この世は苦界

 

序、厳しい戦況

 

九州の厳しい戦線で、狩り手の一人。「デブオタ」こと柳田は、即座に動いていた。

戦場に出たばかりのルーキーの一人。「喫茶メイド」が、フォロワーに至近への接近を許したのである。

嫌な音もした。

即座に手にした丸めたポスターのように見せかけたバンカーを取りだすと、射出。「喫茶メイド」に掴み掛かったフォロワーの頭を吹き飛ばしていた。

更にその鈍器を使って、自身に寄ってきたフォロワーを右左になぎ倒す。

「「ガリオタ」氏!」

「おう、拙者に任せられよ!」

元々バリバリのインファイターだ。

機敏に動くと、「ガリオタ」は即座に「喫茶メイド」を抱えて後方に下がる。

掴み掛かられた部分が心配だ。

フォロワーの腕力はゴリラ並み。

ちなみにゴリラは握力500sに達し、素手で人間を文字通り引きちぎることが可能である。

一例だけ密猟者がゴリラに殺された例があるようだが。

その時全身を引きちぎられていたそうだ。

フォロワーはそれと同等。

掴まれただけでも危険である。

もう一人のルーキー、「医大浪人生」に、少し下がるように指示。

九州中部での戦いの、思わぬハプニングだ。だが、元々狩り手が緒戦で死ぬ確率は高く、生還率は四割を切る。

そう考えてみると、こういうハプニングは嫌になる程見てきたし。

対応だってできる。

どちらかというと様々な装備を展開して足を止めながら戦う要塞型である柳田は、その場でフォロワーの群れを食い止め続ける。

形勢不利とみて、自衛隊が援護射撃で普段より派手に榴弾をぶっ放し、フォロワーを削りとるが。

すぐに「ガリオタ」が戻って来て。カメラの三脚を使って、フォロワーを薙ぎ払い始めた。

大量の「萌え絵」の書かれた絵札を展開すると。

一気に周囲に投擲。

周囲に群れているフォロワーを、まとめて薙ぎ払う。

そうして時間を作って、一度引く。

状況を一度リセットした方が良いだろう。

フォロワーの追撃は、「ガリオタ」が処理してくれた。基地に戻った頃には、敵の攻勢も一段落。

座って汗を拭う。

太ったのは無理矢理。

体質的に太りにくいので、本当に苦労した。

汗が大量に出ているのは。

単純に加齢が原因だ。

衰えたな。

そう強く実感する。

分かりきっている。もう何年ももたない。下手すると今年中。前線に立つことはできなくなると。

次に大きな怪我をした場合。

再生医療を使っても、もう前線に復帰することはできないだろう。

「悪役令嬢」は頼りにしてくれているようだが。

はっきりいって、自分の体は自分が一番分かる。

恐らくだが。

次の大きな戦いが最後になる。

生き残る事が出来ても、狩り手としては引退だろう。

それは「ガリオタ」も同じの筈だ。

「どうぞ」

「ありがとう「医大浪人生」どの。 だが、こういうのはキャラでは無いから、気を付けてくだされお」

「分かりました。 すみません」

茶を飲み干す。

美味いわけが無い。

間もなく、通信が入っていた。

「「デブオタ」くん、「ガリオタ」くん。 いいかね」

「かまいませんお」

相手は山革陸将だ。

やはりルーキーが被弾しやすいことや、生還が難しい事は分かっていたのだろう。

幾つかの事を言われる。

「まず「喫茶メイド」くんだが、軽症だ。 掴まれたのが一瞬で、防護服もあって骨が複雑骨折するようなことは無かった」

「それは良かったですお」

「何よりでござるな」

「しかしながら、治癒まで一週間は掛かるそうだ。 それまで、「医大浪人生」くんを見て欲しい」

そもそもだ。

ちょっとだけしか顔を合わせていないが。あの「陰キャ」のようなルーキーが規格外なのであって。

ルーキーの実力はこんなものだ。

もう少し少ないフォロワーがいる場所だったら、ある程度戦闘を任せられる。

実際今日までの三回の戦闘で、「喫茶メイド」は充分頑張った。キルスコアは百を超えた。

相手はフォロワーばかりだが。

それでも、もっと少ない数しか倒せず散った狩り手だって多いのだ。

三回も実戦を生き延びた。

それだけで充分とも言える。

「……素直な意見を聞きたい。 君達から見て、ルーキー二人はどうかね」

「真面目な話をすると、可も無く不可も無しですお」

「そうですな。 正直、狩り手としては凡庸でござろう。 このままフォロワー狩り専門に行くのも良いかも知れないでござるな」

「分かった。 だが、それでも何とかしてほしい」

無言になる。

スパルタ式なんてのが上手く行かないのは周知だし。

そもそも今は充分スパルタ式だ。

ほどなくして。「ガリオタ」の方が言う。

「山革陸将。 今「悪役令嬢」どのの方はフォロワー狩りに専念しておられるとか」

「東京で暴れている。 凄まじい勢いで東京のフォロワーを削ってくれているよ」

「メイドと令嬢。 シナジーがあると思いますが」

「いや、それは……」

正直な話をする。

実の所、「陰キャ」が伸びたのは上質な戦闘が原因だったのではないかと、柳田は考えている。

いきなり「悪役令嬢」の間近でその戦闘を見て。

本人の素質が一気に開花したのだ。

今は、邪神どもは動きを見せていない。

この九州で。

老いぼれ二人と一緒に過ごして戦闘をするよりも。

「悪役令嬢」と戦って。

最高のエースの側で、実戦を見る方が良いのではないのかと柳田は思うのである。

自分達はもう、本来は前線に立っている年齢では無いと、冷静に「デブオタ」という狩り手でもある柳田は考えている。

実際どう考えても戦場で猛威を振るえるのは四十代まで。

それを過ぎて、随分年が経っている。

柳田。「デブオタ」と。相方である「ガリオタ」は、狩り手を湯水のように死なせながら、邪神とどうやって戦っていくかの試行錯誤を繰り返して来た時代に生き。たまたま生き延びただけの幸運持ち。

実際に「悪役令嬢」の戦闘を側で見たが、とてもではないが全盛期でも及ばなかっただろうと思う。

事実絶対正義同盟NO11を仕留めるのにさえ、コンビネーション戦が得意な「デブオタ」「ガリオタ」のコンビでも、大けがをした程である。

もう少し何とかすれば、少なくとも「喫茶メイド」は、才能を開花できるかも知れない。

そういう話を、山革陸将に話す。

しばしして、山革陸将は、頷いたようだった。

「分かった。 確かに「陰キャ」くんの例もある。 専属のトレーナーの話は聞いているかも知れないが、ルーキーとして戦場に出るまで、初陣を越せないと思っていたそうなのだ」

「……」

「移動にはどうせ時間も掛かるし、完治するまで寝ているだけというような時間もあるまい。 確保出来ている安全経路を使って、東京まで移動して貰おう。 燃料の節約を考えて、陸路でな」

「くれぐれも、「陰キャ」どのの前例を出して、本人の自信にひびを入れること無きよう」

分かっていると、山革陸将は応えてくれた。

まあこの人も、数々の作戦失敗で、貴重な狩り手と自衛隊の兵士達が邪神に返り討ちにされていくのを見ていたのだ。

それならば、こうやって一人ずつを大事にして行くのも分かるだろう。

「医大浪人生」は、何というか。

最初から何も言わずとも、そこそこ自己学習ができるし。

自分の事をある程度わきまえているので、堅実に力を伸ばしているように思える。

最初、九州の戦線を「喫茶メイド」と「医大浪人生」に任せるつもりだったのだろうけれども。

或いは、「医大浪人生」と、攻勢に出ている自衛隊に任せた方が良いかも知れない。

そう、数回の戦闘を経て。

柳田は結論していた。

すぐにロボットが来る。手当が終わった「喫茶メイド」を乗せて、挨拶もそこそこに移動する。

各地の自衛隊の駐屯地を周りながら、東を目指すのだ。

それを無言で見送った。

一人でも死なせる訳にはいかない。

「狩り手」は、邪神と戦える貴重な人材なのだ。

数で押すこともできない邪神相手には。

特殊な訓練を受けた「狩り手」がどうしても必要になる。

彼女はその卵。

初陣を生き延びた貴重なルーキーだ。

だから死なせない。

死なせる訳にはいかないのである。

山革陸将から、十分もしないうちに通信が入った。

「すまないが、前線でまたフォロワーが攻勢に出ている。 すぐに向かってほしい」

「分かりましたお」

「いくでござるぞ「医大浪人生」どの」

「分かりました」

「医大浪人生」は必要な事しか喋らない。

それでいい。

寡黙な人間は、SNSクライシス前には気色が悪いとレッテルを貼られ。人間扱いされていなかった。

こうやって敢えてミームに沿ったキャラを作る事で、充分に邪神と対抗できる。

投擲用の鉛筆(芯はチタンである)と、色々な合金で作った机による豪快な立ち回りは、見ていて小気味が良い。

そしてどんどん実戦になれている。

ああだこうだ口を出す必要はない。

フォロワーと戦わせるだけでものになるだろう。

前線で一暴れほどして。

敵が引き始めるのを見て、そして戻る。もう少し戦いたいと、珍しく自己主張した「医大浪人生」だが、「ガリオタ」が止めた。

「「医大浪人生」どの。 現在トップエースである「悪役令嬢」どのですらも、体力の管理には気を遣って、無理をしないように戦っているのでござる。 貴殿はまだ戦闘経験も浅い。 少し体力が余っているくらいで引くのを選択するのが正解でござろう」

「分かりました。 ありがとうございます」

素直で結構。

そのまま撤退して、自衛隊と合流。

駐屯地で休む。

自衛隊もあまりにも大規模で動くと、すぐに邪神が嗅ぎつけて飛んでくる可能性があるので、小部隊に別れて小さな駐屯地で休む。

こういうノウハウは30年で蓄積されきっている。

既に戦争のルールの根本が変わっている。

昔はこういう戦い方はなかっただろう。

だが。今はこう言う戦い方が正解なのだ。

しかしながら、その一方で。

フォロワーを一気に押し潰すことができなくなっているという状況も意味している。

米国でも、カナダから邪神が再攻勢に出てくる事を警戒して。あくまで小規模部隊を散開させて、各地にいるフォロワーの駆除を進めているらしく。

それでかなり手間取っているらしい。

ただ、北米からフォロワーが一掃できれば歴史的快挙だ。

後方に巨大な安全圏ができ。生存者の救出作業なども進められるかも知れない。

そうなれば、人類の反撃作戦に一気に弾みがつくので。

どうこうと言う事は出来なかった。

無心で休憩して。

その後、またすぐに出る。

苦戦している戦場では、秒の遅れで数十人の自衛官が殺される。

対フォロワーの戦闘については自衛官達も練度を上げているが。

それでも数の暴力に曝されると、どうにもならないのだ。

フォロワーですら、対戦車ライフルくらい叩き込まないと倒せない相手である。

古くは有用だったドローンによる攻撃も効果が薄い。

今では火力不足が深刻なため、ドローンは偵察に全力をさいているのが実情だ。

案の定半包囲されていた自衛隊の部隊の前に飛び込むと、服ももはやろくに身につけていないフォロワーを片っ端から撃ち倒す。

少し遅れて「医大浪人生」が戦場に入ったので、一方向は任せる。

だが、その判断がミスだった。

あっと声が上がって、即座に飛び込む「ガリオタ」。

「デブオタ」はとてもではないが、数十のフォロワーを倒すので精一杯。更に「ガリオタ」が抜けた分も一気に押し寄せてきたので、防戦一方となった。

あの「悪役令嬢」でさえも。

フォロワーに掴まれたり噛まれたらひとたまりもない。

フォロワー戦でさえ、きちんと接触前に捌いていくのが基本であって。

感覚が鈍る一方の現在となっては、それも大変難しくなりつつあった。

「「デブオタ」氏! 拙者らは引く!」

「負傷ですかお!?」

「……」

急いで下がった様子からして、そのようだ。

個人で任せられると思ったのも、判断ミスだったか。

どんどん判断力が落ちている様子で、苛立ってくる。

だが苛立てば、自分がやられる。

どうにか冷静を保とうとするが。

それもかなり厳しかった。

何とか戦いを乗り切り、野戦病院に戻る。

そこで、戦況を聞く。

まだまだフォロワーは北上を続けている。

鹿児島などにいたフォロワーも、ドローンの偵察によるとどんどん北上しているらしい。離島などにいたものまでが動いているそうだ。

何しろ身体能力が違うので、離島から此方に泳いで来るフォロワーもいる。

フォロワーに襲いかかったサメが逆に引き裂かれる映像をドローンが撮った事もあり。

連中はもはや、摂理を外れてしまっているとしかいえない。

「前線はどうにか食い止めるので精一杯です。 狩り手のみなさんがいないと、とても……」

無言で敬礼して、「医大浪人生」の様子を見に行く。

今、集中治療室に入っている様子だ。

どうも噛まれたらしい。

左腕の肉を、ごっそり抉られたようで。これから再生医療行きだそうだ。

慣れてきた、という判断がまずかったのだろう。

勿論少しずつ強力な敵に当てなければならなかったから、今回の判断はミスだったが。それでもいつかはやらせなければならなかった。

溜息を零す「ガリオタ」。

「「デブオタ」氏。 我々も年老いましたな」

「……そうですのう」

「再生医療で治るまでは一月。 次のルーキー達が来る直前まで戻れないという話がきているようでござる」

「……」

言葉も無かった。

結局、ものにできたのは一人もいなかった。

「悪役令嬢」に任せた「喫茶メイド」だって、上手く行くかどうか。

年老いた。

本当に年老いた。

それを考えると、情けなくて仕方が無かった。

引退については、ずっと前から考えていた。

肉体よりも頭が先に衰える事だって分かっていた。

それにしても、今回の戦績は色々と酷い。

新人が生き残る確率は四割弱。

以降だって、戦いに出る度に何割かの確率で狩り手は負傷する。下手をすれば死ぬ。

それらを越えたとは言え。

あまりにも褒められた結果ではなかった。

溜息が何度も漏れた。

ずっと一緒に戦ってきたバディだから。柳田の気持ちは分かるのだろう。

無言のまま、「ガリオタ」は側にいてくれた。

もはや、引退を控えているのに。

それでも前線に立たなければならない。

そしてあの難敵、「フェミ弁護士」が前線に出て来ている状態だ。

NO5以上の邪神達も、そろそろ前に出てきてもおかしくない。

そうなれば、この老骨をひっさげて、「悪役令嬢」や「陰キャ」と共に戦わなければならないし。

それがいつになるかも分からない。

明日になるかも知れない。

各地の集落の人数は、増えすぎないように政府でどうにか管理している。だがそれが上手く行かないと、箱根のような悲劇が起きる。つい最近では北海道でも似たような事が起きた。

この劣悪な状況で、政府は良くやってくれている。

そう思うと、何も言えなかった。

通信が入る。

「悪役令嬢」からだった。

「オーッホッホッホッホ! ルーキーは初陣を越せたようですわね」

「「悪役令嬢」氏。 既に話は聞いていると思うが……本当にすみませんお。 力不足なばかりに……」

「いいのですわよ。 そもそもメイドがほしいと思っていましたので」

「……そう言ってくれると嬉しいですお」

「悪役令嬢」は気にしている様子も無い。

案外メイドを欲しがっていたのは本当かも知れない。

いずれにしても、「悪役令嬢」は話してみると。素っ頓狂な言動を除くと極めてまともだ。

あのキャラだって最初は造りだったのだろうし。

本来は近代戦でも最強ランクの戦闘適性持ちだったのかも知れない。

いずれにしても、情けない事に人員を其方に任せる事になる。

軽く話した後、通話を切る。

すぐに、またフォロワーの攻勢があったということだった。

出るしか無い。側にいる「ガリオタ」と頷きあうと。二人の老いた狩り手は、前線に出るのだった。

 

1、優等生メイド

 

経緯は「悪役令嬢」も聞いている。

ようやく待望のルーキーが九州に配備されたのに。

一人は軽症を受けてすぐに此方に回され。

もう一人は重症を負って、再生医療に。

だが、その程度で済んで良かったではないかと「悪役令嬢」は考えていた。

そもそも実戦投入を急ぎすぎたのでは無いか、と思う。

「陰キャ」にしても。本人が類い希な才覚を秘めていたから、一気に実力が発揮されていったという事があっただけで。

そうでなければ、初陣で戦死していてもおかしくは無かった。

二人のルーキーだってそう。

「悪役令嬢」の所には、「陰キャ」の例を鑑みてメイドの方が送られてくるそうだけれども。

まあメイドはほしいと前から思っていたし。

何よりも、もしも新人が「悪役令嬢」の所で才能を開花させれば。敢えて九州の戦線から、ベテランを二人も引きはがさなくて良くなる。

それに、だ。

何度か話したが、ベテラン二人はどうも引退の時期を考えているようだし。

そういう意味でも、どうにかしてやりたい。

今のままでは、戦力が足りなさすぎて引退どころではないだろう。

五人、追加でルーキーが来るらしいが。

その五人の面倒だって、「悪役令嬢」が見切れるわけではない。

ましてや「陰キャ」は指導に決定的に向いていない。

そう考えると、此方に人員が回されるのは、仕方が無い事が幾つも重なった結果とも言えるのかも知れなかった。

鉄扇を振るって、血を落とす。

東京都心から出て来たらしいフォロワーがかなり多い。

邪神によってフォロワーにする人間は傾向がある程度あるが。基本的に殆どの人間は、邪神が出現した時点でアウトである。

東京都心から出て来たらしいフォロワーは。もっとも古いタイプ。

スーツを着て出勤している時にフォロワーにされてしまったような者などもいて。

ボロボロのスーツの残骸を体に引っかけながら襲ってくる様子は、むしろ見ていて痛々しかった。

ただ、逆に言うと。

ここ数日、数万のフォロワーを「悪役令嬢」が屠ったこともあり。かなりの数のフォロワーが東京都心から移動を続けており、向かってきている事も意味する。

ドローンなどを飛ばして、生存者を確認し。

もし手が回らないようなら特殊部隊が。

手が回るようなら、「悪役令嬢」が。

それぞれ出向いて、救出に向かう必要があるだろう。

崩落しているビルなども散見されるので。

救出作業は急いだ方が良い。

ただこの間、地下鉄の残骸からフォロワーの大軍が現れた実例も見ている。

地上だけでは無く、地下にもフォロワーが寿司詰めになっている可能性は決して低くないので。

油断はとてもではないが出来なかった。

駐屯地に戻る。

其処で、研ぎに出していた鉄扇を受け取る。仕上がり充分。満足して受け取った。

何人かの状況を確認しつつ休憩。

九州ではベテラン二人が。大阪では「陰キャ」が。激しい戦いの末に、多くのフォロワーを屠っている。

邪神の出現報告は無し。

現時点では邪神ども「絶対正義同盟」は動きを見せていないが。

この間大陸から来た二体を即座に失った事が原因だろうか。

いや、分からない。

更なる援軍が不意に来るかも知れない。

そういう事を考えても。

体力は温存しておかなければならなかった。

紅茶を淹れながら、確認する。

明後日か。

メイドが来るのが、である。

正確には「喫茶メイド」。

本物のメイドではないが。ミームとしてのメイドだからそれでいい。

一応飲食の仕事だから、茶くらいは淹れられるだろう。

最初からかなり優等生だったらしいから、逆に臨機応変が求められるミクロ規模での戦場では、上手くやれなかったのかも知れない。

山革陸将から連絡がある。

「近くのいわゆるタワマンから、大量のフォロワーが出現したようだ。 逆にいうと、そのタワマンを制圧して、内部を前線基地にできる可能性がある」

「タワマンのような場所にいた人間は、それこそ邪神は見境なくフォロワーにしたでしょうし、まあ内部はむしろ綺麗でしょうね」

「その通りだ。 対応頼めるだろうか」

「即座に実施しますわ」

すぐに出る。

どうせ新人が来るのは明後日だ。

タワマンとなると、今までの30年で関東圏内にて二度起きたマグニチュード6規模の地震でも、内装は大してダメージを受けていないだろう。

すぐに現地に向かうと、久しぶりに口を利くフォロワーを見た。

オタク、メス、コロス。そんな事を良いながら、にじり寄ってくるが。どうでもいい。

そのまま突貫して、斬りさき、消し飛ばす。

子供のフォロワーもいるが。

もはや助ける方法は無い。

むしろ低い位置から飛びかかってくるので、見かけよりもかなり危険度が高い。容赦なく倒す。

数百だけではない。

周囲から、どっとフォロワーの群れが押し寄せてくる。

数ブロック下がりながら、引きつつ追いついてきたフォロワーを斬り捨てて行く。順番に斬れば斬るほど、敵の足の速さによるばらつきが生じてくる。

既に安全圏を確保した場所には、自衛隊が自動砲台を設置していて。それが支援攻撃をしてくれる。

あまり数がない装備だが。

北九州などの安全を確保した場所に無人工場を作り。

各地で奪還した駐屯地跡などから回収した物資を使って、色々と装備を作ってくれているらしい。

それらの装備は大半が自衛官向けに廻されるが。

一部の物資は、こうして狩り手や。

或いはフォロワー対策の自動兵器に廻されるというわけだ。

足が止まったフォロワーに、「萌え絵」の札を投擲し、一気に爆散させる。

これについては、邪神もフォロワーも共通して通じる事が分かっている。

これらの結果から見て、奴らの正体をはっきりさせられるのではないかという仮説も上がっているが。

今のところは、よく分からない。

米国の邪神やフォロワーにも良く効くらしいので。

その辺りは、研究の余地があるだろう。

しばらく激戦を続けて、タワマンから出現したフォロワーをまとめて片付け終える。周辺にいたフォロワーも、もう後は傷ついたのが少し。駆除して回る。

またすぐに数百規模の群れが集まってくるだろうが。それらを片付ければ片付けるほど、鉛玉を無駄にしなくても良くなるし。生存者の生存率が上がる。

タワマンに足を踏み入れる。

まるで伝説のポンテタワーだなと思った。犯罪都市として知られたヨハネスブルグに存在した、最悪の犯罪ビルである。SNSクライシスの直前には多少マシになっていたらしいが、それでも危険さは尋常では無かったらしい。今の此処も、それを思わせる。

まだ残っているフォロワーがある程度いるが。

それでも大した数では無い。

どの部屋も内側から破られていたが。

これはフォロワー化した時に、その馬鹿力で破ったものだろう。

閉じている部屋もあったが。

既にセキュリティ関係は死んでおり。

ドアは簡単に蹴り開ける事が出来た。

内部はほとんど空っぽだったが。

一つだけ、白骨化した死体があった。周囲の様子から見て。SNSクライシスが起きたときには、孤独死していたらしい。

周囲には死体から腐敗して飛び散ったらしい肉汁が大量に飛散した跡が残されていたが。

既に30年も経過しているのだ。

腐臭などはしなかった。

目を閉じて黙祷する。

最上階まで上がると、自衛隊に連絡。

一応全ての部屋などを見て、フォロワーが潜んでいないことは確認したが。

流石に三十階だてのタワマンとなると、回るのは一苦労だった。

すぐに自衛隊の一個中隊が来て、内部を調べ始める。

まだ見落としたところにフォロワーがいるかも知れないので、外で待機だ。まあ、流石にフォロワーの一体や二体、苦労はしないだろうが。

幸い銃撃音は聞こえず支援要請も来ず。

完全制圧の連絡が来た。

この後、内部にある物資を運び出し。

更には物資を運び入れ。

此処を前線拠点として改造するのだ。

勿論人間が入りすぎると、それはそれでまた邪神に狙われる。入り口付近は、自衛隊が工事を開始しており。守りやすいように徹底的にバリケードや銃座を作っていた。

まあ、入れるにしてもしばらく後だろう。

「悪役令嬢」は、敬礼してきた中隊長に、胸に手を当てて返すと。自身は駐屯地に戻る。

流石に連戦で相当数のフォロワーを片付けているから、少し疲れたか。

「陰キャ」の様子を見る。

ヘリでフォロワーの密集地に運んで貰っては、合図するまで徹底的に斬り伏せるという戦闘を行っている様子だ。

無謀にも程があるが。

この間のNO5戦で、もの凄く感覚が研ぎ澄まされ。

更に一段階実力が開花したように見える。

体力が尽きるまで緻密に計算もしている様子で。

ヘリをわざわざ動員しているだけの戦果を毎回揚げている様子だ。

キルカウントは流石に「悪役令嬢」には及ばないが、毎日五千ほどずつ片付けている様子で。

しかもフォロワーの密集地区でそれをやっていることもあって。フォロワーも相当に混乱して配置を変えている様子だ。

半年も大阪で暴れれば。

フォロワーを全て片付けてしまうかも知れない。

しかし、神戸にしても横浜にしても、まだまだフォロワーが跋扈する魔都は幾らでも存在している。

北海道などにいたっては、冬場は雪の下にフォロワーが隠れていて奇襲してくるのがザラなので。危険すぎて雪が降っている間は自衛隊も一部の駐屯地以外からは外に出ない程だ。

感覚を研ぎ澄ましきったら、恐らく「陰キャ」はそういう場所でも対応できるだろう。

いずれにしても、やはり後継者は彼女しかいないな。

そう「悪役令嬢」は満足しながら判断していた。

まずい茶を飲みながら、これまたまずいクッキーを口に入れる。

新人もこの酷い味の食べ物に慣れただろうか。

いや、慣れる前に前線から引きはがされたか。

どっちにしても、これからまずい飯どころでは無い悲惨な戦場で悲惨な目に合うのだ。

覚悟だけは、此処に到着する前に決めておいてほしかった。

 

連戦を続けている内に、新人が東京に到着した。

現在、日本では大都市を避けて第二東海道とでもいうべき日本縦断が可能なルートを構築しており。

それを使って、人員などを移動させている。

そうでもさせないと、どうしてもフォロワーとかち合うからだ。

基本的に移動するのは山の中。

各地の都市はまだまだウォーキングデッドパラダイス状態で。

福岡などのごく一部しか、フォロワーの駆除が完了した大都市は存在していない。

故に、ロボットを使って自動移動を続けても、陸路だと一週間ほど掛かってしまう。

空路だと一瞬なのだが、貴重な燃料を大量に使う。

邪神戦くらいでしか、これは用いる事が出来ない。

故に、今回のようなケースでは、陸路を来て貰うしかないのである。

「「喫茶メイド」、着任いたしました」

「「悪役令嬢」ですわ」

びしっと敬礼するメイド。

髪の毛をカラフルに染めている狩り手も珍しく無いのだが、綺麗な黒髪のロングである。多分それで充分だと判断されたのだろう。若干童顔気味だが充分に綺麗な娘だ。

これは、多分自衛官志望だったのを、適性検査か何かに受かって狩り手になったな。

そう胸に手を当てて礼をしながら判断する。

事前に「デブオタ」に聞いているが、優等生過ぎるという。

ただしメイドスタイルが邪神に対して戦闘に持ち込めることは既に実証はされている。ただ何人かいたメイドの狩り手は皆戦死してしまったが。

彼女は初の生存者として頑張ってほしいものである。

「腕をフォロワーに掴まれたと言う事。 今の状態は?」

「はい、既に動かすのには問題ありません」

「……口調を崩すように、といわれませんでした?」

「はい、中々。 色々研究はしているのですが……」

悲しそうに言う「喫茶メイド」。

はあ。これはちょっと教育が大変かもしれないな。

いずれにしても、短期間でできるだけ、半人前くらいにまでは仕上げたい。

実戦を積ませるだけでどんどん強くなった「陰キャ」のようなのが例外なのであって。

普通ルーキーというのはこういうものだ。

もう一人に至っては腕の肉を食い千切られて再生医療中ということだし。

このメイドについて、どうこう言う必要はないだろう。

武装などについて確認し。

更に絵が描けると言うことで見せてもらう。

新鮮な萌え絵は貴重だ。

とはいっても、実の所今風の絵というのは現状存在しない。

何しろ、文化に割くリソースが存在しないのだ。

社会が半壊している現状。

正直な話、絵を描けると言うだけでも貴重だ。

「はい、此方になります」

「ふむ、胸を盛ることはできますの?」

「え?」

「邪神、特に女性がベースになった邪神はどうにも胸が大きい絵を嫌う傾向があるようですの。 恐らくはかなり効き目が大きいですわ」

なるほどと言うと、少し考えてみると応えてくる。

いずれにしても、簡単に絵は描けるものではないし。

一枚書くのに相当時間が掛かるものでもあるらしい。

そういえば、絵師はたくさんいたが。

基本的にそういうものだったらしいという話は聞いたことがある。それならば、そういうものなのだろう。昔も今もだ。

その後は、武装を見せてもらって。

動きについても確認する。

なるほど、教本通りの動きだ。

ナイフとフォーク。どっちもチタンとモリブデンの合金製だが。いずれにしてもフォロワーに刺されば一撃必殺だろう。邪神にも多分効果がある。

そして萌え絵。

これについても、自前で描いた生のものとなれば、文字通り切り札になりうる。

更に接近された時には中華拳法が使える。しかしながら、見ていると近接戦は出来るが、多数との戦いを想定しているとは思えない。

早い段階で被弾したのは、恐らくそれが理由だろう。

「素手での中華拳法では無く、何かの武器を用いたものは?」

「ええと、メイドに相応しい武具とかありますでしょうか」

「……そうですわね」

例えば箒。

別に本物の竹箒でなくてもいい。

見かけは竹箒にして、内部はチタンやモリブデンの合金でかまわない。

そういったものを扱えるか、と言う話だ。

中華拳法には、そういう、肉体と武器を同時に扱うものがあった、らしい。

SNSクライシス前には文化の散逸がかなり起きていたし。

何よりも悪名高い「文革」で、多くの文化が失われたという話も聞いている。

中華拳法は余り詳しくないので。

もしも知識があるのなら、それを聞きたい。

少し考え込んだ後、「喫茶メイド」は頷く。

そして、メイド喫茶で使うようなT字の箒がほしいと言ってきた。

この間確保したタワマンに丁度あったので、それを手渡す。

少し演舞して見せるが、なるほど、面白い動きだ。

体の一部の延長として武器を使うのか。

あくまでそういう中華拳法と判断して良いのだろうが。

いずれにしても、こっちの方が向いていると思う。

「すぐに箒をもした近接武器を作らせますわ」

「その、他には……」

「切り札として、自身が描いた絵を常に持ち歩くように。 ばっと拡げるだけで、フォロワーの攻撃する意欲を一瞬割く事が出来るかもしれませんわ」

「分かりました。 試してみます」

後は、実戦だ。

PTSDとか出ていないと良いのだが。

それも、何とかできるだけ対応したい。

東京都心に少し向かうだけで、すぐにフォロワーが出てくる。倒された分を埋めるように出現してくる。

毎日数百単位の群れが動いていると言う事だから、それはまあ当然なのだろう。

しかし東京をもし確保出来れば、それは計り知れないほどに大きい。

「わたくしが突貫して蹴散らすので、取りこぼしを潰すように」

「分かりました!」

「行きますわよ」

文字通り突貫。

フォロワーが飛びかかってくるが、顔面を鉄扇で吹き飛ばす。

更に縦横無尽に蹴散らしつつ、数体が「喫茶メイド」に向かうのを確認。

フォークやナイフでの投擲は問題なし。

いずれも頭や胸にスコンと突き刺さって、一撃で仕留めている。

やっぱり自衛隊のレンジャー部隊か何かにいたな。

それについてはいい。

問題は、数を増やした場合だ。

片手間にフォロワーを片付けながら、少しずつ「喫茶メイド」に向かうフォロワーの数を増やす。

距離を取りながら、ナイフで間合いに入られる前に倒しているのはそれはそれでかまわないが。

手近にいる数体をまとめて赤い霧にすると、少し下がる。

脇道を通って、数体が奇襲してきたのを察知したからだ。

「喫茶メイド」が少し遅れて気付く。

やはりな。

こういう奇襲には反応が遅れている。

相手が何処にいるか分かっている状態なら問題ないのだが。

この辺りは、教本を徹底的に頭に叩き込んだが故に弊害という奴なのだろう。

勿論こんなご時世だ。

教本を頭に入れていると言うだけでかなり違う。

だがこの子はできすぎる。

「陰キャ」のように、天性の戦闘に関する才覚がある訳では無くて、秀才型だ。

勿論才覚があるから今も遅れはしたが反応はできたのだろうが。

まだ頭で考える方が体を動かすより早い。要するにアスリートタイプでは無い。

接近してきた相手を、何とかナイフで迎撃し、撃ち倒す「喫茶メイド」。まさにミリの差だったが。

対応できないと判断したら、「悪役令嬢」が介入するつもりだった。

傘投げでも何でも手はいくらでもある。

跳躍して距離を取ると、フォロワーの群れの中に再度突っ込み、蹂躙を続ける。このままの勢いだと、今日も五桁の討伐数に乗れるかと思ったのだが。

思った以上に、ルーキーの面倒を見なければならないか。

だが、それは先行投資だ。

いきなりルーキーがベテラン並みの活躍が出来るという方がおかしい。

SNSクライシス前の会社で求められていた、バイト並みの給料で役員並みの活躍を文句を言わずに行える奴隷、などというものは現実には存在しない。

ルーキーを育てなければ未来は無い。

そんな事程度は、「悪役令嬢」にも分かっている。

だから、これは必要な無駄だ。

そうすぐに切り替えて、敵を斬り伏せながら、少しずつ「喫茶メイド」にフォロワーを廻す。

数時間戦闘する。

体力は申し分ないようだ。これに関してだけは「陰キャ」より上か。

だが、やはり反応速度が遅い。

0.1秒反応速度が遅れれば、それだけでかなりの危険にさらされることになる。

かなりの数のフォロワーを仕留めたが、今日は充分と判断。

一旦後退を指示。

非常に素直に「喫茶メイド」はそれに従った。

一度駐屯地にまで戻る。

キルカウントはいつもの六割くらいか。まあそれでかまわない。

いつも充分過ぎる程倒しているのだから。

基地に戻っても、疲れ果てている様子を「喫茶メイド」は見せない。

この体力は、明確な強みだ。

自身で茶を淹れる準備を始めると、「喫茶メイド」は言う。

「あの、お茶を淹れましょうか」

「此処にある茶葉では、どれだけ腕が良くてもどうせまずい茶しか淹れられませんわよ」

「はい。 それでも、キャラ作りのためにと思いまして」

「……そうですわね。 ではお願いいたしますわ」

メイドに対してそんな事を言う令嬢はいないだろうが。

あくまで共に邪神とその眷属たるフォロワーと戦う戦士として、「悪役令嬢」は「喫茶メイド」と接している。

ただキャラ作りをしたいのであれば。

それを手伝うだけである。

「悪役令嬢」はもう存分にキャラ作りをしている。そして邪神どもも、既に此方に敵意を向けている。

だからそれで充分。まあ、今後も油断はしないようにしなければならないが。

「体力がある内に、トイレや風呂は済ませておいてくださいまし。 わたくしもそうしますので」

「分かりました」

この辺りは、多分自衛官としての訓練を受けたからだろう。

戦闘時に便意などが来る事ほど最悪な事は無い。

だからいつ戦闘になるか分からない狩り手は、休めるときに休み。食べる時に食べる。これについては自衛官も同じだ。

茶を淹れて貰うが、やはりあまり美味しくは無かった。まあ仕方が無いだろう。元々メイド喫茶とやらも、美味しい食べ物が出てくる場所ではなかったらしいし。

先に食事と休憩を片付けた後、視界が悪い状況での戦闘訓練を軽くするために、また単身東京に出る。

数百ほどフォロワーを狩った所で、駐屯地に戻る。

さて、そろそろ邪神どもも損害が無視出来なくなってきた頃だ。

戻りながら、山革陸将と連絡を取っておく。

「恐らく、近いうちに「フェミ弁護士」が出て来ますわ」

「君の予想では確か東京、大阪のどちらかに来ると言う事だったが……」

「今の「陰キャ」であれば、長時間耐える事も可能でしょう。 くれぐれも、自衛隊は注意してくださいまし」

「分かっている。 あのタワマンとかなり今の地点とで敢えて距離を取っているのはそれが理由だ」

まあ、その辺は対邪神、対フォロワーの戦闘で実績を積んできた山革陸将の指揮を信じるしか無いか。

いずれにしても、問題は半人前の「喫茶メイド」をどうするか、だが。

戦闘が発生したら、下がってもらうしかない。

何処に「フェミ弁護士」が出現しても、すぐに対応できるように、自衛隊は即応体制に入ってくれている。

また、東京に放っているドローンによると。

フォロワーの数は、明確にとはいかないにしても。少なくともかなり粗が目立ちはじめているという。

短期間でかなりの数を処分したこともある。

大阪も同じらしい。

このまま自衛隊の駆除専門部隊が出なくて良いかも知れないと言う声が上がって来初めているようだが。

それでは困る。

そもそも、近代軍と連携して、初めて狩り手は全力を発揮できるのだ。

「いつ奴らが現れても大丈夫なように、我々は無人の駐屯地を中心に戦闘を続けますので、其方も対策を」

「分かっている。 少し前から、「陰キャ」くんも戦術を変えたようだ」

ヘリからの強襲は止め、ロボットによって敵中に突っ込み。適当な所で引き上げるやり方に変えたらしい。

戦果は殆ど変わっていないらしいが。

寡黙で他人と接したがらない天然物の性格なのに。

やる事はまるでいにしえの狂戦士だ。

この辺りは、別に寡黙で他人が嫌いであっても。

性格が好戦的か平和的かとかは関係無いという、良い証拠なのかも知れない。

打ち合わせが終わった後、軽く話をしておく。

「「喫茶メイド」さん。 話は聞いているとは思いますが、近いうちにしびれを切らした絶対正義同盟NO5が来る可能性がありますわ。 その場合は、一目散に逃げるようにしてくださいまし」

「いえ、戦わせてください」

「……九州ががら空きになりますわよ。 ただでさえベテラン二人でも厳しい戦況だというのに」

「私は負傷して、情けなくも前線から退きました。 それで皆に負担を掛けてしまっています」

そういう考えは良くないな。

少し溜息を強めにつく。

「貴方はルーキー。 先行投資をするのは当然だし、最初から上手く行かないのは当たり前ですのよ。 自己努力もきちんと貴方はしている。 それならば、指示通りに九州の支援に回ってくださいまし。 一人だけでも、狩り手がいるだけで多少はましになるでしょう」

「……」

「もう一人のルーキーは、しばらく動けないとの事。 それならばなおさら、九州で北上を続けるフォロワーの群れを押さえ込むには、誰かが必要ですわ」

説得はしたが。

納得はしてくれただろうか。

いずれにしても、もう少し対フォロワー戦の経験は積んで貰わないといけないだろう。

翌日からも、ひたすら大量のフォロワーを狩り続ける。

東京都心に少しずつ進む度に、大量のフォロワーが姿を見せる。

これが昔は全部普通の人で、理不尽に皆殺しにされたのだと思うと。例えSNSクライシスの前の時代が病んでいたとしても。

あまり良い気分はしなかった。

 

2、牙を剥き始める首魁

 

中華からの援軍二体を倒され。

更には小うるさい狩り手にも二回にわたって逃げられた。

会議の場で、くすくすと笑い声がしている。

それを、絶対正義同盟首領、「神」は止めなかった。

俯いている、作戦失敗の主犯「フェミ弁護士」。

今欧州に出向いているNO2「魔王」。そのためこの場には四体の邪神しかいないが。

それでも立場が一番下なのは事実だし。

周囲からくすくすと笑われることがどれだけ精神を痛めつけるかは。

「神」は一番良く知っていた。

人間時代から、他人を痛めつける事に関しては並ぶ者無きエキスパートだったのだ。

人間をやめた今も同じ。

ましてや精神生命体が相手ともなれば。

相手を痛めつける事に関する快感は最高だった。

「援軍二体を死なせ、敵は逃がし、それどころか腕の一本ももぎ取れなかったと」

「申し訳ございません」

「謝るのなら土下座をしなさい。 マナー講師達が書いた本にそう書いてあります」

「……」

実際には、マナー講師などと言う連中は、好き勝手にマナーを作り出していた事もあって。

決まったマナーなんてものは存在しない。

それぞれの内容が矛盾しているのだから。

これは単純に、「神」のような存在が。弱者を痛めつけるためにだけ使うツールである。

それを「神」は知っているし。

勿論「フェミ弁護士」も知っている。

邪神は性質的に上位の存在に逆らう事は出来ない。

だから、何も言えない。

それだけの話である。

「他のαユーザーは皆失敗を死んで償いました。 しかしながら、貴方はおめおめ生き延びてきた。 随分と情けない。 弁護士時代は大量の信者を右左に好き勝手動かしていた貴方らしくもない」

「……申し訳ございません」

「此処で死ねというのは簡単ですが……貴方は今まで多くの実績を積んできている。 多数の狩り手も倒して来たし、多数の人間もフォロワーにしてきた。 だから、今回だけは不問にしましょう」

「ありがとうございます」

人間時代に此奴の核になった人間は、最大限法を悪用していた邪悪な弁護士だった。

フェミニズムと名を借りた女尊男卑思想が金になると悟ってからは、カルトの指導者同然に振る舞い。

思考能力に欠ける者達を集めて金をむしり取り。あらゆる金になりそうな事象に首を突っ込んだ。

何しろ法知識があるからタチが悪い。

この辺りは、秦を滅ぼした宦官趙高にも共通していたかも知れない。

いずれにしてもSNSクライシスが発生した後。

邪神になったのは、ある意味当然だったのだろう。

NO2「魔王」が戻らないのは気になるが。

まあいい。

実の所、「神」は「フェミ弁護士」をある程度評価はしている。

九州では、ルーキーの狩り手二人を早速負傷させたようだし。

敵の戦力を強化はさせていない。

東京や大阪でフォロワーを削りに削られていることは不愉快極まりないが。

それはもう、仕方が無いと言える。

黙りこくっている他の邪神達。

今、「神」が話しているからである。

この組織では、上位者が話しているとき。それ以下の者は、話すことを許されないのだ。

「いずれにしても、失敗は成功で返しなさい。 一番面倒に暴れている狩り手を潰してくるのが貴方の仕事です」

「は、ただちに」

「いや、少し待ちなさい。 どうやら今東京で暴れてフォロワーを削っているのがその狩り手のようです。 それならば……」

策を授けてやる。

勿論敵も対策しているだろうが。

そんなもの、食い破れないなら無能なのである。

しばらく話を聞いていたが。

やがて頷くと、「フェミ弁護士」は消えた。

さて、此処からだな。

流石にこれ以上数を減らすわけにはいかない。

ああいったが、「フェミ弁護士」程の邪神は恐らく他の三組織にも殆どいないはずである。

特に北米の邪神組織は消耗がひどく、トップ以外は雑魚しか残っていないという報告を受けたばかりだ。

そうなると、カナダに米国の狩り手共が攻めこまないのも納得は行く。

まずは地固めをした後でも遅くないという判断なのだろう。

いずれにしても、日本における稼働中の狩り手をどうにかしなければならない。

今までのデータを分析する必要があるだろう。

NO2「魔王」がその辺り一番得意なのだが。

まだ戻らないのか。

一旦皆を解散させた後。

しばしぼんやりとしていると。「魔王」が戻って来た。

「戻って来ましたか。 それで成果は?」

「欧州の組織からの増援は残念ながら得られませんでした。 しかし成果もあります」

「ふむ、聞きましょう」

「欧州の組織は、近々米国に攻めこむ様子です。 規模はαユーザー十五体前後」

そうなると、殆ど半分の戦力を持ち込むと言う事か。

それは、面白い事になりそうである。

「中華から来たαユーザーは、うちの旧NO15程度の実力でした。 欧州の方はどうでしたか?」

「北米に出向く者達と話をして様子を見てきましたが、下位の者はその程度。 リーダーとして攻めこむ者は、僕と殆ど変わらないかと思います」

「その者の序列は」

「NO5でした」

なるほど。

そうなると、組織としてはかなり粒が揃っていると見て良さそうだ。

ふっと笑うと、一度下がって良いと指示。

援軍は呼び込めなかったが、楽勝ムードになりつつあった米国がこれで一気に此方有利に傾く。

そうなれば、米国から狩り手の増援が来る可能性はなくなる。

総合的に見て、此方が有利になると言うことだ。

「魔王」は何も言わなかったが、米国に攻めこむように仕向けたり、或いは根回しをした可能性もある。

中々に出来る奴だ。

くつくつと笑うと。

戦況を見る事にする。恐らく憤怒に塗れた「フェミ弁護士」は、最初から本気であの「悪役令嬢」だとかをつぶしに掛かるだろう。

もしも「悪役令嬢」とやらが勝つ事があったら。

実力は、米国のエースである「ナード」と同格であると認めなければなるまい。

その時は、対策をまた考えなければならないな。

そう、面白がりながら、「神」は考えていた。

自分さえ無事に生き残ればそれでいい。

それが「神」の考えだった。

 

「悪役令嬢」は廃墟東京の彼方此方を動き回りながら、戦闘を続けていた。

一箇所にとまっていると、大量のフォロワーが集まってくる。それはそれで、敵を効率的に釣ることが出来て良い。

だが、近々確定で「フェミ弁護士」が来る。

敵は縦割り組織だ。

流石に高位邪神を処刑して自分から戦力を削るようなバカはしないだろうが。

それでも死んでこいとくらいは言う可能性があるし。

何より、人間を逃がしてしまったと言う事が。精神生命体である邪神にとっては怒りを呼ぶだろうし。

精神生命体である以上、人間よりも怒りが体に及ぼす悪影響は強いはずだ。

「……」

「喫茶メイド」の戦闘ぶりを見る。

何度かアドバイスしたが、やはり遠距離戦と近距離戦の切り替えがどうしてもワンテンポ遅れている。

この辺りはどうしても才覚が絡んでくるから仕方が無い部分はあるのだが。

さてどうしたものか。

基本的に、狩り手はスナイパースタイルの戦闘には致命的に向いていない。

邪神が認識しないと攻撃は通じないし。

何よりも認識された場合、カウンターでスナイプが確定で飛んでくるのだ。

かといって、フォロワーに対してのスナイパースタイルの戦闘では、自衛隊と同じである。

そもそもフォロワーは硬いとは言え近代兵器が通用するので。

それなら狩り手である必要がない。

優等生であるがゆえに、何でもできるが、逆にあらゆる場面で限定的にしか動けない。

それが色々とまずい。

幸い戦いになれてきて、少しずつ被弾しそうな場面は減ってきているが。

それでも何度か介入しなければ、被弾する場面はあった。

故に見ていて不安になって来ていたのだ。

一度戦闘を切り上げて、駐屯地に戻る。

この間制圧したタワマンから十qほど離れた無人の駐屯地だ。ロボットを使って物資を補給してくれている。

腰を下ろして、軽く休む。

申し訳なさそうにしている「喫茶メイド」。

流石に「陰キャ」は比較対象が悪いだけであって。

この娘は決して狩り手としては悪くない。

むしろ水準より上なくらいだ。

それでも、初陣で四割弱しか生き残れないこの地獄では、通用しない方だと言う事。

それだけである。

「茶を淹れます」

「戦闘に一杯一杯になっていますわね」

「申し訳ありません……」

「いや、多分方針が何か違うのですわ。 貴方はむしろ狩り手としては水準以上の素質を持っている。 噛み合えばそれが発揮できると思うのですけれども」

さて、どうしたものか。

茶を啜って、用を足して。更には軽く食事をして。

立ち上がろうとしたとき。

どんと、強烈な気配が近くに着弾するのを感じた。

すぐにインカムを使って山革陸将に連絡を入れる。

「来ましたわ。 気配からして、間違いなく「フェミ弁護士」ですわね」

「すぐに「陰キャ」くんを其方に回す。 だが問題が生じている」

「なんですの?」

「九州で今までに無い規模の攻勢が始まっている。 今、自衛隊の九州方面軍全軍がベテラン二人と共に対応に当たっているが、それでやっと支えられている状況だ。 とても二人は九州の戦線から動かす事は出来ない」

舌打ち。

「陰キャ」との二人での戦闘では、あの「フェミ弁護士」の凄まじい防御を崩す事ができないだろう。

それに奴は、前回三体掛かりで来た時よりも強くなっているとみて良い。

精神生命体である邪神は、複数掛かりで出向いてくると能力が落ちるという研究結果が少し前に出ている。

これは人間より格上の存在と自認しているのに。

それに対して複数で掛かると言う矛盾から生じるらしく。

精神生命体らしい不便な性質だとも言える。

いずれにしても、此処でNO5を仕留めれば、絶対正義同盟に与えるダメージは致命的なものとなる。

一瞥だけする。

「喫茶メイド」を。

フォロワー相手にも苦戦しているのだ。

だが、もう他に方法は無いか。

狩り手になった以上、命を落とす覚悟は出来ている筈。

勿論、目の前で狩り手をむざむざ死なせるつもりは無い。

しかし「悪役令嬢」だって、目の前で死なせた人は数限りない。

狩り手と組んで、他の狩り手を目の前で死なせたことはないが。

今回の仕上がりでは、それも厳しいか。

「やります……!」

「二桁ナンバーの邪神とは桁が違う相手ですわよ。 いけますかしら?」

「切り札も、用意しました」

見せてもらう。

なるほど、確かにこれは切り札になりうる。

だが、恐らく此奴を直撃させても、好機はそう何度も作れないだろう。

かなり厳しい戦いになるのは確定だ。

「やむを得ませんわ。 此方はわたくしと「喫茶メイド」さん、それに大阪からの援軍をまって仕掛けますわよ」

「まさか邪神といきなり戦わせることになるとは……」

「わたくしと「陰キャ」さんだけでは多分あいつには勝てませんわ」

それは冷静な分析。

悔しいが、「フェミ弁護士」の実力を加味すると。そういう結論しか出てこない。

ならば、訓練が足りていなくても。

戦力を足すしかない。

更に最悪なのは、「フェミ弁護士」はまだ形態変化を残している可能性が高い。邪神はべらべら自分語りを初めてからが本番だ。

前回の戦いでは、奴は其処まで行っていなかった。

邪神「フェミ弁護士」の気配が動き始める。

恐らく自衛隊の有人駐屯地に向かっている。もしも辿りつかれたら、自衛官が全員フォロワーにされる。

迎え撃たないといけない。

移動速度から考えて、「陰キャ」が到着するまで少しの時間。

まだ頼りない「喫茶メイド」と共に戦わなければならないだろう。

だが、それも仕方が無い。

劣悪な条件だが。

いつも劣悪な条件で戦って来たのだ。

やるしかない。

それに、だ。

今回の件で確信したが、「フェミ弁護士」は遠隔でフォロワーを。自分のだろうが他者のだろうが関係無く操作できる可能性が高い。

九州での大攻勢はそれが原因だろう。

そうなると、東京で大量にフォロワーを削ってきた意味が出てくるというものだ。

勿論、今まで削った分など、比較にならない程まだ潜んでいるだろうが。

それでも、かなり時間差各個撃破はやりやすくなる。

タワマンに最近作ったばかりの拠点では無く、別の拠点に今「フェミ弁護士」は移動をしているので、到達予定時間(フォロワー化する範囲を加味し)を想定し、その進路に移動する。

ロボットを使って移動するが、途中フォロワーの小規模な群れが何度か姿を見せたので、行きがけの駄賃に全て狩っておく。

目的地に到着。

衛星画像が入った。

携帯端末で確認する。

既に両手に巨大な銃のような形をした鈍器を手にし。

背中から一対の翼を生やして。それにも鈍器をくくりつけている。

あの鈍器が、自身の邪悪な計画を記したノートであり。それを新聞に摸して丸めているものだということは分かっている。

あの手の輩が、SNSクライシスの前に利用していた媒体である新聞をそのまま武器にしていると言う事だ。

そしてあの鈍器こそが奴の核。

凄まじい強度を誇ったが。

それを破壊しきらないと倒せないだろう。

「フェミ弁護士」の移動速度と、「陰キャ」が到達する時間を計算。

三十分ほどはラグがある。

別にかまわない。

体力に関しては、「喫茶メイド」は折り紙付きだ。

軽くブリーフィングをしておく。

衛星画像を見る限り、やはり相当数のフォロワーを「フェミ弁護士」はかき集めているようである。

今度こそ必殺、というわけだろう。

まあいい。

そういう風に思考が乱されていれば。

此方としては、はっきりいって戦いやすくなる。

「わたくしは前衛。 できる限り支援はするものの、フォロワーに襲われた際はきちんと自身で対応するように。 邪神からも目は離してはなりませんわ」

「わかりました」

「……」

どうしても硬い口調のまま崩れないか。

やむを得ない。ともかく、仕上がりは不十分だが、やるしかない。

ほどなくして、身勝手でおぞましい殺気が分かる程近くに来た。

真っ青になる「喫茶メイド」。

それはそうだろう。

ベテランの狩り手でさえ、蒼白になる程の凶悪な気配だ。当然の話だと言える。

インカムで、奴のフォロワー化範囲について伝える。

常識外の広さである。

やはり強大な邪神であると、フォロワー化範囲も拡がるようだ。

深呼吸を一つすると。

軽く「喫茶メイド」に頷いていた。

間もなく、凄まじい勢いで劣化したアスファルトを踏み砕きながら、奴が姿を見せる。

凄まじい殺気である。

十数メートルある肉塊だが、姿は以前「陰キャ」と共に交戦した時と変わっていない。

気配が一回り大きいのは、やはり他の邪神といっしょではないからだろう。

今までで一番厳しい戦いになりそうだ。

そう、覚悟は決めていた。

「見つけたぞ……。 もう一匹は……性的消費の記号か……」

「……」

流石にむっとしたようだが。それでもすぐに体勢を立て直す「喫茶メイド」。

邪神がこういう醜悪な精神性の持ち主である事など、狩り手になる研修中に教わっている筈だ。

ならば、今更怒るような事では無い。

「殺す!」

もはや弁護士だったことなど、全く面影も無く。

悪魔と言う姿のそのままで。

邪神。

絶対正義同盟NO5、「フェミ弁護士」は襲いかかってきた。

 

3、死闘上位邪神

 

うなりを上げて、四本の棍棒が怒濤の如く迫る。

悉くを弾き返すが、やはり何というか異常に硬い。

わざわざコアを曝している程なのだ。

ただし、この間「陰キャ」がつけた傷が残っているのを確認。

やはりコア。

傷つくと、取り返しがつかないのだろう。

「悪役令嬢」は足を止めて、激しく「フェミ弁護士」と打ち合う。

同時に、大量のフォロワーが、周囲に姿を見せていた。

流石に、真正面からやり合うのはきついか。

後衛に下がらせた「喫茶メイド」が、大量のナイフとフォークを投擲。

次々フォロワーを仕留める。

良い事に、「悪役令嬢」に対して「フェミ弁護士」の殺意が向いているからだろう。

大量のフォロワーは、どいつもこいつも「悪役令嬢」を狙って来る。

好都合だ。

飛び道具はいくらでもある。

次々に倒されていくフォロワー。

中には、「喫茶メイド」の至近を無視して行くフォロワーまでいた。即座に背中から撃たれて爆散である。

唸り声を上げる「フェミ弁護士」。

顔は鬼相そのもの。

恐らく人間の時も、気にくわない相手にはこんな表情で接していたのだろう。それで相手が、社会的地位の高い相手だから、恐縮してくれた。

或いはカルトの指導者層だったから、平伏してくれた。

どんなにもとの頭が良くても。

最初の一歩を間違えるとこうなるんだな。

そう思って、対応しつつ下がる。流石に此奴の猛攻を一人で食い止めるのはかなり厳しい。

無尽蔵に湧いてくるフォロワーも厄介ではある。

たまに「喫茶メイド」の援護を抜けて至近まで来る奴もいるので、鉄扇で弾き返して赤い霧に変える。

時々冷や汗が流れる攻撃が飛んでくる。

とにかく火力も尋常では無い。

「フェミ弁護士」が踏み出す度に、地面が軋む。劣化したアスファルトが砕ける。

今までの邪神は図体ばかりでかくて、攻撃はそこまで重くなかったのだが。

こいつのは明確に重い。

そうなると、新人に受けさせるのはなおさら無理だ。

唸りながら、猛烈な一撃を降り下ろしてくる。

弾き返すが、消耗が無視出来なくなってきた。

まだ十二分ほどか。

ヘリから途中でロボットに切り替えなければならない事もある。「陰キャ」が三十分丁度で到着してくれる保証など無い。

更に相手が冷静さを取り戻したら、「喫茶メイド」に多数のフォロワーを向かわせるだろう。

食いつかなければならなかった。

「ほらほらどうしました? わたくし一人も倒せないとは、絶対正義同盟も落ちたものですわね?」

「ウグルウ……!」

「ここしばらくで、東京のフォロワーは相当数を削ってやりましたわ。 大変楽なお仕事でしてよ」

「黙れええッ!」

ブチ切れた。

更に攻撃が苛烈になる。

とにかく凌ぐ。

数歩下がれば、その分相手が進む。力任せに怒濤の勢いで叩き込まれる攻撃は、単純に早く単純に重い。

小細工無しだからこそ、逆に危険。

そういう攻撃だ。

そろそろ、挑発する余裕もなくなってきたか。

周囲にいるフォロワーも、「フェミ弁護士」の攻撃に巻き込まれて。粉々になる者が目立つ。

まあカルトのボスだったのだ。

末端の部下がどうなろうと。

どうでも良かったのだろう。

弁護士としても、似たようなスタイルだったのだろう此奴は。

「弁護士は雇い主を勝たせるのが仕事」。

そんな常軌を逸する発言が、SNSクライシスの前には飛び交っていたそうである。

そんな調子で、極悪人を無罪放免にし。罪も無い人間を犯罪者に仕立て上げ。金のために法を好き勝手悪用していた。

弁護士の仕事は、法を守ることだ。

邪悪を野放しにすることでもなければ、無罪の人間を刑務所に放り込む事でもない。

此奴は、文字通り弁護士をする資格などなかった存在。

そう考えて。

怒りを燃やす。

少しずつ、冴えてくる。

体力の消耗を、感覚の冴えが上回っていく。

一際重い一撃。

それを紙一重で交わす。

風がそれだけで抉るようだが。

しかしながら、敵の攻撃の重さも利用して。

逆に相手の武器を抉っていた。

がっとえぐれて、その辺りが吹き飛ぶ。

わずかに出来た隙。叫ぶ。

「今ですわ!」

投擲されたナイフが、見事にえぐれたコアの一箇所。新聞状に、「フェミ弁護士」のノートがまとめられて。露出している場所に突き刺さる。

ただのナイフではない。

それには、「フェミ弁護士」に明確に効果がある「萌え絵」が。

それも敢えて胸を盛って描いて貰った。つまり直筆の「萌え絵」が巻き付けられていたのである。

凄まじい爆発が巻き起こった。

思わず、傘を開いて爆発を防いだほどである。

一瞬、動きが鈍った周囲のフォロワーを根こそぎ斬り飛ばしながら下がる。

爆発が収まると、唸りながら「フェミ弁護士」は四本ある腕(正確には二本は翼だが)の一本が、半ばから消し飛んだのを見ていた。

予想以上の効果だ。

なるほど、恐らくこれこそが本当の「喫茶メイド」の戦い方。

だが。それを説明するのは後回し。

次弾を用意して貰う。

だが、残像を残しながら、「フェミ弁護士」は移動。

「喫茶メイド」の頭をたたき割りに来ていた。

まずい。

間に合わない。

「喫茶メイド」が振り返ろうとした瞬間には、既に棍棒が降り下ろされていた。

火花が、散っていた。

 

棍棒を、見事な迎撃で撃ち返したのは、「陰キャ」だった。

腰を抜かした「喫茶メイド」を庇うようにして、すっと構えを取り直す。

唸りながら、「フェミ弁護士」は体中に多数の目を生じさせる。

「喫茶メイド」を抱えて、「悪役令嬢」は飛び退く。

これで、一応役者が揃ったか。これ以上の戦力強化は期待出来ないという事も意味はしている。

すぐにインカムに連絡。

自衛隊側にも、準備をして貰っていた。

それを実行して貰う。

同時に。

こいつを。

「フェミ弁護士」を仕留めに掛かる。

「おのれこのド陰キャがあああああっ! 大人しく部屋の隅にでも引っ込んでいろァア!」

わめき散らしながら、フェミ弁護士が先以上の猛攻を始めるが。手慣れたものだ。或いは、以前の攻撃で太刀筋を見きったのかも知れない。

「陰キャ」は無言のまま、攻撃を弾き返し続ける。

勿論体力がないという弱点はどうしても克服できないはずだ。

此処からは、できるだけ短期決戦で勝負を決める事になる。

「喫茶メイド」を助け起こしながら軽く説明する。

頷いた「喫茶メイド」。

さっき、とんでもなく近くで死の臭いを嗅いだだろうし。当然だ。PTSDになってもおかしくないし。

逃げだそうとしても不思議では無い。

まだ、戦う意欲を捨てていない。

それだけでも立派だ。

作戦は決まった。

「悪役令嬢」も頷くと、加速して前線に突入。

三本に減った棍棒を、弾き返しつつ、少しずつダメージを与える。

今度は、押され始めるのは「フェミ弁護士」に見えたが。

残像を作って姿を消すと、上から怒濤のように柱を振らせてきた。

なんだ、これは。

飛び退き、或いは弾きながらかわしていくと。

どうやらこれは。

フォロワーを固めて、圧縮したものらしい。

人間らしい残骸が浮かび上がっているのを見て、流石に怒りがこみ上げる。

後ろ。

降り下ろしてきた渾身の一撃を弾く。

足下のアスファルトが爆ぜ割れた。

重い。

だが、それ以上に。

此方の怒りは熱い。

弾き返した一撃。その隙に、瞬歩を使って相手の懐に潜り込む「陰キャ」。「悪役令嬢」が使っているのを見て習得したらしいというのは聞いていたが。習得速度が実に速い。

更に、棍棒の二本目を根元から抉り取りに行く。二本目を吹き飛ばすことはできなかったが。それでも大きく傷をつけ、相手を下がらせることには成功。

下がった先には「悪役令嬢」が瞬歩で回り込む。

翼側の二本の棍棒で迎撃してくるが。

どちらの攻撃も精度が低い。

両方弾き返して、決定的な隙を作った。

「今ですわ!」

続けて飛来するフォーク。

かわそうとする「フェミ弁護士」だが、一本目は陽動。二本目が、モロに傷口に吸い込まれていた。

翼側にあった二本目の棍棒が見事に消し飛ぶ。

「萌え絵」を巻いたフォークだ。文字通り効果は絶大である。

悲鳴を上げながら、聞くに堪えない罵声を上げる「フェミ弁護士」。早口で何を言っているのか聞き取れなかったが。

その醜悪な人間性はあからさまだった。

いずれにしても喋り始めた。

ここからが本番だ。

わめき散らしながら、残った棍棒を体内に取り込んでいく「フェミ弁護士」。勿論隙だらけだが、攻撃しようとする所を何かの斥力で押し返してくる。

やはり形態変化を使ってくるか。

注意するように、「喫茶メイド」に叫ぶ。

まだまだあの一撃は必要になる。

今回のために、五枚ほど胸を盛った「萌え絵」を描いて貰っているのだが。

その全てを使い切らないと、多分此奴は倒せない。

飛び退く。

斥力は凄まじく、特に小柄な「陰キャ」は辛そうだった。すぐに手を貸して、物陰に退避する。

吹っ飛んでいくフォロワーども。

これだけは助かるとはいえるか。

凄まじい閃光が周囲を覆い。

やがて、かなり縮んだ「フェミ弁護士」がその場にいた。

唸りながら、肉塊の塊であるそれは。それでも人型をしていた。頭に多数の目がついていて。

右手には鋭いかぎ爪ならぬ、巨大な本。

アレは確か。六法全書という奴か。

六法全書を「フェミ弁護士」が開くと。内部から、無数の紙切れが飛び出し、空中を舞い始める。

何となく、分かった。

一斉に周囲に着弾。

全てを吹き飛ばす。

更に、無尽蔵にあふれ出す紙切れ。

なるほど、徹底的に周囲を常時爆撃することができる、というわけか。

そういう戦闘スタイルなら、体をむしろ小型にした方が良いだろう。

「陰キャ」が頷く。

恐らく対応力が一番高いのが「陰キャ」だ。「悪役令嬢」も頷くと。二人殆ど同時に、飛び出していた。

大量の爆撃で常時爆破され続けている中を突貫。

たまに飛んでくる紙束は全て弾き返す。

最初に接敵した陰キャが納刀していた刀で薙ぐ。

だがその一撃を、「フェミ弁護士」はすっとすり抜けるようにしてかわしていた。

なんだと。

二太刀、三太刀、いずれも届かない。

おかしいと思ったのだろう。飛び下がる「陰キャ」。その間も、爆撃は続いている。

何処かに本体を隠していて、あの人型は囮か。

いや、違うな。

この猛爆撃は、あの本から出ている。今のは、単純な技量でかわしたのか、それとも条件が無いと攻撃が通らないのか。

爆発のダメージが、余波ですらも防刃加工済みのドレス越しにもびりびり来る。

これは、あまり時間はないとみて良い。

少なくとも、一発でも直撃を貰ったら終わりだ。

傘を投擲。

やはり、すり抜けるようにして「フェミ弁護士」の体を抜ける。

さっきまでベラベラ喋っていたのに、急に静かになったのも不審だ。

なんだ。どうなっている。

解析しろ。必死に自分に言い聞かせながら、インファイトを挑む。

まるで陽炎のように通らない攻撃。

高スピードによる回避か。

いや、違う。

六法全書を狙ってみるが、やはり当たらない。其処から無数に出ている紙が、周囲を猛爆撃しているのに。

しかしながら、どうしてもこれが偽物だとは思えない。

飛来する紙を弾きながら、下がる。

どういうことだ、これは。

何処かに擬態しているとは思えない。

以前、それと似たような能力を使う奴を、近くで見た。

それと同じ弱点を、高位の此奴が使ってくるとは思えない。

だとすると、なんだ。

再び下がって、一旦建物の影に。

猛爆撃で今にも崩れそうだが。多少の時間は稼げる筈。

インカムに通信が入る。

「陰キャ」からだった。

「一瞬だ、け、かすっ、た、感触があり、ました」

「……ふむ?」

「多分、あの本体、は、本物で間違、いないし、動いても、いな、いと思います」

「……なるほど?」

此処はまた引くべきか。

いや、恐らく今度は、周辺を爆撃しながら何処までもついてくる。

コアにダメージを受けている上に、あの逆恨みぶり。

それこそ放置したら何をしでかすか分からない。

無言で解析をするが。

六法全書からの猛攻と言う事で、何となくぴんと来た。

そういう、ことか。

ならば、手は一つしか無い。

「次に突貫しますわ。 「喫茶メイド」さん」

「はい」

「攻撃の際に、火花が散ると思います。 狙撃できますかしら」

「……やってみます」

「喫茶メイド」の狙撃技術は相当なものだ。今まで短期間とはいえ激しい戦いでフォロワー相手に百を超える投擲を見たが、一度も外していない。

恐らくだが、あの「フェミ弁護士」の能力は。

いや、それについては別に良い。

兎に角、この形態を突破しないと、話にもならない筈だ。

「陰キャ」にも言い含めて。

同時に突貫する。

爆炎がまき起こり続ける中。にいと極めて醜悪な笑みを「フェミ弁護士」は浮かべていた。

此方が自棄になったのだと思ったのだろう。

残念ながら違う。

飛来する全ての六法全書の攻撃を弾き返しながら、別方向より突貫。「陰キャ」が先に敵に到達。

敵の六法全書中心に、かなり広い範囲を抉った。

さっき手応えがあった地点を狙ったのだろうが、それでも火花が出た様子が無い。

そのまま、真横を抜けて。

今度は「悪役令嬢」が仕掛ける。

既成観念を無視して、滅多打ちに両手の鉄扇で「フェミ弁護士」を切り裂く。

しかし、影幻のように、全てが空を切る。

だが、火焔瓶を引き抜いて投擲。

爆裂させた。

燃え上がった「フェミ弁護士」は、鬱陶しそうに炎を払う。

爆撃は「フェミ弁護士」そのものに当たっていない事も、やはりおかしいと思っていたのだ。

更にもう一発火炎瓶を投擲するのを、手を払って弾き返す「フェミ弁護士」。

いずれの動作も、猛爆撃の中で行わなければならないから、尋常ではない苦労だが。

それでも、やはりと確信できる。

こいつ、面制圧系の攻撃を嫌がっている。

とって返した「陰キャ」が、完璧なタイミングで抜き打ち。

火炎瓶を払った手を、切り落としに掛かる。

だが、すり抜けるかと思ったが。

それを六法全書で防ぎに掛かる。

がちんと、火花が出た。

その瞬間、完璧なタイミングで。

「萌え絵」を巻いたナイフが、火花が出た地点に直撃していた。

爆裂。

六法全書が取り落とされ。

地面に落ちた瞬間、派手に炸裂する。

爆撃がやんだ。

煙の中、右腕を失った「フェミ弁護士」が、鬼相の中雄叫びを上げる。

「おのれええっ! 上級国民の私にお前達ダニ以下が傷をつけたなあア!」

「上級国民ねえ……。 まさに愚劣の極みですわね」

呆れた。

SNSクライシス前には、カーストを作ろうとせっせと活動していた連中がたくさんいた。

悪名高いスクールカーストだけでは無い。

社会の上層にて、貴族と同じ者。

そういう意味で、上級国民と揶揄される者達がいた。

実際問題、そういう連中は弱者を踏みにじる事を何とも思っていなかったし。

極めて利己的な思考の下で、どんな愚行でも平然と行った。

最初は揶揄のために生まれた言葉だったが。

自分達を特別視するために。

彼らは積極的に使い始め。

そうだと思い込み始めたのだ。

また全身が膨れあがり始める。

此奴はコアを用いて積極的に戦闘力を上げているスタイルだとみた。

今の形態も、恐らくだがコアをその瞬間瞬間移動させていたのだ。

普段は六法全書にコアがあったのだろうが。

いざという時は、其処から移動させていた。

だから、「陰キャ」の猛攻が擦った。

面制圧を嫌がった。

ただ、ここまで大きく形態を変えたのに、更に形態を変えてくる邪神は初めてである。流石にNO5という事か。

呻きながら、形を更に変えていく「フェミ弁護士」。

勿論、火炎瓶を叩き込むし。

飛び下がりながら、さっき投擲した傘も拾っておく。

また、「陰キャ」も猛烈な斬撃を浴びせたが。

形態変化中は何か工夫でもしているのか。

通らなかった様子だ。

ほどなくして。

複雑怪奇極まりない、訳が分からない形状になる。

人間型ではない。

なんというか、パズルが組み合わさってできているかのような姿だ。

何となく分かってきた。

此奴は悪用していた法律そのものをイメージしている邪神なのだ。

最初の棍棒で殴ってくるストロングスタイルは、法曹という強力な武器を味方につけているという自負。

六法全書による飽和攻撃は、法を味方につけているという思想から来る万能感を形にしたもの。

そして今の姿は。

恐らく法は我そのものという。

傲慢極まりない代物だろう。

法曹に関わる人間でありながら、カルト落ちし。

愚かな取り巻き達から金をむしり取り。

コネを使って金を巻き上げ。

更には裁判では無茶苦茶な結果も好き勝手に通していた。それはこういう万能感や。我こそ法であるという妄想も抱くだろう。

それでいながら、逆らってくる者もいた。

そういう存在には。

絶対正義たる自分に逆らう存在に対する絶対悪という、単純な思想も抱いたわけだ。

「気を付けて。 まともな動きをしてきませんわ」

「陰キャ」に言うと、こくりとだけ頷いた。

「喫茶メイド」にはそのまま待機を指示。場合によっては身を守るように、とも。

距離は取っている。

一瞬で殺される事はないだろう。

最悪の場合はフォローに入る。

今の時代、絵を描ける人材と言うだけでも貴重なのだ。絶対に死なせる訳にはいかないのである。

「我は法! 我は絶対! 逆らう者は悪! 逆らう者は全て罰する!」

「まるで神様にでもなったかのようですわね。 貴方の場合、何の御利益も無さそうですけれども」

「黙れ! 司法試験を突破した上級国民に対して、貴様らのような性的消費のミームが口を利くことすら烏滸がましい! このまま粉になるまで砕いてくれる!」

傲慢極まりない言葉。

これが、此奴が人だった頃の本音だったのだろう。

最悪の存在は、闇落ちした法曹関係者だと聞いたことがあるが。

これなどはまさにその典型例と見て良さそうだ。

いきなり。複雑で形容しようがない形が変化して。

一瞬にして叩き付けられる。

もはや形がパズルのようだから、変形しつつの打撃である。

かろうじて弾き返したが、今までの攻撃で一番重い。

消耗が最も激しい「悪役令嬢」は、もう長くは持ちそうにない。

体力がない「陰キャ」も長時間は受けきれないだろう。

降り下ろした攻撃の次は、三節棍のように可変しながら、周囲を薙ぎ払いに掛かってくる。

両手の鉄扇で弾き返すが、それでも止めきれない。

攻撃範囲も尋常で無く広い。

何とか弾き返したが、後方にあるビルが真っ二つになったのが分かった。

邪神は人間相手にはかなり加減している。

精神生命体だからだ。

ましてや人間以下と考えているミーム相手には、力の殆どを出せない。

それでなお、これか。

「陰キャ」が仕掛ける。

また不可解に変化したパズル状の体をうねうねと動かして、まるで網が降ってくるかのように反撃に出る「フェミ弁護士」。

法を好き勝手に自己解釈して、裁判を滅茶苦茶にしていたこと、そのもの。

そんな姿だ。

数発弾いて、重すぎると判断したのか。回避する「陰キャ」。

文字通り地面が、網の目状にえぐれていた。

まともにくらったらサイコロステーキだ。

冗談じゃあない。

長期戦は不利だが、あの形状だ。

どうあっても、なんとか懐に入らなければならない。

体の上部から、多数の錐状の腕を生やしてくる「フェミ弁護士」。

金切り声を上げる。

「バラバラになれァこの蠅どもがァ!」

連続で、突き刺さってくる錐。

まるでドリルだ。

何発か至近弾を弾くが、それだけで尋常では無く重すぎる。

インカムに通信が入る。山革陸将からだ。

「「悪役令嬢」、撤退を! このままでは君達は……!」

「いいや、ほぼ間違いなくこれが最終形態ですわ! 仕留めますわよ!」

「そうか……」

自衛隊は、今総力を挙げて、此方に迫るフォロワーを引きつけてくれている。

貴重な燃料を使って機動部隊を動かし、砲撃で削り。仕留めきれない分はドローンを総動員して削りとってくれている。

第二形態になってから以降、ずっとそうだ。

だからフォロワーも此方に殆ど来ていない。

まあ来た所で、このクソ重い攻撃を広範囲に繰り出しまくる邪神が、巻き込んで粉々にしていただろうが。

ある意味此奴の原型になった存在らしい、人外の姿だとも言える。

他人など金の種にしか考えておらず。

自分さえ金を稼げればどうでもいい。

そういう存在だと考えているのなら。

この行動も、形態も。

何もかもが、納得がいく。

ドリルを凌ぎきると、今度は何だ。

さっきの網を、周囲全域切り刻む勢いで降り下ろしてくるつもりか。流石に冷や汗が出る。

これは全力で前に出るしか無い。

「陰キャ」がその時。初めて提案してきた。

なるほど。

それは確かに、ありかも知れない。

先に「陰キャ」が突貫する。

高笑いしながら、全身を網に切り替えてくる「フェミ弁護士」。

上からも横からも、全方位を細切れにするつもりなのだろう。

だが、今「陰キャ」が読んだとおりだ。

ありったけの火炎瓶を投擲。爆裂させる。

それを嫌がる様子が無い。

そうなると、間違いない。

インカムで、「喫茶メイド」に指示。

投擲されたナイフが飛んできた瞬間、「悪役令嬢」も動いていた。

「陰キャ」が一瞬速く猛攻を仕掛け、網を喰い破りに掛かるが。喰い破る先から嘲笑うように再生を行う。

だが。直撃した「萌え絵」が爆裂した瞬間。

おぞましい絶叫を上げていた。

それはそうだろう。

無意味なまでに胸を盛った絵を。

そう一枚だけ、特注のを頼んでいた。

今直撃させたのはそれだ。

「キショイ! キショイ! キショオオオイ!」

全身が崩れ、わめき散らす「フェミ弁護士」。

完璧なタイミングで入った痛打だ。

勝ったと思ったのだろう。

だからこそ、最大の隙が出来た。

だが、それも一瞬。

隙を作ったフリ。

即座に体を再構築する「フェミ弁護士」。

けたけたと笑いながら、全方位に網をぶっ放そうとして。気付いたのだろう。

まだ猛烈な攻撃を続けている「陰キャ」と。

壊れかけたビルの影で狙撃のタイミングを計っている「喫茶メイド」しかいないと。

そう。

今のこそが最大の陽動。

「悪役令嬢」は傘を使って高飛びをすると。

巨大なパズルと化した「フェミ弁護士」の頭上に出ていた。

そう。

頭上こそが人間の死角。

そして此奴のような、天上天下唯我独尊思想の存在にとっては。

最大の弱点となる場所でもある。

文字通り。逆落としを掛ける。

一瞬遅れて必死に反撃に出ようとする「フェミ弁護士」だが、その注意がずれた瞬間、「陰キャ」が網を喰い破って、横からパズルの内部に突貫。

パズルの中心部には、見えている。

半分崩れた此奴のコア。

此奴のおぞましいノートを凝縮させたものが。

「はあっ!」

気合いと共に、一閃。

更に、納刀して突貫してきた「陰キャ」も、横殴りに一撃。

コアに致命傷が入り、パズルが一瞬にして崩壊する。

凄まじい悲鳴が上がる。

怒りと、不快感と。何よりも屈辱が入り交じった悲鳴だった。

更に無言でコアを蹴り挙げる。

パズルから完全に外れたコアに対して、インカムで「喫茶メイド」に指示。

数本のナイフとフォークが、完璧なタイミングで、コアを貫いていた。

バラバラに砕けて落ちながら、周囲に散らばっていくパズルが蒸発していく。

今ので完全に致命傷となったらしいコアが、少し遅れて落ちてきた。

無言で「悪役令嬢」は傘を拾ってくると。

そのまま、コアを完全に貫き、打ち砕いていた。

砕けたコアが、ぼろぼろと崩壊していく。

終わりだ。

周囲に、濃厚極まりない凄まじい怨念が満ちていく。

奴の記憶だ。

凄まじい勉学の果てに、弁護士になった。

だが法曹の世界は腐りきっていた。

元々モラルハザードが起きていた世界だ。

皆腐りきっているのは当たり前だった。上級国民と揶揄されるような実家が太い家で育てばなおさらだ。

すぐに腐りきった世界にそまった。

そして、自分の万能感のまま。

最も当時稼げるビジネスだった、人権ビジネスに手を出した。

だがSNSクライシスの前には、あらゆる発言が保全されていた。

古い時代と違って、新聞に書いてもすぐに忘れられるようなことは無かった。

結果発言などをSNSで曝されるようになり。

一部の脳が空っぽの信者以外は、金をむしれなくなった。

もっとビッグになれたはずなのに。

他は好き勝手にやっているのにどうして私だけ。

その怒りがつのり、どんどん言動は先鋭化していった。それに伴って、自分よりカーストが下の金づるである女性ですらも洒落臭い口を利くようになって来た。

私は偉い。

司法試験を通ったのだ。

誰よりも偉いのだ。

それなのに、どうして。

「いい加減にしなさいな。 あまりにも見苦しいですわ外道」

手を払って、「悪役令嬢」は、身勝手極まりない回想を払っていた。

どいつもこいつも。

SNSクライシスで邪神になった奴は、本当に救いがたい外道ばかりだ。

この「フェミ弁護士」もそう。

ますます邪悪さは増すばかり。

こんなのが百鬼夜行していたのだとすれば。SNSクライシスで邪神が多数出現したのも、まあ当然だったのかも知れない。

SNSクライシスがどうして起きたのかは分からないが。

世界大戦になっていたら。

この時代と大差ない、地獄が到来していたのだろう。

「……」

「陰キャ」が青ざめて、マスク越しに口を押さえている。

自分を完全に正義だと思い込んだ人間が、どれだけ醜悪なのか。改めて思い知らされたからだろう。

「喫茶メイド」に呼びかける。

無事だ、と言う事だった。

側に行くと、多少の手傷は受けているが、一週間もあれば回復出来るだろう。

この状態で、NO4が来ると厄介だ。

すぐにこの場から離れる事にする。

自衛隊がまだ周囲で戦闘しているが、フォロワーの動きが露骨におかしくなったという通信があった。

また、北九州でも大攻勢に出ていたフォロワーが動きを止めたという。

そうなると、やはり「フェミ弁護士」の能力で、フォロワーを活性化させていたのだろう。

面倒な話だった。

なんとか、しばらく歩いてフォロワーの群れの包囲を抜ける。

駐屯地に辿りついたのは、夜中手前だった。

ロボットが来たので、「喫茶メイド」を任せる。

生き残れたのが奇蹟に等しい。

「貴方も先に休みなさい。 わたくしはもう少し起きて敵の出方を見ますわ」

「……」

こくりと頷くと、「陰キャ」はベッドに潜り込む。

さて、各地で派手に戦闘した分、苦戦している自衛隊の部隊もいるはずだ。

もう一働きしてくるか。

NO5に手を掛けたことで。上級邪神の撃破実績もできた。

勿論NO3以上は更に手強いことが分かっている。一筋縄ではいかないだろう。

だが「喫茶メイド」は奇跡的とはいえ生き残ったし。あの狙撃爆破は大きな戦略的な価値がある。

今後鍛えれば、きっと力になってくれる。

苦戦中の自衛隊の部隊を幾つか救援した後、夜中過ぎに駐屯地に戻る。

軽く茶を淹れて飲んだ後。

後は無心に眠った。

風呂はもう明日でいい。

令嬢らしくもない雑な生活だが。

こればかりは、もはやどうしようもないというのが事実だった。

 

4、状況好転せず

 

起きだして、「悪役令嬢」は朝一番に風呂に入り。

そしてまずいレーションを口にして。「陰キャ」が起きて、大阪に戻っていくのを見届けてから。

それから漸く山革陸将から話を聞いた。

「米国に大量の邪神が襲来!?」

「欧州の邪神組織の者達らしい。 軍に大きな被害が出て、狩り手達が必死の応戦をしているようだ。 一気に米国の状況は振り出しに戻ってしまった」

「「ナード」は無事ですの?」

「……緒戦で奴らのボスと思わしき強大な邪神とぶつかり合い、引き分けに終わったそうだ。 多数の邪神の猛攻により熟練の狩り手が何人か鬼籍に入り、カナダへの侵攻どころでは無くなったらしい」

欧州の邪神もそうだが。

中華の邪神も、殆ど無傷のままである事は知っていた。

だが、それがこのような形で災厄をもたらすとは。

「我が国でも、対策を練らなければならない。 この間中華の邪神が二体来たが、あれが十体になるかもしれない。 それが現実味を帯びて来た」

「新人を、鍛えるしかありませんわね」

「NO5を倒してくれたのに、本当にこんな報告しかできないのは申し訳ない。 君達狩り手には、本当に大きな負担を掛ける」

本当に申し訳なさそうな山革陸将だが。

悪いのは邪神だ。

山革陸将ではない。

それにしても、あの「ナード」と引き分けになる程の実力の邪神が欧州にいたとは。

中華にだっていても不思議では無い。

手を見る。

手袋をした手。

まだ力が足りないな。

それを強く実感する。

NO5ですら、あれほどの実力だったのだ。

NO4以上は、当然それ以上に強いだろう事は分かりきっている。

いずれにしても、「陰キャ」の成長を喜んでいる暇なんてなくなった。

おそらくは、「悪役令嬢」も、更に経験を積んでいかないといけないだろう。

新人の育成も必要だし。

ベテラン二人、「デブオタ」「ガリオタ」の協力も必要だ。

溜息が零れる。

ともかく。今は出来る事を増やす必要がある。

東京にいるフォロワーを削りながら、新技を開発していかなければならないだろう。

「陰キャ」にも連絡を入れる。

既に状況は向こうにも伝わっているようだった。

「此方も、腕を、もっと磨き、ます」

「お願いしますわ。 頼りにしていますわよ」

会話はできるだけ短く。

他人と接する事自体が苦手なようなのだから。

さて、此処からだ。

NO5が倒された以上、絶対正義同盟もすぐに動くような事は無いだろう。

少しの間は準備ができるはず。

その少しの時間を可能な限り生かして。

少しでも、生存者を救出し。

フォロワーを削らなければならなかった。

 

(続)