新しい技術の道
プロローグ、21世紀
21世紀の末。
大きな国家間紛争が幾つか起きたけれども。どうにか月にコロニーを作る事が出来た人類は。疲弊した世界をどうにかして維持するために、宇宙への進出を本格化させようとしていた。
だけれども、21世紀初頭から始まった各国における技術の衰退は、21世紀末にはどうしようもない所まで来ていた。
大きな戦争。
疫病への後手後手の対応。
資源の枯渇。
気象の激変。
あらゆる要素が重なって、人類の未来に黄昏を呼ぼうとしているかのようだった。必死の宇宙進出への努力を嘲笑うように。失われていく技術は決して少なくなく。世界は貧しくなる一方だった。
21世紀初頭には、富の分配の不公平が極限にまで達していたが。
それが21世紀半ばまでの幾つかの大規模紛争の結果、幾つもの大企業や財閥、多国籍企業が潰れたことにより。
多少は改善されたことだけが救いだろうか。
だがこのままでは、人類が乗った地球という船は沈む。
わずかな人間だけ月に逃れるのは無理がありすぎる。
SF映画に出てくるような巨大な宇宙ステーションなんて、作れる訳がない。
かくして、ようやく人々は思い出した。
技術を発展させることを。
技術は努力無くして発展しないことを。
努力は無駄。
金さえあれば何をしても良い。
そんな風に考える人間がのさばり。極限まで世界を貧しくした結果、こうなった。ようやく21世紀の後半にもなって、そんな事に気付けたのは。人類が本当に阿呆だから、なのだろうが。
いずれにしても、ようやく各国は失われた技術を取り戻し。
技術を発展させることを求め始めた。
弱肉強食という寝言が、そもそも現実に即さないことを、ようやく思い出したとも言えるだろうか。
残念ながら優れた個体にも、能力の限界はあるし。
逆に無能な個体だって、技術さえ渡してやれば有能な個体を殺せる。
そう。
人間の唯一と言っていい武器は英知。
それをようやく思いだしたのである。
人間はやっと。
1世紀以上掛けてやっと、それに気付くことが出来た。思い出す事が出来たのだとも言えた。
かくして、世界ではルネッサンスを起こそうという気風が高まり。
技術コンテストが行われ始めた。
優れた個体だけが使える技術では意味がない。
それはあくまで特権的なもの。
だれでも使える。
それこそがテクノロジーの強みであり。
人間の英知の強さなのだと。
それにようやく気付けたのは。あまりにも多くの犠牲が出てから、だったが。
ともかく。各国でテクノロジーコンテストがようやく国家支援のもと行われ始め。コンテストの優秀者には賞金も出るようになった。
昔、日本では工業高校と言えば底辺とされ。
ならず者の巣窟とされた時代もあったらしいが。
今では他の高校ときちんと肩を並べる、相応の場所に生まれ変わっている。
現在土方果歩が部長を務めるロボコン部は。
そんな工業高校の一つ。
暁高校に存在した。
暁高校の生徒数は220名。
とはいっても、家からリモートで授業を受けるのが当然となった現在。別に学校で顔を合わせることもないし。
電車で通学することもない。
たまに工場で実地研修はするけれども。
油まみれになって働くようなことはなく。
清潔な環境で、最新のテクノロジーを学ぶ。
昔の苦労を誇るような行為は既に疎まれるようになっていて。
後進には出来るだけ楽をさせる。
その風潮が生まれて。
随分今の高校生は楽になっている、と果歩も聞いている。
前の世代くらいは、戦争に出る人も多く。日本も現在は100万を越える兵士を保有しているけれど。
これは前大戦で、弾よけにされた「自衛隊」という前世代の軍隊が、大きな被害を出した教訓かららしい。
現在では世界二位の経済力を持つ国家に相応しい軍事規模をと言う思想の元。
無人兵器を中心にしつつも。
相応の規模の軍隊を作り。普段は災害救助を中心にしつつ。なおかつ、侮られないだけの格を有するようにしているのだった。
とはいっても、資源が枯渇し、技術も失われた今。
どこの国の軍隊も、あまり楽な状況では無い。
日本だって同じ。
軍隊の規模が大きいのは、雇用を確保する意味もある。技術士官として軍に入れれば、相応の生活が出来る。
21世紀後半の今。
軍隊は昔の核兵器と同じ。
抑止戦力としての意味が大きく。
なおかつ、レスキュー隊としての活動の比率が大きい。
また技術開発の場としても。
国際競争の口実を設けて、様々な投資が見込める場としても重宝されていた。
今は、昔ほどお金持ちがお金持ちじゃない。
逆に言えば、貧乏人にもチャンスがあるという事で。
工業高校に通っている人間には、軍や国、企業に技術顧問として雇われて。楽な生活を送りたいと考えている者もいる。
暁高校のロボコン部は正直強豪では無いけれど。
生徒は五人。
いずれも癖が強いけれど。
息はあっていると思ってはいる。
リモートで通話ツールを使う。
一時期、家庭用のPCの普及率が落ちた時期があった。
しかし、色々な疫病の流行もあって、その普及率は復活。
現在ではどんな貧しい家庭にも、基本的な人権として家庭用PCが配給されるようになっている。
そういうものだ。
最初に出たのは、武田与野。
ちみっこい元気な部員だが、土方と同じ三年生である。
近年は部活の結果で会社などからスカウトが来る事も多く。また就職支援も政府が以前の比では無いレベルで行っている。
労働基準法も整備が進んでいるが。
これは人間が21世紀前半に比べて大幅に減り。
資源の枯渇も見えている状態で。
人間を遊ばせておく余裕が無いからである。
「代わりは幾らでもいる」なんて企業経営者が口にし、労働者を使い捨てにする時代もあったらしいが。
今はそんな事をしたら、秒で警察が踏み込んできて、経営停止である。
そういう時代が来ているのだ。
故に高校生も、特に技術系の人間は、三年でも部活をしているのが当たり前だった。
とはいっても、一世代前は戦争による混乱が酷く。
部活どころではなかったらしいので。
これはむしろ、良い事なのだとは思うが。
「おはーっす、果歩。 今日もあたしが最初?」
「はい。 それで其方の様子は?」
「ばっちし」
武田はプログラム担当である。
ロボコンで重要なのはプログラムで、幼い頃からプログラム関連で英才教育を受けている武田は、既に現時点で幾つかの企業からスカウトが来ている。現在も部活を続けるのは、就職の条件を更に引き上げるためだ。
しばらく状況について話す。
それほどの強豪校ではないとはいえ、プログラムはロボコンにとって、機体と同レベルに重要な要素。
武田のプログラムがないと。
とてもではないが好成績は出せない。
「上杉は?」
「まだ」
「まーた寝坊かなあ」
「例の悪夢でしょ」
上杉恵子。
二年生だが、ひょろっと背が高く、武田が小学生に間違えられるのに、まるでOLのようである。それもくたびれた。
二年生だが、現時点では土方からどんどんロボコンに使うロボットの組み立て……機械部分の工作について技術を継承しており、来年度の部長はほぼ確定である。
気が弱いのは問題だが。
ただ仕事はきっちりするので、土方としては不満はない。
ほどなくして、上杉が画面に現れる。
武田と上杉は仲がよろしくない。
というか、別に武田は上杉を嫌っていないのだが。
上杉が一方的に武田を怖がっているのだ。
「ひいっ! 武田先輩、おはようございます!」
「うん。 今日はどんな夢だったの?」
「ずた袋を被った武田先輩が、アイスピックを持って私の部屋に入ってきて、私の大事なプロトタイプRX-77を滅多刺しに……」
「そう……」
武田が死んだ目で応じている。
何でも上杉は、毎日のように武田に殺されたり大事なものを壊されたり夢を見るらしい。
互いの家に上がったこともないのに変な夢ばかり見るらしく。
武田も困惑しているし。
上杉もさめざめと泣くしで、困り果てた仲である。
武田は別に嫌がっていないらしいのだが。
上杉はいつか夢が現実になるのでは無いかと、結構本気で土方に相談してきており。此方としては、メンタルケアでも受けろとぼやくしかない。
ただ、組み立て部分では上杉は現在技術継承を熱心にやってくれているので。
部長としては、どうにか二人を仲良くさせなければならなかった。
「おはようございます……」
通信に幽霊のような声がわき上がってくる。
いつも半分寝たような格好で通信に出てくる此奴は、梶原良美。一年生である。
重度の低血圧らしく、昔はやった幽霊映画のように、画面から這い出しかねない様子でモニタに映る。
現在土方から設計の方を順番に技術継承しており、今後はロボコンに使うロボットの設計工程を任せる予定だ。
現時点ではまだ半ば。
筋は悪くない。
「起きてるか、梶原ー」
「はい、起きてます……」
「そっかー」
武田がぼやく。
まあこんなもんだろう。
さて最後の一人だが、少し遅れて画面に映る。
一年生の卜部(うらべ)喜美である。
卜部は別に朝に弱い訳でも無いのにどうしてか遅刻癖が目立ち。
いつも部活には遅刻してくる。
昔と違って、部活は教師の負担を過剰に上げるものでもないし。
逆に生徒達が自主的にいい就職を掴むための手段でもある。
競争はあるにはあるが。
部活内での競争などマンパワーを削ぐだけなので。部活の規模は五人までと決められている。
このため大きめの学校では同じ部活が三つ四つあったりするらしい。
基本的に部活内で一軍二軍とか決めて。三年間を棒に振る生徒とかが出ないようにするための措置であり。
昔は、特に体育会家の部活では。
三年間ベンチウォーマーという悲惨なケースもあったらしいのだが。
そういった悲劇は、現在はなくなっている。
卜部は年齢の割には大人っぽいが、妙な色気が強すぎるので、昔の工業高校だったらそれこそどんな目に会っていたか分からない。
今もうっすらと化粧をしていて。
まあ校則では禁止されていないから好きにしろ、としか言えない。
なお結婚可能年齢は現在各国15歳が基本になっているため。
どこの国でも、高校を止めて結婚する生徒はいる。
これはどこの国でも疲弊が激しく、子供どころか人間の数の減少が著しいからであり。
結婚も手の一つとして、高校生達は色々考えているのが実情だ。
なお卜部はまだ得意分野がないので、それぞれ雑用をこなして貰っている。
「遅れましたー。 すみません、てへ。 化粧ののりが悪くって」
「今の年から化粧してると、後が悲惨だぞ……」
「大丈夫ですって、その時は相手捕まえてますし」
あそう。
皆しらけているが、まあ別にかまわない。
昔は学生の男女交際は禁止で、会社に入ってからも子供が出来ると「集団行動の規律に反している」とか訳が分からないことを言われる時代があったらしいが。
今は別にそんな事はない。
人間が減って技術が衰えている今。
どの国も技術を建て直す事に必死で。
同時に人間を確保する事に必死になっている。
昔人口爆発の原因となっていた幾つかの地域が、完全に無人地帯になってしまっている事もあり。
どこの国でも、人口増加政策については力を入れているのだ。
「それでは、全員揃った所で、暁高校ロボコン部の、春期大会に向けての戦略を説明します」
土方が、画面に映っている四人に呼びかけると。
発表された内容を提示する。
入ったばかりの梶原と卜部には負担も大きいが。
まあこれについては仕方が無い。
ばんと画面に出したのは。
救助用ロボットである。
いわゆるムカデ型。
災害時、瓦礫の下などに潜り込み、生存者の存在などを確認する。場合によっては物資なども届ける。
現時点で使用されている政府公認のムカデ型ロボットはM119という型番だが。これはまだ改良の余地が幾つもある。現場で既に利用され、実績も上げているものなのだが。それでもまだまだ不満点が多いと言う話である。
「要求用件は、瓦礫を通り抜けること。 物資を届けられること。 瓦礫、物資については、大会が用意する」
「おー。 そうなるとセンサーがかなり難しくなるね。 モーターはいいにしても、体もかなり分割して節ごとに細かく動けないといけない」
武田が皆に分かりやすく問題点を話すと。
上杉が、ぼそりという。
「これは今回も、半分くらいはそもそも動かなさそうですね……」
「なーに、どこもいつもおなじですよ」
卜部がいう。
実の所、卜部は中学の時弱小ロボコン部にいたらしく。
その流れで、工業高校でロボコン部に来た。
話によると、大会に出てロボットがまともに動いた試しがなかったらしく。暁高校のロボット部が、毎回優勝は兎も角「動かす事には成功している」事を知ると、驚いていた口である。
力尽きそうな様子で、ぶるぶるしながら梶原が挙手する。
「それで、大会の日程まで一月くらいしかないようですが……」
「それについては、まあ何とかする。 市販のキットの内、使って良いものについては既にチェックしてある。 使えそうなのは此方」
大会参加を申請すると、学校に参加費が下り。それがそのまま部費にスライドする。
この参加費はそのまま公開されており。
部活に直接、全額を降ろすようにと法で決められている。
この申請の際、活動実績がないような部活の場合は、警察が来る事もあり。
また学校で金をちょろまかそうものなら、学校そのものが潰される。
部長の仕事の一つは、予算通りに金を使うこと。
そして余った金は返金しなければならない。
そういう意味で、現在の部活というのは。
色々大変なのだ。
なおこの申し込み関連は、色々と面倒くさく。
書類を電子版とはいえ、何枚も書かなければならないし。書類に不備があった場合は就職にまで響く。
こっちとしても色々大変なのだ。
このように色々と厳格なので。
使えるキットなども、政府公認の品が決められている。
素材から削り出すマニアックな部も存在するが。
その場合、素材の購入費と工数などを領収書として出さなければならない。色々と大変なのだ。
現在では、部活専門の教師がいるが。
部活そのものの活動は生徒に任せる反面。
こういった書類などのチェックが主な仕事となっており。
負担そのものは、授業担当の教師とあまり変わりが無い。
色々あって、過酷な時代になった21世紀だが。
現在人類は追い詰められている反面。
昔はどこの国にもたくさんいたホームレスという悲惨な人達は、ほぼ存在しなくなっていた。
「ではこれから、それぞれの仕事について分担します」
咳払いすると、本題に入る。
部長である土方は、統括の立場を取らなければならないが。
これが結構面倒だったりするのだ。
だいたいキットを買ってきて組み合わせるにしても、色々と相性とか組み合わせる際の作業とかが大変で。
簡単に終わるようなものでもない。
全員に仕事の振り分けを行い。そして一旦通信はカット。夕方に進捗を再確認することになる。
通信を切ると、疲れた。
部長としてはどうしても負担が大きい。二年の頃はもっと酷かった。というのも、三年が一人しかいなかったため、どうしても二年生の負担が大きくなったからである。
そういう意味では、気が弱い上杉は今から心配だが。
どうにかしてもらうしかないだろう。
かくいう土方も、既に何社からかスカウトを受けているが。いずれも大手では無い。多分武田が一番の出世頭になりそうだ。
昔は部活の部長というと、それだけで就職に有利になるケースがあったらしいが。
今はそれもない。
自分の肩を揉みながら。
土方は、今回のロボコンに対する作業を、黙々と進めていた。
1、災害救助をムカデとともに
ムカデ型ロボットは、由緒正しきものだ。
そもそも二足歩行の戦闘ロボットは、実際には結局この世界では実現せず。
現在でも、安定した多足型のロボットが主流であると言う現実がある。
安定性が高い。
歩行するためのギミックを減らし、その分の機能を高められる。
それらの理由から、現在も街中で見かけられるロボットは円筒形か多足型が主流である。
人型のロボットも現在は研究が進められており。
ロボコンも存在するのだが。
それは大人部門。
企業が研究チームを作って、そこから出してくるようなロボットが主流になっていて。
学生向けのロボコン、それも高校生向けの大会となると。
基本人型は、まだまだ手が届かないジャンルである。
というわけで、現在は体高が低いロボットが主流であり。
ムカデ型も、実は挑戦するのが初めてではなかった気がする。
そしてムカデ型のロボットは、災害救助では蛇型と同じかそれ以上に有能であり。
瓦礫の隙間に素早く潜り込み、生存者を確認。
場合によっては物資を届け。或いは生存者の状態を確認するなどで。
一世代前までにはけりがついた大規模な各国の戦争などでも活躍。
空中で好き放題暴れ回ったいわゆるドローンよりも、終戦後は此方の方が称賛されるようになった。
ただムカデ型と言うだけで気持ち悪いと口にする理解がない人もいて。
戦争の際に活躍した記憶が薄れつつある今。
戦争による被災を受けた際。
ムカデ型ロボットに救助された人などが基金をつくって、更なる発展をと、こういう大会が開かれている。
土方はこれらの情報を暁高校の一年の時に聞かされたが。
実際大会の運営委員が、どちらかというと中年以上の層が多いのを見て、納得したものである。
さて大会だ。
現在、中学製向けのロボコンだと、大体稼働するロボットは三割。
高校生向けだと五割と言われている。
大学生向けは七割、社会人向けになるとほぼ十割だが。これはそれぞれ、かなりの予算をつぎ込み、専門家が監修しているからで。
高校生から一気にレベルが上がるのは、まあ自分達で四苦八苦して作っても、多寡が知れている、という事である。
それでも高校時代から伝説を残す奴はいて。
土方が一年の時、もの凄いチームが、圧倒的な成績で優勝を勝ち取るのを、指をくわえて見ているしかなかった事がある。
最悪な事に、其所のチームと二回戦で当たってしまい。
当時まともにロボットが動かなかったロボコン部で、大会で珍しく動いてくれたロボットが、文字通り蹂躙された。
今ではそのチームは、そこそこの大手企業にチームごと雇われ。第一線で活躍してるらしいのだけれども。
正直その企業の商品を買おうとは思わない。
大会の会場は、コロシアムとかでは無い。
事前にロボットを郵送し。
その時点で判定が行われる。
この郵送の過程で不備があると色々と問題なので、専門業者がわざわざ国際基金で作られ、運用されている。
何処の高校のロボットか分からないように、最初にシャッフルまでするという念の入れようであり。
不正はしようがない。
それでも不正をした場合は、想像以上に重い罰がある。
割に合わない罰を受けるくらいなら、不正はしないと大半の者は考えるのだが。それでも不正をしたがる輩はおり。
現在でも厳罰制度は変わっていない。
その後、公開画像で検証作業が行われ。
動くと判断されたロボットが、大会に出ることが出来る。
現在は土方がロボットの操作を行う。補助としては武田が出る。
これは昔のように、部活を一種のカルトとしないための工夫であり。
「皆で努力して勝ち上がる」という美名の基に、生徒を死ぬ寸前、或いは本当に死に追いやったりする部活が後を絶たなかったためだ。
特に体育会系や、体育会系文化部と言われる吹奏楽などではこの傾向が強く。
戦争を経てこれらの文化が一旦途切れた後は。
現在は、生徒に過大な負担を掛けないよう。部活制度には、厳しい制限が幾つも設けられている。
部活専門の教師が雇われるようになったのもその一環で。
この制度により、専門職の人間の食い扶持が増え。
効率的にお金が回るようになり。技術の保全も行われるようになった、というのが実情である。
というわけで、各部活からわずかな代表者だけが会場に来て。
体育館程度の広さしか無い中。
観客もいない状態で。
黙々と競技が行われることになる。
武田はプログラミング担当と同時に、トラブルシューティング対応でもある。
作業前に余計な事が出来ないように、事前に念入りなチェックが行われ。
専門家が内部構造を解析した後、コントローラーなどは渡されるようになっている。
此処まで厳格な基準が設けられているのも。
やはりルールがあると、それを破ったり、穴を突いたりする者がどうしても出てくるからである。
不正行為はずっとやまず。
今では不正行為によるペナルティや。
密告などをした場合の厳正な審査の結果、密告が嘘だった場合のペナルティの重さなどもあって。
不正はほぼこういった大会から排除されている。
非常に厳しい目が向けられる大会ではあるが。
それも技術の進歩のため、である。
大会の開始の挨拶とか、そういうのは一切無い。
ただ、全国に大会の様子は衛星放送で中継されており。
動画サイトなどでも放映されているため。
大会の常連などになると、変な人気が出たりするようだ。
なお、大会は総当たり制とトーナメント制に別れるが。
この辺りも規格が決まっており。
参加チームが20以下の場合は総当たり。
20を越える場合はトーナメントになる。トーナメントの場合、敗者復活戦と三位四位決定戦を行うのも基本で。この辺りは大会規約が国によって決まっており。厳格に運用されるのが普通だ。
人類は今、資源を失い、追い詰められ掛けている。
この状態なのだから。
厳しいのも、仕方が無いのかも知れない。
さて、しばらく様子を見ている。
今まで四試合が行われたが、基本的に強豪校はいない。
強豪校となると、三つも四つもチームを出してくる。部活の人員制限があるからだ。
そして、最強チームを作るか、二軍チームを作るかというような判断は、基本的に行われない。
昔、そのような行為が行われた結果。学生生活時代のトラウマが社会人になってからも続くような人生を送った人間が多数でたからで。
文字通り人材を無駄に出来ない現在。
こういった技術披露の場は、非常に重要なのである。
現時点では、これは勝てない、というチームは出てきていない。
今回の参加チームは18。動かずに脱落したチームが8。要するに総当たり戦になるのだが。
此処までの時点で強豪が来ていないということは。
恐らくは、今回はヤバイチームはいないと見て良さそうだ。現時点での情報では、だが。
毎回常連の強豪校となると、やはり知られているものだが。
見た感じ、見知った顔はあまりいない。
今回は春最初の大会。
それもあまり人気がある大会というわけでもないので。
無理に出場するくらいなら、もう少し後にやっている、大きめの大会に出ることを考えるロボコン部も多いのかも知れない。
さて順番が回ってきた。
こういったロボットの性能披露の場で、どうして総当たりをするか。もしくはトーナメントを組むか。
理由は簡単。
回数をこなしても、同じように動けるかの性能試験を兼ねている。
今回、土方のチームが持ち込んだムカデ型のロボットは、センチピート暁。そのまんまの名前である。
暁高校は東京の工業高校(とはいっても生徒は必ずしも東京在住ではないが)だが、相手は福岡の工業高校。
男子生徒の部活だ。
より鋭角的なデザインで。動きもきびきびしていた。
センチピート暁は若干丸っこいデザインなので。
この辺りは、色々と違いが垣間見えて面白い。
審判が来る。
ムカデ型大会の裏事情を知っているからか。中年男性の審判が来ると、何となく事情が分かってしまう。
相手方の操作は、一年がやるようだ。
この大会を、あまり重視していないのかも知れない。
さて、髪を掻き上げると、試合開始の合図を待つ。
補助のために、小型のパソコンを持ち込んでプログラムの様子を見ている武田だが。今の時点で、問題について口にしていない。
武田はちみっこいが、プログラムに関しては非常に落ち着いていて。かなり本格的なものを組むし、技量も高い。プライドもである。
落ち着いていると言う事は、大丈夫と見て良さそうだ。
「開始」
淡々と、試合が開始される。
まず最初は、一定位置から瓦礫まで移動する。
体育館の板張りの床だが。そこを安定して移動出来るかを、此処で試験される。勿論あまり出来が悪いロボットだと、そもそも此処で前進できない。
十対の足を動かして、もそもそ移動するセンチピート暁。
それに対して、相手チームのムカデくんは、十四対の足を動かして、きびきび移動している。
移動速度だけなら向こうが上か。
だが節が多いと言う事は、それだけ制御が難しいと言う事。
勝負は此処からだ。
瓦礫に到着は、向こうが早い。続いて、瓦礫の中に潜り込んで、内部の状況を出来るだけ短時間で確認し、モニタに映し出す。
これにはライト、カメラ、それに操作技術が全て必要だ。センサを用いての、自動操作機能も重要になる。
要するに本番は此処から。
相手チームは瓦礫に潜り込むのに手間取っている。
もそもそ移動していたセンチピート暁だが、さっさと瓦礫に頭を突っ込み、内部の映像を映し始める。
審判が採点をしているのを見て、相手チームの操作をしている男子が焦り始める。
高校生男子となると、もう一年でも三年女子の土方より背が高い事が多い。
威圧感はあるけれど。
別に気にせず、黙々と作業を行う。
この手の大会で、相手を煽るのは御法度。
もしもやった場合、永久出場停止レベルの厳しい判断が下されることも多い。それは要するに、就職に非常に響くと言う事だ。しかもその行為は、内申書にもばっちり書かれる事になる。
故にこう言う試合は、今では極めて静かだ。
応援団という悪習もなくなった。
炎天下で吹奏楽部が熱中症で倒れる生徒を出しながら、野球部を応援するとか言う意味不明な事を昔はしていたらしいが。
今はごくごく静かな環境で対戦が出来る。
瓦礫に埋まっている人形の映像がモニタに。
人形に対して呼びかけ。
熱量の測定など。
順番に作業をこなしていく。
人形側から、小さな音が漏れる。
これを拾えるかも、重要な審査基準だ。審査員はモニタを見て状況を確認もしている。ロボットの一挙手一投足が、全て採点の基準になるのだ。
武田が厳しい表情になる。
「足を一つ擦ったっぽいよ。 エラーが出てる」
「次の試合までに応急手当いける?」
「なんとも」
そもそも瓦礫に潜るのだ。
色々とトラブルが起きるのは当たり前。
そういったトラブル時の耐久性も、このロボコンでは試されるのである。
次のフェイズ。
瓦礫からロボットを撤退させる。
小さなフェイズではあるが、前進後退を、瓦礫の中でスムーズに行えるかの試験になる。まだ相手は人形を調べている様子で。相当に焦っているのが分かった。
横目に、そのまま淡々とセンチピート暁を下げる。
下がる際、少しひっかかった。今武田が言っていた、足の故障が原因だろう。
ほどなく瓦礫から出てくるセンチピート暁。
なお、試合中の補修は許可されない。
「水を相手の口元に」
「心得ました」
幾つかの事態を想定し、対応出来るようにと大会の要項にある。その一つが来た、というわけだ。
センチピート暁に、ペットボトルを取り付ける。
これを瓦礫の中に持ち込み、更に内部で蓋を開けて、人形に飲ませなければならない、と言う事だ。
昔は此処までの機能は要求されなかったが。
最近は技術の回復が進んできたので、要求項目が増えてきている。
さて、ゆっくり進める。瓦礫が崩れたらその時点でチーム失格である。瓦礫は敢えてゆるゆるにされている事が多い。
この応急手当の要項が難しく。
しかも瓦礫に閉じ込められている人の生存率にも関わるので。
瓦礫内部に物資を届けるのは必須。
ムカデ型ロボットは、様々な要件を求められる。
だから人型には難しい機能を、山盛りに詰め込まれる。
ムカデ型なのは。
そういう事情もあるからだ。
相手方が追い上げてきている。
幸いと言うべきか、故障がなかったらしい。此方が瓦礫に潜り込んだときには、相手もペットボトルを取り付けていた。
内部の人形の所まで、どうにかペットボトルを運ぶ。
これが難作業で、瓦礫の狭い所を上手に通さなければならない。ムカデ型ロボットの制御が尋常で無く大変だ。
武田が険しい顔をしている。
やはり足が一本駄目になったのは大きい。
しかも、こういう総当たりの戦いの場合、次の試合まで時間が無い事が多い。その場合、不完全な状態で、試合を行わなければならない。
何とか、人形に水を飲ませることに成功。
相手より先に、瓦礫からセンチピート暁を出す事が出来た。
相手チームがムカデ型を瓦礫から出して、試合終了。
すぐに武田が壊れた足を確認。
土方は、次の試合についての説明を受ける。
なお、点数については、最後にまとめて表示される。
一喜一憂を避け。
試合に専念させるためである。
武田が首を横に振る。
仕方が無いので、足はパージ。機能を停止して、その分多少動きづらくなるが、なんとかするしかない。
プログラムの変更については、武田がぱぱっとやってくれる。
処置が終わった二十秒後。
次の試合の声が掛かった。
冷や汗ものである。
今度は神奈川にある工業高校。
此方は女子と男子で試合に来ているが。
かなり背が低い武田よりも、白衣を着ている相手の女子生徒は、更に背が低い。
まずい。
直感的に悟る。
飛び級制度が導入されたのは戦争の最中だけれども。
現在、飛び級で高校に来ている奴はいる。
そういう飛び級生徒は、色々な学校が諸手を挙げて歓迎していて。
この子は多分、その類だと判断した。
気圧されるな。
そう自分に言い聞かせて、試合開始の手続きをする。
すぐに試合開始。
相手チームのムカデ型は、かなり丸っこいデザインで、見ていて少し不安になったが。柔らかい材質を採用して、更に足も六対に抑えている事に気付いて戦慄する。あれ、多分自分で一から組んでいるタイプだ。
まずい。かなり分が悪いぞ。
そう思い、急いで瓦礫にセンチピート暁を向かわせる。
相手は落ち着いたもので、淡々とついてくる。
瓦礫に到着。
内部に潜り込ませるが、やはり足一本が駄目になっているのがいたい。わずかな時間のロスが、何カ所かで生じる。相手の方は敢えて見ないことにする。そうした方が、多分集中できる。
人形に到達。
状況を考えるに、恐らくは死んでいる設定だ。
それでも丁寧に調べて、判断。
戻る。
続いて、審判から、ビーコンをつけるように指示を受ける。
要するに死体扱い。
死体として、場所を分かるようにしろ、と言う事だ。
これが本当の現場だったら非常に悲しい事だが。
幸いロボットコンテストで、相手は人形である。
受け取ったビーコンを取り付けて、センチピート暁を行かせる。
そして、その時には。
向こうのチームが、瓦礫からムカデ型を出しているのが見えた。
ビーコンの取り付け。
更にセンチピート暁の回収。
終わらせると、既に相手は作業を終了し、あの白衣の子がメンテナンスをしている。一緒に来ている男子生徒に色々指示をしていて、苦虫を噛み潰しながら男子生徒は応じていた。
あの様子だと、学校が肝いりで淹れた飛び級生徒だな。
そして下手をすると、部長なのかも知れない。
ただ、チームワークはどう見ても良くない。
今後の試合でそれが露呈すれば、勝機はあるかも知れない。
第二試合は惨敗だな。
そう判断して、第三試合に備える。メンテナンスを軽くするが、表面の埃や砂を取るだけで良かった。
ムカデ型の最大の弱点は、関節部。
此処に埃や小石が入り込む事で。実際に人命救助で使われていたムカデ型も、多くの機体がこれで損失したという。
現在はラバーで関節部を覆うなどの工夫がなされているが。
それでもトラブルは起きる。
何とかメンテナンスを終えた後。
またすぐに試合が来た。
総当たり戦なのだ。
最初四試合、ぼんやり見ていられたのがラッキーだとも言える。
また大会側としても。
こうやって敢えて緩急をつけることで、操作をする人間と、試合に出るロボットの両方を試しているらしい。
厳しい話だが。
しかしながら、これが人命につながる技術だと考えると、仕方が無いとも言えた。
次の試合の相手は埼玉の工業高校。
二人とも三年の女子だった。
相手側のロボットは、かなりくたびれた雰囲気で。
すり切れた跡や、細かい傷が目立つ。
これは以前の大会で使ったものを修繕して出してきたな。
そう判断。
ロボコンでは珍しい話では無い。
それに、お古だからと言って、弱いとも限らない。
そういうものだ。
すぐに試合開始。
案の定、お古だから弱いなどと言う事は無く。シャカシャカと、凄まじい速度で瓦礫に到達する相手チーム。
あの様子からして。
あのロボット、相当な古強者とみた。
たまにこの手の古強者が出てきて、未熟なロボコン部のロボットを蹂躙していく事があるらしく。
こういう大会に出る者の間では。
「戦争の亡霊」なんて呼んだりする。
いずれにしても、相手の動きが恐ろしく機敏なので舌を巻く。黙々と動かす。マイペースマイペース。そう自分に言い聞かせながら、操作。
武田が袖を引く。
エラーが出ているという。
チラ見すると、足がもう一本動かなくなっている。
どうやら、こちらも瓦礫に何かしらの不具合で引っ掛かったか。それも足が伸びた状態で動かなくなっている。
内部での動作に、問題が確実に出るだろう。
閉口しつつ、瓦礫の中の人形を確認。色々なデータを送る。
支えになるように。
指示が来たので、頷いて、ロボットに格納していたジャッキを出して、上下に瓦礫を支える。
この状態で、三分待つ。
ほどなく、大型のロボットが来て、瓦礫をどけ始める。
この手の救助用ロボットは、大会に出すものは現役を退いた二線級だが。それにしても迫力がある。
まもなく、瓦礫が取り除かれて作業終了。
ある意味助かった。
トラブルを起こした足の事もあって、瓦礫の中を行き来するのは大変だっただろうから。
試合終了。
すぐに足を取り外し、応急処置をする。
さて、試合はまだまだ続いている状態だ。
2、世界は其所まで甘くない
部活の試合というものは、開始時間終了時間が決められている。これは古くには、部活の試合が深夜にまで及ぶことが多く、生徒の負担が尋常ではなかったからである。特に体育会系の部活になると、終電ギリギリまでやるケースがあったそうだ。
今は、人材は宝という言葉がどこの世界でも標準化し。
精神論の排除、根性論の排除と一緒に。如何に人材を育成するかに、どこの戦争を生き残った国でも予算を投じている。
最終試合が終わる。流石に疲れたが、まだ午後二時ちょっと。
もしもこれ以上試合が増える場合は、複数日に分割される状況だった。
優勝は、案の定。神奈川の、あの工業高校だった。
実際の所、一人超凄い奴がいても勝てる訳でも無いのがロボコンというものなのだけれども。
この場合、小規模大会だったのが功を奏したのだろう。
まあ今回は勝ちを譲ってやる。
実の所、ムカデ型ロボットのロボコンというのは、珍しくも何ともないのが実情であり。
今回作ったものを改良して、次回以降も生かして行くつもりである。
予算も圧縮できる。
予算は必要分だけ使って圧縮してみせると、それだけ内申点にプラスがつく。
勿論それで成果を出せない場合はプラスにならない。
適切な予算圧縮が評価されるようになっているのだ。
今後はムカデ型ロボットのロボコンで、予算圧縮が掛けられるので、部員全員にとって美味しい。
なおうちは四位。
この規模の大会だとまあまあの成績、というところだろう。
キットを使ったロボットで、しかも一ヶ月という短期で考えると、良い結果だった。
ロボットは梱包して学校に送って貰い。
てぶらで帰る。
途中までは武田と一緒に帰るのだが。
電車に揺られて、黙々としている内に。幾つかの話をした。
並んでいると年が離れた姉妹のようだが。
同い年だ。
「それで果歩、今回の敗因は何だと思う?」
「耐久性かな」
「やっぱりそうだよねー」
「災害現場だとどうしようもない部分は確かにあるけれど。 だけれども、やっぱり頑丈な事に超した事はないね」
そう。ロボットに重要なのは耐久性だ。
ムカデ型のロボットは特にそれが顕著。
体が平たい分、歩くのにあまり機能をたくさん必要としない。故に高機能を求められやすく。結果脆くなりやすいのである。
今回はそれがモロに出た。
今後は克服が課題になるだろう。
「二足歩行もやってみたいな……」
「まだプログラム完成してないでしょ」
「うん……先輩達の作ってたの、ちょっと手をたくさんいれないとね……」
「……」
二足歩行のロボットは、趣味の領域で20世紀後半くらいから実用性を高め始め。21世紀前半にはかなり良い所までいった。
問題は其所から戦争が起き始めたことで。
大国同士が消耗戦をしていく過程で、パワードスーツなどの実用部分以外のロボットに関する技術はかなりが失われてしまった。
技術というのは継承しないと、十年もすると跡形もなくなってしまうのである。
昔でさえそうだし。
現在でもそれに代わりは無い。
なお、暁高校はどちらかというと虫型やムカデ型で大会実績があり。
二足歩行のロボットに関する大会実績はほとんどないのが現実だ。
ほどなくハブ駅に到着したので、手を振って武田と別れる。
此処からは20分ほど揺られて帰宅である。
リモートでの大会参加もたまにあるが。
ロボコンの場合は、流石にそうもいかない。
ゲームなどの場合はリモートでの参加が基本になってきている昨今だが。
流石にロボコンはデリケートな実機を扱う。
トラブル対応が出来る人員が最低限でも行かないと、話にならない分野だ。
電車での移動が昔に比べて格段に楽になっている今でも。
苦労には変わりが無い。
電車から、東京の風景を見る。
殆ど復興が終わっている。
まだ小さい頃には、焼け野原になっている場所もあった。民間人への無差別攻撃は、戦争の末期には普通にあった。負けそうになった国家が破れかぶれになって打ち込んだ大陸間弾道弾が、民間人を多く焼き尽くした。
土方家もかなり危なかったらしくて。隣の市が被害を受けたのを聞いて、引っ越すことを検討までしたらしい。
今では戦争の話は幸いない。
どこの国も、戦争なんかやる資源がないからである。
このままだと、人類は地球を出られず餓死する。
そういう試算が出て、それどころではなくなった、というのも実態だった。
戦争の熱狂が収まって、どうにか人類が滅亡を免れた今。必死に技術復興に各国が力を入れているが。
どこの国も苦労はしているようだ。
国際大会の類も行われているが。
だいたいの場合は、社会人大会である。
高校で国際大会は殆どない。
それだけ、高校生が減っている、という事でもあるのだが。
最寄り駅に到着までに、上杉、梶原、卜部には連絡を入れておく。結果の連絡は行っている筈なので、課題について話をしておくのだ。
それも済んだ今、今日は帰って寝るだけである。
街を走っているのは、オート運転の車。
交通ルール違反をする車は、オート運転が義務づけられてからいなくなった。改造車もである。
昔は車高が低いほど乗っている人間の頭が悪いという話もあったが。
今では車の改造には難しい資格がいる事。
更には、道交法違反を犯した場合、相当にペナルティがきついこともあって。
改造車は殆ど存在していない。
横断歩道なども以前とは比較にならない程改善されていて。
信号が変わると、トラックの突進も受け止めるバリケードがすっとせり上がったりする。
また、ここ数十年で、バイクという乗り物は地上から姿を消した。
自動運転が普及した結果。
安全性に問題があるバイクは不要、と社会が判断したからである。
今では骨董品として一部のものが、私道で趣味として走らされているくらいである。
自宅まで、特に危険もなく帰ると。
自動で調理をしてくれるレンジにセット。
親はそれぞれリモートワークをしていて、此方にはちょっと声を掛けて来ただけ。結果を告げると、まあまあだねと言ってくれた。
まあそれで充分だ。
別に暁高校は強豪でも何でも無い。
たまに上位に食い込むこともあるけれど。
それはあくまでたまに。
今回は真ん中くらいの結果だったけれど。
そもそも半数近くが動かない中、動いての真ん中くらいなのだから。
まあ充分とみるべきだろう。
ベッドに転がると、あくびをする。
今は血のつながらない子供も珍しく無い。遺伝子登録が義務づけられ、結婚に補助金が出るようになり。
子供がいない家庭でも、遺伝子を無作為に組み合わせた子供の育成を行うと補助金が出るようになっている。
誰も結婚しなくなった時代があった。
色々拗らせた人達が暴れた結果、結婚のリスクが上がり過ぎたからだ。
色々苦心の末に、こういったシステムが開発され。
その内、ロボットが子育てを全てする時代が来るのでは無いか、とまで言われている。
土方家はそんな中でも数少ない例外。
ちゃんと両親が揃っていて。
土方は両親の血をついでいる。
これは遺伝子検査を受けているので、ちゃんと分かっている事だ。
パソコンを立ち上げる。
別にスイッチを押さなくても、声を掛けるだけで起動してくれる。
そのまま、動画配信サイトを起動し。
ロボコン関連の動画を見る。
今日の試合の動画を確認。
優勝校の。例のあの白衣の飛び級の子の試合を見る。
桁外れに凄いのを作っていたが。
やはり他の試合でも、好き放題暴れていた。
まあ優勝も納得か。
傍目から見ても、レベルが違いすぎる。
ただ、いつまでも負けているつもりはないし。
それに、最終試合で少しトラブルも起こしていた。全て自分で処理していたが。あの様子では、オーバーワークを起こすだろう。
小規模の大会なら勝ち目は無いが。
大規模大会に出てきたら、むしろ好機かも知れない。
そんな事を考えつつ。
小さくあくびをする。
勝ち負けよりも。
技術を磨くことを優先しろ。
これが今、学校で誰もが教わることだ。
昔はこういった部活の大会はものを問わずトーナメント制が主流で、例えば一回戦で優勝候補同士が激突した場合、敗者復活戦がない場合だといきなり二位の実力者が脱落、等というケースが存在した。大会側でそういう事が起きないようにと工夫をしているケースもあったが、それにも限界があった。
トーナメント制は問題がある。
人材の枯渇が目に見えるようになってから。
何か問題がある時点で、人材を駄目と判断する減点法は駄目だと言う事が、ようやく社会に浸透した。
代わりは何処にでもいる。
そんな時代はあったかも知れないが。
少なくとも今はそうではない。
それがやっと社会に認知されたのだ。
あの白衣の子。飛び級で上がって来ただろう子は、多分今の時点で企業からスカウトが掛かっているかも知れないが。
別に強豪でもないうちの武田でも、普通にスカウトは掛かっているし。土方だって武田ほどでは無いけれど、それなりにスカウトは受けている。
人材を確保するために、どこも今は必死。
そして人材は沸いてくるものではない。
育てないといけないのだ。
そんな事すら忘れてしまったから、前の戦争は悲惨な事になった。
努力は下に押しつけ。
成果だけを搾取する方式が。世界を壊してしまった。
それを人間が気付けたことだけは幸せだったのだろう。
気付くことが永久に出来ず、滅びる結末だって、あったのだろうから。
食事が出来たようなので、適当に食べる。
今のレトルトはそこそこに美味しい。
昔の冷凍食品、特に戦時中のはとにかく酷かったらしいけれど。冷凍食品に関しては、戦前の水準まで回復してきているそうだ。
ちなみに冷凍食品研究部もあり。
おいしい冷凍食品を如何に作るかで、大会も当然ある。
こういった技術の錬磨については、歓迎すべきだと思うし。
負けたからと言って、斬り捨てない今の風潮は良いと思う。
それに、だ。
明日に限らず、学校で直接他人と顔を合わせなくてもいいのは嬉しい。
昔は学校と言えば、スクールカーストや虐めが横行する地獄のような場所だったらしいけれど。
今はそれもない。
人間に限らず、動物は過密飼育すると虐めを始めるというのは、研究で証明がなされ。
結果、学校教育はリモートに移行した。
結果として、虐めで潰される生徒もいなくなり。
クズみたいなスクールカーストという悪習も消えて無くなった。
良いことだと思う。
アラームが鳴る。
そろそろ寝ろ、と言う事だ。
両親も仕事を切り上げて、寝る準備に取りかかっている。フロは食後に済ませたので、もういい。
そのまま眠りに掛かる。
睡眠を補助するための幾つかのツールを使って、後は快適に眠る。
戦後すぐは、色々大変だったらしいが。
少なくとも土方の時代は。
そこまでの地獄は、再現されていないのが現状だ。
翌日。
リモートで授業を終えた後、部活を行う。
試合の結果については、既に上杉がまとめておいてくれた。
説明も上杉がしてくれる。
これは業務の引き継ぎの意味もある。
次の部長は上杉だから。
色々とやって貰わないといけないのである。
「というわけで、耐久性が足りなかったことが問題となりました。 キットで作ったロボットにしては、検討した方だと思いますけれど……耐久性があれば、更に上位を狙えたと思います」
気が弱そうな上杉の説明だが。
まあ確かにその通り。
異論はない。
武田が付け加える。
「流石に耐久性だけでは一位のあのロボットには勝てなかったと思うけれど、それでも結構良いところまでいけたと思う。 足が二本駄目になったのは痛かったけど」
「それで、どうするんですか?」
「ええと、梶原さん」
上杉が梶原に指示。
足を直すように、と。
今回作ったムカデ型をひな形にして、今後の試合に活用する。その意思表明でもある。まあ当然か。
「卜部さんは、試合を分析して、耐久性を上げる工夫について考えてください」
「らじゃ」
「い、以上です……」
「ね、上杉」
武田が声を掛けると、上杉が露骨にびびる。
また夢の中で惨殺でもされたのだろうか。
まあ良いけれど。チワワを怖がるハスキーみたいな光景なので、なんというか色々と面白いし。
「改良については何も言わなくていいの?」
「ええと、耐久性を上げて……」
「いや、それは当然なんだけれど、次はあの一位のに勝ちたいし。 それにあの一位のも、当然改良をしてくるんだし、うちは更にその上を行きたいし」
武田は野心的だな。
土方は、その辺り見ていて感心する。
元々ロボット関係のプログラミングでは、他の高校でも是非と声が掛かるレベルの実力者だ。
正直な所、暁高校のロボコン部では最高の逸材だろう。
ただ本人は、あくまで技術者として頑張りたいという話で。
故に部長の座も土方に頼んで来た。
頼みを受けた以上。
武田の補助は、土方がしなければならない。
「そうだね、上杉さんは次の試合に備えて、あの丸っこいのに勝てる方法を考えておいてくれる?」
「……はい。 色々やってみます」
「では今日の部活は此処まで。 解散」
武田に関してはかまわない。
試合の結果を見て、プログラムの改良にいそしむだろう。
土方については、今後のロボコンの大会スケジュールを確認し。現実的にどれに出られるかを吟味する作業をこれからしなければならない。
部長は色々忙しいのだ。
まずはロボコンの大会を管理しているHPにアクセス。
以前から告知されていたものに加え、小規模な大会が幾つか増えている。
これらは、基本的に各地のロボコン部の状況を見て、大会運営が決めている。試合などをチェックして、レベルを吟味してから大会の数を増やしているらしく。色々と大変な作業らしい。
大きめの大会にも出ようと思うが、まだ一年生二人があんまり育っていない。しばらくは小規模な大会に、毎月出ていく、位で良いだろう。
恐らく八月くらいには、土方も武田も、就職先が決まるはず。
武田とは前話したが、大学に行くつもりはないそうだ。
土方もそれは同じ。
ロボコン部での経験を生かして、どこかの企業に行くつもりである。スカウトを受けている企業があるので、業績などを見て決めるつもりだ。
小さくあくびをしてから。
これこれこれ、と三ヶ月先までスケジュールを決めておく。
次の大会は小型の半円形ロボットの大会。
そしてその次の次に。
またムカデ型のロボットの大会がある。
スケジュール的に、全ての大会に出るのは物理的に不可能だ。これは敢えて、強豪校が総なめ、という事態を避けるためでもあるらしい。
「厳しい世界」という言い訳を使って、敗者を振り落として、未来を断つ。
そんなやり方をしていると、人材が回らない。
今の社会はそういう状態だから、こんなやり方が浸透した。
参加する大会を決めたところで、皆にメールを送る。
すぐに返事があったのは武田だ。
幾つか細かい話が書いてあるので、やりとりをする。
武田としては、前に作ったロボットを活用したいらしい。特に次の大会については、だそうだ。
確かに去年作った半円形のロボットが、修繕すれば使える。キットを買ってきてパーツを少し追加する必要があるが、それだけで充分だろう。
何より、武田の方でプログラムをかなり改善しているらしい。
或いは、それを試したいのかも知れない。
野心的で良い事だ。
努力なんて、するだけ無駄。
生まれ持った金と地位だけが全て。
そう嘲弄された時代もあったらしいが。
今はそれもなくなっている。
武田の意を汲むと、すぐに対応を開始する。部長として、やれることは、やれるときに全て片しておかなければならない。
一通り作業が終わると、結構良い時間になっていた。
風呂に入った後、ロボコンの他の試合でも動画で見るかと思ったが。
変なメールが来ていた。
スパムかと思ったが、文面が違う。
内容を確認すると。
どうやらあの。
白衣の子らしかった。
「キットだけで組んだロボットにしては動きが良かった。 参考にしたいから、プログラムを見せて欲しい」
内容はそれだけ。
また随分とストレートな話である。
少し考え込んだ後、通話ツールを使って相手とつなぐ。
驚くことに、相手はパジャマも着ず、白衣のままだった。通話ツールの向こう側に、異様に清潔な部屋が映る。
まさかこの子。
試験的に作られていると噂のデザイナーズチルドレンか。
だとすると、両親もいないのかも知れない。
髪を乱暴に後ろで束ね。おしゃれには何の興味も無い様子からして。
各国が色々と自由提供された遺伝子から作ろうとしていると噂の、デザイナーズチルドレンである可能性は高い。
とはいっても、デザイナーズチルドレンはまだそれほど大規模には作られていないと聞いている。
試作品なのかも知れなかった。
いずれにしても、単なる潔癖症と言う事は考えにくい。
その証拠に、本人の雑な衣服と、後ろの異様に清潔な部屋がミスマッチだ。
徳川涼子と名乗った相手に。
丁寧に応じる。
相手が年下だとしても。ロボコンで、今後立ちはだかってくる相手なのは、間違いないからだ。
「流石に此方としても最も大事な財産であるプログラムをそのまま見せる訳にはいかないですよ」
「代わりに私が組んだプログラムを見せる」
「へえっ!?」
「一度組んだプログラムは興味ない。 最初から毎回組んでいるから、前に組んだのは私にはいらない。 それに著作権は私にあるから、どうしようと自由」
これはまた。
なんというか凄い話だ。
基本的にプログラムというのは改善を繰り返していくものだと聞いているが。
この子は最初から毎回組んでいるのか。
だとしたら、どれだけのスペックをもっているのかわからない。
運動に関しては前の大会を見る限り、別に出来そうでもなかったから。
頭に全振りのタイプかも知れない。
いずれにしても、興味はある。
少し待つように頼んでから、武田に連絡。武田はフロから上がったばかりらしく、まだ髪が濡れていたが。
話を聞いていると。
すぐに真顔になっていった。
「それでどうする?」
「……その辺で拾ったカスプログラムを掴まされるかも知れないし、コードの一部だけでも見たい」
「OK、交渉して見る」
相手と話す。
徳川は少し考え込んでいたが。
ほどなく、データを直にぽんと送り込んできた。
どうも自分の書いた過去のプログラムには、本当に執着がないらしい。武田と二人で確認する。
土方もある程度はプログラムを読めるが。
さっと読んだだけで、これは別物だと判断した。
コードの組み方が独特すぎて、読むのに苦労するが。
その一方で、非常に無駄がない。
ずっと昔の事。
囲碁のAIがプロを上回った後。
AIどうしで試合をさせた時、異次元の棋譜を組み始めた、という話を聞いたことがあるけれど。
今見ているのが、それの亜種なのかも知れない。
武田はこくこくと頷く。
どうやら、相当に凄いものであることは確実のようだった。
此方もプログラムを提供する。
徳川はさっと目を通しただけで、内容を理解したようだった。
「ありがとう。 参考になった」
「いいえ、此方こそ」
「また試合で」
ふつりと通話を切られる。
まあ、いずれまたぶつかるだろう。
これは面白い事になってきた。
このプログラム、正直本職でなくても興奮する代物だし。こんなのを書く相手が、此方を敵認定してきたと言うことだ。
これは答えなければなるまい。
数日、武田は使い物にならないな。
そう判断。
というのも、こんなものを見せられたら、大喜びで解析しまくるに決まっている。飛びついてそれこそむしゃぶりつくすだろう。
仕方が無いので、上杉に連絡を入れる。
事情を説明すると、上杉も驚いていた。
「あのロボットの稼働プログラムを組んだプログラマーが!?」
「そうだと本人は明言しなかったけれど、多分噂のデザイナーズチルドレンだと思う」
「ひえー」
「というわけで、次の大会に向けてのプログラム調整、頼むよ。 恵子の方から、一年二人に話を回しておいて。 丁度良い経験になると思うし」
こくこく頷く上杉。
タッパがあるのに、なんというか反応が可愛い奴だ。
とりあえず、一通り作業は終わりか。
頷くと、今度こそ寝ることにする。
一連の作業を終えたら、もう本来は寝る時間になっていた。
昔は三合四落なんて言葉があった。
睡眠時間を三時間まで削って勉強すれば大学に受かる。
四時間も眠ったら大学には受からない。
そんな意味だったそうだ。
だが、そんな無茶苦茶をしていた世代が優秀だったかというと、答えはノーで。体を壊して早々に引退したり。無茶なパワハラで部下を痛めつけたりと。ロクなものではなかったらしい。
今の時代は、睡眠をきっちり取る事が推奨されている。
仕事でもそうだし。
学生時代もだ。
ブラック企業を撲滅できたのが、21世紀最大の功績なんて言葉があるが。
それについては、タコ部屋の時代からの悲惨な労働状況を歴史で学んでいる身としては。
自分に降りかからなくて良かった、という他ない。
いずれにしても、眠れる。
それは、この終焉の時代であっても。
唯一保証された、良いことなのかも知れなかった。
3、私戦
ムカデ型ロボットのロボコンが終わってから二週間後。
不意に、また徳川から連絡が入る。
余程気に入られたらしい。
ひょっとすると自分がいる部活のメンバーのことを気に入っていないのかも知れない。
飛び級で進学している子は、色々苦労すると聞いた事があるが。
あの子くらい出来ると。
頭の出来が違いすぎて、話が周囲とあわないだろう。
土方の部だって、あの子と話がかろうじて出来そうなのは、武田くらいしかいないのである。
まあ、何かあるのだろう。
通信を受けると。
また、無機質な部屋が映る。
この様子だと、部屋の掃除は全て自動化してしまっているのかも知れなかった。
「前のムカデ型、残っているか」
「うん。 それがどうかしたの」
「勝負したい」
「はあ?」
大会関係無しの交流試合。確かにそういうのもあるが、スポーツ系の部活だけの話だと思っていた。
しかも、前の大会で大差をつけて勝った相手に。
この子は何を執着しているのか。
「いや、そっちの圧勝だったのに、どうして」
「あのロボット、想う様に作れなかった」
「へ……」
「部活で色々邪魔された。 だから、四苦八苦しながらどうにか一人で作った。 そっちはどうか分からないけれど、あの大会実質上一人で出た。 もう一人いたのは、ただの数あわせ。 同じ部活の人間ですらない」
これはまた。
色々難儀な状況だ。
例えば、競技やゲームなどだと。強い人間の性格がいいとは限らない。
将棋などが顕著だが。対人ゲームというのは、如何に相手を貶めるかが強さに直結するケースがあるし。そもそも本人の性能が勝負にもろに影響するため、努力をどれだけしても無意味なケースがある。
特に将棋や囲碁は、トッププロがAIに全く勝てなくなってからその傾向が露わになり。
チェスに次いで一気に衰退していった実例がある。
特にトッププロがAIに次の一手の指南を受けていた事件が発覚し。
それが致命打になった事もある。
一方でロボットコンテストの場合、色々な創意工夫がものをいう。
事実、天才と呼ばれる技術者の作ったロボットが、凡人が創意工夫を懲らしたロボットに負けた実例が歴史上幾つもある。
これについては、伝説の試合がネット上に動画で残っているので見た事があるが。
こんな発想をするものなのかと驚かされたし。
対応出来ない状況に持って行かれた天才が、唖然としている様子もよく覚えている。
個人の性能が必ず勝負に直結しない。
それがテクノロジーだ。
ライフルで撃てば天才だって死ぬ。
誰だって、天才と同じように使える。
それがテクノロジーというものの強みであって。
人間という生物唯一の長所である。
どういうわけか、人間という生き物は、有史以来その強みを捨て。個体能力の性能を誇りたがる癖があったのだが。
実際問題、他の動物に比べて人間が優れているのはテクノロジーくらいしか存在していない。
である以上、個体能力なんかを誇り合っても仕方が無いのは自明の理。
そんな事にさえ。
21世紀になるまで、人間は気付けなかった。
そして今。
天才だからこそ。
テクノロジーを楽しんでいる者と。
勝負が出来るのだ。
「とりあえず、部の皆と調整してみます。 こちらとしても、勝負は願ったりなので」
「……勝負の舞台はこっちで用意する」
「了解」
通話を切る。
それにしても、面白い。
皆に連絡を入れると。全員が試合に出たいと言ってきた。まあ良いだろう。ロボットそのものも、この間の欠点を改修し、補修は済ませてある。
そしてそもそもこのセンチピート暁。
今後何回かのロボコンに出すし。
何なら来年以降も使う予定なのだ。
これ以上の仮想敵はいないだろう。
何回かの連絡を入れた後。試合の日程が決まる。
次の大会まで日もあるし、準備も順調なので、一回くらい試合をする分には何ら問題もない。
それに、一年に自信をつけさせるには丁度良いだろう。
今回は、勝つ。
相手が色々足枷がついていて。
しかも手の内が分かっているのだから。
負けない。
試合の会場は、東京の小さな公園。
貸し切りといっても、事前に申請があれば、20000円くらいで一日使用ができる小さなものだ。
そこで勝負を行う。
現地に五人部員が揃うのと。
少し遅れて徳川が来る。
徳川は色々準備に手間取ったようだが、白衣は替わっていない。なんで白衣なのか以前聞いたのだが。
これしか持っていない、と言う事だった。
やはりデザイナーズチルドレンだったらしく。
これといった良い服は持っていないし、興味も無いそうだ。
興味があるのはロボットのことだけ。
要するに、テクノロジーのためだけに産まれてきた子である。
それだったら、問題のある部活になんていないで、政府で用意すれば良いだろうに。
色々と上手く行かないものだ。
相手が出してきたのは、前と同じオーダーメイドのロボット。
この子が手作りしたのだろうと思うと、ちょっと哀しみを覚えてしまう。
まともな技術者が周囲にいれば。
全然違っただろうに。
それでも一位を取りはしたが。
大きな試合では、勝負は違っていただろうと個人的には思っている。
試合内容については、事前に決めてある。
多分向こうも分かっているだろう。
自分のロボットの欠点は。
それでも敢えて乗って来た。
その理由については。
何となく分かるが、口にしない。
砂場を使う。
砂場に二体のロボットをセット。操作として、土方がつく。
他のメンバーは、全員が補助。メインが武田で。上杉達は修理関連の補助に当たって貰う。
ラインを引いて、其所でスタートの開始装置をセット。
陸上の試合などで使われる、スタートラインに平等に各選手がセットされているか確認するための道具である。
学校の備品であり、借りてきた。
審判としては、大会を開いているロボコン協会に声を掛けて、一人来て貰った。
中年のおじさんだが。
そもそも徳川が大企業から複数スカウトが来ている逸材と言う事もあって。興味があるのだろう。
来てくれた。
なお、動画を撮る用意もしている。
全国配信するのだろうから、気も抜けない。
審判が右手を挙げると。
降り下ろす。
開始の合図だ。
さっと、砂場を走り始める二体のムカデ型ロボット。ぐんと、一気にセンチピート暁が加速。
黙々と徳川が操作する。
徳川の方は、とにかく動きが滑らかだが。此処で、用意してきた瓦礫の隙間を抜ける事になる。
前の欠点は克服した。
以前を越える速度で、一気に瓦礫を抜け出る。向こうも流石に早いが、プログラムは武田が解析している。
眉をひそめる徳川。
一瞬出遅れたのに気付いたのだろう。
そう、プログラムはどんな天才が組んでも穴が出る。
そもそも、穴が出るのを想定して組むのがプログラムだ。
バグがいないプログラムなど存在しない。
例えどんな天才が組もうと同じ事。
半身分遅れが出た相手に対し、センチピート暁は、更に加速。
用意してある瓦礫の山に突入。
内部の人形を確認しに掛かる。
相手側も同じ。
ただし、此方は前回と精度が違う。
センサも変えている。
キットで売っているものではない。今後の試合を考えて購入してきた、高精度センサだ。高精度になるとプログラムも難しくなるのだが。それは武田が時間を掛けて、以前から組んでいた。
一年半以上前から、である。
向こうも同レベルのものを積んでいるが。
即席で組んだものとは差が出る。
するすると、足を失うことも無く出てくるセンチピート暁。
良い子だ。
呟きながら、更に作業。
審判が指示。
ジャッキを抱えると、また瓦礫に突入。此処で徳川が意地を見せ、一気に遅れを取り返してくる。
機体性能が流石に高い。
だが、ようやく並ばれた状態。まだまだ優位は此方にある。
「エラー!」
武田が伝えてくる。
足が一本動かなくなったと。
多分プログラム由来のものではないだろう。
ジャッキを抱えた上に瓦礫に入ったのだ。これではトラブルも仕方が無い。実際の災害救助用ロボットも、ある程度の損耗を最初から想定していると聞いている。ましてや学生が作っているものだ。
その足を伝えてくるので、即座に操作を切り替える。
その足を当てにせず、ジャッキを入れて。一気に瓦礫を押し広げる。
だが此処で、意外な事を言われる。
「被災者を引っ張り出すように」
「えっ……」
審判はそれ以上言わない。
こういった被災地では、何が起きるか分からない。
本来この手の被災者は、慎重に状態を見て、レスキューが救助するもの。あくまで災害救助用ロボットは応急処置と発見が目当てだ。
徳川も思わず審判の方を見ていたが。
審判は冷酷にボードの点数をつけている。
むっと、呻く。出来るか。
瓦礫などをセンサーで確認。
人形は。
足などは挟まっていない。瓦礫で潰されていた部分は、どうにか大丈夫だ。
カウントが不意に始まる。
なるほど、埋まっていた瓦礫が崩落するという設定か。それでとにかく急いで助け出せと。
分かった。
やるしかないだろう。
無理矢理にセンチピート暁を使って、人形を引きずり出す。
重さは当然成人男性と同じに設定されているから、強烈に重い。モーターが悲鳴を上げるのが聞こえた。
それでも、カウントに沿って、無理矢理引っ張り出す。
これが倒壊寸前のビルだったら。
潰れたら死ぬのだ。
徳川の方を見ている余裕は無い。
頭を先にして、一気に引きずり出す。体へのダメージはあまり気にしなくても良い。
あっと、徳川が声を上げるのが聞こえたが。
気にしない。
勝った、とも思わない。
非公式試合とは言え、相手に影響を与えるような発言は厳禁。今のは、かなりの−になるだろう。
体全部引っ張り出すのは無理か。ジャッキを迂回して行かなければならなかったこともある。足以外を引っ張り出すのが限界だった。
「はい終了」
冷酷に、審判が告げてくる。
さて、徳川は。
胸の辺りまでしか出せていないし、そもそも手が止まっている。
これは何かあったな。
採点をするからと、インターバルが置かれ。
その間に、武田が話してくれた。
「うちの勝ち」
「何があったの」
「ジャッキのトラブル」
「……」
そうか。
要するに頭まで出したところで、徳川の方はジャッキがトラブって、多分潰れたのだろう。
其所で手が止まってしまったのだ。
アンラッキーという他ない。
更に映像も見せてもらうが、徳川の方が追い上げが凄まじく、人形を先に瓦礫から引っ張り出していた。
だが、よく見ると、かなり乱暴に引っ張り出している。
これはどちらも同じくらいの所まで引っ張り出せていたら。此方の勝ちになっていただろう。
此方は此方で、人形の足、膝下くらいは引っ張り出せなかった。
要するにコレは、もしも現実だったら足から下がなくなっていた状態だった。
いや、徳川の方は、多分首から下がなくなっていたのか。
戦慄する。
災害救助用のロボットは色々と責任が重い。
操作する方も作る方も。
それを改めて思い知らされた事になる。
悔しそうに俯いている徳川。
挫折した経験がないとは思えない。
実際問題部活の他のメンバーとは上手く行っていないようだし。
或いは、強度実験を兼ねて、敢えて全くあわないメンバーの集まる部活に放り込まれて。天才児であると説明を受けたのかも知れない。だとしたら、孤立したのも当然であるだろう。
審判が戻ってくる。
採点表をくれた。
大会の時に比べて、更に内容が細かい。
なお、勝利だった。
「暁高校ロボコン部の勝利。 非公式試合とは言え、興味深い内容だった。 動画などの配信は此方で行わせて貰う。 収益については折半で部費になるようにする」
「分かりました。 有難うございます」
この辺りはわざわざ説明しているが、規約になっている事だ。
昔はテレビ番組の脚本などの費用を、脚本を書いた人間に払わないというような信じられない狼藉がはやっていた事があったようだが。
現在はそんな事はありえず。
きちんと金は還元されるようになっている。
金持ちは有能と、そういった時代には必死に喧伝していたようだが。
何回かの戦争で、金持ちが有能とはほど遠い事が露呈されてしまい。
結果として、金持ちに金を集めるよりも。金を社会に回す方が遙かに効率が良いことが証明され。
今では何処でも国策で、過剰な金持ちが出現しないようにしているし。
不当に稼いでいる人間はあっと言う間に晒し上げられて、没落するようにもなっている。
卜部が動画をみてわおと言っている。
どうやら凄い勢いで動画が伸びているようだ。
徳川はそれなりに名前が知られているらしく。
徳川のロボットが、あくまで彼女がつくって興味を無くした旧型とはいえ負けたと言うことは、珍しいらしい。
アンラッキーという声も目立ったが。
暁高校のセンチピート暁が、とても健闘したことを讃える声も多いようだった。
とりあえず、土方と徳川で握手。
試合終了である。
片付けは、審判が連れて来た業者がやってくれる。ロボットの梱包も。
後は手ぶらで帰るだけである。
その前に、軽く徳川と話をした。
「実は高校で出る試合はあと二つだけ」
「ええと、飛び級と言う事ですか」
「そう。 次は大学のチームに混ざる。 また多分、あわない人間と無理矢理チームを組まされる」
ストレステストか。
デザイナーズチルドレンの性能試験を兼ねているのだろう。
人材育成とは言え、手段を選んでいないなと思う。
現在でも、各国は人材育成に必死だ。今まですり潰した結果、人材もテクノロジーも相当に失われてしまったからだ。
とはいえ。
国が管理しているデザイナーズチルドレンとは言え、人間であることに違いはないはずで。
こんな扱いを受けるのは、正しいのだろうかと、忸怩たる思いを感じてしまう。
とは言っても、うちの部活は定員オーバー。
此方にくればともいえない。
悲しい事だった。
「今日は楽しい試合だった。 負けたの、良い財産になる」
「……此方も、良い勉強になりました」
「今度は社会人大会で戦いたい」
「その時はよろしく」
一礼すると、徳川は去って行った。
多分徳川は、そもそも国の肝いりで、大学を出た後は院、その後は博士課程。それも十代前半でそこまで行って。
それが終わったら会社に三つ指ついて迎えられるだろう。
それも大手企業が確定だ。
「何だか可哀想」
武田がぼやく。
土方も同意見だ。
上杉は、おどおど終始していたが。特にこれと言って、意見を言わなかった。或いは、口を出しづらかったのかも知れない。
後は、そのまま帰る事にする。
駅で解散。
途中まで一緒なのは武田だけだ。
動画のURLを卜部が教えてくれたので、内容を確認する。操作の時は一生懸命で、徳川の操作を見ている余裕があまり無かった。
動画の撮影は、不公平がないように、二つのカメラを回して、それぞれのロボットがどう動くかをより鮮明にしている。
これは大体のロボコンでも使われている手法。
今回は非公式試合とは言え。
それでも、将来有望な徳川の試合だったのだ。
ロボコンの大会運営としても、興味があったのだろう。
どんどん視聴数は伸びている。
「暁高校って、そこまでの強豪じゃないよな。 最後のラッキーはともかく、かなり健闘しているな」
「ああ。 トラブルも発生しているのに動じていない。 結構出来るぞこの操縦者」
「ロボット自体もキットにちょっと手を入れている程度なのに、結構洗練されているな」
「成績はあまり振るわないが、今後注目しておく」
そんなコメントが流れているのを見て、ため息をつく。
他人事だと思って。
あれだけの人数の中。
トラブルが起きるのは大前提。
そんな中、操縦者をしているのは。
いざという時に、肝が据わっている。それだけが要因だ。他の能力に関しては、プログラムでは武田に及ばないし。他の能力だって大体他の部員に劣らない。操縦だって経験が多いだけだ。
「気にしないで、果歩」
「大丈夫、気にしていないよ」
電車に座って、しばし待つ。
現在はリニアが基本で、殆ど揺れることも無い。
ハブ駅に到着したので、先に武田が降りる。
こう言う試合で、ほぼ荷物を使わずに済むのは助かる。
金というのは回してなんぼ。
それが社会で浸透してから。
金はどんどん流れ。どんどん使うようになっていって。その結果、色々な人がその流れに関わり。
一部の人間だけが儲かる仕組みは排除されている。
結果として社会の健全化が急速に進んでいるのは皮肉だ。
もっとも、それでもまだ宇宙進出には到底届かないのだが。
家に夕方には着く。
父はリモートでの仕事をしていて。母は買い物に出ていた。夕食の買い物ではなく、何か備品が足りなくなったらしい。
父に、少し仕事が長引くと言われたので、先に夕食にする。
冷凍食品だが、別に手作りと同じくらいには美味しいので、気にする必要はない。
そのまま夕食を済ませると。
動画をまた見る。
動画そのものを見るのが目的ではなく。
どんなコメントがついているのかを、確認するのが目的だ。
見た感触では、かなり色々と面白いコメントがついている。
最初の内はなんか偉そうな上から目線のコメントが目立っていたが。
今は専門的なコメントが目立っている。
結構参考になりそうなものもあるので、その都度動画を止めて、コメントを引っ張り出して検証する。
勿論鵜呑みには出来ない。
しっかり確認して。
使えそうなら取り込む。
しばしして、アラームが鳴った。
少しいつもより早いが。
遠出した分消耗が多いと言う判断なのだろう。動画の視聴を中止すると、風呂に入って寝ることにする。
徳川は。
何だか孤独そうだったな。
だけれども、楽しい試合だったと言っていた。
楽しい試合を提供できたのは良かった。
ロボコンが、ロボット同士の押し相撲ばかりだったのは今は昔。
現在では対戦と言っても、相手の足を引っ張る方式ばかりでは無いし。
むしろ成果を先にどう挙げるか、が重要になってくるものが多い。
実際その方が、技術の錬磨には役に立つと言う事で。
今では、何処の大会でも主流になっていた。
徳川は楽しかったらしいが。
彼女は全力では無かった。
全力で力を出せる状態だったら、多分勝てなかっただろう。
枷だらけだったが。
それでも、枷をされていても、なお出せる力を出し。
アンラッキーが決定打になったとは言え。
敗れた。
その過程が、楽しかったのかも知れない。
いずれにしても、土方も負けて悔しいと感じる事はあまりない。
ふとメールが届く。
学校経由のメールだ。
スカウトのメールであるらしい。さっきの試合を見て、冷静な試合運びに感服したので、今後注目させてほしい、という内容である。
そこそこの大手企業である。
いわゆる「粉かけメール」であり。
ある程度此処から実績を積めば、本当に採用を見当してくれる。
なお安易に粉かけメールを出すことは法的に禁止されており。
この後何かしらの理由で断る場合は、その時には生徒に対して示談金を払う事になっている。
その代わり、先に有望な生徒に粉かけメールを出せば、スカウト時に有利になる。
いずれにしても、土方に損は無い。
くすりと笑うと、今日はここまでと。眠る事にする。
楽しい試合だったと徳川は言っていた。
此方は必死だっただけだ。
もし楽しいとしたら。
今頃だろうか。
楽しいと感じ始めたのは。
くすくすと、笑みが漏れる。
何だか気色が悪いなと思いながらも、やがて笑うのは止められなくなった。
いつの間にか眠っていたが。
起きてから、随分とすっきりした。
あのアンラッキーがなければ、負けていただろう。
だけれども、勝ちは勝ち。
すっきりした。
例えば、剣や槍なら。猛獣に勝てるのは、ごく一部になるだろう。
銃だったら、人数は増える。
簡易式の重装備ドローンならもっと増える。
それがテクノロジーというものだ。
テクノロジーという観点では、まだまだ。
徳川との差はまだあった。
幸運という要素があって、漸く勝てたが。
まだ土方の力量は、それくらいと言う事だ。
むしろ負けてせいせいした、くらいの気分なのかも知れない。
朝食に降りると、父はもう仕事をしていた。リモートワークで作業をしているが。遠隔でロボットを操作している。
ロボットとっても殆どは人型では無いが。
黙々と食事を済ませると。
母がてきぱきと食器を片付けていく。
まあそれもいいだろう。
試合の話を聞かれたので、勝ったとだけ答えて。そして、学校に出る準備をした。学校に行く準備ではなく。
リモートで、授業を受ける準備を、である。
今はそれが普通。
スクールカーストによる虐めもなくなり。
くだらない生徒同士の地位確認もなくなった。
学校は、今は。
昔の弱者をすり潰すシステムではなく。快適なものとなっていた。
4、技術を司る側
日本技術研究所。
日本国で設立した技術者管理の研究所である。現在は色々な企業での人材管理と、更には学校での人材育成の様子を、高度AIを用いて管理しつつ。更には人材発掘と、その就職の利便を図ったりしている。
仕事の大半はAIがしているが。
それでも此処で働いている公務員は千五百人に達しており。
省力化が進んでいる官公庁としては異例の規模である。
それだけ国が人材確保に力を入れていると言うことだ。
ロボット部門は二十人ほどが管理しており。
今日は、会議が行われていた。
大戦を生き延びた七十手前の課長の前のモニタに、資料が並べられる。リモート会議なのだからまあ当たり前だ。
向かい傷だらけの凄い顔だが、これでも傷はある程度修復手術をしているのである。
以前は口が耳まで裂けていた。
「徳川涼子が試合を挑んで負けました」
「ほう。 例のデザイナーズチルドレンの。 相手は大学か、大学院のチームかね」
「いえ、高校のチームです」
会議室がどよめく。
とはいっても、ウェブの会議室だが。
今ではセキュリティの問題もクリアされ。
こういった官公庁の仕事も、リモートワークが主体になっている。
いわゆるVLANのテクノロジーとセキュリティが大幅に向上し。
国が満足するレベルのセキュリティを実現できるようになったのである。
その代わり、公務員は国が提供する公宅に住まなければならないのだが。
「そんな凄いのが出てきたのかね。 今、強豪校でもそこまで凄いのはいなかった筈だが……」
「調べて見た所、其所まで実績のあるチームではありません。 此方が試合の動画となります」
最後にアンラッキーで徳川涼子が負けている。
これはまあ残念だが。
其所までの試合内容で。
かなり健闘している。
特にプログラム。それに操縦者に、見るべき所があるようだった。
「この淡々とした操作。 非常に肝が据わっているな。 今までは強豪校では無かった、というだけだろう」
「注目度を上げますか」
「……そうしよう」
鶴の一声である。
人材は一人でも多く確保しろ。
どんな人間でも適正はある。適性がない人間がいるなら、適性がなくても出来る仕事を回せ。手と時間が掛かる仕事はいくらでもある。
人材は国の宝だ。
それが、こういった場所で周知される言葉。
世界の人口が、最盛期の四分の一となり。
一刻も早い宇宙進出を果たさなければ、人類の滅亡が見えてきている現在。
これは必須事項なのである。
「分かりました。 注目度を上げます。 続いて大学の部ですが……」
話がしばし続き。
大学院、社会人と続いた後。幾つか注目の人員がピックアップされ。それぞれの特徴が述べられた後、会議は終わった。
所長は知っている。
戦争の前の時代を。
怒号が何処の職場でも飛び交い。
代わりは幾らでもいるという精神の元、人材がドバドバ使い捨てられていた。
精神が限界に達したものがどんどん心身を壊し。
大量の自殺者が毎年出ていた。
戦争で更にそれが加速。
いらない奴は死ねとばかりに、国は更に人材の消耗を加速させ。
そして気がついたときには、人材など何処にもいなくなっていた。
どこの国にも、である。
人材育成を怠った結果。
そんな事は分かりきっていた。
だが金持ち達は、自分達は優秀だし、自分達だけどうにかなればいいという態度を崩さなかった。
自浄作用が働かなければ。
人類はそのまま終わっていただろう。
だが幸い自浄作用が働いた。
富を独占していた連中が、半ば引きずり落とされて、不当な独占資産を全て没収されて路頭に迷い。
その分の金が、教育用に割り振られると。
状況はようやく改善が始まった。
最悪の時代を生きてきた。
そして、今やっと、時代は変わりつつある。
21世紀前半の地獄を見てきている所長は。
だから、今の仕事にやりがいを感じていた。
どんどん人材が可視化されていく。
脱落する人材を放置してうち捨てるのではなく。敗者復活戦をどんどん設けて、みんなを一人前にして行く。
優れた人材は何人でも必要だ。
昔の体育会系部活のように、三年練習していて試合にも出られない、というような悲惨な者は絶対に出さない。
そうやって、やっと世界は変わってきた。
変わるのが、余りにも遅すぎたが。
自宅で、ペンダントを見る。
ペンダントには、ブラック企業の労働ですり潰され、自殺に追い込まれた恋人の写真があった。
時代が時代だから結婚すら出来ず。
それ以降も、結婚を考える余裕も無かった。
今ではペンダントをたまに見つめて。
そしてため息をつくのが、課長の日課になっていた。
人材は幾らでも必要。
言い聞かせながら。
あの悪夢の。代わりなんて幾らでもいるという時代が再来しないように気を配るのが。
部長の責務であり。
余生をつぎ込むべき全てだった。
(続)
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