絶技連華

 

序、時間はわずか

 

浜松の中心部に踏み込む。相当数のフォロワーが群がってきているが。ともかく蹴散らして回る。

五人いるルーキーは、既にある程度の経験は積んでいる。

だから、少数の敵は任せてしまってかまわない。

危ないと思ったら介入はする。

だけれども、それでも。

何とか地力でどうにかできるようにはしてほしい。

数が多すぎるが。

それでも徹底的に連日削る。

あまりにも戦闘に時間を割きすぎると、体力を温存できない。

故に、ある程度で切りあげ。

駐屯地に戻る。

その後は、それぞれのキルカウントを確認しておく。

連日、キルカウントが上がって来ている。

フォロワー専門の狩り手にするのもありかも知れない、と思っているのは「優しいだけの人」だ。

見ていると、戦闘スタイルが兎に角静かで、気を引かない。

防御主体というのもあるのだが。

基本的に顎の力が生半可なサメを越えているフォロワー相手に防御も何も無い。つまるところ連携戦で、敵の攻撃を事前に潰す事を主体にしている戦闘術だ。

戦いの際にはカミソリを使い。

さっと後ろに回り込んで敵の首を斬るのを得意としている。

本来だったらそんな簡単でもないのだが。

何しろ狩り手がフォロワーに対して行うのだ。

効果は絶大である。

いずれにしても、この人は、邪神との戦いにはあまり向いていないかも知れない。

年齢的な問題もある。

しかしながら、強化フォロワーくらいなら何とかできそうな実力がある事は、数回の戦闘で確認した。

各地の街で、フォロワーを狩るのにも充分。

多分、百体くらいのフォロワーであれば、遅れを取らないだろう。

一方、極めて攻撃的な戦闘スタイルをとるのが「アイドルオタ」である。

二本の光る剣を振るって、とにかくばっさばっさをフォロワーを切る。攻撃は非常に派手で、何々ちゃんと叫びながら、敵を派手に斬り倒す。

この叫び声は、示現流で言う所のチェストみたいな感じなのだろう。

そういう戦闘スタイルだと判断して、喧しいことは全く気にならない。

戦果を上げられればそれでいい。

元々狩り手は、大人数で行動するものではない。

早々に負傷してしばらく療養していたルーキーだが、潜在力は結構高いかも知れない。

いずれにしても、連日の戦闘で、めきめき力はつけているようだった。

勿論「女騎士」ら三人も、充分力は伸びている。

特に「女騎士」は、九州でルーキーだけで戦わせた経験が大きかったのかも知れない。

前よりぐんと伸びていて。

かなりクリアリングなども早くなっている。

戦力がこれだけ上がっているのは頼もしい話だ。

駐屯地で茶にしながら、少し休憩を取る。

その間に、山革陸将と話をした。

浜松を中心に、静岡でフォロワー駆除を開始してから一週間ほど経過したが、あれから邪神は動きを見せていないという。

そうなると、恐らくだが。

相当な大規模作戦を計画しているとみて良いだろう。

静岡には五十万とも言われるフォロワーがいる事が分かっているが。その内十万以上を既にこの一週間で葬った。

静岡にいるフォロワーの密度は目に見えて下がって来ていて。

特に中心的に駆除を行っている浜松の中心部に集まろうと、辺縁部がスカスカになってきている。

そろそろ、作戦行動を変えるか。

そう判断していた。

休憩を終えると、「女騎士」と「優しいだけの人」を呼ぶ。

「二人はこれから、バディで浜松辺縁部にて行動。 自衛隊と連携して、孤立して生き残っている人々を救出する作業をフォローしてくださいまし」

「分かりましたっ!」

「やってみます」

穏やかな声の「優しいだけの人」。

かなり気力を取り戻している「女騎士」。

二人は此処から別行動だ。

二人のキルカウントは連日それぞれ100体ほどずつ。フォロワー一体でも、自衛隊が苦戦して倒している事を考えれば、充分な戦力だ。

これに、浜松をはじめとした都市部で、生き延びている人々を救出してもらう。

残りの三人は、「悪役令嬢」といっしょに行動し。兎に角敵を削りとり、浜松の中心部に集める。

今のところ、自衛隊のドローンによる調査によると。

各地に孤立している生存者は七箇所に確認されていて。合計で二百五十人ほどいるという。

勿論今浜松の中心部に向けてフォロワーがどんどん動いている事もあり。

隠れていた人が、姿を見せることもあるだろう。

楽観は禁物だが、更に生存者が増える可能性が多いと言う事だ。

更に周辺都市からフォロワーが浜松に向けて動いている事もある。周辺都市に隠れている人々も、少しは動きやすくなる筈だ。

そういう人を、どんどん救出して貰う。

既に第二東海道を通して、安全確保に成功した九州に、人々を脱出させる作戦も実験的に開始されている。

集まりすぎれば邪神が出るが。

少なくともフォロワーはいない。

それだけで、どれだけ人々には周辺脅威度が下がるか。

確かに分かるには分かるのだ。

いずれにしても、このまま作戦を進め。

邪神共が余計な行動を始める前に、少しでも安全な場所を増やす。浜松近辺からフォロワーを一掃できれば、非常に大きい。

それは分かっている。

何しろ、この辺りは工業地帯として昔から有名で。

今もほぼ無傷の大型工場が、彼方此方に点々としているのだから。

これらを回収すれば、多くの貴重な物資が手に入るし。

復興できれば、無人工場を確保出来る。

ただ、維持が難しいかも知れない。

周辺はまだフォロワーだらけなのだから。

ともかく、今するべき事は。可能な限りフォロワーを削る事。

どうせ敵は何か目論んでいるが。

その間に、少しでもマシに皆が動けるようになって貰わなければならない。

少なくともフォロワー狩りくらいは、である。

連日、無理をしない程度に戦いを続ける。

浜松での戦闘を続ける内に、傘が戻ってくる。

汚染物質まみれになった傘だが、その除去も終わったらしい。

後は、新しい装備や技などを習得したい所だが。

まあ簡単にはいかないだろう。

幾つか調べてはいるのだが。

実戦で使って見るとてんで使い物にならなかったりで。色々とままならなかったりするものである。

勿論個人的な相性もある。

ある程度戦えていた先人の講習や。伝説の狩り手であり今でも米国で活躍している「ナード」の戦闘の様子なども休憩時に見たが。

「悪役令嬢」の戦闘スタイルに生かせそうな技は使っていなかった。

そうなると、戦いを重ねて産み出していくしか無いか。

いずれにしても迷いは禁物である。

周囲のフォロワーを薙ぎ払いながら、ルーキー三人にもしっかり戦わせる。

バディを組ませた二人は、堅実に自衛隊の部隊と連携して、救助作業を進めてくれている。

こちら側の三人は、特に「コスプレ少女」の成長が著しい。

ただこの子は、「陰キャ」以上に寡黙で。ガラケーを渡してみてもやはりそれを使ってさえも喋る事をしようとしないので。

若干山革陸将の方でも、持て余しているようだった。

「コミュニケーション能力」などというSNSクライシス前に崇拝対象だった相手のご機嫌取り能力なんぞいらないが。

文字通りの意思疎通が難しすぎるのは少し問題だ。

ただ、狩り手になった経緯を聞く限り、相当に闇深い心の傷を抱えている事もある。

あまりああだこうだと言えないのも事実で。

本人の様子を見ながら、対応をしていく必要がある。

あと、話をすればきちんと聞いてはいるので。

それだけで満足はするべきかも知れない。

作戦行動はきちんとしてくれるのだから。

そうして三日が経つ。

駆除のペースを更に上げる。

都心ほど、フォロワーの数は多く無い。周辺で見かけられる要救助者を一通り救助して貰った「女騎士」と「優しいだけの人」には、静岡が誇る幾つかの工場を見て回って貰う。

案の定フォロワーが巣くっている様子だが、ドローンで事前偵察はすませて貰っているので。

それが無体な数ではない事も分かっている。

戦闘開始の連絡が「女騎士」から入る。後の戦闘は、しばらく好きなようにやってもらう事にする。

「悪役令嬢」は、少しでもフォロワーを引きつけるべく戦う。

一日戦って、一万五千ほどキルカウントを稼ぐ。内千は、三人のルーキーが倒した分である。

かなり急速に腕を上げてきている。

特に「コスプレ少女」は単騎で五百二十のキルカウントをたたき出した。

これはもう半人前として判断して良いだろう。

もう少し力がついたら、「喫茶メイド」と同じくらいの実力と見て良さそうだ。

新潟の中心都市で、フォロワーを駆除している「陰キャ」と連絡を取って、向こうの様子を確認。

ガラケー越しなら、文字だけは「陰キャ」は一杯打ってくる。

話はそれなりにしやすい。

「こちらでは、連日のキルカウントが八千を超えました。 幾つかの都市からは、フォロワーの駆除が完了しています」

「流石ですわね「陰キャ」さん。 「喫茶メイド」さんの方は?」

「かなり良いと思います。 昨日はキルカウント千八百を出しました。 体力はありあまっていますし、後はもう少し奇襲に対応できるようになれば……」

「ふむ」

戦闘映像を見せてもらう。

元々レンジャーにいた様子なのだ。やはり戦闘そのものの飲み込みは早い。

かなり動きは良く。

そろそろ、一人前と見なして良さそうだった。

幾つかアドバイスをした後、山革陸将に連絡。

幾つかの連絡をした後、「喫茶メイド」について話をしておく。

「もう彼女は一人前と見なして良いでしょう。 単独行動をして貰っても恐らくは大丈夫ですわ」

「分かった。 君がそういうのであれば、少しずつ試してみよう」

「それよりも、NO3が動きを見せないのが不審ですわね。 最大限の警戒態勢は続けてくださいまし」

「分かっている。 今まで出現した地点を中心に、調査を続けている。 自衛隊の再編成も含めて、迎撃の準備は各地で必死に整えている」

各地の駐屯地は、更に小分けにしている様子だ。

この間位置を特定されたこともある。

移動出来る機能の内、幾つかは確保出来ている大深度地下に移すなどして。いざ襲撃を受けたときに対応出来るようにしているらしい。

また兵器を使い捨てできる状況でも無い。

損害を受けた戦車や装甲車なども回収して、作り直してまた動かせるようにしているそうだ。

こういう涙ぐましい努力をして。

やっと戦力を確保出来るのが現状である。

SNSクライシス前も、自衛隊は装備に関しては針の筵に座らされているような有様だったらしいのだが。

現在も、其処だけは昔と同じ、と言う事なのだろう。

連絡を終える。

これで、明日からは「喫茶メイド」が今度こそ一人前として動けるはずである。

バディで動いていた「女騎士」と「優しいだけの人」が戻ってくる。

工場の一つに蠢いていたフォロワーの駆除に成功したそうだ。

ただ静岡全域にはまだまだ三十万を越えるフォロワーがいて。

それらが浜松を目指して移動を続けている。

一度や二度、処理が終わったからと言って、安全とは言い切れないだろう。

それと、強化フォロワーの相手は、まだ二人だと厳しいかも知れない。

見つけ次第連絡するようにも伝えてあるが。

それについても、またこのタイミングで確認する。

軽くミーティングを終えた後、皆には休んで貰う。

「悪役令嬢」はメインウェポンである鉄扇を確認。

痛んでいるものはない。

ここ最近、全く研ぎいらずと聞いている「陰キャ」程では無いが。かなり鉄扇の痛みが遅くなってきた。

今まで同様フォロワーを斬っているのだから、多分何かしらの理由。更に腕が上がったと思いたいが。そうかは分からない。ともかく、何かしらの理由があって、動きが良くなっているとみて良いだろう。

鉄扇を確認した後、傘を丁寧に確認。

汚染物質は大丈夫だ。

残念な事に、邪神四体を一度に屠った時。回収された物資は、汚染物質で駄目になってしまったそうだが。

代わりは無人工場で生産したそうである。

無言で、傘の様子を見る。

邪神が現れる度に、テリトリ内に入ってしまった狩り手以外の人間は、文字通り為す術も無く殺される。

戦闘がそもそもできないのだ。

フォロワーが相手でも、自衛官ですらも厳しい。

狩り手への負担は増える一方である。

東京の地下には、分散して首脳部や、狩り手の新人育成の研修所などが作られているけれども。

それも邪神が嗅ぎつけてもおかしくは無い。

東京の方は、以前「陰キャ」が作戦行動に参加して、少なくとも地下の広範囲に安全地帯を作ったらしいが。

それを活用してくれることを祈る他無い。

祈る他無い、か。

何にだろう。

こんな世の中になってしまっているのだ。

神に祈るなんて、全くの無意味だろう。

また、生き残りの中にはカルト集団になり果ててしまっている者達も見つかるという。仕方が無いと思う。

此処までの地獄を直視して。

正気でいられる人間の方が珍しいのだから。

皆が休んだのを確認した後、把握した状況を再確認し。

その後休む。

さて、明日も一万五千はフォロワーを削りたい。

だが、邪神共もいつまでも休んでいてなどはくれないだろう。

次は何をしでかすつもりか分からないが。いずれにしても、今までのやり口からして。とんでもない行動に出る可能性は否定出来るものではない。

横になって眠るが。

いつでも起きられるようにもしておく。

「悪役令嬢」は、もうぐっすりとは眠れないかも知れない。

特に九州での無茶が祟って、どうも睡眠の質がどんどん悪くなっている気がしてならないのだ。

無心のまま休もうと思うが。

散々訓練したのに、どうしても睡眠の質は良くなかった。

起きだす。

最悪の寝覚めだ。

顔を洗って、多少は気分を入れ替えるが。

正直その程度で睡眠の質の悪さを改善できるならば。苦労など誰もしていない。

SNSクライシスの前には、心療内科は満員御礼の日がいつも続いていて。予約を取らないととてもいけない状態だったらしいが。

それも分かる気がした。

朝の定時連絡を入れてから、ルーキー達をそれぞれにチーム分けして動いて貰う。

浜松中心部に出向くと、やはりまだまだ相当な数のフォロワーが蠢いている。

静岡に北九州に次ぐ工場地帯を復活させたいと首脳部は考えているようだが。現状が続けば可能かも知れない。

現状が続けば。

勿論、そんな事は「悪役令嬢」も考えていないし。

不愉快な指示を出してくることが増えた首脳部だって、上手く行くと考えているほど頭が花畑ではないだろう。

昼少し前。

連絡が入る。

緊急連絡だ。どうやら敵が動き出したらしいと、「悪役令嬢」は悟った。

「山革だ。 「悪役令嬢」くん、すぐに東京に移動してほしい」

「何が起きましたの?」

「NO3「フェミ議員」だ! しかも六体の邪神を連れている! 中華から来た援軍とみて良い! 東京都心に向けて動き始め、多数のフォロワーを従えている!」

邪神七体が同時に移動開始。しかもその内一体はNO3。

更に、恐らくは絶対正義同盟で言うと一桁ナンバークラスが三体は混じっていると判断して良いだろう。

以前、海上で撮影された奴らの映像を見た時に。それくらいの力を感じるのが三体混じっていた。

「すぐに「陰キャ」さんと「喫茶メイド」さんを東京に。 万が一に備えて、首脳部や訓練中の新人は大深度地下への移動を」

「分かった、すぐにそうして貰う。 連れているフォロワーの数も凄まじい。 戦闘に横やりを入れられなければ良いのだが……今通信が入った。 各地でフォロワーが活性化している! 各地の基地で戦闘が開始された様子だ!」

なるほど、どうやら本気で動くつもりになったらしい。

いずれ来る事は分かっていた。

それにこの戦いで勝てば、敵に致命傷を与える事が出来る。

各地の駐屯地では、自衛隊に頑張ってもらうしかないだろう。

すぐにロボットを用意して貰う。

邪神は山梨方面から出現し、見せつけるように東京に進撃している様子だ。連絡は「陰キャ」とも取る。

「NO3を抑える人員が必要になりますわ……」

「あたしがやります」

「……頼めますの?」

「他に手がありません」

その通りだ。

短時間で戦力を爆発させる戦いに関しては、「陰キャ」の凄まじさは既に「悪役令嬢」を凌いでいるかも知れない。

これが若さか。

羨ましい話である。

「喫茶メイド」は、「悪役令嬢」と同時に、他の邪神六体を相手にする。ルーキー達は横やりが入らないように、奴らが連れているフォロワーの足止めだ。相当な数を引き連れているようだが、それくらいはできないと困る。

総力戦の開始だ。勿論まだ敵は余力を残している可能性も高い。

だが、此処で勝たなければ。もはや未来はないものと判断する他無かった。

 

1、東京血戦

 

一足先に、敵の予想進路に降り立った「陰キャ」。すぐにヘリは逃げるように飛び去っていく。

装備は大丈夫。

コンディションも悪くない。

昼少し前までフォロワー狩りをやっていた事もある。

準備運動が終わっていて、体が良く動くくらいだ。

後は、「悪役令嬢」が、決して弱くないだろう六体の邪神を仕留めて、援軍に来てくれるのを待てば良い。

あの人は多分自覚は無いと思うが。

「陰キャ」が見た感じ、短時間で「陰キャ」以上に強くなっていると思う。

本人は「陰キャ」が若くて成長が早くて羨ましいと口にしていたけれども。個人的には自覚がないだけではないのかなと感じる。

それはそうだ。

九州で、三十万のフォロワーを無茶な遅滞戦術で全滅させたのである。

それくらいはできても不思議では無いだろう。

作戦は簡単。

兎に角NO3「フェミ議員」を一秒でも抑える。

相手はNO4や5とも更に格が違う上位邪神。この国どころか、多分世界でもトップクラスに食い込んでくる凶悪な邪神だ。

絶対に、どうにか進軍を食い止めなければならなかった。

姿が見える。

自衛隊の部隊も、既に大深度地下に避難している。

フォロワーは東京で活性化しているようだが。以前作った強力なシェルターは、簡単に侵入を許すほど柔ではない。

そちらは、其方で任せるしかない。

各地の基地も、活性化したフォロワーの攻撃を受けている様子だが。

救援に行く余裕など無い。

NO3相手に、生き残れるかすらもわからないのである。

ただ、心を研いで。

来るのを待つ。

鯉口に指を掛けて、腰を落とす。ゆっくり近付いてくるNO3は、人間よりも二回りくらい大きい肉の塊にみえたが。

びっちりオーダーメイドスーツに見えるものを身につけていて。

何よりも、目が狂っているのが分かった。

生前、モデルになったらしい人物については分かっている。

国籍などが一切合切分からない怪人物で。

野党に出所が別の国と思われる膨大な金を持って入り込み。瞬く間に地歩を確保。

そして意味不明の行動を続け。

SNSクライシス前の国政を、ただでさえ混乱していたのに更に悪化させた邪の権化。

元々与党が無能だったという話は聞いているが。

そんな与党の足を更に引っ張り。

一時期は政権を取った野党内でも、無能な政策を乱発し、国を傾けかけた元凶とも言われているが。

実際の所はどうにもよく分からない。

妖怪のような人物であったことは事実だ。

またフェミと言われる女尊男卑思想に強く噛んでいる事も知られていて。

其方からも、金を吸い上げていたらしい。

いずれにしても、政治の世界の最暗部を代表するような人物であったらしく。

関わり合いにはなりたくない怪物だった。

ただし、それは人間として、だ。

今、邪神と、狩り手として向かい合っているのだから、気は楽。

殺すか、殺されるか。

それだけの関係なのだから。

奴は足を止める。

そして、ふううと、大きく不愉快そうに呼吸をした。邪神なのに。どうやら、余程迎撃に来た「陰キャ」の見た目が気にくわないらしい。

「お前のようなのに、多くのαユーザーが斬られたのか。 このオスに媚びる孕み袋の権化が……見かけも醜い……許しがたい……!」

何を言っているのか良く分からないが、兎に角すごくとんでもない侮辱をして来ているのは良く分かる。

ただ、男性に対する凄い怒りは感じられた。

よく分からないが。

議員時代に何かあったのだろうか。

ぱつんと、何か切り取られたように時間が消し飛んだ。

反応できたのは殆ど幸運に近い。

一瞬だった。

後ろに回り込んできていた「フェミ議員」が、肥大化した拳を、「陰キャ」がいた場所に降り下ろしてきていたのだ。

コンクリが文字通り粉砕され、クレーターができる。

ぞっとした。

早いなんてものじゃない。

NO5「フェミ弁護士」もかなりのものだったが、それを数段上回っている。

生唾を飲み込んでいる間に、更に残像を作って「フェミ議員」が動く。

反射的に伏せた頭の上を、豪腕が削りとる。

首を持って行かれる所だった。

邪神は「人間以下」と見なしたミーム相手には、全力を発揮できない。それなのに、この超火力、超速度か。

立て続けに攻撃を仕掛けてくる「フェミ議員」。

最初に侮辱をしてきて以降、何も喋る様子は無い。

無心に下がって攻撃を回避するが、そもそも立体的に動き回って上から後ろから攻撃を仕掛けてくるので、神経のすり減らしが尋常では無い。

でも、「悪役令嬢」と「喫茶メイド」だったらやってくれる。

そう、「陰キャ」は信じている。

絶対にやってくれる。

少しずつ、慣れてくる。

なるほど、ちょっと分かってきた。

やはりこの超スペックで暴れてくる怪物にも、リズムがある。

そのリズムに沿って、動く。

3,2,1、0。

0と同時に、叩き潰そうと降り下ろしてきた豪腕を抉り取る。

紙一重で回避しながら、である。

飛び下がる「フェミ議員」。

派手に削りとられた腕を見て、しばしじっとしていたが、再生させる。

コアをむしろ露出させることで、超防御力を実現していた「フェミ弁護士」とは違って。NO3はどうやら防御力に関しては並みのようだ。

ただし、此奴も化け物だらけの中議員をしていたのだろう。

精神面では、「フェミ弁護士」よりも上らしい。

そのまま、即座に次の攻撃に移ってくる。

冷や汗を掻きながら、猛攻に対処する。

あまり長時間は対応できないと思う。

しかしながら、六体の邪神。それに何より大量に向かってきているフォロワー。各地の駐屯地に襲ってきているフォロワー。

いずれの一つも無視はできない。

3,2,1,0。3,2,1,0。リズムを取りつつ、反撃を行っていく。確実に反撃が当たるようになるのを見て、一度距離を取る「フェミ議員」。

じっと冷たい目で。人間型だからだろう。

その表情の移り変わりはよく分かった。

「……」

ダメージを受けた箇所を、瞬時に修復する。

口撃の類は「悪役令嬢」の方が専門だ。

だから、それに関しては考えない方向で行く。

また腰を落として、鯉口に指を掛ける。

それを見て、少しずつ苛立ちが溜まっている様子で。また、残像を作って「フェミ議員」は仕掛けてくる。

まだ第二形態にすらなっていない。

このくらいは、まだまだ自分だけでどうにかしなければならなかった。

 

一体目。

悪役令嬢は、ズタズタに切り裂いた邪神が、消えていくのを踏みにじった。

五体の邪神が少し遅れて「フェミ議員」について行動していたのを奇襲。一体を有無を言わさず潰したのだ。

その一体は、九州で見かけた奴だった。

更に、側に「喫茶メイド」が降り立つ。

今頃「陰キャ」は、もうNO3とやり合い始めている筈だ。

NO3を通したら、東京の地下に入り込まれる可能性がある。

無能だと思うが、それでも頭を潰されたら、各地での組織的な抵抗や。生き延びている人々への物資の配給ができなくなる。

それは困る。

だから、此処でどうにかしなければならないのだ。

「雁首並べて雑魚共がご集合ですわね! オーッホッホッホッホ! わたくしこそ「悪役令嬢」。 貴方方人間のクズの成れの果てを、地獄に送る存在ですわ!」

「此奴が噂の……」

「……」

邪神共は、それぞれ顔を見合わせている。

「喫茶メイド」は名乗りとか上げる気にならないのか、箒を構えたまま動かない。それで良いと思う。

どう相手が出るか分からないのだから。

「どうしました? 怖くて動けないのなら、此方から行きますわよ」

「……これ以上恥をさらすわけにもいくまい。 それに本土にももはや我等の帰る場所など存在しないだろう」

不意に、前に一体が出てくる。

それは大きななんか長柄の武器を持った、大柄な男性型の邪神だった。

これは、見覚えがある。

関帝。

関羽が神格化された神だ。

中華街などに良く廟が存在していたと言うが。これは関羽が死後、商売の神として神格化された事が要因としてある。

勿論事実は違うだろうが、関羽はそろばんを発明したという伝説もあるほどで。

またそれこそ国家的な人気を誇ったそうだ。

勿論SNSクライシス前には、日本でも関羽は大いに人気があったという。

「か、関帝どの!」

「皆の力を借りるぞ。 本能には逆らえないから、この者を侮る事は止められぬ。 だが、この者を侮って勝てるとも思えぬ」

残った四体の邪神が、吸い寄せられるようにして「関帝」に吸い込まれていく。

邪神が、邪神を吸収だと。

こんな事が起きうるのか。

インカム通じて、過去に事例が無いかを確認。米国のデータベースなども調べて貰う。

だが首脳部は今大深度地下に移動中のようで、調査が遅れるという事だった。

露骨にうろたえている「喫茶メイド」を一喝。

これは、どうやら五体をごぼう抜きとは行かなそうだ。

すぐに合体は完了する。

関帝に似た姿をしていた邪神は、凄まじい気迫を放つ怪物へと変わっていた。その姿はなんだろう。

もう、何だかよく分からない。

何かの中華の妖怪だろうか。

色々な文化が混乱の中失われた今では、もうどうにも判断はできなかった。

「待たせたな。 叩き潰してやろうぞ、「悪役令嬢」とやら! それに「喫茶メイド」だとか言ったな。 本能故に侮る悪癖は抜けぬが、それでも最善を尽くさせて貰う!」

「どうやら多少はマシなようですわね。 総力を挙げて此方も相手させていただきますわ!」

感じる実力は、以前交戦したNO5やNO4と殆ど変わらない。

どちらも、総力を挙げて戦い。二度交戦してやっと倒したほどの猛者だった。

あの時に比べて、自身は強くなったか。

いや、何とも実感が湧かない。

だが、もたつくと「陰キャ」が負ける。

幾らあれだけの実力があっても、流石にNO3の猛攻をいつまでも支える事はできないだろう。

いずれにしてもなんか良く分からないが、四足の猛獣のような何だか分からない姿になった邪神集合体が躍りかかってくる。

「喫茶メイド」と左右に飛び退く。

此方も、総力戦を覚悟しなければならない様子だった。

 

リズムを取りながら、激しい攻撃を回避しつつ、相手にカウンターを入れていく。

少しずつ、分かってきた。

この相手。

「陰キャ」が今対峙している「フェミ議員」は、とにかく動きに無駄がない。訓練を人間時代から受けていたのだ。

恐らくは、他の国から支援を受けて。悪い活動をしていた人だったのだろう。

だから、殺しの技術も知っていた。

それを生かして、殺しに来ている。

ただし、獅子が子猫を嬲るように、だ。

邪神の悪癖。

人間以下に、全力を出せない。

それならば、動きが見えてきた今、どれだけ早くても貰う事は無い。

0。

タイミングと同時に、「フェミ議員」の右腕を、丸ごと斬り飛ばしていた。

完璧にカウンターが入った。

流石に不快になったのか、腕を再生しつつ飛び下がる「フェミ議員」。

一方「陰キャ」もあまり余裕は無い。

ポケットから取りだした美味しくないクッキーを口に入れる。「悪役令嬢」はバリバリ食べていたが。

彼処まで豪快には食べられない。

分かっている。

「悪役令嬢」と「喫茶メイド」が交戦中の相手の力が、凄まじいまでに膨れあがっている。

以前戦ったNO4やNO5と同格くらいの力だ。

流石に大陸から援軍としてきた邪神だ。

とんでもない隠し札を持っていた、と言う事なのだろう。

あれでは、すぐには此方には来られないだろう。

インカムに、苦手な言葉で通信を入れる。

「人員だ、け、でも、何とか逃げる、準備、を、しておいて、くださ、い」

「……っ! 「陰キャ」くん」

「戦況、を見れ、ば分かると思い、ます」

「……」

山革陸将が黙り込む。

それはそうだろう。

「陰キャ」が、今までに無い状況の悪さだと伝えてきているのも同じなのだ。

そして今回では勝てないかも知れないと。

最悪の場合は、撤退を選ぶ。

「悪役令嬢」と「喫茶メイド」は、後方の邪神達を倒してくれるかも知れない。

だが、それでも疲弊は避けきれないだろうし。

そうなったら、このNO3を止められる者など誰もいない。

東京の地下で応戦しようとしても無理だ。

勿論ベストは尽くす。

力はついてきた自信はある。

だが、形態変化すらしていないこのNO3を相手に、どれだけ粘れるか分からない。

最低でも形態変化はさせ、能力の底は観ておきたいが。

今の時点では、超高速での超火力攻撃以外、何も此奴は見せていない。

つまりまだ戦いは始まってすらいないのだ。

クッキーを咥え、黙々と口に入れる。

しばし此方を見ていた「フェミ議員」は、いきなりまた動いて仕掛けてくる。

リズムが変わった。

それを察知した「陰キャ」は、フェイントの初撃をかわすと。本命の横殴りの一撃に対して「萌え絵」を投擲する。

「喫茶メイド」とずっといたのだ。

何枚か描いて貰っていた。

「フェミ議員」の手に直撃した、お胸を盛った「萌え絵」が大爆発。

もの凄い火力だ。

こんなに火力が出るのか。

いずれにしても、リズムを変えて此方の動きを封じようとした「フェミ議員」が、盛大に舌打ちして下がろうとするが。

その背中から刺し貫く。

リズムに沿って緩急をつけて動いていたのは読んでいた。

一旦動きが止まるほどのダメージを与えたのだ。

此処からは攻める。

背中が爆裂し、派手な風穴があく。

そのまま。無心に首を刎ね飛ばす。

「フェミ議員」の首が落ち、地面で転がるが。これで終わりの筈が無い。そのまま全身を三十以上に微塵に切り裂く。

さて、どう動いてくる。

再生しようと触手を伸ばして肉塊をつなげようとする「フェミ議員」に、「萌え絵」を投擲する。

やはり女尊男卑思想の人間には、この「萌え絵」が非常に良く効く。

可愛いと思うのだけれども。

どうしてか、この手の人は「萌え絵」に凄まじい嫌悪感を示す。

理由はよく分からない。

分からないけれども。勝てるためにはそれこそ何だって利用しなければならないだろう。

二秒、空虚な時間が流れ。

全力で飛び退く。

地面から、ワニのような巨大な口がせり上がって。

そのまま、ばくんと今まで「陰キャ」がいた地点をかみ砕いていた。

下がりながら納刀する「陰キャ」に。正体を現した「フェミ議員」が。地面を吹き飛ばしつつ姿を見せる。

ワニのような口は右腕。

左腕は触手になっていて、そこに今まで交戦した人型の残骸がついていた。

なるほど、触手の先端部分だったから、あの小型。

そして超高速。

更に、顔はのっぺり。

体もやたらと平坦。

この手の人は。SNSクライシス前にお胸が大きい人を攻撃していたらしいのだけれども。

そもそもお胸の大きさがステータスシンボルになったのは、文化的にはごく最近の話だと聞いている。

そういう意味でも、よく分からない話だ。

そして、こんな巨体でも、議員風のスーツを着ているように見えるのだから、何ともおかしな話だった。

「やってくれるじゃないかこの孕み袋が……! オタクの慰み者程度の価値しか無いゴミカスが、この私に傷をつけたな……! その罪万死どころか億死に値する!」

何を言いたいのか良く分からないが。

凄く失礼な事を言っているのは分かるし。

そもそもベラベラ喋り始めたと言うことは、ここからが本番だと言う事も分かる。

殺気。

飛び退くと同時に、何だか分からないけれど、斬撃が「陰キャ」がいた地点を襲っていた。

足についている何かの刃物が、斬撃を飛ばしてきたらしい。

こんなのありか。

更に、触手が伸びて、連続して「陰キャ」を襲う。一撃一撃が、コンクリに舗装された地面を貫くほどの火力だ。

それだけじゃない。

鰐口が伸びて。それこそクレーターになるような一撃を叩き込んでくる。

間断のない超火力連続攻撃。

これが「フェミ議員」の第二形態か。

いや、多分これだけじゃない。

平坦な顔が、不意に大きな口に。そう口だけになる。

それが天に叫ぶと、周囲に大量の肉塊が降り注ぎ。

フォロワーへと変化していった。

あれは。

NO4のような能力か。

それとも、以前戦った「兄」のようなフォロワー生成能力か。

いずれにしても、リズムをまず読むところからだ。

凄まじい乱撃だが、どうにもやはり一定のリズムがある。あまりにもハイピッチだから追いつけないが。

それでも、何とか耐え抜く。

絶対に「悪役令嬢」と「喫茶メイド」は勝つ。

それについては確信がある。

無心のまま、どうやらSNSクライシス前に「反社勢力」と呼ばれていた人達を模したらしいフォロワーが、それぞれ武器を手にするのを見る。鉄パイプだったり日本刀だったり。色々だ。

それが、一斉に襲いかかってくる。

ともかく、少しでも手の内を見なければならない。

「死ねオラア!」

「ばらして酸で溶かすぞ!」

「埋めて熊のエサにしてやる!」

何だか色々言いながら、襲いかかってくるフォロワー。

強化フォロワーほどでは無いが、それなりに動きは速い。しかも数が多い。あの口部分が叫んでいる間、どんどん補充もされている様子だ。

勿論、鰐口、斬撃、触手による連続攻撃も飛んできている。

それで気付く。

最小限の余力でかわしているとは言え。

どうして体力が保つ。

前だったら、もう動けなくなったはずだが。

ひょっとして、基礎体力という弱点が。ずっと多数の敵と戦い続けることで、克服されつつあるのか。

いや、単にハイになっているだけかも知れない。

斬撃をかわす。

触手をかわす。

反社型フォロワーが、攻撃の余波でバラバラに消し飛ぶが、気にする様子は「フェミ議員」にはない。

人間の議員時代に手駒にしていた連中かも知れないけれども。

今はもう、ただの使い魔以上でも以下でもないのだろう。

それに東京での救出作戦はよく覚えている。

反社に属する人間の本性は、あれでよく分かった。

はっきりいって、一切合切同情の余地もない。

死後もこうやって辱められるのも、当然なのかも知れない。

少しずつリズムが見えてきた。

体力もごりごり削られているが、まだ耐えられる。

タイミングを見て反撃。

口に「萌え絵」を叩き込む。

爆発は、驚くほどの火力で。上半身が文字通り消し飛ぶ。再生も速いが、それでも充分にダメージになった筈だ。

まだコアを探すどころでは無い。

今の爆発で議員バッヂは巻き込んだが。平気な様子からして、多分そうではないのだろう。

「フェミ議員」の鰐口が、反社型フォロワーをまとめて巻き込みながら、地面を抉り取るが。

カウンターで首を斬り飛ばす。

呼吸を整えながら、激しい攻撃をかいくぐり続ける。

まだまだ。

体力の残りを緻密に計算しながら。

凄まじい猛攻を捌き続ける。

NO3の実力は流石だ。だが、まだ奴は力を隠している。それを暴く。せめて、「悪役令嬢」がここに来る前に。最悪でも、撤退を選ぶにしても。

勝負を次につけるためにも。

 

2、絶技激突

 

軽く融合邪神と攻防をかわした頃には、「悪役令嬢」は気付いていた。

どうやら「陰キャ」も苛烈な交戦状態にある。

後方では、五人のルーキーが甲府方面から来ているフォロワーを抑えている。あらゆる全ての場所が、戦場になっている。

自衛隊も流石に此処では出し惜しみできないだろうが、しかしながら各駐屯地がフォロワーの襲撃を受けている状況だ。

強化フォロワーが来ていると言う話は聞いていないが。

それでも大きなダメージを受けた直後だ。

支えきれるかどうか。

無数の獣が融合したような姿の五体合体の邪神は。

大きく息を吸うと、改めて名乗る。顔だけでも無数に並んでいて、ぐちゃぐちゃに目などが配置されているから。見るだけで気分が悪くなる人もいるかも知れない。

「この姿は理論上取れる事は分かっていたが、しかしながら理論上元に戻ることもできない事も分かっていた。 まあよい。 むしろ気分は良いほどだ」

「……」

「改めて名乗ろう。 我が名は「饕餮」。 四凶と呼ばれる最凶の妖怪にて、今は元人間のαユーザー……そなたらがいう邪神である」

「ふっ。 此方を馬鹿にしない邪神は初めて見ましたわ」

「本能では貴様を見下しているが、我が同胞を多数倒して来た貴様を侮る事を心が抑え込んでおる。 その分常にダメージは受けているが、それくらいは安いものだ」

面白い。

ばっと鉄扇を拡げて構える。

邪神はどいつもこいつも不愉快な奴しかいなかった。

今後もそうだと思っていた。

だが、何がどうしてか。

こんな奴もいたのか。

フリだとは思えない。

人間以下と見下す本能は変わっていないのだ。

そんな相手に戦略を駆使するだけでダメージを受ける精神生命体である。嘘なんかついたら、それこそ継戦に支障が出るダメージを受ける事になるだろう。

側で控えている「喫茶メイド」にこくりと頷く。

短期決戦だ。

「陰キャ」はNO3を単騎で支えている。

あっちは、文字通りNO3を害虫くらいにしか考えていないだろう。それに「陰キャ」は強くなっているとはいっても、どうしても基礎体力が弱点となっている。

可能な限り、急いで此奴を突破しなければならない。

そして、それが簡単にはいかないことも理解していた。

此奴を「喫茶メイド」に任せるのは論外だ。

更に言えば、此奴をあっさり倒せるような新必殺技等という都合が良いものなどない。

あるとしたら補給はきちんと受けているという優位くらいだが。

そんなもの、此奴から受けるプレッシャーの前には、何の意味もないように思えてならなかった。

じりじりと間合いを計り合う。

さっきのはじゃれ合い。

ここからが本番だ。

どんと、凄い音を立てて踏み込んだ「饕餮」。

体中無茶苦茶だが。踏み込むと同時に、背中から生えてきた嫌に生々しい人間の腕が振り下ろされる。

それは毛も無く妙に白く、そして艶めかしい腕だった。

だが、一撃は途方もない。

拳法によるものかも知れない。

それに邪神によるパワーが乗る。

とんでも無い火力が出るのは、当たり前なのかもしれなかった。

何とか回避するが、複数体中にある口から、一斉に火球を放ってくる。

鉄扇で弾き返すが、着弾点で爆発。凄まじい熱波が来る。

「喫茶メイド」は、これは長時間耐えられないな。

守りに回ったら終わりだ。

そう判断し。

全ての火球をはじき返したあと、前に出る。

どうしてこんな奴が邪神になったのか。

それが不可解だが。

ともかく、前に出る。

複数の腕が見える。

先に降り下ろされたなまめかしい腕だけではない。毛だらけの豪腕も、あるいは人ならぬ腕もあった。

無数の突きをラッシュとして繰り出してくる上に、全身を撓ませている。

跳躍するつもりだ。

腕を弾き返しながら、「喫茶メイド」に警告しつつ下がる。

「喫茶メイド」がナイフとフォークを投擲。全て的確に目を潰すが、気にもしている様子が無い。

「饕餮」が飛んだ。

そして上空で、四対も翼を展開。

浮くのでは無く。

翼から、無数の火球を振らせてきた。

文字通り、一瞬で辺りが地獄になる。

着地すると同時に、必死に「萌え絵」のポスターで壁を作った「喫茶メイド」が立ち上がる。

これは引退し柳田と名前を戻した「デブオタ」から教わった戦術であるらしい。

「悪役令嬢」は、熱波を力尽くで押し返したが。

なんという火力か。

更に、動物らしい俊敏さを生かして、怒濤の猛攻を仕掛けてくる。

火球を乱射しつつ、大量の腕を背中に展開し、それで突きやら何やら。あらゆる攻撃を「悪役令嬢」に仕掛けてくる。「喫茶メイド」には牽制程度。これは力の差を理解しているからだろう。

ならば、その判断をひっくり返させる。

激しい攻撃を鉄扇で弾く。

冷や汗が飛ぶ。

NO4やNO5との戦闘では、冷や冷やもので。体力も限界近い所まで追い込まれていた。

此奴の実力はそれに近い。

気を抜くどころではないし。

体力だって温存どころじゃない。

無心のまま、乱打される攻撃を弾き返し、カウンターも入れるが。傷をつけても即座に再生される。

そもそも五体合体の邪神だ。

コアなんてあるのか此奴に。

体力の残りを計算しつつ、激しい乱打を受け流しつつ。時々織り交ぜられる変化球。火球も弾く。

口を開く。

収束型の音波砲か。

だが、「饕餮」の口の中に完璧なタイミングで、「萌え絵」つきのナイフが飛び込む。

爆裂。

悲鳴を上げて、自爆した「饕餮」が転がり回るが。

それも頭部を丸ごとすげ替えて(もうどこが頭部かもよく分からないが)、即座に復帰する。

跳躍する「饕餮」。

更に多くの翼を展開するが。

同時に傘を地面に突き刺すと、「悪役令嬢」は傘を蹴って跳躍して、追いついていた。

「!」

「何度も同じ技は通用しませんわよ。 規模を増したとしてもね!」

そのまま、鉄扇で苛烈な乱打を浴びせ。体勢を崩した「饕餮」を地面に蹴り落とす。

其処にありったけのナイフとフォークを叩き込む「喫茶メイド」。

激しい爆発の中、着地した「悪役令嬢」は火炎瓶を引き抜くと、まとめて投擲し。爆破する。

さて、こんなものではないだろう。

案の定、炎の中「饕餮」は立ち上がってくる。

「流石だ。 私も生きている間に、こんな戦いを経験したかった」

「他の邪神とは違うようですわね。 他はどいつもこいつも人間時代はゴミの権化のような輩でしたのに」

「……私はどちらかというと体制側によって作られた邪悪でな。 古き悪しきもの。 そう判断された存在の集合体だ」

「……」

文革か。

中華にて起きた、最低最悪のキャンセルカルチャー運動。

独裁者の言葉で発動した、制御不能にまで陥った文化の徹底破壊運動。

一度は収まった。

だが、中華が鎖国状態になった後は。

また似たような運動が発生した。

世界中でキャンセルカルチャー運動が、様々な横文字の格好良い名前と共に行われ。

格好良い名前と裏腹の邪悪な焚書、文化破壊があらゆる場所で猛威を振るった。

この邪神は、それによって作りあげられた「悪しきイメージ」。

だから「関帝」だったのか。

それならば合点がいく。

此奴の元になったのは、存在しないものなのか。

それとも、或いは文化の保全に躍起になっていた学者なのかも知れない。

「わたくしたちと同じなのかも知れませんわね」

「「悪役令嬢」先輩!?」

「ふっ、後輩を迷わせるではない。 それに俺はこのような姿になった以上、せめて戦いの中で死にたい」

「既に失われてしまった義や侠の概念を持つ者であるのならそう考えるでしょう。 良いですわ。 終わらせてさし上げましょう」

めりめりと、炎の中で相手が膨れあがっていく。

本来の「饕餮」は文字通り邪神の領域にまで強くなった妖怪であり。

妖怪としての伝承では貪欲で邪悪な存在だという話だが。

しかし目の前にいる此奴は。

「饕餮」にされた存在というべきなのだろう。

ならば。いい。

終わらせてやる。

無心のまま、突貫する。

また、踏み込む音がした。

同時に、周囲全てが、「口」になるのが分かった。

跳ぶように、「喫茶メイド」に促しつつ。

傘を拾って、そのまま走る。

地面全てが口だらけになる。勿論それに食いつかれたらおしまいだ。

周囲の空間も口だらけだ。

それらに食いつかれてもおしまいだろう。

周囲全てを口にして、何もかもをかみ砕く。

それが、「饕餮」という貪欲の妖怪、四凶の筆頭たる存在らしい戦いというべきなのかも知れないが。

むしろ此奴の場合は。

そんな存在に己を貶めた相手への、せめてもの復讐のつもりなのかも知れない。

ばくんと、周囲中で口が閉じるのが分かった。

同時に、無数の触手が跳んでくる。

それらにも、全て口がついている。

悉くを鉄扇で弾き返すが。

「喫茶メイド」はモロに吹っ飛ばされて、近くのビルに叩き込まれたようだった。

更にまた、地面にも空にも口が大量に出現する。

今度はそれらの口の中から、膨大な触手が一斉に撃ち出される。

舌打ち。

手強いじゃないか。

全てを鉄扇で斬り払うが、バランスを崩す。

口が地面を這い回るように高速で移動して、踏みとどまっていられない。

無理矢理傘を開いて体勢を立て直すと、跳躍してばくんと閉じる口から逃れる。

着地した地点にも、口が集まってくる。

空間とか物理法則とか全て無視だ。

徹底的にかみ砕いてやるという、鉄の意志を感じる。

さっき避けるときに、触手が擦った。

防護服にもなっているドレスの上からも、ダメージがあるのが分かる。

更に。完全包囲してきた無数の口から、一斉に触手を放ってくる。それも、一点に向けて放つのでは無い。

完全に網のように、包囲しながら放ってくる。

網は相手を捕獲するために最良の武器だ。

しかもこの網。

文字通り、レーザーのように切り裂いてくるとみて良いだろう。

無心に一瞬早く跳ぶと、無数の触手を一点突破。その先に控えている口に火炎瓶を放り込みつつ、追いついてきた触手を蹴って包囲網を脱出。

「饕餮」の本体は。

探すが、炎の中で立ち上がった奴の姿はない。

いや、見つけた。

上空に、おぞましい程巨大な口がある。

あれだ。

包囲網を抜けて着地するが。

口が即座に移動開始。

徹底的にかみ砕くつもりだ。

文字通りの鉄の意志を感じる。

笑うようなことはない。

他の邪神だったら、徹底的に馬鹿にしながら攻撃してきただろう。だが此奴は、真摯に戦闘に向き合っている。

悪い気はしない。

「喫茶メイド」が、屋上から一斉にナイフとフォークを投擲。

飛来する無数の口に、綺麗に飛び込んだ。

「萌え絵」つきのナイフとフォークだ。

それに、「饕餮」の内部には、他の邪神がたんまり入っている。

要するに、効く。

爆裂し、口の絶対数が減るが。

それでも即座に新しい口が、空間にわき上がる。

それらは物理法則を無視して、此方を喰らいに襲いかかってくる。ちょっとした悪夢だが。

本来邪神とはこういうものだろう。

別に驚くには値しない。

徹底的に多数展開している口対策に回っている「喫茶メイド」を横目に走る。あの位置から、良くナイフとフォークを当てられるものだ。勿論人間相手で邪神の動きが鈍っているというのもあるのだろうが。

それでも、「喫茶メイド」を死なせる訳にはいかない。

このままだと、あっちに注意が向くし。

もし本気で仕掛けられると、多分「喫茶メイド」はこの飽和攻撃を抜けるのは不可能だろう。

遠くで大きな音がした。

NO3と「陰キャ」が死闘を繰り広げているのだ。

無心になれ。

焦るな。

そう言い聞かせつつ。大量に飛んでくる口つきの触手を弾き返しつつ、機会を窺う。

「饕餮」は無言のまま、全力攻撃をひたすら叩き込み続けてくる。

一瞬、隙が出来る。

どうやら看過できないと判断したらしい。

「喫茶メイド」の背後に。

巨大な口が出現する。

対応は、してもらうしかない。

こっちは、出来る事をするだけだ。

「萌え絵」を。

それもコピーした奴では無い。「喫茶メイド」が描いたものを巻き付けた傘。

さっき逃げ回りながら、準備をしていたのだ。

それを、全力で踏み込みつつ。

上空にある、巨大な口に投擲する。

無数の触手が迎え撃ってくるが。

傘の威力は、途中で空気の壁をぶち抜いた。

本当だったら、こんな威力、人間の腕力で出る訳がないのだが。

多分邪神との戦闘を行っていることが原因だろう。

いずれにしても、バンと鋭い音を立てて空気を一度ブチ抜き。

音速に達して。

「饕餮」本体の口に傘は吸い込まれ。

そして、今までに無い凄まじい爆発を引き起こしていた。

絶叫が轟く。

周囲にある口が、一斉に爆ぜ割れて消えていく。

激しい軋みのような音。

周囲の空間がねじれているのが分かる。

「喫茶メイド」は。

駄目だ。空間が無茶苦茶で。かろうじて手しか見えない。手しか残っていないという事はないと思いたい。

いずれにしても「饕餮」はまだ生きているとみて良い。

その予想を当てるように。

着地したのは、血だらけの大男だった。正確には、そう見える巨大な肉塊だ。

全身は目だらけ。顔だらけ。

人間の形をしているだけ。

だが、その屈強な肉体は、一目で分かる。

極限まで練り上げられた肉体だ。

気を練る動きをすると。「饕餮」の最終形態らしきそいつは叫ぶ。

「失われていった拳法の奥義、全て見せてやろう!」

「かまいませんわ。 来なさい」

「殺っ!」

加速する。

瞬歩。だが、練度が違いすぎる。

文字通り、クンフーの差という奴である。

即座に間合いを詰めると同時に、鉄扇越しに肝臓を狙って突きを叩き込んできた。

鉄扇でのガードを突き抜いて、更に防護服も貫いて。文字通り激甚なダメージが叩き込まれる。

踏みとどまった「悪役令嬢」に、文字通り無数の拳が蹴りが飛んでくる。

いずれもが、見た事がない軌道で飛んでくるものばかりだ。

これでも拳法の類は研究し尽くしたと思っていたのだが、あまりにも甘かったというべきだろうか。

無心に、必死に防ぐ。

一撃があまりにも重い。

体に激甚なダメージが、一発一発で確実に蓄積して行く。

吐血した「悪役令嬢」に、「饕餮」が裂帛の一撃を蹴り込んでくる。

まるでしなる枝だ。

鉄扇でガードしなければ、多分体を貫通されていただろう。

ガードの上からも、内臓にモロに入ったのが分かったほどだ。

吹っ飛んで、何とか受け身を取って立ち上がるが。

それでも分かる。

まずい。

このまま打ち合うと、負ける。

流石にこのクラスの邪神が相手になると、初見では勝てないか。だが、それでも勝たなければならないのだ。

呼吸を整える。「饕餮」が再び気を練っているのが分かる。

同時に「悪役令嬢」もハンカチで口を拭うと、鉄扇を構え直す。

今度は、此方から仕掛けた。

相手も自分も薄く笑うのが分かる。

本当に此奴は。

邪神に向いていない奴だな。

こういうものを奪いたかったのだろうか。文革を起こした独裁者は。或いは集団ヒステリーがそうさせたのか。

もはや失われてしまった概念は。

皮肉にも、邪神という形で、こうやって此処に顕現していた。

激しい乱打を浴びつつ、少しずつ覚えていく。

体への蓄積ダメージは、もう致命傷以外は気にしない。

そして、確実に。

少しずつ押し始める。

失われた奥義。

その全てを惜しみなく出してきている。その全てを、一つずつ学習させて貰う。その全てを打ち切ったときが、お前の最後だ。

そう思いながら、確実に進む。

一瞬だけ、隙が出来る。

「饕餮」の背中に、ナイフが突き刺さったのだ。

爆裂する。

ぐうと、「饕餮」が呻きつつも、にやりと笑う。

この程度の窮地、むしろ望むところと言うのだろう。

叫び声と共に、仕掛ける。もはや口から溢れた血を拭っている余裕すらもない。

反撃に繰り出される拳。

その軌道。

さっき、見切った。

手を叩き落とす。

鉄扇のカウンターが、完璧に入った。

更に蹴りを鉄扇で吹き飛ばす。

同じく。

どうやら伝承されてきていた奥義の数々、もはや打ち止めであるらしい。

手足を即座に再生した「饕餮」が飛び下がる。そして、大きな動きで、気を強烈に練り上げて行く。

分かった事がある。

この技が。技そのものが。「饕餮」のコアだ。

だったら、此方も受けきるのが礼儀というものだろう。

インカム通じて、「喫茶メイド」に叫ぶ。

「介入不要!」

「わ、わかりました……」

弱々しいが、声は返ってくる。

生きているなら、それだけでいい。

無心のまま、「悪役令嬢」は目を閉じ、全ての雑念を払う。それに対して、「饕餮」は気を練り終わったようだった。

一瞬。

空白が生じ。

それが動に転じる。

両者、仕掛ける。

「悪役令嬢」が頭を低く突貫するのに対し、「饕餮」は腰を低く落として、突撃しつつもすり足を維持。

なるほど、渾身の。

文字通り究極と呼べる突きを放ってくると言う訳だ。

「絶技!」

「饕餮」が叫ぶ。

多分、気合いを入れるための行動だろう。

古代の戦士が、名乗りを上げたように。

此方は、無心のまま、体勢を低くして突貫する。瞬歩を使って、更に加速。だが、それも相手は見越しているようだった。

「龍咬!」

周囲全域の地面が、踏み砕かれたかも知れない。

それほどの、とんでもない踏み込みだったと言う事だ。

ビルが倒壊する音の中。

悪役令嬢は、鉄扇を振るう。

地面を抉りながら、加速させる。

居合いの技術と同じ。

それを二つの鉄扇で同時に行い。

十時に鉄扇で、前から飛んでくる攻撃を、切り裂くためのものだ。

交錯は一瞬。

周囲のビルが、倒壊していく。どれだけの踏み込みで、一撃の突きに火力を乗せたというのか。

もしも直撃を受けていたら、その時点で文字通り消し飛んでいただろう。

現に、「悪役令嬢」の手から落ちた鉄扇は。二つとも、完全に砕けてしまっていた。

大量に血を吐き戻す。

「悪役令嬢」がだ。

「饕餮」は楽しそうに笑っていた。

その笑いは、どこか悲しそうだった。

最後の一撃は、「悪役令嬢」の鉄扇二連撃によって反らされて。文字通り空を抉ったというのに。

「今の一撃、満足であった! 俺は最後の最後で、奥義を使うに相応しい相手と戦う事が出来た!」

「貴方が大勢殺した事はどうしようもない事実ですわ。 しかし……」

「本能故許せとは言わぬ。 だから、せめて俺が……俺だけが覚えていた技の数々を……」

消えていく「饕餮」。

気配も消えていく。

フリでは無い。

五体合体の桁外れの邪神、「饕餮」の最後である。

片膝をついて、どうにか体勢を立て直そうとするが、全身のダメージが激甚だ。

どうにか崩れ落ちたビルから脱出したらしい「喫茶メイド」が此方に来る。

何か叫んでいるが、聞こえない。

呼吸を整えて、目を閉じる。

気の練り方。

あの奥義の数々。

忘れる訳にはいかない。

全て自分に取り込む。

奴は。「饕餮」は。文字通り、無理矢理魔道に落とされた自分を恥じていた。故に奥義そのものがコアになった。

それを破られたら死ぬのを知った上で。

誇り高い奴だったのだな。

邪神にもあんなのがいるのか。

驚きもある。

それと同時に、ひたすら悲しかった。応急手当をされているのが分かる。少しずつ、耳が聞こえるようになって来ていた。

「応急処置は、後どれくらいで終わりますの?」

「ま、まだ戦う気ですか!」

「当然……このままだと、「陰キャ」さんが負けますわ」

分かる。

気配で分かる。

今までに無い程、気配を読む力が研がれているからだ。

今の「饕餮」との戦闘の影響だろう。奴の気を練る動き。あれは明らかに、応用すべきものだった。

今も使って見たい程だ。

だが、それよりも先に。

ともかく、今のこの苛烈な大戦に、勝つ事を考えなければならない。

ロボットを呼ぶ。

今は歩く体力さえ、使うのが惜しいレベルだ。見ると、「喫茶メイド」も相当に傷だらけである。

手足を失っていないかと聞くと、寂しそうに首を横に振った。

内臓に直接響くダメージを散々もらったが、致命傷にはならなかったらしい。それだけで可とするべきだ。

ともかくロボットで、「陰キャ」が戦っている戦場に移動する。

途中、山革陸将からの連絡を「喫茶メイド」が応対していたが。クッキーを無理矢理貪り喰い、レーションをかっ込むので精一杯。

話を聞く余裕はまるで残っていなかった。

 

3、まるで相反するもの

 

苛立ちが相手にどんどん蓄積しているのが分かる。

どうして殺せない。

そう叫んでいるかのようだった。

呼吸を整えながら、「陰キャ」は怒濤の猛攻を捌き続ける。反社型フォロワーも襲いかかってくるが、それは後回し。

触手と、鰐口による猛攻をどうにか防ぎつつ。

あの増援を呼ぶ口をどうにかしなければならない。

できれば攻勢に出たいが、手数が足りなすぎて無理だ。少しでも、相手が隙を見せてくれればいいのだが。

こう言うときに、助けを待つのは悪手。

訓練時代に教わった事を思い出す。

基礎に立ち返れ。

状況が拮抗したときは、先に根を上げた方が負ける。邪神は恐ろしく強い相手だが、絶対に隙は生じる。

それを突け。

無言のまま、相手の攻撃を捌き続ける。

「フェミ議員」がこの形態になったのはどうせ初めてだ。使う相手がいなかったからである。本能でこの形態を使いこなせるだろうけれども、それでも襤褸が出る。

相手は元人間なのである。

それも、闇の世界を生きてきたような人。

闇の世界を生きてきた人間を格好良く描くピカレスクロマンなんてジャンルが昔はあったようだが。

SNSクライシスの後に、そんなものは嘘っぱちだったことが全て研究されて暴かれている。

現に周囲に群れている反社フォロワーの卑劣さはどうだ。

どうしようもない人間だから闇の世界を生きてきたのだ。

そんなのは、絶対に馬脚を曝す。

何度目だろうか。

鰐口を叩き落とし。

更には、飛びかかってきたフォロワーの群れを、瞬歩でかわす。其処に触手が殺到して、フォロワーをグチャグチャに潰す。

相手がまた吸い込んで増援を呼ぶための声を出そうとするが。

その瞬間に、「陰キャ」は前に出る。

隙あり。

そう判断したからだ。

触手の腕を斬り飛ばしながら突貫。速攻で復活した鰐口を真っ向から唐竹にたたき割り、更に相手の本体に。

届いた。

だが。その本体が、待っていたように腹の辺りに巨大な口を生じさせる。

そして、ばくんと喰らおうとして来たが。

体を薄くしてくれたのならむしろ好都合だ。

納刀し、口が閉じる瞬間に抜刀。

口を吹き飛ばしつつ、更にもう一閃。

腹を文字通りぶち抜きつつ、「フェミ議員」の背後に抜け、着地。

更に反転突貫して、両足を両断していた。

地面にブチ転がされる「フェミ議員」。

口しかないとはいえ、文字通り顔面から行った。痛い以上に屈辱だろう。呼吸を整えながら、残ったクッキーを口に放り込む。本当に美味しくないな。そう思いながら、冷静に体力の残りを計算。

そろそろ、もたない。

でも、少しだけ余裕が出来たから分かる。

「悪役令嬢」と戦っていた強大な邪神の気配が消失した。

つまり、後はこの邪神、「フェミ議員」だけだ。

本当だったら何度か戦って、勝ちに行かなければならない相手だけれども。今回ばかりはそうも行かない。

それに、だ。

「お、おのれ……! 税金だけ納めて後はさっさと死ぬだけが仕事の下級国民風情が、この私の体に散々傷を……!」

「……」

「お前達なんか、愚民らしく何も考えずに私のポケットに入る税金をそのまま納めていればそれで良いんだよぉーッ! ましてやお前みたいな孕み袋は、そのままバカの子供を孕んで税金をそれだけ増やすのが仕事だろうが! この偉大な私に傷を、傷を……傷をォオオオオオ!」

完全に暴走状態だな。

そう思う。

酷い事を言っているのは分かるけれど、もう相手にする気にもなれない。どうしようもない人が元になっていたんだなと分かるし。こんな人がいつの間にか政治に潜り込んで、好き勝手をしていたのだって事実だ。

SNSクライシスの前の時代は色々病んでいたと聞いている。最果ての時代だったと聞いている。

その象徴とも言える邪神達を見ていると、それが嘘では無いと分かる。

「二番目で何が悪い! こんな国、さっさと更に大きな国の領土になれば良かったんだよォオオ! こっちで手を色々回してさっさと何もかも終わるようにしてやっていたのに余計なことばっかりしやがって! お前ら脳無しのクソ共は、ただ搾取されていればいいだけなのに! クソがぁあああああああ!」

全身が膨れあがっていく「フェミ議員」。

いや、違う。

地面から、更に巨大な何かが出てくるのだ。

それは、なんだろう。

何もかもを吸い込むブラックホールだろうか。虚ろな目がついているが。掃除機のように、何もかも吸い込むような器官がたくさんついている。

この邪神が元になった人は。

それこそブラックホールのように、あらゆる情報を黒に変えて、何もかもを煙に巻いていた。

それこそ、この姿は正しいのかもしれない。

巨大な鰐口と触手を両手にした人型もまだ健在。そして、体の上には口だけの顔があった。さっきより更に禍々しい口。

この姿こそ、プレッシャーから言って最終形態だろうか。いや、まだ分からない。

無心で納刀して、腰を落とす。

「悪役令嬢」は必ず来てくれる。

そして最終形態まで追い詰めた。

この先には、もう普通の人と。訓練中の狩り手の卵しかいない。

自衛隊の精鋭であるレンジャーだって、フォロワー化には耐えられない。

この邪神「フェミ議員」のテリトリは通信で伝えてあるが、大深度地下に逃げ込んだその人達だって、これ以上この敵を進めさせたら、多分無事では済まないだろう。だから、此処で食い止める。

残りの体力は少ない。

後は。

目を閉じて、大きく深呼吸する。

「悪役令嬢」だって、この邪神ほどでは無いにしても。NO4かNO5クラスの実力を持つ邪神と戦っていたのだ。

気配で分かる。

恐らく一瞬で勝負を付けないと、負ける事になる。

各地の自衛隊の基地が攻撃を受けている今。

此処で勝ちを拾わなければ、何もかもが最悪の状態になる。

目を開ける。

ゆっくり、時間が流れているように見えた。

敵が仕掛けて来ている。

もう理性も何もかも消し飛んでいるようで。あらゆる全ての攻撃を同時に繰り出して来ているのが見えた。

最初に鰐口。

無心で斬り飛ばす。

続いて触手。一閃して吹き飛ばす。

大量のフォロワー。瞬歩で引きはがして無視。

次に。

何か、強烈な圧が来た。

下からせり出してきた肉塊から出ている、極太の掃除機みたいな触手。それが口を開くと。ブラックホールのように、吸い込み始める。

それと同時に、その上に乗っている体にある顔。

それが、収束音波砲を叩き込んできたのである。

吸い込みと斥力の同時攻撃か。

なるほど、吸い込みに敢えて身を任せれば音波砲の直撃を受けるし。

逃げようにも吸い込みで足を止められると。

人間相手にはいい手だと思う。だけれども。

納刀。

そして踏み込むと同時に、全力を乗せた抜刀を入れていた。

音波砲を文字通り消し飛ばす。吸い込みで、大量のフォロワーが横を飛んで行く中。斬撃は、巨大な触手にまで届いていた。

その触手の口に、フォロワーが大量に吸い込まれていく。あれに吸い込まれたら文字通りおしまいだろう。

だが、触手の口が今の斬撃の余波で横真っ二つになり。

吸い込みが無差別に。ついでに拡散し始める。

一瞬の隙を突いて、瞬歩で逃れる。

飛んで行った巨大なコンクリ片。切り裂かれた音波砲によって、後方で砕けたものだろう。

それが、口にもろに突っ込んだ。

全周囲に凄まじい吸い込みを生じている口だったが。一つが欠けたことで、決定的な隙が生じる。

だが、もう「陰キャ」には仕掛けて相手を砕く余力が無い。

後一手。

後一手が足りない。

次の瞬間。

吸い込まれるように、相手の胴体に。

ナイフ数本が突き刺さり、特大の爆発を引き起こしていた。

文字通り暴れ狂いながら、絶叫する「フェミ議員」。

今のは、間違いない。

ビルの上に見える、狙撃手。

「喫茶メイド」だ。

更に、突貫してくる姿。「悪役令嬢」である。

心を鎮める。

素早く、残ったわずかな時間で、ガラケーに情報を打つ。

今しか、隙は無い。

打ち終わると、再び納刀して、腰を沈める。

体力はもう残り殆ど無い。

これで決めなければ、負け確定だ。

「悪役令嬢」だって無事なはずがない。

あんな強力な気配をまき散らしている邪神と、条件ありで戦っていたのだ。それは「喫茶メイド」だって同じ筈だ。

叫び声が聞こえる。

「恐らく、相手のコアは「口」そのもの! 仕掛けてくださいまし、「陰キャ」さん!」

頷く。

だが、仕掛けるのは「陰キャ」が、ではない。

体を沈める。

無の境地、と言う奴だろうか。

雑念が。

その時。全て、「陰キャ」の中から消え果てた。

 

送られてきた情報を見て、「悪役令嬢」は突貫する。

確かにあの全周囲吸い込みが復活したら、その時点で負けだ。

そして、相手は「フェミ議員」。

移動中に「陰キャ」のインカムから戦闘の履歴を見たが。

だいたい分かった事がある。

奴の弱点は口そのもの。

元々民主主義の議員というのは、有能な存在などでは無い。日本では悪名高い「三バン」によって事実上の貴族合議制、等という揶揄がされていたが。実際の所どこの国でもその辺りは同じであったそうだ。

更に言えば、血統主義でガチガチに決まっていた貴族合議制と違い。

普通に誰にでも機会があったという点では、貴族合議制よりはまだマシ……というのが実情だっただろう。

ただし有能な人間が議員になるのは難しかったようだが。

まあその辺りは、貴族も同じだ。

貴族が有能だの、金持ちが有能だのというのは大嘘。

そんなものは、歴史を調べれば猿でも分かる。

強いていうならば。

近代の議員制においては、「三バン」を例に出すまでも無く。

金、コネ、そして目立つ事。

この三つが重要だった。

金に関しては、「フェミ議員」は恐らく海外のスポンサーから国政を混乱させろと、無尽蔵に渡されていただろう。

それがコアにはならないだろう。

コネか。

「フェミ議員」のコアになった人間は、元々が芸能人だったことが分かっている。芸能人由来の議員なんて別に珍しくもない。

だが、それがコネにつながるか。

つながる事はつながるだろう。

SNSクライシス前には零落の一途を辿っていたマスコミ関連には、それなりに金はあったし。

そういう方面にはコネはあったかも知れない。

事実、SNSクライシス前の資料を見ると、別にヒット曲がある訳でも無い歌手が偉そうにふんぞり返っていたり。演技力が高い訳でも無い俳優が偉そうにしていたり。

そういうのが何故成立していたかというと、マスコミ内で独自のコネと派閥を持っていて。

それが原因で、周囲が逆らえなかったというのもあるらしい。

だが、攻撃的で残忍な言動が、「フェミ議員」の元になった人間には見られたという記録もある。

まあそうでなければ女尊男卑運動に絡んだりはしなかっただろう。

あれは人権というデリケートな問題を傘にして、騒ぐだけしか能がないバカから金を巻き上げるためのシステムだったからだ。

また、「フェミ議員」が人間だった時代。

別に美人でも何でもなかったようだ。

そうなってくると、消去法で一つしか残らない。

奴の武器。

そして、奴のアイデンティティは。

無駄に大きな声。

それを生じさせる口、という事になる。

最後に残った力を振り絞り、突貫する。

一瞬早く、吸い込みによる拘束の合間を縫うようにして、別行動し、ビルの上に移動していた「喫茶メイド」が狙撃。

今描いたばかりの「萌え絵」(勿論胸を盛っている)を巻いたナイフとフォークを、まとめて全投擲。

これが乾坤一擲の勝負だと言う事は、「喫茶メイド」も理解しているのだ。

出し惜しみは無しである。

全部が吸い込まれるように、「フェミ議員」の全身に突き刺さり。

凄まじい爆発を引き起こした。

やはり人権屋がベースになっている邪神には、これは本当に良く効くな。

だが、大ダメージを受けて激高した「フェミ議員」は、文字通り無茶苦茶に暴れ始める。

しかし、その時。

「陰キャ」が納刀、腰を落とすのが見えた。

まるで、その場にいないようである。

なるほど、これが。

武の究極の一つ。「無の境地」という奴か。

ならば、仕掛けるのは任せてしまって良い。

「悪役令嬢」は鉄扇を取りだす。無事なのは一対だけである。

だが、それで充分。

今、恐らくだが。

「陰キャ」は、体力の残り全てを使って、最大最高の一撃を繰り出してくれるはずである。

「蠅がちょろちょろ増えやがって! お前ラみたイなゴミカスは、私みタいな上級国民のエサになっテ、死ぬまで働いてそノままくたばってれば良いんだよォオオオ!」

わめき散らしながら、形態を変える「フェミ議員」。

あの激高ぶり。狂乱ぶり。

恐らくは、最終形態だ。

好都合。

たった一撃だけだが。

NO3邪神の最終形態ですら、打ち破れる人間が此処にいると知れ。

文字通りイソギンチャクのように体を一瞬にして再構築すると。

全方位に向けて、巨大な触手を振り落としてくる「フェミ議員」。

予備動作さえあればなにやってもいいと思っているな此奴は。

人間時代の記録映像を見たが、その場でただデカイ口を叩いているだけの輩だったが。

こう言う戦いでも、知的要素が殆ど無い。

単なる物理暴力で徹底的に押し潰そうとしている。ただそれだけである。

文字通り、周囲のビルごと、周囲数百メートルを叩き潰しに掛かる無数の触手。あれが着弾したら、戦術核どころの火力ではないだろう。

「人間以下」とみなしている狩り手相手でも、周囲のビルが吹っ飛ぶような。つまり逃げ場などない火力をたたき出してくるはずだ。

それも連続して。

奴は邪神。

追い込まれているとはいっても、体力などは無尽蔵にあるからである。

その時、完全に無の境地に達した「陰キャ」が動いていた。

時が、一瞬消し飛んだかに見えた。

抜刀からの動きが、あまりにも完璧。

下段から振り上げて。

更に完璧な流れで降り下ろす。武術には知識がある「悪役令嬢」ですらも、ほれぼれとする程の見事な動き。居合いを極めている人間だろうが、剣術の達人だろうが。誰もが絶賛しただろう。

数本の触手が吹っ飛び、曝された痩せこけた女体に、文字通り深い深い傷が穿たれる。

その間に、「悪役令嬢」は飛び込む。

体力が尽き掛け、全身傷だらけなのは「悪役令嬢」も同じ。

そもそも上位邪神は、二度三度と戦って、情報を集めるのが定石だ。

それを無理に撃ち倒し。

しかも連戦である。

如何に今まで数多の邪神を屠ってきた「悪役令嬢」だって、無理がある。

それでも、此処はやらなければならないのだ。

今の究極の二連撃によって、スリップストリーム。いわゆる、高速で何かが通り過ぎた後に生じる、空気抵抗がない空間すら生じていた。

それが、突貫する「悪役令嬢」を後押ししてくれた。

見えてくる。

顔を押さえようと、ゆっくり動いている「フェミ議員」の腕が。

だが、させない。

口だけになっている顔。

まあ、声ばかり無駄に大きかった輩の姿としては、相応しいと言わざるを得ないだろう。

奴の右腕を蹴り。

口に突貫する。

奴は勿論防ごうとするが、生憎渾身の力を込めたこっちの方が早い。

奴の肩辺りに着地すると。

さっき見た、「饕餮」の渾身の絶技を思い出す。

おそらく鉄扇での二連撃よりも、そっちの方が良いだろう。

あれもまた。

今見せてもらった、現在に蘇った絶技燕返しにも匹敵するか、それ以上の技だった。

ものにさせて貰う。

恐ろしい速度で成長している「陰キャ」。

「悪役令嬢」だって負けてはいられない。

ましてやあの「饕餮」の絶技「龍咬」。敵ながら、覚えてみたいと思わせるほどの技だった。

踏み込む。

そして、突貫しつつ、全てのパワーを一撃の突きに乗せる。

見たからには、再現はできる。

それくらいできなければ、今まで多数の邪神を屠ってこれてはいないのである。

文字通り絶叫し、その音圧で此方を吹き飛ばそうとする「フェミ議員」だが、それすらも遅い。

スローモーションの中。

完璧とは言えないまでも。

「饕餮」が最後に繰り出した絶技、龍咬を、「悪役令嬢」は再現していた。

次の瞬間。

「フェミ議員」の頭部。口は、文字通り消し飛ぶ。

綺麗に、何もかもが最初からなかったように。

其処にはもう、何も無かった。

 

「フェミ議員」が崩れていく。

もしもあの触手による全方位攻撃が着弾していたら、本当に戦術核が落ちたのと同じくらいのダメージが周囲に入っていただろう。

コアを砕いた。

気配が弱まっていくのが分かる。

やがて、全て消えた。

回想が流れ出すことも無かった。口だけで適当に生きていた輩だった。それが最後の最後まで、反映されたということだ。

悪い意味での信念すらもなかったのだろう。そういう輩が跋扈していたのが、SNSクライシス前の、文字通りの終焉の時代だった、と言う事だ。

とはいっても、着地で残った力の全てを出し尽くしたのは「悪役令嬢」も同じである。

フラフラになりながらも、「陰キャ」を抱えて歩いて来る「喫茶メイド」。

流石は体力自慢だ。

「喫茶メイド」だって、散々戦いで傷ついていたはずなのに。

「本当にこれ、生物の戦いの跡ですか?」

「ふっ。 わたくしたちが化け物のような言い分ですわね」

「えっ」

その言い方。

まさか自覚が無かったのかとでも言いたいのか。ちょっとかちんと来たが、まあいい。今は、それより先にやる事がある。

龍咬にまだ課題がある事が分かった。

理論は分かっても、完璧に再現出来る訳では無い。

更にあの技、鉄扇とは相性が良くない。

やるなら傘だが。

傘はさっきの「饕餮」との戦いで失ってしまった。また注文するしかないだろう。

ロボットが来る。

周りは文字通り、バキバキの滅茶苦茶。

かろうじて残っていたビルなども、戦闘の余波で倒壊寸前である。この辺りは東京都心の間近で、大きなビルとかもそれなりにあったのだが。

NO3邪神との死闘ともなると、こう言う結果が来る。

上層部も、さぞや肝が冷えただろう。

ロボットに乗る。

「陰キャ」はさっきの、無我の境地からの一撃で、完全に出し尽くしたらしい。意識を失っているが、バイタルは安定しているようだ。

目を覚ましたら、先の技を褒めなければならないだろう。

伝説にある燕返しそのままの技だった。

この若さで再現するなんて、文字通りの天才。

才覚だけなら、やはり「悪役令嬢」よりも上だ。

それに、最終形態近くまで「フェミ議員」を単騎で追い込んでいた事もある。やはり、後継者は他にいないだろう。

「悪役令嬢」も傷だらけ、更に疲れ果てているが。

やる事はまだある。

「此方「悪役令嬢」」

「山革だ。 ……本当に見事な戦いだった」

「ありがとうございますわ。 それよりも、他の戦況は」

「「フェミ議員」が活性化させていたらしいフォロワー達は統率を失った。 ルーキー達が食い止めていたフォロワーは皆、近くにいたものを除いて露骨に動きが鈍ったから、すぐに撤退させた。 狩り手は全員無事だ」

そうか、それは良かった。

万単位のフォロワーを相手にしていただろうに。

よく頑張ったなと、素直にそう思う。

自衛隊の方はと聞くと。少しだけ黙ったあと、山革陸将は現状を告げてくる。

「フォロワーの猛攻で苦戦していたが、今は反撃に転じている。 強化フォロワーも出て来ていたらどうなったか分からないが、少なくとも各地に配備していた速射砲や機関砲が役に立ってくれた。 被害は出たが……再起不能なほどではない」

「分かりました。 それでは、此処を一旦離れますわよ」

「更に邪神が現れた場合の事を考えると、それが良いだろう。 それに、怪我も酷いようだ。 誘導するから、地下に向かってくれ。 医療班を待機させてある」

「……」

大深度地下に避難していた連中は無事かも聞くが。

今、全員無事という報告があったそうだ。

此方は死にかけたが。

それでも敵の幹部。それも大幹部であるNO3「フェミ議員」を撃ち倒したのは事実である。

勝利。

そう考えて、喜ぶしかない。

地下鉄の構内から、深く深くへと降りて行く。

まだ体力に余裕がある「喫茶メイド」が周囲を警戒しつつ、目立つ「悪役令嬢」と「陰キャ」の傷から応急手当をしてくれる。

自分の傷も応急手当をてきぱきしているのをみて、少し呆れた。

「やはり貴方、レンジャー部隊かなにかの出身ですわね」

「……実は私、第一空挺団に一時期いたんです」

「!」

第一空挺団。

自衛隊の最精鋭部隊だ。レンジャー部隊も精鋭だが、それをも凌ぐ。今でも存在している部隊で、本当に最重要な戦闘にしか投入されないのだとか。

「だけれども、第一空挺団で行う仕事は色々と厳しくて。 それで、狩り手に適性があったこともあって、転向したんです」

「……」

この時代にあっても。

人間は団結できる訳では無い。

汚れ仕事をする人間が、そんな中では必要になると聞いている。

今はレンジャーの一部がやっているという噂を聞くが。第一空挺団は、殆ど活動の内容が面に出てこない。

ひょっとすると。

いや、まあそれを今聞くのは野暮というものだろう。

程なく、ロボットごと大きめのエレベーターに入り。

そのまま深くへと潜って行く。

別に特撮にあるような秘密基地があるわけでもなく。無骨なコンクリ直うちの通路が、其処につながっていた。

医療班が来る。

とはいっても、大した人数ではないが。

本当に最後の一滴まで出し尽くしたらしい「陰キャ」をストレッチャーに移して、運んでいく。まだ目が覚めない。あの絶技、本当に凄かった。体力に劣る「陰キャ」だと、ああなるのも仕方が無いだろう。

「喫茶メイド」は歩けると言って、自分から医務室に行った。

「悪役令嬢」は最後にロボットから降ろされて、医務室に行く。

無骨な医務室だが、個室で。

基本的に必要な設備は整っているようだった。

この辺りはSNSクライシス前からあったシェルターを整備したものらしい。まあ、無骨な周囲の壁や床を、綺麗にする余裕も無かった三十年、ということなのだろう。

そのまま処置を受ける。

まだ喋る余裕はあったので、山革陸将に連絡を入れて、傘の換えを要求しておく。

分かった、と言われた。

多分最後の突き技。龍咬には、傘の方が向いていることは、山革陸将も一目で理解したのだろう。

後は、さっさとこの怪我を治して。

前線に復帰するだけだ。まあ、大した怪我は無い。骨とかを折っていたら大変だったが。

この程度の怪我は、昔から慣れっこだったのだから。

 

4、切り札動き出す

 

「ふむ、失敗したか」

「神」は失笑と共に、敗れた「フェミ議員」のいた跡を、遠隔で見ていた。

まあ別にどうでも良い。

これではっきりしたことがある。

「神」に人間では勝てない、ということだ。

いずれにしても、別に困る事は一つも無い。後は適当に敵の戦力を削りながら、時間を稼げばいいだけだ。

絶対正義同盟も二体だけになってしまったが。

それですら何の問題も無い。

痛痒一つ覚えない。

実際問題。

NO3なんぞ、別に戦力だとすら思っていなかったのだから。それについてはNO2「魔王」についても同じである。

「さて、いよいよ君に動いて貰うときが来たな」

「嫌だなあ。 今までも動いていたじゃないですか」

へらへら笑いながら立ち上がる「魔王」。

ネットのアンダーグラウンドクリエイターにして。

SNSクライシス前の悪い意味でのレジェンド。

此奴自身が大犯罪者だったわけではないが。

あらゆる意味でモラルハザードを引き起こした元凶の一人では確実にある。

人間だった頃の意識もある程度残っている。

故に、人間だった時と同じように。

他人をとことん馬鹿にして回っているし。

発言も極めて性質が悪い。

生まれついての詐欺師のような輩だが。

まあそれは、今も変わっていないと言うことだ。

「それで僕はどうすれば良いのですか? 敵が動けないうちに更に削りとりましょうかね」

「いや、その必要はない。 君はあの「悪役令嬢」と「陰キャ」という狩り手を消す事だけを考えてくれるかね」

「分かりました。 ではそのように……」

すっと消える「魔王」。

これでいい。

「魔王」がもし「神」が焦るようなら、反逆を企てていたことも知っている。

だが、そんなことはそれこそどうでもいい。

必要なデータは全て揃った。

これで、後は順番に計画を進めていくだけである。

連絡を入れる。

欧州の邪神の軍団。

「連合」のボス、「財閥」が相手である。

そういえばSNSクライシス前では、余所の芝生は青く見えるという言葉はあったのだっけ。

欧州に差別が無いとか虐めが無いとか痴漢はいないとか。

そんなバカみたいな言動が蔓延っていたと聞いて、失笑しかない。

SNSクライシス前の欧州の差別は、日本などとは比較にならない程苛烈だった。

学校内などでの虐めも同じく。

日本はむしろイージーモードだ。

そんな言葉すらもあったほどだ。

とはいっても、日本も問題だらけだったのはまた一つの事実ではあるのだが。

「これはこれは「神」どの。 どうやら旗色が悪いようですなあ」

「ふっ。 そちらも米国の「自由」が潰れては困ると送り込んだ軍勢が押されているようではないですか」

「ははは、それはお互い様というものです。 それで?」

「実は一つ話がありましてね」

邪神がいない、人間が完全に主導権を取った地域が生じると困る。

それは利害として一致している。

ただし、援軍を回すほどの義理もない。

それは「連合」にしても。米国の「自由」にしても。中華の「解放」にしても同じである。

特に「解放」はごっそり邪神を持って行かれた上に、それが全てやられてしまった後でもある。

というわけで、話をしていく。

最初は半信半疑だったようだが。

話を聞き終えると、「財閥」は満足したようだった。

「その条件なら乗りましょう。 意外に話し上手で驚きますよ」

「はっはっは」

まあ、同じ穴の狢だからな。

そういいながら、通信を終える。

さて、「魔王」がどれだけ頑張れるかを、後は見ておく事にするか。

どれだけ凄まじい狩り手にあの二匹が成長しようと、多分「魔王」には苦戦を強いられる筈である。

まあ、「魔王」が勝てるとも思わないが。

それでいい。

後は此処でやることは。

ただ見ているだけ。

それだけである。

 

(続)