ばいく

 

序、赤い道

 

気がつくとわたしは、川の端に倒れていた。起き上がる。服は、前に来ていた汚い一張羅のままだ。

赤い奴に食われて。

取り込まれた筈だ。

それに、半分人間を止めていた。

それらは覚えている。

溶けていって。

それでもう苦しまずに済むと思って。幸せだとさえ感じた。

だけれども。どうもそうはいかないらしい。

赤いのは襲ってこない。

というよりも、感じる。

世界が分かる。

赤いのは、わたしとつながっていると言う事だ。

正確には、赤い奴に知識を授かり、命令を受けた。

黙々と歩く。

赤いのを殺す奴、つまり赤食いに襲われるかも知れないかなと思ったけれど。

別にそんな事はどうでもいい。

体そのものは綺麗だけれど。

あくまで再現されたのは、修復されただけのわたし。

おそらくだけれども。

わたしが生まれた時にはそうだったように。

繁殖力もないし。

何よりもういろんな意味で人間ではないと思った方が良さそうだった。

歩いていて思う。

おなかがすかない。

素足で毒だらけの地面を踏んでも大丈夫だ。

わたしは多分。

難しい言葉で言うと、端末として再構成されたのだ。

赤い奴が、この世界を浄化するための目の一つとして。

ひょっとして、だけれども。

わたしと同じように端末にされた人間はたくさんいるのかも知れない。赤い奴は、全部で一つ。

地球の意思そのもの。

だとすれば、そういうことをしてもおかしくない。

ひょっとすると、おおあほうどりやズーもそうなのかも知れない。

回収車や宝蜘蛛、それにバスを引く奴でさえも。

そうなのかも知れなかった。

知識がどんどん頭の中で体系化され、わたしの力となっていく。

赤い奴が取り込んで、わたしに追加した知識だ。

赤い奴が一杯人間を喰らって。

持っていた知識を取り込んでいったのだろう。

元々、わたしに色々教えてくれた人が持っていた知識しか。わたしにはなかったのだけれども。

今ではそれも違ってきている、ということだ。

歩いていると、街に着く。

まだ人がいる。

別に喰おうとか、襲おうとか、殺そうとかは考えない。

今までと同じように、過ごしていくだけだ。

空き屋を探す。

旗が出ている家がかなり少ない。

わたしが死んだ街よりも、ちょっと大きいくらいの街か。いや、家が少ないだけで、かなり広い街だ。わたしが見た事がないようなものも、かなりあるようだ。

赤い奴が位置関係を教えてはくれるのだけれども。

そもそも最初から、わたしはどこで産まれたのかも何処を移動したのかも分からないから。

ずっとずっと遠くなのだと言う事しか、理解は出来なかった。

ぼんやりと見ていると。

やがて良さそうな家を見つけた。

ビルとしては中くらい。

旗も朽ちている。

中の人は死んでいる、と言う事だ。

家に入ると。

折り重なるようにして、数人分の死体があった。もう骨になってしまっているので、処理は楽だ。

全てを出していくが、体格がだいぶ違う。

ひょっとして交配しようと試みていたのだろうか。

何とか人間が増えるように試みている人がいると、わたしに色々教えてくれた人がいた。

だとしたら、この人達はそうだったのかも知れない。

だけれども、無駄だ。

赤いのが地球によってばらまかれたとき。

彼方此方に蠢く実体だけでは無くて、空気中にも細かいのが拡がった。

それは人間の繁殖力を奪った。

根本的に、だ。

人間は地球を敵に回した時点で負けてしまっていたのである。

何をやっても増える事はない。

それが非情な現実だ。

もっとも、地球が人間を滅ぼす事にしたのは。

生物としての環境適応を放棄して。

努力は無駄だとかほざきだしたのが原因のようだけれども。

それはもう。

わたしには、それこそどうでも良いことだった。

わたしはビルの中を綺麗にすると。

次に街の中を探して歩く。

やま。

つまりブロックを生産する工場を見つけたかったからだ。

このブロックが、実は排水を集めて、其所から幾つかの処置を経て作り出されている事をわたしは知っている。

赤い奴に取り込まれ。

それで知ったのだ。

要するに、糞尿を含めた汚水がこれの原料なのだけれども。

確かにそれは知らない方が良いことなのだろう。

やがて見つける。

酷い臭いと共に、ブロックが排出されている筒がある。

見つけただけで充分。

人もそれなりに並んでいる。

つまりまだ。この街は生きている。

わたしが、事実上死んだ街と違って。

人々の格好は恐ろしく粗末だ。

全裸の人もいる。

だけれども、もう誰も気にしない。

人間が生物としてはもはや終わった存在なのだと、こう言うときに見せつけられるのだけれども。

それはそれとして。

わたしはもう生きているかは分からないとしても。

生きていた時と、同じ行動はするつもりだった。

酷く不衛生なやまに集る、蠢く虫を横目に。

次々工場で生産されるブロックを受け取る人が、順番を崩していく。

順番に割り込む奴はいない。

いたとしても、何の意味もない。

ブロックは幾らでも出てくるし。

何よりずっとブロックの前に居座るわけにもいかないのだ。

ここはおおあほうどりのエサ場だ。

死にたくなければ、夜以外は離れるしかない。

それに、今のわたしは知っている。

おおあほうどりは、人間の中で好まれていた個体。

屈強で。

同時に暴力的で。

周囲の存在に害悪を加え。

痛めつけても何とも思わないような輩。

そういった人間を率先して襲う。

もう、そういうのはおおあほうどりが食べ尽くしてしまったようだけれど。

今ここにそういうのがいたら。

夜であっても、姿を見せたかも知れない。

別に夜に動けない訳では無い。

動く必要もなかったから、なのだ。

わたしの順番が来た。

ブロックを受け取ると、台車に乗せて持っていく。

既に確保してある家に運び込む。

後は浄水器か。

このビルは、なんの用途で作られたのだろう。

見て回ったけれど、三階建て。

もっと高いビルは、あらかた倒れてしまっているので。

住居として使えるのは、これくらいのビルまでだ。

このビルも、多分もっと高かったのだろうけれど。

三階より上は溶けてしまっている。

だから、それ以上上のことは、考えても仕方が無い。

三階は天井に穴が彼方此方開いていて。

其所から風雨が吹き込んでいるようだった。

窓に硝子なんて上等なものはまっていない。

割れたらおしまい。

そういうものだ。

家の中を一通り確認した後。旗を立てる。

この旗を立てて、中に誰かが住んでいて。そして生きている事を示すのは。少なくともこの街でも健在の習慣らしい。

別の空き屋を探して。

浄水器を見つける。

型式が少し古いけれど。

酸性雨を、ちょっと酸っぱい水くらいには変える事が出来るだろう。

台車に乗せて運んでいくうちに。

小雨が降り始めた。

良くないなと思って急ぐ。

一度死んだ身とは言え。

酸性雨をもろに浴びるのは嫌だ。

酸性雨の怖さは嫌と言うほど知っている。

わたしの目の前で。

何人も。何十人も、

酸をたくさん含んでいる水を浴びて、いともあっけなく死んでいったのだ。

機械は浴びればおかしくなるし。

怖くて仕方が無いのである。

こんな身になった今でも、だ。

家に戻った頃、本降りになりはじめる。

道を、バスを引いてあいつが高速でしゃかしゃか走っていくが。

バスには誰も乗っていなかった。

バスも車輪が無い様子で。

がたんがたんとすごく揺れつつ、道を擦って鋭い音を立てていた。

勿論引いているあいつにはどうでもいいことなのだろう。

ドレンから、大量の水が出ているのは確認。

後で浄水器を取り付ける事にする。

ふと、気付いた。

家の奥の方。

地下への階段がある。

水が溜まってしまっているかも知れない。

それでも、確認はしておいた方が良いだろう。

地下へと降りて、中を覗いてみる。

そこには、よく分からないものがあった。

昔、自転車というものを見た事がある。

わたしに色々教えてくれた人が、乗り方を教えてくれた。

残念ながらすぐに壊れてしまったけれど。

人を超えた速度で走れるのは、ちょっと嬉しかった。

今の時代、安全に走れる場所なんて、それこそどこにもないのだけれども。それでも嬉しかった。

自転車に似ている。

だけれど違うなと、わたしは判断した。

地下はひんやりとしていて。凄く広い。

一部雨が入り込んでいるけれど。

これは三階辺りから、壁を伝って此処まで来ていると言う事なのだろう。

台車を持ってくると。

苦労しながら、自転車に似ている何かを運び出す。

単純に興味が湧いたからだ。

大きさは自転車とあまり変わらなかったけれど。

ずっと重かった。

苦労しながら階段を上がる。

力は少し強くなっているらしい。前だったら、文字通り息も絶え絶えだっただろうけれども。

今はそれほど難しく無い。

色々と調べているうちに、わたしの中の知識が告げてくる。

これはバイクだと。

バイクとは何だろうと思ったが。

続けて告げてくる。

主にガソリンという燃料で動く自転車のようなもの。

色々な種類が存在するが、これはどちらかというと原付という、もっとも小さいものらしい。

昔は乗るのに免許が必要だったそうだけれども。

今はもう免許も無いし。

ガソリンも手に入らない。

知識は断片的だが。

これは完品に近いものだという事は分かった。

多分ガソリンが入っていれば動く。

そういうことだろう。

一応確認して見たが。

エンジンというのは掛からず。

ガソリンも入っていなかった。

まずはそれからか。

でも、ガソリンというのはとてつもなく危険な液体で。

すぐに大爆発を起こすという。

世界がこんなんになるまえは。

世界中がガソリンで動いていたらしいのだけれども。

それって、すぐ近くに大爆発するものがたくさんある中で生活していたということなのだろうか。

ぞっとしない話だ。

わたしはもう人間かどうか分からない。

だけれども。

逆にむしろそれで頭がクリアになったのかも知れない。

前は鈍磨しきっていた恐怖が、今はむしろすっきりしている気がする。

調べていくうちに、紙切れを見つける。

説明書、らしい。

とはいっても、まずはガソリンを入れないと話にならないか。

それ以外にも、色々と整備がいるらしい。

これはとても高度な文明の産物だなと、わたしは思った。

早い話が。

今の人間には、宝の持ち腐れ。

価値さえ理解出来ず。

壊して遊んだり。

火の中に投げ込んでけらけらわらったり。

或いは何の興味も無く放置して、酸性雨の中で溶かしたりと。

そういう存在でしか無い、と言う事だ。

しばらく説明書を読んだ。把握。

大体分かった。

頭はある程度良くなった。

まあ人間を止めてしまったから、なのだろう。

いっそ、このバイクを赤い場所へ持っていくのも良いかも知れない。そうすれば、或いは。

これを再現出来るかも知れない。

人間を再現出来たほどだ。

ガソリンが入った状態で、これを完璧に出来るかもしれない。

だけれども。

あれはそもそも、地球の意思そのものだ。

地球の人間が、ガソリンを無体に使い。

それ以外のものも無体に使い。

何もかもあっと言う間に滅ぼしていった事を思えば。

直してくれる可能性は、あまり高くは無かった。

しばらく考えた後。

ガソリンスタンドというものが残っていないか、探す事にする。

わたしの中に追加された知識の一つ。

このバイクをはじめとした多くの乗り物が、ガソリンを補給するために寄っていた場所、だそうだ。

今まで街の中には、知らないものが多くて。

生きている間のわたしは、知らないものは全部放置していた。

というのも、関わっている余裕なんて微塵もなかったし。

そもそも未知のものに触れるのは危険だったからだ。

知らない場所に軽率に踏み込んで、中から出て来た宝蜘蛛に食い殺された人を見た事がある。

宝蜘蛛は駅にいるけれど、巣は巣で持っているらしく。

たまたまその巣だったらしい。

宝蜘蛛に体を溶かす毒を注射され。

苦しみに苦しみながら、ぐちゃぐちゃになって死んだ人の事は、出来れば思い出したくない。

回収車も同じように巣を持っていると聞いている。

赤食いもそうだ。

それに赤食いは、今は出来るだけ出くわしたくない。

私の事を、即座に敵と見なして襲いかかってくるかも知れないからだ。

赤いのがなんでわたしを再生したのかはよく分からないけれど。

赤いのがわたしを再生したと言う事は。

赤食いにとっては敵に見えてもおかしくないのである。

ぼんやりとしているうちに、雨が止んだ。

少し触ってみたが、どうも酸はある程度克服しているらしい。ぴりっとさえしないし、指先も溶けない。

浄水器を取り付けて。

動かして、大丈夫である事を確認。

これで生活の条件は整ったか、

しばらくは、此処で生活してみよう。

わたしは、そうとだけ思った。

 

1、ばいくをうごかす

 

浄水器を取り付けた日の夕方からは雨が続いて。それから二日間、雨がずっと降り続けた。

強烈な酸を含んだ雨である。

浴びるのは今でも嫌だ。

わたしは横になって、ぼんやりとバイクの説明書を眺める。

前は、文字すらロクに読めなかったけれど。

今は読める。

これも、赤い奴に取り込まれたときに。

植え込まれた知識なのだろう。

読んでいるうちに、分かってきた。

これは簡単に人を殺せる道具なのだと。

人間の乗り物は、気分次第で相手を殺せるものがたくさんあった。

それをそれぞれで持つ事が出来た。

危なくて仕方が無かった。

だから、免許が必要になったのだ。

免許の概念も分かる。

これも追加で得た知識だ。

いずれにしても、その免許が、人殺しを防ぐ役には立たなかった。

殆ど意味がなかったと言っても良い。

これよりもっと大きな乗り物もたくさん世界にはあって。

それらはみんな簡単に人を殺せた。

人を殺せるからこそ。

乗ればみんな気は大きくなった、らしい。

今の世界の。

周囲の全てに怯え。

恐怖にすくみ上がっているような人間達とは違って。昔人間が文明の最盛期にいた頃は。

さぞやみんな乱暴だったんだろうな。

そうわたしは思う。

乱暴な個体が好き勝手をして。

弱い個体を殺しても、何の問題にもならなかったのだろうか。

一応法律で禁止されていたらしい。

それは知識として追加で得たが。

どうせそんなもの、機能していなかっただろう。

そう思った。

ともかく、雨がずっと降っているのでは身動きが取れない。

一応、雨漏りは予想より酷くない。

三階部分で丁度川のように水が誘導されていて。

殆どがドレンに。

一部が地下に流れ込んでいる様子だ。

この辺りは、偶然そうなったのだろうけれど。

住んでいる身としては有り難い。

水が溜まってきたので飲む。

はっきり言っておいしくないが。

これでブロックを柔らかくして食べる。

こっちはもっとおいしくない。

だが、それでも、栄養は体に入る。

多分必要はないけれど。

何となく、習慣としてこれらはこなしたい。

だから食べる。飲む。

前は、体中痣だらけになったり。

出来た傷がずっと治らなかったりだったけれど。

今はそれも違う。

例えば素足で歩いているのに。

足の裏には傷一つない。

バイクをさわっているうちに、知らぬうちに鋭い部品に触ってしまっていたらしく。何カ所か切ってしまっていたけれど。

それもいつの間にか治っていた。

前よりも体が何倍も頑丈になっている。

これは赤い奴に体を丈夫にされたと言うよりも。

人間は本来。

これくらいの回復力は、当たり前に持っている、と言う事なのだろうか。

だとすれば、今はそれすら失ったと言うことだ。

ただ、わたしは本来の人間を、その行動の結果しかしらない。だから断言は出来ない。

食事を済ませる。

本当に全く美味しくなかった。

頭の中の記憶には。

やっとおいしいというものが追加された。

本当においしそうに皆が何か食べている。

こんな時代もあったんだなあと思う。

だけれども、それは人間のために他全てを犠牲にしてなりたつもので。

更に人間は、挙げ句の果てに努力は無駄とかほざきだした。

まあ、地球が人間を排除するつもりになったのも道理なのだろう。

わたしはそれがおかしいとは、全く感じなかった。

食事も終わったので、雨が止むのを待つ。

無事に残っているとはとても思えないが。

ガソリンスタンドがあったら助かる。

免許は無い。

簡単に人は殺せるけれど。

知らない道具は。

少しでも、使いこなして見たいと思ったのだ。

 

雨が止んで、その翌日。

わたしは活動を開始する。

雨のうちに、頭は洗ってさっぱりした。

頭を綺麗にするためのものもあったので、有り難く使わせて貰った。

風呂に入るほどの贅沢は出来ないが。

体も汚れを出来るだけ落としておいた。

多少すっきりした。

それは有り難い話だった。

服も洗って乾かした。

全裸でいるのはリスクだと思ったけれど。

この長雨だ。

もうリスクも何も無いし。

今では全裸でいることは、恥ずかしくも何ともなくなっていた。

赤い奴に取り込まれてから。

色々と頭の構造が変わったのだろう。

どうでもいいことだが。

一応多少マシになった一張羅を着て、街を歩く。

この辺りは、雨がかなり激しいらしい。

ビルが激しく抉られているのが分かる。

一箇所や二箇所じゃない。

そんな風に、酸性雨に徹底的にやっつけられて。ボロボロのボロになっているビルを幾つも見た。

勿論人が住める状態じゃない。

そんな事は分かっているけれど。

それでも、一応中は覗いてみた。

中は色々な生き物の巣になっているようだ。

どうしてか、殆どの場合。

入り口付近にいる人間を襲うことはあっても。

人間を殺しうる動物が、家に押し入ってくることは無い。

家の入り口近くで寝ている人が、おおあほうどりのエジキになる事は珍しくもないのだけれど。

家の中でじっとしている人が。

押し入ってきた生き物に殺される話は殆ど知らない。

いろんな死体を見て来たけれど。

家の中で死んでいる場合、食べられたのとは決定的に違う状態になっていた。

それはわたしも、あまり長くは無いとは言え。

生きていて、彼方此方の街を見て来たのだ。

知っている。

前に、赤いのに取り込まれる少し前。

わたしが病気で苦しんでいたとき。

大きな虫に腕を囓られたけれど。

あの時わたしは、既に生き物として半分以上死んでいたのかも知れない。

わたしを襲ったのでは無く。

死肉を噛んだ。

あの虫は、そのくらいの考えだったのかも知れなかった。

だとすれば、納得も行く。

なにしろ、おおあほうどりをはじめとしたこの世界にいる殆どのいきものは。

赤い奴の制御下にあるのだから。

知識がどんどん整理されているから分かってきたが。

多分赤食いですら例外ではないだろう。

そういうものだ。

わたしは何かの生き物の巣になっている潰れたビルを離れて。

彼方此方見て回る。

溶けかかった、大きな球体が幾つも並んでいる。

何だろうあれは。

そうすると、赤い奴に追加された知識が答えてくれる。

ガスを蓄えているそうだ。

ガス。

よく分からないが。

ガソリンほどではないにしても。

よく燃えて。

便利だったものらしい。

それを使って、人間は生活していたと言う事だそうだ。

いずれにしても、酸性雨で溶けて半分以上ぐしゃぐしゃになっている。

あれではガスとやらも、全部空に逃げてしまっただろう。

川が近くを流れている。

真っ赤だ。

街の中に赤い奴がいる場所もあるのか。この街には赤食いもいないのかも知れない。そして、赤い奴は見境無く街を更地にしていない。何か原因があるのだろうか。

まあ、誰も流石に近寄らない。

うめき声を上げながら歩いている人もいるが。

川に近付くことは、極端に怖れた。

それと、わたしがちいさかったころ。

乱暴な子供が、よってたかって弱い子供を赤い川に投げ込もうとしたことがある。

今持っている知識と照らし合わせると。

古い時代には、人間が大好きだった行為である「虐め」というものらしい。

だが、その時。

赤い奴が襲ったのは。

よってたかって弱い子供を赤い川に投げ込もうとしてた側だった。

数人の子供が一瞬にして赤い奴に食われた。

わたしの知識の中では、其奴らの記憶は無い。

ということは、存在する意味無しとして消去されてしまったのだろう。

よく分からないが。

こんな状況下で、別の人間を傷つけているようなのには、生きる意味も資格もないということだった。

人間がそういう事をいうのは大問題だが。

相手は地球だ。

そういう資格があるのだろう。

わたしにはよく分からない話だけれども。

川の側を歩いて行く。

やがて。記憶に合致するガソリンスタンドが見つかるが。

派手に大爆発した跡があって。

殆ど無事には残っていなかった。

これは、駄目だな。

そう思いながら、近付く。

周囲の家やビル事消し飛んだらしい。

まあガソリンはとても危険なものだったと聞いている。それならば、こう吹っ飛んだのも当然だろう。

人間が管理しなかったのだから。

何か残っていないかなと調べていく。

朽ちたものはたくさんあるが。

どれもこれも使い物になりそうもない。

人間の焦げた欠片もちょくちょく見つけたので。

全部、赤い川に流しておいた。

すぐに触手が伸びてきて、取り込んでいく。

これで、少しはましになっただろうか。

よく分からない。

赤い奴は、やはりわたしが近付いても取り込もうとはしない。

それにしても、この爆発は凄まじい。

ちょっとの量で、本当に致命的な爆発が起きるものだったらしいから。

此処に蓄えられていたガソリンが全部吹っ飛んだのなら。

こうなるのも、当然だったのだろう。

逆に言うと。

爆発があまりにも凄すぎて、逆に吹っ飛んだものが無事かも知れない。

辺りを調べて見る。

ガソリンに対する知識は断片的だ。

赤い奴が取り込んだ人間の中に。ちゃんとした知識を持っている者がいなかったのかも知れない。

調べていくと、溶けた缶があった。

食べ物が入っている奴よりずっと大きい。

勿論酸で駄目になっている。

つまり、遅かったと言う事か。

近所にあるビルを調べて見るが。

壁がすすけていたり。

或いは半壊していたりと。散々である。

半壊しているビルの中を漁って見ると。ガソリンスタンドから飛んできたらしいものが幾つか突き刺さっていたが。

バイクに使うのよりずっと大きいタイヤだったり。

なんだかよく分からないふわふわがついている奴だったり。

燃えそうにはないけれど。

使い路もなさそうなものばかりだった。

駄目だな。

切り上げる。

空模様がおかしくなってきたからだ。

バイクを走らせてみたいという気持ちはあるけれど。

少しばかりハードルが高い。

雨が降り出す前に、自宅に。

足も軽くなっている。

前よりも、機敏に動ける気がする。

赤い奴に取り込まれる前。

わたしは前よりも、明らかに動きが良くなっているのを悟っていた。

それはおそらくだけれども。

人間として、色々壊れてしまったのが原因だったと思う。

今は、その壊れてしまった状態のスペックを基本に。

体が修復されているのかも知れない。

地球の意思そのものである赤い奴が、どうしてそんな事をするのかはよくわからないのだけれども。

いずれにしても、わたしは。

特に苦労せず、自宅に逃げ込むことが出来ていた。

雨が降り始める。

すぐに本降りになった。

ガソリンスタンドを探す前に、ブロックは可能な限り仕入れておいた。

頭がおかしくなってしまっている人はたくさんみたけれども。

そういう人を押しのけるようなマネはしない。

ちゃんと並んでブロックを確保し。

そして今は、奥に並べて積んである。

他の人は大丈夫だろうか。

前のわたしがそもそもそうだったのだけれど。

必要な分だけ確保していたような印象がある。

それも最低限だけ。

動けなくなったときのことを、誰も考慮していない。

考えると言う事を人間は放棄してしまった。

努力は無駄と言い出したときにそうなったのかも知れない。

ちょっと考えれば、それが何をもたらすか何て、すぐに分かったはずなのに。

それさえもできなかった。

人間とは。

その程度の生き物だったと言う事だ。

雨の中、黙々とブロックを囓る。

まずくて当然だが。

それでももう少しは何とかならないのか。

ならないと、結論が出る。

昔の食べ物は、色々味付けをしていたらしいけれど。

今はそんな余裕さえもないのだ。

時には地面に落ちたブロックを、虫を払って食べる事もあるくらいなのである。

それを考えると、味付けなんて贅沢はとても出来ない。

まあ当たり前の話だ。

ブロックを食べた後、またバイクのマニュアルを見る。

バイクじゃ無くて原付だと一部の知識が反発する。

少しずつ、バイクを見た事で、知識の一部が活性化しているらしい。

昔はバイクに異常な拘りを持つ人間がいたそうで。

そういう人間の知識が、今になって鎌首をもたげているというわけだ

どうでもいい。

こういう無駄な知識を遮断できないだろうか。

そう思って、一度マニュアルを読むのを止める。

物事は押しつけられると途端に面白くなくなる。

それは、わたしが今その身でやっと分かった。

わたしは今。

赤い奴の一部か、もしくは何かしらの理由で生かされている。

だから赤い奴が作った仕組みである巨獣達は襲ってこないし。

殺される事もない。

殺されるとしても、それはそれ。

その時はその時。

別にそれで困る事は一切無い。

だから、だろうか。

わたしの中には、大きな余裕が生まれていた。

雨は止まない。

これはちょっと長く続くかも知れない。

ぎりぎりしかブロックを蓄えていない人は、餓死するかも知れない。

いや、流石に大丈夫か。

人間に最初に必要なのは水。

いま生きているような人は。

浄水器は確保しているのだろうから。

食事は最悪数日取らなくても死なない。

わたしがそれは。

生きていた頃。

実際に何度も経験した。

最終的には動けなくなるけれど。それでもそもそも、激しい運動を必要とする場面が。今の時代には殆ど無いのだから。

バイクだの原付だのと主張する知識が黙ったので。

マニュアル読みを再開する。

隅から隅まで目を通して置く。

はっきりいって面白くも何ともないが。

ばいくというのが、それなりに移動手段としては便利で。

場合によっては色々ものを詰め込んで運べることも分かってきた。

ひょっとするとだけれども。

ガソリンとか、エンジンオイルとか。

手に入ったら。

人間よりも、早く走ってくれるかも知れない。

 

2、さがせありもしないものを

 

眠っていると、夢を見る。

人間かどうかもわからないのに、夢を見る。

なんだか激しくもみ合っている。

暴徒という言葉は教わって知っていたが。

どういうものかは具体的に分からなかった。

これがそうなんだ。

何となく分かった。

暴れている人は、もっともらしい理屈を口にしているけれど。それはもっともらしいだけである。

実際にはただ暴れたいだけ。

自分の好きなように世界がならない。

だから暴れて壊したい。

口実なんて何でも良い。

フェミニズムだのリベラルだのヴィーガンだの色々と理屈をつけてはいたけれど。

暴れるのに必要なだけであって。

他の何でも良かったのである。

あばれるだけあばれ。

気に入らない相手を殺しに殺し。

その後仮に取り押さえられたとしても。

相手が悪人だったから殺したと、自分の正義を主張する。

実際には、ただ暴れたいだけだったのに。

それが、現実だった。

世界は狂っていた。

とっくの昔に。

努力は無駄だからやめようとかいう思想が、世界中に拡がっていった時には。

もう世界は、取り返しがつかない所まで壊れてしまっていた。

だからみんな暴れた。

何もかも壊した。

世界は火に包まれた。

そして気がついたときには、もはや制御が出来ない状態になっていた。

世界の支配者達は、ただ金を持っているだけの阿呆。

その子分達は、如何に世界の支配者達のごきげんを伺うかだけを考えている連中。

そんなのに、この破滅的な混乱はどうしようもなかった。

そして、そんな世界でも、暴力での破壊を止めるよう訴える者もいたけれど。

そういう人が真っ先に標的にされて。

レッテルを貼られて殺された。

目が覚める。

地球が堪忍袋を切る少し前の光景だ。

頭を振る。

外に出ると、雨は止んでいた。水たまりがかなり拡がっていて、本来は絶対に歩けない状態だ。

だが。

踏み出してみるが、足を水たまりに突っ込んでも溶ける様子は無い。

それどころか、バスを引いてあいつが来て。

わたしに派手に水をぶっかけていった。

わたしは溶けることもなく。

しらけた目で、爆走していった相手を見送るだけだった。

どうせそろそろ頃合いだっただろう。

水はたくさんある。

髪を洗って体を拭いて。

服も洗う。

裸になるのにも、抵抗は無い。不便だとは思うが。

元々人間というのは、服があるのが前提の生物であるらしいので。

服を着ていないとそれなりに不安になるものらしい。

だけれども、わたしはとっくに人間ではなくなっているし。

それを考慮に入れると。

別にリスクとは感じないのだろう。

服が乾くのは早い。

というか。

そもそも、この世界では水が乾くのが早すぎるのだ。

それを補うかのように、どんどん雨が降る。

この辺りの仕組みは、まだわたしにはよく分からない。

あの赤い奴がやっているのか。

それとも地球がメタメタになった結果そうなっているのか。

その辺りまでは、わたしに詰め込まれた知識では、分からなかった。

乾いた服を着直して。

夜になってから、外に出る。

星明かりがもの凄いので、周囲はよく見える。

よく見ると、酸の雨で溶かされたもの以外にも。

明らかに人間の手で火をつけられ。

壊されたものがたくさんあった。

前は生きるだけで精一杯だった。

だからこの辺りは、気付くことさえできなかった。

人間は興味が無い事はまったく覚えられないし。

何よりも、興味が無い事を喋っている相手に対しては敵意を覚える生物だという事は、今なら何となく分かる。

人間の世界はとっくに壊れていたが。

それをかろうじて堰き止めていたものすら壊れたときに。

人間は野獣に戻り。

気にくわないものを、全て物理的に殺傷破壊して回ったのだろう。

その結果がこれだ。

もしもそうでなければ。ここまで世界はひどい状態にならなかった。

わたしは、ただ必死に生きているだけで、しらなかったけれど。

ここまで人間は愚かだったんだなと。

あらゆる場所が、滅茶苦茶に壊されているのを見て。

何だか、言葉も無かった。

バイクの部品がありそうな場所を、引き続き探す。

探しても探しても。

あるのは破壊の痕跡ばかりだ。

何もかもが壊されていて。

特に、火をつけられたことが多いようだった。

図書館、というのを見つけた。

完全に撃ち壊されている。

本は、今ではどういうものか分かるが。

図書館を壊した人間達には、知識そのものが気にくわなかったのだろう。

そういう輩が、人間という生物を知的生命体とか呼んでいたわけだ。

今では破壊された上に酸の雨で散々焼かれて、もうどうしようもない状態になっていた。

資料なんて、手に入りそうもない。

車の残骸がたくさん並んでいる場所を見つけた。

バスに似ているから何となく分かる。

これは、多分個人用のバスに相当するものだ。

だけれども、動く様子は無い。

何しろ焼き尽くされている。

自分の車だけは良くて。

他の車は気にくわなかったんだろう。

或いは、衝動に任せて暴れて火をつけて回ったのかも知れない。

そして何もかもを壊し尽くした頃には。

地球が堪忍袋の緒を切ったと言うわけだ。

ぼんやりと、見て回る。

バイクがあるが。

滅茶苦茶に壊されて、徹底的に潰されたり。

或いは酸の雨に晒されて、殆ど溶けてしまっていた。

雨の当たらない場所に入り込んで見る。

崩れたビルの奥には、炭化した人間の残骸がたくさん散らばっていて。

火に追われて逃げ込んだものの。

多分此処で死んだのだろうと思った。

車がいっぱいあったのだ。

ガソリンに引火すれば、それは激しい爆発を起こしただろう。

或いは火をつけて暴れていた連中も一緒に吹っ飛んだかも知れないが。

そんなものはそれこそどうでも良かった。

火が回らなかった場所に、部品とかガソリンとかの無事なのがないだろうかと。しばらく探す。

無駄だと分かっていても。

それでも、やっておきたかった。

やがて、朝日が昇り始めた。

仕方が無いので、一度家に戻る。

うめき声を上げながら、徘徊している人がいたけれど。

声を掛ける気にはなれなかった。

どうせ何も反応しないだろうし。

何よりも、もうあれは手遅れだ。

案の定、空からわっと襲いかかったおおあほうどりが。

あっと言う間にその人を八つ裂きにしてしまった。

多少食べるだけで、残りは放置して飛んで行く。

そして、たくさん虫が群がり始めて、瞬く間に残りを食べ尽くしてしまった。

残骸は殆ど残らない。

飛び散った血肉はすぐに酸の雨に洗い流されてしまうし。

骨まで虫に囓られてしまう。

何となく、今まで空き屋になっていた家で。

外で死んだ人がどうなったのか、分かった気がした。

こんな風に殺された後は。

骨も残さず何もかも食われていたのだろう。

あれは、死体を道路に出す必要もないなとわたしは思う。

冷酷なのではない。

どうしようもないのだ。

あの人の心は完全に壊れてしまっていたし。

助けてもどうにもならなかった。

もう、人類そのものに救いが恐らくはない。

わたしは、正気を追加で与えられた。

最後の人類なのかも知れない。

家に入ると、旗を取り込む。

理由は簡単。

雲が見る間に出て来て、そして降り始めたからだ。

雨は最初は小降りだったが。

わたしが水で足を洗っている間に、すぐに本降りになっていった。

新しい服がそろそろほしいな。

そう思ったけれども。

そもそも、心が壊れた人が真っ裸で歩いている事も珍しく無いように。

今ではボロボロの服でさえ貴重品だ。

死人から服を剥ぐという行為すら難しい。

おおあほうどり等は一瞬で人間を服ごとばらばらに引き裂いてしまうし。

家の中で死んだ人間だって。

わたしの腕を囓った大きな虫みたいな奴が。

服ごとからだをバラバラに食い千切ってしまう。

新しいものを作ると言う概念がもう人間から失われてしまっている以上。

新しい服というものは、もはや作る手段がないのだった。

バイクのマニュアルを読む。

外の豪雨は凄まじくなる一方だが。

わたしは案外冷静だ。

今は、もう酸の雨を浴びても平気だからである。

安全は余裕を生む。

ただ、それだけだ。

 

あてもなく、街を彷徨う。

信号の光がある場所はいいけれど。それ以外の場所は、星明かりを頼りに探して回るしかない。

昼間に出歩くのも手だ。

だけれども、まだある程度頭が動いている人間がわたしを見たら。

きっと騒ぎ出して。

殺そうと襲いかかってくる可能性もある。

人間がどういう生物かは、ここしばらく暴動の後を見て。思い知らされた。

赤い奴に知識を追加され。

教わった暴動というものが、どれほど非道だったのかは、やっと理解出来たというべきか。

その過程で、人間が如何に自分さえ良ければ他はどうでもいいと考える生物であるかも理解したし。

それについては一切相容れない事も良く分かった。

ただ、今の人間に組織的な行動なんて取れないことも分かっている。

だから集団で襲いかかってくる可能性はないと断言してもいい。

故に杞憂なのだけれど。

嫌なものは嫌なので、用心はする。

だから、他の人間の力は一切宛てにしない。

それに、こんな世界である。

もう他の人間に対して、期待をするだけ時間の無駄だ。

ブロックの備蓄は充分。

最悪、当面籠城も出来るが。

今はバイクを動かせるようにしたい。

比較的、ましな形で残っているビルを見つけた。

かなり平べったくて、どうして人がいないのかよく分からなかったが。

入ってみて納得だ。

星明かりに照らされる建物の中は。

雑多な、破壊し尽くされたもので埋め尽くされていた。

これでは危険すぎて中には入れない。

それに、大量の生き物が蠢いている音がする。

大半はわたしの腕を囓ったような大きな虫や。

それすらもエサにするような、もっと大きな生き物だろう。

此処は、何だろう。

追加された記憶と照合するが。

多分量販店だとかスーパーだとか、そういうものだろうと思う。

昔は、色々なものを売っている店というものがあった。

今では売るという事自体が成立しない。

店というものも成立しえない。

だから此処は、今の人間には意味不明なモノであるはずだ。

その上で危険となれば。

確かに放棄されるのも納得である。

一応、わたしは身くらい守れるので。

軽く中を見て回ることにする。

時々硝子を踏んだが。

回復が異常に早くて。

人間ではなくなっているのだなというのを、ようやく確定で認知する。どうやら元々の人間よりも、回復力が断然上がっているようだ。

何度か硝子を踏んで、足を傷つけてから。

日中になってから探索しようと判断を切り替える。

足は都度治っていたが。

あまり気分は良くないからだ。

一度戻ってから。

本格的に此処を調べるべく、準備をする事にする。

台車と、他にも色々。

バイクも一緒に運んでいく。

ひょっとしたら、マニュアルに沿って、色々出来るかもしれないからだ。

わたしは単純にこのバイクというものに興味があるし。

それが動くなら、色々と行動範囲も拡がる。

わたしでなければ、恐らく目立ってすぐにおおあほうどりのエサにされてしまうだろうけれど。

今のわたしは、それを心配しなくてもいい。

家に戻った頃には、朝になってしまったので。

横になって眠る。

外では、バスを引く奴が。

鋭い奇声を上げながら、通り過ぎていった。

もう駅の名前も言わないのか。

そう思うが。

追加された知識を漁っても。

そもそも、バスはもう気分次第で走り回っているだけで。

駅の名前を口にしていても、意味がないことがわかっている。

だから、壊れている事には代わりは無いし。

人間と同じだなと思っただけで。

別にそれ以上、感じ入る事は無かった。

しばらく眠りを貪る。

起きだしてから、ため込んである水を軽く口にし、ブロックを囓る。

本当にまずい。

だがこの間硝子を踏んで欠損したダメージを回復するには。

多少は食べておいた方が良い。

正直な話、その辺の虫の方がまだ栄養価がましなように思えるが。

それはわたしの中の追加された知識が、嫌なようだった。

元々のわたしも、そもそも虫を食物とは見なしていなかった。

これは、理由としてはよく分からない。

目が覚める。

夢は殆ど見なかった。

座り込んでから、頭を振る。

こう言うときは、バイクに乗る夢とか見るものでは無いのかなと思ったが。

そもそも、バイクに乗る方法がぴんと来ないし。

わたしに追加された記憶に関する夢は、あまり見る頻度が高くない。

そういうものだと思って、わたしはある程度諦めているので。

別にそれはどうでもいい。

外は夜中。

良い感じの星明かりだ。

ただし調査場所は屋内。

光を発するものがあれば、少しは動きやすいのだと思うのだけれど。

流石にどうしようもないか。

台車に必要なものを積み込んでから、出かける。旗は雨が掛からない場所に移動しておいた。

数日、あのスーパー跡に籠城するかも知れないからだ。

バイクや部品、ガソリンなどは手に入らなくても。

或いは、何か価値があるものが手に入るかもしれなかった。

多少は期待しながら、移動。

スーパーの跡地に到着。

中に入ると、まずは目につく範囲で、雨水が吹き込まない辺りに移動する。この辺りは前に来たときに動いているから、もう硝子を踏むこともない。栄養も取り込んで来ているので、別に問題も無いだろう。

安全な場所に移動した後、一旦横になってしばらく過ごす。

明るくなってからだ。

本番は。

がさがさと周囲中から音がするが。

エサがあるわけでもないだろうし。

虫だったら、さっさと他に行って欲しい。

ふと、音が近づいて来たと思ったので、面倒くさくなって半身を起こすと。

そこには、巨大ななんか長いものがいた。

足はなく、ただひたすらに長い。

蛇という生き物が、追加された記憶の中にあったが。

それにしても桁外れの大きさだ。

何だか先端部から出しているが。

あれは舌らしい。

あれによって臭いを嗅いで、周囲を確認しているという訳か。

なるほど、よく分かった。

此処に人が住み着かなかったもう一つの理由。

この何だか分からないおっきな生物がいて。

エサにされてしまっていたからだ。

ただ、この生物も。

どうやら、今の時代の世界をどうにかするための生物の一端。

要するに、赤い奴が作り出した、仕組みの一つらしい。

わたしもそうだと気付いたようで。

蛇のようなものは、わたしをしばらく観察した後。興味を失った様子で、奥へと引っ込んでいった。

そして、がさがさ音は無くなった。

どうやらあいつがずっとがさがさしていたらしい。

人間が入ってきたなら襲いかかってきたのだろうが。

そうでなかったから、様子を窺っていたのだろう。

まあどうでも良いことだ。

寝直す。

私に取っては。

此処を探索する方が、よっぽど大事だったし。

危険がない相手に対して、警戒するほど暇でも無かった。

やがて朝日が上がって来たが。

また雨だ。

本降りではないが。

それでも、どちらにしても旗は取り込んでおいて正解だったか。

小さくあくびをしながら。

明るくなった、スーパーの内部を確認していく。

どうやら暴徒が入り込んだときに。

価値がありそうなものは片っ端から奪い去り。

持ち運べそうにないものは、徹底的に破壊したようだった。

自分の手に入らないなら壊してしまえ、というわけか。

人間という生物の浅ましさがよく分かるが。

もう正直、すこぶるどうでもいい。

奥に進んで、調べて見る。

空っぽの棚が、滅茶苦茶に壊されている場所を見つける。

文字が書かれているが。

どうやら食料品が置かれていたらしい。

ああ、なるほど。

それなら空っぽなのも納得がいく。

暴徒がみんな持ち去ったのだろうし。

そうでなくても、虫やらがみんな食べてしまったのだろうから。

助かったのが、奥の奥。

激しく荒らされてはいたが、服の売り場が残っていた。

自分の背丈よりも、かなり高い人が着るようの服がたくさん置かれていたらしい。

いや、違う。

栄養状態が悪いから。

わたしは背が伸びなかったのだ。

一番人類が繁栄していた頃は。

栄養状態が良くて。

此処に売られているような服が、着られていたのだろう。

その服も、かなり荒らされてはいたけれど。

一部、まだ着られそうなものもあった。

使い路が分からない服もたくさんあった。

とりあえず、良さそうな服を見繕って、拠点にしている入り口付近に持っていく。

なお蛇の姿は見かけない。

どっか奥の方に住み着いているのだろう。

わざわざ刺激する意味もない。

あの蛇がどんな仕事をしているのかも知らないし。

わたしには興味が無い話だった。

とりあえず適当に集めた後。

追加された記憶を元に、服を着込んでみる。

下着というのもあったが。それも一応着込んだ。

ちくちくするので調べて見たが、タグというのがついていて。それを外さなければならなかった。

面倒だけれど。

売るという行為には、必要なものだったらしい。

まあ今は、持ち主が存在していないのだ。

どうしようも無い。

足下も固められる。

靴というのが残っていたので。

それを履く。

追加された記憶によると。高級なのはあらかた盗まれていたらしく。安物ばかり残っていたが。

別にそれはどうでもいい。

安かろうが高かろうがどうでもいいのだ。

使えれば良い。

スポーツシューズとか言うのを貰ってきたが。

四苦八苦しながら履く。

これで足はかなり守られる。

履いてみると、確かにちょっとやそっとの石では踏んでもダメージを受けなくなる。

その代わり、足に合わないと、踵の辺りに負担が入るようだ。

だがメリットの方が大きいし。

わたしの回復力はそんなの問題にならないほど今は高い。

だから気にせず、靴を履くことにする。

服もセンスはちぐはぐだが。

それでも、手に入った分は着込むことにする。

保温効果が高い。

前のボロは、どんな服だったのかしらないけれど。

いずれにしても、もともと服はこういうものだったんだなと、知る事になった。

荒らされているスーパーを探す。

髪を洗うためのシャンプーだか何だかも、ちょっとだけ残っていた。見た感じ、まだ使えそうなのもある。

台車に積んでおく。

雨が止むのをまって、一日我慢し。

翌日には家に戻って、戦利品を整理しておく。

服は予備を確保した。

靴も。

ただ、この格好で外を出歩くのはあまり良くないかも知れないとは感じた。あまりにも周囲と差がありすぎる。

だから、被る事が出来る大きな服を見つけて。それを被って全身を隠した。

これなら、目立つ事はあっても。

わたしに即座に周囲が襲いかかる事はないだろう。

暴動の記憶。

それに人間の世界そのものが発狂していく過程を追加知識で知ったわたしは。

もう人間という生き物を全く信用していない。

身を守るべきは、わたしを取り込んだ赤い奴よりも。

まだ少し生き残っている人間の方だという風に意識が変わっている。

水を飲んで気分を変える。

明日の探索で。

もう少しスーパーの奥を探って。

もしもあるようならば。

バイクを動かせる部品を見つけておきたい。

 

3、不動

 

身を覆い隠す、「フード」だか「合羽」だかいうのを着込んで、出かける。

大きさがあっていないので、本当に全身を覆い尽くしてしまうが。

その方が好ましい。

台車を引いて、出かけていく。

臭いで分かるようになったのだが。

明日は晴れだ。

この辺りは、どんどん感覚が鋭くなってきている。

体は、回復力は上がってきているし。

酸は大丈夫になって来てはいるが。

別に力はそれほど強くもない。

前に、赤い奴に食われたときと。

そう変わっていないだろう。

わたしの役割は。

持ち帰る事。

赤い奴は、わたしが持ち帰る全てを望んでいる。

だからわたしを一度放った。

それは理解している。

赤い奴が世界を修復するために。

わたしの得てくる知識は必要だ。

或いは、赤い奴はその気になれば、一瞬でこの星全てを覆い尽くし。生き延びている人間を全部殺してしまうことも出来るのかも知れない。

だが、それでは知識が足りないと判断しているのだろう。

何しろ、たくさん人間を喰らっているおおあほうどりは赤い奴の一部だ。

あれが時々赤い奴に喰われていたのも。

得た情報を、回収するためだったのだろう。

宝蜘蛛や回収車、赤食いも同じように時々赤い奴に情報を提供していたのかも知れない。

人間に見えている世界なんて、ほんのわずか。

世界の深淵は。

こうも見えているものと違う。

わたしは黙々と、台車を押してスーパーに向かう。

途中で、ふらふらと歩いている人間とすれ違う。酷い襤褸を着て、まるで死んでいるかのようだった。

どうにもしてやれない。

そもあのスーパーだって、蛇が見張りをしている。

人間が近付いたらぱくり、だろう。

わたしはもう人間じゃない。

だから近付いても平気なだけ。

それに、多分わたしは思考回路ももう人間からかなりずれてしまっている。

この辺りは、時々ブロックを補充に行ったりするときも感じる。

落ちたブロックを、以前は平気で食べていたのだけれど。

今では、それはやりたくなかった。

スーパーに着いた後は、すぐに蛇が出て来た。

わたしだと確認すると、奥に戻っていく。

途中で何かを壊している様子は無い。

大きな体なのに、それだけ器用に動いていると言う事だ。

便利だなあ。

わたしは素直に感心していた。

あの体なら、このような過酷な世界でも生きていけるのだろう。回収車や宝蜘蛛より強そうだ。

ズーよりも強いかも知れない。

だとしたら、地上にいる赤い奴の僕では、最強なのかな。

そんな風に思った。

いずれにしても、まずは準備から。

まだ暗いうちに、昨日確保した「箒」を使う。

「掃除」をするものだ。

この概念自体がもう失われてしまっている。

周囲を多少綺麗にするくらいのことはしていたけれど。

「掃除」を積極的に行って、身の回りを過剰に清潔にする習慣というのは、人類の中から消えていた。

そもそもそうでなければ、ブロックを生産している工場に「やま」なんて出来ない。

誰かが掃除しているだろう。

今、掃除をするのは。

まだ硝子などの危険物があるから。

それらをのけて。

完全に安全な場所を作る。

そのためだ。

せっせと掃除をして。

硝子などの危険物を、端に避けておく。

これでいい。

横になって寝ても安全である。

その後は、奥から確保してきた、服を掛けるための台をを使う。これについては、追加された記憶に名前が見つからなかったので分からないけれど。とにかく服をこれに掛ける事は分かる。

フードを掛ける。

昔の人間は、寝る時に服を変えたり。

或いは裸で寝ていたらしいけれど。

よくもまあ贅沢な、と思うばかりである。

そのまま、色々と準備をしていく。

容器も持ちこんでいる。

これは生活用の水のためだ。

この間来た時は、水を持ち込まなかったので、稼働に支障をきたした。実際には身体能力などに影響は出なかったが、喉が渇く気がして気が散った。

そこで、帰り際に水を入れられそうなものをもちかえって。

それに、蓄えてある水を入れて持って来たのである。

一通り作業が終わったので、後は水を軽く飲んで寝る。

そういえば排泄が必要なくなっている。

こう言う点でも、どんどんわたしは人間ではなくなっている、ということなのだろう。

どうでもいい。

古い時代では、人間を万物の霊長とか言っていたらしいけれど。

この世界の有様を見る限り、人間にそんな寝言を言う資格は無い。

全部人間のせいである。

だからわたしも。

別に人間を止めた事で、悲しいと感じる事は一切無かった。

綺麗にした床で寝る。

ひんやりして気持ちが良い。

明るくなるまで待つ。

次に外に出るときは。

夜目が効くと便利だなあと思ったけれど。

多分人間の性能的に無理だろう。

だったら、別にそれでかまわない。

何でもかんでも欲しがるのでは。

世界をこんなにした人間と同じだ。持っているものでやっていきたいと、今のわたしは思っている。

一眠りした後。

スーパーの奥を探していく。

やがて、機械類が販売されていたらしい場所に到達。

酷く荒らされていて。

殆ど残っていなかった。

乱暴に壊されるか。

奪われるか。

どっちか二択だったらしい。

相当激しい暴動に襲われたんだなと思ったけれど。それももう過ぎた事。何より、奪った所で。

今はそれぞれの住処だった場所で、粉々に壊れてしまっているだろう。

どっちにしても、同じだ。

この辺りにないかなと思ったけれど、ない。

なお、奥に蛇がとぐろを巻いていた。

この辺りが一番すっきりしているからか、普段は此処に寝ているらしい。

こっちを見てはいたが。

襲ってくる事はない。

意思の疎通も出来ないが。

それはそれ。

別にどうでもいことだ。

また、奥の方を探していく。

そして、どうやら見つけたようだった。

 

バイクだ。

壊されているが、間違いない。

ふんふんと頷きながら、調べていく。どうやら此処は、小型のバイク。追加の記憶によると原付だの何だのと呼ばれていたものを売っていた区画らしい。

本来こういうものは、専門のお店で売るらしいのだが。

このスーパーは巨大であり。

故に扱っていた、と言う事なのだろう。

早速マニュアルを持って来て、確認。

調べて見る。

付属の部品も売っていたようだ。

いっそ完品が此処にあれば、それをそのまま使いたい所だが。

やはり相応の高級品だったから、だろう。

完品は全て強奪されてしまっていて。

残っているのは部品や、壊されたものばかりだった。

本当に、何が万物の霊長だか。

感情も制御出来ずに、ただ破壊の限りを尽くし。

否定の限りを尽くした最悪のけだものじゃないか。

このバイクだって、色々な苦労の末に産み出したモノだろうに。気にくわないという理由で滅茶苦茶に壊したわけだ。

一体何がしたかったんだ人間という生き物は。

わたしは知らない。

人間としてそもそも生きてこなかった。

だから、文明を作っていた人間が、どんな存在かも考えた事はなかった。

わたしに色々教えてくれた人は、おそらく文明を知る最後の世代の人間だったのだろうが。

それでも、恐らくそれに答えは出せなかったはずだ。

ため息をつくと。

部品類を集め始める。

彼方此方にばらばらに散っていたが。

これは、恐らく暴動で、手当たり次第に破壊され尽くしたからだろう。

ようやく無事な部品を、少しずつ見つけていく。

ガソリンもある。

どうやら、いざという時に入れるためのものらしく。

隅の方に、運良く残っていた。

道具を駆使して、持ちこんでいたバイクを少しずつ修理する。マニュアルを見ながら、四苦八苦。

道具は幸いあるので。

それを、自分で工夫しながらやっていくだけだ。

力はそれほどないが。

再生能力には問題が無い。

何度か手指をざっくりやったが、すぐに修復していく。

こう言う体だ。

赤い奴に放り出された時点で、わたしは基本的に人間ではなくなっているし。

それを受け入れている。

なにより今手元にあるバイクは、部品もそれほど破損は酷くない。

だから、特に問題は無い。

幾つかの作業をしていく。

問題はバッテリーという部品だ。

案の定、苦労しながらガソリンやらエンジンオイルやらを交換した後、動かして見たが。駄目だった。

バッテリーも交換する。

これについてはかなり不安だったのだけれども。

全く使っていない新品が幾つかあったので、一つずつ試して行く。

最初の一つは駄目だった。

理由は分からない。

わたしはあんまり知識がないからだ。ともかく駄目だったのは事実。試行錯誤して、駄目だったのだから、そういう事だ。

これら作業の過程で、何度か家に戻り。

食事をして、休んで。

それでまた此処に戻って来ている。

一日やそこらでおわる作業ではなかったからだ。まあ当然の話である。

幾つか試した後。

何とか動いた。

おお、と思う。

バスですら、バスを引くあいつが引いて動かしている。

車は多分自力で走っているものは一つも無い。

バイクは。

多分これが。

世界で最後の。

動くバイクだ。

乗って見る。

追加記憶の中から、バイクの乗車知識を引っ張り出す。

何度かこけた。

その度に皮膚をズル剥いたり、骨折したりしたので。回復するまで時間を掛けるしか無かった。

それでもどうにか、動かす事には成功した。

少しずつ速度を上げて、周囲を走り回って見る。

なるほど。

理解した。

これは便利だ。

わたしは満足した。

これは元々、もの凄く保ちが良いことで有名だったバイクらしく。それがたまたま運良く残ったことで。

まだ動くバイクが。こうして復元できた、と言う事だ。

勿論奇蹟に奇蹟を重ねた結果だろうけれど。

少なくとも人間に任せていたら無理だったのだろう。

台車をくくりつけて、帰る事にする。

その時、ふと、頭の中に命令が走る。

戻るように。

一定の成果を上げた。

だから戻れ。

ぼんやりとしていたが。我に返る。

そうか、やはり赤い奴は。

わたしにこういうことをさせようとしているのか。

分かった。いいだろう。戻る。

ただし、入手した戦利品もろともだ。

頭がきりきりと痛む。

だけれども、なんとかバイクを引いて、スーパーを出た。

空を舞っているのはおおあほうどり。

わたしを見ても、特に襲ってくる事はない。

わたしは人間は大嫌いだが。

人間が作り出したものは嫌いじゃない。

生物としての人間には魅力を欠片も感じないが。

人間が作り出したものは使いがいがある。

赤い奴に取り込まれた影響だろうか。

そうは思えない。

どうにも、最初からこう考えていたような気がする。

そうでなければ、危険を冒して電車に乗っただろうか。

結局諦めて、産まれた街を離れずに。

無気力なまま、赤い奴に飲まれてしまっていた可能性が高い。

なんで生きたいと思ったのか。

それは恐らくだが。

生物的な本能云々の話では無いと思う。何しろ今生きている人間は、とっくに生物として破綻しているのだから。

だとしたら、やはり、何かしらを探したかったのだろう。

そしてその何かしらは。

人間が作り出したもの。

恐らくだが。病気を克服した、というだけが。赤い奴がわたしを取り込んだ理由ではないと見た。

わたしのこの根本的な思考が。

赤い奴が世界に放つには、丁度良い素質だったのだろう。

別に、それについてはどうでもいい。

人間にはもう未来がない。

それは完全に自業自得なので。

滅びれば良いと静かに思う。

歩きながら、酸の水たまりには気を付ける。自分は大丈夫だが、靴やバイクが心配だからである。

まずは家に。

家に戻った後は。物資を何回かに分けて家に蓄えこむ。

これは下準備である。

物資については、分かるもの分からないものと分ける。

分からないものについては、マニュアルなどがついていればそれを読んで確認する。確認できなければ、それはそれでもうしようがない。

側に避けて放置する。

そうして、スーパーからかなりの物資を運び出した。

人間が作り出したもの。

それらは、殆ど人間の手によって壊されていたが。

わずかに残っていたものは。

こうして持ち出すことが出来た。

洗剤というのを見つけたので、使う事にする。

ただ、説明書を読んで。

酸性のものとは混ぜるなと書いてあったものは、使わないようにした。

何が起きるか分からないからだ。

すごい泡が出る。

服を綺麗にするために使うもののようだが。

こんなに泡が出ていると。

皆がこれを使っていた頃は、大変だっただろうなとも思うし。

地球がイラつきだしたのもなんとなく分かる。

確かに水で洗うよりも服はぐっと綺麗になったが。

そのために失った水はあまりにも多かった。

これ自体は猛毒だと言う事もすぐに分かったので。

水を台無しにしたと思うばかりである。

髪とか洗ったり。

体を拭いたりとかとは、使う水の量が違う。

それを考えると、何とも言えない気分になった。

とはいっても、確かに洗い終えて乾かした服を着ると快適である。

なるほど、こんな快適だったのなら。

それを辞めるのは難しいだろうな。

そうわたしも納得していた。

ましてやエゴの怪物になっていた人間達には、余計に難しかっただろう。

それも良く分かった。

準備が終わったので。

バイクの後ろに荷台をつけて。何度か街の外に出かけていく。

荷台がバイクを安定させるのか、わたしでも転ぶことはほぼなくなった。最初はかなり転んでいたのだけれど。今は全くその心配も無い。その代わり、曲がるのは難しくなったけれど。

貴重なガソリンを使っているのだ。

安全に運転を心がけなければならないのだから。

今更と言えば今更である。

黙々と運転を続け。街の外に出る。

おおあほうどりが空を旋回している。

明らかに此方を見ているが。

気にしている様子も無い。

やはりあいつも赤い奴から作り出された、何かしらの目的を持った生命体というわけだ。

ズーに食べられるのも理由があるのだろう。

人間を殺すためだけにいるのだろうか。

その割りには、どうにもやり方が雑な気がする。

よく分からない。

街を充分に離れたところで。

川岸に出る。

赤い奴が触手を伸ばしてきたので、此方は手を伸ばす。

赤い触手がわたしの手を掴んで、しばらく待つ。

どうやら意図を汲み取ったらしい。

わたしが回収してきた、使う事が出来る人間の文明の遺産を、一つずつ触手が取り込んでいく。

完全に解析するためだろう。

わたしは赤い奴に手を貸している事になるが。

そもそも赤い奴は地球そのもの。

手を貸すのは当たり前の話である。

仮に人間が、赤い奴に勝ってしまったりしていたら。

恐らくだが、この地球は死んでいたのだろう。

そういうものだ。

この赤い奴が出た時点で。

人間は詰んでいたのである。

荷台のものを全て回収させ終えると。

そのまま、家に戻る。

でんしゃがいくのが見えた。

何人か乗っている。

わたしが今住んでいる街は、水路に赤い奴が住み着いているとはいえ。

それなりに安全な街だと認識されているのかも知れない。

確かにわたしが住んでいた街よりも、規模が段違いだ。

きっと、それは事実なのだろう。

わたしが知っている電車とは随分と違う。

見ていて、何となく分かる。

あれ、ひょっとしたら。

赤い奴が作り出したものなのではないのか。

そういえばおかしいとは思っていた。

わたしに色々教えてくれた人も、ああいう乗り物の正体については知らなかった。

そもそも人間に、あんなものや。

それにバスを引いている奴や。

宝蜘蛛や回収車。それに赤食いを作る力なんて残っていなかったのだ。

赤い奴に取り込まれた今は、おおあほうどりをはじめとして、皆赤い奴が作り出した事を知っているけれども。

それは恐らく。

人間が一瞬で消滅するのを避け。

使えそうな人材を探し出し。

そして、次の時代のために。

人間の産み出した唯一の良きもの。

英知と、その成果を回収するためだったのだろう。

わたしのように活動している奴は、他にもいるのかも知れない。

だとしたら、いずれ顔を合わせることになるのだろうか。

それはそれで面白い話だが。

まだ、その日は先になりそうだなとも思う。

黙々と家に戻る。

雨が降り始めた。

次の輸送は、この雨がやんで。地面が乾いてからだな。

そう、家に入り、旗を取り込みながらわたしは思った。

家の前をバスが通り過ぎていく。

バスに乗っている人達は慌てている様子も無く。

ただ呆けている様に見えていた。

 

時間を掛けて、じっくり荷台のものを赤い奴に引き渡していく。

赤い奴はわたしの手を触手で掴むと。

直接情報を取り込んでいるようだった。

脳を使う必要もないのか。

それとも、そうするだけで記憶を全て回収出来るようにわたしをいじくったのか。

どっちなのだろう。

まあ、どっちでもいい。

わたしにしてみれば。

結局の所、指示通りに動く事に代わりは無いのだから。

荷台から、持ち込んだものがどんどん赤い奴に引き渡されていく。

服やら靴やらも。

身を飾るための服もあったようだけれど。

そういうのは、暴徒が全部略奪してしまったらしい。

スーパーに残っていたのは、みんな実用性の高いものばかり。

当時の美的感覚的に「ダサい」ものだったようだ。

どうでもいい。

当時の美的感覚なんてそれこそ知った事では無いし。

そんな風に実用品をダサいとか抜かしているから人間は滅びに瀕しているのだと思う。そして未来を打開できる可能性もない。

全ては自業自得だと、わたしは冷たく考えていた。

荷台がからになったので、戻ろうとするが。

触手に腕を掴まれる。

戻れというのかな。

まだ引き渡していないものが結構あるのだけれど。

違った。

指示が直接流れ込んでくる。

スーパーをしばらく探れ。

まだバイクの燃料には余裕があるだろう。

もっと丁寧に探して、使えそうなものやマニュアルがあれば全て回収してこい。

多少壊れていてもかまわない。

バイクが壊れるまで使い倒せ。

そういう事だった。

わたしはへいへいと呟くと、その場を後にする。

まあわたしは赤い奴の一部。

もう人間じゃない。

こき使われるのも、まあ当然とは言えた。

一度家に戻ると、荷台に荷物を積み込む。ちょっとペースを上げる方が良いだろう。

蛇が住み着いているスーパーにしばらく籠もる。

そのためには、今手元にある回収物は、全て赤い奴に引き渡してしまう方がいい。

赤い奴が考えている事は分かる。

人間という生物は完全に失敗作だった。

だから、その良かった部分だけを取り込んで。

一端地球の環境を全てクリアにしてから。

次に文明が発生したときに、少しでも無駄を減らすため。

つまり、次の文明の担い手に引き渡すためだ。

人間は自分で作り上げた、唯一の価値を破壊して回った。

それを繰り返させない。

それが赤い奴の考えなのだろう。

まあ分からないでもない。

資源は有限だ。

そして、最後の最後まで、人間はそれに気付けず。

エゴで己の事だけを優先し続けた。

それは生物として欠陥が過ぎる。

こういう風に、地球が行動したのも。

今なら分かる。

作業を早めて、荷台にあったものを全て赤い奴に引き渡す。

その後は、バイクから荷台を外し。

ブロックを取りに行く。

出来るだけたくさんだ。

水も容器に入れて、たくさん持っていく。

これもできるだけたくさんである。

しばらくはスーパーに立てこもる事になるだろう。

工場に並んでいた人間達は。

皆、不可思議そうにわたしを見ていた。

別に理解されようとも思わないのでどうでもいい。

そのまま、大量のブロックを持って、スーパーに移動。

蛇が様子を見に来たが。

わたしが捜し物をし始めた時点で。

すぐに住処へと戻っていった。

今更他の人間に攻撃されることもあるまい。

わたしがバイクに乗っていると、おおあほうどりでも見るような目で見ていた者も多かったし。

何よりもう人間は。

集団で行動すると言う事ができない生物になってしまっている。

ならば、群れで襲われる事は無いし。

仮にそういう行動を人間が始めたとしても。

まとめて蛇のエジキだ。

気にする必要もない。

スーパーの中を隅々まで探していく。

色々、分からないものがあった。

マニュアルを探すと、大体そのものに張ってある。問題は字が潰れて読めないことが多い事だ。

乱雑に放り出されて壊れているように見えるものもあるけれど。

その一方で、わたしは根気よく広いスーパーを見て回り。

内部を丁寧に確認していった。

やがて、荷台何往復分かの、戦利品を獲た。

同じものでも別に良い。

回収して、すぐに使えるのならそれでいいのである。

これを持って、赤い奴の所に帰る事にはもう何ら疑問は無い。

此処に置いておいても朽ちさせるだけだし。

何よりもう人間には、文明の利器を使いこなす知能が残っていないのである。

赤い奴に取り込まれるまでわたしがまずそうだったし。

他の人間だってそうだった。

文明を持っていた最後の世代は、わたしの前の世代まで。

その世代までは生殖能力もあったようだけれど。

わたしの時代にはもうそれすらもなくなっていた。

後から追加された知識によると。

昔人間は、恐竜などの古くにいた生物に対して。命数を使い果たしたから滅びたと抜かしていたという。

だったら、人間は。

命数を使い果たしたから滅びるのだ。

自分は特別だと考える事がよく分からない。

人間も同じように命数を使い果たし。

そして滅びる。

それだけの話である。

人間の可能性は無限大だの何だの抜かしている輩もいたようだが。

結果はこの通りである。

要するに、そのような事は。

大嘘に過ぎなかったのだ。

さあ、帰るか。

わたしは思う。

蛇が来たので、何度か咳払いした後、声を掛ける。

「ありがとう。 さようなら」

「……」

蛇は何も言わない。

ただ、意思は伝わったようで。

そのまま、住処に戻っていった。

 

4、回帰

 

街の風化というか劣化というかが激しくなっているようだと、わたしは思った。わたしが住んでいる家も崩れかかっている。

これは時間がかなり残り少ないなと判断。

少しバイクに無理をさせて、淡々と荷物を運ぶ。

他の人間達は緩慢に動いていて。

まだマシな家に移ろうとしていたり。

或いは移動中にバスを引いている奴に食われてしまったり。

赤い奴が蠢いている水路に落ちてしまったり。

緩慢ながら、滅びに確実に向かっていた。

でんしゃは動いていて。

この街にも人が来るけれど。

最初から裸だったり。

もう既に年老いて、動くのもやっとの様子だったりと。

人間という生物が、もう後もない事は。

見ているだけでよく分かった。

淡々と赤い奴の所に物資を運ぶ。

誰かを助ける。

それは思考に無い。

助ける手段がない。

助ける意味もない。

わたしは最後の世代。

人間はわたしの世代で終わる生物だ。

だから、そもそも助けても何にもならないし。滅びるのは、もう時間の問題なのだから。

最後の荷物を、赤い奴の所まで運ぶ。

そして、そのまま。

バイクごと、赤い奴に飛び込んでいた。

取り込まれるのが分かる。

赤い奴はいったんわたしの体を全て分解吸収すると。

記憶から照らし合わせながら。

回収した物資の全てを、解析していくようだった。

これは、恐らくだが。

追加された知識によると、惑星規模の生体コンピュータという事なのだろう。

超大規模な並列処理を可能とし。

なおかつその仕組みは量子コンピュータに近い。

生体コンピュータとは言え。

人間が持っていたどんなスーパーコンピュータよりも、性能は遙かに、圧倒的に上だ。これが星という存在の底力というわけだ。

関心しながら、わたしは意識のままただよい、様子を見る。

やがて、赤い奴。

地球そのものの意思から指示がある。

更に探せ。

今までお前が回収してきたものは、全て使って良い。

好みのままに組み合わせろ。

バイクとやらが気に入ったのか。

ならばそのまま使え。

再構築してやる。

ガソリンであれば既に取り込んだ分がかなりあるから、融通してやろう。

次の世代の生物の負担を減らすためにも。

お前は努力をしろ。

人間という最大の罪業を犯した生物の。

罪を少しでも償うために。

わたしは異論がない。

人間がどれだけ世界を無茶苦茶にしたかは、自分の目ではっきり見た。

しかも、わたしが見た範囲なんて、端も端だろう。

もっと凄惨でおぞましい行為を、人間は散々やり尽くしたのは確定である。

そんな生物に対しては、滅びろとしか言葉が出ないし。

尻ぬぐいをしろというのなら、仰せのままにとしか答えられない。

次は、バイクよりも大きな乗り物を回収するか。

バスは。

既にデータがあるようだ。

ならば、別のものがいいだろう。

バイクより大きく。

バスより小さいもの。

まあいい。

大きな街に出て、其所を探せば良いだろう。

しばし、ぼんやりとする。

少し疑問になったので、聞いてみた。

「わたし以外に捜し物をしている元人間はいるの」

「いる」

「そう」

「お前と同じように名前もない。 効率が悪いから別の所を探している。 お前とは接触する事も無いだろう」

そうか。

わたしの前の世代までしか、名前は無かった。

わたしの世代は、もう人間の数も少ないし。

そも群れになる必要もないから。

名前というものが失われてしまっていた。

だからわたしには名前もない。

今更ほしいとも思わないが。

「消耗を回復し次第、次の場所に出向いて貰う」

「はい」

答えは簡潔。

わたしとしても、異は無いからだ。

人間の英知には興味があるし、敬意は払っている。

だけれども。

人間の存亡には、もう何の興味も無かった。

 

(続)