じてんしゃ

 

序、果てしない森

 

わたしはバイクに跨がったまま、これはどうしたものだろうと思考していた。ちょっとばかり、今までに見た光景と違いすぎるからだ。

まず何だか分からない。

目の前に拡がっているのは、何だか本当に分からないのだ。

酸で溶けてこうなったのだろうということは分かるのだが。

それ以外が何一つ分からない。

何というか、灰茶けた色に包まれた、歪んだ何かが林立している場所。中に入るとどうなるかも分からない。

ねじり曲がったそれは。

わたしには、一体元が何だったのか、見当もつかない代物だった。

いずれにしても、入るしかないか。

しばらくは雨は降らない。

ならば、此処を探索する時間的余裕はある。とはいっても拠点は作らなければならない。

しかしながら、ビルらしきものも見つからないのである。

さてどうしたものか。

考えながら、バイクでぽくぽくと行く。

今まで此処に端末が入った事はないらしいことが追加記憶から分かる。

評価されているのだろうが。

だからこそに、分からなくもある。

灰茶けている様子を排除して考えると。

元はカラフルだったことは分かる。

色々な色が溢れていたのだろう。

酸でやられて、滅茶苦茶になってしまったけれども。それ以上の事は、何一つ分からない場所である。

小首をかしげながら、奥へ進む。

やがて、小さなビルを見つけたが。

どろりと垂れ下がるように、大量の何だか分からないものがビルに掛かっていて。入り口辺りもそれに塞がれていた。

とりあえず触ってみるが。

硬い事には硬い。

というか、脆い。

少し力を入れると、ばきりと折れた。

ビルの内部に入ると、もの凄く暗くて、それ以上に静かだ。

懐中電灯をつけて、周囲を探っていく。

これは、何だろう。

変な臭いがする。

雨の臭いでは無く、死臭でもない。

動物の臭いでもないし。

赤い奴の配下の何かの臭いでもない。

何となく分かってきたが。

全域からこの臭いはしていて。

そして酸によって、臭いは更に拡散しているようだった。

何となく分かってきた。

外で脆くも壊れたものを触ってみる。

これは恐らく。

プラスティックだ。

それなりに強靭に作られたプラスティックだが。酸の雨にやられて溶けたのだ。色々な色の、強度を高めたプラスティックが林立していたこの辺りは。

一体何だったのだろう。

いずれにしても、溶けたプラスティックは浄水器に入れても、飲むのは好ましいとは思えない。

ドレンをセットし。

浄水器をつける。

ビルの中をそれから探索して行くが、小さなビルだ。壊れていないのが不思議なくらいの。

恐らく事務所という奴だったのだろう。

内部はすっからかん。

金庫らしいものは見つけたが。

こじ開けられて。

内部は空になっていた。

ビルの構造はそこそこ頑強だ。

内部に雨漏りがしている様子も無い。

ただ、外に出てみると、もの凄い灰茶けた、何かの模様が見えた。溶けかかったプラスティックに隠されて、今までは見えなかったのである。

何だ此処は。

追加記憶を総動員して調べて見るが、何一つ該当しない。

バイクで周囲をぽくぽくと行く。

たまに剥落してきたらしいプラスティック片を踏んだが。

どのプラスティック片も、元はパステルカラーに塗装されていたことが伺えた。

いずれもが巨大な建物だったようだが。

元の鉄骨部分は溶けてしまってなくなり。

高硬度プラスティックが、酸にやられて歪み。

色も落ちてこうなっている。

そう判断して良いだろう。

だが、そもそもなんでこんなに大量のプラスティックを使っている。

空を見る。

臭いが強くなってきている。

要するに、もうすぐ降り出す。

此処の探索は骨だな。

恐らくだけれども、赤い奴も此処が何だか分かっていない。

端末を派遣しなかったのは、重要拠点として認識していなかったというのがあるのだろう。

何か貴重な品とかがあるのなら兎も角。

ないと判断したからこそ。

此処を放置していた。

そう判断してよさそうだ。

ただ、わたしが派遣されてきた理由が分からない。

重要そうな物資が見つかりそうなら、わたしを派遣しそうなものなのだが。

或いは、追加で何か情報を得たのか。

赤い奴は、今もどんどん人間の記憶を取り込み、アップデートしている。

文字通りの、世界最大の量子コンピュータは、人間の失敗の歴史をどんどん精密にしていっているのだ。

わたしは此処に派遣されたけれど。

それは赤い奴が何かを嗅ぎつけたから、の可能性が高い。

ともかく、雨が降らない間は、周囲を見て回る。

雨が降っているときは、酸にバイクが耐えられないから、拠点に戻る。

それにしても、ここまで死体が見つからない場所は珍しい。

一体此処は、何だったのだろうか。

追加記憶を漁っても、やはり何だったのかが分からない。

近くに核が落ちた気配もない。

人間が住み着いている様子も無い。

工場とかはかなり遠くだし。

電車も地平の向こうに見えた。

この辺りは人間が近寄らないと言うことだ。

食べ物も当然無いのだろう。

かといって、赤い奴が作り出した者達も見当たらない。

小首をかしげながら、辺りを探すが。そろそろ時間的に限界だ。

戻って雨を凌ぐ。

予想通り降りだした。

かなり激しい雨だ。

そして酸がかなり強くなってきている。

今まで耐えていたプラスティックも、どんどんぐにゃぐにゃになっているようだ。大きな音がした。どこかで剥落したのだろう。

バイクをちらりと見る。

タイヤにかなり灰茶けた細かいプラスティック片がついている。

別にわざわざ払うほどでもないだろう。

もっと悪路を行けるバイクだ。

気にするほどのものでもない。

だが、これは本当に。

一体何の目的で作られた。

プラスティックはそもそも石油を加工したもので。

使い方次第では、何千年も使える物なのだと聞いた。

基本的に余程の条件が揃わないと自然には分解されることも無く。

このため、汚染が大問題になっていたと聞いている。

プラスティック片を拾い。

ぼんやりと眺める。

外では本降りになって来ていて。臭いからして、当分は雨はやみそうにもなかった。

この建物は造りがしっかりしているのか、酸の雨に散々打ち据えられても平然としている。

内部には特にこれといったものもないが。

暴動にあった形跡も無い。

ただ、まだ戻るには早いだろう。

何の成果も上げられませんでした、と赤い奴の所に行くのは簡単だが。

調査するのはまだ出来る。

赤い奴が、地球全土を飲み込むまで、まだしばらく時間がある。

その「しばらく」は、当然のように年単位である。

少なくとも、端から端まで見て回るくらいの余裕はある。

それに端末はわたし以外にもいるのだ。

それだったら、何ら問題は無いだろう。

何かしらの英知の結晶を回収出来なくても、わたしのせいじゃあない。

だいたい端末は千五百くらいはいると聞いているし。

そもそも適材適所を見繕っているのは赤い奴だ。

赤い奴は合理主義者で。

自分を特別視する事も無い。

単に必要だから人間を地球から排除し。

汚染されきった地球を再構築する事を考えているのであって。

その考えを隠すことも無い。

嘘をつくという概念がないのだ。

まあ、気楽にやればいい。

わたしはそう思っている。

雨が止んだ。

かわくまで待つ。

外に出ると、地面が思ったよりしめっている。

どこでも、乾くのは異様に早いのが相場なのだが。

此処は違うのだろうか。

浄水器の水をがぶがぶと飲んで。

ブロックを囓って、追加記憶を整理しながら。乾くのを待つ。

少し予想より時間は掛かったが。地面は乾いてくれた。バイクで出る。ぽくぽくと行く。

周囲を見て回ると。

どうやらこの一群の建物、周りを回るだけなら、三日程度で充分のようだ。

ただ内部がかなり入り組んでいて。

プラスティックになんでこんなにこだわるのか。

それが分からない。

元々耐久力はあっても、建材には向いていない。

表面だけをコーティングするにしても、幾らなんでも様子がおかしい。

それにだ。

どの建物も、まるで元の用途が分からないのである。

溶けたプラスティックによって、内部に入れそうに無いものまであった。

仕方が無いので、フォークリフトで無理矢理壊して内部に入ってみるけれど。

そもそも内部も鉄骨以外はプラスティックで作られていたらしい。

内部がそもそも存在しない。

そう結論せざるを得なかった。

一つずつ、建物について調査していく。

こんな調子で内部がそもそも無いのが三割くらい。

残りの半分くらいは、内部には何とか入れたものの、何一つないすっからかんの空間である状況。

更に半分は、内部構造が歪んでいるというか。

何を目的にこんな建物を作ったのかさっぱり分からず。

わたしは困惑するばかりだった。

ともかく、一つ一つ建物を見て行くが。

結局最終的に、探していて益がありそうな建物はさっぱり見つからない。

大量の溶けたプラスティック片で、ドロドロに固まっている建物はあるけれども。

これは追加記憶や、瞬間記憶の助けを借りても。

元が何だったのかは、どうしようもなかった。

拠点に戻る。

地図はあるので、それに順番に×を付けて行く。

残りは数個。

とんでもなく巨大な、中心部にある溶けたプラスティックの塊だらけの建物に、ひょっとして何かヒントがあるかも知れない。

あるかも知れないが。

此処に人間が近寄らない理由は何となく分かった。

酸の雨が降り出してから、ここはもはや何一つ金になるものがなくなったから、なのだろう。

或いは核が飛び交う戦争の前には。

ここは役割を終えていたのかも知れない。

今度の雨は、それほど時間を掛けずに止んだ。

バイクで出る。

とりあえず、一番大きな建物を調べてしまえば、後はもうこれといって調べるものもないだろう。

赤い奴は何を考えてわたしを此処に派遣した。

あの大きな部分を調べても、何かが見つかるとは思えないのだ。

わたしはぼんやりと雨が降るのを見やる。

この間。悪徳の館で。

人間がどういう文明を作っていたのかを良く理解出来た。

滅びて当然の生き物だと言う事は良く分かった。

だから、この歪みきった灰茶けた謎の場所に対しても、特に感銘は無い。

有益なものだけ見つかればそれでいい。

ただ、これでは有益なものなんて見つかりそうにも無い。

それが不安である。

雨が止むまでに、追加記憶の整理をしておく。

人間的欲求の追加記憶を整理しておくが、複雑すぎて何とも理解がしがたい。

そもそも人間が散々口にしていたらしい常識という言葉自体に、明確な定義が存在していない。

人間は価値観を多様化させた。

それは武器になったが。

それでありながら、人間の文明の末期には、自分と違う価値を持つ相手を攻撃する事がやたらに流行った。

最終的には男女で攻撃し合ったとさえいう話もある。

追加記憶にその実例があるが。

何のためにやっているのか、さっぱり分からないと言うのがわたしの結論だった。

雨が止む。

追加記憶の整理は後回しにして、出る。

乾いた地面を踏んでいて気付くが。

此処に使われていたプラスティック。

剥落して欠片になっても。

殆ど尖っている様子は無い。

曲がりなりにも高硬度のものだっただろうに。

一度も体を傷つけられなかった。

何だ此処。

本当によく分からない。

文明を構築していた時代の人間は、如何に他者に悪意をぶつけるかを競っていた節があるのだが。

どうして相手を傷つけない方向でモノを作っている。

よく分からない。

一番大きな建物の跡地に出る。

周囲を調べる。

叩いたりして、音の反響を確認。

プラスティック片を引きはがして、意味がありそうな場所を探す。

しばらくして、見つけたので。

フォークリフトを持って来て、ドロドロになって一度固まった灰茶のプラスティック片を、引きはがした。

フォークリフトのパワーで充分だ。

レーザーカッターを持ち出すまでも無い。

入り口を開けるまで、それほど時間は掛からない。

これは外れだったのかな。

そう思いながら、内部に入ってみると。

どうやらそうでもなかったらしい。

入ってみて、始めて文明の臭いがした。

天井には一列に灯りが並んでいる。

勿論もう生きてはいないが。

懐中電灯をつけて、内部の探索に移る。何だか色々な絵が描かれているが、丸っこくデフォルメされている。

何だろう。

一応追加記憶にはある。

それなりに有名なキャラクターらしい。

文明がまだ生きていた時代。

色々なキャラクターを人間は産み出して。

それを収益に変えていたらしい。

此処にあるのは、食べ物を基にしたキャラクター達だ。キャラクターは基本的に何かしらのストーリーに紐付いているのが普通だが。

この作品は、それほど有名ではなかったそうだ。

他にも色々な、画風が違う絵がたくさんある。

いずれも、追加記憶にヒットする。

メジャーなもの、マイナーなもの、色々あるらしい。

特に感銘は受けない。

これらは余裕があったから生じたものだろうし。

今の時代には縁がないものだ。

そう思ったが、少し考え直す。

そう判断するのは、赤い奴だろう。

わたしがするのは、英知の結晶の収拾。

赤い奴がどう判断するか、決めてからでも遅くは無い。

奥まで行く。

金目のものは殆ど無い。

やはりかなり劣化しているが、丸っこくあえて作られているらしい椅子やら。あくまで威圧感を与えないように工夫した警備装置やら。とにかく、来る人間に悪意を向けないように設計された仕組みが目立つ。

何だこれは。

小首をかしげているうちに、最深部に到達。

殆どがすすけてしまっているが。

膨大な物資があった。

これは、人形か。

恐らく見捨てられて此処が封鎖され。それっきりだったからだろう。箱に入っているものも多い。

つまり、状態は非常に良い。

人形だけじゃ無い。

いわゆるぬいぐるみだけでは無く、フィギュアという精巧にキャラクターを立体再現したものもあるようだ。

よく分からないが、此処の物資はどうするか、少し考えた方が良いだろう。

また、他の建物もみておいた方が良さそうだ。

判断は後回し。

わたしはそう決めていた。

 

1、文化の墓穴

 

かなり広い土地の中で、すっからかんになっていない建物は。中心部の他に一つしか無かった。

それもどうやら、この広い土地の所有者だった者の住居だったらしく。

ごくありふれた家屋の残骸しか残っていなかった。

死骸もあった。

一人分だけ。

死んだ時、相当に高齢だったのだろう。

少なくとも、医者を呼ぶ余裕さえ無く。孤独に死んだのは確実なようだ。

いずれにしても、建物内に目立って珍しいものはない。ただ、一つだけあるとしたら。

どうしてか、自転車がかなり良い状態のまま残っていた。

自転車か。

バイクと違って、動力がついていない二輪車のことだ。

わたしが使っているバイクは安定性を重視した造りになっていて、ものを引けるくらいパワーもあるが。

自転車は自分で漕ぐ必要がある。

その代わり、燃料がいらない。

乗り手のパワーが続く限り、それこそ幾らでも走る事が出来る。

そういう意味では、金が掛からない乗り物だ。

また、燃料を必要としない関係上、構造も単純で。

全体的に安価であると言う強みがある。

しかもこの自転車。

いわゆる補助輪がついている。

幼い子供用のものだったと見て良い。

この骨は、どうみても老人のものだ。

どうして子供用のものが。

奥を調べて見るが、倉庫から体格に合わせた自転車が幾つも出てくる。

一番大きいのは、多分わたしでは乗りこなせないくらい大きい。

その次のは、わたしに丁度良さそうだ。

これは、持ち帰っておこう。

そう判断する。

ただ。こんなに自転車をおいて、何がしたかったのか。

それがよく分からない。

バイクは確かに便利だが。

今の体だと、自転車の方が便利かも知れない。

ただ、バイクには。

人間性の残滓である、愛着というものがある。

おかしなもので、毎回全部完全分解されて、再構築されているのに。

それでも愛着はあるのだから。

どちらにしても、まずは此方の元家屋にあるものを回収して、赤い奴の所に持っていくとする。

フォークリフトに荷車を積んで。

往復三回で済むとわたしは判断。

あまり性能は良く無さそうだが、ノートPCもあったので。それもきちんと回収しておくことにする。

もう壊れているかも知れないが。

赤い奴にとっては、どんな物資でも欲しいだろうから。

そして、回収の際に。

一番大きな建物の方は判断を仰ぐ。

必要ないと言われたら今回は切りあげ。

必要だと言われたら、徹底的に調べ上げなければならないか。

いずれにしても、彼処にはキャラクターグッズやそれに関する資料が膨大にあった。幾つか追加記憶から該当しそうなものを検索しているが。

ひょっとするとだが、博物館とか、そういうものだったのかも知れない。

文化の保全をする施設のことだ。

だがその割りには、パステルカラーのプラスティックまみれだった周辺一帯の説明がつかないし。

何よりも、大量のグッズは、恐らく販売することを目的とされていた。

整然と箱に入れられ並べられていたからだ。

かといって、いわゆるオモチャ屋というのもおかしい。

というのも、だったら大量に金はあるはずだし。

暴動に晒されて、滅茶苦茶にされているはずだからだ。

暴動の爪痕はわたしも散々見て来た。

こんな大きな敷地で、大量の物資があるような場所。

エジキにならない筈が無いのだ。

何度も小首を捻りながら。

わたしはともかく、此処の主だったらしい人物の死骸も含めて、回収物資の第一弾をフォークリフトに乗せる。

流石に今回はトロッコを引く必要は無さそうだが。

もしも中央部分の建物にあるキャラクターグッズを全部回収しろといわれたら。

フォークリフトに荷車をたくさん連結して。

それで一気に運んでいく必要性が生じるだろう。

まずは、一度赤い奴の所に、荷物を運んでいく。

赤い奴に引き渡す。

すぐに、赤い奴が触手を伸ばしてきたので。

わたしも手を伸ばす。

意思の疎通を行う。

わたしの見て来たものが一瞬で赤い奴に伝わった。

赤い奴はしばし考え込んでいるようだ。

珍しい。

大体即断即決なのに。

わたしは待つだけだ。

今は人間では無い。

端末なのだから。

やがて、赤い奴は結論した。

全てを回収しろ、と。

それだけじゃない。

ビデオも渡してくる。これは画像を録画するもので。写真をとるのではなく、周囲の映像をずっと取って回ることが出来るものだ。

状態がいいものが残っていたのだろう。

わたしが何故と意思を送ると。

赤い奴もすぐに返してくる。

其所にあるのは、貴重な文化資産だ。

次の知的生命体が生じたとき、無駄は可能な限り省きたい。

残っている文化は可能な限り回収しておきたい。

特に余裕が産み出す文化に関しては。

今後、人間という生物がやらかした失敗を完全にリカバーするためには、鍵となるだろう。

そうか。

そんなに重要なものか。

だったら、回収はしなければならないだろう。

いずれにしてもわたしに決定権は無い。

カメラを受け取ると、まずは家屋の方から物資を回収する。

家屋の物資の回収が終わったら、次は連結用の荷車を要求して。一気に大量に物資を回収していくとしよう。

恐らくだが、重いものは殆ど無いので。

フォークリフトの馬力なら、一度に大量の物資を運ぶ事が出来るはずだ。

雨が降るからそれがちょっと心配だが。

それ以外は気にしなくてもいいだろう。

それにしても、本当に此処は何なのだろう。

家屋に戻りながら、考える。

正体が分からない。

博物館でも店でもないとすると。

一体何なのかが、見当もつかなかった。

 

自転車を全て積み込むと、家屋の中がすっからかんになった事を確認。

今回は余裕があるので、些細な物資も余さず回収していく。

この家屋の主の生前らしい写真も見つかった。

かなり色があせてしまっているが、一人で静かに微笑んでいる老人だ。かなり痩せていて、周囲に人はいなかった。

カメラの時間差撮影機能を使って撮ったものだろう。

そして、この老人が静かにあの世に行く前に。

文明が終わった。

そういう事だろう。

色々な資料を見るが、どうにもよく分からない。

博物館にしては、人を呼ぶことを想定しているようには見えないし。

おもちゃ屋にしては、金の類も無いし。略奪にあった形跡も無い。

一応人は雇っていた様子だが、文明が崩壊すると同時に全てが逃げ出した様子だ。或いは、金目の物はその時全て雇った人間に渡してしまったのかも知れない。

日記の類はつけていない。

或いはあのノートパソコンで、SNSなりに日記をつけていたのかも知れないが。

だとすると、もう追う手段が無い。

当然インターネットなんてものは。

もう赤い奴の中で、擬似的に作られているもの以外は、存在していないからである。

自転車を数台運び出し。

そしてこの家屋は空っぽになった。

赤い奴の所に出向く。

物資を引き渡していると。赤い奴が触手を伸ばしてくる。

まあこっちも用事があったので、手を伸ばし。意思疎通をする。

すぐに意思が流れ込んできた。

本命の回収作業を急ぐように。

効率化のために荷車がほしい。連結する。

分かった、手配する。

それでは此方も作業を開始する。

それでおしまい。

意思の疎通がすぐに終わり。

赤い奴は、荷車を四両出してきた。

臭いが告げているが。

そろそろ雨だ。

一旦拠点に戻るか。

そう判断して、拠点に移動する。

バイクは今回、もう使わないだろう。次の第一回回収で、戻してしまうとしよう。

それと、拠点は此処から、中央部の建物に移す。

赤い奴からは少し遠くなるが。

ビデオまで渡されたのだ。中を全部記録してこいと。

わたしには、文化の重要性はよく分からない。

だが、赤い奴は、端末の知識だけではない。今まで取り込んだ人間の知識全てを体内に有している。

その上で有益と判断したのなら。

わたしもそれに沿って動くだけである。

雨は少し長く続いた。

この辺りは、雨が少し多いのかも知れない。

天候は赤い奴がある程度制御しているはずだが。

何かしらの理由で、雨は降りっぱなしにしているのだろう。

わたしには良く理由は分からないし。

知るつもりもない。

横に転がって、目を閉じ。

追加記憶の整理を行う。

整理を行えば行うほど、わたしの性能は上がる。何もかもをやりやすくなっていく。

だからそれでいい。

文化はそれほど重要か。

追加記憶にアクセスするが、どうも曖昧だ。

文化が衝突したところでは殺し合いを含む争いが常に起きていたようだし。

自分の文化を他人に押しつけて。他人の文化を蹂躙する人間は珍しくも無かった様子だ。

キャラクターについても。

このようなキャラクターをこのむのは男では無いと言うような短絡的かつ近視眼的な意見や。

逆にこんなものは女の子が好むべきキャラクターでは無いとか、そういう意見も当然見受けられた。

文化は人間の対立の歴史にそのまま当てはまるのでは無いのか。

そうとさえ思ったが。

よく分からない。

赤い奴は重視している。

理由はなんでなのだろう。

あの大きな建物の内部にあったキャラクターは、殆どが破滅的な核戦争が始まる前くらいに作られたものばかりだ。

古くからあった文化である宗教などと関係は見られないものである。

故に、追加記憶の中には、冒涜的だとか文句をいうものもあった。

わたしにはどうでもいい。

横になってしばらく寝込んでいる内に。

雨が止む。

数日は降り続いていただろう。作業の時間ロスが起きたとは思わないが。ともかく作業に取りかかる。

乾いているのを確認してから、まずは拠点を移動。

浄水器などのセットを終えてから。

本格的に内部の調査を開始した。

まずは、もっとも物資がたくさんあるグッズの類を外に片っ端から持ち出す。その過程で、建物の構造を見ていく。

どうやらこの建物、そもそも一階、地下二階で構成されていたらしく。

二階は存在しなかったようだ。

地下二階も、動力関係の設備だったらしく。

今回持ち出すとしたら最後になるだろう。いずれにしてもありふれた発電装置だし、その上物理的に壊れてしまっている。別に持ち出さなくても良い気がする。

赤い奴に聞いて、いるなら持ち出す、くらいだろうか。

地下一階にたくさんあるキャラクターグッズを、壊さないように丁寧に持ち出して、全て赤い奴の所に持っていく。

その過程で一つずつ名前などを覚えていくが。

兎に角退色してしまっているものが多い。

ただそうなる前は、とてもカラフルだったことが一目で分かるものが多く。

人間のキャラクターの場合は、殆どの場合非実用的な服を着ていた。

ただそのデザインは極めて多彩で。

如何に余裕があったのか、一目で分かるのだった。

しかしながらその「余裕」は間違いなく地球を蝕む過剰な浪費が裏にあったし。

わたしには、なんとも言えない。

文化については、此処まで花開いたのであれば、それ以上必要ないようにさえ思える。

それなのに。

調べて見ると、作られた年がそれぞれ出てくるが。

毎年膨大なキャラクターを産み出しては、使い捨てるようにして次のキャラクターを産み出していたようだった。

わたしには分からない世界だ。

数往復して、残っていたキャラクターグッズを赤い奴の所に運んでいく。

片っ端から無言で運ぶ。

赤い奴は何も言わない。

わたしが、自分なりのやり方で、成果を上げてきているからだろう。判断を仰がれない限り、干渉するつもりは無いようだ。

要するにやりやすい。

わたしとしては歓迎すべき事だ。

作業をそのまま続けていき。

連結した荷車で、そのまま大量のキャラクターグッズを赤い奴に返していく。

赤い奴に取り込まれた瞬間、全てのキャラクターグッズは文字通り溶け消えていくことになるが。

しかしながら、その全ては地球そのものに記憶されるのだ。

そのまま朽ちるのと、どちらが幸せなのだろう。

わたしにはよく分からない。

三往復ほどで、雨の気配。

だが、大量の荷車で作業はとても円滑に行う事が出来た。

相当量の物資を輸送できたので、今度は内部の撮影に移る。

ビデオカメラの容量や、予備バッテリーについては問題ない。

わたしも追加記憶をいつも整理しているし。

赤い奴の中では、その速度だって更に上がる。

他の端末が回収してきた事で使えるようになっただろうこのビデオカメラも。実際使ってみるととても便利だ。

だが、追加記憶をこまめにメンテナンスして。

使えるように知識を整備しておかなければ、とにかく手間取っただろう。

淡々と、隅から隅まで撮影して回る。

最近は、こういう作業を始めると、ほとんど食事を取らなくなった。

人間時代の習慣で水を飲み食事を取っているけれど。

元人間である事がわたしにはだんだん馬鹿馬鹿しくなってきている。

習慣をやめられるならやめたい。

そう思うようにもなりはじめていた。

人間であり続ける事に意味があるのか。

この間の悪徳の館は、人間の全てを詰め込んだような場所だった。

あそこにいた人間はクズだったが。

平均的な人間でもあったのだ。

今はそれが分かる。

だからいっそのこと、体の形状とかも人間であることを意識しなくても良いのではと思い始めているが。

それはまあ、実行するにしてもまだ先の話である。

撮影を隅から隅まで、舐めるようにして。時々手を止めては、内容を確認する。

雨が降っている間は、ずっとこの作業である。

そして雨が止んだら、荷物の積み込みを開始。

フォークリフトで引いて、赤い奴の所に届けていく。

荷物の積み込みを始めて、それで気付く。

自転車だ。

またか。

しかし、この自転車。

軽く触ってみると、動かせる。

キャラクターのイラストがたくさん描いてある、いわゆるグッズなのだろうが。

幼児向けでは無く、自分でも乗る事が出来る。

勿論乗る事になんら異議は無い。

というか、この内部。広すぎて辟易していたのである。

撮影のためにこれを乗り回すのは悪くないだろう。

先に自転車を全部先に赤い奴に引き渡したのは失敗だった。

これは最後までとっておこう。

わたしは、そう判断していた。

他の荷物と一緒に運び出すと。

わたしは淡々と、キャラクターグッズを荷台に載せていく。

劣化や退色が激しいものほど上に。

壊れる可能性が上がるからだ。

作業を続けている内に。

やがて丁度良い感じに、荷台にグッズが積み上がった。

最初は箱入りなどの、状態がいいものを優先していた。運びやすいからだ。

だが、そのまま置いてあるものも珍しく無く。

そういうものは、程度の差こそあれかなり退色などの痛みが激しい。

よく分からない。

本当に此処は、一体何の場所だったのだろう。

案内などのプレートも見当たらない。

やはり店ではなかったようだし。

此処が何だったのか、本当に分からないのである。

位置的にはステイツの一部らしいのだが。

それにしても妙だ。

追加記憶によると、ステイツの中でもかなり過疎が進んでいる場所で。治安が良いわけでは決して無いが。かといって、利便性が良い場所でもなかった所だという。

だから核攻撃を受けなかったのだろうが。

それにしても、本当にこの場所の意図が分からない。

フォークリフトで移動開始。

赤い奴の所にグッズを持っていく。

今回は雨が遠い。

六往復するまで、雨は降り出さなかった。

物資もかなり運び出すことが出来た。

赤い奴も何も言ってこない。

作業に満足している、と言う事だ。

思ったより面倒な状態になりはじめているが。

自転車を内部で調達できたことで、撮影自体はとても簡単になって来ている。これは大変に有り難い。

そして作業を進めていく。

考える必要がないなら、考える意味もない。

黙々とわたしは、物資を荷台に移し続けていた。

 

2、色あせてはいても

 

隠し部屋を見つけた。

全体を見て回る内に、不自然なスペースを発見したのである。故に色々調べている内に、そこそこ広めの部屋を発見したのだ。

扉は隠されていたが。壁を叩いている内に、劣化した壁紙が剥がれてすぐに露出した。故に、特に苦労はしなかった。

隠し部屋か。

別に悪くは無いけれども。

なんでこんな場所を見つけたのか、正直良く分からないと言うのが本音である。

内部には、膨大な紙の資料がある。かなり埃っぽいが、それは紙の資料が綴じられてはいるものの、机上に大量に放置されているから、だろう。

ざっと目を通したが、殆どが目録と帳簿だ。一部雑記であるが、殆ど意味がある事が書かれてはいなかった。

帳簿を中心に見る。出費と、入手品について書かれている。

これはひょっとするとだが。

全て、この館の主人。

あの孤独に死んだらしい老人が。買い集めていた品だと言うのだろうか。

見た感じ、どれもこれも廃棄される予定だったものばかりのようだ。

それを十把一絡げに、大量に買い取っている。

これはどういうことか。

追加記憶を整理する。

なるほど。

十秒ほどで答えに辿りつく。

どうもキャラクターグッズというのはブームが流れるのが早く。

どれだけ人気のあるものであっても、賞味期限が過ぎると見向きもされなくなるという話である。

人気グッズが売れ残るのはそれが理由で。

逆にそれを逆手に取って、転売屋とか言う恥知らずな連中が好き勝手をしていたらしいのだが。

まあそれはいい。

此処にあるのは全て帳簿だが。

内容を確認できる貴重な紙の資料だ。

持ち出すとしよう。

問題はまだこの館の主の真意が分からない、と言う事なのだけれども。

本当に何が目的だったのか。

物資を運び出す。

わたしは黙々と作業をしながらも。

此処の主の行動が、まったく分からなくて時々思考が混乱するのを感じていた。

これは一体。

何を目的としているのか。

或いは巨大な転売による稼ぎを目的としていたのか。

その割りには、売る事を前提に並べられていたようにはとても思えないのである。一体此処は何だ。

そもそもだ。

此処の金の動きをざっと見るだけで、膨大な金が動いているのが分かる。それも出費だけの方向に、である。

此処の主は、何がしたかったのだろう。

赤い奴に引き渡すときも疑念は晴れなかった。

赤い奴はむしろ喜んで、物資を引き取っていたが。

紙に書かれていることを解析すれば、よりどうして人間が失敗作だったのか、次にどうすればいいのかが鮮明に分かるし。

紙自体が貴重な資源だから、というのが理由らしい。

紙の量そのものは多く無かったので、他の物資とともに一度の運び出しで全て引き渡せたのだが。

引き渡した後、そういう風に意思を送られたのだ。

いずれにしても、解析は勝手に赤い奴がやるのだろう。

惑星規模の量子コンピュータだ。

解析は簡単だろうし。

わたしは、黙々と作業をやるだけだ。

此処はこの間の、露骨に気分が悪くなった悪徳の館とは違う。

外観は不可思議だが。

内部は悪くない。

物資はいずれも灰茶にくすんでいるものの。

いずれもが、乱雑に扱われていた形跡が無いのである。

朽ちるどころか、核に焼かれて溶け死んでしまえば良かった前の館の連中と違って。

明確に敵意が湧いてこないのだ。

この辺りは、やっぱりだが。

醜悪な人間の心理が見えてこないことが理由だろうか。

あくまで現時点では、だが。

内部で手に入れた自転車は、まだまだもちそうだ。

物資を荷車に運び入れた後。

兎に角広い館内を、自転車に乗って撮影して回る。

自転車のペダルが心なしかとても軽い気がする。

何だろう。

よく分からない。

いずれにしても、作業はまったく苦にならない。撮影の時間は、外は雨だから、どうせ物資の運び出しは出来ないし。

物資は運べる量に限りがある。

何となく分かってきたが。

此処の内部に書かれている絵は、手書きのものではない。

恐らくだが、何かしらの方法で誰かしらが書いた絵を直接壁などに貼り付けている。

写真では無い。

そうなると、一種の3Dプリンタを使ったのか。

可能性はあるだろう。

しかしそうなると、余計大変かもしれない。

湯水のように金を使っていたのだろう。

誰かが支援したのだとはとても思えない。

一体此処で、何が起きていたのだろうか。

わたしは撮影を続ける。

想像以上に広いので、まだまだ撮影には時間が掛かるが。

それも撮影に集中する時間を四日ほど掛けると、全て撮影し終えた。

自分で撮ったビデオは全て中身を確認する。

作業に責任を持つ。

当たり前の話だ。

また、どんな存在でもミスはする。

わたしも赤い奴の端末になって人間はやめているが、それでもミスは当然ある。

黙々とチェックをしている内に、時間は過ぎる。

空間把握能力が上がっているので。

此処を撮影し忘れている、というのはすぐに分かる。

何カ所か、追加で撮影をしておく。

そして、撮影した分を編集して、ねじ込んでおく。

この辺りは渡されたビデオカメラの編集機能を使えば難しくは無い。

それなりに元は高級な品だったのだろう。

良く残っていたものだなと、わたしは感心しながら、作業を進めていった。

作業が一段落した所で。

外を見る。

そろそろ雨が止むか。

このビデオは引き渡すとして。

わたし自身は此処で何が起きていたのか。

赤い奴が何を考えているのかが、さっぱり分からない。

だから、作業に没頭することにする。

ビデオはこれで充分。

隅から隅まで撮影した。

後はまだ膨大にある物資を運び出すだけ。

此処はほぼ確実に酸が侵入してくることはないから、作業には時間的な余裕がある。

他の端末がどんなペースで作業をしているかは分からないが。

少なくとも、わたしは出来る事を出来る範囲で行う。

雨が止んだ。

酸っぱい水を飲んで、ブロックを囓る。

これもだいぶ頻度が減ってきた。

後は処理能力を使いすぎて体熱が上がったとき、体を冷やすために風呂があると有り難いのだけれども。

風呂はこの館には無い。

ただ、この館の主の家だったらしい小さな建物にはあるので。

それを時々使わせて貰っていた。

まあ水を浴びて体を冷やすくらいには使える。

ただ妙なことに。

その風呂も、あまり使っていた形跡が無い。

本人が風呂嫌いだったのか、というとそうでもないようなので。

ますます理由が分からない。

兎も角、作業をやっていく。

大量のキャラクターグッズを運んでいく。

一度に運ぶのは、出来るだけ同じキャラクターごとに分けるようにはしているけれども。

それでもどうしても、作業ごとに別れてしまうことはある。

効率を考えると、どうしてもこれは仕方が無い。

ただ一番量が多かったグッズに関しては。

一度では運びきれないほどの量があった。

良く分からない人形なのだが。

どうして此処にこんなにあるのかも、よく分からない。

追加記憶を漁っても、分からないものはわからない。

追加記憶に残るようなものではなかったのか。

追加記憶がまだまだ不完全なのか。

後者であろう事は確実ではあるのだけれども。

わたしには、その不確実性が引っ掛かってならないのだ。

何往復もしている内に、また赤い奴が触手を伸ばしてきた。

手を伸ばして、意思疎通をする。

今まで回収出来なかった物資を、大量に回収出来ていて大変助かる。

またこれらの物資については、今後活用方法がいくらでもある。

キャラクターというものに関しても、だ。

作業を続行せよ。

了解。

短くやりとりをするが。

赤い奴が大満足していることは分かった。

まあ、わたしにはよく分からないが。

満足しているようなら何よりだ。

作業を黙々と続行。

かなり雨が降らない時間が続いたので。

文字通り寝食を後回しにして作業を続けていく。

三十往復くらいした所で、雨が降り始めた。

酸の雨は、くすんだこの異形の地を容赦なく更に蝕んでいく。

フォークリフトで荷車の列を移動させる時に、雨が降る度にどんどん劣化しているのが目に見えて分かるのである。

どうしてだろう。

悪徳の館には、焼かれてしまえば良かったのにという感想しか無いのに。

此処に関しては。

こんな姿になってしまう前は、どういう場所だったのだろうという。

人間性で言うなら憐憫が、わき始めていた。

 

大量のキャラクターグッズは、何も人形ばかりでは無い。

ゲームソフトや、Blu-ray、他には書物や絵画など、ありとあらゆるものがあった。

HDDもある。

ただぽんとHDDがあるので不可思議だなと思ったが。

赤い奴に引き渡してみると、いわゆるファン創作、二次創作とも呼ばれるものが大量に入っていたという。

文字通り天文学的な数の二次創作が入っていたらしく。

絵だったり、小説だったり、その形態は様々だったそうである。

更に回収を続けるように。

そう言われて、わたしも頷く。

分からないのは気持ち悪い。

この館そのものは大変に興味深いが。

だからこそ、全く解らない事が気持ち悪いのだろう。

知りたいと言う人間的欲求が出て来ている。

わたしにとっては、始めて触れるも同然だったから、だろうか。

悪徳の館でも、大量のBlu-rayを回収して赤い奴に引き渡しはしたのだけれども。

その時は、殆ど興味を持つことがなかった。

今回は嫌でも同じキャラクターの多彩なグッズを見る事になるし。

出来の良し悪しなどは、見ていて分かるようになってくる。

あからさまに適当に作ったものから。

徹底的に手を抜かずに作ったものまで。

本当に様々だ。

見境無く集められていたこれらのグッズは。

本当にどうして集められていたのかが分からない。

だからこそ知りたい。

作業を続けていく。

電子系のグッズが増えてきている。

地下に大量に陳列されていたグッズだが、人形や立体的な玩具の類は全て運び出した後だ。

絵画や書物も、もうすぐ搬出が終わる。

後は膨大なBlu-rayや更に古い規格のDVD、一部には、もっと古い規格のビデオテープなどもあった。

古い規格ほど重くてかさばる。

中には、自転車のような大きめのグッズもあるので。

運び出すときには相応の戦略を練らなければならない事もあった。

内部の撮影は終わったので。

雨が降っている間は、荷物の積み込みをしながら。

並行作業で、その戦略を練り続けた。

追加記憶も整理するが。

追加記憶内には、どうしても記憶の元の持ち主の人格が介在してくる。

ある宗教の信徒だった人格は、女性の格好が気に入らないとひたすら批判的だった。

またある宗教の信徒だった人格は、安易にモチーフにされるのが気に入らないと批判的でもあった。

このような邪悪な偶像は破壊するべきだと喚いている人格もあったが。

参考程度に聞いておく。

追加記憶はあくまで追加記憶。

わたしの行動や。わたしの人格にまでは介入できない。

膨大な追加記憶が入ってきていて、影響は受けるには受けているが。

わたしの場合は、焼け果てた世界で、生きる事だけを考えて動いていた。生物としてはもはや終わっている人生を送った記憶がベースになっているからか。

それらまだ余裕がある時代に生きた人間達の記憶については。

影響を受けて、乗っ取られるほど元の人格が脆弱じゃない。

むしろ人間がやらかした行動の数々を見て。

それで人格により強い影響を受けるケースの方が個人的には多い。

今回は、また影響を受けている気がするが。

その中では、どちらかというと正の方向に影響を受けている気がする。

嘆息。

雨が止んだからだ。

物資を大量に運び出す。

一部の区画は、本がひたすらに積まれていたが。

本の巻数が揃っていなかったり。

或いは重複していたりと。

あるものは全部集め。

ないものは諦めていた。

そんな風な傾向が、一目で分かる。

いずれにしても、此処に置いていても。いずれ赤い奴が丸ごと飲み込んでしまい。その時雑に処理されるだけだ。

運び出さなければならない。

淡々と作業をこなしているうちに。

わたしは気付いていた。

此処に対して、むしろ愛着を感じていると。

今まで見て来た場所で。

ひょっとして始めてかも知れない。

敵意を感じることはあったが。

愛着を感じることは無かった。

此処を作った奴は。

大量の金を浪費しながら、差別も区別もせずにキャラクターグッズを集めていた。それも、天文学的な金を惜しみなくつぎ込んでいた。

その作業によって回収されたキャラクターグッズは本来売れ残って廃棄される運命だったものたちで。

此処に集められた結果、核が飛び交う地獄からも生き残ったのだ。

そう考えてみると。

この間の悪徳の館と比較すると、完全に真逆とも言える。

単純に、好きだったのだろうか。

好きという感覚すら、死んでから知ったものだが。

いずれにしても、まだぴんと来ない。

何か、更にまだ複雑なものがあるのではないだろうか。

それもよく分からないが。

ともかく、少しずつ調べていくしかないだろう。

大量の物資を赤い奴に引き渡し続けた。

そろそろ、半分か。

ただし、書籍などの重い物資が増えてきている。

重い物資は扱うのも大変だし。

作業後に、全身がオーバーヒートする事も多い。

食事は別に必要ないが。

放熱は必要だ。

作業効率が落ちるからである。

そのせいか。

風呂に通う事が、増えていた。

生前は無かった習慣だが。

別に嗜好でやるのではなく。

単に作業の効率を上げるために、行うだけのことだった。

其所に小さな違和感がある。

ひょっとしてだが。

わたしとこの館の主が相容れないのは。その辺りが原因なのかも知れない。

風呂が終わったので、物資を運び出す。

ここに来てからそれなりの時間が経過したが。

なんだかんだで、物資の搬送は上手く行っている。

トロッコを使うほどに重い物資ではない。

だが、トロッコを使うよりは、荷車を使って一気に大量に運んだ方が良いし。何よりも扱いには気を付けなければならない。

そして、運んで赤い奴に届けることが。

わたしには、楽しみになりつつあった。

人間性は失われたと思っていたのに。

ここに来て、どんどん戻って来ている気がする。

人間に対して敵意が強くなっていたのに。

ここに来て、かなり緩和されてきている気がする。

何よりもだ。

核が飛び交う戦争の前は。

金を人命に露骨に優先していた。金のためだったら、どれだけ周囲を滅茶苦茶にしても問題ないとまで考えている人間が幾らでもいた。

それは追加記憶が告げてきている。

しかしながら、此処の主は。

金よりも、自分が大事なものを優先していた。

その事実だけで。

わたしは。此処の主を、核が飛び交う戦争の前に生きていた人間の大半よりも、好ましく思えた。

書籍だけで、数往復はしなければならなかったが。

大きな本から小さな本まで、書籍のサイズは様々だった。

そのため、荷車の容積を圧迫したが。

別に容積を圧迫する事に、不快感は無かった。

赤い奴に膨大な本を引き渡す。

赤い奴が触手伸ばしてくる。

手を伸ばして、意思をやりとりした。

この物資の数々は素晴らしい。

欠損品もあるが、非常に文化資産としては価値があるものだ。

時間は多少掛かっても良い。

徹底的に物資を集めろ。

了解。

時間は掛かってもいい、か。

そろそろ雨が降る。

それもあって、赤い奴はわたしに意思を伝えてきたのだろう。

わたしは思う。

人間に対して、本当に痛烈な敵意しか感じなかったが。

例外とすべき存在もいたのではないかと。

生きていた頃、わたしに色々教えてくれた人。

あの人は強い使命感から、文明や英知を残そうとしていたように思えた。

この館の主。

自分の資産よりも、コンテンツというものの価値を優先する事が出来た。

即物的なものである金よりも。

人間の知的活動を尊いと考えたのか。

まだその辺りは断言できないが。

いずれにしても、金を不必要に集めた挙げ句。核で世界を焼き滅ぼした連中よりも何千倍もマシだ。

館に戻る。

雨が降り出したので、物資の運び出しの準備をする。

荷車に物資を積み込み。

更に次の運び出しに備える。

連続稼働時間がかなり増えてきている。

体熱が上がっていると判断したわたしは。

作業を一段落させると。

その場に横になって、目を閉じる。

追加記憶の整理をしながら。

思考速度を落として、回復を図るためである。その途中で夢も見る。人間同様、記憶の整理が夢だからだ。

ふと気付く。

わたしは、広い広い廃墟にいた。

遊園地の跡地だ。

其所はもう廃棄された、広いだけの土地だった。

其所に来た老人が、寂しそうに周囲を見る。

もう、全てが壊れてしまっていて。

何も役立つものはない。

そして、廃墟を撤去すべく。

大量の重機が動いていた。

此処を買い取ったのだ。老人は。

本来は、遊園地は保存するつもりだったのだが。業者が既に解体を始めてしまっていた。だからどうにもできなかった。

やがて、すっからかんになった土地に。

老人は、自分の美意識で、様々な建物を作り始めた。

違う。

建物と言えるのは、大きな中央部の倉庫だけ。

他は全部オブジェクトだ。

老人は世界中の、ありとあらゆるコンテンツが大好きだった。

老人は変人扱いされていたが。

別にそんな事は構いはしなかった。

経済が完全に暴走して、サーキットバーストを起こし。

モラルが完全に崩壊して、金を集めることに血眼になっている周囲の人間達と関わるのは嫌だった。

だから親が残した資産を使って。

自分だけの家を作ろうと思ったのだ。

周囲に、好きなコンテンツの立像をたくさんたくさん作る。

そして、廃棄される予定だったグッズを、金の限り買い込んだ。

警備員も雇ったが。

気味が悪く感じたのか。

老人に対して、何か干渉してくることは無かった。

それにあまりにも周囲には此処が「不気味」に見えたのか。

泥棒の類も寄りつかず。

破滅の際に、暴徒の類もこなかった。

彼処に行くと呪われる。

そういう噂が流れているようだった。

やがて核戦争の発生が決定的になると、警備員は去って行った。金は渡したが。それでも老人を最後まで気味悪がり、陰口をたたいていた。

皆いなくなる。

集めたグッズは丁寧に封印した。だけれども、一部のグッズを整理しているときに、老人は心臓発作を起こし。そのまま命を落とした。

幸せだったかも知れない。

その後核戦争が起こるのを見ずに済み。

完全にキレた地球が人類を排除し始めるのを見なくても済んだのだから。

それに酸の雨で、自分が作らせたキャラクターの立像達が、溶けて行くのを見なくても済んだのだから。

老人は、人生に。

悔いを残していなかった。

 

3、本当に価値あるもの

 

わたしはぼんやりと、起きてから目を擦っていた。

今見た夢は何だ。

追加記憶のどこにも、あんなものは無かったはずだ。

小首をかしげる。

妙に体が軽い気もする。

外に出る。

雨は既に止んでいて。靴が傷むのでまた戻ったが。地面もすぐ乾くのは確実だった。

今の夢は。

何だったのだろう。

腕組みして、考え込む。

あの老人。

ひょっとして、此処の館の主だった人物だろうか。

だとすると。

客観的に見て来たこの館の全ての状況証拠が、あの老人の人生というものを。わたしの中に蘇らせたのだろうか。

何というか幽霊的だなと思ったけれども。

幽霊なんてものは存在しない。

それが分かってはいるから。

わたしは、憮然としていた。

客観的に見た此処の真実から構成されたあの老人の全て。客観的なデータから再構築されたのだから。あながち嘘でも無いだろう。

どうして家に自転車が複数あったのか。

それはまだ整理が終わっていなかったのだ。

だが老人は、恐らくそれで良かったと想っただろう。

自分の死体で、愛したコンテンツのグッズを汚すのが、最小限で済んだのだから。

それにどのみち、世界が崩壊した後は。

体を壊していただろう老人は、長生き出来なかっただろう。

荷車はいつでも出られる。

わたしは、しばらく無言のまま俯いていたが。

外が乾くまでの時間に。

もう一度、館内のある場所を見に行く。

それは、恐らくだが。

酸で滅茶苦茶になる前の、此処の図だ。

彼方此方に、老人が大好きだったらしい世界中のコンテンツのキャラクターが、立像として立っている。

そう。

やたらパステルカラーが多かったのは。

それが理由からだ。

あれらは建物では無く。内部はあくまでメンテナンスと骨格のためだけにあり。外の覆い。

たくさんの人達が作り上げてきた、キャラクターコンテンツに敬意を示したものだったのだ。

そう思うと、たくさん落ちていたプラスティック片が、酷く残酷に思えてくる。

映像には収めた。

だから、いつでも再確認は出来る。

赤い奴がここのデータをどう活用するのかは分からない。

いずれにしても此処は。

老人にとっての楽園であったのだろう。

そして周囲の人間は、気味が悪い狂人扱いした老人を、影で笑っていたというわけだ。

本当に醜悪極まりない生物だな人間は。

わたしは目を細める。

人間として生きていた時には、そんな事を考える余裕も無かった。

でんしゃに乗って移動しながら、生きるために必死に都会を目指すことしかできなかったし。

おおあほうどりや無数の人外に怯えながら。

ただ震えている事しか出来なかった。

余裕ができてから、ようやく世界が見えてきた感がある。

そしてその世界は。

濁りきっていて。

腐りきっていて。

滅びるのも当然の代物だったと言う事も、今のわたしはよく分かる。

じっと見上げる。

心の奥底にある楽園で。

土足で踏みにじってはいけないものだ。

それを周囲の人間達は、「見た目が気色悪い」「行動が気色悪い」という理由で、土足で踏みにじって笑っていた訳だ。

自分より下の存在を作る事を、人間は本能的に行う。そして自分より下の存在を貶めることで、精神的な衛生を保つ。

いずれにしても、わたしはこの老人に対しては悲しみを覚えたが。

人間という滅びゆく生物には、もはやなんの感情もなくなった。

物資を運び出しに行く。

酸の雨に溶かされてしまった悲しみはあるが。

老人の心の庭は、もう人間に土足で踏みにじられることは無い。

追加記憶の中で、軟弱だのどうだの喚いているのがいるが、黙らせる。

あくまでわたしが主導権を握っているのであって。

追加記憶内に生じる人格に、わたしをどうこうする力は無い。

苛立ちは募るが。

逆にそれ以上に、運ぶ物資には丁寧に触るようになった。

物資を大量に運んでいく。

今まで以上のペースで。

赤い奴は、物資をどんどん受け取る。

データとして、地球そのものにそれは刻まれる。

腐りきった人間の精神そのものは、多分地球から永久に排除されるが。

この心の奥底にある花園は保全される。

そう思うと、どうなのだろう。

不思議な気分だった。

苛烈に働いた後。

雨が降り出した。

少し長く降るな。

そう判断したわたしは、作業を一度止めると。

急いですぐ近くにある館の主の家に行って風呂を浴び。

酸で少しいたんだ服を軽く乾かした後。

自転車に乗って、館の中を走って回った。

館の中は、何というか。

見方が変わってみて始めて分かったが。自分が好きになったコンテンツを順番に記しているようだった。

最後の心の花園だ。

何が好きだったのか、書いていくのはそれは当然だろう。

説明などは一切無い。

だけれども、逆にそれは何故か。

自分が分かっていれば、それでいいからだ。

此処は老人だけの場所。

他の人間は最初から入れる事を考慮していない。

孤独だった老人には、家族もいなかっただろう。だからこの自転車も、老人がただ集めただけで。

使う事は想定していなかったのだろう。

老人は、自分が好きなわけでは無いコンテンツも。捨てられるくらいならと集めていたようだった。

地下にあったHDDの中身などが、それを立証している。

ネットにある膨大な二次創作などを集めたあのデータが残ったのは、とても大きな意味があると思う。

わたしは一通り自転車で見て回ると。

最後の物資を全て並べ。

雨が止んだタイミングで、最後の物資運搬をしようと思った。

その間に、残しておいた目録を見ておく。

此処にあったキャラクターコンテンツを、全て記憶しておこうと思ったからだ。

勿論赤い奴の中でやった方が効率が良いのは分かりきっているが。

それでも、時間が開いたのだから、やっておきたい。

瞬間記憶能力がついている。

人間とは記憶容量が違う。

だから、全てを記憶した。

老人はコンテンツに感想を一切つけていない。

駄作だとか名作だとか、そういう話を一切乗せていない。

好きだったものについては記したが。

嫌いだったものについては記さなかったのだ。

それは凄いことだと思う。

追加記憶の中でも、人間は残留思念で争いを続けている。

どの宗教的観点から見て、この創作はけしからんだとか。

どの思想から考えると、この創作はあってはならないだとか。

死んだ後も、そんなくだらない論争を続けている。

老人はそれらの争いに一切関わらず。

全てを平等に集めた。

自分の好きで周囲は固めたが。

だからといって、あわないものを差別しなかった。

大きな溜息が出る。

他の人間には出来なかっただろう。

核が飛び交う前は、どいつもこいつも自分の思想で相手を判断し。そして自分の思想とあわないなら殺す事を何とも思っていなかった。

そういう生物だったのだ人間は。最初から。

偉そうな理屈を幾つも並べ立てておいて。

結局一つも実施は出来なかった。

宗教にしても、人を救うためのものが。

誰か一人でも救ったとでもいうのか。

皆を幸せにするための思想が。

結局自分の正義感を満足させるための凶器として使われるのみで。何ら役に立たなかったのは、わたしの追加記憶の中にあるあらゆるデータが立証している。

此処は、優しいな。

そう思って、わたしは壁に背中を預ける。

もう色がかなりくすんでしまっているが。

ひらひらの非実用的な服を着た者達が、たくさん並んで笑顔を浮かべている壁。

老人はこれにどんな影響を受けたのだろう。

それは分からないが。

老人の心の中で、このキャラクター達が、大きな位置を占めていたのは確実と言って良いだろう。

外が乾いた。

臭いで分かる。

わたしは自転車を荷車に積み込んだ。

さようなら。

老人に告げる。

老人は顔も分からない。

死体から、ある程度復元は出来るけれど。

わたしの行動を喜んでいるか、それともコレクションを奪われたと思って怒っているかも分からない。

怒っているなら謝るしかないが。

もしも喜んでくれていたのなら。

それはわたしにとっても、嬉しい事だ。

フォークリフトを動かして、物資をすべて運び出す。

何往復かして、運び出していく。

そして、最後の物資を運び出して、終わりかなと思った瞬間。

予想外の事を告げられた。

赤い奴と意思疎通すると。

またビデオカメラを渡されたのである。

屋敷にもう一階、地下がある可能性が高い。或いは隠し部屋がまだある可能性が高い。

恐らくそれほど広くは無い筈だが、其所に老人の最後の全てが詰まっているはずだ。

回収してくるように。

了解。

わたしは、もう戻るまいと思っていた館に戻る。

ちょっと気恥ずかしい。

それに、まだ部屋があるとは、気付けなかった。散々地下一階は歩き回って、物資を運び出したのに。

ボイラーとかの話では無いだろう。

そういう設備もあったにはあったが。

極めて貧弱なものに過ぎなかった。

違うと断言して良い。

かといって、探索していない場所は何処だ。

地下空間は比較的広く作られているが、床がとても頑丈だ。そう考えると、老人が入れるとは考えにくい。

そうなると何処かの壁におかしな所があるのか。

今までの物資がどう積まれていたかを思い出す。

瞬間記憶が出来るから、思い出すのはそれほど難しくは無い。

何カ所か、物資が積まれていない場所があった。

既にすっからかんになっている地下だ。

所々にある柱も勿論調べていく。

壁も。

触ってみて、どうも妙に感じる。

頑強に作られていて、隠し扉なんてあるとは思えない。

そうなってくると、一体これはどうなっている。

総当たりで全て調べて見る。

自転車は最後、あえてもう一度此処に持ち帰ってきた。

かなりの距離を移動する可能性が高いと判断したからだ。

その判断は正しかった。

彼方此方回って、調べている内に、丸一日が過ぎる。

全ての場所には触った。

そうなると、地下からでは無く、一階から一気に地下二階に下りるのだろうか。

可能性は否定出来ない。

そうなると、可能性が高そうなのは。恐らく、一番老人が好きだったコンテンツの近く。

一番奥。

特に近くで見ていた形跡がある、屈強な男性や、巨人の姿の前に出る。

これらがどういうキャラクターなのかはぼんやりとしか分からないが。

もはやファンと言うよりも。

崇拝の対象だったことは分かる。

人間にはなしえない高潔さで悪を穿つ、ヒーローという奴だ。

だが、それもあくまで崇拝の結果。

追加知識の中でああだこうだ言っているのは放っておく。

これは一種の多神教崇拝だったことが、何となくわたしには分かった。

周囲を触って確認していく。

恐らく、この書かれている絵だけにも、相当な敬意を払っているはず。不遜な仕掛けなどしないだろう。

周囲の壁を徹底的に触って確認した結果。

やがて、一つの不審点を見つけた。

自転車で何度となくここに来ていたようなのである。

床の埃に、わたしのつけた足跡と轍以外に、埃にわずかな乱れが見て取れた。

なるほど、やはり此処か。

触っていく内に、手応えあり。

帳簿が収められていた隠し部屋の他に。

もう一つの隠し部屋があったのだ。

赤い奴に帳簿は引き渡した後だ。

つまるところ、恐らくは帳簿からない物資を見つけ出し。

わたしに探すように指示をしてきたのだろう。

壁の一部がスライドする。

電子ロック、ではないか。

ただの鍵だ。

少し考えてから、思い出す。

自宅に鍵があった。

あれで間違いないと見て良いだろう。

フォークリフトを使うよりも、自転車で行く方が早い。

今回はバイクも持って来ていないのだ。

それにこの自転車。

あの老人も恐らく使っていたと見て良い。

ステイツの人間は、体格が良い者が多かったらしいのだから。まあ無理もないのだろうけれども。

自転車で急ぐ。

途中、剥落したプラスティック片を踏む度に心が痛んだ。

前の悪徳の館からは、全てを奪い尽くすことに何一つ苦悩は感じなかったのだが。

今回は痛みきった心の深奥に土足で踏み込んでいる事を思って、残っている人間性が揺れる。

それも前回の比では無い。

前回は、擁護の余地がない下衆が相手だったから、其所まで怒りは大きくなかったのかも知れない。

今回は違う。

自分の資産で、破棄されようとしているコンテンツグッズを買い集め。

それを保存していた存在だ。

根本的に存在が違う。

前のが人間の邪悪を煮詰めた相手だとすれば。

今度のは人間の社会の悪しき風習に捕らわれずに己を貫いた強さの持ち主である。

比べる事すら烏滸がましい。

赤い奴の側に到着。

手を伸ばすと、向こうは触手を伸ばしてくる。

意思を疎通し。

即座に相手は、回収していた物資の中から鍵を再生して、引き渡してくれた。

幾つかある鍵だが。

これだろう、という見当はついている。

そのまま、戻る。

雨が近いので、急ぎ気味だ。

程なくして。

到着。

同時に雨が降り出したので。雨が恩情を掛けて、待ってくれたのではないかとすら思った。

まっすぐ目的の場所に行く。

恐らくだが。

老人は、電気というインフラが死ぬ事を予想していたのだろう。

だから、秘密の場所に電子キーをつけなかった。

鍵穴に、鍵を差し込む。

そして戸を開くと。

内部には、先の帳簿が収められていた隠し部屋より格段に小さい。恐らくは、個室よりも更に小さいだろう、狭い部屋が見つかった。

内部は埃っぽいが、仕方が無い。

そして、其所にあったのは。

複数の硝子ケースに収められたフィギアだった。

ちょっと様子が違う。

これは恐らくだが、他の品も大事だが。これらは崇拝の対象だから、硝子ケースに入れていたのだろう。

持ち出すのは気が引けるのだが。

しかし、雑に赤い奴がこの辺りを取り込んだ場合、木っ端みじんになってしまって全てが失われる。

それは正直な話、好ましいとは思えない。

だから、回収させて貰う。

黙祷を捧げた後。

わずかに残った最後の物資を、荷車に移していく。

部屋にあるものは全てだ。

PCもあったので、全て回収する。

内部にあるHDDには、貴重なデータが入っていてもおかしくは無い。もう目覚めることはないだろうが。

赤い奴の内部でなら、データを確認することは出来るだろう。

黙々淡々と作業を続け。

部屋の中のものを、全て運び出す。

念入りに、大事に運び出す。

そして最後に、部屋の中をもう一度確認。

床も壁も天井も。

埃を舐める勢いで、徹底的に確認して。もう隠し部屋が無い事は確認した。

外は雨が降っている。

少し時間がある。

だから、もう一度、念入りに館内を徹底的に調査。

地下は調べ尽くしてあるから、一階部分を調べていく。

流石にもう隠し部屋は無い。

帳簿があった隠し部屋も調べて見るが。

そこにも、これといったものは見当たらなかった。

壁も叩いてみて、音を全て確認する。

もうここの主人だった老人以外、誰よりもこの内部には詳しくなった自信がある。徹底的に調べ尽くした末で。

三つ目の宝物庫はない、と判断し得た。

わたしは黙々と、雨が止むのを待つ。

その間、追加記憶と照らし合わせながら、老人の崇拝対象だったヒーロー達の立像を見やった。

これらは本当に大事にされていたのが分かる。

中には古いものもあった。

追加記憶に照らし合わせると、とても歴史のあるシリーズであるらしい。どのコンテンツも、だ。

異国のものもあったようだ。

いずれにしても、老人は敬意を徹底的に払っていたし。

この物資達も。

意思があったのなら、老人を救っていただろう。

だが、残念ながら偶像だ。

偶像に、人を救うことは出来ないのである。

悲しい話ではあるのだが。

ただし、老人がむしろこの物資を守る事によって。

この地球そのものが、これらのコンテンツを記憶する。

地球が終わるのは五十億年後くらいだから。

それまで、である。

或いは、地球に新たなる知的生命体が登場し。人間の資産が引き渡された場合は。その知的生命体が宇宙に展開すれば。これらも宇宙にまで行くのかも知れない。

だとすれば、人間なんぞが独占するよりも。

よっぽど素晴らしい結果になるだろう。

このヒーロー達は。

創作の中で、何度となく人類を救った。

だが現実では、人間個人の精神を希に救う事はあっても。

人間という生物そのものを救う事は出来なかったし。

凶行の限りを尽くす人間を諌めることも出来なかった。

追加記憶が告げてくる。

かなり早い段階から、これらのヒーローコンテンツに対しては。狂信者と否定論者に別れたという。

その否定論者も、冷笑主義が主体だったようだ。

それを思うと、わたしは色々と忸怩たるものを感じる。

人間が理想の正義を願って作り出した偶像であると言うのに。

大半の人間にとっての正義というのは。

結局相手に合法的な暴力を押しつけるための棍棒でしかなかったのだから。

それに、これらのヒーローを想像した人間が、どう考えていたのかもよく分からないというのが、追加記憶からの結論だ。

演者の中にも、子供の遊ぶものだと断じていた者までいたらしい。

文字通りの獅子身中の虫だろう。

わたしはしばらく黙り込んで。追加記憶の整理に努める。

これらの存在は、決して人間社会を変えることは出来なかった。

社会現象を引き起こせたコンテンツもあった。

だが、それらの社会現象に揉まれた人間が。

皆、ヒーローの志に感化されて生きていただろうか。

答えはノーだ。

中には、どのヒーローがより強い、という事を無意味に議論し。

それで相手に対してマウントを取る事を目的としていたような人間までいたらしい。

愚かしい限りだ。

要するに、聖人は社会では生きられないという理屈のまま。

人間はヒーローに庇護される価値なんぞ無かったし。

自分達の中からヒーローを作り出す事も出来なかった、という事である。

老人はどう思っていたのだろう。

恐らく悲しみを抱えていたのだろうと思う。

わたしの見た夢。

あれは客観的に老人をわたしの中で作り出した結果見たものだ。

今ならば、更に老人像は作り込みを増す。

老人は、あまりにも愚かな人間に失望しきっていたのだ。

或いは、老人は何かしらの宗教。

ステイツだったら、一神教の熱心な信者だったのかも知れない。

だが、宗教はどこでも腐敗の極限にあったものだ。

ステイツでも例外では無い。

児童に対する性的暴行は毎年のように起きていたようだし。

犯罪に荷担する宗教関係者など幾らでもいた。

この様子からして、老人は神を捨てたのだろう。

そして新しい神が、此処にあるものだった、というわけだ。

それを揶揄するつもりは無い。

何しろ。

平均的な人間という生物が、この老人を笑う資格など一切無いほどに愚かだからである。

わたしは、外の様子を見る。

まだ、一日くらいは出られそうに無い。

雨足は少し衰えてきているが。

それでも、酸の雨にこれらの物資を晒したくはないのである。

フォークリフトに、荷車は繋ぎ終えている。

役に立ってくれた自転車も積み込んだ。

この広い館内を走り回るのに、この自転車はとても便利だった。

すごく馴染んだ感じがした。

老人が、手伝ってくれていたのかも知れない。

人間的な感傷だ。

わたしは端末。

世界をすべて破壊し尽くし、何もかもを溶かし尽くして資源を再分配する赤い奴。地球そのものの端末。

だから、今後はもっと更に客観的に全てを見ていけるようにならなければならない。

わたしは、この場所を見て。

影響を受けたかも知れない。

平均的な人間が、ここに住んでいた老人にどんな仕打ちをし、どんな風に嘲笑っていたのかは嫌と言うほど分かった。

だからもう、平均的な人間などどうでもいい。

これについては、もはや結論は揺るがないだろう。

皆殺しにする機会があればしている。

だが、わたしはあくまで端末。

ジェノサイドとクリーニングは、あくまで地球のやることだ。

壁に背中を預けて座り込む。

ぼんやりと天井を眺めやった。

誰も来ないこの最果ての土地で。

孤独な老人は世間からはじき出されて、静かに死んで行った。

わたしが生きていた時代よりも。

ひょっとして生きづらい悪夢のような時代で。

老人はそれでも同調圧力に屈する事はなく。

静かに、満足して逝ったのだろう。

ほどなくして。

雨が止む。

わたしは、赤い奴の所に。老人の宝を届ける。

彼処に残すのもありだったかも知れないが。

だけれども、その時は全てが赤い奴に粉砕され、何も残らなかっただろう。

だからほぼ永遠にするためには。

これでいいのである。

赤い奴に物資を引き渡す。

意思を疎通する。

赤い奴は、わたしに意思を伝えてくる。

地球という存在として、人間に失望した理由が分かっただろう。

いや、失望と言うよりも絶望だろうか。

いずれにしても、お前もはっきり理解出来たはずだ。

こんな生物に存在意義などないし。

こんな生物に汚された地球を、そのまま好き勝手にさせる道理はないと。

その通り。

わたしがそう返すと。

赤い奴は、順番にフォークリフトから、物資を回収していった。

わたしは自分から、赤い奴の中に踏み込む。

そして一瞬にして分解され。

赤い奴の中で、意識だけの存在になった。

こうなると処理速度が抜群に上がるから、追加記憶の整理も。今まで見てきたものに対する分析も。更に高速で出来る。

わたしは赤い奴に漂いながら思うのだ。

次に知的生命体が出現したとき。

どういう風に地球はバックアップするべきか。

今までは端末だからと思考停止していた。

実際問題、地球がどういう風に自身をリセットするのかについては、今でも興味がない。

だが、その後は。

次の知的生命体が出現したとして。

それにどう干渉するべきかは、興味がある。

いずれにしても、進歩を促進するのは結構だが。

今回の件ではっきり分かった。

平均的な人間は、理想の正義に触れても失笑し、冒涜することしか考えないという事である。

だったら、そうではない生物に、思考を司る部分を弄ってでも変える必要があるだろう。

それは洗脳かも知れないが。

知的生命体なんてものは、それくらいしないと駄目なのだと思う。

絶対に自分からは変わらない。

実際問題、人間は新しい段階に変わるべきだという議論は。

悉く握りつぶされていたようだし。

時には悪とされていたようなのだから。

溜息が出る気分だ。

わたしに対して、赤い奴が意思を伝えてくる。

今回も大きな成果が出たことを喜ばしく思う。

まだまだ、仕事をして貰う場所はいくらでもある。

備えておくように。

他の端末達の調整がつきしだい、すぐに仕事をして貰う。

了解。

すぐに返事をすると。

赤い奴は沙汰があるまで待てと言わんばかりに、後は黙り込んだ。

分かっている。

わたしは端末だ。

赤い奴の指示通りに動く。

そして赤い奴は嘘をつかない。

人間ではないのだから。

わたしは、黙々と赤い奴に従って、作業をしていけば良い。

それだけが。

わたしの存在意義。

もしも赤い奴が、地球をリセットした後も、端末を必要とした場合。

赤い奴は、知的生命体が出現した場合、手を入れると明言している。

その時は、端末として志願したい。

洗脳が必要なら徹底的にやろう。

恐怖の対象が必要ならわたしがなろう。

少なくとも、わたしは。

人間を許すつもりは一切無かった。

この間の悪徳の館の出来事から見ても、人間は救いようが無い。

そして知的生命体として、特に独創的な存在でも無い。

だったら、次も似たような知的生命体が出現する可能性が高いのである。

ならば、アプローチが必要だ。

地球の結論は間違っていない。

わたしはフルパワーで追加知識を取り込み、それを整理しながら、次の仕事を待つ。

ぶきっちょでおっちょこちょいなわたしだけれども。

追加記憶で、ある程度それはカバーできる。

カバーさえすれば。

わたしは、変革のための礎になれる。

 

4、深淵の底に咲く華

 

わたしは、赤い奴の指示するまま上陸して。

黙々と回収作業に当たっていた。

今回は、此処を担当していた別の端末が。残されていた人間性をやられてしまって、再調整が必要になったとかで。

交代になったのだ。

赤い奴は人格にも干渉できるらしい。

ただ、わたしはそうされていない。

ということは、余程の事がない限り、端末の人格部分に手を入れることはないのだろう。

ただ、前任者が壊れたのも。

分かる気がした。

ここはわたしが前にいた日本という場所の一角。工場の中だ。

周囲には点々と小さな部屋が並んでおり。

その部屋は狭い上に、すし詰めに労働者が生活し。

極限までむしり取られながら。

過酷な労働ですり潰され。

壊れたら捨てられていた。

古い時代には、タコ部屋という似たようなものがあったらしい。

それに近いものだ。

おぞましい事に、この施設は政府公認で。

政府公認で、タコ部屋労働をさせていた、と言う事だ。

作っていたのは最先端機器のようだが。

こんな状況では、事故が多発するのも当然。

機械類には、わたしが見ただけでも事故の跡が多数残っており。

大量の血痕が周囲に飛んでいた形跡もあった。

そして暴動に晒されたのだろう。

粉砕する機械に突っ込まれた人間の残骸や。

リンチで死ぬまで殴られた此処の監督者の死骸もあった。

なるほど、人間に少しでも期待していたら。

此処を見ただけで、何もかもが嫌になっていただろう。

わたしは淡々と物資を運び出していく。

機械類は全てだ。

機械類は極めて頑丈に作られており。

核戦争が始まって、全ての枷が外れてしまった人間が暴動を起こした後も。

人間の暴力に耐え抜き。

壊れなかったようだった。

だから、そんな頑強な機械を略奪する。

荷車で小物や、彼方此方に点々としている死骸。恐らく餓死したものだろうを運び出していく。

此処は元は小さな島だったらしい。

小さな島にてたくさんの貧乏人を隔離して、死ぬまですり潰していたようだ。

平均的な人間がどういう生物なのか。

状況を見るだけで分かる。

前任者が嫌になった理由も。

わたしはもう平気だ。

なぜなら人間に期待する事など一切無いからである。

どんどん大型の機械も運び出していく。

完全に赤茶けている小島には、電車もない。

生きている人間もいない。

此処での作業は短時間になるだろう。

工場もボロボロで。

工場の中に拠点を作るしかなく。

周囲には赤い奴が、何処までも拡がっている。

犯罪者を罰していたという刑務所や。

思想が気にくわない人間を閉じ込めてリンチを掛けていた強制収容所と。

此処は何が違うと言うのか。

人間とはカスだ。

わたしはその結論を、今後も変えない。

例外はいるが。

その例外は迫害される対象で。

誰も敬意を払わなかった。

つまり平均的な人間はカスだ。

全ての物資と死体、機械を運び出し終える。

わたしがフォークリフトと共に戻ると。

赤い奴が意思を伝えてくる。

すぐに次をやってほしい。

了解。

わたしは答える。

別に仕事に対する忌避感はない。

淡々と、確実に。

カスどもの後始末を済ませる。

回収すべき価値あるものは回収する。

わたしがするのは。

それだけだ。

 

(続)