果てしない泥沼

 

序、最悪の情報

 

自衛隊の現在実質指揮官をしている山革陸将の元にその情報が届けられた。自衛隊のドローンがそれを捕らえたのだ。即座に近隣の住民の避難が開始された。

当然だろう。

それは邪神。

それも一体や二体ではなかったからである。

合計十一体。

それがその異様を見せつけるようにして、海を飛来し、日本の中国地方に到来。鳥取の一部に上陸すると、そのまま山の中に姿を消していた。

最悪の事態が起きてしまった。

米国でも、欧州から大量の邪神が来た事で、戦況が振り出しに戻ってしまった。

日本でも、いつか起きるかも知れないといわれていた。

それが起きてしまった。

もはや。その事実は明らかだった。

NO5を失った後、強気にもNO4を立て続けに絶対正義同盟が出してきた理由がこれではっきりした。

この増援が来るための時間稼ぎだったのだ。

その上、今までとは一線を画する強化フォロワーをNO4が作れる事も分かっている。もはや、事態は最悪の最悪とも言えた。

すぐに各地で戦闘を展開している狩り手に、それに自衛隊の幹部にも連絡を入れて、情報を共有する。

総理大臣にも当然会議には出て貰う。

狩り手からは、現在最大の戦果を上げている「悪役令嬢」と。ベテランである「デブオタ」「ガリオタ」に出て貰う。

他にも重要人物何名かにアポを取り付けた後、会議を始める。

流石に誰も直接の会議には出られないから、リモートで行うが。

ボイスオンリーでの通話もかなり多かった。

「最悪の事態になった」

まずは、総理からその件について説明して貰う。

大陸から最低でも十一体の邪神が来た。

この間の二体はやはり尖兵だったのだ。

「絶対正義同盟」が大陸の勢力に降伏したのかどうかは分からない。いずれにしても、人類にとっての圧倒的な敵である邪神が十一体追加された。しかも「悪役令嬢」が見た感じ、三体は一桁ナンバー級の実力があるという。

その言葉に、場がしんとした。

いままで善戦をしてきた。

九州では戦線を押し返し。

各地ではフォロワーを相当数、超人的な活躍をする「悪役令嬢」と驚きの力量を見せている若手「陰キャ」が屠っている。

それなのに、また戦況が振り出しだ。

問題も山積みである。

「現在、様々な方向から解析しているが、絶対正義同盟NO4が作り出した強化フォロワーが各地に放たれた場合、既存の兵器では対処が難しい。 戦闘ヘリが相討ちになるくらいの覚悟が必要かも知れない」

「何か対策はないのかね」

「戦闘の画像を見ていただければ分かるとおり、再生前に一撃を入れる必要があるが、それが分かる前は手練れの狩り手ですら苦戦している。 こんなものに接近されたら、自衛隊の装備では……」

戦車砲を直撃させても倒せるか分からないという話をすると。

流石に状況の深刻さを理解したのか。

誰もが黙り込んだようだった。

幸いだが、攻略法は分かっているし。

狩り手をぶつければ倒せる。

だが同時にだ。

邪神を葬ってもフォロワーは消えない。

それが分かっている事からも。

この強化フォロワーは、NO4が死んでも消えないだろう事は容易に想像がつく。

もしも今までこのNO4が、各地で強化フォロワーを密かに作っていた場合。

文字通り、何が起きるかわかったものでは無い。

最悪のシミュレーションを、山革陸将が提示する。

各県の自衛隊有人駐屯地を、あの強化フォロワーが襲撃した場合の被害予想だが。

文字通り自衛隊は壊滅的な打撃を受けるという結果が出ていた。

戦慄の声が上がる。

三十年がかりで、やっとここまで戦況を押し返したのに。

一瞬にして元に戻ってしまうと言うのか。

嘆きの声さえ上がったが。

それでもやらなければならないのが軍人だ。

自衛官も軍人であり。

民間人を守らなければならない。

民間人が銃を持った程度で対応できる相手では無いフォロワーを倒すには。

狩り手と自衛隊での緊密な連携が必要だ。

「狩り手の訓練候補生達が、次に前線に出られるまで訓練が進むのはいつになるかね」

「最低でも半年後です」

狩り手達の教官が無慈悲な現実を突きつけると、大きな溜息が上がった。

まあ当たり前の話ではあるのだが。

この間、一気に七人を追加できただけでも奇跡的なのだ。

更に言えば、強化フォロワー対策もしなければならない。

それを考えると、なおさら訓練時間が伸びるのは事実だった。

「七人の新人はどうなっている?」

「現在、「喫茶メイド」がかなり伸びが良く、わたくし「悪役令嬢」と共闘してかなりの戦績を上げていますわ。 他の二名の内、「女騎士」と「コスプレ少女」は並みの仕上がりで、時間が掛かりますわね」

「僕の方で面倒を見ている四人は、いずれも凡庸ですお。 正直な話、仕上がるには時間が掛かりますねえ」

「悪役令嬢」と「デブオタ」の説明を受けて。また悲壮感が漂う。

SNSクライシス前の企業が、何でもできて奴隷賃金で満足する新入社員を欲しがったのも分かる気がすると誰かが呟いて。

大きく総理大臣が咳払いをしていた。

そんな風に考えていたから、SNSクライシスが起きた。

今は皆が、それを共通認識としている。

山革陸将は咳払いすると、皆を見回す。カメラ越しの相手や、声しか聞こえない者も多いだろうが。

「ともかく、やれることからやるしかない。 「悪役令嬢」。 指定された補給物資は届けた。 絶対正義同盟NO4の撃破作戦は開始できるだろうか」

「今日にも」

「……分かった。 上陸した十一体の邪神が援軍に出るかもしれない。 くれぐれも、気を付けてほしい」

「自衛隊の方でも、生きている人工衛星を使っての監視をお願いいたしますわ」

会議を終える。

山革陸将は大きくため息をつくと。

各地の戦況図を見た。

自衛隊員は何とか微増傾向にある。

これは九州や他各地での大攻勢。あのNO5「フェミ弁護士」が仕掛けた大攻勢を退けたのが要因で。その他にも「悪役令嬢」や「陰キャ」、「デブオタ」「ガリオタ」ら狩り手の奮戦もあってフォロワーをかなり削りとることができたから、だが。

それも過去の話として考えなければならない。

まず、自衛隊の兵器開発部門に、どうにか強化フォロワーに対策できる兵器を考えさせなければならない。

動きが速い強化フォロワーに、ピンホールショットや、再生前に次の攻撃を叩き込む方法を考えると頭が痛い。

対戦車ライフルですらようやく打破できる通常フォロワーに対してですら苦戦しているのだ。更に手強い相手に、同レベルの攻撃を短時間で正確に同じ場所に着弾させなければならないのだ。

どうするのかは考えさせるが。

かなり大規模なシステムが必要になるかも知れず。

邪神の性質上、「大規模な軍事基地」や「大規模なシステム」を構築するのが困難な現状。

極めて厳しい話だと言えた。

「悪役令嬢」の言葉。

今日中にNO4をどうにかするという言葉は疑っていない。援軍を送ることができないのが厳しい。

そこそこ仕上がってきているとは言え、まだ危なっかしい「喫茶メイド」を含めた精鋭三名でどうにかしてもらうしかない。

本当に口惜しい話だ。

十一体もの邪神が、ここで追加が入るとは。

悔しいが、本当に何もできない。

ともかく、生きている人工衛星をフル活用して。

敵の動きを可能な限り早く察知する以外にはできず。ユーラシアの人間を殺し尽くして、人間をフォロワーにしたがっている中華の邪神がどんな小規模集落でも襲う可能性があることを思うと。

本当に、常にどの部隊も即応体制にしなければならず。

かといって強化フォロワーをこれ以上増やされるわけにも行かず。

本当に頭が痛い問題だった。

各地の指揮官に指示を出して、その後は茶を飲む。

本当にまずい。

指揮官は良い茶を飲みたいとか口にする者もいるが。

茶なんて作っている余裕は無い。

金なんて紙屑同然である今の時代。

人類は総力を挙げて、邪神と戦っている。

それには誰も例外は無い。

「悪役令嬢」ら、狩り手ですらまずい茶を飲んでいるのである。

司令官である山革だって、それは同じだった。

そのまま無言で、情報の推移を見守る。

中国地方に姿を消した邪神十一体だが。

しばらくは動きを見せていない。

動きを見せていない間に、NO4を屠るしかないだろう。

そのNO4は、千葉にある巨大遊園地でふんぞり返っている状態である。

この間「悪役令嬢」にこっぴどく挑発され。

かなり手の内を曝したが。

それでもまだまだ攻略には手間が掛かるのでは無いかと、山革陸将は懸念していた。

勿論「悪役令嬢」ならやってくれるという信頼感もあるが。

それでも不安はある。

そう信頼していた腕利きが、今まで何人邪神に返り討ちにされたか。

覚えているだけでも、十数回。

いずれもが、苦い記憶である。

「「悪役令嬢」が動き出しました!」

オペレーターが状況を伝えてくると同時に。

データが送られてくる。

作戦内容について、だ。

ともかく、見せつけるように並べられている強化フォロワーは、あらかた片付けてくれるようだ。

ただ、それだけでも相当に苦労するはずであり。

NO4までの到達までの手間を減らす事は出来ない。

体力を消耗した状況で、前回まだ余力があるかも知れないと言っていたNO4相手に戦うのは厳しいだろう。

何度か撤退しているところを見ているように。

「悪役令嬢」も無敵では無いし。

体力も有限なのである。

「支援要請は」

「幾つか細かい要請がきました」

「ふむ……」

内容をざっと確認するが。

今、各地の部隊を動かしている状態で、厳しいものが多い。

だが此処でNO4を仕留めないと、取り返しがつかない状況が到来する可能性が高いのである。

各地の指揮官と話をして。

どうにか支援をできるようにして貰う。

当然各地の指揮官もいい顔をしなかったが。

それでも、NO4ともなれば、敵の大幹部である。

11体もの邪神が追加で現れた状況だ。

ここで大幹部を倒すくらいしなければ、とてもではないが釣りなどない。

敵に一矢報いるためにも。

どうにか、敵を少しは削らなければならなかった。

何とか、支援の準備を整えた頃には。

悪役令嬢は、既に作戦行動に入っていた。

彼女らに回しているロボット車だって、各地でフル活用しているのだ。

避難民の救出。

負傷者の搬送。

他にもいくらでもある。

一台作るのだって大変だ。

既にアスファルトの道路が各地でバキバキになっている今、不整地を走るのが最低限求められるのである。

スタックした場合の復帰能力も。

狩り手という邪神に対抗しうる唯一の存在だからこそ、ほいほい回す事が出来るのであって。

本来だったら、危急時以外は動かせない。

燃料の問題だってある。

昔は各地にガソリンスタンドなるものがあり。

膨大な化石燃料が誰にも使い放題だったらしいが。

今はそれすらも厳しい状況なのである。

「山革陸将……」

「どうした」

不安そうに参謀の一人がぼやく。

山革陸将も、普段は「悪役令嬢」らに対してできるだけ腰を低く対応しているが。

部下にまでそうではない。

「悪役令嬢」は気付いているかも知れないが、「喫茶メイド」は自衛隊のレンジャー部隊から狩り手に抜擢された精鋭だ。

だから接するのは色々難しいと感じてもいる。

「ここまで来たのに、敵の邪神が十五体まで回復するなんて……」

「いずれ大陸の邪神組織とは戦わなければならなかったのだ。 それが早まったとみて良いだろう」

「我が国の邪神組織と争って数を減らしてくれたりはしないでしょうか……」

「邪神同士の戦いか? 今までどの場所でも、観測はされていないらしいな」

違う邪神のフォロワーが共食いをするケースすら見られていないのである。

SNSクライシスで生じた邪神は、共通して「萌え絵」が通用する事もあって。

何かしらの基幹部分でつながっている存在であるのかもしれない。

争うことは恐らくはないのだろう。

少なくとも、人間の見ている所では。

敵が数を減らしてくれれば確かに有り難いが。

それは最悪の意味での楽観だ。

「大きな集落から順番に、人を移動させ始めています」

「うむ。 生活は不便になるが、一網打尽に邪神に殺されるよりはマシだ」

「住民もそれは理解しているようですが、やはり不平の声が聞こえるようです」

「我慢してもらうしかない……」

米国の状況が、少し前に入ってきた。

向こうでも欧州の邪神組織が攻めこんできたこともあり。かなりの混乱に陥ったようだが。

体勢を立て直し、激しい戦いを開始しているという。

ただしベテランの狩り手を何人も失った事もあり。

また敵の数が多い事もある。

更に各地で再建を行っていた米軍もかなりの数がやられたこともあって。

戦況が良いとは口が裂けても言えないそうだ。

もう少し戦況が改善したら、首脳会談を行って情報交換を、という話もあったらしいのだが。

それも流れてしまった。

米国の大統領は何とか無事らしい。

米軍の士気も低くは無いらしい。

それだけは救いとは言えるのかも知れない。

SNSクライシスの直後は、マフィアなどがやりたい放題をする地域も生じていたという話だ。

日本でも、つい最近そういう集団が発見されたので、他人事ではない。

いずれにしても、援軍はあてにできない。

それだけが分かれば、充分過ぎるのかも知れない。

「「悪役令嬢」、エンゲージ。 強化フォロワーおよそ数百と、戦闘を開始しました」

「他の狩り手は」

「現時点では予定通りに行動をしている様子です」

「……一番強化フォロワーに相性が良いのは自分だろうと「悪役令嬢」は言っていたが、それでも大胆な事をする」

一番体力も消耗するだろう。

成長が著しい「陰キャ」でも、まだ総合力ではとても「悪役令嬢」には及ばない。

フィニッシャーとしての実力だって同じだ。

敢えて自分を前に出すことによって、敵を引きつける。

そしてNO4の注意も。

厳しい戦いを始めている。

だから、「悪役令嬢」が茶を飲んでクッキーを口にしていても、誰も文句を言うことはない。

誰よりも激しく敵と戦い。

誰よりも成果を上げてきているのだから。

凄まじい暴れぶりだな。

インカムを通じて送られてくる映像を見て、そう思う。

近代兵器とは相性最悪のフォロワー。更にそれを最悪の形で強化した強化フォロワーに対して。

弱点を理解したとは言え、一歩も引かずに渡り合っている。

辺りが血の海になっているが、返り血も浴びていない。

そろそろ、他の狩り手も仕掛ける頃か。

敵がどのように動くかも分からない状態だ。

「九州より急報!」

「聞かせてくれ」

「九州に大陸から来たと思われる邪神が出現! 九州中部にてベテラン二人とルーキー達が、交戦を開始しました!」

「敵の数は」

二体だという。

邪神二体か。

ベテラン二人はともかく、ルーキー達が戦える相手では無い。

判断は速い方が良いだろう。

「可能な限り急いで撤退させろ。 自衛隊の被害は」

「前衛で戦っていた一部の自衛官がフォロワー化してしまったようです。 すぐに撤退を開始させています」

「……」

邪神は空間転移して現れる。

数q四方はフォロワー化する悪魔の空間となる。

だから、自衛隊は少数部隊に別れて行動するのが基本になっているのだが。

それでも被害が出てしまうのは避けられない。

戦車など換えが聞かない武装は後から回収出来るようなら回収するが。

それよりも狩り手とルーキーを守るのが先だ。

「可能な限りの支援攻撃を遠隔から行え。 邪神については、情報収集を最優先しろ!」

「分かりました!」

さて、忙しくなってきた。

だが、修羅場は散々経験済みだ。

年老いて判断力が落ち始めている山革だが。

それでも、何とかやってみせるつもりではいた。

 

1、乱戦の中で

 

フォロワーになってしまった自衛官を斬り捨てる。

今までに何度もやってきた事だ。

「デブオタ」こと柳田は、必死に邪神二体の攻撃を捌いている相方である「ガリオタ」に叫ぶ。

「「ガリオタ」どの! 其方は大丈夫かお!」

「問題ござらぬ!」

問題が無い、わけがない。

相手はトーテムポールのように顔が縦に連なっている邪神と、球体から無数の手足が伸びている奇怪な形の邪神だ。

何だかキメラ的な姿のような気がするが。

そういえば、以前大陸からの尖兵だった邪神の一体も、虎の姿をしていたと報告を受けている。

中華の邪神組織では、人型があまりメジャーでは無いのかも知れない。

ルーキー達は逃がしたが。

二名が負傷。

負傷と言っても、再生医療が必要なレベルの負傷だ。一人などは、右腕を丸ごと吹き飛ばされた。

あれは、下手をすると半年は復帰出来ないかも知れない。

けたけた笑いながら、トーテムポールが無数の何か良く分からないものを飛ばしてくる。

はじき返していく「ガリオタ」だが。

やはり若い頃のキレは無い。

一発掠める。

それだけで、じゅっと凄まじい煙が上がっていた。

同時に、活性化したフォロワーが、「デブオタ」に群がってくる。

厳しい状況だが、ルーキー達は逃がし終えたのだ。後は自分達がどうにか逃げるだけだ。

逃げる、か。

それすら厳しい。

「萌え絵」を投擲。

球体から無数の手足が出ている邪神の足や手に、「萌え絵」の札が全て叩き付けられ。そして爆裂するが。

驚くべき強度である。

ダメージは与えたようだが、小揺るぎもしない。

それどころか、球体が膨れあがると。

そこから大量の針が此方に飛んできた。

「萌え絵」のポスターで壁を作って逃れるが。

それも若干効き目が薄い。

厄介な相手だ。

ともかく、隙を突いて逃げる。

いや、もう駄目かも知れない。

トーテムポールの猛攻を浴びている「ガリオタ」も、余力なんてない。

どちらかが犠牲になれば、どちらかは逃げられるかも知れない。

しかし、東京で奮戦している「悪役令嬢」達に、これ以上戦力を送れなくなる。

老骨がもう少しルーキー達を守らないと。

反撃どころではなくなるのだ。

奮起。

走りながら、ありったけの「萌え絵」を投擲。

トーテムポールの顔の一つに全弾着弾。爆裂。

流石に少しは揺らぐが。

けらけら笑いながら、体勢を立て直す。

あれはひょっとするとだが。

かなり高位の邪神なのかも知れない。

少なくとも、どちらも絶対正義同盟の一桁ナンバーくらいの実力はありそうだ。

いや、本当にそうか。

違う。多分自分の実力が鈍っているだけだ。五十代を越えて、とっくに衰えが深刻になってきているこのからだである。

恐らくだが、さっきの攻撃も、きちんと急所に入っていなかった。

それだけの事だったのだろう。

「悪役令嬢」は頼りにしてくれているが。もうここまで衰えていたのだと、思い知らされて慄然とする。

それでも、少しでも戦力になる以上、死ぬわけにはいかない。

何とか。

何とか突破の道は。

だが、鈍った頭ではどうしようもない。

反撃で飛んでくるよく分からないもの。

これは、直撃するな。

そう思った瞬間、至近に何か着弾。

爆発していた。

爆発では無い。

視界を塞いだのだ。

貴重な小型ミサイルを使って、煙幕を作ってくれたのである。丁度良い具合に、邪神の視界も塞いでくれた。

逃げるぞ。

叫んで、必死にその場から離れる。

敗走は何度も経験しているが。

今回は、今までで一番惨めだったかも知れない。

ともかく必死に走って逃げ。

そして、「ガリオタ」がいるのに気付いて、心底ほっとしていた。

邪神どもは追撃を諦めたらしい。

インカムを通じて、連絡を入れる。

「此方「デブオタ」。 「ガリオタ」ともども逃げ延びましたお」

「良く逃げ延びてくれた。 怪我は」

「……」

無言である。

どちらもどうにか逃げ切ったという状態。負傷している。しばらくは戦えないだろう。或いは、もう。

「すぐにロボットを回す。 近くの無人駐屯所まで引いて、其処で手当を頼む。 ルーキー達は既に医療施設に運んだ。 再生医療をすぐに始める」

「不甲斐なくて申し訳ないでござる……」

「君達が身を張ってくれたから、彼らを逃す事が出来たのだ。 後はどうにか回復をして、前線に戻れるように身を休めてくれ」

「……」

通信を切る。

悔しくて、インカムを折りそうだった。

せめて一体でも道連れに。

それすらも出来ない状態だった。

力に差がありすぎる。

一体ずつでも勝てるか分からない程に。

そんな状態で、生き残る事が出来た。ルーキー達も、負傷者は出したが死なせなかった。

それで充分だと判断すべきなのか。

いや、判断すべきでは無い。

自分達どころか、ルーキー二人も手酷く負傷したのだ。敵の戦力が大幅に増した今、である。

度し難い無能だと、柳田は自分を叱責していた。

どうにもならない。

それは分かっていたけれども。

分かっていても、納得出来ないことはあるのだった。

 

無心のまま強化フォロワーを斬り倒しながら、「悪役令嬢」は九州で敵の大攻勢が始まった事を聞いた。

そのまま戦線を押し上げられると、今の日本の生命線である無人工場地帯に敵が到達する可能性がある。

勿論笑いながら破壊する事だろう。

それだけで、自衛隊がどれだけのダメージを受けるかも分からないし。

何より、必死に毎日を暮らしている人々が、更に苦しむ事になる。

敵は明らかに殺戮を楽しんでいる。

それが許しがたい。

最後の一体を斬り伏せる。

弱点さえ分かれば、ある程度の実力のある狩り手なら。突破出来る相手だ。

だが、近代兵器には厳しい相手だし。

狩り手としての実力が低い者には、どうにもならないだろう。

強化フォロワーの材料だって周囲にまだまだ幾らでも蠢いている。

できるだけ急いで、絶対正義同盟NO4「王」の元に辿りつかなければならなかった。

鉄扇を振るって血を落とす。

大量の強化フォロワーを仕留めたが、この様子ではまだいるだろう。

更に進むと、第二陣が姿を見せる。

先と同規模で。

いずれもが、SNSクライシス前に隆盛を極めたカルチャーの、出来が悪い模倣品ばかりだった。

本物に対する解像度が低い。

そう指摘したら、NO4は激高していた。

まあそれもそうだろう。

事実いい加減な知識をばらまいては、周囲に問題ばかり起こしていた人間が元になっているのだ。

それでいながら業界では「王」などと自称していた。

勿論その人物だけが奴のベースになった存在ではないのだろうが。

それでも、この度し難い偽物どもは可能な限り削り倒す。

無心に倒しながら進み。

第二陣も全滅させる。

クッキーを乱暴に懐から取り出すと、鷲づかみに食べる。

お上品とは程遠いが。

少しでも回復しなければならなかった。

わざと分かるように、「王」に向けて直進しているのだ。

体力の消耗もその分激しくなるのは承知している。

まだ本調子では無い「喫茶メイド」の事もある。

「陰キャ」は全く心配していないが。

いずれにしても、一秒でも早く「王」は仕留めなければならない。

負担を一番受けるのは。

「悪役令嬢」が相応しかった。

インカムに通信が入る。

「陰キャ」は所定の位置に着いたようだ。

「喫茶メイド」が遅れている。

少し不安だが、まだ「女騎士」や「コスプレ少女」を対邪神戦に投入する訳にはいかない。

今回はNO4どころか、中華から来た増援が加わってくるかも知れないのだ。

その場合は、その増援より先に、NO4を仕留め、颯爽と退却する。

それくらいの判断が必要だった。

「第三陣が出現しましたわ。 「喫茶メイド」さん、其方の状況は」

「数体のフォロワーと交戦中です。 恐らくは強化フォロワー。 撃破まで時間がもう少し掛かります」

「……撃破し次第、所定の位置についてくださいまし」

通信を切ると。

そのまま、出現した第三陣に挑みかかる。

斬り伏せながら進む。此奴らを一体倒せば、数十体から百体以上のフォロワーを倒したのと同じ。

そう思えば、効率は上がるけれども。

倒し方が分からなければ、戦車でもひっくり返されかねない。

周囲の空気が変わる。

「王」のテリトリーに入った。

そろそろ、いつ「王」が仕掛けて来てもおかしくない。

それでも、まずは強化フォロワーを削るところからだ。

順番に敵を削って行き。

そのまま徹底的に叩き伏せる。

敵第三陣を削り終えた頃には。

もう、おぞましい「王」の巨体が見えていた。

「なんだ負け犬ゥ。 また姿を見せたのか」

「ふっ。 貴方のようなお下品な殿方相手に、まともに戦う必要などありませんことよ」

「僕がどれだけもてていたか知らないようだな……」

「ああ、そうでしたわね。 金に任せて不倫三昧をしておきながら、愛妻家のようなプロパガンダ漫画を掲載していたのでしたっけ。 殿方の負の願望の究極が詰まったようなお方ですわね」

はははははと、「王」が笑い始める。

うふふふふと、「悪役令嬢」が失笑を返す。

同時に、「王」がキレていた。

「古今東西、金と権力があれば何をしてもいいのは共通しているんだよぉ! 聖人呼ばわりされている奴が幼児に手を出したり、偉人と言われている奴が変態だった事なんて珍しくもねーんだ! 創作界隈の王である僕が、どうしていちいちお前みたいな底辺のカスにんなことを糾弾されなければならない! 僕は創作界隈の王だ! お前みたいな養殖品が、対等に口を利いて良い相手だとおもってんのかあァ!」

「んまあ王ですって。 その醜悪な自称が、どれだけ周囲に笑われていたかも知らずに」

「黙れェエッ!」

此奴の元になった人間は、SNSクライシスの前にはもはや「老害」としかみなされていなかった。

マニアにも底の薄さを看破され。すり寄ろうとした相手にも袖にされるほど落ちぶれていた。

それが調査によって分かっている。

そして此奴はそれを邪神になった今でも気にしている。

人間味が薄れる邪神になっても、この口撃が通じるほどである。

余程当時から根に持っていたのだろう。

醜悪な巨体から、無数の腕が生える。

その全てに武器がある。

インカムに、「喫茶メイド」が所定の位置に着いたと連絡あり。

よし、作戦開始だ。

無言のまま、「悪役令嬢」は突貫。

体力はかなり消費しているが、既に手の内が知れている此奴を、「陰キャ」と連携して追い込み、「喫茶メイド」のフィニッシュムーブで仕留めるくらいの余力はある。

問題は中華の邪神が介入してきた場合。

連中が、「絶対正義同盟」と敵対しているのかどうかは分からない。麾下にいるのかも分からない。

だがいずれにしても、NO3や、中華の邪神が介入してきたら、どうにもならないだろう。

つまり、一秒でも早く。

この醜い裸の王を叩き伏せる必要がある。

それは事実だった。

無数に生えた手から、あらゆる方向に光線を乱射してくる。

「剣や槍はビームが出せてやっと一人前なんだよォ! 光の速さで飛ぶビームの群れ、お前ら全部まとめて焼き尽くしてやるからなあ!」

あっそう。

内心で呟きながら。光速の割りには飛んでくるのが普通に見えるビームを弾く。

或いは戦車や戦闘ヘリ相手には本当に光速になるのかも知れないが。

原理も分からない謎ビームは、放たれてから着弾するまでの様子が見える程に遅い。

人間以下と見下している相手に対して、邪神はここまで攻撃が弱体化する。それだけは、有り難い話である。

突貫すると、「王」は更に腕を増やす。

それどころか、上空の空間に穴が開き。

そこから無数の武器が突きだした。

高笑いしながら、その武器からも大量の謎ビームを放ってくる「王」。

この攻撃、何かの創作で見た事があるような気がするが。

まあいいや。

どうせ本物には及びもつかない。

突貫しつつ、当たりそうなものだけは全て弾き返す。

距離が詰まる中、「王」の体が裂け。そこからワラワラ強化フォロワーが出てくる。

縦横無尽に飛び交うビームの中、強化フォロワーが一斉に襲いかかってくる。

「細切れになれァ養殖!」

全方位からの攻撃に加えて、強化フォロワーによる数の暴力。

なるほどなるほど。

確かに勝てそうな攻撃だ。

だが、此奴も此方が一人で来ていないことは悟っているはず。

もう少し、手の内を見る必要がある。

強化フォロワーを盾にしながら、謎ビームをかわし。

更に手近に迫った強化フォロワーを確実に処理していく。

踊れ踊れ。

最初はそういって嗤っていた「王」だが。

やがて、その笑いが引きつっていくのが分かった。

「ぼくのかんがえたさいきょうのこうげき」が通用しない。

しかも、まだ至近に増援が隠れている。

それを悟って、焦り始めているのが確実だ。

「ほらどうしました? このままだとわたくし一人で貴方なんて充分ですわよ。 令嬢一人に何をなさっておいでで? お、う、さ、ま?」

「……っ!」

ブチブチと、血管が切れる音。

更に空間が裂け、無数の武器を持った手が、大量に出現する。

あれが全部謎ビームを放つ訳か。

そろそろ頃合いだな。

「ミンチにしてくれるわ!」

一斉に放たれるビーム。

同時に、「悪役令嬢」も動く。ジグザグにステップしながら、確実に「王」に接近していく。

体力の残りを緻密に計算しながら。

被弾は可能な限り避ける。

流石にこのレベルの高密度火力となってくると、全て避けるのは不可能だ。

髪が焼き切れるのが分かる。

ドレスを掠めるのが分かる。

だが、それでも確実に接近して来る「悪役令嬢」を見て、わめき散らす「王」。

上空より、なんかすごく巨大な武器が、空間の裂け目より現れていた。

「このDランドごと消し飛べや!」

「……今ですわ」

次の瞬間。

奇襲があると分かっていただろうに、「王」は対応できなかった。

あの大砲は奴の切り札。

本当に追い詰められるまで、出すつもりは無く。

出すのには相応のリソースを必要とした。

だから奇襲にも対応できなくなった。

全身に目をつけていてもそれはおなじ。

多腕に人間がならなかったのは、体を上手に動かす事が出来ないからだ。

脳の一部である感覚器官である眼が体中につかなかったのは、人間の脳の情報処理能力を超えているからだ。

邪神となった今は、人間の能力を当然超えているわけだが。

それでも限界がある。

邪神と何度も戦って来た「悪役令嬢」は、それを良く良く知っていた。

飛来した榴弾が、連続して「王」の全身に着弾する。めくらましのためだが、それで充分である。自衛隊に、危険地帯至近まで自走砲部隊を出して貰い、支援をして貰ったのだ。

この煙幕を盾に突貫した「陰キャ」が、一瞬にして「王」に近接。

そのまま、腕を斬り払いながらその醜悪な体を駆け上がる。

同時に上空の大砲に、「喫茶メイド」がナイフを数本投擲。

それは全て砲身に吸い込まれていた。

着地した「陰キャ」が、納刀した時には。

「王」の全身にあった腕が殆ど消し飛び。

絶叫した「王」の周囲にあった空間の歪みも、全て消し飛ばされていた。

「ぼ、僕に、僕に養殖が手を上げるんじゃねええええっ!」

喚きながら、「王」は全身に何か集めていく。

その体が、球体状に変化していく。

何か仕掛けてくる。

だが、此奴を凌げば、恐らくコアが。

いやまて。

球体が割れると、其処からは何か大きな大砲が出現する。

ああ、なるほど。

そういうことか。

「この国もろとも吹き飛べ!」

「吹き飛ぶのは貴方ですわよ」

投擲した傘。

吸い込まれたのは、大砲の砲身の中。

邪神は学習しない。

成長できない。

力そのものをフォロワーを増やす事で増す事は出来るかもしれないが。本質的には何も変わらない。

それが邪神という存在の宿痾だ。

色々な機能がついていた傘だったが、仕方が無い。

一瞬の沈黙の後。

「王」の無様な絶叫とともに、その全身が爆発していた。

あの大砲は、恐らくだが。

まあいい。

いずれにしても、あの王のコアがあれだったのは、間違いない。

そして自爆した。

そういうことだ。

コアを砕かれて、粉々になって消えていく「王」。

実の所、「悪役令嬢」もかなり危ない所だった。

露骨に砂糖が足りない。

クッキーも残りが殆ど無い。

当然の話である。あんな無茶な飽和攻撃を避け続けたのだ。体力が残らないのも当たり前。

そして、できるだけ此処から急いで離れなければならないのも、事実だった。

「絶対正義同盟NO4、「王」を撃破しましたわ」

「流石だ「悪役令嬢」」

「すぐにこの場を撤退しますわよ」

「……分かった。 君の判断に任せる」

山革陸将に連絡を入れると。

そのまま、無言で「陰キャ」と「喫茶メイド」とも別れる。

此処からは、十一体の追加された邪神がどう動くか分からない。いわゆる臨機応変に動く必要が生じてくる。

別々の無人駐屯地に別れる。

再会できるかさえ分からない。

ともかく、これからはしばらく状況が見えるまで耐えの時間だ。

NO3が出て来てもまずいし。

十一体の追加邪神がどう動くかも分からないし。動きによっては即応しなければならない。

勝利はできた。

だが、事前に掘り尽くすところまで掘り尽くした結果での勝利だ。

また、重要な武器である傘も失ってしまった。

すぐに再注文したが、代わりが来るのは一月先だという。

まあそれもそうだろうなと思って、色々諦める。

あれほど多機能で高性能な武器。

ほいほい作れる訳ではないのだから。

NO4相手に、犠牲無しで勝てた。

それだけで可とするべきなのである。

それに、NO3以上の邪神は、まだ戦える段階にすらない。

様々な課題だらけの状態の中。

「悪役令嬢」は、待ちの姿勢しかない状態で。それでもどうにか戦いを勝つ術を、考えなければならなかった。

 

2、悪霊跋扈

 

絶対正義同盟NO4「王」沈黙。

何とかその成果だけが希望になった。

ただし、十一体の邪神の到来。

更には、九州方面での戦況の混沌化。

更に、「王」が倒れた後も消滅しない強化フォロワーが確認されたことで。戦況は岐路に立たされていた。

「悪役令嬢」は、近くの無人駐屯地で待機させていた「女騎士」と「コスプレ少女」を連れて都心に出る。

今、雑魚フォロワーを狩る事に意味があるのか。

意味はある。少しでも、ルーキーを育成するためである。

今、各地の駐屯地は強化フォロワー対策ができていない。

当然の話だ。

強化フォロワーの存在が確認されたのがつい最近だから、である。

勿論狩り手には対策が共有されたが。

それでも、簡単にどうにかできる相手でもない。

一体ずつなら、ある程度なれた狩り手ならどうにでもなる相手だが。

ルーキーだと厳しいし。

何より、何処にどれくらい潜んでいるかも分からないのだ。

というわけで、敵がどう動くか分からない状況もあり。

「陰キャ」と「喫茶メイド」は。それぞれ地方に飛んだ。

何処に行ったかは、急ぎだったので「悪役令嬢」も知らされていない。

そして九州では、ベテラン二人が負傷。

ルーキーも二人負傷。うち一人は腕を一本まるごとやられた。

或いは、「喫茶メイド」か「陰キャ」のどちらかは九州に行ったのかも知れない。

いずれにしても、ルーキーをどうにかしないといけないのは確かで。

少しでも今のうちに。

一番まだまだ多くフォロワーが彷徨いている都心で。

実戦研修をしなければならなかった。

無言で戦いを続ける。

「女騎士」も「コスプレ少女」も顔が青い。

どういう状況かは聞かされているから、だろう。

味方がかなり押していると、研修中には話をされていたのかも知れない。

だが、実際は一瞬で戦況をひっくり返された。

まだ自衛隊が敵の動きなどを分析中だが。

少なくとも現時点では、フォロワーはあまり活性化していないし。

邪神は姿を見せてはいない。

ただし、九州の戦いでは自衛隊の一部がフォロワー化してしまったらしく。

激戦に歯止めが利かない状況のようだ。

武装なども回収しなければならないだろうし。

気が重いのはよく分かる。

ともかく、急いで経験を積んで貰わなければならない。

しかし血相を変えて尻を叩いても、だからといって成長するわけではない。

こんな時でも、冷静にならなければならない。

それが狩り手の厳しい現実だ。

しかも更に追加のルーキーは早くても半年後。

狩り手の専門性を考えると当然の話ではあるのだが。

それにしても、厳しいとしかいえなかった。

どっと湧いてくるフォロワー。

強化フォロワーは見当たらない。

あれは恐らくだが、邪神が何かしらの作戦行動で各地の自衛隊の駐屯地に仕掛けるために使うのだろうと「悪役令嬢」は判断している。

狩り手と戦わせるよりも、軍隊キラーとしての性能の方が高いからだ。

一切自己進化はしないフォロワーや邪神だが。

あんな方法で強化個体が出てくるとは思わなかった。

ただ、以前倒した「兄」が劣化版とはいえ似たような能力を展開していたという事もある。

いつかは起きることだったのかも知れない。

数体を、ルーキーの方に行かせる。

少しずつ、ルーキーの方に行くフォロワーの頻度を上げる。

数体相手なら、怪我をする可能性もなくなってきた。

ただし「喫茶メイド」ほど飲み込みは早くないし。

「陰キャ」ほどの才覚も感じない。

それでも、一人前に育てば、強化フォロワーくらいはどうにでもなるし。

邪神の攻撃を、短時間なら防げる筈。

それで充分過ぎる程だ。

軍隊では、文字通りどうにもならないのだから。

次は十体のフォロワーを行かせる。

戦闘では、基本的に次に行くぞとは声は掛けない。

対応力を身につけて貰うためだ。

勿論危なくなったら介入する。

傘は無くしてしまったが。

まだまだたくさん「萌え絵」はある。

また、「悪役令嬢」も幾つかの新技を開発中で。

それを試すためにも、自身も実戦を積んでおきたかった。

実戦中に新しい技が開花するなんて。

そんな経験は、或いは天才級ならあるのかも知れないが。

少なくとも「悪役令嬢」は経験したことがない。

十体のフォロワーをそれほど危なげなく倒す「女騎士」と「コスプレ少女」。

そろそろ頃合いか。

都心に一度入って、釣られて出て来たフォロワーを片付けながら下がっていたのだが。一度休憩にする。

撤退を指示して、戻る。

追撃してきているフォロワーは。反転攻勢に出た「悪役令嬢」が全てまとめて片付けていた。

先に駐屯地に戻っていた二人は、多少汗を掻いていたが。

「悪役令嬢」が見た所、体力はそれなりにある。

特に小柄で体力も無さそうな雰囲気なのに。「コスプレ少女」は思った以上にタフだ。

これは或いは、装備の重さの問題かも知れない。

「休憩を済ませておいてくださいまし。 食事とトイレは必須。 それに入りたいならお風呂も。 後は仮眠してもかまいませんわ」

「分かりました」

生真面目そうに、「女騎士」が茶を淹れ始める。

実の所、まずい茶葉だが、「女騎士」が淹れると多少マシだ。

「喫茶メイド」よりも茶の腕は上かも知れなかった。

まあそれでもまずいのだが。

茶を飲んだ後、駐屯地の設備を使ってトイレに行っておく。

そして休憩を終える前に、二人に軽く話をしておいた。

「次は二人を少し離して戦って貰いますわ」

「! 少し先に進んだという事ですね」

「まあそうなりますわね」

ちょっと気になったが。

明るい格好をしている「コスプレ少女」だが、「陰キャ」より喋ろうとしない。

基本的に本当に口を開かないので、ちょっと少し不思議だった。

勿論話を振れば「陰キャ」よりも話はしてくれるのだが。

或いは、喋る事自体が嫌いなのかも知れない。

「陰キャ」の場合は天然物で、他人と接するのが苦手なように見えたけれども。

「都心にはまだまだ無数のフォロワーが蠢いていますわ。 油断だけは絶対にしないように」

「はいっ!」

やはり快活に応えるのは「女騎士」だけ。

こくりと「コスプレ少女」は頷くだけだ。

この子の凄惨な過去の話は聞いているが。

或いは「悪役令嬢」に対して忌避感でもあるのだろうか。

可能性は否定出来ない。

この子は近接戦の対抗手段をまだあまり見ていないので、何とも言えないが。

「陰キャ」と同じように、単独での戦闘で真価を発揮できるタイプかも知れなかった。

また都心に出向く。

いつ邪神が出るか分からないし。

何よりも都心でどれだけフォロワーを狩っても減る気配すらない。

この有様では、一度更地にする覚悟が必要なのかも知れないが。

手直しすれば復旧出来るインフラは幾らでもあるとかで。

あまりにももったいない、という話ではあった。

自衛隊も有人の駐屯地を幾つか増やし。都心から離れた部分に点在している小規模なフォロワーの群れはレンジャーで狩っているようだが。

それでも命がけだ。

狩り手だけに負担を背負わせるわけにはいかないし。

何より生存者を探すには、レンジャーの方が適しているというのがあるのだろう。

こちらではそんな細かい所まで口を出せない。

また、無心に徹底的にフォロワーを狩る。

ルーキーのフォーメーションが崩れたこともある。

目を配らなければならない事も増えたので、フォロワーの駆除効率が明らかに落ちたが。

これも先行投資だ。

無心のまま徹底的に狩る。

やはり、「女騎士」は単独で多数を相手にするのは苦手なようである。

鎧が重すぎるのだ。

あれをもっと軽くするべきかと思うのだが。

しかし鎧まで張りぼてにすると、邪神のテリトリに入った時にフォロワー化してしまう可能性もある。

一方「コスプレ少女」は、接近したフォロワー相手にもまるで慌てておらず。

文字通り弧を描く美しいサマーソルトを決めて、顔面を真っ二つに切り裂いていた。

靴に何か仕込んでいるらしく、文字通りの一瞬の早業である。

二人いっしょに戦わせていて気付かなかったが。

これはやはり、「コスプレ少女」の方が、総合力は上かも知れない。

ただ、一発の重さは「女騎士」の方が見た感じ上だ。

立ち回りにはまだまだ改善が必要だが。

夕方近くまで戦い。

四回、女騎士の方には介入した。

いずれも「萌え絵」の投擲で片付いたが。

フォロワーは基本的に攻撃を許してはいけない。

ガチガチのプレートメイルでも、そのまま握りつぶすくらいのパワーがあるし。

鎧ごとかみ砕いてくるくらいの顎の力だってあるのだ。

そんなのを相手に、真っ正面から攻撃を受けることを前提の戦闘をしてはならない。

「悪役令嬢」だって、基本的に間合いに入った相手を即座に斬り倒す戦闘スタイルでやっているのだ。

無言で駐屯地に戻る。

「女騎士」は疲弊しきっていた。

「それでは、休んでくださいまし」

「分かりました……」

快活さも薄れたようで。「女騎士」は先に鎧を脱ぎ始め、休みはじめる。

無言のままこくりと頷くと、「コスプレ少女」は風呂に入るべく浴室に向かっていた。

「悪役令嬢」はもう少し都心でフォロワーを狩っておく。

今のうちに、自分自身の腕ももっと磨いておきたいのだ。

インカムに通信。

山革陸将からだった。

「「悪役令嬢」、君にも状況を共有したいがいいかね」

「かまいませんわ」

「現在、九州に「喫茶メイド」を戻した。 ベテラン二人が先に邪神二体との戦闘で手傷を受けた事は聞いていると思うが、戦線維持のために必要と判断したからだ」

「分かりました。 やむを得ませんわね」

今、九州北部は日本にとっての生命線になっている。

本当なら「陰キャ」を回したい所なのだろうが。

彼女ほど単独行動が適している狩り手もいない。

悩んだ末の人選なのだろう。

いずれにしても、九州北部を守るためには、九州中央部で行われている激戦を制しなければならず。

それにはルーキーだけでは無理だと判断したのだろう。

幸い今のところ奮戦している「医大浪人生」と「喫茶メイド」は同期だ。

連携すれば、上手く戦えるかも知れない。

問題はルーキーの育成になるが。

今のところ、無事なのは「悪役令嬢」が面倒を見ている二人を除くと一人だけ。

ならば、もう少しで一人前というところの「医大浪人生」と「喫茶メイド」に、頑張ってもらうしかない。

厳しい話だ。

いっそ「悪役令嬢」が九州に出向いても良いのだが。

そうなると、人員が九州に集中しすぎるというのもあるのだろう。

「「陰キャ」くんには、東北に出向いて貰っている。 今仙台での掃討任務をして貰っている状況だ。 更に北海道に出向いて貰うつもりでもある」

「大型の邪神が出た場合、かなり厳しい状況になりますわね」

「分かっている。 しかしながら、手が足りないのだ……」

特に北海道では、自衛隊は毎年冬に大きな被害を出すという。

それはそうだ。

雪などものともしないフォロワーが、いつ奇襲してくるかも分からないのである。

元々あった大規模な基地は初期の邪神による襲撃で潰されてしまったし。

今ではかろうじて点在する小規模な基地が、周辺で生き残りを被害を出しながら探している有様らしい。

確かにそれは、狩り手に来て欲しいと言う声が上がるのも当然だろう。

ただ、手が足りない。

「仮に東京に邪神が現れたとして、一線級の狩り手を全員集めるのにどれくらい時間がかかります?」

「……五時間、それ以上は見て欲しい」

大きな溜息が漏れた。

申し訳なさそうに山革陸将はしている。

本当に人材が足りないのだ。

そうなると、やはり。

「女騎士」と「コスプレ少女」を、できる限り早く一人前にしなければならないだろう。

「女騎士」は、恐らくだが近接戦を補助できる相手がいて、本領を発揮できる。

一方、「コスプレ少女」は、単独の方がやりやすそうだ。

驚くほど身も軽い。

先に、それについては話をしておく。

山革陸将も、インカムのカメラから得られるデータで、それらの分析については知っているそうだ。

「「女騎士」くんは、誰かしらバディがいた方が良いかも知れないな」

「誰か適任は?」

「難しい所だ」

「……」

人材不足極まれり、か。

九州の無事なルーキーも、あまりそういうのが得意そうではないという。

だとすると、いっそしばらく「悪役令嬢」がバディとして動くか。

正直な話。「陰キャ」はもうNO7くらいまでの邪神くらいだったら、単騎で倒せると「悪役令嬢」は思っている。

「喫茶メイド」は厳しいだろうが。

それでも、NO3がでてこない限りは、そこまで簡単に負ける事はないだろう。

ならば、東京で今面倒を見ている二人を、できる限り急いで一人前にする。

それしかないか。

「傘の代替品はまだですの?」

「何しろ特注品だ。 もう少し待ってほしい」

「急いでくださいまし」

「すまない」

通話を切る。

なお、通話の途中も戦闘はずっと続けていた。

周囲に群れるフォロワーは、夜闇の中でも動き回っているが。

視力が重要らしく、多少動きも鈍い。

此方はドローンで分布の支援を受けながら戦っているので、奇襲を受ける可能性はあまり高くは無いが。

それでも油断は出来ない。

こういうところで感覚を研いでこそ。

やはり、次の段階へといけると思う。

NO4であれだけ強かったとなると。

NO3以上と戦うには、更に「悪役令嬢」の実力を上げることが必須だ。

アラームが鳴る。

そろそろ引き上げろ、という自分への合図だ。

無言のまま撤退開始。追いすがって来るフォロワーは全て片付けた。

ドローンで確認しているフォロワーの配置だが。

都心は以前は真っ赤だったが。

ここのところ毎日五桁かそれに近い数を削っているからだろうか。

多少は密度も薄れたようだ。

焼け石に水レベルだが。

この数を近代兵器で減らそうとすると、とんでもない物資が必要になる事を考えれば。この戦闘に意味は大いにある。

駐屯地に引き上げて。

既に眠っている「女騎士」を確認。

もの凄く寝相が良いので、ひょっとして育ちでも良いのかと勘ぐってしまった。

一方「コスプレ少女」はというと。

隅っこで膝を抱えて眠っている。

ベッドで寝るのは苦手だという事だが。

これはひょっとして、家族が目の前でフォロワーになったトラウマが関係しているのかも知れない。

周辺の警備システムをオンにした後。

風呂に入って、汗を流した後。夕食をとって、自身も眠る。

まずいレーションだが。

それでも栄養については考えてくれている。

栄養があるから動ける。

それは分かっているから、我慢しなければならない。

これでも、茶が優先的に回されるなど、優遇されている方なのだ。

自衛官だった様子の「喫茶メイド」は、明らかに待遇が良くなったことを顔に出していたし。

贅沢は言っていられない。

眠って、体力を回復した後。

早朝から、すぐにフォロワー狩りに入る。

今の時点では、邪神共は動いていない。

日本に十一体も邪神を追加したことで、しばらくは此方が混乱するのを高みの見物とでもいうのだろうか。

いずれにしても悪趣味なことだが。

相手が油断している内に、少しでも牙を研いでおかなければならなかった。

 

仙台に来た「陰キャ」は、無心でフォロワーを狩り倒しながら、密度が薄いなと思っていた。

体力に限界がある「陰キャ」は、あまり大きな立ち回りをするタイプではなくて。一点に留まって敵を迎撃し続けるスタイルで戦う。このため、敵の密集地にハイドして接近し。

敵を片っ端から仕留めて離脱する。

こういう風にして、可能な限り体力の消耗を抑えるようになっていた。

九州でベテラン二人が負傷したと聞く。

邪神二体に同時に襲われたというのだから、仕方が無いだろう。

だからあの感じが良いメイドさんは九州に戻った。

それもまた、仕方が無い事だと思う。

ただ、そうなると。

「悪役令嬢」と、いっしょにまた邪神と戦うのだろうか。

基礎体力がどうしても足りない「陰キャ」だと、長期戦は厳しい。

オールマイティにつよい「悪役令嬢」は、どんな相手にも対応できて羨ましい。

「陰キャ」は色々制限がついていて、戦いでも出来る事がどうしても限られてくる。

今も、敵の密度が高いところを探しているのだけれども。

どうしてもそれが見つけられなくて、無心でロボットでいどうしながら。どうするか考えていた。

妙な反応を見つける。

仙台の一箇所で。孤立しているフォロワーがいる。

動いている様子も無い。

何だか嫌な予感がしたので、すぐに其方に向かって貰う。

小さなビルの地下だ。

この辺りだと生存者もいるので、レンジャーも動いているのだけれども。流石に単独でいるフォロワーをわざわざ片付けに行く気になれなかったのか。放置している様子である。

ビルの地下に行く。

そして、知った。

そこにいたのは、SNSクライシス前に花咲いていた文化のキャラクターに似せた、醜悪な肉塊。

そう。

強化フォロワーだ。

無言のまま突貫。

対処策は知っている。

相手も即座に気付いて、口を開くとウォーターカッターのような勢いで何か吐き出してきた。

文字通り当たっていたら、切り裂かれていただろう。

口を開けた瞬間に狙いが分かったので回避して、瞬歩で後方に回り込み。

斬り下げ、斬り上げる。

二撃目で致命打が入り。

少し痙攣した後、強化フォロワーは爆散していた。

すぐにインカムで連絡を入れる。

「強化フォロワーを、発見。 地下に、ぽつんと配、置されてい、ました」

「何だと! それは本当か!」

山革陸将の声ががんがん響くので、びっくりしたけれども。

でも、驚くのも仕方が無いと思う。

調査のためにレンジャーを回すという話なので、後は任せる。

それにしても、悪い予感がモロに適中したことになる。

「王」が倒れても、強化フォロワーは倒れない。

そういうことだ。

邪神が人間をフォロワーに造り替えた場合。フォロワーは邪神が倒れても残り続ける。それと同じように。

そして「王」は各地に強化フォロワーを配置しているのだ。

今回、それが実証されてしまった。

一度仙台の街に出る。周囲のフォロワーは掃討しておく。レンジャーが調査をしやすくなるように、だ。

幸い大した数はいなかったので、まとめて処理を終えた頃には、レンジャーがハンヴィーに乗って駆けつけていた。調査班らしい、科学者らしい人もいる。

敬礼すると、ばたばたとビルの制圧を開始するレンジャー。恐らくフォロワーがもう潜んでいることはないと思うが、「陰キャ」も立ち会う。

通信が入る。

「悪役令嬢」からだった。

「お手柄ですわね「陰キャ」さん。 敵の戦略が事前に分かったのは大きいですわよ」

「は、い」

「悪役令嬢」は声が大きいので、いつも実の所ちょっと怖い。

相手もその辺りは理解してくれているのか、必要な事しか喋らない。

或いは「陰キャ」が喋るのを苦手なのを、理解しているのかも知れない。

軽く近況の話をしたあと、通信を切った。

北海道にいく事は分かっていたが。そうなると、奇襲に備える訓練が必要になるだろうと思う。

レンジャーがやがて戻って来て。

ハンヴィーに、強化フォロワーの残骸を乗せて、去って行った。

さて、仙台のフォロワーをある程度駆逐したら。東北の主な都市を周りながら、フォロワーが密集している場所を駆除して回ることになる。

その後は北海道か。

今の時期はまだ雪はそれほどではないけれども。人間の活発な活動が止まった今でもそれは関係無く。北海道では雪がじゃんじゃん降るのだとか。

無言でフォロワーを片付けながら、防寒着について考える。

もこもこになりすぎると動きが阻害される。

ただでさえ筋力もあまりあるほうではない「陰キャ」には、そのちょっとした動きの阻害や重さが致命的になりかねない。

だがそれでも何とかするしかないだろう。

「悪役令嬢」は自身も新技を色々考えていると言っていた。

「陰キャ」も同じように、色々考えなければならないだろう。

更に戦況が厳しくなるのは分かりきっている。

それに備えなければ。

勝つどころか。

生き残る事さえ、厳しいのだから。

 

3、泰然自若

 

11体の邪神を引き連れて、「神」が戻った事で。絶対正義同盟の本拠はある程度賑やかになっていた。

最初心配した様子だった(自身の権限が脅かされると思っていたのだろう)NO3「フェミ議員」だが。

11体の邪神が、「神」に忠誠を誓っていること。

自身よりも強い者がいないことを悟ったのか。

ほっとした様子である。

現金な奴だ。

NO2は既に戻って来ていて、11体の邪神を見て色々見定めている様子だ。

或いは自分の派閥を造るつもりなのかも知れない。

まあ勝手にすればいい。

「神」の絶対優位は揺るがない。

中華の邪神の組織「解放」のボスである「黄帝」が、「神」に及ばない事は既に確認済みである。

日本が駄目になったら中華に移って、「解放」をそのまま指揮下にいれればいい。

はっきりいって、「神」には縄張り意識も部下に対する信頼もない。

人間だった時にそうだったように。

部下は使い潰すもの。

縄張りなんてそれこそどうでもいい。

金を稼げれば何にでも手を出した。

それだけの話だ。

そして最後に立っていれば勝ち。

「神」の思考は、人間だった頃と、何一つ変わっていないのである。

「さて、諸君。 また絶対正義同盟は勇壮なる軍勢に仕上がったわけだが。 ここからどう攻めていくべきだと思うかね?」

「恐れながら」

「うむ」

NO3が口を開く。

此奴も、自身の存在感をアピールしておきたいのだろう。

此奴の実力は「黄帝」に及ばない。

だから「解放」との交渉を任せていたときには、成果を上げられなかった。

邪神とはそういうものだ。

「人間共は九州を守ろうと必死になっています。 九州に四体以上のαユーザーを同時に投入し、敵に致命傷を与えるべきです」

「そうか。 NO2、君の意見は?」

「僕の意見は違いますね」

バカにしきった声に、あからさまにNO3が反発の視線を向けたが。

地位が絶対。

これがこの組織の掟だ。

「聞かせて貰おうか」

「僕としては、更に戦力を蓄えるべきかなと思います。 いっそ欧州の「連合」を乗っ取っては?」

「ふふふ、欧州にも私を派遣させたいのかね?」

「そういうわけではないんですが、勢力は大きい方が良いに決まっているじゃないですか」

馬鹿な奴だ。

透けて見える。

此奴は恐らくだが、「連合」のボスである「財閥」の実力が、「神」よりも上だと思っているのだろう。

そこで「神」が敗れれば。

絶対正義同盟は「財閥」に屈し。

自身の発言力が強化されると思っているのだろう。

或いは、既に話をつけているのかも知れない。

残念だが、そうはいかない。

「欧州のαユーザーは今米国との総力戦の最中だからね。 彼らの足下を掬うような真似はしないよ」

「さいですか」

「それよりも、NO4が思った以上に簡単に敗れた事が気になる」

「あいつは元から口だけの男でしたから。 まあ妥当な結果でしょう」

此奴はまた。

一番仲良くしていた相手を、死んだ途端にこれか。

或いはあくまで派閥構築のために仲良くしていただけであって。

最初からそう思っていたのかも知れないが。

「狩り手の分布は」

「フォロワーの減衰具合からして、東京に例の「悪役令嬢」が。 東北に一人手練れが来ているようですね」

「九州は」

「一進一退でしょう」

ならば、弱いところを突くのが定石か。

NO3の意見を採用するとする。

「解放」から譲り受けた邪神の内、四体の名前を呼ぶ。

それぞれが立ち上がった。

その内二体は、奇襲で狩り手に大きなダメージを与えた者達だ。

狩り手なんてこんなものだと、露骨に甘く見ているのが見て取れる。

丁度良い。

消耗してしまうのを前提で、九州の戦況をひっくり返しておこう。

「これよりまず強化フォロワーを各地で動かし、自衛隊の駐屯地を襲わせる。 その混乱に乗じて、お前達は九州の戦線にいる雑魚狩り手を片付けなさい」

「御意」

「それではタイミングは指示します。 それぞれ待機」

邪神達が散る。

場にはNO2とNO3だけが残った。

「さてNO3「フェミ議員」。 君はどう思うかね」

「何が、でございましょう」

「分かっている筈だよ。 さっきの四体のαユーザー、恐らくは敵を消耗させきるには足りないだろう」

「自分も出向けという事でしょうか」

おそるおそる顔色を窺ってくるが。そんな事は必要ない。

にやありと、笑ってみせる。

この笑顔を見た部下は。人間時代も、皆青ざめたものだ。

「君がするべき事は、敵の戦力の見極めだよ。 恐らく四体のαユーザーともなれば、敵は総力を挙げて来る。 実際にどれだけの戦力を投入すれば絶対に勝てるか、それだけを君は見極めればいい」

「は……はい」

「分かったならいきなさい」

「分かりました」

自身も怪物同然の存在だったのに。

「フェミ議員」は明らかに怯えていた。

それでいい。

恐怖こそが糧。

他人を怖れさせる事ほど、楽しい事は他に無い。人間だった頃から、まったく変わらない娯楽である。

NO2もその場を去ろうとするが。

指示を出しておく。

「NO2「魔王」。 君にも一つやって欲しい事があってね」

「はい、何でしょう」

「君のベースになった人間は「専門家」だったね」

そう聞くと、それだけで理解したらしい。

にやりと笑う「魔王」。

くつくつと、「神」と「魔王」は笑い合うのだった。

 

「喫茶メイド」が九州に第二東海道を用いて戻った時。九州の戦況は前とは一変していた。

前線を支えていたベテラン二人が負傷で戻った結果。

自衛隊が遅滞戦術に切り替え。

ルーキーも自衛が精一杯。

必死の防戦を続けている状況になっていたのである。

これは、まずい。

一時期に比べて、北上してくるフォロワーの数はかなり減っている。それでも、この状況は著しく良くない。

更に大量の邪神が絶対正義同盟に追加されたばかりだ。

その中の二体との戦闘で、ベテラン二人、ルーキー二人が負傷している。

大規模な戦力低下を起こした九州の戦線が瓦解すると、九州北部の無人工場地帯が破壊される可能性もある。

フォロワーは興味を示さないかも知れないが。

フォロワーが到達した結果、邪神どもが工場地帯の存在に気付いたら、ジエンドである。

都心はまだまだフォロワーだらけ。

静岡などの工業地帯もあらかた似たような状況。

どれだけ「悪役令嬢」等のエース級の狩り手が頑張っても、結果はどうしようもないのである。

それが事実だ。

だから、それぞれが出来る事をしていかなければならない。

とりあえず、三十五体までは同時にフォロワーを相手に出来る。

それを理解した「喫茶メイド」は、前線に出てフォロワーを狩る。

一人だけ無事だったルーキーと、負傷から戻って来たばかりの「医大浪人生」とは、随分短期間で実力差がついていた。

二人を守りながら、最前線で激しくフォロワーを狩り倒し続ける。

立ち位置を工夫しながら、自分の手に負える数のフォロワーを見極めつつ戦い。

自衛隊の負担を減らす。

自衛隊も、上手く「喫茶メイド」達三人の方にフォロワーが行くように誘導してくれたこともあり。

戦況は、何とか多少持ち直すことができていた。

「悪役令嬢」が来てくれれば何よりなのだけれども。

彼女がルーキーを短期間で鍛え上げる実績については、上層部も認めているらしいので。

しばらく東京からは離れられないだろう。

最悪の事態は、ここに邪神が現れる事だが。

今の時点で、その兆候はない。

奇襲を防ぐのが苦手な「喫茶メイド」だ。

体力だけしか自慢になるものはない。

何とか他のルーキー二人には、自衛だけでもしてもらう他無いが。

それも、酷な話に思えた。

少し顔を合わせただけだが。「陰キャ」は他人を指導するなんてとても無理に思えたし。

どうにか「喫茶メイド」が頑張るしかない。

激しい戦いを終えて、夜になるとフォロワーの動きは一度止まる。

それで安心して、駐屯地に入るが。

自衛隊の様子がおかしい。

インカムの向こうで、ばたついているのが分かる。

これは休憩を急いで取るべきだな。

そう思って、食事を手早くかっ込む。

風呂は諦めるしか無いか。

そう思っている内に。

連絡が来た。

「「喫茶メイド」くん。 いいかな」

「はい。 何か問題が」

「何カ所かの自衛隊駐屯地に、複数の強化フォロワーが現れた。 苦戦中だ。 今、「陰キャ」くんと「悪役令嬢」くんが応戦に向かっている」

来るべき時が来たか。

だが、此処を離れる訳にはいかない。

ただでさえ、半人前とルーキーで戦線を支えている状況なのだ。

そうすると、意外な事を言われた。

「「悪役令嬢」くんの伝言だが、君達は其処を死守してほしい、とのことだ」

「どういうことですか」

「これは陽動の可能性が高い……」

確かに、強化フォロワーはもう作り出す事が出来ないだろう。

そうなると、貴重な戦力となるわけで。

それを使い捨てて狩り手を誘導しているとなると。

「邪神との戦いに備えてほしい。 他の戦況は、此方でどうにかする」

「分かりました……」

震えが来る。

「喫茶メイド」は絶対正義同盟のNO4、NO5と戦った。

だがあれらは、殆ど「悪役令嬢」と「陰キャ」によってダメージを与えたに過ぎず。「喫茶メイド」は情けなくも二人の補助をしていただけ。

「喫茶メイド」と二人では、実力に天地の差があった。

邪神が来た場合、単独でも倒せるかどうか。

いや、倒すどころじゃない。

半人前が邪神を前に出来る事は。

生き残るべく、最善を尽くすだけだ。

今のうちに、「萌え絵」を描いておく。

生の「萌え絵」がどれだけの火力を出すかは、実戦で経験済みだ。あればあるほどいいだろう。

絵というのは、ある程度才覚があると、他人のものを再現出来るという。

そのある程度の才覚が、「喫茶メイド」にはあったのだろう。

いずれにしても、研修の頃からデータベースにある「萌え絵」を描く技術がある事が注目され。

ある程度描けるように時間を割いてまで訓練をさせられた。

そして、今は。

ある意味、それだけが「喫茶メイド」の財産なのかも知れない。

駐屯地を出る。

いつ何が起きても分からない。

「医大浪人生」とルーキーにもその話はしておく。

だけれども。

どこか、それは自分でも理解出来ていないのかもしれなかった。

ぞわりとくる反応。

これは、間違いない。

インカムに、叫んでいた。

「邪神です! すぐに近辺の自衛隊を後退させてください!」

「分かった! 撤退! 距離を取れ!」

しかも、この気配、一つや二つじゃない。

この間は二体同時に来て、あのベテラン二人を含む多くの人を傷つけていった邪神だが。

中華から十一体も来たと言う話だから。

数にも余裕が出たのだろうというのは分かる。

しかし、いくら何でもこれは。

強化フォロワーで主力の足止めをしつつ。

しぶとく食い下がってくる九州の戦線を、一気に押し潰し。

人間の反攻意欲を削ごうというのが分かる。

冷や汗を掻いているルーキー。

すぐに下がるように指示。

同期の「医大浪人生」は、残ると言った。

青ざめているが。

それでも、同期なのだ。

意地があるのだろう。

意地があっても、どうにもならないけれども。

無心のまま、此方に来る四体の邪神を見る。トーテムポールみたいなやつ。球体から無数の手足が生えている奴。

それだけじゃあない。

もう二体。

一体は顔が獅子になっている人型。

もう一体は、何だろう。

形容しがたい姿をしていた。

海棲生物のような、なんだろう。とにかく、よく分からなすぎて、言葉にすることができなかった。

「負け犬がいる」

「たった二匹だ」

「こんなのに苦戦していたのか」

「ふっ。 まあ人間を殺すのは久しぶりだ。 最近はどこに行ってもフォロワーが増やせなくて面白くなかった」

好き勝手を言っている邪神ども。

一秒でも時間を稼がなければならない。

できれば能力も解析したい。

頷きあうと、飛び離れるが。

そもそも此奴らは、ベテラン二人でもどうにもならなかった相手に。更に増援がついている状態なのだ。

多数のフォロワーが、北上してくるのが見える。

九州南部にいたフォロワー全てが、動いているのかも知れない。

このままだと、九州北部にある無人工場地帯が敵の制圧下に入る。

工場そのものは無人で動いていても。

そこに人が赴かなければ、生産品は回収出来ない。

文字通り今は生命線になっている場所を。

渡すわけにはいかないのだ。

「四時間だ!」

山革陸将がインカムの向こうから叫ぶ。

「悪役令嬢」が、四時間でこっちに来てくれるらしい。各地の自衛隊も、あの強化フォロワー相手に、必死の迎撃戦を展開してくれているそうだ。

物資。弾薬も燃料も少ないだろうに。

体力だけが自慢。

だから、嬲られるのも覚悟で、何とか此処で踏みとどまらなければならない。

ルーキーは下がらせた。

「医大浪人生」は再生医療を受けていたとは言え、一番マシに実戦を経験している筈である。

だから、何とかなる。

そう信じる。

無心で、突撃してきた獅子顔に、「萌え絵」つきのナイフを投擲する。

モロにスコンと入ったナイフが爆裂。

だが、笑いながら、大きくえぐれた体を再生させていく獅子顔。他の邪神どもも笑っている。

「確かに火力は素晴らしいなあ。 新鮮な「萌え絵」なんて喰らうのはいつぶりだろうかな」

「初めてだろう。 うちの方では軍を早々に始末してしまったし、狩り手なんて現れもしなかったからな」

「米軍がノウハウを通信しようとしていたようだが、SNSクライシスの前にネットを封鎖していたのが徒になって、通信を傍受できた者もいなかったようだしなあ」

「ひひひ。 さてこの間は此奴らより数が多くても、まるで手応えが無かったが。 少しは楽しめるかな?」

口々にいう邪神ども。だが、以降はぴたりと黙った。

とにかく、驕らせておけば良い。

時間だけは稼げ。

それだけが、重要だ。

 

駐屯地にヘリから飛び降りる。

装甲車をひっくり返した強化フォロワーが、重機関銃の乱射を浴びながら、平然と自衛官に歩み寄っている。

戦車砲が直撃するが、一発当てるだけでは駄目なのだ。

それでも、必死に歩みを遅らせてくれているのが、結果として功を奏した。

「悪役令嬢」が強化フォロワーの背後から、二連撃を浴びせる。

一瞬で爆散するのを見て、おおと声が上がった。

駐屯地の被害は甚大。

死者も多数。

だが、それでもこれで此処はもう大丈夫の筈だ。

襤褸ぞうきんのように引きちぎられた死体が点々としている。

必死に此処を守ろうとした自衛官のものだろう。

「トリアージは此方で行います! 貴方は早く九州に!」

「分かりましたわ!」

ヘリからぶら下がっているはしごに捕まると、自衛官達がひっくり返った装甲車をどうにか戻そうとしている。

確かにどうにもできない。

第二東海道を守るべく、各地に設置されている駐屯地が揃って襲撃を受けているが。

今救出したのは四箇所目。

「陰キャ」も奮戦しているようだが。

手なんか足りるはずがない。

戦車が二台以上いる場所では、タイミングを合わせての連撃を上手く成功させ。どうにか強化フォロワーを倒せた場所もあるようだが。

そういう相手だ。

各地に戦力が分散している上に。

大火力の兵器は少なく。

そもそもフォロワー撃破の常識が通用しない強化フォロワーが相手となると。訓練を受けた自衛官もどうにもならないようだった。

冷や汗が流れる。

「喫茶メイド」は半人前をようやく越えた辺り。

それが、半人前にやっとなった程度のルーキーと二人で、四体の邪神と必死の応戦をしているという。

戦況については口をつぐむ山革陸将。

ようするに、殆ど嬲りものも同然の状況なのだろう。

単にこちら側の力を割く。

それだけのために、この大規模攻撃をして来た可能性が高いし。

何より今後、自衛隊は強化フォロワーの恐怖に怯えることになる。どこにどれだけ残っているか分からないし。

対戦車ライフルなどで対抗できたフォロワーと違い。

強化フォロワーは、短時間で同レベルの火力を正確に叩き込まないと倒せない上、動きも速いのだ。

続いて、基地が見えてくる。

此方は必死の奮戦虚しく、バリケードも破られ、自衛官が引きちぎられているようだ。

無言でヘリから飛び降りると。

暴れている数体の強化フォロワーに突貫。

ひっくり返されている装甲車が炎上している。

何かに引火したのかも知れない。

無心に一体目を斬り伏せ。

今、一人の自衛官をつり上げて、首をねじ切ったもう一体を斬り伏せる。

最後の一体を斬り伏せたときには。

周囲に生存していた自衛官達が、呆然としている様子だった。

「周辺から救援部隊を回す! 君は九州に急いでくれ!」

「分かりましたわ……」

流石の「悪役令嬢」も言葉がない。

この辺りは以前のフォロワーによる一斉攻撃にも耐え抜いた堅固な基地で。それが原因で、自衛官にも何処かに油断があったのかも知れない。

次。

心を無にするために、敢えてそう呟いていた。

ヘリは燃料を補給しなければならないが、まだ大丈夫だ。次の基地を救援するついでに補給する。

次の基地には燃料がある程度ある。

操縦している自衛官はずっと無言。

それはそうだろう。

嫌になる程気持ちは分かる。

トリアージに参加する時間すらないのである。

「降下します」

「大丈夫。 かまいませんわよ」

また、交戦中の駐屯地が見えてきた。

偽装していたはずなのに、どうして場所がばれた。

或いは長い間時間を掛けて、場所を探り当てていたのかも知れない。

ともかくヘリから飛び降りて、戦車を片手で食い止めている強化フォロワーに突貫する。

至近距離から戦車砲を浴びても再生をすぐに完了させる強化フォロワーを見て、自衛官達は青ざめているが。

倒し方さえ分かれば。

狩り手になら。

ある程度慣れた狩り手だったら、対応できる。

だが、そのある程度慣れた狩り手すら、今は殆どいないのである。

振り返った強化フォロワー。

だが、此奴と「悪役令嬢」の相性は最悪だ。

即座に連撃を入れる。

豪腕が空を抉ったが。その腕が振り切られた頃には。

既に強化フォロワーは吹っ飛び、塵に成りながら消え始めていた。

ヘリが着陸し、給油を開始する。

ここもかなりやられている。

給油の間。周囲を見回る。

どうやら今回の襲撃、フォロワーは一切動員せず。強化フォロワーだけを動かしているようだ。

性能テストでもしているようだな。

そう思うと、苛立ちが募る。

少しでも冷静になれ。

苛立ったところで、勝率が下がるだけだ。

インカムから通信が来る。

「主要な駐屯地の防衛はどうにか完了した。 今は第二波に備えて、防備を固めているところだ」

「主要な、ね。 他の駐屯地は?」

「「陰キャ」くんに対応して貰う。 「悪役令嬢」、君は給油が終わり次第、即座に九州に行って欲しい。 後一箇所だけ、道中にある駐屯地をどうにか救援してほしい」

「……分かっていますことよ」

ああ、分かっている。

分かっているが、どうしようも無いこの怒りはなんだ。

手数が足りない。

あと十人手練れがいれば。

「女騎士」や「コスプレ少女」を半人前くらいに育てられていれば。

あの二人は、まだ強化フォロワーとやり合わせるには早い。邪神なんてもっての他である。

本当だったら、「喫茶メイド」だって、もっと経験を積ませなければならないところだっただろう。

それなのに。

「九州の戦線は」

「急いで欲しい、としか言えない」

「……」

通信を切る。

山革陸将にはとばっちりだが。

余りに無力な味方戦力には、歯がみしかできなかった。

北米も大混乱にある今。

援軍なんかどこからだってこない。

宇宙人辺りが一番可能性が高そうなくらいである。

勿論そんなものが地球人を助ける理由がない。

この後に及んで狩り手に陰口をたたく奴がたまにいることを、「悪役令嬢」は知っている。

出来レースでもしているんじゃないのかとか、そういう陰口だ。

馬鹿馬鹿しいので聞き流しているが。

これだけの危機的状態でも、そんな陰口をたたく奴はいるし。

救援にいっても、どうしてもっと早く来なかったとか、頭ごなしに怒鳴りつけてくる奴もいる。

人間なんてそんな生物だ。

たまに守る意味があるのか、疑問さえ感じてしまう。

だが、それでもやらなければならない。

本当に守るべき価値が無いかは分からない。

自分には邪神を倒せる。

だから、やるしかないのだ。

高笑いも出そうに無いな。

そう思いながら、給油が終わったヘリに乗り込む。救援部隊と言うには小規模な部隊が来て、救助活動を始めた。

この基地は殆ど作り直しだな。

そう思いながら、彼らの敬礼を受けて基地を去る。

九州までまだかなりある。

どう楽観的に見ても、「喫茶メイド」が持ち堪えられるとは思わない。

あの山革陸将の言葉も。

それを後押ししていた。

無心をできるだけ保つ。わき上がる怒りを必死に抑える。怒りは大事な感情だが。今爆発させるべきではない。

ヘリが最高速度に達して、更に次の基地に。

こちらは、かなり善戦している様子だ。10式戦車がいる。必死に高速機動とスラローム射撃を駆使して、強化フォロワーに対抗しているが。

それでも一台だけではどうにもならない。

基地からも必死に対戦車ライフルで狙っているが、それでも戦車砲と合わせての攻撃は厳しい。

無言ではしごから飛び降りると突貫。

撃ち方止め、と声が掛かる。

振り返った強化フォロワーが、いきなり人型から姿を変え。全身を触手の塊にすると、全てを「悪役令嬢」に飛ばしてきた。

全部弾き返しながら突貫し、斬り伏せつつ隣を抜ける。

爆散した強化フォロワー。

こんな変異タイプもあるのか。

NO4が、如何に周到に準備をしていたのかがよく分かる。

更にもう一体がいる。

まだ九州に、辿り着く事はできない。

無言のまま突貫。

顔には、鬼相が浮かんでいたかも知れない。

唐竹に斬り伏せて、そのままパンと鉄扇を大きな音と共に閉じる。

溜息が漏れた。

すぐにヘリに歩いて行く。

自衛官達の畏敬よりも恐れが多い視線を受けながら。悪役令嬢は、もう間に合いそうにない、九州に向かった。

 

4、どうにもならぬ

 

もう、殆ど前が見えなかった。

四体の邪神が交互に繰り出してくる攻撃を、かろうじてかわし、なんとか箒で弾き返し。

それでも必死に、ナイフを投擲して、敵に反撃する。

だけれども、分かっている。

相手は殆ど喋りもしない。

要するに、どいつも第二形態にすらなっていない、ということだ。

邪神は追い詰められると、べらべらしゃべり出す。

それは分かっている。

だけれども。

此処まで絶望的だと、どうにもならない。

乾いた笑いが漏れ始めていた。

「「医大浪人生」くん、まだ無事?」

ぼやく。

だけれども、そういえば思い出す。

確か激しい攻撃の中負傷して。それも「喫茶メイド」を庇って吹っ飛ばされ。自衛隊のロボットに回収されて、後方に下がったのだ。

既に周囲はフォロワーの大軍勢に囲まれていて、今はそれさえできそうにない。

北上してきたフォロワーの群れを従えて、邪神四体はけたけた笑っていた。

「さて、久々の人肉だ。 誰が食うか決めないとなあ」

「フォロワーにはできないから食うくらいしかないしな」

「ひひひ。 なら場所をそれぞれ決めておくか。 うまそうな胸は一番嬲った私が貰おうかなあ」

「じゃあ俺は頭だ。 脳が一番うまい」

呼吸を整えながら、必死に血が滴っている手で箒を握る。

これが、仮にも元人間だった連中の言葉か。

本当に邪神になっているのが一発で分かる。本当に度し難い。

SNSの邪悪が、何かしらのコアを中心に邪神となったものらしい。

SNSクライシスで生じた邪神はまだ研究が進みきっていないから、そういう仮説しかないそうだが。

それにしても、あまりにも酷い話だった。

呼吸を整えると、顔を上げる。

ぼんやりとしか、もう周囲が見えない。

四時間は、たっただろうか。

いずれにしても、もう、駄目だ。

「俺たちが手を下すまでもあるまい。 フォロワーにばらさせるか」

「ああ、駄目だ駄目だ。 あれらはそんな命令を聞くほどオツムができていない」

「ハハハ。 ネットで騒いでいたアホどもと同じだな」

「いんや違うね。 ネットで騒いでいたアホ共はただ悪目立ちしていただけ。 人間は元からそんな程度だよ」

ギャハハハハと笑っている。

邪神どもが喋っている。

あれ、おかしい。

おいつめられてもいないのに、どうして。

気付くと、視界がぐるんと一回転していた。

そうだ、思い出した。

岩に叩き付けられて、それで。

必死に起き上がろうとして、できない。

多分今聞いていたのは、幻聴かなにかだったのだろう。

殆ど何も見えない。

邪神も喋っていない。

要するに、走馬燈みたいなものを見たと言うことだ。

バラバラにされて食われるだけか。動きもしない手を確認して、目を閉じて覚悟を決める。

邪神の気配は周囲から消えていない。

ただ、嘲弄するだけの気配があった。

意識が静かに落ちる。

もう、何もできることはなかった。

 

勝ち誇っている邪神どもの真ん中に降り立った「悪役令嬢」は。その瞬間、怒りを爆発させていた。

もはや、頭に来すぎると、どうやら言葉すら出なくなるらしい。

そのままトーテムポールに連撃を浴びせ。

更に吹き飛ばす。

途中からロボット車に乗り換え、此処まで全力ですっ飛ばしてきたが。

その疲れとか、もはやどうでもよかった。

四体いる邪神は、どいつも二桁ナンバー級の実力の様子だが。それでも四体である。相互に弱体化が掛かっているとしても、よく途中からは一人で支えたものだと思う。

インカムから生体情報が検知できる。つまりまだ「喫茶メイド」は息があるという。

ならば、此奴らを屠り去る。

トーテムポールが喚く。

「こ、此奴が噂の!」

無言のまま、獅子顔が豪腕を叩き付けてくるが、それを一瞬で消し飛ばす。

更に顔面に蹴りを叩き込み。

脳天から鉄扇で粉砕してやる。

大量の鮮血をぶちまけながら倒れる獅子顔。多数の手足が生えた球体がなんか謎のビームを乱射してくるが。残像を抉るだけ。

至近に迫ると、フルパワーで球体をかち割る。

怯えきった様子で、残った一体。

一回り大きい力を感じる、海棲生物っぽい奴が冷静に指示を出した。

残りの三体も、大ダメージは与えたが、コアには届いていないのだ。

「いいだろう。 作戦目的は達した。 予定通り撤退するぞ」

「しかし……」

「良いから引け。 我等は言われた事だけやればいい。 このまま戦えば戦力を失うだけだ。 此奴は我等では勝てない可能性が高い」

「……」

こいつは一応指揮官ポジか。普通は邪神は連携などしないのだが。例外なのだろう。

それに本来は邪神は人間相手に撤退など出来ないはず。ましてや狩り手相手ならなおさら。

要するに此奴らは、何かしらの指示を受けてその通りに動いていると言う事だ。ダメージは受けているのだろうが、それすらも無視して。いや、何かしらの操作を受けているのかも知れない。或いは高位の邪神による遠隔操作とか。

いずれにしても、邪神共が引いていき。

後は、意識なくぐったりしている「喫茶メイド」を狙って、多数のフォロワーが周囲に蠢いているだけの状態になった。

数は数千はいるか。

「医大浪人生」は既に野戦病院に行っているという。ならば、あとは「喫茶メイド」を救出すれば終わりだ。

そしてこれで九州には「悪役令嬢」か「陰キャ」のどっちかが貼り付かなければならなくなった。

それだけでも、敵は有利になったと言える。

その前に、まずは「喫茶メイド」を救出しなければならないが。

一斉に躍りかかってくるフォロワー。

全てを赤い霧に変えながら、インカム通じて救助のヘリを要請する。

邪神共は撤退した。

すぐに来るように、と。

通信先は周囲にいる数千は軽いフォロワーに怖じ気づいたようだが。

すぐに来いともう一度念を押し、通信を切った。

数百を赤い霧に変えた後。

ようやく頭が冴えてきた。

「さあて。 今日のわたくし、とても機嫌が悪うございましてよ。 全員むごたらしく粉々にしてさしあげますわ」

あの四匹の邪神も、顔を覚えた。

今後は団体で行動するかも知れない。

いずれも許さん。

無心でフォロワーを引きちぎっては投げ捨て続け。

救援のヘリが来た頃には、周囲は赤い毒沼のようになっていた。

救助の自衛隊員が、まだかろうじて息がある「喫茶メイド」を抱えて撤退していく。

雨が降り始めた。

大きな溜息が出る。

何度もだ。

「悪役令嬢」は一人しかいない。

頼りになる「陰キャ」も同じ。

頼りにしていた「デブオタ」「ガリオタ」のベテランコンビは復帰出来るかすら分からない。

無事なのは半人前二人と、ルーキー一人だけ。

各地の自衛隊も恐らく近年で最大の被害を受けている。

戦況が一気に最悪に転落したことを、否応なしに「悪役令嬢」は悟らされていた。

 

(続)