激突する神魔

 

序、苛烈なる戦い

 

古い時代の神話では、神々の戦いをこう称したという。

天が裂け地が砕けた。

今、「悪役令嬢」が「財閥」としている戦いが、まさにそれだ。

まだ「財閥」は第二形態。

「悪役令嬢」側は「陰キャ」と「喫茶メイド」が参戦していない。

互いに余力を残している状態だが。

それでも、戦闘の余波は。

もはや人が近づける状態ではなかった。

地球そのもの。

ガイアを乗っ取ろうとしている愚かしい存在、「財閥」。己を人間の究極と信じて疑わなかったバカ。

だからこそ、此奴は邪神なんかになった。

その究極になった。

こんなのが、SNSクライシス前の世界の経済を握っていたのだ。

それは世界中が無茶苦茶になるだろう。

蛇と牛をあわせた姿。

今は二足歩行で立ち上がった牛に、全身から多数の蛇が生えている様な姿になっている「財閥」。

牛に対する信仰は古くから存在していた。

もっとも古い神である「バアル」を代表に。日本にまでその信仰の系譜は流れてきている。

素戔嗚尊の別名牛頭天王。

これなどはその見本のような存在だろう。

まあ完全に同一ではないのだが。

宗教は変化しながら世界中に伝播していくものだ。

そして蛇に対する信仰。

これは現在でも残っている。

すなわちドラゴンに対する信仰だ。

ドラゴンは蜥蜴では無く蛇から生じた信仰形態で。洋の東西を関係無く存在している超古代の信仰である。

その正体については色々な説があるが。

いずれにしても、輪廻を司る信仰である事に違いはないらしい。

この二種の信仰は、あらゆる世界の宗教に影響を与えている。

それを全て取り込んだ幼児が考えた欲張りセットのような姿が、今の「財閥」である。滑稽な話だ。

自分を絶対正義と信じて疑わない存在は。

どうしてこうも、客観性を失い。

愚かしい姿になるのか。

吠え猛りながら、「財閥」が多数の蛇を叩き込んでくる。その一体一体が下位の邪神並み。

激しく繰り出される攻撃を鉄扇で迎撃しつつ、走りながら隙をうかがう。

「財閥」はよほど頭に血が上っているらしく吠える吠える。

良い感じだ。

そのまま此方に注意を向けていろ。

そう内心で「悪役令嬢」は呟いていた。

「くだらないガラパゴスなミーム程度の分際で、世界最高、人類の究極であるこの僕に今まで良くも逆らってくれたなクソが! お前なんか僕の財力で、秒で消せる程度の存在に過ぎないんだぞ!」

「やってごらんなさい。 その財力があったのはSNSクライシス前の話でしょう」

「消してやる! 消してやるぞ!」

大量の蛇が至近に着弾。

だが、その蛇の一体の体を蹴って跳躍。

上空で空中機動して、「財閥」の至近に迫るが。

「財閥」が手に生じさせた巨大ハルバードが、全力で降り下ろされる。

勿論喰らって等やらない。確かにパワーは桁外れだ。だが技術が足りなさすぎる。勿論普通の使い手では対応できない。だが、「悪役令嬢」くらいの技量になれば話は別である。

渾身の一撃で弾き返す。文字通り全身を逸らせた「財閥」。

今の一撃で着地した「悪役令嬢」。

地面にひびが入るが、そのまま戦闘続行。

はっきりいって「財閥」の戦闘技術は稚拙だ。しかし生半可な実力だと一瞬でミンチにされるくらい身体能力が危険すぎる。

それだけは認めてやる。

確かに邪神の到達点だ。

ただし其処止まりだ。

この世界における究極でもないし。ましてや尊敬できる場所などただの一つも無い。

本当に、SNSクライシス前に世界の富を独占していた連中はゴミだったんだなと、苦笑してしまう。

それでいながら金持ちは優秀だの、血統で全てが決まるだの。プロパガンダを必死にしていたうえ。それを一定数が真に受けていたという話は知っている。

その話を、あの世界を滅ぼした愚かな者も信じていたのだろう。

だから此奴は此処までパワーが上がっている。

馬鹿馬鹿しい話で。

その結末がこれだ。

どんと、空気を蹴散らして「財閥」が突貫してくる。

ハルバードを振るって叩き潰しに来るが、弾き返す。

一撃ごとに周囲の空気が文字通り消し飛ばされ、地面がえぐれる。

踏み込めば地面が砕け。

一撃はそれこそ雲をも裂いた。

「はっ!」

乱打の中をかいくぐると。

「悪役令嬢」は渾身の一撃を。斜め下から抉るようにして叩き込む。ハルバードが真っ二つになった。

切り裂かれた武器が、ゆっくり飛んで行き。

地面に突き刺さるよりも先に。

踏み込みつつ、袈裟に鉄扇で斬り下げる。

派手に鮮血が噴き出し、蹈鞴を踏んで下がる「財閥」だが。牛の逞しい足で踏みとどまると。

泡を吹きながら体を無理矢理反り返して、体勢を立て直した。

だが、その時には「悪役令嬢」が至近に。瞬歩を使うまでもない。

というか、恐らくはあまりにも濃い邪神のテリトリ内だからだろう。

元々狩り手は邪神の力を逆用して戦う傾向が強い。

世界のルールが変わってしまった今の時代では、基本能力がパンプアップもされる。

ただそれでも普段は近代兵器を避けられるほどでは無い。

しかし、今は違う。

瞬歩など使わなくても、残像を軽く作れる。これだけの速度で動き回る事も出来る。

此奴が放つ邪神の力、ねじ曲がった世界の法則が強いから。逆にそのカウンター存在である「悪役令嬢」も、パワーアップしている。

それに加えて、極限まで蓄えた戦闘知識もある。

鉄扇をしまうと。

連続して、人体急所九箇所に、打撃を入れていた。牛と蛇のキメラでも、人に見立てればそれは出来る。

一箇所でも悶絶するような急所中の急所だ。

しかも邪神は人間をベースにしている。此奴は特にその傾向が強い。

何しろ「究極の人間」を自称している程なのだから。

だから、揺らいで。

腰から後方に倒れていた。

地響き。

武術をやるような存在だったら、絶対の恥となる事だけれども。

まあ此奴はそもそもそれ以前の存在だ。だから別にどうでも良い。

その間に、「悪役令嬢」は距離を取り。クッキーを口に放り込む。このまずいクッキーをいつまで食べれば良いのか。

今回が最後になればいいが。

今はともかく、此奴を殺す事だけに頭を塗りつぶす。

「起きて来なさい。 はっきりいってそんな程度では、拍子抜けも良い所ですわ」

「ふっ。 まあそうだろうな。 僕も少し頭が冷えてきたよ」

全身が。「財閥」の全身が蠢き、体が変わり始める。

第三形態か。まあ順調なところだ。此奴が最高位邪神であることを考えると、第六形態。下手をすると第七形態まであるかも知れない。

その時。

どんと、猛烈な揺れが来ていた。

何かが起きた事が分かった。恐らく、地下で「陰キャ」が何かしてくれたとみて良いだろう。

勿論動きを一瞬止める「財閥」。

変形途中の「財閥」に、渾身の一撃を叩き込む「悪役令嬢」。

こんな奴相手に、正々堂々など必要ない。

文字通り頭が拉げて潰れる「財閥」。

更にラッシュを叩き込む。後方に吹っ飛んだ「財閥」が、爆音とともに岩や土を吹き飛ばしていた。

直後に、飛び出してくる。

目が充血しているのが分かった。

背中に翼を生やしたミノタウルス。それも頭が蛇になっていて。体中から蛇が生えている。

そんなある意味滑稽な姿になった「財閥」。

第三形態を潰す事が出来たが。

さて、此奴は一体幾つ目の形態まで持っているのか。

鉄扇を構え直す「悪役令嬢」。

雄叫びを上げる「財閥」。

「あぁのネクラがあ! 僕の大事な宮殿に傷をいれやがったなあ! どうやったか知らないが、後悔させてやる!」

「どんどん地が出て来ていますわねえ三下」

「僕は世界一偉いし優れているって言っているだろう! 実際僕が遊んでやっていなければ、ここまでお前達は……」

「そもそも戦いで遊んでいる時点で三流なんですわよ。 そんな調子で、どうせ何もかも金の力で解決してきたのでしょう。 ルックスも弄ったのかしら」

次の瞬間。

今までに無い程、「財閥」が憤激していた。

そうかそうか。

これも資料で見たのだが。裕福な西洋圏の人間は、密かに整形をすることが多かったらしい。

そしてそれを隠していたそうだ。

此奴もそうだった、と言う事だ。

馬鹿馬鹿しい話だ。

整形すると言う事は、要するに気に入らない部分があったという事だ。

完璧などではないと、自分で認めているも同然では無いか。

しかもこの性根が根本から腐りきっている輩である。

整形治療をした医師を、口封じに消していかねない。

もはや何の意味も成していない言葉をわめき散らしながら、突貫してくる「財閥」。ふうと嘆息すると。

「悪役令嬢」は、真正面から第四形態の「財閥」を迎え撃つ。

はっきりいって攻撃はこの時点で、以前戦ったどの最高位邪神よりも重い。素の力は「神」こと「ブラック企業社長」と同格くらいだったのだろうが。邪神数十体分の力を取り込んでいるのがそれだけ強烈だと言う事だ。

戦いは苛烈さを増す。

まだまだ。こんなのは序の口だというかのように。

 

アラスカ。

凄まじい数のフォロワーを相手に、空中機動戦を続けていた「フローター」は、異変に気付いていた。

フォロワーの動きが止まったのである。

ただ、それは一瞬だけである。

すぐにまた、カナダへ向け動き始めていた。

勿論させない。

指定通りの地点から降下。第二世代の狩り手達も一緒だ。

そのまま、戦闘を開始する。

人間を認識したフォロワーが集まってくるが、容赦なくなぎ倒し続ける。「フローター」と、「悪ガキ」をはじめとする第二世代の狩り手三人の四人チームは。ここ数ヶ月で、既に数百万のフォロワーを屠ったが。流石に三億を削りきることは出来ない。まだ1%を超えたかどうか、だろうか。

集まってくるフォロワーを捌きながら、「フローター」はインカムに通信を入れる。

「一瞬フォロワーが動きを止めましたが、何かありましたか?」

「此方参謀本部。 現在、邪神の首魁と「悪役令嬢」が交戦中。 衛星写真で戦闘経過を追っているが……おお神よ。 これは本当に地上でおきている現実の出来事なのか……」

困惑している通信士官。

それだけで、如何にとんでもない地獄が現出しているかがわかった。

あの人は。「悪役令嬢」は何度か一緒に戦った。

「ナード」と並ぶ英雄。

その言葉に、一切名前負けしていない、本物の最強だった。

あの人だったら、どんな邪神だって倒してくれる。

その確信を今でも「フローター」は持っている程だ。

俄然元気が出た。

どれだけ「財閥」とかいう悪辣な邪神が強くても、絶対に「悪役令嬢」は勝ってくれる。そう確信できる。

声を張り上げていた。

「みんな! レディ「悪役令嬢」が今敵のボスをぼこぼこにしてくれています! みんなも頑張って、この汚らしいフォロワー達を粉砕しましょう!」

子供達が、応と応えた。

それぞれが既に連日15000キルカウントをたたき出している。第二世代の狩り手は邪神対策はおとなしめだが、フォロワーに対しては強気に出られる。今こそ、総力で暴れる時だ。

皆が嵐のように周囲を粉砕し始める中、勿論「フローター」も奮起する。

ステッキを構えると、叫んでいた。

「アイスビーム、マキシマム!」

勿論ただのレーザーだし、出力なんて上がっていないけれど、気分の問題だ。

そのままフォロワーを薙ぎ払う。

普通のレーザーだったら殆ど効果は無いけれど、狩り手が撃っているという事に意味がある。

ふっとぶフォロワーども。

そのまま突貫すると。

「悪役令嬢」から教わった技の数々を、次々に叩き込んで迫り来るフォロワーを叩き潰していく。

ロシア系中華系も多いが。

もう殆どの集められたフォロワーが集結しているのだろう。東南アジア系、更にはインド系。チベット系らしいのも見かける。

中には中東系らしいのもいる。

いずれもが、冒涜された哀れな存在で。元に戻す方法だってない。

楽にしてあげるには、こうやって粉砕していくしかない。

神よ。この人達に救いを。

別にそれほど熱心な一神教徒でもない「フローター」だけれども。

そもそもフォロワー相手にこれだけ暴れ狂っているけれども。

そういう風に、つい願ってしまう。

敵が尋常では無く集まって来たと、インカム通じて連絡が来る。そろそろ潮時だろう。皆に呼びかけて、ヘリに避難。そのまま、移動を開始する。ある程度追ってくるフォロワーを誘導し。

適当な所でまたヘリから降り。

そして叩く。

連日これの繰り返しだ。

邪神が統率していれば話は違っただろうが、残念ながらそれもない。確かに軍では相手に出来ないかも知れないが。

狩り手が戦術を使えば。

今のフォロワーどもなら、どうにかできる。

再び激しい戦いを開始する。

気を付けて、と叫んだ。

クレバスだ。

フォロワーはどうしてかクレバスが分かるようで、こう言うときは絶対に滑落しない。

凍っているとは言え、ベーリング海峡を損耗無しで渡ってくるわけである。

苛烈な戦闘を続ける。

だが、今日は疲れ知らずだ。

そのまま、いつも以上に暴れ狂う。

多分対馬でも、同じような光景が繰り広げられているはずだ。米国の首都圏で暴れている狩り手達も、同じように全力奮起しているだろう。

ジュネーブに行った「ギーク」が。現在米国の狩り手のリーダーをしている大ベテランが言っていた。

「悪役令嬢」は本物の英雄だ、と。

「ナード」と並ぶ。

彼奴とは別方向の、この世界を変えてくれる存在だと。

「フローター」も同感だ。

あの人の足を、せめて引っ張らないようにしなければならない。

それには生きて、更には可能な限りフォロワーを削り取りまくる事だ。

どっと、不意に押し寄せてくるフォロワーども。

瞬歩で逃れる。

そして集まったところを、「アイスビーム」で薙ぎ払う。

ただのレーザーだけれども、それでいい。

戦闘は更に苛烈さを増す。

今日の戦闘は、恐らくキルカウントの記録更新をできることだろう。

それでいい。

後に続く人達や。後で楽を少しでもするためにも。

此処で、できる限り。

「フローター」がやるべき事を、やっておかなければならなかった。

 

1、人間の意地

 

「陰キャ」はスパコンの側で、状況を見ていた。

現在「喫茶メイド」が日米の電子戦部隊から指示を受けつつ、色々やっているようである。

スパコンだけだったら、手の出しようが無かったかも知れない。

事実、斬る事は無理と、一目で分かる代物だったのだ。

だが、このスパコンは今絶賛稼働中である。

稼働中と言う事は、新規のデータを処理し続けていると言うこと。

何しろ、SNSクライシスを再現しようとしているのだから。

其処につけいる隙がある。

そう、キーボードを叩きながら、「喫茶メイド」は説明してくれた。

今、「陰キャ」にできる事はない。

だから膝を抱えて、可能な限り回復に努めている。

今するべき事はそれだけ。

それと、ここに防衛機能があったら、対応する。

今の時点で後者の気配はない。

休むのも仕事。

そう考えて、様子を見ていた。

「内部に侵入完了! 権限ユーザのパスワード解析開始!」

「内部のデータ構造はそれほど複雑じゃない。 ただ権限ユーザーが堅牢だ。 簡単にカーネルに手を加えられそうに無いぞ!」

「データにダミーを紛れ込ませることは」

「今やっている! くそ、一秒ごとに数十テラバイトのデータを処理している! 多少のダミーなんて意味がないぞ!」

喫茶メイドは側に携帯端末をスピーカーモードにしておいているから、やりとりが聞こえている。

時々指示を受けてキーボードを叩いていて。

それは結構鋭い動きだけれども。

それでも、やはり本職にはとても及ばないようだった。なんというか、見ていて手慣れていないと言う事がわかる。

クッキーを取りだして食べて。

水を飲んで。それからトイレに行っておく。

水洗なので助かる。

更には。さっき放った大技分の消耗くらいは、既に回復した。だけれども、絶技をつかったら多分死ぬ。

体はまだ万全ではないのだ。

ふうと、ため息をつく「喫茶メイド」。

一段落したらしい。

冷や汗を拭っている。水を差し出すと、頷いてごくごくと飲む。結構豪快な仕草だ。いや、もう取りつくろっている余裕が無いのだろう。

「有難うございます」

「それで、どうですか」

「今、総力を挙げて対応中です」

「予想される対応時間は」

首を横に振る「喫茶メイド」。

それはそうだろうなと、「陰キャ」は思った。

SNSクライシスの前、IT関係でのトラブルが起きると。酷い場合は何日も徹夜になったと聞いている。

こんな直接内部にアクセス出来たようなスパコンでも、

処理速度が異常すぎるとなれば、どんな凄い電子戦部隊だって、簡単に黙らせることはできないだろう。

ましてや悪さを簡単にできるとは思えない。

ただ此方は、見ている事以外にはできない。

それが現実というものだ。だから、少しでも休んで、この後の激戦に備えなければならないのである。

次にやるべき事は。

恐らく、このスパコンと直結しているあの心臓の撃破だ。

あの心臓は、今の時点での破壊は不可能とみて良い。もしも出来るなら。その場で「悪役令嬢」が壊していたはずだ。実際「線」。ものを破壊しやすくなるためのポイントは「陰キャ」にも見えなかった。

このスパコンでやろうとしているSNSクライシスの再現を止めれば。

恐らくあの心臓。数十の邪神が凝縮されているポンプにも動作異常が出る。その時こそ破壊の好機だ。

だが、当面それは無理だろう。

また、指示が出て。

激しくキーボードを叩き始める「喫茶メイド」。

手伝えることはない。

上はまだまだ生きている。いるだけで防衛機構が働くだろうし、体力を温存できる事はないだろうから。

今は、体力の回復を待つ。

そう判断した「陰キャ」は、正座すると目を閉じた。

全身の気を練り上げる。

気と言ってもミスティックパワーではなくて、単純に全身の力の流れである。

これをきっちり管理する事が武術の幾つかには存在している。

例えば残心などがそうだ。

これから、あの心臓を斬る。その後は、「財閥」も斬る。

そのためには、心身をどれだけ研いでいても足りないくらいだろう。

集中して、無我に自分を落としていく。

更に深く深く潜って行く。

そうすると分かる。

体の中に、傷ついている箇所があると。

そういえば、「財閥」は言っていたっけ。人間をやめつつあると。それはそうなのかも知れない。

ただ、人間を止めつつあっても、傷を瞬間回復とかは無理だ。

だが、気の流れをコントロールすることで、内臓などのダメージをある程度緩和することは。

出来るかもしれない。

ただ、その場合。ある程度ダメージを受けてしまうと、内臓などに受けたダメージが倍加して体に来るだろう。

少しだけ考えた末に。

「陰キャ」は丁寧に。

傷ついている体内を、繕い始めていた。

これで絶技は使えないにしても。それ以外では、普通に動く事が出来る筈だ。

ただし、もしも一発大きいのをもらったら後がなくなる。

覚悟は、しておかないといけない。

いや、覚悟なんてとっくの昔に出来ている。それに、もう人間を止めつつあると言うのは事実だ。

あの「財閥」のブラフではないだろう。

子供は可愛いと思うけれど、自分で産もうとは思わない。

「人形」の不遇すぎる扱いを見て怒りを感じたし、悲しいとも思ったけれども。

自分で子供を産んで慈しもうとは考えない。

この辺りも、もう人間を止めている証左なのかも知れない。

いや、或いはだが。

SNSクライシス前に結婚制度が破綻していたという話を聞く。

邪神の影響で、そういう思想が少しずつ心に来ているのかも知れない。

目を開けて、立ち上がる。

体の制御が、かなりしっかりしている。全身からオーラが立ち上るようだ。勿論そんなものはない。

あくまでそれくらい、体が動くと言うだけである。

びくりと、「喫茶メイド」が「陰キャ」を見て身震いした。

どんどん人間離れして来ているのだろう。姿がではなく、気配がだ。

「悪役令嬢」と「陰キャ」に挟まれてしまっているけれども。この人だって、単身で欧州の偵察任務を任されるほどの手練れ。日本で言うなら「コスプレ少女」とナンバースリー狩り手の座を争う使い手だ。

それでも震える、というのなら。

やはりもう、取り返しはつかなそうだった。

目を細めるが、やはり「線」はスパコンには見えない。

だが、宮殿内部にはたくさん「線」が見える。

「何か、斬って有利になることはありますか?」

携帯端末で打つ。

少し考えてから、「喫茶メイド」は電子戦部隊に告げる。

此方も、返答に時間があった。

直接話したい、という。

それに対して、「喫茶メイド」が事情を説明すると。OKと言って。後はメールを「陰キャ」の携帯端末に送ってくる。

「サムライガール。 今我々は、クソッタレなスパコンの超絶的な処理能力をどうにかしようとしている。 現時点でやろうとしているのは情報の逆流だ。 このまま行くと、SNSクライシス前のIT全盛期にSNSや動画サイトで飛び交っていたような凄まじいデータ量が、このスパコンに集中する。 そうなると、SNSクライシスが起きても不思議では無いだろう。 幸い君達が大暴れしてくれたおかげで、まだ時間的な猶予はある程度はあるんだが」

「それで、どうすればよろしいですか」

「今、急ピッチで組んでいるのが、処理中のプログラムに割り込んで、データを逆流させるパッチだ。 これ自体を流し込むのは簡単なんだが、スパコンがあまりにも膨大なデータを処理し続けていて、それに全力を注いでいる。 普通だったら熱暴走したりするものなんだが、それは邪神共のクソッタレなパワーでなんとかしてやがるんだろう。 多分スパコンそのものを破壊する事は無理だと思う。 だが、データを一時的にでも、遮断できないだろうか。 そうすれば、データの処理が一瞬……流石に一瞬だと厳しいな。 十数秒は止まる可能性がある」

そこにつけ込む隙が生じると言う事か。

血管をみやる。

スパコンに絡みついている、上の肉塊から伸びている血管だ。

これは駄目だろうなと思う。

再生速度が多分尋常じゃ無い。斬っても瞬時に再生して、データをまた送り込み直すだろう。

それならば。

しばし考えてから。「喫茶メイド」に言う。勿論携帯端末に打って。

「此処をしばらく離れられますか?」

「どの道手詰まりです。 なんとか出来る手立てが「陰キャ」さんに?」

「この最悪な宮殿と肉塊の境目。 そこを、数q四方に渡って切り裂いて、分離します」

ぞっとした様子で、「喫茶メイド」が「陰キャ」を見た。

そんな事が出来るのか、と顔に書いてある。

出来ると、短く携帯端末に打って応えた。

ただ、体力を猛烈に消耗する。

心臓を切るために、体力を温存したかったのだけれども。それもちょっと厳しくなるかも知れない。

ただ。出し惜しみは出来ないし。

何よりさっき、内臓関係をちょっと調整して、パワーそのものは上がっている。

クッキーの在庫だってある。

何とかできる。

問題は「財閥」戦が更に厳しくなる事だが。

「悪役令嬢」は怒るかも知れない。いや、確定で怒るだろうが。

もう、他に手が無いのなら。

勿論、最後まで最善を尽くすつもりだ。だが、それでも、やってやるしかないだろう。

「スパコンに絡みついている血管を切っても時間の無駄です。 それなら、上にあるフォロワーと電子機器、邪神の思念で作りあげた巨大な肉塊……SNSクライシス前のSNSに見立てた邪悪な肉装置に致命的ダメージを与える。 それが最善です」

「わ、分かりました。 それでどうするんですか?」

「ワイヤーで途中まで上がって、境界線で斬ります。 その時に、踏み込むための工夫がいります」

「……」

考え込む喫茶メイド。

この人は軍人、それも元第一空挺団だ。

この人にとって非常識すぎる「陰キャ」の技にはさっきからびびるばかりだけれども。

人間の叡智を生かすような事になれば、「陰キャ」では足下にも及ばない実力を持っていて。

実に頼りになる。

大きなリュックから、幾つかの機材を取りだす。どうやら釘打ち機と、それに簡易の足場に出来そうな板のようだった。

まて、この板。

何か大事な装備じゃないのだろうか。

でも、「喫茶メイド」は寂しく笑う。

「これ、実際にはすごくおたかくて。 足場にしていいようなものではないんですけれどもね」

「それはなんなんですか?」

「今回の作戦のために、自衛隊の方で準備してくれた基盤です。 超特大のスパコン用にと」

基盤、か。

だとしたら、踏むなんて論外の筈だ。更に言えば、脆いだろう。

ハッキングについては、自衛隊の方でも考えてくれていたわけだ。

「壊れてしまうでしょうから、後で回収して再利用ですね。 これ作るだけで、すごく時間と資源が掛かってしまうし。 壊れたのを分解して再利用となると、工場のライン一つがかなり時間を取られてしまうのだけれど……他に適した足場がありません」

「この宮殿内のものは」

首を横に振る「喫茶メイド」。

そもそも素材が分からないから、いざという時には使えないという。

それよりもと、基盤を触らせてくる。

小柄な「陰キャ」は、触ってみて理解した。

なるほど、確かにこれは一度だけなら。

「陰キャ」の全力抜き打ちに耐えてくれる。

だけれども、それで粉々だろう。

多分この基盤を設計した人が見たら泣くだろうけれども。他に手が無い。ごめんなさいと、内心でその人に謝る。

喫茶メイドは、ワイヤーを伝って上に。すぐに足場の取り付けに出向く。

その間。「陰キャ」は待っているしかない。

正座すると、精神を集中する。

今乱れた精神を、少しでも戻しておかなければならない。

すうと、深呼吸した後。

「喫茶メイド」が戻って来た。

「私も上がります」

「……あたしを守ってくれる、んですね」

「盾くらいにしかなれませんから。 これでも狩り手としては大ベテランの筈なのに」

「いえ。 電子戦ではあたしは何の役にも立てません。 ありがとうございます、「喫茶メイド」さん」

静かに、寂しそうに笑う「喫茶メイド」。

そして、吐き出すように言った。

「私が貴方の事怖れて嫌っていたこと知っていたんでしょう「陰キャ」さん、いや「陰キャ」先輩。 それでも、全く連携で問題を出さなかったし、何より貴方は私を一切嫌わなかった。 だから、最低限の仕事はしないと」

頷く。

それだけで充分だ。

「喫茶メイド」だけじゃない。「陰キャ」という性格そのものが、SNSクライシスの前には人権がなかったのだ。

流石に多少は改善の傾向があったらしいという話もあるにはあるが。

それでも全体的には人権がなかったのだろう。

邪神どもの言動を見ればそれが分かる。

それが、三十年程度でどうにかなるはずもない。

「喫茶メイド」はスペックも高いし綺麗だ。多分SNSクライシスの前でもとてももてただろう。

逆に「陰キャ」は、誰にも相手にもされず。

多分孤独なまま生きて。いつの間にか老いていった。

そんな風に、SNSクライシス前に生きていたら、人生を送ったに違いない。

時代の巡り合わせが悪かった。

今の時代は違う。一緒に戦えている。

何よりもお気持ちで世界を滅ぼすような奴が、大きな声でがなり立てていたのがSNSクライシスの前の世界だったのだ。

それに比べたら。お気持ちなんてどうでも良くて、大きなものごとの為にしっかり連携出来る事がどれだけ大事か。

だから背中を預ける。預けられる。この人は少なくともSNSクライシス前に大手を振っていた、お気持ちで相手の命を含め全てを否定していいと思っていた連中とは違うのだから。

ワイヤーを伝って、上に上がる。

セットされている基盤。

釘打ちで壁に釘を打たれ。そこに固定されている。何度か触ってみて、堅さを確認する。

やはり耐え抜けるのは、一度だけだ。

つまり全方位を一瞬にして薙ぎ払う必要がある。それも今までに出した事もない火力で、である。

更に上に「喫茶メイド」が上がる。

スカートだからワイヤーは登りづらいだろう。

そういえば古い時代はパンツが神聖視されていたんだっけ。

ワイヤーを上がる「喫茶メイド」を眺め上げたい男子は、SNSクライシス前にはたくさんいただろうなとちょっと思った。

まあ「陰キャ」は動きやすいスパッツなので、そんなの関係無いが。まあ「陰キャ」にはそんな需要もないだろう。

周囲に殺気が満ちる。

さっき此処を降りたときは、殺気はなかった。

肉塊が敵意を向けてきている、ということだ。まああれだけの大規模破壊を起こされたのだから当然だろう。

押し潰しに来るかも知れない。

針を凄まじい密度で打ってくるかも知れない。

さっと、基板の上に乗る。

刀に手を掛ける。

深呼吸。

上で、壁を蹴って跳び上がった「喫茶メイド」が。瞬歩を駆使して、空中で何かを迎撃しているのが分かった。

触手だろうか。それとも針だろうか。

いずれにしても、防いでくれる。そう信じて、「陰キャ」は究極の一撃に向けて、全神経を集中していた。

インカムに、言う。

さっき設定を調整して。電子戦部隊に通じるようにしておいた。

もう、流石に直に喋るしかない。

「いき、ま、す」

「頼むぜサムライガール!」

返事は、聞こえなかった。

それくらい、集中していた、ということだ。

全身が動く。

基盤を踏み砕きながら。渾身の。さっき、この肉塊の分厚い壁を撃ち抜き。宮殿の天井を切り裂いた一撃を更に越える。

恐らく人類が到達したことがない、究極の斬撃を放つ。

空気が、澄んだ音を立てた。

刀を、鞘に収めた。

ふわりと、落ちる。砕けた基盤。文字通り、何もかもが粉々に砕けていた。コレ一つでとんでもない価値があるというものが。

途中まで落ちるに任せる。だが、手応えはあった。

落ちてきた「喫茶メイド」。途中で必死にワイヤーを掴んでぶら下がる。なんだかメイド服がヌルヌルだ。

瞬歩を使って、着地のダメージを緩和。

床に落ちると同時に。

上で、致命的な大破壊の音がしていた。

降りて来た「喫茶メイド」が、真っ青になっていた。

「昔は触手ものとかいうジャンルがあったらしいですけれど、正気じゃないです本当に……」

「……」

そのまま、片膝を突く「陰キャ」を見て。

慌てて、「喫茶メイド」が支えてくれる。はっきりいって、虚脱感が凄まじい。

上で、ごごごと猛烈な音がする。

そして分かる。

悲鳴だ。

膨大な肉塊。百トンや千トンじゃない。もっと凄まじい量のフォロワーを加工した肉塊と。更に膨大な電子機器が、今の全周囲斬撃で、一瞬にして破壊された。

それによって、あの不愉快な超巨大肉塊には、目に見えて分かるレベルの超特大ダメージが入ったのだ。

その代わり、「陰キャ」は一瞬で体力を使い果たした。数時間は休まないと動けない。

水筒を口に近づけてくれる「喫茶メイド」。内臓のダメージをカバーするだけで精一杯だ。そのまま。好意に甘える。

しばしして、インカムから声が聞こえてきた。

「ヒャッホウ! やったぜ! 邪神共のクソスパコンの処理が、一瞬1000分の一以下に墜ちやがった! それからも回復していない! パッチが入ったぜ! 何もかも逆転させる、ご機嫌な奴がな!」

薄く笑う。

これで、SNSクライシスの再現はすぐには出来ない。

奴の。「財閥」の野望は一つ砕く事が出来た。

「生半可なムービーヒーローじゃできない事をやってくれたな! あんただったら、その内地球を真っ二つに切れるんじゃないのかサムライガール!」

「ごめんなさい。 今「陰キャ」先輩は全力を使い果たして気絶寸前です。 其方で処理を進めてください」

「おっと、そうか。 そうだよな、こんなとんでもない一撃を叩き込んだんだから、当たり前だ。 もう後は全部まかせろ。 パッチが入った上に、今ので管理ユーザーのパスワードを割り出した! 勿論此処からもセキュリティは厳重だが、なんとかやってみせる!」

「所要時間は」

三時間、と返答がある。

横に寝かされた「陰キャ」は。ゆっくり呼吸を整えながら。三時間でどこまで回復出来るかを考える。

まずはあの心臓を破壊して。

それから「財閥」を。

だが。顔を上げる「喫茶メイド」。必死にタオルでメイド服についた粘液を拭っている。

「陰キャ」を守っている間にどんな攻撃を受けたのだろう。まあろくな攻撃ではなかったのだろう。

「「心臓」は私が壊します」

応える気力は無い。

だけれども、何となく分かった。

今の「陰キャ」の一撃を見て。「喫茶メイド」は何か感じ取るものがあったのだろう。

少なくとも、「財閥」とやりあうための体力を「陰キャ」に温存させる。

その強い意思は感じた。

電子戦部隊に、話し始める「喫茶メイド」。

「もう私のサポートは必要ないですか?」

「ああ、この状態からこのいけすかないスパコンをぶっ潰してやれるぜ」

「分かりました。 それでは私は「陰キャ」さんの介抱と、上にある心臓の撃破に専念します」

「気を付けろ。 あんたは手練れだがスペシャルじゃないんだろ」

分かっていると、「喫茶メイド」は応える。

いずれにしても、まだスパコンが動いている以上、心臓にダメージは与えられないだろう。

「喫茶メイド」が手当をしてくれる。

後は、そのまま。

ひんやりとして床が気持ちいいと思いながら。体力の回復に、「陰キャ」は務めるのだった。

 

2、凡人の意地

 

裂帛の気合いをこめて突撃してきた「財閥」。

翼も利用しての超加速。一撃一撃が、さらにさらに重くなっている。攻撃をさばく度に地面が砕け、辺りが吹っ飛ぶ。

第二世代の狩り手を遠くにやっておいて良かった。

案山子どころか、足手まといにもならなかっただろう。

毛だらけの太い腕によるラッシュを捌くが。今度はヒドラを思わせる大量の蛇の首が一斉に襲いかかってくる。

文字通りの飽和攻撃だが。

その全てを。

弧を描くように鉄扇を振るって、全て切りおとしていた。

大量の鮮血がぶちまけられるが。

跳び下がった「財閥」は、瞬時に全身を再生してみせる。

ふむ。

恐らくコレは、あの心臓と連動しているな。

数十体分の邪神の生命力をフル活用している、というわけだ。

雑魚ばかりならともかく、あの心臓に取り込まれたのには高位邪神もいたはずであり。その事を考えると、この再生力は厄介だ。

この再生力を突破しつつ、致命傷を与えるのは現実的では無い。

かといって、分かる。

下でも「陰キャ」と「喫茶メイド」が奮戦してくれているはずだが。まだ心臓の破壊に手をつけられる状態じゃない。

ならば、守るだけだ。

すっと両手を降ろす。

それを見て、「財閥」はけたけたと笑った。

「なんだ、降参ですか? 確かに貴方の戦闘技術は素晴らしい。 だが戦争は物量なんだよ。 一度や二度の局地戦で負けても、物量で勝ってれば……」

「まあ九割九分の戦争はそうですけれどもね」

例外はある。例外だから目立つのだけれども、まあそれはいい。

この愚かな邪神にそれを言っても無駄だろう。

更に言えば、この構えの意味もだ。

不遜と感じたのだろう。だが、此奴は少しずつ冷静さを取り戻し始めている。だが、それこそが。

「悪役令嬢」の狙いだ。

「……」

あまりにも無防備な、両手を降ろしたままの構え。

それを見て、流石に黙り込んだ「財閥」。

今まで、自慢だっただろうパワーを悉く弾き返された挙げ句に。「悪役令嬢」にダメージ一つ与えられていないのだ。

勿論体力は削る事が出来ている。

だが既に第四形態。

此奴が幾つ形態を持っているとしても、二桁は恐らくない。その上、此奴は見て来ている筈だ。

凄まじい力を持つ最高位邪神に対して、「悪役令嬢」が打ち克ってきた様子を。

だから仕掛ける事が出来ない。

更に言えば、形態変化の合間に、「悪役令嬢」はささやかながら補給をしているし。

何よりも、最悪差し違えても勝つつもりでいる。

後継者はいる。

「もう人間を止め始めている」と「財閥」は言ったが。

それとは関係無い。

やはり、「陰キャ」は後継者だ。

だから、最悪死ねる。

勿論生きて帰るつもりではあるが。例え倒れるとしても。此奴を倒せれば、何の悔いもない。

それに、である。

時々此奴が不可解に気を逸らしている。

それにさっきから、強烈な揺れが何度かある。

地下で「陰キャ」と「喫茶メイド」が暴れている証拠である。

あの心臓と。

それにあるだろうSNSクライシスをもう一度起こすための最悪のシステム。

それらを破壊して回っているのは間違いない。

そして彼女らなら。

絶対にやり遂げてくれる。これについては、確信では無い。確定だ。

「どうしました? あれほど最強を自称する割りには、手が止まっていますわよ」

「……」

「認めるのですね。 自分が最強などではないと。 オーッホッホッホッホッホ! 滑稽極まりないですわね貴方」

黙り込んだままの「財閥」。

ただ。気迫はみなぎっている。

口撃に対しても冷静に無視している様子を見ると、やはり最大限の警戒をしているということだ。

さて、此処からどう崩すか。

この楽な姿勢で、少しでも体力を回復しておく。

数秒休むだけでも、随分と回復は出来るものだ。

ましてや此奴との戦いは、これからどれだけ続くかすらも分からない程なのである。だから、少しでも体力温存はしなくてはならない。

しばし様子見をしていた「財閥」だが。

やがて。翼をぐんと拡げた。

「……危険を承知だがやるしかないようですね。 貴方がどれだけの手練れかはよく分かっているつもりでした。 ですが、どうも僕としたことが、随分と頭に血が上っていたようです」

「ふっ。 どうせ頭に血が上ったら、その原因を殺していたのでしょう人間の頃から」

「ご明察。 僕は警察も幾つかの国家も私物化していたからね。 殺人程度では罪に問われなかった。 僕の機嫌を損ねたスーパーモデルだけでも、五人を刻んでサメのエサにしてやったよ。 三人は生きたままワニのエサにしてやったっけな」

相変わらず最低な激白だが。

それも此奴にとっては、それだけ素晴らしい権力を持っているという誇示行為なのだと分かる。

まあ、此奴が。或いは此奴らが世界最大の富を持っていたという時点で。

SNSクライシス前の人類は、滅亡が確定していたのだろう。

「やはり君は敬意を払うに値するとみた。 ただし敵としてな。 「悪役令嬢」」

「どういう風の吹き回しですの?」

「簡単な事さ。 僕が生まれて始めて、敵として認めてやると言っているんだよ!」

どんと、猛烈な衝撃音とともに突貫してくる「財閥」。

あまりにも急な、静から動への変化。

しかも手にしているのは剣。

いかにもな装飾がされた、聖剣っぽいものだ。

がんと、猛烈な一撃を弾く。

だが「財閥」は動揺しない。

猛烈な一撃を連続で叩き込んでくる。

弾き返されて、カウンターを受けても動揺しない。

何かあったな。

そう思ったが、冷静に足運びをしながら、猛攻に対処する。

かあと蛇の顔で笑いながら、「財閥」は言う。

「戦略を変えることにしたよ。 テクニックでもパワーでも君を倒す事は恐らく不可能だし、更に言えば後続にはあの陰気なのが控えている。 あれも君と同じ程度の戦力があるとすると、万が一にも不覚を取る可能性がある。 だから、体力を徹底的に削る事にした」

なるほど。

正しい判断だ。

無尽蔵の体力を誇る邪神と違って、人は体力に限界がある。

病み上がりの上に、更に強行軍を続けていた「悪役令嬢」だ。

更に言えば、「陰キャ」は更に状況が酷い。

その上此奴はまだまだ形態を残している。

どうやら、オツムのほうでも「神」こと「ブラック企業」よりも今は上……いや、これも邪神達の力を取り込んだが故か。

カスなりに頭は回ると言う事なんだなと思って、まあそこだけは認めてやる。

踏み込むと同時に、剣を鉄扇でへし折る。

だが、即座に剣を再生させた「財閥」は、嵐のような連撃を見舞ってくる。

「並みの狩り手だったら、一瞬で両断だろうな! 君はやはりもう人間を超越してしまっているよ! だったら僕の性欲処理道具として生きる事も選択肢にあったんじゃあないのかな!」

「はっ。 貴方のようなゴミカスの? 冗談じゃありませんわよ」

「その挑発はさっき受けたしもう怒らないよ。 ただね、どんな人間だって、そうやって生きる事を選んで来た。 君のやり方は、人間の本質を外れたものだ。 つまり大多数の人間とは違う。 つまり君こそ異常者だ」

「異常者で結構!」

剣筋なんかとっくに見切っている。

あまりにも速すぎる上にパワーがありすぎて、それで互角になっているだけだ。しかもこいつ、どんどんパワーが上がっている。

恐らくだが、取り込んだ邪神の力をどんどん惜しまなくなってきていると言う事だ。

最高位邪神一体だったらどうにでもなる。

だが、それに加えて高位邪神複数と、雑魚邪神数十分の力となると。

しかも一点に集めているとなると。

今の「悪役令嬢」でも厳しい。

それでも。

究極の錬磨が、剣をたびたび折る。

剣は即座に再生するが。再生する一瞬の間に、体を傷つけてやる。

腕を切りおとす。

足を両断する。

だが、多数の蛇が、その度に瞬時に体を支え、再生を手伝う。

どうやら予想より此奴は出来ると、認識を改めなければならないだろう。

「はっは! 第四形態にまで僕を追い詰めたことは評価してやろう! だがそれがげんか……」

踏み込むと同時に。

頭の部分の蛇を叩き落とす。

それでもかまわずに剣を乱打してくる「財閥」だが。

やはり決定的な隙が出来る。

しかしそれは理解しているようで。

全身から生えている蛇で、飽和攻撃を仕掛けて隙を潰しに来た。

それこそが、狙いだ。

一歩下がりつつ。

ワルツのように回る。

孤を二度描く。

その間に、鉄扇で二百七十八回、連撃をぶち込んでいた。

剣も蛇も手足も。

一瞬で「財閥」のパーツがバラバラになる。

更に、裂帛の気迫と共に、胴体に蹴りを叩き込む。巨体が文字通り吹っ飛んで、地平の果てで爆裂した。

呼吸を整える。

「くっく。 やるねえ……」

「財閥」の声。

冷静さを失っていないか。

第四形態を破られても、痛痒を感じていないようである。

地平の果てに、力が集まっていく。

第二世代の狩り手達がいない方にけり跳ばしたが。それが良かったと想う。もし巻き込んでいたら、ひとたまりもなく二人ともやられてしまっただろう。

「素晴らしい技だ。 その滑稽な格好と裏腹に、どんな令嬢がやるだろうダンスよりも洗練されていたよ。 少なくとも僕の前で裸で踊らせたどんな女よりも、素晴らしかったと保証しよう」

「どれだけ悪徳を積み重ねてきたのです貴方は」

「僕は神が愚かであり、因果応報が嘘だと知っていたからね。 人間が犯罪と認識している事はあらゆる全てをやってきたよ。 乳幼児を死ぬまで強姦した事だってある。 その席には警察のトップも裁判所のトップもいたが、笑って見ていたなあ」

もう、応える気にもならない。

そして、更に大きな力が集まっていくのが分かる。

やはりどんどん強くなって行くか。

最終形態が見えない以上、下手に仕掛けるのは危険だ。最終形態は他の邪神同様、全力で一気に消し飛ばしてしまいたいが。そうもいかないだろう。

「さて、どんどんパワーを上げていくよ。 究極に達している君の技でも、いつまで耐えられるかなあ」

明らかに「財閥」の声に余裕が出始めている。

分かってきたのだろう。

「悪役令嬢」の体力がどのくらいかを。

分かっている。

今のうちにクッキーを貪って補給はしているが。

それでも多分。おいつかない。

 

横たえた「陰キャ」に今のうちにねむるように促して。「喫茶メイド」は装備の点検をした。

T字箒。

接近戦用の愛用武器。

さっき、「陰キャ」の超ド級抜き打ち一回目にちょっとだけ巻き込まれて、先端部分が少し削れてしまったが。戦闘に用いるには問題ない。これで多数のフォロワーを屠ってきた。

ただこのT字箒を上手に使えるようになるまで、随分苦労した。

「萌え絵」。

今珍しい、「萌え絵」の描き手である「喫茶メイド」。

これについては、希少価値を「悪役令嬢」も認めてくれている。

SNSクライシスの前には、それこそ星の数ほどすごい「萌え絵」の描き手がいた時代もあるらしいし。

その記録や、描き残された「萌え絵」も残っているけれども。

「喫茶メイド」は、今の時代で「萌え絵」を描ける数少ない一人。

後輩の狩り手である「腐女子」も描けるようだが、ジャンルが偏っているという欠点がある。

ざっと今回持ち込んだ分を見る。

「共通認識」とやらで、これは邪神に効く。あの心臓にも多分効く。

だが、今の状態では、普通に撃っても駄目だ。

それを理解しているから、装備の点検と。

電子戦部隊による作戦を見守る事に集中しているのだ。

体力は大丈夫。

どうせ「悪役令嬢」と「財閥」との戦いには割り込めない。

「神」こと「ブラック企業社長」との戦いですら精一杯だった。あの時から比べて、「喫茶メイド」はそれほど進歩していない。

ガチンコにでもなったら、秒殺されるだけだ。

しかしながら、隙を見て「萌え絵」を叩き込む事はできるだろう。

どれも良い絵だけれども。

惜しんではいられない。

ともかく、幾つか作戦を練っておく。

横になって苦しそうにねむっている「陰キャ」の額の汗を拭っておく。

この人が気味が悪くて仕方が無かったし、とにかく嫌いだった。寡黙を通り越してまともに喋らないところとか、あまりにも次元違いの才覚とか。何もかもが嫌だった。

でも、今は。敬意を払える。

一度目の超ド級抜き打ちで、この悪趣味な宮殿への道を切り開いてくれた。

二度目の超ド級抜き打ちで、上の肉塊に大ダメージを与え。スパコンに介入する隙を作ってくれた。

今、電子戦部隊が火を噴くようなハッキングをしてくれている。

進捗の話がまったく上がって来ないと言うことは。

恐らく、話をする余裕も無いとみて良いだろう。

自身もクッキーを口にして、水を飲んでおく。

まだまだリュックには補給はある。

トイレにもいっておく。

「陰キャ」は今無防備だ。

多分「財閥」には「悪役令嬢」だけで勝つ事は無理だろうと「喫茶メイド」も判断している。

だったら。

勝って皆で生きて帰るためにも。此処で、「喫茶メイド」が「陰キャ」を守り抜かなければならないのだ。

第一空挺団から狩り手に転向して。

最初にメイドの格好をしたときには、何て馬鹿な格好しているんだろうと、悲しくなった。

それと同時に、とても可愛い服だなと思って、驚きもした。

「喫茶メイド」としての狩り手の名を貰った頃には。「メイド喫茶」がどんな場所だったかもわかっていた。

勿論健全な店だってあっただろう。

だが、そこで働いている人の大半は、人間扱いされていなかったし。

ソフトな風俗ぐらいの認識に、周囲の人間から認識されていたのも確かだった。

メイド服は一大ブームを引き起こした。

とにかく可愛らしかったからだ。

メイドそのものも、「萌え絵」を調べると膨大に出てくる。

確かにエプロンドレスは非常に可愛らしい。「萌え絵」を必死に勉強した「喫茶メイド」も、何度も心を奪われた。

多様に発達したメイドだが。

「悪役令嬢」が出るまでは戦績が他のミームを纏った狩り手同様に振るわず。

メイドはジンクスとして、嫌がられるようにまでなっていた。

それが生き残れたのは。「悪役令嬢」と「陰キャ」のおかげ。

内心で嫌っていても。

今は、そんな場合ではないし。

嫌いだから軽蔑するというのでは。世界を滅ぼした、あのモンスターのようなネットユーザーと同じだ。

だから、そうはならない。そうはならないと、何度も言い聞かせた。

しばらく、体力を使い切って横になっている「陰キャ」の汗を何度か拭う。それしかできる事がない。

一時間ほど経過して、そして電子戦班から連絡が入った。

「よし! カーネルへの介入完了!」

「このスパコンは複数が相互補完しているシステムだと聞きましたが」

「その全てに介入を同時完了させた。 これで、プログラムへの介入を更に容易にする事が出来る! サムライガールのおかげだ。 こっから、どうしてくれるかな」

「一つ、提案があります」

提案の内容は簡単。

今、このスパコンに流れ込んできている情報。

その情報は、恐らくだが邪神を褒め称える反吐が出るような代物の筈だ。

それを完全に逆転し。

邪神をゴミだとする内容を、逆流させられないか。

そう提案すると、電子戦班は考え込む。

「邪神は精神生命体だと聞く。 確かにそれをダイレクトに叩き込まれたら、ダメージを受けそうだな」

「古今東西のあらゆる罵倒を叩き込めますか」

「……ちょっと待ってくれ。 専門家を呼ぶ。 それから、作業には……」

頷くと、その時間まで待つ事にする。

体力を絞り尽くしきった「陰キャ」はまだねむっている。

命に替えても守らなければならない。

今の時点で宮殿に異常は起きていない。

だが、いつ何が起こっても不思議ではないのだ。

しばらく待っていると。

やがて、連絡があった。

上ではこの時も「悪役令嬢」と「財閥」が、文字通り神域の死闘を繰り広げていると思うと。

はっきりいって気が気では無かった。

「よし、なんとかなりそうだ。 だが、邪神共も恐らく一度攻撃を受けたら、スパコンにされた細工に気付いて対抗してくる。 チャンスは一回だけだ」

「分かりました。 どうにかします」

「時計を合わせてくれ」

互いに軍人だ。

時計合わせを済ませると。心苦しいが、「陰キャ」を起こす。

すぐに「陰キャ」はおきた。

この様子だと、長時間戦うのは無理だろう。

先に食事と水分補給を済ませて、トイレにも行って貰う。

戻って来た「陰キャ」に作戦の概要を説明。

心臓を破壊した時点で、恐らくこのスパコンは無用の長物になるだろうが。それでもまだまだ何かある可能性がある。

ただ、心臓とこのスパコンは直結している。

故に、心臓を破壊した瞬間。

斬れるようなら、斬ってほしい。そう頼んだ。

「陰キャ」はこくりと頷く。

それを見ると。上に出向くことを告げる。心臓は「喫茶メイド」が単独で壊す。凡人の意地として、これだけはやらなければならないのだ。

ワイヤーを使って上に。

途中から、壊死した肉が目立つようになってきた。

あの「陰キャ」がぶっ放した超ド級抜き打ち二回目の影響だ。十四q四方にも渡るフォロワーで作りあげた肉の壁でも。あんなとんでもないのを喰らうと、再生どころではないし。

ダメージも回復しきれないということなのだろう。

それでも、途中から肉が蠕動するようになりはじめる。

これも人肉だと思うと、不愉快だ。

やがて、ワイヤーを上がりきる。

同時に無数の触手が針と一緒に襲いかかってくる。

「陰キャ」を守るために必死だったさっきは、触手に色々酷い目にあわされたけれど。こんどはそうはいかない。

片っ端からT字箒で打ち払いながら、心臓の側まで移動する。

ホバークラフトを使わず、瞬歩で行く。

今まで休んでいたのだ。それくらいは回復している。

時計を見る。

そして、時間まで、必死に猛攻に耐える。

10。数える。

9,8,7。カウントダウンをしながら、集中していく。

チャンスは一回だけ。

「財閥」が念入りに何重にも組んだ防御だ。そう何度も破る隙なんてないだろう。

「陰キャ」があまりにも非常識な事をやってぶち抜く事ができたけれども。

彼女にこれ以上無理はさせられない。

凡人として、「喫茶メイド」がやらなければならないのだ。

カウント1。

同時に、あらゆる攻撃を無視。触手に捉えられる。全身に汚らしい触手が巻き付く。だが、完全に相手にせず。

まずT字箒を全力投擲。

今までの圧倒的防御が嘘のように、心臓に突き刺さっていた。

空気を振動させる心臓。

つまり、苦痛に絶叫する。勿論ちょっと違うのだろうけれども。効いているのは確定である。

くらいなさい。

そう呟きながら、殆ど全ての、「萌え絵」を巻き付けたナイフを投擲する。

その全てが、心臓に突き刺さっていた。

ぼきりと、体の骨が幾つか折れるのが分かった。

触手に締め上げられたのだ。

人間の骨なんて、軍用犬に咬まれてもへし折られる程度の強度しか無い。折れたのがどれかは分からない。

だが、分かった事は。

目の前で閃光が迸ると言う事。

おぞましすぎる絶叫が。恐らくだが、SNSクライシスを引き起こした張本人である、あのモンスターのようなネットユーザーそのものの悲鳴が。嫌悪からくる悲鳴が聞こえたということだ。

自分の感覚に合わないものは全て悪。

だから殴っても良いし殺しても良い。

そう本気で考えている究極の愚か者。

貴方なんかのお気持ちのせいで、世界は滅びた。勿論それを、今はもう邪神どもに溶けてしまった本人は悪いとすら思っていないだろう。

お気持ちを周囲に押しつけ続けて、それを正義と信じて疑いもしなかった愚物の中の愚物が。

今、粉砕されていくのが分かった。

心臓が、消し飛ぶ。

内部にあっただろう。数十の邪神ともろともに。

同時に触手が力を失い、投げ出される。肉も、周囲の汚らしい液体も。急激に腐敗していくようだった。

立ち上がれない。

左足が複雑骨折している。肋骨も何本かやられている。冷静に分析しながら、それでも這って移動。

確かめないと。

スパコンをやれたのか。

だけれども。人影を見て安心する。

それは、「陰キャ」だった。

「陰キャ」は少し躊躇った後、携帯端末を見せてくる。

「スパコンは一刀両断しました。 もう、SNSクライシスが起きることはありません」

「良かった……」

「まずは「喫茶メイド」さんを「ごっこ遊び」ちゃんに任せます」

「いや、すぐに戦いに……」

首を横に振る「陰キャ」。

何となく分かる。

まだ、体力が不安なのだろう。下手な体力で最後の戦場に出向いても、恐らく一太刀も浴びせられない。

最後の最後で、戦いに参加するために。

今は戦場を離れる。

そういう判断なのだと分かった。

後は体を任せる。

「陰キャ」は小柄だが、それでも「喫茶メイド」も荷物も背負うくらいは余裕のようだった。

急速に死につつある肉の世界。

フォロワーを加工して、SNSクライシスを引き起こそうとしていた邪神の能力が、文字通り死んだのだ。

邪神が死んでもフォロワーは死なない場合は多い。

だが、今回の場合は。恐らく邪神の力でこの肉塊の世界を維持していたのだろう。そいつが死んだから、こうなった。そういうことだ。

地上に出る。

遠くで、ちかちかと光が瞬いている。

「悪役令嬢」と「財閥」が総力戦をやっていると言う事だ。

今更になって、足と肋骨が酷く痛み始めてきた。だけれども、その程度は我慢しなければならない。

「陰キャ」があのジュネーブの戦いでどんな目にあったかは良く知っている。

それでもこの人は、弱音一つ言わずに戦線に戻って来て。

あんな超ド級の技を二度もぶっ放して見せたのだ。

程なくして、「ごっこ遊び」が来る。

横たえられて。診察を受ける。本職の医師並みの知識と技術があるのだ。任せてしまって問題ないだろう。

「「ショタ」は「ごっこ遊び」を守って駐屯地まで後退してください」

「分かりました」

「陰キャ」の指示に素直に従う「ショタ」。

この子は最後まで好きになれそうに無いなと、「喫茶メイド」は苦笑していた。

最後の戦いには出向けないが。

渡しておくべきものがある。

「陰キャ」に、渡す。

「これ、私の最高傑作です」

「萌え絵」。

それも、渾身の力を込めて描いたもの。

自分の絵の集大成。

一応電子データとして残してある。だから、現物は。世界を救うために使ってほしい。

「綺麗な女の子ですね。 現実にはこんな女の子いないでしょうね」

「この子とともに、世界を……」

「はい」

「陰キャ」は相変わらず携帯端末に文字を打って見せてくる。

喋るのが苦手なのだ。

こうして文字で話してくれるだけで充分である。

痛みが酷くなってきた。

担架を作り、それに移してくる「ごっこ遊び」。

後は運ばれて行くのだけが分かる。

途中、携帯端末から連絡が入る。電子戦チームからだった。

「無事かレディ」

「はい。 スパコンは……」

「完全沈黙した。 サムライガールが文字通り真っ二つにしてくれた」

「あの子は本当に凄い。 それに対して私は……」

あんたはよくやってくれた。

そう電子戦班のリーダーは言う。

だけれども、凡人としての意地を通すことまでしか出来なかった。

後は、超人二人に。

全てを託すしかない。

それを理解しているから悲しい。

駐屯地に到着。手当が始まる。やはり足と肋骨の骨が折られ。何カ所かの筋肉も手酷く痛めつけられている様子である。

手早く手当を始める「ごっこ遊び」。

手際が本職の医者……しかも相当な技量の医者並みなので。殆ど施術の際に痛みはなかった。

こんないたいけな女の子なのに、大したものだと思う。

一応の医療技術は持っている「喫茶メイド」だけれども。此処までの事は正直出来ないし。

素直に凄いと思った。

後は、身を任せる。

気を失っても良いかなと思ったけれど。気を遣ったのか。最終決戦が行われている戦場の様子を写しているドローンの映像を、側で見せてくれた。

蛇と牛に羽根を生やし、全身から蛇を生やしたような異形になった「財閥」が、「悪役令嬢」と人外の戦闘を行い続けている。

なるほど、これは気絶なんてしていられないな。

苦笑しながら、見守る。

最後にできる事は。見守る事だけだ。

 

3、世界中で戦線が

 

対馬。

二千万の追加戦力が上陸した事で、戦線の維持が流石に厳しくなってきた。

無理をするなと「女騎士」に言われているが。

それでも大弊とは名ばかりの鈍器を振るって、「巫女」は暴れ続ける。ひたすらに敵の頭を砕き続ける。

無数に群がってくるフォロワーを蹴散らし続けていた時。

それがおきた。

どくんと、何かが鼓動した。

無言で口を引き結ぶ。

何か大きな事がおきて。その余波が、届いたのだ。そしてそんな事は、恐らく一つしか無い。

「財閥」が倒れたのか。

いや、それは流石にない。

というのも、「神」こと「ブラック企業」が死んだ時も、そこまで劇的な変化は世界におきなかったと聞いている。

だとしたらもっと大きな事だろう。

例えば、大半の邪神が死に絶えたとか。

いずれにしても、はっきりしているのはフォロワーの動きが不意に統率を失った、ということだ。

個々の能力は変わっていないが、近くの人間に向かってくる事だけになり。行動に指向性がなくなった。

つまり、対馬を制圧して。北九州を目指そうという動きがなくなった。

俄然戦いやすくなったと言える。

「何か起きたとみて良い。 攻勢に出る好機だ」

「……此方でも確認しました。 「コスプレ少女」さん、「巫女」さん、「人形」さん、総攻撃を開始してください」

「ラージャ!」

軍勢というのは、指向性を持つから脅威になる。

数だけ集めても、それが烏合の衆の場合。ただの群衆となってしまい、脅威にはなり得なくなる。

今がまさにその状況だ。

丁度都市部でフォロワーを駆除しているような状況である。対馬にはとんでもない数のフォロワーが群れているが。

それがそれぞれ人間を襲おうと右往左往しているだけ。

今までとは決定的に違った。

暴れに暴れ、敵を蹴散らし続ける。

このまま行くと、南対馬からそれほど遠くない未来にフォロワーを駆逐できるかも知れない。

勿論それは希望的観測だ。

だが、それでも。

何も希望が無いよりも、遙かにマシだった。

 

ニューヨーク近辺で、「ぼんやり」を連れてフォロワー狩りをしていた「ギーク」は。ついにSNSクライシスを引き起こしうる敵の最終兵器を潰す事に成功したと聞いて、跳び上がっていた。

喚声が漏れる。

思わず、ひゃほいと叫んでいた。

隣で「ぼんやり」が呆れているが。もうそれについてはどうでもいい。

やってくれたのだ。あの超越の英雄「悪役令嬢」が。

なんだかサーカスみたいな滑稽な格好だった。特にあの縦ロールだとか言う髪型は不思議極まりなかった。

それでも、彼奴が強い事は分かっていたし。

兎に角その圧倒的実力については、肌でびりびり感じていた。

ジュネーブの戦いで、一緒に出向いた狩り手三人が引退に追い込まれ。

米国の一線級の狩り手は大幅に数を減らした。

今後は第二世代の狩り手を中心にフォロワーと戦っていかなければならない。

それが分かっていたから、憂鬱だったのだ。

しかしながら、今回の件で。その憂鬱も過去のものとなった。

北欧での最終決戦については経緯をある程度聞いている。

SNSクライシスを引き起こしうる装置は、邪神数十体と連動しているという話だった。

つまりそれが壊れたと言う事は。

もう「財閥」とかいう最低の下衆野郎以外は、邪神共は駆逐されたと言う事だ。

軍のアホどもが邪魔しなければ、今すぐ手伝いに行きたい気分だが。

ニューヨーク近郊には、まだまだうんざりするほどフォロワーが残っている。

今も、数百が姿を見せ。

唸りながら、襲いかかってきた所だ。

「「ぼんやり」! 好物はなんだったっけ!」

「特にありませんけど……」

「なんだよ、甘い菓子とか色々あるだろ!」

「……食べた事ありませんので」

そうか、そうだよな。そう「ギーク」は悲しくなった。

第二世代の狩り手については、色々「ギーク」も思うところがある。

子供の頃SNSクライシスを経験した「ギーク」は、まだ美味しいものを食べた事がある世代だ。

だから、こういう発言を聞くと悲しくなる。

ましてやこの子らは、非人道的な実験の末に作り出されたのだ。

お菓子なんて食ったことがなくて当然だ。

幼い頃、日本製のお菓子が兎に角おいしくて、親にねだった記憶がある。

今はもうそれもできない。

在庫が存在しないからだ。あったとしても既に食べられる状態ではないだろう。

だけれども、後十年位して、各地の首都圏からフォロワーを一掃して。無人工場が動くようになったら。

その時は、状況が変わってくるだろう。

この子らにも、おいしいお菓子をごちそうできるかも知れない。いや、してやらなければならない。

軍の冷徹幹部共は、この子らが必要ない状況が来たら、処分しようとするかも知れないが。

そんな事は絶対にさせない。

大人の義務として、そんな事をさせるものか。

ギミックがたくさん搭載されているマシンを背負い暴れ狂いながら、「ギーク」は叫ぶ。

「じゃあ約束だ! 絶対に何年か後には、うまい菓子を食わせてやる! だから、生き残るんだぞ!」

「……」

「大丈夫、俺を信じろ! 俺はあの「財閥」とか言うゴミカス野郎にだまくらかされるカスどもと違う! 俺は、爺になって、頑固爺とか言われたってな、あんな連中とは絶対に同じにならねえ!」

フォロワーの群れ、一掃完了。

まだまだ現役だ。

このくらいの年になると、もう狩り手引退が見えてくる。多くの場合は戦場で命を落として二階級特進して引退する。

だが、「ギーク」はそんなつもりはない。

狩り手の英雄として引退し。

腐りきった軍の連中を放り出して。

この子らを使い捨てにはさせない。

そのためにも、死ぬわけにはいかなかった。

 

米国大統領は、戦況を見ながら報告を聞いていた。

「財閥」の凄まじい戦闘力は、身震いがする程だ。だが、それと真っ向からやりあっている「悪役令嬢」も凄まじい。

本当に神話の戦いなのだなと思う。

合衆国陸軍の精鋭達ですら、あの戦いを見たら尻込みしてしまうだろう。それほどの凄まじい闘争。

もはや人の領域を完全に越えてしまっている。

映画では無いのにだ。

部下が来る。最近は独裁者と罵られる事も増えた。だが、大統領は何度も「エデンの蛇」、すなわち「財閥」による陰謀に泣かされた。どうにか、この状態でも戦える状況を作らなければならなかった。故に、専用のチームを立ち上げて、国政を回してきた。批判されようとも。

「「エデンの蛇」の関与があった軍幹部、他政権幹部の洗い出し、終わりました」

「よし。 「財閥」が敗色濃厚な今が好機だ。 まずは奴が進めていたSNSクライシスを再現する装置が破壊されたことを、映像つきで流してやれ」

電波中継器をたくさん使っていたのだ。破壊の瞬間も全て記録されている。

サムライガールと一部で渾名されている「陰キャ」の凄まじい斬撃は、大統領も見ていて年甲斐もなく興奮してしまった。

米国人は忍者が大好き。

よく言われるが。

はっきりいって、あんなものを見せられたら。誰だって忍者が大好きになると思う。

実際あの「陰キャ」は、サムライより忍者に近いと「悪役令嬢」に言われていたのである。

あの子こそ。コミックヒーローにも劣らない、最強の忍者だろう。

すぐにインパクト絶大な映像が流される。同時に、背任者の逮捕が始まった。

同時に、彼方此方で報告が上がる。

「エデンの蛇」のしがいが発見され始めていると。

どういうことかは分からないが、多分「財閥」が総力戦を始めたために。力を周囲に拡散している余裕が無くなったのだろうという分析がある。まあ楽観だが。そもそも貴重なユダ製造装置である「エデンの蛇」だ。無駄に死なせる意味もない。楽観で、まあ大丈夫だろう。

すぐに逮捕の報告が上がる。

今回は、「財閥」が追い込まれていること。何より脅威だった邪神が殆ど壊滅に追い込まれていること。

この二つが大きい。

特に邪神は下位の者でもとんでもない脅威だったのだ。全滅というのは、あまりにも素晴らしい成果だ。

勿論、「エデン」に所属していない邪神がいる可能性だってまだまだある。

これから世界中に部隊を派遣して、フォロワーを駆除しながら生き残りの人間を集め、文明を再建する。

問題は資源だ。

SNSクライシスの直前には、人類の文明は幾つかの資源を使い果たす寸前まで行っていた。

もう宇宙に出るしか道はないが。

このまま無差別に人が増えると、厳しい事になるだろう。

邪神共を撃ち倒すことが出来たら。

その時こそ、人類は問われることになる。

勝つべきだったのか、と。

大統領はそれを理解している。だから、今後のために、手は全て打っておかなければならない。

やがて、背任者はあらかた捕まった。

日本の方でも、だいたい処理は終わったらしい。

やはり「エデンの蛇」が全滅したのが大きいのだろう。あれが彼方此方で悪辣な暗躍を続けて来た。

「財閥」そのものである使い魔の蛇は。アダムとイヴに知恵を授けた楽園の蛇などとは比較にならない邪悪さで人間を誘惑していった。

絶望的な戦況が、誘惑をどんどん後押しした。

その結果がユダだらけの現状だ。

だが、邪神共が文字通り壊滅し、残りが一体となった時点で。状況は決定的に変わったと言える。

「財閥」はまだ切り札をもっているかも知れない。あれほど周到に邪悪の限りを尽くしてきた存在だ。

だからこそ、そんなものが出て来ても対応できるように、準備をする。

一通り粛正が済んだ。

米国はSNSクライシスで致命的なダメージを受けたが、他の滅びてしまった国よりはマシだ。

或いはだが。

人類が夢想してできなかった、世界連合政権をついに作る事が出来るかも知れない。

同じく残っている日本とは、対等の同盟を組めている。特に「悪役令嬢」の活躍が大きく。国民感情も非常に良好だ。

それならば、今が好機かも知れない。

地球を出無ければ未来はない時代が来ようとしている。

邪神を倒した後に、皆が安心できる状態にする。

それが大統領の仕事だ。

そのためには、どれだけ泥を被っても気にする事はないし。

邪悪と罵られようと、別にかまわなかった。

 

アラスカ。

「フローター」は、軍用機で移動しつつ戦況を聞いていた。

やはり「悪役令嬢」は豪快な戦闘をするなと、感心する。

最初に会った時は、とても個性的な格好だと思った。それが西洋の令嬢風の格好なのだと聞いて驚いたし。

そして実際に戦うのを見て、凄まじい戦闘力を感じて興奮した。

歴史を変える英雄だと言う事はすぐに分かった。

ただ、あの人は。

「フローター」は、「悪役令嬢」の自己評価があまり高くないことを知っている。

どうしてかは分からないけれども。

あの人は跡継ぎを欲しがっていた。

まだまだ先へ行けると思うのに。

「悪ガキ」が声を掛けて来る。

「「フローター」姉ちゃん。 そろそろ現地に着くぜ」

「耐寒服を皆準備して。 戦闘に入ります」

「うっし! 引きつけたフォロワー共をまとめて皆殺しにしてやるぜ!」

好戦的な声を上げる「悪ガキ」。

最初は制御不能になる事を不安視されていたらしいんだけれども。「悪役令嬢」が基礎的な躾をしてくれた事もあるのだろう。

「フローター」の言う事は良く聞いてくれた。

飛行機から降りると、凄まじい降雪に見舞われている雪原での戦闘に入る。

フォロワーはわんさか湧いてくるが、関係無い。三億いるのだ。今更わんさかくらいが何だ。

時々アイスビームと叫びながら、普通のレーザーを放つ。

分かっている。

気分だと言う事は。だけれども、その気分が大きいのだ。

フォロワーを叩き伏せながら、戦闘を続行。ただ流石に集まってくる数が多すぎる。飛行機に撤退して、また移動。

敵を引きつけながら、動くが。

「悪ガキ」が小首を傾げていた。

「なあ「フローター」ねえちゃん。 彼奴らの動きさ、なんかいつもと変わった?」

「……そういえば」

「「フローター」。 いいか」

軍の司令官、コーネフ元帥からの連絡だ。

寡黙で存在感が薄い人だが、一応の仕事はしてくれる。

兎に角欲が薄い様子で、それで信頼もされているらしい。まあ「エデンの蛇」にそそのかされても無視しそうではある。

「日本の対馬から連絡があった。 恐らく邪神がほぼ全滅した影響で、フォロワーの動きがおかしくなっている。 近場にいる人間しか襲わないようになっているようだ。 普通の都市部にいる連中と同じようにな」

「そうなると……」

「ずっと苦しい空中機動戦をさせてすまなかった。 様子見のために、一度距離をとってもらいたい。 アラスカに三億のフォロワーが集結したとしても、指向性を持って動かないのならむしろ対策は楽だ。 此奴らが動いた結果、フォロワーの密度が薄くなった地域も多いだろうし、奪回も容易になる」

その通りだ。

そして要所を奪回できれば、欧州や中華にある人間牧場からの人々の開放だって上手く行くかも知れない。彼らを米国などの安全圏に逃がすこともだ。

飛行機がカナダの方に。つまり南下し始める。

フォロワーは確かに動きが変わった。近くに人間がいなければどうでもいいようだ。

勿論いずれは駆除しなければならないが。

それでも、これで戦力を此処に貼り付け。貴重な物資を浪費する必要はなくなったのだ。

米国の常備軍は現在三十万。

だが武装は全盛期にはとても及ばない。

そもそも米国が国内すら安全を確保できない状態なのだ。首都圏近郊にすら大量のフォロワーがいて。フォロワーだらけで踏み込む事も出来ない州すら存在している。狩り手だのみな今、国民の1%を軍にして何の意味があるという声さえある。

だから規模は縮小され。

貴重な燃料は、戦闘行為よりもむしろ他の事に使われ続けた。

米軍としても忸怩たるものがあっただろう。

だが、邪神さえいなくなれば、軍は前より格段に動きやすくなる。

軍事知識は一応持っている「フローター」も、その辺りの事は分かっていた。

「これから君達は、ロス近郊でのフォロワー掃討作戦に参加してほしい。 日本でも対馬の戦線が一段落したら、各地に残っているフォロワーの掃討作戦を実施するそうだ。 邪神さえいなければ、軍はある程度活躍が出来る。 狩り手が主力にはなるだろうけれどもな」

「はい。 ロスが……米国の首都が、完全に自由を取り戻すんですね」

「SNSクライシスの前には、別に楽園でも何でも無かった場所だ。 それでも、フォロワーどもの徘徊する地獄ではなくなるだろう。 それだけで、どれだけ大きい事か」

やがて軍の一部から警察を編成し。

貨幣経済を復活させるのかも知れない。

配給制で苦しい思いをしていた米国の人達も日本の人達も。少しはましな生活が出来るようになるのかも知れない。

だが。それも。

「悪役令嬢」が「財閥」を倒してくれたらだ。

祈る。

「フローター」はそれほど信心深い方では無いけれども、それでも祈る。

主よ。どうかこの地獄をもたらした悪の権化を、撃ち倒してほしい。

その悪の権化を誕生させてしまったのが人間だったとしても、もう充分過ぎる程に報いは受けた筈。

だから、この悲劇を終わらせて欲しい。

出来ないとしても。せめて「悪役令嬢」に幸運のひとかけらくらいでも授けてあげてほしい。

それだけでもかまわない。

あの人だったら、その幸運のひとかけらを利用して、「財閥」を倒してくれる筈なのだから。

口に出さず、祈る。

その様子を見ていた「悪ガキ」だけれども。

別に何か文句を言う様子は無かった。

 

東京には手を出せないが、地方都市を周りながらフォロワーの駆除を進め。各地に点々としているフォロワーの数を削りつつ。生存者を救出していく。

それが、対馬で狩り手のリーダーを解任されてから。

狩り手「優しいだけの人」がやっていたことだった。

一緒にいた狩り手「コンビニバイト」と「アイドルオタ」は、戻って来た「優しいだけの人」に何も言わなかった。

馬鹿にされたりとか。

罵倒されたりとか。

或いは無視されたりとか。

そういうのは覚悟していた。

だけれども、二人は何も言わなかった。そして、今までと同じように、三人で組んで。自衛隊の指示の元、彼方此方の都市を回って、生存者を救出していったのだった。

今日は愛知のほうの都市だ。

愛知というのは、織田信長で有名だけれども。

そもそも愛知は交通の要所であって。信長はここに本拠があったという時点で、非常に幸運だったと言える。

幾つかの都市にはまだまだフォロワーがわんさかいるが。

それを確実に削っている。

三人揃って一日二万弱のフォロワーを削るのがやっと程度の実力しかない狩り手だが。

それでも、邪神に狩り手がばたばたとなぎ倒されていた頃に比べれば。ずっと強いのだと「優しいだけの人」は知っている。

連戦を重ねて、そして駐屯地に戻る。

その過程で聞く。

「悪役令嬢」が、「財閥」と最終決戦をしていると。

「陰キャ」と「喫茶メイド」が、どうやら残りの邪神をあらかた片付けて。SNSクライシスの再現を防いだようだと。

そうか、とだけ思った。

今では、「優しいだけの人」も分かっている。自分はリーダーの器などではなかったということは。

だから対馬では大失態をおかした。

その結果として、多くの無駄を出してしまったし。

対立まで作ってしまった。

今では申し訳ないとさえ思う。今後、リーダーにという声が掛かっても、断るつもりでいる。

自分の器はよく分かった。

そもそも狩り手としての訓練を始めたのも、だいぶ年を重ねてから。

だとすれば、戦えるまでは戦って。

そしてフォロワーを可能な限り削って。

限界が来たら。奇跡的に引退できた「デブオタ」「ガリオタ」のように。後は後輩の育成でもするか。後は余生を静かに送りたかった。

それにしても、フォロワーが多いな。

そう思って、ドローンが送ってきた配置図を見る。

この都市から這いだしてくるフォロワーが、たまに第二東海道の方まで来るので。今回来たのだが。

確かにこれだけいれば、人間が生命線にしているインフラにちょっかいを出しに来るだろうなとも思う。

第二東海道は今やすっかり日本の大動脈と化しているが。

そもそもフォロワーを全駆逐できれば、元々のインフラを普通に復活させればいいだけである。

ただ、日本の人口は今や数百万程度しかいない。

復興には、時間が掛かる事は覚悟しなければならないだろう。

遠くで「悪役令嬢」が戦っている。

伝説とさえなったあの人がずっと日本にいてくれれば。狩り手が揉めること何てなかっただろう。

勿論あの人が米国に乗り込んで「エデン」とかいう悪辣な邪神共を叩き伏せてくれているから、今の状況改善が来ている。

だけれども。

やはり「優しいだけの人」の本音としては。あの人に日本に残ってほしかった。

レーションを口にする。

だいぶマシになって来ている。静岡の工場が急ピッチで稼働しているからだ。今まで足りなかった物資がどんどん生産されている。

レーションもその一つ。自衛隊の間でも評判がいいらしい。

無言でレーションを食べながら、明日の事を考える。

邪神と戦う場合。時間稼ぎがやっとだ。

三人揃って、第二世代の狩り手一人くらいの活躍しかできない。

それでも、自衛隊員が大きな被害を出して勝てるか分からないフォロワーの群れを駆逐できるのだ。

それを誇りに、頑張って行こうと。「優しいだけの人」は思っていた。

 

4、役者は揃う

 

激しい揺れ。

「財閥」が、顔色を変えるのが分かった。

それに、強烈極まりないテリトリが消し飛ぶのも感じた。

つまり、あの忌々しい心臓が死んだと言う事だ。

それはすなわち、SNSクライシスの再現が不可能になった事も意味している。

隙は当然逃さない。

「財閥」に肉薄した「悪役令嬢」は、一瞬で「財閥」の全身をバラバラにしていた。

粉々に砕かれた「財閥」は、わめき散らしながら再生を開始する。その間にクッキーを豪快に手づかみにし、ばりばり食べる。

令嬢らしくない行動だが。

戦闘中だ。これくらいはご勘弁願いたい。

更に水筒で一気に飲み下す。

食べ方としてもあまりよろしくないが。これも戦闘中なのだから仕方が無いということである。

「お、おのれ、おのれおのれ……!」

「部下は全滅。 ガイアに成り代わる計画もおじゃん。 残りは間抜けで無能な貴方だけですわね、「財閥」」

「……何か勘違いしているようだな」

財閥の肉塊が集まって、形を為していく。

牛を主体にしているが、何というか西洋の悪魔のような姿だ。いや、ちょっと違う。

牛をベースにしていながら、全身にはむしろ天使の仕様を取り込んでいる。

ああなるほど。

一神教の神をベースにしようとしているわけだ。

それでいながら、他の神々の系譜も貪欲に取り込もうとしていると。

発想があいつと。

「神」こと「ブラック企業社長」と同レベルだ。

人間が考える事なんて、洋の東西関係無く同じ。

それは「悪役令嬢」も、身を染みて知っている。国民性なんて言葉は大嘘だ。

SNSクライシスの前。ある時代には、日本特有の複雑な作法やら無言のルールやらが悪しきものだと考えられていたらしい。

だがそれが、実は世界中にあり。

むしろ余所の国の謎ルールの方が余程偏屈だという現実が分かってからは、その妄想はなくなった。

要するに人間なんてのは何処でも同じ。

「財閥」と「神」こと「ブラック企業」は。

立場が違えば、同じように「悪役令嬢」に立ちふさがって来たのだろう。

たまたま順番が違った。それだけだ。

「SNSクライシスの起こし方は既に分かっている! 貴様をこれから僕が殺して、そのやり方を試すだけだ。 僕を倒しうるのは残念ながら君と、あの死にかけのネクラ女だけだからな。 君とあのネクラ女さえ殺してしまえば、後は時間を掛けて第二のSNSクライシスを引き起こせばいい! 僕は世界一の富豪だったんだぞ。 幾らでも資産など存在しているし、その全てを覚えているからなあ!」

「させませんわよそんなこと。 何しろこれから貴方を殺すのですから」

「その体力がつきかけの体でか!」

「例え死のうと貴様は倒すと言っていますのよ。 何、わたくしの後を継ぐものもいますしね」

げらげら。

不意に笑い始める「財閥」。

別に此奴に笑われても痛くも痒くもない。

人間の多数は、「自分が知らない事」を言っている奴は「嘘を言っている」と思い込む習性がある。

「自分が理解出来ない事」を口にしている者は「バカ」だと思い込む癖がある。

その程度の生物だ平均的な人間は。万物の霊長だなどと片腹がいたい。

そして此奴はそんな平均的な人間が元になっている。

何が最も優れた遺伝子か。

ツラは整形。

この様子だと、大学だの何だのも金で通った可能性が高い。

コネも実力のうちだとかいう言葉があるらしいが。

その現実を、このクズがこれ以上もない程示していると言える。

「やっぱりバカだなあ「悪役令嬢」! この世は所詮自分の私物だ! 僕さえ良ければ何もかも良いんだよぉ! この世には僕だけがいればいい! なぜなら僕こそが究極の個体だからだ! 他の人間も、他の生物も全部いらない! だから僕は地球そのものとなろうとしているのさ! なぜなら、僕こそが地球の意思に相応しいからだ!」

「仮にガイア理論があるとして。 地球など宇宙に浮かぶ砂粒以下の小さな星にすぎませんわよ」

「……」

「それに、地球が仮に意思を持ったとしても、大気や海がいつまでもつか知れたものではありませんし。 木星や月に守られていなければ、いつ致命的な天体衝突によって粉々になるか知れたものではありませんわ。 ましてや太陽系からどうやって出ると? 火山の一個や二個噴火させた程度では、太陽の引力を振り切れませんわよ」

一つずつ。

ガイアになったからといって、何もできないことを指摘していく。

別にこんなこと、専門家でなくてもわかる。

結局此奴も、地球を神聖視するアホの一人だったに過ぎないと言う事だ。地球なんて単なる惑星の一つ。

人間を万物の霊長とかと認識する愚論と同じ。

地球を神聖視するなんて、馬鹿馬鹿しい話というだけだ。

そもそも銀河系だけで4000億とも言われる恒星系が存在している。連星ですら惑星が存在している事もSNSクライシス前には分かっていたそうだ。

側にあるアンドロメダ銀河は恒星系が「兆」存在している。

しかも銀河系が存在しているのは乙女座超銀河団の一角に過ぎず。要は乙女座超銀河団の一部に過ぎない。その乙女座超銀河団ですら、更なる巨大な星間構成体の一つに過ぎないのだ。

人間がどれだけ背伸びしたってたかが知れている。星になったとしても、だ。

その程度は、「悪役令嬢」ですら知っている事なのに。

「はっきりいいますわ。 貴方は優秀な遺伝子を持っていると錯覚しただけの愚か者ですわ」

「だ、だまれ……」

「貴方のような連中は、必死にプロパガンダをして金持ちを優秀だという思想を世界にばらまいた。 だけれども、そんなものが大嘘だったことは、SNSクライシス前の世界が最果ての時代だった事で証明されているではありませんか」

「……」

とどめにド無能。そう告げてやると。

もはや、神と悪魔と、まあなんかよく分からない神話の存在をごたごたに混ぜた第五形態になった「財閥」は。

意味も何も有しない絶叫を上げていた。

その首から上が吹っ飛ぶ。

気配の接近に気付いていたから、口撃して気を引いていたのだ。

着地した「陰キャ」が、納刀する。

首の切り口から大量に鮮血を噴き上げていた神気取りのアホが横転する。これで一つ形態は潰せたか。

正直此奴の指摘通り、体力がかなり危なくなってきていたのだ。

助かる。

ただ。どうせ第六形態ではすまないだろう。まだまだ内在する猛烈な熱のような力を感じるのだ。

それに「陰キャ」の消耗も激しい。

地下での戦闘も相当苛烈だっただろう。そう思えば、仕方が無い事なのだと思う。

「おそ、くなりま、した」

「いいや、充分ですわよ。 それに気を引いていたとは言え、バカの形態を一つ飛ばす事が出来ましたし」

「……」

「陰キャ」の目にも、「財閥」に対する露骨な嫌悪感がある。

まあそれはそうだろう。

此奴がどれだけ下劣な存在かは、身を以て味わって来たのだから。それに、今までのやりとりをインカムで聞いていたのだとすれば。

此奴に対して、何一つ好意など抱きようがない。

「悪役令嬢」は令嬢の格好をしているが。

こんな令嬢は存在しない事など知っている。

醜悪で未完成、挙げ句の果てに多くの文明圏を混乱させた貴族制度を何故か美化した妙な文化。

様々なものが流行った文化の国にて産まれたミーム。

それが「悪役令嬢」だ。

「悪役令嬢」そのものは別に嫌いでは無い。

だがリアル貴族や、その後で財力を独占した財閥の類は反吐が出る程嫌いである。

その残骸を、今から完膚無きまで殺せるのだと思うと。

むしろ気分はすっとした。

鉄扇を開く。威圧的な音を立てて。

「これで役者は揃いましたわ。 立ちなさい最後の邪神。 決着と、いきましょう」

「この文化後進国のミームごときが……重ね重ね僕のような究極存在に……! 敵として認めてやった恩も忘れて……!」

「わたくし如きに論破される時点で、貴方が究極でも何でも無い事は明らかですわよ、このド無能。 他の邪神と違って、もはや名前すら呼ぶ価値すら感じませんわね」

どんと、「財閥」の全身から触手が伸びる。

構えは取らない。

まだ仕掛けてこないと分かっているからだ。兎に角体力をわずかでも良いから温存したい。

「断言しますわ。 貴方こそ、あの「神」こと「ブラック企業社長」とならぶ最低最悪のゴミカスですわね。 SNSクライシスを引き起こした愚か者の愚かさ加減を示すかのように、どうしようもない屑ですわ」

「もういい……こうなったら……僕自身の力でこれより人類全てを殲滅し、この星をまるごとくらってやる!」

出来もしないことをほざく。

此奴は確かに多数の邪神を取り込んだ。

だが、出来ない事は出来ない。

もしも全能なら、とっくの昔に「悪役令嬢」を倒している。

その程度の存在だと言う事だ。

ただ、今この二人が揃った状態でも、勝率は三割以下という所か。

援軍も来ない。

だが、それでも勝つ。

此奴にまた世界を好きにさせるわけにはいかない。

SNSクライシスの前の時代は。此奴や同類が支配していたから、最果ての時代だったのだ

それを再現させるわけには行かなかった。

 

(続)