お手並み拝見と行きたいところである。ここのところ成績が振るわなかったし、今回は優勝を狙ってくるだろう。

出来ればかなり消耗してくれていると助かる。

とはいっても、ぶつかるとは限らない。

強豪、東山が準決勝にいるし。他にもうちと同レベルの学校は幾つもあるのだから。

それにしても、気になるのは脱落校の多さだ。

流石に6割には届いていないが、今回はちょっと多すぎる。

何か原因があるのだろうか。

嫌な予感がする。

結合試験をして、徹底的に問題を潰した事は、うちの有利に働いている筈だけれども。しかし、そんな事は多校だってやっているはず。

どうしてまた、これほどの脱落校が出たのか。

現地の上杉にも注意は促しておく。

そうこうしているうちに、試合が開始された。

大きな体育館だ。

同時に行われる試合が、モニタに映されているが。

試合に出場している役員も多い。

やはり子役は高性能のロボットにホログラムをかぶせたものを用いているようだけれども。

いずれにしても、同時に数人の命令が飛んでくる事になる。

どこのロボットもあたふたしていた。

京都西は流石だ。

強豪校だけあり、蓄積したノウハウが伊達では無いのだろう。

さくさくと要求に応えている。

それに対して、幾つかの高校は、同時に複数の命令を出されることで、フリーズしてしまうものもある。

ロボットの命令処理について、練り込んでいないからこうなる。

そういえば、古い時代のロボットの小説でも。

ロボットのAIが、判断に関してフリーズしたりバグを起こしたりするシーンが幾つもあったっけ。

戦禍をくぐり抜けて現存、今でも伝説となっている書籍だが。

こうやってAIが実用段階に入っていると、如何に時代を先取りしていたのか、よく分かるというものである。

最初に京都西が勝ち抜く。まあこの辺りは妥当という所だろうか。

それから脱落校も出て。

順番にトーナメントが進行していく。

うちもすぐに試合が始まる。

今日はかなり忙しくなるようで。試合が終わった後は、即座に専門業者が片付けをして。次の試合にプレハブを利用していく。

奇しくもというか。

うちは、京都西の使ったプレハブで、試合をする事になった。

上杉は淡々と操作を実施。

問題は梶原で。

何も言わず、じっと見つめながら、時々キーボードを叩いている。

武田に何か話しているようだが。

今までは、梶原とやりとりをしていたのは武田だ。

さてどうしたものか。

武田と個別チャットを開いて、確認。

「上手くやれてる?」

「概ね」

「寡黙だね……」

「梶原さんはあんなもんだよ。 基本的に必要がないことは一切合切喋らない感じで、試合中は特にその傾向が強くなるね」

まあ、武田が概ね上手くやれているというのなら。

今の時点では問題は無いだろう。

問題があるとしたら。

次である。

やはり来る。

家族に扮した役員が、同時複数の命令を出してくる。

これをどう捌けるかが課題だ。

幸い円筒暁は、この手の状況を散々シミュレートした。

だから何とか対応出来るが。

余所の高校は文字通り阿鼻叫喚。

ロボットがフリーズしたり誤動作したり。

場合によっては一発で負けを宣告されている。

そして今回のロボコン。

誤動作を即座に直せるほど甘いものでもないだろう。

敗者復活戦でも、誤動作で負けるようなチームは、多分即座に脱落する。

厳しい状況である。

第1回戦の時点では。

試合は、言われた事をきちんとこなせば、それで全てが片付いている。有り難い話ではある。

問題は、此処からギアが上がって行くことだ。

恐らく矛盾した指示が飛んできたり。

高圧的な命令や、存在しない家電を使った家事を要求してくる役員が出てくる筈だ。

それらをどう捌くか。

ロボットは、基本的に人間が出来ない仕事をするものである。

それがロボットの存在意義である以上。

理不尽には常に直面することとなる。

黙々と試合をこなして行き。

やがて、うちに勝利判定が出た。相手チームも一応ロボットは動いていたが、対応が多少混線していた。

それが勝因だろう。

「軽くクールダウンを入れて。 すぐに次の試合があるよ」

「分かりました」

上杉達に指示。

武田から個別チャットが来る。

「他の高校の試合見てたけれど、これちょっとまずいかも知れない」

「何かもう起きてるの?」

「うん。 かなり柄が悪い家族が使う事を想定している場合もあるらしくて、ロボットに物理打撃が入ってる」

「あー……」

円筒形ロボットの宿命だ。

そして、前にやったエキシビジョンマッチでは。

大会役員が行ったロボットへの暴力行為を見て、泣いてしまう生徒も見た。

事実、ロボットは現実では暴力も含む理不尽に晒される。

昔、ロボットは人間の友達になるべく誕生した、何て言葉があったらしいが。

実際には、その友達には。

「都合の良い」という言葉がつく。

もっと過酷な現実をそのまま突きつけるのなら。奴隷である。

当然、ロボットのユーザーには、ロボットを乱暴に扱うものが珍しくもない。それに耐えなければならないのがロボットである。

円筒形は特にダメージに強いように作られるが。

それは見かけが侮られやすいから。

実際問題、ロボット関連の会社に勤めていると、ちょっと叩いただけで壊れたというクレームが日常茶飯事で。

実際に行ってみると、凄まじい暴力で文字通り破壊されているケースも散見されるとか。

昔はこの暴力を人間が代わりに受けていたのだと思うと暗澹たる思いがある。

現時点では、ロボットによる反乱は起きる兆しもないが、

もっとAIが進歩したら。

その時にはどうなるか、分からないと言うのが素直な感想だ。

黙々と第二試合に備える上杉達を見ながら、武田に応えておく。

「うちの円筒暁は大丈夫そう?」

「蹴り倒したくらいなら平気。 ただ流石に家電でフルスイングして殴られたらどうなるか分からない」

「そんな事する役員いるの!?」

「他のチームがされてたね。 そのくらいのことはしてくるユーザーが普通にいるから、必要な対応なんだと思う」

溜息が出る。

積極的な破壊行為をする役員か。

ロボットが好きだからこの仕事をしているのなら、心が痛むだろうし。

ただ仕事だからやっていて、何も心が痛まないというのなら、それはそれで頭に来る話である。

此方としても、淡々と作業を進めていく。

ほどなく東山の試合も終わり。第一試合は全て終了。そのまま、第二試合が開始される。

第二試合はシード校がかなり入ってくるので、第一試合よりは試合数が減るものの、試合数はかなり多い。

黙々と試合が行われる中。

敗退した高校の中には、無茶苦茶にロボットを殴られて。さめざめと泣いている学校も目立った。

リアルタイムで映像を流しているので、動画も見ることが出来るが。

動画についているコメントは辛辣極まりない。

「あんな程度で壊れるようじゃあ、可哀想だけれどユーザーによっては使い物にならないだろうね」

「さっきバットでフルスイングしてたぞ……」

「ヤクザなんかの家だと当たり前らしいよ」

「……」

今の時代もヤクザは勢力こそ縮小しているものの、生き残ってはいる。

まあそういう行動に出ても不思議では無いだろう。

そして、うちの円筒暁だって。

ああいう目に会わないとは言い切れないのである。

いや、大会の趣旨からして。

高確率であうと考えておくべきか。

慄然とするが。

此処で土方が慄然としていては、上杉達に影響が出る。

梶原は兎も角。

上杉はメンタルが強い方では無いのだから。

個別チャットで上杉の様子を確認。

やっぱりボコボコに破壊された円筒形ロボットを見て、ショックを受けているようなので、軽く話をしておく。

「他のロボコンでもロボットが破壊されることはあるでしょ。 それと同じだと考えて」

「はい、でも……」

「ロボットはあくまでモノだよ。 感情移入するのは分かるけれど、現在も、そして多分未来もだけれど、あくまでモノなの。 だからああいう扱われ方は当然最初から想定しなければならないし、耐えられないといけない」

「分かっています……」

辛いようなら、例の毒々しいソフトキャンディを早めに口に入れるように。

指示をすると、上杉は第二試合が終わってから、といった。

うちも第二試合はシード校が相手だ。

相手が自爆してくれれば良いのだけれど。

そう都合が良い事は、何度も起きてくれないだろう。

更に言えば、今回の大会。

どうもうちは、かなり評価が高いようである。

強豪、優勝常連の東山と同じブロックの反対側に配置されたのはわざととは思えない。

或いは何かしらの理由で。

既に注目されているのかも知れない。

うちくらいの戦果を上げている学校は他にもある筈なので。

理由が実力だとは思えないが。

京都西は第二試合も余裕で勝ち抜いた。

決勝でぶつかるなら、京都西だろう。

京都西はうちに対して、敵意を剥き出しの視線を向けている。ここのところ、京都西の戦績は振るわないし。

それにうちが噛んでいると判断したのかも知れない。

だが、それは強豪校にマークされていると言う事で。

不正が出来ない以上、むしろ株を上げる事になる。

上杉にびびらないように、と指示を出す。

そして、試合に平常心で臨むように、とも。

「分かりました」

「上杉先輩……」

「は、はいっ!?」

「……幾つかプログラムの挙動を監視するプログラムを追加で立ち上げました。 参考までにどうぞ」

いきなり割り込んできた梶原が。

ノートPCに起動した、幾つかのツールを上杉に見せたようだ。

上杉は急に幽鬼のような声を浴びてびびりまくっていたが。

だが、梶原はきちんと対応をしてくれていた、という事である。

第二試合が開始される。

そして、ヤクザを想定した、柄の悪い家族が、うちの試合会場に入ってきた。

訛りも凄まじく。

命令も極めて高圧的だ。

動作がもたつくと、すぐに暴力を振るってくる顔をしている。

文字通り人殺しの目、と言う奴だろうか。

前世紀の中盤には、いわゆる任侠なんてものは消滅していたらしいという話は聞いているけれども。

此処までリアルにヤクザを表現しなくても良いと思うのだが。

いずれにしても、上杉は脂汗を掻きながら操作。

円筒暁のAIをサポートし。

家電の操作と、無茶な要求、連続で出される要求を、丁寧に捌いていく。

方言の処理が課題になったが。

それについても、特に問題は無い様子だ。

日本の方言は、前の大戦でかなり使われなくなった。

理由はお察しである。

現在生き残っている方言。

他にも使われていた方言は、円筒暁のデータベースに残してあるし。

更に言えば、ハードを破壊されても。

データベースから、復元は出来る。

そこはロボットの紛れもない強みである。

だが、それが故に。

ロボットは苛烈な破壊と迫害に晒されるのかも知れないが。

「オラ、さっさとやれやゴルァ!」

役員が凄む。

本職かこの人。

いや、流石にそれは無いだろう。

警察とかの、いわゆるマル暴から派遣されてきている人かも知れない。

今回は相当数の役員が参加している様子だが。

この様子だと、エキストラとして、協力を要請している人がいる可能性もある。

ヤクザ一家については、そうなのかも知れない。

うちの円筒暁は、対応が即座に行われているので、今まで乱暴な言葉は掛けられなかったし。

暴力も振るわれなかったが。

しかし、とうとう暴言は飛んできたし。それで上杉は首をすくめていた。上杉は即座にソフトキャンディを口にする。

この段階で口にするという事は。

明日は結構早い段階で動けなくなるだろう。

大丈夫かなと心配になったけれど。

兎も角今は、上杉を信頼するしか無い。

一通りの作業をこなす。

第二試合もうちの勝利。

今までは、順当だ。

そういえば、今回は試合を見に来ている人達の中に、何処かの会社の役員がいるようである。

武田と話す。

「あれ、何処の会社の人だろう」

「……それほど地位は高くないようだけれど、日本ロボットアーキテクチャじゃないかな」

「!」

日本ロボットアーキテクチャ。

戦後誕生した複合企業。

ロボット関連の部門が軍から分離して、技術を民間供与するために作られた、一種の官民合同企業。

規模は昔の財閥とか大企業とかにも匹敵し。

軍用ロボットから、家庭用ロボットまで幅広く扱っている。

かなり新しい会社だが、規模といい製品の性能といい、軍事込みの相当な力量を持つ会社で。

海外にも積極的に輸出している、強力な会社である。

「東山か京都西の試合が目的かな」

「何とも言えないけれど、内申にはモロに響くだろうね」

「上杉さんには言わないでおこう」

「それがよさそうだね」

意見が一致。

まあ上杉はただでさえあのヤクザ家族の対応で、参っているのである。

此処に大企業のスカウトが見に来ているなんて知ったら、泡を吹いて卒倒しかねない。

そのまま次の試合を見ていく。

今回はシード校との戦いも含めて、合計七試合勝てば優勝だが。

上杉が其所までもつか心配だ。

危なげなく勝つ東山。

同時に、敗者復活戦も開始される。

どうやら、あのヤクザ設定の一家は敗者復活戦では出ないようだ。

武田がぼやく。

「ああ、あのヤクザ一家、多分強豪校を狙い撃ちにしてきているね。 京都西も東山も、一回ずつ当たってる」

「なんでまた」

「そりゃ耐久テストでしょ。 一応理不尽をスムーズにクリアしてみせれば、怒声くらいで済ませているみたいだけれど」

事実、ロボット関連のクレームでは、ああいうのが出てくるのだろう。

今のうちになれておくしかない、ということか。

クレーム対応は当然今は警察が出てくれるのだけれども。

それでもいきなり猿と大差ないようなのに喚かれたら、ショックも受けるだろう。

早めに、そういう厳しい状況があると。

知っておかなければならないのである。

第三試合は、敗者復活戦と半々で進められる。

試合の時間そのものは非常に短く済んでいるので、むしろ敗者復活戦も含めて、14時よりかなり前倒しで終わるかも知れない。

うちの出番が来る。

「よかった、あの人達じゃない……」

「他の「家族」もくせ者揃いだよ。 気を付けて」

上杉に釘を刺しておく。

事実その通りなのだから、正直気を抜いて貰ったら困る所だ。

 

ベスト4にまでうちが残る。有り難い話ではあるが、その代わり次の対戦相手は東山である。いうまでもなく強敵だ。

当たり前のように準決勝まで勝ち残ってきた。

東山と対戦した高校は、どこも弱かった訳では無い。きちんと動くロボットを出してきている中堅所ばかりだった。

その全てをねじ伏せてきていると言う訳で。

正直他とは格が違う。

今回は二年生の操縦手を出してきている。

以前、うちと対戦したのとは、違うチームのようだが。

それでも、うちを侮っては来ないだろう。

話は共有されているはず。

東山くらいの強豪となると。

それくらいのことは、当然しているはずだ。

上杉はまだハイな状態だが。

それでも多少疲弊が見え始めている。

負けても四位決定戦をやって終わりだが。

午後に入ってこの状態だと、家に帰るまでもつかどうか、ちょっと心配である。

なお二つ目は絶対に食べないようにと医者に言われているらしい。

1個で動けなくなるのだから。

まあ当然の話ではある。

二試合が、ほぼ同時に行われる。他でも敗者復活戦が行われているが、そろそろ5位の高校が絞られそうだ。

京都西は今回気合いの入れ方が違う。

多分勝ち上がってくるはずである。

もし東山に勝てたら。

相手は京都西になるだろう。

だが、まず目の前の東山をどうにかしなければならない。京都西と同等か、それ以上の強豪なのである。

試合開始と同時に、家にロボットを入れる。

内部にいるのは、老人ばかり四人暮らしている家。

どういう状況だと一瞬悩んだが。

老人によるシェアハウスだろうと考えて、それで納得する。

近年は介護用ロボットの発達により、こういったシェアハウスが増えてきているのである。

人間が介護を行うのは、負担が大きすぎる。

現在は殆どロボットが介護を行うようになってきているが。

ロボットの方が、老人の言葉を聞き間違えないし。

衛生面などでも気を遣った行動を出来ると言う事もあり。

敢えて人間を使うことはほぼ無くなってきている。

昔は反発もあったのだが。

今は実績が、その反発を黙らせていた。

しばらく、無言が続くが。

老人の一人が、訛りだらけの言葉で、何か言う。

声も小さくて聞き取りづらいが、すぐに円筒暁は動いた。ログを見る限り、どうやら食事がしたい、と言ったようだ。

中枢管理システムにアクセスして、すぐに調理器具を稼働させる円筒暁。

周囲を確認。

汚れている場所などを掃除機を使って清潔にし。

更に小さな声で飛んでくる、訛りだらけの言葉をきちんと拾って。

そして処理をしっかりしていく。

東山の方も、同じか、それ以上の速度で処理をしている筈だ。

ドカンと、音がした。

老人達は平然としていると言う事は、要するに何かしらの決まったことだと言う事だ。

東山側に何か問題がある人(という設定の役員)が配置されているようで。ロボット相手に突然キレて怒鳴り散らしているようである。

此方は気にせず、黙々と作業を進める。

動画は盛り上がっているが。

正直見るに堪えないコメントばかりで、土方も閉口させられていた。

淡々と進む作業。

やがて、一通り作業が終わったところで。

終了を言い渡される。

円筒暁は、言われた作業を全てこなせた自信がある。

途中、三つほど並行で作業をさせられたときにはひやっとしたが。

手塩に掛けた円筒暁は、きちんとそれを処理。

対応する事が出来た。

さて、東山は。

プレハブから出てきた、東山の円筒形ロボットはボロボロだ。べこんべこんに凹んでさえいる。

あのドガンという凄い音。

この暴力を加えたときの音だった、と言う訳か。

正直心が痛む。

こういうことをするユーザーはいるし。

ロボットはそれに対応しなければならない。

だけれども、それを分かっていても。

なおも、心が痛んでしまうのは事実だった。

昔、少年のロボットを主役にした、伝説的なロボットの作品で。

人間の迫害に反旗を翻し。

立ち上がるロボットのエピソードがあったが。

何だか、その作品が作られた時代から人間のロボットに対する扱いは変わっていないなあ、というのが素直な所である。

ロボットは道具だ。

だが、必要な道具であれば、敬意を払うべきなのだろうに。

どうしてそれが出来ないのだろう。

勿論あの役員は、そういう困った人の役をこなしただけに過ぎないのだが。実際にロボットの破壊事故はしょっちゅう起きると聞いている。

家庭用ロボットの最大要件は、まず頑丈な事。

ちょっとやそっと蹴倒されたり殴り倒されたりしたくらいでは壊れないこと。

それが現場で売られているロボットの現実である時点で。

東山のロボットが受けた仕打ちは、妥当だったと言うべきなのだろう。

溜息が出る。

此処で、インターバルを挟むという。

採点に時間が掛かるのだろうか。

見ると、京都西は普通に勝ち上がってきている。

そうなると、もし勝てれば京都西とあたる事になるが。

腕組みして考え込む。

大丈夫だろうか。

武田と軽く話してみると。

多分無理、と言われた。

「東山の試合をリアルタイムで見ていたけれど、あれだけ殴る蹴るを受けても、淡々と作業をしていたから、加点は多いと思う。 しかも壊れてない」

「あー……」

「三位を狙うことになりそうだね。 だけれども、東山が無事だとも思えない」

間もなく、インターバルが終わる。

勝ち抜いたのは、東山だった。

やはり今回も優勝は狙えなかったか。

溜息が漏れる。

上杉は意外に冷静だが。

しかしながら、またしても勝たせてやれなかった、という事を考えると。

とても悔しかった。

 

3、勝てない理由

 

武田の予想は当たった。

東山は勝つには勝ったが、やはりあの乱暴な扱いを受けて、ハードの方にダメージが出ていたらしい、

決勝では京都西の方がてきぱきと作業を進め。

順当に勝利していった。

また、京都西もヤクザ一家やあの暴力野郎(そういう役の役員)ともぶつかっていたのだけれども。

尋常では無く頑丈なロボットを作り込んできていて。

びくともしていなかった。

これは、負けたのも仕方が無いか。そう、土方も試合の結果を見ていて、諦める他無かった。

東山に勝てても。

どうせ京都西には勝てなかっただろう。

四位決定戦では勝つことができた。

あの暴力野郎(役)が相手だったのだけれども。

既に四位決定戦だからか。

さっきとは打って変わって、暴力の類は一切振るってこなかった。

役者でも使っているのかも知れない。

さっきとは裏腹の、紳士的な態度。

なんというか、口をつぐんでしまう。

ともかく、三位にはなる事が出来たが。今回も結局準決勝敗退。三位。その結果には、変わる事はない。

少し遅れて五位決定戦が行われ、大会は終了。

一位と二位は、今回は極めて妥当な結果だった。

ぼろぼろになってもベストを尽くした東山。

強豪の意地を見せて、一位をもぎ取っていった京都西。

どちらも凄い。

こういった大会は静かに行われるものだが。

試合の実況動画では、拍手がたくさん描き込まれていた。

なんというか、勝手な話だと思う。

さっき、ヤクザ一家や暴力野郎(役)の狂態に晒されて壊されるロボットを見て、キャッキャとはしゃいでいた連中とは同一とは思えない。

人間の血が通っているのか、疑問にさえ感じる。

だが、それでもこう言う動画を後でチェックして、しっかり他校の実力を見極めていかなければならないのだ。

辛い立場だった。

梱包業者に後は任せ、上杉と梶原を帰らせる。

上杉は体調がちょっと不安だったが、大丈夫な様子だ。ならば、もう声を掛けなくても良いかと一瞬思ったが。

一応、電車の中にいる上杉と、軽く話をしておく。

「家まで大丈夫そう?」

「反動が来るのは大体翌日なので、大丈夫です」

「それならばいいけれど……」

「それよりごめんなさい。 東山に勝てませんでした」

流石にそれは仕方が無い。

相手は全国屈指の強豪校だ。

採点でいうと、多分かなり良い勝負が出来ていたはず。負けたことは、惜しいとは思えない。

梶原にも声を掛ける。

初めての大会での主力。

どうだったかと聞いてみると、意外な言葉が返ってきた。

「まぶしくて、怖かったです」

「……怖かった?」

「人が多いところ、苦手ですので」

「そう……」

そういうものか。

梶原が怖いと言うのか。

まあ、そういうものだろう。とりあえず、今後は何かしらの配慮が必要かも知れなかった。

疲れているだろう二人が、ハブ駅で別れて帰路につく。

普段上杉と武田が別れるハブ駅とは違う所で別れたので、ちょっと違和感があったが。今回大会に出たのは武田では無いのだと思いだして、苦笑してしまう。

二人はもう大丈夫だろう。

卜部に声を掛ける。

卜部には、上杉のサポートをして貰ったが。

今回は、義手のラグによって足を引っ張られることは無かった様子だ。ある意味、今回が上杉に対する初の本格的サポートになったかも知れない。

「どうだった?」

「色々きつかったですよぉ。 あのおっかない人、マジで関わり合いになりたくない感じでしたし」

「まあ気持ちは分かるけれど、ただアレは仕事でああいう人を演じているだけだから」

「それでも最低ですね」

まあストレートに言うものだ。

余談だが、悪役ばかりをやっているような役者は、精神を病んだりするようなケースもあるらしい。

実際のモンスタークレーマーなどは完全に論外だが。

色々なスラッシャー映画の影響等で、ピエロ恐怖症になる人が増え、その結果ピエロをやっている人で苦悩する人もいるとか。

そういう事を考えると。

あの役員は、良くやってくれたのだろう。

流石に最低呼ばわりは気の毒だ。

そう軽く諭した後、技術的な話をする。

上杉の補佐については現状のやり方で問題は無い。

其所で、今後は更に技術を上げていき。

最終的には、上杉の実力を更に引き出せるようにしてほしい。そう告げると、わかりましたあと、相変わらず無駄に色っぽく応えられた。

さて、最後だ。

武田に連絡を入れて。一緒に動画を分析する。

武田曰く。

今回は仕方が無い、と言う事だった。

「京都西にぶつかっても勝てなかったと思う」

「それは此方でも思うけれど、やっぱり基礎性能が違う?」

「いや、京都西は試合を見ていて分かったけれど、今回の試合に全力投球してきていたんだと思う。 あのロボットにしても、普通高校のロボコンで出てくるロボットの性能を何割か逸脱していたし。 お金掛けたんだと思うよ」

「前に落としたの、そんなに気にしていたのかな」

無言で武田は頷く。

まあそうだろうな。強豪校が失格を出すなんてあってはならない事だ。

京都西は国際や東山に比べると、実績で若干劣るところがあるが。それでもロボコンでの優勝常連校だ。

それがここのところ成績が振るわなかったし。

何よりうちの高校が出る大会では、毎回ババを引かされていた感がある。

うちに対して敵意を向けていたのも、そういう理由があったのかも知れない。

うちとしては、別に何も思うところは無いのだけれども。

「それで、これからはどうする?」

「卜部は上手く行ったみたいだし、後は難しいロボットが要求されるロボコンを、一つずつ処理していかないといけないね」

「……任せられるかな」

「信じよう」

それもそうだ。

一旦通話を切る。

そして、動画を検証して、試合運びを確認する。

忙しくて見ている暇が無かったが、京都西の試合を確認する。とにかく非常に運びが丁寧だ。

怒鳴り散らす相手に対しても、冷静極まりない対応をしているし。

むしろ相手がたじろいでさえいるほどである。

殴られても蹴られても動じない。

まるで海の中にある大岩のようで。

これでは、京都西が今回勝つのも、妥当だったのかも知れない。

なお操縦手は三年生である。

この時期に三年を投入か。

よほど悪い流れを断ち切りたかったんだろうなと、相手側に同情してしまう。

東山も、今回は流石に相手が悪かったか。

いずれにしても、全ての試合を確認。

話にならないような試合から。

うちと同レベルのロボットを使っていても、運が悪くて負けてしまったチームまで。色々だった。

結局運が良いだけなんだな。

それを思い知らされる。

土方は、ロボコン部を率いて精一杯頑張って来た。

だが、それは皆同じ。

今は弱者を斬り捨てるやり方は推奨されない。

人材は育成し。

適者を適材に配置する。

それをしなければ。

今の時代は回していけないのである。

だから、土方もそれはやっていかなければならない。

中学の段階で、後輩を育成していくのが普通なのである。

土方は、ロボコンを始めたのは高校からだが。中学は別の部活で、後輩の育成経験もあるからよく分かっている。

さて、今回は反省会をどうするか。

或いは、エキシビジョンマッチを組めないか。

いや、現時点では、京都西や東山に、今の円筒暁では勝ち目がない。ベストの状態でも無理だろう。

こういう所では、やはりノウハウの蓄積や、ベテランの顧問が就いている強豪校が有利だ。

武田が如何に優秀なプログラマーでも。

土方が如何に情報を集めても。

様々な意味でのノウハウの差は大きい。

城間はそれらのノウハウ差が埋められる仕組みも出来ては来ているのだけれども。それでも限界がある。

だとすると。

何か良い案は無いだろうか。

不意にメールが入る。

就職先に考えている会社の一つからだった。

そんなに大きな会社ではないが。

待遇は良さそうなので、就職先としては候補に入れている一つである。

「土方さんの率いるロボコン部の活躍を見せてもらいました。 最近は強豪校相手にもかなり良い勝負をしているようで、ロボコンでも好成績を残しているようですね」

嫌な予感がする。

大人がおべんちゃらを使う時は、どうせロクな理由では無い。

そのままメールを読み進める。

「つきましては、発足したばかりのうちのロボコン部門との、エキシビジョンマッチを組んでいただけないでしょうか。 もし良いと言うのであれば、日時等の指定をお願いいたします」

まさか、企業のロボコン部門が相手。

何だそれ。

こっちをかませにして、自信を積ませるつもりか。

ただでさえ成功経験が無い上杉である。

企業のロボコン部門が相手になると、心が折れる可能性もある。

少し考え込む。

だが、これは好機でもある。

もしもコレに勝つことができたら、下手なロボコンで優勝するよりも大きな自信を、上杉につけられる。

勿論上杉に限った話では無い。

土方だって武田だって。

優勝の経験は一度もない。

タイマンでのエキシビジョンマッチには強いのだが、それはあくまでそれだ。

実績にはなるが、やはり多数の相手に勝ち抜いていくロボコンでの実績に比べると、若干弱い。

此処は成功体験を積めるのなら積みたい。

それに、もしも負けても、失うものなど無い。

皆に一度相談。

及び腰になったのは、意外にも上杉ではなく武田だった。

「よりにもよって企業のロボコン部門とのエキシビジョンマッチ!?」

「うん。 ただ出来たばっかりだって」

「……大手では無いし、出来たばっかりのロボコン部門だとはいっても、今は当然高校での激戦を勝ち抜いてきたロボコン経験者ばかりの筈だよ。 それに仮に新入社員だけだとしてももう今年は半分終わってるし、それに新入社員だけで新しい部門を立ち上げるとも思えないし」

「あれえ? 武田先輩にしては弱気ですね」

不意に卜部が煽るようなことを言う。

咳払いして黙らせる。

武田の発言は正論だ。

だから、丁寧に説明をして行く。

正論をないがしろにするようでは、その組織は終わる。21世紀前半に、それは既に証明されている。

「企業のロボコン部門となると、最低でも全員が高校以上のロボコン経験者、下手をすると大学のロボコン経験者の可能性も高い。 それも、全員が新入社員とは限らなくて、商用のロボットの販売に関わった人間がいる可能性が決して低くない」

「要するに怖い?」

「厳しいって事だよ。 此方としては失うものもないけれど、その代わり……自信がぼっきりやられるかも知れない」

青ざめている上杉の方を見る。

ずっと発言をしていないが。

しかしながら、意外な事を言い出したのは、上杉だった。

「や、やってみても、良いですか?」

「……」

「私も……超格上と戦って見たい」

梶原も言う。

そうか。

ならば、此方としては失うものはないか。上杉の自信をへし折られることを不安視していたのだが。

それを不安視しなくて良いのなら。

別に大丈夫だろう。

武田もそれならば良いか、という顔をしている。

卜部は最初から乗り気だし、別に問題は無かろう。

「分かった。 ただ、覚悟はしてね。 相手は当然商用のロボットをこれから作ろうとしているか、もしくはそれに技術還元をしようとしているチームだから。 ロボコンのレベルが上がって、今では高校のロボコンから、即座に商用に採用される技術は殆ど出ていない。 だから、相手は格上どころか、桁外れだと思って」

そう、念を押す。

上杉は、決意を翻さなかった。

ならば良いだろう。

メールを相手企業に送り返す。

エキシビジョンマッチは一週間後。

円筒暁に改良と修理を加え。

それで勝負を挑む。

試合会場になる体育館は、相手側が提供してくれるという。大変有り難い話だが、裏を勘ぐってしまう。

これで良い成績を出せないようならば、土方へのオファーを切るつもりだろうか。

いや、そう言ったことは出来ないように現在は法整備がされているし。

土方が訴え出れば、会社が100%負ける。

ならば、そんなリスクは侵さないか。

嘆息すると、メールの返事で、相手がうきうきな様子を見る。

はっきり言ってげんなりするけれども。

それでもやって損は無いか。

すぐに円筒暁のバージョンアップを皆に指示。

直前のロボコンで洗い出した問題点は、武田がリストアップしてくれている。それを全て改善する。

改善は常に出来る訳では無いが。

出来る場合はするのが当たり前である。

そして一週間あれば充分。

次の大会に使うロボットは、ある理由から既にある程度組み上がっている。

だから、今回は円筒暁のバージョンアップに、ある程度注力すればいい。

さて、商用ロボットを作ったり、或いは技術を還元するためにあるような企業のロボコン部門が。何を目的に、高校の別に強豪でもないロボコン部に目をつけたのか。

或いは成功体験を積ませるつもりか。

だとしたら。

簡単には勝てないと、思い知らせてやる。

 

柊ロボット工業のロボコン部門は、人員三十五名と、この手の企業としてはあまり大きくは無い。

企業向けのロボコンは極めて熾烈な戦いが行われるため。

大学までの部活のロボコンとはレベルも投入される資金も違う。

場合によってはそのまま技術が採用されるし。

採用先も、下手をすると国になる。

成績が上げられなければ、相応のてこ入れも行われる。

現在首にされる事は殆どなくなっているが。

それでもかなり厳しい研修が入る事もある。

故に、皆必死だった。

徳川涼子は、現在博士課程にいるが。

既に幾つかの企業からオファーを受けて、こういった新興企業のロボコン部門を査察することにしている。

そして徳川が興味を持っているのは。

暁高校。

高校時代の最後。

飛び級で駆け抜けた高校で、最後に苦杯を味合わせてくれた暁高校だ。

まだ、暁高校のロボコン部の人員は変わっていないし。

何よりも、ロボコンの大会履歴を見ると、かなり良い成績を残している。

本人達に自覚は無いかも知れないが。

いつも上位に食い込んでいて。

しかも安定して好成績を出している。

ノウハウがある全国屈指の強豪校達と比べてしまうと、流石にどうしようもない部分はあるものの。

それでもかなりの強敵と言える。

対して、柊ロボット工業のロボコン部門は、そこら辺の高校からかき集めた精鋭とは言えない者達ばかり。

博士課程で国の研究を任されている徳川が、伝手を使って泣きつかれたのだ。

有能な新人を集めているが、どうも企業用のロボコンで好成績を出せないと。

其所で、エキシビジョンマッチで、そこそこに出来る高校のロボコン部と戦って、現状の実力を把握するべきだと提案した。

もしも勝てるようなら、そのままの路線で行けば良い。

勝てないようなら、高校の強豪でもないロボコン部に負ける程度の実力だと言う事を素直に認め。

高額で顧問を雇うべきだ。

そう会社に提案し。

受け入れられていた。

今の博士課程も、今年中には出るつもりである。

空を飛ぶような足取りで飛び級を重ねている徳川涼子は、来年には国の重要機関に採用され。

恐らく其所で、人類の未来を切り開くための仕事をする事になる。

現時点で、軌道エレベーターはあまり現実的では無いが。

宇宙コロニーについては、幾つかの計画が立ち上がってきていて。

実験的に行われた人工衛星のキャプチャや。

月での鉱物資源発掘についても、そこそこの成果が上がってきている状態だ。

人類の破滅に向かう時計の針を、押し戻すまではいかないが。

速度を鈍化させる所まではやれている。

後は宇宙空間で、地上とは比較にならない効率での太陽光エネルギーの利用を行う事と。

更には資源回収を進め。

最終的には、人類の破滅を打開する。

各国で、似たような計画を幾つも立ち上げていて。

それらの計画の統合も行われている。

人類の未来が失われた今。

徳川がやらなければならないことは、いくらでもある。

そんな中、中小企業の救援要請に応えたのは。

あの暁高校の者達が、ひょっとしたら徳川の手足となって活躍してくれるかも知れない、と思ったから。

むしろ柊ロボット工業は噛ませ。

もしも、本職のロボット企業のロボコン部に勝ったとなれば。

暁のロボコン部は、誰もが認めざるを得なくなる。

というか、徳川は見ていて思うのだが。

暁が負けている理由は、資金面の不足にあると思うのだ。

部員達は自分達で思っているよりもずっと優秀である。

それが力を発揮できていないのは。

つまりそういう事だ。

充分な資金さえ確保出来れば。

全国区クラスの強豪校ともやり合える。

そう徳川は確信していた。

一週間、博士課程での論文を書いたり、発表したりして過ごす。デザイナーズチルドレンだからというのもある。

頭の出来は、その辺の人間の三倍、という所だ。

昔風に言うと、300弱のIQという事である。

コンピューター学の基礎を作ったノイマンがIQ300だと言われているが。それに近い数値である。

これは別に誇ることでも何でも無い。

そうやって作り出されたのだ。

そして背が伸びるとともに、脳の使い方を学習できるようになって来ている。

それだけの話である。

論文を二つだし。

合間を縫って、柊ロボット工業のロボコン部の様子をさっと見る。見た感じ、大学の下位くらいの実力である。

あれならば、暁の方にも勝ち目があるだろう。

むしろ、成功体験を積もうと思って、高校のロボコン部に挑んで惨敗し、唖然とする柊ロボット工業の連中の顔が、今から浮かぶようである。

勿論そんな事は顔には出さない。

黙々と各所にメールを送り。

次の論文に取りかかりながら。

複数のモニタを確認しつつ、作業を同時に6個並行で行う。

それだけのスペックが徳川には備わっている。

そして、孤独だった高校時代とは違い。

国がバリバリに支援してくれている博士課程の今は。

サポートにおいても、もう徳川は自由と行って良い状態だった。

そうこうしているうちに。

試合の当日が来る。

アドバイスが欲しいと言う事なので、モニタの一つで、試合会場を移す。今回は企業と高校のエキシビジョンマッチということで、企業側がハンデを設ける形である。

柊ロボット工業から、今年の秋に発売する家庭用ロボット。柊2090に関して、最終試験を行う。

今回は、高校のロボコン基準で、ロボットそのものは特に動かす必要はなく。

数人の命令を、的確に処理することが出来るかを競う。

ロボコンでは、無茶な命令をする人間をどうしても想定するのだが。

今回のロボコンでは、どちらもごく当たり前の指示をそれぞれ出すだけにするようだ。

あくまで成功体験を積むため。

それが理由だから、なのだろう。

まあ足下を掬われると良い。

紅茶が出てきたので、口にする。嫌にまずい。前の大戦で、紅茶の産地はあらかたやられてしまった。

今は必死に品種改良を進めているが。

それでも良い紅茶は滅多に出てこない。

うんざりしながら砂糖とミルクを足している横で。

暁工業高校の上杉という操縦手と。

それに前には見なかった、梶原というサポート要員が作業を始める。

これに対し、柊ロボット工業は。

監視要員だけがいて。

あとは全自動で動かすつもりのようだ。

まあこの辺りもハンデ、と言う事だろう。

ハンデは別にかまわない。

問題は、実力差に見合ったハンデがつくかどうかで。徳川が見た所、虎を猫と見誤っているのは、多分柊ロボット工業の方だろう。

あのハンデ。

命取りになるぞ。

そう呟きながら、多少マシになった紅茶を口に入れる。

ロボコンの大会役員達は容赦しない。高校生との試合を組みに来たような時点で、成功体験を積もうとしている弱小企業だろうと言う事は、既に見抜いているのだろう。

試合の様子をモニタで見ているが。

ありとあらゆる無茶苦茶を浴びせかけている。

暁にも、複数同時の命令を出したりしているが。

困惑して右往左往している柊ロボット工業の柊2090に対して。暁の円筒暁は、スムーズに仕事が出来ている様子だ。

慌てて必死になる柊ロボット工業だが。

ロボコン部門のボスが大慌てで色々指示を出していても、現場に出したのが監視要員だけではどうしようもない。

互角の条件でやり合えば勝機はあっただろうに。

その勝機を捨ててしまったのだ。

ふと気付く。

あの土方。

どうやら、この柊ロボット工業から、粉を掛けられているらしい。

こんな会社では、土方のポテンシャルを引き出すのは無理だろう。

将来の自分の研究室のことを考えると、幾らでも人材は確保しておきたい。

現時点で、暁の一年二人はまだ実力がよく見えないところがあるのだが。

今三年をやっている土方と武田。

操縦手をやっている上杉。

この三人は、是非自分の研究室に組み込みたい。

そう、徳川は思っていた。

ほどなく、試合が終わる。

これはなんというか、一方的な試合だったなと、苦笑しながら見る。

柊ロボット工業は、新製品を出すのを延期せざるを得なくなるだろう。

徳川の判断。

現地にいるロボコンの大会役員の判断。

いずれもが、暁の勝ちで一致していた。

柊ロボット工業側は、監視要員を責め立てているようだが。徳川から指摘を出す。

「そもそも暁の部長は貴方方が採用しようとしている相手だったはず。 実力は把握していたはずだが」

「いや、それはそうですが……」

「ハンデ無しならば、勝てただろうに。 虎を猫と見誤れば、負けるのも致し方無しと言う所では」

そう言われると、もはや返す言葉がないのだろう。

上杉といったか。

ひょろっと背が高い、暁の操縦手。

かなり嬉しいようで、涙まで拭っている。

そして、大会役員達は。

ひそひそと話をしていた。

多分、今後は全国レベルの強豪と同格として扱うべきだろう、という話だろうか。だとすると、予算の分だけ暁は苦しくなる。

だが、それではなんというかアンフェアだ。

徳川から、国に連絡。

良くしたもので。

国の方でも、ある伝手から、暁には目をつけているようだった。

「此方の見る所、予算さえあれば暁は全国レベルの強豪とやり合える力がある。 手を回して貰えないだろうか」

「多少の手助けは出来るが、それはアンフェアになる。 何か理由がほしいが……」

「其方でも目をつけているのなら、何か考えるのが官僚だろう」

「……それもそうだ」

更に付け足す。

土方と武田を、来年発足する研究室にほしいと。

大学生でもないのにいきなりかと驚かれるが。

徳川が暁とエキシビジョンマッチをした事は、其方でも把握している筈だ。

猿芝居もいい加減にしてほしい。

勿論口には出さないが。

咳払いして、国のためになると言うと、納得してくれた。

少し黙り込んだ後、課長級の偉い奴が出てくる。

「徳川涼子くんだったね。 それなら、特別補助金の支給を、此方から彼女らに申し出よう」

「それは助かる。 人材は出来るだけ発掘した方が良い」

「それにしても余程気に入ったんだね」

「違う。 使えると判断しただけだ」

通話を切る。

さて、後はあの人材を確保出来れば。かなり強固な体制で、徳川の研究室を発足する事が出来る。

勿論企業レベルの人材を充実させることも重要だが。

徳川がやっているのは、人類の滅亡回避に直結する研究だ。

企業にあの人材を渡すのは惜しい。

 

4、企業に勝利して

 

土方の所にメールが来る。

あの徳川からだった。

よく覚えている。

作られた天才。

人道面での非難を浴びながらも。国が作り上げた未来を担うための鍵。そして、今では博士課程をやっていて。来年から、国の研究機関で研究室を正式に立ち上げるという。

今年の初めには高校にいたのに。

文字通り空を駆けるような出世速度である。

勿論国でも補助して支援はしているのだろうが。

それだけのスペックを、最初から用意していた、と言う事なのだろう。

まあそれも納得出来る。

事実上一人でロボコンの大会に出てきたし。

エキシビジョンマッチで繰り出してきたロボットだって、同じだったのだ。

今も、黙々と一人で色々やっているのだろうか。

そう思ったら、違った。

まずは、この間の企業からのエキシビジョンマッチについての真相。内容を見て驚かされた。

やはりかませとして選ばれていたのだ。

頭に来る話だが。

まあ、それについてはもういい。

返り討ちにしてやったし。上杉に成功体験を積ませることが出来たのだから。上杉も、かなりいい顔をしていた。

まさか企業のロボコン部門に。相手が弱小で、しかもハンデつきだったとしても、勝てるとは思わなかったのだろう。

かなり自信がついたようで。

次の大会は期待出来る。

そして、もう一つ。

重要な知らせが来ていた。

「私は君と武田を高く買っている。 あの上杉という二年生も。 来年から、就職するのはうちの研究室にしてほしい」

思わず固まる。

何の冗談かと思ったのだ。

スパムでは無いかと思って、丁寧に確認する。

本物だ。

間違いない。

徳川は見た感じ、嘘などつくような性格だとは思えなかった。何かしらの縁がある相手で周囲を固めたいのかなと思ったが。今は普通に周囲にスタッフを侍らせているようなので、違うだろう。

それに別に縁があるわけでも。

友達というわけでもない。

実力を買ってくれた、と言う事か。

震えが来る。

国の研究機関と言えば、この国と言うよりも、世界の滅亡を回避するために直接動いている最高機関である。

両親はあくまで企業レベルでの仕事で、世界の滅亡回避に向けて動いているけれど。

国はこれに税金を加え。

全力で人類の未来を模索している。

虎の子の。非人道的だとさえ批難されてもなお作り上げたデザイナーズチルドレンを投入するくらいだ。

その気合いの入りぶりは桁が違っている。

更に言えば、IQにしても200だかそれ以上だろうデザイナーズチルドレンが評価してくれているのだ。

嬉しくないと言えば嘘になる。

考えさせてほしいと言ってメールを返信すると。

期日を指定してきた。

この様子だと、向こうも相当焦っているのだな。

苦笑してしまう。

当然、今までオファーを掛けて来た企業達の人材である土方。それに恐らくは武田もだろうけれど。

それを国が横からかっさらうのだ。

色々と手続きが必要になるだろうし。

作業開始は早いほど良いのだろう。

武田と連絡を取る。

ほぼ同じ内容のメールが、徳川から飛んできているらしい。

そうなると、徳川は本気と言う事だ。

多分上杉も欲しがるだろう。

これは、ひょっとして。

未来への道が開けたかも知れない。

だが当然、今後のロボコンでも、結果を出していかなければならないだろう。

頬を叩く。

武田も、気合いを入れ直していたようだった。

次は、優勝を取りたい。

いや、卒業するまでに、一回は確実にとらなければならない。

人生にはチャンスは多く無い。

これは数少ないチャンスだ。

土方はメールをじっと見つめると。

真剣に、今後の大会で勝ち抜いていく方法について、考え始めていた。

 

(続)