真の邪悪

 

序、天からの槍

 

来たな。そう「悪役令嬢」は判断。時間通りだ。既に皆は避難させている。

邪神共がフォロワーを使って電子機器を運び込んでいる穴。そこに、寸分の差もなく、順番にICBMがくる。

積んでいる弾頭は気化爆弾。

あまりにも火力がありすぎるため、非人道的兵器として使用をSNSクライシス前には控えるように通達がでていた兵器。

もっとも、幾つもの紛争で利用された形跡があり。

実際にはどこの国もそんな条約歯牙にも掛けていなかったようだが。

いずれにしても周囲を汚染してしまう核と違って、純粋な破壊兵器として期待されたこれは。

案の定米軍も多数保有していた。隠れて、だが。

そしてそれが核同様フォロワーにも邪神にも一切通じないことが分かった今は。

倉庫で埃を被っていた。

だからこそ、利用に同意してくれたのだろう。

使い路がないのだから。

確か、最初の弾道ミサイルは第二次世界大戦で使われた。V2ロケットだったか。

その時は化け物と呼ばれたらしい。

その後、弾道ミサイルは多くの戦場で使われたが。幸いにも核を搭載したICBMは使われることはなかった。

それは本当に良かった事なのだろう。

ただし、SNSクライシスまでは、である。

SNSクライシスでは核弾頭つきのICBMが散々使われ。

一切合切効果は無かった。

人間相手に使われなかったことだけは、良かったのだろうか。

今、ICBMは恐らくもっとも建設的な形で。

人間の敵に対して、使われている。

充分な距離から確認。

遮光グラス越しに、様子を見る。

一発目が着弾。

迎撃はなかった。

ガスを噴出してから爆発すると言う事なので、瞬時にドカンと行く訳ではないようなのだが。

それでも、流石は核につぐと言われる火力の兵器だ。

ヘッドフォンをしておいて良かった。

それ越しですら。凄まじい爆音がして。ぶわっと熱い風が、安全圏の筈なのに届いた程である。

きのこ雲こそ上がらなかったが。

とんでもない爆発。閃光。

遮光グラスをしていなかったら、目が潰れていただろう。

傘を差す。

この傘は色々な特別製だ。多少の瓦礫くらいならなんでもない。他の皆にも、身を守るように指示はしてある。

第二射。

ICBMが着弾する。

爆発と同時に、ごうと凄まじい風が来る。

そのまま、見守る。

米軍としても、不良在庫は全部使ってしまいたかったのだろう。そもそも倉庫を圧迫するし、兵器としてもいまやICBMなんか使えない。使えるかもしれないが、限定的な用途でしか役に立たない。高コストの兵器を保持しておくには、あまりにも割りにあわないのだ。

それにICBMの燃料は超がつく猛毒だ。

そんなものを保管し続けるのも嫌だったのだろう。

どんどん、景気よくミサイルが飛んでくる。

在庫一掃、大セール。

SNSクライシスの前にはあった言葉らしい。もう貨幣経済が消滅して久しいから、話でしか「悪役令嬢」も聞いた事がない。

七発目の爆発。八つ目が来る。

米軍の爆撃は昔からそうだったが、正確そのものだ。ある戦争では、山を占拠した敵軍を、文字通り一瞬で消滅させたという話がある。

軍事衛星のサポートを受けているのだろうが。

それでもICBMの着弾は恐ろしく正確である。

次々に、あの穴に着弾していく。

二十発目。

最後の爆発が来た。

その後、連絡が来る。

大統領からだった。

「軍事顧問からの注意事項に沿って動いてくれ。 しばらくは超高温が続くから、出来るだけ近寄らないように頼む」

「分かっていますわ。 ICBMの大盤振る舞い、ありがとうございます」

「これくらいしか出来ずにすまない。 攻略は……本当に出来るのだろうか」

「なんとかして見せますわ」

通信を切る。

さて、と。動くか。

二十発の気化爆弾を叩き込んだ後だ。説明によると、八時間ほどは近付かないようにしてほしい、とのことだった。

実際問題、あまりの高熱に上昇気流が生じていて、上空に雲が出来はじめているほどである。

ここのところ珍しい晴れだったのに。

皆に指示。作戦地域に出て貰う。

そのまままだ電子機器を運んできているフォロワーを駆逐。

ただ、これから本番がある。それぞれ力を温存するようにとは指示をしておいた。

その間に、米軍の軍事衛星で現場の確認をして貰う。

今回、わざわざなんで気化爆弾なんてものを突っ込んだのか。それは、穴を拡げるためである。

時間があるのなら、工作部隊を連れて来て、穴を掘って貰う手もあった。

勿論人力だと危険すぎるので、ロボットを使うのだが。そんなものをここまで運んでくる余裕が無かった。

バケットホイールエスカベーターくらいの大物が必要だっただろうし。

それを此処まで運ぶ事は、今の人類には残念ながら不可能である。

だから、乱暴だがこういう手を使った。

穴を拡げれば、それだけ作戦行動を取りやすくなる。

敵の攻撃も回避できるし、瞬歩を使ってのヒットアンドアウェイも出来るようになる。

一応、この二日を使って「ショタ」と「ごっこ遊び」にも、瞬歩については教えておいたが。

勿論二日で習得できるような技では無い。

「陰キャ」のような天才が特例なのであって。他の者に真似できることでは無い事は、「悪役令嬢」だって分かっている。

ただそれでも、真似事は出来るようにはなった。いざという時しか使うなと念押しはしておいたが。

指示通りの。熱が引く時間まで、電子機器を運んでくるフォロワーを駆除し続ける。

まだまだ一杯運んでくる。

それは北欧だけではなく、おそらく欧州全域から電子機器と名がつくもの全てを運んできているのだろう。

当たり前の話だ。

しかもそれぞれの個体がゴリラ以上のパワーである。トラックとかを使うよりも、人力……といっていいのか。まあそれぞれが個別で運ぶ方がよっぽど効率が良い。それにフォロワーは多少傷ついても全く動きが鈍らないのだし。

ただ、それもここまでだ。

徹底的に駆除を続行。

たまに来る通常のフォロワーも、鎧柚一触に赤い霧へと変えて行く。

さて、そろそろだろう。

皆に連絡を入れて、駆除のペースを落とさせる。

周囲には電子機器が山と積み上がっている。凄まじい量だ。

まるで不法投棄されたゴミの山。

これも、SNSクライシス前にしかなかったもの、らしいのだが。

映像で見たそれを思わせる光景が、周囲には広がり続けていた。

流石にそれぞれが万のフォロワーを倒せる狩り手である。

連日狩り続ければ、こう言う光景が周囲に現出する事になる。

「財閥」の外道が何を目論んでいたかは、まだ正確には分からない。恐らくはSNSクライシスの再現だろう事は分かるが。

それを少しでも遅らせることが出来るのなら、まあ良いとするべきだろう。

集まって来た皆に、休憩を指示。

「悪役令嬢」自身も休憩に入る。

まだ昼少し前である。

だが、仮眠も取るように指示をしておいた。

それだけで、「陰キャ」は頷いて戻っていく。

リハビリがてらに戦っていたようだが、やはり体が若くても一日二日で治るような状態ではない。

キルカウントは連日微増していたようだが。

やはり決戦では、無理はさせられないだろう。

「喫茶メイド」も第二世代の狩り手二人も休憩に行く。

その間に、「悪役令嬢」は大統領に連絡を入れておいた。

「時間まで少し休憩を取り、それから穴の状態を実地で確認。 以降は臨機応変に仕掛けますわ」

「もう少し人員を廻せれば良かったのだが。 今でも軍の内部には、君達を戻すべきだと叫ぶ者がいて、抑えるのに精一杯なのだ」

「抑えておいてくださいまし」

「分かっている。 頼むぞ」

通信を切る。

今度は山革陸将に連絡だ。

これは別離の連絡も込めておく。

この戦いで生き残れるかは、はっきりいって分からない。

「財閥」だけなら、勝てる。

それは別に油断でも過信でもなく、客観的な事実だ。正直な話をすると、今なら。タイマンであの「神」こと「ブラック企業社長」にだって勝てるだろう。

しかし今から挑む相手はそうではない。

だから、最後のために引き継ぎをしておくのだ。

「「陰キャ」さんは最悪の場合でも絶対に生かして返しますわ。 彼女は今後の人類にとっての宝。 絶対に、守り抜いてくださいまし」

「分かった。 君もそれは同じだ」

「わたくしはここしばらくで確信しましたが、既に天井に到達しましたわよ。 クローンを作っているならなおさらもうオリジナルのわたくしは用済みですわ」

「君は本当に……いや、なんでもない」

山革陸将は、ベテランだ。判断は的確だし、有能と言えば有能だったのだろう。

だけれども、有能どまりだった。

それでも、日本での戦いではずっと連携を続けて来たし。

何よりも、「悪役令嬢」が動きやすいように、ずっと便宜を図ってくれた。

酷い戦況で、ずっと狩り手を死なせ続け。

「悪役令嬢」が出るまでは、日本の邪神組織「絶対正義同盟」を前に手も足も出ず。

無辜の民が殺戮されるのを指をくわえて見ているしかなかった。

それでも発狂することもなく。

ずっと責任のある軍人として指揮を執り続け。

最後には、あの「神」こと「ブラック企業社長」を地獄に叩き落とすためのアシストを最大限してくれた。

奴の実力は「財閥」にほぼ拮抗した事を考えると。

山革陸将は歴史の教科書に残るレベルの偉人だと言っても良いだろう。

だけれども、それでも今の事態はどうすることもできない。

ただ、託すには。

この人以上の人はいないとも言えた。

「今までの作戦行動でのアシスト、感謝していますわ。 わたくしや「陰キャ」さんのクローンも、大事にしてあげてくださいまし」

「ああ、分かっている。 だが、君も生きて帰るんだ。 君は仮に引退しても、対邪神戦、対フォロワー戦の世界最高スペシャリストだ。 顧問として、仕事はいくらでもあるのだからな」

「可能な限りはそうしますわよ」

「健闘を祈る」

通信を切る。

向こうは携帯端末に敬礼していただろう。

だから、此方も胸に手を当てそれに応える。

そして、食事をすませてトイレにも行き。

仮眠を少しだけとった。

起きだしたのは、指定された時間ぴったり。全員も、程なくして起きてくる。

作戦については、全員に指示をした。

「「ショタ」、「ごっこ遊び」。」

第二世代の狩り手二人を呼ぶ。

もうしっかり調教済だから、反抗的な目とかをすることはない。

それにある程度力があるから、相手の実力にも敏感だ。

二人とも分かっているのである。

「悪役令嬢」がその気になれば、このクソガキども程度なんて、一瞬で首が飛ぶという事くらいは。

「二人はこれより、大穴の周辺のフォロワーを駆除して道を作るように。 以降も近付くフォロワーを蹴散らし続けるように」

「分かりました」

「はい」

恐怖が声から漏れている「ショタ」と違い、「ごっこ遊び」はどちらかというと機械的だ。

まあそれについてはどうでもいい。

この子は本職並みの医療知識と科学知識を持っている。

それだけで充分である。

「「喫茶メイド」さんはわたくしと共に穴に肉薄。 その後は、状況を見ながら指示を出しますわ」

「分かりました」

「「陰キャ」さんは少し後方で待機。 力を温存してくださいまし」

「……」

はいと、携帯端末でメールが来た。

まあいい。

人間と喋るのが苦手でも。

この子は「ナード」や「悪役令嬢」とならぶ、高位邪神以上の相手に単独で勝ちうる狩り手の一人。

人間の宝だ。

昔の人間は性格的に「陰キャ」と呼ばれる人達を人間として扱わなかったらしいが。

そういう連中は死に絶えた。

はっきりいってどうでもいい。そんな連中がどうなったかなんて。

今は「陰キャ」の力が、人類が存続するためには必要。それだけである。

作戦開始。

そう声を掛けると、五人で動き出す。

そのまま、駐屯地をでる。なお、「ごっこ遊び」が予備の装備を全てリュックに担いだ。

これは第二世代の狩り手がかなりのパワーを持っている、と言う事と。

何よりも、「悪役令嬢」達が最大限の力を温存しなければならない事が理由である。

また、状況次第で駐屯地に予備の物資を取りに戻って貰う。

幸いにも、この周辺にいるフォロワーの数はどうと言うこともない。

それくらいははっきりいって難しく無いだろう。

地獄と化した北欧の地を行く。

周囲は散々フォロワーを殺したから、赤い泥濘だ。それに雪がうっすら積もって、これ以上もないほど汚らしい雪景色になっている。

そのまま走る。

そして、大穴があった地点へと、辿りついていた。

手を横に出す。

止まれ、という指示だ。

既に後方で第二世代の狩り手達は戦闘を開始している。

古い時代。

SNSクライシスの前には、自衛隊は軍隊では無い扱いで。それゆえに戦闘開始時には状況開始とか言っていたとか。

まあそれについてはどうでもいい。

後方で激しい戦いが続いている中、大穴に近付く。

最大規模の気化爆弾二十発が正確に直撃したのだ。穴はかなり拡がっていた。埋まっている事もない。

クレーター状になった穴の底には、更に大きな穴が開いていて。

其処には肉塊が蠢いているのが見えた。

つまりだ。

気化爆弾二十発の直撃を受けても、あの肉塊はびくともしなかった、ということである。まあそれはそうだろう。

ABC兵器全てが通用しないのが邪神だ。

あの肉塊がフォロワーを材料としていようが。

結果は変わらないのだろうから。

しばらく地盤を確認。

問題なしと判断した後、「喫茶メイド」に指示を出す。

まだ「陰キャ」には出て貰わなくてもいい。

ここからが、本番だ。

まずはこの巨大な薄汚い肉塊をぶっ潰す。

この材料にされたフォロワーは気の毒だが。それも殺す事で救ってやるしかないだろう。

鉄扇を開く。

そして、「悪役令嬢」は。

充分に拡がり。

足場としても活用出来るようになったクレーターの底から。肉塊の穴へと、飛び込んでいた。

 

1、闇のイージス

 

穴の深さは数百メートル。

クレーターから直に飛び込めるようになったとはいえ、その深さは尋常ではない。

だが、逆に言えば。

故に徹底的に。

容赦なく、破壊力を振るう事が出来るという事だ。

落ちながら、「悪役令嬢」は鉄扇を振るい。

米軍兵士が「タイフーン」と呼ぶ。フォロワーを殺戮するときの圧倒的破壊力を全解放した。

肉塊が消し飛ぶ。

狩り手の攻撃だ。

邪神にとっては、人間以下の存在。

SNSクライシスが何故起きたのか。どうして共通主観なんてものが生じたのかが分かった今となっては。

この攻撃で、どうして邪神に痛打が入るのかも解明されたことになる。

それまでは状況証拠でしかなかったのだ。

ひたすら破壊の限りをつくし。

肉塊を徹底的に粉砕し続ける。

タンクローリーでもひっくり返したかのような量の汚らしい液体がぶちまけられ続け。肉塊が蠕動して悲鳴のような音を上げた。

さて、そろそろか。

そう判断した瞬間。

肉塊が左右から迫ってくる。

瞬歩で退避。

地上に逃れでていた。

気化爆弾で穴を拡げる前だったら、コレを一回やるだけで膨大な体力を消耗していただろう。

だが今は、クレーターのおかげで至近下に肉塊がある。

瞬歩一回で、退避が可能だ。

クッキーを頬張りながら状況を見る。

ずしんと、肉塊が左右から押し潰したが。

傷ついた肉塊が、大量の液体をだらだら垂れ流し続けているのには代わりは無い。

良い感触だ。

今ので、相当な質量を削ってやった。

実際スコープを通して観察すると、相当量の電子機器が露出している。肉塊でかばえなくなった、ということだ。

更にこの肉塊がフォロワーの肉で出来ているとなれば、当然物量にも限界がある。

さあ、どんどん削ってやるぞ。

水を飲んで、クッキーを胃に押し込むと。

第二攻撃に以降。

今のやり方を覚えているなと視線を「喫茶メイド」に送る。

彼女の方が、「陰キャ」よりダメージが小さい。

それに散々欧州で単独行動をして揉まれたのだ。

瞬歩だって進歩している筈だ。

二人で今度は穴に飛び込むと。

徹底的に肉塊を粉砕する。

こうやってまとまってくれていると、フォロワーの群れを叩き潰しているときよりもはっきりいって効率がいい。

凄まじい量の肉塊が消し飛び続け。

そして膨大な液体が噴き出し続ける。

そろそろだな。

退避、と声を掛け。瞬歩でその場を逃れる。「喫茶メイド」もあまり上手ではないが、同じように瞬歩で逃れていた。

どんと、左右から肉塊がまた押し潰しに来たが。

もう肉塊の量が目に見えて減ってきている。

それだけじゃあない。

肉塊がまた左右に開いていくが。

相当量の液体が、下に溜まっているのが見えた。

良い状況だ。

火炎瓶を放り込んでおく。

この火炎瓶に入っているのは、水でじゅっと消えるような簡単な燃料ではない。

入れれば燃える。

放り込んで、しばし燃えるのを観察する。

良い感じである。

肉塊が蠕動して、苦しんでいるのが分かる。

また、押し潰して無理矢理消火したが。

これは充分に、存分すぎるほどに効果ありと判断して良さそうだった。

状況を見つつ、クッキーを頬張っておく。

「喫茶メイド」が、青ざめて口を押さえていた。

まあグロテスクな光景だ。

人間的な反応を見せるこの子としては、辛いだろう。

「食べておきなさい。 ここからは長期戦が続きますわ」

「分かっています。 しかし……」

「軍で習った事を忘れたんですの?」

「……分かりました。 食べます」

レンジャー部隊では、食べられる虫とかを教えているはずだ。サバイバル時の様々な行動についても。

ましてや「喫茶メイド」がいたのは最精鋭である第一空挺団。

教えていない筈が無い。

クッキーを無理に食べ始める「喫茶メイド」。

その間に、もう一度、破壊の嵐をぶち込みに穴の中に飛び込む「悪役令嬢」。

一度の破壊で、数千体分のフォロワーの肉塊を粉砕しているはずだ。

密集しているから出来る。

本来だったら、一瞬でここまでの物量を粉砕することなどはできっこないのだが。

塊になったり。

固体になったりすると。

案外、破壊に対して脆くなってしまうものなのだ。

そろそろかな。

そう思って、瞬歩で逃れる。

だが、肉塊は迫ってこなかった。無茶苦茶に破壊されて、それでどうやら動く余裕がなくなったらしい。

いいだろう。

そろそろ第二段階に移行するタイミングだ。

見た所、この肉塊は反射行動で動いているとみていい。

そしてそもそも、どうして穴なんて開けていたか。

それはフォロワーを取り込む為もあるだろうが。

恐らくだが、空気を必要としていたのだろう。

電子機器を取り込んで、それを動かしていたのだとすれば大量の熱が生じる事になる。

フォロワーはちょっとやそっとの熱ではどうにもならないが。

問題は電子機器の方だ。

サーバルームは今まで任務で何度か足を運んだことがあるが。冷房で強烈に冷やさないと、一瞬で機械類が全滅する。

つまり、排熱のために穴を作っていた、ということだ。

本来はあんな程度の穴ではどうにもならないはずだが。

そこは邪神が手を加えていたのだろう。

ただ、穴から高熱が噴き出していた様子は無い。

何かまだ理由があるかも知れない。

今度は「陰キャ」と一緒に、穴に飛び込んで破壊の限りを尽くす。

「陰キャ」は空中で抜き打ちを叩き込んだが、恐らく数百メートルくらい先まで斬撃が届いたはずだ。

凄まじい。

相手がフォロワーだからできた事だろうが。最近体力の問題が生じた分、技を磨きに磨いていた、ということなのだろう。

思わず感心してしまった。

一度瞬歩で逃れる。

肉塊は既に、徹底的な破壊を喰らって体液をブチ撒け続けているが。動き出して反撃しようとは思わない様子だ。

或いは、だが。

この程度破壊されても、文字通りへでもない可能性もある。

「財閥」が最終兵器として用意しているだろうものを、徹底的に破壊しているのにこの無反応だ。

その可能性は、決して低くは無いだろう。

この辺りで、作戦を変えるか。

一旦皆に、補給するように指示。

トイレも行きたいなら行ってくるように指示を出しておく。

「悪役令嬢」は、借り受けているドローンを飛ばして、内部の状態を徹底的に確認しておく。

ここから先は、恐らくだが。

想像を絶する悪臭と、悪夢の中で戦わなければならないからだ。

 

夕方を少し回った。

休憩を済ませた後、ミーティングをする。

なお、フォロワーの動きは止まったので、第二世代の狩り手達も此方に来て貰った。

現時点では、十四q四方に渡って広がっている地下の肉塊を、一q四方も破壊出来ていない。

仮にこれ全部が何かしらの機能を有しているとしたら。

こんな程度の破壊では、文字通り痛くも痒くもない可能性が高い。

そのうえ、だ。

さっきもう一度破壊をしてみたのだが。

電子機器が殆ど出てこなかった。

つまるところ、電子機器を奧へどんどん潜り込ませている可能性がたかい、という事である。

フォロワーで作った肉塊だ。

ある程度のつぶしは利くのだろう。

なにしろ奴らは、フォロワーの肉塊で悪趣味な宮殿を作るような精神性の持ち主である。

フォロワーなんか建材くらいにしか考えていないだろう。

さて、此処からだ。

このまま肉塊を粉砕していくと、拠点として作ったこのクレーターが崩落する恐れもある。

更にいえば、今までほぼ無抵抗だった肉塊だって、抵抗に転じる可能性が低くはないのである。

そして、フォロワーがせっせと電子機器を運んでいた様子からして。

肉塊よりも、内部にある電子機器を破壊しなければならないだろう。

EMPは効果が無い事が既に判明している。

だとすると、どうするか。

意見を募る。

しばしして、「陰キャ」が挙手していた。勿論喋るのは携帯端末で、だが。

「あたしが穴の中に降りて、しばらく周囲を探ります」

「周囲を。 何をするつもりですの?」

「電子機器、それも膨大な電子機器を動かすなら、動力源やケーブルに相当するものが存在するはずです。 あたしは今までの戦いで勘を磨いてきました。 「悪役令嬢」さんよりも、今では勘だけなら上かも知れないです」

ふむ。

それは頼もしい言葉だ。

そのまま続けて貰う。

「心臓や血管に相当するものがあるのかもしれません。 それを大破壊すれば、この肉塊を機能停止できる可能性があると思います」

「なるほど、一利ありますわね」

「その、これだけ派手に破壊しても邪神が出てこない事は……」

「今は分からない。 だから、そのままやっていくしかありませんわよ」

「喫茶メイド」の疑問に、仕方が無いと答えておく。

実際問題、それは「悪役令嬢」だって不安要素だと感じているのである。

今更、ここで悩んでいても仕方が無いし。

悩んでも分からない。

だったら、状況を進めて行くしか無い。

観測したところ、現在深さ100メートルほど、あの汚らしい液体が溜まっている。

地面に沈み込む様子はない。

そうなると、さっき話に上がった「血管」に流れる血液扱いのものなのかもしれない。

可能性は低くは無いだろう。

ポンプとかで全部吸い出してしまえば、或いは敵にダメージを与えられるのかも知れないけれども。

残念ながら、そんなことをしている時間はない。

気化爆弾で蒸発させる手もあるが。

第二波を飛ばして貰うには、また随分と時間が掛かってしまうだろう。

今は一秒が惜しいのだ。

そこで、まずは駐屯地からホバークラフトを持ってくる。

小型のものだが、汚らしい液体に浮かべるのは大丈夫だろう。

液体が酸とかではないことは分かっている。

また、地下の空気についても。特に汚染されていることはないようだ。

すぐにホバークラフトを運んで貰う。

最悪の事態に備えて、「悪役令嬢」も一緒に降りる。

これから、これ以上もないほど「陰キャ」は集中する事になる。

もし肉塊が動いて攻撃に転じた場合、逃げられるかどうかは微妙だろう。

瞬歩が使える者が補助につく必要がある。

そしてそれは、まだまだ未熟な「喫茶メイド」では無理だ。

「喫茶メイド」達がホバークラフトを取りに行く。

その間に、軽く「陰キャ」と話をしておく。

「どれくらいの時間掛かりますの?」

「実は方角はもう分かっています」

「へえ」

それは感心だ。

指さす「陰キャ」。

北東の方角だ。

はて、あの方向はなんだか思い当たるような。そうだ、思い出した。確か北欧に拠点があった、人権団体の本拠だ。

実際には人権団体どころか、人権を金に換えて食い物にしているカスの群れの住処だったのだが。

人権と言うだけで実態を確かめもせずにありがたがる人達には、聖地のように崇められていた場所だ。

地図を見て確認。

なるほど。確かにあの方角だとすると、色々合点もいく。

邪神もそういう場所が大好きだから、である。

「そうなると距離ですわね」

「はい。 しっかり調べないと分かりませんが、恐らくは六から七qくらい先だと思います」

「……全力で掘り進めて、一日で行けますかしらね」

「なんともそれは……」

当たり前の話だが、妨害が入る可能性がある。というか、今までの妨害が緩すぎたくらいなのである。

それに、心臓に相当するものに近付けば、膨大な汚らしい体液が噴き出す可能性だって低くは無い。

また、肉塊は防御機能を持っている。

穴を掘り進めるというわけにも行かず。最悪の場合は逃れるために、かなり広めに掘っていかなければならないだろう。

幸い、一日数メートルだか進めなかったらしいシールドマシンと違い。

狩り手による攻撃だ。

フォロワーの肉壁なんて、それこそ何qでも一日で掘り進める。

今問題視しているのはフォロワーの邪魔。更に言うならば、邪神共による邪魔であって。

それ以外は眼中になしと考えてもいいだろう。

この肉塊を作っている邪神を屠れば、何もかも終わりにできるのだろうが。

流石に「財閥」も。

勝ちを確信したとしても、そこまで手を抜くほどアホでは無いだろう。彼奴は極めて狡猾だ。

最後まで、どんな罠を仕込んでいるか、しれたものではない。

ホバークラフトが来た。

すぐに膨らませて、穴の底に降ろす。

溶けてしまったりとか、そういうのを危惧したが。

幸い、大丈夫なようだ。

ただ、不快な液体はおぞましい臭いがしている。

はっきりいって、さわりたくはないしろものだった。

すっと「陰キャ」が飛び降りる。

着地はまるで羽毛が降りるよう。

これでも米袋なんかよりずっと重いはずなのに。体重のコントロールを完璧にしていると言う事だ。

「悪役令嬢」も思わず舌を巻く。

自分が同年代だった時よりも、体のコントロールについては完全に上だ。まさに天才。

本当に、早く本調子に戻ってほしいし。

ましてやこんな戦いで死なせてはいけない。

この子は人類の宝だ。

クローンを作ると言う話だが。この子の遺伝子データを保管して、増やすべきではないのだろうか。

これだけの才覚の持ち主が増えれば、多分人類は色々と先に行けるはずである。

「陰キャ」は正座すると、目を閉じて意識を集中し始めた。

「悪役令嬢」は、他の三人に上に残るように指示。

自身も、「陰キャ」の側に降りる。

流石に「陰キャ」ほど美しくは降りられないが。それでもほぼホバークラフトは揺らさなかった。

さて、ここからが本番だ。

「財閥」がどれだけ邪悪な罠を仕込んでいるか分からない。この「陰キャ」の探知作業は、絶対に邪魔させない。

気を張って、周囲を確認。

最悪の場合は、「陰キャ」を抱えて瞬歩で逃れなければならない。

しばし目を閉じていた「陰キャ」。

不快な周囲の臭いなんて全く気にならないほど集中している様子だ。武術の頂きにまで鍛えこんでいる。

だからこそ、できる事だろう。

たっぷり三十分ほどがすぎ。

既に周囲は暗くなっている。

暗くなるとフォロワーは余程の事が内限り活動はしないのだが。この肉塊は蠕動を続けている。

それが全方位から来るから、非常に恐ろしいものがある。

気が弱い人間だったら、発狂してしまうかも知れない。

だが、「悪役令嬢」はくぐった修羅場が違う。

精神攻撃も散々受けてきた。

こんな程度、はっきりいってなんでもない。

無言で鉄扇を構え続けると。やがて、一時間ほどもしてから。

「陰キャ」が目を開け、立ち上がった。

「特定出来ました」

「では、一旦下がりますわ。 今日はここまで。 回復してから、明日朝一より仕掛けますわよ」

「はい」

瞬歩で、不快な穴から出る。

そして、皆に状況を説明。

駐屯地に戻った。

風呂で念入りに不愉快な臭いを落とす。

今の時代に生きているのだ。死体の臭いくらいは嗅いだことがある。多分だが、人間は本能的に死体の臭いに不快感を覚えるのだろう。危険だからだ。死体があると言う事は、周囲に危険があるからである。

だがこの臭いは、死体の臭いだけじゃない。

人間のあらゆる体液を集めて腐敗させたような臭いだ。

溜息が漏れる。

風呂から上がったあと、茶をしばきながら連絡を入れる。

現在の状況と、これからどう攻めるかについての報告である。

連絡を丁寧に入れておくのは、決まっている。

死んだ場合。

次に託すため。

次がない可能性は極めて高いが。

それでも、最低限の義務は果たさなければならないからだ。

ぐっすりねむってから、翌朝はしっかりおきる。

ある戦国武将がいったそうだ。毎回、この戦いが人生最後のものだと思えと。

至言だと「悪役令嬢」も思う。

今も、最後の戦いのつもりでおきている。

だから、気合いは充分だった。

そのまま、昨日と同じフォーメーションで戦闘に出向く。

「陰キャ」の負担は極限まで減らす。

まずは「悪役令嬢」と「喫茶メイド」が穴に降りる。ホバークラフトはそのままだった。更に、肉塊も足場に出来る。

動きが露骨に鈍くなっている。

方角は既に完全に確認済み。

さて、此処からは時間勝負だ。

気迫とともに、全力で突貫。「喫茶メイド」もT字箒を持って続く。「萌え絵」は温存しろと言ってある。今は、ただ壁を削るだけ。

「はあっ!」

裂帛の気迫と共に、鉄扇で肉塊を粉砕する。

粉砕する度に、指やら眼球やらが飛び散る。元がフォロワーなのだから当然である。そのまま、連続で壁を抉っていく。狩り手の全力攻撃だ。斬撃は数百メートル先まで届くし、一撃で十数メートル四方が吹っ飛ぶ。それも未熟な狩り手でも、だ。

「悪役令嬢」はそれ以上の破壊を引き起こす。

徹底的に破壊し尽くしながら進む。

勿論、時々肉塊が押し潰そうとしてくるが、関係無い。動く前に潰す。徹底的に粉砕し続ける。

液体がドバドバ流れ出ている。

時々大きな電子機器が、崩落して飛び出してくる。

破壊の限りを尽くしながら、周囲に気も配る。

これだけやってどうして出てこない。

流石に邪神の気配もある。

これ以上戦力を削る事は、「財閥」も考えてはいないはず。此処が本命。これが本命の装置で間違いは無い。

だが、どうして反撃に出てこない。

別に痛くも痒くもないのか。

それとも、何か理由があるのか。

分からないが、とにかく徹底的にやるだけだ。

一度下がる。

数時間荒れ狂って、三qほど掘り進めた。昨日と違って、面制圧ではなく指向性を持って掘ったからこの距離を掘れた。

「陰キャ」の話だと、後半分ほどだろう。

なお、ホバークラフトはかなり穴の入り口から近くに見えるようになっていた。不快な液体がそれだけ水位を上げているのだ。

少し休憩するが。「喫茶メイド」はゲーゲー吐いていた。

なんというか脆弱だ。

だが、何も言わない。

自分で克服して貰わなければならないからだ。

クッキーをばりばり頬張る。遠くでは、第二世代の狩り手二人が、ここに来ようとしているフォロワーを削っている音がする。

少し休憩してから、残りも削ってしまう。

さて、残り半分だが。

嫌な予感がしてきた。

今更、である。

勘は今回凄まじい神がかり的なものを見せた「陰キャ」ほどではないにしても自信がある。

それなのに、今更嫌な勘が働いてくると言うのも、おかしな話である。

「喫茶メイド」を促す。

「陰キャ」も今回は出向いて貰う。

ただ、「陰キャ」はこれからの事を考えて、力を温存して貰う。

内臓に爆弾を抱えてしまっているのだ。

こればかりは、仕方が無い事だった。

 

2、腐敗した心臓

 

「悪役令嬢」は一度攻撃の手を止める。

既にかなり掘り進んだ。

肉塊を破壊し。大量のおぞましい液体にホバークラフトを浮かべて。様子を見ながら更に肉塊を破壊する。

奥へ奥へ進む。どれだけ壊しても肉塊はなくならない。

此処に使われたフォロワーの数を示すように。

そして、奧へ進めば進むほど。肉塊の蠕動が激しくなってきた。

まるで消化器が蠢いているかのようだ。その中で暴れているのである。良い気分ははっきりいってしない。

それでも暴れる。

ひたすらに破壊し尽くす。

鉄扇を振るう度に、ぼとぼとと落ちてくる人体の破片。それが不愉快な液体におちて、どぼんどぼんと音がする。

フォロワーの残骸。

これ以上に貶められたフォロワーも見た事があるが。

はっきりいって許しがたい。

さて、そろそろか。

気迫を込めて、一撃を叩き込む。

鉄扇も何度も研ぎ直した。だから、最高の切れ味で一撃を叩き込む事が出来る。

そして、肉塊が消し飛んで。

それが姿を見せていた。

ドローンが側を飛んでいて、周囲を明るく照らしてくれている。だからこそに、それはよく見えた。

心臓だ。

本当にあった。

人間の心臓とは少し違っている。というか、当然だろう。肉塊は全て人肉によって出来ている。

中にはフォロワーがそのままの形で取り込まれているのも散見された。

ため息をつきたいが。

ここでは、深呼吸はできるだけしたくなかった。

そして、である。

ここに来て、やっと分かった。

とんでもない気配だ。

邪神数十体分。恐らく、残った邪神全部が、この心臓に入っている。「財閥」以外が。

心臓はポンプのようなもので周囲の肉塊とつながれていて。人間のものと形はだいぶ違うが、それでも鼓動している。

色々な創作でこの鼓動を神聖なものとして描いている事が多いが。

目の前にあるこの巨大なおぞましい肉塊は。

あらゆる生命を冒涜する、邪悪なポンプにしか見えなかった。

邪神共は、どうして抵抗もせず心臓に封じ込まれたのか。

くつくつと、笑い声がする。

「陰キャ」も「喫茶メイド」も即座に戦闘態勢を取る。

この声。

間違いない。「財閥」だ。

「どうですか、僕の最高傑作は」

「よく部下達がモノになることを了承しましたわね」

「ジュネーブでの戦いで、貴方たちを消耗させるために使った部下はどいつもこいつも少しばかり我が強かったのでね。 SNSクライシスで出現したαユーザー……まあ言葉を繕っても仕方が無い。 邪神達も千差万別。 此処にいるのは、共通主観に囚われ、上の言う事をきちんと聞く……新時代の礎になるにふさわしい素晴らしい存在達ですよ」

声だけが聞こえるが、姿は見えない。

そういえば、だ。

「財閥」の奴はどこにいる。

声も、全方位から聞こえてきている。

嫌な予感が止まらない。

「この心臓を破壊すれば、貴方の野望は終わりと判断して良いですかしら?」

「くくっ。 残念ながら、二ヶ月という時間が掛かった事が致命的だったね。 もう遅いんだよ」

「……」

「丁度良い。 どうしてSNSクライシスというものがおきたのか教えてあげよう。 僕は寛大だからね」

いきなり周囲の光景が切り替わる。

SNSクライシスが何故起きたのかは「悪役令嬢」だって知っている。

だが、それがどういうメカニズムでおきたのかは分からない。

そもそも、史上最悪のネットユーザーに。史上最悪のネットアクセスがあったからといって。

どうしてそれで、世界が滅びることになったと言うのだろうか。

状況証拠で、その時に何があったのかは分かっていても。

それ以上が分からない、というのが人間の限界なのである。

だから、少しだけ興味そのものはあった。

そして切り替わった光景は。

醜い憎悪に顔を歪ませた、やたらと高級な服と装飾品に身を飾った中年の女性が。わめきながらキーボードを叩いている様子だった。部屋にはやたら高そうなものばかりが並べられているが。

どれもこれも雑然としていて。

手に入れた途端に興味を失ったのが一目で分かった。

此奴こそが、SNSクライシスを引き起こした。

当時最大のフォロワーを抱えていた、ネットユーザー。

超過激派のフェミニストで、あらゆる表現を自分の主観で規制しようとしていた者だったのだろう。

部屋の片隅に写真がある。

そこには、美しい健康的な美女が、チアリーディングをしている様子があった。

昔はこうだった。

それが一目で分かってしまう。

確かに、米軍の調査通りだ。

スクールカーストの頂点にいて、やりたい放題……場合によっては相手を社会的に殺すような事も平気でやっていた女王様が。

社会に出ると一瞬でその地位を失い。

周囲からも相手にされなくなり。

傲慢な性格が祟っていつの間にか心だけではなく身も醜くなり。

やがてネットにおける邪神そのものへと代わり。

危険な連中に目をつけられ。

一種の活動家になっていった。そのテンプレのような存在だ。そしてテンプレだからこそ、凶悪な力を持つに至ったのだ。

いずれにしても、もう人間でありながら邪神そのもののそれは。

口から泡を吹きながら、罵倒を繰り返し。そして何やら激しくキーボードを打鍵していた。

目を覆うような凄まじい悪口が書かれていて。

自分の主観で気にくわない相手の全てを、命も含めて否定して良いと本気で考えている醜悪さが其処にはあった。

誰も何も言わない。

この世でもっとも醜い存在は。

己の主観で相手の全てを決めつけ、殺してもいいと本気で考えている輩だという事がはっきり分かったのだろうから。

これほど分かりやすい例は他に無いだろう。

そして悲しい話だが。

SNSクライシスの前には、こんなのが山のようにいた。

此奴はあくまでたまたま色々な理由から最悪のネットユーザーに成長した存在に過ぎない。

同類は幾らでもいたのである。

「みたまえ。 彼女が暴れ狂い、炎上が始まった。 毎日のように炎上を起こしている三千万フォロワーを持つユーザーだ。 そして膨大なアクセスが、SNSにて連日途方もないアクセスを捌いているPCに集中した。 その結果、ある事がおきたのさ」

「……」

「簡単に言うと、地球が彼女を人間の代表とみなしたんだよ。 この当時、このような発言をして、周囲から顰蹙を買う愚かな者は幾らでもいた。 だから、それが「全体の総意」だと地球が勘違いしたわけだ。 ふふふ、ガイア理論とかだと地球は神だったり聡明な母だったりするだろう? 意思を持っている天体地球は、実際には単なる放火魔を人類の代表と勘違いしてしまうようなお馬鹿さんだったのさ。 僕には大変に都合が良い事にね」

吐き気を抑えている「喫茶メイド」。

それはそうだろう。

こんな濃厚な悪意、見た事もない。

文字通り地球規模の悪意だ。

いや、少し違うか。

もしも此奴の。「財閥」の言う事が本当なのだとしたら。地球は恐らく、善意によってこの後の悲劇を叩き起こしたのだ。

何か絶叫しながら、狂った女がキーボードを叩いた。

次の瞬間。

地球は、その怒りを正当なものとして承認。

怪物そのものと化したフェミニストを中心として、地球のルールを一瞬にして書き換えたのだ。

多数の邪神が出現し。

そして邪神達は、地球の力の一部をもっていた。

その力は、共通主観。

つまり、狂ったフェミニストの思想の一部と、地球が「どうも優れているらしい」と考えたものが混ざり合ったおぞましい汚物だった。

その力の集合体こそ。邪神。そしてテリトリ。

それなら全てが納得がいく。

今まで交戦してきた邪神は、フェミニストやら、社会の上層にいた連中やら。

当時、こじらせて荒廃しきった人心が。素晴らしいと思い込んでいるものばかりだったのだから。

一方で、人間以下と見なした存在は狩り手として活躍出来る余地が出来た。

そうか。

人間だけじゃあない。

ガイアとしての地球までも、こうも愚かだったのか。

もはや言葉も無いなと思いながら、「悪役令嬢」は手を払った。汚らしい映像がかき消える。

更に笑い声が響く。

「気付いているかい「悪役令嬢」。 それに「陰キャ」。 君達の力は、既に人間の領域を超越し始めている。 僕が見込んだとおりにね。 君はひょっとすると、もうこれ以上伸びないと思っているかい」

「それが客観的な事実ですわ」

「ノンノン。 違うね。 この三十年で、人間は歴史上類を見ないほどの凄まじい淘汰に晒された。 その結果人間という種族は、自己防衛のための究極個体を作りあげたのさ」

だがおかしいと、「財閥」はいう。

それは普通だったら一人の筈だと。

総合力でいえば「悪役令嬢」と既に引退した「ナード」。

才覚で言えば「陰キャ」が間違いなく最強の人間。

歴史上で最強の、になるという。

だが、「ナード」は年齢もある。もう脱落してしまった。

「本当は「ナード」がその「最高の一」だと僕は思っていたのさ。 何しろ男性だ。 最高の遺伝子をばらまくにはこれ以上無い程優れている。 だがね、君達は知らないかも知れないが、「ナード」の子供十六人はどれもこれも平凡でね……」

子供がいたのか。

まあ米国政府の事だ。

伝説の狩り手の子供がいれば、それなりに便利だと思ってはいただろう。

それにもてたはずだ。

今までの価値観で言えば、社会の底辺だったかも知れないが。それでも英雄であり。多くの邪神を屠った存在なのだ。

或いは持てなくても、生殖細胞を保存して。それで子供を作ったのかも知れない。

クローンの技術はまだまだ未完成だが。

人工授精だったらはっきりいってそれほど難しい技術でもないのだから。

「そこで君達をスカウトした。 まだ人間を僕は慈悲深くも飼っているだろう? 男も多数いる。 だからそれらに交互に君達を孕ませて、無作為に子供を作らせようと思ったのさ」

「……最悪ですわね貴方」

「そうかい? 人間が家畜を相手にずっとやってきたことだよ。 一万年以上もね」

はははと笑う「財閥」。

手を横に出したのは、「陰キャ」がブチ切れたのが分かったからだ。

この子はとても優しいが。

それでも看過できなくなったのだろう。

たまに、人間と喋るのが苦手なのに。それでもはっきり相手に嫌いと言うことがあった。

今回に関しては、気持ちは大いに分かる。

だが、今は耐えて貰う。

此奴に全てを吐かせる必要がある。

「話を戻そう。 君達は気付いていないだろうが、何度か接触して確認した。 「悪役令嬢」と「陰キャ」。 君達の体は老化していない。 強さの天井に到達したと思っているのは錯覚さ。 君達はもう人間を越えてしまっているから、老化もしない。 今までは、それでもなんとか子供は作れるくらいだったんだけれどね。 生物は究極までいくと、子供が必要なくなる。 何しろ究極の個体は単独でいいんだから」

そうなると、「悪役令嬢」のクローンは作れないのか。

いや、もうクローンの計画は動いていると聞いている。

恐らくだが、生殖して孕むことができない、ということなのだろう。

まあ此奴の言う事が正しければ、だが。

「だから、僕は君達を勧誘しようと思う。 ああ、そこの「喫茶メイド」だっけ、君もお情けで加えてあげるよ。 僕と、君達三人で、愚かで無能なガイアにとって変わろうじゃないか

何を言い出すかと思えば。

鼻で笑う。

相手も、にやにやしながら返答を待っているようだ。恐らく「悪役令嬢」の真意は理解出来ていない。

此奴も結局。

自分の主観が絶対に正しいと信じている輩。邪神になるに相応しい存在だった、ということだ。

「質問ですわ」

「なんだい。 今日の僕はとても機嫌が良いから応えてあげよう」

「まず第一に、貴方がやろうとしているのはSNSクライシスの再現で間違いないのですわね」

「君達が掘り進んできたこの肉塊は、邪神の全てが溶けている。 この中にある電子機器は、全てが端末の役割を果たす。 そしてこの最深部には、僕の組織が持っていたSNSクライシス前の世界最高性能を誇ったスパコンがあってね」

ああ、なるほど。

この心臓をあの腐ったフェミニストに置き換え。

そのスパコンにアクセスを究極レベルで集中させ。

そして邪神の力で増幅し。

もう一度、馬鹿な地球の意思を叩き起こして。

ルールを書き換えるつもりか。

「第二に、貴方が作ろうとしている世界とやらはどういうものですの?」

「簡単さ。 僕そのものがガイアになる」

分かりやすい。

あまりにも即物的で、あまりにも邪悪だ。

地球に意思があるとする。まあSNSクライシスが起きてしまったのだから、あってもおかしくはないのだろう。

「この非効率的で愚かなガイアを、僕自身が乗っ取る事により、星そのものが生命体となって、宇宙進出を最高効率で果たすのさ。 全ての資源を完全有効活用して、その結果宇宙全土に僕が拡がることができる。 素晴らしい計画だろう」

「で、わたくしたちは?」

「君達は素晴らしい。 だから合議制の……」

「嘘ですわね」

もう充分だ。

だから、此奴の嘘にこれ以上つきあう理由は無い。

鼻白んだ様子の「財閥」。

「僕が気持ちよく話をしているのに、腰を折るな……」

「黙れ外道。 今までの話でよく分かりましたわ。 貴方の言う事など、聞く価値もないとね」

「そうかそうか。 僕の性欲発散用の肉奴隷として生きる事を許してやろうと思ったのに、それも拒否するか。 これ以上無い程名誉な話だと思うがね。 僕が人間だった頃は、世界的なスターだろうがスーパーモデルだろうが、進んで金の為に僕に体を差し出したものなのだよ? 君達がそれらに並ぶ程の価値があると認めてやっているのに?」

「それは貴方の主観でしょう」

まあ中にはそういうのもいたかも知れない。

だがフロイトが夢想したように性欲が主体で世界が回っているわけではない。ましてや性欲だけが全てでは無い。

性欲が強い人間は強いと言う思想は、あらゆるデータが否定している。

そして此奴の主観なんて。

どれだけIQが高かろうが。

どれだけ人間を悪辣に世界の裏側から支配していようが関係無く。まったく信用にたらない。

「最後の嘘以外は本当しか言っていませんわね。 「陰キャ」さん。 此処を任せますわよ。 この汚らしい鬼畜外道の計画を全て台無しにしてくださいまし。 この阿呆はわたくしが相手いたしますわ」

「……」

こくりと「陰キャ」が頷く。

多分この心臓を破壊するのは厳しいだろう。だが、サーバならどうだ。

今回の場合はサーバになっているスパコンだが。

SNSクライシス前に世界最先端だったスパコンを、「悪役令嬢」も見た事がある。

とんでもなく巨大な代物だった。

恐らくだが、見つけるのは難しく無い。

それを破壊してしまえば、こいつの狂った計画は終わりだ。

「どうやら、僕の慈悲を全てコケにするようだね……」

「わたくしのことを人間の完成形といいましたわね「財閥」」

「……それについては事実だ」

「だったら頂点同士で戦いと行きましょうか。 表に出なさい。 全力で相手をして差し上げますわ」

次の瞬間。

怒号なのだろう。

とんでもないわめき声が、周囲に轟いていた。

世界の経済を裏側から牛耳っていた輩といえども、せいぜいこんなものか。

此奴は恐らく、最高の大学を出て。最高の人生とやらを謳歌してきた存在なのだろうと思う。

まあ一体がベースになっているわけではなく。

その手の人間の集合体が「財閥」という最高位邪神になっているのだろう。

だが、それでも。

この精神の貧しさはどうだ。

金目当てにこいつに体を差し出した連中も同じだ。

そんなのが社会の上層にいたから、SNSクライシスの前は最果ての時代だったのではないのか。

いずれにしても、そんな社会の上層にいた輩に認められても何一つ嬉しくもなんともない。

はっきりいって、お断りだ。

全力で走る。敵の気配が、外に顕在化していくのが分かる。

奴は今、頭に血が上っている。

この場に「陰キャ」と「喫茶メイド」を残すのはそれが理由だ。

走り、瞬歩を駆使してクレーターから出る。

そして、フォロワーを食い止めていた「ショタ」と「ごっこ遊び」に離れるように指示。

出来るだけ全力で、可能な限り遠くへ、だ。

地面を突き破って、何かが飛び出してくる。

それは恐らくだが。

あの肉塊の中に体を隠して、気配を隠蔽していたのだろう。

見た事もない邪神だが。

何となく、蛇と牛を足した姿をしている事が分かった。

牛か。

牛に対する信仰は古くから存在していた。更に蛇に対しても、だ。

邪神の中の邪神を気取るから。

その二つをミックスした、ということなのだろう。

滑稽極まりない。

どっちも水と油の信仰に等しかったのに。

まあ、こんな程度のオツムの連中が世界を回していたのだ。それこそ終焉の時代だったのも、当然だったのだろう。

「どんな女でも男でも、僕にはひれ伏したんだぞ! それが、この土壇場でカードをみせてやったのに、鼻で笑って拒否するだと! 社会のルールという奴が分かっていないようだなぁ!」

「馬脚が出ましたわね」

「黙れっ! 僕は世界の財力を握るもの! つまり世界の全てを支配するものだ! ルールが変わっても僕が頂点にあるのはそれが故! 僕こそ究極! 僕こそが最高! 僕に逆らう事は許されないんだよぉおっ!」

そうか、だから気にくわない部下を全部粛正したのか。

救いようが無い。

鉄扇を構える。

巨大な牛と蛇に組み上がっていった「財閥」は。

頭を低くすると、突貫してくる。

加速力がとんでもない。

第一形態から、圧迫感が凄まじい。

これは恐らくだが、あの心臓に加工してしまった邪神達の力も取り込んでいるのだとみて良い。

処理能力そのものは全て心臓の方に回し。

戦闘力は自分に取り込んだ、ということか。

踏み込むと同時に、猛烈な一撃をいなす。

踏み込まないと、いなすことさえ出来ない程の凄まじい激突だった。

火花が散る。

手に対する強烈な荷重がとんでもない。

舌打ちしながら、一撃を弾く。

即座に振り向いた牛蛇。

顔は蛇で、体は牛だが。

その背中から、大量の蛇が生えると同時に、襲いかかってきた。

鉄扇で弾きながら下がるが、一匹一匹の蛇が重いなんてものじゃない。此奴らそれぞれが、下位の邪神なみのパワーだ。

更に牛が突貫してくる。

かあと口を開いているのは。そのまま丸呑みにしてやるという意思なのだろう。

それに対して、飽和攻撃してくる蛇を鉄扇で弾きつつ、「悪役令嬢」はむしろ前に出る。

「お前の戦闘パターンは、全て見抜いているんだよぉっ!」

まあそうだろう。

「エデンの蛇」という分身を散々ばらまいていたのだ。

今までの戦闘を全て見ていても。

あるいは訓練を見ていても。

全く不思議では無い。

だけれども、それでも相手に見せていない技くらいはある。「悪役令嬢」にだってあるし。「陰キャ」にだってあるとみて良いだろう。

「財閥」が、口の中に舌を展開。

傘を突っ込まれることを嫌がったのか。

バカが。第一形態から、貴重な傘を使うものか。

そのまま突貫しつつ、すれ違う。

同時に、数匹の蛇が吹っ飛び、消し飛んでいた。

更に、牛の前足が、両断されて体勢を崩す。

勢いが凄まじければ、それだけカウンターに威力だって乗る。まあ、当たり前の話である。

此奴も、戦闘経験は薄いタイプか。

それはそうだろう。此奴自身が戦闘する機会なんて、殆ど無かったのだろうから。

異性同性関係無く、性欲を発散する機会は豊富だっただろう。

だけれども、それは戦闘力につながらない。

当たり前の話だ。

足を再生する「財閥」だが、その前に一撃を叩き込む。

振り返りつつ、蛇の飽和攻撃を叩き込んでくるが。抉ったのは残像だ。今度は後ろ足を切りつけると見せかけて。

地盤を踏み砕きながら、腹を横一文字に切り裂きつつ走った。

巨大な牛の体だが、腹をモロに割かれればそれは内臓だって飛び出す。

ぎゃあっと情けない声を上げながら、「財閥」は横転して、もがく。

こいつも、邪神共の力を取り込まなければ、或いは人型だったのかも知れないが。

神を気取るとこうも醜くなるのか。

一神教圏の人間で、神を気取るというのは相当の異常者だと聞いた事がある。

こんなのが、膨大な富を蓄えて多くの人間を苦しめていたのか。

それだけでも、はっきりいって万死に値する。

鉄扇を構え直す。

「覚悟は出来ているんだろうなあ……! 僕は今、人生で一番と言って良いほど怒っているんだぞ!」

「ご託はいいですわ。 さっさときなさい」

「この××××!」

「ああら随分とお下品ですわね。 あなたのようなのが世界の富を独占していた? それはSNSクライシス前の世界が最果ての世界だったのも納得ですわ。 もう良いからさっさときなさい。 その汚らしい口ごと全て砕いてさしあげますわよ」

金切り声がその口撃に応えた。

さて、第二形態か。

こいつも恐らくだが、「神」こと「ブラック企業」と同等以上の実力者。それが他の邪神共の力を取り込んでいるのだ。更に上とみていい。

いずれにしても、戦略を一つでも間違えば死ぬ。

その覚悟で、少しずつ戦闘を組み立てなければならなかった。

 

3、堕落の宮殿

 

本当に、最低な邪神だ。「陰キャ」はそう思った。

「悪役令嬢」との話を聞いている最中に、発作的に手が出そうになった。我慢できなかったのを、「悪役令嬢」は止めてくれた。

あれで良かったのだ。

実際、「悪役令嬢」の挑発に乗って、「財閥」は戦いに応じた。

普段だったらああも簡単にはいかなかっただろう。あの狡猾な「財閥」だ。戦いを避けられたら、どうなっていたか分からなかった。

「財閥」は、「陰キャ」からみても明らかすぎる程に気が大きくなっていた。

勝ちを確信していたからだ。

そこに、思い切り頭を叩かれた。

それも、やはり邪神らしく「財閥」がもっとも馬鹿にしているミームの権化からである。

だからキレた。

他の誰でも、あれだけの怒りを引き出す事など出来なかっただろう。

分かった上で「悪役令嬢」はもっとも的確な立場から、もっとも的確な口撃をした。

それだけの事だ。

前に、「悪役令嬢」がいっていた事がある。

人間というのは、肉体が成長しても精神はほとんど成長しないのだそうだ。性欲が追加されるくらいで、精神的には大人と幼児はほとんど変わらないらしい。

確かに邪神達の言動を見ていると、それは納得がいく言葉である。

何より、なんだかんだで「陰キャ」も多くの人間を見て来たし。その言葉は正しいと感じる。少なくとも大多数の人間には当てはまる。

邪神には。あの存在達には、理性だとか威厳だとか。そんなものは、欠片も感じられなかった。

以前「悪役令嬢」がいっていた「饕餮」のような例外もいるのだろうが。

それは恐らく、本当に例外中の例外だったのだろう。

さて、此処からだ。

心臓の気配が強すぎて、今まではどうにもならなかった。

だが、今ならいける。

心臓は攻撃しても無駄だ。

邪神数十体分の力がこもっているのである。

再生力にしても尋常ではないだろうし、どんな防御機能がついているか、しれたものではない。

ならばどうすればいいか。

簡単である。

さっき話に上がったスパコンを破壊する。それだけだ。

世界最大の財閥が有していた、世界最高性能のスパコン。

勿論現在、米軍が軍用で使っているスパコンにくらべれば性能は落ちるのだろう。いくら文明の進歩が止まっていたとしても、三十年経過しているのだ。

だけれども、それでも充分過ぎる性能があるとみて良い。

それを破壊すれば。

SNSクライシスの再現は止める事が出来る。

問題はその後だ。

SNSクライシスが本当にどうしようもない理由で起きたこと。人間が神格視していた地球の意思が、とんでもないおばかさんだったこと。

この二つは「陰キャ」にも分かった。

「財閥」が言ったように。「悪役令嬢」も「陰キャ」も人間の領域を超え始めているのだとしたら。

今後は、年を取らないのかも知れない。

そういえば、半年は掛かると言われていた内臓の爆弾だって。

二ヶ月程度で、ある程度は回復してきているのだ。

この戦いが終わり。

邪神の駆除が終わったら。

その時は。

顔を上げる。今はまず、SNSクライシスの再来を止めなければならない。「喫茶メイド」に頼む。

勿論携帯端末で文字を打つ。

「これから、さっき話にあったスパコンを探します。 集中しますから、周囲の攻撃などを防いでください」

「分かりました。 それならば、彼方に移動しましょう」

「はい」

ホバークラフトを指さされたので、指示に従う。

確かに肉塊の上で正座して、集中するのはちょっと危ないかも知れない。

それに邪神の集合体である心臓が至近にある。

どんな攻撃が飛んでくるか、しれたものではないのだ。

ホバークラフトに移動してから、正座。

そして、先にクッキーを食べて、水も飲んでおく。

後は、集中。

目を閉じて、深呼吸すると。

無我の境地に入った。

大きな音がする。

あれは多分だけれども、「悪役令嬢」の戦闘音だ。地上で、もはや人外の戦場が出現しているのは確定。それくらいの凄まじい音だ。猛烈な殺気も飛び交っている。もう一つしている大きな音。「財閥」が荒れ狂っているのだ。

「悪役令嬢」は、既に「財閥」を激高させていた。

地上でも、あの強烈極まりない口撃を浴びせまくっているのだろう。

普段はちょっと神経に来る程だけれども。

「財閥」の邪悪さ卑劣さ、何よりも身勝手さを目の当たりにしてしまった今となっては。

もう良いから、思う存分やってくださいという言葉以外はでない。

集中する。

他の音も聞こえる。

これは心臓の音か。

剥き出しになったから分かるが、この鼓動音は。

無我にまで己を落としていても、それでも眉をひそめそうになる。

苦痛の音だ。

どうやって「財閥」が邪神達を捉えて加工したのかは分からない。だが、はっきりと感じるのだ。

加工される痛み。

その後は一切身動きできない苦しみ。

何よりも、完全拘束され。あらゆる全てを絞り取られる恐怖。

あそこにいるのは、それぞれが何十万何百万の人々を殺戮してきた、文字通り最悪の存在達だ。

同情になど、まったく値しない。

それでも、あの有様はあんまりだと思う。

「財閥」についてきた部下達だろうに。それなのに、あのような仕打ちをするのか。

人間時代から、ああいうことをしていたのだろう。

だから、なんの抵抗もなかったのだ。

それがすんなりと理解出来てしまうから、「陰キャ」は心を乱された。

もう一度深呼吸。

次だ。

もっともっと深く自我を殺し、無我に潜る。

周囲全域から音がしている。

恐らくさっき話にあった、擬似的なネットワークを肉で作っている故の音。

電子機器類も、邪神の謎パワーで動かしているのだろう。

それらは無視だ。

もっと大きいのを探す。

まて。

何か、違和感がある。

一度目を開けて、そしてクッキーを口に入れる。「喫茶メイド」が絶賛戦闘中だ。足場が悪いホバークラフトの上なのに。

周囲の肉塊が、一斉に針のようなものを飛ばしてきている。

多分「財閥」が戦闘態勢に入ったから、今まで攻撃を殆ど無視していたのをやめ。防衛機能を働かせたのだ。

クッキーを出来るだけ急いで食べて、水で胃に押し込む。

「喫茶メイド」も、あの心臓を見つけた「陰キャ」に対して信頼はしてくれているのだろう。

ただし、この人が「陰キャ」を嫌っているのは何となく分かっている。

この人は、どちらかというとSNSクライシス前にいた「陽キャ」に近い性格の人だ。それは「陰キャ」なんか大嫌いだろう。

だけれども、好き嫌い関係無く。

必要だから、ともに戦う。

それで充分だ。

SNSクライシス前の人間は、そんな事さえ出来なかった。上役の機嫌を取ることだけに価値を見いだして、結果として世界を滅ぼしてしまった。

だから、今は違う事が出来ていることを。

尊いと、「陰キャ」は思う事にする。

もう一度深呼吸。集中を深める。

眼前で針が弾かれたが、全無視。

そのまま目を閉じて、また集中に入る。周囲の攻撃への対応は、「喫茶メイド」に任せる。

そのまま、じっくりさっきの違和感に肉薄していく。

やはりおかしい。ある一点で、何も感じ取れなくなる。更に言うと、大きな音を立てて排熱している様な巨大なPCの存在は感じ取れない。

そうなってくると、考えられるのは。

この何も感じ取れない一点の先だ。

場所を特定する。

いや、場所なんてない。何か壁のようなものがあって、それが音の類を全て吸い込んでいるとみて良い。

ならば、一箇所を、徹底的に掘り進める必要があると言う事か。

ひょっとしてだけれども。

「財閥」のような人が作って大喜びするような悪趣味な宮殿は、地下にあるのではないのか。

玉座とかあったりして。

立ち上がる。そして、無造作に飛んできている針を払った。

無尽蔵に飛んでくるわけでも無い様子だ。目を細めて、周囲を監察。

剣を極めた、なんて事はいわない。

だけれども、愛刀とはこれまで最高の戦いを続けて来た自負はある。

ならば、こんな固形物だったら。

勿論絶技は使わない。

使えない。こんな所で使うわけにはいかない。使ったら死ぬのだ。使わない事を前提に戦う必要がある。

SNSクライシスの再来を防いでも、あの「財閥」がいる。

何より、邪神共がかたまった心臓だってある。

どっちも破壊しないといけないだろう。

仮に、もう人間を「陰キャ」がやめはじめているとしても。今はまだ止めてはいないとみて良い。

絶技を使えば死ぬ以上、もしも使うとしても。それは本当に最終局面で、だ。

実の所、死ぬ事は全く怖くない。

今まで散々死線をくぐってきたのもあるだろうけれども。それはそれとして、感覚が麻痺しているのだろう。

しかし下手に死ぬと、「悪役令嬢」への負担が激甚に増える。

あの人が全力で戦っている足を引っ張るわけにはいかないのである。

しばらく周囲を観察。

このおぞましい液体はどうせ湧き出してくる。だから、出来れば一瞬で切り裂いてしまいたいが。

それには、余程の「線」を見切らないといけないだろう。

ものには切れやすい「線」というものがあって。それは確かに実在する事を、今までの戦いで「陰キャ」は知っている。

これはオカルトでもなんでもなく、単に経験則からもたらされる「ものを破壊しやすくなるポイント」だ。人によっては点であることもあるらしい。「陰キャ」は刀での戦闘技術を磨き抜いてきたから、「線」に見えているのだと思う。

勿論邪神戦でも「線」を斬っているが、綺麗に切れた事はあんまりない。当然の話で、相手は動くからだ。

だが、動かないのなら。

更に、ぶっちゃけ斬るのはどこでもいいのなら。

「線」を斬るのは現実的な話になる。

針が飛んできた。「喫茶メイド」が対応しきれないと判断したので無造作に弾き返す。かなり息が荒くなってきている「喫茶メイド」が、化け物でもみるように「陰キャ」を見る。

残念だけれど、体力なら「喫茶メイド」の方が全然上だ。

力を殆ど使わないように、工夫して斬り払っているだけ。

そういうものだ。

見る。丁寧に見ていく。「線」をしっかり確認していく。

この「線」は駄目。

かなり良い所までいっているが、それでも最深部までは届いていない。

次。こっちの「線」は論外。

さらに次。この「線」は。

じっと見つめる。そして、「喫茶メイド」に携帯端末で打って見せた。ホバークラフトの運転は、彼女の方がうまい。

それも比べものにならないほどにだ。

「東に七メートル、北に四メートルお願いします」

「ええっ」

そのまま、刀に手を掛け腰を落とす「陰キャ」を見て。「喫茶メイド」も大技を出すと悟ったらしい。

「喫茶メイド」は軍事知識はあるが、どうしても狩り手としては「陰キャ」には劣ってしまう。

だから、こう言うときは得意分野を担当して動く。

まだ散発的に飛んでくる針を弾きながら、ホバークラフトを四苦八苦しつつ動かしてくれる。

その間、「陰キャ」は徹底的に精神を研ぐ。無我の境地に、これ以上無い程深く潜る。

己の中の負の陽光を全開にするときとは違う方向だ。

一点に、力を最高効率でぶつけるために。

「陰キャ」が得意としている抜き打ち。色々なパターンがあるが。なんだかんだいっても、一番火力を出せるのは足を止めた状態での抜き打ちだ。突撃しての抜き打ちだと、どうしても火力を出し切れない。

今はホバークラフトの上で足場が悪いが。

それでも突撃型の抜き打ちよりも火力を断然出せるとみて良い。

そして、むしろ体力が削がれている今だからこそ。

究極まで練り上げた一撃を、打ち込むことができる筈だ。

剣豪達の技は見た。

居合いの達人の動画とかは残っていた。それらは全て見て、取り込んで自分のものにしていった。あらゆる流派の居合いを見た。それぞれの特徴があって、見て覚え。長所を混ぜていった。勿論居合い以外の剣術も履修した。

そして戦いの中で実用にまで昇華させた。

結果として。どんな剣術の達人でも、今の「陰キャ」以上の戦闘経験は積んでいない筈だ。伝説に残る剣豪達ですら、だ。

そして、対邪神の力が乗る狩り手になっていて。

更に言えば人間をやめつつある。

全ての力を相乗効果で乗せれば、いけるはずだ。

慎重に構えを取る。

「喫茶メイド」も、なんかとんでもないものが飛び出そうとしていることは理解したようで、立ち位置をずらした。

正確に、指定した位置にホバークラフトを移動してくれたのは、本当に助かる。

針が飛んできたが、「喫茶メイド」が今度はしっかり弾き返してくれる。

ありがとう。内心で呟くと。

珍しく、声に出して気迫を込めていた。

「はあっ!」

全火力を乗せた一撃を、叩き込む。

それは光の奔流となって。汚らしい肉の塊を文字通り叩き斬り。最深部まで切り裂いていた。

刀を振り抜いた。

ずっと一緒に邪神と戦って来た愛刀だ。ちょっと可愛らしくデコってあるけれども、それでも「陰キャ」の分身といってもいい武の化身である。今の究極の一撃に、完璧に応えてくれた。

撃ち出されていた針が、殆どが吹っ飛んで汚らしい液体や肉塊の上に落ちる。

今の一撃で、それほど風圧は出なかった。

肉の間だけではない。空気の隙間すらも抜けて斬ったのだ。

なのに、どうして針が落ちたのか。

理由は簡単だ。

膨大な範囲の肉塊が死んだからである。

一瞬遅れて、ずんと強烈な振動が走る。

慌てて左右を見る「喫茶メイド」だけれども、T字箒の先端部がちょっと切れてしまった。

ごめんなさいと先に文字を打っておく。

少しだけ。

ほんのわずかだけ、剣筋がずれてしまったのだ。

ずずずと、音がして。肉塊が激しく蠕動し始める。切り込みが入り始めると、大量の不快な液体が噴き出す。

同時に、肉塊が切れ込みから左右にズレ始める。

更に、其処から超高速で肉塊が崩壊していく。

「な、なにやったんですか「陰キャ」さん」

「……」

おかしな事を言う「喫茶メイド」だ。斬った以外に何があるというのか。

手にしびれなどは無い。

文字通り、「線」を斬ったのだ。手に負担などは掛かっていない。いや、掛かってはいるが。

それはわずかに、「線」からずれた分の負担だ。

納刀する。

同時に、大崩壊がおきる。

断末魔のような凄まじい雄叫びを心臓が上げる。まあ実際には雄叫びではないのだろうけれども。

この邪神の集合体が、大ダメージを訴えかけるほどのダメージが、この巨大な空間に入ったという事だ。

恐らく上の戦況にも影響が出ているはずだ。

「財閥」はこの想定外の一撃に驚きを隠せないだろうし。

その隙を見逃すほど「悪役令嬢」は優しくない。

ホバークラフトが揺れる。それこそ外海で嵐にあったように。

幸い、その上で転ばない程度には鍛えている。

じっと見ている先で、肉塊が大きな穴を作り。その穴に、意外に噴き出さなかった汚らしい液体が流れ込んでいた。

今の一撃で、肉塊の壁をブチ抜き。

そして地下への穴を開けた。

あそこから、いけるはずだ。

すぐに船を陸に。陸というか、まだ崩壊していない肉塊につけてもらう。そして、穴を覗き込む。

事前にミサイルで計測した通り数百メートルはあるか。これは体力温存のためにも、ワイヤーを使った方が良さそうだ。

瞬歩を使って降りたりすることも出来るが、まだまだ戦いは続く。

体力を温存したいのである。

すぐにワイヤーを準備してほしい旨を「喫茶メイド」に話して、準備をして貰う。

ひくひくと死に際の虫みたいに痙攣している肉塊に杭を打ち込むと、ワイヤーを固定。そこから降りる。

これは立体的に移動する可能性を考慮して、「悪役令嬢」が準備してくれた装備だ。役に立った、

かなり速度を上げて降りる。肉塊が盛り返すかも知れないからだ。

だが、その懸念は外れ。

やがて、穴の底が見えてきた。どうやらコンクリか何かで固めているらしいが、ちょっと知識がないので分からない。

降り立つ。そこは、なんだか神殿のようだった。

パルテノン神殿だったか。

なんだかそれっぽい柱が林立している。誰もいない。だけれども残り香はある。此処にたくさん邪神がいたのだ。

それと、意外な事に汚らしい液体は周囲に満ちていない。肉塊を切り裂いた時此処が半ば水没することは覚悟していたのだが。どうも何かしらの方法で、あの汚らしい液体を封じている様子だ。

間違いない。此処こそが、邪神組織「エデン」の本拠地だった場所だ。

左右を見回している内に、「喫茶メイド」も降りてくる。流石第一空挺団の精鋭。降りるのはとても早かった。

二人で手分けして周囲を見回す。

程なくして「陰キャ」は悪趣味な玉座を見つけた。

人間用のサイズではないけれど。金かプラチナか、わからないけれど豪華な素材を使っているようだ。

宝石もちりばめられている。「財閥」が人間だった時の財産を使っているのだろう。

無言で刀に手を掛けると、一刀両断した。

こんなものの為に、どれだけの人が死に追いやられたのか。SNSクライシス前に、世界の富を独占していた人間がどれだけ悪辣だったかなんかは。このSNSクライシス後の世界を見るだけで分かる。

更に何度か斬ってバラバラに。

こんなもの、後で回収して資源化してしまう以外に価値など無い。

「「陰キャ」さん!」

「喫茶メイド」が呼んでいる。

急いで出向くと、其処には大量の太い血管が絡みついた、巨大なサーバ群があった。冷房もかなり強めにかけられているようだ。

何度か作戦で、サーバルーム。更にはデータセンタには足を運んだ。

そういう場所で分かったのは、サーバは冷房でガンガンに冷やさないとすぐに駄目になると言うこと。

どうやら邪神達にも、一応の知識はあったらしい。

「壊します?」

「……」

よく見る。

どうやらよく分からない力で守られている様子だ。「線」が見えない。

「財閥」も馬鹿じゃ無い。

SNSクライシスをもう一度起こすためのキーとなる装置だ。簡単に壊されるほど、セキュリティに手抜きはしていないだろう。

血管を切っても即座に再生するはずだ。見ていると、「喫茶メイド」がコンソールを発見する。

勿論、簡単にハッキングなどできない。

そもそもハッキングというのは、大半が内部犯の協力があってできる事だ。そんな事は「陰キャ」ですら知っている。

そんな「陰キャ」を尻目に「喫茶メイド」はリュックから、何か取りだす。

しばし考え込んでから、何やら接続を始めていた。

「「陰キャ」さん。 大統領……は面識がないか。 山革陸将に連絡を入れて貰えますか」

「かまいませんが、何をするつもりですか」

「此処にある電波中継器とコンソールで、遠隔接続だけは出来ます。 私にはハッキングのスキルなんてありませんけれど。 今生き残っている軍の全電子部隊が総力を結集すれば……」

なるほど。

邪神は進歩出来ない。

このスパコンがどういう風に動いているのかは分からない。

OSはなんなのか。汎用機なのか違うのか。

確か、SNSクライシスの前くらいになると。いわゆるスパコンでも、汎用機ではない事があったと聞いている。

あんまり「陰キャ」はその辺りは詳しくないのだけれども。その程度の話は小耳に挟んだ事がある。

サーバの性能が上がったからだ。

だから、専用の大型PCである汎用機でなくても良くなった。

そういう事であるらしい。

確か汎用機はかなり特殊な専用のシステムを組む必要があって、相当に大変な代物だったらしいのだが。

いずれにしても。

新しいOSとかシステムとかは。このサーバは搭載していないだろう。

そして動いていると言う事は。

さっきの「財閥」の言葉を信じる限り、恐らくだが何かしらのデータを取り込んで処理をしている。

それが邪神達の邪悪な意思なのはほぼ間違いない。

そしてこのスパコンがそれを処理しているのなら。

コンソールから接続して、何かしらの隙を突く事も可能なはずだ。

山革陸将に連絡する。

メールを急いで打つと。少しして、返事が返ってきた。

「SNSクライシスを再度引き起こしかねないシステムを発見したのか!」

「此方では対処できません。 今、「喫茶メイド」さんが電波中継器をありったけ配置して、ネットワークを組めるようにしてくれています。 各地に駐屯している特殊部隊に連絡して、米国と日本にネットワークが可能な限り太く連結できるように対応を指示してください」

「分かった! すぐに対応する!」

「喫茶メイド」はまだ色々機器類を組んでいる。

電波中継器はいいのだけれども、持ち込んでいるのは大した事がない小型のPCである。

動かせる時間だって、バッテリーに限度がある。

電源無しで動いている謎のスパコンである。

電源を拝借することも出来ない。

そもそも電源がどっかにあるのだったら、それをぶった切って一瞬で何もかも終わらせる所なのだけれども。

そうもいかない。

「あたしが、米国大統領とも話してみます」

「……頼んでも良いですか?」

「はい」

携帯端末に文字を打って話をすると。アドレスから米国大統領を探して、メールを打つ。

翻訳は自動でしてくれる。英語なんてロクに喋れないので、この機能は有り難い。

ユダの存在を考えると、大統領に直通で連絡を入れた方が良いだろう。

大統領と「悪役令嬢」はあうんの呼吸とは行かなかったようだけれども。それでも連携は取れていた様子だ。

「陰キャ」の話も聞いているだろう。

だったら、動いてくれる可能性が高い。

メールを四苦八苦しながら打つと。

少し冷や汗がでるくらいの時間をおいて、返事があった。

「山革陸将から連絡があった。 此方でも、私直属の特殊部隊を動かす。 電子戦部隊はもうスタンバイさせた。 ネットワークはもうか細いながらもつながっている。 今解析を開始している」

「スパコンを物理的に破壊する事は恐らく現時点では不可能です。 恐らくは邪神の集合体と連携して不可思議な力で守られています。 高位邪神も含む数十体分の力です」

「分かっている。 此方の方で、どうにかハッキングと解析を試してみる。 後は、其方で出来るベストを尽くしてほしい。 本当に君達は絶望をこじ開けてくれる。 グッドラック! 君達こそ、本物の英雄だ!」

大統領は興奮しているようだった。どちらかというと、頼りないおじさんというイメージが強かったのだけれども。

或いは、奥底にはこういう熱いものがあったのかもしれない。

SNSクライシス前の選挙は本当に酷いもので。

最悪の候補二人の中から、マシな方を選ばなければならないとか言う罰ゲームみたいな代物だったらしいが。

皮肉な話だ。

もう選挙なんてない時代に。

こんな政治家が出てくるんだから。

ただ、有能な人とは言い難い。

それは分かっている。

だから、今はその人格に対して敬意を示すだけしかできない。それで良いと思う。

クッキーを頬張る。

「喫茶メイド」はまだ専門的な作業をしているので、リュックからクッキーを取りだして、可能な限り食べておく。

後はトイレに行っておきたいが。

なんとこの宮殿、普通にトイレがあった。

恐らくだが、元は「財閥」の一部だった人間が使っていた悪趣味な屋敷だったのだろう。それを邪神向けに改造したが。一部まだ人間向けの機能があった、ということだ。

有り難く使わせて貰う。

しかも水洗機能がまだ生きていた上に、トイレットペーパーまであった。いつも野戦でのトイレには本当に苦労しているので、有り難い事この上なかった。

間抜け極まりない「財閥」に感謝するしかない。

「財閥」としては、それこそどうでもいいから放置していたのだろうが。

こういう隙が、一つずつ積み重なって負けにつながるのだ。

「喫茶メイド」にもトイレのことは伝えておく。

機械類の設置が終わったらしく、「喫茶メイド」もトイレに走っていった。多分我慢していたのだろう。

少ししてから、すっきりした様子で帰ってくる。

「シャワーでもあったら完璧だったんですけどね……」

「流石にこんな所でシャワーを浴びる勇気はないです」

「喫茶メイド」の軽口に、たまには軽口で返す。

そうすると、少しだけ。「喫茶メイド」は「陰キャ」に対する恐怖を緩和してくれたようだった。

「私、少しはお茶を淹れるの上達しました。 生きて帰ったら、ごちそうします。 ケーキくらいは出るかも知れませんし」

「期待しておきます」

「……」

苦笑いする「喫茶メイド」。

いわゆる死亡フラグを立ててしまったと思ったのだろうか。まあどうでも良いことであるけれども。

さて、後は電子戦でできる事はない。

次にやるべきは、心臓の破壊だ。

恐らくこのスパコンが、SNSクライシスを再度実行するための鍵となっていると見ていい。

現在電子戦が出来る人間が、山革陸将と大統領の指示で可能な限り動員されている、と考える。

前線に出るわけではないのだ。

電子戦部隊を動かすくらいは、ユダも反対はしないだろう。

それにユダも、何を聞かされているかは分からないが。

本当にSNSクライシスがもう一度起きてしまったらおしまいだと言う事くらいは分かっている筈。

生じる反対は最小限。そう信じる事にする。

刀の状態を確認。問題なし。刃こぼれもないし歪んでもいない。刃紋も美しい。ほぼ完璧だ。

スパコンとの連動がきれた瞬間、恐らくあの心臓を斬るチャンスがやってくるとみて良いだろう。

ワイヤーを使って、あの汚らしい肉の宮殿に戻る事にする。

此処にいてもできる事はない。

幾つもの綱渡りをする事になる。

電子戦の勝利。心臓の破壊。

それらをこなして、やっと「悪役令嬢」に加勢できる。

加勢したところで、あの「神」こと「ブラック企業社長」すらも越える実力を得ている「財閥」には簡単には勝てないだろう。

それでも、もしも其処まで持ち込めたら。

最悪、絶技を使ってしまっても良いかも知れない。

逆に言うと、そこまでは絶対に絶技は使えない。

奇蹟に奇蹟を重ねて祈ることになる。

だけれども。

「悪役令嬢」と戦って何度も奇跡的勝利をものにしてきた。勿論いつまでも奇蹟なんて続かないだろう。

今回で、全ての奇蹟の貯金を使い切ってもかまわない。

肉の宮殿に戻る。相変わらずおぞましい臭いと、汚らしい液体でぐちょぐちょだ。

心臓が見える。

まだ、切れるとは思えない。

待つ。その間、肉塊を可能な限り傷つけて、電子戦のアシストをしようと「陰キャ」は決めていた。

 

4、超人と凡人

 

電子戦の専門部隊は、自衛隊にも存在する。

SNSクライシスの前には、お世辞にも其処まで有能ではない部隊だった。そもそもSNSクライシスの前には、自衛隊は予算的に酷い状態で。備品もロクに用意できない状態だった。

それを山革陸将は知っている。

SNSクライシスが起きて、最悪の戦時体制に突入してから。それも終わりを告げたけれども。

今はもう予算どころでは無い。

電子戦部隊は動いている。

いずれもがプロフェッショナルだが。新規のシステムを動かすのは苦手だ。三十年間、人間は文明を進歩させるどころか。邪神の猛攻に耐えながら、テクノロジーを維持するだけで精一杯だった。

逆に言えば、古いシステムについてなら動かす事は皆達人級である。

既に、「陰キャ」が見つけ出したスパコンについて、かなりの解析が進んでいるようだった。

「OS特定! Linuxの……」

「Unix系ではないのか!?」

「恐らく独自カスタマイズしたLinux系統のOSです! しかしながら、カスタマイズはそれほど深くはやっていません! 既存の技術の範囲内で解析が可能です!」

「米国との連携はどうなっている!」

百人ほどの電子戦チーム。

これが現在自衛隊で集められる全部の電子戦部隊だ。

一箇所にいるわけではなくて、何カ所かで全力で動いて貰っている。全ての業務を後回しにして、だ。

米国の大統領は、相変わらず国内をまとめ切れていない。

まだ反対する愚かしい幹部がいるらしい。

何を「エデンの蛇」に吹き込まれたのか知らないが。本当に人類滅亡の瀬戸際だというのに。

「米国大統領から通信! 向こうでは三百五十人ほどの電子戦チームを確保できたという事です! 今、既に情報共有しながら、稼働中のプログラムを解析中!」

「分かった。 焦ってミスをしないように」

「はっ!」

「後は進展があったら連絡をしてくれ! 現場の君達を信じる!」

電子戦部隊にはそれだけを告げる。

はっきりいって素人である山革陸将が出張った所で、邪魔にしかならない。

SNSクライシスの前には、IT業界で人間の使い捨てが横行していた結果人材が不足して。

文字通り致命的な障害が連発する事態が発生していたらしい。

それはそうだろう。

文字通り人間をすり潰して使い潰していたのだから。

障害が発生すると、「コミュニケーション能力」だけで出世した無能な上役が出張ってきて。

現場の邪魔ばかりしていた。

そういう記録もある。

だから、山革陸将はその失敗を二度繰り返さない。

ただ、それでも焦る。

今でも「悪役令嬢」は、最強最悪の邪神とやり合っているはず。

何かしらの支援を求められる可能性は高い。

それに備えておかなければならない。

相手は最強の邪神。

「神」こと「ブラック企業社長」との戦いを、「悪役令嬢」のチームがやっている時にも。生きた心地がしなかったが。

今回はそれに加えて、人類の滅亡が掛かっている。

三十年間なんとか持ち堪えてきた人類だが。

この戦いに負けたら終わる。もはや手のうちようが無い。

祈るとしても、神なんていない。

いたらこんな世界にはしなかっただろう。或いはいたとしても、とんでもなく愚かな存在に間違いなかった。

ため息をつくと、うろうろと山革陸将はデスクを歩き回った。

普段は部下を心配させないために、こう言う行動はしない。

だが、今は。

歴史上最大の危機に直面しているのだ。

総理大臣から連絡が来る。

状況を知りたい、というのだ。

普段は後から連絡を入れている。というのも、「悪役令嬢」があまりにも有能なので、任せられるからだ。

ジュネーブの負け戦でも、彼女のおかげで死者は出さなかった。引退者は出したし、故障者は出したが。

もしもあの戦いに「悪役令嬢」が出ていなかったら、恐らく狩り手の過半は戦死していただろう。それも一線級の人員ばかりがだ。

そうなったら、嬉々として攻めこんできた邪神共に、日米両方が蹂躙されていたかも知れない。

毎度「悪役令嬢」は、勝ってくれた。狩ってくれた。総理大臣も、だから信頼してくれていたのだ。

「分かった。 では、私が口を出しても邪魔になるだけだな。 作戦の全権は委任するから、「悪役令嬢」くんを最大限バックアップしてあげてくれるか」

「分かりました。 そのように」

「では、勝報を待っている。 もしも勝ったら、秘蔵のワインを開けよう。 君と一緒に飲む事としよう」

「ありがとうございます」

秘蔵のワインか。

まあ良いだろう。そんなものがまだあった事に驚きだが。

天井を見る。

今は、本当にバックアップしか出来ない。

軍を送り込んでも、その場でフォロワーになってしまうだけ。

ドローンでは邪神と狩り手の人外の戦闘には参戦できない。

無力を感じつつも。

できる事は全力でやるべく。

山革陸将は。いつでも動けるように、備えていた。

 

(続)