雪原の泥沼

 

序、遅滞戦術

 

ホバークラフトを使って、ベーリング海峡を渡る。連日三万程度のフォロワーを狩り続け、五日が経過。

「悪役令嬢」から見ても、狩り手「フローター」はなかなかの使い手だ。

実力は「喫茶メイド」と同じくらいは見込んでいいだろう。ただし、彼女単独の力量では上位邪神の相手は厳しい。

それもまた、「喫茶メイド」と同じだ。

ホバークラフトはとにかく快適で、無言でベーリング海峡を渡る。旧ロシア領に到着するまで、数度フォロワーの群れを発見して撃滅したが。いずれにしても海はガッチガチに固まっていて、クレバスなどに落ちるおそれすら無かった。

この辺りの凍結ぶりは少し異常だ。

ともかく、旧ロシア領に入る。

旧ロシアは、SNSクライシスが始まったときに、もっとも過激な手段を採った国家の一つだ。

国内のフォロワーを撃滅するために躊躇無く核を使ったし。

ABC兵器全てを試した。

勿論フォロワーだけではなく、邪神相手にも同じ事をした。

兵士が近付くだけでフォロワーになると分かっても、肉弾攻撃を強要した。老人から子供まで特に貧困層を中心に兵士として動員し、最後の一人まで使い潰した。

結果として、当時の「大国」の中では最も最初に陥落する事になった。むしろ邪神が面白がって、激しく暴れ回ったからである。

結果として、今でも旧ロシアには核で激しく汚染されている地域や細菌兵器や毒ガス兵器が撒かれた地域が存在している。

そしてそういう場所でも、平然とフォロワーは闊歩しているのだ。

邪神はどんな強烈な兵器でもものともしない。その眷属も圧倒的耐性を有している。

それを証明してしまっただけだった。

すぐにスノーモービルから物資を降ろして、「腐女子」が駐屯地を作り始める。

それに対して、手をかざして「悪役令嬢」は確認。

今更国境も何も無い。

ロシアには、既に人がいないのだ。

ロシアの首脳部は、逃げようとしたところを邪神に接近されて、その場で全部フォロワーになってしまったし。

最後まで抵抗していた者達だって、物資が届かない中極寒地獄に取り残されたらどうなるかは分かりきっている。

この辺りは、たまに軍事衛星で生存者を探しているのだが。三十年間成果が上がっていないという。

まあそれもそうだ。

此処で生きていられる奴がいたら、それは超人か何かだろう。

「フォロワーの群れ発見。 規模はおよそ二万」

「OH。 お昼過ぎですけれども、片付けられますか」

「何とかなりますわ」

さて、片付けに行くか。

駐屯地の設営は、ルーキー二人に任せる。先に「悪役令嬢」が突貫するので、「フローター」は後から来て欲しいと言って。

そのまま敵に突入した。

寒冷地での戦いには慣れ始めた。

こちらに気付くフォロワーの群れが、一斉に襲いかかってくる。

だが、慣れ始めている以上。

もはやただのエサだ。

片っ端から赤い霧に変えつつ、様子を見る。

まだまだ先発隊の先鋒。ほんの前衛の一部としか接触していないとみて良い。遅滞戦術はここからが本番だ。

とにかく敵を引っかき回して、数を削りとる。

一日辺り三万を目標に削って行く。

後四人、増援が来ると言う話だが。

米軍内部のゴタゴタもある。

恐らくだが、しばらくは到着を期待出来ないだろう。

片っ端からフォロワーを斬り倒して、やがて鉄扇を振るう。周囲に気配はなくなり、動くものもなくなった。

雪の中から奇襲してくる相手もいるが、その程度の気配なら感じ取れる。

鉄扇は凍結対策をしているので、血がこびりつくこともない。

逆に痛まないように、気を付けなければならない状態でもあるが。

二万からなるフォロワーの群れ本隊は殲滅したが、周囲の小規模な群れはどんどん集まってくる。「フローター」が参戦。ここからが本番だ。

徹底的に刈り取り続け、やがて周囲に展開していたフォロワーの群れは消滅した。

これは小さめの群れ。

これから4500万が来ると考えると。少しでも削らなければならない相手。

駐屯地に戻る。

すぐに極地用のドローンをまわして貰うが。

さて、どんな地獄絵図になる事か。

夜になったので休む。

この駐屯地は、しっかり防寒機能を備えている。だから、内部は寒くない。寒冷地出身らしく、「フローター」はむしろ生き生きしていた。

幾つか話をしたが、「フローター」は「悪役令嬢」より少し年下だそうだ。東海岸近くにある狩り手の育成所出身で、戦歴は三年。

父親も、既に戦死した狩り手だという。

そうか、としかいえない。

狩り手の生還率は非常に低い時代が続いた。だから、そんな過渡期に産まれた子だったのだろう。

なお、狩り手の間でも兵士の間でも、東海岸の司令官は評判が悪くて。穴熊野郎と渾名されているらしい。

まあどこの国にも、無能な指揮官はいる。

他人事ではないので、あまり笑う事はできなかった。

「それにしても、その「陰キャ」さんというエース。 貴方ほどの方が其処まで褒めるのだから、相当な腕前ですのね」

「戦闘に対する適性がこれ以上もなく高い、と言えますわ。 技はすぐに見て覚えるし、剣術に対する素養も高い」

「OH! サムライ!」

「……」

どちらかというと忍者に似ているような気がするが。

まあそれについては言っても無駄か。

まあいい。ともかく、何にでも興味津々の様子なので、いつも楽しそうで何よりだが。

こういうタイプが嫌われていたというのも、SNSクライシス前の事実なのだろう。

いつも何にでも楽しそうにしていて、側にいるだけで明るくなるのに。

「ドローンからの映像が来ました」

「見せていただきます?」

「……」

見せてもらうが。予想以上にどうやら地獄は至近まで来ていたようだ。今までとは段違いの群れが来ている。

なるほど、遅滞戦術を使って行くしか無いだろう。いずれにしても、ここから先は地獄になる。

「群れの規模は百万。 これが複数単位存在しているようですね」

「オーッホッホッホッホ! 最終的に敵は三億になるという話。 これを三百潰せばいいという事になりますわ!」

「OH! 面白い笑い方ですね! それって、ミームとしての「悪役令嬢」に関係するものなのですか?」

「そうですわ。 こうやって高笑いするのが基本なのですのよ」

本当に無邪気な「フローター」だが。

後ろにいるルーキー二人は青ざめている。

接近している百万単位のフォロワーの群れ、複数。

アラスカを突破されれば、ただでさえフォロワーまみれのカナダは更なる地獄になる。

そして未だに増援で来る筈の四人は来ていない。

しばらくは「悪役令嬢」と「フローター」が主力でやっていくしかないのだ。

仮に毎日三万ずつを狩る事が出来たとしても、一日減らせるのは三万。百万の群れを消し去るには一月以上掛かる。

それに、それだけで済む筈が無い。

何度も「悪役令嬢」はルーキー達に警告している。

邪神が来る。

高確率で、だ。

米国に入った時点で、早速一体雑魚とは言え来た位なのである。それもわざわざ南米から出張して。

ユーラシアにはわんさかまだ邪神がいて。

組織に属していない者もいるはずである。

また、邪神共が組織行動を見せていないのも不思議だ。

何か目論んでいると考えていいだろう。

ともかく、ホバークラフトなどがあるこの駐屯地まででも、まずは遅滞戦術を行い。前線を少しずつ戦いながら下げて行くしか無い。

ロボット(車ではなくスノーモービル)を出して貰う。

これは米国でも日本でも使っている技術だ。

ただ米国の場合、国内が広すぎることや。それにフォロワーが日本とは桁外れに多い事もあって。

普段は燃料の消費を承知の上で、ヘリを飛ばす事も多いようだった。

今回は、東海岸の例のアホ司令官が色々渋ったらしいのだが。それでも極地用の数少ない機体を回してはくれたらしい。

何でも狩り手がサボタージュの動きを見せ始めていると言う事で、アホ司令官も焦ったのだろう。

流石に狩り手が本気で言う事を聞かなくなったら、どうにもならない。

今の時点で、狩り手が出無ければ、フォロワーさえまともに駆除できないのだ。

三十年必死に研究を続けて、細菌兵器からゴキブリまで様々なものを試して、全てが駄目だったのである。

今更、都合良く新兵器なんて出てこない以上。

どれだけアホでも、狩り手に頼らないとどうなるかくらいは分かっている。

まあ「悪役令嬢」のいた日本でも、その辺で色々揉めたので。他人事では無いが。

ともかく。足が確保出来たのは良いことだ。

スノーモービルで前線に向かう。

使うのは二台のみ。

一台はルーキー二人に操作して貰う。なお軍属だった「腐女子」が運転手。

もう一台は「フローター」が操作する。

不思議ちゃんな彼女も軍属だったらしい。

スノーモービルもロボットだから、運転はほぼ自動だが。それでも幾つかの機器操作が必要になり。

日本語式では無く英語対応なので、この辺りは「悪役令嬢」も翻訳機ごしにやるのは面倒だし。操作をしてくれるのは有り難い。

「停止」

「フローター」がスノーモービルを止める。

どうやら、敵が見えてきた様子である。

雪がかなり積もっているが、あまり関係は無い。

「此方で先行しますわ。 貴方たちには取りこぼしを少しずつ回すので、確実に排除するようにしてくださいまし」

「分かりました!」

「はい」

相変わらず元気が良いのは「腐女子」の方。

「悟り世代」は相変わらず物静かだ。

鉄扇を開く。

凍り付くのが心配だったが、その辺りもきちんと対策はしてくれている。

さて、「フローター」と頷きあうと。

そのまま突貫。

瞬歩はまだ使わない方が良いだろう。

フォロワーの群れは、既にこっちに気付いている。こいつら一体一体が、対戦車ライフルくらいは使わないと倒せない。

それを考えると、とても鉛玉でどうにかできる相手では無い。

接敵。

赤い霧をぶちまけながら、敵中に突貫。

「フローター」は少し下がって、「悪役令嬢」に群がっている敵の辺縁をけずるようにと打ち合わせてある。

一方「悪役令嬢」は敵中に突貫し、フォロワーの群れの統率を乱す。

いわゆる一種の浸透戦術である。

そのまま大暴れを続けて、赤い霧を辺りにばらまく。

当然全方位からフォロワーが来るが、はっきりいってなんぼでもこい、である。

身につけているのは耐寒ドレスだが、それでも寒いくらい。

暴れて温まるのがむしろ楽しいくらいだ。

更に言えば、この数である。「饕餮」から覚えた技の数々も試し放題。絶技については流石に軽率には使えないが。それでもまだまだ色々試したい技はある。

大暴れしながら、昼過ぎまでそれを続け。敵の群れが集まって来たところで、瞬歩を使って逃れる。

追撃してくる敵を「フローター」の「スノービーム」と名付けた普通のレーザーが薙ぎ払う。

まあ、必殺技だし、どんな名前でも良いだろう。

スノーモービル型のロボットには、当然レーションを積んできてある。日本のに輪を掛けてまずいが。

まあそれは我慢するしかない。

レーションと言えば、古くからまずいものと相場が決まっている。それでもSNSクライシスの前くらいは、だいぶマシになっていたらしいのだが。今ではもはや、見栄を張る余裕も無くなってきている。

米国でも幾つか確保した安全地帯で、無人工場で生産しているそうだが。

材料は知らない方が良いと言われていて。

まあ栄養はあるのだろうから、それで我慢するしかない。

「悟り世代」が茶を淹れてくれる。

キルカウントを聞くと、「腐女子」ともども十五ほどだそうだ。

まずは一日百を目指そう。

そう言うと、二人は頷いていた。

まだ午前中である。

これから午後が本番。

ルーキー達は今日はこの様子だと狩れて三十というところか。まあ疲弊を見ながら、フォロワーを回していく事にする。

食事をして、用を足して。

少し休んだ後、すぐに出撃する。

一応米国サイズの大型スノーモービルなので、トイレくらいはついているのが有り難いはなしだ。

日本の車のロボットは、それもついていなくて。その辺で用を足すしかなかったのだから。

午後も早速午前中に削りとった群れに突入して、続けて大暴れをする。

フォロワーの中には体が欠損しているものも多いが、そういうのは変則的に動いてくる事が多いので、対応力が示される。

ともかくあらゆる状況に身を置き。

これから飛躍的な成長が期待出来ない自分を、少しでも鍛え上げる。

今後、「陰キャ」が自分の立場に来た時に。

少しでも楽になるように。

できる限り、可能な限り高効率で敵を倒す方法を編み出す。

今作っているらしいクローンが前線に出られるようになった頃には。

自分が極めた技を、最初から習得した状況で外に出られるようにしてあげたい。

そのためには、まずは技を極めることが必要だ。

後方から、どっと雪崩を打つように襲いかかってくるフォロワー。

無心で踏み込むと、その集団ごと吹っ飛ばす。

絶技ではないが、多少パワーを込めればこれくらいはできる。

だが、その分体力も消耗する。

邪神がいつ出るか分からないし。其奴が米国に入った途端に仕掛けて来たクソ雑魚のような奴とは限らない。

いきなり上位邪神が出てくる可能性はあるし。

その場合は、「フローター」を引率にルーキー達を逃がし。自身は相手の能力を見て、次の戦いに備える。

そう、一回で倒さなくてもいい。

それだけが救いか。

一回で倒さなければならない場合は、本当に大変だったのだ。

精神的負担がそれだけでも、だいぶ楽になる。

夕方になってくると、防寒着ごしにも冷え込みが酷くなってきた。

無言で下がりつつ、追いすがって来る群れを蹴散らし続ける。

「フローター」に撤退を告げ。そのままスノーモービルまで戻る。フォロワーの追撃部隊を全て蹂躙し終えると。

百万規模の群れも、流石に追ってこなかった。

ただ進撃速度はともかく、これと同規模の群れが45。接近を続けているのである。

まあ今後はどうなるかはお察しだ。

ドローンで様子を見ながら、どんどん戦線を下げて行くしか無いだろう。

ロボットに乗り込むと、キルカウントを確認。

「悪役令嬢」は二万五千。「フローター」は六千二百。

ルーキーの二人はそれぞれ30と少しだった。

「フローター」は「悪役令嬢」に集っているフォロワーを片付けていたので、いつもより効率が良く狩れたそうである。

もっと練習をして、更にキルカウントを上げるようにしてくれというと、面白い事をいうのですねとくすくす笑う。

まあ軍属の人間だ。

何というか、こう言う場で更に腕を上げることに真面目な「悪役令嬢」は不思議な存在に思えるのかも知れない。

使っている技も含めて、だ。

日本から連絡がある。

どうやら、日本でも追加で邪神が出たらしい。

静岡の無人工場地帯の建設現場を直接狙って来たそうだ。

「陰キャ」が激闘の末倒したと聞いて、少し眉をひそめる。

あの子が激闘するほどの相手となると、この間米国で「悪役令嬢」をねらってわざわざ姿を見せたスカポンタンとはレベル違いとみて良いだろう。

邪神共がもし組織的に動いているとなると、一体何を目論んでいるかがよく分からない。

ともかく、最大限の注意をしなければならないのは確実だった。

駐屯地に戻る。

早めに休むようにルーキー達に指示。

「悪役令嬢」も、さっさと風呂を済ませて寝袋に入る。

この駐屯地まで、敵が迫るのは後何日か。

そもそも、残り四人はいつくるのか。

苛立ちが募り始めているが。

それでもやっていくしかない。どうせフォロワーは全て駆除しなければならないのだから。

此処で狩るも、後で狩るも同じだ。

溜息が出る。

どんどんストレスで、寝付きが悪くなっているのが分かった。

 

1、宣戦布告

 

また、邪神が本土に上陸してきた。今度は大阪だ。

今丁度「コスプレ少女」が交戦しているが、すぐに「陰キャ」を向かわせる。

首都圏にいる「喫茶メイド」は、その辺りの指示は任せられているので。自身も出る準備をしていたが。

戦況を確認していると、「陰キャ」が到着したらすぐに終わった。

邪神の実力は絶対正義同盟だったら二桁ナンバーくらいだろうか。いずれにしても、「陰キャ」がまたたくまに斬り伏せて、第三形態まであっというまにつぶし終えた。

流石だ。

「目撃報告などがある邪神かどうか、データベースに照合してください」

「分かりました」

自衛隊の本部のオペレーターに連絡を入れておく。

「喫茶メイド」自身も、今丁度二千ほどフォロワーを削ってきて、それで休憩中だったのだが。

いつ邪神が現れてもおかしくない緊張状態は、まったく変わっていなかった。

静岡に少し前に現れた邪神は、データベースにあった。

以前欧州に現れた邪神で、ドイツの幾つかの都市を文字通り皆殺しにしていった奴である。

欧州はもう殆ど無人で、邪神達が自分の天国にしてしまっているが。

それはそれとして。

SNSクライシス直後には、各地の軍である程度連携して邪神の情報を共有していたので。

こうやって情報が出てくる奴もいる。

そうなると、欧州の邪神組織からきたのだろうか。

それについては、よく分からなかった。

今回の邪神についても、しばししてデータが出たようだった。

「照合できました。 アフリカで暴れていた邪神「人食い」のようです」

「「人食い」?」

「一種の奴隷商人の事です」

思わず無言になる。

第三諸国の最貧国では、子供を売る事が平然と行われていた。アフリカなどでは特に酷かった。

カカオ農場での地獄労働などは有名だが。

少年兵として子供を武装組織に売り飛ばす親とかは平然と存在していた。

しかしながら、日本でも20世紀初頭までは。田舎では、都会の工場などに子供を売り飛ばす制度があったし。

それらはプロレタリア文学として今でも記録が残っている。

どの道、救いがたいゲスだったと言うことは事実で。

「悪役令嬢」だったら、さぞや凄まじい口撃をしていただろう事は容易に想像できる。

ともかく、ため息をつく。

欧州の組織が仕掛けて来ている可能性を考えて、自衛隊が色めきだっていたのだが。

「悪役令嬢」を北米で襲った邪神は南米から来たようだったし。何が起きているのかはよく分からない。

「陰キャ」には、ヘリでまた横浜に戻って貰う。横浜の解放まで三ヶ月程度は掛かると見通しがついているが。

横浜にいるフォロワーを全て駆除できれば、巨大な工場を幾つも回収することができる。

中には巨大な艦船の部品を作り出せるような工場も存在しているらしく。

これはとてつもなく大きな成果だと言える。

また、幾つかの駅には殆ど無事な電車なども残っているそうで。

現在第二東海道として使っている安全路の一部に、電車を通す計画が出始めているそうだが。

それを強力に後押しできるかも知れない。

まあ、人を乗せて運ぶのでは無く。

物資輸送のための電車だが。

まだまだ、日本にこうやって邪神が攻めてくる状況だ。

大量の人を輸送するなんて、恐ろしくてとてもできた事ではないのである。

ともかく、駐屯地で少し休んでから、出撃する。

T字箒と、ナイフとフォーク。

それに毎日時間を掛けて描きためている「萌え絵」。

これらを確認し。「萌え絵」の一部は他の狩り手に送っておく。

対邪神戦での切り札になるからだ。

「陰キャ」も数枚ストックをいつも持っているが。もう少しほしいと連絡をしてくるので。

そのためにも、ちまちま描きためていかなければならなかった。

「「喫茶メイド」くん。 少しいいかね」

「はい、山革陸将」

通信が来たので応じる。

もうガラケーデバイスでの通信が当たり前になっていた。こいつなら、邪神による電波ジャックを受ける可能性がないからだ。

「米国から連絡があった。 旧ロシアにいた邪神が、カリフォルニアに出現。 米国の狩り手達が倒したそうだ」

「今度は旧ロシアですか。 それにしても妙ですね……」

「ああ。 シベリアで死闘を繰り広げている「悪役令嬢」をどうして無視して、米国本土にまで何故飛んだのかが分からない」

はっきりしているのは、日本も米国も、連続して遠隔地から攻め来た邪神に襲われた、と言う事だ。

これに対して、さっそく例の東海岸の司令官が反応しているらしい。

米国本土が危険だ。

シベリアに狩り手を派遣するのなんてもってのほかだ、と。

頭が痛くなる話だが。

大統領も、二回立て続けに余所の国から邪神が現れたのを聞いて、無視出来なくなっているらしい。

「いっそのこと、うちから何人か追加を出しますか?」

「いや、「陰キャ」くんをはじめとした、邪神と戦える狩り手はまだまだ少ない。 それにクローンの計画だって立ち上がったばかり。 「悪役令嬢」くんや「陰キャ」くんのクローンだって、量産出来るわけではない。 彼女らの完成形の技を覚えて貰えれば、それこそフォロワーを簡単に蹴散らしていけるという楽観的な試算もあるが、そもそも急速成長させられるわけでもない。 計画が本格的に動くのは……私が死んだ後になるだろう」

そうだろうな。

山革陸将は、年齢の割に老け込みが激しい。

激務だし、ストレスも酷いだろうからだ。

軍属であった「喫茶メイド」はよく分かる。

今、まともに仕事をしている高位軍人は本当に大変だろうな、と。

政治ごっこに現を抜かしている米国の東海岸の司令官のような輩はともかく。少なくとも、山革陸将はきちんとするべき仕事はしている。

「君も備えを続けてくれ。 フォロワーの駆除についても、このまま進めてくれ」

「分かりました」

休憩は終わり。

何にも休まっていない気がするが。

そもそも現時点で、「喫茶メイド」は安定して毎日キルカウントを五千稼げれば良い方、くらいの実力しかない。

遠距離戦がメインとは言っても、もう少しキルカウントは上げておきたい。

フォロワーを一体倒すだけで、自衛隊員の負担がそれだけ減るのである。

首都圏に出る。

わんさかフォロワーがまだいる。「陰キャ」が横浜での仕事を終えたら、今度はこっちを任せたいところだが。

彼女の本当の仕事は、邪神キラー。

大物食いをメインでやってもらう「陰キャ」には、大量のフォロワーを安定して潰す仕事はさせたくないのである。

どうせ静岡の工場が動くのには二年はかかる。

横浜を今すぐ解放したって、動かすのは当面無理だろう。

九州の無人工場地帯は拡張を続けているらしいが。

それでも色々無理がある。

幾つかのラインは未だに焼け付きそうな状況らしいし。

はっきりいって、戦況は何一つ良くなっていない。

まあ、フォロワーの駆除が完了した地帯が増えた事で。多少は自衛隊員の配置については考えるのが楽になったらしいが。

それくらいしかない。

以降は、警官の復活が考えられているらしい。

今までは殆ど限定的にしかいなかった警官だが。退役自衛官を中心に、警察を復興するという話が出て来ているとか。

だが、それもまだ先になる。

どれもこれも夢がある話だが。

今「喫茶メイド」に襲いかかってきているフォロワー達を見る限り。

それは今の時点では、画餅しかない。

ともかく、「悪役令嬢」が得意としていたヒットアンドアウェイを参考にしながら、体力と相談しながら敵を削り。

最終的には追いすがって来る連中を削りながら駐屯地に戻る。

かなり息が荒くなっている。

体力には自信がある方なのに。

戦闘技術の向上を、と本気で考え始めてから。どうも息が切れるようになってきていて。少し心配である。

キルカウントを確認する。

6100、か。

かなり上等な方だが、まだまだムラが多い。

一万を目指したい所だが。それには箒を使った近接戦闘術をもっと洗練する必要がある。

寝る前に、「悪役令嬢」が残していってくれた戦闘技術の映像を見て確認しておく。足運びとか、重心の移動とか、何もかもが上手すぎる。

この人の過去については、実はあんまりよく分かっていない。

一応狩り手としての訓練を受けて、実戦に出てからはめざましい活躍をしているのは確かなのだが。

その前がどうにも追えないのだ。

幾つか参考になる技術があったので、試してみる。

「陰キャ」も習得していた瞬歩は使いたい。

一応似たことは出来るようになってきているのだが、尋常では無く疲れるのだ。戦闘で連続して使えるようになれば、空中機動とか上空からの奇襲とかができる。

寝る前に軽く練習をして、それから眠る。

実力が半端なまま、狩り手の頭を任された「喫茶メイド」は。

少しでも腕を上げて。最悪の事態に備えられるように。常に苦悩し続けていた。

 

翌朝。

起きだして、フォロワー狩りに出ようとした「喫茶メイド」の所に緊急連絡が来る。

この緊急連絡は、超がつくほどの重要な事件が起きたときに来るものだ。

即座にフォロワー狩りに出ようとしていたのを切り替え、駐屯地に戻ってテレビ会議に参加する。

既に日本だけではなく、米国の首脳部も集まっていた。

狩り手としても「ギーク」。あの偉大なる「ナード」の後を継いだ米国現在トップの狩り手が出ている。

「悪役令嬢」はいない。

彼女はシベリアの最前線で、早朝から戦っていると言う事で。後で結果だけ伝えて欲しいと言う話をしてきたそうだ。

今朝も百万規模のフォロワーの群れ相手に遅滞戦術を決行しているらしく。確かにその話を聞かされると、会議どころでは無いな、と思う。

冷や汗を掻きながら、米国大統領が話を始める。

「皆に重要な報告がある。 米国のもう使っていない通信網を使って、邪神共がアクセスしてきた」

「……っ!」

「見て欲しい」

すぐに映像が出る。

かなり荒い画像だが。

映り込んでいるのは、何とも傲慢そうな、スーツを着た中年の白人男性だ。

「私の名前は「財閥」。 元気にしているかなしぶとく地球に貼り付いている時代遅れな人間の諸君。 狩り手などと言うクズ共を作り出し、我々に必死に抵抗を続けているカトンボたる君達に朗報だ」

翻訳が掛かっているから、微妙な部分では違う単語を使っているのかも知れないが。いずれにしても此方を馬鹿にしているのは事実だろう。

こいつが、「財閥」。

見ただけで分かる。

最高位邪神だ。

実力はあの「神」と勝るとも劣らないだろう。

「我々は既にこの地球を征服したも同然だが、君達抵抗する人間共のせいで大変に迷惑している。 既にこの地球の支配権を手放している君達は、さっさと消えて貰いたい。 そうしないと新しい時代を作り出す事ができないのでね」

「……」

「悪役令嬢」がこの場にいたら、それこそとんでも無い罵詈雑言が飛び出しそうだなと「喫茶メイド」は思った。

あの人の口撃はとにかく強烈で、側で聞いているだけで神経に来る程なのだ。

「そこで我々は考えた。 三つに分かれていた組織を全て統合し。 我等は新しき世界を作り出す事とした。 これより我等は「エデン」! 文字通り、楽園に住まう唯一の知恵ある実を口にした存在である!」

エデンか。

確か人間が古くに暮らしていたという楽園だった筈だ。

いずれにしても、ろくでもない事を考えるなあと思う。

苦笑も漏れない。

「今、アラスカ経由で米国を目指している神の軍勢はほんの始まりに過ぎない。 これより我等は、君達害虫を駆除するために本格的な行動を開始する。 我等に所属するαユーザーの数は189! この全てが、いつでも好きな時に君達の所に現れる事が出来ることをしりたまえ」

189。

たった20しかいなかった絶対正義同盟ですらあれほどの苦戦を強いられたのに。

さらにこの189の中には、最高位邪神も当然複数いる筈だ。ぞっとする話である。

「では君達は醜い害虫に相応しく、神の使徒による天罰を怖れてひたすら震えているが良いだろう。 裁きの日は近いぞ?」

通信が切れる。

しばらく無言が続いたが。

青ざめている米国大統領は言う。

「邪神が人間相手に嘘をいう可能性は考えられない。 邪神共は、組織にいなかった者達も糾合して、全てが一つにまとまった組織になったと考えて良いだろう。 そしてここ最近、不意に米国本土や日本を襲撃していた邪神は、今の言葉を裏付けるために来た存在だと見て良さそうだ」

「では、今の発言通り、邪神はいつでもどこにでも現れる事が出来ると」

「そうなるだろうね。 しかも日本で撃ち倒された最高位邪神のテリトリは十数qに達したと聞いている。 地下シェルターに隠れても無駄だ」

多分東海岸の司令官を牽制する目的で口にした言葉なのだろうが。

それに対して、東海岸の司令官は、青ざめていた。

泡でも噴きそうな雰囲気である。

「いずれにしても、宣戦布告をして来たという事は、余程の自信があるのだろう。 我々も、貴方方日本も、備えを今まで以上に厳重にしてほしい。 アラスカへの派兵が遅れているが、すぐに四人を追加で送ることとする。 この様子では、狩り手を何人控えさせていても同じだろうからね。 フォロワーが三億なだれ込んでくるのに、まずは備えなければならない」

大統領の言葉に、失笑さえ起こらない。

まあそれはそうだろう。

それに財閥とかいったか。最高位邪神の残虐さは、あの「神」と大差ないように思えた。

欧州の財閥関係者といったら、その残忍さとインモラルな行動で知られていた連中である。

それが邪神となったのなら。

自分を「神」だと思い込んでいた、あの「ブラック企業社長」と同じかそれ以上に残虐極まりないだろう。

「神」を名乗るあの邪神は言っていた。

金さえあれば、大量虐殺でもなんでも許されると。

欧州の財閥関係者のインモラルぶりは、もっと酷かっただろう。

1パーセントの人間が富を独占するのは当然だし。

それ以外の人間は全て殺しても良い。

そう放言した存在がいたという記録があるが。

もしそれが邪神になっているのだとしたら。はっきりいって何をしでかすか分かったものではない。

一旦テレビ会議が終わる。

総理大臣は、後は任せると言って休憩に入った。

山革陸将と、「喫茶メイド」だけが残る。

「「喫茶メイド」くん。 私の方から「悪役令嬢」くんには連絡をしておく。 君の方から、狩り手の皆には連絡を頼みたい」

「分かりました……」

「これから、いつ邪神が現れてもおかしくない。 配置はまた考え直した方が良いかも知れない」

「……」

無言で頷くと。

まずは、狩り手達に今の話を要約して、ガラケーデバイスで送信する。

最初に反応したのは「陰キャ」だった。

「日本に攻めてくる邪神をどう迎え撃つかが重要ですね」

「怖くないんですか?」

「へいきです。 あたしは「悪役令嬢」さんといっしょに戦いました。 今までの戦いの事を考えれば、なんでもないです」

「……」

強いな、この子は。

そう思って、本当に羨ましくなる。

もう少しで「女騎士」が現役復帰する。

そうなれば、もう少し状況は良くなるだろう。

配置換えを連絡。

「陰キャ」には、大阪に向かって貰う。

これは日本の中心点に近く、何処に邪神が現れても向かう事が可能だからだ。幸い、今解放された神戸に少し大きめの駐屯地を急ピッチで工兵部隊が作っている。また、周辺にある幾つかの造油施設を連結して、燃料倉庫も建築している。

大阪のフォロワーはまだとても削りきれる状況ではないが。

「陰キャ」には大阪で戦って貰いつつ。しばらくはどこに邪神が現れても大丈夫なように備えて貰う必要が生じてきた。

そして、「喫茶メイド」が代わりに横浜に移動する。

首都圏の開放は遠のくばかりだが。

これはもう仕方が無い。

「女騎士」も、横浜に来て貰うつもりである。

一緒に戦えば、もう少しマシになるだろう。

すぐに移動を開始して、十時前には横浜に到着。駐屯地などで準備をして、狩りを開始する。

一日のキルカウント、目標一万。

そのためには、近接戦闘の技術が必須だ。

勿論投擲技術に関しても、おろそかにはできない。

ただ、「神」が展開した光の壁のようなものを考えると、少し大きめのものを投擲する事を考えなければならないだろう。

技を増やす必要がある。

午後からフォロワーの駆除を開始する。

地区ごとに丁寧にフォロワーを駆除していた「陰キャ」と違って、「喫茶メイド」は最初から正面に殴り込む。

勿論邪神の群れに嬲られて、病院送りになった記憶はある。

怖いのは当然ある。

だがそれ以上に、今は力がほしいのである。

無言でフォロワーを蹴散らし続けたが。

今日は戦闘開始が遅かったこともあって、キルカウントは4000に留まった。これでは、足りなさすぎる。

この間6000のキルカウントを出したが、これをまずは7000に。10000を目標とするが、段階を踏んで順番にキルカウントを伸ばしていかなければならない。

駐屯地に戻る。

タヌキの皮算用は崩れるばかりだ。

邪神共が本格的な宣戦布告をしてきた今。

もはや、心が安まる日など、いつにもないのかも知れなかった。

 

「陰キャ」は大阪に着くと。「コスプレ少女」と「優しいだけの人」に会って、ぺこりと一礼していた。

二人ともかなりキルカウントを伸ばしているが。「優しいだけの人」はまだまだ実力が足りないなと一目で分かる。

また、「陰キャ」はやっぱり人と喋るのが苦手なので、ガラケーデバイスごしに文字で喋る。

「これからしばらく三人で行動します。 ただ、作戦指示はあたしは苦手なので、お二人のどちらかがお願いします」

「それでは、僕が」

手を上げる「優しいだけの人」。

頷く。

それが妥当だと思う。

とりあえず、大阪にひしめいているフォロワーの数はとんでもない。かなりこれでも拡散したのだが。それでも圧倒的過ぎる程だ。

「コスプレ少女」は更に腕を上げているようだが。「優しいだけの人」は邪神戦にはあまり出したくない。

それについては、話をしておく。

今の実力で邪神とやりあっても死ぬだけだ。

それについては、「優しいだけの人」も理解しているようだった。

「その時は、指揮を後方からとりますので、ご心配なく」

「お願いします」

「戦闘については、後でアドバイスをください。 貴方ほどの使い手のアドバイスならきっと……」

「いや、「陰キャ」先輩は教え方が独特なので」

ずばりと「コスプレ少女」がいう。

その通りだ。

どうも「陰キャ」のアドバイスは非常に分かりづらいらしく。以心伝心ができていたのは「悪役令嬢」くらいである。逆に「陰キャ」も、「悪役令嬢」くらいの達人だと、見ていて技を理解しやすかった。

だから瞬歩も短時間で習得できたのだ。

多分「陰キャ」に才能があるのでは無くて、相性が良いだけである。

いずれにしても、ドローンで確認した大阪に分布しているフォロワーの図を確認。多いところに行って欲しいと言われたので、頷いて出向く。

何というか、寂れたというか、悲惨な状態だ。

江戸時代は日本経済の中心地であり。

戦後は色々問題が起きたがそれでも大きな経済力を誇った大都市は。

今ではくすんだビルが立ち並ぶ、死霊の街とかしている。

雰囲気は最高かも知れないが。

あまり住みたいとは思えない場所だ。

兎も角、此処では何度も狩をした事がある。

言われた地区も、足を運んだことがある。

此処でも毎日一万キルを稼ぎたい。できれば二万キルを目指したいが、今の体力では無理か。

邪神達が宣戦布告をしてきた今。

いつでも出られるように、体力を残す事も考えないと危ない。

キルカウントを稼ぐのも重要だ。

何しろフォロワーは邪神が来ない限りは増えないのだから。

無心にフォロワーを斬り続ける。

日本本土から、フォロワーを全て駆除できるのは、いつになるのだろう。

それは考えない方が良さそうだ。

ともかく、今はひたすら無心になってフォロワーを狩る。

シベリアの凍土で、悲惨な戦いを続けている「悪役令嬢」の事を思うと。泣き言なんて言っていられなかった。

 

2、雪崩

 

宣戦布告のことは「悪役令嬢」も聞いた。

だが、今はそれどころではない。

百万単位のフォロワーの群れが、次々と迫ってきている。そう。百万前後の群れが複数来ているのだ。それらのうち、駐屯地に近いものから順番に叩いてきて五日が過ぎた。

かなり侵攻を遅らせてはいるが、群れを一つ叩けばその間に無事な他の群れが進む。それに数万の損害なんて、問題にしないほど相手は多いのだ。

軍だったら、損害一割は壊滅的かも知れない。

だがフォロワーにとっては、そんなものはどうでもいいのである。それもまた、遅滞戦術の困難さに拍車を掛けていた。

午前中に一万キルを達成して、駐屯地に戻る。

もう目と鼻の先までフォロワーが来ている。ルーキー二人は、午後に駐屯地を下げる作業をしてもらう。二回、こうやって駐屯地をアラスカ側に下げ、その後はベーリング海峡を渡った先まで下げる。

ともかくフォロワーの群れは圧倒的だ。

少しでも削らなければならない。

四人の狩り手が来てくれるらしいが、それはいつの事になるやら。

ともかく、今の段階では一日三万を削るのが精一杯。五日で十五万を削ったが、それが限界でもある。

「フローター」はいつも楽しそうに話を聞いてくれるし。

何にでも興味を示してくれるが。

ムードメーカーではあっても。戦闘に対してはそこまで本気ではないようだ。この辺りが一番困る。

上位邪神の実力を知っている「悪役令嬢」としては。

第五形態や第六形態まで展開して来る上、予備動作があればなにをやってもいいと考えている連中との戦いの過酷さに耐えるためには。強さに対する貪欲さが必須だと思っている。

思想の押しつけは好ましい事では無いが。

この場合は、現実的に見て、皆の実力が足りず。

更には実力を伸ばそうという意図もないことが危険だと判断しているのだ。

「腐女子」が、駐屯地を下げるべく準備を終えているのを横目に、一番近いフォロワーの群れを叩きに行く。

万が一を考えて、「悟り世代」も「腐女子」と同道して貰う。

「悪役令嬢」は、最低限の休憩を終わらせると。

出撃前に、ドローンで撮影してきた敵の最新分布図を確認。

既に四百万近い敵が至近にいて。その数倍がすぐ背後まで迫っている。

今回駐屯地を多少下げるが、また数日しか保たないだろう。

さっさと増援は来ないのか。

四人来て、それらが全員「フローター」と同レベルの実力者だったら、一日五万削る事が出来る。

追加で二万削れるのは本当に大きい。アラスカでの遅滞戦術に移った頃には、かなりの差が出てくるだろう。

決断が遅いのか、或いは足を引っ張っているのか知らないが。

米軍東海岸司令官には、苛立ちしか覚えない。

出撃すると、すぐにフォロワーの群れが見えてきた。

早速刈り取りに掛かる。

数時間、無心に戦う。「フローター」は連日の戦闘で疲れが見えてきている。

流石にこれは仕方が無いだろう。

九州で退路がない状態での遅滞戦術をやった時には、「悪役令嬢」も本当に酷い目にあったのだから。

休憩に一度「フローター」を下がらせて、その分大暴れする。

むしろ「悪役令嬢」は極地での戦闘になれてきていて、体がどんどん軽くなってきている。

また敵が文字通り幾らでもいるので、技については磨き抜く事が出来ると思う。

技の練度をどんどん上げながら、どんどん敵をたたき伏せていく。

文字通り一撃一撃がどんどんクリアになっていく。

鉄扇の消耗も減っている。

強くなってきていることは実感できるが。

「陰キャ」は天然でどんどん実力を伸ばしているだろうし。

何より上位邪神は、この程度強くなった所で、単独では相手にするのは不可能だろう。

無言で暴れ狂って、また「フローター」が戻ってくるまで。彼女の分までキルカウントを稼いでおく。

疲れは特に溜まっている事は無い。

毎日眠る事で、すっきり消し去っているからである。

夕方近くになると、一段と寒くなってくるが。

むしろ発汗による体温調整が殆ど必要ないくらいで、心地よくなりはじめていた。

更に荒れ狂い、フォロワーの動きが鈍くなりはじめる夜まで暴れると、後はロボットで戻る。

スノーモービルは中々に快適だが。

万が一を備えて、快適を楽しむ前に軽く食事をし。

装備の点検をしておくのだった。

「フローター」とあわせて、キルカウントは31000後半。

「悪役令嬢」のキルカウントが25800で今までのレコードを更新していた。どんどん伸びるなと思う。

でも、身体能力が上がっている訳では無い。

単に技の精度が上がっているだけだ。

「フローター」も少しは伸びているが、もっと効率よくフォロワーを駆除する事を考えようとしていない。

それで、伸びが遅いのだと思う。

駐屯地にまで戻る。

そこで、やっと四人、見知らぬ者達がいるのが見えた。

敬礼をする。

米国の狩り手達だ。

翻訳装置があるから、会話は苦労しない。

アジア系の女性がまず名乗る。

「ベビーシッター」です。よろしくお願いします。

「ベビーシッター」か。「悪役令嬢」も聞いている。確かSNSクライシス前の米国では貧乏学生の定番アルバイトで。裕福な家庭のベビーシッターをして稼ぐ事で、学費に変えている者がかなりいたのだとか。

またこの仕事は問題が多く、児童に暴力を振るう悪質な者もいて、社会問題になったのだとか。

いずれにしても、貧乏人が行うアルバイトという印象があり。

此方での狩り手には、歴代で十人以上ベビーシッターがいたそうである。

なお今生きているのは彼女だけ、だそうだが。

「俺は「バッドガイ」だ。 よろしく」

そう言ったのは、いかにも悪そうな格好をしています、という輩である。

米国のスクールカーストが、日本のものと違う点があるとすれば。不良が咬んでいない、ということだろうか。

日本のスクールカーストでは、暴力を振るう不良はむしろカーストの上位にあり。理不尽に弱者を痛めつける様子を見て周囲もケラケラ笑いながら地位確認に協力する。要するに腕力がスクールカーストの上位にいることが必須なのは同じだが。不良として暴力を嬉々として他人に振るう事が出来る人間が上位にいるのが、日本のスクールカーストの特徴であったそうだ。

一方米国の不良は、マフィアなどとつながりがあったり、当然銃器で武装していたりもしたということで。

そもそも日本とは前提が違った。

学校内で腕力がなかったりはみ出し者だったりする生徒に何の躊躇も無く暴力を振るう残忍性が喜ばれた日本と違い。

そもそもそういった不良生徒は、本当の意味で挑発したら殺されるし。スクールカーストに組み込んだら殺人事件まったなし、と言う事もあったのだろう。

というわけで、不良は米国のスクールカーストではカースト外。

そういう存在であったようだ。

この「バッドガイ」はそんな不良青年をモチーフにした姿をしているようである。

勿論スクールカーストから弾かれているという意味では、排斥されていると言う事で。

「フローター」と同じような立場にいる、と言う事だ。

こういう状況に落ちてしまった場合、マフィアやらがバックにいることも多く。学校としても手が出せなかったのだろうし。

ただ、過去は過去。

今は今。

学校制度なんてものが崩壊して久しい今。

そもそもスクールカーストも何も無い。

この「バッドガイ」は、単にそういう格好と言動をしている単なる狩り手だ。本物の下衆外道では無い。

「「クズ弁護士」です。 よろしくお願いします」

そう言ったのは、服を着崩したインテリ崩れな風貌の女性だった。

SNSクライシス前の米国は訴訟大国で、弁護士の数も飽和していた。

交通事故が起きると、救急車を弁護士の車が大軍で追いかけ回す等という光景が結構あったらしく(訴訟を起こして金をふんだくれると、瀕死の怪我人に迫るためである)。

文字通り、ゴミのような弁護士が社会問題になっていたという。

そういった弁護士のクズをミームとして、狩り手になっていると言うわけだ。

米国は人間がそれなりに生き残っているが、基本は配給制であり。SNSクライシス前とは社会の構図も違っている。

軍の仕事の何割かは、マフィアだのギャングだのの残党が自分の所に人間を囲い込んで、独立国を気取っているようなのをつぶし、住民を米国の下に保護することである。

そんな連中では、とてもではないが邪神やフォロワーには勝てっこないのだから。

事実、米国最大のマフィアだった連中は。邪神によって一瞬でフォロワーにされてしまい。更には部下共もフォロワーにずたずたに食い散らかされて一瞬で全滅している。重装備の警官隊でも手を焼くような武装をしていた連中だったのに、文字通り手も足もでなかったのだ。

要するに訴訟社会などと言うのは、既に過去の話。

故にミームとしての弁護士のカスが役に立つと言う事である。

そしてリーダー格らしいのが、最後に挨拶した。

「「ホームレス」です。よろしく」

あえて汚い格好をしている人物。

見た感じ、米国人とも思えない。

ああ、なるほど。

米国では流入する人間と、彼らが起こす問題がずっと社会問題になっていた。これは米国史通じての問題だ。

勿論ドロップアウトした人間は犯罪組織に潜り込めれば良い方。

悪ければこうやってホームレスになるしかなかった。

この人は、それをミームにしたものなのだろう。

「「悪役令嬢」さんよ。 あんたの実力は既に来る途中で見せてもらった。 以降は「フローター」と組んでフォロワー相手の遅滞戦術を頼む。 こっちは別チームで動く事にするよ」

「複数のフォロワーの群れが迫っている今、それが効率的でしょうね。 四人でキルカウントはどれほど稼げそうですの?」

「俺が6000、他は5000というところかな」

合計21000か。

だが、それだと少し心許ないな。

それに、その実力だと。上位邪神を相手にするのは少し厳しいだろう。

カナダの戦いが激しく。「ナード」や、彼と肩を並べて戦った一線級が多く命を落とし引退に追い込まれた事は分かっている。

だが、だからこそ。

ルーキーを鍛え上げなければならないだろう。

「邪神共が宣戦布告をしてきたことは知っての通りです。 今後上位邪神との戦闘が発生する事を加味して、各自キルカウント10000を出せる事を目標にしてくださいまし」

「キルカウント10000!?」

流石に素っ頓狂な声を上げたのは「バッドガイ」。

彼らもそれなりに腕利きの自信はあったのだろうが。

それでも10000キルは壁が高いのだろう。

だが、咳払いする。

リーダー格の「ホームレス」(まだ二十代の若者であり、それが故に業が深い)も、頷いていた。

「確かに「悪役令嬢」、あんたの言う通りだよ。 ここにいる全員が10000キル毎日たたき出せるようになれば、一日100000ずつフォロワーを削るのも夢じゃないしな」

「ただ無理を為されないようにしてくださいまし。 一人でも欠けるようなことがあれば、負担は激増しますわ」

「分かっているさ。 いずれにしても、明日からは別チームで狩りをさせてもらうよ」

敬礼をかわすと、別チームに別れて駐屯地に。

「腐女子」と「悟り世代」にも、明日からはもう少し本格的に戦闘に参加して貰う。

ベーリング海峡まで追い詰められるのに、それほど時間は掛からないと思う。

それまでには、できる限り。可能な限り実力をつけたいのだ。

今完全に凍結しているベーリング海峡だが、それでも場所によってはクレバスなどがあるかも知れない。

落ちたらかなり危険である。

当然フォロワーに対する遅滞戦術を効果的に行うには、ベーリング海峡も活用したい所である。

なおベーリング海峡の氷を砕くのは無駄だ。

既に米軍が試しているが、あっと言う間に再凍結してしまう。

それくらい気温が危険なのである。

ともかく、やっと増援が来た。

明日からは20000のキルカウント増が狙える。

だが、邪神がぼんやりしているとは思えない。

嫌な予感がしてならなかった。

 

翌日。早朝に起きだす。

既に朝起きる時間は通達してあるので、向こうも時間通りに起きだしてきた。

問題は無い。

ドローンで確認する。文字通り、炸裂するような圧迫感で、圧倒的過ぎるフォロワーの群れが接近している。

他の狩り手達はおののいているだろうか。

まあ、それでも戦って貰う他はない。

「それでは俺たちはこっちの群れを担当するよ。 できるだけ、腕を上げるように努力もしてみる」

「お願いしますわ。 わたくしたちは此方の群れを叩きますわよ」

すぐに移動開始。今回はルーキー二人も伴う。

まずはキルカウント100が目標だ。

「腐女子」には、「萌え絵」を描けないか。筆以外の戦闘手段を作れないか、話をしている。

今の時点で幾つか検討をしているらしいが。戦闘スタイルについては、今のままでは限度もあるとは本人も思っているらしい。

「悟り世代」の方は、格闘技を極めたいと思っている様子だ。

今の戦闘スタイルはやはり未熟と分かっているらしく。

「悪役令嬢」の作った技の講習ビデオを観て、動きを練習しているらしい。

いずれにしても、「悟り世代」というのは一種の陰口だ。

ミームとしてフォロワーにも邪神にも通じる事も分かっている。

だから、そんな「悟り世代」に格闘技で痛打を浴びせられれば、フォロワーなら爆散である。

存分に効果は期待出来る。

ともかく、一日でいきなり成長しろとはいわない。

まずはフォロワーとの戦闘になれて貰う。

其処からだ。

エンゲージ。インカムに、「ホームレス」の声が入った。

此方ももう至近距離だ。

少し背後にルーキー二人を下げた後、交戦開始と「ホームレス」に伝える。

そのまま、戦闘を開始する。

フォロワーの群れは密度が増す一方。どんどん後方から新手が追いついてきているのだ。

最初に接触してからかなり削っているが、敵の数が多すぎるのである。とても処理しきれる数では無い。

無心に暴れ回っているうちに、周囲が真っ赤になっている。

フォロワーを赤い霧に変えているのだ。

雪が赤くなるのも当たり前だろう。

土の上で戦っていると、地面が赤い泥濘になったものだが。

ここだと雪が真っ赤に。

それも汚い赤に染まるんだな。

そう思いながら、ひたすらに暴れ。鉄扇を振るってフォロワーを駆除し続ける。狩りは徹底的に行うが。

時々数体の取りこぼしを出して、ルーキー達に回す。

昼少し前に一旦切りあげ。

「ホームレス」と連絡を取る。少し返事が遅れたので不安になったが、きちんと返事が来て安心した。

「此方負傷者無し。 まずは順調という所かな」

「重畳ですわ。 此方は昼休憩が終わったらすぐにしかけます。 其方もできる限り無理をしない範囲で頑張ってくださいまし」

「いやはや、流石に最上位邪神を倒したエースだねえ」

そう言われると嬉しいが。

しかし、それでもこの数相手はどうにもならない。

それに、だ。

仕掛けてくるなら、そろそろだろうとも思っていた。

一応「フローター」にはその話をしておく。

勿論、今来ている他の四人も邪神との交戦経験くらいはあるだろう。下位の邪神なら、四人で充分倒せるはずだ。

だが上位邪神となると厳しい可能性が高い。

今のうちに、邪神が現れた場合の対策はしておくべきだった。

勿論緊密にインカムを使って連絡を取りながら戦っている。

何かあっても、対応はできると思うが。

いずれにしても、体力を使い切るような戦いはしてはいけなかった。

午後の出撃に出る。

やはり、密度が高いまま、フォロワーが押し込んできている。

片っ端から蹴散らしていると、エンゲージの連絡が来た。

そのまま、暴れ狂いながら、周囲にも気を配る。

これなら、ルーキー達は今日は五十くらいのキルカウントをたたき出せるだろう。

「腐女子」も、自分なりに「萌え絵」を描いているようだが。

何だかやたらと女性的な特徴が目立つ男性キャラで。

これが「腐女子風」の「萌え絵」なのかと、感心した。

いずれにしても敵に効けばそれでいいので。「悪役令嬢」もあまり多くは求めない。

それにだ。

フォロワーの密度が増す一方。このままだと、予想より早く駐屯地を下げなければいけなくなるかも知れない。

夕方過ぎまでに暴れに暴れ。

敵の動きが鈍り始めてから、撤退を開始。

そのまま駐屯地に戻る。

「此方「ホームレス」。 今日も無事に生き残ったよ」

「重畳ですわ。 キルカウントは……」

互いに確認する。

今回は「悪役令嬢」側が合計32000少し。ついに32000を越えた。「フローター」が頑張ったこともある。また、ルーキー達は二人とも50キルを達成していた。

一方、「ホームレス」達のキルカウントは22000。合計すると54000というところで、キルカウントはほぼ倍増したことになる。

だが、それでもとても足りないだろう。

何しろ敵の数が数なのだから。

いずれにしても、敵の動きからして、この駐屯地にはまだたどり着けない。

休むように話をしてから、顔を上げる。

どうやら来たらしい。

強い気配だ。

「フローター」が服を脱いで風呂に入ろうとし始めていたので制止。

「ホームレス」にも、緊急の連絡を入れる。

邪神だ。

駐屯地を真っ先に飛び出す。

雪の中に立っているのは、いかにもな筋肉男だった。

恐らくバスケットボールの選手だろう。雪の中でも、その異常な長身が際立っていた。

「なんだけったいな格好をしたゴミが二匹か。 もう少し多いと聞いていたが」

「ふっ」

「俺を笑ったのか? その様子だと学校でも弾かれる「フローター」だろうが。 「ジョック」である俺に対して、偉そうな態度を取って良いとでも思っているのか?」

威圧しているつもりだろうが。

「邪神」ジョックなど、別に恐ろしくも何ともない。

もっと危険な存在から産まれた邪神と散々戦って来たのだ。

「一応名乗っておきますわ。 わたくしは「悪役令嬢」。 邪神を斬る者ですわ」

「ほう、お前が日本の邪神のトップを倒したとか言う。 まあどうでもいい。 さっさと

くたばれぁ!」

いきなりボールを投げつけてくる。

空気の壁を破る音がした。

スクールカーストの男性最高位にいたのが「ジョック」と呼ばれる存在だ。

此奴は恐らくだが、名門校か何かの「ジョック」だったのだろう。

傲慢で、自分を偉いと疑いもしていないし。他の人間を支配する事を疑問にも思ってもいない。

だが、もっと酷い性格の邪神はいくらでも見て来た。

この程度で今更驚かない。

鉄扇でボールを弾き飛ばす。

かなり硬いボールだ。

間髪入れず二発目が飛んでくる。

それも弾き返す。

すぐに次が。

そして、弾いたボールが、全て戻ってくるのが分かった。

「ボールは友達なんでなあ!」

バスケットボールのドリブルをしながら突貫してくる「ジョック」。四方八方からとんでくる音速近いボール。

その全てを弾き返しながら、「悪役令嬢」も前進する。

それに対して、顔を歪ませる「ジョック」。

長身の甘いマスクだから、歪んだ顔もまた凄まじい。

「妙ちきりんな日本アニメみたいなかっこうしやがって! そんな格好しているから……」

ボールが全て、虚空を抉り。

そして、瞬歩を使った「悪役令嬢」は、「ジョック」の背後に出ていた。

両足を両断された「ジョック」が、悲鳴を上げて転倒する。

同時に多数飛び交っていたボールも全て消えた。

即座に足を再生して、体のバネを生かして立ち上がる「ジョック」。この辺の柔軟極まりない身体能力は流石だが。

ちょっと「悪役令嬢」の前に出るには弱いな。

既にそう動く事を予期していた「悪役令嬢」が、「ジョック」の至近に。そして、首を刎ねていた。

大量の血をまき散らしながら、端正な顔が屈辱に歪んだまま雪原に落ちる。そのままバラバラに切り刻むが、そこまでにして飛び退く。

バラバラの肉片が、合体し膨れ上がり始めた。

第二形態か。

まあ流石に、この間の腐れトロールよりは強いのを出してくるだろう。

それに、だ。

気配は一つじゃない。

今「フローター」には、「ホームレス」の支援に向かわせているが。此奴と同格の邪神がもう一体来ている。

「俺は! 学校の! 支配者だ! どの生徒も! 俺の顔色を窺いながらじゃなきゃ生きられないんだよ!」

「だったら何なんですのよ。 学校を出れば貴方はただの図体がでかいだけの傲慢なでくの坊ですわ」

どうやら、それが逆鱗を踏んだらしい。

米国でも他でもそうだが。スクールカーストで負の成功体験を積んだ人間が社会に出ると。

状況が一変して、混乱状態に陥ることが珍しくもないらしい。

特に米国ではいわゆるナードやギークが出世する傾向もあり。

ジョックだった人間が、為す術無く彼らの部下として、今までの仕返しをされるケースは珍しくもないそうである。

此奴は学生「だった」のだろう。

そして卒業後に現実を見て。そして闇落ちしていたところを邪神になった。

そんなところか。

わめき散らしながら、大量の腕を持つ巨人になる「ジョック」。

その腕の全てにボールを手にしている。

「粉々にしてやる!」

筋肉ムキムキの腕から、一斉にボールを投擲してくる「ジョック」。どれも音速越えだが、予備動作があるから反応のタイミングは分かる。

全てを弾き返した後、「悪役令嬢」は突貫。

更に高速でボールを再出現させてくる「ジョック」は、しかも上空に飛んだ。

上空から、文字通り無数のボールを叩き付けてくる。

此奴、恐らくだが。

カナダに最後まで残っていた邪神の一体だな。

そう思いながら、爆撃の中を瞬歩で抜ける。

聞き苦しい甲高い怒りの声を上げる「ジョック」。

避けるなとか逃げるなとかほざいているが。

傷つく言葉を投げかけてやる。

「ノーコンなのが問題なのでしょう。 そのワンパターンぶりからして、自分の学校では最強でも、大会などではまるで手も足も出なかったんではありませんの?」

図星を貫かれたのか。

「ジョック」が一瞬停止する。

更に追い討ち。

「で、大会で惨敗した後のミーティングで、他のバスケ部員に責任を押しつけて殴っていたと。 ああ、それを告訴されて、「ジョック」の座から落ちたのかしら?」

「だ、だだ、だ、まれ……っ!」

「どうやら図星のようですわね。 貴方のような猿以下が「ジョック」をやれるような場所など知れていますわ。 さぞや腐りきったどうしようもない場所だったのでしょうね」

「だまれええええええっ!」

隙だらけだ。

そのまま瞬歩を駆使して上空に出ると、空中機動。

反応するより先に、全ての腕と足を切り裂いて、着地する。

さて、まだまだ余裕だ。

攻撃が重いわけでもない。

速いわけでも無い。

何より此奴は、上位邪神に実力が届いていない。

後、気付いていなかったけれども。

立て続けに最高位邪神とやりあった「悪役令嬢」は、実力が自分で思っているより増していたのかも知れない。

第三形態になりはじめる「ジョック」。

筋肉ムキムキの大男だが。全身が真っ赤で、血管が浮かび上がっている。

だが、「饕餮」と比べると威圧感が幼児のようだ。

ふっと鼻で笑うと、殴りかかってきた「ジョック」に、「悪役令嬢」の方から間を詰めていた。

拳を叩き込むと、冗談のように巨体が下がる。

鉄扇をすっとドレスにしまうと、後は技の限りを叩き込んでやる。

一撃ごとに「ジョック」の筋肉しかない体が凹み、砕け、拉げていく。

端正な顔面の真ん中に拳を叩き込むと、後頭部から鮮血が噴き出す。

更に後ろ回し蹴りで頭をけり跳ばした。

勿論千切れて吹っ飛ぶ。

着地。

両足を払い、バランスを崩させる。

更には瞬歩で間合いを詰めながら、上空より鷹のような一撃を叩き込んでいた。

狙ったのは、大胸筋。

筋肉の中で、一番こいつが自慢にしていただろう場所。

やたらと大胸筋を目立たせているのが分かっていた。

だから、此処が弱点なのもすぐに分かった。

抜き手を、汚らしい邪神から引き抜く。

素手でコアをぶち抜いたのは初めてだが。まあ此奴程度なら素手で充分だ。

「ジョック」が呻きながら、泣き言をほざき始める。

「お、俺は、栄光ある名門校の「ジョック」で、俺の世界では一番偉い存在だったんだ、それが、足手まといどもの分際で……」

「哀れですわね。 告訴されて「ジョック」から引きずり落とされた後は、今までの傲慢が原因で誰も話を聞かなくなったと。 それにその様子ではいわゆるクイーンビー(米国におけるスクールカーストの女性頂点者。 ジョックの彼女である事が多い)にもふられて、その後の就職も失敗したのでしょう」

「……」

図星を貫かれた「ジョック」は。

ざっと灰になって消えていった。

同情には値しない。

此奴の暴虐に泣かされ、苦しめられた学生がどれだけいたのか分からない程なのだから。

それに、まだもう一体邪神がいる。

実力を試すために送り込んできているのだろうが、190弱という空前の数の邪神が相手組織「エデン」にはいるらしい。

それならば、数体送り込む事くらいは、なんでもないのだろう。

戦闘の様子が見える。

すぐに参戦する。

もう一体の邪神は、どうみても蜂。要するに「クイーンビー」だろう。

邪神化した「ジョック」と「クイーンビー」を同時に出撃させるとは、悪趣味極まりないな。

呆れながら、「悪役令嬢」は戦闘に参加し。

二体目の邪神も容赦なく粉砕していた。

 

3、立て続けの戦い

 

邪神が倒れる。

大阪で戦闘中だった「陰キャ」の前に現れた邪神は、「麻薬王」とか名乗っていたけれども。

正直な話、そこまでの実力ではなかった。

名前負けも甚だしい。

「陰キャ」が学んだ歴史によると、第三諸国の麻薬王の中には、数兆円を稼いでいたような奴もいたらしい。

そういう輩が邪神化していたのだったら、こんな程度の強さでは無かった筈だ。

多分何処かの国で、小さな組織で麻薬を売って稼いでいた小悪党だったのだろう。

納刀すると、じっと見つめた。

消耗したところに襲いかかってきて、なおも勝てなかった哀れな邪神を。

「お、おのれ……こ、ここまでの実力とは……」

既にコアは両断した。

消えていく「麻薬王」。

「優しいだけの人」を最初に狙って来た。負傷しているが、腕がもげたりとかはしていない。

すぐに自衛隊を手配。

「コスプレ少女」は、良い動きをしていて。全く問題は無かった。

「陰キャ」だけでも充分だっただろう。

はっきりいって、NO3やNO4よりずっと弱い邪神だった。

「くっ、すまない。 最年長者の僕が、醜態をさらした」

「大丈夫です。 すぐに怪我を治して、復帰してください」

そうガラケーデバイスに打って、応急処置が終わった「優しいだけの人」に見せる。

一緒に戦ってみて分かったが、この人も一日2000キルが出来るくらいに腕を上げて来ている。

ただ、まだまだ力不足だ。この人だけだったら、さっきの「麻薬王」でも勝てたかも知れない。

しかし残念ながら今は「喫茶メイド」が、ちゃんと配置を考え直してくれている。誰が襲われても、即応出来る体制だ。

自衛隊が来て、「優しいだけの人」を連れて行く。

「コスプレ少女」は、多少感情が戻り始めているらしい顔で言った。

「それでどうします「陰キャ」先輩」

「消耗は無いので、このまま狩りを続行します」

「了解」

無機的な「コスプレ少女」。感情は戻り始めているとは言え、やはり何もかもを目の前で奪われたのは大きな心の傷になっているのだろう。

「陰キャ」もあんまり喋りかけてくる相手では無いので、やりやすい。

また、チーム戦も要求されない。

今までは「優しいだけの人」と連携して戦っていたようだが。

もう彼女は単独で充分戦う実力を持っている。

そのまま二手に分かれて、大阪の街で狩りを続ける。

大量のフォロワーがいるが、以前何度か戦った時に比べると随分密度が薄れている。此処一週間で合計十万以上減らしたが、神戸にかなり流れ込んできていたようだし。各地の駐屯地を襲うために大阪から流出もした。

それらの全てが要因となって、数を減らしているのだろう。

いずれにしても、かなりやりやすくなっているのは事実だ。

日が暮れて、フォロワーの動きが鈍くなってきたので、撤退を判断。

駐屯地に戻る。

各地の状況を確認。

「悪役令嬢」も襲撃を受けたようだ。かなり強めの邪神二体に。撃退した様子だが。どうもカナダに最後まで残っていた邪神だったようで。それを討ち取った事は、米国政府の方が喜んでいるようである。

まあ、あの人なら高位邪神がでてこない限り確定で勝てるか。

駐屯地で、風呂に入った後は。隅っこで膝を抱えて休む。

駐屯地は防音仕様にして貰っている。

静かな方が落ち着くのだ。そして戦果を上げている「陰キャ」の言う事だからか、自衛隊も我が儘を聞いてくれていた。

しばらくして、ガラケーデバイスに連絡が入る。

不意打ちを食らった「優しいだけの人」は、全治二週間だそうである。腕とかが吹っ飛ばされていたら、下手すると再生医療で数ヶ月コースだった事を考えると、むしろマシな方だろう。

それと他にも連絡が来ている。

「女騎士」が復帰。

「喫茶メイド」といっしょに、横浜でフォロワーの駆除を開始したという。

頷くと、ガラケーデバイスを閉じる。

そして、ベッドに潜り込むと、丸まって眠った。

夢を見る。

「悪役令嬢」が、異国で戦死したという夢だ。

あり得ない話では無い。

まだ最高位邪神は残っている。それも複数。

それらが「悪役令嬢」しかいない所に来たら、いくらあの人だって勝ち目なんてありっこない。

目が覚める。

意外なほど静かだった。

心がざわつくこともない。もう、死が当たり前に側にある事に、慣れてしまってきている。

だけれども、それは訓練時代からそうだったし。

初陣で邪神とやりあった時だってそうだったように思う。

心が壊れてしまっている。

それについては、今更否定するつもりも無いし。今後、治そうとも思わなかった。

昔、SNSクライシス前には。

内向的な性格の人間には、人権が無かったという話を聞いている。

その時代にいたら、「陰キャ」は多分人権なんて存在せずに、あらゆる酷い目にあっていただろう。

今の時代がまだマシなんて思わないけれども。

少なくともSNSクライシス前の時代で生きていけるとは、「陰キャ」は思わなかった。

無言で身繕いして外に出ると、「コスプレ少女」がもう体操を始めていた。

陽が昇り始めたばかり。

「陰キャ」も体の調整をする。

体力は微増しているが、それでもやはり微増。基礎体力が駄目なので、どうしようもないのである。

故に技量を磨く。

そのまま、軽く打ち合わせをする。

特に異論も無く、打ち合わせは終了。ガラケーデバイスを使っての打ち合わせだから、基本的に何の問題も無い。

また、上官になった「喫茶メイド」から連絡が来て。

大阪でしばらく暴れて欲しいと言う話はされている。

こっちとしては、無言で従うだけだ。

流石に「悪役令嬢」ほどの的確さはないけれど、あの人は元々精鋭の自衛隊員だったという話だ。

だったら、指揮が的確なのも当然だろう。

無言で大阪で駆除作業を続ける。

横浜も順調だそうだ。「女騎士」がかなり腕を上げているのもあって、そろそろ「喫茶メイド」と「女騎士」との二人でキルカウントが一万に達しそうだとか。

「陰キャ」も負けてはいられない。

広域制圧の能力も上げておかないと。

いずれは問題が絶対に生じる。

単独で邪神とやりあう場面は今後絶対に増える。

それと言われているのだが。

「陰キャ」の戦い方について、記録を撮りたいのだそうだ。

今もインカムやドローンで情報を収集しているらしいのだが。この戦闘スタイルを完全に解析できれば、

今後クローンで生産され戦場に投入されるクローンの狩り手達が、随分楽に戦う事が出来る。

まだクローンの急速育成はできない状態だから、どうしても基礎となる教育や情報は必要なのである。

同じ人間でも、同じ知識が無ければ同じようには動けない。

だから、確かに色々と試行錯誤は必要だとも思う。

無言で「陰キャ」は昼少し前に戦闘を切り上げる。キルカウントは5000ちょっと届かなかった。

ただ、これには途中で生存者を発見して、自衛隊が来るまで周辺の小規模な群れを駆除していた事が大きい。

「コスプレ少女」は短時間で腕を上げていて、一日辺りのキルカウント7000に届きつつあると言う。

正直うかうかしていられない。

どんどん腕を伸ばそう。

そういう健全な競争心は、きっと良い方向に働く筈だ。

おいしくないレーションを食べる。と思ったのだが。レーションが変わっている。口にすると、今までのものよりずっとおいしい。

茶はどうだろう。

はっきりいって「陰キャ」はぶきっちょで、お茶を淹れるのは苦手なのだけれども。

こっちは前と変わらないので、少し落胆した。

それにしても、レーションがおいしくなったのは嬉しい。ちょっとレーションの箱を確認して見ると。工場が違っていた。北九州で増設された工場だろうか。それとも、稼働に二年かかると聞かされていた浜松で試験的に工場が動いているのだろうか。

どちらにしても有り難い話だ。

勿論現在食糧は配給制。

どんなに偉い人も配給で食事をしているはずなので。皆、基本的にいいものを食べる事は出来ない。

そもそも人数が集まることがリスクになる事もあり。

贅沢なパーティなど開きようが無いのだ。

多少満足な食事を終える。

久々に、食事で嫌な思いをしなかったかも知れない。

ずっとロクなものを食べてこなかった人生だけれども。

それでも、流石に酷くまずいものくらいは分かる。

今のは多少マシだった。

今までのレーションは酷くまずかった。

栄養は足りていたのかも知れない。だが、それでもやはり其処には大きな違いがあったと思う。

再び大阪の街に出る。ひたすら狩る。

多少からだが軽くなった気がする。ともかく徹底的にフォロワーを刈り取る。勿論油断はしない。

良い気分になって、あっさり殺される。

そんな事態だけは避けなければならなかった。

剣の技の練度を上げろ。

抜き打ちも居合いもだ。

徹底的に多数のフォロワーを斬って、練度を充分に上げていく。もっと強さの高みを目指す。

充分に斬った。

夕方すぎに撤退に入る。というのも、丁度のタイミングで生存者の集落を発見したからである。

地下鉄の駅に潜んでいた七百人ほどだ。

どうも電車が脱線してその駅は周囲とのつながりが断たれ。生き残りが潜むのに成功していたらしい。

どちらにしても、フォロワーを駆逐してようやく出てこられた人達だ。

皆、衰弱しきっていた。

自衛隊に救助を任せる。

助けた人達は痩せこけていて。更には、目には嫌な感じの光があった。

何となく、何があったか分かった。

自衛官達の中には、完全に表情を殺しているものもいる。

それだけで、内部で何を見たかは確定だろう。

もし救助が更に遅れていたら、もっと悲惨な事になっていたのは確定である。無言で、周囲を護衛。

近寄ってくるフォロワーは、容赦なく斬り捨てた。

自衛隊が撤退したのは夜。

敬礼して、その場を離れる。

キルカウントは一万三千に達していた。午後の気分が原因だろうが、随分と伸びたものである。

そして、今更ながら悲しくなってきた。

あの救助した人達。

半分フォロワーと同じ事をしたのだ。

それが人間とまた生きていけるのだろうか。

甚だ疑問に思う。

助けた事に意味はあったのだろうか。きっと意味はあったのだと信じたいが。信じるにしても。「神」を名乗る存在の醜悪さを見た後だ。何に対して信じれば良いのか。

それすらもよく分からない。

もう、無心で休む事にする。

酒や煙草は、ごく少量支給されるらしいが。

どっちも「陰キャ」の口には合わなかったので、他の人にまわして貰っている。

ぼんやりと駐屯地の部屋の隅で膝を抱えて、ぐるぐる回る頭の中の黒いもやとつきあう。

どうしようもなかったのだ。

それは分かっている。

救助はむしろ早まった方。

神戸で「悪役令嬢」がど派手に暴れてくれなければ。大阪方面にいるフォロワーは此処まで減らなかったし。

何よりも、そもそも「神」を倒したから此処まで大胆に攻勢に出られているのであって。

そうでなければ、もっと被害は増えていただろう。

何度も何度も、自分に言い聞かせた後。

風呂に入って、それから眠る。

ぐっすり眠るとはいかない。

悪夢は散々見た。

「陰キャ」も地獄を見て育って来た口だ。

たまに悪夢は見る。

酷い悪夢だったが。

内容は殆ど覚えていなかった。

 

大阪に出る。

大阪と言ってもかなり広い。経済を中心に動かしていた都市部と、工場が林立する辺縁部でかなり雰囲気が違っている。

治安も昔は違ったそうだが。

今はもう治安どころでは無い。

朝に「コスプレ少女」と打ち合わせをして出る。向こうも昨日は7200キルをたたき出したようなので。

二人セットなら、「悪役令嬢」並みのキルカウントをたたき出せていることになる。

これは好ましい事だと思う。

無心で朝から、大阪の辺縁部を中心にフォロワーを狩って廻る。

ともかく密度が以前より断然薄れている。

「神」による最終攻撃の時に近畿の各地を攻撃するため、活性化したフォロワーが大阪を多く離れ。

その後は各個撃破された。

その余韻もある。

また、その時に大阪にいたフォロワーは大幅に配置が乱れたようで。今日もかなりの数の群れが、行くあてもなく彷徨っているようだった。

朝に食べたレーションは、やはり美味しくなっている。

これについては、「コスプレ少女」も気付いていたようだった。

定時連絡の時に、「喫茶メイド」から話はなかったから。やはり九州の無人工場で、新しいレーションを作っているのか。

いずれ、話を聞きたいところだ。

かなり大きな群れに遭遇。

昼休憩を遅らせて、これを殲滅してから帰る事にする。

無言で片っ端から斬り伏せ、徹底的にフォロワーを撃滅していく。

ともかくかなり古いフォロワーの群れで。体型も崩れている者が多かった。言葉ももう喋らない。

もとの邪神が何だったのかは分からないが。

もう討伐した後なのは確実だ。

斬り捨て終えるのが、昼を少し回って十三時少し過ぎ。

駐屯地に戻る事にする。

流石に、少しおなかがすいたから、である。

そうしてきびすを返しかけて、気付く。

強力な気配が、至近に出現する。

すぐに「コスプレ少女」に、ガラケーデバイスで連絡を入れておく。来る。念のために、支援を頼むためだ。

気配が程なく収束し。

やがて其処には、何体もの人体を無理矢理束ねたような邪神が姿を見せていた。

「なんだあ、陰気な女だなァ……」

「……」

フォロワー狩りで少し無理はしたが、体力が残り少なくてもこの邪神は上位邪神ではない。ならば、この状況でも倒す事は可能だろう。

無言で腰を落とし、刀に手を掛ける。

それを見て、邪神はけらけらと複数の顔で笑った。頭ごとに自我があるらしく、口々に言う。

「本当に此奴が「財閥」様の言っていた危険人物かあ? たんなる不審者にしか見えないんだが」

「本当だよ。 だっせえ格好」

「いずれにしてもさっさと処分しちまおうぜ」

「あなたの名前は?」

ガラケーデバイスを操作して、相手の言語に翻訳して言葉を発して貰う。

これはガラケーに似ているが、機能はずっと優れている。

インカムなどにも同じ技術が入っているが、何語で喋ろうが即座に日本語に翻訳してくれるし。

それを分析した上で、相手に対してもこうやって返す事が出来る。

「はっ! お前みたいなネクラに、名乗る名前なんかねーんだよ!」

「さっさと死ねやゴミが!」

そっか。

じゃあ、此方も容赦せずに行く事にする。

ガラケーデバイスをしまうと。「陰キャ」の後ろに一瞬で回って、大量の腕を無茶苦茶に振り下ろしてきた名前も知らない邪神に対して。

新しい技を試す。

わざと後ろをとらせたのだ。そのまま、動かない。そう、少なくとも邪神には見えたはずだ。

しかし邪神は降り下ろした腕を全て吹き飛ばされ。

絶叫しながら、数歩下がっていた。

邪神は空間移動する。

一瞬で後ろに回ってきたのは、今の邪神は技術を使わず、瞬間移動を駆使しただけだろう。

瞬間移動で距離を相当に稼げる奴もいるけれども。

今のは小刻みな瞬間移動を連続して出来る奴だとみた。

だから、試してみたのだ。

「な、なんだ、何をしやがった!」

「このネクラ……」

それ以上言わせない。

今度は瞬歩を駆使して、相手の至近に出ると。

抜刀。

抜き打ちを叩き込んで、べらべら五月蠅い頭を、まとめて吹き飛ばしていた。

複数の体をまとめた邪神が崩れ、即座に第二形態に移行しようとするが。気にせずそのまま大上段から一撃を叩き込む。

形態を変化しようとしていた邪神は、聞き苦しい絶叫を上げながら体をたたき割られ、見える。

何かパーディグッズだ。

そのまま斬り捨てる。

無言のまま、邪神が消滅していく。息をゆっくり整えた。少しばかり、消耗が激しかったか。

隣に降り立つ「コスプレ少女」。

「遅れてすみません」

「いいえ、あたし一人で充分でした」

「最初に使った技、あれは一体?」

「日本の武術には、正座した状態で背後からの攻撃を受けた時に対応するものがあります」

そんなものがあるのかと、最初驚いたのだが。

これが奇襲を掛けてくる相手には案外有用だと判断したので。

実際にやっている動画などを見て、覚えた。

それを発展させたのが今の技。

邪神にしてみれば、いきなり背後から殴りかかったのに。反撃を手酷く受けるのだから精神的なダメージが激増することになる。

精神生命体には、こういう奇襲返しは有用なはずだ。

「そうでしたか」

「あたしは戻ります。 駆除を予定通り続けてください」

「はい」

ガラケーデバイスで言葉を発して、会話を代行して貰う。

「コスプレ少女」は雰囲気が自分と似ているので、会話はそれほど苦痛ではないのだけれども。

それでも負担は少しでも減らした方が良かった。

昼食を済ませて、休憩している間に連絡を入れる。また、邪神からの襲撃があったと。どうやら山革陸将も、状況を見ていたようで。連絡が遅れたことを責める事はしなかった。

そのまま、幾つかの話をされる。

あの邪神は「パーティ荒らし」。

日本でいう「陽キャ」等の亜種のようなものであり。まあともかく陽気に騒ぐ存在だった様子である。

ただ、海外のは日本のと違って「騒ぐ」の内容がかなり凶悪だ。

例えば英国ではホームパーティという文化があったのだが。

それを嗅ぎつけて多数で押し寄せ、暴れ狂って家を滅茶苦茶にするような連中が実在していたという。

社会問題化までしていたそうだが。

ある事件では、ホームパーティの開催を嗅ぎつけた百人以上のその手の連中が暴れ狂った結果。

殆ど家が滅茶苦茶にされるという事態が起きて、海外にまでニュースが波及したことがある。

勿論論外レベルの邪悪な行動なのだが。

勿論やっている連中は、それを悪いなどとは思わないし。悪い事だと分かっていても、何ら躊躇しなかったのだろう。

今、「陰キャ」がやっている事がそのままパーティに見えたのだろうか。

物騒なパーティである。

それも、大きな群れをけしかけて、それを倒して疲弊するのを待っていたようにさえ思えた。

何とも狡猾な話だ。

「喫茶メイド」はそのまま任務を続行するように言ったが。

山革陸将は、更に気を付けるように念押ししてきた。

「「陰キャ」くんは、現時点で日本に在留している最強の狩り手だ。 ともかく、無理だけはしないようにしてくれ。 今日は「コスプレ少女」くんに即座にSOSを出したりと、対応が的確だった。 今後もそうしてほしい」

「分かりました」

「それでは失礼する」

ガラケーデバイスを閉じると、無言で休む。

少し休憩して、体力が戻ったので外に。

すぐに狩りを再開。夕方近くまで狩るが。大阪の辺縁部で徹底的に狩をしている事もあり。

やはり生存者が何度も見つかる。

今度は十数人程度だが。

自衛隊を即座に呼び。その間に、周囲のフォロワーを片付けておく。

大きめのショッピングモールに立てこもっていた様子だけれども。

図体ばかり大きくて声がやたらと威圧的なおじさんが仕切っていたらしく。食糧なども独占していたらしい。

東京でも似たような事があったらしいが。

大阪は元々警察も腐敗していたそうで。反社の人間も比べものにならないほど周辺より凶悪だったそうだ。

そういう事を考えると。

このおじさんも、その類だったのかも知れない。

自衛隊に対して、ああだこうだとがなり立てているが。やがてそれは悲鳴に変わった。自衛隊員が何かを告げた直後だった。

助けてくれだのなんだの言っていたが。連行されていく。

安心した様子の要救助者は、別に連れて行かれたので。何か裁かれるのかも知れない。

まあ、「陰キャ」は知らない。

全てを見届けた後。駐屯地に戻って、キルカウントを数えた。

12700か。昨日より落ちているが、邪神戦があったのだから仕方が無い。「コスプレ少女」も7200と昨日と同じ。

総合的なキルカウントは昨日より落ちた。

だが、200体近い規模を誇る「エデン」とかいう新生組織の邪神の一体を潰せたのだから、可とするべきだろう。

あの言動。

「陰キャ」の事をピンポイントで知っていた。組織的に動いている邪神であることは間違いない。

ともかく、倒す事が出来たのだから、それで可とする。

また、隅っこで膝を抱えて休む。風呂に入る前に、色々と頭の中を整理しておきたかった。

無言で、手を見る。

今日は、綺麗に試したい技が決まった。

あれを極めれば、後方に回ったフォロワーを更に効率よく片付ける事が出来、体力の消耗を減らせるだろう。

邪神戦でも奇襲技返しとして使える筈だ。

だが、いつまでも弱い邪神を、ましてや「陰キャ」の元に直に送ってくるとは思えない。どうせ今後、きたない手をたくさん使ってくるはずである。

無言で風呂にはいって。その後はベッドで丸まって寝た。

とにかく、戦いはまだまだ続く事確定だ。

「悪役令嬢」は、極寒の土地で地獄みたいな状況での戦闘を続けている。

そう考えれば。

まだ、ベッドがあって、レーションが美味しくなったのだから。「陰キャ」の境遇は恵まれていると考えて。

少しは気持ちを楽にしなければならなかった。

 

4、使い捨ての意図

 

「エデン」本部。

欧州、北欧に存在するそれは。古き時代は一種の理想郷として喧伝された場所だった。

曰く完璧な福祉。

曰く完璧な社会。

マスコミが喧伝していたそれらが大嘘だったことは、SNSクライシス発生の直前には分かっていたのだが。

それでも一部の者は夢を見続けていたようだ。

どっちにしても、その手の阿呆は。「財閥」をはじめとする邪悪な金持ちの好餌に過ぎず。

結果として、「財閥」はその手の阿呆がいるおかげで、肥え太り続けた訳だが。

今、180少しにまで減少した邪神達が、せっせとフォロワーを働かせて神殿を作っている。

北欧は新たな神話の開始場所として相応しい。

ラグナロクで焼き払われた世界に、新しいわずかな神々と人々が生きていく事は。北欧神話の教義である。

その神々は、高位の邪神達。

そして人々は、今周囲に群れている下位の神々。

そう考えれば、これこそまさにラグナロク後に来る楽園とも言えるだろう。

神殿の建設が一段落した後。

「財閥」は手を叩いて、邪神達の注目を集める。

その場にいない邪神にも、リアルタイムで声を届けることができる。

「エデンにつどいし選ばれし諸君。 敵戦力の大まかな把握は完了した」

今までのは威力偵察。

「悪役令嬢」というやつ。日本の狩り手ども。それに米国の狩り手ども。

それらは、「神」を名乗った絶対正義同盟のNO1が提案してきた圧倒的数のフォロワーによる平押しを続けつつ。

同時に邪神……αユーザーと表向きにはしているのか。ともかく叩き付け続ける事で、実力は把握できた。

特に「悪役令嬢」の戦闘力は想定以上。

また、日本にいる「陰キャ」も強い。

それぞれが、都市を幾つも滅ぼしてきた強力な邪神をぶつけたのに。殆ど苦労せず一蹴している。

特に、データによると、「悪役令嬢」は高位邪神との連戦を制したという。

これについては半信半疑だったのだが。

どうやら本当だと判断してよさそうだった。

現在、「エデン」には最高位邪神が「財閥」含め三体。

更に高位邪神が十七体。

残りが通常邪神となっている。

勿論、威力偵察が終わった以上、兵力の逐次投入は終わりだ。

これで本来の作戦行動に入る事が出来る。

本来の作戦行動。

それは当然、まずは最大の戦力を有している米国の壊滅である。

日本のフォロワーの減少速度が予想より早いのが懸念事項だが。

これについては。朝鮮半島経由で、対馬を介して更にお代わりのフォロワーを送り込めばいい。

今三億のフォロワーを米国に向けて進軍させているが。

日本のフォロワーの減り具合によっては、その一部。まあ一千万くらい送っておけば充分だろう。

どちらにしても、数少ないフォロワーがいない地帯を作って、人間共は調子に乗っている。

これは日米どちらも同じだ。

だから、調子に乗るだけ乗らせて。

後は狩ってしまう。

それだけの話である。

「これより君達は、黄昏の後の新しい世界にて、新しい選ばれし者達の世界を作る為に活動してほしい。 そのためには、幾つかの障害がある」

敵の弱いところを突く。

それは、戦闘の基本だ。

「財閥」も当然それくらいは理解していた。

SNSクライシスの前には、銃弾の代わりに札束で戦争をしていたのである。

だから、当然のように基礎知識だった。

今、米国は軍が二つに割れている。

その間隙は意図的に作り出したものだ。

東海岸側の司令官に、取引を持ちかけたのである。

お前達を含め、少数の人間は生かしておいてやる。

フォロワーの供給源がゼロになってしまうと困るからだ。

だから、定期的にフォロワーになる人間を差し出すことで、命だけは救ってやる。その代わり内通しろ。

圧倒的な邪神の、αユーザーの実力を知る其奴は、元々戦闘に怯えきっていたこともある。

狩り手でもどうにもできない邪神を、何体も見ていたからだろう。

取引に乗った。

取引の様子は見ていたが、嘘はついていない。

嘘つきを嫌になる程見てきた「財閥」だから、それは知っていた。

後はひたすら、そいつに指示をして米軍内部に亀裂を作らせればいい。

ターゲットに米軍の東海岸司令官を選んだのは。

実力の割りに権力欲が大きく、なおかつ政治闘争に手腕があるからだ。

軍事的指揮能力など関係無い。

米軍はSNSクライシス後に壊滅的な打撃を受けたが。

それでもいち早く再編成を済ませただけあって、その一部にあった腐敗構造も受け継いでしまった。

その申し子である者は。

もはや「財閥」のマリオネットに過ぎなかった。

「米国に残った狩り手五人を狙い撃ちにする。 同時にシベリアで攻勢を強める。 日本でも、だ」

日本に対しては、残ったフォロワーを遠隔で活性化させる。

シベリアは、もう4000万近いフォロワーが既に現地に到着している。これの進軍速度を上げるだけでいい。

これで、米国各地に散っている五人だけの狩り手が、ほぼ孤立する。

更には狩り手の育成施設についても、既に見当がついている。

これらを潰す。

それが初手となる。

何人かの邪神を呼ぶ。いずれもが、高位邪神。更に十体の通常邪神もそれに付随させる。

「それでは頼むぞ同志達よ」

「ははっ。 新しい未来のために!」

邪神達が消える。

出来上がりつつある美しい白磁の玉座を見て満足しながら、「財閥」はほくそ笑む。

敵の弱点は既に完璧に把握している。

「悪役令嬢」とやらは、あるいは「財閥」に届きうる牙をもっているかも知れないが。後方支援を断たれてはどうにもなるまい。

さて、一つ一つ手を進めるだけだ。

そして勝つ。

この星は、雑多な蛆虫共のいない美しい星へと生まれ変わる。

そう、「財閥」の私物へと。

それを思うと、今から笑いを堪えるのが大変だった。

 

(続)