大洋の先に
序、復帰早々
「悪役令嬢」はやっと復帰の許可を貰った。装備を受け取って、外に出る。この病院の具体的な位置は聞かされていなかったが、小田原の一角らしい。小田原でのフォロワー駆除が進んでいたと聞いていたが。かなり数を削りとるのに成功し。今では幾つかの建物を接収し、こういう設備を作れていると言う事だった。
外に出て、何とか激戦を生き延びたという自衛官の敬礼を受ける。
もうこの国に邪神はいない。
そう安心して話している人達に、冷や水をかけるつもりは無い。
かろうじて人類が組織的に戦えているもう一つの国、米国に今危機が迫っている事もあるし。
海外から新しい邪神が来る可能性だってある。
軽くリハビリに体を動かす。
それほど衰えてはいない。
「陰キャ」も少し前に退院していったようだ。体が若いから、回復も早いという事なのだろう。
いずれにしても。
後三体、まだ奴と。「神」と同等の実力者が残っている。
それを潰さない限り、SNSクライシス後の混乱には、一段落さえ来ないだろう。
周囲を歩いて回る。
流石に近辺にフォロワーの姿はない。
山革陸将から連絡が来たのは、その直後だった。
「「悪役令嬢」くん、復帰おめでとう。 早速だが、任務に移って貰いたい」
「神戸での掃討任務の続きでして?」
「いや、神戸には「陰キャ」くんが既に出向いている。 近畿のフォロワーは先の大戦で、分布がかなり変わって、大阪から相当数が周辺に流出した。 神戸はそれほど時間を掛けずに制圧出来るはずだ」
「ふむ」
現在、静岡、新潟、四国全域、九州全域からのフォロワーの駆除は完了。
まだ少しだけ長野にフォロワーが残っているので、これを「アイドルオタ」と「コンビニバイト」のルーキー二人が駆除に回っている。
「優しいだけの人」と「コスプレ少女」は遊撃をしながら、各地の自衛隊駐屯地近辺のフォロワーを駆除。
「喫茶メイド」は首都圏で遊撃しながらフォロワーを駆除している様子だ。
残念ながら、まだ「女騎士」は病院。一月は前線に出向けないらしい。
それはそうだ。
「神」の攻撃をモロに食らったのだから。
「狩り手のルーキーはいつ来ますの?」
「いや、まだそれについてはしばらく掛かる。 マンパワーもリソースも足りていない状態だ」
「……現時点で、対邪神には出られそうに無いルーキーでも、既に以前の狩り手達と同等かそれ以上の実力にまでは成長していますわ。 むしろフォロワー対策専門の狩り手を育成するのであれば、早めに出せるのでは?」
「いや、それですら厳しい状態なんだ。 九州に首脳部の一部を移して、どうにか都心地下がやられても最悪の状態になる事態だけは避けたが……」
そうか。
それならば、仕方が無いだろう。
いずれにしても、「悪役令嬢」は一番フォロワー対策が必要な場所に行きたいが。
告げられたのは、意外な場所だった。
「このままロボットを回すので、横浜方面に向かってほしい」
「近畿は構いませんの?」
「近畿には「陰キャ」くん達が出向いている。 君は小田原から横浜にかけてのフォロワーを、徹底的に駆除してほしい。 横浜にある工業地帯を回収出来れば、更に状況は有利になる」
「……」
理由は多分、それだけじゃあないな。
そう思ったが、聞くのも馬鹿馬鹿しい。
ただでさえ「悪役令嬢」を危険視する上層部に足を引っ張られるような事まであった後だ。
今は大人しく従っておくとしよう。
米国に関してはどうなっているのか気になる。
あれから続報が入った。
フォロワーの先鋒となるだろう群れの数は4500万。衛星によると、各地でフォロワーの大規模な移動が確認されており、その全てがアラスカに向かっているという。
雪でもものともしない上。
既にベーリング海峡は凍ってしまっている状況だ。そのまま、4500万が上陸して来る事になる。
普通のゾンビだったら、装甲車とかでひき殺せたかもしれない。
だがフォロワーは、十数体集まれば装甲車をひっくり返し。対戦車ライフルでも叩き込まない限り倒せない。
皮肉な話で、ライオンやヒグマと言った人間を襲うことがあった猛獣が、現在は人間には一切近付かないという。
フォロワーに近付いて返り討ちに遭うケースが多発したため、学習したのが原因のようだ。
アフリカでは偵察ドローンによって「発情期の象がフォロワーを攻撃して」返り討ちにされバラバラに解体される映像までもが撮られたようであり。
フォロワーの凄まじい恐ろしさがよく分かる。
発情期の象は「悪魔」と呼ばれるほど危険で、武装した人間を除くと間違いなく地上最強の生物なのだが。
対策ができるまでは、軍でさえフォロワーに一方的に蹂躙されるばかりだった、というのも仕方が無い事なのだろう。
米国はこの迫り来る4500万をどうするのか。
爆撃機を飛ばしてどうこう、くらいで対応できるなら。SNSクライシスの後、米軍が迅速にフォロワーを鎮圧している。
核ですら効き目が薄いのだ。
一体どれだけの狩り手を動員すれば対応できるのか、見当もつかないというのが本音だった。
無言のまま、ドローンが確認しているフォロワーの群れと接敵。
無人の駐屯地も近くにあるようだ。
神奈川の辺境はもうフォロワーの駆除があらかた終わっているが、中部から東に行けば行くほどフォロワーの数が増える。
横浜は世界でも有数の魔都だ。
「陰キャ」がスニークミッションをやってきたことがあるが。正面からやりあったらどれだけ駆除に時間が掛かるのか。
いずれにしても、まずは目の前の相手から、である。
早速鉄扇を振るう。
腕の感覚は悪くない。クッソ重い「神」の攻撃をしのぎ続けたのだ。ダメージが回復しきっていない可能性もあったのだが。今の時点では特に問題は無い。
片っ端からフォロワーを赤い霧に変える。感覚も鈍っていない。
ただ、たまに痺れみたいなのがある。
これが少し気がかりだった。
短時間で絶技を二発撃ったのだ。
それが影響しているのかも知れない。
後で精密検査を受けるとしても、まずは目につくフォロワーを片付ける。
少し戦って見て分かってきたが、どうも以前ほど群れに統率が感じられない。
多数で押してくることと、とんでもない馬鹿力なのは昔と同じだけれども。それでも何というか、群れがばらけている。
これも、あの「神」を自称する下衆を叩き潰した影響なのかも知れなかった。
今は誰も育成しなくていいので、短時間で動き回れるのが良い。
午前中に七千ほどフォロワーを狩って、昼食にする。
手に若干の違和感がある事も、きちんと告げておいた。
入院時に精密検査はしてくれていたらしいので、恐らくは大丈夫と言う事だが。
キルカウントを稼ぐよりは、ペースを落としてもいいからリハビリを優先してほしい言う話を医師にされた。
まあそうだろうな。
まずいレーションを口にして、それからまた戦場に出る。
結局その日は一万八千ほどフォロワーを狩って帰還。
まあ充分な戦果だろう。リハビリだと考えればなおさらである。
戦果についてはインカムで直接報告もされるので、わざわざレポートなんか書く必要もない。
それよりも、米国が心配なのだが。
それについては、続報はなかった。
カナダに追い詰めた邪神組織「自由」の首魁は討ち取ったのだろうか。
「ナード」もいい加減年だ。
伝説の狩り手ではあるのだが、それでもやはり限界がある。
三十年間戦い続けた「デブオタ」「ガリオタ」の二人組が、年には勝てずに引退に追い込まれたのも間近で見ている。
二十代半ばを少し過ぎた「悪役令嬢」だって、全く他人事ではないのである。
もうこれ以降は、力は爆発的に上がったりしない。
技を極めていくことは出来るかもしれないが。
逆に言うと、それが精一杯、と言う事だ。
「「悪役令嬢」さん。 少し良いですか」
「あら」
「陰キャ」からガラケーデバイスに通信が入っている。
神戸で徹底的な駆除作業をしているはずだが。何かあったのだろうか。
また、文字媒体を使っているからか、しゃべり方も普通だ。
やっぱり口を動かすのや、人間と直接接するのが苦手なのだろう。こう言う形式であれば、問題なくコミュニケーションがとれるのだから全く問題ない。
「コミュニケーション」とSNSクライシス前にされていたのが、単なる地位確認と胡麻擂りだったことを考えると。
相手と意思疎通をするという意味のコミュニケーションが、如何に歪められていたのかがよく分かる。
「神戸は解放できたと思います。 今日の戦闘では、大阪近辺にまで足を伸ばして、90000ほどキルカウントを稼ぎました」
「どんどん腕を上げていますわね。 その調子でお願いいたしますわ」
「はい、ありがとうございます。 明日は近畿地方の各駐屯地を襲撃したフォロワーの残党処理に回ります。 移動しながらの戦闘になるので、少しキルカウントは落ちると思いますが、それでも安全確保のためには必要だと思います」
その通りだ。
フォロワーの群れは、どうも「神」が死んでから、かなりバラバラに動いているようである。
大阪に戻るでもなく。
基地を再度襲撃するでも無く。
あてもなく小規模の群れを作っては、獲物を探して徘徊しているようである。
獲物を探して徘徊しているという意味では、文字通りの獣だ。
危険度がヒグマの比では無いのだから、その危険さはよく分かる。秒でも速い駆除が必要だろう。
つづいて「喫茶メイド」から連絡が来る。
首都圏でのフォロワー駆除を続けている彼女は、近接戦闘に課題があると判断したのだろう。
敢えて投擲を縛って、近接戦闘でのフォロワー狩りをメインに据えて戦っているようである。
余程、悔しかったのかも知れない。
いずれにしても、今日は5000ほどキルカウントを稼いだそうである。
首都圏に密集しているフォロワーも、密度が薄れていて。逆に言うと拡散が始まりかねない。
だから徹底的に目につき次第狩っているそうだが。
やはり多すぎて対処できないそうだ。
多すぎる、か。
先鋒だけで4500万というフォロワーが北米に迫っている。
北米は各地のフォロワーがまだ残っている上に、追い詰めたとは言え邪神組織「自由」がまだ健在なのである。
日本だって、いつ邪神が海を渡って攻めてくるか分かったものではない。
今後もあまり安全だとは言えないだろう。
後は明かりを落として休む。
眠っていると、「神」が夢に出て来た。
あの陰険なナルシスト外道は、夢で散々恨み事を述べてきたが、一蹴する。貴様のような奴がSNSクライシスを起こしたのだ。地獄ですら貴様の行き場はない。さっさと宇宙の果てにでも別の世界にでも去れ。
そう叫ぶと、無数の亡者に掴まれて「神」は泥濘の中に沈んでいった。
そういえば、現物の最後もそんなだったな。
彼奴は死ぬ前に、自分の偉大さを見せつけようとしたのだろう。恐らく。
それで見せてきたのが、如何にたくさん合法的に殺したか、だった。
元から狂っていたし。
地獄でさえ受け取り拒否するような存在だったのだ。
だから、この夢は妥当な結果だろう。
いずれにしても、もう二度と声も聞きたくないし。
そのツラも拝みたくなかった。
問題は、仮に邪神を撃ち倒し切って。
フォロワーの駆除も完了した後の未来があった場合。
どうせ人間はこれだけの目に合っても進歩なんてする筈が無いので、結局ああいう輩は何度でも出てくるだろう、と言う事だ。
それについては、もう諦めている。
「悪役令嬢」だって、こうやって戦って来ているが、心ない罵声は散々浴びたことがある。
どうしてもっと早く助けに来なかった。
邪神をもっと早く殺していれば、誰々は死ななくて済んだんだ。
そういって、石を投げてきた者だっていた。
「悪役令嬢」は知っている。
人間には守る価値があるか疑問だと。
それでも、守らなければならない。
その先に何があるか分からないとしても、だ。
どうせろくな未来は待っていないだろうが。
それでもやれることは、やらなければならない。このままでは、未来が来る可能性は0なのだ。
どんなにマシな未来が来る可能性が低くても。
それでもやらなければならないだろう。
起きる。
夢の内容はよく覚えていた。
ため息をつくと起きだして、そのまま準備に取りかかる。
神奈川をどんどん東進している。フォロワーの密度は毎日濃くなっている。
米国の状況は気になる。
それに邪神が来た時の迎撃についても考えなければならないだろう。
だが、それでもまず、目の前のフォロワーを狩り。リハビリをしなければならないのも事実だ。
いずれにしても、とにかく目につくフォロワーは徹底的に潰す。
それが、今できる唯一の事だった。
夜。
キルカウント19000を稼いで駐屯地に戻る。更に明日は東に進むことが出来そうである。
フォロワーの分布図を見る。
日本各地が真っ赤っかだった時期に比べると、元々色は薄かったとは言え。九州四国、更には新潟静岡と、フォロワーがいなくなった地域が出て来ているのが大きい。
後は九州や四国にも、監視体制を作っておくこと。
集落が大きくなりすぎないように監視することが必要だが。
自衛隊員が前回の決戦で多く命を落としている。
政府も今、人員の確保で必死だろう。
「代わりなど幾らでもいる」。
SNSクライシス前に、どんな会社でも口にされていた言葉だそうだが。
それがいつの間にか、誰も人材がいないに変わっていったそうだ。
まあ当然の話だろう。
えり好みばかりして、気に入らない人材はどんどん死に追いやっていたのだ。
それは人材が枯渇するのも当然である。
そして今だ。
そもそも人間が殆どいない時代になってしまった。
今、政府機能が動いているのは日本と米国だけ。
それも昔日とは、規模が違いすぎるほどに小さい。
各地で狩り手がどれだけ頑張っても。発見した生存者を救助に来る自衛隊の動きが鈍いらしい。
これについては、「コスプレ少女」から愚痴が来ていた。
まあそれは仕方が無いのだと思う。
そもそも人間がいない状態なのだから。
静岡の無人工場も、稼働まで二年という話だし。
敵の猛攻が続いている中。
どうにかして、持ち堪えなければならないだろう。特に北米は、である。
いずれにしても、「悪役令嬢」もはやく本調子に戻らないといけないところだが。
いつそれができるか分からない。
風呂に入って、後は休もうと思ったが。
その先に、連絡が入っていた。
山革陸将からだった。
「「悪役令嬢」くん。 重大な報告が入った」
「聞かせていただきますわ」
「米国の邪神組織「自由」が姿を消した。 カナダに攻めこんでいた狩り手達が倒したわけではないらしい」
壊滅寸前に追い込まれていたと言う話だ。
逃走したというのなら、まあ可能性は否定出来ないだろう。
ただ、もし逃走したのなら。
北米では、これ以上フォロワーが増えない状況を作り出すことが出来るかもしれない。
「それでその後はどうすればよろしいので?」
「今、邪神がどう動いているか、北米と連携して総力で探査中だ。 どうも中華の邪神組織も動きがおかしい事が分かっている。 ひょっとすると、ダメージを受けている三つの組織が、それぞれ提携するつもりなのかも知れない」
それは厄介な話だ。
「神」だけでも、あの強さだった。
同格かそれに近いだろう実力を持つ邪神組織の長が三体も集まったら、一体何が引き起こされる事か。
それに、北米に向かっているフォロワーの群れも止まっていないという話である。
恐らく指向性を与えられて、そのまま、ということなのだろう。
「北米政府は、これからアラスカに狩り手を中心とした迎撃部隊を派遣して、これから迫り来る敵の大軍を迎撃する準備を開始するそうだ。 同時に、「ナード」氏の引退が発表された」
「……」
そうか。
偉大なる狩り手も引退か。
北米から邪神共を追い出した。それで限界だったと言える。途中からお代わりも来た位なのである。
五十過ぎていたというのに、よくやったと思う。
むしろ充分過ぎる程働いた。
「米国の狩り手のうち、一線級の人員はどれほどいますの?」
「情報があまり秘匿されていて此方には来ていないが。 情報交換をしていて向こうが主張するには、「陰キャ」くんと同等のキルカウントを稼ぐ狩り手が三人いるそうだ」
だからなんだ。
あの子は短期決戦型で、フォロワーの駆除数は別にそれほど問題では無い。
今の実力はもう「悪役令嬢」に並んでいると思うし、更に伸びしろもあるだろう。
そういう前向きな話をしてほしいのだが。
「それなら此方からの増援は必要ありませんわね」
「い、いや、そういうわけにもいかない。 北米は総力を挙げて、改めて国内のフォロワーの駆除に取りかかっているようだ。 南米から北上してくるフォロワーがいるかも知れないし、今後は更に狩り手が必要となる」
「此方だって国内のフォロワーの駆除は終わっていませんことよ?」
「分かっている。 ただ北米と連携して、どうにかこの危機を脱しなければならないのは理解してほしい」
溜息が漏れそうになる。
こっちの狩り手の方が強いなんて話を向こうがしている時点で、色々と話が難航するのは目に見えている。
いずれにしても、日本国内にも「悪役令嬢」を危険視して、足を引っ張ろうとしたアホがいたように。
最果ての時代を経てこのような地獄になっても、人間はまるで変わっていないようであって。うんざりするばかりだ。
「それで、わたくしは今後も狩りをすればいいんですのね?」
「……何かあった場合は連絡する。 そのまま、当面は横浜方面に進軍して、フォロワーの駆除を続けてほしい。 ルーキーについては目星がついた。 二ヶ月後に、四人ほど追加が行く筈だ」
「期待していますわ」
四人、か。
人間が減る一方の状況だ。
四人も確保出来た、とむしろ喜ぶべきなのだろう。
クローン人間の話も出始めたくらいである。
四人も新人が来たら、出来る事がさぞ増えるだろうな。
そう思って、「悪役令嬢」は陰鬱たる気分を味わっていた。
それでは、とても間に合わない。
それが、嫌と言うほど分かっていたからである。
明日からも、安全のために横浜に進み。途中のフォロワーを駆除して行かなければならない。
邪神がいつ現れて、呼び出しが来てもおかしくない。
いずれにしても、もはや。
「悪役令嬢」が幾ら愚痴っても、どうしようもないのは事実だった。
1、不格好な共同戦線
横浜近くまで、五日掛けて来た。
それまでに十一万ほどのフォロワーを「悪役令嬢」は駆除。ただ、横浜にはまだ踏み込めない。
近辺にはまだまだ数十万のフォロワーが蠢いており。
横浜にはそれ以上の数のフォロワーがいるのだから。
手当たり次第にフォロワーを狩って、六日目の午前中のリハビリも終える。
手に若干残っていた痺れも、ほぼ無視出来る状態になって来た。
ただ分かってきた事もある。
絶技はあまり連打しない方が良いだろう。
恐らくだが、絶技を一回の戦闘で使って良いのは一度。
そうでなければ、文字通り寿命が縮むと考えて良さそうだった。
午前中で狩ったのは9000ほど。
キルカウントは自画自賛になるが現状動ける狩り手の中では図抜けている。此処連日、20000オーバーのキルカウントをたたき出しているのだから。
だが、理由がある。「悪役令嬢」が順調にリハビリをできているというのと同時に。
それ以上に、フォロワーが弱体化しているのが大きいと感じた。
以前ほど、圧倒的な群れを自分で作ろうとしない。
攻撃的で、人間を見ると見境なく襲いかかってくるのは事実だけれども。それはそれである。
無言で昼メシをかっくらう。
どうせまずいレーションだ。
せめて「女騎士」が復帰してくれれば、茶だけなら多少はマシになるのだが。今はそうもいかない。
狩りにでる。
駐屯地の周辺のフォロワーを、ドローンの支援を受けて配置を把握しながら、徹底的に狩る。
近くのトンネルに、人間が立てこもっている反応がある。
周辺には、相当数のフォロワーが群れていた。
片っ端から片付けながら、自衛隊に連絡を入れる。
自衛隊の方でも、実は立てこもっている人間がいる事は把握していたらしい。
だったらなんで連絡をしてこなかったと怒鳴りたくなったが。
それはもう、仕方が無いと自分に言い聞かせ直す。
手が足りないのだ。
そもそも、北米に迫っているフォロワーの大軍勢をどうするかも、まともに協議できていないのである。
「ナード」が引退したと言う事は。
此方には情報が来ていないだけで、カナダでは相当な激戦が繰り広げられたのだろうとも思う。
いずれにしても、最初に邪神を撃破した英雄「ナード」には敬意を無条件に持つ事が出来るが。
その周辺はとても尊敬できそうにもない。
トンネルに立てこもっていた人間を襲おうとうろうろしていたフォロワーどもを、全て片付ける。
自衛隊はまだ来ない。
既に安全地帯になっている場所はできている。ヘリを使っても良い。
人員が減っている以上、燃料の備蓄なども出来ている筈だ。
それならば、さっさとくればいいものを。
ともかく、専門の救助部隊に後は任せる。
更に危険を遠ざけるため、周辺に駆除領域を広げる。
どうせこの辺りのフォロワーは一掃するつもりだったのだ。動きが鈍くなっている今は好機である。
無言で狩っているうちに。
四時間もしてから、やっと自衛隊がきた。
大型の輸送ヘリだ。戦車とかを乗せられるような奴である。
自衛隊はまずドローンをトンネルに送り込み、内部を確認。
救援を求める人々がいるようにみせて、フォロワーが潜んでいる可能性もある、との事だが。
自衛隊に頼まれて、「悪役令嬢」も来ているのである。
問答無用でバリケードを撤去すればよいものを。
ともかく、手際が悪い。
これは多くのベテランがこの間の「神」による大攻勢で命を落としたことも原因なのだろう。
だから、余計に怒れなかった。
ともかくバリケードが破られて、内部に自衛隊の部隊が潜入。どんどん、不衛生で痩せこけている人々を救助し始める。
酷い臭いだが、そんな事は言っていられない。
栄養失調寸前になっている人も珍しく無い。
助け合いながら逃げ惑い。追い詰められてここに逃げ込んだだろう人達だ。
それを救えないで何が軍か。
ともかく、後の事は自衛隊に任せる。敬礼をする自衛官は予想通りというか、相当に若い。
「悪役令嬢」が絶対正義同盟のボスを倒したと言うことも知っている様子だが。
羨望のまなざしを向けるのは結構だが。
その前に、きちんと仕事をしてほしい。
そう言いたくなる。
ともかく敬礼は返す。
人員が足りていない状況で、必死に救援の部隊を出してくれたのだ。それだけで立派である。
そう自分に言い聞かせ。怒りを押し殺す。
後は、夜まで徹底的に周辺のフォロワーを狩った。この辺りは元々フォロワーが徘徊はしていたものの。「神」による大攻勢前にはそれほど凄まじい数ではなかったようで。各地で隠れている住民が目だった。
ともかく助けるためにも、フォロワーを狩る。
そして要救助者を見つける度に、後は自衛隊に任せる。
やっと全てが終わって、駐屯地に戻る。
今日のキルカウントは20000程度か。
少しキルカウントが落ちたが、それもまた、仕方が無い話ではあったと思う。
とにかく疲れ果てた。
連絡を幾つか確認しておく。
「陰キャ」は神戸周辺からフォロワーの掃討を完了。これで四国は完全に安全を確保出来たと言って良さそうだ。
今は大阪に殴り込んで、少しずつフォロワーを削っているようである。
「喫茶メイド」は首都圏での狩りを続行。
今日は地下鉄の駅に入り込んで、相当数のフォロワーを狩ってきたらしい。
地下に潜り込んでいるフォロワーはかなり多く。地下鉄の網の目のような作りもあって、どこにどれくらい潜んでいるか分かりづらい。
今日はかなりの数が潜んでいることが確定の場所に殴り込みを掛けたそうである。
近接戦闘の腕を上げるために、必死というわけだ。
充分に良くやれていると思う。
後は「女騎士」が意識を取り戻して、リハビリに入っているという。
一ヶ月程度を見ていた完治期間だが。
本人の努力次第では、かなり短縮できるかも知れない。
他の狩り手も順調だ。
後は、米国の状況と。
邪神共の動向についてだが。
一番肝心なこの二つについては、連絡がまだない。先鋒だけで4500万という空前の大軍だ。
場合によっては、ユーラシアに渡って先にゲリラ戦を仕掛けるくらいの覚悟が必要だと思うのだが。
それすら連絡が入らないのは、本当に大丈夫だろうかと心配になってくる。
ともかく、今日は休む。
出来る事しか出来ない。
それがとにかく口惜しい。
「悪役令嬢」は戦闘現場で指揮を執る事は出来るが、軍の指揮とかは取りようが無い。その事実もまた、口惜しさを更に増す要因となっていた。
不快感が重なったからか。
その日は寝苦しかった。
寒くなる一方だと言う事もある。
もうフォロワーが平然と雪をかき分け進軍している辺りは、専門の装備がないととても動きがとれないだろうな。
そんな事を、漠然と夢の中で思っていた。
山革陸将は、ずっと渋面を作っていた。
米国とのホットラインが開通したのはいい。首脳会談が行われているのだが。その内容が以前の話と違いすぎるのである。
まず北米から邪神がいなくなったのは本当だ。カナダに本拠を置いていた邪神組織「自由」は、残存していた四体が全て消えたことを確認された。
しかしその過程で、米国にいた狩り手十七人の内、「ナード」が引退。二名戦死、四名が重症。
このうち二名は、現場復帰が厳しいという。
今動ける十名の中に、以前自慢げに「陰キャ」と同じくらいの実力だと吹聴していたものはいないという。
要するに邪神どもとの戦いがそれだけ激しく。
皆、その過程で命を落としたり、再起不能になったと言うことだ。
それだけで何度も溜息が出るほどだが。
まだまだそれだけではなかった。
米軍は各地でフォロワー狩りを必死に行っているが。首都圏のフォロワーを駆除する事に全力を投じるべきだと主張する派閥と、アラスカから迫り来る億を超えるフォロワーの対処を優先するべきだと主張する派閥に別れて、陰湿な争いを続けていると言う。
その過程で狩り手達は軍にうんざりしているらしく。
自立して活動を開始すべきでは無いかと言う話まで出始めているそうだ。
今、米国でトップの借り手は、「ギーク」と呼ばれる人物である。
これもスクールカースト用語の一つで、いわゆる下層集団である「ナード」の一種に当たる。
「ナード」の中でもどちらかというと機械好きの者達がこういう風に呼ばれる事が多かったらしく。それを逆用した狩り手だ。
「ナード」の弟子として各地を連戦した狩り手だそうだが、既に全盛期を過ぎている四十一。
実力は確かに高いが、残念ながら映像を見た本人が、「陰キャ」や「悪役令嬢」にはとても及ばないと口にしており。
それを聞いた米国の軍司令官が、顔を真っ赤にして何かまくし立てていた。
対して、狩り手達はうんざりした様子でその有様を見る。
米国の大統領は、彼らをまとめられていない。
日本の総理大臣も、内患を除ける程の手腕はない。
だが、無能はどちらも大して変わらない様子だった。
ともかく、話を進めるが。アラスカでの迎撃作戦。一端撤退した邪神が、どう動くかの偵察。
更には、今後の協力体制についての話は。
遅々としてまとまりそうになかった。
「いずれにしても、まずは足固めからやるしかない! ともかく首都圏のフォロワー共を全て駆除して、それで経済力を……」
「邪神が来たら一網打尽にやられるのに、経済力もあるか!」
「経済力がなければ、人類の再興もならんだろうが!」
「まだ大勢邪神がいるのに、何を寝ぼけたことを!」
どうやら、首都圏奪回派とアラスカ迎撃派は。それぞれ東海岸司令部と、西海岸司令部で、きっちり派閥が割れているらしい。
これでも現状で日本の自衛隊の十倍以上の規模を有している組織なので、まあそういう派閥闘争も起きるのだろう。
山革陸将はじっとうんざりしながら話を聞いていたが。
咳払いした、禿頭の米国大統領が話を振ってくる。
「日本の自衛隊指揮官、山革陸将くんだったな。 君の意見を聞かせてくれるか」
一応、それで言い争いをしていた司令官二人も黙る。
現状、最強の狩り手「悪役令嬢」は日本にいる。
更にその次の実力者である「陰キャ」もまたしかり。
それを悟った時点で、余計にこの二人の司令官の確執は深まったらしい。
山革としては、そんなものに首を突っ込むのは御免だといいたいが。
これも仕方がない事である。
「結論から言えば、アラスカでフォロワーの大軍を迎え撃つべきだと思います」
「詳しく話を聞かせてくれるか」
「北米に侵入しようとしているフォロワーの数は三億に達するという話があります。 前衛だけで4500万。 これを放置しておけば、米国は邪神が何もしなくても、勝手に滅ぶことになるでしょう」
「その前に首都圏を奪還し、経済力を上げ、爆撃機部隊を編成して……」
まだ司令官の片方。東海岸派の方がわめき立てるが。
大統領がうんざりした様子で首を横に振るのを見て、流石に黙り込む。
「水爆ですら効果的な駆除が見込めない相手です。 其方の今動ける狩り手は十人と聞いています。 そして邪神達は今、米国から引き揚げて、何か画策している模様。 もし三つある邪神の組織がまとまった場合。 仮に首都圏を奪還したところで。 再侵攻を邪神共が掛けて来た時には、文字通り全てが水泡に帰すのではないでしょうか」
「ならばどうすればいい……」
「此方からも増援を出します。 アラスカで敵を迎撃する準備を進めていただけますでしょうか」
「増援ね……」
「此方も守りがありますので、エース二人を同時に出すわけにはいきません。 また、エースの一人「陰キャ」は、体力がなく、フォロワーの殲滅力にはどうしても欠ける所があります」
素直な話をする。
確かに「陰キャ」は凄まじい爆発力を持つが、どうしてもフォロワーの殲滅力に関しては「悪役令嬢」が圧倒的だ。
「ナード」が無事だったら、肩を並べて毎日合計四万以上のフォロワーを削っただろうが。
伝説の英雄「ナード」も三十年の無理がたたったのだ。
流石にこれ以上戦わせる訳にもいかないだろう。
また、大規模な部隊を出せば、絶対に邪神が来る。
中華の邪神組織も妙な動きをしているようだし。
そもそもトップエースである「悪役令嬢」を出す事でさえ不安なのだ。
「「悪役令嬢」に加えて、もうすぐ育成が終わる所だった四人の狩り手のうち二人もつけます。 防寒装備を準備するので、其方も支援部隊の準備と、狩り手の戦闘準備を整えていただけますか」
「なんで其方が主導権を握る!」
「ナーズカード大将。 君の言い分も分からないでもないが、そもそももう意地を張っている場合では無い。 「ナード」くんが君の我が儘を聞いて必死に大都市を守ってくれたのも、米国の各地で点々と必死に生きている人々のためだ。 今、日本はトップエースを出してくれるという話をしてくれている。 それに対して悪態をつくのは、紳士のすることではないし、理性的でもない」
大統領がずばりというと。
不愉快そうに視線を背けるナーズカードとかいう東海岸側の司令官。
西海岸側の司令官は、いい気味だと顔に書きながら言う。
「それでは、防寒用の装備を準備します。 一週間ほどで此方は出る事が出来ますが……」
「それでは先発隊として、五名の狩り手を派遣してくれ。 アラスカそのものにもまだフォロワーがいるだろう。 先に駆除をしておこう。 五名を残すのは、邪神共が再攻勢を掛けて来た時のためだ。 人員の選別は、狩り手の育成機関にやって貰おう」
大統領が冷や汗をハンカチで拭いながら言う。
何でも大深度の地下シェルターにいるという話だが。
クーラーが効いているだろうに、まあそれだけ心労が激しいと言うことか。
「合計たった八人で、4500万を迎え撃つと。 素晴らしい作戦ですな。 しかもその内二人は新米と」
「涙が出てくるだろう。 私もだよ」
皮肉を言ったナーズカードに、大統領が返す。
それでもう、ナーズカードは何も言えなくなった。
それに4500万を撃退したところで、その背後には2億5000万以上が控えているのである。
確かに、米国の玄関口とも言えるアラスカで迎え撃たないと全てが終わる。
「悪役令嬢と他二人を送るのは、此方の輸送機を用います。 ただ大型機を用いると、邪神に狙われる可能性が高い。 米国の西海岸に着くようにしますので、以降の輸送路については其方で確保してください」
「分かった、そうしよう。 では、それぞれ準備を整えるとしようか」
通信が終わる。
総理大臣が、大きなため息をついた。
「これでは、仮に邪神を倒しフォロワーを片付けても、新たな紛争がすぐに火を噴きかねないな」
「それどころか、米国でクーデターが起きる可能性さえあります」
「悪役令嬢くん以外を送る判断はないのかね」
「……残念ながら。 ベーリング海峡が凍り付いている今、フォロワーの群れはものともせずに来るでしょう。 ドレスに耐寒装備を仕込み、それで戦って貰うしかありません」
耐寒装備も、カイロなどは論外。
装備については、色々と事前に検討することになる。
技術部隊に話をして、準備をして貰う。
まあ、実の所北海道などに展開している自衛隊の部隊などで、耐寒装備は既に実験ができている。
「悪役令嬢」が、そのままの格好で極地で戦う事は可能だ。
それらの話をして、総理大臣は納得。
後は、他の作業に移る。
まずは「悪役令嬢」。
今回の会議の話を伝える。ルーキー以下二人を連れて、空前のフォロワーの群れを迎え撃ってほしいと言う話をする。
馬鹿馬鹿しい程の任務だが、それでも他に頼める相手がいない。
まだまだ世界中に邪神がいる現状。
日本には、エース級の狩り手が残る必要があるのだ。
そのエース級は、殲滅力では「悪役令嬢」に劣るが。邪神キラーとしては「悪役令嬢」以上の爆発力を持つ「陰キャ」以外にあり得ない。
そう話をして、納得して貰った。
ただ、「悪役令嬢」が相当に腹を立てているのは分かった。
ともかく、機嫌は何とかして取らなければならないだろう。
更に、連絡を入れる相手がいる。
「喫茶メイド」である。
「陰キャ」は本人が認める程、指揮を執るのに向いていない。
であれば。
狩り手をまとめるのは、「喫茶メイド」以外にはあり得なかった。
話をすると、しばらく黙り込んでいた「喫茶メイド」。
気持ちは良く分かる。
今回の会議の内容は、悪魔がみたら手を叩いて嗤っただろうし。この時代以外の人間が見ても、手を叩いて嗤っただろう内容だからだ。
文字通り、神話に出てくるような悪魔の軍勢が迫っているのに、内輪もめをしている人間ども。
これほど滑稽な見世物は他に無いだろうから。
「分かりました。 私が他の狩り手の皆さんのまとめ役をします」
「「陰キャ」くんとの連絡は特に緊密に頼む。 彼女の戦闘力は分かっていると思うが、君を凌いでいる」
「はい。 ただ「陰キャ」さんとはそれなりに仲良くやれています」
「喫茶メイド」の話によると、「陰キャ」はそもそも権力欲も無いし、何よりも自分に対する干渉がなければ怒る事もないそうだ。
「悪役令嬢」はその辺りを前に話してくれて。
以降は実際に、必要な話だけをしているとか。
苦手意識がないのなら、まあ大丈夫だろう。
狩り手内での指揮系統の引き継ぎを、「悪役令嬢」からするように指示をして。
最後に「陰キャ」に連絡を入れる。
話をすると、「陰キャ」は分かりましたとだけ応えた。
少し心配になったので、ぶきっちょにガラケーデバイスで文字を打ってやりとりをする。
こんな使いづらいデバイスで、良くあんな速度で文字を打てるなと感心しながら。
「今、「悪役令嬢」くんと君がこの国の狩り手のトップエースだ。 「喫茶メイド」くんは少しとは言え君の後輩で、戦闘力も劣る。 それでも、指揮下に入ることで文句はないのかね?」
「はい。 元々実年齢は「喫茶メイド」さんの方が上のようですし、何より私他の人に指示を出したりするのは苦手なので、指示を出して貰って敵を斬るのが一番性に合います」
さらっと恐ろしい事をいうなあと思うが。
確かにその通りなのだろう。
人間が嫌いと言うよりも、苦手なのだこの娘は。
だからこうやって、文字でのやりとりを好むし。
そもそも口を開きたがらない。
何が原因でそうなったのかは分からないが、まあ天然物だと「悪役令嬢」が言っていたので。
元々そういう性格なのかも知れない。
いずれにしても、後はコンビで組ませてみて、動いて貰って。上手く行くようなら、後は「悪役令嬢」と、ルーキー二人が出る準備である。
相手の数は4500万。しかも増援が際限なく控えている。
「悪役令嬢」には無茶苦茶を頼む事になるが。もう他に方法は無い。
数日が経過。
「悪役令嬢」は神奈川のフォロワーを片っ端から薙ぎ払い、横浜に突入する準備を進めていた。
その役割は、「喫茶メイド」に引き継いで貰う。
どうせ首都圏は、ちょっとやそっとでフォロワーの殲滅ができる状況には無い。
他の狩り手への指揮系統も、「悪役令嬢」から「喫茶メイド」に譲渡が終わったようだった。
巣くっていたフォロワーを殲滅し、再占領した横須賀基地。
此処には機能停止した空母が停泊しているが、その他の設備を改良して空港にしてある。
その空港から、輸送機を出す。
現地でルーキー以下の二人と、「悪役令嬢」の顔合わせ。
まだ実戦に出すのは早いと「デブオタ」「ガリオタ」のベテラン二人も、教官もいったが。
しかし、もはやルーキー以下を出すしか無い。
米軍はプライドを賭けて、五人を出してくるが。ざっと実力を見た所、この五人あわせて「悪役令嬢」と互角というところだろう。
そう考えると、バランス面では丁度良い編成なのかも知れない。
輸送機はハワイを経由して、米国西海岸に向かう。勿論ハワイはフォロワー塗れであるのだから。ハワイの空港でのフォロワー殲滅が初任務になるだろう。
輸送機は無人機を用いる。
オートパイロットそのものは大丈夫だが、懸念は燃料だ。
一応燃料を自動補給するためのシステムは搭載していて、今回一緒に行く新人が「喫茶メイド」と同じ軍上がりなので使える筈。
またいきなり4500万のフォロワーの大軍勢を前に放り出すわけではなく、その前に実戦のワンクッションを踏める事になる。
そういう意味でも、いいと言える。
大型輸送機を邪神が狙って来た場合も、これで対応はできるだろう。
狩り手しか乗っていなければ問題なし。
邪神も、フォロワー化のテリトリ展開以外は、人間が対応しようがない攻撃はできないようになっている。ましてや狩り手が相手だとなおさらである。
準備を進めていくが。
やはり、自衛隊の駐屯地のダメージが大きく。
人員の損耗が激しすぎるのが色々と厳しい。
ともかく、それでもなんとかしていかなければならない。
米国側も揉めているが。
理由は現時点では聞いていない。
東海岸と西海岸の軍で派閥争いというのは、正直この状況では考えられないと思うのだけれども。
しかしながら日本でも、首脳部の中にバカが紛れ込んでいたのは記憶に新しい話だし。
はっきりいって山革陸将だって自分が有能などとは思っていない。
もう、そういうものとして諦めるしか無いのかも知れなかった。
また、数日かかる。
「悪役令嬢」はその間に横浜周辺のフォロワーを片付け、幾つかの市からフォロワーを一掃していた。
その過程で救出された民間人は二百人を越えた。
神奈川の僻地だけではなく、幾つかの市からフォロワーが一掃されたのは大きく。
海岸線にフォロワーがいない地域をまた確保出来たのも大きい。湘南近辺からも、フォロワーが一掃されたからである。
いっそのこと、ダラダラこのまま遅らせようかとも思ったが。
米国側と歩調が合わないと、被害は増える一方だろう。
数日で、新人に必死に教育もしてくれているという。
そういう身内の努力も無駄にはできない。
ともかく、輸送機は準備が整う。ハワイとの往復分の燃料は入れた。
これは、ハワイで燃料を確保できなかった場合に備えて、である。
その場合は米国まで飛ぶ事も視野に入れるが。
米国側も、大きな空港の大半は制圧が済んでいないらしく。特に西海岸の軍空港は、まだかなり不十分な状態で。
それ以上に燃料がかなり不安な様子らしい。
このため、ハワイの軍空港を制圧する事は必須となっていて。
それを出かけの駄賃代わりに頼まれたという側面もある。
まあ、米軍に恩を売るにはいい機会だろう。
それに、ハワイの軍空港を綺麗に制圧出来れば、東海岸側のあの司令官も。うだうだ五月蠅い事を言わなくなるとは思う。
「悪役令嬢」と新人二人には、すぐに横須賀に向かって貰う。
アラスカでの決戦は、人類の命運を分ける戦いになる。
物資なども一応は準備できた。
見送りには誰も行かせられない。
悲しい話だが、日本各地でフォロワーがまだまだ跋扈しており、いつ邪神が現れるかも分からないからだ。
横須賀についたと、まずは新人と護衛の自衛隊部隊から連絡がある。
横須賀の辺りは既に狩り手達が小田原を攻める過程で掃除を済ませているので、フォロワーに襲撃を受けるおそれはない。
問題はもっと他にある。
輸送機は少し前に到着した。
軍用の輸送機だから、かなり大きい。
音速は出ないが、それでも相当な速度で飛ぶ事は出来る。ただ問題は、航空管制の技術が著しく失われていると言うことだ。
米軍も気象衛星などの多くを三十年で失っており。
ハワイに向かう最中に台風などに遭遇する可能性はある。
一応軍衛星などを動かして、台風などに真っ向からぶつからないように手配はしているが。それでも不意に海の天気は変わることがある。この大型輸送機も、そもそもとしてあまり出番が無かった機体だ。
乗せた給油用の大型車両も確認しているうちに、「悪役令嬢」がくる。
あまり、表情は愉快そうではなかった。
連絡を入れておく。
「アラスカに到着したら、以降は米軍と連携して動いてほしい」
「指揮下に入る必要はないと」
「昔は地位協定だので日本の方が下、だったのだが。 こうなってしまうともはやそれもないからな。 同盟国という事で、向こうは其処まで強く出てこないはずだ」
そもそも、「ナード」を苛烈な戦いで失った(引退だが)米軍は、今大慌てで新人を育成している筈だが。
上位邪神の恐ろしさは米軍も知っている筈で。今いる狩り手で、上位邪神と戦う事の無謀さは理解しているだろう。
現在上位邪神とまともにやり合えるのは「悪役令嬢」と「陰キャ」しかいないし。
彼女らですら、上位邪神とタイマンして勝てるという事は一切口にしない。
それほど上位邪神は圧倒的な存在であり。
それがまだまだ何体も残っているのだ。
東海岸の米軍司令官が何を考えているのかはよく分からないが。
いずれにしても、人類にとっての希望である「悪役令嬢」を殺すような陰謀を巡らせる事は……ないと流石に信じたい。
身内にそれをやりかけた阿呆がいたことを思い出して、山革陸将は頭がいたくなったが。
ひとまずそれは忘れる事にする。
「ともかく、アラスカでは想像を絶する激戦となるだろう。 武運を祈る」
「そちらも。 「陰キャ」さんは今後の世界の宝になる存在。 あまり無理をさせてはいけませんわよ」
「分かっている」
通信を切る。
何度も、何度も溜息が出ていた。
拳をコンソールに叩き付けたくなるが。
我慢だ。
アラスカで、何とか歩調を整える事には成功したのだ。今は、それで満足するしかないと判断していた。
2、米国へ
大型輸送機は、昔たくさん存在していたらしい旅客機のような乗り心地がいいものではない。
離陸するとき、ぐんとGが掛かって。
あの「神」との戦いを思い出して、「悪役令嬢」は不愉快になった。
操縦をするAIは実績があるものだから信頼感はあるが、最悪の場合は脱出用のパラシュートなどを使う必要もある。
まあそれは多分無いだろう。
ハワイは殆ど米軍もドローンくらいしか派遣できていないらしい。
人が生き残っている可能性も極めて低いと言う事で。とりあえず、空港周辺でのフォロワー駆除を優先していくしかないのだった。
新人二人を見る。
一人はあまり背が高くない男性だ。
多少目つきは鋭く、相応の修羅場はくぐっているようだが。見栄えが良いと、それだけでフォロワー化されるリスクが上がる。低身長というのは、SNSクライシス前には様々な差別に曝される要因だったらしく。それを利用したミームなのだろう。
離陸前に話は聞いている。
「悟り世代」だそうである。
欲求の類が一切存在していない、非常に乾いた世代をそういうそうだが。SNSクライシス前には、結婚制度が崩壊寸前だったそうだし。邪神として何度も相対したフェミが猛威を振るったこともあって、そもそも女性と関係を持つことがリスクにしかならない状況もあったそうだ。
結婚相談所などのデータも見たが、好き勝手な要求に頭を抱えている記録が残っており。マッチングアプリと呼ばれるネットで簡単に結婚相談所のシステムを用いるものに至っては、それを越える魔郷だったようである。
まあそういうことで、女性に対して一切興味を持たない人間と言う事で。非常に厳しい訓練を受けているそうだ。
まあ少年のような見かけ(それも愛嬌がない)事からも、まあギリギリミームとしては通じるだろう。
なお本人はいわゆるインセル(性嫌悪症)ではないらしいが、それでもあまり女性には興味が無いそうで。
ミームに自分を合わせるのにはそこまで苦労していないとか。
もう一人はぼんやりとした雰囲気の女性狩り手で、「腐女子」だとか。
要するに男性同士のカップリング二次創作をこよなく愛好する女性創作ファンの事をそう称する。
この「腐女子」は、いわゆる創作界隈にて豪快にお金を使い、ブームなどを牽引する極めて強力な力を、創作の黎明期から持っていた。
幾つもの大きな創作が彼女らによって牽引され。
人気があった男性キャラの大半も、彼女らによって押されて人気が出たという現実が存在している。
一方で嗜好が生理的な嫌悪感を及ぼしやすいという理由から、一部の男性ファンを中心に強烈なアンチも存在していたらしく。
かなり激しい激突が起きる事もあったそうである。
「悪役令嬢」から言わせれば、何を好こうが本人の勝手であって。ましてやファンアートなんかそれこそ自由に描いて良いし。だいたい他人の趣味に踏みいるようなことは最悪の行為だと思うのだが。
まあいつの時代も、人間は自分から見て「気持ち悪い」かどうかで相手を判断すると言う事もあり。対立が起きるのは必然だったのだろう。
彼女は分かりやすくイラストレーター的な格好をしていて。更になよっとした男性のTシャツを着ている。
この男性キャラは、どうみても女性の特徴が幾つも出ているが。
それがいいのだろう。
いずれにしても、他人の趣味に関わる気は無い。
ちなみに「悟り世代」とは文字通り水に油の気がするのだが。
二人が言い争っている様子は無い。
ガラケーデバイスは既に提供されている。
この新規プログラム言語によるシステムは、米軍側でも導入を開始しているらしい。邪神の特性を考えると、確かに有用だからだ。
米国でも問題なく使えるだろう。
ジャミングの類も受けないと判断してかまわないはずだった。
しばらく、過ごす。
輸送船の中で何もしないというのは不思議な気分だ。
戦っては半死半生の傷を受け。また戦い続ける。
そんな日々を過ごしていたから、色々新鮮である。
かなり高い空をいく輸送機だが。途中、何度か通信が入る。
日本の方では、邪神こそ出ていないが。狩り手達が必死にフォロワーを駆除しているそうである。
アラスカから生きて帰れるかかなり怪しい。
「悪役令嬢」だけなら生き残れるかも知れないが。この二人。「悟り世代」と「腐女子」はかなり厳しいだろう。
それを考えると、どうにかしたい所だが。
どうにもできない。
流石に最終的に億を超えるフォロワーを相手にするとなると、文字通り猫の手も借りたいのだ。
なお、機械を扱えるのは「腐女子」の方。
彼女はそれほど美人ではないが。それも邪神に一瞬でフォロワー化されない武器の一つとなっている。
途中の空路で、それぞれの戦闘スタイルなどについて話は聞いておく。
また、ハワイの軍空港の基地図なども拡げて、ブリーフィングもしておく。
フォロワーがどれほど集まっているかは分からないが。すくなくとも集まっては来る。
それも、手つかずの状態だから、下手をすると万単位で来るだろう。駆除には数日かかってもおかしくない。
ハワイはSNSクライシスの直後に、米軍の艦隊が集結しているところを邪神に襲われ、ひとたまりも無く壊滅した歴史がある。
元軍人だったフォロワーもたくさん彷徨いているだろう。
あまり、楽観はできそうになかった。
朝六時に出て、それで昼少し前に到着のアラームがなる。
旅客機だと八時間くらい掛かったらしいが。まあ軍用輸送機ならこんなものである。
「悟り世代」が手にしたのは、彼用の武器。
何とも頼りなさそうな代物だが、勿論モリブデンとチタンの合金で作られている。
ちなみにフライパンである。
彼は料理人としてのミームを生かしてやっていく感じだ。
悟り世代なので、性には興味が無い。
趣味もない。
生きるための料理だけをする。
そういう事らしい。
こういう人間はSNSクライシス前には一定数いて。更に行き着くところまで言ってしまうと、ミニマリスト等という何もかも手持ちを捨てて空箱に住むようなことをする人間になっていたらしいが。
まあそれはミームとして、陰口の題材になっていたのだろう。
いずれにしても、ミニマリストというのは定着はしなかったし。
むしろ哀れなものとして、SNSクライシスの前には考えられていたようだ。
ましてや「悟り世代」は、インセルの一種くらいにしか思われていなかったようだし。
ともかくSNSクライシス前の人間は。
差別するための相手を探して彷徨う、血に飢えた吸血鬼の集団だったのだなと結論するしかできない。
「腐女子」の方は、武器は筆だ。
筆と言っても絵筆ではなくて、こちらも合金製のものである。
本来SNSクライシス前の世代くらいになると、水彩画などはかなりマイナーであり。デジタルで絵を描くことが多かったらしい。
手描きできる「喫茶メイド」は稀少だが。
彼女もまたどちらかというとかなり稀少なタイプだ。
いずれにしても、この絵筆は先端部分は筆になっているが、金属部分を用いて敵に打撃を与える。
その他にも、背負っている機械類から、特性が色々ある絵の具を出す事ができるそうである。
まあ、正直な話まだ出すには早いと皆が判断したのも納得がいく。
どっちも正直な話、狩り手としては、それほど洗練されているとは言い難い。
輸送機が降下を開始する。
大きな船が何隻も見えた。
あれらは、文字通りの墓場だ。
集結して、SNSクライシスの収束のために出撃しようとして、そのままやられてしまった。
中には最新鋭の原子力空母もあったそうだが。なんとか遠隔で原子炉は止めることに成功したそうだ。
軍基地の滑走路が見えてくる。
飛行機が点々としているが。
それも一部が朽ちていたり。或いはさびかけていたり。可哀想な有様だった。
どれも何十億何百億としただろうに。
そして、近付くと見えてくる。
フォロワーである。
「作戦については、頭に入っていますわね」
「はい!」
「はい」
勢いが良いのは「腐女子」の方。
元々社会的にあまりよく見られていなかった彼女らだが。そもそもかなり古い世代から存在していて。
世代が違う「腐女子」によって、はまった作品はだいぶ違ったそうである。
一方「悟り世代」の方はとにかく何にも興味が無さそうな言動だ。
それでいい。
邪神に遭遇して、問答無用でフォロワーにされるくらいなら。
普段からキャラを作って。
ミームを大事にしておいた方が何倍もマシだ。
フォロワーが集まってくる。
元軍人や、恰幅の良い米国人だから、かなり手強いかも知れないと思っていたのだが。近付くと見えてくる。
体が崩れてしまっているフォロワーが多い。
恐らくは気候のせいもあるのだろう。
今は全体的に地球が冷えてきているが、それでもハワイ辺りは古くから常夏で知られた地域で。
しかもSNSクライシス前もそれは変わっていなかった。
要するにそんな状況では、フォロワーも痛むのが早かったのだろう。
輸送機はVTOL機である。
こう言う状況を想定して、の事だ。
そのまま、ある程度の高度を保って貰い。降り立つ。
集まって来ているフォロワーは、確かにガタイは良いが。
痛みが酷く、動きもそれほど速くはなかった。
「オーッホッホッホッホ! 貴方方にとっての死神、「悪役令嬢」参上ですわ!」
悪役令嬢が名乗りを上げると、呻きながら集まってくるフォロワー。ざっと数千という所か。
丁度良い。
今日は午前中、殆ど何もできなくて退屈だった。
鬱憤晴らしを兼ねて、盛大にばらしてくれる。
鉄扇を拡げると、片っ端から斬り伏せて行く。
他の国でも、日本のミームが通じる事は既に確認済み。
これについては、三十年で色々試行錯誤した結果である。
数千程度だったら、単独で相手できるが、問題は燃料である。周囲のフォロワーを薙ぎ払い、片付けていく。
それにしても、常夏の島という割りには寒いな。
そう思いながら、徹底的に敵を狩る。
夕方頃には一段落したので、輸送機には降りて貰う。新人二人にも、出て貰って。取りこぼしを少しずつ狩って貰った。
一応、フォロワー相手ならいけるか。
ただ。まだ新人以下。半人前どころの話ではない二人だ。
ともかく二人で死角をカバーし合って、一体相手も油断せずに戦うように。
事前にそう話をしてある。
そもそも銃器の扱いを仕込まれている自衛官でさえ、数が来るとどうにもならない相手である。
狩り手が猛威を振るうのは、ゾンビ映画の動きが鈍いゾンビ達とは、此奴らフォロワーがあらゆる意味で一線を画しているからだ。
ともかく、輸送機の周囲で暴れに暴れ。
たまに取りこぼしを敢えて新人二人に回し。
それで狩れるか確認しながら、夜まで暴れ狂う。
夜になると、流石に静かになってきたので。輸送機の中に戻って休む。フォロワーも、夜には活動が鈍る。
交代で休憩を指示。
明日は、燃料補給のための車両を出し。燃料基地までの道を確保する。
もしも飛行機などで使えそうなのがあったら回収したいが。
いずれにしても、邪神に目の敵にされている今。
航空機、特に戦闘機の類は運用が厳しいだろう。
フォロワーの群れに爆撃機で対抗、などと言うことができないのは。邪神が狙って来るからだ。
それに燃料の問題もある。
景気よく飛行機を飛ばせていた時代とは、今は何もかもが違っているのである。
無言で休む新人二人を尻目に。
日本に連絡を入れる。
ハワイに到着したこと。
軍空港で戦闘を開始したことを話すと。
山革陸将は、安心したようだった。
「ハワイに邪神の気配はあるかね」
「今の時点では来ていませんわね。 飛行機を毛嫌いしているようですし、恐らくいたら出てくるとは思うのですけれども」
「知っての通り、ハワイはSNSクライシス直後に邪神に壊滅させられている。 やった奴がまだいてもおかしくない」
「警戒はしておきますわ」
通信を切る。
まあそんな事は分かっている。
だが、テリトリも感じないし。フォロワーの動きにも一貫性がない。
ここにはいないのではないのか。
そう思う。
ただ、勘が外れる事もあるし。まだ何とも言えないか。いずれにしても、まずは明日、である。
休憩をすませて、早朝。
フォロワー共が活性する前に、レーションで食事をしておく。
「悟り世代」が人数分の茶を淹れてくれたが。「女騎士」ほどではないが結構マシになっている。
良い事だと思う。
食事の質は士気に関わってくる。
まともなメシが出てくる程、戦闘にはそれぞれ良い影響が出るものなのである。
すぐに輸送機を降りると、そのまま戦闘開始。
昨晩の内にドローンは放って貰ってある。
これは「腐女子」がやってくれたことだ。
流石は元軍属。
機械関係には慣れている。
そのまま、激しく暴れ回る。ドローンを撒いたことで、フォロワーの配置が分かってきたが。
このハワイの中心となるオアフ島には、恐らく十万からなるフォロワーが存在している。
ハワイ諸島全域だとその数は倍になるだろうが、これなら五日で駆除を完了する事が出来る。
事故を避ける為もある。
オアフからは、フォロワーを駆逐しておいた方が良いだろう。
勿論生存者がいる可能性もある。
可能性は当然低い。三十年前に壊滅してから、軍も見捨ててしまった場所なのである。
それを考えると、無駄な行為にも思えるが。
此処の施設を抑える事が出来れば、色々出来る事が増える。
飛行機を襲われるリスクは常に考えなければならないが。
それでもAI制御のシステムによって、軍艦や飛行機を回収出来れば。
それがどれだけ大きな力になるか分からない程である。
ともかく、戦闘を続行。軍基地は、昼前には綺麗になったが、周辺にはフォロワーがわんさかいるし。
人間の気配を感じ取ったか、鉄条網に掴み掛かるようにして、あふれかえっていた。
まあ向こうから来てくれるなら好都合だ。
敵の襲撃の合間を見ながら食事をし、トイレに出向き。そしてさっさと敵を駆除して回る。
空港周辺が静かになるまで二日。
キルカウントはハワイに降り立った日に10000。その後の二日は合計四万三千を越えた。二日半で半分を消し飛ばした事になる。
そのままホノルルの街に出向いて、駆除を続行する。
十万からなるフォロワーだが、このくらいは軽いものだ。
もっと多数のフォロワーに囲まれながら戦って来たし。
そのくらいの数のフォロワーを吸収して自分の力に変えた「魔王」との交戦経験もある。
いずれにしても、更に二日で、ほぼ駆除は完了。
「腐女子」に動いて貰って、軍基地の確認と。燃料の補給をして貰う。
「どうですの、状況は」
「燃料については問題ありません。 問題は軍基地の酷い痛み方ですね。 邪神が直接暴れていったんだと思います」
「ふむ……」
SNSクライシスの時。
何が起きたのかは、今でも諸説があるそうだ。
ただ、少なくとも分かっているのは。
邪神は一箇所から湧いてきたのでは無い。
人間をベースにして、世界各地で同時多発的に一斉発生した、という事である。
現在予想されている残りの邪神の数は一説には二百前後とも言われるが。それも実際にはどうかは分からない。
ただ幸い邪神は増えない。進歩もしない。
それだけが救いではあるか。
最後の一日で、ドローンなどの支援も受けて。新人の研修もしながら、フォロワーを完全にオアフから駆除しきった。
残念ながら。
予想はしていたが。
オアフに生存者はいなかった。
山革陸将経由で、オアフとホノルルの完全制圧については連絡を入れておく。更に、燃料はどうにか補給できたこと。基地はかなり痛めつけられていることも。
そのまま、米国本土に出向く。
アラスカに直接出向くのでは無く、西海岸の軍基地に出向いて。そこから輸送機で、米国の狩り手と合流するのである。
一応はそういう予定だ。
ただ、相当揉めていたと聞く。
時間を掛けてクールダウンのタイミングを作ったが。
それが吉と出るか凶と出るかも分からない。
ともかく、今は。
これ以上こじれないように、溜息混じりに輸送機の中で待つしかないのだった。
3、もう一つの最前線
あまり安全な場所には思えないな。
西海岸の軍空港に到着した「悪役令嬢」は、すぐにそう思った。
それはそうだろう。
閑散とした空港。
周囲には破壊された飛行機や戦車が点々としている。
それだけではない。
ひっくり返された装甲車。
これはフォロワーとの戦闘跡だと、嫌と言うほどフォロワーとやりあってきた「悪役令嬢」は即座に看破していた。
それだけではない。
周囲には強い気配が幾つもある。これは邪神か。いや、それとも強化フォロワーのようなものだろうか。
問題なのは、強力な建設能力で知られる米軍が、指定してきたランデブーポイントをこんな状況にしているということだ。
自衛隊の十倍の規模を今でも維持しているという話なのに。
戦況はこれほど悪いのか。
慄然としてしまうが。
ともかく、戦闘態勢を整えるように、「悟り世代」と「腐女子」には指示。
同時に、輸送機から、物資を降ろす。
中には生命線になる防寒用の装備もある。
「悪役令嬢」のドレスなどもそうだ。
これについては少し重くなってしまうが、それでも更に寒くなっているらしいアラスカで、普通のドレスで戦うよりはマシだ。
また手袋なども工夫された作りになっていて。
これで手に鉄扇がくっついたりする事は無くなる。
準備をしていると、連絡がある。
「「悪役令嬢」くん。 山革だ。 すぐに戦闘態勢を整えてほしい」
「この有様だと、そもそもランデブーポイントとは言い難いようですけれども?」
「米国に侵入した邪神が荒らした結果だ。 南米から邪神が一体侵入し、その辺りに来ているらしい。 ひょっとしたら、邪神達の組織が先手を打ってきたのかも知れない」
「……この気配だと上位邪神ではありませんわね。 舐められたものですわ」
通信を切ると同時に、啖呵を切る。
こうすることで、邪神は出てこざるを得なくなる。
人間以下と見なしている相手に挑発されて、身を隠すというのは。それだけでダメージになるからだ。
特に下位の邪神になってくると、それで精神を制御出来るほど上等なオツムをしていない。
「出て来なさい! 此方は日本よりきた「悪役令嬢」! 邪神を狩る者ですわ! 怖くて出てこられないのでなければ、さっさと姿を見せるのですこの下郎」
「言わせておけば……」
インカムに内蔵された翻訳機から、苛立ち混じりの声が聞こえてくる。
そして、何かでっかい人型が、上空から飛び降りてきた。
全身に人間の顔が浮かび上がっている巨人だ。
ただ、見た感じはなんだか西洋風の何か邪悪な妖精だか巨人だかに見えた。
「日本で調子扱いて暴れていた「悪役令嬢」とかいうのはお前か。 俺はトレードマーク・トロール! 日本みたいな僻地で調子扱いていたカスを叩き潰しにきてやったぞ!」
「ハ。 商標ゴロですの。 その体中に浮かべた顔は、自分のものにしたとでも思っている存在ですのね。 嘆かわしいこと」
「何だと……っ!」
商標ゴロ。
著作権を悪用して、何らそのものに関わっていないにもかかわらず、金儲けをする悪辣な存在のことである。
日本では商標ゴロと言われるが、英語圏ではトロールや、トレードマークトロール、トレードマークマフィアなどと言われる。
商標ゴロ関係の人間は、タチが悪いコンサルだったり、或いは反社がバックについていたりするので。まあ妥当な呼び名だろう。
SNSクライシス前では、此奴らが世界中で猛威を振るっており。ある国では、商標ゴロが著作権を先に登録した結果、本家の漫画が売れなくなると言う事態が発生した事もあったという。勿論そんな国では法もきちんと働いていないし、袖の下を握らせれば裁判なんて簡単にひっくり返るので。後は泣き寝入りするしかない。
他人が作りあげたコンテンツを勝手に私物化し。
それを用いて金を稼ぐ。
トロールという妖精は必ずしも邪悪と言うわけでは無く、日本で言う妖怪のように多数の亜種が存在する存在だそうだが。
それでも此奴は、一般的にイメージされる邪悪で巨大な妖精トロールに相応しい存在だろう。
いずれにしても、ルーキーを邪神とやり合わせるのは流石に早い。
二人は輸送機から離れ、距離を取って自分の身だけ守るように指示。
それに対して、商標ゴロは、鼻で笑ってみせる。
「俺を相手に一人で戦うつもりか! 俺は都市を四つもつぶし、戦術核の攻撃に耐えたこともあるんだぞ!」
「だからなんですの? そんなことは邪神なら誰でも出来ますわよ」
「こいつ……」
真っ赤になった商標ゴロが、拳を降り下ろしてくる。
遅い。
そのまま、軽く前に出て。同時に鉄扇を振るっていた。
腕がスライスされて粉々に消し飛んだ商標ゴロが、悲鳴を上げる。即座に再生しようとするが、今度は足がスライスされて、モロにもんどり打って転がった。
悲鳴を上げてばったんばったんしているうちに、全身に切れ目が入る。
商標ゴロが、絶叫する。
「な、なんだ、何をしたんだぁっ!」
「遅すぎて話にもなりませんわね。 抵抗できない相手を痛めつけ、自分で作ったわけでもないものを作ったと抜かし、挙げ句の果てに調子に乗り散らかす。 商標ゴロという存在そのものを現しているような姿ですわねえ。 そんな事だから、貴方は人類の歴史における恥なのですわ」
「……っ! おの、おのれええええっ!」
全身が爆発する商標ゴロ。
もう第二形態か。
そのまま全身を膨れあがらせていく商標ゴロは、全身から銃火器を生やしていた。体格も二回りも大きくなっていく。
「俺の後ろにはマフィアが……」
「そりゃあそうでしょうよ。 貴方みたいな阿呆が、自分で知的犯罪なんてできっこありませんもの。 それにマフィアなんて、今の時代生き延びていませんわよ」
返事は無い。
当然だ。
瞬歩を使って、「悪役令嬢」が首を刎ねたからである。
同時に全身がバラバラになって砕けていく。
その中から見えた、金庫をそのまま火炎瓶で焼き払う。
断末魔の悲鳴が聞こえて。それっきりだった。
テリトリの気配も消える。周囲に分散していた気配もなくなった。
どうやら自分を分割して隠れる技を持っていたのだろう。さっき感じた気配はそれだった、ということだ。
いずれにしても邪神、「商標ゴロ」は消滅した。
「悪役令嬢」の事を知っていると言うことは、中華系の邪神だろうか。いや、どうも気になる。
中華系の邪神は、「神」をぶちのめして以降動きがおかしいと聞いている。
南米から空間転移してわざわざこっちに来たと言うのも妙だ。南米で商標ゴロが蔓延っていたのは事実だろうが。
それにしても、わざわざ日本の狩り手に喧嘩を売りに来るというのがよく分からない。
いずれにしても、雑魚とは言え邪神を一体潰せたのは良かった。
ルーキー二人を呼ぶ。
モロにテリトリに入っていた筈だが。
良かった。
二人とも、フォロワー化はしていなかった。
「体に不調はありませんわね」
「はい、問題ありません」
「同じく」
やはり「腐女子」の方が元気が良いか。
荷物を積み降ろし、そのまま輸送機は本土に戻って貰う。
さて、ランデブーポイントへの迎えが遅いが。何をやっているのか。
しばらくして。
ようやく軍用ヘリが見えた。
しばらく周囲を旋回していたようだが。
やがて警戒しながら、小心に降りてくる。
なんだか情けない有様だ。
とはいっても、米軍も邪神とのガチンコを続けて消耗が激しい。東海岸方面の司令官であるあの阿呆の様子からして、人材が払底しているのかも知れない。
米国はまだ二千万程度の人間が生きていると言う事だが。
それでも、米国にいるフォロワーの方が遙かに多い。
ヘリから降りて来たのは、何とも言えないキラキラした服をした女だ。米国の女性だから、背は高いのだろうかと思ったが。近くで見ると「悪役令嬢」と大して変わらない。
「ハーイ。 貴方が邪神達のボスを仕留めた「悪役令嬢」ね。 あえて光栄だわ」
「「悪役令嬢」ですわ。 よろしく」
「私は「フローター」。 今回アラスカで共同任務を行います。 其方のルーキー二人もよろしくね」
フローター。
少し調べて見る。
どうやら米国における「不思議ちゃん」的な意味の言葉らしい。
邪悪極まりないスクールカーストからは外れた存在で、独自の世界観を作っている女性達の事だそうだ。
まあそれも正解かも知れない。
スクールカーストなんて邪悪な代物に組み込まれるくらいなら。
そっちの方がまだ良いだろう。
ただ、スクールカーストが米国の学校制度と緊密に咬んでいるのもまた事実と言う事もあり。
SNSクライシスの前から、フローターは浮いた存在で。
孤独である事は覚悟しなければならなかったそうだが。
「しかしなんというか、アニメに出てくるプリンセスか何か……ともまた違う不思議な格好ね! ファンタスティック!」
「これは、SNSクライシス前に日本人が想像した欧州の貴族の姿を真似したものなのですわ」
「欧州の貴族……。 それはまた、どうにも一致しないような……」
「ミームだからいいのですわ。 それに日本のミームも、他の国の邪神やフォロワーに通じる事は既に実証済みでしょう」
うんうんと笑顔で「フローター」は頷く。
不思議ちゃんと呼ばれる存在である。元々未知のものには興味津々なのだろう。
そして未知に興味を持つ人間は、硬直したスクールカーストからは弾かれていた、ということだ。
この人は或いは、「陰キャ」と同じ天然物なのかも知れない。
ともかくだ。
小心にこっちを見ている輸送ヘリの人員を急かして、持ち込んだ装備類とかを運び込む。
アラスカは一刻を争う状況の筈だ。
それに、ホノルルを制圧して米国には貸しも作った。
あまりにも恩知らずな行動をされると困る。
「確か、五人がアラスカに出るという話でしたけれども?」
「OH。 それが、四人は後から合流という事になっているのです」
「はあ。 4500万のフォロワーを、わたくしと、貴方と、ルーキー二人で食い止めろと? 今みたいに、邪神が奇襲してくる可能性を考えると、軍を展開するわけにもいきませんわよ」
「幸い、まだフォロワーの大軍勢はアラスカに到着していないことがドローンの偵察で分かっています。 先手を取って、ベーリング海峡を渡り、遅滞戦術を仕掛ける方向です」
絶句する。
それは別にかまわないが、日本からはルーキー二人も出ると聞いている筈だ。
ルーキーも交えた状態で遅滞戦術とか、正気の沙汰では無い。実際にほぼ九州で似た経験をした「悪役令嬢」は、殺す気かと呟いていた。
そういえば、どうして「フローター」を回したのか。
何となく分かってくる。
ひょっとするとだが、米国の狩り手組織でも持て余しているのではあるまいか。だとすると、スクールカーストの悪しき怨霊が、今でも残っていると言う事か。
そういえば、スクールカースト下位の見本であるナードというものは、ギークと並んで社会に出ると出世するケースがむしろあったのだとか。
これゆえスクールカーストではむしろあまり虐めは行わないようにと言う達しが出ていた程だとか。
これに対して、「フローター」はもはや学生達の社会からも弾かれていたのだと思うと。
いずれにしても反吐が出る。
何が自由と平等の国か。
どこの国でも似たような腐れた社会構造はあっただろうが。
いくら何でもこれは酷すぎる。
ヘリで移動を開始。
SNSクライシスの後。米軍は、日本がかろうじて生き延びた事を知ると。技術の共有を持ちかけて、決死の生存戦に挑んだ。
今はそういう事もあり、技術交換をしているために、米軍と自衛隊は同じヘリを使っている。
だから、別に早くも遅くもない。
燃料を食うから、滅多にヘリを使えないという事情も同じだろう。
少し気になったので聞いておく。
「時に其方の東海岸側の司令官。 どうして億を超えるフォロワーが乗り込んでこようとしているのに、対策に消極的なのでしょうね? わたくしにはあまり理解が及ばないのですけれども」
「ああ、それは簡単な事なんです。 この辺りは旧カナダなんですが……」
見せられる。
ドローンによるフォロワーの存在察知を示す地図。
このシステムは米軍でも使っているとは聞いていたが。
文字通り、真っ赤っかだ。
「今、カナダにはフォロワーがだいたい三千万以上はいると言われています。 何しろ邪神達が最初に蹂躙し、徹底的にフォロワー化して回って根拠地化しましたもの。 米国にもまだ膨大なフォロワーがいて、合計するととんでも無い数になるんです」
「……今更三億加わっても変わらないというわけですの?」
「まあそういう考えなんでしょう。 それに東海岸側は核シェルターを拠点に抵抗を続けていて、幾つかの重要施設もシェルターの内部にあります。 最悪穴熊になればいいと思っているのでしょうね」
「……」
軽く殺意が湧いた。
こんな時代にもアホが上層部に紛れ込むのは、どこの国でも同じであるらしい。
カナダの中でも、一部は狩り手達の努力でフォロワーの駆除に成功し、空軍基地として活躍している。
空軍基地にヘリが降り立ち、給油をしている間。
腕を見たいと言われた。
ルーキー達はこれは厳しいだろう。
此処は文字通り陸の孤島状態。
何とかオートの迎撃装置で近寄るフォロワーを撃破し続けてはいるが。それでもあまり人は外に出られない。
フォロワーが寄って来るからだ。
此処を奪還するだけでも、数日かかったという話で。
しかもアラスカ経由で大量のフォロワーが迫っている今。それにカナダにいた最高位邪神がどこかに消えてしまった今。
活性化したままのフォロワーが、大量に残っているそうである。
しかも邪神の中には強化フォロワーに近いものを作り出す能力持ちもいたそうである。
どこでも同じような事は考える、と言う事だ。
そしてそれらも、活性化したまま。
此処の空軍基地は、かろうじてフォロワーを寄せ付けずにいるが。人間が長時間いたら、どうなるか分からないそうである。
まあいい。
此処でも恩を売っておくとする。
空軍基地から出る。
早速、とんでも無い数のフォロワーが見えた。三千万と言えば、日本全土にいるフォロワーより多いだろう。
一日二万駆除しても、千五百日。四年以上掛かる計算だ。
いずれにしても、もう二十代半ばの「悪役令嬢」に、そんな事をしている余裕はない。
要所で、敵の主要な戦力を叩く。
それを常に考えて行かなければならないだろう。
無言で突貫。
鉄扇を振るう。
体格が良いフォロワーが多いのは事実だが、日本のと大して変わらない。ハワイにいたのともあまり変わらない。
これは恐らくだが。
フォロワーが同じ理屈で作られているのが原因では無いのかな、と感じる。
インカム通じて、米国の軍事システムにも戦闘の様子はリアルタイムで伝わっている筈である。
赤い霧に群がってくるフォロワーを変えながら、兎に角暴れる。
「フローター」は出ないようにと指示を出されているようだ。
どうせ東海岸の司令官の指示だろう。
此処で日本からの援軍が果てるようなら、それを口実にアラスカでの迎撃戦を諦めると。
ならば、此処でぐうの音も出ない戦果を見せてやる。
「悪役令嬢」の戦闘データは米軍も見ている筈なのだが。
どうして疑うのかは、よく分からない話だ。
ともかく、数時間戦いを続ける。
無言になるのは、苛立ちがあるからだろう。
鉄扇が唸る度に、フォロワーが消し飛ぶ。昔に比べて、鉄扇の痛みも減っているように思う。
「饕餮」の武技を間近で見たのが大きいのだと思う。
技術力が段違いに上がったから、消耗を抑えられるようになったのだろう。
一群を駆除完了。更に数群が向かっている。
下がるかと思ったが、せっかくだから駆除しておく。
向かってくるフォロワー達は。三十年を経ている最も古いフォロワーだからだろう。もう口もきくことはできないようだった。
それに寒冷地なのに、服も身につけていない。
これはもう、仕方が無い事なのだろう。
いずれにしてもカナダといえば、SNSクライシス前は悪辣な人権屋の巣窟であり。文字通り唐変木としか言えないような連中が蠢いていた魔窟だったと聞く。
邪神が此処を本拠地にしたのは、何か理由があったのかも知れない。
キルカウントが一万を越える。
午前中としては充分過ぎる戦果だ。
一端、追撃を振り切って空軍基地に戻る。そして、レーションをかっ込み。茶を淹れて貰って飲んだ。
茶を淹れたのは、「悟り世代」だった。
「体などに異常は出ていませんか?」
「この程度の相手に、体に異常が出るような戦いはしませんわよ」
「……」
絶句する「腐女子」。
まあそれはそれでいい。
用を足して、それで少しすっきりした所で、また戦闘に出る。
基地周辺を闊歩している数群のフォロワーがすぐに反応。師団規模の数がいるが、はっきりいってこの程度の相手だったらどうにでもなる。
強化固体が混じっている訳でも無い。
この基地を奪還するときに、或いは強化固体は片付けたのかも知れない。
米国の狩り手も、カナダで後一歩まで邪神共を追い詰めていた手練れの集まりだったのだ。
今でこそ、一線級が殆どやられてしまっているか入院中という事だが。
それでも、決して侮れる戦力ではなかっただろう。
無言で狩りを続けて、夕方少し前にキルカウントは二万三千を越えた。
更に一群が見える。数は二千ほど。
あれを片付けて終わりにするか。
無言で突貫し。
戦闘時には、技をそれぞれ研磨する。
「饕餮」から見て覚えた技は、まだまだ向上の余地があるとみて良い。
ならば磨き抜いて、フォロワーや邪神を倒すために用いていくべきである。
キルカウントは既に相当な数に及んでいるが。
これには、体を欠損しているフォロワーが多く、動きが鈍いのも一因となっている。
SNSクライシス後、恐らくは直後。
軍と激しくやりあったのだろう。
しかしながら、その軍の末路は容易に想像できる。
だからこそ、このフォロワーどもは倒さなければならないのだ。
日が暮れて、フォロワー達の動きが鈍った所で引き上げる。
合計キルカウントは二万五千と少し。
基地に戻ると、呆然としているルーキー二人。ハワイでも似たように戦っていたはずだが。今回は、足手まといを意識せず戦ったので、より苛烈に見えたのかも知れない。一方、「フローター」は笑顔で手を叩いていた。
「ブラボー。 流石にあの英雄「ナード」が全盛期の自分に近いというだけのスーパーエースなだけはありますね」
「これで納得してくれましたかしら?」
「私は最初から。 まあ、貴方が思っている人は、むしろ悔しがっていると思いますね」
皮肉もきちんと言うんだな。
それを聞いて、少しだけ安心した。
ともかく、ヘリを出して貰う。
燃料の補給は終わったし、空軍基地周辺のフォロワーも二万五千片付けて置いたのだ。充分な貸しになっただろう。
あくびが出て来た。
流石にアラスカに向かうまで数時間かかる。現地には無人の駐屯地が既に幾つも設置されているらしい。
アラスカの西端には、かなり大きめの駐屯地があり。
ここを必死に守り抜いてほしい、ということらしいが。
それだったら、総力を挙げてほしいものだ。
こっちはルーキーまで引っ張り出しているというのに。
「もう一人、「陰キャ」というエースがいるということでしたけれども。 その方も、同じくらいのキルカウントを出せるんですか?」
「いや、「陰キャ」さんは対大型特化の側面が強いですわね。 キルカウントは一日一万が精一杯ですわ。 その代わり、高位邪神に対する戦闘力はわたくしよりも上かもしれませんわ」
「それは凄い……」
「凄いですわ。 未来を担う希望の星ですわよ」
ヘリが着地する。アラスカに到着したらしい。
この辺りは狩り手が何度か先遣隊として来たが。雪中から奇襲してくるフォロワーに苦戦し続けていたという。
ベーリング海峡が凍結しているほどの状況なのである。
それは膨大な雪が積もっているのかと思ったのだが。
雪はそれほど凄まじくはない。
むしろ、寒さが酷い。
気温を確認すると、マイナス40℃とある。
ドレスは既に防寒用のものに変えてある。
これはカイロ程度のものではなく。常に温度を一定に保つ最新技術を仕込んでいる。手袋などもしかり。
顔などは、ほっかむりのようにして被る令嬢っぽい帽子をつけることで対応。この帽子も耐寒仕様だ。
すぐにルーキー達にも耐寒装備を試すように指示。
一方。「フローター」は涼しい顔だった。
「此処はむしろ私のホームグラウンド。 分からない事があったら、なんでも聞いてください、スーパーエース」
「私の事は「悪役令嬢」とお呼びくださいな。 それよりも、基地周辺のフォロワーの数は?」
「そういえば今、極地用のドローンは飛ばしていないようですね。 情報がリアルタイムで分かりませんねこれでは」
「……」
どこまで嫌がらせを重ねれば気が済むのか。
溜息をつくと、とりあえず基地周辺の地図を確認。
クレバスなどは存在しない。積雪も、そこまで酷くはなく。普通に歩いて回ることができる。
ただしこの辺りは、元々過酷な環境もあって、あまり人が住んでいなかった地域だ。
フォロワーはいるかも知れないが少数。
本番はこれからになる。
そう思っていたのだが。
どうやら先発隊は、もう来始めているようだった。
ベーリング海峡を歩いて渡ったフォロワーだろう集団が、呻きながら此方に来ている。鉄扇を構える「悪役令嬢」だが。「フローター」が前に出る。
「それでは、氷の舞いをご覧あれ」
履いているのは、スケートシューズ……ではないな。
恐らく雪上での高速戦闘を可能にした、特殊なシューズなのだろう。どんと地面を蹴ると、一気に加速。
敵の先頭集団らしいのに、真っ向から突貫する「フローター」。
フォロワーどもが、見る間に赤い霧になって飛び散り始める。
手をかざして観察するが、どうやら使っている武器は大型のステッキらしい。
魔女をイメージしているのかも知れない。
不思議ちゃんというと、米国のはどういうのなのか興味があったのだが。
魔法とか魔術とかに興味があるタイプなのかも知れない。
あれは魔女の杖だと思うと。
一種の疑似魔法的なものでフォロワーを倒しているというわけだ。
魔法(物理)なわけだが。
まあそれはいい。
フォロワーを倒せれば何でもいい。
それに日本のフォロワーである「コスプレ少女」だって似たようなものである。
あの大型ステッキ、色々と武器が仕込まれているとみて良いだろう。
ルーキー二人に続くよう指示。
そのまま、大股で膨大なフォロワーの大軍に向かって歩き始める。徐々に加速して、そして一気に突貫。
後は、前にいるフォロワーは根こそぎ駆逐するという勢いで、暴れ狂い始めた。
後方には、数体ずつだけ行くようにするのはいつもと同じ。既に来始めているフォロワーの前衛は、師団規模くらいずつに別れて、どんどんベーリング海峡を渡っている様子である。
戦線は少しずつ下げて行くしかないだろうが。それでも前衛部隊には相応の打撃を与えておきたい。
アラスカを失陥する頃には半分くらいは削りたいが。
そもそも邪神共がどう動くかが分からない。
余力は常に残さなければならないだろう。
「「悪役令嬢」! 少し下がって!」
「!」
「スノービーム!」
やっぱり何か仕込んでいたらしい大型ステッキから、何か放出する「フローター」。どうやらぶっ放したのはレーザーだろう。
スノーどころかヒートビームのような気がするが。
まあそれは良いとする。
いずれにしても、数十体のフォロワーが文字通り輪切りになる。
先鋒にいたフォロワーは、恐らくだがロシアや遊牧民の居住区にいた人間だったのだろう。
何故か。
一番近いからだ。
ともかく、フローターと二人で三万ほどのフォロワーを削り、一端基地に戻る。三個師団分の敵を消滅させたのだから、大戦果だと言える。これから4500万が来ると思うと、はっきりいってそれも霞んでしまうが。
ルーキー以下の二人は、どちらもキルカウントは二十ほど。
これは当面戦力に数えることはできないだろう。
だが、それでも育てて行かなければならない。
ようやく極地用ドローンが届く。
それを前線に出して、フォロワーの動きを確認。
やはり夜は動きを止め、日中に動く性質はあまり変わっていないようだ。動きを止めるといっても、完全に停止するわけでは無い。単に群れとしての動きを止めるだけで、不用意に近付けば襲ってくる。
ドローンが調べてくる間に、風呂に入って疲れを流しておく。
風呂から上がって、ドレスを着込んでいるのを見て。フローターはくすくす笑う。
「本当に用心深いんですね」
「いや、常に戦闘態勢を取るようにした方が良いでしょうね」
「でも、フォロワーだけなら」
「邪神共が撤退したのがおかしいんですわよ。 そもそも米国でもまだ粘ろうと思えば出来た筈ですのに」
此処に来る可能性は充分にある。
その時、狩り手としての格好をしていなければ、文字通り為す術無くフォロワーにされてしまう。
そう告げると、流石に「フローター」も黙るのだった。
残り四人の狩り手がいつ来るのか知れたものではないが、いずれにしても「フローター」は多分「喫茶メイド」くらいの実力は総合的に見てあるだろう。流石に鍛え抜かれた狩り手だ。
事前の話では、他の四人も同じくらいは実力があるらしいが。
本当かどうかは、かなり疑わしくなってきた。
非常に非協力的な東海岸側の司令官の事もある。
何があってもおかしくない。
鉄扇の様子を確認。
少し多めにもってきているが、今の時点でメンテナンスは必要ない。
火炎瓶も大丈夫だ。
日本に連絡を入れる。アラスカに到着したことを告げ、初日に三万を削ったことも告げておく。
また、邪神が一体不意に現れて。それを倒した事も。
連絡を受けて、山革陸将は何かあり次第連絡をするとだけ言って通信を切った。
どうにも通信が悪かった気がする。
何かあるのかも知れない。
ただ、今できる事をするしかない。
その状況に。変わりはないのだが。
4、安全確保は遠い
きりがない。
そう思いながら、「陰キャ」はフォロワーを狩り続けていた。
体力はついてきている。
それはありがたいのだが。それはそれとして、邪神が現れた場合の事を常に想定しなければならない。
各地の集落近辺や、駐屯地近くを彷徨いているフォロワーについては、他の狩り手達がやっている。
今「陰キャ」は横浜をひたすらに攻めている。
「悪役令嬢」の代わりだ。
「喫茶メイド」は、やっと前線復帰した「女騎士」といっしょに、大阪を攻めている状態だ。
「喫茶メイド」が指揮を統合。その後、配置転換をしたのである。これは山革陸将や、自衛隊の再編成などの負担が大きいため。狩り手は狩り手で動くため、という表向きの理由。
実際には、オバカさんがまた裏側から変な事をしてきても、対応しやすいようにするためだとか。
横浜と近畿、どっちも片付いたら、首都圏を攻めて。最大の懸念となっているフォロワーの軍勢を壊滅させる予定だが。
ただ、邪神が来ないのがおかしい。
中華の方でも邪神の動きが無いと聞く。
フォロワーだけたきつけて、自分達は何をしているつもりなのか。ひょっとして、大攻勢でも準備しているのでは無いのか。
そう思いながら、「陰キャ」は敵を斬る。
一日辺り、安定して一万を狩る事が出来る様になって来ている。
だが「悪役令嬢」は、キルカウント二万五千を米国でたたき出している様子だ。まだ到底及ばない。
「悪役令嬢」は、あの言動と裏腹に自己評価が低いと思う。
「陰キャ」よりあらゆる点で優れていると思うのだけれども。どうにも本人にはその自覚がないように思えるのだ。
また、フォロワーの群れが現れる。
横浜近辺の都市からフォロワーを駆除して。そして今は横浜に足を踏み入れているけれども。
今までとは段違いの数だ。
首都圏で戦っていた頃より酷いかも知れない。
ともかく、四国と九州が安全地帯になった今、少しずつ人間が安全に行動できる場所を増やさなければならず。
大きな工場地帯を幾つも抱えていた横浜の奪還も。
生活水準の向上のためには、絶対に必要な事だ。
静岡のように年単位で復旧には時間が掛かるかも知れないが。
それはそれである。
それに、クローン人間の生産も始まったそうだ。
流石に大人のクローンをいきなり作り出す事は出来ないので、当面前線には出てこないらしいけれど。
「悪役令嬢」のクローンも、「陰キャ」のクローンもいるそうである。
必死に教育をして、十二〜三年後には前線に出す事を想定しているそうだ。
それだけの長期間、戦争が続く事を想定しているというわけで。
その頃には、「陰キャ」も三十路だ。
流石に引退せざるを得ないだろう。
ガラケーデバイスが鳴る。
そろそろ時間か。
だいぶ暗くなってきている。そのまま、追いすがってきているフォロワーをまとめて抜き打ちで薙ぎ払うと。瞬歩を使って距離を取り。ロボットに飛び乗って戦域を離脱する。
今日のキルカウントは11000弱。
まあまあと言う所だろう。
これだけ狩る事が毎日出来れば、一月三十万。年三百万狩る事が出来る。そうなれば、横浜は年内に奪還できる筈だ。
ただ。邪神が黙って見ているとも思えない。
どうせそんな皮算用、上手く行きっこないなと自嘲していた。
駐屯地に戻る。
それと同時に、ガラケーデバイスに連絡が来た。
内容を確認する。
上司になった「喫茶メイド」からだった。
「喫茶メイド」は、「陰キャ」を尊重してくれるのか、物腰もしゃべり方も丁寧で優しい。
訓練時代に非常に周囲の当たりがきつかった記憶がつらい「陰キャ」としては、とてもありがたい。
この人とは訓練時代は接点が無かったのだけれども。
こう言う人が訓練をすれば、狩り手は歪まないのかも知れないとは思う。
「今日の撃破数確認しました。 一万撃破が安定してきましたね。 そのまま横浜のフォロワーを削り続けてください。 周辺にいる生存者も救出の可能性が高まります」
「了解しました。 あたしの方ではこのまま横浜攻めでよろしいんですか?」
「はい。 大阪の方も攻撃は順調です。 他の狩り手ももし手が開いたら、横浜の支援に向かわせます」
「いえ、此方は大丈夫ですので、北海道などのどうにもならない状況になっている場所へ支援をお願いします」
通信を切る。
自然でいいと言われたので、一人称もあたしで対応している。
どうにも最近は「悪役令嬢」といっしょに行動する事や、高位邪神と戦う事が多かったこともあって、萎縮していたが。
ともかく良い上司だ。
狩り手としては少し後輩かも知れないし、戦闘力は劣るかも知れないが。
そんな事は気にならない。
また、通信だ。
山革陸将からだった。
「「陰キャ」くん。 すまない。 緊急の案件が入った」
「聞かせてください」
「静岡の無人工場地帯に邪神が出現した。 現在工場建設のために動いている無人ロボットの真ん中に居座っている。 出現経緯を見る限り、どうも中華の邪神では無い様子だ」
「分かりました。 ヘリをお願いします。 すぐ対応に向かいます」
やはり来たか。
米国でも、「悪役令嬢」が待ち伏せしていたように邪神に襲われたと聞いている。
まずは相手の実力を見極めて、一人で対応が無理そうだったら「喫茶メイド」と「コスプレ少女」、「女騎士」に支援を頼む。
はっきりいってNO3以下くらいの邪神だったら、今はそれで勝てる自信がある。
現地近くにヘリが降り、後はロボットで現地に。
テリトリに入ったのが分かった。
上位邪神ではないな。
すぐにそれは理解する。
だが、静岡の無人工場の建設を邪魔されるのは非常に痛い。一秒でも早く駆除しなければならないだろう。
「喫茶メイド」には念のために連絡をいれておく。
後は、戦うだけ。
刀を抜いて、最終チェック。
問題なし。
切り札に一応生で「萌え絵」を描いて貰ってあるが、使う必要もないだろう。
ロボットから降りる。
さて、狩りの時間だ。
(続)
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