急襲

 

序、勝機を逃がすな

 

スペインの片田舎、その上空に飛行機がさしかかる。その言い方は少しおかしいかも知れない。人がいないと言う点では、世界中の殆どが今や片田舎だ。

スペインという国は、古くはイスラムによって制圧された事もある。欧州では古くから「辺境」であり。同時に大航海時代には、世界征服に王手を掛けた国でもある。

今は。各地に寂れた港が存在していて。フォロワーの数もさほど多く無い。そんな辺縁の一角だからこそ。米軍の特務部隊が、拠点を置くことが出来ていたのだろう。

そんな小さなもう人がいない港に飛行機が着地。

すぐに「悪役令嬢」が降り立つ。

堂々と飛行機で降り立ったのだ。此処はもう放棄するしかない。だが、それも承知の上なのだろう。

特殊部隊が出迎えてくる。

周囲のフォロワーは、後輩達に任せ。「悪役令嬢」は敬礼。その間に、蓄えていたらしい虎の子の燃料で、補給を開始する特殊部隊。

群れてきたフォロワーは千程度か。

この数だったら、対応は難しくない。

ただ邪神が現れる可能性があるから、すぐにでも特殊部隊には此処を離れて貰わないといけないが。

「往復二日分の燃料があります。 低速で行くので、なおさら燃料は余裕でもつとみて良いでしょう」

「感謝しますわ。 後続の部隊は」

「それぞれ別の地点で上陸、補給を済ませ次第貴方の後を追います、レディ」

「上々ですわね。 ともかく補給などに不備がないように」

特殊部隊が、燃料OKと声を張り上げる。

すぐに退路を「悪役令嬢」も一緒になって切り開く。

特殊部隊は脱出。

後は隠しておいた船で、次の作戦地に移動するのだろう。

文字通り命がけの作戦行動だが、他の兵士達もいつ邪神に襲われてもおかしくないし。何よりも襲われたら一瞬で抵抗もできずやられてしまうことには変わりは無い。ましてや邪神は「優れた」人間が大好きだ。特殊部隊なんかは、文字通り見つかってしまえばひとたまりもないだろう。

周囲のフォロワーを駆逐。

敬礼する「悟り世代」。

「周囲に邪神の気配無し! 燃料もまんたんです」

「兵は神速を尊ぶ。 今回は敵地で「喫茶メイド」が孤立していることもありますわ。 最大限の速度で行きますわよ」

「はい!」

いつもより少し気合いが入った声で応じる「悟り世代」。

ともかく、飛行機に皆が乗り込んで、即座に移動を開始。ずっと低空低速でいかなければならない。

皮肉な話である。

空軍が現役で動いていた時代だったら、こんな運用はできなかっただろう。

今は、邪神によって陸海空全てが失われたから、こんな運用ができる。

ある意味、とても不思議な話である。

低空を行くと、点々と散らばってもはや動けない車が多数いるのが分かる。あの中にも、フォロワーが詰まっていたり。或いは死体が散らばっているかも知れない。

今は、葬るどころではない。

そのまま、後続の状態を聞く。

米国発の第二陣は、既に海を渡りきったらしい。現在は拠点で戦闘をしているそうだ。

拠点に選んだ港町は、確か一万ほどの人口があった筈。フォロワーに全てがなってしまったとしたら、まあ一万のフォロワーに襲われても仕方が無いだろう。ただ、第二陣のメンバーは覚えている。

一万程度のフォロワーだったら、一日で充分蹴散らせる筈だ。

日本から来ている面子は、まだ移動中という事である。

一番危険なのは海上で襲われる事だ。

しかも現在、船を使うのでは遅すぎる、という事もある。

大本命の戦力である「陰キャ」がいるので、恐らくは大丈夫だろうとは思うが。それでも少し心配だ。

それに、「悪役令嬢」も、常に気を張っておかなければならない。

いつ邪神どもが、この飛行機を撃墜してこようとするか分からないからである。

丸一日AIの操作で飛行機は飛び続ける。

本来は高空を行きたい所だが、そうもいかない。

時々、フォロワーの群れる街などを通る。

既に地図をある程度「喫茶メイド」が更新してくれていた。

人間牧場と呼ばれるような街が存在しているらしい。

邪神共は、一度に人間を滅ぼしたら後でフォロワーにできる者がいなくなると判断したのだろう。

こういう牧場を作って、降伏した人間達を押し込めている、というわけだ。

実態については、後で詳しいデータがほしい。

ユダ共に突きつけるには丁度良いだろう。

奴らが人間をどう扱うか。

降伏したところで、待っているのはこう言う生活だ。

それを示すには、丁度良いデータなのだから。

いずれにしても、生存者を救出するのは当面不可能だ。日本にも米国にも、今はわざわざ此処まで派兵して、生存者を救出して回る余裕なんてない。国内の生存者すらまだ救出しきれていないのが現状なのだ。

邪神に決定的なダメージを与えれば、それも可能になるかも知れないが。いずれにしても、それは遠い未来の事になるだろう。いずれにしても通常の軍では、フォロワーですら相手にするのが厳しい。人々を救出して回ろうとしても、どれだけ被害を出すか分からない程である。

更に、だ。今回の戦いで、本拠地を仮に急襲できたとして。

それで本当に致命的なダメージを与えられるのかは、はっきりいって分からないとしか言えない。

「財閥」を倒せるかも知れないが。その場合は、邪神共はまた世界の各地に飛び。狩り手を怖れるようにはなるかも知れないが。その一方で、刈り取るには相当な時間を掛けなければならなくなるだろう。

勿論敵に対しての決定的な優位は得られる。

だが、これら非人道的な扱いを受けている人々を助けられるかは、話が別である。

無言で、飛行機が行くのを待つ。

勿論、人間牧場の住人は、邪神にご注進と行くかも知れない。

だがご注進をされたとしても対応できるように行軍している。

フォロワーが飛行機を見ているのが分かる。

もっと近くだったら、恐らく襲ってきていただろう。

今は、ガン無視。

駆除については、今は考えない事とする。ただひたすら、ジュネーブに行く。

罠であったとしても、それは喰い破る。

「喫茶メイド」が貴重なベテランで。此処を隠密で行ける程の戦力だ。今失う訳にはいかない。

それに、敵の罠なら、喰い破ってダメージを与えれば良い。

フォロワーだけで足止めできるとは思っていないだろう。必ず大量の邪神を出してくる筈だ。

それらを撃ち倒せば、それだけ勝利に近付く。

幸い、ここのところ「財閥」は明らかに判断ミスを重ねている。

このまま、焦りを誘発していけば良い。

良くも悪くも相手は人間が元になっている。

こう言うときに、それを逆手に取って、策に陥れる事が出来る。

ただ、逆もしかりだ。

人間心理を知り尽くしている相手に対しては、どうしても厳しい部分が出てくる。

最悪の形で罠にはまることも、想定はしておかなければならないだろう。

ジュネーブ近くの街で、飛行機は無理矢理着地した。

降りる。

荷物は最低限だ。更に「喫茶メイド」が記録を残してくれたので、補給に使えそうな地点は把握できている。

ただ、それでも手持ちでは厳しいという事もあり。ロボット車をまるごと持ってきている。

日本で使っていた奴とは違い。米国仕様だからかなりごつい。ただし迅速に逃げられないので、撤退時なども考える必要はある。

医療品や食糧などを、五日分これに搭載している。

後続の部隊も、同様の装備を持ち込むはずだ。

車両の装甲などはハンヴィーと同等。装甲車以上に頑強とはいかないが。それでも、ないよりはマシと考えるしかない。

そもそも装甲車でも、フォロワーに群がられるとひとたまりもないのである。

いざという時に復旧可能な程度の重量と装甲の妥協できるギリギリのライン。それを考えると、この辺りが適当だろう。

飛行機から必要な物資を全て降ろす。そのまま飛行機は、この場所で待機。

「連絡は任せますわ。 どうやら露払いが必要なようですわね」

背後にいる「腐女子」の方を向かず、「悪役令嬢」は鉄扇を取りだした。

この空港も、流石に敵がいる拠点。本拠かは分からないが、ともかく拠点の近くにあるのだ。

流石にお出迎えはあるだろう。

恐らく万単位のフォロワーが群れを成して姿を見せる。

とりあえず、これを片付けつつ。出立の準備が出るまでをできるだけ短縮しなければならない。

更に言うと、できるだけ飛行機は守りつつ。

邪神を引っ張り出せるなら、そうしたい所である。

邪神が気付いているかどうかはまだ分からない。

いずれにしても、こんな至近距離に迫った状態で。邪神は此方から逃げ出すつもりだろうか。

流石に本拠だというのなら、数に任せて押し潰しに来る筈だ。

「連絡完了です! 増援もこの空港に来る予定となりました!」

「了解。 此処からは一本の矢となって、敵陣を貫きますわよ!」

「イエッサ!」

「「腐女子」さんは車に貼り付いて、絶対に守りきりなさい! 「派遣メイド」さんはわたくしと一緒に敵陣を切り裂く! 「悟り世代」さんは後方の守りを担当ですわ!」

指示を出しながら、「悪役令嬢」は手を振る。

敵の一部を崩した。そのまま突貫する、という指示だ。

狩り手以外の生きた人間を連れて来ていないのもこれが理由。

どうせ強行軍になるのは分かりきっている。

邪神が気付いているかも知れないし。気付いていたら即座に迫ってくるかも知れない。

そうなったら、いつテリトリに巻き込まれてもおかしくない。

何かの役に立てるかも知れない、という希望すら此処では通用しない。

邪神のテリトリに入ってしまったら、普通の人間はそれだけでフォロワーになり。人間の敵になってしまうのだ。

だから、連れてくる訳にはいかない。

無心で血しぶきを切り開いて、ロボット車が通れるように膳立てをする。

厳しい斜面が幾つか存在する事を想定されるが。

ただ、それでもどうにか突破をしなければならない。

一秒でも時間が惜しい。

ひたすらに、敵陣へと驀進する。

スイスの峻険な山岳地帯に、その日の内に入る。

既に「喫茶メイド」は数日間籠城している状況だ。一日でも、その時間をこれ以上伸ばすわけにはいかなかった。

 

スペインの湾岸部の都市。

正確には都市だった場所。

其処に、「陰キャ」は降り立っていた。

一緒に来たのは「女騎士」ともう一人。

第二世代の狩り手だ。

ちょっと実戦投入には早いと思うのだが。それでも、何とかなるだろうかとは移動中に見ていて思った。

どうやら安定性を最重要視して育成した第二世代らしく。とにかく物静かである。

ただその分戦闘力は控えめの様子で、こんな戦場に最初に投入しなくともと思って、心が痛んだ。

「女騎士」はどうしてもやはり伸びきらない自分の力に忸怩たるものがあったようだし。この作戦に参加するのはまあ良かったのだろうとは想うが。

やはり人間側の方が余程陰湿なのでは無いかと、「陰キャ」は思ってしまう。

だが、それでもやるしかない。

周囲を確認。フォロワーの姿はない。

「女騎士」が出て、燃料補給の作業をやってくれる。

軍の知識があまりない「陰キャ」は口出しせずに、周囲を警戒することにした。第二世代の狩り手は「女騎士」と一緒にいる。どうやら「女騎士」の方が親近感が持てるようで、軍用の道具や兵器などの知識を教わっている様子だ。女の子の様に細い男の子という事もあって、「女騎士」も悪い気はしないのだろう。嬉々として、問われたことは教えているようだった。

別にどうでもいい。

どこの子でも好きというわけでも守りたいという訳でも無い。

「陰キャ」は博愛主義者でもないし。自身が好意を向けても相手が喜ばない方が多いことも知っている。

周囲を警戒しておく。

この基地だった場所は、既に最低限の人員を残して無人になっている様子だ。先に来た第二陣が、ここの掃討をしてからスイスに向かったらしい。

故に此処は邪神を引きつけるための陽動の意味もあって、最低限の人員しか残していないようだ。

ここで補給を終えたら、その残った人員も退避するそうである。

気が重い。

その人達は、恐らく死を覚悟で此処に残ったのだろう。

それを考えると、死なせる訳にはいかない。

感覚を研いで、周囲を探り続ける。

フォロワーはまだ少数街の中にいるが、いずれもかなり体が痛んでいるようである。それでこの空港を襲撃するのに加わらなかったのだろう。狩り手達も、迫るフォロワーの撃退はしても。追撃までする余裕はなく。それで生き残った、というわけだ。

邪神の気配はない。

この間、絶技を出してからというもの。

感覚が異常に冴えていて、周囲に何があるか手に取るように分かる。

邪神の気配も、今までどうして感じ取れなかったのかというくらいに、クリアに分かる程である。

己の中で燻っていた怒りを全力で解き放った事によって、多分何かが変わったのだ。

それは良い事か悪いことかは分からない。

分かっているのは、力が前より増したと言うこと。

この力があれば。「悪役令嬢」の助けになることが出来るという事だ。

燃料の補給が終わった。

更に、物資を幾つか積み込む。

「女騎士」が頷いている。

この飛行機は、何かしらの特注品らしい。

その説明を受けているようだった。

「それでは、ご武運を」

「できるだけ急いで此処を離れてください。 犬死にしていい人なんて、一人だっていませんから」

「分かりました」

特殊部隊の人達も、すぐにこの基地を離れるようだ。少しだけ、それを見て安心した。

飛行機が浮き上がる。

いわゆるVTOL機とは言え、かなりスマートである。

「何の話をしていたんですか?」

「ええと、この飛行機はオスプレイという機体の発展系らしくてですね。 SNSクライシスが起きて、結局出せなかった後継機の試作品らしいです」

「……」

携帯端末に打って会話をするのだが。

やはり、この状態になっても人間と直接話をするのはいやだ。

多分「陰キャ」は、一生他人と普通に話すことはないだろうとも思う。

子供とかができたら話は変わるかも知れないが。

だが、その予定も当面はない。

「この機体は航続距離なども優秀なので、撤退時には全員を乗せて引き上げる事も可能です」

「……」

「運転は私がします。 「陰キャ」先輩は、戦闘にだけ集中してください」

こくりと頷く。

後は、運転から何から好き勝手に任せる事にする。

確かに飛行機の中は広く。「陰キャ」は行きには荷物の影に隠れて、静かにしていたくらいである。

それでも充分くらい、広いスペースが存在していた、と言う事だ。

内部にはロボット車も積み込んでいる。

車は日本仕様だが。それでも数日分の食糧などはしっかり積み込んでいた。

「後二十時間ほどで戦地に着きます。 この飛行機は、直接戦地に乗り込む予定です」

「そう。 わかった。 感覚を研いでおきます」

「お願いします」

確か他の二班は、麓の空港に着陸して、其処から陸路で行く筈だ。

この班は強行着陸して、それで一気に敵陣に踊り込むわけだ。

飛行機は最新鋭だということだが、それでも流石に邪神の攻撃の直撃を貰ったら、ひとたまりもないだろう。

確かに、いつでも対応できるように備えておく必要がある。

気配を見る限り、この飛行機は相当な低空飛行をしているようである。最悪の場合は、地面に飛び降りて、逃れる必要もあるか。

ぼんやりしている可愛い第二世代の狩り手。

やはり心配になる。

これからの戦場が地獄になる事は分かりきっている。それなのに、どうしてあからさまに足手まといな子を連れてきたのか。

戦闘力にも問題があると聞いている。

それなのに、こんな戦場に連れてくるべきではなかっただろう。

邪神のテリトリに入っても、フォロワー化しないかも知れないけれど。

かといって、邪神と戦えるかは。あれだけ景気よくキルカウントを稼いでいた「巫女」などの前例を見る限り、極めて疑問だ。

ともかく今は前線に出るまでに、感覚を研いでおくしかないか。

下の扉をいつでも開けられるように、操作方法は先に教わっておく。

空中でどうしてそんなものを開くのかと一度だけ聞かれたが。即座に「女騎士」も瞬歩を使えば意味があることに気付いたらしく。口をつぐんでいた。

飛行機に触って、自分が専門家だから良い思いができて。気が大きくなっていたのかも知れない。

飛行機が戦争の主役だった時代から、随分経過してしまっている。

SNSクライシスが起きなければ、当面航空戦力が最強の時代が続いていたのかもしれないけれど。

それも、過去の話だ。

無言で膝を抱えて、そのまま状況の推移を待つ。

いずれにしても、今「陰キャ」にできる事は無いし。それなら、静かに一人でいることで。少しでも鋭気を養いたかった。

 

1、山麓を朱に染めて

 

ロボット車を駆って、全力で急ぐ。

流石にスイスの雪山を、土足で走って急ぐわけにはいかない。この多機能な車で、全力で雪山を驀進する。

音もできるだけ静かな仕様にはしているが。

それでも、ある程度の音はするから。集まってくるフォロワーを蹴散らして回らなければならなかった。

積み込んできたクッキーを時々頬張りながら、「悪役令嬢」はどうするか戦術を練っておく。

恐ろしい数の邪神が来ても不思議ではないのだ。

更には、最悪の場合「喫茶メイド」は人質に取られているかもしれない。

その場合でも、何が何でも救出はする。

包囲されたらどうするか。

味方の戦力が壊滅的な状態に撤退するときには。

絶望的な戦況についても、シミュレーションはしておく。

何がどれだけ絶望的な状況になっても不思議では無い。

これまでの北米での戦いで、かなり「エデン」所属の高位邪神は削ったとは思うが。

それでも、何が起きても不思議では無い状況なのだ。どれだけ備えておいても、損はしないだろう。

「悪役令嬢」は手を見る。

この手も、本来の「令嬢」とは裏腹の堅さだ。体だって、ドレスで隠してはいるがマッシブである。

この辺りは、とてもではないが元々の令嬢と一致するものではない。

ミームを利用したとはいえ、此処まで元から変異してしまっていると、不思議な気分である。

自分は一体何の格好をしているのだろう。

そう、時々不思議になる。

「悪役令嬢」になり。邪神を始めて倒した時も。

やっとこれから最初の一歩が始まると思った。

今は、終わりが見えてきているだろうか。

いや、そんなものは見えてきていない。

そもそも、狩り手としての使命を果たせるのは当面先だ。邪神に勝つ事が出来たとしても。フォロワーを駆除しきるまでは当面掛かる。

何より。SNSクライシスの真相が分かっていない今。

第二のSNSクライシスが起きることを、想定しなければならないだろう。

早い話が。

「最後」を考えるには、まだ状況が早すぎるということだ。

地図に従って、ガンガンロボットが進む。

雪山は真っ白、とはいかない。

白銀の雪原だったら美しかったのだろうけれども。

残念ながら、雪でもおかまいなしに活動しているフォロワーが踏み荒らしている事もあって。雪原は彼方此方が穴だらけで汚されているようにも見える。

それにロボットが轍を刻むのだ。

人間が活動をしなくなったとはいえ。この辺りは美しくも何ともなかった。

「前方よりフォロワー。 数はおよそ……二千」

「迂回しますか?」

「いいや、このまま突っ込みますわ。 あの数だったら、即座に消滅せしめますし」

「分かりました」

「喫茶メイド」がロボットに指示。

車がそのまま、真正面のフォロワーの群れに突貫。勿論そのままだとひっくり返されてしまうので。「悪役令嬢」も出る。

わっと襲いかかってくる、厚着のものが目立つフォロワーの群れ。

此奴らは人間を殺すことだけ考えている殺戮マシンだ。だから、戦闘経験も何も無い。どこに行ってもほぼ同じ強さのものが出てくる。体感的には。日本のも米国のも、大して変わらなかった。

そう口にすると、最初は米国の軍人は不愉快そうにした。

人間に害を為す存在を自慢してどうなるのかと思ったが。実際、あまりにも大量のフォロワーを相手にしてみて分かった事だ。

やがて「悪役令嬢」も米国で多大な戦果を上げて。邪神を多数倒して。それで軍人から尊敬を受けるようになって。

それで話はきちんと聞いて貰えるようになったが。

フォロワーはどれもこれも同じなのに。

人間はこんな状況でも、争うことをやめない。

なんというか嘆かわしい話だが。

それも「悪役令嬢」がどうにか出来る話では無い。

もう一人前に育っている「悟り世代」「派遣メイド」と三人がかりだから、殆ど一瞬で二千程度のフォロワーなど蹴散らせる。そのまま車を先に行かせる。それにしても頑強な足回りである。

後方から連絡が来たらしい。

車に戻ると、話を聞く。

「後続の第二陣は、そのまま前進を開始したそうです。 第一陣は、そのまま進まれたし、との事です」

「今のところは順調ですわね……」

「第三陣は、現在飛行中。 そのままスイスに飛行機で乗り込んでくるつもりのようです」

「ならば少し急ぐ必要がありますわね」

流石に本拠に乗り込んだら、邪神共も逃げ隠れるわけにはいかないだろうが。

それでも、一応念のためだ。全力で急ぐ。

此処が本拠では無かった場合。

そのまま、敵を追撃して。一気に追い詰めるという事が出来ればいいのだが。何とも正直な話言えない。

ともかく。雪山を全力で急ぐ。

移り気な雪山らしく。からっと晴れていたのが、あっと言う間に吹雪になる。この間、二時間ほどだ。

猛烈な吹雪に閉口するが。

アラスカではもっと厳しい環境の中で戦っていたし。

何より、世界中が寒くなり、降水量も増えているのだ。

今更気にする事でもないかと、気を取り直す。

何よりAIが自動操縦している車だ。

ドライビングテクニックも何も無い。

「腐女子」は険しい顔をしてレーダーを見ている。

やはり、相当数のフォロワーがいる様子で。それらがいつ此方に向かってくるか分からないと言うのがあるのだろうか。

「周辺にいるフォロワーの数は?」

「はい。 最低でも三千万……という所です」

「意外に少ないですわね」

「……はい」

敵の本拠なのだったら。それこそ億単位で数を揃えていても不思議ではないだろうに。それが三千万か。

或いは雪の下で隠れているのかも知れないが。

そんな風にしてまで、奇襲をするか。

それにだ。

確かスイスを以前偵察したドローンの記録を見た事があるが。その時は八千万程度の数がこの近辺に集結していたはずである。

何が起きている。

やはり罠の可能性が高いな。連絡を先に入れておくことにする。

この様子だと、昨日今日で準備した罠では無いだろう。北欧の方がいやに静かだという話もある。

「喫茶メイド」は先に北欧に当たりをつけて、此方にはいないと判断したようだけれども。

本当だろうか。

ともかく、現地へと急ぐ。

途中、ブリザードの中で数度、フォロワーを蹴散らす。

何度か。非常に峻険な崖を通る。いずれも奇襲にはもってこいの地形だ。それなのに、邪神は姿を見せない。

もしも此方の奇襲が相手にとって想定外なら、こういう所で慌てて迎撃をしてきても不思議ではない。

それなのに、此処までやる気がないとやはり不審だ。

ともかく、急ぐ。

後続とも連絡を緊密に取る。

邪神相手とは言え、簡単に負けるようなことはないチームだ。足手まといになどはならない筈だが。

それでも、万が一には備えておく。

程なくして、ジュネーブが指呼の距離になる。

一度進軍を停止。

先に大統領と、それに山革陸将に連絡をいれておいた。

通信は非常に厳しいが。

それでも、連絡はできた。

ただ、通話は厳しい。進捗について、そのまま連絡するくらいしかできなかったが。今はそれで満足すべきだろう。

「ジュネーブに突入しますか?」

「いや。 まずは「喫茶メイド」さんとの連絡を」

「分かりました。 何度か、連絡を試みてみます」

居場所を隠蔽するつもりかは分からない。とにかく「喫茶メイド」は。数日前にジュネーブで強大な邪神の軍勢とニアミスし。以降は連絡を絶っている。

これが隠れているためなのか、敵に捕縛されたからかは分からない。今も、連絡は取れないか。この近距離なのに。

ともかく。もう時間がない可能性が高い。

「携帯端末の場所は」

「電波妨害が酷くて……」

「ならば近付くしかありませんわね」

車から降りる。食糧などはそのままだ。

後続の部隊には、突入することを伝える。本来なら合流してからの方が良いが、邪神は訳が分からない能力を持っているケースが多い。全滅を避ける為にも、少数精鋭で別れて行動した方が良いのが実情だ。

一応、後方には突入作戦を開始する旨を連絡する。

ジュネーブから入った情報。つまり「喫茶メイド」が最後に送ってきた情報によると。ジュネーブには人間を建材にして作った悪趣味な宮殿があるという事だ。フォロワーをこねくり回してけしかけてくる邪神は幾らでも見て来たが。恐らくは、その類の能力を使う奴がいるのだろう。

まず目指すのは其処だ。

突入開始。

今はかなり夜も深い。この様子なら、恐らく出てくるフォロワーの数はあまり多くはない筈だが。

いや、周囲を見回す。

かなりの数が迎撃に出てくる。ジュネーブだけでも百万はいるとみて良い。更に、ジュネーブに踏み込むと同時に、邪神の気配を感じる。それも、複数である。

想定していた事態だから、別に驚くことはない。

ハンドサインを出すと、そのまま「悪役令嬢」は全力で突貫する。

まずするべきは、敵の戦力の見極めだ。

「悪役令嬢」は邪神共にも知られている筈。

すぐに出てくる事だろう。

フォロワーを消し飛ばしながら、ジュネーブの中心部へと急ぐ。

すぐに敵の物量がとんでもない事になるが。やはり動きそのものは、決して早くはないようだ。

ともかく立ちはだかる邪魔を蹴散らす。

そのまま進む。

邪神はまだ出てこない。まだ百六十くらいはいてもおかしくはないのだが。何をしている。

やはり罠か。

だが、その時。周囲を囲むように、数体の邪神が降り立つ。

少なくとも、これだけ派手に暴れるなら、迎撃は出てくるという訳だ。

先に指示は出してある。

「悪役令嬢」はおとりだ。

ここから先は、電波障害が想定される。

もしもその場合は、派手に暴れて気を引くから、三人で「喫茶メイド」を救出するように。

救出が終わったら、渡してある狼煙(とはいっても、照明弾だが)を打ち上げるように。

その後は状況を見て、各自撤退か、それとも交戦を続行かを決める。

鉄扇を構えた「悪役令嬢」に。更に数を増やしながら、邪神どもが周囲を囲む。

「人間だぁ……」

「フォロワーにならないということは、狩り手だのなんだのか?」

「どうでもいい。 人間をしばらく殺してなかったんだ。 うずうずする」

「ふっ。 知性のかけらも感じませんわね」

名乗る必要すらない。

そう判断した「悪役令嬢」。周囲に群れている邪神は、それぞれ雰囲気が違う。だから一個体から分離したとか、そういう邪神ではないだろう。

一斉に襲いかかってくる、異形の群れ。

邪神共は、それぞれフォロワーを吸収して。肉の鎧に変えると。四方から来る。

一体目。

頭をたたき割り。粉々に消し飛ばす。

更に少し下がって立ち位置を変えながら、二体目を刻む。

三体目が襲いかかってくるが、その降り下ろした錫杖を跳ね上げると。喉を一刀に切り裂く。

大量の鮮血が噴き出す中。

体勢を低くした「悪役令嬢」は、その邪神を切り刻みながら次に。

四体目。

怖れる様子も無く遅い掛かってくる。

何とも知性も理性も感じない輩だ。実力も下位の邪神相当。

こんなのを迎撃に出してくるのは、どういう意図があっての事だ。

「エデン」は散々「悪役令嬢」との交戦記録を積んで来ているはず。下位の邪神には、訓戒が行き渡っていないのだろうか。

五体目をバラバラにしつつ、六体目に躍りかかる。

派手に暴れるのが当面の仕事だ。

顔を覆おうとした手をそのまま切り裂くと。顔面に蹴りを叩き込む。普通の人間の蹴りだったら効かないだろうが。ミームの権化である「悪役令嬢」の蹴りだ。邪神にとっては、バカにしきっている相手。そんな存在の蹴りがモロに入ると言う事は、邪神に対して痛烈な打撃に置き換わると言う事である。

首が折れる手応え。

タタラを踏んだ邪神を、そのまま切り刻んで消滅させる。

最後に残った邪神は、何か炎のようなものを吐きつけてきたが。踏み込むと同時に、鉄扇で払った。

炎が消し飛ぶ。

呆然としている、児童向けの人形のような顔をした邪神。

真正面から斬り下げて、そのまま真っ二つにする。

消えていく邪神。

てんで手応えがないな。そう思いながら鉄扇を閉じ。そのまま走る。次の迎撃集団は何をしている。

少なくとも、「悟り世代」達三人が襲われている気配はない。

まだ邪神の気配は周囲に存在しているが、それも「悪役令嬢」をテリトリに捉えてはいない。

宮殿が見えてきた。

確かに悪趣味極まりないなと、内心で吐き捨てる。

人間の肉を建材に作りあげた宮殿だ。しかも建材にされたフォロワーはまだ生きて動いている。

文字通り蠢く宮殿というわけだ。

気が弱い人間が見たら、文字通り正気度を失いそうな代物だが。

邪神共はゲラゲラ笑いながら、コレを作りあげたのだろう。フォロワーに変えた人間をこねくり回して。

無言で鉄扇を振るうと、入り口の辺りを消し飛ばす。

更に火炎放射器を投擲して、放火して回った。邪神共が面白半分に作ったこんな代物は、存在を許してはならない。

芸術を自称するなら、その口を切り裂いてやる。

邪神どもは意識高い系と言われるような連中と似たような言動をいつもしていたが。その結実がこれだ。

此奴らがSNSクライシスで邪神になる前から、本当は同じ事をしていたといっても。今更「悪役令嬢」は驚かない。

邪神になる前から邪神以上の怪物だった「神」のような例もある。

こいつらは、最初からこういうことをやらかす連中だった可能性が高いのである。

「どうやら現れたようですわね。 出て来なさい!」

「ふう。 芸術を理解しない者は本当に困るな」

「何が芸術か!」

鉄扇を振るって、飛んできた何かを全て叩き落とす。

どうやらクナイか何かだったようだが。

はっきりいって、すこぶるどうでも良い。

怒りが燃えたぎっている。

宮殿の中から、数体の下位邪神。更に、高位邪神が一体姿を見せている。どうやらクナイを投擲したのは。高位邪神らしい。

それは何というか、嫌みな程のイケメンである。全身は半裸の男性で、ローブのようなものを纏っていた。

このナルシスト然とした姿。

はっきりいって気にくわない。

鉄扇を向ける。

「わたくしは「悪役令嬢」。 貴方は?」

「火事場強盗に何故名乗らなければならないのか。 まあいい。 私の名は「御用学者」」

御用学者。

国や権力者、或いは企業などに雇われて好き勝手をほざきまくる学者のクズの事だ。

古くからこの類の者は存在していて、公害病が発生したときは企業の肩を持って好き勝手をほざいたクズが知られている。

当然全世界のあらゆる国家にこの手のクズは存在していて。そしてこのナルシスト腐れイケメンは、その一体ということだ。

「この美しいジュネーブに作りあげられた、文字通り神の玉座たる神殿をデザインしたのはこの私だ。 芸術について全ての判断を欧州の「財閥」からゆだねられた私は、文字通りあらゆる美を判断する資格がある! 何しろ世界で最も富を持っている存在が、私に価値を決めて良いとゆだねたのだ。 私こそが芸術の審判者であり、芸術の支配者であるのだ!」

「話になりませんわね。 何しろ、このような醜悪極まりない代物を芸術と見なすような輩ですもの」

「愚かしいなあ。 まったくもって愚かしい。 私は世界一の権力と財力を持つ者から全ての判断を任されているのだ。 つまり私が判断したから美しいのであって、君の判断など無意味なのだよ」

「それは要するに虎の威を借る狐という事でしょうに」

ひくりと、口の端をつり上げる「御用学者」。

図星をついてやっただけだ。

だが。それでもまだ不十分か。

すぐに体勢を立て直してくる。

「その滑稽な格好、日本の愚かしいネットミームに沿った「悪役令嬢」と言う訳か。 そんなもので、歴史ある伝統と芸術を知る私の審美眼にかなうと思っているのが、不思議極まりない」

「なあにが歴史と伝統か。 欧州の歴史など、所詮は血塗られた殺戮と暴力の積み重ねて、他の地域と何も変わりませんわ」

そう。

欧州の歴史は、それこそ破壊と殺戮と略奪の歴史だ。

あらゆる文明を破壊し、己の価値観を押しつけてきたのが欧州である。

SNSクライシスの少し前には、その絶対性も揺らぎつつあったようだが。

その歴史が褒められた存在ではないことは、ずっと古くから指摘している者が多かったはず。

単に暴力が強かったから世界に拡がっただけであって。

欧州式なんてものは、別に美しいわけでも伝統があるわけでもない。

何しろナイフとフォークにいたっては、つい最近の産物であり。

それまでは手づかみでの食事が当たり前だったのだ。

つまり伝統だの何だのを口にしていながら、その実態は薄っぺら。

よくある誤解で、古くの欧州の貴族がナイフとフォークで食事していたようなものがあるが。

そんなものはつい最近に始まった習慣であり。

それまでは糞尿をその辺りに垂れ流し、手づかみで食事をしていたのが欧州の貴族である。

散々美化されたイメージが蔓延り始めたのは、つい最近の話であって。

一種のプロパガンダによるものだ。

「悪役令嬢」は当然それを知っている。

だからこんな格好をしていても。当然、欧州の貴族なんてものは尊敬していないし。その伝統とか言うありもしないものにも敬意なんて払っていない。

全て淡々とぶつけてやると。

完全に青ざめる「御用学者」。当然知っていたのだろう。そして知っている相手には、伝統だのなんだのの虚飾で押し切るのは不可能だと言う事も悟っていると言う事だ。

更にだめ押しを入れる。

「オーッホッホッホッホ! どうやら言葉も無いようですわね。 はっきり言いますけれども、伝統だの何だので貴方方がどうこういう資格なんて存在しませんわ。 わたくしが本来の貴族やら令嬢やらとかけ離れた姿をしていることなど百も承知! そんな事など何ら関係無く、この格好は美しく、「悪役令嬢」たる私は敵を屠る! ただそれだけですのよ、この脳タリンが」

「ど、どうやら本気で死にたいようだな……!」

「……四の五の言わず、掛かってくると良いでしょう」

「良い覚悟だ! 全身を挽肉にして、フォロワーどものエサにしてくれる!」

手を振るう御用学者。

さて、高位邪神を一体でも多く仕留めて、後続の負担を減らさなければならない。

こいつも最低で第四形態くらいにまでは変化するとみて良いだろう。このジュネーブが敵にとってどれだけ重要な拠点かは分からないが。

少なくとも「悪役令嬢」を足止めし、ダメージを与えられるような邪神でないと、配置するのは無意味なのだから。

後方に一瞬だけ気を配る。

照明弾が上がった。

つまり、「喫茶メイド」の救出が終わった、と言う事だ。

生存の意味を示す青が上がっている。

満足な結果である。

そのまま、照明弾を上空に素手で投擲。いきなり素手で投げ上げられた照明弾を見て驚く邪神共の間に飛び込むと、先頭の一体の鼻を鉄扇で砕く。

後続が来るまでに、できるだけ雑魚を削って負担を減らす必要がある。

そのまま暴れ狂う「悪役令嬢」に、怪鳥のような叫び声とともに。鬼相を浮かべた「御用学者」が襲いかかってくる。

やれやれ。

美しい顔とやらが台無しである。

一撃を迎え撃つ。

あっさり自慢だっただろう高空からの蹴りを防がれて、唖然とする邪神「御用学者」に対し。

鉄扇で、その気色悪い生足を切り裂いてやる。

絶叫しながら地面に落ちる「御用学者」。

若々しい顔に、老人の要素が見えて。もう一つ、「悪役令嬢」は苦笑いした。

「おや、やはりその姿、元は老人だったようですわね。 どうしてこう邪神は、どなたも自分の姿を偽装したがるのか。 要は自分が醜いことを、最初から認めているではありませんか」

「やれっ! 殺せっ!」

絶叫する「御用学者」。

良い感じだ。そのまま、どんどん「悪役令嬢」に敵意を向けろ。

可能な限りこうやって敵の注意を集め。

敵の戦力を、序盤の内に削りとらなければならない。

 

2、ジュネーブは死に覆われ

 

「喫茶メイド」を見つけたのは偶然に等しい。「派遣メイド」が、指示通りの場所をどれだけ探しても見つからなくて。

それで泣きそうになっているときに、周囲から大量のフォロワーが押し寄せ。

それらを薙ぎ払っているときに。

戦闘の余波で、隠されていた扉が露出したのだ。

邪神の気配は「派遣メイド」だって察知していた。雑魚をバッタバッタなぎ倒している「悪役令嬢」と違って、「派遣メイド」程度の実力では、はっきりいって雑魚でも命がけなのだ。

瞬歩は教えて貰ったが、あれを使いこなすのはまだ厳しい。

一応できるが、切り札としての運用が主体であって。あの人のように空中で瞬歩するとか。それによって空中機動するとか、そんなのは無理だ。出来たとしても一度で体力を使い切ってしまう。

だから、いつ邪神が現れてもおかしくない状況で。冷や冷やしながら戦闘していたので。

「喫茶メイド」が隠れているドアが見つかって。その奧で倒れている「喫茶メイド」を見つけて。それで心底ほっとした。不謹慎な話だが。

内部で、「喫茶メイド」はぐったりしていた。心労だの何だのもあるのだろうが。何よりも。食事が殆ど無かったのが大きいだろう。

すぐに「派遣メイド」は負傷者を連れ戦闘が行われている区域を離脱。後方の車まで戻り、順番に処置をする。

その間、「腐女子」に護衛について貰い。

応急処置を、順番に行っていった。

栄養失調とは言え、それほどひどい状態ではなく。意識そのものは朦朧としながらもあった。

バイタルも安定している。

まずは点滴をうつ。これでも軍で色々教育は受けている。

本来は医者に来て貰うのが良いのだが。此処に流石に医者を連れてくるわけにはいかない。

だから、軍で訓練を受けた「派遣メイド」のような人間が。応急処置をしなければならない。

色々と負担が大きいが、やむを得ない話だった。

「大丈夫ですか?」

「……ほとんど面識はないですが、貴方がルーキーの。 いや、もうルーキーではないですね。 戦績から言って」

「はい。 「派遣メイド」です」

「メイドはジンクスがあると言われているのに、いやだったでしょう」

首を横に振る。

戦えるならなんでもいい。

それに戦死する確率が高いのは、どのミームだって同じだ。

何とか手当を終えて。それから車から出て、押し寄せるフォロワーを薙ぎ払う二人に加勢する。

そろそろ増援が来る筈だ。

第二陣も、しっかり後を追ってきている筈。

第二陣が加われば、一緒にフォロワーを押し込み。更には「悪役令嬢」に加勢する事だって出来る。

黙々と、しばし戦っていたが。

至近距離に何か大質量が落ちて、思わず顔を覆う。

訓練を受けていなかったら悲鳴でも上げていただろうが。

もう散々死線をくぐって、今更である。

今の一撃から、車を庇う動きを見せていた「悟り世代」は流石だ。瞬歩も「派遣メイド」よりも上手なようだ。

「派遣メイド」はフォロワー狩りならかなり腕が上がってきているが、戦士としての力量はどうしても「悟り世代」には及ばないと自己評価している。「悪役令嬢」は高く評価してくれるが。ちょっと恐縮である。

車を守りながら、周囲の全方位から押し寄せるフォロワーを順番に片付けていく。

数が少し多いが、この程度のフォロワー。

メキシコの戦線で、散々見た。

大質量が起き上がる。気配で分かる。高位邪神だ。

「悪役令嬢」と戦っていた個体だろう。

一目で分かるほどに強い。

だが、どうみても「悪役令嬢」より強いようには思えない。それだけが救いか。

喚きながら、立ち上がる邪神。

ゆっくり歩いて来た「悪役令嬢」。勿論フォロワーは襲いかかっているが、文字通り右に左になぎ倒している。

何か邪神がしようとした瞬間、先に躍り出た「悪役令嬢」が、出会い頭に頭を叩き伏せる。

頭が砕けたが。

なんだか既に失われてしまった漫才で相手をどつく光景に思えた。

それくらい。一方的に今の一撃は決まった。

ただ、笑って見ている訳にもいかない。

猛烈な風圧で、思わず視界を塞ぐくらい雪が舞い上がったからである。

「少し後退を! この辺りはわたくしとこの唐変木の戦闘で平らになりますわ!」

「分かりました!」

すぐに車に飛び乗る「派遣メイド」。

車に指示を出して、後退するようにする。幾つかの細かい動作は、「派遣メイド」自身で補助する。

「腐女子」と「悟り世代」はそのまま支援に動いてくれる。一旦少し下がって、そのまま戦闘区域を離れる。とはいっても、あくまで高位邪神との戦闘区域。

それにだ。

この騒ぎを聞きつけて。他の高位邪神が姿を見せる可能性は決して低くない。更に下位の邪神は、いつ現れてもおかしくは無い。

車で一旦距離を取る。

後方では、ドン、ドガンと恐ろしい音が響き続けている。時々邪神の甲高い悲鳴が聞こえる。

どうやらかなり「悪役令嬢」の方が強いようだけれども。高位邪神複数が相手になったらどうなるか分からない。

そのまま移動する。

雪が何カ所かでなだれを起こしているようだ。それだけ激しい戦闘の余波が周囲に影響を与えているという事である。

後続部隊は大丈夫だろうか。

少し不安になったが、不意に雪を蹴散らして何かが躍り出る。

ばかでかいスノーモービル。

第二陣に間違いなかった。

「ヒャッホウ! 待たせたなあ!」

陽気な声と共に、スノーモービルがフォロワーの群れを蹴散らす。

そして飛び出してきたのは、米国で現在地位的にはトップにいる狩り手。「ギーク」である。

更には、「ホームレス」をはじめとした、負傷で一線を退いていた狩り手が何人か見える。

いずれもが、最近負傷から復帰した人員ばかり。

彼らの復帰は最高機密とされていたらしい。まあそれも、当然だろう。ユダがどこにいるか分からない状況なのだから。

フォロワーを嬉々として蹴散らし始める米国の狩り手達。

アラスカの戦線にいる面子以外は、全員を出してきたらしいのだからまあ当然だろう。

それだけ皆、気合いが入っているという事だ。

「私は「喫茶メイド」さんから、聴取をします。 外をお願いします!」

「分かった」

外で「悟り世代」が応えてくれる。

頷くと、此処で何があったのか。「喫茶メイド」から聴取をする事にする。

罠にでも嵌められていて。

高位の邪神が変な能力でも展開していたら、厄介極まりない。

辛いだろうが、何とか聴取をするしかない。

外での戦闘音は一度無視。

自身の頬を叩くと。「派遣メイド」は、聴取に集中した。

 

第三形態に変わっていく「御用学者」。

この後何体の高位邪神が出てくるか分からない。更に、「悟り世代」達の方に、さっき下位の邪神が数体出向くのが見えた。

勿論「悪役令嬢」は高位邪神に掛かりっきり。

あの子らなら、今はもう下位の邪神程度なら任せられるはずだ。

そのまま、鉄扇を閉じると。

その音を聞いて、びくりと「御用学者」は身を震わせた。

明らかに恐れ始めている。

此奴は高位邪神としてはそれほど強い方では無いようだが。それでも人間に対しては絶対の死だ。

通常兵器はABC含め一切通じないし、展開しているテリトリに踏み込めば問答無用でフォロワーにされる。更に訳が分からない能力まで持っている可能性が多い。

一匹でも、存在しているだけで人間の破滅につながる。

だから、駆除しなければならない。

此奴が元々、クズ学者だったことはどうでもいい。

どこかの良い大学を出たのかも知れないが。権力闘争を優先して能力を無視すると、こういうのが社会の上層に来ると言う良い見本だろう。

SNSクライシス前には、如何に社会上層の人間に媚を売るかが重視されていたようだが。

そんな技能が高い輩は、だいたいの場合本来の能力は低いものだ。

故にこんなのが社会の上層にあがり。

迫害や差別を助長する。

どんな国家でも、文化圏でも、佞臣の害は口を酸っぱくして歴史に残してきた筈なのに。

SNSクライシスの前では、佞臣を最良の形としてむしろ褒め称える風潮さえあった。

そう、此奴は。

数多の国家や文明圏を瓦解させてきた、佞臣そのものだ。

「さっさと顔を上げなさいクズ学者。 貴方のようなド低脳は、此処で粛正して差し上げますわ」

「お、おのれっ! この高貴な私を……!」

「何度でも言いますわド低脳。 虎の威を借る狐の分際で、高貴を名乗るのではありませんわよ」

「クソッ! だから日本の文化はもっと叩いておくべきだったんだ! 馬鹿な人権屋の手先どもを煽って色々工作をしたのに、それでもしぶとく立ち上がって来やがって!」

地金を晒しながら、形態変化を終えて立ち上がる「御用学者」。

不愉快だが、喋らせておく。

「価値観なんて単一で良いんだよォ! 人間なんて最初からカスだ! だから単一の価値観だけ存在していればいい! 男はマッチョで背が高ければそれで最高! 女は健康的でブロンドならそれでいい! 価値観がそう単一化していくように俺が工作を続けていたのに、どうしてこんなカスみたいな価値観がしぶとく残りやがった!」

「は。 貴方は表現の最先端()があった筈の西欧にいた学者でしょうに」

「俺が決めた表現こそが至高にして唯一! 人間の脳に、自由など必要ない! 同調圧力で人間の思考を均一化することこそ、人間を支配し管理するには一番だ! それをいちいち台無しにしおって!」

「そんな思考回路で人間をしばろうとした国家など、いずれも上手く行っていませんわよ」

「悪役令嬢」は其処まで言って気付く。

凄惨な笑いを、「御用学者」が浮かべている事に。

なるほど、此奴は自分が生きた時代だけ、その価値観で世界を支配できれば良かったと言うことか。

国家100年の計と良く言うが。

此奴にとっては、自分さえ良ければそれで良かったと言うことだ。

どれだけ利己的で愚かなのか。

呆れて大きなため息をつく。

馬鹿にされたと気付いたのだろう。気付かない方がおかしいのだが。

絶叫しながら、躍りかかってくる「御用学者」。

巨大化した拳は、何段かに渡って伸びる。

普通の拳では無く、ギミックつきか。それで学者が知恵者を気取るか。

そんな程度の仕組みでか。

踏み込むと同時に、鉄扇で地面に向け一撃を入れる。繰り出して来た拳は、文字通り消し飛んだが。

もう片方の拳を、間髪入れずに叩き込んでくる「御用学者」。

勿論こっちにもギミックつき。一目で理解したので、切り刻むと同時に瞬歩で離れる。

爆裂。毒ガスがまき散らされる。

鉄扇で雪を薙ぎ払い、更に傘を広げた。

気流をコントロールして、毒ガスが来ないようにしたのである。

喚きながら。「御用学者」が上空に躍り出る。

両の拳をラッシュで叩き込んでくるが。

ギミックつきで一人前。

そもそもギミックなんか武器に仕込んで効果を出せるのは、その武器を知り尽くして極めている場合だけ。

此奴の場合は、そんな技量には程遠い。

どんくさいラッシュの間を抜けると、邪神の顔面を顎から蹴り上げる。顎が砕けて、歯が数本抜けて吹っ飛ぶ。

頸椎が砕ける手応え。そのまま鉄扇で頭を激しく打ち据える。

嫌みな程綺麗な歯並びだったが、それも台無しである。

そういえば、西欧圏のステータスシンボルとして。幼い内から歯並びを綺麗に矯正するとかいうのがあったっけ。

馬鹿馬鹿しい。こんなのが出てくるのだ。そのような事よりも、もっとやる事があるだろうに。

全身から毒ガスをばらまきはじめる「御用学者」。

そろそろ、とどめといくか。

「搦め手ばかりの戦闘は感心しませんわね。 戦闘経験が少ないからそうなるのですわ」

「黙れっ! 貴様を仕留めて、俺が……」

毒ガスで周囲を覆い尽くす前に。

鉄扇で気流を斬り割き。その合間に入り込むようにして。「御用学者」を両断する。

コアは分かっていた。

あの嫌みに矯正された歯並びだ。

さっき、歯を砕かれた時にあからさまな狼狽を見せていた。つまりは、そういうことである。

絶叫しながら、顎を完全に粉砕された「御用学者」が消滅していく。毒ガスはまだ少し残るだろう。

さて、次は。

後方の気配を見る限り、第二陣が到着したか。だが、第二陣を含めた数人は、邪神と戦闘中だ。どれも下位のものばかりのようだが。少しばかり数が多い。

そして、である。

降り立った高位邪神。それも二体である。

流石に高位邪神二体を同時相手にするのは、流石に面倒だが。

しかしながら、高位邪神二体を此処で繰り出して来ると言う事は、喰い破ればそれだけ敵の戦力を削れることになるし。

何よりも、此処が仮に罠だったとしても。

かなり重要な拠点である事を意味している。

ならば、気合いを入れて臨むとしようか。

降りたった高位邪神は、一人は鎧を着込んだ騎士のような姿をした大男。

もう一人は、ケラケラ笑い続ける何かたちが悪い悪夢のような姿をした存在だった。

「私はフェミ騎士……」

名乗りを上げる騎士。

流石に悪趣味だろうと感じたが、まあいい。好きにするといい。これから殺すのだから関係はない。

「フェミ騎士」。男性嫌悪症を拗らせたフェミニストの中に混じった男性の事を意味する。

多くの場合は、男性嫌悪症でまとまっている女性の閉鎖的サークルを管理している個体である事が多い。

要するに人権屋の元締めだ。

その邪悪さは類を見ないレベルで、世界の各国でこの「フェミ騎士」と呼ばれた連中は、文字通りの悪逆非道を尽くしてきた。

SNSクライシス前の世界で、最も邪悪な存在の一角であったと言えるだろう。

もう一体も名乗る。「笑い屋」だ。

此奴は主にSNS等のシステムの間隙を利用して、他人を侮辱することに全力を注いでいた輩である。

主に「荒らし」としての役割を果たすのだが。此奴らは基本的に理も論もない。

単に感情のままに相手を馬鹿にし、炎上を延焼させる事だけを行う。

それでいて多数であるために、罪にも問われにくく。SNS時代の邪悪の一角を担うに至った存在である。

此奴は何万といた炎上を拡散させていた連中の集合体だろう。モデルなど存在しない邪神だ。

だとすると厄介だ。さっきの唐変木などよりも余程手強いかも知れない。

「人間を殺すのは久々だなあ。 どうせ全部糖質なんだから、全部さっさと殺したいなあ」

「少し黙っていろ「笑い屋」」

「なんだよ騎士気取り。 お前がやっていた事なんて、男性嫌悪症拗らせたメンヘラのスカートをその剣ですり上げて、槍を……」

「フェミ騎士」が、それ以上言わせず。「笑い屋」の頭をたたき割っていた。勿論邪神どうしでそんな事をやってもダメージにならない。ただ友好的なようにも見えなかった。

連携する気はなしか。

ただ、別にどうでもいい。この様子で各個撃破出来るなら、むしろ僥倖だろう。

それに此方には、「陰キャ」も接近している。

あの子との連携戦なら、恐らくは「財閥」も屠ることができる筈だ。

ケラケラ笑う「笑い屋」。

他人を侮辱することに暗い情熱を注いでいた連中だ。内心では自分の方がカスである事は理解していたが。それでも他人を安全圏から侮辱することに全力を注いでいた。

全世界に存在していた此奴らは、文字通りのクズだったが。

まあこういうクズはいつの時代にも存在はしていたのだ。それだけ生命力は強いとも言える。

振り返った「フェミ騎士」が、大量の武器を展開して来る。勿論武器は当たり前のように空中に浮かんでいた。

どれもこれも剣や槍だ。

用途が透けて見えるのでうんざりするが。それでも高位邪神としての凶悪な力は感じ取れる。

本格的に動き出す前に、全力で潰してしまうのがいいだろう。

突貫。

そのまま、ぬるりと邪魔に入ろうとする「笑い屋」を鉄扇で弾く。ほとんど手応えがない。

なるほど、そういうことか。

剣を降り下ろしてくる「フェミ騎士」。さっきの唐変木に比べると随分と一撃が重いが、まあ所詮は付け焼き刃だ。本物の騎士というわけでもない。戦士階級でもない。ただの紐の類である。

剣を弾き返す。

脇腹に殺気。即座に鉄扇で弾く。

今の剣筋は何だ。両手で剣を掴んでいる騎士は、今のを一瞬でやってのけた、というのだろうか。

腕を増やす邪神は幾らでもいる。

だが此奴が、それをやった気配はない。

着地と同時に、今度は此方から仕掛ける。

剣を下段に構えると、騎士が振り上げてくる。その一撃で、雪が膨大に巻き上げられる。

パワーは大したものだが。

いや、雪の中から十数の剣閃が飛んでくる。

それだけじゃあない。

ケラケラと、笑いながら「笑い屋」が、良く分からない機動で飛んでくる。

殺気を読みながら、全ての攻撃を防ぎきり。

更には飛んできた「笑い屋」。一秒ごとに姿を変えるそれを、地面に叩き付ける。

思った以上に連携しているが。これは個人プレーが勝手に連携になっているパターンか。

ならば。先に動きや癖を読んでおくべきだろう。

殺気。

飛び退く。

圧倒的な数の剣閃が、一瞬前までいた場所を抉っていた。

そして、抉られた場所が、凄まじい勢いで溶けて行く。

雪の中から姿を見せる「フェミ騎士」。

「さっさと楽になってしまえ。 如何にミームで姿を隠蔽しても、女である以上全て同じだ。 俺の一撃を受ければ、俺の養分になった数多の女のように、溶けて何も言えなくなる」

「……っ」

「アーハハハ、相変わらずだなあ「フェミ騎士」。 見た目はそんななのに、女を全部養分としか考えてねえ。 中身のいけてるツラも、デカイ槍も。 全部そのための武器だもんなあ」

「そうだ。 俺は大量の女を喰らって社会を駆け上がる。 誰かが誰かから搾取することでなりたっているこの社会だ。 俺は俺のやり方で成り上がった。 それだけの事だ」

くつくつと「フェミ騎士」が笑う。

分かっている。

此奴がこう言う奴だと言う事は。堂々と「フェミ騎士」と名乗る時点で大いに分かってはいた。

それでも、不快感が喉をせり上がってくる。

許しがたい阿呆だが。邪神相手にペースを狂わせることは許されない。とにかく、どちらかを速攻で処理するしかない。

先にやるなら。此方だな。

再び剣を構え、更に笑いながら意味不明の機動で飛ぶ「笑い屋」。

身を低くすると、跳躍する「悪役令嬢」。

それを見て、勝ち誇る「フェミ騎士」。

「バカが! 対空戦は、俺の十八番だ!」

槍を構えると、ラッシュを仕掛けてくる「フェミ騎士」。

残念ながら、そんな風に槍を使うのではない。

槍による対空戦術は確かに存在したが。それは数を揃えて一斉に突き出すものだ。

乱打される槍を全て弾き返して、懐に潜り込む。

一瞬の差をおいて、笑いながら仕掛けてくる「笑い屋」だが。完全に無視。

懐に入った所で、蹴りを叩き込む。

普通だったら、鎧に防がれてそう簡単には打撃は通らないが。しかしながら、武術を使うとどうなるか。

打撃を、内部に浸透させる。

ゼロ距離で、乱打を叩き込む。

いずれの拳も、内部にダメージを浸透させる。苛烈なラッシュに曝されたのは、今度は「フェミ騎士」のほう。

激しく吐血しながら、蹈鞴を踏んで下がる。

「笑い屋」はその様子を見て、止まって様子見に徹する。

やはりそうか。

自分が安全な状況を確保してから、あれは動く。危険かも知れない場合は、必ず距離を取る。

鉄扇さえしまって、拳での乱打に移った「悪役令嬢」は、近距離戦闘特化。

それを見て、迂闊に近づけないと判断したのだろう。

それは逆に言えば、「笑い屋」も近距離戦を挑みたくない理由があることを意味する。

片膝を突いた「フェミ騎士」の頭を、容赦なく蹴りで薙ぐ。

兜が吹っ飛び、地面に転がっていた。

おぞましい程のイケメンの甘いマスクが出てくるが。

此奴の本性を知っているから、容赦はしない。

顔面に飛び膝を入れて、鼻を完全に砕く。

更に首を掴んで回り込むと、腕で一気に頸動脈を締め上げる。

悲鳴を上げてもがく「フェミ騎士」だが。この絞め技からは逃れられない。

首が、折れる音が聞こえた。

そのまま離れると。

上空から、一閃を放ってきた「笑い屋」の一撃から逃れる。その一撃は、むしろ「フェミ騎士」の頭頂部に突き刺さった。

哀れな絶叫を上げる「フェミ騎士」。

それを見て、「笑い屋」はゲタゲタ笑う。

「アーハハハ! だっせえ! すげえだっせえ!」

他人は全て笑うための相手。

SNSの穴を突き。

場合によっては閉鎖性の強い大型掲示板に閉じこもり。

ひたすらに暗い欲求のまま、他者をバカにして来た連中の暗い笑いが迸っている。

頭上に回り込む。

瞬歩を使ったのだ。

流石に全力で逃れようとする「笑い屋」だが。その背後から、回転しつつの蹴りを叩き込んでやる。

凄まじい無様な絶叫を上げながら、「フェミ騎士」に突っ込み。そして一緒に爆ぜる「笑い屋」。

まあ相応しい有様だとは思う。

着地。

二体の邪神が、次の形態になろうとしている。

既に此奴らについては見切った。

ただ、最高位の邪神がいることを考慮しなければならない。もしも此処が敵本拠なら、いてもおかしくは無い。

油断など、出来よう筈も無い。

無言で突貫。

形態を変えたばかりの「フェミ騎士」に、痛烈な突き技を叩き込む。

絶技ほどでは無い。だが、同じ系統の、火力を落として負担を減らした技だ。

一撃は、思い切り「フェミ騎士」の鎧を貫き、貫通して血反吐を辺りにぶちまけていた。

跳び下がって、火炎瓶を投擲。「フェミ騎士」の鎧ごと、まとめて焼き尽くしに掛かる。

炎の中、凄まじいわめき声を上げている「笑い屋」。

「お、俺を炎上させるってのか! ふざけ、ふざけやがって! 炎上は俺のお家芸だっての!」

「たまには自分も前線に出て来なさい。 後方の安全圏で喚くだけでは。わたくしにはダメージの一つも与えられませんわよ」

「そんな挑発に乗るとでも……」

「良いから貴様も行ってこい! 攪乱戦しか能がないド低脳が!」

放り投げられたらしい「笑い屋」が、炎に包まれたまま此方に飛んでくる。

至近まで引きつけると、傘でフルスイングし。思い切り叩き付け。そして遠くへホームランする。

悪趣味な肉の宮殿の一角に突き刺さる「笑い屋」。肉の宮殿の一角が直後、吹き飛ぶ。

そして、炎に包まれながらも、「フェミ騎士」が立ち上がった。

周囲に、無数の手が揺らめいているのが見える。

「おのれ……養分の分際で!」

プレッシャーがかなり大きい。此処から、どうやら本番なのだとみて良いだろう。

そろそろ、後続と合流したい所だが。

まだまだ、来る気配は見えない。

最悪の事態も常に想像しなければならないが。今の「陰キャ」が雑魚に遅れを取るとも思えない。

必ず来る。そう信じて。全力を展開した「フェミ騎士」と、真正面から「悪役令嬢」は激突する。

 

3、余波

 

ジュネーブの一角。

邪神「財閥」は、予想通りに事が進んでいると部下達に話をしていた。

部下達は、いずれも不満そうだが。

それでも、納得させるのが「財閥」の手腕である。

やがて部下の一人が挙手する。

「既に「御用学者」どの、それに八体の下位邪神が倒れております。 ……今、九体目がやられたようです。 戦力の逐次投入はやめ、ここにいる全員で相手を襲撃すべきかと思います」

「賛成です」

他にも賛成の声が上がる。

分かっていないな此奴らは。

「財閥」による天下を実現するには、此奴らが不要なのだと言う事を。

そう。

忠実な部下だけがいればいい。それ以外の部下は必要ない。むしろ邪魔になる。

本拠である北欧の一角をあえて留守にし。

拠点の一つであるジュネーブに敵を誘導し。

そして「エデン」の幹部の内、否定的な意見を口にする輩と。更には役に立たない下位のゴミ邪神どもを此処に集めたのは。

そもそも、此奴らと「悪役令嬢」を共倒れにさせるためだ。

人間の狩り手共は。ここに主力が集まって来ている。「悪役令嬢」が最も信頼している「陰キャ」も来るだろう。

しかしながら、此処にいる高位邪神を全て同時にぶつけたら、共倒れにさせる事は出来ない。

むしろ最大の敵である「悪役令嬢」を討ち取ったという武勲を誰かが挙げてしまうことになるし。

そいつにはある程度の報償もくれてやらなければならないだろう。

それでは駄目だ。

「財閥」の権力を保つ事が出来なくなる。

咳払いして、順番に説明していく。詭弁の類は大の得意である。

「敵はまだ切り札を残しています。 まずは敵の能力を全て解析し、それから屠るべく本命の戦力を出します」

まだ此処には二体の最高位邪神がいる。

そう説明すると、皆黙って引き下がる。

愚かしい連中だ。

だからこそ、一緒に未来を見る選択肢がないと、どうして気付くことが出来ないのだろう。

いや、だからこそ愚かしいのか。

意図的に戦力の逐次投入をしている事には、まだ気付かれてはならない。

邪魔者を一度に排除するためには。

相応の工夫が必要なのだから。

 

喚きながら、もはやガス状になった「笑い屋」が襲いかかってくる。此奴は得体が知れない姿をしているが、案外分かりやすい。

最初は此奴こそが最大の敵かと思ったのだが。恐らく体力を削るためだけに送り込まれた捨て駒だ。

「フェミ騎士」も、そういう意味では同様。

ただし、腐っても高位邪神だ。

手を抜いていられる相手ではない。

狼煙が上がる。

それを見て、目を細め。「笑い屋」の攻撃をいなしながら、狼煙を上げる。

「オラオラ、逃げるだけ……」

五月蠅い「笑い屋」に肘をくれて、地面に叩き込む。更に踏んづけると、何だか情けない声を「笑い屋」が上げた。

そういう趣味か。

どうでもいい。嫌悪感すら湧く。

突貫してくる「フェミ騎士」。やっと騎士らしい技を出してきたなと思うが。直線で突破するタイプの技は、「悪役令嬢」の方に分がある。

突貫を受け流すと。顔面に一撃、膝裏に一撃、転んだ所で上空に躍り上がる。

倒れている「笑い屋」もろとも、全力での突き技を叩き込む。

一撃は、土砂を噴き上げ、周囲の雪を蹴散らし、クレーターを作る。

鎧の中にダメージが反響し。更に貫通して「笑い屋」もろとも貫いた。それは確認した。

だが、流石に高位の邪神と言うだけはある。

手を鎧から引き抜いた「悪役令嬢」は、周囲を見る。

数千の槍が、既に此方を狙って出現していた。

あの槍が掠めでもしたら、恐らくは即死だ。

此奴は文字通りヒモ野郎の頂点に立つような輩。それこそ、女性と言うだけでどんなダメージが体に入るか分からない。文字通りとかされてしまう可能性もある。

チャージ。声が掛かると同時に、圧倒的な数の槍が襲いかかってくる。全周囲からの飽和攻撃だ。

勿論、対処策は分かっている。

一方向に突貫すると、鉄扇で槍を弾いて血路を作る。突破と同時に振り返って、追撃してきた槍を全て弾き返す。

この技は、もう他の邪神が使うのを見た。

全身に槍を吸収しつつ、立ち上がる「フェミ騎士」。

痛々しい程に傷ついているが、それでも自分の攻撃で自爆するほど間抜けでは無いと言う事なのだろう。

ただ、「財閥」に忠義を捧げている理由は分からない。

アレは部下を大事にするタイプには思えないのだが。

再び、正面から凄まじい密度の槍を放ってくる「フェミ騎士」。かわしながら横に移動するが。当然射線は動いてくる。

リロードのタイミングは既に読んでいるが、槍の密度が形態を変化する度に増えている。

まあ、どうでもいいが。

たまに飛んでくる直撃弾を鉄扇で弾きながら、ジグザグに移動して距離を少しずつ詰める。にやりと笑う「フェミ騎士」だが。

その首が、消し飛んでいた。

何が起きた。

そう顔に書きながら、必死に体を再生しようとする「フェミ騎士」。

だが、その体も。今の隙で接近した「悪役令嬢」が、一瞬で粉々に斬り飛ばす。

「フェミ騎士」が文字通り消えていく。

慌てた様子で上空に逃れようとする「笑い屋」。もはや、笑っている様子も無く必死である。

その背後に、既に回り込んでいた狩り手が、一瞬でバラバラに切り裂く。

剣筋が、以前と比較にならない程澄んでいる。

何というか、迷いなく何もかも切り裂く剣。

剣豪でも舌を巻くレベルの、文字通りの全てを断つ剣となっている。

着地する狩り手。

文字通り手も足も出ず。それでいながら呪詛をまき散らす「笑い屋」。

「な、なんでだよ! 俺は、ただ、何もかもを笑って楽しんでいただけなのに……!」

「他人は貴方の道具ではありませんわ。 他者に敬意を払えない人間が他人を嘲笑うと言う事は、ただの暴力ですのよ。 貴方が笑っている顔は、おぞましく歪んで醜悪だった……貴方が嘲笑った誰よりもね。 貴方は誰も他人を人間だと思っていなかった だからそんなになってしまったのですわ」

「ち、畜生……っ!」

「消えなさい」

踏みつぶす。それによって、「笑い屋」は消えていった。

それにしても、久しぶりだ。

こくりと頷く「陰キャ」。

「悪役令嬢」は、思わず目を細めていた。

「久々ですわ。 素晴らしく腕を上げていますわね」

「……はい」

「これなら、いつでもわたくしの後を任せる事が出来ますわ。 本当にとても頼もしい」

帽子を下げて、表情を隠す「陰キャ」。

恥ずかしがっているのか、それとも過分だと考えているのか。それとも、両方だろうか。

頷いて、すぐに補給を促す。

どうせすぐに次が来る。

軽く話をしておく。後方では、今下位の邪神が全滅して、補給に入っているという。まあ全滅した理由はよく分かる。「陰キャ」が来たのでは、下位の邪神などひとたまりもない。

更におかわりで下位の邪神が姿を見せる可能性もあるが。状況に応じて、対応をそれぞれに分けた方が良いだろう。

恐らく下位の邪神は、此方にはこない。

問題は多数の高位邪神が現れる場合だが。

それは「財閥」の性格的には考えづらい。多分戦力を削るためだけに、それも出し惜しみをしてくる筈だ。

クッキーをかみ砕いて飲み下すと。水筒から水分を補給する。

寒冷地でも中の飲料が凍らない軍用の水筒だ。多少振り回したくらいでは壊れる事もない。

それに後方がまだしっかり機能している。

最悪の場合は補給に戻れば良い。

だが、今は進むときだ。

悪趣味な宮殿を見上げる。このコンビなら、相手が何でも勝てる。それを敵も恐らくは理解している筈だ。

来た。

四体の高位邪神が降り立つ。その内一体は、最高位邪神だ。

実力は恐らく絶対正義同盟のNO2と同等だろう。

今なら、昔よりは良い勝負ができる筈だが、それでも手強いことにあまり代わりは無い。

無言で腰を落とし、刀に手を掛ける「陰キャ」。

「悪役令嬢」も鉄扇を構える。

此奴らを葬れば、恐らく相当に以降の戦力が優位になる。

同時に、分かった事がある。

これは恐らくだが、「財閥」による在庫一掃セールだ。反抗的だったりいらない部下を、「悪役令嬢」および「陰キャ」と共倒れにさせる事が目的だろう。

そうでないと。こんな戦力の逐次投入をしてくる理由がない。

それに最初に仕掛けて来た邪神三体は、あからさまに体力を削るためだけにけしかけてきていた。

それも説明がつく。

ただ、「陰キャ」と連携で戦闘を出来るのなら、この相手もそれほど苦労する事はないだろう。問題は最高位邪神が更にお代わりで来る場合だが。

その時は、その時だ。

いきなりフルスロットルで仕掛ける。

狙いは後方にいる高位邪神だ。意表を突かれたらしい其奴(無闇に背ばかり高い男性の姿をしている)は、対応しきれない。

弱い方から潰すのが戦闘の常道だ。

一気に削りとってくれる。

何、此奴らに容赦をする理由など一つも無い。

今までの鬱憤を、全て叩き付けさせて貰う。あの邪悪な宮殿を前にして何も思わないような輩だ。

それくらいで、丁度良い。

 

もの凄い音がしたので、思わず「派遣メイド」は首をすくめていた。

倒した下位邪神が消えていくその上で、である。

実力は明らかについてきている。下位の邪神なら、こうやって倒す事も出来る様になって来ている。

ただ、今は「悟り世代」との連携でどうにか。

更には。まだ周囲に下位の邪神が続々と現れているが。

「また七体来ます!」

「きりがないな」

「悟り世代」が、汗を乱暴に拭う。

この気候だと、汗が凍りかねない。それでも生理反応だから、どうしても汗は出てしまう。

場合によっては凍傷などの恐れもあるが。

それでもこう言う場所で戦わなければならない。戦いに自分の有利な場所など、選べないのである。

むしろ敵に誘引されたのでは無いかと思うが。

先に挙げた狼煙とその返事を見る限り。まだ撤退の指示は出ないだろう。

その場で足を止めて戦え。敵を可能な限り削りとれ。

それが「悪役令嬢」の指示だ。

無茶を言ってくれると思う一方で。

此処で大勝利を収めれば、後の戦いが楽になるというのも確かに感じる。此処は踏ん張りどころだ。

それに、この面子が揃うのも恐らくは最初で最後だろう。

この面子で勝てないなら、もうどうしようもないとも思う。

米国のトップ狩り手の一人である「ギーク」が吠え猛る。以前は分断したところを各個に集中攻撃されて、為す術無く負けたらしいが。

元々狩り手で、邪神を単独で倒せるような人が例外なのだ。

「一体ずつ集中攻撃しろ! 負傷者はすぐに下げろ!」

「イエッサ!」

「化け物共が、たっぷり鉛を馳走してやる! 舐め腐った相手から喰らう攻撃だ。 さぞやうまかろう!」

乱射される釘弾。

鉛である事は間違いないらしいが、弾ではない。元々背負っている装備で様々な攻撃を繰り出す人らしく。今回も生き生きと武器を振り回して楽しそうにしている。射線に入らないように気を付けないと。

周囲にはきちんと目を配る。

「陰キャ」が連れてきた第二世代の子は、近付くフォロワーを専門で狩って貰っている。第二世代の狩り手は、フォロワーに対して圧倒的な戦力を誇る代わり。邪神の相手はどうも苦手なようである。

だから、それぞれの車に近付くフォロワーを担当して貰う。

案の定、さっそくフォロワー狩りにはどんどん適応しているようで。スムーズに狩ってくれている。

この法則が分かるまで、随分と大きな犠牲を出したけれど。

今は法則が分かったのだ。それで可とする。

「これを、使ってください」

胸を押さえながら、内部から出て来た「喫茶メイド」。

彼女は「萌え絵」の書き手としてかなり知られている。

頷くと、「萌え絵」を受け取る。

そして、ナイフにくくりつける。

周囲に群れている邪神達程度なら、これ一発で……は流石に無理か。それでも、大ダメージを与えることが出来る。かなり度胸がいるが、防御に使う事も可能だ。

急いでナイフに巻いて、それを「悟り世代」にも手渡す。

連携して、邪神を捌く。

流石に数が多いが、皆邪神には慣れてきている。高位のが出てくるとちょっとどうなるかは分からない。

だが下位の邪神は特殊な能力を持っていることは少なく、持っていたとしても厄介な技くらいだ。

炎を乱射してくる、太鼓みたいなおなかの邪神。

もうちょっと服装とかしっかりしていれば威厳が出たのかも知れないけれど。ざっと見た感じでは、太めのおじさん。まあ元が人間なのだろう。太めのおじさんになるのはやむを得ないだろう。

突貫して、炎の球を全て弾き返す。

炎の渦に切り替えてきて、接近を防ごうとするが。

一撃で、手刀が炎の渦を切り裂いていた。

唖然と立ち尽くす邪神の顔面に、「萌え絵」つきのナイフを投擲。爆裂。相変わらず、小気味よく爆発する。

悲鳴を上げてもがく邪神。

可哀想、ではない。

この邪神達は、それぞれが数十万、下手するともっとたくさんの人達を殺戮して回ったのだ。

生かしておけば、今後もっとたくさんの人を惨殺もする。

更に来る途中で聞いた。

人間牧場の残虐な現実を。

生かしてやっている。そんな思考回路で他人と接しているから、そのような事が出来るのだ。

もはやいかしておく訳にはいかない。

おなかに、ナイフに巻いた「萌え絵」三枚を同時に叩き込む。

先以上に派手に爆発し。無念の声を上げながら、太鼓腹の邪神は消えていく。

だが、すぐに手足が長いガーゴイルみたいなのが割り込んでくる。

風の刃を纏っている様子で、周囲の地面が切り裂かれるのが見えた。

今度はかまいたちか。

いや、違う。炎を吸い上げて、自分の力に変えている。

にやりと笑いながら、ガーゴイルっぽい邪神が、炎の渦と自分の力をミックスして叩き込んでくる。

巻き込まれたら即死だ。「萌え絵」を防御に使うのも多分悪手だろう。

飛び退き、移動を続け、少しずつ狙いを足下に絞らせる。連続して炎つきのかまいたちを飛ばしてくるガーゴイル。後方に「悟り世代」が回るが、それにも即応して火焔の渦で迎撃してくる。

けらけら笑うガーゴイルの顔には、多数の目がある。

全周囲を警戒できるタイプか。もう飽きるほど見た。それに腕が二本だけれども、増やせる可能性も多そうだ。

ならば。

突貫する。ガーゴイルは即座に気付いて、炎の渦で迎撃に掛かってくるが。叫びと共に、高枝切りばさみで炎を切り裂く。

邪神の攻撃は、殆どの場合狩り手の攻撃で迎撃できる。

それがどれほど物理的にあり得ないものでもだ。

どんなに優れた人間でも邪神には勝てないけれど。

精神生命体である邪神には、相手の精神の間隙を突く攻撃がとても有効だ。狩り手は存在そのものが、それに当たる。

慌てて迎撃の炎を出そうとするガーゴイルだけれども。

同じように気合いで炎を消し飛ばした「悟り世代」が、既に至近に。どちらに対応するか、一瞬判断が遅れる。

それで、最後だ。

投擲した高枝切りばさみが、ガーゴイルの顔面に突き刺さり。派手に鮮血を噴き上げる。

其処に、「悟り世代」が猛撃。特に左ハイが完璧に入って、血だらけの頭が首から外れてすっ飛んでいた。

朱に染まった生首から、高枝切りばさみを引き抜く。

ガーゴイル邪神が、消えていくのが見えた。

無数の触手を持った邪神相手に、「腐女子」が苦戦している。すぐに救援に向かう。

彼奴はかなり手強い様子だ。だが、防戦に徹しながら、味方の支援を待ってくれた。

そのまま突入。

至近距離から、「萌え絵」つきのナイフを投擲してやる。爆裂の中で、触手が引きちぎれるのが見えた。

絶叫する触手邪神に、突貫した「腐女子」が。筆とは名ばかりの恐ろしい長物で徹底的に突きを叩き込む。

哀れっぽく悲鳴を上げていた触手の塊が、不意に内部から肉塊をせり上げる。

第二形態か。

下位の邪神にしては、芸が多いと感じるが。

形態変化したという事は、それだけ追い詰められていると言う事だ。

大量の触手を足下に伸ばして、遙か高みから見下ろしてくる体勢になった邪神。なんかこんなロボを何処かで見たような。気のせいでは無いのかも知れない。邪神達は様々なカルチャーなどから悪趣味に姿を借りる。もとの人間の姿が色濃く出ていることも多いが。こういうのもいる。

何度も見てきたから、知っているし慣れてもいる。

切り倒しに掛かる。

邪神達は数知れず押し寄せてくるが、最前衛にはあの「悪役令嬢」がいて。日本で伝説的な戦果を上げた「陰キャ」と連携している。

負ける気がしない。

 

後方で、また一つ邪神の気配が消えた。狩り手の皆は、良く連携して頑張っているようである。

腕を引きちぎった。

邪神が悲鳴を上げて地面でのたうっているが。その頭を潰して楽にしてやる。高位邪神といえども、今の「悪役令嬢」と「陰キャ」が連携すればこんなものだ。こいつもさぞや多くの街を灰燼に帰し、悪辣の限りを尽くしてきたのだろう。容赦など、してやる必要はない。

最高位邪神は流石に手強いと思えるが。

それでも、今の「悪役令嬢」と「陰キャ」の二人がかりなら、勝てない相手はいない。ただし、それは一対一が相手の場合だ。よって、連携して確実に相手の数を削って行くことにする。

まずは邪魔な前座からだ。

最高位邪神が、何かの能力を展開する。

かなり広い範囲に展開した様子だが。その能力が分かる前に、一体を潰してしまう事にする。

逃げ腰になっている高位邪神の前に回り込むと、息を合わせた「陰キャ」と二人で微塵に切り裂いてしまう。形態変化させる事もしない。一気にバラバラにして、それでおしまいだ。

消えていく高位邪神。

何か悪口を罵っていたようだが、どうでもいい。手を振るって、その残滓を消し飛ばしてしまう。

気力が全身にみなぎっている。

何が出て来ても、負ける気はしなかった。

周囲に展開された能力は、何だこれは。全身が重いように感じるが、重力ではないようである。

「何だか重いようですわね。 何かしら」

「キッショ。 この空気の中、その程度の反応で済むのかよ……」

「お里が知れますわね。 最高位邪神といえども、わたくしが殺戮してきた相手はどの方も大変お下品で品性などかけらも無い方々ばかりでしたけれども。 貴方も例外ではないようですわね」

「人間ごときが、私を品性という点で貶めるか……」

更に周囲の重苦しさが増す。

そして、現れるのは、無数のフォロワーだ。フォロワーがあからさまに強化されているのも分かるが。

目を細める。

なるほど、そういうことか。

アヒル。鼠。それに犬。全てが二足歩行、それも直立体勢になっている。フォロワーを一瞬でこれらの姿に書き換えたのか。

それも、だ。

これらのフォロワーの姿を見れば、一目で分かる。

表現規制なんてくだらないことをやる連中が、真っ先に自分達の手駒に変えた世界の最大手ブランド。

古くからお行儀が良すぎると言うことで、それが存在する国ですら物議を醸していたが。

SNSクライシスの前には、表現規制なんて事をやっている連中の手に完全に落ち。

表現規制の最先鋒になり。

挙げ句の果てに言いなりのままに自分達が作りあげてきたブランドすら、「ポリコレ」とかいう表現規制の新たなる形に組み込み、滅茶苦茶にしていった存在。

「私こそが! 世界で最も認められ、世界で最も権威ある表現! 私の名は、「正しい表現」! 貴様らのような腐りきったガチャ文明のミームとは違う、文字通り世界で一番認められた美しい表現である!」

「違いますわね。 少なくとも貴方は違う」

「何だと……」

「貴方は世界一だったかも知れないブランドに寄生しただけの単なる思想の押しつけ屋に過ぎませんわ。 一神教の文化圏にいるから、思想の押しつけには抵抗がないのかも知れませんけれども。 はっきり言って迷惑ですのよ」

霧の中。

巨大な人影の額に、青筋が浮かんでいるのが分かる。

そもそも、ポリコレとかいう思想が入り込んでから。そのブランドそのものが滅茶苦茶になっていったのだ。

それについては。SNSクライシス前にすら物議を醸していた。

誰もが望んで何ていない。

それに、である。

そもそも、「多様性」がどうのこうのとわめき散らしていたくせに。性的多様性以外には目が向かず。それ以外の思考的多様性などは全無視していた連中が、何が「多様性」か。

はっきりいって、笑止の極みである。

霧の中、形が変わっていく邪神。

多数の動物の頭を持ち、そして二足歩行の存在へと変わっていく。

なるほど、ブランドを冒涜し尽くし、「ポリコレ」を名乗るただの意識高い拗らせた代物へ造り替えていった存在に相応しい姿だ。

そして奴は自分が美しいと疑っていない。

何しろ自分は「正しい」のである。

雄叫びと共に、周囲の最大強化されたフォロワーが一斉に来る。速さも重さも、以前交戦した強化フォロワーなみだ。しかも、数が多い。数百を一体にまとめて、この姿に変えている訳では無いのだろう。

「キモイ! キモイんだよお! ガラパゴスな文化の分際で!」

「はっきりいって、貴方方が言う多様性なんて教えて貰う必要はありませんわ。 とっくの昔に有していますので。 それに貴方が見て気持ちが良いものを揃えて多様性とは良くいったものですわね。 他人を見てキモイとか言っている時点で、そもそも多様性を口にする資格は無いのでは?」

「だ、黙れこの……」

「またキモイ、ですかしら。 オーッホッホッホッホ! 貴方の方が、余程気色が悪いですわよ。 貴方がどんな性癖を持とうと自由ですけれども、それを押しつけるのは迷惑なだけと思い知りなさい」

答えは金切り声の絶叫だった。

やれやれ、図星を突くとこれだ。まあ「狩り手」が図星を突いているからダメージになっているだけで。

此奴らは人間だった頃から、周囲が異を唱えれば力ずくで押さえつけ、殺す事も厭わなかったのだろう。

巨大ブランドを自分の玩具にして滅茶苦茶にするだけでは飽き足らず。

もはやその欲望は、自己肯定ともはや自己神格化にまで足を踏み入れている。

独裁者がやるのと同じ行動だ。

それの何処が多様性だというのか。

その矛盾にさえ気付けない時点で、既に此奴らは終わっていたのだろう。SNSクライシスがこなければ、巨大ブランドがまるごと陥落していたかも知れない。他でも無い、此奴らのせいでだ。

凄まじい数の、動物頭のフォロワーが襲いかかってくる。

これもそもそもブランドに対する侮辱だろうに。幼児じみた全肯定感が、それにさえ気付けない頭脳に変えてしまっている。

しかも、それにつきあわされるのは元人間のフォロワーだ。

何というか、流石にこればかりはフォロワーに同情してしまう。

殺気。

跳び下がると同時に、巨大な手が「悪役令嬢」を叩き潰そうと降ってきた。

かなり正確な一撃だ。動物フォロワーは一匹も潰していない。

「陰キャ」が仕掛ける。

ずっと無言だが、そもそも喋るのも嫌なのだろう。気持ちは大いに分かる。

無言でその支援をする。具体的には、別方向から突貫しつつ、フォロワーの群れをまとめて蹴散らす。

「悪役令嬢」に視線を送りつつも。口を開いて、多数のレーザーを「陰キャ」に投擲する邪神「正しい表現」。 傲慢極まりないその顔の向こうが、水蒸気爆発で煙に覆われる。

勿論あの程度で「陰キャ」がどうにかなる筈も無い。

「悪役令嬢」もターンを掛けて、正面から躍りかかる。レーザーを乱射してくる邪神「正しい表現」。だが、反応が遅い。

瞬歩を使って上空に逃れる。

その時には、「陰キャ」が刃を邪神の喉に食い込ませ、一気に掻ききっていた。

「正しい表現」が、やたらデフォルメされた巨大な手でのど元を押さえるが。

今度は上空から襲いかかった「悪役令嬢」が、大上段から斬り下げる。

鮮血が噴き上げ、二十メートルはある巨体が片膝を突く。

その腹が出ているのは、何かの冗談だろうか。

散々美しいだの正しいだの言っておいて。自分の体の管理も出来ていない、ということだろうか。

まさか、とは思うが。

肥満体である自分を肯定するために、「正しい表現」とやらを広め。その中に不自然に肥満した人物などを混ぜていたのか。

肥満の一部が、一種の病気であることなどは理解している。だがそれとは別に、単に自己管理が出来ていない結果の肥満もある。

この太り方は、明らかに後者だ。

だとしたら、それは自由だのなんだのではないだろう。

ただの怠惰の結果だ。

呆れ果てた「悪役令嬢」の目の前で、何かもはや言葉にならないわめき声を上げながら、邪神「正しい表現」は起き上がる。

頭が急速に再生していく。中々にタフなことだけは認めてやってもいいか。

それにしても、恐らく捨て石にされているだろう此奴は、どうして捨て石にされたのだろうか。

ああ、なるほど。

例え飾りだけでも、「財閥」が広める価値観に、此奴が口出しをすることがあってはならない、というわけだ。

此奴も人間だった頃には、より邪悪な人権屋の走狗だっただろう。

そして今は、世界で一番邪悪な存在に、いいように使われ。そして死のうとしているわけだ。

用済みになったから斬り捨てると。

何だかその哀れな道化ぶりには、ある意味同情すら覚えてしまうが。

しかしながら、同情などしていたら此奴に殺され、今も弄ばれている人間が浮かばれないだろう。

もう言語になっていないわめき声を上げながら、襲いかかってくる「正しい表現」。

此奴には勝てそうだ。

だが、その後にまだ邪神が控えている。気合いを入れて、可能な限り消耗を抑えながら勝たないとならないだろう。

「陰キャ」に視線を送る。

それだけである程度意図は通じる。

前傾姿勢になった邪神「正しい表現」が。口から大量のフォロワーを吐き出す。

更にフォロワーのバリエーションを増やすことで、攻撃を回避しづらくするのが狙いだろう。

まあどうでもいい。

まとめてねじ伏せるだけだ。

 

4、最悪の震源地

 

米軍が、カナダの一角を急襲していた。

そこは、邪神共が北米大陸からいなくなる前に。邪神の組織が支配していた一角。以前は手も足も出せない場所だったが。

今、全面大攻勢に出ていることで。やっと攻撃が可能になったのだ。

勿論軍だけでの攻撃は自殺行為である。

邪神がまたいつ戻ってくるかも分からない。そこで今回の作戦は、第二世代の狩り手のうち、新しく前線に投入される事になった四人と。北米に残った狩り手「クズ弁護士」を投入。

五人で一直線に道を開き。

そして特殊部隊が、現地を調査するというものだった。

この場所は、SNSクライシスの発生地である。

カナダはSNSクライシス前には、色々と問題を起こしている土地だった。

いわゆる表現規制の総本山であり。

思想的に拗らせた人間が国政の要にまで食い込み。

文字通り国全体が狂気の渦に包まれていた。

SNSクライシスが此処で起きたのは、何か理由がある可能性が高い。

そう米軍では当たりをつけていたのだが。今までは人員も足りず、作戦行動を起こす余力もなかった。

それで、今回の作戦で。「エデン」が流石に総力での迎撃をせざるをえなくなる状況を利用し。

虎の子の第二世代のルーキーとなる狩り手まで動員し。

爆心地の調査作戦に入ったのである。

この爆心地を割り出すのに、残されたデータなどから十年以上を要し。そしてやっと今、調査できる状態になったのだ。

第二世代の狩り手。

「ぼんやり」は、名前の通り半目でぼんやりした言動が目立つ。こういう性格は米国では特に嫌われていたのだが。

逆にそれが良いと、狩り手に抜擢された経緯がある。

「ぼんやり」の得物は、日本の第二世代の狩り手がみんな使っている重量武器だ。

具体的には、巨大なチェーンソーである。

これを縦横無尽に振り回して、フォロワーを蹴散らし。

血だまりの中であくびを一つ。

それが「ぼんやり」だ。

カートゥーン風の服を着込んで、若干内股ぎみに歩く様子も。ネットミームを良く研究した結果である。

勿論このキャラづけは叩き込まれたものだ。

第二世代の狩り手は、実戦のデータが著しく少ない。

そこで、あらゆるデータを急速に還元しつつ、様々なキャラクターを試している。その結果がこの姿らしかった。

「α2、右翼に展開」

「ラージャ」

眠そうな顔をしているが、別に本当に眠いわけでは無い。

すぐに指示に従って、右側に展開。押し寄せる凶暴なフォロワーを斬り割き、消し飛ばしていく。

この巨大チェーンソーはご機嫌な武器だ。

実際に使ってみると、明らかにただの鈍器の方がいいのだけれども。まあこれくらいは良いのだろう。

チェーンソーがコンクリにぶつかったとき、放つ火花も美しい。

そのまま荒れ狂って、周囲からフォロワーを掃討する。

他の三人の第二世代の狩り手も、負傷はしていない。

病み上がりという「クズ弁護士」も、元もアラスカで戦っていたという話だ。極地での戦闘には慣れっこなのだろう。

周囲を見回す。

指を舐めるようにと言われていたが。まあいいか。忘れたように、指を口に突っ込む。

「掃討完了か、α2」

「掃討完了……」

「よし、充分な状況だ。 特殊部隊、すぐに調査を開始せよ」

「ラージャ」

ほとんど間を置かずヘリがすっ飛んできて、調査を開始する。

流石は米軍の特殊部隊だなあと、感心して見送る。

調査地は、「クズ弁護士」が直接護衛に当たる。

だから、周囲を見回し、取りこぼしがいないかを確認するだけでいい。

とはいっても、短時間でこれだけフォロワーを駆除したのだ。どうせ周囲から散々フォロワーが押し寄せてくる。

この辺りだけで四百万近いフォロワーがいると聞いている。

第二世代の狩り手四人なんて、全部が押し寄せてきたらひとたまりもないだろう。

とにかく、確保できる時間は三十分がやっと。

それについては、既に説明済みである。

特殊部隊が、ヘリに何かをどんどん積み込んでいる。更に次のヘリが来て、運び出しをしていく。

さっきちらりと覗いたけれど、そんな目立つ物資はあったのだろうか。

よく分からないなと思って、周囲を見回す。どうせそろそろフォロワーが来る。そう思った、瞬間だった。

背筋に、何かとんでもない悪寒が走っていた。

思わず周囲を見回すが、邪神の気配じゃあない。

少なくとも、今邪神がいるわけじゃあなさそうだ。

だとすると、なんだこの気配は。

見ると、別の第二世代の狩り手が、げろげろと吐いている。

今のをモロに浴びてしまったらしい。

首を伸ばして様子を見ている特殊部隊を、隊長らしいのが叱咤していた。すぐに何かを運び出すつもりなのだろう。

どうやら、ビンゴというところか。

何か、とんでもないものが出たのだろう。

それについては確定だ。こんな気配を感じるのは、流石に初めてである。

第二世代の狩り手が、邪神戦であまりいい戦果を出せなかった。

それもあって。科学者達は必死だ。

邪神に対する耐性をつけさせようと、「ぼんやり」をはじめとする狩り手達に散々酷い事をした。

恨みは深いが。今はそれを口にしている場合では無い。

案の場だ。周囲のフォロワーが活性化したらしい。凄い数が押し寄せてくるのが分かる。

これは、急いで撤退した方が良い。

そう、無線に入れる。

無線の先でも、何かを察知したらしい。

「分かった、撤退を開始する! 周囲のフォロワーが、凄まじい勢いで作戦地点に集まろうとしている!」

殿軍を任せると言われ。

特殊部隊がばらばらとヘリで逃げていく。

この後、AI制御のヘリが拾いに来てくれるはずだが。間に合うだろうか。

無言でチェーンソーを構え直す。

さっきの気配が、この事態を招いたのは確実だ。

生き残りたいな。

そんな風に、どこか他人事に「ぼんやり」は考えていた。

 

(続)