地底を作りしもの

 

序、血戦の後

 

流石の「悪役令嬢」も、今回ばかりは酷い目にあった。当然の話で、上位邪神を相手に連戦したのである。

苦戦しない筈も無かった。

体中にダメージを受けている。

内臓にも直撃するようなダメージを受けた。

それがいたくなかったかと言えば。

いたいに決まっている。

「悪役令嬢」は怪物か何かと思われているようだが。

痛みだって感じるし。

体力にだって限界はあるのだ。

少し早く、「陰キャ」が地上に戻っていった。

それより更に早く「喫茶メイド」も。

あのNO3「フェミ議員」との戦いから一週間ほど。

もう、どうにかなるだろう。

外の戦況について確認する。

現在、「喫茶メイド」がルーキー達を率いて、浜松での戦闘を続行。「陰キャ」は新潟に出向いて、其処で各地の街でフォロワーを削りとっているそうだ。

「悪役令嬢」もそろそろ戦場に復帰するタイミングだ。

ベッドを降りると、「悪役令嬢」の装束に身を包む。

ドレスを脱ぐとかなりマッシブだと言う事で、医師達が驚いていたが。

そうでもなければ、邪神とガチンコなんて出来るわけが無い。

これでも誰よりも鍛えているつもりだ。

ましてや、今は「陰キャ」という後を託せる最高の若手がいる状況である。

まだ現役でいられるが。

逆にいつか現役でいられなくなる時が来る。

邪神との戦いは、三十年掛かってまだまだ此処までしか進展していないのである。

世界にある四つの邪神組織のうち、日本にある「絶対正義同盟」は後二体まで追い詰めたが。

米国にあるものは欧州からの増援を得て盛り返しているし。

中華にも大きな邪神の組織がある事が分かっている。

とてもではないが。

まだ油断どころでは無い事は、「悪役令嬢」にも嫌と言うほど分かっていた。

それに何より、である。

そもそも日本の絶対正義同盟でさえ、まだNO1とNO2が残っているし。

NO1に至ってはその素性すらも分からないのである。

それを考えると、まだ勝ったと思うのは早すぎる。

体を軽く動かした後、でられる事を確認。

医師などと話して、驚異的な回復力だと驚愕された。

まあ此処で立ち止まっている訳にはいかないのだが。

「傘は流石にまだ用意できませんの?」

「いえ、後数日で用意できるそうです」

「それは重畳ですわ」

龍咬。

あの「饕餮」が使った絶技。

あれは、本当に凄い技だった。

鉄扇ですら、NO3のコアを文字通り消し飛ばした。

恐らく傘で放てば、更なる火力を期待出来る筈。

ここは是非、傘で放ちたい。

それにまだモノにできているとは言い難い。

ただ。「饕餮」が繰り出して来た技は、どれもこれもモノにしたいと思わされるものばかりだった。

今後の戦いに役立つ。

思うに「饕餮」、そのベースになった「関帝」は。多分邪神になった自分を恥じ、ずっと死に場所を探していたのだ。

そして全ての技を敢えて見せてくれたのだろう。

それを引き継ぎ。

邪神を全て葬り去る。

それが、今「悪役令嬢」がするべき事だ。

ああいう邪神もいるのだな。

人間の敵であることに代わりは無いだろうが。

それでも、人間だった頃に会いたかったものだ。

自分の足で歩いて、エレベーターに。

地下鉄の構内から、迎えに来ていたロボットで移動する。

まずは浜松に行くかと思ったが、山革陸将から其処で連絡が入っていた。

「復帰おめでとう「悪役令嬢」くん。 それで君には頼みたい事がある」

「浜松に行こうと思っていましたが」

「今浜松では、連日五千ほどのキルスコアを、「喫茶メイド」くん率いるチームがたたき出してくれている。 現状では充分だと此方では判断した」

ふむ。

「喫茶メイド」はそもそも、「萌え絵」を描ける人材として重要だ。

毎日少しずつ描きためてくれていると言う事で、今後は必要な人材としていてもらわないと困る。

更に言えば、現時点では近接戦での力不足がいなめない。

実戦を積んで、一人前になっている狩り手としては、更に技術を上げて貰いたい所である。

ならば適切とは言える配置だ。

もう一人、同期に「医大浪人生」というルーキーがいたのだが。

彼は以前の九州における敵の大攻勢で、「喫茶メイド」を庇って瀕死の重傷を受けた。まだ復帰は厳しそうである。

今は一人でも人材がほしい。

そろそろ「コスプレ少女」が一人前になるという事もある。

ルーキーだけを集めて、それで戦って貰うのは。それはそれでありなのかも知れない。

「それでわたくしは何処へ? 大阪? 神戸?」

「いや、此方としては安全地帯を確保したいと考えている。 そこで、四国に出向いて貰いたい」

四国か。

現在四国では、少数のフォロワーと、わずかな生存者だけがいる状況で、自衛隊の駐屯地も一つしかないという。

四国は元々人口密度が低く、SNSクライシスでもそれほどの被害は出なかったらしい。

数的な問題の話だ。

比率的な問題で言えば全滅同然の被害を受けたことは、他の地域とまるで変わらない。

そういう事情で、フォロワーの数も少ないのだそうだ。

なお四国への橋は健在だそうで。

そこから、人間を四国に逃がす案もあるとか。

勿論、四国にいるフォロワーを片付けてからになるが。

「四国は今まで殆ど自衛隊でも駆除作業をしていない。 もしも、強化フォロワーが隠されているのなら四国かも知れないと言う話もある。 各地にドローンを展開して調査はしているが、どうしても四国は調査も手薄で……」

「分かりましたわ。 ただ、それなら一人ルーキーを回していただけます?」

「かまわない。 浜松での戦況は今全く問題が無い。 一人を抜くくらいなら大丈夫だ」

「それならば、「コスプレ少女」をお願いしますわ」

「分かった。 連日浜松での主力として活躍してくれていたが、今なら大丈夫だろう」

他の狩り手はまだまだだが、そろそろ「コスプレ少女」は仕上がる時期。

此処でバディを一度組んでみて、どうすれば適性を伸ばせるかを見ておきたい。

それに、だ。

「饕餮」。唯一、戦っていて相手に敬意を払える邪神だった。

そんなものがいるとは思いもしなかった。

奴が残してくれた技を試して錬磨したい。

いずれにしても、復帰するまでに休んでいる間、多少体も鈍った。

それを鍛え直すには、敵の殲滅を前提とした戦場はむしろうってつけだろう。

何より、中華からの援軍が全滅した今。

もはや組織とは言えない、しかし高位邪神二体の組み合わせである絶対正義同盟は、簡単に大攻勢は掛けられないだろう。

侮る事も出来ないが。

今のうちに、やれることはやっておかなければならなかった。

すぐに移動を開始する。

戦時ではないので、ロボットを用いる。

ヘリの燃料などは、相当に貴重なのだ。戦車などもしかり。

それゆえ、各地で生産していて、今では何とか足りているガソリン燃料を用いるロボット車で移動する。

勿論第二東海道を使うのでは無く、危険地帯を突っ切って貰う。

途中わんさかフォロワーが出てくるが、リハビリには丁度良い。

思い出しながら、「饕餮」が使った技を一つずつ再現して、試してみる。勿論鉄扇主体で戦う事には代わりは無いが、隙を見て織り交ぜる感じだ。

中華拳法は伝承ばかり先行しているケースもあるのだが。

あいつが使って来たのは、恐らくは複数の拳法流派の技をミックスしたり、或いは独自に達人が編み出した奥義級の技ばかりだったのだろう。

使って見ると、一撃一撃が練り上げられていたことがよく分かる。

またいわゆる練気も行ってみる。

これは実際の所、気とか不可思議なミスティックパワーを用いるのでは無く。

体内の筋肉や骨を活性化させるための動作にすぎないと現在では結論が出ているようだけれども。

確かに効果はある。

動きが鈍っているはずなのに。

鈍る前同然には動ける。

途中で何度か、数百単位のフォロワーに襲撃されたが。

どれもこれも、蹴散らすのにそれほど手間は掛からなかった。

移動しながら、情報を確認する。

自衛隊各地の被害だ。

致命傷はかろうじて避けた、という所だろうか。

やはり全面攻撃を受けたのだ。

どうにか耐え抜きはしたが。相応の損害は出ている。

溜息が漏れる。

SNSクライシス前には、軍人は高度テクノロジーの塊だった。最貧国の少年兵ならともかく。基本的に近代兵器を扱う軍人は、様々な技術をたくさん身につけなければならなかった。

一人兵士を育成するだけで、とんでもなく金と時間が掛かった。

それは今の時代も、方向性が違うだけで同じ。

以前は人間を殺すための訓練が軍人には必要だったが。

今は大口径の火器を用いる身体能力と。

更にはフォロワーを前にしても怖じ気づかず。

それを撃てる胆力も必要になる。

これは簡単に身につけられるものではない。

「悪役令嬢」も新人時代には、対フォロワーの訓練や、捕獲したフォロワーとの戦闘も経験したが。

狩り手では無い人間がこれをやるのは本当に大変だろうなと思ったし。

そういう意味で、自衛官達を尊敬もしている。

「悪役令嬢」が敬礼を受けた時。

敬礼で返すのはそれが理由だ。

邪神には対抗できないかも知れない。

だが力無きものをフォロワーの暴威から守るには。更に様々な支援任務を行うには。自衛官は必須なのだ。

そういうわけで、今回の損害は無視出来るものではない。

当面、大規模な攻勢はできないだろう。

米国でも大きな被害を出して、米軍は再建できていないと聞く。

だとすると、支援も期待出来ない。

自分達でやるしかない。

世界中の殆どで国家が崩壊し。

わずかな生き残りは地下に潜って必死にフォロワーや我が物顔に彷徨く邪神共から身を隠している事を思うと。

それすらも、たまに歯がゆくなるが。

無心のまま、ロボットでの移動の間、リハビリを行い。

フォロワー相手にも怒りをぶつける。

今の時点では、邪神は恐らく出ては来ないと思うが。

絶対正義同盟最強のNO1は名前も姿も分からないし。

NO2もそもそも戦って生きて帰ったものがいないという点では、他の高位邪神と共通している。

NO3があれだけ手強かった事を考えると。

少なくとも「陰キャ」と「喫茶メイド」と一緒に戦う事は必須。

もう一声ほしい。

それが事実だった。

数日無心に移動を続け、目についたフォロワーは片っ端から狩った。

移動路には電車が通っていた道を使う事が多い。こう言う場所は崩落していない事が多いからだ。

しかしながら、それでも崩落しているところはしているし。

自衛隊もドローンを飛ばして、現在理論的に通れる道については調べ上げているらしい。

だから、不意にロボットが明後日の方向に向かっても気にしないで任せる。

そして、気配を察知したら出て、フォロワーを狩る。

そうしているうちに、すぐに数日は過ぎていった。

程なくして、巨大な橋が見えてくる。

あれがどうやら、四国へ渡るために必要な橋であるらしい。

崩落もせず、無事に残っている。

ただ、橋の上には朽ちた車がわんさかあって、一度降りなければならない。

車の周辺には、フォロワーが大量に蠢いているのが見えた。

あれらは掃除しなければならないだろう。

山革陸将に連絡を入れる。

「重機の準備をしていただけますかしら」

「ええと、順番に説明して貰えるだろうか」

「今から橋の上にいるフォロワーを全て片付けますわ」

この橋の名前は明石海峡大橋。

実際にはこの橋だけで四国に行けるわけでは無く、途中にある淡路島という島を経由して四国に渡る。

もっと先には更に大きな橋があり。

そもそもとして合計して三つの四国に行ける橋があるらしいが。

今回は一番東京に近かった此処を使う。

近くにはフォロワーが大量にいる神戸があるのだが。

それでも何とか自衛隊には重機を回して貰うべきだろう。

「故に、フォロワーが片付き次第、橋の上で朽ちている無数の車を重機で回収してくださいまし」

「分かった。 君の実力であれば難しくは無いだろう。 大阪の駐屯地から工兵部隊を回す。 処理任務を済ませておいてほしい」

「おやすい御用ですわよ」

そのまま、車を降りる。

フォロワーが此方に気付いたようだ。いずれも相当に古いフォロワーばかり。あんな朽ちた車では、体を隠すどころではないのだろう。服も身につけていないし、体が崩れかけている者も多かった。

いずれにしても、駆除する他ない。

ついでだから、淡路島にいるフォロワーも全て処理してしまう事にするか。

ただ問題は、フォロワーが大量にいる神戸だ。

これについては、対策が必要かも知れない。しかも「悪役令嬢」であっても、一日二日で処理出来るような数では無い。

いっそのこと、四国を回ってフォロワーの駆除行脚をするあいだに。三つの大橋にいるフォロワーもいっしょにまとめて片付けてしまうか。

そうすれば、橋の入り口に自動迎撃システムを配置するだけで、四国は安全になる。フォロワーから、だけならだが。

邪神についてはもうどうしようもない。

四国は人口密度がSNSクライシスの前からあまり高くなかった事もあり、山中などに放棄された集落なども幾つもある。

これらを活用出来れば、避難民を退避させることは難しくは無いだろう。

ならばそれもまたいい。

確かに、四国をどうにかしてほしいと言う判断は、間違っていないのかも知れなかった。

橋の上で戦闘を続ける。

壊れかけた自動車には色々なものがあったが。共通して塗装も何もかもがはげてしまっていて、痛々しい有様だった。

元はどれも皆大事にされていただろうに。

中には事故を起こしてしまったらしい車も見受けられる。

大破してしまって、焼け焦げているものもあった。

これらはスクラップにするのでは無く、重機で回収した後分解し、使えるパーツは再利用する。

今の時代、ゴミを潰して捨てるなんて無駄はできない。

それだけ物資は貴重だから、である。

それにしても戦いにくい場所だな。

そう思いながら、フォロワーを蹴散らして回る。

感覚が研がれている。

これも、「饕餮」との戦闘の影響だろう。

奴の今まで見たのとは次元違いの精度の攻撃を身を以て味あわされる事によって、気配を探知する力が一段階上がった気がする。

こんな形で強くなるとは本当に予想外だったが。

まあ、それでも良いかも知れない。

それに「饕餮」は邪神になり果てた自分を恥じ、死に場所を求めていた。

あれでよかったのだろう。

まずは、明石海峡大橋の上のフォロワーを全駆除。

動けずに呻いていたフォロワーもいたが、それも駆除しておいた。

下手すると年単位で動けずにもがいていたのだろうと思うと、何というかやりきれなさを感じる。

そのまま、淡路島に突入。

フォロワーの群れがお出迎えしてくるので、これも狩る。

結構な数がいる。

あるいは都会から逃れて、四国などに行けば安全と考えた人々が相応にいたのかも知れない。

それらがまとめて邪神の魔の手に掛かって、フォロワーにされてしまったのだろう。

いずれにしても、それこそ無邪気に花を摘むように。

幼児が虫を踏みつぶすように。

邪神共は、本当に例外中の例外を除けば、どいつもこいつもゲロ以下のカスばかりだった。

むしろ笑いながらそれらをやったのかも知れない。

いずれにしても、斬る。

フォロワーを片っ端から赤い霧に変える。

夕方になった頃には、工兵部隊が到着。明石海峡大橋の上から、車の残骸の撤去作業を始めていた。

通れるようになった後は、ロボット車のトラックが来る。

これを駐屯地にしてくれ、というわけだ。

四国にいる部隊も、此方に加勢する余裕なんて無いだろう。

ならば、仕方が無いとは言える。

通れるようにはしたが、まだまだ大量の車がある。それに淡路島のフォロワーを駆除するには、まだ数日はかかるだろう。

その旨を山革陸将に伝えておき。

工兵部隊には注意して行動するように支持して貰う。

神戸からフォロワーの群れが来る可能性もある。

どれだけ注意しておいても足りないだろう。

浜松から「コスプレ少女」が此方に向かっているらしいが。到着は明日になる。

とりあえず、少しフォロワーの群れから離れて休む。

今のうちに休んでおく必要がある。それについては、「悪役令嬢」も分かっていた。

安全地帯を確保出来れば、それだけ戦況を改善できる。

いっそのこと、首脳部を九州や四国に移す手もあるのだが。

それは流石に、現在トップエースとはいえ「悪役令嬢」が言える事ではないだろう。

駐屯地に入ると、用意されていたインスタント茶葉を使って、茶を淹れる。

分かりきっていたが、恐ろしくまずかった。

 

1、安全地帯を増やすために

 

一眠りしてから、起きだす。

軽く朝の連絡を入れると、後数時間ほどで「コスプレ少女」が此方に到着すると連絡があった。

まあ、それなら到着するまでに、此方も準備運動と行くか。

工兵部隊と連絡を取る。

幸い神戸からまだフォロワーは来ていないらしいが。

それも時間の問題だろう。

神戸にも数十万のフォロワーが蠢いているという話である。

淡路島にいる数万のフォロワーが消滅したら、絶対に動きを見せる。

そう判断して良かった。

まずは軽く朝の体操。

淡路島のフォロワー密集地帯に突入すると、当たるを幸いに蹴散らし始める。赤い霧を周囲にぶちまけながら、リハビリがてらに暴れる。

一日さぼると三日取り戻すのに掛かると言う話があるが。

流石に今の「悪役令嬢」はそういう技量ではない。

無心のまま大暴れする。

この間「陰キャ」がここ一番で見せてくれた無我の境地ほどではないにしても。

戦闘時に雑念を払う事そのものは難しく無い。

狩りに狩って、数千を消し飛ばした頃に連絡が来た。

到着だ。

ならば、此処からは本腰を入れるべきだろう。

まずは駐屯地に戻る。

追いすがって来るフォロワーもいたが、それらは全て赤い霧に変えた。

駐屯地に戻ると、相も変わらずの寡黙な「コスプレ少女」がいた。

とにかく自主的にはほぼ口を開かないのだ。

ただ、話を聞いていないと言う事はない。

それだけでも、マシなのかも知れない。

SNSクライシス前には、他者の話をまともに聞かない人間が大人と思われていた節があるらしい。

ならば、そんな大人よりも。

まだこっちの方がマシである。

「それでは、貴方の任務は神戸方面からのフォロワーを食い止める事ですわ。 明石海峡大橋の本州側に陣取って、どうせ現れるフォロワーの群れを撃退してくださいまし」

「……」

こくりと頷くと、「コスプレ少女」はそのまま橋の向こうに戻っていく。

まだ工兵部隊はせっせと車の除去を行っているが、時間は丸一日以上掛かるとみて良いだろう。

橋の規模がとんでもないのだ。

それに。どれだけ堅牢だろうと、三十年間ほぼメンテナンスがなかったのである。

その間、畿内でも大きな地震が何度も起きている。

流石に完全に無事、と言う事もあるまい。

工兵部隊は、橋の損傷部分も確認して、場合によっては修繕もする。

そう考えると、神戸方面からフォロワーが現れた場合は、最悪相手の規模次第では「悪役令嬢」もそっちに回らなければならないだろう。

では、後方は任せた。

「悪役令嬢」は、やるべき事をやるだけだ。

淡路島には、大量の車が朽ちている。

やはり神戸や大阪から四国に逃れようとした人間がたくさんいた、ということだ。それが一網打尽にフォロワーにされてしまった。

まだまだ出てくるフォロワーを無心に斬る。

時々アラームが鳴るので、それに合わせて一旦後退。休憩を挟んで、また出撃を行う。

体力の調整は本当に大事だと言う事がわかっている。

故に、細かく余力を調整しながら戦う。

駐屯地に戻って、また暴れ。

夜には一旦戦闘を切り上げる。

駐屯地に「コスプレ少女」が戻って来た。相変わらず寡黙なので、戦闘データを見せてもらう。

案の定、淡路島でゴリゴリフォロワーが減っているの気付いたのだろう。

神戸から、数百単位のフォロワーが出て来たようだが。それを全て片付けた様子である。

短時間でかなり腕を上げている。

この間、一日で五百以上のキルカウントをたたき出したという話はあながち嘘ではないのだろう。

ただ、隅で膝を抱えて休んでいる様子は。

寡黙を通り越して、他人に対する絶対的な壁すら感じられた。

まあ、至近距離で邪神のテリトリから逃れ。

自分だけが助かったという過去から考えると、どれだけ鬱屈していても仕方が無い。

ならば、つきあい方を考えて行くだけだ。

ブザーを渡しておく。

「手に負えない数のフォロワーが現れたら、即座に押してくださいまし、「コスプレ少女」さん。 すぐに駆けつけますわ」

こくりと頷くと、風呂を浴びに行く「コスプレ少女」。

さて。相手の鬱屈をどうにかするのは専門家の仕事だ。此方は、どうやって上手くやっていくかを考えればそれでいいのである。ただ、状況次第ではそうも行くまい。今は観察をしておくに留める。

自身はまずいレーションを口にして、茶も淹れる。

どれもこれもまずいが、我慢するしかない。

大人数で人が集まるという事が出来ない時代なのだ。

邪神は海すら渡ってくる。

絶対正義同盟が増援を連れてきたが。ということは、自主的に海を渡って大陸の邪神勢力が此方に来てもおかしくない。

事実北米には、欧州の邪神共が押しかけたのである。

仮に今日本にいる邪神を全部潰したとしても。

安心なんてものがくるのは遠い未来。

SNSクライシスで生じた邪神を全部潰さなければ、とても安心して生きられる時代なんてものは来ないだろう。

「陰キャ」から連絡が来る。

相変わらず、ガラケーを通してなら良く喋るようだった。

「此方は順調にフォロワーを駆除しています。 今日は二体強化フォロワーを発見したので、どちらも倒しておきました」

「流石ですわ。 それで、其方で困ったことはありませんの?」

「……自衛隊の人達の人手不足が目立っています。 生存者を発見しても、以前より救援が来るのが目だって遅くなりました。 それに此方には敬意を払ってくれますが、何というか怖がっている様子の自衛官も増えてきています」

「仕方がありませんわよ」

NO3「フェミ議員」を撃ち倒した辺りは、それこそ人外の戦場となり。ビルが倒壊し、それこそ破滅的な状態になっている。

あの様子は、周囲の自衛官達も知っている筈。

破壊の限りを尽くしたNO3はまだいい。邪神だからだ。

だが、破壊の幾らかは、「陰キャ」と「悪役令嬢」、それにちょっとだけ「喫茶メイド」もかんでいる。

たった三人の人間で、あの破壊を引き起こした。

そう思えば、恐怖するものが出ても不思議では無いのだろう。

別に「悪役令嬢」は何とも思わない。

SNSクライシス前は、最果ての時代だった。

邪神共のクズぶりをみればそれは嫌でも分かる。

だが、今はそれから地続きの時代だ。

人間が別に良くなった訳でもなんでもない。

東京の地下にて閉鎖コミュニティを作っていた連中がそうだったように。

人間なんて、別に代わりはしないのだ。

例え何がまずかった、というのが分析されていても。

それを生かせるほど、人間はできた生物じゃあない。

残念ながら、歴史がそれを証明してしまっている。

狩り手を怖れる奴が出てくるのは、必然の流れであって。別にそれについて「悪役令嬢」はどうとも思わない。

ただそれで「陰キャ」が傷つくのは困る。

自身の後継者はあの子しかいないと「悪役令嬢」はかねてから思っているのだ。

実際問題、あれほどの素質の持ち主は当面出無いだろう。

伝説の狩り手である米国の「ナード」でさえ、才覚では劣るのではあるまいか。

そうとさえ感じさせる希望の星である。

いずれにしても、今は周囲と連絡を緊密に取りつつ。

四国までの道を切り開くしかない。

工兵部隊だって、人不足物資不足の中、やっと出してくれたのだ。

一人だって、失う訳にはいかなかった。

 

翌日も早朝から淡路島のフォロワー駆除に出向く。

状況次第で、「コスプレ少女」と配置を入れ変えるつもりだが。今の時点では、必要は無さそうだ。

昼過ぎまでに五千ほどのフォロワーを駆逐。

休憩に入る。

「コスプレ少女」が戻ってこない。

工兵部隊に連絡を入れるが、それほど大規模なフォロワーの群れは見ていないという話である。

少し不安になったが、別に子供でも無いのだ。それに五百キルをたたき出す実力なら、もう生半可な狩り手より上である。

今の時代は、それでも一人前には遠い。

そういう魔郷なだけだ。

少しして、全身血だらけの「コスプレ少女」が戻ってくる。

見た感じ、返り血だ。

「予想以上の数のフォロワーと交戦したようですわね。 手傷は受けていませんの?」

「……」

首を横に振る。

ダメージはない、ということでいいだろうか。

戦闘記録を見る。

とりあえず、ダメージは受けていない様子だ。風呂に入って貰う。衣装なども、狩り手には重要なのだ。

人間以下のミームとして認識させるには、生の人間のままではいけない。

外見などが重要になってくる。

外見だけで人間を判断するような敵が相手なのだから、当然だとも言えるが。

まあだからこそ、外見については色々と繕わなければならないのである。

代わりの服は用意してある。

これは基本的に、腕が劣るルーキーほど被弾しやすかったり、或いは返り血を浴びやすかったりするためだ。

パーカーを着込んでいる「陰キャ」みたいなタイプはいいのだけれども。

華やかな服装の狩り手は、どうしても返り血対策などが必要になってくる。

そのために服が多数いる。

それだけの話である。

風呂から戻って来た「コスプレ少女」だが、下着だけで平然と歩いていたので、頭を抱えたくなる。

黙々と戦闘衣を着込み始めるが。

前は此処まで色々ルーズだったか。いや、下着だけでもつけているだけマシと判断すべきか。

工兵部隊から連絡が入る。

「神戸より五千規模のフォロワーが出現! 更に数を増している様子です!」

「分かりました、対応いたしますわ」

そのまま、じっと空虚な目で此方を見ている「コスプレ少女」に言う。

配置換えだ。

「これからわたくしは、神戸から来るフォロワーの大軍を駆除しますわ。 貴方は淡路島のフォロワーを片付けてくださいまし」

こくりと頷くだけ。

別にそれでかまわない。

意思は通じている。

ただ、周囲はやりづらいと思っているかも知れない。

しかしながら、貴重な狩り手で。しかも良い腕である。

そういう人材を無碍に出来る程、今は余裕がある状況では無い。

SNSクライシス前の会社では、「幾らでも代わりはいる」という理由で人材を使いつぶし。

気がついたらどこにも人材がいないと言う状況が到来していたという、あまりにも愚かしい事態が来ていたらしいが。

それを少なくとも、「悪役令嬢」の目が届く範囲内で起こさせるわけにはいかない。

すぐに駐屯地を飛び出し、用意されていたロボットに乗って橋の向こうに。

工兵部隊は装備を放棄して、橋のこちら側に逃げ込んできていた。後は任せるように伝えると、そのまま突貫。

橋の上の車は、半分以上片付いていたが。これでまた作業は遅延することになりそうだなと、「悪役令嬢」は思う。

五千以上と聞いていたが。

ざっと見る限り、もっといるだろうな。神戸はまだ駆除の手が中途であったけれど。想像以上にフォロワーがまだまだ健在な様子だ。この際に、ついでだから刈り取っておくとしよう。

幸い此処は狭い橋の上だ。

暴れるには充分。

後方からの敵を殆ど気にしなくてもいい。

ただ橋の傷みが気になるから、橋の上での戦闘中はあの踏み込みを要する技の幾つかは使わない方が良いだろう。

無心に暴れて、橋の向こう側までフォロワーを追いやる。

今の時点では、「コスプレ少女」も問題なくやれている様子だ。

淡路島のフォロワーは、「悪役令嬢」が本気で暴れれば数日で消滅する程度しかいなかった。

今の時点の実力の「コスプレ少女」なら、不覚は取るまい。

橋から敵を押し返したので。

踏み込みを必要とする技を幾つも使っていく。

鉄扇を使っていても問題ない。

中華系の武術は、武器を自分の体の延長線上として使う。

要するに鉄扇を体の延長線上として考えれば良いわけであって。

別にそれが問題を生じさせることは無い。

撃破の効率が上がる。

まるで鉄扇の先まで、「気」か何かが通っているような感覚だ。

これでも一度見た技は忘れない自信がある。

勿論一発では使いこなせないが。

それでも使っていけばどんどん練度は上がっていく。

そのまま何度も使い、練度を上げる。使えるようになったと思ったら次。強くなるには貪欲なくらいでいいい。

そのまま荒れ狂いながら、どんどん技を試して行く。

どうせNO2はNO3より強い。

焦っている様子が一切無いことや。邪神共が絶対服従している所から考えても、NO1は更に強いとみて良いだろう。

それだけではない。

そもそもベストコンディション、ベストの陣容で敵と戦えると考えるのは、色々と甘すぎる。

NO3は正直あまり頭が良くない様子だった。

それでも、物量戦を強要する程度の事はしてきた。

NO2は今までの情報を見る限り、とにかく陰湿な戦い方を得意としているようだし。

どんな手に出てくるか、まったく分からないと判断する他無いだろう。

いつのまにか、神戸から来ていた群れは消滅していた。

返り血なんて浴びていない。

ただ、地面は大量の血を吸って、真っ赤だったが。

鉄扇を振って血を落とす。

鉄扇の状態を確認するが、研ぎが必要な状態ではない。更に、体力的にも余裕がある。

工兵部隊に、敵の排除を連絡。

丸一日かかると判断していたのだが。まさか半日で片付いた。

まあいい。

工兵部隊と入れ違いに、橋の向こうに戻る。その間に、「コスプレ少女」に連絡を入れる。

はい、とだけ返ってきた。

初めて会ったときは、もう少し喋る子だった気がするのだが。

それでも寡黙な印象を受けた。

今はもう何というか、殆ど言葉を必要としていないというか。そもそも喋るのが嫌な様子に思える。

何かあったのは、確実と判断して良さそうだ。

連戦を重ねている内に、元々抱えていた闇が膨らんだのだろうか。

ちょっとそれは分からないが。

淡路島の戦闘地点に到着。

休憩を挟んだが、問題なく「コスプレ少女」はやれている。

ステッキからの銃撃と、文字通り蝶のように舞い蜂のように刺す体術で、全く敵を寄せ付けていない。

体力もまるで消耗している様子が無い。

しかも、前より段違いに強くなっている。

なるほど、戦闘記録を見たが。此処にもいわゆる麒麟児がいたか。ただ「陰キャ」よりも更に扱いが難しそうだが。

「一度休憩をしていらっしゃい。 後はわたくしが対応しますわ」

こくりと頷くと、そのまま下がる「コスプレ少女」。

少し心配になったが。今はそれどころではない。淡路島のフォロワーはそれほど数がいないとはいえ、まだまだ安全地帯とは言えないのだ。

とにかく、駆除である。

工兵部隊の安全も、もっと確保しておかなければならない。

夕方まで戦闘し、一旦下がる。夜にもう少し狩るかと思ったが、不測の事態が起きるかも知れないと思って、体力を温存する。

相変わらずトラック駐屯地の隅で膝を抱えて一言も喋らない「コスプレ少女」。

とりあえず、山革陸将に連絡は入れておく。

山革陸将の方でも、四国の安全確保は重要作戦と判断しているらしく。手篤く色々調べてくれていた。その説明を受ける。

「神戸に飛ばしているドローンからの映像によると、かなりの数のフォロワーが配置を換えている様子だ。 明日も来るとみて良いだろう」

「まあそうでしょうね。 此方で片付けますわ」

「ありがたい。 他のチームも概ね上手く行っている。 浜松の戦闘も悪くない状態で、キルカウントも「コスプレ少女」くんが抜ける前の水準に回復した。 皆がそれだけ腕を上げているという事だ」

まあ、それは有り難いのだが。

敵がどう動くか分からない以上、正直少し不安だというのはある。

「コスプレ少女」が休んだ後。

駐屯地を出て、ルーキー達に連絡。

「女騎士」に話を聞くと。

「コスプレ少女」の名前が出た瞬間、黙り込んだ。

まあ、何かあったと言っているようなものだ。

「「悪役令嬢」先輩と離れて任務をし始めた頃から……浜松で合流したときにはもうあんな感じでした」

「何かありましたの? 小さな事でも良いから言ってくださいまし」

「いえ、特にこれといった事件はおきていません。 ただ……」

「女騎士」の話によると、どうやら「コスプレ少女」は少しずつ、確実に壊れてきているという。

とにかく自分が戦えると言う事がわかると、それに没頭していったようなのだと。

敵を殺すのが楽しい。

そう考えているのでは無いかと、皆が話をしているのを聞いたと言うが。

多分「女騎士」も同じ考えだろうなと思う。

少し、試してみたい事がある。

一人前まであと少し、という所まで「コスプレ少女」は来ている。

「陰キャ」のような、人間と直接対面しなければ喋る事は苦にしないタイプとはまた違う。

だから、潰れてしまう前に何とかしたいのである。

それに、様々な個性を生かしていかないと、とてもではないが邪神には勝てないのである。

それを考えると。

ともかく、無為に人材を失う訳にはいかなかった。

駐屯地に戻る。

部屋の隅っこで、膝を抱えて眠っている「コスプレ少女」。

前は此処までだったか。

結構な長期間、一緒に戦った記憶があるのだが。此処まで酷くなったのは何時からだろうか。

他人に気を配っている余裕が無い時期が続いた。

だから断言はどうしてもできないのだが。

しかしながら、やはり何かがあったと判断するべきなのだと思う。しかし、今は会話が成立しない。

一応指示は聞いてはくれるが。

ただ本人に関係する話を聞けるかというと、かなり疑問だろう。

いずれにしても、このままではまずい。

高位の邪神は、基本的に単独の人間では勝てない。

今まで倒して来たNO3まででもそうだったし。

今後は更に強いのが出てくる。

「悪役令嬢」が狩り手として引退するまでに、何とかこの世から邪神を滅ぼしてしまいたいが。

それが出来そうに無いから、後継者について考えているのだ。

溜息が漏れる。

それにしても、綺麗な夜空だ。

今は人間の活動があらかたストップして、様々な汚染が殆どなくなったという話である。

SNSクライシスの直後などは、原発が爆発したりで色々あったらしいと言う話は聞いているが。

今は流石にそれによる影響や病気も起きていない。

SNSクライシス後の地獄である今が、もし人間の勝利で終結したら。

短時間でまた最果ての時代が来るのではあるまいか。

もしそうなったら。

無言で、「悪役令嬢」は腕組みする。

悩みは禁物だ。

邪神は斬るべき存在。

それについては異論の余地がない。

しかしながら、あまりにも多くのものを人間はそれによって犠牲にしすぎた気がするのである。

さて、問題は此処からだ。

無言のまま、「悪役令嬢」は拠点に戻る。

端末を見て、各地の戦況を確認。

九州の工場は拡張の話が出ているが、何しろ人員が足りていない。

また、九州に逃れる人々を第二東海道から少しずつ誘導しているようだが。それもあまり上手くは行っていない様子だ。

それに仮に九州に逃げられたとしても。

フォロワーには脅かされなくなるだけ。人が集まれば、邪神が来る。場合によっては海外からも。

何も、解決などしていない。

もう一つ溜息がもれた。

まだ人類は、崖っぷちにいる。

勝つのを考えるのは、少しばかり早すぎると言えそうだ。

 

2、四国への道

 

淡路島に巣くったフォロワーの駆除が完了する。

淡路島から四国へまた大きな橋が延びているのだが、此処もほぼ明石海峡大橋と似たような状況だ。

車が多数朽ちていて。

フォロワーが蠢いている。

ただ。淡路島にいるフォロワーが全滅した事で、神戸からフォロワーが移動してくることはなくなった。

これなら、四国に一気に乗り込めるだろう。

まずは橋に蠢いているフォロワーを悉く片付ける。

これはそれほど時間も掛からない。

無心に敵を斬り伏せて周り、安全を確認してから工兵を呼ぶ。

神戸が少し懸念事項となるが。

とりあえず、この橋はもう大丈夫とみて良いだろう。問題は四国だが。地図を見る限り、四国の各地に転々とフォロワーが散っている。

更に四国にも一応都市はあった。

勿論過去形だ。

今の時代、都市は例外なくフォロワーの巣である。

都市という人間の生活単位は、今の時代には邪神に一つ残らずやられている。そうでなくても自主的に放棄されている。

群れで最大の力を発揮する人間という動物だが。

それを最大限逆手に取ったのが邪神という人間の天敵だ。

兵器が通用しないと言うよりも。

群れになればなるほど、相手に力を与えるだけ。それが最大の要因となって、人間は此処まで減らされた。

いずれにしても、四国にある都市には合計二十五万程度のフォロワーが群れている。それならば、まずは方針を決めて動くのが良いだろう。

まず、三つある四国への橋を確保する。

いずれもがまだ崩落はしていない。

工兵による処置が必要になるが。

この国は、SNSクライシスの前にインフラだけはしっかりしていた。

そのインフラも、非人道的な労働で賄われていたらしいが。

それでも世界最高のインフラがあった事は事実である。

ただ、此処からは。順番に、可能な限り効率的に動いていく方が良いだろう。

何しろ、NO2がいつ動くか分かったものではないのだから。

山革陸将に連絡を入れる。

話を幾つかした。向こうは戦略会議を開くと言っていた。

自衛隊の方でも、打撃を受けた各地の基地の人員補填や。兵器や物資の輸送などで頭を痛めているそうだが。

こっちとしても、できるだけ最高効率でフォロワーを駆除して行きたい。

また、九州に逃れたがっている人達を抑えるのも大変な筈だ。

議員の中には、そう言った人達に便宜を優先的に図って議席を取り、次期首相を狙っている者もいるはず。

馬鹿馬鹿しい話だが。

こんな時代にも、そんな脳みそが腐っている輩はいるのである。

それはSNSクライシス前は、最果ての時代だったのも納得である。人間という生き物自体がそもそも良くないのだろうから。

さて、具体的な行動スケジュールは任せる。

まずは二人で別行動して、近場で確認されているフォロワーの群れを片付ける。

淡路島から本州へのラインは安全を確保出来たが、此処は近くにある神戸の巨大なフォロワーの群れという懸念が大きい。

もう二つの橋を早急に確保したい。

今までは、こんな事すら出来なかった。

それくらい、邪神との戦闘が切羽詰まっていたという事である。

「コスプレ少女」は、移動しての駆除を指示すると、無言で頷いて出かけていく。これは色々と大変だなと、「悪役令嬢」は嘆息したが。

だが、別にそれもまた一つのあり方だ。

今後、どうにかして意思疎通をしていくのと。

様子がおかしくなっている「コスプレ少女」が壊れたりしないように気を付けなければならないが。

大事な戦力であり、もう少しで一人前の狩り手になれる人材であるのは事実なのだ。

代わりは幾らでもいるだの、気にくわないならやめろだの。

SNSクライシス前にはそんな文言が飛び交っているくらい人間がたくさんいたらしいけれど。

今はSNSクライシスの前に比べて、人間は百分の一に減ってしまっている。

それも生きている人間の大半は米国にいる状態で、日本だって悲惨な程に人間は減ってしまっている状況だ。

それでも、人間が全滅したと言われているオーストラリアや、わずかな人間が隠れながら移動して糊口を凌いでいるといわれるユーラシア、南アメリカ、アフリカに比べるとまだマシ。

小規模集落に別れて邪神の脅威を避けながら。

それでも何とかやっていけてはいるのだから。

いずれ、この国の邪神を片付けたら。米国に加勢に行くか、それともオーストラリアなどに遠征して状態を確認するか。

いずれにしても、邪神はすべて倒さなければならない。

そのためには狩り手は大事にしなければならないし。

自衛隊とも連携しなければならない。

癖があろうが無かろうが。

いらぬ人間など。

この時代には、ただの一人だっていはしないのである。

無言で移動をする。

「コスプレ少女」は、もう数百程度のフォロワーの群れなら全く遅れを取らない。更にどんどん技量を上げてきている。

指定した移動先は、それなりの数のフォロワーがいるが。

別に気にする必要はないだろう。

さて、見えてきた。

山間部にある小さな村だが、フォロワーがそれなりの数いる。

四国も混乱期に都市から逃れた人達が、山の中に逃げ込んだのだが。それがまとまった所を、邪神に一網打尽というケースが相次いだ。

その成れの果てである。

無言で突貫すると、フォロワーを片っ端から片付ける。

山の中と言うこともある。

やはり、フォロワーはどれもかなり古くなっていて、喋る事もない。

また、斬り伏せながら気付くが、近くで猪の骨が点々としている。

猪がフォロワーを見て無謀にもつっかかり。

そのままバラバラにちぎられてしまったのだろう。

此奴らのパワーはゴリラ並み。

顎の力はホホジロザメ並み。

普通の人間だったら、猪には武器が無ければ勝てはしないが。

フォロワーは人間以外には基本興味を見せないものの、襲いかかってきた動物は八つ裂きにする。

猪だって同じ。

地域によっては、熊やライオンなどもバラバラにされているそうだ。

そういう事例が相次いでいるからか。

ある程度知能がある動物は人間を見ても避けるようになっているらしい。

しばし荒れ狂って、もはや誰も人間がいない集落には似つかわしくないほどの数のフォロワーを片っ端から叩き伏せる。

その間に、やはり「饕餮」が使っていた技を順番に試して行く。

これでも戦場に生きてきたのだ。

一度見た技は、即座に再現はできないものの覚えている。

だから、思い出しながらものにしていく。

絶技だって、何度か練習していきたい所だが。

残念ながら傘がまだない。

最悪素手か鉄扇でやるべきだが。

「悪役令嬢」のキャラではないし。

何よりも美しくない。

こういうのはミームを装っている以上重要な事で。

あまりにもミームに沿わない武装などをしていると、邪神のテリトリに入った時にフォロワー化してしまう危険がある。

そういうものだ。

最後の一体を撃破、

まあ、軽い運動にはなったか。

すぐにドローンによるフォロワーの配置図を見て、多いところから回っていく。

今日も五桁の撃破数を稼いでおきたい。

四国には最大都市の松山以外にはそれほど多くのフォロワーがいないので、一気に全て処理したいが。

強化フォロワーが隠されている可能性もあるから、あまり油断も出来ない。

街に出る。

此処はさっきよりもフォロワーが少ないなと。朽ち果てた商店街を見回しながら思う。

どうやら邪神の話を聞いて、ただでさえ過疎っていた場所から人々が逃げ出したらしい。其処にフォロワーが来て、逃げ遅れを皆殺しにした、という状況のようだ。

まあ、フォロワーは人間が来れば現れるので。

全て片付けていく。

そんな感じで各地を回って、駆除作業を行う。

その間に、何度か「コスプレ少女」と連絡を取り、進捗を確認したが。

殆どはいといいえのどちらかしか口にしなかった。

「では、次は指定した集落へ移動してくださいまし。 それなりの数のフォロワーが確認されているので、注意するのですわ」

「はい」

通信を切る。

無心のまま、フォロワーの駆除を続けている内に昼が来た。

周辺にいた数千ほどのフォロワーは駆除をしたが。四国は一日で回れるほど狭い訳でもないし。

フォロワーはまだまだたくさんいる。

幸い、工兵が橋を直し。

安全路が確保出来たことで、駐屯地もその内設置してくれるそうだ。

今はトラックの荷台にある移動式の駐屯地を利用するしか無い。

九州での地獄の戦いを思い出すから、この移動式駐屯地には良い思い出がないのだけれども。

仕方が無いので活用する。

なお、此処からは二手に分かれることも多いと判断。

もう一台、「コスプレ少女」用のものも回して貰った。

休憩をしている内に、雨が降り出す。

勿論雨が降っているからといって、駆除作業を止めるわけにはいかない。

ただし、山の中などに考えなくこのトラックで乗り入れるわけにはいかない。

自動運転はSNSクライシス前とは比較にならないほど進歩している技術の一つではあるのだけれども。

それでもずっと手が入っていない山道などに入り込むのは危険だ。

四国でも何度か地震が起きているし。

それらの結果、どういう風に山にダメージが入っているかなどは、全く見当がつかないレベルなのである。

勿論山道を通らなければならないケースはあるが、今通れる道を自衛隊がドローンで調査してくれている。その結果を待つ事になる。

というわけで、山に入るのは避けて、麓の集落や街にいるフォロワーを片っ端から処理していく。

雨の中だが、別に「悪役令嬢」の鉄扇は鈍ることは無い。

ただ、感覚を研いでいる分、雨音が邪魔だなとは感じる。

雨音で敵の接近を探知出来ないような事は無いが。

より消耗が早いかとは感じた。

感覚をより研ぐと、こんな弊害も出るのか。

意外な発見をして、面白いなと思う。

いずれにしても、情報は共有した方が良いだろう。

昔は拳法とか戦闘技術は基本的にシークレットだったらしいのだが。

今は可能な限り、他人にも共有するべきだろう。

いつ誰が死ぬかも分からないのだ。

そうしておいて、再現出来そうなものはどんどん技術として残していく。

それが少しでも、未来に役に立つと信じる。

雨はどんどん激しくなってきたが。

別にどうでいい。

ドローンを呼んで、雨避けになってもらう。

そのまま雨の中でも平然と活動しているフォロワーを片っ端から処理していく。

片付けきる。

気配などで分かる。

感覚を研いでいるから、分かる事だ。

まだまだ、ものにできていない技術が幾つもあるが。それはおいおい戦闘の中で磨いていけばいい。

一旦駐屯地に戻ろうとした、その瞬間だった。

傘になっていたドローンが、いきなり頭上に落下してきたのである。

勿論即応して、叩き落とす。

だが、こんな事は初めてだ。

すぐに駐屯地に戻って、連絡を入れる。

山革陸将も、困惑しているようだった。

「ドローンが不具合を起こしたのなど、数年ぶりだ。 九州の工場では、ドローンは優先的に作っているし、何よりも必死に技術も上げている。 回線なども暗号化しているし、簡単に壊れるようなものではないのだが……」

「明らかに頭を狙って来ましたわよ」

「此方でログを調査しているが、すぐに結果は出ないと思う。 今は豪雨だ。 連戦続きで君の体も疲れが溜まっているだろう。 今日だけでも充分な戦果をたたき出しているようだし、早めに休んでほしい」

そんな場合では、と口にしようとして。

外の雨がますます酷くなっているのを見て閉口する。

まあ、フォロワーに奇襲を受けるほどではないが。

この雨は少しばかり酷い。

確かにこの状況で、雨避け無しで戦いたいとは思わない。安全面の話で、ということだ。気分云々は関係無い。

ともかくログの調査などは、電子戦の専門家に任せる。

そのまま「悪役令嬢」は。色々情報を調べた。

この雨は、四国と九州に分厚く雲がかかっていて、明日の朝までは続くようである。徐々に東に移動し、明日には浜松辺りも大雨になるようだ。

一応浜松で中心的に活動している「喫茶メイド」に注意を促しておく。

その後は、もう仕方が無いのでふて寝をするかと思ったが。

指示通りに移動した「コスプレ少女」が、どうやら指定地点のフォロワーを駆除しきったようだ。

キルカウントを見ると、予想以上のフォロワーがいたようだが。

それでもお構いなしと言う事か。

連絡を入れておく。

「雨が酷くなってきていますわ。 移動式駐屯地に戻って、風邪を引かないように暖かくしておいてくださいまし」

「はい」

何とも気がこもらない返事だ。

ここまでおかしくは無かったと思うのだが。

一体何が起きているのだろう。

ともかく、休んで貰う。

キルカウントは短時間でどんどん伸びている。

今日はとうとう四桁に乗った。

まだ邪神戦でいっしょに戦えるかは不安ではあるが。有望な新人である事は間違いの無い事実である。

故に、様子を見ながら指示は出しておく。

しばらくふて寝。

雨音は激しい。

フォロワーを駆除した後は。駆除が激しかったほど、周囲は文字通りの血の雨になる。それは腐敗して、大量のハエとかが発生する事もある。だけれども、この様子では流されてしまうだろう。

とはいっても、腐敗はするし。

分解の過程で酷い臭いを出すのも事実である。

万のフォロワーを駆除すれば、その何割分かの重さの血がまき散らされる事になる。

これが中々にバカにならない。

近年は、アスファルトとかが駄目になっているケースも多いから、地面で全て吸い取ってしまう事も珍しくは無いが。

悪影響がどういう風に出るかは、まだ分かっていない。

いずれにしても、文字通りの血の川ができる。

返り血はほぼ受けない「悪役令嬢」でも、それだけはどうにもできない。

今回は雨で、それができないと思うだけで、まず可としておくべきか。

トラックは動かない。

雨が止み次第、明日は山の方に駆除に出向くからだ。

近くにかなりの数のフォロワーが終結している地点がある。明日一日がかりで、それを処理する。

問題は、ドローンの不可思議な故障だが。

ともかく気はつけなければならないだろう。

無心のまま、今日の戦いで試してみた技について色々思い出しておく。

完全にモノにできた技は一つも無い。

まだまだ、修練が必要だな。

そう思いながら。風呂と食事を済ませ。

後は眠った。

 

さて、丁度良い感じだろう。

先ほど、もはや形だけになった絶対正義同盟のNO2、「魔王」は実験を行った。

結果は満足だった。

「悪役令嬢」を殺す事は出来なかったが。

そもそもαユーザー。まあ自分でも邪神と分かっているが。ともかくαユーザーやフォロワーには絶対的な力を発揮する狩り手も、近代兵器相手にはそうもいかない。

他の新人には、多分あれは効いたはずだ。

上手く行けば、首を折って即死だったかもしれない。

くっくっくと笑う。

元々、こういう搦め手のやり方は大好きだ。

卑怯云々という話では無い。

昔から、単純に他人の隙を突き、搦め手から相手を陥れるのは大好きだった。だから詐欺師同然の行動を繰り返した。

「魔王」が人間だった頃の記憶はうっすらとしか残っていないが。

強烈な自我は健在である。

そもそもアンダーグラウンドをネットに作ったのも、醜い人間の本性をそのまま見たかったからだ。

ネットはそもそも、デジタル通信の頃から閉鎖的な場所だった。

これが徐々に開けていくようになった頃。

「魔王」は最初とも言える巨大掲示板群を作り出した。

そして、その掲示板群を敢えてカオスにした。

自分で作ったんだから、どうなっても別に良いだろう。

そういう判断からだ。

そしてカオスの中で、無数の人間の業が浮かんだ。

勿論創造的なものもカオスの中からは産まれたが。

カオスの中に生じるのは、創造では無くむしろ閉鎖性だと、この時に存分に学習することができた。

二年ロムれ。当時の言葉だ。ロムるというのは参加せず見るだけにしろという意味。それだけ古くの掲示板文化では閉鎖性が強かったのである。

それらを確認した後、さっさと法律の専門家を囲い込んだ。

日本の司法など、「魔王」の敵ではなかった。

何度訴えられ裁判に負けたって、賠償金なんて払うつもりは無かった。

司法を完全に舐めきっていた「魔王」は、高笑いしながら誰にもどうにもできない自分の地位を確認し。

ふんぞり返って、狂騒を繰り返す人間を見ているだけでよかった。

だが、悪党に近付けば。

更なる悪党が出てくるものである。

いつのまにか、彼の城は法的に乗っ取られ。

彼自慢の悪知恵も通用しない相手に、全てを奪われてしまった。

普通の人間だったら、それで致命傷を受けたかも知れない。

だが、その時点で「魔王」は、自分が作り出したネットスラムに既に見切りをつけていたのである。

どうせ時代はSNSに移行しつつあった。

だから、それや動画文化を利用して、売り込んでいく。

勿論詐欺師をするためだ。

「魔王」が他の詐欺師と違っていたのは、金を儲けたいというのは二の次だった事である。

単純な理由から「魔王」は詐欺師を自覚的にやっていた。

理由は一つしか無い。

醜い人間の様子を見て、指を差して笑う事。

それだけだ。

愚昧な大衆の様子こそが、人間時代の「魔王」にとっては最高の馳走であった。そういう意味では、神話にでてくる「魔王」よりも。

むしろ一神教の「悪魔」が近いのかも知れなかった。

いずれにしても、今回の実験ではっきりした。

一度本拠に戻る。

「神」は悠然と構えていた。

此奴にだけは流石に「魔王」も勝てない。

ともかく此奴は、SNSクライシス前の日本で、最大最悪の悪影響を与えた存在である事もある。

此奴に比べれば「魔王」何てそれこそ小物も小物。

流石に此奴には、悪党として遠く及ばないと言う事は自分でも理解出来ていた。

「どうだったかね、「魔王」」

「結果は上々です。 次の戦いでは、多分狩り手を何人か一気に仕留める事ができると思いますよ」

「ふふふ、いつも君は脇が甘いからなあ。 君の作ったあの巨大掲示板を奪われたときも、そうだっただろう?」

「それは僕が人間として年老いて衰えていたからですよ。 今の僕には衰えはない」

それは、「魔王」の本心。

確かに人間は衰える。

「ネットのアンダーグラウンドクリエイター」として絶対的な存在感を人間時代も示していたけれども。

それでも衰えはどうしようもなくある。

それについては過去の事で学習した。

故に、人間時代の記憶が若干曖昧になってしまっている今でも。

この邪神としての体は気に入っているのだ。

「それで、出撃はいつかね?」

「実験を一つしてから、にしようと思っています」

「聞かせてくれるかい?」

「ふふ。 米軍の原子力空母が一つ、漂着しています。 原子炉は停止状態ではありますが、これを爆破します」

SNSクライシスの直後、米軍は事態を収拾すべく総動員をかけ、ものの見事に壊滅する事になった。

邪神の性質を比較的早く学習して、以降は強大な兵器を基地に眠らせ。小規模部隊でのゲリラ戦を主体に切り替えてきたが。

それでも幾つかあった自慢の艦隊は早い内に全滅してしまった。

中には既に原子炉を放置した結果爆発してしまった空母もあるが。

艦内の人間が必死に努力をして、原子炉を止めて被害を食い止めた空母もある。

今回は、その努力を嘲笑うべく、力を試してみるつもりだ。

「面白そうだね。 是非やってみなさい」

「ふふ、それでは」

すぐに移動する。

件の空母は、小笠原諸島の一つに漂着している。小笠原に生きている人間は存在していないのが問題だが。

空母一つを好き勝手に操って爆破するなんて、それこそ玩具を好き勝手にもてあそんで来た「魔王」にとっては最高の娯楽だ。

それも責任感のある人間が、原子炉を必死に止めた努力を無駄にするのだから。なおさら面白すぎる。

他人を苦しめることほど、「魔王」にとって楽しい事は無い。

それは邪神になった今もそうだが。

人間時代から、まったく変わっていない。

それについては同じだ。

実際問題、SNSクライシス前にも、他のネットに蔓延っていた詐欺師同様。詐欺師としての猛威を振るっていたのだから。

自分だけが楽しむためだけに。

ある意味、最低最悪の人間だったのかも知れない。

邪神になったのも必然だったのかも知れない。

だが、人間時代の「魔王」は、邪悪ぶりを糾弾されてもこう返しただろう。

プゲラ、と。

相手を嘲弄する意味の、彼の作りあげたスラムで産まれたスラングだ。

元々、人間らしい感情とか、罪悪感とか、そんなものは一つも持ち合わせていなかった「魔王」である。

ある意味邪神になったのは当然だったし。

それを当たり前に受け入れてもいた。

 

3、暗雲

 

「悪役令嬢」は四国で激しい戦いを続ける。ぬかるんでいる地面に足を取られるような間抜けはしない。

邪神を多数屠る間に、あらゆる戦いをこなしてきた。

都心でフォロワーを大量に処理していた頃は、こんな感じで滑ってぬかるむ地面で立ち回りをしていた。

今更この程度のぬかるみで、「悪役令嬢」は足を挫いたりとか転んだりとかしない。

素人ではないのだから。

ともかく群がってくるフォロワーは非常に多い。

四国の戦略的価値が比較して低かったという事もあり。山に逃げ込んで群れていた人達が、一網打尽に邪神にやられてしまった状況でも。

自衛隊は弾薬を使おうとしなかった。

周囲に生き残りがまずいないと判断した事もあるのだろう。

四国に邪神が最後に現れたのは二十八年前。

SNSクライシスが起きた直後には、四国は終わっていた。

それから、ずっと一部の拠点を守る事しかできなかった自衛隊は。

四国のフォロワーを駆除する余力が無かったのだ。

大兵力を集めれば邪神が来る。

弾薬は元から足りていなかった。

だから、こればかりは仕方が無かったのかも知れない。

ただ、いずれにしてもいつかは処理しなければならなかったし。

それが今だ、という事だ。

最後の一体を唐竹にたたき割って。鉄扇を振って血を落とす。

拠点に戻ったのは夕方少し前。もう少し狩れる。

移動して貰う。前に「饕餮」との戦いで壊されてしまった鉄扇の代わりが来ていた。

数回振るってみて、充分と判断。

そのまま、移動を開始して貰った。

今使っている鉄扇は、腕が上がったからかは分からないが、殆ど痛んでいない。これだけで充分である。

無言で移動時間にまずいクッキーと茶を飲み。トイレも済ませておく。

そのうちに、連絡が入っていた。

「「悪役令嬢」くん、山革だ。 少し確認したいことがある」

「?」

何だ。

ちょっといつもと雰囲気が違うな。

話をそのまま聞く。

「君のキルカウント、少しおかしいのではないかという話が上層部から来ている。 私もどうにもそれを疑問に思っていたのだ。 何か不正を……」

「貴方は誰ですの?」

返ってきたのは沈黙。

ふっと笑う。

まさか気付かないとでも思ったのか。

そもそも「悪役令嬢」が今まで暴れまくっていたから、これだけ邪神を駆除できたのである。

「悪役令嬢」に良くない印象を持っている上層部はいるだろう。

人間が集まれば、それは当然、気が致命的にあわない奴は出てくるものだからだ。別にそんなものはどうでもいい。

ただし、「悪役令嬢」を嫌っている相手でも、その戦果は疑っていない。

実際問題、邪神を数多屠ってきた「悪役令嬢」は、既に戦略級の切り札として作戦行動を指示されているからだ。

どれだけ不愉快に思っていようが。

「悪役令嬢」を排除することはあり得ない。

邪神と戦っている今はなおさら、である。

山革と名乗った偽物が、ふっと笑った。

「あーあー。 ばれたかあ。 まあ最初からばれるとは思っていましたけれどね」

「その言葉遣い、「魔王」ですわね」

「その通り。 ちょっと面白い見世物を用意したからからかってやろうと思ってね。 思わずキター!となるはずだよ」

「あっそう」

通信を切る。

しばしして、慌てた様子で本物の山革陸将が連絡を入れてきた。

「今、プライベート通信に何者かが割り込んだ! 君と何を話した!」

「「魔王」が宣戦布告をしてきましたわ」

「!」

「面白い見世物があるそうですわよ。 最大級の警戒をしてくださいまし」

分かったと慌てた様子で応えると、山革陸将は通信を切る。

「魔王」の元になった人間の素性は分かっている。

元々電子戦の専門家だった存在だ。

だったら、これくらいはできて当然と言う事なのだろう。

今までの通信も全て聞かれていたのかも知れない。

そうなると、苦しみながらフォロワーに変えられていく人の悲鳴や。

必死に邪神と戦い、弱点を探るべく命をなげうつ狩り手の苦悩の様子や。

或いは各地で必死の苦闘を行う自衛官の様子ものぞき見して。

手を叩いて笑っていた可能性もある。

まあそういう輩だったのは人間時代かららしいから、別にどうでもいい。出会い頭にブチ殺すだけだ。

まだ少し時間があるから、近くにあるフォロワーの群れている場所に出向いて、狩っておく。

ドローンの動きにも注意する。

他の狩り手にもこれは通達してある。

どうも電子戦を敵が仕掛けている可能性が高いと。

ロボットなどに乗っているときも油断しないように、とも。

流石に長時間好き勝手をされるとまでは思わないが。

それでも、「魔王」がある程度自衛隊の無線などをいじる事が出来る事は間違いの無い事実ではあるのだろう。

腹立たしいが、そういう搦め手の戦いを得意とする邪神がいても不思議では無い。

ただ、別に人間時代の「魔王」は、むしろ法律関係などを悪用するのに長けていたという話である。

勿論電子関係の技術や知識も高かっただろうが。

ハッカーなどと呼ばれる本職ほどの力は無かっただろう。

邪神になったときに、イメージが力を与えたのかも知れない。だとすると、本職でも厳しいだろう行動ができるのも、何となく納得である。軍用無線に割り込むなんて、余程ガバガバないい加減な無線でもない限り無理だ。

小さな集落だが。

それでもフォロワーはいる。

一通り狩り倒すが、やはり三十年放置されていた場所だ。生存者はいないとみて良いだろう。

今、ドローンを多数四国に飛ばして状況を確認するのに務めている様子だが。

それでもこの様子だと、生存者はまず見つからないし。

見つかったところで、日本語が通じるかさえ怪しいなと、「悪役令嬢」は思った。

無言のまま、周囲のフォロワーを全滅させてから戻る。

多分今は山革陸将も、電子戦部隊を総動員して。暗号化だとかで大忙しだろう。こっちはやれることがフォロワーの駆除しかない。

拠点に戻る。

最初にやった事は、ロボットの。

自動走行機能の解除だ。

これは先にやっておかないと危ない。休んでいる間に、かってに崖から墜落とかされたら流石に死ぬ。

他の狩り手にもやり方は伝えてある。

すぐにやったかどうか確認。

そもそも浜松組と、「陰キャ」は固定の無人駐屯所を使っているので問題なし。

「コスプレ少女」も、問題は無い様子だった。

一度休憩をする。

そろそろ休むかと思っていた頃、連絡がある。山革陸将からである。

「すまない、「悪役令嬢」。 君には伝えておくべきだと判断した」

「何が起きましたの?」

「……小笠原諸島の一つに座礁していた米軍の空母が、今核爆発を起こした。 被害については調査中だ」

「!」

核爆発。

確か核分裂炉は一度反応が始まると、何かしらの手段で制御しない限り爆発的に火力が上がり、最終的には爆発すると聞いている。

このため制御棒というもので核分裂を抑止するらしい。

原子炉はSNSクライシス前にはなんだかエコ運動だの何だので大半が停止されていたらしいのだが。

一部の原子炉は、SNSクライシス後の混乱で爆発して、大きな被害を周囲にもたらしたとか。

米軍の原子力空母についてもそれは例外ではなく。

何隻かは制御不能になって爆発して果てたそうである。

まあ邪神にそのまんまやられて、乗員が全てフォロワーになってしまったそうだから。どうにもならなかっただろう。

だが、一部は必死の船員の努力で、原子炉を止めたらしい。

それが今になって活性化して、爆発したというのか。

「恐らく「魔王」の仕業だろう。 奴は停止状態にある原子炉に干渉できるとみて良いと我々は判断した。 しばらくは、奴の電子介入に対応すべく、全力で人員を投入する」

「……我々はその間自己判断で動けと?」

「すまないが、優先順位が此方の方が大きい。 この通信もセキュリティを二段階ほど上げているが、いつ「魔王」に喰い破られるか……」

不安そうな山革陸将の声。

まあ気持ちは大いに分かるが。

それにしても、もう少しどんと構えていられないのだろうか。

まあいい。

それについてはもうどうでもいいとする。

「それでは、此方の判断で動かせていただきますわ」

「……すまない」

「それと当然ですけれど、恐らく「魔王」はそのままでは逃げ隠れして、絶対に自分からは出て来ませんわよ」

「それについても分かっている。 対策は何とか練るつもりだ」

どうやって。

そう返したくなったが、流石にそこまで無情では無い。

九州で極限状態だった時と違って、今の「悪役令嬢」はある程度精神的に余裕もある。山革陸将がベストを尽くしているのも分かる。

だから追い打ちのような真似はしなかった。

一旦、「コスプレ少女」と合流することにする。

そのまま、合流地点を指示して、四国を北に突っ切る。先に調べて貰った、通れる道だ。

案の定峻険な地形の中、崩落している場所もあったが。ともかく見かけたフォロワーは片っ端から片付ける。

人口密度が高くなかった事もあって、四国の東半分にいたフォロワーは、ほぼ殲滅できたと思うが。

まだちょっと危ないというのが素直な所だ。

一日掛けて、四国を北上。更に半日掛けて、フォロワーの駆除をしながら、合流地点に到着。

三つあるうちの橋の一つだ。

今回は、まずは四国側にいるフォロワーの駆除を徹底的に行ってから、橋の方に取りかかる。

橋の両側には街があって、それぞれに相当数のフォロワーがいるので、自衛隊の工兵部隊を呼ぶのはその後だ。

ただし此処を抑えると、戦略的にかなり大きい。

第二東海道からかなり距離が近いと言う事もあって、そのまま四国へ逃げ込むルートが作れるのだ。

今、本部が電子攻撃に必死に対応している現状。

狩り手としてできるのは、近場にいる敵の駆除である。

それに「魔王」も好き勝手に通信に介入できるほど万能では無い様子である。

まあ今の時代は、電子戦の能力もSNSクライシス前に比べてぐっと進歩しているというのも大きいのではあるのだろう。

邪神は進歩出来ない。

それがやはり響いているとみて良い。

しばしフォロワーを駆除していると、「コスプレ少女」が戦場に乱入してきた。少し遅れたが、それは能力上の問題で仕方が無い。

戦闘でも無理はさせられないし。

してもいないので、その点でむしろ安心した。

「しばらく周囲のフォロワーを駆逐しますわよ」

声を掛けると、こくりと頷く「コスプレ少女」。

華やかな衣装と魔法少女っぽいステッキと裏腹に、どんどん無機質になって来ている。少し心配だ。

邪神は相手を見た目で判断するから、まあ大丈夫だとは思うが。

ともかく最悪なのは。邪神のテリトリに入っただけでフォロワーにされるほど、ミームから乖離すること。

それだけはどうにかしなければならない。

ドローンは宛てにしない。

気配によってフォロワーを見つけ、とにかく片っ端から駆除する。

小雨が降り始めたが、空の様子からして本降りにはならないだろう。

地面はアスファルトだが、むしろこの辺りはバキバキで、専用の靴で無いと足裏に刺さりそうなことが心配だ。

崩落の危険もある。

ともかく油断はせずに、徹底的に狩る。

その間に、時々「コスプレ少女」の動きを見るが、問題は無い。更に動きが洗練されている。

特にアドバイスする事は無いな。そう思えるくらいだ。

「陰キャ」ほどの規格外ではないが、自分で自分を鍛えられるタイプだ。

問題はメンタルだが。これについては、もう少し様子を見るしか無い。

何かが原因で状況が悪化しているのであれば。

その原因を、取り除く必要があるだろう。

腹を割って話せば全て解決するとか。

酒を飲めばわかり合えるとか。

SNSクライシス前に流行っていたような、頭が花畑の人間が言っていた様な言葉を真に受けることは「悪役令嬢」もない。

まあ、側で観察して。

何かしらの問題があるなら、見つけ出すしかないだろう。

しばしして、一段落ついたので。

先に休憩をして貰う。

「悪役令嬢」はもう少し街の中に蠢いているフォロワーを仕留めていく。

この辺りは四国の中でも再開発が行われていたようだが、それも三十年放ったらかしにされると、無惨な廃墟に早変わりだ。

廃墟の中にいるフォロワーはかなり古い。

大きめの地下街などがあれば其処に新しいのが巣くっていたり。

場合によっては生存者がいるケースもあるのだが。

それもなさそうである。

雨が強くなってきた。

更にフォロワーも減ってきたので、一旦移動しつつ休憩に入る。

どうも雨が少し多くなってきている。

梅雨には少し遠いのだが。

確かSNSクライシス前にも、異常気象が続いてきたと聞く。

近年は其処まで酷くないという話だったのだが。

大量の邪神を一気に反撃で仕留めているのが、何か原因だったりするのだろうか。

フォロワーが周辺にいない小高い丘に出て、其処で休憩。

多分一人でいた方が良いだろう。

「コスプレ少女」の乗って来たロボット。つまり駐屯地つきトラックと。並べてロボットを配置。

しばらくはそれで休む。

ちょっと「魔王」による悪戯が心配なので、オートエイムの自動迎撃装置は切っておく。

近代兵器相手に、狩り手は意外なほど無力なのだ。

ああいうので背中から撃たれるのはぞっとしない。

「陰キャ」から連絡が来ていた。

相変わらずガラケーデバイスごしなら良く喋る。ただし肉声では無く文字だけだけれども。

「こちらは順調に作業が進んでいます。 新潟の小都市はほぼフォロワーを一掃できました。 これから幾つかの大規模都市を中心に狙っていきます」

「順調なようで何よりですわ。 それよりも、幾つか。 まず「魔王」について気を付けてくださいまし。 どんな攻撃を仕掛けてくるか分かりませんわ。 それと「コスプレ少女」さんについて何か気付いた事はありませんの?」

少し返事が遅れるが。

遅れはしたが、返事はあった。

「「魔王」による電子機器乗っ取りに関しては、何回かトラップのようなものがありましたが、気付いた事があります」

「ふむ、教えてくださいまし」

「どうもSNSクライシス前から古く知られているものにしか干渉はできないようなんです」

例えば、自衛隊の無線には介入してきたのを確認しているが。

その一方で、このガラケーデバイスには干渉してきていない。

このガラケーデバイスは、古い携帯端末を模したもので、一見干渉できそうなものなのだが。

実は内部構造などは完全に違っていて、使っているプログラム言語などもSNSクライシス後に開発されたものである。

自衛隊で使っている無線は、システム構築にSNSクライシス前から使われている堅牢なプログラム言語を用いているという点があるという。

意外に詳しいなと思ったら。

確認して調べたと聞かされた。

本部にいる元「ガリオタ」が、色々調べてくれたのだという。

負傷と年齢もあって一線を退いた人だが。

今でもきちんと頑張ってくれているのは有り難い話である。

「自衛隊の無線は、現時点でかなり大規模なシステムで構築されていて、完全に入れ替えるのは厳しいようです。 特に米軍との規格を合わせる事も考えると、作り直すのは無理だとか……」

「ふむ」

なるほど。既存の言語であれば色々いじれるが。

そもそも進歩出来ない邪神には、そもそも未知のプログラム言語は対応できないというわけか。

ただ、自衛隊はこの間までの戦いで大きなダメージを受けすぎている。

システムの更新など、やっている暇は無いだろう。

もたついていると、「魔王」にやりたい放題を許すことになる。

更に言えば原子炉を暴走させて爆発させたように。

各地で似たような事をやらかす可能性は高い。

元々人間時代から良心など欠片もなかったような輩である。

邪神となった今ならなおさらだろう。

どんなことでも平気でする。そう判断した方が良い。

「分かりました。 多分現在の暗号を「魔王」が喰い破るまでに少し時間が掛かると思いますので、少し山革陸将と話をしておきますわ。 それと「コスプレ少女」の件なのですけれども、何か思い当たる事はありません?」

「ええと。 あたしは実際にはあの人と殆ど同期で年も同じくらいなので、偉そうに色々はいえないんですが……」

断りを入れた上で。

意外に予想外の話をし始める「陰キャ」。

「戦いが上手くなればなるほど、どんどんそれ以外のものを捨てて行っているように思います」

「……なるほど?」

「戦闘に体を最適化しているというか……」

「確かに思い当たる節がありますわね」

「悪役令嬢」も技を鍛えているし、ミームにいつのまにか人格をあわせるようになって。今では「悪役令嬢」としての人格が主体だ。

その前はこんなバカみたいな言動と思っていたし。

戦闘でも邪神は怖かった時期がある。

今だって強烈な攻撃には内臓がひりつくような恐怖を感じることはあるが。

それでも恐怖とは上手くつきあえている。

邪神を滅ぼすために。

「悪役令嬢」になることを選んだという意味では。戦闘に最適化しているのと、状況は近いと思う。

そういえば大規模な戦争の後で。

家に帰ってきた兵士は、戦争に最適化されすぎていて。中々日常生活に戻れなくなっているという話を聞いたことがある。

古くから、人間は適応しようと努力する。

群れに対してどうしてもなじめない個体はいる。

「陰キャ」もそうだし、「悪役令嬢」だってどちらかといえば単独行動の方が気が楽である。

或いはだが。

「コスプレ少女」は、それが特に顕著なのかも知れなかった。

「ありがとうございます。 色々参考になりましたわ「陰キャ」さん」

「いえ。 あたしなんかの話が参考になったら、本当に嬉しいです」

通話を切る。

続けて、山革陸将に連絡。

さっきのガラケーデバイスの話をしておく。考え込んだ後に、山革陸将は応えてくる。

「確かに邪神が進歩出来ないことについては聞かされている。 人間だった頃の「魔王」の原型になった人物ならともかく、今の邪神「魔王」は、SNSクライシス後に作られたプログラム言語には対応できないだろう」

「盗聴を防ぐには、これが一番でしょうね」

「しかし、問題はシステムがそれほど大規模ではないことだ。 「陰キャ」くんの将来性を見込んだ上で、あくまでそれほど大規模では無いネットワークシステムとしてこれは組んでいる。 今の無線システムを完全に入れ替えるのは……」

「各地の自衛隊基地、更には幹部用の連絡分。 合計して千台もあれば足りるとかと思いますわよ」

「千か……。 分かった。 少し、九州の工場のラインについて上層部と話をしてみる」

そうしてくれ。

通話を切ると、嘆息した。

こなすことが幾つもある。

こういうのはそもそも、電子戦の専門家がやることではないのだろうか。いや、「ガリオタ」がやってくれたか。

あの人もミームとして侮蔑されている存在の姿をしていて、人格もそれに沿って変えていたが。

ああいう人が、多分SNSクライシス前も、実際には社会を動かしていた。

偉そうに振る舞っていた営業だのコンサルだのは、事実上は社会の寄生虫に過ぎず。現場でどれだけ苦労している人がいても。そういった人を如何に食い潰すかしか考えていなかった。

だから人材は枯渇した。

SNSクライシスが起きなければ、世界大戦が起きていたかも知れない。

そういう話は聞かされている。

頭が痛い話だ。

さて、どうするか少し悩む。だが、時間はそんなにある訳では無い。雨は少し収まってきたが、天候が不安定な以上、できるだけ戦える時間には戦い、フォロワーを削った方が良い。

「コスプレ少女」の様子は気になるが。

戦闘に体を最適化しているのだとすると、味方に牙を剥くようなことは流石にないだろう。

ただ、あくまで仮説だ。

本当に戦闘に最適化しているのかは、見極めていかなければならないが。

「コスプレ少女」を促して、戦場に出る。

工兵部隊には既に連絡を入れてある。ここまで来るのに、しばらく時間はかかるそうだが。

一応、既に準備などは進めているそうだ。

到着までに、フォロワーは根こそぎ片付けておかなければなるまい。

雨が本降りになる前に。

一体でも多く、フォロワーを始末する。

「悪役令嬢」は、時々「コスプレ少女」の動きを観察するが。

確かに相手を殺す事に何もかも特化している動きになっている。それは、見ていて感じ取れる。

なるほど。確かにあながち嘘とも言えない、というわけだ。

ただ、その分人間として必要な要素がゴリゴリ削られているとなると。

目がどんどん死んで行くのも、仕方が無いのかも知れない。

夕方が過ぎて、夜になるが。

その頃には、雨もすっかり止んでいた。

先に休ませて、「悪役令嬢」は残ってフォロワーを片付ける。

この街には後数万はフォロワーが残っている。三日もあれば片付けは終わる。トラブルがなければ、だが。

千ほどフォロワーを処理してから戻る。

古いフォロワーばかりだ。

他人のことばかり気を付けるのではなく、自分でも己の秘技を磨かなければならないだろう。

絶技をはじめとして、幾つもものにしておきたい技がある。

それらの実験体としてフォロワーを見るくらいの冷酷さは必要だ。

駐屯地に戻る。

軽く話をしようとおもったが。「コスプレ少女」は、駐屯地の中で。隅で膝を抱えて眠っていた。

今の時代、まともな人生を送っている奴なんていない。

この子もそうだ。

話すとしたら、明日の朝か。

いずれにしても、何ともやりきれない話だった。

 

街にいたフォロワーを一掃し、橋の方に取りかかる。

橋には大量の朽ちた車と、それらに潜んでいたらしいフォロワー。だが、街のフォロワーを駆除しているのにかなり釣られていたようで、数そのものはあまり多くはなかった。

あの後、話を聞くだけで良いと言って。

軽く話を「コスプレ少女」とした。

恐らく「コスプレ少女」は、己の装備と肉体に特化した戦闘スタイルにどんどん体を合わせている。

それは獣の戦い方だ。

ミームの戦い方では無い。

それを続けていると、いずれ邪神にミームと認識されなくなって、戦闘が出来なくなる可能性がある。

そう指摘すると。

無反応だった「コスプレ少女」が、初めて少しだけ表情を動かした。

ただ動いただけだ。

快や不快というものですらない。

ここまで虚無になっていたのかと、少しばかり心配になってしまった程である。

それで、幾つかアドバイスした。

武技を身につけろと。

武技は、人間が戦うために一万年かけて磨き上げてきたものだ。

最古の都市がだいたい一万年くらい前の遺跡で発見されているから、そう判断しても良いだろう。

人間はそもそも戦闘向きの生物ではなく。

身体能力などは、どうしても猛獣に比べると劣ってくる。

だから古代より武器が開発され。

多様な遺伝子プールが確保された頃から、人間は爆発的に増えて、他の生物を圧倒していった。

武器を生かすために武技があらゆる国で開発され。

それは戦場で武器そのものが人間の能力を圧倒的に越えて暴力的な性能を振るうようになるまで続いた。

邪神相手には、武器の性能では勝てず。

武技を使わざるをえない。

獣になってしまっては、確かに強さは確保出来るかも知れないが。

武技をその身体能力と才覚に合わせれば、恐らく更に強くなることが出来ると。

一連の話をして、幾つか武技についてのビデオなどがあるので。駐屯地で見るように促す。

訓練の段階で見ていた筈だが。

もう一度見てもらうためである。

一日は、それに割いて。再学習をして貰った。

この世界の理不尽に「コスプレ少女」が怒りを抱いていることは分かっている。それに、狩り手を内心では信頼していないことも。

だけれども、邪神については更に敵視しているはずだ。

何しろ、何もかもを「コスプレ少女」から奪ったのは邪神だったのだから。

それから、少しずつ、「コスプレ少女」は動きが良くなっている。

思い出し始めているのかも知れない。

或いは、逆で。

単に戦闘用の技術と割切っていた武技に、意味を見いだしたのかも知れない。

もしも人間に揺り戻しが来るなら。

よりミームに近づけるはず。

その方が、対邪神のスペシャリストである狩り手としては強い。

今のままでも充分強いが。

最悪、フォロワー駆除専門に特化して貰う事も考えていた。

だが、高位の邪神はあまりにも強大だ。

「悪役令嬢」だって、いつ敗れるか分かったものではない。

だから、このまま後続には育ってほしい。

多分だが、「デブオタ」「ガリオタ」の大先輩二人も、同じ考えだっただろう。それについては断言できる。

橋を越えて、向こう側の都市に。

此処でも、やはり橋向こうの街におけるフォロワーの減少に釣られたのだろう。フォロワーが移動してきていたのか、残留していたフォロワーはかなり減っている。残りは数万という所か。

数日もあれば処理が可能だ。

NO2が嫌がらせを続けている間は、逆に言えば本格的な攻撃には出てこないという意味もある。その間に、狩り手としての「悪役令嬢」が可能な限り人類の生存圏を拡げていく。

今まで自衛隊は、多数いる邪神が怖くて、大規模な作戦行動どころではなかったし。

人々もフォロワーに襲われる事に怯え続けて、移動するのも必死だった。

フォロワーがいない地域を増やすというのは、本当に意義があることなのだ。

橋のフォロワーの駆除は「コスプレ少女」がやってくれている。

ここ数日は天気も良いので、非常に戦闘環境はいい。

この辺りの都市は、痛むのが早い分植物もガンガン生長しているようで、一部は森のようになっていたが。

一軒家は壊せても、流石にビルを倒壊させることができる植物は無い様子で。

商店街などは、そのまままるまる残っている。

そういう場所から、ワラワラ湧いてくるフォロワーを片っ端から処理する。

橋の車の残骸は、工兵部隊がどんどん片付けてくれているが。

四国の一部に小型の無人工場を作るらしく。

其処に運び込んで、資源化するようである。

それはそれで面白い。

まあ、計画が本格的に動くのはいつか知れないが。

それよりも先に、いつ爆発してもおかしくない廃車を片付け、橋を補強して。いざという時の安全な避難路を確保する方が先だ。

そのために車をどける意義はある。

無心のまま、フォロワー達を片付けていく。

橋の車の撤去が終わるまで、二日。

その頃には、駐屯地も此方に移動させることが出来ていた。

本部と連絡を取りながら、ガラケーデバイスの普及について確認する。

やはり無線の乗っ取りが起きた事は問題視していたらしく。急いでガラケーデバイスを重要拠点から優先して配っているそうだ。

狩り手達全員にも既に行き渡り。基地にも一つずつは行き渡ったと言う事で。それだけは安心できた。

どうせ堅牢性を高めるためには、複数の通信システムがあった方が良い。

いつかはやらなければならない事だったのだ。

二つ目の橋、安全を完全に確保。

第二東海道と直結もできた。

これで更に安全な経路が増えた事になる。

後は最後に残った橋の安全確保と、四国からのフォロワーの駆逐だが。

それまでに「魔王」が大人しくしてくれるとは、どうしても「悪役令嬢」には思えなかった。

ただ、少しずつ「コスプレ少女」が人間性を取り戻してきている。

目に少しずつ、感情が戻って来ている。

それは感じ取れたので。

それだけは救いだったかも知れない。

 

4、記憶

 

聞こえる。声だ。

高笑いしている声。

それは言っていた。笑いながら。

「なんだかなあ。 やめてもらえます? 逆恨みするの」

何が逆恨みだ。

手当たり次第に人間を殺戮しておいて。そいつは、必死に抗う自衛官を見て、完全に侮蔑していた。

フォロワーに変わる前に、せめて一矢。

そう考えているらしい自衛官は、見る間にフォロワーに変えられていく。

「僕が悪いんじゃ無くて、君達が人間なのが悪いんでしょ? そうやって現実から目を背けてばかりだから、僕みたいな天性の詐欺師に騙されるんですよ。 詐欺ってのはね、騙される方が悪いの。 これは昔からの真理なんですよねえ」

ブフォ。

そんな風に、相手をバカにしきった笑いをする。

周囲には何だか記号を人型にしたようなものが飛び交っている。それはどうしてか、コミカルなのに。

そいつの周囲を飛んでいる時には、異様に禍々しく見えた。

「昔っからそうやって僕に見当違いの憎悪を向けてくる人間は多かったけれど、どの時代も勝ったものが正義だって真理は変わらないんですよ。 この国の法の穴をついて悪さをしていた? 法に穴があるのが悪いんですよ。 裁判に負けても賠償金を払わない? 賠償金を取り立てる能力がないのが悪いんでしょう。 何だかなあ、そういう負け犬の遠吠えは止めて貰えません?」

笑いながら、そういってそいつは。

姿を消した。

目が覚める。

少しずつ、人間性が戻って来ているのを、「コスプレ少女」は感じていた。

あいつの記憶だ。

「魔王」。

最初に遭遇したときに。「魔王」は家族を奪っていった。

その時は、ただ好き勝手に何か喋っているのだけが聞こえた。

声は絶対に忘れない。

忘れてなるものか。

その後は、訓練の時に見た。

狩り手の訓練を受けているときに。敗れた先人達が残してくれた資料の中で、NO2までの存在や姿、能力などが判明している邪神はすべて見せられた。その中に、奴がいたのだ。

「魔王」と呼ばれている事は、その時知った。

他の邪神もそうだが、奴は特に悪辣だ。本当に面白がって人間を殺戮する。

自分が作りあげたネットのアンダーグラウンドの住人だっただろう人間でも関係無い。見境なしに殺戮して、それを完全に楽しんでいた。

何度か討伐作戦が組まれたが、全て失敗した。

まあ、「悪役令嬢」が成功するまでは、一桁ナンバーの邪神相手の討伐など成功した事もなかったのだ。

ましてやNO2となると、無理だったのもやむを得ないだろう。

いずれにしても明らかに侮蔑しきった目と。

人間を虐げる事を楽しんでいるその様子は。

殺意として。記憶の中の怒りを呼び起こすのに充分だった。

狩り手になってからは色々あったけれど。

とにかく目的は「魔王」を殺す事だ。

奴の性根は今もまったく変わっていない。原子炉を躊躇無く爆破したのも、単なる遊びからだろう。

そういう奴なのだ。

そう言い聞かせて、奴を殺すためだけに鍛えて来たが。

それも分からなくなってきた。

獣になってしまえば、奴と戦う事さえできなくなる。

そう「悪役令嬢」に言われて、そういうものかと思った。

事実そうなのだろう。

だから、少しずつ、訓練を再確認した。

確かに武技の基礎を忘れていた気がする。

怒りに飲まれると、何もかも必要なものを忘れてしまうのかも知れないと、「コスプレ少女」は思った。

起きだすと、ステッキを手に、ドレスを確認して外に出る。

縦ロールまみれのど派手な髪型と、ど派手な化粧とど派手なドレスの「悪役令嬢」はもう起きだして、一暴れしてきたようだった。

体力からして底なしである。

傘も手にしている。

やっと新しいのが来たらしかった。

「今日は移動して、三番目の橋の攻略作戦に取りかかりますわ」

「はい。 分かりました」

「!」

「?」

そういえば。

最近は、何を言われてもはいかいいえしか応えていなかった気がする。

相手の声も、どこか遠くに聞こえていたように思う。

そうか、少しずつ獣から人間に戻って来ているのか。それを実感して、少し面白くなった。

「良い傾向ですわ。 そのまま、全ての邪神を滅ぼすまで頑張りますわよ」

「はい」

すぐに人は変われない。

そんな事は分かっている。

だが、それでも。

確かに、「魔王」を殺した後も戦いが続く以上。

獣であり続けるわけにはいかないのかも知れなかった。

 

(続)