険道

 

序、実績を重ねよ

 

獣の腕輪を早速実戦投入、と行きたい所だったが。筋力が上がると、体の制御が普段とは違って来る事は、自分で試してみてすぐに分かった。センスがある人は大丈夫なのかも知れないけれど。リディーのレベルでは無理だ。

歩くだけで最初は難儀して。

思いっきり壁にぶつかったりもした。

スールは比較的上手く使いこなしていたけれど。

貧弱体質の自分がこんな時に腹立たしい。

とにかく、防御魔術も掛かっているので、怪我はしないことだけが嬉しい。いずれにしても、こういった装備を量産して、皆に渡せば。戦闘が一気に楽になることは確実だろう。とはいっても、今は一つ作るのに一日丸々掛かってしまうが。

ともかく人数分作り。

作る度に改善点を見いだして、その度にレシピを更新する。ある程度書き込みをしたところで、レシピを綺麗にまとめ直す。

額を拭った。

本当に、レシピを作ると言うのは大変だ。それを思い知らされた事になる。

多分この腕輪、錬金術師が作るものとしては初歩の初歩だろう。イル師匠も、これくらいのものを五六個はつけないと、ネームドとは勝負もできないと言っていた。勿論、まだまだネームドとは交戦する事すら考えてはいけない段階だと言う事はリディーも分かっている。致命傷を与える手段がないのだ。

人数分の獣の腕輪を作った後。

掲示板に、仕事を見に行くことに決める。

昨日、リディーが聞きに行ったのだが。

まだFランクの試験を受けるには、実績が足りていない、と言う事だった。そもそもの問題として。アトリエランク制度の目的は国益だ。そしてリディーはこの間スールと一緒に見た。

王都から一日で。

あんな灰色の集落があるのだ。

この国は王都の外に出てしまうと、本当に危ないのかも知れない。いや、世界中全部が多分そうだ。ラスティンだって同じの筈。そうでなかったら、もっと人々は世界に満ちているし。

どうしようもない相手であるドラゴンや邪神をのさばらせてはいないはずだ。

この間のヤギ30。

アードラ6。

それに肉食植物。

この程度は、錬金術師なら狩って当たり前、と言う事であって。

もっともっと、お薬や爆弾を納品したり。

獣を狩って人々の危険を減らさなければならない。そういう事なのだろう。そしてFランクになると、今とは比べものにならない重い責任がのしかかる、と言うわけだ。

仕事の話をすると。スールは身を乗り出す。

「次は何を狩ってくる?」

「掲示板を見に行こうよリディー。 とりあえずそれで判断しよう」

「そうだね……」

楽天的なスールだが。

考え無しに獣を狩りに行く訳にもいかない。

前回のように、有用な素材が手に入る仕事もできれば率先して選んでいきたい。

戦力強化をしなければ。

Gランクでさえ、まだ貢献不足と見なされている現状。

Fランクに行っても、息切れするだけだ。

とにかく、掲示板を見に行くが。

その途中で。

新しいお店が出ているのを見つけた。

不思議な服装のホムが、部下らしいヒト族の商人と話をしている。

「それでは、予定通りに」

「分かりました、ボス」

「ボスは止めるのです」

「はい、ボス」

頭の弱そうな部下と、無表情で応対をしているホム。コルネリア商会と書かれているけれども。

アルファ商会のマークもある。

支店だろうか。

向こうは此方に気付いていて。声を掛けてくる。

「其処のお二人、錬金術師なのですね?」

「はい。 新しいお店ですか?」

「アルファ商会傘下、コルネリア商会なのです。 アダレットでの仕事を、今後半分ほど担当する事になったのです」

「わ、凄い……」

スールは金に貪欲だ。

だから、それがどれくらい凄い事なのかは理解している筈。

商品を見せてくれるが。

アルファ商会に比べると、安くて代わりに品質が劣るものを用意している様子だ。値段は、高いけれど、アルファ商会ほどでは無い。

なるほど、分かった。

アルファ商会は恐らくだが、お金持ちや国向け。

そしてこのコルネリア商会は、普通の民に手が届く商品を扱う、という形で仕事をしていくつもりなのだろう。

アルファ商会は、本当に全財産を絞りつくすつもりで行く場所だったが。

このコルネリア商会ならば、或いは。

「お得意様になったら、特別なサービスも用意しているのです。 是非買い物を」

「ええと、今はちょっと手持ちが……」

「分かっているのです。 見たところ二人とも半人前。 此処では、素材も多めに扱っているので、いずれ伸びれば嫌でも使う事になるのです」

コルネリアさんというホムは。

何もかも見透かしているように、そう言う。

ぐうの音も出ない。

とりあえず、頭を下げて、店の前から離れる。スールはもう少し見たそうにしていたけれども。

ちょっとまだ、今の財力では手が届かないものばかりだった。

素材についてはそうでもなかったが。

それでも高かった。

「伸びれば使う事になる、か。 ホムらしい直球の言葉だったね」

「それもそうだけれど、あの人多分相当錬金術師と関わりが深いと思うよ。 何というか、そんな気配がした」

「いつもの勘?」

「うん」

スールの勘は当たる。リディーはふうんと頷くと、掲示板に急ぐべく、妹を促す。

掲示板の前には相変わらず人だかりができていて。

その中にはルーシャがいた。

珍しく悩んでいる様子だが。

やがて、一枚取っていった。

此方には気付いていない。

何だったんだろう。そう思ったが、かなり真剣な表情だったので、声は掛けられなかった。おつきのメイドであるオイフェさんは気付いていたようで、黙礼だけしていったが。

リディーも掲示板を確認。

獣狩りの依頼がないか確認をしてみるが。

あるにはあるが、錬金術師でなくても狩れるような小物か、逆に名前付きの獣……強大に成長したネームドの討伐依頼か。両極端だった。

とりあえず、近場で狩れそうなのを数件見繕う。

素材も補充しておきたいし。

なによりちまちまでも良いから、実績は積んでおきたいのだ。ただ、一度の狩りで全て片付けてしまいたい。遠出する必要があるようなものは選ばなかった。

スールが口を尖らせる。

「丁度良いのないね」

「騎士団への装備納入はちょっとまだハードルが高いしね。 後でイル師匠に聞いたんだけれど、最低でもゴルトアイゼンくらい作れないとダメだって」

「うえ、それは厳しいよう」

「まだシルヴァリアにも手を出してはいけないって言われてるもんね」

あと、お薬の依頼があった。

騎士団に納入しているお薬と同じものを、というものだったが。

これは或いは、ランクを上げたい錬金術師への救済措置なのかも知れない。

いずれにしても、騎士団としても、コストを圧縮したいと考えている筈で。この依頼を受けることは損にはならないだろうが。

そもそもGランクのアトリエを維持するだけでも精一杯なのだ。

それぞれのアトリエが、毎月こなさなければならない依頼の品については、多めに在庫を確保しておいた方が良いだろう。

他には何か無いか。

レアな鉱石。

無理。遠出しないといけないし、そも何処にあるかも分からない。

高価な薬草。

これも厳しい。

錬金術製の布。

確か、糸素材を錬金術で変質させて強化させ、場合によっては魔法陣を縫い込んだりして、強度を上げるというものだが。

これもちょっとまだ手が届かない。

力がないと、この間スールが嘆いていたが。

リディーもそれは同感だ。これらの仕事は、力がついてくれば、あらかたできるようになるだろうに。

今は、選択肢としてさえ存在しない。

そういう事である。

仕方が無いので、小物の討伐依頼を幾つか受けて、それで引き上げる。此処からは手分けして動く。

スールにはフィンブルさんと騎士団に声を掛けてきて貰うし。

リディーはスケジュールを練る。

まあ明後日でかまわないだろうし、それについてはスールにも告げてあるので。一応ツーカーで動ける。

アトリエに戻ってスケジュールを練る。

やはり、あまり安全な街道ではない場所で、獣を狩る方が効率が良いだろう。出現位置については依頼に記載されていたので、全てが被る場所で粘るしかない。最初にアードラ狩りをした時には二回に分けたが、今回は一度で片付けたい。

ある程度の危険はやむを得ない。

この間のヤギ狩りで痛感したが、兎に角戦闘経験が足りていない。スールは毎回死にかけているし。リディーだってまだまだ判断に無駄が多い。

戦闘慣れするしかないのだ。

スールが戻ってきた。

「騎士団とフィンブル兄に話つけてきたよ」

「うん、それじゃあ別々に動こう」

「あ、今回はちょっとイル師匠の所で、獣の腕輪試したい」

「そうだね。 実戦前に試しておこうか」

ただ、錬金術の練習も疎かにはできない。

二人揃ってイル師匠の家に行くと。

丁度新しいぬいぐるみを、イル師匠が作っているところだった。部屋中にぬいぐるみがわんさか置いてあるのだが。この辺りはお金持ちの趣味だ。そもそも貧しい子供は、木で作ったような不衛生な人形にボロ切れ着せて大事にしたりしている。こんな布で作って綿を詰めたぬいぐるみなんて贅沢品、手に取る事なんて出来ない。

少女趣味だとか、イル師匠が子供っぽく見えるとかは感じない。

何というか、イル師匠のこのぬいぐるみ好き。

何処か闇を感じるのである。

「ああ、来たわね。 どうしたの」

「この間作った獣の腕輪、試してみたくって」

「そういう事。 アリス」

「はい」

すっと、後ろにアリスさんが現れる。足音どころか、まったく存在に気づけなかった。勘が鋭いスールでさえもである。

吃驚するより先に、二人まとめて壁に叩き付けられる。殆ど時間差なく、拳での一撃で吹き飛ばされたのだ。

壁からずり落ちるが。

外に音が漏れている様子も。

勿論壁に傷がついている様子も無かった。

イル師匠は無感動に言う。

「反応速度は上がっていないと」

「ちょ……」

スールが頭を振りながら立ち上がる。

リディーもそれに習うが。

思ったほど痛くはない。というか、防御も相当に強化されている、と言う事だ。

「とりあえず攻撃をしかけてみてください」

「分かりました!」

「行くよアリスさんっ!」

思ったより痛くなかったことに気をよくしたか。

スールがジグザグに動きながら、間合いを詰めるが。

すとんと首筋に手刀を落とされて。

床に這いつくばる。

リディーは杖で殴りかかったが、布団でも叩いたかのように手応えがなく受け止められ。そのまま天地が一回転した。投げられたのだと気付いたのは、地面でぎゃふんと声を上げてからである。

「スピードは上がっているわね。 パワーも大体同じくらいの倍率か」

「いたい……」

めそめそスールが嘆き出す。

さっきの首筋への一撃で、気絶しなかっただけでも、この腕輪は有用だと言う事だろう。というか、リディーも投げられたときには、多分今までの状態だったら、目を回していた筈である。

幾つかイル師匠にアドバイスを受ける。

「実戦の前に配って、使い心地を確認して貰いなさい。 いきなり全部倍になって動くと、思わぬミスをしたりするものよ」

「はいっ」

「分かりましたっ」

「よろしい。 それじゃあスール、貴方は戻って反復練習しなさい。 足りない素材を作っておくのも良いわ。 ただし金属加工はまだ一人でやったらダメよ」

リディーはその場に残され。

そして、アリスさんと訓練する。

魔術の威力は上がっていて。

今までとは比較にならないほど強力な壁を張る事が出来たが。

それでも、アリスさんの掌底一発で壊される。

壁に叩き付けられて、目を回しながらずり落ちる。アリスさんは、少し小首をかしげてから。

次からは、リディーが悶絶して、その場に蹲るくらいまで威力を加減してくれた。

或いは、アリスさんも、壁の強度を一瞬で判断出来なかったのかも知れない。

その後は座学に移る。

この間のヤギの群れとの戦闘経緯をレポートにしてイル師匠に出したが。イル師匠は、まだ甘いと幾つかの点で駄目出しをしてきた。

まず獣の身体能力を侮りすぎ、と言う事。

実際ボスヤギは一斉爆破に耐え抜いた上、崖の上まで駆け上がってきた。

これについても教えてくれる。

「ヤギは崖に適応した生物で、個体によっては衝立みたいな崖を平然と登ってくるわよ」

「本当ですか……」

「ええ。 今度はそれを想定して作戦を組みなさい。 獣を狩るためには、自分の戦力と、相手の戦力を分析する事よ。 知識は少しでも多い方が好ましいわ」

なるほど。

メモを取って、頷く。

確かにその通りだと思う。

更に座学で、幾つかの戦術を教わった後。軽めの講義を受けて、戻る。スールは錬金釜に向かって、高純度の蒸留水を作る作業に没頭していた。前は集中力が足りなかったが。最近はそれもかなり克服してきている。

無言でリディーが料理を作り始めると。

スールは蒸留水を仕上げたあと、今度は薬草の整理を始めた。

「リディー、お薬作って見るけどいい?」

「うん。 お料理終わったら手伝うよ」

「分かった」

Gランクアトリエの義務である納入物、ナイトサポートの他にも。幾つかのお薬については教わっている。

まだ試していない薬があったので。

それを作って見る。

下ごしらえの段階はスールに任せて。

料理を作り終えてから、リディーも加わる。

細かい作業をリディーが。

釜の火加減などはスールが担当して。

レシピを見ながら、順番に丁寧に作っていく。

この薬は飲むタイプで、体力を一気に回復させることができるが、その代わりに後で反動が来る。

普段はあまり飲むことがお勧めされない薬で。

飲んだ後に反動が来る事を承知の上で、危急時に飲んで使う事を想定する。

薬草を丁寧に処置。

図鑑を見ながら、ルーペで確認して不純物を取り除き。

また蒸留水で丁寧に洗った後。

すり潰して、更により分け。

中和剤と混ぜ。

蜂蜜を加えて。

更に其処へ何種類かの薬草を煮たエキスを入れる。

そうしてできあがりだが。飲んでみると、スールは真っ赤になり。そして、激しく咳き込んでいた。

「ダメ、これ濃すぎる! こんなに効くと、多分動けなくなるし、いきなり力が上がり過ぎておかしくなる!」

「うーん、レシピだとこれで良いんだけれどなあ」

何処かで間違っていたのだろう。出かけるのは明後日。明日イル師匠に見て貰う事にする。

次は、外に出たとき、応急処置に使う塗り薬の方を作る。

これは在庫が幾らでもいるので、幾らでも用意しておかなければならない。

それにクラフト。

明後日の戦闘に備えて、必要な分は用意する必要があるだろう。

一通り作業を行うと、もう夜だった。

少し冷めていた食事を温め直して、二人で食べる。お父さんは帰ってくることが凄く少なくなったが。

どうしてだかは分からないが。

誰か女の人の所に行っているとは思えなかった。

 

1、火薬爆弾

 

新しいハルバードを作ってもらってご満悦のフィンブルさんが、機嫌良さそうにマティアスさんと話している。

アンパサンドさんは寡黙に腕組みして、側の木に背中を預けていた。

リディーとスールが出向き。

挨拶した後、獣の腕輪を渡す。

そして、その場でつけて、使って貰うように促した。

アンパサンドさんは、少し使っただけでコツを掴んだ様子だが。少し時間が欲しいと言われる。

マティアスさんはいきなりその場でびたーんと地面に倒れ込む。

多分、体の制御が上手く行かないのだろう。

フィンブルさんはある程度は動けるようだったが。

三人揃って大丈夫、というまで、思ったより時間が掛かった。

「あげるので、使ってください」

「お、サンキュな。 これでもっと俺様格好良くなる、と」

「いきなりすっころんでおいて何言うか残念イケメン」

「だから、それを人前で……」

マティアスさんは周囲を見回して慌てていたが。

何を今更、である。

バカ王子の話を知らないアダレットの民なんていない。今更悪評は、消しようがないのが事実である。

城門を出る手続きをして。

照会をしている間にも、アンパサンドさんは少し体を動かしていた。

防御能力が多少上がると言っても、何にしても軽い。アンパサンドさんにとって攻撃を受けることはあってはならないのである。

機動力が上がるにしても。

身体制御をしっかりこなすのは絶対条件なのだろう。

その後は、森を抜けて街道に。荒野に出ると、リストにある獣を見つけ次第、順番に狩っていく。

今回はそれほど大きいのは狩らないとはいえ。

この間の肉食植物の奇襲の件もある。

森を出たら其処は死地だ。

そう想定して、いつ何に襲われても大丈夫なように、ハンドサインを見ながら、黙々淡々と動く。

獣は基本的に奇襲を許してくれない。

人間よりも獣の方が感覚が鋭いからだ。

ただし、獣は人間を襲う。

その習性を利用して、ある程度有利に立ち回れる。相手が襲いに来ることを前提に動けば良いのだから。

つまりアンパサンドさんが釣ってきて。

袋だたきにして仕留める。

そうやって処理していくのが基本となる。

そして、戦っている内に、嫌でもアンパサンドさんの体力については再確認させられる。

何度も何度も釣りをしているのに、まるで疲れる様子が無い。

一度森に入るようにハンドサインをアンパサンドさんが出してきたので、頷いて皆で森に戻る。

そろそろ日が傾き始めていたが。

予定の獣は全て処理し終えていた。やはり身体能力が倍になると、かなり違う。

「少し大きいのがいるのです。 血の臭いを嗅ぎつけて来た、という事です」

「まさかネームド!?」

「ネームドだったら、即時撤退の合図を出しているのです」

「そっかあ」

今の時点で、ネームドはとても相手に出来る存在では無い。

獣の中でも、強大が故に名を持つに至った存在。

手練れの錬金術師が、騎士団と連携して、やっと戦えるほどだと聞いている。勿論今のリディーとスールなんて、文字通り蹴散らされるだけである。

戦力としてアンパサンドさんは判断してくれている。

それを裏切る訳にはいかない。

無謀な戦いだけは、絶対にしてはならなかった。

「アンパサンドさん、手に負えそうな相手かそいつ」

「……まあどうにかなるでしょう」

荷車の在庫にあるクラフトを一瞥して、アンパサンドさんはフィンブルさんに応える。そういえば、フィンブルさんがいつのまにかアンパサンドさんに対して、「どの」から「さん」づけに変えている。何か色々話しあったのだろうか。それに対して、わかり易いほどの反応をマティアスさんは返していた。

帰ろうと。

「こえーし! この間のヤギの時だって、死ぬ所だったし!」

「……リディーさん、どうするのです? 判断は貴方がするのです」

「はいっ!」

まあそう来るだろうなとは思っていたので。

既に考えてはいた。

「強くなりつつある獣で、手に負えるなら、倒すべきだと思います。 もっと強くなったら、この街道を行く人が襲われます」

「分かりました。 釣ってくるのです」

「おいおい、マジかよ……」

「覚悟を決めろ殿下」

フィンブルさんは、マティアスさんを王子では無く殿下と呼ぶようになっていた。どうやらそれが敬称らしい。

マティアス殿下と呼ばないのは、恐らくは二重敬称になること。

それに、マティアスさんが、自分を呼び捨てで良いとフィンブルさんにも言っていたから、なのだろう。

それにしてもフィンブルさんの新しいハルバード。

いぶし銀の鋭い輝きを刃先が放っていて、前の古めかしいものとはまるで別物だ。形見だと言っていたが。それをあのツィンクのインゴットで打ち直したのだろう。そして結構今日の戦いで獣を切っているのに、小物ばかりが相手だったとは言え、刃こぼれ一つしていなかった。

鍛冶屋の親父さん。

腕については本物だ。それについては再確認させられる。恩人だからという理由で良くは見ていたが。そんなひいき目関係無しに、あの人は凄い人である。音痴なのとデリカシーに欠けるのが欠点だが、それを補ってあまりある程凄い。

「来た!」

スールが声を掛ける。

そして、皆で森を飛び出して、構える。

追ってくるのは、巨大なミミズのような生物である。無数の足が生えていて、筒状の体をしていて。そして体中に目がついている。

その目の幾つかが魔法陣を展開し。

魔術をぶっ放しては、アンパサンドさんを狙っている。主に風の魔術のようだが。発動と同時に全てをアンパサンドさんは紙一重でかわしていた。

「足一杯! 気持ち悪い! やだあ!」

「スーちゃんっ!」

「分かってるよう!」

半泣きになりながら、セーフティを解除したクラフトを手に取るスール。

そして、ハンドサインをアンパサンドさんが出した瞬間投擲。

危険物と判断したか、ミミズの怪物が魔術を展開。四つ同時。シールドを張った。流石荒野の獣。まだネームドでもないのに、同時複数の魔術展開。だが、クラフトの爆圧は、そのシールドを打ち砕いていた。

思わずのけぞるミミズに、反転攻勢をしかける。

アンパサンドさんが逃げから一転、攻勢を掛け始めるのと同時に。

リディーは叫び、自分も詠唱を開始する。

「目を狙って全て潰してください!」

スールが先陣を切ると、銃を乱射。目を狙っていくが、瞼だけで弾丸を防いでくる。だが、その間は魔術を発動できない。

その間に接近したマティアスさんが、絶妙のタイミングで魔術を放とうとしたミミズにカウンターでナイフを突き込んだアンパサンドさんの助けもあって。ミミズの体に剣を突き刺し、一気に切り裂きながら走る。

更に跳躍したフィンブルさんが、ミミズの頭に、逆落としにハルバードを叩き付ける。

やはり斧ほどの重量のある一撃は出ない。

更に突きかかる。

槍ほどの鋭さがない。

だが、それぞれ有効打になる。それでいいと、フィンブルさんは判断しているのだろう。

痛打を浴びたミミズは、巨大な体を振り回して、敵を遠ざけようとするが。

そのタイミングで、リディーが魔術を発動。

マティアスさんの筋力を倍加する。獣の腕輪の効果で、更に火力が上がっている。

叫びながら、一撃を叩き込むマティアスさん。

胴を真っ二つにされたミミズが、悲鳴を上げて大量の血を噴き上げる。

更に其処へ。ありったけの弾丸をスールが叩き込み。

そしてとどめとばかりに、フィンブルさんが突き込んだハルバードを、気合いを入れて押し込んでいた。

びくりと痙攣すると。

地響き立てて、巨大なミミズは倒れる。

大きく息をつきながら、マティアスさんはぼやく。

「これでもネームドよりずっと弱いってんだから、やってらんねーよ畜生」

「グリフォンはこれより強いのです」

「ひえっ」

「嘆いていても仕方が無いのです。 それより、色々素材が採れるのでは?」

アンパサンドさんが促して。

嫌そうな顔をしたけれど、それでもマティアスさんが、フィンブルさんと協力してミミズの体を森の中に運び込み、吊して捌く。

肉は食べられるのか分からなかったけれど。

スールは吐きそうな顔をしていたので、その話題は口には出さなかった。

頭だけは切りおとす。

ただ、牙は切り取っておいた。これは或いは、何かの素材に使えるかも知れないと思ったからである。

改めて見ると、凄い牙だ。普通のナイフより鋭く堅いかも知れない。

肌も弾力性があり、乾かすと色々と利用方法がありそうである。眼球は強い魔力を込めていて。魔術を発動できる訳だと納得した。

これがあまり腕利きでは無い傭兵を襲ったらと思うと、ぞっとしない。

早めに駆除できたのは良かった。

後は、森の中でうにや薬草を、陽が落ちるまで採取。後はファンガスなどの例外的に森の中でも危険な獣に襲われる前に、さっさと退散する。荷車は一杯一杯。ただ体力には少し余裕があったので、門前で別れてからは、そのままその足で掲示板の所に直行。獣の駆除依頼について、全て終わらせた。

獣の首をカウントしていた役人が。

ミミズの首を見て、おっと叫ぶ。

そして、新しく貼られたばかりの依頼を渡してくれた。

「此奴に間違いないですね。 この種類のミミズは、巨大化してネームドになると、手練れの傭兵団を容易く壊滅させる戦闘力を発揮します。 まだ小さい内に狩る事が出来て良かった」

「偶然遭遇したんですけれど、倒せて良かったです」

「すぐに倒してくれたという事で、追加報酬も出しましょう。 目撃報告があったのが今日の昼だったので、異例のスピード撃破ですね。 幸運だった、というのあるのでしょうが」

思わぬ追加報酬だ。

一応大物の獣をしとめて報告すれば、相応に国家への貢献と見なしてくれるようなのだけれども。

これはとても幸運だった、と判断するべきだろう。

ともあれ、納品は全て終わったので、新しく良い依頼が出ていないかを確認する。

残念ながら、そううまい話はない。

まだ手が届きそうにないものか。

逆に、小物の依頼で、今すぐに取っていかなくてもいいものばかりだった。

「あれ?」

「リディー、どうしたの?」

「ほら、疾風のかぎ爪って覚えてる?」

「ああ、アンパサンドさんが言ってたネームドでしょ。 グリフォン十体分に匹敵するとか」

その討伐依頼がなくなっている。

役人は応えてくれなかったが。

つまり誰かが倒した、と言う事だ。

いずれにしても、少しは王都の周辺が安全になった、という判断で良いのだろう。少しだけほっとした。

アトリエに戻ると、すっかり夜だ。

荷物をコンテナに入れて。

現状の在庫を確認。

クラフトは少し残ったが。

獣の素材を分別して、コンテナに入れるのが大変だった。

「やだあ、これあのミミズのでしょ!? 触るのやだー!」

「そんな事言って、もたもたしてるとお化け出るからね」

「もっとやだー!」

スールが泣き言を言うので、溜息。

大体ミミズは虫じゃないのに。

足が一杯あるとその時点でダメなのだろうか。リディーにも、その辺りの法則性はよく分からなかった。

仕留めた獣の肉を使って、夕食にする。

野草類にもいいのがあったので、それも炒めて一緒に食べる事にする。

食事の間もスールはくすんくすんと泣いていたが。

満腹になると正直だから、すぐに機嫌を直して寝入った。

先に寝てしまったスールを見てから、リディーはこの間ラブリーフィリスという真顔になるような名前の店で買ってきた本を読んでおく。

獣の腕輪は非常に使える。

そしてイル師匠が言っていたけれど、ネームドとやりあうには最低でもこれ以上のものを五つか六つは身につけないと話にならない、と言う事だった。

かといって、装飾品を身につけるとなると、色々ハードルがある。

体の動きを阻害しない。

つけていてストレスにならない。

重くならない。

その他色々、である。

ネックレスはそういう意味ではかなり厳しい。ピアスもダメだろう。

そうなるとベルトか。

ベルトは、基本的に体をしっかり固めるためには必要な装備品だ。今必要なのだとしたら、体力の自動回復だろうか。勿論体を強くする機能も欲しいが。

後は靴や手袋など。

日常的に使う道具も、錬金術の装備にしたら。

或いは、効率が何倍にも跳ね上がるかも知れない。

少し遅くなったので。

もう寝ることにする。

スールは昔はうなされて。悪夢を見ていることが非常に多いようだった。リディーもあまり夢見は良くない。

お母さんが病気になって倒れたとき。

どんどん窶れていく様子。

全て覚えている。

偉そうな騎士の人も来て。色々話を聞いていったが。とても復帰は無理だとお父さんに言われて、残念そうにしていた。

優秀な人材が足りない。

彼女ほどの騎士には、育休が終わったら是非復帰して欲しかった。

そんな事をヒト族のベテラン騎士は言っていた。

その時は、無情なことを言うと思って内心反発もした。つい最近まで、嫌なおじさんだと思っていた。

だけれども、荒野で獣と戦うようになってきてから。

あのおじさんの言葉は、文字通り余裕がまるで無い騎士団だから出るものだと分かった。だから今は恨んでいない。

灯りを暗くして、リディーも眠る。

Fランクの試験を受けるまで、後どれくらい掛かるのだろう。

まだ獣を狩らないとダメだろう。

そう思った。

 

コバルト草を取りに行き、ついでに周辺の獣も駆除して行く。まだ火薬爆弾を作るには少し早いけれど、やはり獣の腕輪による身体能力の倍加は大きい。以前に比べて、小物の処理が格段に楽になっていた。

小物退治の依頼はこれで何件目か。

そろそろ、次のナイトサポートを納入しなければならない時期だが。一応在庫はまだ五ヶ月分残っている。

今回コバルト草を追加するので。

帰ったらまたすぐに作るつもりだ。

難しい調合だが。

前にイル師匠の所で丁寧に教えて貰ったし。今ならば、それほど苦戦はしない自信はある。

そしてこの間のミミズで(金銭的な意味で)味を占めたからか。

スールは、周囲に手頃な「大物」がいないかアンパサンドさんに毎回聞くようになっていたが。

毎度呆れられていた。

「死にたいのですか貴方は」

「ええー」

「強めの獣になると、初見殺しの能力持ちも珍しくないのです。 ひよっこが調子に乗っていると、死ぬだけなのです」

ずばり言うアンパサンドさん。

マティアスさんも、口を引きつらせる。フィンブルさんは、あんまりそれについては口を挟まなかった。

厳しい言葉だが、正論だと分かっているからだろう。

「スーちゃん、反復練習と復習だよ。 錬金術も戦闘技術も同じだと思う」

「分かったよもう」

「それと、そろそろ獣を捌くのをもっと手際よく」

うっと呻くスール。

リディーは頷くと、吊した鹿を一緒に捌く。鹿といっても角が刃のように鋭く、更に大きさはヤギ以上。この間倒したボスヤギくらいはある。

これを捌くのだから、相当な重労働だが。

力のかけ方とかコツがあるのか。

つり下げるのも、アンパサンドさんは上手に行う。勿論マティアスさんとフィンブルさんもてきぱき手伝うが。

「鹿肉も、もっと小さいのだと美味しいんだけれどなあ」

「この皮、結構良いですね。 何かに使えないかなあ」

「内臓気持ち悪い……」

「内臓は結構美味しいのです」

スールが真っ青になり、口を押さえる。リディーが見かねて背中を撫でようとすると、手をアンパサンドさんに掴まれた。

いずれ自分で慣れなければならない。

過保護は却って芽を摘む。

そういう事だろう。

コバルト草もある程度採取できたので、切り上げて戻る。

そろそろ、貢献度は充分なのではあるまいか。そう思うが。役人に狩ってきた獣の首を納品しても何も言われない。

この辺り、ちょっとじりじりする。

いつまで最底辺なのだろう。ルーシャは確かもうEランクになっていると聞いているし、Dランクにも近々なるだろう。悔しいけれど、ルーシャが言っていたことは全て的を射ていた。イル師匠にも同じ事を言われたのだから当然だろう。

アトリエに戻ると、ナイトサポートを作る。

コバルト草は色々使い路があるから、ある程度在庫は残しておけ。

そうイル師匠に言われているので、今回は三ヶ月分だけ作る事にする。まだまだ品質についてはそれほど自信が無いので、以前のことを思い出しながら丁寧に作り、完成品はイル師匠に見せに行く。

イル師匠は、ため息をつく。

「ギリギリ合格よ。 今の貴方たちの腕だと、もっと良い素材を取ってこないとダメでしょうね」

「うっ……やはり遠出?」

「……近々貴方たちにも開示があるでしょうし、黙っておくわ。 良い情報が来ているからね」

何だろう。

ただ、イル師匠は嘘をつかないし。

きっと何か良いことがあるのだろう。

そして、来るべき時が来た。

「カーエン石、あるだけ持ってきなさい。 そろそろ良い頃合いだから、火薬爆弾の作り方を教えるわよ」

ついに来たか。

クラフトより一段階上の、火薬を用いた殺戮兵器。作る時の危険度も文字通り段違いの危険物。

だがこれを使えるようになれば。

もっと強力な獣にも、対処できるようになる。

すぐにアトリエに飛んで帰って、カーエン石をイル師匠の所に持っていく。

頷くと、師匠はまずはと前置きした。

「いい、火薬は錬金術におけるもっとも偉大な発明の一つよ。 高度な錬金術は、達人にしか触れられないけれど。 火薬はある程度の実力がある錬金術師にも触れるし、何よりも一度作れば誰にでも使えるわ。 だから戦略物資として扱われるのよ」

危険だから。

一般には流通させられない。

させるとしてもごく少量。

威力が小さいのを、銃の弾丸用などに流通させるだけ、と言う事だった。

なるほど。

本来は、火薬は色々な素材を用いるのだが。

近年では作り方に改良が加えられ。

カーエン石を基本に用いて、此処から爆弾を作る事が出来るようになっている、という事だ。

更に、方法論を変えれば。

相手を雷撃で焼き尽くす爆弾や。

真空波で切り刻む爆弾。

更には、相手を瞬間凍結させる爆弾も作る事が出来るという。

ごくりと生唾を飲み込む。それが如何に怖い事かは、よく分かる。クラフトは単純な爆圧だけであの火力だ。

ここに、更に破壊力を増した上に。

より高い殺意が加わるのだから。

ふっと、表情を緩めるイル師匠。

「クラフトをある程度使って、その怖さを分かったところでこれを教えるつもりだったのよ。 貴方たちはもうクラフトが如何に恐ろしい代物か知っているわね。 技術的な問題ではなくて、如何に危険なものを使っているか、その自覚が必要だったの」

そうか。

それが今までのリディー達には無かった。

確かにその通りだ。

「それでは、作り始めるわよ」

後は言葉も無い。

ただ黙々と。

イル師匠に従って、作業をする。

それが全てだった。

 

2、陸空の王を倒せ

 

いよいよ来た。

フラムを作成したその翌日。マティアスさんが、スクロールを持ってアトリエを訪れたのである。

ちょっと緊張したが。

ちょうどナイトサポートを納品した翌日だった。

多分、これで貢献度が想定に達したのだと、リディーは悟った。

「じゃ、俺様これで。 早く帰らないと、アンに殴られるし」

「完全に尻に敷かれてるね」

「否定できないのが悔しいが、それより姉貴が恐いんだよ。 アンも恐いけどな、姉貴は別格だ」

「……」

マティアスさんは、そういうと、さっさと戻っていった。

スールがひょいとスクロールを取ると、蜜蝋を切って中身を確認する。

「Fランク試験への参加を認める。 ええと……ただし試験は二段階とする。 二段階!?」

「ちょっと見せてね」

スールの手からスクロールを取りあげると、中身を確認。

まず、試験の内容だが。

グリフォンの営巣地に対する攻撃が第一段階である。

ぞっとした。

グリフォンと言えば、キメラビーストと並ぶ凶悪な獣。それも営巣地への攻撃となると、当然敵も必死に反撃してくる。

幸い今回指定している場所は、グリフォンの中でも最も小さく大人しい(あくまで比較で)種の営巣地のようだけれども。

攻撃の証拠として、卵を持ち帰るように、と言う事だった。

グリフォンもできればその場にいる個体は仕留めるように。

そういう話である。

しばらく真顔になって停止してしまうが。

とにかく、やるしかない。錬金術師には、それだけの力が求められるのだ。

フラムを作り足すことにする。

試験が行われている間も、納入義務は発生する。一応期限はないようなのだが、それでもできるだけ急いだ方が良いだろう。やるべき事が増えすぎて、手が出せなくなる。かといって、試験に偶然受かっても。次のランクを維持できるとは思えない。

師匠の所に行って、立ち会いでフラムを作る。

カーエン石の水分をまず飛ばす。

此処が大変な作業だ。

脱水剤を使う場合もある。

ぷにぷにの体内にあるぷにぷに玉がそれで。

非常に強い脱水効果があるため、重宝される。

今回は単純に乾燥させておいたものを用いるけれど。

それは火力が上がりすぎないようにするためである。

乾燥させたカーエン石を崩して。

徹底的に不純物を取り除く。

中和剤と混ぜる。

この時使うのは、砂を媒介にした中和剤で。最も良いのは、潰したカーエン石の中和剤らしいのだが。

師匠の指導を受けながら。

強い魔力を持つ中和剤によって。

カーエン石を更に攻撃的に変質させる。

そして出来上がったのが。

起爆の中核となる部分である。

これに珪藻土と呼ばれる土を混ぜる。これそのものは、そもそも近くに海があるアダレット王都だと、簡単に手に入る。その辺を掘っているだけでも出てくる。

これにより安定させ。

更に起爆時の火力を数倍にまで引き上げる。

倍率をどんどん上げていくのだ。

起爆用の信管を作る。

小さいインゴットでいいのだけれども。

板状に叩いて伸ばし。

其処に魔法陣を刻んで、高熱を発生させるようにする。それも瞬間的に。そしてその板を、筒状に加工したカーエン石と珪藻土の混ぜ物に差し込む。

こうして、筒状のフラムが完成する。

一つずつの手間がクラフトとは段違いなだけあり。

完成したときの破壊力も桁外れだ。

なおもっと簡単なフラムもあるらしいのだけれど。

今回は対グリフォンを想定して。

そこそこ良いフラムを最初から教えてくれた、と言う事だった。

外で勿論試してみた。

シールドを全力で張るように。

イル師匠は、実験前にそう言ったが。事実、爆破してみて、その火力を前に唖然とせざるを得なかった。

これは確かに、荒野に住まう凶暴な獣たちにも、有効打になる。使い方次第では、今まで手も足も出なかった相手に対する切り札にもなり得る。

クラフトも見てもらう。

最初に作った時よりも、精度がぐっと上がっている。

二十三十と作ったのだから当然だけれど。

中に毒を仕込んだり。

小石などを仕込んだりした結果。

師匠の言葉通り、火力が跳ね上がった。

前は14点とか言われたが。今回は26点と言われたので、かなり良くなっているという事だろう。

お薬も作ったし。

これで一応できる準備は整えた。後はグリフォン狩りだが、まともにやりあったら勝てる相手じゃない。

しかも相手は空まで飛ぶ。

それを営巣地と言う事は複数。

今までにない厳しい戦いになる事は分かりきっているが。

それでもやらなければならなかった。

アトリエに戻った後。

スールと話をする。

「さて、問題は此処からだね。 現状の戦力だと、多分何やってもダメだと思う」

「うん。 Fランク、壁が高いよう」

「せめて手数が欲しいね」

「それに思うんだけれど、ひょっとしてグリフォン退治と同レベルの仕事が、毎回求められるんじゃないの?」

スールは鋭い。

リディーもそう思うけれど、いつもずばりと本質を突いてくる。勘の鋭さは一級品だ。これでもう少し本番に強ければ完璧なのに。

実を言うと、昔スールは大人しくて、どちらかというと内気な子供だった。

ある一線を境に急激にいたずらっ子に変わったのだけれど。

それがいつだったのかはよく分からない。

普通、勘は魔術使いの専売特許なのだけれど。

魔術についてはあまり得意じゃないスールが、どうして勘ばかり鋭いのかは。周囲の誰も分からなかった。

「フラムもこれ作るとなると一日がかりだね。 それも師匠がまだ見てないと危なくて作れない」

「これを半日に短縮して、そして数も増やして……後は手伝ってくれそうな人を見繕わないと」

「やっぱ人手増やさないとだめか」

「うん……」

気付くと、お父さんが帰ってきていた。

そのまま地下室に直行。

外で何をしているのか分からなかったけれど。暗い目で此方を見るにはみたが、それだけだ。

食事もしているのか分からない。

リディーはたまりかねて立ち上がると、地下室のドアを叩いてみた。

「お父さん、夕食くらい食べようよ」

それで気付く。

地下室のドア。叩いても、まるでびくともしない。何というか、板を叩いているという感じがしない。

前は鍵だけ特別なのかと思ったけれど。

これは多分違う。

音も向こうには届いていないだろう。

それでいながら、まだ地下室からは妙な音が時々聞こえる。

あの絵が原因だろうけれど。

一体何なのか。

不気味だと思えるのは事実だった。

大きく溜息をつく。

いずれにしても、今はお父さんを此処から出すのは無理だ。師匠に頼めばこのドアをぶち抜いてくれるかも知れないけれど。そんな家庭の恥を、師匠に見せるわけにはいかないし。

やるにしても、自分達でやらなければならないだろう。

「お母さん、今のお父さん見たらどう思うんだろう」

「なんだかんだ熱々の夫婦だったしね。 きっと手をとって立ち上がるように促すと思うよ」

「……そうだろうね」

悔しい。

お母さんならできる事が。私達にはとてもできない。

反発するばかりで。

哀しみを見る事も出来ていなかった気がする。

バカだアホだと今まで散々嫌ってきたけれど。でも、結局の所は、恐らくは。それは自分の無力に対する嫌悪だったのではあるまいか。

頭を振る。

今は、Fランクへの昇格が急務だ。

しかも試験は二段階。

グリフォンどもを退治しても、次がある、という事である。

スールが泣き言を言う。

「ルーシャは最初からそれができて、しかも更に先に行ってるって事だよね」

「もうそれは良いから。 今は自分達にできる事をしよう。 アクセサリの本をちょっと見せて」

「まだ何か増やす?」

「師匠見ていて思わなかった? 多分だけれど、師匠が何気なく身につけているもの、あのおっきなリボンから、靴や手袋、服とかも、全部錬金術の装備だと思うよ」

絶句するスール。

リディーはそのまましばし図鑑を見ていて、今作れそうなものはないか、と嘆息してしまう。

良い糸素材が手に入れば良いのだけれど。

少なくとも、普通の羊毛などでは、ありふれた糸や布しか作れない。

糸や布を中和剤で変質強化して。

そもそも魔法陣を服に縫い込む、という手はある。

そうやって作る服は、非常に強力な防御効果を。それこそ重い鎧なんて問題にもならないほどの防御力を発揮できることは容易に想像がつくけれど。

今はまだ手が届かない。

「とにかく、手伝ってくれそうな人を探そう。 スーちゃん、心当たりない?」

「今回の仕事限定で、傭兵を回して貰おうか。 でもそうなると、獣の腕輪を増やさないといけないね」

「それはもうノウハウがあるからできるけれど……傭兵か。 グリフォン退治って聞いて尻込みしないと良いけど」

「とにかく、スーちゃんはそっちから攻めてみる」

頷くと。

リディーは少し考えてから、騎士団の詰め所に出向く。

アンパサンドさんがいると幸運だと思ったのだが。彼女は今出払っていると言う事だった。

代わりにマティアスさんが出てくる。

「よう。 どうしたリディー」

「マティアスさん、次の試験がかなり戦力的に厳しいんですけれど、騎士団からは人員を廻せないですか」

「無理」

「即答!?」

マティアスさんが肩をすくめる。

騎士団の事情は知っているはずだ、と。

「俺様も今から別のチームと仕事に行くくらいでな、暇な騎士なんていないんだよ。 ましてや数日外出するんだろ。 俺様とアン、二人以上の騎士は貸し出せない。 少なくともGランクアトリエの錬金術師にはな」

「うう……分かりました」

「俺様だって心苦しいが、とにかく人手はそっちで確保してくれ。 ドラゴン狩りだったら傭兵はみんな逃げると思うが、グリフォン狩りだったら或いは……だからな」

「はい……」

とにかく、忙しいからと、詰め所から追い出される。事実、すぐにマティアスさんは、数人の騎士と一緒に出向いていった。

騎士達を率いているのは、ものすごく恐い鎧を着た小柄な人で、何となく女性だと思ったが。

噂に聞く、声も聞かせてくれない副団長だろうか。

最近名物騎士団長だった巨人族の騎士団長が引退して。ヒト族の優秀な騎士が騎士団長になったという話は聞いている。

その時に昇格した副団長が、騎士団でも正体を知るものが殆どいない、謎の人物だという噂も聞いている。

あの人がそうだとすると。

多分今のマティアスさんだと及びもつかない相手だろう。

そして騎士団と一緒に、ルーシャと、そのメイドさんも出かけていくのが見えた。ルーシャは此方に気付かなかったが。或いはグリフォンより更に強い獣の討伐任務だろうか。今のルーシャはもうEランクらしいし、あり得る話だ。

教会に出向く。

シスターグレースは、相変わらずとても若々しく、五十代のヒト族女性とはとても思えない。

昔、リディーが立ち直るのにも、スールが立ち上がるのにも、親身になって接してくれた。

二人目のお母さんはこの人だ。

教会は救貧院も兼ねていて、生活出来ないほど貧しい人や、孤児を育ててくれているけれども。

此処の悪い評判は一切聞かない。

孤児には生きるためのスキルを叩き込んでくれるし。

ゲームなども大好きで、あらゆる方法で、子供の心を掴む技を知り尽くしている。家庭的な事はほぼ全て出来るし。その一方、子供の事もちゃんと理解出来ている凄い偉人だ。

なお元々超凄腕の傭兵らしく。

戦闘技術を叩き込んでくれるという話も聞いている。

フィンブル兄も、ある意味シスターグレースの弟子の一人、というわけだ。

シスターグレースの他に、珍しい人が来ていた。

昔、たまに見かけた女性で。

確かパメラ、だったか。

長身のヒト族女性で。ふわりとした豪華なドレスを着ているのだが。とにかくつかみ所がなく。

いつの間にかいて。

いつもつかみ所のない笑みを浮かべている。

スールはどうしてかこの人が凄く苦手な様子で。

パメラさんはいつも苦笑いしていた。

二人に挨拶。

パメラさんはシスターグレースも一目置くほどの人物らしく、時々かなり真剣な話をしているのを聞いている。

マイペースな様子のパメラだが。

それでも、そんな話に時は、丁寧に応対しているようだった。

「まあ、リディーちゃん。 随分大きくなったわね」

「はい、ありがとうございます、パメラさん」

「それでどうしましたか?」

「はい、実は……」

人手が足りない。

素直にシスターグレースに相談する。

此処の人脈は相当に巨大で。

或いは適切な人材が見つかるかも知れない。そう思ったのである。

傭兵のたまり場である酒場に突っ込むのはスールに任せるとして。リディーは、最初は騎士団。次は教会と。

人脈を辿るように動いてみる。

そういう事だ。

「此処にわざわざ人捜しと言う事は、余程大変な仕事のようですね」

「はい。 グリフォン狩りに同行してくれそうな人、思い当たりませんか」

「ふむ、グリフォン狩り……私が出向いてもよいのですが、その間此処をパメラが預かってくれますか?」

「ダメよお。 此処はグレースちゃんの教会じゃない」

グレースちゃん。

パメラさんは二十代くらいに見えるが。

そういえば、一度何かが原因で、スールが大泣きしたことがあって。パメラさんが原因らしいのだ。

あれ。

スールは昔からお化け嫌いだったけれど。

確か決定打になったのは、その時以来だったような気がしてきた。

なんでだろう。

いずれにしても、ちゃんづけで呼ばれて怒りもしないシスターグレースを見ていると、何かあると言う事だけは確実だが。この人を怒らせると、尋常では無く恐いのだから。

「では仕方が無いですね。 紹介状を書くので、今回だけという条件で同行して貰うと良いでしょう」

「はいっ。 どんな人ですか」

「私の娘です。 私同様、戦略級の傭兵です。 本来なら雇用費がかなり厳しいのですが、一度だけという条件で、貴方たちにも払える金額での雇用を受けて貰いましょう」

 

アトリエに戻り。

収穫がなかったらしいスールと一緒に、貰った紹介状を元に街を歩く。何しろ広い街である。

行ったことがない場所もたくさんある。

そんな中の一つが。

指定された地区だった。

ちょっと治安が良くない様子なので、少し不安だ。見るからに柄が悪そうなのも屯している。

これは、誰か護衛がいた方が良かったかなと想ったら。

丁度通りすがったフィンブルさんが、声を掛けてきた。

「何だお前達、こんな所に」

「あ、フィンブル兄!」

「ちょっとその……人を探していて」

「しゃあねえなあ。 今日はもうゆっくりしようと思ってたんだが。 ちょっとだけ護衛してやるよ」

フィンブルさんは傭兵だし、流石に武装していなくても、戦闘技能持ちというのは一目で周囲に分かるのだろう。

それで、露骨に周囲から感じる「圧」が減った。

助かる。

荒くれ達の住む街の一角に。最近まで空き屋だった、という家があるが。今、中から不気味な笑い声が聞こえてきていた。

スールが見る間に真っ青になって、回れ右しようとするが。

リディーはその手を掴んで逃げられないようにすると、住所が此処で間違いない事を確認。

フィンブルさんは呆れた様子でそれを見ていた。

スールを引き戻し。戸をノックする。

「あのー、すみません……」

「はい?」

中から出てきたのは、黒髪をボブに切りそろえた長身の女性だ。確かに、グレースさんの面影がある。

奥は。

ぞっとした。

無数の人形が林立していて。へんなおじさんが高笑いを上げながら、人形をなにやら弄っている。

スールがそれをみて、立ったまま失神した。

「あ、あのあの……シスターグレースから紹介されて来ました」

「お母さんから? どれ」

「……」

ドロッセルさんというらしい人は。

手紙を見ると、ふうんと頷く。確かに家の奥に、身の丈大の凶悪なバトルアックスが置いてある。

「なるほど、傭兵業か。 いいよ。 ただし条件あり」

「何でしょう」

「まず同行は一度だけ。 この手紙通りの値段ではね。 それ以降は、もし私を雇いたいなら、きちんとした料金を払って頂戴」

「分かりました!」

それについては最初からそのつもりだ。

咳払いすると、ドロッセルさんはもう一つの条件を告げる。

「錬金術の装備は作れるね?」

「はい、まだ一つだけ、ですけれど」

「じゃあそれを譲り受けるわ。 それを条件に、一度だけ同行してあげる」

かなり厳しい条件だ。

だがこの人、見るからに無茶苦茶強い。まだ二十代のようだが、今まで見てきた傭兵とは格が違う使い手だと一目で分かる。

これなら、むしろ安く雇えたと思って、喜ぶべきだろう。

お願いしますと頭を下げると、契約書にサイン。その後、気絶したままのスールを引きずって、人形の館を後にする。

フィンブルさんが、一応地区の出口まで送ってくれたが。

スールが正気に戻ったのは、アトリエについてからだった。

わんわん泣き出す。

「やだあ! 凄く恐かった! 何あの家!」

「こら、手伝って貰えるんだから、そんな事言わないの」

「恐いものは恐いもん!」

「はあ」

スールはどうしてこう、肝心なところでダメなのか。

兎に角スケジュールを組む。

出立は三日後。

それまでに。

やるべき事は。全て済ませなければならない。

 

3、死闘

 

王都の城門に皆集合。ドロッセルさんをさっそく口説こうとしていたマティアスさんだったけれど。

ドロッセルさんが、笑顔のままその辺の石を握りつぶしてみせると。

そのまま黙り込み。

二度と軽口を聞こうとはしなかった。

意味不明なほどでかいバトルアックスを担いでいるから怪力なのは分かりきっていたけれど。

まさか石を握りつぶすほどとは。

荷車が二連になっているのを見て、アンパサンドさんが目を細める。

「荷車を増やしたのですね」

「積載量に問題がありすぎると思っていましたので。 でも、アトリエの入り口を通れないと本末転倒なので、二台にしました」

「アルファ商会で売っている自走式のにすれば、もっと楽になりますよ」

「ええと……お財布と相談します」

苦笑いするしかない。

ただ戦略物資と言う事は、或いはもっとアトリエランクが上がれば、譲って貰えるかも知れない。

最下級のGランクとはいえ。それでも国家公認錬金術師になった途端、これだけ収入が増えたのだ。

Eランクくらいになると、騎士団との連携任務にも出るようになるようだし。

その頃には、或いは。

支出を丁寧に管理すれば、手が届くかも知れない。

そのまま、試験の指定があった場所へ急ぐ。

此処から街道を行くのだが。

案の定、森で守られていない場所だ。途中、かなり獣の気配がする。ドロッセルさんは巨大なバトルアックスを担いだまま、平然と走ってきているが。まるで疲れている様子も無い。

この分だと。或いは獣の腕輪の強化分なんて、誤差程度にしか感じていないのかも知れない。

戦略級の傭兵だとすると、恐らく錬金術師との合同任務にも参加したことがあるはず。

錬金術の装備は、使い慣れているのだろう。

最初の宿場町に到着。

そのまま急いで、次の宿場町まで行く。

王都から離れれば離れるほど、獣が大きくなっていくのが、傍目にも分かる。途中、かなり大きな猪が街道でもあるにも関わらず仕掛けて来たので、仕留める。ドロッセルさんは、いきなり躍りかかると、一撃で猪の首を刎ねた。

「ま、私の実力はこんなとこ。 満足していただけたかな?」

「充分なのです」

「……こええ」

マティアスさんの素直な感想が面白い。

猪を吊ると、その場ですぐに捌いて。肉などは燻製に。皮は剥ぎ取ってなめすための準備をしておく。

作業が終わったら、すぐにまた次の街へ急ぎ。

到着したのは、夕方を少し過ぎた頃だった。

既に周囲は、危険な殺気に満ちている。

「この辺りが王都周辺だと一番危ないんだ」

フィンブル兄がいう。

話によると、この少し先には、一万の人口を抱える都市があり。そこは最近大規模に手が入ったとかで。周囲の獣も危ないのがあらかた駆除されているという。

一方この辺りまでは、その開発の手が入っておらず。

この間ネームドの大規模な掃討作戦を凄腕の錬金術師と騎士団が合同で行い。街の近くに住んでいるネームドはあらかた片付けたらしいけれど。

それでも集落の周辺は、相変わらず危険。

グリフォンの営巣地なんてものがある事からも分かるように。

危険な獣が大勢出ると言う。

更に言うと、少し離れた所には、匪賊がかなりいるそうだ。

匪賊。

ぞっとした。

人を喰らう、人間の道を最低限まで踏み外した者達。

いるのか、この近くに。

確か、治安が悪い街だと、匪賊が入り込んでいる事があると言う話は聞く。腐りきった役人や商人は、匪賊と取引をして。彼らが「食糧調達」のついでに奪い取った品々を仕入れて、売りさばいたりもするのだとか。

文字通り鬼畜の所行だが。

いずれにしても、油断は出来ない。

この街も灰色だ。

街を守るだけで精一杯。

身を寄せ合うようにして、小さな家々が並んでいて。

ボロボロの城壁には、これまた弱々しい櫓が幾つか建ち並んでいるだけ。

人口は二百人といないだろう。

この様子だと自警団の規模はせいぜい十人。

此処の自警団に手を貸せ、とはとても言えない。

街の周囲には畑があるが、手はそれほど入っていない。ゾーバと呼ばれる荒れ地でも育ちやすい穀物を作っているようだが。これは兎に角まずい事で知られている。

リディーも時々食べるのだが。

人間の食べるものじゃない。

どれだけ工夫してもまず美味しくならない。

だから此処の人達も、ゾーバを食べて暮らさなければ行けないのだとしたら、大変だろうな。

そうとしか、リディーには思えなかった。

宿を取り。

グリフォン狩りの話をする。

今回は、先に地図をアンパサンドさんが持ち込んできていた。

「騎士団の任務時は、国が作った地図を使っていたのですけれども。 前回の失敗でこりたのです。 とりあえず、これならばある程度は正確なはずなのです」

「グリフォンの営巣地は此処か。 ちょっと見てこようか? 今の時間なら、あいつら寝てるし」

「えっ!? だ、大丈夫ですか」

「自分も行くのです」

頷くと、二人して出かけていく。

マティアスさんは、苦虫を噛み潰したような目でその背中を見送った。

宿といっても、小さなもので。

部屋も五つしかない。

下にある共用の食事部屋も、テーブルが二つだけ。なお、借りているのはリディー達だけだった。

宿場町なので他にも宿はあるみたいだけれど。今日はリディー達以外に利用者はいないようである。

なお、夕食も当然のように出なかったので。

さっき仕留めた猪を食べるしかなかった。

台所は貸して貰えたので。

燻製にしておいた肉を料理し始める。

宿の主は胡散臭いものでも見るように此方を見ていたが。

もう気にはしていられなかった。

適当に食事を開始していると。

戻ってくるドロッセルさんとアンパサンドさん。

そういえば、偵察というのは、手練れがやるものだと。

最近ようやくアリスさんに教えて貰った。

今回は最大戦力であるドロッセルさんが出たが、こういうのを大物見というらしい。

まあ中核戦力が現地を見てくるのだから。

勝率も上がる反面。

危険度も跳ね上がる。

そういうものだ。

「どうでした?」

「営巣地という割りには小規模かな。 グリフォンは小さめのが五。 あれなら潰すのは難しくないと思う」

「それでも危険は大きいのです。 一匹ずつつって各個撃破するのです」

「巣同士は離れているから多分できるとは思うけれど」

「あ、質問です」

リディーが手を上げると。

アンパサンドさんが頷く。

「グリフォンが巣を作るという話は聞いていましたけれど、子育ては両親でやらないんですか?」

「グリフォンは雄が巣を作って、卵を雌が産むと、後は雄がずっと子育てをする習性を持っているのです」

「全部雄任せなんですね」

鳥にも色々な性質を持ったものがいると聞いているが。

雄が全部面倒を見るというのも、面白い習性かも知れない。

ドロッセルさんは、頭を掻きながら言う。

「これが結構厄介でね。 グリフォンは卵をすぐに作って産む事が出来る習性を持っているんだわ。 鶏と同じようにね。 要するに、雌は色々な雄と交配して卵を産んで廻り、雄が卵や雛の面倒を見る方が効率的なの。 営巣地を作るのも、雄が巣を開けても雛を襲われづらくするためだよ」

「それは、厄介ですね」

「だからちゃっちゃと片付けよう。 幸い、グリフォンの卵が無事に孵る確率はそれほど高くないらしいからね。 ……もっとも、どうせグリフォンを殺し尽くしても、どこからか湧いてくるんだけどさ」

そういえば、聞いた。

あり得ない場所から、獣が湧いてくる事がしょっちゅうあると言う。

この世界では、荒野から獣が際限なく湧いてくる。

きっとグリフォンも、なのだろう。

それはそれとして、交配して増えもすると言うのだから。

厄介極まりない話だ。

食事はしっかりしておいて。

その後、明日の作戦について話す。

地図を見る限り、他のグリフォンを監視しながら、一匹ずつ釣って片付けるのが一番現実的だ。

複数に襲われた場合も、ドロッセルさんがいるから、ある程度安心感はある。

ただ。最悪の事態に備えて、常に手は打っておかないと危ないだろう。

手持ちのカードは全てドロッセルさんとアンパサンドさんに開示。

しばし考え込んだ後。

ドロッセルさんは言う。

「最悪の事態は、五体同時にグリフォンが仕掛けて来た場合だけれども、その時は私が殿軍する」

「だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫なわけはないけれど、まあ何とかするよ。 そうならないように、釣りは上手にね」

「分かっているのです」

地図上で、アンパサンドさんが指を動かす。

営巣地から少し離れた地点。

盆地になっている場所がある。

そこに敵を釣り出し。

一匹ずつ潰す。

それで良いだろう。リディーも、それで異存はなかった。

後は、明日に備えてしっかり眠る。

戦いが苛烈になる事は分かりきっているし。

明日を生きて越えられるかも、また分からなかった。

 

早朝。

陽が出る少し前に動きを開始する。アンパサンドさんが釣ってくると言うので、予定地点の盆地に潜む。盆地にいた小物の獣は、すぐに処置した。

グリフォンの恐ろしさは、兎に角大きい事だ。

リディーも本物は殆ど見た事がないが。

騎士団が、凱旋して死体を運んでいるのを、街中で見た事がある。

とにかくとんでも無く大きい。

あれと、今から戦うと思うと震えが来る。

それに、ドロッセルさんに頼りっきりというわけにもいかないだろう。ドロッセルさんも、今回だけの手伝いと言っているし。できるだけ自分達だけで倒す事を考えなければいけない。

ほどなく。

手をかざして、岩の上に身軽に上がっていたドロッセルさんが、ハンドサインをだしてくる。

予定通りの地点に、全員移動。

凄まじい勢いで、中空から躍りかかってくるグリフォンと。

それをいなしながら、此方に戻ってくるアンパサンドさん。

グリフォンは一匹。

まずはさい先良し、だ。

準備通り、此方もハンドサインを送る。

アンパサンドさんはグリフォンを引きつけながら、盆地に入り込み。

そして、完璧なタイミングで。

スールがフラムを投擲。

全員が爆圧の届かない所に避難し。

そして、炸裂するのを確認した。

文字通り。

その場に太陽ができたかと、思うほどの火力だった。

試行はしていたから、威力については知っていたのだが。

爆音だけで、鼓膜がやられそうである。

強烈な破壊の熱と風にやられて、それでもグリフォンは生きている。凄まじい雄叫びを上げると、傷だらけのまま、アンパサンドさんに襲いかかる。その巨大さは、傷だらけになっても変わらない。威圧感は今まで見たどんな獣より凄まじい。鳥の頭と翼、獅子の体を持つ最強のバケモノが、雄叫びを上げながら躍りかかってくる。それだけでも、全身が震えあがる。

その突進をマティアスさんが防ぐ。

そして、同時に腹にフィンブルさんがハルバードを叩き込み。

スールが逆側から銃弾を雨霰と浴びせる。

竿立ちになった所に、アンパサンドさんが躍りかかり、グリフォンの目にナイフを突っ込む。

アンパサンドさんを刎ね飛ばそうとする傷だらけのグリフォン。

暴れ回るだけで、周囲が抉られる。

岩が吹っ飛ぶ。

凄まじいパワーだ。

これでも一番弱いグリフォンだというのだから、本当に困る。ともかく、どうにかするしかない。

詠唱を終え。

強化魔術発動。

力を更に倍増しにしたマティアスさんが、一気にグリフォンを斬り伏せる。

しばし痙攣していたグリフォンだが。

やがて動かなくなった。

呼吸を整える。

まずは、一匹。

これで、一匹。

空中でフラムの爆圧をモロに喰らったのに、それでも平然と動いていた。死体を引きずって、盆地から出す。そして、捌いてしまう。完璧に作戦通りにいったのに、それでもこれだけ苦戦した。冗談じゃあないとしか言えない。今後は、もっと強いのを、もっと悪い条件で仕留めていかなければならないのだ。錬金術師が過酷な仕事である事を、嫌でも思い知らされる。半人前が、こんなのと戦っているのだ。

ドロッセルさんは、肉の切り分けがとても手際いい。多分殺した事があるのだろう。

肉はあまり美味しくないらしいけれど。

贅沢は言っていられない。

それと皮が非常に強固で、色々と使い路がありそうだ。また羽毛も大きく、非常に巨大で。なおかつさわり心地がいい。

これで大人しければ。

モフモフだったのかもしれないけれど。

無いものをねだるわけにも行かない。

グリフォンは容赦なく人を襲い、蹂躙していくのだ。

殺すしかない。

一匹目の処理が終わったので、次に取りかかる。準備を整え、小さな傷も残さず、薬できちんと治しておく。

再び、アンパサンドさんが釣りに出る。

手をかざして見ていたドロッセルさんが、ちっと舌打ちした。

「まずいね。 二匹来る」

「アンどじった!?」

「いや、そうじゃあないかな。 多分一匹目が釣られて、またアンパサンドちゃんが来たのを見て、グリフォン側も同類が死んだ事に気付いたんだろう。 もう二匹は、巣がかなり離れているから、我関せずと言う所だね」

立ち上がるドロッセルさん。

一匹は引き受けてくれるという。

頷くと、迎撃の態勢に入る。

ただ、今回ドロッセルさんには、あくまで顧問という形で来て貰っているのだ。あまり頼るのは好ましくない。

どうにかして、五匹を。

リディーとスールと。普段一緒に戦っている者だけで撃破したい。

この後、何かトラブルがあるかも知れない。だから、あまり贅沢は言っていられないのだけれども。

まずは敵を退けることからだ。

二匹が時間差をつけてくる。

アンパサンドさんが、可能な限り時間差をつけるように、上手に立ち回ってくれている、と言う事だ。

一匹が此方に気付いて、雄叫びを上げる。その翼に、ドロッセルさんが投擲した斧が突き刺さった。

地面に激突するグリフォンに、躍りかかっていくドロッセルさん。その剽悍さは凄まじい。

一方もう一匹は、空高く舞い上がると。此方に向けて飛んでくる。

ハンドサインを出して、スールが頷く。

だが、途中でグリフォンはいきなり高度を上げる。アンパサンドさんがハンドサインを出してくる。

防げ。

とっさにマティアスが剣をかざして術を発動するが、間に合わない。凄まじい勢いで、羽毛が辺りに突き刺さる。初撃はマティアスを狙ったようだったから、他の皆には当たらなかった。マティアスも良い鎧を着ているからか、死ななかったが。それでも、直撃した幾つかの羽毛には、下手なダンスを踊らされていた。

ぞっとする。

羽毛が、地面に食い込んでいる。それも半ばまで。下手な魔術が掛かった斧よりも突破力がある。

こんなの他の人が喰らったら即死確定だ。

更に二撃目。

マティアスさんの剣がシールドの魔術を展開して防ぐ。更に鎧についている小さな盾も駆使して、どうにかマティアスさんが爆撃を止めるが。次の瞬間には、グリフォンそのものが、マティアスさんに突撃を仕掛けて来ていた。

単独での時間差攻撃。

獣に知能がないというのは本当なのか。

何しろ巨体。それに高高度からの全速力突撃。

その破壊力は、想像を絶する。当たり前の話だ。

爆圧で吹っ飛ばされて、リディーは悲鳴を上げて投げ出される。接近戦に持ち込まれた時点で、もうフラムで吹き飛ばすどころじゃない。どうにかして倒すか、距離を取るしかない。

追いついたアンパサンドさんが、グリフォンの背中に飛び乗ると、切り裂きながら走るが、まるで効いていない。だが、背中に乗られたこと自体が頭に来るのか、グリフォンが叫びながら暴れ狂う。フィンブルさんもスールも近づけたものじゃない。リディーは詠唱をしながら、必死に好機を窺うが、マティアスさんの魔術シールドが赤熱してきているのが分かった。

負荷が、かなり危険な状況と言う事だ。マティアスさんも真っ青になって、必死になっているが。

あれがぶち抜かれたら、多分一瞬でミンチだ。

呼吸を整えながら、一旦距離を取るようにハンドサイン。チャンスを窺うしかない。必死に飛び退くマティアスさんを支援するように、アンパサンドさんがふわりと布をグリフォンの前に落とす。

視界を一瞬防ぐというだけで、充分に嫌がらせになる。

何でも使えるものは使うと言うことだ。

必死に盆地から這い出た瞬間、暴れ狂うグリフォンが吹き飛ばした岩を、フィンブルさんが即答してハルバードで防ぐ。流石に下ろし立てだが、あまり良い音じゃなかった。フィンブルさんも顔をしかめている。今の負荷はかなり大きかったのだろう。それに今の岩、放置していたらスールの顔面を直撃していた。多分痛いどころか、スールの顔面を地面に落とした果実のように砕いていただろう。

アンパサンドさんが、グリフォンを徹底的に怒らせて、時間を稼いでくれているが。

何しろちょっと腕を振るうだけで地面が抉れ。岩が吹っ飛び。

咆哮だけで風圧が生じるような巨体だ。

そんなに長くは保たない。

マティアスさんがようやく盆地から這いだしてきて、それでやっと体勢を整え直せる。ハンドサインを飛ばす。

頷いたアンパサンドさんが、ナイフで相手の足の裏を抉り。

そのまま残像を抉らせる。

即座にアンパサンドさんに羽毛を飛ばすグリフォンだが。

その頭上には、スールの投げたフラム。

爆裂。

悲鳴を上げるグリフォンは、全身から血を噴き出しながらも、まだ生きている。至近距離で直撃したのに。

だが、攻勢に出るタイミングだ。

クラフトを投擲。

爆裂。

煙をぶち抜いて、全身を膨らませるようにして威嚇するグリフォン。つまりまだ生きている。

だが、リディーの魔術が完成して。やっと攻勢に出られたマティアスさんが、躍りかかる。しかし、即応したグリフォンが、はたき飛ばす。小さな盾で防ぐが、思いっきり吹っ飛ばされた。地面でえぐい転がり方をして、えぐい音を立てたが。多分生きている筈だ。

本命は次。

強化魔術を掛けたのは、フィンブルさんである。

首筋の傷に、寸分違わずハルバードを叩き込むフィンブルさん。

ハルバードは、貫通した。

それでも、なおしばらく暴れていたグリフォンだが。

更にとどめのドロップキックをスールが叩き込むと。

首がねじれたまま地面に倒れ、動かなくなった。

マティアスさんが、よろよろと立ち上がる。

「お、おいい! リディー! 俺様に強化魔術掛けるんじゃないの、あの場合!?」

「いえ、さっきのシールドと防御力で、グリフォンは思いっきりマティアスさんを警戒していましたので」

「ああ、そういう……でも滅茶苦茶恐かったから、もうやめて?」

「そういうわけには」

今のはいわゆる二の矢だ。アリスさんに叩き込まれた戦術の基礎である。マティアスさんがスールみたいな泣き言を口にしているけれど、それは聞くわけにはいかない。実の妹の泣き言だって聞くな。そうアリスさんには言われているのだ。戦闘では殺す殺さないの駆け引きが行われる。

そして此処で殺し損ねたら。

増えたグリフォンが、抵抗できない弱い人を殺すのである。

ドロッセルさんはというと、もうとっくにグリフォンの首を叩き落としたらしい。悠々と、無傷のまま歩いて来る。返り血も浴びていなかった。本当に危なくなるまで介入しないつもりだったのだろう。この辺り、徹底している。確かに契約の時そうしたけれども。何というか、人形大好きなお姉さんと。戦鬼としてのドロッセルさんは。完全に「切り替えて」いるのだろう。

アンパサンドさんも来るが。彼方此方擦り傷を作っていた。風圧だけでできた傷だろう。小さなホムには、あの暴力の塊と真っ正面からやりあうだけで、これだけ危険だという事である。

死体を引きずって来て。

解体。

残るは二体。そう言い聞かせて、まずはけが人の手当をする。

マティアスさんは、殆ど怪我をしていなかった。本当に優秀な鎧と剣なんだなあと感心してしまう。

ただ顔とか露出部分には怪我をしていたので。

それは薬を使う。

もう散々反復練習をして作り慣れた薬だ。傷は溶けるように消える。まだイル師匠の奴のように、体力や、体内の傷までは回復出来ないが。

後は、ドロッセルさんが見張りに立つという事で。

その間に皆で、グリフォンの肉を焼いて食べる。話通り、鶏肉と羊肉か何かのまずいところを足したような味で。しかも肉が固い。しっかり下ごしらえをしても、これでは食べるのに相当苦労しそうだが。いずれにしても今はそんな時間もない。まだ二匹グリフォンは残っているのだ。

肉にもしっかり火を通しておかないと。

後でおなかに虫が湧くことにもなる。

おいしくもない食事を無理矢理おなかに詰め込むと、少し寝て休むように言われた。此処で。聞き返すスール。此処で。応えるドロッセルさん。

容赦ない。

半泣きになるスールに、荷車の中で眠れば良いとアドバイス。

リディーは、岩陰に隠れて少しだけ眠る。時間はあまりない。ドロッセルさんは今回だけ、条件付きで格安で来てくれているのだ。

一刻ほど休んだ後。

起きだして、皆で体調の申告。

全員問題なしという事で。

そのまま、残る二匹を処理に掛かった。

 

最後の一匹を仕留めたときには、もう夕刻をだいぶ回っていた。急いで宿場町へ移動する。

荷車には、グリフォンの卵もある。

まだ雛になっている奴はいなかったけれど。もしいたら、その場で皆殺しにしなければならなかった。

流石にそれはかなり心が痛むけれど。

殺さなければ、いずれ成長し。

しかも人間に恨みを持って、襲いかかってくるのである。

いや、知能がないから、結局人間に襲いかかってくるだけか。しかし、戦闘していて疑問に思うのだ。

獣は当たり前のように戦術を使いこなし。

個体によっては魔術も使いこなしている。

本当に知能がないのか。

宿に戻る。

また誰もいない。

疲れ切っている。だから、アンパサンドさんが見張りについてくれるという話を聞くと、本当に申し訳ないと思いながら、頼むしかなかった。

そしてアンパサンドさんに礼を言いながら。

ベッドが汚いとだだをこねるスールに言い聞かせて、さっさと休むのだった。

文字通り貪るように眠って。

翌日の早朝には目を覚ます。

あれだけぶーぶー言っていたスールも。

朝起きると、アンパサンドさんに教わった変な運動をしっかりこなしている。なんだかんだで、こういう所ではきちんとできる子だ。

朝起きるのも辛いだろうに。

リディーは宿の主人と話をして台所を借りると。

少し思案した後。

外で売っていたあまり美味しくない野菜を買い取ってきて。グリフォンの肉とで野菜炒めを作った。

ほぼ寝ずの番だっただろうアンパサンドさんに先に声を掛けに行き。

そしてマティアスさんとフィンブルさんにも。

ドロッセルさんはというと。実はアンパサンドさんと交代で荷車の見張りをしてくれたらしく。

外で朝方、アンパサンドさんと話していた。

一緒に食事にするが。

やっぱり美味しくないものは美味しくない。

みんなで食べれば美味しいという言葉もあるが。

それは嘘だ。

一人で食べるのが好きな人だっているし。

みんなで食べるのが好きな人もいる。

何より、あくまで美味しいものをみんなで食べればもっと美味しい、というのが実情であって。

どんなに工夫しても、まずいものはまずいのだ。

燻製にしているから、一晩寝かせても余り関係は無い。

やっぱりまずいグリフォン肉と野草の炒め物をおなかに無理矢理突っ込むと。

早々に切り上げる事にする。

多分無いとは思うけれど、グリフォンの卵が孵ったりしたらそれこそ目も当てられないからである。

なお巣については。

もう使えないように、みんな撤去してきた。

これで仕事はきちんと果たしたはずだ。

小さいとは言え営巣地は潰したのだから。

自分に言い聞かせながら、そのまま王都へ急ぐ。途中でも何度か襲われたが、運良く小物ばかりだったので、処理は難しくなかった。

王都につくと、城門で解散。

ドロッセルさんだけ残ってくれる。

「コンテナに荷物入れるんでしょ? そこまではやるよ」

「お願いします」

「助かりますっ!」

心底嬉しそうなスールだが。

リディーが思うに、フリだと思う。

スールはリディーでも知っているほど勘が鋭い。

多分ドロッセルさんは、今回グリフォン二匹に対応出来なかったことを、かなり内心で減点している筈だ。

この人はまだ若いのに戦略級傭兵。それだけ修羅場をくぐっていると言う事で、コンテナ云々の話をしだした事から言っても、ほぼ間違いなく凄腕の錬金術師と一緒に旅をした経験がある。

その上で呆れられていると見て良い。

良い事の筈が無かった。

「獣の骨もしっかり使い路があるからね。 グリフォンのような大型獣の頑強な骨だとなおさらだよ」

「はい。 ありがとうございます」

「素直でよろしい。 じゃ、手伝いはもういいかな?」

「助かりました。 大丈夫です」

二人で頭を下げると。

やっぱり異常なほど手際よくコンテナへの納入を済ませてくれたドロッセルさんは、悠々と帰って行った。

ドロッセルさんがいなくなると。

はあと露骨にスールが嘆息した。

「恐かった……」

「やっぱり猫被ってた」

「だってあの人、ずっとスーちゃん達観察してたんだよ。 グリフォンなんかより何倍も強い人が! アンパサンドさんも厳しい目で見てたけど、あの人意図とか意思とか全然読めなかったし!」

「それで恐かったんだ」

めそめそするスールは、先に休ませる。

リディーは連結式の荷車を引いて、王城へ行くと告げたが。そうすると、スールは飛び起きた。

自分も行く、というのだ。

疲れているなら良いと言うのに。

でも一緒に行きたいと言われると、断り切れない。

ともかく、行くと言うのであれば、まあ良いだろう。スールに荷車を引いて貰って、一緒に王城へ。

なお。グリフォンの首をいつつと、巨大な卵を十数個載せているので。

やはり荷車は布でかぶせて、周囲に何を載せているのかは分からないようにした。ただでさえ評判が悪いのだ。

ポンコツとまで陰口をたたかれている程なのである。

これ以上、評判は下げられなかった。

王城に入って、役人に話をする。

すぐにモノクロームを掛けたホムの役人が出てきて、依頼の納品を受け付けてくれる。アンパサンドさんによると、騎士団の方でも手続きをしてくれると言う話なので、それとも照会するのだろう。

しばし、座ったまま待たされる。

前にパイモンと言われていたナイスミドルの錬金術師が来て、別の納品をしていく。無茶苦茶難しそうな道具だ。あの人も多分アトリエランク制度の参加者なのだろう。

休憩を始めたので、話を聞いてみると。

何というか、違和感があった。

「わしをおじさん、くらいに見ているかね」

「は、はい。 違うんですか?」

「錬金術にはアンチエイジングの技術があってね。 わしは老人から此処まで若返ったんだよ」

「……っ!?」

パイモンさんという人は苦笑いする。

昔、パイモンさんは、ラスティンの辺境の村にいたそうだ。錬金術師であっても機会がなくて、公認錬金術試験も受けられず。

奥さんもなくし。村も救えず。困り果てていたという。

何とか身辺の整理と、村の守りを確立させたのが既に老境。

だが、死ぬわけには行かないと、一念発起して公認錬金術師試験に出て。そしてその過程で、アンチエイジングの技術も習得。

「二人の若い錬金術師と一緒に旅をしたんだが、この二人が兎に角もの凄くてね。 ばりばりと刺激をたくさん受けた。 そして負けるものかと自分を奮起させて、技術を磨いたんだよ。 そうしたら、爺でもすっと新しい知識が頭に入ってくるようになってね」

「そ、そんなものなんですね」

「錬金術は才能の学問だ。 行けるところは決まっている。 だが、わしはまだ行ける所に到達しきっていなかったらしい。 村を守るために、最低でも後数年は生きたいと思っていたが。 アンチエイジングには成功したし、体の病巣も自分で発見して全て取り除いた。 村の方の守りも目処がついたし、大変らしいアダレットに助けに来た、というだけだよ。 まあ爺の余生の余興だな」

感心して話を聞いてしまう。

ほどなく役人に呼ばれたので、試験の結果を聞きに行くが。

やはり、即答はしてくれないようだった。

「翌日、結果は知らせるのです。 それと、既に告知してあると思うのですが、この試験は二段階。 充分に準備はしておくのですよ」

「はいっ!」

「分かっています!」

「それでは、手続きは終わりです。 お疲れ様なのです」

頭を下げると、王城から出る。パイモンさんが次に呼ばれて、同じような説明を受けていたようだった。

老いてもなお現役か。

あの人、若い天才と変わらず凄いと思う。

スールも、そう思ったようだった。

「お父さんも、あんな格好いいおじさんになればいいのに。 ああ、おじいさんか」

「……」

スールを促して、家に急ぐ。

まだもう一つ。

試験は残っているのだから。

 

4、深淵からの目

 

あたし、ソフィー=ノイエンミュラーは久しぶりに直接双子を視察してきた。勿論気配などは悟らせない。

確かにイルメリアちゃんの言う通り、良く育っている。

今までに無いほど成長が早い。

これならば。もっと厳しい試練をぶつけてしまっても良いだろう。すぐに王宮に出向いて、ミレイユ王女に謁見。

なお、あたしが来るとなると。

王宮は最優先でねじ込んでくれる。

とはいっても、ミレイユ王女は、あまり機嫌が良くなかったが。

「貴方が特異点と呼ばれるほどの錬金術師である事は分かっていますが、流石に急に来られると困るわね。 此方も時間が……」

「単刀直入にいうけれど、双子を不思議な絵に入れたいと思っているの」

「!」

それは。

本来は、次のランクからの昇格試験の内容だ。本来ならば、試験のもう一つは道具の作成になるのだが。

不思議な絵は、内部が現実とは異なる法則で支配されていて。

住み着いている生物も、外とは完全に生態が違っている。

特にレンプライアと呼ばれるものは。

ああ、まあこれについては良いか。

ともかく、非常に危険で。最低でも一人前の錬金術師にならないと、入れる訳にはいかないのである。

だがあの双子は、今までで最高の成長をしている。

それならば、此処で更に強力な圧力を掛けて、成長を伸ばすのが好ましいだろう。

「……此方は有能な人材も未来を担う人材も失う訳にはいかないのだけれど」

「格上の錬金術師を一緒に入れて護衛をさせるというので妥協」

「……」

苦虫を噛み潰しているミレイユ王女。

血染めの薔薇竜と呼ばれて怖れられる王女だが。それでもあたしの前では小娘に過ぎないのが現実だ。

その気になれば王都を一瞬で灰燼にできる怪物と相対していることは。

ミレイユ王女も理解しているのである。

リスクと利益を天秤に掛けられる人物だ。

「分かりました。 一番危険度が低いあの絵にするけれども、それで良いかしら?」

「此方もそのつもりです。 ただし、一緒に入れるのはルーシャ=ヴォルテールで」

「せめてパイモン辺りをと思ったのだけれども」

「あの人は少し強すぎるからダメ」

ぐっと、ミレイユ王女は身を乗り出そうとして、何とか自制したようだった。

王女というのは所詮この国の支配者。

その気になればこの国を一夜で文字通り消滅させられる相手に対しては無力に過ぎない。

勿論あたしはそんな事をする気は「今の時点では」ないが。

もしも双子をそれで大成させられるのなら、何の躊躇も無くやる。

それを理解しているからか。

ミレイユ王女は項垂れた。

「分かったわ。 手続きはしておく」

「それで結構。 それでは」

時間を止めて退出。

相手には、此方の力をある程度わかり易く見せておく。勿論全力なんて絶対には見せない。

底が知れない。

そう思わせることが、相手を一番怖れさせる事を、あたしは知っているからだ。

勿論あたしにも底はある。

体感時間で二十億年以上、経験を積み重ねてきたけれど。

端末パルミラ程度なら体も動かさず瞬殺できる力はついたが。

それでもまだまだこの世界のどん詰まりは解消できない。

どのような手を使って良いと言われても。

多分パルミラ本体には、手も足も出ないだろう。

だが、だからこそ。

後二人は必要なのだ。

考え方が決定的に違う超越者が。それを揃えるためには、あらゆる手を尽くす。それだけである。

さて、まずは魔界に戻った後。

バタフライ効果で変容した世界を観察。

手を幾つか打たなければならない。

世界は繰り返す度に大きく形を変える。

その変化は、あたしでも制御しきれない。

この世界は。

理不尽の塊なのだから。

 

(続)