赤い荒野

 

序、一つの未来の形

 

ソフィーは驚いていた。ホムの先祖がいた世界は、滅亡どころか錬金術が全盛期を迎えていたのだ。

そして、世界には活力が満ち。

少なくとも亡ぶ前兆は見られなかった。

ある程度の事前調査をしてはあったのだが。これほどまでとは思わなかった。

そして、調査を進めていく内に。

接触に成功したのである。

今でもなお、世界が転換期を迎えたときより。

全盛期の実力を保っている錬金術師に。

いや、もはや錬金術師だったもの、と言うべきかも知れない。ソフィーと同じように。名前はもう意味を成さないと言われて、教えて貰えなかったが。

それに、人間の形を保って動き回るのも面倒くさいようで。

地下の施設で仮の肉体を作って活動させ。

その全てに自分の自我を持たせ。

本体の知識は、施設の中枢部に置いている様子だ。

この世界においても、禁忌とされるその存在に接触するまで、多少手間取ってしまった。

この世界の人間は強い。

多種族が連携して、一度滅びた世界を立て直し。

そして世界を滅ぼそうとした究極の厄災をも打ち払ったらしい。

それぞれの人間が、ソフィーの世界にいる獣など一人で打ち倒せる程度の実力を有しており。

ドラゴンを錬金術の支援無しで倒せそうな人材も見受けられた。

これは一つの解かも知れない。

今までパルミラの蓄えた膨大なデータを解析しつつ、試行錯誤してきたが。

データの解析が終わった今は。

他の世界のデータを調べるのも良い。

あまり期待はしていなかったのだが。これは想像以上に良い場所に当たったかも知れない。

堂々と奥まで入り込む。相手に敵意がなかったからだ。

強固な装置によって封じられた賢者の知恵は、ソフィーが何者かを即座に把握したようだった。

「ようこそ異世界の錬金術師。 害意ない限り歓迎しよう」

「はじめまして異世界の錬金術師。 ソフィー=ノイエンミュラーです」

「そうか。 此方はもはや名前を喪った身だ。 名乗れぬが許されよ」

くつくつと笑う異世界の賢者。

ソフィーは頷くと、早速幾つかの質問をさせて貰う。

まず第一に、この世界に何が起きたのか。

データを空中に魔術で展開して見せてくれたので、即座に全てを把握。

なるほど。

この文明が勃興する以前、科学文明が発展したが。愚かにも滅亡。この辺りは、どの知的生命体も大して変わらないのだろう。似たような姿をしていて違っていても、だ。この世界の元々の住民は、ヒト族に酷似していて。その末路もよく似ていた。

違ったのは。ヒト族と違って、苛烈な破滅を生き抜いた事だ。

その後、激しい汚染と破滅の世界を耐え抜き。

強く強くなったこの世界の人間は。

新しい世界で、様々な苦労の末に違う姿の者達と上手くやっていく事をおぼえ。

同じ人間から発生した多数の種族とともに、世界の敵とも言える邪悪と戦い、退け。

そして今は、宇宙への進出を目指して。種族同士が協調体制に入っている事、などが分かった。

高度な錬金術による技術の革新と。

近年は科学技術の進歩も著しく。

この二つの技術が両輪となって、この世界は過酷ではありながらも、未来を持つ世界になっているという。

はっきりいってソフィーの故郷とは偉い違いだ。どれだけ繰り返しても、未来が見えなかった世界とは。

「此方にも其方の情報の開示を願いたい」

「いいでしょう。 此方になります」

「ほう? どうやら随分と苦労しているようで」

「ふふ」

ソフィーは口元を抑えて笑うと。

ホムについて確認する。

どうやらこの世界において、ホムンクルスは複数種類が存在しているらしい。ホムが、元々は錬金術で言うホムンクルスであった事は知っているのだが。その中でもホム族は、物質の複製を主眼に置いた奉仕種族で。戦闘向けに作られた種族ではなかったそうである。まあ、それはホム達を見ていれば何となく分かる。

現在では人権もきちんと取得しており。元々の出自は兎も角、人の友として世界に生きているという。なお、この世界では「ちむ」と呼んでいるそうだ。

どうやらパルミラが救ったのは、この世界が滅亡に瀕し、それを切り抜けた数世代後の頃。その復興の段階で、「余裕が無い時期」に破棄された「不正規格品」の「ちむ」だったらしい。

なるほど、それでホムの力が妙に不安定なのも納得出来る。

繁殖以外に使える複製の能力持ちはまれにしか生まれない。

基本的に繁殖のためだけに複製の力を用いる。

更に言えば、そもそも戦闘を想定した奉仕種族では無い。

身体能力に劣るのも。

非常に真面目で不正をしないのも。

それと、ヒトの補助に特化した生物としての機能を持っているのも。

あらゆる全てに納得がいく。確かに全てに筋が通っていた。

「取引をしたいのですが、よろしいですか?」

「異存ない。 何を求める、異界の特異点、ソフィー=ノイエンミュラー」

「可能な限りの情報を。 世界の破滅を打開するため、持ち帰り次第解析するために」

「了承。 ただし取引をする以上、此方にも旨みが欲しい。 以降何か問題が起きたときに役に立つかも知れない。 此方にも、同等の情報をいただきたい」

頷く。

そして、提出されたデータの量を見て。

既に滅びた調査済みの二つの世界と。自称唯一神の自己満足世界のデータを渡す。

これで同等と判断したからである。

先ほど見せた、ソフィーの世界の情報とあわせて、コレで充分な筈だ。

なお、世界間の行き来はしない方が良いだろう。

今の段階で交流を持っても、互いに不幸を呼ぶだけだ。

「有り難い。 既に滅びた世界のデータは此方としても有用だ。 有効活用させて貰おう」

「此方としても滅びから立ち上がったデータは有用です。 ありがとう、もはや名も無き賢者よ」

指を鳴らすと。それだけで世界から離れる。

勿論足跡も残さない。

充分なデータは取得できた。勿論データそのものは隔離し、独自の空間で分析する。悪意が混入している可能性があるからだ。

いずれにしても、此処でやる事は全て済ませた。これで充分である。

後は、双子が仕上がれば。いよいよ状況が完成する。賢者の石への壁はまだまだ厚いが、それは苛烈な試練を浴びせていけばいい。失敗すればその回数だけやり直す。それだけで充分だ。

残念ながら、まだまだ双子は一人前に毛が生えた程度の実力しかないが。

それでも現状の成長からすれば充分。

最初は秘めたる才覚でいえば今後これ以上の人材は出ないと言う理由から育て始めて。本当に何度も困り果てた。

だが、今は試行錯誤の末に。ついにお膳立てがあったとは言え、その時点での超格上である雷神とも戦い抜き。

文字通りのはな垂れだった所から。一人前に毛が生えた、程度まで成長したのだ。

このくらいまでくれば、後は油断せずに仕込んでいけば良い。

複雑な経路を辿って元の世界に戻ると。

まず深淵の者本部、魔界に顔を出す。

戻る時間は指定してあるので既に幹部は揃っていた。

目を細めたのは。

どうやら、余計な事をした者がいる可能性が高い、と言う事。

まあいい。

自分の思うとおりに行かなくても構わない。

操り人形には所詮操り人形としての行動しか出来ない。

複数の異なる思想が存在し、意見をぶつけ合ってこそ。この状態に、活路を見いだせる可能性が高いのだから。

会議の席に着くと。

まず、今回の成果について展開。

おおと、声が上がった。流石に、未来を切り開いている世界の情報は貴重だと、この席にいる誰もが理解出来る。まあ当たり前の話だ。

「ホムの故郷の世界はこれほどの強度に仕上がっているのか」

「どうやらパルミラが介入した時点では、よほどに状況が厳しかったみたいですね。 あたしが行った時には、もう宇宙開発にも手を掛けていたし、多種族の連携も上手く行っていました。 とはいっても、その多種族達は、元は一つのヒト族に似た種族だったようだけれども」

「いずれにしても、これは参考になる。 どうにかして、計画に反映できないだろうか」

「勿論計画に反映することは想定するけれども、まずは現段階の計画を想定通り進めてから」

ソフィーは、興奮する深淵の者幹部達を掣肘する。

もはや二十四万回近く世界の終わりを見ていると。

いい加減かつ適当に回していても、絶対に世界の終焉は回避できないことが分かりきっている。

もしも計画の変更を行うのなら。

明確な展望と。

現実性が必要だ。

そうでなければ、今まで散々試行錯誤はしていない。

人間の思いつく程度の事はとっくの昔に全てしているのである。

だからこそに、様々な考え方や。

更に言えば、それら意見を戦わせることで、新しく生じる考え方が必要になってくるのだ。

中には一見危険なものもあるかも知れないが。

まずは試してみないと分からない。

それがソフィーの持論である。

もっとも、ソフィーにとっては、最初から決まった倫理観念なんぞないに等しかったが。

プラフタが昔から良く眉をひそめていた。

貴方の頭のねじは外れていると言われた事もあったっけ。

まあ、それもどうでもいい。

データにざっと目を通したルアードが呻く。

「なるほど。 個々の能力がそれぞれ非常に高く、過酷な環境に適応すると同時に、それぞれの弱い能力も的確に補っていると……」

「これほどの分業制度、どうやって実施に成功……一度完全に世界が滅び掛けたというのか!」

驚きの声を上げるシャドウロード。

咳払いする毒薔薇。

「それだけではありませんね。 世界を滅ぼし私物化せんとする怪物的な集団が、全てを敵に回して戦いもしたようです」

「この戦力差、凄まじい。 なるほど、これでは団結せざるをえないのも納得出来る」

「いや、戦力差であれば現状の世界でも、人間四種族と邪神やドラゴン、ネームド達との戦力差は文字通り一方的だ。 ごく一部の人間……いや超越者にしか連中には対抗できない。 何か違いがあるはずだ」

「複数の怪物的な天才的逸材が、歴史の重要局面に出現している。 それが原因なのかも知れない……」

わいわいと会議が盛り上がる。

しばらく皆がデータに湧いている所で。

冷静なプラフタとイルメリアちゃん。そしてフィリスちゃんが、声を掛ける。

「でも、それに今のわたし達が劣るとも思えないかな」

「ごく一部の、極めて優秀な人材に全てを預けてしまうのは危険。 それは皆も良く知っているはずです」

「私が思うに、これは特別に上手く行った例よ。 真似をするにしても、厳選しないと危険だわ」

イルメリアのちゃん冷静な意見に、皆が静まり。

ルアードが捕捉する。

「シャドウロード」

「は……」

「これから専属で、特異点ソフィーが持ち帰ったこれら貴重な情報の解析にあたってもらいたい。 専属のチームもつけよう。 危険を避けるための補助も必要になる。 どれだけの規模の調査チームが必要だろうか」

「二十名ほどのホムと、同数のヒト族。 更に魔族を二名か三名」

驚きの声が上がる。

シャドウロードと言えば、人生を掛けてこの世界の謎に単身で迫り。

故にまだ深淵の者に加入してそれほど時が経たない幹部であるにも関わらず、そのストイックな性格で尊敬を得ているものだ。

それがこれほどの大規模チームを要求するとは。

「その人員で、どれほどで解析が完了するだろうか」

「最速でも二百年」

「人員を増やした場合は」

「いえ、これ以上の人員は増やしても現場が混乱するだけにございます」

ふむと、ソフィーが鼻を鳴らす。

ならば、専属のチームには、止まった時の中で過ごして貰う事になるだろう。

それはソフィーの方で用意する。

その旨を告げると、シャドウロードは鷹揚に頷いた。

この場所にはソフィーのやり方を好まない者もいる。意見が対立することもある。

だが、ソフィーは世界の敵に対しては容赦が無いが。意見が異なる相手に対してはむしろ寛容だ。

意見が対立した相手を殺した事は、少なくとも深淵の者に協力するようになってからはない。

むしろ、違う意見を出してくるなら。

それに対して、興味を覚える。

面白いのだ。純粋に。何より、色々な意見が出てこそ、打開策につながる可能性が高まる。

「それでは、人員をどうにか集めよう。 ただ、流石にその規模のスペシャリストとなると、教育から始めて相応に時間が掛かる」

「かまいませぬ。 チームの編成が整うまでは、わし一人で作業を行いましょう」

「うむ、頼むぞ影の賢者よ」

「御意……」

シャドウロードの調査については安心感がある。この人がどれだけ偉大かは、ソフィーが良く知っている。ソフィーからしても尊敬できる「個」だ。ルアードが影の賢者と呼ぶのも道理である。文字通りの賢者とは、こう言う人の事を言うのだから。

全てを知った後、定められた命を持つ身である事が馬鹿馬鹿しくなってアンチエイジング処置を受けた賢者は。

どの周回でも、世界の最後まで諦めることは無かった。

プラフタとは何回か殺し合いに発展することもあったのだが。

シャドウロードとはそれもない。

本当に、単純に研究するのが好きなのだとソフィーはその人となりを分析している。

そして研究に己の全てを捧げることに特化していて。それが彼女の人生であり、誇りでもあるのだと。

そういう人がいても別にかまわない。それが今のソフィーの考え方だ。

勿論そんな生き方を、誰もが出来る訳ではない。

深淵の者では、ある意味狂気じみているシャドウロードの生き方を尊敬できる風潮が作られているが。

それはあくまでルアードが五百年掛けて組織の強度を上げていったから。

そうでなければ、こうも多様性が優れた組織は、誕生しえなかっただろう。

さて、此処からだ。

会議を終えた後。プラフタとルアードに残って貰う。

話がある筈だ。

丁度、ソフィーが世界を離れている隙に、二人が何かをした。

何しろ「長い」つきあいだ。

それくらいのことは分かる。

ソフィーが残るように言うと、ルアードは肩をすくめ。プラフタは目を細めた。

「さて、それであたしがいない間に、何をしたのか教えてくれる? 場合によっては巻き戻さないといけないし」

「双子の退路を断っただけだよ」

「ほう?」

「ルアードと話して決めました。 双子は、才覚をまだ引き出し切れていません。 貴方が考えた過酷すぎる試練を、立て続けにこなしているのにもかかわらずです」

ふむ。

雷神を倒した後、一度も現状巻き戻しはしていない。

色々と試行錯誤をして見るのもありだろう。

それで双子が死んだときはその時。

雷神が死んだ後に、何回か世界の固定をしている。

其処からやり直すだけだ。

パルミラの実力は凄まじく。今までに世界の固定を行ったタイミングの全てを、任意に巻き戻しの対象に選ぶ事が出来る。

勿論それはパルミラがこの宇宙そのものだから、であって。

ソフィーには、世界全ての時間を其処まで都合良く巻き戻す事は出来ない。

具体的にルアードとパルミラが何をしたか聞いた後。

思わず手を叩いて笑ってしまう。

「あはははは、それは面白いね!」

「……」

「まあいいよ。 余計な事を周囲に喋ったら爆発するくらいの仕掛けはしてあるし。 あの双子もそれくらいは理解出来ているだろうし。 まあ、今回はそのまま最後までやってみよう」

「ソフィー、貴方は……」

プラフタがぐっと唇を噛んで視線をそらす。

それは別にかまわないのだが。

そろそろ、重要な事をやらせなければならない。

「深淵の者に正式に参加させたのなら、ダーティーワークもこなして貰わないとならないね」

「ネゴを含む複合事業は、ネージュとのかなり難しい折衝を既にさせているでしょう」

「まだあの村、片付けていないんでしょう」

「……っ」

思わず青ざめるプラフタ。

いつもの周回では、ティアナちゃんに処理させている集落が一つあるのだが。

それをまだ処理していない。

今回は、アダレットの状況改善に力を入れているので。対応が間に合っていないのである。

ましてやこれから、深淵の者にて大型研究チームを立ち上げる。

元からいる人材達には、それぞれ相応の仕事が割り振られているから、各地から人員を勧誘し、更に教育も施さなければならない。

どれだけ効率的に作業をしても、数年はかかる。

それだけシャドウロードが行う研究調査というのはハイレベルなのだ。何しろ、深淵の者がパルミラが世界に施した改変に、自力で気づけたのはシャドウロードのおかげなのだから。他の世界なら、間違いなく「偉人」として歴史に名を残す人物である。

この研究には予算も惜しめない。

アルファ商会は既に殆どの資産を絞り尽くしている状況で、あまり余裕が無い。かといって、金を量産した所で、実体経済に悪影響が出るだけだ。

「ソフィー、貴方は昔からそうでした。 貴方が血塗られた過去を背負っているのは良く理解しています。 しかし、それでもいくら何でも……」

「これくらいできないようでは、深淵の者に入った覚悟を示せるとは言えないね。 綺麗なものだけ見ていても世界は理解出来ない。 ようやくある程度の客観性を確保は出来てきたようだけれど。 あたしから言えばまだ足りない」

「それであの「人食い村」を処理すると」

「そうなるね」

ルアードも、笑顔を引きつらせていたが。

元々ティアナちゃんが出る案件だ。双子が受ける精神的なダメージを懸念しているのだろう。まあ、分からないでもないが。壁は越えて貰わないとならないのである。

「それでは、解散……。 そうそう、ティアナちゃんは監視としてつけるからね」

「……」

プラフタはもう反論しなかった。では、宴の時間だ。この世界の悪を殺し尽くす宴だ。

 

1、手を血に染めて

 

口数が減った。リディーもスールもである。

アルトさんの正体を知って。

そして深淵の者に強引に勧誘されて。

断る手段も存在しなくて。

そして、今、ベッドでスールは膝を抱えて黙り込んでいる。

お父さんは何も言わない。

仕事はしているのだし。何も言う必要はないと判断したのだろう。それはそれで、別にかまわない。

深淵の者にフィンブルさんが既に所属していたのは、スールにとっては衝撃だったのかも知れない。

フィンブルさんの事を兄のように慕っていたのだ。

ただ、フィンブルさんが、リディーとスールを利用していたようには思えないし。誠実な言動が嘘だったとも感じない。

確かに深淵の者は怖い組織だが。

だからといって、所属している者達が、みんな人間離れした思考をしている、というわけでも無いのだろう。

大きくため息をつく。

お父さんが、出来合いを買って戻ってきた。

「洗濯は俺がやっておこうか」

「ううん、平気。 下着とか流石にあるし」

「そうか。 悪かった」

スールを誘って、夕食にする。

お父さんは黙々と食事にしていたが。今までにない、静かな夕食だった。やがて、お父さんが提案してくる。

「近々三人でオネットの墓参りに行こう」

「いいけど、命日はまだ先だよ」

「お母さん、びっくりしないかな」

「お前達は二人がかりならもう俺を越えた。 だからそれをオネットに報告してやりたくてな」

そうか。

そう言ってくれると嬉しいけれど。

故にとんでもない怖い状態に放り込まれてしまっている。

お母さんが健在であっても、コレは正直同時もならなかっただろう。ソフィーさんの実力は分かっていたつもりだったけれど。

しかし、深淵の者全てを単独で凌駕するとなると。

もはやどうにか出来る存在は、それこそ最高神パルミラしかいないだろう。

しかもそのパルミラも、ソフィーさんと蜜月と聞いている。

どうしようもない。

夕食を終えた後。

必要なお薬や爆弾を作り。

その後、スールと話しあって、装備品の更改を進める。まずはプラティーンだ。更に質が上がっては来ているが。

それでもまだまだ。

鍛冶屋の親父さんによると、込める魂が足りないらしい。

抽象的な言葉だけれど。

何となくニュアンスは分かる。

多分だけれども、もっと丁寧に金属に接しなければならないのだと思う。

幸いにも、鉱物資源は、砂漠の不思議な絵画と、それにフーコと火竜のいる不思議な絵画で、幾らでも回収してくることが出来る。

リディーは少しずつギフテッドの力が上がってきているし。

スールは一度作ったものの、完成度を上げる技量が更に増してきている。

色々実験的に装備品を作ってはいるのだけれども。

必ずしも上手く行くわけでは無い。

爆弾もそれぞれ実戦投入を行って試してみるが。

砂漠の不思議な絵画でアンパサンドさんとマティアスさんと一緒に試し打ちをしてみると、大体何かしらの問題が発生するのが常だった。

簡単に何でも出来るわけが無い。

試行錯誤を繰り返して、少しずつ力を増していくしか無い。

そもそもギフテッド持ちの錬金術師でさえ、上達するコツは反復練習と口にするのである。

後天的ギフテッドのリディーや。

それさえないスールは。

それこそイル師匠に何度も教えられたとおり。

予習、復習を丁寧に行い。

数をこなすことで、力をつけていくしかないのだ。

ドライフラワーを作成して、翌朝墓参りに出向く。

お母さんのお墓を掃除するのは、時々定期的にやっているのだけれど。教会にいるシスター達がしっかりいつもやってくれているので、殆どやる事もない。綺麗な墓石には、お母さんの生没年が刻まれているが。

お母さんが亡くなったときにはお父さんが完全に心身喪失状態だった事もあって。

墓碑はない。

ドライフラワーを供えて。

シスターグレースに挨拶。

お父さんが復帰したことをシスターグレースも知っている様子で。頭を下げるお父さんに、色々と訓戒をしていた。

そのままアトリエに戻る。

そして、アトリエの前に、フィリスさんがいるのを見て。お父さんが目を細める。好意的な目では無い。

当たり前だが。

「二人とも、お仕事」

「今、墓参りから帰ったばかりなんだ。 少しは……」

「いいよ、お父さん」

「大丈夫だから」

そう。

ルーシャとお父さんが、リディーとスールを庇って凄く辛い思いをしてきたことを、既に知っているのだ。

だから、これ以上はさせない。

今度はリディーとスールが、大事な人達を守る番である。

荷物だけアトリエに置くと。

フィリスさんについて歩く。

フィリスさんは、いつも通り、笑顔を浮かべて言うのだった。

「深淵の者に加入おめでとう。 ああ、声はもれないようにしているから大丈夫だよ」

「それで、呼びに来たと言うことは、国にも関係無い仕事ですか?」

「んーん。 国からは、時期を見て処理して欲しいって言われている案件」

「……!」

最大級に嫌な予感がする。

そして、フィリスさんのアトリエに入ると。

綺麗だけれど、目が完全に殺人鬼のお姉さんがいた。

ティアナと名乗るその人は。

傭兵らしい姿をしていたけれど。

背中に背負っている剣。

あれは多分、ハルモニウム製だ。

目が深淵にまで行ってしまっているソフィーさんや。目が闇に染まっているフィリスさんとはまた違う。

とても怖い人だと、リディーは一目で分かった。

ティアナさんはフィリスさんとしばらく談笑していたが。

不意に此方を向く。

「それで、今日は何人斬って良いの? この二人も?」

「駄目だよティアナちゃん。 この二人とお仕事するの」

「えー。 でも斬るのは私がやりたいなー」

「ソフィー先生の命令だよ」

ソフィーさんの映像が浮かび上がる。

そうすると、即座にすっと跪くティアナさん。

なるほど、そういう事か。

完全に頭のねじが外れている上に、狂信的な忠誠をソフィーさんに捧げている人だ。今までの経緯だけで分かった。

この人は恐らく、深淵の者におけるダーティーワークの専門人員。

それも、あのソフィーさんが信頼するレベルの、文字通りの「剣」なのだろう。

何しろ、ハルモニウム製の剣を背負っているのだ。

恐らく身につけている装備品も、全てソフィーさんの作ったもの。

つまり、人外の実力者と言う事である。

映像のソフィーさんが、色々と説明してくれる。

まずティアナさんには、リディーとスールを斬らないように。

そしてリディーとスールには。これから「人食い村」と呼ばれる集落を処理するように、と。

位置も映像に出た。

この間足を運んだ雪山とは、別方向にある辺境の地だ。

人口は五十人ほど。殆どがヒト族である。

だが、物騒な呼び名からして。

まともな村である筈も無い。

そして、想像を遙かに超える血なまぐさい話を、ソフィーさんがし始める。

「人食い村はね。 違法奴隷の売買を行っていた中間拠点なんだよ。 先代庭園王の悪政の時代、此処に巣くった賊を汚職官吏が資金源にしていてね。 悪徳孤児院などから流れてきた奴隷を、此処を中間地点にして売りさばいていたの。 まあ大本は断ったのだけれど、この手の輩は更正とは無縁でね。 今でも近くを通った商人を村ぐるみで襲ったり、盗品を売りさばいている」

その被害が目に余ると言う事で。

今回処理の指示が降ったという。

この場には、既に深淵の者しかいないからか。

ソフィーさんは淡々と言う。

「いつもの周回だとティアナちゃんだけで片付けるか、或いは騎士団の特殊部隊が処理してしまうのだけれどもね。 今回は二人にティアナちゃんと出て貰うよ。 あたしが調べた所、村には売られそうになっている奴隷が現時点で八人。 まだ買い手がついていないけれど、当然日が経てば経つほど状況は悪化するだろうね。 即時対応してね」

映像が消える。

そうすると、ティアナさんが立ち上がった。

「人質は斬っちゃ駄目、人質は斬っちゃ駄目……」

ブツブツ呟いている。

はっきり言って恐ろしすぎるが。

しかし、やるしかない。

昔だったら、リディーはスールと抱き合って震え上がるばかりだっただろうけれど。もう散々修羅場はくぐった。

この人は本物の殺人鬼だろうけれど。

一方で、ソフィーさんに制御されているのもよく分かった。

要するに、意思を持った刃物みたいなもので。

下手なさわり方をしなければ、傷つくことも無い筈だ。

それにしても、そんな邪悪な連中がいるのか。確かに何とかしなければならない。でも、処理って。

しかしながら、匪賊は見敵必殺が基本だ。

今回の相手は、ある意味匪賊と同等か、それ以上の鬼畜である。絶対に許してなどおけない。

頬を叩く。

頭を切り換える。

これは必要な作業だ。

そう自分に言い聞かせると、まずスールと手分けして動いた。荷車を用意。お薬と爆弾を積むが。

お薬はありったけ持っていく。

ルーシャに声を掛けようかと思ったが、これは深淵の者から来たお仕事。それもダーティーワークだ。

多分、声を掛けられても傭兵だけだろう。

少し悩んだ末に、フィリスさんに聞く。

「フィンブルさんだけでも、来て貰っては駄目ですか」

「駄目」

「……」

「これは的確に衰弱している人間を救出できるかの試験でもあるからね。 ティアナちゃんはその辺り手を出さないし、人質の救出は二人の手に掛かってるよ」

そうか。

では、まったく信頼も出来ない、ホンモノの殺人鬼と一緒にダーティーワークをこなし。更に捕まって衰弱している人質八人を救出しなければならないのか。

顔を上げる。力は確実についている。空中機動だって出来るようになってきているのだ。出来ないはずは無い。

すぐに城門に出向く。

城門で手続きを自分達でするのは久しぶりだ。だが、騎士団とは何度も合同で仕事をした。既に顔馴染みになっているし、分からない事については向こうが丁寧に教えてくれる。とても有り難い。

ティアナさんは、少なくとも人前では普通の人間を装えるらしく、手続きの際には門番の騎士とも談笑していた。

だが、さっきの危険すぎる言動。

この人、三桁、いや四桁は人を殺してきているのではないのだろうか。

城門を出ると。

ティアナさんは、舌なめずりする。

「とりあえず見ていて身体能力は分かった。 二人の最大速度で行くから、ついてくるように」

「はいっ……」

「……」

多分、スールの方が敏感に如何にヤバイ相手の前にいるか感じ取っているのだろう。完全に青ざめている。

だけれども、無闇に刺激さえしなければ大丈夫だ。

血に飢えている相手だけれども。

しかしながら、ハルモニウム製の剣を持たされているような剣士である。実力は折り紙付きの筈だ。

そして、その実力を。すぐに見せられることになる。

森を出て、街道を走る。

すぐに獣が姿を見せた。

三人だけ。

襲うには良い条件だし、まあ無理もないだろう。だが、姿を見せた事そのものが、彼らの不幸になった。

獣は駆除しなければならない存在だ。

それは分かっているが、背筋が凍るしか無い。気がつくと、獣の首が全て落ちていて。満面の笑みで、ティアナさんがどこからともなく取りだした袋に、首を放り込んでいる。解体の時は一転して退屈そうだったけれど。手際は凄まじく、あっと言う間にてきぱきと処理してくれた。

すぐに走る。獣が現れるごとに駆除するが、それでも兎に角早い。騎士団の一部隊と連携して移動する時よりも早いかも知れない。獣の処理速度が尋常ではないのだ。かなり大きいのも、殆ど瞬く間に倒してしまう。倒しているのを、視認すらできない事も多かった。

満足げに、巨大な羊の首を袋に放り込むティアナさん。

胴体を吊して血抜きしながら、スールと話す。

「ね、ねえ、見えてる?」

「殆ど斬撃が筋状に走るくらいしか」

「スーちゃんでもそんな?」

「それもめっちゃ手抜いてるよあの人」

青ざめているスール。

それはそうだろう。勘が鋭いスールだ。あのティアナという人から、とんでもない血の臭いがしているのは、よく分かるのだろう。勿論物理的な臭気では無く、そういう雰囲気である。

戦闘とも言えない、一方的な殺戮を何度か終えると。

人食い村の近くにつく。

見ると、粗末な、典型的な辺境の村だが。

その割りには警備もしっかりしているし。何よりも、明らかに武装が重い。個人個人が良い武器を持っているのに、街の方はとても粗末なのもちぐはぐだ。

辺境にある村は、獣の襲撃に常に晒されると聞いている。

だから錬金術師がいない場合は悲惨極まりなく、いつでも離散出来るようにしているらしいのだが。

周囲を相手に気付かれないように、距離をとりながら確認していくと。

どうもこの辺り、獣がとても少ないようなのだ。

荒野にはなっているが。

或いは、あの「人食い村」が、天然の要害だから、かも知れない。

それに、ヒト族を中心とした村人達。

どう見ても、前に殺した匪賊と同類にしか見えない。

ただ、証拠は必要になる。

人質の位置も確認しなければならないだろう。

今回は、記憶を引き出す装置をフィリスさんに借りてきている。本当なら作るべきだったのだろうけれど。その時間がなかったからだ。しかしながら、借りられたのは粗悪品で、使い手の魔力に効果が依存する品だと言う事だった。

これくらいは自分で作らないと駄目だよ。

そう、フィリスさんは笑顔で言っていたが。

時間がないので、屈辱を飲むしか無かった。

時間とレシピがあれば、もう少しマシなのを作れたかも知れないが。しかし、人命には替えられない。

話の内容が内容だし、急がなければならない。

まず、一人。

村人を捕獲するべきだろう。

周囲を確認して廻り。村人の大体の人数と、見張りのローテーションを確認する。後ろ暗い事をしている自覚があるのか、相当警備は厳しい。魔術によるトラップも、彼方此方にあるようだった。

ティアナさんはあくびをしているが。

いざとなったら、村人を全部斬って貰うのだ。

今はあれでいい。

それにあの人を解き放ったら。それこそ周囲に血の雨が降る事になる。

出来るだけ修羅の刻は引き延ばしたい。かといって、放置しておけば人質がどんな目にあうか。

一人、見張りが外れた。生理反応だろう。

スールと一緒に見張りの様子を確認していたリディーは。岩陰に見張りが入って小便をし出すのを確認すると、スールに頷く。

スールは音も無く接近すると、立ち小便をしていた男に、音も無く後ろから踵落としを叩き込んだ。

空中機動出来る靴だ。

空を蹴って更に蹴りの威力を加速している状態である。

更に、スールの蹴りは獣との戦いでも使っているほど。ヒト族の男性くらいだったら、加減しないと簡単に頭が爆ぜ割れる。仮にこの男が魔術で強化した武装を身に纏っていても、それは流石に錬金術製ではないだろう。ならば結果は同じ。

事実一撃で意識を失った男を、引っ張ってくる。

立ち小便をしていたから、性器がモロ出しになっているので、流石にうんざりして苦虫を噛み潰してしまうが。

まあ性器くらい、獣を解体するときに散々みている。今更ヒト族のを見たくらいで慌てることも無い。

そんなどうでも良いことよりも、早く引っ張っていかないと、他の見張りに気付かれる。

縛り上げて、ティアナさんの所に引っ張っていく。

地面に転がすと。ティアナさんが嬉々として剣を抜くので、慌てて制止した。

「じょ、情報の引き出しがまだです!」

「早くしてくれる? 斬りたい」

「……っ、スーちゃん、水」

「蒸留水はもったいないから、あれでいいか」

荷車に積んでいる幾つかの用具。

桶を出してくると、近くの汚い沼に突っ込んで水を確保。勿論獣に襲われる可能性があるから、シールドの準備は常にしていた。

男に水をぶっかけて叩き起こすと。

すぐに記憶を引き出す装置をかぶせて、情報を引きずり出す。

猿ぐつわを噛ませてあるから、男が仲間を呼ぶ可能性は無い。

映像を見ながら、ティアナさんが丁寧な分析をしていく。

「街の図はこう、罠がこう……首脳部が此処、と。 人質は?」

「今、記憶を検索中です」

「あ、これじゃない……?」

スールが指示した点まで巻き戻す。

フードで全身を隠した男が、人を買っている。縛り上げられた幼い子供達が、売られて行っている。

数年前、いや十年以上前の映像だ。

今更どうにも出来ない。口惜しいけれど。見ているしかできない。

他にもボロボロ情報が出てくる。

違法薬物の販売もしていたようだ。吸うと気持ちが良くなるが、その代わり体を壊し、精神はもっと壊してしまう薬である。確か錬金術師にとっては禁忌中の禁忌。作っただけで追っ手が掛かると聞いている。深淵の者の話をされた後、アルトさんに幾つか教育を受けたのだけれど。禁じ手の一つとして決められているらしく。もしもこれを破った場合、深淵の者の猛者が地獄の果てまで追い詰めるという。

それだけじゃあない。

あからさまに匪賊と分かる輩に、ホムを売っている。

運命は明らかだ。

匪賊に捕まると、ホムはまず助からない。この売られたホムの子供が、ごちそうとして食われてしまったのは明らかだろう。

絶対に許せない。

更に、役人らしいのと、かなりの金のやりとりをしている。

これはもっと前の時間軸。そう、庭園王が玉座にしがみついていた頃の話のようだ。

役人がヴォルテール家がどうのこうの、と言っているが。首を横に振っている。

流石に錬金術師に手を出すのはうちの戦力では無理だ、と。

小さな村だ。

この男は四十代ほどのようだが。首領らしいひげ面の大男と一緒に、役人の話を聞いている。

犯罪組織だと、ボスくらいしか情報は把握していないらしいと聞いた事があるが。

此処は違う。文字通り村ぐるみだ。一蓮托生という奴なのかも知れない。

いずれにしても、情報は全て記録。

更に、ティアナさんの指示で、現在の警備と、人質の位置についても情報を探って検索。

人質は情報通り八人。それも、皆子供ばかりだ。

ホムの子が二人いる。

そういえば、最近殆ど匪賊がいないと聞いている。深淵の者で駆除を進めているのだろう。幸いにも、それで助かったのかも知れない。

映像内で男が他の村人と話をしている。

「最近商品が売れなくて困るぜ。 綺麗な水には魚も住めないってな」

「匪賊がいないからホムも売れないしな」

「奴隷に向いてないしな彼奴ら」

けらけらと笑う賊ども。理由は何となく分かる。

ホムは記憶力がずば抜けている。奴隷として売っても、何十年も前の事を正確に記憶していて、ふとした切っ掛けから犯罪が暴かれるケースがあるという。

前にフィンブルさんに聞かされたのだ。

あるヒト族の金持ちが違法奴隷のホムを非人道的に使っていたのだが。そのホムが隙を見て逃げ出し、役人に三十二年前にどのようにして違法奴隷として売られたのかを正確に供述。全てにつじつまが合い、金持ちは縛り首になったと言う。

ヒト族や獣人族だとこうはいかない。

ホムはその卓越した記憶力計算能力で人を支えるのに向いているのであって。

人の道具として使い捨てにするには決定的に向いていない存在なのだ。確かに奴隷にするにはリスクが高すぎる。

此奴らが匪賊にホムを売るのは、そういう理由もあるのだろう。自分さえ良ければいい、と言うわけだ。こういう連中が世界を滅ぼすのだと分かる。本当に反吐が出る。

「もういい?」

ティアナさんがうずうずした様子で聞いてくるので、頷く。

身をよじって逃れようとした匪賊だが。即座にティアナさんが首を刈り取っていた。音が出ないフラムで死体を焼却し、そのまま炭クズを埋める。

さて、此処からは処理の時間だ。

ティアナさんと作戦について話す。しかし、帰ってきた答えは単純だった。

ティアナさんは圧倒的に強い。緻密な作戦なんて、必要としていないのである。むしろこういう人にとっては、緻密な作戦は足枷になる。

「私がまず最初に首領の首を刈って、後は各個撃破するから、同時に突入。 人質の小屋の番を殺して、小屋を守って私が掃除するまで持ち堪えてね」

「首領は、それに他の賊も出来るだけ生かして捕まえて貰えますか」

「どうして?」

「情報を少しでも引き出したいので。 売られてしまった奴隷も助けられるかもしれません」

くつくつとティアナさんは笑う。

何がおかしいのかと、スールが憤激しかけたが。ティアナさんは、理由を教えてくれた。

「首は私が回収するけれど、その後ソフィー様に一度渡すの。 その時全部情報は引き出すから心配しなくても大丈夫」

「……!」

「此奴を生かして捕まえたのも本当は無駄なんだよ。 もっと実力のある錬金術師なら、それこそ首からでも正確な情報を引き出せるからね。 貴方たちの実力不足に、これ以上私がつきあう理由は無い。 というか、殺したくてうずうずしてるの。 早く殺らせてくれないかな」

「わかり……ました」

ティアナさんは修羅場のくぐり方も違う。というか、戦闘経験の蓄積が段違いなのだろう。

リディーとスールの実力を完全に見きった上で。最適な作戦を、瞬時に立てた、と言うわけだ。

そもそもそんな風に情報を引き出せるのなら。

確かに、今までの行動が茶番にしか思えなかったのも納得である。ソフィーさんの恐ろしさをまた一つ思い知らされたが。

それよりも先に。この人類の害悪となっている村の駆除が先だ。

駆除に関しては、リディーも異存ない。あんなものを見せられては、許すわけにもいかない。

この村の連中は、人間じゃない。世界の敵だ。

作戦開始。

突入したティアナさんに、一瞬遅れてリディーとスールも突撃。

人質の小屋の入り口を守っていた見張りを、即座にスールが撃ち殺し。

後はリディーがシールドを展開。

大混乱になった村人達が狩りつくされるまで、ほんの少しの時間しか掛からなかった。

満足げなティアナさんが、必死に這いつくばって逃げようとしている村人を、後ろから容赦なく斬り殺す。

傷も首から下にしかつけていない。

というか、首から上を綺麗に刈り取る事にしか興味が無い様子で。首を刈った後は、胴体を蹴倒しているのも目だった。

後ろから、長身銃で生き残りの村人がティアナさんを狙撃するが。

剣で斬るどころか、銃弾をそのまま掴んで受け止め。握りつぶすティアナさん。確か長身銃の弾は、音より早いという話なのに。この人は、ハルモニウムの剣を渡されているだけではないのだと分かってしまう。

流石に青ざめた村人だったが。振り返ろうとしたときには、首を切りおとされていた。

既に村には、人質にされていた子供達と、リディーとスール以外、人間の生存者はいない。

ティアナさんは、人間とは言い難い。

「ふう、コレクションがまた増えた。 じゃ、後始末は専門の部隊がやるから。 周囲の獣が人間の味を覚えると面倒だから、見張りだけはしておくね。 二人は子供達を見ておいて」

袋を何処とも無くしまうと、ティアナさんは消える。

リディーは黙々と、縛り上げられていた子供達を助けて。スールは小屋の入り口で、じっと口をつぐんでいた。

子供達も何となく分かったのだろう。世にも恐ろしい狂気の宴が行われたことを。

誰も、一言も発する事はなかった。

 

2、後ろ暗い世界の形

 

悪党達の処分が終わって。半刻ほどで、十数人の人影が現れる。いずれもが、一目で手練れだと分かった。

皆顔を隠している上に、人員は二手に分かれていた。

一つは恐らく、獣対策のチーム。

顔を隠してはいるが、雰囲気で分かる。錬金術師、それも恐ろしく腕利きの人が混じっている。

深淵の者には、超越勢以外の錬金術師も所属していると聞いていたが。

多分そういった錬金術師の一人だろう。

「チーム1、これより周囲の警戒に入る」

「了解。 チーム2、これより対象の処理に入る」

手際よく「処理班」が二手に分かれ、行動を開始。

どこからともなくまた現れたティアナさんが、警戒班に話しかけていた。

「周囲の獣の数は少なめ。 めぼしいのは殺しといた。 後、死体は彼処」

「分かりました。 引き続き警戒に当たります」

「よろしく。 じゃ、帰るから」

「はっ」

丁寧にやりとりはしているが。

リディーには分かった。

どうやらティアナさんを良く想っていないらしい。嫌い、というよりも怖れている雰囲気だ。

まああの殺戮ぶりである。

確かに怖れるのも道理ではあるか。

一方、処理を始めたチームの長らしい人が、リディーとスールに話を聞きに来る。

マスクをしていたので顔は分からないが、どうやら壮年の獣人族男性のようだった。

珍しいとされる獅子顔かも知れない。

獅子顔だと強いと言う事は無いのだけれど、ヒト族からは格好良いと言う事で人気が出るのである。

獣人族はケンタウロス族だけが例外的に強く、後は顔が違っても性能はそれほど変わらない。

兎顔の獣人族で、騎士に上り詰めている人もいれば。

顔だけを生かして、場末の警備とかをしている人もいる。

性格的に好戦的である事は代わりは無いが。

「データを見せてくれるか」

「はい。 此方で回収したデータはこれ。 それと、人質にされていた子達は」

「安心して良い。 皆、此方で管理している孤児院で引き取る。 もしも家族が生きている場合は、帰れるように対応する。 もっとも……家族が生きている可能性は限りなく低いだろうな」

「……」

ダーティーワークをしているとは言え。

邪悪ではない、と言う事か。

ストレスも酷いだろうなと、むしろリディーは同情した。スールはずっと青ざめて、俯いている。

子供達に眠りの術を掛ける魔術師。

そして、そのまま連れていく。

説明を聞かされる。

「酷い状態に置かれていた子供達を無理に連れていこうとすると、精神に大きな傷をつけることや、傷がついていた場合は更に悪化させることがある。 一度眠らせた後、催眠状態にして、まずは精神の傷を治療する。 同時に情報を引き出し、家族などを特定、生きている場合は適切に処理する」

「もしも、もしもですよ」

「うむ、何でも聞いて欲しい」

少し躊躇った後。

スールが顔を上げる。

さっき、村人の一人を躊躇無く撃ち殺した時の、戦士としての顔では無い。

掛け値無し、ホンモノのダーティーワークに手を染めて。

それでやっと実感が出てきて。

恐怖を抑えるのに必死になっている顔だ。

前にも匪賊狩りは経験した。だがその時は殆ど補助みたいな立場だった。今回は、主体的に関わっている。状況が違うのである。

「もしもですけれど、親が子供を売っていた場合は」

「……その場合は、教会に預ける事になる。 親に関しては状況を調査して、適切に処分する。 まあ多くの場合は牢獄に入って貰う事になるな。 匪賊に売る事を前提にしていたような場合は縛り首だ」

スールは呻く。

そして、目を擦り始めたので。

リディーが手を握って。

無言で、側に寄り添った。

分かっている。

教会にいた頃から、分かっていた。

親が子供を必ず愛している、何てのは嘘だ。

子供を愛している親は当然いる。たくさんいる。

だがその一方で、実の親よりも育ての親を尊敬する子供がたくさんいるように。子供を一切合切愛さない親なんて珍しくもないのである。

周囲にいる子供達には、色々聞いたし。

教会出身者には、色々話も聞いている。

ろくでなしの親なんて珍しくもない。

最低限まで落ちると、子供を売って金に換える。

それだけのことだ。

そして貧しくなればなるほど、人間はその本性を現すようになる。貧すれば鈍するという言葉があるけれど。

正にそれなのである。

「後処理の手伝いをして欲しい」

「分かりました。 具体的に何をすれば良いですか」

「この村の痕跡を完全に消す」

さらりと言われたので。

ぞくりと来るまで、少し時間が掛かった。

まず家などを全て処理。

家具なども、全て持ち出す。持ち込んでいる先は扉だが。あの扉の先がどうなっているのかはよく分からない。

全自動荷車を貸すと、喜んでくれた。

墓地や下水などは、錬金術で増幅した魔術などで焼き払い。

その後は、痕跡を埋めて、土と混ぜ合わせる。更に其処から特殊な薬品を掛ける。薬品を使っているときに説明を受けたが、どうやら人間の痕跡を完全に消すものらしい。

血などは、どうしても痕跡が残るらしく。

最終的にはこの薬品を村の跡地全てに撒くことで。

此処に人がいた、という痕跡を消滅させるそうだ。

村の外壁も処理。

全て崩して、扉の向こうに持っていく。基礎も掘り返して、全て回収。

皆錬金術の装備で体を固めているらしく。

力は凄まじくて。岩の塊を持ち上げることを、苦にもしていなかった。

死体の焼却を頼まれたので。

音を出さないフラムで、更にバトルミックスまで使って。

五十人からなる村人……いや凶賊どもの死体を焼き払う。

此奴らには、地獄に落ちる以外の路は無い。

本当だったら、法が裁かなければならない。

だが、アダレットの辺境はあらゆる全てが遅れている。

法曹が手を伸ばした頃には、此奴らは更に被害者と犠牲者を増やしていただろう。今、やらなければならなかったのだ。

そう自分に言い聞かせて、死体を焼き払う。

此奴らの記憶も、全てソフィーさんが回収して、後の作業につなげるという話だ。きっと、それで更なる被害の拡大は防げると信じる。

死体を全て焼き焦がすと、それは処理班の人達が回収していった。

家も全て残っていない。

木の家も石積みの家も。

痕跡一つ残っていなかった。

村はもう、殆ど誰かが住んでいた場所だとは思えず、ただの更地へと化している。資源だけは全て回収していく辺り、深淵の者の「無駄を嫌う」姿勢が強く見て取れる。

後は土を耕し。

薬を撒いて、人間の生活の痕跡を徹底的に消滅させるだけ。

それについて確認する。

「ええと、後から此処に新しく村を作る時とかに……この薬が悪さをしたりはしないですか」

「良い所を突くな。 君達二人は将来のエース候補と聞いているが、流石だ」

「……ありがとう、ございます」

「その様子だとこの手の仕事は初めてなのだろう。 分かっている。 だが、この世には膿が多く溜まっている。 我等も此処まで末端に介入できるようになったのは最近の事でな。 多くの者を苦しめたことは心苦しい話だ」

環境アセスメントという概念を教えて貰う。

どのように薬が作用していくか。

どのように生物が環境を変動させていくか。

そういった後追い調査のことだ。

この薬については、かなり膨大なデータをとっているらしく。撒くことで有害になる事はまずないという。

此処にすぐ、騎士団の詰め所なり、或いはまた別の村を作るなりする事も、簡単だそうである。

「分かりました。 後は……」

「後は細かい作業をするか、獣への備えだが」

「戦闘はそれなりにこなしてきています。 細かい作業について教えてください」

「リディー……」

スールが真っ青になっているのが分かるが。

しかし、此処は知っておかなければならない。

自分がやった事を。

そしてその結末についても。

細かく、丁寧に人間の痕跡を徹底的に消していく。全自動荷車を使った車輪跡や、足跡さえも。

最終的には下がりながら進んで、足跡も消していき。

完全に荒野にして、村の跡地を消滅させた。

徹底的な消滅だが。

これでいいのだと思う。

此処は、非人道的な犯罪行為の中継地点になっていたのだ。

この末路は順当である。

処理班が、監視班と合流。状況について説明を終えると。監視班も、撤収を開始した。獣との戦闘は殆ど無かったようだけれども。それでも数匹の獣を回収し、死体を扉に運び込んでいた。

「君達はアダレット王都からティアナどのと来たのだろう? 送っていこうか」

「いえ、二人で帰ります」

「大丈夫かい。 かなり距離があるが」

「チーム2リーダー。 仮にも未来のエース候補だ。 其処までの配慮は却って失礼となろう」

錬金術師らしい、周囲の監視に当たっていた班のリーダーが言うと。

さっきまで処理をしていた班のリーダーの獣人族男性は、頷くのだった。

「それもそうだな。 ともかく、獣も出る道だ。 気だけはつけてくれ」

「ありがとうございました」

「失礼します」

二人揃って頭を下げ。

そのまま、アダレット王都へと帰る。

帰り道も走る。

もう周囲は真夜中だが。以前とは身体能力からして違う。走るのもまったく苦にはならないし。

体力も自動で回復する。

走る消耗よりも回復の方が多いくらいだ。

勿論街道を二人で行く危険性は分かっているので。

周囲の警戒は常に怠らない。

足下を守る結界も常時展開。

周囲からの攻撃に備えて、シールドもいつでも展開出来るようにしていた。

無言で、二人で走る。

時々足を止めるのは、全自動荷車がついてきているから。

離れ過ぎると、止まってしまうのだ。

ただ、全自動荷車はそれなりの速度が出るので。

止まるのは時々で良かったが。

朝になる頃には、アダレット王都が見えてきた。

城門を抜けて、手続きをして。家に帰る。

お父さんは何も言わず。

朝起きてきたばかりだろうに、暖かいココアを淹れてくれた。案外美味しい。お父さんは料理はしないが、その気になれば出来るのかも知れない。

無言でいるリディーとスールを見て、何か思うところがあったのか。

出かけて来ると言って、外に行く。

お父さんがいなくなって。

スールが吐き出した。

「人間って、何処まで落ちられるの?」

「スーちゃん……」

「彼奴の頭の中見た!? これからどうなるか分かりきっているのに、子供を匪賊に売っていたんだよ! 人間って、本当に何処までも腐るんだね! 悪党にも言い分はあるなんて、大嘘だってはっきり分かったよ! 彼奴らは人間じゃない!」

「……」

ひとしきり大きく肩で息をついたスールは。

しばしして、泣き始めた。

わんわん泣くことは無いけれど。

涙が止まらないらしくて、ずっと目を擦っていた。

「酷いよあんなの。 他の人に薬売って、その人がどうなろうと知った事じゃない。 子供を売り飛ばして、殺されようが食べられようが知った事じゃない。 人間として、やってはいけない最低の事を平気でやっていて、何とも思ってない! あんな奴らが、世界を滅ぼすんだ!」

「……」

きっと、そうなのだろう。

ヒト族の先祖の世界は、恐ろしい汚染と、凍り付いた雪だらけの世界になってしまっていたけれど。

きっとそうしてしまったのも。

あの村にいたような連中。

他の人間はどうなってもいいと考えて、金さえ稼げれば何をしても良いと思っている奴らだったのだろう。

しばらくスールが泣くのに任せる。

リディーだって泣きたいけれど。

こんな時には、寄り添う人が必要だ。

「匪賊は絶対に許せない。 だけれど、ああいう匪賊と連んでいる奴らも絶対に許せない」

「うん、そうだね」

「駆逐してやるから……この世から一人も残さずに」

「うん。 手伝うから」

ダーティーワークを実際にして見て。

スールの精神には取り返しがつかない傷がついたように思える。

それはそうだろう。

あのような連中、生かしておいてはならないし。何よりも、この世界の歪みそのものの権化にも思えた。

だけれども、ああいう連中が世界を滅ぼすと言う事は。

やはり人間という生物が。

根本的に駄目なのだなと、実感してしまう。

ヒト族は少なくとも、一度それをやった。

此処にいる人間四種族は、みんなやっているのかも知れない。

だとしたら。

此処は教会で教わる地獄そのものではないのか。

大きな溜息が出た。

 

ダーティーワークが終わってから、数日間は無心に調合を続けた。既存品の改良もしていく。

更に、お父さんからお薬について教わって。

バリエーションも確実に増やしていった。

お父さんはお薬について相当な知識を持っていた。

勿論イル師匠やフィリスさん、ソフィーさん達には到底及ばないのだろうけれど。

それでも、伊達に公認錬金術師をやっているわけではない、と言う事だ。

薬は色々な種類が作れれば作れるほど良いに決まっている。

傷にしても色々な種類があるし。

怪我にしてもそう。

病気にしても、薬は出来るだけその薬を根絶できる種類のものが好ましい。究極的な薬は、人間の力を極限まで増幅して、あらゆる病気を体から追いだしてしまうらしいのだけれども。

流石にそんなものは、まだまだ手が届かない。

「リディー、これ見てくれる?」

「うん」

スールが作ったお薬を確認。

品質、性能、いずれも問題なし。これならば、そのままお金に換えられるかも知れない。

指で丸を作ると、スールは無邪気に笑った。

あんなに泣いて。

それで、ある程度立ち直れたのだろうか。

それとも、哀しみを怒りに替えたのだろうか。

ドアをノックする音。

リディーが出ると。

外にいたのは、この間の顔を隠した獣人族男性だった。気配で分かる。お父さんは、一瞥だけしたが。それだけだった。

なおマスクの下の顔は、獅子顔ではなくて、虎顔だった。まあ当てが外れることもあるか。向かい傷だらけの、凄い顔だったが。

「少し話をしたいが、構わないかね」

「はい、今片付けますので、少し待ってください」

「うむ……」

調合のやりかけを処理した後。

スールと一緒に外に出る。

裏路地に入った後。周囲に音を遮断する結界を展開。

話を聞く。

「あの後、捕まっていた子らは皆各地の我等の息が掛かった教会へ移って貰った。 皆酷い虐待を受けていたから、これからトラウマの除去を行う。 栄養失調も酷かったから、しっかり体を治しても貰うところだよ」

「信頼しても、良いんですね」

「……そもそも深淵の者直属の戦士の大半は、そういった教会出身者だ。 とても良いところばかりだった事は、我等が保証するよ」

「はい、それなら……」

恐らく、シスターグレースの教会も、同じように深淵の者の息が掛かっているはず。

孤児院は必ずしも良い所ばかりではないらしいが。

少なくともシスターグレースの教会は良い所だった。

リディーもそれは断言できるし。

スールも異論は無い筈だ。

「村人どもの記憶についての解析も終わった。 どうもアダレットの役人に一人、組織犯罪に主体的に関わっていた者がいるようだ。 それについては、処理はミレイユ王女に正式に行ってもらう。 他の雑魚は此方で処理する。 以上で、今回の君達の仕事は終わりだ」

「あの、これからもこう言う仕事に……」

「そうだね、関わって貰う事になると思う。 この国には多くの膿が溜まっている。 あの三傑がもっと厳しい案件はどんどん解決してくれているが、それでもなおもどうにもならない程にね。 可能な限り貧富の格差を減らし、理不尽な世の中を少しでもマシに生きられるようにするためには、誰かが手を汚さないといけない。 君達も知っているのではないのか。 秩序無き世界が、此処をも上回る地獄だと言う事を」

青ざめる。

プラフタさんとルアードさんの過去。

確かに、500年前の秩序無き世界は。

今でさえ、天国に思えてくるほどの、悪夢そのものの世界だった。

あんな世界は、再現してはいけない。

いけないのだ。

「君達が思っている以上に、錬金術師というのはこの世界を積極的、主体的に良く出来る仕事なんだ。 そしてそんな錬金術師と連携して、我等が動く事によって、世界の理不尽は少しでも是正できる。 既に深淵の者に所属しているのなら、この世界が詰んでしまっている事は知っていると思う。 だが、君達のような未来のある錬金術師が活躍する事で、その詰みも打開できると私は信じている」

手をさしのべられた。

握手、ということか。

手をとる。

とても大きな手だった。

ダーティーワークを的確に行い、容赦なく凶賊どもの痕跡までこの世から消した人だとは思えない。

きっとこの人も、とても悲しい過去を抱えて。そして、少しでもこの世をよくするために生きてきたのだろう。

口をつぐむ。

全てを知った今。

不平をぼやくだけの自分では、もはやありたくはなかった。

「それでは、失礼する。 また仕事で一緒になる事になるかも知れない。 その時はまた頼むぞ」

「はい。 よろしくお願いします」

「お願いします」

「うむ」

戦士は路地裏に消えていく。

アトリエに戻ると。

お父さんは、何も言わず、またココアを淹れてくれた。

静かにそれを飲む。

もう、スールも泣き言を口にしない。勿論、リディーもそれは同じ。泣き言を言っていて、解決する話ではないからだ。

翌日、公開処刑があった。

アダレットの役人の一人。先祖代々の由緒正しいらしい役人らしいが。猿ぐつわを噛まされたヒト族の男性が、絞首刑台の上に座らされ。

そして犯罪の証拠映像が流される。

既に潰れている悪徳孤児院から子供を犯罪組織に横流しし。

金に換えて、懐に入れていた。

主に先代、庭園王の時代の話だ。

それだけではない。

王都に違法薬物をばらまき。

犯罪組織と癒着して、金を懐に入れていた。

悪徳商人と癒着し。

誠実な商売をしているホムの商人の移動経路を匪賊に教え、襲わせ皆殺しにさせた。

これらの映像が、次々に役人の頭から引っ張り出されていくと。

流石に集まった人々も怒りの声を上げた。

リディーはその様子を覚めた目で見る。

今怒りの声を上げている連中だって。

昔のリディーやスールと同じように、自分の基準で見た目が気持ち悪かったら迫害するくせに。

雷神を倒してくれた大恩を忘れて。

ネージュを迫害するくせに。

こう言うときだけ良民を気取るのは、本当に虫酸が走る。

スールも青ざめて、俯いていた。

きっと昔の自分を見ているようで、気分が悪いのだろう。

「故に、合計余罪177件により、絞首刑と処す。 資産は全て没収する。 その分皆の税が少し安くなる」

笑い声を上げた者もいた。

やがて、それは処刑を求める叫び声へと変わっていった。

自分を正義と確信した人間の。

おぞましい本性だ。

勿論法に沿って、この極悪人は処刑しなければならない。だが、本来は、これらを暴くのも、法曹がやらなければならない事なのだ。ダーティーワークが切っ掛けになるようでは駄目だ。

役人が吊される。

絞首刑は、罪人を絞殺するのではない。罪人は縄で吊すときに首が折れて、死ぬ。

ぶら下がった死体を見て、「みんな」が喚声を上げるのを見て。

リディーはとことんどうしようもないと、内心で呟いていた。

処刑ショーを見届けると、アトリエに戻る。

そして、後は。

黙々と、技術を上げるべく。

試行錯誤を続けた。

ふと鏡を見る。

目が死んでいた。

それも当然だろうなと思って、もはやリディーは、気にする事もなかった。

ネージュと対面したとき、既に人間の本性は知っていた。今更驚くことは何一つない。スールも多分、近いうちに慣れるだろう。

ふと思う。

昔、フィリスさんが正義感の強い純真な人だったというのなら。

恐らくこう言う光景を散々見て、壊れていったのだろうと。

だとすると、リディーも。

くすりと笑みが漏れた。

何だか、何もかもが馬鹿馬鹿しく思えてきたけれど。

それでも、やるべき事はやらなければならなかった。

 

3、荒野の獣

 

王城に出向いて、お薬やプラティーン、爆弾などを納入していく。要求される物資は一通り揃っている事を役人が確認。

ずっしり詰まった金貨の袋を渡してくれた。

お金に関する感覚は既に麻痺してきているが。

しかしながら、これらのお金も、その気になればすぐ無くなってしまうのも事実である。堅実に、的確に使っていかなければならない。

アトリエに戻るが。

アトリエに辿りつく前に、マティアスさんが追いかけてきた。

「おーい、待ってくれ」

「あれ、マティアス。 どうしたの?」

「ちょっとな」

一旦アトリエまで戻って、お金や物資をコンテナに。その後、アトリエに入って貰って話をする。

お父さんは今日は出かけている。

何でも腕が戻ったことが既に知られているらしく、国で正式に雇われたらしい。インフラ整備などの裏方で、仕事に出ているそうだ。

お父さんはお父さんで、不思議な絵の研究をしているのだけれど。

それについてもアダレットとしては有り難いらしく。

研究費用を出してくれるらしい。

その代わりに、インフラ整備作業などでも働け。

そういう事らしかった。

いずれにしても、お父さんも錬金術師として復活したのはこの国には良い事だ。それに、アトリエランク制度の厳しさは既に周囲に伝わっているらしく。

一時期集まって来ていた山師の類も。

既にもう姿を消しているという事だった。

まあそれはそれで有り難い。

いても治安が悪くなるだけだからである。

「はいお茶です。 ルーシャの所のほど美味しくないけれど」

「おう、すまねー。 それで俺様が来たって事は、面倒な用事だって分かってくれてる?」

「うん、だいたいねー」

「だよなー」

マティアスさんとスールはノリが近いなと思う。

昔と違って、もうリディーもスールもマティアスさんを馬鹿にしてはいない。身を以てどれだけ大変な仕事をしているか知っているからである。

少しお茶でリフレッシュした後。

マティアスさんがスクロールを出してくる。

内容は。

思わず口をつぐむものだった。

匪賊の処理である。

「最近処理が進んで、かなり大人しくはなっていたんだがな。 辺境に逃れた連中が、集落を作っているらしいことが分かった。 騎士団は大規模な部隊を出せないし、深淵の者も手が足りないらしい。 それで、俺様とアン、お前達だけで出て欲しい、って事だそうだ」

「フィンブルさんは声かけてもいい?」

「ああ、フィンブルがいてくれれば頼もしい」

「そっか。 じゃあリディー、ひとっ走り行ってくるね」

スールが飛び出していくので、見送る。

マティアスさんに手伝って貰って、コンテナからお薬を出しつつ、細かい話を聞く。

話によると、匪賊の規模は二十人ほど。昔は彼方此方の街道に出没して、旅人を襲っては殺す、典型的な匪賊だったらしい。

しかしながら、アトリエランク制度の開始、三傑の到来で一気に状況が激変。

ラスティンにいた匪賊が殆ど根絶やしにされたという情報が彼らの間にも流れているらしく。

更に匪賊殺しとして名高い「鏖殺」が来ているという話もあって。

匪賊はしばらく静かにしていたそうだ。

しかしながら、雌伏にも限界がある。

足を何とか洗おうとして失敗する連中や。

我慢しきれなくなって街の中で人間をさらおうとして、その場で処刑される奴。

弱い獣がいる地方に行って身を隠しながら食いつなぐ奴など、色々に別れたが。

その中の一グループ。

それほど規模的には大きくもない匪賊の集団が、集落を作っている事が確認されたという。

勿論放置していると逃げられる。

すぐに出て欲しい、と言う事だった。

「人手がたりねーんだ。 すまない」

「いいえ。 匪賊については前から根絶やしにしないとと思っていました」

「そ、そうか……」

マティアスさんが青ざめる。

とはいっても、これからマティアスさんにも人を斬って貰う事になる。というか、確か人を斬った事はあるはず。

この人は気弱そうではあっても。

いっぱしの騎士だ。

とはいっても、あまり人を斬るのは気分が良くないのだろうか。

相手が匪賊であっても、である。

スールが戻ってきた。

フィンブルさんを連れてきてくれている。有り難い。これで戦力がかなり増す事になる。フィンブルさんが来た時には、既に荷車に、荷物も積み終えていた。

「アンが城門で待ってる。 それと、今回は凄く急がないといけないから、全自動の仕組みは外して手で引いてくれるか」

「分かりました」

「じゃあ、護衛お願いね」

「ああ、任せておけ」

フィンブルさんが実に頼もしい。

ルーシャも来てくれれば嬉しいのだけれど、それについてはスールが先手を打ってくる。

「ルーシャの所見てきたけれど、留守だった。 ルーシャのお父さんだけしかいなかったよ」

「ああ、それじゃあ仕方が無いね」

「ルーシャ嬢、あれで頼りになるからな」

「頼りになるよルーシャ。 スーちゃんよりまだまだ強いし」

素直にスールもルーシャをもう認めている。

実際問題、どんどん今までの枷が外れてきているルーシャは、きちんと本来の実力を出せるようになって来ているし。

元々素でリディーとスールよりも強い。

最近は、流石に二人がかりでなら勝てそうだけれども。

まだまだ一人ずつなら、ルーシャの方が格上だ。

それにしても、よく分からない。

どうしてルアードさんはリディーとスールを選んだのだろう。或いはソフィーさんかも知れないけれど。

将来有望、というのであれば、多分ルーシャの方が優れていると思うのだが。そうでもないのだろうか。

フィンブルさんと合流して、戸締まりも終えて。一応家にお父さん用に書き置きを残して、城門に。

手続きはアンパサンドさんが済ませてくれていたので、そのまま城門を出る。

たった五人で、安定して遠出が出来るようになったのだ。

今なら生半可なネームドくらいなら、さほど苦労せずこの面子で倒せるはずだ。

正直著しい進歩になる筈なのだけれども。

実感が無いのも確かだった。

兎も角、現地へと急ぐ。

アンパサンドさんが少し先を。

殿軍をマティアスさんが。

右をフィンブルさんが。左をリディーで固め。荷車はスールが引く。

今回は、この間のダーティーワーク以上の急ぎだ。匪賊は一匹でも逃がしたら、大変な事になる。

奴らを野放しにすれば。

力のない人が襲われ、食い殺されるのだ。

それだけは、絶対に許してはならない。

足下の結界問題なし。

蚯蚓のような獣は、街道だろうと地下から平然と奇襲してくる。この辺りにも結構いる。それを知っているからの対応だ。

勿論移動速度には、途中で獣で襲われ、対応する分の時間も計算に入れているのだろう。アンパサンドさんはポンポンと跳ねるように走りながら、結構容赦の無い速度で進んでいく。ただし後ろにも気を遣ってくれている。

案の定、上空から逆落としを掛けてくるアードラ。立て続けに三羽。

だが、即座に対応。

ドリフトしながら荷車を止めると。上空にスールが乱射。更に空中機動したアンパサンドさんが、アードラの背後をとると、脳天にナイフを突き刺し、首へと一気に切り裂いた。

銃弾の雨を浴びながらも、それでも此方に突っ込んでくるアードラに対し。

フィンブルさんが跳躍し、通り抜け様に一羽を真っ二つ。

更に、突貫してきた一羽を。

マティアスさんがシールドで弾き返す。

凄まじい衝撃音が響き、それでも何とか体勢を立て直そうとするアードラだが。

上を取ったリディーが。

杖を思い切り降り下ろしていた。

頭を叩き潰されたアードラが、地面に落ちるのと。

スールに蜂の巣にされたアードラが地面に落ちるの。

更に、フィンブルさんに二つにされたアードラが地面に落ちるの。

ついでに、アンパサンドさんが着地するのは、同時だった。

なお、アンパサンドさんが脳天にナイフを突き刺した個体と、リディーが頭を叩き潰した個体は同じである。

アンパサンドさんが動きを鈍らせてくれていたから。

杖での打撃戦という、今までやった事がない行動を試せたのだ。

すぐに死体を捌いて処置を終えると、また走り始める。

次の街は一気に駆け抜けた。この辺りは街道が緑に覆われている。インフラ整備を、フィリスさんがしたのだろう。

その内、王都の周辺にある都市は、全て緑の道でつなぐつもりらしい。

完成したら、劇的に安全になる筈で。

インフラの圧倒的な向上が見込めるだろう。

だが、今は。

そういうインフラが通っていない場所へいかなければならないのだ。

アンパサンドさんがどんどんぐいぐい走る。

三つ目の街を突破。

既に四回の戦闘をこなし。荷車も獣の死体で一杯になりつつあった。四つ目の街で、一旦停止。

街にいる役人とアンパサンドさんが話して、獣の肉を譲渡する。こういう譲渡物資は、国の物資として扱われるので、基本的に燻製にして官庫に入れる事になる。単純に食糧が足りないときの非常食になるのは当然として。他には冬場に力をつけるために食べたり、或いは気晴らしの祭の時などに振る舞われるのだ。アンパサンドさんが足を止めたのは、四つ目の街がまだインフラ整備途中の段階で、出費がかさんでいる場所だと知っていたからだろう。

事実見回しても、灰色という印象を受ける。

あまり豊かそうには見えなかった。

「周辺の獣は対応出来ているのです?」

「いえ、中々……申請もしているのですが」

「分かりました。 この仕事が終わり次第、対応するのです」

まあいいだろう。そのくらいの追加作業くらい、正直何でも無い。この周辺に住んでいる獣たちは大して強くないし、処理出来る時にしないと獣は際限なく強くなる。今のうちに片付けられるものは片付けるべきだ。

そのまま、軽くなった荷車を引いて、また一気に走る。さっきアンパサンドさんが交渉している間に、多少は休む事が出来た。元々疲れていなかったし、更に回復を進められた。

三刻ほど、更に走る。

六回の戦闘をこなしたが。ネームドが出る訳でも無く、それほど大きい獣もいなかったので。戦闘は苦にならなかった。

走り、獣に襲われては応戦。撃破し、解体。

そしてまた荷車に積み込んで、走る。

一連の作業に、かなり手慣れてきている。騎士団の一部隊が来てくれていれば、もっと楽なのだけれど。

人手が本当に足りないようだし、何より緊急の事例だ。

仕方が無い。

人間が一番の脅威になる事は良く分かっている。

つい最近にもまた思い知らされたばかりなのだから。

ほどなく、街道も消える。

アンパサンドさんが止まった。皆もそれにあわせて止まる。岩陰に移動して、其処で小休止。

即座にアンパサンドさんが、フィンブルさんと一緒に偵察に行く。

その間に、燻製にした肉の一部を、無心でおなかにいれる。マティアスさんも、同じように肉を食べる。スールは少し躊躇っていた。この間の、悪党の巣窟のことを思い出したのだろうか。

そんな線が細くては生き残れない。

深淵の者の真相を知らされてしまったのだ。

今後もっと苛烈な状況が、矢継ぎ早に来る可能性が高い。でも、スールが頼りないなら、その分リディーが頑張ればいい。

黙々と肉を食べていると。

程なくアンパサンドさんが戻ってきた。

「即座に行くのです。 どうやら移動を開始しようとしているのです」

「可能な限り殺さず捕らえるんだぞ、アン」

「分かっているのです」

頷く。

ティアナさんは、ソフィーさんなら刈った首からも、適切な情報を引き出すことが出来ると言っていた。

でもリディーとスールにはまだ其処までは出来ない。

相手は匪賊とは言え人間。それも錬金術の装備も身につけていないような連中だ。油断さえしなければ大丈夫だが、全員生きたまま捕らえるのは厳しいかも知れない。しかし、それでもやるしかない。

すぐにしかける。

勿論、真正面から行くので、相手も気付くけれど。

見張りについている長身銃を持った男の頭をアンパサンドさんが蹴り飛ばす。ホムの身体能力でも、錬金術装備で倍率が掛かり、なによりアンパサンドさんの身体制御があればこの通り。即座に白目を剥かせる。見張りが無力化するまで鼓動七拍も掛からない。

アンパサンドさんがハンドサインを出すと同時に、皆が一斉に敵へ殺到。

退路にリディーがシールドを張って相手の逃走を防ぎ。

別方向にスールがフラムを投擲。其方へターゲットが逃げようとするのを防ぐ。

その隙に懐に潜り込んだフィンブルさんとマティアスさんが、敵を次々なぎ倒す。まだこの時点では、相手が匪賊では無い可能性もある。殺さないようにしなければならない。

奇声を上げながら、男が一人飛び出してきた。錆びだらけのロングソードを手にしている。至近だけれど、リディーが動くまでもない。

スールが背後に回ると、踵落としを叩き込む。

男が顔面から地面に叩き伏せられ、更に背中にストンプ。縛るまでも無く、男は動けなくなった。

フィンブルさん、マティアスさんがハンドサインを出してくる。

制圧完了、の意味だ。

すぐにアンパサンドさんが残像を作ってかき消える。周囲にまだ伏せている者がいないか確認。

手際よくフィンブルさんが、撃ち倒した匪賊達を縛り上げていき。その間、マティアスさんが見張り。

そして同時に。

深海探索で使った、浮遊式の灯りを起動。

頷くと、スールと一緒に、匪賊がねぐらにしていたらしい洞窟に踏み込む。まだ何か潜んでいるかも知れない。油断は秒も出来ない。罠の可能性もある。まあ、虎ばさみくらいだったら、今はいている靴の守りを突破は出来ないが。

がつんと音がした。

どうやら、ボウガンの矢がシールドではじかれたらしい。気配がないところからして、恐らく罠だろう。

雑多で、生活臭がきつい。腐臭に近い。此処は恐らく、匪賊達が逃げ込んできて、一時的に暮らすつもりが、そうもいかなくなったという感触か。

乱雑に食い荒らされた兎の死骸。此奴を倒すのが精一杯だった、と言う事か。正確に捌く知識もないのか、骨まで囓ってしゃぶった跡がある。腐臭も酷い。きちんと処置すれば、こんなにはならないのに。

奥の方には、水もあるが、酷く濁っていた。毎回命がけで、何処かに汲みに行っていたのか。

更に奥には便所らしきものも。

そして、見つける。どうやら、間違いないらしい。

骨だ。

それも、明らかに獣のものではない。干し肉の類もあるが、これはもう何の肉かはあまり想像はしない方が良いだろう。

匪賊は人間を襲って食うが、それは荒野で見かける一番弱い生物だからだ。この肉は、匪賊が何処かで襲った人のものか、或いは。

念入りに調べて、洞窟に隠れる場所がないか、抜け穴がないか確認。

この辺りは散々地獄のサバイバルをして来たのだ。

フィリスさんと一緒に旅をしたドロッセルさんに言わせるとまだまだ温いらしいけれど。それでも相応の経験は積んで来た。魔術で感覚を強化して、風の流れなどがないかも確認。

死臭がある。やはりこの干し肉、人肉の可能性が高い。だが、まだ記憶を覗くまでは、決めつけてはいけない。

物資を全て押収。便所はそのまま、フラムを放り込んで焼き払っておいた。これは中にもしかして、誰か隠れているかも知れないからだ。

流石にこれほど汚い便所に隠れる気にはならなかったのか。

フラムで糞便を焼き払っても、人間の死の気配は生じなかったが。

洞窟を出る。

そして、縛り上げられた匪賊合計21名を見やる。アンパサンドさんが戻ってきた。彼女は襟首を掴んで、二人ほど引きずっていた。追加で捕まえてきたらしい。本来ホムの腕力でできる事では無いが、錬金術装備による強化の結果だ。

そのまま、手際よく縛り上げる。

無言でいる彼らを引きずって起こすと、引っ張っていく。唸り声のようなものを上げる者もいたが。マティアスさんが気絶している五人くらいを同時に担ぎ上げて見せると、青ざめて素直に従う。

この態度からしてもまともな連中では無い、と言う事だけは明らかだ。

フィンブルさんには手すきになってもらい。いざという時に備えて貰う。

マティアスさんが、紐を引く。スールが荷車を。リディーが周囲の警戒を担当。アンパサンドさんは少し距離をとって、常に警戒態勢を続けた。

こういう連携が、無言のまま出来るのは大きい。ルーシャも多分同じくらいは動けるだろう。

ずっと一緒に戦い続けてきた仲だ。

マティアスさんはいずれ、王族としてもっと忙しくなるのかも知れないけれど。

今はこうして、色々と一緒にやれる。

街道に出てもあまり安心は出来ない。リディーはずっと足下の結界と、周囲にシールドを張って防御中。

不意に、匪賊らしい連中の一人が話しかけてくる。

「あんた、錬金術師か。 その怪しい技、そうだよな」

勿論無視。相手はけらけらと笑った。年配の、ヒト族の老人である。

かなり筋肉質だが、しかしなんというか、虚無という印象しか受けない。パイモンさんはこの人よりかなり若く見えるのに、遙かに老成している。それなのにこの人は、ただ無駄に年だけ重ねた印象だ。

老人はなおも話しかけてくる。

「あんたら、アダレットが錬金術師に何したか知ってるんだろう? よくもまあこんな国のために働こうって気になるな」

街道とはいえ、いつ獣が現れるか分からないのに、脳天気なものだ。

匪賊は基本的に犯罪者がなると聞いている。こんな世界だ。皆で力を合わせなければ生きていけないのに。それでも自分だけ好きなことを勝手にしたがるものはいる。というか、「みんな」の本質はそうだ。それはもうリディーも知っている。

別にリディーは国のために働いているんじゃない。

スールだってそう。だから、スールも、完全に無視していた。

「犬だな完全に。 精々ご主人様に……」

以降、聞きづて難い極めて下品な言葉を口にしようとしたようだが。

アンパサンドさんが殆ど音速で側頭部をけり跳ばし、老人を黙らせる。

「黙っているのです。 此処は荒野。 放置しておくだけで死ぬ場所なのです。 獣の餌にされたいか外道」

アンパサンドさんはホムだが、それでも騎士で。しかも、錬金術の装備で武装し。匪賊なんか千人がかりでも勝てないようなドラゴンとも戦い。皆を守るために、ブレスの的にまでなってくれたような勇気の持ち主だ。

その言葉には重い重い迫力があって。

一撃で老人とは言え筋肉質の上背が倍以上ある相手を黙らせた蹴りもあって。

他の匪賊は、以降何も言わなかった。

街にようやく到着。

獣の襲撃はあったが、普段よりかなり火力を増して攻撃して。近付かせなかった。爆弾も惜しみなく使った。獣を解体するのも、少人数で少し荒っぽくやった。だから、少し皆、血の臭いがしていた。

匪賊らしき連中は戦闘を見て完全に黙った。

騎士団の一部隊でも、この規模の匪賊ぐらいなら容易に潰せる。それは周知の事実である。

だが、それを遙かに超える火力を実際に目の当たりにして。絶対に勝てない相手だと悟ったのだろう。ホンモノの錬金術師だと悟って、震え上がったのかも知れない。

街の長らしき老人に、アンパサンドさんが話をする。

「匪賊の可能性がある集団を捕獲したのです。 これより記憶の調査を行うので、役人の立ち会いを」

「わ、分かりました」

「それと、死体を埋めるための穴を先に準備しておいて欲しいのです。 後は処刑の経験がある人は」

周囲の街の人達が、さっと青ざめる。

嘆息すると、フィンブルさんが前に出ようとするが、マティアスさんが引き留めた。

「ブル、俺様がやるよ」

「殿下」

「いいんだ。 俺様も、いつまでも怖い怖い言ってられないからな。 民や部下に手を汚させて、自分は綺麗な王子様を気取ってるわけにもいかねーし。 姉貴があれだけ積極的に世界のために身を汚してまで動いてるんだ。 俺様が何もしないわけにはいかないだろ?」

すぐに役人が来る。

辺境の村には珍しい、老齢のホムだ。ホムは人間種族の仲でも特に寿命が長く年齢も分かりづらいが、それでも高齢だと分かる程である。多分この人は、彼方此方をずっと、アダレット王国の役人として見てきたのではないのだろうか。

軽くアンパサンドさんと話す役人。鷹揚に、いやゆっくりと頷くと、マティアスさんの方を見た。

多分王子だと知っているのだろうけれど。あまり多くは語らなかった。

「では調査に立ち会うのです」

アンパサンドさんが頷くと、首領らしい老人から、順番に記憶を確認していく。

映像が浮かび上がる。匪賊共が悲鳴を上げてもがくが、逃がすわけがない。暴れようとしている一人は、リディーが容赦なく背中から蹴飛ばして意識を飛ばした。スールが青ざめている。リディーが此処まで苛烈に動くとは思わなかったのかも知れない。

多分だけれど、スールよりもリディーの方が匪賊に対しては頭に来ている。此奴らは絶対許せない。

記憶を引きずり出すと、出てくるわ出てくるわ。

彼方此方で行った畜生働きの数々。勿論人を殺し、犯し、奪い尽くし。人を調理して食っている映像も出てきた。

おののきの声が上がる。だが、リディーはもう見ている。だから、静かにその光景を見るだけだった。

アンパサンドさんが、青ざめている人々に声を掛ける。

「順番に確認をしていくのです。 辛いようならば、この場を離れるのも許可……」

「いや、見せて欲しいです」

声が上がる。まだ若い声だ。見ると、獣人族の女の子である。兎顔で、粗末な人形を抱えている。親らしい人の姿は見えない。

目には強い怒りがあった。何となく、それだけで分かった。

「分かりました。 続きを」

頷くと、リディーは順番に記憶を引きだしていく。この場にいる連中は、やはり「鏖殺」に追われて、辺境まで逃げてきた匪賊達らしかった。皆所属していた集団が鏖殺に文字通り皆殺しにされ。からくも逃げてきた……というよりも、あからさまに「鏖殺」が来た事を知らせるために逃がされた様子だった。

多分、効率よく狩るためだったのだろう。

全てが匪賊で。今残っているのも此処にいるのが全部。それで充分だ。

「それでは、判決を」

「死刑」

「……」

役人が頷く。何処でも匪賊は見敵必殺と決まっている。ましてやこんな決定的証拠が出てきたら言い逃れのしようが無い。

既に掘り終わった穴の前に、匪賊が皆、目隠しをして縛られたまま座らされる。

悲鳴を上げてもがく者もいたが、一切憐憫は湧かなかった。

マティアスさんは青ざめていたが、それでも剣を抜くと、一人ずつ首を刎ねていく。首は回収すると、アンパサンドさんが説明。首を刎ねる度に、胴体を穴に蹴落とし。それが終わってから、特殊なフラムで焼却。炭クズになった所を更に固め、町外れの無縁墓地に埋めた。

これで周辺の人々は匪賊の脅威から解放された。しかし、此奴らに殺され食われた人は帰ってこない。

人間は此処まで墜ちる。

そしてもう、此処まで墜ちた人間には、憐憫を掛ける必要などない。

回収した干し肉は、丁寧に墓地に葬る。

そして、静かに街を離れた。

スールが青ざめていた。リディーが、スール以上に苛烈に振る舞ったから、だろうか。

でも、必要な事だ。

後は、街の周囲の獣を駆除。

不思議な話で。

匪賊の処刑よりも、ずっと気分が楽で、戦闘も簡単に感じた。比較にならない程、手強い筈なのに。

 

4、真っ赤な手と

 

アトリエに戻るために街を出た。処刑を見たからか。獣をあっさり全て狩つくしたからか。街の人達は、何も言わなかった。感謝よりも、恐れが勝っているようだった。

こんな感じで、ネージュも迫害されたのだろうかと、リディーは思ったが。

それは口にしなかった。

今回の件は、特殊手当が付くと、帰り道。森で守られた街道に入ってから、マティアスさんが説明してくれる。

フィンブルさんが時々周囲を警戒していたが。

或いは、マティアスさんを気遣っての事かも知れない。

アンパサンドさんは前の方を歩いている。此処でも、極小とはいえ襲われる可能性があるからだ。

「特殊手当?」

「簡単に言うと口止め料だな。 騎士団の手が足りないのを手伝って貰ったし、何より本来は騎士団でやらなければならないダーティーワークだ」

「ふーん。 マティアス、顔色悪いけれど大丈夫?」

「お前こそ」

スールは言い返されて黙り込む。多分、自覚はあったのだろう。だから、敢えて軽口を聞いていたのかも知れない。

アンパサンドさんが、足を止める。

即座に戦闘態勢に入るが、どうやら違った。前から商人の隊列が来る。傭兵が二十人ほど、二頭立ての馬車を守っていた。多分アルファ商会だろう。ただ、商人はヒト族だったが。

すれ違う時に、情報交換をする。相手も此方に騎士がいる事、錬金術師がいる事を見れば、情報交換にはすぐに応じてくる。

アンパサンドさんが話そうとしたが、マティアスさんが話すと言って。以降の情報交換はしていた。

「なるほど、分かりました。 匪賊については殆ど出なくなっていると聞いていますが、気を付けます」

「ああ、それと近場の街の物資が不足しているようだから、出来るだけ回すようにして欲しい」

「分かりました。 商売には可能な限り応じましょう」

商人と握手すると、傭兵達を連れた隊列とすれ違う。もう荷車は急ぐ必要もないので、全自動式にしてある。

空を飛べるようにしたら。もっと現地到着が早かったのだろうか。

今回は一匹も匪賊を逃さなかったが。

しかし、もう少しで取り逃すところだった。

あれだけの規模の匪賊を逃がしていたら、どれだけの力ない人が襲われたか分からない。

「みんな」に対しては、あまり良い印象を持っていないリディーだが。

しかしながら、ああいう世界の敵に対しては、許せないという気持ちがどうしてもまだ強い。

匪賊は許してはならない。

見敵必殺は、当然の掟だ。

夜になったので、一泊だけしていく。途中の街に金を落とすのもいいだろう。荷車に積んでいる荷物を部屋に運ばなければならない手間はあるけれど。それくらいは別にどうでもいい。

アンパサンドさんと三人の部屋。

男性陣二人の部屋。

それぞれ別れて泊まると。

アンパサンドさんは、さっさと背中を向けて眠ってしまう。やはり、寝息一つ立てない。眠る姿を見せるだけでも、信頼してくれている、と判断するべきなのだろうか。

スールに、少し聞いてみる。

「大丈夫、様子がおかしかったけれど」

「……リディーこそ、平気?」

「私は平気だけど」

「うん……ならいいよ」

何だか煮え切らない。

スールは、むしろリディーよりも攻撃的だった筈だが。さっきの戦闘では、どうしても精彩を欠いた。

前にもスールは匪賊と交戦しているし、処刑する様子だって見ている。

どうして今更と思ったが。

しかし、煮え切らないのが気に入らないのか。

スール自身が、ぼそぼそと言い始める。

「スーちゃんもさ、壊れ始めてる自覚はあるんだけど。 何だか今日のリディー、凄く怖かった」

「私?」

「うん。 アルトさんに全てを聞かされてから……なんか一線を超えちゃった、って感じがする」

「……そうなのかな」

分からない。

だけれども、双子の妹が言う事だ。笑い飛ばすことなど出来はしない。スールは、なおも言う。

リディーが、壊れている人達。

ソフィーさんや、フィリスさん。更には、あのティアナさんと、被って見えると。

流石にティアナさんほど殺戮狂になったつもりはない。匪賊では無い相手に手を掛ける気だって無い。

だけれども、スールが言うのだ。

おかしくなりはじめているというのなら。気を付けなければならないのかも知れない。

そういえばリディーは目が濁り始めているのは自覚できている。

スールだって、それは同じ筈だ。

だが、スールから見てもおかしい程の速度で。

リディーは壊れて来ている、と言うのだろうか。

「怖いよ。 リディーは多分ソフィーさんやフィリスさんみたいになる。 このまま行くと絶対に。 スーちゃんも多分そうなる。 ルーシャは、お父さんはそうはならないと思う」

「それは、勘?」

「うん……」

「そう、なら……そうなるのかも知れないね」

スールの勘は良く当たる。

嫌と言うほど知っている事実だ。

魔術が使えるようになってから、スールの勘は更に冴え渡るようになった。ならば、よりデリケートに、危険なものに触れてしまっているのかも知れない。

嘆息すると。

リディーは決意する。

もう、逃げてはいられない。

この世界が滅ぶのはリディーだって嫌だ。

世界の敵は駆逐しなければならない。

みんなのためというけれど。

本当にみんなのためになる事、というのはなんだ。やはり人間という生物そのものを変えなければならないのではあるまいか。

この考えそのものが、多分自分から見て醜い相手を好きなだけ嬲って良いと言う、「普通の人間」「みんな」の考えから外れているのだろう。

だけれどもう知らない。

確信できたことがある。

匪賊はむしろこの世界の平均、「みんな」に近い存在だ。

ならばこの世界を救うには。

やはり「みんな」の方に問題があり。それを変えなければならない。

 

(続)