星の海へ

 

序、詰みは其所に

 

リディーは上がって来たデータを見て、やはりそうだったかと確信した。

現在行われてきた全てのプロジェクトの統合。

人間に気付かれず、人間を影から変えるシステムの総決算。

それ以外に、人間を変える方法は無い。

パルミラは全能に近かったが、人間を信頼するという最大のミスを犯した。故に、何度繰り返しても人間を自立させることが出来なかったのだ。

リディーとスールも、既に六万回、世界の終わりを見た。

その過程で、多数の実験をこなした。何度も何度も精神がすり切れそうになった。ミレイユ女王の死も、世界の終わりの数だけ立ち会ったし。お父さんもどの世界でも、結局アンチエイジングは受け入れず。世界の終わりまで、天海の花園でお母さんと一緒に過ごすことを選んだ。

必死にその間、研鑽を積んだ。

膨大な資料を集め、徹底的に検証した。

シャドウロードが解析した、他の世界のデータも完璧に把握した。

勿論この間、ソフィーさんはじめ他の超越錬金術師も試行錯誤を続けていたわけで。可能性があるプロジェクトはどんどん洗練され、統合化が進んでいった。

そして、今である。

最大規模の不思議な絵画で、かねてからルーシャが進めていたガーディアンシステムの運用が成功した。

「寄り添う者」完成型を用いる事により、人間は「みんな」から自然に脱却できるシステムが完成したのである。

完成まで、実にスールと一緒に、実体感時間で二億年を有したが。

それでもこの完成には、その時間を用いるだけの価値が充分にあったと結論出来る。

ようやくだ。

人間に可能性がない。

それは分かりきっていた。実際に世界の終わりを最初に見たときは、涙が止まらなかった。

フィリスさんが残酷になっていったのもよく分かった。

あんなものを万回も見れば壊れると、よくよく理解出来た。

幸い、ある程度の成果を上げたことで、ソフィーさんが賢者の石による事象固定をしてくれたおかげで。ルーシャは毎度地獄を見なくても良くなったが。

それでも、世界の終わりという、人間の可能性が無いと言う現実を直接見せつけられるのは辛かった。

だが、データは持ち帰る事が出来たのだ。

そのデータを元に試行錯誤を繰り返し。

そしてついに、可能性を見いだしたのである。

だが、こう言うときが一番危ないことを、リディーは知っている。スールと一緒に徹底的に検証を行う。

人間を強制的にねじ曲げないか。

よりよき方向に支える事が出来るか。

他種族との協調を可能に出来るか。

いざという時は脅威に立ち向かえるか。

何よりも、自立自尊という最大の。怠けたがり楽をしたがる「みんな」にとっては最高の壁を。

ぶち破ることが可能であるのか。

二億年がかりで改良した「寄り添う者」だ。今後はこれを人間が自分で生産し、そして身につけられるようにする仕組みも必要になる。初動分は深淵の者で作る。ノウハウは確立している。このプロジェクトはかなり上手く行っていることもあり、イル師匠だけではなく、興味を持ったソフィーさんやフィリスさんも、積極的にアドバイスをくれたのである。

みな、この世界の詰みを打開する事に関しては真剣であり。

それに嘘は無い。

どれだけ心が壊れていても同じ事だ。

同時に、イル師匠が作り上げた人間に対する自動懲罰装置であるテルミナも、既にロールアップが完成している。

違法に対する刑罰を、人間そのものが執行するからおかしくなる。

人間が干渉できない世界のルールそのものが刑罰を執行すれば、其所にはもはや不正は入る余地がない。

全ての歯車が噛み合って動き始めている。

まとめ上げるのは特異点ソフィーさんだが。

其所までの歯車を作るのは、他の七賢者だ。

時間が止まった部屋にて、2000時間ほどを費やして、検証を徹底的に行い。そして完成を判断。

会議の開催を打診。

今回の周回で。

世界の詰みを打開する。

九兆に達するパルミラの繰り返しは、これにて終了する。パルミラが無能だったのではない。人間に可能性が無かったのだ。パルミラは環境を変えることで人間の可能性を引き出そうとした。それが間違いだった。

可能性を作り出さなければならなかったのだ。人間を過大評価していたのが、パルミラの間違いだったのだろう。

そして、その可能性は、人間には作り出せないものだった。

残念ながら、他の知的生命体も、概ね同じなのではないのだろうかと、リディーは思う。余程特殊な条件で宇宙規模の文明にまで発展しない限り、である。

本当に、特異点ソフィーさんが出現しなければ、この世界は永遠に詰んだままだったと思う。

あの人のことは好きにはなれない。今でも非人道的な行動の数々や、ルーシャにした仕打ちは許せない。お父さんだって、口にはしていないけれど、ソフィーさんに散々な目にあわされている可能性が高い。

だけれども、あの人がいなければ。そもそも可能性そのものが生じる事すらなかったのも事実。

好き嫌いで判断するようでは「みんな」と同じ。

少なくともソフィーさんの事は、可能性の創出者として。最大限の敬意を払わなければならないことは、リディーも理解していた。スールも今は理解している筈だ。

会議の申請が通った。会議が行われるのは実時間で三日後。

賢者八人の体勢が安定してからも、世界は終わり続けた。

パルミラは終わるその度に、笑顔で努力を評価し。データを褒め。そして事象の固定点まで戻してくれた。

パルミラは邪神では無い。深淵の深奥にいるが。ごく人間に友好的な神だ。

だからこそ、この世界は地獄になった。人間が人間である故に。

それも、これで終わらせる。人間という生物を、根本的に、人間が気付かないうちに変えることで。

プレゼンの資料を、時の止まった部屋で作る。

リディーとスールは、もう他のどんなコンビよりも、完璧に連携して動く事が出来る。

もうレポートもプレゼン資料も、どれだけ作った事か。

正確な数はデータを調べれば分かるが。

多分億の領域に達している筈だ。

黙々と、プレゼン資料を揃えると、交代してチェックをする。その後は、穴が無いかを、徹底検証した。

全てのチェックが終わった後。

リディーはため息をつく。

これで終わるのか。それが少しだけ不安になったからである。スールだって、それは同じだろう。

立ち向かっても立ち向かっても壁は厚かった。「みんな」が如何に愚かなのかを思い知らされるばかりだった。

これが。このプレゼン資料が、永遠に続く地獄を終わらせる。現実的な方法で、可能性を作り出す。

そう信じて、送り出す。

互いに資料は揃ったと確認、後は外に出て、先に資料などを提出しておいた。

なお、現在の「実時間」は。リディーとスールが賢者の石を作ってから四年後。ミレイユ女王は結婚して、もう子供がいる。子供の能力を慎重に量っている様子だが、聡明かというとかなり厳しい。マティアスさんはアンパサンドさんが厳しい監視下に置いているが。基本的に結婚しないと決めたことは守れているらしい。それだけ、ミレイユ女王が怖いのだろう。

お化けなんか怖くない。姉貴の方が百倍怖い。

そんな事を、あのお化け達の森で、言っていたことがあったっけな。何もかも、今のリディーには懐かしい。既に億年の時を体感しているのだ。そして、時間の感覚も異なっている。

此処からどうなっていくのかも、大体覚えている。

鍛冶屋の親父さんが亡くなるのが「現在」から15年後。「現在」の翌年くらいに、趣味である「ライブ」をパメラさんと一緒に行って、ミレイユ王女に大目玉を食らう。騒音公害だから仕方が無いが。あの人は、本当に音痴なのだ。それでいて歌が好きだという困った人なのである。鍛冶屋としては世界最高レベルの一人であり、厳格な職人でもあるのだが。そんな困った面も持っている。

色々お世話になったリディーとスールは、苦笑いしか出来ない。

お父さんが亡くなるのが、「現在」から三十年後。

どの世界でもアンチエイジングをこばみ。

後はお母さんと一緒に、天海の花園で残留思念となって静かに過ごす。延命も拒否するのも変わらない。

ミレイユ王女の子育ては上手く行くかがかなり可変的で、上手く行く場合が二割半くらい。

駄目な場合は、事前の告知通り、育てていた跡継ぎを養子にして、アダレットを任せている。

その時には、普通だったら一悶着起きるが。

深淵の者が介入して、静かに終わらせてしまう。

アダレットの歴史は、周回ごとに変わってくるが。これは、個人個人に過剰な介入を避ける為で。

どんな風に歴史が動いても安定するようにマニュアルがあるので、いちいち気にしていられないというのもある。

なおマティアスさんだけれども、どんな風に歴史が動いても、ちゃんと結婚せず子供も作らない。

この辺り、とても意思が強い人なのだと分かる。

フィンブルさんは深淵の者に協力はしてくれるが、アンチエイジングにはあまり興味が無いようで。基本的に大往生するし。

アンパサンドさんは、引退するとアンチエイジング処置を受けて、世界の最後まで協力してくれる。

これは恐らくだけれど、アンパサンドさんがこの世界に強い不満を抱いているから、なのだろう。

ソフィーさんによると、アンパサンドさんはかなり特殊なホムであり。その遺伝子データは非常に興味深いらしい。

アンパサンドさんの遺伝子データをベースに作ったホムンクルスは、二万回目くらいの周回からはかなりの活躍をしていて。

今回もそれは変わりないだろう。

アンパサンドさんも同意しているので、それについては特に思うところもない。元々アンパサンドさんくらいの身体能力と、それに世界に対する強い憎悪があれば。野心がないホムも、もっと自尊に頓着するようになる筈なのだから。

その他の人達も、時間が経てば、死んで行くか。或いは深淵の者に協力して、世界の最後まで一緒にいるかを選ぶ。

なおソフィーさんがどの周回でも一度だけ席を外して葬式に出るのだが。

これは親友であり。ソフィーさんと対等に話が出来る三人組の一人。絶対にアンチエイジングを受けないモニカさんという人のお葬式に出るためらしい。これはソフィーさんのプライベートだと思うので、自分達は足を運ばない。ソフィーさんも、親友の葬式は、自分で処置したいようだった。

六万回、繰り返し見て来た身近な人達の死。

それも、今回で。見るのは最後だ。

プレゼン資料を提出し。

様々な作業をしている内に、会議の日時がやってくる。

会議には、錚々たる面子が揃っている。深淵の者でも評価されているアンパサンドさんも、参加するようになっている。ガチンコで戦闘できるホムという珍しい人材だという事もあって。何人かいるホムの中でも、珍しい人員として他の幹部からは見られている様子だった。

そして今回のような大きな会議には、騎士団長も来ている。

元々ソフィーさんと一緒に戦った仲だと聞いている。

かなりの年配になっているが。

この人も、アンチエイジングを選ばない一人だ。

一方で、副騎士団長二人はアンチエイジングを絶対に選ぶので。アダレットの騎士団は、名前と経歴をロンダリングしながらこの二人が以降の歴史では回していくことになる。それもまた、不思議な話ではあるが。

八賢者と呼ばれるようになった超越錬金術師が上座を独占し。

その下に、幹部達がつく。

これに対して、不満を口にする者はいない。

それだけの実績を上げてきているのだから、それも当然だろう。

プレゼンの資料が行き渡ると。

リディーは咳払いして、会議を始める。今回、会議の音頭を取るのは、リディーだ。まとめはソフィーさんがしてくれる。

「それでは、世界の詰みの打開……星の海プロジェクトについて、説明いたします」

皆が注目する。

スールがこくりと頷いた。

頑張って。そう無言で言っているのだ。

フィリスさんやソフィーさんは、今でも怖い。何をされるか分からない恐怖がある。

体を持ち直したルーシャだって、それは同じ筈だ。

だが、ルーシャがいなければ。そもそもこの最終計画には持っていくことが出来なかったのである。

ソフィーさんも完全無欠の超人では無い。

ミスはするし、見落としもする。

そもそも、自分が完全無欠では無い事を知っていたから、リディーやスールのようなへっぽこを此処まで育て上げたのであって。

それはソフィーさんも分かっている筈だ。

「パルミラがどれだけ繰り返しても、結局人間四種族は「協力して生きる」以上の事をする事ができませんでした。 互いに理解をしあうことも、言語をあわせることも。 何よりも根本では自分が正しいと、皆身勝手に思い込んで動いていました。 他の世界の知的生命体を見ても分かるのですが、恐らくは知的生命体にまで至った生物は、多かれ少なかれこの傾向があるのかとも思われます」

資料で捕捉する。

今までにこの世界で行われてきた、膨大な実験がそれを裏付けている。膨大。それはそうだ。億年単位で繰り返された実験すらもある。その全てが、素の人間には可能性が無い事を告げている。

「今まで進めてきたガーディアンプロジェクトについてはご存じかと思います。 全ての人間、社会、尊厳、全てを包括的に守る仕組みです。 このガーディアンを主軸に、プロジェクトを連結。 稼働します」

まずはリディーとスールの「寄り添う者」プロジェクト。

他の世界では人工知能と呼ばれて来たものの、更に数段上を行く代物だ。

パルミラが蓄えてきた膨大なデータをベースに、人間一人ずつに装着する事で、「死に到る失敗」を回避する。

決して自尊を奪ってはいけない。

個人の失敗そのものも否定はしない。

だが、人間という種族そのものは、今後失敗の末に滅び去る。それを回避するためには、これが絶対に不可欠だ。

気が遠くなる試行の果てに、ついにこれは完成している。

文字通り宇宙の記憶。アカシックレコードと呼んでいる世界もあったか。これとアクセスしながら、最悪の選択肢を選ぼうとした場合は警告。場合によっては直接止める事になる。

これにガーディアンが連結することにより、「個の致命的失敗」と「社会の致命的失敗」を同時に防ぐ。

続けて連結するのは、柔軟性を維持するための、プラフタさんが進めてきた「未来プロジェクト」だ。

これは人間四種族が、宇宙に出る事が可能になった後。別の知的生命体と接触する既知の未来において、接触を穏当に、なおかつ相手とも更に協調を拡げるために作り出されたものであり。

これは現在も利用できる。

社会に多数存在しうる「例外」。これを柔軟に受け入れていくためのシステムである。

ガーディアンの外部監査機能と言っても良く。ガーディアンの完成度を疑う訳ではないのだが。これに常時アップデートを加え。「新しいもの」「平均的では無いもの」を、柔軟にガーディアンが受け入れる。勿論度が外れて危険なものが入ってきた場合は、妥協点を丁寧に探す。妥協できない場合は、壁を作って隔離する。

これが極めて難しい。

人間の能力で処理出来るシステムではないので、当然運用は自動で行う事になる。

途中からこの「未来」については、リディーとスール、特にスールが主体的に協力をした。

自分が「みんな」であった事を特に悔やんでいたスールは。「みんな」ではない者が受け入れられる社会であるべきだと、何度も訴えていた。だからこそ、この「未来」については、とても強い関心を持ち。そして膨大な実験の末に、完成させたのだ。

そして既存の人間の思考を柔軟にするための「破壊プロジェクト」。これはフィリスさんの発案したものだ。

人間四種族の思考を、更に柔軟かつ他の種族を受け入れやすいように変える。

それでいながら、自主自尊も守る。

このバランスが極めて難しいが。それでもフィリスさんは、途中からリディーと協力し。このシステムを「寄り添う者」に組み込み始めた。

リディーとしても、フィリスさんの全面協力を得られるのであれば嬉しかったし。

今でも色々思うところはあるが。この人の有能さを疑う訳では無い。

フィリスさんは、リアーネさんとツヴァイちゃん(随分かけて、やっとちゃんづけで呼ぶ事を許してくれた)と一緒に、淡々とこのプロジェクトを進めていたが。これには、鉱山に閉じ込められた街の出身者であるフィリスさんが。自分の住んでいた閉ざされた環境を悉く壊し尽くし。その過程で、人間の醜さを嫌と言うほど見たと言う経験があるから、らしい。

リアーネさんに何度か話は聞いたのだが。

故郷の人達は。従順で便利な何でも屋になってくれると思ったフィリスさんが、知恵を付けて凱旋してきた途端に。掌をくるりと返したという。暗殺まで謀ったのだとか。

それは、フィリスさんもあんな風になる。

そうリディーは納得した。

そして、フィリスさんの協力で、「寄り添う者」は大変に進歩した。「寄り添う」だけではなく。本能から来る愚かしい行動を幼い頃から破壊し、真の自立自尊へと持って行けるようにと改良をしてくれた。

洗脳になってはいけないから、注意深い調整が必要だったが。フィリスさんの大胆極まりない案にはいつも舌を巻かされた。

イル師匠は、途中からプロジェクトを徹底化。自分主導の場合、「創造」に全てを置くようになった。

この「創造」には、技術検証が多く含まれており。

リディーとスールが一緒に経験するようになった世界の周回六万回の中で、新しく出現してきた技術を積極的に検証し。その完成形を次々に作り出していった。これをガーディアンに組み込むことで、人間が行う試行錯誤をよりダイナミックにアシストし。良き方向に「創造」していく事が可能となった。

イル師匠は主にルーシャと共同して、ガーディアンのシステムを改良していったのだけれども。

ガーディアンはこの「創造」により、更に更に進歩を遂げたと言える。

更にイル師匠には、ガーディアンの更に外側からの監査者。「審判者」とも言えるテルミナの創造も行って貰っている。これについても、ガーディアンと同時に実戦投入を開始し、既に成果を上げている。人間を「万物の霊長」と錯覚させないためにも。テルミナの存在は必要不可欠だ。

ルアードさんが行うのは、「現在」の監視だ。

投入されるシステムの影響と、それによって起きる事態を、いままでの周回で徹底的に監視し検証を続ける。

それがまずい結果に終わった場合は、それを記録し。その記録の数々は、ガーディアンに投入される。勿論寄り添う者にも、である。

現在を何よりも大事にするルアードさんが作り上げた深淵の者は、その手足となって、よりよき「現在」を作り出す。唯一の、システムに関与しない実働部隊だとも言える。そして、これが最も大事だとも言えた。なぜなら、現在を生きているのが人間なのだから、である。

そして、これらシステムの統括を行うのがソフィーさん。「特異点」の仕事である。

全てはソフィーさんが出現する事から始まった。そして、これらの複雑なシステムの結合試験を行えるのはソフィーさん以外にはあり得ない。

勿論パルミラと連携しながら行うのだが。

それでも尋常では無い苦労が必要になるだろう。

プレゼンが終わると、拍手が起きる。最初に拍手してくれたのは、アルファさんだった。続けて、コルネリアさんも拍手してくれる。深淵の者の経済を担当している二人が拍手してくれたのは。すなわち、もっとも計算が得意な種族であるホムは、この超特大プロジェクト「星の海」を歓迎してくれるという事である。

続けて、ほろ苦い表情ながらも、イフリータさんやティオグレンさんが拍手をしてくれる。

最強の魔族と、最強の獣人族。二人とも、人間の中ではスペシャルと言ってもいい。

その二人が認めてくれている、と言う事だ。ただ、やはり人間四種族には可能性がない、と言う事はほろ苦いのだろう。二人とも記憶を引き継いでいるはず。しかもイフリータさんは、この世界をこんな地獄にしているパルミラが許せないという経緯で深淵の者に入ったと聞いている。

駄目だったのは、パルミラでは無く人間の方だった。そう結論が出れば、複雑なのもよく分かる。

シャドウロードも拍手をしてくれる。

データ解析を、専門のチームと一緒に続けてくれたこの人は。どの世界でも、最後の最後まで淡々と己の仕事を全うしてくれた。本物のデータ解析のプロ。これ以上、頼りになるデータ解析屋はいなかった。

アンチエイジングをやり過ぎて、今では十代前半くらいに見えるようになっているが。それでもしゃべり方も威厳も、何よりも引き継いでいる記憶から来る実力も変わらない。魔術師として純粋に見れば、錬金術装備の強化もあって、世界最強の一人なのだ。

他の幹部達も概ね好意的な意見を述べてくれる。

そして、ソフィーさんが手を上げると。ぴたりと、場は静かになった。

「今までの周回でも、大規模プロジェクトは何度か動きました。 しかしながら、今回のこれは次元が違う。 八賢者全員の総力を掛けたプロジェクト。 そして、神の過ち……人間を信じるという事に対する疑念を具体化したものになります」

頷くプラフタさん。ルアードさん。

二人は世界を嘆いた最初の二人。不幸な経緯はあったものの、深淵の者を作り出すきっかけになった、この世界の改変の切っ掛けである始まりの二人。特にプラフタさんがいなければ。ソフィーさんは特異点としての技量を発揮しきれなかったとも聞いている。

「今回でこの無間地獄を終わらせ、そして宇宙に出た人間四種族が新しい時代を作る」

イル師匠が頷く。フィリスさんも。

二人とも、詰んだ世界で苦しみに苦しみ抜いた。フィリスさんは文字通り閉じた鉱山の中で。イル師匠は腐りきった特権意識の中で。

「そのためには、この場にいる全員が全力を出す必要があります」

ルーシャは、実はこのプロジェクトの中核だ。

そもそも、ルーシャは何をやっても、本来は賢者の石を作り出す事が出来る才覚の持ち主では無かった。

それが此処にいる。

「寄り添う者」をどうして思いつくことが出来たのか。

才覚が足りなくても、超越的な存在の究極的なサポートがあれば、不可能を可能に出来ると知ったから。

勿論リディーとスールもその点は同じだが。決定打になったのはルーシャである。

だから、ルーシャは俯いたまま。じっと話を聞いていた。

「始めますよ。 世界の詰みの打開を」

おおっと、声が上がる。

そして、この会議の場は、拍手に包まれたのだった。

 

1、古き人間賛歌の終わり

 

アダレットとラスティンで、それぞれ別れて動く。

既に試験的に稼働が開始されていた「寄り添う者」は、改良に改良を究極まで重ね、ミレイユ女王も認めてくれるものとなっている。指導者としては間違いなく最高レベルの人間が認めてくれているのだ。まず問題はないだろう。

アンパサンドさんやフィンブルさんにも、勿論マティアスさんにも使い心地は聞いているが。

非常に以前に比べて良いと言う。

戦闘時は、危険がよく分かる。対応仕切れない場合には、どうすればいいかの具体的なアドバイスが飛んでくる。

かといって、きちんと戦えているときには何も言ってこない。

どうしようもない場合のみ、守護の力が発動する。

これらもあって、騎士団は練度をぐんぐん上げ。

獣の駆除も著しく効率が上がり。ネームド戦でも、被害がほぼ出る事は無くなったという。

文官の仕事についてもこれは同じ。

ホム達には、ヒト族の行っている権力闘争が可視化して見えるようになって来たし。ヒト族や獣人族には、権力闘争で具体的にどれだけの損害が出るかがはっきり見えるようになっても来ている。

小うるさいと文句を言う役人もいたが。

しかしながら、作業のミスなどを全て完璧に指摘してくれる事もある。やりたいことについて、無言で後押しもしてくれる。

出世したいという願望自体は止めはしないのだ。

競争を止めさせるわけでもないのである。

無意味なリソースの消費が生じそうになった時、総合的観点から止めに来る。それを理解したときに。

誰もが口惜しいながらも、「寄り添う者」と。

誰にも気付かれていないが、既に稼働しているガーディアンの有用性を理解し始めていた。

子供はもっと単純だ。

自分の良いところを伸ばす。どうすればもっと良い生活が出来るのか分かる。しかも、失敗しそうになったときに、其所から補助してくれる。これがどれだけ有意義なことか、生まれついて身につけている場合は、嫌でも分かる。

自主自尊を失わないまま。

種としての連結を果たす。

それも強制的な連結ではなく。

それぞれが、例え嫌々ながらである場合もありながらも。

確実に連結を果たしていく。

それが可能となったのである。

なおガーディアンは世界そのものを覆う程の大規模システム。具体的な構築は、破壊的な力を持つフィリスさんと、創造に特化したイル師匠が、全力でルーシャをサポートしながら行った。イル師匠はテルミナの安定に向けての仕事もあったが、それでも手伝ってくれた。

ガーディアンシステムそのものは、ハルモニウム製の大型処理装置を、世界の十二箇所に配置。

これを位相をずらすことで世界から見えないようにした上で。

今までの世界の記録と連結。守護を行う、という大規模なものだ。

現状では八賢者にしか作れないが。やがてこのガーディアンシステムを、普通の人間が宇宙に出た後作れるようにする。

勿論悪用は絶対にさせない。幾つかのシステムはブラックボックス化する。

人間を信用していないからこそ作り出せたシステムだ。

人間を信用していたから世界の詰みは打開できなかったのだ。それくらいのセーフティは当然掛ける。

人間を遙か超越した八賢者が、気の遠くなる年月を掛けて作り上げたこのシステム。ついに完全稼働を開始すると。

年単位で、世界は劇的に変わっていった。

パルミラには、試験的にドラゴンと邪神の活動を抑えるように、ソフィーさんから交渉が行われている。

人間が増え始めているからである。

パルミラも了承。

ガーディアンシステムについては、よく考えたものだと、感心していた。

深淵の者主導で、世界をどんどん統合へ向けて動かしていく。

犯罪率は激減。貧富の差も一気に解消していく。

競争は失われないが。それによって社会のリソースが失われることは無くなった。

深淵の者から提供され普及した技術により、負傷者や老人のサポートも行われるようになり。八年を経ず世界からホームレスは消えた。皆、定職を得て、生活が出来るようになったのだ。

今までは人間が見ていたから、どうしても生じていたミスが。ガーディアンの総合監視によって見過ごされなくなった結果。

社会の活動は円滑化。

限られた資源を活用する事を人間は自然に行えるようになり。なお社会でも「みんな」という概念は存在しなくなった。

違うのが当たり前。

違う事は間違っていない。

弱い部分は助け合うのが当然。

強者は弱者のために当たり前のように力を使う。弱者は己の長所を伸ばして社会そのものを動かす。

それぞれが自立自尊のもと、出来るようになって行った。

勿論素の人間には絶対に不可能だ。

ガーディアンと連結した「寄り添う者」によって、人間四種族を変えたのである。前向きな方向に。

人間四種族そのものに可能性がないのなら造れば良い。そのもくろみは、こうして成功した。

一世代が経過すると、更にその動きは加速していった。

まず最初にヒト族は、己の野心を押さえ込めるようになって行った。「寄り添う者」がガーディアンと連携した結果。無意味な権力闘争を事前に抑え。その分野において有能な人間が自然に適切な位置につけるようになったからである。勿論卑しい欲望が全て消え失せた訳では無いが。それらは、人間が自身で押さえ込めるようになった。

続けてホムに変化が生じる。

今までは淡々黙々と自分の仕事をするだけだったホムが、自己主張を強くするようになって行った。この自己主張は傲慢から来るものではなく、奴隷では無く他種族と対等だという自尊から来るものである。

当たり前の話で、前々から役人や商人としてのホムの有利さは誰もが知っていたのである。

野心を持たないから不正はしない。

数字に強いから書類にも強い。

だが、野心がないから、権力闘争がものを言う役人には向かない。

その矛盾が、寄り添う者とガーディアンによって、解消されていった。

獣人族は、強すぎる闘争本能を誇りに変えた。

我等こそが、荒野の脅威より皆を守る者である。そういう強い意識が獣人族の中に目覚め始め。元々悪い意味で戦闘に真面目すぎた性格が。良い意味での誇りへと昇華した。それは決して排他的な誇りではなく。必要に応じて、自分達に足りない部分をヒト族やホムに頼り。

決戦戦力として魔族に頼る事も考えられる、前向きな誇りとなった。

そして魔族にも変化が生じる。

魔族は内向きな種族だ。

内に秘めた信仰を強く保ち。そして、ホムとは違う意味での奉仕を行う。

ホムは元々人間に奉仕する種族だった。これに対して、魔族は世界に対して奉仕する種族だったのである。そう魔族を作った「神」に設定されたからだ。

だが、魔族はもっとその能力を生かし、主体的に動くべきだったのだ。人だと言うのであれば。

内に秘めた信仰で、強く己を持つのは大事な事だ。

だが、助けられる者がいるのであれば。或いは自分が動く事で全てを良く出来るのであれば。

そうしなければならない。

強い目的意識が魔族達に生じた。

ガーディアンと連携した「寄り添う者」は、人間四種族を変えていく。

勿論全員がいきなり変わる訳は無い。世代が変わるにつれて、徐々に少しずつ変わっていく。

お父さんがこの世界でも亡くなり、天海の花園に残留思念として入った頃。

二世代が経過して。

既に、「寄り添う者」に対する拒否反応を示す者は、殆どいなくなっていた。

だが、自立自尊の精神が失われては意味がない。

宇宙に出た後、他の種族に食い物にされてしまうかも知れない。勿論その場合八賢者が黙っていない。テルミナもまもなくこのために投入される。だが、テルミナが暴威を振るう事態は出来れば来ない方が良い。

そのような不幸は、この世界を出る前に、既に克服しておくべきなのである。

ルアードさんは、殆ど人前に姿を見せなくなった。ガーディアンのログの精査をしているからだ。

プラフタさんも、それに協力している様子である。

不思議な二人だ。多分どんな夫婦よりも絆は強いだろうけれど。リディーから見ても、どんな夫婦とも違っている。

そして、「違っている」からこそ。

特異点を作り出すための、きっかけとなったのだろう。

やはり「違う」事はおかしい事でもなんでもない。

「みんな」である事が尊い等と言うことは絶対にあり得ない。

世界が大胆にアップデートされていくのをみながら、リディーはそれを再確認していた。

 

リディーにとっても、六万回も終わりを経験した世界だ。

その六万回全ての終わりで、何もかもが違う事をリディーは見続けてきた。終わりの時は悲しかった。何度繰り返しても同じだった。

既に、ガーディアンが動き始めてから、百五十年が経過。

アンチエイジングをしていない知り合いは、みんなあの世に去った。

だが、世界の不幸は確実に減っている。魔族とホムを除くと、「寄り添う者」を知らない者は出てこなくなり。魔族とホムでも、拒否反応を示す者は皆無になった。

世界が良くなった。

それを肌で感じているからだろう。

アダレットの辺境。

今、洪水が起きていて。深淵の者と一緒にリディーは動いている。強力な魔術で鉄砲水を抑え。

その間に屈強な戦士達が、土嚢を積み上げていく。

獣の動向を見張っていたスールが来て、ハンドサイン。頷くと、此方もハンドサインで返した。

いちいち言語で会話するのが面倒くさいからだ。

すぐにスールが何人か手練れを連れて、溢れかけている川から、人間を狙っている獣を排除に向かう。

獣は、そのままパルミラに交渉し、性質を変えていない。

これは人間の堕落を防ぐため。

ガーディアンは「寄り添う者」と連携して人間の堕落を防ぐが。それでも、やはり人間では敵しえない脅威が存在しないと、堕落は起きる。今までの世界における、膨大なログがその事実を証明していた。

川から飛び出してきた、巨大なトカゲのような獣が、シールドにぶち当たる。

ネームドでは無いが、それに近い実力者だ。リディーは無言で押し返して、川に放り投げた。

おおと声が上がるが。

急いでと、作業の続きを促す。

ほどなく、猛烈な暴風雨は収まるが。彼方此方の河川が氾濫していて。インフラの復旧が必要になった。

ガーディアンが、各地の情報を集積。

即座に此方に回してくる。

現在、アダレットとラスティンは、それぞれ有能な統治者によって指導されている。まだこの社会システムは必要だろう。アダレットは既に二回、養子による王族が就任していて。血統主義は終わりを告げたが。もっと社会が大型化高度化して行くには時間が掛かる。テクノロジーも、いきなり進歩させるわけにはいかない。

ただ、理想的な環境が整った結果。

現状のまま上手く行けば、宇宙に出る技術を、人間が資源を食い尽くすまでには作る事が出来る。

そういう結論も出ていた。

リディーとスールは、パルミラに許可を貰って、既に宇宙に出ている。

宇宙は静かで冷たくて、生命に何の興味も示さず。しかしマクロで見ると雄大で。そして分かってはいたが、他にも知的生命体は存在している場所だった。

彼処に混じるためには。

ガーディアンと「寄り添う者」の守護を受けていても。まだ人間四種族は未熟だ。

見回す。

皆、的確に動いている。

洪水のダメージは最小限に抑えられた。まずは胸をなで下ろす所だろう。街の方には被害が少し出ていたが、スールが既に対処にあたっている。

連絡が魔術で来る。

ルーシャからだった。

「王都にて、太陽塔が倒壊しましたわ。 幸い犠牲者は出なかったものの、倒壊時に城壁にダメージが入りましたわよ」

「すぐに行くね」

「お願いしますわね」

通信を切ると、その場の指揮を深淵の者に任せて、スールの所に。軽く話すと、すぐに王都に出る。

太陽塔は、王都のシンボルとして十年前に作られたもので。単なるシンボルではなく、使用されるのが多くなってきた飛行キットに対する「灯台」として機能してきたものだ。これの建造については、深淵の者は関わっていない。人間が、自分達でテクノロジーを高める必要があるからである。

だが、度を超した暴風雨が徒になった。

現場に出向く。リディーとスールの家辺りからも、惨状が見える。昔スラムだった辺りに佇立していた塔が、見事に城壁の一部を粉砕しながら、崩れていた。なお、ルーシャがとっさに反応し、皆が逃げ出すまでシールドで支え続けたらしい。ルーシャ自身が、埃まみれの泥まみれだったが、それを笑うつもりはない。

名誉の負傷だ。それも、多くの人を守っての。昔と同じように。

「埋まっている生命反応は無し。 死者は出ていませんわ」

「流石だねルーシャ。 警備は任せてっ」

「こっちは城壁の補修をするよ。 後、外の森にダメージが出ていないか確認しないと」

「ならば、わたくしはこの塔の撤去をしますわ」

すぐにそれぞれで別々に動く。

ルーシャが手を叩くと、すぐに人夫が集まる。貧富の格差が解消された事もあり。皆、相応にしっかりした格好をしている。騎士団員ではなくても、錬金術装備を身につけている者も見られるようになって来ていた。

スールに外は任せて、リディーは城壁のダメージを確認。

駆けつけてきた深淵の者構成員に、クレーンを要請。すぐにコルネリア商会と連絡をとって、回してくれる。

更に、どれだけの手が必要かを即座に計算すると。

その場でレポートを書きつつ。周囲を回って、危険地帯にロープを張って、立ち入り禁止の幟を立てた。ルーシャは自分の部下達を周囲に展開して、人手を集めてくれている。

今のは、王都にくさびを打ち込んだに等しく。

彼方此方の地盤が緩んでいる。

更に大きな塔だったので。二次崩落の危険もある。

ルーシャがいてくれて本当に助かった。

塔の設計責任者が来て、青ざめていたが。叱るようなことはしない。失敗は、次に生かせばいい。

まだまだ資源はあるし。今回倒壊した塔の資材は、また再利用も出来る。

人命が失われなかったのだ。まあ降格人事くらいは必要かも知れないが。それはリディーがいう事では無い。

城壁付近の瓦礫の撤去を開始。街の方はルーシャに任せる。

フィリスさんがいれば簡単だっただろうが、今フィリスさんはラスティンの方で大忙しだ。

手は借りられない。

フィリスさんほど鉱物に対するギフテッドは鋭くないが。それでも崩れる場所は分かる。ひょいひょいと城壁の上に上がると、つるはしを振るって、駄目になっている部分の崩落を先に引き起こす。

城壁の上に、灯台の頂上部分が突き刺さっていた。これも蹴落としてしまう。

灯台の光の元になっていた魔術具は残念ながら壊れてしまったが、部品をそれぞれ分解し、鋳つぶせば良い。再利用は出来るだろう。

また、飛行キットをつけた荷車などで移動してくる人には、しばらくは上空で常時灯りの魔術を展開する役割の役人が必要になるだろう。アードラなどに襲われる可能性も考慮して、護衛の騎士も必要になる。それもレポートにして提出する必要がある。

一通り崩落しそうな瓦礫を排除し終えると。

丁度現在のアダレット王である、アルネマキア二世が城壁の上に来た。赤毛の口ひげが立派な男性で、ミレイユ女王と血縁はない。二世と言うが、先代の養子である。ただ昔、同名の王が存在したので、二世と名乗っているだけだ。

王族だが、リディーの事は、変革の賢者と呼んで敬意を払ってくれる。騎士団も、王族の出動と同時に、展開を開始してくれていた。

血統主義が終わり、王族には有能な人間がつくようになっている。

多分、人間だけではこの仕組みは維持できなかった。

「寄り添う者」も必要だが、ガーディアンによる補佐が現在の状況を作り上げている。ガーディアンの存在に気付かせるわけにはいかないが。ともかく、人間は自立自尊を保ちながら、しっかり社会を進歩させている。それが、とにかく大きい。

「変革の賢者よ。 このような惨禍から、民を守ってくれたことを感謝する」

「いえ、民を一人残らず救ったのは、今下にいる守護の賢者です。 それと、この失敗は次に生かせるよう、責任者への寛大な処置をお願いいたします。 後、外で森の状態を選別の賢者が見ていますので、其方にも応援を」

「そうか、そなたは相変わらず慈悲の心を持つのだな。 それでは、第一部隊は変革の賢者を。 第四部隊は選別の賢者を。 残りの部隊は守護の賢者を、それぞれ支援せよ」

「ははっ!」

敬礼すると、即座に騎士団が散って行く。

そのまま王族を護衛していくのは、名前を変えたがアンパサンドさんだ。一礼すると、もう珍しく無くなったホムの騎士団長(とはいってもアンパサンドさんが何度も名前と経歴をロンダリングして就任しているからだが)は、全体の指揮を執りに城壁を降りる。

応急処置が終わるまで半日。後の復興作業は、もうアダレット王国に任せる。

潰れてしまった家や、インフラもかなりある。それに、太陽塔の再建にも、相応に苦労するだろう。この失敗は必要な失敗だ。ガーディアンが動かなかったと言う事は、技術的に進歩するために、犠牲が出ない失敗はさせるべきだと判断したのだろう。ログを後で確認するが、まあそういう事だと判断して良い筈だ。

スールとルーシャと合流。

ルーシャの方は、どんどん瓦礫を運び出していた。全自動荷車を、人夫が連れて列を成し。魔族や逞しい獣人族の男性が、荷車に瓦礫を乗せている動きにはまるで無駄がない。やはり社会そのものがとても進歩している。ホムは素早く計算しながら、荷車の管理をしている様子だ。

「此方はもう大丈夫ですわ。 スーは」

「こっちも平気。 獣がそれなりの数様子を窺っていたけれど、面倒そうなのは蹴散らしてきたし」

「スーちゃんももうすっかり達人の域だね」

「……ティアナさんにはかなわないけどね」

記憶を引き継ぎながら、ソフィーさんの剣となっているティアナさんは、今でも八賢者に匹敵する実力である。多分ソフィーさんとフィリスさん、イル師匠の次に強いだろう。もう完全に人外の実力者だが、本人はいたってのんきで、必要な時に首狩りが出来れば何の不満も無い様子だ。ソフィーさんの事がそれだけ大好きで、首狩りも大好きだからなのだろう。

ティアナさんは危険なシリアルキラーだが、制御出来るシリアルキラーだし。無意味な殺しもしない。多分。ソフィーさんへの狂信という危険要素はあるが、それを避ければ普通に会話も出来る。

だからどうこういうつもりはない。

ああいう人も必要なのだ。事実世界に溢れていた匪賊が根こそぎいなくなったのも、ティアナさんの功績。

匪賊によって無惨な姿になったり食われてしまった人達をたくさん見ているリディーとしては、匪賊に同情するつもりはこれっぽっちもない。匪賊が死んだ事を悲しいとも思わない。

法がない場所で、非道をした。

だから当然の末路を迎えた。

そう思うだけである。

話し合いが終わった後は、深淵の者も引き上げさせる。できる限り、深淵の者は大規模災害や、戦略的に世界を動かす時にだけ介入する。ガーディアンが動き始め、「寄り添う者」が連動している現状。

深淵の者による過干渉は、人間四種族が自立自尊を保ち、相互協力しつつ宇宙に行くためには無駄になる。

後は必要な時だけに手を貸し。

そして彼らに「いざとなったら賢者が助けてくれる」と認識させてはいけないのだ。

深淵の者の本拠、魔界に戻り。レポートを出すべく八賢者の共同研究スペースになっている特に厳重な管理を受けている区画に入ると。

ソフィーさんが待っていた。

今回の災害の被害情報と、回復のデータを、ガーディアンに直結しながら見ているようだ。精神を直結させることで、直接ログを取得しているのである。それでありながら普通に会話も出来る。

この人も大概バケモノだが。

今は、それをどうこういう意味もない。

すっと手を此方に向けてくるソフィーさん。

全ての情報を、それだけで取得したようだった。

今でも、ルーシャはソフィーさんを見ると青ざめる。きっと、それだけ酷い扱いを受けてきたのだろう。

リディーとスールの目が届く範囲内ではなかったけれど。今ですらこうなのだ。昔、何があったかのかは聞きたくない。

「なるほど、情報取得。 後でレポートも出しておいてね」

「はい」

「それで、今は何を」

「テルミナを出すタイミングを計り中」

ドラゴンと邪神が減ってから、荒野の獣だけが人間四種族に明確な害を為す存在となった。

この結果、各地の繁栄もある。人間四種族の数は、60万程度で安定していたものが、500万に達しようとしている。

昔十万都市だったアダレット王都とライゼンベルグは、既にそれぞれが三十万を突破。街もかなり拡大しているし。その過程で、街を守る森についても、様々な手入れを行って来た。今後は100万まで増えることを想定して、更に森に手を入れる予定である。

また各地に存在していた、人口一万都市。

世界に10しか存在しなかったのだが。

これも、現在では40を超えようとしている。

今までも、試験的に人間の数を増やし、最大六億まで増やした事はあった。

だがそれらの周回では、爆発的に増えた人間に対して、社会のアップデートが追いつかなかった。

今回は増やす方向で進めながら、本格的に導入したガーディアンと「寄り添う者」の様子を見つつ。

今までにない脅威。

善神パルミラの対になる(という設定の)魔神テルミナを出現させることによって。

社会の引き締めを行う。

騎士団や錬金術師の弱体化は起こってはいないが。

昔のように、理不尽に現れて大都市だろうが一瞬で焼き尽くしていくドラゴンや邪神の恐怖が薄れている事もある。

君臨するだけで恐怖となり。

邪悪を人間以上の立場からわかり安く裁く「裁きの神格」が出現する事は、意味がある。

勿論テルミナは既にイル師匠が完成させており。

毎回の周回で、どのタイミングで出すかを常に試行錯誤していたのだが。

今回はソフィーさんが、そろそろだと見極めている、と言う事だろう。

テルミナは、光があまりにも強すぎるパルミラ本体とはかなり違い。黒を基調とし、四枚の翼を持ち。手には審判を司る槌と。常時浮いている足下には真っ赤な聖杯がある。顔はパルミラがひねくれたような感触だが。こういった要素は、色々な研究をした結果、わかり安く怖れられるために設定したものだ。

ヒト族の元の世界でも。

悪が落ちる地獄の管理者。獄卒や、地獄の支配者は、恐ろしい神で書かれる事が多かったようだ。

これはホムの世界でもそうで。

更には魔族の世界では、その獄卒の役割を魔族達がしていた。

素の状態、つまりパルミラが「ある程度の相互理解」を植え付けるまでは、ヒト族は魔族を恐ろしい姿のバケモノ呼ばわりしていたらしい。

獣人族の場合は少し特殊で、地獄には臆病者が落ちるという事だけが伝えられ。其所には無だけがあり、戦いは出来ないとされていたという。

まあそれは特殊例として。

わかり安い信仰としては、やはり見て恐ろしく。

そして、ガーディアンや「寄り添う者」でもフォローしきれない悪を。誰にもわかり安く断罪する存在として、降臨するべきなのだろう。

これについては依存は無い。

「んー、後12……11年10ヶ月って所かな」

ソフィーさんが呟いている。

その頃には、恐らく世界の人口は550万を超えているだろう。ルーシャを連れて、ソフィーさんから離れる。

八賢者だけが利用するこの研究スペース。

かなりの広さがあり、別にソフィーさんの側で研究を進めなくても良い。

データを展開すると、三人でああだこうだ言いながらレポートを仕上げていく。

もう少しだ。

心中で呟いたその言葉は、自分に言い聞かせたものだろうか。

いずれにしても。

今回の世界は、今までになく、上手く行っている。

体感時間は、リディーやスールで恐らく二十億年を超えている。イル師匠やフィリスさんはその三倍以上。ソフィーさんに至ってはこの間聞いたところに寄ると千億年を超えたそうである。

時を止めて行動をすることが増えた結果、こうもあらゆる意味での人間との乖離が進んだが。

それでも、報われるときはもうすぐ来る。

レポートを仕上げると、深淵の者上層部と八賢者がアクセス出来るデータベースに、レポートを格納。

ガーディアンが直に見ているデータと。

これをそれぞれ確認することによって。

多角的に情報を整理する事が出来るのだ。

作業が終わったところで、後は何をするべきか。世界の情報そのものに触れ、手が足りていない場所がないか、災害の類が起きていないかを確認。重大な問題が起きた場合は連絡が来るが。連絡が来るレベルの問題が起きていなくても、場合によっては自主的に出向かなくてはならない。

イル師匠とフィリスさんの方は、手助けは必要なさそうだ。

プラフタさんとルアードさんは、今アダレットへの資金援助で動いている様子だが、それもまた別に手助けはいらないだろう。

ならば、少し休んでから研究を進める。現時点で可能な限り完璧に仕上げているガーディアンをルーシャが。「寄り添う者」をリディーとスールが、それぞれ更に完成度を上げる。

流れてきているデータを全て活用しながらだから、アップデートも大変だが。

ティアナさんが殺しに行くようなイレギュラーは、減る方がいいに決まっているのだ。

今は、アリスさんも、オイフェさんも、同族達も。優秀な遺伝子を組み合わせてソフィーさんが作ったホムンクルスだと知っている。

だが、ずっと一緒に戦った来た仲だ。戦闘でも随分助けて貰った。今更差別するつもりはない。

オイフェさんが淹れてくれたお茶を美味しいという情報だけ楽しみながら。

黙々と、リディーはスールと精査しあいながら。「寄り添う者」の更なる性能向上を進めていった。

 

2、突破

 

拍手の中、アダレット王クラシュラス(獣人族としては三人目の王)と、ラスティン代表の錬金術師筆頭パイモンさん(リディーとスールと何度も一緒に強敵と戦った本人である。 時々ラスティンの長を引き受けてくれている)が握手をかわしている。

有志の楽団が勇壮な音楽を空に響かせ。

錬金術師達が、自動で演奏が行われる楽器を用いて、己の技術力を誇示。

そして、其所にあるのは。

「鉄道」と呼ばれる、自動輸送システムだった。

深淵の者で使っている、空間転移の扉を、まだまだ世界に公開するつもりはない。

この鉄道は、アダレットとラスティンの間を結ぶ安全な交通手段として、40年がかりで建築が進められ。

フィリスさんやイル師匠が改良した錬金術炉を動力とし。

森によって守られた複線の線路を用いて、最初は八車両が往復しながら活動する事を目指している。

リディーとスール、それにルーシャが人間を止めてから、実時間で三百五十年が経過。

既に世界の人口は二千万を超え。

アダレットとラスティンは、魔術と科学技術をそれぞれ錬金術と共に発展させつつ。

ついにここまで来ていた。

後二百年ほどで、宇宙への進出が可能になる。

だが、まだまだだ。

人口は敢えて緩やかに増やさせている。

「寄り添う者」とガーディアンの負荷を慎重に判断しながら、社会を拡大しているからである。

アダレットは能力主義による王の選定システムを安定させ。魔族やホムが王になる事も出てきている。今回に至っては、頭脳労働に向かない獣人族がついに王になった。とはいってもクラシュラスは獣人族最強を誇るケンタウルス族の出身者で、例外ではあったが。

ラスティンは超越錬金術師達の時代が終わった後も、安定して優れた錬金術師を輩出し続けており、その技術は見聞院にどんどん蓄積されている。しかしながら、八賢者の時代のレシピは再現出来るものがおらず。

ロストテクノロジー化しているケースも多かった。

ある一定以上に優秀な錬金術師は、悉く深淵の者に勧誘してしまっているから、というのも理由としてはある。

これはあまりにもブレイクスルーが早すぎると困るからである。

また、鉄道そのものは、今までの周回でも作成が為されたことがあったが。

此処まで大規模で。二大国の主要都市を通過しつつ、人員、物、それぞれの流動を手伝う程のものは初めてだ。

この段階を持って、次の状況に移行する。

そうソフィーさんが宣言した事もあって。

鉄道が動き出すのを遠隔で見ながら、深淵の者では、本格的に会議を行っていた。

「今回作成された炉は、技量が劣る錬金術師でも作成出来、なおかつ量産が可能なようにわたしが改良したものだけれども。 その代わり、案の定既に悪用を考えている連中がいるみたいだね」

フィリスさんがによによしながら言う。

イル師匠が頷いていた。

「確かにこれだけの強力な動力、悪用は幾らでも可能だわ。 四隻まで建造した装甲船も、それぞれ二大国で悪用されかけた事が何度かあったものね」

「まあ、バカは駆除するとして。 ルーシャちゃん。 ガーディアンのアップデートは」

「問題ありませんわ」

駆除という言葉に眉をひそめながらも。

ルーシャは、データを展開。

円卓についている幹部達に、問題が無いことを提示してみせる。

今までの周回で得られたデータの応用。更なるガーディアンの規模拡大だが。

今のルーシャであれば、それほど難しくは無いはずだ。

更には、現時点で「寄り添う者」は既に必須のものとなっている。

人間が、「これが無ければ何もできない」というようなものではない。

「寄り添う者」を用いる事で、更に建設的に自己を生かせる。己の強みを引き出す事が出来る。

そう認識させる事で。

ガーディアンとの連携もあって、現在ではごく特殊な事例を除いて、犯罪は起きなくなっていた。

犯罪が割に合わず。

努力が報われる社会にしている事も要因の一つである。

アダレット王クラシュラスにしても、必死の努力を続けた結果、王に就任した人物であり。

その力量は実力主義が導入された以降のアダレット王達とあまり変わりは無い。

元々出身世界で暴威の種族だった獣人族の頂点ケンタウルス族らしく、多少性格が荒々しい所はあるが。

それは自分もしっかり理解している様子で。

客観的に自分を見る事が出来るようになる「寄り添う者」の強みは、こういう所でも発揮されている。

「それで、後二段階、でしたね」

リディーが話を振ると。

プラフタさんが頷く。

未来を司るプラフタさんは、既に蒼図を描いているのだ。この世界の詰みを打開するための、具体的な段階図を。

まずこの次の段階は、宇宙へ到達可能な技術の作成だ。これは宇宙へ行くだけではなく、宇宙に定住できる技術、という事である。

実はこの世界、宇宙には出られないようになっている。

パルミラが封鎖しているのだ。

時と空間すらも周囲と隔離された場所であり。他の星間文明からは、ブラックホールと認識されているらしい。

だから、技術だけは作らせて。

その後は、技術を使った者の精神を誤魔化す事で、技術だけは保全させる。

そして、宇宙への進出技術が発生した段階で最終段階へ移行。

「寄り添う者」とガーディアンの存在を自覚させる。

自覚した上で、自分達でそれを作れるようにする。

「枷」と判断するのではない。

「寄り添う者」とガーディアンが、そのままでは可能性が無かった自分達に、可能性を与えてくれた「友」である事を認識させるのだ。

そうでなければ、自立自尊を維持したまま。

人間四種族が共同することは出来ない。

現時点では、「寄り添う者」とガーディアンが更にアップデートを重ねている事もあり。人間四種族は今までの周回ではあり得なかった、それぞれが協力しつつ未来を目指す体制を構築できているが。

最大の難関は此処だろうと、プラフタさんは断言していた。

ルアードさんも意見は同じらしい。

「恐らくだが、一部の者は反発するはずだ。 現在でも、無責任な人間賛歌に近いものを声高に叫んでいる者はいる。 原理主義者の中には、寄り添う者からの脱却を、と叫んでいる者もいる」

「ええ。 原理主義者だからと安易に排除するわけにはいきません。 彼らにも納得させる必要があるのです」

プラフタさんは悲しそうに言うが。

そもそも、人間原理主義とでも言うべきこの思想は。人間四種族がそれぞれの元の世界にいた頃からの病弊だ。

資料が揃ってきた今なら知っている。

リディーもスールも見た。

特にヒト族はその傾向が強く。何の根拠もないのに、人間の可能性は無限大だと、無邪気に「悪」に対して語っているケースが目だった。自分達の世界の資源が尽き掛けている状態でも、である。

パルミラがかなり改善し。

抑止力としてテルミナが、二大国に睨みを利かせるようになった今も。

それは変わっていない。

パルミラが言う自立自尊を果たすためには、洗脳の類はアウトだ。あくまで寄り添って人間四種族の可能性をゼロから有にしなければならない。

幼児を育てるのと同じだが。

残念ながら、人間は元々、大半の個体が体は大きくなっても思考回路は幼児と変わらない。

悪しき例はいくらでもある。

それに対して反論できる例はごくごく少数だ。

「テルミナに悪役をやってもらいますか?」

リディーが提案。

だが、スールが反論した。

「テルミナ、これ以上悪役やらせるの可哀想だよ。 結構繊細だし……」

現時点でテルミナは、アダレットとラスティンの中間地点に鎮座し。

時々両国に生じている腐敗を、空中に映像と音声付きで公開しつつ、悪事の主犯を公開処刑する、というパニッシャーとして動いている。

なお、両国の軍隊が何度か討伐に赴いているが。

悉く返り討ちである。

テルミナはあくまで「わかり安い獄卒」であるため、出向いてた軍を皆殺しにするような真似はせず、追い払っているだけだが。

それでも、恐怖とともに存在を認知され。

今までの邪神の中で間違いなく最強、暴れ出したら手に負えないと。賢者の再降臨を求める声まで出ている。

実の所、名前や姿をロンダリングして、各地で今もリディーやスールは活躍してはいるのだが。

テルミナの討伐をするつもりはないし。

テルミナ自身から、人間が元々持つ悪意が異次元過ぎてつらいと、時々愚痴を聞かされる。

元々邪神をベースにしているとは言え、イル師匠が極めて高度な知性を埋め込んだ存在である。

人間が絶対に逆らえない、抑止力。

「万物の霊長」とかいう巫山戯た妄想を二度と抱かせないための、絶対的な壁として作り出したテルミナだが。

本人の負担は、決して小さくないのが実情だ。

「可哀想なのは確かだけれども、存在する意味が其所にあるんだから、多少は仕方が無いんじゃないのかな」

「フィリスさん、でもそうなると、此方がテルミナに頼ることになりませんか」

「ふーん、では他に対策は?」

そう言われると、リディーも厳しい。

ソフィーさんが挙手。

皆が黙る中、特異点は発言する。

「現時点でテルミナは良くやってくれているし、ガーディアンに匹敵する世界の「負の補佐役」としては充分。 それならば、丁寧にアップデートを重ねながら、次の段階を目指していけば良い」

「わかり、ました」

「それでは解散」

円卓から、それぞれ皆が離れる。

話しかけてきたのはシャドウロードだ。アンチエイジングを駆使して色々体を弄っていたが。結局十代半ばで固定した。これが一番動きやすく、能力的にも快適だから、らしい。昔は老婆だったとは信じられない容姿である。

とはいっても、決して絶世の美少女ではなく。

何というか、非常に厳しい印象を受けるが。

目つきが鋭すぎるからだろう。

「リディー、スール、いいかい」

「はい、何ですか」

「シャドウロードさんが話しかけてくるって事は、悪い予感が……」

「ちょっと気になったんだがね。 「寄り添う者」からガーディアンに流れている情報ログを見る限り、かなり人間の精神負荷が高くなっている。 15年前に比べて8%の上昇で、これは予想より早い」

これを言いに来たと言うことは。

プラフタさんが言う、「最後のブレイクスルーが一番大変」という話の前に。リディーとスールに大仕事が出来た、と言う事だ。

「後でルーシャにも言うつもりだが、ひょっとするとまだ「寄り添う者」の性能が足りないのかも知れない。 現時点でガーディアンは上手く機能している。 問題は個人個人の欠点を補うこっちの方だろう」

「分かりました。 善処します」

「急ぎな。 この辺りから、人間達が何を始めるかは、何度も何度も見ているだろう?」

「……」

頷く。

今までも、このくらいまでは上手く行ったことがあった。正確には、そう見えていただけだったのだが。

人間が今回は増えるのが早い。その分資源も猛烈に消費するという事だ。

普段は5000年、もたせれば10000年は頑張れる状態でも。今の強烈な人口増加と技術革新を考えると。今回の周回では、残り猶予時間は。1000年、いや500年というところだろう。

それならば、シャドウロードがいう事も確かに一理どころか何理もある。

しばらくは缶詰だな。

リディーはスールと頷きあうと、時の止まった部屋に籠もって、ログの再確認を始める。確かにシャドウロードの言う通りだ。膨大なログを見る限り、だいたい8パーセントくらい、急激にストレスの負荷が上がっている。

これは、無策でいたら、恐らくはプラフタさんがいう最後のブレイクスルーの時に、大事故が起きる。

原理主義が爆発でもしたら。

それこそ、取り返しがつかない事になる。

この辺りから、歴史は一気に動く。文明の進展速度は、ブレーキを慎重に掛けないと加速し。人口は爆発する。

放置しておいた場合、あっと言う間に資源が無くなり、仁義無き殺し合いが開始されてしまう。

そうなる前に。

此方で相応の手を打たなければならないのだ。

今までは、いつもその手が足りていなかった。

今回は、寄り添う者の今までにない本格導入。更にガーディアンの本格稼働によって。そのストレスが可視化された。

色々と何というか、とにかく手が掛かって仕方が無いが。

パルミラは、こんな状態を見ながらも、それでも文句は言わなかったのだろう。

リディーは元人間で。

そして元々「みんな」と同じだった。

悪しき概念である「みんな」。強いていうならば同調圧力に流される安易な生き方が、やっと人間四種族の中から消えてきた今こそ。

それを過去に永遠に葬るべきなのに。

まだ、牙を剥こうというのか。

最後のブレイクスルーさえ超えれば、人間は恐らく、次の段階へと行く事が出来る。神に支えられることも無く。超人に助けられることも無く。

自分達の足によって。

皆で宇宙の、先達として先に宇宙で文明を築いている知的生命体とも。共存していく体制を作れる。

ログの解析はリディーが担当。

スールには、イル師匠に協力を頼んで貰う。

ルーシャは、多分独自でガーディアンの解析と改良を進めるはずだ。これは、万年単位での缶詰がいるかな。そう思っていた矢先に、イル師匠がすぐ来てくれた。多分先ほどの会議で、シャドウロードに話しかけられているリディーとスールを見て、手助けがいると判断したのだろう。

八賢者はそれぞれの担当分野を、それぞれが把握し合っている。

勿論、互いの担当分野を必ずしも快く思っている訳では無い。だがイル師匠は、少なくとも公平に作業を行ってくれる。

説明を軽くすると、即座にイル師匠は内容を把握。

考え込んだ後、アドバイスをくれる。

「社会の性質が変わってきているとみるべきね。 もっとも規模が大きかったヒト族の故郷世界のデータは」

「既にガーディアンに反映し、相互で「寄り添う者」に状態を更新させるようにはしていますが」

「それだけでは駄目ね。 なぜなら、ヒト族の故郷世界では、社会が上手く行っているとは言い難かった」

イル師匠は即答。

なるほど、其所が原因か。

しかし、そうなってくると逆に資料が足りない。どうするべきか。

イル師匠は、顎をしゃくる。分かるはずだ、と言うのである。スールは、ふっと顔を上げて。それで、リディーも分かった。

不思議な絵画か。

「不思議な絵画での、試験運用……ですね」

「ええ。 此方でも協力するから、少し試してから、改良をしなさい。 多分根本的に手を入れる必要があるわね」

「……今回の世界も、駄目なんでしょうか」

「だとしても諦めない」

イル師匠の言葉には迷いがない。確かにその通り。この程度で諦めてはいられない。ましてや、今回はもう少し、なのだ。

手が掛かるなどと考えてはいけない。

リディーとスールだって、手が掛かっていたのだ。それも、尋常では無く。だったら、今度は。賢者となって人間を超越したのであれば。どれだけ手が掛かろうと。元人間という視点を。元愚かな「みんな」だったという視点を生かして。どれだけ手が掛かろうと、詰んだ未来を打開するだけだ。

即座に不思議な絵画の準備に取りかかる。

エスカちゃん。フィリスさんの弟子だったエスカちゃんは、アンチエイジングによる不死への道は選ばなかったが。しかし、幾つも有用な不思議な絵画を残してくれた。概ね幸せな人生を送った。

彼女が遺した不思議な絵画の一つ。

「光ある未来」。

何度も今まで使って来た、特大規模の内部世界を持つ不思議な絵画だ。しかもこれは、深淵の者の実験を想定して、内部を自由にいじれるようにカスタマイズしてくれている。

エスカちゃんは深淵の者の苦闘を知っていた。

フィリスさんに対して、時々哀しみと同情の目を向けているのも知っていた。

変わり果てたフィリスさんを見て、悟っていたのかも知れない。

どれだけ世界の詰みを打開するというのが、大変だという事か。

だから、己の全てを挙げて。可変性に特化し、内部に特大空間を作れるこの不思議な絵画を残してくれたのだ。

今までも、散々使って来た。

そして、今回も使わせて貰う。

内部に二人で入ると、外と時間を隔離。この絵の内部だけで時間が進むように設定し、百年ほど掛けて現状の世界を再現。それができる程の可変性を持つ不思議な絵画なのだ。問題はそれに相応しい強力なレンプライアが湧くことだが、今のリディーとスールなら相手にならない。

ガーディアンと「寄り添う者」を擬似的に構築。擬似的構築と言っても、本物となんら変わる事はない。

楽園としての不思議な絵画を作らせればお父さんが一番だったが。

可変性の高い実験場を作らせれば、エスカちゃんが多分史上最高だと思う。

すぐに試験を始める。

この状況で、何がストレスになっているのか。

此処から更に人口爆発が起きる事を想定して、どうやってストレスを減らしていき。そして、如何に「寄り添う者」が不可欠なのか、どうして人間四種族に知らしめれば良いのか。

原理主義者などと言うものが湧くのも、不満があるからだ。

勿論一部、どうしようもないのはいる。

だが、それすら押さえ込んでこその「守護」。それすら受け入れて周囲に害を為させない存在であるからこその「寄り添う者」。

無制限に甘やかすのでは無い。

長所を伸ばし、その強みで周囲全てを助ける。減点法では無く、加点法で世界をよりよくしていく。

どうしようも無い場合の駆除もガーディアンと連携して行う。

その仕組みを、更に完成度を上げていく。それだけだ。

しばし、無心のまま調整を続ける。やはりシャドウロードの警告通りだ。人口が増えると、瞬く間にストレスが爆発的に増えていく。シミュレーションはした筈なのに。そのシミュレーションを遙かに超える爆発的増加だ。

ストレスが元の350%を超えたところで、ガーディアンと「寄り添う者」に対する不満が爆発。

奇しくもそれは、この不思議な世界で、宇宙へ行く技術が確立するタイミング。

そう。このままやっていけば。ブレイクスルーは超えられなかった事を意味していた。

「レポート書いて出してくる。 スールはログの解析と調整をお願い」

「合点!」

「……ガーディアンも、これだと改良がいるね」

目の前で繰り広げられている狂乱の宴。

全てが台無しになって、殺し合いを開始する人間四種族。漸く脱した「みんな」という同調圧力に引き戻され。ただ荒れ狂うカオスと。そう、ヒト族が無責任に絶賛した「弱肉強食」がその場に吹き荒れ。

資源が食い尽くされ。

後には何も残らなかった。

このログを全てレポートにして提出。

恐らく、八賢者総出での改良が必要になる。先にこれが分かって良かったと思う。

ぐっとリディーは顔を上げた。

世界の滅びは六万回以上見て来た。今までに比べれば、一番惜しい所まで来ているのだ。そして今はまだ取り返しがつく。

レポートを仕上げると、即座に提出。

また即座に会議が招集された。

思えば、八賢者だけじゃない。常に最前線で活躍してくれているイフリータさんやティオグレンさん。アンパサンドさんとシャノンさん。社会を影から操作してくれている毒薔薇さんやパメラさん。植物のスペシャリストとして、社会と植物の折り合いをつけているオスカーさん。そして情報のスペシャリストとして、ある意味最高の活躍をしてくれているシャドウロードさん。経済の爆発を抑え、丁寧に社会をコントロールしてくれているアルファさんとコルネリアさん。他にもたくさんたくさん。

みんな、深淵の者の幹部達がいなければ。

この状況まで持ってくることさえ出来なかった。

皆既に超人と呼べる段階にまで来ている。

だが、人間原理主義が、可能性を消し去る事実が分かっている以上。

ここから先こそが。我等の振るう拳。

詰んだ未来をこじ開ける可能性の刃。

程なく、スールも戻って来た。そして、全員が揃ったところで会議を開始する。リディーが提示するデータを見て、流石にソフィーさんも考え込む。冷徹合理を地でいくこの人も。たまに考え込む事もある。

「……これは総力での強化が必要かな」

「奇しくも、次のブレイクスルー予定地点で破滅が起きるのは色々な意味で示唆的です」

「そうね。 我々が其所まで人間四種族の面倒を見切れていなかった、と言う事でしょうけれども」

「仕方が無い。 少し社会に手を入れるか……」

フィリスさんが提案。

現状ではまだ殆ど無い社会の矛盾だが。それに対して、細かい手を入れてくれるという。要するに、時間を稼いでくれると言う事だ。

これに、ルアードさんも協力してくれる。

アルファ商会も、総力を挙げてくれると言う事だ。

後は、ガーディアンと「寄り添う者」の改良。これに関しては、残りの賢者全員が総力を挙げる。

先ほどのシミュレーションをベースに、何処をどう改良すれば良いのかを、丁寧に見極めなければならない。

もう少し。もう少しなのだ。

劫火に包まれる世界を嫌と言うほど見てきた。

枯れ果てて滅び行く人間四種族を同じ回数見て来た。

今度こそ、させない。

決意を込めて、リディーは立ち上がる。少なくともこの場にいる全員が、この点だけは同じ気持ちの筈。

勿論、途中の思考経路は違うだろう。

ソフィーさんは次にどうするべきかを考えているかも知れない。フィリスさんは、駄目ならまた別の方法をと考えているかも知れない。

だが、リディーは、もうこれで終わりにしたい。

世界の詰みは、此処で壊してしまいたいのだ。

人間に可能性がない。それは充分に分かった。だからこそ、である。

総力での作業に入る。

先ほどの不思議な絵画「光ある未来」での実験を開始。時間を止めた空間で、膨大なデータを取り始める。

あと少し、あと少しだ。

自分に言い聞かせながら、リディーは側にいるスールと、ルーシャとともに。

恐らく最後だろう壁をたたき壊すべく。

戦いを始めた。

 

3、不思議の時代

 

ガーディアンシステムが発掘され。

そして、誰もがつける「寄り添う者」が当然になった時代。

ついに、人間四種族は、宇宙への道を手にした。

色々ともめ事もあった。

だが、そもテルミナという圧倒的脅威が側にあり。それに備えなければならないという緊張感が存在し。

資源の枯渇が可視化されている中で。宇宙へ出る事は急務だった。

過激派はどうしても出た。

これは人間のありうる姿では無い。自然な人間のあり方に戻るべきだと説く彼らだったが。

統一共和国は、彼らのために特区を用意。

ガーディアンと「寄り添う者」を外して、実際に生活するように促した。

結果はさんさんたるもので。

あっと言う間に生活が成り立たなくなった。

特に厳しかったのは、既に過去の悪習とされていた、派閥抗争と際限ない同調圧力の膨張、それぞれの種族の悪しき特性の噴出で。

厳しい客観的判断の結果。

ガーディアンシステムと、「寄り添う者」は必要だと判断された。

そして、今。

オペレーションルームにいる錬金術師ルイーズの前で、モニタ越しに、宇宙へ向け飛ぶ方舟が、カウントダウンを待っている。ルイーズは此処にいる錬金術師達の一人で、今回の技術責任者の一人でもある。

モニタに映っているあれこそ希望の船。

資源の枯渇が予測されているこの世界の未来を作る方舟だ。

船長は魔族。補佐役はホム。肉体労働は獣人族。ヒト族は円滑にそれらの全ての隙間をフレキシブルにこなす。

本来は、資源がどうしても先に尽きるという悲観的な意見が、大勢を占めていた。だがある一時期から、人間四種族は爆発的に技術を進歩させ。そして精神性も変わったのだ。

それが「不思議な時代」と呼ばれる時。その時に、それまで存在していた全てが変わった。

アダレットとラスティン、通称「二大国」が100年ほど前まで存在していた事は、ルイーズも知っている程度の事、つまり過去の話になりつつあるが。

「八賢者」と呼ばれる超越錬金術師達が出現し。そして、全てが変わった事は、歴史に詳しくない誰でも知っている。

それまで荒野の脅威にどうすることも出来なかった人間四種族を、八賢者が導き。たちまちにして世界を改革していった。八賢者は人間では無いと言う噂もある。単独で邪神を圧倒し、ドラゴンを素手で殴り殺したというのだから。

噂によると、八賢者は今も生きていて。社会に関わってきているというものもある。

例えば、今までどうしても歴史学者が首を捻っている事がある。「寄り添う者」の普及が、あまりにも爆発的だった、という事実だ。

ガーディアンシステムにしても、膨大なハルモニウムを必要とする神域の道具で。

最近発表されたレシピによって、誰でも手間さえ掛ければハルモニウムを作れるようになり。

ガーディアンシステムを宇宙にまで拡大。

更には、寄り添う者も普通の錬金術師が簡単に生産できるようになったこともある。

だがこれらには、恣意的だという声も上がっているのだ。

実はまだ生きている八賢者が、状況を見て改良レシピを流したのではないか、というのである。

それだけではない。

方舟を一瞥。

ルイーズは比較的優秀とされる錬金術師だが。あの方舟を単独で再現する力なんてない。あの方舟は、「装甲船二番艦」と呼ばれる驚異的な錬金術による船がベースになっている事は、誰もが知っている。これがそもそもあまりにも異常な代物で、八賢者のフィリス=ミストルートとイルメリア=フォン=ラインウェバーが建造に関わっていることは知られているが。当時の錬金術技術とは一線を画しすぎているため、実は二人は未来人だったのでは無いか等という風説までもある程だ。突如出現したオーバーテクノロジーであり、再現まで相当な苦労を伴った。

宇宙へ行く方舟は、ルイーズ達錬金術師が総力を挙げて作り上げたのだが。

それも、並大抵の労力では無かった。

今後技術革新により、錬金術だけでは無く科学技術と魔術が発展し、更に簡単に宇宙に行けるようになるだろうとは予測されてはいるが。

確かにルイーズにも、不思議な時代に出現した八賢者には、舌を巻くほかない。

八賢者が何者だったのかは今でも謎に包まれている。

ただ、一つだけはっきりしている。

ルイーズの先祖である錬金術師エスカは、八賢者の一人フィリス=ミストルートの弟子だったと言う事。

エスカは残念ながら師匠を超えることは出来なかった。

だが、それでも、エスカは多くを語り継いでいる。

フィリス=ミストルートの凄まじさを。

破壊神と呼ばれていた彼女だが。ラスティンにおける高度な教育システムの普及に関わったという史実があり。何よりラスティンでもアダレットでもインフラを数百年分発展させた立役者であり。八賢者という称号を除いても、教科書で偉人として名前が出てくる存在である。

それが、ルイーズには誇らしくもあった。

カウントダウンが終わり。方舟が浮き上がる。

わっと声がわき上がり。宙に向けて方舟が飛んで行く。

データを取りながら、安定飛行に移った方舟を見送るルイーズ。これで一安心だが。まだまだやる事はいくらでもある。

宇宙空間にガーディアンを設置。

ガーディアンと「寄り添う者」は、硬度に相互連携していて。それぞれどちらが欠けても動きがちぐはぐになる。

宇宙に出た人間四種族が、また無意味な殺し合いをするようでは意味がない。

ようやく人間四種族は、一段階上に上がる事が出来たのだ。

ここからだ。

此処から、ようやく先に進む事が出来る。

ふと、何かが切り替わった気がして、周囲を見回す。何も起きた様子は無い。側で計算を続けていたホムがルイーズを見るが、大丈夫と言って自分も作業に戻る。ほどなく、宇宙に到達した方舟から通信が来る。世界は青い。その言葉を船長が発したのを聞いて、管制センターは喚声に包まれた。

世界を数周した後、方舟は世界に戻ってくる予定だ。

所長が来たので、立ち上がって敬礼。

「上手く行ったみたいで何より。 これで人類はまた先に進めるね」

今の所長はヒト族の二卵性双子だ。まだかなり若いが、何処かで博士号を取った俊英だと聞いている。姉がリディー、妹がスール。姉が所長で、妹が副所長。どちらも伝説の賢者と同じ名前だが、偉人と同じ名前をつける親はヒト族には珍しく無い。かくいうルイーズも、実はソフィーと名付けられる可能性があったと聞いている。生まれてから、髪の毛が金だったので、変えたらしいのだが。

穏やかで優しい姉と、活動的で活発な妹。

この辺りも伝説の賢者と一致している。

「はい。 完璧に完璧を重ねたので。 有人宇宙飛行が上手く行きましたし、これで後は資源を宇宙からキャプチャ出来る体勢が整えば」

「技術に関してだけは想定通り。 後は人間四種族が仲良くやっていけるか」

「スーちゃん」

「ああ、ごめん」

何だか変なことを言う副所長。ガーディアンシステムと「寄り添う者」がある今、大丈夫なのは分かりきっているのに。

というか、いつの間にいたのか。

たしなめるように言う所長に、副所長は苦笑してみせるが。

そういえばルイーズは、この二人が微笑していることはあっても、いつも影を湛えているなと思っていた。

年はルイーズと大して変わらない筈なのに。何だか底知れないものを感じるのである。

「オペレーション良好!」

「予定通りの有人宇宙飛行を終えた後、大気圏内へ帰還します!」

「外装等にダメージは」

「ダメージ皆無! 流石はハルモニウム装甲です!」

ふと気付くと、所長と副所長はその場にいなくなっていた。いつの間にいなくなったのか。

そういえばあの二人、この研究所を守っている精鋭の魔族でも一ひねりにする実力だと何処かで聞いた事がある。

身体能力強化の装備を身につけているルイーズなのだけれど。

まるで気付くことが出来なかったのは、色々な戦闘技能を高いレベルで極めているから、だろうか。

ともかく、情報の精査に戻る。

今回は様子見。ガーディアンの配置は次回の有人宇宙航行からだ。データを充分に取って、それで。

推力については問題ない事も判明した。

後は危険な大気圏突入だが、それもきっとこの状況なら上手く行く。

ほどなく、何周か世界を回って、方舟は世界に戻ってくる。

やはりハルモニウム装甲。何ら欠損も無く、乗組員も無事だった。

さあ、ここからが新しい世界だ。

次の有人宇宙飛行に向けて準備をすぐに始めなければならない。資源の枯渇は間近に迫っている。

勿論すぐに来る訳では無い。だが、もしも資源の枯渇が来てしまうと、人間四種族の文明は破綻するという計算も出ている。その前に、宇宙への進出を成功させなければならない。

そして宇宙へ進出するだけでは駄目だ。

過去、ガーディアンシステムと「寄り添う者」が無かったとき。同調圧力に流される者ばかりで。人間四種族がそれぞれ致命的な欠点を抱えていて。困難をともに解決できず。利益を分かち合えなかった時代に戻ってはいけないのだ。

喚声を挙げて、英雄達を迎える皆をモニター越しに見ながら。

ルイーズは未来に思いを馳せる。

 

リディーは時間を止めると、深淵の者本部魔界に戻る。スールも一緒に戻った。

魔界は随分と寂しくなった。

現在では、深淵の者の古参幹部しかほぼここを訪れることは無い。ガーディアンが完成し、「寄り添う者」との結合試験が成功。更にテルミナの運用開始、文明のコントロールが完成してからは。

影に隠れる必要はなくなったのだ。

第三者監査は、ガーディアンが自動で行う。

そして其所に人が手を入れる余地はない。人間がこのファイアーウォールを突破することは不可能。

今までも、これからもだ。

伊達に億年単位の時間を費やして構築したシステムではない。成熟した星間文明の量子コンピュータですら、ガーディアンの処理速度からすれば蝸牛の歩みも同じだ。

だから、ヒラの構成員はどんどん社会に溶け込んでいき。長い年月を掛けて、ゆっくり「深淵の者」は解散していった。

今魔界に残っているのは、人間を止めた者達だけになっている。全員が神に等しい力を持つ、究極の観測者だが。今では殆ど人間社会に干渉する必要もなくなっていた。アルファ商会も、コルネリア商会も、現在は向こうでのみほぼ動いている。たまにアルファさんとコルネリアさんや少数の幹部が、こう言うときに魔界に来る位だ。

ルーシャが、オイフェさんと一緒に来る。

お疲れ様と声を掛けられたので、有難うと応えた。

全ての結合試験を仕上げたソフィーさんの力量も凄まじいが。八賢者全ての力が無ければ、この状況は作り上げられなかった。

たまに、皆それぞれ経歴をロンダリングして文明の要人として潜り込んではいるが。

正直、干渉する必要はなくなっている。

人間四種族は、自分達の独力では、自立自尊を保ったままの共存をする事は出来なかった。

だが、結果として。人間から生じた超人のアイデアが、神を超えたのだ。

もっとも、これは神パルミラが、人間を信じるという最大のミスを犯したのが原因ではあるのだが。

八賢者と、深淵の者幹部達。魔界に残った全員が、奥の会議室に集まっている。

これから、星間文明を安定させるまではまだ油断は出来ない。

だが、ブレイクスルーは超えた。

顕現しているパルミラを見て、ルーシャがうっと呻く。それはそうだろう。あんな酷い目にあえば当然だ。

しかし流石にもう慣れるべきだろう。スールが、ルーシャを肘で小突いた。

「ルーシャ」

「わ、分かっていますわ」

皆で席に着く。

咳払いすると、リディーはレポートを提出。向こうで作ったものだ。所長と副所長がいなくても、別に宴くらいは回る。

ルアードさんが、珍しく静かな笑みを浮かべていた。

「これが見たかった。 ずっと見たかったんだ。 僕の時代には現在さえなかった。 だが、ついに現在どころか未来が生じた」

「ルアード、まだ資源を安定して宇宙から得られる体勢が整ったわけではありませんよ」

「分かっているさプラフタ。 だがね、もうそれまでは後一歩だ」

さっき、時空間に振動が起きたが。多分ソフィーさんによる事象の固定だろう。パルミラが出現しているのがその良い証拠である。

イル師匠が咳払い。

「途中、深淵の者抜きで、敢えて人体実験までさせた意味があったわね……」

「イルちゃんあれ最後まで反対していたもんね。 それに注意深くずっと監視していた」

「当たり前でしょう。 非人道的な行為を平然と見過ごすわけにはいかないわ」

「ふふ、人道は結局人を救わなかったね。 まあイルちゃん、あの実験で犠牲者が出ないように尽力して、その子孫が色々社会に貢献もしたけれど」

フィリスさんの言葉は冷酷だが。しかし事実でもある。

ガーディアンシステムと「寄り添う者」、更に明確なパニッシャーであるテルミナの出現。

これが人間四種族を変えた。変えたことを、人間四種族に認識させなければならなかった。だから、ガーディアンと「寄り添う者」から敢えて外してどう差異が出るか。ガーディアンと「寄り添う者」に守られる事が当たり前になった人間四種族に、再認識させる必要があった。

懲罰者として具現化したテルミナには、それこそ反物質兵器でもブラックホール兵器でも通用しない。あれはパルミラの負の側面のような神。ただし、ある意味人間を見守る神でもある。

複数のセーフティシステムが、人間というどうしようもない生物を変えた。

本来、変わる事が出来る人間などごく限られる。

そして古来から、どうしてか「いつか変わる事が出来る」と無責任に信じる声がずっと人間四種族に共通して備わっていた。

その固定観念を打ち破った時に。ようやく未来が生じたのである。

ヒト族に顕著だが、どうしてもシステムの隙を突いての悪さを目論む者は絶えない。絶対に今後もそれは同じだろう。

だがガーディアンと「寄り添う者」、更に人を遙かに超えた存在である懲罰者が目に見える形で存在し。

人間が「万物の霊長」等では無いとはっきり示したときに。

固定観念が、やっと打ち破られたのは。ある意味おかしな話ではあったが。しかし幸運でもあった。

「フィリスちゃん、せっかくだしお肉でも焼きましょうか」

「わ、リア姉本当? じゃあドラゴン仕留めてくるよ」

「お姉ちゃん、数がもう少ない上に、固定数がいる訳では無いのだから……」

「分かってる、ツヴァイちゃん。 一匹だけね」

フィリスさんが目を輝かせて席を立ちかけるので、ソフィーさんが咳払い。口を尖らせるフィリスさん。くすくすと笑うリアーネさん。心配そうなツヴァイさん。

暖かい空気と言うべきなのだろうか。

ハルモニウムの素材については、パルミラが世界のパラメーターを弄った。今では鉱物から採取できる。

既に監視システムであった邪神は全てをテルミナに統合。ドラゴンは凄まじい力を持つものの、獣の一種として世界の一部になっている。獣が相変わらず強く、植物が自生しない世界であるのは相変わらず。これは、人間は常に脅威を知るべきだと判断したから。それはそれで、リディーはかまわないと思う。

ソフィーさんが、皆を見回しながら言う。

「星間文明が安定するまで推定で100年。 「世界」の資源が尽きるまで、宇宙に出られるようになったことで延長が掛かり推定で330年。 ただもう少しセーフティがほしいかな。 パルミラ、もう少し「世界」を拡げてくれる? その後、もう一回事象を固定で」

「おっけ。 これだけの成果を見せてくれれば、此方も協力せざるを得ないね」

「……最初から、もっと協力してほしかったですわ」

「ルーシャ」

スールが、悲しそうにルーシャの袖を引く。

分かっている。リディーだって、それにルーシャだって本当は。

人間には、可能性が無かった。パルミラは最善を尽くしてくれた。パルミラの足を引っ張っていたのは人間の方。むしろパルミラは、人間をずっと信じ続けてくれたのだ。それを裏切り続けたのは人間四種族の方。だから、パルミラを恨むのは筋違いだ。

さて、此処からだ。

後100年分、人間の文明を、此処にいる人間を止めた者達で見守る。もう駄目だと言う事は無いだろう。此処までこれた事は、今まで一度もないとソフィーさんもパルミラも言っている。二人が此処で嘘をつく意味も理由もない。

「それで、これからの事なんだけれども」

パルミラが不意に言う。

いつもは用事を済ませると、すぐに帰ってしまうのに。

リディーは、スールと視線を合わせる。

場合によっては、厄介な事をしなければならないかも知れないからだ。

今此処にいる者達全員がかりでも、パルミラには勝てる……どころか、傷一つつけられないだろう。

それでも、更なる無茶を振られたら、対応をしなければならない。

「これから、宇宙を見守るつもりでいるんだよね。 今回の件はとても参考になったし、以降は手伝いをしてほしい」

「手伝いとは、具体的には何だ」

不愉快そうにイフリータさんが言う。

イフリータさんが、未だにパルミラを良く想っていないことをリディーは知っている。

何でもまだ普通の魔族だった時代、世界の端末として存在しているパルミラ(昼寝中)を見て激高したのが深淵の者に所属した直接原因らしく。それもあって、未だに心の底から好きにはなれないし。警戒もしているようだ。

「星間文明の中には、間違えて宇宙に出てしまったものもある。 限りある資源を無意味に浪費し、他の星間文明を無節操に傷つけ、排他的思想で周囲を破壊し続け、そして貪り喰らう。 宇宙にこそ出なかったけれど、昔のヒト族の文明が近いかな。 極めて他の知的生命体に有害な文明だね」

「で、そういうのを抹殺すればいいの?」

「んーん。 今回の反省を生かして、これからは私が一人で処理するよ。 幾つか目をつけた星間文明は、一旦時間を巻き戻して惑星規模文明からやり直してもらうつもり。 それでこの世界と同じように、外に出られるようになるまで私が面倒を見る。 ただ、それだとリソースがかなり掛かる。 宇宙の監視そのものを、その代わり幾分か任せたいと思っていてね。 私がこの宇宙そのものであっても、処理能力には限界があるから」

フィリスさんの問いに、パルミラは笑顔のまま応える。

今のフィリスさんの実力なら、小規模銀河を中心部にあるブラックホールごと消し飛ばすくらいは難しく無いので、生半可な星間文明では手も足も出ない。その気になれば、排他性の強い攻撃的な星間文明を根こそぎ消し去る事は可能だが。パルミラはそれ以上の恐ろしい返答をした。

パルミラは。やはり宇宙全てに、今回の試験結果を持ち込むつもりなのか。

あまり、良い気分はしない。それがリディーの素直な意見だ。

だが、同時に。排他的で攻撃的な星間文明が、周囲を無茶苦茶に貪り尽くすのを、見過ごすのは出来ないというのも事実だ。

匪賊を思い出す。今の世界には、もはや存在しなくなった、過去の邪悪を。

あれらと同じ輩が、宇宙規模で好き勝手をするのを、許すわけにはいかない。

そういう本音もまたある。

摂理ではない。それは無法だ。無法を肯定したらそれは文明では無い。そして無法は自由とも違う。

自由の美名の下に、どれだけの無法が働かれてきたか。リディーはそれを良く知っているから、パルミラに文句を言えなかった。

「皆にはそんな感じで動いてほしいの。 ソフィーだけは少しばかり力が強すぎるから、法則が違う他の宇宙へ出向いて、情報を取得してきてほしいかな。 あらゆる未来に備えて」

「んー、そうだね。 面白そうだしいいよ。 知識は幾らでもほしいし」

「……」

ルーシャが唇を引き結んでいる。見ると、シャドウロードやイル師匠も、の様子だ。

ティアナさんが珍しく自主的に手を上げる。

「ソフィー様と一緒に行けるのなら賛成」

「ふふ、それなら歓迎しようかな。 ソフィーも「目」が多い方が良いでしょ」

「その通り」

ティアナさんは、ソフィーさんに何処までもついて行くつもりか。ソフィーさんに敵対した文明が、鏖殺される様子が目に浮かぶようで。やはり気は進まなかった。

だが、それが一番良いのだろう。

もはや人間では無くなったリディー。スールもルーシャも同じ。人間四種族にこれ以上関わる事は必須ではないし。むしろ余計な干渉は害になる。

勿論、この世界が上手く行った後の話にはなるが。

人間四種族が決定的な間違いを犯したときにだけ、干渉すれば良い。

溜息が零れる。反対は、出来なかった。

「では、決まりで。 推定で百年ほど後、また会おう」

パルミラが消える。

これで、良かったのだ。それは分かっている。

リディーは、今までの全てを思った。今後、宇宙で無法を犯している文明が、幾つも同じ目に会う。だが、それは当然の話。何かの間違いで宇宙に出てしまったような文明は、確かに周囲に害しかもたらさないだろう。

そして此処はパルミラの世界。パルミラそのもの。

パルミラのルールで動く世界だ。

もしも力こそ宇宙の摂理というのなら、それこそ最強の力を持つパルミラに何をされても誰も文句はいえない。

だがパルミラはそうしていない。

パルミラは、総合的全体の総合的幸福のために動いてくれてもいる。そのために、あらゆる努力も惜しまなかった。

その結果地獄が顕現したが。新しい地獄が幾つも顕現するだろう事は分かっていても。現在進行形で地獄に叩き込まれている知的生命体が幾つもあるだろう事を考えると、リディーに反対の意思を表明することは出来なかった。スールも隣で黙り込んでいる。

知っているからだ。

「みんな」の愚かしさを。

自分がそうだったから。

会議を解散して、スールと一緒に部屋を出る。後少し、世界を見守る。今回は上手く行くことはほぼ確実だが、最後まで気を抜けない。

自室に行く。スールは、そろそろ外に戻るそうだ。

頷くと、しばらく一人にして貰った。そして、何も無い空を仰ぐ。

これまでに、随分と時が流れた。だが、それは無駄にはならなかった。そう信じたい。信じたいだけだ。違う事は分かっている。それでも、今は信じたい。

気分を切り替えると、外に戻る。

宇宙開発所長。最後の公的な肩書き。外で、経歴をロンダリングしながら人間四種族に関わる最後の仕事と決めている。最後まで勿論やり遂げるつもりだ。

ふと、エスカの子孫である錬金術師と。彼女の同僚達の様子も見る。

笑顔と活力に満ちている。そう、リディーは思った。

人間四種族が、共同して、宇宙に行く事を成功させたのだ。同調圧力などはもはや存在せず、憎み抜いた「みんな」はもうどこにもいない。個性が尊重され、減点法では無く加点法で評価される世界が来ている。

これでいいんだ。リディーは、そう自身に言い聞かせていた。

 

エピローグ、星の海の錬金術師

 

フィリスさんがイル師匠と一緒に様子を見に行った文明と、真逆の方向。

巨大な何も無い宇宙構造「ヴォイド」を挟んで、60億光年ほど先の銀河系。圧倒的な宇宙艦隊を従えて、暴虐の限りを尽くす気満々の文明が発達し始めていた。

話には聞いているが、資源を悉く武のために用い。

周囲の星系から資源をかき集め。

湯水のように使い捨てながら、他の種族を襲い、奴隷化する気満々である。どうしてこのような文明が宇宙に出てこられたのか。

それは理由としては幾つもあるだろうが。

最大の理由は「無干渉」と「偶然」。

突発的に出現した、無分別に強力な種族が。

その星に、前に栄えていた文明の技術力と。たまたま漂着した他文明の技術を吸収したことが要因である。

なお文明を構成している種族は、ヒト族の美的基準からするとむしろ「とても美しい」部類に入る。

見かけだけで相手を判断する時代のヒト族だったら。

むしろ神として崇拝し始めたかも知れない。

反吐が出る。

此奴らは、むしろ昔ヒト族の社会の中にいた、邪悪を凝縮したような文明だ。そして昔のヒト族は、このような輩を「格好良い」と称しもしただろう。

リディーはスールとともに、状態を確認すると。

慎重に自浄能力の有無を判断。

無しと解析完了する。

そして、スールと一緒に。

星系ごと、時間を停止した。

パルミラに連絡。

現在のリディーとスールなら、もう賢者の石を使わずとも、パルミラにアクセスする事が出来る。

現在むっつの星間文明を同時に「調整」しているパルミラが、すぐに応答してきた。

「久しぶりだね、リディーとスール。 其方の文明は、予想通りに駄目?」

「データを送るよ」

スールが少し機嫌が悪そうに、収集したデータをパルミラに。

昔のヒト族、それも世界を滅ぼす前「万物の霊長」を自称していた頃なら「ヒューマノイド」とでも分類していただろう星間文明の主達。

その蛮行の数々を見たパルミラは、むしろ悲しそうにため息をついていた。

「己の星の生物を皆殺しにして全て資源化、挙げ句の果てにそれを宇宙全体に拡げるつもり満々、と。 これは仕方が無い。 星間文明が、惑星系の外に出る前で良かった」

「やはり、調整をするつもりですか?」

「これは仕方が無い。 このすぐ近くには、比較的穏当に発達した成熟期の星間文明があるからね」

勿論其所も理想郷などではない。

腐敗もあるし完璧な文明などではないが。

しかしながら、それでも此処まで排他的ではないし。他の文明との共存を図ろうとする程度の分別は持ち合わせている。

もし接触が起きたら。

多分凄まじい殺し合いに発展するはず。それも、恐らくは一方的な殺戮が開始されるだろう。

此処まで好戦的かつ残忍な思想の文明は其所まで多く無い。

ヒト族の基準がおかしいのだ。

「じゃ、後は対応しておくから」

「お願いします、パルミラ」

「うん」

すっと、空間の凍結が溶け。

そして、星系に充満していた艦隊が、全て消滅。惑星や、衛星に展開されていた軍事基地も、悉く無くなっていた。

全て時間を巻き戻され。

一つの世界に閉じ込められたのだ。

この文明は、これより調整を受ける。パルミラによって、他の文明とやっていけるように、である。

独善と言えるのだろうか。

リディーは今でも、このパルミラのやり方に、反発を内心覚えている。

だけれども、それでも。

確かに、一方的な暴力を是とする理論が。宇宙中に吹き荒れるよりはマシだとも思う。

パルミラが調整を開始した星間文明六つの中の二つは、利己的に銀河を消し飛ばす事までしていた。

其処に住んでいた様々な生物や可能性を、勿論巻き込んで皆殺しにすることをまるで厭わずに。

中には、他の次元まで侵食したり。

無差別に資源回収のための自動殺戮ロボットをばらまいていた文明も存在していた。

惑星文明からやり直してきなさい。

そうパルミラが諭し。

そしてやり直せるように取りはからうことは。神である以上責務でもあると思うし。他の宇宙文明にとっても助けでもある。反発は感じるが。今は、リディーとスールも、いにしえの時代では神と呼ばれるだけの力を有していて。力がある以上、適切に振るう責任もあった。

魔界へと戻る。

もはやそのまま、生身で空間転移が可能だ。

イル師匠とフィリスさんが戻っていた。フィリスさんがうきうきで触っている黒い球体は、どうやら触れるように加工したブラックホールらしい。イル師匠が呆れていた。

「声がとても複雑で面白いってフィリスがね」

「ふふ、ギフテッドの正体が分かっても、それでも面白いものは面白いもん」

「相変わらずですね、フィリスさん」

「わたしは変わらないよ」

フィリスさんは無邪気なままだ。この人はリディーやスールよりやり方が乱暴で、他星間文明に攻撃しようとしていた一千万隻規模の宇宙艦隊をまとめて消滅させ、文明を力尽くで出現惑星内に押し込んだ上で、パルミラに押しつけたりしていた。どうせ時を巻き戻すのなら、殺すのも同じ。そういう理屈のようだ。

とてもではないが、真似しようとは思わない。

だが、その圧倒的破壊により。一方的な殺戮を受けようとしていた穏やかな文明が救われたのも事実なのである。

ギフテッドの正体は、今はリディーもスールも知っている。

それについては、どうも思わない。

フィリスさんは、今でも楽しそうだなと、苦笑いも浮かばない。

むしろ、本当に壊れてしまっているから、楽しそうなのだなと、思うばかりである。

「はい、お昼ご飯よ。 皆も食べていって」

「わ、ありがとうございます!」

大きな肉塊を、リアーネさんが焼いてきてくれた。スールがフィリスさんと殆ど同時に手を出して、無邪気にかぶりつく。

ツヴァイちゃんも、配膳を手伝ってくれる。

何の肉かと聞いてみた所、冷凍していたドラゴンのもも肉だそうである。有り難くいただくことにする。

ドラゴンは文明調節用の存在として優れているとパルミラが判断したらしく。今も宇宙の彼方此方で運用しているそうだ。

時々、強くなりすぎた個体を、フィリスさんが処理してくる。

そうして、肉をこうやって皆で食べる。

リアーネさんは笑顔だけれども。

笑顔の何処かには諦観が見える。

そして、フィリスさんを孤独にしないように、側についているのだと分かった。

この人は、昔は度が過ぎた過保護姉に見えていたが。

実の所、危険すぎる道に進んでしまった妹を。一人にしないため、ずっと側にいる道をえらんだのだろう。

ツヴァイちゃんもそれは同じである。

「おひさしぶりだね、みんな」

ソフィーさんが姿を見せた。ティアナさんも側にいる。

さぞやたくさん斬ってきたのだろう。

ティアナさんは掛け値無しの、うきうきの笑顔だった。あからさまに目が笑っていないソフィーさんと違って。

「ソフィー先生も食べます? ドラゴン焼き肉」

「あたしはもう食事は必要ないかな」

「えー、もったいない」

「ふふ。 それよりも、情報還元」

すっと、ソフィーさんが指先を空中に走らせると。リディーの中に、膨大な情報が流れ込んでくる。他の皆にも、同じ現象が起きているだろう。

一つの宇宙を席巻し、此方の宇宙に攻撃を仕掛けようとしていた排他的文明を潰してきた、という記憶だ。

パルミラに任せるわけでは無い。

ただし、6億光年四方程度の小さな宇宙とは言え。その全てを排他的侵略衝動で蹂躙し尽くし。幾万もの文明を滅ぼし尽くし。更にそれを他の宇宙にまで拡げようとしていた文明を見過ごすわけにはいかない。

データを取った後、宇宙そのものの時間を操作し。

惑星規模文明にまで戻してやり直しさせる。

なお、今のソフィーさんの実力ならパルミラの真似事も可能だが。今後どうするかは、その宇宙に意思を与えて決めるつもりらしい。

宇宙の全てが、それぞれ意思を持っている訳では無いが。

基本的に宇宙そのものが意思を持って神になると、その宇宙の平穏と安定を願う事になるようだ。

パルミラが最初に意思を持ったとき、話しかけてきたのも。

そんな宇宙の一つであったのでは無いかと、ソフィーさんは仮説を立てていた。

いずれにしても、今のソフィーさんは、億年四方単位の宇宙に対して、それほど苦労せず時空間干渉を掛けられるレベルの力を手にしている。

宇宙規模の災害に対応する実力だ。宇宙の外から、別の宇宙へと干渉する事も出来る様子だ。

ともかく、データは全て取得。

今後のために生かす。

パルミラの宇宙だって、この後どうなるか分からない。熱的死を迎えるのか、それとも収縮して再度ビッグバンを起こすのか。観測を続けていかなければならないし。ビッグバンを再度迎えた場合は、今度の宇宙に意思が宿るのかも分からない。そして次の宇宙でどう振る舞うべきか。

それは、リディー達の意思に掛かっている。

ルーシャが戻って来た。

疲れきった様子だが、ソフィーさんとフィリスさんを見て、更にげんなりする。咳払い。露骨過ぎるよと、それとなく注意。ルーシャも席に着くと、どこからともなく現れたオイフェさんに、お茶とお菓子を注文した。

「何かあったの?」

「比較的穏当にやれている星間文明のデータ集めですわ。 内部は案の定真っ黒。 いつ他の文明に対する排他的殺戮を開始するか分からないから、今の時点で要監視案件に追加ですわね」

「仕方が無いね、それは」

「どうしてこう、宇宙にまで出られても、文明というのは……」

人の可能性。

無責任な言葉だ。

リディーは今それを知っている。だが、同時に、自力で優れた星間文明を作り上げる事が出来た知的生命体も存在するし。自力で他の星間文明との共存を成し遂げることが出来た文明もまたしかり。

タチの悪い人間が使っていた「弱肉強食」という言葉は悪徳だ。

だが「適者生存」なら分かるし。

星間文明であるならば、その適者を「自分」と錯覚しない「場合もある」。

その可能性に、今もリディーは賭けてみたい。

ルアードさんとプラフタさんが戻ってくる。

現在の宇宙のデータ図の作成と。未来予想のためのデータ集め。

この二人は相変わらずぶれない。

八賢者とその身内が、久々に集まったが。だが、それもすぐに終わった。

「さて、そろそろまた出ようかな」

ソフィーさんが腰を上げる。

頷くと、他の皆も散って行く。

此処にいるのは、無から有を作り出した者達。

深淵に触れ、人を捨てながらも。人の可能性に到達した外なる者達。

今も、その心は何処か人であり。

同時に人では無い。

だが、リディーもスールも、お父さんもお母さんもルーシャも。今も存在している人間四種族の文明もいとおしい。

深淵の者が解散した後も、同志として活動してくれている皆もまたいとおしい。

この愛が、パルミラのものほど強すぎるものになり。全てを焼き尽くしてしまわないように。

今は気を付けなければならない。

魔界を出る前に、もう一度不思議な時代を経て宇宙に出た人間四種族の文明を見る。

今は二百を超える星間文明と共存を果たし、四つの銀河に進出。モデルケースのような文明を構築していた。

頷く。

スールに促された。

「行こう、リディー。 宇宙は……」

「分かっているよ」

分かっている。

決して、宇宙はまだまだ。

安定しているとも、成熟しているとも言い難いのだから。

 

(リディー&スールのアトリエ二次創作、暗黒!リディー&スールのアトリエ・完)