春の芽

 

序、悪役令嬢大いに暴れる

 

メキシコ国境。

朝方からかなり砂塵が酷い。

北上を開始しているフォロワーの群れの中で、米国に入り込んでいるもの。その中で特に大きなものの頭を叩いてほしい。

そう指示を受けた「悪役令嬢」は、前線にある丘の上で。ジープのボンネットに立って、防塵加工をしてある軍用スコープで向こうを見た。

環境が過酷になったのはどこも同じだ。

メキシコ国境付近の砂漠地帯も、SNSクライシスの前よりも明らかに状況が悪くなっていると、軍関係者は口を揃えて言っていた。

事実ずっと積み重ねてきた天候情報を見ても、それについては事実なのだろうと思う。

スコープには。

そんな過酷な砂漠地帯でも、平然と蠢いているフォロワーの群れ、およそ数は12万。これなら三日で潰せるな。そう判断。

狩り手達に、スコープをつけるように指示。

連日、ルーキー達はキルカウントを伸ばしている。ルーキー達の内、一番成長が早い「悟り世代」が現在4000キルを出せるようになって来ていて。既に「フローター」の背中が見え始めている。

更に一番成長が遅い「派遣メイド」も、昨日は3000キルをギリギリで達成した。

これは充分なキルカウントと言える。

日本では、少し調子に乗っていた「優しいだけの人」が、「陰キャ」の痛烈なメールで思い切り凹まされ。

これに関しては、苦笑いと同時に痛快だった。

並行で進めているもう一つの事と並んで、「陰キャ」はとにかく一番伸びていると言っても過言ではない。

本当に、二人で連携すれば何にでも勝てる気がするが。

今は、まだその何かと戦うときでは無い。

「陰キャ」は一日単独20000キルを達成したらしく、体力の問題も確実に解決しているとみて良い。

今後は、更にキルカウントを伸ばすべく、尽力して貰いたい所だ。

全員の準備完了。

頷くと、「悪役令嬢」はまず最前列にたち、突貫と叫ぶ。

同時に、皆でフォロワーの群れに突貫する。

昨日、悪役令嬢はキルカウント29500をたたき出した。もう少しで、前人未踏の単独キルカウント30000を出せるかも知れない。

勿論、それだけでは意味がないが。

コレに伴い、同時に瞬歩などの技の整備。更に技の鍛え上げも実施している。

邪神共は、恐らく南北から米国に圧力をかけ続ければ潰れると思っているのだろう。

その前提を、根本から崩す。

焦って本丸である邪神共を出してきた時が好機。

奴らにはまだまだ大物がいる事が分かっているが。

結局は「財閥」のワンマン組織である事に代わりは無い。

粉々にすり潰す。

「悪役令嬢」は、何も考えずに戦えるし。それが一番良い。ひたすらに、砂塵がふきかう中。

フォロワーを削りとっていく。

大量のフォロワーを駆逐しながら前進。

ついてくる狩り手三人は、好きなように敵を駆逐させる。

「悟り世代」は、もう少しからだができてきたら瞬歩を叩き込みたい。一番身体能力が高いからだ。

他の狩り手も、全員が瞬歩を使えればかなり違う筈。

無心にフォロワーを駆除して周り。

そして昼過ぎには一度撤退。

レーションを食べて驚いた。やはり美味しくなっている。

どうやら、日本の工場からレーションのレシピを受け取ったらしい。こう言う時期だ。どんなに小さな事でも、改善できればそれだけ戦意につながる。

俄然元気が出た。

人間なんて単純なもので。

これくらいで、随分と力が出るものだ。

紅茶を淹れようかと「派遣メイド」が言ってきたので、頼む。残念ながら、茶はとんでもなくまずいが。

それについては、我慢する他ない。

レーションが美味しくなっただけで充分。

材料は今は考えない事にする。

食事後は軽く休み。連絡などを確認してから、再出撃。またフォロワーの群れを、縦横無尽に刈り取った。

夕方に切り上げて、砂塵の中引き上げる。

当然状況が良くない状況での戦闘なので、点呼を取る。欠けた者はいない。胸をなで下ろしながら撤退。

ガラケーデバイスを開いて、日本などから連絡が来ていないか確認。

今の時点では、問題はなさそうだった。

キルカウントは後で集計させる。

ルーキーとはもう呼べないか。三人は先に休ませて、「悪役令嬢」は米国大統領らとテレビ会議をする。

以前は連日青ざめていた大統領だが。

調子はここのところ比較的良いようだった。

邪神が姿を見せないだけで、まあ調子が良くなる理由は分かる。

このまま、ずっと出てこないでくれると助かるのだが。残念だが、そうもいかないだろう。

「いやはや凄まじい。 単独のチームでキルカウント40000を安定して連日たたき出すとは……」

「このままだと50000も夢ではないですかな?」

「おべんちゃらは結構。 それよりも、無駄な会議で時間は使いたくないでしょう。 本題に入ってくださいまし」

「悪役令嬢」も褒められれば悪い気はしないが、しかしながらそればかりでは堕落すると考えている。

故にこういうのは突き放す。

孤高と考えられても別にかまわない。

単に「悪役令嬢」は、自分が戦いやすい条件を整えたい。それだけの事なのだから。

「あー、おほん。 では本題に。 北極に入っているアラスカでの戦闘は、戦線の再構築に成功している。 遅滞戦術は四人の小グループでは間違いなく上手に機能していて、何よりも子供達が「フローター」の言う事をきちんと聞いているのが分かる。 「フローター」、いわゆる「不思議ちゃん」は戦前では困惑の対象に過ぎなかったのだが、今ではすっかり……」

「次をお願いいたしますわ」

未だにフローター(不思議ちゃん)に対する偏見があるのか。

米国の思想が大変に偏狭であることはもう知れ渡っている。これはSNSクライシスの前からそうだ。

自由の国という呼び名とは裏腹に。スクールカーストがまんま示しているように、米国の価値観はむしろマッチョイズムに満ちた偏屈で狭苦しいものだ。

スクールカーストの頂点はマッチョでハンサムなスポーツマン。女性のスクールカーストの頂点は健康的な美貌の長身女性でチアリーダー。そして頂点同志でカップルになる事が要求される。

そして不思議ちゃんは、米国においては差別の対象であり。

スクールカーストの外にはじき出されていた存在でもある。

これだけでもうんざりなのに。未だにその思想が生きている事が分かれば、良い気持ちである筈が無い。

SNSクライシスが、SNSクライシス前の時代にあった色々な救いようが無い事象の集まりと密接に関与しているのは分かりきっている。

どうしてそれが起きたのかはまだ分からないが。

いずれにしても、こんな調子ではまたSNSクライシスがいずれ起きるだろう。

反吐が出る話である。

「悪役令嬢」が咳払いをしたので、威圧を受けたと思ったのだろうか。

いずれにしても、大統領は周囲を見回した後、続きに入った。

「……今の時点では、それくらいだ。 邪神の本拠を探すべくドローンも飛ばしているし、軍事衛星の情報も精査しているが、今の時点ではそれらしきものは見つかっていない」

「分かりましたわ」

「敵が新しい手に出る可能性については分かっている。 今の時点で、敵は南北からの戦力による圧殺だけを目論んでいるようで、対応はしやすいが。 いざという時に備えて、此方も戦力を調整する」

次のルーキー。第二世代の狩り手だが、配属は少し先になるそうだ。

あの悪ガキたちの失敗を省みて、きちんと調整してから出してくるそうだが。

この状況で少し先、というのも。

なんともおかしな話だった。

これでは、負傷療養中の狩り手たちが戻ってくる方が早いかも知れない。

日本の方に話が移る。

テレビ会議で映像が乱れがちだが、それでも山革陸将が話をしてくれる。リアルタイムで翻訳されるのだが。この翻訳は昔とても出来が悪くて、意味が反対で伝わる事も多かったらしい。

日本語の難解さが故である。

今では、スムーズにリアルタイムでの翻訳が出来るようになったのだから。

AIは進歩していると言えるのだろう。

「対馬での戦況は決して良いと言えない。 対馬は連日、ぎりぎりで踏みとどまっている状況だ」

「其方の第二世代の狩り手は、二人ともそこそこ上手く行っていると聞くが……」

「一人は既に主力級として活躍してくれている。 キルカウントだけなら、そろそろ二万を越えてもおかしくない」

映像が出る。

この子が「巫女」か。話には聞いていたが、何というか暗い目をした子である。

最近は自分で考えたらしい奉納舞を戦闘前に舞って。それを自己暗示にしているのか、キャラづけの強化の為に用いているのか分からないが。いずれにしても、それで圧倒的に戦闘力を増しているという。

戦闘の様子が軽く出るが、確かに強い。

ただ高位の邪神とやり合えるかというと、かなり微妙な所になる。

この「巫女」と。「女騎士」と「コスプレ少女」の三人により、連日対馬ではギリギリながらも何とかフォロワーを押し返すことに成功しているそうだ。

フォロワーもまだ敵が残っていると認識している間は、北九州に進まない。

勿論対馬では連日戦闘が避けられないが。

この辺りは、フォロワーが殆ど思考能力を持たず。邪神の与えた大まかな指示に従って動くしかないデクである事が此方に有利に働いているとは言える。

とはいっても数が数。

連日頑張っても、まだ合計で100万程度しか削れていないそうだし。

この様子だと、1000万以上とも言われる数を撲滅するには、それこそ一年まるまる費やしても不思議では無い。

「もう一人の第二世代の狩り手は。 確か、「人形」という」

「彼女は大阪にて調整中です」

「前線には出さないのかね」

「調整を行っている「陰キャ」が前線には出せないと言っておりまして。 大阪で大きな戦果を上げられていること、対邪神戦で大きな成果を上げている「陰キャ」の言う事もあって、今は様子を見ています」

無言になる大統領。

秘書官が何か耳打ち。

それで、頷いていた。

「陰キャ」がへそを曲げているという話は既に聞いている。

まあ、気持ちは分からないでもない。

あの子ははっきり言って、「悪役令嬢」よりも余程人間的な思考をしている。正義感だって胸に秘めているし、幼い子供が虐待されるような光景を黙って見ていられなかったのだろう。

「人形」が配備された直後。「陰キャ」が珍しく長文のメールを送ってきたからよく覚えている。

絶対に許せないと、三回も書いてあった。

それ以降、愚痴と怒りが籠もったメールは届いていないが。

あの子の鬱屈は嫌になる程よく分かった。

「三人目はどうなっているかな山革陸将?」

「今準備中です。 調整がやはり難しく」

「どうも第二世代の狩り手については、日本の方が恐らく一日の長があるとみて良いだろうな。 そちらでよろしく頼む」

「……」

含みがある言葉と共に、会議を切り上げる大統領。

後は解散となった。

そのまま、次の指示が来るので見ておく。現在交戦中のフォロワーの群れをまずは壊滅してほしい、ということだ。

頷くと、休む事にする。

それだったら別に何でも無い。

そんな事よりも。「陰キャ」が心配だ。

恐らく「陰キャ」の所には情報が行っていないだろうが。「優しいだけの人」から、此方も恨みが籠もったメールが届いていたのだ。

英雄である「悪役令嬢」から一言欲しいと。

「陰キャ」は全体の利益を考えず、個の感情に流されて、輪を乱している。

麾下に入ったのなら、言う事を聞くべきが軍人であるというのに、それを守ろうとしない。

だから一言言ってくれ、と。

まあ言いたいことは分かる。「陰キャ」の行動は、そう見えてもおかしくは無い。

だが、「優しいだけの人」が第二世代の狩り手を人間扱いしていないことがこれで伝わってくるし。

その辺りを敏感に「陰キャ」が見抜いたことも分かってしまうのである。

故に、「優しいだけの人」には、地力で何とかするように。それができないのは上官としての手腕が足りないからだ、ときっちり言って黙らせた。

以降、問題が起きているとは聞いていないが。

この様子だと、恨みを買っても不思議では無いだろうなと、覚悟していた。

適当に休んで、明日に備える。

人類はこの戦いに、ひょっとしたら勝てるかも知れない。

だが今ですらこれだ。

共通の敵がいなくなったら、あっと言う間に分裂の時代が始まってしまうだろう。そして用済みになった狩り手は、よくて捨て扶持だけを与えられて隠居か。下手をすれば消される。

ため息をつくと、「悪役令嬢」はしっかりと眠るように自分に言い聞かせ。休養をしっかりとる事に務める。

睡眠障害になると悲惨だ。あっと言う間に睡眠が取れなくなる。

ただでさえストレス激甚な仕事だ。

これ以上、精神を無意味に痛めつけてはならない。

朝になって目が覚める。

幸い、まだ睡眠は自由に取る事が出来る。これがどれだけ幸せなことか、「悪役令嬢」は良く知っていた。

起きだすと、身繕いをし。砂漠の向こうが明るくなっている中。皆が起きてくるのを待つ。

全員が起きだしてくる前に情報を確認。特にこれといった、重要な情報は来ていなかった。

指示通り、砂漠に向かう。

今日も大量に狩るとする。ルーキーたちは腕を上げて来ているし、この様子だと連日50000キルをたたき出すのも難しくは無いだろう。

「悪役令嬢」の実力の伸びにはかなり限界が見えてきているが。それはそれ、これはこれだ。

最悪の場合は、後を継ぐのは「陰キャ」だと、山革陸将には伝えてある。

あの子は人類の宝。邪神に対する、最後の切り札になるとも。

リーダーになってから、本性が出て来た「優しいだけの人」が暴走するのを抑えてくれているのは、この話を山革陸将に伝えたからだと思っている。

過酷な話をすれば、「優しいだけの人」は代わりが幾らでもいるが。

「陰キャ」の代わりは一人もいないのである。

だから、きっとその事実が。「陰キャ」を少なくとも人間の手からは守ってくれるはずだ。

砂漠の中から、膨大なフォロワーが姿を見せる。

昨日あれだけ損害を受けたのに当然のように北上してくる様子は、恐怖を知らない事を如実に示してくる。

出会い頭に叩き伏せ。

後は徹底的に狩る。

エンゲージの声が掛かってからは、後は砂塵の中で猛威を振るい続けるだけだ。

昼少し前に、点呼を取って一度下がる。

脱落者はいなかったが。この気候では、一瞬のミスが文字通り取り返しがつかない事につながりかねない。

ゴーグルを吹く。

砂が凄まじい。ゴーグルは新品の筈だが。もう骨董品では無いかと思えるくらいに汚れてきていた。

ドレスの代わりはいくらでもあるし。

専門の洗濯機が汚れたドレスをしっかり洗ってくれるが。

これは「悪役令嬢」が連日記録的な戦果を出し。

邪神討伐でも猛威を振るっているからである。

そうでなければ、こんな金や手間暇が掛かる事は、自分でやらなければならなかっただろう。

昼食を取る。紅茶も淹れる。

「派遣メイド」はどんどん茶の腕を上げているようだが、はっきりいってあまり茶はおいしくない。

これは茶葉が元から駄目なので、仕方が無い事ではあるだろう。

勿論「派遣メイド」に文句をいうつもりはない。

充分に良くやってくれている。

我が儘なお嬢様というキャラづけで振る舞って、自分の力を少しでも上げなければならない程。「悪役令嬢」は己の力が足りないと思ってはいない。

今後は戦闘経験を丁寧に自分の身に還元して。最大の敵との戦いに備えるときだろうとだけ思う。

昼を終えて、そのまま再出撃。

今日明日で、恐らくこの群れは片付くはず。幾つかの群れを処理しているうちに、軍病院で療養中の狩り手や。それに新人が来るだろう。

邪神共はしばらく調子を扱いて横になっていれば良い。

その間に、戦況を一変させてやる。

心配なのは日本の方だが。

其方についても、手は幾つも打ってある。恐らく、そろそろ効果が出てくるはずである。

無心で敵を蹴散らし、戻る。

恐らく一過性だろうが、キルカウント30000が出たようだった。単独でのキルカウント30000は、あの「ナード」も出した事がないらしい。

素晴らしい功績だと褒めちぎってくれる大統領は、言葉と裏腹に青ざめているように見えたし。

後ろにいる腰巾着共は、最強の英雄の名を「ナード」から奪った敵のように。「悪役令嬢」を見ていた。

やれやれと思う。

手を抜けば此奴らはそれで気付いていただろう。

何ともやりきれない。

兎も角。明日も戦う。邪神共を滅ぼすまで戦いの日々は終わらない。

それだけは分かっている。自分の使命として、それだけはどうしてもやりきらなければならなかった。

 

1、対馬と妄執

 

「女騎士」が疲れきっているのが分かる。「コスプレ少女」はけろっとしているが。それでも余裕があるとは思えない。

「巫女」は、自分の力がわき上がってくるのを感じて。夜の間も、ずっと戦い続けたいくらいだった。

だがそれはただの興奮状態だと言い聞かせ。

眠る事にする。

対馬での戦闘開始から何日経ったか。

毎日、朝には奉納舞をして。それから戦闘に赴く。その日々が続いている。敵の数はもう数え切れない。

倒した数も。それに対馬に蠢いている数もである。

無人の戦闘艦は援護をしてくれる。たまに海に出てしまうフォロワーがいるので。それを北九州の工場で作ったという機雷とかいう武器に誘導して、ドカンと粉砕しているようである。

たまに「優しいだけの人」がなんか話を聞いてくるが。戦闘ではあまり役に立っていない。

正直「喫茶メイド」の方が指揮官としては良かったが。怪我をしてから戻る様子は全く無い。

これがフリなのか。

それとも「巫女」が知らない所で何か起きているのか。

そこまでは、どうにも分からなかった。

起きる。

皆が起きだす前に、海の上で奉納舞をしておく。

一応資料を見て、どの神にどういう舞を奉納するかの知識はある。だが、それをあえて言うのも馬鹿馬鹿しいので。自分で考えて舞っている、とだけ伝えた。

その時の「喫茶メイド」の表情は忘れられない。

いつもにこにこにこやかな笑みを浮かべている人だったのに。こんな据わった目で此方を見るのかと思ってしまった程だ。

ただ、あれはどちらかというと、敵の大軍を前に遊んでいる様に見えたのかも知れない。

それで、ずっと我慢してきたものがはじけたように思えた。

多分だけれど、入院が長引いているのも、それが理由だろう。

連絡が来た。

「陰キャ」からだった。

内容については把握した。すぐにガラケーデバイスを閉じて、メールの内容も消しておく。

後は起きて来た先輩方と合流。

「女騎士」は。戦闘で最適化されてきたのか。以前より動きに無駄がなくなってきているし。

「コスプレ少女」は寡黙に戦いながらも、しっかり「巫女」や「女騎士」に気を配っている。

大弊の手入れを終えると。後は無駄なミーティングを受けて。さっさと後は戦場に出る。

朝日が上がる対馬の海岸に、無人のホバークラフトで乗り込むと、後はひたすら戦う。

ここ数日。恐らくフォロワーの群れが対馬に全て上陸したからだろう。フォロワーの活性化した群れが、より獰猛に出迎えてくる。

とにかく攻撃性が強いので、踊り込んで敵を蹴散らして回るというわけにも行かず。しっかり前線を維持しつつ、他の二人と歩調を合わせないと厳しい。

もしも誰か崩れたら、即座に三人やられる。

それくらい厳しい状況だ。

こんな状況が続けば、誰でも嫌でも鍛えられる。

大弊を振り回して徹底的にフォロワーを狩りながらも、次が果てしなくやってくる状況で。昼を食べるのも厳しい。

昼は交代で取るようにしている。トイレなども、である。

この度に、トイレがついている大型のホバークラフトが常に海上におり。

昼時などは急いでこれに撤退して、食事をしたり用を足したりで、全く休まらない。

とはいっても、休む必要性を「巫女」はあまり感じない。

朝に奉納舞さえしっかりやっておけば。

祈りを捧げた八幡様がしっかり加護をくれる。

伊達に源氏の軍神ではない。元がどういう神かさっぱり分からない存在らしいのだが。なにより多数の武士に信仰された神だ。

信仰はしっかり力になっている。

昼を乗り切ると、後は夕方まで戦い続ける。そのまま暴れ続けて、陽が落ちるとフォロワーは動かなくなる。

ホバークラフトで引き上げて。

ギスギスした空気の中、「優しいだけの人」の話を聞くことになる。

「女騎士」は、どうも「優しいだけの人」にも戦って貰いたいらしいが。それについては、「巫女」は足手まといだと思う。

正直あの人は、男性の狩り手と共に彼方此方を転戦しつつ、指示を遠くで出してくれればそれでいい。

それなのに、対馬近くの海上でふんぞり返っている方が問題だと思うが。

「女騎士」は義務の問題だという。

義務とは言うが、それなら自衛官もみんな対馬に出向かなければならないと思う。

犠牲が出ないなら、それに越したことはない。

「コスプレ少女」は話が長くなってくると、露骨にあくびをしたりとサボタージュの姿勢を見せる。

まあ、気にくわないのだろう。

男性の狩り手が気にくわないのではないと思う。米国の「ナード」が世界最強だったのは間違いない事実で。引退した今も、邪神との戦いで道を切り開いた英雄だという評価は揺らぐ事も無い。

「コスプレ少女」も、たまに「ナード」の戦闘についてのビデオを観て、熱心に研究を続けている。

だが同時に、「悪役令嬢」の戦闘のビデオもしっかり観て、研究をしているようである。

要するに単に強さを求めているわけで。実力があからさまに劣る「優しいだけの人」にいちいち指示を出されるのは煩わしいのだろう。

むしろ、実力が近い「喫茶メイド」だったら上手く行っていたのかも知れないが。

それもこの状況では、厳しいのかも知れない。

「巫女」はどうでもいい。

戦えればそれでいい。

逆に言うと、対馬から撤退するとか言い出したら、その場で頭をたたき割るだろう自信もある。

戦いだけが全ての価値。

「巫女」にとっては、恐らく死ぬまで変わらないだろう価値観だ。

ともかく、無駄だらけのミーティングが終わったので、眠る事にする。

「女騎士」が、珍しく話しかけて来た。

「「巫女」ちゃん、お疲れ様です」

「お疲れ様だ。 話しかけてくるとは珍しいな」

「……うん。 ちょっとさっきの会議で疲れちゃって」

「弱者に戦闘の義務を求めても仕方が無いと思う。 正直あの人は、何かの間違いでここに来ているとしか思えない」

図星を指すと、「女騎士」は単に意見が同じだと思ったか、嬉しそうにうんうんと頷く。

同調圧力か。

SNSクライシスの前は、社会に嫌と言うほど満ちあふれていたらしいそれ。

今も、人間は同調圧力の中で生きていると思うとうんざりする。

いずれにしても、今日はもう休むと言って、話を切り上げて先に上がる。

戦闘だけの事を考えたい。

はっきりいって、わずらわしい人間関係はもう嫌だ。

「悪役令嬢」は、メキシコの砂漠で楽しく戦っているという話である。

代わってほしい。

「悪役令嬢」ほどの活躍は出来ないだろうが。淡々と、戦闘をしていいのなら何処にでも出向く。

ベッドに横になると、体に溜まっている疲れなどを確認。ダメージもチェックしていく。

問題なしと結論が出たので、風呂に入ってさっさと上がる。

後は戦闘の流れを頭の中で確認しながら、翌日に備えて眠る。

それだけだ。

目が冴えて眠れない。

少し先達の技を見ておくとする。

自室にはビデオがある。殆どは「巫女」のキャラ作りのための資料だが。戦闘用の資料もある。

昔はビデオの再生には大きなVHSとかいう箱状のものが必要だったそうだが。今は幸い、資料は小さな機械に格納して大量に持ち運ぶことができる。それが有り難い。

無心で、横になったままビデオを観る。

「巫女」には、「悪役令嬢」ほどの戦闘力はまだない。自分なりに研究しているが、「悪役令嬢」が使っている瞬歩は、まだ再現が難しい。

「陰キャ」が使えると聞く。

「陰キャ」の所に行って教わりたいが、あの人はものを教えるのが凄く苦手だろう事は見ていて分かる。

ただ、教わりたい。というのも、あの人の戦闘記録を見ていると。とても技や戦闘の組み立てが丁寧で分かりやすいのである。

「悪役令嬢」はパワフルだから、実力にものを言わせて正面からつぶしに行くことが多いが。

「陰キャ」はその辺りに自信が無いのか。ただ、それでも一度組んだ作戦は丁寧に推敲しているのだろう。非常に動きが分かりやすい。

かといって、それを再現出来るかは別だ。

ただ、幾つかの戦術や技は理解出来た。

それだけで充分な収穫とするべきだろう。

戦闘で、ぶっつけ本番で技を再現するのは流石に厳しいだろう。出来るかもしれないが、まだやりたくない。

この辺りは、戦闘ばかり考えている事もあって、「巫女」は自身の勘に自信がある。

無言で後は眠る。課題を洗い出せただけでも、だいぶすっきりした。

翌朝はすぐに来る。

日が出る前に身繕いや奉納舞は済ませてしまう。

ちらりと海を見る。ドス黒く感じる。

この辺りの海は、山ほど元寇の頃の軍船が沈んでいるそうである。

まあそうだろうなと思う。

当時世界最大の艦隊だったという話だ。中華で大量の樹を伐採して作り出した無数の軍艦。

もしも真正面から鎌倉武士団がやりあっていたらどうなったか。

まあ勝てたとしても、大きな損害を出したのは間違いないだろう。

起きだしてくるのは、いつも順番が決まっていて。「コスプレ少女」、「女騎士」の順番だ。

「コスプレ少女」は寡黙で、「女騎士」も滅多に話しかけてこない。

この辺りは恐らくだけれども。「コスプレ少女」は他人に全く興味が無く、「女騎士」は単に此方を話しかけづらいと思っているのだろう。

まあ別にどうでもいい。

また、面倒でしかない朝のミーティングが始まる。

いがみ合う無駄な時間なんてどうでもいい。

バリエーションに富んでいる訳でも無い戦闘をするのだから。無心に戦闘に集中させてくれればいいのに。

ただ、それだけを思う。

今日も対馬に上陸して、戦闘をする。それが決まるまでに、何度か怒鳴りあいを挟んだ。

最近は指揮用の旗艦から出てこなくなった「優しいだけの人」。

もう、そろそろ限界なのでは無いかと、「巫女」は思っていたが。

しかし、前は指揮官が山革陸将で。狩り手の理屈がそのまま通じる相手ではなかったから、より煩わしかったと聞くと。

早く「悪役令嬢」には戻って来て欲しいと思うし。

こんな戦いをするくらいなら、単独で対馬の彼方此方に渡って。思う存分暴れたいくらいだ。

いや、流石に厳しいか。

ままならないなと、「巫女」は苦笑いを噛み潰していた。

 

無心のまま、大阪で狩りをする。

今日のノルマは充分に達成出来ただろう。「陰キャ」は満足して引き上げる。体がかなり軽い。

「人形」と一緒にフォロワーを駆除するようになってから、やはりずっと体が軽く感じるようになった。

後は、自棄になった「優しいだけの人」が余計なことをしなければいいのだけれども。

最近平気でどなったりするようになってきた様子を見ていると。あの人は、そろそろ降ろすべきだと思う。

だけれども、やはり代わりがいるのかと言われると、厳しいと思うのだ。

山革陸将は、自衛隊の再編や、各地の無人工場の件で連日大忙しだろうし。

何よりルーキーを回すという話でも、そうとう苦労しているらしい。

山革陸将は、体を張っていることが昔から分かっていた。それに「陰キャ」のものを取りあげようとはしなかった。

だから、別に嫌いだとは思わないし。

今後も恐らく、利害は対立しないだろう。

空はもう真っ暗。

この辺りは灯りも無いし、場合によっては星明かりがまぶしかったりするのだけれども。

ここ最近は空が曇っていて、とても暗い。

駐屯地にてゆっくりしていると、ガラケーデバイスに連絡が来る。山革陸将だった。

「すまない、「陰キャ」くん。 少しいいかね」

「何でしょう」

「話を「人形」くんに聞いてほしい。 彼女は既に戦力は一人前だ。 今後どうしたいか、をだ」

「……」

少しは良いかと想っていたのに。

そういう魂胆か。

ならば、そのまま返す事にする。

「分かりました。 もう「人形」さんは眠っているので、明日の朝に話を聞いて連絡をします」

「すまない。 対馬の戦力が足りていないのは事実なんだ。 各地の小規模なフォロワーの群れなら、実はもう二人の狩り手で対応できる。 だから彼らを回すのも手の一つなのだが……」

「「喫茶メイド」さんの復帰はいつですか?」

「すまないが、かなり先になると思う。 再生医療で苦労しているというのもあるのだが……」

理由は幾つか思い当たるが、まあ仕方が無いのだろう。

ともかく、頷くと話だけは聞いておこうと思う。

実際、「人形」がどうしたいかは、「陰キャ」も正面から聞いたことはない。

「人形」が周囲に虐げられていたことはすぐに分かった。だけれども、虐げられた子が今後どう生きたいかも。側にいると決めた以上、聞いておく必要はあるだろう。

頷くと、休む。

「人形」は「陰キャ」の私物では無い。

そんな風に考えるようでは、「陰キャ」も「優しいだけの人」と同じになってしまうことだろう。

そうやって話を聞いて、「人形」が皆のためにもっと苛烈な敵と戦いたいというのなら、それもまたよし。

「陰キャ」と一緒にいたいというなら、その時はその時。

何があっても守る。

そう決めたのだから。

朝はすぐに来る。

睡眠障害とかを喰らっている訳では無い。だから、眠れば眠る。起きるのは目覚ましがいる。

朝が来て、もう起きている「人形」。

連日10000キルをゆうに越えるようになったが、考えてみれば米国の一線級の狩り手でも5000キルを出せれば良い方。事実アラスカで苦戦していた「ホームレス」らの狩り手たちは、その程度の実力だったはず。

「悪役令嬢」と一緒に戦った事で、ルーキーたちは戦死しなくなった。その結果、多くの常識外の実力者が成長した。それだけだ。

20000キルを出した事で、「陰キャ」は話題になっている程だ。

もう、一人前とは言えるだろう。

「陰キャ」が来たのを見て、人形はにこにこ笑っている。

いつも静かに笑っているのを見ると、とても勇気が貰える。

あまり心が強くない自覚がある「陰キャ」は。この笑顔に、どれだけ勇気づけられたかわからない。

苦労しながら、意思を伝える。

そうすると、「人形」は少し寂しそうに笑った。

「私ね、平和にくらしたい」

それは。

きっとかなえられない。

邪神が。それにフォロワーがいなくなれば、狩り手は必要ではなくなる。

下手をすると、国の後ろ暗い機密が詰まった第二世代の狩り手なんて、人間に皆殺しにされる。

第一世代の狩り手だって危ない。

ひょっとしたら、歴史の闇に屠られるかも知れない。

「対馬って所で、すごく規模が大きい戦いが続いているんでしょ。 私知ってる。 だから、そこで戦いたい。 少しでも、平和に貢献したい」

無言で、こくりと頷く。

涙なんて、他人のために流したことあったっけ。

あったとしても、いつのことだったか。

「あ、たし。 何でも、助けに、な、ります」

「……ありがとう「陰キャ」さん。 すごくぶきっちょに、私に人として接しようとしてくれるのがうれしくて、つい此処に長居しちゃった。 それに時間を割いて瞬歩とか色々教えてくれてありがとう。 でも、やっぱり狩り手の本能なんだと思う。 私、役に立てる所で戦いたい」

ここは、「陰キャ」一人で充分。

それは「陰キャ」でも分かる事。

「人形」だって、当然分かるだろう。

「あの、きっといつでも会えるから。 だから、その時には笑顔で送って」

「……はい」

ガラケーデバイスに打つ。解答の内容を。

手が震えて、何度も文字を打ち間違えた。本人の希望を叶えてあげたい。それが側にあると決めた者の義務。

逆に言えば、それ以上の事をしてはいけない。

本人の希望を考えたのか。

もし考えずに、自分の我が儘を押しつけていたら。それは「人形」を非人道的に扱った周りの大人と同じでは無いか。

ぎゅっとハグする。自分より小さな体を。

子供なんて産んだことはないし。この仕事になった以上、今後も産む機会はないだろうけれども。

それでも、子供と接するのは、不思議な話だけれども楽しかった。

一時間もしないうちにヘリが来た。

本当に現金な話だ。

無言で、ヘリを見送る。

そして、連絡を受け取った。

「「陰キャ」くん。 この結果は望外の喜びだ。 最高の状態に調整してくれた上に、人手が足りていない対馬に送ってくれて、本当に助かる」

「一つだけ、我が儘を聞いて貰っていいですか?」

「……分かった」

「「優しいだけの人」の解任をお願いします」

これが唯一できる事だ。

あの人が司令官のままでいると、多分「人形」だけでなく、他の人も順番に倒れていくと思う。

あの人は司令官に向いていない。

前線で戦う方が、よっぽどマシだろう。

各地を転戦して、港を解放していた頃はまだマシだった。

ああなってしまった以上は、潮時だ。

一緒にいて、人間として接した相手を守るためにも。「陰キャ」は手段を選ぶつもりはなかった。

「分かった。 そろそろ潮時だっただろう。 人事の誤りは、私も認めなければならない」

「お願いします」

「……」

「喫茶メイド」がまだ復帰できない以上、山革陸将が直接指揮を執るしかない。

負担は増えるだろうが、それが最善の筈だ。

勿論「優しいだけの人」の恨みは買うかも知れないが。

それを怖いとは思わなかった。

話を終えると、すぐに大阪に出る。

今日は機嫌が悪いから、手荒い。

そんな事を、「悪役令嬢」が言ったことがあったっけ。

「陰キャ」も今日は機嫌があまり良くない。

だから、手加減無しに叩き潰させて貰う。

普段とは裏腹に、叫びながら敵に突貫。片っ端から、フォロワーを斬って捨てる。

怒りに身を任せているのではない。

今日は驚くほど体が静かで、いつも以上に冷静だった。

それでいながらあふれかえる怒気が、全身を燃え上がらせ。それでいながら活性化もさせている。

ひょっとするとこれは。

新しい境地に達したかも知れない。

「陰キャ」は天然物だと「悪役令嬢」は言っていた。

だから、技を教えるより盗んだ方が良いし。我流でやっているのだから、そのまま我流を極めた方が良いとも。

瞬歩は見て覚えた。

そして今、これが我流の極みなのかも知れない。

昼少し前に一旦撤退するが。

全身がもの凄く熱かったのに。戦闘から引き上げてみると、別に汗を掻いているわけでもなんでもなかった。

むしろすがすがしいほどで。

「陰キャ」は大きく嘆息していたほどだ。

大阪は間もなく。府の中心部を除いてフォロワーの駆除が完了する。

それは、一目で分かった。

「陰キャ」がやったのだ。勿論「人形」も。

何度か乱暴に目を擦った。

それはいけないと分かっていたのに。

どうしても、涙が抑えられなかった。

特に普段に比べて疲れると言う事はない。ただ。この状態を連続していると、多分オーバーヒートすると言う事は分かった。

天然物らしく、自分の我流にそって使いこなしたい。

ただ、静かにそう思考をチェンジする。

嫌な事は全て今後ため込んでしまう。そして、ため込んだ怒りを爆発させて、一瞬の力に変える。

これは。多分最後の切り札になると思う。

怒りの深度を上げれば上げるほど、一瞬に出せる力が上がるはずだ。

「悪役令嬢」が使っていた絶技に匹敵する火力が一瞬出せるかも知れない。

ただ、今後は実戦投入に向けて、調整を続けなければならないだろう。

ガラケーデバイスを確認。

「優しいだけの人」は無事解任。

一狩り手に戻った。

そして、「人形」が対馬に到着。初日で15000キルの大暴れを見せ、フォロワーの群れを少しずつ押し返し始める事に成功したという。

一千万からなるフォロワーの群れだ。それを少しずつでも押し返せるようになったと言うのは凄いと思う。

良かった。

何とかやっていけそうだな。

そう思って、「陰キャ」は目を細める。

それと同時に、自分はしっかりこの技をものにできるようにと。戦士らしく、考え始めてもいた。

結局の所、「陰キャ」はもう戦士なのであって。母親や良き友にはなれなかったのかも知れない。

それでもかまわない。

どうせ、どんなに頑張っても「陰キャ」の代でこの地獄は終わらないだろう。

次の世代がどうなるかまでは分からない。

だけれども、少なくとも邪神を「陰キャ」の世代で世界から滅ぼしたい。

フォロワーを滅ぼすのは、多分今の世代では無理だ。

邪神を倒さなければ。増えた人々を狙って幾らでも邪神が何度でも攻めこんでくる事は確実。

ともかく、フォロワーの駆除と邪神の撃破は別に考えなければならない。

焦るな。

今は、この新しい力を使いこなせるように、錬磨すべきだろう。

その後は。空を見る。

少しだけ、良い夢を見ていたのかも知れない。それは今後、きっとかなえられない夢だから。

今見せてもらったのだと思う。

そう思うと、薄暗い夜空も。また趣があるのだった。

 

2、ユダはまだ側にいる

 

対馬、アラスカ、メキシコ。現在人類の防衛ラインである三つが安定した。

もしも、状況を崩すとしたら。主体的にやりたい。

恐らくだが。

「悪役令嬢」が見た所、「エデン」はこの状況に満足している。それはそうだろう。あまりにも圧倒的なフォロワーが、侵攻し続けているのだ。

人間側はいずれ刀折れ矢尽きる。

後は、ただ狩り手がいなくなった世界を好きなように邪神共は蹂躙していけばいいのである。

駐屯地に戻ってくる。

無言で食事をしながら、そんな風に考える。

そして、この考えは恐らく大筋で間違っていないはずだ。「エデン」のやり口を間近で見てきたのだ。

奴らの長である「財閥」もろとも、「エデン」は恐ろしく人間くさい組織だ。最悪の、という意味でだが。

だからこそ、この状況を良い意味で崩せれば。

必ず動揺を誘うことができる筈だ。

軽く会議を行い、後はいつも通り就寝する。

メキシコから北上してきているフォロワーの群れはまだ散発的で、此方の反攻能力を見極めようとしているかのようだ。

そしてこの動き。

恐らくは背後に邪神がいる。

どうでも良い内容の会議は聞き流した。

米国大統領が、講和とか口に出し始めた幹部をたしなめて、それで終わりだった。

本当にそんなどうでもいい会議をするつもりなら、自分の内輪でやってほしいものである。

もしも、反撃の好機があるとしたら。

起きる。

時間だ。

身繕いをしながら、考える。もしも反撃の機会を主体的に作る事が出来るとしたら。恐らくだが。此処を。まだ敵の攻勢が本腰では無いメキシコ国境を中心にやっていくべきではなかろうか。

朝の内に大統領に連絡を入れておく。

恐らくだが、メキシコ国境周辺には邪神がいるとみて良い。

それを叩く事が出来れば。

或いは、かなり面白い事態が到来するかも知れない。

それだけ話をしてから、またフォロワーの狩りにでる。

昨日のうちに、四つ目に交戦を開始した集団は殲滅した。今日は、五つ目の集団と交戦を開始する。

じりじりと米国の本土に食い込んだフォロワーの複数軍団が押し込んできているし。

メキシコ国内のフォロワーは徐々に国境付近に集結し、やはりその数は億をくだらないようである。

一日40000程度しか削る事が出来なくとも。

それでも、一月で100万を超えるフォロワーを葬ることができる。

北米の広大な国土を使えば、九州でやったのより遙かに簡単な遅滞戦術が可能である。

それを考えれば、仮にこの作戦が上手く行かなくとも、充分以上に面白い展開になるはずだ。

考え事をしている間に、殺気を感じる。

フォロワーの群れだ。

砂漠同然の気候でも、平然と歩いて来る。こっちは一日戦う度に洗濯だの何だので大変なのに。

スコープを降ろして、連絡を入れる。

軍にも、一応エンゲージの報告は入れておくべきである。どれだけどうしようもなくとも、一緒に戦っている。前線の兵士達は大まじめに責務を果たしている。中にはどうしようもないのもいるけれども。

それでも、最前線に来ている連中は、悪役令嬢でも目を細めるくらいに。愚直に弱き者の盾になろうとしているし。最悪の場合はフォロワーとの戦闘に散る事も辞さない覚悟も決めている。

そんな者達を、一人でも生還させたい。

それが「悪役令嬢」の願いではある。

連絡を入れ終えたので、戦闘開始。「腐女子」「悟り世代」「派遣メイド」とともに、敵中に突っ込む。

今度の群れは二十万を越える大規模なものだが、今のこの面子なら五日もあれば殲滅可能だ。

無心に刈り取り続ける。

その日のキルカウントは43000。「悪役令嬢」は天井に到達していても、他のルーキーたちは違う。

特に「派遣メイド」はどんどん動きが良くなって来ていて、武器を更に改善したいと自分で思い始めているようだった。

夕方、三人を集める。

瞬歩を全員に覚えさせたい、と思ったからだ。

特に拳法を主体に戦っている「悟り世代」は相性もいい。

会議をさっさと切り上げて、三人に移動方の極地であり、戦術スキルを通り越して戦略級のスキルである瞬歩を叩き込む。

これから数日の暇を使って。

これを覚えさせてしまう。

そうすれば、恐らくだが。米国の療養中の狩り手たちが前線に戻った頃には。戦力が倍増しているとみて良いだろう。

瞬歩は身体能力をフル活用して、更に現在の物理法則も活用して、超高速移動を行う技である。

SNSクライシスの後、あからさまに邪神に支配されたこの世界は様々なルールが切り替わった。

そうしないと、邪神がやっている事。周囲に人間を瞬く間にフォロワーに変えてしまうというあれは、実施できないのだろう。

瞬歩はそうやってルールが変わった世界だからできる事。

恐らく邪神を全て倒してしまったらできなくなるが。それは今の時点では考えなくてもいい。

ゆっくり最初はやってみせて。

それから、順番に実施して貰う。

やはり「悟り世代」の相性が良いかと思ったが。意外や意外。「派遣メイド」が一番筋がいい。

ただ、これは猛烈に体力を消耗する。

「悪役令嬢」も、体力消耗が激しいので。戦闘での乱発は避けている程である。

「戦闘時はここぞという所で使うようにしてくださいまし。 それにしても……」

皆、筋が良くて助かる。

一応今の講習の様子は、近いものをビデオに残している。だから、日本でも狩り手がある程度成長したら、各自学んでほしいものだ。

現状使っている瞬歩は恐らくだが、元々武技に存在した同じ技とは別物だろう。絶技と並ぶ最も重要な切り札として錬磨し続けて来た技だが。故に異質さは自身でも理解している。

もはやこの技は「悪役令嬢」だけのものではなく。

最悪の場合、「悪役令嬢」が倒れても、後に続く者達が習得できるように、今後はノウハウを残しておかなければならない。

ある程度習得をしてもらった所で、眠りに入って貰う。

「悪役令嬢」は最後まで残って周囲の見回りも済ませ、それから眠る。

「エデンの蛇」はかなり接近されても中々気付けない。

流石に至近にいれば分かる。だからこうやって、時々見回りをしておかなければ危なかった。

 

数日、メキシコ国境付近で戦闘を重ねる。

また幾つかの群れを叩き潰すが、複数箇所の壁の穴から、どんどん入り込んでいるフォロワーの群れは努力を嘲笑うかのような規模だ。

だが、全く気にせず遅滞戦術を続ける。

米軍も数万規模の群れをMLRSと自走砲を動員して撃破したりと、自分達の健在ぶりをアピールしているが。

そんな火力があるなら、温存しておいてほしいものである。

軍の物資も無尽蔵というわけではないのだ。

「悪役令嬢」も箱根山などでの軍の圧倒的な瞬発火力は目にしている。だから、別に軍を馬鹿にするわけではない。

ただ、あまり軍が派手に動くとSNSクライシス直後のように、邪神のいい標的にされる可能性がある。

それはよろしくないことだとは思う。

聞き流している毎日の会議によると、メキシコ国境から入り込んでいるフォロワーは、連日六万から八万という所のようである。

まだ邪神どもは本腰を入れていないと言うことだ。

隙を突くなら近々いいタイミングができそうなのだが。まあ、焦っても仕方が無い。

それよりも、皆の瞬歩の進捗だ。

「悪役令嬢」はもうこんな状況だから、実戦の中で技を錬磨しなければならない。

だが、やはりどうしても後続にその状況は強要できない。

瞬歩については、そろそろ皆が体で特性を覚えてきているはずだ。見ていると、やはり「派遣メイド」はかなりできるようになっている。

マイペースに淡々と進めている「悟り世代」よりも、何というか根本的な内に秘める闘争心が強いのだと思う。

修練の様子を見ながら、時々アドバイスを入れるが。

今の時点では、それ以上は必要では無いとも判断していた。

後は、自分で習得していくしかないだろう。

見回りをする。蛇が見えたが、ただのガラガラヘビだ。そして今の時代は、どんな動物でも人影を見ると逃げていく。ガラガラヘビも例外ではない。北米は様々な種類のガラガラヘビがいて、その全てとはいわずとも複数が好戦的で危険な毒蛇だ。逃げてくれたのは助かる。

駐屯地に戻ると、後は休んで翌日に備える。

そして翌日。

新しい人員が、メキシコの戦線に回されてきていた。

当面第二世代の狩り手も追加はない、という話だった筈だが。どうも訳ありのようである。

配属されたというそいつは。第二世代の狩り手のように子供には見えなかった。

そうなると、カナダの戦線ですり潰されていたルーキーが、今頃負傷から復帰したのだろうか。

ともかく、どんな人員でも今はほしい。

というか、そもそも北米領内のフォロワーの駆除に回すべきでは無いのかと困惑するが。まあ、様子を見ながら対応で良いだろう。

何だかぼやっとした青年である。背丈もイメージと裏腹に、それほど高くは無い。

そういえば、北米はマッチョイズムの思想が強くて。スクールカーストはその顕著な例だったという話は聞いている。

恐らくだが、その思想の犠牲者の権化みたいな存在だろう。

「「貧弱青年」です。 よろしくお願いします」

「よろしく。 それでは、過酷な戦場にいきなり参戦して貰いますけれども、よいですの?」

「分かっています。 前はカナダでいきなり不覚を取って、悲しい思いをしました。 最初はリハビリをかねるのでロクなキルカウントをたたき出せないと思いますが……」

「いいえ、大丈夫ですわ。 今は一人でも狩り手がほしい。 もしも此処でリハビリを行うなら、それはそれでかまいませんことよ」

にへらにへらと笑っている「貧弱青年」。

こういう人は、SNSクライシス前の北米ではとにかく暮らしづらかっただろうなと。「悪役令嬢」は、内心で思った。

それにだ。このタイミングで中途半端な力量の狩り手を追加。

やはり何かが裏であるとしか思えなかった。

「派遣メイド」に、隙を見て耳打ちしておく。

あれを監視しておくように、と。

不審は恐らく「派遣メイド」も感じていたのだろう。最近はどんどん貫禄がついてきている「派遣メイド」も、こくりと小さく頷いていた。

フォロワーの駆除に出かける。

また突出してきた群れがいるから、それを優先してほしいと言う事だ。軽く移動して、接敵。すぐに戦闘開始。

「悪役令嬢」が最前線に出て敵を蹴散らしつつ、取りこぼしを他の狩り手が潰して行く。

まあこのやり方なら、それほど後方に大量のフォロワーはいかないだろう。

フォロワーもそれほど凶悪なのはいない。

たまに全身に刺青を入れているようなのとかもいるが。フォロワーになってしまえば同じだ。

砂漠に大量の腐った血を吸わせながら、徹底的に暴れ回る。時々瞬歩を駆使して、後方の戦場に移動。

問題がないと判断したら、また最前線に戻る。

「貧弱青年」は何かサイキックパワーのようなものを駆使して戦っているが、流石にそれそのものではないのだろう。

何か仕掛けがあるのだろうが、そこまで聞く必要は今はない。

無言でフォロワーを蹴散らし続ける内に、昼が来る。

一旦皆を引き上げさせ。追撃を仕掛けてくるフォロワーを蹴散らし続け。一段介したところで。それが来た。

固まった大量のフォロワーが、文字通り砂中から奇襲を仕掛けて来たのだ。

強化フォロワーや、この間「カースト」が繰り出して来たような変形フォロワー。そういったフォロワーを変化させる邪神による攻撃か。

いずれにしても、放置は出来ないだろう。

横殴りに来る。

鉄扇で弾き返すが、重い。弾きあった「悪役令嬢」は、無言で真正面から切りおとす。三十メートルはある巨体だが、パワーはあっても所詮獣止まり。

真正面から鋭い切り口が入り。大量の鮮血をぶちまけながら地面に落ちた。

更に二匹、同時に足下と真横から仕掛けてくる。足下から来る奴は、そのまま丸呑みにしかねない勢いだ。

何かの映画に、こういうクリーチャーが出ていたのではないか。

そう思いながら、立て続けに二匹の改造フォロワーを切り刻んで粉砕する。

肉質がかなり硬くて、鉄扇で斬り伏せるときの腕へ掛かる負担が大きめだ。

歯を食いしばると、そのまま瞬歩で移動。ルーキーたちが心配である。いや、もうルーキーでは無い。

地力で対処できるはず。

問題は、あの「貧弱青年」が狙われた場合だが。

それでも何とかできる筈だ。

そう言い聞かせながら、急ぐ。途中ガラケーデバイスに、奇襲を受けた旨を連絡する。軍はすぐに軍事衛星から確認すると言っていたが。何をしているのか。もう把握くらいはしていてほしかった。

駐屯地に到着。

慌てた様子で、「悟り世代」が飛び出してくる。

「「悪役令嬢」先輩。 何があったんですか」

「強化フォロワーですわ。 砂中から奇襲を仕掛けてくる厄介な相手ですのよ」

「……っ!」

「周囲に気を配って。 此処にも来るかも知れませんわ」

すぐに点呼。

「貧弱青年」は、意外とけろっとしていた。

見かけと中身が一致しない程度には鍛えていてほしいと思ったのだが。鍛えていたのならとほっとしてしまう。

昼メシをさっさとかっ込む。

ゆっくり優雅にしている余裕なんてない。

必要に応じて、その辺で用を足すことも珍しく無い「悪役令嬢」である。この程度は苦にならないが。

それにしても、あの強化フォロワー、明らかに組織的に襲ってきていた。

思った以上に、邪神が近いのか。

それともフォロワーの群れをけしかけてきている邪神の能力か。

確かメキシコの方で邪神が数体確認されているという話だ。今、フォロワーの群れを統率している連中に、そういう悪さをできる奴がいるのかも知れない。

昼の休憩を終える。

一通り身繕いや生理反応の処理を済ませてから、四人の狩り手とともに前線にまた出る。

大量のフォロワーが、相変わらず規則的に歩いている。あの強化フォロワーは見かけられないが。

地面の下からの奇襲には、今後常に備えなければならない。以降、色々と注意しなければならないというのは非常に癪だ。

それに強化フォロワーの類は、主が死んでも特性が変わらないケースもある。

日本で苦労させられた強化フォロワーがまさにそれだし。

今回の奴も、ずっと昔に倒された邪神の能力で産まれ。それを「財閥」等の後続が引き継いでいる可能性は決して低くない。

分かっているのは。今は備えなければならないと言う事。

そして、米軍にも注意喚起が必要だと言う事だ。

また最前線に出て、以降は淡々と狩りを続ける。あの大型フォロワーは、以降姿を見せず。

それからは、ただいつものように、敵の数を削り続けるだけで終わった。

 

翌日も、フォロワーの駆除に出る。

米軍の方でも、昨日の戦闘については後から確認したらしい。軍で対処するときに苦労する事になるかも知れないという話はしっかりしておいた。

米国最強も名高いM1エイブラムス戦車は、現在でも現役で活躍している。

M1エイブラムスなら、単騎であの合体型フォロワーと戦えるかも知れないが。

しかしながら、SNSクライシス後の混乱などで、現在活動可能なM1エイブラムスはそれほど多く無いというのが現実だ。

米国はSNSクライシス前には、文字通り無尽蔵の物資で押し潰す戦いを得意にしていたらしいのだが。

世界的な物流が死んでいる今。

残念ながら、それも過去の話だ。

米国はこれ以上人を抱え込めないかも知れない。

そういう話が出て来始めていると聞いている。

つまり、狩り手が救出してきた人々を、配給制で養えないという事だ。

しかしながら、邪神がいる今、多数の人間が集まって経済活動をするわけにもいかない。

邪神がこんな大規模作戦を南北で展開するほど目の敵にしている米国である。

流石に昔ほど、無邪気に無敵を信じている者はいないだろう。

砂漠に出て、戦闘を続行する。

ざっと確認するが。「貧弱青年」は思ったよりもずっとやる。あのサイキックのような手品で、毎日1000キルカウント程度はたたき出している様子だ。カナダで使い捨てられ、復帰してきたルーキーであると言うのは間違いないらしい。

それに、ずっとリハビリをしていたというのなら、忸怩たるものもあっただろう。

昨日は一日で1000キルカウントだったようだが。今日は昼前にもう1000キルカウントを達成している。

この様子なら、すぐに周囲に並ぶなと、「悪役令嬢」は思っていた。

昨日仕掛けて来た、あの巨大なフォロワーの固まりも、今日は仕掛けてこない。

昨日のは何だったんだと思うが。

ひょっとすると、あの「財閥」らしい嫌がらせだろうか。

こんなちまちました嫌がらせに此方が手の内を知らない者を出してくる時点で、相手の贅沢な思考と余裕とはき違えている油断が見えてしまうのだが。

それはそれだ。

「財閥」は思考回路が劣悪では無い。

決して油断は出来ない。常に戦闘には、注意を払わないと。

昼過ぎからも戦闘を実施し。

四人で合計45000キルカウントを達成した。特に「貧弱青年」はリハビリ二日目で3000キルカウントを達成。

これは充分過ぎる戦果である。

この様子だと、一週間行かないうちに5000キルカウントを出すな。

そう判断。

つまり此奴は、北米の一線級狩り手と大差ない実力である、という事だ。

流石に此処まで行くと不審ではある。

夜にはいつものようにダラダラと会議が行われるのだが。

軽く、疑問について触れておく。

「貧弱青年」について話をし。

このキルカウントは異常だが、どうして今まで温存できていたかと確認すると。やはり大統領は黙り込んでしまった。

分かりやすいというかなんというか。

米国の大統領は、SNSクライシスの前は本当に問題のある人物ばかりが選出されていたと言うが。

以降も、それは変わっていないのだろう。

今の大統領とはある程度上手くやっているつもりだが。

これは。それ以前の大統領とは、一緒にやっていくのは厳しいかも知れないなと、「悪役令嬢」は思ってしまうのだった。

「彼は、未来を嘱望されていたルーキーだった。 それがカナダでの作戦中に不慮の事故に会って、大けがをする事に。 やっと復帰できたと思ったら、瞠目すべき戦果を上げていて、我々も驚いているのだ」

「それで、驚いているだけですの?」

「いや、更に力を引き出したいと思ってもいる」

それならば、だ。

北米の各地で、フォロワーの駆除活動をしてもらうべきだろう。

そう本音を零す。

北米の国内でも、まだ億近いフォロワーが健在の筈。

各地の大都市周辺などは、日本の首都圏並みの地獄だと聞いている。

「貧弱青年」は、メキシコ国境で遅滞戦に参加して、キルカウントを増やすためにいる人材ではないだろう。

アラスカとメキシコの国境が安定している今。

北米領内に戻って、各地で転戦した方が良い戦果を出せるはずだ。

そう提案する。

これは実の所、賭だ。

「悪役令嬢」は。敵側の狙いがよく分からない。もしも、「貧弱青年」が不意に北米領内で活躍して、大きな戦果を出し始めたら。

それによって、恐らく戦況が一変するとみている。

しばしひそひそと話していた大統領は。

やはて、「悪役令嬢」に真意を聞いて来たので。素直に今の話をする。

ついでだから、付け加えておいた。

「他の療養中の狩り手が前線復帰した場合も、「貧弱青年」と一緒に北米領内で活躍してもらうと良いでしょう」

「……そうだな。 確かに、それが一番良いかも知れない」

「以降は、此方でメキシコ国境のフォロワーは対応いたしますわ」

通信を切る。

さて、と。

周囲を見回る。気配を消して。

そうして駐屯地から少し離れた地点で見つける。やはり、短時間で成果を上げすぎていると思ったのだ。

「エデンの蛇」。そして「貧弱青年」。

話しているが、その内容は聞き取れない。ただ、「貧弱青年」は青ざめて俯き。「悪役令嬢」の所まで、話している内容までは聞き取れなかった。

やがて「エデンの蛇」が消え。

「貧弱青年」が駐屯地まで戻って来た所を捕まえる。

青ざめた「貧弱青年」が、「悟り世代」に取り押さえられ。何も言えないところに、「悪役令嬢」は写真をつきつけていた。

さきの「エデンの蛇」との会合の様子を、だ。

わざわざ会議に集中しているフリをして、此奴の活動を誘発した。時々此方を伺っているのは知っていたし。この短期間での回復ぶりもおかしいと思ったのである。

前線から外す。

その話をすると、「貧弱青年」は真っ青になって暴れた。

その目先に、ガラケーデバイスを突きつけてやる。映り込んでいるのは大統領だ。

恐らくだが、さっきの会議は内通者によって「財閥」に筒抜けだった筈だ。だが、「財閥」から「エデンの蛇」に、リアルタイムで情報が行っているとは思えない。何よりも、「財閥」はどうもユダを飼う趣味がある様子だ。

よって、すぐには動かず。

ユダたる「貧弱青年」を確保している状況、と判断した。

大統領は、大きく嘆息をついていた。

「残念だよ「貧弱青年」くん。 君は大手軍産複合体の生き残りだ。 君の一族には。私も下っ端役人だった頃には、お世話になったのだがな」

「お、俺は……!」

「殺しますか。 狩り手の内通者など、危険極まりません」

「いや。 しばらくは彼には北米領内で活動を続けて貰う」

さらりという「悟り世代」に、物怖じせず返す大統領。

大統領は、完全に恐怖に心臓を鷲づかみにされている「貧弱青年」に言うのだった。

「療養中に、君の体内、心臓付近には遠隔で爆破するための小型チップを取り付けさせて貰った。 爪先ほどのサイズだが、心臓を爆破するには充分だ。 何人か内部に裏切り者が出て、「エデンの蛇」の危険性も分かっていたからね。 君のように、野心的な者は特に危ないと判断していたんだよ」

「お、おのれ……! 成り上がりの小役人っ!」

「確かにその通りだから反論はしないよ。 ただ、もう時代は変わったんだ。 邪神に君がなっていないということは。 あらかたが邪神になったらしい軍産複合体の者達にとっても、君はどうでもいい存在だった。 そういうことなのだろう」

事実を突きつけられて、「貧弱青年」は項垂れた。

後は軍に任せるだけである。

心臓付近にチップを埋め込んで云々が本当かは分からない。分かっているのは、ユダを逆に飼う事になった、と言う事だ。

以降のことは知らない。

だが、はっきりしているのは。恐らく、監視目的で「財閥」と何かしらの取引をしただろう「貧弱青年」の身柄を抑える事に成功したという事実だ。

あの圧倒的な成長も、恐らくはその一端とみて良いだろう。

「貧弱青年」の本性については少し驚かされたが。別にあの程度の変貌を遂げる奴なんて、「悪役令嬢」も見慣れている。驚きはしたが、それ以上に悲しんだりとかは別になかった。

「悟り世代」が縛り上げて、奧に詰め込んでくる。

頷くと、後は軍のMPだか特殊部隊だかが来るのを待つ。

流石は米軍。すぐに軍部隊が来て、「貧弱青年」を連れて行った。以降どうするかは、関与しない。

「どうして裏切りなんかを……」

ぼやく「悟り世代」。

肩をすくめると、「悪役令嬢」は明日に備えるように指示。

別に「悪役令嬢」が取り押さえても良かったのだが。積極的に汚れ役を買って出てくれたのだ。

それはそれとして、嬉しかった。

部下はきちんと育って来ている。

そして味方を殺してまで面白がってユダを確保しようとした「財閥」の手駒は減る一方。

奴はずっと嘘をつき、不誠実な言動を繰り返しながら、人望を集めて来た存在だったのだろう。人間だった頃からずっとだ。

だがそれが、ついに報いとなって身に降りかかる時が来た。それだけだ。

「悪役令嬢」にとっては。もうどうでもいい。

ただ。これが恐らくは好機になることは事実。此処からどうやって反撃につなげるかが、腕の見せ所だろう。

「陰キャ」から連絡が来る。「悪役令嬢」の絶技に相当する秘技が完成したらしい。

わざわざ報告しに来る辺り実に可愛いが。

それ以上に。後継者として頼もしかった。

 

3、暁を見ながら

 

メキシコ付近。

一瞬で「悪役令嬢」の側から一人が退場してしまった。第二世代の狩り手は呪われているとかオカルト的な観点から嫌われているらしいが。今回の件は、大統領にとっても更に大きな痛手だろう。

話を聞く限り、あの「貧弱青年」は元々米国を支配していた集団。軍産複合体の名門一家の一端にいた。

それをコネか何かで狩り手にしたのだろうから。

狩り手として有能だったかは変わらない。

はっきりしていることは、あっさりカナダで深手を負い、復帰は厳しい状態になったと言うことだ。

そしてあの蛇につけ込まれた。

元々話を聞く限り、かなりの野心家だったのだろう。それだったとしたら、「悪役令嬢」の側で何を目論んでいたのかもだいたい分かる。

そしてそんな存在が裏切る事が。

エデンの蛇が目論んでいた真のこと。いずれ「悪役令嬢」を人間の敵にする。そういう計画の一旦だろうと、「悪役令嬢」は悟っていた。

分かってはいる。

だが、米国そのものが、混乱の極地にある事は変わらないのだ。このまま放置していたら、結局敵のもくろみ通り。米国は内部から瓦解するだろう。

日本の方はというと、昨日の夜に連絡が来たが。対馬に第二世代の狩り手二人が投入された結果。どっちも凄まじい戦果を上げ、押し返し始めたと聞いている。

ますます狩り手たちの指揮を執っていた「優しいだけの人」の立つ瀬がなくなるが。

これで邪神共が作っていた優位も崩れる。

この辺りで、「悪役令嬢」も動いておかなければならなかった。

壁に近付く度に、大型の合体フォロワーとの遭遇率が上がっている。

ここ数日、多少無理をしながら、戦線を押し上げている。

連日のキルカウントは50000を突破。

瞬歩を皆に教えた事よりも。皆の成長が単純に大きい。

特に「派遣メイド」はひょっとしたら、近々キルカウントで「悟り世代」を抜くかも知れない。それくらいの速度で成長している。

お嬢様とメイドでシナジーがあるのか、それとも別の理由かは分からないけれども。

はっきりしているのは、今のこのチームは。信頼出来る戦力だと言う事だ。

「そっちに行きました!」

「分かった!」

「派遣メイド」が声を掛け。「悟り世代」が応じる。

巨大な人間型の変異フォロワーが多数仕掛けてくる。対邪神戦の予行演習としては丁度良いだろう。

「悪役令嬢」は雑魚つぶしに専念。

むしろ大物を彼らに任せることにより、全体的な戦力の強化を図る。

瞬歩を使って空中に躍り出た「悟り世代」が、見事な飛び膝を叩き込んで、巨人型の変異フォロワーの頭を叩き潰す。

揺らいだ変異フォロワーだが、まだ倒れない。

即座に長モノで、「腐女子」が次の太刀を浴びせる。絵筆とは名ばかりの凶悪な薙刀である。

文字通り両断された巨人が、一瞬おいて爆発。

周囲に焼けた肉塊が降り注いでいた。

この爆発は、絵の具に仕込んでいるものらしい。任意に爆発をコントロールできるらしいが、仕組みはよく分からない。

ともかく、後方の三人はまったく問題ないな。

そう判断して、「悪役令嬢」は更に前に進み。掛かってくるフォロワーを片っ端から叩き伏せた。

静かになったメキシコ国境。

まさか此処まで戦線を押し返されると、敵も思っていなかっただろう。

消耗戦に持ち込み、米国政府の動揺と消耗を誘う筈が。却って大きな戦力を失い、むしろ無理にメキシコ国境まで押し戻されたのである。

勿論国境の壁の向こうはフォロワーがわんさかいるが。

それも所詮はデクの集まり。

これでもはや、此方を動揺させることはできない。

更に、である。

ガラケーデバイスに連絡が入る。偵察を続けていた軍からのものだ。

米軍は混乱しているようだが。それでも前線で活躍している兵士達はしっかり仕事をしてくれている。

特に前線の兵士達は、「悪役令嬢」の事を勝利の女神とか呼んでいるとか。

まったく。神にこれだけの酷い目にあわされておいて。変わらないものなのだなと呆れるが。

同時に、彼らの夢を砕きたくないとも思う。

「邪神の居場所、確定しました。 現在の座標と映像を送ります」

「ありがとうございます。 必ず仕留めてまいりますわ」

「ご武運を……!」

相手の声が震えているのが分かる。

周囲は既に暗くなりはじめ、フォロワーの動きも鈍ってきている。

この夜の時間を利用して、動きが鈍くなっているフォロワーを積極的に駆除して此処まで戦線を押し上げたのだ。

夜に倒した敵のことはカウントしていない。

更に、疲れも連日の戦いで溜まっている。

だが、此処の戦線を崩せば、「エデン」の結束。まあ結束とは名ばかりの、「財閥」による独裁体制だろうが……も崩壊する。

邪神の群れがばらけるのはあまり好ましくはないことだが。

既に高位邪神は手の届かぬ存在では無い、ということが大きい。

そして下位の邪神だったら、今の「悪役令嬢」の敵ではない。

人間側が、むしろ優位に立ち始める。

それを、北米政府に示せるだろう。

だが、邪神はそれでも単独で人間の集団を容易く壊滅させるポテンシャルを持っている。狩り手以外の攻撃はほとんど受けつけない上、自分のテリトリ内に入った人間は容赦なくフォロワーになってしまう。

だから、少しでも邪神は仕留めなければならない。

全てはその後だ。

ヘリが来る。輸送用に改良されたアパッチロングボウである。そのまま乗り込む。多少狭いが、元々無人ヘリである。現地までは簡単に運んでくれるだろう。

「さて、皆様方」

少し狭い中、四人でヘリに入り込んだ後、話しかける。

ヘリはそのままメキシコの領空に入り込む。もっとも、メキシコという国はもはや存在していない。

今存在している国は日本と米国だけ。

各地で独立国を称している国は存在しているかも知れないが。それも実質上は、単に邪神にエサが増えるのを待つためだけに見逃されている、単なる人間牧場だ。

それらを取り込んで。将来的には人間の復興を始めるとしても。

まずは邪神を。

続いてフォロワーを片付けないと。

先には進めない。

「これよりメキシコに巣くう邪神共を叩き伏せて、北米に掛かっているフォロワーによる圧力を減らしますわ。 連日の夜間戦闘、本当にご苦労様でした。 此処を叩けば、数日の休日がありますわよ」

これについては、何とか交渉の末にもぎ取った。

幸い、北米の領内については。まだ本調子ではないとはいえ、戦線に戻った「ギーク」が何とかまとめるという。

「貧弱青年」の監視役も、しっかり務めてくれるそうだ。

とても邪神とやりあうほどの力はないにしても、歴戦の狩り手であり、「ナード」の副官を務めた人物だ。

流石に若造相手に遅れは取らないだろう。

此処が一段落になる。

「エデン」に痛烈な一撃を入れ。人類が反撃を開始するための橋頭堡になるのだ。

「敵の勢力は7程度。 恐らく高位邪神1の、後は下位邪神でしょうね。 下位の邪神は皆様にお任せいたします。 高位の邪神は、わたくしが仕留めますので」

「イエッサ!」

「分かりました!」

「それでは皆様、行きますわよ」

夜闇の中。

剽悍に飛ぶアパッチロングボウ。本来は四人が乗れる攻撃ヘリではないが。ロケットランチャーの直撃を耐え抜き。更には空中戦艦と怖れられた文字通り地上兵器の天敵。装備している機関砲は戦車の装甲も貫通する。残念ながら他の航空兵器同様、SNSクライシスの直後に邪神共に踏みにじられ、優先的に潰されてしまったが。今でも生産されて前線に配備され、戦闘力のある輸送機としては活躍してくれている。

やがて、気配を感じる。

敵も恐らくだが。航空機の接近はこのまないだろう。低空への移行を指示。適当な高度で、そのまま飛び降りた。

夜だから、フォロワーの動きは鈍い。

全員の着地を確認後、一直線で敵に迫る。

邪神は夜もあまり関係無く動く。日中は大変元気なフォロワーと、この辺りが違っている。

まあ夜に動きが鈍くなるといっても、軍などで倒すのが難しいのは変わっていない。

結局狩り手が日中に対応するしかない。

日中に敵の進撃を食い止めなければ、軍基地も民間人も何もかもが蹂躙されてしまうのである。

走る。

動きが鈍いフォロワーは完全に無視。

そして軍の動きも怪しいが。今は利害が一致していると信じる。

サッカー場の跡地らしい場所に出た。

荒廃した、寂しい土地だ。

アパッチでかなりの時間飛んでいたから、メキシコの内陸部だろうが。周囲を見回す。ぷんぷんと強烈な邪神のテリトリを感じる。

高位の邪神であることは間違いないか。

ほどなくして、コートの一角が盛り上がる。めりめりと膨れあがってくる。肉の塊が、土を避けて盛り上がってくる様子は、何かの動物のようだが。残念ながら地球にこんな大きな地中性の生物はいない。UMAにミニョコンという超巨大蚯蚓がいるが、あれはUMAファンの間でもまずいないだろうと言われていた存在である。

どうやら、フォロワーをそのまま装甲として身に纏っているらしい。

とことん悪趣味な輩だ。

「オーッホッホッホッホ! 腐り果てた性根をそのまま示しているかのようなお姿ですわね!」

「……噂に聞く「悪役令嬢」か。 まさかこんな所まで攻めこんでくるとは噂通りのフットワークだな」

「貴方は?」

「私は「悪徳製薬企業」。 このメキシコで、ずっと製薬実験をしていた」

悪徳製薬企業か。

SNSクライシス前では、製薬企業は悪の組織の総本山とされる事が多かったらしい。まあそれはそうだろう。製薬企業の中には、後ろ暗い事をするものが幾らでも存在していたのだから。

事実、スキャンダルの類はいくらでもある。ライフラインと直結していて、金が膨大に動く。それだけで、製薬企業はいつでも邪悪な組織に変わりえたのだ。

「それにしても良いのか。 前線を放置して我等を叩いても、其方に戦略的な優位にはつながらんぞ。 そればかりか、リスクばかりが大きかろう」

「まず今貴方がするべきは自身の心配ですわ。 此方は勝てる目算があるから来ているだけですのよ」

「その割りには疲弊の臭いがするが」

「ほう……」

構えを取る。

面白い。此方が疲弊していることを見て取ったか。ただ、此奴は土に潜っていて、フォロワーがメキシコ国境まで押し返されていることを知らないのか。それとも、北米の領土内で何か邪神による攻勢が起きたか。

迷いは後だ。来る。

どっと押し込まれる。いきなりの事なので、何があったのかよく分からなかった。ただ、攻撃が来たと思ったら、弾き返したのに押し返された。

足下がふらつく。

これは恐らくだが、薬物を空中に散布したな。

背中から何か出ているのを確認。なるほど、身に纏っているフォロワーの体に薬物を仕込んでいるのか。

普段は地中に潜っているが、それがこうやって出てくる時には、薬物を同時に噴出すると。

人間が相手なら、空中に適当に散布するだけで動きを鈍らせるくらいのちからはあると言うわけだ。

軍用のABC兵器も開発していたのだとすれば、かなり危険な相手だ。そもそも悪徳製薬企業は実在していたし。軍のABC兵器、特にB(生物兵器)とC(化学兵器)には深く関わっていたのだから。

即座に鉄扇を振るって、空気を掻き回す。

無駄だ、と言ったようだが、無駄ではない。

踏み込むと同時に、幾つかの技を組み合わせ。鉄扇を振るう風圧を、前方に指向させる。

風圧で切り裂かれた邪神「悪徳製薬企業」は身じろぎするが。本命は次だ。

空気の壁を無理矢理切り裂くと、その合間を突貫する「悪役令嬢」。大量の肉塊を無造作に投げつけて、防ごうとする「悪徳製薬企業」。激しい攻防は数秒で終わる。そのまま、踏み込むと同時に、肉塊ごと「悪徳製薬企業」を薙ぎ払う勢いで鉄扇を叩き付ける。

肉塊が飛び散り、更に鉄扇の乱撃を浴びた「悪徳製薬企業」は呻きながら下がる。肉塊は無尽蔵に膨れあがってくる。この様子からして、体内に取り込んでいるのかも知れない。日本でも似たような事をしている邪神は何体も見た。

「無駄だ。 その肉塊には、たっぷり毒を……」

言い切らせず、そのまま横薙ぎ。

空気を練り上げるようにして、鉄扇を振るっていたのだ。その隙間にいるイメージである。

勿論こんな乱気流の中、呼吸は殆どできない。

短時間で勝負を付けるしかない。

顔面を潰された「悪徳製薬企業」が、切り裂かれた肉を盛り上げながら、自身も踏みとどまる。

そのまま大量に手足を増やしてグロテスクな肉体になりつつ、体を無理矢理支え直すと。

大量の触手を生やして、それを一斉に投射してくる。

あの全てに毒が塗られているとみていい。

今、少し空気からすっただけでも意識が少し怪しくなったのだ。直接体内に打ち込まれたら即死とみて良いだろう。

それも恐らくだが、あの邪神は毒だと分かるように見せつけている。それが予備動作になっている。

更にはだが、多分体内で急速に変質するタイプの毒だ。

そういう毒なら、どれだけ見せつけていても邪神としての格を落とす事にはならないのだから。

恐ろしい程考えている邪神だ。似たような事をやってくる奴は他にも見た事があるが。ここまで徹底している相手は初めてである。

そのまま鉄扇を振るって、舞を続ける。

この舞で空気を制御して、吸わないようにし続ける。ただしそれは猛烈な体力と時間を交換する事にもなる。

しかし、動きが止まれば、その時点で終わりだ。

飛んできた触手を全て弾き返す。至近で、毒液がきらきらと舞うので冷や冷やする。多数の邪神を倒して来た「悪役令嬢」だって、恐れ知らずな訳では無い。恐怖と上手くやってきたから、生きてこられたのだ。

触手の第二射が来る。もたついていると、他の狩り手達に毒のガスが到達する。

突貫。

空気の渦を通るようにして、体を何度も捻って無理矢理に突き進む。触手の束を全て弾き返す。その度に毒液が舞う。周囲の毒ガスの流れが、一層強くなる。

至近。

踏み込むと同時に、薙ぐ。

触手を束ねて防ぎに来るが、それごと斬る。ぞぶりと、凄い手応えがした。毒液が凄まじい密度で含まれていて、水分で体が重くなったのだ。邪神は斬るとき手応えが落ちる傾向があるのだが。こいつは水分を利用して、自身の防御にまで利用している。

叫ぶのは敵か。無意味な行動では無い。顎を八くらいに増やしている様子で、虫の顎のようになっている口から音波砲が放たれたのだ。火力はどうということもないが、この空気の頭の隙間で戦っている事を見抜いている。だからそれを乱し、更に脳に負荷を掛けるつもりなのだ。いや、更にたちが悪い何かを目論んでいる可能性もある。ともかく、相手はこんな所に引っ込んでいた理由が分からないほどの難敵だ。

更にもう一撃。

吹っ飛ばした邪神の体から、更に大量の毒液が滴り、周囲の空気を汚染する。

最悪だ。

この邪神は、多分倒しても周囲に毒素が残留する。

しかもかなり手強い。

倒した後に、余力が残っているかかなり怪しい。

だが、それでもやらなければならない。此奴を他の狩り手に任せる訳にはいかない。ましてや、こんな奴を最終決戦にでも残したら、どれだけの被害が出るか分かったものではないのだ。

「悪役令嬢」は思うに、最近どこか驕っていたのではないのか。

いつの間にか、勝てて当然と思っていなかったか。

高位邪神以外に、厄介な邪神と殆どぶつかっていなかったように思うし。高位邪神にしても、何処かで勝てるという驕りがなかったか。

認める。何処かで驕っていたと。

そしてその驕りごと。

今、敵を叩き斬らなければならないとも。

膨大なガスをまき散らしながら。邪神は更に形態を変える。ぶくぶくと膨れあがっていく。大量の水泡を体に纏っているが、この全てに毒ガスを満たしているとみて良いだろう。からからと笑う邪神「悪徳製薬企業」。

製薬企業は勿論SNSクライシスの前には、多くのライフラインを支えてきた重要な存在だ。

だからこそ、こう言う悪党が紛れ込むと最悪の邪悪へと変貌もした。

笑いながら、自身ごと爆破するように、大量の水泡を押しつけてくる邪神。その勢いや凄まじく、まさに怒濤。水泡を無視していたら、そのまま押し潰さんばかりの迫力だ。しかしながら、そんなものに屈しているつもりはない。

「泡を割れば地獄! そうしなくてもいつまでも避け切れまい! 呼吸を止め、空気流まで操っての奮戦は確かに見事! だが、人間である以上、それも限界があると知れ!」

どんと、さらに大量の膿疱を叩き込んでくる「悪徳製薬企業」。

だが、今度は驕ったのは奴だったらしい。

ぬるりと、泡の大軍を抜ける。

呆然としている、泡の中に埋もれた「悪徳製薬企業」の顔面。

まさか、これを正面から抜ける事が出来るとは思わなかったのだろう。

鋭い音が、虚空に一つだけ響く。

そして、「悪徳製薬企業」の側面を抜けた「悪役令嬢」は、そのまま鉄扇を振るい、大量の毒液を落としていた。

絶叫とともに、上下二つに切り裂かれた「悪徳製薬企業」がずり落ちていく。

空気流はまだ制御中だが、そろそろ厳しいか。だが、まだ奴は倒せていない。あと少し。

かなり気が遠くなってきているが。それでもどうにかする。

全身から大量の毒ガスを吹き散らしながら、奴が形態を変えていく。

当然、まだあるだろうな。

それは分かっていたが。

まさか、これほどの邪悪な形態を隠し持っていたとは。

奴はロケットそのものの姿になろうとしている。それも、最も有名なスペースシャトルの姿に、だ。

膨大な肉塊をまとめ上げて、シャープな姿が誕生するのは、それはそれで中々に面白いけれども。

あれは大気圏外に留まって、其処から毒ガスの膿疱を人間の棲息している場所にピンポイントで投擲してくるつもりだ。

そして奴はその気になれば空間転移でいつでも戻ってくる事が出来る。

何より、発射の瞬間に考えられない量の毒ガスをまき散らすだろう。

流石に空気流の制御だけではどうにもならない。

小型のロケットでも、離島から打ち上げるときは島全体が揺れるという話を聞いたことがある。

ロケットの実験で大きな被害を出した事故は歴史上幾らでも存在している。

それだけ危険、と言う事だ。

火力も、一点に集中している破壊力も凄まじい。

ましてやロケットの技術は、基本的に弾道ミサイルに用いる事が出来るものなのである。

弾道ミサイルに応用できないように開発を続けて、小惑星への着陸という変態技を成し遂げた日本の技術のようなものもあるが。この「悪徳製薬企業」の見せている技術は、明らかに違うものだろう。

「悪徳製薬企業」の側面には、邪悪な笑顔としか言いようが無い顔が浮かび上がっていて。それはひたすら歯茎をむき出して笑い続けていた。顔は粘液に濡れているが、その粘液は全てが超濃度の毒薬だ。近付くだけで常人は即死する。

「斬ってみるが良い! その時には貴様は終わりだ! これ以上もない高密度の毒ガスに包まれて、一瞬であの世行きだ! 世界の基幹産業たる私にこれだけ無意味な暴力を振るった報いと知れ! たかがネットミームの存在で、喧嘩を売った相手が悪すぎたなぁ!」

「……っ」

流石に「悪役令嬢」も口をつぐむ。

自身が死ぬ事はどうでもいい。

このまま行くと、確定で他の狩り手も巻き込む。

警告の言葉を発しようとしても、これでは間に合わないだろう。

死んでくれと、言うか。

あの世でわびるか。

いや、そんなのは自己満足だ。

自分が死ぬことに対しては微塵も恐れがない「悪役令嬢」なのに。

これほど、味方の死に敏感になっていたか。

ぐっと歯を噛む。

けらけらと、それを楽しそうに見て笑う「悪徳製薬企業」。

「せいぜい私が宇宙に飛び立つ様子を見ているが良い! そしてその後は、私が好き勝手に衛星軌道から毒ガスの爆撃をして、面白おかしく人間を殺戮していく様子を見ているがよいわ! 私を怒らせた罰だ! せいぜい苦しみながら余生を……」

その瞬間。

下手くそな瞬歩で、接近していた「派遣メイド」が。ありったけの「萌え絵」をナイフに巻き付け。ロケットブースター部分に投擲していた。

瞬歩で逃れる「派遣メイド」。息を止めていたと信じたい。

爆裂。ロケットブースターが抉れ、ぐらりとロケットが揺らぐ。其処へ。虚脱から立ち直った「悪役令嬢」も、火炎瓶を投擲していた。

爆炎に包まれる「悪徳製薬企業」。

凄まじい怒りの咆哮を上げていたが。もはや、そのコアは見切った。

無言で突貫すると、ロケットについていた会社の。世界でも有数の有名製薬企業のロゴを斬り飛ばす。

断末魔の声が上がる。だが、同時にとんでもない濃度の毒ガスを全身から噴き出すのも分かった。

離れなさい。

一度叫ぶのが精一杯。

それで残っていた空気は全て使い果たした。

目の前が一瞬暗くなる。

だが、その程度で屈していられるか。

突貫して、毒ガスの霧を斬り破る。

ルーキー達が。いや、今の活躍からしてももうルーキーでは無い。狩り手達が。既に下位の邪神を撃ち倒し。そして瞬歩で逃げに掛かっているのが見えた。

後は、毒ガスから自身も逃れるだけだ。

全力で、残った力を絞り出す。

視界がどんどん暗くなっていく。

まだだ。

まだ呼吸をするには早い。

無心のままひたすら走り続ける。そして、最後にもう一回瞬歩を使って、一気に距離を稼ぐと。

限界だと判断して、呼吸をした。

それだけで、どれだけ空気がうまいのか分かった。

もんどり打って転がる。

この辺りは、既に舗装も禿げてしまっている。オフロードのコースのように荒れ果ててしまった道路だ。

そこに倒れたが、どうにか本能的に受け身だけは取っていた。

皆、無事か。

そう言おうとして、何度かぱくぱくと口を開く。無様だなと思いながら、必死に呼吸をする。

何度目かの呼吸で、一気に視界が狭くなった。

それだけ無茶をしていた、ということだろう。

思考がまったく回らなくなる。

丁寧に、必死に脳に酸素を回していく。

そうしないと死ぬと、自分の体が警告してきていた。

途中から、一気に視界が明るくなった。だが、同時に激しく咳き込んでもいた。

呼吸を丁寧に整えつつ、周囲を見る。どうやら情けなくも、地面に寝転がってしまっていたらしい。

まるで物乞いのようだなと思って、自嘲しながら必死に立ち上がろうとする。

周囲に点々と倒れている人影。皆、狩り手達だろう。

無事か。

声を掛ける。

手を必死に上げる「腐女子」。彼女は無事か。

「悟り世代」は、少し遅れて応、と潔く応えた。これなら、多分大丈夫だろう。

そして、「派遣メイド」は。

一番心配だった。至近距離まで来て、毒ガス流の中動いたのだ。「萌え絵」を正確極まりないピンポイント射撃で、ロケットブースターに叩き込んでいた。

息をしていないだろうか。

倒れている「派遣メイド」に近付く。

軍関係者とはいえ、この子は多分二十代になっていない。そんな若さで、決死の対フォロワー戦を何度も経験したはず。

此処で死なせたくは無い。

意識を失って倒れている「派遣メイド」は、動かなくて。少し心配になったが。数秒見て、何とか理解出来た。

生きている。

意識は手放したが、上出来過ぎるほどだろう。

見ると、高枝切りばさみは中途で折れてしまっている。武器を折ってしまうのは戦士の名折れだが。

しかし、考えてみれば「悪役令嬢」も何度も傘を折っていたな。

ため息をつくと。気を失っている「派遣メイド」を背負い。そのまま撤収を促す。

呆れたように「腐女子」は「悪役令嬢」を見ていた。

「まだそんなパワープレイができるんですか……」

「この程度楽勝ですわ」

「は、はあ。 お嬢様とはいったい……」

「「悪役令嬢」ですのよ」

ガラケーデバイスを開く。

幸い、電波は通じる。

電波局なんて、改めて破壊する必要もなかったのだろう。メールを送って、座標を知らせ。そして通信から数分でアパッチが来ていた。

何だかおかしくなってきて、くつくつと笑ってしまう。

みんなボロボロ。

「悪役令嬢」も令嬢のミームなのに、同じく、である。

無理をした甲斐はあった。それだけの戦果はたたき出す事が出来た。

だが、この格好は。あまりにもミームから外れすぎているようにも思う。

アパッチが来る。急いで乗り込んで、その場を離れる。朝日が見えた。フォロワーがすぐに集まり始めるが、もう遅い。その場を飛び立つアパッチを見て、悔しそうに視線で追うだけだった。

勿論そんな悔しそうと言う感情なんて、フォロワーに残っているとは思えない。

単なる主観だろう。

暁が終わる。

朝日が、暁から朝へと世界を変えていく。

メキシコの国境を越えながら、そのダイナミックな様子を見た。この世界のダイナミックな変化に比べて、邪神や人間のなんと小さな事か。

目を細めて、美しい世界の有様を見やる。

この世界は人間に比べてあまりにも大きく、そして美しい。ただ、それだけを感じた。

 

4、虚無からの旅

 

メキシコの国境を越えて、一安心した。

とりあえず、戻り次第全員健康診断を受けなければならないだろう。

彼奴をさっさと倒せていて良かった。今回七体の邪神を倒した事で、邪神の残数は百六十代にまで減ったはず。

高位邪神は残り十体いるかいないかだろう。

かなり戦況は好転したと言えるだろう。

後は、敵の本拠さえどうにか見つけ出せば。それで、かなり大胆な攻勢を企画できると言える。

駐屯地に到着。

無人とは言え、それなりに大きな駐屯地だ。

此処からは地下道を通って、軍病院に。それも一人ずつ別の病院に、だ。

皆に一時の別れを告げる。

「悪役令嬢」はドレスを預け。別のドレスに急いで着替えながら。大統領に連絡を入れていた。

「かなり厳しいミッションでしたけれども、どうにか達成いたしましたわ」

「流石と言う他無い。 君はもはや人類の守護者だな」

「大げさな。 それで、頼んでいた事については?」

「……今、調査を続けている。 これでも軍用衛星の監視ネットワークは、SNSクライシス前に全世界に拡げた。 不審な場所がないか、徹底的に調査中だ」

欧州を中心に暴れていた「財閥」の「エデン」の前の組織「連合」は。最初に北欧を徹底的に蹂躙したという。

恐らくは本拠をそれで確保したのでは無いか、ということで。

米軍も、今は北欧を中心に調査をしているそうだ。

だが、それについては妙な違和感もある。

本当に北欧なのだろうか。

どうも妙だ。

あれだけ邪悪で冷徹な「財閥」が、そんな分かりやすく尻尾を掴ませるような行動をするだろうか。

まだしばらくは米国を離れられない。

今回の戦いは、課題が色々多かった。

前線を押し上げるためにかなり無理をしたし。その無理が祟って。邪神を倒すのには大苦戦もした。

何よりも。

「悪役令嬢」は何処かで驕っていたし。何より成長している後輩達を何処かで頼っていなかった気がする。

今回は、良い機会だった。

今後、同じミスは繰り返さないようにしたい。

「どうかしたのかね」

「いいえ、少し無理をしすぎて頭がぼうっとしていただけですわ」

「そうか。 では、最低限の話は終えたから、これで……」

「……」

通信を切る。

地下の病院で軽く手当を受ける。やはり、相当に無理をしていたようで、色々良くない数値が出た。

医者に生活の改善などをくどくどと言われ。少なくとも眠らないとまずいと言われたので。言われたように眠る事にする。

まあ、此処に邪神が直接来る事はないだろう。

しばし無のままに眠る事にする。

眠っていると、日本にいた頃の事を思い出す。

邪神を次々と撃ち倒し、周囲を驚嘆させた。

やがて「悪役令嬢」の名を邪神達も意識するようになった。

絶対正義同盟一桁NOの邪神に手が届く頃には、自身の戦術が研究されるようにもなっていた。

邪神共を屠るのが楽しくて、いつのまにか熟練の狩り手になっていた。

周囲がバタバタと倒れていく中、「悪役令嬢」だけが生き残ったが。それを責める者は何処にも。

いや、まて。

最初から、そんな者はいなかったではないか。

ため息をつく。

自分の出自について考える時、「悪役令嬢」はどうしても思ってしまう。

まだF号計画で産み出された子達の方が、色々と背負っているのではないだろうかと。

自身が虚無そのものから出現したことも理解している。

だからこそ、せめてもの自身の存在価値として。

邪神を撃ち倒さなければならない。

皆、何かを背負っているのだ。

SNSクライシスの前から生きている人間の方が少数派になりつつある今。「悪役令嬢」はやらなければならない。

元が虚無なのだったら、なおさらだ。

起きだす。

頭を振るって、手を見る。

何とか戦えそうだ。

時間を見る。今日は、一日休むように言われていたことを、夢うつつの向こうで思い出す。

あれだけの無理をしたのだから、まあ当然か。

もう一日だけ眠って過ごすことにする。あれだけ押し返したのだから、フォロワーどももそれほど進む事はないだろう。

連日の疲れが祟って、一日眠ってしまう。

それだけ体力がある、と言う事だ。

年かさの人間が体調を崩すと悲惨で、眠る事すらまともに出来なくなることを「悪役令嬢」は知っている。

今、これだけ無理をしているのだ。

いずれ自分にもそれは降りかかる運命だと言う事も分かっている。

そして「悪役令嬢」は、邪神を全て倒しても多分ろくな死に方はできない事も覚悟は決めている。

あれだけの数のフォロワーがまだ世界には残っている。

朽ちるまで戦っても、フォロワーを全滅させるのは厳しいだろう。

夜にもしっかり眠って、それで多少体は軽くなった。

だが、二十代の半ばを過ぎた肉体年齢。今後無理をすれば、どんどん取り返しがつかなくなる。

それは医師にくどくどと言われた。

そのまま、前線の駐屯地に戻る。少し早く復帰したらしい「悟り世代」が、色々と準備をして待っていた。

「お疲れ様です「悪役令嬢」先輩」

「ん。 それで状況はどうですの?」

「此方を見てください」

少し遅れて、ジープで「腐女子」と「派遣メイド」が来る。

「派遣メイド」は疲れが顔から抜けていない。だが、何とかするしかない。

「メキシコ国境付近に、大量のフォロワーが群れています。 当面はそれらを駆除してほしいと連絡がありました」

「米国領内はいいのですかしらね」

「其方は、新たに病院から出た何人かの狩り手で回るそうです。 いずれもリベンジだと気炎を吐いていました」

頷く。

裏切り者が狩り手の中から出た、という事もあるのだろう。

皆奮起しているというのは良い事だ。

さて、今日からは。もう後輩達をルーキーだとは思わない。

考えてみれば、「陰キャ」が凄すぎて、他の後輩に目が行っていなかったのかもしれない。

今からは考えを変えて、他の後輩にも気を配るようにしよう。

それがいい。

静かに、「悟り世代」が立案した作戦を聞く。

悪くない。今日はそれで行く事にする。

そのまま話を終えると、前線に出る。

まだまだ、やっと戦いを折り返した状況だ。敵の本拠は見つかってさえいない。

だが、敵の顔に冷や水を浴びせてやったのも事実。

此処から、反撃につなげていきたかった。

 

(続)