猛攻の邪

 

序、迫る危機

 

米国には何度かの経済危機の時代があった。

その度に、この雑多な移民で作られた国は乗り切ってきた。

今はSNSクライシスの後、人類史上最大の敵に攻撃を受けつつも。それでも何とか耐え抜いている。

二千万の人口を養えているのも、それが故。

一応軍を再建できているのも、それが故。

だが、国内から邪神を追い出す事が出来た。それが、既に油断につながっていたのか。それとも。

いずれにしても、第一撃は。

米国の一角。

サンフランシスコの一区画に行われていた。

熟練の狩り手「ギーク」は、この付近でフォロワーの殲滅作業に当たっていた。伝説の狩り手「ナード」が引退した今、米国最強の狩り手である彼は。やはり歴戦が故だろう。すぐに異変に気付いていた。

米国のスクールカーストにおいて、「機械オタク」として下位に位置する「ギーク」。最下位にいるターゲットほどではないが、それでも地獄のような立ち位置にいることに代わりは無い。

過去の話ではあるが。

SNSクライシスで発生した邪神は。その発生した時代の文化に沿って動いている。

それに気づき。

対応策を練るまで三十年、人間は掛かった。

「ギーク」も狩り手として歴戦に歴戦を重ねていたから、即応することができたのだが。それでもまだ遅かったかも知れない。

郊外にてフォロワーの群れを倒していたギークは、気付く。

邪神のテリトリが展開されたことを。

しかも、この方角は。

すぐに軍に連絡を入れる。

「邪神だ! 新人の育成施設の方だ!」

「すぐに状況を確認します。 ……」

「?」

雑音。

嫌な予感がするなか。

すぐに連絡がきた。

なんと大統領から直接である。

「「ギーク」くん。 非常事態だ」

「訓練施設が……」

「それだけではない。 確認されただけで、十二体の邪神が同時に出現した! 通信が混乱しているから、実際には更に多い可能性が高い! 今、各地の狩り手に招集を掛けている! 狙われたのは軍基地、訓練施設、いずれも東海岸をピンポイントで、だ!」

ぞくりとする。

内通者でもいるのか。

それとも時間を掛けて丁寧に調べた結果か。

すぐに戦闘態勢を整える。いずれにしても、敵は一体でも狩らなければならない。

軍には避難指示を。

ルーキー達は絶望だろうと思う。

訓練中に、フォロワー化されないような格好をしていたとは思えない。ましてやこの時間は、訓練が終わって風呂でも入っているタイミングだ。

狩り手のルーキーは十箇所を超える訓練所で育成をしているが、ともかく消耗が激しすぎる。

なおかつ東海岸にあるものがピンポイントで狙われたのか。

嫌な予感しかしない。

現地にロボットで急行。

フォロワー化してしまった警備員や軍人が見える。既に四十代である「ギーク」の武器は、複数の巨大な機械類だ。レンチが近接戦の主武器だが、火炎放射器も使う。邪神を今まで倒した数は4。日本の「悪役令嬢」が圧倒的過ぎるだけで、エース級でも実際はこんなものだ。

邪神は。

見えているだけで六体。

けらけら笑いながら、その場に立ち尽くしている。

良いだろう。

今日だけで、キルカウントを倍増させてやる。ただ、一体の気配が非常に強い。カナダで苦戦させられた高位邪神と気配の強さが似ている。つまり高位邪神の可能性が高い。

「エデン」だったか。

邪神組織が、本格的に動き出したと言う事だろう。

「ゴミクズ野郎ども! 俺が相手だ!」

「ギーク」が声を張り上げる。

どうやらさっきの大統領の話によると、米国に残留中の狩り手五人は、それぞれ担当地域の近くに邪神が出現したらしい。

しかもこの様子だと、複数体が同時にそれぞれの狩り手とぶつかり。

その中に高位邪神がまざっている状況とみて良いだろう。

げらげらと笑うと。

邪神共は、一斉に襲いかかってくる。

先頭で来た奴はカエルのような姿をしていた。良くもルーキー達を。そう叫びながら、「ギーク」はカエルの一撃をかわすと、頭にレンチをたたき込み。更に火炎放射器で燃やしていた。

更に二体目の攻撃。何かたくさんの鉄杭だったが。それを回避しつつ、釘打ち機でカエルにダメージを更に与え。飛び下がりながら、閃光手榴弾を投げる。これは勝ち目などない。だから数だけ削って、他の狩り手と合流する。

他の狩り手にも連絡は入れて、同じように動くように指示。

ランデブーポイントは軍に任せる。

皆歴戦の狩り手だ。

カナダでの地獄を生き抜いた猛者達だ。

必ず合流してくる。

そう信じて、「ギーク」はカエルにとどめを刺しつつ、二体目の全身釘だらけの邪神を迎え撃つ。

その間も三体目が頭上に回り込み、四体目は後方に回ろうとしている。高位邪神は動かない。

なんか上に回った奴が叫んだ。

地面が拉げるほどの衝撃波が来るが、それを回避。

歴戦の勘は伊達では無い。

これでも、戦況が絶望的で、邪神相手にデータを集める事しか出来なかった頃からの古強者だ。

何度も敗走は経験しているし。

致死攻撃に対する勘だって働く。

もう一体仕留めるのは無理か。

だが、その時。

インカムに通信が入る。

「こちら……新人育成施設……」

「無事か!」

「何人か……フォロワー化を免れた……救出を頼む……!」

必死な声。

だが、どうも違和感がある。

この状況で、助かる奴なんているのか。だが、可能性がほんのわずかでもあるのなら。

釘だらけの奴の顔面に、火焔放射を浴びせてやる。そのまま、苛烈な攻撃をかわしながら後退して隙をうかがう。

今のは罠かも知れない。

だが、見逃すことは出来ない。

カナダでは、無理な作戦で、何人も有能な狩り手が死んだ。「ナード」だって焦った軍に寄って討伐を急かされ、潰されたようなものだ。

だからこそ、ルーキーは一人でも育成しなければならない。

国内だって、まだフォロワーだらけなのだ。

日本側も育成に関するデータを気前よく回してくれている。

此処で踏ん張れば。

だが、倒したと思ったカエルの邪神が全身を膨れあがらせて、立ち上がる。

ケラケラ笑いながら、舌を伸ばしてきた。

とっさに火炎放射器で受けるが、力比べになった瞬間。残りの邪神が一斉に攻撃を仕掛けてくる。

畜生。

叫びながら、火炎放射器を捨てて飛び下がる。火炎放射器といっしょに、メイン装備を幾つも持って行かれた。

火炎放射器を飲み込むカエル邪神。

そのままスイッチを押し込んでやる。体内で火炎放射器が爆裂したが、それでもカエル邪神のコアには届かなかった。

本来だったら速攻で逃げるところだが、邪神共を少しでも遠ざけなければならない。軍もちゃんと避難をしてくれているかどうか分からない。

時間を稼がないと。

シベリアに遠征している連中は、どう考えても間に合わない。

援軍なんて、来ようがない。

ならば、時間を稼ぐしかないのだ。あらゆる意味で。

「こ、こちら……「オカルト趣味」……」

「おい、無事かっ!」

「な、なんとか逃げ延びた……逃げ延びることしか……」

「それで上出来だ! ともかく生き延びろ!」

がつんと、レンチで猛烈な一撃を受け止める。更に、連鎖して飛んでくる釘を弾き返す。

多数相手の戦いは慣れているが、相手が邪神となると話は別。

とうとう後ろをとられて、猛烈な蹴りを叩き込まれ。吹っ飛んでいた。

何とか受け身は取る事が出来たが、それでもモロに邪神の一撃をもらってしまった。これは、かなり厳しい。

「此処は問題無さそうだな。 私は他を見に行く。 お前達は適当にいたぶって、殺せそうなら殺しておけ」

「へっへ。 分かりました「捕鯨反対派」」

「……」

高位邪神がいなくなる。

舌打ち。

他の苦戦中の狩り手の様子を見に行ったのか。

しかも、奴は殺せそうなら殺せといった。

それはつまり、やられるくらいなら撤退しろという話をしたということだ。

勿論邪神から徹底することはできない。

だが、逃がしてしまったのなら追う事は無い、という事を言ったのである。

そして既に負傷している「ギーク」は無理をしなければ殺す事も可能だ。

敵が、驚くほど柔軟に行動するようになっている。

カエルが全身から毒液を噴出してくる。

火炎放射器。

奪われてしまった事に気付いて、必死に避けるが。足の一部を毒液が直撃していた。とんでもない激痛が走るが、それでも閃光手榴弾を投擲する。

爆裂して、光が邪神共の目つぶしをする中。

既に来ていたロボットに乗り込んで、その場を全力で離れる。

呼吸が荒い。

凄まじい痛みが足にある。

これは、見ない方が良さそうだ。時間は可能な限り稼いだ。

「無事な狩り手はいるか!? 連絡しろ!」

連絡がさっきあった「オカルト趣味」。

米国ではUFOから幽霊屋敷まで、オカルトが好まれる傾向があり。そういったものに耽溺する人間を色々な侮蔑言葉で罵ることがあったが。「オカルト趣味」は、主に宇宙人関係のオカルトを愛する人間としてキャラ作りをしていた狩り手だ。

他に三人、そこそこのベテランがいた筈だが。

通信に返事がない。

やられたのか。

こうなると、シベリアで遅滞戦術をしている連中を全員連れ戻すしかない。更には、日本から援軍で来てくれた「悪役令嬢」にも、戻って貰うしかないだろう。

東海岸の狩り手ルーキー育成所は壊滅状態だと判断して良い。

西海岸の狩り手ルーキー育成所をどうあっても守らなければならない。

それだけではない。

さっきの育成所だって、生き残りがいる可能性がある。

一秒遅れるごとに、生存率は下がるだろう。

ぞっとするほど、時間が流れるのが遅く感じる中。

連絡を入れていく。

やがて、やっと西海岸側の軍部につながる。

西海岸側の大将は、慌てきっていた。

「いきなり東海岸側の軍と連絡が取れなくなったんだ。 「ギーク」、君は何か分からないか」

「高位のを含む邪神六体にいきなり奇襲を受けた! それも俺の近くに出た奴らはルーキー達の育成所をピンポイントで狙って来やがった!」

「なんだって……!」

「恐らくだが、東海岸側の軍の無線が盗聴されてるか……或いは……」

そもそもだ。

今回、狩り手達がフォロワー狩りに東海岸側の都市部で展開していたタイミング。それも全員が別れて、都市を一つずつフォロワー駆除しているタイミングで仕掛けて来たのがあまりにもおかしい。

無線が筒抜けになっているか。

或いは、東海岸のあの穴熊野郎と揶揄される大将が裏切ったのか。

二つに一つだろう。

日本では、電子戦を殆ど好き勝手に蹂躙する邪神が出たと聞いている。

前者の可能性を捨てきれない。

まだギークは見た事がないが、電子戦の専門家の邪神がいてもおかしくはない。

そして米国でも、軍のシステムを更新する余裕なんぞなく。

三十年間、基幹システムは更新できていないのだ。

日本では新しく開発されたプログラム言語によって動く古い時代の携帯電話に似たデバイスを使っており、そのノウハウも伝わっているが。

まだ米国では浸透していない。

それが徒になったと言える。

邪神は進歩出来ないのだ。

もしもこのデバイスが軍で採用されていたら、盗聴の可能性は0になっていた。つまり、二分の一の可能性の内、半分を排除できたのだ。

はぎしりする。

痛みと怒りで、頭がどうにかなりそうだった。

「こちら……「サイドキック」……」

「無事か!」

サイドキック。

スクールカーストにおける比較的上位の、「ジョック」の直接の取り巻きを差す言葉である。

基本的に嫌われている存在だが。

逆に言うと、それが故にミームとして相応しいと判断された。

それに所詮は取り巻き。

大して権力がある訳でもない。

邪神戦ではフォロワー化することが無い事も確認されている。

通信が入った「ジョック」は、まだ一番若い狩り手の一人で。有望な新人の一人だった。

「新人育成所を見に行きましたが……全滅していました。 その後で、邪神に襲われて……」

「もういい、逃げろ!」

「逃げられそうにありません……後は頼みます……」

「クソっ! 馬鹿野郎、死ぬな! 死ぬなーっ!」

「ギーク」が叫ぶが。

通信はもう届かない。

他の二人も絶望的だろう。

それに「ギーク」が地下の病院施設に入ると、即座に緊急手術が開始された。

よほどヤバイ毒がさっき浴びせられたらしい。

医者達は蒼白になっていて。

すぐに全身麻酔が掛けられていた。

もう少し情報収集をしたいと言ったのだが。論外だと言われて。即座に手術に入ったほどだ。

昔、この国の医療システムは破綻していた。

わずかな人間しか治療を受けられなかった。

ちょっとした治療を受けるだけで、とんでもない金額を請求され。

保険も利かない事が多かった。

SNSクライシスの後、そういったものは全て国が接収して。配給制に近い状態になったから。いわゆる医療破産は心配しなくても良くなったが。

それでも、絶望的な状況である事に代わりは無かった。

意識が薄れる中。

この事態を引き起こしたのは、恐らくあの穴熊野郎だろうなと言う結論に達する。

だが、証拠がない。

起きたら奴の所に行って、頭にショットガンを叩き込んでやる。

そううっすら思っている内に。

意識は完全に落ちていた。

 

1、壊滅的損害

 

「悪役令嬢」の所に連絡が届く。

米国本土に残っていた狩り手五人の所に、高位邪神と、邪神二十体以上が出現。

「ギーク」「オカルト趣味」が負傷し、何とか生存するも。三人の狩り手が戦死。

東海岸にあったルーキーの育成施設五箇所が通信途絶。

育成中だったルーキーはほぼ絶望的だという。

更に邪神共は我が物顔に暴れ回り。

各地で転々と避難していた人々や軍関係者二十万人以上をフォロワーに変えた挙げ句に、笑いながら撤退していったという。

なるほど。

今までの戦いで、「悪役令嬢」の戦力をはかり。

侮りがたしと判断した後は。

まずはルーキーつぶしと、後方攪乱から始めたと言うわけだ。

日本にも即座に、最重要厳戒態勢に入るように連絡を入れて。

そして、心配そうにしている「フローター」に言う。

「場合によっては、北米本土に戻らなければならなくなりましたわね」

「し、しかしこの状況は……」

「何とか脱出するしかありませんわ」

昨晩から、文字通り芋洗いのような有様で、フォロワーの大軍が押し寄せてきている。

倒しても倒してもきりが無い。どうやら本気になったらしい「エデン」とやらが、フォロワーを活性化させたらしい。

これほど獰猛なフォロワーは初めて見ると「フローター」は言っていた。

確かに強化フォロワーなどを除くと、こんなに危険なのは「悪役令嬢」も初めて見る。

いずれにしても、これは非常に危険な事態だ。

ともかく、「フローター」達は先に駐屯地に戻らせる。

「悪役令嬢」は殿軍を務めながら、フォロワー共が夜になって動きが鈍くなるまで粘る。

ひたすら激しい戦闘をこなし、夜まで耐え抜く。

その後は、必死に追撃を振り切って、駐屯地に。

駐屯地では、青ざめた顔で「ホームレス」が待っていた。

「大統領から連絡が入っている。 あんたに話があるそうだ」

「伺いますわ」

テレビ会議に出る。

あまりこういうのには興味が無いのだが。そんな事は言っていられない。

一目で分かるが、東海岸側の米軍の幹部が、半分以上ロストしたようだった。例の穴熊野郎と揶揄される大将の姿もない。

「其方の状況が厳しいことは承知している。 だが、一秒でも早く北米本土に戻ってきてほしい」

「映像を見ていませんの? このフォロワー達は、今までとはものが違いますわよ。 米国本土に侵入を許したら、とてもではないけれども人々を守りきれませんわ」

「それはわかっている。 だが、二十体の邪神を相手に立ち回れる可能性があるのは、君達しかいないのだ」

血を吐くような言葉だった。

一瞬だけ、沈黙が場を覆ったが。

やがて「悪役令嬢」は嘆息していた。

「分かりました。 ただし、優先順位をつけていきますわよ」

「トリアージだな。 分かっている。 今、西海岸の狩り手ルーキー育成施設は、場所を移している。 東海岸側の米軍は、連絡が取れた部隊から順番に再編成し、状況確認に努めている状況だ」

「良いでしょう。 わたくしは「フローター」さんと、更に連れて来たルーキーともども、まずは東海岸の司令部を強襲しますわ」

裏切りの可能性。

それについて、はっきりさせておきたい。

だが、米軍は流石だ。

その辺りは、既に動いていた。

「東海岸の司令部は、連絡に応じない上に、確認した所シェルターを封鎖している。 核にも耐える上に、内側からでは無いと開けられないシェルターだ。 連絡が取れない以上……全滅したか、裏切って閉じこもったか、確かめる術はない」

「……ならば、東海岸側のルーキー育成施設のうち、可能性がありそうな場所から確認しますわ」

「頼む。 今、軍は総出で民衆の避難を誘導している状態だ。 危険を冒して、明らかに邪神が待ち伏せているそれら施設を確認する余裕が無い」

それはどうだろう。

少し「悪役令嬢」には疑問だった。

今回の邪神共は、明らかに損害を無くす方法で動いている。

それぞれ圧倒的戦力を一点集中で叩き付けている上に。狩り手側が動きづらいように、悉く先手を取ってもいる。

もし東海岸側の米軍司令官が裏切っていたのなら、ルーキーの育成施設の場所がピンポイントで割れた理由も納得がいく。

それに、「悪役令嬢」が戻った場合。

邪神は既に引き上げてしまっているだろう。

そして恐らくだが。

日本にも圧力はあるとみて良い。最悪の場合、「悪役令嬢」は日本に戻らなければならなくなる。

「すまないが、指示に従ってほしい。 まずは、「ギーク」が意識を失う前に受けた通信……生存者がいる可能性がある新人育成施設から確認をしてほしい。 後は周辺のフォロワーの掃討だ。 移動には輸送機を回す」

「……分かりましたわ」

「お願いする」

大統領に頭まで下げられては、動かざるを得ない。

ともかく、酷い混乱状態の様子だ。

すぐに駐屯地を引き上げる。日本から持ってきた物資などは持って行けるが。危険を避けるために、米国本土まで輸送機で飛んだ後は、ロボットに分乗して移動する事になる。三日はかかると言うことだ。

襲撃を受けたのがついさっきだとして。

フォロワーが徘徊する施設となった場所で、半人前以下の狩り手が、生き残れるのだろうか。

ちょっと何とも言えない。

だが、やらざるをえない。

邪神側がどのように動くかも、きっちり確認はしなければならないだろう。

輸送機が来る。

すぐに移動を開始。もう、此処の戦線は一旦放棄だ。恐ろしい勢いでフォロワーがなだれ込んでくるだろうが。

それでも、放棄するしかない。

米国は地獄になる。

いや、日本だってそうだ。

邪神を送り込まれる可能性だって高いし。

何よりも、フォロワーが活性化される可能性も高い。

それどころか、今米国に向かっているフォロワーの一部。一千万もいれば充分だろう。それを対馬経由で送り込まれたら、それこそ為す術がない。水際対応をするために狩り手は全員出無ければならないだろうし。それでも無人工場地帯を守れるかどうか。

輸送機に積み込みが終わったので、移動開始する。

軍のレンジャー部隊が、アラスカの物資は回収するそうだ。

そんな暇があるのか少し不安になったが。

軍としても、相当物資が厳しいらしい。

一方人口が激減している今、石油資源については米国はそれなりにあるらしく。燃料よりも他の軍物資が優先される状況のようだ。

それが故、かも知れなかった。

途中で大統領と話す。

ガラケーデバイスを使うように話をする。

日本での、電子戦で「魔王」が色々悪事をやらかした件については、大統領も既に知っている様子で。

遅まきながら、使う事に同意はしてくれた。

ただ、もし東海岸側の司令官が敵に内通したのだとすると。可能性はかなり高いだろうが。

まだ無事な狩り手の育成施設を狙って邪神が姿を見せる可能性が極めて高い。

そして、邪神が出るという緊張状態を維持するだけで、軍も狩り手も疲弊する。敵は見ているだけで、前線を押し上げることもできるし、此方の疲弊も狙えるというわけだ。

自分の実力に圧倒的な自信を持っていて、足下を掬われた「神」こと「ブラック企業社長」よりも、「エデン」とやらの長はオツムの出来が上らしい。

悔しいが、それは認めなければならなかった。

着地。

輸送機がついたのだ。

後はロボットに分乗して、それぞれ移動を開始する。

二台のロボットで、「悪役令嬢」と「フローター」が前衛に。「腐女子」と「悟り世代」が後衛に。

そのまま移動を開始する。

東海岸側の司令官が裏切ったのだとすると、防空システムとかがいつ悪さをするか分からない。

危険すぎて飛行機を飛ばせない、というのはよく分かる。

米国でも日本で言う第二東海道のようなルートは作っていて、それを移動する。かなりの高速で飛ばすことが出来るが。

同時に、少数ずつに別れた軍部隊が移動しているのがかなり見えた。

二十万からの人々がフォロワーにされたという。

それを撃滅するためもあるのだろう。

いずれにしても、もうどうしようもない。

任せるしか無かった。

流石にMLRSや自走砲でのアウトレンジ攻撃には、フォロワーは無力だ。邪神はともかく、である。

ただ流石の米軍も、今は弾を使い放題とはいかないだろう。

輸送機が空港に着いたときに、米国での連絡用にガラケーデバイスを渡されている。日本のものとは色々帯域とかが違うとかで、これを使って連絡してほしい、と言う事だった。

そのまま目的地点に急ぐ。

「ホームレス」ら四人のチームは、まとまって移動するそうだ。

それはそうだろう。

相手の戦力が尋常ではないのだ。そうしないと、一瞬で全滅しかねない。

輸送機が空港について、車に乗り換えてから、二日半ほどで目的地点についた。途中で給油を何回かしつつ。最大速力でここまで来て。だいぶ短縮したのだ。

周囲はフォロワーだらけ。まずはこれの駆除からである。

この辺りはフォロワーの駆除も終わっていたはずだが。

恐らく防衛に当たっていた軍部隊などの成れの果てだろう。流石に銃器を使ってくるような知能は無いが。どれも服を身につけていて、喋っている。

喋っている内容は極めて不愉快なもののようだったので、もう問答無用に鉄扇を振るう。

大した数がいるわけではない。

すぐに掃討は終わった。

口を押さえている「腐女子」。

それはそうだろう。

まだルーキーだし、フォロワーになったばかりの。口を利いたりするフォロワーを見るのは初めてなのだろう。

もう見るからに怪物という姿をしている古いフォロワーと、成り立てはかなり違う。

特に口を利く奴は、初めて見たときは衝撃的かも知れない。

「悟り世代」も青ざめている。

ここ数日でどんどん腕を上げて、100キルを「腐女子」より早く達成した若手だが。それでもやはり、厳しいと感じるようだった。

軍から貰ったコードを使って、偽装されている入り口を開ける。

内部に入り込むが。いきなり狩り手の卵だったらしいフォロワーが襲いかかってくる。

気の毒だが、救う術は無い。

出会い頭に唐竹に斬り下げて、あの世に送る。

そのまま、育成施設に入り込む。

大量の物資や資料があるが、幸いそれらは破壊されていないようだった。ただ、数体のフォロワーが呻きながら歩いている。いずれもが、先頭に立って施設に入った「悪役令嬢」に反応。

襲いかかってきたので、即座に斬り伏せた。

風呂に入っている時など。ミームの権化の姿をしていない時には、狩り手だってフォロワーにされてしまう。

ましてや訓練中の狩り手だと、ひとたまりもないだろう。

鉄扇を振るって、まだ新鮮な血を落とす。

フォロワーになってから日が浅いのだ。

雪原で戦ったような、10年もの、場合によっては30年ものとなってくると。血なども変質してドス黒くなったりしているのだが。

何しろ成り立てだ。それもない。

無言で間取りを確認して、周囲を見て回る。

部屋の一つから、カリカリと音がしている。

「フローター」と頷きあって、ドアを「フローター」に開けて貰う。内部から飛び出してきたフォロワーを、拝み討ちに斬り伏せる。

此処にいた狩り手のルーキーの数は。

一人足りないな。

「まだフォロワーがいるかも知れませんわ」

「「悪役令嬢」先輩!」

「腐女子」が叫ぶ。

すぐに反応して、其方に移動すると。

どうやら部屋の一つに閉じこもっていたらしい。

ぐったりした様子で、気絶している狩り手のルーキーの姿があった。格好は良く分からないが、何かのミームに沿っているのだろう。

それで、フォロワー化しなかった、と言う訳だ。

「記録照合。 ルーキーの一人です」

「フォロワー化はしていないですわね。 すぐに医療班に連絡を!」

「分かりました」

「悟り世代」が連絡を開始。

「悪役令嬢」は罠である可能性を考慮して、施設を出る。邪神が現れる様子は無い。いずれにしても、助けられたのは一人だけか。

ヘリが来る。

危険を考慮してか、ロボットの奴だ。それに手慣れた様子で、「腐女子」と「悟り世代」が気絶しているルーキーを運び込む。

栄養失調を筆頭に、体中が危険な異常だらけの筈だ。

ロボット化しているヘリで、軍病院にすぐに運ぶ必要がある。

大統領にガラケーデバイスで連絡。

重苦しい声で、そうかとだけ答えが返ってきた。

「続いて、生存者がいる可能性が高い育成施設から回ってほしい。 ナビは此方で行う」

「分かりましたわ」

「頼む。 「ホームレス」達の方は空振りだった。 一人でもルーキーを救助しなければ、未来に可能性すら生じない」

そういう大統領は、血を吐きそうな口調だったが。

それについてはよく分かるつもりだ。

無言で次の育成施設に急ぐ。

「ホームレス」達も動いているので、手分けはできるが。

内通者がいる可能性を考慮すると、いつ奇襲を受けてもおかしくない、西海岸側にも、奇襲があるかも知れない。

大統領は既に移動済だそうで、場所は誰も分からないそうだが。

スパイの存在はいつでも考慮しなければならないだろう。

無言でロボットを降りると。群がってきたフォロワーを皆殺しにする。わらわら集ってくるが。「悪役令嬢」は啖呵を切る。

「今日は機嫌が悪いですわ。 手荒いですわよ」

そのまま、言葉通り手荒く殲滅する。

文字通り塵になったフォロワーを見て、とうとう耐えられなくなったらしく、「腐女子」が吐き始めたが。

それを攻めるつもりは無かった。

人間が変えられてしまったものがフォロワーだ。

それが分かっていても。

古いフォロワーしかみていなかった今までは、どうしても現実感がなかったのだろう。

責めるつもりはない。

二つ目の施設に到達。

大量のフォロワーがいるが、殲滅と一言だけ皆に告げる。大量といっても、シベリアでやりあったほどの数では無い。

撃滅するのは、それほど時間も掛からない。

すぐに入り口付近のクリアに成功。

そのまま、軍のコードを使って、施設の内部に入る。

内部は、フォロワーが数体いただけ。

また、食い荒らされた死体が残っていた。残念ながら、身を守ることができなかったのか。それとも、仲間だった存在に手を出せなかったのか。

「腐女子」には入らないように指示。血の臭いで、気付いたのかも知れない。

内部を「フローター」と見て回る。

「こう言う光景は、以前見た事が?」

「はい。 これでもそれなりに戦闘経験は積んでいますので」

「そうですの……」

「次に行きましょう。 生存者の可能性はありません」

一応、人数分死体とフォロワーの残骸があるかは確認する。

問題なし。

物資や資料などの運び出しは、後は軍部隊が行う仕事だ。

日本では、必死に新人の育成施設を守ったことがあった。それは上手く行った。だが、上手く行かなければこうなっていた。

そう思うとやりきれない。

施設を後にして、大統領に結果を伝える。三つ目の施設に向かう。

三つ目の施設の外で、フォロワーに食い散らかされた死体を発見。フォロワーに食い散らかされる前から、激しく損壊していたようだが。

集っているフォロワーどもを粉砕して、その後に身元を確認する。

狩り手の一人だった。

また、一人狩り手を米国は失った事になる。

三人が倒れたという話だ。その内の一人だろう。

祈りの言葉を「フローター」が捧げている。それを止めるつもりは無い。

「悪役令嬢」は周囲の安全を確保。

施設内に踏み込む。

多分無理だろうなと思ったが、意外な事に此処は生存者がいた。というよりも、恐らくだが何かしらの理由ですぐに事態を悟ったのだろう。全員がミームを示す衣装を着込んだ事で、助かったようだった。

朗報ではある。

ただ、閉じ込められ絶望的な状況だったこともある。

全員栄養失調になっていて。

精神的にも相当に厳しそうだったが。

内部を一通り回った後、大統領に連絡する。

大統領は、有難うと言ったが。

それに対して、返せる言葉は見つからなかった。

「ホームレス」のチームも、その時点で襲撃を受けた地点の探索を完了。向こうも、二人だけ生存者を発見できた様子だ。

そして、狩り手二人の亡骸を発見した、という話でもあった。

あまりにも大きな損害。

衝撃的な出来事だが。

ここから立ち上がらなければならない。

「悪役令嬢」はどうしたものかと、大きくため息をつく。

邪神組織「エデン」のやり口は、軍略に沿ったものだ。

シベリアに迎撃に出れば、多分また此方に邪神を向けてくる。西海岸にも、威力偵察に邪神を送り込んでくる可能性が高い。

更には、日本だって安全では無い。

その上、米国本土を離れれば、活性化したフォロワー三億がそう遠くない未来に米国になだれ込んでくる。

いずれにしても、手詰まりだ。

「エデン」の本部に殴り込むのは論外。

奴らの言葉が本当だとすると、まだ180を越える邪神がいる。その内複数は高位邪神である事が確定で、複数と言っても最悪十数体だろう。そんなものを連戦で倒せる訳がない。

「エデン」のボスを一対一の状況に持ち込めばどうにか倒せる可能性が生じるかも知れないが。

それもこの状況では厳しい。

そもそも「エデン」本部の場所も分からない。

ともかく、周囲にいるフォロワーを掃討することしかできない。幾つか指示を受けて、重要な電子戦設備を制圧して。後は軍の工兵部隊に任せる。

東海岸方面軍ともやっと連絡が取れ始めた様子で。

邪神にやられていない部隊は、何が起きているかさっぱり分からない程に困惑していたそうだ。

ロストしたと思われていた司令官級も生きている者が何人かいて。

いずれもが、通信が完全に死に。

全く連絡が取れなくなって、困り果てていたと自供しているようである。

少なくとも、鎮圧部隊が来て、交戦しようという雰囲気を見せた者はおらず。

むしろ助けが来たと思って、喜ぶ様子さえ見えたらしい。

クーデターを疑われて、目を白黒させたものもいるという。

そうなると、ますます電子戦が得意な邪神にやられたのか、それとも東海岸の司令官が自分と取り巻きだけで裏切ったのか、判断が難しくなる。

ともかく通信用のデバイスは全て切り替える。

相当な工数が掛かってしまうが、こればかりは仕方が無い。

米軍はこう言うときに動きが速いので、任せてしまっても良いだろう。

SNSクライシス前と比べて、悪い所も引き継がれてしまったが。

良い所も幸い引き継がれていた。

 

三日ほど、指示を受けたところを周り、遭遇したフォロワーの群れを狩る。そうしている内に、連絡が来ていた。

どうやら邪神はもう米国を離れたようだ。

やりたい放題をさせた挙げ句に逃がすとは。

非常に不愉快だが、今は反撃の手立てがない。

思えば不規則に仕掛けて来ていたのに、疑問を持つべきだった。

新しい組織が巨大すぎて統制が取れていない、というのは楽観だ。それも最悪の意味での。

敵は威力偵察のために、力を一切惜しまなかった。

だから邪神を何体も使い捨てにして。

それでこの戦略的勝利を得た。

そう考える方が、論理的だった。

三十年間、何もしなくても邪神共は人間に対して圧倒的優位を確保する事が出来ていた。

だが、それが崩れた今も。

別にその気になれば、優位を取り返せる。

それを人間が認められるかどうか。

それが今後の戦いの肝になるだろうな。

そう「悪役令嬢」は分析する。

分析したところで、だからといって具体的にどうすればいいのかは、はっきりいって分からないが。

数万単位のフォロワーがいる。

米軍は再編成で大忙し。更には、「ホームレス」をリーダーとするチームは西海岸に移動して、其方で活動中。

邪神を警戒しつつ、各地の要所にいるフォロワーを狩っているようだ。

まあこの状態で、国内のフォロワーまで活性化したら、流石に米国は壊滅待ったなしである。

仕方が無い。

今、「悪役令嬢」がいるのは、東海岸の司令部があるシェルターの入り口付近。

周囲には古いものばかりだが、五万以上のフォロワーがいる。工兵部隊は近づけない。

今回の事態を収束させるには軍司令官を捕獲するしかない。

フォロワーを排除したら工兵部隊を呼ぶ。

なお、周囲にある自動迎撃システムなどは全て沈黙していて。更に動かないように、追加で物理的に黙らせたので、もう危険もない。

フォロワーを駆除して行くうちに。

この間のショックから立ち直った「腐女子」も、キルカウントを上げていた。

もう「悟り世代」と並んで、二人とも一日200キルカウントを出せるようになっている。

「腐女子」は悩んだ末に筆だけではなく、大型の筆をもした槍を使う事を決め。それを振り回してフォロワーを毎日撃ち倒している。

「悟り世代」は覚えが早く、どんどん拳法の技を覚えている。

これはこれで、良い事だろう。

「フローター」も思うところがあったのか。

連日キルカウントを上げている。

「悪役令嬢」が、強くなることに貪欲な理由を悟ったのかも知れない。

少しばかり気付くのが遅かったが。

それでも、気付いてくれたのならいい。

シェルター周辺から引き上げる。

明日には、周辺にいるフォロワーを片付ける事が出来るだろう。近くにある廃墟化した街から、不自然にシェルター周辺に移動してきていた群れだが、少しばかり数が多すぎる。邪神が活性化させたのか、あるいは。

駐屯地に入る。

日本では、レーションが美味しくなったという話を聞く。

だが、此方のレーションはまずいままだ。

茶はもっと酷い。

無言で食事を済ませると、風呂に交代で入って眠る事にする。「フローター」はきてれつなカラーのパジャマを着込んでいるが。

こういう所からも、多分この子は天然物なのだろう。

そういう意味では、「陰キャ」と同じ貴重な戦士だ。

明日には、シェルター周辺のフォロワーが片付くことを米軍に連絡。工兵部隊の派遣を約束して貰う。

同時に考えなければならないのがシベリアだ。

もうベーリング海峡を、フォロワーの大軍の本隊が渡り始めているだろう。アラスカになだれ込んできたら、後はもう止める手立てがない。

最終的には三億。

そして、そのうち一千万でも日本に来たら、文字通り手の打ちようが無いのだ。

先手はとられた。

だったら、何とか先手を取り返すしかない。

じっと手を見る。

一人で、アラスカでの任務に加わる。

それで、毎日五万キルを稼げば、三週間で百万のフォロワーを削れる。

今の実力だと三万もキルカウントを稼げないが。

それでもどうにかしなければならない。

「悪役令嬢」との交戦を、「エデン」は避ける筈だ。

今の時点では、弱いところを狙って来ているようだから。

そうなると、恐らくだが「陰キャ」との交戦も避けてくるはず。「陰キャ」にも数体の邪神を倒されているようだから、である。

状況を整理した後、考える。

何をすれば敵の裏を掻ける。

敵の邪神を削るにはどうすればいい。今回、敵は二十体以上の邪神を出してくると言う、大胆な手に出て来た。

それならば、隙が出来たと見れば、大きな動員を掛けてきてもおかしくない。

少し考え込んだ後。

判断する。

意外と、悪くない手かも知れない。

大筋の戦略を立てた後。

「悪役令嬢」は、米国の大統領に連絡を入れていた。

 

2、逆撃

 

シェルター周辺のフォロワーの駆除が終わる。

「悪役令嬢」が見ている中、工兵部隊がシェルターの入り口を操作。核にも耐えるシェルターであり。基本的に内部からしか開けられないのだが。

大統領だけ知っているコードを用いて、強引に外から開ける事が可能だ。

システム的に、反乱が起きることを想定したものであり。

これだけは独立してシステムが仕込まれている。

一種のバックドアであって。

東海岸の司令官。名前は忘れたが何とか大将が悪意を持って出てこないのだとしても。強引に制圧ができる。

核シェルターは古くから、この国においては流行りだった。

東西冷戦の頃から個人用のものから国用のものまで、多くが作り出された。

特にこの東海岸の司令官が入り込んだシェルターは最大規模のもので、内部で自己完結したシステムを持ち。その気になれば核の冬が終わるまで耐えられる……といううたい文句のものなのだが。

それも実際には本当かどうか疑わしい。

ともかく、工兵部隊がバックドアからの解錠に成功。

ガコンと、大きな音を立ててシェルターの入り口が開いた。

「フローター」に「腐女子」と「悟り世代」を頼むと。

熟練の特殊部隊員とともに、内部に侵入する。

本当は特殊部隊員が自分達でどうにかすると言ったのだが。内部にいる人間が全部フォロワー化している場合は対応できないこと。

逆に内部に近代兵器で武装している兵士がいて独自の自動迎撃システムがある場合は、「悪役令嬢」では対応できないことから。

いっしょに潜入することに決めたのである。

シェルターの入り口はひやりとしていて。

内部は恐ろしく冷え込んでいるようだった。

特殊部隊がクリアリングを済ませる中、工兵部隊が内部のシステムのチェックを開始している。

どうやら内部のシステムの掌握は、同じバックドアからできるらしい。

大統領に対してクーデターを起こした人間が立てこもる事を想定して、こういうシステムを組んだらしいのだが。

もし邪神が此処に手を入れていた場合。

全て把握されているかも知れない。

その場合は、少しばかり不安だが。

此処はスタンドアロンのシステムになっている事。

スタンドアロンの場合は邪神が直接来なければ手出しは出来ないことなどもある。

現時点で、外で「フローター」がいる。

それなりの腕前だし、高位邪神が複数でも来ない限りは対応は可能だ。

それに、既に嫌な気配がしている。

これは恐らくだが。

もうどうしようもないだろうなと、「悪役令嬢」は諦めていた。

「セキュリティ解除! 防衛システム沈黙!」

「よし、クリアリングしながら内部に踏み込む! フォロワーどもは狩り手に任せて相手をするな!」

「イエッサ!」

特殊部隊の隊長は、いかにもなマッチョの軍人である。

こう言う人は、SNSクライシスで真っ先にエジキになったらしいが。その後の戦いでどうにか邪神の攻撃を生き延び、それで何とか今まで軍人を続けている人はそれなりにいる。

この人のように逞しくは無いが、日本で言うと山革陸将なんかもそうだろう。

立体映像で、シェルターの構造を確認しながら、一部屋ずつ確認していく。中は驚くほどがらんとしていて、物資も殆どなかった。

それよりも、だ。

階層を降りる。

エレベーターもあるが、勿論使わない。階段を下りて地下に行くと。其処で、さっそく出くわした。

フォロワーだ。

もとは美しい女性だったのだろうが、完全に怪物化している。

特殊部隊員は慣れたもので、さっと逃げ。

即座に「悪役令嬢」が粉みじんにした。

そのまま、爆弾など無いか。伏せている相手はいないかなどを調べながら、特殊部隊と少しずつ制圧して行く。その過程で、三百を超えるフォロワーを斬った。

やがて、最深部に出る。

一番奥と言っても、地下千五百メートル程度。

この程度の深度では、邪神のテリトリの範囲内だ。下位のでもそうだし、高位のになってくるともっと深くてもテリトリに入ってしまうだろう。

東海岸の司令官はそこにいた。

フォロワーになって。

勲章をつけている軍服のまま、呻いているフォロワーの首を刎ねる。

愚かで無能な輩だったが。

為す術無く邪神に蹂躙されたのか。

用済みで消されたのか。

それは調べて見ないと分からない。

ともかく、フォロワーの駆除は完了。

工兵も彼方此方を調べて、隠し部屋などが増設されていないことも確認。また、フォロワーが隠れうる場所も全て調べ、安全を完全に確保した。

後は軍の仕事だ。

シェルターを出る。

その後は、「フローター」と合流。

話をした。

「そうですか。 穴熊の大将は、そのままフォロワーになってしまったのですね」

「そうなりますわね。 捨てられたのか、ただ蹂躙されたのかはこれから内部のデータをみないと分かりませんけれども」

「いずれにしても、此処はトップシークレットだったはずです」

「……」

ともかく、少しでもフォロワーを片付けて置こうと言って。

近くの街に降りる。

大量のフォロワーが彷徨いている。この近辺だけでも数万。シェルター周辺のをどかすだけで二日かかったように。シェルターの近辺なんて重要拠点近くですら、フォロワー塗れなのである。

仮に東海岸側の司令官が裏切っていたとして。

それがこういう状況を見慣れて頭や感覚が完全に麻痺していたのだとしても。それは不思議では無いだろう。

無論許される事ではないが。

無言で狩りを続けて、周辺の安全を少しでも確保する。

二十万からなる人々がフォロワー化され。それを軍がMLRSや自走砲を駆使して排除したばかりということもある。

何とか排除はできたとしても。国内にもまだこれだけのフォロワーがいて、駆除の見通しも立っていない。

精神がすり切れる奴が出てくるのは、どうしようも無いのかも知れない。

夕方過ぎ、更に狩りを続けて。

夜になって、切り上げた。

特殊部隊は調査を続けているが、工兵部隊は既にデータを回収し。調査を続行しているようだった。

不可思議な事に、内部の監視カメラのデータなどは、殆どが消されているという。

なるほど、ほぼ黒だろうな。

それだけで、「悪役令嬢」はだいたいの状況を察していた。

日本とも連絡を取る。

軍のツートップの片方がやられた。そればかりか、二十数体という規模の邪神が、一瞬で蹂躙戦を行い。狩り手三人を殺し。一瞬で引き揚げて行った。

それは非常に大きな事件であり。

日本側にも衝撃を与えるのには充分だった。

山革陸将は、狩り手達には自分から話すと言って、暗に口封じをして来たので。

勝手にするようにと任せる。

「悪役令嬢」は頼まれて、もう夜遅いというのに、テレビ会議に参加。

大統領は完全に青ざめていた。

「180体以上いる邪神が、好き勝手に好きな場所に現れる事が出来る。 その上三億に達するフォロワーがアラスカ経由で米国本土に向かっている。 何か、対応策があるだろうか」

「……」

皆黙り込む。

アラスカでの迎撃を主張していた西海岸司令官も、黙り込んでいる。

挙手する「悪役令嬢」。

青ざめた大統領が、発言を許可してくれた。

「まず状況からして、東海岸の司令官だった穴熊大将は恐らく黒ですわね」

「理由を聞かせて貰えるかね」

「記録に細工した形跡があったことが何よりの証拠ですわ」

電子戦をできる邪神は日本にもいた。

「魔王」がそうだ。

奴は三十年前以前につくられた電子システムは、自由自在に操作する事が出来た。同じ事が出来る邪神がいても不思議では無い。

あのシェルターのシステムも、当然三十年前より古いものだ。

更新などしている暇などなかっただろうから。

だが、邪神がそんなものに介入して意味があるのか。

そもそもどうして狩り手のいる場所や、シェルターの位置をピンポイントで把握したのか。

そう説明すると、反論できるものはいなかった。

内通者がいる。

それ以外にはあり得ないからだ。

勿論、東海岸の司令官以外にも内通者がいて、そいつが情報を流した可能性も低くは無い。

だが、そうなると。

常に狩り手の居場所を把握しているレベルの、高位の指揮系統に咬んでいる人間になるだろう。

そう説明すると、皆どよめく。

まあそれはそうだろうなと、「悪役令嬢」は思ったが、同情するつもりにはなれなかった。

「じょ、状況証拠しかない……」

「確かに今の時点では。 それでは、こうしましょうかしら」

ガラケーデバイスを取りだす。

皆、それを見て、頷いていた。不服そうだが、取りだす者もいる。

これは新規で開発されたプログラム言語によって構築されたシステムを使っている。要するに進歩出来ない邪神には、ハックできない。

もしもこれで連絡を取り合って、情報が漏れた場合。

それは今ガラケーデバイスを用いた人間の中に、内通者がいるという事を示している。

文字を打ち合って話をする。

「陰キャ」は凄い勢いで文字を打っていたが、流石に「悪役令嬢」は彼処まで器用にやれない。

黙々と文字を打ちながら、チャット形式でやりとりをする。

「それでどうするのかね」

「シベリアに生き残った狩り手を派遣してくださいまし」

「なんだと……」

これは大統領にだけ打っている。

大統領しか分かっていない。

しばらく黙り込んでいた大統領に、意図を説明する。

なる程と理解してはくれた。

一応こんな状況で、大統領を続けてはいない。一応の判断力はある、ということだ。

「あぶり出しと敵への逆撃を同時に行う、というわけだね」

「そうなりますわ」

「……分かった。 すぐにVIP用の輸送機を手配する。 どの道アラスカにまで前線を下げたとしても、連日フォロワーは狩る必要があった。 やらなければならなかっただろう」

頷く。

これでまずは一つ。

その後は、他の会議参加者にも連絡を入れる。

「悪役令嬢」がアラスカに出向き、大半の狩り手もそれに従う、と言う事だ。

なんでそうなると、大反発が起きるが。

大統領が、いつ攻めてくるか分からない邪神に対抗してずっと狩り手を本土におき続け、結果としてアラスカを放置する事はできないという説明をして。

しぶしぶながら、皆それに納得した。

事実、凶暴化しているフォロワー三億がなだれ込んできたら、もう北米は打つ手が無いのである。

一人だけ、狩り手「フローター」が残って、米国本土でのフォロワー狩りを行うと言う説明をする。

悔しそうだが、それに従う他の幹部達。

なお、連絡している内容も微妙に変えている。

これでトラップはできた。

すぐに狩り手達には動いて貰う。同時に、「悪役令嬢」も移動を開始。すぐにその場を離れた。

さて、明日だ。

高度な戦術を用いて来た邪神組織「エデン」だ。

奴らは何かしらの情報リンクシステムを持っていると判断して良いだろう。

いずれにしても、高位の邪神を含めて数体の邪神を相手にする事になるとみて良い。

「悪役令嬢」でも簡単には勝てないだろう。

だが、相手の出鼻を挫くことによって、行動を鈍化させるのには大きな意味がある。

米国に生き残る人々を救う意味もあるのだ。

無言で作戦行動に移る。

内通者がいるならすぐに邪神どもも動くはずだ。

今回の勝利で湧いているのだろうから。

だが、それもいつまで続くか。

鼻っ面を砕いてやる。

そう考えながら、「悪役令嬢」は作戦予定地点へと移動していた。

 

六体の邪神が出現する。

カエルのようなもの。百足のようなもの。様々な異形が五体。更に、巌のような頑強そうな男の邪神が一体。

いずれもが、報告にある。

「ギーク」を襲った邪神達だ。

カエルは倒し切れなかったと悔しそうに「ギーク」が言っていたそうだが。ダメージを受けている形跡がある。

五人の狩り手に、それぞれ五体以上の邪神が襲いかかったと言う話で。邪神側はダメージを受けた者こそいたが一体も失わず三人の狩り手を葬った。

まあ敵の完勝と言っても良い。

だが、それもここまでだ。

邪神共が、不審そうに周囲を見回している。

だが、流石に高位の邪神。最初に巌のような大男が気付いていた。

「罠か……!」

次を言わせない。

背後から襲いかかった「悪役令嬢」が、通り抜け様に大男の足を両断。更に数体の邪神にも一撃を入れていく。

特にカエルは、一番最後に斬った相手と言う事もある。連撃を入れてバラバラにしてやった。

悲鳴を上げながら、それでも全身を再構築する邪神ども。

人間などに奇襲を受けたと言う事で、ダメージを受けているのだ。

巌のような邪神は、顔を真っ赤にしながら、即座に肉体を再生していた。

此奴の実力は絶対正義同盟のNO5と同程度か。

鉄扇を振るって、汚らわしい血を落とすと、名乗りを上げる。

「わたくしの名前は「悪役令嬢」。 誇りがあるのなら名乗りなさい。 それとも人間を止めた時点で誇りなんて捨てたのかしら?」

「……「捕鯨反対派」だ」

捕鯨反対派、か。

いわゆる環境保護運動の中で、もっとも最初にその過激さと問題行動が話題になった集団だろう。

鯨は賢い動物である。

それを理由に、捕鯨を行う国をバッシングしたのだが。実の所バッシング対象はごく一部の国に過ぎず。

実際には捕鯨を大々的に行う国を一切告発しなかったり、その実態は特定の国叩きを目的としたものだった。

保護を口実にしているだけで内容はいい加減そのもの。

最終的にはいわゆるエコテロリストとして、その悪名を轟かせた集団である。

この様子からして、この「捕鯨反対派」は。組織の闇に気付けていなかった輩が邪神化したのだろう。

愚かしい話である。

その巌のような肉体は、己を正義と信じて疑わない自信に満ちあふれていた。

甲高い声を上げながら、肉体の再生を完了した邪神から飛びかかってくる。

この程度のカス邪神。

相手になるか。

まずは百足をみじん切りにして蹴散らす。続いて頭が四つある人型を唐竹に割り、大量の酸をぶちまけてきた奴の攻撃を残像作ってかわす。

酸が味方に掛かった事で動揺する食虫植物みたいな姿をした邪神の背後に回り込むと、七十以上に分割してやる。

粉々になった三体が消えていく中、立ち上がったカエルが、舌を伸ばしてくるが。

それを紙一重で交わすと、鉄扇で舌を切り刻んでやる。

思わず悲鳴を上げたカエルに迫ると、顎を蹴り上げ。

露出した腹に、掌底を叩き込む。

背中から内臓が飛び出したカエル。

更に蹴りを叩き込んで、コアを粉砕しつつ、残骸を「捕鯨反対派」に叩き付けてやる。

「捕鯨反対派」はカエルの亡骸を手で払う。

四体の邪神が瞬く間にやられたのを見ても、動じている様子はない。

まあそれはそうだろう。

此奴は他とは完全に別格だ。

もう一体の邪神は、気づきもしない内に首を刎ねた。これで、高位邪神とのタイマンの状況を作る事が出来た。

流石に連携して攻撃されたら、対応できない。相手はまがりなりにも高位邪神だからだ。

「自然に対する冒涜と暴虐。 許せんな」

「ふっ。 本気で言っていますの」

「ああ本気だ。 人という生物はこの地球をあまりにも汚しすぎた。 精算の時が来ているのだ!」

「人間が地球を好き放題汚染したという事実については否定しませんわ。 しかしながら貴方方邪神が、それを口にする資格がありまして? ましてやエコテロリストと化した貴方たちが?」

口撃に対しても、その場で発狂するようなこともない。

なるほど、それなりに頑強な精神持ちか。

鉄扇を構え直すと、此方から仕掛ける。

不意をついたさっきと違い、何か光の壁を作って鉄扇の一撃をガードしてくる。連打を浴びせるが、それも全てガードしきる。

ふむ。

この光の壁、何度かみたものと性質が似ているな。

反撃。頭上から、巨大な拳を叩き込んでくる。これは受けるとまずい。そのまま飛び退く。地面にクレーターができる。

クレーターの中、憤怒の表情を浮かべる邪神「捕鯨反対派」。

さて、「エデン」とやらの重鎮の一角であろう此奴を、早速削ってやられた狩り手達へのたむけとするか。

無言のまま、ジグザグに距離を詰める。

今の攻防で、此奴の特性は把握した。

無言で鉄扇によるラッシュを浴びせて、全て光の壁で防がせる。

怪訝そうにしたが、即座に反撃を仕掛けてくる「捕鯨反対派」。

そのまま、一撃を紙一重でかわしつつ、カウンターを入れる。

巨大な拳が破裂して、流石に顔色を変えた「捕鯨反対派」が飛び下がるが。そのまま間合いを詰めると、しなりを入れた蹴りを叩き込んでいた。

文字通り吹っ飛んだ巨体が、ビルの残骸に突っ込む。

倒壊するビル。

「悪役令嬢」は、ガラケーデバイスに連絡を入れておく。

「大統領。 状況は見ていると思いますけれども、スパイの割り出しは完了しましたかしら?」

「既にMPが向かっている。 有難う、こんな事までさせて」

「おやすい御用ですわ」

パンとガラケーデバイスを閉じると同時に、「捕鯨反対派」を巻き込んで倒壊したビルが内側から消し飛ぶ。

巌のような大男が形態を変えて、唸りながら立ち上がってきている。

腐っても高位邪神。

簡単に倒せる相手ではないだろう。まだコアの気配も感じ取ることが出来ない。

大男の背中から、翼がメリメリと生えてくる。更に腕が肥大化し、筋肉質に盛り上がっていった。

拳をあわせる大男。

あの腕、ゴリラか。翼は恐らくは大アホウドリ。

なる程、絶滅したり、絶滅寸前まで追い込まれた生物の特徴を己に取り込んでいるというわけだ。

ゴリラの握力はおよそ五百s。邪神がその特色を取り込んだのだとしたら、そのパワーは計り知れまい。文字通り戦車くらいなら、素手でねじ切ってみせるだろう。

突貫してくる大男。

唸りながら、拳でラッシュを叩き込んでくる。だが残念。噛み合っていない。ゴリラの腕は、パンチを放つのには向いていない。

むしろ向いているのは掴む事だ。

大アホウドリの翼も、高速飛行には向いていない。

滑空には向いているが。

だが、パワーそのものは確かに凄まじい。エコテロリストを、正義を疑わずやっていたような邪神だ。

動物が好きなことだけは事実だったのだろう。だが、エコテロリストは、その肝心の動物たちに対して、一切何もしなかった。

動物のためと称して集められた基金は、エコテロリストの背後にいた邪悪な連中が、好き勝手飲み食いするのに使われていた。

それが既に判明している。

そういう意味で、此奴のような真面目な奴はむしろ被害者だったのかも知れないが。エコテロリストとして加害をうけた相手にとっては、そんな事は関係無い。単なる加害者だったのだ。

それに、此奴に病院送りにされた「ギーク」だってそう。

此奴が指揮した邪神達によって殺された狩り手達も。何よりフォロワーにされた二十万もの人々も。

此奴を恨む資格があるし。

此奴は今後も、何ら罪悪感無く殺しを続ける事だろう。

パワーはあるが。しかし見切った。

拳の一撃を弾き返す。流石に驚愕した「捕鯨反対派」が体勢を崩す。だが、翼を無理矢理使って体を立て直す。

だが、それが待っていた瞬間だ。

踏み込むと同時に、鳩尾に拳を叩き込む。

数十メートルをずり下がる「捕鯨反対派」。

吐血している様子から、内部にダメージが行っているのだろう。勿論瞬歩で間合いを詰めると、ラッシュを叩き込む。

両腕をへし折り、更に両足を斬り伏せると、上空に逃れようとする「捕鯨反対派」。

だが、その寸前に叩き込んだ火炎瓶が、モロに翼に引火。

悲鳴を上げて地面に落ち、もがき苦しむ頭を、フルスイングでけり跳ばしていた。

吹っ飛んだ「捕鯨反対派」の頭。

体が崩れていくが、頭の方から肉塊が膨れあがっていく。

「失礼。 わたくし足癖がとても悪いのですのよ」

「その妙な格好ではやむを得まい……!」

「怒らないんですのね。 紳士たれと心がけていらっしゃる?」

「当然だ。 紳士でなくて、如何にして自然を守れようか」

完全にずれているな。

哀れな話だと思う。

真面目な性格。そして自分を律することができる精神力。だが、頭は良くなかった。

きっと良い所の出だったのだろう。

だからこそ、悪い連中に良いように利用されてしまった。

いずれにしても、此処で悪しき輪廻は断ちきる必要がある。ただ、口撃はもう必要ないなと思った。

此奴はやった事は許しがたいが。精神的には悪党とは言い難い。

哀れなマリオネットだ。

性根から腐っているのなら、子供だろうが容赦なく罵倒する「悪役令嬢」だが。此奴は悪党に騙されて此処まで墜ちた。

だったら真正面から叩き潰してやる。それだけだ。

無言で構えを撮る。まだまだ此奴には形態があるだろう。肥大化していく「捕鯨反対派」の体は、やがて人間のものではなくなり、むしろ大型の鯨に近くなっていった。

跳ねる巨体。

全身を使ってのボディプレスを仕掛けてくるというわけか。

それだけじゃあない。

周囲に泡が降り注いでくる。いずれもが、猛烈な圧力を伴っている様子である。

ザトウクジラは、泡でカーテンを作り、小魚の群れを追い込んで一斉に捕食する習性を持っている。

それを上下逆にした必殺の一撃という訳か。

傘を手に取ると、「悪役令嬢」は無言で突貫。明らかに重力加速度を超越して落ちてくる「捕鯨反対派」を無視し。傘を開いて、強引に泡シャワーを突っ切る。

地面に直撃。文字通り、周囲に亀裂が走る。

岩盤を砕いたと言う事だ。

水道などが生きていたら、彼方此方から水が噴き出していただろうが。このバトルフィールドに選んだ場所では、とっくにインフラなんて死んでいる。

流石に今のを、真っ正面から受ける気にはなれなかった。

鯨のような姿になった「捕鯨反対派」は、もういちど跳び上がろうとする。

その背中から、膨大な泡を吹いているが。あれが今落ちてきた泡シャワーの正体か。

傘も少しダメージがある。まあいい。何とかする。

無言で突貫するが、跳び上がるのは無理と判断した「捕鯨反対派」は、ウォーターカッターも真っ青の出力で泡を叩き込んでくる。それも網状に展開して、である。

文字通り、周囲が一瞬で粉みじんになるが。

瞬歩でその死の網を抜け出すと、「捕鯨反対派」の脇に抜け。そして、相手が向き直る前に。

傘を叩き込んでいた。

更に、ねじ込んだ傘を開く。

肉片が飛び散る。絶叫した「捕鯨反対派」は転げ回り、辺りに破壊をまき散らす。泡もまき散らすので、危険極まりない。

飛び退いて距離を取り、傘をしまいながら、呼吸を整える。

いわゆる練気の体勢に入ったのは、次が勝負だと判断したからだ。

「捕鯨反対派」の体がまたねじ曲がっていく。

恐らくこれが最終形態だ。

うなりを上げながら、「捕鯨反対派」が、鯨に手足を生やし、背中に翼を得たような姿になる。

一部の過激環境保護団体は、動物との対話というのを上げていたらしいが。

残念ながら動物は動物。

同じ人間どうしですらわかり合えないのに。基本的な理屈が違う動物と、どうしてわかり合う事ができようか。

結局それは人間の理屈を押しつけるだけの行動に過ぎず。

自己満足する彼らは、あまりにも危険な行為を繰り返し。そして結局動物に人間の理屈を押しつける事の愚かしさを証明しただけだった。

今見えているあの姿は。

動物の神格化に過ぎない。

人間ではない存在に、人間は時に神を求める。

ある時は宇宙人に神を求め。

そしてある時は動物に神性を見た。

あれは、鯨に神性を見た故の姿なのだろう。溜息が零れる。それは間違っている。鯨はただの動物だ。

理屈も根本的に人間と違う。人間の理屈を押しつけるのは、ただの間違いだ。

真面目なあの邪神は、それをついに理解出来なかったのだろう。

突貫してくる。

単純な超大質量、高速での突進。かわすことは出来るかもしれないが、何度でも突貫してくるだろう。

そしてマッコウクジラににたあの頭部。

正面からの攻撃は、分厚い脂肪で防いでしまう。

単純な攻撃、単純な能力こそが一番危険。それを示しているような最終形態だ。

突貫してくる中、練気を終えた「悪役令嬢」は、大きく息を吐き。鉄扇をしまい。更に傘もしまう。

踏み込むと同時に、全力で自身も真っ正面から突貫。

正面から。

その間違った理屈と、ついに間違いを理解出来なかった心を叩き伏せる。

絶技を叩き込んだ瞬間。

鯨の神の姿をした邪神は、声にならない絶叫を上げ。全身に亀裂が入っていく。

砕ける全身。コアも、同時に砕けたようだった。

消えていく。己の間違いも愚かさも、恐らくは最後まで理解出来なかっただろう。言っても何も届かなかっただろう。

無言で、真面目で、誠実で、しかし愚かだった人間だった者の末路を。「悪役令嬢」は見送った。

 

絶技は一度の戦闘で一回。

だが、それにしても負担がやはり大きいな。

手のしびれはまだ取れない。だが、連絡は入れなければならなかった。

「此方「悪役令嬢」。 現れた邪神達は全て討伐しましたわ」

「噂通りの実力だ。 全盛期の「ナード」と同格以上というのも頷ける」

「ありがとうございます。 それよりも、状況は」

「まず、アラスカに飛んだ狩り手達は、フォロワーとの遅滞戦術を再開した。 現時点で邪神の邪魔は入っていない」

なお、邪神との戦いには参加させなかったが。

「腐女子」と「悟り世代」は近くに待機させていた。

アラスカの戦場に行かせるには早いと判断したし。まだしばらくは、フォロワー退治の方が腕を上げるには良いと判断したからだ。

それにこのバトルフィールドに選んだ旧デトロイド近辺は、フォロワーが膨大に現存している。

元々米国でも有数の治安が最悪の地帯だったらしいのだが。

それもあってフォロワーの駆除が後回しにされた経緯があったらしい。

邪神も興味を見せなかったのに、なだれ込んだフォロワーによって住民が殆ど皆殺しにされたといういたましい事件も起きており。

古くは大産業都市だったという事が信じられないような現在の姿である。

「スパイの方は」

「特定した。 既に逮捕して、尋問を開始している。 邪神「財閥」はどうやら、古い電子ネットワークを使って政府の高官何人かにアクセスし、自分の子飼いにしていた様子だ」

「悪い意味で頭が回りますわね……」

「欧州の財閥と言えば、地球の経済を裏からコントロールしていた黒幕と言っても良い存在だ。 多くの紛争を裏からコントロールしてきた地球随一の邪悪と言ってもいい。 それがまとめて邪神化したのだとしたら、こういう搦め手で大きな戦果を上げてくるのも頷ける」

だが、今回は出鼻を挫いた。

今度は、先手をどんどん打っていかないと、一気に押し込まれる。

それについては、大統領も理解している筈だ。理解していると信じたい。

「ともかく、六体もの邪神。 雑魚五体だけでも凄いが、数人の狩り手が相手をして、死人を出すのを覚悟して倒すレベルの高位邪神をも倒してくれたのには本当に大統領として感謝する。 今日は休んで、明日からの戦いにまた備えてほしい」

「分かりましたわ」

近くの駐屯地に出向く。

周囲のフォロワーの群れは接近してきていない。「悟り世代」が食事を用意してくれていたが。

どうせまずいので期待はしていない。

米国と言えば巨大な穀倉地帯が有名だが、それも今やフォロワーがうごめく地獄のような場所だ。

奪還どころでは無い。

そんな状況で、軍属の人間だけが贅沢をするなどと言う事は、当然許される話ではないと言える。

「案の定おいしくありませんわね。 贅沢も言っていられないとはいえ」

「すみません」

「良いのですわ。 原材料も知らない方が良いでしょうし。 それでは仕方がありませんわよ」

「あの、「悪役令嬢」先輩」

「腐女子」が見せてくる。

「萌え絵」だ。

女性向けの「萌え絵」らしいが、かなりの枚数を描いてくれた。技量は「喫茶メイド」の方が勝るようだが。

これなら効くだろう。

頷くと、それぞれ手札として持つように指示。これなら邪神相手に「萌え絵」を使う事が出来そうだ。

なお、「フローター」は絵が兎に角駄目だった。これは一度描いて貰って閉口した。

まあ、できるできないは人によって違う。実際問題、「悪役令嬢」も絵はすかぽんたんなのだ。

「ありがとう。 ともかく、明日からはこの近辺でフォロワー狩りを行いますわ。 二人とも、一日1000キルを達成出来るようになったら、アラスカに飛んで貰いますわよ」

「はい」

「分かりました!」

アラスカは人手が幾らあっても足りないだろう。

ため息をつくと、戦いの跡地を見やる。

クレーターに砕かれた岩盤。文字通り凄まじい有様だ。

これで相手の出鼻を挫くことはできたが、今後は恐らく敵も警戒してくる。敵が次の手を打つ前に、何かできれば良いのだが。

米軍の作戦立案能力に期待する。

今はそれしか、出来る事は無かった。

 

3、混乱の中で

 

「陰キャ」の所にも情報が幾つか届いていた。

大阪でフォロワーを連日狩っている「陰キャ」だが、とにかく忙しくて身も心も安まる暇が無い。

今日のキルカウントは12000。

最近の戦績としては少なめだが。大きな生存者の集落を見つけて、その周辺のフォロワーの駆除に全力を挙げたのが理由である。

その分「コスプレ少女」に頑張って貰ったが。

それでも、やはりフォロワーを更に効率よく駆除したいという思いは強い。

一方で、多くの人を救えたという気持ちはある。

それは嬉しかったが。

同時に、腕をもっと上げなければならないという焦燥もある。

そんな中。

状況が悪化する一方だと聞いていた米国で、「悪役令嬢」が一瞬で六体の邪神を倒し。その中には高位邪神もいたという話を聞いて、胸をなで下ろしていた。

ただし、悪い情報もある。

米国に向かって移動中のフォロワーの群れの一部が、朝鮮半島に向かって移動開始したというのである。

その数はおよそ一千万。

そのままだと、恐らくは対馬を経由して日本本土に来るというのはほぼ確定らしい。

一千万。

今、日本にいるフォロワーはもっと多いはずだが。それでもお代わりで一千万はかなり厳しい。

何よりも、安全地帯になった北九州も、それどころか九州も危険にさらされる事となる。

何とか対馬辺りを利用して、敵の攻撃を防ぐしかない。

しかも「陰キャ」は動きようがない。

要所に最短時間でいけるようにと、日本の真ん中にいる大阪に居座る事を要求されているのである。

他の狩り手と連携するにしても、「陰キャ」が対邪神戦の主力と考えられている今。

結局移動するのは無理、なのだった。

連絡を一通り終えた後、駐屯地の隅っこで膝を抱えて蹲る。

静かに一人でしていると落ち着く。

これを理解出来ない人がかなり多くて、困ったことはある。

他人と喋るのはあまり得意じゃない。

一人でいるのが一番良い。

それを理解しない人が、ずかずか心に踏み入ってくるのが一番いや。だから、こうしているのは寂しいからではなくて、単に心を落ち着かせるためなのだが。

多少落ち着いたので、風呂に入って寝る事にする。

一千万、か。

「喫茶メイド」や「コスプレ少女」、それに「女騎士」などの現在主力で戦える狩り手が対馬に派遣されて、総出で守っても。敵を撃退するのにどれくらい掛かるのだろう。

その間、一人で本土を守らなければならないのだろうか。

ルーキーの追加がいつになるのかも分からない。

或いはクローンが来るのだろうか。

ぼんやりしている内に朝が来たので、起きだして着替える。そして、朝の連絡を「喫茶メイド」から受けた。

「「陰キャ」さんは今日も引き続き、大阪でのフォロワー駆除作業をお願いします。 しばらくはそのまま技量を強化することに専念してください」

「大陸から来る可能性があるフォロワーの大軍については、どうする予定ですか?」

「現在上層部と検討中です。 最悪、我々で出向きます」

淀みのない応え。

「喫茶メイド」の指揮に入るという話になったとき。

山革陸将は、戦歴も実力も劣る相手に従う事が不愉快では無いかと聞いてきたが。

それについては、今も全く不愉快では無い。

実年齢は「喫茶メイド」の方が上だし。

何よりこういう風に、安心感のある指揮をしてくれる。

指揮能力は「悪役令嬢」より上かも知れない。

あの人は調べて見ると戦術家の傾向が強いけれども。多分「喫茶メイド」は戦略家の傾向が強いと思う。

どっちが広域指揮に向いているかと言えば、いうまでもなく後者だ。

「分かりました。 今日も大阪の掃除を実施します」

「お願いします」

やりとりを終える。

日本の自衛隊は、NO1以下絶対正義同盟の邪神達との戦いで、大きく疲弊して再編の途中である。

更に日本各地のフォロワーはまだまだ駆除し切れていない。

横浜で戦闘を続けている「喫茶メイド」と「女騎士」も、二人あわせて一万ちょっとのキルカウントしか稼げていないようだし。

「優しいだけの人」が病院にいる今、「アイドルオタ」と「コンビニバイト」の二人は、各地での遊撃であまり大きなキルカウントを稼げていない。

この辺りで、新人がもっとほしい所だけれども。

そもそも前倒しで「悪役令嬢」の所に配属された二人が、あまり実力的に芳しくないと聞いているし。

無理に新人を前線に出しても、死なせるだけなのかも知れない。

準備を終えると出撃。

予定していた地点に出向いて、彷徨いているフォロワーを斬り捨てる。

動きがいつもよりも鋭いな。

嫌な予感がする。

対馬に大侵攻を掛けてくる前兆だろうか。

絶対正義同盟と違って、今度の邪神組織はかなり戦略的に動いてきていると、「悪役令嬢」から連絡があった。

実際問題、疲弊したところを狙って来るなど、今まで戦っていた絶対正義同盟よりも更に狡猾な印象を受ける。

かといって、手を抜いたり逃げ腰になれば、すぐに此方が食い殺されてしまうだけだ。

むしろ前に出て、積極的に敵が出てくるのを好機と思ってひたすらに斬る。

昼少し前に切り上げる。

一地区を完全制圧した。

だが、この辺りはもう工場区ではない事もあり。

隠れる場所がなく。

更にはフォロワーの密度が以前は非常に高かった事もあるのだろう。

少なくとも、ドローンが調べた範囲内では、生存者はいなかった。

午前中だけで7000のキルカウントを稼げた。

そろそろ、15000のキルカウントに手が届くかも知れない。

ただ、体力がない事を時々忘れそうになる。

気を付けながら、余裕を持って駐屯地に戻る。

同じく大阪で暴れている「コスプレ少女」はついにキルカウントが昨日9000に達したらしいし。

良い傾向だと思う。

劇的に味が向上したレーションを食べて、かなり調子もいい。栄養も改善しているのかも知れない。

茶は、まだ変わっていないか。

この話は、「喫茶メイド」にもしたのだが。

「喫茶メイド」もレーションがマシになった事には気付いているようだが。どうしてマシになったのかはしらないようだった。

食事を終えて、休憩を済ませた後、また出撃する。

徹底的にフォロワーを狩って、大阪を外側からどんどん攻めて行く。

フォロワーも群れ単位で移動するが。移動する端から狩っていく。

ともかく、邪神が能動的に何か仕掛けてくる前に、可能な限りフォロワーを狩って、人類の安全圏を確保しなければならない。

無言で夕方まで狩りを続け。

体力と相談しながら狩りを続けた結果、キルカウントは15500に達した。

随分狩る事が出来たと満足して、一旦駐屯地に切り上げる。

米国での戦況も良くないと聞く今。

少しでも、この国の状況を良く出来たことは好ましい。

先に風呂に入って、後はぼんやり駐屯地の隅っこで膝を抱えて静かにしてリラックスする。

軽く連絡が飛んでくるが。

いずれも、「陰キャ」にとって重要な内容ではなかった。

 

翌日。

朝から、かなり忙しい日になった。

大阪の周辺地区の駆除を進めていたのだが、「コスプレ少女」が担当していた地区で、2000人近い生存者がいるコロニーが見つかったのである。

大阪の、フォロワーの大量に密集している地域で良く生き残れていたものだなと思ったのだけれども。

どうやら大阪でも屈指のビルに立てこもり。

其処がショッピングモールなども内部にある大きなものだったこともあって。

内部で自給自足でき。

逃げ込んできていた人々も、必死に受け入れをしていたらしい。

ただ、最近どんどん大阪のフォロワーが減っている事に住人も気づき始めていたようで。

食糧を探しに出て来ていた人間が、ドローンと遭遇。

しかし、直後にフォロワーに襲われて。「コスプレ少女」が急行して救助。

状況を聞いた、と言う事だった。

移動しながら、話を聞く。

今日の駆除予定地域は後回しだ。2000人もの人命を救えるなら、当然そっちを優先する。

自衛隊も既に向かっているらしいが、問題の大型ビルは周囲に二万を越えるフォロワーが彷徨いている様子だ。

この二万も、立て続けの戦いで相当に減っていて。駆除が可能なラインにまで落ち込んでいるようなので。

今までの戦いは無駄では無かった、と言うことが分かって嬉しい。

「コスプレ少女」は既に戦闘を開始している。

「陰キャ」もそのまま、戦闘に参加。

「喫茶メイド」から遠隔で指示を受けながら、フォロワーを効率よく削りとっていく事にする。

古いフォロワーばかりだ。

どろどろに溶けかかったような体型のフォロワーもいる。

SNSクライシス前の大阪は治安がとにかく悪かったらしいのだが。何だか、それが分かるような気がする。

午前中、無心に斬り続けて、周辺にいるフォロワーの半数以上を「コスプレ少女」と一緒に連携しながら撃滅。

しかしながら、お代わりが来る。

師団規模のフォロワーの群れが、大阪の中心部から向かっていると、ドローンが撮影していた。

こういう隔離された場所にいる生存者は、ろくな状況にいない場合が多い。

発見できたのなら、即座に救助するべきだろう。

更に言えば、二千人もまとまっていたら、邪神のターゲットになりやすい。

一刻も早く救助しないと危ないだろう。

「喫茶メイド」から連絡が来る。

「「コスプレ少女」さんは入り口付近のフォロワーを片付けてください。 「陰キャ」さんは敵増援を食い止めてください。 入り口付近の安全が確認出来次第、自衛隊の救助部隊は活動を開始してください。 時間との勝負になると思いますから、急いで」

「分かりました」

そのまま、行動を開始する。

反発する理由も無い。

すぐに「陰キャ」はすっ飛んでいって、此方に向かっているフォロワーの大軍に当たる。

これも邪神の罠では無いかと思ったが、とにかく今は考えないようにする。

見えた。

確かに相当な規模の群れだが。

この程度の規模の群れは、毎日全滅させている。

今回はお代わりで来ている、と言う事が問題なのであって。今戦う事は、特に恐怖などは感じない。

無心で斬り込む。

ひたすら斬り伏せる。

体力と相談しながら、時々距離を取ってクッキーを口に入れる。このクッキーはまだ味が改善していない。

水筒に入れてきていた茶を飲み干してから、また戦闘に。

フォロワーをひたすら斬り続けていると、やがて連絡。

自衛隊到着。

救助活動開始、というものだ。

更にレンジャーも来たらしい。

ひょっとすると、内部にいる人達が、武装しているのかも知れない。そうなると、色々と面倒だ。

救助を進めて貰いながら。更に来たフォロワーの群れを押し返す。

可能な限り体力の消耗を抑えながら、ひたすらに斬り伏せる。

もう夕方か。

今回は、とにかく時間との勝負だ。

凄く体格がいい、からだに模様があるフォロワーが来る。ひょっとすると、刺青という奴かも知れない。

元はヤクザだったのだろうか。

どっちにしても関係無い。襲いかかってきたところを首を刎ねておしまい。

呼吸が荒くなってきた。

相当斬った。

だけれども、まだ救助完了の連絡は来ていない。

レンジャー部隊も含めて、自衛隊は人員が足りていない。邪神との総力戦で、相当数が削られたからだ。

人員の補充も当分先だと聞いている。

当たり前の話で、人間がいないのだから。

無言で耐える。

流石に少し辛くなってくる。

星が見え始めた。

しかし、寒さはかなりきつめだ。もうずっと冬はこんな調子だが。ともかく少し防寒対策をしなければ危ないかも知れない。

連絡が来る。

ようやく、避難が終わったと言うことだった。

すぐに撤退を開始する。

距離を取って、夜中だというのにまだ追いすがって来るフォロワーを斬り払いながら逃げる。

程なく安全な所にまで逃げ延び。

そして、状況を確認した。

「随分手間取ったようですが、問題は起きていませんか?」

「言いにくいことですが、小規模な衝突が起きていました」

ああ、やはりそうか。

今回もまた同じような感じで。逃げ込んだ人々の中にいたヤクザが好き勝手をし始めて。

武器を持っていたこともあり、中に逃げた人達は逆らえなかったそうである。

リンチで人を殺す事も普通にあったそうだ。

だが、閉じられた楽園は開かれた。

余計なことをと支配者達は思ったそうだが。一方で邪神の恐怖も知っている。

救助に来た自衛隊に対して、好き勝手な事をほざきまくり。自治権を寄越せだの、国の幹部にしろだの要求し。拒否されると、要救助者を殺すとか抜かしたのだとか。

それでレンジャーが来て、支配をしていたヤクザ(三十年も支配を続けていたようだ)と、その取り巻きを制圧。

その過程で、死者も出たのだとか。

こんな状況で殺しあいだなんてどうかしているが。

ともかく鎮圧には成功。

すぐに救助を開始したが。

非常に劣悪な環境で、簡単に動かせないような健康状態の人も多く。撤収にも時間が掛かったのだとか。

それらの話を聞いて、げんなりする。

駐屯地に戻って、「陰キャ」は本当に疲れたと思った。

そんな人達が、暴力が強いと言うだけでやりたい放題をしていたというのであれば。

お金を持っていると言うだけでやりたい放題をしていた人達が、世界中を牛耳っていたSNSクライシスの前と何が違うのだろうか。

助ける意味はあっただろう。

少なくとも、その三十年暴虐を振るっていたヤクザ達以外は。

「今日は本当にお疲れ様でした。 明日は、今日の分の作業をしてください」

喫茶メイドは、恐らく「陰キャ」の静かな怒りを察してくれたのだろう。

それだけ、連絡をくれた。

そう、静かな怒りだ。

拳を振り上げても、降り下ろす先がない。

助けた人達が、諸手を挙げて歓迎してくれる、なんて事は無い。

少数の人々を助けても。

フォロワーを斬り伏せて行く様子から、化け物を見るような目で見られることは。何ども経験している。

人は恩知らずで恥知らずだ。

そういう考えも浮かぶようになっていた。

キルカウントは、今日も15000を越えていたが。

それがどうだというのか。

また、短期間で腕を上げている「コスプレ少女」は、ついに今日キルカウントが10000を越えたそうだ。

今日はかなり特殊な条件だったとはいえ、それでも大したものだと思う。

無言で、良い事もあると自分に言い聞かせる。

しかし、鬱屈は溜まる一方だった。

「悪役令嬢」から連絡がくる。

海外との連絡はかなりパワーがいるらしく。滅多にこないのだが。それでも久しぶりに、ずっと一緒に凶悪な邪神と戦い続けた「悪役令嬢」の久々の連絡は嬉しかった。

六体の邪神。それも一体は幹部級。を屠ったという。

幹部級と言う事は、高位邪神だろう。

流石だと思う。

米国もかなり大きな打撃を受けており、特にこの間の大規模襲撃で、多くのルーキーを失ったとか。

軍の再編成を大慌てで進めているらしく。

更には内部に潜んでいたスパイのあぶり出しもしているのだとか。

スパイか。

邪神に従ったって、利用されて殺されるだけなのに。

それくらい、厳しい戦況の中で追い詰められて、判断力を失ってしまう人もいるということなのだろう。

そう思うと、「陰キャ」も悲しくなった。

しばらく、米国本土は「悪役令嬢」と一緒に行ったルーキー二人で守る事になるそうである。

ある程度コミカルにその様子が書かれていたので、多少心が和んだ。

大きくため息をつく。

何とか、持ち直すことが出来たかも知れない。

小声で「陰キャ」は今日はここまで、と呟いた。

久々に、口を喋るために使った気がする。

それでも、たまに口を使いたくなるのも、悪くは無いと思った。

 

4、良い事悪い事

 

「喫茶メイド」は横浜で戦いながら、「女騎士」がみるみるキルカウントを伸ばしていくのを見ていた。

どうしても指揮の仕事があるから、鍛錬が遅れがちだ。

今の時点で、二人で一万五千ほどのキルカウントを稼いでいるが。それでも「陰キャ」一人に及ばない。

更に言えば、米国本土で活動している「悪役令嬢」は。一日のキルカウントが28000に達したという。

これは前人未踏の数で。

本人はもうこれ以上劇的な伸びは無いだろうと口にしていたが。

まだまだ伸びるだろうと「喫茶メイド」は思っていた。

予定通りの駆除を終えた後、「女騎士」に確認する。

「体にいたい場所などはありませんか?」

「大丈夫です。 これでも頑丈なのが取り柄ですから」

「そうですか。 それでも、無理はしてはいけませんよ」

「ありがとうございます」

横浜を奪還できれば、また巨大な工場地帯を取り戻せる。

現在横浜駅付近まで進んでいるが、フォロワーの数は増える一方だ。横浜駅には数度偵察に出向いたが。

駅そのものが、噂に聞く新宿駅並みのダンジョンになっていて。

とてもではないが、ナビが無ければ内部で行動できるとはとても思えなかった。

いずれにしても、この付近の駆除をするだけで数ヶ月はかかるのでは無いか。

そうとさえ思える程、フォロワーが多い。

無力さに怒りすら感じる。

そんな中、山革陸将から連絡が入る。

「「喫茶メイド」くん。 朗報が二つある」

「はい、情報共有をお願いします」

「一つは、ルーキーが二人其方に入る。 一人はかなり特別なルーキーだ。 早い段階から、実戦経験を積ませてほしい」

「特別な?」

詳細は言えないと言われた。

ならば仕方が無い。

ひょっとすると、クローン計画の。いや、しかし早すぎる。だが、クローンに関しては、実の所急速成長以外は技術として完成してはいると聞いている。だとすれば。十二三年前から動いていたプロジェクトのクローンだったら、あり得るかも知れない。

最近噂が流れてきたのだが。「悪役令嬢」はそういったプロジェクトの第一弾として産み出されたという話がある。

確かにあの圧倒的な実力。いわゆる天然物で、しかも過去がはっきりしている「陰キャ」とは別方向の凄まじさだ。

戦闘に適性がある遺伝子を厳選して作り出したデザイナーズチルドレンではないのかという噂が、最近特に強くなってきている様子だ。

「もう一つの朗報だが、各地の軍港からフォロワーを追い払った事で、護衛艦を回収しはじめている。 これらにAIを組み込んで、自動で沿岸からフォロワーを砲撃するシステムが完成するとみている。 来たる対馬防衛戦では、これが活躍してくれるだろう」

砲弾は。燃料は。

それらについてはあまり聞かない方が良いだろう。

ともかく、支援砲撃があるのなら。一千万のフォロワーを迎え撃つ時にも、多少は楽にはなるかも知れない。

現在呉や横須賀などから、十二隻の護衛艦と潜水艦が回収され。

これらを特殊無人作戦兵器群として、一度既にフォロワーを駆除し終えた九州の一角、佐世保に集結させているらしい。

中国地方はそれほどもともとフォロワーが多く無かった事もある。

今、「アイドルオタ」と「コンビニバイト」の二人が各地を転戦して、港の幾つかを解放。

放置されていた護衛艦などの回収と改修を、自衛隊の工兵部隊がせっせと行っているようだ。

ドローンなどが、現在ある護衛艦などを確認している事もあり。

最終的にはこの「無人なんとか作戦軍」は二十隻の規模になるらしい。

全てを無人で動かすというのが少し気になったが。

このガラケーデバイスで用いている新規プログラム言語を使うと言うこともあり。

進歩出来ない邪神には、ハッキングできない兵器群として、活動はしてくれるそうである。

まああまり期待は出来ないが。

多少はマシにはなると思って、話半分に聞いておく。

二つも良い事があったのだ。

良くない事もあるのだろうと思って、そのまま山革陸将の話を聞くが。案の定だった。

「良くない話が一つある」

「聞かせてください」

「対馬に向かっているフォロワーの進行速度が予想以上に早い様子だ。 横浜からは、思ったより早く引き上げて貰う事になるかもしれない。 対馬での作戦行動を行う面子を誰にするかは、君に任せる」

「……」

思わず天を仰ぎたくなる。

恐らく、米国本土で「悪役令嬢」先輩にいてこまされた報復に、邪神共が日本に送り込むフォロワーを増やそうと画策しているのだろう。

そうなると、その特別なルーキーの実力を見て。

それから判断する事になる。

恐らく、現地に向かう事になるのは、「喫茶メイド」と「女騎士」。それにそのルーキーになるだろう。

日本に邪神が大挙して来た場合に備えて、高い戦闘力を持っている「コスプレ少女」は、「陰キャ」の支援に残しておきたい。

また、回復していない自衛隊の支援のために、ある程度実力がついてきた「アイドルオタ」「コンビニバイト」の二人に加えて。更にそろそろ病院から復帰出来そうな「優しいだけの人」も残した方が良いだろう。

三人で一千万を迎え撃つのか。

しかも、この一千万は更に増える可能性が高いのである。

溜息が漏れる。

一日まだ「喫茶メイド」と「女騎士」の二人で一万五千程度しか撃破出来ない。

皮算用はしない方が良いから、対馬で自衛隊のその無人兵器艦隊軍と連携するとしても。一日最低でも十万はキルカウントを稼がないと厳しい。

それでも処理に百日掛かる。

ただ、主力である「陰キャ」を本土に残せるのは大きい。

どうも今度の邪神組織「エデン」だったかは。戦略の基本に忠実に。つまり弱いところから叩く方向で動いている様子だ。

それならば、もしも対馬に出向いている「喫茶メイド」達についでに邪神を向けてきたとしても。

日本での狩り手が致命傷を受けることはないだろう。

「以上だ。 連絡があるまで、横浜での作戦活動を継続してほしい」

山革陸将からの通信が終わる。

溜息が出た。

「陰キャ」が、休んでいるときは駐屯地の隅っこで膝を抱えて静かにしていることを、「喫茶メイド」は知っている。

あれは大丈夫なのだろうかと、「女騎士」に聞かれたことがあるが。

SNSクライシスの前の時代はとにかく外向的な人間ばかりを求め、集団行動を強要する傾向があり。それで多くの人材を取りこぼしてきたという説明をして。一人でいたいのなら、そうさせてやるべきと説明したことがある。

「喫茶メイド」は「陰キャ」ほどの天然物は流石に滅多に見た事がないが。

それでも、本人がそれで良いと言うのなら。尊重すべきだと思っている。

実際、日本でも「悪役令嬢」とならぶトップエースの狩り手だ。

変な習慣を押しつけて、その実力を削いでしまっては何の意味もないのである。

そんな「陰キャ」の気持ちが分かるような気がして。

更に憂鬱になった。

他人の気持ちが分かる人間なんて、エスパーくらいだ。

「悪役令嬢」は強烈な口撃を邪神に浴びせているが。

あれも本当はどこまで適中しているか分からない。

少なくとも、他人の気持ちが分かるなんて考えるのは傲慢だと思い直して。「喫茶メイド」は首を横に振っていた。

とにかく、指揮官としての仕事の重圧がきつい。

休暇がほしいと思うけれども。

対馬にフォロワーの大軍勢が迫っている今、とても休暇どころではない。

対馬に大軍が迫っていると聞いて。

世界中が、むしろ人間のものではないことを思い知らされるばかりだ。

「陰キャ」はできるだけ日本の中心にいて貰った方が良いので。大阪が一段落したら、今度は近畿の何処かしらで動いて貰おうと思っている。

つまり駆除が必要な横浜や北海道、更には首都圏は、まだまだ「喫茶メイド」達で頑張らなければならないという事を意味している。

翌日に備えて寝るように「女騎士」に指示すると。

ゆっくり風呂に浸かってから。「喫茶メイド」も休む事にする。

九州で、退路もない状態で凄まじい遅滞戦術を強いられたらしい「悪役令嬢」と同じか、それ以上に過酷な任務がこれから待っている。

少しでも腕を上げておかないと、という焦りと。

単純な憂鬱が混ざり合って。

「喫茶メイド」の心を痛めつけていた。

 

(続)