陽光無尽

 

序、その日は血に染まる

 

対馬での戦闘が開始されてもう二月が経過した。

四人の狩り手が投入されたこの土地では、連日六万を越えるフォロワーの撃退が続いていた。

第二世代の狩り手二人。

「巫女」と「人形」。

更に第一世代の狩り手二人。

「女騎士」と「コスプレ少女」。

この四人で、フォロワーを次々と駆逐し。現時点で、安定して連日六万のフォロワーを倒せるようになって来ている。

連日の戦果で、島の砂浜は既に真っ赤。

既に倒された大量のフォロワーの血で染まっており。それがどうにか乾く様子も無い。

ましてや今日は雨だ。

この泥濘の戦場は、ずっと状況が変わらないだろう。

砂浜に降り立つ。

「巫女」は血の臭いが濃いな、と思った。

隣に立っているのは、斬馬刀を手にした「人形」。ボアだの何だので服がリボン塗れで、殆ど何も喋らないが。戦闘では鋭い太刀筋を見せる。というかこの太刀筋、「陰キャ」のものと酷似している。

羨ましい。

瞬歩も使えるようだ。

なおさら羨ましい。

雨の中、ホバーで上陸する。今日からは二地点を同時に攻める。

大量のフォロワーがすぐに迎え撃ってくるが。当然すぐに此方も斬りかかる。

印を切るのは忍者と同じ。

精神集中のため。

一度だけ印を切った後は、修羅に入る。

神降ろしをしているかのように、戦闘態勢に心身をおいて。後はひたすらに暴れ狂うだけだ。

何だか少しおかしいな。

昼少し前まで暴れて、そう感じた。

活性化しているフォロワー達は相変わらず元気だ。最近は東南アジアから集められたらしいフォロワーもいて。坊主の姿の名残が見えたり。或いはムスリムだったらしい名残が見えたりもした。

今はみんなフォロワー。

ムスリムの攻撃性も、仏教の哲学性もなにもない。

それについてはかまわない。連日戦っているから、別に色々なフォロワーを見る事に違和感は感じない。

もっと別の所で、何かおかしいと感じる。

にこにこと笑っている「人形」に話を振る。

ほぼ同期だ。

話はあうかと思ったのだが。

「考えすぎじゃないの?」

「そうか?」

「「巫女」さんはずっと顔が怖いけれど、そんな事考えていたんだね。 説明できない以上杞憂だと思うよ」

「……」

意外と毒舌なんだな。

こんな可愛い姿をしているのに。

まあ、この姿は押しつけられた愛情の結果だ。子供をアクセサリとしか考えず、読めないような名前をつけたり、こんな風に着飾らせて出かけたりするバカ親の歪んだ愛情の結果産まれた者。

心が歪んでいるのも、キャラづけの一つか。

それとも、「陰キャ」と圧力を掛けて引きはがそうとしている周囲を見て。急激に歪んでいったのか。

此奴が「陰キャ」を親以上に慕っていることを、「巫女」は知っている。

だから。その言葉を聞くと、悲しいなと感じてしまう。

ため息をつくと、そのまま他の二人とも合流する。

午後は、「女騎士」と「巫女」で。「コスプレ少女」は「人形」と組む。

そのまま食事を済ませて、軽く休憩。

「女騎士」は体力で無理に何とか動いている印象。この様子だと、いつか潰れかねないなと思う。

それに、この良くない空気。

軽く話はしておいた方が良いだろう。

一応「女騎士」には話をしておく。

不審そうにしていたけれど。念のためだろうか。「女騎士」は、山革陸将に話をしてくれた。

山革陸将は、文字通り奇蹟の存在である「悪役令嬢」が活躍し邪神を倒して行く様子を見ていたから、だろうか。

狩り手にはある程度好意的で、話も分かるのがありがたい。

他の人間は、狩り手を人間扱いしていなかったり。或いは舐めた目で見ている奴が幾らでもいて。

はっきりいって、それを確認できただけでも。

「巫女」はあまり人間が好きでは無かった。それでも植え付けられた使命感のために戦ってはしまうし。そもそもフォロワーや邪神に対して植え付けられた怒りと殺意は消えないけれども。

「女騎士」が真面目に山革陸将と話をしてくれたので、感謝して頷く。

「確認はしておきました。 もしも何かあった場合は、「陰キャ」先輩がすぐに来てくれます」

「助かる」

「でも、今の戦力なら、問題はないのでは?」

「高位の邪神の実力は知っている筈だ。 この面子でも、一瞬で全滅させられるかも知れない」

「女騎士」が青ざめる。

記録で見ただけだが、彼女だって高位邪神との戦闘は経験しているはず。まさかフォロワーとの戦いばかりで鈍ったのだろうか。

だとしたら色々と口をつぐんでしまう。

それに「巫女」と同じ作られた狩り手達が、北米で高位邪神とぶつかったときに一瞬で戦意を喪失したとも聞く。

つまり、それだけの実力差があるということだ。

相手を舐めて掛かる真似は「巫女」もしない。

「メキシコでも「悪役令嬢」先輩が攻勢に出て、高位の邪神を倒したと聞く。 敵が手をこまねいてくれていれば良いが、そうとは思えない」

雷が落ちたので、目を細める。

船がぐらんぐらんと揺れている。

連絡が入ったので、見る。朝鮮半島に、追加と思われるフォロワーが集結しているとか。その数は二千万に達するという。

嘆息する。

この様子では、対馬に際限なくお代わりが来るだろう。この状況を防ぐには、どうすればいいのか。

勿論嵐の間は攻めこんではこないだろうが。

それでも、この二千万が無理に対馬に乗り込んで来たら、どうなるか分からない。

休憩を終えて、再び対馬に乗り込む。

攻勢に出ているとは言え、対馬の全ての土地を奪還するにはとても遠い。それに一千万いるフォロワーを削りきれるわけがない。

追加でちょくちょくお代わりが来ていたという事もあるが、現時点で対馬には一千二百万ほどのフォロワーが上陸しているらしい。

とんでもない数だが、これでも更に後から倍近いフォロワーが来ると考えれば、まだ減ってきているのだろう。

午後も掃討戦を続ける。

対馬は南北に大きな島が、その周囲に小さな島が複数存在する群島になっていて。今北部は群島も含めてフォロワーでびっしり。南部の島を主体に戦いを続けている状況である。

何とか雪はなくなったが、気候の異常が原因だろうか。

昔はそれなりに森林資源が豊かだったらしい対馬も、今は全土が殆どはげ山に近い状態だ。

無言で「巫女」は暴れ回って、押してくるフォロワーを嵐の中。嵐以上に激しく打ち据え斬り倒す。

そして鮮血をぶちまけながら大弊を振り回し、周囲の敵を薙ぎ払う。

「女騎士」も、やっと体にあった大型武器を見つけたらしく、充分に振り回せるようになってきているが。

目標にしているらしい一日10000のキルカウントには到底届かない様子だ。

それでも必死に歯を食いしばっている様子は、むしろ痛々しいと思う。

何というか、無理をしながら目標に向かっている様子がどうしても分かってしまうのだ。

元々例外的に良い生活をしていたところを、無理を言って狩り手になったらしいし。

それはこれだけ泥にまみれれば、おかしくもなってくるのは道理だろう。

嵐が更に激しくなってきたが、フォロワーを駆除する好機であっても危険な状況ではない。

島の周囲は、文字通り元寇の兵士達が怖れたように「波、山のごとし」という有様だけれども。

それでも邪神に比べれば何て事もないだろう。

海岸には近付きすぎないように気を付けてはいるが。それでもどうと言うことはなかった。

ベルが鳴る。

敵の動きが鈍ってきているなと思ったが、もうそんな時間か。

休むのも仕事の内。

そう自分に言い聞かせて、一度下がる。

連携を取りながら、後退を実施。フォロワーは追ってこない。

対馬の南部を、ごく一部だがフォロワーがいない状態にできている。「人形」が加わった事で戦力が以前の四割増しになり、大量のキルカウントを稼げているからだ。

ヘリが来たので、順番に疲れているものから乗って貰う。「巫女」は奇襲に備えて最後尾だ。

「人形」が乗ったのを見越すと、ヘリの縄ばしごなんて使わずひょいと乗る。柔らかく乗ったから、ヘリは揺れていない筈だ。

唖然として目を剥いている「女騎士」。一瞬だけ面白そうだと思った様子の「コスプレ少女」。

縄ばしごを引っ張って回収すると、そのままヘリには海上艦隊へと戻って貰う。

海上艦隊の甲板から降りて、其処で解散。

後は、ぐらんぐらん揺れる船の中で、与えられた自室で休むだけだ。流石にこの状態でヘリはAI制御では格納できないらしく、本州に戻っていくが。

自室で「巫女」は無言で過ごす。

周囲に人間がいない状態は、むしろ都合が良いと思う。

武器を磨く。

後は。服の手入れをする。

いつの間にか、服を丁寧に調べて。毒殺などに対して備えるようになっていた。

これについては誰にも教わっていない。

ただ、毒殺などの知識は教わって知っている。

なんで、「巫女」に対してそんな知識を仕込んだのかは分からないが。

いずれにしても教わっているなら、いつ何が起きても大丈夫なように備えるべきだとは思う。

船がぐらりと揺れたが、体幹がしっかりしているので微動だにしない。

そのまま何事もなかったかのように、「巫女」は洗濯機に巫女服、千早といったか。それをぶち込んで。

新しい巫女服に着替えていた。

携帯端末が鳴る。

山革陸将だった。

「いいかね「巫女」くん」

「かまわない」

「……対馬にフォロワーの増援が接近していることについては連絡があったと思う。 しかし、対馬から近いうちに戦力を抜く事になるかも知れない」

「そう連絡をして来ると言うことは、私は対馬に残留と言うことだな」

無言。

つまり、そういう事なのだろう。

ため息をつく。

今後、「巫女」のような第二世代の狩り手は、フォロワーの駆除が専門になっていくのかも知れない。

「君の他には「人形」くんにも残って貰う事になると思う。 二人でキルカウント30000を連日たたき出せるだろうか」

「30000だったら難しくは無い。 40000だったらかなり無理をしないといけないだろう」

「分かった。 それで充分だ。 ろくでもない連絡をしてしまってすまなかったな」

「……」

通信を切る。

ここから人員を割くと言うことは、恐らく邪神との決戦が近付いているとみて良いだろう。

邪神もフォロワーもいなくなったら、恐らくは「巫女」は用済みだ。

とても自分の世代でフォロワーを殺しきれるとは思わない。

だが、自分と同じように「作成」された第二世代の狩り手が。次の世代もフォロワーと戦い続けた場合。

あの「悪役令嬢」が勝ちつづければ、いつかそれは現実的な話となってくる。

人間と戦争になったら、その時には勝てないと思う。

人間の銃火器は、あくまで人間に対して最大の殺傷力を持つ。

それは狩り手に対しても大きな殺傷力を持つ、ということだ。

自衛隊の一分隊相手でも、不覚を取るかも知れない。

無言で、勝ってしまっても良いのだろうかと思う。

体に仕込まれている使命感と闘争心のまま戦い続けてきた。フォロワーが邪神によって作り出されて増えない今。

フォロワーが大量に増加する恐れもない現状を考えると、いつか相手を狩りつくしてしまう事だって分かってはいる。

しかし、それでも何か納得がいかない。

これは自分の中に生じた人間性が理由だろうか。

いや、そうとも言い切れまい。

何とも言えない不快感が、「巫女」の中にせり上がってきていた。

その時だ。

「巫女」は全身が総毛立つような悪寒を感じていた。

凄まじい敵意が全身からわき上がってくる。

間違いない。

邪神だ。

邪神と「巫女」が遭遇するのは実は初めてである。「陰キャ」の所にいた「人形」は、交戦経験は無いかも知れないが、遠くから気配を感じたことがあったはず。

すぐに大弊を手にし、連絡を入れる。

間違いなく、この気配は対馬の方である。

「邪神だと!?」

「間違いない。 この無人艦にまでテリトリが届くほどの強力な個体だ。 この戦線が好き勝手に蹂躙されていることに、業を煮やしたのかも知れない」

「分かった、戦闘態勢を取ってくれ。 此方から、「陰キャ」に連絡を入れる。 戦端はそれまで開かないように」

「……」

通信が切れる。

すぐに他の狩り手にも連絡が行くはず。

甲板に出る。ヘリがすぐに来る筈。「女騎士」が、慌てた様子で出てくる。風呂にでも入っていたのか、髪が濡れていた。

「じゃ、邪神!?」

「……この気配、間違いない」

「コスプレ少女」がぼそぼそという。

「人形」はいつの間にか、皆の中に混じっていた。

「もしも「エデン」の邪神だったら、数体一組で来るのかな? いや、この様子だと一体っぽいね」

「感じ取れる外に潜んでいるかも知れない」

「ヘリが来ました!」

「女騎士」の言葉通りに、ヘリが飛んでくる。

分乗して、対馬に移動。戦闘後の疲れは残っているが、この船に無意味に乗り続けるよりはマシだ。

邪神は物理戦闘力は核兵器ほどではないけれども。それでも護衛艦を沈めるくらいのことはできると聞いている。船に留まり続ければ、いずれ殺されるだろう。

それにこの気配。十数q先まで拡がっているとみた。つまりは、高位邪神の可能性が高い、ということである。

対馬まで行く間に、ヘリが撃墜されるかも知れない。

「山のごとし」な波の間を、低空飛行でヘリが行く。パワフルなヘリだから、大波を喰らっても即座に撃墜とはならないが。

それでもアラスカでの戦闘の記録を見る限り、ピンポイントで航空機を狙って来る可能性がある。

これ以上高度を下げれば、幾ら頑強なこのヘリでも耐えられないだろう。

それは分かっているから、無心で歯を噛むしかない。

ヘリが対馬に到着。海岸近くの岩場に降りる。

周囲は文字通り。むせかえる血の臭いで息ができなくなるほどの状況だ。

これは、精神が弱い奴は保たないだろうなと思いながら、大弊を取りだし、何度か振るう。

大丈夫、戦える。

自分に言い聞かせながら、「巫女」は轟々と風がなる中。いつ誰が仕掛けて来ても良いように、周囲を警戒する。

他のヘリも順次着地し、狩り手を降ろす。

最悪の事態に備えてヘリに分乗してここに来たが。到着までは大丈夫か。

「邪神が現れても、守勢に徹してください。 「陰キャ」先輩が来るまで、守りに徹し、以降は「陰キャ」先輩の指示に従って動きます」

「分かった」

「分かりました」

「……はい」

それぞれが「女騎士」に応える。

あのいけ好かない「優しいだけの人」が指揮官から外れて、風通しは良くなったが。こう言うときには若干の支障が出るな。

そう思った瞬間には。風が近くまで迫っていた。

文字通り抉るような一撃だった。

吹っ飛ばされて、地面に叩き付けられる。

海に落ちなかったのは本当に良かった。何度かバウンドしてから、必死に起き上がる。

無言で顔を上げると、そこには今まで戦って来た奴とは根本的に違う相手がいた。

あれが、邪神。それも、恐らく高位の邪神か。

「ひよっこ共が。 随分と貴重な資源を台無しにしてくれたねえ。 約束の土地で今後我々が生きていくために必要な労働力なんだよそれらは。 無駄に潰してくれた礼はしないといけないねえ」

老婆のような声を出すそれは。老婆のような顔だが、体は屈強。全身の肌はカラフルで、それでいながら常に変わり続けている。

全身に無数に浮かび上がっている眼球は、きょろきょろと周囲を見回し。

そのおぞましさは、文字通り類を見ない。マッシブな体型が。余計に違和感を醸し出す。

全部が全部、悉く噛み合っていない。

「日本の狩り手と言えば、「陰キャ」とかいうのが有名らしいね。 ふん、くだらない話だよ。 私「ら」「ラディカルフェミニスト」がやっと世界を良くしてやったのに、まだそんな異分子がいるとはねえ」

老婆が手にするのは、巨大な鉄杖だ。

それはぐわんとうなりを上げて振るわれ。そして、先端が「巫女」に突きつけられていた。

「さ、四匹まとめて掛かって来な。 私だって時間がいくらでもある訳じゃあないんでねえ」

「戦闘は防御を主軸に。 あの相手は……」

「女騎士」が声を震わせているが、分かる。今まで戦って来たフォロワーの群れなんて、砂粒同然。

此奴は上位存在であることを、隠そうともしていない。巨大な体には力があふれかえり。その存在感は圧倒的だ。

「陰キャ」が来るまでもつのか。いや。防御戦に徹するくらいなら、攻めに。

その考えを。

「ラディカルフェミニスト」が振るった鉄杖が粉砕するまで、二秒も掛からなかった。

 

1、増援として急ぐ

 

「陰キャ」は総力で対馬に急ぐ。

現れた邪神は恐らく高位の存在。

いつかは来ると分かっていた事態だ。

「エデン」は相当に焦っているとみて良い。「陰キャ」はあれから「悪役令嬢」と話をした。

「エデン」のボスである最高位邪神「財閥」は。とにかく自分の手を汚さないように、戦略的に振る舞い立ち回る。

それ故に手強いが。

もしも敵の戦略が瓦解するような事があれば。一気に押し込むことができるだろう、と。

この間メキシコでの大攻勢で。「悪役令嬢」が「悪徳製薬企業」という邪神を倒して、メキシコ戦線が一気に此方優位へと傾いたという。

それによってメキシコでは連日戦線を押し込んでいて、ついにメキシコ国境の壁を越えて「悪役令嬢」は戦線を進め。各地で混乱状態のフォロワーの群れを各個撃破しているそうである。

更に対馬から逆撃を掛けて、アジア方面でフォロワーを動かしている邪神を叩きに行く。

そういう話があえて自衛隊内で広まるようにして。

エデンのボスである「財閥」へ。財閥が飼っているユダ経由で。流れるようにした。

いずれそうなれば。「財閥」は戦略の破綻をどうにかするために、戦力を送り込んでくるだろう。

送り込んでくる先は、アラスカか対馬の可能性が高い。

恐らくは対馬だろう。

アラスカは既に兵力を送り込んで失敗している。

これは予定通りの失敗とは言え、それでも同じ轍を踏んでいるように見えないよう、「財閥」は振る舞う筈だ。

だから、消去法で恐らくは対馬に手練れを送り込んでくる。

決断を一度すると、「エデン」の動きは速い。

だから、備えておいてほしい。

それらは、全て言われていたことだった。

故に「陰キャ」はすぐに出る事が出来ていた。

ここ数日は、あえてキルカウントを延ばすのにこだわらず、余力を残して立ち回っていたのである。

それも全て、この時のためだ。

近いうちに対馬に大攻勢がある。

それを理解していたから、こうやって備えていたし。今日もすぐに何時でも戦えるように準備してもいたのだった。

ヘリは剽悍に飛ぶ。

邪神は「ラディカルフェミニスト」と名乗ったらしいが。これについても既に調査はできていた。

「ラディカルフェミニスト」。SNSクライシス前の最果ての時代で、人権を振り回してもっとも世界を混乱させた巨悪の一つである。これの根本となったのが「ラディカルフェミニズム」。「急進的」「フェミニズム」と呼ばれた思想だ。

元々フェミニストは各地で猛威を振るい、人権を盾にあらゆる悪事を積み重ねてきた存在だった。

人権屋が猛威を振るったのは。SNSクライシスの前の最果ての時代が、文字通りモラルが終わった世界だったから。モラルが終わった世界で、苛烈な差別が存在していたからである。

スクールカーストなどが例に挙がるだろう。

ただし、そんな中で台頭したフェミニズムは、女性の権利を守るとしたいにしえのものではなく。

単なる急進的で、男性を女性の奴隷にしようとか、資金源にしようといった、どうしようもない代物であったのだが。

単なる男性嫌悪症を拗らせた者達が、自分の嫌悪感を正当化しようとして無理矢理理立てた。

それが最果ての時代のフェミニズムだった。

この最果ての時代に、更に過激派の中から勃興した「ラディカルフェミニズム」は、もはや「急進的」とまで言われる思想に落ちていて。その行動は苛烈を極めた。

ざっと「陰キャ」が調べただけでも、思わず口をつぐむような行動が含まれている。

男性を「オス」と呼ぶのは当然。子供が男だったら去勢したり堕ろしたりといった行動を取るものまでいたらしい。男性を「オス」と呼ぶフェミニストからなった邪神は「陰キャ」も何度も交戦したが。あの者達は明らかに男性を差別対象として見ていた。反差別を掲げたものが差別をするようでは本末転倒ではないかと思うのだが。過激化した思想集団には、もうそういう言葉は届かないのだろう。

「ラディカルフェミニスト」達は苛烈な思想を掲げて、終末の世界で割拠し暗躍し。数々の犯罪集団などを組織し。

多くの社会的現象にケチをつけ。

政治、社会のありとあらゆる場所で暴れ狂っていた。

実際問題、これが社会問題になっていた国では。このラディカルフェミニズムを抱える凶悪な犯罪組織が猛威を振るう事があり。

それらは。最果ての時代を経た今でも、記録が幾つも残っている。

いずれにしても、女性差別を撤廃しようとした最初の一歩から。女性優位主義や男性を奴隷にするべきという思想に変化してしまったこの最果ての主義は。確かに単なるテロであり。

人間の尊厳すら否定するものだなと、「陰キャ」も思う。

いずれにしても、フェミニスト系の邪神は何体も見て来た。

記録を見ると、北米にいた邪神も、多くがこれに該当したそうだ。

ラディカルフェミニストと名乗った邪神については残念ながら記録にない。

あるいは欧州で暴れていた邪神なのかも知れない。

ありうる話だ。

そもそも、欧州でもフェミニズムを振りかざす危険思想の持ち主は、大勢暴れていたのだから。

これに様々な宗教の原理主義者なども加わり。

SNSクライシスの前の時代は、文字通り思想の冬が来ていたらしいが。

いずれにしても、「陰キャ」には関係無い話だ。

今の時代は、文字通り配給制でやっと国が維持できている時代だ。これは日本でも北米でも関係がない。

通貨なんて使っている余裕が無い。

フォロワーと邪神の脅威が、人々から自由を奪った。

皮肉極まりないだろう。

その邪神が、自由を求めた果てに何もかもを拗らせてしまった存在だというのは。

いずれにしても、これから斬る。

迷いはない。

「フェミニスト」は女性の味方なんかじゃない。

異常な思想の元、女性による男性の支配という狂気に至った、ただのオバカさん達だ。

その証拠に、彼女らは独自のコミュニティに引きこもり。

自分達の言う事を聞かない女性を「名誉オス」などといって差別し。

あらゆるカーストの中で自分達が最高位に立つことを目論んでいたではないか。

溜息が出る。

その危険な思想集団が跋扈したツケが。SNSクライシスが起きてから三十年以上経った今になって噴出してきている。

先祖の過ちを、子孫が償わなければならないなんて。

どうしようもない話だと思う。

現在、対馬にいる狩り手はみんな女性だ。

それに対しても、「ラディカルフェミニスト」とやらは容赦しないだろう。

フェミニストは、裏切り者と(主観で)見なした女性には容赦がなかったという。その残忍さは、類を見なかったと聞く。

それは納得出来る。

今まで交戦してきた「フェミニスト」系列の邪神は、皆もはや言葉も無いような言動で。暴言と罵詈雑言を「陰キャ」や「悪役令嬢」に浴びせてきたからだ。

豪雨の中、ヘリが飛ぶ。ほどなく。対馬が見えてきた。

途中の補給が必要ない航続距離。更にこの速度。流石である。米軍と協定を結んで、ライセンス生産しているだけの事はある。それもいわゆるモンキーモデルではなく、最新鋭のヘリだ。

今の時代は、新しいものを開発する力そのものが殆ど無い。

だから、こういうものは使い回していくしかない。

もしも「エデン」に致命打を与える事が出来たら、話は変わってくるかも知れないが。

「「陰キャ」くん。 いいかね」

「はい」

緊急時だからか、直接山革陸将が連絡を入れてきた。

できれば直接喋るのは控えたいのだけれども。仕方が無いかなと思う。

「敵との交戦記録が上がって来た。 どうやら敵は単独、ただし絶対正義同盟のNO3やNO2とさほど変わらない実力を持っているそうだ。 「エデン」も幹部格を出してきたと言う事なのだろう」

NO2と同格か。

そうなると、最低でも第六形態まで変化することを想定しなければならないか。

更に言うと、邪神と初の交戦となる「巫女」や「人形」は厳しいだろう。

ぎゅっと音がした。

愛刀を握りしめていたようだった。

何があっても「人形」は守り抜く。親でもない。姉妹でもない。一緒にいた存在で。はじめて人間として接した相手だから。

そんなふわっとした理由だけれども。決意は固い。

「能力に、ついて、は」

「近接戦闘のスペシャリストであるらしい。 今、猛攻に曝され、殆ど連絡できないという事だ」

「「女騎士」さ、んと、「コス、プレ少女」、さんが側、にいる、のに?」

「……そうなる」

まずいな。予想以上に危険かも知れない。

ヘリを大回りして、できるだけ敵からはなれた海岸に降ろして貰う。

そのまま対馬に降り立つ。

見渡す限りの山だ。「陰キャ」はコートや服を確認すると。愛刀の鯉口を切る。

瞬歩でいきたい位だが。相手が絶対正義同盟の最高位ランクの邪神並みとなると、はっきりいって体力の消費はそれだけで許されない失策となる。

来る途中にクッキーを頬張って、少しだけは体力を回復出来たが。

とてもではないが、今後ギリギリの駆け引きをしていくことを考えると、足りはしないだろう。

深呼吸。大嵐は更に酷くなっていく一方だ。

嵐の中、姿を見せるフォロワー。まだこの辺りは一杯潜んでいるとみて良い。だが、動きが鈍い。

倒して行きたいが、今は無視だ。

そのまま突貫して、一気に振り切る。動きは鈍いといっても耐久力はそれほど変わらないのである。

軍の兵器を使って、夜に一発駆除とはいかない。

「狩り手」が出ても同じ事だ。

無言で走って、ひたすら敵に迫る。

火線が見えてきた。

火線が飛び交うほどの、苛烈な戦闘をしている、と言う事だ。

更に体勢を低くして、前線に向かう。途中、クッキーを懐から取り出して、口に含んだ。

見えた。

筋肉質の巨大な老婆が、身の丈以上の更に巨大な鉄杖を振り回している。非常にインパクトのある光景だ。

今が大嵐と言う事もあって、見ただけで化け物か何かと勘違いする者もいるかも知れない。

距離を詰める。

冷静に「ラディカルフェミニスト」は反応。鉄杖を叩き付けてくる。

体勢を低くして、頭上を通り抜けさせつつ、敵に一撃をいれようとしたが。

ふんと力を込めると、なんと筋肉で刀を迎え撃ってきた。

ずぶりと刀は敵の体に入るが、それでも切り抜くというわけにはいかない。

首を落とすときも。名人と言われた処刑人は、死刑囚が緊張しないように話しかけ。一瞬の油断の隙に首を落としていたという。緊張されるだけで、それだけ首が落としにくくなるからだ。

普通の刀と首の筋肉だけでそれだ。

こんな巨体となると、刀の弱点を知り尽くしている上。邪神の圧倒的再生力を兼ね備えている相手には。

やはりかなり厳しいと感じる。

火花を散らし、走り抜ける。

振り向き様に、降り下ろされた鉄杖をかわし、地面に叩き付けられるそれを見る。

ふわりと体が浮いた気がした。

クレーターが出来る程の衝撃が、辺りを蹂躙していた。

対馬全域が揺れたかも知れない。

マッチョな巨大老婆が、鉄杖を地面から引き抜く。

冷や汗をだらだら流しているのが、この極限の気候の中でも分かる「女騎士」が、叫んでいた。

「ありがとう、助かったあ!」

「あれ、が、「ラディ、カルフェミニ、スト」?」

「ん」

顎をしゃくる「コスプレ少女」。

視線の先には、伸びている「巫女」と。それを庇うので精一杯の様子の「人形」。

かっと目の前が赤くなるが。

相手も此方も殺し合いの最中だ。仇も何も無い。

「なんだかぱっとしないのが来たねえ。 太刀筋は鋭いというのにねえ」

「……」

「あんたが「陰キャ」かい? 私はあんたみたいなのが一番嫌いなんでね。 さっさと頭を叩き潰してやるよ、この名誉オスの孕み袋が」

此奴も同じか。

フェミニズム系統の邪神は、どいつもこいつも無茶な暴言を口にしたものだが。

この「ラディカルフェミニスト」もどうやら同じらしい。

いや、この屈強な男性の完成型のようなボディを見る限り。

その拗らせ方は、更に悪い方向に進んでいると言うべきなのだろう。

男性に虐げられてフェミニズムに走った。それはまだ分からないでもない。どうして男性の最悪の部分を模倣してしまうのか。

これこそまさに、「名誉オス」なのではあるまいか。

無言で刀を構え直す。

今は、倒れている「巫女」や、それを庇っている「人形」にかまっている暇は無い。無事なのなら、自分で脱出して貰う。

戦えるなら、自分で判断して戦って貰う。

此処で「悪役令嬢」がいてくれればと本当に痛感するが。

今は。無いものを願っても仕方が無い。

詰めてくる。

凄まじいプレッシャーだ。振り上げた鉄杖。巨大な武器だというのに、殆ど動作に隙が無い。

これは邪神の元になった人間が、余程の達人だったのか。

それとも何か理由があって、達人の記憶を取り込んだのか。

いずれにしても、杖術なんてマニアックな武術を殆ど完璧に取り込んでいる。屈強な肉体と裏腹の老婆の顔。

この辺りに、何か違和感を感じる。

攻めるなら、其処だろう。

口撃の類は、「陰キャ」は苦手だ。

この中には、できそうな面子もいない様子だ。

第二世代の狩り手達が一瞬で倒されたのは仕方が無い。そもそも邪神との交戦経験がなかったのだ。

ただ、冷や水を浴びせるには丁度良いと思う。

邪神との戦いで求められるのはフォロワーとの戦闘経験では無い。キルカウントの多さでもない。

応用力だ。

訳が分からない能力を散々展開してくる邪神には、どう応用的な対応を見せるのかが重要なのだ。

降り下ろされた鉄杖を紙一重でかわすが、凄まじい勢いで踏み込んでくる。切り返しだ。即座に反応して、飛び退く。足のわずかに下を、うなりを上げながら鉄杖が通過していく。まともに貰ったら一発でアウトだ。着地して、更に下がる。

今までは手を抜いていたのか、邪神が吠えながら更に一撃を叩き込んでくる。

凄まじい気迫。

だが、何発か攻撃をあえてくらいながら、技を見切っていく。

なるほど。そういうことか。

少しずつ、分かってきた。

だが、分かってきたのを試させないというように。邪神「ラディカルフェミニスト」は、怪鳥のような雄叫びとともに大上段からの一撃を降り下ろしてくる。

直撃を貰えば頭が粉みじんどころか、欠片も残らないだろう。

だが。

今までで見た中で一番強力な格闘戦の使い手だが。それでも「悪役令嬢」が語った「饕餮」ほどではない筈だ。

無心に突貫すると、大上段から降り下ろされた鉄杖を綺麗に真っ二つに切り裂く。

唖然とする「ラディカルフェミニスト」の胴を、そのまま両断。

ぐらりと揺らぐ巨体。

そのまま連撃を入れて、一気に全身を切り裂いていた。

しかし、肉が兎に角「重い」。

重量があるというよりも、筋肉が凄まじい引き締まりを見せている感触だ。

凶悪な重量は堅さにつながっており。

一撃を入れるごとに手にしびれが入った。

飛び退き、全身から血を噴き出す「ラディカルフェミニスト」の巨体を避ける。

好機と、「コスプレ少女」が出ようとするが、無言で手を横に出す。

遅れて仕掛けようとした「女騎士」も、それを見て止まっていた。

「お、おのれ……陰気なツラの割りにやるじゃないか!」

「……」

どうしてか分からないのが。

SNSクライシスの前。男だろうが女だろうが、いわゆる「陰キャ」に対する差別を放置していたのか、だ。

性的嗜好の自由とかいいながら、どうして思考の自由については考えようとしないのか。

性的嗜好の自由がどうのこうのという連中に限って、男性との性的嗜好の違いに文句をいい。自分が直感的に気持ち悪いと思う相手からは、人権をはじめとする何もかもを奪おうとした。

それはフェミニスト達がされてきたことと全く同じではないのか。

それが分からない。

だから、聞いてみる。

立ち上がる邪神「ラディカルフェミニスト」に、丁寧に話してみる。これは後ろの皆が戦えるようにするための時間稼ぎでもあるが。

単なる興味本位から、でもあった。

「ラディカルフェミニスト」は、形態変化しないと勝てないと判断したのか。全身にプロテクターのようなものを纏いながら、それでも話を静かに聞く。

驚いた。

やるなと認めたからか、それでも話を聞くと言うのは。

だが、その先が。邪神らしい傲慢さに満ちていた。

「世の中の差別に苦しんだフェミニストが。 どうして嬉々として差別をするか、ねえ」

「興味本位、です。 聞かせ、てくれませ、んか」

「そんなものは決まっている。 私らの大半は、自分こそ世界の中心であり、神に選ばれた者達だと考えているからさ。 そういう存在にとっては、自分以外の全てが悪魔となりうる。 何しろ私達は一神教文化圏の存在だからねえ」

「自分達以外は悪、ですか」

そうなると、何の疑問もなく応える。

そうか、それが分かっているのに。それを正しいと思える時点で。もうわかり合う事は不可能なのだと思う。

こういう風に考えた人が、世界中で侵略と殺戮と破壊の嵐をまき散らし。

侵略した土地のことを植民地など呼んでいたのだろうと思うと、やはりどうしようもないなと思う。

一方で、自己分析ができているのなら、なんで矛盾に気付かないのかも不思議に感じるが。

これは手を抜かず、どんどんギアを上げていくべきだろう。

「ギアを、上、げて対応、します。 隙を見て、一緒に、お願、いしま、す」

「え、ちょっと!」

「……」

低い体勢から仕掛ける。

全身にプロテクターを纏った「ラディカルフェミニスト」は、先以上の速度で鉄杖を振るって応じて来るが。

分かった。

この動きは。

あえて下がって、露骨な空振りを誘発する。

驚いた様子の「ラディカルフェミニスト」の顔面に、大量の銃弾が着弾。爆裂した。銃弾では正確にはないのだろうが。「コスプレ少女」による一撃だ。しかも射撃地点からは既に離れている。

上段から斬りかかる「女騎士」。今の隙を見て、仕掛けないほど素人ではないということだが。

それでも、一撃を、鉄杖をあり得ない動きで引き戻して防ぐ「ラディカルフェミニスト」。更に後背に回り込んでいた「コスプレ少女」に、痛烈な蹴りを叩き込んで距離を取りに掛かる。

忙しく全身に着いている目を動かして「陰キャ」を探す「ラディカルフェミニスト」。「女騎士」渾身の一撃を弾き返すと、同時に当て身を浴びせて吹っ飛ばそうとするが。

それはフェイントだ。

上から斬りかかった「陰キャ」を、当て身に見せかけた踏み込みから、後に全力で繰り出して来たタックルでつぶしに掛かる。

こんなフェイントをしてくるのは。

流石だけれども、残念ながら読んでいた。

そのまま瞬歩で残像を抉らせる。

地面に突くと、ずり下がりながら力をため。大きく「ラディカルフェミニスト」が目を見開いたときには、その力を利用して突貫。

既に納刀していた刀を、一気に抜刀。

抜き打ちで、首の頸動脈を一閃していた。

先とは比べものにならない大量の血が噴き出す。悲鳴を上げて、地面に倒れ込む屈強な老婆。

老人に何をするんだとか、人でなしとか喚いていたが。

この邪神が何十万、下手するとそれより二桁くらい多く人を殺しているだろう事を思うと。とても同情するつもりにはなれない。

そのまま追撃を仕掛けに行くが、背中から不意に生えた触手が、鉄杖を不規則な動きで振り回してくる。

火花が散る中、追撃を仕掛けようとした「陰キャ」は、吹っ飛ばされる。

何とか一撃を受け止めたが、意識が飛ぶかと思った。

だが、それでも。なんとでもする。

「陰キャ」はそのまま刀を構え直すと。呼吸を整える。思い出せ、NO2やNO3との戦いを。

まだ第三形態だ。

この様子だと、第六形態まではあるとみて良い。

それに、コアは何を出してくる。まだまだ戦力は上がるはず。それに、訳が分からない能力を使ってくる可能性だってある。今までに散々邪神と戦って来たのだ。何を相手が繰り出してもおかしくないことは骨身に染みている。

触手を増やして、それで手数を増やすだけの形態もあるかも知れないが。

どうも感じるプレッシャーがおかしい。

何か、もっと厄介な攻撃を仕掛けてくる。

「うぁおおおおおお……よぉくもやってくれたなあぁあああ!」

首を押さえながら、振り向く「ラディカルフェミニスト」。幾つかの目が真っ赤に充血していて。

まるで神話に出てくる怪物だ。

まあ、邪神なのだからそれで間違いないのだろう。

雷が何処かに落ちる。稲光に照らされた「ラディカルフェミニスト」は、あまりにも違和感を誘う全身の姿も重なり。おぞましいまでの威圧感を放っていた。

いきなり、時間が飛んだように思えた。

背後を取られていた。

触手を複数生やしたことにより、それで速度を上げたんだ。

それは理解できたが、流石に「陰キャ」も対応が遅れる。

思い切り吹き飛ばされ、地面に叩き付けられてバウンドした。

なんとか鉄杖の一撃は防いだが、瞬歩を使う暇も無かった。今のは、遠当てか。少なくとも鉄杖による一撃ではなかった。

バウンドした後も、何度か体勢を立て直して着地。しかし、至近に既に「ラディカルフェミニスト」が迫っていた。

刀を抜き、それでも応じる。即座に振るわれる鉄杖。三十合ほど、その場で足を止めて渡り合う。

少しずつ分かってきた。

そもそも「ラディカルフェミニスト」と呼ばれる集団は、如何に醜くとも自己の正義を絶対視する存在だった。

つまりこの老婆は。

「シャア!」

喚きながら、更に速度を上げてくる。

この老婆は、己の武技を絶対視している。真正面からの勝負に、必ず勝つつもりで挑んでくる。

だからどんどん自分に有利な土俵を作りつつ、此方の戦い方にあわせても来ているということだ。

最初のうちの数形態は捨て石だった。

邪神の圧倒的パワーとの正面勝負を挑むように、相手の能力に合わせて力を調整していると思うと。

何だか歪んでいる反面。

真正面からやりあわないと、負けているような気がした。

元々「陰キャ」は他人と接するのは嫌いだ。

この邪神も、正面から話すことを強要しているようで気分が悪い。

それでも、こうやって攻めてきたのなら。

今までの邪神と違って、正面から受けて立つのが筋にも思えてきた。

いや、それは恐らくだが。

そう誘導されているのだろう。

この邪神「ラディカルフェミニスト」もそうだが。多くの邪神は自分の正義を振り回して、周囲の人間を不幸にしていった存在だ。

そういう存在でありながら、今更正々堂々もないが。

そういえば思い出す。

SNSクライシスの前にいた「ネット論客」の類は、詭弁などを振り回しながらも。結局相手が根負けするまで我田引水の理論を振り回して勝つ事にこだわったという。

ひょっとしてこのやり口。

ネットを中心に活動していた「ラディカルフェミニスト」の類だろうか。

五十合を越える数、打ち合う。

激しい激闘で汗が飛ぶ。

昔だったら、もう体力切れで頭を叩き潰されていただろう。だけれども、じっくり体力を伸ばしてきた今だったら、何とかやり合える。

気迫と共に、一閃。

踏み込むと同時に、触手ごと鉄杖を斬り飛ばしていた。

同時に一瞬だけ見える。

触手を使って盾で「女騎士」と。数本の鋭い剣を振るって「コスプレ少女」とも同時に渡り合っている。

何対一でもやり合ってみせるという訳か。

一瞥するが、「巫女」はどうやら脱出できたようである。

それならば。

踏み込むと同時に、切り上げる。

鉄杖を再生した「ラディカルフェミニスト」が振り落としてくる。

正義の棍棒、か。

似たようなものを振るっていた奴がいたっけ。でも其奴とは、はっきり言って段違いの力に思える。

頑迷で、より我田引水で。

そしてこの様子だと。それだから頼もしいと信じる輩が周囲に集まって、より邪悪でたちが悪い集団をネットで形成していたのだろう。

降り下ろされた一撃を紙一重で回避するが、太刀筋を無理矢理変えて来る。

回避と速度に特化した「陰キャ」の戦闘スタイルを、ある程度つぶしに来ているのが分かる。

だけれども。

邪神の力であっても、付け焼き刃は付け焼き刃。

如何に優れた身体能力があるとしても、限度はあると知れ。

残像を抉る邪神の一撃。

至近にまで踏み込むと、連続して斬り付け、一瞬にして「ラディカルフェミニスト」の本体をバラバラにする。鎧に覆われていようと関係無い。その隙間をぬって一瞬で屠る。

やはり本体に刃が届くと脆い。

だけれども、バラバラになった肉塊が光を放ち、一気に押し返される。光の伴った圧力が痛烈で、物理的な痛みさえ感じたほどだ。

肉塊が元に戻っていく。

呼吸を整えながら、側に「女騎士」が着地。

大剣を構えながら言う。

「一瞬だけ、隙を作ります。 その隙に仕掛けてください」

「……」

恐らくそれは上手く行かない。というのも、この邪神ラディカルフェミニストは、どんどんスペックを上げて来ている。次は速度にも追いついてくるかもしれない。少なくとも「女騎士」の動きくらいは読んでくるはずだ。

ぼそぼそと喋る。

何とか、「女騎士」は聞き取ってくれた様子だ。

すぐに体を再構成した「ラディカルフェミニスト」。次が第四形態だろうが、つまりそれはまだ先があるという事を意味している。

全身が無茶苦茶に鎧と融合した肉塊になる「ラディカルフェミニスト」。

ああ、一番厄介なタイプだ。

鎧と一体化したことで、その火力も防御力も全て十全に発揮してくるというわけだ。屈強な老婆だったものと、鎧と武器。全てが一体化することで、得体が知れない存在として完成していく。

構えを取り直す。気圧されながらも、「女騎士」は何とか構えを取る。

後は、何とか残りの形態を一気に吹き飛ばしてしまいたいが。「悪役令嬢」がやったように切り札を。

少し危険だが、やるしかない。

「悪役令嬢」が時々使っていた最強の絶技。あれに相当する技を既に使えるようになっている。

だったら、今は出し惜しむべきでは無い。

勿論使った後、ただでさえ少ない体力はなくなる。その後に、敵の増援や伏兵にでも襲われたらもはや手の打ちようが無いが。

それでも、何とかやってみせるしかない。

「女騎士」には既に話してある。「コスプレ少女」は、舌打ちして距離を取った様子だ。簡単に仕掛けられないと判断したのだろう。

それでいい。ここから先は、はっきりいって味方を巻き込まない自信が無かった。

 

2、太陽神咆哮

 

「女騎士」は、以前最高位の邪神を見た事がある。流石にその時ほどではないが、凄まじいプレッシャーに小便をちびりそうだった。

今までも邪神と戦って来たし。

体は散々鍛えて来たはずなのに。

それでも、体が警告してきている。

逃げろ。

勝てる訳がない。今、相対しているのは人間を遙かに超越した存在だ、と。

だが、それでも逃げる訳にはいかない。

今、先輩である「陰キャ」が絶技を叩き込もうとしている。あの「悪役令嬢」が切り札としていた最強の突き技と同じレベルの技らしいが。

そのために、四秒間稼げと言われた。

既に邪神は形態変化を終え。その全身から大量の鉄杖を生やしていた。

「良くもやってくれたねえ。 その陰気なクソガキ以外は、この鉄杖で充分だと言う事がわかったよぉ……」

邪神「ラディカルフェミニスト」が、間髪入れずに大量の杖を叩き込んでくる。

重い。

顔を下げた「陰キャ」が、完全に自己暗示に入っているが。まだ二秒くらいは稼がなければならない。

此方も、全力で応じる。

飛んできた鉄杖を、剣で防ぐ。

一撃。重い。体が弾かれそうになる。もう一撃。間髪入れずに飛んでくる。何とか剣で防ぎ切る。

がんと、重い音がして。体が揺らぐ。こんなの一発でもモロに食らったら、どうしようもない。

鎧が兎に角徒になっている気がする。

しかし「女騎士」というミームがなければ、そもそも邪神と渡り合えないのである。

もっと可愛いミームが良かったなあと想いながら。しかし、教官に言われた事を思い出す。

お前はどうもミームとは相性が悪い。

ルックスも優れているし、筋肉質だ。邪神がこのむ強い女性の姿をそのまま体現しているし。そのまま敵の前に出ると即座にフォロワー化されてしまう。だから、その姿を隠せ。

このことについては「悪役令嬢」と共通している。

「悪役令嬢」もドレスでマッシブな体を隠しているが。これはフェミが多い邪神達が、マッシブな肉体の女性を好む傾向が強いから。そして好むタイプは、即座にフォロワーにされるし。攻撃の効きも悪くなるから。

だから「悪役令嬢」はあんなど派手な格好をして。ど派手なドレスと化粧で自分を隠すことを選んだ。

あんなアマゾネスの権化みたいな武闘派なのに、大変だなと思う。

また一発を防ぐ。どう防いだか、ちょっとよく分からない。ただ、頭に火花が散った気がする。

連日フォロワーの飽和攻撃を防ぎ続けて来たというのに、こんなに進歩が遅いというのか。

狩り手としての力量は、「陰キャ」に及ぶべくもないという事は分かっていたし。「巫女」や「人形」の躍進を見て、悔しいと思って必死に努力もした。それなのに、こんなに手も足も出ないのか。

唇を引き結ぶ。

だったら、集団戦だ。

時間を稼いで、「陰キャ」の絶技のための時間を稼ぐ。

ふと、冷静になる。こういうタンク的な戦い方こそ、それこそ「女騎士」なのではないのだろうか。

無言で、更に一発を弾き返す。無の境地に入ったからだろうか、やたらスムーズに行く。次弾。二発同時。

剣を振るって、二発を同時に弾き返した。更に一発。防ぎきれない。しかし、無理矢理剣を降り下ろして、地面に叩き付ける。渾身の一撃で隙だらけになった所に、更に一発が飛んでくる。

剣を盾にする。

時間は稼いだ。「陰キャ」ならやってくれる。

猛烈な衝撃で吹っ飛ばされるのが分かった。意識が飛ぶが。勝った。そう、「女騎士」は悟っていた。

 

集中を終えた「陰キャ」は顔を上げていた。

「女騎士」が、しっかり時間を稼いでくれていた。そして今の「陰キャ」は、今までにない速度で動ける。

それが分かっていた。

瞬歩を駆使して、此方に飛んでくる触手と鉄杖を、まとめて薙ぎ払う。

思わず絶句した「ラディカルフェミニスト」だが。流石に高位邪神の上、更には何度も形態変化しただけあって動きが違う。

即座に触手を再展開。

「ほう、なんだか速度が急に上がったね! 陰気なネクラのくせに、切り札を隠していたってわけかい!」

そう言いつつも、此方の想定される能力に合わせて段階的にリミッターを解除していたのだろう。

「ラディカルフェミニスト」は吠えながら、大量の触手を展開して来る。

それはさながら嵐の如く。

周囲を文字通り更地にしながら、凄まじい勢いで回転し、鉄杖ごと突貫してきた。

だが、その真正面に。柔らかく滑り込む。

そして、触手の中心点に入り込むと。

ミキサーのように周囲を破壊し尽くしている触手と鉄杖を、柔らかく切り裂いていた。

全身が猛烈に熱い。

だけれども、今は全身が焼ききれるまでに、相手を撃ち倒さなければならない。

「あたしは。 陰気ですけれど。 でも。 それは人間であるとないとは。 別の問題、です」

少しずつ、本音が漏れる。

「陰キャ」は人に非ず。

そんな思想が、体育会系の思想が強い米国ではずっと根強かった。日本でも同じだ。荒れ狂ったオタク差別というのがあったらしいが。その頃は、オタクだとばれた瞬間、社会的に殺されるのが当たり前。物理的に死に追いやられるケース。つまり自殺させられるケースも珍しくもなく。

警察もまともに捜査などしなかった、と言う話だった。

内向的というだけで、その人間の全てを否定する。オタク差別も陰キャ差別も根は同じである。

今の時代だからこそ、その醜悪さを糾弾できるが。昔はその時代を生きてきた者達が。自分がやってきた事を認められなかったから。どうしても凶行を正当化しようとした。

挙げ句の果てに。凄惨な差別はなかった事にしようとする輩までが出現した。

今、戦っているのは。そういう差別をしていた者達の成れの果て。

自己正当化の果てに、無茶苦茶な理論をぶち上げ。周囲全員を巻き添えに不幸をまき散らしていた巨怪。

ネットで活動していたのだろうが。

その邪悪さには、同情できる点は何一つない。

大量の触手を撓ませると、上空に躍り出る「ラディカルフェミニスト」。その触手の一本ずつに鉄杖が宿る。

爆撃してくるつもりか。

あの鉄杖一発ずつが、先に対馬をまるごと揺らしたくらいの火力を出してくるだろう。

まともに相手にしていたら。

いや。この状態なら。

怪鳥のように全身をしならせると、一斉に鉄杖を投擲してくる「ラディカルフェミニスト」。その火力は途方もなく、文字通り圧倒的。空から大量の火線が降り注ぐ様子は。それこそ巡航ミサイルの飽和攻撃を思わせた。

もうこれ以上は速度を上げられないが。しかしながら、充分だ。

そのまま、柔らかく太刀を振るう。振るい続ける。

空中で、全ての鉄杖が切れ。キンと、鋭い音が響いた。爆発が連鎖する。第二射をもう用意している「ラディカルフェミニスト」。

だが、第二射は撃たせない。

至近に迫る。

さっきは地上近く。今度は空中。さっきのような動きは出来ない。

喚きながら、圧倒的な数の触手を叩き込んでくる「ラディカルフェミニスト」だが。それも全て斬り伏せる。

やはりだ。

さっき、地上付近で逃れたときも分かった。この状態になっている「陰キャ」は、以前修練中に水たまりを覗いたとき。恐ろしい程虚無に入り込んでいた記憶がある。

実際、何人かに評された。目が怖いらしい。

邪神「ラディカルフェミニスト」は、その目を見て恐れ始めている。

邪神が人間を怖れるというのも滑稽な話だ。それも高位の邪神が、である。

斬。

敵の左三分ほどをを切りおとす。

着地。地面に落ちた「ラディカルフェミニスト」に、ここぞとばかりに「コスプレ少女」が猛烈な蹴りを叩き込み。更にステッキを振るって、大量の弾をゼロ距離からぶち込む。

必死に「コスプレ少女」を追い払いながら、切りおとされた体を修復しつつ。着地して納刀した「陰キャ」に、向き直ってくる邪神。

その目は怒りと同時に、恐怖に満ちていた。

「ふん、何だか知らないが、何かの感情に己をまかせて暗示で爆発的に力を引き出しているようだねえ! 確かに凄まじいが、そんなに長時間は保たないだろう!」

その通りだ。

だから、斬り伏せる。突貫して抜刀。先の威力の比では無い。遠くの海が、ざんと音を立てて裂けるのが見えた。三角波の先端部分が、文字通り消し飛んだのだ。

邪神「ラディカルフェミニスト」は対応もできなかった。体が斜めに切り裂かれ。その切り口から向こうの三角波の末路が見えたのだから。

斬撃は文字通り、嵐さえ吹き飛ばしつつ飛んだのである。

絶叫しながら、もうこれ以上はまずいと判断したのだろう。邪神「ラディカルフェミニスト」が最終形態になろうとする。

コアは、なんだろう。

まあいい。全部まとめて薙ぎ払ってしまえばいいのだから。

盛り上がっていく肉塊は、それこそ筋肉質の極限。ボディビルダーのような肉体になっていく。

どうしてこの手の人は、マッチョな女性にしたがるのだろうと思うが。

よく分からない。

男性を嫌悪しながら、マッチョで暴力的な存在になっていくというのは。結局の所その男性の悪い所の究極に憧れていると言う事では無いか。それを手に入れたって、結局男性に成り代わるだけ。

それでは意味がないと思うのに。

いずれにしても、邪神が吠え吐き捨てた事は間違っていない。もう、そう長い間、この状態は維持できないだろう。

「悪役令嬢」ほど泥臭い戦闘を繰り広げることはできないが。

代わりに、なんぼでも命は賭けてやる。

この覚悟ができたのは、人間側も手段を選ばなくなってきていると悟った「人形」との出会いから。

結局。それまで。

愚かしい事に、気付けなかったのだとも言えるが。

再び納刀。

もう形態変化を終えようとしている邪神「ラディカルフェミニスト」が、空に向けて吠える。

嵐が消し飛び、降りてくるのは巨大な鉄杖だ。

それを、大量に生えた腕が掴む。

最後まで、パワー勝負を貫く姿勢。それだけは認める。だけれども、それを押しつけるやり口で。多くの人々に不幸をまき散らしてきただろう事は絶対に許せない。歪んだ正義感の極限が何をもたらすか、この人は……「ラディカルフェミニスト」の元になった人は。ついに客観的に見る事ができず。その機会も永久に失ってしまったのだろう。

最後の一撃。

「この小さな島ごと、かけらも無く消し飛ばしてやるよこの女の恥、裏切り者、男に都合が良い女の見本、孕み袋の恥知らずがあああああああ!」

巨大な。

多分何百メートルもある鉄杖が。対馬に向けて降り下ろされる。

その一撃は、多分「陰キャ」の最後の一撃を凌ぐだろう。

だが、何も怖れる事はない。

というよりも。だ。

今の「陰キャ」には。ただ一つの感情しかない。

踏み込むと同時に。「ラディカルフェミニスト」の頭から上半分を、一気に消し飛ばす。

鉄杖が止まる。

「外れだよ、おしいねえ!」

別にそれでいい。

今、決定的な隙を作った。それで、別に「陰キャ」はかまわないのだから。

 

高笑いしていた「ラディカルフェミニスト」の体に、巨大な刀が突き刺さっていた。しばし黙り込んでいた「ラディカルフェミニスト」は絶叫する。その体が。崩れ始める。同時に、上空にあった鉄杖が爆裂し、粉々になってぼろぼろと周囲に降り注いだ。

刀を投げたのは「人形」。

今、負傷した「巫女」を無人艦に送り届け、戻って来たのである。

ボアだらけの服に身を包んだ小柄な子供は。崩れていく「ラディカルフェミニスト」に敵意の籠もった視線を一度だけ向ける。

コアについては、何だかびりびりと感じていた。

だが、それを貫く隙が無かった。

故に、「陰キャ」が。文字通り万雷のような一撃を叩き込んだ。その瞬間に動いていた。

これも、なんだかんだで自分を初めて人として扱ってくれた存在が。きっとやってくれると信じていたから。

コアが何だったのか興味は無い。

いずれにしても、一秒でも早く救助をしなければならない。

倒れている「陰キャ」。

最後の一撃を放った瞬間、全身から力が抜けたようだった。

バイタルを見る。

散々習ってきたことだ。触ってみて、それで熱っと思わず声が出ていた。それくらい全身が凄まじい熱を帯びていた。

何となく、遠くから見ていて分かった。「陰キャ」の目が、今までに無い程くらいだろう事は。近くで直接見なくても分かった。

側にいるときは、いつも優しくて。不器用ながらも、人として対等に接しようと四苦八苦していた暖かい人だったのに。

今は、怒りに全てを焦がしているようだった。

怒りに全てを浸すことで、己の全ての力を最大限に引き出す。

あの優しい「陰キャ」を知っている「人形」は絶対に止めたかった。だけれども、止めるわけにはいかなかった。

ぞっとするほど強い邪神だった。

普段だったら絶対に使わない切り札を投入しないといけないほどに。

必死に周囲を見回す。倒れている「女騎士」を発見。頭から血を流しているが、何とか命に別状は無さそう。

背負おうと思ったけれど。手を掴まれた。「コスプレ少女」だった。

「こっちは私が背負う。 すぐに船へ」

「はいっ」

「最後の一撃、正確だった。 「陰キャ」さんに習った?」

「いえ……」

そう、とだけ言うと。

小柄な「コスプレ少女」は軽々と鎧を着たままの「女騎士」を背負い。ぽんぽんと跳んで行った。

ホバークラフトまで戻る。

フォロワーが今の時間は活性化していないけれども。それでも、急いで何とか体力を蓄えなければならないだろう。

今日は一日、負傷して下がった「女騎士」と「巫女」の代わりに、これから頑張らなければならないのだ。

邪神が奇襲を仕掛けてくるかも知れない。

そう思ったけれども。今は、もう後ろを見ている余裕も無かった。

それにしても、背負っていて分かる。

まだ成長の過程である「人形」と違って、素で小さいんだな、と。

「人形」はまだ伸びるけれど。この人はこのハンデになりそうな低身長で。それでも日本の狩り手のエースとして頑張って来た。

それもこの人は体が強化されているわけでもない。それなのに、ずっと「悪役令嬢」とともに決死の戦いを続け。日本に割拠していた強力な邪神を屠り続けたのだ。その偉業は、本当に皆が感謝しなければいけないと思う。

ホバークラフトを動かし、無人艦隊に戻る。

既に「コスプレ少女」が戻っていて、暖かいお湯とか色々用意してくれていた。

「女騎士」の手当は良いだろう。

「人形」は、恩人である「陰キャ」の手当だけに集中すれば良かった。無心のまま、手当を続け。そして、恩人が目を覚ますまで、側にいたかった。

「人形」が人になれたのは、この人のおかげだ。

だから、精一杯感謝の言葉を伝えたかった。

だけれども、休むように指示が来る。まだ意識が戻らない「陰キャ」は。多分後から来る自衛隊の衛生班が手当をして。連れて行くのだろう。

休めと言われても。興奮して、眠れそうにない。

ため息をつくと、それでも指示には従った。

今日は二人だけで、まだまだ対馬に来るフォロワーをどうにかしなければならない。それに邪神が不意に対馬に現れたのだ。お代わりが来てもおかしくは無いだろう。

自室で、膝を抱えて休む。

喋りたい事は幾らでもあった。それに最後の一撃は、明らかに隙を作ってくれた。

勝利を譲ってくれたのでは無い。周囲の仲間を信じての一撃だった。

あんな風になりたい。

そう「人形」は。指示通りに動く体を恨みながら。眠りに落ちつつそう思うのだった。

 

目が覚めた「陰キャ」は、手を見る。

しびれが残っている。全身がふわふわする。どうやら、フルパワーであの状態を維持すると、体へのリバウンドが尋常ではないらしい。

それに、だ。

何となく分かるのだ。「人形」がフィニッシュを決めて。自分は役目を果たすことができたのだと。

「悪役令嬢」はとにかく期待してくれた。だけれども、「陰キャ」もこれで後続にバトンを渡す準備ができたと思う。

ただ、先の事を考えるのは後回しだ。

とにかく、今は。今勝つ事だけ考えれば良い。

あの「エデンの蛇」が現れた時に、言われたのだ。いずれ人間は「陰キャ」を裏切ると。

億が一邪神達に勝つ事が出来たとしても。いずれ裏切られて殺されるだろうと。

それは、人間の歴史を見る限り正しいのだと思う。

あの「ラディカルフェミスト」の言動などは、まさにそれだったのだろうから。

無言で周囲を見回す。どうやら軍病院であるらしい。この様子だと、数日はまともに動けないだろうな。そう思って、嘆息した。

携帯端末が鳴る。

どうやら、「陰キャ」が起きだしたのを、監視カメラで誰かが見ていたのだろう。

点滴とかはつけられていない。

つまり、体を動かす事自体には、それほど問題が無いという事だ。

「流石だ「陰キャ」くん。 対馬での、大物邪神の撃破は非常に大きな功績だ。 以降予定している、邪神に対する最終作戦への弾みがつく」

「皆は無事ですか」

「ああ、なんとかなりそうだ。 「巫女」はすぐに復帰。 対邪神戦の初戦闘が、あんな高位邪神だったとは。 不幸だったが、それでも色々良い経験になっただろう。 今は更に先を目指したいようで、猛烈に対馬で戦っている。 「女騎士」も数日リハビリすれば病院を出られる筈だ」

「……」

携帯端末を閉じて、ふうと溜息をつく。

「陰キャ」は結局、「人形」に一声も掛けられなかった。

最後の一撃、凄かったねとか。

見違えたようだったよとか。

そういう声を掛けてあげたかった。

頬杖をして、じっと考え込む。

これで、きっと邪神との戦いは、次のステージに入る筈だ。「エデン」はまた一つ大駒を失った。

雑魚邪神なんて、十や二十出て来ても、もはや「陰キャ」や「悪役令嬢」の敵ではない。

だから、使い方を変えてくるはず。

敵が本気になったなら。戦い方を変えなければならないだろう。

病室に医者が入ってきた。

パジャマに替えられていることには気付いていたが、それについてはどうこういうつもりはない。

リハビリのメニューや、いつ退院できるのかを聞く。

大阪にいるフォロワーは、できるだけ急いで片付けておきたい。

そう携帯端末に打って説明すると、医師はほろ苦い表情を浮かべた。

「君の体は思った以上にダメージが大きい。 その大技をどうにか改良できないのかね」

「これはリスクがあるのを承知で撃っているあたしの絶技です。 だから……」

「分かった。 退院は四日後を予定している。 ともかく、負担があるのは仕方が無いとして、それを少しでも減らせるように努力してほしい」

「……」

確かに、これは本当に最後の最後にしか使えない。

技の名前は、他人にいうつもりはないが。もうつけてある。

「太陽の光」。

あらゆる神話で、恵みと同時に破滅をもたらす太陽神の光。それがこの技の本質に近いと思った。

故にそんな名前をつけた。

元々「陰キャ」はどちらかというと後ろ暗い性格をしている。別に「陰キャ」はアイデンティティだし、それで良いと思っている。

だが、怒りに全身を支配させ。

自己暗示で力を根本的に徹底的にパンプアップするというのは。自身のあり方の真逆に思える。

そういう意味でも、「太陽の光」というのは相応しい。

まあ、他人にいうつもりはないが。

「人形」に少しでも会いたかったな。

そう思うけれど、どうしようもない。ただ一戦士として、指示に従って今後も戦うだけだ。

リハビリを黙々と続ける。

高位邪神をまた一体葬ることができた。それだけで、今は可としなければならなかった。

 

3、動き始める策

 

メキシコ国境付近。

周囲を右往左往するフォロワーは。積極的に北上しようという意思を明確に失っていた。

ここ数日、殲滅を続けていたが。邪神が新たに統率に来なければ、恐らくはこの辺りのフォロワーは無力化したと判断出来るだろう。

「悪役令嬢」は、チームの皆と共に暴れ。今日もキルカウント30000を単独で稼いだ。

残りの三人もそれぞれ8000前後のキルカウントを出せるようになっている。

結果、連日50000を越えるキルカウントを出し。

メキシコの国境付近から、凄まじい勢いでフォロワーを駆逐する事に成功していた。

駐屯地に戻る。

夕方を過ぎて、フォロワーの動きが鈍くなってきているからだ。

北米の領内に入り込んだフォロワーの群れも、あの「悪徳製薬企業」を潰してから動きが鈍くなった様子で。

米軍が必死になって避難誘導をし。

更には一部の軍がかなり頑張って。弾薬を吐き出し尽くす勢いで駆除を進めているようだった。

もう、一旦引き上げても良い頃だろうな。

そう「悪役令嬢」は思っていた。

そろそろ北米の要所にいるフォロワーを削りとって、最終作戦に備えなければならないだろう。

駐屯地に戻ると、すぐに「派遣メイド」が夕食の準備をてきぱきと始める。

「女騎士」のように手際が良いので、少しばかり苦笑い。

見かねたか、「腐女子」も手伝い始める。

好きなようにさせつつ、「悪役令嬢」は大統領らと会議を行う。

少し前に、対馬に攻め寄せた高位邪神。それも恐らくは、「エデン」でも重鎮級の邪神が、「陰キャ」ら日本の狩り手らに討ち取られた。

それで米軍はにわかに活気づいている。

領内のフォロワーを、軍と病院から復帰した狩り手達で駆除を進め。

各地で安全の確保を始めている。

メキシコだけでは無い。日本の玄関口となっている対馬で、「エデン」の幹部級である邪神が倒れた。

今こそ反撃の好機、と言う訳だ。

「それで、メキシコの戦線はしばらく放置でかまわない、ということだね」

「軍の部隊に対する負担が大きいでしょう。 これからはわたくしたちが一旦米国本土での作戦に参加しますわ」

「うむ……!」

乗り気の大統領。

それに対して、青ざめている参謀の何人か。

まだユダはいる。

この状況で、どんな風に動くか分からない。それを怖れているのか。或いはユダ自身だからか。

SNSクライシス前の北米の創作では、ヒーローだろうがゲームのキャラだろうが。至近距離に敵が迫っている状況だというのに凄惨な内ゲバに明け暮れる。

そういう話を聞いたことがあった。

これを見ていると、その話が半分で聞き流せないのだなと思う。何しろ見ている限り、その話通りの事が目の前で起きているのだから。

「反攻作戦についてはどうなっている」

「今、欧州にドローンを飛ばしています。 それに軍事衛星もフル活用して情報を洗っておりますが……」

「急いでくれ」

「わ、分かりました」

会議を切り上げる。そのまま、大統領は「悪役令嬢」に連絡を入れてくる。

既に、大統領には話をしてある。

今後の予想される敵の動きについてだ。参謀達を信用できなくなってきたらしい大統領は、今では様々な方面から情報を集めているようである。

「それで、あの件は……本当なのか」

「間違いないかと。 わたくしたちに下位の邪神が無力と悟った「エデン」は、恐らくは次に邪神に生かせる手を採ってくると思いますわね」

「……」

下位の邪神でも。通常兵器は通用しないし。テリトリ内に入った人間は容赦なくフォロワー化する。

そして今、まだユダがいるとしたら。敵は焦って、それを活用しようとする筈だ。

涼しい顔で邪悪の限りを尽くしてきた「財閥」だが。既に先手は此方が確保する事に成功している。

今後はどんどん先手を確保していくしかない。

「それで、敵の根拠地は」

「三箇所にまで絞り込んだ」

頷く。

米軍もこういう所では有能だ。内部の人的資源を浪費するような所はどうしようもないのだが。

それでも、今になってもやはり軍としては有能である事がよく分かる。

「ならば。 此方でも手を打ちますわ」

「頼む。 ドローンと軍事衛星では限界がある。 やはり、狩り手の力が最後には必要となるだろう」

頷くと、通信を切る。

そして、新しく最重要の機密回線で連絡を入れた。

この連絡先は、「陰キャ」にも知らせていない。山革陸将と「悪役令嬢」しか知らない、とっておきの秘匿通信だ。

連絡先には、随分と辛い思いをさせているが。

そろそろ報われるかも知れない。

座標だけを知らせておく。そして、調査を依頼した。

後は、戻るだけだ。

輸送機が来たので、それに乗り込む。メキシコの国境から離れて。ニューヨークの近くに出る。

此処でしばらくは狩りをすることになる。

駐屯地の確認は、「派遣メイド」がしてくれた。後は、少しお嬢様っぽく休んでいるだけでいい。

「悪役令嬢」が休む事については、他の狩り手は何も言わない。

むしろ休暇を取っても良いのではないか、というような事さえ口にする。

連日凄まじいキルカウントを稼ぎ。更には邪神との戦いでも、現状世界トップの戦績を出しているから、だろうか。

単に「悪役令嬢」のキャラ作りの為にやっているのだが。

休んでいて、たまに申し訳なくなる事もある。

あくびを一つかみ殺してから、眠る事にする。他の狩り手にも眠るように告げてから、先に休む。

さて、此処からは「悪役令嬢」にはどうしようもない。

ある狩り手に、頑張って貰うしかない。

この件は、散々色々やってから隠蔽工作までした。そもそもユダが日本の側にもいないと限らなかったからだ。

「悪役令嬢」は派手に暴れて敵の目を引くことしか出来ない。

万能では無い。

それを理解してくれている者があまり多く無い中。「悪役令嬢」は、だからこそ泰然としていなければならないのだ。

 

「喫茶メイド」は顔を上げる。

空には月が出ている。活動の時間だ。

携帯端末でメールを受け取る。軍用の強力な電波を受信しているとは言え、この辺りでは流石にメールの受信も時間が掛かる事もある。

此処は、欧州。正確には、フランスの南部辺りである。もう少し行けば、スイスの国境に出る。

とはいっても、スイスもフランスも、もはやウォーキングデッドパラダイスであり。人間が住まう場所ではないのだが。

口を押さえて、メイドの格好のまま夜闇を駆ける。リュックに詰められる物資は限界がある。

ずっと困難な任務の中走り回っているが。今回の仕事が、一番大変かもしれない。

夜は涼しいを通り越して寒い。しかし厚着をすると、キャラが崩れる可能性がある。そうなると邪神に一瞬でフォロワーにされてしまう。

どんなに強い戦士でもそうなるとひとたまりもない。即死を避ける為にも、寒い中メイド服で活動しなければならないのは、特殊部隊の訓練を受けた「喫茶メイド」でも辛かった。

マラソン並みの距離を毎日走りながら、ともかく誰の目も避けて走る。たまにフォロワーが此方を見るが、存在に気付かれてはいなかった。

新しい街が見えてきた。

どうせフォロワーまみれだ。物陰を上手に利用して、移動する。時々コンパスも見て、方角を確認。

街に入り込んだ。人のいない街。だがそれが却って都合が良い。こういうフォロワーに制圧された街はなんぼでも見かける。後はフォロワーがいない場所を確保して、夜まで潜む。

場合によっては保存食なども手に入る。もはや誰も口にすることがない水や食糧。ありがたくいただくだけである。

幸い、百貨店に潜り込めた。地下は比較的ひんやりしていて、フォロワーを三十ほど駆除すれば安全地帯を確保できた。

そのままものを動かしてフォロワーの侵入を防ぐと、物資を補給。更に特殊部隊に連絡して、その後は眠る事にした。

敷き布団なんか持ち込む余裕は無い。毛布なんかも現地調達だ。幸いマットがあったので、それを敷いて眠る。ごわごわしているが、物陰に隠れて眠るよりかはなんぼかマシである。

定期的に起きながら、状況を確認。夜まで待つ。

まだまだ目的地まではだいぶ遠い。

欧州に作戦任務で密かに潜り込んで随分時間が経った。

たまに邪神の気配は感じる。だが、あくまでたまにだ。潜入工作のために一人で欧州に入り込んだが。今、此処に狩り手がいる事を、知られてはならない。

ここに来るまで、日米の特務部隊と共に来た。特務部隊は、少し前から欧州で活動をしている。どちらも、大統領と山革陸将の直下にいる。精鋭だけを集めて構成された部隊である。

だが、それら腕利きでも、欧州は危険すぎて中々進めない。何とか海路は確保して貰ったが、そこまで。幾つかの彼らの機密拠点は利用できるが、それも内陸部には存在していない。

故に陸路は、「喫茶メイド」が単独で行かなければならないのだ。

夜が来た。

百貨店から這いだして、周囲を確認。物資などの補充を済ませることが出来たのは嬉しい。

こういう街などは、邪神に一瞬で滅ぼされたケースが多く。それで人間に荒らされていない場所がある。

そういう場所をフォロワーを駆除して確保。休んでは先に進む事がずっと続いている。

陸上を歩いて、もう一月以上だろうか。

昔は人間の文明における中心地でもあった欧州は。分かってはいたが、既に地獄となっていた。何度フォロワーの群れに襲われたか分からない。勿論今の喫茶メイドなら、殲滅を考えなければ対処は難しくない。

しかし、逃げるのはそれはそれで厳しかった。

見て回って、分かった事がある。

欧州では、もはや国家は存在していない。いずれもが、邪神共に貪り尽くされた。

だがそれでも、わずかな生き残りはいる。

それらの生き残りは、下水道で点々としていたりもするが。中には大きな街を作っているものもいた。

それらの街は、人間牧場だ。

時々邪神に仲間を差し出し、それで生き残る事を選んだ者達。

幾つかの人間牧場に潜入したが、いずれもが完全に狂気に包まれた世界だった。

邪神は邪神らしく、意地悪く産まれたばかりの子供とか。兄弟の片割れとか。恋人がいる若い娘とかを差し出すように指示し。

それに苦しむ人間を見て嘲笑っているようだった。

そればかりか、脱走者が出たら街で連帯責任というルールが敷かれている事が殆どであり。

脱走者を出さないように、人間は相互監視の中。人間こそがもっとも邪悪であると言う事を、周囲に示し続けていた。

人間牧場の管理者は、暗殺を怖れて表に出ないようにしていたが。

しかしながら、邪神達は彼らに表を歩くように謎の義務を課し。それで暗殺が絶えない様子である。

誰もが人間牧場では恐怖し続け。それを見て邪神は娯楽として楽しんでいる。

邪神と人間がわかり合うのは不可能。その事を「喫茶メイド」は実地で思い知らされたのだった。

夜闇を行く。音を立てないように、バイクすら使えない。だから、徒歩で行くしかないのだ。

対馬で不仲を理由に負傷退場してしばらくが経つ。

実の所、今でも「巫女」には色々と不満もある。

だから、あの対馬での戦闘を続けるよりはと思って、任務を受けた。まあ一番は「悪役令嬢」に諭されて。どうせ日本側にもユダがいることや。何よりも、誰かが実地を調査しなければならない事。そして実地で邪神の本拠を探り当てない限り、絶対に人類は勝てない事などを説かれたことだが。

邪神の本拠を見つける。

それが「喫茶メイド」の仕事だ。

それには、狩り手である必要があり。実力が低くても高すぎても駄目だと言う事もあって。

「喫茶メイド」は、元特殊部隊の一員だったこともある。この任務を引き受けた。

そして、今こうやって隠密をしていて思うのだ。

案外、「陰キャ」のように気を遣わないで一人でいるのは、楽かも知れないと。

勿論、人間の集落を見かけた場合。内部に潜り込まなければならない事もある。

だが、それには狩り手としての格好を崩さなければならない事も意味している。

今は、邪神をどうにかして全て屠らなければならない状況だ。

奴らが人類の敵である事は嫌と言うほど分かった。

だから。人間にさえ隠密をして、いかなければならない。

欧州は昔は森だらけだったと聞いているが。今は開発されつくして、山も平原もすっかり荒野となっている。

何処の平野もフォロワーだらけ。

欧州人だけではなく、移民として紛れ込んだらしい人々がフォロワー化されたものも大勢見かけた。

そんな中移動するには夜を選ぶしかない。

結果として、夜間のみ活動する怪しいメイドとして。「喫茶メイド」は欧州を東へ西へと走り回っている。

今、目指しているのはジュネーブ。

北欧を最初目指す予定だったのだが。戦闘を重ねていく内に、「悪役令嬢」が判断したらしい。

邪神の総本拠の可能性があると言う事だが。

ともかく、行って見ないと分からない。

北欧は、それこそ米軍が監視衛星を使ってそれこそ砂漠でコンタクトレンズを探すレベルで調査してくれているはず。

あの邪神達の「意識高い」言動を見ていると。北欧にいそうというのは確かにあるのだが。

しかしながらそれがフェイクだとすると。

「意識が高そうな」邪神達の言動にあわせて、場所を直接当たる必要がある。

ジュネーブは、少し前に駐屯地にしていた場所で聞かされたのだが。どうも米軍が此処では無いかと当たりをつけた場所の一つらしい。

確かに有名無実化した国連の強力な支部があったところで。

「永世中立国」を自称するスイスがあった場所だ。

意識高い系の言動を繰り返す邪神達の巣としては、これ以上もない。

ただそういう候補地を何度も見てきて、いずれも駄目だったことを考えると。「喫茶メイド」は、今回ももしも運が良かったら、くらいに思っていた。

足を止める。

凄い崖だ。

地図を見るが、この辺りはかなり勾配から何からして厳しい。スイスが「永世中立国」を自称できたのも。攻め来た相手に出血を強いることが出来たこの地形が大きい。

ただナチスドイツなどを相手には散々泥臭い立ち回りをしたし。

何よりも逃げ来た者を裏で引き渡すような事までしていた様子だが。

「永世中立国」が成立するためには、色々な地獄が存在していた、と言う事だ。

崖を迂回して移動する。

ただでさえこんな地形だらけなのだ。ジュネーブに到達したら、何か旨みがあるといいのだけれども。

隠れながら移動する。

邪神のテリトリは感じないが、フォロワーは夜間なのに結構いる。希に夜間でも動いているフォロワーは見かけるが、この辺りの奴は何というか少し雰囲気が違っている。元気というか、何というか。

嫌な予感がビリビリするが。

もしも当たりだったら、フォロワーがわんさかいてもおかしくないし。

どんな時間に活動していても不思議では無い。

できるだけフォロワーに察知されないようにして移動する。

荷物は最小限しか持てないが。

もしもスイス全域が要塞化されている場合。

その中を必死に這い回って逃げる状況すら想定しなければならない。

それは地獄だろう。

ただでさえこの複雑な地形。何よりも、これから先は高山に入って空気が薄くなるかもしれない。

そうなったら、今までのように動けないだろう。

高山病の恐ろしさは、軍時代に散々叩き込まれた。空中から落下傘で降下する訓練はやった事がある。

少ない燃料と飛行機を使って、それでも精鋭を育てるために訓練はしてくれたのだ。

結果として分かったのは。それだけ厳しい訓練をしていても。フォロワー相手には軍では厳しいという事。

数体のフォロワーが、目の前を通り過ぎていく。

ぞわりとした。

フォロワーが、くちゃくちゃと何かを咬んでいる。さっきまで食事を。つまり無意識のまま人間を喰らっていたのは確実だ。此奴らは人間以外は口にしないし。そもそも口は人間を食い殺す時にしか使えないのだ。

この辺りにも、人間牧場があるのか。

不思議では無い。欧州にも点々と存在していたのだ。

欧州はもっとも人権的に優れているとか、そういう妄想がSNSクライシス前には流布されていたという。

現実には移民などを受け入れたのも、奴隷がほしかったからだし。

何よりも人権問題は何処とも同じく苛烈で。労働基準法なども殆ど機能していなかったのが実情だと今は分かってきているが。

それを理解した上でこの光景を見ると、文字通り笑えない。

フォロワーが呻きながら、群れで移動して行く。

覗き込むと、見えた。

バタンとドアが閉じている。

ああ。やはりだ。この辺りにも人間牧場が存在している。

携帯端末からメールを送っておく。足跡を残しておかないと。邪神に敗れた際に全てが無意味になるからだ。

声を殺して、そのまま移動。

赤い骨が乱雑に散らばっているが、葬るどころではない。

移動して、人間牧場になっている街の上を行く。

この様子だとシェルターにぎゅうぎゅう人間が詰め込まれているのだろう。

そしてさっきまで邪神がいた、ということになる。

邪神は殆どの場合、差し出された人間をフォロワーにして。更には。生け贄の何人かをフォロワーのエサにする。

それによって、恐怖する人間の様子を楽しむのだ。

何度か見てきた。

生きたまま食い殺される人間の悲鳴も。そういう悲鳴を聞くときは、倫理観も感性も麻痺しているだろう人間牧場の者達でさえ、流石に目を背けていた。

口を押さえながら、その場を離れ。

更に山を登る。

ジュネーブは更に更に先だ。

点々と散らばっている自動車。いずれもが。乗る事が出来るような状態ではない。

ふと、身を潜めた。邪神だ。テリトリが拡がっている。

ゆっくり移動している様子からして、この辺りは奴らの何か重要な拠点があるとみて良いだろう。

すぐにメールを送る。

あの邪神は歩哨を兼ねている下位の邪神か。

さっきエサ代わりに、人間牧場に出向いていたという訳か。

抵抗すれば、一瞬でフォロワーにされてしまう。

だから、人間は逆らう事も出来ず、黙って生け贄を差し出すしかない。

怒りがこみ上げてくる。

北米や日本も酷い状況だったが、此処よりはマシだったと思う。人間の尊厳を馬鹿にする風潮がSNSクライシス前にはあったそうだが。人間の尊厳が最後まで奪われるとどうなるか。人間牧場の惨状がこれ以上もなく示している。

また、下位の邪神が姿を見せる。

邪神同士で、会話しているようだ。声だけが聞こえてきている。

「あの牧場の人間ども、最近反応がつまらなくなったなあ」

「我慢しろ。 北米や日本に行った仲間は誰も帰ってこない。 ちまちまと人間をフォロワーに変えられるだけでよしとしないとな」

「はあ、ひもじいぜ。 景気よく人間をフォロワーに変えられたのも、最初の数年だけだったな。 狩り手なんて面倒なのが出て来てからは、俺たちはむしろ連中の影に怯える日々だ畜生」

「万物の霊長の筈なのになあ」

邪神どもの様子を窺う。

どちらも嫌みな程の美形な顔を、肉塊の上に浮かべている。

邪神は、どいつもこいつも人間の負の面を圧縮したような連中であった事をよく覚えているが。

此奴らは下位とはいえ、今までの経験に嫌みな程に当てはまっている。

「戻ろうぜ。 それにしても狩り手だか何だか知らないが、鬱陶しいよなあ」

「メキシコの方でも仲間が通信途絶したってよ。 本当に「財閥」様についていって良いのかなあ」

「単独でいても狩り手にやられる未来しかみえねえしな。 ただ狩り手のトップにいる「悪役令嬢」だとかいうトンチキな奴には、俺たちが束になっても勝てないとか言う話も聞いたぞ……」

「せっかく超越種になったのに、世知辛い話だ」

呻きながら去って行く邪神共。

すぐに空間転移したので、物理的に追うわけにはいかなかった。

無言で気配を消し、フォロワーがいなくなってから移動する。

これは、かなり当たりの確率が高い。

ここで引き返す手もあるが。

しかし、ぐっと気を引き締める。

あと少しで、確証が得られる。

これだけ苦労したのだ。

それに、奇襲作戦は恐らく一度しか試せない。

「エデン」を統べる「財閥」は非常に憶病で狡猾だ。一度本拠を急襲されたら、確定で本拠の場所を変えるだろう。

そして邪神が隠れる場所なんて、今の時代いくらでもある。

そもそもあの「神」こと「ブラック企業」を探し出す事だって極めて大変だったのである。

同じ奇蹟は、何度も起きないとみて良い。

気持ちを切り替えると、そのままスイスの中腹に何日か掛けて踏み込んでいく。

無心のまま、奧へ奧へと行くが。

数日の間に四度邪神と遭遇。身を隠して対処したが、生きた心地がしなかった。

更には、どんどん空気が薄く。更に普段以上に寒くなっていくのを感じていた。

スイスに奴らの本拠があるのはほぼ確定だが。

少なくとも、財閥の姿だけでも確認しないと。

まだ下位の邪神としかニアミスしていないのも不安な条件の一つになっている。此処は反攻作戦を誘うためのエサであって。

此処を強襲した結果、空振りして損害だけ出すという事になるのは、絶対に避けなければならない。

だいたい、下位の邪神達の会話を記録はしているが。

その中に、此処が本拠だと言う事を示すようなものは一つも無かった。

非常に危険な状況である。

此処が本拠であると同じくらいの確率で。人類を誘いこむ罠である可能性が高いのだから。

ジュネーブに、更に二日掛けて移動し。到着。

生唾を飲み込んでいた。

雪に埋もれたジュネーブだが。至近に来てみて分かった。

ここは冒涜の都だ。

雪に埋もれるに任せているように見えて、周囲は肉の。フォロワーを変質させたらしい材質で作りあげられた一種の街になっている。

飛び交っている邪神。気配が強いのが何体もいる。恐らくは高位の邪神だろう。

もし見つかったら。「悪役令嬢」ですら、一度撤退を考えるかも知れない。必死に、人間が改造された建材に身を隠し。少しずつ、肉で作られた都の奧へ侵入していく。

この辺りはフォロワーもいない。

いたフォロワーは。面白半分に肉にこねられ。ここの素材になってしまったのだろう。

強い気配が来た。

邪神数体を連れている。

北米に現れる邪神は七体か八体くらいで一部隊を編成しているという話は既に聞いている。

つまり戦闘を意識して、小隊単位で周囲を彷徨いていると言う事だ。

しかも高位邪神に遭遇したのが、一度や二度ではない。

これはほぼ確定とみて良い。

必死に身を潜めながら、気付く。

腕を、掴まれていた。

必死に斬り払う。フォロワーを改造していたのだ。彼方此方、警備システムとして生きていても不思議ではなかったのに、不覚。

そのまま全力で逃走に掛かる。

後ろで、凄まじい絶叫が轟いていた。

悪趣味な警報装置と言う奴だ。

無心で逃げるが、後ろが騒ぎになっているのが分かった。

これは。邪神どもが逃げないように、最悪でも近辺に潜伏しないといけないだろう。

そして、この猛烈な雪が、却って今回は追い風になる。

邪神共は此方に気付いていない。

更に、あのフォロワーも、本当に人間が来たのか分かっていないだろう。

猛烈な吹雪の中、ビバークに使っていた廃村に逃げ込む。此処にいたフォロワーはさっさと駆除したから今は誰も残っていない。

雪の中、地下に逃げ込み。

必死に地下室で体を温める。死ぬかと思った。

電波の状態は最悪。

だが、軍用バッテリーを用いて、何とかメールを送る。

我、敵拠点を発見せり。

そう通信を送るまで、どれだけ時間が掛かったか分からない。

具体的な情報も可能な限りいれたからだろうが。それでも、少しメールを送るのに、時間が掛かりすぎた気はする。

邪神のテリトリが、何度も掠めた。

恐らくだが、歩哨の邪神が辺りを飛び交っているのだろう。

テリトリが掠めるために、首をすくめる。

此処で戦って生き延びられると考えるほど、「喫茶メイド」は剛毅ではなかった。

寒さよりも恐怖で身が震えているほどである。幸い、掴まれた腕は折れてはいない。掴まれた瞬間にフォロワーの手を斬り払ったからだ。建材にされていた事もあるのだろう。掴まれた瞬間折られるほどのパワーもなかった。

メールの返事はない。

送るのだって、あれほど時間が掛かったのだ。

後は、どうにか救助を待ちつつ。可能な限り脱出も目論まなければならないだろう。

人類にとって最後の勝機となるかも知れない。

それを、「喫茶メイド」一人が脱出するために、潰すわけにはいかなかった。

理解はできているが、それでも怖いものは怖い。

死ぬのかも知れない。

死ぬだけで済むだろうか。あの建材にされたフォロワーのように、陵辱されつくして殺される可能性だって低くは無い。

目を閉じて、何度か深呼吸する。落ち着け。自身に言い聞かせる。そうしないと、生き延びられる可能性はどんどん下がっていく。

吹雪の中、忙しく邪神のテリトリが行き交っているのだろう。外には、邪神気配が一つや二つでは無い。ニアミスは既に数えただけでも十数回だ。

焦ったところで逃げるのは無理。

そう自分に言い聞かせて、やっと少し心が落ち着いてきた。後は、基本に忠実に。身を隠して、何とかこの場を凌ぐしかなかった。

 

4、反攻作戦に向けて

 

ニューヨーク近郊で、フォロワーの駆除作戦を実施中。緊急連絡が入った。

滅多な事では入らない連絡だ。皆にハンドサインを出すと、すぐに撤退に取りかかる。この辺りは信じられないほどの数のフォロワーが蠢いていて、仕掛けるのも撤退するのも一苦労だ。

流石に、世界最大の都市の一つであっただけの事はある。

それだけ、フォロワーにされてしまった人間も多いと言う事である。

敵の追撃を振り切って、どうにか駐屯地に戻る。

連絡を入れると、大統領と山革陸将が既に揃っていた。

それだけではない。

見た事がない顔が幾つかある。自衛隊と米軍の精鋭のようだが。その割りには話をしたことがない相手だ。

そうなると。可能性は高い。

皆に休むように指示を出し。それから話を聞く事にする。

「「悪役令嬢」くん。 緊急事態だ」

「分かっていますわ。 話をお願いいたします」

「ああ。 山革陸将。 君の所の功績が大きい。 話してくれたまえ」

「分かりました。 「悪役令嬢」くん。 どうやら敵の本拠地が確定した様子だ」

思わず顔が上がる。

敵の高位邪神を数体返り討ちにし、敵の戦力を大きく削った今である。

もしも反攻作戦を仕掛けられるのなら、絶対にやるべきだろう。

頷く。続きを促したのだ。

「敵の本拠はジュネーブにあるとみて良い。 今、「喫茶メイド」くんが救援を待っている」

「分かりましたわ。 わたくしは出るとして、「陰キャ」さんも出して貰えますかしら」

「ああ、そのつもりだ。 ただ、北米も日本も邪神の攻撃から身を守るだけの戦力は必要になる。 それに対馬とアラスカで戦闘しているメンバーは動かせないだろう」

それは、分かっている。

「陰キャ」と後数人しか出せないという事だ。

そうなると、今北米で戦闘をしている怪我から復帰したベテラン勢と、後は第二世代の狩り手くらいだろうか。

咳払いする大統領。

メンバーが読み上げられる。少し心許ないが。いや、現状の戦力でこれだけ出してくれるなら申し分ないとは言えるか、

現地で「喫茶メイド」が合流もする。

これ以上はない戦力が、ジュネーブで集結することになる。

「数時間ほど前に「喫茶メイド」くんから連絡があった。 今から急いで現地に向かわないと、救出は恐らく……」

「集合は現地で行いましょう。 何、わたくしだけなら、現地で二週間でも三週間でも耐えて見せますわ」

「……分かった。 これより、輸送班を編制。 君達を絶対に現地まで届けてみせる」

大統領が、急いで指示を出す。

知らない連中はすぐに動き出す。

この様子からして、恐らく大統領、および山革陸将直下の精鋭か。

「エデンの蛇」によって、いつユダが生じるか分からない現状だ。

こうやって、信頼出来る部隊を集めて秘匿しなければならないというのは、面倒だが仕方が無い事なのかも知れない。

後ろを見る。

北米に来てから、殆どずっと一緒に転戦してきた狩り手達。

この三人と一緒に、まずは欧州に殴り込む。欧州までは一日。

ジュネーブまで、輸送機を現地に乗り入れて。それで強行軍で二日という所である。

大型の輸送機は使えないから、それで二日も掛かるが。

「喫茶メイド」は軍の精鋭の出だ。それくらいは耐え抜くと信じる。

すぐに空港に移動して、輸送機に乗り込む。

北米からの援軍は、輸送機の第二波に乗って欧州に。「陰キャ」をはじめとする日本からの増援は、また別ルートで欧州へ向かう事になる。

更に腕を上げているらしい「陰キャ」が来てくれれば、文字通り鬼に金棒である。この間は、噂に聞く奥義を完成させて高位邪神を仕留めたとも聞くし。「神」を自称していたあの「ブラック企業」の陰険爺と同レベルの相手だったら、さほど苦労せずに倒す事が可能だろう。

飛行機に乗って、現地に移動。

できるだけ海面近くを飛ぶのは。発見されづらくするため。撃墜されたときに生存率を上げるためだ。

AI制御で飛行機は飛ぶので、この辺りは安心感もある。撃墜されると判断した場合は速度も落とすように調整されている。

それだけ、飛行機はSNSクライシスの初期に、邪神に目の敵にされたのだ。

飛行機の中で、ミーティングをする。

今一緒に来ている三人は、既に一人前の実力者。これに更に数人が加わり、今までにない大戦力での攻略部隊が編成されることになる。

勿論敵はそれ以上の大勢力で迎え撃ってくるだろうが。

「陰キャ」と連携するなら負ける気がしない。

落ち着いている「悪役令嬢」を見て、皆落ち着いてくれている。

後は、現地で。

思う存分、暴れてやれば良いのだった。

 

(続)