ごんどら
序、ほの暗き闇の底
人間の頃であったなら。
恐怖を感じていたかも知れない。
わたしが、雪山での半年に達する仕事を終えて。その後幾つかの仕事を片付けて。そして派遣されて来たのが此処だった。
洞穴だ。
昔だったら、蝙蝠という生き物が住んでいたかも知れないが。
今はもう蝙蝠は、人間による核戦争と、その後の滅茶苦茶な様々な出来事で絶滅してしまっている。
ただ赤い奴によると遺伝子データはあらかた保全しているそうだ。
それだけは幸い、と言う奴だろうか。
それにこの洞穴。
どうみても自然物ではない。
大量に朽ちた機械が散らばっている。いずれもが壊れてしまっているが、まあ当然だろう。
酸の雨を浴び続けたのだから。
すぐ後ろには、赤い奴が満ちた川。それも凄く幅が広い。海かと思ったのだが、世界で上から何番目かに入るくらい大きな川なのだとか。
そしてこの穴は、そんな川の近くにある大きな山。
いや、正確には恐らくこの川が長年掛けて削ってきた地形の結果、崖とでもなったのだろうか。
ともかくそんな場所に開いていた。
この中に、貴重な品がある可能性がある。
回収してくるように。
それが赤い奴の伝えてきた意思だった。
まあやれと言われればやるだけだ。
わたしは赤い奴の端末だし。
その考えも正しいと思っている。
人間にある唯一の価値が英知とその結晶だと思っているのだから。それを回収するのは大事だ。
次に知的生命体が出現したときに。
道を誤らせないためにも。
ミスをしながら先に進んでいく、というのは個人レベルではいいだろう。
だが人間はそれを良いわけに、取り返しがつかない行動をあまりにも繰り返し過ぎたのである。
その結果が破滅だ。
だから、地球は放任をやめることにした。
知的生命体や、あるいは地球を悪い意味で環境激変させる生物がでてこない限りは放任するだろう。
だが、もう放任主義者の星は変わったのだ。
人間という最悪の被創造物によって。
いずれにしても、わたしもそれに全く同意だ。
元人間だった頃もあったけれど。
もう人間には。
例外を除けば、嫌悪感しか湧かないのだから。
穴の中に入り込む前に、まずは邪魔なさび付いた機械類の処理が先か。
軍手をすると。
更にスコップと荷車を使い。
フォークリフトも駆使して、その辺にある大きめのがらくたを、赤い奴の中に放り込んでいく。
内部は何か使える部品があるかも知れないし。
避けるよりは、赤い奴に返しておいた方が良いだろう。
いずれ赤い奴は地球全土を飲み干し、物質の完全再分配を行うのである。これは大気までも例外ではないらしい。
ただその時は、とても雑に全てを無に帰すようだから。
多少形が残っているものは、こうしておいた方が良いはずだ。
一通り機械類の残骸を赤い奴に放り込む。
作業は丁寧に行ったので、周囲は完全に更地になった。
雪山でずっと作業をしていて鍛えられたのか。
わたしは後何時間で雨が降るか、正確に分かるようになっていた。
鍛えられたと言うよりも。
わたしは全身が脳であり筋肉であるのと同じだ。
だから、単純に学習しただけなのだろう。
そしてわたしのノウハウは、赤い奴が逐一回収している。
他の端末にも、有用だと判断したら配布しているかも知れない。赤い奴は合理的だから、不思議な事では無い。
洞穴の中に入る。
しばらくは、ごちゃごちゃと色々ある。
核戦争の直後とか。
人間が暮らそうとした跡かと思ったが。
どうも違う。
いわゆるプレハブで、それにしてはしっかりしすぎているのである。
仮設のトイレもある。
ようするに、この辺りで大規模作業が行われていて。
プレハブを内部に立てるくらい、作業が進展していた、と言う事なのだろう。
川が多少氾濫してもいいようにか。洞穴はかなり上勾配に向けて掘り進められていて。そのかなり上の方に住居スペースらしきものが林立していた。
内部を確認して見る。
誰もいない。
特に金目のものは全て無くなっている様子だった。争った形跡もあるが、この辺りには死体は少なくとも無かった。
これから先は分からないが。
何もかもが滅茶苦茶になって。
それで仕事どころでは無くなり。此処で働いていた者達は、みんな金目のものだけ持って逃げ出した。
そんなところなのだろう。
わたしはこのままでいいなと判断。
拠点は、此処で良い。
ブロックは今回から口にしないことにしたが。水はまだほしい。いきなり何もかも無くすのは、作業効率を落とす可能性が高い。
なんだかんだで、前回の作業でも数個のブロックを消費しながら作業をしたのだ。
ブロックがどうしてもほしくなるかも知れない。
あれが汚水を原料にしていると分かった今でも、である。
生活習慣というものは。
それだけ厄介なものなのだ。
自分の不甲斐なさを嘆きながら、周囲を確認。
入り口から少し入った内部にはレールが敷かれていて。
トロッコもある。
それも、まだ動くもののようだ。
要するにこの奥は。
何かを、核戦争直前まで掘っていたのだろう。
ただ、トロッコは横転していて。
そこに入っていたものは全て奪い去られた形跡があった。
要するに、それだけの価値があるものが入っていた、という事になるのだろう。
なるほどな。
わたしは苦労しながら、持ち込んだフォークリフトも使ってトロッコをレールに戻す。何とかトロッコはレールにはまってくれた。歪んでいたりしたら最悪だったのだけれども。
此処が鉱山か何か別の場所かは分からないけれど。いずれにしても、そこまで柔なトロッコではなかったということだ。
これは回収しよう。
そう決めながら、内部に歩いて行く。
まずは全体像を確認することから開始していく必要がある。
入り口だけでは分からない。
それは何度も探索の度に思い知った。
それに、探索にどれだけ時間が掛かるかも分からない。
残り時間は限られている。
赤い奴はわたしが気に入っているらしいし。
そんなわたしを派遣してくるくらいなのである。
此処には何か大事なものがある可能性が決して低くは無いのだろう。
ただ、わたしだけが優秀と言う事もありえない。
わたしの長所は強運だけだ。
そしてこの間の雪山から、今回までに数度の調査探索を挟んだが。
その全てで良い成果を上げられた訳でも無い。
わたしの強運も絶対ではないし。
勿論他の端末も成果を上げているはずである。
1500からいる、と言う話なのだから。
懐中電灯をつけたまま、奥に行く。
争った形跡が何カ所にもあった。
死体もそのままにされている。
かなり損壊が激しい。
此処が放棄される際に、リンチされて殺されたのだろう。
どう見ても、スコップなどでグチャグチャに潰された跡が骨に残っていた。
此処の監督だろうな。
わたしはそう見当をつける。
或いは此処で虐めを受けていた人間かも知れない。
人間が自分を正義と妄想し。
その結果どんな事でも平気でやることは、わたしも良く知っている。
だから、一瞥だけして奥に。
回収は後回しだ。
更に奥に行くと、採掘用の道具などが散乱している場所などもあった。
横穴が掘られていて、其所が休憩所のようになっていたらしい。
かなり広いことは広いのだが。
何だか妙だ。
此処では恐らく価値のある鉱物とかを掘っていたようなのだが。
だったらこんなにまっすぐに掘るだろうか。
もっと支離滅裂になっていてもおかしく無さそうなのだが。
周囲を見回しながら、確実に進む。
また骨だ。
此処でかなり大きな争いがあったようで。
十人以上が死んでいた。
中には、頭蓋骨が他の骨からかなり離れている死体もあった。
要するに、そういうことだ。
点々としている争いの跡。
もう完全に死体は骨になっている。
これだけ冷えた洞窟の奥だが。
そもそも此処には蠅とかの虫もたくさんいたのだろう。本来は、だ。
今はもう、そういうのは全部赤い奴の端末に一時的に置き換わっている。
死体を蠅とかが処理した跡は。
何も残らず、ただ打ち捨てられていた。
そういう事なのだろう。
わたしは無言で更に奥に。
そして、不意に周囲が開けていた。
いきなり明るくなったので、上を見上げる。
電気によるものではない。
開けたのだ。
それも、かなりの距離が開けている。
人工的な洞窟が、いきなり此処で終わっているのである。
どういうことか。
レールも一旦此処で終わっていた。要するにトロッコは、此処で一度中断していた、という事である。
淵まで出てみて、それでなるほどと思った。
要するに此処は、谷になっている部分というわけだ。
理由は分からない。
ただ、穴を掘り進めて。
谷に出て。
更にその先にある山にも穴が開いている。ただ、現状アクセス手段がない。
天井を見ると、トロッコのレールが終わった辺りに、何か仕組みがあって、ワイヤーが垂れ下がっている。
つまりこれは、何か仕組みがあったのだろう。
洞窟が終わって。次の洞窟に行くまでの間は。
酸の雨などの影響もあって、ワイヤーが溶けて無くなってしまった、というわけだ。
でんしゃが赤い奴によって作られ、メンテナンスもされていることは、今のわたしは知っている。
だが、そうでないインフラは。
この通りと言う事だ。
ワイヤーを利用した何かが、この穴と、向こうの穴をつないでいたのはほぼ確定と見て良い。
もしもその何かを必要として。
回収がいるとなった場合。
宝蜘蛛を呼んでこないといけないかも知れない。
いずれにしても、調査の後だ。
臭いを確認。
雨の臭いはない。
フォークリフトなどはその場においておく。
一度谷を降りて。
向こう側に移動。
谷はかなり深いものだったが。
今更である。
下に水が溜まっているわけでもない。
持って来ている道具も特には必要ない。
勾配だって、そこまできついものでもないし。どうやら何かの影響でこの谷を流れていた川は止まってしまったらしい。
その結果、底に水は流れていない。
雨の時だけ川になるのだろう。
降りてきて、周囲を見回す。
いきなり鉄砲水にでも襲われたら面倒だからだ。
まずは調査。
全てはその後である。
淡々と探索を進めて行く。
まずは崖登りだが。これは降りるより若干苦労した。
完全に崩落の跡らしいものが何カ所かにあり。
それを避けて登っていったからだ。
雪崩を見て、崩落の恐ろしさは十分に理解している。
特に土砂の場合、完全に埋まってしまった場合の脱出手段はないだろう。つまるところ、崩落には念入りに気を付けなければならない。
この先は人間が作業していたのだから、よほど内部で暴れでもしない限り崩落は起きないだろうけれども。
それでも注意にこしたことはないのだ。
淡々と這い上がり続ける。
リュックに入れているのは必要なこものだけ。
この先に、回収するのに力がいるものが必要なのだったら。
何かしらの手段で、フォークリフトをこっちに持ち込まなければならないだろう。
いずれにしても、今の時点では大した苦労はない。
黙々と崖を這い上がり。
そして洞窟の入り口についたが。
此方の方が、より悲惨な状態だった。
なんだろう。
床に、何かが壊れて落ちている。
でんしゃの車両のようだけれども。
それにしては少し小さい。
ワイヤーが切れて落ちた様子だ。
そして、その中には。
てんこ盛りに死体が詰まっていた。
大量の骨が詰まっている様子は、凄惨極まりない。まああくまで、わたしの残った人間性がそう告げているだけ。
今更何とも思わないが。
天井には、ワイヤー。
此処が起点。
さっきの穴が終点か。
そして、此処からまたレールが続いている。
なるほど。
橋でもかければ良かったような気がするのだが。
何かしらの理由で、二つの穴は、このワイヤーから落下した乗り物でつないでいた、と言う事なのだろう。
追加記憶を照合し。
ゴンドラという名前が出てくる。
そうか、ゴンドラというものか。
まあどうでもいいが。
ともかくそのゴンドラが、二つの穴をつないでいた。人もそれを使って行き来をしていたということだ。
だとすると、トロッコに積んでいた鉱石はどうしていたのだろう。それがちょっと分からないが。
ワイヤーのつながっている先を見ると、動力装置につながっている。
この様子だと、わざわざ鉱石は人力か何かでゴンドラに移し。
それを毎日ピストン輸送して運んでいたらしい。
一体何を無駄な事をとぼやいてしまう。
橋を造って、そこをトロッコで通せば一発ではないか。
だが、何か橋を造らない理由があったのだろう。
足下を何度か蹴ってみるが、地盤が弱いようには思えない。
だいたい、どうして谷を跨いで二つの穴を掘っていたのかが、よく分からないのである。
最終的に取りだした鉱石は、最初の穴の入り口から、外に運び出していたようではあるのだけれども。
そんなに価値のある鉱石なら、最初の山だけ掘り尽くしてから、次に行けば良かったものを。
わたしにはよく分からない世界である。
ともかく、奥に進む事にする。
今までの不可解な状況から、嫌な予感しかしない。
此処もどうせろくでもない状態で作られた場所だとしか思えないのだ。
だが、それでもいかなければならない。
わたしは赤い奴の端末だ。
理由は、それだけである。
1、二つの穴と山
坑道が分岐する事は基本的になく。
どんどんまっすぐ、徐々に上向きの勾配に掘り進められていることが分かった。
時々横穴があったが、休憩所として利用されていたらしい。
それ以上は分からなかったし。
興味も無かった。
ただ、そこにある物資は、根こそぎ後で回収しておきたい所だ。
此処は、余程混乱に見舞われたのだろう。
途中にトロッコが、止まったままになっていた。
鉱石はそのまま半分くらい積まれていた。
核戦争が起きたと言う事で。
此処で争いが起き。
そしてたくさんの人間が死んだ事は確定だが。
二つ目の穴に入ってからは、死体はあまり多く見つからない。
さっきのゴンドラに乗っていたすし詰めの死体が、此処の穴で働いていた人間の大半だったのだろう。
何処かに日記でもないか。
横穴がある度に探してみるのだが。
何も見つからない。
食糧などもあるが。
缶詰なんて高級なものはない。
恐らく此処は。
もっとも悲惨な状況で労働が行われていた、典型的な場所だったのだろう。
つまり日記などを書く余裕さえ無かった、と言う事だ。
電気も通っていない。
要するにPC等もない、ということだ。
レールに沿って奥に移動を続ける。
レールそのものは外気に触れていないからか、殆ど被害は受けていないが。
不審なのは。天井が一定の高さをずっと保っている、と言う事だ。
一体これはどういう仕組みだろう。
それだけ丁寧に作業が出来たと言うのなら。
なんでこんなにあらゆる意味で雑なのだろうか。
少なくとも、人工の坑道だとは思うが。
人力で掘ったようには思えないのである。
一体此処で、何が起きていたのだろうか。
ともかく奥に進むだけである。
黙々と進み続ける。
途中でまた、大量に人が死んでいた。
銃創が骨にあった事から、此処で死んでいるのは恐らく銃で撃たれた人も混じっているのだろう。
ゴンドラにすし詰めになった人数より多いかも知れない。
ただ、恐らくだが。
ゴンドラの様子からして、此処の責任者が逃げられたとは思えない。
これの中のどれかが。
此処の責任者だった人間なのだろう。
死体はだいたいどれも、ブルーカラーと呼ばれる服を着ていたが。
一つだけ、良い服を着た死体があって。
それは損壊がもの凄かった。
多分これが、ここの責任者だ。
銃を持った護衛を連れていたが。
数の暴力で押し潰されて。
そのまま殺されたのだろう。
此処での過酷な労働は、わざわざ説明されるまでも無く分かるので。まあ殺されたのも妥当だなとしか、わたしは言えなかった。
探索を続けていく。
横穴に、発電機を発見。
トロッコとゴンドラを利用して、此処まで燃料を運んでいたのだろう。
PCもある。
先に持ち帰っておくのもありかも知れないが。まずは全容を確認してからだ。此処のPCは妙に豪華で、あの責任者が使っていたのはほぼ確定だろう。
だとすれば、探索が詰まった場合。
これを解析するのが一番早い。
横穴は作りもしっかりしていて、不自然に良い椅子とかもあった。
これではまあ。
地獄の肉体労働をしている者達からは。
いい目で見られるわけも無いし。
何より、労働者を使い捨てと考えていたのは確定だっただろう。
ただ、労働者の数が多い。
何をさせられていたのかが、はっきり言って良く分からない。
スコップなどは見つかるが。
ちょっと数が少なすぎる気がするのだ。
後、天井部分は何かフレームのようなものが埋め込まれて、崩落を防ぐようになっている。
ひょっとしてあれを作る為の労働者か。
わたしは小首を捻りつつ。
更に奥に行く。
不意に、広い空間に出た。
今度は灯りも差し込んでいないし、坑道も抜けていない。
何だ此処は。
懐中電灯で、周囲を照らしていく。
どうやら此処で、終点らしかった。
奥には何か、似つかわしくもない大きな機械がある。
レールは一旦此処で途切れ。
そしてその大きな機械が、別のもっと広めのレールに乗っていた。
これは、なんだ。
様子を見に行く。
ほぼ完品だ。
赤い奴が欲しがるだろうな。そう考えて、徹底的に見ていく。
どうやら、先端部分にトゲトゲしたものが一杯ついていて。
それが回転するらしい、と言う事は分かった。
それしか逆に分からない。
追加記憶を必死に探っていくが。
やがて分かる。
これは、シールドマシンだ。
シールドマシンというのは、洞窟などを掘るための装置。
先端に人工ダイヤモンドなどの強度が高いものをつけ。それを回転させ。場合によっては水なども同時に噴射することで、一日辺り数メートルから十数メートル程度ずつ、掘り進んでいくことが出来る。
よく分からないのは。この空間のやたらな広さ。
そしてなんで此処でシールドマシンを投入するつもりになったのか、という事である。
あらゆる全てが噛み合っていない。
わたしは本当に分からないので、困り果てて周囲を見回し。
何かヒントになりそうなものが無いかを探ってみたが。
ない。
この空間は広いが。
恐らくシールドマシンで掘る予定だった地点が傷だらけになっていることや。
周囲を掘り進んだのがかなり無計画で。
しかしながら、途中から不意に大きな空間に掘り直したらしい、と言う事。
それくらいしか分からない。
さて、どうしたものか。
これは、まだ調査が必要だろう。
シールドマシンについてはいい。
これは完品だし、出来れば持ち帰りたい。
大きさについては、戦車くらいだろうか。
数十トンという重量があるはずだが。
此処で組み立てた筈だ。
恐らく分解も可能。
ならば、分解してフォークリフトで積み替えて持ち帰るのが現実的だろう。
周囲を念のため、丸一日掛けて徹底的に調査。
その過程で、死体は全部まとめて一箇所に集めておく。
途中、ブルーカラーだかの服が一杯詰まっている箱を見つけたので。
それについては、回収して持ち帰ろうと思った。
まあそんなに重いものではないし、何往復かすれば全て持ち帰る事は出来るだろう。
しかもビニールで包まれているので、劣化は一切していない。
劣化していない服は貴重だ。
赤い奴に持ち帰ってやるには、丁度良い。
調査を終えた後。
PCを外して、服と一緒に持ち帰る。
リュックに詰められる重さだったから、それでよかったのだけれども。
問題は、それからだった。
谷を何度も往復し。
一度フォークリフトの荷車に、一旦持ち帰るものを積み替えて。
それから赤い奴の所に戻る。
赤い奴は、持ち帰ったものを全て触手を伸ばして回収。
更にわたしの手を採って。
意思を伝えてきた。
わたしの見たものを、同時に解析もしているのだろう。
まあ、それも一瞬で終わる訳だが。
そのシールドマシンは回収せよ。
了解。
それだけか。
わたしは、此方から意思を伝える。
彼処は何だ。
分からない。
PCのHDDに何か無かったのか。
このPCはあくまでデバイスだ。本データは別のPCのクラウドに格納されていたらしい。
データは恐らく途中にある無線LANで中継していたのだ。
単に作業を打ち込むだけのPCであって、これにデータは残っていない。
了解。
わたしは意思をやりとりし終えると。
がっくりしていた。
まあ何もかも上手くはいかないか。
それにしても、途中に無線LANがあったのか。
確かにスタンドアロンのPCを、あんな所に起きっぱなしにするのも不自然ではあるのだが。
ますますそれで分からなくなった。
無線で飛ばされているデータは、追加記憶によると解析が可能だと聞いている。
あの不可解な二つの坑道。
それほど重要な設備ではなかったのだろうか。
あらゆる点が不可解で分からない。
わたしは何度か小首を捻って考えたが。
結論は出なかった。
一度洞窟に戻る。
先の赤い奴との意思のやりとりで、宝蜘蛛やドラゴンイーターは手配してもらった。
ゴンドラについては、それでどうにかするしかない。
また、追加記憶を整理して、シールドマシンの分解について調べておく。
これは最終的に、自力でシールドマシンを分解し、運ぶ必要があるからだ。
痛んでいない完品である。
赤い奴は欲しがる。
実際欲しがっていた。
持ち帰る事が、今回の仕事になる。
ただわたしとしては、この不可解な場所の謎をしっかり解き明かしておきたい、というのもある。
タダの無駄だったにしては手が込み過ぎている。
働いていた人間も、死体だけで百を超えている。
逃げ出したものを考えると、確定でもっと多い。
それを考えると、不可解すぎるのだ。
何故にあんな洞窟を作ったのか。
最深部のシールドマシンは何を掘るつもりだったのか。
人間の英知の結晶には確かに価値がある。
それはわたしも認める。
だが、この洞窟は何だ。人間の悪行も記憶して、繰り返さないようにする必要があるのではなかろうか。
そう考えてしまうのである。
まあいい。兎も角作業だ。
一つ目の洞窟を抜けて、増援が来るのを待つ。
やがて来たドラゴンイーターと複数の宝蜘蛛。
遠くから見ても、その威容は圧倒的である。
元々架橋などもやっているのだろう。
リーダー格らしいドラゴンイーターが触手を伸ばし、わたしの手を掴んだ後。
すぐに作業を開始してくれた。
その間にわたしは、最初の坑道から持ち出せるものを全て持ち出しておく。
ドラゴンイーターや宝蜘蛛が、どんな風に作業をするかは、前に見た。
だからもう別に見なくてもいい。
淡々と作業を続けて、荷車に骨やら何やらを詰め込んで、赤い奴の所に持っていく。そして、赤い奴の所からは。
機械を分解するための小道具一式を、逆に受け取っていた。
そのまま坑道に戻る。
宝蜘蛛がワイヤーを張っているのが見えた。
また、ドラゴンイーターは鉄を練り上げて、何か乗り物を作っている。
ああなるほど。
ゴンドラを作ってくれていると言う事か。
有り難い。
壊れてしまったゴンドラを、どうワイヤーに接続するか悩んでいたのである。
これなら、壊れてしまったゴンドラを回収することも出来るだろう。
それもドラゴンイーターは、作業用のフォークリフトを持ち込む事を想定してか、かなりごっついゴンドラを作ってくれている。
耐酸性もばっちりやってくれるはずだ。
これなら期待出来る。
作業が終わるまでに、此方は出来ることをやっておく。まず、必要そうな資材を全て持ち込み終える。
一度や二度の往復では厳しかったので。結局七往復もする事になった。
シールドマシンを再度分解するのだ。
まあそれもやむを得ないだろう。
そうこうしている内に、ゴンドラが出来る。
ドラゴンイーターの所に行き。
情報の引き継ぎを受けた。
基本的にワイヤーを徹底的に頑丈に張り巡らせたので、ゴンドラが落下する畏れはない。
ただし、それでも限界がある。
二週間が経過したらメンテナンスに来る。
あまり無理な運用はするな。
了解。
やりとりを終えると、ドラゴンイーターは戻っていく。
さて、此処からだ。
まずは、この先に進んでみて。
何があったのかを、調べつつ。
シールドマシンをどうやって運び出すかを、考えて行かなければならない。
ゴンドラに入ってみる。
黒光りした合金で出来ている。
恐らくこれは、あの雪山の施設を守っていた蓋のような。生半可な酸程度ではびくともしない代物なのだろう。
流石だなと関心しながら、フォークリフトごと乗り込む。
フォークリフトを向こうに運ぶ。
シールドマシンの部品をゴンドラにフォークリフトで乗せる。
そして向こうで、フォークリフトを使って部品を降ろす。
というわけで、フォークリフトは二台必要だが。
それも準備済みである。
一度回収したものは、赤い奴は改良を勝手に加えられる程なのだ。
増やすのも容易なのだろう。
まずは、ドラゴンイーターから引き継いだ方法通りに、フォークリフトを乗せた後、レバーを引いてゴンドラを動かす。
最初にがくんと加速したが。
後はぐいぐいとゴンドラは。ワイヤーを斜め上に上がって行く。
実にパワフルだが。
それでも無理をするなと念押しをされたので。
無理は禁物と言い聞かせながら、レバーを倒しすぎないようにする。速度を上げすぎないようにするためである。
そのままゴンドラは進み続けて。
やがて対岸に到着。
フォークリフトごと降りる。
そのまま、フォークリフトに乗って移動開始。
シールドマシンの所に到着すると。
今度は、トロッコも同じ所にまでつけておいた。
何かしらの理由で必要になるかも知れないからだ。
それにストッパーの位置に固定しておけば。
フォークリフトで部品を運ぶ際に、邪魔にならない。
そして、それらが終わった後。
まずは台車を使って、骨や、小物の整理から始めた。
片っ端から外に運び出していく。
そして赤い奴に放り込む。
何かの役に立つかも知れない。
小物の中には、何かを入れる棚や。
雑多な棚に入っていたこもの。
恐らくは使わなかっただろう筆記用具などもあったので。
それらも全て赤い奴に引き渡してしまう。
これらのこものの存在が不可解だ。
何かに使うつもりだったのだろうか。
しかしながら、坑道でどうしてそんなものを使う。それがわたしには分からないのである。
赤い奴は淡々と回収物資を引き取る。
この手の事務用こものというものは、時代が後になる程質が低下していったらしい。
理由はよく分からないが。
まあともかく、そんなわけで、決して質が良くない事務用の物資を全部引き渡したり。
他にも何だか使い路が分からないものを引き渡したりと。
徹底的に、英知の結晶と呼べるものは回収する。
塵一つ落とさない、とまではいかないが。
それに近い状態にまでは持っていく。
赤い奴は何も干渉はしてこない。
ただわたしが持ち出して来たものは、全て受け取る。
ゴンドラで何往復もするが、それほど重いものは運んでいないという事もある。大した負荷は掛かっていないだろう。
ここからが。
本番だ。
シールドマシンのある巨大空洞で、わたしは追加知識をフル活用して、少しずつ分解作業を開始していた。
マニュアルはシールドマシンの内部にあったけれど。
勿論シールドマシンの分解方法なんてかいていない。
恐らくこれを此処で組み立てた業者しか知らない事なのだろう。
本来、こんな坑道に部品を持ち込んで組み立てると言う事がイレギュラーだったのは間違いない。
どう追加記憶を漁っても。
そもそも、こんな後になって、こんな深部で。シールドマシンを今更その場で組み立てるなんて、考えられない。
事前に調査をした上で、必要なら最初から投入するはず。
なんでこんな所にいきなりシールドマシンを持ち込み。
現地組み立てなんて事をしたのかが分からないのである。
ちなみに此処は、以前悪徳の館があった場所とそれほど離れていない。少なくとも同じ大陸である。
ステイツとは大西洋とか言うのを隔てた先だ。
シールドマシンの部品を少しずつ外していく。
そもそもシールドマシンというのは、人が操作はするけれども、乗り込むことはないものらしい。
操作パネルなども存在していたが。
一日辺り進めるのは数メートルから十数メートル程度。
つまりそれだけ強力な岩盤を相手にする代物だと言う事だ。
シールドマシンを黙々と分解しながら、わたしは時々岩盤の方を見る。
此処の坑道は、不可解すぎる。
あの岩盤にしてもそう。
そもそもどうして斜め上に掘っている。
人間の文明末期の鉱山は、露天掘りという、山ごと掘り崩してしまうやり方の方が主流だった筈である。
理由は簡単で、資源を取りこぼさないからだ。
此処ではあえて坑道堀りをしている。
それもまたよく分からない。
これは、ひょっとしてだが。
坑道ではなかったのではあるまいか。
此処は鉱山ですら無かった。
だからゴンドラなんてもので物資を運んだり。
こんな所に、今更になってシールドマシンを作ったり。
そんな訳が分からない事をしていた。
そういう理屈を組むと。
不可解な幾つもの状況に説明がつく。
そもそも此処は、最初から違う目的で掘られた。
しかしながら、入り口での略奪の様子からして、後から掘り出したものに何か貴金属でも含まれていたことが分かったのだろう。
しかしながら、それでも無秩序に坑道が掘られなかったことから考えると。
わたしは思わず、思考停止する。
何となく分かってきたからだ。
山の中という。これ以上無い程安全な立地。
別に人間でも降りられる崖。
何よりも、シールドマシンなんて使って、硬い岩盤をぶち抜く予定だった様子。
雑に作業をするつもりだったら、ダイナマイトだかなんだかよく分からないが、爆弾を使えば良いのだから。
恐らくだが、ここは。
シェルターを作る予定地だったのだ。
それも急に決まった。
多分だけれども、核戦争が始まることに気付くのが遅かったのだろう。だからいい加減な業者を使って、いい加減な作業が始まった。
金だけは掛かったから、持ち込まれた機材そのものはよかった。
このシールドマシンがそうだ。
だが。業者がいい加減だったから。
中抜きも多かった。
故に、ゴンドラは落ちたのではあるまいか。
内部で起きた凄惨な殺しあいも。
恐らく、核戦争で既存の秩序が全て無に帰すことを察した者達が。
金持ちとその取り巻きを襲撃する事から始まったとすれば説明がつく。
文字通り消耗品として使われていただろうからだ。
それならば、あの凄惨な殺し方も納得ができるというものだ。
わたしは黙々とシールドマシンを解体していく。
今のが正解でいいのか。
それはちょっと何とも言えない。
ただ、仮説の一つとしておこう。
今やるべきは。
シールドマシンを、如何にして分解するか、なのだから。
2、不可解
シールドマシンの部品の一つをフォークリフトで支える。
その後、レンチで大型のナットを外す。
かなり力がいる作業だが。
わたしのスペックも上がっている。それでも負荷がかなり大きい。時間を掛けて、ゆっくり回していき。
そして外した。
ガコンと凄い音がして。
部品が、ちょっとだけ落ちる。
フォークリフトは耐えられたが。
それでも衝撃は強烈だった。
ちょっと間違えていたら、指ごと、或いは手首ごと持って行かれていたかも知れない。
機械というものはとても重いのだ。
痛みを記号でしか感じないし。
何よりもすぐに再生する身とは言え。
ダメージを受ければ回復までに手間も掛かる。
だから、こういう状況では気を付けるようにしている。
ただでさえわたしはぶきっちょなのだから。
一旦部品をトロッコに移して。
それから次の部品の取り外しに掛かる。
溶接を解除するためレーザーカッターでの切断が必要な部品とかは最後だ。
大きな部品も出来るだけ後回し。
小さめの部品から外して行っているのだが。
手間暇が大変だ。
此処は工場じゃあない。
工場だったら色々もっと出来るのだろうが。
とてもではないが、それどころではない。
工場の機械類も、そもそも赤い奴が揃えているか怪しいし。
あったとしても、此処に持ち込む事は難しい。
それに、だ。
このシールドマシンは此処で組み立てられたのだ。
だったら分解だって出来る筈。
追加記憶を解析しながら。
必死に分解を進めて行く。
外装から少しずつ外していくが。
予想以上に危険な機構がたくさん組み込まれているので。
外すときは冷や冷やものだった。
まあ、あくまで比喩だが。
無言で更に取り外し作業を進めていく。
がこんと、また部品が落ちる。フォークリフトが揺れる。
そろそろ限界だなと判断。
トロッコに移した後。トロッコを動かして、赤い奴の所へと持っていく事にする。
フォークリフトをフル活用。
トロッコからゴンドラへ。
ゴンドラからトロッコへ。
それぞれの移動作業を、フォークリフトで円滑に行う。
もう流石にフォークリフトは手足のように動かせる。
散々使って来たのだから、まあ当然である。
ただ、トロッコの積載量ギリギリまでパーツを積むと、ゴンドラで移動するときに揺れがかなり大きい。
落ちた場合台無しになる。
わたしは次を呼ばなくても良いだろうが。
部品は壊れるだろうし。
部品を赤い奴の所に持っていくことが出来なくなる。
ミッション失敗だ。
そして重い以上、変にゴンドラが揺れると、ドアを突き破って部品が外に飛び出す可能性もある。
尖った部品は更に危険で、下手な運び入れ方をすればそれだけでゴンドラにダメージを与える。
トロッコへの積み込み方も気を付けなければならない。
部品一つ一つ丁寧に処理していると。
それだけで時間が容赦なく抉り取られていく。
第一陣を、赤い奴に運び届ける。
赤い奴は何も意思を伝えず、そのまんま取り込んでいく。
全てを取り込むのを確認したら。
また坑道に戻る。
坑道の正体はまだ分からない。
これだけだと、情報が少なすぎるのだ。
此処で何が起きた。
何をしようとしていた。
それが分からない。
実は、追加記憶を確認して。この山の向こうに何があるのかも調べて見た。
別に山岳地帯が連なっているだけだ。
しかしながら、単にトンネルを作ろうとしているだけなら、それはそれでおかしすぎるのである。
決定打がない。
色々な仮説は浮かんでくるのだが。
それらを裏付けられないのだ。
シールドマシンの所に戻る。
かなり分解は進んでいるが。
見た感じ、非常に巧妙に組み立てている感触で。
溶接の類はしていない様子だ。
少なくとも、外装をパージしている段階ではそれらは発見できない。
黙々と作業を続けていく。
一つ一つ確実に部品を外していく。
操作用のパネルも外す。
動かれると困るから、最初にやるべきだったのだけれども。
かなり厳重にガードされていて。
外装をかなり丁寧に外していかないと、取り外すことが出来なかった。
更に、である。
そもそもかなりシールドマシンというものはパワーが必要な機械らしい。
エンジンは外装を外していく内に、一部が露出してきたのだが。
どうやら普通の車とはまるで形状が違っている。
これをどう動かすのかが分からない。
まるごと持って行ける状況だったらどれだけ楽か。
今回はそういうわけにはいかない。
だから、徹底的に分解し。
赤い奴の所に運び込む。
外装を外していく内に、血の跡を発見。
拭われてはいたが。
わずかに臭いで分かった。
この辺り、わたしの嗅覚は非常に鋭敏になっている。
雨が降るかすぐに分かるくらいである。
ああ、此処で怪我をしたな、と言うことが分かる。
外装の分解を逆に辿ってみると。
なるほど。
かなり尖っている部品があったが。
それを外すときに怪我をしたのだろうなと、簡単に推察することができた。或いは職人の腕が良くなかったのかも知れない。
まあそんなものだ。
黙々と作業を続けていき。
わたしは血がついた部品も外す。
シールドマシンは、少しずつ原型を失っていく。
何度もトロッコとゴンドラとトロッコを介して、部品を赤い奴の所に運び込む。
ネジ一つ見逃さない。
細かい部品も小さい部品もたくさんある。
それらについても、全て逃さない。
赤い奴は今のところ一切文句を言わない。
わたしの仕事に満足しているというよりも。
別に文句を言うような事も無い、というだけの話だろう。
作業を続行。
七往復したころには、シールドマシンのエンジン部分が露出。
エンジンを丸ごと運び出すことが出来ればそれでいいと思ったのだけれども。
そう簡単にはいきそうにもなかった。
ひんやりとした空間だ。
汗を拭う事も無い。
もうわたしは人間ですらないし。
だが、冷や汗が出る気分だ。
エンジンはかなり巨大で、これをどう持ち込んだのかが気になる。
それもエンジンは一つではない。
複数のエンジンが連動して、出力を上げている様子なのである。
そうなってくると、このシールドマシンは、わりと本気でこの先の岩盤を砕くつもりだったのだろう。
一体何が目的だったのか。
わたしにはどうにも分からない。
今まで出て来た情報をどれだけ頑張ってまとめても。
どうしても結論が出ないのである。
小首を捻る。
今までわたしが接してきた場所は。
いずれも、不可解ではなかった。
人間の業に塗れていたり。
或いは資料がそのままあったりした。
だが、此処は違う。
人間の業には塗れているが。
此処で何をするつもりだったのかが、さっぱり分からないのである。今までと違って、ヒントさえない。
情報も整理しようもない。
仮説にも、即座に自分で反論が出来る程で。
結局此処で何をしたかったのかが、わたしには分からなかった。
だから、手は鈍る。
さてここからどう分解する。
そう少しの間考え込んでしまったが。やがて我に返って、わたしはまた分解作業に戻る。分解できる場所から分解すれば良い。
当たり前の話である。
エンジン周りは避けて、まだある外装部分をどんどん剥がしていく。
内部の重要な機構がどんどん露出してくる。
勿論非常に強力に固められているし。
周囲で何が起きても壊れないように、頑強に頑強に作られている。
装甲に相当する部分は何重にも作られていて。
土砂の中で作業をすることが前提であることが、分解しているだけで分かる程である。本当に、強力な岩盤をぶち抜くための機械なのだなと分かる。
機体の重心が少し揺らいでいるか。
外すパーツの順番を変えることにする。
それほど横に長い機械ではないのだシールドマシンは。
だから分解をするためには、重心も少し考えながら付けて行かなければならない。
エンジンはまだ外せないな。
そう外装を外しながらわたしは思う。
エンジンを外すと、シールドマシンの命とも言える前面部。人工ダイヤモンドなどで強力に武装された、岩盤を砕くために回転する部分が、重量から機体を前のめりにしかねないし。下手をすると機体が前後に折れる。
どのタイミングで分解を進めて行くか。
それを考えながら作業をするのも大変である。
ない頭を絞るしかない。
追加知識を整理しながら情報を引き出して行くにしても。
それでも限界がある。
順番に一つずつ作業をしていき。
二週間が過ぎた頃には。
外装はだいたい取り外し終わっていた。
内部の重要部分が露出している。
このシールドマシン、本来は水を大量に使う代物である。水道を此処まで引いてくる予定があったのだろうと、わたしは推察した。
前面部を回転させると同時に、水を大量に噴出。
岩盤を柔らかくしながら削るのである。
しかし、それだと文字通り、大量の土砂が出る事になる。
トロッコでどれだけ運び出しても足りないくらいだろう。
追加知識で知ったのだが。
地面を掘って出た土というのは、空気を含んで容積が増えている。
元に戻すとき踏み固めなければいけないが。
それは空気を含んで、かなり元より量が多くなっているから、である。
この場合水まで含むので、岩盤をちょっと削っただけで膨大な土砂が出る筈。それも相当に重い。
土砂だったら、あの谷にそのまま捨てるというのも考えられたが。
それにしては、此処まで坑道を掘り進めていながら。
土砂をあの谷に捨てていた形跡がないのである。
本当に一体。
此処は何を目的にした場所だったのだろうか。
分からない。
分からないから、作業を進めていくしかない。
淡々と作業を続けていく。
中枢部分の一つ、水周りを外していく。
これは前面の回転する部分に直結しているので、外すのにはかなり苦労が必要になった。なおまだ動かしていないからか。
内部に水は入っていなかった。
シールドマシンは完成していても。
水道を引いてこれていなかったのだろう。
ということは、この坑道は。
あらゆる意味で、無計画に作られていたのではないのだろうか。
可能性は否定出来ない。
無計画にこんな穴を掘っていたとしたら。
何が背後で起きていたのか。
情報が足りなさすぎるな。
わたしは口を引き結ぶ。
そして、作業を続行した。
何回かに分けて、水周りの部品を外して行く。
軽い部品もあったが、フォークリフトと連携して、何とかやっと取り出せるものもあった。
フォークリフトには世話になりっぱなしだ。
本来はもっと色々な機械類を使えば簡単なのだろうけれども。
手元にはないし。
持ち込む事も難しい。
他に手が無いのだから。
あり合わせの方法でやっていくしかない。
パイプやら何やらも外して行き。
また、水を高圧で噴射するらしい機構も取り外した。
内部にいけばいくほど。
当たり前だが、シールドマシンのパーツは精密になっていく。
外す度に一苦労である。
中には、変な力を掛けると折れてしまいそうなものもあって。外すのに文字通りの四苦八苦を強要される部品もあった。
それらの部品は、雑にトロッコに積めない。
一旦ブルーシートを敷いた地面に降ろして。
それから、どう運んでいくかを考えなければならなかった。
トロッコで、ちょっとだけ部品を運んでいく事も増えた。
相手が精密部品となると、そうするしかない。
赤い奴も、小さな精密部品だけ持ってくる私を見ても、別に文句を言うこともない。
他の端末がどんな風な連中なのかはわからないけれど。
わたしはいずれにしても。
赤い奴に、今まで小言をいわれたり。
仕事場から外されたりはしていない。
今やっている作業にしても。
別に赤い奴は、特に不満を覚えていないようだった。
何十回かに分けて、水周りの部品を全部外し。
赤い奴に届ける。
悩んだ末に。
次に行く事にした。
今回も長期戦だ。
だから、別に作業が長引くことに不満は感じていない。そのまま、静かに作業をやっていくだけである。
次にやるのは、いよいよ前面部。
回転しながら岩盤を砕く。
ドリルの部分だ。
非常に硬い部品を使っているのはその通りなのだが。
しかしながら、それらの部品を簡単に取り外せないかというと、そうでもない。
シールドマシンの真ん中。
水周りやら精密機械があった場所に座り込んで、わたしはじっと機構を確認。外せる部分が見つかってきたので、それらを順番に分解する戦略を立てる。
同時にエンジン部分をどう外すかの戦略も立てる。
こっちについては、順番だけ考えれば良い。
大きめのエンジンだが、取り外すことだけなら簡単だ。
作業にはとても時間が掛かった。
だから、その間に追加記憶を整理して、どんどん必要な知識を取りだしていった。
もっとパワーのある重機を持ち込めていれば、更に簡単に分解はできたのだろうけれども。
だが、それはないものねだりというものだ。
一つずつ、部品を分解していく。
そもそもシールドマシンの回転部分というものは、消耗品という扱いらしい。
これについては、構造を見たり。
あるいは追加知識を整理していく内に分かってきた。
それはそうだろう。
そもそも、シールドマシンは固い岩盤を掘り進むためのものなのである。
如何に最高高度を誇る人工ダイヤモンドを利用しているとはいっても。
それでもどうしても、長距離を掘り進めば消耗していく。
切れ味が鈍れば刃物も手入れがいる。
シールドマシンの場合は、複層構造にすることで。駄目になった部分を取り替えていく様子だ。
その取り替え作業の仕組みが分かってきたので。
一つずつ外して行く。
これがとても大変だ。
複層構造が兎に角複雑で。
外し方にもそれぞれ工夫がいる。
スイッチを押せば簡単に外れると言う事も無く。
何カ所も操作をして。
それらの操作の結果、ブロックを解除していき。
最終的に取り外す。
そうやって、一つずつ部品を外して行くことになる。
実際には操作盤から、外す操作はできたようなのだが。
残念ながら、此奴には電源が入っていない。動かすと厄介だから、電源を入れるつもりもない。
操作系統も外してもう持って行ってしまった。
故に、緊急時用の。
手動取り外しをするしかない。
手間を増やしているような気がするが。だが必要な手間だ。
こうやってとことん丁寧に外すことで。
最終的に完全なシールドマシンを、赤い奴の所に届けることが出来る。
幸いエンジン部分はまだ機体を折るほど重心という観点で自己主張していない。
さっさと外してしまおう。
そう決めて、一つずつ部品を外して行く。
外すと分かるが。
強烈に重い。
フォークリフトが、みしりと音を立てるくらいである。
これは、こんな小型のシールドマシンでこの負荷だと言う事は。
巨大なトンネルを掘る大型シールドマシンの場合。
交換用の部品も、とんでもないサイズになるのではあるまいか。
そういうのが此処で見つかっていたら。
何か持ち出すための特別な手段を見つけなければならなかっただろう。
ともかく、とんでもなく重いので。
やはり運ぶのは小分けになる。
ゴンドラに積み込むとき。
降ろすとき。
兎に角非常に負荷が大きいと感じた。
ドラゴンイーターや宝蜘蛛の仕事を疑うつもりはない。
何も言わなくても、メンテナンスに来てくれてもいる。
そもそも赤い奴経由で、どちらにもシールドマシンの重量その他の情報は行っているはずである。
だったらしっかりやってくれているはずで。
このゴンドラに負荷が掛かっているとしたら。
それはわたしの責任だ。
まだ工夫が足りないのか。
何を工夫するべきなのか。
作業の間隔を開けるべきなのか。
それとも。
いっそ、鉄橋を作ってもらう方が良かったか。
そう思ったのだが。
しかしながら、地盤が心配だ。
鉄橋なんか作ったら、基礎から崩壊するのではあるまいか。
そんな気がする。
そもそもこの坑道が分からない事だらけなのだ。はっきりいって、どうしようも無いことが多すぎる。
精神をゴリゴリすり減らしながら、シールドマシンを分解して、運んでいく最中に、それは起きた。
何度目かの、ドリル部分の部品をゴンドラに載せた瞬間。
ゴンドラが落ちたのである。
幸い。坑道の中だったから良かったが。
ワイヤーが切れて、凄まじい音と共に暴れ狂った。
思わず身を庇ったが。
ワイヤーは、シールドマシンこそ傷つけなかったが。
荒れ狂うワイヤーは、わたしの首から上を、綺麗にすっ飛ばしていた。
3、危惧の先に
全身が脳。
全身が筋肉。
だからワイヤーに首を飛ばされても、別に致命傷にはならない。血が噴き出して、辺りを朱に染めることも無いし。
何より噴き出した血が、せっかく持ち出した部品を汚すこともない。
わたしはすっとんだ首を這いずって探す。
飛ばされたときの角度や、坑道の構造。更に最後に聞こえた音などから、谷に落ちていないことは確定だ。
何とか四苦八苦して這い回って、頭を見つけ。
首に乗せる。
すぐに再生して、視覚や聴覚が復活した。
ゴンドラは。
すぐに確認するが、がくりと腰が落ちかける。
今までの作業での無理がたたり、オーバーヒートを起こしていたのである。ただ、確認する。
ゴンドラは落ちたが、何とか部品もフォークリフトも無事。
ワイヤーがゴンドラには擦ったが。
ドラゴンイーターが余程頑丈に仕上げてくれていたのだろう。
大丈夫だった。
恐らく、何かしらの方法で察知したのだろう。
身動きできずにいるわたしの事を、ドラゴンイーターが覗き込んできていた。
放熱中のわたしに触手を伸ばして来るので。
緩慢に手を出して、意思疎通をする。
何が起きたのか、ドラゴンイーターは察し。
宝蜘蛛達を指揮して、復興作業を開始してくれた。
そして、その過程で。ドラゴンイーターと意思疎通し。何故事故が起きたのか教えてくれる。
稼働回数が多すぎる。
その結果、普段は大丈夫な負荷でも、ゴンドラが落ちたのだ。
了解。
それだけで、同じ失敗を繰り返さないように出来る。
わたしはしばらく放熱をして、オーバーヒートを抑える。同時に体のダメージを更に確認するが。
今ので、体を何カ所かワイヤーが抉っていたことも分かった。
本当に暴れるワイヤーは怖いな。
そう思う。
既に服含めて、修復は始まっているが。
オーバーヒートがまだ収まらない。
ひょっとして、自分で意識していない間に、無理を重ねていたか。
そうか。
そういえば、雪山の作業で。
低温で無理矢理オーバーヒートを押さえ込みながら作業をしていた。
それが身についてしまっていたのだ。
そうか、失敗だ。
あんな重労働に適した環境で働いたから。
それが癖になってしまっていた。
わたしとしては、オーバーヒートしない程度のペースで動かなければならなかったのに。この為体。
やはりわたしの取り柄は運だけ。
そしてぶきっちょなのは相変わらず。
どうしようもない。
自分に冷徹な判断を下すと。
わたしはぼんやりと、作業を続けてくれているドラゴンイーターを見る。
ワイヤーは張り直しのようだ。
ゴンドラもきちんと直してくれている。
動こうにも動けないので、作業を見ている事しか出来ない。
シールドマシンの部品の重量も、ドラゴンイーターの巨体の前には関係が無い様子だ。まあ、体内に溶鉄をたくさん蓄えているだろうし、重さで言えばまるで問題にもならないのだろう。
ようやくオーバーヒートが収まってきたので、立ち上がる。
まだふらつくが、それは体の修復が終わりきっていないからだ。
ドラゴンイーターの方は、作業を終えていた。
電車関係で毎日作業をしているだろうし、これくらいは朝飯前なのだろう。
助かる話だ。
意思疎通ももう必要ないと判断したのだろうか。
ドラゴンイーターは、宝蜘蛛数体を連れて戻っていく。
こちらとしては、見送ることしか出来ない。
そして、作業のスケジュールを。
一度見直そうと決めていた。
水を飲む。
最近は殆どやっていない行為だった。
ブロックを食べる事は、もうやめるようになっていたが。
水を摂取することは、まだ少し続けていたのだ。
そして、水を飲むことで。
多少体を冷やすことが出来た。
排泄の類はしないから、後は体表面から勝手に蒸発するのを待つだけなのだが。
それはそれで、水を飲むことだけは続けても良いかも知れない。
フォークリフトが動く事を確認。
シールドマシンの部品が傷んでいないことを確認。
ゴンドラを動かす。
急ぎすぎていたのだろうか。
そうなのだ。
実際ドラゴンイーターにも、ゴンドラを過重労働させていた、と言われていた。
それならば、ゴンドラの負荷を考えて、少し動かし方を考えなければならない。
確かに今、ゴンドラを動かしている分には、問題は起きていない。
ぐらつく感じもない。
向こう側に到着。
天井を見ると、鋼鉄より強い宝蜘蛛の糸で、徹底的に補強されていた。
こちら側のフォークリフトも大丈夫だ。
それにしても、本当に酷いミスだった。
忸怩たるものがある。
人間性がまだわずかに残っているから。
こう言うときは悲しかった。
赤い奴に部品を届ける。触手を伸ばしてきたので、手を出す。意思疎通をする。
赤い奴は情報を全て吸い取ると。納得したようだった。
風呂などの習慣で、オーバーヒートを抑えていた側面もある。
水は多少は確保出来ていたのだ。
人間に嫌悪感を覚えるのは良いが、合理的な面は残していけ。
了解。
指示を受けたので、その通りだと思った。
とりあえず。一度戻ったら風呂にする事にする。
風呂桶はないが。
穴を掘って、そこに持ち込んでいるブルーシートを突っ込み。
水を入れて、入れば良い。
入った後は、ブルーシートを抜いて、埋めてしまえば終わりだ。
後は水も適宜飲む事にする。
ブロックを囓る必要はないとしても。
今まで水を入れることで、オーバーヒートを抑えられていたのだとしたら。今回、この習慣だけは。
戻しても良いのかも知れなかった。
作業再開。
分解作業を進めていく。
ある程度、ドリル部分を分解したところで、今度は二つあるエンジンの片方を分解に掛かる。
やはり重量の問題がある。
重心を崩して、シールドマシンのフレームが壊れる事態は避けたいからだ。
かなり重いエンジンだが。
幾つかの部品を外して行くと、何とか運べる重さになる。
その過程で水を意図的に飲む。
人間時代と違って、汗で放熱はしないが。
水を飲んだ後、勝手に体が表面から水を蒸発させている様子だ。
これで汗と同じ機能が発生し。
気化熱で体熱を下げている。
栄養は必要なくなったが。
水はまだ必要だと判断して良い。
風呂なんか入る必要はないと思っていたのだ。代謝もないのだから。
だが、オーバーヒートを起こしてしまった今。
その考えは捨てなければならないだろう。
わたしはぶきっちょだ。
取り柄も強運だけ。
だから、こういうことは失敗しないと分からない。
今回は幸い、強運も味方してか。致命的な失敗ではなかったけれども。二度は同じ失敗をしないようにしなければならない。
エンジンの取り外しに成功。
すぐに持っていくのではなく。
予定通り、穴を掘って予備のブルーシートを突っ込み。
水を入れて、そこで風呂にする。
服を脱いで風呂に入って、ぼんやり天井を見上げる。前は無駄な時間に思えていたが、今のわたしには水風呂が大事だ。
これによって体熱を多少なりとも冷やし。
体が良く動くようにする。
今までは、その効果に気付けていなかった。
愚かしい話である。
考えてみれば、水冷式のPC等も存在しているのに。
わたしはそれらに思い当たらなかった。
追加記憶であったのに。
今のわたしは低温と相性が良いのである。どんどんこうやって、体を冷やさなければ駄目なのだ。
風呂を出て。タオルで体を拭く。タオルを持って来ていて良かった。
服を着直すと、作業再開。
ゴンドラに負荷を掛けすぎないように、作業の速度を落とす。
それでいいというように。
ゴンドラも、前のように不安を感じさせる揺れはしなくなった。わたしも、それでかなり安心した。
一つ目のエンジンを運び終える。
エンジン周りのパーツも、続けて運び出していく。
もう少しで、シールドマシンの解体が終わる。残り二割というところだろう。
だが、エンジン周りの部品が、まだデリケートだから油断は出来ない。
曲がったり歪んだり傷がついたりは、できれば避けたい。
シールドマシンの所に戻ると、
更に解体を進めていく。
エンジンから行くか、ドリルから行くか。かなり悩んだところだが。
重さはドリルの方がありそうなので、其方から行く事とした。
ドリルの分解を進めて行く。
もう、シールドマシンの面影はない。
淡々と分解をしていく。
ちょっと不安になったときは、手を休める。
そういえば、前は。
行き詰まった時は、しばらく止まっていたっけ。
そう言う行為が、オーバーヒートを避けていたのだ。
慣れてきていたから。
オーバーヒートを却って呼び込んでしまっていた、というわけだ。
なるほどな。
誰だったかが唱えた説だが。
一つのミスの裏には多数の小さなミスがあり。更に発覚していないミスがもっとたくさん隠れているというものがある。
追加記憶から引っ張って来た説だが。
わたしの今回のミスを考えると、確かに多数の要因が絡んでいる事が分かってくる。
それならば、同じミスはしないようにする。
それでいい。
少し休んでから、また作業に戻る。
いつの間にか。
この謎の空間が何のために作られたかという雑念も消えていた。
それで、更にオーバーヒートが抑えられていることにも気付いて。
わたしは思わず苦笑していた。
残っている人間性が。
隙さえあれば顔を出す。
ただ、苦笑なんてしたのはいつぶりなのだろう。
人間だった頃を遡って考えても。
ついぞ思いつかなかった。
シールドマシンのドリルとエンジンの分解完了。
ゴンドラで輸送する。
ゴンドラは、もう激しく揺れることも、不安になる軋みを上げる事もなかった。やはり過重労働させていたのが問題だったのだ。
それはわたしに対しても同じ事。
自分の体も分かっていない奴が。
乗り物を扱えるわけも無かった。
あえて休憩時間を設けながら。
赤い奴の所に運ぶ。
考えてみれば、雪山は仕事環境的に、休憩をしない方が良いと言う特異な環境で。しかもそこで半年近く作業をした。
悪い意味で癖がついてしまっていたのだろう。
今のうちに、悪い癖は矯正しておかないとまずい。
そういうものだ。
わたしは作業を進めつつ、意図的に休む。
たまに風呂にも入る。
風呂に入るのには、それほど手間も掛からない。水もきちんと飲むようにしておく。そうすることで、オーバーヒートはかなり緩和できる。
ドリル部分の全てを運び終え。
エンジンも運び終えた。
少し休んでから、足回りの解体に入る。
シールドマシンの足回りは、非常に独特だ。何しろ高速で移動する必要が一切無いのだから。
故に、分解は多少手間暇が掛かったが。
別に無限軌道を履いている訳でも無かったし。
そのまま解体して行くだけだ。
ドリルやエンジン部分に比べると、解体はだいぶ楽だし。
何よりも重心について考える必要がないのが有り難い。
全てを解体し終えて、少し休む。
体がオーバーヒートしているかも知れない、と思ったからだ。
体熱は大丈夫の筈だが。
それでも内側に熱が籠もっている可能性もある。
少し休んで。
それで放熱を兼ねる。
そう判断し。
わたしは横になって、休憩する。
シールドマシンの足回りが完全に分解できたことで。以降は危険な作業は、フォークリフトとゴンドラを使っての、重い部品の輸送だけになった。
ゴンドラはドラゴンイーターが意思を伝えてきたように。
過重労働させなければ問題はない。
実際あれ以降問題は起こしていない。
ならば、ゴンドラにあわせて、わたしが動かなければならない。
でんしゃもあるいはそうだったのかも知れない。
一日一本くらいしか来なかったが。
あれだけボロボロの代物だ。
あのでんしゃを、赤い奴がどう管理しているのかは、まだ全ては分からない。
はっきりしているのは。
一日一回しかこないのではない。
一日一回動かすのが限界、だったのだ。
人間が移動するのを防ぐ、という意味もあったのだろう。
まだ生かしてはおくが。
最終的には滅ぼしてしまうつもりだったのだから。
だが、それにしても妙と言えば妙だ。
どうして最後の瞬間まで生かそうと思ったのだろう。
人間を半ば洗脳するような真似までして。
ひょっとしてだけれど。
赤い奴は、何か人間に期待でもしていたのだろうか。
いや、考えすぎか。
単に地球を本当の意味で滅ぼしかけた鬼子に対して、懲罰のつもりで苦しめていたのかもしれないし。
それでもわたしは納得出来る。
それだけの事をされて当然だからだ。
思考は最低限にする。
追加記憶の整理をしながら、ちょっと思考するくらい。
思考すればそれだけ熱がたまる。
休んでいるつもりが、オーバーヒートを起こしては意味がないからだ。
そろそろ動く。
決めて、起き上がると。
シールドマシンの足回りを輸送し始める。
シールドマシンの足回りは、超低速で移動するのと同時に。機体をがっつりと固定する意味もある様子で。
まあそれもそうだろう。
前面が回転しながら、岩盤を掘り砕くのだから。
幾つかの、機体を固定するための仕組みがあった。
それらは当然鋭かったり重かったりしたので。
トロッコに積み込むときは、細心の注意を払った。
ゴンドラに乗せて、移動。
ゴンドラから見る景色は、赤い。
兎に角赤い。
谷から見える遙か先に、まだ動いている人間の街がある。だけれども、それも殆ど酸の雨に焼けただれていて。くすんだ色合いで。
ビルも崩れて、人が住める場所も。
住んでいる人も。
あの街が全盛期だった頃とは、比べものにならないほど少ないだろう。
気の毒だとは思わない。
逆の方を見る。
山が続いているが。
全てがはげ山だ。
この辺りは貧しい国で。
あるものは全て奪い去り。環境を保全するという観念が存在していなかった。故に、山にあるものは全て食べてしまっていた。
最貧国というのはそういうもので。
しかも、最貧国に対する経済支援というのは。その国にいる富裕層の懐に入っても。実際には殆ど効果が無かったという話さえ上がっている。
追加記憶の中の一部が言っているだけなので、それがどこまで本当かは分からない。
だけれども、もしも本当だったとしたら。
それは悲しい事だったのだとわたしは思う。
このはげ山も、核が飛び交う前からそうだったのだろう。
だとすれば。
地球がブチ切れるのも当然だなと。静かにわたしは現実を受け入れていた。
ゴンドラが到着。
フォークリフトで部品を移し替え。
赤い奴の所にまで運ぶ。
赤い奴に足回りを引き渡していると。
不意に触手を伸ばしてきたので、手を出して意思疎通する。
足回りを分解し、回収したことを褒めてくるのかと思ったのだが。違った。
あの坑道について分かった事があるので、教えておく。
了解。
それだけやりとりをして。
情報を受け取っていた。
膨大な情報なので、ゴンドラを壊れない程度に動かす過程で、整理していけばいい。
何というか、流石は惑星規模の量子コンピュータ。
流石に処理能力が違うか。
情報もどこから引っ張って来たのか分からないが。
或いは、取り込んだ人間の記憶を色々継ぎ接ぎして。
真相を探り当てたのかも知れない。
わたしが苦悩しているのを見て、わざわざそんな作業をやってくれたのだとしたら。まあ端末が良く動くように、手を回してくれているという事なのだろう。
有り難い話である。
わたしはたかが端末だ。
それを考えると、人間よりよっぽど有情な行動をしていると言える。
皮肉な話である。
世界を一度再構築し。
容赦なく人間を滅ぼそうとしている地球が。
人間より余程有情だというのだから。
ありのままの人間が美しいとか、万物の霊長だとか抜かしている連中には受け入れがたい事実かも知れないが。
これは残念ながら。現実である。
そんな地球にすら、人間は見捨てられたと言う事だ。
情けない話という他は無かった。
ゴンドラで足回り回収に戻る。
まだドラゴンイーターが伝えてきた過重稼働の状況にはなっていない。まだまだ動かしても大丈夫だ。
また、シールドマシンの足回りの部品を運び出す。
ながら作業はまずいので。
運び出す作業をしているときは、それに集中し。
ゴンドラやトロッコで移動しているときに、先に貰った情報の整理をすることにしていた。
そうすることで、体がオーバーヒートするのを防ぐ目的もある。
わたしは背が伸びるのも止まったし、体の密度が上がっている様子だから。
恐らくオーバーヒートはしやすくなっている。
これは性能が良いサーバほど、丁寧に冷やさないとその実力を発揮できないのと同じ事なのだろう。
情報の整理は淡々と実施しながら。
足回りを運んでいく。
赤い奴は、わたしの記憶を直接覗き込んでいるから。
シールドマシンをどう分解したかも分かっているだろうし。
最後の部品を放り込めば、完品で動く状態で再現出来る筈。
運ぶ事に一切問題はない。
そうして、一週間を掛けて、
部品をほぼ運び終えていた。
そして、その作業が終わる頃には。
貰った追加記憶の整理も終わっていた。
最後のシールドマシンの部品をトロッコに載せながら。
わたしは余りにもくだらない真相に、溜息が漏れそうだった。人間性の残滓が、こう言うときに疼く。
此処は、計画の成れの果てだったのだ。
そもそも最初は、鉄道が通る予定だった。
故にトンネルを掘っていた。
核戦争の前、今赤い奴が満ちている大河は、もう少し山から離れていた。川岸が色々な理由でかなり削られたのだ。削られた部分には大きな道路もあり、近くには都市もあった。最貧国の首都だった。
そしてトンネルの先には、最貧国で第二の規模を持つ都市があったのだ。
標高が違う大きな都市二つをつなぐ方法が、今までは道路しか無く。この国に来るような質の低い自転車では、非常に行き来が困難。
更に物資を運ぶのも尋常では無く大変だった。
そういう事で国家計画としてでんしゃを通す予定だったのだ。
だが、こう言う国は政府が基本的に腐りきっている。
腐りきっていなければ、こんな状態にならない。
腐りきった政府機構の内部で、大規模なプロジェクトが動く際。その予算の大半が、賄賂として複数の官僚の袖に消えていった。
かくして計画は殆ど進展せず。
無駄に労働をしながら、計画は右往左往した。
トンネルを掘ったり、ゴンドラを通したり。
またはそもそもモノレールにする予定になったり。
トンネルの経路を変えたり。
そして、岩盤に行き当たって頓挫した。
残った予算を使って、シールドマシンを組み立てた頃。別方向から迷走していたプロジェクトに横やりが入る。
先進国の一つが。
このトンネルを見て、シェルターに出来ないかという話を持ち込んだのである。
そして、持ち込んできたのは。
計画だけでは無く、人員もだった。
そのやり方は、今までに無く強引だった。
確かに袖の下に金が消えるやり方で、プロジェクトを強引に進めていた現地政府の人員だが。
それらを全て排除して。
労働者だけを残し。
強引かつ無理な作業を労働者達に強い。
徹底的に彼らに過酷な労働をさせながら、シェルターの候補地を掘り進めていったのである。
それには核戦争が近いと言う恐怖と。
それさえも金儲けに利用して。シェルターを作ろうという、どうしようもない人間の業が働いていた。
そうしてシェルターの予定地が作られた。
表向きは、迷走した鉄道工事関係が、ぐだぐだなまま動いているように外部には見せかけながら、である。
その結果。
労働者達が暴発した。
作業の過程で、数百人とも推定される死者を出していたのだ。
それは当然、暴発するのも当たり前だろう。
彼らはやりたい放題をしていた、「先進国」の現場監督達を皆殺しにしたが。鎮圧の過程で大量の死者が更に増えた。
特に悲惨だったのは、逃げだそうとしてゴンドラを無理に動かした結果、壊れたあの惨劇で。
その時に大量の人間が、文字通り潰れて死んだ。
いずれにしても、労働者達は、どうして先進国の人間が来たのか訝しんでいて。
トロッコに積まれる鉱石に金が含まれているのでは無いかと疑っていた。
その結果、金を掘り出すために自分達を使い捨てに殺していると噴き上がり。
それを鼻で笑った現場監督達に、文字通り襲いかかった、というのが真相であるらしかった。
なるほど、そういう事だったのか。
ゴンドラでゆっくり移動しながら、わたしは思う。
文字通り、迷走の果ての迷走。
その結果の頓挫。
破滅プロジェクトの見本が此処にあったのだ。
要するに此処では、何かをしようとしていたのではない。
右往左往した挙げ句に。
何もできなかったのだ。
あのシールドマシンは、多分使われなかっただろう。
途中からシェルターを作り出した連中にとっては、邪魔な代物に過ぎなかったのかも知れない。
そう思うと、シールドマシンは可哀想だ。
それに、だ。
ゴンドラの最後の様子から考えると。
どうやらわたしと同じミスを、以前此処で作業をしていた「先進国」の監督どもはしていたらしい。
つまり、無理に動かしすぎていたのだ。
情けない話だ。
そんな連中と、同レベルの失敗をしていたというのは。
頭を振る。
人間性の残滓が動いてしまう。
ゴンドラが止まった。
後は、最後の部品を赤い奴に届ける。
赤い奴は何も言わずに部品を引き取る。
ゴンドラは、ドラゴンイーター達が回収するとして。後は、後始末をするだけだ。二台のフォークリフトや資材をはじめとした、持ち込んだ物資を回収する。
それで此処の作業は終わりである。
戻って、撤収の準備を開始。
その前に、風呂に入っておく。
水風呂で、頭も体も冷やす。もう実際には頭も体もないのだが。首がすっ飛んでも死なない体だ。だから、サーバを低温のサーバルームで動かすのと同じ。水冷式で、放熱しているのと同じだ。
水風呂にぼんやり浸かりながら、この迷走の果ての迷宮の事を思う。
こんなくだらない事のために。
人間はどれだけの貴重な資源と。
貴重な同胞を無駄に殺した。
プロジェクトが動く過程で、膨大な金銭が動いた。賄賂としても、他にも。
それらの金は、容易に人死にが出るレベルの金だった。
実際に人死にも出ただろう。
最貧国で、それだけの金が動いたのだから。
わたしはじっと手を見る。
そんな連中と同レベルのミスをした手。
情けないなと思って、繰り返さないようにと戒めた。
風呂から上がると、撤収開始。
ビニールシートなどの重量が少ないものは、まとめて全部最初に運んでしまう。後は工具類や荷車も。
一番最後に、フォークリフトを運んでおしまいである。
作業が全て終わると。
赤い奴が触手を伸ばしてきたので。
手を伸ばして、意思を疎通する。
そのつもりだったのだが。
赤い奴は、わたしの情報を精査して、漏れが無いかを確認しているだけのようだった。もう、わたしに追加で伝えることはないということなのだろう。この辺りは、とてもドライである。
まあ、わたしも此奴を赤い奴なんて呼んでいるので、お互い様だが。
やがて、触手が離れた。
戻るように、という意思だけを伝えて。
わたしは頷くと、残った物資を赤い奴が回収しているのを横目に、ひょいと飛び込む。
すぐにわたしの体は分解され。
意識だけの存在になった。
残る時間は確実に減っている。
だがそれでも、まだまだ端末は皆働き続けている。
わたしもそれは同じだ。
すぐに次の仕事を指示される。
当然断るという選択肢は無い。わたしは強運だけが取り柄だが。その強運で、貴重な物資を発見できる事も多いのだ。
だったら、わたしが出るのは最前線である。
他の端末がどうしようもなかった場所にも出向いて。
強運を武器に色々と探していく。
わたしが、強運しか取り柄がないぶきっちょである事は、今回の件で本当に良く思い知らされた。
多分何処かで調子に乗ってしまっていたのだろう。
わたしの評価は、今後代わる事はない。
わたしは、赤い奴の中で、膨大な追加知識を整理しながら。
そう考えていた。
4、顛末の顛末
わたしが派遣されたのは。
どこだか分からないが、さび付いた工場のすぐそばだった。工場といっても、規模が桁違いだ。
なんで放置されていたのだろうと思ったが、それについては理由はすぐに分かった。
雨風が吹き込まない。
工場そのものが極めて頑丈に作られている。
要するに、壊れる怖れがないからだ。
入り口は完全に開いている。
これは恐らくだが、此処が停止する前には、入り口なんてわざわざ閉めているほど余裕が無かった。
それくらい、稼働していたからだろう。
内部には、大きな機械類がたくさんある。
これを運び出せ、というのだろう。
此処に手を出したと言う事は。
赤い奴は恐らくだが。そろそろ地球を丸ごと取り込んで、環境を完全に再調整するつもりと見て良いだろう。
早い話が、最終段階に入っている、と言う事だ。
別の端末でも良かったのではないかとわたしは思ったが。
まあいい。
作業を開始する。
大型の重機類の操作ももうできる。
淡々と重機を運び出していき。
赤い奴の所に持っていく。
どれもこれも、汎用性は殆ど無い重機ばかりだが。
それでも何かの役には立つかも知れない。
少なくとも、重いモノを牽引することは出来る。
後はいわゆるラインと呼ばれる製造工程だが。
銃などを作っている製造工程もあったが。
それ以上に気になったのが。他で作ったらしい鉄を加工するラインである。
順番に分解して運び出しながら。
あっと、思わず声を出していた。
これは、見覚えがある。
シールドマシンのパーツだ。
此処で、作っていたのか。
要するにこの国で作られたパーツだったのだ。
それも、シールドマシンの大きさに合わせて、作成するパーツも大きさを変えられるようである。
思わず拳が震えた。
そうか、此処でやっていたのか。
破滅の原因は、此処だったのか。
人間性の残滓は消えない。
これは多分怒りだろう。
人間として生きているときは、ほぼ抱く事がなかった感情だ。
此処の工場の人間には罪は無い。
だが、此処の工場のオーナーは死んで当然である。
あの迷走プロジェクトにも関わっていただろうし。
その過程で数百人、いやもっとたくさん死なせたのだろうから。
点と点が、線でつながった。
その瞬間を目にしてしまった。
わたしはなんというか、しばらく絶句した後。
気を取り直して、作業を再開する。淡々と物資を分解して、重機で運び出していく。此処には大型の機材もある。
フォークリフトほど利便性は高くないが。
機械を運ぶだけなら充分だ。
作業が一段落すると、赤い奴の指示を受ける。
戻るように、と。
やり方は確立した。
後は他の端末に任せると。
わたしは了解と意思を返す。
別にわたしが此処に貼り付かなければならない理由は無い。他の端末でも十分できる筈だ。
わたしがやるべきは、運を要求されるような作業であって。
此処で淡々と重機を運び出すようなものではないはず。
まだ、運がないと見つけられない重要な拠点はあるだろう。
そういう所の調査にわたしは回るべきだ。
赤い奴に戻る。
すぐに、次の送るべき場所を検索すると言う事だった。
ただ、赤い奴が珍しく意思を疎通してくる。
怒りの感情を消し切れていないようだな。
人間性が残っている様子で、たまに制御が出来ない。
感情というのは、生物が複雑化する過程で発生したものだ。別に人間の専売特許では無い。
そういう意味ではわたしはまだ生物的と言う事か。
そうなる。
了解。
意思疎通を終える。
そうか、人間性というものを毛嫌いしていたわたしだが。
どうやらこれは、人間性と言うよりも。生物性とでもいうべきものだと考えるべきだった。
それならば、そう考えれば良い。
いずれにしても、終わりの時は近付いている。
全てが終わった時。
わたしは端末だから、赤い奴に帰って、地球の一部となるのだろうか。
それとも地球は今後生物を厳しく管理するようだし。その管理者として選抜されるのだろうか。
分からない。
ただ、希望も絶望も無い。
そういうものだと考えているからだ。
わたしには、正直な話。
人間時代に生きていた頃ほどの絶望は、ない。
あの時が一番酷い絶望に包まれていたと思う。
今は気楽なものだ。
手足が無くなった処で何の問題も無いし。
首がすっ飛んでも平気なのだから。
わたしは一旦思考を閉じる。
次の仕事場がそうかは分からない。
だが、最後の仕事は、確実に近づいて来ている。
(続)
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