連鎖する壁
序、戦えど戦えど
軽症から回復した「喫茶メイド」が「悪役令嬢」が戦っている東京の戦線に戻って来た。しばらくは、「悪役令嬢」の側で戦うらしい。
もう少しでルーキーを五人追加できるという話だが。
どちらにしても、激戦区で鍛えてもらう他無いだろう。
それに、だ。
これから中華の邪神が来る可能性が出て来た。
北米に、欧州の邪神推定十数体が来襲。フォロワーの掃討作戦を進めていた米軍も、米国の狩り手達も大きなダメージを受けた。
最も戦況が良かった北米から、援軍をまわしてもらうと言う話もあったのに。
その話も、全て台無しだ。
これから、中華から十数体の邪神が来る可能性を想定しつつ。
絶対正義同盟の残り四体の。
この間仕留めた「フェミ弁護士」以上の実力を持つ邪神と戦わなければならない。
色々厳しすぎる状況だが。
これでも邪神に文字通り為す術がなかった頃に比べればマシ。
そう思うと、色々と気が重かった。
ともかく、東京でひたすら戦い。
技の精度を上げていく。
火炎瓶の他にも、幾つか面制圧の手段がほしい。
投擲は傘がある。
だが、まだまだ色々工夫の余地があると思うのだ。
恐らくだが、NO4の実力はNO5とさほど変わらない筈。NO4の戦闘データを見る限り、それは間違いない。
NO3以降が問題だ。
此奴らは文字通り実力が一段階上だから、である。
二人で淡々と、フォロワーを片付ける。
安全な地区を増やしていきたい所だが。
ビルの一つ一つにフォロワーが潜んでいるし、人間が近付いても必ずしも動いてくるわけではない。
しかもこの間まで、NO5「フェミ弁護士」がフォロワーを活性化させていたようで。
今は逆に動きが鈍くなっており。
大量に押し寄せてくる事がなく、却って効率が悪くなっているのを感じていた。
ビルなどの小さな目標に対する攻撃は、レンジャーに任せる。
群れ単位で「悪役令嬢」は「喫茶メイド」と共に対応する。
幸い数百程度の群れが断続的に襲ってくる程度なので、「喫茶メイド」の鍛錬にも丁度良いところである。
この間までナイフとフォークの投擲のみで戦っていた「喫茶メイド」も。
用意されたチタンとモリブデンの合金が芯に入っているT字箒を使って、至近に迫ったフォロワーは倒せるようになっていた。
腕が磨かれるようになって来たというよりも。
既存のマニュアルを、どんどん更新している印象だ。
いずれにしても、どんな方法だろうが。
奇襲や、初見の相手に対応できるなら、それでいい。
「悪役令嬢」はそう思い。
試行錯誤している「喫茶メイド」に対しては、何も言わなかった。
彼女が復帰してから四日。
いよいよ、東京の都心に踏み込む。
周囲は朽ちつつもまだ残っているビル群。
内部には多数の貴重な物資もある。
同時に、凄まじい数のフォロワーが蠢いている。
此処はSNSクライシスの直後に、邪神が徹底的に暴れたこともあり、フォロワーが世界一密集しているのでは無いかとすら言われている場所だ。
相当数削ったが、まだまだたくさんいる。
まず「悪役令嬢」が、群れの中に突貫して一暴れ。
その後は敢えて退く。
案の定、どのビルからもこのビルからも、ワラワラとフォロワーが湧いて出てくる。
ビルの中にいることが習性になっていたのか、比較的綺麗な姿をしているものが多く。新鮮な分口も利く様子だ。
「名誉オス! 殺す!」
「性的消費! 性的消費!」
「焼き殺せ!」
喚きながら、どっと押し寄せてくるフォロワー。
数万はいるとみて良いだろう。
今日は此奴らを全滅させたいが。流石に厳しいか。
戦闘ヘリが出てくる。
米軍基地に遺棄されていたものを回収した、当時最強だった戦闘ヘリアパッチロングボウ。
装備している重機関砲は、戦車にすら通用する。
それが火を噴く。
ヘリは滞空したまま攻撃を続け、敵の密集地点に効果的打撃を与えてほしいと依頼はしてある。
自衛隊としても、危険すぎて都心に全く踏み入れない状態を解消したいと思っていたのだろう。
作戦には乗ってくれた。
膨大な数のフォロワーが、一瞬にしてミンチになる。
ただこの重機関砲の弾そのものが、一発ずつがもの凄い高級品だ。
更にミサイルも数発叩き込むと、アパッチはその場を離れて飛んで行く。
濛々たる煙が晴れると。
それでも膨大なフォロワーがいた。
そこへ、MLRSでの支援砲撃を浴びせる。
某国での戦争では、「鉄の雨」と呼ばれ怖れられたと言うが。
それもまあ、納得である。
膨大なフォロワーがまとめて粉々に消し飛ぶ。
距離を少し取って、それでも攻撃を抜けてくるフォロワーを「喫茶メイド」と共に処理していく。
ただ、やはりフォロワーは、狩り手を視認できればともかく。普段はそれほど組織的に行動していない様子だ。
自衛隊からの無線を聞く限り、言動からして、既に倒された邪神のフォロワーも多いらしい。
それならば、動きが鈍いのも納得とは言える。
いずれにしても、近距離に迫るものは「悪役令嬢」が片っ端から屠りさり。
ある程度の取りこぼしも、「喫茶メイド」が全て片付ける。
夜になると、此方を視認できなくなったフォロワーがばらけ始めたので、一旦引き上げる。
「悪役令嬢」の方でも体力を相当に消耗したし。
これ以上は、流石に厳しいというのが実情だった。
駐屯地に戻ると。
「喫茶メイド」に傷は無いかを確認する。
真面目すぎるので、何かあっても自分から言い出さない。
モチベは高いが、基本的にまずい場合は自分から言って欲しいのだが。
あるいはこれも、ブラック企業の頃に横行していた色々と問題ばかりの社会体質が、今でも影響を及ぼしているのだろうか。
無言で自身のダメージを確認。
問題はない。
ただ、鉄扇の一つがかなり痛んでいるので、研ぎに出しておく。
研ぎから一つが戻って来たばかりだというのに。
まあこれだけ連日戦闘を続けていれば当然の話か。
先に「喫茶メイド」を休ませて、状況を確認しておく。
「ルーキーの一人「医大浪人生」くんは、先日戦線に復帰した。 しばらくは九州で戦って貰うつもりだ。 その他三名のルーキーを九州に廻す予定だ」
「各地の戦況は」
「東京では、今日だけでかなりフォロワーの数を削る事が出来た。 ただ横浜から、大規模なフォロワーの群れが動き出しているという報告がある」
「……」
敵邪神「フェミ弁護士」は、フォロワーを自由自在に操作する能力を持っていた可能性が高い。
他人(邪神)のフォロワーだろうと関係無しに、である。
横浜にも、SNSクライシスの時に多数の邪神が飛来したという話だから。
恐らくだが、フォロワーは単一の邪神によるものではないだろうし。
全てが動いている訳ではないだろう。
NO4。
「王」。
奴がいよいよ戦線に出て来たのかも知れない。
詳細がよく分からないNO1と違って、NO4はとにかく昔から各地を引っかき回してきた邪神だ。
討伐記録はないどころか、討伐に立ち会って生還した狩り手もいないのはNO5以上の邪神全てに共通しているが。
此奴の場合、各地での所業が記録に納められているのに。
狩り手との交戦は極力避けるという事でも知られている。
不可思議な奴なのだ。
邪神は狩り手の挑戦を受ける。
人間と見なしていない超格下の存在だからである。
だから馬鹿にしながら、戦いには入るのだが。
此奴は例外的に、そもそも狩り手とかち合わないように動き回っているようなのである。
理由はよく分からない。
戦闘力が低いかというとそうでも無い様子なので。
ただ、此奴が比較的小規模の集落でも、弄ぶようにフォロワー化していった記録は幾度もあり。
非常に危険なことに代わりは無い。
さっさと仕留めないと危ないが。
それは他の邪神についても同じだ。いずれにしても、奴が動いている可能性が高い以上、フォロワーの駆除は速い段階で進めなければならないだろう。
かといって無理は禁物だ。
こっちにはまだまだルーキーの域を超えていない「喫茶メイド」もいるし。
「大阪では「陰キャ」くんが頑張ってくれている。 大阪の幾つかの地区からは、フォロワーが完全に掃討されたのを確認した」
「それはまたすごい」
「いや、キルカウントは君の方が上だよ「悪役令嬢。 彼女は一箇所ずつ丁寧に処置している印象だね」
豪快に狩る「悪役令嬢」と、丁寧に一箇所ずつ潰して行く「陰キャ」。戦闘スタイルの違いという奴なのだろう。
まあそれはそれとして。
極めて高い適性の持ち主であるのは事実である。
「九州の戦況はいかがですの?」
「九州中部で戦線を展開していたが、この間の大攻勢に失敗してフォロワーはかなり数を減らしたようだ。 ただ九州方面軍も犠牲が小さくない。 これから人員を募って補充をしなければならないだろう。 散発的に仕掛けてくる群れは、二人のベテランが押し返してくれている」
「戦線を進める事は出来そうにありません?」
「残念ながら厳しい所だ。 これから「医大浪人生」くんに加えて三人のルーキーが入る事になる。 彼らを生還させて経験を積ませるだけで、ベテラン二人は文字通り手一杯だろう」
それはそうだろうが。
しかしあの二人は引退を考えている程なのだ。
実際五十を過ぎて大分経っている。
確かに前線で戦うのには無理がある。
それに判断力などの低下も、本人達が嘆いている様子だった。
それも考えると。
できるだけ代わりになるルーキーを育成しないとまずいだろう。
「喫茶メイド」は、もう十数回戦闘すれば、恐らくだが小規模なフォロワーの群れを自衛隊といっしょに駆除して回るゲリラ戦を行うには問題の無い腕になると思う。
一箇所に狩り手がまとまっていると、凶悪な邪神と不意に遭遇したとき、初見殺しの能力でまとめてやられてしまう可能性もある。
NO4以上は情報が少ないこともあり、可能な限り気を付けなければならないだろう。
「もう少し戦闘経験を積んで貰ったら、「第二東海道」の各地の戦線を、「喫茶メイド」さんに任せたいと考えていますわ」
「基礎研修は終わったから実地研修というわけかね」
「そうなりますわね」
「……分かった。 その時点で、二人のルーキーを君の所に廻そう」
「良きにはからえ、ですわ」
山革陸将との通信を終える。
さて、外を軽く見回った後、休むとするか。
こういう無人駐屯地にも、強力な警報システムがあり、フォロワーが接近した際にはすぐに分かるようになっている。
それでも万が一と言う事がある。
一応周囲を確認する。
フォロワーの姿はなし。
横浜から来ているフォロワーは、非常に面倒だが。
それでも都心のフォロワーをこの際に削りたい。
米国がかなり厄介な状態に逆戻りしてしまった今。
日本もいつ同じ状態になるか分からない。
中華にはほぼ無傷の邪神組織があるらしいし。この間その尖兵が姿を見せたのである。
油断など、一切できる状態には無い。
周囲の確認が終わったので。
眠る事にする。
既に訓練を受けた元自衛官らしく、すっかり「喫茶メイド」は寝入っていた。
この間の戦いを、多少の負傷はせど生き抜いたのだ。
大きく成長してくれた、と思いたい。
自身もベッドに横になると。
翌日からの戦いに備えて、早めに「悪役令嬢」は休むのだった。
翌日も首都圏中枢に出向く。やはり尋常では無い数のフォロワーが蠢いている。
更にこれに横浜からのフォロワーが加わるとなると、正直な話かなり心配ではあるのだが。
ここで叩けるだけ叩く。
そう思いながら、徹底的に出てくるフォロワーを駆除し続ける。
今日は自衛隊による支援はない。
連日支援できるだけ、燃料も鉛玉もないのだ。ミサイルなんてもってのほかである。
九州北部などの安全を確保出来た各地で生産している武器弾薬は、どうしても量が限られている。何しろ生存のための食糧などの生産が優先だからだ。
大きめの戦闘をするときは、それこそ毎回使い切る勢いで特に弾薬は消耗することになる。
自衛官も極めて貴重だ。
訓練をしっかり受けて前線に出て来ても、場合によってはあっと言う間に命を落とす。
フォロワーはそれだけ危険な存在なのである。
無言で下がって。「喫茶メイド」が反応し切れていないフォロワーを背中からかち割って赤い霧にする。
そのまましばらく暴れていたが、被弾の可能性がある状況がだいたい分析出来てきた。
「喫茶メイド」も実戦の中で学んでいるが、何かあるなら教えてほしいと常に言ってきている。
まあ、この戦闘が終わった後だ。
騒ぎに更にフォロワーが集まってくる。
既に五桁はかたづけたと思うが、流石は都心だ。地下などからも、どんどんフォロワーが出てくる。
ドローンなどが周囲に展開して、敵の分布マップをいつでも手元のタブレットで見る事が出来るが。
常に半包囲を崩せない。
少しずつ下がりながら敵を削って行くことには代わりは無い。
「悪役令嬢」でも。
フォロワーに掴まれたり噛まれたりしたら一瞬で終わりなのは、他の狩り手と変わらないのだから。
夕方過ぎ。
漸く戦闘が一段落したので、下がる。
かなり疲弊が溜まっている。
体力自慢の「喫茶メイド」も、完全に無言になっていた。
また一つ、鉄扇が研ぎが必要な状態になったので出しておく。ロボットに乗せて有人の駐屯地に送り。
場合によっては手作業で研ぐことになる。
また、ロボットは「悪役令嬢」が必要とする物資も送ってくる。
これに関しても、厳しい中やりくりしているのだ。
成果を上げているから、物資が来る。
そういう風に割切らないと。
前線で戦っている、邪神には近づけずフォロワーにも強力な火器で無ければ有効打を与えられない自衛官達に申し訳ない。
疲れてうつらうつらしている「喫茶メイド」に、軽く話をしておく。
「今日の戦いで、見えたことがありましたわ」
「!」
ふっと眠気が飛んだようだった。
咳払いすると、話をしておく。
「周辺にいるフォロワーが三十を超えると対応できなくなるようですわ」
「……心当たりがあります。 どうすれば良いでしょうか」
「こればかりは実戦経験を積むしかありませんわね。 それと、三十体以上を同時に相手に出来ないという事を頭の片隅に入れておけば、かなり被弾は減らせるのではありませんの?」
「確かにそうですね。 ……ありがとうございます、「悪役令嬢」先輩」
何だか妙な呼ばれ方だ。
でもお嬢様と呼ばれるのもまた妙な話ではある。
「とりあえず、四十体を同時に相手に出来るようになったら、単独行動に移って貰いますわ」
「え、でも……」
「立ち回りを工夫して、常に一定数以下の敵と戦うようにする。 それが最初の課題ですわよ」
そう言われると。
「喫茶メイド」にも、何となく今後とるべき戦略が分かったようだった。
この子は秀才型だ。
上手く育てば、かなり強い狩り手になる。
頷くと、今日はもう休むように促す。
今日の収穫は、ある意味とても大きかったのかも知れない。
山革陸将との定時連絡を終える。
意外に、もう二人のルーキーを側で育てる機会は。もっと早く来るのかもしれなかった。
1、フラフラと動き回る
絶対正義同盟本拠。
とうとう所属邪神が四体になったが。NO1である「神」が全く動じていないので。それで他の邪神もかろうじて落ち着きを保っているようだった。
ただ「神」は見抜いている。
NO2「魔王」が、欧州の組織に逃げようかと考えている節があることを。
此奴は元々詐欺師適性が強く、邪神となった今もそれは変わっていない。
SNS時代の邪悪。
それが何かしらの人格を中心として概念となったもの。
それこそが邪神だ。
此奴はネットのアンダーグラウンドクリエイターだった存在が中心となった、文字通りの魔王だが。
此奴自身の元になった人間は良くも悪くも単なる詭弁を弄する詐欺師に過ぎず。
そこまでの邪悪の権化だったわけではない。
故に薄っぺらだ。
まあそれは、他の連中も同じなのだが。
「NO3「フェミ議員」。 中華との交渉はどうかね」
「上手く行っていませんね。 組織に加わるようにというような事を言ってきております」
「ほう。 私にか」
「αユーザーの数からして、屈服するべきだという考えなのかと」
からからと笑う「神」。
面白い。
それならば、丁度良い機会だ。
視察も兼ねて、中華の邪神組織「解放」を見て来るとするか。
「私が出向いてくるとしよう。 どうせ「解放」の連中は人間を殺し尽くしてしまって皆暇をしているだろう。 私が出向いて、現実を見せてやるのには丁度良い」
「だ、大丈夫なのですか」
「ははははは。 私を誰と思っているのかね?」
「い、いえ。 失礼いたしました」
NO4、と呼ぶ。
顔を上げたのは、太った男の姿をした邪神だった。
絶対正義同盟NO4、通称「王」。
攪乱戦を得意とする、絶対正義同盟におけるある意味イージスシステムに近い存在である。
そのまま指示を出す。
「狩り手と戦う必要はない。 各地で攪乱戦を行うように」
「分かりました」
すっと姿を消す「王」。
人間時代の此奴は、本当に反吐が出る下郎であったのだが。
まあ他の邪神も同じだ。「神」も含めて。
だから別にどうでもいい。
下郎の方が強いのであれば、下郎になる。
それだけの話である。
さて、後は任せ。中華に出る事にする。
何、「神」の力を持ってすれば、難しい事は一切無かった。
都心のフォロワーの数が増えた。恐らく強行軍で横浜から出て来ていたフォロワー達が、都心になだれ込んだのだろう。
丁度良い。
横浜にこれからわざわざ駆除部隊を送り込む手間が減る。
そう前向きに考え。
また勢いを増したフォロワーを、下がりながら削って行く。敵の勢いが弱まった所で押し返す。
時々見ているが、明らかに「喫茶メイド」の動きが良くなっていた。
ナイフとフォークを使って遠距離主体で戦うのは変わらないが。近距離では特注のT字箒を使った中華拳法で、フォロワーを次々薙ぎ払っている。
三十体相手までなら被弾しない。
それを理解した事で、極めてテクニカルに立ち回る事が出来ているようだった。
本来、人間同士の戦いだと。二対一ですら、達人になると避けるという話がある。
だがフォロワーは人間と違って考える事をしないし、積極的に後ろをとってくるような事だってない。
火力は異次元だが、狩り手の攻撃に対しては殆ど抵抗力もない。
人間に比べて其処まで動きも機敏ではない。
人間相手とは、色々前提が違うのだ。
故に、「喫茶メイド」は、文字通り水を得た魚のように動いていた。
ただ、調子に乗ると被弾する可能性もある。
時々其方を確認して。
しっかり成長できるようにしておかなければならなかった。
何度目かの、敵の大規模な群れを押し返した直後だった。
インカムに通信が入る。
「此方山革陸将。 「悪役令嬢」くん、いいかね」
「今戦闘中ですわ。 それで何事ですの?」
「横浜にてドローンが邪神「王」の存在を確認した。 横浜でフォロワーを集めている様子だ」
「!」
来たか。
絶対正義同盟NO4。
来るなら此奴だろうと思っていたのだが。予想通りの結果になったと言える。
横浜は危険すぎて踏み込めないので、今はドローンを専門で飛ばしている筈。
ただ、生き残りがもしいたら。
ひとたまりも無く、フォロワー化されてしまっているだろう。
できる限り急いでフォロワーを駆除はしているが。
どうにもならない。
こういう所で割切るのは、狩り手にとってどうしようもない事でもある。
「それで奴は何をしていますの?」
「分からない。 今ドローンで解析中だが、周囲に大量のフォロワーを集めている事しか分からない状態だ」
「……」
そういえば、以前はかなり「王」が積極的に動いていた時期があって。
その頃は、自衛隊や狩り手を煙に巻くというか。馬鹿にするような行動を取ることが多かった。
挑発するように小規模の集落を蹂躙したり。
狩り手が来る前にさっさと引き上げたりと。
とにかく人の神経を逆なですることに特化しているように思えた。
やっと捕まえたと思ったら、狩り手数人が返り討ちにあったりと、それでいながら戦闘力も高い。
ある意味、非常に厄介な相手だとも言えた。
「居場所は分かっている。 討伐作戦は組めるかね」
「不可能ですわね。 横浜にいるフォロワーをかき分けながら奴の所に辿りついた頃には、体力も装備も尽きていますわ」
「ドローンなどを用いても、確かに接近だけはできるが、数十万を軽く超えるフォロワーと同時に今だ生還者すらいない強大なNO4と戦う事になる、か」
「そういうことですわね」
近くに来ていた大柄なフォロワーを薙ぎ払って真っ二つにする。
掴み掛かってくる迫力は中々だったが。
フォロワーである以上、狩り手の攻撃を受ければひとたまりもない。
「喫茶メイド」は。
下がりながら、周囲にいる敵の数を上手に調節している。
良い感じだ。
これで、更に同時に相手に出来る数を増やせれば。「陰キャ」ほどではないにしても、様々な場所で活躍が出来るだろう。
「口惜しいが、無視するしか無いという事か」
「そうなりますわ」
「……」
「今は東京の掃討戦に注力しますので、それをバックアップ願います」
分かったと言うと。
山革陸将は通信を切った。
「悪役令嬢」は、今まで数々の不可能を実戦してきた。
NO5「フェミ弁護士」だって、倒せる可能性は極めて低かった上に。そもそも当初想定していた戦力を揃えられなかった。
それなのに撃破した。
だから、何とかしてくれるという期待はあったのかも知れない。
だが、無理なものは無理だ。
今此処で育ちつつある「喫茶メイド」だって、下手をすると巻き込まれて戦死することになる。
そうなったら、「陰キャ」や引退間際のベテラン二人に重荷を載せる事になる。
「陰キャ」の潜在能力は「悪役令嬢」を超えるかも知れないが。
それでも、今後戦い抜くのは厳しすぎる。
とにかく、今は無視だ無視。
そう言い聞かせながら。夕方近くまで、引いては押し。押しては引く戦いを続けていく。そうして、かなりの数のフォロワーを仕留めていた。
戦闘の中心になった地域は、文字通り血の海だ。
フォロワーも倒せば爆散するが。その結果周囲にはよどんだ血だまりができる。
鉄扇を振るって血を落とす。
返り血を浴びるような無様はしていないが。
ずっと戦闘を続けていた「喫茶メイド」は。かなり激しい疲労で、苦しそうにしていた。
引き上げる旨を伝えると、快活な彼女らしくも無く頷くだけ。
ともかく、駐屯地に下がる。
キルカウントは、今までで最大が出たが。
だから何だ、というだけだ。
東京都心にはまだうんざりするほどフォロワーがいるし。
米国は殆ど戦況が振り出しに戻ってしまった。
横浜には、我が物顔をしたNO4「王」が居座っていて。
近隣の自衛隊は、神奈川近辺にわずかに生き残っている住民の避難を誘導しているようだった。
安全を確保出来た各地の小規模集落。
昔は「限界集落」などと言われていたような場所が。
今ではむしろ安全な避難場所になっている。
生き延びた人々は、廃墟に偽装した、それこそ幽霊が出そうな場所に身を寄せあって。
其処に持ち込まれた設備で治療などを受けながら。
必死に糊口を凌いでいる。
後四体だったのに。
後四体の壁が大きい。
更に大陸から援軍が来る可能性だって否定出来ない。
それも本当に危険だとしか、言う事が出来なかった。
駐屯地で、こてんと横になって眠り始めた「喫茶メイド」。起きてから、色々言うことにする。
とりあえず周囲を見回った後、風呂に入って食事にする。
ドレスを脱ぐのも、バカみたいに長くして縦ロール塗れにしている髪の毛も。こう言うときは何もかもが面倒だ。
それでもやる他無い。
ウィッグを検討したことは何度もあるのだが。
結局戦闘時にどうしてもずれることもあって、今では地毛を染めて対応している。
それにしても本当に手間が掛かる。
風呂は休憩の時間の筈なのに。
むしろ鬱陶しくて仕方が無い。
返り血を浴びずに戦うようになったのも、それが理由である。
返り血を浴びると、更に手間が掛かるからだ。
ぶつぶつ文句を言いながら風呂から上がり。
鏡を見て、金髪から色が落ちていないことを確認する。
こんな風に髪を染めていると、その内若白髪だなと自嘲するけれど。こればかりは仕方が無い。
死ぬよりはマシだ。
寝る。
起きれば、またどうせろくでもない報告が入ってくる。
「王」が久々に出て来たのだ。
何かくだらない事を考えているのは確定だし。
引っかき回されるのも、また確定なのだから。
早朝。
流石に体力があるのか、自分より早く起きだして、食事も終えている「喫茶メイド」を見て少しだけ安心した。
本人は口にしないが、自衛隊の精鋭にいた可能性が高い。
だとすれば、この回復力も当然と言えるだろう。
無心に朝食をとった後、無線で軽く連絡を取る。
「王」は横浜から移動していないらしい。
ただし、極めて不愉快な行動を取っているようだ。
「フォロワーをこねて、自分を最大限美化した立像を作っている様子だ。 此方に見せつけるようにな……」
「……流石に不快きわまりないですわね」
フォロワーはもうどうしようもないとはいえ、元人間だ。
邪神によってフォロワーにされた。
それを粘土のように扱って。
遊んでいるのを見せつける。
まあ邪神と呼ぶに相応しい所業だなというしかない。
「喫茶メイド」には聞かせない方が良いだろう。
いずれにしても、挑発にはのらない。
また、フォロワーは邪神がある程度制御出来るとは言え、命令を忠実に聞くほどの知能は持っていない。
邪神によっては特定の人間を攻撃しないフォロワーを作るらしいが。
それも例外だ。
基本的にフォロワーはもう雑多に混じり合っているし。
普通の人間だったら襲われて殺されるだけ。
例えば、周辺で生き延びている人間が捕まってフォロワーにされ、あの悪趣味な像に改造されているとかなら分かるが。
もはやフォロワーになった手遅れの存在を加工しているのを見ても。
どうにか自制心は保てる。
ミサイルを叩き込め。
そういう声も聞こえてきているが。無駄だ。
はっきり、山革陸将にそれは告げておく。
核でさえ通用しない相手である。
いずれ横浜に出向いたときに。あの不細工なオブジェは「悪役令嬢」が粉々に砕いてやる。
それについては明言したので。
山革陸将の後方で興奮して騒いでいた自衛官も黙ったようだった。
「これからまた東京都心に向かいますわ。 現状のフォロワーの分布は」
「昨晩のドローンによる探知を送る」
「……ふむ」
やはり、かなりムラが出てきている。
横浜から相当数が来たとはいえ、やはりそれでも連日削っているのは意味があるという事なのだろう。
他の大都市のフォロワーについても確認をしておく。
大阪、東京の減少がかなり著しい。
だが、他にも多数ある大都市では、殆ど手がつけられない状態だ。
近くにある駐屯地に寄ってくるフォロワーを撃退するのが精一杯。
そういう状況が続いている様子だ。
ふと、一つ案を思いつく。
「二日、様子を見ましょう」
「二日かね」
「はい。 今、「喫茶メイド」さんの戦績がかなり安定してきていますわ。 どうやらコツを掴んだ様子でしてね」
「それは此方でも確認している。 確かにかなり安定して戦えているようだな」
それを利用する。
大阪に「喫茶メイド」を派遣。
「陰キャ」と交代させる。
そして「陰キャ」は静岡に派遣。静岡もかなりの数のフォロワーがいる危険な都市だが、大阪に比べるとかなりその数は少ない。
同時に「悪役令嬢」の所に、ルーキー二人を回して貰ってもいい。
「なるほど。 フォロワーの駆除には確かに効率が上がるだろう」
「いや、これはNO4撃破のための布石ですわ」
「! 詳しく聞かせてくれ」
説明をしておく。
なるほどと、納得した後。山革陸将は準備を始めてくれる。
どうせ絶対正義同盟は碌な事を考えていない。
少しの空白期があったとはいえ。NO5が倒された後すぐにNO4を出してきている。
どうせ狩り手のルーキーなんてすぐには育たないのだ。
それなら、時間を掛けて手ぐすね引いて待てば良いものを。積極的に動いていると言う事は、何か目論んでいるという事だ。
だが、好き勝手にはさせない。
NO4も撃ち倒せば、絶対正義同盟のダメージは一層深刻なものとなる。
NO2とNO3が如何にNO4より更に一段強いと言ってもだ。
すぐに準備を始める山革陸将。
此方も準備をしなければならない。
「今日は更に撃破レコードを更新しますわよ。 フォロワーとなった人々に安息も与えなければなりませんしね」
「……分かりました」
「どうしました?」
「どうして、そんなに冷静でいられるんですか?」
少し責めるような視線だ。
連日凄まじい数のフォロワーを屠っているのに、眉一つ動かさない事に対してだろうか。
それはもう、慣れたとしか言えない。
後は適性があるから、としか言えない。
いずれにしても、論理的な答えは返せない。
「今でもフォロワーを倒すのに抵抗はあると言う事ですかしら?」
「いいえ。 しかし、それでも度を過ぎて冷静に思えます。 まるで戦闘マシーンのようです」
「たまたま、そう産まれただけですわよ」
メイドと令嬢。
シナジーは確かにありそうだが。性格的にはあいそうにはないな。
それは感じた。
いずれにしても、少しずつ戦いに余裕が出てきて。そういう事を口にできるようになって来たのは良いことだ。
頭を切り換えて、戦いに集中する事。
それを告げると。無言で「喫茶メイド」は頷いていた。
そのまま、無心に東京都心でフォロワーを駆除する。
やはり相当数が群れてくるが、学習をしないというのが大きい。
とにかく片っ端から駆除して、昨日の血の海が乾かない程に大量に倒して。それで引き上げる。
三十体から四十体。
同時に相手に出来るフォロワーの数を増やすのは大変だろうが。
出来るようになったら、「喫茶メイド」は充分に一人前の狩り手になれる。
見た感じかなりの優等生だし。レンジャー部隊か何かにいた可能性が高い。戦士としての基礎はできていたのだろうから。そういう意味では最初から有利だったのだろう。
次の日の戦いぶりを見て、コツを急速に掴んでいるのを更に確認。三十五体まではいけると判断したが。自分でその辺りは判断して貰いたいと思って、敢えて口にはしなかった。
大阪に移動して貰う。同時に大阪から静岡に、「陰キャ」に移動して貰う。
「悪役令嬢」の所にルーキーが来るのは二日後。
その前に、一つやっておく事がある。
「王」は、そのフォロワーの言動などから、元がどんな輩だったのかは既に判明している。
勿論個人がベースになったのであって、今でもその自我が強く残っている訳ではないのだが。
いずれにしても弱点とか逆鱗は分かっている。
無人のドローンで、「王」の所にビラを撒かせる。
ビラくらいは、まだ読めるだろう。
東京で、また一人になった「悪役令嬢」が無心に駆除を続けていると。インカムで通信が入っていた。
「「悪役令嬢」、少しいいかね」
「何ですの山革陸将」
「「王」がビラを読んだ瞬間荒れ狂ったそうだ。 周囲のフォロワーを叩き潰して、しばらく何かわめき散らしていたらしい」
「それはそうでしょうよ」
撒いたビラにはこう書いたのだ。
シロアリ野郎と。
人間時代の「王」は、様々な組織をフラフラと渡り歩き。その入った組織を片っ端から駄目にしていくシロアリ同然の輩だった。
それは会社に限らず思想団体などもそうだった。
それでいながら、いわゆる「コミュニケーション能力」だけは高かったらしく。妙な権力を最初から握り。後から入り込んだ団体でも権力を振るって横暴の限りを尽くした様子である。
故にこう陰口をたたかれていたのだ。
「シロアリ」と。
なお、此奴が「王」と自称しているのには理由があるのだが、それは戦闘時に面罵してやればいい。
ともかく、布石を一つずつ打っていくだけだ。
無心で、フォロワーを狩り続ける。
昼過ぎになってから、一旦戻って状況を確認。
大阪で戦闘を開始した「喫茶メイド」は、充分過ぎる程に戦えているそうだ。
建物を立体的に利用しながら、ヘリと連携してフォロワーを手玉に取っているらしい。
元々「陰キャ」が大きめの群れを狙って潰していたこともある。
一度に相手に出来る数を把握した「喫茶メイド」だったら、充分に相手に出来る敵ばかりだろう。
静岡の方は、元々フォロワーの数が大阪ほどではない事もあって。「陰キャ」は順調に駆除を進めているそうである。
既にフォロワーを駆除し終えた地域も出て来始めているようで。
少なくとも、危なげは無い様子である。
ならば、作戦はこのまま進めていくだけだ。
少し休んでから、また都心でしばし戦いを続ける。
ルーキーに対する先行投資も兼ねて後方を常に気にしながら戦っていた状態から、かなりやりやすくなった事もある。
相当数を駆除して、夜には駐屯地に戻った。
無人の駐屯地で茶を飲む。
まずいが。
こればかりは、どうしようもない。
静岡からフォロワーを完全駆除したら、幾つかの大規模工業地帯を復活させ。更には茶の生産を再開できるかも知れない。
もうノウハウなど失われて久しいが。
それでも記録は残っているし。野生の茶くらいはあるだろう。
人間以外には茶は猛毒だ。
多分外来種に駆逐されていることはないと思いたい。
さて、作戦通り敵は動くか。
今日はさっさと風呂を浴びて眠る事にする。
明日が。
本番になる。
勿論一度で勝てるとは思っていない。
情報収集のために一度交戦し。
もう一度で仕留める。
いずれにしても、もとの人間のデータはある。
それならば、充分だと思いたい所だ。
2、動き出す巨怪
「悪役令嬢」の所に連絡が届く。
やはり、「王」が移動したようだった。
挑発されて余程頭に来たのだろう。
幾つかの基地には退避指示を出しておいた。それは無駄になったが。まあそれ自体はどうでもいい。
「王」は千葉に移動。
これ自体は別にどうでもいい。
千葉にも大きな都市は幾つか存在していて。
そこには大量のフォロワーがまだまだいるのだから。
特にある遊園地は、開演中に邪神が来てしまった事もあって。
今は内部に凄まじい数のフォロワーがすし詰め状態だそうである。
今は、そのままで。
山革陸将に策を伝えると、悪役令嬢は新人二人を出迎えた。
一人は「女騎士」。
どういうわけか、SNSクライシスの前には女騎士というのはやたら弱いというのが何故かミームとして定着していたらしい。
この女騎士は、強そうな格好をしているが何か弱そうと言う雰囲気を出すのに苦労したようである。
実際には暴虐を極めたあのヴァイキングにも上級の女戦士がいたことなどが判明しており。また史実でも、洋の東西関係無く女戦士の話は逸話に枚挙の暇がない。
そういう意味でも不可思議なミームではあるのだが。
これもメイド同様、効果があることは既に分かっていた。
要するに先任者がいて。
既に戦死しているという事である。
もう一人は「コスプレ少女」。
コスプレと言えばそもそもかなりの狩り手がコスプレをしているようなものなのだが。
それはそれである。
相手が見た目だけで判断している以上。
これでかまわないのだ。
SNSクライシスの前には二次元のキャラクターを三次元、それも自分の格好で再現するマニアが。いわゆるコスプレイヤーが相当数いて。
それら「コスプレ」はかなりディープな世界だった。
特にディープなマニアになると衣装などから全て自分で作る事があり。
それを使って完全に何かの創作のキャラを自身にて再現する。
そういう事があったのだ。
またそれと同時に女装も文化として花開き。
コスプレと女装は決して切っても切り離せない文化として開花したという。
その辺の事情は「悪役令嬢」も知っている。
ただコスプレ関連は、SNSクライシス前には衰退が激しかった芸能界やアイドル関係の闇を吸い取るように良くない話も同時に膨れあがっていたようで。
色々と後ろ暗い話もあったようである。
いずれにしても、「コスプレ」というのは文化としては長い歴史がありながら。
なかなか一般的に認知されるようにはならなかった。
ミームとしてもかなり悪く認識される事も多かった様子で。
コスプレ愛好家に、差別意識を抱いている者も結構いたようである。
故にか。
邪神に対抗はできる。
そういう状況ではあるらしい。
今回来たのは、「陰キャ」同様かなり発育が悪い子だ。
背がかなり低いが、話を聞いてみた所十代半ばである。
狩り手になったのも、やはりこの時代特有の理由で。
わずかの至近の差で、降臨した邪神のフォロワー化範囲に入ってしまった育ての親だった祖父を間近で見てしまい。
完全に凶暴化した祖父が、周囲を破壊し尽くし、自分の肉を求めて彷徨うのを必死になって隠れてやり過ごし。
当時いた狩り手の一人(戦死済み)が祖父を殺すのをどうにもできず。
鬱屈した思いを抱え。
そのまま狩り手になったそうである。
悪いのは邪神だと分かっている。
だけれども、どうにもできなかったのか。
それを見極めたいのだと。
華やかな、魔法少女の格好をした「コスプレ」少女はいうのだった。
なお武器はステッキだが、これが一種の高出力レーザーになっていたりと、色々武器としてギミックが詰め込まれている。
とはいっても色々詰め込むと脆くなるのは当然であり。
近接用に身を守る必要がある。
その方法も一応は準備しているようだが。
ともかく、「王」を倒す準備をする間くらいは、研修をする暇があるだろう。
「陰キャ」との連携をするべく、通信をして。
作戦通りに動いて貰う。
既に「王」を引っ張り出すための作戦は決まっている。
これからは、「悪役令嬢」は決戦に向けて準備。
他の狩り手も同様である。
では、実地研修を開始だ。
東京は地獄だとルーキー二人は聞いていたのだろう。
ずんずん進んでいく「悪役令嬢」を見て少し青ざめていたようだが。
別に気にする事も無い。
そのまま都心に行くと。
今日も相当数のフォロワーが現れる。
フォロワーがいなくなった地点を埋めるようにフォロワーが移動する。
膨大な数のフォロワーがいる東京だ。
殺しても殺しても出てくる。
それでも最初に都心に足を踏み入れたのは「悪役令嬢」だし。
足を踏み入れて生きて帰ったのも同じく。
ヘリなどで上空から偵察した人員はいるが。
足を使って普通に足を踏み入れたのは、ほぼ三十年ぶりの事である。
戦車を使うと足回りが不安だし。
装甲車の場合は文字通りひっくり返される可能性がある。
そういう理由からも、地下が色々と複雑な東京には、機甲師団を送り込めなかったのである。
この辺りは、他の大都市も同じだ。
ワラワラ群れてきたフォロワーを相手に戦闘を開始する。
まずは、打ち合わせ通りに動いているかを確認。
フォロワーはまず追ってくるのを引きつけながら、「悪役令嬢」が処分していく。
その間に、ルーキー二人は。時々其方に回す少数のフォロワーを、確実に処理をしていく。
それで慣れる。
既に少し先に出た先輩二人が、負傷を経験していると聞かされているのだろう。
ルーキー達は、予想以上に厳しい仕事だと言う事は分かっているのか。
油断だけはしていなかった。
数体をルーキー達の方に回す。
トゥーハンデッドソードを抜く「女騎士」。
実際には実用性が著しく微妙だったことで知られる剣だ。
西洋剣は銃が本格的に使われるようになった頃には戦場から姿を消し、文化としては一度死んだ。
そのため様々な研究が行われ、流派などが復興されてはいるが。
それでも剣道や武術のように、アジア圏で剣を意識したものが残ったのと違って。
基本的に様々な説が入り乱れ。
主流となった説は、何度も変転した。
これに関しては使われなくなったものは急速に衰退するのが常なので、仕方が無いのだろう。
一時期は実戦で猛威を振るった騎兵が弱いとか役に立たなかったとか言う珍説が出回った程である。
戦いにおいて型落ちになった武器は、そういう扱いを受ける。
故に、本当はトゥーハンデッドソードも、戦場で活躍をしていたのかも知れない。
攻撃範囲がかなり広いこともあり。
最初の敵は一刀で斬り伏せた。
更に「魔法少女」がもう一体に、魔法の杖っぽい兵器から実弾を浴びせる。
レーザーは電気を大量に食うので、実弾の方が良いと言う判断なのだろう。
フォロワーには効果覿面。
対戦車ライフルくらいでないと本来は通用しない相手なのだが。
小口径の銃弾で、充分倒せる。
コスプレをしている弱そうな子供が、魔法のステッキから撃った、という事が意味を成している。
相手は邪神の眷属。
そういうものなのだ。
数十体を瞬時に血煙に変えながら、数体ずつをルーキー達に回す。
戦闘しながら、ルーキー達の様子を見なければならないのが大変だが。
これも先行投資。
「喫茶メイド」の時と同じだ。
見た感じ、かなり「女騎士」は飲み込みが早い様子で、数体ずつの相手なら、特に問題なくこなせている。
取り回しが悪そうな剣だが、実際にはうなりを上げて素早く動いている。
かなり軽いのかも知れない。
重そうな剣に見えるが、色々構造を工夫して軽くしている可能性もあるし。
まあ、その辺りの話はこの戦闘を生き抜いて貰ってからだ。
「女騎士」が装備を変える。
腰に帯びていた小型の西洋剣。
いわゆるショートソードに切り替える。
盾も持っているので、それも試したいのだろう。
フォロワー相手に色々やってみるのは良い事だ。
ただ、分かっているだろうが。
掴まれたり、噛まれたらその時点で終わりだ。
相手のパワーはゴリラ並み。
顎の力はサメ並みである。
生半可な鎧なんて、それこそ肉ごと囓り撮られてしまう。
盾だって同じだ。
食いつかれ方次第では、手首の先から食い千切られて持って行かれる。
残虐だが。
フォロワーというのはそういうものだ。
実際問題、主観でしかものを判断出来なくなったSNS時代の害悪ユーザーは、αユーザーのいうままに暴れ狂っていたようだし。
まあ妥当なところなのだろう。
敵がかなり増えてきた。
更に後退を指示。
いつ負傷しても問題ないように。
体力切れも警戒しながら、下がりつつ戦う。
大半は「悪役令嬢」が引きつけつつも。
残りの数体ずつを、常に「女騎士」と「コスプレ少女」に向かわせる。
時々ドローンが寄越してくるレーダーも確認する。
少し大きめの群れが、側面に回り込もうとして来ている。
全力で下がれ。
そう指示して、悪役令嬢は正面から追いついてきているフォロワーと。側面から大量に現れた連中を。
まとめて相手にして、薙ぎ払った。
数時間ほど戦闘して、都心から遠ざかったところで、一旦休憩にする。
追いすがってきていたフォロワーは全て殲滅した。
こうやって後何度釣りをすればいいのか分からないが。
いずれにしても、敵の数は減らす事が出来た。
それだけで満足しなければならない。
欲を掻くと、それだけ失敗するのである。
かなり息が上がっているのは「女騎士」の方である。
体格的には悪くはないのだろうが、鎧などがかなり重いのかも知れない。
鎧を脱いで良いかと言われたので、許可をする。
かなり華奢な体だ。
まあ、こういうギャップも効果を相乗効果で出せるかも知れないが。
ちょっと心配にはなった。
一方「コスプレ少女」の方はけろっとしている。
年齢的には十代半ばと言う事だが。やはり必要な時に栄養を取れなかったこともあるのだろう。
全体的に発育が悪い。
かといって体力がないかというと、そういう事もないらしく。
そういえば、一度も射撃を外していなかった。
休憩をするように新人達に指示した後、山革陸将に連絡を入れる。
「千葉に移動した「王」の様子は」
「フォロワーをこねくり回して、また自分を美化した像を造っている様子だ」
「そうでしょうね」
「君の予想通りだな「悪役令嬢」。 生前も外道の言葉以外がない輩であったようだが……」
邪神なんてみんなそんなものだ。
それについては、「悪役令嬢」は怒りは覚えるものの。今更驚きは感じない。
「「陰キャ」さんの様子は」
「驚くほどハイドミッションが上手い。 恐らくだが、そろそろ目的のものを潰してくると思う」
「分かりましたわ。 撤退時などにはバックアップを」
「うむ……」
通信を切る。
自身も茶を飲んで、トイレなどを済ませて休憩を入れる。
新人二人には少し仮眠を取って貰った。
此処は東京の端の方だが。
この辺りは、もうフォロワーもいない。
フォロワーをかなり積極的に駆除しているから、こういうフォロワーが減っている区画は増えている。
東京都心近くには、生存者は絶望的な状況だが。
周辺地域は、そうでもない。
そのため、今レンジャー部隊が動き回って、生存者を探して回っている様子だ。
数十人、或いは数百人。
まだ政府が把握していない生存者がまとまっているケースがある。
この間制圧したタワマンをはじめとした拠点を使い。
それらの生存者は救出して回っているのだが。
やはり劣悪な環境にいたこともある。
言葉もまともに喋れなかったり。聞いた事も無い病気に罹っているケースもある様子だ。
レンジャーにいただろう「喫茶メイド」が色々タフだったのも何となく理由が分かる。
「悪役令嬢」のような狩り手と違って、大口径の火器がないとフォロワーには対抗すら難しいのである。
そんな状況で、隠れて逃げ回っていた民を助ける。
これがどれほど大変な事か。
タワマンの方にも連絡を入れて、救援が必要かは確認しておく。
一応現時点では大丈夫だそうだ。
ならば、二次作戦である。
恐らく挑発をしているつもりであろう「王」を、逆に挑発し返す。
そのためには、「悪役令嬢」はむしろそのまま振る舞っているべきである。
相手に行動を気付かせないためには。
それが一番なのだ。
初陣を生き延びたルーキー二人と共に、また実戦に出向く。
都心に出向くと、さっきより明らかに密度が増したフォロワーの軍勢がお出迎えだ。
これは恐らくだが、横浜から来たフォロワーの群れだろう。以前にも交戦したが、まだまだたくさんいる。
それの本隊が、都心にまで来た、と言う事だ。
ただ、此処で削れば削るほど、後の戦いが楽になる。
さらには横浜からは、可能な限りフォロワーを削りとりたい。
激しい戦いをしながら、数体ずつを後方に敢えて行かせる。
二人の新人の連携は悪くない。
まずは「女騎士」が一目で分かる重武装で相手を引きつけ。
本命の火力担当である「コスプレ少女」が敵をたたく。
この二人、多数を相手に出来るようになって来たら、かなり有用なコンビかも知れない。
九州で苦戦しているベテラン二人が後継者を欲しがっていたが。
或いはその後継になりうるかも知れなかった。
ただ、まだまだ反応速度にも攻撃の判断にも問題がある。
今の時点では、可能性があるかも知れない、程度の話だ。
「萌え絵」が描かれた札を投げる。
一体。「女騎士」も「コスプレ少女」も明らかに反応できていないフォロワーがいたのだ。
そのままだと、「女騎士」が首根っこに食いつかれる所だった。
勿論そうなれば即死だ。
「萌え絵」の札の直撃を受けたフォロワーは爆散。
気を付けてと叫ぶと。自身はまた淡々とフォロワーを駆除に回る。
二人の成長速度は並みか。
流石に狩り手として研修を受けてきているのだ。
相応に適性があると信じたいが。
すぐに数十体をまとめて相手に出来るほどには成長はしないだろう。
まあこれは仕方が無い。
これが、普通なのだ。
そしてこういう人材が育つように促すのが、「悪役令嬢」のようなノウハウ持ちの仕事なのである。
新人が育たない世界に未来は無い。
最初から何でもできる新人なんていない。
そんな当たり前の事を忘れたから。
SNSクライシス前の世界は、色々と破滅に転がり進んでいたのだ。
それは「悪役令嬢」だって身に染みて分かっている。
夕方近くまで戦闘を続ける。
インカムに通信が来なかったと言うことは、まだ「王」は気付いていないと言う事。「陰キャ」の作戦にも問題は生じていないということ。
その両方だと判断して良いだろう。
無言で敵を斬り伏せ続け。
暗くなってきた当たりで、撤退を開始。
追いすがって来るフォロワーは全て薙ぎ払う。
ルーキー二人には、退路だけ気にするように指示を出して。そのまま下がった。
駐屯地で、軽く反省会を行う。
「女騎士」も、自分のミスだと反省し。
更に「コスプレ少女」も。
「悪役令嬢」は、二人に静かに諭す。
「最初から何でもできる者などいませんわ。 だから最初の内はわたくしがカバーいたします。 明日から状況がどう動くか少し分からないので、行動は色々と変則的になりますけれど、それでも側にいる間はできる限りの訓練につきあいますのでご心配なく」
申し訳なさそうな二人だが。
別にこれでいい。
ミスしたら死ぬ。
それは分かっている。
だけれども、ミスを此方でカバーできればそれでいいし。
失敗したら死ぬという現実を、間近で理解出来ればなおいい。
戦闘に関するアドバイスを幾つか求められたので、それにも応えておく。
トゥーハンデッドソードは良い感じで周囲をなぎ払えるが、もう少し立ち回りを意識した方が良いこと。
ステッキからの攻撃に頼り過ぎなので、近距離用の戦闘手段をもう少し充実させておくこと。
それらを指摘した後、休ませる。
その後は、通信を山革陸将に入れて、状況の確認を行った。
「大阪で「喫茶メイド」くんはどんどん撃破数を伸ばしている。 良い感じにコツを掴み始めたようだ」
「良い傾向ですわね。 後は調子に乗らないように時々引き締めをするべきですわ」
「うむ、それは教官にでもやらせる」
教官か。
実戦を離れてはいるが、ずぶの素人をそれなりに戦えるように鍛えて前線に送ってくれている。
正直教官に感謝している狩り手は多いだろうし。
「悪役令嬢」がどうこういうよりも効果は大きいだろう。
「「陰キャ」さんはどうですの?」
「流石だ。 見事に任務をやってのけた。 周辺にいたフォロワーも一掃して、悠々と今帰路についている。 どうやら「王」が気付いたようで、横浜に飛んで戻っている」
「予定通りですわね……」
生前の情報などから、「王」が醜悪なナルシストであった事は分かっている。
何しろ自分のプロパガンダを行うような輩だったのだ。
それに自分の巨大な像を造るとか、まともな神経だったらできる事では無い。
それも事実上の人肉を使って、である。
そういう輩を怒らせて冷静さを失わせるには、簡単である。
顔に泥をぶつけてやれば良いのだ。
むしろ此方を挑発しているつもりだろう邪神を。
逆に挑発してやれば良い。
アイデアを話したとき、山革陸将は流石に呆れたが。
こちとら「悪役令嬢」である。
悪辣なことは思いのままだ。
「恐らく「王」が動き出すのは明日ですわね。 さて静岡に来るか、それとも千葉に戻るか……」
「それは君も予想がつかないかね、「悪役令嬢」」
「無理ですわね。 わたくしはエスパーではありません。 ただ、思考をある程度誘導する事が出来るだけですわ」
「……」
いずれにしても、明日が本番だ。
既に準備は整えている。
今、ルーキー三人と、復帰した「医大浪人生」とともに九州で戦っているベテラン二人は、そこそこ順調だそうだ。
九州の戦況が、「フェミ弁護士」が出て来ていた時に比べて多少緩いというのもあるのだろう。
三人のルーキーと、「医大浪人生」がある程度一人前になったら、此方に回してほしいものである。
全員男性だそうだが。
まあとりあえず、その辺りはどうでもいい。
まずは、生き残る事。
邪神と戦えること。
それが重要なのだから。
二人のルーキーが眠っているのを確認してから、「悪役令嬢」も明日に備えて眠る。
さて、明日が本番だ。
ルーキー二人はつれていけない。
「喫茶メイド」は連れて行くつもりだが、まだ流石にかなり危ないだろうとも思っている。
しかしながらまだまだ今回は本番では無いから、九州からベテラン二人を連れ出すわけにもいかないだろう。
戦闘のデータが少ない上位邪神が相手になると。
流石に一度で勝てると思う程、「悪役令嬢」も頭が花畑では無い。
幾つか自分の装備なども確認しておく。
生き残るためには、あらゆる点検が必要だ。
そして、相手を倒すためにも。
邪神は存在するだけで多くの人間を殺傷する。
会話の余地もない。
ならば倒すしか無い。こればかりは、どうしようも無いことなのだった。
3、「王」
早朝。
早速連絡が入った。
夜中に行動をすることが珍しい邪神だが、「王」もそれは例外では無かったらしい。
夜中の内は移動を控え。
太陽が出ると同時に、動き出したようだった。
邪神なのだから、夜を中心に動いても良さそうなのだが。此奴らは元が人間である。だから、日中に動く。
まあそういうものだ。
「王」が移動を開始したのは、千葉だった。
なるほど、そういう事か。良い感じである。
勿論移動先は、自分で作った悪趣味な像だろう。
人間時代には自分のプロパガンダを行っていたような輩だ。自分の像には相応に愛着もあるに違いない。
その予想は当たった事になる。
即座に「陰キャ」と「喫茶メイド」には動いて貰う。
問題は相手の素性が分かっていて。
此奴には「萌え絵」が効きづらい、と言う事だ。
勿論効くことは効くだろうが。
女尊男卑主義者のように、胸を盛った「萌え絵」が効果を示すことはあまりないだろうと思う。
これについては今回の戦闘で試すしかないが。
いずれにしても、先回りしての行動が重要になる。
既に相手の移動を見越して、行動を開始。
空間転移すればいいものを、わざと陸路で建物やビルを崩しながら驀進する邪神。
当然その移動先半径数キロはフォロワー化圏内ので、自衛隊は近付くことができない。
ヘリを使いたい所だが。途中までしかそれもできないし。
何より移動速度が尋常ではなく早い。
凄まじい勢いでインフラの残骸を破壊しながら移動している「王」。
勿論、移動中に人間をフォロワー化する狙いもあるのだろうが。
残念ながら、人間はもう奴が動いている辺りには生き残っていない。
神奈川の辺境や千葉の辺境ならまだ身を寄せ合って生きている者がいるかも知れないけれども。
自分達も戦いたいと言うルーキー二人を説得。
今回は、かなり頼りになる「陰キャ」と。もう少しコツを掴めば更に強くなる「喫茶メイド」がいる。
更には威力偵察戦だ。
ある程度自衛ができるものが必要になる。
九州にいるベテラン二人も参戦を申し出たのだが、それも断った。
二人には、今回の威力偵察では無くて、本番で武威を発揮してほしい。
そう言って、納得して貰った。
二人は死ぬ気だ。
それを「悪役令嬢」は知っている。
もう衰えがはっきりしているし。最後に大物と差し違えたい。
そういう考えも透けて見えている。
戦いにずっと生きてきたのだから、それもまたありなのだとは思うけれども。
ただ、威力偵察でそんな事はして貰っては困る。
それに、引退するにしても死ぬのでは無く、できれば生きて教官に回ってほしい。
今後仮に日本の邪神を全て駆除できたとしても。
中華にも邪神がいるし。
欧州にもいる。
北米は漸く終わろうとしていた邪神との戦いが振り出しに戻ってしまっている。
手は幾らでも必要なのだから。
ヘリで都心を飛び越えて移動した後、ロボットに乗り換える。
流石に無人で移動しているロボットはフォロワーも無視する。興味を示す個体もいるようだけれども。人間が乗っていないと分かれば興味を無くす。
しかしながら、かくれながら乗っていると確実に気付くそうで。
フォロワーの人間探知能力は、あくまで近距離限定だが、凄まじいレベルで高い。ただ視界から外れるレベルに離れると、途端に見つけられなくなる様子だが。
いずれにしても今回は無事にロボットが来てくれた。
都心で散々フォロワーを駆除したこともあって、東京郊外はフォロワーがスカスカだ。これは散々敵を屠った成果だとも言える。
そのまま移動を開始。今、埼玉辺りで大阪から来た「喫茶メイド」がロボットに乗り換えたらしい。
「陰キャ」は既に千葉にいて、潜んでいるそうだ。
連絡を緊密に取り合いながら、作戦について話をしておく。
文字通りフォロワーが寿司詰めになっている千葉の遊園地にどう乗り込むか。
その後どう立ち回るか。
それが重要である。
いずれにしても、今回は威力偵察。
死ぬ事は許されない。
そう何度か、二人には言い聞かせた。
無言でロボットが行くのを待つ。
自動で運転を続け、そのまま千葉に。この辺りはフォロワーがまだちらほら見受けられるが。
それらは、見かけ次第狩ってしまう。
帰路についても既に作戦の打ち合わせはしてある。
邪神は人間の探知能力に問題があり。
その凶悪なフォロワー化能力に反して、隠れている人間をちまちま探すような事は苦手である。
このため、いざ逃げる事に全力になれば、振り切るのはそれほど難しくない事だけが救いだ。
ただ上位邪神になると、戦闘力が尋常では無いので。
威力偵察をするつもりが殺される事が極めて多い。
そういう事だ。
遊園地の前についた。
既に内部に「陰キャ」がいる。
「陰キャ」が乗って来たロボットが其処に放置してあり。周囲をフォロワーがうろうろしていた。
人間の臭いに釣られて集まって来たのだろう。
それに周囲のひび割れたアスファルトに大量の血が飛んでいる。
軽くこの辺りのフォロワーを掃除してから内部に入ったのだろう。
「悪役令嬢」がロボットを降りると、即座にフォロワーが一斉に此方を見る。
そのまま、まとめて薙ぎ払って駆除。
インカムで通信をとりながら、「喫茶メイド」の到着を待つ。
しばらくして、ロボットが来た。
「喫茶メイド」だ。
ロボットから降りると、スカートを摘んで礼をしてくる。
此方も胸に手を当てて礼を返す。
かなりメイドが板についてきたなと思って、微笑ましい。
昔はそれこそ、レンジャー時代の敬礼をしていただろうから。
「少しぶりです、「悪役令嬢」先輩」
「かなり強くなったようですわね、「喫茶メイド」さん。 大阪での戦績は見せてもらいましたわ」
「いえ、まだまだです。 それで「陰キャ」先輩は既に中に?」
「ええ。 作戦開始と同時に例の行動に出る予定ですわ」
フォロワーが集まって来たので、そのまま無言に。
ロボットは移動させる。
フォロワーを無心で、二人で駆除。
見ると、かなり動きが良くなっている。
自分が同時に相手に出来るフォロワーを意識して戦うようになったのが、かなり大きいのだろう。
遊園地の扉を破って、大量のフォロワーが出て来ても慌てない。
もうじき「王」が出てくる。
軽く肩慣らしに、蹴散らしておく。
数十分ほど戦闘して、とりあえず近場のフォロワーは掃討。
スポーツドリンクを飲んで、多少補給しておく。「喫茶メイド」も元軍人だというのもあるのだろう。
クッキーを口にして、黙々と補給を済ませていた。
それにしても、本当に多いな。
此処は日本で一二を争う遊園地であったらしく。SNSクライシスの時にも相当な人々が遊びに来ていたらしい。
重篤なマニアがいる場所で、そういったマニアの人達から。大人から子供まで楽しめる施設であったらしいのだが。
それが故に、狙われた。
SNSクライシスの初日に滅ぼされた場所の一つであり。
似たような遊園地が大阪にもあって。そこも悲惨な事になっているという。
ただ大阪の方は、「陰キャ」が集中的に潰した事もあって、かなり内部の残存フォロワーが減っているとか。
こっちはそれどころじゃあない。
「「悪役令嬢」くん。 接敵が近い。 注意してくれ」
「分かりましたわ」
どうやら、「王」がもう近くまで来ているらしい。
奴からは、奴の像が見えているはずだ。何しろ自分の美意識に沿って、ナルシズムの赴くままに作ったのだから。
人肉で作りあげた像。
最悪極まりないが。
プロパガンダをするような輩は、だいたい脳がおかしくなっている。生前から、そういう事をしてもおかしくはなかったのだろう。
「今ですわ」
「陰キャ」に指示。
同時に、「陰キャ」が一刀両断に、悪趣味な像を斬った。
勿論本来、日本刀程度で斬れるような代物では無いのだが。フォロワーで作られているのだから斬れる。
絶叫する「王」。
すぐ至近だ。
凄まじい叫び声に、思わず「喫茶メイド」が耳を塞いでいた。
さあ、ここからが勝負だ。
伏せていた「悪役令嬢」が、まずは堂々と姿を見せる。「王」が。太った巨大な男性の姿をした絶対正義同盟NO4が、凄まじい形相で此方を見ていた。
「オーッホッホッホッホッホ! 始めまして、裸の王様。 わたくしが「悪役令嬢」ですわ」
「おのれ……「王」たる僕の美しい像に、こんな事をして無事で済むと思っているのか三下が……!」
「ふっ……」
鼻で笑う。
此奴が生前どんな存在だったか知っているが故に鼻で笑ってしまう。
それを悟ったか。
喚きながら、王は抹殺に出てくる。
さて、此奴の攻撃は。
そう思った瞬間。
全力で飛び下がっていた。
大量の何かが降ってくる。飽和攻撃の類ではない。フォロワーが空中に集まっていく。周囲のフォロワーが、まるで吸い寄せられるように。
なんだあれは。
以前の戦闘記録にあんなものはなかったが。
そして空中で作り出された巨大なフォロワーの肉塊から、次々に何かが作り出され。地面に叩き付けられていた。
人型だ。
どれもこれもが、見覚えのあるものばかり。
あるものは宇宙で戦う人型のロボット。
あるものは狩り手がとるような姿をした女性戦士。
あるいものは、人型ですらない何か良く分からないもの。
それらが肉塊で構築されて、呻きながら立ち上がり始める。
とんでもなく危険な何かを感じる。
「僕を本気で怒らせたな。 僕が「王」であるが所以を、貴様ら偽物の養殖に見せつけてやるよ!」
次々に増える何か良く分からないもの。
そうか、此奴はそうだった。
生前から王を名乗っていたのだった。
しかも創作関連の。
まったくそんなことはないのに。
確かに邪神としての能力としてはありなのかもしれない。
どっと、「王」に再構築されたフォロワーが襲いかかってくる。強化フォロワーとでも呼ぶべきか。
此奴らは、それぞれが尋常ではない実力を感じる。
すぐに「喫茶メイド」にも出て貰う。
「陰キャ」が来るのは、これならそれほど時間は掛からないだろうが。
それでも、これはちょっと即時での攻略は厳しい。そう、「悪役令嬢」も即座に判断していた。
無数に襲いかかってくる強化フォロワー。
動きもパワーもスピードも、まるで強化前とは違っている。
戦場に全速力で駆けつけた「陰キャ」は、それをインカムで聞いていたが。すぐに自分の目で見る事になった。
あの「悪役令嬢」が、たかが数体を同時に相手するのがやっとだ。
「喫茶メイド」は単体を相手にするので精一杯。
敵はそんな強化フォロワーを無数に産み出し続けている。
「ホラホラ、どうしたどうした! 雑魚フォロワーばかり相手にしているような奴が、この僕に勝てるものかよお! 何万雑魚フォロワーを殺したか知らないが、僕の力は下級のαユーザーとは桁外れなんでねえ!」
邪神がベラベラ喋っている。
なるほど、自分の像を壊されて、相当頭に来て、いきなり第二形態から始めたと言うことか。
遊園地内に動く車がまだあって良かった。
何とか動かして、此処まで来て。体力を温存できた。そのまま、瞬歩で敵の近くに出ると、斬り伏せる。
手応えが、非常に分厚い。
フォロワーは擦るだけで消し飛ぶようなのに。こいつは分厚い肉を切ったような感触だ。
それでも、モロに一撃が入ると爆散する。
フォロワーを粘土細工みたいにこねくり回して作りあげただけあって、数十、いや百以上のフォロワー分の強さと言う事だろうか、
「遅、れまし、た」
「かまいませんわ。 それにしても、凄まじい……」
「悪役令嬢」が舌打ちしている。
筋肉ムキムキの男性型のフォロワーが、拳を叩き込んでくる。それを紙一重で避けながら、数発斬撃を入れるが、やっぱり重い。
一体を倒す度にかなり消耗する。
爆裂したムキムキの男性から飛び退くと、苦戦している「喫茶メイド」の支援に回る。
観察して分かったが、どうも「王」は自分では戦わず、フォロワーを活用してくる邪神らしい。
そういう意味では以前交戦した「兄」に近いのかも知れない。あれとは桁外れだが。
まて。
ちょっとまった。
今、悪役令嬢が数回攻撃を入れて、それでも倒れなかったが。不意に脆く爆散した気がする。
何か弱点があるのかも知れない。
まずは手数を入れながら様子を見る。
「喫茶メイド」の支援を入れながら、戦いを続ける。
「萌え絵」の札をモロに喰らっても倒れない強化フォロワーだが。
何か簡単な切っ掛けで倒れもする。
違和感を、流石に歴戦の戦士である「悪役令嬢」も覚えたようだった。
「何か弱点があるようですわね」
「同意、で、す」
「解析しますわよ!」
そのまま悪役令嬢が、激しい戦いを続ける。
相変わらず鉄扇捌きは凄まじく、数体の強化フォロワーを同時に相手にしているが。
それでもやはり、劣勢に代わりは無い。
彼方は大丈夫だ。
体力自慢の「喫茶メイド」が、息が上がっている。
かなり戦い方がまずいから、だろう。
やっと一体倒したが。
これは早く弱点を見つけなければ危ない。
戦いというのは、自分に有利な土俵を徹底的に整えるもの。
それが近代戦の基本であったらしい。
ミサイルなどは良い例で。
相手が反撃できない距離から一方的に攻撃する。
騎士道だとか武士道だとかの思想は無く。
勝つために何でもするのが近代戦。
しかしながら、邪神相手にはその近代戦の思想が通用せず。
むしろ近代戦に特化した軍は、SNSクライシスの直後何処でも蹂躙され放題となった。
それは誰でも狩り手がならう歴史だが。
その基礎に立ち返る。
これはむしろ。
邪神側が行っている、一種の近代戦ではないのか。
斬り込む。
何度も重い手応えを感じながらも、強化フォロワーを切る。
数体は倒すが、やはり消耗が激しい。
何かが根本的に間違っている気がする。
相手の土俵に乗ってしまっているように思える。
自衛隊の解析班が必死にインカムから入る画像を使って解析している様子だが。多分間に合わない。
撤退を「悪役令嬢」が指示しないのは。
まだ、何か掴める可能性があると判断しているからだろう。
また、「悪役令嬢」と交戦中の何だかスタイリッシュな姿をした強化フォロワーが爆散した。
どうやって倒したのか、「悪役令嬢」も分かっていないようだ。
とにかく、戦場の全てを頭に入れろ。
体力がないのだから頭を使え。
敵をいなしながら、そう戦闘を切り替える。
時々「喫茶メイド」を支援しながら、攻撃は軽めに。
対応を続けていくと。
軽い攻撃しか入れていない筈の強化フォロワーが、不意に爆ぜた。
なんだ、どういうことだ。
「悪役令嬢」に、今の出来事をぼそりぼそりと伝えると。
そういえば、手数しか入れていない相手が倒れたと、「悪役令嬢」が応える。
ひょっとしてだけれども。
踏み込むと同時に、突きを強化フォロワーに入れる。
ずんと刀がめり込むが、それが致命傷になった様子はない。
むしろ余裕綽々で返してくる。
流石に真っ二つにするような一撃を入れると爆散するようだけれども。
この数を、そんな重い攻撃を入れながら、立ち回れるほど体力がない。
だから今のは実験だ。
強化フォロワーは傷も塞がっていく。
数度、豪腕を振るって「陰キャ」を捕らえようとした強化フォロワーだが。
その全てをかいくぐって、全く同じ箇所に一撃を入れる。
文字通り、針を通す一撃だった。
その瞬間。
動きが止まった強化フォロワーは、直後爆散していた。
なるほど、そういう事か。
一度では分からない。
今度は、軽く一撃を入れる。
擦っても、普通にダメージは入るのだけれども。
それでも再生が始まっている。
相手は自分と同じくらいの背丈の派手なドレスを着た女の子に見える強化フォロワーだったので、少し心が痛むが。
そもそも多数の人肉をこねくり回して作った最悪のマリオネットだ。
この尊厳破壊から、早く楽にしてやりたい所である。
もう一度、再生が始まっている箇所に一撃を入れる。
間違いない。
それで爆散。
立て続けに二体。
更にもう一体が、同じ方法で爆散。
インカムに通信を入れる。
どうやら、この強化フォロワー、大ダメージを受けるか、ダメージを同じ箇所に受けると倒れるらしい。
ただし再生能力を持っているから、素早く同じ箇所に二度、打撃を入れないといけない。
そう告げると、「悪役令嬢」はなる程と納得し。
途端に猛攻に出た。
苦戦していた「喫茶メイド」も戦闘スタイルを変え。
効き目が薄いと判断していたらしいナイフスタイルに変更。
文字通りのピンホールショットを決め。
一瞬にして一体を屠っていた。
「なるほど。 見覚えがあると思ったら、昔のカルチャーのキャラクターの似姿にしているのですわね」
「……」
そういえば。
何だか何処かで見た事があるようなデザインばかりだ。
「王」はニヤニヤ見ていたが。戦況が一変したのを見て、すっとニヤニヤが顔から消えた。
みるみる顔が歪んでいく。
上手く行かないことが、相当に頭に来ているのか。
それとも。
「そして似ていながら、どれもこれもいい加減な出来ですわ。 薄っぺらな皮を肉塊に被せているだけの偽物だから、皮さえ破れば中身はフォロワーと大して変わらない強度しか無い。 つまり今までは、皮を破るのにムキになっていたと言うことですわ」
なるほど、そういうことなのか。
理論的に構築できて凄いなと「陰キャ」は感心しつつ。
既に弱点が分かった敵を、右に左に斬り伏せ始める。
基礎スペックは上がっているかも知れないが、所詮はフォロワー。
最低でも二撃が必要という事はあるが。それについても、フォロワーに対する飽和攻撃で散々回避を鍛えた「陰キャ」はそれほど苦労していない。
数十体分以上のフォロワーを一瞬で葬れると思えば、むしろ楽だ。
次々に増援を繰り出し始めた「王」だが。
これはむしろ悪手だろう。
「悪役令嬢」は率先して強化フォロワーの群れに突貫すると。
次々敵を斬り伏せていく。
「喫茶メイド」もコツを掴むと早い。
今まで中華拳法で大苦戦しながら戦っていたのを、得意な狙撃戦に切り替えてからは、次々強化フォロワーを屠っていた。
手数が多い「悪役令嬢」にとってはまさにカモだ。
むしろこの強化フォロワーを主体にしてくれたら、東京のフォロワーの駆除を一気に勧められるかも知れない。
此処は千葉だけれども。
「ぼ、僕の自慢の強化フォロワーが……!」
「随分と薄っぺらな偽物ですわね。 ひょっとして本物に対する解像度が低いのではありませんの?」
「悪役令嬢」の口撃が炸裂する。
この辺り、ズバンと本質を突くので、時々邪神が激高する気持ちが分かる気がする。
だが相手は精神生命体。
この方法が最もダメージを効率的に与えられるのはよく分かっている。
それでもちょっと、側で聞いていても神経に来る程ではあるが。
パンと、「悪役令嬢」が鉄扇を閉じたときには。
あれほどいた強化フォロワーが、既に壊滅していた。
周囲は血の海。
その上、周囲に蠢いていた強化フォロワーの材料にしてしまったから、フォロワーもいない。
孤立したのは、今度は「王」の方だった。
ぴきぴきと、青筋が音を立てる音が聞こえた気がした。
好都合だ。
冷静さを失った邪神は、精神生命体であるが故に戦闘のリズムを著しく乱す。
突貫。
こう言うときは、もっとも回避に特化している「陰キャ」の出番である。
いきなり全身から無数の。
色々な腕を生やす「王」。
全ての腕に色々な武器を握っている。
飽和攻撃なら見慣れているけれども。何かが違う気がした。
足を止めて、瞬歩を数回繰り返して、ジグザグに距離を取る。
同時に、全ての武器からなにか得体が知れない光線が飛んできていた。
爆発が連続して撒き起こる。
邪神にはよく分からない飛び道具を使う相手がいるが。
あの腕の武器全てが飛び道具の基点なのか。
それも飛び道具を投げている様子も無い。
更に「王」の全身に目が生じる。
なるほど、全方位死角無し、というわけか。
「悪役令嬢」が声を掛けて、距離を取る。
高密度の弾幕が、周囲を文字通り蹂躙し始める。
爆発が凄まじい。
壊れかけのアスファルト舗装が、次々吹き飛び。地面に埋まっていた配管などが露出したり、吹っ飛んだりする。
中には、既に電気が流れていない電線などもあるようだ。
この爆撃、「フェミ弁護士」のあれを思い浮かべるが。
此奴の場合、多分接近してあの腕全部を切りおとさないと駄目だ。
「僕は王なんだよぉ! お前らミームなんかじゃ及ばない王! ミームなんか所詮ネットで産まれたただのゴミカスにすぎないだろ! そんな代物が、この僕に勝てるものかよぉ!」
何かほざいている「王」だが。
此奴の元になった人間の経歴を聞く限り、なるほどなとしか言えない。
更に。
この飽和攻撃の中、上空に肉塊が集まっている。
更に広範囲から、フォロワーを強制的にかき集めているらしい。
強化フォロワーをもっと作って繰り出すつもりか。
この光線攻撃がただでさえ厄介なのに。
「喫茶メイド」が投擲したナイフが、数十本。
同時に「王」に突き刺さる。
既に人型をしていない「王」だが、それでもモロに爆裂し。
悲鳴を上げながら、体の再生に掛かる。
だが、少しばかり強化フォロワーの攻略に体力を使いすぎたかも知れない。見ると、「喫茶メイド」は片膝を突いて、箒を杖にしている有様だ。
今のが最後の反撃だったという所だろう。
「撤退しますわよ。 今回はこれで充分ですわ」
「悪役令嬢」の言葉に頷く。
確か絶対正義同盟の高位邪神は、NO3から更に一段階強くなるらしいが。逆に言えば、NO4はNO5とそれほど変わらない筈だ。
すぐにそれぞれ、ここに来るのに使ったロボットに走る。
「陰キャ」が使ったロボットは、戦闘に巻き込まれ壊されてしまっていたが。
幸い「喫茶メイド」の使ったロボットは無事だったので、近いそっちに乗せて貰う。
そのまま、一気に距離を取る。
ロボットに搭載されている野戦砲が火を噴くが、正直焼け石に水だろう。
強化フォロワーもまだ「王」の周囲に展開しているだけで、それが独自行動を開始する様子は無い。
ならば、今が確かに逃げ時だ。
全身を修復し終えた「王」。
かなりの修復速度だが、その時には既に奴の視界からは姿を消していた。
この辺りは千葉とはいえ、一応首都圏に位置する。
邪神は空間転移や多数の人間の気配を嗅ぎつけるのは得意だが、少しの人間を探すのは苦手としている。
これはフォロワーも同じだ。
群れの殲滅には特化しているが。
少数の精鋭を相手にするには向いていない。
この辺りも近代戦の常識とは色々異なっている。
そういう存在なのだ。
すぐに「悪役令嬢」がトリアージと指示。
少し腕が痛む旨を、「陰キャ」は伝えた。
かなり無理をして強化フォロワーを斬ったから、その反動だろう。
いつもはあんな風に無理に力を入れて敵を斬らない。
「「喫茶メイド」さん、貴方は?」
「私は、彼方此方擦りました。 応急処置を今しています」
「……急いでくださいまし」
「悪役令嬢」も自分のダメージを伝えてくる。
やはり最前線で敵の猛攻を食い止め続けたと言うこともあり、相当な数のかすり傷を受けているという。
この人ほどの使い手がそれか。
今後戦う、絶対正義同盟NO3以上が今戦ったNO4から見て一段上の実力だと考えると、気が重い。
それでもどうにかしなければならないだろう。
ため息をつく。
「陰キャ」は気が強い方ではあまりない。
怖いものは素直に怖い。
人間は特に怖い。
「王」は随分と人間の要素を残していた気がする。
それに今、「悪役令嬢」と話しているだけで存分に辛いのである。
正直、すぐに一人で静かにしていたいほどには。
「さっき「王」が見せた技。 攻略法は既に思いつきました?」
「……は、い」
「陰キャ」は頷く。
簡単だ。
「喫茶メイド」が狙撃を入れる。
全方位光線攻撃に穴が出来る。
其処の穴から、突貫して。全ての腕を叩き落とす。
ただしその前に、強化フォロワーは片付けなければならないだろう。
ただ、「王」が戦闘形態を取るという状況になると。
恐らく周囲のフォロワーを強制的にかき集め始めるはず。
次の戦いでも、壁にするために同じ事をするだろう。その壁を突破しなければならない。
むしろ「王」を上手に誘導できれば、彼方此方のフォロワーを一気に削る事が出来るかも知れないが。
ただ自衛隊などがあれを相手にするのは文字通り最悪の相性だろう。普通のフォロワーに対する戦術は一切通用しない。
もしも何処かの戦線にあれが出て来たら、大きな被害を出す事確定だ。
山革陸将から通信が入る。
「「王」に対する奮戦、苦労を掛けた。 それでも奴を打倒する糸口が見えた気がする」
「衛星写真から、強化フォロワーが移動するようなら監視をお願いいたしますわ。 あれは既存の兵器などでの対応が極めて困難ですのよ」
「分かっている。 攻略法も、君達手練れの狩り手で無いと実践は厳しい。 厳重に監視する」
「陰キャ」は話を聞いているだけだ。
「悪役令嬢」がこう言うときは自然にリーダーシップを取ってくれるのが、本当に有り難い。
絶対にそういうのはやりたくないから。
ヘリが待っていたので、ロボットから乗り換える。
応急処置は終わっていたので、後は駐屯地まで送って貰った。
その後は、各自でそれぞれ処置をしておしまい。
「喫茶メイド」はメイド服を脱いで、てきぱきと自分で処置していた。
この辺りは、元々自衛隊の精鋭にいたらしいと聞いているので、手慣れているのだと思う。
「陰キャ」は奧に引っ込むと、自分で手当をする。
一応「陰キャ」も訓練生時代にこの辺りは習っているので。
どうにか手間暇はかけつつ、作業はできた。
数時間ほどして、「悪役令嬢」が来る。手を叩いて、耳目を集めた。
「今山革陸将から通信がありましたわ。 「王」が移動開始。 千葉を回って、フォロワーをかき集めている様子ですわね」
「それはまさか、強化フォロワーの大軍を作ろうとしているということでしょうか」
「そうなるでしょうね。 近いうちに、「王」とは決着を付けなければなりませんわ」
基本的にフォロワーは、邪神が倒されても元には戻らない。
強化フォロワーもそれは同じだろう。
そうなってくると、あらゆる意味で厄介だ。
もしもあの強化フォロワーが各地に放されでもしたら、自衛隊に記録的な被害が出る。
狩り手だって、初見では勝てるかどうか分からない相手だ。
「山革陸将が補給物資を手配してくれています。 三日以内には届くでしょう。 それまでに、準備を整えておきましょう」
「分かりました」
頷く「喫茶メイド」。
やはり自衛隊出身者という事もあって、仲間が大変な危険にさらされる事は避けたいのだろう。
ただでさえ、たくさんの仲間を目の前で失ってきただろう人だ。
当たり前だと言える。
その場で指示を受ける。
「「陰キャ」さん。 貴方はゲリラ戦で、夜闇に乗じて「王」に接近し、強化フォロワーを削れますか?」
「得意で、す」
「結構。 「王」は空間転移が出来る事が分かっていますし、あれを彼方此方にばらまかれる前に可能な限り削ってくださいまし」
こくりと頷く。
それで被害が抑えられるなら、安いものだ。
「「喫茶メイド」さん。 貴方は私といっしょに、補給物資が整うまで、東京で新人研修ですわ。 今「女騎士」と「コスプレ少女」という二人の新人を育成中ですの。 準備が整うまでの時間も無駄にしたくありませんし、フォロワーも少しでも削りたい。 いっしょに訓練をお願いします」
「はい」
すぐに二手に分かれて動く。
「王」はまだ形態変化を残している可能性があるけれど、戦って見て分かった事がある。
適切な狩り手さえぶつければ倒せると判断して良い。
ただ、何があるかは分からない。
ともかく、夜陰に乗じて強化フォロワーを片付けに行く。
「陰キャ」が、単独任務の方が得意だし。
その方が気が楽で、兎に角やりやすい。
何より人と喋らなくて良いのがいい。この辺りは配慮してくれた「悪役令嬢」に感謝しかない。
昔は、「陰キャ」は無条件で迫害されるものだったと聞いている。
周りが良くしてくれて嬉しいとは思うけれど。
それも戦いで成果を上げているからだ。
「悪役令嬢」はどうなのだろう。
なにか大きな失敗をしたら、「陰キャ」を見捨てるのだろうか。
そういうことはないようにしたい。
いずれにしても、今は。
出来る事を、するだけだった。
4、前兆
「王」の戦闘を見ていた絶対正義同盟NO1「神」は、ふふんと唸っていた。
まあ人間時代からああいう奴だった。
時間稼ぎが出来た。
それだけで充分だろう。
いずれにしても、此方の方は準備が整ったと言える。
中華の邪神軍団「解放」。
そのトップは、既に屈辱に満ちた顔で、「神」の足下にひれ伏していた。
「鎖国がまずかったねえ。 あらゆるものを禁止していたのもまずかった。 私の勝ちだよ。 約束通り、言う事を聞いて貰おうか」
「……好きにするがいい!」
「解放」の首魁、「黄帝」は悔しそうに俯く。
黄帝とは、道教における最高神格の事だ。
奇しくも「神」と似たような存在であった事を意味する。
SNSクライシス前には、世界最大の人口を誇ったこの国だったが。
鎖国体制で、文化の弾圧をしたのがまずかった。
ミームは文化から生じる。
また、弾圧が行われれば行われる程、全ての言論は地下に潜る事にもなる。
故に流布される邪悪も小さくなる。
邪神が弱体化したのもそれが故だ。
「それではこれより君達の半数……十一体を借り受けよう。 此方の戦況が悪くなれば、当然我々と戦い慣れた手練れの狩り手が君達の所に来る事になる。 そうなれば終わりだと言う事は分かるだろう?」
ボスがぶちのめされて呆然としている「解放」の者達だが。
その言葉の意味は理解したらしく、何度かこくこくと頷いていた。
それでいい。
すぐに十一体を選別する。
日本に戻る頃には、「王」は倒されているかも知れないが、別にどうでもいい。
彼奴の存在意義は、強化フォロワーの量産だ。
今までも、実は自衛隊が気付かない内に強化フォロワーは彼方此方で生産していた。別にこっちはNO3以上が倒されでもしないかぎり大した痛手でもない。
それに加えて、十一体。どれもNO6以下相当の実力しかない者達ばかりだが。それでも連れて行けば。
一気に調子に乗っている人間共に地獄を見せる事が出来るだろう。
日本で抵抗している連中を潰せば、後は米国本土に乗り込むだけ。
その後は邪神同士で力比べをして、最強の者が頂点に立つ事になる。
何、「神」は間違いなく邪神最強。
欧州の邪神の「連合」も。米国の邪神の「自由」も。
「神」の前にはひれ伏すしかないのだ。
さて、地獄の宴を始めるとしようか。
十一体の邪神に忠誠を誓わせると、そのまま日本へと戻る。
それにしても、本当に中華は完全に人間がいなくなっているのだな。
一部のわずかな生き残りが地下にいるようだが、それも放置しておけば全滅するだろう。
これからは「神」の時代だ。
人間時代も、人間を虐げるだけ虐げてきた「神」だが。
人間の時代が終わった後も。
その絶対的天下は、揺るがないのである。
(続)
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