動き出す終焉の時計

 

序、風雲急

 

「悪役令嬢」はニューヨーク近辺で、フォロワーの駆除を行っていた。

今、一番するべきは大都市圏の機能回復と米軍が決めたらしい。はっきりいって決戦に備えるべきだと思うのだが。

今はそもそも邪神共の本拠が分からない。

米軍も総力を挙げているようだが、それでも厳しい。

「喫茶メイド」が増援を加えて各地を調査しているが。それでも中々見つからない。

怠惰に過ごすわけにはいかない。

だから、彼方此方でフォロワーを駆除するしかない。

戦っていて分かる。

やはり、戦闘力が伸びない。

もう完全に天井が来たとみて良い。

技を極めることは出来る。

だが、何度か試してみて分かった。

最高位邪神相手に切り札になるような絶技は、体への負担がどうあっても激甚だと言う事だ。

「陰キャ」が死にかけたように。

「悪役令嬢」だって、このまま絶技を使い続ければ腕が壊れるだろう。

そうなれば、鉄扇を振るって戦うスタイルだって、限定される事になる。

腕が壊れてもまだ戦うというのは、色々と無理がある。

片腕を失うだけで、体のバランスは大きく崩れる。

指先を少し失うだけで、重心に影響が出るほどなのだ。

武を極めれば極める程、その傾向は強くなって行くだろう。

一方、後続の狩り手達はまだまだ伸びている。

特に武については、「悟り世代」はなかなか。

だが、残念だが。

後継者になりうる器では、現時点ではなかった。

六万少しのフォロワーを狩り。ニューヨークの一角を解放してから戻る。近辺にいるフォロワーどもはかなり削ったが。

それでも、まだまだ多数が蠢いている。

ロサンゼルスの方でも、「ギーク」がこの間まで「悪役令嬢」が共闘していた「ぼんやり」を連れてフォロワー狩りをしているようだが。

まだまだ人員は足りないと思う。

駐屯地に戻る。

其処で、連絡を受けていた。

「緊急事態が発生した。 これを見て欲しい」

大統領の連絡。それもメールではなく直通信だ。

すぐにテレビ会議に入る。皆は休むように指示。

駐屯地に据え置かれているテレビ会議に入って、状況を確認。余程慌てているようで、大統領は血相を変えていた。

山革陸将まででている。

緊急事態なのは確定だろう。

少し前から、「喫茶メイド」と散発的にやりとりをしていた。その関係だとすると。やはり敵の本拠が見つかったのかも知れない。

「集まったな。 それでは、これを見てくれ」

「これは……!」

おののきの声が上がる。

ICBMが、巨大な手によって叩き潰されている。

核弾頭というのは、幾つかの処置をしてやっと爆発する。だが、マッハ20前後で飛ぶICBMだ。

叩き潰されれば、それは爆発くらいは引き起こして当然である。

戦慄すべき映像だったが。

それに加えて、「喫茶メイド」とのやりとりについても公開された。

「此処に邪神がいて、どうやら北欧中……下手をすると欧州全域の電子機器をかき集めているのは確定な様子だ」

「もはやがらくた同然の代物です。 確かにレアメタルなどはありますが……」

「この間の、爆心地の調査記録を思い出してほしい!」

大統領が、状況が見えていない幹部に唾を飛ばすように言う。

「悪役令嬢」も、状況は既に見えていた。

来た、ということだ。

もしもSNSクライシスの再現を狙っているとしたら。これほど分かりやすい事はないだろう。

大統領は立ち上がる。

勢い余って椅子を蹴ったようだった。

「SNSクライシスの再現が行われようとしている可能性が高い。 すぐに狩り手達を派遣するべく、準備を整えてほしい」

「お待ちください。 陽動の可能性は」

「他の地域も衛星で調べたが、おかしな動きをしているのは此処だけだ。 何かが起きる前に、即座に対応するしか……」

反抗的な目。

大統領が熱くなるのに。

それに反比例するかのように、周囲は冷め切っているようだった。

ユダがいる可能性は当然ある。

だがそれ以上に、厭戦気分が大きいのだと。一目で「悪役令嬢」は判断していた。

「ジュネーブでも敵は恐らく此方の戦力を削るためだけに動いていたという結論が出たではありませんか。 そもそも電子機器なんて集めたところで、何ができるとも思いませんが」

「……」

「慎重に様子見をするべきです。 少なくとも、これ以上軍を出して、危険を冒す必要はないかと思います」

はっきり反対の意見が出る。

何となく、そうしたい理由は分かる。

実際、ジュネーブでは大きな被害が出た。米国のベテラン狩り手が三人も引退に追い込まれた。

日本の「陰キャ」だってまだ負傷が完治していない状態だ。

今、不確実な情報で動きたくない、というのは確かにあるのだろう。確かに、彼らの言う事にも一利はあるのだ。少なくとも、彼らの視点からなら。

それに、である。

ジュネーブの戦いから二ヶ月。

世界の各地で、邪神は姿を見せていない。

勿論連日、フォロワーによる襲撃はあるし。それに対応すべく、狩り手は彼方此方を走り回っているし。軍だって小規模な群れを相手に戦っているだろう。

だが、邪神がでて。

為す術無く殺される恐怖からは、解放されていないのだ。

下手に蜂の巣を叩きたくない。

それが本音だろう事は、よく分かっている。

「悪役令嬢」はその気持ちも分かってしまう。

勿論、今がもっとも危険な事も理解している。しかし、人間はこの危機に動けるのだろうか。その疑念も大きいのだ。

今更になって。「エデンの蛇」が色々吹き込んできたことが、心の中で染みになっている気がする。

「悪役令嬢」は人間をあまり信用できない状態になっている。

勿論現場で活躍している軍の人達や自衛隊には随分助けられた。

クーデターに参加した軍人から銃を向けられたことだってあるが、実際に撃たれた事はない。

軍の兵士達は皆、最悪の相性の相手でも必死に命を張ったし。

危険地帯に踏み込んで、救助者を必死に助けもした。

それを間近で見ている。

だがそれでも、人間に対する不信感がどうしても消えないのは。

こういう、上層部に立つ人間の醜態を見てしまうから、なのだろう。

「財団」は高笑いしている筈だ。

奴はもう。殆ど勝ったも同然。

奴がSNSクライシスをどう再現するか、その具体的な方法までは分からないけれども。それでも、奴の居場所があるていど絞り込めたにもかかわらず、何もできないというのは。はっきりいってとても悔しい。

「悪役令嬢」だけが行くのも厳しいだろう。

何しろ、軍が動かなければ、そもそもとして飛行機すら手配できないのである。

軍と連携しなければ、まともな作戦行動すら取れないというのが現実なのだ。

それが現実である以上。

「悪役令嬢」にできる事は、驚くほど少ないのである。

「ならば、どうすれば最終作戦を取ることに賛成してくれる。 時は一刻を争うのだぞ」

「一刻を争うという証拠が必要になるかと思います」

「……「悪役令嬢」くんに出て貰うのは」

「いけません。 今も各地の大都市周辺は膨大な数のフォロワーがいて、要救助者が大勢います。 それを見過ごすというのですか」

これも正論だ。

対馬やアラスカの戦線がうまいこと膠着状態に持ち込む事ができ。

なおかつメキシコの戦線が安定した今。

米国内のフォロワー駆除を最優先したい幹部達の意向は分かる。それはそれで正しいのである。

目の前にある破滅の危機をどうしても実感できないのなら、だが。

それにだ。

この間のジュネーブ戦でも、米国大統領は相当な無理をしたのだろう。

それによって記録的な戦果だって得た。

今まで邪神一体が出るたびに、多くの人が犠牲になっていた事態も。今になって殆ど邪神が出無くなった事もあり。フォロワーだけを相手にすれば良くなった。その結果、軍の損耗も驚くほど抑えられるようになった。

ため息をつくと、「悪役令嬢」は挙手する。

「折衷案と行きましょう」

「具体的にお願いします」

「装備一式をいただけますか? わたくしと「陰キャ」。 それにわたくしのチーム三名だけを連れて、現地に偵察に行きますわ」

「現地には二人いると聞いていますが、それでもたったの六人で!?」

敵の規模は前回よりも少数。

だが、此方も損害は大きい。

更に言えば「陰キャ」はまだ全力を出すには遠いだろう。

大阪からフォロワーを駆逐したとはいっても、今は横浜で苦戦を強いられていると聞いている。

一番調子が良かったときは日に二万のキルカウントをたたき出していた様子だが。

今は一万五千がやっとだそうである。

絶技が使えないということもある。

最高位邪神が相手になってくると、かなり厳しいだろう。

それに現地にいる「喫茶メイド」だって負傷をおして出て来ている。現地にいる第二世代の狩り手である「ショタ」はあまり協調性がないらしく、「喫茶メイド」とは致命的に相性が悪いそうだ。

文字通り、条件は劣悪の極み。

それでもなお、やらなければならない。

そうしなければ、手遅れになる。

手遅れになったら、多分次の人類のチャンスは、ない。

「財閥」の実力は、恐らくだがあの「神」こと「ブラック企業社長」と大して変わらないレベルだろう。

今の「悪役令嬢」なら、単独でも差し違える覚悟ならどうにかやれる。

問題は、配下の邪神がわんさか出てくる事だ。

これをどうにかしないと、恐らく勝ち目は薄いだろう。

それでも、やるしかない。

米国の幹部達が、ひそひそと話をしている。

元々「悪役令嬢」の発言力が大きすぎると言う事で、此奴らはあまり良く想っていなかったのだろう。

「ナード」引退後、世界最強の狩り手となった「悪役令嬢」は、軍の制御を受けつけているとは言い難い。

これについては、「悪役令嬢」も認識している。

とはいっても、邪神との戦闘の異質さを考えると。軍はあくまで後方支援に回るしかない。

その辺りは割切ってくれないかと、いつも思っているのだが。

「輸送機一つと、現地で当面生活出来るだけの物資。 その程度も用意はできませんか?」

「……」

主導権を握られているのが気に入らないのか。

いずれにしても、少しずつ苛立ちが募ってくる。

それでも、我慢はして待つ。

こういうものだと思っていれば、腹が立たないとまではいかないとしても。苛立ちはある程度は抑えられる。

会議は一体持ち越したいと言われたので、好きにさせる。

とりあえず、もう一日は普通にフォロワーを狩ってほしいと言われたので、そうすることにする。

米国は全盛期の十分の一しか人間がいないとしても、今でも大国だ。

動くには時間がどうしても掛かる。

そう自分に言い聞かせて、待つ事にする。

大統領は強権を振るいすぎた。

ユダが暗躍した事もあるが。

それでも、クーデターが何度も起き。軍の最高幹部が反乱まがいの事まで起こしたことを考えると、不満がやはり相当に溜まっているのだろう。粛正だってさんざんしているのである。

一度だけ、今の大統領は独裁者だという落書きを見た事がある。

フォロワーを狩って、その帰りだった。

狩り手に感謝していない人間はまずいないようだが。

大統領はそうでもないのだろう。

ましてや民主的な選挙なんてものが、当面実行できる状態ではないのも事実なのである。あまり、大統領に対する批判を責める事も出来ない。

一晩休んでから、皆に指示して、フォロワー狩りにでる。

今日も、浮塵子の如きフォロワーの群れに突入して敵を狩る。

「ぼんやり」がいなくなっても、それでも日に六万は安定して狩る事が出来る。

十日働けば六十万のフォロワーを削れる。

ニューヨーク近郊でも、一日辺り幾つかのブロックを解放することが出来。毎日見る間にフォロワーの密度が減っているのが分かる。

米国は貧民街と高級住宅で治安とかが別物だという話を聞いたことがあるが。

今では等しくフォロワーが彷徨いているので、まるで関係がない。

ニューヨーク近郊ともなると、流石にビルなどに立てこもって生き延びている人間が散見されるので。

軍と連携して、救助の人員をまわしてもらう。

自衛隊よりもだいぶ人員も装備も潤沢で。救助も手慣れている。

そして敬礼して、感謝の言葉とともに去って行く。

みんなこれくらい物わかりが良ければなあ。

そう思う。

そうやって現実逃避する。

現地では、今でも「喫茶メイド」が膝を抱えて、恐怖を押し殺しているだろうに。

前のように遭難して身動き取れないというほど酷い状態ではないようだが。

それでも心細いだろう事を思うと、心が痛んだ。

夕方まで狩りを続ける。

やはりとっくに天井が来ている「悪役令嬢」。勘は冴えている。だけれども、これ以上身体能力が伸びようがない。

技を磨いて対応しているが。それでも散々戦闘で痛めつけた体の事もある。

どうしても色々と無理が出て来てしまう。

これは「陰キャ」も同じだろう。

十代の「陰キャ」はまだそれでも未来があるが。

二十代半ばを過ぎてしまっている「悪役令嬢」は、そうもいかない。

いまですらこれだ。

もう数年もすれば、恐らくどんどんキルカウントは落ちていく。

体力の低下というのは残酷で。どれだけ技量を磨いて老獪さを身につけても、どうしても追いつかなくなる。

その時のためにも、後継者が必要なのに。

それに、そもそもそれどころではなくなる可能性が高いのに。

駐屯地に戻ると、会議に出る。

どうなった、と聞いてやりたかったが。

まだ揉めている様子からして、状況は絶望的なようだった。

こいつらの何人かはユダなのだろうが。

わざわざユダが煽らなくても、この状況は変わらなかっただろう。それは言われなくても分かる。

大統領の言葉には、ことごとく反論がでている。

今まで強権を振るってきたツケだ。

勿論それは分かっているけれども。

「悪役令嬢」も、正直苛立ちを抑えるのに苦労した。

飛行機一つ、物資も。

それだけ派遣するのに、どれだけ議論をしているのか。

勿論エースオブエースである「悪役令嬢」が米国を離れることに対しての恐怖があるのはよく分かる。

「陰キャ」が日本から離れたときだって、相当日本では不安を抱えただろうから。

邪神はまだ数十が健在。

そいつらが米国に大挙して押し寄せたら、「悪役令嬢」とそのチーム不在の状況ではそれこそ天文学的な被害が出るだろう。

米国そのものが、再起不能なダメージを受ける可能性も高い。

だが、このまま放置して第二のSNSクライシスが起きたら。

そもそも人間そのものが滅ぶ可能性が高いのだ。

どうして、その程度の事が分からない。

どうしてこんな連中が政治の中枢に関わっている。

SNSクライシスの前から、政治家は高学歴が普通だった。看板地盤鞄という言葉もあって。金がまず必要だったが。その前に「指導者たりえる説得力」を有するには、高学歴を取れるように専門の教育を受ける必要があった。

それですらどうにもならない人間が多数いたから、裏口入学なんてものだってあった。

もうそれについてはいい。

だが、高学歴なら。本来であれば相応のスペックがあるはずだ。

どうして政治闘争にそれを全て使ってしまう。

建設的な事にどうしてその優れている筈の能力を使えない。

権力がそれほどほしいか。

何度もため息をつきそうになり。じっと会議を見るしかない。

やがて、挙手する。

「では更に妥協しますわ。 現在わたくしのチーム。 「悟り世代」「腐女子」「派遣メイド」は、それぞれ邪神との戦いの経験を積んでおり、三人がかりなら高位邪神相手でもそうそう遅れを取りませんわ。 敵にはもう多くの高位邪神もいない。 この三人を置いていけば対応できるでしょう。 それで如何でしょう」

「……」

アホ共の心が動くのが分かった。

見かねたか、山革陸将が助け船を出してくれる。

「現在、此方では対馬の戦況が安定している事もある。 「陰キャ」を出しても大丈夫だろうと判断する。 もう一人、まだ新人の第二世代の狩り手もだす。 そうすれば、日本国内には対邪神戦の経験を持つ狩り手が複数いる状態が作れる」

「……」

ひそひそと話し始める米国の主要幹部達。これだけ譲歩しても気にくわないのか。

やがて、話はまとまったようだった。

「分かりました。 此方としては賛成です。 その条件であれば、「威力偵察」も良いでしょう」

威力偵察か。人間が滅ぶかどうかの瀬戸際でのんきな話だ。

毒づきたくなるが、今は我慢。

後は任せる事にする。

話がまとまったのは三十分後。

日本の方では、飛行機を出してくれる。「陰キャ」ともう一人。更には相応の物資を用意してくれるようだ。

米国は物資だけを幾らかだけくれるそうだ。有り難すぎて涙が出る。

日本から飛んできた飛行機で欧州に行け、というつもりらしい。

欧州には現在、幾つかの特殊部隊が展開している。それらと連携して、どうにかしてほしいと言う事だった。

まあいい。それでもまだマシな結果だろう。

これで決戦に持ち込めるかは、正直な所分からないとしかいえない。

だが、それでも。何もせず滅びを待つよりは。この方が、何十倍も良いのは事実だった。

 

1、ずっと人を減らして

 

飛行機が来る。

「悪役令嬢」は、ずっと連携して戦って来た「悟り世代」達に後を任せる。三人はこのまましばらくチームで動くそうだが。リーダーとしては「悟り世代」を指名した。戦闘力はみんな横並びだが、一番リーダーとしては相応しいと判断しての事だ。不満の声は上がらなかった。

幾つか引き継ぎを終えてから、飛行機にのる。

以前と同じ、中型の輸送機だ。

音速近くがでるもので、航続距離もながい。

欧州まで行って戻ってくる事は出来るし、何よりVTOLなのでつぶしも利く。どこにでも着地できるのは色々と便利だ。

基本的に十数人は乗る事が出来る様だが、兵は連れて行けない。かなり厳しい状況になるが、それでもこれでやるしかない。

出立前に、「ギーク」が連絡を入れてくる。

この間のジュネーブの戦いで、唯一引退を免れた米国チームの狩り手だ。もう押しも押されぬ、米国の狩り手のリーダーである。

「うちのすっとこどっこいどもが迷惑を掛けたな。 戦前から彼奴らは救いようが無いアホどもだった。 兵士もみんな、頭でっかちのアホ集団って噂していたくらいでな」

「ありがとう。 話がまとまって何よりですわ」

「生きて帰ってくれよ。 人類にはあんたがひつようなんだからな」

そう言ってくれるとありがたい。

後は、飛行機に乗った。

「陰キャ」は隅っこの方で、膝を抱えていた。

さて、第二世代の狩り手だが。

奥の方で、またちょこんと膝を抱えて据わっていた。

見た感じ、看護師みたいな格好をしている。

話を聞くと、「ごっこ遊び」だそうである。

お医者さんごっこというといかがわしいものを想像してしまうが。仮にも狩り手だ。恐らく違うだろう。

元々かなり陰気な性質らしく、話を聞いてみると医療関係に特化した第二世代の狩り手だそうである。

見た感じ10歳くらいにしか見えないが。

既に大人顔負けの医療知識を持ち。

更には手術などでも相当な経験を積んでいるそうだ。

見た感じ、自動で色々やってくれる手術道具も積み込んでいる。

医療知識がある狩り手はジュネーブ戦でも参加したが。あくまで看護師のレベルの知識だった。

今度は本職レベルの知識か。

この知識をどうやって植え込んだのかはわからない。

第二世代の狩り手は基本的に人工的に作られた存在だ。

だから非人道的な方法で頭にすり込まれたのかも知れない。

いずれにしても、こんな小さな女の子にと言う憤りもあるが。

今は、それらの雑念を払う。

戦って勝つのが、まずは最優先事項だ。

「陰キャ」には声を掛けておく。

「久しぶりですわね」

「はい。 少しまだ本調子ではないですけど」

「絶技は使うなと言われているようですわね」

「……悔しいですけれども、あたしも使ったら死ぬ事は理解しています」

急ぎでは無いから、携帯端末で会話する。

それでいい。

喋るのが苦手な相手に、コミュニケーション能力がどうこうと怒鳴るつもりなどさらさらない。

飛行機が浮き上がり、飛び始める。

加速は相当に凄まじいはずだが。特に気にするほどのGは掛からなかった。

この辺りは、流石に最新鋭機、というわけだ。

後は、いつでもドアが開けられるようにチェックはしておく。

理由は簡単。

邪神による迎撃や、長距離射撃に対応するためである。

それほど時間を掛けずに洋上に出た。

そのまま、物資について確認しておく。

フォークリフトなどの車両類が少々。これらは、必要に応じて使う事になるだろう。

「喫茶メイド」から送られてきた情報を元に、スノーモービルも一つ。

今回は向こうにいる人員も含め、たったの五人。

スノーモービルには全員が乗れる。充分過ぎるほどだ。

食糧は二月分。水も同じくらいはある。

どれもまずいレーションだが、これについてはずっと味が改善している。今更ぜいたくはいわない。

更に様々な装備類がある。

「悪役令嬢」用の研ぎ石や鉄扇、火炎瓶などもある。傘の替えも一つだけちゃんとあった。

それらを見て満足する。

「ごっこ遊び」とも話をしておく。

「陰キャ」同様の恐ろしく寡黙な子で、どちらかというと生意気だったり独自の世界を構築している第二世代の狩り手にしては、とにかく驚くほど目立たない。

ただ、じっと此方を見た後。

話をされた。

診察したい、と。

言われるまま、診察を受ける事にする。丁寧に体の方を見た後、ぼそりぼそりと「ごっこ遊び」は言う。

「体が無茶苦茶ですね。 無理を重ねに重ねてきたのですね」

「そうなりますわ」

「邪神をもし全部倒したら、少し休んだ方がいいと思います。 フォロワーだけなら、どうにでもなるのでしょう」

「……考えておきますわ」

気持ちは分からないでもないが。

世界中にいる数十億のフォロワーを考えると、当面狩り手が休まる事などないだろう。

それについては諦めている。

医師はみんなこの状況に対して怒るだろう。

そんな事は分かっている。

というか、「悪役令嬢」だってこんな生活をしていたら。医師だったら怒っていると思うからだ。

だけれども、どうしようもない。

狩り手の負担を減らそうと思ったら、それこそ機甲師団がでる必要がある。

膨大な物資を浪費した挙げ句に、大勢の戦死者も出すだろう。

人類が壊滅的なダメージを受け、インフラも文字通り終わっている今の時代。

無駄に出して良い死人なんて一人だっていないのだ。

洋上で、「陰キャ」も診察を受けていた。

やはりまだまだ体の様子は本調子ではないらしくて。幾つかのお薬を処方されていた。

低空で行かなければならないこともある。

どうしても飛行機は時間が掛かってしまう。

前回もそうだったが。大西洋を越えて欧州の目的地まで行くのには、たっぷり一日以上はかかる。

今回は米国で「陰キャ」と合流している事もある。

更に時間が掛かっている。

現地で即座に「喫茶メイド」が脅かされる状況ではないとはいえ。

この時間の浪費は、はっきりいって問題があると思う。

「陰キャ」と幾つか打ち合わせをしておく。

現地にいる「喫茶メイド」に、可能な限り下位の邪神は任せたいところだが。正直あの子一人で下位の邪神数十を倒すのは無理だろう。

そこで、高位以上の邪神は「悪役令嬢」が引き受け。

「陰キャ」と「喫茶メイド」で、下位の邪神を先に殲滅して貰う。

これについては、「陰キャ」も賛成だといった。

本音から言うと、出来るだけ今の死に急いでいる「陰キャ」を高位邪神とはやりあわせたくないのだが。

はっきりいって、「財閥」が出て来たらそうもいかないだろう。

どうしようもない下衆だが、それでもあの「神」こと「ブラック企業社長」と同等の実力はあると判断して良い相手だ。

差し違えて勝てるかどうか、というレベルの相手であって。

それも可能性が絡んでくる。

確実に殺さなければならない。

つまり、最終的には「陰キャ」と「喫茶メイド」にも、対最高位邪神戦には参加してもらう必要がある。

第二世代の狩り手二人は邪神戦では論外。

周囲に押し寄せるフォロワーをどうにか削って貰わなければならないだろう。

もう一つ、気になる事がある。

バンカーバスターを搭載したICBMを、はたき落とした手の存在だ。

アレは多分「財閥」では無い。

恐らく高位邪神だろうと思うのだが、なにかおかしいと感じるのである。

もう一体最高位邪神がいるのか。

いや、違うと思う。

ジュネーブでの戦いで、不可解な動きを見せていた邪神共は。やはり「財閥」の思惑で、不要な奴を在庫一掃処分していたのだと思う。

「財閥」は何度か直接話したが、はっきりいって権力欲の権化みたいなクズだ。

もしSNSクライシスを再現して、奴がトップになれるのだとしたら。

その時に、邪魔になる同格の邪神など側にはおかないだろう。

それに、である。

邪神は高位になればなるほど、テリトリは強力になる傾向がある。

実際問題、「神」の腐れ爺を見つけたときにも。「陰キャ」がテリトリを偶然発見した。

それが討伐につながった。

妙な事が起きている北欧の一角だが。

「喫茶メイド」は邪神のテリトリは感じ取ったようだが。最高位邪神のテリトリは別に感じ取ってはいないようだった。

分からない事が多数あるが。

ともかく、この限られた戦力でどうにかするしかない。

一旦、AIの操縦で降下を開始する。

飛行機に乗って、十数時間が経過した頃だ。

欧州の片田舎の航空基地である。

周囲にはフォロワーの姿はない。

ただ、一旦降りて周囲に備える。一応、「ごっこ遊び」にも出て貰った。フォロワー対策では、それなりの実力があるのは分かっているからだ。

すぐに特殊部隊の兵士が来る。

見た感じ自衛隊員だ。ここは既にフランスに入っているはずだが。もう、特殊部隊はここまで来ているのか。

給油を任せて、その間航空基地の周囲のフォロワーを探し、狩っておく。

一応軽く話を聞いたところに依ると、以前「喫茶メイド」と連携して、この周囲にいたフォロワーは殲滅したらしい。

今では特殊部隊が乗り入れて、たまに近寄ってくるフォロワーを自動銃座で処分しているそうだ。

他にも話を聞いておく。

この近くに人間牧場になっている街がある。

下手に手を出すと邪神が姿を見せる可能性があるので、迂闊には動けないが。

状況が変わった場合には、即座に動けるように連絡はしているという。

現在欧州だけで、こういう人間牧場は二十三箇所見つかっているそうだ。

中華にも同じような感じで、十三箇所が見つかっているらしい。

いずれも悲惨な状況で、中にいる人達は荒みきっている。

アフリカにも似たような場所はあるらしいが。

SNSクライシス前の最貧国の最悪のスラムにも匹敵するような有様で。

地上に存在する地獄そのものだそうだ。

中央アジアから中東にかけては、現在調査をするどころではないらしいが。

衛星写真などから、それらしい場所が何カ所か見つかってはいるらしい。

ただしドローンすら危なくて派遣できないそうなので。

現時点では、どうすることも出来ないのだそうだ。

邪神を倒してほしい。

こんな狂った世界は、一刻も早くどうにかしなければならない。

ベテランの自衛隊特殊部隊の隊員にそう言われ。「悪役令嬢」は頷く以外にはできなかった。

脳みそが腐ったフェミニストが始めたこの世界の地獄だ。

とにかく何とかして終わらせなければならないのは確かだ。

ただ、その後はどうするのか。

正直明るい展望がないのも事実である。

給油が終わった。

飛行機が来た事は邪神にも確実に知られているので、最低限の監視システムだけ残して特殊部隊も退避するという。

まあそうだ。

人間牧場の人達にしても、生き残るので必死だろうから。

それこそ、飛行機が来たと大慌てでご注進しているだろう。

すぐに飛行機で飛び立つ。

操縦はAIがやってくれる。

だから、そのまま。

周囲に邪神の気配が出ないか、探知し続けるだけで良かった。

連絡が来る。

山革陸将だった。

「いまいいかね、「悪役令嬢」くん」

「かまいませんわ。 何かありまして?」

「一応定時連絡として、状況を伝えておこう」

「承りますわ」

話を聞いておく。

まず米国だが、アラスカの戦線は好調。「フローター」をはじめとする狩り手達は、存分にフォロワーどもを振り回しているという。

それは重畳である。

「フローター」も腕を上げていて、今では連日12000キルを達成しているらしい。

なかなかの成長ぶりだなと思う。

これなら、「ギーク」が引退した後の後継者になれるだろうと思う。

日本のほうだが。

既に前線復帰した「巫女」をはじめとする第二世代の狩り手が、対馬で奮戦を続けている。

邪神に対してはどうしても遅れを取る第二世代だが。

押し寄せるフォロワーに対して、戦闘をする分では問題は無い様子だ。

色々思うところがあったのだろう。

「女騎士」は戦闘での指揮を主体にとるようになり。

「コスプレ少女」らと共に、対馬で戦闘。現在対馬の南部の三割ほどを奪還して、フォロワー相手に互角以上に戦っているらしい。

また横浜は結局また「陰キャ」が抜けてしまったが。

何人かの第二世代の狩り手を今までのノウハウを用いて仕上げる計画が持ち上がっており。

試運転が終わり次第、投入する予定だそうだ。

ずっと放置されていた北海道も、似たような感じで第二世代の狩り手を投入する計画が持ち上がっているとか。

これらの報告は事務的だった。

同時に、一つの事を告げられた。二つと言うべきか。

「今後の事もある。 「悪役令嬢」くん。 それに「陰キャ」くん。 君達のクローンを作成開始した。 軍での正式なプロジェクトだ」

「……」

まあ、今までの話で分かってはいた。

今度の戦いで、死ぬ事を覚悟している、ということだ。

だから、安心させるために、各地での戦況が安定している事を告げてきた。

そして、仮に命を落としても。

次世代に命を継ぐことが出来る、ということも。

子供を孕んで産んでいるのでは、あまりにも迂遠すぎる。

特に最前線で戦い続けている「悪役令嬢」と「陰キャ」には、はっきりいってそんな暇はない。

クローンについてはまだ技術が未成熟だという話も聞いていたが。

多分それは数でカバーするのだろう。

何より第二世代の狩り手はほとんどクローンによるようなものだ。

それを考えると、もう一歩手前まで来ていた、ということなのだろう。

「今回の戦いで、敵の計画を潰せるのかは分からない。 敵の計画が本当にSNSクライシスを再度実行するものなのかだって分からない。 だが、はっきりしているのは、「悪役令嬢」くんも「陰キャ」くんも万全ではない状態で、しかも人数が限られている状況で難敵と戦わなければならない、ということだ」

そうだ。

それについては、山革陸将の言う通り。

人でなしというのは簡単だ。

だが、それとは別に。

軍人は確実に勝つために。

全ての手を尽くさなければならないのである。

「生きて帰って来て欲しい」

「此方からも一つ、言っておきますわ」

「伺おう」

「わたくしは子供など産んでいる暇はありませんわよ。 恐らくは「陰キャ」さんもそれは同じ」

だから、クローンで命をつなげるならそれでいい。

倫理的な問題もなにもない。

そもそも、あまりにも馬鹿馬鹿しい事を世界中でやらかした結果、SNSクライシスが引き起こされたのだ。

SNSクライシス前の人間にも倫理など存在しなかった。

今更、倫理も何も無い。

とにかく、勝たなければならない。

SNSクライシスで、文字通り地球は一度無茶苦茶になった。

仮に勝ったとしても、元々地球の資源は限界寸前まで消耗されていた事に変わりはないのである。

要するにそれは、もう次の文明が勃興する余裕などないということ。

此処で、文明を保持したまま。

勝たなければならないのだ。

そう告げると。

分かったと、悲しそうに山革陸将は言うのだった。

どの道、フォロワーを駆除するのにあと数十年は掛かる。仮に邪神を滅ぼせたとしてもだ。

その間、「悪役令嬢」は前線で戦わなければならない。

子供なんて孕んで産んでいる余裕などない。

別に、ほしいとも思わないし。

ならば、もしも人類の希望を継ぐのに自分の遺伝子が必要なのだというのなら。

好き勝手にすればいい。

それが、素直な意見だった。

話は他の皆には聞かせていない。「陰キャ」は何となく察していたようだが、あえてその話はしない。

元々他人と接するのが大嫌いな「陰キャ」である。

だから、あまり下世話な話はしたくもなかったし。

戦う前に士気を下げるような話もまた、する必要はなかった。

 

飛行機がバルト三国に入る。

昔だったら戦闘機が散々スクランブルを掛けて来ていただろうが。今は当然それもない。

その代わり、邪神による超長距離攻撃の可能性がある。

だから、微塵も油断はできないが。

「喫茶メイド」の連絡してきた地点へ急ぐ。

確かに、かなりフォロワーが目立つようになって来ている。

報告通り子供のフォロワーがかなり多い。

フォロワーになってしまうとパワーはゴリラなみだ。重労働をさせた所で、別に問題はないのだろう。

まあそれ以外は問題だらけだが。

そもそも邪神にそんな事をいっても意味がない。

言う前に殺すだけだ。

適当な所で着陸する。

勿論敵はもう気付いているだろうが、気にしない。

即座に電波中継器を設置。

これについては、「ごっこ遊び」がやってくれた。とにかく支援特化の第二世代狩り手らしい。

医師顔負けの知識についても、何らかの方法で頭に叩き込まれたのだろう。

その方法の具体的な内容については、あまり知りたいとは思わなかった。

少しして、返事が来る。

「喫茶メイド」は疲れきっているようだった。

「ありがとうございます。 来てくれたんですね」

「揉めに揉めたので、来たのはわたくしと「陰キャ」さん。 それに第二世代の狩り手一人だけですわ」

「……」

「ともかく、合流しましょう」

分かったというと、「喫茶メイド」は此方に向かうという。

飛行機はそのまま着陸停止させる。

そして、「喫茶メイド」が来る前に、駐屯地を組んでしまう。

これはロボットがだいたいやってくれるので有り難い。

今のAIはそのくらいは出来るくらいには進歩している。

ただ、そこまで出来るAIはお高い。

大統領が幹部を必死に説得して、軍から備品を供出してくれたのだろう。決して有能とは言い難い人だが。

それでもやることはやってくれるのは嬉しい所だ。

或いは、米国のガンだったパワーエリートという枷が外れたから、だろうか。

いや、今でも米軍内部は権力闘争でガタガタだ。

それを考えると、大統領はいつも胃に穴が開く思いをしているのかも知れない。

ボロボロの大きなバイクを引きずって、「喫茶メイド」が来る。一緒にいるのは、ジュネーブの戦いで参戦した第二世代の狩り手である「ショタ」だ。

報告には聞いているが、喋り始めるととんでもなく生意気なクソガキで、此奴の方を「悪ガキ」とすれば良かったのではないかと思ってしまうほどだとか。

だが、まあどうでもいい。

流石に「悪役令嬢」の眼光を見て、「ショタ」も青ざめた。

逆らえばブッ殺される。それを理解したのなら幸いだ。

勿論本気で殺すつもりはないが、上下関係をしっかり理解させておかないと、子供は野獣同然になる。

それについては、SNSクライシス前の資料を見て、「悪役令嬢」は良く知っていた。

「「陰キャ」さんは」

「病み上がりと言う事もあって、休んで貰っていますわ。 ジュネーブでどれだけ酷い負傷をしたかは分かっているでしょう?」

「はあ、まあ」

「それでも貴方たちが束になったよりは強いですわよ。 戦力としては申し分ありませんわ」

先に釘を刺しておく。

「ショタ」が、他人に興味が無い「陰キャ」を舐めて掛かる可能性があると判断したからである。

こういう手合いがいると、作戦行動が上手く行かなくなる可能性がある。

第二世代の狩り手は色々人格に問題があるケースが多い。

非人道的な方法で作られたのだから仕方が無いが。それはそれとして、戦力になってもらわないと困るのである。

作戦は「悪役令嬢」が伝える。

こういう場合は合議制は無意味だ。

トップの独裁でいい。

そして「悪役令嬢」は、此処にいる全員を足したより戦歴を積んでいる。衰えたつもりもない。

だから。それでいい。

「これよりまず、現地に威力偵察を掛けますわ。 ICBMを潰した相手を含め、敵の戦力を図るのが目的となります」

「いますぐですか」

「食事とトイレなどを済ませるように」

勿論、即座には仕掛けない。それを聞いて、「喫茶メイド」は安心したようだった。

ただし、「悪役令嬢」は単独で動いておく。

幸い、今は別に腹も減っていないし。

トイレにいきたいとも思わなかった。

 

2、背徳の蟻の巣

 

大物見、と言ったか。

確か大将自身が斥候をして、状況を見てくるやりかたの事である。

「悪役令嬢」はその大物見をして、状況を確認してきた。

確かに邪神のテリトリが展開されている。

そして「喫茶メイド」が言ったように、どうにも不可解だ。

途中、目についたフォロワーの群れを薙ぎ払っておく。それなりの数がいるが、動きがとにかく鈍い。

蹴散らすのは難しく無かった。

そして回収した電子機器を持ち帰っておく。

軽く解析して分かったのだが。

どうにも、部品に統一性がない。

電子部品は適当に何でもかんでも持ち帰っている印象だ。家電なども持ち帰っているほどである。

確かに家電にもPCは積み込んでいるのが普通だったらしい、とは聞いている。

高性能化していた家電は、その機能に合わせて複雑な要求を満たすべく、PCを積んでいたらしいとも。

だが、それらの性能は当然知れている。

古いPCなども持ち運んでいるのを確認。

文字通り、あらゆるものを適当に家などから引きはがして持ってきている、という感触だ。

これは一体、何をしている。

SNSクライシスがどうして起きたのかは、この間聞いた。

それによると、最悪のネットユーザーの所に最悪レベルの超過密アクセスがあった結果、だという。

それについては分かった。

もうそういうものだと思って、別にこれ以上どうこう言うつもりはないし。今更どうにもならない。

今は、何故PCを片っ端から集めているか、ということだ。

何か怪しい呪術でもやるつもりだろうか。

それが馬鹿に出来ない。

実際問題、SNSクライシスが何故起きたのか。起きた時の状況と結果は分かっているのだけれども。

メカニズムは分からないのだ。

邪神共はそれを知っているかも知れない。

いや、下位の連中は知らないだろう。

「財閥」の奴は知っていてもおかしくは無い。

彼奴は恐らくだが、名前の通り欧州や米国の財閥。つまり軍産複合体などの、超リッチな国政を裏から動かしていた連中の誰かか、もしくは集合体が邪神化した代物だと判断して良いだろう。

ひょっとしたらだが。

SNSクライシスを、主体的に引き起こしたのかも知れない。

もしそうなら、起こし方を知っていても不思議ではないだろう。

フォロワーが集まって来たので、さっさと引き上げる。

どうやら物資を奴隷のように運んでいる連中だけではなくて、普通のフォロワーもそれなりに集められているらしい。

だがカナダの爆心地で見かけた連中ほどの凶暴性はなく。

単にフォロワーだ。

それでも数が集まると厄介である。

サンプルを集めると、さっさとその場を後にした。

拠点に戻ると、米軍と自衛隊に連絡。

回収してきた物資の解析を頼む。

その後は、「ごっこ遊び」と「ショタ」を連れて。同じように敵の群れを数度にわたって襲撃。

回収しているPCを強奪して、サンプルとして集めた。

もうとっくに敵は此方に気付いている。

だったらハラスメント攻撃をしてやっても、しなくても。同じである。

「ショタ」は思った以上に対フォロワーの性能が高い。

戦わせてみると、それなりに出来る。

日本でエース格として暴れているらしい「巫女」にくらべると数段見劣りはするだろうが。

それでも中々できる。

「ごっこ遊び」も同様。

戦闘タイプではないようだが、それでもぶっちゃけルーキーもルーキーだった頃の「悪役令嬢」よりもずっと強い。

第二世代の狩り手の開発に、米軍も自衛隊も躍起になったのがこういうひよっこ第二世代を見ているといつも分かる。

米国で組んだ「悪ガキ」と、もう二人も。これくらいは出来た。

邪神に対する戦力が色々とまずいと言う欠点を除くと。

確かにこれは有益な存在だと思う。

数度フォロワーを蹴散らして物資を回収して戻る。

「陰キャ」は起きだして、刀を振るって体を調整していた。

まだ本調子では無いなと、一目で見抜くが。

それでも剣筋の鋭さは凄まじい。

「喫茶メイド」に、軍との連絡とかは任せて、「陰キャ」と話をしておく。

軽く話した結果、幾つかの事がわかった。

身体能力は大丈夫。

その代わり体力がまずいという。

この間の戦いで、再生医療で内臓を幾つか取り替えたそうである。

再生医療で手足を取り替えた場合も、かなり後まで苦しむ人間はいると聞いている。同じ遺伝子から培養した手足であっても、切りおとしてつなげ直すと、色々と問題が起きるらしいのだ。

内臓となるとなおさらだ。

絶技は死ぬ覚悟で使う事になる。それも一回だけ。

瞬歩も以前のジュネーブの戦いで使った回数の半分程度、使えれば良い方。

そういう話をされた。

ただ、内臓はどんどん馴染んでいるのが分かるという。

問題は心臓だ。

心臓はリスクを考えて再生医療で取り替えはしなかったらしいのだけれども。それが色々とネックになっていると言う。

それだけ、この間の戦いは命がけで。命を削って戦った、と言う事だ。

「お医者さんの話によると、戦いが終わった後に半年ほど掛けて丁寧に手術をしたいという事です」

「……半年」

「はい。 元々戦場に出すのは絶対反対だそうです。 あたしも、体がこんな状態だと言う事は分かっていますから……その意見は正しいと思います」

「分かりましたわ。 それを前提に、戦略を組みましょう」

幸い、敵には大物の邪神がかなり減っている。

雑魚ははっきり言ってもう相手じゃない。五十こようが六十こようが蹴散らしてやる。

最高位邪神は恐らく「財閥」しかいない。

高位邪神は数体いるだろうが、それもはっきりいって。

「財閥」の言う事を犬のように聞く輩だけだろう。

この間の戦いで、「財閥」の座を侵しうる輩は、つかいすてられたとみて良い。

「財閥」とは散々話をしたのだ。

奴の性格分析は出来ている。

奴はそれこそ、自分さえ良ければ後はどうでもいいと考えるような輩である。そんな輩が考えるのは。

周囲をイエスマンで固めるだけの事。

SNSクライシス前に、日本のブラック企業で。脳みそが腐っている社長が考えたような行為だ。

「財閥」自身は「頭が悪い」わけではないのだろう。

単に、エゴが異常すぎるだけだ。

話を終えた後、休むように指示。

頷くと、自分の体を一番理解出来ている「陰キャ」は駐屯地で休みはじめる。

あの子がいないと多分この戦いで勝つのは無理だ。

せめてもう一人くらい、エース格の狩り手がいれば。

「コスプレ少女」がいてくれればかなりマシになったのだけれど。あの子は対馬の戦線で大暴れ中だ。

ただでさえ、無理を言って此処に来ているのだ。

流石にあの子は連れてこれなかっただろう。

かといって第二世代の狩り手なんて、何人連れてきても邪神に殺されるだけだ。

フォロワーになんぼ強くとも、邪神に強く出られないのは。

こう言う場では致命的過ぎる。

色々考えているうちに、「喫茶メイド」が来る。

米軍と自衛隊と軽く話をしてきたそうだ。

結論として、集められている機械類に法則性はなし。

もっと資料がほしい、という話をされただけだそうである。

残念だが。

そんな時間はないとみて良い。

「六時間ほど休憩してくださいまし」

「仕掛けるんですか」

頷く。

とりあえず、敵の物資収拾を一旦止め。更にはあの変な地上部分の邪神だかなんだか分からない代物も潰す。

フォロワーを集めて作りあげたものなのか、それとも何かの邪神なのかは分からないけれども。

まずは潰しておいて。

全てはそれからだ。

上手く出来るようなら、その後バンカーバスターを叩き込んで、電子機器を全て駄目にした方が良いだろう。

もったいないとは思うが。

人類の絶滅につながり兼ねないのである。

それは阻止しなければまずい。

六時間ほど、休憩する。

この休憩が最後かも知れないと、「悪役令嬢」は覚悟しておく。

勿論違う可能性もあるが。

どうにも、嫌な予感がぷんぷんするのだった。

 

六時間後。

起きだした「陰キャ」と「喫茶メイド」。

更には「ごっこ遊び」と「ショタ」。

整列した四人「もの」味方を前に、「悪役令嬢」は軽く作戦を話す。

「喫茶メイド」はこの危険な単独での偵察任務に抜擢されるほどの手練れだ。実際問題、実力は狩り手の中でも上位に食い込んでくる。

「悪役令嬢」と「陰キャ」のトップエース二人に次ぐのは多分「喫茶メイド」か「コスプレ少女」だと判断していいだろう。

だから、ある意味。

最精鋭を集めたとも言えるかも知れない。

数が少なすぎて泣けてくるが。

まず作戦を説明する。

「喫茶メイド」「ごっこ遊び」「ショタ」の三人は、それぞれ分散して。電子機器を運んでいるフォロワーの群れを襲撃。

可能な限り潰す。

当然フォロワーが押し寄せてくるが。それらは相手にしない。

電子機器を運んでいる連中を片っ端から潰して、すぐに逃げる。

一種のゲリラ戦を行って貰う。

その間にスニークミッションで「悪役令嬢」と「陰キャ」は移動。

電子機器を運び込んでいる建物へ移動し。

徹底的に破壊する。

ついでに集まっているフォロワーも蹴散らす。

その後は、邪神がどうでるかを確認。

状況次第では一旦撤退。

倒せそうなら潰す。

かなりアバウトな作戦だが、敵の陣容がまったく分からないのである。こうするしか他にない。

こんな行き当たりばったり作戦は正直やりたくないのだが。

米軍などが徹底的に調査しても、地下に何があるかよく分からず。

熱量なども探知が難しいという話をされている事もある。

ともかく、実地で調べるしかない。

結構な高級ドローンをつぎ込んでもくれた。

それでも分からなかったのだから、もう実際に侵入するしかない。

それが情けないが、残された唯一の方法なのである。

作戦開始。

GO。

叫ぶと、さっと皆が散る。

この辺りは、修羅場を皆くぐっているだけのことはある。「喫茶メイド」も、孤立して危険な任務をしていた状態から解放されたからか。

動きがだいぶ良くなっているようだった。

まあ「ショタ」と性格が致命的にあわなかったようだし。ストレスで色々酷い事になっていたのだろう。

なんだかんだで「喫茶メイド」が繊細である事を、「悪役令嬢」は知っていた。

ひょっとするとだが。

第一空挺団から狩り手に移籍したのも。

それが原因の一つだったのかも知れない。

「悪役令嬢」は「陰キャ」とともに現地に向かう。

途中、鎧柚一触でフォロワーの群れを何度か蹴散らす。

日に三万を片付けているのだ。

数十なんて文字通り秒殺である。

機械類はその場に放置。

今は回収する暇も理由も無い。

そのまま、現地に到着。

相変わらず気味が悪い建物だ。巨大な手がでてICBMを潰した事は知っているが。その割りには建物も修復されてしまっている。

さて、まずは順番に試すとするか。

頷きあうと。

踏み込んでから「悪役令嬢」は鉄扇の一撃をたたき込み。

更に「陰キャ」は抜き打ちを打ち込む。

体力が問題になっているということだが。それでも初期の頃よりは全然体力はあると思う。

本当に初期の頃は、心配になるくらいモヤシだったからだ。

今は、絶技や瞬歩を使わなければ、かなりの長期間戦える。

それだけでも、文字通り長足の進歩である。

建物が一瞬で粉砕されて、瓦礫の山になる。

そして、内部のグロテスクな肉塊まみれの状況が明らかになる。

「陰キャ」には体力を温存して貰い。

「悪役令嬢」はまず火炎瓶を穴の中に放り込み。

それが炸裂すると同時に、鉄扇で滅茶苦茶に建物を傷つけていく。

舞うというには荒々しすぎる。

米軍の兵士は、「悪役令嬢」が暴れているのを見て「タイフーン」と呼んでいるらしいけれども。

タイフーンとはすなわち台風のこと。台風は何もかも平等に破壊する。

それはそれでいいだろう。

徹底的に、邪神共の巣窟をぶっ壊してくれる。

小手調べに破壊の限りをつくし、しばらく様子を見る。

派手に火柱が上がっている穴。完全に破壊し尽くした建物。

今のところ、邪神の反撃はない。

邪神のテリトリは相変わらずだ。

穴の中に飛び込むのは、流石に「悪役令嬢」でも遠慮したい。それは大胆を通り越して無謀と言う奴だ。

連絡を米軍に入れる。

ドローンが来た。

小型のだから機能はある程度限られる。

欧州に展開している特殊部隊のものである。

散々反発した米軍だが。流石に欧州の部隊との連携については認めてくれた。大統領が尽力してくれたこともある。

まあ米軍が駄目なら、自衛隊の特殊部隊に頼んだだけだが。

ドローンが穴の中に入って、映像を送ってくる。

その間も、散発的に襲ってくるフォロワーを片手間に処理しておく。

まあ大した相手じゃあない。

蹴散らして終わりだ。

また、「喫茶メイド」達とも連絡はしっかりとっておく。

どんなイレギュラーがおきるか分からないし。

邪神がわんさか攻めてきてもおかしくは無いからだ。

しばしして。ドローンが映像を送ってきた。

この建物らしきもの。

どうやら。邪神が一から構築したもののようだ。

穴の深さは数百メートル。

地下にはびっしりと機械類が集められていて。触手がそれらを取り込んで、どんどん肉壁に埋め込んでいる様子だ。

とてつもなく、嫌な予感がする。

次の手だ。

爆弾を抱えたドローンを寄越して貰う。

ドローンで運べる爆弾だから火力は知れているが。小型化に成功しているEMPだ。

これは要するに電子機器を潰すための爆弾であり。民間人が簡単に作れるような代物ではないが。SNSクライシス前の戦争では、それなりに活躍はしていた兵器類である。

さて、この間はICBMで反応した。どうでる。

ドローンが来た。

同時に、内部にいたドローンが通信途絶。

来ると思った瞬間、「悪役令嬢」は「陰キャ」とともに動いた。

穴から噴出するように、膨大な肉塊が噴き出してくる。それが、蠢きながら敵を探すようにして威圧的に触手を振り回す。

一閃。

腰だめから放った「陰キャ」の抜き打ちが、肉塊を根こそぎ両断していた。

大量の体液がぶちまけられる。

血では無い。なんか黄色い変な色の体液だ。

凄まじい悲鳴が上がるなか、更にどんどん肉塊がせり上がってくるが。

それら全てを、「悪役令嬢」が木っ端みじんに粉砕する。

こいつ、邪神ではないな。

そう判断。

何しろ、せり出してきている肉塊から、テリトリを感じない。

つまるところ邪神では無いということだ。

そのまま激しい攻撃を浴びせ続ける。

崩れていく肉塊だが、どんどん噴出を続けている。

そして砕いているうちに分かる。これは、フォロワーの残骸だ。途中で人間の手足らしいのや内臓らしいのがどんどん見える。

勿論、もうどうにもできない。

そのまま、出来るだけ心を殺して斬り伏せ続ける。砕き続ける。鉄扇で粉々にし続ける。

気迫のこもった蹴りを叩き込む。

狩り手の攻撃だ。フォロワーには文字通り必殺。フォロワーが形を変えたこういう肉塊にも同じ結果をもたらす。

ドローンがかなり遅れて飛んできたが。しばらく待機を指示。

そのまま、溢れてくる肉塊を粉砕し続ける。

やがて、肉塊が止まる。

嫌な気配を感じたので飛び退く。

穴を文字通り吹き飛ばす勢いで、もう形容のしようが無い巨大な肉塊が地面から吹き出して来た。

映画に出てくる怪獣のようなサイズだ。

だが、此奴も邪神ではない。

恐らくは、この穴を守るために作りあげられたガーディアンだろう。

それも、此処に電子機器を運んでいたフォロワーの幾らかは。こいつの材料にされていたということだ。

一体何万人分なのか。

いや、何百万人分かも知れない。

すぐに「喫茶メイド」と「ごっこ遊び」、それに「ショタ」も呼ぶ。

此奴は恐らく此方を消耗させるためだけの番犬だ。

そのためだけに、これだけ悪趣味なものを作りあげるか。

だが、今「悪役令嬢」は完全に怒っている。

それに、此処にある邪神の気配。

少しずつ分析出来はじめて来た。

最低でも数十はいる。

要するに、此処には「エデン」の邪神が大半集まっている、ということだ。

この番犬をブチ殺し。

更には「エデン」の邪神どもも皆殺しにする。

それで全てが綺麗に片付く。

だったら、やってやるだけだ。

怪獣のような凄まじい巨体が、雄叫びを上げる。普通の人間だったら、もう腰を抜かして逃げる事すら出来ずに踏みつぶされてしまうだろう。

だが「悪役令嬢」は狩り手だ。

突貫。

巨体に対して、全力での攻撃を叩き込む。

まずは此奴を潰す。

それだけに頭を塗りつぶして。

殺意のまま、「悪役令嬢」は武技を全投入し。人の尊厳を最悪まで踏みにじった番犬を、殺すために武を振るい続けた。

 

3、アバドンは笑う

 

戦闘開始より、実に四時間。

何度か「陰キャ」は下がるように指示を受けて、休憩を入れた。「喫茶メイド」や第二世代の狩り手の子も、同じ指示を受けたようだった。

その間、ずっと戦鬼のように「悪役令嬢」は暴れ狂っていた。

一緒に戦ってきたから分かる。

あの人は怒っている。

だから、本気で徹底的にやっていた。

そして、三度目の戦線に戻った所で。

ついに機能停止した。超巨大フォロワーの残骸が、倒れ臥していた。もうぴくりとも動かない。

「悪役令嬢」が、威圧的に鉄扇を閉じる。

パンという鋭い音は、その怒りを込めているのが一発で分かる。

それはそうだろう。

「陰キャ」だって、内心では穏やかでは無い。

SNSクライシスの真相は聞いている。

フォロワーにされてしまった人達は、主観だけで何もかもを判断する狂った人が。自分の視野狭窄的な正義を世界中に押しつけた結果。人間を無理矢理止めさせられてしまった存在だ。

この地獄を引き起こした奴は、ひょっとすると善意でこうした可能性すらある。

それを聞いて、本当にやるせないと思ったし。

愚かなフェミニストだかなんだかの人には、怒りだって感じた。

それにだ。

共通主観といったか。

「陰キャ」に対する今まで邪神が浴びせてきた心ない言葉。

それは、この事態を引き起こしたド外道の主観がある程度。いやかなりの比率で含まれている。

それを思うと、もはや同情の余地など微塵もない。

倒れた肉塊に歩み寄る。「悪役令嬢」はクッキーを頬張っていた。

「トイレなどの休憩を。 しばらくはあたしが支えます」

「……分かりましたわ。 無理だけはしないように」

携帯端末を使って話す。

すぐにその場を離れる「悪役令嬢」。相当暴れ狂って疲弊したことは実感していたのだろう。

「陰キャ」の言う事は比較的聞いてくれる。

気付いているかは分からないが。「悪役令嬢」はちょっと独裁的な所がある。何人かに、それを言われた事がある。

どうしてもと言うときには、だから「陰キャ」が意見していた。

それでも、聞いてくれるとは限らなかったが。

ただ、それでも自分が絶対正義だと思い込んでいて。主観からしてあわない存在を殺して良いとか考えているような輩よりはマシだ。

戦闘態勢は解除しない。

邪神がいつ来るかも分からない。

携帯端末に連絡がある。

米軍からだ。きちんと翻訳されているので、英語が分からない「陰キャ」でも分かるのが嬉しい。

EMPの投下をしていいか、というものだが。

是非やってほしいと頼む。

すぐにドローンが、怪物が開けた大穴に入り込む。戦闘でそれなりに疲れているらしい「喫茶メイド」と「ショタ」と「ごっこ遊び」に下がるようハンドサイン。

ハンドサインを受けて、鬱陶しそうに下がる「ショタ」。本当に性格が悪いんだなと思う。

だけれども、受けて来た非人道的教育を思うと仕方が無いだろう。

ドローンが上空に一旦上がると、速度を上げて穴に突っ込む。

そして、しばしして。

ドンと、嫌な音がした。

EMPの仕組みはよく分からない。話によると、小型の核を使うというものもあるらしい。

太陽フレアとかいう、太陽での大爆発現象で。電波障害が起きることがあるらしいけれども。

太陽はそもそもとんでもなく大きな核爆弾に等しいので。

原理的にはつまりそういう事なのだろう。

ただEMPの全てがそうなのかはちょっとよく分からない。ともかく、EMPは発動したようだった。

「EMP発動完了。 効果を確認されたし」

「映像は」

「今出す」

更にドローンが穴の中に突っ込む。映像が映し出される。

それを見て、思わず「陰キャ」は口を押さえていた。

肉塊が機械類を全てガードしている。というか、肉塊が奧へ奧へと機械類を取り込んだという事だろう。

水爆などが爆発するとでる中性子は、鉛でないと防げないと聞いている。核融合を実用化するまで随分手間が掛かったのがこれが原因であるらしい。

たかが肉塊で機械類をEMPから守れるか、というのは疑念だが。

相手は恐らく邪神が加工した人間の成れの果てだ。

出来ても不思議では無い。

「恐らく効果無し」

「くそっ! 何てことだ!」

「戦力を整え次第、次の作戦に移行します」

「了解。 此方も準備を整える」

通信を切る。

邪神はまだ出てこないが、どういうことだ。

あれだけの強力な番犬を出してきて、それが撃退されたのに。どうして黙って様子見をしている。

「悪役令嬢」の圧倒的な戦闘力は知っている筈だ。

あの穴の底の肉塊まみれの世界に、余程自信があるのか。

いや、まて。

ひょっとしてだが。動ける状況ではないのだろうか。

楽観は出来るだけしたくはない。だが、この状況はいくら何でもおかしすぎると判断して良い。

肉塊で電子機器を守ったのも不可解だ。

これはひょっとしてだが。

あの電子機器類を使って、本当にSNSクライシスを起こそうとしているのではないのだろうか。

再び米軍から連絡が来る。

「制空権を抑えた事もある。 これから合計二十発のミサイルを打ち込んで、反響を観察する。 地下の状況がどうなっているか、それで分かるはずだ」

「了解。 ミサイルの着弾地点を知らせたし」

「今地図で送る」

見た所、駐屯地近くでもない。この辺りにも落ちない。

一応休憩中の「悪役令嬢」にも知らせた後、「陰キャ」も避難を開始する。皆で一旦距離を取っておく。

あの穴に飛び込むのは文字通りの自殺行為だ。それだけは絶対に避けなければならない。

だからこれでいい。

駐屯地まで戻った頃には、ミサイル多数が飛んでくるのが見えた。

二十発ということだが。それはあくまでミサイル本体の話。

弾頭は分裂して、合計して二百発ほどのミサイルが地面に叩き込まれ。

同時に数発打ち込まれる観測用の弾頭によって振動を分析。

地下に何があるかを解析すると言う。

駐屯地に戻ると、クッキーを口にする。「喫茶メイド」が呆れていた。

「こんな状況で、よく食べられますね」

「食べないと死にます」

携帯端末でうって返す。

ついでにトイレにも行っておく。

ただでさえ、内臓に爆弾を抱えてしまったのだ。戦闘を行う時には、ベストコンディションを常に保ちたい。

それにしてもだ。

軍の精鋭出身の「喫茶メイド」が、いつの間にか頼りなく見えるようになったのは気のせいだろうか。

どうも対馬で負傷してからと言うもの、どうにも精彩を欠くように思う。

対馬での戦闘指揮をしている頃は頼もしかったのに。

一体何があったのだろう。

ともかく、だ。

トイレを済ませて出てくると、ミサイルが着弾したらしく、揺れた。

すぐに観測結果が出るはずだ。

米軍は今回の作戦で散々色々揉めたらしいと「悪役令嬢」に聞いたが。それでも、もう大した価値が無いミサイルはきっちり使ってくれる。

恐らく、結果を偽ることもないだろう。

「悪役令嬢」の携帯端末に連絡が来る。

黙り込んだ「悪役令嬢」を見て、事態の深刻さが分かった。

「みなさん。 落ち着いて聞いてくださいまし」

「……」

さて、覚悟は決めておく。

そして、恐ろしい話が暴露された。

「あの肉塊は、十四q四方に渡って広がっていますわ。 殆どはフォロワーの加工肉で構成されているようですけれども。 大量の……膨大な機械類を内包しているのは確定のようですわね」

「十四q四方!」

「破壊するのは不可能、と判断して良いでしょう。 わたくしと「陰キャ」さんが全力で破壊しても、一部を潰すのが精一杯ですわ」

少し作戦を考えたいと、「悪役令嬢」は言う。

頷くことしか出来なかった。

確かに、作戦を考えなければどうにもならない。

想像を遙かに超える怪物がいて。

それと戦おうとしている。

更に言えば、それをどうにかしてもまだ最高位邪神「財閥」が控えているのだ。もはや、どうしていいか分からない。

「悪役令嬢」を見る。

明らかに、普段よりも焦っているのが分かる。

当然だろうそれも。

こんなもの、どうにか出来るわけがない。

人類の文明が最盛期だった頃。SNSクライシスの前に、全世界の全国家が水爆を叩き込んでもどうにか出来たかどうか。

絶望の黒い染みが、心を侵食しているのが分かった。

だが、それでも心を奮い立たせる。

「悪役令嬢」がいる。

「陰キャ」もそれを支える。

だから、どうにか出来る。

そう、自分に言い聞かせる。如何にその可能性は低いとしても。座して滅びを待つのは避けたかった。

 

存在する邪神の数数十。

更には十四q四方に渡って広がる肉塊と電子機器。

これらの事実を伝えても、まだ米軍は揉めているようだった。大統領も統率できていない。

苛立つ「悪役令嬢」だが。此処ではテレビ会議も開けない。

飛行機に積んできた機器類では足りないのだ。

兎も角、茶を飲みながら結果を待つしかない。

落ち着いている様子を見せることで、周囲の不安を緩和する。だが、「喫茶メイド」の手は明らかに震えている。

落ち着きようがないのは、一目で分かった。

連絡が来る。

大統領からだ。

「すまない。 増援を送るのは不可能だ。 そのまま、現状の戦力で打開を図ってほしい」

「わたくしは万能でも全能でもありませんのよ?」

「すまない。 此方では、米国内での安定をと叫ぶ派閥が既に多数派をしめていて、これ以上強権を通すと大統領選を起こす雰囲気になりかねない。 そうなったら、君を其処から撤退させるという意見すら通る可能性がある。 頼む、どうにか其方で対応をしてほしい」

「……」

呆れた話だ。

続いて山革陸将とも連絡を取る。

だが、其方も状況はあまり変わらないようだった。

「対馬にフォロワーの第二陣が上陸し始めた。 数は二千万。 やっとのことで追い返し始めていたフォロワーがにわかに勢いづいている。 現状、防戦で必死だ。 其方に回す戦力は残念ながら……」

「支援部隊だけでも無理ですの?」

「すまない」

携帯端末をへし折りたくなったが我慢。

茶を一口啜って、それでまずいと思った。本当にまずい。カップを地面に叩き付けて割りたいくらいに。

大きくため息をつきたい気分だが。

「悪役令嬢」は、ぐっと堪えた。

今、皆が非常に不安な状況になっている。

「陰キャ」は見た所、地力で精神的体調を整えた様子だ。これははっきりいって立派だと思う。

内臓のアレコレを解決できれば、やはり後継者としてこれ以上ない人物になってくれるだろう。

半年の時間がないのが、本当に悔しい。

問題は他の三人だ。

「喫茶メイド」は本当にどうしたのか。なんというか、凄く頼りなくなっている。対馬で負傷したのが原因かもと思ったが、恐らく違う。

この子はリーダーの器ではなかったのだ。

器では無いところに行くと人間は駄目になる。これは邪神共を見ていても実感した事である。

恐らくこの子の中にあった押し殺していた不満や、それ以外の傲慢さが。リーダーになった事で噴出してしまったのだろう。

「優しいだけの人」はその辺りが更に顕著だったが。

この子も本質的には同じだった、と言う事なのだろう。

悲しい話だ。

ただ、戦力としては変わらず使っていくしかない。そうしないと勝てっこないのだから。

相手は大怪獣どころの騒ぎでは無い。

文字通り、地殻そのものと言って良いほどの化け物であり。

それを放置しておくと、第二のSNSクライシスが引き起こされても不思議ではないのだから。

図をもう一度見る。

地下にいる超巨大怪獣は、十四q四方。

厚みも五百メートルほどはある。

この全てがフォロワーの肉を加工して、更に電子機器を取り込んで作ったものだ。

これを使って、擬似的なインターネットを作り。SNSクライシスを再現するというのが可能性としては一番大きいのだが。

気になることは幾つもある。

邪神共はどこにいった。

気配はある。それなのに、奴らがいる場所がまったく分からないのである。

それに、EMPにどうやって耐えた。それもよく分からない。

だいたい、こんなものをどうやって攻撃すればいい。

腕組みして、しばし考え込む。

他の皆には、休憩を指示した。

先に「喫茶メイド」からの報告を見たが。北欧に足を前に運んだときには、フォロワーの異常行動は見られなかったという。

つまるところ、「財閥」がフォロワーを動かしてこの地下の巨大構造物を作り始めたのは最近と言う事だ。

ジュネーブでの戦闘が起きてから、その後とみて良いだろう。

つまりここ二ヶ月くらいの出来事だという話になる。

邪神はフォロワーをかなり自在に操れる。特殊能力持ちならなおさらだ。実際に、フォロワーを使って戦闘に活用する邪神はなんぼでも見て来た。

だが、これはどうも違う気がするのだ。

どうして迎撃すらもない。

EMPをぶち込まれた時に、どうして迎撃をしてこなかった。

必要すらないからか。

だとすると、もう既にやるべき事はあらかた終わっていて。

そして、もはやぼんやりしているだけで全てが終わると言うことなのだろうか。

立ち上がる。周囲を歩いて考えをまとめる。

これらが最悪の予想としてだ。

だったら、あの地下の巨大構造物を破壊しなければならない。

瞬歩を駆使するにしても、あの穴から突入するのは自殺行為だろう。如何にフォロワーを消し潰せるとしても、いくら何でも無理すぎる。

厚みだけで五百メートルはあるのだ。

潰しているうちに左右から殺到する肉塊に押し潰されてジエンドだ。

だが、もたもた穴を掘り進めている余裕などはない。

だとすれば。

核は論外だとしても。何か手はないか。

「喫茶メイド」を呼ぶ。

憔悴しているのが分かった。

まあそうだろうなと思う。

この子は、ここ最近の出来事で自分の無能さを嫌と言うほど思い知らされた筈である。だとすれば、このどうしようもない状況下。胃に穴が開く思いをしていても不思議ではないだろう。

指揮官には向かなかった。

それを再確認させられて、苦しんでいる。そんな苦しみは分からないでもないし。同情はするが。

今はいずれにしても。「喫茶メイド」の力が必要だ。

「兵器の専門家と見込んで確認したい事がありますわ」

「私に分かる事でしたら……」

「ICBMに搭載できる爆薬で、一番破壊力が大きいものはなんですの?」

「勿論水爆です」

それは分かっている。

今回使うのは、ABC兵器以外だ。

それを説明すると、少し考えてから「喫茶メイド」はいう。

「恐らくは気化爆弾でしょう」

「ふむ……」

「火力の高いガスを噴出した後着火することで、凄まじい火力を発揮することが出来る兵器です。 非人道的な破壊力を持つので、条約で使用は禁止されていましたが……米軍は多数の在庫を持っているはずです」

「よろしい」

すぐに大統領に連絡を入れる。

ICBMを何発用意できるか。気化爆弾をどれだけ搭載できるかを確認する。

大統領は困惑して聞き返してきた。

「ICBMは現在もはや無用の長物だ。 確かに在庫そのものはあるが、何に使おうというのかね。 核でも効かない相手に、気化爆弾など通用しないだろうに」

「簡単ですわ。 穴掘りですのよ」

「穴掘り」

「ともかく、準備を急いでくださいまし。 恐らく時間はあまり残されていませんわ」

分かったと通話を切る大統領。

さて、此方はやれることをやっておくか。

まず「陰キャ」の所に行く。

彼女には、可能な限り体を休めて貰う。同時に体が鈍らないように、無理をしない程度に鍛えて貰う。

無茶な両立だが。

達人になると、自分の体を隅々まで理解すると聞いた事がある。まあ「悪役令嬢」もそれが出来る。

「陰キャ」も出来ても不思議ではあるまい。

こくりと頷く「陰キャ」。

上出来だ。

後は、「喫茶メイド」「ショタ」「ごっこ遊び」を集める。

「これより、例の穴に電子機器を運び込もうとしているフォロワーの群れを、片っ端から刈り取りますわ」

「しかし、それに何の意味が……」

「まだ電子機器を運び込んでいると言う事は、準備が終わっていないという事ですのよ」

オホホホと笑ってみせると、「喫茶メイド」はぞくりとしたようだった。

「悪役令嬢」は笑いを攻撃的に使う。

敵に対して口撃を行う時などは特に顕著だ。

実際にはそれ以外でも笑うのだが。

まあそれはいい。

「それでは、それぞれ指示をしますので、指定地点でフォロワー狩りを実施」

「その、邪神が現れたらどうしますか?」

「ショタ」がおずおずと手を上げる。

「悪役令嬢」の事はきちんと怖れているようで何よりだ。

子供は教育が行き届かなければ野獣と同じだ。

ましてやフォロワー狩りで自分を強いと錯覚している子供なら、なおさら手に負えなくなる。

その前の教育で歪んでいるなら、更に状況は悪化するだろう。

だから、こう言う場所でしっかり躾をし直さなければならない。

勿論この子をこんなにした教育係には、相応の仕置きが必要になるだろうが。それはそれである。

「狼煙を渡していますわね。 それを打ち上げるように。 わたくしが出向いて片付けますわ」

「わ、分かりました……」

「それでは散開!」

さっと皆が散る。

勿論「悪役令嬢」はもっとも敵が多い場所に出向く。

かなりの数のフォロワーがいる。いずれもが子供ばかり。どうして子供ばかりなのかは分からないが。

もはや助からないのだ。

一刻も早く、邪神の軛から解放してやるしかないだろう。

鉄扇を振るい、縦横無尽に片付ける。勿論そうしているうちにも、どんどん次のフォロワーが来る。

それも全て片付けて行く。

邪魔しようと、相応の数のフォロワーも現れる。

勿論、片っ端からねじ伏せる。

夕方過ぎに、駐屯地に戻る。味方は誰も欠けていない。「喫茶メイド」も、T字箒で存分に暴れたようだった。多少は気が晴れた様子だ。

全体的にフォロワーの動きが鈍いこともある。

存分に狩りは出来る様子だ。

そして、戻り次第告げられる。

ICBMに気化爆弾を搭載するのに、後二日かかると。

そもそも邪神相手にもフォロワー相手にもほぼ無用の長物となってしまっているICBMである。

人間相手だったら必殺兵器だったのだが。それも今は昔の話。

撃つのに燃料は必要とするが、逆に言えばそれしか必要としない。しかも使うロケット燃料は、用途が限られている上に超がつくレベルの毒物だ。打ち上げに失敗した結果、中華で村一つが全滅したという歴史的事実もある。

蓄えがあっても使い路がないのならと。

及び腰の軍部も賛成したのだろう。

準備が終わるまで二日。

ぶちこむまで半日もかからないだろう。それならば、その間に調査とフォロワー狩りを徹底的に済ませる。

皆に周知すると、「悪役令嬢」は自身で周囲を偵察。

見かけたフォロワーは徹底的に狩っておく。

そして夜更けに戻る。

この時間帯にフォロワーの動きが鈍いのは。恐らく敵が最終作戦に出ている現在でも同じようだった。

だったら、夜中の内に休んでおく。

明日からは、もう一匹もフォロワーを通さない覚悟で四人には戦って貰い。

そして「悪役令嬢」は邪魔に入りそうなフォロワーの群れを片っ端から駆除する。

更には、穴についても余裕があったら確認しておく。

今の規模だと、瞬歩で内部を攻撃して即離脱、ということすら出来る状態ではないのだけれども。

ICBMで大穴を更に拡大すれば、それも話が変わってくる。

そして一旦内部に攻撃できるようになれば、敵の戦略を根本的に瓦解させる事だって可能だ。

「財閥」の奴は、もう手出しできないとたかをくくっているだろうが。

それも此処で、粉砕してくれる。

ただ勿論、更に奥の手を用意している可能性だってある。

その時に備えて、徹底的な準備をしておかなければならないだろう。

朝が来る。

日の出と同時に行動を開始。

もう会議にも参加しない。

必要な事だけ知らせてくれと、大統領には話をしてある。連絡が来ないというのは、そういうことだ。

ただ生存報告のメールだけは送っておく。

全滅でもしたら、話にならないし。

状況は向こうにも共有しておきたいから、である。

後は、狩りの時間だ。

四人には、四方に散って貰って徹底的に電子部品を運んでくるフォロワーを刈り取ってもらう。

子供のフォロワーばかりだから、特に「喫茶メイド」は心を痛めるかも知れないけれども。

救う手立ては存在しない。

だったら、この冒涜から救ってやるしかないだろう。

「悪役令嬢」は鉄扇だけを使って暴れ狂う。

傘や火炎瓶は切り札だ。

「悪役令嬢」も、絶技は使うなと医者に言われている事では同じ。

だから、せめて調整をしておく必要がある。

体力はもうこれ以上伸びないだろう。

この戦いが最後。

以降はピークを過ぎた惨めな戦士として、どんどん衰えていくはずだ。

だがそれでも、できる事はしておく。

具体的にはいわゆる功夫を練る。戦闘技術を練り上げに練り上げておいて。後続に引き継がなければならない。

数時間、押し寄せるフォロワーの群れを蹴散らし、赤い霧に変え続ける。

せめて三人が。

米国で一緒に戦い続けた三人がいてくれれば、少しはマシだったのに。

こういう所で、「財閥」がやってきた陰謀がボディーブローのように効いて来ているということだ。

奴は人間を知り尽くしている。

不愉快だが、それは認めざるを得ないだろう。

大きめのフォロワーが来る。

逆に言うと、邪神はこない。

拝み討ちに斬り下げて、木っ端みじんにしながら、すぐに次の相手をする。

強化フォロワーならともかく。図体がでかいだけのフォロワーなんか相手にもならない。

遠くで熊が此方の様子を見ているが。

人間には近寄らないようにするというのは、もう野生動物には染みついてしまっている習性のようだ。

それに、「悪役令嬢」の暴れぶりを見て、勝てるとは思わないのだろう。

怖れるように、こそこそと姿を消していった。

夕方近くまで暴れ、一旦点呼を取る。

全員無事だ。負傷もしていない。

周囲には、膨大な電子機器が積もっているようである。

どれもこれも家電だったりPCだったりと統一性がない。とにかくPCを搭載しているのなら、どんな電子機器でも良い様子だ。

まあ今時PCを積んでいる電子機器なんて珍しくもない。

もしもPCが必要なら、家電を片っ端から集めるというのも、手なのだろう。

性能は別として、だ。

駐屯地に戻る。

特殊部隊が一度来ていたらしい。物資が増えている。

手紙も置いてあった。

「各地で現地調達した物資を運んでおきました。 今後の戦闘で役立ててください。 本土の軍はあまり協力的ではないようですが、我々は貴方方を信じます。 もしも人手が必要なら通信をしてください。 協力します」

勿論、作戦行動になんか参加させたらほぼ確定で死ぬ。

今は邪神が出て来ていないが、本格的に地下の巨大な肉塊を攻撃し始めたら、それも過去の話になるだろうからだ。

だから、物資だけ受け取っておく。

皆で、レーションでは無い食事を久々に味わう。

缶詰が主体だ。

三十年もつ缶詰はあまり多くは無いのだが。それでもはっきりいって一時期米国で食べていたレーションよりは遙かに美味しい。

ただ、日本の缶詰よりはかなり味が落ちる様子だ。

贅沢は言ってはいられないが。

皆で缶詰を食べて、贅沢をする。

動物でも捌いて食べられたらもっといいのだろうけれど。流石に今はそんな事をしている余裕は無い。

ICBMが飛来するまで、まだ少し時間がある。

今のうちに。

敵を可能な限り探り。

決戦に備えておかなければならなかった。

 

4、決戦の場は遠く

 

対馬。

既に戦線に復帰した「巫女」は、悔しいと感じていた。

以前対馬に現れた最高位邪神相手に、手も足も出なかった。あそこまで圧倒的だとは思わなかった。

「陰キャ」を主力に、第一世代の狩り手が総力で倒したと後で聞かされたが。

それでも、今まで蓄えてきた自信を全て砕かれた気持ちだった。

大弊とは名ばかりの鈍器を振るって、とにかく無尽蔵に押し寄せてくるフォロワーを撃退し続ける。

指揮官に新しくなった「女騎士」は、自身でも前線で戦う。

元々指揮にはまるで興味が無く、権力欲も無い様子の「コスプレ少女」はそれこそどうでもいいらしい。

「人形」は「陰キャ」がいなくて寂しそうにしている事がたまにあるが。

戦闘面では、はっきりいってとんでもなく強い。キルカウントこそ「巫女」には劣っているが。

多分此奴、下位の邪神くらいならなんとか出来るのでは無いかと「巫女」は勘ぐっていた。

いずれにしても、この四人が現在主力となって、対馬の戦線を支えている。

たまに「コンビニバイト」「アイドルオタ」などの男性狩り手が視察に来るが。

彼らは本土で小さな街や、街道になる場所などを順番に解放して回っている。

あくまで最激戦地区を視察に来るだけ。

視察をしたとしても、その日に帰ってしまう。

それで良いと思う。

「優しいだけの人」がリーダーをしていた時の事は、正直あまり思い出したくはないのが事実だし。

邪魔が来ないだけでも、気楽だった。

夕方近くになって、フォロワーの群れの進撃が一段落する。

対馬北部はもうすし詰め状態で、何をやっても奪還できる気がしないが。

南部の半分は既に奪回が終わっている。

自衛隊の特殊部隊が来ていて、自動式の銃座なども配置しているほどで。駐屯地も作って、色々と観察をしている様子だ。

核ですらあまり効果がないから、フォロワーをまとめて排除することは残念ながら出来ないけれども。

足止めくらいなら出来る装備を配置してくれるのは、ある程度はありがたい。

「女騎士」から引き上げの指示が来たので、撤退する。

以前は砂浜だけが血泥に塗れていたが。

今は対馬の南部全域が、ずっと血泥に塗れていて。

大量のハエが発生していた。

はっきりいって羽音が五月蠅いが。

不思議な事に、戦闘が始まってしまうとハエどもは何処かに隠れてしまう。戦闘時までまとわりつかれたら鬱陶しくて仕方無いのだけれども。フォロワーの事を動物は避ける。その動物には、虫も含まれるのかも知れない。

無人艦隊は沖合に駐屯しているが。

既に対馬南部に作られた駐屯地で休むようにしている。

揺れないのでこれがとても助かる。

しかも、レーションは更にもう一段階美味しくなった。

急いで作っていた静岡の自動工場が本格的に動き出したのが原因らしい。

横浜の解放が更に進めばもっと色々出来るようになるらしいのだが。

その前に、各地でフォロワーの駆除が進んだ事もある。

恐らく人が増え始める。

クローンによって、足りない人を追加する計画もあるという話だ。

「巫女」のような第二世代の狩り手とは違って、本人もクローンと知らない「ただの人」。

そしてその中には、「悪役令嬢」や「陰キャ」のクローンも含まれる計画だとか。

駐屯地で、横になってぼんやりとする。

丁寧に斬馬刀の手入れをしている「人形」。

剣術の師匠である「陰キャ」を親のように慕っているので。大まじめにその真似をしているのだろう。

精神が「巫女」より遙かに幼いんだなと思いながら、ぼんやり見つめる。

作戦指示とか、上層部とのやりとりとかは「女騎士」がやってくれる。

戦士としては頼りない人だが。

こっちは適性があるらしい。

真面目に丁寧に応じているし。居丈高に指示だってしてこない。「喫茶メイド」も少し様子がおかしかったくらいなのだ。

このくらいが丁度良いなと、横になってあくびをしながら、「巫女」は思うのだった。

「女騎士」が手を叩いている。

どこからか、ひょいと「コスプレ少女」が姿を見せる。

本当にどこにいたのやら。

瞬歩ももうマスターしているらしいし。なんというか色々人間離れしている。

だが、それについては気味が悪いとかは感じない。

とても羨ましいと感じる程だ。

「幾つか、連絡事項があります」

「女騎士」は口調が丁寧なのも好感が持てる。

「優しいだけの人」は、とにかく何もかもが横柄だった。今思い出しても腹が立つくらいだ。

皆で集まると、出来るだけ口調を柔らかく、丁寧に「女騎士」は説明してくれる。

「配置換えが近々あります」

「新人の追加か?」

「新人の追加と、対馬からの転出、両方です」

そうなると、多分離れるのは「コスプレ少女」だなと「巫女」は思った。

第二世代の狩り手は、フォロワー対策に必須。確か二千万とか追加でフォロワーが来た以上。此処から外せないだろう。

しかも現時点で、「巫女」と「人形」は連日合計三万六千くらいのフォロワーを駆除している。

「女騎士」もあわせると、四万五千くらいはフォロワーを狩っている状況だ。

「コスプレ少女」も一万八千くらいは狩っているので、連日六万以上を削っている。勿論2000万を削りきるのは厳しいが。動きが鈍っているフォロワーの浸透を阻むのには充分である。

そしてこのうち「コスプレ少女」は、単独で高位邪神とある程度戦えるという話を聞いている。

発言者はあの「陰キャ」なので、信用してかまわないだろう。

そして最高位邪神は既に「財閥」しか残っていないらしい。

つまり計算には入れなくて良いと言うことだ。

だとすれば。

「陰キャ」の後任として、「コスプレ少女」が転出するのは当然の流れだろう。

「巫女」でもわかる程度の話だ。

「まず新人ですが、訓練が終わった第一世代の狩り手三人が来ます」

「第二世代ではないんですか?」

「人形」が聞くが。

「女騎士」は出来るだけ笑顔を使って応じる。

「まだ北欧での戦いは決着がついていません。 それに、非人道的な第二世代の狩り手の育成には議論が起きています。 邪神と戦える第一世代の狩り手の育成は急務です」

「……」

今更、非人道的な教育を受けたことは仕方が無い。そういう教育をした上に前線に出す事も仕方が無い。

だが、これ以上は控えたい。

そういう事か。

人類は破滅の瀬戸際だった。話は分からないでもないが。その非人道的な教育を受けた側からすると色々と不快だ。まあ「巫女」は不思議と、別に「非人道的教育」というのについて、どうとも思わなかったのだが。

「転出者については、「コスプレ少女」さんとなります。 しばらくは敵の圧力が強くなりますが、なんとか凌ぎましょう」

まあこれについては予想通りだ。

それで会議は解散となる。

「女騎士」は、新しく色々な武器を仕入れたようだ。

まあそれはそうだろう。

この人は明らかに大きすぎる武器に苦労していた。狩り手はミームの権化だ。だから、不自由な戦闘をどうしてもしなければならなかった。

それでもなお、なんとか戦闘を効率的に回したいというのはあるのだろう。

幾つかの大型武器を振り回して、あれはだめこれはだめと、色々苦労しているようだった。

先に休むこととする。

最近、「巫女」は夢を見るようになった。

フォロワーの駆除が終わった夢だ。

最初は英雄として、狩り手は褒め称えられた。

その後は飼い殺しになった。

人々は動物でもみるように狩り手を見た。

日常に何て戻れない。当たり前の話だ。日常に戻るだの、めでたしめでたしだのは物語の世界の話である。

しかもそれは第一世代の狩り手達。

第二世代の狩り手に至っては、強制収容所みたいな所に入れられて、それで最後まで非道な人体実験に晒された。

人類が文明を再興している中。

狩り手だけが。その中に入れなかった。

目が覚める。

この夢ばかりを見るなと、舌打ちしそうになった。

「巫女」にだって分かっている。

この明晰夢、ありうる未来だと言う事を。

起きだすと、とりあえず奉納舞をする。

これが何の意味もないことくらいはわかっている。戦闘前に気分を高めるための一種の儀式だ。

そしてこの暗示が、案外バカにならない。

奉納舞に関しては、宗教的に正しかろうが何の意味もない。

だが、暗示については、一割くらいは力を上げてくれる。

一割力が上がれば、千体以上のフォロワーを駆除できることになる。

このフォロワーを一体倒すのに、戦車砲とか対戦車ライフルとかが必要になることを考えれば。

充分過ぎる程に意味があることだ。

戦闘を開始。

北欧で、決戦が始まっていることは聞いている。

参加は出来ない。

だが対馬を放置したら、北九州がそのまま蹂躙されることになる。

絶対に、この戦線は放棄できない。

今は、やれることをやる。それ以外に、何も無かった。

 

                              (続)