錬金術師に必要なこと

 

序、岐路

 

スールは思う。

匪賊を殺す作戦に参加し。彼らが人間を獲物としか見ていないことを知ってしまったからだろうか。

いずれにしても、自分が見ていた世界はまだまだとても狭かったと。

この世界には、許してはいけない悪が実在するし。

それは駆除しなければ際限なく湧く。

アダレットの王都は、ラスティンの首都と並んで世界最大の都市だと聞いているけれども。

それも放置しておけば。

絶対に匪賊の同類が幾らでも湧く。

思えば、教会にいた孤児の中には。匪賊に家族を殺された子供も珍しくはなかったのではあるまいか。

人間の最大の敵は恐らく。

獣ではなく、人間なのではあるまいか。

勿論獣の恐ろしさはよく分かっている。更に言えば、レンプライアはもっと恐ろしいとも思う。

獣以上にドラゴンは恐ろしいのも確定だし。

その上を行く邪神となると、想像するのも嫌だ。

だが、それでもだ。

何か人間の方に、もっと大きな欠陥があるのではないのだろうか。

そうスールは思ってしまう。

匪賊の思考回路は見た。

最初は小さな悪事から。

やがて犯罪の結果街にはいられなくなり、飛び出す。

獣に食われずに生き残ると。

一番弱い獣を襲って食うようになる。

それは人間だ。

勿論人間を殺すのにはどんな匪賊でも最初は抵抗はある様子だ。映像でも、最初は躊躇していた。

だが一度一線を越えてしまうと。

後はバケモノに成り下がる。

お化けなんて、アレに比べれば可愛い。

人間の味を覚え。

人間を喰らうようになった、最低最悪の獣。

それが匪賊だ。

駆除しなければならない筈である。更正の手段なんてない。あれはもはや、人間とは呼べない。

逆に言うと。

人間は簡単に、人間ではなくなるのではあるまいか。

きっかけさえあれば、人間では無くなる事はとても簡単。それが現実ではないのだろうか。

お父さんの事を思う。

今、お父さんはお母さんを亡くして、完全に壊れてしまっているけれど。それはむしろ、幸せな壊れ方、ではないのか。

本当に酷い壊れ方をすると、すぐに人間は匪賊のようになってしまう。それが現実なのではあるまいか。

下手をすると、そんなのが街にも潜んでいるかも知れない。

そう思うと。

ぞくりときた。

実際、駄目な街などでは、匪賊が入り込んでくる事があるらしい。王都では流石にここしばらくそんな話もないようだけれど。

先代の王様の時は政治が混乱して。

一時期は、かなり危ない所までいったと聞いている。

幽閉された王様に同情する人は誰もいない。

ミレイユ王女が先代を幽閉した事は、誰もが諸手で歓迎した。

それは匪賊が街に入り込む事が、どれだけ危険な事態を呼び起こすか。誰もが知っているからではあるまいか。

はあと、大きなため息をつく。

スールはバカだ。

自分でもそれは自覚している。

他人に自慢できるのは身体能力と勘だけ。錬金術だって、分かっている。リディーに明確に劣っている。どれだけ練習してもついていくのがやっと。錬金術は才能の学問だから仕方が無いのかもしれないけれど。それでも、どうして同じ双子なのに。こんなに違うのだろうと、神様を恨んだりもした。

だけれども、バカだけれど勘には自信がある。

やっぱり、この世界は何か根本的な欠陥を抱えている。

そしてその欠陥は。

人間そのものが原因なのではあるまいか。

外で深呼吸をして。

それから調合に戻る。

爆弾はどれだけあっても足りない。

また明日、アンパサンドさんとマティアス、フィンブル兄と一緒に、ざわめきの森に入って、素材を回収してくる予定だ。

数日前にも一度入ったのだけれど。

抉られてしまった木などは、綺麗に治っていた。

お化け達の話によると、凄い錬金術師が治してくれたという事で、それは嬉しかったのだけれども。

それはそれとして、レンプライアはまた湧いていた。

前ほどの数では無かったし。以前手間取った上半身だけの奴はいなかったのだけは幸い。

それでも、やはり強い。しかもルーシャとオイフェさんがいない分厳しい。

しばし、爆弾を作る。

置き石戦法で、ピンポイントフレアが極めて有効な事も分かってきているので。

戦闘用の発破も作っている。

事実、直撃させればレンプライアも即死だったし。木も傷つけない。良い事づくめだ。とはいっても、もっと強いレンプライアが相手になった場合は、どうなるかはまったく分からないが。

獣でさえ、戦術を駆使してくるのである。

人間に近い形をしているレンプライアが、同じ事をしてこないとは言えない。

調合をしていると、リディーが帰ってくる。

またかなり絞られたらしい。

あれから戦略と戦術を座学で学んだ後、立ち会いでナックルガードを作っているそうである。

既にあるのはスールの分とリディーの分。更に、アンパサンドさん、マティアス、フィンブル兄の分もできている。

今度は、左手用の奴を作っているそうで。

金属加工の練習を、徹底的に重ねているそうだ。そうか、凄いなと思う。まだスールには、手が届かない所をやっているわけだ。

時々悔しくて、言葉を失いそうになる。

同じ双子でも、持っているものが違う。

どれだけ練習してもついていくのがやっとのスール。

体は弱いかも知れないけれど、錬金術の才覚はあからさまに高いリディー。

ずっと基礎の反復ばかりしていて。

次の段階にいけないスール。

このまま次には永遠に行けないのでは無いか。

そんな恐怖さえ時々感じる。

やがてスールは役立たずとされて、アトリエを追い出され。

リディーが国賓として待遇される中。

街の隅で、膝を抱えて餓死をただ待つ。

そんな未来が、あるかも知れない。

今は、リディーはスールと一緒にいることを望んでいる。スールだってそれはそうだ。

だが、何か取り返しがつかない出来事が未来に起きたら。

そうなってしまうかも知れない。

多分そうなれば、お父さんも多分何処かでのたれ死んでいる筈で。

リディーだけがもてはやされ。

或いは結婚もして。

スールはいなかったことにされるのではないだろうか。

ネガティブな妄想だとは自分でも分かっている。

だが、リディーにできる事が出来ない。

それが悔しいのは事実だ。

用語だって覚えられない。

この間だって、匪賊の処刑を見たら、ひっくり返ってしまった。

弱いのだ。スールは。

身体能力は高いかも知れないけれど、それにしても他に幾らでも凄い人はいる。

精神が脆すぎるのである。

無能なのである。

そう、自覚している。無能である事は。

だからこそ、経験を積まなければならないのだけれど。

本当に、それが意味を成すのだろうか。

錬金術は才能の学問だという話である。

もうスールは。

才能が頭打ちなのではあるまいか。

頭を振って、思考を切り替える。

料理を始めたリディーに背中を向けたまま、声を掛ける。

「リディー。 ナックルガード、人数分できそう?」

「うん、なんとか。 手がおかしくなりそうだけれど」

「そっか」

「もうすぐ試作品をスーちゃんにあげるね。 筋力強化と防御力強化が掛かるから、更に前線で戦いやすくなる筈だよ」

そうか。

足手まといではなくなるのか。

釜をかき混ぜ。

ほどなく仕上がった中間生成液を取りだす。

釜を洗っている内に。

夕食は出来上がっていた。

戦闘用の発破を相応に作っておいたのだけれども。

ピンポイントフレアを機能に盛り込むと、途端に難易度が跳ね上がる。

量産は難しいかも知れない。

その代わり、現時点で遭遇する可能性が高いレンプライアは多分確殺できるし。

木々を傷めずにも済む筈だ。

夕食を口にしながら、話をする。

城の地下エントランスには、まだたくさんの絵があった。

今後は、あれらの調査もするのだろうか。

可能性は決して低くは無いだろう。

お化けだらけの森、というようなものは流石に幾つもないと思いたいが。

見るからに寒そうな世界とか。

灼熱地獄の火山の中とか。

そんな絵も見かけた。

下手をすると、即座に撤退しないと、死ぬ場面も増えてくるかも知れない。レンプライアも、ざわめきの森の奴よりも、ずっと強いかも知れない。

「次の試験って、何だろうね」

「分からないけれど、兎に角ナイトサポートと発破を納入して様子を見ないとね」

「発破はどうだったんだろう。 役人笑ってたけど」

「あの後マティアスさんに聞いたけれど、評判はとても良いみたいだよ。 誰が見てもわかり安いし、簡単に扱えるし」

夕食の質も上がってきている。

流石に錬金術の資金には手をつけられないけれど。

それでも支援金が国から出ているので。

それで良い生活ができるのだ。

アダレットとしても、錬金術師を飢えさせるわけにはいかないのだろう。まあ、有事の最大戦力なのだから、当たり前とも言えるが。

「後はお父さんだね」

「うん。 何処で何をしているやら……」

「……」

ろくでもない駄目親父と罵ったこともあるけれど。

お母さんを失ったときのお父さんのつらさは。

錬金術師をやるようになってからは、よく分かるようになった。

もし大事な人を、技量不足で救えなかったら。

その時は、絶望してもおかしくは無い。

今、お父さんは。

何を思って、闇の中を歩いているのだろう。

食事を終え。

スケジュールを確認すると眠る。

騎士団から貴重な人員を割いて貰っているのだ。

ざわめきの森では。

貴重な素材を、必要なだけ手に入れてこなければならないだろう。

お化け達は比較的友好的に接してくるけれど。

それでも、遊び半分に襲ってくる者もいる。

倒しても何も残さず消えてしまうので。

死なない、というのは本当なのだろう。

まだお化け話はスールにとっては怖いけれど。

今はもう、ざわめきの森のお化け達とは、ある程度震えながらも、喋る事は出来るようになっていた。

灯りを消して。

そして疲れ果てているリディーが先に寝入ったのを見て。

ふと思う。

今、この細い首をねじ折ってしまったら。

才覚の差で、苦しむ事はなくなるのではないのだろうか。

今のスールならできる。

戦闘用の装備類は身につけていないけれど。

身体能力は鍛えられてどんどん上がっている。

リディーは相変わらずの貧弱体質。

その気になれば、相手が起きる前に、首をへし折る事だって。

震える手を伸ばす。

そして、我に返って、首を横に振った。

駄目だ。

リディーに対する劣等感から、リディーを殺したりしたら。それこそ永遠に取り返しがつかなくなる。

深呼吸して、それから布団に潜り込む。

これ以上邪悪が心の中で首をもたげる前に。

眠ってしまわなければならなかった。

 

翌朝。

お城に行くと、既に三人は待っていた。

ざわめきの森に入って、レンプライアを駆除ししつつ、素材を集める。木の上などにある実も、少しずつ回収して、内容を調べる。

出てくるレンプライアは、小さなものが主体だったけれど。

それでも魔術を使ってくるのは当たり前。

変な初見殺し能力を持っている事も珍しく無く。

お化けに話を聞いて。いる場所に最初に出向いて、駆除をしなければならなかった。

多分他の錬金術師も駆除はしてくれているのだと思うけれど。

それでもこう湧いてくると言う事は。

何か理由があるのかも知れない。

更に殺すと確実に残す何か破片のようなもの。

強い魔力を持っていて。

何かに利用できないかと、どうしても考えてしまうのだった。

最深部の墓場にまで行くと。

井戸から綺麗な水を汲んで、お墓を掃除していく。

お化け達は、掃除について礼を言って、毎回何かくれる。

流石に深核ほどの貴重品はくれないけれど。

それでもそこそこにいいものを毎回くれるので。

ここに来る意味は充分過ぎる程にあった。

ざわめきの森を出ると。

軽くミーティングをする。

「騎士団との討伐任務、上手く行っているようなのです」

「どうしてそう思うの?」

「連携があからさまに上手になっているのです。 既に二回、騎士団との合同討伐任務に出たと聞いているのです。 理由はそれ以外には考えられないのです」

「あー、ははは」

スールは苦笑い。

リディーは、あまり笑わなかった。

咳払いすると、フィンブルさんは言う。

「新しい発破の威力は凄いが、あれしかけるのに失敗したりすると大惨事になりそうだな」

「はい。 気を付けて敷設はしています」

「ならいいんだが、あんなの浴びたらひとたまりもない。 気を付けてくれよ」

マティアスは何も言わない。

多分だけれども。

自分が何か言う必要はない、と考えているのだろう。

それはそれで問題のような気がするが。

或いは、皆が必要な事を言ったから。

敢えて蛇足は不要と考えたのだとしたら。

マティアスも、考えるようになっている、と言う事なのかも知れない。

「それでは解散なのです」

アンパサンドさんが声を掛けて、皆城のエントランスを出る。

入れ替わりに、ルーシャが降りてきた。騎士数人と、オイフェさんと一緒である。階段で話すのもあれなので、そのまま帰る。

ルーシャが真剣な表情で。

多分これから危ない所に入るんだろうな、というのが分かったというのも、理由の一つだった。

Fランクになったばかりで。

まだ次のランクになる事は、考える事も厳しい状況だ。

発破の性能を上げ。

ナックルガードによって戦う力も倍率を掛け。

それでもまだまだ荒野の獣には、到底及ばない。

ネームドと戦うのは、多分まだ先だ。

いずれにしても、はっきりしているのは。

このままだと、スールは近いうちに戦力外になりかねないと言う事だ。

焦りがわき上がってくる。

アンパサンドさんは、足手まといと言う事はなくなった。戦闘でも活躍しているから、だろう。

だが、それは。

錬金術師にしか出来ない事か。

何か、自分にしか出来ない事はないのか。

少しでも良い。

考えなければならなかった。

 

1、偶然の発見

 

レンプライアを殺すと手に入る欠片を、調べていて、幾つか分かってきたことがある。

一つは、このようなものは、見聞院の本にも記されていない、と言う事。

イル師匠に話を聞いてみたけれども。

イル師匠の図鑑にも、記載は一切されていなかった。

話を聞いても、首を横に振られるだけ。

そうなると、自分で確かめなければならない、と言う事だろうか。

熱してみる。

冷やしてみる。

いずれも、効果は無い。

中和剤に混ぜてみる。

あんまり良い効果が出るわけではない。

だが、である。

フラムに塗りたくって。

それを城壁外で爆発させた時に。

異変が起きた。

イル師匠が立ち会いで来ていたから良かったのだが。そうでなかったら、一体どうなったことか。

文字通りのきのこ雲ができ。

辺りの地面が抉れ。

消し飛んでいた。

冗談だろうと、スールは呟く。リディーも言葉を失って、へたり込んでいた。

今のフラムは、最初の頃作った、出来があまり良くないものだ。これが、こんな火力をたたき出すなんて。

イル師匠がシールドを即時展開してくれなければ、多分二人揃って消し飛んでいたかも知れない。

爆発の後を見聞した後。

イル師匠が教えてくれる。

「これは……フラムの性能を全力以上に引き出しているようね」

「全力以上、ですか」

「錬金術の基礎は?」

不意に言われたので。応える。

ものの意思に沿って、ものを変質させる力だ。

頷くと、イル師匠は、爆発の跡をアリスさんと一緒に埋めながら、話してくれる。

「今の様子からして、フラムの爆発物としての意思を、限界を超えて引きだした、と判断して良いようね」

「そ、そんな事が出来るんですか!?」

「現にできているでしょう」

イル師匠は、あり得ない、というような事は言わなかった。

実際起きている事を、あり得ないといっても、虚しいだけだ。

そして悟る。

今、スールは。

下手すると、非常に危険な発見をしてしまった、という事を。

「傷薬でも試してみなさい」

「は、はいっ!」

アリスさんが、森の中に消えると。

すぐに傷をつけた兎を引きずってくる。

人間大の凶悪そうな兎だけれども、片手で、である。兎は必死に抵抗しているけれど、簡単に引きずられていた。

そのまま地面に投げ出すと、踏みつける。

悲鳴を上げてもがく兎だけれど。

脱出は不可能そうだった。

すぐに、兎の爆ぜ割れたような傷口に。レンプライアの欠片と一緒に傷薬を塗り混む。これもナイトサポートなどとは違って、最初の頃に作った出来が悪い品なのだけれども。

効果は想像以上だった。

兎の傷が瞬時に溶けるように塞がり。

それどころか、一気に膨れあがって、そして爆発したのである。

アリスさんは爆発を上手に回避したが。

モロに大量の血と肉片を浴びてしまったスールは、思わず絶息し。その場で動けなくなってしまった。

アリスさんが、タオルで拭いてくれる。

服の方は、後で洗濯しなければならない。

「これは、下手に使えないわね。 薬の効果が過剰に引き出されて、肉体が暴走して爆発したのよ」

「ど、どうすれば」

「使う量を減らしてみなさい」

また、アリスさんが兎を引きずってくる。

同胞の残骸がある事を感じ取ったのか、兎はピーピー悲鳴を上げたが。

そもそも荒野では、兎だって人を襲う。

容赦をしてやる理由など無い。

ナイフを振るって、あっさり兎に傷をつけるアリスさん。

今度は、投入するレンプライアの欠片をぐっと減らし。

そして薬を塗り込んでみる。

手が震える。

目の前で爆発した兎のことは、どうしても忘れられそうにない。怖い。悲鳴を上げて暴れようとする兎の傷口に薬を塗り込むと。

今度は傷口が見る間に塞がり。

それ以上の反応は起こさなかった。

「ふむ、やはり分量が問題か……」

「……」

「アリス、それは仕留めておいて。 夕食にするわ」

「はい」

即座に兎の首を刎ね飛ばすアリスさん。

情けも容赦もあったものではないが。

どの道捕まった時点で、あの兎の運命は決まっていたのである。

仕方が無い、と言う事だ。

その後、幾つかの実験をするが。

森にダメージを与えるとまずいと判断したからか。イル師匠と一緒に、森の外にまで出る。

ルフトを使った場合。

爆風が、さながら竜巻のように辺りを蹂躙した。

しかも触れただけで消し飛ぶような業風である。

あれに巻き込まれたどうなるか、想像もしたくない。

ピンポイントフレアの発破の場合。

空に閃光が走り。

雲を消し飛ばしていた。

あんな火力が出るのか。

イル師匠は少し考え込んでから、言う。

「これはまだ貴方たちの手には余るわね」

「戦闘での切り札には……」

「駄目よ。 まだ貴方たちの技量では、この火力を使いこなす事は出来ないわ。 もう少し戦闘慣れしたら許可を出すわ」

「わかりました……」

スールは肩を落とす。

兎が爆発したときはショックだったけれど。

このアイデアを出したのはスールだったのだ。

ひょっとして、認めて貰えるかと思ったのに。今の技量では駄目と、けんもほろろの対応を受けてしまった。

アトリエに戻る。

血だらけになった服を着替えて、洗濯。

錬金術師の正装は、幾つかあるのだけれども。

いずれもお母さんが作ってくれたものだ。

どれ一つだって、邪険には扱えない。

いずれ一人前の錬金術師になった時。

これを着て、見せて欲しい。

お母さんはそう言っていた。

だから血だらけの臓物塗れになったとしても。洗ってまた使う事を考えなければならないのだ。

着替え終わると。

スールはぼやく。

「せっかく良い考えだと思ったのに……」

「仕方が無いよ。 だってあんなの、使いこなせないもん」

「だけどさ、スーちゃんがやっと思いついた事だったのに。 スーちゃん、自分がバカだって事くらいはもう分かってる。 思いつくことも、全部バカが考えた事だから、役に立たないのかな」

リディーは口をつぐむと、俯いた。

或いは気付いていたのか。

スールが、最近気を病んでいたことに。

「スーちゃんも金属加工やってみたい」

「イル師匠に頼んでみる?」

「うん……」

その日は、もう休む。

そして翌日。

イル師匠の所に出向くけれど。イル師匠は、難しい顔をした。

「錬金術師と一言に言っても、得意分野があるのよ。 貴方には金属加工のような細かい作業は向いていないわよ」

「じゃあ、何が向いているんですかっ!」

不意に、感情が溢れる。

せっかく思いついた事だったのに。

それなのに、どうしようもない。

スール自身がどうしようも無いことは分かっているけれど。散々反復練習はこなしてきているのだ。

それなのに、リディーの方が、難しい事を教わって。

スールはずっと反復練習の繰り返し。

勿論、今のはイル師匠に責任は無い。

だから。拳を固めて、謝った。

「ご、ごめんなさい……」

「はあ。 スール、貴方は同年代の平均的な錬金術師に比べれば十分できる方よ。 ただ貴方はね、性格が雑で勘に頼る所が多いの。 レンプライアの欠片を用いた火力強化はとても面白いアイデアだったわ。 でもね、今の貴方では経験が不足しすぎていて、その勘を使いこなせないの」

厳しい言葉だ。

だがイル師匠は、頭ごなしに叱責するような事はしなかった。

そして、驚くべき事を言い出す。

「私もね、どちらかといえば天才ではないわ」

「えっ……」

「私の知っているだけでも、私より才覚がある錬金術師は二人いるわよ。 必死に努力して追いついていったけれど。 それでも努力を欠かすとあっと言う間に引き離されていくわ。 今のリディーとスール、貴方たちと同じような関係ね」

スールの考えを。

即座に見抜かれる。

悔しい。だけれども、その通りだ。だから、何も言い返せなかった。

「幸いスール、貴方には錬金術師として必要な才能がある。 才能の上限についてはまだ分からないけれど、努力の結果才能が開花するケースはいくらでもあるわ。 例えば、ものの声が聞こえるというケースがあるのを知っているかしら?」

「ものの声が聞こえる!?」

「そんな事があるんですかっ!」

「あるのよ。 あらゆるものの声が聞こえる奴もいるし、鉱物限定で声が聞こえる奴もいる。 鉱物限定で聞こえていた奴は、錬磨を続けてあらゆるものの声が聞こえるようになったわ」

次元が違う話だ。

スールは思考が定まらない。

そんな異次元の錬金術師が、実在するのか。

まさか、リディーにもあるのか。

スールにそんなのが、備わるとはとても思えない。

ただ、後から才覚が覚醒する実例を、イル師匠は見ている、と言う事か。それならば、信じられる。

ただ、あまりにも異次元過ぎる話で。

やはりまだ頭がついていかない。

スールは唇を噛むしかなかった。

「とにかく、焦るとどうにもならないわよ。 私が見たところ、リディーは無難にわかり安い才覚があるけれど、スール、貴方の才覚は眠っている状態ね。 眠っている才覚を引き出すためには、努力を続けるしかない。 才能ってのは、どうしても上限があるものだけれど。 何かしらのきっかけで、一気に開花することがあるの。 貴方には光るものが確かにある。 だけれど、それは磨き抜いた先に、ようやく現れる輝きよ」

言葉も無い。

ごめんなさいともう一度言うと、イル師匠のアトリエを後にする。

それから、アトリエにどう帰ったかは、よく覚えていない。

途中、フィンブル兄に声を掛けられた気がするけれど、生返事を返していたような。それくらいしか分からない。

「練習、しなきゃ……」

あの破裂した兎。

過剰すぎる火力。

それが全てだ。

自分でも分かっていた。まだとても使いこなせる力では無いという事くらいは、だからこそ、練習しなければならなかった。イル師匠は見かけはあんなだけれども、その実力は超一級。既にAランクのアトリエになっているとも聞いている。ちょっとだけ小耳に挟んだのだけれど、今ラスティンには「三傑」と呼ばれる凄い錬金術師達がいるらしいのだけれども。

イル師匠は間違いなくその一人だろう。

そんなイル師匠が太鼓判を押してくれたのだ。

言われるまま、練習をするしかない。

蒸留水。

中和剤。

発破。

お薬。

必要なものを順番に作っていく。

それらはいずれもが必要で。戦いの度に大量に消耗する。そして消耗する分は、常に備えておかなければならない。

向いていないのなら。

努力を向いている方に向けるしかない。

そして才能が開花する可能性があるのなら。

それに掛けるしかない。

イル師匠は言った。

リディーには、わかり安く才覚が備わっていると。スールの才覚は眠っていると。それは、本職中の本職の言葉だ。信用せざるを得ないだろう。だからこそ、言われた通りに練習を重ねる。

リディーが帰ってきた。

今日もかなり絞られたようだが。

笑顔で渡される。

ナックルガードの、もう片手だ。

両方につけて見るが。

なるほど、力がわき上がってくる。獣の腕輪に加えて、これは更に能力を倍にできると見て良い。

それに、体がとても温かい。

これならば、前線での戦いに、更に注力することができる。

もっと早く動ければ。

敵の至近に発破を落として、爆破とか。

或いは、錬金術の道具で、ゼロ距離射撃とか。

戦い方に工夫が出てくる。

壁役はマティアスとアンパサンドさんがやってくれるのだ。自分には、できる範囲で動けるようにしたい。

でも、それはそれとして。

やはり、悔しいとは思う。

「才能が目覚めたら、スーちゃんにもこれ、作れるようになるのかな……」

「大丈夫、きっと作れるようになるよ」

「……そうだよね。 イル師匠が、嘘つくわけ無いよね」

「イル師匠のおかげで、Fランクまで上がれたでしょ。 今後も、同じようにやっていかないとね」

そうだ。

イル師匠を今は信じるしかない。

戦闘では、今まで以上の活躍が出来る。修羅場もくぐってきて、それなりに経験も積んで来ている。

それならば。

少しずつ、やれる範囲内で。

やっていくしかない。

「次は誰の分を作るの?」

「順番としてはマティアスさん、アンパサンドさん、フィンブルさん、私かな」

「最後で良いの?」

「戦闘では支援役以外役に立てないからね。 後方でシールドを張ったり強化魔術を使うなら、別に身体能力は上がらなくても良いから」

まあ、それもそうか。

リディーも、自分を特別扱いはしていない。

それならば、スールだって。

自分を特別扱いする訳にはいかなかった。

 

2、自分だけの技は遠く

 

マティアスがアトリエに来る。急いで来て欲しいという事だったので、すぐに準備を整えて、後についていく。

フィンブル兄に声を掛ける余裕は無い。

アンパサンドさんも、城門前にいて。

騎士が数人。

従騎士二十人ほど。

更に傭兵も四十人以上はいた。

その上騎士の中に、隊長らしいヨロイを着ている人がいる。

これは大所帯だ。何があったのだろう。錬金術師も何人か見かける。ルーシャとパイモンさんが揃っているのには驚いた。

尋常な状況では無いことは明らかだった。

「これは何があったんですか!?」

「近場でドラゴンが倒されて、その結果獣の縄張りが大幅に動いた。 街からかなり離れた場所にいた大物……いわゆるネームドがその結果街にかなり近付いているという報告があった。 これからネームド狩りだ」

「!」

いよいよ来たか。

パイモンさんとルーシャは、どっちも今のリディーとスールより数段格上の錬金術師だけれども。

四人も錬金術師を動員し。

これだけの規模の騎士団を出しても。

マティアスは青ざめている。

「マティアス、ネームドと戦ったことはあるの?」

「ああ。 とにかくヤバイ。 今まで見てきた獣なんて、子供に見えるくらい強い」

「ひえっ……」

「とにかく気を付けろ。 今回も損耗率三割を覚悟しているって話だ。 運悪く超一流の錬金術師は、みんな出払っている所でな。 お前達にも声が掛かったって状態なんだよ」

そうか、それは確かにとんでも無い状況だ。

この騎士達は、或いは出られる面子を全員繰り出しているのかもしれない。魔族の騎士が二人もいる。

それだけの大事な作戦という事なのだろう。

城門から、騎士達と一緒に出る。

騎士団の損耗率の高さは聞いてはいるが、今回の作戦は本当にやばそうだ。傭兵達に至っては、錬金術の装備も支給されていない。

駆け足。

声が掛かって、皆急ぎ始める。

リディーも体力がつき始めたから、最近はこうやって走るのも特に問題はなくなっている。だが、次の街まで一気に街道を駆け抜けた後は、流石に疲れていた。栄養剤を渡して、飲んで貰う。

まずいのは仕方が無い。

咳き込むリディー。

スールは、ナックルガードの常時体力回復の事もあって、これくらいは全然平気だった。アンパサンドさんも余裕の様子である。この指ぬきナックルガード、それぞれの手にあわせて調整出来るようになっている。

マティアスは少し息を切らしていたが。

それは多分、重い鎧を着ているから、かと思う。

騎士団を指揮しているのは、怖そうなヨロイを着た人で、外からでは性別も分からない。

この人が、噂の副騎士団長だろうか。

性別も良く分からないと言う話だが。

とにかく圧倒的に強いと言う。

だが、そんな人が出てくる程の状況だと言う事でもある。

「リディー、荷車に乗る?」

「ううん、大丈夫」

「伝令っ!」

走り込んできた従騎士。かなり手傷を受けている。

あの様子だと、交戦したと言う事だろうか。

「敵の侵攻、想像以上に早いです! 一刻以内に、この街を射程圏内に入れるものと思われます!」

「……総員防御陣を敷く。 錬金術師を何が何でも守り抜け」

「了解!」

騎士達が敬礼する。

やはり相当に偉い人なのだろう。

でも今の声で分かった。

中身はまだ若い女性だ。

魔術で隠していたが、何というか、女性らしい響きが声に出ていた。ただ、あからさまに様子がおかしかったが。

街から出て、小物の獣を駆除しながら、陣を張る。

偵察の部隊がネームドに遭遇。

進撃してきているのを確認していると言う事は、此処で激戦になると言う事だ。流れ弾が街に飛んだら、家の二つや三つ、簡単に消し飛んでしまうだろう。

見えてきた。

とんでもなく巨大な猪だ。

しかも、全身から多数の触手を生やしていて。

それに凄まじい魔力を宿している。

悠々と歩いて来るそれは。

文字通り、天上天下唯我独尊と言わんばかりに。此方の防御陣を気にする事もなく、進んできている。

怖い。

話には聞いていたが。名前持ちになると、獣はこんなに桁外れのバケモノになるのか。しかも、近付いてくると見える。

全身に無数の目までついている。

「攻撃準備。 シールド準備」

「はっ! 総員戦闘準備!」

騎士達が緊張した声で唱和する中。

猪は凄まじい雄叫びを上げる。

それだけで、人間が勝てる相手では無いと分かってしまう。スールは足が一瞬でふらふらになるのを感じ。リディーも、真っ青になっている。

パイモンさんは平然としているが。

しかし、ルーシャも青ざめている。

突撃開始する猪。

なんと、触手を振るって、更に加速しながら突貫してくる。しかもあの巨大さ、普通の猪の十倍はある。

騎士達が、マティアスも含めてシールドを展開するが。

猪は、真正面からそれをぶち破った。

しかし、直後。

鎧の人が、剣を一閃。

猪の鼻が、真っ二つに切り裂かれ、竿立ちになる。

一斉に、攻撃を開始する騎士団。

だが、一旦転んだ猪は、触手を振るって不自然な体勢から立ち直り、そればかりかバックステップして距離を取ると。

全身にある眼で同時詠唱を開始。

シールドを張りつつ、攻撃魔術の詠唱もしている様子だ。

パイモンさんが六連の雷神の石を叩き込むが。

しかし、猪はそれになんと耐え抜いた。

騎士達が一斉にしかけるが、触手を振るう度に、傭兵も従騎士も、はじき飛ばされていく。

まずい。

このままだと、大勢死者が出る。

スールは飛び出す。ピンポイントフレアつきの発破を、目に叩き込んでやれば、或いは。

あの怖い鎧の人がしかけるが、猪は二度目の剣撃をシールドで防ぎ抜く。

だが、その隙に脇に潜り込んだアンパサンドさんが。

目を一つ、抉っていた。潰れたかは分からないが、わずかに狙いが逸れる。

猪が、全方位に魔術をぶっ放したのは、直後。

だが、それが逆に煙幕になる。

アンパサンドさんが煙からバックステップして飛び出してくると同時に。

スールは逆に、煙幕に飛び込んでいた。

アンパサンドさんが傷つけた目の一つに、ピンポイントフレアつきの発破をねじ込むと。

起爆。

凄まじい雄叫びが上がるが、死んだとは思えない。

一瞬後。

触手が、スールを薙ぎ払っていた。

煙幕を、触手で乱暴に払う巨大猪。

魔族の騎士が躍りかかり、今スールがつけた傷に更に矛をねじ込んでいるが、それでも平然と動いている。

スールは動けそうにない。

ルーシャが、傘から光弾を放つが、文字通り猪のシールドはそれをはじき返し。

そして直後。

パイモンさんの六連雷神の石が。

猪を頭上から、雷撃で蹂躙していた。

悲鳴を上げながら竿立ちする猪の触手が幾つも爆ぜ割れ。

目も吹き飛ぶ。

呼吸を整えながら、必死に立ち上がる。

もう一発。

もう一発、ピンポイントフレアつきの発破を、傷口にねじ込んでやれば。マティアスが躍り出る。鋭い剣撃を叩き込むが、猪は余裕を持って、まだまだ残っている触手で受け止めて見せる。

だが、反対側に一瞬で回り込んだアンパサンドさんが、また一つ目を抉り。

殺気を込めた唸りを上げた猪が。

アンパサンドさんを複数の触手で薙ぎ払う。

しかし、その全てを匠にかわしきるアンパサンドさん。

凄い。

一発でも食らったら終わりなのは一目で分かる。

そんな状況なのに。

これだけ勇敢にやれるのか。

不意に、スールの体に力が湧いてくる。

リディーの支援魔術だ。それも、恐らく今までよりずっと火力が大きい。これならば、行けるかも知れない。

立ち上がると、突貫。

猪が振り向く。

思いっきり目が合った。

その眼球の中には、瞳が四つもあって。とても尋常な生物とは思えなかった。恐らく強力な魔術を使うために、体を変化させたのだろう。

鎧の人が、猪の背中に飛び乗ると。

雷神の石が直撃した傷口に、更に剣を叩き込む。

触手も露骨に減ってきている中。

アンパサンドさんが、猪の口の中に、小石を蹴り込んでいた。

度重なる嫌がらせに、猪は流石に怒り心頭。

全力で触手を撓ませると。

マティアスをはじき飛ばし。

跳躍する。

そして、アンパサンドさんに向けて、魔術を全力でぶっ放した。雷撃、火炎、氷撃、そしてかまいたち。

全てをかわしきったかは分からないが。

着地した猪の至近に。

既にスールはいた。

さっき発破をねじ込んだ傷口に。

もう一発、発破をねじ込んでやる。

流石に慌てた猪が、触手を振ろうとするが、傷だらけのマティアスがそれを防ぎ切った。

跳び離れ、起爆。

今度こそ、生きた松明になった巨大猪は。

横倒しになり。

そして、目から光が消えていった。

 

スールが今回は大金星を挙げたと言う事で、騎士達は感謝の言葉を述べてくれていたけれども。

スール自身は、あまり喜べなかった。

損耗率三割を想定していたらしい騎士団の見込みは正しかった。

死者は何とか出さなかった。錬金術師が四人も来ていたのだから、ある意味当然だろう。

しかしながら、手足を失った従騎士や傭兵が何人もいて。

辺りは文字通り地獄絵図。

ナイトサポートで無理矢理つなげる間は。

激甚な苦痛に苦しみ続けていた。

イタイイタイと、悲惨な声が聞こえる中。

無理をして動き回っていたスールは、何もできず。

リディーが治療をして回るのを、見ている事しか出来なかった。

またルーシャは、積極的に攻撃を受ける騎士達にガードの魔術を掛けていたらしく。

それが死者を出さなくて済んだ大きな理由となったらしい。

廻りをきちんと見ていて。

損害を抑える事に特化して動いていたルーシャと違って自分はどうだ。

結局他の人に助けて貰って。

そして傷口にねじ込んだ発破だって。

イル師匠にまだ駄目だと言われていたけれど。

レンプライアの破片を混ぜれば、一撃で猪を仕留められていたかも知れない。

そう考えると、本当に情けない。

本当に悲しい。

アンパサンドさんが来る。

ナックルガードを渡した結果、更に動きの切れが良くなっている。

騎士団としても、錬金術師の専属護衛騎士をつけるのには。

こういうエース級の人の育成が念頭にあるのではと、スールには思えていた。

「さっきの戦いは勇敢でした。 どうみても接近したら死ぬ相手に、勇気を振り絞れたのは立派なのです」

「ありがとうございます。 アンパサンドさんは、ネームドと戦ったことは」

「今までに四回。 いずれも多くの死者を出したので、今回は充分な成果なのです。 ただ、何人かは戦士として引退なのです」

特に軽武装の傭兵は。

手足をつなげたとしても、体へのダメージが大きく、もう戦士としてはやっていけそうにない、と言う事だった。

そうか。

もっと自分がしっかりしていたら。

傭兵だって、厳しい仕事である事は分かっている。

戦いの中で、ゴミのように死んで行くことも事実だ。

だが、それでもそもそも死なせない事も出来たはず。

力が、足りない。

それを実感してしまう。

ルーシャもパイモンさんも、少なくともスールよりは活躍していた。最後に大きな一撃を叩き込んだのがスールだというだけ。

ズタズタの猪を、騎士達が解体している。

深核が出てきたというので、四つに割って、パイモンさんとルーシャ、それにリディーとスールにくれる。

本当に貴重な素材らしく。

中和剤に入れれば最高のものができるし。

なんと緑化を行うための栄養剤としても必須だという。

後は。負傷者を庇いながら、王都に凱旋。

猪の残骸は、戦果として見せるために、荷車に乗せて引きずっていく。

騎士団は仕事をしている。

それも命がけで。

それをきちんと示して行かないと。

騎士団に対する不満が上がる。

ただでさえ、街道の警備さえきちんとできていない状態なのである。肩身が狭い思いをしている騎士もいるだろうし。

わかり安く、こうやって戦果を見せつけないといけないのだ。

猪の毛皮なども分けて貰い。

アトリエに戻ったのは夜中である。

緊急の仕事と言う事で、今回は殆ど準備はできなかったが。

今後は、緊急の仕事に備えて、発破も薬も充分に備えておく必要があるだろう。リディーと話し合う。

「あのさ、リディー」

「どうしたの?」

「スーちゃんの方でお薬とか発破は作っておくよ。 その間に、ナックルガードとか、力を底支えする道具を増やしてくれないかな」

「いいの?」

イル師匠に言われた事をどうしても思い出してしまう。

わかり安い才能はスールには無い。

だが今後は開花する可能性がある。

だったら、開花する可能性に掛けて。

やってみるしかない。

練習をすればするほど、上手にはなる事は分かっている。イル師匠も、同年代の錬金術師としてはできる方と太鼓判も押してくれている。

リディーと比べるのがそもそもの間違いなのであって。

スールは、やれる範囲で。

やれることをやるしかないのだ。

「悔しいけれど、今はそれくらいしか役に立てないもん。 銃弾は弱すぎて獣にはほとんど通用しないし」

「お母さんはどうやって銃弾で獣と渡り合っていたんだろうね」

「うん……」

本当に、分からない。

荒野の獣に、拳銃の弾なんてのは通用しない。それはもう、嫌と言うほど分かった。魔術で威力を上乗せするか、それとも。弾丸の方を変えるか。

それに、イル師匠の言っていたことは本当だった。

パイモンさんやルーシャがいてなお、ネームドはあれほどの凄まじい暴れぶりをみせつけていった。

確かに錬金術の装備を四つか五つ、身につけないと戦いにならない。

今回スールも、ネームドの触手の一撃を浴びただけでほぼ行動不能になったし。

少なくとも、大規模討伐部隊を組むなら兎も角。

リディーとスール、アンパサンドさんとフィンブル兄、マティアスくらいの編成では、ネームドとやりあうのは無理だというのがはっきり分かった。

そして、今後いつ緊急任務が入るか分からない以上。

備えは、できる限りの範囲内でしておかなければならない。

また、今回の戦闘で痛感したが。

ナイトサポートは、自分達用にも確保しておくべきだろう。

騎士団が持ってくる分だけだと、足りない可能性がある。

あんなバケモノを相手にし。

損耗率三割を想定するような戦闘では。

それこそお薬なんて幾らあっても足りない。

少し前に、イル師匠に不満をぶつけたからか。

スールは、リディーに対して、色々と案を出そうと思っていた。リディーも、案について受け入れてくれる。

結局は双子なのだ。

スールが、リディーに殺意を抱いたことは勿論黙っておく。

今後やっていくためにも。

そんな事は、知らせてはならない。

「分かった。 イル師匠の所で、どんどん難しい話聞いてみるね。 スーちゃんも、時々イル師匠の所に来て。 それで多分、技量を見て色々指示はしてくれると思うから」

「……うん」

「まずはみんなの分、ナックルガード作らないとね」

人によってナックルガードの性質は変えるという。

常時体力回復と、防御力強化は必須。

もう片手のナックルガードには、人によって筋力強化、魔力強化、防御力強化をそれぞれ振り分けるそうだ。

例えばアンパサンドさんには筋力強化と防御力強化。

これで、一発でも食らったら終わりという状況をかなり緩和できるし。

レンプライアの一部の個体が持っている、側に近付くだけで傷つくという厄介な性質も緩和できる。

リディーには魔力強化と防御力強化。

これで強力な魔術を展開出来るし。

更に戦術の幅も拡がる。

詠唱も露骨に早くなるそうで。

そういえば、猪との戦いで最後に一気に体が軽くなったのも。リディーの魔術が強化されていたから、なのだろう。

話し合いを終えると。

後は黙々と、基礎の調合に戻る。

リディーにはまだまだ追いつけないけれど。

それでも今後の事を考えて。

少しでも力をつけなければ行けない。

スールは錬金術師としてはまだまだ半人前なのだ。

多分、Eランクまで上がれば半人前と一人前の間くらいにはなれる筈。

そこまで、どうにか頑張って。

少しでも、意地を示したかった。

 

翌日。

リディーと一緒にイル師匠の所に赴く。

話によると、ドラゴンを退治して周辺の獣の縄張りを一変させたのは、イル師匠の認める凄腕錬金術師らしく。

もう少し待っていれば、その錬金術師が間に合ったかも知れない、と言う事だった。

ドラゴンを倒す錬金術師。

すごい。

確か話によると、世界でもドラゴンを倒せる錬金術師は、二十人もいないときいている。

しかも単独で倒したとなると。

イル師匠に匹敵するか。

それ以上の凄腕なのだろう。

「災難だったわね、貴方たち。 ちょっとネームドとやりあうのは早すぎたわ」

「いえ、でも深核を得られましたし、貴重な毛皮も」

「あの、イル師匠。 ネームドって、みんなあんな強いんですか?」

リディーの言葉を遮って、聞いてみる。

イル師匠は、頷いた。

「貴方たちが戦ったのは「驀進の多眼」というネームドだけれども。 情報を見る限り、ネームドとしては弱い方ね」

「あれで弱い方!?」

「流石に最弱とまではいかないけれど、死者を出すのを厭わなければ、錬金術師がいなくても対応出来るレベルの相手よ。 最強クラスのネームドになると、そうはいかない相手ばかりでね。 下級のドラゴンより強い場合もあるくらいよ。 特に水棲のネームドは非常に厄介ね。 巨体の上に、とんでも無くタフだわ」

「ひえっ」

あれだけ必死になって。

騎士団でも三割の損耗を覚悟して戦ったのに。

それでも最弱クラス。

ミレイユ王女が、この国の実権を握るわけだ。

騎士団の損耗が凄まじかったと言うのは聞いていたが。

あんなの、錬金術師無しで戦える訳がない。

戦慄が消えない中。

イル師匠は咳払い。

座学を始める。

金属加工をそろそろ自宅でやらせても良い、という話をしていて(勿論リディーだけだが)。それは少し悔しかったが。

スールにはスールで。

一つ話をされた。

「スー、レンプライアの欠片を使った強化だけれども、貴方しばらくそれの練習をしなさい」

「えっ!? いいんですか」

「かまわないわ。 貴方はどちらかというと火力を武器にする錬金術師だし、レンプライアの欠片を上手に使えば、或いは格上にも勝てるかも知れない。 勿論私が立ち会うけれどもね」

そうか。

イル師匠も、或いは。

スールの鬱屈について、考えてくれたのかも知れない。

レンプライアの欠片を使った発破などの火力強化は、桁外れの破壊力を産み出す。

確かに上手に使えれば。

あの猪だって、簡単に倒せた可能性もあるし。

技術として確立できれば。

色々な錬金術師が、レンプライアを狩って。

そして戦いを優位に進められる可能性だってある。

新しい道具などを発明した場合。

錬金術師には、お金が入ると聞いている。

レンプライアの欠片を使う場合は、新しい発明と言うよりも。新しい戦術の開発が近いかもしれないが。

いずれにしても、その有用性は明らかだ。

座学を終えた後。

城壁の外に出て、レンプライアの欠片を用いて、発破や薬の強化を何度も練習する。

非常に繊細な作業で。

名付けるなら、バトルミックス、だろうか。

スールの勘は、これ以上入れるとまずいというのを伝えてくれるけれど。

それでも、やっぱり失敗してしまう事も目立つ。

何度も威力が大きすぎたり、逆に殆ど何も効果が上がらなかったりするけれども。

それでも、少しずつ、使いこなせるようになっていた。

その間リディーは、アリスさんと戦闘訓練。

座学も欠かさない。

イル師匠が、これだけ戦闘を意識した訓練を課してくるという事は。今後、リディーもスールも、もっと苛烈な戦いに巻き込まれていくのだろう。

或いは、Eランク昇格の試験が。

そもそも戦闘を想定したものなのかも知れない。

錬金術師としての実績を積むためにも。

今後は、更に。

戦闘を意識していかなければならないのかも知れなかった。

 

3、レンプライア

 

ざわめきの森に入る。

ナックルガードがマティアス、フィンブル兄、アンパサンドさんに行き渡ったからか。戦いはとてもスムーズに廻せるようになっていた。ルーシャとオイフェさんがいなくてももう大丈夫だ。

ただ、あの下半身がない巨大なレンプライアだけは戦いたくない。

超再生力と、広域攻撃力を兼ね備えた危険な相手だ。

ぽつぽつと湧いているレンプライアを狩りながら、素材を回収していく。

絵の中の世界と言ってもかなり広大で。

最初に調査した範囲の外にも、かなり森が拡がっており。

沼地もあれば川もある。

小川では釣り糸を垂れれば、そこそこ太った美味しそうなお魚が釣れたし。

スールは怖くて触れなかったけれど。

調合の素材にできそうな珍しい虫も、彼方此方で見かけた。

お化け達は相変わらず楽しそうに、森の上空でけらけら笑っている。

最後に必ず、墓場に出向いて。

お掃除はしていく。

これに関しては、教会にあるお母さんのお墓を掃除し慣れているので。

リディーもスールも、てきぱきとやる事が出来た

その一方で。

どれだけ狩っても出てくるレンプライアには、色々と不安要素も多い。

ざわめきの森に入ると、かならずお化けが来て、レンプライアが出ているかは教えてくれるので。真っ先に狩りに行く。

今後、戦闘の要になるかも知れないレンプライアの欠片を手に入れる、ということもあるのだけれども。

何だか、もの凄く嫌な予感がするのだ。

そしてスールの勘は当たる。

レンプライアは、一匹残らず駆除した方が良い。

それは、結論として間違っていないはずだ。

そもそも、絵画の中の世界とは言え、森を平気で傷つけるような外道どもである。獣でさえそんな事はしない。

まさかとは思うけれど。

此奴らが、不思議な絵画から、現実世界に出てきたりしたら。

想像するのも恐ろしかった。

一通り回収作業を終えて。

ざわめきの森を出る。

アンパサンドさんも、レンプライアの数が少ないこと、性質を知っている事から、殆ど怪我をしていない。

フィンブル兄も、ナックルガードの性能がとても良いと喜んでいて。ハルバードを振るって生き生きと暴れていた。

マティアスは。

何だか最近口数が減ったか。

いつも好き勝手なことをほざいているのに。

なにかあったのだろうか。

エントランスで解散とするが。

スールはマティアスに聞いてみた。

「何かあったの、マティアス」

「嫌な噂があるんだよ」

「嫌な、噂?」

「雷神ファルギオルって知っているか?」

それは当然。

この地方に住んでいて、知らない人などいないだろう。リディーも、思わず此方に視線を向けていた。

「俺様はさ、姉貴が開く国の最高幹部会議には参加させて貰えないんだよ。 単に姉貴のスペアだからな。 だけれども、一応王族だから、そういった情報は流れてくる。 雷神ファルギオルの復活が近い、て話だ」

「うっそでしょ。 あれって確か、伝説のネージュと先代の騎士団長に倒されたって」

「邪神って奴は、倒されても復活するらしいんだ。 しかもネージュによって不思議な絵画に閉じ込められていたファルギオルは、相当に人間を恨んでいるのが確実だとかでな……」

「何とかならないの?」

マティアスは口を引き結ぶ。

何にもできない立場だからだろう。

捨て扶持で騎士団に配置されている、単に有事の際のミレイユ王女のスペア。余計なちょっかいを出す奴が出てこないように、監視までつけられている状況。アンパサンドさんが、いざという時は殺しても良いと言われているように。マティアスは、非常に危うい立場にある。

汚職官吏の中には、今のミレイユ王女の治世が好ましくないと思う輩もいる筈で。

マティアスに甘い言葉を吹き込んで、好き勝手に操ろうとする奴も出てくる筈。

マティアスは、或いは。

既にそういう奴に、接しているのかも知れない。

「いずれにしても、三傑って凄い錬金術師達が来てくれているらしくて、彼女らに賭けるしかないって話は聞いたな」

「三傑……」

「その内の一人はお前らの師匠のイルメリアだそうだ」

やはりそうか。

確かにイル師匠なら、それくらいの実力はあるかも知れないと思っていたが。マティアスが今嘘をつく理由が無いし。これで確定と言う訳だ。

だけれども、それでも。

伝説に残る大邪神だ。

本当に大丈夫なのだろうか。

とにかく、バトルミックスについて、早めに研究を進めておかなければならない。もしも邪神ファルギオルが現れたら、もう総力戦になるのは確定だ。勿論リディーとスールも出なければならないだろう。

スロープを、荷車を押して上がり。

そしてアトリエまで戻る。

筋力が上がっているからか。

非常にスロープで荷車を押すのは楽だった。

問題はその後である。

レンプライアの欠片を回収したは良いが、正直あまり量が多いとは言えない。

しかしながら、レンプライアが湧くというのは、不思議な絵画にとって良い状態とはとても思えない。

それならば、我慢するしかないのか。

いや、あのエントランスには、まだ不思議な絵画があった。

多分だけれども、次の試験を突破すれば、新しい絵画に入れるかも知れない。

そうなれば、或いは。

また、レンプライアの欠片を、見つけられるかも知れなかった。

それにしても、レンプライアとは何なのだろう。

欠片が錬金術の効果を爆発的に増幅させ。

不思議な絵画の中に勝手に湧く。

不思議な絵画の中に住まうとは言え、森を守るという最低限のルールすら守らない。

尋常な存在だとは思えない。

そして、更に問題なのは。

非常に強力だ、と言う事だ。

見聞院に行って、時々資料を探しはするんだけれども。レンプライアについては、名前しか分からない。

一度だけ、名前が記載されている本を見つけたのだが。

不思議な絵画の中に登場する正体不明の存在、とだけ書かれていて。

思わず脱力した。

そんな事は言われなくても分かっている。

そもそも不思議な絵画そのものが極めて貴重な品らしく。

アダレットが国策で集めなければ。

あれほどの数を揃えることはとてもできなかった、という状況らしい。

不思議な絵画そのものが見聞院の本にも殆ど出てこないのだから、どうしようもないというのが現状だった。

ルーシャの所に行く。

ルーシャはレンプライアという存在について知っていた。

何か分かるかも知れない。

或いは、知っている事があるかも知れない。

アトリエ=ヴォルテールの主力は、ルーシャのお父さんだが。

今日はルーシャは普通にいて。

調合をしているところだった。

「あら、どうしたのスー。 リディーは連れていないの?」

「うん……」

謝るなら今だろう。

そう思うのだけれど。

どうしても、ごめんなさいという言葉が出てこない。

この辺り自分の弱さが情けない。

今まで散々馬鹿にして、暴言も吐いてきた相手だ。それでもルーシャは気にする様子もなく、平然としていた。

錬金術師としても人としても。

ルーシャの方が明らかに上である。

だから、本当は謝らなければならないのに。

どうしてか、ごめんなさいという言葉は口から出てこなかった。

「レンプライアって、何なのか知りたいの。 名前以外は、全然分からなくって」

「そんなのわたくしにも分かりませんわ」

「……そう、だよね。 見聞院にも資料がロクになかったし」

「敢えて言うならば、感じ取ることができるのは悪意ですわね」

悪意。

すっと腑に落ちる。

絵の中に存在する悪意。

それが、レンプライアなのだろうか。

「不思議な絵画といっても、その存在は人間が作ったもの。 そして絵画というのは、魂を込めないとただの落書きですわ。 魂を込めれば、其処には善意も悪意も宿る……そういうものですのよ」

「ざわめきの森にいたレンプライア達は、絵の中の悪意が具現化したもの、ということ?」

「恐らくは」

「あのさ。 レンプライアの欠片を使うと、その場でものを爆発的に変質させることができる事が分かったんだ」

頷くルーシャ。

或いは知っていたのかも知れない。

「それって、悪意の塊が、ものを爆発的に変質させるって事?」

「……何とも言えませんわね」

「うん、ごめん。 そうだよね。 ただ、これを今実戦投入しようって考えていて。 それで一人でも多く、意見を聞きたかったから」

「……もう少ししたら、Eランクの試験が始まりますわよ。 そうなると、恐らくは別の絵にも入る事になりますわ。 ざわめきの森にいた奴とは、桁外れのレンプライアも見た事がありますわよ」

そうか。

多分そうなのだろう。

礼を言うと、アトリエを後にする。

ルーシャのアトリエは相変わらず繁盛していて。

お客は絶えないようだった。

そのまま、ふらりと別のアトリエを探して歩く。パイモンさんのアトリエに行って見るのはどうだろうと思ったけれど。

あの人のアトリエが何処にあるか知らない。

イル師匠は以前聞いた時はぐらかされた。

そうなると教えて貰えるのは。

一度引き上げようとすると。

途中で、弓を背負った女の人とすれ違った。

何となく錬金術師だろうとは思ったけれど、それ以上の事は分からない。知っている人でもないので、声は掛けない。

いきなり聞かれても、困るだろうし。

雨が降り出したのは直後のこと。

アトリエに逃げ帰るようにして戻る。

結局、悪意と言う事しか分からなかった。

そしてどうして悪意がものの力を増幅させるのかも。

良くは分からなかった。

格上の錬金術師であるルーシャが言う事だ。

あながち嘘とも言い切れまい。

それに、ルーシャが嘘をつくとは思えない。スールに対しても、リディーに対しても、である。

ものの意思に沿って、ものを変質させる技術。

それが錬金術だ。

悪意によってそれが爆発的に増幅されるというのは、一体どういうことなのだろう。

或いは、意思の善悪は関係無く。

悪意だろうが善意だろうが、強い意思が影響してくるのだろうか。

もしそうだとすると。

イル師匠が、はぐらかしたのも分かる気がする。

もしも悪意によって得られる力があったとしたら。

中途半端な力しか持たない今のスールには危険すぎる。

正体を明かさないまま、まずは使い方を覚えさせるのは、イル師匠らしい、合理的なやり方だとも言えた。

だけれども。

それでは、スールは一体。

何のために錬金術をしているのだろう。

殆ど理屈も理解出来ておらず。

切り札になり得る力の根拠もよく分かっていない。

リディーはその辺り聞かされているのだろうか。

声は、かけられなかった。

雨は夕方から本降りになった事もあり。

外に出ることは出来なくなった。

コンテナの整理をし。

基本的な調合を繰り返して、基礎的な技術を上げる。

声がせめて聞こえれば。

ものの声が聞こえるという、レアな才能があれば。

或いはもっと、スールも凄い錬金術が使えるのかも知れない。幸い、リディーにもそれは聞こえていないようだから。それだけは救いではあったが。

夕食前に調合を切りあげ。

二人で夕食にする。

そして、翌日の朝。

マティアスが、家に来た。

スクロールを持っていると言う事は、何かしらの話がある、と言う事だ。

早速二人で、スクロールを開いて中身を確認する。

そして、驚いていた。

Eランクへの昇格試験についての話だったからである。

 

Eランクへの昇格試験は、やはり二段階。

一段階は、騎士団による大規模討伐任務への参加。この討伐任務においては、一週間ほどの行程を想定しているという。

今までで一番厳しい任務になる事は確実だ。

今回の試験が早々に来た理由は、この前の対ネームド戦で、スールが功績著しかった、というのが理由であるらしい。

とはいっても、他の人達がいなければどうにもならなかったし。

あの戦いで、引退に追い込まれた戦士も少なからず出た。

素直に喜ぶことは、とてもできないのが事実。

更に言えば、スールの実力はまだまだ半人前。

本当に試験を受けて良いものなのだろうか。

リディーと一緒にスクロールを読んでいてそう思うが。

国からの指示だ。

断るわけにも行かないだろう。アトリエランキング制度は公認である。つまり、国のための事業だ。

試験を受けるに相応しい功績を挙げたと国が判断したわけで。

それに逆らう事も出来ない。

何より国一のアトリエになるには。

いずれにしても、ランク最上級まで上り詰めなければならないのである。国一を目指すからには、だ。

二つ目の試験については、特に記載はなかったけれど。

それでも、恐らく不思議な絵画関連である事は大体推察できる。

どの絵かは分からないが。

あのエントランスにあった絵の一つを調査するのでまちがいないのだろう。

ともかく、一週間がかりの獣駆除任務。

途中で匪賊と戦うかも知れない。

いずれにしても気は絶対に抜けない。

試験だと言う事もあるが。

気を抜けば、人が簡単に死ぬ。

荒野で獣や匪賊と戦って。

それは嫌と言うほど、思い知らされていた。

「というわけで、三日後には出立だから、準備はしておいてくれよな」

「あ、マティアスさん。 待ってください」

「何だリディー」

「今回の任務って、マティアスさんとアンパサンドさん、フィンブルさんも参加するんですか?」

頷くマティアス。

というか、フィンブル兄については、声を掛けてくれという事だったので、ある程度は自由なのだろう。

ただ、他の錬金術師は出ないと言う話を聞いて。

流石にスールも青ざめた。

荒野の獣の戦闘力は、嫌と言うほどみて知っている。

パイモンさんやルーシャがいないとなると。

相当厳しい戦いになるのは確実だ。

可能な限りの準備を整え。

戦いに備えなければならないだろう。

そうしなければ、大勢の死者が出る。

これは確定事項だ。

手分けして、発破とお薬を増やす。

討伐のルートや、何を狙うかについては、マティアスも聞かされていなかったらしい。流石にFランクの錬金術師だけでネームドと戦わせるとは思えないけれども。それでも、最悪の事態に備えなければならない。

更に、雨の中。

イル師匠のアトリエに急ぐ。

試験内容と、恐らくレンプライアの欠片を用いた戦闘が必須になる事を告げて。

使用許可を貰おうと思ったのだが。

しかし、イル師匠の答えはノーだった。

「錬金術師の試験のために、多くの命を危険にさらすことはないわ。 貴方たちが対応出来る試験になっている筈よ。 だから背伸びしすぎた道具の使用は認められないわね」

「そ、そんな……」

「実戦投入の際には私が立ち会うわ。 慌てずに、少しずつやっていくのよ」

それは一体いつになるのか。

ぼやきたくなるが。

しかし、イル師匠に見捨てられたら。

今後錬金術師としてやっていくのは不可能だろう。

ぐっと拳を握りこんで。

雨の中、気持ちを抑え込む。

ただでさえ半人前。

分からない事だらけ。

そもそも、レンプライアの欠片が悪意の具現化だとして。それが本当にものを増幅させているのかもよく分からないのだ。

イル師匠は口をつぐんで応えてくれないし。

勿論他の錬金術師が教えてくれるとも思えない。

知っているとも思えなかった。

雨の中。

すごすごと引き返す。

散々空回りして。

一体スールは何をしているのだろう。

悔しくて涙が出てくる。

結局バカは、どこまで頑張ってもバカなのだろうか。バカだから、何をやっても無駄なのだろうか。

今回も、戦闘で誰も死なせずに。

戦いを終わらせることができるだろうか。

とてもそうとは思えない。

リディーだけなら兎も角。

スールは。

天才ではないのだから。

アトリエに戻った時には、すっかり雨に濡れていて。

リディーに心配されたが、無言でタオルを取りだし、自分で乱雑に頭を拭う。

暗い気持ちが、自分の中にわき上がってくるのを感じる。

同情されるのは大嫌いだ。

ましてや、出来る奴に、できない自分が同情されることほど、惨めなことはない。

イル師匠がいうように、本当に後天的に才覚が目覚める事なんてあるのだろうか。

もしあるとしても。

本当にスールに、そんなものはあるのだろうか。

リディーが不安そうに声を掛けて来るが、無視。

黙り込んで、それからは一言も口を利かなかった。

リディーもそれで、スールがよほどの鬱屈を抱えている事に気付いたのだろう。以降は何も言わなかった。

大雨は翌朝まで続き。

眠っている間も、ずっと雨音が響き続けていた。

無能。

役立たず。

そういって、雨が笑っているように、スールには聞こえた。

そんな事。

自分でも分かっている。

どれだけ罵り返したかったか。

だが、雨音は雨音。

それに罵り返しても、虚しいだけだ。

それくらいの判断力は、スールにもあった。

翌朝は、もう何も言葉を交わさず、準備をひたすらにし始める。

納品用にとっておいたナイトサポートも、少し取りだしてくる。

リディーは、これくらいは必要かも知れないとスールに言ったが。

スールは頷いただけ。

会話は、殆ど生じなかった。

大人げないとは自分でも思うけれども。

あらゆる負の感情が腹の中で渦巻いていて。

とてもではないけれど、冷静に対応出来る自信は無かった。

まったく上手くなる気配がない。

用語も技術も覚えられない。

基礎ばっかりずっと繰り返している。

戦闘でも殆ど扱いは鉄砲玉。

そんな状態で、自分を凄い奴だなんて、鼓舞することが出来るわけが無い。リディーの当て馬にするために、神様はスールを作ったのか。お母さんから受け継いだ銃だって、戦闘ではほぼ役に立っていないのだから。

薬と発破は、必要な分作った。

リディーは午後からイル師匠の所に出かけていく。

スールは、ずっと下支えのために、ざわめきの森で回収した素材を使って、フラムやルフトを作っていく。

油断はしない。

これ以上足手まといになるのは嫌だからだ。

指ぐらい吹っ飛んでも、ナイトサポートでくっつけられるとは思うけれど。

それでも後遺症くらいは出てもおかしくない。

ルフトを作って、丁寧にチェック。

イル師匠の作った奴に比べると、非常に稚拙だが。

それでも充分な火力は出る筈だ。

鉱石破壊用の発破も作る。

置き石戦法に限定すれば。

敵を粉みじんにするのは容易いからである。

夜になって、リディーが帰ってくる。

やはりというか、なんというか。

相当にしごかれたようで、疲れ切っていたが。

それはスールとはまったく違う事をしていると言う事で。

スールができない上位の錬金術を教わっていてもおかしくない、と言う事だ。

「スーちゃん。 ナックルガード、人数分揃ったよ。 後1セットか2セット、作れるかも知れない」

「そう。 スーちゃんには出来ない事が出来て羨ましいよ」

「イル師匠が言ってたでしょ。 向き不向きがあるって」

「……」

じゃあ。

スールには何が向いているというのか。

そう言葉を叩き付けそうになったが。

必死に堪える。

今此処で、リディーと喧嘩したところで、何の意味もない。それくらいは、幾らオツムが悪くても、自覚できている。

作った分の発破や薬については、机の上に並べてあることを説明すると。

リディーがチェックに入る。

特に大きなミスはないと言いながらも。

リディーは幾つかの発破に、細かい手を入れていた。

大きなミスはないのではなかったのか。

そう反射的に噛みつきそうになるが、堪える。

これから、今までに経験が無い大規模遠征に出るのである。

喧嘩なんてしていたら。

生きて帰れる戦いも。

生きて帰れなくなる。

リディーとスールだけが死ぬならまだいい。

他の騎士や傭兵も、大勢死なせる事になる。

それだけは、絶対に許せなかった。

 

4、クラッシュの前兆

 

イルメリアのアトリエに、フィリスが来る。

既に行動を開始しているフィリスは、今までわざと放置しておいたドラゴンを狩ったり、それでネームドの行動範囲を動かしたりと。双子を育成するための行動をしていたが。同時に双子の監視も行っている。

アダレットではソフィー、フィリス、イルメリアで三傑とか呼んでいるらしいが。

苦笑いしかない。

ソフィーと、フィリスとイルメリアが、同格なものか。

ソフィーはその気になれば、全力状態の雷神ファルギオルを、手も動かさず、次元を圧縮して倒すというとんでも無い事をやってのける。

イルメリアにもフィリスにもそんな事は出来ない。

それどころか、時間に関する干渉も。

フィリスやイルメリアとは、次元違いのレベルで行う事が出来る様子だ。

要するにバケモノである。

ただでさえ才覚があるのに。

現時点で、話を聞く限り二十億年以上の経験値を積み重ねているのだから。

それは当たり前だろう。

際限なく強くなるソフィーは。

もはやイルメリアにも、何をしても抑えられる気がしない。

フィリスは最悪の事態。

ソフィーが錯乱して、この世界を滅ぼそうとしたときに、少しでもダメージを与えるための研究をしているようだが。

イルメリア以上の才能を持つフィリスでも。

そんな事が出来るかどうか。

「相変わらずぬいぐるみがたくさんだねー」

「ええ。 こればっかりは、どうしても趣味として止められそうにないわ」

「お金持ちの趣味だもんね」

「うっさい」

フィリスはにこにこしているが。

ぬいぐるみというのは、お金持ちが楽しむものだ。そもそも布、綿、これらが高級品なのである。

貧しい家の子供が、木で作った人形を大事に抱いているのを見ると心が痛むが。

そんな子にぬいぐるみなんて与えても。

すぐに周囲の悪ガキ達に奪い取られて。

金に換えられてしまうのは分かりきっている。

貧すれば鈍する。

貧しい人間は、自分より貧しい人間を痛めつける事を何とも思わなくなる。

その実例を。

イルメリアは嫌と言うほどみてきていた。

「それで、双子のことなんだけれど」

「いつもより成長が早い分、いつもより亀裂が走るのが早いようね」

「ああ、やっぱり。 妙にギスギスしてると思ったら」

「とりあえず次の試験にはアリスを同行させるけれども、貴方も影から護衛してあげてくれないかしら」

フィリスは今、弓矢を使って戦うようにしている。

以前は魔術主体で戦っていたが。

鉱物の声を聞くフィリスが、錬金術で増幅した魔術で戦うと。あまりにも破壊力が大きすぎる。

そのため自分に枷を掛けると言う意味でも。

弓を使う戦いに切り替えている。

それでも充分過ぎる程暴力的な破壊力を発揮するのだが。

伊達に破壊を司る錬金術師では無いのだ。

「別にかまわないけれど、ソフィー先生が何て言うかな」

「その辺は適当に誤魔化しておいてくれる?」

「無茶言わないでよ」

「……そうね、悪かったわ」

ソフィーの恐ろしさは、イルメリアとフィリスの間でも、共通認識となっている。その気になれば、アダレットくらい一夜で焦土に変えられるソフィーの戦闘力は、既にこの世界でダントツの一位。

もしも上を出してくるとしたらパルミラ本体だが。

アレはまた次元が違いすぎる。

そんな異次元の戦闘力を誇るソフィーは。

自分の力を使うことを、一切躊躇わない。

事実、今までの周回で。

上手く行かなくなった文明をまとめて消し飛ばす所を、何度も目にしている。

「ソフィーには私から説明しておくわ。 リディーとスールは任せるわよ」

「良いけれど、イルちゃん。 今回はどうやってクラッシュを回避するの? 一番酷い拗らせ方した時、スーちゃんがリディーちゃんの首を折ったりした事があったでしょ。 今回もそれやりかけてたよ」

「……ああそうでしょうね。 才覚に差があると言うのは酷な話だわ。 しかもだいたいの場合、リディーの方が「声が聞こえる」ようになるのが早い。 スールに経験を散々積ませてもね」

「一旦聞こえるようになれば、後は大して変わらないんだけれどね……」

苦笑いも浮かばない。

イルメリアだって知っている。

ものの声が聞こえるという現象の真相について。

だが、それを敢えて口にする必要もない。

スールはどうしても。

何度周回しても。

リディーに対して、この件で劣等感を抱くようになった。

だからそれをクリアするために。

まずソフィーが、エサとしてファルギオルを使う事を考えた。

当初は此処まで厳しい条件では無かった。

だが、それも双子の人間関係のクラッシュがあまりにも酷いケースを幾つか見た後は。

あからさまに方針を変えた。

そして今である。

ファルギオルを、ソフィーが調整した結果。

双子ではとても勝てないようになってしまった。

とにかく、間近に近付いているファルギオル戦までに。

双子に可能な限りの経験を積ませなければならない。

上手く経験を積ませることができなければ。

また、やり直すだけ。

この世界の人間は少ない。

ヒト族も同じ。

遺伝子プールを確認した結果。

双子以上の才覚の持ち主は、以降でないことが分かってしまっている。そして双子が、要求されるギリギリのラインの才覚の持ち主なのである。

ならば、どうあっても双子を育てきり。

「ソフィーと同格」の錬金術師を、後二人。揃えなければならない。

そうしなければこの世界に未来は無い。

未来がないことは。

散々イルメリアも見てきているのだ。それこそ、周回の回数分。一万回以上である。

「それでね……」

フィリスが黙り込む。

イルメリアも腕組みをしたまま、口をつぐんだ。

今までの会話を、外に漏れるようにはしていなかったが。

それでも、万が一に備えなければならない。

ドアをノックする音。

力のないノック音だが。

気配から、誰かは分かった。

双子の父親であるロジェだ。

幽鬼のようにやせ衰えたロジェが、ドアをアリスが開けると。ずぶ濡れのまま姿を見せる。

無精髭は痛々しい程で。

まるで死の寸前まで追い込まれたかのようだ。

頬は痩けていて。

服もぼろぼろだった。

この様子だと、数日食事もとっていないかも知れない。

「何の用かしら、アダレット王都にいる珍しい公認錬金術師さん」

「俺とは比較にもならない凄腕にそう言われても嫌みにしか聞こえないな、三大名家の末っ子でありながら、兄も姉も全て押しのけて、跡継ぎに収まった俊英、イルメリア=フォン=ラインウェバー。 そして其方は、つるはし1丁で岩山を粉砕すると噂の、破壊神フィリス=ミストルートか」

「はい、まあ」

「跡継ぎは勝手に押しつけられたものだけれどね。 縁は一度切ったのに、勝手なものだわ。 それでもう一度聞くけれど、フィリスと私に何の用?」

珍しいケースだ。

ロジェはいつもの周回では、無力感に苛まれてふらついているだけのケースが多いのだけれども。

まさかイルメリアのアトリエに乗り込んでくるとは。

今までの周回で一度二度あったか、という珍しさである。それも、今までに来たケースでは、様子を見に来たくらいだった。

今回はあからさまに違う。

此奴自身は、アダレット王都にいる数少ない公認錬金術師で。ラスティンの公認錬金術師試験を突破した凄腕なのだが。

妻を病魔から救えなかったことで。

完全に精神を病み。

今ではその優れた腕も、持ち腐れとなってしまっている。経歴を調べた結果、相応の実力はあったのだが。

咳払いすると、用件を聞く。

ロジェは、陰気な目で言う。

「あんたら……いや特異点ソフィー=ノイエンミュラーの目的は何だ」

「あまりその名前を口にしない方が良いわ」

「頼むから応えて欲しい。 あんた達がソフィーと直接的につながりがある事は分かっている。 三傑なんて呼び名が形だけで、ソフィーが神々をも越える異次元の使い手だと言う事もな」

どこで調べたのやら。

或いはミレイユ王女か。

可能性はあるかも知れない。

いずれにしても、ソフィーがこの話を聞いていたら。

十中八九ロジェは消される。

ソフィーは異次元の実力者だが。

幸いなことに全能では無い。

だからこそ、まだ取り返しはつく。

「俺は駄目な父親だ。 妻を死なせ、子供達も今死地に追いやろうとしているのに、何もできない。 俺の錬金術が無力だからだ」

「……貴方の奥さんのカルテを見たけれど、アレは仕方が無いわ。 流行病という事になってはいたけれど、あれはステージWの末期癌。 残念だけれど、あの場に私達がいたのならどうにかなったでしょうけれど、それも今となっては虚しい話よ」

「それを無力と言うんだよ」

「いずれにしても、ソフィー=ノイエンミュラーは貴方が頭を下げた位で考えを変える存在では無いし、利害を説くにしても、貴方に用意できる条件なんて無いわ。 貴方が用意できる錬金術の道具くらい、彼奴は全て再現出来るわよ。 交渉ってのはカードが無ければできないの。 貴方の手元にはそのカードが無い」

ぐっと、呻くロジェ。

事実なのだから仕方が無い。

恐らくロジェは勘付いていたのだ。

双子に何かしらの危機が迫っていることを。

その糸を引いている存在に。

そして、その正体がイルメリアでは無い事を。

だが、今回の周回以外では。

ソフィーに辿り着く事は出来なかった。

理由は分からないが。

やはりソフィーの行動を危険視したミレイユ王女が、何かしらの方法で情報を流した可能性が高そうだ。

「それにこのまま双子の育成が上手く行けば、「あの絵」が完成する。 その意味については分かるはずよ」

「俺の人生を何処までもてあそぶつもりかっ! 俺だけならいい! あの子達は、まだ十四なんだぞ! それを母親をエサに……」

「これ以上は止めなさい。 失敗だと判断した場合、ソフィーはアダレット王都そのものを、いやアダレットそのものを消し飛ばしかねないわ。 彼奴はそれくらい躊躇無くやるわよ。 それを理解しているから、ここに来たんでしょう? ……私とフィリス二人がかりでも、彼奴は止められっこないのよ」

「くっ……」

拳を握りしめるロジェ。

アリスがタオルを渡すが。

ロジェはタオルを払うと、大雨の中出ていった。

フィリスがため息をつく。

「珍しいねー。 ソフィー先生の関与を嗅ぎつけるなんて」

「どうせミレイユ王女からの情報よ。 ミレイユ王女も、恐らくファルギオルよりもソフィーの方が危険と判断しているんでしょうね」

「確かにそれは間違っていないけれど」

「……双子がファルギオルとの戦いを乗り切れたら、恐らくソフィーは賢者の石を使ってまた状況固定をするでしょうね。 問題はその後よ」

既に双子の人間関係は。

クラッシュし始めている。

その深度は今までに無く深く。

そして亀裂は大きい。

多分だが。

リディーが、声が聞こえるようになり。

スールも聞こえるようになった辺りが、一番危ない。

そして双子というものは。

人間関係の修復が、非常に困難な存在なのだ。これについては、一時期人格を分割していたルアードからも話を聞いている。

「才能の差って、残酷だね」

「あんたがいうな……」

「ごめん」

「いや、私はあんたに努力で追いついたけれど、誰もがそれを出来るわけじゃ無い。 スールは決定的に努力に向いていない。 だから徹底的に努力をさせているのだけれど、それが何処まで上手く行くか……」

それに、だ。

次の試験では、ソフィーから指示が出ている。

またネームドとやり合わせろと。

アリスが加わるとは言え、ネームドとの戦闘は、双子には少しばかり早すぎる。バトルミックスの実戦投入はまだまだ容認できないし、そこそこ強いネームドが出てくる場合、騎士団にも傭兵にも大勢死者が出るのは確実だ

フィリスが支援するにしても、全員を救助するのは厳しいだろう。

相変わらず、無茶を言ってくれる。

ソフィーは多分、今頃深淵の者本部で、緻密な計算をしているのだろうけれども。

その計算が。

あまりにも双子には優しくなさ過ぎるのだ。

それにロジェの動きも気になる。

下手な動きをされると。

ロジェを殺さざるを得なくなる。

その場合、双子はイルメリアに対する信頼を徹底的に失うだろう。敵意が力になる、というならばそれはそれでいいのだが。

あの双子の場合、一度モチベーションを崩してしまうと。

多分もう立ち直ることは不可能だ。

戦いの時は迫っている。

双子を育てきれなければ。

その時は、次の周回に掛けるしかなくなる。

何度も繰り返してきた地獄の周回。

今回は一番上手く行っているのだ。

何とか最後までやりとげたい。

フィリスの支援があるならば、何とかネームドも撃退は出来るかもしれない。今はそれに掛けるしかない。

フィリスが帰って行くのを見送ると。

イルメリアは、大きく嘆息した。

双子の前には。

あまりにも巨大な災厄が。

立ちふさがり続けている。

 

(続)