ひこうき

 

序、死の穴蔵

 

広々としたところだな。

わたしは、赤い奴から出て。すぐ近くにあったビルの残骸の中に、探索用の装備一式を入れると。

バイクで周囲を見て回りながら、そう思った。

何というか、不自然なまでに広い。

何も周囲にない。

建物がちょっとあるけれど。

それだけだ。

そして、何だか知らないけれど、池が出来ている。

当然たまっているのは酸の水だけれども。

赤茶けた地面の真ん中に出来ている丸い池は。

あまりにも丸すぎて。

どう考えても、普通に出来た池だとは思えなかった。

赤い奴がいないということは、此処に川がつながっておらず。勿論海ともつながっていない事を意味している。

空をおおあほうどりが飛んでいる。

向こうの方に街が見えるから。

その関係だろう。

ただ、どうもこの辺り。

激しく抉られた跡がある。

追加知識が教えてくれる。

爆撃の後だと。

全てが終わった戦争の時。

飛び交ったのは核兵器だけでは無い。

他にも、過剰な威力の爆弾がたくさんたくさん使われて。彼方此方で軽率に何もかもを壊した。

バカみたいな話だけれども。

そうやって、殺した人数を競ったかのようだった。

バイクでしばらく行く。

何か建物があったらしい場所が合ったけれど。

そこは重点的に「爆撃」されたらしい。

何重にも重なった円形の池が出来ていて。

酸の水が溜まっている。

なるほど、多分だけれど。

此処には何かの施設があったのだろう。

そして、その施設の中枢部が此処だった。

だから徹底的に破壊された。

そういう事な訳だ。

わたしが派遣されたと言う事は、まだ他の端末は調べていないと言うことなのだろう。バイクで行く。

人間は見かけない。

遠くの方に電車がいるので。

その駅の近くで、貼り付くようにしてくらしているのだろう。

少なくともこの辺りに来るのは自殺行為だ。

何しろ周囲はおおあほうどりだらけ。

電車にいても襲ってくるのである。

こんな所にまで、来る理由も無いし。

来る途中で食い荒らされるのが関の山である。

勿論、わたしにおおあほうどりは襲いかからない。

同類だと分かっているからだ。

ともかく、無駄にだだっぴろい場所を、バイクでぽくぽくと見て回る。

この音。

好きだなあ。

残っている人間的感情が揺れる。

わたしに追加された知識によると、人間は一体何をそんなに急ぐのかというくらい、毎日を生き急いでいたらしいが。

このバイクはゆっくり行くのでわたしの性にあっている。

もう人間ではなく、端末になっているからだろうか。

それもよく分からない。

わたしは赤い奴の端末になってから大きく人格が変わったけれど。

変わっていない部分も多い。

昔の人間だったわたしがコレに乗っても。

楽しんだのではないだろうか。

手をかざす。

何か、見えてきた。

大きな建物だ。勿論徹底的にやられている。

爆弾だろうか。

何発も落とされて、破壊の限りを尽くされたようだけれども。

原型が残っていると言う事は。

余程頑丈な作り、と言う事だ。

周囲を見て回る。

潰れていない部分が無いか。

潰れていないのなら、中に何か無いか。

確認はしておいた方が良いだろう。

周囲には点々と、さび付いた部品が散らばっている。

この辺りに何かあって。

破壊されたと言う事だ。

そして、それを酸の雨が徹底的に、容赦なく蝕んだ。

その結果、風に吹かれても壊れるくらいになった。

そういうことだろう。

バイクで見て回るが、破壊に対して持ち堪えて原型を保っただけあって。前に見た軍基地と同じくらい、素材が重そうだ。

フォークリフトで動かせそうな場所を、覚えながら見て回る。

記憶力は上がっているが。

それはあくまで道具として利用するためである。

記憶力という武器を使って。

端末として行動するためだ。

一通り周囲を見て回る。

何カ所か酸の池が出来ていたが。

此処は余程重要な施設だったのだろう。此処まで執拗に攻撃して、こんなに大きな穴ばかり作って。

其所にたまった酸の水は。

何も生きていけない死の世界を局地的に作っている。

だが、どうせろくでもない理由だろう。戦争が起きた理由と同じように。執拗な攻撃の理由は、どうせくだらない。

そうわたしはもう、割切って見ていた。

一回りしてくる。

完全に消滅させられている建物があったらしい場所も。

それと同時に、執拗に攻撃されても残っている建物もある。

徹底的な攻撃は偏執的ですらあり。

此処が何か、気にくわなかったのか。それとも、破壊する理由があったのか。

どちらかは分からないが。

いずれにしても、容赦の無い攻撃が行われて。

何もかもを見境無く破壊し尽くしたのは、確定だろうとわたしは判断していた。

まずは拠点を作る事にする。

一度、物資が揃っている所まで戻る。

雨は当面降らない。

だから、あえて放って置いたのだ。

昔だったら、物取りやらに奪われていたかも知れないが。

今の時代は、それもない。

拠点を作るのに良さそうな場所は。

街の方に行くか。

ブロックなどは荷車に積んでいるから、食事には困らないけれど。

問題はフォークリフトやらレーザーカッターやらが、酸の雨に耐えられないことである。

赤い奴が物質を収束させて作ってくれはしたけれど。

酸に対する耐性まではつけてはくれていない。

まあそれはわたしが愛用しているバイクでも同じなので。

仕方が無い事である。

ともかく、周囲を確認して。

駅の側に、小さなビルを確認。

半壊している上に、すぐ側に酸の池がある。

つまり、あの何だか分からない施設だけでは無く。

街の近くにも攻撃が行われ。

鉄道も潰そうとした、と言う訳だ。

駅は半壊しているが。

電車はとおっている。

おおあほうどりがこの辺りにはいて。

更に酸の池が出来ている事もある。

ビルの中を覗くが、誰もいなかった。

それどころか、旗すら出ていない。

恐らくだが。

線路の向こう側の、ビルがまだ多少残っている辺りに住んでいる人達にとって。此処はもうアンタッチャブルなのだろう。

分からないでもない。

また、内部を見てみると、かなり物資が残っている。

埃を被ってはいたが。

生活するには、問題は無さそうだ。

フォークリフトを使って、物資一式を運び込む。

本格的な調査は明日からだ。

まずはビルの中を徹底的に調査。ドレンはつまってしまっているので。一度戻って、新しいドレンを貰ってくる。

そしてこれを組み立てて、ビルの外壁につける。

今ではわたしは、これが本来排水に使われていたものだと知っているけれど。

今更どうとも思わない。

浄水器を組み立てる。

ドレンは軽いので、今のわたしの力なら、組み立てるのは難しく無い。

コンクリの壁に固定するのも、ノウハウが追加知識の中にあるので。

ほんの数時間も掛からず、ドレンを設置出来た。

浄水器もそれにつける。

これで水は大丈夫だろう。

今回は、長期戦になる恐れがある。だから、徹底的に備えておく必要はあった。

続いて、しばらく誰もいなかったらしいビルの中を徹底的に調べておく。

何だかちょっと普通と造りが違うビルだ。

扉などにも、昔は動いていたらしい電子ロックがついている。

駅と連動していたところから見て。

駅にとって、重要な建物だったのかも知れない。

それはそれとして。

内部には、朽ち果てた機械類が、もう物言わずに横たわっている。

一部雨が吹き込むようになっていて。

本来は厳重に保護されていたそれらも。

雨には勝てずに、錆びて朽ちてしまったらしかった。

雨が通る道は抉られるようになっていて。

一目で分かる。

コード類をはじめとして、機械は悉く駄目になっている。

これは、使い物にならないな。

わたしはそう判断して、諦める。

二階を見て回るが。

元々かなり大きな建物だったらしい。

此処からドレンは降ろしたのだけれども。

二階の広さも相当だ。

ただし、二階は天井が丸ごと吹っ飛んでいる。

爆弾による攻撃を受けたんだなと。

わたしは冷静に判断していた。

本当に、執拗な攻撃だ。

人間の作り出した武器は、人間を殺すことだけに特化している。

それはもう自分の体で分かってはいたことなのだが。

それでもこの執拗で徹底的な攻撃を見ると。

本当に悪意に支配された生物なのだなと、実感せざるを得ない。

人間を止めてしまった今も。

わたしは「人間性」とやらが体内で疼くのを感じる。

そんなものはいらない。

わたしは、今はそう素直に思う。

周囲を見回すが。

二階の破壊は一階の比ではなく。

ある壁に至っては、其所で爆弾に焼かれたと思われる人の影が、丸ごと貼り付いていた。

そんな高熱で殺す必要があったのだろうか。

小首をかしげてしまう。

昔はおおあほうどりが怖くて仕方が無かった。

バスを引いている奴もだ。

だけれども、今は違う。

人間の作り出した兵器の方が余程怖い。

それが素直な感想である。

ただ、怖いと言っても。

人間だった頃に感じた恐怖ではなく。

客観的な危険度の判断だが。

二階から、水が入り込む位置を確認し。

自分の安全圏を確保。

地下にも入れそうだったのだが。

残念ながら、地下は丸ごと浸水していた。

足下まで水は来ていなかったが。

それでも浸水してしまっていて、入れる状態ではなくなっている。

地下はもうどうでもいい。

大雨が降ったときに、拠点が水没しなければ、それでいい。

拠点にする部屋を決めると。

他を掃除して回る。

死体は見つからなかった。

この開けた状態だ。

多分たくさん虫が来て。

早めに全て骨ごと食べてしまったのだろう。

密閉されている部屋は一つも無かったし。

それもまた、仕方が無いとわたしは思う。

一度、壁に背中を預け。

ブロックを囓る。

追加された記憶がぼやく。

もっと良い物を食べればいいのに、と。

だがわたしが知っている食べ物は。

汚水から作られたこのブロックと。

腐ってしまっている缶詰くらいである。

比べたら、まだブロックの方がマシ。

一応栄養はあるのだから。

わたしが生前、骨と皮だけだった事はおいておく。そもそもわたしにとっては、栄養すら、あれば良い程度のものになっている。

味などそれこそどうでもいい。

ブロックを囓っているうちに、いきなり大きな音がした。

おおあほうどりでもないているのかと思ったが、違った。

二階に上がって周囲を見回すと。

線路の向こうにいる人間が、慌てて住処に逃げ込んでいくのが見えた。

あくまで緩慢に、だが。

何かが鳴っている。

音が鳴っているのは、何カ所かに立てられている棒。

その先についている、何かの機械だ。

電車を動かすための、電線を引いている鉄塔じゃない。

もっと粗末なものだ。

あれから出ている音は、何だ。

ひたすら音は大きくて。

そして、おおあほうどりたちが興奮している。

一羽などは。わたしの至近に降りてきた。

おおあほうどりはかなり個体事に姿が違っている事は知っていたが。

このおおあほうどりは、屈強な人間の腕みたいな足をしていて。

顔には四つの目が左右にそれぞれ並んでおり。

嘴には牙が生えていて。

鶏冠がついているのだが。その鶏冠の中には、鋭い牙が並んで、蠢いているのだった。

わたしを見ても、勿論おおあほうどりは何もしない。

じっと見つめた後。

無視して、飛び立っていった。

ただかなり気が立っている様子で。

人間が逃げ込んだビルに止まると。

天井を乱暴にガリガリと嘴で噛んでいたが。

やがて音が止む。

空襲警報だとか。家の中に退避してくださいだとか。そんな風なことをいっているのが聞こえた気がするが。

良く意味は分からない。

追加記憶と照らし合わせて見ると。

どうやら爆弾を積んだ飛行機が攻めてくるから。

さっさと逃げろという意味らしい。

そして、今も住民が逃げていると言うことは。

その音を鳴らす仕組みだけは現在も生きている。

恐らくは戦争がそれどころではなくなって止まるまで。

ずっと爆弾が飛んできていたのだろう。

だから、こんな仕組みだけはずっと残った。多分管理していた人間が死んだからだ。

此処は。

最後まで戦争をしていた場所。

そういうことか。

鼻を鳴らす。

雨の気配を感じたからだ。

一階に戻って、掃除をさっさと行う。分厚く積もった埃を綺麗に排除して、空気を入れ換える。

使った布は、急いでバイクで運んで。

赤い奴の中に投げ込んできた。

物質は何でも良いから無駄にするな。

そう赤い奴には徹底されている。

いわゆる「ぞうきん」と、それに付着した埃でも同じ事だ。

雨が降り出した頃には。

わたしの作った拠点は機能していた。

かなり雨水が入り込んでは来ているが。

拠点を作った辺りは大丈夫である。

壁に背中を預けて、考え込む。

調査対象は、軍事基地だったのか、それとも。

分からないが、兎も角多少厳しいと判断しても、調べるしか無いか。

わたしは端末。

次の時代に世界をつなぐために必要な端末だ。

だからこそに。

端末としての仕事を、滞りなく済ませていかなければならない。

 

1、分からない場所

 

水はけがどれだけ良いといっても。

流石に酸がたまった丸い池から、すぐに水は無くならない。

これは、人が近寄らないのも道理だなと思いながら。

今日はフォークリフトにバイクや荷車を積み込んで、黙々と行く。

フォークリフトはあんまり運転するのが好きじゃ無いのだけれども。

まあ、こればかりは仕方が無い。

淡々と、激しい攻撃を受け続けたらしい場所へ行くが。

途中、気付いた。

どうも線路らしいものの跡がある。

途切れ途切れになっているし。

もう回収車や宝蜘蛛が手入れしている様子が無いが。

電車がこの先へいっていたのか。

だとすると、すくなくとも電車に乗って人間が行く程度の規模だったと言う事になってくる。

一体この先は何だったのだろう。

軍基地だったら、もっと色々と、守りを固めていた形跡とかがありそうなのに。

それもない。

点々と落ちている機械の残骸を発見。

細かすぎて何とも言えないが。

一つ。比較的形が残っている物があった。

追加記憶が告げてくる。

ドローンだ。

遠隔操作する、「コストパフォーマンス」が優れた兵器。

戦争の末期には大活躍をして。

多くの被害を、あらゆる陣営に与えたという。

寄り道して、赤い奴の所に行き。

ドローンの残骸を放り込んでおく。

かなりの数は集まったが。

こんなさび付いた壊れたドローンなんて、事前に幾らでも集まっているし、完品だってあると意思を送られた。

まあ、それでも持ってきてくれた事は感謝するとも意思を送られたので。

それでいいかとわたしは思ったが。

ともかく、調査対象へと急ぐ。

事前に目は通したが。

やはり。崩れてしまってはいるが、それでも原型を保っている建物が気になる。

地下とかから入れないだろうかと思ったが。

この水が引くことはまずあり得ないだろう。

わたしは多分、落ちても平気だが。

わたしが持ち込んでいる道具類は全て駄目になってしまう。

雨がしばらくは降らないことを確認してから。

わたしは黙々と、フォークリフトから荷物類を降ろす。

そして、フォークリフトで。

瓦礫をどかすことが出来ないか、試してみる。

小さめの瓦礫だが。

これは、重い。

フォークリフトが悲鳴を上げているのがすぐに分かった。

コレは恐らくだが。

このフォークリフトのパワーでは無理だ。

追加記憶が告げてくる。

これは、動かすには重機が必要だと。

重機というのは、記憶が共有されるが。

もっと恐ろしい姿をした巨大な車たちで。

バスよりもパワーがあり。

こういった建物でも、簡単に壊したり崩したり出来るという。

勿論手元にはないし。

赤い奴の手持ちにも無さそうだ。

そもそもフォークリフトの完品が手に入って喜んでいた位なのである。

そんな便利な重機なんて。

そうそうは、赤い奴の所にはいかないか。

しばらく悩んだ後、決める。

瓦礫の中に分け入ると、レーザーカッターで瓦礫を切断して、更に細かくしていく。

ある一点が一番怖い。

瓦礫が重いという事は。

両断されるときに、凄い勢いで吹っ飛ばされる可能性があると言う事だ。

前にワイヤーをレーザーカッターで切るとき、散々苦労したわたしである。

ただしわたしはぶきっちょである。

ゆえに、まあある程度は仕方が無い。

フォークリフトを下げると、レーザーカッターで本格的に切っていく。

手前にある小さめの瓦礫を切り裂いた、その瞬間だった。

意識が飛んで。

しばらくして、自分がすごいふっとばされて。

フォークリフトの近くで、再生していることに気付いた。

手にしているレーザーカッターは無事だ。

元々すごく頑丈な機械を作る国で作られた品であるらしいし。

その上赤い奴に強化されている。

身を起こすと、様子を窺う。

瓦礫は真っ二つになっているが。

それが想像以上に重かったらしい。

レーザーカッターで真っ二つになった瞬間。

わたしを吹っ飛ばして、此処で叩き潰した、と言う事らしかった。

ため息をつきながら、まずは雨の臭いを嗅ぐ。

しばらくは大丈夫だ。

フォークリフトを使って、瓦礫をどかす。

かなり負荷が大きいが。

それでも、どうにか一部の瓦礫はどかすことが出来た。

良い事だ。

頷くと、わたしは次に取りかかる。

瓦礫を崩していけば、恐らく形を残しているこの建物の、奥に入り込んでいくことが出来るだろう。

そうなれば。

何か見つけられるかも知れない。

他の端末達も、担当地域で調査を続けている。

わたし以上に成果を上げている端末もいるが。

成果を上げられずに、毎回骨折り損をしている端末もいる。

これについては、赤い奴を漂っている間に。赤い奴本人に聞かされた。

ただ、回収した道具については共有されているという。

わたしももう少し追加記憶が整理できてきたら。

それらを要求して。

もっと、調査を円滑に出来るのかも知れない。

いずれにしても、とにかく少しずつやっていくのみだ。

瓦礫をちょっとどけるだけでえらい苦労をした。

続いて、レーザーカッターで瓦礫を切断していく。

かなり時間は掛かるが。

今回は、直立していたような瓦礫を左右に切り裂いたので。

切り裂いた瞬間に、どっちかが倒れてくるようなこともなく。わたしも吹っ飛ばされたり潰されたりはしなかった。

その代わり、すぐに離れる。

やはりある程度の力が掛かっていたのだろう。

真っ二つにしたことで、その均衡が崩れた。

大きな音を立てながら、瓦礫が倒れ始め。

周囲の瓦礫も巻き込まれて、凄まじい土煙と轟音を立てる。

近くの酸の池が、びしゃびしゃと凄い音を立てた。

それだけ倒れた瓦礫が重かった、という事である。

呼吸を整えながら、土煙が収まるのを待つ。

わたしが額を拭っている間に。

崩れた瓦礫が。

更なる崩落を呼んだ結末が見えてきた。

地面に倒れている瓦礫を、更に裁断していく。

もう地面に倒れてしまっている瓦礫は、危険でも何でも無い。

そして細かく切り分けると。

赤い奴の所に運んでいって。

次々と、投げ入れていった。

少しずつ、確実に瓦礫の山を崩していく。

瓦礫を崩したり。

或いはワイヤーを斬ったりしているうちに。

ぶきっちょながらに、何が危険か、少しずつわかり始めてくる。

わたしは頭が余り良くないのだろう。

分かっても、ぶきっちょが治るわけでは無い。

それでも、何処を切ると危ないかは、何となく分かるようになって来ていた。

斬る場合に何処にいれば、自分への飛び火が小さいかも。

端から、少しずつ、確実に崩していく。

そして、一日ずつ確実に処理を進めていき。

瓦礫の要塞を、わずかずつ攻略して行った。

 

よく分からない場所に来て、十日ほどが過ぎた。

途中の半分ほどの日は、雨で作業が出来なかったが。

一方で雨が降った後、崩した瓦礫の所に行くと。

今まで雨に晒されていなかった瓦礫が、雨によって急激に溶かされた結果。かなり斬りやすくなっていたり。

もしくはグズグズに崩壊したりしていた。

これはいい。

わたしはそう思って、雨に感謝しながら瓦礫の処理を進める。

そうやって、更に日にちが経つと。

何かが中から見え始めた。

どうも瓦礫によって厳重に守られた中に。

建物がある様子なのだ。

これはひょっとするとだけれど。

外側の瓦礫になった建物は、そもそも囮というか、外側の外殻。

虫の体を守っているようなもの、だったのかも知れない。

だけれども、攻撃している側もそれは分かっていたのだろう。

だから瓦礫になっても、執拗に攻撃を続けて。

周囲を穴だらけにした、というわけだ。

少しわたしは考え込んだ後。

赤い奴の所に行く。

意思を疎通するためだ。

重機は無いか。

問いかけるが。

ないと答えが返ってくる。

そもそもあったら、今回は在庫がある事を告げて。使用できるように準備していた、とも。

赤い奴は基本的に嘘をつかない。

嘘をつく理由がないからである。

頷くと、わたしは次の意思を疎通する。

穴を埋めてしまいたいと。

邪魔なので。

そう告げると、赤い奴は少し考えた後に、意思を伝えてくる。

それならば。端末を其方に回すと。

意思の疎通が終わるまで、十秒と掛からない。

わたしは頷くと、すぐに現地に戻る。

凄まじい勢いで此方に来るものがいる。

バスを引いている奴だ。

あれが、今回は手伝ってくれるのか。

さび付いたバスを普段は引いているが。路にあるものは何でも食べてしまう凶暴な奴。埋葬という習慣が無くなった今では、人間は死体の処理に此奴を使っている。

近くで見ると、虫のようなおおあほうどりのような。とことんよく分からない姿をしている。

そして奴は。

何か、巨大な荷台を引いていた。

わたしの側で止まると。

バスを引く奴。

正確にはジャガーノートというらしいのだが。

ジャガーノートは、頭を左右に、ばっくり割った。

其所から無数の触手が伸びる。

触手には巨大な目玉とか、人間の頭部らしきものとか。或いは手だったりに見えるものとか。

いろいろついていたが。

その中の手を、わたしに伸ばしてくる。

頭の下は、人間を即座にかみ砕いて飲み込んでしまう、牙だらけの巨大な口だ。ふう、ふうと、生臭い息もそこから漏れている。

だが、今更恐怖は感じない。

こいつもわたしと同じ端末だと言う事を知っているからだ。

触手の先にある手を握る。

すぐに意思が来た。

あれらの穴を埋める必要があるのか。

そうだ。

答えると、また返事がある。

今回運んできた荷台に、土砂を積み込め。土砂を流し込む、と。

なるほど、この荷台は、傾けることで一気に土砂を流し込むことが出来ると言う訳だ。確かに合理的である。

だけれども、それだとジャガーノートや、この荷台が酸をもろに浴びるのではあるまいか。

そう告げると、ジャガーノートは心配ないと意思を継げてくる。

そのまま穴に土砂を入れるのではなく。

土砂を穴の側に積み上げて。

穴に対して、押し込むようにして流し入れる、と言う事だった。

酸の水といっても、所詮は水。

土砂を混ぜてしまえば、他の酸の雨と同じように、地下に沈んでいくだけ。

作業の危険は小さいらしい。

納得した。

ジャガーノートは、その巨大な爪で地面を掘り崩し始める。それをわたしが、フォークリフトと荷台。それに持ち込んでいるシャベルを使って積み込み始める。

ジャガーノートは背中に積んでいた荷台を地面に降ろすと、その一角を開ける。

開けられるようになっている、というわけだ。

追加記憶が来る。

ダンプカーというものの部品らしい。

アタッチメントとして、ジャガーノートは色々な車の部品をつけられるらしく。

普段はバスを引いている姿が目立つが。

その気になれば、他にも色々なアタッチメントをつけられる、と言う事だった。

面白い話だが。

興味を向けている時間はない。

作業をせっせと行う。

ジャガーノートは、もう充分と言わんばかりに、崩した地面の側で横たわっている。わたしは荷台に、どんどん土砂を積み込む。

流石に大きさが違いすぎるか。

大した作業効率だな、と思う。

充分に土砂が積み上がったところで、ジャガーノートが土砂が満載された荷台を苦も無く背負い。

そして、穴の側に、土砂を流し込み始めた。

後はジャガーノートが、土砂を崩して酸の池に押し込んでいくのを見ているだけでいい。すごいパワーである。

一つの穴に、丸一日作業が掛かるが。

最終的に、穴の上でじならしまでしてくれたので。

こちらですることはなくなった。

そうやって、邪魔な酸の池を四つ処理。

今回は長期の作業になっているな。

そう思いながら。作業が終わり、戻っていたジャガーノートを見送る。

それにしても、だ。

人間だった時は知らなかった事が。

事実が分かると、こうも見え方が変わってくるものなのか。

人間は特別という思考は、既にわたしの中には無い。

そして地球も、人間に特別扱いを許していない。

全てをリセットするための前段階作業。

全ては、そのための行動。

わたしは、端末としての仕事を終えたらどうなるのだろう。

それはわからない。

地球の一部となって、世界を見守るのだろうか。

いや、地球は恐らくもう「見守る」のを辞めるはずだ。

そうなると管理者側に廻るのか。

いずれにしても、おかしな話ではあった。

酸の池が全て消えたことを確認。

ジャガーノートが掘り返した辺りも慣らしておいて、新しく酸の池が出来るのを防ぐように処置する。

これら作業を終えてから、また瓦礫を崩しに掛かる。

ただし此処からは、瓦礫の除去が中心になる。

何か埋もれている建物を掘り出す。

そうすれば、無傷のまま残っている何かしらのものを入手できる可能性が出てくるのである。

わたしは前も、ほぼ無傷の船を見つけられたが。

これは強運によるものだろうか。

個人的にはどうもそうは思えない。

前の船の実績もあって。

ひょっとして、赤い奴がわたしに何かしら目をつけたのではないのだろうか。

赤い奴は嘘はつかない。

もしもこれで何か見つかったら。

聞いてみるのも、良いかも知れない。

しばらく、淡々と瓦礫除去の作業を続ける。

大きい瓦礫は大体処理し終えたのが、更に十二日ほど過ぎた後。

レーザーカッターの扱いにも慣れたけれど。

やっぱり体を痛めるときは痛めた。

一度は下半身が丸ごと潰されたし。

一度は具体的には見ていないが、首がすっ飛んだようだった。

あまりにも重いものが動くと。

人間と大して強度が変わらない体なんて、一瞬で潰れてしまうものなのだと。

わたしは、何度も思い知らされながら。

レーザーカッターを使って。

瓦礫を少しずつ。

確実に分解していった。

レーザーカッターは四回。

フォークリフトは二回。

赤い奴に戻して、修復強化して貰った。

フォークリフトもボロボロになったけれど。

レーザーカッターに至っては、一度両腕ごと潰してしまったので、完全に作り直して貰わなければならなかった。

作業には慎重さが必要だ。

分かっているのに。

何度も何度も。

それを思い知らされながら、わたしは動いて。

ぶきっちょ故に、すぐには進歩できない。

くやしい。

このくやしいは、多分人間的感情という奴なのだろうと思った。

わたしには、もうよく分からないけれど。

人間として生きていた時は、もう生きるだけで精一杯だったし。

いろんな感情が心の中で動くなんて経験は、あまりしていない。

わたしにとってはもう。

人間だった事は、遠い昔の出来事に思えてならないのだった。

 

2、姿を見せるそれ

 

更に十五日を掛けて、瓦礫を概ね撤去。

はっきり隠れていた建物が見えてきた。

やはりそうだ。

瓦礫部分は。あくまでこの建物を守るためのものだったのである。内部には、無傷とはいわないまでも。

原形を残した建物があり。

瓦礫で潰れた以外にも、かなり傷ついている様子があった。

それだけじゃあない。

何かが突き刺さったようになっているのを確認。

瓦礫が崩れると同時に落ちてきたので。

フォークリフトで、赤い奴の所まで持っていって、回収して貰う。

その結果、ろくでもない事が分かった。

毒ガスだという。

人間を殺傷するためのガス。

要するに、あの建物を攻撃していた者達は。

中身に何かある事を知り。

毒ガスを打ち込んで、中にいた人間を皆殺しにした、と言う事らしい。

そうか。

まあ人間は、戦争でその悪意の全てを露出させ。相手に対する攻撃手段として使っていたのだ。

このくらいは些細だろう。

別に今更驚くことでもない。

わたしは黙々と、どうにか建物に入れないかを探る。

建物は内部が真っ暗で。

小さな隙間はあるけれど。

わたしが入れるほどの隙間は無い。

しばらく調べて小首を捻るけれど。

やはり強行突破しかない。

だがあれだけの強力な瓦礫の防壁に守られ。また重量にも耐えた建物だ。どうすれば入れるのか分からない。

何カ所か、柔そうな所があったが。

そういう場所でさえ。

レーザーカッターでも、歯が立たなかった。

恐らくだけれども。

執拗な攻撃は、壊せないから行われたのだろう。

中に人間が生きて存在しているかどうかなど、どうでも良くて。

壊せないという事自体に危機感というか、恐怖感というか。

そういうのを感じた人間が、徹底的にやらせたのだろう。

ろくでもない。

だけれども、驚くには値しない。

わたしは無言で、二日掛けて周囲を調べて回る。

瓦礫もその間に、更に細かくどけていく。

入り口が都合良く見つかれば良いのだけれど。

そうはいかない。

案の定見つからずに、一度拠点に戻る事にする。

雨が降り出す。

この雨でも、簡単にはあの建物は崩れないだろう。

瓦礫は別にみっしりつまっていたわけでもない。

瓦礫の隙間から、建物に酸の雨は降り注いでいたわけで。

それでびくともしていないということは。

つまりそういうことである。

何とかして穴を開けるしかない。

ブロックを囓りながら、わたしは考える。

レーザーカッターで駄目なら。

何かいい手は他にないのだろうかと。

 

雨が止む。

地面が乾く。

幾つか、案を考えたので。わたしはフォークリフトに乗って出かける。

多少地ならしをしたおかげか、移動は若干スムーズになっていた。

建物に到着。

瓦礫を足場に上がってみて、上から確認。

内部は暗くてやはり見えない。

何が起きるか分からないし。

早めに作業をした方が良いだろう。

瓦礫を少しどかしてから。

シャッターの前に出る。

追加記憶によると、これはシャッターという防壁だ。

そして、軍用のシャッターだから、ちょっとやそっとの攻撃では抜けない。事実、爆弾を散々浴びせられて、瓦礫の直撃も受けているだろうに。

凹んでいるだけだ。

逆に言うと、凹んでいる箇所は構造的に脆くなっている筈である。

其所を、レーザーカッターで、時間を掛けて斬っていく。

穴さえ開ければ、フォークリフトが通れそうな所を確認。

シャッターは巨大で。

中に何があるのか不思議でしようがない。

いずれにしても、穴を開けていくしかないだろう。

足場を作る。

小さめの瓦礫を、更にレーザーカッターで細かく刻み。

積み上げて、上に乗っても大丈夫なようにする。

これが重いので。

いちいちフォークリフトで積まなければならなかったし。

どかすときの手間も考えると憂鬱でならなかった。

足場が出来てから。

レーザーカッターで、切り始める。

案の定、赤熱するのにさえ時間が掛かる。

レーザー対策をしているらしく。

中々レーザーの熱を受けつけない。

この様子だと、如何に構造体が脆くなっていても。

実体の刃。

要するに丸鋸とかでは、歯が立たなかっただろう。

ただ、凹んでいる箇所などでは、対レーザー用の塗装などがはげ掛かっている箇所もある。

これは瓦礫に削られたからだろう。

そういう所を集中的に攻めて行く。

とはいっても、一日ではとても斬れない。

何日も何日も掛け。

丁寧に切り裂いていった。

四日で半分。

更にもう四日で半分を切り裂く。

歪んでいるシャッターは、瓦礫をどかしている間もびくともせず。

ちゃんと切れ目を入れたにもかかわらず。

何があってもどかないとでもいわんばかりに、その場に立ちふさがっていたが。

フォークリフトの背中から押し込むと。

やがて、めりめりと言いながら。

もの凄い音を立てて、建物の内側に崩れた。

光が内部に少しだけ入り込む。

フォークリフトで動き回るのは危険だな。

そう判断して、わたしは内部に行くが。

電気は当然死んでいるようで。

所々、穴が開いている箇所から差し込んでいるわずかな光だけが頼りの状態だ。

内部には、思った以上に広い空間が拡がっているが。

どうもシェルターではないらしい。

可能性として、多人数を収容するシェルターではないかと思ったのだが。

そもそもその予想が外れたのか。

見て回る。

やはり死体がかなり点々としている。

これらの死体は、殆どがミイラ状に干涸らびていて。骨になっているものも珍しくはなかった。

食い合った形跡はない。

ということは、何かしらの理由で、全滅してしまったのだろう。恐らくは、例の毒ガスが原因の筈だ。

状態が良い死体は、似たような服を着ている。

軍服という奴だろうか。

いずれにしても、フォークリフトに乗せている台車に入れ。

赤い奴の所に持っていく。

数十体分の死体を片付けている内に。

内部侵入した日の作業は終わった。

翌日は雨が降り出したので。

臭いでそれを感じ取ったわたしは。

レーザーカッターで開けた入り口を瓦礫を積んで塞いでおくと。

拠点に戻り。

もそりもそりとブロックを食べる。

今回は長期戦だ。

だけれど、追加記憶で知らされたところによると。

年単位で同じものを調べたり、物資を持ち出している端末もいるという。

それでは、わたしは文句を言う事は出来ないか。

水も飲む。

体も綺麗にする。

少しずつ、以前より清潔にはなっているが。

背が伸びるのは止まった様子だ。

本来の肉体年齢に丁度良い背丈骨格になったから、だろうか。

いずれにしても、背ばっか伸びても仕方が無い。

肉付きも良くなったけれど。

それはあくまで健康体としての肉付きであって。

以前の骨と皮だけの状態から、ごくまともに動けるだけの体になったにすぎない。

掌を見る。

多少硬くはなったけれど。

別に巌のような、というわけでもない。

力は強くなったけれど。

重いものを持ち上げるときは、毎度苦労が絶えない。

わたしはあんまり変わっていない。

追加記憶によって、色々知ったけれど。

それでも知らない事分からない事だらけだ。

翌日からの雨は激しさを増し、三日にわたって豪雨が続いた。

しかしながら、その次の日からはからっと晴れて。

一瞬で地面のぬかるみも消えた。

この辺りの異常さは、よく分からない。

いずれにしても。

調査再開である。

瓦礫をどかして、内部に。

入り口近くの壁に、何か機械があった。

懐中電灯という奴かなと思ったのだが、随分形状が違うし、重い。

そして、四苦八苦しながら動かして見ると。

猛烈な光が出たので、驚いて取り落としそうになった。

懐中電灯などではない。

もっと遙かに強烈な奴だ。

光が強い熱を帯びているほどである。

何よりもの凄く重いので、苦労しながら地面に置いた。

そして顔を上げて、気付く。

大きなものが、其所にあった。

何かある事は分かっていたが、やっと全身像が見えた、と言うべきだろうか。

形状は三角形に近いが、翼と尾羽のような形状がある。

埃は被っているが、原型はしっかり保っている。

重い光を出す装置。追加記憶を探っても、中々名前が出てくれないそれを引きずりながら、全体像を見ていく。

やがて、追加記憶が反応した。

F35ライトニングU。

破滅的な戦争が始まったときには、最新鋭機ではなかったが。

それでも前線で活躍していた戦闘機だという。

戦闘機というのがどうもぴんと来ないが。

いずれにしても、光を当てていくと、分かってくる。

これは、無事で残っている殆ど唯一の「戦闘機」ではないのだろうかと。

周囲の構造も、光を当てて確認していく。

どうやら、部品がかなり置かれているようだが。

他にF35も、他の戦闘機もいないようだ。

コレは要するに、最後の一機まで外に出していて。

これだけは、何かしらの理由でお留守番だったのだろう。

武装の類もあったにはあったのだけれど。

全部外されている様に見えた。少なくとも追加記憶にあるミサイルとかは、確認できなかった。

恐らくは、修理の途中だったのだろう。

周囲には、数人の屍が散らばっていた。

少し悩んだ後。

わたしは外に出て、赤い奴の所に報告に出向く。

赤い奴は、少し考えてから、意思を伝えてくる。

丸ごと回収せよ、と。

わたしは了解と意思を伝えると。

全て回収するのは骨だなと思いながら。

回収のために。作戦を考え始めていた。

 

まず第一にわたしがやったのは、建物内部の完全把握である。

光を出す装置は、一度赤い奴の所に持っていき、そして複製して貰った。どうやら投光器というらしく。こんなに巨大でしかも完全な形で残っているものは珍しいのだという。

そうか、それは有り難い話だ。

とにかく複製して貰い。

建物の彼方此方に設置していく。

建物はかなり立体的に作られていて。

恐らくは、F35以外の戦闘機やら何やらも、修理できるようになっているようだった。

様々な設備が残っていたが。

一部の設備は、酸の雨が入り込んだ影響か腐食してしまっていて。

崩れてしまっているものもあった。

鉄の足場も結構あったのだけれども。

それも同じである。

やむを得ない。

まずは投光器の設置を完了。

雨が入り込んで、崩れた辺りはもう仕方が無い。

貴重な物資などもあったのかも知れないけれど。

それはもうどうしようもないので、諦める。

それに電気が死んでいるから。

どの道動かす事もできないだろう。

更に言うと、恐らくだけれども。

瓦礫が崩れてきたときの衝撃が原因なのでは無いかと思う。

毒ガスについては大丈夫だ。

以前航空母艦を調べたときのような、びりびり来るような危険は感じない。

時間が経って、消滅してしまったのだろう。

まあ、もうどうしようもないことだ。

いずれにしても、投光器を増やして彼方此方に設置出来たので、建物の全体像が分かってきた。

倒れているものなどもあるが。

それらはフォークリフトで無理矢理起こす。

フォークリフトもずっと使っているからか、かなり慣れてきた。

その過程で、見つけた亡骸は全て処分する。

赤い奴の所に運んでいく。

弔いの習慣は既に失われているが。

此処で放置しておくよりも。全てを元に戻す赤い奴の所に運んだ方が良いだろう。

骨だけになっているものも、ミイラだけになっているものも。

食い荒らされて散らばっているものも。

恐らくは、瓦礫が崩れたときの事故でバラバラになってしまったものもあったけれど。

全てを運んでいき、赤い奴に任せた。

赤い奴に沈んでいく死体を見ると。

どんな奴だったんだろうと思ってしまう。

人間を止めてしまったわたしは。

人間が豊かな感情を持っていた時代を知らない。

人間だった頃からそうだ。

ちょっとしたことで喜んだり悲しんだり、或いは怒ったりしていたらしいが。

そもそも生きるのに精一杯で。

感情に力を回す余裕が無かったわたしの時代では、考えられない話だった。

黙々と調査を進める。

雨はほぼ吹き込んでこないので、拠点はもういっそと、この建物に移してしまった。

ドレンも設置し直して、水を確保出来るようにすると。

後は、淡々と、運び出せそうな物資を片っ端から運び出し。

赤い奴に放り込んでいく。

兵器の類もそれなりにあったようだが。

正体が分からない物資も多かった。

かなり巨大なレンチとか、その手の整備用道具もあって。

これは大きな体格の人間が使っていたのだろうなと、わたしは必死に持ち上げて荷台に入れながら思うのだった。

新品同様とはいかず。

さび付いていたり。

破損していたりもしたが。

それらもみんな運び出していく。

人が入ったから、だろうか。

構造物が、壊れるのが目立ちはじめている。

見た感じ、建物そのものが崩壊する畏れは無さそうだけれども。

このある程度無事なF35は、なんとしても持ち出したい。

一応マニュアルは見つけたが。

分厚すぎて、とてもではないけれどすぐに乗りこなすのは無理だとしかいえなかった。

そもそも、動くかどうかすら分からない。

コックピットという場所で動かすようだけれど。

それを開ける方法も、よく分からなかった。

四苦八苦しながら、建物の中を調べていく。

牽引用の車が見つかったけれど。残念ながら落ちてきた足場によって潰され、破損してしまっている。

足場はどければどけるほど崩れてくる状況になっていたので、残念だけれど取り出せないし。

取り出したところで使う事は出来ないだろう。

諦めるしかない。

黙々とずっと働き続けて。

気がつくと、三日過ぎていた、何てこともあった。

人間だったら倒れていたけれど。

わたしはもう人間じゃない。

習慣的に食糧を口にし、水を飲んでいるだけで。

人間とは根本的に違う。

三日くらい継続で働いたところで。

どうということもないのである。

それでも、一度頭を冷やす。

運び出せる物資もかなりたまってきたので、赤い奴の所に持っていく。手をさしのべると。赤い奴も、触手を伸ばしてきた。

意思の疎通を行う。

やはり赤い奴も、F35はほしいらしい。

しかしながら、まず確実に持ち出せるものを持ち出すわたしのやり方も、尊重はしてくれている。

それでいい。

だがF35は持ち出せ。

そう意思が来るので。

了解と意思を返す。

ただ、問題はどうやって持ち出すかだ。

運び出す方法は、幾つか考えがあるのだが。それには緊密な連携が必要になってくると思う。

下準備も、である。

まず第一に、建物の内部をすっからかんにするくらい、徹底的に調査と、物資の持ち出しをする必要があるだろう。

雨が降りそうだ。

急いで、もう拠点そのものに切り替えた、F35が入っている建物へ急ぐ。

もっと大きな飛行機も、此処で整備していたのだろう。

それくらい広くて。

一機だけ残っているF35は、仲間も何も失って。ぽつんと寂しくその場に蹲っているようにさえ見えた。

雨が降り出し。

建物の中にも、雨は入ってくる。

雨が入る場所は既に確認済みなので。

無節操に吹き込まないように、処置はしてある。

ドレンからかなり勢いよく水が出ているが。浄水器と、その先の器に流れ込み。器から漏れた分は、排水溝として使われていた場所に流れ込んでいる。

他の雨漏りしている場所でも、全て同じようにし。

腐食が進まないように工夫はした。

わたしは一旦横になると、目を閉じる。

もう六割方、持ち出せるものは持ち出した。

F35のマニュアルは、少し悩んだ末に赤い奴に渡してきた。

他にも、彼方此方に小さな部屋や棚があって。あらゆる物資がある。

中には危険な燃料などもあった。

飛行機の燃料は極めて危険らしく。タンクが腐食して、燃料が漏れてしまっている部屋では、殆ど全ての物資が駄目になってしまっていた。

それは流石に持ち出せない。

一方で、医薬品や補修用の物資などは無事なままたくさん残っていた。

皮肉な事に、中にいた人達が毒ガスで全滅したから、使う時間もなかったのだろう。

医薬品は厳重に保存されていたから、毒ガスの影響を受けた様子も無い。

これらも、全て持ち出して、赤い奴に引き渡してしまうつもりだ。

目を閉じて。

何を順番にやっていくか考える。

横になって、眠る。

追加された記憶を、整理していくのだ。

この建物は、軍用基地の一角にあって。

その中でも特に重要な、航空基地に存在していたらしい。

だから、破滅的な戦争が始まると真っ先に狙われた。

勿論黙っているわけもなく。

この基地から出撃した飛行機が。

敵対勢力の航空基地や街に、たくさん爆弾を落とし。たくさんたくさん殺した。

やがてこの基地も攻撃を防ぎきれなくなり。

飛行機が飛べないように「滑走路」を破壊され。

また頑丈に守っていた飛行機のための「格納庫」も、ついに破壊された。

世界中が滅茶苦茶になったのだ。

この航空基地だけ無事とはいかなかったのも当然だろう。

しかも、その時には激しい戦いの中、飛行機は殆どやられてしまっていて。

故障して、修理が終わったばかりのF35だけが残されている状態になっていた。

もう、戦う相手が何処にいるかも分からない。

味方も何処にいるかも分からない。

そんな状態で、無差別に打ち込まれただろう攻撃が、この格納庫を直撃。

更に毒ガスも打ち込まれて。

中にいた者達は、その場で殆ど即死した。

目が覚める。

これは、恐らく赤い奴に引き渡した亡骸の記憶だろう。

ぼんやりとしていたが。

頭を振って、意識を引き戻す。

馬鹿な戦争ばかりしていたんだな。

そういう言葉しか出てこない。

F35を見上げる。

格好いい戦闘機じゃないか。

人を殺す事以外には、使えなかったのか。

自問自答するけれど。

帰ってくる応えなどない。

雨は止んでいる。

荷台に荷物を積み込むと、何度も何度も赤い奴の所に運んでいく。赤い奴は、喜んで物資を引き受けてくれる。

ここに来てから二ヶ月ほどが過ぎた。

ようやく、F35を引き出す作業を始めるときが来た。

既に格納庫の中で、動かせる物資は全て動かした。

後は、F35だけを。

格納庫から引っ張り出せば良い。

それがとても大変な作業である事はわかっているけれども。

ともかく、やらなければならなかった。

 

3、最後の雷

 

まず最初にやる事は、シャッターの除去だ。

わたしは瓦礫を積み上げて、格納庫。後から記憶の整理で知った、飛行機の格納庫のシャッターとなっている部分を、軍用のレーザーカッターで切り裂いていく。

歪んでいる場所はまだ簡単に切り裂けたのだけれども。

F35の採寸をして。

余裕を持って外に持ち出せるようにシャッターを切り裂いていくと。

非常に大変な作業になる事が分かった。

それだけじゃあない。

フォークリフトのパワーでは、とてもではないけれどF35を引っ張り出すことは出来ない。

他にも色々準備が必要だ。

ゆっくりゆっくり、丁寧にレーザーカッターでシャッターを切り裂いていく。

更に内側からも確認して、きちんと切り裂けているかを確認していく。

この作業が、大変に手間だ。

何しろ非常に硬いので、時間が掛かる。

一日で、予定作業の十分の一程度しか進まない。

だから、ブロックを囓りながら、作業をするはめになる事もあり。

手を滑らせて、レーザーカッターを落としてしまい。

大幅な時間のロスをする事もしばしばだった。

ともかく、丁寧に。

丁寧に作業を進めていく。

やがて、シャッターを半分ほど切り裂いて。

後半戦に移る。

基本的にシャッターは下から切り裂いていく。

これは溶鉄の恐ろしさをわたしが身を以て良く知っているからだ。

以前ワイヤーを切り裂くときに色々大変だったから。

今度は、可能な限り無駄なダメージを避けるようにしたい。

そう思いながら、レーザーカッターで緩慢に切り裂くのを続けていく。

F35が余裕を持って出られるようにするには、瓦礫を計算して積み上げて。

丁寧に丁寧に、大きな穴をシャッターに開けていかないといけない。

戦争なんてくだらないとわたしは素直に思うけれども。

あのF35に罪は無い。

もしも、赤い奴がいうように次の文明が出来たときには。

その進歩の過程で無駄な資源の浪費を避ける為にも。

F35に使われている技術がとても役に立つだろう。

それについてはわたしも異論がない。

だから、端末として。

わたしは英知の回収のため。

どんなに苦しい作業でも、進めて行く。

赤い奴には嘘をつくという概念がない。

皮肉な事に。

おかげで冷酷極まりない赤い奴を、人間なんかよりも遙かに信用できる。

数日かけて、残り半分の作業を終える。

上で切り取り線をつなげるが。

裏側から確認すると、まだレーザーカッターでの切断が甘い箇所が見受けられる。フォークリフトを使って、作業を進める。

勿論作業中にシャッターに倒れてこられてはたまったものではないので、事前に瓦礫を積んでおいてブロックにしておく。

これで恐らくは、大丈夫な筈だ。

黙々と追加作業で穴を開けていく。

溶鉄がたらたらと垂れているので、冷や汗も流れるけれど。

下から順番に作業をしているので、わたしがそれを浴びる事もない。

それよりも、切り裂くのに兎に角時間が掛かるのが怖くて仕方が無いのが実情である。

こんなに頑丈に作って。

わたしには、意図がよく分からないのだけれども。

まあそれは、仕方が無い。

昔はそれが必要だったのだろう。

レーザーカッターで切り裂く作業が終わる。

奇しくも予備日も含めた予定通りの日時で終わった。

瓦礫を外側から先にどかす。

綺麗にどかすのが終わったら、蹴りを入れて見る。

やっぱりこの程度ではびくともしないよな。

そう思っていたら。

かなり強めの風が吹く。

同時に、それがきっかけになったのだろう。

切り取った分のシャッターが、激しい音と共に。格納庫の外側へと倒れていた。

冷や汗ものである。

瓦礫をどけて、F35の通り道を作る。

これら瓦礫も。

二重に切り取ったシャッターも処理する必要があるだろう。特に外側のシャッターは、放置はできない。

大きすぎるし、F35を運び出すときに、確定で邪魔になるからである。

まず瓦礫をフォークリフトで運んで、赤い奴に引き渡す。

同時に、意思を伝え。

赤い奴も、進捗と同時に、意思を受け取ってくれた。

その後、フォークリフトで切り取ったシャッターを持ち上げ。

ワイヤーをくくりつける。

ワイヤーは格納庫内にいくらでもあった。

だから、別にわざわざ赤い奴に出して貰う事もなかった。

程なくして。

姿を見せるのは、ジャガーノートである。

頭の部分を左右に開くと。

触手を伸ばしてくる。

わたしも、手を伸ばし。

意思の疎通を行った。

三回。物資を運んでほしい。

了解。

意思の疎通はすぐに終わる。

この辺り、言語なんて迂遠なものを使わなくていいので楽だ。

わたしもずっと喋っていない。

喉が衰えるというようなことは無い。構造からして人間と違うのだから。

まずワイヤーをジャガーノートの後ろにある、「尾」にくくりつける。

普段はこの尾で、バスの先端部分を掴み、走っているらしい。

昔はジャガーノートに近付くのは危険極まりなかったので、そんな事を観察する余裕も無かったが。

今はジャガーノートに危険性はないので、丁寧に確認することが出来る。

尾はとても可変性が強く。

そもそも先端部が人間の手のようになっていて。

しかもパワーが凄まじい。

事実、切り取ったシャッターを、軽々と赤い奴の所に運んでいく。わたしも隣をフォークリフトで併走して、作業を見届ける。

赤い奴が、切り取ったシャッターを受け取る。

無数の触手がシャッターの残骸を掴むと、軽々と持ち上げて自身の中に取り込んでいく。

凄いパワーだなと思ったけれども。

考えてみれば、あの巨大なズーやスキュラーを作り出すほどなのだ。

人間がつくるどんな構造物だって、余裕で持ち上げたり飲み込んだり出来るだろう。

まずは一つ目。

次はシャッターの切れ端の、大きい方を処理する。

これは大きいので、危険性も高い。引っ掛かると余計なダメージを受ける可能性がある。そう意思を伝え。

ジャガーノートも了承してくれた。

バスを引いて走っている奴という認識しか無かったときは、ただ怖いだけの存在だったのに。

実際に意思を疎通してみると、とても分かりやすい意思を持っている。

何というか、本当に見かけで相手を判断する人間の思考回路というのは害悪だったのだなと。

わたしは思い知らされる。

フォークリフトで併走しながら、ゆっくりと運んでいく。

途中石など引っ掛かりそうなものを見かけたら、止まってジャガーノートはどけている。

この辺り、きちんと知能もある。

見境無く道路に出る人間を襲っていたわけでも無いんだな。

そう思って、わたしはまた感心していた。

やがて赤い奴の所まで到着。

赤い奴から伸びてきた触手は、軽々と巨大なシャッターの欠片を持ち上げると。空中でくしゃくしゃに曲げてしまう。

とんでもないパワーだ。

これなら、人間が持っていたどんな兵器でも手も足も出ないのも納得である。

くしゃくしゃにされたシャッターの残骸が、赤い奴に沈み込んでいくのを見送ると。

わたしは、次が本番だと気合いを入れる。

次はF35。

最新鋭ではなかったにしても。

人間の英知が、高度に結集された飛行機だ。

これの仕組みを赤い奴が完全解析すれば。

次の文明を構築する知的生命体は、随分と無駄を減らす事が出来るだろう。

資源を膨大に浪費することもなくなるし。

或いは、使われている技術のまともな利用も出来るかもしれない。

わたしはジャガーノートを促して、格納庫に戻る。

次が本番だという意思は既に伝えてある。

だから、別にジャガーノートも慌てることは無い。

フォークリフトで移動しながら。別にバイクでも良かったかなと想ったけれども。

考えてみれば、何が途中であるか分からないのだ。

フォークリフトで良かったかと思い直した。

格納庫に到着。

採寸をもう一度行う。

大丈夫、問題ない。

二本のワイヤーを、時間を掛けて丁寧にF35にくくりつける。

翼部分の左右にそれぞれ、である。

後は、ジャガーノートと緊密に連携しながら、格納庫の外へと引っ張り出す。

幸い、ブレーキの類は掛かっていなかったらしい。

F35は引き出されると。

ゆっくりと。

その巨体を格納庫の外へと、動かし始めた。

それにしても凄い大きさだ。

バスよりも大きい。多分バスの倍くらいはあるだろう。

こんなのが空を凄い速さで飛んで。

相手には認識もされなかったのか。

それは、確かに怖い。

手の出しようが無い。

格納庫の中から、引っ張り出されていくF35。

わたしはジャガーノートに丁寧に指示を出しながら、間違ってもシャッターにぶつからないように、丁寧に引いて貰う。

ジャガーノートもF35が如何に貴重かは分かっているようで。

丁寧に丁寧に引いてくれた。

これより後に作られた戦闘機もあるらしいけれど。

全て戦争で壊れてしまって、見つかっていないと赤い奴は意思を伝えてきていた。

追加記憶でも、やはりそれは間違いない様子だ。

丁寧に、F35を引いていく。先以上の慎重さが必要だ。

格納庫を、F35が出る。

後は、雨が降り出す前に、これを赤い奴に届ければ終わりである。

臭いを嗅ぐ限り、まだ雨は当分降らないと見て良いだろう。

ジャガーノートと連携して、移動を開始。

わたしは時々F35の隣に行くと、変な風に動いていないかとかを確認する。今の時点では、問題は無い。

F35は、事前に徹底的に掃除はしておいたとはいえ。

外に出られて嬉しそうに、わたしには見えた。

ただ、戦うために外に出たのでは無い。

もう戦う必要はない。

そう言い聞かせながら、ジャガーノートに引かせる。

ジャガーノートもそれに答える。

石などを踏まないように気を付けながら。

わたしは黙々とF35と共に行く。

先の何倍も時間が掛かっている。

だが、それは仕方が無いだろう。

ジャガーノートが唸り声を上げる。

何かおかしい、というのだろう。

わたしはすぐに前に出て、ジャガーノートが示す辺りを調べて見る。

さっきも此処は通ったはずなのだけれど。何かあるのだろうか。

ジャガーノートの方が感覚は鋭いはず。

わたしには異変は見受けられないけれど。

ジャガーノートの判断と勘に従う。

そのまま、道を変えて、少し遠回りになるけれど赤い奴の所を目指す。

少し行った時だった。

爆発が、背後で起きる。

思わず身をすくめていた。

これは、勘が当たったか。

何か爆弾か何かが埋まっていたのか。

追加知識が告げてくる。

不発弾だ。

クラスター爆弾が使われたが、その一部が不発弾として残っていた。

それがさっきの大きなシャッターの破片を運ぶ際に目を覚ました。

そして獲物が来るのを待っていたのだ、と。

クラスター爆弾と言うのが、辺り一面にまき散らされる恐ろしい爆弾だと言う事は分かったけれど。

戦争がずっと前にそれどころではなくなり。

世界に酸の雨が降り注ぐようになってからも。

まだ眠って獲物を待っていたのか。

人間はどれだけの殺意を、作り出す道具に込めていたのだろう。

冷や汗を拭う。

冷や汗なんて出ないけれど。

ジャガーノートが唸る。

またかと思ったが。

ただ今爆発した爆弾に対して、敵意を示しただけのようだった。

フォークリフトでジャガーノートに併走しながら、移動を続ける。

やがて、赤い奴が見えてきた。

ジャガーノートが、赤い奴の側で止まり。大人しく、尻尾からワイヤーを外す。重かっただろうに。

感謝の意思を伝えようとしたが。

仕事は終わったとばかりに、ジャガーノートは去って行く。

そうか。

何だか、わたしは色々誤解していたんだなと思って。

ちょっと人間的な感情を抱いていた。

恥ずかしいなと思ったのだ。

誤解していて本当に申し訳なかった。

やはり、知らないという事は誤解を生む。

それはろくでもない事ばかり起こす。

人間は、知らないものは全て悪という風に考えがちの生物だった。少なくとも、大繁栄している時はそうだった。

そんな生物だったからこそ、世界をこんなにした。

追加知識をたくさん得た今だから、それが分かる。

人間が如何にどうしようもない生物だと言う事も、だ。

わたしは、嘆きの言葉も無かった。

赤い奴に手を伸ばす。

赤い奴も触手を伸ばしてくる。

意思を疎通する。

試運転は出来ていないものの、ほぼ完品のF35を此処まで輸送してきた。

了解。回収する。

意思疎通はそれだけ。

余計な言葉は必要ない。

意思をそのまま疎通できるのだ。

人間がコミュニケーション能力だの何だのとほざきつつ、実際は相手の機嫌を如何に伺うかに終始していたのとは違う。

意思を何のノイズも無く伝達できる。

そのまま意思の疎通を終えると。

膨大な触手が伸びてきて、F35を包む。そして、ゆっくりと引きずり込んでいく。

流石にこの巨体だし、大変なのかと思ったが。

違うようだった。

恐らく、内部などを確認しているのだろう。

ほどなく、大量の触手に包まれたF35は、赤い肉の塊のようになった。

塊はうごめき続けていて。

ずっと調査をしているらしい。

わたしは、その場を離れようかと思ったが。

どうも見ていたいという好奇心の方が勝った。

ほどなくして、ずるりずるりと肉塊が動き始め。

赤い奴の本体に、F35を。

最後の空の王者を引きずり込み始める。

もはやこれに乗るものは誰もおらず。

毒ガスで皆殺しにされた格納庫の中で、静かに朽ちるのを待っていただけの存在が。

こうして未来のための礎になる。

それならば。

朽ちていくよりも、ずっと良いだろう。

わたしはそう思いながら、肉塊が、赤い海に沈んでいくのを見る。

ほどなくして、完全に分解され。

その構造が解析されるのだろう。

赤い奴の処理能力は尋常では無い。

直に取り込めば、構造を完全再現出来る。

わたしがそうであるように。

F35でも同じだろう。

完全に赤い奴が動きを止める。

恐らく内部で、結構複雑な処理をしているのだ。

わたしは、その場を離れる。

邪魔をしてはいけないと思ったからである。

それに、だ。

投光器も回収してこなければならない。

いずれ赤い奴が飲み込んでしまうだろう格納庫だろうけれども。

まだ、小さな小物とかを、見落としているかも知れない。

フォークリフトで戻る。

後は、投光器の一つを外し。

全ての地面を這うようにして、くまなく見て回った。

見つけたものは、人工物だろうが何だろうが、丁寧に回収して回る。

危ないものは持ち込んでいるピンセットなどを使う。

危険なジェットエンジンの燃料については、近付かないようにしておく。

何の切っ掛けで爆発したりするか、知れた物では無いからである。

全ての部屋は調べたが。

ほぼすっからかんになるまで事前に調査はしていただけあって、

見逃しは、ほぼなかった。

我ながら満足できる内容だと判断して良いだろう。

最後に、もう少し丁寧に周囲を見て回る。

格納庫の周囲に、何かあるかも知れないと思ったからである。

特に、これといったものはないか。

まあ念のための作業だ。

ならばわたしは、やるべき事をやった。

これ以上は良いだろう。

頷くと、戻る事にする。

フォークリフトに全て乗せる。

今回は殆どバイクの使い路はなかったな。

そう思って、考えを改めた。

バイクで、この空軍基地跡地を見て回る。

ひょっとすると、もっと巨視的に見れば、何かあるかも知れないからである。

勿論酸の雨を浴びていることは考慮しなければならない。

爆弾も埋まっているかも知れない。

ただ、今はそのどっちも怖くは無い。

それでも、順番というものはある。

まずフォークリフトやらなにやらを、殆ど赤い奴に返す。

赤い奴はF35の「消化作業」をまだ進めているようだったけれど。

わたしが行くと、反応した。

もう少し、バイクで周囲を見て回る。

そう意思を送ると。

赤い奴は意思を帰してきた。

空気中に展開している微細な端末によって、何か大きなモノがあることは分かっていた。

ここにわたしが派遣されたのは偶然では無い。

今回は良くやってくれた。

もしも人間的な感情で羽を伸ばしたいというのなら。

少しは遊んでくると良いだろう。

そうか。

そんな風に、「気を遣う」事をしてくれるのか。

わたしは了解、と意思を返す。

そして、バイクに跨がって。

戻るまでの時間。

少しだけ、周囲の探索行脚をする事にする。

記憶力が非常に上がっているから、穴だらけになっている空軍基地の。酸の池の位置は覚えている。

流石にわたしは平気とは言え、バイクを落としてしまうのは気分が悪い。

しばらくぽくぽくと走り回る。

それにしても、本当に広い。

追加記憶によると、飛行機というのは飛び立つのに非常に広い距離が必要になるものと。

その場で飛び上がれるようなものと、差があったらしい。

大型のものほど、飛び立つのに距離が必要な場合が多かったそうだが。

そうなると。

あのF35は、ごく小さな飛行機だったと言う事なのだろう。

マニュアルは軽く見たが。

短距離離着陸が可能だという記載があった。

或いはあの航空母艦にも積まれていたのかも知れない。

今となっては、分からない事だが。

走り回っていると、見つけた。

大きなタイヤだ。

既に朽ちてしまっている。

きっと飛行機の残骸だろう。

近付いて見ると、とんでもなく大きい。

こんなものがついていた飛行機というのは、どれだけ大きかったのだろう。

追加記憶を必死に整理してみると。

昔は戦車というような巨大な陸上兵器があって。

それを積んで空を飛べるような飛行機がいたということだ。

このタイヤ。

そういう飛行機の物なのかも知れない。

凄いなあ。

そう思うけれど。

完全に酸の雨にやられてしまっていて。

触ると崩れてしまった。

これはフォークリフトがあっても、持ち帰る事は出来なかっただろう。

ここまで崩れてしまっていると、もう駄目だ。

それでも、念のため荷車は残していたので。

軽く残骸を回収はしていく。

バイクがスピードを出せない原因ではあるけれども。

それはそれとして、わたしはこのゆっくりした速度でぽくぽくと音を立てながら行くのが好きなのだ。

合理とは離れているが。

わたしの中に残った良い意味での人間性なのだろう。

勿論合理を優先するべき時は、其方を優先する。

わたしは端末なのだから。

タイヤの残骸の一部は恐ろしく重かったが。

わたしの力が上がっているからだろう。

持ち上げることは出来た。

かなりずっしりと来たし。

明らかにバイクの速度も落ちた。

まあ、それは別にどうでも良い。

わたしにとっては、この辺りをバイクで見て回ることの方が優先順位が高いし。そもそも赤い奴だって、しばらくはF35の消化作業で忙しいだろう。

好きにして良いと言われたのだし。

雨が降るくらいまでは、好きにさせて貰う。

それだけである。

少し速度が落ちたバイクで行く。

やはりかなり元のバイクよりパワーが上がっているようだ。

残骸とは言え、こんなばかでかいタイヤを乗せて、動く事が出来るのだから。

追加記憶では、こんなパワーはなかった。

数人を乗せて走ることが出来たようだが。

それでもこのタイヤは荷が重かっただろう。

だが動いている。

要はそれだけ、赤い奴に強化を施されている、という事である。

良い事だ。

黙々と見て回ると。

電車が見えてきた。

まだあの様子がおかしい車掌が動かしているのだろう。

遠目にも、数人が乗っているのが見えた。

人間が活動できる地域はどんどん狭まっている。

アレに乗っている人間達も。

終わり行く街から、どんどん逃げてきているのだろう。

赤い奴だって、世界全土を浄化しているのだ。人間が滅ぶまで悠長に待つ事もないだろうし。

飲み込まれる街だって出るだろう。

そもそも生物として完全に終わっている人間だ。

最後の一人が死ぬのを、赤い奴も悠長に待つとは思えない。

自然の理がどうのこうのというのなら。

それを積極的に破壊し尽くしたのは人間だ。

わたしには、もう何も同情出来ない。

ぼんやりと見ていると

宝蜘蛛が数体、電車の後をついていって。電線やらの補修をしていた

どうせ一日に一本か二本、通れば良いくらいである。

宝蜘蛛が作業をする時間はいくらでもある。

回収車は動いていない。

と言う事は、電車が擱座したということはないのだろう。

おおあほうどりが電車を襲うことは無かった。

そういう事かも知れない。

そういえば、おおあほうどりはどういう基準で電車を襲っていたのだろう。

それは今も良く分からない。

赤い奴に聞いていないという事もあるが。

まあ、それすらも。

正直、今のわたしには、どうでもよかった。

一通り空軍基地を回った頃に。

雨の臭いがしてきた。

格納庫を覗いて、忘れ物が無いかを確認する。

赤い奴は地球の物質全てを取り込んでいるとはいえ。

何でも簡単ポンに作れるわけではない。

だから、落とし物とかはできるだけないようにしていかなければならない。

元々わたしは自覚するほどぶきっちょなので。

落とし物とかはしないように、いつも気を付けるようにしていた。

追加記憶も、瞬間記憶能力も動員する。

どっちもこの体になってから身についたものだが。

いずれでも、落とし物はしていないと結論出来た。

ならば、後は戻るだけだ。

赤い奴の所に行くまでに、幾つもまんまるの酸の池があった。

この全てで、爆弾が落とされて。

場合によってはたくさん人も死んだんだろうな。

そう思うと、何て無駄な事をと思ってしまう。

まあ今更それを言っても仕方が無い。

黙々と移動を続け。

赤い奴の所に戻って来た。

タイヤの残骸を引き渡す。

最後の回収品だ。

赤い奴は文句も言わずに触手を伸ばし、タイヤの残骸を器用に受け取って回収してくれる。

酸でボロボロ。

殆ど意味を成していない代物だが。

赤い奴は、何も文句を言わなかった。

何か使い路があるのだろう。

わたしには分からないけれども。

意思を疎通する。

良くやってくれた。これは、今までで最大の成果だ。どうやらお前は端末として運に恵まれているらしい。

戻って一旦休め。

次の仕事をして貰う。

了解。

頷くと、わたしは無言で触手に包まれる事を受け入れる。

ただ赤い奴から作り出された端末だ。

赤い奴に戻るだけである。

あっと言う間に体も身につけていたものも全てが分解されて、意識だけが残る。

この仕組みもよく分からない。

ただ、この状態になると。

以前も赤い奴に言われたように。

赤い奴そのものによるバックアップによって、思考能力が飛躍的に向上する。

その結果、頭が回るようになる。

あの空軍基地には、本来百五十を超える戦闘用飛行機が配備されていたらしい。

その殆どは各地の戦場に出向いていって、破壊されたり。事故で壊れたりした。

激しい戦いの中、戦いは混沌を極めていき。

やがて核兵器が応酬される地獄となった。

核兵器を中途で迎撃するために、空軍の役割は更に重要になった。

その当時は、幾つものシステムを複合させて、音速の数十倍で飛んでくる核兵器を積んだミサイルを撃墜する事が出来たからである。

ただしそれは理論上の話。

どれだけ頑張っても。

あまりにも大量に生産されていた核兵器を。

全て防ぐのは不可能だった。

都市も工場もやられていった。

戦いに参加したどの陣営もだ。

地球が堪忍袋の緒を切ったのも分かる。

当時の人間は、驚くほどに戦争にも、地球がどうなるかにも無関心で。

自分の事さえ良ければいいと、本気で大半の人間が考えていたようだった。

空軍基地はやがて攻撃を受け。

残っていた飛行機は殆どが破壊された。

修理途中のF35は、格納庫に入れられたが。

そこにも毒ガスつきのミサイルが打ち込まれ。

格納庫にいた人間は、皆苦しみ抜きながら死んで行った。

何もかも、愚かな人間の為したこと。

追加記憶で、具体的な情報をクリアに見たわたしは。そうかとしか言えなかった。

何とも虚しい話だ。

人間は、人間という生物がとことん無能で邪悪である事を、最後まで認める事が出来なかった。

その結果がこの為体だ。

わたしは目を閉じる。

人間だった事を恥ずかしいと思った。

赤い奴はこの後、地球の環境を完全再生するつもりのようだけれども。

その後はどうなるのだろう。

人間だけがいない地球が再生されたとして。

新しい知的生命体が出現するまでに、また何十万年だか、或いは億年単位で掛かるかも知れない。

その間に大陸移動によって地球の形は大きく変わる。

更に言えば、隕石とかが落ちれば、また破壊的な変動が地球に生じる事になるのだろう。

それは止めないのだろうか。

止めないのだろう。

何だかもやもやする。

だが悩めと言わんばかりに。

赤い奴は、わたしの思考に干渉はしてこない。

だから、大いに悩むことにする。

F35について、不意に思い出す。

どうやらあのF35。修理は終わっていたが、燃料が入っておらず。これから飛ばすという段階で、関係者が全員毒ガスによって死んだらしい。

そうか。

それは、空の王者としては無念だったのだろうかな。

そんな風に思う。

だけれども、あくまでそれは感傷だ。

もうわたしには。

どうにもできる事では無かった。

 

4、空のもの

 

わたしに指示が出る。

次の仕事は。大きな仕事ではないという。

どうやらわたしの担当地区には、比較的貴重なものが埋まっている可能性が高いと赤い奴が判断したらしい。

そのため、他の成果を上げられていない端末にも経験を積ませたいと思ったそうだ。

どの端末も、それぞれに特徴があり。

得意分野が違うらしい。

ゆえに、わたしだけに成果を上げさせるのでは、最終的に非効率だとかで。

こういうことをするそうだ。

わたしはというと、逆に今まで全く成果が上がっていない地域を見てくるように言われた。

今まで担当していた日本ですらない。

バイクとフォークリフトと一緒に上陸してみると。

そこは完全に、真っ平らな大地だった。

いや、違う。

ゆっくりと傾斜があって。

奥の方には、酸の湖が出来ている。

ああ、なるほど。

わたしは理解する。

恐らくコレは、あの空軍基地とかに落ちたのとは、比では無い破壊力の爆弾が直撃した跡だ。

噂に聞く水爆だろう。

そしてそれをスキュラーが徹底的に掘り返して、食べ尽くした。

それでは何も無いのも道理である。

とにかく、雨を避ける拠点がほしい。

だが、周囲を見て回って分かったのだが。

本当に、何も残っていない。

ビルらしきものの残骸はあるが。

触っただけで崩れるレベルで風化してしまっている。

スキュラーが囓ったのもあるのだろうが。

爆弾によって、それだけ滅茶苦茶にやられたということなのだろう。

追加記憶が反応する。

嘆きの声だ。

ステイツの首都が。

水爆を見境無く撃ち合った結果がこれか。

知らない単語が出てくるが。

やがてステイツというのが、この破滅的な戦争の立役者の一つだと言う事がわかる。そうですかとしかつぶやけない。

わたしには、どうでもいい。

その戦争どころでは無くなった世代の出身者だ。

今更どうしてこんな事をと問い詰めても仕方が無いし。

何よりも、どうにも出来ないからである。

この辺りは無理だな。

そう判断。

スキュラーが念入りに囓って行っているだろう。

どれだけ調べても、何も出てくる筈が無い。

追加記憶によると、この戦争で使われていた水爆は、500から1000メガトンの火力のものが主流で。

それまでに使われていた水爆の、十倍から二十倍の威力があったという。

放射能汚染のレベルも桁外れで。

爆風などを浴びなくても、短時間で死ぬほどの破壊力があったそうだ。

それなら、むしろ直撃を免れた場所なら何かありそうではと思ったのだが。

追加記憶によると。

それらの攻撃の後、大規模な火事が発生し。

何もかもを焼き尽くし。

その結果、何も残らなかったそうである。

ならば、わたしがここに来ても意味がないじゃないか。

そう思う。

大きな虫も見かけない。

わたしが人間だった頃いた街では、大きな虫が結構いたのに。

それもいない。

ということは、もう此処は。

本当にどうしようも無い場所だと言う事だ。

しばらくバイクで彼方此方を見て回るが。

雨避けの場所さえない。

そして雨の臭いも感じない。

どうやらこれは、赤い奴が色々と弄くって、雨が降りにくいようにしているらしい。

やむを得ないか。

一度赤い奴の所に戻る。

そして、意思を素直に告げた。

此処では多分何も見つからないと思う。

もしも何か探すのなら、爆心地以外。

それ以外の場所なら、ひょっとしたら何か見つかるかも知れない。

そう告げると、了解とだけ言われ。

戻るように指示を受けた。

次の探索まで、少し時間が掛かると言う。

調整をしなければならないそうだ。

わたしは意識だけで漂いながら。

人間は滅びて当然だったんだなと、ぼんやり思った。

 

(続)