魔法の腕

 

序、ロボットの根元

 

キットを買ってきたので展開する。今日は直に組む必要があったので、ハード屋指向の上杉と卜部にも来て貰っている。

此処は暁工業高の工場。

清潔で埃一つなく。

他のスペースでは、別の部活の生徒が作業をしている。

危険な機械類もあるが。

現在はセンサなどが発達しており。

こういった工場での事故は、最小限である。

それでも事故が起きるとペっしゃんこになったりはする。

工場は非常に大きな力が働く。

人体など脆い。

それを思い知らされる場所なのだ。

ともかく、キットを順番に組み立ててガワを作る。今回は、次の大会で使うロボットのガワである。

ちなみにロボットは。

アームだ。

ロボットアーム。

古くから実用で使われていたロボット。人型のイメージは強いが、実際にはこの人間の作業を代用する腕こそが、古くはロボットだった。

今回のロボコンでは、このアームの性能を測る。

なお内容だが、実践を意識したものとなる。

以前は卵を移す作業をやった事がある。

しかもウズラの卵である。

そして今回の大会は、更に難易度が上になるだろう。

アームの性能を絞る必要がある。

説明をしながら、組み立てをして行く。

組み立て用の機材についても説明をする。これらは、授業でもやっているはずだが。今回は時間を使ってここに来ているのである。一秒でも無駄に出来ない。

淡々と組み立てを行う。

作業を上杉と卜部にもやらせる。

どっちもそれなりには出来るが、まだ確認作業などが足りない。時々ひやりとさせられる場面があった。

工場では、指や腕なんて、簡単に吹っ飛ぶ。

それは、工業高校では最初に教えること。

そして工場に入り浸っていると。

簡単に忘れる事でもある。

五秒の確認を怠ると一生後悔する。

それが工場での絶対必須項目。

それを理解していない人間が、事故を起こす。

勿論過重労働で集中が乱れていたりする場合も、事故を引き起こすことがあるけれども。

それとこれとは話が別だ。

今、疲れている人間は此処にはいないが。

それでも事故は起きるのだ。

兎も角、キットの組み立てを終える。後は、自宅に持ち帰って細かい部分の修正を行う必要がある。

其所から先は上杉にやって貰う。

梱包などは自動で行えるのが有り難い。

後は細かい所を説明し、解散。

工場を出て。手続きとかを土方がやっている間に、武田が遠隔で上杉に色々と説明をしている。

今回の大会は、色々とややこしいのである。

上杉は今回もメインで出て貰うので。引き継ぎの量は多いのだ。

工場を出て、後は駅に直行。

すぐに家に帰ることにする。

それぞれ別方向の電車に乗って帰宅。途中でそれぞれ別れた。

今の時代。

高校は実家から遠くてもあまり関係は無い。

テレワークが浸透した結果である。

大戦末期はネットの寸断が起こった地域もあったらしいのだけれども。今は世界全土が同じネットの上にいる。

故にどこからでも高校に通える。学力さえあれば。

ただ、工業高校などでは、工場を利用する事もあり。どうしても工場を利用する場合は、それが不利になる事もある。

自宅での作業スペースで出来る事には限界がある。

そういうものだ。

一人になってから、武田と通話。

どうやら武田は、早速組んだプログラムを流して様子見しているらしい。

この手のハードは、如何に完璧に組んだつもりでも。

実際にプログラムを動かして見ないと分からない。

どんな優れたプログラマーでもミスるし。

ハードごとに特色があったりする。

今でも、それに変わりは無い。

「おつ。 それでどうだった?」

「んー、まだちょっと危なっかしいかな」

「何とかうちらが卒業するまでに一人前になってくれるかなあ」

「どうだろうね」

こればっかりは。

やってみないと分からない、というのが実情だ。

そもそも上杉は気弱で、部長に向いているか分からない。卜部が好き勝手に部を仕切るのでは無いかと心配である。

だから成功体験を積ませたいのだけれど。

武田が側にいる状態で勝っても。

それは勝利には必ずしもつながらないだろう。

梶原が側にいる状態で勝てるのなら。

成功体験につながるかも知れない。

上杉が一年の頃は、殆ど暁高校はロクな成績を上げる事が出来なかったし、先輩達も頼りにならなかった。

故に、今こそ。

どうにかして、成功体験を積ませて挙げなければならないのである。

「ともかく、優勝は一度で良いからしたい」

「……ちょっと違う」

「うん。 私達が手助けだけで、優勝という実績までいきたい」

「そうだね」

そろそろ自宅だ。

電車を降りて、駅から家に向かう。

空には立体映像が出ていて、現在の残存資源量が表示されていた。

どこの国でも今はやっている事だ。

食糧や燃料は大丈夫だ。人口が減った分、かなりの余剰がある。そして現在、世界の人口は横ばい。

今後食糧で人類が苦労する事はないだろう。

問題は銅などの鉱物資源。

それにレアメタル。

人類がやっていくために必要な稀少資源は。

戦争で殆どが失われてしまった。

今、必死に大国が連動して宇宙コロニーを作っているが、長期間滞在可能なコロニーを作るには、まだ技術が足りない。

小惑星をキャプチャして地球に引っ張ってくるのもしかり。

また、いわゆるスペースデブリが、先の大戦で凄まじい事になっており。

現在、試験衛星を打ち上げるのも大変、というのが実情である。

月には試験的なコロニーが作られているが。

それもまだまだ試験的。

選ばれた宇宙飛行士が、わずかに赴けるだけ。

多数の人々が宇宙に出向くことは当面無理。

そして、資源の枯渇は目に見えて迫ってきている。

脅しでは無い。

空中に立体映像で出されている残存資源は。

本当に、人類が追い詰められている良い証拠なのだ。

地球もいい加減我慢の限界に来ている、という事である。

自称万物の霊長が。

地上を荒らしに荒らし。

資源を食い散らかし。

挙げ句の果てに、人類以外の生物を根こそぎ焼き払った挙げ句に。

地球という奇跡的に生命が発生した星を、無茶苦茶にしようとしている。

これがいわゆるガイア理論が実在する世界だったら、地球が人類を排除しようと動き出していてもおかしくない。

それくらい、今の状況は厳しいのだ。

だから高校生である土方達にも、積極的に技術研磨を求められているし。

それに答えてロボコンに出ている。

そしてロボコンで創意工夫された技術の中には。

すぐに民間採用され。

第一線で活躍しているものもある。

現在、ホームレスという存在はいなくなり。

人的資源も大事にされているのは。

そうしないといけないから。

むしろ富裕層という存在が、無能なだけの金食い虫だという事が先の戦争で明らかになってしまったことで。

逆にようやく人類は。

古くから続いた、王族や貴族は優秀だという妄想から脱却することが出来たのだとも言える。

とはいっても、ボンクラがやっていくための政治システムである民主主義は、それが理想だとはとても言い難い。

結局の所、土方が高校を出たころにも。

大人が苦労して状況を打開できるかというと。

厳しい、というのが現状だろう。

家に戻る。

両親はテレワークを終えて、夕食を作り始めていた。

武田はもう今の年で一人暮らし。

上杉はシングルマザー。

梶原と卜部も、あまり家庭環境は良くないと聞いている。

武田に至っては、十五の時に親との縁を役所で切ってきたと聞いている。まあ武田の母親は、男と一緒にまだ幼い武田を捨てて逃げたらしいので、まあ妥当だろう。今頃何処で何をしているか知らないが、のたれ死にするのがお似合いである。

おいしくもない夕食を食べながら、仕事の話を聞く。

あまり良い話はない。

どこの国も今はかつかつ。

苛烈な汚染に晒されて、人間の住めなくなった広大な土地から、資源をどう回収するか。

それが父がやっているサルベージ屋。

勿論人間が直接赴くのでは無い。

重武装の多脚型や無限軌道を装備したロボットを投入して、少しずついける範囲を拡大しているのだ。

中東やアフリカ、中央アジア、それに旧ロシアから中華。アメリカの一部。

完全に無人地帯化した場所は幾つもある。

かといって、そう言った場所に都合良く資源があって、人類の寿命を延ばせるかというと、それはノーだ。

一方母は、スペースデブリの処理に関して、技術の錬磨を続けている。

凄まじい速度で宇宙を飛び交っているスペースデブリは、それこそネジ一つでも宇宙船を撃墜する超危険な存在である。

オートで動かすロボットによってこれを地球に落下させ。

或いはキャプチャして回収し。

再利用する。

これらの作業を、遠隔で行う技術の錬磨を続けているのだが。

何しろスペースデブリが多すぎるので。

上手く行っていないのが現状だ。

どちらも古くの次代から見れば、「凄く未来的な仕事」に思えるかも知れないが。

実際には極めて泥臭い。

前大戦では、当然宇宙にまで戦禍は拡がったので。

デブリを回収してみれば、人間の死体だった何て例は珍しくも無いのである。

とにかく、今地球は内部も外部も、万物の霊長を自称する人間とか言う生物のせいで大変な事になっている。

故にこれらの仕事は未来的でも何でも無く。

やらかしたことを片付けているだけ。

いうならば、ドブさらいに近いのが現実だった。

「母さんは、そういえば何だか大きなデブリの片付けに入るんだって?」

「ええ。 記録を探しているけれど、どうもはっきりしなくてね。 多分大戦で消滅してしまった国が、国威高揚のためだけに打ち上げた衛星らしいのよ。 変なものを積み込んでいないか調べておかないと」

「うわー……」

「今、宇宙ステーションと連携して、ロボットを動かしている最中。 内部の様子を確認する限り、変な細菌兵器とかはいないとは思うけれど、どんな汚染されているか分からないし、投入したロボットごと衛星軌道で焼き切ることになりそうね。 剥落した部品は全部回収して、これもまとめてネットごと衛星軌道に放り込まないといけないだろうけれども」

嫌な話ばかり聞かされる。

しかし、実は父よりはマシだろう。

「無人地帯」というのは、要するに人が住めない場所。

そっちの方は。

早い話が死体だらけだと言う事だ。

蠅も集らない、朽ちていく死体。

そんな中をロボットを進ませ。

少しでも資源を回収し。

汚染の種類を調べては、回復出来ないかを確認する。

そんなサルベージ業は、遠隔のロボットで行うにしても、責任重大だ。嫌と言うほど恐ろしいものおぞましいものも見る。

大戦で人間は歴史上最大の業を積み上げた。

文字通り悪夢としかいう他ないものも、嫌と言うほど見る事になる。

PTSDになってしまう人も少なくないと聞いている。

父は大丈夫だろうか。

それはいつも、土方の不安事項だった。

「早くお前も一人前になってくれ。 それと、養子を取るようにと政府に言われている」

「デザイナーズチルドレン?」

「ああ……」

「そう……」

生活が安定している人間が多い今の時代だけれど。

家族制度が崩壊して時間も経過している。

土方の家のような、両親が揃っていて、仲も良い家はそう多くは無い。

そういった家には。

無作為に遺伝子情報を組みあわせた、デザイナーズチルドレンを引き取って育てることが要求される。

非人道的行為だという声も初期には上がったらしいが。

現実問題、それをやらないと滅ぶところまで人類は来てしまっている。

普通に子供を育てている土方家のような家庭が例外、という状況なのだ。

大学院のロボコンになると、育児用ロボットを扱ったりする。

そういうものだ。

「どんな子が来るの?」

「女の子だとしか聞いていない」

「……」

「お前は大学にはいかないんだろう? 家はでないって聞いているから、育児用のロボットを買わないといけないな」

無言で頷く。

両親はテレワークとはいえバリバリに働いている。

これから土方だって働く事になる。

来年には、ロボット関係の企業一年生として、ばりばりと働く事になるだろう。

それを考えると、子育てに関わっている余裕は無いし。

政府が主導で進めている育児用ロボットの普及に貢献するしかない。

そしてロボット関連の企業に就職するとなると。

或いはロボットのモニターとして、データを集めることを要求されるかも知れない。

今の時代、子供が独立して新しい家を持つ、と言う事は歓迎されない。

一時期核家族化を散々マスコミが煽り、独立しない人間を馬鹿にした結果。

核家族化が過剰進行。

ろくに育児が出来ない人間が量産され。

そういった人間をカモにした悪辣な育児ビジネスが横行したからである。

また核家族化の過剰進行は、老人の孤独死を大量に発生もさせ。

三世代で生きる人間の仕組みを崩壊させもした。

結論から言えば、人間という生物は、三世代で生きる存在で。それをああだこうだ理屈をつけて崩壊させた結果。

人類の文明も駄目になってしまったと言う事が分かっている。

かといって、いきなり方向転換は難しい。

故に、育児や介護に関しては、ロボットが必要なのだ。

育児用ロボットが何処までやれるかは。

専門家として、土方が見なければならないだろう。

食事を終えると、皆寝る。

自室から外を見る。

家はあまり多く無い。

ぽつんぽつんと建っている状態で。家の建築費も安い。土地も同じく。

もしも三世代住宅にするなら、政府が支援をしてくれるほどだ。

無言で口を引き結ぶ。

地球が人口爆発して、その結果滅ぶのが良かったのか。

それとも今のように、激化した戦争で資源を使い果たし、大慌てで再建をしている今の方が良いのか。

土方には、よく分からなかった。

 

1、腕は踊る

 

ロボットアームの大会に向けて、部活を開く。

ガワの組み立ては終わっているので、今はアームの調整を上杉が行っていて、それを卜部が補佐している。この微調整は、家で行ったり、遠隔で工場で行ったりと、色々苦労しながらやっている。

プログラムの組み立ては、現在梶原がメインでやっているが、其所に武田が色々補助をしている。

やはりかなり梶原のプログラミングは独創的で。

武田が困っているようだった。

ただ、腕が悪いというわけでは無く。

わかりにくいもののきっちり動いてくれる。

昔はプログラムの挙動に関係無いコメント行の書き方やらまで口を出すプログラマーが存在したらしいが。

今の時代は、とにかく技術を進歩させることが最優先。

そんな事をやっている暇は無い。

プログラムをガリガリ書け。

試行錯誤しろ。

基本を教わった後はそれだ。

プログラム部もある。プログラム大会が行われるが。

それらでは、想像を絶する個性的プログラムがたくさん出てくるらしく。

審査をする人間の負担は小さくない、と言う事だった。

土方は遠隔で単体試験を実施しながら、それぞれサポートをする。

もう単体試験も上杉や梶原に任せたいのだが。

そうもいかないのが実情だ。

予定通りに動くかどうか試す単体試験は結構手間暇が掛かる。単体試験用のプログラムを組むケースもある。

今回はロボットアームなので、さほど大変では無いが。

敢えて意図していない動きを指示した場合、どう動くか、というのはかなり重要だ。

デバッグに近いが。

実際問題、ロボットのパワーは人間とは比較にならないのである。

もしも暴れ始めた場合は、大変な事になる。

人死にを防ぐためにも。

事前に徹底的な調整は、絶対に必要不可欠なのである。

フローの状態を確認。

現時点ではそれほど大きなトラブルは起きていない。大会には充分に間に合うはずである。

いくつかアドバイスをした後、小さな問題を挙げて、解決するように指示。

幽霊のように頷いた梶原。

廃墟に放り込んでおいたら、映画が撮れそうな迫力である。

一方上杉は相変わらず自信なさげである。

ハード屋としては力は悪くない。

ただ、昔だったら、何処の会社でも面接で突っぱねられていたかも知れない。

土方が聞いた話によると、昔は体育会系と呼ばれる精神論者が社会の上層を独占していたらしく。

何処の会社でも、如何に体育会系指向であるか、が重視されたらしい。

これは「上下関係を理解している」のが理由であったらしく。

要するに従順で壊れにくい、というのが要因だったようだ。

まあそんな事をしていたから、人材はどんどん取りこぼしていったわけで。

戦争も決定打になり。

地球人類は致命的な人材と技術的なロストを引き起こしたわけだが。

昔は、この国でも毎年自殺者が三万人前後出ていたと聞いたら、殆どの人間が青ざめるが。

これはれっきとした事実である。

いずれにしても、今は上杉が取りこぼされることは無い。

それだけは良い時代だ。

不意に卜部が言う。

「そういえば土方先輩」

「どうしたの?」

「こういう工場で使うようなロボットアームはいいんですけどぉ。 いわゆる義手とかはまだ扱えないんですか?」

「それは大学からだって聞いてるよ」

ふうんと卜部が言う。

そういえば。

卜部の家では、義手を使っていると聞いた事がある。

まあ理由は簡単で。

戦争で失ったのである。

まだクローン技術による再生医療は実現しておらず。

これも必死に技術開発されているらしいが。

まだまだ実用化には遠い。

噂によると、一部の軍では部分的に実用化していたらしいのだが。

デザイナーズチルドレンは作れても、同じ人間の手足は上手に作れないというのだから、まあ妙な話ではある。

「義手を作りたいの?」

「ああ、言ってませんでしたっけ。 私義手なんですよ」

「……え」

「試験的に提供されてるもので、結構お高いんですけれど、壊したら生活が借金で吹っ飛んじゃうらしいので……扱いが冷や冷やですね」

初めて聞いた。というか、卜部自身が義手だったのか。確かに嘘をついている訳では無いが、度肝を抜かれた。

武田さえ度肝を抜かれた様子で卜部を見ている。

此奴。

こんな事、どうして先に言っていなかったのか。

しかし、話を聞く限りだと。

使っているのは、恐らく最先端技術による義手だ。

実際、今まで気付けなかった事もある。

それほど精度が高く。

そして高級な義手と言う事だろう。

そういえば。

ドローンが嫌いだと言っていたが。

まさか。

咳払いしたのは武田である。

「とりあえず、卜部さん。 次の試合から上杉のサポートに回って貰おうかな」

「ちょっと、まだ早くないかな」

「梶原さんはもう私のサポートに回ってるでしょ。 というわけで部長、よろしくね」

「……」

思わず苦虫を噛み潰してしまう。

こんな話を聞かされた後だとやりにくいが。

しかしロボットアームの大会で、実は義手だった人間がデビューしなくてもと思う。

だが、大会は既に四回目。

今年だってもう三分の一が終わっている。

そろそろ、一年の卜部にも、本格的に関わって貰うタイミングか。

分かったと、土方はため息をつきながら応える。

いずれにしても。

いつかは始めなければならなかったのだ。

仕方が無いので、早めに部活を切りあげ。

卜部と二人で個別チャットを開き、色々と指示を出す。課題を出しておいて、解決するように言うと。相変わらず無駄な色気の籠もった声で、卜部ははあいと応える。

色々釈然としないが。

今の時代義手義足の人間は珍しくも無い。

言ってくれれば良かったのに。

もう一度、土方は苦虫を噛み潰していた。

どちらかといえば卜部は苦手だったのだが。

ますます苦手になった気がする。

 

大会が近付いてくる。

前回の大会のような抜き打ちがないか、大会のHPをチェック。仕様の変更は無い。それならば大丈夫だろう。

ロボットアーム暁と名付けたロボットアームは、順調に仕上がっては来ているが。

まだまだ完璧に動くとは言い難い。

単体試験と結合試験は難易度が違う。

個別には動いても。

結合試験になると、急に動かなくなるケースは珍しくもないのである。

これはプログラムにちょっとでも触った事がある人間なら、誰でも知っていることだが。

今の時代も、残念ながらこの仕様に代わりは無い。

特にオープンソースのプログラムを安易に導入した場合この傾向が強く。

最新鋭のハードにオープンソースのプログラムを突っ込んだら。今までのハードで動いてくれたのに、ぴたりとも動かなくなるという現象は珍しくもない。

というわけで、念入りに土方は結合試験を続ける。

案の定、こればっかりはバグと無縁ではいられず。

武田に幾つも発見した不具合を送る。

それを梶原と相談して直しながら。

次につなげていく。

最悪、ロボットアームの大会に出ないことを選択する事も必要だ。いわゆる勇気ある撤退という奴である。

だが、その場合でも。

更に次の大会に備えて。

このロボットアーム暁は、完成させなければならなかった。

黙々と作業をしていると、卜部が話を振ってくる。

この間から上杉の補助……事実上今大会で上杉の補助をしている土方の更に補助になるが……。その練習をさせているのだが。

その関係で、絡む事が多くなった。

卜部は梶原のように最初からある程度プログラムが出来る訳では無い。

中学時代からロボコン部にはいたが、其所は弱小高で、部活としてもあまり活発では無かったし。

大会での活動履歴を見る限り、中学三年になってからも、卜部は特にこれといった実績を上げていない。

しかしながら、義手であると言うハンデについてはようやくこの間聞いたし。

或いは中学では明かしていなかったのか。

それとも義手というハンデを後から不意に口にすることによって。

何かしらの地位を部活内で占めていたのだろうか。

ちょっとこの辺りはよく分からない。

「それで、操縦の補佐についてだけれども」

「聞いていますよぉ」

「それじゃあシミュレーションで」

シミュレーション用のソフトを動かす。

こういうのは市販でもあるし、フリーソフトでもある。フリーのは文字通り出来がピンキリだが。

うちのは武田が弄って精度を上げている。

まあオープンソースのフリーソフトなので、多少弄るのは大丈夫だ。

売ろうとしなければ。

卜部は操作に関しては、見ていてそれほど不安は無い。

だが補佐となってくると、何か妙にぐいぐい来る所がある。

土方が操作しているところに、変なところで割り込んでくる事があり。

何回かストップをかけた。

「んー、ちょっと補助に入るタイミングが独特かな。 もう一回」

「はーい」

別に語尾を伸ばす事を起こることはない。

卜部はなんというか、この間正体を現してから、闇が深くなった印象だ。

見た目は闇深な梶原は、別に本性を隠しているというような事も無く。ただ見た目が幽霊っぽいというだけだが(まあ思考回路もかなり独創的ではあるが)。

卜部はなんというか、得体が知れないところがある。

良い人を見つけて結婚したいと話していた事があるが。

あれも何処まで本当かどうか。

実際問題、本気ならもう現在、結婚出来る年である。今は15から結婚が許されているのだから。

またテスト中に、変なタイミングで割り込んでくる。

ストップを掛けて。

一旦AIに審査させる。

土方の判断が妙なのかも知れない。

例えば、超反応で卜部が何かしらの事に反応している可能性がある。

自分のやり方と違うから否定する。

そんな悪しき考え方は、前時代に消滅した。

だから、一旦何かおかしいと思ったら、外部監査に晒す。

それが現在の普遍的なやり方だ。

AIに審査させるが。

このAIは現在色々なサポートをしている国家サービスの一つであり。

この国でも最高レベルの技術者が開発とアップデートをしていて。

公開サービスとして用いられている。

かなり便利なので土方も使っているが。

それを使っても、やはり卜部の介入タイミングは独特、と出た。

問題を起こす寸前に止めている訳でも無い。

かといって、介入が入った後に何かしら不足の時代が起きているという実績もない。

勘、というのは実在する。

確かに動物的な勘を働かせて、驚くべき操縦テクニックを見せる相手は、何回か土方も見た事がある。

例えばこの間エキシビジョンマッチで対戦した国際の二年生であるグエンなんかはそうである。

だが卜部がそうかというと違うと思うし。

AIも違うと判断している。

少し悩んだ後、聞いてみる。

「卜部さん、何か介入するのにタイミングとか理由とかある?」

「いや別に……」

「うーん、何か問題があると判断してから介入して。 色々データを調べてみたんだけれども、どうして介入しているのか分からないタイミングが多くてね」

「分かりましたあ」

まあいい。

兎も角、こういうのは数をこなす必要がある。

今は大会で上杉の補佐を現場では武田が。そして裏では土方がやっているが。

いずれこれを卜部に代わって貰う。

その時には卜部には、土方を超える存在になっていて欲しいのである。

まあ流石にそれは無理だとしても。

テクニックについては、ある程度引き継ぎをしておきたい。

勿論これは上杉にも言える。

現時点で、上杉の操縦技術は土方に劣っている。

かといっても、この時点でまだ三年が出張るのは好ましい事では無い。ともかく、後続を育てろ。

人材育成は、高校の時点で徹底される。

使えないなら弾け。

そういう風潮が、人材の払底を招いた。

ならば、使えないなら使えるようにする。

それだけのことだ。

「じゃあもう一回行ってみよう」

「はあい」

シミュレーション開始。

またか。

変なタイミングで介入が来たと思ったら弾く。

それを何回か繰り返して、データを取る。

卜部が介入をしてくる法則性を理解すれば、それの何がまずいかを解析することが出来る。

解析できれば、まずいところを直して貰える。

単に怒ったり叱ったりするだけでは何の解決にもならない。

この辺りは、大会では頼りにはならなかったけれど。

先輩としては頼りになった、去年の三年に教わった事で。

実際土方も、間違っていないと思っている。

またシミュレーションをやる。

パターンを兎に角見つけなければならない。

何もいきなり悪意に取る必要はない。

卜部なりに、何かしらの意図があって介入している可能性もある。そのパターンを見つけられれば。

上杉に対するサポートをするときにも、役に立つかも知れない。

ちなみに卜部自身に操縦を任せた場合。

実力はまだまだ、である。

流石に上杉を差し置いて、卜部に操縦をやらせるのはまだ勇気がいりすぎる。黙々と、何回かシミュレーションを行い。

そして、パターンの割り出しに務める。

とはいっても、簡単にパターンが割り出せるほど簡単なものでもない。

三十回ほどデータを取り。

今日は一旦此処で切り上げる。

ため息をついて、卜部に上がって貰い。

総力を挙げて解析。

武田にも解析を頼む。

武田は今、丁度単体テストの真っ最中で疲れている所だが、こればっかりは仕方が無い。

次の大会よりも。

次の人員だ。

当たり前の話で。

大会なんて、所詮大会にすぎない。

今はどう人材を育成するかで。

それは大会などと言うものに優先しない。

古くは、部活はこの大会とかいうものに、人命を優先させるケースさえあったと聞いているが。

今はそのような悪習は無い。

武田はデータを見ると、小首をかしげていたが。

やがて、ツールを紹介してくれる。

癖を割り出すツールだ。

だが、あまり聞いた事がないツールである。

「何コレ」

「かなりマニアックなツールだけれど、結構マニアの間では有名なツールでね。 ただ乗せてるサーバの能力が貧弱で、解析を頼むと八時間くらいは掛かると思う」

「それ人力じゃないの?」

「まさか。 流石にそれはないよ」

武田が苦笑いする。

驚異的な勘で、他人の癖などを見抜く者はいると聞いた事があるが。

プログラムも含めて癖を見抜くのは流石に無理だろう。

ミステリに出てくる名探偵でも不可能だ。

ともかく、教わったツールに現状のシミュレーションの結果を流し込む。確かに処理には八時間弱と出た。

これなら明日の朝には終わっているだろう。

とりあえず、今日は一旦終了する。

ため息をついた。

大会はまだまだある。卒業するまでに、次のを含めて後九回くらいは大会に出たいところである。

それが、未来のためでもある。

ベッドに横になって、目を閉じる。

何を考えているかよく分からない卜部だけれども。

悪意があると決めつけるのでは無く。

しっかり、その真意を見極めていきたい。

 

翌日。

解析結果が出たのを、朝一で回収。授業を受けながら、並行で結果を見ていく。

流石に武田が紹介してくれた解析ツール。

あらゆるデータを解析してくれていて。

実に分かりやすい。

ただ分析量が膨大すぎて、なるほどこれは時間が掛かるわけだと苦笑してしまった。恐らく個人で立てたサーバで処理をしているのだろう。そしてマニアしか利用していないから成り立っている、と言う訳だ。

ただでこれだけの分析をしてくれるなら、もう頭を下げるしかない。

本当に善意でやってくれているのだろう。

或いは何かしらのデータを集めているのかも知れないが。

これだけやってくれたのだから、多少は我慢するしかないだろう。

ともかくデータを見て行くと。

おぼろげながら、土方が介入するタイミングについて、方向性が分かってきた。

授業が一段落して、昼休みになる。

昔はこの昼休みも色々と鬼門で。

スクールカーストがモロに関係し。

立場が弱い生徒は酷い目にあっていたらしいが。

リモートワークで授業を受けている今は関係無い。

黙々とリモートワークを切って、家で食事をするだけである。

昼メシを終わらせた後は、内容を確認。

どうやら間違いないらしい。

授業を午後の分まで終わらせ。

そして、部活に移行。

まず卜部に、個別チャットで結果を知らせた。

「卜部さんさ、操縦に利き手使ってないでしょ」

「! よく分かりましたね……」

「ああ、やっぱりそうか」

いくら何でもと思ったのだが。

反応速度が遅すぎるし、まちまちなのだ。

多分だが、卜部は義手の方を使っている。

義手はデータが幾らでもほしいはず。最新型のを使わせて貰っているとなると、なおさらだろう。

政府側からの要求は。

多分義手をありとあらゆる場面で使用して、データを集めること。

要するに卜部の義手は、見かけの出来はそこそこ良くても。

色々な場面で誤爆している、と言う事だ。

「あー、流石は先輩か。 ちょっと舐めてたかもしれないです」

「別にそんな事はいいけれど、困ったねそれ」

「義手は昔から使ってたんですけれど、やっぱり色々不具合が多くて。 クローン技術については今政府で必死に研究していて、私の腕もクローン医療で治してくれるって約束はされてるんですが……交換条件で、この義手を必要量使ってデータを集めろって話されてるんですよぉ」

まあそうだろうなと土方は納得。

嘘をついているとは思えない。

というのも、政府にしても無尽蔵に金を放出するわけにはいかない。善意で技術を放出しているわけでもないだろう。

だから、見返りとして。

使用したデータを寄越せ、というわけだ。

「いずれにしても反応がメタメタだから、せめて大会の時は利き手を使ってくれる?」

「いや、それが。 ロボコン部に所属してることもばれてまして。 試合では義手を使うようにって」

「……」

そうかそうか。

そうなると厄介だ。

卜部家の家庭環境は知らない。

卜部は元々良く分からない奴だし、前に見せたドローンへの嫌悪感からしても、大戦中に何かあった可能性は高い。ましてや義手である。

借金がある可能性もある。

今の時代、金融機関は政府が全て掌握しているが。

借金がある場合は、政府に借りを作ることになる。

卜部の場合は、それが義手なのかも知れない。

勿論手を切りおとして義手にした、と言う事は無いだろう。今の時代は、人材が何よりも大事だからである。

だが、元から粗悪な義手を使っていたのなら。

それは、政府としても。

技術振興、復興のために。

交換条件として、良い義手を提供する代わりに、データを寄越せともなる訳だ。

色々難しい。

政府を一概に責めるわけには行かない。

ただし、この義手が見た目だけ優れていても。

機械類の操縦関連で、問題を引き起こしているのも事実である。

政府に報告をしているのかを確認したら。

全てのデータが全自動で取られているという事だった。

それはプライバシーも何も無いような気がするが。まあその分、相応の報酬や生活支援も受けているのだろう。

「とりあえず、なんとかしよう。 その義手、見かけは良いし、動くんだろうけれど、精密動作には致命的な問題があるみたいだし」

「先輩。 粗悪品の義手、使ったことあります?」

不意に卜部の声が冷える。

勿論土方だってそれは分かる。

「錆びる。 幻視痛がある。 みかけがもう人間の腕じゃない。 その辺りは知っているよ」

「だったら、今の義手が良いと思う私の気持ちも分かるんじゃないですか」

「悪いけれど、それとこれとは話が別だよ。 確かにそういう義手を使う苦しみは分かるけれど、今後のためにもその義手に縛られ続けるのは卜部さんのためにもよくない。 データ取りが必要なら、早めに終わらせないと」

「……」

ともかくだ。

今回の大会は、何とかこのラグだらけの義手で乗り切るしかない。

それを伝えると。

卜部は頷いた。

ただし、サポートについては口頭で行って貰う。

それも納得して貰った。

「政府には義手の精度を上げるように頼むしかないね」

「これでも月に二三回アップデートはしてるみたいです」

「……」

そうか。

それではこれ以上、文句は言えないか。

昔の政府は知らない。

無能だったと聞いているけれど。まあその通りだったのだろう。

今の政府は、少なくとも世界大戦を終わらせて。世界から戦争を根絶する程度の能力は持っている。

それはとても凄い事なのだと何処かで聞いた事がある。

かなりの高確率で、人類はこのままだと最後の一人に至るまで、殺し合っていたのだろうとも。

それを回避したのだから。

今の各国政府は相応に凄い、というのは事実なのだろう。

だからといって、卜部の義手が見かけだけ良いポンコツなのも事実。

早くクローン医療の更なる安価化と、義手の高精度化を進めてほしいのだが。

それにも、やはり技術の革新が必要なのだろう。

そしてその技術は。

無意味極まりない戦争で、多くが失われてしまったのだ。

皆で再生していかなければならない。

21世紀中盤の戦争は。

意外にも、多くの人々が望んで始まったという。

と言う事は、人間はそれだけ馬鹿だと言う事だ。馬鹿なのが分かりきっているのだから、どうにかしてそれを克服しなければならない。

ため息をつく。

卜部が妙に生々しい考え方をしている事が。

分かった気がした。

 

2、現在のロボットアーム

 

古くから、文明というものは労力を削減するために発展してきた。

近年で言えば、電子レンジなどが分かりやすいだろう。

あれほど分かりやすく便利な労力削減機械は他に無い。

洗濯機もそう。

また、芸術は文明に余裕があればあるほど細緻になり、優れたものが出てくる傾向にある。

これは衰退期のローマ帝国の彫刻などを見ると顕著だ。

技術もまたしかり。

しかし現在の人間は、資源の枯渇が間近に迫っている。

技術の錬磨を急がなければならない。

そして、「少数精鋭」等というものが、何の役にも立たない事が、前大戦までの21世紀の歴史ではっきりしてしまった。

総合的な人間の技術力を上げること。

人類が激減し。

増える事もなくなり。

資源も底をつきかけている今。

それだけが、人類を救う道だ。宇宙に急いで出て、資源を補給しなければ。やがて全員が餓死する。

一部の人間に富を集中している愚行はもはややっている暇が無い。

そんな事をしていたから。

21世紀は破滅の時代になったのだ。

いや、違う。

21世紀までそんな事を続けていたから。

人類はこのような事になってしまった、と言うべきなのだろうか。

いずれにしても。

ロボットアームの技術は極めて重要。

ロボコンでも、そこそこ強いところが出てくる。

何とか調整が終わったロボットアーム暁を大会に出し。そして、会場に上杉と武田で出向いて貰う。

今回も武田は可能な限り補助に徹し、メインのサポートは梶原。

そして操縦手は上杉。

サポートは土方でやるけれども。

今回から卜部も、可能な限り手伝いをして貰う事になる。

会場の様子が映し出される。

今年ももう三分の一が終わっていると言うこともあり。

出足が遅いロボコン部も、大会に出始めていることもあるだろうか。

ロボコンでは、円筒形が一番人気だが。

ロボットアームのコンテストも、かなり人気のあるジャンルだ。

というわけで、参加校は実に60。今年参加した大会で、最大規模である。

この規模になると、半数が脱落するのが普通のロボコンであっても、二日、三日と試合が続く事がある。

基本的に学生に負担を掛けないため、あまり遅くまで大会をやらないようにするための工夫である。

まあ当然の処置だが。

昔はそんな当然すら、守られていなかったそうだ。

まずはいつも通り、動かなかったロボットと、それを出品した高校が読み上げられていく。

今回脱落したのは33校。

27校で、優勝を狙っていくことになる。

見ると、国際が出てきている。

他にも強豪が幾つかあるが、いずれにしても決勝まではぶつかり合いになりたくないものである。

大会開始のスピーチは出来るだけ短く。

これについては徹底されている。

試合は、今回はロボットアームのロボコンで、それほど場所を取らない、というのが理由であるから。それに参加校も多いからだろうか。

四試合ずつ、試合会場の体育館で同時に行っていくことになった。

うちは7試合目だから、二セット目で試合になる。

一応、今回も脱落しなかった。

強豪校でも運が悪いと最初の時点で脱落することがあるのがロボコンだ。大学のロボコンでも三割は脱落する。

うちは今のところ。

今年の大会で、一度も脱落はしていない。

「東山は出てきていないね」

「その代わり京都西が出てきてる」

「うん」

武田とチャットで話す。

前回の大会で、かち合うかも知れなかった強豪京都西。

今回は姿を見せている。

強豪校でも落ちる事はある。

それが分かっていても。

前回の結果、つまり不戦敗という結果は。本人達としても、相当に屈辱だったのだろう。

一方ドローンに特化しているからか、前回の試合で大暴れした西園寺の姿は見えない。

西園寺は元々ドローンの技術だけに特化しているようだから。

ロボットアームのロボコンである今回は見送っていてもおかしくない。

ただでさえロボコンはたくさん開催されているのだ。

基本、ランクごとに別れて開催されるものだが。

中には無差別級なんていう、要するに参加人員を一切絞らないロボコンも存在している。

余程自信があるなら、其方に出ると言う手もある。

さっと確認したが、西園寺は一週間先にあるドローンのロボコンに出る予定のようだ。と言う事は、今回のロボットアームには興味が無いのだろう。

試合会場が準備されている。

ロボットが運び込まれる。

今回もそうだが。ロボコンで最も重視されるのは、タフネスである。機械というのは、必要な時に動かなければならない。

どれだけ劣悪な状況でも。

いつもと同じように動かなければならない。

ロボコンで敢えて連戦をさせるのは、この消耗を敢えてさせる事によって、機械のタフネスを検証するため。

そしてタフネスがあるロボットは、信頼性をやがて得ていくのである。

これは円筒形だろうがドローンだろうが、同じ事である。

やがて人型が普及すると言われているが。

それでも同じだろう。

「試合開始!」

ホイッスルが吹かれる。

この試合開始の合図も様々だが。

今回はホイッスルだった。

まあ大会を運営している役員が、どんな状況でも試合が出来るようにと、色々敢えて変えているのだろう。

可変性と柔軟性。

それが試されるのが、現在のロボコンだ。

固定されたロボットアーム。

それにつながった操縦桿。

皆、無口のまま。

少し離れた所にある相手と、速度と正確性を競っていく。

まず最初に行うのは、ブロックの積み直しである。

ブロックと言っても、一メートル四方ほどある非常に大きく、しかも薄いものである。

その上素材は発泡スチロール。

要するに下手な力を入れると折れてしまう。

今回の大会では、厳しい事に、これが折れた時点で失格となる。

ロボットアームは、特に繊細な制御が必要になるもので。

此処で折れてしまうようでは、話にならないのである。

さっそく、一校外れが出た。

折れてしまったのだ。

すぐに失格の判定が押される。こればかりは、事前に大会のHPに記載されていることなので、仕方が無いとも言える。

発泡スチロール板の積み直しが終わった時点で、チェックが入る。

此処ではいきなり退場は無いが。

その代わり、傷がついていると減点が入る。

まあ当然の事だろう。

次。

今度は、いわゆるマザーボードに、メモリを差す作業となる。

いきなり難易度が上がるが。

これくらいはできないと駄目、というのは分かる。

自作のPCに手を出した人は知っているだろうが。

メモリを差すというのは結構面倒くさい作業で。

マザーボードそのものを確認し。

メモリもしっかりはめ込まなければならない。

そして、サーバールームでは。

結構古いPCが現役で動いていて。

意外に重要な場面で動いているため。

外せなかったりするのだ。

コレを考えると、ロボットアームが修理作業を行えるためには。色々と面倒な細かい作業を。

人間と同レベルの精度で行えなければならない。

勿論メモリをマザーボードに差す以外にも色々あるけれども。

今回の大会では。単にこれが採用されただけだ。

旧式の、もう壊れてしまっているらしいマザーボードが何枚か用意されており。

これが固定されている。

此処に、メモリを差す。

ロボットアームを動かす生徒達が緊張しているのが分かる。

上杉が、ひいっと小さく悲鳴を盛らしたのは。

非常に緊張感が強烈で。

彼女の所まで漂ってきているから、だろう。

ヤジや応援の類は一切無い閑かな空間で大会は行われているが。

それでも気迫というものは、どうしても伝わるものなのである。

まあそれはそうだろう。

そして当然ながら。

メモリを破損したら其所までである。

幸い、第一から第四試合(第三試合は既に終わっているが)の間では、メモリ破損は起きなかった。

「其所まで」

操縦主達が、大きくため息をついているのが見える。

今のは緊張しただろう。

そもそもロボットアームの操作にしても、かなりの部分をAIに依存する。プログラマーの腕で、細かい部分の補正をサポートする。

人間と同等以上にやれなければ意味がない。

高校の大会ですら。

その精度が要求されるのが、現在のロボコンである。

続いて第三の課題。

今度は、豆腐の入った皿を、ベルトコンベアに移さなければならない。

とても繊細な作業が必要になる。

豆腐は崩れやすいように、敢えて深皿ではなく平皿に乗せられていて。

まずは皿を掴み。

そして運んで。

その途中で落とさないようにしなければならない。

これを四皿やる。

非常に厳しい作業だ。

人間なら、難しくは無いだろう。速度次第だが。

だが、これをロボットアームでやるとなると。

途端に凶悪度が増す。

動いているベルトコンベアに、豆腐入りの皿を乗せなければならないか。

まあ、醤油も掛けろと言われなかっただけマシと言うべきなのかも知れないが。

黙々と各校が作業に取りかかるが。

開始1分。

いきなり一校が脱落した。

当然の話で、これは難しい。

更に言えば、豆腐を落とせば即失格だ。上手に皿を掴めず、豆腐を落としてしまったのである。

そしてこの大会でも。

ダブルノックアウトは存在している。

今回は厳しいなと、内心土方は呟いていた。また一校、脱落。既に合計して三校が、試合の最中に落ちている。

ドローンの大会のように、苛烈なぶつかり合いが行われる大会ほどではないにしても。

これは作業の途中で脱落するロボコン部が大量に出ると見た。

流石に国際や京都西がそういう事をするとは思えないけれども。

見ると、第二試合に出ている京都西の操縦手は、相当に冷や汗を掻いているらしい。

前回のドローンの大会で、強豪校でありながら審査落ち。

プレッシャーがきついのかも知れない。

無言で見ている内に、最初の一校がクリア。

京都西だ。

プレッシャーに打ち克った。

大したものだなと、土方は思った。

うちの上杉は、やれるだろうか。

直後、また一校が脱落する。第三試合の所だ。つまり、其所はダブルノックアウトという事になる。

溜息が漏れる。

うちだってああならないとは言えないのだから。

 

第二セットが開始。第五試合から、第八試合までが行われる。うちも、参加することになる。

対戦相手は中堅所で、試合の実績はうちとあまり変わらないくらいである。

上杉が作業開始。

卜部が、チャットでコメントを入れて来た。

「少しぶれてません?」

「……そうだね」

確かにその通り。

いつも義手を使っているからか、敏感なのだろうか。

普段からその感覚を生かしてくれればいいのだけれども。

まあ其所までは期待出来ないか。

上杉にボイスチャットで連絡し、操縦についてゆっくりやるように指示。上杉は青ざめながら頷く。

作業のサポートを遠隔で行う。

多少のブレ補正くらいならやっても大丈夫だ。

上杉は技量を上げてきているが、まだちょっとメンタルに課題がある。

少しブレ補正をしてやると、途端に作業が安定した。

発泡スチロールを移す。

良い感じに移していく。

あっと、別校の生徒が声を上げた。

失格だ。

無惨に、発泡スチロールが折れ曲がってしまっていた。

がっかりと肩を落とす生徒。

うちも、去年はあんな試合が多かったなあ。

土方は無言で口を引き結ぶ。

殆どの試合で、そもそもロボットが弾かれ。

弾かれなくても、あんな風に、精度が低くて試合に勝てなかった。

悔しいけれども、今行われているのは、人類の未来を賭けての技術研磨である。

妥協は許されない。

黙々と、冷や汗をだらだら流しながら上杉は作業を続け。武田が時々何かアドバイスしながら、キーボードを叩いている。

ほどなく、発泡スチロールは終わった。

続けてメモリ差し開始。

これも難しいが。

上杉はかなり落ち着いてきたからか、スムーズに作業を進めていく。

かちっと音が立てて入るメモリもあれば。

そんな風に綺麗に入ってくれないメモリもある。

作業を続け。

やがて最速で作業を完了。

豆腐に移行する。

此処からだ。

実は二回戦から、条件が厳しくなると今回は事前の通知が来ている。

恐らくだが、豆腐に醤油を掛けろ、位のことは言って来かねない。

だが、それも必要な事だ。

テクノロジーの研磨をするためのコンテストなのだから。

また一校が脱落。

うちではない。

ロボットアームもそこそこいいものを使っているように見えたのだけれども、精度が足りなかったか。

悔しいだろうなと思う。

実際土方も。

散々悔しい思いをしてきた。

「土方先輩」

「何かまずい?」

「少しラグありません?」

「……」

武田に連絡。

武田も分かっているようで、すぐに補正を掛けてくれる、ということだった。

とはいっても、実際にプログラムを弄るのは梶原だろうが。

プログラムの微調整が、結構こういう大会ではものを言うのである。

やがて、何とか豆腐の移しは終わった。

採点が始まる。

対戦していた相手校もやりきっている。速度ではこっちが勝ったが、しかし採点でどうなるか。

緊張の一瞬。

勝ち抜き校が読み上げられ。

うちはそこに入っていた。

大きな息が出た。

去年だったら、多分負けていただろう。

土方は必死に操縦技術を学んでいたけれども。ロボットアームの精度で、勝てるものを作れたとは思えない。

相手のチームも、この難しい課題をクリアした。

中堅校と呼んで恥ずかしくない実力の持ち主だったのだ。

よく勝てた。

今はそう、上杉をねぎらう他ない。

すぐに第九から第十二試合が開始される。

その間に、今の試合で発覚したラグなどの対応を、応急措置では無く本格的に済ませなければならない。

武田と話し合いながら、直すべき箇所を修正していく。

凄まじい勢いで打鍵しつつ、武田が梶原に指示を出している。

ついでに土方と話しもしているのだから、大したものである。

そのまま、何とかブレなどを直し。

卜部が指摘した細かい部分も修正する。

勿論完璧には行かないが。

ロボットアームは、今回結構本格的に組んだのだ。

此奴をベースにして、以降の大会でも戦っていきたい。

それを考えると。

修正に妥協は許されなかった。

しばしして、武田が呟く。

土方は修正作業の指示で夢中で、試合を見ていなかったが。

武田は横目で試合を見ていたらしい。

「国際、あのグエンが出てきてる」

「!」

「手強いねアレは……」

以前対戦した非常に手強い留学生。

野性的な雰囲気で。ある意味卜部とは別方向の肉食系だろう。一世代前に生まれていたら、戦場で暴れ狂っていたかも知れない。

グエンの故国はもう統合されて存在していないが。いずれにしても戦争を相当な回数経験し。歴史上でもあの蒙古に征服されなかった数少ない隣接国の一つだと聞いている。文字通りの戦闘民族だったと言う事だ。

こういう大会での試合は、お手の物だろう。

肝が据わりに据わっているのだから。

いずれにしても、ぶつかるのは少し先だ。今は考えなくて良い。

今回は、優勝を狙いたいが。

はてさて、いけるか。

出来れば。

今度こそ、悲願を果たしたい。

 

3、遠い悲願

 

一回戦が完了。シード校も含めて、十六校に絞られる。

此処からは二校ずつ勝ち上がりと、敗者復活戦をやっていく事になる。敗者復活戦の参加校はプレッシャーが更に厳しいものだが。

特に今回の試合は、ミスをしたら一発アウトの厳しいルールだ。

リカバリがきかない。

それを考えると、プレッシャーは余計に大きいだろう。

二回戦が開始される。

当然生き残っている京都西は、最初の試合で勘を取り戻したのか、余裕を持って試合を進めている。

この様子だと。

勝ち残れば、ぶつかる事になるだろうなと思う。

また、こういった試合では、ダブルノックアウトが起きると。シード校との対戦が、其所にずれ込むケースがある。

シード校といってもこの手の大会では、強豪は別ブロックに配置、くらいの感覚で行うので。

強豪がシード校に入るわけではない。

むしろ強豪はシード校から外されることが多い。

理由としては、ロボットの強靭さを試すため。

強豪であるなら、より強靭でタフなロボットを作って来るように。

そういう大会の趣旨である。

昔なら考えられないかも知れないが。

今はそれが当たり前。

強豪ならば。相応のクオリティを当たり前に求められ。ロボットの場合は、強靭さがそのクオリティに入る。

ならば、試合回数が増えるのも、また当然なのだろう。

やがて、京都西が勝ち上がる。

この様子だと。

勝ち残れば、次の次でぶつかる事になるだろう。

今の時代、操縦者に対して心理戦を仕掛ける事は殆ど無い。

まあドローンの大会のような、直接ロボットの性能がぶつかり合うような大会なら、ロボットの動かし方のような形でプレッシャーを与える事はあるが。

いずれにしても、試合中に相手に私語を掛けるのは厳禁だ。

うちも試合が開始される。

敗者復活戦は敢えて見ない。

黙々と試合を上杉に行わせる。

微調整が上手く行って、かなり第一試合よりはやりやすい様子だ。ただし、今度は発泡スチロールに切り取り線が入れられている。

より脆くなっている、と言う事だ。

色々難易度を上げてきているなあと思うが。

兎も角、クリアするしかない。

上杉はそれでも、何度かひやりとする場面を乗り越え。

しっかり発泡スチロールをクリア。

メモリ差しに移る。

此方は前と変わっていないが、メモリの位置がシャーシの下限ギリギリになっている。つまり差すのがより難しくなっている、と言う事だ。

黙々と操作をする上杉。

武田は声を掛けず、口を手で押さえて、プログラムの挙動を見ている。時々梶原に話をしている様子だが。チャットを使っているらしく、内容は此方には伝わってこない。

卜部には、声を時々掛けるが。

今の時点で不満は無い様子だ。

卜部はこれでいて、上杉を認めている。

この手の子は、先輩を舐めて掛かっている事が多い印象があるが。

卜部は多分だが、気弱だが毎回果敢に大会に挑んでいる上杉を見て、侮る事はしないと決めているのだろう。

まあ、その辺り馬鹿では無いという事で。

土方としても、無意味な指導が不要で助かる。

実際上杉は舐められやすい性格をしているので。

一年生の教育が課題だねと、以前武田と話していた事があったのだ。

さて次。

豆腐だ。

今度はなんと、ベルトコンベアが前の倍速になっている。

なるほど、大会の役員は相当なサディストとみた。

兎も角やっていくしかない。

二回戦もかなり苦戦したが。

それでも、失格は無い。

一校、失格したが。

それはうちの対戦相手では無かった。

 

試合が黙々と進められていく。

国際のグエンの試合の様子を見ているが、明らかに一皮剥けている。以前より明確に手強くなっている印象だ。

これは勝てないかな。

そう土方は思ってしまったが、すぐに気を切り替える。

調整を進める。

三回戦は、もっと厳しい試合になるだろう。

というか、失格判定でガンガン精度が低いロボットアームを振り落としに来ている印象である。

これは恐らく、大半のロボットアームが、実際には無人で動かさなければならないからで。

むしろ無人で全てをこなせるロボットアームが、理想だからだろう。

工場は土方も何度か足を運んだが。

ちょっとした事故で手指が簡単に飛び、命だって落とす危険な場所だ。

そう言った場所でロボットアームがどれだけ重要な存在か何て、わざわざ言う間でも無い事である。

これは相手校との競り合いよりも。

性能だけがものをいう試合だ。

そう、土方は判断する。

武田にそれも伝えるが。

武田も分かってはいるようだった。

三回戦開始。

出来るだけの事はしたが。インターバルはどんどん短くなっている。

いよいよ、向こう側で京都西が試合をしている。

今日は試合内容を絞っているからか、まだ昼になっていない。この様子だと、今日中に大会は終わるだろう。

三回戦を突破すればベスト4に残る。

前回は三位。

三回戦は、落とせない。

三回戦の内容は、今の時点では二回戦と同じだ。ロボットアームについても、余計な事は出来ない。微調整が吉と出るか凶と出るか。

あっと声が上がった。

なんと、京都西が発泡スチロールを折ってしまっていた。

おいおいと声が上がる。

嘲弄ではない。

まさか、という声である。

そして立て続けに。

京都西の対戦校も、発泡スチロールを折ってしまう。

すぐに武田に連絡。

ひょっとして見た目だけ同じで。発泡スチロールはかなり柔らかくされていたり。或いは切り取り線が深くなっているのかも知れない。

上杉に、武田が耳打ち。

頷くと、作業速度を落とさせる。

いずれにしても、この試合、ますます負けられなくなった。

京都西が脱落した以上。

此処を勝てば決勝である。

発泡スチロール、クリア。

続いてメモリに移行。

今対戦している相手校は、かなり手強いロボコン部だ。大会でもいつも上位に食い込んでくる相手である。

メモリだが、今度はある程度組んであるPCのマザーボードに差すことを要求される。コードが複雑に組み込まれていて、コレを避けながらメモリを差さなければならない。慣れていなければ、人間でも苦労する作業だ。

上杉が冷や汗を流しながら操作をしているが。

どうにか突破。

呼吸を整えながら、豆腐に移る。

やはり醤油を掛けろ、が課題に加わっていた。

しかも平皿。

醤油を零すな、というのも課題に入っている。

ベルトコンベアはさっきと同様最初の倍速。

醤油も零してはいけない。

五皿乗せる。

どっちにしても尋常では無い苦労を求められることになる。寿司職人なら簡単だろうけれども。

上杉は頬を叩くと。

落ち着いて、一皿ずつ処理していく。

だが、顔は真っ青だ。

これは精神力を使い果たしかけているな。

そう、土方は冷静に判断していた。

多分この試合は勝てる。

だが、勝ち上がってくるだろうグエン、つまり国際が次の相手になる。国際は勝ち上がってくるだろう。

こういう大会は後の方が有利。

そして今、グエンは試合の内容を見て、野性的な勘を働かせてどうすれば良いかを感覚で理解しているだろうから。

次は不戦勝になるかも知れないが。

上杉の消耗がひどい。

何も有利にはならないだろう。

今回も優勝は無理だな。

しかも、四回戦は更にハードルが上がっている可能性が高い。そうなってくると、消耗しきった上杉では、失格になる可能性も否定出来ないのである。

ほどなく、五皿目を終える。

青ざめている上杉。

武田が液体ゼリーを口に突っ込んで飲ませているが、あんなもんでは回復する訳も無い。

それにしても本当に。

今回の大会役員はサディストだなと、土方は思った。

試合の結果が出る。

僅差でうちの勝ちだ。

これで決勝進出は決まった。相手は、見なくても分かる。

どうせグエンだ。

そして土方が出るなら兎も角。

今の上杉で、勝てる相手では無い。

 

夕方四時。

消耗しきった上杉と、決勝でぶつかったグエン。

結果は火を見るよりも明らかだった。

精神力を回復する時間などなく。

順当に実力と、何よりロボットアームの性能で勝ち上がってきたグエン。勝負は火を見るよりも明らか。

今回は、三回戦でダブルノックアウトがあった関係で、四位決定戦はなく、その分試合時間が圧縮され。

決勝は、一方的な試合になった。

一応、それでも最後まで失格はしなかったのが上杉の意地だったか。

グエンがガッツポーズをするのも当然。

採点を発表されなくても、勝負は見えていた。

今回は国際の優勝である。

ただし、二位というのは。

自爆試合があったとはいえ、今までの暁高校の参加したロボコンにて、最高の成績である。

それを考えると、今回は決して意義がない試合では無かった。

軽く優勝校の説明が行われ。

大会は終了となる。

梱包や片付けは専門業者がやるので、学生は何もしなくて良い。

グエンが上杉に話しかけている。

「ロボットアームは良かった! でもウエスギ、お前ベストじゃないな! 次はベストの状態でやりたい! 体力つけてきてくれ!」

「ええ……」

「肉とか食べてないだろ。 後運動もしないと」

ああ、なんというか。

上杉が一番困るようなアドバイスだ。

グエンにはそれで良いのだろうが。

上杉は基本的に頭脳全振りのタイプ。

運動神経は底辺だし。

体力も然り。

精神力も同じく。

更に言えば、何度か一緒に食事したが、食そのものも細い。

あらゆる要素が低体力につながっていて、ちょっとやそっとで克服できるものではない。

今回はマシンパワーの不足もあって、上杉に負担を掛けてしまった側面もある。まあ大会がドS仕様だったのも要因だが。

ともかく、帰ってきてもらう。

上杉は口から魂が出ているような感じだったが。

まあ帰るのは問題ないだろう。

いちおう上杉の家にも連絡して、駅に迎えに来るようにも頼んでおく。

上杉の家庭はあまりよく分からないのだが、一応家には人はいて。迎えに来てくれるという事だったので、まあ良しとしよう。

さて此処からだ。

大会の動画を確認。

早速動画サイトなどでアップされている。

「今回はやけにドS仕様だな」

「高校生向けのロボコンとしては難易度が高い。 大学向けだと、これくらいの奴は時々あるんだがな」

「いや、大学向けでもこの内容はちょっと……」

「いずれにしても、国際は順当だが、最近頑張ってる暁の操縦手、完全にグロッキーになってるじゃねーか。 やり過ぎだろ」

色々意見が上がっている。だが、今回は大会の趣旨的にはこれでいいのだろう。上杉には気の毒なことをさせてしまったと、土方も思った。

メールで上杉にお疲れ様、と送っておく。

上杉の返事はいい。

疲れているだろうし、すぐに反応しなくても別にかまわない。

昔は、SNSですぐに反応しなければならないとか言うローカルルールがあったらしく、それが負担になっていたらしいのだが。

今はそんないにしえのルールは消滅している。

今の時代も、高校生が忙しいのは同じだが。

昔の高校生は、なんというか。

生き急いでいたのだろう。

更に言えば、過密状態での教育もあって、相当に負荷が大きかったのは間違いない。

事実リモートワークに切り替えてから。

スクールカーストなどと言うものは存在しなくなった。

その代わり家族とのトラブルが増える生徒が出るようになったが。

しかし今の時代、育児制度や里親制度などは昔とは比べものにならないほど充実している。

最悪の場合家を出る選択肢もある。

昔は、何千万も掛けて育てた子供を、それこそ数年でブラック企業が使い潰していたらしいが。

今はそんな事もないのである。

そんな事をしていたら、終わりが見えてしまったこの時代。

もう先はないのだから。

後は片付けを行う。

学校に書類を提出。

大会の結果などのレポート。

それに予算申請だ。

ロボットのキットなどの値段と、更には交通費などもろもろ。流石に何を言っても金が出てくるほど甘くは無いが。必要経費ならちゃんと出てきてくれる。

レポートも最近は形式が決まっていて、其所に短い単語を書き込むだけで良いようになっている。

文字通り誰でも出来る、という奴である。

部長としての作業が終わった後、伸び。

武田からメールが来ていることに気付いた。

メールを開けてみる。

今回の上杉の件についてだった。

「流石に体力がなさすぎる。 今後もっと規模の大きい大会も出てくるから、それを考えると……」

「与野の言いたいことも分かるけど。 だけど上杉さん、あれ体力をつけるとか、そういう概念ない子だよ。 それになんというか、下手に心に踏み込むとぽっきりいっちゃいそう」

「うーん、それは確かに。 でもどうする?」

「足りない分はサポートかな」

今回、上杉の体力不足が表に出てきた。

だったら。

今後は、卜部に頑張ってもらうしかないだろう。

軽くそれを話した後、時計を確認。

今日はもう休むように言って、土方も休む。

二位、か。

今までで最高の結果。準優勝。

だが、強豪である京都西が自爆するというラッキーがあっての成績。あれがなければ、多分三位だったと思う。

京都西に勝てると思うほどうぬぼれてはいない。

最近はトーナメント運が良かった。

ロボコンでロボットがきちんと動いてくれているというのもある。

二つが重なっての好成績だ。

力がついてきたからと言うのもあるだろうが、それ以上に運が良いと言う事は否めないのである。

ため息をつくと、頬杖をついた。

今一すぐ寝ようという気になれない。

少し考え込む。

卜部は義手のハンデがある。此方から、義手を貸し出している役所に連絡をして、事情を説明すべきだろうか。

部長からの説明となれば、動いてくれる可能性はある。

実際にラグが出ている証拠画像は撮ってある。

だが、政府側としても、貴重なデータの供給源だと考えている筈。成績を落としても良いから操縦手をやらせろとか言い出しかねない。

風呂に入って寝ろと、親に言われる。

ため息をつくと、言われたままにする。

さて、どうするか。

上杉にすぐ体力をつけて貰うのは無理だ。

梶原はマイペースで、補助としては独創的だが徐々に確実に力をつけてきていると聞いている。

ならばあまり気にしなくても良いだろう。

話は時々聞いておく必要があるだろうが。

それはそれだ。

一晩休む。

正直な話。

土方も其所まで体力がある方では無い。

上杉に体力をつけて貰うと言うよりも。他の人間がどうやって支えていくか。

一人に負担を集中、それも低い立場の人間に負担を押しつけるのでは。大戦前の愚かなブラック企業と何ら変わらない。

やり方は、少しでも考えなければならなかった。

 

授業を受けて。

部活に入る。

勿論今日は反省会である。

なお、土方は復習もしつつ部活のリモート会議を回していく。今日は苦手な英語だったので。分からない場所が幾つもあったのだ。

議題に上がったのは上杉の体力について。

実際グエンに直球で指摘されたこともあって、上杉も気にはしていたらしい。

とはいってもグエンはからっとした悪意のない言い方をしていた。

多分散々苦労してきているだろうに。

ああ悪意のない言い方が出来るのは、素の性格が良いから、なのだろう。

昔はこの国に来ることは奴隷を意味する時代もあった。

教育実習生などと言う名目で、外国から来た人達を奴隷として使い潰していたのである。

そんな時代は過去となり。

日本に来てくれる海外の人は、きちんと技術を学んで帰っていく。

グエンも明るい様子で。

不幸を抱えているだろうに、今の境遇に不満を持っている様子は無かった。

上杉もそれは分かっているからだろう。

素直に指摘は受け入れられた様子である。

「でも、わたし運動嫌いで……」

「分かってる。 体力なんてすぐつくものでもないし。 基礎体力が無い場合は、努力しても無駄だし」

「……では、どうすれば」

「卜部さん」

声を掛ける。

卜部も、多分声を掛けられる事は分かっていたのだろう。

ただし、同時に武田にも声を掛ける。

「一週間ほど時間を上げるから、武田さんと一緒に義手に出るラグの解析をして」

「ええと、まさか補正プログラム?」

「正確にはリモート補正プログラム。 政府の人は義手のデータがほしい。 でも義手のラグはすぐ取れるほど簡単じゃない。 だったら、ラグを更なるラグで打ち消してしまうのが早い」

これは日中の授業中、武田と話して決めたことである。

武田もOKと言っていた。

実際問題、プログラムの作成実績は就職に有利になる。武田としても、無駄な努力とはならない。

ましてや義手などに生じるラグの打ち消しプログラムとなると。

授業を遙かに超える実戦的な代物だ。

「次の大会が大体一ヶ月後、最初の一週間、ハード周りは私と上杉さんで、プログラム周りは梶原さんで調整するから、二人はラグ取りに全力投球して」

「分かりましたあ」

「……」

卜部は相変わらずつかみ所がないが。

まあいや、と言う訳では無いのだろう。

ともかく、これで良しとする。

だが、ここからが大変だ。

今回は、やり方によっては一位を取れた。

幸運が味方をしてくれたが。

それでも、実力が足を引っ張って、一位は取れなかった。グエンは逆に、実力で一位をもぎ取った。

勿論ロボットアームの性能もあっただろう。

だが、それ以上に、グエンの実力が勝利を導いたのだ。

これは国際が強豪校である理由の一つにもなっている。

教育が行き届いていて。

精鋭の選手が揃っているのだ。

翻って、うちはどうか。

幸運は、いつまでも味方についてはくれない。

幸運に愛される人間もいる。

だけど、そういう人間は。幸運が味方をしてくれるタイミングを知っている、という話を聞いたことがある。

多分このまま行くと、他の学校も力をつけてくるし、ある程度のラインから成績は下がる一方になるだろう。

いつまでも女神なんて微笑んでくれない。

だったら、勝利を実力でたぐり寄せるしかないのだ。

実力が足りないなら。

補う工夫をしなければならない。

当たり前の話である。

具体的な話に移る。

武田と卜部は、上杉以上に相性が悪いが。

どうにかやってもらうしかない。

卜部はなんというか、実力がある相手は素直に認めるタイプだ。だから、武田についてどうこう言うことは無い。

相性はあまり良くない二人だが。

任せてしまって大丈夫だろう。

上杉には、どうにかして体力をつけられないか軽く話す。

本人の気持ちが大事だ。

「体力はすぐにはつかない。 だけれども、もしも体力をつけるつもりなら、専門家をこっちで手配するけれど」

「……そんな事をしている時間が合ったら、専門分野の実力を伸ばしたいです」

「うん、それは答えの一つ。 それならばそれでいいよ」

「ごめんなさい……」

自信なさげな上杉だが。

実際問題、それでもかまわないのである。

こっちは一向に問題ないと思う。

何でもかんでも体力、というような考え方をする人間が重宝される次代も存在したのだが。

今はそんな時代は過去になっている。

上杉は何か理由があって、運動が嫌いなのだろう。

だったら、運動を強要すれば。それは却って良くない結果を招くだけだ。嫌なものを無理にやらせれば、モチベーションは下がる。

そうなれば最終的に、人間関係にひびを入れるし。

貴重な人材を駄目にしてしまう。

ましてや上杉の心に、土足で踏み込むつもりもない。

話を終えた後。

梶原と個別で話す。

何を考えているかさっぱり分からない梶原だが。仕事はきっちりこなしてくれる。今も、モニタから這い出てきそうな姿をしているが。

別に本人が黒魔術とか囓っているわけでは無いし。

幽霊とか信じている訳でも無い。

ただ見かけがそうなだけ。

プログラムにもかなり癖があるけれど。

それを責めるつもりは無い。

「ひょっとするとだけれど、卜部さんの義手のラグ解消用プログラムを手伝って貰うかも知れないから、基礎の勉強はしておいて」

「分かりました……」

「うん」

部活終わり。

会議を終了。

さて、此処からだ。

そろそろ、三年が試合の前面に出るのでは無く、サポートに控える時期がやってくる。

うちでもそうするべきだろう。

後続を育てろ。

それが今の時代の合い言葉だ。

人材は幾らでもいる。代わりは幾らでもいる。

そんな言葉が横行していた時代の愚かな経営者は死に絶えた。

今は、もう時代が違っている。

そして未来を作るためにも。

後輩達を、どんどん育てていかなければいけないのだ。

 

4、勝利を引き寄せるために

 

武田から進捗を聞く。

今までのラグのデータを分析するのに、しばらく掛かるらしい。それを解析してから、リモートで操作するときに、ラグを解消するためのプログラムを組む。

卜部はハード屋だから、プログラムには期待していないそうである。

卜部自身も少しはプログラムを出来るのだが。

まあ武田のレベルから考えると、出来ないと同義か。

それで、ラグの解消が出来そうかと聞くと。

難しいといわれた。

「昔、政府の電子関係の技術者は揃ってポンコツだったらしいけれど、今はそうでもないからね。 ただこの義手、どうもデータを見る限り、意図的にラグを発生させていると思う」

「それ、虐待にならない?」

「いや、日常生活をするには何も問題が無い範囲だと思う。 ただ、リモートで機械操作とかの精密作業をすると……ラグが気になると思う。 例えばオンラインでの格闘ゲームの大会とかだと、卜部はどれだけオフで実力があっても勝てないんじゃないのかな」

「……」

どうしてなのだろう。

武田も仮説だけれどと、前置きしてから言う。

「このラグだけど、多分取得データを圧縮して、無線で政府に送ってるんだと思う。 プライバシーを侵害しない範囲で。 だから、時間差がただでさえ出るリモートの作業だと、ラグが目立つんだよ」

「それで、ラグを解消するには」

「動きを先読みしたプログラムを組む」

「……出来る?」

二ヶ月はかかると言われた。

完成までの日時である。

まあ、それくらいは妥当か。

土方も納得。

それでやってくれ、と頼む。

武田は頼まれた、と応えてくれた。

まあ二ヶ月で、こんな難しいプログラムを組んでくれたのなら、それで充分である。

上杉のサポートも、今後は卜部に任せられるかも知れない。

今年の後半くらいの大会になると、流石にロボットアームの大会で露呈した上杉の体力のなさは響いてくるはずだ。

勿論土方や武田もサポートとして最大限の力を尽くすが。

そもそも上杉達後輩のための大会になってくる。

だから、出しゃばりすぎてもいけないのである。

さて、武田の方はこれでいいか。

卜部とプログラムの話はきちんとやって貰うとして。

卜部自身と、色々土方も話しておかなければならない。

チャットツールで軽く話す。

卜部は色々と話をしたがったが。

どれも部活ではなく。

雑談だった。

雑談は、しているとあっというまに時間が過ぎてしまうものだ。

咳払いして、一旦雑談を打ち切ろうと思ったが。

卜部は、妙に食いついてきた。

「もっと土方先輩と色々話をしたいですよぉ」

「そんな甘えた声を出されてもね」

「だって、分からないんですもん」

「?」

土方は。

直後に戦慄させられた。

卜部の言葉にである。

「うちって借金まみれで、高校に行けたのも奇蹟みたいなもんなんですよ。 親に面と向かって言われた事がありまして。 お前の腕、便衣兵のドローンに吹っ飛ばされて政府の保証が入ってなかったら、今頃もう働いて貰ってたって」

「!」

それが親の台詞か。

卜部はあまり家族と上手く行っていない事は何となく知っていたが。

まさかそんな事を口にするような輩だったとは。

「児相に相談は?」

「しましたよとっくに。 だから今はほとんど別居してます。 顔を合わせてもあまり口は利かないですね」

「……」

「人間がよく分からないんですよ私。 まして今はリモートリモートで、なんでも人と距離取ってるじゃ無いですか。 家の中は政府の機関でも、犯罪の可能性が無い場合は覗いたりは出来ない。 ひょっとすると今チャットに映ってる私はアバターで、家では裸族かも知れないですよ」

流石にそれは。

いや、あり得るのか。

卜部は変な奴だ。

土方がまともという訳では無い。

だが、何処でどんなことをしていてもおかしくない不思議さが確かにある。

それにしても、武田も一人暮らしをしているが。

卜部も似たような状況だったとは。

ため息をつくしかない。

今は、それが。

珍しく無いとしてもである。

「ともかく、義手の件は……」

「分かってます。 武田先輩と、後は義手を貸し出してくれている政府にも話はして、進めていきます」

「それなら結構」

「では」

通信を切られる。

卜部はいつもヘラヘラしていて、無駄な色気まみれだが。

何となく理由が分かった。

あの色気。

寂しさから来るものだ。

だが、分析しても虚しいだけである。

卜部という人間が、一人前にやっていくためには。土方達のサポートがいる。

更に卜部の義手のデータは。

同じように戦争で手足を失った人達に還元だってされる。

しかし、卜部自身が救われないのも、また事実だ。

さてどうする。

メールを見ると、グエンから来ていた。

何だか興味を持たれたようで、時々メールを送ってくるのだ。此方も向こうに興味があるので、メールのやりとりはしている。

昔だったら。

こういう関係は成立しなかっただろう。

今は、成立する。

だから、関係を楽しむ事とする。

「上杉は良い操縦手だ。 ベストの状態で戦いたい」

「此方も調整を続けていますよ」

「助かる」

「其方は何か困ったことがありませんか?」

グエンは少し悩んだ後。

返事を寄越してくる。

「日本語の敬語難しい。 漢字も難しくて、変換はAIにやってもらってる」

「ああ、それは仕方が無いですね」

「三つも言葉を使い分けて、日本語は難しい。 その上敬語とかなると、もっと難しい」

「そうですよね」

漢字、かたかな、ひらがな。

この三つを使いこなす世界でも上位に食い込んでくる難読言語、それが日本語だ。

英語は英語で未成熟な言語なのだが。

日本語はみっつの言葉を使いつつ、読み方が状況によってまるで変わってくると言う、異次元の鬼畜言語である。

海外からくる人も、皆この習得には苦労するとかで。

グエンも大変だっただろうなとは思う。

今は学習システムが発達していて、優れた教師の授業はどんどん採用されて拡散されるようになって来ている。

これによって、学校によっての学力差はつきづらくなってきてはいるのだが。

その一方で、どうしても良い授業のデータが取れなくて、困っている分野もあるそうだ。

「コツはあるか?」

「日本人でも敬語はロクに使えないのが現実なので、気にしなくても良いと思いますよ」

「そうか、でも何とかしたい」

「それなら、国語の先生とじっくり話すしかないですね」

餅は餅屋だ。

その諺についても説明すると。

グエンはなるほどと言って、納得してくれた。

さて、自分の肩を揉む。

色々な事が一気に噴出して。

少しばかり疲れた。

だが、此処で休んでばかりもいられない。次の大会もある。出来れば、月一回ずつ。十二回はロボコンに出ておきたいのだ。

次までに、卜部は間に合いそうにない。

そうなると、次の大会は、工夫が必要になってくるだろう。

かといって、土方が操縦手で出る訳にはいかない。

今は少しでも、上杉に経験を積んで貰わなければならないのだ。

ため息をつく。

何も改善しない。

大人になってからも、散々ため息をつくのだろう。

そして、もたついていたら。

人類は滅ぶ。

その時を迎えさせないためにも。

止まるわけには行かなかった。

 

(続)