邪悪を見る

 

序、早速の合同任務

 

Fランクのアトリエになった。試験を突破した。その代わり、果たさなければならない義務も増えた。

リディーは今、スールと騎士団と一緒にアダレット王都の南東に向かっている。騎士団は、騎士二位の魔族の騎士が指揮を執り、騎士三位の分隊長が三名、従騎士が十五名、傭兵二十名という大所帯だ。このうち騎士四名には、錬金術の装備が支給されている。従騎士は一応お揃いの鎧を着ているが、しかしながら傭兵達は装備からして雑多だ。

このほかに、錬金術師として以前話したパイモンさんが来ている。流石に公式の討伐任務だ。いきなりFランクに昇格したばかりの錬金術師だけでは不安と国も思ったのだろう。なおスケジュールは予定では三日間。二つの街を廻り、近隣の獣などを駆除する任務である。

パイモンさんは今Dランク判定らしく頼りになる。

恐らくリディーとスール二人がかりでも勝てないだろう。

ただ。やはり本人が申告していたとおり、老人だった時期があるのは間違いないのだと思う。

時々しゃべり方などに、老いが出る。

それは別にかまわない。

いずれにしても、これだけの規模の部隊と連携して戦う、と言う事が重要なのだから。

「とまれい!」

隊列を組んで移動していた騎士団の先頭にいる魔族の騎士が声を張り上げると。多少不揃いながらも、皆足を止める。

廻りに知り合いはいない。

今回はアンパサンドさんもマティアスさんもフィンブルさんもいない。

それがとても不安だけれど。

その一方でパイモンさんがいる。

なお騎士四人には、錬金術の装備を追加で渡している。本当は皆に配りたかったくらいなのだけれど。悔しいけれど今のリディーとスールにはそんな力はない。ちなみにそれなりに好評だった。効果がわかり安い、という事である。

騎士団がとまったのには当然理由がある。

最初の標的である、大型の獣。

猪の群れを発見したからである。

猪といっても、背丈だけでリディーよりもあるような凶暴な奴で、ボスらしいのは更に二回りも大きい。しかも数はざっと三十はいる。

雑食で、極めて獰猛。

猪は猪突猛進なんて言葉もあるけれど。

実際には機動力に優れていて。

走るときもまっすぐでは無く、急激に曲がることもできる。

人間が思っているよりもずっと頭が良いし、戦闘力も高い。それが猪という生物なのである。

だから誰も油断しない。

少なくとも此処にいる戦士達は、猪がどれだけ獰猛か、よく分かっているのである。勿論あれほどの群れとなると、ちょっとやそっとの傭兵団に守られた商人の隊列くらいだと、襲われればひとたまりもないだろう。

「ではリディーどの、スールどの、予定通りに」

「はい」

「わかりました」

リディーは騎士に頷くと。

せっせとフラムを敷設。

急いで敷設するが、まだ距離があるから、猪は気付いていても此方を見ているだけである。

攻撃射程に入っていない。

そう考えているのだ。

勿論、もう少し近付けば、躊躇無く襲いかかってくるだろう。基本的に荒野の獣は、人間を襲い喰らうのだ。

「フラムの敷設終わりました!」

「よし、総員距離を取って陣形を組め! パイモンどの!」

「応」

パイモンさんが取りだした石。

それが光り出すと。

周囲から、一瞬光が消え。

そして、爆裂した。

猪の群れの中心に、特大の雷撃が着弾したのである。パイモンさんお手製の錬金術装備、雷神の石。

文字通り雷神の槌がごとき一撃を、相手に叩き込む必殺武器である。

猪の群れの半数が今の一撃で吹っ飛び、或いは感電死。

凄まじい破壊力である。

更に、ボスが吠え猛り。

群れが突貫してきたところで。

フラムを起爆。

一斉に消し飛ばした。

それでも生き残りが数匹、煙を突き破って突進してきたが。其処に待っていたのは、一糸乱れぬ従騎士達の防御陣。

しかも騎士達がシールドまで展開していた。

めちゃめちゃに突き殺され、斬り殺される残党の猪。逃げようとするものもわずかにいたが。放たれた矢が容赦なく彼らを貫き。とどめにパイモンさんが放った雷神の石の第二射で、わずかな生き残りも黒焦げになった。

「よし、死体を回収、解体せよ」

騎士を率いている魔族は流石に堂々としていて、戦いがあったのに興奮している様子さえもない。

巨大な体格から見ても、その風格は圧倒的で。

各地の街などで、少数しかいない魔族が仕事に困らないというのも納得出来る。

そして風格だけではなく、リディーには見えていた。身に纏っている、強力な魔力が。人間四種族の中で、最も数が少なく、最も強い種族。それが悪魔族とも呼ばれる魔族達である。

これだけの一目で分かる強さがあるのだから。

街の守りの中核として、頼りにされるのは当然だろう。

猪の死体を集めて、黒焦げになっていないものを回収している間も、油断なくパイモンさんは周囲に目を光らせている。

また、リディーも、スールともども、討伐任務に出る時には、回収には加わらなくても良いと言われていた。

こう言うときが。

一番危ないからである。

最大戦力である錬金術師がいつでも動けるようにしておくこと。

それがアダレット騎士団との合同討伐任務における基本の基本なのだそうだ。

周囲の戦力が知り合いで、しかも頼りになる場合は良い。人手が少ない場合は、自分で動かなければならない。だが今回は、知らない相手との連携任務だ。こう言うときは、役割分担をする必要がある。

イル師匠にも同じ事は言われている。

逆に言うと、もうFランクの時点で、討伐任務における最大戦力と認識されるという事である。

錬金術師がどれだけ稀少で。

どれだけ必要とされるか。これだけでもよく分かるというものだ。

死体の回収が終わり、荷車に燻製にした肉や皮などを放り込んでいく。荷車といっても、四頭立ての馬車。

この人数が食べて移動するのに充分な食糧も積まれている。

そして後片付けも全て終わると。

移動を開始した。

今日中に、もう二つ。

小さめの獣の群れを駆除しなければならない。

錬金術師が大事にされる前は。

この程度の相手でも、騎士団は相当な消耗を覚悟しなければならなかったと聞いている。ミレイユ王女が血染めの薔薇竜と怖れられながらも。一方で、その治世を歓迎する風潮が強いのも。

リディーには納得出来る。

丘を回り込むようにして移動し。

とぐろを巻いている巨大な蛇を確認。

まだネームドにはなっていないが。

それでも相当な戦闘力を持つに至った獣だ。

今のうちに倒しておかなければならない。

事実あれは、この間この近くの街道を通った商人と護衛の傭兵達を襲撃。既に死者が出ている。

食われてしまった人達は無念だっただろう。

他にも被害が出ている可能性はある。

今回、もっとも優先度が高い撃破対象だ。

「全員、シールド全開!」

突然パイモンさんが叫び、少し遅れて騎士達がシールドを展開する。リディーも詠唱が間に合って、シールドを張った。

寝ているフリをしていた蛇が。

空から、凄まじい巨大なつららを、数十本も降らせてきたのは直後だった。

シールドにひびが入る。

一撃ごとに強烈な衝撃が来て、地面が揺れる。

シールド解除。

蛇が、もう至近に。

時間差攻撃を一体でこなす。

本当に知能がないのか。

辺りの地面には霜が降りていて、今の冷撃が如何に強烈だったかは、言われなくても分かるほどだった。

口を開けた蛇は。

その口だけで、馬車を丸ごとくわえる事が出来そうだが。

その口を貫くようにして、パイモンさんの雷撃の石が稲妻を放ち、撃ち抜く。

それでも体を振るって抵抗する蛇に、スールがフラムを投げつけ、爆破。

蛇がシールドを展開して防ぎ切ってはいたが、全身から煙を上げている。

勇敢に、一斉に襲いかかる従騎士と傭兵達。

更に魔族の騎士が、お返しとばかりに、火炎の魔術を展開。一気に巨大な蛇の体が松明と化すが。

そう簡単には死なず。

うねり暴れ狂う。

従騎士達がその巨体にはじき飛ばされ。傭兵達が悲鳴を上げて下がる中。

また、周囲が冷え込み始める。

これだけ攻撃を浴びていても、詠唱しているのか。まさか、あのうねるのが詠唱なのか。いや、違う。多分舌を少し動かすだけで詠唱している。

まずい。この至近であの強烈な冷撃を喰らったら、シールドをぶち抜かれる。

パイモンさんが、おもむろに懐から、巨大な雷神の石……それも六連続につながっているものを出してきたのにはぎょっとしたが。

天から降り注いだ稲妻が。

一瞬で蛇の前半身を焼き尽くしていたときには。

更に呆然としていた。

普通だったら、雷が伝って、皆感電していたかも知れないが。

死んだのは蛇だけだった。

まだ少し動いてはいたが。

もう流石に無害である。

ほっとした。

リディーとスールだけでは、とても倒せなかっただろう。この間戦ったグリフォンなら、多分群れまとめて相手にするほどの獣だったはずだ。

騎士団の殉職率が高いという話は聞いていた。

これならば、当然としかいえない。

しかも此奴は、まだネームド……名前をつけて呼ばれる特殊な個体ですらない。つまりこんなのが荒野にはウヨウヨいるのだ。

呼吸を整え。

死体を捌く作業に加わる。

巨大な蛇の黒焦げになった頭はそのまま切りおとし、馬車に積み込み。

無事だった皮は剥がし。

肉も切り分け。

骨もきちんと割って、内臓を取りだす。

解体している間。巨大な寄生虫が蛇の中から出てきたが。騎士達が無造作に武器を振るって仕留めてしまう。

スールは、前ほど怖がってはいないが。

それでも青い顔でそれを見ていた。

少しずつ克服していようとしているのだ。

それはとても尊い事だと思う。

だから茶化すようなことは絶対に言わない。リディーだって、負けてはいられないのだから。

その後、近くの街により。

騎士達は、街の長老達に話をし。

野営の準備を開始する。

小さな宿場町だ。この人数はとまりきれない。リディーも特別扱いはされたくなかったので。リディーは挙手して、敢えて野営することにした。

馬車に器用にしまわれている天幕を取りだし。

従騎士達が張る。

何人かで雑魚寝をするのが五つほど。拡げると驚くほど大きくなる。

その中の一つを、女性従騎士や傭兵と一緒に使う。

見張りを交代でやるらしいのだが。

流石にそれはまだやらなくて良いと、パイモンさんに言われた。ただ敵襲時には起きて欲しいそうである。まあ、それはそうだろう。なおパイモンさんは、勿論見張りに参加する。

悔しいけれど、まだ見張りの間気を張っていられる自信が無い。

スールは集中力がもたないだろうし。リディーは体力がもたない。

今は休ませて貰う。

一応パイモンさんが防御の結界を錬金術の道具で張っていたけれど。もしも強い獣に襲われたら、それほど長い時間はもたないだろう。

街の側だからといって、一切油断など出来るわけも無い。

当たり前の話だった。

流石に地べたに寝るわけではないし。

毒虫よけの薬草が焚かれているとは言え。

その薬草の臭いが強めで。

アトリエのベッドで寝るのとは、比べものにならないほどきつかった。

スールはそれでも何とか眠ったが。

うんうん唸っていた。

リディーはどうにか眠れはしたけれど。

眠りがとても浅くて、非常に辛い。

伝説的な錬金術師は、旅をしながら世界中を回っていると聞いているから。こういった環境には慣れなければならないのだろうけれども。

それでも、今はきつくてならなかった。

そういえば、こう言うときに恋人同士で外で逢瀬、なんて事をする物語もあるが。

大嘘だとよく分かった。

とてもではないが、そんな余裕なんてない。

結界を出たりしたら、夜の闇に紛れて人間を狙っている獣に、またたくまにエジキにされてしまう。

大体あれだけの苛烈な戦いをこなした後で。

今もいつ襲われるか分からないのだ。

そんな余裕は無い。

朝が来るのが嫌に速く感じた。

起きだすと、スールは辛そうにしていたが。ともかく、いつもしている妙な動きをふらふらとやりだす。

リディーは歯を磨いて顔を洗うと。

料理を手伝う。

昨日倒した猪や蛇の肉に、野草を加えた豪快な野戦料理だが。

手伝うくらいはできる。

ぽんぽんと、ちょっと可愛い音が鳴る。

騎士団で採用している、食事の合図に使う小さなドラらしい。従騎士の一人がそれを鳴らすと。

わっと腹ぺこ達が集まり。

食事を開始した。

三交代で食事を取るらしいが。

それは当然、襲撃を警戒しての事である。

何しろ結界を張っているといっても調理の臭いは周囲に漏れている訳で。獣を呼び寄せるのだ。

街のそばだろうが関係無い。

だからこうやって、慎重すぎるくらいに動かないといけないし。

更に言うと、音もあまり響くものは使えない。

リディーもスールを誘って食事にするが。

スールは露骨に嫌そうな顔をしていた。

「なんての。 大味?」

「仕方ないよ。 昨日の猪と蛇だし」

「!?」

「戻したら許さないからね」

人を食べた獣。

そう思ったのだろうが。

しかし、そんな事をいったら、荒野の獣は人間を例外なく襲うのだ。この間のグリフォンにしても、人を喰らっていなかった保証は無い。

此処は食べるしかない。

真っ青になったまま、何とか完食するスール。

この間の絵の中で、お化け嫌いをかなり克服できたと思ったのだけれど。まだ線が細いと思う。

リディーだってあんまり良い気分はしないけれど。

それでも、スールを守ってと言うお母さんの言葉は忘れていない。

だから頑張れる。

いや。頑張らなければならないのだ。

キャンプを片付けると。すぐに次の獣の討伐に向かう。余った肉などは、街に提供してしまう。毛皮にしても肉にしても。暖を取るのにも、服を作るのにも役に立つ。なお金は取らないそうだ。税金で既に受け取っているから、らしい。

騎士団と街の人間の信頼関係を、そうやって構築しているのである。

勿論タチが悪い騎士には、悪さをする奴もいるかも知れないけれど。

そういう騎士は、いつの間にか事故死するという。

アンパサンドさんに以前聞かされた噂だ。

しばし歩いて。

次の獣の群れを見つける。これを片付けたら、今回は王都に帰還する。相手はキメラビーストが数体。グリフォンと双璧を為す危険な獣で。食肉目の体と、蛇の尻尾を持つ合成獣だ。しかも蛇の尻尾には頭もついていて、魔術を使う事も普通にこなす。ネームドになるのもかなり早いという。

つまり見つけ次第早々に仕留めないと危険、という事である。

三体のキメラビーストは、唸りながら体勢を低くし、詠唱を開始する。

戦闘は、即座に開始された。

 

1、まだまだ半人前

 

アトリエに帰還すると、ぐったりしてしまって。殆ど何もできなかった。身体能力が自慢の筈のスールも、ベッドに突っ伏して口一つ開かない。リディーも、ある程度まとまったお金は受け取ったけれど。それで美味しいものを買ってくることくらいしかできなかった。

つまり、料理をする余力も残っていなかった。

本来なら喜ぶべきである。キメラビーストの毛皮など、貴重なものを分けて貰ったのだから。そんな余裕さえ無かった、と言う事だ。

スールと一緒に、食事をすると。

そのままベッドで惰眠を貪る。

流石に今日はもう動けない。

遠征の疲れがどっと出て、全身をぎりぎりと縛り上げているかのようだった。

翌日もダメージがある程度残っていたけれど。

イル師匠の所に出向く。

風の爆弾、ルフトの作り方を教わる約束になっていたから、である。

シルヴァリアについても、教わらなければならない。

少しずつ、できる事を増やしていかないと。

先に何て、とても進めないのだ。

荷車を引いて、イル師匠のアトリエに。

Fランクになったといっても。

この間の騎士団との共同任務で痛感した。

実力が足りなさすぎる。

どんどん色々覚えていって。

自分を鍛えなければならない。

Gランクを突破するのに、大体一月掛かった。

Fランクはどれくらいかかるだろう。

一月で越えられるだろうか。

とてもではないけれど、そんな楽観的予想はできない。それが偽りのない本音だった。

「この間の騎士団との共同任務のレポートから始めましょうか」

「ええ……」

「数日以内には出せと言われているはずよ。 この間の不思議な絵と同じ形式で良いから、すぐに始めなさい」

イル師匠に、いきなり厳しい現実を突きつけられ。

そして言われるままに、レポートを書く。

一度書いたとは言え、相応に時間が掛かる。そして、二度、駄目出しを貰った。

ゼッテルは自分で作って見て分かったが、それほど簡単に作れるものでもないし。紙屑なんて言葉のように処理をして良いものでもない。

駄目にしてしまうゼッテルを見ると。

本当に申し訳ない気分になる。

ましてやイル師匠の作ったゼッテルは、リディーとスールが作るものとは段違いの品質だ。

泣く泣くレポートを仕上げると。まずそれを、城に提出しなければならなかった。

これについては。パイモンさんもやっているらしい。

可能な限り複数の視点からレポートを確保することにより、情報の正確性を確固たるものとする。

そういう意図があるらしい。

ともかく、昼過ぎまで掛かってレポートを仕上げた後。

やっとシルヴァリアについて教わる。

ツィンクとは何から何まで違う事を、最初に聞かされた。

まず焼き入れの作業がない。

その代わり、非常に錆びやすいシルヴァリアを、どうやって安定させるかが課題となる。

魔術と親和性が強いため。

シルヴァリアを中和剤で強化し。

更にさび止めの魔術を刻み込むことによって対応する。

武器などに加工するインゴットは、油紙などで包むことによって、さび止めをするか。或いはさび止めの魔術を書き込んだゼッテルで包んで対応する事になる。

メモを取る。

作り方だが。

ツィンクに比べると、むしろ簡単だ。

作業そのものだけについては。

鉱石を徹底的に砕き。

中和剤につけて変質させる。

此処までは同じ。

続けて、炉で溶かし。

炉から出した後冷やす。やはり鉱石の性質事に分離するので、ハンマーで砕いて分ける。溶けた金属でも平気な特殊な皿を使って、何度も炉で熱しては冷やし、その度にハンマーで砕いて分ける。

わずかに分けられた部分が黄金に輝いている。

これがゴルトアイゼンかと思ったが、イル師匠は違うと言う。

「これは単にきらきら輝いているだけの別の鉱石よ。 殆ど価値は無いわ」

「そうなんですか!?」

「ゴルトアイゼンの鉱石はそれね。 見た目はむしろ地味なくらいで、しっかり処置しないと真の価値は引き出せないわ」

肩を落とす。

まあ、そう上手くは行かないか。

それに、価値が無いといっても、使い方次第で幾らでも生かせるという。取っておく意味は充分にある。

炉の温度調整や。

それによって別たれる金属の分離。

徹底的に仕込まれる。

そして、冷やして分離させた後。中和剤を必ず毎回加える。こうすることで、元々はさほど強度がないシルヴァリアを変質させ。極限まで強化させていく。

ゴルトアイゼンと上手に合金にすれば。

更に格上の金属であるプラティーンと同格の強度を得られる。

その言葉を思い出すが。

シルヴァリアのインゴット一つ仕上げるのにも、これだけの複雑な行程が必要になるのを見ていると。

とても出来そうに無い。

とにかく、一つインゴットが仕上がったので。

次は言われた通りに、同じようにしてやってみる。

やはり炉の扱いはきわめて危険なので。

イル師匠が、側でじっと見ている中での作業だ。作業工程が終わる度に、丁寧にアドバイスをしてくれる。

一つずつをメモしながら。

スールと一緒に作業をする。

炉の熱の調整や、インゴットそのものの処理はスールにやってもらい。

リディーは中和剤の調整や。

細かい部分の見極めを行う。

程なく完成したが。インゴットの出来は、露骨すぎるほど違っていた。

何というか、輝きが出てこない。

イル師匠が作ったシルヴァリアは、非常に上品な銀色なのに。

何というか輝きがしぶいのである。

「13点」

「うわ、今までで最低点……」

「ごめんなさい、イル師匠」

「謝る必要はないし、こればかりは反復練習するしかないわ。 今日はまだ少し時間もあるし、材料もある。 ルフトを作る前に、シルヴァリアのインゴットをもう一つ作って見ましょうか」

言われるまま、またシルヴァリアのインゴットを作る。

先の反省を生かして、丁寧に作り直していくが。

しかしながら、簡単に上達するわけがない。

気を遣って作業を続けるけれど。何かイル師匠には、リディーには見えていないものが見えているとしか思えない。

やがてできた品も。

15点と、厳しい評価を貰う事になった。

それでも出来は良くなっているのだ。

マシだと思うしかない。

続いて、ルフトの作成に入る。

ウイングプラントは、できるだけみずみずしい方が良いのかなと思ったけれど、違った。いきなり酸につけて溶かして、構造体だけ取りだすという。

「ウイングプラントは、その強固な構造体を利用して、魔術を自身に刻み込んでいるような構造をした植物なの。 逆に言うと、身の部分は爆弾を作る際には一切必要がないし、むしろ腐るから不要よ」

「へ、へええ……」

「こうやって、酸につけて身を落とした後、丁寧に水で洗う。 この時使う水は最初は井戸水でかまわないけれど、最終的には高純度の蒸留水を使った方が良いわね。 そして酸の影響を排除してから中和剤につける」

なるほど。

これについては危険度が小さいからか、イル師匠は最初からやらせてくれた。

言われた通りに手を動かして、少しずつウイングプラントを加工していく。

程なく、中和剤にて変質し。

何倍にも風圧を発生させられるようにした、素体ができる。

その素体の底に、魔法陣を仕込む。

極めて簡単な魔法陣だった。

「ウイングプラントは、条件が整うと、種を上空高く飛ばして、葉を翼代わりにして別の地方へと飛ばす植物よ。 とはいっても殆どは荒野に根付けはしないのだけれどね。 だから魔術も極めて簡単。 風を発生させる、それだけよ」

その風を発生させる基点となる簡単な魔法陣を、小さなインゴットに刻み込み。

酸で構造体だけにしたウイングプラントを固定。

更に周囲を、ゼッテルで覆い。

ヒモで固定する。

このゼッテルには、逆に風を封じ込める魔法陣を仕込む。

そうすることにより、内部で爆発的に発生した風が。魔法陣をぶち抜くときに、更に致命的に荒れ狂うから、だそうである。

「縛り方はこうよ。 耐えきれなくなったルフトが、自壊したときに、風が意図しない方向に指向すると……」

「あ、ごめんなさいイル師匠、分かりません」

「こほん、要するに自分達に、刃物より切れ味が鋭い風が吹き付けてこないように、周囲全体を薙ぎ払うようにするのよ」

「……」

スールが絶句して、こくこく頷いた。

そういえば、スールは用語の類にとても弱い。

その一方で、本質について見極める能力は非常に高いので、多分錬金術師としては、今後それを武器にしていくのだろう。

何度も作り直しをして。

そして出来上がる。

ゼッテルで包んだ、長細い爆弾。

これがルフトだ。

早速外で試してみる。

魔力を含んだ、殺意に満ちた風が、爆破地点に荒れ狂い。地面を抉るほどの破壊力を見せつけて、収まった。

なるほど、これは凄い。

フラムにまるで劣っていない。

あの風の中に入りでもしたら、全身ズタズタだろう。

獣相手にも、充分な殺傷力がある筈だ。

「19点」

「おー。 師匠、良い感じですか今の!」

「19点で満足していては駄目よ」

調子に乗ったスールが、イル師匠に呆れられるが。

ともかく、これは思ったよりも多分ずっと良い結果だろう。それならば、そのまま結果を伸ばしていけば良い。

一度アトリエに戻った後。

騎士団に納入しなければならない土木作業用の発破について、考える。

とにかく土木工事用なので。

投げる必要はない。

大型でかまわないから、威力だけを追求する。

威力も大きすぎると危ないから。

大型で、二段階セキュリティは当然導入するとして。何かもう一工夫欲しい。

二人でああでもないこうでもないと夕食を作りながら話をする。

ほどなく、結論が出た。

「埋めて使うんだよね、要は」

「うん、そうなるね」

「スーちゃんが思うに、フラムってそういえば爆発が漠然と廻り全部に拡がっているよね」

「……!」

そういえば。そうだ。

例えば大きな岩などを砕くとき。

さっきイル師匠が言っていた様な、指向性が必要になってくるのではあるまいか。

夕食の前に、近くにある見聞院にひとっ走りして、本を借りてくる。

爆弾関連の本は幾つかあったので、参考になるかと思ったのだ。

夕食が冷える前に、見つけて家に戻る。

そして、夕食を食べた後、二人で読んで見た。

「これじゃない?」

「うん。 ピンポイントフレアって読んでいるらしいね」

さっきルフトでやっていた事を、敢えて逆にして。

特定の方向に爆破を集中させる

これならば、岩も簡単に砕けるはずだ。

勿論イル師匠に見せてから作るが。それにしても、多分これをレシピを発想する、というのだろう。

イル師匠によると。イル師匠の知る凄い錬金術師は、一晩に二つも三つもレシピを思いついていたらしいのだけれど。

リディーにもスールにもそんな芸当は無理だ。

だから一つずつ、丁寧にやっていくしかない。

夕食を食べ終えた後。

寝る前に見聞院に行って、本を返してくる。

その後は、ゆっくり眠って。

次に備える事にした。

 

ピンポイントフレアの発想は良い。

そういって、イル師匠は多少の手直しをした上で、レシピを許可してくれた。ただし、マニュアルもつけるように、と。

マニュアルを書かなければならない、と言う事か。

「マニュアルは簡単なほどいいわ。 理想で言えば、絵がついていると完璧よ」

「頭が悪そうですね!」

「いい、スー。 現場でその発破を使う人間は、頭が良いとは限らないの。 どんなお馬鹿でも使えて、どんな状況でも効果を発揮できる。 それが理想的な発破よ」

流石にわかり易いイル師匠の説明だ。

言われたまま、まずはフラムを作る。

フラムは敢えて箱形にし。矢印を書き込んで、染料で塗る。此方に爆風が行くよと、わかり安く文字でも書く。

投げて使うものではないのだ。

これでかまわない。

話によると、ピンポイントフレアの特性を持ったフラムを的確に投げつけて、更に敵を貫く達人もいるらしいけれど。

それはとても真似できない。

こういった公共事業用の錬金術の道具は。

誰でも使えて。

誰でも同じ結果を出せなければならない。

だから、バカが見て即座に分かるくらいで丁度良い。

そういう風にも言われた。

「仕組みについては、使う人間が知る必要はないの。 この世界のただでさえ足りない人達の中には、頭が良くない人もいる。 だから、そういった人達でも、安全に使えるようにするのが私達の仕事よ」

「はいっ」

「分かりました」

「よろしい。 スー、マニュアルは貴方が書きなさい。 むしろその方が良いわ」

頷くと、まずはフラムを作って見る。

フラムはもうかなりの数をイル師匠の所で作ってきたし、問題はない。

一つ目は二人で作り。

外で実験。

爆発が一点に集中するように作った爆弾の火力は凄まじく、文字通り岩を粉々に吹き飛ばした。

置き石戦法で、戦闘にも使えるかも知れない。

此奴を至近距離から直撃させたら、満遍なく爆発するフラムとは、桁外れの火力をたたき出すはずだ。

ただし当てるのが難しい。

何かしらの工夫が必要になってくるだろう。

後は、スールがマニュアルをイル師匠に教わりながら書く。本当に絵で良いのかと聞き返していたが。イル師匠は、良いと頷く。それでやっと納得したのか。スールはマニュアルを、誰でも分かるように、簡略に書き始めた。

その間リディーは、アリスさんと座学。

戦略と戦術について教わり。

魔術の練習もする。

獣の腕輪だけではなくて、そろそろもっと強い道具もいるかなと思ったけれども。

残念ながら、まだまだ手が届かない。

或いは、あのアクセサリの本にヒントがあるかも知れないけれど。

まだ生かすのは先の話になりそうだ。

できた、とスールが叫んでいるのが聞こえた。

苦笑いしながら、勉強を進める。組み手も。

貧弱体質を、少しで良いから改善したい。

そう思っているのは。

リディーも同じなのだ。

夕方までみっちりしごかれて。

それでうきうきのスールと一緒に帰る。

なんと、フラムの作成についてはもう自宅でやっていいとお墨付きを貰った。まだ金属加工は駄目だ、と言う事だけれども。それでも、シルヴァリアのインゴットを幾つも確保する事にも成功している。

インゴットはそれぞれが相応の高級品だ。

ちょっと頭を絞れば、アクセサリの類を作れるかも知れない。勿論身につけて、能力をパンプアップするためのものだ。

帰路を歩きながら話す。

「ねえスーちゃん、思ったんだけれど」

「なに?」

「スーちゃんの靴さ、もっと脚力強化出来たら面白そうじゃない」

「足の力だけピンポイントで上げるの?」

頷く。

現時点で、スールの拳銃の弾の火力を上げるのは無理だ。スールにできるのは、恵まれた身体能力を生かした蹴り技と、爆弾の正確な投擲。

いきなり強くなるのは無理。

だったら、少しずつでも、苦手な部分を改良していくしかない。

まず一番得意な部分を伸ばす。

銃弾の威力を上げることに関しては、今後イル師匠に相談していけば良い。

そう話すと。

スールは考え込んだ。

「そうだね。 なんというか、流石にアンパサンドさんみたいに、細かく動きを制御して、結果速くなるってスーちゃんに向いていない気がする」

「こら、そうやって投げ出したら駄目だよ」

「ごめん、そういう意味じゃなくて。 ええと、筋力なら上って言われているんだし、それを特化で伸ばせれば、確かに戦闘でもっと役に立てるかも」

「うん。 それで靴にさ」

もうアトリエについたので。

前にラブリーフィリスで買ってきた、アクセサリ関連の本を見る。

ざっと見た感触だと。

なるほど。

靴につける装飾品というのは、かなり限られている。場合によっては、靴をそのまま作った方が早いかも知れない。

しかしながら、足だけピンポイントで強化するとなると。

獣の腕輪と同じように考える。

今はグリフォンの皮膚や、この間の騎士団との連携任務で分けて貰った蛇皮など、強い皮素材がある。

靴は木素材よりも皮素材の方が柔軟で、なおかつ足を痛めない。

幾つかの皮を出してくるが。

猪のと、蛇のを組み合わせるのが良さそうだ。

蛇皮を見ると、スールは露骨に嫌そうな顔をしたが。これを使う事は、むしろこの蛇に殺された人達への供養になるし。蛇に対する復讐にもなると説明して、どうにか納得させた。

とりあえず翌日、鍛冶屋の親父さんの所に出向く。

靴の作り方について話を聞くと、実はかなり複雑な設計図と、加工が必要だと言う事が分かった。

そういえばスールが履いているブーツも。

考えてみれば、そんな立派なものだ。

あれ。

これ、お父さんが作ったんだっけ。親父さんに作ってもらったんだっけ。どうにも思い出せない。

「戦闘を想定したものだと、更にタフさが必要になるな。 今履いている靴は……ちょっと見せてみろ」

「此処で脱ぐの?」

「いかがわしい言い方するな。 ほら」

スールが靴を脱いで、親父さんに見せる。

本職らしい厳しい目で見ていたが。

この様子だと、親父さんが作ったものではないか。

「これと同じものを作るには、相応に金が掛かるぞ。 ただ、同じものを作って更に脚力を上げるというなら……確かに獣の首くらい容易に蹴り折れるかも知れないな」

「魔術の強化無しで、ですか!?」

「すごい!」

「……ともかく、素材としては、それらの皮だとちょっと力不足だな。 もう少し強い獣の皮が好ましい。 見てくれにこだわらないなら、キメラビーストのはないか」

そういえば。少し貰っていたか。

あれはそんなに良い皮だったのか。

すぐにアトリエから、この少しだけ間分けて貰ったものを持ってくると。親父さんは頷く。

「良い皮だ。 これなら充分だな。 ただ、今のその靴も充分まだまだ履けるって事を忘れるなよ。 加工するならいいな。 値段は……」

うっと思わず呻く。

かなりお高い。

そして、疑問に思う。

この靴、この大きさ。

子供の頃から履いていた筈が無い。いつ、誰にもらったっけ。それが、どうにも思い出せない。

もうこの靴を履くようになった頃には、お父さんは壊れてしまっていた。

ならば誰が。

分からないけれども、ともかく。この靴と同じデザインで、力を強化出来るなら、言う事はない。

アトリエに戻ると、どうやって強化をするかを考え始める。

とにかく、まだまだできる事は少ないのだ。

一つでも多く、できる事を順番に、確実に、片付けていかなければならない。

そしてまず第一に、真っ先にやらなければならない事もある。

「リディー、発破作ろうよ。 早めに納入分は作った方が良いよ」

「うん、スーちゃん、待ってて」

本を閉じると、リディーは深呼吸した。

まだ、自分は半人前なのだ。

まずは土台をしっかり固めて。

そして、色々と出来るようになって行かなければならないのだ。

 

2、事業における錬金術

 

最初、発破を納品したとき。そのデザインとマニュアルを見て、ぷっと噴き出した役人。まあ当然だろうなとリディーは思ったけれど。スールは当然反発した。

誰でも使い方が分かり。

誰でも安全に使える。

その上効果はお墨付きだ。

そういって、イル師匠のサインも見せる。

勿論役人は受け取ってはくれた。イル師匠のサインがなくても多分受け取ってはくれただろう。

もしも問題があったなら。

後で返品かつ作り直しと、以前貰ったスクロールに書かれていたので。

だからそれはもう気にしない。

イル師匠に言われた通りに作ったのだ。

もう問題は無い。

気にしないで休む事にする。

「イル師匠、ああはいっていたけれど、本当に良いのかなあ」

「何だかすっごく馬鹿にされた気がする!」

「スーちゃん、気持ちは分かるけど」

「おや?」

いきなりスールが足を止める。

手をかざして見ている方で、女子達がキャーキャー騒いでいるのが見えた。その中心にいるのは、嫌みな程の美形の青年。周囲にキラキラ光が舞いそうな程の整った顔立ちである。

どうやら錬金術師らしい。

「わ、すっごい美形。 アトリエランク制度の参加者かな」

「ふーん」

「スーちゃんって、美形に興味ないんだっけ」

「色恋には興味はあるんだけれど、見てくれには何というかぴんと来ないんだよね。 だって美人なんか三日で飽きるって言うでしょ」

リディーはそれなりに美男子には興味があるのだけれど、スールは非常にこの辺りがドライだ。

ああ、勿論美男子といっても。

マティアスさんのような人はお断りだが。

双子でも、結構この辺りは違う。

特にスールの場合、何だか男子にも勿論女子にも興味が無さそうなのである。

恋愛沙汰にまったく興味が無いというのは、ちょっと不思議な感覚だ。

とにかく、アトリエに戻る。だいたいの場合、翌日には結果が届けられるはず。品質に問題が無いことを確認できたら、次からはそれもこなくなるだろう。発破を作って良いと言う許可ができたのは大きい。

勿論油断したら一瞬で手指が吹っ飛ぶ危険な調合だけれども。

少しだけ、一人前に近付いたと判断して良いのだろうから。

それと、スールが爆弾の調合を必死にやっている横で。

リディーはレシピについて考え続けていた。

靴を作り替えるのは、アリなのだろうか。

靴は頑強なら良いと言うものではない。

足にフィットする事が大事だ。

しかし、足技を主体に戦うのであれば、靴は相応に頑強でなければならない。つまり二律背反が生じてくる。

足の裏に鉄板の類を仕込むのは、多分アウトだ。

体にダメージが大きくなる。遠征になると、ちょっとずつのダメージが、目に見えて無視出来なくなってくる。

リディーだって、体の方を強化したい。

今までの戦闘で、獣の腕輪は充分な効果を見せてくれている。しかしながら、それでも戦闘はどんどん厳しくなっている。

防御力の向上。

リディーがこれには最優先課題だ。

シールドの魔術は展開までに時間が掛かる。マティアスさんがいつもガードしてくれるとも限らない。

そうなると、身体能力に倍率を掛けるべきか。

その場合、靴を強化する事にこだわることはないのではあるまいか。

布について確認。

魔法陣などを縫い込んだ錬金術の服については、本に記載があるが。それこそ目玉が飛び出すような値段がついている。

鍛冶屋では確か服も作ってくれる。靴も作れるくらいだから、まあその辺りはできるのだろう。

布を作るのがまず課題だ。

簡単な布なら、現時点でもできるけれど。

上級の錬金術の布となると。イル師匠に聞かないと分からない。まだまだ、力も知識も足りない。

インゴットを出して確認する。

シルヴァリア。錆びやすいという欠点があるが、その代わり魔術に対する親和性の凄まじさにおいて、ツィンクの比では無い。魔術に対する親和性だけなら、上位にいるゴルトアイゼンさえ凌ぐという。

ゴルトアイゼンとシルヴァリアを合金にして、欠点を解消するというやり方をするらしいけれど。

そもそもゴルトアイゼンも作れないようでは話にならない。

黒板に何度もレシピを書くけれど。

その度に消して書き直す。

どうしても、良いのが思い浮かばない。

指輪の類はまだハードルが高い。

ベルトはどうだろう。腕輪よりも更に安定性が高い上に、色々とできそうだが。調べて見ると、宝石などを仕込むと更に魔術の親和性を上げられるとある。少し考え込む。戦闘で被弾する可能性が一番高いのは言う間でも無く胴だ。

スナイプしてくる獣も、足や胴を狙って来ると聞いている。

そうなってくると、もう少ししっかりと固められるものは。

手袋は。

指先が出る革手袋。

これに魔術などを仕込むとしたら、まあ手の甲側になる。皮と布を組み合わせて加工する。

グリフォンの羽毛を引っ張り出して、調べて見る。

これは素材として大きすぎるか。

キメラビーストの毛皮は、頑丈かも知れないけれど、多分手触りなんかが良くない。蝙蝠の羽根は。

暖かくて力が出る。

これは少しばかり使えるかも知れない。

薄い膜の部分を利用して。此処に魔法陣を描き込み。更に手袋状に加工する。

その上からキメラビーストの毛皮を手袋にしてかぶせ、此処にも魔法陣を描き込む。

更にその間に。

要所、関節などの邪魔にならない場所に、シルヴァリアの小板を仕込む。シルヴァリアには魔法陣を描き込む。さび止めを表側に。裏側には筋力強化、シールド魔術自動発生、更には自動回復。自動回復の魔術はかなりハードルが高いので、今度教会に行って、以前魔術を教わった獣人族のシスターであるバステトさんに聞いてくる必要があるだろう。

後は手袋を実際に作って見て、小板を仕込んだときの「不快感」が問題になってくる。

革手袋を取りだしてきて、嵌めてみるが。

やはりなんというか、革手袋は手を圧迫する感じがして、若干ストレスを感じる。長時間つけていると、あまり良い事にはならないと思う。

「よーし、発破用のフラムできたよ! スーちゃん会心の出来! リディー、見て見て!」

「うん、良く出来てると思うよ」

「えへへー」

スールが無邪気な笑みを浮かべているが。

その間、何とかレシピを完成させたい。

手袋を二重に嵌めて、小さな木片を挟んで試してみるが、やはり違和感が結構ある。それなりに分厚い手袋にする必要があるか、それともいっそガントレットにしてしまうか。

シルヴァリアを見る。ガントレットくらい、五セットは作れる筈だ。しかしそうなると錆が問題になるが。部品ごとにさび止めの魔法陣を組み込まなければならなくなる。

やはりガントレットは無理か。

違和感を一番感じにくい場所は。試してみると、指の第二関節だ。手の甲や第一関節はかなり動くけれど。第二関節が一番違和感がない。第三関節は長めだけれども、人によってかなり長さが違う。いっそ指先。いや、それだと戦闘時の苛烈な打撃に耐えられない筈である。

掌は論外。

いや、まて。

発想の転換が必要だ。手袋を嵌めて、手首につけるようにしたら。留め金に一体化させたら。

それだ。少し大きめに手袋を作り、そして留め金の部分で、ベルトの中に分けて二つ仕込む事が出来る。

こうやって仕込めば、恐らくは魔法陣も二つ、いや表裏で四つは刻み込めるはず。

うんと頷くと、レシピに仕上げる。

リディー式ナックルガード。

ガントレットみたいに、ツィンクでまるごと手袋を作るより、この方が多分遙かに強固な防御力を得られる。

魔法陣は四つ仕込めるが、その内二つはさび止め。これは仕方が無い。残り二つは、防御力強化と常時回復で良いだろう。両手につける事は今は考えなくて良い。作る時の負担が倍になるからだ。

指先が出る仕組みだから、物を掴むのにもいいし。

更に常時回復が掛かれば、かなり戦闘も移動も楽になる筈。

早速イル師匠に見せに行く。

幾つかの問題点を指摘されたが、それでも、許可は下りた。

後は加工か。

まず、教会に出向いて、バステトさんに会う。シスターの中では、シスターグレースが一番偉くて。その下に何人かシスターがいる。パメラさんはその中では顧問のような立ち位置らしく、相当に偉いらしいけれど、常にシスターグレースを立てているそうだ。この辺りは政治的なあれこれなのか、それとも。

単にシスターグレースが有能だからなのか。

いずれにしても、今日はシスターグレースに挨拶だけして、バステトさんに話を聞く。常時回復の魔術について聞くと、少し考え込んだ後、魔法陣を描いてくれたが。もの凄く難しい。

手首に巻くベルトに書き込めるかこれ、と思うほど複雑だった。

しかしながら、この人の支援系魔術は本物で。

この人が描いた魔法陣を、魔術への親和性が高いシルヴァリアに刻み込めば相当な効果を見込める。

頭を下げて礼を言うと。

一度戻る。

シルヴァリアは少し柔らかめとは言っても鉱物。魔法陣をインクで書いたとしたら、剥がれてしまう可能性も高い。かといって毛皮に書き込むのでは性能も知れている。

イル師匠に相談に行こうかと思ったけれど。

それは止めた。

これは、自力でやるしかない。

幸い、さび止めの魔法陣はそれほど難しくも無い。これに関しては、自力でどうにでもできる。防御強化も似たようなレベルなので、問題は無い。

少し考えてから、鍛冶屋の親父さんの所に、インゴットを持ち込む。一つはシルヴァリア。もう一つはツィンクだ。

これで小片を作って欲しい事を告げて。

それから、幾つかの指定を頼む。なおツィンクは、金具用に使う。

お金はきちんと払う。

騎士団の任務に同行したとき、かなりの額を貰ったのだ。金銭で言うと、少なくとも錬金術につぎ込む資金に関しては、余裕が少しずつ出始めている。

親父さんはシルヴァリアのインゴットを見ると、まあまあとだけ呟いてから、上手に小さな欠片を打ち込んでくれた。

「此処からの加工がかなり難しいぞ。 お師匠さんがいるなら、立ち会いでやった方が良いだろうな」

「いえ、自分でやってみたくって……」

「金をドブに捨てる事になると思うがな。 インゴットも無限にある訳でもあるまい」

「……そう、ですね」

やっぱり、まだ最初は立ち会いが必要か。

アトリエに戻ると、スールも誘って、イル師匠の所に行く。

そして、金属加工について、座学を受けた。

「金属に魔法陣を刻み込む場合、相当な才能がある場合を除くと厳しいわよ。 かなりの技量が必要になってくるわ」

「やっぱり才能とかあるんですか?」

「あるわよ勿論。 私の知っている奴なんて、金属をそれこそ……」

咳払い。

何かまずい事を言おうとする所だったのだろうか。

ともかく、イル師匠が幾つか教えてくれる。

まずこのままでは、シルヴァリアの小片は役に立たない。魔法陣を刻み込んだ後、中和剤につけて更に変質させる必要がある。

幾つかの加工を経ると更に強力になるらしいが。

まだリディーとスールには荷が重いらしい。

まあそうだろう。

師匠が持ってきたのは、ハンマーと釘、金床、それにインクだ。後はペンチ。

「ペンチで挟むときは、布か毛皮を介して。 素で挟むと、シルヴァリアだと、ペンチの跡が残りかねないわ」

「はいっ! スーちゃん、お願い」

「がってん」

まず、掘る魔法陣をインクで小片に書く。

これはあくまでインクなので、書いた後も効果は出るが、本番は魔法陣を掘った後だ。インクで書くのも、相当苦労したが。その次が問題だった。

「いい、ちょっとずつ、少しずつ力を込めなさい。 一瞬で駄目になるわよ」

ハンマーで叩くと、恐らく特別製の釘だからだろう。見る間に小片に食い込む。うっと思った。これは下手をすると小片を突き抜ける。この釘、ひょっとして凄い金属なのではあるまいか。それとも、なにか加工されているのか。先端部分には絶対触るなと言われたので、ひやりとした。

冷や汗を拭いながら、少しずつ魔法陣を掘り進めていく。

スールががっちり抑えてくれているので、動く心配はないが、それでも怖い。

途中、何度かイル師匠が手を止めさせ、そして栄養剤を持ってきてくれた。もの凄くまずい。蜂蜜と何かを混ぜているようなのだけれど、吐きそうだ。だが、これが強烈に頭をクリアにする。

一通り魔法陣を刻むまで、たっぷり一刻半。

へたり込みそうになるリディーに、イル師匠がルーペを渡す。

「まだ全然駄目。 掘れていない場所があるから、これだと魔法陣が機能しないわ」

「ええー」

「見てみなさい」

確かにルーペで見ると、きちんと掘れていない場所がある。これ、想像以上に難しい作業ではないのか。

「万力を使う手もあるけれど。 一人はルーペ、もう一人は掘り担当で」

「ええと、このままもう少しやってみます」

「……」

イル師匠の表情は厳しい。それが、素材を無駄にしようとしている弟子に対する怒りなのか。そうではないのか、リディーにはよく分からなかった。

やっとの事で、一つ魔法陣を掘り終えたのが一刻後。

もう一つやろうと思った所で。ふつりと意識が途切れた。

 

集中して頭を使いすぎて倒れたのだと、後で聞かされる。

ともかく目が覚めるとイル師匠のぬいぐるみだらけのベッドで寝かされていて。

アリスさんに手当てされていた。

起きた後は翌日、と言う事で決まったけれど。スールも相当に疲れた様子だった。

「持ってるだけであんなに辛いとは思わなかったよう」

「金属加工、難しいね」

「それがさ。 聞いたんだけれど、上手い人はあれを簡単にこなすんだって」

「うっそ……」

絶句。

イル師匠も当然その上手い人に入るのだろうし。

何しろFランク成り立ての錬金術師にやらせているのだ。本当に上手い人は、異次元の腕前なのだろう。

思わずほぞをかみたくなるが、ぐっと我慢してアトリエに帰る。

今日はもう何もしないで寝ろと言われているので、帰りに出来合いを買って、家で二人で食べる。

お父さんが帰る頻度は、更に減ってきていて。

もう殆ど見かける事もなくなっていた。

騎士団に通報しようかと時々不安に思うのだけれども。

城門を出られないだろう。

イル師匠のような規格外だったら兎も角。

お父さんは流石に其処までの実力者ではないはずだ。

騎士が錬金術師の道具と一緒にガチガチに固めている全ての城門。

獣が入り込まないようにするためだから当たり前だが。

それを強行突破出来るとはとても思えない。

アンパサンドさんがこの間調べてくれたけれど、城門を通った記録はないらしいので。外にはでていないのだろう。

そして当たり前のように、時々ふらりと帰ってくる。

意味が分からないけれども。

それでも我慢するしかない。

お父さんを嫌いになってしまっている今でも。死んでしまえとは、口には流石にできない。

出来合いを無理矢理おなかに詰め込んで休む。

スールは熱心に爆弾の調合をしているが。

釜ごと手指を吹っ飛ばさないか心配だ。

今のところ事故は起こしていないが。釜に向かっているスールの顔はとても真剣で、リディーが滅多に見ないほどである。

地下室から、また何か聞こえるが。

それはもういい。

あの絵から、何か聞こえてきているのだろうから。

不思議な絵の怖さは充分に思い知っている。

今更地下室に入ろうとは思わない。

疲れ果ててしまったので、そのまま寝落ち。朝起きると、寝間着にも替えずに、スールがそのまま横に寝ていた。

起きだしたスールに、顔を洗うように促すと。

自身も軽く調合の練習をしてから、今日も二人でイル師匠の所に行く。

昨日の続きをやるが。

その前に、イル師匠が、シルヴァリアの手入れについて教えてくれた。

主に錆取りのやり方を、である。

鉄以上に錆びやすいと言う事なので、さび止めの魔法陣を彫り込んでいない今は、手入れが必須なのだという。

細かい所まで作業を行ってから。

昨日の続きに入る。

やっと、師匠が最初の魔法陣に納得してくれたのが夕方。次のを掘り終えたのは、次の日の昼だった。

もう一つの小片に手を入れて。

更に手袋の形にまとめる。

手触りも良いし。

何よりも全身がわき上がるように温かい。これが、常時体力回復の魔術を、魔術と親和性が極めて高いシルヴァリアで増幅した結果か。

革製とは言えナックルガードとしては、充分な防御力も発揮するはず。

流石にコストが掛かりすぎるから、右手分しか作れない。

もっと上手になって来たら、両手分作って。其方は筋力強化と、後は自分の魔力でも増幅する効果をつけたい所だ。

スールにも渡して、付け方の説明をする。

所々に大きさを調整出来る機構をつけているので、手が小さくても対応出来る。

これも魔術で自動対応出来ればいいのだけれど。

そう思っていることを見透かされたのか、咳払いされた。

「最初の内は、とにかく何でもかんでも機能を盛り込もうとしない事よ。 そういう道具を作れるようになるのは、最低でも一人前になってから」

「はい、師匠」

「分かっています!」

「よろしい。 その手袋は、今の時点では充分なできよ。 ただ、さび止めの魔法陣を彫り込んでも、それでもたまには錆の手入れをしなさい。 ゴルトアイゼンを作れるようになったら、その時はまた話が別になるのだけれどね」

頷くと、アトリエに戻る。

アトリエに戻ると。

見計らったようにマティアスさんが来て、スクロールを渡してくる。

一泊二日での討伐任務だ。前の討伐任務から時間が経っていないが、こればかりは仕方が無いだろう。

いつ危険な任務があって。

そしてそれがリディーやスールを同行させても大丈夫かどうかは分からないのだから。

「今回のは来月の任務の前借りになるらしいから、多分しばらくは討伐任務はないと思うぜ」

「どこから聞いたのそんな話」

「え? ああまあな」

適当に誤魔化すマティアスさんだが。

まあこの人も、リディーとスールを監視する役割を担っているのだろう。その辺りを追求するのは野暮だ。

スールに手袋を渡す。

「これ、使って」

「えっ!? いいの」

「勿論私の分もこれから作るよ。 最初に使うのは、やっぱり前線に出る可能性が高いし、いつも怪我するスーちゃんからがいいかなって」

「……分かった」

何度か、指ぬきの手袋をして、にぎにぎするスール。

これを五人分。

余裕ができてきたら更にもう片手の分。

いずれにしても、相当な手間だ。

或いは、もっと腕が上がれば、それこそ片手間にできるようになるかも知れないけれども。

それは近い未来の話では無い。

任務は翌日。

そして、その任務は。

忘れられない内容になった。

 

3、許されざる者

 

またパイモンさんがいるのを見て、少し安心する。この人ほどの錬金術師がいれば、並大抵の獣に遅れは取らないだろうと思ったからだ。

しかしリディーに、パイモンさんは苦笑いする。

「わしは以前若き俊英錬金術師二人と旅をした事があると言った事があったかな」

「はい。 聞いています」

「その二人と一緒でさえ、危ないと思った事が何度もあった。 ネームドや、ドラゴンがいきなり襲撃を仕掛けてくる事もある。 そうなったら、わしでは守りきれない可能性もある。 荒野に出るというのはそういう事だ。 気を付けてくれ」

「は、はいっ……」

思わず声が上擦る。

騎士達も、寡黙になっているが。もっと寡黙なのは傭兵達だ。

損耗率の高さ。

錬金術師が加わっても。獣との戦いは命がけ。

ましてや今回は、ベテランはいるが。ルーキーもいる。

過酷な仕事について、嫌と言うほど分かっているからなのだろう。特に傭兵達の中には、冷や汗を掻いているものも多かった。

こう言うとき、もうすぐ結婚するんだとか、子供が可愛くて、とかいう話は絶対にするなと言われているらしい。

何でも死神が迎えに来るとか言う伝承があるらしく。

また、べらべら喋っていると、緊張が解けて失敗の規模が酷くなるらしい。

スクロールに一泊二日と書かれていたが。

行く場所を聞いて愕然とする。

騎士の隊長らしい、魔族の騎士が、集合している従騎士や傭兵達に声を掛ける。

「今回の遠征は既に皆も聞いていると思う。 大物狩りが二件ある。 用水路近くに強力な獣が住み着いている。 それを撃破するための駆除作業が最初だ。 用水路近くには、獣よけの仕組みがあるが、老朽化しており、近々錬金術師が手入れをしてくれる予定だが、それまでに強力な獣に侵入されると面倒な事になる。 知っての通り、水中の獣は巨大で強大だ。 皆くれぐれも油断せぬように」

「おいおい、マジかよ……」

絶句する獣人族の傭兵。

従騎士の何人かも、真っ青になっている。

外では絶対に川には近付くな。

何度も言われることだ。

水中に住んでいる獣は、陸上に住んでいる奴よりも大きくなる傾向が強い。動きが鈍くなるかというとそうでもない。

つまり強いと言うことだ。

そんなのが、何十匹も現れたりしたら。

洒落にならない。

ともかく、一団は門を出て、用水路に沿って歩く。

強力なシールドが張られているのが分かる。これなら獣も近づけない。しかも森の中だから。獣は暴れない。

問題は、森を抜けた辺り。

大きな設備があって。

その近くで、部隊は散開した。

「パイモンどの、雷撃を川に叩き込んでいただけるか」

「……シールドは耐えられるだろうか、騎士どの」

「恐らくは……」

「しばし待たれよ」

雷神の石を掲げると、パイモンさんが強烈な雷撃を川の中に叩き込む。しかしながら、それはかなり手加減したものであったようで、魚くらいしか浮いてこない。

街の中にある水路に住んでいる魚よりもかなり大きく。

見るからに獰猛そうな奴ばかりだった。

しかも、浮いてきた魚が、見るまにばくばくと巨大な獣に食い荒らされていく。凄まじい光景だ。見る間に真っ赤に川が染まる。

落ちたら。

助かるわけがない。

「駄目だな、騎士どの。 今かなり威力を絞ったが、シールドがもたぬよ」

「む、ならば……」

「少し荒っぽくなるが、手を変える。 川の中に獣が嫌がる音を流し、一斉に引っ張り出す」

「おいおい、嘘だろ……」

傭兵達があからさまに浮き足立つのを、魔族の騎士が掣肘する。

パイモンさんが取りだしたのは、四角いキューブだ。使い捨ての爆弾のような道具だとみた。

リディーが頷くと、スールを促して、先に爆弾を仕込んでいく。騎士が指揮を執って、皆をその爆弾の向こう側に布陣させる。

頃合いを見計らって。

パイモンさんが、起爆した。

人の耳には聞こえないのか。

殆ど誰も反応しなかったが。

獣への効果は激烈だった。

おぞましい程大きな獣が、何匹も川から跳び上がってくる。触手がたくさん生えた奴、とんでもなく大きなぷにぷに、それにおっきなトカゲみたいな奴。いずれもが、今の音を立てた相手(リディー達だ)を見ると、殺気を込めて突撃してくる。

起爆。

適切なタイミングで、置き石の爆弾を全て炸裂させ。

その半数以上を爆破に巻き込むが、平然と突貫してくる。

デカイというだけではなく、頑強なのは当たり前、と言う事だ。

騎士達がシールドを張るその至近。パイモンさんが取りだしたのは、六連に連なっている雷神の石。

見るのは二度目だが。二度目だから何となく分かる。あれは、魔術を連結させることによって増幅させているのか。

しかも、今回は前より明らかに収束していく魔力が大きい。

前は、あれでも手加減していたと言う事だ。

「耳を塞げっ!」

パイモンさんの荒々しい声と同時に。

世界から、一瞬光が消え。

続けて炸裂した。

多分王都まで聞こえたはずだ。

雷撃が、辺りを蹂躙し、敵の先頭集団を文字通り消滅させる。絶句。ベテランが作る道具は、こんなに凄まじいのか。

リディーは立ち直ると、ハンドサイン。

流石に怯んだ敵集団に、スールがフラムとルフトを叩き込み、起爆する。

爆裂した爆弾が、今ので生き残った獣にも、容赦のない破壊と殺戮を叩き付け。そしてそれでも生き残った獣を、ようやく我に返った従騎士と傭兵達が、よってたかって仕留めていく。

その間もパイモンさんは、新しい道具を取り出す。

矢のような道具である。

放り投げると、しばらくクルクル回っていたが。

いきなり獣に凄まじい速度で突き刺さり、頭を貫通し。そして戻ってくる。

その獣は、今まさに、太い尻尾を従騎士の一人に叩き付けようとしているところだった。

負けていられない。

ハンドサインを出して、スールにも前線に出て貰う。

ナックルガードの増幅分で、かなり動きが良くなっているスールは、しばし前線で暴れてきた。

防御が強くなっているからより強気に出られるし。

回復が常時掛かっているから、動きも鈍らない。

思った以上に良い道具だ。

初陣としては上出来過ぎるほどだろう。

しばしして、獣の死体の山ができる。街まで近いと言う事もあって、一度街に戻り、死体を納入し始める騎士団。一匹ずつの大きさが凄まじいので、それも苦労していたが。いずれにしても、引き渡した死体は、街中を引きずり回した後。解体して使える部分は使うのだ。なお皮などの一部は分けて貰った。

そのまま、続けて次の任務に出る。今の戦闘で消耗したり負傷した騎士は任務からは外れて貰い。控えていた騎士や傭兵が代わりに入った。

今回も合計して四十人ほどが動いているが。

控えがすんなり入ったところをみると。

こういった討伐任務では、救援などを考えて、常に同規模の人員が後方で控えているのだとみるべきだろう。

単純に戦う人だけを考えれば良いのではない。

お金も掛かるわけだと、リディーは思った。

まず、水路側の装置を、パイモンさんが点検する。これには、リディーとスールも加わった。

丁寧にパイモンさんが教えてくれて、メモは取るけれど。

いつもイル師匠が教えてくれるよりも、ずっと難しい内容で。半分も理解出来なかったのは悔しい。

イル師匠が、如何に此方のレベルを把握していて。

そしてそれにあわせてくれているのか、よく分かる。

「ふむ、まだ少し難しい話だったか」

「ごめんなさい、力不足で」

「何、かまわぬさ。 わしが君達くらいの年の頃には、比べものにならないほど非力だったからな。 君達は既に半人前。 充分すぎる位だ」

呵々大笑するパイモンさん。

おじさんに見えても、実際にはおじいさんなのだとよく分かる。

ただ、応急処置をするとき、パイモンさんは別人のように怖い顔だった。まだ手伝えないと判断したのか、騎士団と連携しての見張りに当たるように指示されて。それに従うしかなかった。

程なく応急処置が終わる。

その後は、街道を急いで進み。

見かけた獣を全て処理しながら、小さな宿場町に。またキャンプを張って。其処で騎士の隊長に言われる。

「この近くで、匪賊のアジトが見つかった。 これより殲滅に取りかかる」

むしろほっとしたような顔の従騎士や傭兵が目立つ。

それに対して、此方は真っ青だ。

ついに来てしまった。

だが、やらなければならない。

この任務はついで、である。だが、荒野において戦闘力が圧倒的な獣と、匪賊は危険度で大差ない。

人間の弱みを知り尽くしているからだ。獣以上に。

獣より弱いかも知れないが。

より弱い者を効率よく殺戮していく救いがたい畜生。

それが匪賊なのである。

「日の出前に行動を開始。 夜明けと同時にしかける。 三交代で休め。 匪賊のアジトを討伐した後、近くに出たというコカトライスも討伐する。 この個体ははぐれたものだと思われるが、油断はするな。 このコカトライス処理が、大物狩りの二件目だ」

コカトライス。

グリフォンの上位種である。

この人数にパイモンさんまでいるから、多分大丈夫だとは思うが。それでも、下位のグリフォンでもあの強さだった。少し怖い。

それより最悪なのは匪賊だ。これから、とうとう人を殺さなければならない。そう思うと、やっぱり足が竦んだ。隣でスールも真っ青になっている。まあそれは、当たり前と言えば当たり前だろう。

案の定殆ど眠れず。

そして、翌朝。

起きだした騎士団と共に行動を開始したときに、パイモンさんに一声掛けられた。

「相手は匪賊とはいえ、どんな反撃をしてくるか分からぬ。 あと、恐らく衝撃的なものをみるだろう。 油断は絶対にするなよ」

「はい」

「分かってます……」

「しゃっきりせい、などとは言わぬ。 ……とにかく、後には引きずらぬように気を付けるのだぞ」

パイモンさんも厳しい表情だ。

荒野を行軍。

移動中も、見かけた眠っている獣は容赦なく処分していく。

そして、岩山の影。

洞窟があって。其処に、数人の歩哨がいた。装備も雑多。明らかに街の人間とは思えない。

「首領は絶対に生かしたまま捕まえよ。 頭の中を覗かなければならぬ」

「はっ」

頭の中を覗く。

そんな事が出来るのか。

従騎士達が、素早く展開すると。傭兵達が、そのバックアップに回るようにして、動く。

そして、陽が顔を見せた瞬間。

日光から顔を庇った歩哨を、音もなく近寄った騎士達が、仕留めていた。

流石は騎士だ。

洞窟に従騎士達が突入する。罠があるかもしれないが、パイモンさんが何か展開していて。それで大まかな位置は分かっている様子だ。先に何か指示を出していたが、それが罠避けだったのだろう。

程なく、戦闘の音が終わる。

血だらけのヒト族の大男が引っ張り出されてくる。片腕を切りおとされていて、息も絶え絶えだった。

騎士は冷徹な目でそれを見ていた。

他にも二人生きていたが。

残りは首を刎ねられたり、胴を真っ二つにされていた。

そして、そしてである。

内部から、運び出されてくる無数の骨。なんのものか考えたくも無い肉。従騎士が、騎士隊長にしている報告が聞こえてしまった。

「残念ながら生存者は……」

「そうか。 やむを得ぬ……。 パイモンどの、頼む」

「うむ」

何か道具を手につけると、縛り上げられて、もがいている匪賊の頭目の頭を掴むパイモンさん。

映像が色々出てくるが。

思わず口を押さえ。

スールは、リディーにしがみついていた。

人をさらい。

生きたまま解体し。

焼いて。

喰らっている。

匪賊とはそういうものだと分かっている。だけれど、泣き叫ぶ子供を笑いながら切り刻んで殺して喰らっている様子を見て、悟る。此奴らは、確かに獣より先に駆除しなければならない存在なのだと。ごちそうだな。そういう声まで聞こえてしまい。吐き気がこみ上げてくる。

記憶に出てくる部下の顔が全てピックアップされ。

そして、死体と照合される。

一人足りない。

そして、騎士隊長が、何の前触れもなく、魔術を岩陰に叩き込む。

バラバラに吹っ飛んだ獣人族の青年が一人。

襤褸を着たそいつが、残り一人に間違いなかった。

「近くの街との癒着は」

「……記憶を探っている限りはありませんな」

「そうか、それだけは幸いだな」

聞いている。腐りきった役人や商人、錬金術師の中には、匪賊と取引をする者がいると。そういう連中は、勿論匪賊と同罪だ。何しろそういう者達が横流しする物資は。

近くの街に生きている匪賊を連行。そして、処刑が行われた。

穴を掘って、そのまえに生き延びた匪賊達を縛り上げて座らせ。そして引っ張り出した記憶の映像を、集まって来た民に見せる。おおと、嘆きの声が聞こえる。それはすぐに処刑を求める怒りの声に変わった。

どの国でも、匪賊は即処刑と決まっている。

この荒野の世界。

人間にとっての最大の危険の一つだからだ。

人間を食った時点で、もう人間と一緒に生きていく事は出来ない。

匪賊達は目も塞がれ、口に猿ぐつわも噛まされている。

処刑刀が降り下ろされ。匪賊達の首が叩き落とされる。

鮮血が噴き出し、限界に達したらしいスールが、その場でリディーにもたれかかり、動かなくなる。

吐きはしなかったが。立ったまま気絶したのは分かった。リディーもかなり限界が近いけれども。見届けなければならない。そう思ったから、必死に我慢した。

死体を穴に蹴落とし、焼いて処分する。先に殺した匪賊も同じようにした。炭クズは、パイモンさんが持ってきた特殊な薬で溶かしてしまう。わずかに残った残骸だけを、無縁墓地に放り込んで終わりだ。

逆に被害者の遺体は丁寧に埋葬する。遺品については公開し、名乗り出るものがいたら質問と記憶の調査の末、引き渡していた。

皆、恐ろしい程手際が良かった。匪賊に対する情けは無用。匪賊は見敵必殺。知ってはいたが、凄まじい光景だった。

スールの頬を何回か叩いて起こす。そして、終わったよと告げる。

真っ青になっていたスールだが、結局吐くことはなかった。

じっと堪えていたが。

ようやく悟ったのだろう。

リディーも分かった。

如何に自分達が世間知らずだったのかを、また一つ。

 

処刑と後始末を手際よく終えた後、発見されたコカトライスの駆除に向かう。

相手は凄まじい巨大なグリフォンで、しかも見た物を石に変えるという強力な能力の持ち主。しかも爪にも毒がある。

故に、近付く前に仕留める必要がある。

先に発見する必要もあるが。

それについては、相手が巨体である事もあって、さほど苦労しなかった。

街からそう遠くない場所にコカトライスはいた。丁度何か仕留めた様子で、それを貪り喰っている。

大きさからして、多分ヤギだろう。

それも、リディーとスールが苦労しながら仕留めた奴よりも、三倍は大きい。それを苦も無く仕留めている相手だ。

パイモンさんが頷くと。

騎士団がシールドを張る。

雷神の石の六連に連なった奴をパイモンさんが取りだすと。その瞬間、コカトライスが顔を上げていた。

皆シールドを展開したまま、さっと頭を伏せる。

目を合わせなければ石化しない。

リディーとスールもそれにならったが。

殆ど間を置かずに、凄まじい業風が襲いかかってきた。

うわっと声がして、シールドを展開していた面々が悲鳴を上げる。一瞬でシールドの負荷が跳ね上がったのだ。風を起こす力があるのか。それはそうだろう。あの巨体で空を飛ぶのに、魔術の力を使っているのだ。

それを外に向ければどうなるか。

リディーもシールドの展開に加わる。怖くて顔は上げられなかったが。

だから、耳を塞ぐことができなくて。

ふつりと、一瞬意識が途切れた。

六連雷神の石からぶっ放された雷撃が、炸裂した音だと気付いたときには、悲鳴を上げながらコカトライスがのたうち回っていた。

あれの直撃に耐えたのか。

騎士のハンドサインを受けて、スールがフラムをまとめて投擲する。

炸裂。

フラムそのものも研究を進めて威力が上がっているのに。

それでも耐え抜く。

おぞましい雄叫び。

顔を上げてしまう。

そして、見た。

両目を潰されてなお、まっすぐ此方に突貫してくるコカトライスを。翼も焼かれている。というか、体が半分くらいしか残っていないのに。それでも戦意を捨てていない。バケモノ。そんな声が漏れそうになるが、現実を見ないと。

雷神の石は流石に連発はできないはずで、どうにかするしかない。

スールにハンドサインで指示を出して。

更にありったけのフラムを置き石に投げつける。

まとめて爆発するフラムで全身ズタズタになりながらも、コカトライスが突貫してくる。

騎士達がシールドを張り直し。

直後、激突。

ぐわんと、大地が揺れるほどの激突で。

至近で、前に戦ったグリフォンが子供に思える程の巨体が、爪を降り下ろそうとしているのが見えた。その腕も半分以上消し飛んでいて、骨が露出し肉がえぐれてしまっているのに。

ひゅうと音がして。

パイモンさんの方から、鎖が伸びる。それも複数。

意思があるように、グリフォンを縛り上げる。巨体だというのに、それで動きを止めたグリフォンが、暴れ狂うが。好機とみたらしい騎士が、総攻撃を指示。

自身も魔族用に誂えられたらしい巨大な矛を振るって、攻撃に加わる。

擦っただけで吹っ飛ばされる巨大な獣に。

それでも果敢に騎士達が挑む。

鎖が抑えていなかったら、死者がこの瀕死の状態でも大勢出ていただろう。

リディーとスールも加わる。

リディーは必死に魔術を展開して、筋力強化を騎士に。

スールは上がっている身体能力を武器に、駆け回りながらありったけの銃弾を叩き込み、傷口を更に抉る。

数の暴力が、漸く功を奏して。

それから四半刻も暴れ回ったコカトライスは、やっと動かなくなった。

騎士団にも傭兵にも死者はいないが。

重傷者は多数である。

荷車から薬を取りだして、すぐに手当を始める。

今度は自分から願い出て、応急処置をするとパイモンさんに言う。

少しだけ考えてから、パイモンさんも了承してくれた。

まずは消毒を行い。

それからだが。

いずれにしても、いたいいたいと悲鳴を上げて暴れるけが人を抑え。毒消しをねじ込んでから、ナイトサポートで傷を塞ぐ。千切れた腕さえつながる薬だ。ちょっとやそっとの傷なんて何ともない。

消毒には、専用に作ったお酒を使う。

飲めたものではないけれど、コレが強烈に効く。

何度か外に出る内に、アンパサンドさんに実践込みで習った事が生きてきている。スールも、匪賊の時と違って、青ざめながらもてきぱき動いていた。

「負傷者の応急手当完了です!」

「手際が良くて素晴らしい。 パイモンどの! 其方は」

「……あまりよくはないな。 血の臭いと戦闘の音を聞きつけて、おこぼれに預かろうと小物が集まってきておる」

「蹴散らすだけよ」

言葉は勇ましいが、怪我したばかりの者は戦わせられない。

更に言うと、縦横無尽の活躍を見せているパイモンさんも、多少疲労の色が見えてきている。

錬金術師にも得意分野があるという話は聞いている。

パイモンさんは雷撃には絶対の自信があるようだけれど。

あの鎖はそうでもなかったのかも知れない。

使う前と後で、露骨に疲労の色が見えていたからだ。

「防御円陣! 馬車とけが人を守れ。 けが人は自分を守る事に専念せよ!」

まだ接敵していないから、騎士はそう言った。

すぐに言葉通り動く従騎士達。

相当仕込まれている。

リディーは、スールの腕を取ると、ぴくりともしない馬達を一瞥。戦闘用に訓練された戦馬だ。普通の馬は非常に憶病で、嗅いだことがない臭いを嗅ぐと大暴れして逃げ惑うと聞くが。この馬たちはそんな事もない。

少し高い所から、どこから獣が来るのかを見たい。

気配探知の魔術があるらしいのだけれど。

まだ学んでいないのだ。

堂々と立ち尽くしている魔族の騎士に聞かれる。

「どうした、リディーどの、スールどの」

「獣の位置を確認したくって」

「そうか、ならば拙者が手助けしよう」

短い詠唱を終えると。

リディーとスールが浮かび上がる。

浮遊の魔術か。

原理は多分、大型の鳥や蝙蝠と同じだろう。魔族は例外なく魔術が使えると聞いているが。ヒト族の倍も背丈がある巨体で飛ぶのには無理がある。慣れた人は、それこそ息をするように飛行や浮遊の魔術を使える、と言う事だ。

見えた。包囲は敷かれていない。

狼や猪などが、十数匹ほど、此方を伺っている。

襲撃を掛ければ倒せるか、判断をしていると言うことだろう。

フラムの在庫は。

まだ少しある。

降ろして貰うと、リディーはパイモンさんに声を掛けた。

「先制攻撃して、追い散らすべきだと思います」

「スーちゃんも賛成!」

「いや、此処は敵を一網打尽にした方が良い。 まだそれほど大きくはなっていないが、いずれ害を為す。 むしろ集まってくれたことを良しとして、さっさと片付けるのが正解だろう」

「そういうもの、なんですね……」

パイモンさんは未熟者め、などといった言葉を口にはしない。

素直に納得出来る言葉を、ゆっくりと話してくれる。

ただ、皆の消耗も決して小さくは無い。

戦闘は、できるだけ消耗を小さく、最高効率でやるべきだ。そう思った。

必死に頭を動かす。

この辺りの地図は、頭に入れている。

任務に出るときに、そうしたのだ。

そして思い当たる。

「陣を動かしましょう」

「ふむ、理由は」

「此処だと、獣が此方のことが分かりません。 それで遠巻きに見ているんだと思います」

「それで」

順番に説明していく。

まず要点は、敵を一箇所に集める。

発破と雷神の石で一気に撃滅する。

そのためには、まず敵が集まらなければならない。

味方をおとりにするのはリスクが高い。

其処で、少し移動して、近くにある窪地に行く。敵は追跡を掛けて来るので、窪地に引っ込めば、覗きに来るはずだ。

さっき得たコカトライスの血をわざとばらまきながら、敵を誘導し。

そして窪地に引っ込んだ此方を伺っているところをドカン。

一網打尽。

ふむと、魔族の騎士が唸った。

「まあいい。 試してみよう」

「それでは……」

「七名ほど双子の錬金術師どのの護衛につけ。 コカトライスの血を撒きながら、東にゆっくりと移動せよ。 パイモンどのは本隊の護衛を」

「心得た」

魔族の騎士の判断は適切で、なおかつ素早かった。即時で移動を開始。そして、敵はすぐに追ってきた。血の跡、更には轍を見て、撤退していると判断したのだろう。距離を取りながら、追ってくる。

そして、窪地に引っ込むと。

距離を詰めてきた。獣どうしでも威嚇しているが、それでもかなり密度が上がってきている。

突入を開始するなら。

他の獣に餌を横取りされたくない。

そういう判断をしているのだろう。

頷くと。

発破を一気に起爆。

集まっていた獣たちを根こそぎに吹き飛ばした。

今度は、騎士団が残党狩りをする必要もなかった。

 

馬車にコカトライスの死骸と、残った獣の残骸を積んで、凱旋する。コカトライスの羽根や、皮の一部などは分けて貰った。それと、発破の代金も、後で提供してくれるという。まあこの辺りは契約上既に約束はされているのだけれども。きちんと口にすることで、誠意を示してくれている、と言う事なのだろう。

アトリエに戻ったのが真夜中。

当然お父さんはいなかった。

スールはずっと青い顔をしていて。夕食はいらないといった。

動きも若干精彩に欠けたが。

これは仕方が無い。

リディーだってそうだ。

人が死ぬのは、今までにも見た事がある。

一番大事な人が、病気で目の前で死んだのだから。

だが、人が殺されるのと。

人が悪意で殺されて、「加工された」のは、初めて見た。

スールは一人で外を走り回っていた時期があるようだけれど。それでも見た事はなかったのだろう。

荒野においてもっとも優先的に駆除しなければならない人類の敵、匪賊。

その脅威と、許されざる悪鬼の所行は。

心を傷つけるのに、充分過ぎる程だった。

それでも吐かなかったのは立派だ。

「人間、最低まで落ちるとああなるんだね……」

ベッドに転がると。

最初に口にしたのは、それだった。

コカトライスが手強かったとか。

獣の群れを綺麗に殲滅できたとか。

そんな事よりも先に。

その言葉が口に出た。

スールはしばらく黙っていたのだけれど。やがて、口を開いた。

「スーちゃんさ、シスターグレースに聞いた事があったんだ。 匪賊との戦いの後は、とにかく精神を保つように気を付けろって。 その時は理由を教えてくれなかったけれど、やっと分かった。 もう、匪賊は人間じゃないんだね」

食肉用に加工された人間の残骸。

忘れられそうにない。

勿論匪賊は森の中でも襲ってくる。木々を傷つける事さえ平気でやる。

レンプライアと同じだ。

許されざるこの世の悪である。

普通の犯罪者とは次元が違う。

犯罪は、勿論軽重によって罰が違ってくるけれど。匪賊に関しては見敵必殺。それも当たり前に思える。

そして王都の比較的近くにさえ、匪賊が巣くっている。

それが、この世界がどれだけ過酷なのかを、よく示していた。

ぼんやりとしている内に。

疲れ果てて眠ってしまう。

眠りを貪っているうちに。

なんだか夢を見た。

夢の中で、匪賊の群れが、商隊を襲っている。匪賊にとってホムはごちそうだと聞いている。ホムが商人をやる事が多いのは周知。そうでなくても、商人は裕福。太っている事も珍しくない。

傭兵達が応戦しているが、当たり前だ。

相手は捕食者。

捕まったらまず間違いなく殺され食われてしまうのだから。

家族単位で移動するから、商隊には子供も乗っている。

お父さん。

矢が飛び交う中、必死に抱きつく小さな子供。

やがて馬車が乱暴に止められ。匪賊が残忍な笑みを浮かべて、馬車に乗っていた人達を引きずり出し。

そして洞窟に引きずって帰ると。

その場で生きたまま解体して。食べ始めた。

真っ先に子供が殺された。

ごちそうだ。

そう匪賊が喜んでいる。次に目の前で子供を殺された両親も。傭兵はまずいからと最後に。

匪賊達が笑っている。

収穫だ。ごちそうだ。美味かったぞ。

飛び起きた。

呼吸を整える。また、強烈な吐き気が来ていた。

この夢、嘘では無い。あの匪賊達の記憶をパイモンさんが引っ張り出しているときに、見た断片だ。

見敵必殺も当然だ。リディーだって、絶対にあんな連中、許すことはできない。

スールは先に起きだして、顔ももう洗って。裏庭でうねうね動いているようだった。

リディーはうなされていただろうなと思いながら、顔を洗うと。

朝食を作る。

肉を見るだけで、思い出しそうになるが。

必死に堪える。

これから、何度も何度もああいった光景は見なければならないのだ。錬金術師である以上。

国一番の錬金術師になるころには。

一体何度、ああいう光景を見る事になるのだろう。

裏庭からスールが戻ってくる。

大丈夫、と心配されたが。

平気、としか返せなかった。

 

4、雷の先触れ

 

ミレイユ王女の前には、アダレットの主要な政治家や軍人が集まっている。円卓である。会議が行われるのは、初代「武王」の時代から、円卓でと決まっていた。武王の時代は、時に天幕の中でさえ行われたという。

武王は勇敢な戦士だった。

どんな獣にも、犠牲を惜しまず戦い。多くの街を傘下に入れた。

だが、アダレットが拡大したのは、武王の時代ではなく。後500年を掛けてゆっくりと、である。

それも、結局の所、駐屯部隊を置いて緩やかに管理する、くらいのことしかできておらず。

結局の所王国と言っても、都市国家の集合体に過ぎない。

だから此処の幹部にも。

アダレットに後首都の他に四つある、万を超える人口を抱える都市の管理者。つまり事実上独立国の首長達も含まれていた。

そしてこの幹部達の中には。

深淵の者の公認スパイが何人もいる。

以前は宰相である通称毒薔薇がそもそも深淵の者の所属だったのだが。現在でも、最高幹部はほぼ深淵の者の配下か、もしくは影響下にある。

基本的に深淵の者は、余程の汚職が行われない限りは手を出さない。

ただ、匪賊と関係して利益を貪ったり。

国力を低下させるような行動に出た場合は、情けも容赦もしない。

王でも容赦なく殺す。

そういう連中だ。

幸い深淵の者は国益に貪欲で。腐敗に対して徹底的に厳しい。

汚職官吏も、やり過ぎないように気を付けないと消されると知っているので。それで秩序は保たれてはいる。

それでも時々消される奴はいる。

深淵の者が関与していなければ。

アダレットは500年も続いていなかったかも知れない。

「此方が件のデータとなります。 やはり間違いありません」

「そう。 どうやら前から告知していた通り、間違いなく近いうちに雷神ファルギオルが復活します」

提出されたレポートには、雷神。

以前、この地方で大暴れし。

先代騎士団長と錬金術師ネージュに討伐された伝説の大邪神が復活する証拠となる兆候が、幾つも記されていた。

問題は具体的な時期がいつになるか、だが。

それについては、まだ分からない。

ただ即時と言う事は無い様子だ。

現騎士団長ジュリオがまず挙手。

ジュリオはヒト族だが、戦闘力は先代にも劣らないと言われる凄腕である。そして何より、あの特異点と直接的に強力なコネを持っている。本人は殆ど欲がないストイックな性格で、ヒト族より獣人族に近いとまで言われるが。最近では髭などを生やして、風格を持ち始めていた。

なお結婚話は悉く断っているらしい。

現時点では、そんな余裕は無いから、というのが理由だそうだ。

ちなみにあまり知られてはいないが、ミレイユの夫候補に先代王である父が考えていた形跡がある。

良い男でもあしらっておけば言うことを聞くようになるだろうという浅はかな考えからだ。

ジュリオもミレイユも、深淵の者経由で知っていて。

鼻で笑っていた浅知恵だが。

「現在騎士団の錬磨と、錬金術師による迎撃態勢を固めています。 ラスティンから来てくれた、通称「三傑」……。 現在を代表し、邪神や上級ドラゴンを何体も倒している三人の錬金術師も、協力を約束してくれています」

「それで、邪神ファルギオルが最初に狙う街は分かりますかな」

額の汗を拭うのは、主要都市の一つの首長。

いかにも性格が悪そうな中年男性のヒト族だが。見た目と裏腹に、少なくとも統治の手腕は優れている。

政治闘争の手腕と、政治手腕はまるで別物だ。

前者が優先されるようになると国は傾く。

あまり好かれていない男だが。有能な政治家(政治屋ではない)なので、ミレイユは重宝していた。

「間違いなく王都を直撃してくるでしょう。 出現位置はブライズウェスト平原。 これはほぼ確定です」

「もし錬金術師による迎撃が失敗したら……」

「この国は焦土と化すでしょう。 しかしながら、三傑の実力は凄まじく、いにしえのネージュにも劣りません。 三傑の一人と卑職は旅をした事がありますが、確かに歴史の特異点と呼ばれるに相応しい実力者です」

「実績多く、武名名高い騎士団長どのの太鼓判は実に心強い」

それが嫌みなのは分かっているが。

ジュリオは嫌な顔一つしなかった。

挙手するのは、財務を担当しているホムの大臣である。

今回、アルファ商会に密かに話をして、相当な予算を回して貰っている。借金についても、低利で貸し付けて貰った。

アルファ商会としても、アダレットが滅びたら元も子もない、というのが表向きの理由だが。

ミレイユには、もっと恐ろしい何か裏があるのでは無いかと思えてならない。

「アトリエランク制度により、先ほどの三傑含め優秀な錬金術師が集まってくれたおかげで、かなり騎士団の予算を圧縮することに成功しています。 このまま進めば、騎士団の規模を現状の四百人から五百人に増やす事が出来るでしょう。 騎士隊長が現在八人いますが、十人まで増やす事が出来ます」

「質が落ちては元も子も……」

「それについては問題なく。 現在傭兵の中から志願者を集い、実戦訓練も進めています」

「……」

不安そうに互いを見回す幹部達。

ミレイユは咳払いすると。

立ち上がる。

「今はまさに危急の時。 ファルギオルを倒した後に、更なる発展を考えなければならない時が来ています。 先王の愚劣な施策を再現するわけにはいきません。 皆、連携し、国家百年の計を念頭に動きましょう」

「アダレットのために!」

「万民のために!」

唱和すると、会議を終える。

さて、此処からだ。

ミレイユは大量の書類を決裁しながら、見極めなければならない。

三傑と言われているバケモノ達が、実際には何を目論んでいるのか。

特にあのソフィー=ノイエンミュラーは次元違いの存在だ。ネージュに匹敵なんてとんでもない。

実際にはファルギオルなんて単独で簡単に捻り殺せるとみている。

それがどうして、このような国策に協力し。

あの深淵の者が全面バックアップに出ている。

深淵の者はあくまで安定した世界のために動いているという印象があるが。

それにしてはあまりにも強大すぎる。歴代の王の中で、愚劣な者は何人も実際に暗殺されてきた。

深淵の者と連絡を取るべくジュリオを遣いに出したのはミレイユだ。

ジュリオは成果を上げてくれたが。

ジュリオ自身が何を見たのかは、全ては語らなかった。人生観が変わるほど凄まじいものを見た事だけは語ってくれたが。

いずれにしても、ミイラ取りがミイラになってしまうの言葉通り。

今ではジュリオはむしろ深淵の者側。

強固なパイプが構築できたと言えばそうとも言えるが。

ため息をつくと、手際よく書類を処理し。

そして準備を進めさせる。

まだすぐに現れる訳では無いだろうが。

ファルギオルは、確実に。

恐らく年内には姿を見せるのだから。

 

(続)