血雪に濡れる

 

序、異物の過去

 

「巫女」に幼い頃の記憶は無い。

気がつくと、何だかくらい部屋にいて。其処で色々な戦闘訓練を受けていた。周囲にいる者より自分が強い事はすぐに分かった。

だがどうしてか、別に敵がいることが分かったし。

逆らおうとは思わなかった。

人間の敵邪神。

その僕フォロワー。

そいつらを殺し尽くさなければならない。それが「巫女」の使命だった。

古くは「巫女」は神と人との間に立つ存在だった。

場合によっては神を身に降ろし。

神の言葉を代行したとも言う。

しかしながらそれらは薬物によって起こされた譫妄によるもの。

結局巫女は都合が良い為政者の道具に過ぎなかった。

それらの話は聞かされた。

ならばどうして「巫女」なのか。

それは、為政者が「巫女」の実態を知っているからだ。

そう聞かされて、そういうものかと納得した。

邪神は精神生命体。

人間以下と見なしている存在には全力を出せない。フォロワーにする事も出来ない。

故に「巫女」である事には意味がある。

そういう事らしかった。

それから少しして、自分の妹や弟が十人以上いる事を「巫女」は知った。

どうやら自分が「0004」と呼ばれている事も。

だが、どうでもいい。

戦場に出るのが待ち遠しかった。

武器としては、大弊とは名ばかりの鈍器を貰った。これを使えば、簡単に周囲の人間も殺せるな。

そう思ったし。

実行も容易だったけれど。

やるつもりはなかった。

そして初陣の日は、思ったよりも早く来た。

初陣で五千のフォロワーを叩き潰し。

今まで学んできた事が、役に立つことはしっかり学習した。

まっさらな心に。

殺戮が自分の存在価値だと言う事と。

殺戮に自分が特化していると言う事が。

しっかり刻み込まれた。

自分以上の実力者が二人少なくともいる事も知っていた。だが、別に比べようとも思わなかった。

ただフォロワーを殺し。

邪神を滅ぼす。

暴となる。

それだけが、「巫女」の望みであり、存在意義だった。それについては、充分に自我と一体化していたし。

何より初日でフォロワーを狩っていて、面白いと普通に思ったので。

それ以降は、指揮官らしい「喫茶メイド」と、先達ではあるがどうも武器と体の強化が噛み合っていない「女騎士」と共に戦い。

そして今は。

対馬の戦場にいる。

夜明けと同時に、フォロワーが動き出すので戦闘開始。

既にキルカウントは連日8000を越えている。一緒にいる二人は明らかに「巫女」よりも能力の伸びが遅いが。他人は他人、自分は自分。

フォロワーを狩りつくした後どうなるのか。

そんな事に興味は無い。

どうせ刈り尽くせないほどいるのだ。

ひたすらに殺す。

それだけだ。

鈍器といわれた大弊を使って、フォロワーを縦横無尽に狩り倒す。ひたすらに叩き潰し続ける。

邪神が出てくるかも知れないと言われているが。

むしろ出て来てほしいほどだ。

どれだけ力が通じるのか試したい。

背後に回り込んできたフォロワーの群れ。

振り向き様に、まとめて大弊で吹き飛ばし、粉々にする。赤い霧が周囲にぶわっと広がるが。

その光景がたまらなく好きだ。

夕方、一度後退を開始。

もう海岸に這い上がってきているフォロワーの数は手に負えないほどになっていると「喫茶メイド」は言っているが。

そこまで絶望的には「巫女」には思えなかった。

勿論恐怖の感情はある。

だが、目の前にいるフォロワーどもには、恐怖なんて感じない。

高位邪神との戦闘記録映像も見たが。

あれくらいでないと、怖いとは思えない。

夜まで戦って撤退。

キルカウントが10000に達したと、「喫茶メイド」が教えてくれた。

何の興味も無い。

もっと殺したい。

それだけだ。

「喫茶メイド」はなにやら連絡に行く。指揮官というのはいろいろ仕事があるらしい。本部と連絡をして作戦を組んでいるのだと「女騎士」から聞かされた。まあそれなら、やってもらいたい。

自分ではそんな面倒な事はしたくなかった。

翌日も、早朝から動く。フォロワーの群れは数を増すばかり。

一方、地下に閉じ込められていた頃よりも、体が断然軽い事を「巫女」は感じていた。何しろ楽しくて仕方が無いのである。

対馬が血に染まっていく。

地面の泥濘が深すぎて乾きそうに無い。

あまりにも大量にフォロワーを消し飛ばしているからである。

だが、此奴らは駆除しなければならない存在だ。

向こうだって容赦なく此方に牙を剥いているのである。

だったら、此方だって殺して良いだろう。

今日もキルカウントが伸びるだろうな。そう、単純な事実を「巫女」は悟るが。

それについては、別にどうでもいい。ただ殺せれば、それでいいのだから。

殺す事に特化した体。

邪神とフォロワーを駆逐する事に特化して育った身。

使いこなして見たい。

そういう基本的な欲求がある。

SNSクライシスという事件が起きて、世界はこうなったらしいけれど。それには多くの謎があって。まだ分からない事も多いのだとか。

それでも人間が必死に情報を集め。それで作りあげたのが自分だとすれば。

「巫女」は、その力を最大限にまで発揮してみたかった。

SNSクライシスの前には、何者でさえなく死んで行く者がたくさんいたのだそうだから。

 

連日キルカウントを伸ばしていく脅威のルーキー巫女が、ついにキルカウント10000を越えた。

それを聞かされた「陰キャ」は、良い事だと思った。

ルーキーに背中を脅かされているとか、そういう感覚は無いし。

また、恐怖や嫌悪もない。

今は誰もが一丸となって邪神と当たらなければならない時だ。フォロワーも駆除できるなら、できるだけ駆除した方が良い。

目の前で散々悲劇を見ている「陰キャ」としては。

ともかく、手は少しでもほしいし。

一秒でも早くフォロワーを駆除しきりたい。

多分、世界から邪神とフォロワーを駆除しきって、やっと人類は次の階段に足を掛けられると思う。

そうしなければ滅びることになるだろう。

生物としては、アウストラロピテクスからカウントしても、やっと500万年程度。その程度しか生きていない種族だ。

人、になってからは多分10000年も経過していない。

そんなに脆い種族が、世界の覇権を握れたのは、色々おかしすぎる話なのは分かっている。

だから、こんな状況が来たと言う話もある。

「陰キャ」には、なんとも言えないというのが素直な所だった。

朝食を済ませて、体を伸ばしてから。

大阪の街に出る。

朝の内から、体は目一杯動かせる。

これは戦闘をずっと続けて、体が特化しているからだ。無言で刀の手入れもいつも行っている。

いつ強敵との死闘になるか分からないからだ。

そしてその強敵は、残念ながら人間の思考を理解したりとか。

歩み寄りを見せたりとか。

そういう事は殆どしない。

一方的に殺戮と蹂躙だけを考えている、隣人にはまずなり得ない存在である。

だから、倒すしか無い。

倒せるのは「陰キャ」他あまり数が多く無いわずかな例外だけ。

だったら、やるしかない。

それだけの事だ。

朝早く、大阪の街に陽が差す。

古くは多くの人が行き交い。商売の街として、人間の業とともにあったというこの街も。生きた人間では無くて、邪神の手先に変えられてしまった存在に主人が替わってから久しい。

もう一世代以上だ。

フォロワーは今日も早速姿を見せる。

無言のまま、「陰キャ」は刀を構えて、突貫。

斬り伏せ続ける。

「陰キャ」はキルカウントが10000に達したのも比較的最近である。尊敬する「悪役令嬢」はかなり評価してくれて嬉しいけれども。過大評価に思えてならない。

体力もまだまだ全然足りない。

大阪の街からフォロワーを駆除しつつ。日本の何処に邪神が現れても即応出来るようにしておく。

それが今の「陰キャ」の仕事。

対馬で攻め寄せるとんでもない大軍を押し返すのが「喫茶メイド」達三人の仕事であるように。

「巫女」というルーキーが、どうも人間では無いのかも知れないと言う話を「喫茶メイド」はしていたが。

人間だろうが何だろうが、フォロワーと邪神を駆除できるのなら、今は手を組むべきであって。

実力があるなら、抜擢するべきだろう。

そういうものだ。

無言で周囲に血の雨を降らせている内に、大阪の中心部に出る。

前はすし詰め状態のフォロワーがいつも蠢いていたのだけれど。最近は近付くと姿を見せるようになってきている。

フォロワーが活性化しているから、頭が良くなっているのか違うのか。それは良く分からないけれども。

それでも、ともかく黙々と駆除をしていく。

後ろに回られようが関係無い。

容赦なく斬り伏せる。

物陰から視線を感じたが。どうやら蛇では無い様子だ。視線を辿って見つける。どうやら、生存者らしい。

「そこに、いて、く、ださい」

そう告げると、無心にフォロワーを斬り捨て続ける。

やがて、周囲がだいぶ静かになったところで。自分より更に背が低い生存者の。ぼろを着た少年の手を引いて、その場を離れていた。

すぐに自衛隊に連絡を入れる。

他の生存者がいるとかとか、そういう話を聞き出すのは専門家の仕事だ。

喋るのが苦手な「陰キャ」の仕事では無い。

生存者はだいたい集落を作っている事が多く。経験的にああいう目的も無さそうにふらついている子は、ほぼ間違いなく生存者としてはソロだ。

つまり、放っておいたらフォロワーのエジキ。

大阪も最近フォロワーが減ってきたので、ああいう風に彷徨いている生存者をたまに見かけるようになった。

何処に隠れていたのか、けっこういるものなのである。

勿論全てを助けられる訳では無い。

心苦しい話だ。

昼少し前まで戦う。自衛隊のレンジャー部隊から要請があったのは、戻ろうと思った直後だった。

さっき救出した生存者の話によると、まだ数人生存者がいるかも知れない、ということである。

ただ極めて供述が曖昧である事や。

精神的ショックを受けているようだったので、譫妄かも知れないという話で。

ともかく、座標は分かるので。其処を確認してほしいと言う事だった。

ドローンを普段なら飛ばしているが。「陰キャ」に緊急で知らせて来ると言う事は、恐らくドローンを飛ばせないか、入れない状況なのだろう。

すぐに現地に出向く。

ビルの中。

かなり狭い空間で、近くにドローンがいた。この奧らしい。

無言で潜って行く。

内部ではフォロワーと出会い頭、という可能性が捨てきれない。

ビルの中でも気配を消す。

こういう所でのスニークミッションは得意だ。フォロワーに気付かれず背後を取る位余裕である。

程なくして、傾いてボロボロのビルの地下に。

電気は生きていない。

この辺りには泥同然の水がたまっていて、それを生存者が利用していたようだった。かなりの汚水だが。

無言で周囲を探る。

この辺りに、生存者がいる筈だが。

しかし、生存者はいなかった。

見つけたからだ。

既に餓死した人間の亡骸が数人分。

生者の気配はなかった。

数日前に死んだような雰囲気は無い。もっとずっと前に死んでいる。

あの子供は、多分この何人かの大人が残した食糧を食べて、何とか凌いできたのだろうか。

いや、違う。

見ると分かる。

溜息がでた。まあ、それしか考えられなかったから、当然と言えば当然だ。

人間の中にあの子は戻れるのだろうか。

それを考えると、憂鬱極まりなかった。

ビルから出て、結果を自衛隊に伝える。

その後は、いつもより少し長めに昼休憩を取って。その間は、思考を完全に閉じた。

一人でいると、こう言う時とても気分が楽だ。元々他人とあわせるのは、大の苦手だった。

だから、今はむしろこの沈黙が有り難い。

昼休みが終わると、メールが届いていた。

自衛隊のレンジャー部隊からだった。

あの生存者の子は引き取るそうだ。

恐らく、集落に回すわけにもいかないし。多分狩り手の育成施設に回されるのだと思う。

それが一番良いかも知れない。

もうあの子は、普通の人間としてやっていくのは厳しいかも知れないからだ。

人の肉を口に入れた時点で、どうしてももう人と普通に接していくのは厳しくなっていく。

その実例は、「陰キャ」も何度も見ている。

怒りがわき上がってくるようなことも無い。

ただ、あきらめを感じるばかりだった。

その日。夕方までフォロワーを駆り続けて。「陰キャ」はキルカウント18000を記録した。

素晴らしい記録だと言われたけれども。

全然実感は無い。

「悪役令嬢」はもっとキルカウントを伸ばしているし。

何より、大阪の街からフォロワーを完全に駆逐するのは、当面無理だからである。

無言で夕食に取りかかる。

感受性が豊かだったら、これで泣いたりするのだろうかなとも思うけれども。

連日戦闘を行って、どんどん特化している「陰キャ」は。

今では特にそういうもので感傷を覚える事も無い。

邪神には怒りをまだ感じる事もあるけれども。

フォロワーに対しては、もう即座に相手の姿関係無く刃を振るうことができるようになっているし。

邪神が無茶苦茶いうのは聞き慣れたから。

相手の言葉に、これといってダメージを受けることもなくなっていた。

人間性が失われているのだろうか。

そうは思わない。

「陰キャ」は戦いに特化し、戦いにドライになっているだけだ。

そして可能な限り、自分に出来る事をし。

出来る事をやりきったのなら、それでいいだろう。

そう、思い始めるようになっていた。

 

1、日本の戦況と

 

「……以上が日本の状況です」

「有難うございます。 時間を割いてわざわざ会議に出てくれて、ありがとうございます「喫茶メイド」」

「いえ」

テレビ会議で軽く「喫茶メイド」に日本の状況を聞いた「悪役令嬢」は、よろしくないなと思っていた。

まず「喫茶メイド」自身が、そろそろメンタルを病みはじめている。

連日の戦闘が原因なのは分かりきっているが。

如何にタフでも、やっぱりメンタル面では厳しいのだろうと思う。

しかし対馬から誰かを外す訳にはいかない。

強いていうなら、対馬に「コスプレ少女」に出向いて貰い。「喫茶メイド」は休暇をという案もあるが。

対馬は今、どれだけ手を回しても足りない状況だ。

既に上陸したフォロワーだけでもドローンの計測で五十万以上。後方にはその数倍が近付いている。

一千万が上陸しようとしているのだ。

大型新人である「巫女」が加わっても、削りきれる状況じゃあない。

此処からは当面、連日日中はずっと戦い続けの状況が続くことだろう。

「此方のルーキーはどうなっている」

「今、まだ準備中です。 前線に出られる人員を確保するのは厳しい状況で……」

「そうか……」

米国の大統領が、ルーキーの育成を司っている士官に返されて、悲しそうに応える。

やがて、アラスカの戦況について説明を受けた。

こちらも酷い状況だ。

連日の戦闘で、かなり押し込まれている。それはそうだ。既に2000万を超えるフォロワーが、ベーリング海峡を渡って北米大陸に上陸しているのである。

それに対して遅滞戦術を行わなければならないのだ。それも数人で、だ。

更に背後には、その十倍を軽く越えるフォロワーが来ている。

米国は、今更に南部からも圧迫を受けようとしている。

ルーキーはまだかと、大統領が焦るのも当然に思えた。

かといって、邪神に対抗できる「悪役令嬢」を、米国本土から外す訳にはいかない。

何度も邪神がルーキー育成施設を狙って来ているし。

本土のフォロワーも凶暴化している。活性化状態と言う奴だ。

あの「財閥」が活性化させているのはほぼ間違いなく。

邪神組織「エデン」との厳しい戦いは、当面続くだろう。

会議が終わり、休む事になる。

後でレポートをくれるそうなので、貰う事にして。先に休ませているルーキー達を見た後。自身も休む事にする。

昨日のキルカウントは、「悟り世代」が950、「腐女子」が870。「派遣メイド」が440という所だ。

ルーキーがほしいと嘆いている米国だったが。恐らくだが。ルーキーが来たら米国南部に迫っているフォロワーの大軍を相手にするために、何人かの狩り手と向かわせる事になるだろう。

ルーキーには厳しい戦場だ。

「エデン」は、戦略をコントロールして、厄介だと判断した「悪役令嬢」や「陰キャ」の動きを封じ込み。

他の狩り手が消耗しやすい環境を作っている。

此処に、今更多少の大型新人が投入されたところで、戦況なんて変わりようがない。

それもまた、仕方が無い事だろう。

敵の数が桁外れ過ぎるのだから。

しばし、無心に睡眠を貪り。

起きだしてからは、すぐに着替えて戦闘態勢を取る。

体を動かして、調整をしている内にルーキー達が起きてくる。それについて、何かいうつもりはない。

体力的に仕方が無いし、戦闘になれるのにも時間が掛かる。

当たり前の話だ。

ルーキーを使い潰してしまったら、今後の未来も無くなる。

「おはようございます」

「疲れているようなら、ぎりぎりまで休んでいてかまいませんわ」

「ありがとうございます。 でも、大丈夫です」

この三人のルーキーで、一番見込みがあるのが「悟り世代」だろうと。今話しかけて来た「派遣メイド」に応えながら「悪役令嬢」は思う。

しかしながら、武器が定まってから「派遣メイド」がぐんぐんキルカウントを伸ばしているのも事実。

間もなく「悟り世代」と「腐女子」は一人前扱いしなければならない。

一日1000キルカウントは、多分今日明日には達成出来るからだ。

そうなれば、扱いを変えなければならない。

対邪神の戦闘について、勉強してもらうことになるし。

何よりも、場合によっては独立部隊として前線に出向いて貰う事になるかも知れない。

その場合はアラスカかそれともメキシコか。

どちらかの、米国が今曝されている危機である最前線に送り込まれることになるだろう。

憂鬱な話だが、NOとも言えない状況だ。

ルーキーが死ぬ事を、目の前で容認するわけにもいかない。

だが、今後はルーキーとしても扱えない。

厳しい所だった。

「悪役令嬢」自身はどうかというと、キルカウント28500を達成したが。やはりこれ以上は余程条件が良くなければ伸びないのでは無いかとも思う。

今回はたまたまである。

そう自分に言い聞かせる。

いずれにしても、「悪役令嬢」とルーキー三人のチームは、連日安定してキルカウント30000を記録し。

今はニューヨーク近辺でフォロワーを狩っている。

この辺りもフォロワー塗れであることに代わりは無く。

特にスラムだった地域は未だに凄まじい数が蠢いている。横浜や大阪とも大差はないかも知れない。

連日、うんざりするほどの数を狩らなければならないので。そろそろルーキー達の負担も気になるが。

一方で、生存者を救出できることも多く。

米軍に感謝されることも少なくなかった。

ただ、米軍も既に「悪役令嬢」の武勇については知っているらしく。視線には感謝よりも恐怖が。何より畏れが籠もるようになって来ている。

これは他の狩り手、例えば伝説の狩り手だった「ナード」も同じであったそうだ。

やはりこの辺りは、ミームの権化である以上、仕方が無いのかも知れなかった。

夕方までに戦闘を実施し、キルカウントを計測して貰う。

既にルーキー達は前線に投入して戦って貰っている。

だが、このくらいの時期が一番危ない。

邪神が命を刈り取りにくるとしたら、恐らくそろそろのタイミングの筈である。

気を張っている「悪役令嬢」だが。「財閥」は今のところ、仕掛けてはきていない。じらしているのか、それとも。

何か目論んでいるのかも知れないが。現時点では、対応のしようがなかった。

今日のキルカウントは、ついに「悟り世代」と「腐女子」が1000を突破。連日力を伸ばしていた二人だ。妥当な結果である。

「派遣メイド」も500キルカウントを大きく越えて、590キルカウントを記録。

この辺りは軍との戦闘で肉体をある程度傷つけられているフォロワーも多いと言う事で。キルカウントが伸ばしやすいという事もある。

ただ軍の不発弾も埋まっているので、気を付けなければならない状況も時々あった。

ルーキー達には、先に休んで貰う。

会議に出ると、案の場。

早速米国大統領が食いついてきた。

「「悪役令嬢」くん。 君の育成手腕は素晴らしい。 ルーキー達がもう1000キルカウントを記録したようだね」

「はあ。 まあそうなりますが」

「それでは、ルーキーとはもう言えないな。 そろそろ、独立しての行動をしてもらいたい所だ」

「……」

まあ、そう来るだろうな。

テレビ会議でも、ほっとした様子の顔が散見される。

特にアラスカに出向いて戦闘中の狩り手達のリーダー「ホームレス」は、安心感が強そうに見えた。

「すまないが、アラスカは今手がどれだけあっても足りない状況だ。 二人を此方に回して貰えないだろうか」

「一つ懸念がありますわ」

「な、何だね」

「恐らく、一番今が危ない時期です。 エデンが仕掛けてくるとしたら、恐らく今でしょうね。 伸び盛りで調子に乗っている状況で、邪神と戦闘することになった場合が一番危険ですわ」

先に掣肘しておく。

話はそれからだ。

どうせ、こういう話を始めるのは分かりきっていた。

ならば、先手を取っておかなければならない。

「それは分かっている。 だがアラスカは今人手が……」

「邪神に対する対策はしっかりしておりますかしら」

「下位の邪神程度だったら、このメンバーなら対応できる」

確かにある程度信頼出来る「フローター」もいる。五人セットなら、ルーキー二人が邪神に狙われても、長時間耐える事は出来るだろうとも思う。

ため息をつく。

何だか、このままルーキーの育成と、首都圏近辺のフォロワーの駆除を押しつけられ。

更には、ルーキーを狙ってくる邪神の対策で、米国ではてんてこまいになりそうだ。

今後攻勢にでなければ、いずれ押し潰される。

そのためには、戦力を出せる状況を作り出さないといけないのだろうが。それを敵がさせてくれない。

「分かりましたわ。 しかしながら、先も言ったとおり、邪神が狙って来るなら今のタイミングでしょうね。 くれぐれも気をつけてくださいまし」

「分かっている。 我々も素人ではない……」

「ホームレス」が言う。

視線は若干そらしたが。

しかしながら、素人では無いと言うのも事実だ。今後、邪神が来る可能性については最大限考慮し。対策はしてくれるだろう。

大統領が、輸送機云々の手回しはする。

まあそれくらいはやって貰わないと困る。

その後、話を振られた。

「ルーキー以下の半人前を、「悪役令嬢」くん。 君に任せたいのだが……」

「短期間でルーキーを一人前に育てた実績を買ってとか言わないでしょうね」

「い、いやその通りなのだが。 何か気に触ることがあったかね」

「邪神との戦闘を行いながら、ルーキーも一緒に育て上げるのは無理ですのよ」

人員を少しでも確保したい米国側の思惑も分かるが。

流石にこれ以上ルーキーの育成までやってはいられない。

自身は前線に出るか。

もしくは「エデン」に対して攻勢に出たいのである。このまま、やりたい放題を許していたら。前線が瓦解すると同時に、米国に「エデン」は大量の邪神を送り込んでくるだろうし。

何よりも奴らの戦略を何とか破綻させない限り、戦闘の続行はいずれ厳しくなってくるだろう。

それらについて、順番に説明をしていく。

だが、苦虫を噛み潰しながら、大統領は言うのだった。

「今、米国の生き残っている人々は皆不安の中にいる。 今やることは、前線を安定させる事であって、自殺的な攻勢に出ることでは無い……」

そういって、会議は締められた。

自殺的な攻勢か。

そもそも戦力差がありすぎるのだ。しかも今は相手の土俵に思い切り乗せられている状況である。

せめて「エデン」の本拠が分かるなら。決戦を仕掛ける手もあるのかもしれないが。それも厳しいか。

流石の「悪役令嬢」も、180体の邪神をどうにかする自信は無い。ましてや高位邪神も敵にはまだ何体も残っているのが確定なのだから。

「その、「悪役令嬢」くん」

会議が終わって、まだ回線をつないでいたコーネフ元帥。

影が薄く、指揮能力が高い訳でも無い此奴が、フォローを入れてくるのはどういう理由だろう。

少し不審に思ったが。

すぐに疑問は氷解した。

「戦略的な不利は此方でも承知している。 いずれ攻勢に出るための準備は整えたいと思っているところだ」

「具体案はありますの?」

「……」

分かっている。「悪役令嬢」にへそを曲げられたら終わる。それを理解しているから、機嫌を取りに来たと言うことは。分かっているから、余計に腹が立つ。

これでは、「エデンの蛇」を通じて何処かで見ている「財閥」は、それこそ腹を抱えて笑っているだけで良いだろう。

それが分かるから。余計に腹立たしかった。

 

翌日の早朝には、ルーキーだった「悟り世代」と「腐女子」が一人前と判断され、アラスカに派遣された。

山革陸将も、アラスカの戦況を考えると仕方が無いと言ってそれには反対しなかった。

「悪役令嬢」もそれは分かっている。

だが、もう少し何とかならなかったのか、とも思う。

それと、と言われる。

「米国政府は、君の所に邪神を向かわせ、撃退することで戦力を削りたいと思っているようだ」

「なるほど?」

「いや、君なら分かっていると思っていたのだが」

「いいえ、初耳ですわ」

流石に其処までバカとは思っていなかったので、だが。

要するにルーキーは邪神を釣るためのエサ。

「悪役令嬢」の側にルーキーがいれば、また懲りずに邪神共が「悪役令嬢」を襲い、返り討ちにあうと言う訳か。

馬鹿馬鹿しい話だ。

それで半人前以下の半ルーキーを育成してくれと言う話が来た訳か。

ちょっと苛立ちが噴火レベルで来たが、何とか抑え込む。

まだ側には「派遣メイド」がいる。彼女も何とか一人前には鍛え上げなければならないし。

何より、「悪役令嬢」ももっと腕を磨きたいのである。

これ以上飛躍的に強くなれないのだとしたら。後やる事は、身につけた技を後続に残す事、である。

そのためには、更に技量を磨かなければならないだろう。

技の伝承を惜しんでいる状況では無い。

それこそ、瞬歩くらいなら誰でも出来るくらいにならないと、邪神とは。特に高位邪神とはやりあえないだろうから。

「悪役令嬢」は通信を切ると、輸送機でアラスカに出向く一人前になりたての二人を見送る。

米軍なら、きちんとアラスカに届けてくれるだろうという安心感があると同時に。

「エデン」ならどう動くかと考えると。此方が一番嫌がる事を積極的にするだろうという嫌な意味での安心感もある。

まあ次に打ってくる手は、更に「悪役令嬢」が動きづらくなるための手か。

もしくは、更に米軍を追い詰めるための手か。

いずれか、二つに一つだろう。

両方を同時にやってくるかも知れない。

それくらいの実力は、連中にはあるのだから。

溜息をつくと、今日の依頼を確認する。しばらくはニューヨーク近辺でのフォロワー駆除が中心になる。

ルーキーの育成施設が近くにあるのが丸わかりだ。

米国も、流石にルーキーの育成が今は肝だと言う事くらいは分かっているし、戦略もそれを中心にして組んではいるのだろう。

それなのに、それ以外が悉く後手に回っているし。

今後も先手は中々取れそうに無い。

それが、「悪役令嬢」には。歯がゆくてならなかった。

手が遅れればそれだけ無駄に被害が大きくなるのだ。有能な敵に無能な味方では、文字通りどうしようもないのだから。

 

夜。

キルカウント700を越えた「派遣メイド」を見る。連日凄い勢いでキルカウントを伸ばしているが。

と言う事は、アラスカにほしいと言われるのだろうか。

それに、「派遣メイド」の育成が終わったら、多分半人前以下のルーキーの育成を押しつけられる。

皆、邪神にフォロワー化されない。フォロワーに対して攻撃の火力強化が乗る。その程度の、最低限の実力しかない筈だ。

少しばかり憂鬱だが。不意に、妙な話をされる。

「日本での実験が上手く行っている例の件……どうなっているかね」

「い、いや、大統領! それを今此処で説明するのですか」

「今出すしかあるまい。 恐らくだが、あの実験が上手く行き、量産が開始されれば、一気に敵を追い出す事が可能になるはずだ」

日本での実験。

言い方が気になる。

「喫茶メイド」から連絡を受けている「巫女」の話か。もうキルカウント10000を越えたという驚異的なルーキー。

しかも山革陸将も、存在についてトップシークレットだと話していた存在だ。

デザイナーズチルドレンでは無いかとか、クローンによる狩り手の量産化ではないかとか。

そういう話があるのだが。

この慌てようだと。

もし「巫女」に関する話だと、もっと闇深い内容だろうか。

咳払いする大統領。

「今、人手が足りず、「悪役令嬢」くんがやっと育成してくれたルーキーを最前線に送っている状況だ。 不安定な実験体を、「悪役令嬢」くんが育成して。 それで戦えるようにしてくれたら……状況は一変する」

「大統領!」

「分かっているが、もはや手段を選んでいられる状況では無いだろう」

大統領が副官に言う。

それほど闇が深い案件なのか。

黙り込んだ副官は、無念そうにしていた。

「実験とその実態について説明をしてくれるのなら、対応は考えますわよ」

「それについては、具体的な内容を後でレポートにして送る。 君達の所で実験中の被検体NO004、「巫女」についての事とも内容は重なる」

やはりそうか。

しかしNO004だと。

デザイナーズチルドレンだというのか。

いずれにしても、闇が深いのは間違いなさそうである。

会議は早めに切り上げる。

どうせ大統領はこの後散々色々調整するのだろう。

相変わらずまずいレーションを口にして、ため息をつく。この味は本当にどうにかならないのか。

どうにもならない。

ずっと狩り手をやってきた「悪役令嬢」ですらどうしようもないと感じる味だが。

それでも精一杯、軍事工場で作っているものだ。

日本の方でレーションの味が改善したのは、奇跡的な話なのは分かっている。

だから、それについてどうこういうつもりも無い。

やがて、レポートが送られてきた。

さっと目を通していく。

「「対邪神人造人間製造計画。 通称プロジェクトフェンリル。 以降F号計画と呼称する」」

フェンリル。神殺しの狼か。

北欧神話に登場する、主神オーディンを食い殺す最強の狼。オーディンはあらゆる方法で押さえつけようとしたが、その全てが失敗し。最終戦争の時には軛を無理矢理引きちぎって暴れ出す。

確かに、神殺しには最適だが。問題は人造人間という話だ。

「巫女」は人間ではないのか。

「F号計画は米国と連携して開始された実験で、内容があまりにも非人道的である事から計画は何度も頓挫した。 しかし戦況が全く好転しない状況もあり、ついに計画が本格的に開始された。 開始年次は……」

今から20年前、か。

確か「ナード」がやっと邪神を討伐して。日本でも狩り手の概念が出始めた時期である。

狩り手は「プロジェクトアロー」として動いていたらしく。此方が以降は計画の主力となっていくようだが。

その影で、どうしても一人一人が一点ものの上、それでも邪神に勝てるか分からない狩り手よりも。

或いは有望かも知れないと言う事で、このF号計画が動いていたらしい。

そしてNO001の試験体ができたのが、15年前だが。

この試験体は逃亡した挙げ句、フォロワーの群れに食い殺されてしまったそうである。

それ以降は、計画について淡々と記述が続く。

NO004の試験体が完成したのが十二年前。以降は、この試験体を丁寧に育てつつ。NO005以降の試験体を合計現在140体ほど順次育成しているそうだ。日本だけで27、米国では110体ほど試験体を育成している実績があるそうである。

なるほどね。

試験体というのがよく分からないが、それらの実力が「巫女」に匹敵するのなら。大統領が実戦投入を急ぎたくなるのはよく分かる。

だが、何が問題なのか。

仮にクローンテクノロジーの利用が問題というなら、再生医療が現在使えている筈がない。

また、クローンに関しては現在ほぼ完成が近いと言う事で。特に問題とはされていないはずだが。

計画について読み進めていく。

やがて、その理由が分かり始めた。

「F号計画の肝となる人造人間とは何か。 これはデザイナーズチルドレンの肉体をベースにして、最初から人間を越えた能力を発揮できるように改良を加えたものである。 具体的には……」

説明が入る。

人間のスペックを完全に越えるために。様々な実験を繰り返したのだとか。

その実験は困難を極め、二転三転を繰り返し。最終的には、「ナード」が倒した下位の邪神から抽出したあるものを投入したのだという。

このあるものの正体が後ですぐに分かったので、計画には強烈な反対派が出現したのだそうだ。

あるものとはなんだ。データをみていく。

なるほど、そういうことだったか。

理由については、だいたい分かった。邪神から取りだしたのは、コアの残骸だ。そしてそのコアは。元は人間だったもの。

正確には、人間社会に存在していたミームの一種。

その組成を調べて行った結果。どうやら邪神のコアとなっているものは。下位であっても数万人分の生命を圧縮。高位のものになると、数百万人分の人命を圧縮した、人道を著しく冒涜したものだと判明したらしい。

コアは普通邪神を倒すと消滅してしまう。残ったと言う事は、「ナード」が生け捕りに近い状態で倒したのか。だとしたら、流石に「ナード」でも決死だっただろう。そしてコアを何とか無理矢理摘出したというわけだ。

それだけで、どれだけの被害が出たか分からない。

なるほど、それであれほどの危機反応を示したのか。

恐らくだが、この実験を進める過程で、多くの衝突や反対意見があったのだろう。

ある時は邪神への嫌悪感。

そしてある時は、人道からの問題で。

だが、「悪役令嬢」は別にこの計画が出たことに驚きは感じない。むしろこの計画に対し、皆が過敏になっていることに驚きを感じていた。

余程の暗闘があったのだとみて良い。

ガラケーデバイスに連絡が入る。大統領からだった。

「「悪役令嬢」くん。 F号計画については、理解してくれたかね」

「……」

「すまない。 だが、元々F号計画で完成品となった人造人間を育成することが困難を極めることが分かっている。 一番上手く行った初めてのケースが「巫女」で。 それ以外のNOはあらかた上手く行っていないのだ……」

「その前に。 非人道的な実験だの何だのは、貴方方にとっては日常茶飯事だった筈ですわ。 それこそSNSクライシスの前からね。 今になって、なんでそのようなものをこれほど怖れているのかを聞かせてくださいまし」

しばらく黙り込む大統領。

「悪役令嬢」は、不快感を今までに無い程刺激された。通信を切ろうかと思ったが。

やがて大統領は、重い口を開いた。

「このF号計画は、呪われた計画と呼ばれている。 関係者が次々と命を落とし、計画によって産み出された子供達は皆長生き出来ない。 大きな事件も何度も起きた。 「ナード」が直に鎮圧したこともある」

多数の犠牲。それが忌避の理由か。

いずれにしても、もうどうしようもないだろう。

非人道的な行為というなら、戦争は文字通りその極限だ。ましてや邪神なんてものが、人間を絶滅させようと襲ってきているのである。

「私の右腕も、義手だが。 実験の失敗に巻き込まれてのものだ。 だから、皆が怖れているんだ。 実験によって産み出された者達の反乱を……。 事実其方の「巫女」だけではなく、実験体は皆驚異的な強さを見せている。 それを誰もが怖れているんだ」

「邪神を逆利用して敵を倒そうとしているのですし、それくらいは覚悟なさっては?」

「言葉もない……」

「事情は分かりましたわ。 ともかく、わたくしが躾ければいい者を送ってくるようにしてくださいまし。 なんとかできそうかどうか、此方で判断いたしますわ」

通信を切った。

なんだか、言葉も出ないと言うのが実情だ。

今更になって呪われた計画か。ましてや作っているものが作っているものだ。リスクが激甚なのは当然だろうに。

この状況だ。オカルトに心を侵されるのも、仕方が無いとはいえる。

オカルトに対抗するためにオカルトを使い。

そしてオカルトに心が満たされる。

末期的な状況ではないだろうか。

頭を振るって、何とか明日からの状況に備える。多分だが、腫れ物同然に扱われていた者達が来る筈だ。

何人来るかは分からない。

その腫れ物同然に扱われていた者達を、みんな短期間で一線級まで育てなければならないのである。

いずれもが骨が折れるだろうな。

それについては、すぐに分かっていた。

「派遣メイド」についても、戦況を見ておく。

一気にキルカウントは伸びているが、兎に角基礎がない。戦闘での応用力は殆ど無いだろう。

本当にじっくり狩り手の新人として育成されていた人達が、自分の所には来ていたのだな。そう思い知らされて、頭を思わず振っていた。

戦力が足りない。

それは事実だろう。

しかし、無理に戦力を補充したところで。

どうせ上手く行かないのは、分かりきっていた。

 

2、焦りの果ての非道

 

呼吸を整えながら、「陰キャ」は刀を構え直す。

目の前にいるのは邪神。

だが、おかしな事に、高位の者では無い。襲った相手は港湾地区での、艦船回収をしていた男性狩り手三人組だが。彼らは余裕を持って耐える事が出来た。

それで交代した。

相手はフォロワーをとにかくたきつけて襲いかからせてきたが。

そもそもこの辺りのフォロワーは数が少ない。

尽きるまでさほど時間も掛からず。

今、本体に刃が届きそうだ。

第三形態になった邪神は、もうそれが最終形態らしく、明らかに焦っている。

見た感じ、細い体中から針を突きだし、その先端に多数の体の部品をぶら下げているという悪趣味な肉ツリーとでもいうべきそいつだけれども。

使い捨てにされたのだと焦って、雄叫びを上げていた。

そう、「陰キャ」にも分かる。

使い捨てにされたのだ。この邪神は。

恐らく、日本側の対応能力を見るだけでは無い。

日本側が、どの程度を割いて下位の邪神に対応するかを見極めるために。

それと、邪神が出たために。

日本側で戦力として期待されているらしい「陰キャ」が動けないようにするために。

何かの広域戦略の一環だろう。

ろくでもないことは分かりきっているが。

ともかく、今目の前にいるこの肉ツリーを倒さなければならない。

突貫。

相手が、針を伸ばして応戦してくる。

必死の様子になっているのは邪神の方。

「悪役令嬢」と一緒に邪神とやりあった時は、こんな邪神がいるとは思いもしなかったけれども。

邪神には、弱いのもいる。

ともかく、倒すだけだ。

全ての攻撃を紙一重で回避すると、一息に斬り伏せる。

鮮血を噴き出しながら、肉ツリーな邪神はまだ必死に体を振るって「陰キャ」を傷つけようとするが。

遅い。

予備動作が大きくて攻撃が見え見え。

全ての点で、全くという程相手では無い。

「悪役令嬢」が容赦なく下位の邪神を叩き伏せているときは、こんな風な気分だったのかなと思う。

いずれにしても、そのまま一気に敵の全身を粉々にしていく。

やがて、コアを叩いたのだろう。

絶叫しながら、肉ツリーの邪神は消えていく。テリトリも消滅していくから、死んだのは確実だ。

無言で刀を振るって、鞘に収める。

その後は、ガラケーデバイスで連絡を入れた。

文字だけで通信できるのが嬉しい。

「しとめました。 他に邪神は出ていませんか?」

「ありがとう「陰キャ」。 此方でも邪神の撃破は確認した。 主に欧州で初期に活躍していた邪神の一体、「国家衰退論」だそうだ」

「……」

「国家衰退論」。

調べて見たが、どの国でも似たような言説をする存在はいたらしい。

とにかく国内の人間、或いは気に入らない国を指して。あらゆる理由を無理矢理にでもねじだし。それを材料に国が衰退している。国が衰退しているのはそいつのせい、という話をする者だったそうだ。

結局の所、気に入らない存在を叩きたいだけのものだったのだが。

時にこういう人間の周囲に人が集まると、地獄絵図みたいなコミュニティが作られた。

ネットでそれが強く可視化された。

故にそういう存在は、どこの国でも猛威を振るったそうである。

「大阪に帰還してほしい。 他の狩り手も、通常任務を続行してくれ」

「分かりました」

すぐに「陰キャ」は大阪に輸送ヘリで戻る。

対馬が少し心配になったが。メールの方を確認した所、「喫茶メイド」は既読している。ということは、読んでいると言うことだ。

大阪に戻る前に、クッキーを口にして、多少回復をしておく。

このクッキーも、少し味がマシになったかも知れない。

「悪役令嬢」から、米国のレーションが酷い味だと聞いているし。日本では無人工場を確保できていること、何より米国より軍などの規模が小さいことから、ある程度ごはんを美味しくすることには成功できているのだろう。

それが良い事なのかはよく分からない。

いずれにしても、戦いは続くし。

さっきの邪神は、明らかに大した相手では無かった。

指示通り戦って倒す。

それ以外はできない身の上が悔しい。

「悪役令嬢」だったら、ガンガン上の人が無能だったらそれを詰めていただろうし。何より戦略的な判断もできていただろうに。

そう思って、膝を抱えていた。

無心にしている内に、ヘリが大阪に帰還。そのまま、大阪でのフォロワー狩りを実施する。

遠くで、何か大きな音がした気がしたけれども、気のせいか。

ビルとかが崩落したのかも知れないけれども。

それを「陰キャ」がどうこうすることはできない。

何もできないときは、どうしようもない。

それを「陰キャ」は嫌と言うほど身を以て知らされているし。

何よりも、今後は更に思い知らされるだろうと、諦めてもいた。

無言で敵を斬り伏せ続ける。

夕方を過ぎ、体力がかなり厳しいと感じたけれども。それは普段とは違うペースで戦っているから。

それに弱めとは言え、邪神とやりあったから、だろう。

ともかく、キルカウントは14000まで落ちていた。まあでも、こんなものだろうと思う。

駐屯地に戻る。

「喫茶メイド」が苦戦しているらしく。メールも疲労がにじむものとなっていた。

連日、相当数のフォロワーが新規に上陸し。対馬をもう埋め尽くそうとする勢いであるらしい。

その数はとっくに数百万に達していて。大阪や横浜などの魔都が、いきなり海上に出現したような有様。

しかもどんどん後続が来ていると言うのだから、始末に負えない。

期待の新人「巫女」の活躍もあり。既に連日30000キルを達成している「喫茶メイド」のチームらしいのだけれども。

それでも、これはとても対処できないと、悲鳴を上げている様子だ。

当初1000万が上陸してくる予想だったらしいが。

敵も対応力があるなら奪っておこうと判断したのだろうか。

より多くの数が、来ている様子だった。

朝鮮半島などで、相当数が当初の群れに合流したようだという話は聞かされていたが。この様子だと、当初の予想より倍以上が来るのかも知れない。

酷い話だと思う。

横浜の方では、「コスプレ少女」が相当な戦果を上げている。

また。三人組の男子狩り手達も、あの後港を完全確保。

港湾に朽ちかけていた護衛艦という戦闘艦を回収し、自衛隊に引き渡したそうだ。

「陰キャ」も邪神を倒したのだ。

キルカウントが落ちたことは、勘弁してほしい所である。

無言で皆の戦績を見て行くが。

全体的に、よくやっているのではないかと思う。

「「陰キャ」くん。 いいかね」

山革陸将からだ。

もう性格は熟知している様子で、直接連絡して来ないのは嬉しい。

そもそもこうやって、いろんな人のやりとりを横目に見ているだけでも騒がしいと感じるほどなのである。

できれば人と話なんてしたくない。

「何でしょうか」

「君の所にルーキーを回したい」

「……米国で騒ぎになっていると言うルーキーですか?」

「そうなる。 「巫女」くんの成功例もある。 そして今は、君にしか新人の様子は見られない」

そうだろうか。

多分だけれど、「優しいだけの人」の方がルーキーの育成は向いていると思う。

そう思ったけれども。ひょっとしたら。

邪神が来る事を懸念しているのか。

可能性はある。

「「優しいだけの人」さんは」

「彼は確かに統率力に優れているが、邪神がルーキーを狙ってくる可能性が高い。 だから……」

「分かりました。 でも、教えるのは本当に苦手ですよ」

「分かっている。 だから、事前に話はしておく」

話をしてまでも、人材を確保したいのか。

確かに「コスプレ少女」や「女騎士」はまだ育成とかとは縁がないだろうし。

「喫茶メイド」は修羅場から外す訳にもいかないだろう。

ただ、邪神に襲われた場合はどうするのか。

その場合は、ルーキーもろとも戦うのか。

それらについても、後からメールが送られてきて。細かい指示が丁寧に綴られていたので。

若干うんざりした。

やっぱり一人で静かに過ごすのが良いなあ。

そう思ってしまうのである。

そして、当面一人は無理なのかと思うと。余計にうんざりしていた。

兎も角、早めに休む方が良いだろう。

こう言うとき、どっとメールで送られた内容を、ぱっと把握できてしまう自分が煩わしくもなる。

そうでなかったら、こんな話は来なかっただろうに。

だけれども、そうでなかったら、恐らく今まで生きていなかったのも事実。

そう思うと、色々やりきれなかった。

 

翌朝。

連絡を確認する。

案の定、「悪役令嬢」から愚痴のメールが来ていた。ルーキー数名を回されたが、どいつもこいつも癖が強くて、対応に苦労していると。

どんな山猿を送られたのだろうと思って、苦笑いが漏れる。

ただ、ちょっと無言になる内容もあった。

一人は「陰キャ」に似ているらしい。

ただ、手が懸かる所は「陰キャ」と真逆だと、フォローも直後に入っていたが。

何だろう。

なんか、不快だ。

ただ、「陰キャ」みたいな性格は、米国では一番嫌われると聞いた事がある。SNSクライシス前のデータでも、アニメでも暗い性格でなよっとした人物は米国では特に嫌われていたらしいという話が出て来ている。

その割りにポリコレだのなんだのと騒いでいたというのだから、小首を傾げてしまう。

性的多様性の前に。性格的多様性を認めてほしいなと思う。

そんなだから、スクールカーストなんてものが猛威をふるって。それの上位者が、いわゆる「陽キャ」の権化ばかりだったのではあるまいか。

ともかく嫌だ嫌だと思いながら、それでもルーキーを待つ。

朝一で送ってくると言う話だから、すぐだろう。

やがて、ヘリが見えてきた。

輸送機は無人で。

すっとその子供を降ろすと、飛んで行った。

さっと飛んで行く様子は、厄介者を押しつけてやったぞと言いたいのが丸わかりのようで。

とにかくあらゆる意味で気乗りがしなかったが。

それでも、何とかルーキーの面倒を見るしか無いことは分かっていた。

まず、声を掛ける。

全身をこれでもかと飾り立てられた小柄なその女の子は、無言で「陰キャ」を見上げていた。

一目で分かるが。小柄なのは「陰キャ」も同じ。

この子は単純にまだ幼い。

こんな幼い子を、本気で邪神や、邪神の眷属であるフォロワーとの戦闘に投入するつもりなのか。

ちょっとばかり反吐が出る。

それでも、なんとか作り笑いを浮かべる。

そうしなければ、自身を保てそうに無かった。

「聞いているかも知れないけれど「陰キャ」です。 よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。 私は「人形」です」

思わずひくっと引きつった。

意図が分かったからだ。

やたらと着せつけられた服。

ボアだのなんだのや、服中にごてごてとフリルがついている。

もちもちの肌。これまでもこれからも、苦労なんて知らないという風情の格好。

幼い頃から、狩り手の訓練施設に入るまで。襤褸しか着てこなかった「陰キャ」とは真逆。

SNSクライシス前の、良いとこのお嬢様。自分を甘やかしすぎる親が、とにかく自分のアクセサリとして飾り立てた子供の象徴。

故に、「人形」か。

無言で山革陸将に連絡を入れる、一言いってやらないと気が済まない。

だが、山革陸将は、それを見越したように。

先にメールを送ってきた。

「既に「人形」くんと会ったかね。 言いたいことがあるのは分かるが、しかしそれはそれとして今は味方に戦力が必要だ。 対馬での酷い苦戦は聞いていると思う。 しかし、アラスカなどは兎に角悲惨極まりない遅滞戦を続けていて、しかも今後米国南部でもメキシコからくる膨大なフォロワー相手に同じ事をしなければならないかも知れないのだ」

そんな事は分かっている。

だけれども。

ともかく、拳を納めて、大きく嘆息した。

山革陸将に怒りをぶつけても仕方が無い。

こっちを不安そうに見ている「人形」に対して、できるだけ上手でもないけれども。何とか笑顔を作った。

「戦いについては……」

「はい、できます。 これを使うようにと」

取りだしたものをみて、無言になる。

「陰キャ」のものよりも長大な刀だ。確か斬馬刀とかいう。本来は馬上で使うものが主体で。

やがて大型武器ブームが到来したことで有名になり。

以降は、浪漫武器として知られるようになったとかいう。

実際は馬上での戦闘で見栄えが良いのでわずかに使われた、ということもあり。実戦では槍とかの方が余程使えたのだろうけれども。

しかしながら、この子の先任者である「巫女」が、とんでもない重量級武器を振り回していたという話は聞く。

この子は指をしゃぶっていそうな、何というか見た目以上に精神年齢が幼そうな子である。

これなら、まだおてんばな方が、色々救えたかも知れない。

頷くと、大阪の街に出る。

ともかく、戦闘をどれくらいできるか見ておかなければならない。

まずは今日攻略しようと思っていた地区に向かう。

連日の戦闘で、殆ど周辺のフォロワーを駆除し終えた地区だ。

この地区は、多くの工場を有していて。

それらを奪回できれば、ひょっとすれば今後弾みになるかも知れない。地区によっては、フォロワーの駆除が完了したと連絡を入れると、自衛隊がわっときて物資を運び出していくのだ。

フォロワーが現れる。気配からして、二十いないだろう。

すぐに連絡を送る。

至近距離の子供相手だ。話してもいいかと思ったけれども。それはやはり気乗りしない。

指示を見て頷くと、斬馬刀に指を掛けて、突貫する「人形」。

体勢を低くして突貫し、そのまま抜刀。

全身を使って抜刀しながら、長い斬馬刀を上手に振り回して、スパスパとフォロワーをスライス。

動きについては見ていてまったく問題が無いと感じた。

ただ少し適性間合いより外側に思える。或いは服が汚れるのを嫌がっての事だろうか。

人間の気配を感じ取ったフォロワーが、わらわら湧いてくる。

そのまま、一方を任せて、戦闘に入る。

「悪役令嬢」が戦闘時にどれだけルーキーに気を張っていたのか、自分でやってみてよく分かる。

とにかく冷や冷やする。

「人形」は、「巫女」同様人造人間だの何だのだろう。だからか、とにかく最初から強い。

それでもこれでも冷や冷やさせられるのだ。

だから、そうでない。最初は弱いルーキーを守り抜いた「悪役令嬢」は本当に偉いと思う。

無心に戦っている内に、時間が容赦なく過ぎていく。

周囲の気配消滅。

納刀する。ガラケーデバイスにメッセージを打つ。

「この辺のフォロワーは掃討しました。 奥に行きます」

「はい」

じっとこっちを見る目。

どう自分を扱うのか、じっと見ている目。

「陰キャ」は幼い頃から環境が環境だったから、自分の他に子供はいなかったけれども。狩り手になってからは、色々な人間を見るようになった。

観察力はあったのだろう。

相手が自分をどう見ているのかも、敏感に察するようになっていった。

この子は、本当に孤独なんだなと言う事がわかる。

孤独が苦にならない「陰キャ」はいい。

だけれども。孤独が辛いタイプに思える。

そして、こういう風に飾り立てられた子供も。実際に親のアクセサリとして、孤独だったのではあるまいか。

それを分かった上でやっているのだとしたら、いくら何でも悪趣味が過ぎる。

だが、それくらいしないと邪神には勝てないのか。

勝てないのだとしたら、一体何のために戦っているのか。

もはや、それすら分からない。

地区を制圧。昼少し前。

案の場だが。もうこれまでに1000キル以上を「人形」はたたき出している。

でも、この子をいきなり最前線に出すのは何というのか、気が進まない。

見ていると、急速に腕を上げている。

相手との間合いも、少し離れすぎかなと思って最初見ていたのだけれども。今は普通に適切な間合いだ。

技を見せれば、すぐに習得するかも知れない。

瞬歩だけでも覚えて貰えれば。いざという時の生存力が爆上がりするだろう。

昼少し前に、駐屯地に戻る。

無心でレーションを、二人向かい合って食べる。

休憩するように。

そう指示して、駐屯地の隅でひざをかかえて休む。「人形」は一瞬だけ何かをいいたそうにしたが。

自身も、部屋の隅で。膝を抱えて丸まった。

何だか、其処に誰もいないかのように思えてくる。

「人形」のように扱われていた良い所の子供も。きっとこんな感じで、必死に親に気に入られようとして。それでもどうにもならなかったのではあるまいか。

SNSクライシスは起きるべくして起きたんだな。

そう思って、余計やりきれなくなった。

面倒を見るなんて、らしくは無いけれども。

すくなくとも、この子は十日くらいは側に置いて、色々生きるための技を叩き込まないとまずい。

そう、「陰キャ」は思った。

 

3、不意の

 

どうしようもない悪ガキを三人押しつけられた印象だ。

「悪役令嬢」の所に来たのは、三人の子供達。

だが、どの子もとにかく目が荒んでいた。

「悪役令嬢」を見て、いきなり悪口を言おうとしたのが分かったので。「派遣メイド」が青ざめるのを承知の上で、拳固をいれる。

どっちが上位者なのかを理解させなければならないからだ。

それに、この子らは。すぐに「悪役令嬢」の全身に満ちる力が分かったのだろう。それですぐに大人しくなった。

「あんた本当に強いんだな。 俺たちに辛く当たってた大人は、俺たちが強いのを理解してるから、どうにか抑えようと必死になってたのが分かった。 あんたみたいに凄いのがいると分かって何だか安心したよ」

そんな風に、悪ガキ達のリーダー格である「悪ガキ」は言う。

名前もそのままだが。

ともかく、作られた経緯を考えると。そういうシンプルな名前の方が良いと言う判断なのだろう。

男一人、女の子二人が寄越されたが。

三人のどの子も初日から5000キルをたたき出す。この辺りは、「巫女」のデータが還元されていたこともあったのだろう。

いずれにしても、分かったのは。

圧倒的な力を持っているが、決定的に戦闘経験が足りない、ということだ。

邪神をどうにか引っ張り出せればいいのだが。そう簡単にはいかないだろう。だが。初日で三人合計15000というキルカウントをたたき出したのをみて、米国側は顔色を変えたようだった。

すぐにアラスカに送ってほしいと言い出すのを聞いて、一喝する「悪役令嬢」。

この子らに、一体どう接していたのか。

そんな考えでは、どれだけ兵力があっても勝てない。

何より、万能感と実力が釣り合っていない今が一番危ない。

下手に戦場に出せば死ぬだけだ。

それを告げて黙らせたが。

しかし、アラスカの戦況が悪いのも事実だった。

案を出す。

「フローター」をアラスカから呼び戻す。

見た感じ、米国の一線級の狩り手の中で、今なんとか一番見込みがあるのは「フローター」だと思う。

邪神との戦闘もどうにかこなせると思う。

更に、子供の引率も恐らくはできる。

この子供らが、「フローター」を認めてくれれば、だが。

三日目までは様子見で米国政府を黙らせ。

その三日目が終わった所だ。

クソガキどもはともかく休むように指示。子供達は駐屯地の奥で横になって眠り始めていた。

所詮はまだまだクソガキである。

毎日、元気が良すぎるクソガキに振り回されていた「派遣メイド」も、なんだかんだでキルカウント1000を突破しているのだが。

見た感じ、クソガキどもに接していて、疲れている様子は無かった。

「むしろつやつやしているように見える……」

「どうしました、「悪役令嬢」さん」

「いいえ、別にね」

「?」

やっぱり元気では無いか。

子供が好きなのかも知れない。クソガキ共は、「派遣メイド」が自分と同じルーキーだと一発で理解して、生意気な口を利きまくっているのに。嫌そうにしていない。その辺りは。きっと子供が好きだから、なのだろう。

まあ子供が好きなら、男を作って子供を産めば良い。

ただ、それは邪神とフォロワーを片付けてから、になるだろうが。

さて、此処からだ。

邪神共が大人しすぎる。何かアクションをしかけてくるのはほぼ間違いないとみて良いだろう。

それが何になるのかは分からない。

いずれにしても、米国政府がまだ育成中と「悪役令嬢」が何度も言っているのに、ルーキーをアラスカに出したがっている。

抑えるのには限度がある。

アラスカの戦況が悪いのは事実なのだから。

米国の内部分裂を狙っている可能性もある。

事実、「悪役令嬢」に対する露骨な不審を向けてくる奴が増えてきている。邪神共からして見れば、「悪役令嬢」さえいなければという感じだろうし。今の状況はあらゆる意味でよろしくない。

そうしているうちに、起きるべくして問題が起きる。

アラスカに、邪神が襲来したのである。

 

連絡を受けて、「悪役令嬢」はアラスカに出向く。

幸い、まとまってさえいれば下位の邪神なら苦労しない面子が揃っている。フォロワーとの戦闘で疲弊した所を突かれれば危ないが、そういうわけでもないらしい。

「悪役令嬢」はすぐに戦地に向かう。

相手は高位の邪神では無いが、数体のグループだという。

米国本土はカラになるが、現時点ではそれほどカラでも困らないのだろう。或いは、やっと前線に戻れるという噂の「ギーク」が出るのかも知れない。

「ナード」はもう前線に出るのは無理と聞いている。

もしも、米国が隠し札を持っているとしたら、それくらいだろう。

ともかくアラスカに。

以前出向いたとおり、アラスカは相変わらず吹雪いている。気配はアラスカに入ると、すぐに感じた。

高度を落とすように連絡。

同時に、「悪役令嬢」は飛び出していた。

空中で瞬歩を使って機動し、飛来する光線を弾き返す。

レーザーとかなら無理だろうが、邪神が狩り手に対して放つ何かの技なら話は別だ。

着地。

少し遅れてヘリが地面スレスレまで来る。降りるように、悪ガキ三人と「派遣メイド」に指示。

無人のヘリは。そのまま戻っていく。

青ざめている悪ガキ達。

今のは、明らかに高位邪神による砲撃だ。その火力は、弾道ミサイル並みの遠距離から。それこそ小型の戦術核並みの火力を出すほど。

しかも狩り手相手に、である。

軍隊相手だったら、どれだけの火力になるかも分からない。

無言でロボットを待つ。前線に、遠距離攻撃を仕掛けてくる邪神がいると連絡を入れるが。

「ホームレス」が。それどころじゃないと叫ぶだけで。前線の様子は良く分からなかった。

「悪ガキ」が、声を震わせる。

此奴は多分だが、「悪役令嬢」を見るまで、自分より強い大人を見てこなかった筈だ。

高位邪神の現実など、わかりもしなかっただろう。

強い奴ほど、強さには敏感とは良く言ったものだ。

他の二人も、完全に青ざめていた。

吹雪の中にいるから、ではない。耐寒装備はばっちりなのだから。

「あ、あんた。 空飛べるのは知ってたが、あんなの撃ってくるのと戦ってたのか?」

「……油断はしないように」

「お、おう……」

やっとロボットが来た。

大型のスノーモービルだ。そのまま、前線に飛ばして貰う。今、連続で瞬歩を使った。前線に到達する前に、消耗を回復しておきたい。クッキーをムシャムシャと食べ始めるのを見て、「派遣メイド」が自分の分もと渡してくる。

だが、それについては良いと拒否。

そろそろこの子も、一人前。

戦場で、自分の生存を考えて動いて貰わないと困る状況だ。

スノーモービルを探して、備蓄のクッキーを確認。美味しくないが、それでも仕方が無い。

補給にポッケにも追加しておく。程なくして、大統領から連絡があった。

「「悪役令嬢」くん。 砲撃があったと聞いたが……」

「弾き返しましたわ」

「凄まじいな。 やはり「ナード」の再来としか思えぬ」

「それはそうと、少しでも前線の状況を教えてくださいまし」

流石にこの辺りは軍人だ。

まとめて話をしてくれる。

邪神がフォロワーの群れを相手に芋洗いをしている狩り手達の前に現れたのは二時間ほど前。

数は確認できる範囲内で七。

その数を考えると、少し気になる。

ひょっとして、「エデン」はその数を分隊として扱っているのではないのだろうか。

ちょっと何とも言えないが、気に止めておきたい所だ。

今、狩り手達に脱落者はいないが。どうも敵には下位邪神しかいないらしいと連絡があった直後。あの砲撃があったそうだ。

ならば。下位邪神に、フォロワーもろとも他の邪神の相手をさせ。

「悪役令嬢」とルーキー達を露出させ。

そこに本命の戦力をぶつけてくるつもりなのかも知れない。

いずれにしても、久々に仕掛けて来た。

更に、日本でも「陰キャ」に大して強くもないのを仕掛けて来たらしいという話もある。

動きが不審だ。最大限の警戒が必要だろう。

それについては。米国の大統領に伝えておく。

「要人の位置確認と、邪神に襲撃を受けたときの対策は万全ですわね」

「ああ、それについては大丈夫だ。 ……何か懸念があるなら何時でも言ってくれ」

通信が切れる。

さて、戦闘に備えるか。「派遣メイド」に、そろそろ接敵すると話をすると。流石に邪神と接敵したこともあり。しばらくずっと側で鍛えていたこともある。すぐに戦闘準備を始めた。

むしろクソガキ共だ。

いつもの元気はどこに行ったのか、すっかり縮み上がっている。

「邪神の恐ろしさは理解しましたわね」

「……」

「あの砲撃を放ってくるような邪神と、今まで何度も戦い、撃ち倒してきましたわ」

いずれも楽な戦いとは程遠かった。

だが、それでも何とか生き抜いてきた。

この子らも、当然戦闘を要求されるだろう。それでも、なんとかやっていくしかない。

前線に急ぐ。次の砲撃はない。

フォロワーが増え始めた。だが、いずれも無視して前線に。

遅滞戦術を人間側が引っかき回されて。フォロワーの群れの中に孤立したとすれば。

狩り手数人を一気に屠る機会という考えなのかも知れない。

いや。少し話しただけで尋常では無い狡猾さが分かった「財閥」が、そんな生ぬるい手を打ってくるとは思えない。

仕掛けてくるとしたら、それこそ大損害と、更には精神的な亀裂を入れるような手を、同時に仕込んでくるはずだ。

前線が見えてきた。

「フローター」がレーザーを放ったのだろうか。ともかくぴかっとした。

邪神数体がいるとなると、正直まともにやりあうのは厳しいだろう。出る、と叫ぶと。そのままスノーモービルを飛び出す。

後は「派遣メイド」がガキ共を急かしてくれると判断。

そのまま、邪神共に躍りかかるべく、前線に出た。

だが、邪神の気配が急激に下がっていく。

舌打ち。

前もあったな。

ダメージ覚悟で、戦闘が始まる前に撤退を開始する奴だ。それも、今回は高位邪神が敵にいる。

さっきの超長距離砲撃を見る限り、何をしでかしてくるかもはっきりいって分からない状況だ。

「無事ですの? 点呼しますわ!」

周囲を見回しながら、鉄扇を構え叫ぶ。

周囲は凄まじい数のフォロワーの残骸が散らばっている。五人セットなら、「悪役令嬢」以上のキルカウントをたたき出すのだ。それは当然だろう。

手を振っている影が見えたので、走る。

其方に行くと、いたのは「腐女子」だ。せんぱあいと涙目で抱きついてくるので、引きはがす。

「悟り世代」はと聞くと。

震えながら、指を差す「腐女子」。

嫌な予感しかしなかったが、実際に其方に行くと。「悟り世代」は無事だった。

即座に反応。

怪訝そうにしている「悟り世代」は放置。そのまま、「腐女子」の延髄を一撃して黙らせる。

事実ナイフを閃かせて、「悪役令嬢」に突き立てる寸前だった。

唖然とする「悟り世代」に、すぐに取り押さえるように指示。

これは、多分大変な事態になっている。

すぐに周囲を探索。襲いかかってくるフォロワーの群れはその場で蹴散らす。「悟り世代」は、気絶している「腐女子」を担いでスノーモービルに。スノーモービルから出撃しようとしていた「派遣メイド」には、その場での待機を指示。集まってくるフォロワーを蹴散らしつつ、通信を送るように、とも。

前線に出ると、「ホームレス」が倒れている。必死に守りながら戦っている「フローター」。

名前を呼ぶと、数度目でやっと気付いた。

呼吸を整えながら、必死の様子だ。

「邪神は去りましたわ」

「えっ……」

「どういうことですの? 邪神の群れと戦闘していると通信がありましたわよ。 実際さっきまで、邪神の気配も」

「それが、「ホームレス」が突然おかしくなって、いきなりフォロワーの群れに深入りして……」

目を細めながら、話を聞く。

それで、他の三人は下がって戦闘を続行。

「フローター」が、「ホームレス」を救出すべく、此処で必死の戦闘を続けていたらしいのだが。

どうも様子が変だ。

その他の狩り手の姿が見えない事を話すと。青ざめていく「フローター」。

耳を押さえて蹲る様子からして、何かの音波で精神攻撃でも受け続けていたのか。

「腐女子」が意識を取り戻したと聞いて、すぐにスノーモービルを此方に回させる。

更に三人の狩り手の姿が見えない。

非常にまずい状況だ。

戦闘の経緯についても、連絡を受けたものとすりあわせるが、おかしいと「フローター」が言う。

そもそも、戦闘開始からもみ合いの状況が続き。

邪神が来た事なんて、さっきまで気付いていなかったらしい。

だとすると、大統領が把握していた戦況は何だ。

スノーモービルが来る。

すぐに二人を回収。「ホームレス」はかなり厳しそうだが。それでも死んではいない筈だ。

フォロワーの群れを追って、密度が高い場所を狙って仕掛けていく。

やがて、喚声が聞こえてきた。

以前会った弁護士やら何やらの狩り手が戦っている声に間違いは無さそうなのだが、どうも雰囲気がおかしい。

用心して接近しなければならないだろう。

ともかく、痕跡を必死に追う。

肉眼だと厳しいが、吹雪でも戦えるように様々な装備を貰っている。

その中の一つ。

スコープを用いて、必死に痕跡を追跡する。

「悪役令嬢」用には、オペラグラス風のを用意し。世界観を壊さないようにしているのだけれども。

そもそも怒濤の吹雪の中。

世界観も何も無いように思える。

一応痕跡はある。時々戦闘の跡があるから、何とか追跡出来ている状況だ。ただ、一秒過ぎるごとに生存率は半分を割っていくだろう。

非常に厳しい状況である事に、何も変わらない。

最悪の場合は、そのまま二次遭難すらあり得る。

何より最悪なのは、あの狙撃をして来た邪神だ。奴の存在が、安易にヘリで生存者を脱出させる選択肢を選ばせない。

少なくとも、奴がどうなったかだけは確認しないと。

周囲に邪神の気配もテリトリもない。

ということは、近くには少なくともいないという事だ。

さっきの強烈な攻撃。

邪神が放ったが故に撃墜できた超長距離攻撃。

あの火力を考える限り、相手は最低でも高位の邪神であることは確定である。

悪ガキ共が一瞬で縮こまったことからもそれは確定。

あの子らは、「悪役令嬢」を見て恐怖の何たるかを知っている。

故に、単なる弾道ミサイルを邪神が使い。それを誤認した可能性は低いとも言える。「悪役令嬢」だけが気配を感じ取ったのなら兎も角。ある程度の力を察知できる実力まで既に到達している悪ガキどもが達していて。その悪ガキ共が分かったのだから。ほぼ間違いはない。

問題は「腐女子」や「フローター」が見せていた錯乱ぶりだ。

何が起きたら、あのようなことになる。

洗脳か。

それとも。

いや、洗脳を簡単に喰らうほど、狩り手は柔ではないと思いたい。

だが、「腐女子」がより酷い入り込み方をしていたことや。

「フローター」がある程度ですぐに正気を取り戻したことから考えて。

高位の邪神による、固有の能力だったらどうかは分からない。

ともかく、一秒でも早く残りを見つけなければならない事は事実である。

スノーモービルと連絡をしながら、先行する。

仕掛けてくるなら、総合戦力が劣る方だろう。

だとすると、此方に。「悪役令嬢」に仕掛けてくる可能性が高い。

それとも、ルーキーの撃破や。二線級の狩り手の撃破にあくまでこだわるか。

それもそれで、おかしな話だ。

邪神としてもダメージを受けるだろうし。

下手をすると、組織ごとダメージを受けるのではあるまいか。

ふと気付いて、足下に傘を投げ込む。

蛇がばたんばたんと跳ねていた。

「エデンの蛇」。

「財閥」が己の一部を切り離して作った分身体だ。

奴が最高位の邪神。恐らくは、あの「神」こと「ブラック企業社長」に匹敵するかそれ以上の実力である事は確定だが。

まさか、人間に気配を消して接近し。

好き放題を吹き込む以外にも、能力があるのだろうか。

傘を引き抜き、消滅していく蛇を確認。

連絡を大統領に入れる。

「「エデンの蛇」を確認。撃破しましたわ」

「……」

何度か応答を求めるが、通じない。

舌打ちすると、スノーモービルに連絡。其方は大丈夫だ。

「ホームレス」は先ほど目を覚ましたらしい。ただ意識がもうろうとしていて、戦うどころでは無い様子だが。

無言で雪の中を行く。

またベテランの狩り手を三人も失ったら、米国側の戦力は途方もないレベルで低下することになるだろう。それは避けなければならない。

「ギーク」らを事実上失って、ただでさえ動けなくなっている米国の狩り手達だ。ここで更なる打撃を受けたら。

今度はどんな無理難題を米国が言いだし。

やっとの事で作る事が出来た人間国家どうしの連携体制を、崩す事になりかねない。

無言で進む。

吹雪が更に酷くなってくる。

ほどなくして、痕跡を確認。

三人は、点々と散っていた。

かろうじて息はあるが、スノーモービルを呼ぶしかできない。三人を包むようにして、強烈な気配がある。

それは「悪役令嬢」から、もはや逃れる気も。

姿を隠すつもりも無い様子だった。

それは、何というか姿を見せると。納得出来る形をしていた。

全身にスピーカーというかなんか音を出す機械をくくりつけているというか。いや、違う。

機械が重なりあって、邪神を形為している。

背中にあるのは、多分さっきの狙撃をしてきたものだろう。

ミサイルのようなもの。だがそれが、何というか人間の革のようなものを塗り固めて作ってあるのをみると。

材料はフォロワーであり。

その効果が激甚だったのも、何となく頷ける。

あらゆる意味で。正体を姿が現す邪神は多かったが。此奴もその例には外れないようである。

「ここまで来る事が出来たか……」

「私は「悪役令嬢」。 貴方方、おぞましい邪神を狩る存在ですわ」

「……僕は「国家管制」。 君の話は聞いている。 僕の同胞を散々倒してくれたそうじゃないか、んん?」

「生きるために当然ですわよ」

構えを取る。

既にインカムから通信を入れている。タイミングを見て、戦端を開く。

同時に悪ガキ達三人で連携して、狩り手三人を連れて撤退。

その後に、「悪役令嬢」が続くと。

作戦は既に始まっている。

鉄扇を構える「悪役令嬢」は、不穏を感じて飛び下がろうと思ったが。判断し直して、一気に真正面から仕掛けにかかる。

だが、大量の蛇。

「エデンの蛇」が壁を造り、一撃を防ぎ抜いていた。

膨大な蛇が作り出した壁は。

タイヤのように分厚く。手応えも重かった。

一撃で切り裂く事はできず、飛び下がる。

そのまま「エデンの蛇」は消えていくが。それもケタケタと笑い声が聞こえた。

やはりそうだ。

この邪神は、周囲に催眠音波のようなものを放つ事が出来る。

それを長時間受けていると、熟練の狩り手ですらおかしくなっていく。

多分だが、あまりにも長時間ピンポイントで受けると、「悪役令嬢」ですら厳しい筈。更にこの状況。

既に「悪役令嬢」も、ある程度の攻撃を受けていると判断して良い。

此処で倒す事は無い。

そう判断し、更に一撃を入れる。蛇の壁に亀裂が入ると同時に、雪山を吹っ飛ばしてスノーモービルが来る。

操縦しているのは「派遣メイド」。

そのまま、飛び出したクソガキ共が、要救助者を回収。

「悪役令嬢」もスノーモービルと一緒に離脱をする。

驚いた様子の「派遣メイド」に、急ぐよう指示。

「打ち合わせと違いますが?」

「今回倒すのは不可能ですわ。 それよりも、急いで戻って、大統領ら米国の中枢を確認しないと……」

通信が途絶しているのが、恐ろしく不安だ。

何度かスノーモービルから連絡を入れる。邪神がジャミングをしている可能性は、ない。というのも、スノーモービルとは通信が取れていたし。何より進歩はできない邪神である。

新技術であるこのガラケーデバイスに通信での介入は出来ない筈。

何より。

途中から、大統領との通信がおかしくなったし。

何よりも、そのおかしいのは、どうも最初からだったように思える。

軍部隊とも連絡が取れない。不安だが、ともかく一番近い陸軍基地まで行くしか無い。

「……!」

膨大な数のフォロワーだ。前を塞ごうとしているのが見える。

突破するしかない。

運転は、「派遣メイド」に任せる。

ルーキー達と共に、スノーモービルを飛び出す。

恐らくだが、邪神は追ってこないだろう。奴は砲台としての戦略的存在感を利用して、此方を掣肘に掛かる筈。

GO。叫ぶと同時に、クソガキどもと共に雪の中に躍り出る。

フォロワーの群れは大軍だが、数万程度なら突破口を開けるはずだ。薄い場所を。確認しながら戦闘を続ける。敵の群れは密度が厚く、とてもではないが突破はできそうにもない。

だから、壁の穴を探す。

今、スノーモービルの中では、必死に操縦し続けている「派遣メイド」と。

必死に数日の戦況図を分析している「フローター」。

ほぼこの二人しか、まともに戦える戦力がいないと判断して良い。

「悟り世代」はこれ以上の戦闘は避けたい。ルーキーに毛が生えた程度の力だし、何より連戦を続けていたのだ。

邪神と交戦を避けたのは、これが理由。

ともかく急がないと、あらゆる意味で手遅れになるからだ。

奴の能力は分かった。

どう見ても足が速いタイプでは無いし、次に戦闘を仕掛ければ。仕留める自信はある。

だが、国家による国民の統制というのは。

陰謀論として、SNSクライシスの前には定番だったもののはず。

恐らくだが、邪神としての実力は間違いなく高位に分類される筈で。仕留められると、時間が掛かるかどうかは別の話だ。

今は、退くしか無い。

無心にフォロワーを粉砕している内に、連絡が入る。

おかしくなった場合即時行動できるようにと、さっきから打ち合わせをして、連絡を定時で続けているのだ。

「この群れは、アラスカの南部に回り込んでいた敵集団と思われます」

「それで、敵の薄い箇所はどこですの?」

「北上すれば、或いは……」

「子供達!」

手を振って、即座にスノーモービルに移す。敵中突破は無理と判断していいだろう。とにかく、北上して群れを抜けるしか無い。

敵はフォロワーの群れをある程度制御出来ているとみて良い。

遅れれば、それだけ脱出の可能性が下がる。

この雪の中だ。

「悪役令嬢」単独だけで突破するのさえ厳しい。時間が遅くなれば、更に救出は厳しくなっていくだろう。

スノーモービルに飛びつく。

追いすがって来る大量のフォロワーを蹴散らしながら、指示を出す。

「そのまま全速力で北上! 急いでくださいまし!」

「はい、はいっ!」

全力で移動を開始する「派遣メイド」。

こきつかって申し訳ないが、この様子だと本当に生きて帰れるかの瀬戸際だ。

米軍の戦略部が必死に作戦を練り、緻密に敵を削り。

少しでも浸透を遅らせようとしていたアラスカの戦線は、これで事実上瓦解したとみて良い。

大統領が無事かさえも分からない。

この状況は、はっきりいって極めてまずいと言えるだろう。

程なくして、何とかフォロワーの巨大な群れは突破する。迂回する事で、敵の攻撃をすり抜けたのだ。

だが、全力でそのまま東に向かって貰う。

アラスカはもはや、敵に落ちたと判断するしか無い。

だが、もしも大統領達がやられたのでないとすると。アラスカ近辺どころか、米国の中枢にまで。あの「国家管制」は、射程距離に納めている可能性がある。

その場合は、洒落にならない。

常に、錯乱した相手かどうか見極めなければならなくなる。

いずれにしても、あの「国家管制」は、近いうちに仕留めなければならないだろう。

後ろを見る。

子供らは限界だ。

さっき、「国家管制」の至近距離まで行き。声まで聞いた。

まだこんな、戦闘をロクに知らない状況で、である。

ルーキーの狩り手でさえ、相応の時間を掛けて邪神やフォロワーについて学んでいくのだ。

それによってある程度の耐性は生じている。

だが、この悪ガキどもは違う。

それすらなく、戦えるという理由だけで戦場に送り込まれてしまった。

相手が下位の邪神だったのならまだいい。

いきなり高位の邪神が相手になったのなら。

はっきりいって、耐性が生じていないような状況では。恐怖に動けなくなるのを責められはしない。

軍基地に連絡を何度目かに入れて見る。

反応無し。

もう、直に乗り込むしかないだろう。

スノーモービルで、移動を続ける。

このまま行けば、数時間で軍基地が見えてくる筈。

ロボット制御の輸送機はある筈だが。

問題は、「国家管制」の遠距離攻撃である。

低空をいかなければならないから、その当たり色々と入力する必要がある。できるかと確認したが。「派遣メイド」はできると応えた。

「フローター」は何とか救出した三人の介護で此方に手を回す余裕が無い。

「悪役令嬢」は、スノーモービルから半身を乗り出して、周囲をずっと警戒していたが。

やがてスノーモービルに引っ込んで。撤退の指示を出した。

軍基地まで下がり、低空飛行で輸送機を用いて逃れる。

あの遠距離攻撃は。仮にあった場合は「悪役令嬢」が対応する。

輸送機のロボットに、低空飛行をさせるよう指示を出すのは「派遣メイド」は対応するが。

設定の変更などに、数時間はかかるという事だった。

それでもかまわない。

ともかく、設定が出来次第、すぐにアラスカを離れる。

今はもう、全員生還出来たということだけでよしとするしかない。

問題は救出に成功したとは言え。米国の「フローター」「ホームレス」以外の狩り手三人は、しばらく病院行き確定。

多分子供らはトラウマになっていて、アラスカに送るどころでは無いはずだ。

軍基地が見えてきた。

最悪の北極旅行だなと、「悪役令嬢」は思う。

ともかく。まずは米軍司令部と連絡を取り。

それから。色々と対応を順次考えなければならない。

最悪の事態として、米軍大統領ら司令部が全滅している状況も当然考えなければならないだろう。

それはできるだけ考えたくないが。

可能な限り現実的に思考していかなければ。ただでさえ絶望的な状況は、更に加速する一方である。

それが分かりきっているから。

もはや。どうする事もなかった。

敵はやはり邪悪ながら見事というしかない。戦略的な選択肢をどんどん削り、此方に行動を強いている。

せめて敵の本拠地が分かれば、反撃の可能性もあるのだが。

これではもはや、それどころではない。

輸送機の設定が終わるまで、しばらくスノーモービルの中で休む。子供らはぐったりしていて。冷や汗をずっと掻いていた。

周囲に邪神の気配はないが。

それもいつ状況が変わるか分かったものではない。

これから米国本土に帰還しても、大統領らと連絡を取るまではずっと安心はできないだろう。

ガラケーデバイスから、米国大統領に連絡を入れてみる。

やはり、メールが届いている様子は無い。

舌打ちすると、やはり頭に来ると思った。

ここまで好き勝手にされると、呆れより先に怒りがわき上がってくる。

だが、どうしようもない。

今回は、文字通り敵の完勝だ。仮に米国の司令部が無事だったとしても、以降何が起きるかまったく分からない。

下手をすると、狩り手を核で殲滅にかかるかも知れない。

それはないと思いたいが。

無いと思いたいなんて考えている時点で。色々絶望的だなと、「悪役令嬢」は思った。

フォロワーの群れが姿を見せる前に、輸送機の設定が完了する。

輸送機で引き上げるのも、命がけだが。他に手段が無い。

輸送機はVTOL機なので、そのまま空中に浮かび上がると。低空を移動して行く。

速度はどうしても固定翼機ほど出ない。

堅牢さも劣る。

しかし今は、コレにかけて。一気に米国本土に戻るしか、生きる手段は存在しなかった。

本土に戻る前に。最悪の事態が起きるかも知れないと、今生きて意識がある者全員に告げておく。

そして、輸送機を出すように。

憂鬱なまま、「悪役令嬢」は指示するのだった。

 

4、恐怖と絶望

 

米国の駐屯地に、「悪役令嬢」はかろうじて帰還。しかし連絡は来ず。米国大統領がいる司令部に乗り込む覚悟を決めたところに、多数の軍用車両が押しかけて来た。

米国本土の軍基地。とはいっても無人化している……にである。

武装した兵士達が来るのを見て、「フローター」がとっさに子供達を後方に庇うが。

「悪役令嬢」が前に出ていた。

「何を吹き込まれて、ここに来たか話しなさい。 それとも狩り手をまさか銃撃して殺すつもりですの?」

「……」

「もう一度問う! 邪神やフォロワー相手に戦って来た我々に、銃を向けるか!」

叱咤すると、屈強な米軍兵士達が青ざめ、銃口が震えているのが見えた。

程なくして、通信が入ったらしく。

兵士達は銃口を降ろす。そして、「悪役令嬢」のところにも連絡が来る。

ガラケーデバイスに、である。

あれほど連絡しても応じなかったのに。

「私だ。 大統領だ」

「何を今までやっていましたの!?」

「すまない。 情報の錯乱が酷く、とてもではないがすぐには説明ができない。 まずは一旦、軍には指示を此方から出す。 負傷者は急がないと厳しいだろう。 最後にもう一度だけ信じてほしい」

「……分かりましたわ。 どの道もう手は打ちようがありませんでしたもの」

顎をしゃくる。

同時に、軍の衛生兵……正確には多分軍病院の関係者だろう。それらが、担架で奧に寝かされている狩り手達を運び出しにいった。

兵士達を一瞥した後、指示通りに軍の基地に向かう。

地下にある、秘匿されている基地の一つだ。

混乱が酷かったのだろう。

内部では、まだ怒号が飛び交っている様子が分かった。

だが、それも「悪役令嬢」が姿を見せると、状況も変わる。

米国に来た、「ナード」の生まれ変わりとまで言われる英雄。その姿は既に知られているらしく。「ナード」の娘であるという噂まであるとか。

活動時期から考えて色々あり得ないのだが。

まあ夢を見るのは勝手なのだし、好きにすればいい。

血統主義やら王子様やらが好きなのは、どこの国の人間も同じである。

それについては、正直「悪役令嬢」は。研究結果に対して、異を唱えるつもりは無かった。

無言で軍基地の奧に。

其処には、古典的な通信機が用意されていて。

かなりくたびれた、中将の階級を持つ軍人が待っていた。

敬礼をかわしてから、通信を改めて大統領としたいという話をするが。少し待ってほしいと言われた。

通信機に、システムを接続するのに手間取っているという。

古典的なシステムに最新のシステムを無理矢理接続するので、何が起きるか分からないと言う。

恐らく、奴の能力に散々苦戦させられているんだな。

それは分かったが。

同情するほど、精神に余裕は無かった。

程なくして、通信が入る。

安心して使える通信というのは。確かに重要だ。

ただ日本では、既にその手の能力を持っている相手と交戦済、と言う事がある。

故に対策が出来ていると言う事もあり。

今になって慌てて対応している米国には、色々と思うところがあった。

しかしながら、相手は間違いなく高位邪神。

SNSクライシス直後は、大国ですら蹂躙された相手だ。

仕方が無いと言えば仕方が無い。

無言で待っている内に、通信の準備が整ったという。

それで、やっと大統領らと話す事が出来た。

まず、何が起きているのか教えてほしい。

そう連絡すると。大統領は話し出す。

「今、参謀達が起きた事をまとめているのだが。 それでもかなり厳しい状況だ」

「煮え切りませんわね」

「すまない……」

本当に申し訳なさそうに大統領に言われてしまうと、流石に返す言葉がないというのが実情だ。

ともかく、大統領は話し始める。

最初におかしくなったのが、「ホームレス」だったという。それについては分かる。「フローター」の話と一致するからだ。

「ホームレス」は。突如味方がおかしくなったと言いだし。味方から距離を取ると言ったそうだ。

それに対して、確認を取ろうとするも。他の狩り手達とは通信途絶。

更に、幾つかの施設が突如ダウンし、通信が落ちたと言う事だった。

通信基地を確認した所、それらの施設は殆どがフォロワーに破壊され尽くされていたという事だ。

混乱し、右往左往する米国司令部を嘲笑うように。

更に「悪役令嬢」からの通信も途絶。

「ホームレス」からは、「悪役令嬢」に攻撃を受けたという連絡が入って、それっきり。

以降は通信の混乱もあり。何もできなくなったという。

そして、起きてしまったという。

クーデターだ。

不満を抱えている部隊があるのは「悪役令嬢」も知っていたが。それらの部隊が、混乱に乗じてクーデターを決行。

一時は数カ所の拠点が占拠され、混乱に拍車を掛けたそうだ。

なんとかクーデターは鎮圧できたが。

その後も情報も錯乱は続き。

前線からはまるで情報が途絶えたこと。

更には、明らかに不自然な発狂を起こす者まで現れ。

混乱は極限まで達したらしい。

「悪役令嬢」の方からも、「国家統制」について能力などを話す。倒せなかった理由も、である。

生存者の救出を優先した話をし。更に生存者がかなり厳しい状況に合った事も話すと、ようやく大統領は納得したようだった。

「しばらくはアラスカは無視するしかあるまい……最悪、カナダにいるフォロワーが数倍に膨れあがるだろうが」

「……」

「休んでほしい、「悪役令嬢」。 銃を向けた無礼は許してくれ」

もう、何も言えなかった。

完全に先手を取られ続ける状況。

多少の戦力追加など、何の意味も成さないこの状況に。

光が見える様子が無い。

このまま行っても、滅びを迎えるだけ。

それが良く分かり始めていた。

かといって、どうすればいいのかも分からない。

基地に戻る。

もはや、今は寝る事くらいしか。出来る事がなかった。

 

(続)