ばけっとほいーるえすかべーたー

 

序、最大

 

それは、文字通り小山のような代物だった。

以前壊れかけた空母を間近に見たことがあるが、それに迫る威容だ。流石に空母ほどではないが。

わたしが派遣されて来た先には。

掘り崩された山と。

それに半ば埋まるようにして、その巨体が存在していた。

知っている。

これの名前は、バケットホイールエスカベーター。

追加記憶を検索しているとき、たまたま知ったのだ。

自分で走行できる最大の車両。

その名前を。

それに、掘り崩された山というのでぴんと来た。

これは、そもそも露天掘りをするための車両である。

文字通り、そのまま山を掘り崩す事が出来るのだ。

全体的には、中枢部分から、複数の鉄骨で編まれた腕のような部品が伸びていて。

そして、その一つには巨大な丸鋸がついている。

だが、丸鋸の辺りは完全に埋まってしまっている。

恐らくだが。

このバケットホイールエスカベーターは、作業の途中で放棄され。

そして崩れてきた山に、一部が埋もれてしまったのだろう。

勿論、今回のわたしの仕事は。

このバケットホイールエスカベーターを回収することだ。

巨大。

ただひたすらに大きい。

酸の雨を散々浴びているはずだが。

崩れているようなことは無い。

近付いて、見上げてみる。

本当に、小さな山のような大きさだ。現存しているビルのどれよりも大きいのではないのだろうか。

あの酸の湖に浮かんでいた廃墟。

殆どあれに匹敵するほどの大きさだ。

わたしはそのまま、周囲を回って、調べて見る。

操縦席に上がる場所を発見。

触ってみたが。さび付いている様子は無い。

多分これは、余程強力にコーティングされて、酸性雨などに対策をした特注品だったのだろう。

もう放棄されてしまっているが。

或いは、核戦争が始まる前などから。

酸性雨が既に問題視されていたのかも知れない。

そしてこのバケットホイールエスカベーターは、長期間使い続ける事が大前提の乗り物である。

だとすれば。

強力に外装を作るのは、まあ当然なのだろうとも言えた。

まず操縦席に入ってみる。

操作パネルが、見た事も無い代物だ。

元々これは、一人で動かすものではなく。

動かすだけで数十人が必要なものだったようなのだが。

幾つもの型式が存在しており。

このバケットホイールエスカベーターは、運転だけなら一人で出来る代物であるらしい。

ただ他にも操作を行うらしい箇所が見受けられるので。

機械を動かすつもりなら。

何カ所にも足を運んで、いちいち操作しなければならないかも知れない。

動くだろうか。

色々触ってみたが、まずキーが抜かれてしまっている。

メインキーが抜かれてしまっている状態では、これはどうしようもないだろう。

そもそも燃料が入っているかも疑わしい代物である。

どうするべきか。

赤い奴は、此処から歩いて一日くらい。

幸い、バケットホイールエスカベーターを丸々取り込むことは可能だ。なぜなら、海だからである。

川だと川幅の問題で、此奴を丸ごと取り込めるかは怪しいが。

海だったら、そんなものは関係無い。

動かす事さえ出来れば。

特に問題なく、赤い奴は取り込むことが出来るだろう。

動かす事さえ出来れば、だ。

まずマスターキーという問題がある。

それに此処が本当に操縦席なのかも分からない。

型式がたくさんあるということは。

当然操作のやり方も違っている筈だ。

もう一つの課題は。

この巨体が、半分山に埋まっていると言う事。

つまるところ、山から掘り出さなければならない。

その作業だけで一苦労だ。

重機がほしいが。

残念ながら、そういう器用な作業が出来る重機は存在していない。下手に掘り崩すと、壊れてしまうかも知れない。

こいつを壊すわけにはいかない。

かなり面倒なミッションだが。

わたしにとっては、とても大事なミッションでもある。

さて、どうするか。

少し悩んだが。

結論を出す。

まずは、崩落した山の方をどうにかする。バケットホイールエスカベーターの埋まっている部分を露出させる。

これについては、下手に掘り崩すと、自分が埋まってしまう。

綿密な計算をしながら、掘り崩していかなければならないだろう。

手間暇が掛かるが。

そればかりは仕方が無い。

強運しか取り柄がないわたしなのである。

だからこそ、此処に派遣されたのだろうから。

では、一度赤い奴の所に戻る。

更に、拠点も作らなければならない。それ用の資材も持ってくるとする。

現場を一旦視察してから。

必要な物資を持ち出す。

基本中の基本だ。

勿論

これらの視察は、最初バイクで行い。

荷車に有用そうなものは積んでいる。

ぽくぽくとバイクで行きながら視察はするのだけれども。

どうしてもそれだけでは足りない物資が出てくる。

わたしは戻ると、フォークリフトと。それに出来るだけパワーのある乗り物、を要求する。

それだけではない。

ワイヤーもである。

ワイヤーには散々体を傷つけられているが。

今回の任務には必要だ、と判断した。

爆薬があればなお良いのだけれども。

爆薬は扱いが難しいし。

赤い奴も良しとはしないだろう。

赤い奴は少し考えた末に、以前わたしが使ったスノーモービルを出してくる。

此奴は長期間酸に耐える上に、パワーも相当だ。

何しろ自力で雪山をガリガリ登るほどなのである。

普通のスノーモービルとは、軍用という事もあってパワーが桁外れ、と言う事なのだろう。

利用する事にする。

他にも拠点用の資材を受け取ると、現地の近くに何回か往復して物資を運び込み。

作業の準備を開始する。

まずはプレハブを組み立てて拠点を作る。

風呂もある。

今回の作業場は、恐らく作業事務所か何かが崩落で埋もれてしまっているのだろうか、或いは暴動なり略奪なりで全てが焼き払われたのか。もしくは作業事務所の素材がええ加減で、酸で溶けてしまったのか。有用なものは何一つ残っていない。

だから、自分でプレハブを組まなければならなかった。

その上これから計算して土砂を何度か崩さなければならない。

それを考えると、拠点は少し離れた地点に作らなければならない。

また、土砂を崩すにしても。

バケットホイールエスカベーターにダメージが入らないようにしなければならないし。追加知識を利用して、緻密に計算をしなければならないだろう。

風呂を運び込み。

浄水器も運び込む。

食糧はいらないが。

オーバーヒートする体を冷やす工夫は必要だ。

これは、坑道の探索で思い知らされた。

以前よりも働くようになっている分。

水風呂で体を冷やして、少しでもオーバーヒートは回避しないと、却って作業効率は落ちる。

風呂桶もそれなりに大きいものを用意して貰ったので。

個人的には有り難い。

ただし、水はその辺にうち捨てである。

すぐに乾燥するし。

何よりも、排泄の類はしないし代謝もないから、別にそれでいいのである。

準備はすぐに終わらせる。

さて、ここからが作業開始だ。

まずは、山の状況を徹底的に確認する。

現時点で非常に良くない状況になっているのは確かだ。

まずそもそも、明らかに作業を急いだ節がある。

前の坑道では、どうやら現場が非常に混乱した結果、あり得ない作りになるという状態になっていたが。

そこまで酷くは無いにしても、本来バケットホイールエスカベーターを投入するべきではない時期に投入し。

挙げ句に山崩れを起こしたのは確定らしい。

恐らく、専門家を雇えなかったのか。

或いは文明末期の人間が良くしていたという常套句。

「代わりは幾らでもいる」の言葉通りに行動していたら、誰も人材がいなくなっていたのか。

まあどちらにしても。

見切り発車でいい加減な作業をしたあげく。

貴重な車両を埋めてしまう事故を起こしたのは事実だろう。

それに事務所も埋まっているとなると。

死者まで出した可能性も高い。

此処は、文明が存在していた頃は、ユーラシアと呼ばれる地域で。その中でも東欧とか呼ばれていた場所らしいが。

まあそんなのはどうでもいい。

とにかく、山の形を確認して。

それから掘り出すための、ロードマップを頭の中に作り出していく。

土砂崩れに体が巻き込まれないようにする工夫が必要だな。

わたしはそう思いながら、何度も現状の山の状態を確認する。

特に脆くなっていそうな場所を何カ所か確認。

それらを崩す際に、土砂がバケットホイールエスカベーターに行かないようにする事を意識しなければならない。

幸い、今回は山全部を崩す必要はない。

バケットホイールエスカベーターを掘り出す際に。

邪魔になる辺りの土砂を、どけてしまえればそれでいい。

そんなに山の上の方には登らなくても良いだろう。

それだけは救いだ。

雨が降り出した。

最初は小雨で、活動は出来たが。

臭いから本降りになる事は分かっていたので、引き上げる。

フォークリフトやバイクは拠点の屋根の下に入れているので大丈夫。

スノーモービルは多少の酸にはびくともしないので平気だ。

しばし、雨が止むのを待つ。

浄水器を利用して水を溜めて。

多少水を先に飲んでおく。

小雨の間に痛んだ服が回復していくのを横目に、本降りが始まったら先に風呂でも入っておこうかなと思う。

文明があった頃は。

湯に入るのが普通だったらしいが。

わたしが人間として生きていた頃は。

もう水風呂にしか人間は入る余裕が無かった。

名前さえなく。

子供も生まれない時代である。

まあそれは、当然と言えたのかも知れない。

わたしも湯に入ろうとは思わない。

わたしの場合は、気分転換もあるが。

それ以上に、処理をすればするほどオーバーヒートするから。

オーバーヒートを回避するために風呂に入っている。

全身が脳で筋肉である状態の今、わたしは微細な赤い奴の集合体と言っても良い存在になっている。

それは一種の人型をした量子コンピュータであり。

放熱は必須なのだ。

臭いからして、本降りになるな。

そう判断したわたしは、風呂に入る事にする。

やがて充分な水がたまったので。

服を脱いで風呂に入り、しばらくぼんやりとした。

思考も閉じてしまう。

より体熱を冷やすためだ。

プレハブの粗末な硝子から見える山は、本当に不安定で。いつ土砂が崩れてきてもおかしくない。

半ば埋まっているバケットホイールエスカベーターも、どこまで無事か不安が残る。

だが、もしも埋まっているだけで、ほぼ傷がない状態だったら。

大変に有意義なものを掘り出すことが出来る。

おっと、いけない。

考えないようにと思っていたのに、考えてしまった。

顔を洗うと、そのまましばし水風呂で休む。

作業のロードマップは決まっているのだ。

別に焦ることは、ない。

例え、赤い奴が世界を飲み込み始めるまでの時間が、刻一刻迫っているとしても、である。

わたしには、どちらにしても関係無いことなのだから。

 

雨が止んだので、作業を開始する。

はげ山は岩が露出していて、下手に力を掛けるとあっと言う間に崩れ始めるのが目に見えていた。

目についた、麓の方にある大きめの岩にワイヤーを結びつけて。

そしてスノーモービルで引っ張る。

ワイヤーがぴんと緊張すると。

軍用の強力なエンジンを積んだスノーモービルにも、がくんと大きな揺れが来た。かなりエンジンに負荷が掛かっているのが分かる。

しばしして、岩が引っ張り出されると同時に。

後方で、小さな土砂崩れが起きるのが分かった。

ワイヤーの長さはかなり確保しているが。

それでもバックミラーに映る土砂崩れの規模は相応に凄まじいものがある。

この山は元々はげ山にされていて、地盤もガタガタに緩んでしまっていたのだろうけれども。

それでも強烈な揺れがこっちにまで来る。

しばし、ゆれが収まるのを待ってから。

スノーモービルを降りて、状態を確認。

三回、連鎖して土砂崩れが起きた。

いずれもバケットホイールエスカベーターの方に行かないように工夫はしているし。三回起きる事も計算済みだが。

それでも、ちょっと計算とは土砂崩れの方向がずれていたので。

ひやりとさせられた。

まあ、人間性の残滓だ。

空気が乾燥しているからだろうか。

土煙がかなり派手に舞っている。

それが収まるまで、しばらくは様子見をする事にする。

まあ現時点では問題は無い。

土煙が収まってきた後。

シャベルを担いで、もう除去して大丈夫な土砂や岩を、横にどけていくことにする。こうすることで、作業を更に円滑にする。

大きいものは、勿論スノーモービルなどでどけるが。

さっきの負荷から考えても。

出来るだけ、使用は最小限にした方が良いとわたしは判断していた。

しばらくシャベルを使って、土砂を取り除き続ける。

連続で動けるのは強みだが。

時々オーバーヒートを警戒しなければならない。

この辺りは多少寒めだけれども。

それでも、雪山ほどではないのだから。

しばし、土砂を取り除き続ける。

平らに積もっている土砂も、まとめて処理していく。

少なくとも、一旦崩れた土砂については、全てそうやって横にどけて行きつつ。

新しく山の状態を確認し。

次は何処を崩せば良いのかを、計算していかなければならない。

多少、計算とずれたが。

今の土砂崩れは悪くなかったとわたしは判断。

そのせいか、多少作業の手も軽くなった。

勿論あくまで気分的な問題。

人間性の残滓だ。

オーバーヒートには備えなければならない。

しばらくしてから、一旦作業を切り上げて、拠点に戻る。

拠点で風呂に入り、体熱を冷やしながら、計算をしておく。水冷式のPCそのものである。

だいたい計算が済んだところで、風呂の水を抜く。

ぬるくなっている、と思ったからだ。

清潔はあまり気にしていない。

ただわたしの放熱は予想以上にあるらしく。

気温が低くて放っておいても冷える此処でも、なんだかんだで風呂はぬるくなっていくようである。

ぬるくなれば当然放熱の効率は下がる。

それでは、よろしくない。

臭いからして、まだ雨にはならない。

作業再開だ。

服を着直す。

服にしてもどうでもいいと思っているので。コーディネートとやらは赤い奴に任せてしまっている。

いつもそのせいで違う服を着ているのだが。

基本的に肌が露出しない服で。足下も頑丈な対酸コーティングがされている服が基本だった。

まあこれは、赤い奴にも好みがあるのかもしれない。

わたしにはどうでもいい。

現場に戻ると、目を細める。

また小規模な土砂崩れが起きていたらしい。

音がしなかったので気付かなかったが。まあ掘る手間が省けた。

さて、次だ。

わたしはワイヤーを手に、山を崩す作業に戻った。

 

1、崩しては掘り崩しては掘る

 

危ないな。

判断したわたしは、すぐに横へと逃げる。丁度、ワイヤーを岩に結びつけようとしていた所だった。

地盤が想像以上に緩んでいたらしく。

わたしが乗っただけで、崩れ始めたのである。

横に逃げたのは、上も崩れると判断したからだ。生き埋めになると、最悪次のわたしを寄越すか。或いは自力で脱出しなければならない。

大幅な時間のロスになる事は確定で。

それは避けたかった。

土砂が崩れていく。

近くで聞くと凄まじい音だ。

こんな地盤が緩んでいる状態で、無理矢理露天掘りを始めたのか。何という無計画さだと呆れるが。

いずれにしても、わたしの至近距離の岩が、滑り落ちていく光景は。

決して楽観できるものではなかった。

やがて、土砂崩れが止まる。

二次の崩落があるかも知れない。

下手をすれば三次も。

だから、可能な限り急いでその場から離れる。土砂の処理については、後で考えれば良いことである。

かなり距離を取る。

ワイヤーを結んで、スノーモービルで引っ張ろうと思っていたのに。

どうやらその必要さえなかったらしい。

ただかなり大きな岩が転がっていたので。

後で作業の邪魔にならないように、スノーモービルで引っ張ってどけておく必要はありそうだった。

しばらくして、やはり二次崩落が起きる。

こう言う土砂崩れは、危うい所で安定していたものが、崩壊する結果起きるのだ。

それは二度三度と、同じ事を繰り返す。

この山は、元々山を作っていた木などを無計画に伐採してはげ山にしたあげく。

保水力も何も無くなり。

風雨にさらされた結果、こんな状態になった。

それについては、追加知識で見つけた。

開発計画とやらが立ち上がったのも、人類の文明が崩壊する間際で。

それも極めていい加減な代物であったという。

計画が右往左往している間に、膨大な金が何故か何処かに消え。

どうにか用意できたバケットホイールエスカベーターと裏腹に、人員は殆ど集められなかった。

何処にでも人材なんかいるだろうとたかをくくっていたら。

そんなものは何処にもいなかったというオチがついたというわけだ。

そして無計画な作業の結果。

こんな事になり。

作業は中止。

右往左往している内に、核戦争が始まってしまったと言う事らしい。

わたしとしてはどうでもいいというのが本音だが。

今土砂崩れを処理することになり。

はっきりいって大変なので。

当時の連中がもしその場にいたら、ジャガーノートやおおあほうどりのエサにしてやりたい気分である。

人間性の残滓。

怒りと言う奴だ。

勿論悪態をつくほどは人間性は残っていないので。

そのまま、黙々と状況の監視に努める。

どうやら三次崩落は起きそうにないと判断。

山を降り。

土砂の処理を始めた。

シャベルを振るって、邪魔な土砂をどんどん避けて行く。

今のところ、半分埋まっているバケットホイールエスカベーターの周囲を、上手いところ崩せてきている。

良い感触である。

だけれども、わたしは強運だけがとりえの端末だ。

これもわたしの実力ではないだろう。

土砂を淡々と取り除きながら、時々手を止めて放熱。

オーバーヒートしないように、先に熱を抑えておく。

そのままじっとしているだけで、放熱はされるので有り難い。

別に服を脱ぐ必要はない。

服もわたしの体の一部も同じだからである。

風呂に入るときに服を脱ぐのは、気分という奴である。

ただそれだけだ。

しばしして、土砂が片付く。

何度か土砂崩れを意図的に、或いは偶発的に起こして。

いわゆる外堀埋めは順調だが。

まだバケットホイールエスカベーター周りの土砂については、崩したり取り除いたりはしていない。

これ以上埋まっているバケットホイールエスカベーターに負荷を掛けない為にも。

これはとにかく、慎重以上に慎重を期さなければならない作業だからである。

そのために、徹底的に周囲から掘り崩しているのだ。

わたしは土砂を片付けると。

一旦拠点に戻る。

雨の臭いを嗅いだからだ。

やがて、いきなり土砂降りが始まる。

バケットホイールエスカベーターにも、容赦なく豪雨が降り注いでいる。

風も凄い。

プレハブもギシギシ揺れていて。

強度上は問題ないなと思いつつも、水を飲むわたしはいざという時はどうするか、考えていた。

ついでに風呂にも入っておく。

いわゆる羮に懲りて膾を吹くの状況なのだろう。

わたしはオーバーヒートに対しては。

徹底的に神経質になっていた。

だが、それでいい。

事故やらが避けられるのなら。

憶病なくらいでいいのである。

人間の歴史はクズの歴史だ。

失敗の見本市である。

だが、そんな中にたまに登場する英雄は。剛胆と言われながらも、確実に憶病で慎重な部分も持っていた。

それは追加記憶から知っている。

わたしは英雄でも英傑でも何でも無い。

人間の駄目な歴史の中で、汚点では無い珍しい存在であるそれらとは違う。

だが、英雄豪傑の良い所を取り入れることは出来る。

だから、取り入れる。

それだけだ。

雨はあれほど激しかったのに。

止むときもぴたりと止んだ。

そしてこの世界らしく。あっと言う間に外は乾いていく。

乾いたのを確認しつつ、山の状態を確認。

後数回。

土砂崩れを起こしておく必要がある。

わたしは緻密に計算をしながら、そう判断していた。

 

ワイヤーを引っかけて、スノーモービルで引っ張る。

今回はかなり手応えがある。

ワイヤーが緊張し。

スノーモービルががくんと揺れ。

エンジンがフルスロットルになり。わたしは無言で、アクセルを踏み込んでいた。

ある一点を超えた瞬間。

岩がすっぽ抜けた。

同時にブレーキを踏む。

後方で、土砂崩れが始まる。

凄まじい勢いで土砂が崩れ始め。かろうじて安定していた周囲の土砂も、それに巻き込まれて崩落を開始した。

今までで一番の規模の土砂崩れだろう。

山の形が露骨に変わるほどだ。

強烈だなとわたしは思いながら。

スノーモービルをもう少し進めておく。土砂がかなり派手に崩れて、小石とかが飛んできているからである。

この作業の前に。

バケットホイールエスカベーターの周囲には、プレハブの素材である合成樹脂を二重に張って、防壁にしておいた。

銃弾などを防ぐのは厳しいが。

飛んでくる小石くらいは、バケットホイールエスカベーターにダメージを与えないように出来る。

二重にする事によって、その効率は更に上がる。

わたしの追加知識から得られた結論だ。

それは間違っていなかったことになる。

だが、スノーモービルの方には、土砂崩れと同時に小石がかなり飛んできて。わたしも時々閉口する。

元々言葉なんか発しないが。

それでも、気分という奴だ。

しばらくして、膨大な土煙と同時に、轟音が止まった。

外に出て確認。

至近にかなり小石が落ちていた。

これは、危なかったな。

わたしは周囲を見回して、さっさとシャベルで片付けを開始する。

二次三次と続くだろう崩落と土煙が収まるまで、しばらくはこうして周囲の片付けをした方が良いだろう。

その判断は正しく、音からして二次崩落が起きたらしい。

スノーモービルの影に身を潜めようとしたわたしだったが。

瞬時に、飛んできた小石が左腕を肘の先から根こそぎ奪っていた。

鮮血が噴き出すような事は無いが。

飛んで行った左腕を確認しつつ。スノーモービルの影に隠れる。

土砂崩れの際に、たまにああやって加速した小石が飛んでくる。

それが、本来の人間が相手であればひとたまりもない。

しばしして、土砂崩れが収まるまで待ち。

落ちている左腕を拾い。

傷口にくっつけていた。

再生はもう始まっている。

修復が開始され、すぐにくっつくが。そのすぐの間、待たなければならないのが面倒くさい。

あれだけ大規模な土砂崩れだ。

四次崩落、五次崩落くらいまでは起きてもおかしくはないだろう。

まずスノーモービルを更に遠ざける。

そして土砂を片付けておいて。

崩落が続く音を遠くに聞く。

流石に崩落が起きる度に規模は小さくなっていき。

結局四次まで起きた崩落は。

最後の四次崩落の時は、ごくごく小規模だった。

土煙が収まってきたので、まずはバケットホイールエスカベーターを確認。やはり合成樹脂で覆った壁に、かなり穴が開いていたが。

それでもつぶてが直撃するのは避けられただろう。

それで良しとする。

さて、周囲の土砂のお片付けだ。

淡々と作業を開始するが。

はてさて。何処までやれるか。

無言で邪魔な土砂を避けて行く。

山は形がかなり変わってしまっていて。見ていると、何だか抉り取られたような無惨な姿である。

本来はこんな姿にはならなかっただろうに。

無茶な手入れをして山を滅茶苦茶にしたあげく。

無理に掘り返そうとしたからこうなった。

所詮山は山だが。

人間の愚かしさの結末だと言って良い。

わたしはその尻ぬぐいを今させられているわけだ。元人間であることが情けなく思えてくる。

まあいい。

作業だ作業。

数日かけて、周囲の土砂をのけていく。

そして、その作業が一段落した所で。

いよいよ、バケットホイールエスカベーターを、掘り出す作業に移れそうだなと思った。勿論まだ検証はいるけれども。

次の段階に入れそうなのは、事実だろう。

良い事である。

頷くと、まずはバケットホイールエスカベーターにつけた装甲を確認。外すべきと判断した。痛みが激しいものは外す。

これは酸の雨からバケットホイールエスカベーターを守る意味もある。

とにかく作業を続けていき。

装甲を再度つけ直す。

勿論装甲は赤い奴に提供して貰うので。

フォークリフトで、現場と此処を十何往復もしなければならなかった。

装甲を取り替えているときに確認したが。

状況的に、バケットホイールエスカベーターは、それほど酷いダメージを受けている様子はない。

ただ、この状態だと。

最悪、赤い奴の所まで引っ張っていかなければならないかも知れない。

現在は半ば埋まっているだけだから、わからない損傷があって。

それがかなり致命的かも知れないからだ。

掘り出す作業を再開する。

ここからは、ほぼ手作業だ。

それも、一つずつ石を取り除くつもりでいかなければならない。

このために、土砂崩れを意図的に何度も起こして、掘り出しやすいようにしたのである。

その努力を無駄にはしたくない。

淡々とシャベルを振るって。

土砂をどける。

大きめの岩については、計算をして。バケットホイールエスカベーターの方に落ちないようにする。

時には杭を持って来て。それにワイヤーを引っかけ。

スノーモービルで引っ張ってつり上げ。

違う方向に崩落するような作業を、一日掛けてやらなければならない事もあった。

物資も調達をその度にしなければならない。

赤い奴は文句を言わない。

大変な作業になる事は分かりきっていたからだろう。

いちいち文句を言うつもりはさらさら無く。

わたしが作業をするのを、淡々と見守っている。

要求物資はそのまま渡してくれる。

ただそれだけだった。

端末として信頼されている。

そう判断して、作業を続ける。

土砂を掘り出している間は良いのだが。土砂をどけているときに、大きめの岩がどうしても出てくるのである。

これが厄介だ。

大きなものになると、当然一抱え以上もある。

その上、元々露天掘りを予定していたような山だ。

此処にある石や岩は、恐らく何かの鉱物を含んだ鉱石なのだろう。

ひょっとしてウランかと思ったが。

だとしたら、スキュラーが処理のために来ている筈。

違うなと判断。

それに、スキュラーが来ていたような場所で体感した、強烈な放射線によるダメージは感じていない。

やはりウランとは違うと判断して良いだろう。

まあ何の鉱石かは分からないが。

いずれにしても重いのは確かで。

処理は決して楽ではない。

一段落したので、風呂に入って体熱を下げる。時々水を飲んでいたのだが。それでは間に合わないと判断したからだ。

ここからが問題だ。

作業の効率が著しく落ちている。

まあ分かりきっていた事ではあるのだが。

それも仕方が無いだろう。

此処からの作業は、シールドマシンを分解していたときのような、緻密さが要求される。

しかも今度の作業対象は、シールドマシンとは比較にならないほど巨大なのである。

作業が大変な事は分かりきっていたし。

それが大変なのも、また仕方が無い事ではあった。

風呂から上がる。

まだ雨は先だ。

小雨くらいだったら、もう気にしないで作業をするようになりはじめている。体熱をむしろ下げてくれるし。服に入るダメージよりも回復速度の方が上回ってきているからである。

ただ、此処からの作業は。

小雨でも、出来るだけ避けた方が良いだろうなと判断。

以降は更に慎重な作業が必要になる。

そうわたしは考えていた。

服を着ると、外に出る。

山に這い上がって、シャベルを振るう。

土砂をどけていく内に、やはり岩が出てくる。岩の大きさはそれほどではないが、わたしがどかせる大きさでは無い。

慎重に岩を掘り出した後。

ワイヤーを結んで。杭を近くに打ち。

てこの原理で引っ張って、スノーモービルのパワーで引っ張り出してどかして転がしてしまう。

岩が転がっていく内に。

土砂を巻き込んで、小規模の土砂崩れを起こす事もあるが。

現時点では、そこまで酷い状態にはなっていない。

やはり、事前に念入りに土砂を処理しておいたのがよかったのだろう。

追加記憶によると。

土砂崩れというのは恐ろしい災害で。

ちょっとしたことで発生し。

尋常では無い被害をたびたび人間にもたらしていたはずだ。

それなのに、ちょっとした小金をけちって大事な作業を怠り。

或いは違法に土砂などを投棄し。

その結果、世界中で似たような災害事故は起きていた、という事である。

何とも情けない話だ。

この山にしても、賄賂で資金を無意味に浪費せず。

人材は幾らでもいるとかほざかないできちんと専門家を雇い。

適切な工事をして、適切に露天掘りを行っていれば。

こんな事にはならなかっただろうに。

ともかく、岩を引っ張り出した後。

また土砂をどける作業に戻る。

これは此処から更に一月以上は軽く掛かるなと判断。

ここのところ、長期間同じ場所に磔になる仕事が増えてきているが。

今回もそれは変わりないだろうとわたしはもう悟っていた。

だがそれが端末としてのわたしに対する信頼の結果だとするのであれば。

それもまたよし。

文句を言うつもりは無い。

むしろ、自分のペースで淡々と作業を出来るし。それに対して文句もいわれないので。わたしにとっては、やりやすいくらいである。

この作業に関しても、なんぼ時間を掛けてもいいと言われているのである。

だから、言われた通りなんぼでも時間を掛ける。

勿論手抜きをするつもりは無い。

徹底的に丁寧に、満足いくまでやるつもりだ。

土砂をどけている内に、ダメージを感じた。

見ると、足をざっくりやっている。

いつのまにか飛び出していた尖った石が、右足のふくらはぎ辺りを切り裂いていたらしい。

人間だったらアキレス腱をやられて動けなくなっている所だが。

わたしは一瞥だけして。

回復を待ってから、作業に戻る。

もう人間ではない。

だから強みも弱みもある。

その強みを生かして。

わたしは作業を続けていくのだ。

 

2、巨怪

 

作業開始から一月半ほど。

地道に土砂をどけている作業を続けている内に。ついにバケットホイールエスカベーターの先端部が見えてきた。

「腕」がたくさん生えているこのくるまだが。

そのうちの一つである。

幸い、傷はそれほど深くない様子で、安心する。丁寧に周囲の土砂をどけていくことにする。

まずはこの露出した無事な腕を守る必要があると判断したので。

土砂をどけた後、追加の装甲をもらいにいく。

赤い奴の所には、進捗がない限りいかないが。

赤い奴は細かい粒子のまま、大気中に留まっている。

人間を徹底的に生物として終わらせたのも、この大気中に留まっている赤い粒子である。だから、わたしが仕事をしていることくらいは分かっている筈だ。ただ、大まかにしか把握していない様子で。

わたしが出向くと、意思の疎通は毎回行うが。

フォークリフトで出向くと。

赤い奴はさっそく触手を伸ばしてくる。

此方も手を伸ばして。

相手と意思の疎通をする。

最近は特に意思の疎通が簡略化されてきていて。

すぐに終わるので楽で良い。

今回も状況を伝えた後。装甲をすぐに赤い奴は融通してくれた。フォークリフトに乗せて、現地に運ぶ。

話が早くて助かる。

人間は、どうして言語とか言う不完全なツールを最後まで使い続け。その結果、多くの無駄によって大量の浪費を続けたのかが分からない。

舌禍とかいうが。

意思の殆どを言語は伝える事が出来ない。その結果、無意味に命を落とす個体までいた。

つまりツールとしては不完全で。

いい加減だと言う事だ。

何故そんなものを使い続けたのかが。

今となっては分からない。

物資の輸送終了。

雑念を払う。

そのまま、露出部分の装甲化を開始。この分だと、現状ではそこそこ上手く行っている方だと言えるだろう。

だが、此処からどうなるか分からない。

いつもちょっと気を抜くと、途端に酷い目に会うのだから。多少はその辺り、学習しなければならないだろう。

装甲化を終える。

掘り進めれば、またやらなければならないだろうが。

その時はまた、装甲板を融通してこなければならない。

まあ、ある程度余裕があるように貰ってきてはいるので、しばらくは大丈夫だ。

この装甲に、効果があることも既に分かっている。

作業を続行。

また、丁寧に土砂を掘り返し始める。

しばらく、土砂を無心に掘る。

当面は、土砂崩れの怖れがない場所だ。

気楽に掘っていけるけれども。

シャベル自体が鋭い凶器だ。

油断すると足先を抉ってそのまま切断してしまう。

今のわたしにはそれほどダメージにはならないにしても。回復までに時間的なロスが生じるのもまた事実。

雑念を追い払っても。

まだまだ、危険は側にあると常に考えて。

油断はしないようにする。

土砂をどけていく内に、三日が過ぎる。

やはり、相応の労働だと言う事だ。

他の端末は今頃、何をしているんだろう。

何か貴重なものを掘り出したり、或いは探し出したりしているのだろうか。

赤い奴は隠さない。

追加知識で、1500からいる端末が、どこにいるかくらいは教えてくれる。確かに地球中の彼方此方に散っている。

だが、具体的な作業内容まで探っている暇が無い。

追加知識の中でも、もっともどうでもいい部分だ。

作業の合間に水を飲み。

更には風呂に入っている間、ぼんやりしていると。

そのどうでも良いことが。

たまに気になったりもするが。

仕事を始めるときには。

雑念として、一緒に追い払う事も出来るようにはなっていた。

作業を続行する。

土砂をどけきった所で、また山に登り。

埋まっているバケットホイールエスカベーターを掘り出す作業に戻る。

その途中だった。

ある岩をどけた瞬間である。

どっと、いきなり大量の水が噴き出したのである。

思わず身を引いたが、それでも服が派手に濡れ。

濡れた所から、強酸によって溶け始めていた。

山の中に走っていた水脈か。

慌てて噴き出した水から離れて距離を取るが。当然被害は服だけでは済まなかった。

体の方も溶け始める。

浴びたのが、高濃度の酸だからだろう。

無言で、水から離れて。

少し小高い所に出て、其所で座り込む。

目を閉じると、回復を開始。

溶けた体からは、内臓やら骨やらが覗くことは無い。

人間とは体内の構造が違っている。

全身が脳。

全身が筋肉だ。

多少は内臓もあるが。

それは感覚器官などであって、栄養を摂取したりするような内容は存在していない。

今水を浴びたのは足から腹に掛けて位だから。

派手に体を切り裂いても、内臓とかが出てくる事はなく。

わたしの体を構成している赤い奴が転じた肉が、みっちり詰まっているだけだ。

無言で座り込み。

回復を促進する。

これはしばらく掛かるな。

そう判断するが。

問題はそんなどうでもいいことではない。

あの強酸の水脈だ。

下手をするとだが。

今後発生する土石流よりも遙かに厄介な代物になるかも知れない。

そう考えると、うんざりする。

人間性の残滓だ。

なかなかこういう小さな人間性の残滓は。

消える事が無さそうだった。

やがて、派手に噴き出していた強酸が収まり始める。しばし時間を掛けて完全回復したわたしは、まずはどうするか。この地下水脈が、埋まっているバケットホイールエスカベーターにどういう影響を与えている可能性があるか。更には。今影響を与えていないにしても、今後の事を考えて、誘導できるようならする必要があると。

考え始めていた。

いずれにしても掘削計画は一旦中止。

あの地下水脈をどうにかしないと、下手に掘り返すとバケットホイールエスカベーターが強酸を浴びて台無しになる。

今までは強酸の雨を浴びても耐えてきたようだが。

あの地下水脈の酸は、次元が違う圧縮がされている。

バケットホイールエスカベーターが耐えられるか分からない。

計画の練り直しだ。

まずは、地下水脈の元を断たないといけないだろう。

見ると、シャベルもかなりやられてしまっている。

これも代わりを貰ってこなければいけない。

ざっと見るが。

残念ながら、重機を持ち込む事は無理そうだし。

そもそも持ち込める重機があるのなら、赤い奴が貸し出してくれている。

シャベルを更に持ち込まなければならないだろう。

それを考えると。更にうんざりさせられてしまう。

まずは、一旦精神を落ち着かせよう。

そう考えると、わたしは一度距離を取る。

そして拠点に戻り、水風呂に入ることにした。

人間だった頃に、あの強酸の水流を浴びていたら、それこそ一生ものの傷で済めば超強運。九割九分死んでいただろう。

前にヘリを掘り出したときに。

溜まって濃度が上がった強酸の奔流を浴びて、体を半分ほど持って行かれた事があったけれど。

あれに近い状態だ。

それに、思考をかなりフル回転させていたからか。

やはり体熱がかなり上がっている。

冷やさないとまずい。

風呂は正解だったと言える。

最悪な事に、雨の臭いがする。

今後は、埋まっているバケットホイールエスカベーターを掘り出すよりも先に。

まずは、あの水脈を断つか、方向を変えなければならないだろう。

わたしにとっては、結局手作業ということになる。

土砂崩れはもう当面は起きないと思うが。

あの地下水脈が、バケットホイールエスカベーターに悪影響を与えていない事を、現時点では祈るしかない。

わたしは強運の持ち主だ。

それしか取り柄がない。

だから、多分大丈夫だろう。

わたしはそんな風に考えて。

少し思考を止めた。

雨はそれほど激しくはならず、止む。

体熱を確認。

問題ない水準まで下がっている。

此処に戻るまで。更に雨に降られている間に。地形を再確認して、どう掘るかは練り直し済みだ。

再度練った計画によって、作業を行う事にする。

山の中腹に上がると、其所から土砂を崩し始める。

地下水脈が、下から上に上がるとは考えにくい。

つまり、上から崩していけば。いずれ行き当たるだろう。

そして、それは。

もう一度モロに強酸の濁流を喰らうだろう事も意味しているが。

それについては、もう仕方が無いものとして諦めるしかない。

無言で掘り出し始める。

赤い奴から新たに予備含め貰ってきたシャベルを振るって、土砂を掻きだしはじめる。やはりたまに岩が埋まっているから、てこの原理でどけていく。

この作業も、少しずつ大変になっているが。

いずれにしても、今の時点でこういう分かりやすい作業での怪我はしていない。

やはりわたしにとって大敵なのは。

予想外の方向からの一撃だ。

あの地下水脈もそうだろう。

回避しようがないのを貰うと。

それからどうしていいか分からなくなって、モロに喰らってしまう。

まあ、オツムの出来が根本的に良くないから、仕方が無い。

そんな事を考えながら。

数日かけて、地下水脈の元を探るべく、大胆に掘り進めていった。

まだ当たらないな。そう思ったが。まずは横から掘るのではなく、上から掘ることによって、どの辺りにあるのか見当をつける。

見当をつけた跡は溝を作っていき。

そっちに地下水脈の水が流れるように誘導してやる。

バケットホイールエスカベーターの大まかな構造は分かっているので。

最悪の状態で腕の一本が伸びているとしても。

恐らく、地下水脈の影響をモロに喰らっている位置にはない。

だが今後、無計画に掘っていたらどうなるかは分からない。

多少崩落の危険性があるとしても。

掘り進める計画を変えなければならないのは癪だが。

こういう突発事項に対応出来てこそ、だ。

ミスをしない存在などいない。

地球だって、人間にやりたい放題をずっとさせるというミスを犯した。

地球でさえだ。

わたしみたいな凡骨が、ミスをせずにやっていくなんて事は不可能である。だから、念入りかつ慎重にやっていくしかない。

掘り返していくうちに。

ついに見つける。

土砂が露骨な水を含み始め。

シャベルで掘り返していくと。掘った分だけ、水が溜まるようになった。

さっきと違って、水の勢いは凄まじくないが。

追加知識を調べて理解する。さっきは、堀り方がまずかったのである。

地下水脈の出口をいきなりこじ開けるようにして掘ってしまったから、一気に噴出したのだ。

本来は、そこまでやばい代物では無かった、と言う事だろう。

黙々と掘っていく。

そのまま掘り進めていくと。

池になっていった。

後は、この池から横に支流を作る必要がある。

そしてこの辺りは、防波堤として残し。

バケットホイールエスカベーターに、この強酸の池からモロに水が行かないようにするのだ。

今回は、シャベルも耐酸性を更に強化したものを貰ってきている。

だから、多少は耐えられ得るはずだが。

それでも限度があるだろう。

作業は、的確かつ手早く進めていかなければならない。

そのまま作業を実施する。

いきなり水路を横に広げていくのではない。

まずは先に水路を掘っておいて。

其所を最後に開通させる。

それでいい。

わたしにとっては作業は苦にはならない。ただ。池に水が溜まる速度がかなり早いのが気になる。

勢いよく噴き出すほどではないにしても、水量はそれなりにあるのかも知れない。

一旦動きを止めたのは。

オーバーヒート気味だと判断したから。

無言で停止して、しばらく放熱する。

作業を急ぐ余り。

またオーバーヒートする寸前まで、体熱が上がっていた。

しかし、風呂に入りに行く暇は無い。

風や大気によって体を冷やして。

それで我慢するしかなかった。

服も体の一部だから、別に裸になる必要もない。

そのまま体熱を放出し。

その間に作業の結果を見直して。

じっと、その次にどう動けば良いかの計画を策定していく。

やがて、計画が決まった頃には。

放熱も充分終わっていた。

雨の臭いがする。

あまり強くは降らないだろうが。

今は降られることがまずい。

作業を続行。

水路を掘っていく。

そのまま、崖になっている場所まで水路を誘導。

この時点で、しみ出した水が、水路をちろちろと流れている。このため、シャベルは痛みが大きいし。時々飛んでくるしぶきが、服や肌を容赦なく痛めつけてもいた。

だが、回復するのだから。

気にする必要もない。

水路をもう少し深くしておく。

池から漏れた水がこっちにまで流れてきている様子からして、地下水脈はかなり元気である可能性が高い。

それに、だ。

追加知識を見る限り、川というのは見かけよりずっと深くまで拡がっているものであるらしい。

それならば、地下水脈も恐らくは同じだろう。

油断せず、丁寧に掘り進んでおいた方が良いはずだ。

水路を丁寧に仕上げている内に、小雨が降り出す。

目を細めたのは、酸性度が強いと思ったからだ。

わたしが端末として作業を始めた頃に比べて、明らかに酸の濃度が上がってきている。これは終末が近い事を意味しているのかも知れない。

服にも肌にもダメージが入るが。

気にせずシャベルを振るって、必要な所まで掘り進めた。

やがて、適当な所で池にまで戻り。

水路との間にあった土砂を、一気に取り除く。

派手にしぶきを上げながら。

溜まっていた水が、一気に流れ出していく。

凄まじい勢いで土砂を席巻しつつ、小さな川になって山に作った水路と、その先にある崖へと流れ込み。

滝を作った。

ある意味圧巻だが。

問題はあの水が強酸だと言う事だ。

それも雨とは比較にならないほどの。

とりあえず、これで一旦様子を見よう。

わたしは、酸でズタズタにやられている体を引きずりながら。

雨の中、拠点に戻る。

回復に時間が掛かるだろう。

服も殆ど駄目になっていて、ほぼ全裸だが。

その全裸も、酷く酸で痛めつけられていたから。

昔の文明を作っていた頃の人間が見たら、逃げ出したことだろう。

まあどうでもいい。

見かけが九割だった欠陥生物の思考なんて、それこそわたしにはもう関係無い。

回復を進めるが。

予想以上にダメージが大きい。

回復まで時間が掛かる。

それにしても、派手な滝だ。

見ていると、流れ出している水は、本当に派手に滝を作り。勢いよく山の下に出ている。

その後どうなるかちょっと不安だったのだけれど。

傾斜の関係から、バケットホイールエスカベーターとは逆の方向に流れている。

これも一応計算はしていたのだが。

どうやら上手く行ったようで、胸をなで下ろす思いだ。

人間性の残滓である。

しばらく回復を続けて、ようやく服が回復する。

ちょっと雨が長引いているので、それが追い風になった。

ただ、雨があんなに強い酸になっているのは正直いただけない。

これまでは実感してこなかったが。

あるいは地球が。

いま生きている人間はもう不要と判断して、全力で殺しに掛かりはじめたのか。

それとも地球を全て飲み込んで、環境も物質の分布もリセットするつもりであるのか。

それは分からない。

赤い奴に聞けば教えてくれるだろうが。

それはまた別の話である。

雨が止んだ頃には、体熱の平常化も。体の回復も終わっていた。

まあ、まずまずだろう。

それにしても、これほどのダメージを受けるとは。

次の探索の際は、体の耐酸性をもっと上げて貰う方が良いかも知れない。

いずれにしても、残りの探索はもう殆ど残っていないはずだが。

それでも。

対策については、考えておかなければならなかった。

 

滝が出来ていて。

虹が架かっている。

恐ろしい強酸の滝だが。

それでも虹は架かるのだと思うと、ちょっと見ていて面白い。

見かけなんてどうでもいい。

同じような現象は起こる。

そういうものだ。

水脈を確認。

池の水位はすっかり下がり、もう水路へと綺麗に水が流れ続けている。

一応念のためだ。

更に水路を掘り進め。

強酸まみれの土砂を捨てていく。

池の方も同じく。

かなり深く掘った辺りで悟る。

此処が、水源の深度だと。

高さにして、昔の単位にして六メートルほど。幅七メートルほどの水脈が通っていたのである。

途中岩だの何だので阻害され。

複雑な経路を通っていたのだろう。

その結果、強酸がとにかく凶悪化したというわけだ。

わたしとしては、別にそれはかまわないのだけれども。

問題はその先である。

こんな地下水脈が、もう一つ下にあったらたまったものではない。

流石にそれを処理する方法は思い当たらない。

かなり深く掘った池から這い出ると。

当然作業の過程で散々浴びた酸で受けたダメージを回復するため、時間をおきながら。杭を持って来て、地面に打っておく。

ここから先、崩すべからずの目印だ。

そして、ようやくバケットホイールエスカベーターを掘り出す作業に戻る。

途中で邪魔が入ることは分かりきっていた。

いつもそうだからだ。

だけれども、わたしは悪運が強いから、それに対応出来る。

それも分かっている。

ともかく、ものは見つけた。

それに、今回の邪魔は。少なくともその一つはこれで排除できた。

作業に戻れる。

土砂の取り除き作業を開始する。

淡々と掘っている内に。

埋まっていたバケットホイールエスカベーターの腕の一つが、ほぼ完全に露出した。

先端に巨大な丸鋸がついている、凶悪な代物だ。

すごいなと、わたしは無言で全容を見つめる。

幸いにも、それほどダメージが入っている様子は無い。

淡々と装甲で覆う。

土砂をかなり無理な形で掘り進めているから、土砂崩れが心配なのである。

あの地下水脈は断ったが。

その残滓が何処かで牙を剥くかも知れないし。

まだこの下に、腕が一本埋まっているかも知れないのだから。

そのまま、作業を続行。

バケットホイールエスカベーター周辺を、掘り崩していく。

そして、掘った土砂を、彼方此方に捨てに行く。

傾斜の観点から、水脈の水はバケットホイールエスカベーターとは別方向に流れていくが。

土砂の一部を使って、堰も作っておく。

そうすることで、最悪の事態が発生しても、ある程度被害を抑える事が出来るだろう。

また、本体部分に掛かっている土砂ものけていく。

そうすることで、まだ腕があるのか。

今ある土砂をのければ作業が終わるのか。

それも判断する事が可能になる。

やる事はある。

たくさんある。

それらを戦略的に判断して行動して行けば。

結果的に、最終的な作業は楽になる。

常に数手先まで考えろ。

自分に言い聞かせながら、わたしは黙々と作業を実施していき。時々オーバーヒートを避ける為に動きも止める。

雨は頻度が減っている。

その代わり、雨の酸がとても強くなっているのは確定の様子だ。

浄水器から出てくる水が、更に酸っぱくなっている。

酸を中和し切れていないのである。

だけれども、文句も言っていられない。

そのまま作業を実施。

土砂を取り除いていく。

何度も土砂崩れを起こし。

滝まで作ったはげ山は。

最初見た時とは、別物というレベルにまで姿を変えていたが。

まあそれはもう、どうでもいい。

わたしは淡々と作業を推し進めていく。

どうやらだが。

まだ一本腕があるらしい。

どういう仕事をする腕なのかはよく分からないが。

バケットホイールエスカベーターは、複数の腕を持っている、世界最大の自力装甲車両である。

ならば、腕がもう一本あってもおかしくは無いだろう。

一旦赤い奴の所に戻り、進捗を伝える。

そのまま作業を続行せよと、触手越しに意思を伝えられる。

了解。

そのまま手を触手から離し、現場に戻る。

今回も。

上手く行く。

わたしは人間性の残滓である鼓舞を使って。

そう、自分を励ましていた。

 

3、姿を現す巨神

 

バケットホイールエスカベーターの最後の腕は、かなり深くまで埋まっている。

一番懸念していた、水脈の影響をモロに受けていないか、だが。

結論から言うと、根元の辺りは大丈夫だ。

だが先端部はどうかは分からない。

ただこの世界で、雨ざらしになっても大丈夫だったバケットホイールエスカベーターである。

大丈夫だろうと信じる。

一旦手を止めると。

土砂崩れを防ぐために、また山に登り、高所から土砂を取り除いていく。

何度上り下りしただろうか。

傾斜がきつくなりすぎないように調整しながら掘っていかなければならないが。

問題はそのうち、水脈を堰き止めていく池と折り合いをつけるのが難しくなる、という事である。

それに、更に下に水脈がある可能性は否定出来ない。

その時の事を考えて。

今のうちに手だって打っておく必要があるだろう。

土砂をひたすら避けて行く。

そのまま土砂を放置するのではなく。邪魔なものは片付けていく。

あるものは堤防を強化し。

あるものは、一箇所に集めて、土砂崩れが起きたときに備えるようにする。

こうすることで、多少安全性を上げられる。

多少だが。

ないよりはずっとましだ。

この辺りだな。

わたしは、足を止めていた。

杭をまた打ち込む。

この下辺りに。

最後のバケットホイールエスカベーターの腕が埋まっている。

つまるところ、此処から先は出来るだけ垂直に掘り返し。

最終的に全部を露出させなければならない。

無言のまま掘り返し続ける。

杭から見て、かなり下まで掘っていく。

人間のスペックだったら無理だっただろうが。

今のわたしは、多少は無理が利く。

ただオーバーヒートだけはどうにもならないから。

それは気を付けなければならないが。

雨の臭いだ。

雨の間隔は空いているが。

酸が強くなってきている分、始末に負えなくなってきている。

赤い奴は、試験的に海を作って、魚を泳がせているらしいが。

その辺りは、酸の雲を遠ざけているのだろうか。

だとしたら、わたしや他の端末が働いている辺りからも、酸を遠ざけてほしいものである。

多分そこまで手が回らないのだろうから。

あくまで思うだけにしておくが。

掘り返しながら、次に。

一応、埋まっていると推定されている深度まで掘ったので、今度は横に掘り進めていく。

少し先端部は曲がって埋まっているかも知れない。

雨が降る前に、作業はしておきたい。

何よりも、だ。

このままだと、無理に掘った箇所が崩れてくる可能性もある。

念入りに、崩れないように計算して掘っているけれど。

最悪水脈が通っていたりした場合。

その計算も無に帰す可能性がある。

それは、さっき身を以て味わった。

この状態で水脈にでも当たったら。

それこそバケットホイールエスカベーターの腕の一本は、諦めなければならなくなるだろう。

それに、である。

焦って掘り進めたら、それだけ土砂崩れを誘発しやすくなる。

それも出来れば避けたい所だ。

掘り進めていく。

やがて、ついに先端部分を見つける。

何だか用途は分からないが、多分大型のシャベルだろう。一旦、周囲を掘り進めて、全部を露出させ。

装甲板を持って来て、防御出来るようにしておく。

これで、一段落だ。

後は、腕の途中の部分の土砂を、全てどけてしまえばおしまい。

バケットホイールエスカベーターは。

眠れる巨神は。

ついに埋もれていた全ての体を、地面の下から現すことになる。

水脈が無くて良かった。

そう判断しながら、わたしはかなりきつめの傾斜を上がる。

雨が降り出したので、拠点に急ぐ。

ちょっと急がないと、オーバーヒートで動けなくなるかも知れない。それだけ無理に動いたからである。

だが、無理をしなければいけない局面だった。

だから仕方ないと。

わたしは自分に言い聞かせていた。

拠点に戻る。

水風呂に入る。

当然、飲み水が酸っぱくなっているのだ。水風呂の酸性度も上がっている。だけれど、体にダメージを与える程では無いし。何よりも、体が冷やせればいいのだ。

雨が降り出す。

最初はぽつぽつだったが。

やがてかなり激しく降り始めた。

臭いからして、恐らく数日は降ると見て良い。

ちょっと心配だが。水脈は途中で断った。

問題は途中の無理に掘った部分だが。

アレが崩れても、計算をした感触だと水脈の池までは崩落しない。それならばそれでいい。

また掘り出せば良いだけのことだ。

一番まずいのは、高濃度の酸が直接バケットホイールエスカベーターの腕にかかる事であって。

それを避けられるのであれば。

まあ多少の作業の手間なんて、別に惜しくもないと言うのが事実だ。

体は冷えた。

そう判断したので、風呂から出る。

服を着込んだ後、じっと見つめる。

今のところ、土砂崩れの傾向は無い。

多分このままいけば大丈夫だろう。

わたしはじっと立ち尽くして、激しく降り注ぎ、大地を侵す酸の雨を見やる。

もう、何もかもを殺し尽くし。

最終的には何もいない世界にする。

そう赤い奴が言っているような光景だ。

もし世界中で、こんな濃度の酸の雨が降っているとすると。

既に人間の過半は生きていないだろう。

今まで生かしておいてやったが。

もう必要ない。

死ね。

赤い奴は、そう言っているのかも知れない。

だとすれば、本当に近いのだろう。

終末の時が。

人間はもう、何をやっても赤い奴には抵抗できない。

なぶり殺しにされるだけだ。

人間が好んだSFとかの話では、此処から一転攻勢、奇蹟の逆転劇を収めるのだろうけれども。

そんな都合の良い話は今後起きない。

わたしは横になると、追加記憶の整理を行う。

どうせこれでは、当面仕事は進められない。

それならば、自分に有益な知識を増やしておいた方がいい。

時々水も飲む。

いつでも体を冷やせるように、である。

そうしておく事で、わたしはより効率よく動く事が出来る。

今は、休むべき時だ。

休めるときには休んでおく。

それでいい。

やがて、雨が止む。

乾くのを待ってから、外に出る。

一応注意はしていたから、確認はしていたが。

土砂崩れの音はしていなかった。

現地を見に行く。

大丈夫。

バケットホイールエスカベーターの先端部と、それを守っていた装甲は無事だ。

掘り進めてはおいたが、水が抜けるように横穴もしっかり作っておいたのである。此処が新たな酸の池になるようなミスもしていない。

充分である。

此処からはペースを上げる。

最後のバケットホイールエスカベーターの腕を完全に掘り出す。

土砂を、今まで以上に豪快に掘り返していく。

時間を掛ければ掛ける程、バケットホイールエスカベーターへのダメージが大きくなっていくだろう。

いっそ土砂を無視して、大型の赤い奴の端末。

例えばジャガーノートとかドラゴンイーターとかを使って、これを運んでしまう事も考えたが。

それだと、腕にどんなダメージが行くか分からない。

だから、良いのだこれで。

黙々と掘り返していく。

どの方向にバケットホイールエスカベーターを持っていくかも考え。土砂の処理もついでにしていく。

雨が何度か降るが。

もう掘り返す方が早いし。

土砂崩れが起きる前に、掘り返しきってしまえばそれで終わりだ。

わたしの作業はまだまだ続けられる。

オーバーヒートしていないことを確認しながら、わたしは水を飲み。

そして作業に戻る。

土砂の山がどんどん低くなっていく。

人間の形をしているが。

わたしはもう人間よりスペックで上回っているんだな。

そう感じるが。

だが、別に其所まで大して上な訳でも無い。

途中、小雨に降られ、二回撤退。

だが、その二回とも。

土砂崩れの類は起きなかった。

もう少しだ。

自身に言い聞かせながら、ひたすらに掘り返す。

少しずつ、バケットホイールエスカベーターの腕が見えてくる。

そして、現実も。

 

破損していた。

恐らくだが、酸が原因では無い。

いや、原因の一つではあるのだろうが。それだけではない。土砂崩れに、一番手酷く巻き込まれたのが、この腕だったのだ。

一部が拉げ、鉄骨が割れている。

これは、そのまま動かしてしまうと駄目だろう。

わたしも、今ではそれくらいは追加知識から判断出来るようになっていた。

つまり、無理に引っ張り出さなくて正解だったのである。

時間は掛かったが。

掘り出したのは正しかったのだ。

ただ問題がある。

このバケットホイールエスカベーター。どうやって赤い奴の所に運んでいくか、という事である。

そもそもこのいつ崩落するか分からない山からは、一刻も早く遠ざけたい。

更に言えば、この腕も早めに動かさなければならないけれども。

割れてしまっている鉄骨を考えると。

土砂を完全にどかせないとまずい。

今度は腕が折れる可能性がある。

それは仕方が無いとしても。

全部を持ち帰るのには。

折れた腕も、きちんと持って帰る必要がある。

要するに運ばなければならない、と言う事だ。

ともかく、被さっている土砂は全てどかしてしまう。

そこからだ。

次にはどうするべきか、考えなければならない。

まず第一に、支えが必要になってくる。

腕の高さを考えると、相応の土台が必要だ。

土砂も彼方此方は残しておいて。

その土台を代わりに差し込む必要があるだろう。

割れた鉄骨の修復や。

腕を分解して持っていくのは論外である。

この巨大なバケットホイールエスカベーター。

全部が見えて分かったが、恐らく全長は三百メートルを超えている。

恐らくだが、人類の文明が存在している間に作られた自走式の車としては、最大のものだろう。

そんなものの腕。

分解していたら、多分また山が崩れてくる。

ただでさえ、不安定なのだから。

考え抜いた末に、赤い奴の所に幾つかの物資を取りに行く。

バケットホイールエスカベーターは、そもそももうエンジンを入れられないと判断して良いだろう。

ただ、知識を得ているので。

ブレーキは解除することが出来る。

つまり運んでいく事は出来る、と言う事だ。

要するに、これを運べるだけのパワーがあるものを使って。

ゆっくりと赤い奴の所に運んでいけば良い。

しかも別にそれは。

何も一つである必要はない。

赤い奴の所に戻る。

そして、手を出すと。

相手も触手を出してきた。

珍しく長考している。

そして、意思を伝えてくる。

よくぞあの巨大な物資を動かせるようにした。

だが、要求物資が多い。

他に案は。

ない。

わかった、やむを得ない。

用意しよう。

了解。

意思の疎通が終わる。

手から触手を離すと。

赤い奴が取りだしてきたのは、以前使ったスノーモービルである。

これを合計八台使い。

あのバケットホイールエスカベーターを。

此処に運んでくる事とする。

つまり、最初に出して貰った一台に加えて、追加で七台を出して貰う。

また、ワイヤーも用意する。

これは、幾つかのスノーモービルとはかなり強力に結びつけ。

或いは、固定してしまうために使うものだ。

ワイヤーには随分酷い目にあわされているが。

それでもこれを使うのが一番合理的である。

わざわざ仕事中の宝蜘蛛を呼ぶわけにもいかないのだから。

順次、スノーモービルを運んでいく。

軍用の強力なフレームを持ったこれを四台。

折れかけている腕の下に差し込んで、ワイヤーを用いて固定してしまう。

そして、土砂を取り除く。

作業に数日かかるが。

それはもう、仕方が無いものとして諦める。

また、連動して全てを同時に動かすわけにはいかない。

本体を引っ張るためのスノーモービルもそうだが。

基本的にブレーキは掛けず。

少しずつスノーモービルを動かして行き。

バケットホイールエスカベーターを、運んでいく事になる。

想像以上に大変な作業だが。

やるしかない。

土砂をどけ。

スノーモービルを設置して。

作業を開始。

最大規模の輸送作戦を、これより開始する事とする。

出来れば腕を支えているスノーモービルは、全て横でつなげてしまいたかったのだけれども。

そうもいかないだろう。

順番に、一台ずつ少しずつ動かして行く。

スノーモービルと、折れかけた腕の間には緩衝材も仕込んであるが。

それでもやはりスノーモービルのフレームは相当限界近い様子だ。

軍用の強力なフレームでもそれは当然だろう。

あらゆる意味で時間がないが。

文字通り亀の歩みで行くしか無い。

八台のスノーモービルを、順番に動かして。

少しずつ這うようにして、バケットホイールエスカベーターを輸送して行く。

その作業は極めて大変で。

車中で基本的に無駄な思考は出来なかった。

計算を常にしていないといけないから。

簡単にオーバーヒートを起こすからである。

移動を開始。

少しずつ、確実に移動していく。

途中、段差が見えるとひやりとするが。

当然降りて慣らしてしまう。

どうせ歩みは亀のものだ。

亀の実物は見た事がないが。

ともかく、追加記憶にある亀の歩みそのもので行くのだ。

行くための路にある段差は、全て此方でどうにかする。

腕の痛みは、予想以上に酷い。

鉄骨が割れている箇所だけで十一箇所。

無理に力を入れれば折れる。

幸いこれも、可動域をユルユルにしてあるので、ちょっとやそっとのことでは折れないとは思うけれども。

スノーモービルの背中から腕がずれると、多分負荷が一気に入る事になるだろう。

それを考えると。

一度一度の運転が。

全く全て、安心できないのである。

中々にスリリングという奴だ。

とはいっても、あくまで比喩。

今のわたしは、あまりスリルそのものは感じない。

人間性の残滓は、実の所今の作業では、殆ど顔を見せない。

これはよく分からないけれど。

別に人間の愚かさが噛んでいる事例ではないから、なのかも知れない。

このバケットホイールエスカベーターが埋まってしまった件は、間違いなく人間の愚かな行動の結果なのだが。

バケットホイールエスカベーターを輸送する件自体には、人間の愚かさは関係していない。

だから別に腹も立たない。

それだけの理由なのだろう。

ゆっくりゆっくり。

確実に進んでいく。

やがて、山から充分に離れたと判断したところで。

山に打ち込んだ杭などの物資を回収しておく。

これらの作業は、早めにやった方が良い。

理由としては、当たり前の事だが。

あの山、いつ崩落してもおかしくないからである。

滝を最後にもう一回見る。

虹が架かっていて綺麗だが。

あの滝は強酸の滝だ。

ひょっとするとだが。はげ山にされた挙げ句に、丸ごと掘り返されそうになったこの山が。

怒りの余り、人間に報復した結果があの土砂崩れだったのかも知れない。

勿論そんな事はあり得ないが。

つい、そんな風に思ってしまった。

こっちは人間性の残滓だな。

そう思って、物資をせっせと回収し。

拠点に戻ると、風呂に入って、体熱を下げておいた。

良い感触である。

ただ、気を付けないとすぐにオーバーヒートを起こすだろう。今後も、油断は微塵も出来ない。

さて、移動作業再開だ。

黙々と、スノーモービルを順番に動かして行く。

たまに、ぐんと負担が掛かる場面がある。

折れかけている腕は、だらんとぶら下がっている状態なので。

それを支えているスノーモービルは、四台全てがそれぞれ大きな負荷を受けているのである。

だから、時々バランスが崩れると。

一気に負荷が掛かって、潰れそうにさえなる。

フレームがもつか不安になるが。

赤い奴は、わたしの計画を読み取った上で、このスノーモービルを渡してきている。

もつと、信じる。

そのまま作業を続行し。

八台のスノーモービルを順番に動かしながら。

巨大な巨大な車を、ちょっとずつ移動させていった。

巨大でも、デリケートな車だ。

元々自走できるとは言え、その速度は本当に遅かったという話である。動かすのにも、多くの人数を必要とする場合があったらしい。

今も、折れかけの腕以外は、ブロックを掛けている状態だから。威圧感が尋常ではない。

かなり遠くからでも見える事だろう。

この巨体を運び抜く。

それがどれだけ大変な作業かも分かっている。

だが雑念は不要だ。

今までの作業の集大成だと思って。

やっていくしかない。

スノーモービルを降りる。

かなり大きな段差が見えてきた。その先には、赤い奴が満ちている海が見えている。要するに、此処が最後の壁になるだろう。

少し悩んだ末に、段差を崩してしまう事にする。

シャベルを使って、段差を掘り崩す。

雨がもう少しで降り出す。

その時には休憩だ。

幸い、もう山崩れが起きても問題は無い処までバケットホイールエスカベーターを運んできている。

此処ならば、慌てる必要はない。

むしろ変に慌てて。

腕を傷つけてしまう方が、余程大惨事になるだろう。

それは避けなければならない。

雨が降るまでは、地面を掘り返して、可能な限り段差を無くす。そして、緩やかな坂にする。

これを数日かけて行う。

今までの赤い奴の所へ移動している時には、殆ど気にならなかったのだけれども。

今になってみると。

この段差は、色々と致命的だ。

非常に神経質になっているから、気付けたのだろうか。

どっちにしても、先に処理しておくべきだったと思う。まあ、今更仕方が無い話ではあるのだが。

数日かけ、段差を緩やかな坂に変える。

その後、またスノーモービルを。その上に乗っているバケットホイールエスカベーターを移動させていく。

じっくり、じっくり。

ともかく、焦ってはならない。

この作業が、もう少しで終われば。

後は、拠点の回収だけなのだから。

坂を、越える。

八台のスノーモービルの、最後の一台に特に大きな負担が掛かり。

移動しているときに、天井がミシミシずっと言っていたが。

軍用の強烈なフレームだ。

何とか耐える事は出来た。

文字通り冷や冷やものだが。

それでも出来た事は出来たのだ。後は、平地をじっくり、確実に行くだけである。

水を飲む。

そして腕を触ってみて、オーバーヒートを起こしかけていることに気付く。

一度、拠点に戻って水風呂に入るか。

そう思って、わたしはスノーモービルを降りていた。

ちょっと歩いて。

坂の上から、バケットホイールエスカベーターの状態を見る。

不安定な姿勢などにはなっていない。

これならば、いける。

後は、無理をさせないことだ。

強風とかが突然吹いても、倒れないだけの安定性はある。

だから、大丈夫。

一度拠点に戻って、風呂に入り。

オーバーヒート気味だった体を冷やす。

緻密な計算をしながら運転をしていたから、どうしても水を飲むだけではどうにもならなかった。

それは分かってはいるのだけれども。

そろそろ、何とか改善できないのだろうかと思う。

人間を止めて、有利になった点も多いが。

不利になった点も多い。

他の端末はどうなんだろう。

酷暑な地域でも働きやすい端末もいるのだろうか。

それとも、既に酷暑な場所など存在しないのだろうか。

可能性は、否定出来なかった。

作業に戻る。

赤い奴がかなり近づいて来たが、まだまだ油断は出来ない。

充分に、赤い奴の海岸に、バケットホイールエスカベーターを。数日かけて近づけていく。

やがて、接舷した時には。

思わず冷や汗が流れる気分だった。

人間性の残滓が、輸送中初めて出た。

それだけずっと、緻密な計算をし通しだったのだ。

わたしはスノーモービルから降りると。

手を伸ばして、意思疎通をする。

赤い奴は、それと同時に。

超巨大な触手を何十本も伸ばして。バケットホイールエスカベーターを包み始めた。

意思疎通を済ませる。

引き渡し完了。

確認した。これより回収する。

了解。

意思疎通を終えると、即座にその場を離れる。

山より巨大なスライム状の赤い奴が。

まるごとバケットホイールエスカベーターと。それを引き、折れかけた部分の土台にもなっていたスノーモービルを。

まるごと取り込み始めたからである。

その場にいたら巻き込まれていただろう。

まあ別に巻き込まれてもいいのだが。

まだ、拠点からの物資回収が残っている。

それを、さっさと済ませてしまわなければならなかった。

 

4、巨神は去って

 

拠点のプレハブの解体を進め。

物資をフォークリフトで全て運び終える。

その途中のことだった。

バケットホイールエスカベーターが半ば埋まっていた山が、派手に崩落したのは。

凄まじい勢いで土砂が崩れ。

わたしが作ったため池や滝も。

全てまとめて飲み込んでしまった。

水脈も地下になってしまったのだろう。もう水が噴き出してくる様子も無かった。

ぼんやりと、全ての努力が無駄になった様子を見つめる。

先に杭を回収しておいたのは正解だったな。

そう思ったが。

口に出すことは無い。

というよりも今後わたしは、言語を口から発する事は無いだろう。

あれほど無駄で、多くの軋轢を生んできたものはない。

そう理解しているからだ。

何よりも、人間に対する嫌悪感が極めて強くなっている。

使わなくても良いのなら。

わざわざ言語なんか使わない。

そういう事だ。

最後の物資をフォークリフトで運び終えると。

残ったバイクで、ぽくぽくと行く。

巨神バケットホイールエスカベーターがいなくなって、孤独になったこの場所を見ておこうと思ったのだ。

散々崩れた山は、安定とは程遠い。

そのうちまた崩れるだろう。

だが、その前に赤い奴がまとめて飲み込んでしまうかも知れない。

それはそれ、だ。

別にもうわたしが知った事では無い。

今回は、バケットホイールエスカベーターに集中していたから、周囲を殆ど見て回れなかった。

バイクでぽくぽく行くのは、気分転換になって良い。

周囲を見て回って、その時。

ようやく気付かされていた。

山の逆側が。

大きく派手に抉られている。

これは、こっち側を先に掘ったのだ。

バケットホイールエスカベーターで。

そうか、それで事故が起きなかったから。気が大きくなって、雑に作業をやったのか。全てに合点がいった。

まあ、もう人間には徹底的に呆れるだけ呆れた。

今更どうでもいい。

わたしはうっかりやでドジばっかり踏むおっちょこちょいだが。

人間はわたしより頭が良いと自負しているだろうに。

一体この有様は何だ。

本当に、何処のクズが万物の霊長とか抜かし出した。

情けなくて、どうしようもないとしかいいようがない。

両側から掘り崩した結果、安定性が完全に失われた山が崩落した。

それが今回の、バケットホイールエスカベーターが埋もれていた真相であり。

ちょっとでも考えれば分かる事をやらなかった。

それに対する、自業自得の結末だったのだ。

その場を離れる事にする。

元人間である事が情けない。

こんな生物と一緒であることに、何の意味があるのだろうと思う。

宇宙に此奴らが出なかったのは良かったのだろう。

ごく少数は宇宙に出たようだが。

それでも結局、地球の近くを漂う以上の事は出来なかった。

それが現実だ。

そして、それが分相応だったのだ。

バイクで赤い奴の所に戻る。

そして、そのまま。

赤い奴の中に入った。

すぐに全てが分解され、意識だけの存在になるが。

それで伝えられる。

半年後。

全てを飲み込む、と。

そうか。

半年後か。

わたしが人間を止めてから、実はもう何年も経っている。わたしの世代が最後の世代だと言う事は分かっているし。その寿命も近いうちに来る事は分かってはいた。

人間の生物的な寿命は本来40程度だが。

この環境では、最後の世代が死に絶えるまでそう時間もないだろうし。

最近の仕事では、もう動く者がない人間の街を幾つも見ていた。

そういう街では、電車も動くのをやめ。

バスを引くジャガーノートの姿も見かけなかった。

世界中が今こうなっていて。

生き残りがわずかに、何処かにいるだけなのだろう。

それももうすぐ死ぬ。

そういう事だ。

何とも思わない。

当然の結果だからだ。

滅ぶべくして滅ぶ。

それだけである。

人間は文明の最盛期に、娯楽のためだけに本来あり得ない場所にあり得ない生物を無理矢理に持ち込んだりして生態系を破壊し。弱い者は淘汰されるのが自然の摂理だとかほざいていたそうである。

だったら、その自然の究極たる地球に滅ぼされるのも摂理だろう。

自業自得である。

わたしも何もそれに対しては思わない。

ぼんやりと漂いながら、それでも確信する。

恐らく次が。

わたしにとっての、最後の仕事になるだろうと。

次に知的生命体が出現したときに未来をつなぐために。

唯一人間が残した成果。

英知の結晶は、回収しておかなければならない。

 

(続)