我が名は悪役令嬢

 

序、目覚めて最初に

 

意識が戻ってきて。最初に見たのは知らない天井。

それはそうだろう。

自分が。つまり「悪役令嬢」が多分集中治療室にいるだろうことは分かっていた。身を起こそうとするが、看護師に必死に止められる。

さて、体はどうなっている。「悪役令嬢」はそう思いながら、少しずつ確認していく。

医師が部屋に入ってくるが。まあ気の毒な目にあわせたなと思った。

何しろ、その時には体の中身について理解していたからだ。

ガイアの意思と接触し。その知識を自由に引き出せるようになった。

今の「悪役令嬢」より少しだけ力が落ちる存在も感じる。間違いなく「陰キャ」だろう。あの子はガイアの力をやはり引き出せるようになったのだ。

恐らく初期段階ですら一日40万、いやもっと多数のフォロワーを処理出来る筈。

文字通り次元違いの力だ。

医師に説明を求められたので、順番に話をしておく。

まず第一に、体の方は全く問題なし。人間とは違ってしまったが。これはこれで心地が良いと。

そう告げると、医師は困惑していたが。

実際に動いて見せると、特に問題は無いと判断してくれたのだろう。

ドレスや鉄扇はすぐに返してくれた。傘は一本だけ。

最終決戦で一本を投擲して。残った一本は、渾身のガードに使った。壊れてしまっているが、まあ仕方が無いだろう。

実は、その気になればなおせそうだが。それは止めておくことにした。

病室で軽く診断を受けた後。

テレビ会議に出てほしいと言われたので、そうする。

多分「陰キャ」が代わりに出ていたんだろうなと思うと、少し気の毒になった。あの子は元々すり減っていたし。

テレビ会議で行う首脳会議なんて百鬼夜行。

直接見るのはかなり辛かっただろう。

大統領が冷や汗を掻きながら出る。他の主要幹部達も、大して変わらない様子だ。

これはさては「陰キャ」が容赦なく力を見せつけたな。

そう思ったが。あえて口にはしない。

「目覚めてくれて良かった。 戦勝パーティーか何かを開きたいが……」

「いえ、そんな資源を無駄にする行動をしている暇はありませんわ。 それよりも先に、話しておく事があります」

「何かね」

「此処からは録音を。 地球の意思ガイアと接触したので、その事についてですわ」

まあ現在もそのまんまつながっているのだが。

それについては話さないでおく。

ただ、説明はする。

邪神「財閥」を倒した時。奴の呪いが周囲に拡散した。

その中には、既に奴が行い一部成功していた、ガイアとのアクセスについてのノウハウもあった。

ガイアの力の一部を引き出すことについては「陰キャ」が受け継ぎ。

ガイアの知識の一部を引き出すことについては「悪役令嬢」が引き継いだ。

その話をすると、渋面を作る者もいたが。会議に出ている山革陸将は静かに言う。

「私は納得した。 「陰キャ」くんの凄まじいパワーアップは、確かにそれくらいの事がないと納得出来ない。 グアムは半日、沖縄は三日でフォロワーを全滅させ、今は首都圏で凄まじい勢いでフォロワーを駆除している。 横浜を除く関東全域からフォロワーがいなくなるのも、後数日とみて良いだろう」

「……」

なるほどな。

恐らくだが、「陰キャ」は人類に貸しを作るつもりで暴れているんだな。

「悪役令嬢」を守るために。

あの子はもう、自分が人間ではなくなった事を認識している。

その上で、全力でフォロワーを狩り続けている、というわけだ。

「他にも話しておきますわ。 ガイアから見たSNSクライシスについて」

「分かった。 聞かせてくれ」

全て話をしておく。

話が終わった後。全員が呆然としていた。

まあそうだろう。

「悪役令嬢」が一般人だったら、夢か何か見たのかで済む話だ。

だが人類最大の敵を討ち滅ぼし。

そして体の中が世界最高の医者でも理解出来ない状態になり。

今話している内容について無視出来る訳がない。

大統領はずっと冷や汗を拭っていたが。

やがてぼやいた。

「なるほどな。 フォロワーとはいわば衆愚政治の究極という形だったのだろうか」

「面白い表現をなさいますわね。 有り難くも地球そのものが、それこそが人間の望みだろうと判断して押しつけてくださった幸せな楽園の形こそ、「多数派」が「何も考えず」、「自分のごしゅじんさまの敵を殺して回る」世界だったと言う事ですわね」

「醜悪すぎる……」

「SNSクライシス前には、こういう考えを是としていた人間はそれこそ幾らでもいたのではありませんの? わたくしでも知っているほどの事ですわ。 だから、お馬鹿さんな地球が勘違いをした」

もう言葉も無いという様子で沈黙している大統領の参謀達。

いずれにしても、これを知られる訳にはいかないと判断はしているのだろう。

だから、先手を打っておく。

「一つ、ガイアから持ち帰ったものがありますわ」

「何かね」

「ガイアは他の星々……意識を持つに至った星と情報を共有していましてね。 その中に、外宇宙に出るためのテクノロジーが幾つか存在していましたのよ」

興味をそそられる様子の皆。

まあそれはそうだろう。

誰もが分かっているのだ。

現状の地球をどうにか再興しても、資源が尽きて詰むと言う事は。

SNSクライシスの前ですらそうだったのだ。

その後、文字通り地球がこれだけ無茶苦茶になって。それでもなお、精神論とかでどうにか出来ると思っている奴がいたら。

其奴はアホだ。

学者を大統領が呼んでこさせる。そのまま、幾つかの技術を順番に開示していく。

勿論、これらをただでくれてやるつもりはない。提案がある。重要な提案が。

「わたくしは地球を去りますわ。 それをサポートしてくださいまし」

物語の英雄は、めでたしめでたしで消える。

理由は簡単。

実際にはめでたしめでたしなどないからだ。

そのあと排斥されて非業の死を遂げるか。

もしくは人間に嫌気が差して去って行く。

「悪役令嬢」と連携して、邪神やフォロワーと戦う事に極めて前向きだった大統領さえ恐れ始めている。

山革陸将も、その内そうなってもおかしくない。

だから、先手を打つ。

このまま放置しておくと。どうせ人間はまた貨幣経済から資本主義社会に戻り。その結果、「財閥」みたいな奴がまた頭角を現すだろう。

そして人類を滅茶苦茶に食い潰し。

これだけの惨禍を引き起こした後でも、何度でも。

何度でも、地球を滅ぼすだろう。

そして次などない。

人間という生き物に愛想が尽きた、というのはちょっと違う。

人間が極限まで自我を開放するとどうなるか。

それは邪神を見てよく理解している。

それに「財閥」は、邪神になる前からあの醜悪な精神性はまったく変わっていなかった事を独白している。

奴は複数の似たような立場の人間が融合した存在だったのだろうが。

実際問題高IQと高運動能力を兼ね備え。周囲が「優秀な人間」と揃って認めるような輩だったのだろう。

それが、あんなものなのだ。

民主主義社会になってからの歴史資料だって見ている。

政治家や官僚になる人間は、だいたい高学歴で。難しい大学を突破して、その地位になっている。

それが優秀だった試しがあるか。

現実とはそういうものだ。

歴史を変えるレベルの知能を持った人間は確かにまれにいる。

だがそれはあくまで例外であって。

少なくともそれが金持ちだとか。金持ちが有能だとか。支配者階級が有能だとか、そんな事はあり得ないし。

人間がこのままである以上。

「財閥」のような奴は何度でも現れ。何度でも地球を破壊し尽くすだろう。

だから、やらなければならないのだ。

監視者の創設を。

どうせ人間が作った第三者機関なんてまともに機能しない。

だったら「悪役令嬢」が。

既に人間の領域を越えた存在になってしまっている「悪役令嬢」がなる。

それだけの話である。

「現時点でのわたくしは、金星の環境でもその気になれば生きていけますわ。 どうせテラフォーミングするのも大変でしょうし、金星へ飛ばして貰えますかしらね」

「き、金星などにいってどうするつもりだね。 彼処は確か400℃に90気圧、酸の雨が降る場所の筈だ」

「決まっていますわ。 今回のSNSクライシスは、間違いなく人間の手によって引き起こされた。 そして放置しておけば、同じ事が何度でも引き起こされる」

金星から、地球を監視する。

そして人間に見込み無しと判断したら。

太陽系にある幾つかの巨大準惑星。

まあ直系三十qほどあるエリスでいいだろうか。

こいつを金星から操作して地球にぶつける。

その話をした瞬間、その場にいる全員が青ざめるが。

咳払いをして黙らせる。

「わたくしはその気になればこの場でもそれが出来ますわよ。 ガイアの意思と融合するというのは、そういうことですわ」

「……」

「今回の邪神達との戦いを通じて理解したのは、エゴを最大限まで肥大化させ、そして自分を正義だと確信した人間は、とんでもなく愚かで残忍で、そして他人をどれだけ殺戮しても何とも思わなくなると言う事ですわ。 残念ながら、人間をまだ独り立ちさせるわけにはいかない。 甘やかすわけにもいかない。 それが結論ですわね」

「きみは……」

「神を気取るつもりはありませんわよ。 ただ、いつわたくしが鉄槌を下すかもしれないと思いながら、きちんと政治を行い、外宇宙でやっていくための技術の蓄積と体制の整備を行いなさい。 それにこれはまだ一般公開不要。 わたくしが地球を出るまでは、貴方方、世界のトップに位置している人間だけが知っていれば充分ですことよ」

大統領はずっと青ざめて冷や汗を拭っている。

山革陸将は、大きなため息をついた。

「私も邪神との戦いの記録はずっと見て来た。 本当に醜い奴らで、あれが人間の本性なのだと思うと本当に悲しかった。 そして君が言う通り、未来に人間は抑止力がない限り、何度でも繰り返すだろう」

協力すると、山革陸将は明言。

米国の幹部達も青ざめていたが。

恐らく、こんな超危険存在をその場に残す方が危ないと思ったのだろう。

金星に「悪役令嬢」を送ることに、最終的に賛成したようだった。

 

会議を終えた後。

「陰キャ」に連絡を取る。

「陰キャ」は今、日本の首都圏でゴミクズでも片付けるように。あれほどどうしようもなかった首都圏のフォロワーを駆除しているようだった。

既に山の手線圏内にいたフォロワーは駆除完了。

東京全域の七割からフォロワーが消えているそうである。横浜含む神奈川は後回しにしているが、他の首都圏の各県は既にフォロワーの駆除が完了しているそうだ。

今は自衛隊の特殊部隊と連携して、生存者の救出と。使えそうなインフラについての確認。

更にはフォロワーの残存している個体の調査などをしているそうだ。

「分かりました。 この星の外から、監視を請け負ってくれると言う事ですね」

「そうなりますわ」

「それはとても好都合です。 あたしは内から監視を請け負います」

「ふむ?」

「陰キャ」の凄まじい力は、実は既にもう感じ取っている。

ガイアの意思と「悪役令嬢」が融合したのだとすれば。「陰キャ」はガイアの力そのもの……地球そのものの力を引き出せる状態になっているとみて良いだろう。

ガイアの意思は、地球だけでは無い。太陽系内の星々は当然の事、太陽系外の様々な星。範囲としては銀河系よりも更に広い。それこそ兆どころではない惑星、恐らくは恒星などとも情報をリンクしている。

だから地球が外に進出するための技術をその応用で引っ張り出せるし。

何よりも最悪。どうにもならないと思ったら、ブラックホールを太陽系に放り込む事だって出来る。

今はそれが可能になっているのだ。

「もしも「財閥」がこの力を手に入れていたと思うと、ぞっとしますね」

「少なくとも人間が手にしてはいけない力ですわね」

「……あたしは、一通り人間が対処しづらいフォロワーを片付けたら、引退という形で人間社会から距離をおくつもりでいました」

そうだろう。

権力欲とか皆無の「陰キャ」だ。

既に今の時点でこの後人間がどう振る舞おうとするかも理解している筈。

そう考えるのは当然だろう。

「ですけれど、「悪役令嬢」先輩がそんな風にしてくれるなら、あたしもやりやすくなります」

「オーッホッホッホッホ!」

「どうしました」

「いえ、やはり貴方を後継者と考えて良かったと想って。 「悪役令嬢」らしく笑って見たのですわ」

幾つか、打ち合わせをしておく。

なお、既にガイアの意思から引っ張り出したテクノロジーの一部を使って、この会話は絶対に盗聴できないようにしている。

外宇宙に巨大文明を構築しているようなエイリアンならともかく、地球人には絶対に不可能だ。

「金星行きの有人ロケットについての技術は既に米国政府と日本政府に引き渡し済。 完成は三ヶ月後という所でしょう。 わたくしを放り出すために、両国政府は全力で取り組むはずなので、それで済む筈ですわ」

「わかりました。 あたしはその後、それでも馬鹿な事を目論む人間を影から消していきます」

「まさに忍者ですわね」

「……なんというか不思議な気分です。 忍者って影に生きる存在として神格化されているではないですか。 あたしがまさかそれそのものになるなんて」

まあ外からガイアを通じて「悪役令嬢」が監視し。

更にそれでもどうしようもないのを、「陰キャ」が消して回るのだとすれば。

まあはっきりいって、SNSクライシスがもう一度起きる事はないだろう。

それと万が一に備えて。実はガイアへの接続は、「悪役令嬢」と「陰キャ」以外には出来ないようにしてあるし。

既に人間の文明では、総力を挙げても二人にはかなわない。

だからこれでいいのである。

神なんていらない。

それは事実だ。

なぜなら人為的に作られた宗教というものは、人間をコントロールするためのシステムなのであって。

どれだけ高尚な宗教哲学を掲げたところで、実態は人間を如何に管理するかで、どの文明でも使われてきたものだからだ。

更に言えば、リアルで神とも言えるガイアがあれほどの愚かな存在だったのだ。

結局の所、神など必要なかったのだろう。

しかし人間に何の価値もないかと言うと、それは違うと「悪役令嬢」は思う。

少なくともかなり低い確率をくぐって、地球に生物の一種として誕生し。

万物の霊長などと言う妄想を抱き独善的な文明を構築しつつも、それなりに発展はしてきたのだ。

宇宙的に見てもそれなりに価値がある存在で。

ひょっとしたら、もっと先に行けるかも知れない。

だけれども、現時点の人類では。残念ながら100%不可能だ。

SNSクライシスなんてとんでもない出来事が起きても、なおも反省をするどころか。自身で権力を握ろうと暗闘を繰り返す輩が幾らでもいた。

狩り手として活動しながら、それは散々見て来た。

米国でも何度もクーデター未遂があった。

「財閥」がそそのかした末というのも理由だが。

奴は心の隙間に潜り込んだ。

つまり最初から、隙間があったということなのだ。

「それでは、これで通信は終えます」

「ええ。 もうわたくしたちは、いつでも意識がつながっているのと同じですから、直接会う必要はないでしょう「陰キャ」さん」

「……最後にメールでですけれども、伝えさせて貰います」

ありがとう。本当に尊敬しています。

そう、「陰キャ」は送ってきた。

目を細めてその内容を見つめた後。メールを消す。

そして、空を仰いだ。

この荒廃しきった地球を立て直すのも、宇宙に出ていくのも、今の人間には不可能である。

億が一宇宙に出られたとしても。

今度は宇宙で凄惨な殺し合いをはじめ。

他文明に遭遇したら、奴隷化しようと武力介入し始めるのは目に見えている。

そんなのを、外宇宙に出すわけにはいかないのだ。

だから、内外から監視する。

そのシステムを作る事が出来れば。或いは、可能性が生じてくるかも知れない。

この星から邪神は消え去った。

それについては「悪役令嬢」が真実だと断言する。

何しろ邪神共を作り出したガイアの意思と接続しているのだ。そのくらいは分かる。

後は、三ヶ月。徹底的に人類に恩を売り。「陰キャ」が動きやすいように、色々と手を尽くしておく必要があるだろう。

大統領に連絡。

「今、米国で一番フォロワーに手を焼いている都市を教えてくださいまし」

「どういうことかね」

「何、あれが出来るまでは、徹底的にフォロワーの駆除をして、少しでもも動きやすいようにしてさしあげますわ、ということですわよ」

少しだけ困惑したが。大統領は、やがて言った。

ニューヨークと。

ロスは「陰キャ」が片付けた。ワシントンDCは米国の威信に賭けて、米国の第一世代第二世代の狩り手で。どうにかしたいそうである。

だからニューヨークという訳か。

「良いでしょう。 一週間以内で処理を終えますわ」

「ロスでも、あの「陰キャ」くんが二週間以上掛かったんだが……」

「あの子はまだ力の虫干しをしていた状況ですわよ」

その気になれば、もっと早く片付ける事が出来たはずだ。いずれにしても、ニューヨークへ飛行機で行く必要すらない。

軌道などを確認してから、跳躍。瞬歩を繰り返して、ニューヨークまで文字通り飛んで行く。

昔だったら無理だが、まあガイアと接続した今の「悪役令嬢」がどれくらい出来るか、確認するには丁度良かった。

さあ、掃除の時間だ。ニューヨークに到着した旨を大統領に告げると。

文字通り神器と化した鉄扇を取りだし。「悪役令嬢」は唸りながら姿を見せるフォロワーどもに対して。

突貫し。戦闘ではなく、文字通りの駆逐を始めていた。

 

1、本物の神に近いもの

 

ニューヨーク近郊からフォロワーが消失。

一千万以上とも言われていたフォロワーが。狩り手が総出でも駆除には数年は掛かるのでは無いかと言われていたフォロワーが。

わずか七日で消失した。

近隣では、住む場所がなかったり。或いはビルなどに籠城して命をつないでいた人間が二万八千人ほども救出され。

更に米軍は、被害を一人も出さずにニューヨークを奪回できたと言う事で。喚声が上がっていた。

残念ながら名物の自由の女神は崩れてしまっていたが。

いずれ米国のシンボルとして再建するつもりだという。

自由の女神が元はフランス製ということはまあ別にどうでもいい。

こういうのは気分の問題だ。

「悪役令嬢」は既に怖れられる存在になっていたが。

軍部隊の兵士の中には、「レディ」と呼んで最大限の感謝をしてくる者もいた。

そういう者には、胸に手を当てて最大限の敬意を返す。

敬意を向けてくる相手に傲慢に振る舞うつもりはない。

人間の大半が駄目なことは分かっているが。

それでも、たまにはマシなのがいる事は分かっているのだから。

「陰キャ」も日本首都圏のフォロワーの駆除完了。

地下鉄などに巣くっていたのも全部駆除が終わったそうである。

耐震構造で有名な日本の建物群だ。かなり無事で残っていたらしく。インフラの再整備は大変だけれども。かなり手間が減らせそうだとか。

次は北海道に飛んで。

それからローラー作戦で駆除を進めていくという。

なおこれらの連絡は、隠匿しないで事務的に行った。

隠匿通信は、この間ので最初で最後。

今後はその気になれば、ガイアの意思を通じて直接話せるのだから。

そのまま「悪役令嬢」は、彼方此方の米国の大都市を回って、駆除を進めていく。

一月が過ぎた頃には、米国から三千万のフォロワーが消失していた。既に「陰キャ」が片付けた分もあわせて四千万。

米国全土には一億以上のフォロワーがいるという話は聞いていたが。

まあこうなってしまうと楽なものだ。

慌てて米軍も再計算を行った結果、実数は一億五千万くらいで。まだ一億以上残っていると言う事が分かったので。

せっかくだから更に駆除を進めて行く事にする。

その間も、金星行きの有人ロケットについては構築の進捗を確認する。

別惑星への有人ロケットは、人類としても希望になる技術だ。

対外的には、邪神「財閥」が保有していた知識の中から偶然見つかったということにしておく。

まあ死体蹴りになるのだが。

米国に巣くっていたいわゆるパワーエリートと呼ばれる軍産複合体や、欧州の巨大財閥群は。

実際にはこれらの技術を持っていたにもかかわらず。搾取をするために隠蔽していたというストーリーを作成。

どうせ生き残りはいないので。

連中を悪役にし。

その技術を発掘できた科学者チームを英雄にすることで。人々の溜飲を下げる事とした。

米国でも、富を独占している連中。

軍産複合体や。

最初に米国に到達した者達(実際にはネイティブアメリカンの方が遙かに早いのだが、ここでは英国から出立した者達を指す)の子孫については、色々と大きな不満があったらしい。

まあそれはそうだろう。

随分後になるまで、最初に米国に到達した者達によって、大統領は基本的に選出されていた。

選挙なんて茶番だったのだ。

民主主義の牙城と呼ばれる米国ですら、である。

いずれにしても、米国はこの悪しき流れをこれで完全に断ちきることが出来るだろうとは思う。

後は世界政府の樹立に向けて動いて貰う。

既に力関係が、「悪役令嬢」と「陰キャ」の方が人間より上であることを理解している大統領は、それについて文句は言わなかったし。

用事が済んだら地球を出て行ってくれる事に関しても、感謝しているようだったので。

別にどうこういうつもりはない。

あれだけ戦時は協力的だったのになとも思うが。

それは胸にしまっておく。

第一だ。

もしもガイアとの接続がなかったら。多分「悪役令嬢」も「陰キャ」も。下手をすると他の狩り手達も。

消されていた可能性が高い。

英雄に対する扱いなんてそんなものだ。

だから、「悪役令嬢」は自分が悪辣なことをしているつもりはなかった。

幾つかの都市を順番に回る。

中には必死に築いた城壁の中で、極貧の人々が身を寄せ合ってフォロワーの大軍から隠れている都市もあった。

米国に、である。

そんなのがあるなら優先して駆除に回らせろと内心で思ったが。

インフラなどの兼ね合いや。難民の保護などの問題を考えると、そうもいかなかったのだろう。

それでも空輸で物資は送っていたようなので。

ある程度の最低の良心だけは、残っていたのかも知れない。

そういう都市の周囲に群れている百万単位のフォロワーも殲滅し、解放して次へとどんどん行く。

感謝されるよりも。

文字通りのタイフーンとして荒れ狂ってフォロワーを駆逐していく様子を恐怖する人間の方が多くて。

やはりこの星を去るという選択肢は間違っていないのだなと。「悪役令嬢」は思うしかなかった。

 

北海道のフォロワーを駆除した「陰キャ」は、そのまま対馬に向かってほしいと言われる。

東北はいいのかと思ったのだが。

今対馬で戦闘しているチームが対応すると言う事なので。ああなる程と思った。

「悪役令嬢」が地球を離れるまで後二ヶ月と少し。

「悪役令嬢」は米国から凄まじい勢いでフォロワーを駆逐しているが。アラスカとメキシコに一度は集まったフォロワーに対しては手を出していない。

まあ数が数だから仕方が無い、という事はある。

日本の場合は状況が少し違う。

九州、四国、沖縄が安全圏になり。

大阪、静岡が解放され。

首都圏がついに人間の手に戻った今。

最大の脅威は、対馬に群れている二千万をゆうに越えるフォロワーの群れだ。

邪神がいなくなったことで行動の指向性はなくなったものの、北九州の自動工場はまだまだ日本の生命線といえるし。

対馬から北九州へは指呼の距離。

そしてフォロワーがその気になれば、泳いで渡ってくることが出来る。

サメに咬まれてもサメを引き裂くほどのパワーを持ち、人間を喰らうことはしても栄養としてのエサは必要とせず。スタミナは無限のフォロワーである。

それくらいは簡単なのだ。

確かに、対馬にいるフォロワーを駆除し終えれば、日本に関しては現有の狩り手達で対処できる。

なお、米国では第二世代の狩り手達を集め。

一方はワシントンDC近郊のフォロワーの対策を進めさせ。

残りは欧州の人間牧場解放に向けて動いているそうだ。

既に人間牧場の一つは制圧して、其処で行われていた犯罪の告発や。順次解放は進めているらしい。

欧州のフォロワーは北欧に相当数が集められていたこともあり。密度は若干低め。

勿論「喫茶メイド」が苦労したように、軍を進めて悠々と行ける程ではないにしても。

そこそこの狩り手がいれば、難民が逃げ延びるための道を作り。確保するくらいは出来るのだろう。

彼方については、第二世代の狩り手達と。何より「フローター」が行くらしいので大丈夫だろう。

「フローター」はあんまり面識がないのだが。「陰キャ」の渾名である「サムライガール」を広めたのは彼女だという噂がある。

それについては渋面を作りたくなるが。

「悪役令嬢」曰く、とても面白くて悪意がない人らしいので。

怒る気にはなれなかった。

どうせならくのいちとか忍者のが良かったなあと。

パーカーと眼鏡、マスクで人相を隠しながら今日も思う。

さて、「悪役令嬢」はニューヨークまで文字通り飛んだらしいが。

しばらくは「陰キャ」は、そういう超人的……を通り越してもう人間完全に止めている行動は控える事にする。

これは外から人類を監視することにした「悪役令嬢」に対して。

内から人間を監視することに決めた「陰キャ」という役割分担があるためだ。

幾つかガイアの意識経由で話をしたのだが。

その時に、「悪役令嬢」はあらゆる電子システムにハッキングして、やりとりを解析できるくらいの力はあると聞いた。

金星に移動して、金星のガイアと接続した後は。

その力をフル活用して、人間の監視に当たるという。

そして必要に応じて、情報を「陰キャ」にくれるそうだ。

人間が外宇宙に出て。

くだらない内輪の戦争をしないようになり。

自分達と明確に違う文明とも理性的に接する事が出来る様になったら。この介入についてはやめるそうだが。

それは多分、万年単位で後の話だろうなと、「陰キャ」も思う。

北海道の旭川基地に移動。

戦況がある程度落ち着いていたとき、北海道への救援を頼まれた事がある。

その時、配属が検討されていた場所の一つだ。

今は周辺の島々も含めて安全が確保されているので、自衛隊員はむしろ生き残った人々の救援や。

重機を持ち込んでのインフラの回復に努めている。

これに比較的生き延びた住民も協力的なようだ。

SNSクライシスの前は、自衛隊は予算でも周辺環境でも針のむしろに座らされていたらしいが。

SNSクライシスでそれが何もかも消し飛んでしまった今は。

ある程度周囲と穏健な関係を構築できているらしい。

いずれ世界政府が樹立されたときは、そのまま人類軍に編入されるのだろうし。

「陰キャ」にも比較的好意的だった。

輸送機が来たので、防寒具を脱いで乗る。別にもう必要ないのだが、ポーズである。なお防寒具を着ようが着まいがパーカーや帽子や眼鏡で人相を隠している事に代わりは無い。

大阪などで邪神が出るたびに来て、乗った奴である。

これについては、当面新型はでないだろう。

新型なんて作っている余裕は無いからだ。

なお、独立国とか作ろうとする奴がいたら「陰キャ」が消しに行く。

これ以上、人類の歴史をややこしくするわけにはいかないからだ。

圧政を敷いたり、富の過剰な独占をする奴も同様に消す。

「財閥」については、コメントも無い程不愉快だった。

ああいう連中がSNSクライシス前に富を蓄えて、自身を優秀な人間だと宣っていたことに関しては本当に許すことが出来ない。

そして今は実際に許さない事が出来る。

だから力を執行する。

それだけの事だ。

輸送機が行く。殆ど揺れない。

自衛隊員が駐屯地用の物資を確認していた。隊長らしい佐官が話しかけてくる。

「伝説の狩り手と同道できて光栄です」

「いえ。 戦況が悪い場所があったらいつでも上申してください」

「首都圏を解放してくれた貴方にそう言っていただけるのは本当に有り難い。 対馬が終わったら、まだ幾つかの都市が危ないので、それらをお頼みしたいです」

「分かりました。 山革陸将と相談して対処します」

会話については携帯端末に打って応じるが。それについてはもう周知なのだろう。

佐官が何か言う事はなかった。

音速を超えているだけある。

しかも邪神がいなくなったので、適性高度を飛べる事もある。輸送機はぐんぐん進んで、まもなく何度か見た無人艦隊が見えてきた。勿論数時間はかかったが。「陰キャ」にとっては休憩タイムである。

無人艦隊に降りると、物資を積み降ろしている自衛官を横目に。

既に用意されていたホバークラフトで対馬に。

対馬の気配を探る。

現時点で2441万9876体。

フォロワーの数だ。

それくらい、瞬時に把握できる力がついている、ということである。

随分「巫女」や「コスプレ少女」。それに「人形」達が削ってくれたのだが。

それでもこんなにいるということである。

そしてこれから、対馬で戦闘を続けた面々が、日本の各地に散って。都市部のフォロワーを駆除して回る。手が回らなかった離島もやってくれるだろう。

「悪役令嬢」が金星に行くまでには、日本はだいたいけりがつきそうだな。

そう、「陰キャ」は思う。

波を蹴立ててホバーは進み。

そのまま砂浜に。この辺りはフォロワーがあまりにも倒されすぎて、ずっと砂浜が赤いままだ。

ハエの数も多い。

携帯端末で、現在指揮を執っている「女騎士」に連絡は行っているはず。

さて、やるか。

刀に手を掛ける。

それから、瞬歩でぐんと前線に詰める。瞬歩を連続で使って、空中から猛禽のように襲いかかる。

連続して瞬歩を使ってもまるで問題が無い。

体力のなさに泣かされた昔がうそのようだし。

こんなズル同然の状態で邪神達が戦っていたのだと思うと頭にもくる。

まずは、南対馬からフォロワーを完全に駆逐するか。

そういえば、ここで最高位邪神とも戦ったな。

そう思い出しながら、前線に到着した「陰キャ」は。最初の抜き打ちで、千を超えるフォロワーを赤い霧に変えていた。

 

「喫茶メイド」は横浜でフォロワーの駆除を続ける。

昨日、対馬についに「陰キャ」が到着。文字通り暴風のようにフォロワーを駆逐し始めた。

その結果、対馬に大半の戦力を集める必要がなくなった。

「巫女」をはじめとする主戦力は、日本各地のまだ解放できていない都市に散り。

重要拠点である横浜には、「人形」がきた。

「陰キャ」ととても仲が良かった第二世代の狩り手。

幼い子供の姿をしているが、武器は大太刀。体中ボアだの何だのでフリルだらけ。

親の虚栄心を満たすための玩具としての子供。

つまり「人形」というミームの姿をした子だ。

これを聞くだけで。SNSクライシスの前には、子供を実際に自分の虚栄心や自己顕示欲を満たすための道具として使っていた親が実在して。子供をこんな風に飾り立てたり。或いは読めもしないような名前をつけたりしていた事を思うと。「喫茶メイド」はそれだけで本気で腹が立つ。

名前は本人を表すもので、堂々と他人に名乗れるものだ。

バカみたいな名前をつけて、自分のアクセサリとして扱うなんて、親がやることじゃない。

本当に子供の人権を何一つ認めていない親が相当数いたんだなと思って、怒りを感じるが。

多分「陰キャ」も同じように怒りを感じていたのだろう。哀しみを感じていたのかもしれないが。

「人形」自身は、第二世代の狩り手として非人道的な扱いを受けただろうに、温厚で優しい子だ。

何度か顔を合わせたが、嫌な目にあった事は一度もない。

あの不愉快な「ショタ」に爪の垢でも飲ませたいくらいである。

なお「ショタ」は「ごっこ遊び」と一緒に米国の第二世代狩り手と合流。欧州で戦っているそうである。

二度と顔を合わせなくて済むと思うとせいせいする。

大人げないかも知れないが。

頭の中で思うだけなら自由の筈だ。

駐屯地で、軽く打ち合わせをする。地図を見せて、現在のフォロワーの数。重点的な攻略目標を提示した後。話を聞く。

「今日から横浜での戦闘に参加して貰います。 質問などはありますか?」

「大丈夫です。 出来るだけ急いでフォロワーを駆除して、助けられる人がいるなら助けましょう」

良い子だ。

「陰キャ」が溺愛していたようだが、それもよく分かる。

あの子は子供とかには殆ど興味はなかったようだが。儚げな微笑みと親にあからさまにアクセサリ扱いされている(そういうキャラづけとはいえ)「人形」を見ると。そういう風に感情が動くのは間違っていないのかも知れない。

「喫茶メイド」は「陰キャ」とは色々と違う。

あの人が苦手だった理由の一つが、人間的な欲求にあんまり興味が無さそうな。良くも悪くも悟りを開いたというか。ちょっと違うか。剣に何もかもを捧げた剣豪というか。或いは闇に生きる事を全てにしている忍者というか。なんかそういう、人間味のない所だったのが一つだ。

勿論そんなのは嘘で、あの人はここぞという所で自分を嫌っていると知っていながら「喫茶メイド」に背中を預けてくれたし。

「悪役令嬢」を誰よりも尊敬もしていた。

今はそれが分かっているから、「違う」とは認識していても「嫌い」ではない。

いずれにしても、「違って」いても。

この子が好きで何とかして上げたいと言う感情については、変わらない様だった。

すぐに戦場に出る。

流石第二世代の狩り手。

第一世代の狩り手の中では、ナンバースリー候補。1位と2位が異次元過ぎてどうしようもないので、まあそうなるのだが。ともかく「喫茶メイド」が舌を巻くほどフォロワーを効率よく駆除して行く。

大太刀を殆ど完璧に使いこなしている。

こんな、自分より大きいくらいの太刀だろう。本来は多分馬上で振るう事を前提としているものだろうに。

それに振り回されず。

むしろ遠心力まで利用して、群がるフォロワーをさくさくばりばりと片付けて行く。

凄いなあと感心する。

「女騎士」が大型武器で四苦八苦していたのを見ると。こういう武器の扱いに関するセンスは残酷だ。

勿論第二世代の狩り手が、そもそもとして前提として違っているというのもあるだろうけれども。

本当に四苦八苦して、時々大けがもしていた「女騎士」のことを思うと、胸が痛んだ。

そのまま、一つの地区を解放して今日は終了。

二人あわせて26000のキルカウントを稼いだ。

早朝から戦っていれば、もっとキルカウントは伸びただろうけれど。今日は移動だのなんだのもあったのだ。

先に「人形」は休ませて。

そしてテレビ会議に出る。

暗黙の了解と言う奴で。

欧州から「喫茶メイド」が戻った今。日本の普通の狩り手達。「陰キャ」以外の全員を束ねるのは、また「喫茶メイド」に戻っていた。

なお「陰キャ」自身もたまにテレビ会議に出るが、重要案件以外は出てこない。

それ以外の時は、一秒でも長く一体でも多くフォロワーを削りたいと思っているようである。

以前とは文字通り桁外れのキルカウントをたたき出していることもある。

総理大臣も山革陸将も、何も言わないようだった。

「横浜でのフォロワー駆除も順調なようだね。 結構なことだ。 対馬ももう事実上心配はなさそうだな」

「今の「陰キャ」の戦闘力ですと、一月少しもあれば対馬のフォロワーは駆除しきる事が出来るでしょう」

「信じられない話だが、米国での実績、それに沖縄、グァム、北海道……何より首都圏での戦績が、それを全て真実だと告げているな」

「まことに頼もしいことです」

幸い現時点で「陰キャ」に対する皆の印象は好意的だ。

「喫茶メイド」は分かっている。

日本に戻ってきてから、何度かあの人の戦闘記録を見ているけれど。

はっきりいって、あの実力。

高位邪神を瞬殺するレベルだ。最高位邪神でも多分手も足も出ない。とっくに「財閥」を越えている。

生きた自然災害といってもいい程の力で、自衛隊と米軍が総出で大量破壊兵器を使っても倒せないだろう。

ライフルだの爆弾程度では、多分かすり傷も与えられないし。

何より体力も無尽蔵になっていると見てよい。

そして恐らくだが。

総理大臣も山革陸将も、それを知った上で黙っている。

何か大きな事があったのだ。「喫茶メイド」の知らない所で。

「首相官邸を作るのは後回しで良い。 今のシェルターでも私は困らない。 それより先に、主要な国道と鉄道を復旧させたい。 今の時点での、インフラの回復計画はどうなっているかね」

「現在原発については全部を解放完了しました。 電力についてはこれでまかなえると思います。 更に米国から核融合炉の技術も既に受け取っているので、もう少し状況が落ち着いたら建造に着手できます。 フォロワーがいない地域が増えてきているので、そろそろ民間から労働者を募集し、ノウハウを覚えて貰って働いてもらう予定です」

「うむ、それで電車は」

「首都圏の地下鉄を現在特殊部隊が精査しており、残存フォロワーがいないことと、地下鉄の状態、更には線路の状態などを調べています。 この後インフラ復旧班を編成して、国民への仕事供給とします。 主要道についても現在インフラの復旧を進めていて、最終的に貨幣経済復興に動けるかと」

総理大臣はあえて無欲で自分の家を必要ないと言い切ることで、此処での人望確保をしているわけだ。

あんな地下深くに隠れていて、ストレスが溜まらないわけがない。

だけれども、あえて国民を優先しろとここで口にする。

仮にそれが本音ではないとしても、やらない善よりやる偽善だ。内心がどうだろうと、これで救われる人はたくさんいる。だから「喫茶メイド」は評価する。

幾つかインフラ周りの話をした後、「喫茶メイド」にも話がきた。

総理大臣は、少なくとも表向きはもの分かりよく振る舞っている。

「「喫茶メイド」くんには狩り手チームの全権をこのまま任せる。 「陰キャ」くんは此方で直接指揮するが、それ以外の全員は君の一存で動かしてくれてかまわない。 ただ、どこが優先して解放する地域なのかは、自衛隊と緊密に連携を取ってくれ」

「分かりました。 私は当面横浜を処理します。 後の各地の都市を他の狩り手達に任せますが、恐らく数ヶ月以内に、新幹線の経路は全て安全に出来るかと思います」

「おお……!」

「新幹線が動かせれば、復旧のシンボルになるな」

そうだけれども、当面は使う人なんていないだろう。

なお、米国から。欧州で救出した人を、日本で預かれないかという話が出て来ているそうである。

問題が起きるだけだと思うが。今の日本は人口数百万。離島はもれなく人間が全滅している。

人は少しでもほしいと言うのは、政府の本音だろう。

ロボットによるサポートにも限界がある。

色々と頭がいたい話だった。

会議が終わった後、狩り手には全員メールで指示を送る。会議なんて面倒なのでこれでいい。

後はねむる。力を蓄えなければならないからだ。

まだまだフォロワーは横浜にわんさかいるし。駆除するには相応に時間が掛かる。

多分これから「陰キャ」はちまちました各地の駆除から、大陸に渡って生存者救出のための豪快なフォロワー排除に移り始めるはず。

彼女がいなくても。

日本のフォロワーは。どうにかできるように体制を整えなければならなかった。

 

2、復興の始まりと……

 

ホワイトハウス近辺からフォロワーの駆除が完了した事が、米国でニュースになる。それを「悪役令嬢」は欧州の駐屯地で、携帯端末で見た。

ワシントンDCはSNSクライシス発生時、邪神達に狙い撃ちにされた都市の一つであり。

ホワイトハウスは当時の大統領と側近もろとも、丸ごとフォロワーの住処にされてしまったし。

救援どころではなくなった。

それからも、邪神が面白がって集めただろう多数のフォロワーが周囲に群れていて。奪還作戦どころではなくなったのだが。

「悪役令嬢」と「陰キャ」の活躍によって、ロサンゼルスとニューヨーク、更に他にも幾つものメガロポリスからフォロワーが駆除された事。

それによって手が開いた主に第二世代の狩り手達によって、ワシントンDCからフォロワーの駆除が積極的に進められた事もあって。

ついにまだまだワシントンDCは一般人は危険すぎて入れないとしても。

ホワイトハウス周辺から、フォロワーの駆逐が完了したのである。

フォロワーの駆除が完了した後は、特殊部隊がまず入って内部を確認。

当時の大統領だったフォロワーの残骸などを確認した。

米国の星条旗も、朽ち果てた状態でホワイトハウスに掲げられていた。

内部もフォロワーの残骸などの汚物によって満たされていた上、鼠とゴキブリの巣窟になっていたため。

軍の清掃部隊がまず入る事。

ホワイトハウスは一旦廃棄して、新しく建造することなどが検討された事がニュースとして報じられた。

マスコミは存在しない。

貨幣経済がないのだから、まあ当然だろう。

軍による発表である。

欧州でフォロワーの駆除を行い、人間牧場の救出作戦に参加していた「悪役令嬢」は、それを現地で聞いた。

米軍の兵士達は歓喜の声を上げていたが。

まあここからが正念場だろうなと「悪役令嬢」は思う。

今の作戦参加も余技に等しい。

金星へのロケットの完成は、来週だ。

もうすぐ、この星を離れる事になる。

必要な事は「陰キャ」に告げている。

だから、もはや他の人間とは関わる事はないが。軍の兵士には日米関係無く、「悪役令嬢」に感謝の視線を向ける人間も一部いた。

ただ、それは例外。

フォロワーを文字通りタイフーンのように駆除する様子を。

明確に怖れている様子が散見された。

だから、人間と関わる事は止める事にした。まあ来週までだから。最後まで少しは恩を売っておくこととする。

欧州に多数作られていた人間牧場は、殆ど食糧の供給などがカツカツで。救出作戦もギリギリだった。

助けられた人間も栄養失調で済んでいれば良い方で。

子供を交換して食べるような事もしている所もあったようだ。

PTSDになった兵士が出ている様子で。

兵士達が噂している。

地獄だと。

「悪役令嬢」はそうは思わない。

SNSクライシス前には、ブラック企業が人間を極限まで使い潰していた。それは世界中のどこでも同じだった。

それはこのようにして、人間を牧場にて飼い。エサとして搾取するのと何が違うのだろう。

まあ「財閥」がSNSクライシス前から同じような人間性を持っていた事は既に確認している。

人間がこのまま世界の支配権を握り続ければ。

同じ事は、何度でも何度でも、それこそ幾らでも起き続けるだろう。

結局の所、文明を作って一万年程度の未熟な生物だ。

やはり、まだまだ独り立ちには早かったのだろう。

更にこれを甘やかしたのがガイアだ。

実際問題、ガイアはSNSクライシスの主犯といってもいい。

だから、今後はやはり。

もう人間を止めてしまっているものが、監査につかなければならないだろう。

連絡が来る。

大統領からだった。

「一千万規模のフォロワーの群れをまた駆除してくれたと聞いている。 本当に助かる」

「いいえ。 最後の仕事ですので」

「ああ、分かっている。 金星行きのロケットについては、既に完成して最終チェックの途中だ。 どうせ君にごまかしは利かないだろうが、念のため徹底的にチェックはしてくれるか」

「ええ、当然ですわ」

ガイアの意識とアクセスして、情報を得ている「悪役令嬢」は。もう無学でもなんでもない。

ロケットを一目見るだけで悪意ある改造がされているか分かるし。

打ち上げのプロセスなどを確認しても、何か悪意が紛れていれば即座に分かる。

というか。

宇宙空間で生きていく事すら可能である。

要するに金星行きの軌道にさえ乗れば、後は待っているだけで充分。

金星の環境でも死なないのだ。

まあ宇宙空間でも困る事などない。

ガイアの意思と接続するというのは、そういう事だ。

もう地球人とは、根本から違ってしまっていると言うことである。

後は軍と、現地にきている狩り手達に任せる。

一度米国に戻る。

飛行機をチャーターしてくれると言う事だったが、必要ない。そのまま歩いて帰ることにする。

そう。

大西洋を走って抜ける事くらい、余裕と言う事だ。

現地の兵士達の敬礼を受けて、その場を去ると。

「悪役令嬢」は、米国にそのまま。海を走って渡り、帰還していた。

 

ホワイトハウス奪還で湧く米国だが。国内にはまだまだわんさかフォロワーがいる。

連日どこの都市が奪還された。

何処で数千人が救助された。

そういう話がされているようだった。

日本でも、とっくの昔に対馬からフォロワーが駆除された事もあり。国内でのフォロワー掃討戦に移行しているようだが。米国はなんというか、強烈に熱狂している様子が明らかだった。

まあそれはそうだろう。

つい最近まで邪神に怯え。そうでなくてもフォロワーが至近にいる場所や。或いは何とか安全を確保した地下などで、人々は怯えながら暮らしていたのである。

もはや邪神に怯える事も無く。

フォロワーもいない。

太陽の下を歩ける。

それがどれだけの熱狂を産むかは、まあ想像通りとは言える。

米国の国策としては、最大のメガロポリスは全てが解放が完了した(ワシントンDCはまだまだだが少なくとも表向きは)と言う事もあり。順番に原子炉などの重要インフラから始めて、少しずつグレードが落ちる都市などへ解放活動の主軸が移っている様子だが。

それでも邪神がいないというだけで。

フォロワーの危険性に代わりは無い。

軍は自分達でフォロワーを駆除したいと声を上げている様子だが。コーネフ元帥が抑えるのに必死のようだ。

それはそうだろう。

フォロワーの恐ろしさを、「財閥」が倒れて数ヶ月で忘れるような阿呆に軍の指揮権なんて任せられないし。

何より鉛玉でフォロワーを倒していたら、それこそ地球上の全ての弾薬になる資源を使い果たしても足りるかどうか。

対戦車ライフルを使ってやっと、という相手だ。

装甲車がひっくり返される相手だ。

それを忘れている輩がいるのを見ると。やはり監査が必要だと言う結論は、代わることがなかった。

さっそくNASAの跡地を復興し、急ピッチで作られている金星行きのロケットを見に行く。

技術を提供したとはいえ。

これは人類の希望になる技術であることに代わりは無い。

地球を出る事が出来なければ、どの道人類は資源切れでジエンドだ。

「悪役令嬢」を厄介払い。

つまり、手に負えなくなった英雄をなんとか処理するという目的が最大であるのは確かだが。

それはそれとして。

人類の未来のためにも、コレを作らなければならないのは事実なのである。

米国に残った数少ない科学者達が、総出でロケットを作っているのが分かる。

目を細めて確認し。

何カ所かに、不備がある事を指摘しておく。面倒なので大統領に、だ。

勿論大統領は慌てて指示を出して不備を修正させる。

それは、横で紅茶を飲みながら確認することにする。

メイドが用意された。

紅茶を淹れることについてはそれなりの技術があるようだが。「悪役令嬢」に怯えきっているのが露骨過ぎる程だった。

どこかで助けたのかも知れない。

まあどうでもいい。

ともかく茶を淹れさせて、クッキーを口にしながら地球を去るために乗るロケットの建造具合を見やる。

早速ロケットの修正が行われている様子だが。

まあ、一応欺瞞は無い様子である。

恐らく知っている。

ロケットの事故に見せかけて「悪役令嬢」を始末しようとしても無駄だと。

怒らせるだけだとも。

だから、必死になって最善を尽くしている。

勿論人類の希望のため、というのもあるのだろうが。

紅茶を飲んでもトイレが近くならない。

というよりも、取り込んだものは全て体内で栄養に変わっている様子だ。老廃物なんぞ出無い。

そういう意味でも、もう「悪役令嬢」は人ではない。

戦場などで、用を足すのに苦労していたのが遠い昔の様子だ。

ドレスを着てはいるが。

体中古傷だらけだった事も、今はもうどうでもいい。

ドレスで隠していたマッシブな体も。

今なら、その気になれば瞬間的にほっそりしたものへ変える事が出来る。

ただ。そもそもミームの権化である「悪役令嬢」にとって最も大事なのは見かけである。見かけが代わらないのだから。これでいいのだが。

大統領から連絡が来る。

「修正は終わったかね「悪役令嬢」くん」

「ええ。 とても誠実に作業をしているようですわ」

「それは良かった。 このロケットは人類の希望だ。 今までのロケットとは別次元の性能を持っていることが既に科学者達の調査で分かっている。 一度に数百人を運ぶ事も用意らしい。 燃料も極めて少なく、しかも貴重な資源を使うわけでも無い。 流石に異星の……」

「そこまで。 聞かれたら大変ですわよ」

黙る大統領。

既に力関係は完全に「悪役令嬢」の方が上。

それに、だ。

今、アラスカでゴミ処理もとい世界最高の密度で集結しているフォロワーの駆除を凄まじい勢いで進めている「陰キャ」は地球に残る事が分かっている。

アラスカとカナダのフォロワーを片付けたら。「引退」という形で人類の前から姿を消す予定だが。

あの子は本物の伝記物に出てくるような「忍者」そのものとなり。

今後は因果応報を実力で実施する存在になる。

ごまかしは利かない。

ガイアは無能だったが、それでも人間全ての意識を監視して、行動を記録する程度の能力は持っていた。

それと接続しているのである。

今後、「財閥」のようなカスが出たら、それこそ秒でこの世から消す。

首を刎ねるなんて生やさしい真似はしない。

痕跡も残さずこの世から消滅させる。

それくらい簡単だし。何より後腐れも無くて良いだろう。

それが大統領だろうが何だろうが関係無い。

人類は、今後。

今までと違い。

悪事を働いたら、どれだけ金を積もうが。どれだけ権力を持っていようが、逃れる事は出来ない。

因果応報の鉄槌が下されることになる。

それについては大統領にも告げてある。

まあ、裁判で処理するのが一番なのだが。

アルカポネの例を出すまでも無く。

どうせ人間の法治主義なんて、今後数千年はまともに機能しないだろう。

それに不正を暴く手段だって同じだ。

だから、こういう人間を越えた立場で。本当に悪党を駆除するための存在が必要になるのだ。

夕方が来たので、「陰キャ」と連絡をとる。

なお携帯端末など使わない。

ガイア経由で意識をそのまんま交換する。

こうしてみると、言葉とか言うものの不便さが非常に良く分かる。

とにかく無駄が全く無いので、意思疎通が極めて便利だ。

「「陰キャ」さん。 そちらはどうですの?」

「アラスカに来ているフォロワーのうち、四千万ほどを駆除しました」

「始めたばかりだというのに流石ですわね」

「いえ。 あたしの力も、だんだん暖まって来ていますので。 「悪役令嬢」先輩ほどではないにしても」

「陰キャ」は謙遜しているが、実力はもう互角だ。

「悪役令嬢」はガイアの意識と。「陰キャ」はガイアの力と。それぞれ接続しただけにすぎない。

単純な出力などは「悪役令嬢」が上かも知れないが。

戦闘技術などは「陰キャ」の方が上だろう。

今の「陰キャ」がその気になれば。それこそ大陸を両断することも可能だし。

地球に切り込みを入れることだって出来る。

まあそんな事をすれば一発で人類は全滅するが。

「「悪役令嬢」先輩が地球を離れる前には、今アラスカにいる残り二億六千万強も残り一億八千万くらいまで片付けておきます」

「アラスカの方での駆除が終わったら、後は予定通り「引退」を告げて人間社会を去るんですのね」

「ええ。 その辺りは「悪役令嬢」先輩と同じです」

「ふっ。 これから恐らく最低でも数千年は監視が必要でしょう。 連携していきましょう」

分かりましたと、「陰キャ」は素直に応えてくれる。

それにしてもあの子が人間と接するのが苦手なのは、言葉とか言ういい加減なツールが原因なのだとはっきりこれで分かる。

やれ表情だ視線だの。言葉の発し方だの。

そんなどうでも良いことで相手の価値を決めつける「コミュニケーション」とかいう代物。

更にその不完全さを補完した言葉とか言ういい加減極まりないツール。

それらもあって、あの子は人間との接し方に問題を抱えてしまった。

SNSクライシスの前にいた「陰キャ」とレッテルを貼られた者達だってそれは同じだろう。

それにだ。

「コミュニケーションが得意」とか抜かしていた連中が。実際には暴力を振るって周囲に無理矢理言う事を聞かせていた、何て例は枚挙に暇が無い。

ガイアと意識アクセスした今は、その実例を嫌と言うほど見ている。

まあこの星を離れるのは妥当だ。

人間は当面、独り立ちなんて出来ないだろう。

そして神がカスだと言う事が分かった今は。

神でもなく人でも無いミームの権化。

「悪役令嬢」と「陰キャ」が、管理をして行くしか無い。

表だって管理するのは悪手だ。

どうせ上手く行かない。

裏側から、因果応報の絶対を叩き込んでいく事で。人間を数千年単位で調教していくしかない。

残念ながら、そう結論せざるを得ない。

寝る事をメイドに告げて、その場を離れる。

NASAの跡地もフォロワーや邪神に無茶苦茶に荒らされていたのだが。奪回は「悪役令嬢」がやった。まあ周囲にいたフォロワーは二十万程度。駆除は簡単だった。

周囲には急造のプレハブが幾つか存在していて。その一つを利用させて貰っている。

何しろ英雄のプレハブだ。周囲の兵士達は敬意を払って一応の対応はしてくれるが。

同時に監視も付いているのが明らかだった。

最初に隠しカメラとか盗聴器は全部潰してしまって。それで怖れたのだろう。

以降は隠しカメラとかは無くなったが。

その代わり、常時兵士が見張っているようになった。

どうでもいいが。

その気になれば、あくびをしている合間に全部処理出来るし。「陰キャ」と同様。水爆つきのICBMを地球にある全部叩き込まれても痛くも痒くもない。

地球に直系200qのクレーターを穿った6500万年前の隕石の火力はTNT換算で1億メガトンに相当するが。

人類の持っている核なんて、全部火力をあわせてもその0.1%にもみたない。

つまりそういうことだ。

ねむると称してベッドに横になるが。

その間。ガイアに接続して、人間の監視をがっちりしておく。

今のうちに、消すべき候補については洗い出しておく。

別にどんな思想を持とうが自由だ。

だが富を不必要に独占し。周囲の人間を好き勝手に虐げようとするような輩とか。

犯罪組織を作って、法を笑い飛ばしながら悪事を働こうとする輩は、消す。

そういうのを放置してきたからSNSクライシスが起きたのだ。

そしてもう取り返しがつかない。

だから、「悪役令嬢」は。

今後本物のミームとなって人間に対する圧倒的な脅威となると同時に。

なにもかもを知っている。

生物を超越した存在になれておかなければならない。

まあ脳などももう人間とは完全に別物だし。

首から上を刎ねられた所で、即座に再生するけれども。

これはまあ、そういう雰囲気的なものだ。

そのまま寝たふりをして過ごし。

朝5時にきっかりおきる。

軽く体操をしたフリをして、その実ガイアとの接続を確認しながら、どう体を動かせるかを確認しておく。

勿論もう完璧に近い状態なのだが。

鈍るのが嫌。

それだけの話だ。

6時になるとメイドがおきてくるので、茶を淹れさせる。

その後は、ガイアと接続して情報収集をしつつ、携帯端末を弄ってニュースをみていく事にする。

ワシントンDCは、ホワイトハウスの周辺での掃討作戦が順調に進行。

米国の威信を賭けての駆除作戦だし、まあ失敗はできないという考えなのだろう。

その辺りはよく分かる。

第二世代の狩り手たちはよく頑張っていて。

連日数万のフォロワーを狩っているが。

それでも、全部駆除するのは数年後だろうなと思って、少しだけ苦笑してしまった。

その他のニュース。

人間牧場の解放が、正式にニュースとして発表されたようである。

まあそもそも米国内ですらまだインフラもロクに回復していないのに、欧州にちょっかいを出す余裕なんてあるのかと米国民は考えるかも知れないが。

人類が激減している今。

少しでも多くの人間を確保したいという米国の意向も分かるだろう。

それほど大きな混乱は起きていない様子だ。

今後、人間牧場から解放された人々は、無人艦隊に乗ってどんどん米国に移送されるらしい。

欧州に残りたい人はほぼいないそうだ。

まあそれはそうだろう。

人間牧場で過酷な扱いを受けていたことに対するトラウマもあるだろうし。

欧州はまだまだわんさかフォロワーがいる。勿論存在密度は落ちてはいるが。それでも人間が遭遇するのは致命的なのだ。

欧州でも人類を解放。

ニュースの記事タイトルを見て、「悪役令嬢」はSNSクライシス前のマスコミに戻らないだろうか少し心配になったが。

まあもうそれはどうでもいい。

紅茶をしばきながら、金星行きのロケットが完成するのを見やる。

どうやら、もうすぐ構築は完成し。

以降は、チェック作業に移るようだ。

地球で過ごすのももう少しで終わり。

ぼんやりと眺める。

地球と金星から、今後は人間に相応の監視をする。

その結論には、代わりはないが。他に道は無かったのか。今、少しだけ考えた。

だが、ないと結論出来る。

「財閥」は邪悪でどうしようもない輩だったが。ああいう輩を持ち上げて、好き勝手を許したのは人間だ。それも彼奴は唯一の例でもなんでもない。歴史上、山のように類例は残っている。

何をやっても人間は駄目だ。

そう考えてしまうのも一つの結論なのだろうが。「悪役令嬢」だって人間だったのだ。少なくとも。

だから、そこまで冷酷には考えず。

数千後にはマシになるかも知れないと思って。今は、究極の汚れ役を引き受ける事とする。

そう、ミーム「悪役令嬢」のごとくに。

 

3、全ては去った

 

金星行きの有人ロケットが打ち上げられた。勿論大統領は立ち会う。

日本の総理大臣と山革陸将は忙しいと言う事でNASA跡地には来られなかったが。

それでも、リアルタイムで様子は見ている様子だった。

それはそうだろう。

あの二人は、「悪役令嬢」の真相を知っている数少ない存在だったのだから。

狩り手には第一世代と第二世代が存在している。

人間を教育して作りあげたのが第一世代の狩り手。そしていわゆるデザイナーズチルドレンに邪神の因子を埋め込み。更に非人道的な教育を行って仕上げたのが第二世代の狩り手だ。

「悪役令嬢」は第一世代の狩り手であり。

本人もそれを受け入れていたが。

出自には秘密がある。

SNSクライシスが起きたときに、世界中は大パニックになった。

その時に、何とか邪神とフォロワーに対抗しようと、色々な人間や研究機関が試行錯誤した。

その中の一つ。

第二世代の狩り手を作り出すプロジェクトの前段階が存在したのだ。

それは、デザイナーズチルドレンを育成して、フォロワー対抗できる存在を作ろうとするものだった。

研究そのものは稚拙極まりなく。実際にはそれほど専門性のあるものは出来なかったのだが。

それでもどういうわけか、誕生してしまったのだ。

第一世代の狩り手の最高傑作ともいえる存在が。

それこそが「悪役令嬢」。

そう、今金星に旅立っている存在である。

「悪役令嬢」は、邪神の因子こそ埋め込まれていないが。人類が最初に作ったデザイナーズチルドレンだったのである。

あの圧倒的な戦闘スペックは、それが要因だったのだ。

実際問題、手段など選んでいられなかったというのもある。

結局彼女は、誰も期待しないまま「悪役令嬢」のミームにそってあんなけったいな格好をして戦場に出て。

そして見る間にめざましい戦果を上げていった。

英雄「ナード」が切り開いた道もあったにはあったが。

それでも「悪役令嬢」が、対邪神の究極兵器として存在し得たのは、偶然ではなかったのだ。

更に言えば、「悪役令嬢」の元になった稚拙なデザイナーズチルドレンのテクノロジーは、後に第二世代の狩り手をつくるプロジェクトの原型になっている。第二世代の狩り手達は「悪役令嬢」に絶対服従だったらしいのだが。それは偶然では無かったのかも知れない。

むしろ偶然の産物は「陰キャ」だろう。

彼方は、元々正真正銘普通の人間で。

別に両親は忍者でもサムライでもなかったのだから。

それが、今では本物のリアル忍者である。

最後の恩を売ると言って、アラスカで凄まじい勢いでフォロワーを駆除してくれている。

その結果、アラスカにかき集められたユーラシアのフォロワーは密度を著しく減じたことになる。

対馬でも同じようにユーラシア由来のフォロワーを駆除してくれたから。

今後、人間だけでフォロワーを駆除するのが現実的になった。

ロケットが空に消える。

周囲の士官の言葉によると、綺麗に金星行きの軌道に乗ったそうだ。今までの人類が作ったロケットとは、次元違いの性能で。数週間で金星に着くと言う事だった。

「発射時のデータが取れました。 内部に掛かるGは極めて弱く、内部の機密性も非常に高くなっています。 その上燃料も非常に少なくて済む。 更にロケットそのものも再利用が可能ですので、宇宙に人間をピストン輸送する事が出来ます」

「軌道エレベーターより現実的なようだな」

「はい。 まずは大型の宇宙ステーションを作り、次は月に進出。 月や周辺の小惑星をキャプチャして資源化しながら、どんどん地球に送り込みます。 また地球では使い物にならない太陽光発電も、宇宙では……」

「分かった、専門的な話は任せる。 費用は出すから、専門家を集めて協議をしてくれ」

そのまま士官を下がらせると。

ぞくりと恐怖を感じて、振り返った。

SPたちは遅れて反応する。

そこにいたのは、パーカーを被って人相を隠している小柄な女。帽子も被っているようだが、眼鏡は外している。マスクも今日はつけていない。

見ると、そこそこに整った顔立ちだが。

視線がとんでもなく怖い。

「陰キャ」だ。

直接会った事は無いが。何度かやりとりはしているし。もう彼女がどういう存在になったかは分かっている。

SPたちを手で制する。

だが、どっと冷や汗が流れてくるのは、どうにもならなかった。

それはそうだろう。

此奴がその気になったら、多分合衆国そのものが数日で消滅するし。

今、大統領が小便を漏らしそうになっている事とか。逃げても無駄だからそのままでいる事だとかは。

全部見抜かれているのだから。

「こ、これは。 君も来ていたのかね「陰キャ」くん」

「何事もおきなかったようで安心しました。 すぐにアラスカに戻ります」

「飛行機を用意させようか」

「いえ、走って戻ります」

相変わらず口を一切使わない。携帯端末に文字を打って見せてくる。

そして気づいた次の瞬間には、もうその場にいなかった。

本当に喋るのが嫌いなんだなと言うことが良く分かるし。何よりも目に宿った闇が凄まじい。そして、人間ではもはやあり得ない。

マフィアのボスとかは、自分を神に近いとか考えていたり。自分を善人だと思い込んでいたりするケースがある。要するにサイコ野郎、ということだ。

だが「陰キャ」は違う。

「陰キャ」は平等に人間を見ている。

全てを斬るべきか、そうではないかで判断している。

それが分かっているから、いなくなった今も冷や汗が流れ続ける。

人間は、総力を挙げても「陰キャ」にはもう勝てない。「財閥」でも、今の「陰キャ」にはそれこそ即座にスライスされて終わりだろう。

地球そのものの力を得て、その気になればなんぼでも引き出せる存在。

倒す事なんてとうてい不可能だし。

何より倒してしまったら、何が起きるか分からない。

地球がそのまま死ぬかも知れないし。

そうなったら人間なんて、数年ももたずに終わりだ。

困惑するSPたちだが。まあSPなんていてもいなくても「陰キャ」の前には同じだ。責める事はしない。すぐにロケット打ち上げ式の成功をニュースで報道するように周囲で困惑している士官達に指示し。

自身はホワイトハウスに戻ることにした。

実は、少し前だが。

M1エイブラムス戦車に、至近距離から射撃するように「陰キャ」は指示してきた。

何のつもりだと思ったのだが。

ともかくやってほしいと言う事だったので、M1エイブラムスにそうさせた。

結果は恐ろしいもので。数メートルの文字通りゼロ距離射撃を防ぎもせずにノーダメで耐え抜いた。

それも側頭部に弾丸が直撃したのにである。

地面に罅が入ったが。それは衝撃とダメージが、全部地面にいったからだった。

理論上どんな物質でも、こんな距離でエイブラムスの主砲を喰らってどうこうできる筈が無い。

その後、人類が用意できる最高の毒を用意してほしいと言われた。

困惑した上で学者達はボツリヌストキシンAという、1グラムで1000万人殺せる毒を用意したが。

「陰キャ」は平然とそれを100グラム飲み干し。なんのダメージも受けなかった。

学者達が青ざめて驚愕している中。

彼女は平然とアラスカに戻っていった。

しばらくして、真意を悟って誰もが青ざめた。

現在、エイブラムスの主砲の火力は。ピンポイントであれば核すらしのぐ代物である。

それを至近距離から喰らっても無傷でノーダメ。

つまり、スナイパーだとか用意して狙撃しても。何処に当たってもノーダメという事である。

邪神ですら、核を受ければ一応からだが欠損したのだ。即座に再生したが。

ついでに最強の毒、10億人を殺せる毒を飲んでも平然としていたのだ。

毒は一切通じない。

多分だが、放射能の類も全く無意味。もしも放射能を試したいといったら、無言で「陰キャ」は応じただろう。

「陰キャ」はこう言いたかったのだ。

人間にはもう自分は殺せない、と。

そして、もう既に伝えられている。

今後の地球には、因果応報が適応されると。

悪事を働いても法で裁かれない輩は存在しなくなると。

「財閥」のようなのが、また出てくると困るというのは確かに大統領も思ってはいたけれども。

まさか、ここまで苛烈な事を考えられるとは。ちょっとばかり想定外だったというのが本音である。

今回のロケット打ち上げの際も、もしも不備があったり。悪意があったばあいは。その場の全員を躊躇無く殺すつもりだったのだろう。

だから、大統領は膝が笑うのを止められなかった。

プライベート1に乗ると、大統領はようやくためいきをつく。秘書が出してきた紅茶を飲み干すと。

秘書官が話を振ってくる。

「アラスカに集まったフォロワーが、凄まじい勢いで減っているのが衛星写真からも確認されているようです。 このまま行けば、後少しで駆除が完了するとか」

「ああ、めでたい話だな」

「「陰キャ」氏が引退してしまうと言う事は残念ではありますが、充分過ぎる戦果ですし、あとは普通の狩り手で世界からフォロワーを駆除していけるでしょう」

「そうだな」

此奴は盆暗だから秘書官にしたのだが。

本当に盆暗だなと、内心で舌打ちしていた。

前の秘書官は、クーデターに荷担したので首にした。

そして大統領は分かっている。

このまま行くと、数年以内に貨幣経済と民主主義を復活させなければならない。それは別にかまわない。

その時に大統領は首になる。

任期を大幅に超えているからだ。

大統領は、SNSクライシスの後。どんな風に政治が動いていたのか、全てのデータを公開するつもりだ。

理由は簡単。

そうするようにと、「悪役令嬢」に指示されたから。

金星に行ってしまった「悪役令嬢」だが。

その気になれば、金星からでも此処まで手を伸ばす事が出来るのでは無いだろうかと大統領は疑っている。

ましてや「陰キャ」とは以心伝心。

余計なことをすれば、即座に斬られるだろう。

「超人となった「悪役令嬢」氏は、どうして金星を選んだのでしょう。 美の女神の逸話があるからでしょうか」

「金星がどういう星かは知っているか」

「はあ、まあ」

記憶力と教養だけはある秘書官は、すらすらと金星のデータを述べる。

まあそこまではいい。

それをどう応用するかが問題なのだが。

此奴はそれが出来ていない。だから秘書にしたのだが、それも恐らく理解は出来ていないだろう。

「「悪役令嬢」くんは其処に行ったんだぞ。 しかも生身でな」

「すごい適応力ですね」

「そしてその気になれば、そこから地球に干渉できるんだよ」

「素晴らしい。 英雄に見守られているというのは、人類の希望ではないですか」

駄目だ。

分かっていて秘書官にはしたが。此奴は本当に分かっていない。いくら何でも血の巡りが悪すぎる。

大統領だって、頭が良いなんて思った事はないが。それでも下には下がいる。

思うにIQだの高かったり学校の勉強が出来ても、こういう奴はいる。

そういうのが政治家とかになってしまうと、悲惨な事になるのだろう。

ともかく。秘書にわざわざ説明はしない。

「悪役令嬢」は敵に対して。特に邪神に対しては容赦の無い口撃を行って来た存在である。

実際戦闘のデータを見ていて、此処まで言うかと邪神が相手とは言え時々気の毒になった程だ。

邪神がブチ切れてペースを崩し。そこから自分のペースに持ち込むのを得意としていた。

それは「悪役令嬢」が人間で、相手が邪神だったからやっていたこと。

人間に対しては厳しかったが、無茶な事は言わなかったし。

僚友や戦友を死なせたりもしなかった。

民間人だって助けられるだけ助けたし。トリアージも的確だったと部下に聞いている。

つまり、宗教家共が金儲けと地位の確立に使って来たいもしない神なんぞよりもよっぽど公正だと言う事だ。

多少気は荒いが。

そんな彼女が、「因果応報を絶対にする」と宣言したのである。

実行しない筈が無い。

相手が邪神共であっても、撃ち倒してきた人類史上屈指の英傑だ。作られたものだとしてもそれに代わりは無い。

今後人類は、カスが出るたびに思い知らされるだろう。

監視者の存在に。

下手をすると、一瞬で万単位の人間が消されるかも知れない。

その時大統領だって詰められる。

ましてや、今は世界政府についての話し合いを日本と進めているのだ。こう言うときが一番危ない。悪さをするクズが出てくる。

近いうちに何人か消されるのでは無いかと。大統領は思っていた。

「私は家族を「悪役令嬢」氏に助けて貰ったんです」

「それはよかったな。 事実私も何度助けられたかわからん」

「だからあの人を英雄として尊敬しています。 きっと今後も人類の希望となってくれます」

それについては大統領も同じだ。

だが、大統領は今、英雄譚に出てくるモブの気持ちが良く分かる。

英雄は、魔王を倒してしまうと。

その後は人類の最大の脅威になり果てる。

だからめでたしめでたしで話が閉じるか。

何処かに人知れず去って行く。

そういうものなのだ。

人間が関わる限りは、その物語の鉄則は変わらないだろう。大統領は自分が情けないとも思うが。

迫害に回る連中の気持ちも、今は嫌になる程分かるのだ。

「悪役令嬢」を尊敬している事と。「悪役令嬢」が怖い事は両立する。

聖域でやりたい放題をしていた宗教家共に罰をまったく与えなかった神と違って。

あの人は、本当に懲罰をくれる事確定だ。

それも情け容赦なく、なんの分け隔ても無くやるだろう。

今後法整備が必要になる。

法の追求を逃れる悪党を出してはいけない。

できるだけ急がないとまずい。

上手く行かなければ、世界は恐怖に包まれる事だろう。

それも邪神なんかの比では無い。

邪神はむしろ理不尽の権化みたいな存在だった。何をやっても人間では勝てなかったし倒せなかったからだ。

あの人が審判側に回ったら。

恐らくは恐怖としてのランクは、邪神より一段上がるだろう。

文字通り絶対に逃げられないのだから。

大きな溜息をつく。

ホワイトハウスに近くの空港に到着。プライベートワンのための滑走路とか色々復旧は進んでいるが、まだ大型対戦車ライフルをもった特殊部隊が周囲を警戒している。

第二世代の狩り手達が掃除をしたとはいえ、何処かにフォロワーが潜んでいてもおかしくはないのだ。

近代都市は特にフォロワーが隠れる場所が豊富で、家を制圧した特殊部隊が、地下室から何食わぬ顔で出て来たフォロワーに急襲されたケースもある。

それらも含めて、特殊部隊は対フォロワーの戦術を。たとえ一体を倒すのが精一杯だとしても仕込まれる。

敬礼を受けて、装甲車に乗ってホワイトハウスに移動。

本当はM1エイブラムスが良いのだろうけれども。あれはとにかく燃料も金を食うし、走らせることが出来る道も限られている。

故に装甲車だ。

フォロワー単独なら幸い対処できる。複数に群れられるとひっくり返されて、後は無惨な悲劇が待っているが。

ホワイトハウスにつくと、内部を見て回る。

酷い状態だ。

確かにこれは、一から立て直した方が良いかも知れない。

内部には機密文書とかがそのまま残されていたとか。まあ処分する暇すらもなかったのだろう。

それはそうだ。

邪神のテリトリに入ってしまったのだから。

大統領はそれらを確認してほしいと言われたので、内容を見る。金庫に入っていたそうだが。

周囲は人間が触れるような有様ではなく。

清掃を行った部隊の人間が、後で吐いていたほどだったそうだ。

死臭が染みていそうな機密文書に目を通していく。

まあ出るわ出るわ。

歴史で定説となっている出来事の真実が。

思わず渋面を作ってしまう。

いずれも表には出したくないが、出す必要があるだろう。全て保存するように指示。出すタイミングは、国際政府を樹立したタイミングだ。

正体を考えたくない染みがたくさん残っている部屋もあった。

これで掃除済とは。

ため息をつきながら、秘書官に指示。

「掃除を行った部隊には、何かボーナスを支給しておくように」

「分かりました」

「それと、これはやはり一度壊して作り直す……いや、もうこれは記念館として残す形にして、オフィスの機能は別に移動させよう。 ホワイトハウスは既に死んでいたのだし、その墓としてこれを残す事にする」

「分かりました。 そのように周知します」

まあ、国際政府のオフィスとなったら、どこに置くべきかは分からないが。

米国でも日本でも角が立つだろう。

だったら真ん中辺りにあるハワイ諸島にでもするか。

それもまた良いかも知れない。

ハワイと言えば陽気な常夏の島のイメージがあるが、実際は陰謀と圧倒的軍事力を駆使して米国が侵略した場所だ。米国は民主主義でハワイは王政だったから解放という名目で、である。

民主主義は常に正義と考える人にとっては、あまりにも醜悪な出来事だと言えるだろう。

そこを世界の中心にするというのも、ある意味皮肉が効いているかも知れない。悪趣味さに「悪役令嬢」も苦笑いするかも知れないが。

ただそれをもって、あの人は人類を罰したりはしないだろう。

いずれにしても、何もかも急がないといけない。

これからどんどん人は増えるのだ。

欧州の人間牧場の人を助けだして、米国本土に引き上げる。

中華やアフリカには、かろうじてフォロワーの中で生きている人々の集落があることが確認されている。

それも国際政府に取り込まなければならない。

放置しておいたらまだまだ世界中にわんさといるフォロワーにいずれは食い殺される。

見殺しには出来ないのだ。

大統領の仕事も増える。

後任者に仕事を引き継ぐ前に。

まだまだ、処理しなければならない案件は。山のように残っていた。

 

「喫茶メイド」と仕事をしながら、「人形」は周囲の人間達を冷静に観察していた。

「人形」は第二世代の狩り手。

「人形」は自分を人間だとは思っているが。残念ながら、「人形」を人間だと思っていない人間の方が多い。

それについては他の人間全てを見ていれば分かる。

統計的に見ると、一割もいないだろう。「人形」を人間と見なしている者は。

しかもその内九割は自分より下の存在だと見下している。

「陰キャ」のような人が例外だったのだと。今はそれがよく分かっていた。

「喫茶メイド」が本当に申し訳なさそうに謝る。

横浜周辺で、最後に残った地区でフォロワーの掃除をしていた。埼玉や千葉、茨城のフォロワーは既に駆除が完了している。

これで本当に最後だと言う事で気合いを入れて駆除していたのだが。

案の定孤立していた人が見つかり、救助をして。

そしてとても心ないことを言われたのだった。

いつも笑顔を作っているのは、「陰キャ」が心をくれたおかげ。

時々泣きたくなるが。正直泣き方が分からない。

今になって思うと、まだ米国の第二世代狩り手に比べるとましだった様子だが。それでも非人道的な扱いを受けながら人間兵器として育った。

その結果、余計な感情は持たないように育てられた。

皮肉極まりない話だが。「優秀な遺伝子」とやらを組み合わせて作りあげた結果、第二世代の狩り手には生殖能力もない。更に言うと、大人になられると面倒だからだろうか、何かの抑制処置がされていて、大人になる事もない。

死ぬまでこのまま、ということだ。

寿命も三十年程度だそうである。

その話を聞くと、なにが「優秀な遺伝子」だと思うが。

いずれにしても、フォロワーがいなくなったら石を投げられて生きる事になるのは目に見えている。

米国の第二世代狩り手も含めると、結局は十数人が実用化されたそうである。

候補生もいたが、それらは実用化をキャンセル。

以降は方針を切り替えて、宇宙時代に適応した人類のモデルケースとして。研究を切り替えるのだとか。

これらについては、結構政府の上の方に食い込んでいる「喫茶メイド」が。

恐らく気を聞かせて教えてくれた。

この人は、「悪役令嬢」がいなくなり。

「陰キャ」がアラスカのフォロワーを全滅させた後、自主的に人前から姿を消してしまってから。

なんだかずっと喪に服しているように見える。

真相は聞いている筈だ。

だからこそ、罪悪感が強いのかも知れない。

一方で、第一世代の狩り手としては「コスプレ少女」とトップを争う実力である事は代わっていない。

特に「萌え絵」を描ける貴重な狩り手と言う事で。台頭してきている「腐女子」とともに。

今後も対フォロワーの最前線に立つことは確定だった。

駐屯地で、お茶を淹れてくれる。

とても美味しいお茶だ。

静岡の工場がもう完全に稼働していること。幸い茶はフォロワーに蹂躙されず、ある程度残っていたこともある。

すっかり茶はまともになった。

紅茶の方も生産が始まっていて。最近はインスタントでは無いまともな茶が出るようになっている。

「喫茶メイド」も「女騎士」程では無いが腕を上げていて。

最近は淹れてくれるお茶がとても美味しくなっていた。

ただこれは、「喫茶メイド」の上達以上に。

茶葉が良くなっていることが原因だろう。

テレビ会議に出るというので、先に風呂を済ませておく。

風呂に入るのは、昔は時間が決められていて。それを少しでも伸ばしたりしたら、教育係に徹底的に詰められた。

日本の狩り手の先輩である「巫女」も似たような状態だったようだ。

ただ「巫女」はかなりの変わり者で、非人道的教育をまるで問題にもしていなかったらしい。

実際最初の第二世代狩り手でありながら、間違いなく最強の第二世代狩り手、などと言われているように。

あの人もあの人で。

対邪神はまったく駄目でも、対フォロワーとしては世界最高のプロフェッショナルとして。

今後のあまり長くない寿命の中。

地球のために活躍するのだろうと思う。

「喫茶メイド」が戻ってくる。

話を幾つかされた。

「これから、海外に出ることになりました」

「はい。 どこにでもいきます」

「……私達はまずは台湾に。 それから東南アジアに渡り、各地を転戦することになります」

「コスプレ少女」は英国に渡るそうだ。

中華はちょっとフォロワーが多すぎるので、後回しにするらしい。ただ。第二世代の狩り手は何人かを投入して様子見をするそうだが。

現在欧州のかなり奥深くまで第二世代の狩り手を中心とした戦力が食い込んでおり。

彼らが作戦を一段落させたら、今度はアフリカにて生存が確認されている人々を救助に向かうそうである。

一方で、東南アジアの現状を確認した後。

日本の狩り手を中心に朝鮮半島経由で中華に向かうそうだ。

いずれにしても、日本は既にほぼフォロワーの掃討が完了。もう生きている人間の方が多いそうである。

米国の方も、迫り来ていたアラスカのフォロワーの駆除が終わり。既に各地の重要戦略地点の解放が開始されている。

特にニューヨーク、ロサンゼルスの解放が終わったのは大きく。

ワシントンDCでも順調にフォロワーの駆除が進んでいる事が、世界政府の樹立に向けて動いている日米にとって都合が良いのだろうという話だった。

「人形」はそのまま笑顔で頷く。

出来るだけあどけない笑顔で。

そうしないと、また暴言をぶつけられる。こうしていても、暴言をぶつけられるのだ。もしも止めたら何をされるか。

されても抵抗は出来るけれども。

したらそれこそ何をされるか、しれたものではない。

SNSクライシス前の記録は見ている。

主観を正義と信じ込んでいる人間がそうだった。自分の主観に基づく身勝手な正義で他人を徹底的に痛めつけ続けていながら。

少しでも反撃されたら発狂し。被害者を主張して、更に攻撃を激化した。

それが異常な人間なのでは無く、むしろ平均的な人間だったというのが度し難い。

「人形」にだってそれくらいは分析出来るし。

それに今後はそういう人間が、また表に出てきて社会を牛耳ることも分かる。

因果応報が今後は完全化されるらしいが。

それでも差別はなくならないだろう。

「横浜を解放したばかりなのに。 それなのに、こんな仕事ばかりさせてごめんなさい「人形」さん。 私も現地に出向くので、それで許してください」

「どうして謝るんですか。 私は何とも思っていません」

「……「陰キャ」先輩の代わりにはならないかも知れないですけれど」

腰を落とすと、「喫茶メイド」はぎゅっと抱きしめてくれる。

暖かいが、それだけだ。

「人形」にとって親と言えるのは「陰キャ」だけ。

あの人だったら、どれだけ良かっただろう。

翌日には、輸送機が来た。

沖縄経由で台湾に出向くのだ。

台湾は殆ど衛星での監視もしていなかった。それどころではなかったからだ。だから、どれだけフォロワーがいるのか、生存者がどれくらいいるのかすらも分からない。

はっきりしているのは、人間が地力でフォロワーに勝った地域なんてない、ということである。

各地の離島は例外なく全滅。

これは邪神が、面白がってそうした結果らしい。

幾つか邪神が面白がって離島を全滅させたと狩り手に誇らしげに話をしている記録が残っている。

まあ人間の最も醜悪な部分が煮詰まったような者達だったのだ。

別に不思議な話ではないだろう。

輸送機には自衛官もかなり乗り込んでいたし、駐屯地を作る為の物資もかなり積まれていた。

沖縄に一度着くが。

常夏の島と聞いていたのに、普通に寒いと感じた。

どうやら邪神を全て倒しても、当面異常気象は収まらないらしい。

周囲を見るが、フォロワーの気配は全く無い。米軍基地は殆どが滅茶苦茶に破壊されたようだが。

今では自衛隊が引き取って、再建を進めているようだ。

沖縄では生き延びていた人間が数百人しかいなかったらしい。

その生き残りも本土に移ったこともある。

これからまた再度人を入植させて。一から全て始めるのだろう。

再建中の元米軍基地で燃料補給を受けてから、沖縄に。

それほど到着まで時間は掛からない。

沖縄にはたくさん離島があるが。

それらについては、今「巫女」が回って一つずつフォロワー駆除を進めているそうである。

小笠原などの離島のフォロワー駆除が全て終わったので。こっちに来ているらしい。

「巫女」も沖縄の元米軍基地を拠点に活動していたので、ひょっとしたらかち合う可能性もあったが。

残念ながら、そうはならなかった。

程なくして、台湾に到着。

濃厚な、フォロワーの臭いがする。そして、北端の方に着地するが。自衛官には来るなとハンドサインを「喫茶メイド」が出していた。

来るわ来るわ。対馬を思い出す光景だ。

「喫茶メイド」もかなりの使い手だが。大阪で戦っていた頃の「陰キャ」と比べても何段も劣る。

ただ、その代わり「人形」が腕を上げている。

真っ先に突貫。

大太刀を振るって、躍りかかってくるフォロワーを赤い霧に変えながら、暴れ狂った。

「喫茶メイド」は様子を見ながら、しばらくして一旦退却を指示。今回は威力偵察である。

だから、別に退却でかまわないのだろう。

空中に避難すると、流石に邪神でも無いしフォロワーは追ってこられない。

輸送機で、生唾を飲み込んでいる自衛官達の様子が分かる。これでは駐屯地を作るどころじゃあない。

一旦ドローンを飛ばして全土の様子を確認し。フォロワーの数が少ない場所を調べる。

そういう話をされた。

それくらいの下調べはしてほしかったのだが。多分日本全土で生存者を探すためのドローンは総動員されているのだろうし。

あまり文句もいえない。

どっちにしても、全部殺せばいいだけの事だ。

大太刀を抱えて、飛行機の隅で座り込みながら。「人形」はやりとりを、ぼんやりと見つめていた。

 

終、悪役令嬢ここにあり

 

世界政府が樹立された。

「財閥」が倒れてから丁度二年の事である。

日本と米国からは、完全にフォロワーの駆除が完了。欧州の各地にあった人間牧場からは、全ての人間が救出された。

新しい世界政府は合衆国ではなく米国でもなく。「世界政府」という名前になり。

本拠はハワイに設立され。

それと同時に、日本の総理大臣も米国の大統領も引退。

同時にコーネフ元帥が引退した事もあって、大きな実績を上げ続けた闘将山革陸将は初代最高司令官に就任した。

ただ、まだまだ世界中にフォロワーがたくさんいて。

その数は十数億に達することも確定である。

現在はアフリカと中華に第二世代の狩り手が出向いていて、連日相当数のフォロワーを狩っているが。

まだまだ終わりは全く見えない。

中東はまだほぼ未着手。

中央アジアもしかり。

南アメリカも、アフリカと似たような状況である。

そんな中、オーストラリアの解放が終わっていることも。色々といびつな構造をどうしても想起させてしまう。

新しい大統領は久々の。三十数年ぶりに行われた民主的選挙で選ばれたが。

その過程で、候補者が何人か不審死した。

そして、今壇上に立っているのは。

どこにでもいそうな、平凡な男である。

スピーチも平凡だった。

群衆もそれほど多くは無く。無人撮影用のドローンが周囲を旋回している。それらはSPの代わりも兼ねている。

まあ、今の時点で世界政府の樹立を良く想わない人間などいないのだが。

それはそれ。これはこれだ。

群衆の中に混じって様子を見ながら、「陰キャ」は思念を飛ばす。

相手は金星の地下に潜った「悪役令嬢」である。

「世界政府の樹立は上手く行ったようです」

「お仕事ご苦労様ですわ」

「……」

この過程で。

「陰キャ」はさっそく仕事をしなければならなかった。

案の定。米国内や日本国内が安全になるやいなや。わらわらとゴキブリが湧いて出てくるかのように。

悪党が出始めたのである。

警察がまだ未成熟なのを良い事に、略奪暴行の類を好き勝手にする輩。

弱い方が悪いという理屈の元に、今までどうやって生き残れてきたのかを忘れて奪うことを行う連中。

既に千五百ほど、「陰キャ」は斬った。

斬った痕跡も残さなかった。

死体を残す事すら馬鹿馬鹿しい。それが分かりきっているから、である。

政府高官の中にもクズはいた。

貨幣経済の再始動に伴って、資産を独占してやりたい放題をしようとしはじめるクズや。

自分に都合が良い法律を作ろうとする外道。

そういうのも、容赦なく消した。

今後もどんどん斬らなければならないだろう。

ただ、ガイアの意思を通じて知っている。

こっそり悪事をしても見られている。

誰々が消された。

文字通り消し飛ぶのを見た。

悪さなんて怖くて出来ない。もしもやったら、消されるのは分かりきっている。

そう怯えている悪党候補ども。

日本でも、二次大戦の混乱期には、想像を絶する悪党がわんさかいたそうだが。

それらは罰せられることなどなく。

弱者からむしり取った金で生涯好き勝手を続けた。

だが、今度は違う。

もはや同じ事はさせない。

新大統領の演説が終わると、不意に空中に声が響き渡る。

「悪役令嬢」の演出だ。

「オーッホッホッホッホッホ! 世界政府の樹立、おめでたいですわ。 わたくし「悪役令嬢」からも、賛辞を述べさせていただきますことよ」

突然の声に、大統領は困惑し。

聴衆も驚いているようだが。

これはサプライズでも何でも無い。はっきりと、時々存在感をアピールしておく必要があると判断したからやっている。

それだけのことである。

なお、先代から今の大統領も引き継いでいるはずだ。

だから、ちょっと驚いているのは心外だなと「陰キャ」は思った。

「さて、はっきり言っておきますわ。 世界再編の混乱にかまけて富を独占しようとしたり、自分にだけ都合が良い法を作ろうとしたり。 法曹の目が届かない所で悪事をしようとした者達。 1527人が姿を消しています。 そのリストを公開しますわよ」

それぞれの名前と、何をしたかが具体的に写真付きで出てくる。

その中には政府の官僚のものもあった。

聴衆の目にも、ドローンの撮影にも全て映っている。

まあ実際に手を下したのは「陰キャ」なのだけれども。

もう「陰キャ」はあの人と一つも同然。

人類がまともな文明を構築して、他の文明と接触しても上手くやっていけるレベルになるまでは。

干渉を続けなければならない。

「この者達はわたくし達で消しました。 今後も悪が栄えることは絶対にないと知りなさい。 不正をしようと目論んでいるもの、こっそり人を殺してもものを奪ってもばれないと思っているもの、立場が弱いものに悪事を行い、脅しておけばばれないと考えているもの。 文字通り天知る地知る、そしてわたくしが知るですわ。 一人も生かしておきませんことよ」

聴衆が露骨に青ざめるが、それでいい。

そもそも人間が万物の霊長などと言う考えがおかしいのだ。

法がいい加減であり。

特定の者のために作られている事もおかしいのだ。

人類文明は一度リセットされた。

ここから上手に再建されないようだったら。

もう一度、ある程度の駆除も考えなければならないかも知れない。

ガイアの意思と接続し、過去の人間の所業全てを見た「陰キャ」は。そう思うようになっていた。

或いは新しい神的存在になっているのかも知れない。

だがもし「陰キャ」や「悪役令嬢」がそうだとしたら。それはミームから生じたのだから、ある意味神が作られるプロセスに沿っているとも言える。

強いていうなら、分類は。

執行神、だろうか。

まあなんでもいいが。

「それではごきげんよう。 これからも、馬鹿な事を考えるものが出ないことを祈りますわ。 出た場合は即座に消しますのでお覚悟を。 宇宙に逃げようが地下に逃げようが逃げられませんので」

「悪役令嬢」の言葉は終わった。

なお、今の発言は本当だ。

その気になれば、「陰キャ」は地上から衛星を斬る事だって出来る。

更に言えば、ガイアの意思と一体化している「悪役令嬢」は、更に強烈な攻撃だって出来る。

それだけの話である。

聴衆の中から、音も無く「陰キャ」は消える。

これだけ脅しても、どうせすぐにまた悪事を働くクズは出てくる。

それを斬るためだ。

今後、人間がまともな文明を構築するまでに、どれだけ斬らなければならないのかは分からない。

だがはっきりしている事がある。

英雄は「何処かに去る」ことも「めでたしめでたし」でも片付けられず。

今も、邪神を滅ぼした時以上の力を持って、人々を見ている。

邪神を作り出したのは人間だと知っているから。

苛烈に。公平に。

厳しく、高笑いしながら。

それでいいと思う。それでこそ、「陰キャ」が唯一心を許すことが出来た存在なのだから。

 

(悪役令嬢二次創作、悪役令嬢ここにあり・完)