禁断の蛇
序、困惑とともに
横浜でフォロワー狩りを続けている「喫茶メイド」の所に朗報が来る。
まずは「優しいだけの人」の復帰。既に年齢もそこそこに行っている狩り手だが、一日2000ほどのキルカウントを稼げる。
自衛隊の10式戦車でも、一日に倒せるフォロワーは数十程度である事を考えると、一日2000キルできる狩り手は充分に有用だ。
すぐに彼には、各地で遊撃をしている「アイドルオタ」「コンビニバイト」の二人に合流して貰う。
最近分かってきたのだが、どうも狩り手はチームで動く時に性別を統一した方がいいらしい。
色々なデータを確認しながら動いていた「喫茶メイド」は。戦歴を見て、結果としてそう判断せざるを得なかった。
ただ、それだけでは柔軟性を欠く。
まあいずれにしても、今の時点ではともかく出来る事は順番に丁寧にやっていくしかない。
「優しいだけの人」は、チーム単位の指揮官には向いている。
「アイドルオタ」「コンビニバイト」の二人も、「優しいだけの人」が指揮をすることには不満がないようだった。
問題はもう一つだ。
噂にある問題児のルーキーが来たのである。
一人はそのまま、米国に移動。
これは「悪役令嬢」に請われての事らしい。
まあ向こうは人手が足りない。
ルーキーであろうが、一人でもほしいだろう。まあそれについては、どうでもいいというのが本音だ。
米国と日本の政治的な問題なのだろうし。
「喫茶メイド」としては、そんなものに関わって、無駄に貴重な時間を浪費したくないのである。
問題は「喫茶メイド」の所に来たルーキーだ。
神道系の巫女の格好をしているのだが。どうも微妙に巫女の現物とは違うように思える。
目つきが異常に鋭く、何というか「人殺しの目」である。髪の毛は黒くて綺麗だが、乱暴に縛ってポニーにしている。縛るのに使っているのはなんかお札のようだが、これはファッションだろうか。ミームとしての効果を狙ってのものかもしれない。
手にしているのは、大弊というのか。
ともかく、そういうにはあまりにもごつくて、無骨な固まりだった。
色々な身体的特徴を見る限り、年齢は十二〜三歳という所だろう。
この年齢で狩り手になるのは、流石に早すぎる。
もう少し「コスプレ少女」でも年上だ。
ただ栄養状態は悪くないようで、背は其処まで低くはなかったが。
「「巫女」だ。 よろしくお願いする」
「「巫女」……」
この格好。何というか、本来神社にいた巫女とは違う気がする。コスプレというのにもちょっと違和感がある。
強いていうならば、イメクラというような。色々な格好の異性に性的サービスを受ける風俗の一種に出て来そうな格好だ。
それにしては幼すぎるが。
だとしたら、ちょっと業が深いのではなかろうか。
それにしゃべり方、
ちょっと口の端が引きつりかけたが、まあともかく実力を見せてもらうことにする。
「喫茶メイド」の予想が正しければ、この子は恐らくだが「悪役令嬢」の第二世代のような、いわゆるデザイナーズチルドレンだ。
「悪役令嬢」の人間離れした実力は、「陰キャ」の天然ものとは違う。何というか、人の手が最初から加わり、その結果兵器として完成されたものを感じる。
この子も何というか、妙な気配というか。
人間離れした力を感じるというのが素直な所だ。
横浜で、フォロワーの駆除に出る。
作戦について説明すると、すぐに把握する「巫女」。
頭は幸い悪くないようだと思って、少し安心したが。戦闘が開始されると、すぐにその余裕は消し飛んでいた。
凄まじい。
あまりにも巨大で無骨な「大弊」を振り回して、フォロワーの頭をたたき割るどころか、文字通り体をぐしゃりと潰している。振り回すことで上半身ごと吹き飛ばしている。恐れも知らず動きも決して遅くないフォロワーに対して、大型武器でまるで力負けしていない。
「女騎士」は大型武器を中々使いこなせなくて対大軍戦で苦労しているのに、まるでその苦労を知らぬかのような暴れぶりだ。
しかもそんな巨大で無骨な武器を小さな体からどうやってひねり出しているのか分からない怪力で振り回している。身の丈に合わない武器を使うと振り回されてしまうものなのだが。このルーキーは振り回されていない。
「女騎士」も度肝を抜かれているようだが。
「喫茶メイド」も驚いていた。
昼少し前まで、戦闘をして貰うが。流石に山革陸将がお墨付きを出すだけの事はある。
初陣で2000キルを稼いだ。
これは「陰キャ」より凄い新人かも知れない。最初は「悪役令嬢」のように、背後に配置して様子を見ていたのだが。途中からは、普通にフォロワーの群れに当たらせた。そうすると文字通り修羅のように暴れ狂った。
返り血を多少浴びているが、何とも思っている様子が無い。
これはちょっと、色々と異常だ。
午後からの戦闘も、暴れ狂う暴れ狂う。
文字通りの破壊神となって、群がるフォロワーを縦横無尽になぎ倒すのを横目にしているだけで良かった。
結局初日だけで5000キルを達成。
完全に「女騎士」は黙り込んでいたし。
「喫茶メイド」も黙っていた。
「戦闘に問題はあっただろうか」
「いや、問題ありません。 我々と同じかそれ以上に強いですね」
「そうか、良かった。 優れた先達の技を見て覚えただけだったから、実戦で通じるか心配だったのだ」
先達。多分だが、「陰キャ」や「悪役令嬢」、それに「ナード」だろうなと「喫茶メイド」は思った。
勿論普通の狩り手も、先人の技を見て訓練をするのだが。
この子は何だか普通と違うように思えた。
駐屯地に戻ってから、山革陸将と話をする。
「凄まじい子ですね。 あの子は一体……」
「トップシークレットだ。 自衛隊では投入はまだ早いのでは無いかと言う話が出ていたのだが、状況の悪化もあって投入に振り切った」
「……デザイナーズチルドレンですか、ひょっとして」
「言えない」
そうか。一応現在自衛隊の幹部扱いの「喫茶メイド」にも言えない程のトップシークレットか。
いずれにしても、口の利き方はともかく、反抗的な態度を取るようなことは無い。少ししゃべり方が気になったが、それもキャラづけの一つだと思えば、別に問題はないかと思う。
口の利き方云々を言い出したら、「陰キャ」や「悪役令嬢」何て、そのまま戦場に出せない。
狩り手はあのくらいで丁度良いのである。
とりあえず、駐屯地でミーティングをする。
大阪に出ている「陰キャ」「コスプレ少女」組は、キルカウント25000を安定して出せるようになっている。
これは「悪役令嬢」と二人合算とは言え同じくらいの数だ。
充分な活躍が出来ていると言える。
一日25000を削れれば、一月で750000を削る事が出来る。
どうせ長期戦になるのだ。
大阪の街から、フォロワーを一掃して貰うには、それくらいの火力が必要になってくるだろう。
大阪の方が落ち着いてきたら、横浜は「コスプレ少女」に任せてしまうのも手かも知れない。
自衛隊の再編成も進んでいるし、無人艦隊の構想も出て来ている。
或いは首都圏を、「陰キャ」に担当して貰う手もある。
どの道当面、「喫茶メイド」はじめとする三人は、対馬に貼り付けになるのはほぼ確定なのだから。
ドローンの映像を確認。
朝鮮半島にいたフォロワーも、相当数が、一千万の群れに合流。動いていた一千万のフォロワーは、三割ほど既に数を増し。更に増えているようだった。
来週には、半島の南端に達する。
そういう話を山革陸将から聞かされる。
つまり、来週には対馬に出向かないといけない、ということだ。
少しでも数を減らすべく、無人艦隊が行動を開始しているようだが。
艦砲を撃ち込んでも、海中を移動中のフォロワーをそこまで削る事は出来ないだろう事は分かっている。
機雷など殆ど生産していない。
そもそも兵器同士での戦闘なんて、ここ三十年ほぼ起きていないのだ。小火器を使う自称独立組織を、米軍や自衛隊が鎮圧するケースはあったが。それくらいである。
軍艦相手の機雷なんて生産する余裕があったら、対フォロワー用の対戦車ライフル弾を作る。
工場のラインがパンパンの今の状況。
艦隊が何処まで活動できるかも、かなり怪しかった。
艦砲の弾だって、殆ど備蓄がないのだろうから。
幾つかの話を、ルーキーの「巫女」も交えて行う。
話は理解出来ているようで、時々鋭い質問を飛ばしてくる。
「対馬と壱岐を活用してフォロワーの大軍を迎え撃つのは分かった。 邪神が来た場合は、「陰キャ」先輩などを頼るのだろうか」
「そうなります」
「米国では、エースが抜けた間隙をついて、邪神の群れが孤立した狩り手を襲ったと聞いている。 対策は大丈夫だろうか」
訓練中に聞かされたのだろうか。
一応、現在日本では邪神がハックできない新プログラム言語を用いたガラケーデバイスで自衛隊は通信網を敷き直している。それができていないシステムはスタンドアロンで運用している。
米国では邪神のスパイになっていた高官が捕まったらしい。それらの暗躍によって被害が拡大したらしいが。
今の時点で、自衛隊はどうなのだろう。
一応相互監視についてはやっているだろうが。
此処まで危険な状況下では、一体どこまで悪魔の誘惑に抗することができるのか。
スパイになってしまった人だって、「喫茶メイド」は口には出せないが気持ちは分かるのだ。一世代以上続く絶望的な状況を見続ければ、おかしくなってしまう。
それについては「喫茶メイド」も責められない。
「喫茶メイド」もSNSクライシス後に産まれた世代だが。
希望など知らない。
あれだけの破壊力を誇る「悪役令嬢」がいてすら、希望が見えない時代なのだ。
だから、やはり壊れてしまう人はたくさん見て来たし。
そういう人については、悲しい目で見ることしかできなかった。
ミーティングを終えて、解散。
後はめいめい休む。
今の時点で、「エデン」という巨大邪神組織は、日本に邪神を送り込むのを一旦止めたようである。
米国で六体の邪神が一気に倒されたこともある。
慎重に物量戦を仕掛けて、隙を狙うつもりなのだろうか。
敵はほぼ無尽蔵の物量を有している。
それが一番手堅い戦略である。
だけれども、米国だって狩り手のルーキーを大量に育成している。それらの中から、「陰キャ」並みの素質を持つ有能な若手が出て来てもおかしくは無い。この間の悲劇で数カ所のルーキー育成施設が潰されたらしいが、それでも同数以上の育成施設が無事だという話である。
希望はある。
そう信じながら、「喫茶メイド」は無理矢理に眠った。
ともかく、眠って力を蓄えなければならない。
そうしなければ、自分達が九州に避難した人々の盾になることだってできないのだから。
翌日。
まだ流石にいきなり単独行動はさせられないので、「巫女」と「女騎士」を率いて、「喫茶メイド」は横浜の掃討作戦を行う。
やはり魔都の一つ。
凄まじい数のフォロワーが、どこに行ってもお出迎えしてくる。
神奈川の辺境都市は、小田原も含めて既にフォロワーの駆除があらかた完了しているのだけれども。
横浜だけは、元々いた人間の数が段違いだと言う事もあって。どうしようもないというのが実情だ。
まずは、10000キル。
それを自分に言い聞かせながら、ナイフとフォーク、それにT字箒の格闘戦で、フォロワーを片付けていく。
「萌え絵」は使わない。
対邪神用の切り札だ。
感覚は研ぐ。
この辺りは、ビルが倒壊していたり。アスファルトの道路が崩落している地点もあって。
それらの影から、フォロワーが奇襲してくる事が珍しくもないのだ。
やはり全く別物というか、凄まじい暴れぶりを見せる「巫女」。
大型武器を振り回しながら、建物などに被害をほとんど与えていない。
振り回される「大弊」が、フォロワーを次々に木っ端みじんにしていくが。返り血を殆ど浴びていないのも凄い。一日で進歩した、ということだ。
フォロワーの群れに飛び込んで、瞬く間に蹂躙していくその姿は、小さな「悪役令嬢」のようだ。
姿格好、言動はまるで似ていないが。
「女騎士」も奮起しているが。無理はしないように時々言い聞かせる。
何度も負傷に泣かされている彼女だ。
体力があるから、現場復帰をしてきているが。
未だに戦場に復帰出来ず、そのまま引退の可能性もある同期「医大浪人生」の事を思うと。
一人だって狩り手は無為に死なせたくは無いし。
怪我だってさせたくはなかった。
午前中の狩りを終えて引き上げる。
キルカウント2500を稼いだ「巫女」が、涼しい顔で戻ってくる。「女騎士」が呆然としている。
もう自分達より強い。
特に対邪神戦をやらせたら、「コスプレ少女」より破壊力があるかも知れない。流石に「陰キャ」や「悪役令嬢」は別格だが。
昼の食事を終える。
レーションについても、何の文句も言わない。
自己主張もしない。
必要な事は一切喋らないことは「陰キャ」と同じだが、無口の方向性が違う。
一番怖かった頃の「コスプレ少女」と似ているというか。
何というか、非常に闇深いものを感じる。
そのまま、午後も狩りを続ける。
一地区を完全制圧。「巫女」は5500のキルカウントを稼いでいた。このままだと、一日10000のキルカウントに、最速で到達できるかも知れない。
5000のキルカウントは、相当なベテラン狩り手がやっとたたき出せる数字だ。
それをこの子は初日からやった。
トップシークレットだと山革陸将が言うだけの事はある。
相当に闇深い案件なのだろうと思ったが。それでも、フォロワーを叩き潰すための切り札としては最高の人材だ。
米国でもこの子と同レベルの人材が出現すれば、かなり戦況は緩和されるかも知れないが。
この苦境でこの子が出てきた事が。
或いはその答えなのかも知れない。
夜のミーティングは早めに切り上げて、休むように皆に促す。
「喫茶メイド」は一人だけ起きて、特に「優しいだけの人」と行動している狩り手の様子を確認。
彼らは自衛隊の要望に従って、各地の海軍基地開放に向けて動いている。
無人艦隊構想のためのものだ。
邪神が先回りして仕掛けてくる可能性があるが。今のこの三人なら、下位の邪神程度だったら普通に「陰キャ」が辿りつくまで持ち堪えるだろう。
恐らく、今の時点では邪神が仕掛けてくる事はないな。
そう判断する。
楽観では無く、客観からの想定だ。
勿論仕掛けて来たときには、「陰キャ」に最速で支援に向かって貰う。
狩り手達は既に休ませたが。
自衛隊の幹部とは、幾つか話をしておく。
主に緊急時にどう「陰キャ」に即応して貰うか、の話となる。
ロボット化した無人ヘリは既にいつでも動ける状況になっている。一部の自衛隊幹部は「専用ヘリ」「プライベートワン」等と揶揄しているらしく。
以前「悪役令嬢」の足を引っ張ったお馬鹿さんが出た時と同じ空気が出始めているように思う。
それを指摘して、山革陸将にきちんと対応を頼む。
自衛隊は大急ぎで再編成しているから、こういうのが出てくるのは仕方が無いと「喫茶メイド」だって分かっているけれども。
それでも、最低限の質は保って貰わないと困る。
有能極まりない敵が、物量を容赦なく押し出してきているのだ。
後方から更に足まで引っ張られたら、たまったものではないのである。
山革陸将も、冷や汗を流している様子で、分かったと返事してくれた。
今度こそ、きちんとやってほしいものだ。
少し遅くなったが、休む事にする。
横浜にいるのも、あと数日か。
対馬での戦闘は不安だらけだったが、「巫女」の登場によって一気にその不安が解消された、ようにも思える。
対馬は海上にある山のような土地で、起伏が凄まじく。フォロワーも簡単に全土を侵攻できない筈だ。
古くには「歩くより船で移動する方が早い」とまで言われた島である。
ドローンによると、対馬には数百程度のフォロワーがいるが、これはもう当日まとめて駆除する事が出来るだろう。
自衛隊の先遣隊が、何カ所に駐屯地を既に作ってくれている。
後は、邪神がフォロワーと一緒に仕掛けてくる事に気を付けながら、対応していくだけだが。
スパイが出たことで。不安はどうしても残る。
寝付けない。
きっと、米国は更に空気がギスギスしているんだろうなと思って。「喫茶メイド」は、「悪役令嬢」が心配になっていた。
1、いまだ形がある国
「フローター」にアラスカに移動して貰う。「悪役令嬢」の案だ。輸送機を使い、狩り手を頻繁にアラスカと米国本土を移動させる事によって。スパイをあぶり出すのに用いる。
この間、スパイのあぶり出しを実際に行った。
邪神どもはそれから動きを見せていない。
凶暴化したフォロワーはアラスカで狩り手達を苦戦させているようだが。それでも遅滞戦術そのものは上手く行っている。
「ホームレス」をはじめとした狩り手達も奮起しているらしく。
連日キルカウントを伸ばしている様子だ。
それは、大変に好ましい話である。
そして、「フローター」の代わりに。日本から、ルーキーを一人回してもらった。
一人だけだが、まあそれでも充分だろう。
「悟り世代」と「腐女子」が、一日200キルカウントを出せるようになって来ている。近いうちに二人セットで500キルカウントを一日出せるようになる。
一日一人当たり1000キルカウントをたたき出せるようになれば、ルーキー卒業として扱う。
米国のフォロワーは彼方此方にまだうんざりするほどいる。
軍や狩り手が必死に駆除を進めていたと言うが。何しろ邪神に狙い撃ちにされた国なのである。
今の時点では、メキシコや南米からのフォロワーの流入はあまり起きていないようだけれども。
それにも備えなければならないだろう。
首都圏ですら、まだフォロワーを完全駆除できていない地域があると言う。
地下下水道などにフォロワーが入り込んでしまい、そう言った場所で好き勝手をしているようで。
ともかく優先度を設けて、駆除をしていくしかない。
一方で、配給制に移行したとは言え。
それでも各地に小規模な集落を作って、人々は暮らしている。
限界集落を利用して人々が何とかやっている日本とはかなり状況が違う。
人口も十倍以上が健在なだけはある。
やはり国力や底力は米国が断然上だ。
それは、彼方此方で転戦をしながら、「悪役令嬢」も実感していた。
ともかく今は、連携してフォロワーを可能な限り狩らなければならない。
今日は、ニューヨークの一角。昔はスラムだった地区に足を踏み入れていた。
ルーキーも一緒である。
三人同時に面倒を見なければならないのは大変だが。邪神どもに動きを誤認させるには必要な事だ。
米国側のルーキーは、新人がものになるまでまだ二ヶ月かかると聞いている。
彼方此方に訓練所があるのにと思ったが。
カナダで相当な激戦を行い、ルーキーもどんどん戦死させていたらしく。それが響いている様子だ。
何だかやるせない。
使い捨てにした狩り手が一人でも生きていたら、劇的に戦況は改善したと思うのだが。そうもいかないのだろう。
ルーキーである「派遣メイド」は、存命中の狩り手としては二人目のメイドだ。
何でもメイドが好きな人達がSNSクライシスの前にはいたらしく。単にメイドを派遣する一種の風俗に近いサービスが存在していたらしい。こういうメイドは掃除や家事などをするメイドでは無くて。掃除や家事などはできませんというお断りまでがついていたらしいが。
そこまでくると何だかよく分からないが。
ともかくメイドである。
「喫茶メイド」と比べると、あんまりメイドとしては本格的ではない。メイドの格好はしているが、戦闘スタイルもまだしっかり定まっていない様子だ。
もう一人の「巫女」というルーキーが、初日で5000キルをたたき出したと「喫茶メイド」経由で聞いている。
流石にそこまでいくと何かあるのだろう。
自衛隊が独自に隠していた切り札とも思えない。
何かの生体兵器か、そのプロトタイプか。
どちらにしても、あまり触れない方が良さそうだと、「悪役令嬢」は判断していた。
「それでは、ルーキー三人は相互補完して戦闘するように。 特に「派遣メイド」さんは、絶対に前に出ないように」
「了解しました」
一応この子も元軍属か。
動きなどを見ると、それは分かる。
ただ「喫茶メイド」のような、元精鋭部隊では無い様子である。動きとかが、根本的に違う。
武器としては、大型の掃除機に似せた鈍器を用いるようだ。背負う奴である。
まあ、何でも良い。
ともかく、スラムには崩れかけた建物が多数と。考えられない数のフォロワーが潜んでいる。
生存者がいる可能性もある。
片っ端から処理しつつ。
ルーキーを鍛え上げなければならない。
足を踏み入れると同時に、四方八方から。それこそ、マンホールを開けて地下からも、フォロワーが現れる。
いずれもかなり古いフォロワーで、それを見て「腐女子」はほっとさえしたようだった。
しばらく無心で狩りを続ける。
このフォロワーの密度だと、更にキルカウントが伸びるかも知れない。
ここのところストレスが溜まりがちで。苛立ちを思い切りぶつけたところ、この間28000というキルカウントが出た。
更に腕が伸びたと勘違いされたようだが。
実際には偶然出た数字だと思っている。
いずれにしても、一日辺りこの四人で30000を狩れれば上出来だろう。
そういう風に、三人には育って貰いたい所だ。
そしてある程度育ったら、アラスカ組と交代して、輸送機で移動して貰う。
邪神の目を攪乱するための行動である。
恐らく邪神は仕掛けてこないだろうな。そう判断していたのだが。午前中の狩りが終わった時点で連絡が来る。
先にルーキー達を上がらせて、追撃を捌いている途中だったので、少し苛立ちが来たが。
受けない訳にはいかないだろう。
何しろ地盤が悪いので、踏み込みを利用する大技はあまり撃てない。
下がりながら敵を駆除し。
追いすがって来るフォロワーを片付けて、追撃が止んだのを確認してから連絡を受ける。
「こちら悪役令嬢。 駐屯地に戻る所ですわ」
「戦闘中にすまない」
西海岸の司令官だ。いや、統合が行われ、米国の指揮系統は一つにまとめられた。
スパイが多数いたこともある。
更には、西海岸と東海岸で軍内での反目があったこともある。
大統領は軍幹部の減少もあって、統合に踏み切ったのだ。
これに対して東海岸派の軍幹部には反発する者もいたようだが。ともかく今は内部で反目している場合では無いと、大統領が説得したらしい。
西海岸の司令官はコーネフという大将だ。名前は最近聞いた。
影が薄い人物で、生き残ったことで出世してきただけの人物という陰口もある。
「軍事衛星が、邪神の活動を確認した」
「場所は。 緊急連絡では無いと言う事は、米国本土ではありませんわね?」
「その通りだ。 場所はメキシコシティ」
メキシコシティか。
人口二千万という巨大都市。北米に存在する中では、もっとも貧しい国だったメキシコの首都。
治安は最悪の一言で、時にSNSクライシスの直前は、国内が内戦も同様の有様だったらしく。
犯罪組織を怖れて米国に逃げ込んでくる難民が、米国で大きな社会問題になっていたらしい。
メキシコシティは話にしか聞いていないが。
ともかく二千万という人口もあって邪神に真っ先に蹂躙された都市の一つで。
勿論まるごとフォロワーにされてしまったらしい。
結果として弾道核ミサイルが使われ。文字通り吹き飛ばされたが。
フォロワーは大多数が無事で、平然と活動を続けており。
核がフォロワーに対して効果が薄いという実例を、一つ作ってしまっただけになった。
ちなみに、この時メキシコシティに核を撃ち込んだのがどこの国なのかは、今も良く分からないそうだ。
米国は少なくとも否定している。
「これから監視を強化する予定だが、邪神が姿を見せたと言う事は、フォロワーの活性化を行っている可能性がある。 そうなると、そのまま南部からフォロワーが北上してくる可能性が否定出来ない」
「文字通り挟み撃ち、ですわね」
「軍部隊はこの間の打撃を回復出来ていない。 最悪の場合は、君達に出て貰うかも知れない」
「分かりましたわ。 しかしそうなると、国内のフォロワー退治はどうなりますの?」
コーネフ大将は応えなかった。
恐らくは、まだ軍内部で戦略を組めていないのだろう。
邪神共は、この間六体を一気に失った事で、「悪役令嬢」への警戒を更に強めたとみて良いだろう。
しかし、メキシコで動いていると言う事は。
ひょっとしたら、先手を打てるかも知れない。
メキシコのフォロワーは当然先遣隊に過ぎないだろう。
南米大陸にいる億単位のフォロワーが北上を開始したら、米国は当然支えきることができないだろう。
ルーキー三人を見る。
日本の狩り手は比較的粒が揃ってきた。
だがこのルーキー達は、皆相応の実力しか備えていない。
戦歴が浅いのだから仕方が無いが。
それでも、あまりにも戦力が足りない、という他無い。
午後も、スラムに踏み込むと、無心にフォロワーを蹂躙していく。密度が凄まじいな。そう思いながら、兎に角暴れ狂う。
後方には、少しずつあえて取りこぼしを送って処理させる。
キルカウントを伸ばさせるためだ。
一人1000キルカウントを達成するまで、まだ当面掛かるだろうな。
そう思いながら、無言でフォロワーを刈り取り続ける。
日本では見なかったような、とんでもない大柄だったり。筋肉質だったりするフォロワーも見かけるが。
それもフォロワーになってしまえば同じだ。
皆、片っ端から斬り伏せておしまい。
夕方を過ぎ、更に夜になると流石にフォロワーの動きが鈍くなる。
駐屯地に戻って、キルカウントを調べる。
「悪役令嬢」は26500。微増している。28000はやはり偶然の産物だったのだろうが。
このまま腕を上げて更に技の精度を高めれば、28000を連日たたき出せるようになるかもしれない。
ただ、年齢もある。
これ以上の劇的な強化は無理だろうと、半ば「悪役令嬢」は諦めていた。
ルーキーは、「悟り世代」がいち早く250キルを達成。「腐女子」は210キル。新人である「派遣メイド」は10キルだった。
まあ最初はこんなものだ。
対戦車ライフルでやっと倒せるフォロワーが相手なのだ。10キル一日できただけでも充分。
そう、「派遣メイド」に諭す。
本人は申し訳なさそうにしていたが。
はっきりいって充分だともう一度いって。ただしこれから戦力を伸ばしてくれと、強調した。
ルーキーは休ませて、後は会議に出る。
面倒だが、テレビ会議で米軍の首脳部などと打ち合わせをしなければならない。
それが終わってからだ。
風呂に入ったり、寝たりするのは。
「今日も合計で27000程キルカウントをたたき出してくれたらしいね。 素晴らしい成果だ」
「ありがとうございます。 シベリアの戦況は?」
「今日は五人の狩り手が、合計で31000のキルカウントを出した。 確実に伸びている」
31000か。
前衛だけで4500万。合計三億の群れが迫っているのだ。そんな程度ではとても足りないだろう。
かといって、1000万の群れが迫っている日本だって、増援を出している余裕などはとてもない。
邪神どもがフォロワーを活性化させれば、国内にいるフォロワーが凶暴化し。狩り手達は過労死寸前に追い込まれるかも知れない。
邪神がいつ何処に現れるか分からない以上。
今は、敵の先手を打っていくしか無い。
「それよりも、メキシコで邪神が確認された件だが……」
「ああ、メキシコシティで蠢いていたフォロワーが、移動を開始したのがドローンで確認できた。 数は1000万を超えているようだ」
「……」
「現時点では、指向性を持って移動しているわけではないようだが、メキシコ内にいるフォロワーの群れも集まり始めている様子だ。 最悪、北米に向かって動き始めるだろうな……」
核で一掃はできない。
それについては、メキシコシティでの出来事で既に証明されている。
ゾンビ映画では、核でゾンビを一掃という展開が用いられることがあるようだが。
邪神が作り出したフォロワーは、映画を嘲笑うように。核にも高い耐性を持っているのである。
「邪神を待ち伏せする事はできませんの?」
「現在、メキシコ内部で活動している「エデン」所属と思われる邪神は、軍事衛星やドローンを用いて追っている所だ。 まだ活動パターンについては解析ができていない」
「もしも邪神を待ち伏せできれば、わたくしが叩き潰しに行きますわ」
「……」
顔を見合わせる米国の幹部達。
これ以上「悪役令嬢」に借りを作りたくないとか思っているのだったら、ぶん殴る所だ。
今は人類が一丸とならなければならない時。
国の面子云々を口にしている場合ではないだろう。
兵器の価値が相対的に下がった事で。自衛隊に兵器のライセンス生産の権利を全て渡し。更に国家間で対等の同盟を組む事が出来たのだ。
SNSクライシスが起きたと言う事もあって、やっとそれが出来たと言う面もあるのだけれども。
そこからどうして、もう一歩が踏み出せないのか。
本当に苛立ちが募る。
「ともかく、奴ら曰く180前後の邪神がまだ敵には残っている筈で、それを一体でも削らないと此方には勝ち目がありませんことよ。 メキシコから大規模なフォロワーの群れを北上させるべく動いているなら、相手は高位邪神の可能性も高い。 遭遇戦に持ち込めば、高位邪神でも撃破して見せますわよ」
流石に最高位邪神が出て来ていた場合、「悪役令嬢」でも厳しいのだが。
それはあえて黙っておく。
しばらくひそひそ話していた軍幹部達だが。
やがて、大統領が咳払いした。
「わかった。 どちらにしても、シベリアでも前線が連日下がっている状況だ。 シベリアが完全に陥落するまでに、ルーキーを此方でも準備したいと思っている。 それまでは防戦に徹しつつ、敵の孤立した邪神を叩きたいのは事実だ。 だが、そう思わせて、誘いこもうとしている可能性もある」
「罠上等。 食い破れないくらいでは、今後の戦いも勝てませんわよ」
「君の実力は信頼しているよ「悪役令嬢」。 全盛期の「ナード」くんが戻って来たようだ。 だが、だからこそ。 今君を失うわけにはいかないのだ」
大統領は良い話っぽくまとめたが、どうにも裏があるように思えてならない。
まあいい。
ともかく。ため息をつくと。軍はきちんと動いてほしいと釘を刺しておいた。
それから風呂に入り、まずいレーションを食べて、休む事にする。
自分はこれ以上、劇的には強くなれないだろう。
日本の対馬での戦闘がどうにかなったら、「エデン」とやらの本拠をどうにか探しだし。「陰キャ」達精鋭と共に攻めこみたいところだが。
いずれにしても、何もかも一気には進められない。
それに、せっかく敵がまとまってくれた、とも言える。
数から言って、恐らく各地に割拠していた邪神もすべて「エデン」とやらに統合されたのだろう。
この組織を潰せば、邪神はあらかた滅びるとみて良い。
そうなれば、後は大量に地球上に蠢きまくっているフォロワーを、時間を掛けて滅ぼしていけばいい。
邪神と同様、フォロワーも進歩しない。
邪神の中には合体したりする奴もいるが、それは進歩では無い。
明日の戦闘についてどうするか考えを軽くまとめると、後は眠る事にする。
それにしても、此方でも軍の中にいる阿呆に足を引っ張られるか。
もう少し何とかならないのかなと、うんざりしていたが。
それも、諦めるしか無いと、割切って眠った。
翌日。
スラムでの狩りを再開する。
昨日以上の勢いでフォロワーが出てくる。なる程、これは狩り手を投入しても、閉口して諦めた訳だ。
ともかくフォロワーが勢いよくいきがいいのが出てくるから、対応が非常に厳しい。
ルーキーを守る事を考えると、奧に踏み込むわけにもいかない。
ニューヨークの中心部は、苦労の末に「ナード」などの狩り手がどうにかフォロワーを駆除し。
生存者が点々と住んでいる様子なのだが。
スラムになるとこの通りだ。
日本も首都を奪還できていないのと同じなので、この辺りは仕方が無いとは言えるのだけれども。
人間がたくさんいた場所ほど、より地獄が酷い。
それはあまりにも皮肉というか。
SNSクライシスが起きた後の世界を、象徴するような光景だなとも思う。
「数体行きましたわよ! 確実に屠りなさい!」
「分かりました!」
「腐女子」が元気よく応えると、大槍を振り回して接近してきたフォロワーを片付ける。
筆を模した大槍は、かなり馴染んでいるようである。
体にあった武器を見つけられて良かった、というところだ。
一方「派遣メイド」は、多機能型の掃除機を上手に使えていない様子で、苦戦が目立っている。
メイドらしい武器というと、色々思い当たるのだが。
いずれにしても、武器を変えるのも手の一つだ。
午前中の戦闘が終わる。
恐らくだが、インカム通じて戦闘の様子を見ていたのだろう。駐屯地に入ると、連絡が来た。
メキシコに出現している邪神だが、どうやら一定の法則で動いているようだ。
メキシコにある幾つかの都市を、順番に回っているらしい。
フォロワーを活性化させるためなのだろうが。
まあ確定で罠だろうなと、「悪役令嬢」は判断した。
そんな即日で分かるような動き、罠以外にあり得ない。
勿論それを分かった上で、噛み破りに行く。
「次の出現地点は分かりますの?」
「ええと……」
地図を拡げた「悪役令嬢」に、指定される場所。
輸送機を使えば、先回りが可能か。
ただ。フォロワーがわんさかいる中で孤立して戦う事になる。それも邪神は多分複数出てくるだろう。
「陰キャ」がいてくれればなあ。
そう思ってしまうが、ないものはねだれない。日本だって、いつ大物に襲われるか分からないのだ。
それに罠を張るなら、最低でも高位邪神が出てくるだろう。
しばらく考えるが。
ふと気付く。
もしも、だ。
これがそもそも、違う方向での罠だった場合はどうなる。
邪神共はどう動くと一番得になる。
しばし考え込んで、それに気づき。「悪役令嬢」は顔を上げていた。
すぐに大統領にガラケーデバイスで連絡を入れる。
大統領に考えを話す。
仮にこれが違っていたとしても。此方には少なくとも短期的に損は無い。ならば、やってみる価値はある。
大統領は「悪役令嬢」の話を聞いた後、頷く。
「なるほど、確かにそれは手としてはありかもしれない。 まだユダが身内にいるかもしれない状態だ。 仮にそうだったら、すでに君の考えは邪神どもに伝わっているだろうしな……」
「作戦行動については任せますわ」
「……分かった。 此方で、何人か裏切る恐れがないチームを編成して、夕刻までには作戦を立案する」
この大統領も頼りないが、軍出身だという話だ。
だったら、恐らくだが最低限の軍事知識はあるだろう。
すぐに対応をして貰う事を決め、午後のフォロワー駆除に入る。かなり思い切りが良いようで。
「派遣メイド」は、武器を変えていた。
大きな背負うタイプの掃除機は一旦止めた様子だ。
代わりに、長大な高枝切りばさみを模した大型の薙刀を手にしている。
「それはまた、随分とえぐいものを持ち出しましたわね」
「実は私、自衛隊時代にはこれをちょっとやっていたんです。 今なら生かせるかなと思いまして」
「……多機能にこだわる必要はありませんわ。 薙刀にしてしまっても良いと思いますわよ」
頷く「派遣メイド」。
ともかく、戦闘に出る。
やはり、午後もフォロワーどもは元気だ。
大量に現れ、間断なく仕掛けてくる。
途中、体重三百キロは越えていそうなのが出て来たので、流石に閉口する。桁外れの肥満体型の人間がSNSクライシス前の米国にはいたと聞いているが。これは恐らくだが、スラムの外から入り込んだフォロワーだろう。
足とかが破損して動けなくなりそうだが。かなり古いフォロワーにもかかわらず平然と動いている。
軍などと交戦して、足をやられなければ。この体型でも、フォロワーは平然と動くのかも知れない。
斬り伏せた時に、普通のフォロワーの数倍の血肉が飛び散るので、流石に閉口。
こういうのがわんさか出てこない事を祈りたい。
午後の戦闘で、「悟り世代」はついにキルカウント270。「腐女子」が241を達成。
合計して一日500キルを越えた。
また、武器を思い切って変えたことも良かったのか、「派遣メイド」もキルカウント30と大幅に伸びた。
勿論これからだ。
皆には休んで貰って、作戦立案について確認する。
なるほど。その作戦なら、相手がどう出ても裏を掻く事が可能だな。
すぐに実施して貰う。
まだユダが味方にいる可能性を考慮すると、作戦は極秘が良いだろう。すぐに輸送機をまわして貰う。
懸念すべきはルーキー三人だが、そろそろ「悟り世代」と「腐女子」は邪神との戦闘を経験しても良い頃だ。
エデンは恐らくだが、複数の邪神を同時に出してくる傾向がある。雑魚一体だったら、二人が足止めくらいはできるだろう。
敵は「悪役令嬢」との戦闘を避けている。
それを、利用させて貰う。
2、搦め手の搦め手
深夜二時。
米国西海岸、サンフランシスコの一角。何の変哲もない公園に、突如として複数の巨大な影が出現していた。
数は合計七体。
その内一体は、首が長い人間のように見えるが。よく見ると手足も長く。異様な姿形をしているのだった。
他は動物の姿をしているものが多いが。大きさが桁外れである。
邪神だ。
周囲が静かすぎる。
邪神達は即座に判断して、飛来したナイフに反応。首が長い奴が、その腕を振るって、弾き返していたが。弾き返すと同時に、そのナイフは爆裂していた。
長い腕を振るって、再生する邪神。
奇襲を受けたことを、驚いている様子は無かった。
邪神どもに姿を見せてやる「悪役令嬢」。そもそも戦うのは「悪役令嬢」だけである、という理由もある。
夜闇に覆われた公園で相対する。曇りと言う事もあって、周囲は非常に暗かった。もはや灯り無き世界なのに。
それでも周囲が見えるのは、灯り無き世界だからなのだろう。
「二度目、と言う事もありますものね。 其方も備えていると」
「……貴様が「悪役令嬢」か」
「いかにも」
「私の名は「カースト」」
カーストか。
要するに階級制度そのもの、ということだ。
SNSクライシスの前には、このカースト制度が肯定的に捉えられていたという。そもそもスクールカーストがある事を当然と考えていた風潮すらあったのだ。まあ社会に出ても不平等なのは当たり前、という考えがあっても不思議ではなかったのだろう。
おかしなはなしだ。
民主主義国家で。
不平等が当たり前、というのは。
不平等が当たり前なら、優遇されている側の人間は文字通り何をやっても良いという事になる。
事実カーストの本場であるヒンズー教などでは、奴隷に位置するカーストの人間には、苛烈な社会的差別が浴びせられていた。
結局の所、他者を痛めつけたいという醜悪な欲求と。
社会を固定して既得権益を守りたいというおぞましい考えが。
邪悪な融合を果たし。
カースト制度というカス以下の代物に需要が生じる。
それがどれだけ邪悪だと分かっているのに、誰もがそれを認め始める。
認めてしまったら民主主義国家としては終わりだというのに。
こいつは、そんな誰もがあきらめとともに認めていたカーストの権化、というわけだろう。
反吐が出る話だ。
此処は西海岸側のルーキー育成施設だった場所。数日前まではそうだった。
メキシコに邪神が出た。
それをエサに、「悪役令嬢」を釣り。そして邪神が背後を強襲する。
アラスカは既に備えをしているだろうから、守りが薄い米国本土を狙う。
「悪役令嬢」が輸送機にのって移動した所までは、邪神共に伝わったはず。
だから、奴らが知っているルーキーの育成施設を狙って来るのは分かっていた。
邪神にとっては、進歩出来ないことが最大のマイナスになる。
人間を徹底的に追い込んでいる現状だが。
それでももしも人間が反撃を開始したら。数世代がかりであっても、邪神を倒す方法を見つけたら。
いつか立場は逆転される可能性がある。
だからルーキーつぶしにいそしむ。
物量作戦で、狩り手を邪神と戦えないようにする。
邪神組織「エデン」の戦略はそれだ。
また、「悪役令嬢」や「陰キャ」が手強いと判断するや、直接対決は避け始めた。そのためには、威力偵察で雑魚を使い潰す事もなんら厭わなかった。
絶対正義同盟より数段手強い相手だ。
そして、今もそれを見せつけている。
策が読まれても、敵は慌てていない。
「悪役令嬢」の背後から出てくるのは、ルーキー三人。
ナイフを放ったのは「派遣メイド」だ。
ルーキーを対邪神戦に連れ出すのは少しばかり心苦しいが、やむを得ない。何とかするしかない。
それにだ。
奴が自信満々なのも気になる。
隠し札を持っているとみて良い。
「雑魚邪神ならわたくしの敵にはなりませんわよ」
「知っている。 だから、今回はこう言う手段を採っている」
「……」
目を細める。
周囲に、ぞわりとするほどの気配が生じる。
今回の作戦で、「エデン」はどうやら雑魚を連れて来ただけではないらしい。フォロワーを大量活性させたようだった。
このサンフランシスコも、まだまだフォロワーが彷徨いている地域が多数存在している。
数は百五十万とも三百万とも言われる。
地下鉄や地下下水道に入り込んでいるフォロワーが大勢いるので、米軍でも把握し切れていないのだ。
更に、六体の雑魚邪神は、すっと消える。
人間から逃げればダメージを受けるのに、それを気にしている様子が無い。ダメージを受けても、死ぬよりはマシ。
そう即座に判断したという事なのだろう。
「一つ聞きたい。 メキシコに向かった貴方は何者だ」
「輸送機には誰も乗っていませんわよ」
「そうか。 偽情報を掴まされた、ということか」
「そういうことになりますわね」
さて、余裕はあまりない。
実はルーキーも連れて来たのは、邪神戦で少しでも経験を積んでもらうつもりだったのだが。
敵がそれをさせてくれそうにない。
此奴ははっきりいって感じる気配がかなり大きい。
多分絶対正義同盟で言うとNO3くらいの実力はあるとみて良い。
その上、能力は恐らくだが。
周囲のフォロワーの様子がおかしい。
活性化というには、あまりにも凄まじい気配を感じる。せいぜい数百程度しかフォロワーをいなせないルーキー達を守りながら、こいつとやり合えるか。
今の実力なら、多分NO3相手に単独で勝てる。
だがその後は。
邪神「カースト」は、長い腕を拡げ。挑発的に言う。
「此方がルーキーや弱い狩り手を弱いうちに狩ろうと判断している事は理解しているようだな。 強い狩り手はフォロワーの大軍をぶつけて消耗させつくし、その後に処理すればいいと考えている事も」
「……」
「此方の戦略を見抜かれることも承知の上だ。 だから、今回は準備をしてきた、というわけだ。 バラモン、クシャトリア、前に出ろ」
フォロワーが出てくる。
これは、まずい。
強化フォロワーと同等か、それ以上の力を感じる。それが数百体はいる。
インドのカースト制度では、僧侶階級のバラモンと、戦士階級のクシャトリアがそれぞれ高い地位にある。
その下は庶民と奴隷。
奴隷階級の中には、文字通り人権が存在しない人々がたくさんいる。
この「カースト」は、フォロワーの戦闘力を調整出来るのだろう。
それこそ、カースト制度に従って。
つまり、此奴を速攻で倒さないと、どうにもならなくなる。
恐らくだが、ルーキー達が食い殺されるどころか。
「悪役令嬢」も危ないだろう。
敵もこちら側の戦闘データを集めて来ている。
勿論「陰キャ」がいてくれれば、この程度の相手はどうにでもなるのだが。
今の状況では、相当に厳しいと言える。
「第一陣、懸かれ」
一斉に襲いかかってくるフォロワー。
動きが速すぎる。
度肝を抜かれている様子の「腐女子」と「派遣メイド」。一瞬遅れて「悟り世代」が動くが、それでも遅い。
飛び出した「悪役令嬢」が前に出て、凄まじい速度で襲いかかってきた強化型フォロワーを弾き返す。
早い上にパワーも段違いだ。
強化フォロワーのように、複数回攻撃を入れないと倒せないようなことはないようだが、単純に能力が段違いに上がっている。
すぐに声を掛け、竦んでいる三人と共に移動開始。
この事態は想定はしていた。
来る邪神が強すぎる場合。
「腐女子」が。育成施設のシェルター入り口を開ける。
その間、苛烈に攻めこんでくるフォロワーを。「悪役令嬢」がさばく。
「カースト」は長い腕を組んだまま見ている。
此方を舐めるな、という風情で。
ただ、「悪役令嬢」としても望むところだ。
強敵との戦闘はさんざんやってきたし、此奴を今処理出来れば、後が楽になる。
米国の狩り手達は全員がアラスカにて戦闘中。
こっちを支援する余裕などないが。
それでもかまわない。
シェルターの蓋が開く。
三人は、内部で籠城して貰う。
その間も、非常に速い動きで次々フォロワーが迫る。いつも戦っている奴とはどいつもこいつも段違いだ。
一匹斬り伏せるだけで、相当な労力が掛かる。
三人がシェルターに飛び込み、蓋を閉じようとするが。蓋の隙間に一体が入り込もうとする。
間一髪、傘で背中から串刺しに。
そしてシェルターが閉じ。
上半身が下半身と泣き別れになったフォロワーは、動かなくなった。
上半身だけでも動くようならお手上げだが、あのシェルターの構造的には、文字通り潰されているだろう。
気にしなくてもいい。
傘を引き抜くと、鉄扇との二刀流で。
今度は「悪役令嬢」に全力で襲いかかってくるカーストで強化されたフォロワーを迎え撃つ。
恐らくだが、「カースト」の能力は、周囲のフォロワーの能力を不均一にすること。
倒しても倒しても、力の不均一を保つ事で、強化型のフォロワーを際限なく作り出す事が出来る。
更に言えば、この周辺のフォロワーを全てかき集めれば、数百万とか来てもおかしくないのである。
東海岸側の司令官。
用済みになって消されたと思われる彼奴が。国内のフォロワーを先に駆除すべきだと言っていたのも。
わずかながら、利はあったのだ。
傘で躍りかかってきたまだ子供のフォロワーを串刺しにすると、飛びかかってきたもう一体に投げつけ。まとめて鉄扇で割り砕く。
傘を腰に帯び直すと、鉄扇二刀流に切り替え。
全方位から集中攻撃を仕掛けてくるフォロワーの大軍を裁き続ける。
朝の二時だ。
此奴らは、まだこれでも弱体化しているはず。
フォロワーは夜にはあまり動きたがらないからだ。
もし朝が来たら。
更に状況は悪くなるとみて良い。
「エデン」とやらも考えている。
出現した時間がおかしいとは最初思ったのだが。
「悪役令嬢」や米軍の戦略司令部が、作戦を読んでくることを想定していたのなら。
「悪役令嬢」を倒しうる邪神を向けてくるというのも、納得がいく話だ。
しかも「カースト」はこの状況なら、逃げる事も可能だろう。
それだけは、避けなければならない。
此奴は高位邪神。
それも「エデン」の重鎮に位置する奴の筈だ。
此奴を倒せれば、その時の戦果は計り知れない。
どうしても、此処で倒しておかないとならないのである。
無言で敵の群れを、一息に吹き飛ばす。
「第二陣、前進。 斬り伏せろ」
「カースト」の命令は単純極まりない。
そのまま、第二陣らしいフォロワーの群れが前に出てくる。違和感があると思ったら、接近してきて斬り込んでくる。
動きが戦士のものだ。
さっきのはバラモンとクシャトリアの混合部隊だったようだが。
今度はクシャトリア中心の近接戦特化型か。
鋭い一撃をいなしながら、反撃を浴びせるが、手応えが重い。
これは、正直ルーキーが相手に出来るフォロワーじゃない。
それも、常に「悪役令嬢」の背後を取ろうと、確実な連携を見せながら動いてくるフォロワーの群れ。
まるで統率された軍隊だ。
流石に作戦が読まれるのを想定した上で来ていないな。
体力が削られているのを感じつつも、確実に敵を屠りつつ、「カースト」に近付いていく。
「カースト」は冷静そのもの。
長い腕を組んだまま、じっと戦況を見ている。
まあ、冷静なのも当然か。
まだダメージすら受けていないも同然なのだから。
「解せんな。 人間が10000年近く文明を作ってきて、その間もっとも栄えたのは階級制度社会だ。 近年生じた資本主義社会も、結局の所階級制度社会であることは代わりはない。 身分制度はあって当然のものであって、故に受け入れられているのだろう?」
「その身分制度で固めた社会は、一瞬で瓦解するのですわよ」
「文明には寿命がある。 それもしかたがないだろう」
「その考えが許されるのは、動物までですわ。 知的生命体である以上、そのような思考は許されませんことよ」
フォロワーの首を刎ね飛ばし、周囲が安全地帯になった事を確認。
クッキーを口に放り込む。
ばりばりと食う。
こうやって戦闘中に補給をするのは久しぶりだな。水筒からまずい茶を飲み下しているのを見て。
「カースト」は別に動じる様子も無い。
しかけてくるつもりも無い様子だ。
「今日は狩り手候補の人間をつぶしに来ただけではない。 もう一つの目的でここに来ている」
「……」
「「悪役令嬢」。 貴様が此方の作戦を読んだ場合、にその目的を果たすつもりだった」
そうか。
嫌な予感しかしないが、此方としては少しでも体力を回復したい。
とっくの昔に、第三陣の準備が終わっているのは見えている。
それに、邪神は精神生命体だ。
自身の論理が破綻するとダメージを受ける。話をさせるのは、此方としてはかなり有効だ。
「こちら側にこないか、「悪役令嬢」」
「は。 人間以下の存在と見なしているから、こちらをフォロワー化できない。 要するに今も貴方はわたくしを人間以下と見ていると言うことですわ。 そのような状況で持ちかけるスカウトが、こちらに利があると思う程わたくしはオバカさんではありませんわよ」
「少し勘違いをしているようだな。 我々αユーザー……貴様らがいう邪神は、貴様らが言うSNSクライシスで、特定の人間や概念を元に生じた。 その時にルールが定められた。 「唯一の主観」もそれに含まれる」
何の話だ。
SNSクライシスの情報は、驚くほど少ない。
邪神が精神生命体だと判明してから、色々な情報を精査し。邪神の元になった人間がいることや。
場合によってはそのパーソナルデータなどの解析などもできているが。
しかしながら、邪神が自分達の事を話し始めるのは初めてだ。
「だから我等は主観を共有している。 αユーザーによっては希にフォロワー化できない人間のカテゴリがあるケースも存在する。 だがそれ以外は、貴様らネットミームの下位に位置する存在を侮蔑するようにできている。 だがそれは、そもそも我等に植え付けられた共通的認識。 いわば「唯一の主観」だ」
「話が見えませんわね」
「この状況で的確にルーキーを守り抜き、更に私に勝つ事を真剣に考えている貴様を、私は無能だとも殺すべき相手だとも思っていない。 「唯一の主観」は貴様の事を徹底的に侮っているが、私は別だ」
そういえば。
「饕餮」も何だか此奴と似た雰囲気があった。
邪神にも例外があるのだと感じていたが。
ひょっとしたら違うのか。
邪神には特定の価値基準がSNSクライシスで生じたときに植え付けられていて。
それ以外に、また別の人格や価値観があるというのか。
「カースト」はなおも言う。
「わざわざ回復をまってやってまでこんな話をするのは、貴様は人間にしては極めて優れていると判断したからだ。 「エデン」には元学者のαユーザもいる。 クローンの技術は「エデン」でも研究中だ。 フォロワーを増やすには人間が少し減りすぎてしまったからな。 人間牧場は必要になる」
「……人間牧場で増やす邪神の餌用の人間の元として、生かしてやるといっているのではありませんわよね」
「そう言っている。 貴様には生きる価値がある。 そして生きられるなら、どのような屈辱でも甘んじて受けるべきだと思うがな」
良かった。
こいつは「饕餮」とは違う。
「唯一の主観」とやらには、今まで潰して来た邪神共の言動や。それに奴らの行動原理から納得出来る部分もある。
だが、問題は別だ。
此奴はやはり、人間を見下している。
今も「悪役令嬢」を認めたわけでは無い。エサとして有用だから、生かしてやってもいいと言っているのだ。
カースト制度を作りあげたインドでは。SNSクライシスが起きるまでカースト制度が、世界でもトップクラスの数の人間がいる国をずっと苦しめ続けていた。
カーストという言葉は、その後世界中で悪しき意味として利用されてきたが。
SNSクライシスの前には、それを多くの人間が情けなくも受け入れてしまっていた。
だからSNSクライシスが起きたのかも知れない。
だとしても。こいつのような輩の言う事を、受け入れる訳にはいかない。
すっと、「カースト」に鉄扇を向ける。
「以前、唯一尊敬できる邪神に会ったことがありますわ。 貴方はその存在とは、全くの別物ですわね」
「……まあいい。 貴様はこのまま成長すると本当に危険な存在に化けかねない。 ここで始末させて貰う。 第三陣、仕掛けろ」
今度はバラモンとクシャトリアの混合部隊か。
一斉に襲いかかってくるフォロワー。
無言で「悪役令嬢」は体勢を低くすると、瞬歩を駆使して上空に。
話を聞きだし。
そして此奴は潰さなければならないと判断した。
だったら、できるだけ短時間で潰させて貰う。
無言のまま、短距離空間転移を繰り返して距離を取ろうとする「カースト」だが。その背後に「悪役令嬢」は回り込む。
蹴りを叩き込み、細長い「カースト」に痛打を入れた。
吹っ飛んだ「カースト」だが、空中で訳が分からない動きをして、地面に叩き付けられるのを防ぎ、空中に出る。
その先に回り込んだ「悪役令嬢」が、百を超える斬撃を入れて、一瞬でばらばらにしてやる。
着地。
どっと襲いかかってくるカーストフォロワー。
視界の隅で、「カースト」が形態を変えているのを見つつ、相手にする。
こっちの動きが一瞬鈍った隙に、一斉に襲いかかってくる。
恐ろしい程戦い慣れしている。
或いは戦士階級、だからか。
人間の戦士としての経験を蓄積した事という設定にして、力を徹底的に引き出しているか、もしくは引き上げているのか。
かなり消耗しつつも、吹き飛ばして群がってきていたフォロワーを一掃する。
旋回しながら、鉄扇で薙いだのである。
全周囲攻撃を幾つか持っているが、その一つだ。
周囲がびちゃっと血の池になったが。「カースト」は動じている様子も無い。
やはり細長い体。
髭を垂らした、いかにも苦行僧という雰囲気の老人と化している。
悟りでも開いたつもりか。
「第四陣、いけ」
「気になっていたのですけれどもね」
「ほう?」
「何故全戦力を一気に叩き付けてこないのです? ひょっとして、全戦力を叩き付けられない理由があるのでは?」
鼻で笑う「カースト」。
やはり読んだとおり、フォロワーの戦力に意図的な格差を生じさせて、それでこんなに強大な個体を作っている、というので間違いないだろう。
読まれても痛くも痒くも無いという風情。
やはり邪神としては、相当に強いのを出してきたというわけだ。
そして「エデン」の性質からいって、それだけでは終わるまい。
ともかく、此奴は一秒でも早く仕留めた方が良いはずだ。
第四陣が襲いかかってくる。
この一陣ずつの群れを相手するだけで、相当に骨だ。多分だが、一日2000キルくらいが精一杯の狩り手だと、この群れを相手にするのは無理だろう。
それ以上の力量の狩り手でも、はっきりいって消耗は相当なものになるはずだ。
此奴は邪神としても、以前戦ったNO2やNO4以上に、物量戦に特化している。
実際さっき近接戦を挑んだときは、一瞬でバラバラにできたが。
しかしながら、それもまだ形態が若いから、かもしれない。
舌打ちしながら、向かってくる第四陣を叩き伏せる。
息が上がり始めた。クッキーを口に放り込む。本当にまずいな。そう思いながら、ばりばりかみ砕いて飲み下す。
栄養だけは充分だ。
砂糖も。
頭を回すためには糖分が必要だ。
この携帯用のクッキーは、どうしても必須である。
援軍が期待出来ない状況、此奴は一人で仕留めなければならない。無言で、突貫。
第五陣、と口にする前に、至近に。
長い腕を器用に動かして斬撃を防ぎにくる「カースト」だが。腕ごとたたき割ってやる。
だが、壁が展開される。
腕を再生しつつ、「カースト」が言いかける。
「第五……」
言わせるか。
傘を壁に叩き込むと、蹴りで更にねじ込む。
結果として、「カースト」の口に飛び込んだ傘が。「カースト」の口を貫通して、後頭部に抜けた。
初めて痛みを顔に浮かべる「カースト」。
壁に足を掛けて、無理矢理傘を引き抜くと。
上空に傘を放り投げながら、瞬歩で跳躍。
また短距離空間転移で逃げる「カースト」だが。悪いがさっきその技は見せてもらった。
流石に一度で完璧に対応できるほど、「悪役令嬢」も戦士としての高みにいるわけではないが。
それでもこの技は分かりやすいので、一発で対応できる。
出現地点の背後に出ると、また鉄扇を振るって全身を粉みじんにしてやる。
着地しながら、傘を受け取る。
第三形態に変わりながら、徐々に馬脚を現し始める「カースト」。
「おのれ……譲歩してやっているというのに頭に乗りおって……!」
「部下頼みで本人の戦闘力はどうってことありませんわね」
「その言葉、即座に後悔させてくれる……!」
肉塊が膨れあがり始める。
同時に、周囲に満ちていた凄まじい気配が薄れていく。フォロワーが、しわしわになっていく感触だ。
絶対正義同盟のNO2も、フォロワーを吸収してパワーアップを果たしていた。
他にもできる高位邪神がいてもおかしくない。
こいつもそれなのか。
だとしたら。
インカムから通信を入れる。危険だが、やってみる価値はある。
危険だが、いつかは通らなければならない道だ。
「カースト」の力が膨れあがっていく。
そのまま、物量作戦で押してくればいいものを。
むしろ「悪役令嬢」が得意な戦闘スタイルに切り替えてくれて、有り難いほどだ。
全身がムキムキの筋肉の塊になった「カースト」が、地面に降り立つ。
凄まじい威圧感だ。
これは、単純な近接戦の実力だと、今まで戦った邪神でも上位に食い込んでくると見て良さそうだ。
だが、それでいい。
構えを取る「悪役令嬢」に、「カースト」は真正面から、凄まじい勢いで突貫してきた。
3、少しでも助けになるために
狩り手にはジンクスがあることを「派遣メイド」は知っている。
「メイド」の狩り手は今までに何人もいたが、みな戦死した。
有名なジンクスである。
だけれども、「悪役令嬢」が絶対正義同盟NO7を沈めたとき。まともに戦える狩り手は殆ど残っていなかった。
だから、狩り手になること自体が高リスクだったのであって。
別にそれはジンクスでは無い。
そう、今は考えるようにしている。
実際「喫茶メイド」という先輩もできているし。その先輩は、日本での狩り手達の指揮を執っている程だ。
自分だって、やれる。
自衛隊では限界があると思って、狩り手に転向した。
ネットミームのメイドを調べて見て、もとの使用人としてのメイドとは全く別物だと言う事は理解出来た。
いずれにしても、今は風俗の一種である派遣の偽物メイドの格好をして戦う狩り手だ。
それがどういう意味だかは分かっているが。
フォロワーや邪神と戦えるなら、どうでもいい。
突貫する。
薙刀状の筆を振るって、縦横無尽にフォロワーを斬り伏せて行く「腐女子」先輩。拳法を駆使して、フォロワーを粉砕していく「悟り世代」先輩。どちらも見ていて分かる程、フォロワーが弱い。
そう、二人が強いんじゃない。
強い狩り手は見たことがある。
今、後ろでちかちか光を瞬かせて、人外の戦場を出現させている「悪役令嬢」先輩に至っては、本当に人間か疑わしいレベルだ。
だけれども。インカムで通信があって。
弱体化しているフォロワーを、可能な限り削ってほしいと言われて。
すぐに二人は出る事を判断した。
「派遣メイド」も、負けてはいられなかった。
高枝切りばさみを振り回し、次々フォロワーを倒す。
今まで必死に倒していたフォロワーとは別物と言って良いほど弱い。
インカムで伝えられたとおり弱体化しているが、それは後ろで行われている人外の戦場と関係あるのだろうか。
いずれにしても、先輩二人についていきながら。よわよわになっているフォロワーを片っ端から倒して行く。
どれもこれも本当に弱い。
だけれども、いつまでそれが続くか分からない。
「腐女子」先輩が、「萌え絵」のついたナイフを周囲に投擲。
集まっていたフォロワーが、一斉に吹っ飛ぶのが見えた。
邪神にも効くほどなのだ。
「萌え絵」は奴らには必殺の火力が出る。
本当に凄いな。
そう思っていたら。背後に、いやな気配がした。
振り返り様に、高枝切りばさみを振るう。
かなり重い手応えと共に、超重量級のフォロワーの頭の半分まで、高枝切りばさみが食い込んでいた。
そのまま踏み込んで、一気に振り抜く。
フォロワーなんて見慣れている。
SNSクライシスの後に産まれた世代だ。
逃げ隠れながら生き。家族をフォロワーに食い殺され。保護されて自衛隊に入って。それで狩り手になった。
狩り手はみんな似たような経歴の下生きている。
死体もフォロワーも見慣れている。
だから、問題ない。
気合いと共に、高枝切りばさみでフォロワーを串刺しにする。
一撃を入れてしまえば、後は脆い。
対戦車ライフルでやっと倒せるフォロワーなのに。狩り手の攻撃ならこんなに効く。
変な話だ。
ともかく、迷っている暇は無い。
「悪役令嬢」先輩には、もう一つ言われた事がある。
そろそろ、だろうか。
判断は先輩達に任せるとして。
後ろは、常に気を付けていかなければならなかった。
これがカラリパヤットか。
繰り出されるうねりを伴った一撃を見ながら、「悪役令嬢」は対応する。
「カースト」は、己をカーストの究極頂点者にしたのだ。
周囲に膨大なフォロワーがいるから出来たことなのだろう。
発想はあの反吐が出る外道、「神」こと「ブラック企業社長」と殆ど変わらない。一皮剥いてみれば、こいつも単なる下衆だった、という事である。
猛烈な乱打を浴びせてくる「カースト」は、さっきまでとは完全に別物だが。だからなんだ。
拳法勝負だったら、むしろこっちの土俵である。
うなりを上げて飛んでくる拳と蹴りを鉄扇で弾き返し続ける。
まずは技を見る。
時間を稼ぐという意味もある。
むしろ「悪役令嬢」は、「饕餮」との戦い以降。こうやって足を止めての殴り合いの方が得意になった。
それまでは可変性が高い攻撃をしてくる邪神の初見殺しに対応できるだけの力を駆使して、なんとかやりくりしてきたのだが。
それが通じない圧倒的暴力を前にしたとき。
何か、目覚めたのかも知れない。
この言葉は、SNSクライシス前にはあまり良い意味では使われなかったらしいが。
それでもかまわない。
無言でうねりながら飛んでくる拳を弾き返すと、そろそろ良いなと判断した。
左ハイ。
分かっていたから、斬り飛ばした。
瞬間再生。
そのまま、蹴り落としに懸かってくる。
分かっていたから、それも吹き飛ばした。
そして前蹴りを叩き込み。
数歩下がった「カースト」に対して。鉄扇をしまって。素手での格闘戦を挑む。
拳を受け止めてくる「カースト」。流石だ。
だが、拳は一発で終わりではない。
今まで磨きに磨いた技を、次々コンビネーションで叩き込んでやる。
じりじり押され始めるカースト。髭だらけの老人の顔は変わっていない。いかにも達人という雰囲気だが。
必殺の殺気が足りない。
技術とパワーだけで押して来ているだけだ。
勿論その二つは非常に重要なのだが。相手を確実に殺すという気迫がないから、どうにも一歩が届かない。
無言で脇腹に右ミドル。
揺らいだ巨体に、掌底を叩き込むと。激しく吐血した「カースト」が、吹っ飛んでそれでも踏みとどまる。
だが、ラッシュを更に続ける。
「どうしましたどうしました? さっきまでの方が手強かったですわよ!」
「……此処からだ!」
不意に、「カースト」の気配が膨れあがる。
腕が増えた。
そして四本の腕から、先とは比べものにならないほどの鋭い一撃が連続して飛来する。
更に足が太くなっている。
踏み込みのパワーそのものも上がっている、ということだ。
「私は油断などしない。 貴様の技量はどうやら私より上のようだな。 だったらパワーと手数で叩き潰してくれる!」
そうかそうか。
どうあっても正面勝負を挑むか。
この様子だと、絶技を叩き込むタイミングも考えなければならないだろう。
それに、だ。
さっき散った邪神共。
あれも警戒はしておかなければならない。
あれが本当に逃げたのか、まだ確認していない。
周囲に気配はないが、それでも超長距離から狙撃くらいはしてきてもおかしくないのである。
一応米軍もこのエンゲージは把握している。
だから、何か動きがあったら連絡は入れてくるはずだが。
「征くぞミームの権化! ミームの中でも原型すらない存在!」
「だからわたくしは此処まで強くなっているのですわ」
「そうかもしれないな! だが我々は元より世界の支配者だった存在! その座は譲らぬ!」
なあにが支配者だ。
四本腕の猛攻を仕掛けてくる。
パワーもスピードも上がっている。
技量でかなわないなら、パワー勝負に持ち込む。戦略としては間違っていない。だが、此奴は決定的にはき違えている。
だったら。
なんで「悪役令嬢」が土俵に乗ったと思っている。
流石に攻撃が重い。
激しい。
何歩も下がる。
蹴り技も、文字通り抉り取るような一撃だ。後方のビルが風圧で消し飛ぶのが分かった。周囲の数も分からない程のフォロワーを集めて、そのパワーを全て一点集中しているというのなら、納得の実力だ。
凄まじい。
だが、邪神は精神生命体。
さっき妙なことを言っていたが。
それは要するに、結局の所人間以下と見なしている相手に、予備動作も無く必殺の一撃を入れられないと言うことだ。
「手数は文字通り倍! スピードも上!」
テンションが上がって来たからだろう。
文字通り勝ち誇って吠え猛る「カースト」。
だが、「悪役令嬢」は確実に勝ちを狙いに行く。どんな重い一撃だって、いなしてやる。
カラリパヤットは以前軽く実習する様子を動画で見たくらいだが。何となく理解出来てきた。
これは動物の動きを取り込んだ拳法に近い。
中華拳法で言うと象形拳とか言ったか。更に動きを直線では無く捻りを入れる事によって、とにかく回避しづらくしている。
勿論手数が多いから、全部を回避するのは簡単では無い。
だが、それでも勝たなければならない。
勿論精神論は意味がない。
既に、こっちも手を打っている。
不意に、相手が空振りをする。
分かっている。
周囲で、弱体化したフォロワーを滅茶苦茶にルーキー達が蹂躙し始めたのだ。力が届いている以上、充足感が「カースト」の全身にみなぎっているはず。
そのバランスが崩れればどうなるか。
結果は、文字通り火を見るよりも明らかである。
調整する暇は与えない。
そのまま懐に入ると、抜き手を叩き込んでやる。
肺まで抜き手が入った。
引き抜くと同時に、足を踏みつけて、顎を跳ね上げる。
本来だったら頸椎が外れるレベルの危険な技だが、相手は邪神。これくらいじゃあなんともない。
ただ、それでも人体構造を模してきているのだ。
完全に蹈鞴を踏む「カースト」。
「な、何が起き……!」
「人間をあらゆる意味で舐めすぎましたわねえ」
「ぐうっ!?」
全身を瞬間再生すると、またラッシュを叩き込もうとしてくる「カースト」だが。やはり、また全身の感覚にずれが生じている。
力の安定供給がぶれているのだ。まあ当然だろう。
空振り。
あまりにも見事に大ぶりの一撃がからぶったので、「カースト」自身が目を剥いていた程である。
そのままカウンターの一撃に、腕を吹き飛ばしてやる。
更にラッシュを叩き込む。
全身が凹み、血が噴き出す。
汚い光景だな。
そう思いながら、「悪役令嬢」は更にとどめとなる蹴りを叩き込む。
吹っ飛んだ「カースト」。
文字通りプライドはズタズタの筈。精神生命体には、それこそ致命的なダメージになる。
案の定、起き上がった「カースト」は、完全に冷静さを捨てていた。
「このヒンドゥーの教えにすら当てはまらない外道が! この私に手を上げることは、三神に刃向かう事と知れ!」
「貴方ごときが三神の名を騙るとは、さぞや三神も嘆くでしょうね」
「おのれぇあああああ!」
全身が赤く、真っ赤に染め上がっていく「カースト」。
だが、不意にその激高が止まった。
脇腹から何かが飛び出してくる。
それは、蛇のように見えた。
「どうやらここまでのようですね。 一旦私が代わりましょう」
「……」
邪神の中に邪神。
合体する邪神がいるくらいだ。これくらいのギミックはあっても不思議ではないか。
だが、「カースト」より大きな力は感じない。
ただひたすらに嫌な予感がする。
無言で構えを取り直す。
蛇が此方を見ると、慇懃で、それでいながらバカにしきった口調で言う。
「はじめまして「悪役令嬢」。 欧州の貴族の実態を知る私から見ると、あまりにも滑稽な格好ですが……それでは確かにミームとなるのも当然に思えます」
「まずは名を名乗るのが筋ではありませんかそれなりに偉かった方?」
「ああ失礼しました。 人間以下に名乗るのも却って失礼かと思いまして。 私は「エデンの蛇」。 「財閥」の一部……まあ切り離した意識の一部ですよ」
くつくつと笑う「エデンの蛇」。
此奴、「財閥」の一部と言ったか。
なるほど。もしも今回の作戦が失敗したとしても、最大限の情報収集をするつもりだった、というわけだ。
いきなり大ボスの登場と言う事になる。
いずれにしても、ルーキー達は戻す。
インカムに合図を送る。
それを見ながら、やはりくつくつと「エデンの蛇」は笑った。
「戦況判断が早い。 これは「捕鯨反対派」が敗れ、更には「カースト」が圧倒されるのもやむを得ませんね」
「それでわざわざ「人間以下」相手に出向いてきて、何をご所望で?」
「何、今回の作戦はまだスパイ網が生きているか、それに生きていない場合は貴方という新たなるレジェンドがどれだけの実力か、確認するためのものだったのでね。 「カースト」はインドをほぼ壊滅に追い込んだ邪神ですが、見ての通りあまりオツムがよろしくないので」
「捨て駒に使ったと」
蛇なのに、にやりと笑う「エデンの蛇」。
蛇は表情など作らない。
此奴が邪神である良い証拠である。
いずれにしても、仕掛ける。
これ以上の無駄話は無意味。更に言うと、「カースト」は十全の状態で力を振るわせると、「悪役令嬢」でも多分簡単には倒せない。
また、「財閥」の力の一部だけでも削っておくことには、大きな意味がある。
踏み込んで、一撃。
蛇を消し飛ばす。
だが、高笑いと共に、蛇が消えていく。
最初から「カースト」に寄生し、情報を見ていたのだとすれば。「悪役令嬢」のあらかたは知られた可能性がある。
「陰キャ」も何度か邪神の襲撃を受けたらしいが、これでは全て筒抜けになっている可能性も低くない。
というかひょっとしてこれか。
「財閥」がスパイ網を構成するのに使った能力は。
確かに蛇型の分身を大量に作成することができるのなら、幾らでも人間に対して悪魔の契約を持ちかける事が出来る。
「エデンの蛇」とは良く言ったものだ。
文字通り人間に禁断の知恵を授けるというわけなのだろうから。
反吐が出る。
「カースト」は我に返ると。首をこきこきと鳴らす。
どうやら冷静になったらしい。だが、弱っているのは事実。畳みかける。だが、冷静に形態変化を仕掛けてくる。
そのまま、「カースト」の全身が爆ぜ割れ、四つの肉塊にまとまっていく。
なるほど、カーストの四階級か。
四体に分裂し、更にそれぞれの力は今まで感じていた「カースト」本体とさほど変わらないように思える。
恐らくフォロワーから力の吸収を再開したのだ。
だがこれほどの爆発的な力。
恐らくは「カースト」最終形態だろう。
良いだろう。
恐らく「エデンの蛇」は「悪役令嬢」を見たので満足して帰った。何なら再生して、最後まで戦場に居座れば良かったのだから。
しかしながら、奴は消えた。
恐らくダメージを受けるのを避けたのだろう。
恐ろしく狡猾で、そして憶病なほど慎重である事が分かる。
欧州から世界を金で支配していた連中が邪神になったのだと思うと、確かにそれに相応しい存在に思えた。
まあ悪い意味で、だが。
四つの肉塊が、偉そうな老人、筋骨たくましい武将然とした鎧の男、寂しそうな若者。そして痩せこけた年も分からない男性に変わっていく。
すっと鉄扇を拡げて構える「悪役令嬢」に。
四体に分裂した「カースト」は、一斉に襲いかかってくる。
速度差は無し。
それを見切った「悪役令嬢」は、瞬時に判断。
自分から、相手に間合いを詰めていた。
詰める相手は、偉そうな老人。
つまりカースト最上位、バラモンである。
無言で間合いを詰める。バラモンは余裕の様子で、受けて立とうとしている。背後には三体の邪神が迫る。
だが、バラモンの余裕面が、消し飛ぶ。
踏み込むと同時に叩き込んだ絶技が。
此処まで温存していた絶技が、文字通りバラモンの体を八割型消し飛ばしたからである。
更にラッシュを仕掛ける。
カーストの主軸と言えば、その頂点。
つまりバラモンそのものだと分かりきっている。
それを曝した今。
コアを曝したのと同じ。
強度にも自信があったのだろう。
だから曝した。
だが、それが完全に徒となった。
雄叫びを上げながら、ラッシュを叩き込み、文字通り粉みじんになるまで「カースト」のコアであるバラモンを打ち砕いていく。
勿論至近にまで三体の残りが迫っているが、気にする必要すらない。
武将、つまりクシャトリアが巨大な剣を降り下ろしてくる気配があったが、完全に無視。
裂帛の気合いと共に、渾身の。
最後まで温存していた蹴りを、最後に残ったバラモンの頭に叩き込んでやる。
粉々に砕けて、吹き飛ぶバラモンの頭。
最後の瞬間。
どうして自分が負けるのか分からないと、バラモンの傲慢な顔には恐怖とともに困惑が刻まれていた。
消えていく気配。
テリトリも消滅していく。
同時に、周囲のフォロワーが力を取り戻していくのが分かる。
無言で片膝を突く。
呼吸を必死に整える。
今のラッシュで、残っていた力の大半を使った。雑魚邪神が来てもかなり危ない。
今回敵は確か数体の邪神を連れてきていたはず。残りは六体だったか。疲労がひどくて、あまり頭が回らない。
しかも周囲には、力を取り戻したフォロワー数百万。
本来なら詰んでいる状況だが。
場に割り込んできたのは、アパッチロングボウ。自衛隊でも今は使っている、米軍の戦闘ヘリだ。
勿論パイロットはいない。
ロボットでの遠隔操縦である。
ルーキー達を呼ぶ。
フォロワーがかなりの数、既に迫ってきている。
問題は下位の邪神達だが、それはちょっと今はどうにもできない。仮に襲いかかってきたら対応の手段が無いが、ともかく退くしか無い。
ルーキー達が順番にアパッチに乗り込む。
最後に、「悪役令嬢」がアパッチに飛び込む。一瞬遅かったら、フォロワーに掴み掛かられていた。
上空に舞い上がるアパッチロングボウ。
インカムから、大統領の声が聞こえる。
「良くやってくれた。 指示通り、中規模高度を保ったまま、フォロワーの群れを脱出する」
「お願いいたしますわ」
クッキーを取りだそうとして、全て食べ尽くしてしまったことに気付く。
それに対して、急いで「派遣メイド」が自分のクッキーをくれた。すぐに口に放り込む。
ともかくだ。
邪神の襲撃があるかも知れない。少しでも回復はしておかないといけない。
「もの凄い光景です……」
下を見た「腐女子」が呻く。
それはそうだろう。
この辺りの駆除されていないフォロワー数百万が、一斉に集まって来たのだ。下は文字通りすし詰めのフォロワーで一杯だろう。
無心にクッキーをほおばる。
幸い茶は少し残っていたので、一気に水筒を傾ける。一息はつきようがない。いつ邪神が来てもおかしくないのだ。
下級邪神のテリトリは感じ取れない。
ほどなく、アパッチは剽悍に飛んで、フォロワーの群れを脱した。流石にフォロワーも、もう指示を受けていないのだろう。これ以上動こうとはしなかった。
高位邪神を一体撃破。
これだけでも充分。
更に「エデンの蛇」なる分身体を「財閥」が用いる事も分かった。
それで充分過ぎる程だ。
全身の疲弊が酷いが、アパッチに無理矢理四人乗り込んでいるのだ。下手をすると振り落とされる。
しばしして、アパッチが高度を下げ始め。そして着地した。
誰もいない広場。
昔は公園だっただろう場所。こういう公園は、古くの米国では、多数の金持ちがランニングをしていたらしい。
降りると、警戒態勢を指示。
少しでも休むと言って、側の木陰で横になる。
周囲には虫の声もない。
まあ春にもなっていないのだから当然だ。
寒いが、それが却って有り難い。
最後で絶技から、残った力全てを叩き込む勢いで。「カースト」の最終形態を粉砕した。高位邪神の最終形態はまともに相手せず、一瞬で屠るのが正解。これは何度もの戦闘経験で分かっている事だった。
それに、あの「財閥」の性格。
以降は、もうこれ以上大駒を失うのを避けようと考えるだろう。
それならばもう、大駒は出てこないはずだ。
ただ、最初に離散させた邪神達はどうしたのかが気になる。兎も角、下位の邪神くらいなら相手できるくらいまで回復を進めないと。
インカムに通信が入る。
「狩り手「悪役令嬢」」
「聞こえていますわ」
米軍の司令官となったコーネフだ。今は確かそれに伴って元帥だったか。
そのまま、ぐったりしているなと思いながら応じる。
「邪神達は少なくとも周辺にはいない。 各地の生きている監視カメラと軍事衛星をフル稼働しているが、どうも情報を総合すると邪神共は全部がメキシコに向かった様子だ」
「……」
「恐らくは、メキシコで蠢いている膨大なフォロワーの統率に向かったと此方では判断している」
「分かりましたわ。 少し休んだ後、其方に合流しますわよ」
通信が切れる。
大きく嘆息すると、まともに動かない体を思い、「悪役令嬢」は呻いていた。
流石に高位邪神。
厄介な相手だった。
圧倒しているように見せていたが、実際の所は最終形態を消し飛ばすために力を温存していただけ。
もしも終始相手が冷静だったら、もっと戦況は悪かっただろう。
邪神は精神生命体だから、単にああいう風に見せるのが良いというだけの事であって。別に「悪役令嬢」が圧倒していたわけでは無い。
それに気付かれるとあまりよろしくない。
何よりも、「財閥」が至近距離でも狩り手が気付けない端末を多数放てるというのは厄介だ。
絶対正義同盟のNO2が似たような能力を使っていたが、それよりも更にたちが悪いと言える。
財閥のは口も利いたし、あの様子だと普通に本体と情報を共有しているのだろうから。
メキシコにあえて邪神を向かわせたと言う事は、南北からの挟撃を行おうとしていると米国に見せつけ。
精神的なプレッシャーを掛けるため。
核なんか何の役にも立たなくなった上、組織だった行動が致命傷になる今の時代。
手数を好き勝手増やせる邪神が物量戦を仕掛けて来たら、文字通り打つ手がない。
「財閥」は最悪の戦いを仕掛けて来ている。
最も優れた戦略というのは、相手が分かっていても対応できないものだ。
奴はそれを知っているのだ。
何とか歩けるようになったので、ロボットを要請して、駐屯地に向かう。
勝った。
得たものも大きかった。
それ以上に、大きなものを失った戦いだった。
米国の首脳部は焦っている筈だ。
このままだと、アラスカに半人前以下のルーキーを無差別に投入しかねない。当然途方もない被害が出るだろう。ただでさえ、東海岸側のルーキー育成施設は壊滅に追い込まれているのである。
戦略的に絶対有利に立っている相手に、焦って対応すればどうなるかは。歴史上幾つもの戦いが証明している。
米国もその過去を辿らなければ良いのだけれども。
ともかく休む事にする。
日本の方も、状況は恐らく良くないはずだ。
米国の戦況も悪くなる一方。
「悪役令嬢」は、無言のまま。ルーキーたちに休むよう指示し。自身も、今日の疲れを癒やそうと。眠りに入るのだった。
4、第三の元寇
対馬に上陸し、わずかに残っていたフォロワーの群れを駆除。
「喫茶メイド」は、駐屯地を自衛隊の工兵部隊が作り始めるのを横目に、険しい対馬の山岳地帯を行く。
対馬は山だらけの土地で、兎に角険しい。少しでも周囲を見て、戦場を知っておかなければならない。
そうしているうちに、「女騎士」から連絡が来る。
「き、来ました……!」
無言で向かう。
分かっている。
何が来たのか何て、聞くまでもない。「女騎士」は、先に対馬の北部に向かわせていたのである。
ヘリが来たので、途中で「巫女」を拾って其方に向かう。
少数のフォロワーの残骸の中で、「女騎士」が手を振っているが。
とてもではないが、歓迎しているような雰囲気では無い。
当然だろう。
此処からでも見える。
海を渡って、もの凄い数のフォロワーが来ている。一千万という話だったが、その前衛部隊だろう。
少なくとも万単位だ。
あれを毎日駆除し続けなければならない。そう思うと、はっきりいってぞっとしないが。それでもやるしかない。
無言で戦闘態勢に入るように指示。
対馬に来る途中、配置換えをして来た。
大阪には「陰キャ」に残って貰う。
これは邪神がどうせ来るので、対応して貰うためのものだ。邪神が来なかったとしても、大阪にはまだまだフォロワーがわんさかいる。どちらにしても対応して貰う必要が生じてくる。
「コスプレ少女」は横浜に移動。
そのまま。横浜のフォロワー駆除作戦を引き継いだ。
今、横浜のフォロワーはまだまだ多数が残っているが。工場地帯の開放が少しずつ進んでいる状況だ。
このまま工場地帯を全て開放してしまえば、静岡に続いて強力な無人工場地帯を作る事が出来る。
そうなれば、最悪の事態に備えることもできるだろう。
ただし、数年の時間が必要になるし。
そんな時間を、米国から狡猾さがどんどん伝わってくる「財閥」がくれるか不明だが。
他の狩り手たちは、各地で戦闘を続行して貰う。
遊撃のポジションだ。
皆腕をまだまだ上げる必要がある。
それに、各地の都市にはフォロワーがわんさかいる。第二東海道の更なる堅固化のためにも。
遊撃でフォロワーを駆除する狩り手が必要なのだ。
「来る」
「全員、戦闘に備えてください」
海から上がってくるフォロワー。
人間と違って、疲れている様子も無い。元軍は船で海を渡って来たが、それだけで相当に消耗した。
体力の概念が無いフォロワーは、それすら期待出来ない。
台風がくればいいが、残念ながらその時期ですらない。
戦わなければならないのだ。
砂浜に降りると、どっと向かってくるフォロワーの大軍。それを、真正面から迎え撃ちに懸かる。
今のこの三人なら、一日二万くらいのキルカウントは稼げる。「巫女」は正体がよく分からないが。初陣で5000キルを稼いだ大型新人だ。もっとキルカウントを伸ばす事が可能だろう。
初日から、文字通り凄まじい戦いになった。
夜になってフォロワーが上陸してくるのを止めて、やっと戦いは止んだが。それでも幾らかの上陸は許してしまった。
明日からは早朝から、陸上で戦闘しなければならないだろう。
対馬が完全に陥落したら、今度は北九州を狙って来る。今の日本の生命線となっている無人工場地帯をやられるわけにはいかない。
「女騎士」が初日からげっそりしている様子だ。
一方、「巫女」は平然と、巨大な鈍器にしか見えない「大弊」を手入れしている。今日もこれでフォロワーを多数粉砕していた。実に頼もしいが、本当にこの子は何者なのか。
本部と連絡を取る。
対馬での戦闘が始まったことを告げると、そうかとだけ山革陸将は言った。
向こうも厳しい立場だろう。
これ以上、ああだこうだと言う事は出来なかった。
大阪でまた一人になった「陰キャ」は、だいぶ気が楽になっていた。雰囲気が近いとは言え、やはり他人が側にいるとあまり気分が良くない。
一人で静かにしているのが一番なのである。
対馬で戦闘が開始された。
それは聞いた。
とても大変な状況だが、邪神がいつ来るか分からない。だから、邪神退治の実績がある「陰キャ」が此処に残らなければならない。
文字通り戦力を動かすだけで、此方を翻弄し続けている。
邪神「財閥」が如何に狡猾かは、それだけでよく分かった。
また、大阪のフォロワーも妙に元気が良い。
ひょっとすると、活性化かも知れない。
対馬にフォロワーの群れが来る少し前くらいから、大阪のフォロワーの凶暴性が増しているが。
もしこれが「財閥」の仕業だとすると。
下手をすると、地球全土に影響力を持っているのではあるまいか。
無心で夜の内に休み。
朝が来たら運動をして、その後はフォロワー狩りに出向く。
朝一に「喫茶メイド」から定時連絡があるけれど。それ以外は基本的に他人と接しなくていいのが嬉しい。
無言でフォロワーの群れに突貫し。
切り崩して狩っていく。
対馬では、初日から早くも上陸を許し。日中は既に内陸での戦闘を続けていると言う話だけれども。
加勢に行かなくて良いのだろうかと少し思ってしまう。
だけれども、先の事を考えると、皆が無理をしなければならない。
横浜の工場地帯だって、少し解放しただけで貴重な物資や資材、機械類を多数回収出来たという話である。
だとすれば、確かに今かなりのレベルの狩り手である「コスプレ少女」が横浜に行く事には、大きな意味があるのかも知れない。
昼までに七千のフォロワーを狩り。
駐屯地で休んでいると、「悪役令嬢」からの連絡が来た。
「エデンの蛇」についての分析結果だ。
蛇、か。
嫌いでは無いけれど、好きでも無い。
地獄みたいな幼少期を過ごした「陰キャ」だ。蛇はごちそうの部類だった。
勿論美味しく何て無かったけれども。
それでも見つけたら両親が捕まえて、捌いて焼いていたっけ。
無言でレーションを食べながら、メールの内容を確認しておく。
今後、不審な動きを見せる蛇を見たら、即座に狩るように。そういう内容だった。
頷くと、大阪の街に出る。
目指すは20000キル安定だが。まだ先は長そうだ。
午後のフォロワー駆除を開始するとほぼ同時に、生存者の集落を発見したからである。
自衛隊と連携して、救助に当たる。
その間、周囲のフォロワーを徹底的に狩る。
無言でキルカウントを稼ぐが、自衛隊を守らなければならないから、どうしてもペースは落ちる。
しかもそこそこ大きな生存者の集団で。自衛隊もどんどん部隊を増やしてきたから。邪神にも警戒して、気を張らなければならなかった。
自衛隊が夕方に引き揚げて行くのを見送って、キルカウントを確認。
やはりかなりペースは落ちていた。
それでも15000キルを確保できたので、充分とも言えるか。
対馬が心配だ。「悪役令嬢」も。
だが、今は。やるべき事をやり。
備えるべきものに備えなければならなかった。
(続)
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