ごめんなさい

 

序、従姉妹のこと

 

熱にうなされながら、ルーシャは昔聞かされた事を思い出していた。

ヴォルテール家は、ネージュの遠縁。

錬金術に関しては、殆どできなかった。ネージュとは、比較にならないほど非力だった。

だが。騎士団が主導で守ったのだ。

錬金術は必須だ。人間だけの力でこの荒野だらけの世界から弱者を守る事なんて出来るはずが無い。

錬金術師を迫害し。

あのネージュを追い出しただけでも国難を引き起こしている。

せめて一つでも錬金術師の家を守らなければ。

アダレットは滅びる。

先代騎士団長はそう文官達を掣肘し。

もしもヴォルテール家にまで危害を加えるようなら。

騎士団を率いてラスティンに亡命する、とまで言った。

騎士団は先代騎士団長に忠義を誓っており。

当時の王族達ではとてもではないが、その行動を止める事は出来なかった。

文官達は、保身のためにヴォルテール家も抹殺しようとしていたらしいが。

騎士団が体を張って、文字通り守ったのだ。

かくしてアダレットにも、かぼそいながら錬金術の炎は点り続けた。そしてその炎は。多くの街を守り。多くの弱者を救い続けた。

ネージュを迫害した冬の時代が終わった時に。

やっとヴォルテール家からは相応の力の持ち主がでて。

アダレットにおける錬金術の最後の砦となり。

ラスティンからも人を乏しいながらも招き。

錬金術の火を消さずに済むようになった。

その過程で、散々暗闘があったという話も聞いているけれど。

ともかく。

アダレットが滅びなかったのは、ネージュを守れなかった事に怒り狂った先代騎士団長の行動が故で。

もしもヴォルテール家まで滅ぼされていたら。

今頃アダレットは、ネームドやドラゴンに蹂躙され。

小規模な都市国家が林立する、無法地帯になっていた事だろう。

錬金術なくして。

この世界で人間は、あまりにも無力すぎるのだ。

そんなヴォルテール家には、ルーシャの先代の時代。

天才と呼ばれる弟と。秀才と呼ばれる兄が生まれた。

兄はルーシャの父。

そして弟は。

目が覚める。

無言で、オイフェが手当を続けてくれていた。

何となく分かっているが。

オイフェは多分人間じゃない。

ガードの上からあれだけ強烈な毒を浴びせてきたあのトカゲ。何者かは分からないけれど。

あの毒を受けて。

ルーシャはこんなになったのに。

ルーシャの側にいたオイフェはまるで平然としている。

でも、オイフェが忠実で。

命を賭けてでもルーシャを守ってくれるのもまた事実だ。

だからそれについては、何も言わない。

「双子は……無事でしたの?」

「今ルーシャ様の体を治す薬を作っておられます」

「……そう」

守れた、か。

ヴォルテール家に嫁いでくれた騎士団の女傑。

ルーシャにも優しかったおばさま。

病気でこの世を去ってしまったけれども。

おばさまは最後に、泣くばかりの双子を横目に、ルーシャに言ったのだった。

お願い。

双子を守って。

ルーシャは頷いた。

絶対に守り抜くと決めた。

例え、あの恐ろしいソフィー=ノイエンミュラーに狙われているとしても。

双子は絶対に。

命に替えても守らなければならない。

悔しいけれど、双子の潜在能力がルーシャ以上だと言うことは、もう分かりきっている。ヴォルテール家のためにも。いや、アダレットのためにも。双子には生きていて貰わなければならないのだ。

ルーシャなんてどうでもいい。

その辺に幾らでもいる程度の錬金術師だ。

ラスティンにいけば、ルーシャくらいの錬金術師なんて、それこそどこにでも見つけられるだろう。

双子は違う。

いずれアダレットの至宝になる存在だ。

ルーシャなんてどうなったっていい。

だから満足な筈なのに。

やはり苦しい。

情けないなと、自嘲する。

双子を守れた。

それだけで充分だ。

錬金術は才能の学問。

ルーシャに行ける所なんて知れている。

双子を守って死ねるのならそれでいい。

ましてや、あの恐ろしいソフィー=ノイエンミュラーの想う様にさせなかったのだから、満足すぎるほどだ。

それだから、笑って死ねる筈なのに。

どうしてこうも苦しいのだろう。

あの毒、一体何だったのだろう。

体が内側から蝕まれるようだ。

オイフェが水を持ってきてくれたので、ありがたくいただくことにする。そして、此処がアトリエヴォルテールではないことに、今更気付いていた。

此処は。

ぞくりとした。

腕組みして、此方を見ているイルメリア。

小さく声が漏れる。

イルメリアも、ソフィーとつながっている事は確実の怪物的錬金術師。それこそアダレットなんて、その気になれば一夜で焼き尽くせる存在だ。

何を考えている。

耳元に、イルメリアが囁く。

「良く聞きなさい。 双子を守りたいのなら、余計な動きを避ける事。 ソフィー=ノイエンミュラーは貴方を泳がせているだけ。 もしも邪魔と判断されたら、その場で双子もろとも消されるわ」

「……っ」

「今は大人しくしていなさい。 彼奴には私とフィリスが二人がかりでも勝てっこないのよ。 双子のためにも……歯を食いしばって耐えなさい」

口答えできない。

此方の考えまで完璧に見透かされている。

或いは、ソフィーがルーシャに接触した事なんて、とっくの昔に情報共有されているのかも知れない。

その上で、無駄な殺しを避けるつもりか。

可能性はある。

ルーシャは凡人なりに意地を通したい。

イルメリアも。

ソフィーに勝てないなりに。

抵抗はしたいのかも知れない。

だけれども。

そう思わせておいて。

希望を持たせて、落とそうとする可能性だって否定はできない。

確か拷問の常套手段がそれだと聞いている。

希望を持たせてから、絶望に叩き落とす。

それを繰り返すことで、心をへし折る。

単に痛めつけ続けるだけでは、大概心を折る事は出来ず。

むしろ時々光を見せてやることで。

より効率よく心を折る事が出来るのだとか。

しばらくして。

うつらうつらと熱の中で苦しんでいると。

双子が来た。

イルメリアと何か話した後、すぐに去って行く。

侮蔑の目。

まあそうだろう。

こんな足手まといのせいで、試験すら中断しているのだ。

今までも双子にはルーシャの心なんて届きはしなかったけれども。

今後も永遠に届くことはないだろう。

それでも別にかまわない。

このまま死んだところで。

何の影響もない。

だから安心して死のう。

そう思うと。

すっと静かになった。

急に楽になった。

 

気絶したルーシャを見下ろすと。

イルメリアはため息をつく。

絶望的に鈍い双子にも頭に来るが。

この娘は、自分の事を何とも思っていなさすぎる。

双子を心配させないために。

敢えて道化を演じ続けた。

知っていたのだろう。

人間は、自分より下の存在だと思う相手がいると安心すると。

母親を失って泣いている双子にとって。

必要なのは母親の代わりでは無い。

自分達よりもあからさまに劣っていて。

幾らでも馬鹿に出来る相手だ。

そうルーシャは本能的に考えた。少しでも早く双子が立ち直れるように。

イルメリアから見ても、ルーシャの才覚はそう悪いものではない。この年齢の錬金術師としては合格点を与えられるレベルで、むしろできすぎている程だ。見た感じだと、ルーシャの父親を才覚では凌いでいる。

そしてルーシャは知っている。

自分の才覚が、双子に劣っていることも。

だから当て馬になる事も厭わない、か。

自己犠牲の精神も過ぎると、少しばかり狂信的でさえある。

ルーシャを此処まで突き動かしているのが、双子への愛情と。義理の叔母である双子の母親への誓いだと言う事は分かっているが。

それにしてもこんな良い保護者がいながら。

何をあの双子はしているのか。

もう少ししっかりしてくれていれば。

いつもいつも、周回の度にイルメリアが苦労する事はないのに。

ルーシャもルーシャだ。

少しは言い返せ。

半人前に此処まで言われておいて、どうして少しは現実を突きつけないのか。

命を賭けて守ってまでくれた相手に、ごめんなさいの一言も言えないような未熟な双子にバカにされ続けても。

笑って道化を続けられる精神は。

イルメリアには理解出来ても。

悲しすぎるものだとしか思えなかった。

「毒」の。

高濃度放射能による体へのダメージを押さえ込みながら、双子に渡した放射線中和のためのレシピが、いつ完成するか待つ。

今回は、フィリスが手を加えたから。

あの絵の最深部にいる彼奴が、納得しなければ。厳密にはルーシャは復帰出来ない。

命の危機は脱するが。

それだけだ。

棒立ちで立っているオイフェについても腹が立つ。

ソフィーも趣味が悪すぎる。

敢えてこんな風に作らなくても。

もっと感情豊かなホムンクルスだって作れるのに。

いくら何でも、こんな風に。

イルメリアの側にいるアリスのように。

しなくても良いだろうに。

そういえば、絵の最深部にいる彼奴にも、オイフェはヒト族だとは思われていなかった様子だと、リディーには聞いた。

そうなると。

或いは、リディーもそろそろ、もっと深淵のからくりに気づき始めるか。

スールは自分が巨大な陰謀に巻き込まれていることに、既に気付いている。

リディーも気付くとなると。

少しばかり動くのが面倒になるか。

空気が変わる。

来た。

振り返ると。

時は止まり。

今までそこにいなかった者がいた。

「イルメリアちゃん、進捗は? レポートが遅れているようだけれど」

「概ね予定通りよ。 今回は何しろ「特殊事項」が追加されたから、対応に手間取っていてね」

「ふふ、嘘ばっかり。 せめてもの反抗をしたいってのが見え見えだよ」

「……好きに解釈しなさい」

完全に見透かされているが。

ソフィーはこんな程度では機嫌を損ねない。

ソフィーが怒るのは。

もっと別の事態が起きたときだ。

「それよりも、アダレットが貴方をいつもより警戒しているようだけれど。 少しばかり情報を流しすぎじゃないの? ミレイユ王女は切れ者よ。 どんな反撃をしてくるか分からないわ」

「関係無いよ。 いざという時はアダレットもろとも消し飛ばすだけだし」

「世界の半分よ!」

「だから? 半分の個体数なんて、その気になれば数年で回復出来るのは、今までの周回で知っているはずだけれど?」

馬鹿な事を聞くな。

そうソフィーは言っている。

そして、目には露骨な苛立ちが宿っていた。

まずい。

震えを押し殺す。

ソフィーが本気で怒るのは、相手が能力をきちんと発揮しなかったとき。こういう風に、愚鈍に見える受け答えをした時だ。こんな場合は、文字通りソフィーは、何をしでかすか分からない。

ペナルティと称して、今までの周回でも。

だが、ふっとソフィーは笑う。

口だけしか、笑っていなかったが。

「まあいいや。 今日はあたしも機嫌が良い。 ちょっとこの先の仕込みが上手く行っているし、双子もいつもより上手く行っているからね」

「!」

「双子がレシピ通りのものを作ってきたら、指示通りに伝えるように。 もしもそうしないのなら」

「分かっているわ……! だから」

もういない。

乱れた呼吸を整える。

ソフィーは、本気でやる。

もしも言う事を聞かなかったりしたら。イルメリアではなくて。イルメリアにとって大事な存在に危害を平然と加える。

そうすることが、一番「効率が良い」からだ。

もはや深淵の最深部を見た錬金術師に。

人間の要素は残っていない。

知ると言う事は深淵を覗くと言う事。

錬金術を極めていけば。

フィリスも。

イルメリアも。

いずれはああなるのだ。

なりたくない。

だが、力を欲する以上。避けては通れない道だ。勿論完全に同じようにはならないだろう。ソフィーは合理主義の怪物で、別にサディストというわけではない。イルメリアは気絶しているルーシャを見る。

オイフェは脂汗を拭ってあげてはいるが、それだけ。

情を、本当にまだ残せているだろうか。イルメリアは。

頭を振って、雑念を追い払う。

世界の終焉が詰んでしまっているのは事実。

今は、錬金術師同士で争っている場合では無いのもまた事実だ。

ならばイルメリアは。

自分でできる事を。自分でできる範囲で。

やるしかなかった。

 

1、見た事も無い毒

 

リディーは渡されたレシピの通りに解毒薬を作る。

今まで見たことも無い濃度の毒だ。ルーシャがそれをモロに喰らったのは事実で。もう、ルーシャのお父さんに何を謝って良いのかさえ分からなかった。

スールに時々腕を掴まれる。

そうしないと、意識が飛びそうだった。

必死に二人で分担して調合を続けて。

解毒薬を、どんどん高濃度に圧縮していく。

中和剤を混ぜ。

時には純粋な毒さえも作り。

そしてそれらを混ぜ合わせ。

温度を調整して、無理に普段なら混ざらないものも混ぜて。

薬に仕上げていく。

貰った毒袋は、凄まじい臭いを立てていて。

瓶の中に入っている赤紫のそれは。

一滴内容物を垂らすだけで。

どれだけむしっても生えてきた裏庭の雑草が、一瞬にして枯れるほどの凄まじさだった。

これを浴びているのだ。

どれだけ苦しいか。

涙を何度も拭う。

このままルーシャを死なせたら。

結局謝る事が出来なかった事になる。

どうしても素直になれなかった。

ルーシャがどれだけ身を挺して庇ってくれているかは。

何処かで分かっていたのに。

きっと今までだって。

気付いていないところで、ルーシャは散々助けてくれていたはずだ。

バカなのはリディーとスールの方。

助けないと。

意識を失いそうになり。

スールに言われて、少し休む。

丸一日近く。

殆ど何も食べていなかった。

スールが出来合いを買ってきたので。

食べる。

よりにもよって、冷めるとまずい奴だったのだけれど。

スールに生活力を期待する方がバカなのだと。

リディーは知っていたから、それについては何も言わなかった。

黙々とまずい食事を負えると。

井戸水で顔を洗い。

集中して。

また調合に戻る。

それを四日続けて。

そして、薬は出来た。

試している余裕は無い。そのまま、すぐにイル師匠の所に持っていく。リディーはふらふらだったので、バスケットを持つのはスールに任せた。此処で薬を落としでもしたら、多分発狂してしまう。

勿論イル師匠はそれでもルーシャをもたせてくれるかも知れないが。

ルーシャを苦しませ続ける事になるのは事実だった。

イル師匠のアトリエにつくと。

ルーシャは真っ青な顔のまま、咳き込んでいた。

意識はあるようだが、脂汗をずっとかき続けている。

これはルーシャのお父さんに顔の形が変わるまで殴られるのを覚悟しなければならないな。そう思いながら、イル師匠に、お薬を渡す。

しばらくお薬を見ていたイル師匠だけれども。

今回は、採点はしなかった。

多分そんな場合ではないからだろう。

指を鳴らすイル師匠。

同時に。

世界の全てが停止した。

イル師匠と。

側にいるリディーとスールだけが動いている。

時間を止めたのだと気付いて。

戦慄する。

そのままイル師匠は、魔術を使って薬を気化させ。

ルーシャの全身に、纏わり付く霧のように操り。

そして、しばしして。

薬は、全てルーシャの体に吸い込まれたようだった。

また、時が動き出す。

ルーシャはうっすら目を開けて此方を見ていたが。声を出すのも辛いようで。また気絶し、動かなくなった。

見ていられない。

どれだけの激痛の中にいるのだろうか。

「イル師匠、これで……」

「まだよ。 毒による体のダメージはこれで止まったわ。 問題は次よ」

「薬がまだ駄目だった、って事ですか!?」

「落ち着きなさいスー」

イル師匠は冷静だ。

冷静過ぎるほどに。

拳を固めて震えているスールに。

イル師匠は、順番に説明をしていく。

「まず第一に、ルーシャが浴びたのは世界にある毒を圧縮したもの、そのものよ。 本来はヒト族の世界にあった毒を極限まで圧縮したものね。 皮肉な話だけれど。 元の世界にいた頃のヒト族では、きっととっくに耐えられずに命を落としていたでしょうね」

「そ、それで」

「不思議な絵の最奥にいたトカゲの王は懲罰としてこの行為に出た。 懲罰というものは、解除しなければ続くものよ」

「一種の呪い……のようなものということですか」

リディーの言葉に。

イル師匠は頷く。

何てことだ。

要するに、あの最深部までまた行って。

あのトカゲをどうにかしなければならないのか。

だが、聖域を侵すことは許さないとトカゲは言っていた。

また足を運びでもしたら。

今度はマティアスや他の人が、同じような目にあいかねない。

「貴方たちがすることは、トカゲの王との交渉よ」

「交渉って言っても、話なんて聞いてくれる雰囲気じゃ……」

「交渉ってのは、カードが無ければできないものよ。 あのトカゲは何を望んでいた?」

「多分、もう足を踏み入れないことだと思います」

頷くイル師匠。

それ自体を、カードにしろと。

つまり、足を踏み入れないから、話くらいは聞いて欲しいと、まずは持ちかけるべきだというのである。

それを足がかりに、相手が望むものを聞き出し。

呪いの解除と引き替えにする。

厳しいが、やるしかない。

少なくとも会話はできたのだ。

匪賊に比べれば、まだ対応はできる相手の筈。

事実他のトカゲたちは、人に危害を加えようという様子さえ見せなかった。

一番奥にいた、翼のあるトカゲだけだ。

人間に凄まじい敵意を示していたのは。

「あのトカゲの立場だったら、何が欲しいのか。 先に準備をしておきなさい。 あと、交渉は根気強くやる事よ」

「……はい」

「ルーシャは回復に向かうけれど、呪いを解除しなければ、動けるようにはならないわ」

「はい」

分かっている。

リディーはスールを促すと。

まず、手分けして動く。

リディーは騎士団に。スールにはフィンブルさんに声を掛けてきて貰う。騎士団で、絵に入る話をした後。

教会に。

そして、シスターグレースに、話を聞いて貰う。

説明は大変だったが。

シスターグレースは、話をし終えると、大体は内容を理解してくれた。

「交渉ごととは、大変な事を任されましたね。 ネゴシエーションというのは、専門技能になるほど難しいものです。 ネゴシエーションを専門にしている傭兵もいるほどです」

「何かコツはありませんか?」

「本来ならば、相手を精神的に圧するのがコツですが、今回は人質を取られてしまっています。 それならば、相手に対して妥協しながら、相手が納得するカードを出していくしかありません。 勿論この場合、相手に簡単に勝てる相手だと思わせてしまうのは致命的です」

なるほど。

メモをとりながら、話を聞く。

そして、アトリエに戻る。

スールは既に帰ってきていた。

話のすりあわせをする。

シスターグレースに聞いた交渉のコツの話をすると。スールは、自分がやると言い出す。ちょっと心配になったが。

考えてみれば、勘が鋭いスールの方が相手の嘘に気付きやすいはず。

交渉のカードだって、上手く管理できる筈だ。

「分かった、任せるね」

「合点」

「それとさ……」

「?」

リディーは唇を引き結ぶと。

言わなければならない事を、口にした。

「ルーシャが治ったら、二人で謝ろう。 今まで散々馬鹿にしていてごめんなさいって」

「……」

「もっと早く謝らなければならなかったんだよ。 もしもルーシャに何かあったら、私多分今後一生後悔する。 ルーシャ、何のためらいもなく私達守ってくれたんだよ。 あんな事、普通できないよ」

「……うん」

スールが目を擦り始める。

どうして、素直になれなかったのだろう。

謝らなければならないのは分かっていたのだ。

そもそもルーシャとは、ずっと仲良しだったじゃないか。

それがいつ頃からか。

どうしてだろう。

ルーシャを馬鹿にするようになって。

それでもルーシャは。

バカみたいな行動をとり続けて。

まさか。

お母さんを失った双子のために。

馬鹿に出来る存在になることで。

少しでも元気をつけさせるため、だったのか。

普通の人間は、自分より下の存在を探しては安心する生物だ。ヒト族は特にその傾向が強い。

自分より弱い。正義に劣る。何か変。そんな相手を血眼になって探し。

探し当てたら、よだれを垂れ流しながら、死ぬまで殴り倒す。

それが平均的なヒトだ。

自分から、当て馬になってくれていたのか。

そして、それに気づけずに。

リディーとスールは。

崩れ落ちる。

涙が止まらなかった。

絶対に、どうにかして、あのトカゲの王と話をつけなければならない。

無茶は言わせない。

ルーシャを殺すつもりなら、

絶対に相手も殺す。

それくらいの覚悟でいなければ。

好きなようにされるだけだ。

勝負は三日後。

あのトカゲの王の居場所までは、道は覚えた。

それならば。もはや迷う事はない。

涙を拭って立ち上がる。

戦いは、既に始まっているのだ。

 

氷の洞窟の絵の最深部に辿りつく。

此処まで、かなりの数のレンプライアを倒して来たが。

どういうわけか、ここのレンプライアがやたらと氷に弱い事は分かっていたので。前ほど苦労はしなかった。

レヘルンで凍らせて。

粉砕する。

作業はそれだけ。

コツさえ覚えてしまえば、それ以上でも以下でもなく。難しい作業では決して無かった。

こんな凍える世界に蔓延るレンプライアが、どうして氷に弱いのかはよく分からないのだけれど。

効くのなら試す。

それだけの事である。

また、ピンポイントフレアの要領で。

相手を一点突破で凍らせる爆弾も作った。

戦いだったら負けない。

そう、最深部に辿りつくまでは思っていた。

最深部にいる、姿が前と変わっている、あのトカゲの王を見るまでは。

「おい、ヤバイってアレ……!」

「おおー。 上級ドラゴンみたいな姿だね!」

フィリスさんが興味津々の様子で手をかざす。

側では、マティアスさんが完全に及び腰になっていた。

戦闘態勢を取り、前に出るアンパサンドさん。

ハルバードを構えたまま、フィンブルさんも声を掛けて来る。

「どうする、見た目は確かにドラゴンそのままだぞ。 多分感じるプレッシャーからしても、今のこの戦力でどうにかなるかどうか。 フィリスさんは戦ってくれない、だろうし」

そう。ルーシャがいないから、オイフェさんもいない。

優秀なインファイターであるオイフェさんがいないということは、近接戦であのドラゴンもどきと化したトカゲの王をどうにかしなければならない、と言う事だ。

呼吸を整えると。

スールと頷きあう。

アンパサンドさんの隣にまで、一緒に歩いて出る。

「話をしに来ました」

「アンパサンドさん、下がって。 フィンブル兄も、マティアスも」

「正気ですか」

「はい」

アンパサンドさんは舌打ちすると、バックステップして距離をとる。

フィンブルさんはじりじりと。

マティアスさんは飛び下がるようにして、転び掛けた。

フィリスさんは、にやにやと様子を見守っている。

完全に他人事だ。

実際例えば、あのドラゴンみたいな姿になったトカゲの王が、ドラゴンに劣らないブレスをぶち込んできたとしても。

フィリスさんは涼しい顔で耐えられるだろう。

それ故の余裕。

それが分かってしまうから、余計口惜しい。

「聖域に入るなと言ったはずだぞ自称万物の霊長!」

「入りません」

「以降話はスーちゃんがするよ。 リディー、下がって」

「……」

銃をしまうと、前に出るスール。

中々出来ない事だが。

少なくとも、スールはやって見せた。

「スーちゃん魔術もへたっぴだし、爆弾だって後ろの荷車だよ。 でも、もし戦いになったら、全員で反撃はする。 今は素手。 話は、できるよね」

「何を話すというのか」

「ルーシャを解放して! ルーシャが貴方たちに何をしたって言うの!」

落ち着いて。

そう声を掛けようとしたけれど。

スールは、自分で呼吸を整え。

必死に平常心を取り戻した。

大したものだ。

もしもリディーだったら、そのまま泣き叫んでいたかも知れない。スールは少なくとも、相手と話をしようとしている。

人間のように二足で立ち。

鋭い翼をはためかせ。

空中に浮いている、トカゲの王を相手に。

なりこそ小さいが、伝承に出てくるドラゴン、それも上級の姿と同じだ。

ドラゴンの恐ろしさは、アダレットの民だったらそれこそ幼児だって知っている。

騎士団が総力を挙げても勝てない。

手練れの錬金術師が複数いても、返り討ちに遭うことがある。

それがドラゴンという超越生物で。

荒野に存在する生きた理不尽そのもの。

そんなのの似姿を相手にして。

スールは今、話をしようとしている。

「ああでもしないとまたお前達はここに入ろうとするだろう! 我々は聖域を守るために、力を示さなければならない!」

「入らないって証明するには、どうしたらいい」

「そもこの世界に二度と足を踏み入れるな自称万物の霊長! 貴様らが焼き尽くし氷に閉ざしたこの世界に、もはや貴様らが足を踏み入れる資格など無い!」

「ルーシャさえ解放してくれればそうする!」

平行線だ。

まずい。

だが、手を握られる。

アンパサンドさんだ。

アンパサンドさんは、首を横に振る。此処は下手に横から口を出すのは悪手。スールに任せろと言うのである。

「最悪の場合は、自分が一番にしかけるのです。 観察する限り、実力は本物のドラゴンに遠く及ばない。 倒す事だけなら、充分に可能なのです」

「それでも、ルーシャは」

「分かっているのです。 だからあくまで最後の手段、の話なのです」

フィンブルさんも頷く。

マティアスさんは青ざめているが、頷いてくれた。

ならば、任せて待つしかない。

呼吸を必死に整えながら、待つ。

「貴方たちがヒトを嫌うのは分かった! 充分な理由もあると思うし、確かに此処に足を踏み入れる資格はないよ! でも、こっちだって、引けない! ルーシャは貴方たちに何も悪い事なんてしてないでしょ! だから、ルーシャだけでも助けて!」

「勝手な事をほざきよる……!」

「欲しいものがあるならあげる!」

「もので釣る気か!」

相手の声が怒りを帯びるが。

逆にスールの声は冷静だ。

良い。

むしろ交渉としては、この方が良いはずだ。少しずつ、ペースに巻き込みつつある。

「この寒い世界、絶対色々不自由しているよね。 この世界を馬鹿な先祖がこんなにした責任は正直とりきれないけれど。 この世界で手に入らない何かは用意できるかも知れないよ。 持って来られるものならもってくる! だから、ルーシャを代わりに解放して!」

「ほう、言ったなこの世界の破壊者よ」

「……」

「では熱を持ってきて貰おうか。 それも体に害が無い範囲で、ずっと体を温める事が出来る熱源をだ」

来た。

そんなものが準備できるかは分からない。

イル師匠に相談するしかない。

でも、確かこの間、フィリスさんが言っていた。

人工太陽を作ったと。

出来ないと言う事は、ない筈だ。

「どうだ、できるか」

「……調べて来る」

「ふん。 期待はしていないがな」

「……錬金術は、何だってできるんだから!」

スールのその言葉は、負け惜しみにしか聞こえなかったけれど。

リディーには、希望の声にも思えた。

絵を一旦でる。

マティアスさんが、真っ青になってへたり込む。肩を揺らして呼吸をしているのを見ると、余程怖かったのだろう。

「スッゲークソ度胸だなスー。 ドラゴンだぞオイ……」

「いや、あれは本来のドラゴンとは比較にならないほど弱いのです」

「んなこと分かってる! でも確かアン、お前も戦った経験が……」

「前に戦ったのは下級のドラゴネアなのです。 それも手練れの錬金術師が複数支援についていて、はっきりいって騎士団は殆ど仕事もなかったのです。 確かに手強い相手ではありました。 だけれども、故に前に戦った本物に比べればさっきのなんてなんということもないのです」

へたり込んだまま動けない様子のマティアスさん。

フィンブルさんが手を貸して立たせる。見かねたのだろう。

フィリスさんだけが、平然としていた。

アンパサンドさんでさえ、多少は緊張していた様子なのに。

「流石ですね破壊神フィリス=ミストルート。 もどきとはいえ、ドラゴン相手に」

「上級だとあの三百倍は強いからね。 何でも無いよ」

「さ……」

「最低でもね」

あくびをすると、フィリスさんは手をヒラヒラ振って先に帰って行く。絶句するしかなかったけれど。あれほどの人が嘘をつくとは思えない。アンパサンドさんの話からしても、恐らくは事実なのだろう。上級ドラゴンともなると、文字通り万の人口をもつ大都市を単独で潰す怪物だ。それくらいの力はあってもおかしくない。

さて、此処からだ。

イル師匠に相談し。更には見聞院を調べなければならない。

ゆたんぽのようなものか。いや、それだと駄目だ。

獣の腕輪に使っている熱フィールド。

いや、範囲が狭すぎる。

ならば、規模を大きくすれば。

しかし、そんなものを本当に作って持ち込めるのか。

ああでもないこうでもないと話をしながら。イル師匠のアトリエに。その途中で気付く。

いつの間にか絶望感は消え失せていた。

あのフィリスさんの、圧倒的な余裕が原因だろうか。

かも知れない。

でも、あの人は、きっととても怖い人だ。何かもくろみがあるのはほぼ間違いない。

そのもくろみが何なのかは分からないけれど。ともかく、今はそれが+になった事を喜ぶしかない。

師匠のアトリエに。

成果を告げると。イル師匠は、頷いていた。

「熱、ね」

「獣の腕輪を、大がかりに作って見たらどうでしょうか」

「駄目よそれでは」

「えっ……」

イル師匠は。

最初から順番に説明してくれる。

生物の中には、自分で体の熱を作れるものとそうでないものがいるという。トカゲは後者なのだそうだ。

基本的に前者は出力が高めなのに対して、エサをたくさん必要とする。

逆に後者は出力が低めなのに対して、エサはあまり必要ない。

そうか。

寒い世界だからこそ。

トカゲなのか。

そして、熱を欲しがった理由も分かった。

確かにエサは少なくて済むかも知れない。

しかしあのトカゲたちは。

熱を確保するために、相当な苦労をしているのだろう。

それについてはほぼ確定と見て良い。

「フィリスが人工太陽を作った話をしていたでしょう」

「はい。 少しだけ小耳に挟みました」

「アレね、公認錬金術師クラスの錬金術師が、総力を挙げてやっと作れるような代物よ」

「えっ……」

口の端をつり上げるイル師匠。これから明かされるのがあまりにも、過酷な現実だからだろう。

聞かされる。

フィリスさんは、人工太陽を。雪に閉ざされた街に住んでいる、神童と呼ばれる錬金術師と一緒に長期計画で作り。

大規模なインフラ工事を行いながら設置。

そして、死んでいたインフラを回復させたのだという。

つまり国家事業クラスの錬金術である。そのレベルの錬金術が必要なのか。

確かに、獣の腕輪では、つけた本人くらいしか温まらない。

話にならないとは、このことだ。

絶望と希望がめまぐるしく入れ替わる中。イル師匠は咳払いした。

「求められているものは、恒常的に熱を発生させ、ある程度の広さにそれが拡散するもの、よ。 フィリスが作ったものはそれこそ国家規模のインフラだったけれども、これから要求されるものは、其処までの性能は必要ない。 精々一部屋分、元々トカゲたちが耐えられる程度の寒さだったものを、もう少しマシにできれば良いくらいの性能があれば充分な筈よ」

「……」

「シルヴァリアをあるだけ出してきなさい。 それと以前ゴルトアイゼンの鉱石をより分けたわね。 それも全て」

まず、ゴルトアイゼンを作ると言う。

それから、シルヴァリアの合金を作る。

そして、錆びない金属のインゴットを作った後。

それを大規模に拡げ。更に耐久性を上げる。

工程図を、さらさらとイル師匠が書く。

釘付けになるリディーとスールだが。

イル師匠は、あまりいい顔をしなかった。

「そろそろ、このフローチャートも自分で書けるようにならないといけないわね」

「……ごめんなさい」

「ともかく、はい」

ばんと、張り出される。

行程の数はそれほど多く無いが。

一つ一つが難しい。

手分けして作業するように。

そう言われた。

そして、もう一つ言われる。

「此処で監督するから、二人そろってゴルトアイゼンをまず作るところからよ」

いよいよ来たか。

ルーシャを見る。

苦しんでいるルーシャを見ると、悲しくてならないけれど。

それでもやらなければならない。

自分達が弱かったからこうなった。

ずっとバカにし続けてきた。相手がどれほど此方のためを思っているか何て知りもせずに。

自分から見ておかしいから。

自分から見て劣っているように見えるから。

そんなくだらない理由で。

あのトカゲの王と話してよく分かった。

ヒトが如何に醜い存在で。

その考え方が故に。

世界そのものを焼き尽くしてしまった、と言う事も。

そしてヒトはこの世界でも、根本では変わっていない。何しろリディーとスールがそうだったのだから。

それは相手が怒るのも当たり前だ。

出て行けと言われるのも当然だ。

事実、あの凍り付かせてしまった世界に、ヒトが足を踏み入れる権利などは二度と無いし。

勿論領有を主張する権利だってないだろう。

全て相手の言葉が正しい。

だが、それはそれだ。

ルーシャを助けるためにも。

完全に猛り狂っている相手とも。

話をしなければならない。

そうしなければ、世界を焼き尽くし、凍り付かせた愚かな先祖達と同じだ。

お化けたちに言われた。

たまにはまともな先祖もいる。

そういった先祖達のために墓はあると。

世界を焼いた連中は、あの墓に入るべき存在じゃない。

永久に苦しみ続ければ良い。

だが、ルーシャがどうしてそんな愚か者どもと一緒にならなければならないのか。それだけは、間違っている。

ゴルトアイゼンの加工を開始。

凄まじい難しさだ。

熱に対するもの凄く気むずかしさ。

あっと言う間に、炉で変な風に他の金属と混ざってしまう。混ざってしまったとも、温度差でより分けることは難しくは無いのだが。気を抜くとすぐに駄目になる。

錆びない。

その利点を生かすだけで。

これほどに大変なのか。

今までの鉱石加工のノウハウがまるで通用しない。

冷や汗を流しながら。

順番に一つずつ、作業をしていく。

幸い、あの凍り付いた世界に、ゴルトアイゼンの鉱石は幾らでも落ちていた。失敗しながら、少しずつノウハウを積み重ねていく。

途中から、スールはシルヴァリアを増やし始め。

やがて、ゴルトアイゼンができる。

途中から、見かねたか。

イル師匠がルーシャの時間を止めた。

そして、問題がある。

騎士団の任務。

発破の納品。

ナイトサポートの納品。

そう、Fランクアトリエの義務だ。

これらもいつ来るか分からない。

もたついている余裕は無いのである。

冷や汗を掻きながら、どうにかイル師匠に13点をゴルトアイゼンに貰う。続けて、合金の作成に入る。

ゴルトアイゼンとシルヴァリアの比率を極めて微細に調整する事により。

上位金属のプラティーンに匹敵する硬度と、錆びない特性を獲得することができる。

そして、エネルギー源として。

以前手に入れた深核を用いる。

インゴットを更に炉に入れ。

純度を上げる。

合金にする下準備だ。

更に深核を一旦溶かし、加工するために成形する。

作業は着実に。確実に進んでいった。

 

2、熱望されしもの

 

スールがペンチで抑えて。

リディーがハンマーを振るう。

如何に装備品で倍率が上がっていると言っても。

元の筋力が貧弱なのだ。

リディーの腕力では、ハンマーを振るった際の音が弱々しくて、どうしようもない。がいんと弾き返されることもある。

それでも、必死に作業を続ける。

イル師匠が納得するまでインゴットの純度を上げるまで三日。

更に合金として混ぜるまで二日。

時間が容赦なく過ぎる中。

合金を加工し始める。

まず上下に、長く引き延ばし。

その間に、魔法陣を組み込んだ本体と。

魔術発動のエネルギー源として、深核を組み込む。

ガワを作ってしまえば。

後は魔法陣を組み込んだ本体を作るだけだが。

シルヴァリアでも加工が大変だったのに。魔法陣を刻み込む労力が尋常では無い。

手がおかしくなりそうになる中。

イル師匠が書いてくれた魔法陣を。

今まで見たことが無いほどおぞましいレベルで複雑な魔法陣を、合金に刻み込む。

呼吸を整えながら、インクで最初に書いた魔法陣を掘る。

今回は強度が強度なので、簡単に合金を貫通する恐れはないが。

しかし、その分一掘りずつが尋常では無い労力を伴うため。苦労はそれこそ生半可なものではなかった。

「三刻休憩。 アリス、水を」

「はい」

イル師匠が手を叩くと。

多分からだが覚えてしまっているのだろう。

地面にへたり込んでしまう。

水を貰って飲むと、その場で床に転がって、しばらく身動きせずに過ごす。かなりだらしないけれど。

極限まで自分を絞りながら作業しているのだ。

その間、イル師匠は品質のチェックをし。

黒板に色々書き込んでいた。

起きだしてから、それについて聞かされ。

彼方此方の手入れを行う。

深核の組み込みは最後の最後だ。

あまりにも貴重な品のため。

失敗が絶対に許されないのだ。

ましてやこの温熱発生装置。本来は、リディーとスールごときが作れるような代物ではないのである。

イル師匠が側で監督し。

あらゆる事を手取り足取り教えてくれて。

それでどうにかできるようになっている。

順番にまた作業を進めていく。

アリスさんが合金を抑えてくれて。

リディーとスールが、手分けして魔法陣を掘り進める作業を行う。

そうしてみて分かったのだが。

スールはコツを掴むと、魔法陣掘りそのものは、リディーより上手いようだった。

というか、恐らくだが。

勘でどれだけ力を入れれば良いか、分かっているのだろう。

今まで散々やってきた基礎が。

今になってやっと芽吹いてきている。

汗を拭いながら、合板の魔法陣を掘り。

時には、イル師匠が高熱で赤熱しているペンを使って掘った箇所を修正し。

そしてまた掘り直す。

そんな事を繰り返している内に。

更に二日が経過していた。

どうにかできたガワを、上下であわせる。

恐ろしく重くて。

アリスさんと、オイフェさんが手伝ってくれなければ、とてもあわせる事なんてできなかった。

あわせた後、イル師匠が細部までチェック。

何カ所かに修正が入った。

ハンマーで細かく叩いて修正を行い。

そして直しきった後。心臓部になる魔法陣を刻んだ合板を中に入れ。そして、深核を組み込む。

だが、これで終わりでは無い。

細部まで、徹底的にイル師匠がチェックする。

イル師匠はやはり身につけている装備品が違いすぎるのだろう。

細い手をしているのに。

すんなり合板を片手で持ち上げて、ルーペを使って内部をチェックしている。魔法陣にも触って、徹底的に品質をチェックしているようだった。

「……深核の余りを使って中和剤を作って」

「はい」

「おまけよ。 少しだけ、手助けをしてあげる」

人命が掛かっているからだろう。

イル師匠がハンマーを振るって、極めて微細な作業をしてくれる。ただし、その分の金を貰う、とも言われた。

どれだけとられるのか見当もつかないけれど。

それでも、此処は頼むしかない。

深核を溶かした中和剤。

こんな贅沢品はそう無いだろう。

完成すると。

イル師匠は頷いて、刷毛を取りだしてくる。

多分とんでもない高級品だ。

そして、言われた通りに。

接合部、それに魔法陣の中心部付近、それに深核そのものに塗っていく。

それを丁寧に乾かした後。

全てを組み合わせた。

呼吸を整えながら。様子を見守る。

魔法陣が起動したのが分かった。

「面倒だから、機能のオンオフについては考えないわよ。 本来なら溶接してしまうべきだろうけれど、設置する場所が場所だから、盗難は考えなくても良いでしょう」

「その、機能を止める場合は」

「深核を取り外すだけよ」

「ああ……」

スールが覚めた目で言う。

本来なら。

これは、戦略事業に使うような、超高度錬金術の産物。

イル師匠が手まで入れてくれた品だ。

自分達が作った、何て口が裂けても言えない。

だからこそに徹底的に簡略化もされている。

盗難対策もされていない。

勿論騎士団が今後絵そのものを見張るか、あの絵を封印措置してしまうのだろうけれども。

それでも、此処に深核があることは、知られない方が良いだろう。

荷車に乗せる。

流石に合金。

載せた程度で曲がるような硬度をしていない。それでも、荷車に載せるときは緊張した。

更に、一旦休憩して、疲れをとった後。

すぐに騎士団に連絡に行き。

明後日には、絵に入る話をしてくる。スールには、フィンブルさんに話をつけてきて貰った。

あのトカゲの王と戦うつもりはない。話をするだけだ。交渉をするのが目的だ。

多分、戦いにはならないとは思う。

それでも相手はドラゴンの似姿。

備えはしないと危ない。そもそも会話ができる獣なのだ。会話はできればしたい。交渉するには力もいる。準備はしておかなければならない。

一通り作業を済ませてから家に帰る。

一週間以上、帰っていなかっただろうか。

その間、お父さんが帰っていた形跡は無かった。

何をしているんだろう。

のたれ死んでいないといいのだけれど。

素直にそう思えるようになっていた。昔は、あれほど毛嫌いしていたのに。痛みが少しでも分かるようになって来たのだろうか。

疲れが溜まっているからか、体の方は正直で、ベッドでぐっすり眠る。

起きだしてからは。温熱発生装置を積んでいる荷車と、もう一つの方に、薬や爆弾を積み込んでいく。

これは途中のレンプライア対策だ。

そして起動すると分かるが、露骨に部屋の中が蒸している。

確かにこの装置、効果がある。

かなり暑いとすら感じたので。

厳しいようなら、コンテナに入れてしまうしかないだろう。

ただ、緊張感を保つためにも、今はこのままにしておきたかった。

準備を済ませている内に。

予定の日があっと言う間に来てしまう。

そして、リディーとスールは。

今までの愚かな過去と決別するためにも。

凍り付いた絵に。いや、人類の罪そのものの世界に。

再び、足を運ぶのだった。

 

トカゲの王は、やはりドラゴンのままの姿をしていた。浮いているのも、魔術を使っているのかどうなのかはよく分からないけれど。少なくとも、戦った場合、死者を出す覚悟をしなければならないだろう。

フィリスさんは監視役だ。

彼女が戦ってくれれば、それはもう秒で戦いが終わるだろうが。

恐らく絶対にそんな事はしてくれない。

スールが荷車を引いて前に出る。

リディーは頷くと、全てを任せた。

交渉そのものは、相変わらずスールが実施する。リディーはこういうのに向かない。

「ほう。 その長細い棺のようなものが、熱をもたらすのか」

「今降ろすよ。 効果を確認してみて」

マティアスさんに目配せして。スールが手伝わせる。フィンブルさんとアンパサンドさんは、いざという時に備えて貰う。何しろ、ここに来るまでの間、七回レンプライアと交戦したのだ。

中には、例の下半身がないのもいた。

いずれもが、どういうわけか氷にとても弱かった。

それとどうしてか分からないが。

レンプライアはトカゲたちには興味が無く、襲うつもりもないようだった。

またレンプライアは、所々にある見えない壁の向こうに行くつもりも無い様子である。

あるいは。

事前にフィリスさんかイル師匠が、結界でも張ったのかも知れない。この人達なら、それくらい容易だろう。

マティアスと一緒に、温熱発生装置を卵がたくさんある聖域の真ん中に運び込む。

「大丈夫かコレ、デリケートな機械なんじゃないのか」

「大丈夫。 プラティーンと同じくらい硬いから、ちょっとやそっとじゃ壊れない」

「マジかよ」

「スーちゃんだけじゃとても作れなかったけれどね」

箱を置く。

トカゲの王は慎重に動きながら見て回っていたが。

正直なのはトカゲたちだ。

すぐに箱に集まってくる。

分かったのだろう。

部屋の温度が、一瞬にして上昇開始した事を。

この装置の能力では、部屋の温度をある程度まであげる事しか出来ない。正直な所、今の「温度が上がった状態」でも、リディーとスールにとっては毛布を被ってやり過ごしたいくらい寒い。獣の腕輪を少し弄って、個人用の熱発生フィールドを展開していなければ、とてもではないけれど生きていけないだろう。

丸まって目を閉じているトカゲたちを見て。

トカゲの王は、しばし腕組みして考え込んでいたが。

やがて言った。

「良いだろう。 お前達は約束を果たした。 この装置も今分析したが、未知の技術とは言え、数千年……外が暖かくなるまではもつ様子だ。 それならば、此方としては文句はない」

「!」

「この聖域に入らなければ、お前達の先祖が残した品を持ち帰るのはよしとしよう。 その代わり、この聖域に入ったら容赦なく攻撃する」

「それならばこうしておくね」

フィリスさんが前に出ると。

空中で印を書く。

多分何かの道具を使って、結界を上書きしたのだろう。

「これで、ヒトは中には入れない。 わたし達も、絵をでるともうこの部屋には入れない」

「……ありがとうございます、フィリスさん」

「ううん、いいんだよ。 それよりも、王。 本当に良いの? 人の姿さえ、見たくないんじゃないの」

「どの道この聖域だけが我等の場所だ。 我等の総力を挙げて、安全に卵を産めるようにklashlhfsdkfjhsdfの汚染を排除した場所。 外に出てエサを採ってくるにしても、此処でしばらく寝かせなければ、結局我等も同じ汚染によって体を壊す。 我等は当面は、コピーを作り続けるしかないだろう」

そうか。

王は多分特別な存在で。

一族を守るための義務があるのだろう。

呪いは解除したと、トカゲの王は言った。

ならば此方も相手に敬意を払い。

この聖域には以降絶対に入らない。

それだけのことだ。

頭を下げる。

先祖がごめんなさいと。

トカゲの王は、しばし黙り込んでいたが。

やがて、もう行くが良いと言った。

向こうとしても、落としどころだろうと判断してくれたのは間違いない。そして、此方は、これ以上を望んではいけないのだ。

絵をでる。

これで調査終了だ。

アンパサンドさんに念を押される。

「レポートの提出を数日以内に。 それと、できるだけ急いでルーシャさんのお見舞いに行ってあげるのです。 優先順位はルーシャさんで」

「はい!」

「ありがとうございます!」

「それにしても、うちの王子は本当に力仕事しか役に立てないのです」

冷たい目でマティアスさんをみるアンパサンドさん。

マティアスさんは、確かに今回もへっぴり腰になっていた。ドラゴンの似姿が余程怖かったのだろう。

「だって仕方ないだろ! 前に俺が今の騎士団長と副騎士団長と一緒に見に行った上級ドラゴン、見た瞬間コレ勝てないって一目で分かるくらいやばかったんだからよう!」

「殿下、あまり大声でそういう事をいうものではない」

「あー、そうだなフィンブル。 分かってるよ」

「殿下はその恐怖の前で、機械を落とす事もなく、きちんと動けたではないか。 それで充分だろう。 恐怖はそれぞれの速度で克服していけばいい」

フィンブルさんは、そう言うと。

もう此処は良いから、ルーシャの所にと。

頷いて、促してくれた。

フィリスさんはまたいつの間にか何処かへと消えてしまう。

リディーは、スールと一緒に頭を下げると。

全速力でアトリエに戻り。

そして、荷物をしまうと。

イル師匠のアトリエに向かった。

試験の合否なんてどうでもいい。

ともかく、今はルーシャがどうなったかだ。

十日以上は、地獄の苦しみの中にいたはず。酷い苦しみの中に居続けると、人の心は壊れてしまう事があると聞いている。

走って、イル師匠のアトリエに。

ルーシャは、既に半身を起こしていて。

オイフェさんが淹れたらしいお茶を口にしていた。

「あら、無事でしたの」

「ルーシャ!」

「大丈夫!? もう痛くない!?」

「平気ですわ」

ふふんと、虚勢を張ってみせるルーシャ。

分かりきっている。

絶対に平気な訳がない。

あんな苦しみの中、しばらく過ごしていたのだ。

今だって、涙を拭いたいはずだ。

無理をして、馬鹿な振りをして見せている。そんな事は、もう分かっている。

だから、リディーは。

スールと頷きあった。

「ルーシャ」

「……」

「今までごめんなさい。 私達がバカだった」

「スーちゃん達、どうしてもルーシャに謝らないといけないのに、できてなかった。 本当にごめん」

二人で土下座する。

思えば、ルーシャの様子がおかしくなったのは、お母さんがこの世からいなくなって。

そしてリディーとスールが、教会から家に戻った直後くらいからだった。

その頃から、決めていたのだろう。

双子を助けるために。

どんなことでもすると。

今までたくさん暴言を吐いてきたことをわびた。

スールが、今まで支援してくれたことに感謝の言葉を述べた。

そうだ。

リディーもあれから話したが。

今までの生活なんて、極貧だったわけがない。

ルーシャが支援してくれていたのは、ほんのちょっとでも考えれば分かる事だったのに。それができていなかった。つまり本当のバカは、リディーとスールの方だったのだ。それがやっと分かった。

「顔を上げて、二人とも」

全てを聞き終えた後。

ルーシャは、茶を下げさせる。

やっぱりだ。

相当無理していた様子で、半身をオイフェさんに手伝って貰いながら、また寝かせて貰っている。

脂汗を掻いているのを見て。

イル師匠が嘆息した。

「無理をするからよ。 そのままで良いって言ったのに」

「見栄くらい、張らしてくださいまし」

「……好きにしなさい。 アリス、少し外に出ていましょう」

「分かりました」

アリスさんとイル師匠が、気を利かせて外に出てくれる。

いたたたたと、ルーシャが呻きだしたのは、直後だった。

痛み止めらしいのを、オイフェさんがすぐにルーシャの口元にもっていく。

咳き込みながらも、ルーシャはそれを飲む。

何も言えなかった。

今回は、体の痛み。

だが、今までは。

ずっとこんな感じで、心の痛みを、リディーとスールはルーシャに加え続けていたのではないのだろうか。

ルーシャがリディーとスールのために、敢えて道化になる事を選んだとしても、だ。

「情けない。 先輩錬金術師なのに、あんなちゃちな呪いも防ぎきれず、貴方たちの世話になるなんて。 いった……いたたたたたたっ!」

「もう、無理しないで!」

「ごめん、本当に悪かった! だから、もう……」

「ぐっ……良いんですのよ。 おばさまと約束したんですから。 二人を助けるって」

そうか。

やはり、そうだったのか。

ルーシャもお母さんと仲が良かった。それにしても、おばさまというのは、何だか違和感がある。

兎も角、だ。

オイフェさんと一緒に、ルーシャの世話をする。しばらくして、ようやく痛みも引いてきたようで。

もう大丈夫と、まだ青い顔のまま言われた。

頷くと、今度はアトリエヴォルテールに行く。

ルーシャのお父さんはふさぎ込んでいた。

顔の形が変わるまで殴られる覚悟で、二人で土下座して謝る。ルーシャのお父さんは、それを見て、ため息をついた。

「あれが好きでやった事だし、何より無事で済んだのだ。 イルメリア殿に、数日以内に元のように動けると太鼓判も貰っている。 後遺症も出ないそうだ。 そのようにしなくてもかまわぬよ」

「でも、おじさん」

「良いんだ。 そもヴォルテール家はこれ以上損害をだすわけにはいかない。 ルーシャが無事で戻ってきてくれただけでも充分なんだ」

これ以上。

損害を出すわけにはいかない。

何だろう。

凄く今の言葉、引っ掛かった。だけれども、仕方が無い。頷くと。もう一度謝って、そしてアトリエヴォルテールを後にする。

アトリエに戻ると。

静かに泣いた。

スールも泣いている。

やっと、謝る事が出来た。

愚かだった自分達に、決別することができた。

今、既にリディーとスールは、訳が分からない陰謀に巻き込まれている。とてつもなく怖い何かが側で動いている。

スールに言われるまで気づけなかった。

或いは、ルーシャは、それからも、リディーとスールを守ろうとしてくれていたのかも知れない。

だとしたら余計。

今後、馬鹿な自分達のことは思い出し続け。

そして、ルーシャには、感謝しなければならなかった。

きっとルーシャが支援してくれていなければ。

今まで生きている事だって出来なかったのだ。

更に、今回の件で、もう一つ思いだしたことがある。

お父さんだ。

本当にお父さんは、ただ無気力になって、ふらついているだけなのか。実際には何かとても怖い事に巻き込まれているのではないのか。

もしそうだとしたら。

急に恐怖が襲いかかってくる。

だけれど、リディーはお姉ちゃんだ。

やるべき事を、やらなければならない。

「レポート、作らないと」

「うん……」

泣いているスールを促して。

黒板に、レポートに書くべき点をまとめていく。

後は、イル師匠に見てもらって、できれば今日中に提出してしまいたい。

此処を突破すれば、晴れてランクE。

今後は更に義務が増えるだろう。

厳しい状況にもなるだろう。

だけれど、もう引くわけには行かない。

多分今回、ルーシャが酷い目にあったのは、警告の意味もあったのだ。逃げればこうなるという意味での。

だったら、もはや退路はないと思うべきだ。

リディーとスールが引いたら。

誰か大事な人が、代わりに命を落とすか、或いはもっと酷い事になる。そんな事は、絶対に許されない。

レポートをまとめている間に。

スールが、コンテナの在庫をまとめてくれていた。

深核は今回の件で使い切ってしまった。

だが、合金がまだある程度ある。

これを鍛冶屋に持ち込めば。

騎士団が使っているのに劣らない業物を作る事が出来るはずだ。

或いはスールの武器を、ある程度まともに出来るかもしれない。蹴り技にしても。例えば靴に刃物がついていたりすれば。その威力は跳ね上がるはずだ。

やっと、一段落した。

そして、これから更に先に行かなければならない。

できる事が、あまりにも少なすぎる。

これからリディーとスールは。

更に、できる事を増やし。

今後来うる災厄に、対応出来るよう備えていかなければならないのだ。

 

3、新たなる義務

 

アトリエヴォルテールが営業をいつも通り再開するのを見た時には、心底からほっとした。

ルーシャはイル師匠のお墨付き通り、数日で復帰。

トカゲの王は、約束を果たしてくれたのだ。

熱が、トカゲたちにとってどれだけ大事だったのか。

それが、約束を果たしてくれたと言う事だけでも、よく分かった。

それにトカゲの王は、恐らく嫌だったのだ。

世界を滅ぼした自称万物の霊長と一緒になる事が。

だから二枚舌のヒト族と違って、きちんと約束を守った。

ヒト族の間では。

約束を守ったり。

信念を貫いたり。

何かのために一生を捧げる行為を。

馬鹿にする風潮がある。

どうしてもある。

これは認めなければならないことだが。努力をしていると馬鹿にする奴は絶対に出てくるし。

そもそもリディーとスールが。

わざわざ当て馬になって、生きる気力を作るために道化になってくれていたルーシャに。散々非道を働いていたのだ。

これからは。

一緒になってはいけない。

ヒト族は腐りきった一族で。

呪われている存在なのかも知れない。

もう帰ってくるなと出身世界の者達に言われても、返す言葉がないのも事実なのだろう。

だからこそ、そんな愚かな先祖とは一緒にはならない。

お化けたちが言っていた様な。誇れる先祖と一緒になる。

少し目つきが変わったと。周囲に言われる。

スールはもっと前から、何だか雰囲気が変わったと言われているようだ。

いつのまにか。

もうポンコツと、呼ばれる事はなくなっていた。

レポートを提出した二日後。

マティアスさんがスクロールをもってアトリエに来る。

試験結果である事は、明らかだった。

「ほい、リディーにスー。 結果を見ておけよ」

「はい。 ……?」

合格。

試験内容は合格につき、これよりリディーとスールをEランクとして認める。

それについてはかまわない。

いくら何でも、あの後不合格、というのは流石にないだろうとは思っていたから、である。

問題はその後だ。

「この戦略事業に参加ってのは何ですか」

「ラスティンもそうなんだが、アダレットもそもそも、まともに通れる道が殆ど無いことは知ってるよな」

「はあ、まあ」

「錬金術師の仕事の一つは、そういった道を、緑で守る事なんだよ」

絶句。

確か、そもそも荒野に森を作るには、深核を使って栄養剤を作る必要がある、と聞いた事がある。

安全に通れる街道や、森で守られている王都は。

そもそもそれらの栄養剤を、先達錬金術師が作って、戦略事業として多くの人達と一緒に働いた結果。

そう、フィリスさんが言っていた。

人口太陽も、そういった戦略事業の一旦という事になるのだろう。

「今後はそれに参加して貰う。 獣狩りよりも、もっと複雑で総合的に見て難しい作業が増えると思うが、まあ頑張ってくれよ」

「頑張ってくれよって、そんな他人事な!」

「酷いよマティアス!」

「お、俺様に言うなよ!」

スールに詰め寄られて、マティアスさんが困惑する。

リディーにだって如何に無茶かはすぐに分かる。

だって、そもそも一番大事な主要街道さえ、まともに緑化されていないのが現状なのである。

戦略事業の難易度がどれだけ厳しいかは王都から外に出てみてよく分かった。

緑豊かなアダレットなんて大嘘。殆どは荒野で、街道でさえ安全に歩ける場所はまず存在しない。

森の方が、この世界では異常な存在なのだ。

むしろこの世界では、獣の方が人間より主体。

いや、ひょっとするとだけれども。

今回の、不思議な絵画の件で確信できたが、そも人間は、ヒト族も含めてこの世界に招かれている。

何故招かれたのか。

善意だったのだろうか。

善意だったとしても、だとしたらどうして楽園にいないのか。

嫌な予感がびりびりする。

緑化作業を行って、人々を救う。それはまったく異論無い。現状の実力では厳しすぎるとは思うけれど、それでもやらなければならないことだ。

しかしながら、あの凍り付いた世界を見てしまうと。

ヒト族を放置しておくと。

自分達のような、リディーとスールのような愚かな例もある。

同じ事を、何度でも繰り返すのでは無いのか。

そういう恐怖が、生まれ始めていた。

「と、とにかく、義務としての仕事については、また別途連絡が行くから、他の義務をこなしてくれ。 発破とか薬とか、納品しなければならないんだろ」

「うー」

「スーちゃん」

「分かったよ。 もう、マティアス、本当に残念だよね」

「……ああ、それは自覚はしてる」

ドラゴンの似姿をとったトカゲの王の前での醜態。

それについては、或いは思うところがあったのかも知れない。

ともかく、マティアスさんは帰って行く。

リディーは、機嫌が悪そうなスールをなだめると。

在庫を再確認。

発破と、ナイトサポートの、追加での調合を始める。

コバルト草は、ざわめきの森の追加調査で、山ほど手に入れている。

それにゴルトアイゼンを作れるようになったのは大きい。

後はバトルミックスの使用許可が出れば。

戦略級の事業にも、多少は対応が出来るかもしれない。

色々話し合いながら、作業を進める。

久々に時間が出来たので。

リディーはイル師匠の所に行ってお勉強。

スールは、発破やナイトサポートをアトリエで作る。

もう納品分は、スールに任せてしまってかまわないだろう。

ゴルトアイゼンを作れるようになり。

更にシルヴァリアとの合金も作れるようになったのだ。

そろそろ、皆の装備も更改しても良いかも知れない。

それらも、イル師匠と相談したい所だ。

ルーシャがいなくなって、イル師匠のアトリエは、少し広くなったような気がする。

イル師匠は、何かもの凄く難しそうな調合をしていて。険しい顔をしていたが。リディーが来た事には気付いていた。

「さっき、貴方たちのお父さんが来たわよ」

「! 元気そうでしたか!?」

「無精髭でくぼんだ目。 身繕いに一切の興味が無くなっているわね。 幾つか話をしたけれど、内容については知らない方が良いわよ」

「教えてください! お父さん、ずっと帰ってきていないんです!」

思わず叫んで。

口を押さえる。

スールよりも、何だか最近は激情家になってきている気がする。良い影響を受けたのだろうか。

それとも。

「もう噂には聞いているかも知れないけれど、近々雷神ファルギオルが復活するらしくてね」

「ええと、小耳に挟んだ程度ですが……」

「詳しい時期を聞かれたわ。 まあ知らないけれどね」

もしスールなら。

今のイル師匠の言葉が本当か嘘か、見抜けたかも知れない。

だが、少なくともリディーには分からない。

こういう所は、リディーには不利だ。

勉強を始める。

アリスさんに戦術を習い。

それが終わった後。

調合を終えたイル師匠に、戦略を習う。

今後は、国家規模の戦略にも関わっていくのだ。戦略というものを学ぶのは、必須である。

順番に一つずつ話を聞いていき。

最後に質問を許可された所で。

話を聞く。

「今のアダレットは、とても危ない状態にあると思うんですが、10年や20年で改善できるんでしょうか」

「無理ね。 最低でも千年はかかるわ」

「千年……」

「規格外の錬金術師がいて、それらが大暴れしている今の時代でさえもこんな状態なのを見て分かるでしょう。 大きめの街どうしですら、きちんとしたインフラが接続されていないのが今の時代なの。 とてもではないけれど、国家としてアダレットが次の段階に行ける状態ではないわ」

そうだろうなと思う。

アダレット王都は森に囲まれ。

人々は比較的豊かに暮らしている。

人によっては、生きている獣を見る機会さえないかも知れない。

襲われる事がないかも知れない。

だが、王都をでてしまうとどうか。

とくに小さな街になってくると。

匪賊の脅威が間近にあるだろうし。

獣の恐怖だって、王都に暮らしている人とは比較にならない状態の筈だ。

獣によって滅ぼされた街は、王都の近くにさえある。

それはもう見知っている。

そんな状態なのだ。

この国は。

豊かな国などと言うのは大嘘。武門の国などと言うのだって大嘘だ。

或いは、あの凍てついた世界も。

そんな大嘘を並べ立てながら。

取り返しがつかない所まで、行ってしまった世界なのかも知れない。

一つずつ、インフラ整備についての話を聞いていく。

いずれもとてつもなく困難だと言う事がわかる。

イル師匠やフィリスさんのような規格外がはりつきで、年単位での作業を行わなければならない。

今でこそ、ラスティンに「行く事は出来る」ようだけれど。

それも膨大なお金を掛けて傭兵を雇い。

命がけで行く事になる。

それは、誰でもできる事では無い。

アダレット王都が雷神ファルギオルにでも焼き尽くされたら。

文字通りアダレットは終わりだ。

勉強を終えて。

ラブリーフィリスを見に行く。

リアーネさんが、妹が凄い美人で、この街一番の美人だとかお客さんに喧伝していたので。思わず笑顔が引きつる。

フィリスさんの噂は既に彼方此方で流れていて。

もの凄い美少女らしいとかいう話になっているが。

そももうフィリスさんは「少女」いう年ではないし。

美人と言うより可愛い系だとは思う。

いずれにしても、過大広告も良い所で。

本人が聞いたら青ざめそうである。

「あら、リディーちゃん。 お勉強の帰り?」

「はい。 どんな品が入っているか、見せて貰えますか」

「いいわよ、ほら」

ざっと並べられる中には。

宝石類などもあるし。

それを使ったアクセサリもある。

錬金術師が造ったのかも知れない。値段については、それこそ家が買えそうな数字が並んでいた。

とりあえず、毛皮などを幾つか見繕う。

魔力は見えるので、強力な獣の毛皮かどうかはすぐに分かる。

良いのだけを幾つか選んでいくが。

リアーネさんは苦笑い。

というか、正直な話。

美人という点では、この人の方が、余程それっぽい気がするが。

「いつもいいの選ぶわねえ。 たくさん買っていってくれるから此方も助かるけれど」

「はい、ありがとうございます。 それと、これって何処で入手しているんですか?」

「宝石類なんかはフィリスちゃんと旅をしたときに作ったコネから。 獣は自分で狩った分よ」

「……っ」

フィリスさんと、旅をしていた。

なるほど、納得だ。

この毛皮、どれも並みの獣のものではない。フィリスさんと一緒に戦い、鍛えに鍛えられていた人なら。

容易く狩る事が出来る、というのも頷ける話である。

向こうにフィリスさんのアトリエが見えるが。

リアーネさんは、多分彼処で寝泊まりしていると見て良い。

フィリスさんの妹さんもいたし。

今でも仲良く暮らしているのだろう。

ちょっと過剰すぎる愛情に辟易しながら。

そう思うと、少しだけ微笑ましいが。

だがフィリスさんの怖い顔も、リディーは知っている。

きっとリアーネさんも、微笑ましい世界にだけ生きているのでは無い。ひょっとするとだけれども。

ダーティーワークの類も、こなしているのかも知れなかった。

この人は恐らく弓使いだが。

暗殺にはあらゆる意味で向いているのだろうし。

買い物を終えると、後はついでにコルネリア商会にも寄る。

幾らかの素材があったので買っていく。

国から補助金が出ていて。

その金額が、更に上がっているので。

こういった素材を買うお金に関しては困らないのが有り難い。

金属の鉱石に関しても、不思議な絵の中から見つけてくるような高品質品が幾つも並んでいる。

中には、見た事がない鉱石もあったので。

幾つか購入しておく。

その内、使えるかも知れないからだ。

「もう少し買い物をしてくれるようなら、サービスを解禁するのです。 何人かのお客様には、既にサービスを解禁しているのですよ」

「それって具体的には何なんですか?」

「秘密なのです」

「……そうですよね。 ごめんなさい」

そういえば。

コルネリアさんはそこそこ飲むらしく。この間、夜に外に出たとき、カフェでお酒を口にしているのを目にした。

誰かと飲むような事もなく。

一人でちびちびと飲んでいるようだったので、声は掛けなかったけれど。

あの人もホムだ。

ヒト族からは年齢も判別しにくい。

家に戻ると、荷物が既にかなり重くなっていた。

丁度ナイトサポートの調合を終えたスールと、一緒にコンテナに荷物を入れる。夕食は作るけれど。スールが手伝うと言い出したので。少し思案した後、野菜を切るのを手伝ってもらった。これなら失敗しても、多少ならリカバリが効く。

熱を発する器具を使い。

卵を焼きながら、軽く話をする。

ナイトサポートについては、さっき来ていたイル師匠に、もう納品しても大丈夫と言われているという。

発破についても。

そろそろ、鉱石の加工も自由にして良いという話になりそうなので。

炉の掃除の仕方も教わった。

ただ、まだやった事がない鉱石の加工については。

イル師匠の所でやるようにと、念押しもされた。

いずれにしても、まだバトルミックスについては練習をしろという事で。

まだ二回か三回。

不思議な絵画、氷晶の輝窟に入らなければならないかも知れない。

彼処にでるレンプライアの欠片は、今までとは品質が段違いだ。

ただ、レンプライアの欠片を使うと、威力が上がりすぎるので。

それは早い話、少ない量で大規模な威力強化をできる、と言う話になる。

その適切な量を、スールは見極められなければならない。

焦るな。

何度もそう言われたと、スールは愚痴る。

リディーも、その焦りについては。

嫌と言うほど分かった。

ただでさえ、恐ろしい事に巻き込まれていることは確実なのだ。

早く力を身につけないと。

どんな怖い事になるか。

知れたものではないのだから。

イル師匠だって、本当に味方かどうか分からない。

味方だって信じたいけれど。

最後は、自衛する力を身につけなければ。

そうしなければ、また。

今回のルーシャのような目にあわせる人を、出してしまうことは、確実だった。

料理ができた。卵料理を中心に、スープと後は小麦粉を使った揚げ物だ。

夕食としては充分な品で。

最近は栄養も体に満ちているのがよく分かる。

後は、戦略事業についてだけれども。

それについては、実際に指示が来てから考えれば良い。

眠る。

眠って体を休めるのは。

とても大事だと、最近の事件で、よく分かった。

 

4、邂逅

 

ブライズウェスト平原。

基本荒野で構成されるこの世界でも、特におかしな景観が広がっている場所で。

あたしソフィー=ノイエンミュラーが知る中でも、十指に入る奇景だ。

荒野なのに。

常に豪雨が降り注いでいる。

豪雨は血に染まった大地を洗い流し。

其処では常に獣が殺し合っている。

危険すぎて騎士団は近付くのを基本的に嫌がり。あたしは此処で、騎士団から支給された金(まあはっきりいって何の興味も今更無いが)のために、大物を削って回っている。騎士団が巡回できないほど危ないので、あたしやフィリスちゃんが主に此処を回って、獣を処理しているのだ。

後ろから飛びかかってきたキメラビースト。

振り返る必要もない。殺す。そう思うだけで良い。それだけで、キメラビーストの体がみじん切りになる。

振り返ると、指を鳴らす。

虚空から現れた扉。

扉が開くと、何名かの深淵の者構成員が現れて、キメラビーストの死骸を運び込んでいく。

中くらいのキメラビーストだ。

死骸は色々に応用できる。

この深淵の者本部につながる扉も。

今では、位相をずらすことで、自由に呼び出すことができるようになっていた。まあ二十億年以上経験を積んで試行錯誤してきたのだ。これくらいは容易い。

さて。

遠くから此方を伺っている奴がいる。

しばらく泳がせていたが。そろそろ良いだろう。

自分自身も危険を冒しながら、あたしの居場所を突き止めたことは称賛に値するが。情報を流したら、此処までアグレッシブになるとは、流石に予想の範囲を超えていた。

それはそれでいい。

予想を超えた動きをする相手は嫌いじゃあない。想定は越えられていないが、まあそれは仕方が無い。

実際問題、この世界の人間は。

予想を超えたことがほぼない。想定を超える事に至っては一度もない。

フィリスちゃんもイルメリアちゃんも。

二十万回以上の繰り返しでやっとものになった。

双子も、そのノウハウを使っているにもかかわらず。

一万回以上繰り返して、未だにものになっていない。

要するに、人間という生物はゴミクズなのだ。

それについては、もはやあたしにとっては、異論のない現実。

今回は上手く行っているかも知れないが。

あたしの想定を越えたことは、一度もない。

指を鳴らす。

周囲に降り注いでいた雨粒が、止まった。

正確には空中で、無数の雨粒が浮かんだままになる。

時を止めたのである。

鼻歌交じりに歩いて。

そして、あたしを監視していたもの。

公認錬金術師、ロジェ=マーレンの後ろにでる。

本当にもう何もかもどうでもいいのだなと、一目で分かる格好だ。文字通り生きているだけ、である。

無精髭はそのまま。

服も何日着替えていないのか。

臭いの遮断を道具で行うと。

時間の停止を解除した。

隠れて見張っていたらしいロジェは。目の前にあたしが現れたのを見て、流石に驚いたのか。

だが、生唾を呑み込みながらも。

大雨と、時々鳴る雷の中、言う。

「そ、ソフィー=ノイエンミュラーだなっ……!」

「まだ名乗っていないんだけれど、どうしてそう思う?」

「貴様の全身からは、隠しきれない血の臭いが漂っている! それに貴様のその目、深淵よりなお深い悪夢の闇そのものだ……」

「ふうん」

まあどうでもいい。

それよりも、ストーキングとは感心しない。

目的は知れているけれど。

大きく咳払いを二回した。

「それでこんな雨の中、何用かな」

「双子に手を出すな。 俺だったら、代わりに何でもする。 だから……!」

「公認錬金術師って言っても実力はピンキリでね。 そして錬金術師は才覚の学問だと言う事を良く知っているんじゃないのかな」

「俺などいらぬ、というわけか」

頷くと、ロジェは拳を握りしめ。唇を噛みしめた。

血色の悪い顔だ。

この様子だと、しばらくまともに食事もしていないだろう。

ロジェの才覚は、公認錬金術師としてはごくごく平凡だ。不思議な絵を描けるという点では優れているが、別にあんなものフィリスちゃんでもあたしでも描ける。イルメリアちゃんは今までの周回では描いていなかったが、その気になればできるだろう。

だから、別にいらない。

人材は幾らでもいる。

これに関しては事実だ。

だが、裏切る事が確定の人材については。

流石にいらない。

それが規格外の才能でも持っていない限りは、だ。

「双子は、まだ子供なんだぞ! あんたみたいなバケモノが、一体何の目的で利用しようっていうんだ!」

「言っても分からないだろうし、言うつもりもない」

「雷神ファルギオルが関係しているのか!」

「ファルギオルなんてあたしの前では路傍の小石にもならないよ」

どかんと、至近距離で雷が落ちて。

ロジェが顔を覆う。

あたしは平然としている。

雷が落ちることも分かっていたし。

雷撃によるダメージも、全て防いだからである。今更あたしに、雷なんて通用しない。

「双子は、俺にとって最後の光なんだ……もしも死なせでもしたら、妻に申し訳が立たない……!」

「泣き落としが通用する相手に見える? だとしたら舐められたものだなあ」

「何でもする! だから!」

「しつこいなあ。 此処で殺すとそれはそれで面倒だしね……」

敢えて言ったのは。

既にティアナちゃんが、笑顔のまま剣をロジェの後ろで抜いていたからである。

合図があれば何時でも斬る。

むしろ斬らせて。

そう顔に書いているが。

駄目である。

此奴を殺すわけにはいかないのだ。

顔を上げた瞬間。

ロジェの頭を掴む。

そして、今の記憶を全て消し飛ばし。

動かなくなったロジェを引きずっていき。

アダレット王都の噴水広場に放り出していった。ぐしょ濡れのロジェが、顔を上げて、周囲を見回したときには。

もうあたしは、位相をずらして、ロジェには認識もできないようにしていた。

「意外に侮れないな。 あたしの居場所を見つけるとは思わなかった」

「それなら、弱みを握って部下にしないんですか?」

「部下にしたら、裏切るの確定だし」

「あ、そうなのか……それで殺せないのは面倒ですねっ!」

ティアナちゃんはいつも楽しそうで見ていて和む。

殺しがしたくてうずうずしている様子も微笑ましい。

この子は何があってもあたしを絶対に裏切らないので。どんな汚れ仕事でも任せられるのが良いところだ。

自分を崇拝している相手は、便利だ。

とはいっても、崇拝している相手だけで周囲を固めても、それはそれで組織の柔軟性を削ぐ。

自分に対して批判的な意見を口にできる者も。

自分と違う方法論を模索する者も。

いずれも必要だ。

ただロジェの場合は、寝首を掻くことだけを狙って来るので、それはいらない。そういう話である。

双子くらいの才覚があれば。

それでも部下にしたのだろうが。

連絡を入れておく。

ロジェについては、監視をこれからつける事にする。まさかブライズウェスト平原での調整作業中に姿を見せるとは思わなかった。一体どうやって居場所を嗅ぎつけて来たのかは分からないが。

軽く話をした後。

ルアードが来たので、頷く。

「そろそろ僕の出番かな」

「お願いしますね。 次は戦略事業ですし、今の双子だけでやらせると多分死にますから」

「分かっているよ。 フィリスは監視に特化しているし、僕が適当に手を抜きながら助けておく」

「ふふ。 手抜きについてはプロですもんね」

アルトと今は名乗っているルアードは。

凄絶な笑みを浮かべた。

嫌みな程の美形のガワを作ってから、ますます人間が、特にヒト族が嫌いになったと公言して止まないプラフタの比翼。

500年前から世界を調整し。

やっと此処までの形にした最大の立役者が。

今動き出そうとしている。

そろそろ雷神が蘇るという事情もある。

死ぬ寸前まで追い詰めながら。

徹底的に双子を鍛え上げていかなければならない。上手く行っている今回はなおさらだ。

幾つもの思惑が交錯しているが。

その全ては、あたしの掌の上にある。

そしてその制御を。

今後も外す気は、無い。

 

(続)