ろけっと

 

序、最後の仕事

 

これが端末として最後の仕事になる。

それはわたしにも分かっていた。

久々に訪れたのは、小さな島だ。

周囲は海。つまり赤い奴だらけ。

何かを運び出すには丁度良いだろう。

わたしの故郷に比較的近い場所らしいが、まあそれは正直な話どうでもいい。淡々と調査して。

見つけたものを回収する。

それだけである。

意識だけで漂っているときに知ったが、既に端末は200程度しか活動していないそうである。

大半が作業を終え。

赤い奴に戻ったのだ。

そして今では、意識だけになって漂っている。

赤い奴がその後、元人間だろう端末をどうするのか分からない。

汚らわしいとして滅ぼしてしまうのか。

罪深いからとずっと苦しみを与え続けるのか。

それとも活用するのか。

その辺りはよく分からないが。

赤い奴は合理主義者だ。

人間を放置した結果、こうなったのをいたく反省していたようだし。

活用の可能性が一番高そうである。

そのまま、バイクで行く。

建物は駄目だ。

ますます強烈になっている酸の雨で、根こそぎやられてしまっている。元々小さな島だったようである。

残っていた人間もいない。

でんしゃもない。

此処は、どうしてわたしが派遣されたのか分からないが。

何か大事なものでも隠されているのかも知れない。

バイクで行くうちに、見つける。

ああ、なるほど。

軍用基地の残骸か。

もしくは、それに準ずるセキュリティが敷かれていたのか。

いずれかだろう。

わたしにとっては、まあどうでも良いことだ。

ともかく、この小さな島で。

何かが行われていたのは事実なのだろう。

探す事にする。

何とか形を保っている建物を発見。

触ってみるが、かなり酸にやられてしまっているものの。

恐らく攻撃を。

敵対勢力による攻撃を受けることを想定した建物だったのだろう。

ゆえに頑丈に作られ。

酸にも耐えた。

そういう事らしい。

わたしは頷くと、拉げてしまっている扉を開こうとして。

無理だと判断。

何度か四苦八苦した後、蹴り倒していた。

蝶番も脆くなっていたし、ドアは簡単に内側に倒れる。そして、内部の様子が明らかになってきた。

これは、入り口だ。

あの遺伝子データを大量に格納していた場所を思い出す。

周囲をよく見るが。

攻撃を受けた様子は確認できない。少なくとも、焦げた跡などは此処には無い。

そうなってくると、此処と戦った他の勢力は。

此処を見つけられなかったのだろう。或いは、核で攻撃はしなかったのだろう。

此処は無事だった。

最後まで核などによる消滅レベルの攻撃は受けなかった。

そう判断して良い。

だとすれば、此処には何か残っている可能性も大きくなってくる。

また大変だなと思ったけれど。

まあどうにかするしかないだろう。

まずは、入り口付近にドレンと浄水器を取り付け、水を手に入れられるようにする。バイクも建物に入れ。

引いている荷車も。

内部に入ると、ひんやりとした空気がある。

中には誰も生きていないな。

そう判断して、小さな建物の中に隠されていた、はしごをわたしは降りはじめていた。

はしごは随分長い。

以前の遺伝子データの施設よりも、更にずっと長い。

これは、本来の入り口は別にあって。

これは非常用なのではないのだろうか。

他の建物はあらかた潰れてしまっていた。

だから、これを使って入るしかない。

そういう事なのだろう。

裏口から入れば、それはまあ大変なのは仕方が無い。はしごは幸いさび付いたり痛んだりはしていない。

黙々と内部へと降りていく。

随分降りた頃。

やっと、足が床についた。

無骨な金属の床である。

当たり前だが電気はついていない。懐中電灯を使って、周囲を照らしてみて。そして驚かされていた。

其所には。

巨大な何かが横たわっていたのだった。

歩き回りながら、追加記憶を検索していく。

飛行機の一種か。

違う。

ミサイルの一種か。

それも違う。

そうだ、分かった。

これは恐らくだが、ロケットである。

H4と呼ばれた、当時最先端のロケットの一つ。

宇宙に打ち上げるコストを抑え。

なおかつ安全に打ち上げるという非常に高い水準でまとまったロケットだ。

このH4タイプは、人間を乗せて宇宙に行く事を前提にカスタマイズが可能で。

そのアタッチメントパーツもあるようだった。

頷いて、辺りを調べる。

この辺りは酸による侵食も無く。

ごくごく落ち着いた状態だ。

パーツが色々あるが。

ロケットは寝かされていて。基本的に打ち上げる体勢にはなっていないようだった。

ここはわたしが生まれた日本という国の最南端近かった場所だという事は分かっているけれども。

地上の様子からして、もうその面影は無い。

ここの全てを回収して。

それでわたしの仕事は終わり。

端末もどんどん作業を切り上げていっているのだ。

わたしも、そうなるだけである。

さて、調べていくか。

恐らく、此処からエレベーターか何かで地上に出すのでは無く。多分隠してある通路があって。

そこから地上に出るものだと判断。

辺りを調べていく。

幾つかシャッターが降りているが、軍用のものなみに頑強だ。

これらを調べていく必要があるだろう。

ただ。

はしごを下りてここまで来ている。

大きめの道具類は持って来ていないし。

何よりはしごが長すぎる。

水の確保などが必要になってくるという問題もある。

電気はどうだろう。

生きていないだろうか。

もし電気が生きていたら、その時は、今までに無く楽な仕事が出来るかも知れないけれども。

いや、追加記憶にある。

確かロケットの技術はハッキングを受けていたはず。

そしてハッキングというのは、基本的に内通者がいて成立するものである。

要するに此処はそれを見越して、ガチガチにセキュリティを固めていた可能性が高いと見て良い。

電気が通っていて。

それを見つけたとしても。

ボタンをポンでロケットを地上に出す事は出来ないだろう。

少なくとも、此処にいた職員で無ければ。

そして見た感触では。

死の臭いはあるが。

生きた人間の気配は、存在していなかった。

これは駄目だな。

わたしはぼやきながら周囲を見やる。

実際問題此処に、最後まで残ろうとした人間がいたとは思えない。

此処の存在自体が秘密だったのだろうが。

かといって、爆破処理は受けていないし。

略奪も受けていない。

何があったのか。

調べていく内に、操作用の端末を見つける。

側に紙が落ちていた。

殴り書きだ。

急いでいたことが一目で分かる。

全面核戦争が始まって、世界が飛び交う水爆によって焼き払われ始めたのだろう。慌てきった様子で文字が書かれていた。

読み上げる。

終末の時が来てしまった。此処の研究所は放棄しなければならない。ただでさえ外では外国の資本支援を受けた連中が此処を嗅ぎ廻っている。それに、この島そのものの攻撃を受けるだろう。

我々はこれから政府の指示の元、住民全てを避難させる。

此処はあえて残しておく。

もしも核の惨禍の中生き残る事が出来た人間がいた時は。

此処に資料を残しておく。

回収して、文明復興の手助けにしてほしい。

神など存在していないことを知っているが。

生き残りが出る事を、今は祈るしかない。

幸運を祈る。

書かれていたのは以上だ。

なる程、仮にこれらの言葉が全て本当だとすると。非常電源を入れてみる価値はあるかも知れない。

いずれにしても、荒らした形跡が無いという事は。

他の国の人間とやらは、無理矢理疎開させられたか。

もしくはこの島も受けただろう攻撃の際に消し飛んだか。

いずれかのどちらかなのだろうから。

まあわたしとしてはどうでもいい。

此処を淡々黙々と調べていくだけである。

非常電源を探して回るが。

簡単には見つからない。

まずは一旦荷物を降ろして、上に上がり。荷車に積んできた必須の道具類を何往復かして降ろす。

中にはレーザーカッターもある。

非常用電源が生きているかどうか分からない現状。

これらは必須である。

少し悩んだ末に、蹴り倒した扉の所に、雨避けの合成樹脂装甲を立てかけておく。

これで中に風雨は吹き込まない。

水はどうしようか少し悩んだが。

外側の拉げた建物の辺りにドレンをつけて、浄水器も。

これで、ここに来れば水は確保出来る。

物陰に風呂桶も置いておく。

拠点としてはちょっと遠いけれど。

まあ仕方が無いだろう。

また、地下はとても冷えているので。

活動は多少無理が出来る。

オーバーヒートの懸念がないのは、個人的には嬉しいところだ。

またはしごを下り。

非常用電源を探す。

意外に入り組んだ造りだ。

ロケットはバーンと置かれているが。

これは要するに、置かれていたところでどうにも出来ないから、というのが理由なのだろう。

乗り回せるわけでも無いし、いきなり飛ばせるわけでもない。

サイロではないのだ。

此処からいきなり宇宙に飛ばしたりする事はできない。

ましてやこの国のロケットは、ICBMへの転用を防ぐために、技術的に色々苦労したとか追加記憶で聞いた事がある。

どこまで信用できるかは分からないが。

もしそうだとしたら、余計に此処のロケットそのものを奪っても意味がないし。

そもそも奪えないだろう。

逆に言えば。

此処からロケットを持ち出すのは簡単では無い、と言う事も意味している。

地上にどうやって出すのか。

其所から考えなければならない。

そもそも、ロケット燃料という奴はとんでも無い有害物質だ。

以前、何処だかの国で、打ち上げに失敗したロケットが村に着弾。

その村をほぼ全滅させたといういたましい事例が存在している。

これについては追加記憶で確かであることを確認した。

要するにそれだけ危険なものなので。

下手に分解することは現在の。

人間を止めてしまっている状態でも、避ける方が賢明だろう。

周囲を調べていく。

幾つも大きな機械類があるが、一つずつ丁寧に見ていく。これらの全てを回収するのが良いだろう。

そして見つけた。

非常電源だ。

仕組みは意外に簡単で、見ているだけでわたしにも理解出来た。

まあ追加記憶で、色々必要になりそうな知識を使えるよう整備しているから、というのもある。

ともかく、動かせるかどうか試してみる。

動かせるとしても、それほど長時間動かす事は出来ないだろうけれども、と思っていたのだが。

レバーを降ろすと。

真っ暗だったロケット達の世界が。

不意に明るくなった。

非常電源が生きている施設に出るのはいつぶりだろう。

思わず頷いていた。

そのまま、さっきの端末に。

どうやらセキュリティは全て外しているらしい。

核戦争でそれどころではない。

もしも生き残りがここに来たとき。

少しでも技術復興に役立てるように。

そういう意図からの行動なのだろう。

わたしとしては、それが人間の技術復興では無く。

地球にとっての未来に役立つという点だけが違うが。

いずれにしても。

平均的な人間がゴミとカスの集まりだという認識をしている今のわたしも。さっきの殴り書きをして。セキュリティをあえて解除した人物については、尊敬した。

そういう立派な人間を、きちんと社会の第一線に据えなかったから、核戦争何て馬鹿な事をやらかしたのだろう。

人間は。

最後の最後まで。

本当に、どうしようもない存在だったという事である。

いずれにしても、端末を操作。

操作方法は、ドキュメントが入っていたので、それに沿って行っていく。

シャッターが次々に開く。

これだけでもどれだけ後の作業が楽になるか分からない。

ロケットの運び出し方法は。

いつ非常電源が切れるか分からないのだ。

かなり冷や冷やものである。

ロケットは、牽引車両によって一旦地上に出す。それから、打ち上げ台に専用のクレーンでセット。

後は計算して人工衛星などのデブリなども含めて安全な軌道を割り出し打ち上げる方法が、細かく書かれていた。

今回は、打ち上げは必要ない。

牽引車両は。

あった。

かなり大型の車両だ。

外への搬入炉は。

入り口が塞がっている。恐らく攻撃によって拉げて、駄目になってしまったのだ。

がつんがつんと音がしているから、開けようと努力はしているのだろうけれど。

一旦端末を落とす。

この端末には、膨大な資料やデータも入っている。

HDDを調べれば、それこそ莫大な英知の結晶を得られるだろう。

もしも非常電源がブチンと落ちて、その結果HDDが台無し、何て自体は避けなければならない。

今回の仕事は、背負うものの重さが違うな。

そう思いながら、暗くなった端末の画面を見つめた。

端末制御関係のサーバも発見。

後は、入り口をどうにかぶち破るしかないだろう。

最悪の場合、牽引車両は代用出来る。

赤い奴にジャガーノートでも手配して貰えば良い。

牽引車両に乗って、動かして見るが。

非常にごっつくて、動きが重い。

独特の操作感があるが。

動かす事自体は、難しく無かった。

燃料も入っている。

ロケットは此奴で運びだそう。

他にも打ち上げる予定だったらしい人工衛星も幾つかある。どれも、グラム単位まで重さを計算して、搭載していたという話である。

いずれもが埃を被らないようにシートを被せられ、大事にされているのが一目で分かった。

さて、順番に作業をしていくか。

まずはどれから外に運び出す。

運び出した後はどう処理する。

ロードマップを作る。

そして、最初にやるべき事は。

開かなくなっている、外への搬出路を。開ける事だ。

 

1、最後で最高の英知の結晶

 

長いはしごを上がって、ロケットの搬出路を確認。上がる前に、一度非常電源は落としておいた。

使えるときに、最後の手段として使いたい。

また、非常電源周りの機械類も、最終的には持ち出しておきたい。

此処を、命を賭けて最後の砦にしようとした人間には敬意を表するが。

残念ながらもう人間に未来は無い。

だから、人間よりも更に先。

地球の未来のために、このテクノロジーを回収させて貰う。

メッセージを残した此処の職員は落胆するかも知れないが。

人間に未来がないのは、どう客観的に見ても明らかだ。

資源はとっくの昔に使い果たしてしまっている。

それに、赤い奴が洗脳しなければ。

この破滅した世界で、人間はなおも争い続けていただろう。

そういう生物だ。

あらゆる傍証が、それを裏付けている。

だからわたしは、作業を躊躇わない。

さて、見つけた。

搬出路がある当たりに、溶けた建物の欠片が覆い被さっていて。それが蓋になっている。恐らく攻撃を受けて吹き飛び、その後酸で溶けてこうなったのだろう。本来は地面だけが被さっていて、押しのけられる状態だったのだが。

それができなくなったから、こうなった、と言う事だ。

フォークリフトを取ってくる。

拠点ももっと拡大した方が良いかも知れない。

シャベルで、のけられそうなものはのけ。

そうでないものは、フォークリフトで除去できないか試みる。

無理そうだな。

そう判断する。

そもそも、ここは核で攻撃を受けた訳ではないようだが。それでもとんでもない量の爆弾を落とされたようだ。最初は攻撃の形跡は見つけられなかったが。それは単に施設周りしか調べていなかったから。よく調べると、こういうのが幾つも出てくる。

この建物も、偶然此処に着弾しなければ。

こんな風に、邪魔になることは無かったのだろう。

此処さえどけてしまえば。

後は非常電源を使って、この搬出路を開けてしまうことが出来る。

わたしはレーザーカッターを持ち出すと、溶けて邪魔になっている建物の残骸を、切り刻みに掛かる。

手間が掛かるが、仕方が無い。

シャベルでどうにか出来る代物ではないからだ。

少しずつ細かく切り裂いていって。

フォークリフトで破片を避ける。

流石に切り裂いてしまえば、フォークリフトで持ち出し、捨てる事が出来る。

問題はかなり大きな建物と言う事で。

或いは施設の外から此処まで吹っ飛んできたのかも知れない。

本当に無差別に攻撃したんだな。

そうとしかぼやけない。

雨は。

まだ大丈夫だ。

ともかく、晴れている間に、やれるだけ作業を進める。

切り裂いて捨て。切り裂いて捨て。

やがて、長方形のゴミが側に山と積み上げられ始めた。

まるでブロックみたいだな。

そう思う。

あの終わっている街で、毎日生きるために囓っていた、汚水から作られた栄養食。

人間だった頃は、ふやかさないと歯がたたなかったっけ。

苦笑しながら、斬り割き、捨てる作業を進めていく。

やがて、かなりの部分を切り刻む事に成功。

雨が降り始めたので。その時には一旦作業を切り上げた。

此処は長期戦になる。

そう思ったので。赤い奴にプレハブを作るための樹脂装甲を要求。

それで作ったプレハブに退避する。

ドレンと浄水器も此処に移しておいた。

風呂桶も。

雨はそれほど激しくは無いが。

酸が強烈なのは、臭いで分かってくる。

膝を抱えて、ぼんやりと雨が去るのを待つ。時々水を飲んで、体を冷やす作業を促進する。

風呂に入るのはちょっと水が足りないか。

本来この島は、驟雨の言葉通りの降水量がある筈だが。

地球が滅茶苦茶になったことで。

それも変わったのかも知れない。

何より周囲は全て赤い奴だ。

本来は雨どころでは無いのかも知れなかった。

雨が止んだ後、作業再開。

さっきどけたブロック状に切り裂いた建物の残骸が、溶けてくっついているのを見た。

酸がそれだけ強烈になっている、と言う事だ。

乾くのを待ってからの作業になるが。

これはちょっと、ロケットなどが酸に濡れたら全て台無しになるかも知れない。

残骸をどける作業に戻る。

後は、淡々と。

作業をひたすらにどけていく。

また、赤い奴の所まで、どう牽引するかも考える必要があるだろう。

道を可能な限り平坦にする。

手をかざして様子を見て。

道が平坦になるように、今後の作業のロードマップを組んでおく。

非常電源がもう二度と上がらない可能性だってある。

その時にどうするかも。

考えておかなければならなかった。

フォークリフトで建物の残骸をどける。

かなりの高熱で一部は溶けた様子で。地面と建物の残骸が、一部混じっていた。

レーザーカッターで斬るのが非常に大変だが。

それでもやるしかない。

今まで培った技術を使って。

邪魔な瓦礫を斬り裂き、どけていく。

やがてそれらもだいたい終わったので。

一旦休む事にする。

丁度雨が降り出しそうになっていた。

それだけで、休憩の理由には充分だった。

 

雨が降り出す。

その様子を横目に、わたしは水を飲む。

建物の残骸の処理はあとちょっと。

それが終わったら、今度はシャベルを使って、道を慣らしていく。

そうして。

風呂に入る事にする。

思考を続けていたので、オーバーヒートが懸念される。

地下施設はひんやりしていたが。

地上はそうでもないからだ。

丁度水も溜まったので。

風呂に入って、体を冷やす。

オーバーヒートを懸念しなければならないというのは、排熱能力が高かった人間と比べると明確な欠点だが。

これはもう、それ以上の精密な知能を得た故の副作用と割切るしか無い。

水に使って雨を見つめる。

やはり雨量はそれほど多く無い様子だ。

不意に、追加記憶で知る。

今、世界中で雨を減らしているらしい。

赤い奴が、いよいよ世界を飲み込むための最後の準備として。

水の循環を止め始めているそうだ。

殆どの場所では、もう雨は降っていない。

そもそも衛星軌道上にまで赤い奴は触手を伸ばし、デブリも全部回収するつもりであるらしいので。

大気中の水分をはじめとして、大気そのものも全て取り込んでしまうつもりなのだろう。

そして一部で試験的にやっていた、遺伝子からの生物の再創造と。

生態系の再構築を世界各地で行い。

人間だけがいない世界を作り直すと。

そういう終わりを、この世界は一旦迎える。

この雨も、その前兆という訳か。

完全に水が無くなると困るな。

そう思ったが。

活動頻度さえ抑えれば、何とかなる。

雨が止んだので、風呂から出て服を着る。

一旦シャベルを担いだまま、赤い奴の所まで行く。

進捗を伝える必要があるからだ。

手を伸ばす。

赤い奴も触手を伸ばしてくる。

意思を伝達する。

ロケットの完品は他でも手に入れているが、あるだけ手に入れたい。

かならず全てを回収するように。

了解。

他にも細かい意思の疎通は色々やったが、全ては一瞬である。

言語でわざわざ「コミュニケーション」するよりも遙かに楽だし、そもそも間違うこともない。

シャベルを振るって、道の整備を行っていく。

まあ、これに関しては、そこそこで大丈夫だろう。

ロケットも直に床置きされていたわけでは無く。

サスペンションのついた台車に乗せられていたのだ。多少の揺れくらいなら、ものともしないはずである。

ある程度、道は大丈夫と判断。

後は、溶けた建物の残骸処理に移る。

目算した感触では。

後三日は掛かると見て良い。

どんどん脇に避けていくが。

時々人骨が内部から出てくる。

やはりというかなんというか。余所にあった建物が、攻撃を受けて此処まで吹っ飛んだのだろう。

そして人骨が出てくると言う事は。

避難が間に合わなかったのか。

或いは、避難を無視して、この建物に潜んでいたのか。

メッセージを残した人の苦悩を考えると、どっちにしてもやりきれない。

まあ、避難したところで助からなかっただろうが。

それは、もう仕方が無い事だった。

雨が時々降るが。

やはり雨量は少ない。

作業の効率は結果として上がる。

やがて、建物の除去完了。

膨大な瓦礫を積み上げて側に捨て。

そしてわたしは、また地下に潜った。

非常電源を立ち上げる。

大丈夫、電源は立ち上がった。

端末を操作する。

大丈夫、起動してくれる。

まだもちそうだ。

だが、それもいつまで保つかわからない。

搬出路、オープン。

操作を実施する。

緊張の瞬間だが。今度は、先とは結果が違っていた。大きな音と共に、あからさまな光が差し込んでくるのである。

人間だったら、やったとでも呟いていただろう。

搬出路は開いた。

後は、此処にあるもの。

全てを外に引っ張り出すだけだ。

一応、搬出路の様子を確認。

大丈夫。

ロケットも何もかもを運び出せる。搬出路の蓋は、垂直に開いている。一応念のため、非常電源を落とした後、ワイヤーで固定する。

後は、此処から。

地球の未来のために必要な物資を。

あらかた回収するだけだ。

 

ロケットを牽引する車両はちゃんと動く。

緩やかな坂を牽引して、ロケットを外に引っ張り出す。

外に出てみるとより鮮明に分かるが。

このロケットは、まだ何も積んでいない。

人工衛星を一つもだ。他にも色々積載できるものもあるようだが。全て降ろされていた。文字通り素のままのロケットである。

人を乗せることも出来るように改装できるようだが。

それもしていない。

素のままのロケットだ。

運び出し。

そして、赤い奴の所にまで運ぶ。

途中、雨に降られることもない。

運んでいったロケットを。

赤い奴は、触手を伸ばして取り込む。

この重厚な牽引車両も引き渡してしまってかまわないだろう。

代わりにスノーモービルを受け取る。

乗り慣れたこれのパワーで充分である。

そのまま作業続行。

人工衛星。

アタッチメントパーツ。

それぞれ順番に運び出していく。

人工衛星は複数個あって、ナンバーが振られていた。

恐らくだが、各国の人工衛星が集められていたのだろう。人工衛星というのは、一度に複数打ち上げるものだと聞いている。

いずれにしても、重さをグラム単位まで計算し。

極限まで絞り込んだ英知の結晶である。

無駄には出来ない。

どれも台車が着いていたので、その台車ごと赤い奴の所に運んでいく。

今回は特にトラブルは無い。

恐らくだが。

赤い奴は、此処の回収は特に問題も無いだろうと判断し、最後まで残していたのだろう。他の端末を派遣して、さっさと回収すれば良かったのに。

別にわたしを最後まで残して此処の作業に当たらせる必要性は微塵もないように思うのだが。

赤い奴が考える事は、よく分からなかった。

雨の臭いだ。

一旦回収を中断。

搬出路には、合成樹脂の装甲を立てかけて、内部に水が入らないようにする。

自身は拠点に戻って、雨が通り過ぎるのを待つ。

そういえば、だが。

雲が赤い。

なる程、水を取り込むと同時に。

雨も自分自身に切り替えているというわけだ。赤い奴は。

こんな水を飲んだら、浄水器を通していても、人間は耐えられないだろう。

恐らく今頃、残った人間は死に絶えつつある。

だが、そもわたしが最後の世代だったのだ。

地下にシェルターを作って、其所で悠々自適なんて連中もひょっとしたらいるかも知れないけれど。

そもそも空気からして赤い奴が探っている状況だ。

どのみち、どうしようもないだろう。

雨が通り過ぎる。

風呂を終えたわたしは、作業に戻る。

人工衛星を運び出していく。

それなりの数があった人工衛星だが。

それほど大きなものはなく。

台車がセットになっていることもあって。スノーモービルで、比較的簡単に運んでいく事が出来た。

スノーモービルも調子が良い。

赤い奴がどんどんカスタマイズしてくれているのだろう。

スピードを出しすぎたりしなければ。

全く問題は無いと言い切っても大丈夫だろう。

人工衛星を、全て回収完了。

後は物資を全て運び出す。

書類などは勿論、小物も含めて何もかも。

これは宇宙食という奴か。

このような状況でも残っているものなんだな。

そう関心しながら、どんどんスノーモービルそのものに詰め込んでいく。割れそうなものはクッションなどを挟む。

安全運転だし、大丈夫だとは思うが。

一応念のためである。

これなら、雨にも強い。

まあ人工衛星は、そもそもスノーモービルに詰め込むどころでは無かったから、それは仕方が無かった。

次。

どんどん行く。

サーバ類を発見。

ケーブルを外し。

ラックごと、フォークリフトで運び出す。

勿論本来はやってはいけない事だが。今回は内部のHDDが無事ならばそれでいい。

幸い此処の人間は、流行りに釣られてクラウドにデータを保管するとか馬鹿な事をせず、スタンドアロンのHDDに重要データを入れていたらしい。

だから、データは丸ごと回収出来るだろう。

どんどんサーバを運び出していく内に、また雨だ。

一旦作業の手を止める。

今や、雨で機材が傷むこと以外。問題は起きていない。

今回は大変に作業が順調だ。

だが、だからこそ気を付けなければならない。

わたしは幸運だけが取り柄だが。

その一方で、毎回アンラッキーな出来事が、しょっちゅう起こっていたのだから。

総合的には強運だが。

不運もそれなりに来る。

だが、強運が勝るから、次のわたしを寄越さなくてもいい。

それだけの事だ。

別にわたしの強運は無敵でも何でもないのである。

雨が通り過ぎた。

水を軽く飲む。

赤い奴がモロに混じっているはずだが。味の方は、相変わらず酸っぱくてまずい。いや、酸味が薄れてきているか。

ひょっとしてだが。

赤い奴は物質をどんどん回収する過程で。

酸そのものである水素イオンをどんどん取り込んでいるのではあるまいか。

だが、少し前まで、どかした建物の残骸が溶けるくらいの強酸が降り注いでいたのは事実である。

だとすると。

もう全ての終焉は間近だと言う事だ。

赤い奴の世界への干渉は。

最終段階に入ろうとしている。

なるほど、急げという判断なのかも知れない。

まあいい。

ともかくやるしかない。

雨が止んだ後、作業を再開。

フォークリフトで運ぶが良いか、スノーモービルで運ぶが良いか。

判断しながら、物資をどんどん赤い奴の所に持ち込んでいく。

ロケットはもう持ち出したから気分的には楽だ。

また、人類の英知の結晶が全部入ったHDDも持ち出した。

これで多少は一息つける。

後は、非常電源周りとか。

他にも使えそうな小物とか。

そういうのをどんどん運んでいくだけだが。

今の時点で、問題は起きていない。

嫌な予感がする。

今回、H4ロケットをあんまりにも簡単に発見できたから、逆に何か見落としがあるのかも知れない。

いずれにしても、全て運び出しを終えたら。

徹底的にもう一度、地下施設を調査するか。

赤い奴にも、それは意思を伝える。

赤い奴も。上手く行きすぎていると判断したのか。

許可をくれた。

 

2、終焉の始まり

 

あらかた全ての物資を運び出し、すっからかんになった地下施設を歩く。懐中電灯で周囲を照らし、徹底的に調べていく。

この辺りは極めて頑丈に作られている。

結構強力な巡航ミサイルを叩き込まれただろうに。

実際問題びくともしなかったのだ。

それを考えると。

この地下施設を設計した人間は、恐らくだが此処が有事には攻撃のターゲットになる事を想定していて。

そして、最初から頑強極まりない設計をしていたのだ。

それこそ、設計からかなり時間が経過した時に作られた兵器の直撃にも耐えるほどには。

わたしは周囲を見回す。

それほど周到な人物なら。

まだ何か、大事なものを隠しているかも知れない。

頭にきんと、何か響く。

赤い奴からの指示だ。

戻るように。

間もなく、終焉を開始する。

全ての物資を回収し、戻れ。

了解しかねる。

わたしは、赤い奴に反論する。触手を使わずに意思をかわすのは初めてだが。逆に言うと、それほど強力に、大気中にもう赤い奴が満ちていると言う事なのだろう。

了解しかねるとはどういうことだ。

この施設は様子がおかしい。非常に重要な物資がある可能性が存在する。

確かか。

確かだ。この施設の頑強さは度が過ぎている。

意思の疎通が止まる。

珍しく、赤い奴が考え込んでいるらしい。

わたしは待つ。

いずれにしても、此処は何かまだあると見て良い。

その何かは。

きっと大事なものだ。

ロケットという最先端技術の塊。

つまり英知の結晶。

その技術に関するあれこれ。

ハッキングまで掛けて、何処かの国が盗もうとした情報の数々。

それらを回収した今でなお。

まだ大事なものが残されている。

そう、判断出来る。

やがて、赤い奴が長考をやめた。

分かった良いだろう。

他では既に破滅を開始しているが、此処は最後まで残しておく。

好きに探索をせよ。

それだけお前は成果を残している。

了解。

意思疎通を終えると、空を見上げた。

もう、始まった訳か。

全てを飲み込み始める、終焉の時が。

わたしは意に介さず。周囲を徹底的に調べていく。

以前、自転車でカラフルなキャラクターコンテンツがたくさんある施設を見て回った時のように。

隅から隅まで調べていく。

或いは、別の入り口が地上にあるかも知れないが。

複数の口を持つ生物が殆ど存在しないように。

リスクを考えると、入り口は増やさない方が効率的だ。

かといって、操作端末は全て持ち出してしまった。

それも中身は全部見たが。

隠し通路の類は存在していなかった。

だから、其所にすらない何かを探すのである。

わたしは歩き回り、壁を叩いて、床を蹴って回る。

かなり頑丈に作られている施設だが。

それでも返ってくる音が違ってくる。

全てを調べていき。

最終的に資料室だった所に入ると、わたしは目を細めていた。

風がある。

なるほど、此処か。

此処に何かあると見て良いだろう。

無言のまま、何もかも資料を。

電子データも紙に書かれたテキストも持ち出した、がらんとした部屋を見やる。本棚の類も全て持ち出したから、文字通り何も残っていない。

そんな部屋の壁を、少しずつ調べていくと。

どうやら此処らしい、という場所を見つけた。

壁の一角。

本棚に隠されていた場所だ。

この手の仕掛けは、だいたい本棚にギミックがあったりするものだが。

ここではそういうものはつけなかったらしい。

まあ、それはそうだろう。

そんな面白ギミックを作るヒマがあったら。

隠し部屋のセキュリティを念入りにするべきなのだろうから。

早速、触ってみて、確認する。

最悪レーザーカッターを使うが。

どうやらその必要はないらしい。

電気が死んでいるから、だろう。

わたしが押すと。壁の一部がゆっくり動き出して。横にスライドしていった。本来は電子制御だったらしいが。

電気が切れた場合のみ、手動になる仕様だったのだろう。

無言で、明け切る。

暗い通路が更に下にまで続いていた。

これは、期待出来そうだ。

わたしはそのまま、通路を下に移動していく。一応持ち込んだつっかえも、其所に残しておく。

降り坂をずっと下りていくと。何か嫌な臭いがした。

これは死臭、ではない。

何かもっと違うものだ。

下に降り経つ。

ああなるほど。

見つけた。

周囲を懐中電灯で照らしてみて、理解する。

大きめの部屋には、いわゆる元素周期表があって。

具体的な現物と。

どうやってそれを作るかの記載がされていた。

なるほど、此処はいずれ公開する予定があったのだろう。

実際、飾り付けなどは恐ろしくチープだ。

このロケットの格納庫の奥にあったという事は。

違う目的で作られ。

そして、作られたからには利用されていた、と言う事だ。

恐らくは子供向けに。

人間の研究記録の神髄である、元素周期表についてと。

実際に作り出す事が出来たり、発見できたりした元素について、記載がされている。

これは、確かに回収する意味がある。

赤い奴が地球を全て飲み込んでも。

元素が無くなる訳ではないのだから。

早速持ち出しを開始。

元素の中には、現物があるものも多かった。

だいたいは硝子シリンダに入れられているので、荷車に入れて運び出すことにする。割ることは絶対に許されない。

元素周期表も、空気の入れ換えがない部屋にあったからか。ほぼ痛んでいない。最初の持ち出しで、運び出す。

この部屋にも、更に隠し部屋があるかも知れないが。

それはそれだ。

徹底的に調べて、あるかないかを判断し。

ないと判断し次第切り上げる。

それだけである。

嫌な臭いの原因は、一部の元素の臭いについても展示する予定だったらしく。強めの臭気がする元素を生のママ提示していたことが要因である。

まあサンプルはサンプルであるし。

それも適当に回収していく。

外に出ると。

外はもう、既に地獄だった。

成層圏まで伸びる、いやもっと高くまでだろう。

地球を飲み尽くす勢いで、赤い奴の触手が天へと伸び、文字通り赤い壁となっている。

大気も水も、衛星軌道上のデブリも何もかも。

人類が作り出した全てを吸収し。

地球に還元しているのだ。

恐らく一部は月まで伸びている。

月に送り込んだ探査船などを、回収するためであろう。

流石に火星や金星に送り込んだ探査船はどうしようもないが。それは限界というものである。

いずれにしても、衛星軌道上に仮に人間が生き延びていても。

シェルターか何かがあって人間が生きていたとしても。

これではどうしようもない。

施設の入り口付近以外は全て赤。

わたしが手を伸ばすと。

いつもより太い触手が伸びてきて、わたしの腕を丸ごと包んだ。

意思疎通を終えると、サンプルを取り込み始める。

続けるように。

了解。

サンプルをどんどん取り込んでいく赤い奴。

本当に、自分の使命に対しては貪欲なんだな。

そうわたしは思うと。

地下に隠されていた元素関係の資料を。

何往復かして、全て持ち出しきった。

更に数日掛けて、徹底的に施設の地下を洗う。

まだ何かあるかも知れないからだ。

外は既に、生きた人間もおらず。

試験的に作られていた一種のビオトープ以外は、何もかも一度無に帰し、物質の再配布が始まっていることだろう。

わたしはそれについてはどうとも思わないが。

仕事にやり零しが出る事は困る。

地下を探っている内に、もう何も無いなと思うが。

それでも、念のため丁寧に調べていく。

もう一つ、小さな部屋を見つけた。

部屋と言う程のものでもない。

或いはただの、隙間のような場所だったのかも知れない。

調べて見ると、どうやら薄暗い中に、古くなってしまった部品などを保管しているらしい。

どんな交換用部品が必要になるか分からない。

そういう事だったのだろう。

これを持ち出して恐らく終わりだろう。

全て持ち出す。

赤い奴は、淡々と回収をする。

引き渡しの際に、もう意思疎通は必要なかった。

周囲が恐ろしく寒い。

それはそうだろう。

衛星軌道上まで展開している赤い奴が、全ての陽光を遮ってしまっているのだから。

何より、光が一切入ってきていない。

この寒さも納得である。

わたしは物資を引き渡すと、これが最後だろうと思ってまた地下に潜る。

そして。

それが本当に最後の仕事になった。

 

わたしが赤い奴に戻ると。

意識だけで、わたしが最後に仕事をした場所の終わりの光景を見る。

どっと赤い奴がなだれ込み。

何もかもを分解していく。

元々水も空気も全て取り込んでいた赤い奴だ。

その質量は凄まじく。

取り込む速度もえげつなかった。

何も取りこぼしは無いよな。

そう意識だけになっている体で考えるが。文字通り後の祭りである。これ以上、わたしにはどうすることも出来ない。

赤い奴はコンクリだろうが鉄骨だろうが関係無く、一瞬で分解して取り込んでいく。

こんな感じで、大都市の跡地だろうが。

酸の湖だろうが。

関係無く地球を削り取り、再構成しているのだろう。

どれくらいの深さまで抉っているのだろう。

ちょっと調べて見ると、なんとマントル層まで抉り取っている。

地下に人間が逃げ込んでいる可能性があるからか。

それとも一部の人間が作った装置類などが、マントル層にまで及んでいるからか。

それは分からない。

いずれにしても、徹底的な作業により、地球は一度完全に赤に包まれ。

そして終わった。

宇宙から見れば。

丁度火星のように、真っ赤な星に見える事だろう。

だが、その赤は。

凄まじい勢いで対流しているのだ。

やはり月にも手を伸ばしていたらしく。

アポロ計画の残滓なども、余さず回収されたようだった。

後は、再構築作業の始まりだ。

この時。

わたしは初めて、他の端末をしていた意識とアクセスした。

もう機密も何も必要ないと赤い奴が判断したのだろう。

わたしとしては、別に他の意識に触れなくてもいいと思ったのだが。

他の意識は積極的に情報を交換しているようだった。

中には、酷く怯えているものもいた。

このまま、消されてしまうのでは無いのだろうか、と。

わたしはどうでもいい。

だから、冷めたままやりとりを見守っていた。

いずれの意識も、わたしよりも強く人間性を残している様子である。

わたしが例外だったのかも知れない。

端末にされた経緯は様々だったようで。

中には、地球がそろそろキレ始めて動き出した頃。要するに核戦争が開始された頃に赤い奴に食われて端末になったものもいるようだ。

一方でわたしと同時期に端末になったものもいる。

それだけではない。

おおあほうどりやズー、ジャガーノートや宝蜘蛛、スキュラーの意識も会話に混じっている。

これらも或いは。

元人間だったのかも知れない。

わいわいと話をしている様子を、何処か完全に他人事としてわたしは傍観していたが。

やがて、意識の一つが、おののきの声を上げた。

赤い奴が、触手を戻し始めたのである。

完全にスペースデブリを取り込み尽くし。オゾン層が完全再現されていく。

オゾン層の修復か。

いわゆるオゾンホールは拡がったり狭まったり色々だったそうだが。

結局の所、最終的に人類の文明が事実上終わった時にも、まだまだ存在はしていたらしい。

そんなオゾンホールも既に回復している。

徐々に赤い奴が高度を下げていく度に。

まるで3Dプリンタで再構築されたように。

人間が色々弄くり回す前の地球に、戻っていくのだった。

程なく、海面にまで赤い奴が到達した頃には。

緑豊かな自然環境が戻されていた。

棲息している生物に関しても、人間が勝手に持ち込んだものは排除され。その地域の固有種だけが残っている。

つまり、犬猫。人間の家畜は、殆ど地球から姿を消してしまっているということだ。

また、噂にしか聞いたことが無かった熱帯雨林も全てが再現されている。

圧巻の光景だ。

人間がいないというだけで。

地球は此処まで美しかったのかと、わたしは感心する。

赤い奴は更に高度を下げていく。

海が、再現されていく。

海の中には多彩な生態系が存在している。

多数泳いでいるのは、人間に絶滅させられた様々な魚類か。

確か文明末期。

完全に歯止めが利かなくなった人間の漁師が、片っ端から乱獲した挙げ句、絶滅させた生物が多数存在していた。

陸上にも多くいたが。

海にもたくさんいた。

そんな生物たちが、きちんと泳いでいる。

人間だけだ。

排除されたのは。

意識が会話を続けている。

恐ろしい光景だと畏怖する声もあるが。

これがあるべき姿だったのだと、諦観する声もあった。

わたしとしては、もう別にどうでもいい。

ただ、この世界が。

二度と汚されないように。

赤い奴が手を入れていくのだろうなと思うだけである。

静かにそのまま様子を見守る。

赤い奴は、どんどん潜って行く。

化石燃料や、天然ガスなどすらもを元に戻しながら。

そして、地表から姿を消したとき。

地球は、青い姿を完全に取り戻していた。

 

赤い奴は、修復作業を完全に終えると。

地層の中に薄く拡がりながら、今後の話をする。

何でも赤い奴は、元々地球の意思として古くから存在していたのだという。まあラン藻のことを知っている位だ。

地球と年齢は殆ど同じなのだろう。

気になる事は多いが。

まずは、話を聞くことが先だ。

「今までは基本的に地球上の生物に関しては不干渉を貫いてきていた。 人類が出現するまでは、だ。 ラン藻による破壊的な地球環境の変革は、結果として多彩な生態系の出現を促した。 だが人類のもたらしたものは、ただ破壊だけだった。 全てを終わらせかねなかったから、私が出た。 その結果、全てが終わった」

まあ、その通りだ。

残念ながら、地球人はこの地球に君臨する器では無かった、といえる。

例えば、生物として己のある分だけ慎ましく生活しているだけなら良かっただろう。

だが総合的に見て、人間はあらゆる欲求が壊れている生物だったのだ。

だから爆発的に数を増やし。

その過程で壊滅的な被害を周辺にもたらし続けた。

やがて地球を食い尽くした人類は。

自滅同然に滅亡した。

だが、もしも赤い奴が手を入れなければ。

人間が何もかもを巻き添えにして、全てを滅ぼしていただろう。

それは、わたしにもまずいと思える事だ。

例えば、地下深くには独自の生態系が存在している。

いずれも微生物ばかりで、非常にゆっくりとした生体サイクルで生きている存在達だけれども。

生物としての数や種類、量などを総合すると。地上の生物にそうは劣らない。

だが、それら地球がいざという時にセーフティネットとして働く生物たちでさえ。

どうしようもないほど、今回地球が受けたダメージが大きかったのだ。

それは、総合的事象として。

わたしにも理解が出来る。

故に、赤い奴が動いたと言う事も。

「今後は基本的に不干渉を貫くが、知能が高い生物が出現した場合には対応を変える予定である」

赤い奴は周囲に話をさせない。

一方的に通達させてくる。

まあそれはそうだ。

会話をしているつもりはないのだろうから。

あくまで赤い奴は地球そのもの。

地球は今。

自身の手足に、今後の作業内容を言い聞かせているのと同じなのである。

「場合によっては被害が拡がる前に滅ぼす。 ……それではそれぞれの仕事を指示する」

そら来た、とわたしは思った。

これからわたし達は、監視用の端末として地球の手足となって活動する事になるのである。

それは元から分かっていた。

赤い奴は、全体的には優れているが。末端では仕事が粗雑だ。

だから端末なんか必要とした。

もしも全体を完璧に制御出来るのだったら。

わたしたちを端末などと言う存在にしてこき使わずとも。

自分だけで、何でもどうにでもなったはずである。

そうしなかったのは。

つまりそういうことだ。

それぞれの意識に、それぞれの指示が出されているらしい。

わたしとしては、指示をぼんやり待つだけだが。

指示はすぐに来た。

意思の疎通なので、間違える恐れもない。

言語ではないのだから。

わたしに課せられたのは。地球上を徘徊して、生物の数などを常に監視する巨大な生体構造体。

大きさは人間文明の単位で、長さ四百メートル、高さ二百メートルほどもある。

体は軟体状で、粘菌のようにゆっくり動きながら。

世界の各所を回って、生物の数を確認し。都度赤い奴に報告する。

なお、端末の中でも高い成果を上げたもの十ほどが、同じ仕事をするらしく。

わたしは上位十の中に入る評価を受けていた、らしい。

それもまた、おかしな話である。

わたしには強運しか取り柄が無かった。

それなのに、そんな評価を受けるなんて。

ひょっとしてだが。

結局の所、世の中運が最も大事なものだったのだろうか。

人間の文明もそうだった。

個人の能力が如何に高くとも、時代や環境によっては一切生かす事が出来ず。そのまま埋もれてしまうことが珍しくもなく。

逆にあからさまに無能な存在が、ただ運だけで勝ち残って高い地位に行った結果。

それが所属する国家や企業そのものを滅ぼしてしまう、という現象も見られた。

運が全て、か。

その結論は、強運しか取り柄がないと思っていたわたしでも、ちょっとばかり物議を醸したくなるが。

いずれにしてもわたしはもう赤い奴の端末だ。

人間などでは無い。

ただ黙々と仕事を言われたまま果たし。

五十億年後に太陽が爆発し、地球が消滅するまで。

地球を安定させ続けるのが、その仕事になる。

わたしは別にそれでかまわない。

少なくとも、あの地球人類を宇宙にそのまま出すよりは遙かにマシだ。

彼奴らを宇宙に出していたら。

自分から見て醜いか美しいかだけで接触した生物や異文明を判断し。

攻撃して奴隷化し。

そして宇宙規模で、地球で行った愚行を繰り返しただろうから。

地球人類は。

宇宙に出なくて良かったのである。

指示を受けたので、そのまま地上に出る。

わたしは、小山のような。いや、小山にそのまま擬態した存在となり。

周囲の地下に根を張り巡らせて。

生物の個体数と、その活動を調べる作業を始めた。

目も耳も口もない。

栄養も必要ない。

ただし全てが目であり耳であり口である。

周囲の全ては、何もかもが分かる。

大型動物だけでは無い。微生物やウィルス、更にはプリオンに至るまで。何がどれくらい存在しているか。

別に調べようと思わなくても、手に取るように分かる。

恐らく赤い奴が、新しい世界で必要となる存在として。

設計していたのだろう。

なお、名前がないのは相変わらずだ。

わたしは人間として生きている時代に名前を持たなかった。

親も名前を与えなかった。

そして死んでからも名前を持たず。

更には、端末としての仕事を終え。

評価されて、新しくまた異なる姿を貰った今でも。

やはり、名前を持たないのだった。

ちょっと寂しくは思うが。

まあこれもまた運命だ。

わたしはどうやら、最初から最後まで、ずっと「わたし」であるらしい。

それは別に一切かまわないが。

何だか滑稽だなと思った。

 

3、新しい始まり

 

わたしは観察し。

そのデータを地下に存在する赤い奴に送るだけの仕事を続けた。

ずっと移動し続けながら。

テリトリも決まっている。

時には離島にも渡る。

いずれにしても、わたしは他の生物からは、生物と認識されていない。

登ろうとしたりするものもいるが。

どうも生物が近寄りたがらない物質を常に排出しているらしく。乗ってもやがて降りてしまう。

糞などが落ちてくることもある。

鳥によるものだ。

すぐに分解してしまう。

成分を分析。

変な病気とかが流行っていないかを確認する。

わたしは元々汚水を加工したブロックを食べて命をつないでいたのだ。

それくらいの事で、精神がどうにかなるほどヤワでは無い。

作業を続けていく。

生物は、一万年に一種類滅びれば良い方。

それについては、この仕事を始めてから思い知らされた。

人間があまりにもおかしすぎたのである。

あれは破壊の権化だった。

破壊神という言葉があるが。

人間はまさにそれ。

悪魔と言う言葉があるが。

人間こそが悪魔だ。

良い所もあるという反論はあまりにも苦しすぎる。

実際にこうやって、万年単位で生物を観察してみるとよくよく分かる。

万年単位で生物は興亡する。

新種が出るのも同じくらいのペース。

勿論運悪くすぐに滅びてしまう生物もいるにはいるけれど。

それは本当に、運が悪かっただけなのだ。

わたしがいうのもなんだが。

やはり、運は大事なのだろう。

わたしがこの、動く山とでも言うべき端末になってから、二十七万年が経過した。

もはや地球には、人間がいた形跡は無い。

残さず消されたのは人間とその文明の痕跡だけでは無い。

類人猿も全てである。

まあこれは、仕方が無いだろう。

ホモサピエンスに近い所まで知能を発達させた類人猿は幾らでも存在していたのだし。それらは性質もどれもこれも似ていた。

近年まではネアンデルタール人は穏やかな性格をしていたとかいう話が主流だったが。実はネアンデルタール人も同族を食べていたことが分かってきている。

要するに、類人猿そのものが欠陥品なのだ。

地球はむしろ寛容だったと言える。

そんな欠陥生物が、ずっと更正できる時を待っていたのだから。

だが、そんなときは来ず。

地球ごと無理心中しようとしたから、滅ぼした。

それだけである。

なお、二十七万年程度では新種はそれほどたくさんは出てこない。

類人猿のニッチを埋めるようにして、哺乳類の何種類かから新種が出ているが。

期待されていた齧歯類はそれほど新種が出るのが多く無い。

この様子だと、未来予想図で描写されていたように。

或いは頭足類辺りが海から上がって来て。

地上に根付くかも知れない。

頭足類は地上に出ても全くおかしくない生物だと言われていたのである。

今回は、その好機かも知れなかった。

周囲のデータを集めていると。

珍しく赤い奴から意思が伝達されてくる。

本当に珍しい事だ。

ここ二十七万年で、五回しか無い。

しかもそのうち四回は、定時連絡だった。

今回もそうかと思ったら、違った。

この地点に移動せよ。

了解。

意思の疎通はそれだけである。

わたしは基本的に、テリトリーをローラー作戦で移動しているのだが。赤い奴に此処まで細かく移動地点を指定されたのは初めてである。

まあいい。

緯度や経度は手に取るように分かる。

そのまま移動開始。

ゆっくり移動していくが。

まるでバイクに乗ってぽくぽくと行っていたあの頃のようだ。

あのバイクは面白かった。

人間はろくでもない生物だが。

バイクは良い発明だった。

ただ、小さくて小回りがきくバイクがいい。

大きくて音ばっかり五月蠅いバイクはいらない。

二十日ほど掛けて、それでも最速で移動を続ける。生物はわたしを勝手に避けるし。植物については、私の方ですり抜ける。

別にわたしは地面に根を張っているわけではないし。

通った所にあるものを押し潰す訳でもない。

ただ普通に移動出来る。

この辺りは、赤い奴の端末だから、だろう。

いろんな意味で便利な体である。

人間の頃の体には。

残念ながら、未練は無い。

目的地点に到達。

新種でもいるのか。

周囲を探査。

ちょっとした窪地になっていて、水はけが悪い土地だ。

見てみると、周囲には多くの生物が棲息している。かなり豊富な生態系が展開されていて。

頂点捕食者はワニの一種のようだ。

かなりの大型ワニである。

わたしが存在を報告したワニで。2万年ほど前からこの近辺で頂点捕食者になっている。とはいっても、あくまでそれは水の中での話。

この辺りには体重二トンを越える大型の偶蹄目が存在しており。

これは草食ではあるが極めて獰猛で。

このワニなど、文字通り怒りを買ったら一ひねりにされてしまう。

ワニは基本的にその場での強さの二番手くらいにつける事で、ずっと生き延びてきた生物である。

今も、それは変わっていない。

周囲を丁寧に調べていると、いた。

これは、完全新種か。

どうやら齧歯類から分化した生物のようだが。

手を類人猿並みに器用に使っている。

既に三千を超える個体がいる様子で。

石を削って、自分好みに加工する程度の知能は有しているようだった。

鳥の一部にもそれくらいは出来るものがいるが。

これは興味深い。

すぐに観察データを赤い奴に送る。

返事もすぐに来た。

要注意観察対象として、しばらく貼り付きで観察するように。

他の端末に、今までの探索箇所は探索させる。

わたしは受け入れるしかないが。

やはり今回もか。

この齧歯類から分化したらしい生物が見つかった理由は分からないが。いずれにしても、わたしが実際に足を運んで、その存在を確固たるものとしたのは事実である。なんか変なのがいる、くらいの報告だったのかも知れない。

それをわたしがしっかりした情報に変えた。

それもまた、頷ける話だ。

わたしの取り柄の強運を、赤い奴はフル活用している。

まあ観察するなら、それはそれでかまわない。

やはりある程度の知能があるのか。

知的生命体らしいそいつらは、わたしの存在に気付いている様子だった。

一万年ほど、其奴らを監視している内に。

やがて家を建てるようになり。

体格も大きくなっていき。

そして、わたしに供え物をするようになっていった。

まるで、人間がそうするように。

どうやらこの生物に、宗教の概念が出現したのは、間違いない事のようだった。

 

赤い奴から指示が来る。

要観察対象の生物。

齧歯人類とでも呼ぶべき存在か。

それの数が、百万を超えた頃だった。

既に発見から百二万年が経過している。

彼らの体格は人間と大差ない所にまで成長しており。

一方で、繁殖力は齧歯類ほどではない。

衣服を身につける事は出来る様になり。

道具もしかり。

既に、彼らはコロニーを作って、外敵を退ける術と。農業を身につけ始めていて。赤い奴からしてみれば、捨て置けない存在であることは事実だろう。

そして都合が良い事に、か。

或いは末期の人間を洗脳していたように、自分を脳にでも仕込んだのか。

齧歯人類はわたしを神体として祀っており。

その信仰は、人間などより余程真面目だった。

わたしは何もしていない。

赤い奴はする気満々だが。

あまり気が進まない。

現時点では、もう少し長い目で見てやっても良いのではないのか。そう思うのである。

だけれども、赤い奴は一度地球を全部作り直すはめになったことを、今でも悔いているのだろう。

指示は激烈だった。

わたしも、仕方が無いので、指示に従う事にする。

神官をしている齧歯人類を呼び出す。

見てみると分かるのだが。

齧歯類とは明確に違い。

類人猿とも違う。

二足飛びに体を変化させた印象だ。

突然変異だったのだろうけれども。

ここまで二足歩行と道具を使うことに特化した生物にいきなり変わるというのも、面白い話だ。

なお、呼び出すのは。

特定の電磁波を使えば一発である。

齧歯人類は、それを「天啓」と呼んでいるようだが。

「神よ。 如何なる御用でしょうか」

わたしは神じゃない。

神だと自認している奴は地下にいるよ。

勿論人間の一神教における天使でもない。

そんなものを気取ったことは一度もない。

そう言ってやりたいが。

もしそんな事をしたら、この神官は赤い奴に殺されかねない。

意思を神官にそのまま伝える。

相手は言語を使っているが。

此方が使う必要などない。

少しずつテクノロジーを教える。

最初は車輪から。

まだまだ、齧歯人類は簡単な道具を作るくらいの事しか出来ていない。

だから、車輪だけでも充分なテクノロジーになる。

天啓を受けた(と信じた)神官は、いそいそと仲間達の所に行く。

これから職人達に話をして。

受けた天啓の再現をするように、指示をするのだろう。

指示については任せる。

手取足取り教えるつもりは無い。

ただ、赤い奴が監視している。あまりにも間違ったものを作らないように、監視はしなければなるまい。

赤い奴はこの齧歯人類についてはかなり調査を進めているらしく。

いわゆるサイコパス気質のものや、独占欲や他者への攻撃性が強いものは早々の段階で洗脳してしまうし。

何よりも増える速度についてもコントロールもしているようだ。

本気で色々と管理するつもりなんだ。

そう分かって。

わたしとしては、色々と寂しい気持ちになる。

前の知的生命体が色々やらかしたせいで、最初からモロに割を食っている。

だが、地球としても病気に罹った後のような感触なのだろう。

だから、最初から徹底的に管理統制する。

そうしないと、また地球が破滅にまで追い込まれる。

それは嫌なのだというのは分かる。

まあ、分かった所でどうにかするつもりもない。

今繁栄している齧歯人類は。

類人猿ほど攻撃性は高くはないものの。

文明が発達すれば、あっと言う間に同じ穴の狢に成り下がる可能性は高い。

だったら、最初から管理を徹底し。

その行動を見張り。

最悪の場合は滅ぼしてしまう。

それもまた、ありなのかも知れない。

神官の指示によって、車輪が作られる。

他の端末は、数学についても教えているようだ。

人間が何千年と掛けて発達させていった数学を、いいとこ取りして教えていく。

0の概念も、である。

地球は試しているんだな。

そう思う。

知的生命体という存在そのものが駄目なのか。

それとも、徹底的な管理をすればある程度他の生物とやっていけるのか。

わたしは、端末として人間の英知の結晶を集めているとき。

人間の本性を嫌になる程見た。

だから、人間をもう一度地球に復活させるのは反対だ。

だが、もう少し長い目で、齧歯人類については見ていても良いのではないのかなとも思う。

いずれにしても、そんな意見は赤い奴には通らない。

ほどなくして、齧歯人類は。

人間が数万年分掛けて習得していったテクノロジーを、数十年で習得していく事となった。

その過程で世界中に拡がっていく。

さて、此処からだ。

同じになってしまうのか。

或いは、違う存在としてやっていけるのか。

出来ればわたしは。

違う存在に、なってほしいところだった。

わたしは眠る事にする。

しばらくは、様子見をしたいからである。

赤い奴からの指示もない。

そもそも、端末になってからは眠る事自体が希になっていたし。

赤い奴の中で意識だけの状態になっているときは、ずっと高速で処理を続けていた。

それを考えると。

たまには眠るのも良い。

そうだな、十年ほど眠るとするか。

最低限の情報収集作業だけは行うこととして。

全自動で作業は設定。

以降は、しばらく意識を閉じることにする。

高度な文明をくれてやった知的生命体がどうなるか。更に問題行動を起こすようなら即座に赤い奴が脳そのものに干渉する状態にもなっている。

余程の事がない限り、酷い事にはならないだろう。

前の人間のような。

だから、少し休もう。

何だかわたしはとても疲れた。

ずっと働き続けて。

今になって考えれば、相当に無理なこともずっと続けていたでは無いか。

体を半分近く失った事もあったし。

首から上をワイヤーですっ飛ばされたこともあった。

強酸と強毒の雪に塗れながら、必死にシャベルを振るった事もあったし。

手足がすっ飛ぶなんて日常茶飯事だった。

それを考えれば。

今の境遇なんて、楽なものである。

だから、眠る事にする。

眠り始めると。

夢を見た。

まだわたしが人間で、幼い頃に。様々なものを教えてくれた人がいたけれど。

あの人は、結局何もなせなかった。

世の中は不平等だな。

そう今になって、夢の中でさえ思う。

単に強運だっただけのわたしが、赤い奴に重用された。

今だって、こんな下手をしたら神として崇められるような存在にされている。

赤い奴は人間よりは公正に振る舞うが。

それでも、赤い奴。

地球そのものだって、別に平等ではないのではあるまいか。

そう思う。

しかしながら、わたしには地球に反逆することも出来ないし。

反逆したところで、何にもならない。

億が一勝てたとしても。

地球がまた焼け野原の地獄絵図になるだけだ。其所から復興するのには、千万年も掛かるだろう。

馬鹿馬鹿しい。

わたしがしてきた事は。

結局未来のための事ではあったけれど。

本当に、新しい知的生命体が、未来を掴めるのか。

それは何とも言えない。

わたし以外の端末はどう思っているのだろうか。

それについても分からないし。

興味も無い。

ただ、眠っている分には。

そんなにまずい事は起きていない。

もしも問題が起きるようなら、強制的に叩き起こされるように設定もしているし。

それがされないということは。

問題は起きていない、と言う事だ。

しばらく無心に眠り続けて。

それから起きる。

丁度、十年経過して。

そして、周囲の情報を確認。

わたしは、大きくため息をついていた。

明らかに戦争が起きて。

殺し合った結果、わたしが存在している周囲にある街が、全て焼き払われていたからだった。

まずは情報を取得する。

何が起きたのかを、正確に把握しなければならない。

赤い奴にアクセス。

正確な情報を得る。

結果は、おぞましいものだった。

わたしも人間の兵器は確かに十把一絡げで回収した。

他の端末も、様々な兵器は回収していた。

それは別に良い。

使い方次第だからだ。

殺しが行われたとして。

その責任は兵器にはない。

使ったものにある。

だが、ならばどうして。

同族を大量殺戮するのに、兵器を使わせた。

赤い奴なら、洗脳も出来た筈だ。

どうしてやらせた。

情報を得ている内に、分かってくる。

赤い奴は、戦争を起こすと何がどうなるか。

早い段階に、齧歯人類に学習させるつもりだったらしい。

そこで一部洗脳を解除させ。

戦争を起こさせたようだった。

わたしが眠っている十年の間にも、齧歯人類は与えられたテクノロジーで、どんどん進歩していたが。

戦争はわたしが知っている範囲内では一切起こしていなかった。

それが。

学習のために。

こんな事をやらせたのか。

地球そのものである赤い奴が、極端なリアリストである事は分かっていた。失敗から学べる事だって確かにある。

そして地球人類は、最後まで失敗に学ぶ事が生物として出来なかった。

それだけって分かっている。

だが、それならばなおさら。

分かっているのに、どうしてやらせてしまったのか。

わたしは。

もう、何もかも、どうでも良くなった。

赤い奴に指示を受けて。

教育は続ける。

同時に、わたしの中には、静かなある一つの決意が宿っていた。

ロケットを作れるようになるまで、後五十年ほどか。

一部の齧歯人類の技術は、もう既に人間の文明末期のそれに並んでしまっている。

だが、赤い奴は基本的に慎重な運用を試みているようで。

致命的になりうる技術については、くれてやらないことを前提として動いているようだった。

それはそれでかまわないだろう。

だが、技術というのは相互補完されるものだ。

何もかもを押さえ込んでいる訳にもいくまい。

ロケットも、いずれ必要になる。

情報を集める限り。

衛星を打ち上げて、様々な事をするようになるまでは、まあ後五十年というところだとわたしは判断していた。

ならば、その時に。

わたしは、行動を起こすとする。

何もかもがどうでも良くなった。

だからそれでいい。

わたしは神でもなければ、もう人間でも無い。

わたしにとっての全ては。

ただ静かに、安らかに過ごす。

それだけでかまわない。

わたしは充分に働いた。

巨大なバケットホイールエスカベーターを、殆ど破損もさせずに回収したし。

他にも最新鋭戦闘機をはじめとして、人間のテクノロジーの最も重要なものを、多く回収したのだ。

だったら、ある程度の見返りがあっても良いはず。

十年も眠ったから、だろうか。

そんな考えが。

わたしの中で、目覚めていた。

齧歯人類は、一度酷い戦争をしてからは、以降は戦争を起こさなくなった。

それが事実上の神として君臨する、赤い奴の方針なのだろう。

人間がガイア理論として名付けていた存在そのものである赤い奴は。

ギリシャ神話のガイア神が黒幕としてギリシャ神話にずっと関わり続けたように。

慈母でも無ければ、聖母でもない。

単に思うように全てを管理する事だけを考えた。

人間とは別方向のエゴの塊だ。

目が覚めたのだろうか。

わたしは、赤い奴に対して、非常に辛辣な考えが浮かぶようになっていた。

とはいっても、赤い奴に対しては、別に嫌悪は感じない。

知恵を持つと言う事は、

エゴに振り回され。

周囲の全てを焼き尽くす事だ。

そういう結論が、わたしの中で出たからかも知れない。

わたしの中で、自我が確実に強くなって行く。

同時に、赤い奴に許可を取って、ある計画を進める。

勿論、赤い奴は気付かない。

わたしに対して、信頼をずっとしていたからだろう。

わたしを赤い奴は、もっとも優秀な端末だと見ていた節がある。

だから、わたしを疑う事もない。

洗脳が完璧だという自信もあるのだろう。

だけれど。

今更ながら。

わたしは自我を得たのだ。

皮肉な話だが、人間だった頃には自我も無かった。

SF小説で、AIが自我を得るように。

赤い奴の端末としてずっと活動し続けたわたしは。

今更になって、やっとエゴを獲得した。

そういうことだ。

勿論エゴのために行動させて貰う。

ただ、エゴの方向性は違う。

人間のような、暴走したエゴで地球の全てを焼き尽くすような真似はしない。

地球のような、冷然たるエゴで完全な管理だってするつもりはない。

ただ。

もう、何もかもから。

わたしは離れたい。

それだけだった。

 

エピローグ、ロケットに乗って

 

赤い奴の困惑が、今更になって伝わって来た。

まて。

どうしてそのような行動をしている。

すぐにやめさせよ。

わたしに指示が飛んでくるが。

わたしはその全てをはねのけていた。

この姿を取ったのは久しぶりだ。

そう、わたしは。

端末として活動していた。

栄養を充分に取り、人間としてもっとも理想的に成長した姿にまたなっていた。この姿を、あの動く山の中で作り出すのに二十五年掛かった。

オーバーヒートしやすい性質についても研究をその間続け。

すっかり改善している。

ただしわたしは、現状人型の量子コンピュータであって。

生物ではない。

動力も必要ない。

それだけの赤い奴。

要するに、大気中に満ちている赤い奴の部品をわたしに取り込んで。その部品を、わたし用に最適化したからである。

齧歯人類が跪く中、わたしは歩いて行く。

此奴らも、わたしが元の姿を取った途端に、感涙してひれ伏した。

どうやら偶像崇拝が大好きなのは、何処の生物でも同じらしい。

偶像崇拝を禁止しているはずの宗教ですら、結局「形がない偶像」を崇拝していたことから考えても。

結局の所、宗教と偶像に対する崇拝は斬っても斬ることが出来ないものなのだろう。

わたしはロケットを作らせた。

そして、そのロケットは、太陽系の外に飛んでいく。

ボイジャーよりも遙かに進んでいる技術によって作られているこのロケットは。

わたしが回収してきたものを。

赤い奴の走狗となった齧歯人類が徹底的に研究開発して。

性能を極限まで上げたものだ。

そのうち、赤い奴がその気になれば、齧歯人類は解放されて宇宙に飛び立つのかも知れないが。

それはかなり遠い未来の話だ。

現在でも、赤い奴がちょっとでも手を緩めると、人間でいうサイコ野郎が即座に出る状態である。

ようするに、知的生命体というのは。

根本的に存在が狂っている、と言う事だ。

わたしはもう。

生命体でも無いし。

知的生命体にも関わり合いになりたくない。

だから、これでいい。

赤い奴はなおも呼びかけていく。

何故に地球を離れようとする。

お前には報いてきたはずだ。

最高の仕事を与えた。

そしてお前もその最高の仕事に答えてきたでは無いか。

そう必死に説得しようとする。

面白い話だ。

反逆者に対して、丁寧に説得を試みるその姿。

確かに地球人類とは違う。

地球人類だったら、即座に殺しに来ていただろう。

勿論、わたしもその時のために対策はしていたが。

対策は全て必要なくなった。

わたしがロケットに乗ると。

ひれ伏していた齧歯人類の学者達は、ロケット打ち上げの準備に掛かる。

わたしは小さな静かな部屋に入ると。

打ち上げの瞬間を待つ。

もう赤い奴の声は聞こえない。

外に残したわたしのごく一部。

正確には、一種の自走プログラムを走らせたわたしの一部が。

しっかり最後まで齧歯人類の学者達を動かす。

その後は自壊する。

打ち上げまでのカウントダウンが0に近付いてくると。

流石に業を煮やしたのか。

地面を突き破って、赤い奴の触手が数本、伸びてくる。

いずれも巨木のような凄まじい大きさだ。

だが、それも計算済み。

赤い奴はどちらかというと、おおらかな性格だ。

もしも、地球人類みたいな性格だったら。

地球人を最後の瞬間まで生かしておかなかっただろう。

わたしは赤い奴の全てを知り尽くしている。

人間の作った文学であるSFで、人類に反逆したAIは。

こんな気分だったのだろうかと思って。

ふとおかしくなった。

人間性を感じる。

だが、別に嬉しくない。

今でもわたしは。

地球人類は大嫌いだし。

地球人類だったことが。

自分にとっての最大の恥だとも思っているのだから。

触手がロケットを掴むより先に、カウントダウンが終わる。後は、ロケットが打ち上げられる。

その速度は当然音速の20倍を超える。

大気圏を突破するのに必要な速度だ。

高度50000メートル程まで触手は追ってくる。

まあ、衛星軌道上にあったデブリを全部まとめて回収したほどなのだ。

当然それくらいは余裕で追えるだろう。

だが、それでも。

宇宙に出てから更に加速し、スイングバイを使って更に更に加速したわたしの乗るロケットには追いつけなかった。

やがて、赤い奴はわたしに呼びかけるのを、やめたようだった。

わたしは生物ではない。

元は生物だった。

わたしは赤い奴の端末でもない。

もはや独立した思考体だ。

わたしは何も必要としない。

そもそも、わたしはもはや好き勝手をして良いだけの労働をした。

地球人類の文明の最末期にも。

同じように労働をしたのに、一切報われず社会に捨てられて朽ちていった者達が幾らでもいた。

そういう者達は逃げる事すら許されず。

絶望の中死んで行くしか無かった。

わたしは、違う。

わたしは、後は好き勝手にさせて貰う。

結局の所、人間よりはましだったが。

それでも、赤い奴。地球も、それほど代わりはしなかった。

今になって、やっとその事に気付くことが出来た。

それだけでわたしは充分だ。

地球が遠くなるのが随分とまた早い。宇宙空間に出てから、音速の千倍にまで加速したから当然だろう。

勿論人間だったら加速に耐えられないほどのGだが。

わたしは残念ながら人間では無いので全く問題は無い。

加速用のロケットは全て切り離し済み。

わたしは、窓から外を見た。

巨大な月が側に見えた。

いわゆるオールトの雲を抜けたら。

其所から先はどうなるか分からない。

多少の観測装置とスラスターはつけてあるので、恒星に突っ込むようなことは無いだろう。或いは別の惑星に落ちるかも知れない。

ただ、それはずっとずっと先の話だ。

わたしは、やっと自由になった。

これでわたしは、もはや誰のためにも働かない。

わたしは働いた分の自由を得たのだ。

孤独だと死ぬ奴もいるらしいが。

わたしはむしろ、ずっと孤独のまま働き続けてきた。

何億年孤独だろうが、全く意に介することは無い。

何処かの惑星にでも不時着したら。

その惑星に生命体がいたら、関わらずに静かに過ごしても良い。

何も生命がいなかったら。

丸ごと星を乗っ取ってもいい。

いずれにしても、何をするのも自由だ。

わたしは大きく伸びをする。

これが、最後の人間性の発露になるだろう。

姿も別にもう、人間型である必要はないが。

これは、わたしに対する戒めとして残しておこう。

頬杖をついて、わたしはじっくりと考える。

今後どうするか。

もう枷は無い。

わたしが今後何をしようが。

どうこう言われる筋合いはないのだ。

 

(オリジナル長編小説、のりものは行く・完)