へり

 

序、酸の孤島

 

わたしはその場所を見て途方に暮れていた。

どうにも近づけそうにない、と思ったからである。

巨大な酸の湖。

例の水爆とか言うものによるものだろう。

それの真ん中辺りに、島が出来ている。

どうしてこうなったのかはよく分からないのだけれども。その島の真ん中辺り、いや島そのものが巨大な構造物なのだ。島が全部瓦礫の山と言っても良い。

コレを調べてほしい。

そういう事だった。

赤い奴から意思を受け取って。

ここまで来たのはいい。

追加記憶によって、こんな地形になった理由も分かった。

まず此処には山のように巨大な構造体があった。

その中に何か基地を作っていた。

そこで、水爆が打ち込まれた。

施設は半壊して、周囲に湖が出来た。

要するに、山ほどもある構造体が溶けるくらいの熱が発せられたと言う事だ。

水爆だか何だか知らないが、そんなのを作って何がしたかったのだろうと思う。

いずれにしても、湖の中に。

溶けかかった山のような瓦礫。

そして膨大な瓦礫と貸した施設が無惨な姿をさらしている。

コレを調べてほしいと言うことだ。

勿論湖は酸の水で満たされているし。

そもそも、赤い奴がかなり遠い。

周辺には人間も住んでいない。

何度かスキュラーが来て、どうにか端末が活動できるレベルまで放射能を押さえ込んでくれたらしいのだけれども。

それでもこれは。

正直、手の出しようが無い。

手袋を外す。

軍手だったか。

まあともかく、手を保護するためにつけている奴だ。

酸に手を浸してみる。

人間の手は酸にかなり強いと聞いている。

わたしの手も同じ。

酸に入れば服は溶けるけれど、わたしはある程度大丈夫。それでもある程度、らしいけれど。

だけれど、すぐに手を引っ込めた。

ぴりっと来たからだ。

これは恐らくだけれど、裸になって泳いで渡るのも無理だ。

何か対策を考えなければならないだろう。

手をかざして見てみる。

本当に偏執的に、此処を潰そうと爆弾を落としたのが分かる。

湖は元は存在しなかったらしいのだけれども。

今は青黒く深い湖が出来ていて。

空気が酸っぱいレベルで酸が強い。

今のこの世界では、水はどんどん蒸発する。

これは赤い奴が促しているから、らしいのだけれども。

それでもどうにもならないくらい水の量が多いし。

何より、水が蒸発するものだから。

酸の濃度も上がっている、というわけだ。

正直、わたしは雨の中突っ立っていても今は大丈夫なくらい、酸に耐性が出来ている。服は多分溶けるだろうが、どうでもいい。

だけれども、そんなわたしでもこの湖はどうにも出来ない。

船はどうか。

追加記憶で調べて見るが、どうも強化樹脂というので以前回収した上陸艇は出来ているらしく。

頑丈で多少の銃弾くらいはへいきらしいけれど。

それでもこの量の酸は無理らしい。

しばらく考える。

もしもこの湖から、水を抜く事が出来たら。

或いは、彼処を調べられるかも知れない。

だがそれは恐ろしくハイリスクな作業だ。

例えば、赤い奴に頼んでジャガーノート辺りを派遣して貰う。宝蜘蛛でもいい。とにかく大きいのを派遣して貰って、溝を作る。そして川を赤い奴に接続するまで掘り返す。

だけれども、その作業をやるジャガーノートなりに大きな危険が及ぶ。溝に酸が流れ込む可能性が極めて高く。その場合はどうなるか分からないからだ。

わたしは一応追加知識で、運河の作り方は知っているけれど。

それをいきなり成功させる自信は無い。

赤い奴は酸なんて物ともしない。

実際問題、雨があんだけ降ってるのに平然としているのだ。

赤い奴の中には酸も含まれる。

全ての物質が含まれているのだから。

そもそも、拠点が作れない。

この辺りは何も建物が残っていない。

危険だからスキュラーが全部食べてしまったのだろう。この辺りに生き残っていた人間も含めて。

それは合理的な判断だが。

問題は調査ができない、と言う事だ。

赤い奴はまだまだ彼方此方を浄化するのに手一杯で、この辺りを飲み込む準備ができていない。

赤い奴は巨大な量子コンピュータだが。

質量という点で問題を抱えている。

特に海を丸ごと飲み込んだことが、その質量の限界に大きな枷を掛けていて。

陸上を飲み込み尽くすのには、まだ時間が掛かるのだ。

それに、赤い奴が飲み込むと。

作業は非常に雑になる。

だから端末がいる。

わたしのような。

考え込んだ後、わたしは赤い奴の所に一旦戻る。状況を伝えた後、拠点を作る為の資材を貰う。

酸にそこそこの耐性を持つポリマーという奴だ。

ポリマーといっても色々あるのだが、これは耐酸性のコーティングをしてあるものらしい。

軽くてそこそこ強度があるので、雨を凌ぐ拠点構築には丁度良い。

しかしながら。

わたしに提供されたのは、わたしが見つけてきたものと、このポリマーだけ。

これだけで、どうにかしろということだった。

一瞬F35を使う事を考えたが。

流石にアレはまだ解析中だろうし。

何より燃料入りのを出して貰ったとしても。

どうせわたしに乗りこなせはしない。

垂直離着陸に近い事が出来るとマニュアルにはあったから、上手にやればあの島まで行けるだろうけれど。

それはあくまで絵空事。

訓練だけで途方もない時間が掛かるだろうし。

膨大な燃料。

要するに超危険な飛行機用の燃料を消耗するはずだ。

現実的では無い。

ともかく、ポリマーの壁材を組み合わせて、拠点だけは作る。

ドレンをつなげて、水を飲めるようにして。

シートを敷いて、其所に座る。

ブロックを囓り。

相変わらずまずいなあと思いながら、考えを巡らせる。

食べていると、少しは頭が回る。

水は多少持ち込んでいるから、雨が降らなくてもしばらくは大丈夫だ。

幾つか案を思いついたけれど。

わたしでも入ったら溶けるような酸を考えると。

どう考えても、ズー辺りに運んで貰うくらいしか思いつかないし。

その場合、制空権を管理しているズーを、私用で使う事になる。

それは、駄目だなと思って。

大きな溜息が漏れた。

決定的な何かがあれば話は別だ。

例えばあの島に、何か貴重なものがあって。

確定で掘り出せるとか。

それなら、ズーの貸し出しを赤い奴に伝え。

向こうも答えてくれるだろう。

だが現状では無理だ。

どうにかして、あの酸の湖を渡る必要がある。

少し考え込んだ後。

もう少し、酸の湖の周囲を観察する事にする。

バイクを出して、ぽくぽくと行く。

煮詰まったのなら。

考えを整理するべく、何か動いてみる。

古典的だけれども。

これが有効な事を、わたしは知っている。

バイクで湖の周りを行く。

臭いからして、明日くらいから雨が降りそうだけれども。

逆に言うと、明日までは大丈夫、ということだ。

湖の水位は。

目に見える程、下がって来ている。

これは、この世界では水分がどんどん乾燥して、その分雨が降るから。

この湖からも、水がどんどん乾燥によって吸い上げられていて。

その分雨で追加されている、と言う事だ。

地面を触ってみるが。

赤茶けた地面はさらさら。

スキュラーが一度囓った様子だけれども。

それでもベタベタにはなっていない。

要するに、そんな粘液なんて、すぐに乾くし。洗い流されてしまう、という事である。

此処は、もともとステイツとやらの中心地だったようだけれども。

今はもう、何も無い荒野の真ん中。

わたしは黙々と、役に立ちそうなものを探すけれど。

そんなものはない。

そもそも、この辺りの標高が周囲に比べて随分と低いのである。

要するに、前に空軍基地とやらでみたような攻撃を、何十倍もの火力で此処に行い。地面の下に埋まっていたものまで、全て吹き飛ばしてしまった、と言う事だろう。あの湖になっている辺りは特に念入りに。

幸い、時間制限は無い。

わたしは他の端末に比べて成果を多く上げているようだし。

その辺りは、大目にみて貰える、と言う事なのだろう。

この間のF35の発見だけでも、かなりの金星らしい。

それならば、わたしはのんびりやれる。

慌てる必要もない。

端末だから、赤い奴が一度全てを食い尽くす前に、可能な限り英知の結晶を回収しなければならないのだけれども。

まだしばらく時間はある。

少なくとも、年単位で、だ。

小首をかしげていたわたしは。

周囲を一通り見回した後、一度拠点に戻る。

方向感覚が人間だった頃よりも優れているので。

この辺りは迷う事もない。

それにしても、見事なまでに何も無い。

ここまで何も無いと。

如何に此処に行われた攻撃が執拗だったのか。

何となく分かって、薄ら寒いものがある。

本当に、人間は悪意をもって文明を回していたんだな。

そうとしか言いようが無い。

拠点に戻ると、幾つかの策を練りながら、横になる。

雨が降り始める。

最初はぽつぽつだったが。

やがてかなり激しくなっていった。

この臭いだと、数日は降り注いで。

あの湖の水位は、かなり上がる筈だ。

酸もかなり中和されるはずだが。

それでも入るのは危険だろう。

文字通り溶けて無くなってしまう。

それは、困る。

幾つかの策を練っていくうちに、雨漏りを確認。

物資を動かしておく。

バイクで見て回った地形のデータだけでは。

あの湖を攻略する方法が思い当たらない。

わたしはしばらく考えに没頭したが。

やがて既存の知識での攻略は無理と結論。

追加知識を動員して。

何かいい手が無いか、考え始めていた。

追加知識は膨大すぎる。

だから赤い奴に浮かんでいるときとかに、時間を見て整理しているのだけれども。

それでも整理しきれないほどだ。

幸いもう「忘れる」事は無くなっているのだけれども。

それはそれ。

わたしのオツムのスペックは、強化されているといってもたかが知れている。

だから、考えなければならない。

雨が滝のように降る中。

わたしは一度あくびをした。

眠って、知識を整理した方が良いと判断したからだ。

軽く眠って、知識を整理する。

かなり冷えるなと思ったけれど。

前にわたしが探索をしていた地域と、此処がかなり違うから、かも知れない。

土地によって、同じ季節でもかなり寒かったり暑かったりするらしい。

でも、赤い奴が根本的に環境を弄っているこの状態で。

それはまだあるのだろうか。

あるのだろう。

起きだす。

寒かったからか、かなり体の節々が痛い。

頭を振って、寝ている間に知識をどれだけ整理できたのか。

何か妙案が浮かばなかったか。

色々と考える。

一つ、あるにはある。

まあ、試してみるだけマシ、という程度のものだ。

もう外は乾いている。

本当に、無茶な乾燥速度だ。

人間に悪影響を与えているのも、この乾燥速度が要因の一つらしい。

最大の要因は、空気に混じって脳に直接影響を与えている、赤い奴そのものらしいのだが。

全世界的な異常乾燥も、人間にダメージを与えているそうだ。

もっともこの異常乾燥。

人間が引き起こしたものだそうで。

わたしには自業自得という言葉以外、何も言えなかったが。

バイクを出して、赤い奴の所に。

手を出すと。

触手を伸ばしてくるので。

意思を疎通する。

ドローンがほしいと意思を伝える。

以前、空軍基地を調査したとき。

落ちているドローンの残骸をたくさん回収した。

その時に、完品のドローンがたくさんあると、赤い奴は意思を伝えてきた。

だから、それを借り受けたい。

あの湖を、泳いで越えるのは不可能だ。

ならば、飛行機。

無理ならドローンを使いたい。

そう意思を伝える。

赤い奴はしばし考え込んだが。

やがて、結論を出した。

ドローンならば良いだろう、と。

ドローンで成果を上げられるようならば、燃料入りのF35も貸し出す。

追加記憶の中に、F35に乗っていた人間のものがある。

記憶を整理して。

それを引き出せるようにしておけ、とも。

了解と意思を伝え。

触手が伸び。

何かを側に置いた。

それは、四つのローターが四隅についていて。

カメラと、後はロボットアームがついている、黒光りしているものだった。

これが、ドローンだ。

軍用のもので、装備を変えると攻撃も出来ると言う。

主に人間が文明を滅ぼす要因になった戦争の初期から中期にかけて活躍したもので。

多くの場合、重要施設に攻撃を仕掛けたり。

重要人物を暗殺したり、

或いは市民を無差別殺戮するのに使われたらしい。

とにかくドローンには安いという利点があり。

その利点を使って、「効率よく」敵を殺す事に特化した。

操作用の端末も貰ったので、台車に乗せて拠点に戻る。

ドローンはかなりずっしりしていたが。

これは安物では無く、軍での本格的な任務をこなすものであったから、だそうだ。

安物の兵器と言っても、このドローンは一つで家が建つくらいの価値はあるそうで。

それだけ、色々な事が出来るという。

まずはマニュアルを読んでいく。

飛ばし方から学んでいく必要がある。

ただ。ロボットアームを見て、わたしはこれではちょっと心許ないなと判断はした。

実際問題、これでは出来る事が限られる。

最悪、わたしを運べないだろうか。

そう思って、幾つか試してみるけれども。

レーザーカッターとかの装備を考えると。

フル装備のわたしを運ぶ必要がある。

わたし一人を運ぶ事は、どうにか出来そうだけれども。

フル装備だと、かなり厳しそうだ。

いずれにしても、まずは実践である。

外に出ると、まず操作を開始する。

浮かばせる所からだ。

かなり鋭い音を立てて、ドローンが宙に舞う。動きは機敏で、これが安価な殺戮兵器としてもてはやされたのが、何となく分かった気がした。

しかも安全装置もついていて。

そう簡単には墜落することも無さそうだ。

わたしは黙々とドローンを操作しながら。

次に打つべき手について。

考え続けていた。

 

1、湖の城塞

 

多少緊張するが。

それでも、失敗したらその時はその時だ。

まず、ドローンを湖の上空に飛ばす。

手元にしている操作端末には、警告などが出るのだけれど。今のところ、ドローンに問題は起きていない。

ドローンだけをまずは問題の場所に飛ばす事から。

次にものを運べるか確認。

最後に、わたし自身が向こうに行けるかを確認。

順番にやっていく事になる。

追加知識の整理は兎に角大変で。

今もかなり全身が熱い。

全身が脳と同じ機能を有しているので。

思考をフル活動させると。知恵熱のような状態になる。そして当然全身が脳と同じなら、こうやって全身が熱くなる。

放熱に関しては問題ない。

元々、熱が多少籠もったくらいでどうにかなるような柔い体では無いし。

体の中身は、もう人間と殆ど違うのだから。

同じなのはガワだけ。

最近は、思考も人間だった頃とはかなり変わってきている。

端末を操作して、ドローンを飛ばす。

やがて、湖の半分ほどまで来た所で。

アラートが上がった。

すぐにドローンを引き上げさせる。

貴重な物資だ。

作業ミスで失う訳にはいかないのである。

戻って来たドローンは、まだアラートを発している。

理由はよく分からなかったが。

出ているアラートを、マニュアルを見ながら確認していくと、なるほどと分かった。

精密部品にエラーが出ている。

それも物理的な、だ。

このドローンは軍用で、銃弾くらいなら防ぐ事は出来る。

だが、このドローンが、短時間で腐食していた。

なるほど、簡単にはいかないか。

頭を掻きながら。腐食箇所を調べる。

どうも酸にやられたらしいと悟る。

どういうことだろうと、一度戻って考える。

思考を整理しておいた方が良いだろう。

ドローンも、これは一度赤い奴に返して、再構築して貰わないと駄目だな。

そう思う。

膨大な追加記憶を整理していくと。

見つける。

どうやら、こういうことらしかった。

あの湖からは、常時もの凄い量の水が蒸発している。

殆どは普通の水ではあるのだが。

水の蒸発速度が早すぎて、ある程度の高度に行って拡散するまでは、酸を帯びているというのだ。

それも結構な酸性で。

つまるところ、どういうことかというと。

湖の少し上を飛んで行くなんて、到底問題外。

相当な上空を抜けていかないと、あの島にはたどり着けない。

酸でドローンがやられて、湖にドボン。

即死。

以上だ。

なるほど、理屈は分かった。

だが、そうなってくると。

あの湖を調べるのには、ただでさえパワーが足りないドローンを、どうにかする必要がある。

ドローン複数を同時に飛ばすとか、わたしには無理だ。

しばらく腕組みして、思考を巡らせる。

まずドローンを無事に向こうに届ける。

それには、ドローンが酸で痛まない程度の高度を調べる必要がある。

このドローンは、マニュアルによると。さっき試したよりも、だいぶ高い所までいけるようなのだが。

最大限まで高く飛ばして、どうなるかを確認しなければならない。

それにしても、あの酸の湖。

想像以上に危険な場所では無いか。

ひょっとして、あの上を抜けようとして、死んだおおあほうどりとかいるんじゃないのだろうか。

そうとさえ思った。

まずはドローンを現地に到着させる。

それが第一歩だ。

わたしの手元にある端末には、ドローンのカメラが捕らえたものが映るようにはなっている。

それを参考に。

少しずつ、作業をしていくしか無い。

黙々と思考を巡らせた後。

外を見ると。いつの間にか雨が降っていた。

ドローンでわたしだけを運ぶとして。

その途中で、当然操作は必要になる。

わたしが途中で意識を手放したり。

或いは何かしらの要因で死んだら、ドローン事湖に真っ逆さまか。

別にそうなったら次のわたしが来るだけなので、問題は無いけれど。

この拠点に、進捗は書いておいた方がいいか。

開いている辺りの地面に進捗を書き残しておく。

黙々と進捗を書くと。

続いてわたしは。

赤い奴の所に戻り。

ドローンの再生と、修復の意思を伝えた。

 

耐酸性を強くして貰ったドローンを引き取って、拠点に戻ってくる。

赤い奴も、やはり物質の集積にはそれなりに手間が掛かるようで。

ドローンを即座に伝えたとおりに強化する事は出来なかった。

バイクとかフォークリフトくらいならできるようなのだけれど。

このドローン。

軍が使っていたものだけあって、最先端科学の塊。

文字通り英知の結晶だ。

わたしではない端末が回収してきたこれは。

他の場所でも活躍していると言うが。

そもそも使っているレアメタルなどの物質が極めて貴重で。

湯水のようにこんなものを使っていた人間に、赤い奴は相当な苛立ちを隠せないようだった。

まあそれは、わたしには関係がない。

湖の側に出向いて。

色々と検証を行う。

赤い奴に逐一情報を伝えてはいるが。

そもそも次のわたしを出す事態は引き起こしたくない。

物資が無駄だし。

何より時間も無駄だ。

わたしは上空にドローンを飛ばすと。

最大高度まで上げる。

点のように見えていたドローンが。ついに、点とさえも認識出来なくなる。

以降は目視では無くて、ドローンのカメラと、端末に表示される各種情報からの判断で、操作を続行だ。

最大高度まで上げて、湖を抜けさせようとするが。

今度は風が凄い。

高度を上げると、こんなに風が吹くものなのか。

口をつぐんだまま、風に翻弄されるドローンを操作する。短時間で練習を重ねて操作には慣れてきているが。

それでも手足のように、とはいかない。

風に逆らわないように。

だけれど、飛ばされないように。

難しい操作だ。

雨の臭いがしてきたので、一旦引き上げる。

翻弄されつつも、特にエラーは出さずにドローンは降りてくる。

やはり物理的な衝撃にはめっぽう強いか。

それならば、多少乱暴に扱っても大丈夫ではあるだろう。

問題は酸だ。

それと、あの風。

あんなに風が吹くのなら、わたしをドローンで空輸するというのは机上の空論に思えてきた。

高度を下げれば空輸は出来る。

既に試した。

荷物無しのわたしなら運べる。

荷台だけなら運べる。

どっちも試験済みだ。

だけれども、荷台なら兎も角。わたしを運ぶ途中で酸にやられて落ちたら意味がないし。

それにこのドローンについているロボットアームの精度では、出来る事だってたかが知れている。

やっぱり最後はわたしが現地に渡らなければならない。

ドローンを回収。

チェックするが、いずれも大丈夫だ。

燃料についても問題ない。

ドローンを引き取ったときに、赤い奴に当面動けるだけの燃料は引き渡されている。だからそれは気にしなくて良い。

拠点に戻る。

雨が降り出す。

水をぐいぐいと呷った。

上手く行かないから、苛立っているかも知れない。

地面に進捗を書き残す。

赤い奴と意思疎通するとき。

わたしの記憶も思考も全てコピーされて、赤い奴に伝わっているらしいのだけれども。

それでも、こうして書き残しておけば、何か役に立つかも知れない。

ドローンを持ち上げて、上から下から見る。

わたしではない端末が回収したこの軍事用ドローン。

英語という言語で、色々と書いてあるが。

無骨で、もう少しデザインにかわいげがほしいなとか、何となく思った。

それで、思わず真顔になる。

デザインなんてどうでもいいだろうに。

精神に余裕が出てきたから、そんな事を考えたのか。

人間みたいだな。

元人間なのに。

わたしは横になると、思考の整理を続ける。

追加記憶によって、わたしは人間だった頃とは比べものにならない程、色々な事を知った。

その中には、ろくでもない事も多かったし。

何よりも、わたし自身が追加記憶によってかなり変わった。

記憶というものは、人格をかなり変化させる物だという。

それはわたし自身で立証されているわけだが。

それにしても、変わりすぎのような気もする。

人間以外の記憶は何か追加で得られないのだろうか。

何だか嫌なのである。

人間の追加記憶により。

過剰に人間味を得る事は。

わたしが人間だった頃の残滓が鎌首をもたげるのは、まだ我慢は出来る。

だけれども、知らない奴がわたしの中に入り込んできて。

好き勝手に思考するのは気分が悪い。

ただ、それも人間的思考なのでは無いかとも思うと。

やはり気分が悪くなる。

そもそもだ。

わたしはバイクを手に入れた頃から、追加記憶が頭の中で原付だバイクだ言い争うのを経験している。

あの頃から兆候はあったと言える。

わたしは元から名前なんて持っていなかった。

元はただ生きているだけの、人間という生物の残骸だった。

今では体つきからして代わり。

元のわたしが見たら、自分だとは認識出来ない可能性も高くなっている。

だからといって。

虚無だったわたしが。

新しく入ってきた何だか分からない思考に支配されるというのも、あまり気分が良くはない。

赤い奴の端末になった事はどうでもいい。

そもそもわたしは虚無だったし。

人間の所業を知った今は、むしろ赤い奴に協力する事は、別に悪い事だとは感じないからである。

だけれども、人間の思考によって。

悪い意味での人間性が強くなり。

それに支配されるのはやっぱり我慢がならない。

それは世界を滅ぼした連中と。

同じになる事を意味するからだ。

ドローンを降ろすと、頬を叩く。

思考を一度リセットする。

考えていても仕方が無い事だ。

もうこれ以上、無駄に同じ事を考え続けても仕方が無い。

だから、一旦この件は此処までだ。

明日、色々と試してみて。

それでまた、次にどうするかを考えるべきだ。

雨は恐らく、これから本降りになる。

臭いで分かる。

そして、その後晴れて。

すぐにカラッカラに地面は乾く。

そういえば。

湖から、酸が気化して噴き上がっているのだとすれば。

ひょっとして、雨が降っているときの方が、まだマシにドローンは動けるのではあるまいか。

しばし考えてやめる。

どう考えても駄目だ。酸の雨の直撃を受けながら動く方が、ろくでもない結果に終わるのは見えている。

わたしは耐えられるかも知れないが。

ドローンが耐えられないだろう。

すぐに、次の試験作業に動く。

どうも雑念が浮かんで来て良くない。

わたしは端末だ。

そう言い聞かせながら動く。

その方が、むしろ動き易くさえある。

湖の側で、ドローンを飛ばす。

やはり、高度が上がると相当に風が強くなる。風に翻弄されて、ドローンの小さな機体は揺れる。

墜落まではいかない。

だがこれで、何かしらの物資を運ぶ事は難しい。

かといって、やはり高度を下げると、すぐに腐食する。

皮肉な話だが。

この風の壁を越えない限り。

気化した猛烈な酸をかいくぐることは出来ない様子だ。

しかも、この風。

風下に入ってしまったら、恐らくだがモロに酸をドローンが浴びる事になる。

そうなったら、一瞬で終わりだろう。

クリアしなければならない課題が多すぎる。

一旦ドローンを戻す。

途中で酸を浴びたからか、かなりアラートが出て来た。

黙々と、赤い奴の所に持っていき、進捗を伝える。

意思でそのまま伝えることが出来る上に。

わたしの思考や経験まで伝わっているので、伝達が楽で良い。

言葉とか言う不完全なツールでやりとりをしていた人間が。ちょっとした言葉尻を捉えて相手の全人格を貶めたり。或いは相手を社会的に殺していた事を、わたしは追加記憶で知っている。

だから、この方が良いと思う。

ドローンを引き渡す。

赤い奴が、意思を伝えてくる。

此処の調査には、今までかなりの数の端末が挑戦したが、上手く行かなかった。

わたしは上手く行っている方らしい。

わたしとしては、そう言われても困るとしか言えない。

実際ドローンを使って四苦八苦している状態だ。

何の成果も、現時点では上げられていないのだから。

もうすぐ雨が降る。

戻って休んでおくように。

そう意思を受けたので、拠点に戻る。

拠点に戻って、ブロックを囓り。

まずいと思いながらも、酸っぱい水を飲む。これもまずい。

そして地面に進捗を書き記す。

黙々と、作業をしていく内に。

不意に咳が出ていた。

わたしは、結局の所。

何なのだろう。

生物としては人では無い。

それは個人的には望むところだ。

端末としては不完全だ。

それは悲しい事だが。そう思う事自体が、人間的で不完全である証拠だ。

わたしは、どうしたいのだろう。

未来のために動きたい。

この地球は、人間のせいで一度リセットしないとどうにもならなくなった。

だから、その未来のために動く。

それ自体には迷いは無い。

だが、どうも妙なのだ。

わたしは、本当に。

何の迷いも、抱えていないのだろうか。

それが疑念となって。

空っぽになった筈の心の中で。

整理し切れていない追加記憶とともに、ぐるぐると回り続けていた。

 

2、湖を越えてその先に

 

何回かドローンを飛ばしてみて分かった事がある。

まずドローンを飛ばす事によって、不安定ながら風の壁は越えられる。

そして、実験によって、一度湖の中にある島の上空にまでは行けた。

そこから降りるには、また風の壁を越える必要があるのだが。

問題はこの風の壁で。

周囲からの風が、集まるようにして吹き込み。

そして更に上空へと上がっているのだ。

これは十二回、ドローンを彼方此方から飛ばして試してみて、そうだと結論出来た。元のわたしでは全く理解に至らなかっただろうけれど。今は追加記憶を整理した結果、そういう結論を出せるようになっている。

それはそれでいい。

問題はその後だ。

第二の風の壁を無理に越えようとしたら、酸でボロボロになるか、もしくは風圧でバラバラになる。

ドローンというのは、あくまで安価な殺戮兵器として珍重されたのだ。

苛烈な環境で活動するには向いていない。

そういうものなのである。

風の動き方などを書いて、確認する。

ドローンに雨避けをつけられないかと一瞬思ったが。

実際にドローンの上にどれだけの風が生じるかが追加記憶で分かって。

すぐに断念した。

現実的な考えでは無い。

だいたい雨避けなんかつけた所で。

あの暴風の中で、吹き飛ばされるだけである。

また一度戻る。

第二の壁の図は、何個か書いて検証を続けているが。

どうしてもこれを抜ける方法が思い浮かばない。

風の流れに逆らって進むのは論外。

風の流れにそのまま従っていると。

恐らくだが、酸にやられていずれはドローンが駄目になる。

現時点で、かなり耐酸性を強くしているドローンではあるのだけれども。

それでもはっきりいって、現状ではどうにもならないというのが結論である。

一度拠点に戻る。

雨が降り始める。

今の世界では、雨が兎に角降る。

それは何処でも同じらしい。

わたしが前に活動していた日本でも。ここステイツでも。

そして、生き残ったわずかな人間は。

もはや生物としての寿命を使い果たすまで。

ビルにしがみつくようにして、酸の雨を避けながら生きている。

それには代わりは無いが。

あの湖の中央にある山は。

誰も攻略できていない。

ステイツ出身の端末もいた筈。

ドローンの操作に習熟した端末だっていた筈である。

それなのに、どうして彼処へ行けなかった。

何かやはり問題があるのか。

わたしが優れているという事は無い。

わたしは元々、ただの非力で、いつ死んでもおかしくない存在だった。

ただ病気に罹って生き残っただけ。

それで端末になっただけ。

わたしはどうして此処に回された。

運に恵まれたからか。

運に恵まれたというなら。

どうしてドローンはあの風を突破出来ない。

しばし考え込んでいるうちに、雨が本降りになって来た。

雨を見つめているうちに、ある事を思いつく。

ひょっとしたら。

何か、ステイツ出身の端末には、思いつかない事でもあったのか。

いや、それは考えにくい。

追加記憶で、殆どの端末には差異は生じていないはず。

何が原因だ。

わたしが今まで成果を上げてきたのだとすれば。

それは単に運が良かっただけである。

逆に少し考えてみると。

ひょっとしてだが。

運が良いからこそ、ドローンがたどり着けないのではあるまいか。

立ち上がる。

そういえば。

ステイツの偉人の追加記憶にこんなのがあったか。

うまくいかなかったのではない。

うまくいかないパターンを見つけたのだ。

頭を振る。

考えを転換する必要があると思ったからだ。

今までのは、失敗では無い。

むしろ成功だ。

上手く行かないパターンを見つけたことで。

わたしは現場に近付きつつあると思うべきである。

考えを切り替えると。

固定観念からも解放された。

昔、思考する事すら難しかった、人間時代とは違う。

わたしの頭は。

だいぶ冴えていた。

 

ドローンを飛ばして、兎に角データを取る。

分かってきた事がある。

山に沿って、強い酸性の空気が、上昇気流になっている。これはやがて、上空の強い風と合流している。

この強い風は、追加記憶によるとジェット気流と言うものらしく。

それなりの昔に発見された現象であるらしい。

ともかく、酸を帯びた空気は、かなり上空までいるのだが。

この空気自体は、やはり下にある高濃度の酸の湖から立ち上っている様子で。

低高度であればあるほど、ドローンへのダメージは大きいし。

また酸の湖の中央にある島の近くでも、ドローンへのダメージは大きくなる傾向がある様子だ。

今までここに来た端末は、この事実にまでたどり着けなかったらしく。

最終的には頭を抱えた挙げ句、湖に飛び込んで溶けてしまったり。

或いは赤い奴にギブアップを告げて別の場所に行ったりしたそうだ。

単に根気が足りなかった。

人間時代にそういう性格で。

赤い奴の手で端末にされてからも。

それは変わらなかった。

それだけの事だったのだろう。

今になってして見れば。

悩んでいたことが、馬鹿馬鹿しい程だが。

ともかく、検証結果を赤い奴に報告すると。

少し赤い奴は悩んだようだった。

いっそのこと、湖を涸らすか。

そういう事も考えていたようだが。

あまり現実的では無い。

湖はかなり大きいし。

地盤か何かの問題で、水が外にしみ出す恐れもないようなのである。水が無くなるのは、この世界の強力な乾燥効果が故。

そしてその乾燥強化が強烈すぎるので。

湖の酸は強くなる一方なのである。

赤い奴と意思を疎通しながら、わたしは反応を待つ。

ともかく、此処までの事は分かった。

今後どうするか。

調査続行か。

それとも、何かしらの道具を貸しだして貰えるのか。

どちらにしても、今の装備では出来る事に限界があると思うのだが。

赤い奴は、どう判断するのか。

しばしして。

赤い奴から、意思が来る。

現状の装備で、打開を模索せよ。

此方としては、そう言われたら従うしかない。

まあドローンを何度も錆させ。

その度に修理して貰っているのである。

あまり多くは言えないし。

我慢するしかないのも事実である。

わたしは拠点に戻ると、ドローンを抱えて、そして持ち上げて下から見上げた。

相当に耐酸性を強化してある筈だ。

それでもやられるくらいである。

わたしを抱えて島まで無理矢理運んだとしても。

恐らくだが、ドローンはもたないし。

わたしももたない。

装備を抱えて何往復なんて無理だ。

そうなると、やはり発想の転換が必要になってくる。

現時点で、これ以上できないほど酸への耐性を強くして貰っているとして。

それでも、大体の勘として、どれくらいの時間性能を維持できるかは分かってきている。

例えばだけれども。

このドローンを飛ばして、島の上空から降り立つ。

この時、降り経つ間だけ、酸の空気を浴びるのであれば耐えられるかも知れない。

これについては、既に幾つか考えてある。

事前に離れた場所からジェット気流の上に上がり。

島の真上に到達したら、其所から降りる。

この方法だと、確かに酸の空気を浴びるのは一度で良いのだが。

問題は、島に降りた後。

島から帰らなければならない事である。

つまり、行きはいいが。

帰りはない。

ましてやわたしを運ぶのは、無理だ。

ジェット気流の辺りは、もの凄く空気が冷たくなっている。

人間の時とは比較にならない程からだが強くなっているわたしであっても。

恐らくは、体が凍って使い物にならなくなるだろう。

つまりジェット気流の上まで出る方法は現実的ではない。

もう二週間以上足踏みしているのだ。

何か、発想を転換して。

他の方法を考えなければならない。

空気自体が駄目なのだ。

ドローンが空気を使って飛んでいる以上。

酸の上昇気流を、本当にどうにかしなければならないのは事実なのである。

雨の時は、恐らくそれを考えなくても良いが。

しかしながら、酸を多量に含んだ雨そのものを大量に浴びる事になる。

多分だが。

現地に到着することさえ出来ないだろう。

まて。

少し考え込む。

雨が降るときには、臭いで分かるのだが。

ひょっとして。

ドローンを抱えたまま、急いで湖の側に行く。

臭いで分かる。

そろそろ雨が降り出す。

ドローンを飛ばして様子を見る。

やはり、だ。

雨がそろそろ降るから、だろう。

湿度が凄く上がっている。

故に、湖からの、酸を帯びた空気の上昇気流が収まっている。これは恐らくだけれども、今の状態ならいける。

ドローンを飛ばす。時間は殆ど無いと見て良い。

合羽を被る。

耐酸性の合羽だが。

一時しのぎにしかならない。

まあわたし自身は雨だけなら平気だが。

服はぼろぼろになって、再生には時間が掛かるだろう。

ドローンを飛ばす。

全速力で。

かなりの速度でドローンは飛んで行く。

わたしなり荷物なりを抱える場合。この速度はかなり落ちると見て良い。

島に到着までの時間を、ごっつい時計で計っておく。

これも今回の調査の時に、赤い奴に渡された奴だ。

以前わたしが見つけた物資の一つで。

見つけたときは何とも思っていなかったが。

今回は必要だろうと、わたしが指定していないのに持たされていた。

確かに必要だった。

時間を計測。

ドローンの速度と合わせて、距離を確認。

島まで、およそ四キロ半と言う所か。

島が大きいから、あまり距離感は無かったが。

多分どの方向から、岸から島へ向けてドローンを飛ばした所で。

結果は変わらないはずである。

雨はもうすぐ降り出す。

島に辿りついたドローンは、戻ってくる時間がない。

調べさせる

島は穴だらけ。

やはり何かの施設があったらしい。

その穴の中から、内部に入らせる。

錆びていない箇所を確認。カメラを彼方此方に向けさせて、雨が吹き込まない事を確認させる。

問題なし。

入り口付近に、雨が吹き込まない場所を見つけた。

内部は金属で覆われていて。ドローンの動きも鈍くなるし、映像もちょっと乱れていたけれど。

これはドローンが猛威を振るった結果。

ステイツの人間が、何かしら対策をした結果かも知れない。

ともかく、すぐに戻る。

ドローンは一旦彼処に置き去りである。

データは送られてきたものを、操作端末で確認するが。

ドローンへのダメージは、ほぼなかった。

大急ぎで拠点に戻る。

どうやら、島へついに到達できたらしい。

雨が降り出す。

かなり激しい雨だ。

端末でドローンの状態を確認するが、問題ない。

穴だらけになっている島の内部には、かなり雨が吹き込んでいるようだが。

島の内部はかなり複雑で。

ドローンは雨を浴びずに済んでいる。

冷や汗を拭う。

ぶきっちょなわたしが、良くやれたものだと思う。

雨は半日は続くとみた。

雨が止んだら、一度ドローンを回収して、それからだ。

わたしをかかえてドローンを飛ばし。どれくらい速度が落ちるかとかを、確認しなければならない。

確認しなければならない事はいくらでもある。

まあ、失敗しても次のわたしが来るだけだが。

それでも、被害はできるだけ減らしたい。

どうせあの島の中。

調査するのは、大変なのが分かりきっているのだから。

 

島からドローンを回収。

赤い奴に一度報告を入れる。

ついに、島にドローンを到達できた。しかも無傷で戻って来た。

それを知ると、赤い奴は喜んだようだった。

追加知識を渡してくる。

どうやら、あの山になっている部分。

水爆の直撃を受けて、ステイツの首都が吹き飛んだとき。

溶けて、あのような形状になったらしい。

とんでもない大きさのビルであったらしくて。

今では山のようになっているが。

元々はたくさんのビルが密集していて。

その中に、ステイツの重要施設があったのだそうだ。

つまり一つのビルの残骸ではなく、多数のビルの残骸が寄り重なっていると言う事だ。

地下にも幾つも同じような施設があったらしいのだけれども。それらは水爆でみんな吹っ飛んでしまった。

それだけ執拗な攻撃を受けたと言う事だ。

そしてステイツも、敵国に対して同じ事をした。

敵国の首都も、同じように酸の湖になっていると言う。

膨大な放射能をまき散らす場所でもある。

しばらくはスキュラーが複数、貼り付きで対処しなければならなかったと言うことだから。

どれだけ執拗にやりあったのかがよく分かる。

また、追加記憶でだが。

ステイツの首都近辺には、多分現在生きている人間の総数を遙かに上回る数の人間が住んでいたことも知る。

そんな数の人間を、一瞬で消し飛ばしたのか。

それで勝利を誇るつもりだったのだろうか。

どうしようもないな。

本当に人間は滅ぶべきだな。

そうとしか、わたしは思えない。

元人間でも、である。

何を言おうと、この行為の結果は覆せない。

人間にこの地球にいる資格は無い。

その結論は、揺らぐことはないだろう。

ともかく、以降も実験を続ける意思を告げて、赤い奴の側を離れる。

続いて、ドローンによってわたしを運ぶ試験を行う。

元々ドローンは末期にはパフォーマンスにも用いられ。

人を乗せて飛ぶ事もあったらしい。

空を飛ぶというのは極めて難しい事で。

飛行機を作り出すまでに、人間は多大な犠牲を払い。

多くの血を流しながら、ようやく方法を確立したと言うが。

ドローンは人間の文明末期に登場しただけのことはあり。

それらの過去の問題を殆どクリアしており、確かに小型でありながらわたしを運ぶ事が出来る。

わたしはドローンに抱えられるようにして、色々飛ぶのを試してみるが。

速力などは、やはり落ちるものの。

確かに飛ぶ事はしっかり出来るし。

揺らぐこともない。

荷車も抱えて飛ばせる。

ロボットアームを活用し、荷車を抱えて飛ばせると。更に速度は落ちるものの、レーザーカッターをはじめとした必須装備を持ち込む事は出来そうだ。

計算をする。

追加記憶と。

赤い奴に強化された頭をフル活用して。

雨が降り出す前のわずかな時間を利用して、どうにかして現地に到着する事が可能かどうかを割り出す。

何回か計算した結果。

強めの雨が降り出す前であれば。

何とかいける、と言う結果に落ち着いた。

それでいけるのなら、別にかまわない。

実際島内部の画像を見る限り。

かなり朽ちてはいるが、雨を避けることは充分に出来るようになっている。

それならば。

最悪次のわたしを派遣して貰えば良いだけのこと。

ともかく、これらの研究結果を赤い奴に引き渡す。

それで充分である。

赤い奴は実施するようにと意思を送ってきたので。

了解と意思を返す。

そして、わたしは。

ドローンに抱えられ。

雨が降る前の時間を利用して。

強酸の水が満ちる湖の上スレスレを飛んで、現地に向かう。

凄い酸っぱい空気だ。

雨が降る前の時間。

湖の水は落ち着いていて。蒸発する水はもっとも少なく。空気に満ちている酸も同じく少ない。

その筈だ。

それなのに、今のわたしでもむっとするほど危険な酸の香りがする。

この後、最低でも一往復はしなければならないので。

わたしはドローンの燃料を含め、必要な品をリュックに入れて持ち込んでいる。

雨がそろそろ降るな。

そう思うが。

ドローンの操作をやめるわけにもいかないし。

集中が途切れたら終わりだ。

ましてや、帰路は成果物を見つけた場合、それも持ち帰らなければならないのである。

その事を考えると、はっきり言ってとても気が重いが。

それでもやらなければならない。

そういうものだ。

無言で作業を続け。

ぽつぽつと、雨が降り始めると同時に。

わたしは、島にたくさん開いている穴から。

内部に飛び込んでいた。

島の内部は、完全にコンクリと機械の塊で。殆どがさび付いているどころか、一部は酸の水が溜まっている程だった。崩れかかっている場所も多い。これは迂闊に降りられないなと思ったが。

それでも、ドローンが退避していた辺りに降りる。

呼吸を整えながら、雨が降り始めた外を見やる。

間一髪だった。

わたしだけを抱えた状況でもギリギリだった。

このドローンは、赤い奴がかなり性能を上げてくれているのに、だ。

ひょっとしたら。

文明崩壊前のドローンだったら、無理だったかも知れない。

冷や汗なんか出ないのに。

冷や汗が出たかのように、わたしは額を拭っていた。

まるで人間みたいだな。

そう思って、わたしは自己嫌悪に陥ったが。

それもすぐ消えた。

雨が降っている間に、周囲を見て回る。

此処は、ビルが複数押し潰されて出来た場所、というのは本当らしい。

熱に晒されて、無茶苦茶になっている。

雨が降っているときは、滝のように雨水が流れ込んでいる場所も一箇所ならずある。

それにこの様子では。

島そのものは、恐らくだが、どんどん沈下している。

酸に食われていっているのだ。

この島は、いずれ無くなる。

赤い奴は恐らくだが。

観測結果で、それを知っていたのだろう。

ため息をつく。

ズーやおおあほうどりには、微細すぎて輸送作業は無理だろう。

だからわたしみたいな端末を繰り出し。

なおかつドローンも作り出して、渡してきた。

計算である程度はわかっていたのだ。

だったら、最初から言えば良い物を。

とはいっても、赤い奴は嘘をつかない。

もしもわたしよりずっと頭が良い奴。

わたしにものを教えてくれた人や。

或いは古い時代に学者と呼ばれていたような人が端末になっていたら。

そういう疑問を口にして。

赤い奴はすらすらと答えていたのかも知れない。

多分だが。

もうそんな人は、赤い奴が端末を作り出した頃には。

生き残っていなかったのだ。

人間は其所まで弱体化していた。

何とも情けない話ではあった。

無言のまま、周囲を見て回る。

階段が逆向きになっていたり。

灼熱に焼かれた人間が、影になって壁に貼り付いていたりと。

かなり凄惨な光景が彼方此方に見られる。

無茶苦茶だと思った。

これは人間を殺す兵器じゃ無い。

悪意が何処までも行くと、こうなるのかと思うと。あまり面白い気分にはなれなかった。

滅茶苦茶になっているこの場所を歩き回る。

比較的無事なPCを発見。

電気は勿論生きていない。回線も駄目だろう。

この大きさ。

恐らくは、スーパーコンピュータと言われる奴だ。

往復する際に、持ち帰らせるべきだろう。

ブロックを囓りながら、ケーブルやらを引き抜いていく。

元々電力なんて生きていない。

予備電力もあったようだが、ビルがこの有様である。生きている訳がない。

ケーブル類を悉く引き抜いた後、無言で小物を取りだし、分解していく。

雨は浴びていない。

内部のパーツを、追加知識に沿って分解していく。

本来は専門家にしか出来ない作業だけれども。

今のわたしは追加知識でそれが出来る。

内部が露出する。

無事そうな部品を、ある程度まとめると、リュックに入れる。リュックに入れていたものは、逆に出す。

外は、雨が止んだ。

雨が止んだ直後も、ドローンを飛ばす好機だ。

即座にドローンを行かせる。

島の入り口近くに移動し。

雨の残滓である雨粒が。そう、強酸性の雨粒がぽたぽた落ちている中、操作端末を利用して、ドローンを飛ばす。

拠点まで飛ばしておき。

湖の沿岸に作った、予備の拠点。

今回の計画を立案したときに作った拠点まで、ドローンを戻す。

今回の計画を実行に移すまでに、赤い奴に意思を伝え。拠点は大型化し、複数に分けている。

何か大きな発見があった時のためだ。

最低限の物資だけを残し。

リュックに戦利品を詰めて、ドローンは飛んで行く。

端末で確認しているが。

ドローンにダメージは無い。

やはり湿度が高いときは、酸のダメージは無視するレベルに落ちる。

それだけ耐酸性がガチガチに固められているという事である。

そして逆に言えば。

それでも普段は耐えられないレベルの酸を帯びた空気が。

上昇気流になっていると言う事だ。

対岸に到着。

リュックの中身を、籠の中に入れる。

ドローンの燃料はそれほど多く無い。

無駄にしないためにも、一度電源を落とす。

既に湖の上をいける状態では無くなっている。

わたしは、ドローン操作用の端末を、雨が掛からない場所に置くと。

島の中の調査を、再開することとした。

 

3、滅びと歪んだ島

 

とにかく無茶苦茶な構造の中を。

わたしは無言で歩き回る。

島の中を移動しながら、幾つも頑丈なセキュリティに守られていたらしい場所を見つけるけれど。

そういったセキュリティは、まあ水爆の破壊力にもみくちゃにされたのだろう。

扉が吹っ飛んでいたり。

歪んでいたりで。

わたしが内部に入る事が出来たし。

非常電力も死んでいたので。

トラップが起動するようなことも無かった。

内部を見て回り、珍しそうなものを集めていく。

高セキュリティの区画でも、雨が侵入している場合は徹底的にやられてしまっていたし。

ぎゃくにどうでも良さそうな場所でも。雨が侵入していなければ、人間が利用していた状態のまま無事で残っている事もあった。

ただし、上下が逆になっていたりしたが。

書類をたくさん見つけてきたので、それらを全て回収する。

見る感じ、ステイツの政府の機密書類だ。

ステイツの政府オフィスはホワイトハウスなる場所にあったらしいが。

それは当然のように、戦争の初期に水爆でやられて跡形も無く消し飛ばされてしまったらしく。

このビルに、資料を移していたらしい。

内容を見ると、専門用語に暗号でさっぱり分からなかったが。

まあ内容の解析は、赤い奴に任せれば良い。

また、スーパーコンピュータの分解も進めて。

使えそうな部品は、片っ端からばらし。

そして雨が掛からない場所に、並べていった。

上の方は、危険すぎて上がれない。

ドローンが戻って来たら、見て来て貰う感じだろうか。

下の方は論外。

酸のプールになっている。

酸で無ければ、魚が泳いでいたかも知れないが。

いずれにしても、これは駄目だ。

たまに、滑落したコンクリ片とかが落ちるのだが。

見る間に溶けて原型が無くなっていく。

これでは落ちたら即死である。

王水だったか。

普通の酸ではびくともしない金だのプラチナだのでも溶かしてしまう恐ろしい酸があるらしいが。

そこまでではないにしても。

それに近い危険度を持っているだろう。

雨が降らないので、しばし休憩。

ブロックを囓る。

休憩している此処も、床が斜めに傾いている。

酸のプールは遙か下で。

多少何かあった所で、転げ落ちることは無い場所ではあるけれど。

すぐちかくの床は、酸の雨に抉られて殆ど無くなってしまっている。

つまりそれだけ危うい場所だ、と言う事だ。

膝を抱えて待つ。

本来必要ない眠りを取ろうかと思ったが。

追加記憶を整理した方が良いだろうと思ったので。ブロックを囓りながら、そっちに切り替える。

色々な専門用語や理論を理解していく。

何が役に立つか立たないか、まったく分からない。

だから、今のうちに理論は理解しておいた方が良い。

人間の作り出したもので、唯一役に立つのは英知だ。英知によって作り出された道具だ。

人間という動物そのものはどうしようもなくとも。

人間の英知にだけは価値がある。

問題は、人間と英知が全くという程結びつかなかったことで。

わたしも、これだけ色々な英知を編み出した人間が。どうして此処まで愚かだったのかは今も良く分からない。

ともかく、しばし待ち。

やっと雨の気配が来た。

すぐにドローンを起動。

レーザーカッターをはじめとする探索装備を乗せた荷車を抱えさせ、此方に飛ばす。

間に合うかかなりギリギリだが。

何とか間に合わせる。

無言で動かしている内に。

湖の上を飛びきったドローンが、島の中に飛び込んできた。

冷や汗ものである。

荷車から、物資を回収し。

逆に回収した重要物資を積み込む。

しばらくは、この傾いた場所が拠点だ。

雨が降り始める。

この島は、現在進行形で。

上からも下からも崩されている。

それを思い知らされながら。

わたしは、ドローンを操作し。このビルの折り重なった無惨な残骸の上層部に何か無いか。

徹底的に調べていくのだった。

 

島に辿りついてから、四度目の雨。

その直前に、ドローンを使って、物資を運び出す。

一度も拠点には戻っていないが。

拠点は増やしておいて正解だった。

スーパーコンピュータは、ガワも含めて無事な部品を全てばらし、既に半分ほどを輸送完了。

重要そうな部品から運ばせた。

HDDは恐らく駄目だろうけれど、運んでおく。

ケーブルなども、まだ使えそうなものは運んでおくことにした。

いずれにしても後半分くらいは残っている。

書類なども、見つけ次第全て運んでしまう。

もう一人くらい端末がいたら作業を少しは早められるのだけれども。

赤い奴は、一箇所で複数の端末を活動させるつもりはないらしい。

わたし一人でやるしかない。

この辺りは、理由は分からない。

わたしのように人間性が残っていると、赤い奴に反逆を企てるとでも思っているのだろうか。

何もできはしないのだけれども。

まあ、その辺りはいずれ聞いてみることにする。

赤い奴は嘘をつかない。

それに、そもそも。

人間なんか敵でもない。

正直、水爆を人間が持ち出しても、赤い奴を地球から根絶するのは無理だろう。地球そのものなのだから。

仮に赤い奴を根絶できたとしても。

それは地球という星そのものが寿命を終えるときだ。

雨が降り出す。

物資が問題ない事を確認したわたしは、ブロックを囓りながら上の方を見る。

上がる道順は、ドローンが見つけてくれている。

雨が降ってきているから、流れ込んできた酸の水が、滝になっている場所がある。滝は時間と共に苛烈になる。

わたしはそんな間を縫うようにして、上に上がる。

背中のリュックには、レーザーカッターを入れているが。

これは、一箇所気になる場所があったからだ。

大きな何かがあるっぽいのだが。

どうも其所には入る方法が見当たらない。

分厚い扉で封鎖されていて。

ただ、軍用のレーザーカッターなら、どうにか切り裂く事が出来るはずだ。

どうせこの臭いだと。

雨はしばらく止まない。

物資を運ぶのも大変だし。

調査出来る所は、調査しておいた方が良い。

かなりの小物は持ち出しているのだが。

それでも全然足りない。

ドローンは後最低でも数十往復はしなければならない。

この島の何処かに。

もっと貴重な品があった場合。

持ち帰るために、ズーなりなんなりを呼ぶ必要があるかも知れないし。

それを赤い奴に認めさせるためには。

実物を確認しなければならない。

F35辺りがあれば、ズーとかを出してはくれるだろうが。

それくらい貴重な品で無ければ、逆に赤い奴は現状の物資でやりくりしろと言ってくるだろう。

何とかクライミングを続ける。

雨は二日は降り続くはずだ。

少し水滴がかかった。

服がしゅうしゅうと言って溶ける。

だけれど、気にしていられない。どうせ再生するし。

わたし自身は平気なので、顔を拭って先に。

やがて、分厚い扉の前に出た。かなり歪んでいるが、これは複数のビルが倒壊して、この拠点だかも押し潰されたときに。

強烈な衝撃を浴びて。

此処が壊れて、その余波で防壁もやられたのだろう。

無言で、歪んだ箇所を中心に、レーザーカッターで攻めて行く。

軍用のものとはいえ。

これはかなり大変だ。

一応、位置的にわたしが潰される事はないが。

それでも内側に何か貴重な品があったら、それで駄目になってしまう可能性はある。

出来れば穏当に処理したいので。自分が入れる最小限の穴だけを開ける事にする。

内部は暗くて何も見えない。

まずは、この防壁を喰い破って。

内部に侵入してからだ。

黙々と作業を続けていき。

やがて、切り口が出来る。

切り口の溶鉄が真っ赤に熱を帯びている。

これが如何に恐ろしいかは。

以前自分の身で思い知っている。何度も何度も。

だから、油断せず、何度か蹴って。

やがて、極限まで脆くなっていた防壁は。

向こう側に倒れた。

溶鉄が冷えるのを待つ。

側に、雨が掛からない、座れそうな場所があったので。そこでしばらく膝を抱えて休む。

追加記憶にはろくなものがない。

タバコやら酒やら。

薬物やら。

そういった物を吸って飲んで、体を駄目にしながら気持ちよくなっている記憶もある。

それらの一部には法外な値打ちがつき。

一部の国では、それらを取り扱う連中がとんでも無い金持ちになっていたという。

おぞましい話だが。

実際の記憶の再現だ。

追加記憶には、有用なものばかりではない。

人間の業をまともに見せられるものだってある。

頭を振って、溶鉄の状態を確認。

もう冷えている。

隙間を通って、防壁の向こう側に。

何も無い可能性はあるが。何かあるかも知れない。

ならば、確認した方が良いに決まっている。

状態を確認して。這うようにして内部に。

軍用の投光器をつけると。

そこには、意外なものがあった。

傾いている。それでも、恐らく此処は、致命的なダメージは受けなかったのだろう。

それは、壊れているようには見えなかった。

ごつい、何かだ。

照らしながら、ゆっくり全体像を確認していく。

これは、ひょっとして。

ヘリコプターか。

ホバリングなどが出来る、低空飛行を得意とする飛行する道具の一つ。

戦争にも使われ、特に陸上兵器に対する圧倒的な制圧力で、一部の種類は「ガンシップ」と呼ばれて怖れられたらしい。

文字通り空飛ぶ戦艦と言う訳だ。

これは見た感じ、武装は積んでいないし、とにかく頑強さを徹底的に優先しているようなので。

恐らくは、特殊なヘリなのだろう。追加記憶を漁るが。どの型番も合致しない。

はっきりしているのは。

二十人前後を乗せられそうな、ごついヘリコプターである事。

そしてローターは畳まれて上を向いていること。

壊れていない。

機体にも致命的なダメージは無い。

どうも床に固定されているようで。

それが、衝撃による破壊を免れた要因の一つであるらしい。

これは、すごいものだ。

正体はまだよく分からない。

軍用ヘリにしては武装がない。

しかし黒塗りの姿は、夜に紛れて飛ぶ事を目的にしているように思える。

何のヘリだ、これは。

直接触りながら、周囲を確認していく。

側面のドアは半開きになっていたが。

これは恐らく、誰かを待っていたのだろう。

ドアに挟まれて、死体が一つ。

頭が潰れて死んでいた。

衝撃がこの拠点を襲った時に、ドアが激しくしまり。

それで頭が潰れたのだろう。

内部を見てみるが。

もう白骨化した死体が少し散らばっているくらい。

要するに、誰かを待っていたが。

それもかなわず、衝撃を受けて此処が酸の海に浮かぶ孤島になった時。

皆何かしらの理由で命を落とした、という事である。

そうか。

ドアは滑らかに動くが。

重い。

態勢を崩したところに直撃を喰らえば、助からなかっただろう。

それに此処は、恐らくだがとんでも無い放射線に晒されたはずで。

その意味でも、多分助からなかったはずだ。

スキュラーは来たはずだが。

恐らくは、放射性物質をある程度片付けたら戻ったはず。

周囲のビルが相当滅茶苦茶になっているのは、スキュラーに囓られたからだと見て良いだろう。

さて、どうする。

ヘリの中に入ってみて、機器類を見るが。

これはちょっと、手に負えそうにない。

とはいっても、ズーを呼んで運び出すには、此処の天井は狭すぎる。

天井には穴が開いている。

幸い、ヘリに雨が掛かるようにはなっていないが。

それでも、穴が小さすぎるのだ。

また、下手に穴を広げようとすると、恐らくだが。

大崩落を起こして、ヘリが潰れてしまう可能性もある。

そうなったら、全て台無しである。

しばし考える。

天井の様子を確認。

一旦、空が見えている場所を調べて、どう崩せばいいのかを考えるべきだ。

その後、ドローンで向こう岸に戻り。

赤い奴に協力を要請するべきだろう。

ヘリの、殆ど完品を見つけた。

これは大きい。

しかも、残り時間が限られている。

これはまずい。

条件は揃っている。

恐らく赤い奴は動いてくれるはずだ。

頷くとわたしは。

まずは、天井の穴を確認。

最低でも。此処から無事にヘリを搬出できるくらいにまでしておかないと。赤い奴はまずはそうしろと言ってくるはず。

手元には道具もある。

何とか、穴をこじ開ける。

天井に這い上がる。斜めになっているので、クライミングはさほど難しくはないのが救いか。

だが、所々鋭利な破片や瓦礫があって。

体を一度ならず傷つける。

だが回復速度は更に上がっている。

全身が七割くらい瞬時に失われなければ多分大丈夫だ。

手をざっくりやるが。

気にせず這い上がり。

やがて、瓦礫の島の隙間から、顔を出す。

其所は、かなり高度があって。

酸の上昇気流もある。

空気が酸っぱいと感じた。

呼吸は厳しいか。

一応、酸素はほしい。

周囲を見回して、状況を確認。あまりよろしい状況ではない。

多分、一部の天井はかなり危ういバランスで何とか崩落せずにいる。

崩すのは、それこそ細心の注意が必要になってくる筈だ。

それだけじゃあない。

この瓦礫で出来た島の何カ所か。

一部には、酸が池のようにたまっている。

これらの一部は、雨の時とかに内部に流れ込んでくるけれど。

池ほどもたまっているのだ。

いざとなれば、恐らく一気に天井を喰い破って、中に流れ込んでくる。

そんな池のかなり大きいのが、ヘリのすぐ上にある。

あれをどうにかしないと。

はっきりいって、ヘリを外に出すことは出来ないだろう。

諦めるか。

いや、諦めない。

そもそも回収は出来る。

それならば、回収を諦める理由は、何一つない。

わたしは幸い、殆ど死なない体になっている。

そんなに力が強いわけではない。

だがバックアップは充実している。

頭は良いわけじゃない。

でも、知恵は追加されている。

人間の存在意義は英知。

人間が大事にしていたエゴじゃない。

這い上がると、まずは酸の池の水抜きから始める事にする。近くの瓦礫の様子を確認。酸の水を、上手く誘導し。

下に押し流せるかも知れない。

瓦礫を確認していくと。

目を細める。

川のようにえぐれている箇所がある。

池の水位が上がると、あそこから流れ出しているのか。

ならば、あそこから、全て流してしまうことも可能なはずだ。

問題はバランスが崩れることだが。

重量が減ることによって、むしろ構造体へのダメージを軽減できるはず。

忙しく計算した後。

わたしは、酸の空気の中。

ひりつくなと思いながら。

レーザーカッターを振るい。

邪魔になっている瓦礫を斬りさき始める。

足場は不安定。

ろくに息も吸えない。

そんな中、派手に火花が散り始める。時間は思った以上にないと思った方が良い。実際にヘリの天井になっている瓦礫の山を見て、わたしはそれを良く理解した。

瓦礫の一部を切り裂くと。

てこの原理でどけてやる。

ばらばらと、何か崩れる音がして。

冷や汗が流れそうな気分になるが。

そんなものはもう体の構造的に流れることは無い。なんでこんな気分になるのか。未だにこんな気持ちが残っているのか。よく分からない。

瓦礫をどかすと。

バランスを崩した瓦礫は、一気に下へと転がり落ちていった。しばしして、どぼんとか派手な音がする。

恐らく、酸の湖に、瓦礫が落ちたのだ。

一歩間違えばああなる。

恐ろしいなと思いながら、わたしは作業を続行。

レーザーカッターを振るって。

瓦礫を切り裂いていく。

そして、ある一点を超えた瞬間だった。

とっさにレーザーカッターを庇ったが。

その結果、体は庇えなかった。

瓦礫の緊張点が崩れた瞬間。

池が、決壊したのである。

瓦礫が内側から吹っ飛ぶようにして、わたしのおなか辺りを直撃。

池にたまっている酸の水が抜けると判断したわたしは、レーザーカッターを無理矢理下へ放り投げる。

大丈夫。

あれは極めて頑丈だ。

これくらいじゃ壊れない。

わたし自身は、踏みとどまろうとしたが。

今のが腹を潰すように抉っていただけじゃない。

どっと流れ始めた強酸の池の水が。

わたしの体を浸して、凄まじい煙を上げながら体を溶かしはじめた。

全部溶けるとまずい。

痛みは無いけれど。

必死に体を引っ張り上げて、大量の酸の池の水が、下へ流れていくのを見やる。顔も溶けかかっている中、右手だけで何とか体を支えて。

体はどれくらい残っているかなと、ぼんやり考えていた。

やがて、水は静かになる。

右手から力が抜け。

まだ強酸の水でしめっている瓦礫の川の底に落ちる。

体が滅茶苦茶だろうな。

そう思うけれど。

動かない。

あまりにも大量に体を失いすぎたからだ。

半分以上は溶けたのではないだろうか。

赤い奴が集まってきているのが分かる。

体を再構築し始めているのだ。

まず右手に力が入り始める。

ゆっくり、体を酸混じりの泥濘から引き揚げて行く。

視界がぐらんぐらん揺れるし。

何より殆ど思考できない。

再生に、数時間はかかったはずだ。

逆に言えば、それだけで再生出来たとも言える。

服はまだ再生の途上だが。

周囲が見えるようになって来た。

溶けかかっている左手や、下半身の様子も。

顔も酷い状態だろうなと、わたしは淡々と思う。ただ、酸の池から、水は綺麗に抜けて、下流に流れていった様子だ。

雨が降り始める。

再生が阻害されることもない。

今の体なら、雨の酸くらいなら平気だ。

むしろ服が再生する端から溶けるので、それで閉口するくらいである。

細かい道具類は殆ど駄目になってしまったが。それも再生するから別にどうでもいい。一度、瓦礫の間から、中に戻る。

上に川が出来ている。

池があった場所は、川の起点になった様子で。酸の水が、効率よく下流へと流れている様子だ。

これで多少は時間を稼げたか。

レーザーカッターを拾い上げると、動く事を確認。

わたしは素足になっている事。

足の一部が、まだ骨が露出していること。

半裸どころか、殆ど全裸に等しい事に気付いて。

苦笑いしていた。

雨が掛からない場所で、再生を待つ。

その間に、追加記憶で思考を整理していく。

今まで拾ったマニュアルの中に、ヘリの操作方法がある。

これは正直、此処の不安定さから考えても。

ヘリを操縦して、戻るしか手は無いかも知れない。

無言で、ヘリの操縦について、徹底的に煮詰めていく。

練習はしている暇が無い。

そもそも拘束をパージしてから、斜めになっているヘリが下に叩き付けられるまでに浮き上がる必要がある。

要は先に浮き上がるべく動かしておいて、後から拘束をパージする必要がある。

このパージについては、マニュアルがある。

火薬式らしいので。

多分ヘリの中からでも操作ができるはずだ。

ヘリには極秘要人用ヘリと、英語で書かれていた。

要するに、人間集団の中で、利権を独占していた連中が。こう言うときに、逃げるためのヘリだったのだろう。

それでこんな色をしている。

夜陰に紛れるためだったのだろう。

追加記憶にある、ステルスによる偽装もされているかも知れない。

ヘリは形状的にステルスには向いていない筈だが。

それでも電波に捕らえにくいように、色々仕組みは組んでいるのかも知れない。

色々面倒くさい話だが。

ともかくそういう事をしていても、おかしくは無いと言う事だ。

体の再生が、服含めてあらかた終わったか。

雨も止んでいるので。

丁度良い。

乾くまでに、今まで下の方に置いてきていた、戦利品を回収してくる。

そしてヘリに詰め込む。

ヘリ周辺の死体も、全てヘリに放り込んでおく。

このヘリは、有事には兵隊十数人を乗せ。更にある程度快適に過ごせるほどに内部が充実しているのだ。

雨が乾くのを待って、また天井から上がり。

ヘリが脱出できるだけの穴を作るべく、作業を再開。

瓦礫を削りながら、どんどん下へと捨てていく。

傾斜はそれほどきつくは無いけれど。

下手な瓦礫を削ると、酸の川の流れが変わる。

雨の時以外には川はないけれども。

それでも、モロに下の空間に高濃度の酸が流れ込むのは避けたい。

今のわたしでも。

一瞬で体の過半を失うほどの凶悪な酸なのである。

如何に色々工夫していると言っても。

ヘリが喰らったら、文字通りひとたまりもないだろう。

冷や汗は出ないと言うのに、冷や汗が出る気分だ。

またレーザーカッターで、瓦礫を切り裂いた時に。勢い余って、指を数本吹っ飛ばしてしまった。

冷静に拾ってくっつける。

くっつくので、いい。再生の手間が省けた。そのまま瓦礫を放り捨てる。人間だった頃に比べて体は大きく強くなっているとは言え。

瓦礫は重くて。毎度毎度、捨てるのが重労働でならなかった。

少しずつ、ヘリが出るための。空への入り口が大きくなっていく。

同時に呼吸が出来ない中での作業にも慣れてきた。

肌がぴりぴりしているのは。恐らくだけれども、痛覚では無い。体がダメージを受け、再生しているからだろう。

あれだけ耐酸性を強力にしたドローンさえ駄目にする酸の上昇気流である。

わたしでも、ダメージを受けるのは当然だ。

風もたまに凄いのが吹いてくるので。

思わず瓦礫の山にしがみつく。

恐怖なんて、とっくの昔に無くなった筈なのに。

それでも、肝が冷えるかと思った。おかしな話である。

数日、作業を続ける。

一つずつ丁寧に瓦礫をどけていき。そしてついにヘリが抜けるのに充分な穴が開く。

実は最後の作業中、崩落が起きたのだ。

それで、どっと瓦礫が崩れて。ヘリの至近まで、一気に天井に穴が開いた。

ひやりとしたが。

幸運と判断するべきだろう。

ただし、幸運はそう何度も続かない。

天井の状況から考えて、これは雨が降るとヘリを間違いなく直撃する。

そうなれば、如何に今まで耐えていたヘリでも、あっと言う間に駄目になるだろう。

体にダメージが相当蓄積している。

常時空気中の赤い奴が集まって、わたしを再構築しているけれど。

それでも追いつかないほどダメージが出ている、と言う事だ。

崩れた瓦礫を降りて。

空を求めるヘリの所に。

臭いからして分かる。

そろそろ、雨が降り出す。

要するに、わたしは。

このヘリを一発で練習無しで動かし。

赤い奴にヘリごと突入して戻る必要がある。

雨の中、長時間このヘリは飛ぶ事が出来ないだろう。雨は酸だからだ。

その後、何カ所かに作った拠点から、物資を再回収する必要がある。

それに、まだ回収出来るモノがあるかも知れないし。

ドローンでまたこの島に来る必要があるかも知れないが。

判断は赤い奴がすることだ。

操縦席に入ると。わたしは深呼吸した。呼吸なんていらないのに。

そして操縦桿を握ると。

順番に、離陸のための作業を。一つずつ確認しながら、行っていった。

 

4、ヘリは飛ぶ

 

時間は限られている。

ヘリはローターを回転させ始め。一気に飛ぶ態勢に入った。

雨が降り始めるまで、時間がない。

湿度が上がっているから、もう酸の上昇気流はなくなっている。

やり方はドローンでの物資回収と同じ。

スレスレを行く。

つまり、練習無しで。

相当な無茶をしなければならない、と言う事だ。

ましてやわたしは、体に滅茶苦茶をさせまくった直後である。

服は再生しているが。

足下は靴が半分くらい無くなっているし。

多分文明があった頃の人間が見たら、赤面して顔をそらすような状態になっていてもおかしくない。

それでも、わたしは。

ヘリを空に飛ばす。

パージ。

拘束を火薬で吹き飛ばす。しけっていて、派手に炸裂はしなかったが。それでも拘束は充分に緩んだので。後はヘリの力で、強引に引きちぎった。

島で確保した品で外の拠点に持ち出せていないものは、全て此処に回収しヘリの中に固定してある。固定のやり方はもう心得ているので、多少は揺れても大丈夫だ。

ドアもしっかりしまっている。

だから、大丈夫だ。

離陸し、更に最初の難関。天井の穴抜け。ヘリは徐々に高度を上げていく。微細な調整がいるが。

わたしは、追加記憶をフル活用して。

それを可能にする。

同時に全身から熱が出ているのが分かる。

処理が、限界に近いのだ。

普段なら兎も角、今は体中に甚大なダメージが出てしまっているのである。ならば、当然だろう。

今のわたしは、全身が脳も同じなのだから。

穴を抜ける。

ヘリの後部が。抜ける際にわずかに天井を擦った。

同時に、瓦礫が大崩落を起こす。

これはまた此処を調べる事があっても、最初から地形を調べ直しだなと思いつつ。今度は酸の島に沿って、高度を一気に下げていく。雨が降るまで、もう殆ど時間がない。高度を下げながら前進。

湖の水面スレスレまで降下して、一気に進み始める。

わたしは、驚くほど一連の動きをスムーズにこなせていたが。

同時に全身が熱暴走を起こしているのも分かる。

体の動きが鈍い。

煙が全身から上がっている。

これは、人間型を保つのが精一杯では無いのだろうか。

そう思いながら、操縦桿を動かす。

一瞬だけ見えたが、手は真っ赤に染まって、一部骨が露出していた。処理に力を注ぎすぎているのだ。

ずっと眠りを強要されていた、低空兵器の王は。

剽悍な動きで、湖の上を行く。

これはそもそもとして、要人。だれだろう。プレジデントだとかだろうか。ともかく、そういう偉いのを乗せて、あらゆる状況で逃げるために作られたものだ。

だからとんでもなく頑強。

それでも、湖に落ちたら一巻の終わり。

雨が降り始めても、長くは耐えられないだろう。

ぐっと、速度を上げる。

燃料が少ないことに気付いたから。

恐らくは、脱出のために燃料を入れている最中だったのだろう。

ヘリの周囲には、不自然に死体が多かった。

あれは護衛と言うよりも、メカニックだったのだろう。

湖を、抜ける。

一気に、赤い海を目指す。

赤い奴が気付いた。

ヘリは、其所へ一気に飛びこむ。

雨が降り始めたのは直後の事。

赤い奴が、ヘリを取り込みはじめたのを見ると、わたしは目を閉じて。

オーバーヒートしている全身の処理を、やっと停止することが出来ていた。

ほどなくして。

体中のダメージが消えていくのが分かる。

赤い奴と一体化したから、だろう。

赤い奴が、直接意思を伝えてくる。

素晴らしい成果だ。

また評価を上げざるを得ない。

わたしも意思を伝える。

あの島から回収してきた物資が、まだかなり拠点に残っている。あの島も、まだ探索しきれていない。

もう一度、行きたい。

赤い奴は、意思を伝えてくる。

修復が終わり次第、作業を続行してほしいと。

わたしはそれで何処か満足していた。

始めた仕事だ。

終わらせないと気持ちが悪い。

それに、だ。

わたしはヘリを乗りこなした。

今後の探索では、或いは。

場合によっては、ヘリを使う事を許して貰えるかも知れない。

赤い奴の喜びようからして、恐らく完品でしかも動くヘリは初めての筈だ。それならば、或いは。

少し休む事にする。

わたしは、あまりにもダメージを受けすぎていた。

わたしを再構築するためにも。

赤い奴のバックアップを受けながら。可能な限り、急いでダメージを回復したい。

そして残った仕事をやり遂げたかった。

 

(続)