反撃の機はまだか

 

序、限界

 

「悪役令嬢」は、フォロワーの軍勢を前に立ち尽くしていた。

数は四万はいるだろう。

九州北部手前。

こいつらが。

九州に存在する、最後のまとまったフォロワーの群れだ。

途中から、北上を続けるフォロワーの軍勢はまとまり始め。残りを削っている内に、一部隊になっていた。

後ろにいる二人のルーキーは無言。特に「女騎士」は青ざめている。

この二人は、何とか二人がかりなら数十体はフォロワーを倒せる程度の実力しかないが。それでも自衛官よりフォロワー戦ではずっと大きな戦果をたたき出せる。

此奴らで終わり。

そして此処を突破されても終わりだ。

更に言えば。

此奴ら相手に疲弊しきれば、邪神が出てくる可能性も高い。奴らは何処で何をどう伺っているか分からないが。

少なくとも、「悪役令嬢」を要注意と判断したのは事実。

それでもロジックエラーを起こすから、「人間以下」のミームとしか判断出来ない。

邪神とは人間に対する圧倒的殺傷力を持つ反面。

精神生命体らしい、ロジックにしばられた存在でもある。

だからこそ、戦えてきた。

なんとか、だが。

それも此処で負けてしまえばおしまいだ。

北九州の無人工場地帯を失ったら、文字通り人類の負けが確定する。

此処だけは。

絶対に守りきらなければならない。

「行きますわよ」

「はいっ!」

応えたのは「女騎士」だけ。

まあ「コスプレ少女」は異様に寡黙なので、これはいつものことだ。

まあいい。

それに、「女騎士」の声も恐怖で上擦っていた。

それを責めるつもりは無い。

この数が相手だ。恐怖するのは当然である。

突貫。

同時に、フォロワーも一斉に「悪役令嬢」を見る。四万の目だから、だいたい八万くらいか。

痛んでいるフォロワーも多いので、八万より少ないかも知れない。

いずれにしても、片っ端から仕留める。

自衛隊の支援も頼んでいるが。

恐らく来ないだろう。

二日前に、補給物資が来て。鉄扇などが戻って来たことだけでも可とするべきだろう。

後は傘。

絶対正義同盟NO4との戦いで失ったメインウェポンの一つ。

これが戻って来たことは、非常に大きい。

血の雨を周囲に降らせながら、暴れ狂う。

「オーッホッホッホッホ! 数だけ揃えても、まーるで手応えありませんわね!」

大嘘だ。

こんな数、相手に出来る体力は無い。

だから途中で下がらなければならないが。

こうして鼓舞しなければならない。

自身をバカみたいな言動で鼓舞する事で、何とか足を立たせる。気力を持たせる。感覚を研ぐ。

後方にいるルーキーを守り。

育つための経験を積ませる。

そして自身も可能なら生き残る。

時々罵声を浴びせながら、「悪役令嬢」は暴れ狂う。

徹底的に敵を斬り伏せた後は、隙を見て下がる。「女騎士」が囲まれ掛けたが。それを一瞬で周囲のフォロワーを斬り伏せ。脱出させる。

その分追いついてきたフォロワーが多いが。

それも全て赤い霧に変えてやった。

一旦戻って、駐屯地で補給。

敵はまだまだ北上してくる。

四万である。

午前中に五千は削ったと思いたいが、まだまだまだまだ。全然残りはいる。

クッキーをばりばりと食う。

感覚を研ぐためには砂糖が必要で。

脳に補給しなければならない。

レーションも昼食では無いがもりもりと食べる。

栄養もまるで足りていないからだ。

呼吸を整えると。

トイレなどを済ませて、外に出る。もう、駐屯地近くまでフォロワーの群れが迫っていた。

新人にはまだ出るなと言ってある。

そのまま突貫して、しばらく暴れ狂い。敵の先鋒を蹴散らした後戻る。新人を加えて、更に押し出す。

そうして、一昼夜戦ったが。

まだまだ後方から、フォロワーの群れが押し寄せてくるのが分かった。

体力は。

ある程度温存しなければならない。

いつ邪神が来るか知れたものではないからだ。

無言のまま少し休む。駐屯地のすぐ近くまでフォロワーが来ているが、これ以上下がれないのである。

自衛隊は何をしているのか。

全く期待はしていないが。新人は食事も喉を通らない様子だった。無言なので気付きづらいが。

「コスプレ少女」も同じようである。

このままだとPTSDになる。

PTSDになると厄介だ。ともかく食べるようにと二人に言って。そして自身は外に出て。

敵の前衛を削る。

体力を残す。

それがとにかくとんでもなく難しくなりつつある。

敵の戦略は成功していると言える。三十万程度を様子見で捨てるくらい、なんでもないのだろう。

今まで絶対正義同盟の邪神を屠ってきたのは「悪役令嬢」をはじめとする狩り手達だ。

その戦力を正確に把握できるのだとしたら。

昔は精神生命体としての驕りがあった。

進歩出来ないという縛りもあった。

それなのに、どうしてか。

いずれにしても、敵が此方を敵として認識出来るようになり。

本気でつぶしに掛かって来ているのは事実。

それでダメージを受けているだろうに。

それでも、ダメージ以上に狩り手を葬ることが大事なのだろう。

元が身勝手極まりない連中だったのだ。

或いは、部下を使い捨てて勝つのなら。

それで良いと考えているのかも知れなかった。

もう退路なんてない状態で、短時間休憩を取る。

キルカウントについて聞くが、連日よりも下がっていた。それはそうだろう。こんな精神状態だ。

いつもより効率が落ちるのは当然である。

排泄などを済ませてから、軽く仮眠を取って。

そして出撃。

弱り切ったところを邪神が来る可能性は極めて高いし。

自衛隊の援軍も期待出来ない状況だ。

何しろ、敵の戦略が。

「悪役令嬢」を支援にかかった自衛隊を狙い撃ちにしてくるか。

「悪役令嬢」が疲弊しきった所を、各地の自衛隊基地を狙って来るか。

どちらか判別できないのである。

しかもNO3「フェミ議員」が出て来ていると聞いている。

此奴の実力は、万全状態の「悪役令嬢」でもどうにもできないかも知れないほどの次元にある。

下手をすると、ただ遊んでいるだけ。

その可能性すらあった。

邪神らしいやり口だが。

それが正解でも。

或いはその全てが正解でも。

「悪役令嬢」は今更驚くことはない。

連中がどれだけ非人道的で残忍な存在か何て、今まで戦って来て良く分かっているのだから。

仮眠から起きだしたばかりの体。

かなり重いが。

それでも何とかするしかない。

敵中に突貫。

ルーキー二人は、駐屯地になっているトラックを守るようにだけ指示。「悪役令嬢」が前衛の敵全てを片付けるつもりで戦う。

無言で暴威を振るい続ける。

このペースだと、後二日は殲滅にかかるが。

二日かかっていたら、多分体力も尽きるし。

其処に四体とか邪神が来たら、流石にどうすることもできなくなる。

せめて「陰キャ」が来てくれればいいのだが。

今、NO3がとうとう姿を見せた今。

「陰キャ」を動かす訳にはいかないだろう。

情報収集が必要だからだ。

NO4や5もそうだったが。

高位邪神になると、初見で倒すのは無理に近い。

生存力が高い腕利きをぶつけて、手の内を見ないといけない。

犠牲覚悟で、だ。

それでやっと勝機が生まれてくる。

そういうものなのである。

激しい戦いで、思った以上に早く体力が減っているのが分かる。

四方八方全方位から襲ってくるフォロワーは、古い個体が殆どだが。嫌がらせのように、たまに新しめの個体も混じっている。

動きにまるで統一性がないので、対応にそれだけ神経も使うのだ。

それも「悪役令嬢」に集まってくる者ばかりでは無く、もはや何も見えていないように北上をする者もいて。

それも食い止めなければならないので、本当に神経は見る間にすり減らされていく。

それでも、半日戦い。

相当数を削りとって。

やっと駐屯地に戻る。

珍しく息が乱れている。

普段はこんな風に、息を乱すこと何てないのに。

連日の戦闘がこうやって効いて来ているのだ。

もともと邪神とやり合う時は、体力を使い果たす勢いで戦う。

つまり体力にはしっかり上限があるという事だ。

連戦で感覚が研がれているが。

それ以上に、疲弊で鈍る方が早い。

無心にクッキーを食べて、水をごくごくと飲む。

トイレに入って、外に出ると。

もう敵の先発が見えていた。

支援攻撃は。

期待するだけ無駄か。

青ざめているルーキー二人。

この様子だと、もうかまう暇が無かっただけで。此方にもそれなりの数のフォロワーが来ていたのだろう。

昼寝をさせてもくれないか。

無言でまた突っ込む。

とにかく、此処を抜かれたら無人工場地帯に突入されることになる。

フォロワーが大量に無人工場地帯に入り込んだら、物資の生産ラインとかがどんな風に無茶苦茶にされるか知れたものではない。

再建もできないだろう。

もうそんな物資が、人類にはないのだから。

午後も、苛烈に戦う。

手の感覚とかがなくなりはじめて来ている。

しかしながら、それでも感覚が研がれてきているのは事実らしい。

どれだけ無理な位置から奇襲を受けても。

体は的確に反応し。

フォロワーを赤い霧に変えるのだった。

敵の群れが途切れた。

すぐに下がって、残っていたクッキーを貪りくう。多分このクッキーも、積んでいる分が無くなったら終わりだ。

水も飲む。

此方もしかり。

仮眠を取るといって、無理矢理横に。しばらく静かだった。敵の群れが途切れたのは、どうしてだろう。

敵が迂回しているとかだったら、無線がインカムから入る筈だ。

ともかく、休めるだけ休む。

目が覚める。

うめき声が聞こえる。

かなりの数だ。

フォロワーが接近している。

起きだす。

ルーキー達も、今の隙に休ませていたのだが。気付いて起きだしていたようだった。

夜中だというのに、かなりの数だ。

此処を抜かれると、工場地帯に入り込まれる。だが、このままだと、この駐屯地は囲まれるだろう。

工場内部に入り込まれなければ良いか。

そう妥協しかけるが。

そもそも工場というのは、極めて気密状態を高く保っているものだ。

フォロワーを近づける事すら許されない。

それは、新人の頃から分かりきっている事。

大きく深呼吸する。

まだ回復には程遠いが、やるしかない。

インカムに通信を入れる。

「九州にいるフォロワーの最後の群れと思われる集団が接近中ですわ。 支援攻撃はできますの?」

向こうは不慣れなオペレーターが出る。

言い訳ばかりをしている。

インカムを引きちぎりたくなったが、我慢する。

そして、通信を切った。

「やりますわよ。 むしろ敵が自分から出て来てくれたのを、可としましょう」

「……」

「女騎士」は青ざめていた。

PTSD一歩手前だ。

「コスプレ少女」は体力的に無理っぽい。

かなり優秀なルーキーだが、それでも流石にこんな無理な戦場に叩き込まれれば、こうもなるか。

もう、これ以上の言葉は必要がない。

無心に、突貫した。

 

九州で動かせるフォロワーが全滅するのを、絶対正義同盟NO3「フェミ議員」は確認。

そして、「悪役令嬢」の能力限界も、これで計測することができた。

周囲をドローンが飛び回っていて五月蠅いが、放置。

どうせ空間転移出来る邪神には、ドローンなど文字通り蠅に過ぎない。

拠点に戻る。

この間、不慮の事故で一瞬で倒されたαユーザーがいたが。

そいつは当然いない。

「フェミ議員」を除いて構成員が十三体にまで回復した絶対正義同盟の本部に戻ると、「神」が待っていたので。作戦は予定通り進捗したことを告げる。

「神」は大いに満足していた。

「素晴らしい。 一匹も狩り手を殺せなかったのは問題だが、何匹かは再起不能にできたのは大きい。 最近は失態ばかりだったから、頑張ったのかな? いずれにしてもよくやってくれたね」

「有り難き幸せにございます」

上位の存在には。

絶対に逆らえない。

人間時代からそうだった。

腐敗議員だった人間時代にも、野党を仕切って好きかってしていたのと裏腹に。

スポンサーになっている存在には、絶対に逆らう事が出来なかった。

元々テレビで知名度を増して議員に必要な三バンの一つ「看板」を作っている時。

まだまだその頃は立場が弱くて、無茶な番組内容に随分苦しめられた。

それでも、野心があったから耐えられたけれども。

何処かで分かっていたのかも知れない。

自分は最終的にトップにはなれないのだと。

少し前に倒された「マリオネット」ほど悲惨な立場ではないが。

それでも常に上位者がいて。

その子分である事には代わりは無いのだと。

こうやって、好きかって弄ばれているのを見ると、思い知らされる。

「九州のフォロワーはあらかた失ってしまったが、別にそんなものはどうでもいい。 次の段階に移るとしよう。 「フェミ議員」。 準備は出来ているかね」

「は。 九州のフォロワーで「悪役令嬢」の戦力を図っている間に、自衛隊の駐屯地の位置は全て割り出し済です。 再編成を済ませて強化フォロワーには対応しようとしているようですが、まだ途上ですね」

「いよいよ支援を出来ないように徹底的に潰すのですか?」

「いいや、位置だけ分かっておけばそれでいい。 何しろ敵は今守りに入っているからねえ」

まさかとは思うが。

「神」は遊んでいるだけなのではないだろうか。

一瞬そう思った「フェミ議員」だが。

反論とかは許されていない。

上位者は絶対。

人間だった頃から、それに変わりは無いのだ。少なくとも、「フェミ議員」の核になった人間はそうだった。

四体のαユーザーが呼ばれた。

その中には、この間相方を殺されて、猛り狂っている「チーター」もいた。

人間を殺してこいとは、「神」はいわない。

ただ、こうとだけいった。

路を塞げ、と。

 

1、激戦の後に

 

完全に限界を超えたかも知れない。

少なくとも、戦いの最後の方は、「悪役令嬢」も何をしていたのか、よく覚えていない。

ここまで無様にコントロールを失ったのは、初陣の頃以来だ。

初陣の頃は、何だかよく分からない内に敵を殺していた。

後になって、やっと頭がはっきりしてきて。

今はようやく冷静に戦えるようになっていたのに。

それなのに、まるで初陣だったかのようだ。

情けない話である。

そのまましばらく、駐屯地で無心に休む。

結局、ルーキー達は半人前にも育てることができなかった。

フォロワーとだけ戦わせるだけでは駄目だ。

危険を冒してでも、邪神とやりあわせないとある程度以上は成長しない。

かといって、邪神の戦力はフォロワーの比では無い。

一番弱い奴でも、文字通り比べものにならない。

それに、大陸にたまにドローンを飛ばしているらしいのだが。

いわゆる四大組織の他にも、各地にソロで動いている邪神は存在しているらしく。

これらが今後どう動くかは、全く見当がつかない状態だという。

アフリカや南米、オーストラリアを壊滅させたのはこういう組織化されていない邪神らしく。

いずれにしても、よっつの邪神組織を滅ぼしたところで。

まだまだ人類に未来があるとは言い切れない状況。

ましてやその一つすら滅ぼせていないのだ。

先は遠すぎる。

無心のまま休んで、起きだす。

丸一日以上眠っていた。

今の状況で、一日以上情報を得ないのはまずい。

苛つきながらも、山革陸将とは毎日連絡を取っていたのである。

ロクな情報が来なかったが。

それでも情報がないよりはマシだ。

茶を淹れてくれる「女騎士」。

多少は疲労がましなようだ。体が若いと言うよりも、「悪役令嬢」ほど無茶な戦いをしなかったから、だろう。

「おはようございます。 此方を」

「……」

無心に茶を啜る。

はっきりいっていつも通りまずいが。「女騎士」は多少はマシに淹れてくれる。それだけで、文句は言えない。

状況を聞く。

ほろ苦い顔をされた。

「現時点で邪神に動きはありません。 「陰キャ」先輩が東京に戻った、くらいしか聞かされていません」

「おかしいですわね」

「はい、自分もそう思います」

「女騎士」も最低限の軍事調練は受けている筈だ。

これだけ大規模な作戦が、単一で完結しているとは思えない。

「悪役令嬢」は体を軽く動かしてみたが、やっぱり一日寝た程度では、回復などするはずもない。

ただ、補給物資は届いた様子だ。

まずいレーションやクッキー、水。研ぎに出していた鉄扇。更に火炎瓶。

後は「萌え絵」。

まだ病床から起きられない「喫茶メイド」が、生で何枚か描いてくれたらしい。

邪神戦で切り札になる。

これらは、とても有り難い話ではある。

九州では、ドローンを飛ばして敵の残党を探している様子だ。熊本などの大都市にも、既にフォロワーの影は殆どないらしい。

だが、敵が何か仕掛けてくるのは確実だ。

九州が比較的安全になったのは事実だが。

それを喜んでいいものかどうか。

無言のまま思索を練っていると。

やがて山革陸将から連絡が来た。

「「悪役令嬢」。 君の活躍で九州北部の工場地帯は救われた。 感謝の言葉もない」

「それで、支援を削ってまで周囲に配備した戦力や武装の様子は」

「……怒っているのは分かる。 しかし冷静に聞いてほしい。 九州で味方が大勝利したという真実と同時に、九州のフォロワーが全滅したという噂が流れ始めている。 これは誰が流し始めたのか分からない」

そういえば。

恐らくNO2の仕業だろうが。

何だか情報戦じみた事をされていると、山革陸将は言っていたか。

いや、それは別に良いのだが。

嫌な予感がする。

「各地の駐屯地付近にある集落にいる人々が、九州に移りたいと嘆願を出してきている」

「残念ながら、まだ九州から完全にフォロワーを駆逐したわけではありませんことよ」

「それについては説明をしている。 だが、他の地域では、更にフォロワーが近いのも事実なのだ」

くだんの、フォロワーと遭遇せず移動出来る細い道。

何とか確保出来ている第二東海道。

それを利用して、どうにか九州に移動したい。

そう考えている民間人も多いそうだった。

「補給が滞っているのは、東に行けば行くほど酷い。 九州から離れるのだから、当然だとは言える。 東北にある拠点などは、酷い有様だ」

「……それで?」

話はそれだけではないだろう。

それが分かっているから、続きを促す。

今、どこもが邪神に脅かされ。

悲惨な状況である事に代わりなど一切無いのである。

特に大都市だった場所の近辺は危険だ。

今回、九州の戦いで撃滅した三十万を越えるフォロワーと。同数かそれ以上のフォロワーがいてもおかしくないのだから。

「現在、司令部では浜松や大阪を筆頭とした、基幹都市の奪還作戦が上がっている」

「机上の空論ですわよ……」

「分かっている。 私も今はその時期ではないと説明しているのだが。 北九州に依存しきった現状を何とか打開するために、もう一声。 ……画期的な成果を作り、敵を掣肘したいと考えているようだ」

本当に机上の空論だな。

そう「悪役令嬢」は呆れていた。

そもそもだ。

今回の作戦が成功だと本気で思っているのかそいつらは。

「悪役令嬢」は疲弊の極地にあり。

ルーキーの育成だって上手く行ったとはいえない。

「コンビニバイト」だって、無理がたたってPTSDが出てしまった。これは下手すると数年は復帰に掛かってしまう。

「喫茶メイド」らの有望なルーキーだって皆負傷中。

「喫茶メイド」の状況は聞いているが、集中治療室からは出られたが。まだ戦闘どころか、リハビリに入るのも早いそうだ。

ベテラン二人は引退。

今、東京に向かい。

新人の教育にこれから携わるという話だが。

その新人達だって、追加が早くて半年先である。

今いるルーキー達だって、生き残れるか知れない。

「悪役令嬢」だって、今回の無茶な遅滞戦術では危なかったし。

基礎体力に欠ける「陰キャ」には、今回みたいな作戦はもっと無理だろう。

はっきりいうが。

北九州防衛戦は、失敗だ。

どうにか敵は退けたが。

それすら敵の掌の上であった可能性が極めて高い。

無邪気に九州が安全になったと喜んでいる連中がいたら、ぶん殴りたいが。

ともかく、釘は刺しておかなければならない。

「わたくしは寝て休みますわ。 どうせ足下を掬いに邪神が来ますわよ。 「勝利」で士気を挙げるのもほどほどに。 今回の戦いは、勝ちなどでは無いと、当事者であるわたくしが言っておきます」

「……少しでも良いから、休んでくれ」

通信を切る。

困惑している二人のルーキーに、明日から軽めの任務を入れると話をしておく。

軽めの任務というのは。

九州に残ったフォロワーの駆除だ。

彼方此方にある都市を回って、少数残っているフォロワーを駆逐する。

ただし、今日はもう寝て休む。

そう告げると。

何か問題が起きない限り起こすなと指示して、また眠った。

この体に蓄積した深刻なダメージ。

一日寝た程度で。

抜けてくれるようなものではなかった。

 

翌日。

多少は体が軽くなっただろうか。

無理に無理を重ねたから、それでも本調子ではないように思う。

山革陸将に起きてからすぐ連絡を取ったが。

幸い、危険な問題は起きていないようだった。

どうせすぐ起きるだろうが。

此方から、提案をする。

「九州各地の大都市跡地を回って、フォロワーの残党を駆除しつつ、ルーキー二人の研修にしますわ」

「此方としては、今やって欲しい事はない。 其方に任せる。 好きなように動いてくれ、「悪役令嬢」」

「……」

好きにやってくれ、か。

九州には一部の自衛隊部隊が来た様子だ。再編成が終わった事もある。小規模のジープなどで移動するいわゆる機械化部隊で。

邪神が来た時に全滅しないように、分隊単位で動くもののようだ。

レンジャーのような精鋭は東京にいるようだから、そういう精鋭ではないのだろうが。

少なくとも、自衛隊の方でも九州の完全制圧を「悪役令嬢」だけにやらせるつもりはないのだろう。

少なくとも、そういう姿勢は見せておきたい。

そういうことだと思って良さそうだ。

ずっと駐屯地にしていたトラックから離れる。それは後から来た自衛官に任せる。

自衛官は、三十万のフォロワーを倒した事を感謝してくれたが。

感謝してくれる前に支援がほしかった。

まあ流石にそれは口にしないが。

ロボットを支給して貰ったので。

それに乗って、まずは近場にある都市に向かう。

朽ち果てた文字通りの廃墟だが。

東京などよりもずっと規模は小さく。

フォロワーの気配も極めて希薄だった。

ただ、いる。

古くなりすぎて、作戦に参加できなかっただろうフォロワーは、少数はいるようすだ。注意を促しながら、彼方此方を見て回る。

程なくして、ビルの内部で、十数体のフォロワーを発見。

思い切って、「女騎士」と「コスプレ少女」に駆除を任せる。

「女騎士」は武器をショートソードに切り替える。そして、ハンドサインを出すと、無言でビルの中に入っていった。

少し時間は掛かったが、安全は確保。

二人とも無事に出て来た。

ただ、返り血を受けている。

まだまだ立ち回りに課題があるという事だ。

「被弾無し。 いけます!」

「もっと立ち回りを洗練するように」

「分かりました!」

二日の休みで、元気も回復したらしい。街を周り、回して貰ったドローンと連携しながら、フォロワーの残党を狩っていく。

一日がかりで街を周り。

百体くらい残っていたフォロワーを全滅させた。古くなって動きが鈍っているフォロワーばかりだったが。

それでも皆新人に対策は任せた。

不意打ちも何度か受けたが。

新人達は対応できていた。

一応、それなりに成長はできていたか。

ともかく忙しすぎてそれを見る余裕も無かったので。少しだけ、安心はした。

そうこうするうちに、新人の一人が戻ってくる。

例の「コンビニバイト」である。

PTSDはまだあるようだが、体の方には異常なしと言う事で、前線復帰。少しずつ戦いながら、慣らしていくと言う事だった。

まあペースとしてはありだろう。

PTSDが如何に恐ろしい病気かは、「悪役令嬢」も知っている。

歴戦の勇者ですら掛かる病気だ。

だから、それについて軟弱だの何だの、無意味な罵倒を浴びせるつもりはない。

二つ目の街に取りかかる。

三十万のフォロワーを壊滅させてから、四日。

邪神共は、まだ仕掛けてこない。

それが、却って不気味だった。

五日が過ぎ。

九州の各地を順番に周りながら、大きな都市を一つずつ確認していく。

やはり新しいフォロワーはあらかた作戦に動員していたらしい。それに何より、九州は激戦区だった。

三十年続いた戦いで、そもそも一箇所でも安全地帯をという戦略が最初に出され。

北九州を、激戦の末に奪還。

当時の日本政府が残っていた物資を全てつぎ込んで作ったのが、無人工場だ。

噂によるとクローン人間を作る設備まであるらしいのだが。

それが本当に動いている所は見たことが無い。

北米でも似たような工場は作っているらしい。

ただ、一つではない。

日本では、無人工場が一つだけと言う事で冗長性も確保出来ておらず。それがあらゆる意味で厳しい所だ。

熊本に入る。

新しいフォロワーはいないものの、制圧出来る範囲とは言えかなりの数のフォロワーがまだ健在だ。自衛隊に任せたら死者が出るだろう。だから此方で駆除する。復帰したばかりの「コンビニバイト」も含めて、ルーキー達に対処を任せながら。いざという時は介入する。

思ったよりも、ずっと「女騎士」の立ち回りが良くなっている。

或いは、こう言う作戦をもっと早くに任せるべきだったか。

「喫茶メイド」についても、邪神との戦闘に連れて行ってから、動きがぐんと良くなったことを「悪役令嬢」は思い出す。

どうも「悪役令嬢」は教官としてはあまり有能ではないらしい。

そう気付いて、苦笑いせざるを得ない。

「コンビニバイト」は戦闘を控えめにさせる。

PTSDを克服どころか。更に悪化させては意味がない。

特別扱いしているのではない。

病人も戦場に出しているのが異常なのだ。

熊本に滞在しながら、戦闘を継続する。時々百体規模の群れが出てくるので、そういうときは「悪役令嬢」も参戦して、手早く駆除する。

此処が終わったら、後は鹿児島だが。

もしも仕掛けてくるなら、そろそろだろうなと「悪役令嬢」は思い。

体力を温存しながら動いていた。

そして、予想は当たる。

熊本での駆除作戦が完了し。

ドローンにて残存するフォロワーを探索させている最中。山革陸将から連絡が入っていた。

「「悪役令嬢」。 作戦任務を頼みたい」

「分かりましたわ。 何が起きましたの」

「京都近辺に、邪神四体が出現した。 第二東海道の一角になっている近辺だ。 周辺の住民の退避を急いでいるが、問題は……」

分かっている。

東への物資搬入ができなくなる、と言う事だ。

北九州にある無人工場地帯から東に物資を輸送することで、どうにか人口が百分の一になった日本は動いている。軍にしても民にしてもそれは同じ事だ。

大都市はフォロワーだらけだから、避けなければならず。

それで作り出されたのが、山の中を行くようにした隘路、第二東海道。

しかしながら、それを直接塞ぎに来たか。

「邪神の内一体は、以前「陰キャ」くんが交戦した「チーター」だということが分かっている」

「四体となると、「陰キャ」さんと連携して戦いたい所ですわね」

「分かっている。 ただし東京方面が……」

手薄も何もあるか。

今、一線級の狩り手は「悪役令嬢」と「陰キャ」しかいないのである。

だいたいその「陰キャ」を使って東京の駆除作戦を進めさせ、安全は必死に確保させているだろう。

他の土地には、山間などに潜んでフォロワーから身を潜めている民がまだまだいる。

そういう者達の救助作戦に優先させて、東京のフォロワー駆除をさせている首脳部が。

これ以上何を好き勝手をほざくのかと、面罵したいが。

それでも我慢する。

まだマシな方なのだ。

SNSクライシス前は、それこそもっと酷かったと聞いている。

だったら、少なくとも我慢はするしかない。

「ともかく、説得してくださいまし。 以前のように、四体相手だと大半に逃げられる可能性が大きいですわ」

「分かった。 あと、ルーキー達は危険が大きすぎる。 九州の掃討作業に従事させてほしい」

「……」

弱めの邪神相手なら、何とか立ち回る事は出来るか。

いや、逃げるのが精一杯だろう。

仕方が無い。

三人を見回しながら言う。

「邪神が現れたら、絶対に交戦をしてはいけませんわ。 ともかく逃げる事だけを考えなさい」

「分かりました!」

「……」

こくりと「コスプレ少女」は頷く。

「女騎士」も、快活さが戻り始めているようだ。

一方「コンビニバイト」は青ざめている。

邪神を見たら、そのまま逃げ出すかも知れない。

できる限り負担を減らすように戦って来たのだが。一度植え付けられてしまったPTSDは簡単にはどうにかできるものではないか。

ともかく、すぐにヘリが来たので乗る事にする。

このヘリも。

この間の九州の戦いで回してくれれば、どれだけ楽だったか。

そう思いながら、自衛官と共に、一気に移動する。

途中、自衛官達に何度か礼を言われた。

九州を解放した英雄。

本当に助かった。

これからも頑張ってほしい。

一応、礼は返すが。

その前に、何とか支援を考えてほしいと思う。

勿論末端の自衛隊員にそれを言っても仕方が無い。だから黙っておく事にする。それにこの自衛官達は、そもそも九州での戦いがどういうものだったかすらも知らされていない可能性も高いのだから。

大阪を少し過ぎた辺りで、ロボットに乗り換える。避難民を見かけた。自衛隊のジープに護送されているが。皆酷い格好だ。

物資が行き渡っていないのは事実。

そして、第二東海道をどうやら敵が嗅ぎつけたらしい今。

一刻の猶予もない事も事実だった。

現地にそろそろ到着する事を山革陸将に告げる。

敵は四体が、そのまま居座っていて、動く気配がないらしい。

嫌な予感がする。

「NO3の気配はありませんの?」

「いや、特に報告は受けていない。 それどころか、最近は通信妨害が入る様子もない」

「……」

罠だな。

それは分かったが、どういう風に仕掛けてくるか。

一応、「陰キャ」はこっちに回してくれるという。

それだけはよくやってくれたと褒めたいところだ。

現地近くに出向く。

そこには、九州で見かけたのも含めて。確かに邪神が四体。

一体は確かに、報告にあった「チーター」のようだった。

「チーター」というのは調べて分かったのだが、ゲームを遊ぶときにインチキをする輩の事で。

チートコードというものを使って、ズルをしてまで勝つ事にこだわる者達だったらしい。

この手の勝つためなら何をしても良い。遊ぶのは勝つのが楽しいからと考える輩は古今東西幾らでもいて。

SNSクライシスの前には、専門のチートコード販売業者まで存在していたという事である。

特にロシアや中華はこういった著作権関連が無法地帯も良い所で。

チートツールが跋扈し。

おぞましい魔郷が形成されていたという。

ただしチーターに対する侮蔑はどこの国でもあったようで。

悪名高いチーターがコアになって、あの邪神になったのだろう。

ともかく、今は身を潜めて「陰キャ」の到着を待つ。

だが、おかしな事が起きる。

此方の気配に気付いている様子も無いのに。

いきなり、邪神四体が撤退したのである。

思わず真顔になっていた。

「何が起きたか解析をお願いしますわ」

「分かった! 君の気配を察知された可能性は」

「NO3以上がいるなら兎も角、それは皆無ですわね」

「……そうなると、何があった?」

山革陸将が困惑しているのも分かる。

すぐに「悪役令嬢」は、敵のテリトリが無くなっていることを確認。周囲を調査して回る。

奴らは此処で何をしていた。

邪神が四体掛かりで、ピクニックでもあるまい。

「陰キャ」は戻らせる。

此処にいても仕方が無い。岐路で彼方此方の街にいるフォロワーの駆除でもして貰った方がマシだ。

自衛官達を呼んで、連携して周囲を調査する。

フォロワーがいるわけでもない。

本当に何が起きていたのだ此処で。

擱座したロボットを発見。

物資は無事だ。自衛隊の牽引車が、物資を牽引して行く。

この物資がどれもこれもあらゆる意味での生命線になっている。貴重な医薬品や抗生物質、弾薬なども含まれているのだ。

一つだって、放棄はできない。

「フォロワーは発見できません……」

「分かりましたわ。 注意しながら撤退を」

「はい。 それにしても邪神はどうして戦いもせずに……」

最大級に嫌な予感がする。

まさかとは思うが。

既に自衛隊の拠点も、この第二東海道も。

敵は全て把握しているのではないのか。

三十万の敵を北九州でぶつけてきたのは、それらのデータ収集のため。

いままで邪神共は、力押しで勝てるから、こういうことは一切してこなかった。

だが、もしも敵が本格的に戦略の方向転換をし。

どんな手を使ってでも勝つつもりになったのなら。当然、兵糧攻めも視野に入れてくるだろう。

もしも頻繁に第二東海道に邪神が現れるようになったら、第三東海道を構築しなければならなくなる。

それはとても難しい事だ。フォロワーは日本中にあふれかえっているのだから。

第二東海道の構築ですら、そもそも十年以上掛かったと聞いている。それまで各地で孤立無援で戦っている部隊には、燃料の消耗を度外視して必死に輸送ヘリで頑張っていたのである。

もしその状況になったら。

文字通り最悪の事態が来るだろう。

その上、である。

仮に敵が第二東海道を狙っているとなると、「悪役令嬢」か「陰キャ」のどちらかは常時監視に入らなければならなくなる。

それはただでさえ進まないフォロワーの駆除と。

邪神対策が。

もっと困難になる事を意味している。

戦力に余裕があるから。

それを利用して、幾つもの罠を張り巡らせてきた。

そういう印象だ。

自衛隊員が撤退するのを見送ると、山革陸将に今の話をしておく。

向こうは少し考え込んでいた。

「確かに、その可能性はある。 今回はあまりにもピンポイントに敵が動いている」

「対策を練っていただけます? わたくしは戦略の専門家ではありませんことよ」

「……分かった。 此方でも対策会議を開いてみる。 君達は出来る事をできる範囲でしてほしい」

通信を切る。

それにしても、本当に何というか。

あらゆる意味で、やりきれなかった。

 

2、上を取られる

 

ルーキー三人については、九州に到着した自衛隊部隊と行動を共にしてもらう。各地の街に残留している少数のフォロワーの駆除に参加して貰うためである。

九州の安全が確保出来れば、無人工場の拡大もできるし。

何より、各地の元限界集落で身を寄せ合っている人達が。九州に移れば多少はマシな生活をできるようになる。

流石にSNSクライシス前の生活水準には戻れないだろうが。

それでも、悲惨極まりない今の生活よりはぐっとマシになるだろう。

この任務は一月も掛からず終わるし、何より「悪役令嬢」も「陰キャ」も出ずに済むだろう。

問題は、その後だ。

四体の邪神が、突如出現してから三日。

またしても、四体の邪神が出現したという報告を受ける。

第二東海道の至近である。

すぐに「悪役令嬢」が向かう。至近にあった小さな集落はどうみても助かる見込みはゼロ。

自衛隊も動いているが、邪神のテリトリに入ってしまっていて。駆除に切り替える方針に入った様子だ。

奴らはそれこそそんなことはどうでもいいという雰囲気で、我が物顔に補給の重要拠点に居座る。

今度は長野近くだが。

先に敵に到達したのは、「陰キャ」の方だった。

「悪役令嬢」は、「陰キャ」がエンゲージしたことを聞かされるが。

すぐにその後、続報が来た。

敵が速攻で撤退。

一体も倒せなかった、というのである。

四体いて、一人の狩り手から逃げ出したのか。

自衛隊員も困惑しているようだった。

「戦果を上げているとはいえ、「陰キャ」くん一人から逃げるというのはあまりにも不自然過ぎる」

「同感ですわね。 いずれにしても、もはや第二東海道は完全に位置を把握されていると見て良さそうですわ」

「……」

小さな集落とはいっても、各地で孤立して生き残っていた人達が集まり。身を寄せ合って暮らしていた場所だ。

それをどうでもいいという感じで踏みにじった邪神共はやはり許しがたい。

三百人ほどがやはりひとたまりも無くフォロワーにされてしまい。

自衛隊のアウトレンジ攻撃で仕留めた様子だ。

狩り手にばかり大きな負担を掛けた。

そういう負い目があるのかも知れない。

「後の処理は此方で行います」

そう、現地に急行した自衛隊の指揮官が通信を入れてきた。

仕方が無いので、戻る事にする。

備えていてもどうしようもないか。

第二東海道は、文字通り日本を縦断しているのだ。最北端はいわゆる青函トンネルに達している。

その何処にでも好きに現れられるとなると、対応しようがない。

いずれにしても、多少の不便はもはや諦め。

第二東海道近辺の集落からは、人を遠ざける事が決められたようである。それに伴って、混乱も起きているようだが。

「悪役令嬢」にはどうにもできない。

ロボットで移動中に、揉めている自衛隊員と、粗末な服装の民を見かけた。

「凄い狩り手がいるんだろ! どうして邪神から逃げなきゃいけないんだよ!」

「そうだ! 故郷を捨ててこんな山の中に来て、あんたらが言う通りに貧しい生活にだって耐えてるんだ! それなのに!」

「落ち着いてください。 邪神達は戦略を変えた可能性が高く、この位置だとフォロワーに変えられてしまう可能性があるんです。 急いで避難しないと命が……」

「そんなのそっちでどうにかしろよ!」

民の言い分だって分かる。

フォロワーの恐怖に怯えながら、必死に暮らしていて。

やっとその脅威が遠のいたと思ったら、更に不便な場所に移動しろと言われたら。

それは嫌だと応えるだろう。

だが、「悪役令嬢」に彼らをかばえない。

邪神は空間転移をはじめとした、近代兵器でもどうにもできない能力を幾つも有しているし。

何よりも普通の人間は、テリトリに入っただけでフォロワーに変えられてしまうのである。

九州からフォロワーをほぼ一掃したといっても。

元都市だった場所を復興して大勢の人が其所に住み着いたりしたら。

すぐに邪神がまた来て、まとめてフォロワーにされてしまうだろう。

都市機能よりも。

都市にあった工場などの接収が優先事項で。

それらで生産できる物資の方が、今の時代は貴重になるのだ。

それを何とか説明しなければならない。

生活水準は上げられない。

勿論、各地の街から回収した物資を使って、様々な生活用の設備を刷新することはできるけれども。

それも限定的だ。

第二東海道がかなり危ない状態になっている今。

それらを皆に行き渡らせるのは不可能だ。

そして邪神がゲリラ戦に切り替えてきた今。

奴らをどうやって捕捉するべきなのか。

それが分からない。

そもそも「陰キャ」一人に接敵しただけで、即座に撤退したという邪神ども。

文字通りの兵糧攻めに移行したとみて良く。

此方としては、対策が練られるまでは、動きようがない。

苛立っている内に、通信が入る。

今、静岡近辺に来ているのだが。

その近くにどうやら生き残りがいるらしい。

元々静岡近辺は要塞とまで言われる程に強力な防備が為されている都市が多く。奪還目標の一つとしてあげられていた程の場所だ。

今はフォロワーもかなり減っている。

自衛隊の部隊も、此方に向かっているそうだ。

頷くと、すぐに救援に向かう。

流石に大都市だけあって、真っ昼間からフォロワーが大量に蠢いている。自衛隊員が来るまで三十分ほど。

生存者は、どうやら小さな建物群。

この地にあった大企業の社宅の残骸、に住み着いているらしい。

いずれもが酷い生活水準の中、フォロワーの襲撃に怯えながら生きている様子で。

救援をせざるを得ない。

すぐにフォロワーの駆除に掛かる。

数は数千程度か。

とりあえず、近場にいる奴から片っ端から蹴散らしていく。

この辺りのフォロワーは活性化もしておらず。

それぞれが勝手にふらふらしている様子だ。

SNSクライシスの時にフォロワー化させられ。

そのまま彷徨っているのだろう。

服などもう風化しきって、身につけてもいなかった。

片っ端から斬り伏せ始める。

そうすると、流石に反応してくるが、敵の密度が薄い。少し前に「陰キャ」がこの辺りで駆除作業をしたという事もあるのだろう。

それほど厳しい作戦任務ではなかった。

近場のを片付けるまですぐ。

自衛隊員が来たが、少し下がるように指示。

まだ寄ってくる。

そういうと、自衛隊員達は、即座に下がった。中には医療用の装備を積んだ装甲車などもいる。

戦闘向けの部隊ばかりではないし、当然だ。

そのまま、寄ってくるフォロワーを片っ端から赤い霧に変える。

よくしたもので、インカムに入った通信によると、「陰キャ」も同じように新潟近辺での街で、救助作業に当たっている様子だ。

敵を蹴散らしきるまで、午前中一杯掛かった。

周囲のフォロワー反応はなくなった。

ドローンが偵察している限り、周辺で反応しそうな距離にいるフォロワーは全て駆逐できたと思う。

自衛隊が救助活動を開始。

敬礼を受けたので、胸に手を当てて応じる。

「噂通りの凄まじい武勇。 助かりました」

「いいえ。 それよりも、救助作業を急いでくださいまし」

「はい。 すぐにも」

非好意的な視線もある。

この間から立て続けに、邪神に第二東海道を脅かされている。

そういう風評が流れているのだろう。

九州のフォロワーを一掃した事など忘れてしまっている様子だ。

ただ、現場の自衛官達には、そんな事は関係無いのかも知れない。

更に通信を受ける。

「「悪役令嬢」、近くの建物の地下に、動かないフォロワーの反応がある事をドローンが検知した。 強化フォロワーの可能性が高い。 駆除を願いたい」

「分かりましたわ。 数は」

「六体だ」

「……」

六体か。

すぐにドローンの指示通り移動するが。

今回は外れだった。

ただ古くなりすぎて、まともに動けなくなっているだけのフォロワーだった。

すぐに駆除して、それでおしまい。

痛みすぎると、流石にフォロワーも動かなくなる事が多い。

それでも人間が近付くと襲いかかろうとはしてくる。

面倒な話である。

外れであった事を伝えた後、静岡の幾つかの都市での駆除作業を行う。都心のフォロワーを駆除しきるのは不可能だろうが、この辺りのフォロワーを削っておいて損は無いだろう。

邪神がまたすぐに第二東海道を脅かすとは考えにくい。

動ける間に、動いておくのが吉という奴だ。

案の定、近くのフォロワーが集まってくるので。午後一杯を用いて、周辺にいたフォロワー数千を一掃する。

一日で万を片付けたのだから、まあ上々の成果だろう。

自衛隊が周辺を探索し。

生き残っていた住人を見つけて、救助していく。

いずれもが、フォロワーに見つからないように必死に隠れていたり。

逃げ回って生き延びていた人々だ。

保護を受けてほっとしている顔もあったし。

自衛隊すら信用していない顔もあった。

また、大阪をはじめとする主要都市の地下鉄駅にも、生き残りがいるという話があるという。

大阪は「陰キャ」が派手にフォロワーを削ったから、更に生存率が上がっていると信じたいが。

しかし今は迂闊に動けない。

さてどうしたものか。

ともかく、夕方を過ぎたところで、街にいた大きめの群れを全て潰す事には成功したし。一旦近くの無人駐屯地に行く。

九州で活動しているルーキー三人と通信をして、上手くやれているか確認。少しでもこうやって情報を頻繁に交換することが重要だ。生存率向上にもつながる。

九州では「女騎士」がリーダーとなって、充分に上手くやれているそうだ。

まあ九州には殆ど残りカスみたいな古いフォロワーしかいないだろうし。

上手くやれているのなら良い事だ。

褒めた後で。

もしも邪神が出た場合は、すぐに逃げろとも指示する。

第二東海道を我が物顔に荒らしているのだ。

いつ九州に再出現してもおかしくない。

当然の指示である。

話を終えると、「陰キャ」とも連絡を取る。

昔のガラケーというデバイスに似たものが「陰キャ」に渡されて。文字だけで会話するようになってから、意思疎通が極めて楽になった。「陰キャ」が喋るのを苦手としているのは分かっていたから、これでいい。

相手も非常に生き生きと言葉を色々送ってくる。

やはり単純に人間が近付くのが嫌で。

音も苦手なのかも知れない。

まあ分からないでもない。

そういう人間は古くからいたと聞いている。

古くは差別の対象だったそうだが。

今は違う。

「悪役令嬢」も、古くにいたバカどもといっしょになるつもりはない。

「新潟の方でも、救助対象を発見して、自衛隊の人達と救助を行いました。 百人以上を救助できたと思います」

「雪が深い地域だというのに、良く生き延びられていたものだと感心しますわ。 それに「陰キャ」さんの活躍も流石ですわね」

「ありがとうございます。 でも、心配です」

「ともかく、本格的な対策は専門家に任せましょう」

「悪役令嬢」も「陰キャ」も、戦士であって戦略家ではない。

だから、第二東海道をどう守るかの具体案は、戦略家達に任せるべきであって。

自分で考えるのは、ともかく目の前の敵を倒し。救える民を救う事だ。

「陰キャ」との通信を終えると、まずいクッキーを食べて脳に糖分を入れる。本当にまずいな。ぼやきながら、ばりばりと食べる。最近は万のフォロワーを一日に処理するのが当たり前になったからか、体が要求してくる栄養量が明らかに多くなっている。気を抜くと太りそうだ。少なくとも、戦士ではなくなったら、油断するとすぐに太ってしまいそうである。

ともかく、休む。

この様子だと、また数日後にはどうせ第二東海道を脅かしに邪神が現れるだろう。

現れる位置さえ特定出来れば先手を打てるのだが。

ともかく、今は。

出来る事を、やっていくしかない。

 

翌日からは、しばらく静岡での単独ミッションをしてほしい、と言う事だった。

九州はベテランを貼り付けなくても良くなった。勿論邪神の出現の可能性はあるけれども。

それはベテランがいてもどうにもならない。

更に、軽症を受けていたルーキーが二人、戦線に復帰。

九州でのフォロワー掃討任務に加わったという。

半人前までは成長している「女騎士」にチームは任せて、そのまま掃討作戦を実施してもらう。

古くなったフォロワーが少数残っているだけの各地の九州の都市なら、ルーキーと自衛隊の部隊だけで充分な筈だ。

もう一つ朗報がある。

「喫茶メイド」が、そろそろ復帰出来そうだ、と言う話である。

今リハビリをしているそうだ。

必ずしも全てが悪い方向に動いているわけでは無い。

それを悟って、少しだけ安心はした。

静岡で本格的に駆除を進める。勿論邪神が仕掛けてくる可能性があるから、常に体力を温存しなければならない。

この辺りは要塞都市というに相応しく、何もかもが本当にしっかりしている。

工場地帯もある。

確かに奪還出来れば大きいだろう。

ただ、北九州ほど守りやすい地形には見えない。

仮に奪還出来ても、維持は相当に大変だろうなと。数百単位で迫ってくるフォロワーの群れを蹴散らしながら思う。

朝一から駆除を初めて、三千ほど蹴散らしたところだろうか。

通信が入っていた。

「「悪役令嬢」、いいだろうか」

「はい。 なんですの?」

「近くにまた、動かないフォロワーの反応がある。 その群れを駆除したら、すぐに向かって……」

通信が途切れる。

それはそうだ。

その近くとやらが爆発して。飛び出してきた大柄な影があるからだ。

出来損ないのコミックヒーローのような姿。

間違いない。

強化フォロワーである。

それも一体や二体ではなかった。

「駆除に掛かりますわ」

「今まで至近距離まで迫らないと、起動しなかったと聞いているが……」

「嫌な予感がしますわね。 最大限の警戒をしてくださいまし」

「分かった。 武運を」

まあ、数体程度の強化フォロワーなら別に問題にもならない。

だが、其奴らはいきなり此方に背中を向けると、それぞれ別方向に逃げ出したのである。

どういうことか。

ともかく、纏わり付いてくるフォロワーを全て片付ける。

彼奴らに注意している間に、フォロワーに食いつかれたら本末転倒だからだ。

ともかく、近場のフォロワーの群れが次々集まってくるので、悉く処理していく。逃げた強化フォロワーについては、ドローンに追撃させ。位置を確認しているが。静岡の各地に散っている。

何だこれは。

ともかく、最大限の警戒が必要だ。

無心のままフォロワーを片付け続けるが。

静岡の中心地、浜松で戦っている事もあるだろう。次から次へと、フォロワーがきりが無く湧いてくる。

この辺りのフォロワーの数は、とんでもないな。

都心で戦っているかのようだ。

既に強化フォロワーが逃走した事は通信で伝えてあるが。

この行動も異常だ。

強化フォロワーを作っていたNO4は既に倒した。

そうなると、誰かが操作しているという事になる。

基本的にフォロワーは、近くに人間がいたら襲う。優先順位は、フォロワーを作った邪神によって異なるようだけれども。

それでも最終的に殺す事には代わりは無い。

強化フォロワーもそれは同じ筈なのだが。

ともかく、不可解な事に小首を傾げるよりも。

戦闘で敵を削る事が先だ。

近くにあった大きめの群れを幾つか処理したところで、さっと引き上げる。そろそろ頃合いだと判断したからである。

ロボットでその場を離れる。

一気に距離を離すと、フォロワーは追撃を諦める。

いずれにしても、浜松の中心地にフォロワーが集まり始めているのは事実の様子で。

その結果、周辺にいたフォロワーも続々と浜松の中心地に移動を開始している様子である。

これは本能なのかはよく分からない。

ただ、辺縁部にいる生存者の、生存率が上がるのも事実だ。

駐屯地にまで移動すると、しばらく休む。

通信が来た。

山革陸将かと思ったら、違う。

「デブオタ」だった。

引退後、東京に移ったと聞いていたが。どうやら狩り手の超ベテランだったことを生かし。今では戦略立案に関わっているらしい。

同時に狩り手としての名前も捨て。柳田という名前に戻ったそうだ。

まあ、正直今も慣れないそうだが。

そんな話をした後、本題に入る。しゃべり方は、以前と少し変わっていた。狩り手を引退したというのもあるのだろう。

「強化フォロワーの動きについて調べて見た。 明らかに浜松の中で、等距離を置いて移動している。 これは恐らくだが、「悪役令嬢」、君の手を患わせるためだと思う」

「ふむ。 何かの陽動だと」

「恐らくはそうだろう。 位置を把握しているから、今の時点ではそこまでの脅威にはならない。 あまり気にしないで、浜松のフォロワーの駆除に徹してほしい。 近くに自衛隊の部隊が来て、救援を求められるかも知れない。 それらで忙しくなるし、何より……」

そう。第二東海道を邪神が狙って来る可能性がある。

それについても、話をされた。

「敵は恐らくだが、浜松と新潟にてフォロワーの駆除作戦が行われている事を利用してくると思う。 少なくとも、すぐに接近できる位置を襲う事は無いだろう」

「それについては同感ですが、襲撃予想地点はあまりにも広くなるのでは?」

「うむ。 その通りだが、それに対策する手がある」

話を聞いて、なるほどと納得。

確かにそれは良い案だ。

少し不安な手もあるが。それによって敵を削れば。敵の上を取ることが出来るだろう。

それに今までのペースからして、第二東海道を襲いに来るのはそろそろの筈。好き放題やってくれた礼を、たっぷりさせて貰うとする。

「陰キャ」とも連絡を取り、連携の準備をしておく。

そのまま、フォロワーの駆除を続ける。

浜松の辺縁には、かなり救助できる人が隠れ住んでいた。自衛隊に彼らの救助を任せ、フォロワーの駆除を続行。

夕方近くまで転戦を続け。この日も万に達するフォロワーを駆逐する。

かなり都市中心部での戦闘が激しくなってきたが。敵がその分どんどん集まっているのが、ドローンからの情報で分かる。

残念ながら、大砲の弾も何も足りていない。

だから集まったところを一網打尽とはいかないのが惜しい所だ。

ともかく、いつ来ても良いように備えておく。

いつまでもやられっぱなしでいると思うなよ。

そう思いながら。

夕方過ぎには引き上げ。駐屯地で軽く休む。そして、通信が来るまで待つのだった。

 

3、反撃開始

 

空間が歪曲し、

四体の邪神が出現する。

その中の一体、ブロックを無理に重ねたような姿をした「チーター」は、殺気だっている上に、体が彼方此方傷ついてもいた。

精神生命体である邪神は、おのれのあり方に色々ルールが存在している。

人間以下の存在から、上位存在の指示があったからとは言え逃げる。

それを二回も行ったのだ。

だから、ダメージがバカにならない状態になっている。

しかも二度とも、親友を殺した相手からの逃走である。

それがダメージを倍加させていたとも言えた。

無言のまま、四体の邪神は此方に移動してくる車に視線を向ける。

自衛隊が使っている無人の輸送車両である。

食糧や医薬品。

弾薬などの貴重な物資を積み込んでいる。

九州辺りで生産しているらしいが。

それはそれでもうどうでもいい。

ともかく、いつでもこの補給路を監視していて。

好きな時に蹂躙できる。

それを示すように。

そう指示は受けていた。

あの忌々しい、交戦を行うなと指示されている「悪役令嬢」と「陰キャ」は、今はかなり離れた地点にいるはず。

ならば、すぐに来る事は無い。

車を、球体から無数の足が生えている様な姿をしたリーダー格が踏みつけて、動かないようにすると。

周囲の邪神がげらげらと笑った。

こんな物資を運ぶために、こそこそと車を走らせている。

それが滑稽でならない。

SNSクライシスの前には、人間の物資輸送の中心は海路だった。

空輸は燃料を食いすぎる。

だから巨大な船を使って、各地で物資を輸送していたのである。

それができなくなった今は、こんな小さな車で命をつないでいる。

滑稽でならない。

そうやって、三体の邪神達は笑っている。

「チーター」だけは笑っていない。怒りで、それどころではないからである。

そして、それは突然に来た。

車を踏みつけていた邪神の足が、いきなり数本の足ごと、斬り飛ばされたのである。

更に、響き渡る高笑い。

「オーッホッホッホッホッホ! 見つけましたわよ、ドブネズミども!」

この高笑い。知っている。

「悪役令嬢」だ。

しかし、奴はかなり離れた場所にいるはず。混乱する他の邪神達と違って、「チーター」は即座に第二形態に移行。

最初から本気で行く。

絶対にカタキをとるのだ。

そう、邪神でありながら。

怒りに燃えていた。

 

「悪役令嬢」は作戦が上手く行ったことを悟り、まずは満足していた。

邪神は空間転移を使う。

だが、此処にいるのは絶対正義同盟で言うと二桁ナンバー相応の実力しか持たない者達だけで。空間転移を一度使うと、二度目を即座に、とはいかない。

前の「陰キャ」がエンゲージしたときは時間ぎれだった。

今回は違う。

四体まとめて倒してくれる。

木の上から飛び降りた「悪役令嬢」。勿論そのまま飛び降りたら足を折ってしまうので、途中の木の枝を何回か蹴って勢いを殺しつつ着地していた。まあこの辺りは、相手を馬鹿にするための演出である。

そして此方を人間以下と認識している邪神共は、それだけで怒りに駆られる。

球体から足が生えている様な奴。

リーダー格らしいあれは、「陰キャ」が真っ先に奇襲を浴びせた。

後の三体の内、一体は報告にあった「チーター」だろう。もう二体は、何だかよく分からない姿の奴。一体は動物をぐちゃぐちゃに組み合わせたような姿。本当に規則性が無くて、球体状になってしまっている。

もう一体は、無数の同じ顔が並んでいる邪神。

そう、首から下は人型ではあるのだが異常に細長くて。

頭が多数あり。

その上に乗っている頭がどれも同じ顔という、何だか異様な雰囲気の邪神である。

まあともかくどうでもいい。

全部殺す。

それだけだ。

「俺の親友の仇をとらせて貰うぞ!」

第二形態にいきなり変化した「チーター」。ブロック状だった体が変形し、小型の人型が何かのコックピットに乗り込んでいるような姿となった。そのまま、大量の謎光線を「陰キャ」に放ちはじめる。

それに慌てている他の邪神達。

明らかに、一体が勇み足で動き。

残りはそれに振り回されている状況だ。

此処でやるべきは一つ。

無言で突貫し、リーダー格である蜘蛛野郎の中心部を、鉄扇でたたき割る。

絶叫した蜘蛛野郎が、鮮血を噴き上げながらも、大量の足で切り刻まんとしてくるけれども。

その全てを鉄扇で返り討ちにする。

「おのれええっ!」

吠えているのは「チーター」だ。蜘蛛野郎は跳び上がると、逃げつつ形態を変化させる。

「「整形美女」! 「党幹部愛人」! 足止めをしろ!」

「リーダー格だと言って上から指示をする……」

反発しようとした、なんか同じ頭がいっぱい乗っている奴の首を刎ね飛ばし、更にキメラを渾身の一撃で上下一刀両断する。

「チーター」は周りを無差別攻撃し、辺りを見境なく爆破しているが。もうあれは放置で良いだろう。

蜘蛛野郎が形態を変え、球体の中心に目が出来。更に大量の足が周囲に伸びる。

だが、その形態変化だけが。

蜘蛛野郎ができた最後の事だった。

そもそも「チーター」を相手にせず機会を窺っていた「陰キャ」が、形態変化したばかりの蜘蛛野郎を、一刀両断に切りおとしていたのである。

完璧なタイミングだった。

コアごと切り裂いたからだろう。

絶叫しながら、蜘蛛野郎が消えていく。

「なっ! 「密告」!」

「お、おのれえええっ!」

どうやら蜘蛛野郎の名前は「密告」だったらしい。すこぶるどうでも良い。体を再生しようとする二体を無視し、わめき散らしながら周囲を爆撃しまくっている「チーター」に、踏み込むと同時に全力で傘を投擲。

コックピット内にいた人型を完全に貫いた傘は、同時に開く。

新しくすると同時に。

刺さったら開くように改良して貰ったのだ。

勿論、突き刺さった所で、傘が開けばどうなるか。

悲鳴を上げながら、「チーター」は文字通りバラバラになる。

当然あの人型がコアだったのだろう。

チートツールを使ってゲームに勝つことだけに執心する下郎。

コアがそのまんま、中の人なのは自然の話である。

一瞬にして二体の邪神を屠ったが。

まだ二体がいるし。

NO3の目撃例もある。

油断は禁物だ。

落ちてきた傘を拾うと、第二形態になろうとしている「整形美女」(だと思う)の方に「萌え絵」を投擲。

全身に叩き付けられた「萌え絵」が一気に爆発したが。

あれ。

こんなに火力が出るものなのか。

いや、違う。

多分これは、効きやすいタイプの邪神だとみて良い。

そのまま、炎を払おうと必死になっている、巨大な顔に手足が生えている「整形美女」(と思われる)方の第二形態に突貫する「陰キャ」。前よりも更に迷いがなくなり、攻撃的な戦闘スタイルになっている。これは実に頼もしい。

炎の中突貫し、燃え上がる中から飛び出してきた何とも言えない姿の女性型を、一瞬で十以上に細切れにする「陰キャ」。

絶叫しながら爆散する(多分)「整形美女」。

残るは一体。

無数の動物を集めたような球体は、急速に膨れあがり続けている。

ハンドサインを出すと、「陰キャ」は飛び下がる。

風船のように浮き上がった最後の一体、多分「党幹部愛人」は、周囲に雨を降らせ始めた。

多分有毒液体だな。

雨の範囲がどんどん拡がっていくが、下がりながら狙いを図る。

風船のように膨らんでいるが、全身についているのはなんというか、無数の動物なのだが。

何となく分かってきた。

「党幹部愛人」。

要するに、独裁政権下での、幹部級の人間の愛人だった人物で。

相手の要求に何でも応えていたのだろう。

結果、趣味に合わせて毎回色々な行為を行っていた。

その結果が、あの姿だ。

膨れあがった無数のキャラクターで、ゲシュタルト崩壊を起こしてしまっている。故にあのような姿なのだろう。

勿論独裁政権下で苦しんでいた人達には、憎悪もうけていた。

故に特に悪辣なのが中心となって、あんな邪神になったのだろう。

ならば。

インカムに通信を入れる。

少しずつ高度を上げていた「党幹部愛人」に、ミサイルが着弾したのはその時だった。

煙を上げながら、ぐわんぐわんと揺れる。

近代兵器なんかきかない。

だが、その姿をしっかり見る事が大事だったのだ。

双眼鏡で確認。

弱点を発見。

深呼吸すると。

傘を全力で投擲。

文字通り風船に突き刺さった傘は、動物まみれの中に残っていた。唯一の顔。

人間の顔に、文字通り突き刺さり。

そして肉塊を斬り割きながら中心部に達し。

爆散させていた。

邪神の気配が消えていく。

テリトリが消滅したのだ。

ただ、周囲は有毒液体塗れである。あの物資は諦めなければならないかも知れない。

それに、だ。

NO3が来る可能性もある。

引き続き、「陰キャ」には警戒するように声を掛け。

周囲を見て回りながら、山革陸将に通信を入れた。

「終わりましたわ」

「エース二人が出ていたとは言え、四体を瞬く間に仕留めるとは……」

「何、一体は既に情報があった上に弱体化しきっていて、しかも暴走。 更に連携は全く取れていなかった。 わたくし達が強かったのではなくて、敵が強さを生かせなかっただけですわよ」

「それでも記録的な戦果だ。 汚染物質の調査や除去は自衛隊で行う。 傘についても此方で処置しておこう。 すぐにその場を離れてほしい」

頷く。まあ汚染物質まみれになった傘はすぐには触れない。壊れてはいないだろうから、前より戻るのは早いだろう。

それよりも、NO3がどう動いているのかが気になる。

遠隔で兵糧攻めをしていたのだとすれば。今回の失敗はNO3に対しても痛手になる筈だ。

どうして来る筈がない「悪役令嬢」と「陰キャ」がここに来たのか。

簡単である。

浜松には復帰したばかりの「喫茶メイド」。

新潟には、九州で半人前にまで成長したルーキー五人。それぞれに出向いて貰って、フォロワーの駆除をして貰ったのだ。

その間、恐らくは一番離れていると思われる地点。この広島の山の中付近に邪神共が現れるだろうと判断。青森に来る可能性も考慮したが。其方には輸送物資を送らないように自衛隊で調整をしていた。

大攻勢を凌ぎきり。

戦力の回復ができたので、どうにかできた事だった。

いずれにしても、戦略で上を取られっぱなしだった此方だが。

ついにやり返すことに成功したのである。

大陸からきた増援の邪神十一体の内、これで五体が倒れたことになる。

勿論他はここまで弱くないだろう。今まで倒して来たのは、弱い個体ばかりだったと思う。

それでも、邪神は存在するだけで巨大な脅威になるのだ。今回の戦果は大きい。

「陰キャ」が側にいるのに、ガラケースタイルのデバイスで文字を送ってきた。本当に喋るのが苦手なのだなと分かる。

それはそれでかまわない。

人はそれぞれだ。

SNSクライシスの前には、世界中どこの国でも相手に媚を売る技術が最重要とされていた。

「コミュニケーション能力」と称される技術がそれで。実際にはそれは相手との意思疎通など関係無く、ただ媚を売って相手の機嫌を良くするためだけに使われていた。

「悪役令嬢」も「陰キャ」もそうだが。その時代だったら多分排斥されてロクな人生を送れなかっただろう。

まあ別にどうでもいい。

ともかく今は、護国の戦士として、「陰キャ」はエース級になりつつある。

「コミュニケーション能力」とやらが最重要視されていた時代とは違うし。そんなもんは邪神の前には何の役にも立たない。

本当に意思疎通を図る能力だったのなら。邪神ときちんと対話も出来たのかも知れないが。

勿論当時もてはやされた「コミュニケーション能力」とやらでそんなもの、出来る訳もないのだった。

「あたしは戻ります。 新潟近辺で、少しでもフォロワーを削りたいので……」

「あら、何か理由が?」

「想像以上に、雪を利用してフォロワーから逃れている人が多いことが分かったんです、だから……」

「立派な心がけですわ。 わたくしも浜松をさっさと潰して、要塞都市や工場などを再利用できるようにしたいところですわね」

頷きあうと、戦場を離れる。

やっと体勢を立て直し始めた自衛隊は、部隊を送ってきている。

今まで時間を「悪役令嬢」が稼いだから、これができている。

そう思って、我慢することにする。

物資も、毒液塗れにされたけれど。或いは回収が出来るかもしれない。

そう思って、兎も角その場を離れた。

いずれにしても四体の邪神を一瞬にして失う大敗だ。

敵も戦略を変えてこざるをえないだろう。

そういう意味では、今回の勝利には大きな意味がある。

九州での消耗戦では、敵の掌の上で踊らされていただけだったし。敵には大した痛手でもなかった。

だが今回は違う。

第二東海道への奇襲は、もう通用しない。

それが敵に伝わった筈で。更に大陸から来た敵の増援も此処までで半分近くが削られている。

充分な戦果だ。

さて、問題は次に敵がどう出るか、だ。

すぐにルーキー達にも移動して貰う。

ルーキー達だけで邪神と遭遇してしまったら、どうにもならない。まだ半人前。持ち堪えることすら厳しいだろう。

とりあえず、「喫茶メイド」は「陰キャ」といっしょに行動を。

五人のルーキーは、「悪役令嬢」と行動を。

そうすることで、今後作戦の幅を広げるつもりらしい。

「喫茶メイド」は成長が早い。後はソロミッションを得意とする「陰キャ」の作戦ぶりを間近で見れば、多分近いうちに一人前の狩り手になれる。

そうなれば、事実上二方面でしか展開出来なかった作戦を、三方面で展開出来るようになる。

これもまた大きい。

ただ、一人前になったからといって、高位の邪神を一人で相手に出来るわけではないので。

それもまた注意が必要だが。

五人のルーキーと合流する。

「女騎士」をリーダーに、「コスプレ少女」と「コンビニバイト」。

後の二人は初顔合わせだ。

ひょろっと背が伸びた、不健康そうな男性。

ちょうど引退した「ガリオタ」のように、何かのキャラもののシャツを着ていた。

「「アイドルオタ」です。 よろしくお願いします」

ぺこりと礼をしてくる。

見た感じ、ひょろっと弱そうにしているが。この感じはかなり軍事訓練を受けているとみた。

「喫茶メイド」と同じように、自衛隊員からの出向組かも知れない。

だとすると、このキャラ作りのために色々したのだろう。

苦労が忍ばれる。

なお、アイドルといっても。SNSクライシスの前には、いわゆる芸能人。リアルアイドルというものはスキャンダル塗れで下火になりつつあったという。

それはそうだ。利権とモロに食い込んだテレビ業界は腐敗しきっていて、芸能界も反社会勢力がバックについているような事務所がザラにあったという事だからだ。

故にデジタルアイドルが大きな力を持ちつつあり。テレビ側はそういうデジタルアイドルに必死に攻撃をしていた様子だが。しかしながらもはやパブリックエネミーとして認識されたテレビの言う事など誰も聞かず。デジタルアイドルの隆盛は止まらなかったそうだ。

まあそれもそうだろうな、と思う。

だから「アイドルオタ」のシャツに描かれている絵も、二次元のキャラだ。

有名なデジタルアイドルなのだろう。

なお、装備は光る剣の二刀流だそうである。サイリウムとかいう棒を振るっていたらしい当時の「アイドルオタ」の要素を、こう言う形で取り入れているそうだ。

もう一人は優しそうなおじさんである。

多分最年長だろう。

「「優しいだけの人」です。よろしくお願いします」

こちらも丁寧に礼をしてくる。

なんだかよく分からないが、SNSクライシスの前には、「優しい」という事はマイナス要素であったらしい。

優しいと言う事は舐められるのと同義であったらしく。

また魅力にもならなかったそうだ。

単純に心根が優しければ、それだけで充分な人間的魅力になるような気も「悪役令嬢」にはするのだが。

実際にSNSクライシス前に異性にもてていたのは、ツラだけ良くて異性に暴力を振るうような輩だったり、金を派手にばらまいて未成年に手を出すような人間だったらしい。

まあ最果ての時代だった、と言う事だろう。

そういう人間が野放しになっていたのだとすれば。

「優しい」という長所を持っている人間は、嘲弄の対象であったのだろうなと推察もできる。

この人は「優しいだけ」という事を利用して、防御専門の戦闘を行うとか。

まあ、支援戦闘の専門家がいるだけで大きい。

見た感じ、この人も自衛隊上がりだろう。

恐らくだが、前線部隊での勤務が年齢的に厳しくなってきたから、狩り手としての声が掛かった。

そして適性があったから狩り手になった。

そういう所か。

頷くと、浜松での駆除作戦を続行する。

この中で、もうすぐ「コスプレ少女」は半人前を抜けて、一人前手前になる事が出来るだろうが。

それにはもっと経験を積むことが必要だ。

それを敵が許してくれるか。

厳しいが、ともかくやっていくしかない。

浜松の端から、順番にフォロワー狩りを実施していく。ともかく数が多い。それだけで、病み上がりの「アイドルオタ」は尻込みしていたが。同じく負傷療養から立ち直ったばかりの「優しいだけの人」は、落ち着いている。自衛隊員として、地獄のような戦闘を何度もくぐってきているのだろう。

「悪役令嬢」は敵の密度が一番高いところでひたすらに暴れまくって、敵を蹴散らしつつ、一定数を味方の方に回す。

五人がかりでどれくらい敵を駆除できるかを、見ておかなければならない。

更に、できれば今のうちにまだ位置を掴んでいる強化フォロワーを仕留めてしまっておきたい。

さっきまでとは状況が違う。

敵に対して戦略的優位を取り返した今こそ。

今後、最大の難関となる問題を、取り除くべきだった。

数時間戦って、ざっと見た所。「女騎士」はかなりリーダーとして振る舞えるようになって来ている。

本人の能力よりも指揮官適性が高いのかも知れない。

考えてみれば、騎士というのは戦士としてはかなり高位の階級だ。

ネットミームだと十把一絡げにいるように思われているようだが。

実際には小規模領主である事が殆どであり、そういう意味では戦国時代における日本の武士と大して変わらない。

あれが、正しい姿なのかも知れない。

戦果は上々。

まずは負傷から立ち直ったルーキー達は半人前を目指して貰い。

「女騎士」と「コスプレ少女」は半人前を越えて一人前になるのを目指して貰う。

自衛隊員としての訓練を受けていることである程度の地が固まっている「アイドルオタ」や「優しいだけの人」は成長が早いかも知れないが。

それも連戦して、様子を見ないと何とも言えないだろう。

いずれにしても、ドローンが告げてきている。

浜松には、最低でも五十万はフォロワーがいると。

連日一万片付けても、周囲からも流入するだろうし、処理には二ヶ月以上掛かる。この間までのように、連日一万以上のキルカウントとなると、負担が大きくなりすぎる。

様子を見ながら、少しずつ確実に敵を削る。

そうすれば、浜松周辺の都市からもフォロワーが寄ってきて、更に効率よく敵を削る事が出来るだろう。

更には、辺縁に隠れていた人々の安全も確保出来る。

一石二鳥である。

無人駐屯地に戻る。

まず、敵の動きがない事を確認し。

それから、取り逃がした強化フォロワーを仕留めるべく、「悪役令嬢」はハイドミッションを開始する。

これに関しては既に「陰キャ」の方が実力が上だろう。

だが、だからといって、負けているつもりもない。

一体目を見つけた。工場奧に潜んでいた。

即座に片付けて、二体目の処理に掛かる。

今晩中に、強化フォロワーは全て始末してしまう。

少しでも、今までの戦術で対応できるフォロワーだけにするためにも。

やれることは、全てやっておかなければならなかった。

 

「陰キャ」は「喫茶メイド」と合流する。彼女は恐らくSNSクライシス前では、「陰キャ」と呼ばれていた人達の天敵である「陽キャ」に属する人間だろう。そういう意味で、ちょっと苦手だけれども。

もう少しで一人前になれると、「悪役令嬢」は言っていた。

だったら、少しでも「陰キャ」の技が役に立つかも知れない。

分からない事があれば聞いてほしいとガラケーで打って伝えると、小首を傾げる。

「悪役令嬢」ほど声が大きくないが、やっぱり怖い。

「普通に喋ってくださってかまわないですよ、「陰キャ」先輩」

「喋るの苦手です。 人と近いのも苦手です」

「……」

何だか呆れたような顔で見られた。

そういう視線も苦手だ。

「貴方ほどの鬼神のような使い手が、ちょっと面白いですね。 「悪役令嬢」先輩が、貴方はどちらかというと天然物だと言っていましたけれど。 その辺は羨ましいです。 私とか、どうしてもメイドさんの造りをするのがちょっと得意ではないので……」

「悪役令嬢」も、最初はあのキャラを作っていたらしい。

今はもうあっちの方が自然体らしいのだけれども。

「狩り手」の大半は、本来苦労しながら、ネットミームで嘲笑されていたキャラになりきり。

邪神に「人間以下」と認識させる事によって。

ようやく戦える土俵に立つのだろう。

そういう意味では、「天然物」である「陰キャ」は、精神的な負担が掛からない分有利なのかも知れない。

嬉しいかは話が別として。

「ともかく、この辺りには生存者がたくさんいるので、フォロワーの駆除作戦を行います」

「分かりました、「陰キャ」先輩!」

どこまでも明るい「喫茶メイド」。

笑顔までまぶしいので、ちょっと太陽を前にした吸血鬼の気持ちが分かるような気がした。

ただ、今日の目的キルカウントは6500という事を打つと。

流石にその笑顔も引きつったが。

「あたしが五千片付けます。 残りはお願いします」

「な、なんとかして見ます」

「お願いします」

ぺこりと頭を下げると。

新潟の幾つかの都市を順番に周りながら、フォロワーを狩る。

ドローンと連携して、周囲に密集地を探し。フォロワーが密集している地点に、ロボットで強引に突っ込む。

そして群がってくるフォロワーを片付けて、片っ端から処理した後。

取りこぼしや、古くなっているのは「喫茶メイド」に任せてしまう。

病み上がりだけれども、一人前の狩り手となると、やっぱり邪神の攻撃に短時間は耐えられないと駄目だろう。

この間、この人はそれができなかった。

四体が相手とは言え。まだ入院中の「医大浪人生」を逃がすのが精一杯で。四体の邪神相手に深手を負い、集中治療室送りにまでなった。

それでは駄目だ。

少なくとも、一体くらいはどうにかしてもらわなければならなかった。

その日は特に問題も起こらず。

「悪役令嬢」と連絡もしたが。向こうでも得に問題は起きていないという話だった。

フォロワーがいなくなった事で、自衛隊が周囲を探索して。生き延びていた人達を救助していく。

それは専門家に任せる。

病気になっている人もいるし。

フォロワーに襲われて、怪我をして生き延びた人は。だいたいの場合、体の彼方此方を不衛生な状態で痛めてしまっている。

病院にできるだけ急いで運ばなければならないし。

自衛隊が来た時に、今まで何をしていたと悪態をつく人もいる。

それを見ていて、悲しそうにする「喫茶メイド」。

「悪役令嬢」が、この人は自衛隊の精鋭出身だろうという話をしていたけれど。

多分だからこそ、知っているのだろう。

夜になってから、無心に休む。

体力に問題があるから、こまめに休んでおかないとどうにもならない。

戦いの時には、乏しい体力を一気に燃焼させて敵に叩き付ける。

そうすることで、爆発的な火力を出す。

短期決戦が基本。

長期戦になる場合は、動きをできるだけ小さくして。その小さい動きの中で、どうにか立ち回る。

そういった戦いについては、教わらなくても自分で覚えた。

この辺りは、才覚という奴なのかも知れない。

ただ、才覚だけに頼っていては、きっといつか躓くと思う。

「悪役令嬢」は「喫茶メイド」に、「陰キャ」の戦い方を覚えさせたいみたいだったけれども。

逆に「陰キャ」が、「喫茶メイド」の戦い方を見て、良い所は取り入れたいと思っている程だ。

翌朝、「悪役令嬢」から連絡が来る。

今の時点では、敵に動きは無い。

今日も同じようにフォロワーを削って、要救助者がいるなら救助を進めてほしい、と言う事だ。

朝「陰キャ」よりも早く起きだして、体操をしている「喫茶メイド」。体力だけなら「悪役令嬢」以上という話もあるほどで。まあ元気で羨ましい。

「陰キャ」は朝起きてすぐはちょっと体調が良くなくて、調子が出るまで少し時間が掛かる。

まずいお茶を飲んで、少ししてから。

顔を叩いて、前線に出ることにした。

今日もたくさんフォロワーを斬る。

どうせ邪神はすぐにまた、ろくでもない事を企んで、仕掛けてくるのは目に見えているのだ。

そして五体を倒したと言っても、弱い邪神ばかり。

まだ凄く強いのが三体いるし。残り六体の大陸から来た援軍の邪神達は、今までより強い可能性が高い。

もしも今勝ったつもりになっているなら。

それは大間違いだ。

朝から、飛ばしていく。

今日の目標キルカウントは7000と告げて。また新潟の都市に順番に突っ込んでいく。

雪深いこの土地で。

多くの人々が、フォロワーに追われながらも、隠れ逃げ住んでいる。

生存者によると、雪のたびに多くの弱っている人がなくなるという。

今は雪が無いから。できるだけ、今のうちに多くの人を助けたい。

それについては、嘘偽りがない事実だ。

天然物、正真正銘の「陰キャ」かも知れないけれど。

戦う力はあるし。

それで出来る事はしたい。

SNSクライシスの前は、あらゆる事で存在を否定されただろう。何か喋ったら、その時点で生意気だと認識されて、どんな無理な理屈でも良いから周り中から否定されて。ますます周囲が怖くなっただろう。

今は無心に戦う事が出来る。

無心に戦う事で、役に立てる。

訓練を受けていたときに、適性が高いと言われたときは嬉しかった。

その適性を、今思う存分に生かす事が出来ている。

助けた人は、「陰キャ」の格好を見て。気味悪そうにする事もあるけれど。

自衛隊に対応は任せてしまうので、それはもうどうでもいい。

ただ、代わりに時々「喫茶メイド」が怒ってくれることがある。

そういうときは、苦手も苦手な相手だけれども。

少しだけ嬉しかった。

「なんなんですか。 さっきの人達。 「陰キャ」先輩が助けなければ、もうフォロワーのエサだったのに」

「いいの。 次に行こう。 まだ3800くらいしかキルカウント稼いでいないから」

そう、もういいのだ。

そういう人を相手にしなくていいだけでも。

「陰キャ」はかなり気持ちが楽だった。

 

4、そう簡単に逆転はされない

 

絶対正義同盟NO3「フェミ議員」が本拠に赴く。

思わぬ事故で四体の大陸からの増援を失った。少し前には、「陰キャ」の戦力を威力偵察させるつもりでしかけた一体を失っている。これで「神」が十一体連れてきたαユーザーは六体まで減ってしまった。

それでも、「神」は上機嫌だ。

そもそもやられた連中が、雑魚だったというのも大きいのだろう。

作戦の内だった、と言う事も。

ただ、それでも嫌みを飛ばしてきたが。

「まさか此処で貴重な戦力を四体も失うとはねえ。 君がさっさと撤退させないからだよ?」

「申し訳ございません……」

「まあいい。 今回の作戦に致命的な支障は出ていないからね。 それにこの作戦の核心では君も出て貰う事になるし」

くつくつと「神」が笑う。

この作戦は、一連の計画に沿って立てられている。

αユーザーたろうものが人間相手に細かい作戦とか、馬鹿馬鹿しいと今までは考えていた。

だが、予想以上に手強い「悪役令嬢」とかいう狩り手によって、絶対正義同盟が半壊した今は。

こうやって、「神」が立てた作戦に沿って動くしか無いのかも知れない。

ただ、「人間以下」相手に作戦を採ると。

それだけでαユーザーはダメージを受ける。

弱体化もする。

今後も被害は増えるかも知れない。

ただ戦略的行動を取ることで、敵の大半は動けなくできた。それは事実としてある。

今、調査によって負傷させた連中が復帰してきていることは分かったが。

敵が失った人員はどうしようもない。

特に軍隊……自衛隊は再建に数年は掛かるとか。

それで充分な成果だと、「神」は笑っていた。

「さて、充分に時間は稼いだが。 NO2「魔王」、状況はどうだね?」

「予定通りにいけていますよ。 みてください」

「魔王」が図を空中に展開する。

αユーザー達が皆、視線を釘付けにした。

其処には、今までハラスメント攻撃を仕掛けていた「第二東海道」と人間が呼んでいる補給路に加え。

敵の主要拠点。

更には、多くの敵の物資貯蔵庫などが記されていた。

ただ、出現するだけならともかく。

人間を襲わないという行為は、更にαユーザーに大きなダメージを与える。

人間なんてゴミのように蹴散らすべき存在。

そういう「定義」が存在しているからだ。

ゴミすら蹴散らせない状況なのだとすると。

それはもう、確かにαユーザーとしてはダメージを受けるのも仕方が無いのだろう。

「敵の本拠地はまだわからないかね」

「恐らくは地下鉄のシェルターの一つでしょうが、いるとしても十数人程度でしょう」

「考えたものだ。 とにかく少人数での行動を徹底することで、あらゆる状況でも全滅を避ける、か」

「所詮浅知恵ですよ」

とにかくバカにしきった「魔王」の言葉。

此奴は人間時代からこうだったと聞いている。

まあ、それならαユーザーになった今でも変わることはないだろう。

「では、次の作戦に移行する。 狩り手はもういい。 自衛隊に大きなダメージを与えて、そのネットワークなどにも食い込むことは成功している。 次にやるべき事は、敵に致命的な継戦能力の停止を味あわせることだ」

「は……」

「神」は狙っている。

敵中枢の破壊を。

それに、NO3「フェミ議員」は参加することになる。

中華からの援軍全ても動員するという。

流石にこの戦力であれば、「悪役令嬢」だろうがどうにもならない。

今までやられた雑魚とは違う。

三体の一桁ナンバー級が混じっているし。

何よりNO3がいる。

「悪役令嬢」など、ひねり潰してくれる。

今までよくも好き勝手をやってくれたものだと、怒りはため込んでいた。

そもそもあんな名誉オスが、堂々と外を歩いているだけで汚らわしい。

はて。

そんな言葉、使った事があったか。

他のαユーザーの影響を受けているのか。

何だかよく分からなくなってきた。

だが、もうそれはどうでもいい。

ともかく、次の作戦が実施される頃には。

あの忌々しい蠅共を叩きつぶせるのだ。

「さて、NO3「フェミ議員」」

呼ばれて、びくりと身を震わせる。

「神」は、によによと笑っていた。

怖気が走る笑みだ。

「何度かの失敗は許したが、次は最後だよ。 何が何でも、作戦時には敵の首脳部を壊滅させるように。 させるまでは生きて戻ってくるな?」

「わ、分かりましてございまする」

「分かればよろしい」

相変わらずの笑み。

震えが来る。

では、作戦の準備に取りかからなければならない。

六体のαユーザーに声を掛けて。

敵の中枢をつぶし。敵の継戦力を奪うために。動かなければならなかった。

 

(続)