果ての世界の主

 

序、戦闘開始

 

相手が、膨れあがったように「悪役令嬢」には見えた。どうやら上手に逆鱗を踏み抜けたらしい。

良いスタートだ。

このまま、此方のペースのまま動きたい。

勿論NO2を越える実力を持つ「神」が相手だ。

いきなり相手を全力状態にさせたことは、あまり良い事では無いが。

相手が露骨に手を抜いて。

勝ったと思った瞬間逆転されるよりは遙かにいい。

拳が、殆ど一瞬でとんでくる。

凄まじい重さだ。

連打連打連打。

打撃の重さは、とんでもないが。人型、しかも等身大。それも、はっきりいって今の時点では「饕餮」には及ばない。

いや、パワーそのものは上だが。

技術などが、完全に素人だ。

所詮は金の力にものをいわせていた鬼畜外道。

体を鍛えるにしてもゴルフだの何だのだったのだろう。

猛烈なラッシュを捌きながら、他の四人が予定通り動くのを見る。

まず仕掛けたのが、「喫茶メイド」。

横殴りに「萌え絵」を巻いたナイフを叩き付けるが、残像を抉るだけ。知ってた。そのまま、上空に飛んだ「神」だが。

そこに「女騎士」が、剣を振りかぶっていた。

剣の一撃。

それを、片手で受け止める「神」。

肉が爆ぜるが、それだけである。

反撃をいれようとする所に、真横から「コスプレ少女」が猛禽のような蹴りを叩き込み、これが完璧に入った。

地面に叩き伏せられる寸前、「陰キャ」がその位置で待ち構え、

抜刀して、抜き打ちを入れる。

地面に叩き付けられた「神」は、文字通り二枚おろしになっていたが。

人間離れした動きで立ち上がり。

見る間に体も修復されていく。

それだけではない。

何か飛んできて、鉄扇で弾く。

コインか。

重さが、尋常では無く、手が痺れるほどだった。

「近接戦でこれだけの連携を見せるのかあ。 流石に「魔王」を倒しただけの事はあるなあ」

「!」

ハンドサイン。

すぐに皆が動く。

同時に、全身からコインを放ってくる「神」。

まあ、此奴は金の権化みたいな奴だ。

金を使って戦ってくるのは、容易に想像ができた。

それにしても、全力を出してはいるだろうが、第一形態でこの攻撃の重さか。今までの邪神は、どいつも上位になればなるほど形態変化が増え、その度に強くなった。こいつも五段階形態変化くらいはするだろう。

最悪の場合は、「陰キャ」だけでも逃がし。

今回の戦闘結果を共有して、次に賭けなければならない。

数年は雌伏の時を過ごさなければならないだろうが。

それでも仕方が無い事だ。

「ほらほら、金だよ金。 ほしいだろう? 僕はこれがあるから、大量虐殺もどんな犯罪でもなんでも自由に許された。 世界中それはどこでも同じルールだ。 幼児を自分の島に集めて好き勝手をした金持ちだって、生きている間は警察も何もできなかった。 金さえあれば何でもできる。 何をしても許される。 世の中の単純極まりない理論だよ」

「あそう」

コインを弾きながら塩対応。

それにしても重いな畜生。

此奴の保有資産から考えて、このままだと体力が削られるばかりだ。流石はNO1。最初から本気で殺しに来ている事も考えて、この火力も納得か。

それでも弾きながら前に出つつ、戦況を見る。

「陰キャ」は大丈夫。

後方に「女騎士」を庇いながら、上手に戦っている。

「コスプレ少女」と「喫茶メイド」は、建物を遮蔽物に状況を伺っている状態である。

いずれにしても、このままだと埒があかない。

頷きあう。

「陰キャ」と同時に突貫。

前に出ると、密度が上がったコインを弾く。

既に再生が完了している「神」は、笑いながらコインの密度を更に上げてくるが、「悪役令嬢」は囮だ。

踏み込むと同時に、一閃。

「陰キャ」が、コインをまとめて吹っ飛ばしていた。

流石にこれには「神」も驚いた様子で、一瞬だけ動きが止まるが、それで充分である。

瞬歩で間を詰めた「悪役令嬢」が、後ろ回し蹴りを叩き込んで、「神」を近くのビルに叩き込む。

ボーリングの。記録映像でしか見た事がない遊戯のピンがごとくビルが倒れ。崩落に「神」が巻き込まれたが。

一瞬後、膨大なコインが、その崩落を煙ごと消し飛ばしていた。

体がL字に折れている「神」だが、まるで気にしている様子が無い。

ただ、最初から全殺しのつもりで来ているからか。

良く喋る。

「暴力による矯正がお好みかね。 時々マナー講師とか言う私の奴隷達に暴力で反撃すればいいと思っている阿呆がいたが。 実際には僕も暴力で部下を躾けるのは得意でね」

手が、伸びてきた。

鉄扇でかろうじて弾くが、一瞬遅れていたら、頭をもぎ取られていた。

鉄扇で斬り払うが。手が即座に再生する。

手が、多数に増えていく。

そのまま、今度はコインではなく、多数の腕が伸びて遠距離攻撃を仕掛けてくる。

もう技も何もなく滅茶苦茶だが、どの一撃もとんでもなく重い。

ともかく隙を作らないと駄目だ。

また、此奴は今の一撃で、「陰キャ」の実力について正確に把握した様子だ。

油断が消えている。

もう少し、油断をさせておくべきだったか。

いずれにしても、NO1の名前は伊達では無いか。隙がなかなか見えない。

腕による飽和攻撃を凌ぎつつ、それでも前進する。

奴はどうも近接戦での反撃対策に問題があると判断しているのか。何度か見せた瞬歩を警戒しているのか。

不意に上空に移動すると。

体を反らせて、無数の腕を複雑に動かしていた。

散れ。

叫ぶと同時に、その場を飛び離れる。

無数のコインが空から地面に着弾し、辺りを更地に変えて行く。

とにかく爆破を防ぐには、それらを弾き返すしか無いが、集中して飛んでくるととてもではないが対策は無理だ。

けらけら嗤っている「神」。

やはり金こそ最強。

第一形態で充分、とでもいうのだろう。

だが、皆が耐えているのを見る。「陰キャ」に至っては、体力消耗を無視してそれでも耐え抜いてくれている。他の者まで守って。

ならば、ここで動くべきだ。

瞬歩を数回使って、大量のコインを避ける。爆破が連鎖する中、空中機動に転じて、奴の上に。

大量の腕が蠢いている所に。

踵落としを叩き込んでいた。

地面に着弾する神。

けらけら笑いながら立ち上がろうとするが、至近に降りると、コインを水平射撃し始める前に。

鉄扇で二十に切り裂いていた。

無言で鉄扇を振るって血を落とし、頭を踏みつぶす。

「こんなものではないでしょう? さっさと本気を出したらどうです、鬼畜」

「はははは。 流石にNO2を倒した相手に失礼だったかなあ」

鉄扇を振るって、肉塊になった「神」の残骸を全て消し飛ばす。

だが、ダメージになっているとは思えない。

此奴も形態変化でコアがやっと露出するタイプだ。

それに言動にもまだまだ余裕がある。

殺意がありながら、言動に余裕があるタイプだ。一番危険な邪神だとも言える。

邪神は精神生命体。

その結論が出たのは、二十年以上前だったという話だ。

あらゆる通常兵器が核を含めて通用せず、ウィルスでも何でも使う事無く実力で人間を変異させてしまう。

更にはその言動が、SNS時代に社会の最暗部にいた者達の者と同じ。

他にも様々な理由から。

奴らが精神生命体であるという仮説が立った。

それらは結局状況証拠でしかなかったのだが。

伝説の狩り手「ナード」が邪神討伐に初成功してから、その説は立証されることになった。

いずれにしても、此奴は兎に角手強いと判断するしか無い。

ともかく、皆に視線を送って、補給を済ませろと指示。

奴の居場所は、上だ。

完全に消し飛ばしてやったのに、再生を開始している。

弱い邪神だったら、完全に狩り手に消し飛ばされれば、コアも関係無く死んだりするものなのだが。

此奴に関しては、それも気にすらしていないらしい。

圧倒的強者の余裕という奴か。

強さと精神性は関係が無い。

それは分かっているが、それにしても腹立たしい話である。

奴は球体になると、ぼとりぼとりと何かを落としてくる。

それが、呻きながら形を為していく。

「紹介しよう。 私がビジネスパートナーとして利用していたコンサル達だよ。 私が躾けたから、あらゆる人間を洗脳して、僕好みに躾けていくことに長けている。 いわば私の劣化コピーさ」

「……」

コンサルか。

コンサルティング業者の略。

SNSクライシス前には、あらゆる意味で悪名高い存在だった銭ゲバ達だ。

その活動は金が絡むあらゆる事に及んでおり。

会社の人間を洗脳して死ぬまで働くように仕向けたり。

法の穴を突いて稼ぐヤクザのブレインになったり。

あらゆる悪事に裏から咬んでいた。

しかも此奴らは情報戦も得意としていて、ネットなどで自分達の悪評が立たないように工作も常に行っていた。

本当の意味での邪悪の、忠実極まりない手下といえる。

反社そのものがコンサルをやっていたケースもある。

事実絶対正義同盟の二桁ナンバークラスの邪神にはコンサル関係の奴もいた。

見た感じ、強化フォロワーよりも更に実力は上の様子だ。

それが、数体。

この様子だと、更に増えるだろう。

雄叫びを上げると、一斉に巨体が襲いかかってくる。

球体になった「神」は見ているだけだ。

すぐに補給を済ませた狩り手から参戦して貰う。

「悪役令嬢」が踏み込むと同時に、一体の足を両断して転ばせるが、それでは消えない。足を再生しつつ、腕を払ってくる。

「気を付けて! 手強いですわよ!」

飛んできた腕を鉄扇で斬り払い、肉体を高速再生するコンサルを即座にバラバラにしていくが。

再生速度がかなり早い。

これは最下級の邪神並みか。

他の狩り手も、それぞれ一体以上のコンサルを相手に戦っているが。

これは今までの、フォロワーや強化フォロワーの上位互換だ。

邪神として、今までの邪神が使って来た事は大体出来るのではないのか。

だとしたら、自分に対する絶対的な自信も頷ける。

舌打ちして、兎に角襲いかかってくるコンサルを一体一体確実にしばき倒して行くが。当然どんどん増援が追加されていく。

「神」が煽る。

煽ってくる。

「私が育てたコンサルは幾らでもいる。 それらが更に私の思想をばらまいて、世界中が私にとって都合が良い場所になって行った。 社員に対する躾の方法、金をバカから巻き上げるにはどうしたら良いか、給金が上がってきた社員を捨てるにはどうすればいいか、イエスマンに洗脳しなおすにはどうするべきか。 それら全てを、コンサル達には叩き込んでいったからね。 私にとっては、とても心地よい世界だったよ。 君達が最果ての時代と呼ぶ時代は」

「……」

反撃はまだだ。

此奴は現時点で、全力で此方を殺そうとしている。

他の邪神と違って、手を抜いていない。

それはつまり、「人間以下」に対して本気で殺意を向けていると言う事で。

それ自体が此奴の力にリミッターを掛け、弱体化を促している。

ともかく、この形態も打ち破る。

かなり苦戦している女騎士の所に割って入ると、コンサルの首を刎ね、乱舞して一気に全身を細切れにした。

だが、更に数体のコンサルが「悪役令嬢」に向かってくる。

このままだと物量に押し潰されるか。

物量で押し潰すのは、作戦としては間違っていない。

しかも流石は「神」。物量作戦に使ってくる奴の質が、今までとは段違いである。いや、桁違いか。

「ありがとうございます、「悪役令嬢」先輩!」

「礼は後! 敵を徹底的に観察するのですわ!」

「はいっ!」

降り下ろされるコンサルの拳を鉄扇で弾くが、やはり重い。

体力の消耗が激しい。

これはずっと戦い続けるのは厳しいか。

インカムで指示。

「「陰キャ」さん、後退。 「喫茶メイド」さんも」

「分かりましたっ!」

ぴこんとガラケーデバイスが鳴る。

了解という意味だ。

そのまま、二人抜けた状態で敵を迎え撃つが。その大半を「悪役令嬢」が引き受ける。

二人には一端下がって貰って、体力の回復に努めて貰う。

コンサルは次々湧いてくる。

恐らくだが、あの空中にある球体は何かのシンボルだろう。

あれが「神」の本体かどうかは分からない。

コンサルどもは、ただひたすらに襲いかかってくるが。

よく見ると、その顔には標語らしいものが書き込まれている。

更に、倒した時に見ると分かるのだが、頭の背後から釘のようなものが差し込まれているのが分かった。

ああなるほど。

思考停止を意味しているのか。

「神」の思想を代弁し。

その思想のままに、更にその思想を拡げていくことだけを考えるように洗脳されていると言う訳だ。

これではタチが悪いカルトと何ら変わりが無い。

色々な金儲けの場に現れたコンサル達は、どいつもこいつもスジ者だらけで。ロクな存在ではなかったという記録は残っているが。

その中でも、此奴らは文字通り筋金入りだ。

間接的に合法的な大量虐殺をしていた「神」だが、その直接的な手下が此奴らだったと言える。

邪神になって能力を展開出来るようになれば。

それは此奴らを呼び出すのも納得である。

更に言えば、最下級とはいえ邪神並みの実力を持つ此奴らを、なんぼでも呼び出せるのであれば。

確かに組織が壊滅したところで、痛くも痒くもないだろう。

いずれにしても、反吐が出る。

「さあ、NO2を葬った絶技とやらはどうしたね。 それとも、まだまだこの程度では足りないかな?」

「こんなゴミ共に撃つ技ではありませんわ」

「そうかね。 では出し惜しみをしたまま死ぬと良い!」

更にコンサルが追加されてくる。

いずれもが、実力がほぼ同等。

いや、違うな。

全てが同じだ。

しかも、どれもこれもがC4Iでも使っているかのようにリンクして動いている。

一体が「悪役令嬢」の前に回り。

他が背後を取ろうと動くなど。戦術を知っている。

それはそうだろう。

非人間的になるように徹底的な教育を受けたのだ。

そういう怪物に変化もする。

実際に、SNSクライシス前に暴れていたコンサル達も、こんな輩だったのだろう。

金の為になら、どんな非人道的行為でも眉一つ動かさず行う。相手が死のうが関係無い。

金が関わると人間は明らかに狂う。

例えば金が関わっていると言えば銀行員だが。

銀行員は三人殺して一人前、等という言葉が笑い混じりに囁かれていたという話がある。

一般預金者の事をゴミと呼んでいたという事実もある。

要するに、分不相応な金が関わると。

人間はこのコンサルのように。文字通りの邪神の手下になり果てると言う事なのだろう。

人間の社会を支えるためのシステムである筈の金が。

結局人間の社会そのものを乗っ取ってしまった。

こいつらが、その証拠だ。

愚かしくて、言葉も出ないとはこの事である。

無言で動きを不意に変える。

悪いが、見切らせて貰った。

確かに此奴らは強い。

だけれども、どいつもこいつも完璧なまでに同じなのである。

それが原因だ。

今戦闘中の、「コスプレ少女」、「女騎士」にも目配せ。二人も苦戦しながら一体を相手取っていたが。指示通りに下がる。

結果として、一瞬。

一列に敵が並ぶ瞬間ができていた。

その一列を、文字通り風が薙いでいた。

「陰キャ」による神域の抜き打ちだ。かなり消耗した様子だが、コンサルどもは文字通り今ので消し飛んでいた。

ためが必要な大技であり。

かなり消耗した様子だが。

故に休んで貰ったのだ。

追加が来る様子は無い。「神」は無言になっていた。

「これで終わりですの? 流石は無能な経営者。 手下として躾けた存在も無能ですこと」

「……余程死にたいらしいな」

「殺してみなさい」

「ああ、望み通りやってやろう……!」

更に相手の力が膨れあがるのを感じる。

まだまだ第二形態を破ったばかり。それはもっともっと力が上がっていくのは当然だろう。

生唾を飲み込んでいる「女騎士」の様子が分かる。

体力は大丈夫そうだが、かなり危ない場面があった様子だ。

「コスプレ少女」は単純に地力で相手と渡り合っていたこともある。

かなり消耗しているが、それでもまだまだいけそうだ。

「陰キャ」はもう少し休んで貰う。

まだまだ敵は全力には程遠い。

「悪役令嬢」は無理が利く。というか、正直な話ここで倒れてしまっても別にかまわない。

最高位邪神の討伐実績ができれば、人類にとってどれだけの進歩になるか分からない程である。

最悪、相討ちに持ち込めれば良いくらいだ。

今、するべきは。

最高の逸材である「陰キャ」がこの戦いに生き残るようにお膳立てをする事。

そして、次代に力をつなぐ事である。

「神」が地面に落ちた。球体状の肉体が膨れあがっていく。

コンサルをどんだけ出しても無為と悟ったのだろう。

どうやら、更にギアを上げてくる。それでいい。邪神が「人間以下」相手に本気を出せば出すほど。

ダメージが大きくなっていくのだから。

 

1、決戦の行方

 

青ざめている山革陸将。東京の大深度地下で指揮を執っている山革のところには、次々に報告が来ていた。

各地の駐屯地が襲撃を受けている。

勿論強化フォロワーも含まれている。

特に敵の数が多いのが、近畿地方、東海地方、更には関東の駐屯地だ。特に関東の駐屯地は、強化フォロワーが凄まじい数出て来ているという。

「事前に準備していた兵器群でも長時間は抑えきれません! 何処にこれだけの数が隠れていたのか……」

「ドローンをフル活用して、敵の動きを探れ。 同時に、動かせる兵器は全て活用するように! この戦いに負けたら後がない! 弾薬は使い切るつもりでかまわない!」

「イエッサ!」

「九州、四国に展開している自衛隊の部隊も全て戦線に送れ! 今は各地のコロニーがフォロワーに襲われる危険も無い! もしもフォロワーが迫っている集落があったら、ドローンで避難を誘導しろ!」

指示を出しているが。

それでも、簡単に勝てるとは、山革だって思っていない。

メインスクリーンの一つに、「神」。実態は「ブラック企業社長」の姿が映し出されているが。

確かに「悪役令嬢」の言った通り。

その実力は、今までの比では無い。

強化フォロワーどころか、最下級とはいえ邪神並みの僕を無尽蔵に作り出す能力を、第二形態で使って来ていた。

NO2ですら第五形態くらいまで変化していた事を考えると、更に形態変化する可能性もある。

「悪役令嬢」は、戦いが始まる前に。

覚えた技、といって。

幾つかの武技を撮影して、それを此方に送ってきていた。

それを見て、山革は悟ったのだ。

今回の戦いで、差し違えることを「悪役令嬢」は覚悟していると。

差し違えるどころか。

場合によっては新人達を逃がして、自分は殿軍になって死ぬことさえも。

各地の自衛隊はフル活動しているが、凄まじい活性化をしているフォロワーの対策で手一杯だ。

今まで各地の港に駐屯させていた軍艦まで動かして、支援砲撃をさせているが。勿論その程度で足りるような相手では無い。

軍艦を動かすのは邪神のターゲットになりに行くようなものだから止めろ。

これはSNSクライシス直後の戦訓で。

今もその結果、一応の訓練しかしていないから。どの軍艦……SNSクライシス前は護衛艦と呼んでいたのか。

それらの動きはあまり良いとはいえない。

とにかく徹底的に、「悪役令嬢」の足を引っ張らない。

それしか、山革に出来る事は無い。

また、情報部が敵の。「神」の動きを分析しているが。

あまりに早すぎて、どうして人間である「悪役令嬢」らが戦えているのか理解出来ないと、なんども呟いていた。

役立たずが。

そう罵りたくなるが、気持ちは分かる。

何よりも、そもそもとして。

山革が自分自身の無能をこれ以上もないほど理解出来ている。

だから、他人のことをどうこうは言えない。

前線では被害報告が相次いでいるが、援軍を出す事しか出来ない。それが現状だった。

「ロールアウトしたばかりのアパッチロングボウ三機、前線に出します!」

「最終チェックまで済ませているのか!?」

「……」

「もはや、その時間もないか……」

九州から飛び立って、前線に辿りつくまでどれだけ掛かるか。

攻撃機や戦闘機は、SNSクライシスの直後から邪神の目の敵にされた。半径数キロをフォロワー化する邪神の前には、超音速で飛び回る戦闘機ですらどうにもならなかった。

今は、保有できる最高の航空戦力はヘリ。

それが限界と言う事だ。

それに強化フォロワーが相手だと、アパッチクラスの戦闘ヘリにでも飛びついて襲いかかってくる事がある。

事実そうやって、強化フォロワーが出現した戦いでは撃墜例があったのだ。

「「悪役令嬢」達は」

「何とか戦えている……という感じです」

「支援はできないのか」

「今出せる狩り手は……」

もう引退した「デブオタ」「ガリオタ」のコンビは、既に邪神と戦える状態ではない。

「悪役令嬢」が今回の戦いに選別した狩り手以外の面子は、邪神戦でとても戦える実力ではない。

しかも、「神」のフォロワー化範囲は、16q四方にも及ぶという報告がある。

仮に「悪役令嬢」が敗れた場合。

奴が東京に近付いてくるだけで、この大深度地下でもひとたまりも無くやられてしまう可能性がある。

もはや、どうすることもできない。

「……総理は、東京を脱出したか」

「はい。 安全地帯になった九州に、一部の首脳部機能を移し終え。 本人も移動しました」

「分かった。 後は狩り手の育成施設をいずれまた地上に出したい所だが……」

「それは、とても今考えられる事では……」

秘書官にたしなめられる。

分かってはいる。

だが、山革も分かっているのだ。「悪役令嬢」が負けを覚悟するほどの相手である。山革は、常に最悪の事態を想定しなければならない。

もし「悪役令嬢」が敗れた場合。

次は「陰キャ」を主軸に狩り手を再編成しなければならないが。「陰キャ」はリーダーに全くという程向いていない。

「喫茶メイド」は元特殊部隊員と言う事もあって、その辺りはできない事もないが。

しかし決定的に実力が足りない。

最悪の場合は、新人を育成しながら雌伏の時を過ごさなければならないだろう。

今までの三十年のように。

勝ってほしい。

そう願うしか無い。

だが、神などいない今の世の中では。

何に祈れば良いのか。何に願えば良いのか。それすら、山革には分からなかった。

 

地面に降りて来た「神」は、「悪役令嬢」の前で膨れあがっていく。

その姿は、なんというか。

とにかく、形容がしがたかった。

今までも、よく分からない姿になる邪神は多かったけれども。此奴の訳のわからなさは筋金入りだ。

全身から羽根が生え、多数の目玉が周囲に浮かび上がっていく。

体中を目だらけにする邪神は珍しくもなかったが。

なんだあの羽根は。

「女騎士」が、冷静に言った。

「「悪役令嬢」先輩。 あれは太古の天使の姿です」

「天使……?」

「美しい天使の姿は、一神教ができてからかなり時間が経って定着したものです。 初期の天使は、多数の目玉に翼を持つ、怪物的な姿をしていたんです」

流石に育ちが良い。

そんな事まで知っているのか。

つまり天使気取りというわけだな。鉄扇を向ける。

「「神」が随分と無様な姿をおとりになるんですのねえ」

「勘違いしているようだね。 私は「神」ではあるが、流石に「唯一絶対」の神には及ばないさ。 そのあり方に近付きたいとは思っているがね」

「……」

そういえば。

此奴の元になった人間は、一時期。若い頃、感受性が強い頃にカルトにいた時期があったという。

しかもそれは一神教関連のカルトだったそうである。

なるほど、それならば。この姿も納得がいく。

確かSNSクライシス前の米国では、一神教徒は割合的には半分程度だったという話がある。

だけれども、一神教的価値観は強く根付いていた。

それも社会の上層には特に、である。

こいつもそれに近いのだろう。

変な所で奥ゆかしい、というわけだ。

「では、光で世界を満たそう……」

「!」

無言で、飛び離れる。

「女騎士」は反応が遅れたので、慌てて手を引いていた。

雰囲気が変わった「神」が、周囲に何か光の柱のようなものを展開しているのが見える。なんだあれは。

無言で火炎瓶を叩き付けるが、一瞬で蒸発した。

これは。

頷くと、「喫茶メイド」がナイフを投擲するが、これも瞬時に溶ける。

モリブデンとチタンの合金だぞ。

要するに、超高熱の壁を展開して、それを拡げているという訳か。あの光は、周囲の空気がプラズマ化している状態、と言う訳だ。

とんでもない能力である。恐らく熱量は数万度どころじゃ無い。光の壁そのものの高さも、百メートルはある。幾ら瞬歩を駆使しても、突破するのは無理だし。

壁として周囲に展開し、それを拡げるような力を持っていると言う事は。

収束してぶっ放す事も可能なはずだ。

「全員動いて!」

叫ぶ。

一斉にそれぞれが別方向に散るが、次の瞬間。「悪役令嬢」は、ほとんど反射的に瞬歩でその場を離れていた。

一本の線が、伸び。

その先が、ぽっと光に包まれる。

あれは恐らく十キロくらい先の廃墟。

超熱量が収束して直撃した結果、恐らく熱量だけで核融合爆発が起きたのだ。

いわゆるレーザー水爆という奴である。

勿論、その過程に人間が触れても即死だろう。

実際問題、爆発のあと、とんでも無い熱量が周囲を蹂躙していた。

「「陰キャ」さん!」

頷いた「陰キャ」が瞬歩で逃れる。

そのいた地点を、熱線が抉る。

また。ぽっと光が点る。

廃墟には大量のフォロワーもいるだろうに、まとめて皆殺しか。

周囲十数キロは人が入れる状態ではないとはいえ。それでもいくら何でもこれは、無茶苦茶すぎる。

そうこうしているうちに、光の壁がどんどん拡大している。

「悪役令嬢」と「陰キャ」はどうにか対応できるが。

「喫茶メイド」と「女騎士」は、多分厳しい。「コスプレ少女」は事前に指示を出せばかわせるか。

「世界を光に満たそう」

柔らかい声。

陶酔しきった声。

一種のトランス状態に入っているのかも知れない。

己を神にもっとも近い存在だと錯覚し、いにしえの天使の姿をとるような輩だ。陶酔からトランス状態に入ってもおかしくないだろう。

トランス状態に入るには幾つか手段があるが、もっともポピュラーなのは薬物を使う方法で。

古い時代は洋の東西を問わずに薬物を使ってトランス状態を作り出していた。

有名なインド神話の「ソーマ」などはまさに薬物そのものである。

此奴の場合は、あまりにも精神が狂気的すぎて、素面で勝手にトランス状態に入れるというわけだ。

なんというか、はっきり今分かった。

此奴は人間を止めて邪神になる前から。

とっくに人間を止めていたのだと。

第三射が来る。狙いは「コスプレ少女」だ。

声を掛ける。

頷いた「コスプレ少女」は、意外な動きに出た。凄まじい勢いで伏せると、跳んだのである。

残像が出来る程の速度だった。

身体能力に関してはみるべき所があると思っていたが、これほどとは。

感心しているうちに、また熱量が炸裂し。遠くでレーザー水爆による核融合が発生する。

いずれにしても、このままだと拡大していく熱の壁で、全員が焼き切られる。周囲の温度も上がる一方だ。

しかも、である。

仮に無理に瞬歩を重ねてこの壁を突破しても、疲弊したところを狙撃されるのは目に見えている。

壁を、突破するしか無いか。

しかしながら、空気をプラズマ化しながら拡がっているような熱量の壁だ。簡単に突破なんて出来るわけがない。

さてどうする。

次が来る。

恐らく狙いは「喫茶メイド」。彼女は相当に身体能力を上げてきているが、それでも回避は厳しいだろう。

声は掛けるが、完全に固まっているのが見えた。

まずい。

その時、「女騎士」が動く。背中に背負っていた武器を外すと、手にする。

ガションと音がして、それが投げ槍に変形していた。

「モリブデン合金の槍です。 これなら、今までの武器とは比較にならない程タフな筈です」

「……」

「これで、壁に穴を開けるしかありません。 その瞬間に」

「分かりましたわ。 投擲を!」

周囲に声を掛ける。

皆が一列に単縦陣を組んだ所で、「女騎士」が踏み込む。

単純なパワーだけなら大したものだ。そのまま、地面を砕く勢いで踏み込んで、投擲槍を光の壁に叩き込む。

勿論それだけで突破は不可能だ。

同時に「陰キャ」と「悪役令嬢」が突貫。

如何に熱の壁といっても。そんなものは自然現象では出現しない。邪神の能力で出現している。

だったら、熱量の問題さえクリアしてしまえば、突破は不可能ではない。

槍が光の壁に突き刺さる。

同時に、全力での抜き打ちを「陰キャ」が。

奥義の一つ、地面を抉りながら鉄扇で弾き上げる技で、「悪役令嬢」が。光の壁を抉る。

光の壁が、一部だけ、一瞬消し飛ぶ。

その内側は、溶岩地獄だ。

もう、奴は熱線を放とうとしている。

案の定、目からだ。

左右に飛び離れる「悪役令嬢」と「陰キャ」。

「萌え絵」つきのナイフとフォークを合計二十本、「喫茶メイド」が天使を気取る「神」の目に投擲。

全てが着弾。

爆裂し、奴が目を閉じ。

その瞬間、奴の中で熱線が炸裂していた。

上空に向けて、光の線が迸る。それは文字通り雲すらも消し飛ばして、宇宙まで届いたようだった。

問題は溶岩だが、気合いを入れて「悪役令嬢」がもう一撃。吹き飛ばして、細くて狭い道を「神」まで作る。

突貫する「コスプレ少女」

全力での技を放った他四人と違って、彼女だけが動ける。

そのまま突撃と同時に、目を閉じ、多数の翼を蠢かせている「神」に、至近からステッキによる銃撃を叩き込みまくる。

更に蹴りを数百発、一瞬で叩き込んでいた。

片足を軸にして連撃を叩き込むあの技、どこかで見た事があるが。あんな技を既に覚えていたのか。

「神」が揺らぐ。

光の壁が、消える。

勿論、再生を始めるが、そうはさせない。

「コスプレ少女」が飛び退いたときには、既に「悪役令嬢」が突貫。

鉄扇により、「神」の全身をズタズタに切り裂いていた。

溶岩の海が、急速に冷え固まっていく。

だが、流石に飛び離れる。凄まじい熱気に倒れそうになっていた「コスプレ少女」も抱えて飛び退く。

溶岩の海に半ば沈んでいた「神」だが。

やがて笑い始めていた。

「ははは、愚かだなあ。 世界を光に満たしてやろうというのだ。 どうして逆らうのかね?」

「貴方の主観による光の世界など、ただの地獄ですわよ。 当然そんなものは拒否させていただきますわ」

凄まじい高熱だ。

光の壁が消えても、周囲をプラズマ化させて拡がっていたような熱量がいきなり消失するわけでも無い。

更に言えば、急速に冷え固まっているとはいえ溶岩の海が至近にあるのだ。

暑いに決まっている。

それに、「神」は今までと次元違いの火力を持っている。予備動作さえあれば何してもいいと思っている様子なのはNO3などと同じだが。核融合を普通に連射してくるとは思わなかった。

流石に異常者のレベルも次元違いと言う事か。

元がそうだったのだから、まあ邪神化してもそれは変わらないのだろう。

「私は若い頃、神の教えに触れたいと思った。 だが其処で見たのは、文字通りの地獄だったよ。 聖職者は子供に手を出し、反社と結託し、金儲けのためにあらゆる邪悪な言葉を周囲にばらまいていた。 故に私は思ったのだ。 世界を救済しなければと。 そして人間が生きている限り、人間は救済されないと」

「たわごとですわね。 人間が愚かなのは事実だとしても、貴方は明らかに人を苦しめることを楽しんでいましたわ」

「人を苦しめることはあくまで私の個人的な趣味だ。 私の使命とは違う。 私の神にたくされた偉大なる使命は。 死という救済によって、人間の全てを光の世界に導くことなのだよ」

大嘘だな。

或いは、自分にすら嘘をついているのか。

それとも、奴の中で複数の思想が存在していて。今はエセ宗教家としての思想が表に出ているのか。

いずれにしても、奴は自著や自分の快楽用のグッズを燃やされた瞬間に激高していた。

それを考えると。

奴には高潔な精神などは存在していない。

「これほどまでに光を拒むとは、嘆かわしいなあ。 それならば、更に強い光で世界を満たそうか」

「……きらい、です、あなた」

不意に、「陰キャ」が喋ったので。

「悪役令嬢」も驚いた。

この子は基本的に人間と接するのが苦痛なようで。前はたまに喋るのを聞いたが。それもすごく辛そうだった。

今ではガラケーデバイスで無言でやりとりをできるので、それがとても嬉しいようだったのに。

直接嫌い、というか。

「神」も、驚いた様子である。

「おや、人を避け、人を怖れる生粋の社会不適合者が、神たる私を嫌うのかね? 私は誰にでも平等だ。 誰をも光の世界に連れて行くよ?」

「もういち、ど、いいます。 貴方な、んて、だいき、らい」

一瞬だけ、目配せを受けた。

「陰キャ」の考えが見えてきた。

いずれにしても、すぐに動く。

「神」は明らかに、形態を変え次の形態になろうとしつつ、面白がっている。

「はっはっは。 君のような本物の社会不適合者に嫌われても、それでも救ってやるのが神の度量だ。 好きなだけ嫌ってみるがいい。 弱者に嫌われた所で痛くも痒くも無いし、なによりも嫌がるのを見るのは大好きだ」

「……」

納刀し、剣に手を掛ける「陰キャ」。

それをみて、「神」は余計に面白がった。

「さっきから見せてくれるその剣の技、もったいないねえ。 私は立場上居合いの達人は幾らでも見て来たが、それでも君ほどの技の持ち主ははっきりいって見た事がないよ」

「……」

「だからこそ惜しい。 故に達人のまま死んでくれ?」

形態を変えきった「神」。

その姿は、更に醜悪で、動物の顔が多数融合し、翼が全身から生えているものだった。

恐らくこれも、古い時代の天使の姿なのだろう。

だが、既に溶岩は冷え固まり。

何よりも、その死角に。

「悪役令嬢」が、瞬歩を駆使して入り込む事に成功していた。

無言のまま、絶技を叩き込む。

文字通り、大穴が天使を気取る「神」の体に開く。

しばし沈黙が流れたが。

やがて、「神」は絶叫していた。

「人が、楽しんで、いる時に……!」

だが、その時には。

「喫茶メイド」も「コスプレ少女」も「女騎士」もそれぞれ接近を済ませ。

一斉に、全力での攻撃を叩き込んでいたのである。

次の形態が、どんな攻撃をたたき出すものだったのかは知らない。知らなくても全然かまわない。

いずれにしても、「陰キャ」は恐らくだが。

「神」の性質を完璧に見切った。

あの子が見切ったのなら、今後はその行動を見ながら作戦を立てるのが合理的。

「悪役令嬢」ですら認める未来の最高のエースである。間違いなく後継者になれる器である。

一気に畳みかける。

粉々になるまで切り崩す。

だが、それでも流石は「神」だ。死んだ気配がない。まだ周囲にはテリトリが健在である。

離れるように、ハンドサインを出すと、飛び退く。

まだまだ。

一つ形態を飛ばしただけ。

何をやってくる形態だったのかは分からないが。体力の消耗を完全に抑えきって倒せたのは大きい。

まだまだ形態変化をしてくるのは確定だからだ。

空間に、きゅっと音がして、光が集まる。

光そのものを気取るか。

天使を気取ったり光を気取ったり。

いちいちナルシズムが過ぎる輩だ。

そんな輩にSNSクライシス前の社会は好き放題されていて。合法的に大量殺人されていたのだと思うと。

それはアルカポネが禁酒法の時代に、法もどうにもできない中、大量虐殺をしていた事や。

第三諸国の麻薬王が、国を牛耳って信じられない稼ぎを文字通り人の生き血と引き替えに吸い上げていたのと同レベルに思えてくる。

同レベルのカスはどんな社会にもいる。

いちいち怒っても仕方が無い、と口にする者もいるが。

きちんと怒らないから、このような輩が跋扈する事態になったのだとも「悪役令嬢」は思う。

「これほど言っても理解出来ず、これほど光を見せても屈する事を考えない。 それならば、強制的にその醜い心を矯正してあげよう」

「どの口がいうか……」

「稚気よ稚気。 さあ、見せてやろう。 そろそろ力があふれ出すぞ……」

圧力すら伴う光が、周囲を蹂躙する。

やはり、更に更に力が増している。

冷や汗が流れるが、それでも負ける事は許されないし。

仮に負けるとしても、ルーキー達。特に「陰キャ」は絶対に逃がさなければならなかった。

 

2、牙を剥く邪神の中の邪神

 

降り立ったそれは、もはや一神教の救世主をそのまま模したような姿になっていた。

元になった人間が俗物そのもの。

怪物そのものだった事を考えると。

失笑したくはなる。

ただ、元々一神教。特にキリスト教のメシアたる神の子は、本来は大酒飲みで太っていて、人間味の強い人物であり。結婚していたという話もある。

更に後期のイスラム教の開祖たる存在は、どちらかというと群雄の要素が強く、その思想は厳しい砂漠で生き抜いていくための生活の知恵が近かった。

いずれにしても後の時代。

ろくでもない連中が都合良く神格化し。

その姿は際限なく美化された。

イスラム教の開祖に至っては、顔を描いてはならないという究極の神格化さえされた。

何にしてもだ。

この神を気取る怪物が、真似をするのは何もかも他人が作り出したもの。

ミームもそうだが。

それ以上に、何というか。

支配のために作り出されたものや、神話がベースになっている。

自分の正しさを主張するために、俗物の愚か者ほどプロパガンダをやる。

そしてプロパガンダを始めると、だいたいの人間は落ち始め。

やがて決定的な所まで堕落する。

此奴はとうとう自分で一神教の天使やその関係者の姿を真似始めている。

それは文字通り。

プロパガンダとしては末期も末期と言えるだろう。

だが、感じる力そのものは本物だ。

独裁国家で、独裁者の悪口を言う事は死に直結する。

それを思わせるほどの、文字通りの邪悪なプレッシャーである。

此方に歩き来る「神」。一神教の神の子のように、十字架を背負っている。

「跪きなさい」

完全に気圧されている「女騎士」。

元々メンタルに問題がある。こんな所にいるだけで、PTSDになりかねない。凄まじい力を常時感じている。フォロワーどころか、此処までの力は今まで「悪役令嬢」も感じたことが無い。

確かにNO2が子供に思えるレベルだ。

これは、流石に厳しいか。

無心のまま、それでも「悪役令嬢」は動いていた。

突貫。

そのまま、神の子を気取って十字架を背負ってまだ熱い溶岩の上を素足で歩いて来る「神」に迫ると。

一撃を脳天に叩き込む。

感じたことも無い手応えだ。

がん、と弾き返された。

NO5との戦闘時も、今までに感じたことが無い凄まじい硬い手応えを覚えたけれども。その比ではない。

「悔い改めなさい」

ドカンと、何かとんでもない音がした。

瞬歩で逃れたが。

さっきまでいた、至近の目の前が、文字通りえぐれていた。

穴の深さが分からない程である。

何かした様子は無い。

言葉を発するだけで、これだけの破壊を産み出すことができるのか。

「陰キャ」にインカムで今の攻撃について通信をしておく。勿論他の三人にも伝わるように。

もう少し、仕掛けてみる。

「神」は、そのまま自分が開けた穴を歩いて通ってくる。そう、穴の上に地面があるように。

全く関係ないのだろう。

突貫すると、今度は背負っている十字架に仕掛けるが、全く効いている様子が無い。

がいんと、ものすごい手応えで、文字通り弾き返される。

気配は間違いなくこの人型にあるが。

これは何をやっても通じないか。

そして、一瞬後にはカウンターが飛んでくる。

その火力も異常すぎるレベルだ。

文字通り、地面が底が見えないほどに抉れ果てる。

攻撃の火力が、カウンターに直結しているようには見えない。

遠距離攻撃も試す。

火炎瓶を投擲して見るが。炎に包まれたのは一瞬。全く表情さえ変えず。髪の毛すら焦げず。そのまま歩いて来る。

プレッシャーだけで冷や汗がだらだら出ているというのに。

この異常すぎる火力と防御力はなんだ。

再びくるカウンター。

狙って来ている様子は無い。

上空も勿論確認はしているが、何かが飛んできている様子も無い。

上の方に本体が潜んでいると言う事も無さそうだ。

一体何が起きていると言うのか。

ともかく、何か効く攻撃を試すしか無い。

何度かステップして、体を温めると。

残像を作りながら接近し、「神」の人体急所全てに、鉄扇から打撃を叩き込む。人体急所は幾つでもあるが、そのうち三十二箇所に人間だったら最低でも気絶、下手すると即死するレベルの一撃を入れた。

だが、まるでけろっとしている。

カウンターも、直後に飛んでくる。

地面が抉り飛ばされるが、ともかくダメージが入っている様子が無い。

「人間以下」と見なしているミームの攻撃に対して、ここまで耐性が強い邪神は初めて見る。

いや、違う。

効いている筈だ。

効いているが、全く効いていないように見える。

超高速再生か。

いや、それにしてはおかしい。

手応えが、文字通り弾きかえすようなのだ。

「陰キャ」に頷く。

彼女も既に状況を把握しているからか、前線に出てくる。体力がない「陰キャ」を最初に戦わせる訳にはいかない。

平然と歩いて来ている「神」が、近接戦闘が苦手な「喫茶メイド」や「女騎士」を至近に捉らえたら、全てが終わりだ。

無心で鉄扇の連撃を浴びせる。カウンター。

悔い改めよ。

余裕に満ちた声。

その口に、「陰キャ」が刺突を完璧に決めるが。

すっと刀を抜いて、即座に飛び下がる。

周囲が穴だらけになってどんどんやりづらくなっていくが。そんな事ははっきり言ってどうでもいい。

問題なのは、まるで手応えが無いという事だ。

連撃の合間に、同時攻撃も両手の鉄扇で入れている。また、それにあわせて「陰キャ」も猛撃を叩き込んでいる。

それなにに、まるで手応えが無い。

先に飛び下がる「陰キャ」。急いでかちかちとガラケーデバイスを打っている。何か気付いたか。

だが、さっき形態を一つ潰された「神」は、それを面白く思わなかった様子だ。

「私の前で雑念にふけってはいけないよ」

「陰キャ」を見ようとした「神」の顔面に、両目を叩き潰すように鉄扇を叩き付け。更に鳩尾に蹴りを叩き込む。

この蹴りだって「饕餮」が見せた、とんでもない達人技をある程度再現したものなのに。まるで通らない。

舌打ちして、「陰キャ」に警告し下がる。

「陰キャ」も作業を中断して、飛び退いて「天罰」とやらを回避。そのままガラケーデバイスを操作する。

喋れば良いのに。

それとも、何か見られるとまずいのか。

カウンターがひっきりなしに飛んで来る中、攻撃を続ける。

とにかく、全くという程効いている様子が無いし。

攻撃すると重いので、非常にきつい。

鉄の固まりでも殴っているかのようで。

とにかく手に対する負担が尋常では無い。そのうえ相手は涼しい顔だ。どれだけ頑張っても、冷や汗が止まらない。

そんな中、ガラケーデバイスがぴこんと鳴る。

開いて、ざっと見る。

ああ、なるほど。

流石だな。もう見きった様子だったが、どうやらそれは本当のようだ。確かに納得も行く。

困惑した様子で、「喫茶メイド」と「コスプレ少女」も前に出てくる。「女騎士」も。

満面の笑顔のまま、「神」はそのまま歩いて来る。

勝負は一度だ。

此奴はこのまま歩いているだけで、周囲十数キロをフォロワー化し続け。文字通り日本を地獄に変えるだろう。

此奴曰くの救済で、である。

死が救済か。

だったら自分だけ救済してさっさと何処か別の世界。恐らく地獄でも此奴は受け取り拒否するだろうし。ともかく迷惑が掛からない余所に行って欲しいものだが。

それすらも、此方では手配できないのが口惜しい。

いずれにしても、今の話が本当だとすると。今までに無い経験である、攻撃が弾き返されるという現象の発生にも納得がいく。

「総攻撃に賭けようというのか。 可哀想な浅知恵だなあ」

「……」

此奴、気付いているかも知れない。

この力のパワー感に飲まれているのならいいのだが。いずれにしても、慎重にやらなければならないだろう。

はっきり分かったことがある。

此奴は、例えギミックが分かったとしても、簡単に攻略させてはくれない。

体力はもう半分を切った。

多分勝つにしても、戦勝報告をできる余裕があるかどうかすらも分からない。この形態を突破するのが今回の戦いではやっとかも知れない。

それでも、絶対にやり遂げる。

今回倒せなくても、「陰キャ」を生き延びさせれば、絶対にどうにかしてくれるはずである。

それくらいの潜在力を秘めたルーキーだ。

もう二十代半ばで、今後の劇的なパワーアップが望めない「悪役令嬢」とは違う。

パンと、鉄扇を閉じる。

それが、総攻撃の合図となった。

愚かな。

そう言いながら、ただ歩いて来る「神」。

威圧感は凄まじく、多分「女騎士」は何度も仕掛けていられないだろう。

タイミングが仮に分かったとしても。

あの「天罰」。地面を抉るような攻撃を、何度も避けるのは恐らく不可能だと判断して良い。

それくらい、圧倒的過ぎる力の差があるのだ。

暴力的と言ってもいい。

奴は既に数度形態変化を遂げている状態だが。

それでも、まだまだまるで全ての力を解放しているとは言い難い。

殺すつもりなのは確かだが。

邪神は形態を解放しないと、全ての力を発揮できないし。ということは、まだ力が上がると言う事だ。

合図と同時に突貫。

最初に仕掛けたのは、「喫茶メイド」である。相手を横切るように走りながら、正確無比なナイフとフォークの投擲。勿論「萌え絵」が巻き付けられてある。

全てが爆裂。

勿論、煙幕で相手を包んでも、カウンターは飛んでくる。至近の地面がえぐれるのを見て、「喫茶メイド」はひっと声を漏らしたようだった。

煙幕が、一瞬で消し飛ばされる。

奴が放っている暴力的な圧力。

いや、違う。

光を放っただけで。それが物理的な圧力を生じさせたのだ。

単に光といっしょに力を放っただけだろうが。それでも充分である。

今ので分かった。

カウンターは自動発動している。

それを逆用させて貰う。

「女騎士」が、フルスイングで大剣の一撃を。「コスプレ少女」が、「神」の横面にドロップキックを叩き込み、離れる。

カウンターがそれぞれを襲う。

かろうじて回避。だが、かろうじてだ。「女騎士」は、鎧の一部を抉られて、青ざめていた。

更に「陰キャ」がジグザグに高速接近。

そのまま抜き打ちで、喉を抉りに行くが、効かない。しかし気にする様子も無く、そのまま相手の側を抜ける。

カウンターが飛んでくる。

しかも、「神」は一瞬だけ「陰キャ」を見て、斥力を叩き込んだ。

回避のタイミングをずらすためだ。

さっきの一撃で、警戒し始めていると言うことだ。

「人間以下」を警戒すれば、ダメージが入る。

それを気にせず警戒している、という事である。

いずれにしても、それでも「陰キャ」は攻撃を避け抜いて見せる。地面に穿たれた穴は、「陰キャ」を両断することも、影を捕らえる事もできなかった。だが、今の斥力との合わせ技。

「陰キャ」の方も、相当な体力消耗を招いたはずだ。流石に連続での回避は厳しい。

立て続けに「悪役令嬢」が出る。

絶技はやらない。

あれはまだ撃てるほど、腕が回復していない。

更にさっきから、攻撃が悉く弾き返されて、腕へのダメージが大きすぎる。ちょっと撃てる状況ではない。

だから、傘を取りだして。それでチャージを叩き込む。

全く効いている様子が無い。

特別製の傘だというのに。

そのまま傘を回転させつつ、地面に突き刺し。

それを蹴って跳躍。

「無駄な事を。 どれだけ連撃を浴びせても、私には届かないよ」

「さあ、それはどうですかしらね」

「?」

薄ら笑いをした「神」だが。

頭上からの連撃を浴びて、鬱陶しくなったのだろう。「悪役令嬢」を斥力で拘束し。更に横殴りのカウンターで消し飛ばすつもりになったのだろう。

だが、それより一瞬早く、「陰キャ」が「神」の至近に。

そして剣を納刀しつつ、抜き打ちの体制に入る。

平然としている「神」だが。

その瞬間、顔が歪んだ。

斥力を強引に鉄扇で弾き飛ばし、更に一瞬の差でカウンターをかわすのとタイミングを合わせて、

「陰キャ」が放った抜き打ちが、モロに腹を割いていたからである。

黄金の血が噴き出す。

「神」は、驚いたように腹を見ていた。

更にカウンターが、「陰キャ」を襲うが。

その瞬間に、文字通り兜割りで叩き込んだ「悪役令嬢」の鉄扇が、「神」の頭を叩き潰していた。

「どういうことだ……!?」

再生し始める「神」。

その速度も尋常では無いし、何より攻撃がまるで効いている様子がない。肉体に欠損は入ったが、この程度の欠損では駄目だと言う事だ。

今ので理解出来た。

此奴は、斥力発生と、カウンターと、防御を同時にこなせない。

理由としては、全ての能力を同時展開していたら、地面が穴だらけになる上。歩く度に文字通り空に浮き上がってしまうからだろう。

或いはその内の複数の能力を制御しながら、歩いているのかもしれないが。

それらを全てこなすのは、処理能力の問題で無理、というのがあるのだろうか。

どちらにしても、攻略の糸口は見えた。

時間差をおいて、再び「萌え絵」つきのナイフとフォークを投擲する「喫茶メイド」。

面倒くさそうに、それを見て地面に叩き落とす「神」。だが、その背後から、踵落としを「コスプレ少女」がぶち込み。カウンターを放った瞬間、「女騎士」がランスを構えて突貫。

斥力で、「神」が「女騎士」を思い切り吹き飛ばす。

無視しても良かったかなと書いていたその顔を、「陰キャ」の一撃が両断。

更に、背負っている十字架もどきを、「悪役令嬢」が粉みじんに蹴り砕いていた。

それでも再生していく「神」。

だが、畳みかける。

カウンターが飛んでくる中、少しずつ時差をおいて攻撃を入れていく。

モロに「喫茶メイド」の投擲攻撃が入り、体がえぐれる。「喫茶メイド」が斥力に吹っ飛ばされ、近付こうとした「コスプレ少女」の目の前がカウンターでえぐれる。こんなトリッキーな反撃もできるのか。

更に、立ち上がった「女騎士」が締め上げられる。

吐血するほどのパワーで締め上げている。

斥力を、拘束力にも変えられるのか。

再生は一瞬で終わろうとしている。

だが、その時には。

時間を稼いでくれた皆の努力を生かして。

「陰キャ」が、納刀した状態で。無の境地に入って、「神」の懐に入っていた。

「神」が青ざめ、流石に行動を切り替えようとするが。

次の一撃が、その全てを吹き飛ばしていた。

単純な抜き打ちだったが。

相手が人間大だったことがその効力をフルに発揮した。

文字通り、抜き打ちの火力で。防御を展開出来なくなった「神」の全ての構成要素を消し飛ばしたのである。

光になって消えていく神の子を気取った「神」。

ただ、テリトリはまだ消えていない。

地面に落ちた「女騎士」を、「喫茶メイド」が介抱しに行く。声を掛ける。

「後方に下げてくださいまし。 もう流石に「女騎士」さんは限界ですわ」

「分かりました!」

「貴方も」

「コスプレ少女」はまだやれると顔に書いたが。

数度、モロに肉弾戦を挑んでいる。かなり厳しいはずだ。

あのプレッシャー。

NO2とも段違い。

NO3や、他の上位邪神ともやりあった「喫茶メイド」ですら、吐きそうになっているのである。

クールダウンが必要である。

やむを得ないと判断したのか、飛び退いて下がる。少し距離を取って、休憩して貰うしかない。

その間に、クッキーをバリバリ食べる「悪役令嬢」。水筒から茶も豪快に飲み干した。

まだだ。

奴はまだ力を残している。

この形態になるまでの攻略法は確立出来た。だが、この先がどうなるか知れたものではない。

だから、まだ油断どころでは無い。

無言で、呼吸を整える。

体力は残り三分の一を切ったか。少しは今ので回復出来たと思いたいが、現実的に考えなければ死ぬ。

光が、不意に周囲に満ちる。

それは嫌みな程に、柔らかく暖かい。

文字通り、「神の降臨」のようであった。

信心が篤い奴だったら、感動していたかも知れない。あいにくだが、これがタダの演出で。

自分を「神」と信じるただの異常者が、ナルシズムによって行っているということは分かりきっているので。

不愉快なだけだ。

「そうか、救済をどうあっても拒むのか。 ならば、もはやこの手しかあるまい」

ぞくりと来た。

同時に、重力が一気に強くなるのが分かる。

なるほど、何となく分かった。

「陰キャ」が見抜いた奴の力の法則だ。

奴は、力の流れを操作している。

光にしても熱量にしても、斥力にしても壁にしても。

いずれもが、力の流れというものを今まで操作していたのだとすれば分かりやすい話である。

そして今度は重力か。

更に、姿を見せるのは。

巨躯で、人間が想像する天使らしい天使。

要するに、中世以降。ローマ時代が終わった後に描かれるようになった、美しさを重視した宗教画に出てくる天使のような姿。

翼は六枚もある。

いわゆる熾天使を模しているのだろう。

どうでもいい。

立ち上がろうと苦労するが、この重力、尋常では無い。6Gか、7Gか。

その中、奴は光の剣を抜いて、平然と歩いて来る。

自分だけはこの超重力下で、好き勝手動けるというわけだ。

二人、下げておいて正解だった。

正直、これは厳しい。

しかもこの様子からして、此奴は最終形態にまだなっていない。

この形態は天使を模している。

一神教の絶対神ではない。

三位一体という言葉がある。

良く聞く、父と子と聖霊の御名においてという奴だ。

父というのは絶対神。子というのは神の子、つまりキリスト教の預言者。そして聖霊というのは天使の事である。

そして天使は。

燃え上がる剣を手にしていた。

「さあ、仕置きの時間だよ?」

この異常環境下で、自分だけは例外。なおかつその剣で相手を切り刻むか。まあ此奴らしいやり口だなと思う。

だが、この超重力。

恐らく周囲全域に展開している筈だし。更に言うと、一部では自在に強化だって出来る筈だ。

全く、やりたい放題だな。

呆れながらも、「悪役令嬢」は必死に顔を上げ、戦闘態勢に入る。

此処からは、短期決戦だ。

幸い、さっき一つ形態を飛ばせている。

それが良い方向に動くかどうか。

ともかく、相手の力を一瞬で見極め、一瞬で削らなければならない。この超重力も不愉快だ。

一瞬でも早く、動けるように。

残像を残して、奴が背後に回ったのが見えた。

まるで彫像のような無機質な顔のまま。

「神」は、炎の剣を降り下ろしてきていた。

 

3、絶望の末

 

ビルが倒壊している。

この辺りまで来ても、凄まじい重力による無茶苦茶な影響が感じられるほどだ。

ロボットを使って、必死に逃げる。それも、高重力化で走る事なんて、最初から想定されていないものだ。

だからどこまで動いてくれるか。

何度も「女騎士」が咳き込む。

運転中の「コスプレ少女」は、いっしょに「悪役令嬢」の指揮下でフォロワーと戦い、最悪にも今回が対邪神戦の本番になってしまった同期を見る。

この様子だと、プレッシャーで相当に参っているだろうし。

モロに斥力で体を押し潰されている。

病院に行かないと危ない。

またビルが倒壊した。

かなり重力の影響は弱まっているが、これではどうしようもない。流石に地震には耐えられても、重力異常には耐えられ得るようにできていないのだ。この国の建物も。

無言で必死にテリトリから抜ける。テリトリから抜けると、嘘のように体が軽くなっていた。

すぐに通信を入れる。

「「コスプレ少女」、「女騎士」、ともに戦線から離脱しました。 「女騎士」は負傷」

「生還してくれて良かった。 すぐに医療班を向かわせる」

「其方の戦況は」

「全面的な敵の攻勢が続いている。 今は持ち堪えられているが、それも何とかというところだ」

山革陸将がランデブーポイントを指定してくれた。

そのまま、ロボットを向かわせるが。ランデブーポイントの至近で壊れてしまった。よく頑張ってくれた、と言える。

フォロワー化されてしまう邪神のテリトリが至近なのに、それでもためらいなく勇敢に来てくれた自衛隊の救護部隊が、すぐに「女騎士」を連れて行く。

意識が無い。

至近距離で、ずっとあんな訳が分からないプレッシャーを浴びせられ続けたのだ。

猛り狂った象なんかの比では無い。

ライフルしか持っていない状態で、最新鋭の戦車を前にしたよりも戦力差は絶望的だった。

それでも、最後まで何とか動いて。

あの神の子気取りの形態を打ち破るのに貢献したし。

光の壁を撃ち抜くのにも貢献した。

立派だ。

前の戦いで、「コスプレ少女」はフィニッシュムーブくらいしかできなかった。

それに対して、初陣で「女騎士」はあれだけの決定的な貢献ができていた。

無言で、拳を固める。

今後、上位邪神とやりあう機会はきっとまだまだある。

億に達するフォロワーが北米に向かっているという話だし。それらと戦う可能性だってある。

それらを考えると、あまりにも自分は弱い。

医療班に、手当を受ける。自分でも気付いていなかったが、何カ所か負傷していた。

「悪役令嬢」は戻ってくれるだろうか。

あの人は敵に対しては口撃がとにかく容赦なく、側で聞いている「喫茶メイド」先輩が青ざめる程だったが。

それでも、相手が邪神だったからそうしていただけ。

普段の皆に対するメンタルケアや、様子をしっかり見ているきめ細かさからしても。素はかなり性格が違うのかも知れない。

手当を終えると、その場を離れる。

いずれにしても、もう役に立てる状況ではない。

後は、今の日本が抱える三人のエースに、任せるしか無い。

それは、どうしようも無いことだとして、諦めていたし。

万が一三人が敗れたとしても。

その後は、自分が戦わなければならない。その覚悟も、もう出来ていた。

 

灼熱の剣は、受け止められるものではないと「悪役令嬢」は悟っていた。

更に奴に近付くほど、重力は強くなるようである。

だったら、対応策は一つ。

無理矢理体をひねって、紙一重で避ける。

とんでもない熱量が、鼻先を通過したのが分かった。

更に、踏み込みつつ切り上げて来ようとする「神」だが。

その腕が、文字通り切りおとされていた。

「重力……」

「陰キャ」によるものだ。

ぼそりと彼女が言う。

剣を地面から引き抜き、納刀するだけで一苦労の様子だったが。

今の重力を逆利用して、必殺の一撃に変えたのか。

「ほう……?」

「芸がない、で、すね。 成功体験、ですか?」

「……」

ぴくりと、青筋が再生しつつある天使の額に浮かぶのが見えた。

「喫茶メイド」には視線だけ送っておく。

まだ仕掛けるタイミングではない。

わめき散らしながら、「神」が腕を再生。剣も再生する。

そのまま、チェストと喚きながら、剣を振るい上げる。

此奴にだけ都合良く重力が働いていると言う事だ。

そして居合い云々の台詞から、何となく見当がついていたが。此奴は恐らく、教養としての剣道経験者。

それも示現流をやったことがあるのだろう。

二刀流などと並んで、神格化されている示現流。

実際には単に薩摩で流行っていたと言うだけのものであり。別に必殺でも最強でもなんでもない。

重力を味方につけている今。

文字通り二の太刀いらずの上段からの攻撃は、重力による拘束もあって最強になると思うが。

残念ながら、対処法は今。

「陰キャ」が示してくれた。

無言のまま跳躍すると、「悪役令嬢」は最大限加速された踵落としを「神」に叩き込む。文字通り頭が爆ぜ割れ、胸の辺りまで食い込んでいた。

勿論剣どころじゃない。

無理に足を引き抜くと、飛び退く。

今度は、本物の達人である「陰キャ」の出番だ。

すっと美しい構えで上段に。そこから、踏み込んで、一撃を叩き込んでいた。

文字通りの開きになった「神」は、即座に上空にすっ飛ぶ。

重力を好きかって利用して、好きかってできるのだ。

それくらいは可能なのだろう。

今、逃げたな。

良い事だ。

「人間以下」に、剣術で勝てないと悟った。

それだけで、精神生命体にはダメージになる。

しかもこれだけのインチキをしている上で勝てなかったのだ。多分何度も体を破壊するよりもずっと効いただろう。

「お、おのれ、おのれ……!」

「余裕が無くなってきたようですわね」

「だ、だまれええええっ!」

絶叫すると同時に、無数の炎の剣を具現化する「神」。再生の途上だというのに、今のには余程頭に来たのだろう。

それはそうだ。

どう考えても今のは、必殺のコンボ。

相手を拘束した上で、得意としている示現流で真っ正面から粉砕する。

それを打ち破られたのだ。

それも人間以下と見なしている相手に。

あんなナルシストの権化には、さぞや屈辱。

そして精神生命体であるから、ダメージも直結する。

ただ問題は。

重力で拘束した上に、あれだけの無数の剣を投擲されたら、多分どうにもならないという事だ。

残り体力を加味。

いけるか。

「陰キャ」を見ると、首を横に振られる。彼処までは届かない、という事である。投擲も、あれは無理だ。

高すぎる上に、重力などの計算が全て狂うのである。

まだ、最後の最後のために、「喫茶メイド」の狙撃は残しておきたい。

だったら、やる他あるまい。

無心で、残り全ての力を込める勢いで、深呼吸する。

無の境地。

出来る事は出来る。

だが、問題は体力を著しく消耗すること。

奴を叩き落とした後、一瞬で「陰キャ」と「喫茶メイド」が、奴を倒してくれる事。

この二つが重ならない限り、文字通りするだけ無駄の行動になる。

だが、無駄にはしない。

ぎゅっと体勢を低くする。

空が明るい。

熱い。

何十どころか、何千と光の剣を展開しているのだ。

この辺りに水爆を落とすも同然の破壊をもたらすつもりなのだろう。さっきも奴は、レーザー水爆で辺りを薙ぎ払っていた。

要するに、破壊に何の躊躇も無いのだ。

人間だった頃から。

人間を殺すことにさえ、なんの躊躇も無いのである。

それは、人間の街や生活を踏みにじることなんて、何の躊躇も無いに決まっている。

人間を殺すことにまるで躊躇がないのだから、未来を奪うことだってどうでもいいのは目に見えている。

自分さえ良ければいい。

その究極の思想が籠もった存在が、今上にいる。

いにしえの傲慢で残虐な神々でさえ、此処まで邪悪ではなかっただろう。

神話は時代を経ると神々が行儀良くなっていくものだが。

此奴に関しては、明らかに時代を逆行している。

文字通り、今まで戦った邪神の中で最悪の輩だ。

潰す事には。

何の罪悪感もない。

さあ、いくぞ。

全力で瞬歩を使って飛ぶ。超重力でかなり距離を殺されるが、それでも空中機動を駆使して、奴の上空に出る。

再生途上で、剣を増やすのに夢中になっていた「神」は、それでも気付く。

流石だ。

だが、そこまでだ。

「神」の上で瞬歩。空気を蹴って跳ぶ。超重力に全パワーを乗せて、絶技を叩き込む。

もはや、絶技の名を叫んでいる余裕さえない。

だが、以前よりも。

更に完璧に。最高の突き技は決まっていた。文字通り、「神」の体が拉げる。

全力では無いとは言え、今まで放った絶技の中で、最大の火力が出ていた。文字通り、滅茶苦茶に拉げながら地面に超高速で叩き付けられ、特大のクレーターを作る「神」。

意識が飛びかける。

だが、重力が一気に緩和されるのが分かる。

星の理にさえ干渉する怪物。

今までは幾つもある形態を使い回しながら遊んでいただけだったが。

やっと、完全な痛打が入ったのが分かった。

代償も大きい。

自由落下に身を任せながら、下の戦況をぼんやり見る。

ギリギリまで待ち、瞬歩で空中機動して落下を避けるつもりだが。

それくらいに、もう残る力は少なかった。

 

重力の枷が消える。いや、消えてはいないが、一気に楽になった。

「悪役令嬢」が叩き落とした「神」は、初めて本当の痛打を食らったようで、七転八倒している。

躊躇の理由は無い。

納刀したまま、「陰キャ」は突貫。その寸前に、「喫茶メイド」がありったけのナイフとフォークを叩き込んでいた。

「萌え絵」つきのそれらが炸裂すると、完全に重力が元に戻る。

再生途上だった「神」が完全に砕けて。

散り散りになった肉塊の中から、何かが急速に膨れあがっていく。

最終形態だな。

今までよりも更に大きなプレッシャー。

だが、力ばかり大きくて。こんな強さを自分でも使いこなしたことが無いのも分かる。

更に、先はあれだけゲタを履かせた状態で、人間時代にたしなみでやっていただろう剣道由来の剣術が。全く「陰キャ」に通用しなかった。

だから恐らくは、もう剣も使ってこないはずだ。

重力が消えると同時に。

上空で連鎖的に無数の炎の剣が爆発していく。「悪役令嬢」は爆発に巻き込まれていないと信じる。

「陰キャ」が懐に潜り込んだ時には、「神」は再生を完了していた。

もうそれは、人型ですらなく。

原初の天使の姿ですらなく。

ただの光を放つ何か得体が知れないものだった。

一神教の神は、そもそも絶対神だとか。一定の形を持たないとか。色々と説明がされているが。

その割りには玉座があったり。

裁定を行ったり。

戦車(チャリオット)に乗ったり。

明確な人格もある。

また、天使が美しく描かれるようになった時代には。神も威厳のあるおじさんとして描かれる事も多かったようだ。

それらを総合すると。

光を放つ得体が知れないもの、が最終的に行き着く答えなのだろうか。

いや、違う。

絶対正義同盟NO1。狂ったブラック企業の社長であるこの人は。

己を神だと信じて疑わなかったが。

それは漠然としたイメージとしてであって。

だから天使のような姿を取ったり。

神の子とされる預言者の姿を取ったりし。

挙げ句の果てに、このような姿になった、と言う事だろう。

宗教哲学にも恐らくは明るくは無かったのだろう。

まあ、そんな事はどうでもいい。

能力をフル展開されたら、さっきの重力だの何だので散々消耗している皆に、もはや勝ち目はない。

無の境地に入る。

光を放つ得体が知れない肉体を、次の瞬間には両断していた。

能力を展開するより速く斬る。

二太刀目。

自分の命が、急激に消耗されていくのが分かる。

上下に、更に左右に斬られた「神」が、絶叫しながらナニカしようとしている。凄まじい力を感じる。

多分だけれども、日本全土に一気にテリトリを拡げるつもりだ。

テリトリの気配が、尋常で無く濃くなっている。

仮に倒せても、日本にいる人間は全滅する、というわけだ。

させない。

もう、一太刀。

スローモーションに飛んできたのが見える「喫茶メイド」の連撃。

ナイフやフォークが次々着弾して、「神」の体を崩していく。だが、コアはまだ見えない。

ぼんやりとして来た。

無の境地に入ると、とんでもない勢いで体力を消耗していく。

雑念も少しずつ出て来て。

周囲の時間が、流れるのが速くなってくる。

何よりも、もうもたない。

「悪役令嬢」は、もうさっきの一撃で、力を使い果たした。もしも此処で仕留めきらないと。もうだめだ。

焦りがおなかの辺りで暴れるけれども。

絶対に、それでもどうにかする。

無心のまま、敵を必死に観察する。

コアはまだ内部にあるのか。

いや、それとも露出しているのか。気配が強すぎて、分からない。

その時、叫び声が聞こえた。

「「神」を気取る輩のコア! 何かなんて、決まっていますわ!」

「悪役令嬢」の声。

多分、最後の助力だ。

爆発が連鎖する中、もう一段階。これでもう、気絶決定。だが、それでも最後の一撃を入れる。

この一撃で仕留めきれなかったら、日本は文字通り終わりだ。

更に、回復した「神」によって、この場にいる全員も確定で殺されるだろう。

爆発が続く「神」の肉体。

「喫茶メイド」がついに至近に。箒を突き立てて、更に敵を抉り取る。

完全に、周囲が黒一色に。

自分と、刀だけ。

そして、目の前にある、何か良く分からないものだけ。

時間は止まったように思う。

それくらい、究極の集中状態に入っているという事である。

神を自称する狂人が。

大量虐殺を何とも思わず。金さえ稼げれば何をしてもいいと本気で考えている鬼畜外道が。

コアにしているものといえば。

ああ、そういう事か。

やっと分かった。

「陰キャ」は、無言のまま、刀を構え直し。

むしろ優しく、振るっていた。

コアは最初から見えていた。

見えていたのに、周囲の気配が強すぎて、気付けていなかった。

だが、「陰キャ」の攻撃に対して、肉体を超速再生させて防ごうとする。しかし、時間がほぼ止まって見える今の「陰キャ」にとって。

その再生は、遅すぎた。

心臓を、文字通り両断する。

醜い巨大な肉塊の中に生じていた心臓。

今までも何度も粉々にしていたから、内臓なんてそれこそどうでもいいと思っていたが。

心臓は心そのものとされる事も多い臓器だ。

そして脳に当たる部分が消し飛んでいる今。

この狂った会社の社長が一番大事にしているもの。己そのものを示す存在なんて。心臓以外にはあり得なかった。

ふつりと、何かが斬れる音がした。

心臓を両断すると同時に、もの凄い風が吹いたのが分かった。

爆発ではない。

ただ、もうそれに耐えきれる力は、残っていなかった。

 

爆裂する「神」。

「喫茶メイド」は、刀を降り下ろし、立ったまま気絶した「陰キャ」を抱えると。必死に地面に倒れ。自分の体で庇った。

何か、とんでもないものが周囲に放たれていく。

それは邪神が邪神であるがゆえの力。

テリトリを普段は構成している力。

それが、物理的圧力を伴って、とんでもない斥力となって。周囲を暴走している。「神」の終わり。

だが、最高位邪神と言う事もあって。

簡単には、終わる事も無いと言うことだ。

意識を失って、バイタルも弱くなっている「陰キャ」を抱きしめたまま、必死に耐え抜く。

怖いなんてものじゃない。

あの剣を大量展開する形態でさえ、おそらく水爆以上の火力を湯水のように展開する事が出来たはずだ。

最後の方の形態は、まともに相手にせず、一気に瞬殺する。

それは事前にミーティングしていたが。

それをやりきることが出来たのは、間違いなく「悪役令嬢」と「陰キャ」のおかげ。

「喫茶メイド」はまだ力が足りなさすぎる。

必死に耐えていると、至近に人の気配。

どうやら何とか降り立った「悪役令嬢」が、傘を広げて、凄まじい斥力を凌いでいるようだった。

あの傘、すごいなあ。

そんな事を思いながら。歯を食いしばって耐える。

やがて、気配は消える。

恨み事が、その代わり聞こえてきた。

「「神」に弓を引くか愚かな猿共が……」

「……」

顔を上げる。

その辺りの有様を見て、思わず「喫茶メイド」は絶句していた。

周囲は腐乱死体の山だ。

粉々になった人間の残骸らしいもの。

SNSクライシスの前は、ストレスが極限に達した人間が電車に飛び込む事があったらしい。それも頻繁に。

恐らくは、そうやって亡くなった人のものだろう。

それだけ、無茶な社会システムが動いていた、と言う事だ。

一体何千人分かすらも分からない。

それだけじゃあない。

首をくくった人の亡骸。

病院で亡くなったらしい、骨と皮だけになった人の亡骸。

全て、此奴が殺し。

笑いながら生き血を啜った人々の残骸、というわけだろう。

今まで、邪神達の言動を見て、「悪役令嬢」のように憤怒を爆発させたり。「陰キャ」のように拒否することはできなかった。

軍人として訓練を受けてきた「喫茶メイド」は、狩り手に転向した後も、軍人でありつづけた。

だから常に冷静である事を心がけてきた。

だが、それも過去のものとなった。

これは、「神」が己の快楽のためだけに食い殺してきた人々。

SNSクライシス前から、ブラック企業の社長が、死に追いやってきた人々。

勿論その死体そのものではない。

だけれども、これらが周囲に散らばっていると言う事は。

要するに、分かった上で此奴らはやっていた、と言う事に他ならない。まさに、究極の社会悪。

そしてこんな社会悪が平然とのさばっていたから。

SNSクライシス前の世界は、最果ての時代になっていたのだ。

「絶対者である私に跪かず、ましてや殺すなど信仰への冒涜である。 もはや七代先まで、その魂は地獄に落ち続けると……」

「悪役令嬢」は、傘を開いたまま。

そのまま、動く余力もないようすだ。

「喫茶メイド」は、大量の鮮血と肉塊を浴びていたことに気付いて。真っ赤だろうなと思ったけれども。それらの血や内臓。肉塊も急速に消えている。

これこそ、「神」が如何に自分が偉大な存在か、周囲に見せつけようとした最後のあがきなのだと考えると。

もはや、何一つ。

同情の余地などない。

無言で前に出る。今、動けるのは「喫茶メイド」だけだ。

弱々しい老人が立っている。

笑顔を浮かべているが、その目には狂気しか宿っていなかった。

自分を全肯定する人間の狂気。

何のためらいもなくプロパガンダを行う人間の狂気。

だから、「喫茶メイド」も何のためらいもなく。

その顔面に、軍仕込みの渾身の拳を叩き込んでいた。

老人に暴力を振るうのか。

そう、「神」の残滓は初めて顔を歪めたが。そのままもう一撃。今度は鳩尾に叩き込んでやる。

吹っ飛びながら、薄れていく「神」の残骸。

近付いていくと、そのおぞましい男性器(勿論露出していないが)を、渾身の力で踏みつぶしていた。

文字通りの断末魔の絶叫を上げる「神」。

「ろ、老人を虐待するのか! この世で最も偉大な老人を! この世界に最も貢献した私を!」

「……」

返答するのも嫌だった。

とどめに、「神」の残滓を蹴り上げると。

そばに合った、大量のバラバラ死体の中に後ろ回し蹴りで叩き込んでやる。

不思議な事が起きる。

無数の死骸が、一斉に動き出す。

それらは、一斉に「神」の残留思念がまだかろうじて肉体を保っていただろう老人に群がっていく。

「や、やめ、やめろ、私は神だ、神だぞ! お前達にく……ぎゃああああああああっ!」

口だけになっている死体が。手足だけになっている死体が。内臓だけになって飛び散っている死体が。

全てが群がって、「神」の残滓を引き裂き始める。老人並みの力しか残っていない「神」の残骸は、見る間にフォロワーに襲われた人間のように、引きちぎられて、ばらばらになって消えていった。

やがて、それらの血肉も消え。

真っ赤になっていただろう「喫茶メイド」も、自分の手から。戦いで受けた傷以外は消えているのに気付いた。

涙が零れる。

最果ての時代は、こんなのがたくさんいて。真面目に生きている人達を笑いながら蹂躙していた。

世界中でそれが起きていた。

しかもそれらが邪神になって。

世界を文字通り滅茶苦茶にして。

今の時代が来てしまった。

軍人になって、涙なんて流さないようになったと思ったのに。それでも涙が零れてきた。

四大邪神組織の一角。絶対正義同盟、陥落。

だが、日本にはまだフォロワーが何百万といるし。

余所の国から、邪神がいなくなったこの国を狙って邪神がまた来る可能性があるし。

それが大陸の組織であったりする可能性は否定出来ないのだ。

外征なんてとてもできる状態じゃない。

しばし呆けていたが。

やがて、インカムが動くのを確認。

そして、気絶している「陰キャ」と。

座り込んで、へたり込んでいる「悪役令嬢」の様子を見て。

完全に凄まじい戦闘でクレーターと大穴と荒野だらけになった周囲を見回しながら、本部に連絡を入れていた。

「此方「喫茶メイド」です」

「山革陸将だ。 其方の状況が分からない。 超重力が発生して、監視のために飛ばしていたドローンなどが全滅したからだ。 無事か」

「全員手酷く負傷していますが、無事です。 ただ、できるだけ急いで救援を送ってください」

「分かった。 すぐに手配する」

とはいっても、一番近くに待機している医療班でさえ、二十キロは先だろう。ヘリを飛ばして飛んできても、しばらく掛かる。

ふらつきながら、「悪役令嬢」と「陰キャ」の所に行く。

「悪役令嬢」は。苦笑いを浮かべる余裕はあったが。もう動く力もないようだった。

それはそうだろう。

あの「神」を叩き落とす絶技の後。落下死を防ぐだけで、もう力全てを使い切ったのだろうから。

「陰キャ」は何とかバイタルは正常だが、意識が戻らない。数日は多分目が覚めないだろう。

あの最後の連撃、とんでもなかった。

邪神と戦闘中の狩り手だったからこそ出せた技だったのだろうけれども。もしも昔の剣豪が見たら、いずれもが瞠目しただろう。

もう、「悪役令嬢」だけじゃない。

「陰キャ」も、「ナード」に並ぶ達人になっていると見て良さそうだった。

自分だけは違う。

応急手当を終えると、ヘリが飛んでくるのが見えた。

手を振る。

自衛隊の各地の駐屯地も、相当な被害を受けたはずだ。だが、これで。日本を根拠地にしていた絶対正義同盟は陥落した。

それは、間違いなく人間にとっての大きな一歩。

今、億を超えるフォロワーが米国に向かっているという悪夢のような事実があるとしても。

それでも、この勝利は。

人間が生き残るために、必要な勝利に間違いなかった。

 

4、代償

 

駐屯地で、本格的な手当を受けながら。「悪役令嬢」は話を聞かされていた。

活性化した、膨大なフォロワー。強化フォロワーも含むそれらは、各地の自衛隊の基地を襲撃。

自衛隊も残っていた戦力全てを投入して迎撃。

各地で甚大な被害を出したが。

「神」の敗死と同時に相手の動きは鈍り。それによって、やっと生き延びる事ができたようだった。

ただし被害は文字通り壊滅的。

各地の自衛隊は半壊同然の打撃を受けて。とてもではないが、当面作戦行動どころではないという。

しばらくは破壊された兵器等を回収しつつ、補充の人員を入れるしか無いと言うことだった。

これでも、邪神の組織を片付けただけまし。

それは、事実なのだろう。

絶対正義同盟が沈んだことで、世界に残る邪神の組織は残り三つになった。

このうち北米の「自由」はもう半死半生のようだから。滅びるのにもそれほど時間は掛からないだろう。

問題は、反転攻勢なんてしている力が、人間側にもないということだ。

治療を受けて、眠るように医師に言われる。

各地の病院は満員だそうである。

まあそれはそうだろう。

再生医療も駆使して、生き延びる事が出来た自衛官はできるだけ前線に戻って貰うつもりのようだが。

同時に実験的に行っていた、クローン兵士の実用化も開始する予定なのだとか。

もう、なりふり構っていられる状態ではなくなった、ということだろう。

それに、邪神がいつ新しく攻めてくるかも分からない状況である。

大陸にも邪神はまだ大勢いる。

組織に属していない邪神も。

そういう連中は、空間を跳躍する。日本にいきなり、明日現れても全くおかしくないのである。

今かろうじて動けるのは「喫茶メイド」だけ。

他の狩り手達では、とてもではないが上位の邪神が出て来たら対応なんてできっこないだろう。

今回は、むしろ「女騎士」などは、邪神相手の初陣で良くやれたほうだ。

「陰キャ」ができすぎるだけであって。あれくらいが普通である。

無言で眠る事にする。

今は、この体ではどうにもならない。

しばらくは、眠る事しか出来なかった。

目が覚めると、丸一日が経過していて。点滴も打たれていた。

ダメージのフィードバックが凄まじく、全身の筋肉痛が尋常では無い。今までに無い程の筋肉痛だ。

恐らく「神」相手の終盤戦。絶技をぶち込んだ辺りで、もうとっくに「悪役令嬢」は限界を越えてしまっていたのだろう。

再起不能にならなかっただけでマシだ。

溜息が出る。まだ絶対安静と言われたので、素直に休む。

山革陸将から連絡がある。

再編作業とかで忙しいだろうに。

「無事で何よりだ、「悪役令嬢」くん」

「数日は動けませんわ。 それで状況は」

「相変わらずだね。 今、狩り手達が苦戦していた駐屯地周辺に向かって、まだ基地周辺にいるフォロワーを駆除して回ってくれている」

「そうですの……」

まあ、それしか出来る事はないか。

自衛隊は、今回の「神」による総攻撃で、人員の二割強を失ったらしい。亡くなったのは戦闘要員ばかりだ。

どうにか攻撃はしのげた。

また強化フォロワーは、全滅させる事が出来ただろうという話だ。

ただし、これによって、自衛隊の駐屯地は幾つか放棄しなければならないだろう。

四国や九州に、非戦闘員を避難させる必要がどんどん生じてくる。安全地帯になった新潟などにもか。

そして其処を海外から来た邪神に狙われたら、元の木阿弥である。

「復帰し次第、国内のフォロワーの壊滅作戦に移ってほしい。 まずは近畿。 それから戦力を集めて首都圏……」

「米国に迫っている億単位のフォロワーはどうするつもりで?」

「米国と協議中だ。 此方も、こんな状況だ。 とてもではないが、援軍どころではない……」

悔しそうに山革陸将が言う。

ため息をつくと、後は社交辞令を言って通話を切った。

勝った。

ようやく邪悪の権化たる存在を一つ潰した。

だが、最高位邪神は最低でも後三体はいる。

それにSNSクライシスが何故起きたのかはっきり理由を突き止めないと、また人類は同じ災禍に見舞われるだろう。

出来る事からしていくしかない。

それは分かっている。

だが、出来る事が少なすぎる。

まずは、回復するところから始めなければならないか。

「喫茶メイド」は、既に前線に戻り、駐屯地周辺のフォロワー撃退。更には小規模集落を襲う可能性があるフォロワーを潰してまわっているそうだ。

「陰キャ」はまだ目が覚めていない。バイタルは回復に向かっているから、目が覚めたらすぐに動いてくれるだろうという話である。

「悪役令嬢」も体が治り次第、すぐに前線に戻る。

何が起きるか分からず。

まだ数百万以上のフォロワーと言うウォーキングデッドが日本中を闊歩している今。

いつまでも寝てなどいられなかった。

 

(続)