そこにいてそこにいない
序、今でも必要なもの
映像を土方は自宅で見る。
次のロボコンの参考のためである。
ロボコンと言っても、中学、高校、大学、大学院、企業と色々あるのだが。このうち大学以上は、企業レベルのものが普通に出てくる。たまに高校のロボコンでも、画期的なデザインをしたロボコン部が、企業にデザインを売るケースがある。ただ高校までは基礎能力の研磨のために行っている感覚が強く、本番は企業や大学のロボコン、という印象が強い。
事実高校までのロボコンでは、ロボットが動く確率が五割。
そういう世界なのだ。
今見ているのは、大学のロボコン。
防犯用ロボットのコンテストである。
防犯装置は現在かなり発達しているが。
此処での問題は、防犯装置をくぐり抜けてきた不審者を捕獲するためのもので。
大学の場合はロボコンは企業用に使えるものが出てくるため。
企業のスカウトがかなり真剣に見に来ている。
高校でもずば抜けた実績を上げているロボコン部。例えば国際とか東山とかは、企業スカウトも見に来ているのだが。
確かにレベルが違うと言うのが一目で分かる。
ふむふむと頷きながら、ポテチを口に運ぶ。
そういえばこのポテチという言葉。
21世紀前半に消滅して、21世紀後半に復活した略語であるらしい。
基本的に言葉というものはブームを過ぎるともう使われなくなる傾向があるらしいのだが。
これはその数少ない例外だそうだ。
犯人役の大会役員を、如何に部屋のダメージを少なく迅速に、かつ人命に影響が出ないように捕獲するか。
それぞれの大学のロボコン部は、腕を競っている。
凄いなあ。
土方は感心するばかりだ。
土方は高校を出たらすぐに就職するつもりだ。既に企業からオファーも来ている。だからロボコンの大会に出るとなれば企業の大会だろうけれども。
しかしながら、企業大会でチームを組むとなると、新入社員では厳しいだろう。
弱小企業なら話は別だが。
いずれにしても、今年以降。
ロボコンに出る事があったら、早くても五年後か。
いずれにしても、各企業が熾烈な技術開発を行い。
政府がそれを統合して、バンバン民間への流通を浸透させている現在。
企業での出世は簡単では無い。
前にちょっと接触した徳川みたいな特別製なら兎も角。
土方はボンクラだ。
注目試合を一通り見た後。
参考にならないなあと呟く。
はっきりいって、大学レベルになってくると、高校で強豪校をしているところでも、中堅以下になってくる。
大学でも三割弱くらい、動かないロボットを出してくるロボコン部は存在しているのだけれども。
それは底辺だ。
中学は動くのが三割だが。
大学になってくると、比率が逆転するのである。
それだけ厳しい世界と言う事で。
少なくとも現状の暁工業高校ロボコン部では通用しないだろう。
そういうものである。
動画を部員に展開。
さて、次のロボコンは。
警備用ロボットだ。
具体的には、警備システムをくぐり抜けてきた不審者を察知、警報システムに知らせる仕組みのロボットであり。
不審者を逮捕することは要求されていないが。
不審者に破壊されないことは要求される。
要するに、まず第一に警報システムをかいくぐってくる不審者を発見できる高精度の警戒システム。
これが難しい。
今回はキットを使うにしても、ガワだけで。
センサー類に、かなり難しいプログラムを仕込まなければならないのである。
どうしてこういう警備ロボットがいるかというと。
犯人の精神的な隙を突くため。
故に、ロボットは目立たない姿をすることが要求される。
これがまた難しい。
どのような姿に偽装するか。
それが大変なのだ。
今回は、消火設備に偽装するつもりではあるのだが。
消火設備は犯人の近くにあるため、思いっきり蹴られたりする。
この時に壊れないようにするため。
タフネスが要求される。
ドローンの大会などでもタフネスが要求されたが。
今回も同じ。
ただ、今回は動かなくても良いため。
タフネスはつけやすい、というのも事実である。
現在、ガワはほぼ組み上がっている。
この間課題になった上杉の操縦手としての体力だが、それについてはやはりしばらくは集中力をつけるために色々訓練をしてもらうしかない。
いずれ卜部に手伝って貰うとして。
上杉には体力を何とかしてつけて貰わないといけない。
今度は、優勝を取りたい。
警備ロボットは高校の範囲では正直それほどメジャーでは無いので、強豪校は多分出てこない。今回は敢えてそういうロボコンを選んだ。
というのも、難しい割りに旨みが無いからである。
とはいっても、こういったロボコンで実績を上げれば、逆に企業評価は期待出来る。
ロボコンそのものが難しいのは仕方が無いとして。
色々な経験を積んでおくのは悪くない。
もう一度設計を見直す。
今回のロボットは、センサーを露出させること。
中枢部分をいかなる衝撃からも守る事。
そしてそれでありながら、犯罪者にセンサーの存在を悟らせないこと。
これが重要になってくる。
また、高校での参加校数が少ないことからも分かるように。
難易度が高い分。
創意工夫も出来る。
今回は、優勝を狙いたい。
優勝は何度も狙えるものじゃない。
実際強豪校とは力の差があって。
今まではかなり運が良くて、大会の上位に食い込めていた状態だった。
だが、もしも実績が評価されて。うちが強豪校扱いされるような事になれば。
転落はあっと言う間だろう。
それくらい、まだまだ実力に差はある。
それが厳しい現実というものなのだ。
チャットで連絡が入る。
武田だった。
「今ちょっといい?」
「どうしたの?」
「卜部の義手のことなんだけれど」
「うん」
一年生の卜部は義手だ。
つい最近まで知らなかったが。戦争末期、便衣兵が使った民間人無差別攻撃用ドローンの爆撃で吹っ飛ばされたのだ。
家族もロクな人間ではなく。
故に卜部はドローンを嫌いとまで公言している。
そして、国から支給された高性能の義手を使っているのだが。
そのデータを提供する事を要求されてもいる。
しかしながらこの義手。
恐らく意図的な設定で、特にリモートでの作業などを行うときにラグが出る。
そのラグをどうにかするために、いま武田が頑張ってくれているのである。
勿論今回の大会に関してもプログラムを組んでくれている。
もう一人の一年、梶原にかなりの部分を委託はしてくれているが。
梶原の実力では、今回の警備ロボットのプログラムは荷が重い。
だから、武田の負担はかなり大きい。
しかしながら、武田にとっては今回のロボコンは就職の決定打になる。故に、無理もしてくれていた。
「ラグのパターンを集めて打ち消しのプログラムを組んでるんだけれども、どうもまだ苦戦中で」
「おや、珍しいね」
「そう言われても困るよ。 この義手、私だって最初ポンコツだと思ったんだけれど、実際問題誰も義手だって気付いていなかったでしょ」
「……まあ確かに」
それを言われるとつらい。
実際問題、卜部が言い出すまでは、そうだとは気付けなかったのだ。
昔の政府の役人は無能揃いだったらしいが。
今は違う。
そういう事である。
「ひょっとしたら、向こうでも気付いて対策してるのかも知れない。 音とかまでは拾ってないかも知れないけれど、何かの方法で気付いたのかも」
「あー、ありうるね」
「とにかく、色々やってみる」
「ありがと」
同級生で友人でも。
武田はこうやって、軽く進捗を入れてくれる。
それがとてもありがたい。
続いて上杉だ。
前の大会で、強豪の一つ国際工業高校の二年、グエンに指摘された体力のなさをどう補ってくれているか。
グエンはベストの上杉と戦いたいと言っていた。
今後ロボコンで何度も鉢合わせするのはほぼ確実であり。
上杉が苦手意識とかを抱いてしまうとそれは困る。
故に調整を続けているのだが。
上杉と連絡をすると。
毎回陰鬱な話を聞かされるので気が滅入る。
チャットで呼び出しを入れると。
少し時間が掛かってから、上杉が出た。
まあ誰もが、いつもPCの前に貼り付いているわけでもない。呼び出しに多少遅れたくらいでは怒らない。
「土方先輩? 何か私失敗しましたか?」
「いや別に。 体力の件はどうなってる?」
「それが、いろいろ調べてはみたんですが……」
「まあ、モチベが却って下がったら意味がないから、無理はしないで」
これは本音だ。
運動が嫌いな人間に運動を無理矢理やらせれば、ますます運動が嫌いになる。
ましてや上杉はとても繊細な精神の持ち主である。
実際には、図太い奴は幾らでもいる。
繊細なように見せておけば周囲にちやほやされると成功体験を積んで。
か弱いフリをする輩である。
まあ上杉はそうではない、というのは分かっているので。
別に怒らない。
「それより聞いてください。 さっきちょっと昼寝したら、武田先輩が、アイスピックを持って部屋に入ってきて、私を滅多刺しにする夢を見て……」
「……そう」
一方こっちは毎回閉口させられる。
どうして上杉が、武田を苦手としているのかよく分からない。
武田が上杉に厳しい事を言った事なんて見た事がない。
武田は悪巧みとかはしたりするし。
プログラムに関してはかなり厳しい姿勢で臨んでいるが。
それはあくまで自分に課している厳しさであって。
他人に要求はしていない。
ましてやハード屋の上杉に対して、武田があれこれ厳しい事を言っているのは、殆ど見ない。
それに、大会の時には、最近はもっぱら武田が一緒に上杉と出ているが。
その際にも、上杉は冷静に試合を運べている。
正直な所。
変な夢を見てナーバスになっているときで無ければ。
上杉は其所まで武田を苦手にしている様には見えないのである。
「武田先輩は、どうして毎回私の夢に出てきて、おっかないことをするんでしょう。 昨晩なんて、私をサメのいる水槽に突き落として、棒で叩いて沈めようとしたんですよ」
「それで、私にどんなコメントをしろと」
「先輩は私の事なんてどうでもいいんですね!」
「逆ギレするな見苦しい」
流石に口を引き結ぶ土方。
上杉は本当にくすんくすんしている。
実際、女子にはこの手の手合いがいるので面倒くさい。
武田みたいにロジカルに考えられたり、土方のように計算高かったりするタイプはまだやりやすくて。
上杉みたいに感情に振り回されるタイプは極めて厄介だ。
こう言うタイプは扇動に簡単に乗るし。
カルトなんかに引っ掛かりやすい。
今後が心配だなと思いながら、話を無理矢理切り替える。
「次の大会、操縦手の役割はあまり大きくないから、現場でのトラブルシューティングがメインになるけれど、出来そう?」
「はい、何とかやってみます……」
「結構神経使うよ。 多分大会に出てくる学校、十五六校くらいだと思うから、総当たりになるとは思うけれど……」
「何とかしてみます……」
辛そうに言われるが。
辛いのは上杉だけでは無い。
ため息をつくと、通話を切った。
上杉はどうしてこう武田を苦手としているのか。去年も色々と話を聞いてみようとはしたのだが。
結局話してはくれなかった。
上杉の体力が課題になって来ている今。
そろそろ腹を割って話す必要があるか。
またチャットを繋ぎ直すのも何だ。
メールを入れる。
次の休日に、直接会うか、或いはテレビ会議で話したい。
そうメールを入れると。
かなり時間が掛かったが。
返信は来た。
一応OKのようだが。
文面が混乱していて、OKなのかどうか、一見ではよく分からなかった。まあ時間指定とかもあるので、OKなのだろう。
こっちも大変なのだが。
まあ上杉は繊細な奴なのだと言う事で、納得する事とする。
それにしても、部活は五人までと言う法則で動いている現在ですらこれだ。
それは部活に大人数がいた時代は、体育会系の理屈が横行するのも当然だったと言えるだろう。
更に教室内にスクールカーストがあった時代。
生徒も教師も負担が激甚だったのは頷ける。
スクールカーストなんて悪習はなくなって良かったと断言できるのだけれども。
人間が今後増えてきたら。
今の状況も変わるだろう。
まず未来を作らなければどうにもならないのも事実なのだけれども。
その後はどうなるのか。
失われた文化は多い。
技術も。
だから、今後の事を考えるべきだという人もいる。
実際問題。
そんな事をしている余裕なんて無いのが現実なのだけれども。
ため息をつくと。
最後に梶原に連絡を入れる。
梶原は今回、警備ロボットのプログラムの補助をしてくれている。
状況について確認すると。
チャットの文面から、怨念が伝わって来そうな勢いで、文字を叩き込んでくる。
「今の時点では問題ありません」
普通の文章の筈なのだが。
リアルホラーと呼ばれる梶原の容姿を考えると、この文章が呪いの一文のように思えてくるのだから不思議だ。
更に言えば。梶原はプログラミングが極めて独特で。
武田が合わせるのに毎回苦労している。
結合試験が特に大変だと武田がぼやいているのを何度か見ているが。
まあ今後は、もっと訳が分からないプログラムを嫌と言うほど見る事になるのだろうと、武田も諦めているようだった。
「今回の大会、色々な監視カメラ使うんですが、幽霊とか映ったら面白そうですね」
「あー。 たまにあるって聞くけど」
「コレクション見ますか?」
「いや、いいや」
大戦の規模が規模だったのだ。
彼方此方にその手の話はある。
おかしな話で。
現在でも、幽霊に関するあれこれについては、まるで途切れる事がない。
むしろ戦争が終わって十年以上経過した今。
爆発的に増えているまである。
都市伝説というのは心の余暇らしい。
事実、二次大戦後の混乱期には、殆ど都市伝説が横行することなどなく。
終わって十年以上経過してから、戦後の幽霊とかの話が出回るようになったのだとか。
いずれにしても、今日の部長の仕事終わり。
さて、今回は優勝を狙いたいけれど。
問題は山積みだ。
PCを落として布団に潜り込む。
まずは上杉をどうにかする。
次の休日で、上杉についてもう少し深く知ろう。
そう、土方は思った。
1、脆弱な次のエース
作業を並行で行いながら、上杉とテレビ会議で話す。チャットでも良かったのだが、顔を見ながら話したかったのだ。
最初土気色の顔色をしていた上杉。
多分怒られると思ったのだろう。
別にそんなつもりはない。
上杉は大会でも操縦手として良い成績を残してくれているし。
気がやたらと弱い事、体力がないことを除けば、ロボコン部できちんとした活躍をしてくれている。
充分に役立ってくれているし。
何より向上心も持ってくれている。
此方としては、これ以上余計な要求をするつもりは無いし。それで上杉が潰れたら本末転倒でもあると思っている。
だから、怒る気などない。
最初にまずそれを伝える。
多少上杉の顔色が良くなったが。
まあ、多少だ。
順番に話を聞いていく。
「上杉さんさ、なんで武田さんが苦手なの?」
武田と二人きりの場では無いから、副部長もさんづけで呼ぶ。
友人であろうとこれは同じ。
部活でのけじめである。
しばしして、上杉は言う。
「怖いんです」
「なんで? ちっこいし、運動神経が良い訳でもないし。 上杉さんを怒るわけでもないでしょ?」
「それでもなんというか……」
「ふーむ」
よく分からないが。
幾つか、用意してきたテストをして見る。
URLを送って、診断を受けてもらう。
この手のWEB診断は、昔はいい加減極まりなかったと聞いているけれども。
今は特にそんな事もない。
色々あって、法的な手が入り。
いい加減な診断サイトは淘汰された。
それだけである。
上杉は淡々と解いていく。
見ていると、キーボードの打鍵速度はそれほど遅くないし。何より最初から結構手慣れている。
やがて結果が帰ってきた。
IQテストなんかは問題はまったくない。
むしろ水準より高いくらいである。
一方で問題があるのが、何か問題が起きたときの対処能力。
ロボコンでは、それほど問題を毎回起こしているわけでは無いのだけれど。
ひょっとしてあれ。
無茶苦茶体力をいちいち消耗していたのか。
体力さえ消耗すれば、どうにか対応出来る、というのであれば。
それはそれで納得も行く。
そして、上杉がもりもり体力を試合ごとに消耗していくのも、である。
更に、である。
興味深い結果が、一つのサイトから出てきた。
どうやら上杉は、小さいものを極端に苦手としているようなのだ。
少し腕組みしてから。
幾つか、更に用意していたWEB診断を受けて貰う。
上杉は文句一つ言わず。
どれもしっかり受けてくれた。
まあこの辺り、上杉は反抗的では無いので、対応は楽だ。
結果もすぐに来る。
そして、内容に、思わず土方は唸っていた。
何となく見当はついていたが。
武田が毎度悪夢に出てくるくらいである。
結構深刻だった。
「上杉さんさ」
「はいっ!?」
「戦争中、何かあった?」
黙り込む上杉。
図星か。
あの戦争で、何も無かった人間なんていない。
例えば卜部は片腕を失っているし。土方だって散々怖い思いをした。
ICBMが飛び交いまくった戦争で。
多くの人命が、ゴミのように浪費された。
滅びた国もたくさんあったし。
比較的マシだったうちの国だって、色々と洒落にならない被害を受けてきたのである。
上杉も、例外である筈が無い。
「……犬が」
「犬?」
上杉が頷く。
便衣兵が飼っていた犬らしい。
いや、正確には兵器化したものだろう。
体内に手術で爆弾を埋め込み。
わざと外に逃がした。
人なつっこい犬だったのだろう。上杉が手を振ったら、ぱたぱたと尻尾を振って近づいて来た。
反応が遅れていたら。
そう、街中に配備されていた、爆弾感知して排除する銃座が一瞬遅れていたら。
上杉は爆発に巻き込まれていた。
即座に咆哮した銃座が、犬を路上で木っ端みじんにし。
多分犬の生体反応にも呼応していたのだろう。
その瞬間、犬が木っ端みじんに消し飛んでいた。
飛び散る肉片。
降り注ぐ血。
それが、上杉のトラウマの正体だった。
「幸い誰かが死ぬ事はありませんでした。 あの犬以外……」
大戦中、禁じ手とされる便衣兵の非道行為は度を超したものがあった。
国内に入り込んではドローンを主に使ってテロを繰り返したが。
それだけではなく、ありとあらゆるものを使って、民間人に対する無差別攻撃を繰り返した。
対策が出来るようになってくるまでは、本当に多くの人がなくなったし。
ある原発に至っては、もう少しで陥落するところだった、という話も聞いている。
そういう現実がある。
「その犬、大型犬で……丁度武田先輩と雰囲気が似ていて……」
「……」
「それで、一目見たときから、怖くて……」
「分かった。 心療内科受けて来て」
もう受けているらしい。
だが、昔からそもそも鬱病に効く薬は確実では無いし。
精神におった傷は簡単にはなおらない。
そういうものだ。
上杉のせいじゃない。
戦争のせいである。
勿論便衣兵が悪いという事も出来るけれど。
便衣兵にしても、戦争に勝つためとか、大義のためだとか。或いは家族のためだとか。
色々考えて、国内に潜り込んできていたのだろう。
そして殆ど見つかって殺された。
彼らは如何に効率よく相手にダメージを与えるかだけを考えた存在で。
生きた爆弾として扱われたのだ。
そう思うと、便衣兵は許せないけれど。
責める事も出来ない。
そして便衣兵を主に使っていた国が滅びてもはや無人地帯になっている事を考えると。怒りの矛先など、何処にも存在しないのだった。
ともかく、これは厳しいか。
次に体力の問題だが。
上杉はどうして運動が苦手なのか。
例えば、運動が生来苦手な人はいる。
運動は才能が影響する分野で。
それは色々と仕方が無い部分もある。
だから、もしも上杉が元々運動が苦手なら、仕方が無いと思ったのだが。
実は小学生の頃は、むしろ上杉は運動が苦手では無かった、という事が分かってきたのである。
プライバシーに関わるから、昔の成績を取り寄せるのは難しいのだが。
伝手を辿って、上杉の昔の友人を見つけ出したのである。
今は交友は途切れているらしいのだが。
そういう証言を、複数見つけた。
「ひょっとしてだけれど、上杉さん、体力そのものはある方?」
「……」
「精神力の方が問題?」
黙り込む上杉。
どうやら図星か。
溜息が漏れた。
まあそれならそれで仕方が無い。
誰にだって欠点はある。
ましてや、上杉は操縦手として充分に働いてくれている。あまりああだこうだ要求するのは問題だし。
何よりも、人間を減点法で採点すると、碌な事にならない。
減点法を採用していた大戦前の日本では。
事実人材が一切残らなかったのだから。
とりあえず、幾つか分かったので、一旦話し合いを打ち切る。
その後、武田と話す。
武田は今、プログラムを組んで、デバッグの最中だ。
大会も近づいて来ている。
だから話しながらになるけれど、と言いつつ。
色々と並行で動かしているようだった。
「そっか、犬テロか……」
「与野さ、そういうの詳しいでしょ」
「うん。 大戦末期って、野犬がたくさんいたでしょ。 保健所が飼い主がいなくなったり、ブリーダーが死んだりして野生化した犬をたくさん駆除してたけれど、馬鹿な連中が其所から逃がしたりしてさ」
頷く。
いつの時代も馬鹿はいるのだが。
狂犬病の恐ろしさを知らず、野生の犬猫に手を出す阿呆は後を絶たないし。
何よりもどうして国内で狂犬病が発生していないのか、考える事が出来ない輩も存在している。
信じがたい事に。
戦争中もそういうのはいたし。
戦後の今でも、一部にカルトとして存在している、と聞いている。勿論国からだけでなく、今は世界中から要監視団体として目をつけられている、と言う事だが。
「そういう犬を捕まえる専門の業者がいてさ。 その中に、便衣兵とつながっている組織があったんだって」
「うわ最悪」
「誰でも汚れ仕事はしたくないからね。 その心理の隙を突いたってわけよ」
武田が反吐が出ると言う顔をしながら、聞きたくもない話を教えてくれるけれど。
結局の所、上杉が武田を怖がる理由については納得してくれた。
多分武田の背丈とか雰囲気とかが。
目の前で爆発した大型犬と似ていたのだろう。
もうだから、武田もそれについては呆れるつもりは無い様子だった。
「じゃあ精神力の方だね。 基礎体力があるんだったら、工夫次第でどうにか出来るんじゃないのかな」
「何だか上杉さん、ミスをリカバリするのに猛烈に疲れてるみたいなんだよねえ」
「……」
考え込む武田。
妙案があるのか。
元々武田はうちのロボコン部の軍師だ。
妙案があるなら、バンバン提案してほしい。
そして頼れる軍師は、一つ提案してくれた。
「それだったら、精神力を増やすよりも、ミスを減らす方が良いんじゃ」
「ああ。 確かにミスが少なくなれば、最後まで保つかも知れないね」
「それに前回の大会で、上杉途中でへばって回復しなかったじゃん。 アレってひょっとして、体力起因じゃなかったんじゃないの」
言われて見ればそうだ。
上杉に、武田が液体ゼリーを無理矢理食わせているのも見た。
ああいうのは体力補充に絶大な効果がある。
昔は兎も角。
改良の結果、色々なノウハウが蓄積されて、今ではそうなっている。
故に、体力が回復しても。
精神力が回復していなかったのだとすれば。
その辺りも、話に説明がつく。
「分かった、此方で手を打つわ」
「何か良い案があるの?」
「上杉とちょっとこれから話して、試して貰う。 もし上手く行きそうだったら、大会でお披露目するよ」
「そっか」
通話を切る。
まあ武田は、無根拠でああだこうだ喋るタイプでは無い。
勝算あり、と言う事だ。
それならばそれでいい。
此方としては、これ以上ああだこうだ言うつもりも無い。
さて、気分を入れ替える。
今回は、上手くすれば。
上杉の抱えている問題点を、一気に解消できるかも知れない。
もし出来れば。
今後の大会で、優勝を狙えるようになる可能性も高い。
そうなれば当然就職に有利になる。
勿論土方や武田だけの問題では無い。
上杉にも。
更に言えば、梶原や卜部にもだ。
とりあえず安心したので、一度自分も昼寝をする事にする。
リモートによる授業が普及するようになってから、昼寝はむしろ推奨されるようになって来ている。
授業を受けるペースに関しても、各自で調整出来るようになって来ているし。
色々カスタマイズが効くのが現在だ。
これは本当に有り難い事である。
ぐっと伸びをすると、少し休む。
大会に備えて部長としての仕事はしなければならないが。
それは昼寝が終わった後だ。
書類の整備完璧。
大会まで一週間を切った。
武田によると、上杉に試した策は大成功だったと聞く。武田は大成功何て大言壮語、滅多に口にしない。
と言う事は、大変に期待出来ると言う事だ。
さて大会の方だが。
もうハードは組み上がった。
結合試験のラストスパートに入っているが。
今の時点でヘルプの話は来ていない。
本当にまずい場合、特に時間が足りない場合はヘルプが土方の所まで来る。去年はそれが特に多かった。
だが今の時点では来ていない。
要するにソフトは梶原がメインで武田が補助。
ハードは上杉メインで卜部が補助。
それできちんと回っている、と言う事だ。
ハード部分の組み立てについては、土方の担当分はもうとっくに終わっているので、特に問題は無い。
後は、武田が大丈夫だという、上杉の様子を確認しておくくらいか。
連絡を入れる。
上杉は丁度組み立ての最終チェックをしていたらしく。
今、梱包して送ったところだと言う事だった。
一旦工場に送り。
其所で結合試験の最終チェックをやるのである。
フローを確認。
予定通りに進んでいる。
ならば。土方が文句を言う部分は一つも無い。
頷いて。状況を聞く。
まあ武田に関する悪夢を見るのは仕方が無いだろう。前の大戦がトラウマになっていない人間の方が少ないくらいだ。
上杉も被害者の一人。
そういうことである。
「武田先輩に聞いたやり方を試してみたら……少しマシになりました」
「具体的に何をしたの?」
「あ、これです」
そういって上杉が出してきたのは。
見るも毒々しい色のキャンディーだった。
大会の最中、食事をしながら操縦するのは認められていないけれども。ソフトキャンディくらいなら良いとされている。
これはソフトキャンディのようだが。
なんだ。
「何その食べたら変異しそうなの」
「効くんですよこれ」
「そりゃ効くでしょうよ」
どういう意味で効くかはあまり考えたくないが。武田はアングラについても詳しいはずである。
一体何を上杉に食わせたのか。
まあともかく、本人は満足しているようなので、良しとするべきなのだろうか。あまり良しとするべきではない気がするが。
まあいい。
と、とにかくコレについてはあまり関わり合いになりたくない案件だと判断する。あのキャンディの具体的な中身については知らなくて良い。
だが、上杉はにっこにこで教えてくれる。
「これ、無茶苦茶圧縮したミントなんですよ。 味は強烈ですけれど、精神にびびーんって来ます」
「へ、へえ……」
「翌日はなんか自爆攻撃喰らった漫画のキャラみたいになりますけれど、大会の日は口に入れれば一日頑張れると思います」
「……」
それ、二日以上続く大会の時は、最終日しか使えないと言う事か。
まあそれについては仕方が無い。
今年の終盤くらいから、百校以上出場するような大規模ロボコンも出てくる。場合によっては、高校生とは思えない難易度の課題を用意してくるロボコンも。
前に抜き打ちテスト的な難しい課題を出すロボコンに参加したが。
あの比では無い。
場合によってはトライアスロン的に、複数のロボットを出してくることを要求してくる大会もある。
勿論そういう大会では、強豪校は全力投球してくる。
温存していた三年を出してきたり、複数のロボコン部を出場させてきたり。切り札にしていたロボットを出してきたりもする。
勿論今年は、そういう大規模大会でも良い成績を上げたい。
だが。
もう一度、上杉が自慢げにしているミントのソフトキャンディを見る。
口に入れた途端に正気度が下がりそうな色をしているが。
まあなんというか。
我慢するしかないのだろう。
とりあえず、問題は解決。
後は当日に全てを賭けるだけだ。
通話を切る。
今のでむしろ土方の方がどっと疲れた。
武田もとんでも無い事を考える。
ダーティな手段を、ルールに反しない範囲で使う事を厭わない武田だ。かなりの無茶をしてくる事も予想していたが。
まさか一種のドーピングとは。
あのミントのソフトキャンディ、思い出すのも嫌な色をしていた。
一体どこからあんな代物を見つけてきたのか。
一つ、思い出す。
若い頃に無理をすることは。
命の前借りだと聞いた事がある。
要するに、若い頃徹夜を連続でしたり、短時間睡眠で無茶な働き方をしたりすると。年を取ってから、一気に体に来るという。
上杉に、それをさせていないか。
少し心配になったが、
いくら何でも、武田でもそれはやらないだろう。
今の時代は人材が宝なのだ。
心配になったので、あのミントのソフトキャンディを確認して見たが。市販品ではある。ただし、薬用である事も確認できた。買うのには処方箋が必要な奴である。
さては武田の奴。
上杉に、心療内科に行くとき、これこれこう言うようにと指示をして。薬を出させたな。
彼奴の事だから、それくらいはやりかねない。
まあもうそれについてはいい。
課題となっている上杉の体力。正確には精神力が改善でき。そして最後まで戦い抜けそうなのだ。
今回こそ、勝ちをもらいに行く。
それでいい。
そう、無理矢理土方は、自分を納得させていた。
2、バックドア
警備用のロボコンが開始される。
今回は規模が小さい大会だが、それでも体育館を貸し切りである。そして何より、強面のおじさんが何人か見に来ている様子だ。
今回もまだ武田が上杉と一緒に行っているが。
次回から、梶原が武田の代わりに、上杉についていくという話にしている。
まあ妥当なところである。
梶原への引き継ぎも順調に進んでいるし。
何より修羅場をくぐれるときにくぐっておかないと、一年の時の土方と武田のように。ほぼ為す術も無く、負けていく先輩達の姿を見ているだけ、という状況になりかねないからだ。
負けられるときに、負けておく。
これも大事だ。
負けを経験していない奴は、いざトラブルに直面した時に脆すぎるのだから。
軽く大会開始の挨拶を役員が実施。
今回は、サングラスを掛けた、犯罪組織のボスみたいなのが挨拶していた。あれ、多分軍関係者だろう。
警備会社に軍を退役してから入った人は大勢いると聞いているが。
その一人に違いない。
とはいっても、軍は縮小しているわけではないので。
多分戦傷とかが退役の理由だろう。
それにしても向かい傷が凄いなあと思う。
スピーチが終わり。
さっそく読み上げが行われる。
勿論脱落校である。
結果、七校が残った。うちもしっかり残っている。脱落したのは八校。まあ、高校のロボコンとしては妥当な比率だ。
そして七校が残ったと言う事は。
総当たりが行われるという事である。
十校以下の場合は、トーナメントでは無く総当たり戦になる。つまり、一敗くらいしても、優勝の可能性が出てくる、と言う事だ。
また規模が小さいとは言え、難易度の高い警備関連のロボコン。
残っている学校によく見る強豪校はいないが。
それでも皆、中堅以上の相手ばかりだった。
なお、体育館の中には、結構本格的なプレハブが二棟作られている。しかもブロック式。要するに中身を入れ替えられると言う事だ。
フォークリフトと、入れ替え用のコンテナも用意されている。
なるほど、前の試合のノウハウは通用しない、と言う事なのだろう。
手強い試験になりそうだ。
珍しく、うちが一番手で呼ばれる。すぐにロボットを配備。
警報設備に似せているが。
はてさて何処まで誤魔化せるか。
他のチームの試合も見る。
テレビに見せかけたりするのは悪手。
テレビは持ち出しやすい上に売れる。
植木も駄目だ。
これも同じような理由である。
駄目なものといえば、他にはテーブルなどもある。
ものとりは部屋を滅茶苦茶にしていく場合があり。いの一番にたたき割られる可能性が出てくるからである。
相手のデータを収拾し、警備システムをかいくぐってきた相手のデータを、警備システムと連携して警察に通報する。
今回の大会では。
その一連の流れを要求される。
なお本当に警察に通報してしまってはいけないので。
通報回線は独自のものを使用するようにしてあるし。
なおかつ、もし本当に警察に通報してしまった場合は、その場で失格となる。
取り付け終わり。
また強面の人が出てくる。
犯人役、と言う訳だ。
スカウトとか呼ばれる事が多かったが。
大戦中、猛威を振るった便衣兵を狩るために、各国では様々な部隊を組織した。正確には、大戦が始まる前からスパイ狩りをするために、秘密の部隊はどこの国にも存在していたらしいのだけれども。
スカウトは大戦中には堂々と姿を表に表し。
活動記録こそ残さなかったものの。
各地で便衣兵を処理して回った。
それでも便衣兵は悪行の限りを尽くしたのだが。
大戦が終わる頃には、一人残らず狩られていたのだろう。
或いは任務を放棄して潜伏した便衣兵もいるのかも知れないが。
そういった連中が、事件を起こすことは減ってきている。
多分元軍関係者なら、今犯人役をしているのは十中八九元スカウトだろう。
いや、こういうロボコンの本格派仕様からして。
本職かも知れない。
いずれにしても、実に鮮やかに窓硝子を突破。警備システムを突破して、中に入り込む犯人役。
赤外線警備システムなどをかいくぐって、金庫や通帳などを漁りに掛かる。
結局電子マネーは多数のトラブルがあって、昔は夢の通貨のように言われたのに。定着することがなかった。
なんだかんだで、現在でも一部を除くと。
紙の現金は現役である。
まあ、当然だろう。
大戦時、銀行の無能さは更に加速したし。
電子マネー関係で、電子戦を各国は繰り広げ、民間人の財産は大いに脅かされた。
そんな中、現金に資金を切り替える人は多かったのだ。
今、資源が限界を迎えている状況でもそれは同じ。
土方の家でも、現金はある程度常にキープしている状態である。
さて。
犯人は色々な迷彩装備をしているが、まずはうちの警備ロボット。警備暁がその存在を捕らえる。
通報を実施。
犯人は此方を何回か見たが、警備システムだとは気付いていない。
というか、犯人役には警備システムがどれかは、知らされていないのだろう。
黙々と金庫を漁っている犯人に対して。
不意にサイレンがなる。
外に警官役が駆けつけ、犯人が逃げようとするところに、無力化ガス弾(に見せかけたただの煙幕)をグレネードで発射。
取り押さえていた。
対戦している学校も、少し遅れたが同じような結果になった。
まずまずの滑り出しという所だろう。
次の試合。
二校ずつ試合を行っていく。合計七試合とはいえ、今回はそれなりに時間が掛かる大会だ。
取り付けに関しては専門の業者がやってくれるとはいえ。
犯人役も、七試合分全部で別、という気合いの入れぶりである。
あの様子では、犯人役は全員、情報共有無し。
事前情報無しで、試合に臨んでくれているのだろう。
元スカウトか現役かは分からないが。
頭が下がる試合への対応ぶりである。
逆に言えば。
それだけ此方が期待されていると言う事だ。
今の時代。犯罪なんかで国力をすり減らされるわけにはいかない。
犯罪そのものが割に合わない。
そう思わせなければならない。
勿論、一種の病気でスリをしたりする人間はいるが。
それには別の対策をするだけ。
警察は昔、サイバー犯罪には無力極まりなかったという話があるが。
それをどうにかするためにも。
こういった根幹部分での、技術強化は必須なのである。
次の試合を見ているが、犯人の手練れぶりが凄い。
あのプレハブ、相応の警備システムが一応最初から積んであるのに、それを易々と突破している。
勿論、元スカウトの人間が犯罪を犯したらまずい。
故に、実際の警備システムよりも、だいぶ手ぬるくはしてあるのだろう。
だがそれにしても、裏の掻きぶりが凄い。
殆ど苦労せず、警備システムの網をかいくぐっている。
この辺りは、本職でも舌を巻くというか。
生半可な本職では、とても対抗できないだろう。
スカウトが便衣兵狩りを出来る訳である。
便衣兵の中には、普通に暮らしている人を殺してすり替わり、拠点に変えるケースが珍しく無かった。
そういった便衣兵を探し出し狩るためにも。
スカウトにはこの手の潜入スキルが必須だった、と言う事なのだろう。
一校が負けを言い渡される。
一定時間内に、侵入した犯人役を検知できなかったのだ。
ロボットに積んでいたセンサ等を、犯人の装備が無力化していた、と言う事だろう。いわゆるEMPのテクノロジーは大戦で珍しく進歩した分野だが。小型のEMPでも最初に使ったか。
或いは電波攪乱装置でも装備していたのか。
いずれにしても、警備システムを遙かに超える強度のセンサが、無力化されたというわけだ。
武田が首を伸ばして、様子を見ている。
上杉も、頷きながらメモを取っていた。
チャットで連絡を取り合っているのは、武田は多分梶原。上杉の方は卜部だろう。しばしして、武田から連絡が来る。
「ちょっちまずい」
「どういうこと?」
「どうも犯人ごとに装備を変えているくさい。 今の試合の犯人役、多分だけれど元便衣兵を想定してる」
「!」
それは厄介だ。
泥棒なんかとは比較にならない危険な存在である。
それは警備システムも、捕らえられなくても不思議では無い。
うちの警備暁で対抗できるかと聞くと。
武田は口を引き結ぶ。
「便衣兵って言っても色々ランクがあって、国から訓練を受けていたスカウトと同レベルの本職から、犯罪組織なんかの伝手を辿って雇われた素人まで色々だけれど、あれは大戦末期、多少の訓練を受けて潜り込んできたくらいの実力だとみた」
「その根拠は」
「大戦初期の便衣兵は、場合によっては原発とか狙って来る事もあった。 だけれども、あの装備は、明らかに民間人を如何に殺すかの目的で侵入してきているタイプだよ。 軍用の警備システムを相手にする装備じゃない」
なるほど、それは納得がいく答えだ。
で、対応は出来るのか。
武田はしばし黙り込み、口を手で押さえた後、首を横に振った。
「装備のレベルが様々だから、ああいうのに当たらないのを祈るしかないと思う」
「年々レベルが上がるねロボコン……」
「今、学校での教育レベルが跳ね上がってるからね」
「……」
まあ、それもそうだ。
優秀な授業はどんどん共有されるようになっている今。
ロボコンに関しても、年々レベルが上がっている。
チキンレースをしているのも同じだからだ。
資源が尽きるか。
宇宙進出を果たせるか。
資源が尽きる前に、技術の再編成を終わらせないと。
人類は文字通り終わる。
それを防ぐためにも、ロボコンは難易度を上げなければならない。まあ単純な理屈である。
試合終了。
もう一校は、無事に犯人を取り押さえられたが。
逃げ延びる犯人役を見て。
まずいのに当たったと、負けたほうは苦虫を噛み潰していた。
試合が着々と進んでいく。
うちの二試合目が始まる。今回はかなり軽装備の犯人役で、運が良かったが。相手側もそれは同じで。殆ど同着になった。
どっちにしても、犯人は実際には「役」なのだが。
捕まっているのを見ると、安心できる。
思わずほっとしてしまう。
色々と情けないとも感じるが。
こればかりは、仕方が無いとしか言いようが無い。
土方の時代は、便衣兵は恐怖の対象でしかなかった。
20世紀の末にも、うちの国ではカルトが主導した大規模テロが起きたことがあったのだが。
あのテロには、背後に某国が存在していたというのが、資金面などから明らかになっている。
結局の所、便衣兵戦術が有効だと、そのテロが示してしまったのだろう。
大戦では、どこも便衣兵を大いに活用し。
邪悪の限りを尽くした。
大戦を生き延びた国でも、誰もが便衣兵を嫌い抜いているし、憎み抜いている。それはまあ、当然なのだろう。
僅差でうちの勝ち。
これで二勝目だが。
上杉が例のソフトキャンディを口に入れている。
武田がちらりと横目で見ているが。
あんなもの食べて本当に大丈夫なのか、見ていて不安である。
次の試合。
七校だから、うちが対応するのは六試合。
その三試合目がいきなり来た。
まあこういうのは運も絡む。
或いは武田のアドバイスで、こういう事態に備えて、頭をリフレッシュしていたのかもしれない。
今度は、うちの対応しているプレハブに、かなり手練れっぽい犯人役が入ってきた。思わずぞっとする。
大戦中、あんなのに押し入られたら。
それこそ家族皆殺しにされて。
そしてどんな破壊活動の拠点にされていたか、知れたものではない。
ぞっとしない話である。
しばし固唾を飲んで様子を見守るが。
武田がカタカタとキーボードを叩きながら、連絡してくる。
「大丈夫、変な装備は身につけていない。 ちゃんと検知できてる」
「そう」
「ただ、センサが犯人を完全に捕らえられていない。 マシントラブルか、或いは」
上杉も、必死に操作をしているが。
どうも犯人を完璧に捕捉できていないようである。
そうなると、通報は出来ない。
今回のロボコンの規約として。
警備システムをかいくぐってきた犯人だと確証が得られない限り、通報はしてはいけないというものがある。
まあ実際に家庭に配備する場合。
夜中に起きてきた家の人間を誤認識としかしたら、目も当てられない事態になるからである。
この辺り、ロボコンは気合いが入っている。
遊びでも余暇でもない。
今の時代、余暇になるような部活の衰退は著しい。
だが、それも先代の負の遺産が故。
文化の衰退も起きるかも知れないという話もあるが。
それも戦争による資源枯渇を前にして、人類が滅亡しかけている状況だと、仕方が無いのかも知れない。
必死に武田と上杉が状況確認をしている中、相手チームが犯人を取り押さえる。
だがこの大会。
試合は総合点と見た。
まだチャンスはある。
武田にそれを伝えて、分かっていると返事が来る。
要するに向こうは冷静だと言う事だ。
ならば、見守るだけで良いか。
犯人を捕捉。
取り押さえる事に成功。
冷や汗を掻いたが。
どうにか捕まえることが出来たか。
武田がログを分析。そして、伝えてきた。
「これ、多分末期の便衣兵が支給されていた攪乱装備だよ」
「うっわ、そんなのどこから出してきたんだろ」
「分からないけれど、大会の役員、アグレッサー部隊か何かに声を掛けて、支給してもらったんじゃないの?」
「……」
確かに敵国との交戦を想定し、精鋭を配備したアグレッサー部隊というものは存在しているが。
もしそんなものに声を掛けて、部隊に手を貸してもらうなり、備品を出して貰うなりしているとしたら。
大会役員、本気にも程がありすぎる。
なお非常に気になるのだが。
今回の大会、総当たりなのにどういうわけか勝敗の記録表が表示されていない。
気になったので、過去の試合に類例がないかを確認していくと。
あった。
どうやら総合得点制、というものがあるらしい。
0点になると負け判定されるのだが。
基本的に試合では勝ち負けだけが告げられ、最後に総合点が示され。それで優勝が決まってくる。
今の試合は同着だった。
だが、総合得点制だとすると、どうなっているのかがよく分からない。勝ち進んだとしても、勝ち点が少なければ。一度二度負けている相手に、まくられる可能性が出てくるのである。
いや、これは冷や汗ものだ。
一応武田には連絡。
武田はうっと呻いて。
横にいる上杉をチラ見だけした。
メンタル面が脆い上杉に、こんなリスキーなルールだと言う事は教えない方が良いと思ったのだろうか。
まあ判断としては間違っていない。
その場に土方がいても。
上杉にこの事実を伝えるかは、微妙な所だ。
次の試合。更に次の試合。三試合を経て、またうちの試合が来る。
これでうちの学校がやる試合は半分か。
毎回装備が強化される、と言う事も無く。
次は恐らくボーナスステージ扱いだったのか。すぐに犯人を取り押さえる事が出来た。
だけれども、装備が毎回違うと言う事を考えると。
あまり喜んでもいられない。
これからどんどん厳しい相手が出てくるかも知れないのだ。そう考えると、とても楽観など出来ない。
昼が来た。
コンテナで、家の中身が入れ替えられる。多分この家、訓練用に使われている軍の備品か何かなのだろう。
そして、昼休憩を挟み。
午後の部が、ガンガン進められていく。
試合内容は容赦ない。
多分減点で0になっただろう学校が、どんどん負けを言い渡されていく。
四試合目。
やはりかなり手強いのが来た。
装備がまちまちというのも、泥棒と言うよりも便衣兵感がある。
非常に危険な存在だったから、それを思いだして貰うため、という糸もあるのかも知れない。
戦争が起きれば、また有用性が証明された便衣兵が暴れ回るだろう。
今の時点で、世界のどの国にも戦争なんてやっている余裕は無いが。
もし将来、また戦争が起きたら。
こういう便衣兵が、暴れ回るかも知れないのだ。
その時犠牲になるのは。
むしろ民間人なのである。
必死に何とか相手を捕捉。
ほぼ同着だったが、何とか勝利をもぎ取る。
現時点では三勝一分け。今の時点ではトップの成績だと思いたいが。他にも手強い犯人役とぶつかっているチームはある筈で。捕まえられた時点で、高得点を与えられている可能性が高い。
油断しないように言い含めながら、試合を観戦する。
別のチームが、ごっついのを捕まえた。
対戦初期の便衣兵装備だろう相手を、見事に捕まえたのだ。
何処のチームだろうと思って確認するが。
いつも名前は見るが、特にうちと大差がない程度の中堅校だ。
だが、この様子だと。
うちと同じように、高難易度の大会で好成績を上げる事を目的に、出てきたのかも知れない。
だとしたら気合いの入り方が違うだろう。
とてもではないが、油断など出来る相手ではあり得なかった。
呼吸を整え。
ゆっくり試合の状況を見る。
総当たり戦のマスが、既に殆ど埋まっている。
これは部活関連の規定である14時には終わるな。
時計を見ながら、土方はそう冷静に判断していた。
丁度14時に試合終了。
今回は難しい判定を行うので、結果は後日連絡する。
そう言われて、解散となる。
体育館内に専門業者が入ってきて、家の解体、プレハブの運び出しなどを開始している。ロボットの梱包も任せてしまってかまわない。
プレハブは非常に現在進歩しているのだが。
見ていると実に鮮やかだ。
一時期3Dプリンタによる建築が脚光を浴びた時期があったのだが。
実際には現在。
部品を持ち込んで組み立てる方が、3Dプリンタより早くなっている。
これは3Dプリンタの技術に色々欠陥が見つかったからで。
現在、大学くらいのレベルから、3Dプリンタの技術研磨を行うための大会が始まっている。
そのうち、3Dプリンタ部が高校でも設立され。
3Dプリンタの技術を競うプリンタコンとでも言うべき大会が始まるのかも知れない。現時点では、まだその話はないが。
上杉と武田が帰宅を開始。
そろそろこれも、上杉と梶原になってくるだろう。
電車に乗った武田が、上杉と話しながら、キーを叩き。
此方にチャットを送ってくる。
「多分優勝のがしたと思う」
「うちは五勝一分けで、六勝のチームはなかったと思うけれど」
「うん。 でも試合内容確認したけれど、かなりうちだと厳しかった相手を、二回捕獲している高校があるんだよ」
ああ、多分さっきのだな。
そう思ったが、わざわざ言葉にはしない。
武田が更にキーボードを叩く。
「でも、最低でも二位は確保出来たとは思う」
「……だといいけれど」
「じゃあ、上杉さんの様子を気に掛けてあげて」
「ラジャ」
通話を切る。
そして今度は上杉に通話。
あの変なソフトキャンディを口に入れているのだ。とても心配である。確かに最後まで、まるでよどみなく操縦は出来たが。
話をする限り、変にハイになっていることもない。
一応武田の方でも、何度かあのソフトキャンディを上杉に食べさせて、様子は見たらしいのだけれども。
問題が起きていないと言う事は、大丈夫だと思いたい。
だが、其所で上杉に期待しすぎていては部長失格だ。
家に帰るまで、様子をしっかり見た方が良いだろう。
時々チャットで話をしながら、上杉がおかしくなっていないか確認。
話をする限り。
受け答えは普通だ。
これなら多分大丈夫だろう。
だが、上杉自身は、やはり多少の興奮状態になっている様子で。
いつもだったら絶対に口にしないようなことを言う。
「鳥もちか何か仕込めなかったですか? 犯人自分で捕まえたかったです」
「それは大学から」
「えー」
「実際、家の人間に同じ事したら洒落にならないからね」
上杉は不満そうに口を尖らせる。
武田に殺される夢を見て、いつも武田にびくついている上杉からは、想像も出来ない姿だが。
まあいい。
武田と上杉がハブ駅で別れ。
上杉が帰路につく。
そういえば、上杉の方は、家は上手く行っているのだろうか。
プライバシーの尊重というか。
基本的に相手の事に踏み込みすぎないことは、部活のマナーとなっている。
そもそも相手の家に行く事自体が減っているテレワーク時代だ。
まあ、妥当なところではあるし。
何より戦争の爪痕は深く。
家が荒れている家庭は珍しくもないのだから。
「体調は大丈夫?」
「はい。 平気です」
「後は家までだね。 何だかあの変なソフトキャンディが心配でさ」
「大丈夫ですってば」
そうはいうが。
武田は時々とんでも無い事をするし。
冷や冷やさせられるのである。
まあ大丈夫と言うのなら、信頼するが。
やがて、通話を切る。
上杉が、家がもう其所だと言っていたからである。さて、明日だ。
多分発表は遅くても明日の昼には行われるはず。
武田は厳しいと言っていたが。今度こそ優勝を狙いたい。
これが最後のチャンス、という気がするのだ。
此処で優勝を逃すと。
以降は強豪校だらけの中で、其所を勝ち抜いていかなければならなくなる。
強敵に勝つのは確かに楽しいかも知れない。
だが、今の暁工業高校のロボコン部には、そこまでの地力がない。
精神論でどうにかするのは下の下策。
やっとどうにかなるようになってきた今だからこそ。
狙っていきたいのに。
ため息をつくと。土方もフロと食事にする。もう夜である。
14時に試合が終わる今の時代で、あれこれしていると夜になっているのである。
夜半まで大会をやっていたような時代は、さぞやえげつない負担が生徒に掛かっていたのだろう。
それを考えると。
土方には、色々と複雑だった。
3、まだ先の話
予想を一ミリも超えず。
やはり翌日の昼、ロボコンの結果が発表された。
うちは二位。
武田の予想通りだった。
一位の学校は四勝二分けだったのだが。
やはり、高難易度の犯人を捕まえていたのが大きかった。
非常に完成度の高いシステムで。
うちに比べても、完成度は比較にならないと、大会側がわざわざ声明を発表していた。分かってはいるが、敢えて言う必要があるのかそれと、ちょっとイラッと来た。
いずれにしても十五校出場の大会で二位。
負けられるときに負けておく。
そういう意味では良いし。
前回同様好成績ではあるのだが。
やはりロボコンで優勝常連の高校に比べると、まだ成績は二段は劣る。
それが実に悔しい。
溜息が何度も漏れた。
去年。
三年の先輩達は、事務作業は出来たけれど、ロボコンの点では頼りにならなかった。そしてロボコンはチームの総合力がものをいう。
当時から武田は出来る奴だったけれど。
それでも、総力が足りなければロボコンでは勝てない。
そういうものなのだ。
事実今回も、マシンパワーの不足。
警備用ロボットの性能不足が敗因になった。
上杉のせいでも武田のせいでも。
補助に当たっていた梶原のせいでも卜部のせいでもない。
勿論土方がその場にいても、どうにも出来なかった。
授業を淡々とこなしていると、学校からメールが入る。
担当教員が話したいという。
授業後と言う事で合意を取ると。
ぼんやり授業を受ける。
分かりやすい良い授業だが、どうも頭に入ってこない。
一度動画の再生をストップして、伸びをする。そしてチョコを口に入れてから、少し動画を戻して、其所から授業を受け直す。
頭を切り換えてから、すっきり授業を受けて。
そしてしっかり内容を把握してから。
担当教員と、テレビ会議で話す。
相手の言いたいことはすぐに分かった。
大会で好成績を続けて出しているようだが。
一位は出せないのか。
そういう事だった。
土方だって、出したいに決まっている。
それを分かった上で言っているなら悪辣だし。
分かっていないなら無能だ。
少しイラッと来たが、笑顔を保ったまま応える。
「現状の実力は出し切ってはいますし、問題がある部分は此方でサポートするようにしています。 運もありますが、一位を取れないというのは、うちの実力がその程度、ということです」
「精神論を口にするつもりはないが、足手まといがいるのではないのかね」
「いませんよそんなもの」
「だといいのだけれどね」
この担当。
そういえば、去年も三年の先輩達に辛く当たっていたっけ。
役立たずがいるのでは無いのか。
そんな風に口にしていた。
そういえば、この教師。
上杉のことを、前にディスっていたような気がする。
信じられない話だが。
生徒に対してイジメを行う教師というのは実在する。
現在でも実在するが。
20世紀の後半から21世紀の前半に関しては、いるのが当たり前の状態だったと聞いている。
虐めは基本クラスぐるみで行われるものだが。
生徒達と一緒になって、イジメを行い。
場合によっては虐めによって殺された生徒の事を隠蔽し、事故死に見せかける。
特に20世紀には、そのような例がいくらでも存在していたと土方は聞いている。何処まで本当かは分からないが。
ただ、市ぐるみで虐めによる殺人事件を隠蔽しようとした事件も実在していたという話であり。
不思議な事では無いだろう。
「まさかと思いますが、特定の生徒を役立たずと思っているのでは無いのでしょうかね」
「……」
「もしそんな風に考えているのなら、ロボコンの大会役員に連絡します」
「ちょ、ちょっと待て!」
慌てる教師。
この会議、普通に録画しているのだが。
いうならば、上杉をディスっていた録画だってある。
その気になれば告発出来る。
前から此奴、そういえば気に入らなかったな。
ロボコン部の担当の教師は、一応書類仕事はしてくれるのに。此奴は横から口を出してきて、「お前のため」とか言いながら好き勝手なことをほざくだけ。
はっきりいっていらない。
「前に先生、上杉さんの事さんざんこき下ろしていましたよね。 彼女、私の後継として立派に育っています。 それを馬鹿にするって事は、育成に当たっている私や武田さんを馬鹿にしているって事ですよね」
「そ、そこまでは」
「もう良いです。 もし同じ事をいうようなら、今までの発言を大会役員に提出するだけですので」
「ま、待った、それは困る。 頼むから落ち着いてくれ、なあ」
通話を切ろうかと思ったが。
いずれにしても此奴は駄目だ。
もう一度同じ事を言ってきたら通報すると明言して。
相手が冷や汗を拭っているのを横目に、通話を切った。
嘆息。
担任なんかいなくても、今の時代はテレワークで授業は回る。教師の負担が減っているのは事実だが。
それはそれで、こういう教師がいなくならないのも事実なのか。
監査は入っている筈なんだが。
いずれにしても、少し頭に来た。
校長と、それにロボコンの大会役員に、動画を探して、全て送っておく。
相手が先手を打ってくるかも知れない。
だから此方から動く。
案の定、問題になったらしく。
翌日から、担任は降ろされた。
そして、新しい情報が出てくる。
なんと上杉に対してセクハラまがいの発言を繰り返していたことが分かったのである。それを断られたのを、逆恨みしていたらしかった。
案の定大問題である。
まあ、色々終わりだろう。
もう放置で良い。
部活では話題にしない。
むしろ卜部辺りが話題にして、食いついてくるかと思ったのだが。卜部も或いはセクハラを受けていたのかも知れない。
何も言わず、その日の部活は終わった。
部活が終わった後。
武田と個別チャットで話す。
武田はどうやら、何となくは知っていたようなのだけれども。今回土方が大事にした事で、やっぱりかと悟ったようだった。
もう、前回の大会の結果どころでは無かった。
「あのさ、上杉さんが便衣兵の犬爆弾に酷い目にあわされた話は知ってるよね」
「まあ、今の時代珍しくは無いね」
「どうも上杉さんがトラウマ持ちだって、あの教師知っていたらしくってさ。 嫌な予感はしていたんだよ」
なんで話してくれなかったのか。
そう少しちくりと言うと。
武田は黙り込んだ後、言う。
「あの教師、授業のチョイスは悪くなかったんだよ。 結構マニアックな授業をチョイスしてきたりしていて、それで結構面白かったりしてね。 それに上杉さん、なにも言わなかったし……」
「……」
「実は上杉さんの前にもトラブル起こしていたらしいんだけれど、面白い授業を発掘する手腕もあって、なあなあで見逃されてきていたらしいね。 トラブルが今回ほど深刻では無かったのも大きかったみたい」
「上杉さんの場合は、トラウマ持ちということもあったのかな」
無言の武田。
つまり、そういう事だったのだろう。
ゲスが。
確かにそこそこ面白い授業をチョイスしてくるという点では良い教師だったのかも知れない。
しかしながら、名教師人格者ならず。
クズである事は事実だ。
まあ今後は、別の学校でガチガチに監視を受けながら教師をするか。
或いは裁判沙汰か。
どっちにしても、もううちの学校には戻ってこないだろう。
上杉に話を聞くのは悪手だ。
多分碌な事にならない。
タダでさえトラウマ持ちなのに。
それを上塗りするようなものだ。
とりあえず武田との通話を切ってから、しばらく黙って天井を仰ぐ。これで少しは上杉が楽になればいいのだけれど。
上手くは行かないだろう。
トラウマの克服というのには個人差があり。
今でも医療は難しいと聞いている。
昔は、虐めはされる方が悪いとか言う謎の理論が横行していたらしいのだが。
今はそれもない。
虐めなんぞする方が悪いに決まっている。
ましてや立場を利用しての悪事など、許される筈も無い。
今の時代はそんな当たり前が当たり前になっているだけ、昔よりマシなのだろうか。だとすれば、救われない話だ。
法治主義であるべき。
当たり前の話だが。
民主主義の牙城を自称する米国でさえ。
犯罪王アルカポネを、まともな方法で裁くことが出来なかったという現実がある。
今は厳格に法が適応されるだけマシ。
そう考えて、動くしかないのかも知れない。
溜息が漏れた。
翌日、例の教師は学校を辞めていった。
これで少しは上杉が楽になると良いのだけれど。
土方自身は、奴のことなど何とも思っていない。武田は少し惜しいと思っているようだったが。
他の生徒は、言い授業をチョイスするのにと残念がっている者もいたが。
裏で生徒にセクハラしていたらしいと言う話を流してやると。
後は面白いように残念がる意見はなくなった。
新しく赴任してきた教師は、多分校長が慌てて吟味したのだろう。
力量は普通だったが、ごくまともな相手に見えた。
実績もあるという。
だったら、しばらくは様子見で良いだろう。
いずれにしても、うちの部に、足手まといなんていない。
もしも足手まといが生じたとしたら教育不足のせいだし。
それはつまり土方の責任である。
憂いが一つ消えたところで。
黙々と、次の大会の準備に取りかかる。
そんな矢先、上杉から、メールが来る。
教師の件かと思ったら、違った。
「前回の大会の件ですが、分析してみました」
「うん、見せてくれる」
「はい」
複数のWEBサービスに掛けて、精査したものだという。
近年では、強力な分析ツールがWEBでフリー配信されている。これは国が力を入れているもので。出来が良い分析ツールになると、余所の国に有料で売ったりしているそうだ。工数を減らしてその分利益に還元する事を目的としているらしく。
まあ実際、無駄な工数を一気に減らす事が出来るので助かっている。
しかも精査の精度を上げるために複数の分析ツールが存在していて、やり方もかなり違っているため。
精度という点でも問題は無い。
ざっと目を通させて貰う。
優勝校のデータと、うちのデータ。
パラメータでの比較が為されているが。
ハードパワーは向こうの方が二段階くらい上だ。
こんないいものを投入していたのか。
大学のロボコンでも、そこそこやり合えそうなスペックだ。勝てる訳がない。
金に糸目をつけなかったのか。
それとも。
いずれにしても、腕組みしてしまう。
総合的に見て出したデータだが、センサなどもかなり良いものを使っているらしい。試合の動画などからも、分析していることから、この辺りは信頼して良い結果だそうである。まあ客観的な情報が一番頼りになるのは、今も昔も同じか。
一方マンパワーは此方が若干上である。
特に武田のステータスが突出して高い。
これに関しては、土方も認めるところである。
ただ武田には、指導者の適性がない。
本人もこれは分かっていて。
故に土方に指導者の役割を譲った、という経緯がある。
「私のステータスが不当に高い気がします……」
「いや、妥当」
「ふえ……?」
「妥当」
もう一度言い直して、上杉の気弱げな反論を封じる。
土方ががっつり仕込んでいるのだ。実際、操縦手としては他のチームとやり合えているのである。
今の時代、部活の上限人数が決まっている事もあって。
代わりの操縦手を用意する、という手段は採れなくなっている。
その事もあって、基本的に試合では操縦手一人で、交代無しでやるのが普通である。サポート要員は、操縦手と同レベルの負担が掛かるので、交代している余裕は無いし。
三年をこのタイミングで出して、二年の成長の芽を摘む事は好ましくないという考えが浸透もしている。
別にうちは他と違って、特に変わった事をしているわけでは無い。
「それで、この資料をまとめてくれたって事は、何か思うところがあるとか?」
「はい。 その……やっぱり私がもっとステータスを上げないといけないのかな……って」
「ふむ……」
なるほど。
しばらく考え込んだ後。
幾つか聞いてみる。
武田に貰ったあのソフトキャンディ。効くか。
上杉は効く、と言った。
翌日は倒れてしまうらしいけれど。
試合中は、全く疲労を感じなくなる、と言う事だった。
それならば、弱点は一つ克服できた。
次は経験か。
経験については、今後試合をやっていけば良いが。上杉はもっと経験を積んでいきたい、という。
「じゃあ模擬戦をやるか。 それともエキシビジョンマッチが良いかな」
「家では多少シミュレーションをしているんですけれど……」
「シミュレーションより対人戦のがいいね。 これ対人戦をするものだし」
「……はい」
まあ気持ちは分かる。
上杉は対人戦がとても苦手だろう。
とりあえず、幾つか話をして、苦手分野の克服を上杉が願っていること。何処が苦手なのかを、自分なりに分析していることも分かった。
ならば土方としては、サポートするだけである。
助言はするが。
余計な手出しはしない。
上杉がこれ以上上に、地力で行こうとしているのだ。
余計な手出しをして、却って力を削ぐようなことがあってはならないのである。
これは、操縦手としては頼りなくても。
先輩としては頼りになった先輩達が。
色々やってくれて、身についた考え方だ。
確かにロボコンでは成果を出せなかった先輩達だけれど。
この教えについては土方の中で受け継がれているし。
後輩を育てるのに役立ってもいる。
だから、それでいい。
それで良いのである。
とりあえず、エキシビジョンマッチを組む事を考えながら、上杉とのやりとりを切り上げる。
今の時点で、エキシビジョンマッチが出来そうなロボット。
それに相手。
幾つか見る。
国際は大喜びでうちとのエキシビジョンマッチを受けてくれそうだが。同じ相手とばかり戦っても、上達の幅は小さいだろう。
だから、別の相手が良い。
情報を見繕っていく。
程なく、良い所を見つける。
うちより格下だが、エキシビジョンマッチを求めているロボコン部がある。
設立してから二年。
一年と二年しかいない部で、大会成績も万年出すロボットが失格している、中堅とも言えない弱小高だ。
だが、相手が成長すれば、かなり手強くなるかも知れない。
それにだ。
上杉には成功体験を積ませておきたい。
凹むような事ばかり起きていると、どうしても人間は精神的に参っていくものだという事を聞いている。
なんだかんだで、上杉はまだ一度も優勝の美酒を飲んでいない。
それならば、可能な限り勝てる相手を用意して。
勝てる試合をさせてみるというのも、良いかも知れなかった。
それに一試合のエキシビジョンマッチであれば。
あのやばそうなガムを口に入れる必要もないだろう。
武田とも話して、エキシビジョンマッチの段取りを組む。
相手チームはすぐに受けてくれた。
対戦項目は、円筒形ロボットである。
ただし、この円筒形ロボット。
警備用のものとする。
この間組んだ警備システムがまだ弱かった事が分かったので。
精度を上げて再挑戦、と言う事だ。
向こう側もそれで承知。
後は大会役員に連絡。
審判を出して貰う。
今回はロボコン部全員で出る。次の大会まではまだ時間があるし、何より上杉の問題も解決したのだ。
少しでも、今後のために。
弾みをつけなければならなかった。
4、燕雀と大鵬
お互いの生徒が住んでいる場所から、一番近い体育館を借りる。
其所で、警備用ロボットの試合を行う。
以前使った円筒暁に、この間の試合で用いた警備暁を組み込み。警備用ロボットとして内容をカスタマイズする。
ぽつんと広場におき。
忘れ物と思われるものや。
或いはテロに使われると思われるものが存在しないかを、確認して回る。
まずはこれが第一試験。
そして置き引きが現れたら即時で通報。
これについては、置き引き役がいつ現れるか分からないという設定にする。
要するに、空間を出来るだけ早くセンサで把握し。
何人か通る人間を監視。
その全ての行動をチェックして。
置き引きなどの犯罪者を通報するという、いわゆる巡回ロボットとしての機能が求められる。
操作については、ロボットを如何に空間内で潤滑に動かすか、という腕が求められることになり。
上杉に操縦手をやって貰う。
なお、今回は試験的に、補佐を梶原にやってもらい。
土方と武田、それに卜部は裏方だ。
相手側は一年と二年ばかりのチームで初々しい。
ロボットもぴかぴかだが。
しかしそれは早い話、キットで組んだばかりで。
まだまだ使い込んでいないことを意味していた。
ロボットのぴかぴかは、決して自慢になる事では無い。
傷だらけになり。
ぼろぼろになり。
それでなおまだ立ち上がってくる。
それが、人間には出来ない事をするロボットの誇りだ。
長年使われてきているロボコン部の古参ロボットになると、こういうのが時々存在していて。
名物と言われる事もある。
その場合、傷だらけの体は羨望の的になるし。
操縦手も感情移入して、恥ずかしい試合はさせられない、となるそうだ。
さて、試合開始だ。
今回は如何に早く、という条件なので。
こういうのに手慣れている役員が、全く同じセットを二つ作ってくれた。
そして犯人役も二人用意してくれた。
同時に登場する予定で。
お互いの試合会場は見えない仕組みになっている。
勿論不正を考慮して、色々対策をしているが。
まさかこんなエキシビジョンマッチで不正をするようなリスクを冒す阿呆は滅多にいないし。
もしいたら、其奴は病気だ。
はい、試合開始。
声が掛かる。
まあこの辺りは、エキシビジョンマッチなので。時々人力だったりするが、別に不満はない。
試合開始と同時に、円筒形ロボットが動き出す。
すっとスムーズに移動しながら、円筒暁が周囲のオブジェクトを全て把握していく。スムーズな動きだ。
それに対して相手は、冷静に丁寧に確実なチェックを試みているらしい。
判断としては間違っていない。
格上の相手とやり合うのだ。
ミスがあっては話にならない。
丁寧に試合を運ぶのは、判断としては間違っていない。
そうして格上の油断を誘う。
うちがいつもやっていたこと。
今度はうちがやられる番になったか。
上杉はすっと全体を確認し終えると、少し円筒暁を移動させ、全体を見回せる場所に移る。
これも特に指示はしていないが。
こういう大会そのものは見た事があるし。
その時に、土方はやっていた動きを見ていたのだろう。
何人かエキストラが移動を開始する。
その全てを、素早くセンサで確認して、スキャンしていく。
やがて、一人がおかしな動きをする。
置かれているバックを、手にとる。
だが、そのバック。
いわゆる作業用のもので。
中に入っているのは器具ばかりである。それもジャッキとかレンチとか、そういうの。
要するに、あれはタダの作業員の可能性が高い。
そして武田の方を見ると、あの作業員のDNAがバックに付着しているのを確認。
つまり、本人が自分の鞄を取りに来た、ということだけだ。
一応声を掛けて、確認。
だが、恐らく。
試合だったら、このタイミングで泥棒が仕掛けてくる筈だ。
確認すると、自分のものだという証拠を見せてくれたので、良しとして引き下がる。
油断なく定位置に下がった円筒暁。
当然ながら。
上杉は油断していない。
また、おかしな動きをする者がいる。
いや、さっと見た感じでは、特に異常では無いのだが。
明らかに、視線が放置されている鞄の一つを意識している。
だが。此奴が犯人だとは限らない。
こういった犯罪者は。
連携して動く事もあるのだ。
移動していく一人。
円筒暁は、センサで相手を追っていくが。
ほどなく、一人が円筒形暁との間に割り込んでこようとする。
するりと、その動きを抜けて、移動する円筒暁。
その一人が、いきなりわめき散らした。
「目の前でちょろちょろ動くんじゃねえっ!」
蹴りも入れてくる。
だが、警備用ロボットであるのなら。
これくらいの攻撃を受けるのは最初から想定しなければならない。
勿論公共物という扱いなので。
まずこの行為について通報。
勿論録画もしてある。
通報先は、当然警察ではなく。
このエキシビジョンマッチを組むとき指定した番号である。
同時に、警告音を出す。
今の隙に、鞄に手を出そうとしていた相手に、ペイントボールをぶつける。
これは相手に色がつくだけではなく。
強力な電波を発生させ、簡単に落とせないし、いつまでも追跡される強力なものである。
すぐに警備役が来て、二人を取り押さえる。
此方はOK。
さて、向こうはどうだ。
ああ、とちょっと声が漏れた。
犯人役に、円筒形ロボットが蹴り倒され、倒れてしまっている。
あまりにも乱暴な行為にショックを受けたのか、しくしく泣いている操縦手。
犯人役が気まずそうだが。
そういう役をただこなしただけなので、責任は無い。
一応、鞄に手を出した犯人役も通報は出来たのだが。
このロボットの安定性の低さは-点である。
すぐに採点が行われ。
結果はうちの勝ちだった。
まあ誰が採点してもそうなるだろう。上杉は理想的な動きをしていたし。その場にいた犯人役を含め、役員全員も納得していた。
ただなんというか。
昔の上杉以上のもろさを見せる相手チームの操縦手は。
見ていてなんというか、非常に気まずかった。
「ぴかぴかだったのに……」
ロボットにとっては、傷は勲章だ。
そう言いたいのだけれども。相手チームに、そんな事をいうのは間違っているし。声を掛けるのも良くないだろう。
補助をしていた子が、色々言って慰めているが。
そもそもあらゆる全てで慣れていないのが一目で分かるチームだった。
この結果も妥当である。
だけれども、上杉は色々と思うところがあったのか。
黙り込むと、立ち上がり。相手チームの方へ行き。円筒形ロボットを立たせるのを、一緒に手伝っていた。
「傷はその……ロボットにとっては勲章です」
上杉は言う。
普通、言いづらいことを。
犯人役は、こう言うときにはそんな事は言えない。
逆効果になるからだ。
上杉は昔から気が弱かった。
今も同じだ。
だけれども、此処で、コレを言えるのは自分しかいないと判断したのだろう。
知らない相手に対して。話をしに行っている。
これは先輩として。
止めてはいけないだろう。
無言でそのまま見守る。
武田も同じ判断をしたようだった。
「だから、傷がついたことは、褒めてあげてください」
「……」
「し、失礼します」
相手チームから逃げるように戻ってくる上杉。
相手チームはまだまだ、試合にまともに出られてもいないような弱小ロボコン部だ。だから、勝利は当たり前だが。
採点を見ると、かなり僅差だった。
多分だけれども。
上り調子の暁高校の戦績を調べて。
今まで組んでいたロボットを見つけて。
不意打ちで勝てないかを、試してみたのだろう。
まあ結果は結果だ。
かなり健闘したと言えるし。
何よりも、着眼点は悪くない。
戦略的には間違っていない判断だから、今後は期待出来るチームだ。或いはそれもあって、エキシビジョンマッチを大会側が受けてくれたのかも知れない。
とりあえず部長の土方が、まだ泣いている補佐役の子を慰めていた相手側の部長と握手して、試合終了。
エキシビジョンマッチでの戦績は良いが。
実戦での戦績でまだ優勝経験がない事に代わりは無い。
試合が終わったので、片付けは業者に任せて帰る。
帰り道。
上杉が、ぼそぼそと話をしてくれた。
「今回の試合、冷や冷やしました。 相手のチーム、昔の私みたいだったから……」
「操縦は集中できていたみたいだから、成長しているよ」
「……だといいんですけれど」
「後、最後に良く声を掛けてくれたね。 ロボットが乱暴に扱われても動じないのが、ロボコン部の最初の一歩だからね」
不慣れなロボコン部だと。
大会でああいうことが起きる事もある。
その場合は、一旦待ったが掛かり。
多くの場合、その場で試合放棄と見なされて負けになってしまう。
ロボットを操作する場合。
ロボットは、人間の代わりに傷を受け、ダメージを負い。それでも立ち上がってきたり。或いは人間の代わりに死ぬ。
それを常に考えて。
ロボットに感謝する。
ロボットは昔、人間の友達になるべき存在として生まれてきた、と言う言葉があったらしいのだが。
それは間違っている。
ロボットが求められるのは、人間の盾としての存在だ。
人間が出来ない仕事をし。
人間に出来ない仕事をし。
時には人間の代わりに破壊される。
そうすることで人間を守る。
場合によってはその体を。
或いはその尊厳や命を。
それがロボットだ。だから、ロボコン部にいる以上は、ロボットの傷を勲章と考えなければならないのである。
嘆息し。
そして、上杉に言う。
「ね、次の試合から、今回の体勢で行くからね」
「梶原さんとのコンビですか?」
「そういうこと。 うちはむしろ遅いくらいだよ。 まだ三年が現役で頑張ってるんだから」
武田が頷く。
卜部が、しらけた目で見ていたが。
まあこれはいい。
上杉は、幽霊のような見かけの梶原を怖がっていないようだし。
むしろ武田とのコンビより上手く行くかも知れない。
今回のエキシビジョンマッチで、上杉は一皮剥けた可能性が高い。
さて、次の大会は。
今回よりも、期待出来るかも知れない。
少し、希望が出てきた事を感じて。土方は、少しだけ気分が良かった。
(続)
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