とろっこ

 

序、死の原

 

ステイツの「島」の調査を終えて、わたしが赤い奴に戻った後。また、調査場所が変わった。

もう国境も国もない上。

そもそも、どこの国とも定義できていなかったような場所だと言う事だ。

場所としては、日本ともステイツとも全然離れている場所で。

端末が出向いた事もないと言う。

赤い奴から上がる。

島の調査は兎に角ハードで。

ヘリを回収した後も、残りの調査を続け。更に貴重な物資を回収することには成功したものの。

その過程で散々酷い目にあった。

他の端末もこんな目にあっているのかと赤い奴に聞いたが。

そうだと即答されたので、それ以上は何も言えず。

戦利品を整理して引き渡し。

それでおしまい。

後でこれらを赤い奴がどう活用するかは、わたしは知らない。勝手に好きに使ってくれとしか言えない。

後はしばらく休んでいた。

その間に追加記憶も整理していた。

しかし、赤い奴の中での「しばらく」は、現実世界での一瞬。

赤い奴の中では、それだけ処理が高速で行われ。

時間の感覚が著しく狂う。

それは分かっているから。

今更わたしは、別にどうこうとも思わず。

無言でバイクに跨がると。

もはやビルですらなく。

潰れかけたゴミの山が散らばる中を、黙々と進む。

この辺りは人間の文明があった頃、世界でも最も貧しい地域であったらしく。

これらのゴミが、家であったらしい。

スラム、と呼ぶそうだ。

こんな場所にどうして住んでいたのかよく分からないが。

ともかく、こんな所でゴミを使って雨を凌ぎ。

明日をも知れぬ命の中生きていた。

そういう人達もいた。

だが、見た感じ生きた人間はいない。

ビルはほんの少しだけあるが。

それらのビルでも、中に人間がいて、使っている形跡はない。

ゴミを漁って見ると、大量の死体が散らばっている。

いずれも死んでから相当時間が立っているからだろうか、白骨化している。

虫が骨になるまで囓ったのだ。

死体はもう綺麗に骨になっているが。

これは、昔に来ていたら、凄まじい死臭で人間だったら仕事どころでは無かっただろう。その「昔」が、現実世界で何年前なのかも、わたしには分からないが。それに端末になった今では関係が無い。

周囲を歩いて行き。

ビルに到着。

この辺りは、核戦争とやらの余波は受けなかったらしい。

ビルは綺麗なものだ。

ただし。凄まじい略奪の跡はあった。

最も貧しかった地区だ。

何もかも滅茶苦茶になった後。

こう言う場所では、物資の奪いあいが起きた。

最初は金持ちが全てを独占していたが。

そんな金持ち達は、やがて武装した圧倒的な数の貧乏人に押し潰され。

今までの報いを受けるようにしてなぶり殺しにされたという。

やがて武装した人間同士で殺し合いが始まり。

残る少ない物資を無茶苦茶に浪費しながら、戦える人間がいなくなるまで、血の宴は続いた。

赤い奴が、世界中に拡がり始めて。

やっとそれは収まったが。

今度は無気力になった人間達は、そのまま大量死していった。

赤い奴が構築しておいた工場とかにさえ足を運ばず。

そのまま衰弱して死んで言ったという。

追加記憶によるものだが。

この辺りは、近いうちに赤い奴が丸ごと取り込んでしまうらしい。

その前に、回収出来るものがあるか探し。

あるようなら回収しろ、と言う事だった。

こんな所に。

何か文明の英知の結晶なんてあるかなあ。

そう思いながら、ビルの中を綺麗にしていく。

まずは互いに食い合ったらしい人間の死体を外に捨てていく。ジャガーノートが徘徊しているわけでもない。

この辺りの人間は無気力に死んで行ったと言う事だから。

おおあほうどりも見当たらない。

赤い奴が放置するほどの、無気力地帯だった、というわけだ。

どうしてそんなことになったのかは分からないが。

まずともかくとして。

拠点は確保する。

無事な物資はないかと見て回るが。

彼方此方の窓硝子も割られているし。

ビルも手酷く酸に痛めつけられていて。まともに残っているものは殆ど無い。

地下にはボイラーがあったが、破損状態が酷いし。

燃料も残っていなかった。

ドレンを取り付けて。

浄水器をつける。

ビルの中が綺麗になるまで二日ちょっと掛かったが。

拠点を作るためには仕方が無い。

後は荷車に、死体を積めるだけ積んで、赤い奴に放り込んでいく。

ビルの周辺にある死体だけで軽く千を超えていたようだが。

バイクは燃費が良いので。

別に問題は無い。

荷車に死体の山を乗せて運んでいくと。

赤い奴は、無言で骨になった人間の残骸を受け入れていく。

人間は滅ぶべきだと思っていても。

白骨死体にまで怒りは向かないのだろう。

むしろデータの取得が出来るから有用と考えている節もある。

良い人間は死んだ人間だけ。

そんな風な考えなのかも知れない。

そういえば、追加記憶で知ったっけ。

人間の文明は宗教とは切っても切れず。

まだ追加記憶の中で、苛烈な論争をしている意識が存在している。

そういう輩の中には。

良い異教徒は死んだ異教徒だけ、なんて口にする者もいて。

赤い奴の思考は。

むしろ人間に汚染されていないだろうかと、少し不安になるのだった。

大量の死骸を片付けつつ、周囲を探っていく。

野ざらしになっている死体だけでこれだ。

この辺りは生きている人間がいないからか、赤い奴が行使している生物は存在せず。わたしが人間として死にかけていたときに体を囓っていた虫とかもいない。あれらも赤い奴の支配下にあったのだろう。

だからか、死体がそのまま野ざらしで放置され。

風雨によって朽ちるままになっているというわけか。

一方で、追加知識によると。

このかなり遠くの方には、生きている人間はまだいるらしい。

その辺りでは、おおあほうどりや電車が動いていると言う事だ。

いずれにしても。

もう人間の滅亡は確定しているのだなと、この辺りを見ても分かる。

分かるからこそ、黙々と全てを片付けていく。

死体には損壊が激しいものも多い。

骨になってしまっていても分かる程だ。

互いに喰らいあったのだろう。

何もかも食べるものがなくなれば。

そうなるのは当然だ。

他にも、リンチした末に殺した死体は、吊したり晒したりした痕跡があった。

それらも全て黙々淡々、機械的に回収して。

赤い奴の所に持っていく。

しばらく、死体の処理がひたすらに続いた。

たまに状態が良い死体。肉が残っているような死体もあったけれど。

別に気にせず運んでいく。

シートがあるので、それに包んでしまえば特に気にならない。

臭いは生前より遙かに敏感になったが。

別に敏感になったからと言って、強い臭いに近づけないとか、鼻がやられるようなことも無い。

わたしの体そのものが、赤い奴と同じもので出来ている。

全身が脳で全身が筋肉だ。

だから、いちいち気にする事もない。

それだけである。

死体を片付けていく内に、死ぬまでに蓄えていたらしいものも見えてくる。

わずかな紙幣。

いずれもボロボロだ。

残っているのは良い方で。

残っていたとしても。

どれもこれも、品質が劣悪なのは一目瞭然だった。

何だか分からない石。

自分の追加知識で良く確認してみると。

ただのガラス玉だ。

宝石か何かと思って大事にしていたのだろうか。

いずれにしても、全部赤い奴に放り込むだけである。

大量に死体を運んでは処理していると。

赤い奴が触手を伸ばしてくる。

此方も手を出す。

触手が手をぐるりと包んで。赤い奴が意思疎通をして来た。

死体の処理に随分と熱心だな。

何かあるかも知れないから。

確かに紙幣などの回収は決して小さくない成果だ。状態が良い紙幣などを持ち帰ってくる気が利いた端末は多く無い。続けろ。

了解。

触手が離れる。

意外に、怒られるかと思ったのだが。そんな事もない。

途中からは、フォークリフトを使って、作業効率を上げる。

一気に大量の死体を回収して、どんどん赤い奴の所に持っていく事にする。

そして、拠点に定めた建物周辺にあった、およそ数千の死体を片付け終えた頃には。地面を広範囲で掘り返し。

更には、なんだかんだでスラムだったらしい場所も、綺麗に全て片付ける事になっていた。

何しろ体が疲れ知らずだ。

赤い奴が大気中に満ちているから、そこから常に力が供給される。

それに、である。

この間ヘリを回収したことで、わたしは端末として有用と更に評価が赤い奴の中で上がっているらしい。

わたしも知らないうちに。

この体のスペックは、どんどん上がっているようだった。

とはいっても、体力が増えるとか、感覚が鋭くなるとか、そういう範囲内であって。

素手で鉄製の扉をネジ開けるとか、そういう事は出来ない。

気分転換に、ブロックを囓る。

雨が降り始めたからだ。

建物にフォークリフトやバイク、荷車なんかも収めている。

ぼんやりと膝を抱えて、空を見やりつつ。

追加記憶の整理をしていく。

膨大な死体を処理したからか。

この辺りの地形なども見えてきて。

追加記憶の中から、合致するものが分かってきた様だった。

この辺りは、昔アフリカと呼ばれていた大陸の、もっとも治安が危険だった地域だった一つ。

国は名目上存在していたが。

そんなものは、実際には稼働さえしていなかった地獄の一丁目。

特産品も存在せず。

あらゆる悪徳が蔓延る、人間の縮図みたいな場所だった。

出身者の記憶がある。

この辺りは、文明を崩壊させた戦争の開始が確定した頃には、真っ先に見捨てられた。

その結果、もはやこの悪徳の地にかまう者はいなくなり。

物資も何も流入しなくなった。

結果が。

この死体の山だ。

この死体の山は、核兵器が飛び交う地獄の戦争が始まる前から存在していて。

そしてそれを誰も気にさえしなかったのだ。

風呂でも入るかなと思って。

浄水器から、ホースを使って風呂桶に水を流し込む。

風呂はある。

だけれども、酸性が強い水だから。浄水器から水を流し込むと、ただでさえ脆くなっている風呂桶は壊れてしまう。

其所で、持ち込んでいるアルカリコーティングの薬剤を塗り込んでおく。

多少はこれでマシになる。

体を拭ってから。

冷たい風呂に入る。

ボイラーはあるが、壊れているし燃料も無い。

必要もない行動だが。

雨が降っていて、アルカリコーティングしても機材の傷みが早くなる今は。

こうやって、気分転換でもした方が良い。

しばらく風呂に入った後、出る。

鏡があったので、体を映してみる。

人間ではなくなった頃と比べると、背丈は頭一つ分伸びている。

文明終焉期前、まだ栄養が豊富に行き渡っていた頃。

わたしが死んだ年の人間の平均身長を少し上回ったか。

殆ど背は伸びなくなったと思っていたのだけれども。

それでも少しずつ伸びていたらしい。

骨と皮しか無かった体にはメリハリがついてきていて。

髪なども前はぼっさぼさだったのが。

多少艶を帯びて来ているようになっている。

黒い髪は、生まれた場所の人間がみんなそうだったから、だろう。黒い瞳もそうだ。

体の方も多少メリハリがついてきているが。

此方の方は、たまに見つける昔の本に出てくるような、豊満な体型の女性に比べると貧相だ。

一方体格の方は多少逞しくなっていて。

探索や調査に丁度良いように、カスタマイズがされている事が分かった。

赤い奴なりにわたしの体を、調査しやすいようにカスタマイズしているということだろう。

わたしの持っている武器はどうやら強運らしいとこの間ヘリを探していて気付いたのだけれども。

その強運を生かすために。

肉体を強化する方が良いと判断したのだろうか。

そういえば服とかのサイズが合わなくなることは無い。

多分赤い奴が、ちまちま調整しているのだ。

意外にまめな奴である。

服を着直すと、改めて鏡を見る。

本当に骨と皮だけだった人間時代と違って。

完全に死んでいる目を覗けば。

文明最盛期だったら、それなりに衆目は集めたかも知れない容姿になっている。

追加記憶からの客観的判断からそうだ。

だけれども、わたしは文明の終末期に産まれた。

栄養は取れず。

身繕いなんて概念さえもなく。

名前さえも無い時代の出身だ。

だから、もう関係が無い話である。

それに、容姿なんて興味は無い。

顔をタオルで拭くと。

後は雨が止むまで、横になって休む。

雨が降っていても。

雨を避けていると、凄まじい速度で乾燥するので。今は肩先まである髪とかが乾くのを気にする必要は一切無い。

ごろんと横になって、追加記憶の整理をしている内に雨は止む。

その間に水を飲み。

ブロックも囓って、食事も済ませておいた。

雨が止み、外があっと言う間に乾き始めると。

わたしはフォークリフトで繰り出して。周囲の死体を片付ける作業に戻る。もう二日くらいでこれは終わるだろう。

その後で、バイクを繰って周囲を探しに行く。

こんな最果ての中の最果ての土地でも。

なにか、あるかも知れない。

わたしを赤い奴が派遣したと言う事は。

それなりに、何かしら期待出来るものがあるかもしれない、ということなのだろうから。

 

1、悪徳の巣

 

バイクでぽくぽくと行く。

死体は片付けたから、一旦バイクで周囲を遠征、とはいかなかった。

死体を片付けた後、赤い奴がドローンを寄越したのだ。

それを使って、効率よく作業をしろと。

わたしは受け取ると。

前の探索で、散々こき使ったドローンを更にこき使って。

徹底的に、周囲の地形を探して回った。

数千に達する死体が密集していたこの辺りと違って。

周囲は人口密度も殆どなかったようで。

行き倒れの死体すらまばらだった。

更に、家もビルもとても小さい。

これは探査している場所の問題もあるのだろうが。

この辺りが本当に信じられないほど貧しかったことを意味している。

それなのに、人間は頻繁に殺し合っていたようだ。

彼方此方で、触ると崩れてしまうような武器がたくさん散らばっていて。

特にアサルトライフルの残骸は、どれだけ集めても足りないほどあった。

追加記憶によると、子供でも訓練すれば使える上に、制圧能力が非常に高いと言う事で。

彼方此方の紛争地帯で、大変に重宝された武器なのだという。

ふーんと呟く。

それ以外の感想が無いからだ。

いずれにしても、少し興味深い場所を見つけたので。

今、バイクで向かっているのである。

一旦、フォークリフトは赤い奴に戻した。

これは、目的地の近くが海岸線に近く。

其所で再回収した方が早いと思ったからだ。

バイクに荷車をつけ。

その荷車に必要な物資を載せて。

ぽくぽくと行く。

たまに、人間とすれ違う。

まだ人間が生きている都市が近くにあるのだ。

だが、それはおおあほうどりがいる事を意味し。

電車もある。

バスも通っていて。

よく見る面々が、人間を襲う光景を見る事にもなった。

そして人間達も。

襲われる事を意にも介していない。

というよりも。

もはや、人間は他者にかまう余裕さえ無く。服を着込んだわたしがバイクでぽくぽく行く様子を見ても。

何の興味も無さそうに。気が利いた奴が、ぼんやりとみつめるくらいだった。

良さそうな拠点は既に見繕ってある。

ドローンで、人間がいない事も確認済みだ。

街を少し離れて。

電車の線路も見えなくなったくらいの場所。

用途がよく分からない大きめのビルがある。

この既に終わっていた土地としては、例外的に大きなビルである。

海外資本でも入っていたのだろうか。

これも追加記憶で知った言葉だが。

いずれにしても、人は住んでいない。

電車などからも遠いし。

都市部からも遠い。

ふらふらと歩いていても、おおあほうどりのエジキになる。

それだけの理由だ。

途中で見つけた行き倒れの死体はあらかた回収はしていたが。

都市部までは見ていない。

そこまで見る余裕が無い、というのが一番の理由だが。

まあわたしにしても。

別に人間の尊厳を守っているわけでもない、というのが大きい。

ビルに入ると、内部を確認。

電気は死んでいる。

非常電源もだ。

ならば電気関係のトラップが発動する事もあるまい。

ドレンなどを取り付けて、生活と探索の下準備をする。

すぐに近くにある川に出向く。

ドローンで探査しているときには、見つけられなかったのだが。

来る途中に、川があったのだ。

もちろん赤い奴がみっちり。

それなら、その川と行き来する方が良い。

川で、物資のやりとりをする。

来る途中で回収した行き倒れの死体やら、身につけていたものやらを赤い奴に引き渡して。

その代わりにフォークリフトやレーザーカッターなどの、かさばるけれど調査には必須の物資を受け取る。

意思の疎通もする。

最初の地点からかなり離れる事になったが、この辺りで有用そうなものは見つかりそうか。

分からない。探してみるしか無い。

そうか。ならば探せ。

了解。

意思の疎通はいつも通り短い。あっと言う間に終わる。

そして、わたしは作業をする。

場所は赤い奴が指定するが。

作業はわたしを問わず、端末がやりたいようにやらせるのが赤い奴の方針らしい。

或いはだけれども。

その方が効率が上がると考えているのかも知れない。

わたしは幸運が武器だと考えているが。

それを赤い奴も、当然分析して認知しているだろう。

だからこんな明らかに何も無さそうな場所に寄越した。

更に好き勝手にしろとまで言われている。

ということは、だ。

早い話が、わたしの強運を試しているのだろうか。

可能性は低くないだろう。

どうでもいいが。

わたしは端末として仕事をするだけである。

まずはビルの中を見て回る。

酸の雨が激しいのは此処も同じ。

三階より上は溶けてしまっていて。元が大きなビルだったから、だろう。

何というか、醜悪な形に残骸が周囲へと拡がっていた。

何の目的のビルだったのだろう。

内部を見てみるが、イマイチ作られた用途が想像できないのである。

追加記憶と照らし合わせて見ても同じである。

ただ、淡々と似たような構造の部屋が並んでいるところからして。

恐らく、客を大勢招く目的があった事は推察される。

しかしながら、地下の方が本命のようで。

地下に潜ると、やたら広い空間があったりして。其所では、もう死に絶えただろう、大きな動物の死骸が見つかったりもした。

ライオンだ。

そう追加記憶が告げてくる。

他にも大型の肉食獣の死体もあるし。

人間の死体の残骸も、それに抱えられるようにしてあった。

殆どが骨になっているから分かる。

要するにここでは、大型の肉食動物に。

人間を食わせて遊んでいたらしい。

小首をかしげる。

何の意味があったのだろう。

人間同士で喰らいあった痕跡は見つけたけれど。

動物に人間を喰わせるのには意味がよく分からない。

人間をエサと認識する、危険な動物を増やすだけのような気がするのだが。

追加記憶でも、何とも言えないというような答えしか出てこない。

いずれにしても、地下には比較的簡単に降りられるし。

骨しかないような死体になってしまうと、大型動物でも案外軽い。

荷車を持ち込んで、運び出す。

更に更に地下へと続いている。

この建物は、やはり更に地下へと続いているものなのだろう。

さっぱり用途が分からないが。

それはもう、仕方が無いと言える。

ピストン輸送で、大量にあった大型肉食動物の死体を運び出していき。

それらを、赤い奴に放り込む準備はしておく。

それと同時に、残っている品も一応確認。

冷蔵庫などもあったが。

勿論中身は萎び果てていた。

電気が来なくなれば、それはそうだろう。

冷蔵庫も、電気が止まった後、中に入れていたものが腐ったからだろう。使い物にならなくなっていた。

大型の家電などは、フォークリフトで持ち出す方が良いか。

ビルの周辺は酸にやられて崩れてしまっているので、このビルが元々どんな風だったのかはよく分からないのだが。

遺留品などを見る限り、高級車などを止める駐車場がそれなりの広さで拡がっていた様子だ。

残骸の中には見慣れたものもある。

ローターの残骸である。

ヘリも来ていた、と言う事か。

この世の最果てとも言えるこの場所で。

金持ちが集っていた、と言う事なのだろう。

もっともこの様子では、終わりの戦争が始まった頃には、放棄されていた様子だが。

死体を一階に運び出し。

他にも運び出せそうなものを見繕う。

三階はもう完全に酸にやられて駄目だが。

二階は比較的持ち出せそうなものがある。

絵画とかキラキラ輝く石とか。

多分、あのスラムの跡地にあった死体が握りしめていたガラス玉と違う、本物の「宝石」だろう。

何が宝石だかしらないが。

ともかく、追加記憶によると。

この小さな光る石が、ガラス玉どころか、この辺りに住んでいる人間万人分の命と同じくらいの価値があったらしい事が分かる。

馬鹿馬鹿しい話だ。

そんな風だったから。

人間は滅んだのだとしかいえない。

まだ生きている人間はいるにはいるが。

その滅びを食い止める気にもなれない。

此処のビルが酸でこんなになる前は、触る事さえ許されなかっただろう宝石を、十把一絡げに乱暴に回収していく。

これも赤い奴が全て資源化して再分配するのだろうし。

わたしもそれに賛成だ。

一階に物資を集めているうちに、雨が激しくなってきた。

背徳の館とでも言うべきだろうか。

他の人間に適切に分ければ、少しでもこんな状況は改善できただろうに。

わずかな人間が富を独占して出来たこの場所は。

もはや、何の価値も無い場所になり果てている。

一階がそろそろ一杯になってきたころ。

雨が漸く止んだ。

そろそろ、一度運び出すか。

そう考えたわたしは。囓っていたブロックを置くと。

フォークリフトを操作して。

赤い奴に引き渡す物資の第一弾を乗せた荷車を。

ビルから運び出していた。

 

往復が七回目を過ぎたタイミングだっただろうか。

大量の物資を赤い奴に投じていると。

赤い奴が、触手を伸ばしてきた。

意思の疎通をしたい、と言う事だ。

わたしもすぐに手を伸ばして。意思を直接疎通する。

物資が多すぎる。効率が悪い。

だが、手札を活用すると、こうやって運んでくるしか無い。

そうわたしが意思を送ると。

赤い奴は少し考え込んだ。

そして、また意思を疎通してくる。

ならば此処にレールを引く。

電車を通すのか。

違う。その荷車を、レールで此処に簡単に運ぶのだ。そうすれば、物資の輸送が非常に楽になる。

なるほど。そういうものか。

触手が離れた。

赤い奴は、何かするつもりなのだろうが。わたしはそのまま作業を続行する。物資をどかどかと、赤い奴に投じる。

地下は最低でも、酸にやられていないのが四階まである事が分かっている。その下もまだあるかも知れない。

二階にある物資も、まだ探しきれていない。

ただ、一階がパンパンになっているので。

こうやって、今在庫処理をしている感じなのだ。

考えてみれば。

最初の方にわたしが派遣された場所。量販店とかも。

フォークリフトとかバイクとかがあれば、こうやって物資を運び出せたかも知れない。

或いは、もっと赤い奴が低い評価をしている端末が、今頃物資を黙々と運んでいるのだろうか。

それは分からないが。

七回目の荷車からの、赤い奴への物資引き渡し終わり。

そのタイミングだった。

宝蜘蛛と回収車が来る。

宝蜘蛛は四匹。

回収車は一匹だ。

どちらも凄く大きいので、側で見ていて圧倒された。

どうやら指揮は回収車が執るらしい。

触手を伸ばしてくるので。

わたしも手を伸ばす。

意思疎通のやり方は同じ。

簡単でとてもいい。

レールを敷く作業を指示されたが間違いないか。

間違いない。端末であるわたしが、物資を回収するが。少し物資が多すぎるのが問題視された。

了解した。それならレールだけを敷けば問題ないな。

問題ない。

そう答えると。

赤い奴の側で、作業が開始される。

まず、宝蜘蛛が糸を口から吐いて、地面に張り巡らせ始める。地面をこうやって固めるのだろう。

その上に、続けて別の宝蜘蛛が、口から吐いた何かを並べていく。

これは、枕木か。

レールの下に敷かれている枕木。

宝蜘蛛が口から吐いていたのか。

そうか、多分摂取したものを、糸や電線、枕木などに変えている訳だ。

興味深い。

また、追加知識によると。

蜘蛛は普通おしりから糸を出す。

口から出すものはほんの一部の品種だそうである。

蜘蛛の現物を殆ど見た事がないと言うか、人間時代には虫は全部虫として認識していたので何とも言えないが。

追加知識はそれぞれの分野のスペシャリストの知識を抜粋したものだ。

有用性はヘリを運転したときに分かっている。

だから、疑う必要もないか。

更に、枕木を敷いた後。

回収車が、赤い溶鉄を吐き始める。

レールだ。

そういう事か。

宝蜘蛛が電線や枕木、基礎などを作り。

もっとも危険な溶鉄は、回収車が扱っていたのか。

思った以上に、この赤い世界で電車が動くためには、色々な仕組みが働いているんだなと感心した。

わたしは、作業を任せて一旦拠点に戻る。

このレールを行き来する、輸送用の台車も作ってくれるという。

しかもその台車は、自走式で、ブレーキも掛かるようになっているとか。それはまた、便利な話である。

これをトロッコと呼ぶそうだ。

それらの意思は、さっきまとめて疎通した。

トロッコというのは、追加知識でしか分からないのだが。

いずれにしても、荷物を運ぶためにとても便利な車両として世界中で使われていたらしい。

まあ、わたしに、宝蜘蛛や回収車に対して手伝えることは無い。

わたしがやるべき事を。

あの背徳の館でやる。

それだけだ。

少し急いで背徳の館に戻ると。

二階に上がって、回収出来そうなものを回収していく。

ある部屋に入ると。

膨大な本があった。

三階が崩れ始めている今、これは貴重だろう。

本を出してみると、いずれもが不思議な事に日本語で。

全てが人間の裸体が描かれたものばかりだった。描かれているだけでは無く、写真もある。

何だこれ。

追加記憶を当たると、人間は多すぎる性欲を解消するために、こういうものを古くから色々な方法で使っていたという。

なるほど。いずれにしても、本は本。貴重な資料である。

此処は愚かしい人間が無意味に独占した金によって作られた背徳の館だが。

本に罪は無い。

更に言えば、赤い奴のおかげで繁殖に生前から縁がなく。端末になった今では何の興味も無いわたしにはそれこそどうでもいい。

どんどん運び出していく。

作業は殆ど数日ぶっ通しで続けられているが。

こんなに状態がいい探索場所は滅多にない。

前にわたしが探してきた場所は、どこも悲惨な有様だった。

暴徒にやられたり。

核で焼かれたりしたからだ。

此処は既に誰にも見捨てられた地であり。

恐らく存在すら知られていなかったのだろう。

だからこそ、此処まで状態がいい。

此処の主は、恐らく何かしらの理由で死んだか。それとも早々に此処を放棄した。いや、後者はないか。金になる宝石とかを殆ど残しているからである。

だとすれば、どこかで死体を見つけるかも知れない。

上の方の階層で死んだのなら、もう酸の雨に晒されて骨になり。溶け崩れたビルに紛れて見つけることもできないだろうが。

下の方の階層で死んだのなら。

或いは死体を見つけるかも知れない。

まあ、どうでもいいが。

ともかく、本は思ったよりもかなり重い。

わたしの体格が良くなっていて。更にスペックが上がっていても、それこそ人間だったら腰が抜けそうな重さである。

荷車を活用して降ろしていく。

二階はいつ酸が入り込み始めてもおかしくない。

確定で安全な一階にどんどん物資は降ろしていかなければならない。

宝蜘蛛達の作業は早い。

もうレールは、背徳の館の入り口につけていた。

宝蜘蛛達は帰り、残った回収車が溶鉄を練り上げている。

巨体に相応しい頑丈さだ。

なお追加記憶によると。

宝蜘蛛はそのままで良いらしいのだが。

回収車は、実際にはドラゴンイーターというそうだ。

ドラゴンというのが既に追加知識でしか分からないので、ぴんとこないけれど。

まあとにかく凄いのだろう。

溶鉄が冷えるまでは時間が掛かる。

わたしは後ろを任せて、作業を進めていく。

やがて、書庫の本を半分くらい一階に降ろしたときに。

回収車こと、ドラゴンイーターも帰って行った。

其所には、荷車を乗せて固定する、鋼の車があった。

なるほど、使い方は分かる。

レールは一部背徳の館にも入り込んでいたので、一旦鋼の車は引き込んでおく。酸の雨には簡単にはやられないと思うけれど。

それでも限度があるからだ。

動かすのは簡単。

鋼とは思えない程軽い。

荷車を乗せて固定するのも楽である。

ただし、荷車の位置がかなり高くなる。これは階段か何か、積み込むのに工夫が必要だろう。

頷いて、他にも機能を確認。

自走機能もある。

ブレーキも掛けられる。

この辺りは追加記憶で見た通り。

原理はバイクの応用で分かるし。

追加記憶で更に色々と分かってきた。

やはりこれはトロッコ。人間が使っていたものと殆ど同じだ。

追加記憶の通り、車としては、重いものをどんどんと運び出すために使っていたもので。

人間が人間を使い潰すような職場で主に使われていたそうである。

そのため過酷な労働の代名詞のようにされていて。

悪いイメージが表にこびりついていたとか。

背徳の館から、人間の残した物資を運び出すには丁度良い。

いずれもが、赤い奴に溶け込んで、地球に帰る。

そして資源の再分配が完了し。次の知的生命体が現れたときには。

その進歩を円滑にするために使われる。

皮肉な話である。

まあわたしにはどうでもいい。

しばらくトロッコを操作して、色々試す。

途中坂になっている場所などもあるけれど。坂などでも、思ったほど加速しない。ただブレーキは若干効きが弱く、早めに操作しないと危ないかも知れない。

自走機能も、スピードが出始めるまで時間が掛かる。

なお、赤い奴の側にまで行くと、ストッパーがある。

このストッパーも万能では無いから、気をつける必要がありそうだ。

色々確認した後。

わたしは作業に戻る。

このトロッコは、次の輸送時から使う事にする。

今はとにかく。

破損の畏れがある物資を回収することが優先だ。

何しろ、本当に珍しい、破損していない物資がたくさんある場所なのだ。

黙々と、わたしは働く。

力作業が必要ないときは。

ブロックを囓りながら働いた。

こう言うときは、もう代謝が無い事で助かるが。

同時に体が熱を帯びる。

連続稼働が続くと、どうしてもかなり体が熱くなってくるので、時々放熱のために休まなければならない。

熱を過剰にため込むと、どうしても動きが鈍くなってくる。

この辺りは、星を覆う量子コンピュータである赤い奴の端末。それが故だろう。

生物とは言い難いが。

だからといって、欠点はある。

それだけだ。

黙々と作業を続けて。

そろそろ良いだろうと思う。

トロッコに乗り込むと。

わたしは、トロッコを動かす。がこんと音がして。無骨な輸送のための車が。人外の者達が敷いたレールの上を、走り出していた。

 

2、収奪の末

 

トロッコのブレーキを全身で引く。

とにかくごつい造りだ。

宝蜘蛛が敷いた糸の土台と枕木。更にドラゴンイーターが作ったレールと、このトロッコは。

ひたすらに頑丈さだけを求めて作られているように感じた。

火花が散る。レールの上で減速していくトロッコ。

人間だったら重労働だが。

今のわたしには、大した作業では無い。多少からだが熱くなるくらい。

元々体格が大きくて力仕事になれている大人用に作られたトロッコなのだろう。

それを赤い奴がコピーして。

ドラゴンイーターに作れるように手配した。

誰か別の端末が回収したのだ。

その辺の流れは分かる。

ブレーキを引く時には、凄いGも掛かる。

モロに風も浴びる。

だから、あまりトロッコに大量に積むことはせず。

また積むときには、荷物も縛っておいていた。

ブレーキが効き。

トロッコが赤い奴の手前で止まる。

後は足下にあるペダルをギシギシと踏んで、トロッコを傾け。

中身を、赤い奴に全て引き渡す。

赤い奴は、どんどん触手で取り込んでいく。

あの悪徳の輩に収蔵されていた物資を悉く。

人間の英知の結晶である事は確かなのである。

わたしは淡々と、仕事をしていく。

それだけだ。

全ての物資を回収し終えたので。

ペダルを踏んで、トロッコを元の状態に戻す。

赤い奴は触手を伸ばしてこない。

つまり、続けて仕事をしろと言っている訳だ。

わたしも無言で作業に戻る。

トロッコを操作して、悪徳の館に戻る。

このトロッコは自走式だが。

燃料については、時々赤い奴が補給してくれるので、気にしなくて良かった。

今日はこれで三往復目だ。

人間の街からはかなり遠いのだが。

一部の路線が、電車から見えるようで。

時々視線を感じる。

ただ、興味を持っての視線ではなく。

ぼんやりと見ているだけ、のようだが。

この辺りでも、人間は滅び往く街から、まだ状況がマシな街に移っている様子で。

電車に乗っているのも、そういう人間らしい。

元々世界から見捨てられた地域だったのだ。

この辺りの街は、正直な話。

破滅の戦争が始まる前と。あまり変わっていないのかも知れない。

またブレーキを掛けて。

悪徳の館入り口で、トロッコを止める。

ぴったりと、思った位置で止められるようになって来た。

ぶきっちょなわたしだけれど。

回数を重ねれば上手にもなっては来る。

追加知識を総動員している、という事情もあるけれども。

それでも、上達が感じられるのは嬉しい。

そのまま荷物をまた積み込む。

積み込み、縛り終えると。

二階に出向いて、残った物資の回収だ。

本当にこの館の持ち主は。

一体何を考えていたのだろう。

終末が近い事を察知して。

自分だけは生き残ろうとしたのだろうか。

それにしても蓄えている富が尋常ではない。

一人や二人が暮らすための嗜好品では無い。

食べ物の類は全て駄目になってしまっているが。

そもそも保存食などを持ち込むべきだっただろうに。そういう発想も無かったのだろう。

二階はあと二部屋。

いずれの部屋も、物資が満載されている。

世界中から集めて来たのだろう。

何かはすぐには分からない。

追加記憶を見て調べる。

そして追加記憶を頼りに、壊れないようにして持ち出していく。

この部屋にあるのは。

映画のBlu-rayか。

これは、貴重な品かも知れない。

見た感じ、痛んでもいないようだ。

頷くと、全て持ち出す。軽い媒体だが、それでも量が大変に多いので、手間と言えば手間だし。

傷つかないようにするには、非常に大変でもある。

嫌みは幾らでも思いつくが。

文句を言うつもりは無い。

作業を進める。

わたしがやっているのは、未来のため。

人間には未来なんぞもうないが。

地球には未来がある。

環境の再配置が終わったら。

その後に発生しうる知的生命体の進歩を効率よく促進するためにも。

こういった英知は必要だ。

大量の映画のBlu-rayを運んでいく。

見た感じ、正規品ばかりでは無く。

いわゆる海賊版という違法コピーも大量に混ざっているようだった。

まあ、正直どうでもいい。

またコレクター気質だったのか、同じ映画を複数コレクションしているケースも見受けられた。

そんな風な金の使い方をするなら。

もっと他に金の使い方があったのではないのだろうか。

疑念を呈すのは追加記憶の中の意思。

わたしはどうでもいいので、作業を続行。

ひたすら働く。

そろそろまた一階に置いている荷物が目立って増えてきた。

だが、二階はいつ崩れてもおかしくないのである。

トロッコで物資を運ぶのは、一度に一気にやっておきたい。

それに時間は有限だ。

二階は今の時点では無事だが。

三階が完全にやられたら、酸の雨による侵食は当然二階にもくる。二階がやられたら次は一階だ。

目を細めて、見やる。

機械類も全て外して回収しているのだが。

これは冷房機器か。

追加記憶によると、室外機というものが必要で。

それが壊れてしまっている以上、動かないらしいのだが。

まあいい。

動かないにしても。

回収しておくのは別に良いだろう。

外すのにはそれほど苦労もしない。

黙々と作業をして、二階を綺麗さっぱり何もかも無くしていく。

四日掛けて、二階の物資を全て降ろし終え。

残っていた機械も全回収した。

ため息をつくと、どんどんトロッコで赤い奴に物資を運ぶ。

何度もトロッコで往復していると、たまにおおあほうどりが見に来るが。

それだけ。

おおあほうどりも、作業をしているのが赤い奴の端末だと悟ると。

すぐに離れていく。

視力も良くなっているから、おおあほうどりとひとくくりにされている彼奴らが、実際にはかなり多種多様な姿をしていることは分かるが。

そもそも、害を為してこないならどうでもいい。

それに担当分野も違う。

違う仕事をしている奴に、干渉するつもりもない。

雨の臭いだ。

後一往復したら、一度戻ろう。

それと、体の熱がかなり上がっている。

作業をずっと続けているからである。

放熱しないといけない頃合いだな。

そう思いながら、ブレーキを掛け。赤い奴の至近で止まり。

トロッコを傾けて、赤い奴に物資を引き渡す。

まだ雨が降るまでには時間がある。

赤い奴が、トロッコに何か入れている。

見ると、ブロックだった。

なんだかんだでわたしがこれを囓ることを知っているのだろう。

別に必要もないのに。

嗜好品として入れてくれたとすると。

端末をより効率よく動かすためか。

それとも、ねぎらってくれているのか。

ちょっと分からないが、まあ助かると思う。

すぐに悪徳の館に戻り。

また物資を積み込み、往復。

読み通り、また悪徳の館に戻ってきた時に、ぴったり雨が降り始めていた。

やがて雨は本降りになる。

二階の物資の回収は終わった。

さて、此処からは。

地下だな。

その前に、風呂に入っておく。

やはりかなり体熱が上がっているからである。

情報の処理量が増えすぎているから、というのもあるだろう。

風呂に入って体を冷やした後。

その後は軽く寝て、追加記憶の整理をした方が良いだろう。

実の所、わたしの体が大きくなっているのは。

作業をより効率よくするためだけではなく。

蓄えている情報の量が増えている、という事情もあるらしい。

まあ頭一つ分以上、「生前」に比べてわたしは背が伸びている。

それを考えると、まあ情報量が増えているのは、納得も行く。

わたしは現状、全身が脳も同じなのだから。

風呂に入って、体を冷やした後。

横になって眠る。

一階の物資は別にいつでも持ち出せる。

地下はまだ探索が進んでいない。

酸の水で浸食されている箇所もあるかも知れない。作業の効率は上げていかなければならないだろう。

人間時代は夢として行っていた記憶整理を、横になって行う。

意識は閉じる。

作業的に記憶整理を行う。

昔で言うならば、PCでいうデフラグが近いかも知れない。

しばらく眠って。

起きだしてから、わたしは。

伸びをするでもなく、目を擦るでも無く。

地下一階に下りる。

ざっと目につくところにあった大きな骨はあらかた回収してあるのだが。

全域を見て回る。

二階のように嗜好品がぎっしり詰め込まれている部屋は無く。

むしろ点々と並んでいる部屋に、骨になったりミイラ化したりした猛獣の亡骸がたくさんあった。

檻という奴か。

エサを与える存在がいなくなったから。

みんな死んだのだろう。

大きさは千差万別。

一番大きそうなのは、人間の十倍くらいは体重がありそうなのもあった。

追加記憶が告げてくる。

ホッキョクグマだと。

シロクマとも言われ、熊の仲間で最大の体格を誇った捕食者。熊最強という訳では必ずしも無かった様子だが。

とにかくその圧倒的な巨体が、此処で人気だったのだろう。

とはいっても、此処では他の猛獣と殺し合いをさせられたり。

人間を食ったり。

そういう事をさせられていたのだろうが。

檻については調べて見て、電子ロックがかかっていたことに気付いたので。あけてしまう。

開け方はそれほど難しく無かったが。

幾つかの仕掛けを操作しなければならず。

猛獣にはそれが例外なく出来なかったのだろう。

骨を運び出していく。

一つずつ。

また、ある部屋には。

猛獣の餌になったらしい人間の残骸が、恐らく数百人分は散らばっていた。

此処の支配者は、余程此処でたくさん人間を殺したのだろう。

ある部屋では、ここに来たらしい人間の写真が飾られていた。

笑顔で此処の支配者らしい人間と握手をしている奴は。

追加記憶で、幾つかヒットした。

大国で大統領をしていたり。

或いは富豪だったり。

「慈善活動」をしていることで有名な奴だったり。

そういうのが、ここに来ては。

「宴」を楽しんでいたらしい。

まあ、どうでもいい。

地上を核で焼き払った連中である。

わたしには関係が無いし。

人間はそんなもんだという認識があるので。今更何一つ驚くことなどありはしない。

地下一階は、見た感じ腐食した様子も無い。

幾つか大変そうな大きな死体は一階に運び上げたが、それで充分。

地下二階に下りる。

此処は何というか。

よく分からないが、宿泊施設だろうか。

たくさん寝具が並んでいる。

枕は殆どの場合二つ、三つがおいてあるようで。

神経質なまでに丁寧にシーツは敷かれていた。

中には大型のテレビだかが置いてあって。

また寝具がある部屋とは別に、巨大なテレビと、皆で眺めやる事が出来るような家具が並んだ大きな部屋もあった。

なるほど、此処で猛獣の殺し合いやら、二階に置いてあった映画やらをみながら楽しんでいたのだろう。

そして追加記憶で察する。気分が高まった後、性行為にいそしんだというわけだ。恐らく性接待用の人間も常駐していたのだろう。

見ると既に電気が止まっている冷蔵庫があり。

中には干涸らびている肉やら、酢になっている酒やらがたくさん入っていた。

酒を入れながら、人間が猛獣に食われる様子を見ていたと。

ゲラゲラ笑っていた訳だ。

ただ、この辺りには人間の死体は見当たらない。

ベッドは後で運び出すとして。

まあ、優先順位は後回しで良い。

大型のテレビはどうするか。

後でフォークリフトでも乗り入れて、それで運び出すか。

場合によっては部屋の入り口をレーザーカッターで切らなければいけないけれど。

この建物そのものは別に保全などする必要はない。

地下三階に下りる。

此処は武器庫らしい。

状態が良い武器が、分厚い隔壁の向こう側にたくさん保存されていた。

だが使う人間が見当たらない。

骨も無いし、干涸らびてミイラにもなっていない。

監視設備もあるようすだが。

電気が死んでいる今では、もう何も映っていないモニタと。

そのモニタを動かしていたらしいPCが、虚しくあるだけだ。

PCにしてもそれほど良いものではないなと判断。

また侵食もされていない。

此処は後回しでいい。

武器の類は後でまとめて運び出すとして。

重要度は低い。

さて、四階だ。

いきなり分厚い扉があって、レーザーカッターで切らなければならなかった。

だがレーザーカッターで切り、内部に入ると。

其所は案外狭かった。

そして、人間の死体があった。

ほぼ間違いない。

こいつが。

この悪徳の館の主人だ。

側には山のように死体が散らばっている。

こいつの取り巻きや。

或いは性的なパートナーだろうか。

いずれもが骨になっているか、ミイラになっていた。

上に比べると、随分とまた狭い部屋だなと、目を細めて周囲を見やる。そして、確認する限り。

どうもこのレーザーカッターで切った扉に寄りかかるようにして死んでいる者が多い様子だ。

此処で何があったのか。

よく分からないが、ざっと見た所、酸による侵食は起きていない。

此処は、最後の最後でいいな。

そう判断。

一番優先度が高かった二階はもう終わっている。

一階に酸の侵食が来るまで時間はあるし、多分一月掛かりくらいの仕事になる。

だから、優先順位が低い場所の処理などどうでもいい。

ここもすっからかんになるまで。

全て回収していくだけだ。

ふと気になったので、手帳を手にとる。

日記か。

開いてざっと目を通す。

どうやら此処の主人に仕えていた奴の手記らしい。

此処の主人は、あらゆる悪徳に手を染めて金を集めていた人間らしく。その金をとにかく狡猾に使って、「先進国」の要人にコネを作る事に成功していたらしい。

そして悪趣味な宴を繰り広げては。

金を更に集めて。

事実上自分の国になっている周辺の都市から、搾取もしていた様子だ。

その生々しい描写が日記には残っている。

別に何とも思わない。

死んで当然の人間だったのだなと思う。

最後の方を見る。

パニックになっている様子が分かった。

どうやら、電気が止まったらしい。

何もかもが、動かなくなったと大慌てで記している。

核戦争が起きることを想定して、この部屋に逃げ込んだらしいのだが。

その後が問題だった。

各地の発電所が真っ先にやられ。

そして本来だったら、何年でも保つはずの非常電源も、あっさり壊れたのだという。

非常電源は更にこの下にあるようだが。

ちょっと後で見に行くか。

ともかく、非常電源が壊れたことで、この部屋は完全に真っ暗になり。外に出ることも出来なくなった。

怒鳴り散らす主君に恐縮しながら、もうおしまいだと日記の主はつぶやき。

最後に書いている。

天罰が下ったのかな、と。

そうか。

最後の最後で、罪を認めたのか。

まあもうわたしには関係のない事だ。

いずれにしても互いに食い合うなり、或いは酸素不足なりで全員死んだ。

それが分かれば充分である。

きっと、自分達だけは生き残る自信があったのだろう。

最下層である地下五階に下りてみる。

階段を探し出すのが大変だったが。

此処も死体が散らばっていた。

非常電源があるのだが。

どうも粗悪品だったらしい。

どれだけ再起動を試みても、上手く行かなかったようで。最後には爆発事故を起こしたようだ。

なるほど、そういうことか。

見た感じ、此処で発生した一酸化炭素が、一気に四階に流入。

皆、ひとたまりも無く窒息死したというわけだ。

窒息死は一番辛い死に方の一つだと追加記憶で知る。

此処で悪徳の限りを尽くしていた連中には、まあ似合いの最後ではないだろうか。関係無いが。

いずれにしても、この非常電源周りは、死体だけ回収すれば終わりだ。

一度一階に戻ると、残りの物資の回収について、計画を立てておく。

外ではまだ雨が激しく降り注いでいるので。

気分転換にブロックを囓り。

浄水器に掛けた酸っぱい水を飲んで。

ながらで計画を立てておく。

計画が大体立った所で。

まずは地下にある機械類のうち、無事なものを一階に運び出すことにする。

死体の類は後回しでいい。

どうせこの施設。

酸でやられるのには、まだ時間が掛かるのだから。

それに手記などで、此処がどういう場所か分かった今。

人間の悪徳を凝縮したような此処の主には。

あらゆる意味で興味が無くなっていた。

 

3、魔に魅入られる

 

トロッコで大量の物資を運んでいく。

機械類を運ぶ時は多少気を遣ったが。それ以外の時は、運転はある程度乱暴でもかまわない。

文字通りのピストン輸送をしていく。

数日に一度。

赤い奴が触手を伸ばしてくるので、手を伸ばし。意思疎通をする。

赤い奴は、瞬時に悪徳の館で起きた出来事を把握したようだった。

わたしはどうでもいいが。

赤い奴は、かなり苛立っている様子である。

人間という生物が作った社会の仕組みに大きな欠陥があったこと。

その欠陥の見本があの館であると言う事。

それらを悟ったのだろう。

わたしにはどうでもいいが。

次に知的生命体が誕生した時には、介入しようと思っているらしい赤い奴である。

まあ色々と思うところがあるのだろう。

わたしは戻って、作業を続ける。

どんどん機械類も含めて、回収してきた戦利品を運び出し。

赤い奴に投げ込んでいく。

機械によっては、この最果ての悪夢の土地で生きていた人の命の何十倍、何百倍の価値があった事だろう。

今ではもはや、どうでも良いことだ。

トロッコがひたすら行き来する。

雨が降り始めたら作業を一時中断。

今度は。地下からの物資運び出しの作業に移る。

既に計画は立てているので、滞りなく作業は進んでいく。

地下には、機械類だけでは無い。

無事なケーブルなども存在していた。

かなり劣化が進んでいるが。

今までPC関係の部品で一番足りないと感じていたのがケーブル類だったので。これはこれで助かる。

この屋敷に住んでいたのは、人間の悪徳の煮こごりみたいな輩だったが。

皮肉にも、それは人類を滅ぼす地球そのものに食われ。

その役に立つと言うわけだ。

ある意味、この館の主は。

人類をもう生かしておくつもりが無い地球に、もっとも貢献したのかも知れない。

どうでもいいことだ。

フォークリフトで、何度も地下と地上を往復し。

重めの機械や設備を運び出していく。

階段は要人を迎えるためか、それなりに広い造りになっている。エレベーターもあるようだが、残念ながら電気が止まった今はただの箱だ。

大型のモニタを一階に運び上げる。

フォークリフトの技量も上がってきていて。まったく危なげなく作業は出来た。

満足しながら頷いていると。

不意に、雨の中。館をドラゴンイーターが覗いているのに気付く。

すぐに歩み寄ると。触手を口から伸ばしてきたので、わたしも手を出して意思疎通を行う。

かなり酸の雨が激しい。線路が痛んでいるので修復する。修復には三日ほど掛かるので、雨が止んでもトロッコは動かさないでほしい。

了解。

意思の疎通を終えると、雨の中まるで平然と昔は回収車と呼んでいたドラゴンイーターは行く。

なるほど、それでは少し計画を変更して、地下の物資を運び出すか。

機械類が最優先。

骨は最後だ。

外の雨がかなり激しい。

二階を見に行くと、三階がとうとう完全崩壊したらしく。二階にも雨漏りが始まっていた。

物資の回収は終わっているからいいとして。雨漏りは、外に水が行くように、幾らか工夫をしておく。

一階へ雨漏りが始まるようだと困る。

まあしばらくは保つだろうが。

放置が過ぎると、一階に水がそのまま流れ込んできて。回収した物資に掛かる可能性がある。

処置を少しした後。計画を更に修正。

時々二階を見に来なければならないな。

そうわたしは思った。

 

ドラゴンイーター達の作業が終わったのが、丁度三日後。

酸に対する耐性を更に強くしたらしい。

トロッコが激しく行き来していたし。

これは仕方が無い事ではあるのだろう。

わたしはトロッコで、戦利品の輸送を再開する。

昔はそれこそ人間を大量虐殺し、生き血を絞り取りながら金に換えていたような高級な物資が。

文字通り十把一絡げにされて赤い奴に引き渡されていく。

亡霊などいない。

もしもそんなのがいたら、わたしに取り憑いて殺そうとするだろう。

だが、わたしは何ともない。

勿論事故も起こらない。

だいたい事故には慣れっこである。

今回の作業では、それほど酷い目にあっていないが。

それでもぶきっちょなわたしは、作業をしている時に指を落としたり。右手の肘から先を落ちてきた鉄片で切断したりした。

まあその程度の怪我はすぐ再生するし文字通りどうでもいいので。

黙々と作業を続けているのだが。

赤い奴に荷物を引き渡す。

最近は頭も整理されてきているから、これが八十七回目の引き渡しだという事を覚えている。

わたしの頭の性能が上がっているのだ。

赤い奴が触手を伸ばしてきたので。

手を伸ばして、意思疎通を行う。

貴重な物資が多い。やはり有用な端末だ。

まだ作業は終わっていない。

分かっている。このまま回収作業を続けろ。

了解。

意思の疎通には、二秒と掛からない。

言語を使う必要はない。

黙々と回収作業に戻る。トロッコの扱いにも慣れてきている。このただものを運ぶ事だけに特化した無骨な鉄の四角い車は。

ひたすらレールを行き来して。

物資を輸送する。

石炭やら鉱石やらを運ぶのが用途としては主だったらしいけれど。

今は違う使われ方をしている。

このトロッコも。

また次の仕事に持っていきたいなあと思う。

わたしはこの間の仕事で、殆ど完品のヘリを回収するという成果を上げた。

今後は端末としての仕事で、更に優遇が計られるかも知れない。

いずれにしても、わたしは作業を進めるだけだ。

ブレーキを踏む。

少し線路がしめっているからか、ブレーキの効きが悪い。

早めに止めることを意識して、強めにブレーキを掛け。

ぴたりと、線路の端で止まった。

作業に戻る。

一階もかなり手広になって来た。二階からどんどん物資を回収しているときは、もうものの置き場もなかったくらいなのに。

わたしが重要物資をあらかた地下から回収したし。

後は優先度が低い骨だの何だのが主体だからか。

辺りはちょっと広々としている。

骨は、回収するべきか。

ちょっと悩んだが。

赤い奴は欲しがるだろうと判断。

遺伝子とかを分析して、知的生命体に対する介入の際に役立てるかも知れない。

赤い奴は、合理的に考える傾向が強い。

実際成果を上げているわたしには、優遇策を採っている。

人間だったらこうはいかなかっただろう。

追加知識が入ってきている今なら分かる。

能力主義を謳いながらイエスマンを侍らせていたのが人間という生物だ。

赤い奴は違う。

成果を上げているからわたしを要所に投入したり。他端末が成果を上げられなかった地点に投入している。

そういう点では。

確実に赤い奴のが人間より優れている。

ならば、赤い奴が望むように。

あらかた回収出来るだけ、物資は回収しておこう。

思い直すと後は早い。

フォークリフトで地下に降りて、物資をどんどん回収していく。

機械類から、骨やら家具やら、或いは取りはずせる金属やらに、回収物資が変わっていくが。

予想通り赤い奴はもう作業は充分とは言わない。

やはりほしいのだ。

悪徳の館を作った邪悪のデータを。

そしてそういう輩を排除するために、必要なデータも。

椅子やらなにやらという小物は、壊すわけにも行かないし、かさばる。

場合によってはフォークリフトを使わない方が早く運べる。

フォークリフトも、リフト部分を折りたたむことが出来るので、地下へ移動するのは難しく無い。

ただ、トロッコで物資を運ぶ効率自体は、明確に落ちた。

猛獣の骨を運び出す。

一階にたまりにたまっていたので、一気に骨だけに絞ってどんどん運んでいく。

意外な事に。

赤い奴は喜んでいた。

触手を伸ばしてくる。

こんなものはいらんと言い出すかと思ったのだが。

そんな事もなかった。

これらは人間の起こした核戦争で既に滅びてデータを回収出来なかった。手柄だ。更に集められるだけ集めろ。

了解。

意思疎通終わり。

そうか、やはり無駄は無いか。

トロッコで戻りながら、わたしは計画を練り直す。

もう少し、回収する物資を増やすか。

悪徳の館が窒息死した部屋。

多分シェルターだろうが。

彼処に、獣の毛皮が結構あったのだ。

敷物代わりに使われていたり、壁に掛けられていたり。

放置しようと思っていたのだが。

まあいい。

回収しておくか。

そろそろ雨が降り出す。

丁度作業に没頭するには良い頃合いだ。

荷車に詰めるにしても、超大型の猛獣の死体はかなり工夫がいる。

元は相当に巨大だったのだろうなと思いながら、死体を回収していく。

腹の辺りに、人間の残留物らしいのがあったりして。

人間を喰らったのだなとも分かるのだが。

それらも回収しておく。

此奴らが人間を喰うのを見て。

此処に招かれた金持ち共は、酒を入れながら下の部屋で。或いは人間が喰われているすぐ側で、

キャッキャと喚声を挙げながら喜んでいたのだ。

死体を運び出していく。

毛皮などは殆どがボロボロで、良くてミイラ状態なので。

元の姿は、追加記憶で確認するしか無い。

いずれにしても、こんな所に連れてこられて。

他の猛獣と殺し合いをさせられたり。

人間を食わされたりするのは。

この猛獣たちにとって本意だったのだろうか。

閉じ込められている牢も狭い。

これでは殆ど動けなかっただろう。

死体を運び出していく。

人間よりも先に。

別に同情するわけでは無いが。

優先順位は、下のシェルターにある悪徳の館の主達よりも先だ。

トロッコで運ぶ際に、骨が大きすぎるのでかなり難儀したが。

ただ重量だけはぎっしりつまった機械や鉄の塊よりは小さいので。

トロッコの負担だけは小さかった。

往復が百五十回を越えた頃だろうか。

ついに、最後に物資が残ったのは地下四階だけになる。

乱暴に、骨を十把一絡げに回収し。

壁などに掛かっている毛皮なども全て回収していく。

床に敷かれていた毛皮はかなり痛みが酷かったが。

これは死体からしみ出した汁とかが原因だろう。

多分これが館の主人だろうという死体も見当がついた。

やたら太っていて、車いすというのに座ったまま死んでいた。

この車いすというものの方が重要度が高い。

死体を放り捨てると、先に回収して持っていく。

追加記憶によると、これは超超ジュラルミンと呼ばれる合金で。古い時代の戦闘機にも使われた優秀なものだという。

なら、こんな死体よりも有用だ。

後十回程度で終わるか。

回収をしながら、合間に二階の様子を見に行く。

かなり雨漏りが激しくなっている。

これは一階に水が来るのも時間の問題だろう。

だが、逆に言えば。

すっからかんになるまで内部を回収し尽くして。

それでなお、時間が余ったとも言える。

この館の主は、誰にも何もやらず、ひたすら搾取を繰り返したが。

皮肉な事に、最後は何もかもを奪い尽くされたのだ。

それも、人間ですらないわたし一人に。

死に際も窒息死という最悪のもの。

まあ、本当ならもっと悲惨な目にあうべきだったのだろうが。今更仕方が無い。

もし神がいるのなら。

人間の世界は、こうも醜悪では無かったのだろうから。

一階にまず持ち出していく。

何か見落としがあるかも知れないから、地下は全てもう一度見て行く。壁の張り紙なども、剥がせそうな部分は剥がして持ち出しているし。無骨な鉄筋コンクリートの壁が剥き出しになっている。

だが、何度も地下と地上を行き来して物資をフォークリフトで運んでいるうちに。

妙なものに気付いていた。

カーペットに使われていた毛皮の一つを剥がして、散らばっている死体を集めているうちに。

それが露出したのだ。

無言でわたしは、持ち込んでいる小道具のうちからレンチを取りだす。

床にわかりにくいが、小さな溝が走っている。

何しろもう地下で暗いので、懐中電灯を常時つけて行動はしていたのだけれども。それでも発見が遅れた。

溝を調べていくうちに。

とっかかりを発見。

鍵の類は掛かっていない様子だ。

そもそも地下四階がこのビルが生きていた頃は、厳重なセキュリティによって守られていて。

場合によっては入っただけで射殺されるような場所だったのだろう。

だから、これにはセキュリティが無かった。

死体の山の中、レンチを使って、とっかかりから一気に引っ張り上げる。

わたしの力が上がっていることもあるだろうが。

床にあった何かの隠し構造は、すぐに蓋が取れていた。

蓋自体も重いものではなく。

ちょっと大げさだったかなと、レンチを使った事を後悔した。

さて、何が入っているのか。

見てみると、思わず口をつぐむ。

其所にあったのは。

膨大な量の、金の延べ棒だった。

金だけじゃあ無い。

見てみると、プラチナもある様子だ。

文字通り、通貨の意味にもなった金属。

当然錆びることも無い。

それは、小さな空間とは言え。

ぎっしりと、文字通り詰め込まれていた。

思わず、全てが無になる。

わたしは、元々端末になってから、表情が消失していると思うが。

それでも、心は色々と動いていたと思う。

だが、この瞬間。

本気で心の底から、このビルに住んでいた連中が嫌いになった。

何処まで際限が無いのか。

人間は掣肘が与えられなくなると、何処まで搾取を行うのか。

この量からして、近隣にあった街の住人が年単位で暮らせる金になる筈だ。それを一人で独占して、隠し持っていたという事である。

この金が流通するだけで。

国家が事実上存在しないという無秩序地帯が。

どれだけ緩和されたかすら分からない。

ただ一人のエゴが。

全てを滅茶苦茶にした。

この事実を目にしてもなお。

弱肉強食だとか口に出来るのだろう人間は。

思わず王水でも赤い奴に要求して持って来ようかと思ったが、やめる。

金は貴重な資源だ。

もう人間が終わっている今。

ただ、元のように地球に返し。

地球で資源として再配布する。

それだけでいい。

金の魔力に魅入られるというような言葉があるが。今、わたしは一瞬その状態になっていたのかも知れない。

なんとも醜悪で。

許しがたく。

どうしようもないものを見てしまった。

悪徳の館とこのビルを呼んでいたが。わたしの認識は間違っていたかも知れない。

此処は人間の宗教で言う所の、地獄の最深部。

悪徳どころではない。

ただ滅びるべき場所であって。

むしろ滅んだのは幸運だったと言えるだろう。

心が揺れる。

端末になって、人間性は殆ど無くなったと思っていたのに。

それでも怒りという人間性がわたしの中には残っていた。

それが激しく揺れている。

落ちている、この館の主人の死体を踏みつぶす。

後で持ち出すのが大変だというのは分かるけれども、まあそれは今更気にする事でもない。

何度か踏みにじった後。

わたしは、回収作業に戻った。

わざと取りだしにくいようにみっちり入れられている膨大な金の延べ棒を、取りだすだけで膨大な時間が掛かった。

プラチナも相当量ある。

これは、あえてそうしていたのだろう。

この館の主にとって、隠し玉になる金だっただろうから。

最後の緊急事態まで、この金には手をつけず。

最悪の時にだけ、使うつもりだったのだろう。

もう、それはどうでもいい。

あえて無心になり。

ひたすら、金とプラチナを取りだす。

重いとか、重労働だとかは思わない。

黙々と、ひたすらに取りだしていくが。

その途中で気付く。

異様に延べ棒が綺麗なのだ。

恐らくだが。

一つ一つ手にしては、磨いたりしていたのだろう。

文字通り周囲の人間の生き血を啜って手に入れた金だというのに。

本当に魅入られるんだな。

わたしも、わずかな人間性が強烈に反応したくらいだ。

いずれにしても、こんな金を手にする器では無かったのだ此処の館の主人は。

もっともっとずっと早く死ぬべきだったのだろう。

やっと底が見えてきたが。

その時には、外の構造物にロープを掛けて。

そのロープを使って、隠し構造に出入りしなければならなかった。

それほど、蓋をされていた隠し構造は底が深かったのだ。

地下五階の壊れた発電装置のある部屋からも、位置的にかなり分厚いコンクリで隔離されている。

本当に、金の使い方を知らなかったんだな。

そうとしか言えない。

想像を絶する膨大な金とプラチナの延べ棒を取りだした後。

わたしはとてつもない疲労感を覚えていた。

疲労などしないのに。

わずかに残った人間性が。

激しく短時間で揺さぶられたからだろう。

とりあえず、一階に膨大な延べ棒を持ち出し。

先に、これらと毛皮から、赤い奴の所に持っていく事にする。

膨大な金をトロッコで運んでいくが。

何しろとんでもなく重い物質だ。

トロッコは頑強であるとは言え、移動途中にギシギシと音を立てているような気さえした。

赤い奴の側に出る。

トロッコを傾けると。赤い奴が触手を伸ばしてきた。

手を出す。

何があったのかを理解した赤い奴は。

意思を返してきた。

全て回収してくれたのは有り難い。そのまま持ち出すように。

了解。

此方も短く意思を返す。

金が、赤い奴の中に消えていく。

地球に戻っていくのだ。

それから、無心で雨が降る直前まで、延べ棒をトロッコで運び続け。さっさと赤い奴に引き渡した。

その途中、ずっと無くなった筈の人間性が揺れていた。

怒りが主な感情だっただろう。

こんな連中のせいで。

いや、こんな連中が、人間の生の姿だったということだ。

今、人間は繁殖能力も無くし、群れを作る事もしなくなり。名前すら失って、ただ生存のために動きながら滅びを待っている。

この状態の方が。

まだ人間という生物は、マシなのでは無いのだろうか。

わたしも回収作業の過程で、たくさんの本を読んだ。

それには素のままの人間が一番美しいだの素晴らしいだの寝言が書かれていたが。

現実は見ての通りだ。

この生物は何かの間違いで地球に蔓延った。蔓延るべきでは無かったのだろう。

雨が降り出した。

まだ小山のように積まれている延べ棒は残っている。

地下に潜ると、最後に回していた死体の運び出しを始める。

何というか。

今は働いていないと、怒りでどうにかなりそうだ。

十把一絡げに、この地獄の最深部を動かしていたクズ野郎と、その取り巻きやらの死体をまとめて運び出していく。

これらは単なる資源だ。

後は赤い奴に引き渡して、好きにさせる。

まあカルシウムやらリンやらに分解して、それで終わりだろう。

記憶も活用するのかも知れない。

ただし、出来れば悪い見本として活用してほしい所だった。

死体の運び出しが終わる。

臭いからして、まだ当面雨は止みそうにない。

二階に上がってみると、かなり崩れていて。ギリギリだったのだなと思い知らされる。わたしが見つけない方が良かったのだろうか此処は。

いや、集まった経緯はともかくとして。

此処には人間が作り出した様々なものがあったのだ。

それを回収出来たのは僥倖だった。

いや、回収では無い。

此処の館を作ったクズから略奪したと考えるべきだろうか。

違う。

それでは此処の館を作ったクズと同じレベルになる。

人間などどうでも良くなり。

人間性が極端に薄れている今であっても。

はっきりいって、それだけは御免被るというのが本音だった。

地下ももう一度丁寧に見回る。

懐中電灯で、隅から隅まで見て回る。

埃一つ逃さずに回収したつもりだが。

構造などから見て、おかしいところが無いか、念入りに調べておく。徹底的に調べたので。恐らくはもう大丈夫な筈。

わたしはぶきっちょでおっちょこちょいだけれども。

それでも今は人間を止めている身。

それに何よりも、自覚するほどの強運の持ち主だ。

恐らくは、問題は無いだろう。

それでも慢心せず。

念入りに、徹底的に、隅から隅まで探す。

地下五階の非常電源関係は木っ端みじんだったので、回収する意味もないだろう。後で赤い奴が丸ごと全てを飲み込むときに、まとめて回収してしまえば良いはずだ。

だからわたしはもう放っておく。

隅から隅まで、確認を終えた。

一階に戻ってくる。

横になる。

ブロックを囓りながら、雨が止むのを待つ。

横になる時、わたしはいつも大の字に転がるのだが。

今は金の延べ棒の山を背中にして。

其方を見ないようにしていた。

あれは本当に心を狂わせる。

それがよく分かったからだ。

金銭を使う概念が無いわたしでさえ、心がこんなにも揺らされたのである。

平均的な人間なんて、見るだけでひとたまりも無かった事だろう。

鬱屈がたまったままだが。

仕方が無い。

解消の方法が無いのだから。

目を閉じて、追加記憶の整理を行う事にする。

作業が全て何もできない状態になったのだから。

もうそれくらいしかなかった。

わたしは元人間だ。

だが、人間だった頃には。

生存だけを目的とする、ただの生きているだけの肉塊だった。

今は知性と強靭な肉体を手に入れたが。

その一方で、人間に対する嫌悪が心に生じ始めている。

人間を止めたから、ではないだろう。

人間であったころにここに来ていたら。

そんなものの比では無い嫌悪心を抱いていたはずだ。

端末になった今だからこそ、この程度で済んでいる。

わたしはそう結論して。

静かに溜息をついていた。

溜息か。

追加記憶の整理を進める。

追加記憶を使いこなせれば使いこなせるほど、わたしが出来る事は増えていく。出来る作業も精密になっていく。

手足を吹っ飛ばすようなへまはしなくなるだろう。

これに強運が加われば、回収する端末としては文字通り鬼に金棒である。

だから、これでいい。

そう言い聞かせながら、追加記憶の整理を進めていく。

やがて、雨が止んだ。

乾くまで、少し待つ。

膝を立てて、半身を起こすと。

トロッコの方を見た。

既に次に運び出す金塊は積み込んである。

だから、乾いたと判断し次第、動かせば良い。

後、トロッコで四往復すれば、金塊は全て赤い奴に投じる事が出来る。

はっきりいってすっきりである。

さっさと乾け。

わたしは外に向けて、そうぼやいていた。

心はまだ残っている。

そして、金はそれをかき乱す。

わたしは目を閉じると。

一度、深呼吸していた。

 

4、溶解する闇

 

死体の山を、乱雑にトロッコに積み込んで、赤い奴の所に運んでいく。

全てを引き渡した後、わたしは手を伸ばす。

赤い奴も、触手を伸ばしてきた。

回収完了。

了解。戻るように。

意思疎通が終わる。

赤い奴が触手を伸ばして、いとも簡単にトロッコを掴み、持ち上げて自分に取り込んでしまう。

このトロッコは便利だ。

今後、大量の物資を運ぶ時に使いたい。

自動化できるというのも嬉しいのだけれど。

あの金のような。

見ているだけで有害な代物を大量に運ばなければならないときには。はっきりいってこういうものがある事はとても有り難いのだ。

その後、赤い奴に戻ろうとしたが。

後ろで騒ぎが起きているのに気付く。

街でやたらとおおあほうどりが騒いでいるのである。

あの街にはまだ相応の人間がいた筈だが。

おおあほうどりがあんなに集まるとは、何かあったのだろうか。

街の方を見ていると、触手が伸びてきて、手を掴む。

とっとと戻れと引っ張られるかと思ったのだが。

意思を伝えてきた。

お前が運んでいる金の光が向こうに届いたようだ。

それを見て、ビルから這いだしてくる人間が増えた。

それがエジキになっている。

わたしは、それを聞いてうんざりした。

今のような状態になってなお。

金の魔力は、人間を狂わせるのか。

あれだけおおあほうどりが出ていると言う事は、その下では文字通り血の惨劇が繰り広げられている事だろう。

だが、もはや関係無いか。

わたしはそのまま、赤い奴に飛び込む。

知った事か。

そう思ったからだ。

全てが分解され、赤い奴の中で意識だけになって溶けていく。

次の仕事について説明を受ける。

やはりわたしの評価は、どんどん赤い奴の中で上がっているようだった。わたし自身、自分が優秀だなんて微塵も思っていない。

毎回おっちょこちょいとぶきっちょで体を傷つけてばかりだし。

いつも強運に助けられている。

だが、成果を上げていると言う事を赤い奴は評価しているようだった。

また、難しい場所に向かうように指示を受けた。

わたしとしては別に全くかまわない。

最近は持ち込む装備とかも好きに選んで良いと言われているので。

今後は、場合によってはこの間回収したヘリを使って一気に輸送するとか。

そういう事を、考えても良いかも知れない。

ただ、今までやってきたように。

フォークリフトで運べるなら、そうするべきだし。

トロッコで運べるなら、そうするべきだろう。

赤い奴は今、地球レベルでの再構築作業を進めている。

あらゆる物資を貪欲に取り込んで。

分子レベルでの再構築を行い。

人類が誕生する前の状態に、地球を全て再構成するつもりだ。

人間が霊長類と呼んでいた猿の仲間だけは再構築しないつもりかも知れない。

いずれにしても、次に知的生命体が登場するのは、何千万年だか後になるだろうし。

その時には、赤い奴が干渉をガンガン入れて行くのだろう。

地球を酸素の星にしたラン藻は、地球に破壊的な変革をもたらした。

だがその一方で、酸素の星になった地球は、それに適応した様々な豊富な生物を産み出すことにもなった。

人間は違う。

作り出した全てが、他の生物を侵害した。

一部家畜化した生物だけは繁栄したが。

それも人間の庇護下での繁栄に過ぎず。

人間がいなくなれば滅びるだけの儚い繁栄に過ぎなかった。

それでは駄目だ。

赤い奴の結論はそうだが。

わたしもその結論には同意する。

特に今回の金の一件で、完全に人間には愛想が尽きた。

追加記憶を整理する。

やはり赤い奴に溶けた状態だと、整理の速度が何十倍にもなる。

他の端末も、こんな風に追加記憶を整理しながら、作業に向かっているのだろうか。そうなのだろう。

わたしは単に運に味方されているだけ。

それだけしか強みが無い。

だから、運に味方されていることを忘れず。

このまま端末として活動する。

わたしはスペシャリストでも無ければ、頭が良いわけでもない。

だから、それでいい。

少なくとも、人間が簡単に狂うことは今回の一件で充分と言う程学習できたのである。わたしは人間では無いにもかかわらず、人間性に多大なダメージを受けた。

だったら、もう人間でなくて良い。

移動している。

それが分かった。

意識だけの存在になっているから、移動もすぐだ。

またかなり離れた場所に移動しているようだが。

次もまた、無理難題を言われるのだろう。

別にかまわない。

世界がこうなる前。

人間は無茶苦茶な労働ですり潰されていた。

それは追加記憶で確認している。

そしてわたしは、それよりはマシな状況で労働していると思う。

だから、これでいいのだ。

ほどなくして、意思が直接送り込まれてきた。

次は此処を探索してほしい。

そして、可能な限り英知の結晶を持ち帰るように。

わたしは了解と意思を返すと。

仕事の準備に取りかかる。

また面倒そうな場所だが。

まあいい。

最悪、次のわたしがそのままその場に向かうだけ。

今わたしは。

肉体を失っても、何ら問題ない状態にあるのだから。

気にする事はない。

さて、次の仕事だ。

到着までもう時間もない、

持ち出すべき小物などを、全て整理しておく。

幸い、次に行く場所では、金の類は恐らくないと思う。

それだけでだいぶ残っているわずかな人間性に与えられる影響が小さくなるのではっきり言って助かる。

わたしは人間性を全て失っても良いと、今回の件で思い知った。

人間が自画自賛していた人間性などというものがろくでもないと。

今回の件で結論していた。

人間はクズだ。

あの光景を見て。

わたしはそれ以外に、結論を出せなかった。

 

(続)