陥落の闇

 

序、前哨戦

 

「悪役令嬢」は気付く。

膨大なフォロワーの群れの中で戦っていて。周囲はむせかえるような血の臭いでわかりにくかったが。

何か変わった。

空気が変わったのだ。

この戦場。

原発前の複雑な地形で、何かが起きた。間違いなく、「魔王」による能力の展開とみて良いだろう。

「何か来ますわよ! 気を付けて!」

一緒に戦っている他三人に声を張り上げる。

同時に、「悪役令嬢」は何か良く分からないものを斬り払っていた。

打撃の重みが、フォロワーとは桁外れだった。

「ブーン」

そんな事を言いながら、記号を組み合わせた何かが飛んでいる。それも多数。それはフォロワーを砕きながら、飛んでくる。

それほどのパワーがあるという事だ。

「絵文字」か。

「魔王」の元になった人間が作り出した最大の掲示板群。ネットのアンダーグラウンドにおいて作り出された文化の一つ。

勿論絵文字は他にも色々な場所で個性的なものが作り出された。海外だと顔を横向きにした絵文字が流行ったという。

いずれにしてもこの絵文字、見覚えがある。

確か掲示板のシステムを使って作るAAとかいう代物の筈だ。

飛んできた絵文字を叩き落とす。

色々な種類の絵文字が飛んでくるが、いずれもが凄まじいパワーである。何故かある県の名前を叫びながら、数体の絵文字が突貫してくる。

その全てを薙ぎ払っていくが、フォロワーより対応が厳しい。

邪神の気配がどうにも希薄だ。

能力を展開しているんだから、どうしても分かりそうなものなのだが。

原発のすぐ側まで来た。

色々な種類の絵文字が襲いかかってくる。それは無邪気に、人間をひねり潰そうとしてくる。

それらを返り討ちにしながら、一端原発の内部に。

先に踊り込んだ「陰キャ」が、「コスプレ少女」を伴って内部に。そのまま、原発に入り込んでいるフォロワーを駆除し始める。

入り口で「喫茶メイド」と共に、押し込んでこようとするフォロワーを片っ端から蹴散らす。

絵文字が混じっていて。

それがどいつもこいつも攻撃が重いので難儀するが。

入り口の隘路を利用して、先に「喫茶メイド」に休憩を取らせる。この程度の数なら、大した手間無く蹴散らせる。

だが、絵文字がひっきりなしに湧く。

それが殺意満々で攻撃を仕掛けてくる。

やたら長い足で攻撃をしてくる絵文字。

掠めるだけで、ごっと鋭い音がした。

パワーは強化フォロワー並みか。

いずれにしても、かわして一刀両断に斬り伏せる。

とにかく上から狙って来るのが非常に厄介だ。頭上は人間の急所である。殺気を読めるようになっていなければ、何度被弾していたか分からない。

激しい攻防の中、クッキーを食べた「喫茶メイド」が戻ってくる。前線を任せて、今度は「悪役令嬢」が休憩に入る。

クッキーをばりばり食べる。

本当にまずいな。

文句しか出ないが、上層部の連中も同じものを食べている。自衛官達も、である。

レーションは更にまずい。

栄養価だけは充分だと言う事だから、我慢するしかない。

勿論不平は口にしても良いと思うが。

絶対正義同盟NO1がまだ健在で。

NO2が暴れ回り。

日本中に考えられない数のフォロワーがいる現在。

贅沢を口にしていられる余裕は無い。

チラ見する。

「喫茶メイド」は近接戦が課題だったが、それは浜松の戦いで散々練習したらしい。T字の箒型の武器を上手に扱って、フォロワーを片っ端から叩き伏せている。絵文字の攻撃にも苦労はしているが、倒せないという程では無い。

いずれにしても、前線に戻る。

そろそろ、「陰キャ」が原発内部の制圧を終えて戻ってくる筈だ。

此処は一度スタンドアロンにしてあるはず。

もしも此処をオンラインにするには、手動で作業が必要になる。

「魔王」本体が動けばそれは可能だろうが。

一応、現場の状況を確認して貰い。それを写真で上層部に送るように指示はしてある。

ガラケーデバイスには写真を撮る機能がついているので。

難しくは無いはずだ。

少し遅れたなと思ったが、無事に戻ってくる。

「陰キャ」がせわしなくガラケーデバイスを操作しているのを見て、「コスプレ少女」に前線に出て貰い。

ガラケーデバイスで、情報を見た。

どうもあの絵文字が、たくさんシステムの周囲にいたらしい。

フォロワーを蹴散らしながら絵文字も倒して来たらしいが、それぞれが強くて苦労したそうだ。

一応、専門家に見てもらったが。まだスタンドアロンのシステムは堅牢なままだそうである。

此処は元々テロリストなどに警戒してシステムを頑強に作っていたそうで。

簡単にセキュリティをどうにかされるほど甘い造りではないとか。

ただ、それでもこの絵文字。わらわら湧いてくるし、一人はコンソール付近にいたほうが良いだろう。

それに気になる事が、他に幾つもある。

情報はすぐに上層部にも共有。

この絵文字を出すのが「魔王」の能力の可能性はあるが。

それだけの筈が無い。

実際、交戦した狩り手が蹴散らされて殺されている記録も残っている。

普通に戦闘も出来るのだ。「魔王」は。

今は此方の体力を削ろうとしているだけ。

そして先手を取られ続けている。このままだと、あまり状況は良くないだろう。

さて、どう先手をとりかえすか。

無心に戦いを続ける。

原発に乱入してこようとするフォロワーの数は凄まじく、とにかく押し返すだけで一苦労だ。

しかもあの妙な使い魔も際限なく湧いてくる。

当然精神生命体である魔王でも、限界はあるだろうが。

その限界は、人間のそれとは比較にもならない筈。

その上、いつ何処に使い魔が現れるかも分からない。

非常に厄介な状況だとも言えた。

無言で好機を探す。

外に展開した、自走砲とMLRSの部隊が。「陰キャ」が外に送った支援要請の元に砲撃を開始。

原発にたかりつつある大量のフォロワーの駆除にかかりはじめたが。

しかしながらそもそもいつ邪神が現れるか分からない状況。

火力を揃えて一機に敵を削るという戦術はできない。

砲兵隊の火力で敵を一掃、等というのは、邪神が現れない場所で出来る事なのであって。

こういう場所では無理だ。

C4Iが無事な状態だったら、ある程度の連携をしながら砲撃がで来たかも知れないのだけれども。

それも今は封じられている。

ドカンドカンと派手に音はしているが。

音ほどの効果はまず出ていないとみて良いだろう。

砲撃音そのものもすぐに止まった。

遠距離からちょびっと攻撃して、すぐに撤退する。

それくらいしかできないし。

下手な攻撃はできないのだ。

責める事は出来ない。

無言で圧力が減る様子も無い入り口を、何とか守り続ける。その間もひっきりなしに使い魔は湧く一方だ。

このままだとじり貧になるばかり。

勿論、それを「魔王」は狙っているのだろうが。

どちらにしても、活路をどうにか見いださないといけないだろう。

ふと、気付く。

そういえば、この使い魔。

今までの戦場に投入してこなかったのは何故だ。

「陰キャ」が挫いた「魔王」の幾つかの作戦で。

大量のフォロワーは動員されたが、この使い魔達が出て来たという報告は存在していない。

「魔王」が近くにいるのか。

その割りにはテリトリを感じない。

「魔王」が実体を持っていることは、今までの「狩り手」の交戦記録によって判明している。

全く記録すらないNO1と違って、NO2は数度の討伐作戦を返り討ちにしているのである。

特に今回は、恐らく「魔王」にとっては後がないはず。

本気を出していないとは、とても思えないのだが。

交代。

「喫茶メイド」が前に出る。

縦横無尽にT字箒を振り回して、フォロワーと使い魔を叩き伏せる。まだ「萌え絵」は温存。

それでいい。

クッキーを頬張って体力を回復しつつ、時々突っかかって来る使い魔を鉄扇でたたき割りながら。

少しばかり、この状況を整理する。

これだけ正確に「魔王」が使い魔を使って攻撃を仕掛けてきていると言う事は。

奴には此方が見えている、と言う事だ。

使い魔が自律思考型というのは考えにくい。

フォロワーごとつぶしに来ているが。

それはあくまで威圧を与えるためであって。

今、実際原発内でフォロワーの浸透を抑えている状態では、正確に狩り手である「悪役令嬢」らだけを狙って来ている。

またフォロワーも使い魔に攻撃する様子は無いので、上位者である「魔王」の一部だと認識していると言う事だ。

ならば何が起きている。

まだコンソール辺りで使い魔との戦闘を繰り広げている「コスプレ少女」はいい。

何か誰か気付かないか。

勿論「悪役令嬢」も考えているが。

このままだとじり貧になるのも事実である。

襲いかかってきた、足が長い使い魔を真横に一刀両断すると。

ふと気付いた。

使い魔が無作為に出現するわけではないことを。

少し乱暴になるが、仕方が無い。

まだ生きている監視カメラ。

システムはスタンドアロン化しているが、これについては止めてしまう事にする。

すぐにガラケーデバイスでどうすればいいか指示を受けて。

話に沿って、コンソールに移動。

入り口は「陰キャ」に任せる。

作業中の使い魔の処理は、「コスプレ少女」に対応させる。

かなり複雑な手順を経るが。

それでも向こうには専門家がいた。

まあそれはそうだろう。

この原発を再度オンライン化され。爆破された場合。

その惨禍は北半球全域に拡がり。

文字通り世界は終わるのである。

こんな重要な作戦にNO1が出てこないのは何故か分からないが。

ともかく、此処を守りきらないと明日は無い。

後方支援では最近足を引っ張られっぱなしだったが。

それも何とかしてもらうしかない。

指示通りに作業をして、監視カメラの機能を全て停止する。

何故そんな事をしたのか。

理由は簡単。

最初から迎え撃ってきた使い魔はともかく。

突然湧いてきた使い魔は、どうも監視カメラの視界内に出現したようだったから、である。

案の定だった。

監視カメラのシステムを完全停止した瞬間。

原発内に使い魔は出現しなくなった。

よし、と思わず声が出る。

恐らくだが、原発の制御システムは堅牢であっても。

監視カメラのシステムに関しては、既に一部が「魔王」に乗っ取られていたのかも知れない。

結果としては、それが証明されたことになる。

いずれにしても、これで多少は戦況が好転するはずだ。

原発内にまだ残っている使い魔を全て片付けると、入り口付近でフォロワーを食い止めているメンバー以外は手があく。

これで、敵はでくのぼうのフォロワーを原発に突っ込ませる以外に出来る事がなくなった。

この手の原発は、凄まじい堅牢な造りになっており。いくらパワーがゴリラ並みであっても、フォロワーが集って壊せるほどヤワでは無い。

必然的に入り口の一箇所だけを抑えれば。

後は、出来る事はなくなると判断してしまって問題は無いだろう。

外から、大量の使い魔が押し寄せてくる。

猫のような絵文字の使い魔達だ。

恐らく、外にあるまだいきている電子システムから出現させたのだろう。

だが、それも攻めてくる事が出来る場所が、一箇所しかないのであれば。それはもはや脅威ではない。

入り口で迎え撃つ。

元々上からの不意の攻撃や、突然出現しての奇襲が怖かったのだ。

強化フォロワーと同じで、狩り手にとっては大した脅威ではない。

大量の使い魔も導入した攻撃も退ける。

さて、そろそろ敵は次の手に出てくる筈だ。

その手が何か。

場合によっては、潰す事によって一機に優位に立てる。

今のうちに休憩するように。

他の三人に言うと、入り口に仁王立ちした「悪役令嬢」は、押し寄せる使い魔とフォロワーをなぎ倒し続ける。

こんな程度の相手である筈が無い。

NO3でさえ、もう少し厄介な事を色々とやってきたほどだ。

油断はしていなかったが。

だからこそ、それにはあまりにも、いきなりだった故に。

衝撃を受けていた。

何かが、地面に突き刺さったのである。

原発の入り口から見える、荒野になった地面にだ。

空から降ってきたように見えた。

何が、だろうか。

今時、人工衛星を打ち上げるなんて事は出来ない。今でも使っている軍事衛星はどれもこれもだましだまし使っているような代物ばかり。

今では耐用年数を過ぎた人工衛星やデブリが落ちてくることはあるが。殆どは大気圏内に突入した時点で焼き切れて燃え尽きてしまう。

希に大きめの塊が地面に着弾することがあるが。

それにしても、これは少しばかり大きすぎるし。

地面に着弾しても、原形を残しているのが不可思議すぎた。

ひょっとして人工衛星ではないのか。

ともかく、押し寄せる敵を押し返し続けながら、皆に注意を促す。

同時に感じる。

「魔王」のテリトリだ。

いよいよ、絶対正義同盟NO2、「魔王」が前線に出て来たという事である。

すぐに自衛隊に退避を指示。どう動くか分からない。以降は支援砲撃も、やるとしたら巡航ミサイルや迫撃砲などの超長距離攻撃でやるしかない。

無言のまま、皆に注意を促す。

既に、全員が戦闘態勢を整えている中。

フォロワーの海の中で、それは徐々に膨れあがり続けていた。

機械のような体。

いや、違う。

データセンターなどで見た事がある。

あれはいわゆるサーバーラック。内部にサーバーや周辺機器が大量に詰まっている代物だ。

何となく分かってきた。

「魔王」は、人工衛星などを乗っ取るほどの力は無かった。

だから上空で、自己をサーバなどが複合したシステムとして構築して。それでここ最近悪さをしていたのだ。

だが、それでは埒があかないと判断。

とうとう地面に降りて、本気で戦うつもりになったということだろう。

めりめりと、巨大化していく「魔王」。

さて、此処からが本番だな。

即座に前に出ようとした「コスプレ少女」を止める。

「仮にも相手はNO2。 スタンドプレイが許される相手ではありませんわ。 此処からは感情を押し殺してマシンになるのです」

「……っ」

寡黙な「コスプレ少女」の目に、明らかな強い怒りが宿るが。

すぐに唇を引き結んで、少し下がる。

彼女は人間性をどんどん取り戻してきている。

少し前だったら、無理だっただろう。

何か「魔王」とあったのかも知れない。

いずれにしても、「魔王」がどう動くかを見極めてから、反撃開始である。

「あー、面倒くさいなあ。 そうやって無駄な抵抗するの、本当にやめてもらっていいですかね?」

嘲笑しきった声。

間違いない。これは「魔王」だ。

記録にもある。

とにかく相手を馬鹿にし、嘲弄し、徹底的に侮辱することに特化している存在。

天性の詐欺師であり、詐欺が自己目的化していた外道。

こきこきと首を鳴らしている「魔王」は。

二十メートルほどの背丈の巨人に、いつのまにかなっていた。

その全身はどちらかと言えば細身だが、殆どのパーツが文字でできている。

絵文字はどうせ奴の体の一部だろうとは思っていたが、此処まで徹底しているとは逆に驚異的だ。

ただ文字の線を構成しているのは、おぞましい血肉だ。

この辺りは邪神であり。

己がどれだけ他者を蹂躙してきたかという事の、証明であるのかも知れない。

勿論生理的嫌悪感で、此方を押す意図もあるのだろう。

「漸く出て来ましたわね、この恥知らずの詐欺師が」

「そんな格好をしているミームの権化ごときにいわれてもねえ。 まあ、さっさとやられてくださいよ。 こっちとしても、暇じゃ無いんで」

「ふっ。 そのミームの権化ごときに悉く作戦を打ち砕かれて、自分が出ざるを得なくなったのでしょう? もう我々を倒せなければ、帰る場所も逃げる場所もないのでしょうに」

「……いい加減にしろよアマぁ」

表情が醜く歪む。

まあ、想像していたとおりの状況と言う事だ。

甲高い声で「魔王」がわめき散らすと、フォロワー達が一斉に歩調を合わせる。見事な戦列だ。

それに記号の使い魔も大量に加わる。

「お前らは、僕に近寄る事もできないんだよ! 分かったらさっさと物量に押し潰されて、死ね!」

飛んできたのはなんだ。

文字で作られた槍か。

いや、これも使い魔だ。鉄扇で払ったが、一瞬視界に映ってそうだと分かった。

醜い。あらゆる意味で。

だから逆に安心した。

徹底的に叩きつぶせる。

やはり「饕餮」のような邪神は例外中の例外だったとみて良い。

此奴のような、なんのためらいも無く叩きつぶせる邪神がむしろ普通。

戦うのが、とても気楽だなと「悪役令嬢」は思った。

 

1、絶対正義同盟NO2、「魔王」襲来

 

戦列を綺麗に組んだ膨大なフォロワーと、更に空中に展開している大量の文字で構成された使い魔達。

此方は原発に閉じ込められている状態で身動きもできない。

敵は増援を呼びたい放題。

十万以上のフォロワーは、更に数を増している様子だ。

「悪役令嬢」は、「陰キャ」の視線の前で、仁王立ちして「魔王」から飛んでくる使い魔を悉く捌いているが。

まだまだこんなのは序の口だ。

「フェミ議員」ですら第四形態くらいまでは変化した。

「魔王」だってそれと同じか、それ以上くらいまでの形態変化を行う可能性はあるし、まだまるで力だって出していないだろう。

ただ、最初に馬鹿にする言葉がいつものように胸を抉るようなものではなかったのは少し気になる。

元になった人が、本物の詐欺師だったことは「陰キャ」も調べて知っている。

それにしてはどうも様子がおかしいなとも思うのだ。

「魔王」は敵の大軍の中で動かさず、ひたすら此方の消耗を狙っているように一見して思えるが。

実際には、無理な攻勢に出たら一気に使い魔を突入させて、スタンドアロン化しているこの原発を爆破に掛かるだろう。

それは「陰キャ」にも分かる。

かといって、邪神と人間ではパワーが違いすぎるから、根比べとはいかないのも厳しい所である。

此処を守る人員と。

攻めに転じる人員が、別れなければならないだろう。

攻める側にしても、あれだけ重厚に展開された戦列と、膨大な使い魔をかき分けて魔王に到達しなければならない。

「悪役令嬢」は今のところかなり余裕があるようだが。

それもいつ押し込まれるか。

ともかく、体力を蓄えろ。

そう指示を受けたので、クッキーを口に入れて。

急いで「喫茶メイド」が淹れてくれたお茶を口にする。

本当にまずい。

こればかりは、どうしようもない。

以前少し「女騎士」にあったのだけれども。

彼女が淹れるお茶は少しはマシだった。

こればかりは、お茶が本当に酷い品質なので、どうしようもない、という状況もある。

お茶なんて生産している余裕が無いのだ。

昔、SNSクライシス前の日本人は。世界で一番たべものの味に五月蠅い民族の一つだったらしいのだけれども。

それでも、これほどに食事に余裕が無くなっているのである。

今がどれだけの状況なのか。

このお茶やまずいクッキー、もっと酷い味のレーションだけでもよく分かるというものだ。

「体力は回復出来まして?」

「はい、問題ありません」

「はい」

口々に「喫茶メイド」と「コスプレ少女」が応える。「陰キャ」はガラケーデバイスをぴこんと鳴らした。

この音は問題なしと、事前に決めている。

やっぱり喋るのは苦手だ。

しかも此処には四人もいる。あんまり喋りたくない。

「よし、それでは役割分担を決めますわ。 これよりわたくしが最前衛で敵を突破して、「魔王」までの道を開きます。 此処には「コスプレ少女」さんが残ってくださいまし」

「……」

「敵の動きが鈍ってきたら、「コスプレ少女」さんにも参戦して貰いますわ」

フォローを入れる「悪役令嬢」。

恐らくだが、気付いているのだろう。

「コスプレ少女」の、闇をたたえた目に。

邪神に恨みを持つ人間なんて、今の時代幾らでもいる。当然の話だ。「陰キャ」だって、家族を邪神のせいで失っている。

相手の邪神が誰かすらも分からないから、恨みようがないけれど。

ただ色々な邪神と戦って見て。

彼らが「人間以下」と見なしている相手に対してどんな言動を取るか。どんな連中なのかは嫌と言うほどに分かった。

それは恨まれるだろうし。

恨む権利だってある。

何も、言うつもりは無い。

「仕掛けますわよ」

悪役令嬢が、大型の絵文字を弾き返すと、飛び出す。

「陰キャ」も納刀すると、箒を構えたままの「喫茶メイド」と共に、その背中に続いた。

冗談抜きに楽だ。

単独で戦っている時、敵を突破するのはあまり「陰キャ」にとって得意な事ではなかったのだけれども。

文字通り前で阿修羅のように暴れている「悪役令嬢」が、戦列を粉砕しながら進んでくれるせいで。

陣形が崩れた敵の出がらしを、蹴散らしながら進むだけでいい。

文字通り押し包もうとして来るいつものフォロワーの群れと違う。一箇所だけ完全な安全地帯があるだけで、こうも違うのかと驚かされる。

勿論「悪役令嬢」にも、背後は気にしないで戦ってほしい。

そのまま、「魔王」に向けて驀進する。

「魔王」が手を動かすのが見えた。

凄まじい唸りと共に、フォロワーが動き出す。

戦列が形を変えていく。

文字通り圧殺するような勢いだが。

「悪役令嬢」はまるで止まる様子が無い。

暴れ狂い、片っ端から敵を蹴散らし。一方的に蹂躙する。

でもこの人だって、体力は無限というわけではないのだ。いつまでも、敵の群れを粉砕し続ける事は出来ないだろう。

そのまま「魔王」まで急ぐ。

後方をちらりと見る。

どうやら怒りを、守るべき場所を守るために使う事に決めたらしい。

「コスプレ少女」は、押し寄せてくるフォロワーから、原発の入り口をきちんと守っている。

中々できない事だと思う。

もし「魔王」が仇なのだとしたら。

余計にできない立派なことだ。

そして「魔王」を滅ぼさない限り、彼女は先に進むことはできないだろう。

それは、一人でできる事では無い。

「陰キャ」が少しでも役に立てるなら。

空から何か降ってくる。

すごい筋肉ムキムキの絵文字達だ。

笑顔を浮かべている様子なのが、余計に不気味だけれども。

もう「喫茶メイド」も、相当な修羅場で揉まれているのか、対応が文字通りの即応だった。

投擲された「萌え絵」が、数体の使い魔を瞬時に爆散する。それを背に、「陰キャ」も同じように大型の使い魔を斬り伏せる。

やはり狩り手の攻撃には相当に脆い。

一瞬にして粉みじんになる使い魔達。「魔王」はまだ余裕の様子で、もう至近にまで迫っている「悪役令嬢」を見ていた。

それはそうだろう。

邪神が追い詰められるとべらべらしゃべり出すのは、「陰キャ」も何度も見ている。

この程度の物量を突破されても。

NO3だって慌てなかっただろう。

NO2ならなおさらである。

無言のまま、ついに最後に襲いかかってきたフォロワーの群れを、「悪役令嬢」が赤い霧に変える。

そして、そのまま。

鉄扇を「魔王」に叩き込んでいた。

「魔王」は動きさえしなかった。

そのまま、体を構築している膨大な絵文字が動いて、すっと攻撃を回避したのである。それも尋常では無い速度で、だ。

そうだ。思い出す。

記録映像でも、こんな風に圧倒的な力を振るって、狩り手を翻弄し。侮辱しながらなぶり殺しにしていた。

非常に悲しい光景だったが。

「魔王」は終始楽しくて仕方が無い様子だった。

二撃目も避けきる「魔王」。

巨体なのに、「悪役令嬢」の攻撃を回避することは流石であるけれども。

しかしながら、ふっと「悪役令嬢」が笑ったのが、後方からでも分かった。

二連撃を入れながら、「魔王」の側を抜ける「悪役令嬢」。

「魔王」は追撃を入れようとするが。

その瞬間、大きく息を吐いた「陰キャ」が。

踏み込むと同時に、振り上げ、降り下ろす連撃を叩き込んでいた。

この間。NO3に致命打を与えた秘技。

確か燕返しというのだったか。

前は文字通り無我の境地にまで入り込まないと放てなかったが。

今は前に自分がやった映像を見て、そのまま繰り出せるようになっている。

今、敢えて「悪役令嬢」は速度を落として攻撃をしていた。

それにたいして、「陰キャ」は容赦をしない。

一瞬にして、「魔王」の右足が消し飛ぶ。

ぐらりと揺らいだ「魔王」は、何が起きたか分からないと顔に書いていたが。思い切り地面に叩き付けられて、それでやっと事態を把握した様子だった。

凄まじい怒号が、周囲に迸る。

それは音波の暴力となって、周囲を浮き上がらせた程だった。

フォロワーも絵文字も消し飛ぶ中、「陰キャ」は飛び下がってダメージを最大限減らし、着地。

この程度の衝撃波なら。

「喫茶メイド」も、なんとか受け流したようだった。

とはいっても、こんな衝撃波。何発も喰らっていたら、そのうち蓄積したダメージがバカにならなくなってくる。

無言で構えを取り直す。周囲は倒れたフォロワーや、ばらばらになって消えていく絵文字で地獄絵図だ。

「悪役令嬢」は容赦なく、倒れた「魔王」に追撃。

「萌え絵」をたたき込み、更に火炎瓶を何発かぶち込んでいた。

巨大なトーチになった「魔王」だが。暴れ狂いながら、炎を消し飛ばす。

形態が、変わっていく。

「やりやがったなあ……!」

「まあお下品な地が出ていますわよ。 詐欺師なんてやっている方は、やはり性根から徹底的にくさっていらっしゃるんですのね」

「こ、この、この僕に……! この国のネットのアンダーグラウンドの創始者に向かって……!」

「古くは貴方は偉大な存在だったかも知れませんわね。 しかし今はただの老害ですわ」

ばっさりと。

いつもながら、強烈な口撃を入れる「悪役令嬢」。

流石に口を引きつらせている「喫茶メイド」。

非常に真面目そうな人なので、この強烈すぎる口撃が、色々と耳に効くのかも知れない。

ただ、邪神ほどダメージを受けているわけではないだろう。

わめき散らしながら。爆発的に周囲に何か展開していく「魔王」。

「魔王」を中心に、膨大な枝が噴出しているような有様だ。

この邪神の元になった人間が作り出した巨大掲示板群。ネット黎明期のカオスにて、スラムそのもの。

それを現すと、こんな風になるのだろうか。

巨大な樹のようになった「魔王」は、それでも全身が文字だらけである。

文字で作りあげられた巨大な樹は。

雄叫びと共に、全方位に凄まじい勢いで、その枝を伸ばしてきた。

爆裂音と共に、辺り一帯が消し飛ぶ。

もうフォロワーや使い魔を使おうという気は無い様子だった。

暴れ狂う。

その言葉だけが相応しい。

とにかく手数を徹底的に稼いでくる。

予備動作さえあればなにをやってもいい。

そういう印象さえ受ける攻撃だ。

無心で攻撃を避けながら、「喫茶メイド」の方を見る。

少し対応が厳しそうだ。

だけれども、後ろに回ってとか、言っても聞こえるかどうか。

仕方が無いので、少し移動して、「喫茶メイド」の前に出て。飛来する数十の枝を弾き返しながら、その場に立ちふさがる。

意図は察してくれたらしい。

距離を取ると、「喫茶メイド」はナイフとフォークによる得意の狙撃に移行する。そのまま投擲されたナイフやフォークが、次々枝の分かれ目などに突き刺さり、爆発するが。どんどん新たに際限なく枝が伸びてくる。

多少根元をやられた程度ではどうにもならない様子だ。

納刀して、一息に大技とはいけそうにもない。

多少爆破したところで、これはとてもではないが、突破出来るような状況ではないだろう。

なるほど、大型掲示板か。

それを戦闘スタイルそのものにすれば、或いはこういう風になるのかも知れない。

枝そのものも、色々な種類があって。

のこぎりのようだったり、錐のようだったり、剣のようだったりと様々。

それも、どれもがとても重い。

この手の大昔の掲示板というものは、とても排他的なものだったという話を聞いているけれども。

それも納得だ。

その排他性が、この攻撃の重さに直結しているのだろう。

踏み込むと同時に、斬り降ろす。

敵の攻撃が、苛烈ながらも少しずつ見えてきた。

どうも方向性がある。

太刀筋に近い。

何かがあると、一気に其処に集中してくる感じだ。その集中点を、逆に抉ってやることで、隙が出来る。

少し、押し込む。

枝だらけで前も見えなかったが。今吹き飛ばした事で、似たように戦っている「悪役令嬢」が見える。

攻撃が兎に角重くて難儀している様子だが。

それでも、「陰キャ」以上の速度で敵を押し込んでいる。

流石。

隙が無いなら、こじ開ける。

リズムを取る。

3,2,1,0。

0と同時に踏み込んで、また来た収束点に一撃を叩き込む。

吹っ飛んだ枝の間に、完璧なタイミングで「喫茶メイド」が萌え絵を巻いたフォークを投擲していた。

爆発に、敵の巨体が揺らぐ。

凄まじい怒りの声がした。

腰を落として、納刀。

それをするには、充分過ぎる時間だった。

更に枝を増やして、一気に押し潰そうとしてくる「魔王」だけれども。その枝が、一斉に狙って来るのが有り難い。

多分だけれども。

「魔王」ほどの存在でも、これだけの数の枝を綺麗にコントロールすることはできないのだろう。

古い時代の掲示板文化は、ローカルルールの文化だったという話は既に調べもついている。

閉鎖性は半年ロムれだの二年ロムれだの、そういう言葉からも生じている。

ローカルルールは絶対。

それによって、凄まじい枝分かれをしたそれぞれの掲示板が、好き勝手をやっていたというわけだ。

それらはとてもコントロールできる代物では無く。

創造者にすらどうにもできず。

結果として犯罪者が蔓延る事もあれば。奇跡的にクリエイティブな活動が行われる事もあった。

「魔王」がこんな輩でなければ。

或いはもっと後の時代まで、この文化は優れた結果を残したのかも知れない。

だけれども。SNSの台頭や。

「魔王」の元になった人間の加齢による衰えによって。

無惨な結果だけが残った。

それはもう、どうしようもない事実なのだ。

既に人に害を為す危険な邪神と化してしまった「魔王」には消えてもらう他無い。

本来はただの性格が悪い詐欺師だったかも知れないが。

今はもう。そんな次元の存在ではないのだから。

無心のまま、一気に抜き打ちを放つ。

この抜き打ちは、何度も使い、精度をどんどん上げてきている。

今のは、綺麗に入った。

一瞬で、ぼんと視界が綺麗になる。

ふっとんだ枝が、幹近くまで届いている。

数発のナイフとフォークを投擲する「喫茶メイド」。爆破。更に、爆破で「魔王」が動揺した隙に、「悪役令嬢」が突貫。

幹に、優しく手を触れていた。

いや、違う。

次の瞬間、ドンと周囲が地震に見舞われたような揺れと同時に。

「魔王」の巨大な幹に、風穴が開いていた。

「傘よりもやはり素手ですわね。 散々試行錯誤はしたものの、達人以上の改善はできませんでしたか」

「き、きさ、き……」

続けての連撃で、「陰キャ」が幹を一刀両断。更に後ろ回し蹴りで、「悪役令嬢」が文字通り「魔王」をけり跳ばしていた。

「さて、こんなものですの? 散々陰湿な手を使って搦め手からの攻撃ばかりしてきて、今も芸がない物量作戦。 そろそろ本気を出してくださいます? それとも他人を馬鹿にして自分は安全なところから詐欺をすることしかできないのかしら?」

「きさまああああああああぁ!」

「陰キャ」は無言で飛び退く。ちょっと遅れて、あわてて「喫茶メイド」も飛び退くのが見えた。

フォロワーがまた集まって来ているが、使い魔は殆どみない。

フォロワーの一部は、原発をまだ狙っている。つまり、まだまだ「魔王」には余力があるということだ。

爆発的に膨れあがる巨大な樹。

さっきまでみたいに、無作為に枝を広げるのでは無い。

色を一秒ごとに変えながら、メリメリと複雑な形状に己を変えていく。

「お前らミームなンぞ、僕の前にはタダの出がらシなんだよォ……! それガこの僕に散々傷をつけてくれたなあ……!」

「あら、普通の傷よりも、経歴の傷の方がいたかったのではないかしらねえ。 やはり貴方、オツムが衰えていますわよ。 若い頃だったら、もっと気が利いた返しをして来たでしょうにね」

「だ、だま、だまれええええええエエえっ!」

膨れあがる圧倒的な力。

びりびりと来る。

どうやら、もう出し惜しみをするつもりはないらしい。

まあそうだろう。

「魔王」は恐らく後がない状態で出て来ている。それに、今までこんな形態になったのは報告だってされていない。

本人も使ったことさえないだろう。

それならば、一気に力で押し切るしかない。

それに煽られるまでもなく、「魔王」自身も気付いているだろう。

自分が格闘戦には決定的に向いていないと言う事に。

だったら、初見殺しの攻撃で徹底的に押し潰していくしかない。

勿論、高位邪神の初見殺し攻撃だ。

とても油断出来る代物では無いだろうが。

「魔王」がかなり追い詰められているのは、どう客観的に見ても確定だろう。

狩り手を一人も倒す事が出来ず。

更に総力を挙げての戦闘に引きずり出され。

退路もない。

この時点で、「魔王」は相当に焦っているだろう。

これは推測では無い。

単なる客観的な分析だ。

だから、一つずつ丁寧に、初見殺し能力を折っていく。それによって、確実に勝ちに近付いていく。

逆に言うと、あのNO3以上の実力者に対しては、そうするしか勝ち目が無い。

「後ろは此方でどうにかします」

「喫茶メイド」が、集まって来たフォロワーを見ながら、声を掛けて来る。

此方もガラケーデバイスを鳴らして、それに応じた。

「陰キャ」も前に出る。

膨れあがる巨木は、さっき以上に太い枝を展開しつつ、頭上から一斉に狙って来た。

「僕こそが、支配者! この世界の支配者なんだよォオオオ! 地下世界の支配者は、表世界の支配者でもある! ましてやネットの事実上の支配者である僕は、現実世界ともはや切っても切れない関係のネットの王! その僕に傷をつけるとか、許されるとか思ってんのかよォおおおっ!」

頭上からの徹底的な飽和攻撃か。

やりづらいことこの上ない事は確かだけれども。

さっきから、嫌がらせに本当に特化している事が分かる。逆に、それしかこの邪神には無いのかも知れない。

斬り払いながら、とにかく少しでも前に出る。

頭上だけでは無く、前からも時々忘れたかのように枝が仕掛けてくるが。

文字通り周囲全てを見ている状況。

その域まで技は研いでいる。

まだまだ。まだ対応できる。

そう思った瞬間、一気に敵の攻撃速度が上がる。速度に緩急もつけてくる。

なるほど。それで対応できない狩り手は、此処でアウトと言うことか。だけれども、「陰キャ」も散々修羅場をくぐってきたのだ。

この程度だったら、負けない。

更に前に。

前に。

攻撃が更に発狂じみてくるが。

むしろどこか哀れだなと、「陰キャ」は思った。

 

2、生き方のツケ

 

戦闘スタイルはお世辞にも褒められた内容では無い。

力で押すわけでも無いし。

戦術を駆使するわけでもない。

ただ搦め手で、自分が偉いことをひたすらに主張する。

自分で得たわけでもない力で。

ひたすら弱者に崇拝を強要する。

SNSクライシス前にいた、スクールカーストのα個体。何をしても良いと負の成功体験を積み重ね過ぎて思い込むように至った愚かな存在。それに近いのか。

いや、それとは少し違う。

そういった連中をも好き勝手にできるようになった事で。

更なる深みに足を突っ込んでしまった存在。

そんな存在だと、「悪役令嬢」は感じた。

とにかく上を取ってひたすら飽和攻撃をしてくる。人間に対しての必殺攻撃とは言えるが。

対応できる存在には、正直な所どうということもない。

流石に「喫茶メイド」は下がらせる。

「陰キャ」や「悪役令嬢」ならともかく、彼女の近接戦闘能力では、これには押し切られる。

更に、木の幹からは大量の絵文字が飛んでくる。

どれもこれも文字を組み合わせた個性的なものだが。

いずれもが人間の血肉や骨でできていて。

まがまがしさが増す一方だった。

いずれにしても、体力勝負に持ち込んだら勝てないのは自明。

作戦を何度も失敗して、此奴はこれでも弱体化しているはずだが。それでも人間が体力勝負を挑んで勝てる相手では無い。

どんどん相手を失敗させ。

精神を折っていかなければならない。

精神生命体には、それが一番効くのだ。

全周囲攻撃を続けている「魔王」だが、どうも「陰キャ」に対して今は注目しているらしい。

数秒ごとに、「悪役令嬢」と「陰キャ」に対する攻撃の重点を切り替えてきているようである。

また、大量の使い魔を展開しては、原発に向かわせることも行っているようである。

まだしばらくは、「コスプレ少女」をこっちには呼べないか。

使い魔の相手だけだったら、少し離れた場所に待機させている「喫茶メイド」でも対応できるが。

この枝の攻撃は、ともかく厄介なのは事実だ。

体力ももりもり削られていく。

まあこの辺りは。

流石に腐ってもNO2というところだろう。

「死ねやァ!」

吠えながら、「魔王」が一斉に枝を降り下ろしてくる。「陰キャ」の方にも、である。

ハンドサインを出すと、「陰キャ」は対応できると信じ。

そのままするりと足を運んで。

全方位から飛来した使い魔と、重い枝の攻撃を。

まとめて消し飛ばしていた。

愕然とする魔王。

練気をこの間の「饕餮」戦で学習させて貰った。

自分の技術が如何に未熟かも思い知った。

ここしばらくは、鍛え直しに終始していたと言っても良い。

更に「饕餮」が恐らくだが。

贖罪のために見せてくれた様々な奥義。

完璧ではないにしても、かなりモノにしていた。

その成果を見せ。

悉く、飽和攻撃を消し飛ばす。

当然出来た隙に。

一斉に、ハンドサインを受けた「喫茶メイド」がナイフとフォークを叩き込んでいた。

幹が派手に爆裂する。

悲鳴を上げる「魔王」だが、わざとらしい。

事実、踏み込んで即座に下がると。地面から、錐のように根が突きだしてきた。また搦め手か。

ダメージを受けたフリをして、不意を突くつもりだったのだろうが。

残念ながら見え見えだ。

そのまま体勢を低くし。

地面を抉って加速しながら、鉄扇の重い一閃をくれてやる。

木の枝の壁ごと、幹に深刻な一撃が入り。

魔王は今度こそ、本気で大量の鮮血をぶちまけながら、悲鳴を上げる。

一瞬遅れて、「陰キャ」も同じようにして一閃を叩き込んだようで。魔王は十字に幹を深く抉られ。

其処に、「悪役令嬢」は火炎瓶を投擲していた。

恐らくは何かしらの作用が働いたのだろう。

巨大なトーチになる魔王は、必死に枝を振って火を払おうとするが。引火は凄まじい速度で進み、一気に枝の先まで燃え上がる。

次の瞬間。

魔王は全身の表皮を吹き飛ばして、再構築を開始。

だが、其処に突貫した「悪役令嬢」が、幹を真っ二つに切り裂いていた。

ずるりと完全に切りおとされた木が、横にずれていき。

そして地面に轟音と共に激突した。

「さっさと形態変化したらどうですの? まだ余力がありますでしょう?」

煽る。

生前、此奴の専売特許だったことだ。

こういうことを逆にやられると、邪神という精神生命体は更にダメージを受けていくことになる。

案の定、完全に「魔王」はカチキレた様子だった。

どうでもいいが。

もう言葉にさえならない絶叫を上げながら、空中に何かが収束していく。

文字だ。

血肉や骨が大量に集まっていく。周囲にいた無数のフォロワーが、悉く分解されて、魔王の血肉にされていく。

凄まじい猛攻の中、近付くフォロワーが「魔王」自身の攻撃で消し飛んでいたので。そっちへの対処は多少楽だったのだが。

こうやって活用してくるか。

地面に降り立ってくる、文字で全身が構成されたなんだか得体が知れない巨人。

「魔王」の元になった人間はとにかく他人を見下していつもにやついている輩だったが。

この巨人は、どうにも筋肉質だ。

それだけで何となく分かる。

「魔王」の元になった人間はやせ形で、どうみても弱そうな体をしていたが。

或いはどこかで、こういったマッシブな姿に憧れていたのかも知れない。

天を文字通り引き裂く咆哮。

なるほど、今までの邪神とは格が違うパワーの持ち主だという事を示したいのか。残念ながら、別にたいしてNO3や「饕餮」と変わらない。

「陰キャ」が走りながら、此方の視界に入ってくるのが見えた。

枝のように全方位攻撃をしてくるわけではないだろうから、その方が有利と判断したのだろう。

「魔王」は雄叫びを上げながら、今度は全身の「文字」を、一斉に飛ばしてくる。

文字通り、無尽蔵だ。

着弾する度に、まるで爆撃のように地面が爆裂する。

それが、文字通り視界を覆い尽くすように飛んでくる。

此奴の元になった人間が作った巨大掲示板の全盛期には、どれほどの文字が毎日飛び交っていたのか分からない。

それを力にしているとしたら。

それは、それこそとんでも無い量だろう。

だが、此奴の場合は、周辺にいた十万弱のフォロワーを取り込んで、力に変えている。

此奴自身の全能感と物量に、どうしても差が出るはずだ。

苛烈な爆撃を全て凌いでいると、虫の知らせが働く。

下がれと、「喫茶メイド」に叫びつつ。

後方に全力で飛び退く。

恐らく、拳を地面に叩き込んできたのが分かった。

猛烈な風圧だ。

クレーターができている。

拳一発でこれだ。

更に常時周囲を爆撃しているのも同じである。

フォロワーをまとめて周囲に固めたのも頷ける。

それをする意味がある、と言う事だ。

距離を取りつつ、ガラケーデバイスで話す。相手は「コスプレ少女」だ。

「そちらに絵文字は?」

「もう増援が来る様子はありません」

「よし。 それならば、今いる分を蹴散らしたら此方に」

「! ……はいっ!」

感情が無かった「コスプレ少女」の声に熱が籠もる。

獣だった「コスプレ少女」はどんどん人間に戻って来ていたが。

其処に決定的な何かが加わった気がする。

このわずかな通信のために、「陰キャ」が前に出て、凄まじい太刀さばきで飛んでくる文字を捌いてくれていた。

礼を言うと、それぞれ左右に別れて、敵の攻撃を分散させる。

そういえば、「魔王」自身は多少冷静になったのか。

ひたすら文字による弾幕で此方の視界を防ぎつつ。

時々重い攻撃を繰り出すという、搦め手とパワープレイを混ぜた戦いに切り替えてきている。

或いは文字をありったけ飛ばすという攻撃に切り替えてきた事により。

人間時代の己のあり方。

アンダーグラウンドクリエイターとしての矜恃のようなものを。

思い出し始めたのかも知れない。

まあぶっちゃけどうでもいい。

あくまで推察に過ぎないし。

ともかく、このまま押し進める。

敵の圧力を捌きつつ、とにかく少しずつ前進するが。時々飛んでくる拳や足が、それをさせてくれない。

そこにジョーカーがあるとしたら、「コスプレ少女」の存在だ。

近接戦の実力だったら、もう「喫茶メイド」を凌いでいる。

「悪役令嬢」や「陰キャ」ほどではないが。

それでももう一人前に育った狩り手だ。

そのまま、苛烈な攻撃をしのぎ続けるが。やはり十万からなるフォロワーをまとめて取り込んだのだ。

力勝負は無理だろうな。

それについては、どうしようもないとは分かる。

だが、力勝負をするつもりはない。

それに、まだ体力には余裕もある。

ごりごり削られてはいるが。

そんなもの、上位邪神との戦いではいつものことなのだから。

足が来る。

気配が、だんだん分かるようになってきた。

だんと踏み込むと、饕餮が見せた突き技の一つを試す。鉄扇越しに、内臓に響くような猛烈な一撃を打ち込んできたものだ。

完全再現はまだできていないが。

それは練習量と実戦経験で補う。

相手が、足を押し返されて、わずかに態勢を崩すのが。飛来する文字の様子からして分かった。

その分消耗も激しかったが。「陰キャ」も相手が体勢を崩したのを察して、攻勢に出る。

更に、後方。

爆撃をかいくぐって、ついに「コスプレ少女」が前線に到着する。

この技量の狩り手達との交戦経験が無く。形態変化すらした事がなかっただろう「魔王」。その全てが徒になる。

「陰キャ」の抜き打ちが、もう一つの足を真っ二つにし。

背中から駆け上がりながら、ステッキでのゼロ距離射撃を浴びせつつ、「魔王」の体を「コスプレ少女」が駆け上がっているようだ。音の位置でそう判断出来る。

文字の弾幕が一瞬消える。

文字で構成された巨人の頭上に。

躍り上がった「コスプレ少女」が。文字通り、蜂の一刺しとも言える体術からの華麗な蹴りを差し込んでいた。

そのまま飛び退きつつ、ステッキからの射撃を叩き込みつつ離れる。

「魔王」がよろめき、そこに更に追撃を入れる。

もう一発「陰キャ」が抜き打ちを入れて、脇腹から肩に一撃が抜ける。

文字通り、光が奔ったかのようだ。

無様に腰を打つ「魔王」。

やはり体術の類は全くという程駄目だな。

そのまま、突貫した「悪役令嬢」は。

しなりを入れつつ、「魔王」の顔面をそのままけり跳ばしていた。

これも「饕餮」が使った技の一つ。

蹴り技は隙が大きくなることもあって、ここぞという時にしか使えないものではあるのだが。

奴は打撃技に交えて、これを綺麗に使いこなしていた。

あれほど綺麗ないわゆるコンビネーションを使いこなしてみたいものである。

いずれ自分の技に完全に取り込み。

更に昇華させたいものだ。

首がすっ飛んでも、「魔王」は更に動こうとするが、「喫茶メイド」にも加わって貰って総攻撃を続ける。

首が瞬時に再生。

腰を打っていた魔王が、喚きながら立ち上がろうとするが。

その足を再び、「陰キャ」が一刀両断にしていた。

今度は前のめりに倒れる「魔王」に、更に連撃を浴びせる。

まだ、此奴は最終形態になっていない。

どんどん恥辱を浴びせろ。

精神生命体にはそれが効く。

やがて精神的に限界が来た時、最終形態を現し。

そしてコアが露出する。

まだ此奴には余裕がある。余裕があるという事は、コアが出てこないと言う事だ。

最初からコアを露出させているケースもあるが。上位邪神の場合は、どうも最終形態まで追い込まないとコアに有効打が入らないケースの方が多い。

それだけ、精神生命体として高位の存在、と言う事なのだろう。

また、顔面を蹴り砕き。

首ごと吹っ飛ばす。

二度も首をサッカーボールにされて、流石に全ギレした様子である。

良い感じだ。

膨大な文字が、巨人の肉体から分離して、上空に集まっていく。

クッキーをまとめてばりばりと頬張る。

そのまま持ってきている水筒からまずい茶も口に入れる。

少しでも回復しておかないとまずい。

周囲にも視線で指示。

形態変化の間は、相手にも隙が産まれる。

つけ込む隙はないが。

それでも多少は補給ができるだけでも、なんぼかマシだ。

かみ砕いたクッキーを乱暴に飲み下す。

本当にまずいな。

それでも、このクッキーは栄養をふんだんに放り込んで。砂糖で頭の回転も回復させるように作られている。

激しく頭を使いながら戦う邪神との戦闘では必要不可欠だ。

まずいと言うことは、材料がとにかく劣悪なので仕方が無い。

大航海時代などには、更に酷いクッキーや蛆が湧いているような肉を船員は口にしていたという話だから。

今のがまだマシ、と考えるべきなのか。

いずれにしても、空中で集まった膨大な文字が、また形を変えて行く。

今度は、それが何やら文章になっていく。

それらの文章が、旋回しながら、球体を作りあげていき。

その中心部には、何やら痩せこけた顔が浮かび上がっていた。

間違いない。

この邪神「魔王」の元になった人間だ。

あの何もかもを見下しまくった表情、覚えがある。

「ミームが、ミーム如きが、ミーム程度が……」

その顔も、醜く憎悪に歪んでいく。

まあそれはそうだろう。

彼が言う通り、こっちはミームの権化。わざわざばかみてーな格好をして、ミームの権化になっているのだ。

「陰キャ」みたいな天然物もいるが。

それ以外は、わざわざSNSクライシス前に馬鹿にされていた存在に姿を似せて。

それで戦いに臨んでいるのである。

そんな存在に此処まで痛めつけられれば。

NO3などいわく「上級国民」であったり。

此奴のようにアンダーグラウンドにて圧倒的な影響力を持っていたりした存在にしてみれば。

それはダメージになるだろう。

それこそが、狩り手。

人間がどうにもできなかった邪神に対抗できる存在。

奇しくもSNSクライシス前に「格好良い」とされていた存在とは、真逆の姿。ヒーローではない。

ダークヒーローでもない。

どれだけ社会の高位に上がろうと。いや、社会の高位に上がった人間ほど。見かけで相手を判断するようになる。

それを逆手に取った、邪神ごろし。

SNSクライシスが何故起きたのかは分からないが。

三十年間の血涙の結果、作りあげられた究極のアンチ邪神こそが、「悪役令嬢」ら狩り手なのだ。

だから、理論的には恐らく邪神最強の一角に座する此奴にだって勝てる。

「俺に、ミーム程度が逆らうんじゃねええええっ!」

ついに一人称も化けの皮が剥がれた「魔王」が、膨大な文章を叩き付けてくる。

それらは、恐らくは奴の掲示板に存在していた怪文書なのだろう。

色々な怪文書がばらまかれ。

あるものはネットミームとして怪談となり。

あるものは一人歩きして多くの人を不幸にした。

触手のように振り回される膨大すぎる文章。

散るように「悪役令嬢」は叫び、それぞれで対応に入る。重さがさっきまでの比では無い。一撃ごとに、地面が凹むほどの火力が出ている。それも鞭として振るわれているだけで、だ。

凄まじい火力。

恐らく、これが邪神「魔王」の最終形態。

プレッシャーも段違いだ。

一瞬でも気を抜けば、死ぬ。

「「喫茶メイド」さん! わたくしの後ろに! 「コスプレ少女」さんは走り回って狙いを絞らせないように!」

「はいっ!」

「分かりました!」

「喫茶メイド」は兎も角、「コスプレ少女」の声にかなり熱が戻って来ている。

やっぱり。

仮説は立てていたが、家族の仇は此奴なのだろう。

今までは戦闘に次ぐ戦闘で記憶が混乱していたし、思い出す余裕も無かったが。

狩り手としての実力がついてきて、余裕が生じてくると同時に、此奴の事を思い出し始めたのだ。

可哀想に。

まだ十代だぞ。

それでこんな悲惨な戦いに巻き込まれて。

おぞましい程邪悪な言葉を浴びせかけられて。家族を面白半分に皆殺しにされれば。それは歪むのだって当然だ。

振るわれる文字列を、気迫のこもった一撃で両断するが、即座に再生する。

大量の触手による飽和攻撃が。

伸縮自在、更に再生も自在。

火力も高い。

一撃一撃が、今の「悪役令嬢」でも弾き返すごとに猛烈な打撃となって全身に響く。それほどに危険だ。

一瞬で、周囲に戦術核並みの破壊をもたらそうとしたNO3に比べると瞬間火力は落ちるかも知れないが。

確かに此奴は強い。

搦め手ばかり。

正面からの戦いは苦手かも知れない。

相手の裏を掻くようなやり口ばかりだが。

やはりNO2。

それでも、全戦力を解放すれば、これだけ出来るという事か。

いいだろう、認めよう。今こそ、「悪役令嬢」が全力を出す時。

周囲をちら見。

一番頼りになる「陰キャ」も、かなり追い込まれていて、汗が散っている。多分長くはもたない。

逸りそうになっている自分を必死に抑え込んでいる「コスプレ少女」。

「喫茶メイド」は「悪役令嬢」の背後で、飛び火してくる文字列をかろうじていなしながら、狙撃のタイミングを待っている。

「魔王」は吠える。

「俺はネットの歴史そのもの! ネットとは近代の人間の営みが圧縮された存在そのものでもある! 跪け! 頭を垂れろ! 俺こそが、ネットのアンダーグラウンドクリエイター、「魔王」! 貴様らミームなど、俺の作り出した魔界から生じた存在に過ぎない!」

一部に関してはそうだ。

確かにネットの一時代を此奴は支配していた。

決定的にネットにおける人心が荒廃した理由も此奴が原因だ。

だが。

SNSが主体になっていった後の時代には、此奴はただの詐欺師に墜ち果てていった。

見極めろ。

此奴のコアは何だ。

あの触手を全てかいくぐり、顔を粉砕しただけでは多分倒す事は出来ない。

此奴のコアは。

弾き返した文字列が、良くない感じに薙いだ。後ろを一瞬見て、吹っ飛ばされた「喫茶メイド」が必死に立ち上がろうとしているのが見える。

「コスプレ少女」も相当に追い詰められている。防戦一方。

体力がかなり向上してきているらしい「陰キャ」もそろそろ限界。「悪役令嬢」だって、余力なんてない。

ゆっくり見える、此方に飛んでくる文字列。

考えろ。

どうやったら、あいつを倒せる。

彼奴が一番大事にしていたものはなんだ。

ふと、心にそれが浮かぶ。

奴の経歴は調べた。

何しろNO2の元になった存在だ。徹底的に調べておかなければ、当然倒す事などできない。

今まで幾多の狩り手を返り討ちにしてきた、NO2に相応しい実力を持つ邪神である。

どれだけの準備をしていても、足りないなどと言うことは無い。

だから、調べていたのだ。

その中に、一つだけ気になるものがあった。

顔を上げると同時に、文字列を弾き飛ばす。

消し飛んでも、即座に再生する文字列。

周囲に、叫んでいた。

「仕掛けますわ。 勝負は次の一瞬!」

他三人が頷く。

「悪役令嬢」は、すっと鉄扇を拡げる。

「狩り手「悪役令嬢」。 行きますわよ……!」

「ミームごときが、この俺、ネットの「魔王」たる俺に対等に口を利くんじゃねえェッ!」

わめき散らしながら、「魔王」が圧倒的な数の触手を叩き込んでくる。

さあ、最後の勝負だ。

いくぞ「魔王」。

蓄えてきたその膨大な情報。

今から、真っ正面からたたき割ってやる。

 

3、死闘の終わり

 

文字通り、億を超える文字だろう。

「悪役令嬢」に喧嘩を完全に売られたと判断した「魔王」が、全部の文字列を束ねて、叩き込んでくる。

それはあまりにも有名な文章から、一部でブームになったものまで。

奴の作り出した巨大掲示板にて産まれた膨大な文章。

その全てが、文字通り一筋の槍になって、「悪役令嬢」を突きに来る。

その瞬間。

隣の空気が完全に変わった。

ゆっくり前に出ていく「陰キャ」。

最近はパーカーを深く被って、帽子までパーカーで覆っている。眼鏡もマスクも前のまま。

地味な色のパーカーが、却って目立つのは。

手にしている妙にデコレーションが派手な刀と。

何よりも、その全身から放っている。

究極まで研ぎ澄まされた気迫が故。

無の境地。

もう、追い込まれなくても、自由に使いこなせるようになっている、と言う事だ。

ふわりと、風が来た。

抜き打ちを、あまりにも柔らかく放った「陰キャ」が。文字通り文字列を木っ端みじんに消し飛ばしたのだ。

これが無の境地まで至った技か。

面白い。

此方も負けているわけにはいかない。

即座に再生を開始する「魔王」だが。

瞬歩を駆使して、その頭上に出た「悪役令嬢」が。此方も、絶技を叩き込む。

「絶技……」

技名を口に出すのは。

それが、言霊になるから。

「饕餮」がどうしてそうしたのかは最初分からなかったが。

なんどか試してみて理解出来た。

いにしえの武人達が、名乗りを上げたり。或いは手袋を投げたりしたのも恐らくは同じ理由。

己の身を、戦闘態勢に置くため。

そのまま「悪役令嬢」は。今まで練り上げてきた、究極の突き技を、下に向けて放っていた。

瞬歩を駆使すれば、もはや空気ですら壁にできる。

空気を蹴って文字通りの空中機動を行い。

真下にいる巨大な「魔王」の顔に。頭頂部に。

渾身の、身の全ての筋肉を動員した一撃を叩き込む。

「薔薇龍刺突!」

「魔王」の巨大な頭が。

拉げて、地面に叩き付けられるまで0.2秒。

更に、其処に倒れたままの「喫茶メイド」が、残った萌え絵ごと、ありったけのナイフとフォークを叩き込む。

最大級の爆発が起こる中。

「陰キャ」が、抜き打ちで柔らかく爆発を相殺し。煙も消し飛ばしていた。

「魔王」の顔が拉げて砕けた中、見える。

叫ぶ。

「あの紐を!」

今、動けるのは「コスプレ少女」だけだ。

残った力を全て動印して、跳ぶ。

拉げ砕け今の「陰キャ」の一撃で切り裂かれた「魔王」は、顔の周囲に急速に文字列を再構築しているが。

顔の真ん中辺りに見える。

金色に輝く美しい紐が。

間違いない。

あれがコアだ。

「悪役令嬢」は今の絶技もあって、着地に体の制御をするので精一杯。「陰キャ」はもう無の境地から抜けつつある。つまり、力を使い果たす。「喫茶メイド」は弾切れ。やれるのは、「コスプレ少女」のみ。

見える。

「コスプレ少女」が、一本の矢となって。

文字通り、直線に敵陣を突っ切る。

一本だけ再生に間に合った文字列が、叩き付けられるが。

掠められ、肩の肉を抉られながらも、「コスプレ少女」は気にもせず走る。分かる。今までの獣では無い。

少しずつ戻っていた人間性が。

良い意味での怒りを、全ての力に変えている。

地面を蹴り、跳び上がる「コスプレ少女」。

数本の文字列が再生し、それを捕らえようとするが。もう関係無い。「コスプレ少女」が、正確極まりない蹴りを叩き込み。

多数のフォロワーを屠り去って来たその一撃でもって、黄金に輝く紐を打ち砕いていた。

絶叫が上がる。

「魔王」の全身が、文字列もろとも吹き飛び、周囲に凄まじい赤い雨が降り始めた。

十万からなるフォロワーを吸収したのだ。まあそれは当然とも言えるだろう。

着地と同時に、前のめりに倒れかけている「コスプレ少女」を抱き留める「悪役令嬢」。見ると、既に刀を杖に片膝を突いている「陰キャ」と。「萌え絵」のカバーで、降り注ぐ赤い液体を防いでいる「喫茶メイド」が見えた。

傘を開く。

戦闘用の傘だが、普通に傘としても使える。

土砂降りのような音と共に、大量の赤い液体が降り注いでくる。

人間だったものの残骸だ。

気配が消えていく。

「魔王」の記憶もわずかに流れてくる。

最初は。

最初は、パソコン通信なんて不便なものではなくて。

もっと誰もが自由に使えて。

もっと交流の幅が拡がる場所を作りたかった。

それは文字通りの紐。

網(ネット)でさえない。

だが、最初の一歩に必ずなる。

そう思った。

だが、いつの間にか、どんどん己の中の邪悪が膨れあがっていった。悪い奴が、どんどん周囲に集まって、その影響を受けていった。

思うに僕は弱い奴だったのだと思う。

だから、どんどん詐欺師になっていった。

最悪な事に適性もあった。

気がつくと、最初にわずかにあった志なんて、何もかもがクソの山に埋もれ果てていた。

手を払って、「魔王」の思念を消し飛ばす。

言い訳と断じるのは簡単だ。

だが、心が弱い人間が分不相応な力を手に入れればどうなるかなんて、分かりきった話である。

奴の場合はその典型だった。

器ではない場所に行くと、人間は簡単に壊れる。

立派だった人格者でもだ。

ましてや最初から、小さな志があるだけのちっぽけな人間だったのだとしたら。その末路は、無惨になるのも仕方が無いのだろう。

雨が止んできた。

周囲は文字通りの血の池地獄である。

ガラケーデバイスを使って、山革陸将に連絡を入れる。

「絶対正義同盟NO2、「魔王」討伐完了ですわ。 C4Iの再起動と、後は迎えをお願いいたします」

「ありがとう「悪役令嬢」くん。 本当に……本当に感謝の言葉も無い」

「まだNO1も、それに他の国の邪神も残っていますわ」

そう。邪神は海さえ渡ってくる。

日本から邪神がいなくなれば、オーストラリアやユーラシア大陸から邪神が来る可能性が極めて高い。

特に大陸には十数体が所属する巨大な邪神組織がある事が分かりきっている。

それに、NO1の実力は、間違いなくNO2より上。

それもちょっとやそっと上ではなく、このすぐに裏切りそうだった此奴が、絶対に逆らえないほどに上だろう。

もう少しで一人前になれそうなのは、「女騎士」と「優しいだけの人」だろうか。

いずれにしても、どっちかが加わらないと、撃破どころか戦う事さえ厳しいとみた。

程なく、ロボットが来る。

まずは完全に意識を失っている「コスプレ少女」を乗せる。すぐに行って貰う。ロボット関係は「魔王」による干渉が厄介だから止めていたのだが。もう全て再起動している様子だ。

次のロボットには、「喫茶メイド」に乗って貰う。最後の方で。モロに文字列の一撃を食らっていたし。病院にいかないとまずいだろう。それに全身に赤い液体を浴びていた。衛生面にも良くない。

続いて「陰キャ」に行って貰う。

無の境地に達した後も、まだ動けるのは凄い。

どんどん使いこなしている、と言う事だ。

「悪役令嬢」も入れるには入れることは確認したが、一度入ると多分しばらく動けなくなる。

もっと練習がいるだろう。

いつもとは比べものにならない程遅く、ガラケーデバイスで文字をこっちに打ってくる。

「「悪役令嬢」さん。 凄く嫌な予感がします」

「どうしましたの。 NO1が強いのは分かりきっているでしょう?」

「……それもそうなのですが」

「今はともかく休んでくださいまし。 わたくしも、この場をすぐに離れますわ」

頷くと、「陰キャ」は行く。

さて。

どうやら、その悪い予感が当たった様子だ。戦う余力は無いが、幸い相手も此方を見に来ただけのようである。

「君が「悪役令嬢」かね。 「魔王」を倒すとは思わなかった。 実に素晴らしい」

「……貴方が絶対正義同盟のNO1ですわね」

周囲の気配がおかしい。

びりびりと、重力が強くなったかのような強烈な違和感がある。

だけれども、相手に戦う気が無いのも分かる。

いや、これは違う。

恐らく、いつでも此方を殺せると思っている。

そして、その自身はあながち過信でも無いことは、気配を感じて分かった。

こいつは、強い。

NO2が子供に見える程の異次元だ。

相手は声だけ。

姿も見えない。

だが、その声だけで。普通の狩り手は、意識を失うだろう。

なるほど、あの我が強そうなNO2やNO3が絶対服従を誓うわけだ。此奴はあまりにも圧倒的過ぎる。

「名乗っておくとしよう。 私は「神」。 絶対正義同盟を作りしものだ」

「随分と巫山戯た名前ですわね」

「ふっ。 何も巫山戯てはいないさ。 何しろ私こそ、SNSクライシスと君達が呼ぶ事件の前。 日本……いや世界中の会社、つまり経済そのものを支配していたシステムなのだからね」

やはりそうか。

SNSクライシス後に生じた邪神は、社会に悪影響を与えたものほど強かった。

だから、NO1の候補も絞られていた。

恐らく此奴の正体は。

「神」などと称しているが。実際は強いていうなら「ブラック企業社長」。

文字通り当時の社会を崩壊寸前まで追い込んだ、邪悪の権化。

邪悪そのものだ。

何人か元になった人間の候補は思い当たる。

いずれにしても、その影響力は、確かに「魔王」や「フェミ議員」の比では無い。

実際に大量の人間を苦しめ続け。

大量殺戮を合法的に続けていた存在なのだから。

「面白い見世物だった。 では、近いうちに其方に伺うとしよう。 今までの雑魚共で、君達の全てを把握できた。 これで君達を何の苦も無く鏖殺することができるだろう」

「ふっ……」

「何かおかしな事をいったかい?」

「貴方ほど、殺して何の痛痒も覚えない存在もいませんわ。 容赦なく八つ裂きにしてあげますことよ」

高笑いする「神」。

面白い。やってみろ。

そういう嘲笑だった。

勿論やってやる。

SNSクライシスが何故起きたのかは分からない。だが、SNSクライシスが発生しなかったら、世界を滅ぼしていただろう最悪の存在。

滅ぼす事には、何ら痛みも哀しみも無い。

これほどの邪悪は他に存在しないと言っても良い。

文字通り、駆逐に全力を尽くす事が出来るだろう。

やがて奴の気配は消えていった。

いつの間にか、近くにロボット車が来ていた。

それほど、奴の気配が濃厚で。

そして殺気に対して、強く自分が反応していたのだと。「悪役令嬢」は今更になって気付いた。

意気が上がる。

これほど、殺さなければならない相手は他に存在し得ない。

いかなる手段を用いてでも殺す。絶対にだ。

ガラケーデバイスから連絡がある。山革陸将だった。

「一瞬其方の状況が完全に把握できなくなった! 何があった「悪役令嬢」くん!」

「どうやら絶対正義同盟のボスがお出ましのようですわ」

「それは……本当か」

「はい。 わたくしに語りかけてきましたわよ。 どうやら正体はブラック企業の社長……その集合体か何かのようでしたわ」

すぐに調べると、山革陸将が応じてくれる。

通信を切ると、戻る事にする。

あの様子だと、恐らく近いうちに総力戦を挑んでくる。

他の組織から雑魚を集めて、もう一戦とは行かず。本人が挑んでくることだろう。

勝てるという自信があると言うことだ。

それを得るためだけに、部下全てを犠牲にし。

援軍も全て使い潰した。

ある意味ブラック企業の社長らしいやり方だと言える。

連中も「代わりなど幾らでもいる」の精神で人材をすり潰し続け、社会に深刻な人材不足を引き起こした。

コンサルなどと言うようなクズ共や、或いはまんま反社がそれに荷担しているケースもあったようだが。

いずれにしても、ブラック企業の社長こそ。

SNSクライシス前の、最果ての世界を作り出した元凶の一角である事は、誰の目にも疑う余地が無い。

フェミ関係の邪神が多かった事からも、或いは超過激派のフェミ……いわゆるラディカルフェミニストと呼ばれる連中では無いかと言う説もあったようだが。

少なくともこの国の邪神組織のボスは、違った様子だ。

ともかく、ロボットで駐屯地に戻る。

各地では、C4Iの再稼働などを急ぎ、決戦に備えている。九州や四国など安全地帯にした地域には、どんどん避難民を移動させてもいる様子だ。

近いうちに、奴は来る。

駐屯地に戻ると、まずは今動ける狩り手全員と連絡を取る。

戦績を見るが、まだ残念ながら一番一人前に近い「女騎士」をはじめとしたルーキー達はNO1との戦闘に連れて行く事は出来ないだろう。

連れて行っても無駄死にさせるだけ。

足手まといになるだけだ。

システムが「魔王」の死により全復旧した事もある。

故に、リモートで会議を開く事が出来た。

システムの殆どが死んでいるも同然だったので。

これは大変に有り難い話である。

「ブラック企業というと伝説の……」

「今とは比較にならない程豊かな時代だったというのに、そんな時代でも信じられない欲望で富を独占し、他の人間を虐殺していたというあの……」

誰もが青ざめている。

それはそうだろう。

SNSクライシス前の邪悪については、狩り手になるときに研修はしている。

その中には、ブラック企業についての授業もあった筈だ。

勿論、今はブラック企業など存在しない。

そもそも経済活動がほぼ存在していないのだから、当然だとは言える。

今、誰もが生きていくのに配給制で食事を得ている。

まとまった数がいる事自体がリスクになるので、会社などは存在していないのである。

無人工場を国が管理し。

其処から得られた物資をそれぞれが消費し。

決められた場所に廃棄物を廃棄して。

それをロボットが回収する。

人々の営みはそれだけだ。

国に所属した人は、自衛隊になったり、研究者になったり。場合によっては政治家になったりする。

中には適性があって狩り手になったりもするけれども。

それが精一杯。

最果ての時代がSNSクライシスによって終わった後。

「人類社会」というものも、一度完全に終わった。

富を過剰に蓄えていた者達は全て死に絶えた。

或いは一部は、さっきの自称神のように邪神になったのかも知れない。

それ以外の人間も殆ど死に絶えた。

生き延びた人々の殆どは、今も塗炭の苦しみに喘いでいる。

文化は殆どが失われた。

だけれども。

産業革命の結果、英国からは伝統的な家庭料理が殆ど失われた、という話がある。

SNSクライシスが起きなかった場合。

ブラック企業による人類の虐殺が続き。

結果として、多くの文化が同じように失われていたのではあるまいか。

可能性は決して低くは無いだろう。

片手を上げたのは、「コスプレ少女」である。

頭に包帯を巻いている。肩も吊っていた。

病院のベッドで処置を受けて。奴が攻めてきたら、出るつもりらしい。

頼もしい話だ。

仇を自分の手で討ち果たしたからか。

更に、目に熱量が戻っているように思えた。

敵討ちそのものが良い事だとは「悪役令嬢」は思わない。

だが。誰にとっても害にしかならない邪神となり果てた「魔王」は誰かが倒さなければならなかったし。

それを直接家族を踏みつぶされた「コスプレ少女」が討つのは、悪い事ではなかったのだろう。

「奴とはどのようなメンバーで戦うつもりですか?」

皆が驚く。

異常に寡黙で、サイコみすら感じている者も多かっただろうに。

普通に彼女が喋ったことが、驚きだったのだろう。

咳払いすると、「悪役令嬢」は発表する。

「わたくし、「陰キャ」さん、「喫茶メイド」さん。 それに治療が間に合ったら、「コスプレ少女」さん。 この四人で行きますわ」

「私は……」

「貴方はもう少し手が届かないですわね「女騎士」さん。 しばらくはそれぞれ各地で転戦して貰いますけれども、その過程で邪神と戦える所まで伸びたら或いは……」

「分かりました、頑張りますっ」

相変わらず元気なことだ。

別に挙手したのは、「優しいだけの人」である。

男性狩り手の中では、そもそも今現役の狩り手の中で最年長と言う事もあるのだろう。

まとめ役になっている様だった。

「それで具体的な作戦案はどうなっていますか」

「今、「ブラック企業社長」というのをベースに、作戦本部が作戦の立案を始めていますわ。 できれば一〜二回交戦して見て、相手の能力や戦術を知りたい所ですけれども……」「……」

「恐らくは、奴はクリティカルな場所に現れる可能性が高いでしょうね。 一度での戦闘でけりをつける必要があるとはわたくしも思いますわ」

厳しい戦いになる。

いつ、奴が現れるかは分からないが。

常に万全の体調を維持しておくように。

最悪の場合には、まだ一人前では無い狩り手も、戦場に来て貰う事になる。

特に各地にフォロワーが大量に現れた場合や。

自衛隊の駐屯地に強化フォロワーの残りが全て出た場合などは。

各地に飛んで貰う事になるだろう。

「デブオタ」「ガリオタ」の大ベテランが引退した後。

「陰キャ」以降の新人は、「喫茶メイド」を庇ってひどい負傷をし、今も病院から出られずリハビリも始められていないという「医大浪人生」以外は、狩り手は皆半人前も多いが生き延びている。

これは昔だったら考えられない事だ。

戦闘で生き残る確率は四割弱という時代が続いていた。

確実に流れは変わってきている。

それを告げて。

一旦解散する。

その後、山革陸将から連絡が来た。

「「悪役令嬢」くん。 一つ、告げておかないといけないと思ってな」

「何でしょう」

「米国において大きな動きがあった。 ついさっき連絡があった」

「!」

米国か。

増援を受けて盛り返した邪神組織「自由」。カナダに本拠を持つ奴らによって、米軍も米国の狩り手も大きな被害を受けた。

それから、どうにか体勢を立て直したと聞いていたが。

また何か大規模な被害を受けたのか。

心配はしたが。それほど悪くは無いニュースのようだった。

「米軍と連携した米国の狩り手達は、カナダ国境で邪神の群れと激突。 数名を失うも、ついに敵の大半を撃滅に成功したそうだ。 欧州の邪神組織が更に増援を回してくる可能性もあるが、いずれにしても米国の邪神組織もこれにて風前の灯火という状況になったようだ」

「それは……朗報ですわね」

数名を失ったか。

恐らくだが、狩り手のルーキーを無理に戦場に出したのだろう。

それだけ、一気に戦況を決めるために、無茶な戦いをしたということだ。

伝説の狩り手「ナード」氏は、「ガリオタ」「デブオタ」の二人のベテランと同年代だと聞いている。

既に五十を超えている筈で。

年齢的な限界もあって、どうしても決着を急がなければならなかったのだろう。

少なくとも北米から邪神を一度一掃する。

それくらいはしなければならないと、米軍の方でも焦っていたのだろう。

何しろ「ナード」といえば、人間が反攻作戦を開始した頃から最前線で活躍しているエースオブエース。

文字通り人類の希望の光だ。

それが失われてしまえば。

もはや人類に勝ちの目などない。

それが分かりきっているからこそ。「ナード」が生きている間に、北米から邪神をたたき出したかったのだろう。

ただ、少し不安もある。

欧州からの増援などもあって、米国ではベテランの狩り手が何人も鬼籍に入っていると聞いている。

米国は日本より若干マシな程度で、狩り手の育成システムについても情報交換をしているらしいが。

どちらがより進んでいると言うようなこともないようだ。

また、戦前にいた人間の数などもあって。米国のフォロワーの数は尋常ではないし。

各地で勝手にコミュニティを作って、独立国を気取るバカな人間も相当数がいるという話もある。

元々銃社会だったのだ。

色々な意味で、その辺りは深刻なのだろう。

だから、急いでともかく北米から邪神を駆逐し。

秩序の再構築から始めたいのかも知れない。

色々な事情を知っているから。「悪役令嬢」は、素直に喜ぶことはあまりできなかった。

恐らく山革陸将も、その辺りは同じだろう。

「もしも、日米どちらかが、邪神組織の掃討に成功したら、首脳会談を、という話があるそうだ」

「一狩り手のわたくしに話してしまっていいんですの?」

「既に君の名声は米国にも轟いている。 撃破した邪神の数はナード氏に既に並んでいるし、君の方が倍も若い。 少なくとも、国内でさえ君を危険視するものが出るほどの英雄だと言う事は、自覚してくれてかまわない」

「そんなことは別に嬉しくもありませんわ」

はっきりいって煩わしいだけだ。

いずれにしても、あまりもたついている時間はないだろう。

「奴が。 自称神が来るとしても、明日明後日ではないでしょうね。 その間に、少しでもフォロワーを駆除して、特に強化フォロワーを駆除して、各地の自衛隊駐屯地に来るだろう一斉攻撃の被害を減らさなければなりませんわ」

「分かっている。 今、ドローンの制御システム再起動と、本部のスパコンの汚染除去に全力を挙げている所だ。 君達にも、追って指示が行くと思う。 すぐに動けるように、休憩をしておいてくれ」

「……」

通信を切る。

さて、しばらくは寝るか。

本当に酷い戦いだった。

NO2はどうしようもないカスだったが。ああなってしまった経緯を思うと。最果ての時代が如何に業が深かったかというものもある。

どちらにしても大した奴ではなかったのだろう最初から。

器では無い場所に入ってしまったから、あのような救いがたい詐欺師になってしまったと言うことだ。

器に無い場所に行くと、人間は簡単に壊れてしまう。

あれはその見本のような存在だったのだろう。;

そういう意味では、同情の余地はあったかも知れない。

いずれにしても、ベッドで休む。

激しい戦いだった。

重い一撃も何発も喰らった。

だが、病院で診察を受けるほどではない。新しく加わってくれた「コスプレ少女」が思った以上に強かった事。

「陰キャ」と最初からいっしょに戦闘ができたこと。

何よりも、以前と比べものにならない程「喫茶メイド」が近接戦の腕を上げていた事。

これら全てが大きい。

NO2はNO3よりは強かったが、正直NO3に比べて何倍も強い、と言うほどではなかった。

勿論「悪役令嬢」や「陰キャ」がソロで討伐するのは難しかっただろうが。

それでも倒せたのだ。

今はそれで可とするべきだろう。;

眠り。

体力をひたすらに回復する。

起きたのは、いつもの早朝。

眠るのを優先したから、風呂は後回しにしていた。

まずは風呂に入って、身繕いをして。食事やトイレを済ませてから、出ている指示をみた。

狩り手の何人かは浜松に。

もう少しで、浜松の完全制圧が完了するようだ。

特に工場地帯は既に制圧が終わっている様子で。

後は市街地に少数残っているフォロワーを駆除すれば終わりらしい。

「陰キャ」は新潟に出向いている。

此方も、新潟で駆除を終えていなかったフォロワーを全て駆除してしまうつもりなのだろう。

「喫茶メイド」は「コスプレ少女」と共に、神奈川の人口密度が低い地帯でのフォロワー駆除作業。

小田原、横浜に多数いるフォロワーを駆除する先を見据えての事らしい。

古くには横浜から静岡にかけて大きな工業地帯が存在したらしく。

これを無人化して復興することで、人類の邪神に対する大反攻作戦の嚆矢とする計画が持ち上がっているらしい。

いずれにしても九州の無人工場地帯だけではそろそろ限界が来ていたのである。

まずは浜松。

次に横浜を解放すれば、確かに人類の戦況はある程度良くなるだろう。

ユーラシアにも南アメリカにもアフリカにもオーストラリアにも邪神が残っている。

それを忘れてはならないし。

なにより奴らは海を渡ってくる。

それも忘れてはならないが。

「悪役令嬢」については、神戸に出向いてほしいと言う事だった。

なるほど、四国の安全確保作業の続きと言う事か。

この間から、神戸に向けてフォロワーの駆除作業を実施していたが、その続き。

「コスプレ少女」はもう外れてしまって問題ないだろう。その代わりに、「女騎士」を伴ってほしいらしい。

なるほど、もう少しで一人前というところだし。

ここで一気に力をつけて、最終戦ではあわよくば参戦、ということか。

いずれにしても、神を自称するブラック企業社長がいつ出てくるかが問題になってくる。

奴は余程の自身があるようだったが。

それは圧倒的な力を感じたことからも、多分独りよがりではないだろう。

少なくとも、他の邪神を力尽くで従えるだけの暴力的な戦闘力がある事は確定である。

足手まといは戦場には連れて行けない。

最低でも、一日辺り千五百程度はフォロワーを狩れる程度の実力にはなってもらわないと駄目だろう。

現地に到着したのはヘリを飛ばして、昼少し前。既に「女騎士」は来ていた。

直接顔を合わせるのは久しぶりだ。

少し鎧を替えたか。

前ほど厳つくなく、若干重さを緩和したようである。

武器については、逆に更に厳つくなったようだ。

「直接会うのはお久しぶりです!」

「オーッホッホッホッホ! では、さっそくフォロワーの駆除に出向きますわよ。 明日には神戸に到着することを目標にしますわ」

「はいっ。 四国を完全に安全地帯にするには、必要な事ですね」

「……」

相変わらず暑苦しいことだ。

だが、それくらいでいいと思う。

いずれにしても、後一体で、日本に巣くった邪神は消えて失せる。

最後の壁が如何に分厚いとしても。

それが事実なのは、確かなのだ。

 

4、動き出す自称神

 

腰を上げる「神」。

ついに絶対正義同盟が崩壊した。彼しか残らなかった。

だが、別にどうでも良い。

部下が必要なら、東南アジアにでもオーストラリアにでも出向いてかき集めてくればいい。

そこらには、大陸の組織に所属していない邪神が何体もいる。

その全てが、「神」より劣る事も確認済みである。

今までただ此処で控えていただけではない。

それなりに仕事はしていたのだ。

三十年間で世界は調べ尽くした。

結果として、分かっているのは。

調子に乗って反撃に出ている人間共など、なんら恐るるにたりないということ。

中華の邪神組織「解放」のボス「黄帝」は「神」の足下にも及ばない程度の実力しかなかったし。

遠隔で話した欧州の邪神組織「連合」のボス「財閥」は、「神」と大して実力差も存在しない。

米国の「自由」のボスに至っては論外。

というわけで、「神」を脅かす者など誰もいないのである。

代わりなど幾らでもいる。

その基本理念は、日本で最悪のブラック企業の社長だった頃から変わっていない。

議員になった事もある。

コンサルとかいう猿に等しいクズ共を周囲に展開して、社員を洗脳し。イエスマンで固めてとにかく支配をやりやすいようにもした。

何もかもが彼の王国の支配下にあり。

国でさえ、手を出す事は出来なかった。

はっきりしているのは、金は最強であり。

彼の時代には、金を持っていれば何をしても良かったという事だ。

だから誰もが金を求めて。

人間性を捨てた。

彼にとっては、もっとも暮らし心地が良かった時代だったとも言える。

そしてSNSクライシスが起きた。

起きた理由については、実の所よく分かっていないのだが。具体的には分かっていないだけで、何となく察しはついている。

それについて口にすることは最後まで無かったが。

まあそれもいい。

彼と対等な存在など、この世の何処にもいない。

だから、話してやる必要などない。

このSNSクライシス後の世界も、「神」にとっては大変に過ごしやすい場所だ。

その前と同じで。

要するに、圧倒的な適応力を持っていて。

どこでも最高の生活が出来る。

それこそが、「神」の強みなのかも知れなかった。

さて、適当な所で動くが。

その前に、少しばかり人間に希望を与えてくれよう。

狩り手どもの事は調べてある。

もう少しで一人前になるとかいうのがいる。

それが一人前になったら、仕掛けるとしよう。

希望を与えてやれば。

それを打ち砕いてやった時にこそ、文字通り最高の絶望を見る事が出来るだろう。

NO2のような雑魚を倒して喜んでいる連中に、文字通り究極の闇を叩き付けてやる。

そうすることによって見られる絶望の顔は、どれほど甘美だろうか。

それこそ想像も出来ない程だ。

人間だった頃から。

社員が絶望する様子を見るのは最高の娯楽だった。

使い捨てにされた。

それを悟った社員が、絶望して死んで行く。

無茶な労働で、余命がなくなった。

それを悟った社員が、病院で声にならない絶望の声を上げる。

それらは全て記録して。

自室で休憩している時に楽しんでいた。

これほどの娯楽があるだろうか。代わりは幾らでもいる。絶望を見せてくれる玩具はいくらでもある。

古くから仕えていた部下だろうが。

新人として雇い入れた者だろうが。

真面目でやる気に溢れた有能な社員だろうが。

不真面目でも希望に満ちた野心家だろうが。

何もかもが、「神」にとっては玩具だったのだ。

だから、それらの絶望の顔を見る時。最高の、文字通り究極の快楽を得られた。

それらの快楽を覚えてから、性なんか興味が一切失せたっけ。

くつくつと笑う。

さて、人間共よ、準備を整えろ。

多少の時間は作ってやる。

そして精々希望を蓄えろ。

その全てを正面から踏みにじってやる。

そして見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ見せろ。

絶望の顔を。

最高の絶望こそ、何もかもを終わらせる「神」への供物。

最高の快楽。

それを味わって良いのは世界で唯一人。

「神」という、この至高究極の力を持つ存在だけなのだ。

 

(続)