鬼畜は神を名乗る
序、最後の一体を前に
ドローンが飛んで行くのが見える。
各地で電子制御システムが再起動され、C4Iも復旧した。このため、自衛隊は格段に動きやすくなり。各地で黙り込んでいたドローンも、活動を再開していた。
「魔王」を倒したからできることだ。
海外の邪神には、まだ似たような能力持ちがいるかも知れないが。クラッカーならともかく、ハッカーの邪神がいるとは聞いた事がない。米国で倒された邪神リストを昨日確認したが。その中にも存在はしなかった。
大陸の邪神にはあるいはいるかもしれない。
チーターの邪神がいたほどなのだ。
だからいても不思議ではないが。
まだ遭遇はしていないし、今は考える必要はないだろう。
「悪役令嬢」は、雑念を払うと、神戸を見やった。
此処までついに来た。
瀬戸内海に沿って東に進み、途中で見かけるフォロワーの群れは悉く駆逐を進めていった。
そしてとうとう到着した。
魔都の一つ。
フォロワーが多数群れている地獄、神戸だ。
此処は色々な意味でネックになっている場所で、四国への道を脅かす危険地帯でもあった。
事実ドローンが復旧してからは、此処を重点的に見張っている。
此処からフォロワーの群れが四国に再侵入する可能性が非常に高かったからである。
いずれにしても、フォロワーの数は減っていない。
やはり数十万はいる。
削っても大阪からどんどん追加が来るだろう。
分かっているのは。
神戸にいるフォロワーを滅ぼすのは、大阪にいるフォロワーの増援を滅ぼす事も含めて。相当に大変だと言う事だ。
今の「悪役令嬢」の実力だと、一日辺り一万五千は確定で狩れる。無理をすれば二万はいけるが、今いつ絶対正義同盟NO1「神」が攻めてくるか分からない状況だ。無理は禁物だろう。
むしろ、無理をしない状態で、どれだけ撃破数を伸ばせるか。
更に、「饕餮」から見て覚えた技の練度を如何に上げるか。
それらが課題になる。
これに「女騎士」の修練も重なる。
「女騎士」も相当な修羅場をくぐってきているが、それでもまだまだ実力が足りない。昨日戦闘の様子を見たが、一日千体を倒す事がやっと、という所だろう。
千五百まで伸ばしたい。
だが、そんなに短時間で撃破数は伸ばせない。
ともかく、今日も戦っていくしかない。
神戸はSNSクライシス前から、堅牢な都市だった。
これはその前に大きな地震で被害を受けたからで、都市そのものを極めて堅牢に造り替えたからだ。
その結果、SNSクライシス後三十年が経過し。
その間畿内に大きな地震が何度か起きても。
全く平然と、都市としての形を保っている。
ただし街に人間の姿はなく、ウォーキングデッドパラダイスである事は。大阪、横浜、それに都心などと変わらない。
頷きあうと、神戸の街中に踏み込む。
さっそく反応したフォロワーが、唸りを上げながら向かってくる。
本来だったら、「女騎士」は壁役でもやるべきなのだろうが。
そもそも相手の火力がおかしすぎることもある。
壁役なんてやりようがない。
それにミーム、「やられ役」としての「女騎士」なのだ。
どうしてかミームで雑魚にされた「女騎士」というのを逆用して敵と戦うスタイルなのである。
壁役が綺麗に務まってしまったら、それはそれで邪神とは戦えなくなってしまうかも知れない。
まずは日中。
神戸の端で、ヒットアンドアウェイを繰り返しながら、フォロワーを釣り出し、削りとる。
徹底的に削りとりながら、「女騎士」の様子を見る。
前に九州で戦っていた頃よりも安心感はあるが。
まだ敵の群れに放り込んで生還できるだけの実力は無い。
立ち回りを駆使して敵と渡り合っていて。
それは抜群に上手くなっているが。
それでも限界がかなりある。
少しずつ、「女騎士」の方に向かうフォロワーを増やすように立ち回りながら、午前中に七千ほど片付ける。
まあ、こんなものだろう。
一度駐屯地まで後退する。神戸には、まだまだうんざりするほどフォロワーがいるのである。
駐屯地で茶を淹れて貰う。
「女騎士」のキルカウントは520だった。かなり少なめにフォロワーが「女騎士」の方に行くよう回していたのだけれども。危ない場面も何度かあった。
本人も理解しているので、くどくど説教するつもりはない。
やはりまずい茶だが。
「女騎士」が淹れてくれると、多少はマシになる。
「浜松では、かなりフォロワーが減ってきているようですわね」
「はい。 残った皆で狩っていますが、後数週間で削りきれると思います」
「静岡からフォロワーを駆逐できれば、日本のほぼ真ん中に無人工場を再建できる……良い事ではありますわ」
そうなれば、今までかなり物資が届きづらかった東北などにも、物資が行き渡る。
養える人間の数も増える。
また、最新のシステムで茶なども栽培をする事が出来る。そうすれば、このクッソまずい茶からもおさらばだ。
そもそも静岡は茶の本場だった筈。
今は当然無理だろうが、いずれその茶を再生出来るかも知れない。
食料品に関しても、九州の自動工場は「生き延びるため」に重点を置きすぎていた。
これがもう一つ大きな自動工場ができれば。
「生きる力をもたらす」に多少の余力を廻せるかも知れない。
ただ、それはまだまだ皮算用だ。
浜松を奪還してから考える事だろう。
なお、九州は完全安全地帯になったこともあり(海外から邪神がこなければ)、今工場の増設を進めているそうである。
「神」がそれを狙って来る事はないとは思うが。
ともかく、少しでもフォロワーは狩らなければならない。これについては事実だ。
休憩を終えた後、すぐにフォロワー狩りにでる。
「魔王」が死んだ事で、自衛隊との連絡はスムーズになった。しばらくは死に装備だったインカムも再利用できている。
ただ「陰キャ」はガラケーデバイスが気に入ったようだし。
それに今回の件で上層部も反省したのだろう。
ある程度のマンパワーを割いて、ガラケーデバイスを作るのに利用した新規プログラム言語で、システムの刷新を始めるようだった。
いずれにしても手が足りない。
そして狩り手が出来る事は。戦う事だけだ。
仮にだが。
狩り手が邪神を全て倒す事に撃ち倒すことに成功したとする。
しかし、まだまだ世界にはフォロワーが数億どころかもっとたくさん健在なのである。
恐らくどんなに上手に邪神を滅ぼすことに成功しても、フォロワーの駆逐には一世代以上は絶対に掛かると試算が出ている。実際には一世代程度で終わる筈がない。
そういう意味で、狩り手が手を抜く必要はない。
いずれもし人類が勝利した場合、狩り手は必要なくなるかも知れないが。
それも遠い未来の話だ。
今ではない。
心配をせず、戦う事が出来る。
それに関しては、少なくとも「悪役令嬢」についてはそうだ。
神戸に出ると、やはり凄まじい数のフォロワーが蠢いている。
都心で戦っていた時ほどではないが、それでも相当な数である。
ドローンが再び稼働しているので、時々フォロワーの配置地図が出る。
これについても本部のメインシステムがスパコンごと魔王にやられてしまったので、色々手間暇が掛かったらしいが。
結局彼方此方の駐屯地にあるPC等をネットワークで繋ぎ。
其処にシステムを無理矢理ねじ込んで、どうにか復旧したそうである。
ともかく敵の配置は分かる。
山陰地方にもわずかにフォロワーの群れはいるが、もう急いで相手にするような数ではない。
今は兎も角、近畿にいるフォロワーをつぶし。
近畿の二大フォロワー集積地である神戸と大阪をどうにか無力化して。
少しでも人間が動きやすいようにしていかなければならないのだ。
無言で血煙を周囲にばらまきながら、夕方まで戦う。結局予定通り一万五千を「悪役令嬢」だけで狩り。
「女騎士」は千五十のキルカウントがやっとだった。
かなり疲れているようなので、先に駐屯地に戻らせて。「悪役令嬢」は残業をしていく。
その過程で、他の狩り手とも、インカム経由で話をしておく。
「喫茶メイド」はかなり順調な様子だ。
また、この間の戦いで吹っ切れた「コスプレ少女」も、感情がかなり戻り始めている。
良い感じではないのだろうか。
自分の手で、悪しき過去にけりをつける事が出来た。
理不尽だらけのこの世の中だ。
それができただけでも、ずっと違うだろう。
「陰キャ」は安定して、全く危なげなくやれているようだ。
本部にいるアホ。
以前四国に「悪役令嬢」を縛り付け、作戦の遅滞を招いた上層部の一部についても、今は処理が検討されているそうである。
勿論死刑というわけにはいかないが。
いずれにしても要職からは解任だろう。
今、仕事は幾らでもある。
別に要職から解任されても、再雇用先なんて幾らでもある。
何より富を自分だけで独占する、と言う事ができない時代だ。
経済そのものが半分以上死んでいるから、である。
そういう意味もあって、要職にいる人間を追放するのは、それほど難しくはないのかもしれない。
いっそ狩り手になって見るのも良いのではないのか。
「悪役令嬢」としては大歓迎だ。
フォロワーと戦える人間は、幾らでもいてほしいのだから。
邪神と戦えなくとも、フォロワーと戦えるだけでも充分過ぎるくらいなのである。
夜になって、周囲が怪しくなってきた頃に戻る。
丁度そうなるとフォロワーも動きが鈍くなってくるので、丁度戻るにはいい。
追加で二千ほど処理したので、「女騎士」と合計で一万八千ほど片付けた。
前ほどこの数を片付けるのに苦労していない。
また、「饕餮」から見て覚えた技の練度を上げるためにも戦闘の数をこなしている事もあるので。
そういう意味では、撃破数は抑え気味になっているとは言える。
ただしこれは先行投資でもあるので。
今は多少抑えめになっているだけ。
今後は大いに役立ってくれるだろう。
駐屯地に戻ると、「女騎士」が洗濯だのなんだのを全て終わらせてくれていた。
これはありがたい。
ある程度自動でやれるとはいえ。
やってくれる人は、今まで他にいなかったのである。
そういえば九州で大苦戦していた時も、「女騎士」がこの辺りはやっていてくれたのかも知れない。
なんで「女騎士」なんてミームを選んだのかはよく分からない。
メイドでも選べば良かったのに。
そう思いながら、少しはマシな茶を飲む。
「お疲れ様です。 相変わらず鬼神のような戦いぶりですね、「悪役令嬢」先輩」
「……まだ絶対正義同盟のNO1が残っていますわ」
「聞いています。 気配がNO2の比では無かったとか……」
「奴が自信満々だったのも納得出来ますわ。 正直な所、今の戦力でどうにかできる相手かどうか」
「神」は恐らくだが。
「悪役令嬢」や「陰キャ」ら。
邪神達を次々に屠ってきた狩り手を全てまとめて撃ち倒すことで、人間に究極の絶望をもたらすつもりだ。
だから敢えて此方の準備が整うのをまっている。
新兵器やらでどうにかできる相手ではない。
核すら通じないのだ。
SNSクライシスの初期に、様々な対邪神作戦が実施された。特に旧東側諸国では、文字通り手段を選ばない作戦が実行されたという話を聞いている。
核は勿論、おぞましい化学兵器も使われたそうだ。
そのいずれもが。
邪神にはまるで通じず。
土地だけを汚染する結果に終わった。
全てが失敗したのである。
今でも放射能汚染で、近付くことさえ許されない場所が幾つかあるらしいが。
そういう場所はもう既に人間が近くにいないので、ある意味何の意味もない「近付くことさえ許されない」場所となっている。
なんとも皮肉な話である。
「「魔王」との戦闘は見ましたが、あれ以上の存在となると正直理解が及ばない所です」
「相手は恐らくは「ブラック企業社長」。 「神」と自称する傲慢さも納得出来る話ではありますわね。 そしてSNSクライシス前の社会に与えた悪影響から考えると、その実力も頷けますわ」
「……私は、SNSクライシス前の事は歴史の勉強でしか知りません」
「それはわたくしもですわ」
だが、邪神研究の過程で、歴史については徹底的に調べられた。
邪神がSNSクライシス前に、社会に悪しき影響を与えていた人間や現象をコアに形を為した精神生命体だと言う事がわかってからは、その研究には拍車が掛かったという。
「悪役令嬢」も、狩り手見習いだった時代がある。
訓練をしていた時代がある。
その頃には、歴史を学んだ。
そして、様々な邪悪が肥大化し爛熟した社会で、好き勝手をしていた事を知ったのである。
それらは強烈に印象に残っている。
歴史上ないほどに豊かな時代だった筈なのに。
どうして人々は此処まで心が貧しく愚かだったのか。
それが分からない。
富などありあまっていたのに。
どうして際限ない欲望を発揮して、一部だけで独占し。餓死するような人間を其奴らは嗤っていたのか。
それが理解出来ない。
いずれにしても強烈な印象を受けた「悪役令嬢」は。
邪神どもは許しがたいと思うようになったし。
最初に倒した時には、これこそ天職だと思ったものである。
「何か、悩みがありますの?」
「……私は、政府が管理している地下のコロニーで産まれたんです」
「それは、ラッキーな方ですわね」
各地でフォロワーに追い回されながら、少数の集落でくらしているのが、今の人間の基本だ。
大規模にまとまると邪神が来る。
だから、少人数でいるしかない。
しかしそうなると、フォロワー一体が来ただけでも手に負えない。
人間に対する凶悪度が単独でヒグマなどの比では無いのである。
だから、まともな生活を誰も送っていない。
それが今の時代の、「普通」なのだ。
「陰キャ」だってそうだし、「コスプレ少女」だってそう。「喫茶メイド」だって恐らくそうだ。
地下鉄などの一部を閉鎖して、そこを政府がコロニー化しているという話は聞いたことがある。
だけれども、そういう場所にいても。
至近に邪神が現れたら、フォロワー化は免れない。
あくまで試験的に作られた、安全集落の一つでしか無い。
それでも、フォロワーに追い回されながら育つよりは、なんぼかましだっただろう。
「外に出てみて、フォロワーの恐ろしさに息を呑みました。 仕事は幾つか提示されましたが、私は狩り手になりたいと思いました。 フォロワーに為す術無く引きちぎられるのが嫌だったし、邪神にも抵抗したかったからです」
「……」
それでか。
妙に「女騎士」は茶を淹れるのが巧かったりと、変な所でお嬢様っぽかった理由は。
地下コロニーなんて場所に、偶然潜り込めたとは考えにくい。
元々政府の要人だった人間の子孫だとか。
そういう理由があったのだろう。
「勝手な理由ですよね」
「理由なんてどうでもいいのですわ」
「……」
「今は、邪神やフォロワーと戦える人間が一人でも多く必要なのですわよ。 出自なんてどうでもいいですわ」
これは、嘘偽りない本音だ。
「女騎士」が何者だろうとどうでもいい。
一体でも多くフォロワーを倒し。
邪神を倒してくれればいい。
それだけ、今生きている人間が安全になる。
ただそれだけの話だ。
早く休むように指示する。今日はさっきの残業と「女騎士」のキルカウントも含め撃破数一万八千だったが、明日は二万を狙いたい。
五日で十万キルを達成すれば、それだけ自衛隊などの負担も減る。
更に言えば、それだけの数を潰せば、強化フォロワーを見つけられる確率も上がることだろう。
恐らく「神」。絶対正義同盟NO1が出てくる時には、強化フォロワーも一斉に活性化する。
各地の自衛隊駐屯地には対策装備も置いているが、数次第では大きな被害が出ることは避けられない。
だったら、今のうちに、何とかしておかなければならない。
「女騎士」が休むのを見てから。「悪役令嬢」も休む事にする。
各地で転戦している狩り手達は、戦闘で四割弱が死ぬ地獄の時代ではなくなり。皆腕を上げてはいるが。
それでも、毎日死ぬような思いをしているはずだ。
まずはこの国からフォロワーと邪神を駆逐し。
それから大陸をどうにかする方法を考える。
米国と連携するのか。
それとも、他に何か手を打つのか。
考えるのは上層部の仕事だ。
無能であっても、任せるしか無い。いずれにしても、「悪役令嬢」が何でもかんでも全部やるわけにはいかないからだ。
無心のまま、ひたすらに休む。
夢の中で、今日の戦闘を思い出す。どう技を改善すべきか。
そんな事を夢の中でまで考えていた。
どうやら「悪役令嬢」は骨の髄から戦闘に特化した性格らしい。夢の中だとわかっているのに。どこかおかしくて、苦笑いしてしまった。
1、少しでも出来る事を
「陰キャ」は刀を振るって血を落とした。
新潟で転戦を続けていた「陰キャ」だが。ついにドローンなどの偵察結果によると、周辺のフォロワーは消滅。
新潟は安全地帯になったと判断して良さそうだった。
佐渡島も既にフォロワーの駆逐は完了している。
これから、自衛隊などが装備を移すそうである。
また、大きな輸送機が行き来しているのも何度かみた。
以前、NO3が首脳部をダイレクトに狙って来た事があった。
それを鑑みて、色々と思うところがあるのだろう。
ロボットが来たので、乗り込む。
無言で、移動は任せる。
その間に、ガラケーデバイスで指示が来る。
言葉を喋るのも、聞くのもあまり好きでは無い。
それをどうやら理解してくれているらしく。これは「陰キャ」にとっては有り難い配慮である。
なお、山革陸将からの指示である。
「「陰キャ」くん、見事な活躍だった。 このまま休息しながら、南下してほしい。 関越自動車道を通って長野に出て、周辺のフォロワーを駆逐しつつ甲府にまで向かってくれるだろうか」
「分かりました」
「長野には最先端の工場地帯がある上に、フォロワーの数が少ない。 浜松のフォロワーの駆除が終わり次第、なけなしの自衛隊の部隊を連動させて、物資や機械を浜松に移動させる予定だ」
無人工場を作るという話だから。
長野で朽ちさせるには惜しい設備を、其方に運ぶと言う事か。
勿論それには甲府にいるフォロワーが邪魔になる。
なるほど、分かった。
十qを超えるトンネルの中に入る。此処は戦略的に重要な拠点と言う事もあって、速い段階に無理をしながらフォロワーの駆除を行い。整備もしているらしい。
確かに日本を陸路で縦断するには必須の道だ。
内部の灯りは薄暗いが、彼方此方に銃座があって、フォロワーが侵入した時のために対応はしていることが分かる。
一部には人も住んでいるそうだ。
確かにここなら、フォロワーが来なくて安全ではある。
ロボットが行く時、時々視線を感じたが。
そういう人なのかも知れない。
ただ、外の戦況は分からないと言う事もあるのだろう。
あまり好意的な視線とは思えなかった。
トンネルを出る。
すごい山道だ。
長野と言えば、あの武田信玄と上杉謙信が争った土地だ。その程度の教養は「陰キャ」にだってある。
こんな場所で激しい戦いをしたのか。
峻険な山々がどこまでも連なっている様子を見ると、すごいなあという言葉しか出てこない。
ロボットは、整備がされている道をぽくぽくと南下していくが。
ちらほら、フォロワーの存在を示す赤点が。ロボットのコンソールに表示され始めた。
降りようかと思ったが、一気に赤点が増える。
この辺りにある都市の一つだ。
フォロワーがそれなりに集まっているので、此処で駆除をしてほしい、ということだ。
そうすれば、確かに周囲に散っているのも集まってくる。
効率的ではある。
「悪役令嬢」ほどの制圧能力はないが。それでも、剣の腕はどんどん磨いていきたいところである。
新しい技を覚えれば覚えるほど。
凶悪な邪神とも戦えるようになっていく。
「魔王」は強かったが。
「神」は更にそれより数倍も強いと「悪役令嬢」は言っていた。
だったら、どれだけ腕を磨き抜いても足りない。
もっと強く。
貪欲なくらいでいい。
そう「悪役令嬢」にも太鼓判を押して貰った。
ロボットを降りると、装備を確認。
既にフォロワーの群れが近付いてくる。それなりに新しいフォロワーも多く、服の残骸が体にこびりついているのが見えた。
この辺りは涼しいこともあって、フォロワーの服などが傷むのが遅いのだろうか。
ちょっとその辺はよく分からない。
そして、だ。
北海道での駆逐作戦について、以前話が上がった事がある。
結局邪神の猛攻もあって実現には移せなかったが。
今後は実行する可能性が出てくる。
それを考えると、こう言う場所での戦闘は。新潟に続いて、やっておいて損は一つもないだろう。
突貫。
抜き打ちを皮切りに、片っ端から寄ってくるフォロワーを蹴散らす。
近くにいるフォロワーの小規模な群れも、すぐに反応。囲むように動き出したようだ。
関係無い。
今は感覚が研がれている。
背中に目をつける、という程度の事ならできる。
勿論本当に目が出来るわけではないけれども。
背後に何かが迫ったら即座に察知できるし。それが有害か無害かくらいも理解出来る。同時に、距離や速度も。
それだけ激しい戦いをこなしてきたのだ。
自信はもうあるかと言えば、それほどはない。
「悪役令嬢」がとてもいつも褒めてくれて嬉しいけれど。まだまだだと思う。
でも、出来る事は精一杯する。
それで、救われる人がたくさんいるのなら。
それに、フォロワーはもうどうやっても人間には戻らない。
それだったら、これ以上人を殺める前に。
斬ってしまうことしか、できない。
無心のまま、周囲のフォロワーを斬り捨て続ける。
この間キルカウント五桁をたたき出したが。やはりすぐに体力がぐんと伸びるわけでもないし。
その数をたたき出すのはリスクが大きすぎる。
無心にある程度の数を切り捨てた後は、戻る。
丁度フォロワーも徹底的に斬り捨てられて、追撃する余力も無かったのだろう。
追ってはこなかった。
今日のキルカウントは八千ほどかな。
そう思いながら、ロボットで近くの駐屯地に。
有人駐屯地ではなく、最近はもうずっと無人駐屯地を使うようにしている。
邪神による攻撃が懸念されることもあるが。
それ以上に、気が楽なのだ。
無言で用意されている食事を口にしながら、さっきの街について調べる。
後二万くらいはフォロワーがいる。
そうなると、後三日くらいは駆逐にかかる。
そのまま南下していくと、十日ほどで甲府に到着するが。
それまで邪神「神」は待ってくれるだろうか。
ともかく、「神」が何処かしらに現れるようなら、「陰キャ」にもすぐにお呼ばれが掛かる筈だ。
その時には、この間見事な戦いを見せてくれた「コスプレ少女」とも共闘できるのだろうか。
「陰キャ」はそもそも喋るのが最初から苦手で、人と接するのも嫌だ。
静かに過ごすのが一番好きである。
ほぼ同期の「コスプレ少女」は、恐らくだけれど本来の性質はそうではないだろう。それについては肌で分かる。
元に戻っていると良いのだけれど。
素で、そう思った。
とにかく、駐屯地の隅っこで休む。
眠る時も、最近は完全に眠るのでは無くて。何かがあったらすぐに出られるようにしてから寝る習慣が身についていた。
狩り手としてルーキーだった頃にはそこまで徹底できてはいなかったのだけれども。
狩り手になって、すぐにハードな戦いを何度もこなすようになってからは。すぐに身についていった。
生きるためだ。
それについては、異論も無い。
人間離れして来ている。
そういう言葉もあるらしいけれども。
邪神に普通の人間が勝てるとはとても思えない。
だったら、人間離れするのも必要だろう。
一眠りしてから、起きだす。
起きて、軽くストレッチをした後は。装備を調えて、昨日フォロワーを駆除した街に。すぐにフォロワーが出迎えてくる。予想していたよりも数が多いけれども、むしろ好機である。
体力がない。
それは決定的な弱点だ。
だから、それを補えるように立ち回る。
体力をつける。
それには、むしろ多少敵が多いくらいでいい。
徹底的にフォロワーを斬り伏せながら、技についても確認する。今のはどうすればもっと良くなったのか。
こうすればもっと良くなるのではないのか。
斬った後に考える。
斬る時は無心だ。
完全に無心になると、迷いも何もかもが晴れて。全てを綺麗に斬る事が出来る。
だけれども、それをやると凄くつかれる。
だから、普段からも特に意識せずに。その領域に至りたい。
それは達人といにしえに呼ばれたものだろうけれども。
まさに目指すのは、その達人の領域だ。
午前中に四千キルほどを達成してから、駐屯地に戻る。追いすがってきたフォロワーは、根こそぎ片付ける。
駐屯地に戻ると、通信が入る。
まさかもう「神」が出て来たのかと一瞬思ったが、違った。
近くの自衛隊駐屯地からの連絡だった。
どうやら「陰キャ」への対応方法は周知されているらしく、ガラケーデバイスに文字だけで連絡が来る。
これがとても有り難い。
「甲府などの近隣都市から、フォロワーがどんどん北上しています。 「陰キャ」さんが狩り手として活動していることに影響を受けているのが理由かと思われます」
「分かりました。 連絡有難うございます」
かちかちとガラケーデバイスで文字を打ち終えると、むしろ好都合と「陰キャ」は思った。
わざわざ出向かなくても済む。
むこうから出て来てくれるなら、片っ端から片付けるだけだ。
食事やらを済ませてから、少し心持ち早めに出る。
確かに、予想より多いフォロワーがいるが。これは彼方此方から、かき集められるようにして出て来ているのだろう。
このフォロワー一体で、ヒグマなどとは比較にならない被害が出るのだ。
一体だって逃がすわけにはいかない。
無心で突貫して、ひたすらに斬る。
斬りながら、剣の切れ味を確認する。
様々な技も試す。
抜き打ちに関しても、まだまだ改善の余地があると思う。
速度も威力も。
何もかもが足りていないと感じる。
「悪役令嬢」は充分だと言ってくれるが。それで喜んでいては駄目なのだと「陰キャ」は自戒している。
そこで満足してしまったら、先に行けないし。
もっと強い邪神を倒す事が出来ない。
歴史上、凄く強かった人達は。人間的に優れていた、と言う事は別に無かったそうである。
むしろどこかが壊れてしまっている人の方が多かったのだそうだ。
だったら、「陰キャ」も、人間性については気にする必要はないだろう。
午後、ひたすら斬り続ける。
集まってくるフォロワーを相手に、囲まれないように立ち回りながら、徹底的に薙ぎ払い続ける。
汗が飛ぶ。
体力が足りていないのだから仕方が無い。
戦闘中にクッキーなども補給する。
時々敵から離れて、できるだけ急いで食べるのだけれども。「悪役令嬢」みたいに豪快にばりばりとはやれない。
何しろまずいので、一辺に食べられないし。
あんなにワイルドに食べると言うこと自体ができない。
そういうものだ。
無言のまま、「陰キャ」は夕方近くまで休憩を挟みながら戦闘する。
戦闘にも緩急をつける。
流石に「悪役令嬢」のように、フルスロットルで一日中戦闘することはできない。
あの人は自覚できていないだけで、殆ど戦闘マシンに近いと思う。
「陰キャ」は戦っていると露骨に体力の欠如を感じるし、何もかもが疲れているのを自覚できてしまう。
そういう意味では、まだまだだ。
駐屯地に戻ると、刀の手入れをして。それからお風呂。色々済ませてから、戦歴を確認する。
キルカウントは8900。
もうちょっとで9000に届かなかった。
一人だれかルーキーをまわしてもらればキルカウント五桁は稼げただろうけれども。
今浜松が佳境の筈だから、そうも言っていられないのだろう。
もう一つの無人工場。
とても夢がある話である。
多分作るのには二年とか三年とか掛かると思うけれども。
それが達成された暁には、苦しんでいる人がぐっと減るはずだ。
だけれども、邪神は待ってはくれないだろう。
「神」を倒した後だって、海外から邪神が攻めてくる可能性もある。
むしろ海外に遠征しなければならない可能性だってある。
いずれにしても、楽に暮らせる日は遠い。
それに邪神を全部やっつけたって、フォロワーは世界に何億、下手をすると十何億はいるのだ。
ゆっくり休むなんて事は、当面できないだろう。
他のフォロワーの様子を確認。
「悪役令嬢」は神戸で、「女騎士」といっしょに鬼神のように暴れ回っている様子である。
神戸にいるとんでもない大軍のフォロワーが、みるみるもりもり減っている様子だ。
神戸では活動したことがあるが、文字通りの魔都としか言いようがない場所だった。偵察衛星などによると、北京や香港、それにインドの幾つかの都市なども、凄まじい有様だという。
そういう場所とは流石に比べられないかも知れないが。
この後の展開次第では、そういう場所に行くかも知れないのだ。
色々と考えさせられる。
「喫茶メイド」も神奈川で活躍を続けてくれている。今は小田原で敵の駆逐作戦を実施しているそうだけれど。この間戦った時、近接戦闘力が別物に跳ね上がっていたので驚いた。
みんな努力はしているのだ。
「陰キャ」だって負けてはいられない。
いずれにしても、浜松の安全を確保するには。至近にあるフォロワーの集積地である小田原の抑えは必要になるだろう。
箱根を越える必要はあるものの、フォロワーは基本的に疲れというものを知らない。
自衛隊も大きな被害を受けて、まだまだ再編成の途中らしいし。
工場のラインも焼き付きそうな勢いで頑張っているそうだけれど、とても物資が足りないそうだ。
そう考えると、作戦としては意味があるのだろう。
戦況を確認した後、眠る。
しばらくはこの辺りで足止めだろう。
ふと、夢を見た。
世界中にまだ邪神がたくさんいて。
日本を狙っている。
日本にいる邪神がほとんどやられたのを見て。更には人間がたくさんいるのをみて。縄張りにしたいと思ったのだ。
だから、しばらくは日本での迎撃が主体になった。
十体くらいの邪神を倒した頃には、日本に攻めこんでくる邪神はいなくなり。
やっと外に反攻作戦に出られるようになった。
奇しくも米国でもその頃やっと本土の邪神を駆除し終わって。
連携して動けるようになっていた。
目が覚める。
首を横に振る。
都合が良すぎる未来だ。
まだまだ、あの絶対正義同盟のボスが残っているのだ。
そんな事を考えるのは。目の前にいる絶対的な壁を倒した後だ。
身繕いをしてから、外に出てストレッチをする。
それから連絡が来ていないかを確認し。
問題が無いことをチェックし終えてから。
再び「陰キャ」はフォロワーの駆除に出ていた。
東京大深度地下。
作戦本部にいる山革陸将は、ようやく復旧したC4Iや、本部のシステムを前に安堵していた。
各地で狩り手が頑張ってくれているが。
絶対正義同盟NO1は、「悪役令嬢」曰くNO2より数倍は強いと言う。
邪神を都合良く倒せる新兵器なんてものは存在しない。
そんなものがあったら、とっくに戦線に投入されている。
それが分かっているから。
勝ち目が薄くても、狩り手達に頑張って貰わなければならないのだ。
秘書官が来る。
ちなみに女性士官ではない。
「軍事衛星からの最新映像が届きました」
「ふむ、見せて欲しい」
映像を見て、ぞくりときた。
フォロワーが移動を開始している。
その数は、およそ数千万。
旧中華にいたフォロワーの何割かが、一度に移動を開始している、ということである。見た事も無い数だ。
「悪役令嬢」がデビューしてから、今までに日本にいる殆どの邪神と。十三体の海外から来た邪神を片付けた。
狩り手達も攻勢に出ていて、日本にいるフォロワーの内百万以上を既に合計して狩っている。
特に「悪役令嬢」は毎日一万後半のキルカウントを出していて。一人で一月五十万くらいは狩る勢いである。
九州、四国のフォロワーがあらかた片付いて、安全地帯になったのは彼女のおかげと言ってもいい。
だが、この数は。
「悪役令嬢」のような超一流の狩り手ならそれくらいできると言う事を加味してなお、少しばかり危険すぎる。
「こ、このフォロワーの進路は」
「アラスカに向かっているようです」
「何だと……」
「恐らく北米大陸に上陸するつもりでしょう」
手が震える。
確かに対馬経由で九州に来られるよりはマシだが。米軍をある程度宛てにしていたのも事実なのだ。
今、米軍は北米の邪神組織を後一歩まで追い詰めている。
伝説の狩り手「ナード」を主軸にした米国の狩り手達も戦意が高い。
敵本拠のカナダで今は死闘を繰り広げていると聞いている。
だが、それも。
数千万なんてフォロワーが一気に北米になだれ込んだら、話が変わってくる。
そもそも、今はSNSクライシス前に比べて、かなり気温が下がっている。
SNSクライシス前も気温の異常が原因で、永久凍土が溶け出したりしていたようだが。
人間の活動が一切合切無くなったのも原因なのだろう。
一気に地球が冷え込んできているのだ。
北海道の雪は毎年記録を更新しているほどである。
南極や北極の気温も、更に下がる一方らしい。
つまり。
フォロワーは、歩いて北米に到達できてしまうのだ。
「ロシアのフォロワーも呼応する動きを見せています。 恐らく、北米になだれ込むフォロワーの数は億に達するかと」
「北米の反応は」
「現在、急いで邪神の討伐を進めているようですが……」
何となくぴんと来た。
この間、新人の狩り手達まで動員して、一気に北米の邪神組織「自由」を追い詰めた理由。
米軍は、この状況を知っていたのではあるまいか。
「この動きは更に大きなうねりを見せていて、インドにまでフォロワーの移動が波及している様子です。 今の時点でも億。 下手をすると、その数倍のフォロワーが、北米に流れ込むかも知れません」
「なんということだ……」
山革は絶望の声を漏らす。
秘書官は、更にとんでもない情報を口にした。
「中華の邪神組織がこの動きに咬んでいる様子はありません。 中華の邪神組織の縄張り……邪神のフィールドは、もとの場所にあるようすです。 これについては、米軍軍事衛星の高精度カメラが確認しています」
「そうなると、これは誰が引き起こしている」
「分かりません。 いずれにしても、もしもこのままフォロワーがなだれ込むと……」
幾ら「ナード」をはじめとする歴戦の狩り手達が迎え撃っても、億に達するフォロワーをどうにかするのは無理だ。
かといっても、核は効果が薄い。
フォロワーに対して、核で一掃する試みは何度も為されてきたが。いずれも大きな効果を上げられなかった。
理由としては、人間とは比べものにもならないほどフォロワーが丈夫であることが上げられる。
特に核融合で生じる中性子は、人間にとって極めて有害なのだけれども。
この中性子は、ほとんどフォロワーに通用しないのである。
相手が生き物では無い、のが原因なのだろうか。
いや。フォロワーはガンよりタチが悪い一種の病気みたいなものだという研究が出ている。
そうなると、カルトがいうように。
邪神こそ真の新しい時代の神で。
フォロワーこそ人類の進化した姿だとでもいうのか。
頭を振る。
いずれにしても、現実的に対処しなければならない。
「米軍はどんなアクションを起こしている」
「状況次第では、救援を要求する……と」
「救援など……」
もしもNO1を倒せたら、出来るかもしれない。だが、米軍だってまだ北米の邪神を滅ぼせていない筈だ。
そこに億を超えるフォロワーがなだれ込んできたら、文字通り後は蹂躙だけがまっている。この世の地獄の到来である。
だいたいそもそも、このフォロワーが邪神の意図で動いている可能性は否定出来ない。
もしもこれの一部が進路を変えて、無理矢理対馬経由で九州に侵入してきたら、大惨事程度ではすまないのだ。
絶対正義同盟NO1をまだ倒せてもおらず。
NO2よりも数倍は強いと言う「悪役令嬢」の言葉が本当だとすれば。
総力戦を覚悟しなければならない。
フォロワーの身体能力はいうまでもなく凄まじく、対馬経由で大陸から九州に渡るくらいの事は平気でやってくる。
軍を束ねると、それこそ邪神が来て蹂躙される可能性がある。
どうにもならない。
「我等も覚悟を決めなければならないか……」
しばらく逡巡した後。
山革陸将は、「悪役令嬢」に連絡を入れる。話をすると、「悪役令嬢」も流石に考え込んだ様子だった。
「数千万、追加が確定となると、フォロワーを食い止めるのは尋常ではありませんわね」
「まずは絶対正義同盟NO1の撃破に向けて準備を進めてほしい。 此方では、まずはそれからだ」
「分かっていますわ。 それに……もし勝てたとしても。 その後、北米に援軍に出向いた場合。 日本を邪神が狙って来る可能性がありますわよ」
「ああ、それについては分かっているつもりだ。 文字通り八方ふさがりだ」
どうにもならない。
「悪役令嬢」が言う通り、まずは日本だって国内にまだまだ跋扈しているフォロワーを撃破しなければならない。
撃破して国としての体勢を立て直して、漸くそこからだ。
それでも邪神が外国から攻めこんでくる可能性がある。
それもどうにかしなければならない。
自衛隊だって人員が足りていないし、装備だって充分には行き渡っていない状況なのである。
上層部の中には、シェルターを作って、そこでフォロワーと邪神がいなくなるまで待つという案を出す者もいた。
無責任すぎて吐き気がするが。
それも、手の一つだと何処かで認めてしまう自分がいるのが情けなかった。
邪神を倒しても倒しても。
状況は一向に改善しない。
狩り手の育成は順調なはずなのに。
戦況は悪化する一方にさえ思えてくる。
敵が少し本気を出しただけでこの有様だ。もしも邪神全てが、人間抹殺に本気で動き出したらどうなるのか。
山革陸将は、対策を考えなければならない立場なのに。
考えたくないと思ってしまっていた。
2、蠢動
「悪役令嬢」から、順番に狩り手達に連絡を入れておく。
最低でも数千万。それに増援が加わる可能性が高いフォロワーの大軍勢、いや超軍勢とでもいうべきか。
それが北米に向かいつつある。
ベーリング海峡は現在凍り付いていて、歩いて渡ることが可能である。
SNSクライシス後の世界は、確実に寒くなっている。
SNSクライシス前は、永久凍土が溶け出して資源発掘が云々という話もあったらしいが。
それも過去の話となっていた。
人間が事実上終わったから、その活動で出ていたCO2がという話もあるようなのだけれども。
実際には理由はよく分かっていないらしい。
いずれにしても、人類史上最大の軍勢と言ってもよい。
狙っているのは北米だが。
流石にそもそも北米にいる邪神をまだ討滅できておらず。
なおかつ米軍が、欧州からの邪神達との戦いで大きな損害を受けて回復出来ていない現状。
米軍が独力で、この規格外の軍勢を押し返すのは難しい、というのが実情だろう。
まずは、絶対正義同盟NO1。自称「神」をどうにかしなければならず。
全てはその後だ。
そう説明して、皆の精神の平衡を保つ。
そうでもなければ、絶望に完全に倒れてしまう者もいただろう。
連日、神戸で思考停止してフォロワーを狩る。もう一週間。倒したフォロワーは十万を軽く超えた。
「女騎士」は連日キルカウントを伸ばしているが、それでもやはり「コスプレ少女」に比べると伸びが遅い。
しかしながら、既に千二百のキルカウントを危ない場面が時々あるながらもたたき出せてはいる。
もう少しで一人前、というところだろう。
神戸の彼方此方の地区を周りながら、フォロワーを駆除して行く。
数千万、なんて数を聞くと、とてもそんなものは駆除しきれないと思ってしまうけれども。
こうやって連日「悪役令嬢」だけで一万数千を片付けていけば。
月五十万。
年六百万はフォロワーを削る事が出来る。
「悪役令嬢」と同格の使い手がもう何人かいれば。
一日辺り数万のフォロワーを削る事もできるし。
それならば、年に数千万のフォロワーを削る事も不可能ではないだろう。
あくまで理屈の話だ。
離島から本州に泳いで来るほど身体能力が高いフォロワーである。対馬経由で、フォロワーが日本に来る可能性は常に警戒しなければならない。
三十年続いた戦いの中で、北九州に無人工場地帯を作ると同時に。対馬にいたフォロワーも全て撃滅したらしいのだが。
それには大きな犠牲もともなった。
自衛隊としても、「第三の元寇」が来るのはどうしても避けたいだろう。
いずれにしても、あらゆる可能性を想定しつつ。
技を磨き。
絶対正義同盟NO1との決戦に備えなければならない。
それが終われば、一応一段落だ。
すぐにとんでもない規模の敵が待っているが。それについては、できるだけ考えない方が良いだろう。
「陰キャ」は淡々と長野付近で戦いを続けているようである。
かなり頑張っている様子で、既に甲府の付近にまで接近している様子だ。
どうしても毎日のキルカウントは「悪役令嬢」の半分程度にまでしか届かないが。それでも大物食いに関していつも期待出来る。
非常に有望な新人だ。
一方、「喫茶メイド」はついに五千のキルカウントを一日たたき出したらしい。
小田原での戦いの話だ。
小田原も相当数のフォロワーが群れていて、連日相当な苦戦を強いられているらしいが。
既に立派に一人前の狩り手である。
これだけ狩る事が出来れば充分過ぎるほどだと思うが。
しかしながら、NO2の数倍の実力をNO1が持っているとなると。
それでも不安しか無い。
昼食が終わったので、「女騎士」を促して、神戸に出る。
案の定、大阪からも移動してきたフォロワーの群れが神戸にどんどん押し出してきている。他の場所にいた小規模な群れも、神戸での戦闘を察知して集まって来ているようだ。ドローンを飛ばしてその動きを見るが、磁石に吸い付けられる砂鉄のようである。
まあ四国で死闘を繰り広げていた時もこんな感じだった。
別に気にする事も無い。
ただ、大阪だけで百万を超えるフォロワーがいるという話もあるので。
四国の時とは規模が根本的に違っているが。
油断すると囲まれるし、
もしそうなると、「女騎士」が病院送りにされかねない。
今の状況で、それはあまりにも致命的だ。
人材は一人でも大事に育成しなければならないのだから。
夕方まで交戦するが、ちょっとフォロワーの勢いが強い。
大阪から師団規模のフォロワーが四つ押し出してきているらしく、フォロワーが全く減っている気がしない。
都心で戦っていた時よりも、更に戦況が酷い気がする。
ようやく浜松で戦っていたルーキー達は、掃討作業が終わり。小田原での掃討任務に参加し始めたと言う話だが。
いずれにしても、これでは全くという程手応えが無い。
文字通りの暖簾に腕押しだ。
先に「女騎士」を上がらせたあと。
とにかく押し寄せてくるフォロワーの群れを片付ける。徹底的に削る。
大阪からは、更に幾つもの大きなフォロワーの群れが神戸に向かっていると聞く。このままだと、神戸にいるフォロワーは、戦闘開始前より増えるかも知れない。
ただフォロワーそのものは増えないので、絶対数は減っている。
後に大阪を制圧する時に楽になる。
そう思えば、少しはマシかも知れなかった。
夜になって駐屯地に戻る。
キルカウントは二万を越えた。
かなり無理をしたが。
そうしなければ、追撃を振り切れなかったのである。
それくらいフォロワーが増えている。神戸は戦いを始める前以上の魔都になっていた。
いちおう自衛隊の工兵部隊が、淡路島に通じている橋の辺りに自動迎撃システムを構築してくれているが。
それがフルに稼働しても、もし神戸にいるフォロワーが大挙して四国を狙ったらどうにもならないだろう。
数十万でそれだ。
今北米には、その百倍の規模のフォロワーが向かっていると思うと。
はっきりいって、ぞっとしない話だった。
駐屯地で休む。
快活な「女騎士」も、露骨に口数が減っていた。
こればかりは攻められない。
それは口数が減るのも当然だろうと、「悪役令嬢」も思ったし。
「悪役令嬢」は戦う事に逃避しているのかもしれなかった。
「茶にしましょう」
「はい。 すぐに淹れます」
普段だったら、何も言わずに茶にしてくれるのに。
それくらい、参っていると言う事だ。
ひょっとして、絶対正義同盟NO1、自称「神」の仕業なのか。
いや、それについては何とも言えない。
何しろ世界に四つしか無い巨大邪神組織の長だ。
それくらいはできても不思議では無いが。
大陸にいるフォロワーまで動かせるとなると、確かにNO2の数倍の実力というのも納得はできる。
いずれにしても、仮にNO1を倒せたとしても、次はどうすればいいのか。
それすら分からない五里霧中の状態だ。
茶が出た。
まずいが、相変わらず「女騎士」が淹れてくれるだけマシである。
「女騎士」が、あまり顔色は良くないが、話はしてくれた。
「先に山革陸将から連絡がありました。 浜松での掃討作戦が完了して、自衛隊の工兵部隊が工場地帯の整備を開始したそうです。 無人工場ができるまで二年間掛かるそうですが」
「二年……時間がかかりますわね」
「三十年放置されていたと言う事ですし」
「……」
それを二年で、しかも限られた人数で復旧するのだ。
まあ確かに、マシな方なのだろう。
問題は二年後に北米があるか、ということ。
更には、この国だって。
この国から邪神を追い出すことができても、その先が真っ暗なのだ。明るい話題が、全くない。
先に「女騎士」を休ませる。
風呂に入った後、技について考える。
人間に出来る事はどうしても限られている。
そんな限られた中で、どうやって技を研磨していくか。今、圧倒的な脅威として立ちふさがっている絶対正義同盟NO1相手ですら、人間の力が通じるかは微妙な所だ。もっと強い邪神だっていてもおかしくはない。
そんな中、どうやって対応を進めていく。
真面目に考えるのは山革陸将をはじめとする首脳部の仕事だが。
「悪役令嬢」も、身を守ることは考えなければならない。
実際「悪役令嬢」を危険視するアホが、足を引っ張ったことがあったのだ。
今後はそう言ったことにも、対策を考えないと。
思考がぐるぐる巡る中。
布団に潜り込んで眠る。
ともかく、神戸に際限なくわいているフォロワーを少しでも片付けなければならないだろう。
明日も、朝から忙しくなる。
そしていつ「神」が姿を見せてもおかしくない。
それに備えて、技を磨かなければならない。
神戸の街に踏み込むが、昨日よりも更に圧が強くなっているように思えた。
徹底的にフォロワーを見かけ次第狩るが。
「女騎士」の腰が引けているのが分かる。
九州での戦いでは、それどころではなかった。
だが今は、退路がある。
それが逆にまずいのかも知れなかった。
「少し下がりなさい。 今日は午後有給としますわ」
「はい……すみません」
「今貴方はPTSDになりかけていますわ。 少し休んで、気分を入れ替えるのですわよ」
そう、午前中の内に下がらせる。
後は、単独で際限なく向かってくるフォロワーを片付け続けた。
それにしても、本当になんぼでも出てくるな。
鉄扇を振るって片っ端から赤い霧に変えながら、そう思う。
このフォロワーも、邪神によって根こそぎ姿を変えられてしまった存在とはいえ。元は普通に終末の世界を生きていた者達なのだ。
それを斬らなければならないことにたいする迷いはもうないが。
それでも、服の残骸とかがこびりついているフォロワーや。子供の成れの果てのフォロワーをみると。色々忸怩たる思いもある。
ドローンが動き回って、神戸や大阪の辺縁に生き残っていた人員を見つけ出し。自衛隊のレンジャーが救助して回っている。
それを楽にしているのは、暴れ回ってフォロワーの注意を惹いている「悪役令嬢」だけれども。
それでも、まだまだ努力が足りないと言う事だろう。
昼過ぎに、一端切り上げるが。
ドローンで敵の配置図を見て、うんざりした。
大阪からどんどこ増援が来ている。ものによっては京都などの周辺からも集まって来ている様子だ。
自称「神」が関与しているかは分からないが。
いずれにしても、こんな数、いつまでも捌ききれる状況では無い。
九州の時だって、三十万を削りきれば終わり、だったのだ。
今回はその数が桁一つ違っている。
駐屯地に戻ると、「女騎士」が苦しそうに呻きながら眠っていた。それを咎めるつもりは無い。
PTSDになってしまうと厄介だ。
復帰するまでに、相当に時間が掛かる。
「悪役令嬢」は、その辺りは平気だ。
人によって恐らくは耐性がある。
だが人型の、元人間のフォロワーを狩っていれば、どうしても精神を病む。
相当な技量と才覚を持つ狩り手が、あっというまにPTSDになったという話はなんぼでも聞いている。
やむを得ない話なのだろう。
まずいレーションを食べる。
これも、浜松の自動工場が二年後に稼働すれば、少しはうまくなるのだろうか。
材料については聞かない方が良いと、訓練生時代から言われている。
まあこの味だ。
何が使われていてもおかしくは無いだろう。
一時期はレーションも多少はマシになった時代があったらしいが。
基本的にレーションというのは、戦況が悪くなるほど味が酷くなるものであるらしい。
そういうものである以上。
現在の戦況を如実に示しているのだと思って、我慢するしかなかった。
昼食をすませて、軽くストレッチをした後。
山革陸将に状況を確認。
「陰キャ」はとうとう甲府に突入したそうだ。甲府周辺のフォロワーはまだ相当な数がいるそうだが。
この間NO3が連れ出したことで、それでもかなり減っているそうである。
甲府のフォロワーを片付ければ、静岡と新潟を結ぶ安全地帯がまた作れる。第二東海道も拡大する。
良い事づくめだ。今の時点では。
ただ、NO1の出方次第では、その良い事づくめも、一瞬でひっくり返されてしまう儚い代物だが。
他の戦線も状況は悪くない。
ただ、「医大浪人生」は復帰が厳しいだろう、と言う話だった。
そうか、という言葉しか出ない。
何とか意識は戻ったらしいのだが、体中がボロボロで、もはや再生医療を使ってもどうにもならないらしい。
「喫茶メイド」を庇って、複数の邪神にリンチを喰らったのだ。
生きているだけでも充分過ぎる程だろう。
流石に、そんな名誉の負傷をした人間を、役に立たないからと言って放り出すほど今の政府は論外な集団ではないが。
それはそれとして、新しい狩り手の育成にも力を入れて貰わなければならない。
「悪役令嬢」が多数の邪神を屠ったことで、育成マニュアルにも相当な改良が加わっている筈だし。
何より大ベテランの「デブオタ」「ガリオタ」のコンビも、育成に関与してくれている筈。
次の世代の狩り手がいつ来るかは分からないが。
来てくれれば、きっと力になる筈だ。
少しでも、良い事を考えて、心を奮い立たせる。
神戸に出ると、全く減る気配もないフォロワーを、片っ端から斬り伏せる。
今此処で一体斬れば。
それだけ助かる人が増える。
各地の自衛隊駐屯地も、フォロワーの海のような大軍に襲われる事もなくなり。
更には、こうして撃破していくことで、強化フォロワーだって探しやすくはなるはずである。
無心のまま、結局この日も二万のフォロワーを狩った。
覚えた技の錬磨も兼ねて大量の訓練をしたが。
「悪役令嬢」は、もうこれ以上飛躍的に体力が伸びる年齢じゃ無い。
まだ三十路ではないが、もう二十代半ばとなると、そういうのは仕方が無い。
駐屯地に戻る。
前倒しでフォロワーを駆除しているはずなのに。大阪から際限なく流れ込んでくるフォロワーのせいで、神戸はいつまでたっても魔郷のままだ。
まだ「女騎士」は寝ているが。
青ざめて、ずっと冷や汗を掻いている。
それはそうだろう。
PTSDになる前に気付けて良かった。
なんなら、明日も休ませてもかまわない。
狩り手を失う時は本当に一瞬だ。
狩り手一人で、フォロワーの少数の群れくらいなら、あっと言う間に蹴散らすことが出来る。
自衛隊員で同じ事をしようとしたら、犠牲が確定で出る。
それを考えると、多少の休暇は絶対に必要になる。
「悪役令嬢」は心も体も丈夫だ。
だから大丈夫。
そう割切って。休んでいる「女騎士」を横目に、まずい茶を啜った。
さて、いつになったら出てくる自称「神」。
此方はどんどん力をつけているぞ。
NO2の何倍の力があるかは知れないが、その増長した鼻っ柱を叩き折ってやる。
奴の正体が、「ブラック企業社長」となればなおさら。
「ブラック企業」によって、SNSクライシス前にどれだけの人間が合法的に殺され、社会が滅茶苦茶になったか分からない程だ。
それが地獄にも行かずに、未だに平然と世界を滅茶苦茶にしている。
全く一神教のいう神とやらがいるのなら、何処で昼寝をしている。
真っ先に抹殺しなければならない存在だろうに。
ため息をつくと、眠る。
明日からも、「女騎士」の分。
頑張らなければならないのだから。
翌日、「悪役令嬢」はフォロワーの撃破レコードを更新した。一日二万二千の撃破は、なんと「ナード」ですら達成した事がないという。
だが、別にあの伝説の狩り手「ナード」を越えたつもりはない。
そもそも米国のフォロワーはガタイが良い奴が多くて、日本のフォロワーよりも手強いだろうという推察もある。
そういう事もあって、そうか、という話半分に聞くに済ませた。
「女騎士」は二日の休みを取ったこともあって、多少顔色が良くなっていた。「悪役令嬢」が戻ると、すぐに茶を淹れてくれる。
心なしか、もう少し味がマシになったようだった。
「どんどん茶の腕を上げていますわね」
「これくらいしか取り柄がありませんから。 ずっと「コスプレ少女」ちゃんに嫉妬していました」
「ふむ……」
「彼女、強いですもんね。 同期の中では、確かに頭一つ抜けています」
強い事は認める。
だが、人間性を捨てかけているほど危うかった。
「女騎士」は安定して実力が高い。
確かに伸びるのは遅いかも知れないが、今後はもっと先を目指せるはずだ。
だが、かなり神経が参っている今、それを告げる事は止めた方が良いだろう。
「明日からは、またいけますの?」
「何とかやってみます」
「良い答えですわ。 神を自称するNO1がふんぞり返っているうちに、少しでもフォロワーを削りとっておきますわよ」
このまま神戸でフォロワーを徹底的に狩り続ければ。
一月もしないうちに、近畿のフォロワーはスカスカの状態になる。各地にある集落の安全度は飛躍的に増すし。
何より自衛隊の負担も減る。
だが、流石に敵もそうはさせてくれないだろう。
動くなら今週か来週。
そう、「悪役令嬢」は判断していた。
外に出ると、雪が降り始めている。
厄介な時期が来た。
冬がきつくなってきているのは例年のことだが。この様子だと、アラスカの辺りは完全に地続き状態だろう。
フォロワーは平気でベーリング海峡を渡ってくる。
数千万とか言う数のフォロワーは、食糧も必要としない。補給を必要としない究極の軍隊だ。
その上それぞれが生半可な火器ではびくともしないと来ている。
軍事衛星は負担が大きくて毎日動かす訳にはいかないらしいが。
今頃米軍は青ざめているだろう。
カナダでまだ「自由」とかいう米国の邪神組織を滅ぼしたという報告も来ていない。
そうなると、「ナード」も苦戦しているはずだ。
雪が出ていること。
戦闘をするときには厳しくなることを告げておくと。「女騎士」は頷く。
雪上での戦闘についても、既に経験は積んでいる筈だ。
わざわざ警告は無駄だったかなと思いつつ。
恐らくあと数日で来るだろうなと、「悪役令嬢」は覚悟を決めていた。
3、じらされる中
「神」。絶対正義同盟の支配者だった存在は、大陸に出かけ。そして戻って来た所だった。
大陸にある邪神の組織「解放」。その長である「黄帝」は、既に「神」に敗れ。力関係も変わっていない。
今回出かけたのは、増援の手配ではない。
指示のためである。
「黄帝」は不愉快そうにしたが。
米国で抵抗している狩り手については、いずれ決着を付けなければならないという事については同意し。
利害が一致した事もある。
フォロワーを一気に、北米に向かわせる作戦には同意した。
更にインドや東南アジア、旧ロシア辺りにまで足を運び。
現地に点々としている組織も作っていないソロ活動をしている邪神達に声を掛けて、作戦への参加を促した。
組織に所属していないような邪神でも、人間が手に負える存在では無い。
故に、狩り手は逆に恐ろしいのだろう。
米国を滅ぼす機会だと聞いて、嬉々として手下のフォロワーを北米に向かわせた。
第一陣はおよそ4500万。これに各地から出るフォロワーが加わって、北米になだれ込むフォロワーは、最終的には3億を超える模様である。
流石にどれだけ邪神。まあ自称αユーザーだが。それらを倒す事が出来ても。
核でも効率よく倒せないフォロワー三億を相手に、持ち堪えるのは不可能だろう。
しかも、これで全てでは無い。
もし三億のフォロワーをどうにか北米が対応するような事があったら。その時は更に増援を回すだけだ。
日本に戻る。
戻る途中で、大陸で殆ど遊び半分で。生き残っている人間のコロニーを襲撃して、まとめてフォロワーにしていった。
狩り手の技術が浸透していない大陸では、人間が邪神に遭遇する事は文字通り死を意味する。
必死に逃げ惑う連中が、全部フォロワーになっていくのは。「神」には快感でしかなかった。
どいつもこいつも必死で。
場合によっては子供を守ろうとしたり。
或いは子供を捨てて逃げだそうとしたり。
だが、「神」の領域に飲まれて。後はただのフォロワーになっていくばかりだった。
その様子は噴飯モノであり。
まさに「ブラック企業の社長」だったころ。社員を虐げて楽しんでいた頃を彷彿とさせ。本当に楽しかった。
弱者は強者の玩具である。
それは「神」の本音だ。
そして強者である自分は何をしても良い。
それも本音だ。
実際社長時代にはそうやって、合法的に大量虐殺をしてきたのである。それで逮捕など一切されなかった。
包丁で人間を殺したら極悪人。
輸入した拳銃で人間を殺したら社会の敵。
それなのに、会社で合法的にブラック労働で大量殺人をしても、それは社会の敵にはならず。
議員にさえなれる。
SNSクライシス前の最果ての時代は、「神」にとっては本当に居心地が良い世界だったし。
その後の今の時代も、実に過ごしやすい甘美な楽園だった。
日本に戻る。
「悪役令嬢」とかいう奴ばらの動きを見る。
ざっと見た感じ、各地でフォロワーをせっせと駆除している。特に浜松の辺りはフォロワーが全て駆除されてしまった様子だ。
昔横浜から静岡にかけての巨大な工業地帯が存在し、それが日本経済を支えたりしたものだが。
その残骸を使って、また巨大無人工場を作るというわけだ。
ははは、面白い。
狩り手共を全て殺してしまえば、何もかも無駄になると言うのに。
そして何より、抵抗を続けてきた北米も終わりだ。
三億からなるフォロワーの軍勢は、補給も必要なく、凍土も関係無く、極寒も気にせず。アラスカを渡って北米になだれ込む。
その頃には、「ナード」とかいうのが「自由」を潰しているかも知れないが。
そんな事はどうでもいい。
最後に「神」が勝てば良いのである。
更に幾つか保険も仕込んであるし。
まあ充分過ぎる程だろう。
さて、もう少しじらしてやるとするか。
宮本武蔵が佐々木小次郎と戦った時のじらし戦法は有名だが。
あれは実際には起きた話ではない。
佐々木小次郎は実態がよく分かっていない人物で、そういう剣術家がいたという事しか分からない。
しかも巌流島で宮本武蔵は、佐々木小次郎を弟子達といっしょになぶり殺しにした説も強い。
素晴らしい説だと思う。
古くから、強い者は何をしても良かった。
まさに「神」のためにある理屈だ。
今回は、敢えてありもしなかったじらし戦法を使って、狩り手どもを焦らせてやるとしよう。
来るか来るかと備えているうちにどうやっても疲弊する。
そこを狙うのだ。
獅子は兎を狩るにも全力を尽くすとか、そういう言葉も合ったか。
まあその辺りも加味してやるとしよう。
さて、これからが。
楽しい時間だ。
うんざりするほどいるフォロワーの群れに斬り込み、そして蹴散らして戻る。
流石に数が多すぎて、苛立ちが募るが。
良い事もある。
休みをいれた後、「女騎士」は動きが良くなっている。
何というか、鎧がやっと馴染んできた感じだ。
色々試行錯誤はしていたのは見ていた。「悪役令嬢」もアドバイスはしていた。
その結果、足運びや体重移動を上手に駆使して、鎧の重さをむしろ武器にする方法を身につけたようだった。
覚えは悪いかも知れないが。
これでぐんと動きは良くなった。
これは間違いなく進歩だ。「女騎士」の剣術もぐっと向上しているし、何よりキルカウントは連日千を超え更に伸び続けている。
調子に乗っているわけでもない。
以前通りの快活さを取り戻し。
充分な戦果を出せるようになっていた。
これは良い事である。
二人合わせて二万少しのキルカウントを出して、一端戻る。
予想しているNO1の襲撃はまだない。
だが。「女騎士」はもう一人前とカウントして良いだろう。後は、奴が出てくるまでに、どれだけ伸ばせるかだが。
一人前では足りない。
それが、悲しいが事実なのだった。
「神戸の様子はどうですか、「悪役令嬢」先輩。 戦っても手応えが感じられないんですが……」
「神戸は言葉通り相変わらずですわね。 その代わり、大阪がかなり目に見えてフォロワーの密度が減ってきていますわ。 戦いに意味はきちんと生じていますわよ」
神戸にどんどん流れ込んできている大阪のフォロワー。
際限なく神戸で迎え撃つ形になって、疲弊さえ感じていたのだが。
しかしながら、フォロワーは自己増殖しない。
人間をフォロワーに変えない限りは増えないのだ。
だから、大阪からフォロワーはどんどん減っている。
ドローンが連日活発に動き。
地下街や、大阪の辺縁で生き延びていた人々を見つけ出しては。レンジャーが救出して回っている。
九州や四国などでは、各地の街などに存在していた工場などの再起動や復旧が開始されており。
百分の一にまで減った人間の生活水準を少しでも上げるべく、努力が開始されている状況だ。
また遺伝子データの登録も開始されている。
これは少数集落での生活が基本になって来ているからで。
このままだと、近親交配が進んでそのうち人類という生物の決定的な弱体化がおきてしまうからだ。
クローンの作成は急務。
そういう事もあって。
上層部の中では、マンパワーを割いて。三十年前から続いているクローン技術の研究の進展を強力に推進する一派がいるそうだ。
まあ、此方の足を引っ張らなければどうでもいい。
SNSクライシス前の惨状を知っている人間としては。
ありのままの人間が美しいだとか、そういう寝言を信じるつもりはないし。
クローンで人間を救えるならどんどん導入すべきだとも思っている。
そもそも再生医療で部分的にクローンは実用化されているのだし。
今更なんだ、という話でもある。
各地の戦況を確認する。
「陰キャ」は甲府での戦闘を大詰めにまで進めている。甲府に集まっているフォロワーは、「陰キャ」にどんどん蹴散らされている。長野辺りは既に安全地帯になっていて。放置されていた先進工場はどんどん工兵部隊が接収している様子だ。
これらを利用して、色々と出来る事が増えるだろう。
NO1をどうにかして。
まだまだ日本中にいるフォロワーを駆逐すれば、だが。
それにしても、この状況はまずい。
今、NO1がいつ来るか皆警戒して疲れている所だ。
そこに、上層部はこの機会にどんどんフォロワーの駆除を進めてほしいと言う指示を出している。
良い事だとは思えない。
小田原でも、強化フォロワーが見つかり、事前に駆除したと言う事だが。
あのNO4が用意した割りには、どうも強化フォロワーが少なすぎる。
やはり何処かにまとめて隠されている。
そう判断した方が良さそうだ。
各地に隠されている強化フォロワーは、多分囮としてのデコイだろう。
そうなると、敵の狙いは何だ。
あの「神」の元になっただろう存在の素性は、徹底的に調べてある。
文字通り、人間の邪悪を凝縮したような存在で。
その気になれば、ありとあらゆる悪をこなすことができるだろう、最悪の存在だった。
議員までやっていた様子だ。
ともかく傘下企業例外なく地獄。
合法的に多数の人間を殺しておきながら。
何一つ報いを受けることはなかったようである。
更に、幾つかの証言も上がって来ている。
奴は楽しんでいた。
どうも、そのようなのだ。
社員が苦しむ様子を見るのが何よりの楽しみだった様子だ。
そういう証言が上がって来ている。
奴のオフィスの残骸を調べた所。
過労死した社員の苦しむ様子。
努力を重ねて会社のために尽くしたのに、体がボロボロになって再起不能になった社員が絶望する様子。
そういった有様が録画され。
何度も再生された様子があったという。
正真正銘のサイコ野郎だったと言う事だ。
そんな輩が何を求めるか。
まあ、絶望だろう。
勝ったと思わせて、絶望させる。そうなると、最初は弱そうなフリをしておいて、圧倒的な力でねじ伏せるとか。
戦力が揃ったタイミングで。その揃った戦力ごと押し潰すとか。
まあそんなところだろうか。
いずれにしても、いつ仕掛けてくる。
戦術は練っておかなければならないだろう。
場合によっては、差し違えてでも倒す。その覚悟が必要だ。
しかしながら、いわゆるじらし戦法を仕掛けて来ている可能性もある。緊張させておいて、それが続いて精神的に疲弊したときに仕掛けてくる。
「悪役令嬢」はいい。
他のルーキーはどうなるか分からない。
特に「女騎士」はかなり参っている様子である。
万全の状態で相手を迎え撃てないのは、かなり厳しい所だ。しかも今までで確実に最強の相手を、である。
なおかつ相手は特に何もしていない。
じらし戦術は戦術ではあるが、一方でほぼ人間相手に何も工夫をしていないと言うことは。
他の邪神達と違って、全く弱体化が掛かっていないことを意味してもいる。
それは早い話が、殆ど敵が完全状態で。此方がかなり精神的に参っている状況で。戦いをしなければならない、ということだ。
しばらく考え事をしたが。
いずれにしても、こうやって色々考えさせて疲弊させる。
それが相手の狙いだとしたら、それを逆手に取るしか無いだろう。
ただ、狩り手は邪神が仕掛けてこないうちは、基本的にフォロワーの駆除をやらなければならない。
日本中にまだまだ山のようにフォロワーがいて。
それらが毎日隠れていた人を見つけては害しているのだ。
休む事は基本的にあまり許されない。
休暇は、少なくとも邪神もフォロワーも、全て駆除し終わってからだろう。
いずれにしても、先に「女騎士」を休ませる。
そして「悪役令嬢」は外に出ると。
軽く周囲を彷徨いていたフォロワーの群れを片付けて。
それで寝る事にする。
仕掛けてくるのがいつになるのか。
何処に仕掛けてくるのか。
何もかもが分からない。
「悪役令嬢」だって人間だ。
ここまで状況が悪いと、はっきりいっていつまで平静でいられるかはよく分からないとしか応えられない。
敵はやりたい放題ができる。
もしも、敵の居場所を特定出来るなら話は変わるのだが。そうもいかないだろう。
翌朝。
緊急の通信が入っていた。
「陰キャ」からである。
「甲府の近くを通ったときに、凄まじい力を感じました。 間違いなく邪神だと思います」
「!」
「気配は非常に強烈でしたが、微弱です。 恐らくは地下深く。 何かの設備等の下から出ているのだと思います」
「すぐに山革陸将に連絡を」
これも罠かも知れないが。
少なくとも、情報を調べ。
ドローンを送り込むくらいのことはして見ても罰は当たらないだろう。
絶対正義同盟が、そもそもどこに本拠を置いていたのかは、以前から疑問に思われていた。
ドローンが各地を探索していたし。
そもそも狩り手がばたばたと倒されていた頃は、日本中の彼方此方を狩り手が総出で回っていたのだ。
流石に邪神のテリトリに入ったかどうかくらいは、狩り手になれば分かる。
どうして今まで奴らの根城が分からなかったのか。
それについては、様々な議論があったが。
結局結論は出なかった。
可能性があるとしたら、人間が入るのが事実上無理なフォロワーの密集地だったのだけれども。
その一つが甲府だったのは事実である。
ただ甲府は、NO3が総力戦を仕掛けて来たときに、相当数のフォロワーを動員してきた。
その後戦闘にかり出されたフォロワーは甲府を離れて彼方此方に散り。大半が都心方面のフォロワーと合流したようだが。
いずれにしても、「陰キャ」はもし敵の本拠を発見できたのだとしたら、お手柄である。
すぐに山革陸将が調査を開始する。
その間、「悪役令嬢」は神戸にうんざりするほど群れているフォロワーを狩り続ける。
「女騎士」には、直接話をした。
勿論罠の可能性もあるが。
ひょっとしたら、先手を打てるかも知れない、と。
それで、俄然「女騎士」の顔に血の気が戻ったのを見て、「悪役令嬢」は危ういと思った。
人間の心理を貪り喰らう事を最大の趣味としていた相手だ。
わざと地雷を踏ませた可能性も高い。
「陰キャ」の能力を疑っているつもりはないのだが。
何かおかしいと思うのである。
やがて、昼過ぎに。
山革陸将から、連絡が入っていた。
「甲府の地下にある、大きな施設の存在が確認された。 都市用の貯水槽だ」
「ああ、洪水などの被害を緩和する為に用いる……」
「そうだ。 甲府はあの武田信玄が治水事業に力を入れた土地である事からも分かるように、とにかく水害に泣かされた土地だ。 河の整備も近代になってから続けられているが、それ以外にも大型の地下貯水槽を作る事で、都市への被害を緩和する政策が採られたことがある。 どうやらそれのようなのだが……」
「内部の調査についてはどうなっています?」
「陰キャ」には、罠の可能性を告げて入らないようには言ってある。
当然、こう言うときにはドローンを先行させることになる。
ドローンの調査の結果が出た、ということなのだろう。
「それが、驚くほど内部は静かで、大型の邪神達が群れていた形跡が無い。 ひょっとしたら、一時期いただけなのかも知れない」
「……」
その可能性は高そうだなと、「悪役令嬢」は思った。
幾つかの、人間が入り込めない大都市の、大深度地下。
恐らく都心は違うだろう。
地下街を積極的に人間が利用しているからだ。
そうなると、大阪、横浜、神戸などが候補に挙げられるが。
他にも幾つかの大都市が気になる所だ。
邪神だから山の中に住んでいる、というのは考えが古いかも知れない。
何しろSNS時代に生じた邪神なのだ。
むしろ都市の中に、どうどうと居城を構えていても不思議ではないのだろう。
そう考えてみると、色々と腑に落ちることもある。
NO3もNO2もそうだが、膨大なフォロワーを伴って出現した。可能性は、ある。
「陰キャ」は一時的に来ていたNO1に反応したのかも知れない。
あの子の鋭さなら、ありうる話だ。
「引き続き、調査を進める。 都心は考えなくても良いとして、幾つかの大都市にて地下にドローンを送りこみたい。 これより大深度地下に何か大きな空洞がある都市を調べて、ドローンでの調査を開始する」
「敵が気付けばどう出るか分かりませんわ。 くれぐれも気を付けて」
「分かっている。 すぐに対応を開始する」
通話を切る。
さて、そのまま午後の狩りを続行だ。
他の狩り手には、今の話はしておく。
先手を取った可能性がある。
その話をするだけで、だいぶ皆心が楽になる筈である。何しろ、文字通りの五里霧中で、いつ来るかも分からないNO1に怯えていたし。
いつまで経っても動きが見えない事に、皆不安を感じていたのだから。
敵は残り一体まで追い詰められているのに、余裕綽々に構えている。
それがどれだけ此方の精神をすり減らすかは、確かにじらし戦法が伝説になるだけの事はある。
史実がどうだったかは別として。
少なくとも、敵は兵法を感覚的に知っている、と言う事ではあるのだろう。
不愉快な話だ。
邪悪で残忍で。救う余地が無い外道であったのは事実だったとしても。
少なくとも頭そのものは悪くは無かったのだろうから。
調査には数日かかるという事で。
それで先手を取ることが出来ると言うのなら良いし。
その途中で、調査に手を貸せというのなら手を貸す。
いずれにしても、神戸で散々フォロワーを削りとって、夕方近くには切り上げる。今日も二万少しを刈り取る。
「女騎士」の動きが良くなっているので、その分「悪役令嬢」は身につけつつある技を試す。
絶技も今の時点では素手で撃つのが一番という結論になっているが。
それも、ひょっとしたら違う結論が出るかも知れない。
ただ、「悪役令嬢」という存在からあまりに逸脱した武器は使う事が出来ないのが苦しいところだ。
槍とか本格的なのを使って見たいのだが。
それは残念ながら、「悪役令嬢」のキャラではない。
鎖鉄球とかならまだ話は分かるのだが。
残念ながら実用性が皆無だ。
駐屯地に切り上げる。大阪などの地下大空間を調べているドローンが、痕跡については発見し始めている。
どうやら絶対正義同盟は、ローテーションを組んで地下空間をアジトにし。集まっていたようである。
そして今も、習慣は変えていないのだろう。
ローテーションについては、どうだったのかを見極める必要がある。
それに、相手はドローンが入り込んでいるのを悟れば。確実に罠に嵌めようとしてくるだろう。
さて、どうやって先手を取るべきか。
上層部が今、必死に調査を進め、戦術について練っているが。
それも上手く行ってくれるかどうか。
いずれにしても論外なのは。
敵の本拠に乗り込む、ということだろう。
逆に敵を引きずり出すような事が出来れば、相手の思考を先読みしたと言う事で、ダメージを与えられるかも知れない。
これは希望的観測ではない。
更に一日待つ。
そして、また、絶対正義同盟がいたらしい痕跡が見つかった。
「兄」だったか。
一桁ナンバー代の邪神が食い散らかしたらしいフォロワーの残骸が見つかったのだ。今度は仙台の地下空間だった。
仙台は以前起きた大地震で、壊滅的な被害を受けたこともあり。それから対策が行われた。
その時に巨大地下空間が作られて。
その地下空間を、邪神共が利用していたらしい。
調査を進めていった結果、七箇所にて絶対正義同盟が駐留していた形跡が発見された。
全て見つけてほしい。そう要望を出す。
此方でも、策は考えたのである。
山革陸将には話しておく。
どうせ相手は此方が取ってくる手を読んでいる。
既にアジトを発見された事にも気付いているだろう。
そうなれば、ローテーションを先読みして殴り込みに来るか、それとも何らかの形で引きずり出すか。
どっちかを選んでくるだろうことは、容易に想像してくるはずだ。
つまり、それらには対策をしてくるはず。
ならば、対策できないようにすればいい。
簡単な話だ。
「現在、絶対正義同盟が利用しうる巨大地下空間は、全て割り出しが完了した。 離島などにあるものも含めて全てだ。 その全てについて調査をしているが、それらにドローンを潜入させるには、あと二日はかかる」
「例のものを用意し、作戦を行うには」
「更にもう二週間、というところだ」
「分かりましたわ。 どうせ敵もじらし戦法のつもりで、仕掛けてくるのを待っているでしょうし。 逆手にとってやりますわ」
いずれにしても、万全状態のNO1を相手にしたら、多分現状では勝ち目が無いと判断している。
一人前に「女騎士」が成長してくれた今でも、その結論は変わっていない。
だとすれば、どうすればいいのか。
方法は一つ。
敵が慢心している所を、作戦を完全に破綻させてやれば良い。
相手が絶対正義同盟のアジトとして勝手に利用している場所に、こっちから踏み込んでやる必要などない。
その間、此方は気にせず。
できるだけ力を増すだけ増しておけば良いのである。
むしろ相手が焦れ始めるはずだ。
それを待たせて貰う。
神戸に出る。
ひたすら、フォロワーを狩る。
連日狩る事でもまだまだフォロワーの密度は減らないが。大阪からどんどん流入していることで。最大の魔都の一つである大阪のフォロワーの密度が、目に見えて減っているのが分かる。
それでいい。
それで今は充分だと判断する。
小田原の方でも、かなり進捗は悪くないようである。
このまま狩りを続ける。
自衛隊の方でも、作戦に乗じて動き出した様子だ。
もしも、この策ですら裏を取ってくるとしたら。それはもはや、その状態で戦うしかないが。
それでも、此方が弱体化することはない。
此方は人間。
精神的なテンションでは、能力は一割程度しか変わらない。
それに対して邪神は精神生命体。
精神的なもので、能力は倍も変わってくる。場合によってはもっとだろう。
だから、総合的に見て知恵比べをするのは意味がある。
相手の罠にモロにはまらなければ、それで充分なのである。
自衛隊が着実に罠を完成させていく間に。神戸での戦闘をひたすらに続ける。
「女騎士」のキルカウントが二千を超えた。
進歩はそれほど早くは無いが。もう絶対正義同盟でいうなら二桁ナンバーの邪神となら、充分に戦える実力である。
連日のフォロワーの駆除数も安定して二万を超え。ついに神戸で倒したフォロワーの数は四十万を超えた頃。
自衛隊から、連絡が入った。
準備が整った、と言う事だった。
さて、此処からだ。
作戦が上手く行った後、何処に「神」を自称する「ブラック企業社長」が姿を見せるか分からない。
戦いはNO2の時の面子に加えて、「女騎士」にも出て貰う。
この五人で連携して万全状態であれば……まだ半分以下だとは思うが。それでも勝機が生じる。
誰かが命を落とすのは覚悟しなければならない。
ただ、それが「悪役令嬢」であってもいいが。
次代を背負う「陰キャ」であってはならない。
無言で、戦闘の推移と敵の能力について色々考察を進めておく。休憩の間に、シミュレーションで戦闘を幾らでもやっておく。
感じた力からしても。相手は力を見せびらかし。力押しで戦う事を一切躊躇わないタイプである。
小細工は得意だし知能も高いが。
故に力押しが極めて有効である事を理解している極めて厄介なタイプだ。
何の考えも無しに力押しをしてくるのでは無く。
恐らく力押しを強要してくるだろう。人間相手に、だ。
一日、待つ。
翌朝、万全の状態で。自衛隊のヘリが、戦闘に参加する狩り手の元に到着。
作戦が開始されていた。
さあ、これで最後だ。
日本に巣くった邪神の組織を。
終わらせる時が来た。
4、前哨戦
絶対正義同盟の本拠は、幾つかあって。それをローテーションで回していた。
基本的に大都市の巨大地下空間にそれらは作っていた。
理由は簡単で。
人間が簡単に発見できないからである。
だが、それも過去になった事を「神」は悟った。
苛立ちを感じながら、それを見る。
それは敢えてグチャグチャに潰された、人間時代にコレクションしていた。「神」の崇高な趣味。
合法的に人間を苦しめる様子の映像。
それを納めた媒体だったのである。
わざわざ破壊した上で放置か。
どこから見つけてきたのか分からないが。高尚な芸術を理解出来ない輩は、本当に度し難い。
そう考えていた「神」は悟る。
このずっと使われていなかった空間に。
とんでもない量の水が流れ込んでくることに。
こういう地下空間は、洪水などを防ぐために作られている。当然の事ながら、いつでも水はコントロールして流し込むことができる。
近くのダムや河などから、ありったけの水を叩き込んできたと言う事だろう。
潰された無惨な姿にされたコレクションが流されていくのを見て、激怒する「神」。水なんて怖くも何ともないが、それだけが不愉快だった。
空間転移する。
其処は既に水没していた。
他も。他も。
なるほど、どうやら先手を取られたらしい。
こっちが先手を取ったつもりだったが。相手は、それを更に先を取って来た、ということなのだろう。
まあどうでもいい。
別に高尚な芸術を汚されたこと以外は、痛痒など感じていない。
全てのアジトを潰されたのなら、出るしか無いだろう。
途中で見切りをつけて、地上に出る。
そういえば、人間を相手に姿を見せるのはいつぶりだったか。
SNSクライシスの時、自らが超人と化していくのを感じて、歓喜の声を上げた。周囲にいる人間がフォロワーになって行くのを見て、面白くて手を叩いて嗤ったっけ。
それ以来かも知れない。
いずれにしても、地上に。丁度その時いたアジトの一つ。仙台にあった地下空間から出ると。
「神」は。狩り手どもに挨拶をしに出向くとした。
さて、やりたい放題をしてくれたのだ。
徹底的に残虐に殺してやるとするか。
NO2やらNO3やらを殺して粋がっている程度の輩など、「神」の相手にもならない。
まあ文字通り一ひねりである。
すぐに向かうのは横浜。
その周辺に、一番多く狩り手が集まっていることには、既に気付いていた。
前に甲府でニアミスしたようだが。
その時に、あるいはアジトのことを察知されたのかも知れなかった。
まあどうでもいい。
地面に降りたつ「神」。
見た目は老紳士だが。オーダーメイドのスーツをびしっと決めて、ネクタイをきちんとしていても。
その顔は、存在していない。
ブラック企業と呼ばれる企業の社長には、笑顔だけが必要だ。
社員など社長の資産と楽しみのために、苦しみ嘆き死んで行く存在でしか無い。
適当な年齢になったら、イエスマンになりそうな奴以外は再起不能になるか死ねばいいのである。
だから、笑顔だけを向けている。
故に、顔は存在せず。
顔のある部分には、笑顔という概念だけが存在していた。
肉は無く、ガス状で。
そこには何も無いのだが。
誰が見ても笑顔と分かる状態になっていた。
空中を飛びながら、どうやら狩り手共が集まっている場所に向かう。
途中、人間共は見かけない。
どうやら予想進路を既に割り出していたらしく、全てが避難していたようだ。
何というか不愉快な話だ。
少しは苦しめて、鬱憤を晴らしたいと思ったのに。
ほどなくして、「悪役令嬢」だとかを見つける。
五体ほどいる。
狩り手五匹程度で、「神」に勝つつもりか。まあそれはそれでどうでもいい。これから絶望を徹底的に叩き込んで、蹂躙してやるだけだ。
着地して、歩いて行く。
それだけで、周囲を凄まじい殺気が蹂躙する。
フォロワー化のテリトリも、「神」は生半可な邪神が及びもつかない十六q四方。
この範囲は、他のどの邪神よりも上だ。
ほどなくして、何かを積み上げて待っている「悪役令嬢」と、他四体の狩り手と。
「神」は三十メートルほどをおいて止まった。
「人の家に随分とおいたをしてくれるではないか。 育ちがしれるなあ。 教育をしてやらないといけないね。 軍隊式がいいかい? それとも全否定式の合宿がいいかい? 企業戦士として一から鍛え上げてあげようね」
「心にも無い事を。 合宿などといっておいて、実際には逆らえないようにイエスマンにするための洗脳でしょうに」
「はっはっは。 企業のスターター合宿というのはそういうものだよ。 ブラック企業という言葉が出てくる前からずっとね」
基礎マナーを叩き込むスターター合宿は、古くから評判が悪かった。
カルト宗教が信者を躾けるのと、企業が新人社員を躾けるのと。方法が完全に同じだったのも、当然だと言える。
どっちも自律思考が出来る人間など必要としていなかったからだ。
人材など幾らでもいる。
完成形の人材以外はいらない。
そう企業が言うようになった頃には、既にもはや取り返しがつかない所までいってくれていて。
「神」には心地よい空間ができていた。
ふと、気付く。
その積み上げたものはなんだ。
「悪役令嬢」とやらが、ふっと嗤う。
それで、気付いていた。
「神」が出した自己啓発書。更には社員に見せるために使っていたビデオ。更には楽しむためのコレクション。
それらが山積みされていた。
「本来焚書というのは許されない事なんですけれどもね。 今回ばかりはやむを得ませんわね。 どんなに愚かな事が書かれている本でも焼いてはいけない。 しかしながら、邪神が書いた本で、それを焼く事によって邪神にダメージを与えられるなら、やむを得ませんわ」
「き、きさま……っ!」
初めて、「神」の顔から余裕が消し飛んだ。
既に山積みにされた「神」の足跡。
社員を洗脳し。
自分の都合が良いイエスマンに造り替え。
そして自分が楽しむために苦しめ抜いて殺していった記録には。油が掛けられているようだった。
其処に、無遠慮に投じられた火炎瓶。
ぼんと、凄まじい勢いで、トーチが出来上がるのを見て。
「神」は絶叫していた。
同時に、狩り手どもが戦闘態勢に入る。
「神」は、怒りと共に吐き捨てる。
「予定変更だ。 陵辱の限りを尽くしてバラバラにしてやろうと思っていたが、それ以上に悲惨な目に合わせてやる。 全員全裸にひんむいてフォロワーに変えた後は、徹底的に私が社員に行っていたプログラムを叩き込んで、全ての尊厳を潰した後に殺してやろう……!」
「ふっ。 何が「神」か。 貴方は邪悪な全体主義者達の末裔。 この世界に存在してはいけないただのゴミカスですわ」
「「神」に対する口の利き方をわきまえろ、ゴミがあっ!」
いきなり全力を展開する。
もはや絶対にゆるさん。
殺す。
絶叫した「神」は。全力で「悪役令嬢」にむけ、突貫してた。
(続)
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