ふね

 

序、巨怪

 

さて困ったぞ。

わたしはそう思っていた。

ここはなんといって良いのかよく分からない場所。

赤い奴から、排出された過程はもう分かるようになってきている。これで三度目である。

赤い奴の中でわたしの体が服ごと構築され。

持っていきたいと思った物資も全て再構成され。

順番に触手が取りだして、外に並べていく。

そして最後にわたしが引っ張り出されて。

そこにちょこんと座らされる。

意識がしっかりするまで、時間はほとんど掛からなかったが。

今ではわたしの肉体が作られている間に、もう意識が出来るようになってきていて。わたしの体が赤い奴の中で、人間としての形になっていくところからもう分かるようになりはじめていた。

痛覚も何も無いから、別に何とも思わないのだけれど。

毎回全部再構築されている事を考えると、赤い奴は相当に濃い物質のプールなのだと思う。

地球そのものが作り出した量子コンピュータだ。

それも当然なのだろう。

伸びをする。

別に赤い奴に作られたからと言ってネバネバでもなんでもない。

立ち上がって、周囲を見る。

自分の体が、少しずつ、確実に強くなっていることが分かる。

知識を得たからだけじゃない。

必要もないのに食べて。

体をこうしたいと指向しているからだ。

その指向に沿って、体が少しずつ無理のない範囲で変わっている。

それだけである。

恐らく、わたしの骨格や、本来の遺伝子データとはそぐわないレベルでの変化は起きないだろう。

わたしは人間ではないけれど。

そこまで好き勝手には体を変えられないのだ。

さて、問題はそこではない。

周囲を見回すが。

どうも此処が何だかよく分からないのだ。

街もない。

つまり拠点がないという事だ。

赤い奴が流れている川はあるにはあるが。

どうもそれの先端部分らしい。

周囲には赤茶けた荒野が拡がっていて。

雨が降り出すと、調査どころではなくなる。

頭を掻きながら、まずは台車に小物を載せ。

バイクと一緒に、フォークリフトで持ち上げる。

フォークリフトは、馬力が全体的に上がっている様子だ。これはひょっとすると、前より重いものを持ち上げられるかも知れない。

赤い奴に再構築された結果だろう。

だけれども、その分気を付けないと、簡単にものを壊してしまうはずだ。

わたしはぶきっちょなのだ。

それに気を付けないと。

自分で言い聞かせながら、フォークリフトで進む。

バイクでぽくぽく行くのが良いなあ。

そう思いながら進んでいく。

進む方向は、何となく分かるのだが。

周囲には、よく分からないものもたくさん散らばっていた。

正体がまったく分からないものだらけである。

またこの辺りには電車も見かけない。

街がないのだから当然か。

そして人間に対するシステムであるからだろう。

人間が全く見かけられないこの辺りには。

おおあほうどりをはじめとして。

人外の存在達は一切見受けられなかった。

まあわたしも人外の存在なのだが。

やがて、気がつく。

見えてきた。

何かある。

どうやら無駄足では終わらず済みそうだと、ちょっとだけ安心した。

ただ、あれはなんだろう。

凄く大きいのだけれど、正体がまったく分からない。

まず見た感じは、巨大な建物だけれども。半壊以上していて、崩れてしまっている。

長四角いという言葉が出てくるけれど。

それ以上は分からない。

小首をかしげながら近付く。

さび付いていて、崩れていて。

非常に心配だが。

まあ潰れたら、その時はまたわたしは再生されるだけだ。

今のわたしは、地球そのものである赤い奴の端末。

死ぬ事は全く問題にならない。

近付いていくと、眉をひそめる。

何だか、近寄るのは危険な気がしたのである。

近付いていくと、その理由が何となく分かった。これは多分、前は一つの構造物だったのだ。

だが、一部がどうも内側から吹き飛んだようなのである。

なんだろう、これ。

そう思いながら、フォークリフトで近付いていく。

いやな空気だ。

虫さえいない赤茶けた世界の中。

至近距離まで近付くと。

それの大きさがよく分かった。

今まで見たどんなものよりも大きい。

動いている電車三両を、縦にしてもまだ上まで届かないだろう。

内側から吹き飛んだ辺りから、中には入れそうだが。

何だかびりびりと嫌な感じがした。

でも、足を止めている訳にもいかない。中に入ることにする。

幸い、内側から吹き飛んだとき、構造体の半分くらいが壊れたようで。フォークリフトでも入る事が出来た。

爆発は余程激しかったらしい。

入り口付近は、すっきりしていて。

何も無い。

どんなに頑丈でも、内側からやられると駄目。

それはわたしは、今は知識として追加されて知っている。

これはそのケースだろう。

何かが大爆発したのだ。

だからこうなった。

元々はとても頑丈だった可能性が高いのだけれども。

今はこのように悲惨な姿である。

なんだろう、これは。

少し踏み込んで、奥まで入ってみる。

元々苛烈な酸の雨に晒されていて。

しかも吹き込まれているのである。

内部はボロボロ。

いつ崩れだしてもおかしくない。

崩れたら、わたしもフォークリフトも潰れてそれっきり。次の新しいわたしが来る事になるだろう。

周囲を見回して。

何だか変な違和感がある事に気付く。

体がダメージを受けている。

この辺り全部が何かおかしい。

でも、その理由が分からない。

毒だろうか。

でも、生半可な毒なんて、今の体には効かないはずなのだけれども。

それは、鉄やらコンクリやらに潰されれば。生体だから、簡単に潰れる。

一方で、再構築されてから、毒に対する耐性はつけられている。

それはそもそも、わたしは形を再現されただけで。

赤い奴によって作られた存在で。

体全部が脳であり筋肉であるも同然だから、という事情もあるけれど。

それでも体を蝕むとは、どういうことだ。

小首を捻って、一旦後退する。

雨によって激しい風化を受けている部分は特に問題は無いようなのだけれども。内部に入ると、何だか体にダメージが出る様子だ。

そもそもこの構造物。

一体何だ。

一度、外側に出て、見回って見る。

そして見つけた。

構造物から落下して、地面に突き刺さったらしきもの。

飛行機だ。

知っている。

追加された知識にある。

当時最先端の戦闘用の飛行機。

最後の時代の戦闘用飛行機は、ミサイルとかいう爆弾を運ぶ筒を飛ばすための輸送装置の役割が強かったらしく。

凄いスピードで、相手に見えないように飛んで。

相手を見えない所から攻撃する役割を担っていたとかいないとか。

いずれにしても、これは形が似ている。

そういう飛行機なのだろう。

残念なのは、潰れてしまっていることで。

この飛行機が好きな人は、さぞ悲しむだろう。

潰れた上に、激しい風雨にさらされたことで。

死んでからしばらく経った虫みたいに、悲惨な残骸になっているけれども。

ただ、妙だ。

追加された知識だと、これは確か。

空軍基地というような場所や、航空母艦というようなものに置かれていたはず。

空から落ちたにしてはダメージが小さい。

落ちたとしたら。

見上げる。

構造体から落ちたとしか思えない。

そうなってくると、消去法で。

これが航空母艦という事になってくる。

少し考え込む。

いずれにしても、拠点を作る必要があるけれど。

この辺りは、殆ど何も無い。

フォークリフトで、破損している飛行機の軽そうな部分を持ち上げて、運んでいく。この飛行機も、こんな使われ方をするとは思っていなかっただろう。

人間の唯一の存在価値は。

長年積み上げた英知と、それによって作り出したものだけである。

人間という生物そのものには何の価値も無い。

わたしをくらい、再構築した地球の。赤い奴の考えだが。

わたしも現実を知った今では、それに同意見だ。

別に洗脳されているわけでもなく。

ああ正論だなと思うだけだ。

事実、それまで何があろうと干渉しないで傍観していた地球そのものが、完全にブチ切れる程にやりたい放題を尽くしたのが人間だ。

それでいながら人間は過ちを犯すこともあるとか抜かして自分を肯定する生物である。

つきあっていられないと地球が思うのも道理だろう。

フォークリフトで素材を運んで。

更に何とか組み合わせて。

やっと小さな小屋を作る。

これで、雨はしのげるか。

わたしは別に大丈夫だろう。

着ている服が心配だったのだけれど。多分服そのものも平気だ。

ただ服のポケットに入れている小物類は駄目だろうし。

バイクもフォークリフトも駄目だろう。

小屋を作った後、赤い奴の流れている川の末端に出向く。

手を出すと、すぐに相手も意図を悟り。

触手を伸ばしてきた。

手を触手が掴み。

情報のやりとりをする。

「何か毒があるのか」

「体にダメージを受ける」

「……恐らくは放射能の濃度が強いのだろう」

「放射能?」

追加で知識を貰う。

放射能。

放射性物質と呼ばれる一部の物質から放たれる、強力な放射線と。放射性物質両方を指す。

実は宇宙空間では非常に大量に飛び交っているのだが。

地球はオゾン層によってこの放射線から守られ。

比較的安定した環境で、多くの生物が育つ事になった。

だがそれも過去の話。

人間がこの放射性物質を利用し。

いわゆる核兵器を作り。

また放射性物質そのものを様々に活用して。

エネルギーを作るようになってから。

想像を絶する放射性物質が垂れ流され。地球中にばらまかれることになっていった。

人間の文明の終わりの時も。

この放射性物質を利用した兵器。

通称水素爆弾が大量に世界中を飛び交い。

人間の99パーセントが三時間ほどで死滅した、ということだった。

他の生物を巻き添えにしながら。

そして世界中に撒き散らかされた放射性物質は。

海にも空にも陸にも、そこら中に蔓延し、そして汚染し。

今、必死に様々な対策をしているという。

「状況は分かった。 放射性物質の対策は此方で行う。 お前は待機していろ。 調査はその後にしてもらう」

「了解」

手から触手が離れる。

海そのものを丸ごと飲み込んでいる赤い奴だけれども。

地球の表面全てを把握している訳ではないのだ。

というよりも、地球全てを覆う程の量子コンピュータといっても。

現状の汚染除去にフルパワーを常時費やしていて。

まだ端末が届いていない場所の状況を、把握しきっているわけではない。

だからわたしみたいなのを千五百も作って。

それを彼方此方に派遣し。

人間の英知の結晶を回収している。

それだけだ。

わたしは一旦、小屋を安定させるべく。

回収してきた飛行機の残骸を組み立て直して。更に頑強にする。

持ち込んだものも全て使い。

大雨が降っても大丈夫なようにする。

それだけで二日かかった。

フォークリフトもフル活用したし。

その過程で、鋭い破片で指をざっくりやったり、腕をざっくりやったり。更には、落ちてきた破片が、頭に突き刺さったりもした。

人間だったら死んでいたけれど。

今は無言で、頭に突き刺さった破片を引き抜くだけである。

全身が脳なので。

別に頭が破損したって行動不能になるわけでもないのだから。

修復もすぐに行われる。

別に痛手でも何でも無い。

小屋が完成して。バイクも中に入れて。

後は、あの構造物。

多分航空母艦の成れの果てをぼんやりと見上げる。

内部には、無事な飛行機もあるかも知れないが、流石に望み薄か。

航空母艦の中でも、特に大きいのには原子力空母と言われるものがあり。

内部にさっき問題になった、放射性物質を利用して核分裂を起こし、それを動力とする原子炉を積んでいた。

恐らくだが、何かしらの問題が起きて、その原子炉が大爆発したのだ。

当然核爆弾が爆発するのと同じ結果を生んで。

ああいうことになった。

それだけの簡単な結果である。

やがて、来た。

うめき声を上げながら。

人間の上半身だけが、溶けかかったようなのが大挙してやってくる。

よく見ると、巨大な軟体の上に触手がたくさんあり。その触手の先端に、頭部がない溶けかかった人間の上半身みたいなのが生えている。触手があまりにも多いので、溶けかかった人間が大挙して来たように見えたのだ。軟体はずるりずるりと、人間の指に似た足を使って巨体を動かしていた。

見た事がない存在だが。

追加されている知識が反応する。

スキュラーだ。

放射性物質の除去のスペシャリストで。

赤い奴が開発した、地球の環境を、「最後の時」。つまり赤い奴が全てを飲み込み尽くして、浄化する時まで安定させる生物の一つ。

主に原子炉や核兵器などの処置に動く大型端末で。

高濃度の汚染をものともせず。

放射性物質を全て取り込んで、無力化してしまう。

よく分からないけれど、もの凄く頑丈に出来ているらしく。

体内で放射性物質の反応を促進し。

無害な状態になるまで、通常の千倍から一万倍の速度で反応をさせるという。

空の管理を行っているズーなどと同格の、最大規模生物の一種で。

人間としてのわたしが知らないのも道理。

赤い奴が、そもそも放射性物質の汚染が酷い地区からは、真っ先に人間を排除したらしいからである。

今は世界で二千体ほどが活動しているらしく。

一番近くの海、つまり赤い奴に構築されたのが。今自力でやってきた、ということだそうだ。

スキュラーはがっつりと航空母艦の残骸に取り憑くと。

触手を伸ばして、もぞりもぞりと包み込みはじめる。

兎に角巨大なので、航空母艦に見劣りしていない。

赤黒い触手が、時々何かを飲み込んだかのように膨れて、軟体の本体へと運び込んでいる。

或いは周囲の放射性物質を、片っ端からああやって吸収しているのかも知れない。

また、何かを撒いているのも見える。

撒いた後、その撒かれた辺りを、囓り取っている。

追加された知識を必死に整理して状況を見るけれど。

よく分からない。

どうも、また赤い奴に触れて、知識を補填しないといけないらしい。

膝を抱えて様子を見守る。

雨が降り始めたが、スキュラーはまるで意に介さず、黙々と作業を続けている。わたしは、まだ動けないなと思い。

水を飲み、ブロックを囓ってただ待つ事にした。

 

1、この場で何が起きたのか

 

浄水器から出て来て、容器にたまった水を飲む。

容器はあまり大きくないので、雨が降るとすぐに一杯になってしまう。

故に傾けておいて。必要な量だけ水を飲めるようにしておいた。

本当は水を取り込む必要もないのだけれど。

こればかりは習慣だ。

赤い奴は案外寛容で。

人間の頃の習慣をわたしが残している事に怒ったりもしないし。好きなようにやらせてくれている。

ブロックを渡してくれるのもそれがゆえ。

わたしが、ブロック以外の食べ物を、缶詰くらいしかしらないから。

その缶詰も、食べていて美味しいものではないからだ。

とはいっても、滅ぶ前の人間も、一部の金持ち以外は皆似たようなものを食べていたらしくて。

わたしが特段、当時の人間達に比べて、酷いものを食べているわけではないようだが。

雨が止んだ。

少し気温が低い。

この辺りは標高がかなり高いらしい。

そもそも海ともかなり離れている。

どうして原子力空母なんて代物が流れ着いたのかはよく分からない。

世界の破滅の時には、色々な事が起きた。

その中には大規模な「津波」もあったらしい。

海に対して衝撃波が伝わる現象で。

場合によっては島を丸ごと更地にしてしまうような事もあると言う。

それに押し流されたのかも知れない。

いずれにしても、推測の域を出ない。

見ていると、スキュラーは殆ど航空母艦を丸ごと包み込むようにして作業をしている。

まだわたしの出番はないらしい。

スキュラーは、あくまで放射性物質の除去のみを仕事にしている。

それ以外の物質は一切傷つけないが。

一方で、ある程度の毒物の除去にも対応しているらしくて。

徹底的に汚染された地球の、もっとも酷い場所に対応して派遣されている存在らしい。

見ると、最初に現れたときよりも、二回りくらい大きくなっている。

わたしの感じた違和感は。

やはり外れていなかった、と言う事だ。

赤い奴も、手元の処理だけで精一杯なんだなと思う。

流石に生きている人間を見逃すことはないだろうが。

この様子だと、まだまだ管理できていない場所は多そうだ。

靴を脱いで。地面にぺたんと座り込む。

前に量販店だかスーパーだかで回収したシートがあるので、それの上で。

これが色々と利便性が高い上に、畳んで小さく出来て便利なので、何処にでも持ち込むようにしている。

靴を脱ぐと開放感がある。

靴が便利であると同時に。

靴がないと、それはそれで開放感があるのだから、それもまた変な話である。

やがて、スキュラーが、空に向けて凄まじい雄叫びを上げた。

そして、のそりのそりと、更に巨大になった体を引きずって戻り始める。

軟体だった本体部分はすっかり球体になっている。

あれに危険な放射性物質を、あらかた取り込んだと言う事なのだろう。

近くを通り過ぎていったが、凄い熱を感じた。

放射性物質を無害化する過程で。

凄い熱が出るのかも知れない。

スキュラーは、その熱をものともしないという訳だ。

雨は止んでいて、地面も乾いている。

靴をはき直すと、わたしは赤い奴の末端の所まで行き、手を伸ばす。

触手を伸ばしてきた赤い奴に確認。

実際に喋るわけでは無い。

意思を疎通するだけだ。

「汚染は除去できたのか」

「出来た。 調査を開始しろ」

「了解」

それだけで全て。

スキュラーは危険は放射性物質による汚染だけを除去することに特化している。それ以外は何もしないしできない。

だけれども、それでいい。

何でも出来るものは何にもできない。

もしくは中途半端になる。

汎用性の高さというのは武器になるが。

放射性物質の除去というような、高度な作業をするものとなると。

余計な汎用性は必要ない、と言う事だろう。

わたしは空気の臭いを嗅いで。

雨がしばらく降らないことを確認。

ブロックを囓りながら、フォークリフトに乗る。

今回はバイクの出番は無さそうだけれども。

一応、荷車もろとも持っていく。

やがて、大きく破損した航空母艦の近くに出た。

周囲が激しく抉られている。

これはまあ、随分とやられたなあとわたしは思う。

航空母艦そのものも、相当囓られていた。

それだけ激しく、放射性物質とやらに汚染されていたのだろう。そして、スキュラーの仕事ぶりの完璧さを示すかのように。

違和感はなかった。

放射性物質は、恐らく空気中からすら取り除かれたのだ。

一方で、拠点作りに利用した飛行機の残骸も殆ど無くなっていた。

これも多少の放射性物質を含んでいたのだろう。

スキュラーは、わたしが活動するのに必要とだけは判断してくれたのか。

わたしの家は囓らなかった。

ただ、それも調査が終わるまでだろう。

その後は、またスキュラーが来て。

あの拠点も、囓って持って行ってしまう可能性が高かった。

そういえば。

飛行機の残骸の周囲の地面が、派手に抉られている。

スキュラーの仕業に違いないが。

具体的に何をしていったのだろう。

地面に何かしみこんでいたのだろうか。

まあ、分からない。

いずれにしても、残りの飛行機の部品の残骸を回収はしておくか。

そう考えながら、航空母艦の近くに行く。

内部は、何というか。

更にすっきりしていた。

見た感じ、すっからかんという言葉が似合う。

これは何と言ったら良いのか。

内側から食い尽くされた、とでも言うべきなのだろうか。

作業時、スキュラーは触手の幾つかを空中に向けて。

凄い勢いで空気を吸い込んでいた。

それと同時に、空母の中に突っ込んだ触手も。

旺盛に内部を囓っている様子だった。

まああれだけ派手に囓っていたのだ。

内部がすっからかんなのも当然だろうとは言えた。

これは、わたしが何か見つけられるかな。

そう不安になるけれども。

先に、やっておく事がある。

崩れるかどうかの確認である。

特に不安定そうな場所に、小石を投擲する。

かつんと音を立てて跳ね返った。

まあわたしくらいのパワーでは駄目か。

この構造物。

わたしが今まで見てきた、どんなビルよりも大きい。

量販店と互角か、それに近いくらいの大きさがあるのである。

とてもではないが、如何に不安定になっていても。小石を投げた程度ではくずれっこないだろう。

頷くと、周囲をじっくり見て回る。

内部に入るのは危険が大きすぎる。

ただでさえ脆くなっているのを、スキュラーが囓り倒したのである。

無駄にわたしが潰れて。

新しいわたしを派遣するのは、良い事だとは思えない。

外側を見ていると。

どうやら階段らしきものが見つかる。外側に出っ張りが出ていて、それがつらなっている。

階段と言うより、はしごと言うべきか。

大丈夫だろうか。

ポッケに小物を入れると、それを上がり始める。

強度には、不安はない。

一応、大丈夫だ。

元々が、余程丈夫に作られていたのだろう。

ただ、時々それでも滑落するはしごが出る事があった。

故に一歩ずつ、確実に進まなければならなかった。

それと素手だとかなり危なかったかも知れない。

量販店で見つけた軍手とか言う手袋を持って来ていて良かった。

非常に安定する。

やがて、一番上まで登り切る。

酷い有様だなと、まず最初に思った。

これが津波で流されてきたのだとすると。

恐らく、その時点で生存者は殆どいなかっただろう。

それに加えて、原子炉が爆発したのである。

半分くらいは吹っ飛んでいて。

残りの部分も、坂みたいになり。

端はギザギザにささくれたっていた。

何だか、可哀想だなと思ったけれど。

少し歩いて見て、すぐに気付く。

いつ床が抜けてもおかしくは無い。

今のわたしは、多分飛び降りても、一日くらい掛けて再生出来るとは思うけれども。

この中で崩落に巻き込まれて埋まってしまうと。

多分脱出は困難だろう。

気を付けて動くしかない。

無事な構造物を探す。

飛行機の一つも無いだろうか。

ないな。

残念ながら。

下の階層に降りる方法は。

調べて見るが、どうやらその辺りの構造体は、吹き飛んでしまった辺りにあったらしい。

そうでなくても、ずっと酸の雨に晒されていたのである。

崩れてしまったのかも知れない。

どちらにしても、もう残っていない。

それならば、徹底的に探すか。

穴でも探して、其所から入り込むしかないだろう。

慎重に一歩ずつ、歩く。

危ないと少しでも思ったら、即座に下がる。

そしてその場所を記憶する。

他の端末は、こんな感じの仕事を常にしているのだろうか。

そう思うと、頭が下がる。

これは一度全部壊してから、内部を少しずつ調べた方が良いのではないかと一瞬思ったのだが。

止めた方が良いなと考え直す。

まだ、何か英知の結晶が残っているかも知れない。

それは回収したい。

ほどなく見つける。

少し傾いていて、酸の雨がたまったのだろう。

穴が出来ている。

少し狭いが、わたしの体なら中に下りる事が出来る。

ただ、此処からは更に慎重に動かないと危ないだろう。穴の縁もぎざぎざで。かなり危なかった。

四苦八苦しながら、降りる。

どうやら、内部にかなり広い空間があるようで。

上手い具合にとっかかりがあったので、それを利用しながら降りていく。

なるほど。

何となく分かってきたが。此処に飛行機を格納しておいて。

上に上げて、飛ばすと言う事か。

実物を見たわけでは無いけれど。

追加知識で、何となくそれらは分かった。

飛行機をお掃除したり、整備したりするようなスペースもあるけれど。

殆どが爆風にやられて駄目になってしまっている。

周囲を見回すけれど。

無事な飛行機は、見当たらなかった。

原子炉が爆発したときに。

内側に籠もった爆発が、徹底的に焼き払ってしまったのだろう。

もったいない。

そう思ったけれど。

どうしようもない。

壁も床も、よく見ると焦げ付いた跡がある。

凄まじい熱に蹂躙されたのだと分かる。

だけれども、こんな所に押し流された後だ。

その時に、どれだけの人が生きていたのだろう。

生きたまま焼かれた人間がいたのだろうか。

そこまでは、わたしにも分からない。

興味も無かった。

更に、部屋が幾つかある。

やたら頑丈な扉が多かったけれど。

どれもこれも壊れてしまっていて、少し引くだけで外れたり。或いは倒れたりするので。巻き込まれた。

一度巻き込まれて左足が潰されたが。

仕方が無いので再生を待つ。

再生も速くなっていて。

前に右腕を潰された時は一日かかったが。

六時間程度で、綺麗に服も靴も含めて再生した。

ため息をつきながら、部屋の中を見て回るが。

こっちも扉がやられているくらいだ。

中は殆ど完璧に薙ぎ払われてしまっていて。

人間の英知の結晶と呼べるようなものは残っていなかった。

骨折り損のくたびれもうけ。

そういう言葉が浮かんでくるが。

まあそれはそれ。

何も収穫が無い、という事が分かるだけで充分である。

むしろ彼処には何も無いという事が分かれば。

無駄な苦労を減らす事も出来る。

スキュラーだって、後でここに来て、放射性物質の処理をする手間が減ったのだし。

無駄にはなっていない。

そう考えれば、少しは楽になるというものである。

更に、下に降りる階段を見つけた。

完全に歪んだ扉の隙間を通って、下に入る事が出来た。

恐らくだが、扉が歪んだ瞬間吹き込んだだろう熱が壁を貫通したのだろう。外が見えるほどになっていたが。

折り返しになっている階段を下りてみると。

その先は案外無事な様子だ。

これは、或いは。

何かを見つけることが出来るかもしれない。

頷くと、わたしは奥へ進む。

足下も比較的大丈夫だ。

部屋も一つずつ覗いていくと。色々と残っている。

家具類があるのは大きい。

どれも無骨なものだが。

開けてみると、手記があったりする。

文字は、読むことが出来た。

追加記憶のおかげだ。

わたしの知っている言葉では無いが。

わたしが知っているのは日本語。

これは英語というらしい。

解読してみると、どうやらコレに乗っていた人間の残したものらしかった。それほど偉い人間ではなかったようだ。

目についたのは、以下の記述だった。

「最終戦争が始まる。

始まってしまったら、もう後戻りは出来ないのに。上層部のクソッタレは、一方的にやられるのは嫌だとかで戦争を始めやがった。始めたら核が飛び交ってみんな死ぬ。世界中の何もかもが死ぬ。

クソッタレが。

ただでさえ今世界中は滅茶苦茶なのに。

悪魔共が笑っているのが目に見えるようだ。

神が我々を見放すのもそう遠くは無いだろう。

勿論祖国を守りたいって気持ちはある。

だが祖国では、軍人や警官ってのが分かるだけで襲われるような状況が続いていやがる。

一体誰のために俺は戦っているんだ。

何もかもクソッタレだ」

わたしは、それらの内容を読んで、ふうんと呟いていた。

ひたすら悪態をついているが、実際に何をしようとはしないんだなと思ったのだ。

勿論何もしようが無い、というのもあったのだろう。

だが、赤い奴に追加された知識によると。

最終戦争が始まったとき、人間は七十億だか八十億だかいたらしい。

それだけいたのに、一体何をやっていたのだか。

そうとしか、呟けない。

もう人間は子孫を作る事も出来なければ。組織的行動を取る事も出来ない。

滅ぶのを待つだけだ。

鍵が掛かっている引き出しもあったが。鍵が壊れてしまっているので、別に力を掛けなくても開けられた。

内部には、手記を書いたらしい奴や。その血縁者らしいのが、笑顔で映っている写真があった。

写真も実物を見るのは初めてだ。

回収しておくか。

部屋のものを、何回かに分けて全て持ち出す。

引き出しも。

その上にあった時計も。

すっからかんになるまで全て。

一度道を開拓してしまえば、後はそれほど難しい事もない。

この航空母艦が完全に崩壊する前に。

人間の英知が作りだしたものは。

わたしが出来る範囲内で、全て回収をしておきたい。

赤い奴は、わたしたち端末の活動が全て終わった後。

地球を丸ごと飲み込んで、再生を開始するつもりだ。

物質を全部再配置し。

生態系を再現し。

知的生命体が生まれ出るのを待つ。

知的生命体が生まれ出た後は、人間の遺産やノウハウを与えて。一気に進歩させ。人間の失敗を繰り返させないようにする。

それが地球の意思。

自由が自主性がとほざきながらも。

世界をこんな風にした人間に対する失望が産み出した、干渉の戦略。

わたしは、それに沿って動く。

ただ、それだけだ。

 

2、大きな中の小さなもの

 

わたしが見つけた階層は、原子炉の爆発によるダメージを最小限に抑えられていたのだろう。

奇跡的な話だが。

死体も殆ど見つからなかった。

これは恐らくだけれども。

この船を放棄して、生き残りはみんな逃げたのだ。

多分、原子炉が爆発する前に、である。

まあそうするのが普通だろうなと思う。

そしてその末路も簡単に想像できる。

地球が完全にブチ切れたこの世界である。

多少武装していようが。

人間なんか、ひとたまりもない。

おおあほうどりでさえ、機関銃で撃たれてもびくともしないのである。

此処を逃げていった者達が、みんなエジキになっていったのは、想像に難くない。

ただ死体が見当たらないと言う事は。

ここに来るまでに死んだ人間を、埋葬なりなんなりしたのだろう。

わたしの時代には、もはや無くなっていた習慣が。

此処では行われた、ということだ。

人間達が逃げ出した後。

制御不能になった原子炉が爆発した。

そういうことなのだろう。

黙々と、外に無事だったものを運び出し、荷車に乗せ替えて赤い奴が作った川へと持っていく。

何もかも。

動かなくなったが、時計も見つけた。

しかも何種類も。

服やブーツ、銃器の類も。

拳銃という小さな銃を見つけた部屋では、血痕を見た。

コレを使って自殺したのかも知れない。

世界が焼き払われたのを見て、絶望したのだろうか。

わたしにはもうよく分からない感情だが。

そんな事になる前に、どうして世界中で努力をしようとしなかったのかがよく分からない。

まあ、地球が完全にキレたのも。

優秀な人間は最初から優秀で、努力をしなくても何でも出来るし。無能は何をやっても無駄という考えを人間が大まじめに広め始めて。何もかもを事実上放棄したからだというのは聞いている。

恐らく、それと無関係ではないのだろう。

雨がもうすぐ降る。

それを悟って、拠点に戻る。

飛行機の残骸で作った小屋の中で靴を脱ぐと。

少し考えてから服も脱いで、体を多少綺麗にする。

雨が降り始めた。

ぬらしたタオルで体を拭いて多少綺麗にするけれど。

もう代謝がないので意味がない行為だ。

手を見る。

前より少し大きくなっている。

背が伸びた影響だろう。

また、触ってみると少し硬くなっているかも知れない。

色々な作業を経験した影響だろうか。

わたしは死ぬ前までに17年生きていたが。その時の背丈は、栄養が充分に行き渡っている時代の平均値でいうと13歳相当しか無かった。体も骨と皮しか無い状態だった。

今は相応の背丈と体格になってきている。

他も、何もかも変わるのは不思議では無い。

顔も変わってきているかも知れない。

興味が無いが。

追加知識で、人間が昔はせっせと身繕いをしていたのを知った。

過剰なほどに。

わたしの世代には、そもそも全裸で彷徨いている人も珍しく無いくらいだった。

わたしにも、余裕が出てきたから体を綺麗にするか、くらいの感覚しかない。

それすらも実際には無駄。

わたしは、何をしているのか。自分でも良く分からない。

身繕いが終わった。

爪を見る。

そういえば、追加知識では。

この爪を、何だか散々飾り立てていたっけ。

今はもう適当な長さで固定されてしまっていて、無駄に伸びることもない。

髪の毛も同じ。

嘆息すると、膝を抱えて雨が止むのを待つ。

飛行機の残骸で作った拠点は。

雨が止むまで、きちんと耐えてくれた。

続きだ。

あの航空母艦の残骸は、いつ無くなってもおかしくは無い。

わたしが探していた階層だって、いつ崩落しても不思議では無いのだ。

外が乾くのを待つ。

草木も生えない赤い大地。

こんなにしてしまった以上は。

わたしは端末となった今も。

人間の尻ぬぐいをしなければならない。

航空母艦の残骸に入り込むと。

何度も通った道筋で、無事だった階層に急ぐ。

途中、何度も危ない場所がある。

崩れかけていたり。脆くなっていたり。

この航空母艦にも。わたし以外の端末が派遣されていたのかも知れない。その時は、成果が無かったのだろうか。

分からない。

ともかく、今は探すだけだ。

一つずつ部屋を見て行き。

有益そうなものを全て回収していく。

駄目なものは、触るだけで崩れてしまう。

有益そうなものは、形が残っているうちに、赤い奴に投入してしまう。

中には用途がまったく分からないものもあったけれど。

赤い奴に投入前に確認すると。

だいたい追加知識を投入されて。

それで理解する事が出来た。

かなりの娯楽品が持ち込まれていたようだ。

わたしには全く縁がないものばかりなので、わからなかった。

また、わたしが探している区画は、船を動かしている中でも偉い人間が住んでいたような場所らしくて。

他は、もっと劣悪な環境に詰め込まれていたという知識も増えた。

何だか、本当にろくでもないな。

そうぼやきながら、探し続ける。

開かないドアを見つける。

これ、ひょっとするとだけれど。

一番頑丈に造られているのかも知れない。

かなり風化が進んでいるのに。

大した頑丈さである。

隣の部屋も見てみるが。

駄目だな。

そちら側から、壁を壊して入る事も出来そうに無い。

余程頑強に作られていた、と言う事なのだろう。

今の時点では、入る術がない。

ただ、覚えておこう。

部屋という部屋を探していくうちに。

廊下が途切れた。

床が抜けている。

爆発が下から来たのだろう。この辺りはもう、完全に滅茶苦茶になっていた。

内部での爆発は、余程複雑にこの航空母艦を破壊したと言う事だ。

部屋も覗いてみるが。

爆発にやられているのか、完全にこの辺りは消し炭になっている。

それなりに色々と回収出来たので、一度戻る事にする。此処までは簡単に回収出来るものを回収しただけ。次から行動は本格開始だ。

床を踏み抜きかけて、ひやりとした。

落ちたら再生までかなり掛かるし、赤い奴の判断次第では次のわたしが送られてくるだろう。

かなり時間が無駄になるし。

落ちたとき、回収したものも無駄になる。

娯楽品から嗜好品、実用品まで、大量の小物が回収出来ている。

どれもこれもやたら頑丈で。

この航空母艦を作った国の製品の特徴らしいと、後で追加知識で知った。

戻ろうとするとき、外壁が外れて落ちていく。

別に驚くこともなく、其所から外を見てみるが。

下の方で、凄い音がしたので。巻き込まれていたら体が粉々だっただろうなと、冷ややかに思った。

外に出て、気付く。

他にも何カ所も崩落が起き始めている。

これは恐らくだが、スキュラーが来た事の影響だろう。

放射性物質を囓り取られた結果。

もうボロボロだったこの船も、寿命が縮まったのだ。

少し距離を取ると。

すぐに赤い奴に戦利品を届ける。

何だかよく分からないものを放り込むと。

これは何、これは何と、一つずつ丁寧に教えてくれる。

変な粉が出て来たが。

それについては、赤い奴が警告してきた。

これは麻薬というものだと。

元々規律が正しい軍隊だったらしいのだが。

こんなものを将校が持ち込むようになっていたのかと。

赤い奴が嘆いているのでは無い。

追加知識で。

要するに、その軍にいた人間の意識なり知識なりが嘆いているのだろう。

バイクの時と同じだ。

原付だの何だのと知識が喧嘩していたが。

そういう現象である。

滅びる前の世界だったのだ。

何もかも腐れ果てていた事は、別にわたしには不思議には思えない。

大きく嘆いている追加知識だが。

それよりも、わたしは相談をする。

開けられない部屋があった。

あの航空母艦はもう長くは保たずに崩壊する。

あの部屋を調べたい。

そう意思を告げると。

赤い奴は、答えを返してきた。

航空母艦の図面である。

どうやら、倉庫があるらしく。

そこに、部屋の戸を切って、内部に入れる道具がある可能性があるという。

前だったらともかく。

今の身体能力だったら、使いこなせる可能性が高いとか。

頷く。

今の状態なら、別に死んだって問題は無い。

次が来るだけだ。

雨もしばらくは降らないだろう。

わたしは、倉庫に急ぐことにする。

存在していればいいのだけれども。

駄目なら、諦める。

それについては、赤い奴も同意してくれている。

航空母艦が完全に瓦解したら、或いは。

瓦礫を、一気に赤い奴が飲み込んでしまうかも知れない。

こういう兵器というのは、貴重な物質を山ほど使っているものらしく。

赤い奴に言わせると、地球を再構築する過程で。取り込んだ上で、全て再配置する必要があるという。

人間は地球の表面を好き勝手に削り倒した挙げ句に。

滅茶苦茶にばらまいた。

それを元に戻し、次の世代の生物に引き継ぐためには必須なのだとか。

まあ、それはわたしも別にどうでもいい。

端末としての作業をするだけだ。

すぐに航空母艦に入る。

確保した進入路からではなく。かなり崩れていて、危ないと思える場所を行く。船の中に入り込むときも、ざっくり手指を傷つけた。回復はすぐにだが。倉庫が本当に残っているだろうか。

入り込んでいくと、何とか通路はあるが。

骨組みしかない。

その骨組みも、いつ落ちてもおかしくない有様だ。

慎重に、一歩ずついく。

ただでさえ、この航空母艦には残り時間が存在していない。

そんな中、此処を往復するのかと思うと不安になるが。

まあわたしは別に代わりが効く。

それも別の人間ではなく、寸分変わらぬわたしが此処にまた来る事が出来る。

だから気にはしていられない。

黙々と進む。

やがて、指定された倉庫に出るが。

派手に誘爆したらしく、殆ど何も残っていなかった。

見回し、手にとる。

アサルトライフルだったか。

前も回収したし、何より使い物にならないことも分かっている。

おおあほうどりには通じないし。

今では人間は組織行動をしない。

人間を殺傷するための武器だ。

人間が既に脅威では無い世界では、文字通り無用の長物だが。

一応、それなりに原形を留めている。

恐らくだが、大穴が開いている箇所から雨が吹き込んでいたのに。

雨が当たらない場所に、奇跡的に落ちていたのだろう。

リュックを持って来ているので、それに刺しておく。

状態が良ければ。まあ持ち帰る価値はあるだろう。

それよりも、だ。

指定のものを探す。

しばらく、殆ど何も残っていない場所から、幾つかを探し出し。リュックに放り込んでいく。

見た事があるものも多いが。

いずれもごつい。

ハサミとかテープとか。

そういうのに混じって、隅っこの方に、気の毒そうに横たわっているそれを見つけた。

抱えて見るが、かなり重い。

燃料は。

壊れていないか。

色々調べて見るが。

どうやら、燃料はある。

あの部屋の戸をぶち抜くくらいなら大丈夫だろう。

これはレーザーカッター。

あのくらいの金属戸なら、斬り破れる道具だ。

少し試運転してみるが。

重く、振動が凄い反面。

確かにゆっくりだが、赤熱させ壁を斬っていくことが出来る。

ただ、この倉庫の壁は傷んでいるとは言え無理だ。

ドアを斬るのが精一杯だろう。

よほど分厚く骨組みが作られているらしい。

まあ何というか。

これは崩壊後、赤い奴が丸ごと飲み込みに掛かるだろうなと。わたしは色々納得していた。

ひやひやものの通路を通って戻る。

その途中、穴だらけになっている壁から、下にあるものが見えた。

偶然だろう。

天井辺りから、ぶら下がって地面に突き刺さっているそれは、比較的無事なようにみえた。

だが崩落に巻き込まれたら、多分壊れてしまうだろう。

じっと見つめて、頷く。

あれを回収して。

今回は締めにしたい、と。

 

途中、何度も怪我をしながら。

何とか超危険な通路を戻る。

戦利品もあったが、航空母艦がガタが来ている様子からして、もうあまり時間は残っていない。

比較的無事だったあれも、フォークリフトで回収したい。

さっき回収したレーザーカッターを使えば、難しくはあるまい。

ただ、吊しているワイヤーを切る事になるから。

本来は人間がやってはいけない作業になるが。

暴れたワイヤーが、首くらいすっ飛ばすかもしれない。

そんな事を考えながら、奥へ。

さっき、開けられなかった扉の前に出る。

この通路も、どんどんガタが来ている。

加速度的に航空母艦が崩壊していると言う事だ。

頷くと、レーザーカッターの電源を入れる。

本来は、家庭用などの品もあるらしいが。

これは扉などをぶち抜くための軍用。

出力が違う。

その出力はガソリンを使いタービンを廻し、生じた強力な電気による。その電気によって強力なレーザーを作り出すのだ。

だから振動が凄い。

生きていた頃のわたしだったら、使っただけで手がボロボロに壊れてしまっただろうと思う。

本来は、この船で戦っていたような、屈強な軍人と呼ばれるような人が使うことを想定した大きさで。

重さも反動もそういう人が耐えられる造りだ。

わたしが使えるのは。

赤い奴の手によって、人間を止めているからに過ぎない。

それでも、かなり反動が大きいと思った。

扉が赤熱していく。

これをくるっと回して。鍵の側に穴を開ける。

時間がない。

だから作業をミスは出来ない。

やがて、穴が不格好ながらも開いた。

手を突っ込んで、鍵を廻し。戸を開ける。

その時、焼けた鉄にちょっと触れてしまって。

服が瞬間的に焼け。

肉にも溶鉄が食い込んだ。

じっと見ている内に、肉が盛り上がって再生していく。

普通の人間だったら、腕を失うレベルの怪我だったのだろうけれど。

わたしには関係が無い事だ。

扉を開けて中に入る。

流石に爆発の影響を一切受けていないこと。

更には、恐らくこの船で一番偉い人の部屋だったという事もあるのだろう。

押し流されて、色々横転したりした形跡はあったけれど。

空気が入り込まなかったと言う事もあろうか。

殆ど無事なまま、何もかもが残っていた。

一番大きいのはパソコンだ。

いわゆるノートパソコンという奴だけれども、無事なのは初めて見た。多分動かせるだろうけれど、今は此処で試運転している暇が無い。

回収開始。

此処にあるものを、片っ端から持っていく。

それにしても、部屋の主はどうしたのか。

この船と運命を共にしなかったのだろうか。

それとも、吹っ飛んだ部分にいたのだろうか。

それはちょっと分からない。

まあ、逃げたのならもう生きていないだろう。

死体が無いのなら。

どこかで吹き飛んでしまった、と言う事だ。

拠点に戻る。

貴重な品が大量にあったということで、危険を冒す意味はあった。

赤い奴に、回収したものを引き渡すが。

触手を伸ばしてきたので触ってみると。

既に回収済みのものが多いと言う。

そうか、それは残念だ。

だが、品質はかなり高いので。優先するべきものも多いとも言われた。

それは良かった。

そのまま、何往復かして。

船長室だか何だかを、徹底的に漁り尽くす。

一番の目玉だったパソコンの他には、膨大な書類が見つかった。

恐らく機密とかのものだろう。

当時の人間が見たら、ひっくり返るような代物だろうけれど。

今ではただの紙束だ。

紙がそもそも貴重なので。

普通の人間が手にしていたら。

落書きしたりして、遊んでいたかも知れない。

まあ、それはいい。

書類もあらかた赤い奴に引き渡す。

そして、伸ばしてきた触手に触れながら、意思を伝える。

貴重な品がある。

それを回収したいと。

映像も、そのまま意識として伝えられる。

言語とか言う不完全なツールでやりとりをしなくて良いのが大変に早くて有り難い。

同じ国の言語でも、人間は意思疎通を満足に出来ていなかった生物だ。

それだけ言語というツールがいい加減で不完全だと言う事で。

意思を直接伝えられるのは大変に有り難い。

回収の許可が出た。

回収後、またスキュラーが来るという。

そして、今度は更に徹底的にあの航空母艦をしゃぶり尽くし。

残骸は赤い奴が直接飲み込んでしまうのだとか。

その前に、行う最後の作業というわけだ。

頷くと、すぐにレーザーカッターの様子を確認。

ワイヤーを斬るくらいは大丈夫だろう。

もつ筈だ。

後はフォークリフト。

これもすぐに動かせる。

航空母艦の内部に入り込むのは問題ない。

スキュラーが、放射性物質を取り除いてくれているからである。

問題は、見つけた例のものの状態だが。

落として大丈夫か、ちょっと直接見て確認する必要があるだろう。

それ次第では、諦めなければならないかも知れない。

フォークリフトを動かす。

今回は、バイクを使えないなあ。

そう思って、ちょっと残念に思う。

あのぽくぽくとマイペースに行くのが、わたしは好きなのだけれども。

真面目に端末をやるようになってから。

好きよりも、仕事を優先するようになって。

結果として、バイクに乗ってのんびり行く事が出来なくなった。

航空母艦の外壁が、また剥がれて。

地面に文字通り突き刺さった。

危ない危ない。

そう呟きながら。開いた大穴から航空母艦の内部に入る。

内部は殆どがらんどう。

爆発が無茶苦茶にして。

そこをとどめとばかりにスキュラーがしゃぶり尽くしたからだ。

だからこそ、あれが露出もしたのだろう。

フォークリフトを動かして。

やがてそれの近くに出て、見上げる。

そう。

ワイヤーが複雑に絡まるようにして、ぶら下げているそれを。

小さな船。

追加知識によると、上陸艇というらしい。

軍隊とかを乗せて本格的に行く奴は、もっと大きいのが何個も乗せられていたようなのだけれど。

あれは奇襲のために、少数の人間を乗せていくためのものだったようだ。

ほぼ完全な形で残っているし。

大きさからしても、フォークリフトで運ぶ事が出来そうだ。

ぶら下がっている高さも、それほどではない。

最悪の落ち方をしても、多分壊れないだろう。

何より、最近露出した様子だし。

それほど痛んでいない。

原子炉の爆発によるダメージも小さかったようで。

これなら、恐らくは大した問題は本体に起きていない筈だ。

船の中に船がある。

何だか面白い話だな。

だけれども、それを楽しんでいる暇は無い。

わたしはレーザーカッターを背負ったまま。

船を吊しているワイヤーを斬るべく、近くの壁を昇り始めていた。

 

3、鋭い切れ味

 

何とか壁伝いに上陸艇の上に出て、それで色々と状態を確認する。

よく分かった。

これは、元々ワイヤーで係留されていたものが、爆発の衝撃でもみくちゃにされ。

ワイヤーが絡まったのだ。

それが、スキュラーが内部を囓ったせいで、床が脆くなり。

わたしが多分探索をしている間だろう。

床から落ちた。

まあ、崩落音や脱落音はしょっちゅうしていた。だから、その中の一つが。これが落ちた音だったのだろう。

ワイヤーが絡まっていたから、何とか地面に激突は避けられたが。

問題は。ワイヤーに触ってみて、すぐに分かった。

緊張度が尋常じゃ無い。

レーザーカッターで切断すると。

多分鉄の刃物となって、空中を縦横無尽に飛び回る。

最初から危険は分かっていたが。

やっていくしかない。

まずは、少し緩んでいるワイヤーから斬る。

何しろ複雑に絡んでいるので。

少しずつ斬ってみて、状況を確認していくしかない。

レーザーカッターを起動。

ワイヤーが見る間に赤熱していき。

そして、ある一点を超えると。

ぶちんと音を立てて切れた。

じゅっと凄い音がしたのは、赤熱した鉄の糸が、わたしの頬を焼いたから。痛みは感じないが、多分生きた人間だったら、悶絶していただろう。

ぼとりと、肉がついた鉄片が床に落ちる。

肉が再生を始めている。

肉には歯の一部もついていて。

溶鉄の恐ろしさがよく分かった。

がくんと音がしたので、下を見に行こうとしたら、思いっきりワイヤーが動いた。

緩んでいると思ったのに。

斬った瞬間、想像を絶する変化があった。

落ちないように身構えるが。

凄い音を立てながら、ワイヤーが動いていき。

やがて止まる。

下を覗くと。

上陸艇の高度が、だいぶ下がっていた。

ワイヤーもかなり状況が変わっている。

現在主に五本のワイヤーで上陸艇を支えていたようなのだけれども。

そのうち一本が、完全に宙ぶらりんになっている。つまり、今一本切ったことで、状況に変化が生じたのだ。

つまり、他の四本をどう斬るか、と言う話になる。

下手な斬り方をすると、レーザーカッターが吹っ飛ぶようなワイヤーの動き方があってもおかしくない。

慎重に様子を見て。

まずは船首部分に掛かっているワイヤーを斬りに行く。

さっきのとは、ワイヤーの緊張度が段違いだ。

赤熱していくと、凄まじいめりめりという音がしていく。

ああ、これは腕の一本くらいは覚悟しないと駄目だなと思うが。

そう思った矢先に。

ワイヤーが千切れた。

びゅんと、音がして。

わたしは倒れていた。

恐らくだけれど、両足を根元から持って行かれたのだ。

頭も強か、床にたたきつけていた。

レーザーカッターは無事か。

そう思いながら、わたしは状態を確認する。

顔が半分潰れているが。

すぐに再生していく。

腕の損傷も酷い。

両足がすっ飛ぶほどの衝撃を受けたのだから、まあ無理もないか。

回復を急げともいえない。

すっ飛んだ足は、幸い両方とも近くにあったので。

這っていって、くっつける。

みりみりと音がしながら、肉が互いに縫合を開始。元々、赤い奴によって作られている人型がわたしだ。

人間ほど繊細な構造じゃない。

だから修復も難しく無い。

服ごと修復していく様子を見て、一安心。ただまだダメージが酷いので、回復まで少し掛かる。

回復までに、状況を確認。

船首に絡んでいたワイヤーは、地面にだらしなく落ちている。

あれが、わたしの足を両方持っていって。ついでに人間だったら死ぬような怪我を負わせたのか。

思ったより、あの上陸艇。

重いかも知れない。

フォークリフトは軍用のもので、かなりパワーがあると追加知識で知っている。

それでもコンクリの壁は持ち上げられなかった。

そうなると、変な風にワイヤーに力が掛かっているのだろうか。

ワイヤーは滅茶苦茶になっている室内で複雑に絡んでいて、根元を斬ることは出来そうに無い。

上陸艇に一番近い場所を斬るのが、時間的にもベストな行動だ。

幸いわたしは、自分の体を心配しなくていい。

次だ。

足が動くようになったので。

次のワイヤーを斬りに行く。

今度は船尾を固定しているワイヤー。

見ると、上陸艇は、船首がもう地面にさわり掛かっている。

船尾を支えているワイヤーを斬ってやれば、次は良い感じで地面近くまで降りてくれるだろうか。

やってみる価値はある。

再び、レーザーカッターでワイヤーを切る。

緊張度がかなり高いので、まあ覚悟はしていたが。

斬った瞬間。

ワイヤーは、わたしの頭に食い込みながら、半分ほどを抉っていった。

前のめりに倒れていたらしい。

再生してきて、気付く。

目の少し下から食い込んだ赤熱ワイヤーが、顔を半分切り裂くようにして。わたしを襲ったのだ。

まあ、今のわたしなら問題は無い。

ただ、度重なる再生で流石にダメージが大きくなってきたのか。

少し思考が鈍り始めている。

下を見る。

船の状況は殆ど変わっていない。

残り二本。

ワイヤーを斬ってやらないといけないか。

頷く。

時間もないのだ。

ワイヤーを斬りに行く。

より影響が大きそうな、上陸艇の真ん中少し後ろを支えているワイヤーを斬りに行く。レーザーカッターが少し心配だが。

やるしかない。

ワイヤーが赤熱していく。

そして、ばつんと切れた。

わたしは反射的に身を引いていた。

今度は、わたしに目立ったダメージは無かった。

その代わり、赤熱したワイヤーが、部屋の中を如何に苛烈に動くのかを目にする事になったが。

部屋の中を凄まじい勢いで切り裂いたワイヤーは。

ただでさえぼろぼろになっている航空母艦を、内側から更に傷つけた。

さあ、どうなった。

下を覗く。

態勢を崩した上陸艇は、ずるりと落ち。

やがて、ワイヤーに船首が乗っかかるような形で、安定していた。

船尾は完全に地面についている。

理想的な状況だ。

しかも、船首も地面スレスレ。

これならば、後はフォークリフトで持ち上げてやって。

安定したところを、ワイヤーを外してやれば良い。

下に降りる。

降りる途中、これはまずいなと思って、レーザーカッターを抱える。

さっきの衝撃で更に脆くなって、足場が持たないと判断したからである。

案の定、その予想は当たり。

降りていている途中で、わたしは思い切り。

背中から、地面に叩き付けられていた。

幸い、鉄骨が倒れてくるようなことは無かったが。

人間だったら「全身を強く打って死亡」状態になっていただろう。少なくとも頭は爆ぜ割れていたはずだ。事実背中側の体が無茶苦茶になっていて、すぐには動けない。

再生していく。

その過程で悟る。

やはり、そうか。

ダメージを受けすぎると、思考が鈍くなるらしい。

恐らくだが、赤い奴も万能ではなくて。

短時間でダメージを回復しきれないのだろう。

空気中にも赤い奴はいるみたいだから、それらも協力して回復作業はしてくれているのだろうけれど。

それでも限度があると見て良さそうだ。

完全に駄目となったら、一度分解して、また本体から次のわたしを出してくるのは分かっているが。

再生出来るのなら再生する。

そしてその過程で、思考が鈍る。思考が鈍ると、こうも気持ちが悪いとは思わなかった。

フォークリフトに乗る。

頭を振ったのは、意識レベルとか言う奴が低下しているからだ。

出来るだけ早めに、赤い奴に戻るか。もしくは此処を離れないとまずい。回復はするが、此処では回復速度が落ちる。放射性物質も、わたしが動けるところまで緩和してくれただけで、まだ残っているだろうから。

赤い奴は、恐らくだが。

わたしがこの上陸艇を持ち帰ったら、すぐにスキュラーを投入してくるはず。

いや、もうスキュラーを向かわせているかも知れない。

スキュラーにかかれば、こんな壊れかけの航空母艦、あっと言う間にバラバラ。

更にバラバラになった所を、赤い奴が丸ごと取り込んで、綺麗さっぱりおしまいという訳だ。

急げ。

そう告げられている気がする。

わたしはそのまま指示に従う。

わたしは端末。

本体の指示に従うのが仕事。

別にそれは悪い事でも何でも無い。

こうやって技術や英知を回収していく事で。

次の未来につなげるのだから。

何とか、フォークリフトのパワーが勝り。上陸艇を持ち上げる。

数人乗りの小さな上陸艇だったから、何とかなったのだろう。もっと大きい奴だったら駄目だった筈だ。

ワイヤーがまだ引っ掛かっているので、一度降りて、レーザーカッターで切る。

もう緊張している状態ではないので、ワイヤーは暴れず、素直に外れてくれた。

ちょっとワイヤーが苦手になったかも知れない。

こんなに暴れるとは。

ひょっとしたら、おおあほうどりよりも人間に対して危険なのではないだろうか。

みさかいなく何でも切り裂くあの様子。

まるで妖刀か何かだ。

フォークリフトで、上陸艇を運び出す。途中、かなり床が危ないと感じる場面が何度もあったが。

どうにか、鈍ってきている頭をフル回転させて、突破する。

航空母艦を出て、振り返る。

悲惨な姿だ。

きっと無事だった頃は、格好良かったんだろうなあと思う。

作られた目的や。

実際に何をしたかは話が別だ。

人間には価値が無いと、今はわたしも思っている。

だが人間の英知と、その結晶である道具については価値がある。

これについても、わたしは赤い奴と同意見だ。

そういう意味では、人間と、その創造物は切り離して考えなければならない。

もう人間という生物は終わりだが。

赤い奴が地球を一度完全に根本から掃除して。

次の世代に知的生命体が産まれたら。

確かに、その苦労を減らすために。

愚かな行動ばかりしていた人間とか言う生物の、唯一残した素晴らしい遺産だけは引き継がなければならないだろう。

フォークリフトで少し行くと、凄まじい音がした。

どうやら、航空母艦が本格的に崩落を開始したらしい。

少し急いだ方が良いだろう。

地面が激しく揺動している。

吹っ飛んできた瓦礫も、側を掠める。

直接巻き込まれる事はないが。

持ち出した上陸艇や、レーザーカッターが壊れるのは困る。

あの航空母艦は、正直もうどうしようもない。

わたしが持ち出した中に、設計図とかあれば話は別なのかも知れないが。いや、或いはあったのか。倉庫の位置を赤い奴はしっていたし。

いずれにしても、あの航空母艦そのものがもう駄目なことには変わりない。

それに、次の文明では。

あんな同一の生物を殺すための過剰戦力は作らず。

他の生物と何とか上手くやっていける範囲での戦力で、文明を維持してほしいものだとわたしは思う。

わたしに色々教えてくれた人も。

戦争はもう嫌だとぼやいていたっけ。

それはそうだろう。

モロに巻き込まれた世代なのだから。

軍事基地でも見た。

あまりにも、どうしようもなさすぎる人の業を。

あの航空母艦だって。

他に使い方があったのではないのだろうか。

凄まじい轟音が響く中、拠点まで戻る。

振動が苛烈だったからか、拠点は崩れてしまっていたけれど。これは、もう仕方が無いとしかいえない。

嘆息すると、まずは赤い奴の近くにフォークリフトを進める。

そして手を伸ばすと。

赤い奴も、触手を伸ばしてきた。

意思を疎通する。

この船は、多分とても貴重なものだ。

そう伝えると。

その通りと返答が来る。

戦争後に起きた色々な異変のため、人間が作り出した船という乗り物は殆どが失われているという。

あの航空母艦みたいに完全に壊れているか。

もしくは潰れてしまっているか。

これは完品に近い。

燃料を入れれば動く。

そんな貴重な品は、今まで他の端末は回収出来ていない。

快挙だそうである。

そうか、そう言われると嬉しい。

まだ残っている人間的感情が揺れる。

ともかく、フォークリフトに乗っている上陸艇を、即座に触手が絡め取る。そして、上陸艇は赤い奴に沈み込んでいった。

完全に取り込んで、再現するというわけだ。

わたしにはどうでもいい。

赤い奴の再現能力はよく分かっている。

このわたしの体でだ。

後は。後始末を色々しておしまいだ。

まずは、崩れてしまった拠点を片付ける。フォークリフトを動かして、持ち出して来た飛行機の残骸を赤い奴に落としていく。

その過程で、見る。

スキュラーが来た。

そして、航空母艦の残骸に貪りつき始める。

凄い音がする。

昔人間が怪獣映画という娯楽を楽しんでいたらしいが。

航空母艦を丸ごと平らげる巨大な存在というのは、凄まじい迫力と言わざるを得ない所だろう。

わたしとしてはどうでもいい。

ズーという同格くらい大きい身内も見ているし。

あいつを見るのは始めてじゃない。

スキュラーが航空母艦を丸ごと喰らっている様子からして。

まだまだ放射性物質は除去しきれていなかったのだろう。

わたしが活動できるくらいまで減らしてくれたということだ。

まあそれでいい。

実際活動は出来たのだから。

じっと見つめているうちに、全て片付いたらしい。

数時間と掛からなかった。

前は原型を残すために、手加減をしていたのだなと気付く。本気で処理を始めれば、あっというまだ。

航空母艦が丸ごと飲み込まれて消えた。

持ち込んだ小物類を赤い奴に戻す。

フォークリフトは念のために残しておいて。

バイクで、様子を見に行く。

スキュラーが行ったと言うことは、もう彼処は安全だと言う事だ。航空母艦は、もはや何もない。

航空母艦があった場所に行くと。

かなり深い穴が出来ていた。

放射性物質とやらは、地面のかなり深くまで沈み込んでいたのだろう。

追加知識で知る。

雨で、放射性物質は地面に落とされて。

地面にしみこんだ。

殆どは下流にいって。地面に沈み込んだスキュラーが処理しているのだけれど。ああいう大本はまだ処理し切れていないものがあって。スキュラーが時々処理して回っているそうだ。

彼方此方に、破片がさっきはあったのだけれど。

もうそれもない。

わたしの体を色々傷つけていった航空母艦だけれど。

丸ごと綺麗に無くなってしまうと。

それはそれで、ちょっと寂しいとも思った。

それにしても深い穴だな。

覗こうかと思ったけれど、かなり地盤が緩いのでやめる。

穴は普通に掘られているのではない。

スキュラーは、かなり地面を複雑に掘った様子で、無理矢理何かを引き抜いたような有様になっている。

これでは近付きすぎると崩れるし。

そうなったら巻き込まれて落ちる。

端末だし。

痛みも感じないけれど。

無意味な落下はしたくない。

少し距離を取ると、遠くから眺めやる。

そうすると少し不思議な事に、一部はかなり深く掘られているようだった。

追加知識に教えられる。

あれは、原子炉があったあたりの直下だと。

そうか。

放射性物質が、一番多く残っていたのか。

雨によって地面にしみこんだのか。

なる程。

素直に理解すると、わたしはぼんやりと、その跡を眺めやった。

もはや世界が滅びるのが確定した世界で。

あの船に乗った人達は、どんな風に考えていたのだろうか。

勿論世界を滅ぼすのにも荷担したのだろう。

だけれども、あの残っていた手記を見る限り。

本当に望んでそうしたのかは分からない。

いずれにしても、もう一人も生きていないことは確定だ。

そして、誰一人。

止めようともせず。

止めることも出来なかったと言う事も。

追加された記憶の中にいる人達は、皆混乱していた。

わたしにものを色々教えてくれた人。最後の文明に生きた人も、戦争の記憶は話したがらなかった。

地獄だった。

それは確定なのだろう。

だけれども、一体どうしてこうなった。

後続で知的生命体が出現するとして。それが何億年後か分からないけれど。

その知的生命体が、人間よりマシという保証はどこにもない。

よほどしっかり管理しない限り、同じ事がまた繰り返されるのではないのだろうか。

だとすれば無意味極まりない事だ。

知的生命体は必要なのか。

いや、知的生命体と人間を呼べるのか。

わたしは元人間だ。

人間に知性を感じたことは無い。

勿論こういう道具を作れる人間は賢いのだろうけれども。

それでも、こんな風に世界をした主犯は人間だ。

総合的に見て、賢いなんてとても言えない。

赤い奴は、結局の所。

知的生命体を扱いかねて。

失敗を繰り返さないようにする布石は打っているけれど。

それが上手く行くとはとても思えない。

しばらく考え込んでいた。

わたしももう赤い奴の端末。

この思考もそのまま伝わっているだろう。

わたしの中にある追加知識はぐるぐると蠢いている。

赤い奴が取り込んだ大量の知識からも、結論は出ない様子だ。

何も真実が見えない終末の世界で。

人間は、結論を何も出せずにいた。

その挙げ句に。

結局自分で世界を焼き払ってしまった。

首を振る。

駄目だ。

やっぱり、赤い奴が正しい。

人間に価値があるとしたら、その英知と創造物だけ。人間という存在には何ら価値はない。

それはこの光景を見ていても、やはり正しいとしか結論出来ない。

わたしは人間として、破滅の中で最後の世代として産まれて。

結局最後の世代を生ききることは出来なかった。

今、滅びようとしている人間が彼方此方にしがみつくようにしてまだ生きているけれども。

あれらが滅び、いなくなるのも時間の問題だ。

わたしはそれに同情しない。

同情できない。

この世界は、此処だけじゃない。

全てがこうなったのだ。

同情しようがない。

戻る事にする。

そろそろ、赤い奴の中に戻るか。

わたしは、人間だった頃は、殆ど何もできなかった。今は、人間を止めてしまったから、出来る事が増えた。

思考も変わった。

生きていくだけが精一杯だった頃とは何もかも違った。

知識も増えた。

だけれども、悩みもそれ以上に増えた。

人間の全てがクズだった訳では無いだろう。

わたしにものを教えてくれた人は、全力で人間の英知を守ろうとしていた。

本当に尊敬できる人も一部にはいたと思う。

だけれども、それは本当に一部だけだ。

ああいう人はどう考えて、滅び行く人間を見つめていたのだろう。

ああいう人が、どうして世界を動かす側に回れなかったのだろう。

悩みが渦巻く。

しばらくして、大きな溜息が漏れた。

何度も溜息をついた。

もう、どうにも結論は出ない。

バイクをふかす。

ぽくぽくと、マイペースで坂を下りる。

案の定、スキュラーが土を喰らった結果出来た複雑な形状の穴は、何度も崩落を始めている。

やがてこの辺りも、最終的には赤い奴が地ならしをして。

何もかも。地面も含めて、全てを無に返してしまうのだろう。

それはいい。

わたしは記憶する。

赤い奴は、わたしも含めて端末の人格を全て監視しつつも保存するつもりだ。

また破壊的な変革をもたらす生物が、全てを破滅させようとしたときに対応するためかも知れないし。

知的生命体と判断出来る生物が出た場合、初動を早くするつもりかも知れない。

わたしはその時に。

どう動くべきだろう。

前の知的生命体は愚かだった。

だからお前達はそうなるな。

そうとでも、説教すれば良いのだろうか。

馬鹿馬鹿しい話だ。

前のはバカだったから、今度は良くなれと言ったところで、本当に良くなるのだろうか。教育なんて、滅びが確定する前の人間だって受けていた。

追加知識によると、自分でも色々と勉強する事が出来るようになっていた。

それなのに。

結果は、これじゃないか。

知的生命体そのものが駄目なんじゃ無いのか。

そうとさえ思う。

地球が次は大丈夫かも知れないと楽観的に考えているのに。

わたしは。

滅びをもたらした生物だったからか。

そう、悲観的にならざるを得なかった。

全て片付ける。

赤い奴に手をさしのべる。

向こうも、触手を伸ばしてきた。

「思考なら内部でせよ。 此方でなら、その限られたリソースしかない状態よりも、ずっと早く思考できる」

「分かっている」

「何か不安があるのか」

「わたしの思考は全て知っている筈」

赤い奴は間髪入れずに返してくる。

悩むことは別に罪でも何でも無いと。

だが、分かりきっている事に対する不安は無意味だと。

分かりきっている、か。

そうかも知れない。

次がいたとして、カスなのは確定だ。

だから、地球は備えている。

そうでなければ、人間の創作で良くそうされたように。

未来を信じるだの、人間の可能性に賭けるだの。

無責任な傍観を決め込みに掛かっていただろう。

地球を酸素の星にしたラン藻だって、それまでの生物を焼き尽くしはしたが。その後は地球に新しくダイナミックな生態系を構築するきっかけを作った。

人類は違う。

何も後に残そうとさえしなかったのだ。

追加された知識で。

わたしは前の無力で非力な人間とは別物になっている。

だからこんな風に考える事だって出来る。

だけれども。

いや、恐らくだからこそに。

悩みは一切晴れることがない。

バイクを乱暴に赤い奴に放り込む。

一応、取り込み損ねたものは無い事を確認し。

そして、わたしは赤い奴に戻った。

肉体はこの星そのものである生体量子コンピュータに溶ける。

今回の成果は画期的だと、赤い奴が喜んでいるのが分かった。

嬉しいか、そうか。

確かにほぼ完全な形で、船なんてものを持ち帰る事が出来たのだ。

それは嬉しいだろうさ。

わたしは其所まで無邪気には喜べない。

もう、無邪気には喜べないという方が、正しいかも知れなかった。

 

4、浮かぶ波間に

 

わたしは他の端末との接触も、知識の交換も出来ない。

これは赤い奴の方針らしい。

人間は群れになると、知能指数が著しく低下する。

赤い奴によって仲介され、言葉とかいう不完全なツールを使わないようになってもそれは同じだそうだ。

だから、他の端末とは接触できない。

他の端末がどう考えているか、分からない。

赤い奴の中で。

わたしは肉体を失い。

意識だけが保たれている。

思考を巡らせて、考える。

今後、どうすればいいのかを。

赤い奴が方針を出したら、わたしは基本的に逆らう事が出来ない。端末だから、である。

思考は自由に許されているけれど。

行動まで好き勝手に許されてはいない。

筋道は自由に選んでも良いが。

相手の命令を拒否する権利は存在していない。

そういうものだ。

別にそれはいい。

実際今まで、理不尽な命令は一回も受けていないし。

何よりも、わたし自身、赤い奴に反発は感じない。

その思考は合理的だ。

少なくとも、完全に滅びに瀕している今の人間や。

世界を滅ぼした愚かな人間達よりも、である。

意識はただ浮かぶようにして。

ずっと思考を繰り返している。

追加された知識をかみ砕いて飲み込むのにも、大変な時間が掛かる。

その知識の中には、映像もある。

世界中が焼かれる瞬間の映像。

ついにブチ切れた地球が、赤い怒りの不定形となって、世界中から湧き出し、全てを飲み込み始めた映像。

出現した地球の怒りに、人間が歯が立たず。

残ったわずかな人間も、ひとたまりもなく駆除されていく映像。

わたしも生きているときは、おおあほうどりをはじめとする赤い奴の端末が恐ろしくてならなかったけれど。

今はむしろ静かな気分だ。

真相を知ると知らないとでは、こうも思考が変わるのか。

いや、それだけではないだろう。

自分だけ助かろうとした軍事基地の高官やら。

愚かしすぎる人間の実際の行動を、自分で目にしたのも大きい。

それは確実だ。

わたしは端末として行動すればするほど、人間に対して失望してきている。

今後、それが回復する望みはないだろう。

どれくらい、思考を繰り返しただろう。

やがて、赤い奴が指示を出してくる。

「次の仕事だ」

「内容は」

「この地点を探査し、人間の英知の結晶を回収せよ」

「了解」

言葉もいらない。

ただ思考を交換するだけ。

言葉なんて不完全なツールは必要ないと言うべきか。

そのまま意思を貰い。

理解する。

それだけである。

何を持っていくかは、決めている。

船とかは持っていっても仕方が無い。

バイク。

小物類。

フォークリフト。

現時点ではそれだけでいい。

小物類の中には、前回の反省も兼ねて。拠点を作る為の一式の道具も保っていく事にする。

前回は本当に何も雨を避けるものがなかった。

だから、雨を避けられるようにする必要がある。

酸の雨に耐えられる素材はあまり多くは無いのだけれども。

そこで、フォークリフトの形状を変更できるようにする。

アタッチメントというのか。

掘ることが出来るようにするのだ。

別に大げさな変更では無い。

この間回収した飛行機の破片の一部をつけて。

フォークリフトで、ざっくりと穴を掘り。

後はスコップである程度自分で穴を掘り、調整する。

それだけである。

穴蔵暮らしになるわけだが。

それは一切苦にならない。

前に暮らしていたのは。

穴蔵なんかよりもっとずっと悲惨な場所だったし。

後はドレンも持ち込む。

水を確保するためだ。

こんな体になったけれど。

やっぱりまだ水は飲みたいと思う。不思議な話である。

普通の水を持ち込む事も出来ると赤い奴は提案してくるのだけれども、浄水器を使って雨水を飲めるようにしたものでいいとやんわりと断る。

まずいけれど。

人間が何をした結果、こんなものを飲んでいるのかという戒めにもなる。

ブロックだって同じ事だ。

ブロックについては、工場が近くにあるかは分からないから、現物を持ち込むのだけれども。

これだって人間の罪の証。

だからわたしは口にする。

わたしが、人間であった事を忘れないためにも。

わたしには必要な事なのだ。

さて、次の仕事だ。

この間は貴重なものを持ち帰る事が出来たが。

次はどうなるかは分からない。

画期的だったということだから。

かなり良い物だったのだろう。

フォークリフトについても、場合によっては大型化してくれるらしい。

それならそうと、先に言ってくれれば良かったのだが。

まあ解析に時間が掛かったとか。

大型化して動かしても問題がないようになったとか。

前向きに解釈しておく。

出る準備を整えると。

赤い奴に意思を伝える。

わたしの体が構成されていく。

わたしの行動範囲は、人間が文明を保っていた頃は、日本と呼ばれていた地域。

そこでまた何かを探す事になるのだろう。

もう原型を留めないほど無茶苦茶になっているようだから。

もはや「旧日本」とでもいうべきなのだろうが。

その辺りは、世界中の何処も同じだ。

出る。

全てが真っ赤な赤い奴の体内から構築されたわたしが。

全てが赤茶けた滅びの世界に出る。

するのは、同じ回収作業。

今回も、また端末としての仕事だ。

それはとても単調で。

そして人類の罪業の、尻ぬぐいだった。

 

(続)