外道死すべし
序、四国の戦いを終わらせる
「悪役令嬢」は出会い頭に相手の頭をたたき割る。四国最大の都市松山には、フォロワーおよそ十七万がいる事が分かっている。
それをこれから、数日で駆除する。
この都市は、SNSクライシスが起きたときに潰された幾つかの都市の一つだ。邪神はここで見境なく人間をフォロワーにすると(ちなみにどいつがやったのかは混乱もあってよく分かっていない)、去って行った。
この時四国全域で相当数の人間がフォロワーにされ。
生き残った人々を殺戮して回った。
そして最終的に松山に集まった。
良く理由は分からないが。ともかく、各地に転々と散っているフォロワー以外は、である。
どうもフォロワーは基本的に邪神に命令を受けない場合、近くにいる人間を襲う他。ある程度の規模の群れを作り、人間を効率よく殺せるように動く傾向があるらしい。
それらの習性が故だろうか。大阪や都心などでは、未だに凄まじい数のフォロワーが蠢いていて。
やられてもやられてもすぐに穴を塞ぐようにして、他から移動してくる。
これにも一定の習性があるようなのだけれども。
データがとにかく安全に集められないので、どうにもならない。
いずれにしても松山にいるフォロワーをまとめて片付けてしまえば、四国のフォロワーはもう後は各地に小規模な群れが点々としているだけ。
戦いは一気に楽になる。
暴れ狂いながら、時々いっしょに今回戦っている「コスプレ少女」を見やる。
少しずつ武技の基礎を思い出し。
獣から人間になりつつあるようだけれども。
それでも、やはりまだまだ無機質だ。
或いは「魔王」が動いている事と関係があるのか。
いずれにしても、「コミュニケーション能力」がーとかいうつもりはない。SNSクライシス前の愚かな連中といっしょになる気は無い。
そんなものかけらも無い「陰キャ」が凄まじい活躍をしているのを実際に見ているのもある。
はっきりいって、そんなものはいらないのである。
ともかく、昼少し前に一旦切り上げる。キルカウントは「悪役令嬢」が六千少し、「コスプレ少女」も七百とかなりの好成績だ。
「コスプレ少女」はとにかく機敏な動きで、ステッキを使っての遠距離戦と、苛烈な体術が非常に素晴らしい。
特に円運動を中心とした体術は非常に強力だ。
ただ体力があっても、流石にこの戦い方はリスクが大きい。敵の数が多すぎるときは、少し何か工夫がほしい。
それについては、いずれ話そうとは思ってはいた。
一旦休憩する。
三十万相手に退路無き戦いをやった時とはだいぶ状況が違う。
今も「魔王」は連日嫌がらせを仕掛けて来ている様子だが。自衛隊の方でも対策はしていて。
各地にあるまだ無事な原発の残骸は、完全停止を行った様子だ。
まあ完全停止と言っても、制御用のシステムは動かさなければならないのだが。
スタンドアロンに切り替えて、更に浜松で駆除任務を行っていた狩り手が何人か工兵部隊の支援に向かった。
一箇所、かなりフォロワーが周辺に多く、手が出しづらかったものもあったのだが。
それは新潟で大都市以外の処理が終わった「陰キャ」が出向いて、工兵部隊を見事に護衛しきった様子だ。
本当に頼もしい後輩である。
しばし休憩する。
まずい茶とまずいクッキーを口にして。
それから外に。
外に出ると、軽くストレッチを「コスプレ少女」がしていた。
最近は武技についても少しずつ体を動かして慣らしている様子だ。
良い傾向である。
そのまま、戦闘に出る。
今日の目標キルカウントは二人合計で一万八千。
松山に蠢いているフォロワーの一割強を削りとりたい。
そして、「魔王」が原発に手を出せなくなったと判断した後。
何か多分違う攻撃を仕掛けてくる。
それにも、対応はできるようにしておく。
既にガラケーデバイスは行き渡った。何しろ状況が状況なので、最優先で回してくれたようである。
米国とも先に連絡を取り、今の無線が邪神に乗っ取られる可能性について告げ。「魔王」を倒すまでは連絡は入れない事にしたらしい。
賢明な判断だ。
もしも誤情報が流されたら、文字通り目も当てられない状況になったからである。
ただ。無線の根本的なシステムと。更に自衛隊の戦術リンクシステムはどうにもならない。
新しいものを開発しているマンパワーが存在しないからだ。
フォロワーの完全駆除と、日本にいる邪神を全滅させる事が出来れば。
或いは、それも可能になるかも知れないが。
都心と大阪を合わせて、数百万はフォロワーがまだいると言われている状況である。
遠い未来の話だろうと、諦めるしかないのだった。
夕方を過ぎたので、先に「コスプレ少女」を戻らせる。
そこからも、しばらく「悪役令嬢」は暴れ続ける。
思った以上に敵の収束が早く、斬っても斬っても現れるので。効率が大変にいい。予想よりも数が多い事も懸念したが、今の時点では問題はないと思う。
流石にそろそろかな。
そう思って、追撃してくるフォロワーを蹴散らしてから戻る。
総合的な二人のキルカウントは一万九千と、予想を上回った。体力もまだある程度残っている。
充分な戦果だ。前倒しで敵を刈り取っていきたい所である。
駐屯地に戻った後、ガラケーデバイスで連絡を取る。
しばらくは軍用無線は使わない。また、ドローンも可能な限り使わないようにと山革陸将が指示を出した様子だ。
まあそれもそうだろう。狩り手を上空から急襲する可能性が出て来たのである。
駐屯地に戻った後、優雅に茶をしばくが。
これで本当にまずいのだからどうしようもない。
そういえば「女騎士」が淹れてくれると多少はマシだったな。
そう思って、うんざりした。
彼女は浜松で激しく戦っている。まだ一人前には遠いが。将来は有望である。失う訳にはいかないし。今はとにかく腕を磨いて貰わなければならなかった。
狩り手達は、今のところ問題は少なかったが。
ただ、意外にも「陰キャ」が苦戦していた。
基本的に喋るのが苦手な彼女とは、ガラケーデバイスを使って言葉だけで対応する。
それが向こうの負担軽減にもつながる。
コミュニケーションという言葉は、一時期相手のご機嫌取りの意味を持ったらしいが。
実際には意思疎通の事である。
つまり、これこそがコミュニケーションであり。
意思疎通ができていればなんでもいいのだ。
「少し原発の周囲にフォロワーが多すぎて、工兵部隊が入れない状況です。 あたし一人で今日だけでは駆除は難しいかと思います」
「増援を呼ぶことはできませんの?」
「申請はしました」
「分かりましたわ。 ともかく無理はしないようにしてくださいまし」
狩り手との連絡が終わった後は、山革陸将と連絡を取る。
ガラケーデバイスを必要数確保はできたので、それを使ってやりとりをするが。
しかしながら、本部をはじめとする軍用無線のシステム改修をどうするかで、かなり上層部が揉めているようだった。
今まで邪神は圧倒的に強かったから、こういう搦め手は使ってこなかった。
搦め手をいざ相手が使ってくると大慌て。
万物の霊長が聞いて呆れるとはこのことだ。
まあそれはどうしようもない。
ずっと古くから人間はこんな生物なのだから。
ともかく疲弊しきった様子の山革陸将は、一通りの話をしてくれるが。
「陰キャ」の所に増援を回したいという話をすると、黙られた。
「すまない。 此方も人手不足で……」
「原発に工兵が入れない方が危険でしょう。 なんならわたくしが出向きますわよ」
「いや、待ってほしい。 今、浜松にいる狩り手の誰を増援に行かせるかで上層部が揉めている状態でな。 君にはそのまま長期的戦略に沿って動いてほしいのだ、「悪役令嬢」」
「そんな事を言っていると、先手を取られるばかりですわよ」
スパンと正論を叩き付ける。
正論とは正しい論だ。
SNSクライシス前。最果ての時代には忌み嫌われたものらしいが。正しい論を気分的に良くないからとかいう理由で聞けないような輩がのさばっている時点で色々と駄目だったのだろう。
いずれにしても、山革陸将は冷や汗を通話の向こうで掻いている様子だ。
まあ板挟みだろうし、苦労は分かる。
分かるが、同情には値しない。
山革陸将が苦労人であるし、歴戦の指揮官であることも分かってはいる。
今まで随分助けられてもいる。
だが、九州での戦い辺りから、どうも此奴の能力に陰りが見え始めているような気がするのだ。
一度上層部を入れ替えるべきでは無いのか。
そんな風にさえ思う。
「分かっている。 相手は絶対正義同盟NO2邪神「魔王」。 君達が今まで倒して来たどの上位邪神よりも実力が高いはずだ。 そんな相手に先手を取られるのがどれだけ危険かは、理解しているつもりだ」
「それなのに上層部は揉めていると」
「すまない。 私からも説得はしている。 もう少し、我慢をしてほしい」
通話が切られた。
頭が痛い話だ。
ため息をつくと。今日はもう寝る事にする。
松山を落とす事で、四国のフォロワーはほぼ壊滅する。
まだ各地に点々と小規模の群れがいるが、それは正直ルーキー達にでも任せればいいし。なんなら「悪役令嬢」が一日で駆除してしまえばいい。
不安なのは、まさかとは思うが。
勝った後の事を想定して動いている阿呆がいないか、ということだ。
そもそも絶対正義同盟の邪神はまだ二体残っているし。
NO1の実力は、奴らが絶対服従していた様子からしても。どれだけ強くてもおかしくはない。
更に中華から邪神十一体を引っ張って来たということは。
下手をすると、中華の邪神組織よりも力が強いという可能性もある。
そんな相手に、狸の皮算用をしているというのは。
あまりにも愚かしいというか。
何というか、情けなくて言葉も出ない。
ふて寝から目が覚める。
ろくでもない状況で眠ったからか、ろくでもない寝覚めだった。
伸びをしてから、軽く身繕いやらをして。
軽く朝食前の運動に、フォロワーを狩ってくる。
「コスプレ少女」は既に起きだして体を温めていた。
少しずつ目に人間らしい光が戻って来ている。良い傾向だと思う。
最初の準備運動には、参加しないでもらう。
今は基礎を再確認することで、狩り手としての基礎能力を上げる時だと思うからだ。別にフォロワーをたくさん狩る事が必要な訳では無い。
軽く狩ってきてから、朝食にする。
勿論返り血なんて浴びていないから、そのまま朝食を取る事が出来る。
松山の中心部には相当な数のフォロワーが集まって来ているが。
どれもこれも動きが鈍い。
ただ懸念されるのは、ドローンの動きが非常に鈍くなっていることだ。
これによって支援が難しくなっていて。
崩落している場所などに出向いたり。
或いは隠されている強化フォロワーを見つけるとか。
そういった作業が難しくなってきている。
NO2そのものも、どうにかして探したい所だが。
ガラケーデバイスにつかっているSNSクライシス後に開発されたプログラム言語によるシステムの刷新とかは、簡単にはできない。
まあそれは分かるので、どうにもならない。
とにかく「魔王」を一刻も探したいところだが。
上層部の動きが鈍いので、それもままならない。
敵が自分から出て来てくれればいいのだが。
恐らく「魔王」は、自分の手を一切汚さず、高笑いしながら相手をいたぶろうとするタイプだろう。
だったら此方で動き回って居場所を探さなければならない訳だが。
それも難しい。
使い捨てにできるドローンが、揃って今は危険を避けるために停止しているというのは。
予想以上にまずい事態、ということだ。
無言のまま、松山での駆除作業を続ける。
事前に作った地図を見る限り、踏み込むと危険な地区などは既に分かっているが。
戦闘で激しく動いていると、どうしても今まで如何にドローンによる補助が的確で、有り難かったかがよく分かる。
「コスプレ少女」に声を掛けながら、足下が安全である事を確認した地区を利用して、立ち回る。
午前中で予定数は狩ったが。まだ時間があるので、プラスアルファで仕留めておく。
しばらく無心に狩る。
ともかく、思い通りに行かない事だらけだし。
上層部は無能があからさまだしで。
苛立つので。
その苛立ちをフォロワーにぶつけさせて貰う事とする。
今日は合計で二万を駆除したいものだな。
そう思いながら。午前中の駆除を終える。
そのまま駐屯地に戻った。
四国の駐屯部隊が来ていて、狩り手用の無人駐屯地を設営し始めてくれている。
ロボットトラックは、工兵部隊が引き取ってくれていた。
無人駐屯地の方が広くて設備も多いので、色々助かる。
四国で今までフォロワーの動向監視くらいしかできなかった自衛隊員達は、ようやく来た仕事に張り切っていて。
敬礼すると、自身らの駐屯地に戻っていった。
さて、軽く食事にするか。
ガラケーデバイスで、まずは状況が余り良くない「陰キャ」に連絡を入れる。
しばらく待たされた。
普段だと、ベルを鳴らすとすぐに応じて来るのだが。
少し不安になったが。
返事は来た。
「すみません。 昨日から中々状況が改善していなくて。 相当数のフォロワーがいて、駆除するのに後数日はかかりそうです。 原発の中にまでフォロワーが入り込んでいる様子でして……」
「他の狩り手は来ていないのですの?」
「実は、他の原発にもフォロワーがまた集まっているようなんです」
なるほどな。
こうやって狩り手を分散させて、疲弊させるのが「魔王」の狙いか。
或いは、そうやって分散させて動きを見つつ。
上層部がどれだけできるのかを、見定めようとしているのかも知れない。
発見されない。
その絶対的な自信がある、と言う事なのだろう。
それについては理解はできる。
事実現状、「魔王」を探す手段がない。
頭に来るが、実際問題奴の使っている手は間違ってはいない。
不愉快ではあるが。
そもそも邪神が戦略を使いこなし始めたら、人間ではどうにもならないのは分かりきっていた。
今まではそれでも、戦いになる方法を相手が選んで来た。
人も物資も何もかもが足りない今。
こんな戦略を採られたら、戦いにさえならない。
下手をすると年単位で「魔王」単独に振り回されるかも知れないが。
そんな事をしている暇はない。
一通り狩り手に連絡をしてみるが。やはり彼方此方の原発を急いで確認するべく、工兵部隊と共に動いていて。
相当な数のフォロワーに邪魔されて、苦労しているようだった。
やはり「悪役令嬢」が出るべきでは無いのか。
原発が制御不能になって爆発したら、尋常では無い被害が出る。
山革陸将に、もう一度談判を入れるが。
それは厳しいと応えられた。
何故か。
問い詰めると。
苦しそうに、山革陸将は吐いた。
「「悪役令嬢」くん。 君の武勲が大きすぎると、上層部が危惧しているんだ」
「はあ?」
「魔王」が少し前に、軍用無線に割り込んできて。似たような事を言ってきたが。
まさかこれ。
盗聴かなにかをして、それにそって発言していたのか。
可能性が出て来た。
今ガラケーデバイスを使って通話しているので、山革陸将が偽物の可能性はないとみて良いだろう。
呆れている「悪役令嬢」に、胃に穴が開きそうな声で山革陸将は言う。
「確かに上位邪神を撃ち倒すのに君の力は必要不可欠だ。 だが上層部は、君を危険視し始めている」
「わたくしが権力がほしいとか、一度でもいいましたっけ?」
「……そう考える者もいると言うことだ。 そこで、「陰キャ」くんや「喫茶メイド」くんに武勲を積ませて、バランスを取ろうとしているようなのだ」
「情けない。 「魔王」が盗聴していた可能性がありますわよ、その辺りのやりとり」
「可能性は低くないと思う。 軍用無線を乗っ取られた時に、最初にその可能性には思い当たったのだが……」
だったら、何故先に言わない。
そう怒鳴りたくなったが、我慢だ。
山革陸将は、決死の作戦指揮をいつもしてくれている。
上層部だって。
これでも、SNSクライシスの前よりはマシだろう。
だから、此処で怒っても仕方が無い。
ただ、苛立ちは募るばかりだった。
「原発をさっさと整備しないと大変な事になることくらいは、上層部の方々の素敵なオツムでも理解出来ているという判断は間違っていませんわね?」
「それは……大丈夫だと思ってほしい」
「そう。 ならばわたくしは松山でフォロワーの駆除を続けますわ。 後数日で終わりますわよ」
「すまない……」
血を吐くような声だった。
通話を切ると。ガラケーデバイスをへし折りそうになった。
苛立ちが限度を超えそうだが。
ヒスババアになっても仕方が無い。何とか心を抑え込む。深呼吸して、落ち着いて。それで平常心を取り戻していた。
今、精神が不安定な「コスプレ少女」が側にいるのだ。
あまり「悪役令嬢」が心を乱すのはよろしいことではない。
無心になり、深呼吸をすると。
また松山での駆除作業に戻る。
あと数日で四国はフォロワーがいない土地になり。第二東海道とも直結する。
つまり、それだけ安全地帯が増えると言う事だ。
戦略的にも大きな意味がある。やっていて、無駄な戦いでは無い。そう信じて、ただ「悪役令嬢」は、無心にフォロワーを狩った。
1、勝ったつもりはまだ早すぎる
刀を振って、血を落とす。
今、「陰キャ」は原発の近くで戦いを続けていた。
かなり大きな原発だそうだが。SNSクライシスの少し前からずっと停止しているらしく。余程の事がない限り暴発はしないそうだ。
そう言われてはいるが。
小笠原で、原子力空母が大爆発したことは既に「陰キャ」も知っている。
周辺にいるフォロワーは数万を超えているし。これはもう一人二人狩り手がいると思うのだけれども。
どうしても、「悪役令嬢」をはじめとするエースを回したくないらしい。
山革陸将はずっと謝り続けるし。
「悪役令嬢」はぴりついていることが分かるし。
少し不安だった。
今は、SNSクライシスの頃に比べると。世界の富を独占していた既得権益層がまるまる消えたことで、だいぶマシになっているそうである。
それでも、人間が指導している以上どうしようもない。
そんな話は聞く。
前よりはまし。
その程度にすぎないのだと。
「陰キャ」に難しい事は良く分からない。
ただ戦うだけだ。
淡々と、とにかく近場からフォロワーを削って行く。
時々ガラケーデバイスに通信が入る。近くに来ている自衛隊の部隊が、ドローンが使えない事から。軍用の双眼鏡などを用いてフォロワーの動きを調べ。逐一知らせてくれているのだ。
「魔王」がどこで遠隔攻撃を仕掛けてきているかはわからないけれど。
既存の軍用無線や、それに軍用ネットワークを丸ごと無力化されたのは本当に厳しいと思う。
幸いこのガラケーデバイスを用いて、各地で必死の通信網再構築をしているそうだけれども。
まあ簡単にはいかないだろう。
そんな事は、「陰キャ」にも分かる。
無心のまま、フォロワーを切り続ける。
「悪役令嬢」ほど暴力的な強さは無い。
あくまで刀による力を最大限に引き出して。足りない身体能力と体力を補って戦っていく。
だからキルカウントもどうしても少なめになる。
この間。「フェミ議員」を倒した絶技の事は、実はあまり覚えていない。
あの時は意識が飛んでしまったからだ。
ただ、撃とうと思えば撃てるとは思う。
今はそんな必要もない。
ただ、斬れば斬るほど刀の事が分かってくるのは事実。
徹底的にフォロワーを斬って。
少しでも効率を追究して行くしか無い。
一つ明確に良いことは、体力がやっと上昇に転じた、と言う事くらいだろうか。
有り難い話だ。
基礎体力がないから、どうしようもないと思っていたのだが。
今後は選択肢が増える。
ガラケーデバイスがなる。
フォロワーの群れを一閃して、まるごと蹴散らす。
そして下がりながら、ガラケーデバイスを確認。
どうやら、また増援の様子だ。
この原発には、まだ自衛隊員が突入すらできていない。それはそうだろう。
そもそもMLRSや自走砲などを使っての、フォロワーの駆除だってできない。
原発に直撃でもしたらどうなるか分からないからだ。
一応ガイガーカウンターなどで状況は確認してくれているらしい。
今「陰キャ」が交戦している辺りでは、それほどの危険は現時点ではないそうだ。
ただ、「魔王」が原子力空母を爆破したのは事実で。
ここだって、いつやられるか分からない。
すぐにでも突入したいだろう工兵部隊は、ぞくぞくと集まってくるフォロワーにやきもきしている様子だ。
「陰キャ」としても、申し訳なく思う。
ただ焦ると何もかもが台無しになる。
敵の増援が来た。
周囲に目を配りながら後退。追いすがってきたところを前進して、一気に敵を斬り伏せて行く。
一度の斬撃で数体ずつまとめて屠りながら、周囲に目を配る。
場合によっては、納刀して。一気に抜き打ちをして、更に広域のフォロワーをまとめて処理する。
この辺りのフォロワーは口を利くほど新しいのはいないので。
それで全て片付いてしまうが。
それでも掴まれたり咬まれたら一巻の終わりだ。
確実に仕留めながら、自分に焦るなと言い聞かせる。
昼過ぎになったので、一度原発から離れる。
駐屯地に入って、食事をする。
何部隊かに別れて、周囲に自衛隊が駐屯している。邪神に狙われるとひとたまりもないので、それぞれ距離を取っているが。総兵力はそれなりの数のようだ。
NO3との戦いで、各地の駐屯地は相当な被害を出した。
原発の完全停止とスタンドアロン化のために、必死に出してきた人員だろうに。
どうしてここで思い切って「悪役令嬢」を出さないのか。
それが「陰キャ」には、歯がゆかった。
おいしくないお茶とクッキーを口にして。
体力が戻るのを待つ。
しばし静かにしていると、ガラケーデバイスが鳴る。
山革陸将からの連絡だ。
通話で無く、言葉だけで連絡してほしい。
そう伝えてある。
山革陸将は、それをきちんと守ってくれている。
これだけで、だいぶ好感度が高い。
「「陰キャ」くん。 今、構わないかね」
「はい。 なんでしょうか」
「上層部が、今君が攻めあぐねている原発に対して相当焦りを感じている様子だ」
「……」
だったら、「悪役令嬢」に来て貰えばいいのに。
あの人と二人だったら、多分一日で工兵部隊が作業するだけのルートは確保出来る。
対邪神の耐久戦だったら自信はある。
だけれども、「陰キャ」は広域制圧に関しては、「悪役令嬢」の足下にも及ばないと思っているし。
それは間違いなく、客観的な事実だ。
「それであたしはどうすればいいんでしょうか」
「工兵部隊が突入できるように、支援を頼めないか」
「絶対に無理です」
即答する。
そもそも、今原発の内部にも、周囲にも、フォロワーがいる。
上位邪神になると、程度の差はあれど、ある程度フォロワーを操ることができるのだろう。
勿論得意不得意はあるのだろうけれども。
あのフォロワーは、多分「魔王」が集めて来ていているものだ。
時間稼ぎのためだけに。
逆に言うと、時間稼ぎをする意味がある、と言う事も示している。
挑発に乗ったら、それこそ貴重な人員を失うだけだろう。
それについては、説明をするが。
珍しく、山革陸将は歯切れが悪い。
何かあるな。
そう「陰キャ」は悟った。
「何かあるのであれば、説明をお願いします。 あたしとしても、自衛隊の人達をこれいじょう目の前で死なせる訳にはいきません」
「……実は君の目の前にある原発に、ずっとアタックが掛けられている。 ほぼ間違いなく「魔王」によるものだろう」
そうか。
一応自衛隊の電子戦部隊が、必死に応戦しているらしいのだけれども。
そもそもSNSクライシス前に作られたシステムだ。
どうしても「魔王」の方に一日の長がある。
「原発の制御を司る中枢システムは、簡単には陥落しないとは結論も出ているが……それでもやはり、工兵による手動でのスタンドアロン化が必要になる。 猶予時間は、どう見ても君が周辺の安全を確保するよりも短い」
「工兵部隊の人達は消耗品と言うことですか。 そもそも「悪役令嬢」さんをつれてくればいいんじゃないですか?」
「……」
「あたし一人だと無理です」
きっぱり言い切る。
普段だったら、こんな風には喋れない。
ガラケーデバイスで、文字だけ打てるから。それで言うことが出来るというだけだ。
それに、目の前で助けられなかった人はたくさんいる。
体力が無くて、どうにもならなかった。
分かりきっているが、「陰キャ」は無力だ。
邪神を何体も倒してきているが。それでも、目の前で取りこぼす命は、できるだけ減らしたい。
全員を助けるのは無理だって事だって分かっている。
それでも、少なくとも。
手が届く範囲内の命は、絶対に奪わせたくはないのだ。
立ち上がると、原発に向かう。
ともかく、やるしかない。
先に工兵部隊に連絡を入れておく。これから原発の内部に入り込んでいるフォロワーを駆除してくると。
原発内部のフォロワーを先に駆除してしまえば、後は道をどうにか作れば。工兵部隊が侵入できるはずだ。
その後は、専門家に任せる。
内部の放射能などについては、特に問題はないということなので。
作戦は少しでも早い方が良いだろう。
工兵部隊は少し躊躇した様子だが。
護衛のために来ている部隊も、連絡を入れてきた。
「少数のフォロワーくらいなら、此方でどうにかする。 あのいけ好かない「フェミ議員」を倒した時の戦いを見せてくれるだけでいい。 俺たちもフォロワーを倒すために訓練を受けてきているんだ。 役に立てる」
「……分かりました。 それなら、作戦を申請してください。 先にあたしは、原発の内部に入り込んでいるフォロワーを駆除してきます」
体勢を低くすると、納刀したまま突貫。
此処からは時間勝負だ。
目の前に現れるフォロワーだけを斬り伏せながら突出し、原発の内部に入る。
正門の辺りはフォロワーの怪力でこじ開けられていて、内部に入るのは難しく無い。
色々な棟があるが、全ての棟にフォロワーがいる。
真ん中にある大きな建物が原発の本体だが。
管理をする棟や、原発本体そのものでも作業が必要だという。
敷地内にはうんざりするほどフォロワーがいるが。体力にまだまだ劣る「陰キャ」では、「悪役令嬢」のように暴力的に蹂躙して廻る訳にはいかない。
まずは指定された、管理のための棟。
少し背が低いビルに向かって走る。
立ちふさがってくるフォロワーは全て片付けつつ、内部に。
内部にもかなりフォロワーがいるが、どれもこれも出会い頭に片付けた。
棟の中の構造は、突入前に知らされている。
まずは最上階まで上がり、そこにいるフォロワーを全て駆除した後、降りながらフォロワーの駆逐作業に入る。
最初にこれをやらなかったのは、効率が悪いからだ。
周囲からは無尽蔵にフォロワーが集まって来ている。アバウトな指示を与えられているらしく、原発の周囲や、原発の敷地内に入り込んでは、人間を手当たり次第に襲う姿勢をみせている。
だったら、真ん中で暴れる事で。敵を集めつつ狩る方が撃破効率が高い。
そう判断したので、そうしていた。
地下にまで入って、フォロワーを全て駆除完了。
クッキーを口に入れて食べながら。棟に入り込んでくるフォロワーを駆除して行く。
ヘリとか動かせれば、後は棟の入り口で敵を倒して内部での作業を待つとかできるのだけれども。
ヘリも戦車も何だか複雑なシステムが操作系に咬んでいるとかで、今はできるだけ動かしたくないらしい。
ともかく、棟の入り口付近は制圧完了。
元々原発内部に入り込んでいるフォロワーは。原発の入り口が狭い事もあって、それほど多くはない。
片っ端から、棟を回って、フォロワーを駆除。
更に原発本体内部にも入って、フォロワーを駆除して行く。
スピード勝負だ。
こうしている間にも、原発の敷地内にフォロワーが入り込んで来ている。制圧した棟にも、フォロワーがまた入り込んでいくだろう。
敷地内のフォロワーは全て目につき次第片付けていくが。
それでも、どうしようもない。
ともかく、原発の入り口に戻って、入り込もうとするフォロワーを徹底的に駆除して行く。密集しているので、撃破効率は高いが。
それを見て、「陰キャ」が制圧した棟などに新しく入り込んでいたフォロワーが。後ろから来たりもする。
そういうのにも勿論対策しなければならない。
だから、一秒だって気は休まらない。
体力の限界を常に意識しろ。
そう考えながら、密集しているフォロワーをまとめて薙ぎ払い続ける。
フォロワーは文字通り将棋倒しになる勢いで押し寄せてくるが。全て赤い霧に変えていく。
体力が限界近い。
そう判断したので、一旦納刀。
そこから突貫して、眼前の敵を全て斬り伏せながら、一気に抜けた。「陰キャ」に追いすがって来るフォロワーの方が、原発にまた入っていくフォロワーよりもかなり多い。「魔王」によるフォロワーの制御能力は、それほど高くは無いのかも知れない。
追いすがって来るフォロワーは無視して走る。
しばしして、振り返ると。
追いすがってきていたフォロワーは、根こそぎ斬り伏せて、追撃を断った。
呼吸がかなり荒くなっている。
そのままクッキーを口に入れて、刀を振るって血を落とす。
無言のまま、様子を観察。
フォロワーの群れは追撃してこなかった分を含めて、原発の入り口付近に相当数が群れている。
突破は難しい。
少し休んで、工兵部隊、支援部隊の人達と話す。
「原発の敷地内に入るフォロワーを確認しておいてください。 どれくらいの数が内部にいるのか、知っておかないと……」
「分かった、カウントしておく」
「凄まじい戦いぶりだ。 せめてもう一人狩り手がいれば……」
悔しそうにする支援部隊の隊長。
かなりの年配で、ひょっとしたら少し前に引退してしまったおじさん二人組の狩り手と同年代かも知れない。
人材なんてどこにもいない。
だから、今はこうやって、誰もが戦場に出てきているのだ。
無言で駐屯地に入って休む。
また、相当数の増援が来ていると話がある。フォロワーはこの原発めがけてどんどん動いている様子だ。
そして此処にいる自衛隊員、何カ所かに散っているが合計して数百人程度が。
この原発を奪還するために集められた兵力全てだろう。
MLRSも一両だけあるが、それで増援のフォロワーを片付けるのは厳しすぎる。強化フォロワーがいないことだけが救いか。
無言のまま休憩を続けて。体力が回復したと判断。既に夕方になっていたが、また出る。
カウントして貰っていた原発の敷地内に入り込んだフォロワーだが、七百少しだそうである。
「陰キャ」が今まで一番暴れ回ったのが原発付近だったから、だろう。
原発の周辺に、大半は群れているそうだ。
先に山革陸将に連絡を入れておく。
「後何日、原発は「魔王」の攻撃に耐えられますか?」
「……せいぜい二日というところだ」
「分かりました。 明日には何とかします」
全てのフォロワーを狩りつくすのは無理だ。
だが、原発敷地内のフォロワーを狩りつくし。
そして自衛隊の工兵部隊を突入させ。
スタンドアロンシステムに切り替え、「魔王」を倒すまで停止状態にする。
それだけなら、なんとかなると思う。
無言のまま敵中に突貫。
此方を振り向いたフォロワーを片っ端から斬り伏せて。寄ってきたフォロワーを徹底的に斬る。
また原発の敷地内に抜けると、入り口付近で狭い中密集しているフォロワーを斬り捨て続ける。
激しい戦いを続けていると、後ろから相当数の。
七百だったか入り込んでいるフォロワーのうち二百程度が来たので、それもついでに片付けておく。
そのまま、血路を開いて敵中を突破。
駐屯地まで抜けた頃には、夜になっていた。
流石にくたくただ。
追撃は全部片付けたから、もう充分だが。
それでも、キルカウントは万に届かなかった。
当たり前のように万のキルカウントをたたき出す「悪役令嬢」が桁外れなだけである。
それは分かっているが。
それでも、体力のなさは。多少改善してきているとはいっても。今後絶対に必要な克服すべき課題だった。
工兵部隊と、支援部隊の長に集まって貰う。
そのまま、作戦を説明する。
正気か、と言われたが。
正気だと応える。
ヘリを使えればいいのだけれども。工兵部隊の話によると、C4Iシステム経由で「魔王」が悪さをする可能性があるらしい。
ハンヴィーが来ているので、それで無理矢理突破するしかない。
朝まで休んで、体力を回復する。
朝日が出ると同時に、作戦開始。
まず、原発敷地内に入り込んでいるフォロワーの数を確認。
合計で千二百ほどだそうである。
大半は敷地内にいるそうだが。夜間の間にかなりの数がまた原発の敷地内、更には各棟に入り込んだ、ということだ。
ハンヴィーくらいなら、フォロワーは簡単にひっくり返す。また搭載している強力な砲でも、一発で一体をしとめるのが精一杯だ。
作戦は簡単。
まず「陰キャ」が突貫して、可能な限り原発敷地内にいるフォロワーと、蠢いている原発外のフォロワーを削る。
その後、撤退するフリをして、敵中に穴をこじ開ける。
そこから、工兵部隊と護衛部隊が突入。
再度「陰キャ」が突入して、原発の入り口の敵を蹴散らし続ける。
内部にはまた入り込んだフォロワーがいる筈だが。それらは自衛隊に任せるしかない。どうにもできない。
「萌え絵」にしても、狩り手が投擲しないと意味がないのだ。
皆、無謀な作戦に青ざめていたが。
工兵部隊の長は、やると言った。
「原発が爆破されたら、被害は甚大だ。 特にここは規模がアジアでも屈指で、破壊されたときの被害は計り知れない」
「……」
「半分生きて帰れないかも知れない。 だが、あんたを恨む事は無い。 必ず「魔王」を倒してくれ」
「……」
敬礼されたので。
敬礼をぶきっちょに返す。
唇を噛む。
もっと強ければ。
もっと狩り手が来てくれていれば。
こんな作戦を採らなくても良かったのに。
深呼吸する。
半分だって。
できるだけ、一人も死なせない。自分の見ている所では、誰も殺させない。
覚悟を決める。
そして、顔を上げていた。
何度か呼吸をする。
「悪役令嬢」が今練気を独学でやっているようだけれども。「陰キャ」もそれを教えてほしいと頼んだ。
練気というのは別にオーラをどうこうというようなものではなく、体の動かし方の技術の一つらしいのだけれども。
確かにやるようになってから、あからさまに体の動きが良くなっている。
だけれども、体力の消耗も激しい。
使いこなせていないからだ。
だが、今日の戦いは、全力以上を出さないと駄目だろう。
何度か深呼吸して、全身の力を練り上げて行く。
そして、目を閉じて。
開いた。
人間はそれほど強い生物じゃない。
だから武技を作り出した。それは、人間がどうしようもできない兵器が登場するまでは続いた。
今、邪神の登場によって。
再び武技は必要なものになってきている。
なら、また習得し。敵との戦いで使いこなしていくだけの事だ。
指示を出し次第突入してほしい。
そう工兵部隊と支援部隊にガラケーデバイスで打ち。指示の内容についても告げておく。
そして、「陰キャ」は体勢を低くすると。
敵に突貫していた。
誰も死なせない。見ている所では、誰一人死なせない。
そう呟きながら。
2、愉悦崩れる
必死に原発で戦っている狩り手「陰キャ」を、「魔王」は笑いながら見ていた。
昔からこういうのは大好きだった。
できもしないのに、必死に努力して潰れていく奴。
騙されているとも知らずに、大まじめに「魔王」の元になった人間を弁護する奴。
そういう奴に事実を告げてやった時。
見せてくれる絶望が、最高の味だった。
呆然とする奴。
膝から崩れ落ちる奴。
いずれも、見ていて最高の玩具だった。
これだから詐欺師は止められない。
そう何度も、周囲の仲間には語り。周囲の者達も、いっしょになって大笑いしたものだった。
今も同じ事をしている。
誰も見ている範囲内ではしなせない。
そんな事をほざいているガキが、絶望する様子を見られると思うと。本当に楽しい。
あの数のフォロワー。
しかもどんどん新手が押し寄せてきている。
その上時間制限付き。
そろそろ原発のセキュリティを喰い破ることができる。
システムの更新なんてできる状態ではなかったのだから、進歩ができない邪神である「魔王」でも当然介入できる。
後は、制御棒関係を弄くって。
あの原発をドカン、とやってやるだけだ。
最初に原子力空母を爆破したときも、面白くて大笑いしたのだが。
今度は更に大規模な核分裂炉だ。
さぞかし派手な花火になる事だろう。
舌なめずりしながら、「魔王」は様子を見る。
勢いよく原発に突貫した狩り手「陰キャ」は、フォロワーを文字通り縦横無尽になぎ倒しながら、原発の入り口付近で戦っている。
知っているぞ。
此奴には体力という最大の弱点がある。
だから、それほど長時間は戦えない。
最強のエースである「悪役令嬢」との決定的な差がそこだ。
あいつよりも才覚はあるかも知れないが。
しかし体力に欠けるから、長期戦には対応できない。
大きく動き回るような戦いも無理だ。
しかも今はAI制御のロボットなどは殆ど停止している状態。
C4Iなどの軍事管理システムも全て介入の可能性を危惧して、自衛隊は停止している状況だ。
だからヘリを使った援護などもできないし。
大量の犠牲を覚悟で、無理に原発に突っ込むしか無い。
さあ、もう時間がないぞ。
どうする。
無理をすればすぐに自衛隊員なんて全滅するぞ。
さあどうやって凌ぐ。
舌なめずりしながら、遠隔で様子を見る。
人間時代だったら、頭が弱い女を周囲に侍らせて。酒でも飲みながら様子を見ていただろうが。
今は残念ながら、欲求というものが消滅してしまっている。
強いて残っているものをいうなら人間を痛めつける欲求くらいか。
まあそれで昔から充分なのだが。
押し寄せる大量のフォロワーに対して、入り口で迎撃を続ける「陰キャ」。
さあどうする。
原発内に入り込んでいるフォロワーも既に「陰キャ」に反応して、背後から襲いかかり続けているが。
それも全部迎撃していることだけは褒めてやってもいい。
だが、それだけだ。
あのガラケーみたいなデバイスを使って通信をしているが。
あんなもの、誰が考え出したのか。
それも「魔王」が人間だった時代に、女子学生がやっていたように、文字を打って送信している。
新しいプログラム言語を使っているから、「魔王」には覗き見できないが。
いずれにしても、滑稽な姿だ。
また、戦闘に戻る「陰キャ」。
時々クッキーを口にしたりもしているようだが。
涙ぐましい努力だ。
自衛隊員の無線は全て盗聴していたが。いずれでもメシが恐ろしくまずいと言う話では共通していた。
そんなものを、戦いのために食べながら。
できもしない事の為に命を賭ける。
手を叩いて大笑いし、目の前で失笑してやりたいところだったが。
とりあえず、それは抑える。
さて、どう出る。
もう体力は限界の筈だが。
更に、他の狩り手どもも、悉くが別の戦線に釘付けで動けない。あの「悪役令嬢」も同じである。
「悪役令嬢」は戦果が凄まじすぎて、疎まれ始めている事は「魔王」も既に盗聴して知っている。
この戦線には投入されない。
今も昔も。
人間の組織の上層部。
王族、貴族、政治家。いずれも優秀とは程遠い。
それについては、「魔王」が直に見て来たから知っている。
こんな世界でも、まだくだらない足の引っ張り合いにうつつを抜かしている。
それが人間だ。
だからこそいとおしくてならない。
家畜として、最後まで飼っておきたい程だ。
そうやって「魔王」は様子を楽しんでいたが。
不意に戦況が一変した。
思わず笑いが止まった。
いきなり「陰キャ」が攻勢に出たのである。
後方からの攻撃が停止した。
それを悟った「陰キャ」は、原発敷地内に残っているフォロワーの数を確認。57、だという。
対応できるか、自衛官達に聞く。
支援部隊のハンヴィー六機。これにはそれぞれ、対フォロワー用の装備が搭載されている。
勿論大軍相手には無力だが。
しかしながら、六十を切ったフォロワーは、はっきりいって密度もまばらで。更には動きも鈍い。
対応できる、と言う事だった。
「作戦通りに行きます」
「分かった。 突入のタイミングは任せる!」
「はい」
押し寄せてくるフォロワーの大軍に対して、納刀。
そして、抜刀と同時に、前に出た。
抜き打ちの一閃がモロにフォロワーの大軍に入り、全てが赤い霧になって文字通り消し飛んでいた。
そのまま突貫。
体力の消耗も激しいが、キルカウントをとても稼ぎやすい場所で戦っていた事もある。
押し寄せているフォロワーの群れは、不意に起きた緩急の変化に対応できなかった。
群れがかなりまばらになっていたから、である。
後方から増援の群れが出て来ているだろうが。
それが到着するまで時間がある。
敵の群れを切り裂いて、一旦抜ける。
そして右手を挙げた。
ハンヴィーに乗った支援部隊の自衛隊員達が突撃を開始する。
それと同時に、「陰キャ」も走る。
走りながら、群がってくるフォロワーを片っ端から蹴散らす。わずかにできた小さな道を、そのまま抜ける。
六機のハンヴィーが、原発の敷地内に入り込むと同時に。
振り返った「陰キャ」は、また道を閉じた大量のフォロワーを相手にする。
後方で、戦いの音がする。
今の騒ぎで十数のフォロワーが原発の敷地内に入り込んだ。それの掃討戦だ。
ともかく、ハンヴィーに近寄られなければどうにかなる。
しばらく激しい銃撃の背を音に戦う。たった十数体のフォロワーでも、これだけ命がけの戦いになるのだ。
自衛官がどれだけ厳しい仕事なのかは、よく分かる。
一方で狩り手だって、近代兵器が相手だと手も足も出ない。
そういう、一種の持ちつ持たれつの関係なのだ。
無心にどんどん近付いていく。
体力が削りとられているからだ。
敵の圧力が増した。
近付いていた増援部隊が来たのだろう。
支援部隊の隊長が、声を掛けて来る。
「前面の敵排除完了! 被害無し!」
「敷地内に数体のフォロワーを確認! 残りは建物内にいるものと推察!」
「状況開始!」
「幸運を祈る!」
ハンヴィーを動かして敷地奧に移動する支援部隊。
「陰キャ」は敬礼を返すこともできず、その場で大量の敵を捌き続ける。
少しずつ、動きが良くなっていくのが分かる。
「フェミ弁護士」との戦いで、最後に極大の一撃を繰り出した。
あの時の感覚が近い。
自分がなくなっていく。
完全に雑念が消えたとき。
刀は、文字通りの一筋の光となって、あらゆるものを断つ。
武技の奥義。
文字通りの、無我の境地という奴だ。
それに近い状態にまで来ている。
だが、今は無になってはいけない。
まだ工兵部隊を、中に通せていないのだ。
敵の圧力を、いずれにしても一気に押し潰し返す事が出来た。フォロワーの間に明らかに粗ができる。
無言のまま納刀。
体勢を低くすると、また突貫する。
ここからが、本番だ。
敵中を突っ切り、密度が薄くなっているフォロワーの群れを一気に切り崩す。工兵部隊もいっしょに通さなかったのは、多分工兵部隊のハンヴィーもいっしょに通すと、絶対にフォロワーに追いすがられて。一機二機と失ったからだ。
それも覚悟の上だと自衛官達はいったが。
今は一人一人の命が大事で。
誰も死なない作戦を考えるべきだと「陰キャ」は説得した。
負担なら、現実的な範囲内に抑えられるとも。
最初から死を覚悟している人を、死地に行かせられないとも。
敵を抜ける。
呼吸がかなり荒くなってきている。
飛びかかってきたフォロワーを、抜き打ちで消し飛ばすと。
手を上げて、工兵部隊を招く。
そして自分が先頭になって原発に突貫。
密度が薄いとは言え、すぐに路を塞ごうとしてきているフォロワー達を、悉く蹴散らして、赤い霧に変えた。
1,2、3,4。
ハンヴィーが、原発の敷地内に入る。
深呼吸する。
此方のハンヴィーにも、工兵以外に支援部隊の自衛官が乗っている。少数のフォロワーを相手にしなければならない可能性があったからだ。
そのまま、「陰キャ」は振り返ると。刀を振るって血を落とす。
体勢を低くすると、突撃。
フォロワーを全て駆逐する勢いで暴れる。
此処からは、無の境地に入ってしまってかまわない。
もう、目の前にいる全てを敵だと考えて動く。
後ろでの銃撃戦の音は、すぐに終わった。
味方が勝った。被害もない。
そう信じる。
そのまま、フォロワーの群れを駆逐し続ける。
徹底的に駆逐していく。
攻撃態勢に入った時には、既に赤い霧になっている。
そういう状態になるほど、今動きが速くなっているのが分かる。
一点だけを守ればいい。
それもまた、「陰キャ」にとっては強みにもなっていた。
無言のまま、戦い続ける。
大技は必要ないから、限界に突入してからも、随分と長時間戦い続けることができた。
程なくして、大声が飛んでくる。
原発のスタンドアロン化、無害化完了と。
そうか、なら。
後は自衛官達と、此処を脱出して終わりだ。
それで、気付く。
顔を上げると、もう其処に、フォロワーはいなかった。
万はいた筈のフォロワーが。綺麗にかき消えている。全て自分が斬ったのか。そうだ。それ以外には考えられない。
同時に、反動で全身に痛みが来るけれど。
前のように、技を撃った後には気を失う、と言うほどでは無かった。
ハンヴィーに自衛官達が分乗して、戦場を抜ける。
無言で歩いて行って、赤い泥濘に変わったその場を離れる。
フォロワーの大軍は、嘘のように消え果てていた。
条件が良かったとは言え、考えられないキルカウントだった。
駐屯地まで戻る。
周辺の警戒や、報告などは自衛官達がやってくれるという。
こくりと頷くと、駐屯地に入ってそのままベッドに倒れ込み、眠った。
深い深い眠りだった。
それでも訓練をしているからだろう。
ぴたりと早朝に起きる。
或いは、以前ほど、体に負担をかけなかったというのも大きいのかも知れない。
いずれにしても、最初は風呂に入って、気分を変える。
その後は身繕いして。
刀の状態を確認して。
それから、山革陸将に連絡を入れていた。
「こちら「陰キャ」。 原発での作戦、完了しました」
「見事な作戦だった。 また初のキルカウント10000越えおめでとう」
「……」
あれは、条件が整ったからできた事で。
いつでも出来る事ではないと思う。
それに、だ。
他の狩り手がいれば、自衛官の人達をあんな危険にさらすことは無かっただろう。それは抗議したかった。
だけれども、それに先んじて山革陸将に言われる。
「怒りと不満は理解出来る。 だが、現実的にものを把握して戦うのが軍という組織なのだ。 だから、今はその怒りを飲み込んでほしい。 上層部の一部にどうしようもない人間がいるのは事実だが。 それもいずれ何とかする。 だから、それまで戦いを続けてほしい」
「自衛隊の人達を消耗品みたいに考えるのだけは止めてください」
「ああ、分かっている。 この作戦を開始する前に、損耗率五割を覚悟していると作戦本部は口にしていた。 それをゼロにしてくれた君には感謝の言葉もない。 本当に、すまなかった」
そう謝られると、後は何も言えなかった。
ともかく、自衛隊の人達はもう移動済で、その場にはいなかった。
あまり人数がいると、フォロワーを引き寄せるのが原因だ。
ただ、ハンヴィーは一機だけ残っている。
これを使って、次の任務地に移動するのである。
この原発はどうにかなったが。
まだ何カ所かで苦戦が強いられている。
更にエースである「悪役令嬢」は、この作戦には参加できないという。上層部の意向でだ。
四国の完全確保は確かに大事だろう。
生き延びている人達は、常にフォロワーの脅威にさらされている。
勿論四国にいどうしても、邪神が現れてしまっては意味がない。
それでも、常時フォロワーに襲われ続けるよりはマシなのである。
だが、原発が爆発したら。
その惨禍は計り知れない。
四国の制圧に「悪役令嬢」を回すのだったら。
今の「陰キャ」の位置と、入れ替えても良かったと想う。それだけで、恐らく此処は圧勝できた筈だ。
不満が次々にわき上がってくる。
自衛官達は、基本的に「陰キャ」には話しかけてこない。
極めて気むずかしくて、鬼神のように強いと言う噂が流れているかららしい。
有り体に言えば怖れられているけれど。
それは別に、どうとも思わない。
怖れられようとどうであろうと。
戦いを一緒にして。
生き残る事が出来れば、それで文句は無い。
それにひどい事は散々邪神達に言われた。
今更、多少の酷い事を言われたりされたくらいでは、心に傷なんてつきようがないのも事実だった。
いずれにしても、「魔王」がまだ彼方此方にちょっかいを出しているのは事実らしく。
何かの施設に「陰キャ」は連れて行かれた。
別の部隊が展開して突入の機会を窺っているようだが。
どうみても原発では無い。
他の原発に行くのでは無いかと思ったのだが。
どうやら違うようだった。
無言のまま、作戦について聞く。
なんだか不思議な形をした建物だが。この建物は自衛隊のC4Iシステムの中枢だそうで。
此処に頻繁にアタックを掛けられているため、一度完全に停止するという。
ここはいわゆるデータセンターで。
内部には多数のサーバが存在していて。
それらを動かす事で、自衛隊の中枢システムをどうにかしているという。
今の時点では、「魔王」は横入りするような形で、自衛隊が使っているシステムにちょっかいを出してきているらしいのだが。
昨日の原発に対するアタックが完全に失敗したこともあり。
恐らくは、頭に来たのだろう。
此処に対する攻撃に切り替えてきたらしかった。
もし此処を「魔王」によって完全に取られると。
自衛隊の装備は、滅茶苦茶な動作をする可能性がある。
故に一旦専門の部隊が此処を停止して。
「魔王」を倒すまでは、再起動しない方針だという。
とはいっても、入り口付近にはまたおぞましい数のフォロワーが群れている。ざっと見た所、数万はいそうだ。
山革陸将から通信が来る。
「この建物の内部には、フォロワーは入り込んでいない。 工兵部隊十名、支援部隊二名を送り込んでほしい」
「……分かりました」
「無理を言っているのは分かっている。 だけれども、君にしか頼めない」
今は、というわけか。
「悪役令嬢」が来てくれていれば、作戦難易度はがた落ちした筈。そうでなくても、浜松での作戦に従事している新人が一人でもいれば、負担は相当に減るはずなのに。
溜息が零れる。
ともかく、電子戦でやりたい放題されている今の状況が良くない事は、「陰キャ」にも分かる。
「魔王」が何処にいるかさえも分からない事も、である。
ともかく、狩り手として。
やる事をやる。
今、「陰キャ」に出来るのは。ただそれだけである。
自衛隊の人達とは、ガラケーデバイスで話をする。一定の距離を取って、しばらくは待機と。
フォロワーを刺激する事はせず。合図をするまで動かないように、とも。
ここのファイアウォールも、数日は持ち堪えられるという話だが。
逆に言えば、数日しか持ち堪えられない事も意味する。
駐屯地は既に作ってくれている。
それならば、何とか数日以内に。増援もワラワラ来るだろう敵の中に、味方が突破するための道を作って。
それから、味方が撤退するのを支援すれば良い。
とても簡単な任務だ。
建物の内部まで、敵が入り込んでいたさっきの原発に比べたら。
そう考えると、おなかの辺りに怒りがわき上がってくるのが分かったけれども。
それでも、此処にいる人達の誰にも責任は無い。
それに、確かに四国や静岡の確保は、今後の長期化する戦いの中で重要であることも事実ではあるのだ。
優先順位がおかしくて。
あからさまに嫌がらせを目論んでいる人がいる、というだけで。
自衛隊員が下がったのを確認すると。
「陰キャ」は堂々と進む。
反応したフォロワーが、一斉に躍りかかってくるが。この程度の数は、はっきりいってモノの数では無い。
右に左に蹴散らし。
徹底的に叩き潰していく。
まずは、建物の入り口までいけるかを確認する。
フォロワーの数はヤケクソじみているが、どう考えてもこれは恐らくだが。「魔王」が原発での作戦が失敗した腹いせに、向けてきているとしか思えない。
だとすると。
このまま「魔王」の作戦を片っ端から失敗させていけば。
その内頭に来た「魔王」が、前線に出てくるかも知れない。
それに「魔王」は基本的に後ろで見ているだけの奴らしいけれど。たまに邪神の本能から逃れられず、前線にも出てくるという。
作戦を主導していながら、人間にそれを破られれば。「魔王」にもダメージが入る筈。
精神生命体だからだ。
精神生命体である以上、「陰キャ」達邪神が「人間以下」と見なす存在に作戦を破られれば、それだけでかなりの死活問題の筈だ。
後何回か作戦を台無しにしてやれば、「魔王」は出てくるとみて良いだろう。
そう思えば。この大量にけしかけられてきているフォロワーを蹴散らすのには、大いに意味がある。
少し、それを思うと気分が楽になった。
建物の前に到着。
元々軍基地だったらしく、かなりの守りがされている。
内部には本当にフォロワーがいないのだろうか。
少しそれについては不安になる。
とりあえず、一旦敵中を突破して、戻る。それでかなりのフォロワーを削る事が出来たが。
それでもやはりまだまだ万単位で、基地の周辺を彷徨いているのは確かだった。
工兵部隊の隊長に話して、内部に入るためのカードキーを借りる。
何故と聞かれたが。
内部にフォロワーが入り込んでいる可能性があるからと返して。カードキーを渡して貰った。
本来だったら、このカードキーを借りるだけでも相当に手間だったらしいのだけれども。
今はすぐにこうやって渡して貰える。
まあ手間も何も無いと言うか。そもそも手続きどころでは無い、というのもあるのだろうが。
無言のまま、またC4Iの中枢がある建物に突貫する。
次の「魔王」のもくろみも。
徹底的に打ち砕いてやる。
そうすれば、絶対にいずれ「魔王」は出てくる。
その時こそ。
如何に「フェミ議員」より強かろうが。NO2だろうが。
絶対に倒してやる。
3、焦り
呼び出しを受けた「魔王」は、冷や汗を掻いていた。
「神」はにやついている。
そう。ずっと楽しんでいるのだ。
どう「魔王」が言い訳をするのかを。
「魔王」は知っている。
SNSクライシス前の会社では、おおよそ理性も知性もない連中が、経営というものをしていた。
それらの輩はコンサルとかいう詐欺師の言うままに動き。ビジネス書とか言う詐欺師達が書いたいい加減な代物を聖典のごとく崇め。
そして現場で働く人間を、ゴミのように使いつぶし。
それなのに人材がいない今の若手は駄目だとわめき散らしていたのだった。
その滑稽な有様は、SNSクライシス前から生きている存在なら。人間でも邪神でも、誰でも知っている。
「魔王」も記憶がある程度残っている。
更に言えば。
「神」は間違いなく。それらの邪悪な経営者達の大親分とでも言うべき存在なのである。
冷や汗が出る気分だ。
邪神なのに。
もう代謝なんてものは存在していないのに。
「原発に対するアタックは失敗。 自衛隊のC4Iの中枢を抑える事も失敗。 最初の小笠原以外は失敗ばかりだねえ」
「……」
「なんとかいったらどうなんだい? 君は専門家なんだろう?」
「申し訳ございません」
申し訳ございませんじゃあないよと、優しい声で「神」はいう。
優しいのは声だけ。
明らかに相手を嬲るのを楽しんでいるのが丸わかりだった。
「責任は取って貰おうか。 それに作戦が悉く失敗していることで、君の体も弱体化が進んでいる。 どうやら「悪役令嬢」とかいうのが、四国のフォロワーを根こそぎ駆逐してしまったらしいからね。 それをどうにかしてきて貰おうかな」
「……はい」
口から先に生まれた詐欺師でも。
こうまで条件が限定されると、もはやどうすることもできないというのが実情だった。
口惜しいが、どうしようもない。
とにかく、「悪役令嬢」をブッ殺してくる以外に生きる道は無い。
そうしなければ、確定で殺されるだろう。
今まで「神」が他の邪神を殺しているのを見たことは無いが。
分かるのだ。
此奴は、ただ機会がなかったからやらなかっただけだと。
「当然戦場には、他の狩り手も出てくるだろう。 君の全面攻勢作戦が失敗して、狩り手を一人も仕留められなかった以上。 少なくとも、大口の責任はきちんと取って貰うからね。 「悪役令嬢」、「陰キャ」、それに「喫茶メイド」だったか。 NO3を倒した狩り手どもは、最低でも皆殺しにしてくるようにね。 できないようだったら、勿論その命は貰うからね?」
ぞっとするほど、優しい声だった。
勿論逃げるという選択肢は無い。
何処に逃げても此奴は絶対に追ってくる。そして殺される。
分かっているから、戦いに出るしか選択肢は無いのだった。
無言で、その場を離れる。
絶対正義同盟の本拠を。
もう、ここに来ることは無いのかも知れない。
だが、どのような状況でも。ゴキブリ以上の生命力で生き延びてきた「魔王」だ。こんな事で、やられてなるものか。
本拠ともいえる巨大掲示板群を奪われた後だって、詐欺師として再起したのだ。
何があっても再起する。
それでなければ、「魔王」とは言えないのだ。
松山で、フォロワーの頭をたたき割った「悪役令嬢」は、ガラケーデバイスを開く。
「陰キャ」からの連絡だった。
少し前に、原発での作戦を成功させ。犠牲者無しで原発の暴発を止めたという話は聞いた。
本当に凄い事だとは思う。
ただ戦死者は出なかったものの、一人は右腕を食い千切られ。一人は左手を半分失ったそうである。
それは作戦後。
戦死者が出なかった、という話の後。聞かされたそうだ。
いずれにしても、今の時代は再生治療ができる。いずれ、再生治療を受けて前線にその自衛官達が戻るのか。
或いは義手などで茶を濁すのか。
それは分からない。
その後の、自衛隊の中枢システムの防衛戦も成功したという話も聞いた。
いずれにしても、「悪役令嬢」が戦功を立てすぎていることを危惧した上層部の一部が、「バランスを取るため」と称して、馬鹿な事をさせていることは分かっていたが。
「陰キャ」はそれが相当に不満な様子で。
色々作戦を終えた後には、ぶちぶち愚痴を言うようになっていた。
逆に言うと、あれだけ内向的な子が、愚痴を言うほど信頼してくれているという事でもある。
「悪役令嬢」としては、それに応えなければならない。
「わたくしは気にしていませんわ。 「陰キャ」さんはそのような事で怒る必要はありませんし、怒るのであれば邪神にぶつけなさい」
「ありがとうございます。 その言葉だけで救われた気分です」
通信を切る。
周囲には、大量のフォロワーの残骸。
松山は全土が朱に染まったような状態だ。
「コスプレ少女」が戻ってくる。
少しずつ人間性の揺り戻しが来ている彼女は、今日は千七百のキルカウントを記録した。これで四国のフォロワーは全て駆除完了だ。邪神が姿を見せる可能性があるから、あまり大きな集落は作れないが。
それでも、フォロワーに怯えなくて済むというのは大きい。
ただ、自衛隊のAIやC4Iが「魔王」にちょっかいを出され続けていると言う事もある。
自動迎撃システムが限定的にしか配備できないので。
どうしても守りに関しては、薄くならざるを得ない。
いずれにしても、九州に続いて四国も安全地帯になったのは事実。これは大きい。
例え、権力闘争のグダグダがあったとしても。
これは成果である。
松山から北上して、四国と本州を結ぶ橋に出る。橋にあった大量の自動車の残骸は撤去されており、既に橋の補修も終わっていた。それだけ、苛烈な戦いの合間に、自衛隊の工兵部隊は動いてくれていたのである。
ロボット車を使いたい所だが。流石に少し危険なので。自衛隊に運転を任せて、そのまま荷台の駐屯地で休む。
山革陸将の話によると、これから神戸に向かってほしいと言う事だった。
その過程で、四国にフォロワーが流れ込む可能性が生じる場所を全て叩く。要するに、橋に隣接した本州側の都市のフォロワーを根こそぎ片付けるという事で。まあそれならば、確かに悪い事では無い。
ただ、そう上手くは行かないだろうなとも思う。
恐らくだが、「魔王」が仕掛けてくる。
「魔王」はこれだけの広域攻撃で、多数の作戦を展開し。その悉くに失敗した。
それも嘲笑うようにして見ていたのだろう。
それが、圧倒的な底力を見せた「陰キャ」によって、重要地点の作戦が全て頓挫してしまい。
更にはそれで焦ったか、他の地点の作戦も、狩り手達の手によって失敗した様子である。
「人間以下」と判断している狩り手にそれだけやられるとなると。
精神生命体としてはダメージを相当に受けているだろう。
ならば絶対に出てくる。
何より、NO1が許しはしないだろう。
これだけの失態をしたのだから。
本来は、NO2やNO3くらいの部下だったら、大事に使うものなのだろうと思うのだが。
その理屈は、どうも邪神の中では通じないらしい。
SNSクライシス前にあった理屈。
代わりはいくらでもある、という邪悪なものを。そのままNO1は座右の銘にしているのかも知れなかった。
一応、「魔王」が出てくる可能性については山革陸将に伝えてある。
そのため、これからの作戦予定地からは、自衛隊員は遠ざけて貰ってある。
後は、「魔王」が出たときに、どれだけ迅速に「陰キャ」ら主力を集めるか、だが。
それについては、自衛隊側であるものを復旧してくれたので。それで何とかなりそうである。
C4Iが乗っ取られる可能性があったが。
それは既に停止した。
故にできるようになった、ということだ。
問題は、「魔王」がいつ誰に仕掛けてくるか、だ。
「悪役令嬢」に仕掛けて来た場合は別に何の問題も無い。今、「悪役令嬢」の側にはもう一人前と判断して良い実力を持つ「コスプレ少女」もいるし。
「陰キャ」と「喫茶メイド」が来るまで耐え抜くのも難しくはないだろう。
敵の戦力は弱体化している分を加味しても「フェミ議員」以上だろうが。
それでも此方の戦力も上がってきている。
傘もきた。
これで完全状態の絶技もぶっ放せる筈である。
それに何よりだ。
「魔王」は今までのデータを見る限り、相手を煽り侮る悪癖がある。
これに関しては邪神に共通しているともいえるのだけれども。「魔王」の場合は力が圧倒的な分、特に酷い様子だ。
ならば更につけ込む隙もある。
勿論、それらを逆手に取られる可能性もあるから、気を付けなければならないが。
都市に出る。
それなりの数のフォロワーがいる様子だ。
万はいないだろうが、それでも午後一杯、駆除には掛かるだろう。強化フォロワーが隠されているかも知れない。
ドローンでの偵察ができなくなっている今、非常にこういう遭遇戦のリスクが上がっている。物流も慎重に動かさざるを得ない事もあって。迅速に「魔王」を駆除しなければならないだろう。
「「コスプレ少女」さん。 貴方は遊撃で、適当に戦って暴れ回ってくださいまし。 わたくしは都市の周囲を回って、気配を探りますわ。 強化フォロワーを見つけ出したら、ガラケーデバイスを鳴らしますので、余裕があったらとってくださいまし」
「分かりました」
「それでは」
二人、同時に敵に躍りかかる。
この辺りは何というか、寂れた商店街そのものだ。
辺りは雑然としていて、三十年の月日によっての腐食がとにかく激しい。
色鮮やかだっただろう屋根なども全てくすんでいるし。
コンクリの一部が崩れている場所もある。
フォロワーはわらわら出てくるが、新しいものはいない。まあそれはそうだろう。
むしろ山の中などで、邪神に遭遇してしまった人間がフォロワー化したものの方が、新しかったりするほどだ。
斬る。
払う。
見た技の練度を上げていく。
自分の技も勿論磨く。
手札は多い方が良いに決まっているからだ。
そのまま無心に敵を斬り伏せ続け。
ひたすらに、駆除を行っていく。
今の時点で、「魔王」は勿論、邪神の気配は感じないな。
そう思いながら。大きな水たまりができている場所に出た。近くに海があるという事もある。
何度も地震も起きている。
その影響で、インフラが壊れて。こんな風になっている場所もあると。
丁度今は満潮だ。
こういう事も起きるのだろう。
無言のまま、その場を避けてフォロワーを狩っていく。
夕方以降になると、もう気配は少なくなってきて。後は残党狩りに移行する事になった。強化フォロワーも隠されてはいないようだ。
地方の街に少数が分散して隠されている。
そう認識していたのだが。
その割りには、発見される強化フォロワーが少ない気がする。
最善の理由としては、元々そんなに数がいないというものがあるが。
それは楽観が過ぎる。
どこか、一箇所にまとめて隠している。
その可能性が高そうである。
「クリア。 状況終了ですわ」
「了解した。 其処で休憩を取った後、翌日は東に向かってほしい。 まだ幾つか、神戸までに大きなフォロワーの群れが確認されている」
「全部駆除して行きますわよ」
「期待している」
前倒しで作業を進めていく。
ドローンが殆ど使えない状態なのが厳しい。だから、その分は人力でどうにかするしかない。
自衛隊でも偵察用の部隊を出して、双眼鏡で敵の様子を確認するという涙ぐましい事をしているらしい。
ただでさえ人手不足なのに。
これでは、狩り手がどれだけ頑張ってもどうにもならない。
いずれ必ず無理が出てくる。
そういう意味では、「魔王」のとった戦略は間違っていない。それについては認めざるを得ない。
しかしながら一方で、「魔王」自身がこの戦略に基づいて各地で実施している作戦が、どれもこれも破られているのも事実。
活路は其処にしかない。
ガラケーデバイスで連絡を入れる。
また、大きめの街に出た。
此処も駆除作戦など行っていないだろう。
これからフォロワーの撃破作戦に入る。
神戸までまだまだ掛かる。神戸にたどり着けるか分からないが、瀬戸内海側の中国地方にいるフォロワーを叩いておく事で、四国を安全にする事が出来る。
既に第二東海道を通じて、九州と四国に小分けにしながら人を移動させる計画は始まっているそうで。
そういった計画を円滑に進めるためにも、どんどんこういうフォロワーの群れは駆除しなければならないのも事実だ。
順番が色々おかしいが。
それについては、もう諦めるしかない。
「魔王」だけが敵ではない。
無能な味方も敵だ。
そんなものは、こういう組織の常なのである。
色々な情報から、その辺りは「悪役令嬢」も知っていた。
わらわらと湧いてくるフォロワー。かなり数が多い。この辺りは、近隣ではかなり大きな都市だったらしく。
フォロワーの数も相当にいる。
これは数日は駆除にかかるだろうな。
そう思いながら、夕方近くまで狩る。
先に動きが鈍り始めた「コスプレ少女」を下がらせる。「悪役令嬢」も連戦を続けて少し疲れが溜まってきている気がする。
そこで、適当に戦った所で。
傘に持ち替えて、絶技を試してみる。
踏み込んでからの究極の突き。
見た通りにはやはり再現はできないか。
しかも、傘に持ち替えればと思ったが、どうもぴんとこない。
体力の消耗も大きい。
追ってきたフォロワーを全て片付けると、駐屯所まで引き上げて。休む事にする。
小首を何度か傾げた。
何かが違う気がする。
長モノを使って突きの威力とリーチを上げるという発想は間違っていないように思うのだけれども。
何か、決定的な改善点が他にあるように思えてならなかった。
駐屯地で既に休んでいた「コスプレ少女」。
前のように隅っこで膝を抱えて休んでいるような事も無く。
ベッドで丸くなって寝ている。
まだその方が良いだろうと思うし。
本人にとって休憩しやすい体勢とかあるだろうから、何も言わない。
風呂に入ってトイレを済ませて。
多少すっきりした後、体を軽く動かしてさっきの絶技を何度か再現してみるが。
どうしても、以前見た感じにはできていない。
鉄扇で放った未完成状態の時もあまり再現はできていなかったが。
それでも大火力は出た。
その時よりは、傘を使ったさっきのほうが火力は出ていたとは思うのだけれども。
しかし、まだまだ全く足りていないように思う。
「饕餮」が繰り出した絶技の火力を見て知っている。
あれはものにしたかった。
しばし考え込んでから、少し研究をして見る事にする。
恐らく達人と呼べる領域の武術家が、一生を掛けて産み出したような技だ。
一発で再現出来るわけが無い。
「悪役令嬢」も相当な修羅場をくぐってきたが。
それでも簡単に技なんて再現出来るわけが無い。
奥義というものを即座に再現出来る者も確かにいるが。そんなものは選ばれし天才の中の天才。
「悪役令嬢」は大きな戦果を上げてきているし。一度見た技は記憶できるが。
再現出来る訳では無いから、天才というわけではないのだろう。
無心に体を動かし続けて。
そのまま、どうにも手応え無く終わる。
疲れが溜まっているというのもある。
少しリフレッシュをした方が良いのかも知れない。
色々味方に足を引っ張られて、苛立っているという理由も恐らくは捨てきれない要因の一つだろう。
だったらしばらくは黙って、戦闘に集中した方が良いかも知れない。
焦りは禁物だ。
各地での作戦を失敗した「魔王」は確定で焦っている。
だったら、此方はむしろ悠然と構えるべきだ。
無駄とも思える作戦行動だったが。皮肉にも、相応に大きな成果を出すことに成功はしている。
「悪役令嬢」に嫌がらせをしようとして、他の狩り手を危機にさらしたバカ共は頭をたたき割ってやりたいほど頭に来るが。
それはそれとして。「悪役令嬢」の活躍で、無意味に思えた作戦を成功させたのだから、トイトイと考えるべきだろう。
ベッドに横になると、ぼんやりとしながら今後どうするかを考える。
自衛隊のC4Iシステムは一度停止した。
再起動は簡単だが、それも手動で行わなければならない。
しばらく「魔王」も簡単に悪さは出来ない筈だ。
原発などのクリティカルな施設においても、概ねスタンドアロン化は成功させることが出来たのだから。
ならばどう動く。
此方が対応の方法を限られる手口で動いてくるとは思うが。
それとは何だ。
九州の工場地帯でも狙って来るか。
それとも。
焦っているなら、東京に来る可能性もあるが。
しかしながら、実の所「魔王」は強力な反面、今までの出現データを見る限り、フォロワー化させるテリトリの広さはNO3だった「フェミ議員」より狭い位なのである。
恐らく東京にある中枢を叩くのはかなり難しいだろう。
ならば、何を狙って来る。
眠った方が良いな。
そう判断して、思考を切る。
いずれにしても、明日少し山革陸将と話をした方が良いだろう。
破れかぶれの攻撃に「魔王」が出てくる可能性が高い今。
あまり此方も、油断は出来ないのだ。
早朝。
ガラケーデバイスが鳴っているのに気付く。起きだした「コスプレ少女」が、眠そうな目を擦りながら着替えているのが見えた。一応あれでも戦闘態勢に入っているという事である。
ガラケーデバイスをとる。
山革陸将だった。
「此方山革。 「悪役令嬢」くん、大変な事が起こった」
「具体的にお願いいたしますわ」
「本部の中枢スパコンがやられた。 恐らく「魔王」によるものだろう」
「……」
なるほど。
狩り手は手に負えないと判断して、本部に対する電子攻撃に切り替えてきたか。
勿論本部に置かれているスパコンは、三十年以上頑張っている骨董品である。更に言えば、システムを入れ替える余裕など無かったはずだ。
「それで、具体的な被害は」
「C4Iは既に停止できていたから良かったが、各地の戦況データなどが根こそぎやられてしまった。 バックアップはとってあるが、しかしながら復旧させてもすぐにまたやられてしまうだろう。 今、参謀本部が必死に戦況図をまとめている状況だ」
「すぐに「魔王」が仕掛けて来ますわよ。 最大限の警戒をお願いいたしますわ」
「分かった。 他の狩り手達にも警戒を促す」
すぐにドレスに着替える。
髪の毛とかも手入れをする。
面倒くさいが、「悪役令嬢」というミームになるためには必要な作業である。
昔はこれがとにかく煩わしくてならなかったが。
今では、こんな程度の事であの邪神共をぶっ殺せるならば、それで充分だと割り切れるようになっている。
エースの狩り手として米国にも知られるようになった「悪役令嬢」だけれども。
最初の頃は、そんな風に考えられる事さえなかった。
同期はもう誰も前線にいないが。
同じ期出身の狩り手が全滅しているケースなんてなんぼでもある。
こつこつ力を上げていって、今がある。
だから、「悪役令嬢」はこれでいいと、今は割り切れる。
戦闘態勢を整えておくように。
そう「コスプレ少女」に言う。
自身は駐屯地の外に出て、軽く体を動かして置く。「魔王」がどう出てくるか、まったく分からないからである。
程なくして、またガラケーデバイスが鳴る。
どうやら、「魔王」が姿を現したようだった。
「ヘリを回した。 C4Iや航空管制とかんでいないから、極めてリスクは高いが、他に方法が無い。 すぐに指定地点に向かってほしい」
「「魔王」ですわね。 場所は」
山革陸将が口にしたのは、アジア最大の原子炉だ。
核融合ではないが、とにかく規模が凄まじく。確か何かの事故かなにかで、かなり危ない所まで行ったことがあるという。
現在は落ち着いているし。真っ先にスタンドアロン化することで、暴発はしないように処置はしたようだが。
しかしながら、「魔王」が直に乗り込んで来たら話は別だろう。
「分かりましたわ。 わたくしと「陰キャ」さん。 「喫茶メイド」さんはすぐに現地に向かうように手はずを。 それと、今回は「コスプレ少女」さんにも参戦して貰いますわ」
「彼女は一人前になったばかりという話だが……」
「一人前になったのなら、邪神と戦うのが当然の話ですわよ。 できればもう少し弱い邪神との戦いを最初にして貰いたかったですけれども」
「……」
山革陸将も、そうだろうなと思ったのだろう。
ヘリが来た。
かなり手慣れたパイロットだが、勿論原子炉のすぐ近くでは無く。離れた場所に降ろして貰う。
「魔王」のテリトリに入ってしまったら、すぐにフォロワー化してしまうからだ。そうなればヘリも墜落してしまう。
原発の制御システムのスタンドアロン化に成功した後は、部隊は撤退を済ませているため、今の時点では問題はないという。
問題があるとすれば。
フォロワーがとんでもない数、原発に向かっているということのようだ。
数は十万以上だともいう。
今の「陰キャ」や「喫茶メイド」の実力だったら、フォロワーの群れに囲まれてもそう簡単にやられることはないが。
同時に「魔王」が攻撃をして来たら、どうなるかちょっとばかり分からない。
気を引き締めていくしかないだろう。
どうやら「魔王」はこの作戦に準備をしっかりしていたらしく。
本部のシステムを全部乗っ取るのも、作戦の一端だった様子だ。
更には、「悪役令嬢」を「魔王」と戦わせるべきではないとかぬかした上層部の人間も出たらしいが。
普段は温厚な総理が其奴をモロにぶん殴って、黙らせたそうである。
他の上層部の人間は、誰も何も言わなかったそうだ。
いわゆる政治的な駆け引きで、優位を握りたいと考えてそういう発言をしたのだろうが。
それでも流石に度が過ぎると判断したのだろう。
後悔させてやると喚いていた其奴を、自衛官達が連れて行ったという話は聞かされたけれども。
上層部から欠員が出たのも事実で。
以降は立て直しが色々大変だろうなとも思う。
ヘリは流石に速い。
最近はロボット車すらも使えない状態が続いていたから、移動が不便でならなかった。
操縦をきちんとできるヘリのパイロットは減る一方。
戦闘ヘリは高い戦闘力を持つが。当然敵も狙ってくる。
だから、それによる殉職率も高い。
特に強化フォロワーが出て、各地の駐屯地が総攻撃を受けた時には、何機もアパッチロングボウが落とされ。一線級のパイロットが何人も鬼籍に入ったという。
このパイロットは、その時を生き延びた人なのだろう。
着地。
原発はかなり遠くに見えているが、相当数のフォロワーがいる。「魔王」らしき邪神の姿は見えない。
奴はそれほどの巨体では無かった筈だが。
いずれにしても、原発に入り込んだりとかしているのかもしれない。
そして、文字通り海を思わせるフォロワーの大軍勢。
確かに十万というのも、誇張ではないように思えた。
都市部で転戦しながら、もっと多数のフォロワーと交戦してきた「悪役令嬢」だけれども。
流石に一辺にこれを突破しつつ、更に最大級の力を持つ邪神とやりあうのはぞっとしない。
程なくして、またヘリが来て。「陰キャ」と「喫茶メイド」が合流。
「喫茶メイド」は相変わらずだったけれど。
「陰キャ」は凄みが増したように思える。
ただ。喋るのは相変わらず苦手なようで。
すぐにガラケーデバイスを開いて、パパパと文字を打って送ってきた。
すごい指使いだ。
ガラケーが全盛期の頃には、もの凄い早さで文字を打つ人間が話題になっていたらしいが。それくらいの勢いで使いこなしている。
「お久しぶりです。 それで、「魔王」の位置と、フォロワーの群れの突破が問題ですね」
「「魔王」の位置に関しては、まああの原発に近付けば嫌でも分かるでしょう。 「喫茶メイド」さん」
「はい、なんでしょう」
「今回も「萌え絵」を頼りにしていますわよ」
こくりと頷く「喫茶メイド」。
やはり浜松での戦闘中に相当数の枚数を手描きしていたらしい。すぐに配ってくれる。
今回は女性型の邪神が相手では無いので、胸を盛った「萌え絵」ではないのだが。
別に見ていて普通に可愛らしいと思うし。これをやたらと敵視する邪神どもがよく分からない。
いずれにしても、今回はかなり潤沢に貰った。
NO2との戦いは、NO3との血戦以上に厳しいだろう。
何枚あっても足りない。
だから、これでいい。
ポシェットに萌え絵をそそくさとしまうと、軽く作戦を練る。自衛隊も今回は流石に動いてくれる。
C4Iが沈黙しているので、自走砲やMLRSによる一斉射は厳しいがそれでも援護砲撃はしてくれるそうだ。
万が一にも原発に直撃してしまうと洒落にならないので、かなり着弾地点は手前になってしまうそうだが。
それでもフォロワーを減らし、その気を反らしてくれれば充分である。
後は「魔王」を撃ち倒した後だ。
フォロワーは統制を失うだろうが、何しろ数が数である。
最悪の場合、原発に立てこもる必要が生じてくるだろうが。
その辺りも、先に全て作戦を詰めておく。
ある程度作戦が仕上がった所で。「悪役令嬢」は立ち上がっていた。
「今回は「コスプレ少女」さんも含めて四人での戦闘になりますわ。 手酷い負傷が無ければ、「医大浪人生」さんもこの場にいたかも知れませんわね」
ここ最近の、狩り手の生存率は異常と言うほど高い。
「悪役令嬢」がめぼしい邪神を片っ端から倒している事。「陰キャ」が次代のエースとしてめきめきと頭角を現していることが大きい。
兵器の火力が上がりすぎて、マンパワーが軽視されるようになった時代と違い。
邪神相手にマンパワーが必要になった時代だ。
どうしても、戦場のあり方は変わってしまっている。
それに対応するために、人間は三十年を費やし。
99%の人的資源を失った。
「最後に残ったNO1に関しては情報が一切ありませんわ。 しかしながら、NO2を倒せば、好き放題にされていた電子攻撃については一段落つくでしょう。 NO2のような電子戦の専門家が、またいるとは思えませんもの」
勿論これは楽観だが。
敢えて楽観を口にする。
それに、だ。
邪神は基本的に、SNSクライシス前に社会に悪影響を与えたモノほど位階が高い事が分かっている。
フェミ関係の邪神がNO10以内に三体もいたのがその証左である。
そして、最もこの国で悪影響を与えていた存在は。
候補は絞られている。
「悪役令嬢」も仮説を立てているが。
いずれにしても、それは電子戦の専門家ではない。
「……此処が正念場ですわ。 みな、いきますわよ」
「はい!」
勢いよく応えたのは「喫茶メイド」。こくりと頷く「陰キャ」。少し遅れて、はいと「コスプレ少女」が応えた。
別にそれでかまわない。
体育会系よろしく、声があっていないとかで怒鳴るような事をするつもりはない。
さて、まずは敵の海を突破するところからだ。
邪神の気配はあるのだが、何処にいるのかがどうにもよく分からない。
いずれにしても、まずは原発に辿り着く事が第一だろう。
しかし、どうにも気になる。
NO2は確か以前の戦闘データを見る限り、戦う時は邪神と一目で分かる姿を取っていたはずだし。
狩り手もすぐに察知できるほど気配が大きかった。
この状況で居場所がすぐに分からないと言うのは、何か罠を感じる。
少し考え込んだ後、作戦案を一つ皆に話をしておく。
あくまで念のためだ。
そして、軽くストレッチをした後。
「悪役令嬢」は、自ら先頭に。敵の大軍に向けて踊り込んでいた。
4、罠の中にて
さあて来た来た。
「魔王」はほくそ笑みながら、アジア最大の原発の前で待ち伏せていた。
この原発は実際に電気を供給していたのでは無く、一種の実験炉である。今後の技術発展のために、色々なテクノロジーを試すために作られたもの。しかしながら、それが上手く行っていたとは言いがたい。
勿論多数の技術は得られたのだろうが、途中で大きな事故も起こした。
更にこの原発がもしも制御不能な状態になった時には北半球全域が致命的な核汚染に曝されるという噂も流れ。それが色々と社会問題にもなった。
世代だったから「魔王」もよく覚えている。
スタンドアロン化されたシステムには、流石に「魔王」も干渉できない。
だが、この原発にくれば、「狩り手」どもが寄ってくるのは分かっていた。
無能な人間達の上層部はそのまま残しておくべきだ。
そう判断した。
NO3はその判断ができなかった。
故に負けたのだ。
さて、まずは十万ほどかき集めたフォロワーをぶつけて、狩り手どもの実力を最終チェックしておこう。
戦うのはそれからだ。
そう思ったのだが。
予想以上に、敵の力が凄まじい。
勿論フォロワーに恐怖とかを感じる心なんて残っていないから、どれだけやられても向かって行くのだが。
それが文字通り、ちぎっては投げちぎっては投げされている。
なるほどなるほど。
NO3がガチバトルを挑んで撃退されるわけだ。
流石に冷や汗が流れる。
流石にNO3程度と一緒にされては困るという自負はある。何しろ世界に与えた悪影響でいえば、あんな程度のアホと「魔王」では比較にならないからだ。
しかしながら、少しばかりまずいかも知れない。
「悪役令嬢」と「陰キャ」とやらが強いのは分かっていた。
これでも散々事前に偵察をしていたのだ。
だが、殆ど注目していなかった「喫茶メイド」とやらと、もう一人。
データから検索すると、「コスプレ少女」か。
あの格好は見覚えがある。
確か、SNSクライシスが発生する十数年前に流行った魔法少女アニメの主人公キャラだ。
魔法少女というジャンルを決定的にダークに傾けた作品で。
当時色々な事があって、大きな話題になったキャラクターである。
戦闘スタイルが見ているとだいぶ違うが、別にそんなものはどうでもいい。
いずれにしても分かるのは。
「魔王」に戦いを挑んできた狩り手の誰よりも、雑魚と判断していた二人が強いと言うこと。
さらに「悪役令嬢」と「陰キャ」に至っては、今まで掛かって来た狩り手を束にしてもかなわない程に強いと言う事だ。
まあ、それでも何とかなるか。
そもそも、まともに戦うつもりなんて最初からないのだから。
まずは、敵の消耗を待つ。
「悪役令嬢」とやらでも、一日のフォロワー撃破レコードは二万程度だという話である。
そしてこの原発を「魔王」が抑えている以上、悠長にフォロワーを数日かけて駆除とはいくまい。
かならず「魔王」を狙って来るはずだ。
そこに此方の勝機がある。
他の邪神達はまともに戦って敗れていった。
だが「魔王」はそんな馬鹿な事はしない。
元々詐欺師だったのだ。
詐欺師が正々堂々と勝負などするわけがない。
くつくつと笑いながら、暴れている狩り手四人を見やる。
もう少し消耗してから仕掛ける。
いずれにしても、勝利が確定してから仕掛けたいところなので。
そろそろ、出すとするか。
「魔王」の能力の一端をだ。
電子戦だけが「魔王」の能力では無い。
流石に「魔王」ほどの高位邪神となると、能力は一つや二つではないのである。
今までの失態。
全てまとめて跳ね返してくれる。
我こそはアンダーグラウンドクリエイター。
ぽっと出のネットミーム如きとは格が違う、文字通りの「魔王」と知れ。
そう言いながら。
「魔王」は能力を展開していた。
(続)
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